主はドSだし悪魔が住み着いてるし近くに主人公はいるし俺に平穏はないのか!? (コンソメ)
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1話
土砂降りの雨の中、暗い街中を走り抜ける。後ろからは、衛兵のの怒号が聞こえてくる。息は切れ、鼓動はうるさいほど高鳴り視界は揺れている。体を濡らしているのが雨なのか汗なのかの判別がつかないが、とにかく不快感が体を覆っている。
―――ああ、これは夢だ。過去夢であり明晰夢でもあるこの夢はあの日からあまり見なくなった夢だったのに。
電気魔法や炎の弾丸、弓やナイフが俺を襲ってくる。夢だと自覚していながらも、なんとなく痛覚はあるので紙一重でかわしながら、逃亡を続ける。耳鳴りが始まり、視界がかすんでくる。
「…夢だっていうのに随分忠実に再現するものだな」
壁際まで追い詰められ、疲労感と体が感じ取っている焦燥感を隠して相手を見つめる。展開は分かっている。壁際まで追い詰められたふりをして、油断して近づいてきたところを———
「一緒に来てもらえるのであれば身の安全は保障しよう」
「…わかった」
「それでは―――がぁッ!?」
毒薬を塗った短剣を近づいてきていた衛兵の首めがけて振るう。肉を断つ何とも言えない感触と聞き飽きた悲鳴が鼓膜を揺らす。
呆気に取られている衛兵に向かって、短剣を投擲する。
横にいた別の衛兵が俺の狙っている衛兵の腕を掴むと、力任せに強引に引き寄せた。同時に衛兵が振るった長剣が、短剣の切っ先を防ぎ弾いた。
残りの衛兵は4人。
足元に転がっている衛兵の長剣を掠め取り体勢を立て直される前に、いまだに呆けている衛兵に肉薄する。
「なッ」
鎧の隙間を縫うようにして剣を振るい、斬り飛ばす。これで残りは3。
勢いを止めることなく、再度肉薄し胴体に長剣を突き立てる。
足で短剣を蹴り上げ、空中で回収。右足を軸に回転しながら、斬りかかってきた衛兵の長剣を受け止める。しかし、大男の斬撃なんて受け止めきれないので、無理やり受け流し雨音と血飛沫が混じった水たまりを蹴り上げ、目くらましにする。
追撃される前に切りかかる。鋭い切り上げ。他の衛兵であれば殺せていたであろう斬撃はあっけなく受け止められた。
自分の攻撃が防がれたことを悟り、俺ははじかれた衝撃を利用してそのまま猫のように後方宙返りをして、後方に着地する。
明らかに他の衛兵とは違うこの男を何とかする方法を探していると、壁際で座り込んでいるさっき仕留め損ねた男が目に入ってきた。おそらく今生き残っているあの衛兵を除いてこの衛兵たちは新人だったのだろう。その結論と先ほどの衛兵の行動を加味して方針を立てる。
瞬時に方針を立て直し、爆発的な推進力を経て座り込んでいる衛兵に肉薄する。案の定割り込んできた衛兵を容赦なく短剣を顎の下に差し込み、下腹部まで真一文字に鎧と共に分厚い筋肉を引き裂く。
鮮血が舞う。
衛兵の無力化を確認してから、わき目もふらず俺は走り出した。遠くの方で衛兵の悲鳴が聞こえる。ただ、ただ、走って俺は――――。
場面が変わり、いきなりベットに横になる。今日は随分と慌ただしい夢だなと考えながら周囲を見渡すと、銀白色の髪が視界に飛び込んできた。ああ、マジか。この夢か。
「あら、目が覚めたようですね」
銀白色の少女はにこやかに、そして狂気的に微笑んだ。
「痛ッッッ・・・」
突如として、少女の手が俺の傷口に触れた。あまりの痛みに、声が漏れる。あふれそうになる涙をこらえ、少女を睨む。
「フフ、思った通りついつい踏みつけたくなるほどいじらしい反応をしますね」
「ぐ…ッ」
「ねえ、ちょうど私忠実な下僕が欲しかったの。そんな時、貴方を見つけた。大丈夫、貴方にも利益のある話だわ」
魔性だ。少女の形をした悪魔だと思った。それに超が付く
「あんたの名前は?」
「ああ、私の名前ですか?そういえば名乗ってなかったですね。うっかりです」
蠱惑的に舌を出す目の前の少女は、見た目とは裏腹にかなり面倒くさいタイプだと直感する。
「ルシア。そうですね‥‥…今ここにいるのはただのルシアです」
ルシアの浮かべた複雑な笑顔は今でも忘れられない。
体が段々と自分の意志で動けるようになってくる。明晰夢のくせに自分の意志でほとんど体を動かせないのは、決まってあいつが何かしている時だ
「見せるならもっといい夢を見せてくれよ」
いつの間にか周りが花畑に変わっている。鼻腔をくすぐる甘い香りはここがあたかも現実かのように錯覚させる。あいつは、決まってこの場所を再現する。
「お生憎、僕が見せてあげられるのは僕自身が見たことがあるものだけなんだ。知ってるだろ?」
振り向くとそこには俺がいた。正確には俺をベースにちょっと容姿をいじった別人みたいな感じだ。黒髪は白髪に変化し、蒼眼は朱眼に変化している。契約を交わした時のまま、同じ姿だ。
「なら、見せるなよ」
「いやだね!最近は僕を使わないだろ?暇なんだよ!」
目の前の自称《悪魔》は俺と契約してからというもの時折夢の中でちょっかいをかけてくる。
「暇つぶし感覚で人に悪夢を見せるなよ」
「暇つぶしついでに君に助言をしておこうと思ってね」
「聞けよ!?」
「あーもーうるさいなー。悪魔である僕が契約外で君に利益にある行動をするとでも思ってるのかい?」
「最高に悪魔らしいセリフだな」
「だろ?褒めてくれてもいいんだぜ?」
「しね」
「昔はあんなに従順だったのに………何でこんな正確になったのか」
こいつと出会った時ですら可愛げがあった記憶はないんだけどな…。
「ハァ~、話を戻すよ。君は数日後に出会うであろうユウヤという少年。彼と仲良くしておいた方が君のためになる」
「………お得意の未来視か?」
「まさか信じないわけじゃないでしょ?今までも何度も助けられてきたんだから」
「…お前は悪魔だ」
「だけど、その悪魔の力を求めたのは君だ。悪魔は、魔女や聖女のように勇者を導くことも支えることもしない!その代わり欲にまみれた一般人の、身の程知らずな野望を!願いを!切望を!対価と引き換えに叶える力を与える。それが悪魔さ!契約者が直接的な被害を被るようなことはしない!」
「俺の体を蝕んでいるやつがどの口で」
「それは契約の対価さ。これでも破格の条件なんだぜ?強大な力には代価が必要だ。例外は生まれて持った才能か貰い物だけさ。当たり前の話だろ?」
「そうだな。俺は分かっていて契約した」
「まあ、でも悪魔は悪魔だからね。契約外からちょっかいをかけてくる場合もある。君の警戒心は間違ってないよ」
確かにこいつが俺に牙を抜いてきたことは一度しかない。それも契約にはぎりぎり反しない範囲だった…。
「…話が逸れた。それで?そのユウヤってのは何者なんだ?」
「彼はこの先の展開では重要な人物でね。いわゆる主人公的な立ち位置なんだ。君が嫌いな面倒ごとの種だ。普通は君は関わろうともしない。だけど、関わっておいた方が良い」
「関わらなければ?」
「そこまでは教えられないな。僕の予想から大きく外れたら意味がない」
「…」
「おっと、そろそろお目覚めの時間だ。目覚める前にもう一つ覚えておいてくれ。ユウヤは前世の記憶を未だに覚えている転生者だ。まだこの世界の常識について理解しきれてないところがあるから」
「え?あ、ちょっ…」
「タイムリミットだ。お姫様によろしく」
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2話
目を覚ますと俺を下敷きにルシアが本を読んでいた。…いったいどういう状況だよ。
「あら、やっと起きたのですね」
「なんで俺の上に乗ってるんですか?」
「ちょうど座りやすそうな見た目だったので」
いや、人体って座りやすくないだろ…。
「嘘です。随分と魘されていたようですので、追い打ちをかけてあげないといけないなと」
「いやなんで?」
「正確に言うのなら気持ちよさそうに寝ているレインの顔を見てなんだか歪めてしまいたくなったので、椅子代わりにしてたんですが次第に魘されてきたので降りるに降りれず…………」
「一から十までおかしいだろ…」
恨めし気に顔を上げると、そこには心なしか顔を上気させたルシアの顔があった。その表情は、容姿だけは美少女なだけに尋常ではない色気を孕んでいる。ただ、ルシアの内面を知っているものが見れば、抱く感想は恐怖だけだろう。
「あぁ…レインの苦悶に満ちた表情たまりませんでした」
「マジで我が主ながらドン引きですよ」
「だいぶ落ち着いてきたみたいですね…」
そう言って、ルシアは開いていた本を閉じる。
「…シア、とりあえず重いから降りてくれない?」
ゴンッ!
重い衝撃の後、脳天を強烈痛みが突き抜けた。
「痛ッ…」
「それだけ元気なら大丈夫そうですね」
すまし顔で俺に本を叩きつけたルシアはベットから飛び降りる。体をベットに縛り付けていた重さの消失を感じつつも、未だにじんじんと痛む鼻を押さえる。
「さて、それでは行くとしましょうか」
「行くってどこに?」
「今日は魔法学園の入学式ですよ。まだ寝ぼけてるんですか?」」
「ああ、そういえば今日でしたね」
「それと口調を直しておきなさい…私とあなたの部屋以外には敵しかいないのだから」
「…了解です」
魔法学園の会議室で大の大人三人が頭をかけていた。頭を抱える三人を見ながら、楽し気に紅茶を飲む学園長。早朝から室内は混沌としていた。ここまで、教師たちを悩ませているのは合格者のクラス分けと成績上位者の発表だ。
「一体今年の新入生はどうなっているんだ……」
「これで四大公爵家がすべてそろいましたな」
「まあ、それ自体は分かっていたことですが…」
「今年は特殊な子が多いですからね~」
「「「「「ハァ~」」」」」
全員が口を揃えて驚愕と困惑と諦めを含んだため息をこぼす。確かに今年は稀に見る天才が集まっていた。その中でも異彩を放っていたのは———
「レイン・スノーベルは公爵家の従者ですからまだわかりますが…問題は彼ですよ」
「ユウヤ・クロッカスですね」
「まあ類まれなる才を持つのは事実ですな」
「ええ。どうやら冒険者としてはそこそこ名前が売れていたらしいですね」
「彼が貴族であれば問題はそこまでなかったのだけど…」
「まさかシルフィスト様と同じく主席とはな」
魔法学園では一応身分は関係ないと表向きは宣伝しているが、内情がそうかと言われれば断言はできない。もちろん表立った差別発言や問題行動は両者ともに処罰の対象ではある。教職員は貴族だから平民だからといった理由で態度は変えないが、生徒たちはその限りではない。貴族の半数は自分たちの生まれに誇りを持っているし、思春期の彼らは平民を見下す傾向にある。それはこの学園では平民がかなり少数派であることも関係しているだろう。例年入学者の貴族と平民の比は8:2である。多数派に所属する中途半端な人間は自分たちが正義であると勘違いしやすい傾向にある。大抵、入学初期は貴族と平民との対立で暴力沙汰が起こるのだ。
「とりあえず、私としては主席はシルフィスト様のみと発表するのが最善だと思うのですが…どうでしょうか、学園長?」
教師の一人が先ほどから沈黙を守り続けているその老人…学園長に視線を向ける。
「ならん。学園内において教師の判断で真実を捻じ曲げることなどあってはならん!」
別段怒鳴ったわけではない。お世辞にも通りやすい声質だったわけではない。だが、学園長の声は、発言は、教師たちを振るい上がらせた。腐っても元四大公爵家の当主。その身に内包している覇気は若輩者の教師を黙らせるのは十分すぎるものだ。
「まあ、教師である我々の方からそういったことをするのはご法度でしょう。失言でしたね」
「は、はい…軽率な発言でした。申し訳ございません」
未だに学園長の覇気が体を支配しているのか、涙目になりながらも教師は自分の発言を取り消した。
「まあ、シルフィスト嬢とユウヤ・クロッカスの話は置いておきましょう。私としましてはレイン・スノーベルに興味がある」
「ご自分が負けたからでは?」
「ほう!ウィリアム、君が負けたのかね!?」
ウィリアムと呼ばれた若い教師は苦笑しながらも続ける。
「ええ、清々しいほどに…彼のあの技量、到底あの年で身に着くようなものではないのですが…。どうやらかなり手を抜いていたようですし」
「まあ、最悪学園長か生徒会長がいれば抑えられるでしょう」
「そろそろ時間ですし、切り上げましょう。警備を例年よりも厳しくしておけば、問題ないでしょう。生徒会長にはあなたから声をかけておいていただけませんか?学園長」
「…いいだろう」
「ではよろしくお願いします」
ウィリアムの隣に座っていた教師は話をまとめ、学園長の眼光をまるで児戯のように平然と受け止め会議を終わらせた。
こうして、様々な不安を想起させる入学式が始まろうとしていた。
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