PERSONA3 Side story Out of the world (karna)
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Midnight of full moon

こんな時期にやるなんて絶対どうかしている。

 

というか寒すぎる。色んな意味で。

真冬に夜の旧校舎で肝試しなんて全くもって意味がわからない。

普通「肝試し」とは暑くてたまらない夏に少しでも涼しくなるようにとの意味を込めてやるものではないだろうか。

それをこんな2月の卒業シーズン真っ只中で、例年稀に見る寒波と称されているこの日にわざわざ夜の旧校舎でやると言ったあいつを俺は絶対に許さない。

「ある程度着込んでいけ」とは言われたものの、この寒さでは焼け石に水程度にしかならないだろう。

少し空気を吸い込んだだけで肺の中に刺すような冷気が襲ってくる。寒いと言うより痛くなってきた。

寒いと思ったらもっと寒くなる。何か別のことを考えよう。そう思って俺は眼前にそびえ立つ旧校舎を眺める。月の光に照らされているせいかどこか不気味な、それでいて神秘的な感じがした。

 

私立月光館学園。

 

設立して25年程のこの学園は小・中・高一貫の学校で、頭の良い奴か、運動の特待生、もしくは金持ちしか入れないかなり特殊な学校だ。

俺は家が金持ちというわけではなかった(というよりかなりの貧乏だ)から、ひたすら勉強を重ねて中学受験の際にここへ入学した。

それに、高校で特に優秀な成績を上げれば卒業後、有名な大学への推薦やそれまで払った授業料や入学金が全て返ってくるのだ。

今まで女手一つで育ててくれた母親にせめてもの恩返しが出来る。そう思ってこの学園に入った。

母親はそんな俺を誇らしく、でも少し悲しげに思っているようだった。

「やりたい事があれば遠慮なく言いなさい」と言われたけれど、俺を含め兄妹合わせて5人の家族ではやりたい事も限られてくるのは当然だ。

俺は長男なわけだし、あと2年も経てば法律上働ける年齢にもなる。

俺がバイトで稼げるようになれば今の生活も少しは楽になるかもしれない。

母さんが喜んでくれれば俺はそれでいい。

 

が、しかし。

 

どうしてこんな場所に来てしまったのか。

ここは学校の生徒が勝手に来ていい場所ではないし、職員ですらめったに入らないというのに。

こんなことなら大人しく家に帰って勉強しておくべきだった。

不意に後ろ側でガサガサと音がした。

急に寒気が何倍にもなって襲ってきた。

俺は一瞬驚き、後ろを振り返る。

後ろには今は咲くことのない桜の木と、葉っぱしか見えない花壇が並んでいる。その横には誰かが捨てたであろうビニール袋が捨てられている。

犯人はこれか…。

怖くはない。決して怖いという感情はない。…多分。

 

俺が今いるこの場所は私立月光館学園の中等部よりだいぶ離れた位置にある。

昔はこの場所が学園の中心部だったと言われているらしいが、現在は旧校舎扱いになっていて近いうちに取り壊しも予定されている。

使われていない校舎とはいえ、やはり不気味なものを感じる。

生まれて14年間、夜の校舎というものは見たことがなかった。というより、見る機会がそもそもない。こんなことでもない限りは。

しかし俺は今、夜の旧校舎に忍び込んだことを後悔している。

 

どうしてこうなってしまったのか。

きっかけはクラスの誰かが持ってきたある「ウワサ」だ。

 

『夜の旧校舎にはそこで死んだ生徒が化けて出る』

 

今思えば馬鹿馬鹿しい話だ。だがその馬鹿げた話に食い付いた奴がいた。

 

澤田 俊明。

俺と同じクラスで、最高に頭が悪い。確か何処かの金持ちの息子らしいが詳しくは聞いていない。

ただ、クラスのムードメーカーで運動神経だけはずば抜けて良い。

確かフェンシングをやっていて期待のエースとまで言われている。

そんな澤田は俺のことを友達だと思っている節があるが俺は特になんとも思っていない。というかいつもトラブルを持ち込んでくるので逆に鬱陶しいくらいだ。

周りの人間を放ってはおけないタイプらしく、困っている奴がいれば無条件ですぐに手を差し伸べるお人好しでもある。

この学校はエレベーター式なので小学生から通っている奴が多い。

その中で中学から入った俺は当時かなり浮いていた。(今も浮いていないかと言われれば嘘になるかもしれないが。)

そんな俺にも分け隔てなく声をかけた物好きが澤田である。

その時は良い奴だな、とだけ思っていたが蓋を開けてみれば空回り連発のトラブルメーカーだった。

消しゴムを忘れたと言えば次の日に大量の消しゴムを持って来るし、ケンカがあったと聞くと大声で「両方とも僕を殴れ!!」と当人たちに詰め寄ってくる。

ぶっちゃけて言えばバカなのだ。

 

今回の噂を聞いた時も「僕が直接確かめに行こう」と言って聞かなかった。

「当然、君も来るだろう?」と友達だからという訳のわからない理由で俺も連れ出された、という経緯なのだが最早ため息しか出なかった。

 

それにしても遅い。

待ち合わせは23時のはずなのに既に30分以上過ぎている。

澤田は待ち合わせには遅れない奴だが、何かあったのだろうか。

 

奴の家は執事がついているくらい金持ちで厳格そうな家だし門限も厳しいのかもしれない。

1時間待って来なければ今日はもう帰ろう。

そう思って誕生日に母に買ってもらった腕時計を見る。

あと5分で24時になる。

 

はぁ、とため息を付き空を眺める。

真っ白な吐息は軽い風にのって上へと流れていく。

空は雲一つない快晴だ。月が綺麗に輝いている。どうやら今日は満月みたいだ。綺麗な円を描いている。ただ……。

 

「月って、こんなにデカかったっけ……」

 

 



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Abrupt intrusion

空なんて見上げる機会が無いのでこのとてつもなく大きい月が特別なのか、それとも普段通りのものなのか、僕には判断がつかなかった。

 

それでも僕、澤田俊明にとっては今のこの状況は夢ではないかと思うくらい信じられないものだと理解できる。

 

 

なんだ。なんなんだあれは。

 

僕の親友、河内尊と23時に旧校舎へ「噂の真相」を確かめるために僕は月光館学園へ向かっていたはずだ。

僕の家は代々受け継がれる大手薬品会社を経営している。ここ巌戸台にもいくつか僕の父がまとめているお店や企業があるはずだ。

この地域に引っ越したのもこの巌戸台で新しく事業を起こすためとか言って僕が小学生の時に父が家を買った為だ。

僕にとっては大好きなフェンシングの強豪校である月光館学園に行けるのが嬉しかったから不満は何もなかった。

特に自分の家が裕福だからと自慢しているわけでもないし、悪いことを考えていたわけでもない。

友達だってそれなりにいるし、僕には親友と呼べる相手もいる。

 

それなのに。

 

それなのに何故。

 

それなのに何故僕は良く分からないヘドロのような黒い塊に追いかけられているんだ。

 

なんなんだあれは!?

 

もう一度言う。なんなんだ!?!?

 

僕の家から月光館学園までは、歩いて10分程で着く。走れば5分くらいだろう。僕は時間通りに行動しないと気がすまないのでいつも15分前には家を出ている。

なのにスマートフォンの画面は23時半を指している。

 

くそ。

30分も遅れている。

家を出た途端見つけたあの黒い塊。

最初は何かの影としか思っていなかったが、洪水の時マンホールから湧き出る汚水のようにそいつは溢れ出てきた。

確認しようと近付いた途端に「それ」は僕めがけて飛んできた。

僕は一目散に月光館学園の方向に向けて走った。

走り続けて30分、どこを走っているのかすら見当がつかなくなってしまった。

どうすればいい?

あの追いかけてくる黒い塊は一体なんなんだ?

フルーレ等の物理攻撃は通用するのか?

アレは走って疲れ果てることなどあるのか?

見たところ人間ではなさそうだ。

なら動物かなにかか?

あんな奇怪な動物はこの14年間見たことがない。

じゃあなんなんだ。

 

全く答えが出ない。その間にも僕は必死にあの黒い塊から逃げている。手が悴んできた。呼吸もかなり荒くなってきている。走ろうと思えばまだまだ走れるが体力は無限じゃない。いずれ走れなくなって捕まるだろう。

その前にアレはなんなのか見極めなければ…。

僕は時折首を後ろに向け黒い塊を観察しようとした。

見れば見るほど良く分からない。それにあれは走っているのか…?

どちらかというとスライムがズルズルと這っているような動きだ。とても人間や野生の動物とは思えない。

 

そこで僕はある答えに辿り着いた。

 

もしかすると…アレが例の『噂の真相』なのかもしれない。

僕は今日クラスの誰かが話していたある「噂」を思い返した。

 

 

夜中になると旧校舎で死んだ元生徒の霊が化けて出る。

もしかすると旧校舎だけでは無いのかもしれない。

だとしたら何故今さっきの場所で出てきたのか。

 

分からないことだらけだ。

今のところ考えても埒が明かない。

とりあえず尊と合流しなければ。

 

そう思い走りながらスマートフォンのマップを開く。幸か不幸か、月光感学園の旧校舎まではあと5分ほどで着く。このままのペースで走れば3分ほどか。僕はスマートフォンを操作しながらマップの道案内通りに進んだ。その時ー。

 

「しまっ…」

 

た、と声が出るか出ないかのところで手がもつれスマートフォンを落としてしまった。つい足が止まってしまう。

まずい。先月買い替えたばかりなのに。いやそんなことを考えている場合ではない。スマートフォンは諦めるしか…。

ふと目を頭上に向ける。

そこには先程の黒い塊が。

もうここまで来たのか。スマートフォンを落とした後躊躇わずに走り続けなかったのがミスだった。

捕まったらどうなるのだろう。死ぬのか。まだやりたいことがあったのに。

あ、そういえば昨日尊に教科書を貸したまま返してもらってないな。返してもらわなければ。

こんなときにこんなどうでもいい事を思い出すなんて。

これが俗に言う走馬灯というものか。

 

黒い塊は僕の頭上へ飛んだあと、細長い腕のようなものを生やした。先端は黒光りしていてとても鋭そうだ。これで引っかかれたら普通の人間はひとたまりもないだろう。

 

これは、死ぬー。

 

僕は目を瞑った。

人は死ぬとき目を瞑ると言うけれどこれは本当のことだったんだな、とどうでもいい事をまた一つ思いながら。

 

 

その時、遠くから人の叫び声がした。

 

 

 

「ペルソナ!!!」

 

 

 

その瞬間、暗かった道路が瞬く間に昼間のような明るさになった。

目を瞑っていても分かるくらいなのだから、目を開けていれば更に眩しく感じただろう。

僕はゆっくりと目を開けた。

何が起きたのだろうか。

そこには、更に信じられないような事が起こっていた。 

 

「あれは…なんだ…?」

 

さっきの黒い塊が赤いロボットのような物に雁字搦めにされている。

あれは昔子供の頃にアニメで見たロボットによく似ている気がする。

なんだっけ。

フェザーマン?だったか…?

あれに砂時計を横にしたような金属のようなものが身体にくっついている。

 

赤いロボットは黒い塊を2つの腕で抱くように握りしめたあと勢いよく光った。

僕はその光が眩しすぎて数秒目が眩んでしまった。

 

さっきの光はあのロボットが出したのか…。

再び僕が目を開くとそこには赤いロボットの姿はなかった。さっきの黒い塊さえも見当たらなかった。

その代わり、一人の少年が立っていた。

 

この子は確か…同じクラスの…。

 

 

 



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If you get a different world

「澤田くん…だよね。同じB組の」

 

手に持った召喚器を仕舞いながら僕ー天田乾は言った。

目の前で何が何だか分からないといった顔をしている子は同じクラスの澤田俊明くんだろう。直接話したことはないけれど顔は知っている。

クラスのムードメーカー的な存在であり確か学級委員で皆に慕われている(成績はとても悪いと誰かが言っていたけれど)。深夜にこんなポートアイランド付近の路地裏をうろつくような子ではないはずだ。

 

それに、日常的にシャドウが見える人間はそういない。僕のペルソナも見えているような素振りもあった。

 

澤田くんに対して聞きたいことは山ほどあったけれど、まずは彼の気を落ち着かせるところから始めないといけない。僕は落ちていたスマートフォンを拾い澤田くんに渡した。

 

「これ、君のだよね…。画面、割れちゃったみたいだ。ごめん。僕が弁償するよ」

 

澤田くんはぽかんとした顔で僕を見た。何を言っているんだろう、といった顔だ。その後急にプッと吹き出し、肩を揺すって笑い始めた。

僕は何かおかしな事を言ったのかな…?

 

訝しがる僕を見てひとしきり笑った後、澤田くんは面白そうに言った。

 

「弁償するって、なんだよ。天田が壊したわけじゃ無いじゃないか。」

 

「確かにそうだけれど…」

 

あれはシャドウのせいだから、と言いかけて僕は口をつぐんだ。部外者にシャドウやペルソナの事を無闇に言ってはいけないと美鶴さんに釘を刺されたばかりだからだ。詳しく言えないのと、何がおかしいのかよく分からないのとで少しムッとしたが澤田くんの気が紛れたようで良かった。

でも、あの時澤田くんがシャドウやペルソナを目視出来ていたのなら適合者の可能性がある。もしかしたらペルソナだって…。それにあの日から今までシャドウの出現は殆ど無かったのに、ここ最近になって急に増え出した。それも影時間とかではなくごく普通の時間帯に。

あの日僕らがニュクスを退けた時から、影時間は消えた。シャドウは今までと同じように出現するけれど、その頻度も数カ月に一度くらいだった。

ここ一ヶ月、シャドウの事故や事件が急に増えた。何処から現れるのか、どの条件で現れるのかも分かっていない。

今だってシャドウの気配を感じたと思って巌戸台寮から真っ直ぐ飛び出していったばかりなのだ。

 

美鶴さんに報告しなきゃいけないな。いや、その前に澤田くんを家に返さないと…。

 

「とりあえず詳しい話は明日にして、今日は家に帰ったほうがいいよ。…ところで澤田くんはどうしてこんなところに?」

 

そういったすぐ後、澤田くんは少し気不味そうに目を逸らした。切れ長の一重瞼がピクピク動いている。

 

「い、いや、少し忘れ物を取りに学校に…な。」

 

「こんな時間に?」

 

時間は既に24時を過ぎている。忘れ物を取りに来るには遅すぎるし、次の日学校に登校するときにでも問題ないはずだ。

澤田くんはうう…と伏し目がちに呻いた後、「まあ、無理があるよな…」と言いながらため息をついた。

 

「実はな、旧校舎の噂を聞いてそんなものはないことを証明しようと思って学校に来たんだ。」

 

先生には内緒にしてくれないか?と片目を瞑りながら澤田くんは言う。まあ、学校の教師に言うつもりは元々無いけども、シャドウが蔓延っている深夜にうろつくのはかなり危ない。だからといって澤田くんをこのまま一人で帰すのも危険だ。それに最近学校で流行っているらしい噂のことも気になる(僕は噂や都市伝説には興味がない方なので)。すぐにでも彼から話を聞いた方がいいかもしれない。僕は少し悩んで澤田くんに言う。

 

「大丈夫、ほかの人達には言わないようにするよ。だけど一つだけお願いがあるんだ。」

 

「お願い?」

 

「今日は僕と一緒に、巌戸台にある寮に来てほしいんだ。」

 



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Those who live are those who fight

 

 

 

久々に、昔の夢を見た。

 

 

 

高校生だった頃、仲間と共にシャドウと戦い、日々を過ごしていた時の夢を。

かけがえのない時と知らずに過ごしていた、あの日の夢を。

 

当時の私は考えもしなかったが今思えばそれはある意味で幸せな日常と言えたのかもしれない。父が亡くなって数年経った今、あの夢がとても懐かしく、輝いていたと。

それは傍から見れば不謹慎な感情かもしれない。私自身もそう思う。だがそういう気持ちがあってもいいのではないかと最近は考えられるようになった。こんなにも心境が変わったのはやはり彼のおかげなのだろう。何も無いようで全てを持っていた、彼の。

 

そんな夢を見た後はいつも決まって複雑な感情になる。

私はあの頃に戻りたいのだろうか。いや、それは滅びに向かうあの日に戻るということだ。その先の人間の未来を失うことと同義だ。それだけは絶対にあってはならない。私達が、彼が、共に守ったこの世界の可能性を潰してはいけない。懐かしむことは罪ではないが、それに固執してはいけない。私は今を、未来に希望を抱いて生きるべきだ。せっかく彼が教えてくれたのだから、その想いは大事にしなければならない。

 

 

 

起き上がって携帯を見る。画面は午前12時半を過ぎていた。眠りについてからまだ2時間程しか経っていない。最近どうも眠りが浅くて困る。やらなければいけないことが山のように積もっていて、眠っていても頭が働いているからか。確かにこのところ頭が休まる時はあまりない。ただ、疲れているという実感はあまりなかった。

 

 

現在、私は桐条家を切り盛りする傍ら、桐条家の本家である南條家の頭首と共に警視庁と共同設立した対シャドウ特別機関【シャドウワーカー】の指揮を執っている。影時間が消えたとはいえ、全国各地では未だにシャドウによる実害は絶えず、それらを調査、対策し人間への被害を最小限に留めるのが【シャドウワーカー】の主な目的である。それに近頃、シャドウの活動が盛んになってきている。それも忌まわしいあの塔があった付近が最も多い。影時間とあの塔が消えても、シャドウ自体が消えることはない。この前の研究結果では自然発生しているという報告もある。ただこの近辺でのみシャドウが大量発生しているというのは、明らかに人為的としか思えない。自然発生したとしても数ヶ月に何度かのペースのはずだ。ほぼ確実に、何らかの意図があって作られたものだ。その目的も理由も、誰がやっているのかもわからないのが現状なのだが…。もし誰かが人為的にシャドウを蔓延らせているのだとしたら、それはまさか3年前のように滅びのためにあの【災厄】を呼び寄せようとしているのなら……

 

 

 

 

 

そこまで考えて、私は手に持っていた携帯が振動していることに気付く。天田からの着信だ。現在はシャドウワーカーのエクストラナンバーズ(非常時特別制圧部隊)の一員として活躍しつつ月光館学園に通っている。中学2年生になった彼は未だにあの巌戸台寮に住んでいる。今はもう特別課外活動部は解散し、月光館学園へ通う学生のための一般寮となっている。確か天田以外にも数人、月光館学園の学生が暮らしている。一般人が寮を使うことについて天田は特に興味はないですよ、と素っ気ない意見だったがどうやら今では普通の中学生と変わらず寮内の学生たちと仲良くしているようだ。友人が出来たことはとても喜ばしいことだ。本人は自覚していないようだが初等部の頃と比べ、天田自身もずいぶんと変わった。変わったというのはもちろん、良い方向に、という意味だ。出会った当初は良い意味でも悪い意味でも生き急いでいたという印象が強かったが、今では自分自身の生を生きることを覚え年相応に心も体もどんどん成長している。このままいったら身長は私より大きくなるかもしれない。それもそれで、とても喜ばしい。

 

上がっている口角を意識したまま、電話に出る。

 

「天田か。どうしたんだ、こんな時間に。」

 

電話越しの天田は少し慌てているような口調で言った。

 

「あ、美鶴さん。良かった。起きてたんですね。」

 

「ああ、今起きたところだ。」

 

「実は、今シャドウの気配を感じて外にいるんですが…」

 

シャドウ、と聞いて半ばぼんやりとしていた頭が一気に回転する。携帯を耳に当てながらベッドから飛び起きる。

 

「本当か?!場所はどこだ!」

 

「ポートアイランド駅の裏路地です。一応1体は倒したんですが、複数いる気配がして…とりあえず現場に襲われかけていたクラスメイトがいたので巌戸台寮へ連れて行っても大丈夫ですか?」

 

現場に一般人が…?

通常、シャドウは人間には見えない。影時間やペルソナへの特性がないと認知すら出来ない存在なのだ。シャドウが起こした事件や事故は全て、普通の人間は知る由も無い。もし襲われたとしても認知が出来ない以上、逃れる術も無い。あるとすればペルソナ使いだけ。シャドウの声だけは一般人にも聞こえるが、天田が駆けつける間、逃げ続けることが出来て助かったのだとしたら、それはもしかすればペルソナの特性があるかもしれない。

 

しかし天田のクラスメイトとなると中学生か…。

いや、その考察は後にしよう。今はそのクラスメイトを保護し、現場に急いで向かうことが先決だ。

 

「わかった。では天田はそのクラスメイトの子を連れて巌戸台寮へ向かってくれ。私は他のメンバーと現場へ向かい他にもシャドウがいないか調査をしてから巌戸台寮に行く。」

 

「わかりました。美鶴さん、気を付けて。」

 

ああ、君もな。と返事をして電話を切る。そして片手でパジャマ代わりのガウンを脱ぎながら電話を掛ける。

 

数回呼び出し音が鳴った後、控えめな女性の声が聞こえた。

 

「はい、もしもし。桐条先輩ですか?どうしたんです?」

 

「ああ、良かった。まだ起きていたんだな。今少し時間はあるか?」

 

「ええ、今は自宅にいますけど…。」

 

「すまないがシャドウワーカーの案件だ。ポートアイランド駅に出動は出来るか?」

 

「あ、は、はい。大丈夫です。では今から向かいます。」

 

電話越しの声は緊張してはいるようだが出動案件に対して不安はないようだ。純粋に人と話すことに緊張するタイプなのだ。私が相手だと尚更だろう。ただ、私は彼女に絶大な信頼を寄せている。それは流転する万物と同じくらいに、確かなことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、頼んだぞ。山岸。」

 

 

 

 



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Tip of fog

…遅い。遅すぎる。そして寒い。寒すぎる。

 

 

 

俺は澤田へ電話を掛けた。…繫がらない。

時刻は既に午前12時をまわっている。もういい。帰ろう。なんだかかなり時間を無駄にした気がする。いや、気がするではなく実際に無駄だった。俺は夜の旧校舎前から離れ、帰り道を歩いた。

 

それにしてもおかしい。普段なら何かあれば必ずと言っていいほど連絡が来るのに。こちらから電話しても出ないなんてことはないはずだ。何かあったのか。もしかしたら家を抜け出そうとしたことがばれて両親に怒られている最中なのかもしれない。もしそうだとしたら俺から着信が来たことで更に怒られたりはしないだろうか。そうなったとしたら俺まで怒られてしまうかもしれない。

 

まあそうなったときはそうなったときで考えれば良いか。先読みしても思い通りにならないときはならないのだ。それは14年生きてきた中で上位に入るくらい使える教訓だった。

それにしても寒い。既に手は悴んでいてまともに携帯を握ることすら困難なくらいだった。このまま寒すぎて死ぬ、なんてことがあるかもしれない。まあ、それはそれでしょうがないかもしれない。でもそれで死んだとしたら死因は何だろうか。凍傷で死ぬとかあるのか。その場合は凍死、ということになるだろう。じゃあ寒すぎて体温がなくなって死ぬのは何というのだろう。寒死?そんなのあるのか。聞いたことはないけれど。

そこまで考えていると少し笑えてきた。寒さと友達が待ち合わせに来ないのとで少しもやもやしていた気持ちが晴れてきた気がする。ただ口を開くと冷気が口から入ってくるので口は閉じたままニヤッと笑うしか出来なかったが。周りから見れば変なやつだと思われるな。幸い(幸い?)深夜ということもあって周りには誰もいない。誰もいないなら気にする必要など全くない。安心してニヤニヤしよう。

ふふふ、と鼻から声が漏れ出る。吐く息は煙草の煙みたいに白くもやになって消える。いや、煙草よりは薄いか。煙草は1回も吸ったことは無いけれど、前に姉が吸っているところを見た時はものすごい量のもやが出ていたな。何も考える気にはならないのに、そんなどうでもいいことは脳の片隅でいやでも浮かんでくる。人間は考える葦だ、とか昔のなんとかという哲学者が言っていた、と社会の授業で聞いたことがある。葦とは何だったか。人体の一部である足とはまた違うことは確かだな。とにかく人間は思考をやめられない生き物だ、ということは中学生の俺でも分かる。

 

呼吸をする息は更に白く、大きくなる。

次の角を曲がれば、家までもうすぐだ。母親には内緒で家を出て行ったのでもしかしたら心配しているかもしれない。尤も、母親は朝早く起きて仕事に出掛けるのでこの時間は既に寝ているだろうけれど。兄弟たちはまだ起きているかもしれないな。もし起きていたら母親には内緒にしておくようにと釘を刺さなければ。

そんなことを考えながら俺はその角を曲がった。

 

吐く息は最早俺の体にまとわりつくように白いもやになっている。いや違う。俺の息だけじゃない。白いもや、ではなく霧……?

 

と、その時。

 

何故か俺は再びあの旧校舎の前にいた。

 

?????

 

頭の中ではてなマークがいくつも浮かんだ。確かにさっき家の前の角を曲がってきたはずだ。もう2年間通い慣れた通学路なので間違えるはずは無い。おかしい。どう考えてもおかしい。俺は試しに逆方向に歩いてみた。つまり、さっき歩いた方向へ戻ってみた。すると今度は旧校舎の前の反対の道へ出た。さっき帰ろうとした道の方向に戻ったのだ。

 

なんだ?訳がわからなくなってきたぞ。

 

それにこの白いもやのような霧は何だろうか。

どんどん濃く、まるで雨が降った後の森みたいに霧がかっている。これは俺の息じゃないと気がついたときよりももっと、ずっと、はっきりと目に見えてわかるように濃い霧がかかっていた。

 

俺は必死にこの現象に対して納得できる理由を探した。だけど何も思い浮かばない。さっきはまるでポップコーンのようにはじけるくらいにいろんな事が頭から出て来たのに、今は何も考えつかない。考えようがない。人間、どうでもいいときはポンポンと頭が回るのに、大事なときには何も考えられなくなるものか。誰だ、人間は考える葦だ、とか言った奴は。なにも考えが浮かばないじゃないか。

 

とにかく、まず家に帰ることを最優先にしなければならない。俺は腕時計を見る。腕時計は何故か11時を指している。

 

??????????

 

何がどうなっているんだ。

時間が巻き戻った?

 

さっきまでは確かに12時を過ぎていたはずだ。

 

それは間違いない。

 

そもそも澤田との待ち合わせ時間より前に着いたのだから、それは確かなはずだ。

 

分からないことだらけだ。

 

俺はかじかんだ手を合わせて口元に近付け吐く息で手を暖めながら、この訳の分からない状況を整理しようとした。

 

まずこの旧校舎の前という場所から動くことが出来ない。

というより、動こうとするとどういう訳か元の旧校舎の前へたどり着いてしまう。どんな方向から歩いても、走っても無駄だった。

 

そしてこの霧。さっきまでは全く無かったはずなのに、いつの間にか足元もぼやけるくらいに濃い霧が辺りを包んでいる。これは明らかに異常だということだけは分かる。

それから時計の針。これは多分時計が壊れただけだろう。それに関しては前の2つの問題よりも遥かに解決出来そうな事だ。

そこまで考えてから俺は思い付いて、携帯を取り出した。携帯の時計ならば……。

 

と、携帯を取り出し画面を確認する。しかし画面はつかない。電池切れか?

電源ボタンを長押しして無理やり起動させようとする。動かない。うんともすんとも言わない。

まさか携帯まで壊れたのか。電池がないなら電池切れの表示が出るはずなのに。それも出ないくらいに電池がなくなったのか。さっきまでは充分にバッテリー残量は残っていたはずなのに。

 

はぁぁあ、と俺は長い溜息を付いた。このさっぱり訳の分からない状況に、頭がついていかない。

 

ここからどうすればいいんだ。

 

と、考えをめぐらせている時、不意に何処からか声が聞こえた。

 

「……君は、夢と現実の違いが分かるかい?」

 

いきなり声が聞こえたので、びっくりして周囲を見渡す。けれど辺りは霧がたちこめていて、人影を探そうにも難しい。

声の出処はおろか、人がいるのかどうかも分からない。

とりあえず返答をしてみる。

 

「誰か、居るんですか?」

 

すると声の主はさっきよりもはっきりとした声で返事をした。

 

「そこの門をくぐって中に入るといい。そこに答えはある」

 

門、というのは目の前の旧校舎の校門のことか。というよりそれしかないか…。

 

このまま立ちっぱなしでいるのも寒すぎて死にそうだし、建物の中の方がまだ暖かいだろう。そう思って俺は

ぼんやりと浮かんでいる門の前に近付いた。思った通りに門は閉まっていたが、よじ登れば難なく超えれそうな高さだ。

 

俺はジャンプをして鉄格子に手をかけた。ただでさえ寒いのにさらに鉄のヒヤリとした感覚が手から身体に伝わるのを我慢して、門を飛び越えた。

 

霧はますます濃くなるばかりだ。

もう目の前すらぼんやりとしか見えない。

 

今まで経験したことの無い事を経験していることは確かだな、と頭の片隅で思いながら俺はうっすら見える旧校舎の影へ向かった。

 

 

 



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Happiness of not being aware of everyday

ぶっちゃけて言えば、僕は天田乾という同級生の事をあまりよく知らない。

 

同じクラスではあるものの今まで話す機会が全くなかったということも原因の1つかもしれないが、一番の理由は僕自身が天田に対して多少のコンプレックスみたいなものを持っているからかもしれない。

 

天田は勉強も出来るし、スポーツも一通り出来る。この前の体育の授業なんてクラスの皆から英雄扱いされているのを尊と2人でボーッとしながら眺めていた。

 

そしてこいつは何より女にモテる。顔はまあ、中の上?くらいだと個人的には思っているがその大人びた喋り方と成績優秀スポーツ万能という肩書きが相まって天田の周りには女子の取り巻きが絶えない。

だからと言って男子に嫌われるという事でもなく、要するに僕は天田に嫉妬をしているのだった。

 

友達の数だって僕よりもずっと居るだろうし、そもそも天田がなにか行動をする度にいちいち話題になるのが癪に障る。いや、別に天田本人のことが嫌いという訳ではなく、なんというか、純粋に僕より目立っているのが僕にとって嫌なだけなのかもしれない。

 

天田を見ていると、僕の上位語感(語感ってこういう字だったっけ)なような気がしてあまり直視することが出来ない。

 

天田自身にはなんの罪もないのだが、はっきり言って天田の事は知らないけど好きじゃない。これはおそらく圧倒的に僕の問題なのだが、好きになれないものは好きになれないのだ。それは食べ物に好き嫌いがあるように、そう簡単に克服出来るものではないと思う。

 

さっきも何かよくわからないものから助けてくれたことに関しては感謝するしかないけれど、やっぱり天田の目を見ながら話をするのは難しい。そもそも僕は天田の事をあまり良く思っていないのだから、天田の「厳戸台寮に来てくれ」という誘いも80%の確率で断るところだが、さっきのよく分からない化け物みたいなやつがいつ襲ってくるかもわからないのでここは素直に彼に従うことにした。僕だってそれくらいの判断は出来る。……はずだ。

 

 

「ここが僕の住んでる厳戸台分寮なんだけど……」

 

ボーッとしながら天田の後ろを歩いている僕に、振り返った天田が言った。

完全に不意をつかれた形になってしまったので、思わず「ふぇ!?」という声が口から漏れた。

「あ、ご、ごめん」と慌てて天田が言う。何がごめん、なんだよ。理不尽かもしれないけれどその一言にも少しイラッとくる。いや完全に八つ当たりみたいなものだと言うのは僕にもわかるけれど。さっきも天田が壊してしまった訳でもないのにスマホを弁償するとか言われて、思わず笑ってしまったがこいつのそのお人好しな性格の良さも単純な僕にはムカついてしまうのかもしれない。

 

僕は天田が厳戸台分寮、と言ったその建物を仰ぎ見た。五階建ての建物だろうか、横の幅はそんなにないが縦に長かった。なんだかヨーロッパ辺りにありそうな洋風のレンガで作られているらしかった。作り自体はとても古そうだ。といっても僕には建物や建築関連の知識はないので完全に素人目線なのだが。

良く言えばアンティークで、悪く言えば古臭いその建物のドアを押し開けながら天田は「どうぞ」と僕を中へ誘導した。

 

中に入るととても暖かかった。真冬の空気に晒されていた僕の手は既に感覚が薄くなるくらいに悴んでいたけれど、その手にこの暖かさはだいぶ嬉しい。

 

ドアを開けた先はすぐロビーになっているようだ。左側にはよくお店であるような受付のカウンターみたいな棚がある。あれはどこかで見たような気がする。確か、去年家族で旅行に行った時に泊まった先のホテルのロビーがこんな感じだった。といってもこんなに洋風では無かったし、古くもなかったのだけれど。ここはそういったホテルを改装でもしたのか。12時を過ぎているというのに、ロビーの明かりは煌々と(こうこう、とはこの字で合っているのだろうか)点いていて大きなソファーの上に僕らと同い年くらいの男子が胡座をかいて座っていた。彼は僕らに気が付くとその姿勢のまま顔だけを僕らの方に向けた。うーむ。これまた天田よりも顔が整っている。それだけで僕のそいつに対する評価は50%減だった。でもどこかで見たことがある。月光館学園の制服を着ているのでおそらくうちの生徒だろうけれど……。

 

 

「おせぇじゃねえか天田ァ。何してたんだ?女かァ?」

 

彼は視線を僕に移すとチッと舌打ちをした。

失礼だ。とっても失礼だ。だが天田よりはその対応は人間臭くて好感が持てる。僕のそいつに対する評価は5%だけ上がった。

 

「んだよ、男かよ…。まさかそいつ、ペルソナ使いじゃねえだろうな。」

 

 

彼が舌打ちしたのは僕が男だからだったのか。じゃあもし僕が女だったならば彼の対応はどうなっていたのかかなり気になるところだが、それよりもっと気になる事を言った。

 

 

「ペルソナ使い……?」

 

思わず零れてしまった言葉を尻目に、天田は僕に対しての口調とは明らかに違う声色で言った。

 

「獅々谷さん。そういうのは御法度って美鶴さんに散々言われてたでしょ。また言いつけますよ?それと、この子はただの僕の同級生です。」

 

 

獅々谷、と言われたその男は「あー……」と天を仰いだ後に再び舌打ちをした。

 

「はいはい。わぁーってるよ。んでその同級生はなんて名前なんだよ?……あー、やっぱいい。男の名前はいらねえわ。頭のメモリがもったいねえ」

 

そう言いながら獅々谷は立ち上がり奥の階段を上がっていった。本当に失礼な奴だ。

 

 

「おい天田、なんなんだあの人は。失礼過ぎるぞ」

 

獅子谷が居なくなった後で僕は天田に言う。

天田はバツの悪そうな顔をした。

 

「えっと…あの人は獅々谷 海斗って名前で……僕らの1個上の先輩だ」

 

 

「なるほど、通りで見たことあると思った」

 

僕が納得のいく顔をしていると、天田は少ししかめた顔をして言葉を漏らした。

 

「いや…あの人は……その、特別だから」

 

 

「特別?」

 

 

特待生、という意味なのだろうか。月光館学園に中学生で特待の制度などあっただろうか。確かに月光館学園には入学する時は何かしらの制度はあったはずだがその仕組みを僕は詳しくは知らない。

 

天田は数瞬間目を瞑ったあと首を振って僕に言った。

 

「…なんでもない、とにかく部屋を案内するよ」

 

 



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Up in the air

 

目覚めたら俺は、金縛りになっていた。

 

というか、目はバッチリ冴えてんのに身体が動かない。なんだこれ?今流行りの心霊体験?マジにあった怖い話?マジ怖?

 

かろうじて動く目だけをキョロキョロさせる。部屋自体はいつもと変わらない俺の部屋だ。厳戸台分寮を出てからは一人暮らしをしている、ちょっと(処刑が口癖のあの人からしたらちょっとどころではないかもしれない)散らかっている俺の部屋だ。横目でテーブルの上に置いてある目覚まし時計を見ると1時の針を指していた。ゲームやって寝たのが確か23時だから、え、まだ2時間しか寝れてないの俺?!こりゃもう一度寝るっきゃない!思えば確かに身体はまだ重い気がするし、充分に休まってない気もする。

 

いやそんなことよりも、マジで身体が動かない。動こうと意識してもピクリともしない。本当にどうなってんだコレ。

こういう話には大概、何か物音がするとか、血塗れの女の人がこちらを見ているとか、身体にずっしりと重みがあるとか、そういう体験がつきものなはずだがそんなことは全くなかった。

 

ただ単に身体が動かないだけ。

 

いや、金縛りにあってるってだけでも充分に心霊体験か。とは言っても、横になってからまだ2時間しか経っていないわけだしすぐに眠れば気にはならないだろ。俺の眠りを妨げるものじゃないなら問題ないか。そう思って俺は再び目を閉じた。

 

そんな現在進行形で金縛りに遭っている俺の名前は伊織順平。日本で1番の名スラッガー!

 

……になるつもりが、ちょっぴり挫折して今ではちびっ子達に野球のコーチをしている。

それはそれでやってみれば案外楽しいし、この道も悪くないと思っている。こうして毎日笑って暮らせるのも俺達の、いや、あいつのおかげだと思うと少しむずがゆい気持ちになる。いつも考えてる訳では無いけれどふとした時に、毎回の如く思う。

 

「俺達が……守ったんだよな」

 

そう声に出して初めて、声は出せるんだなと気付いた。金縛りって声が出せるのか……なるほど…。

俺がまたひとつ知識を蓄えた事に喜びを噛み締めていると、不意に天井で黒い何かが俺の真上を横切った。

その瞬間、いつもの雰囲気がガラリとかわった……ような気がした。

虫……にしてはかなり大きかった。いや待て、俺はあの影をよく知っている。そんでもってこの異様な雰囲気も、よーく知っている。というより、身体が覚えている。と、なると、あれ?俺もしかして絶体絶命?

横目で見渡してもさっきの黒い何かは見当たらない。何処に行った?流石に金縛りプラスこいつがセットとなると話は別だ。召喚機無しでペルソナを出すのは少し危険だが、いざとなったらやるしかない。ていうか金縛り状態でペルソナ出せんのかな…。

 

 

その時、不意に携帯の着信音が鳴った。今流行りの音ネタ芸人、3,9秒ロックオンの「ドッスンコロリンのテーマソング」だ。俺は妙な違和感を感じながらそちらの方へ目を向ける。…あ、待てよ。そう言えばこの前、着信音で誰か分かるようにと特に重要な人達の着信音はこの「ドッスンコロリンのテーマソング」にしていたはずだ。……確かその中に「処刑が口癖の例のあの人」も入っていた…はず……。

 

 

「それはやばい!!!!」

 

 

ガバッ!と本当にそんな音がしそうな勢いで俺は布団を跳ね除け起き上がった。あれ、金縛りが解けた。やったぜ!人間処刑される気になればなんでも出来るんだな!

 

 

俺は直ぐに普段からカバンの中に入れている召喚機を取り出して身構えながら携帯を手に取った。

 

 

「もしもし、桐条先輩っスか?どうしたんです、こんな時間に」

 

 

桐条先輩の声は微妙に緊張しているみたいだった。かく言う俺もこの状況で緊張しないなんてことは無いのだが。

 

 

「伊織か。夜分に済まないがシャドウ案件だ。今からポロニアンモールに来れないか?」

 

 

「あー……行けるには行けるっスけど、ちょっと時間かかるかもしんないっスね。今シャドウっぽいのが家にいるっぽいんで」

 

 

俺のマジな答えに桐条先輩は明らかに驚いたようだ。

 

 

「何……?!数はどれくらいだ?」

 

 

「いや、多分一体だけだと思うんですが…また後で合流します!」

 

 

 

俺はそう言って「あ…おい!待て!」と話を続けようとする桐条先輩に構わず電話を切り携帯をポケットに入れ、すぐさま召喚機を頭の横に構える。

電話を直ぐに切ってしまったことによって処刑されるかもしれないという雑念は今は取り払っておこう。

 

 

 

 

「よっしゃあ!久々に行くぜ……ペルソナ!!」

 

 

 

 



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