GOD EATER 2 蓮の目を持つ者 (ジェイソン13)
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混ざり者の少女

「フェンリル本部より第三世代神機使い本格運用の認可が下りた。よって、本日で極致化技術開発局・第三世代神機試験隊を解体、同時に特殊部隊 ブラッド隊の創設をここに宣言する」

 

 

 

 

 西暦2074年――世界は“荒ぶる神々(アラガミ)”に喰い荒らされ、人類は存亡の危機に立たされていた。

 あらゆる物質を捕喰する能力を持つアラガミを前に人類は無力だった。数えきれない流血の歴史で獲得した強力な兵器や戦術は通用せず、弾丸も、砲弾も、ミサイルも、核兵器ですら彼らにとっては餌でしか無かった。

 国家という枠組みは無くなり、人類が築き上げた文明社会は崩壊し、食べ残しの人類と資源はアラガミの捕喰に抵抗出来る物質・偏食因子とアラガミを殺せる唯一の武器・神機の技術を独占した北欧の生化学企業フェンリルの庇護下に置かれることとなった。

 

 世界には荒野とスラムが広がっていた。

 

 大地を駆ける巨大な箱舟――フェンリル本部極致化技術開発局 フライアの内装は終末の時代にも関わらず洗練され、局長室に至っては贅の限りを尽くしていた。中央に立つ2人の青年の目には絢爛豪華な内装が映り、奥の局長席には多数の勲章をつけた恰幅の良い男、グレゴリー・ド・グレムスロワ局長がふんぞり返っている。

 

「ジュリウス・ヴィスコンティ少尉」

 

「はい」

 

 グレム局長に呼ばれ、中央に立つ細身の青年ジュリウスが澄ました顔で返事をする。

 真っ直ぐなダークブロンドの髪と長い睫毛、グレーの瞳を持ち、それらは黒革の式典用礼装に映えていた。高貴な佇まいのせいか、男性ではあるが美人という表現が的確だった。

 

「ブラッド隊創設に伴い、貴官を隊長に任命する」

 

「謹んでお受けいたします」

 

 ジュリウスは拳を心臓に当てるフェンリル式の敬礼で返す。

 

「ロミオ・レオーニ上等兵」

 

「はい」

 

 名前を呼ばれ、もう一人の青年ロミオが慌てて緩めた姿勢を正す。

 ジュリウスと同じく式典用礼装に身を包んでいるが、一回り低い背丈と声のせいか子供っぽさを感じてしまう。式典礼装用の制帽の下から出るカールした金髪、花緑青の瞳、体格に不釣り合いなほど幼げな顔立ちのせいで大抵の人は彼が19歳とは思わないだろう。

 

「貴官を隊員に任命する。ヴィスコンティ少尉をサポートするように」

 

「は……はい」

 

 ――副隊長じゃないのか……。

 

 出世欲があった訳では無いが、(たった1年とはいえ)2番目に長いキャリアの自分が副隊長に任命されなかったことにロミオは少し気が落ちた。

 

「何か不満か? 」

 

「い、いえ! ! ありません。誠心誠意頑張ります! ! 」

 

 ロミオも拳を心臓に当て、フェンリル式の敬礼で返す。

 

「よろしい。以上でブラッド隊創設および部隊長、部隊員の任命式を終了する。部隊の詳細については、ラケル・クラウディウス博士から説明を受けるように」

 

 ジュリウスが挙手する。

 

「グレムスロワ局長。一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか? 」

 

「何だ? 」

 

「フェンリル本部の規定では神機使いの部隊は最低3人と定められています。人員不足の支部はともかくとして、本部直属のフライアにて規定以下の人数で部隊編成を行う意図をお聞かせください」

 

 ジュリウスの質問にグレムはため息を吐き、肩を落とす。ようやく肩っ苦しい任命式を終えられると思っていたところに水を差された。ジュリウスの質問を「余計なこと」と思っているだろう。口には出さなかったが、表情には出ていた。

 

「そうだな。本来であれば、ここに3人目のブラッド隊員が来るはずなのだが……」

 

 グレムはチラリと金色の腕時計を見る。3人目の到着予定時間はとうに過ぎている。デスクに備え付けられたこれまた装飾過多な内線の受話器を取り、耳に当てる。

 

「私だ。グレムだ。マグノリア=コンパスから来る新人。あれはまだ来ないのか? 」

 

 電話の相手が遅れの理由を説明した途端、グレムの表情が険しくなる。

 

「何ぃ! ? 輸送機が墜落しただと! ? 何故早くそれを言わない! ! 」

 

 彼は声を荒げ、デスクに拳を叩きつける。ティーカップが揺れ、中の紅茶が数滴、受け皿に零れる。

 

フレースヴェルグ隊はどうした! ? 連中を向かわせろ! ! 」

 

 フレースヴェルグ隊――フライア創設時に結成された神機使い部隊だ。主な任務はフライアの防衛、進路上のアラガミの排除、および研究・開発に必要なサンプル採取であり、フライア所属のゴッドイーターと言えばまず彼らを指す。

 ジュリウスの記憶ではフレースヴェルグ隊は北方に出現した新種のアラガミのサンプル採取で出撃していた筈だ。

 グレム局長がジュリウスとロミオを一瞥する。

 

「――――分かった。ライアー隊長に伝えろ。人員は割かなくて良い。フライアから手配する」

 

 グレムは受話器を戻すと視線をジュリウスとロミオに向け、デスクの上で両手を組む。

 

「ブラッド隊。君達の初任務だ。3人目の隊員を輸送していた航空機がアラガミの襲撃を受けて墜落した。直ちに現場に急行し、新入隊員を救出しろ。最悪、神機だけでも回収するように」

 

 ジュリウスとロミオは姿勢を正し、敬礼する。

 

「了解しました。ブラッド隊、出撃します」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 荒野を進む陸の箱舟――フライアのヘリポートからティルトローター式の垂直離着陸機が飛び立つ。通常のヘリコプターと比較して速度・航続距離に優れており、輸送機の墜落地点までの最短のルートで飛び抜ける。

 20人ほど座れるキャビンの中ではジュリウスとロミオが向かい合って座り、タブレットを眺めている。服装は任命式の礼装のままだが、戦闘服としても使用できるように作られている。繊維は対衝撃・対裂傷に優れ、デザインも動きを阻害しないように配慮されている。

 

「データリンク完了。フラン。情報をタブレットに送ってくれ」

 

『了解しました』

 

 フライアの指令室、オペレーターのフランの落ち着いた声と共に、墜落した航空機の詳細、墜落地点の地図、地形や天候のデータ、広域レーダーが捕捉したアラガミのデータが次々と表示される。

 

『回収対象の名前は紅理沙(クリスナ)サキ。15歳。マグノリア=コンパス第十三区画出身。神機の適合試験は既に完了しているとのことです』

 

「フライアじゃないのか。珍しいな」

 

「ってことはもう戦えるのか? 」

 

『いえ。ラケル博士からの情報ですと、適合試験を行ったのは6時間前、その後は既定の身体検査を行ったのみだそうです』

 

「それヤバいじゃん! ! 」

 

 ロミオの頬を冷や汗が流れる。

 

「ああ。非戦闘員も同然だ」

 

 ブラッド隊の初任務が神機使い救出任務から神機の回収任務に変わるかもしれない。ブラッド隊の初仕事としてはあまりにも縁起が悪かった。

 

『他はパイロット2名、医師1名、護衛の神機使いが1名、同乗しています』

 

「今は、護衛の神機使いが優秀であることを願うしか無い」

 

 願うしか無いと言ったが、神に見捨てられた時代で神に祈るほど2人は信心深くない。2人とも限られた時間で出来ることをやろうと、タブレットから可能な限りの情報を頭に叩き込む。

 

『墜落地点見えました。少数ですがレーダーにオラクル反応あり』

 

 パイロットから通信が入り、キャビンに備え付けられたスクリーンに墜落地点が映される。そこはかつて港町として栄えたのだろう。海岸線沿いに廃墟が広がり、その一画にある大きな円環状の建物から煙が上がっていた。映像を拡大すると一部だが航空機のシルエットが見える。

 

「高度を下げてスタジアムの真上に行ってくれ。そこでダイブする」

 

『了解』

 

 ジュリウスとロミオはキャビンの壁にラッキングされた神機を手に取る。あらゆる物質を捕喰する性質を持つオラクル細胞、それによって構成された多細胞群体であるアラガミに対抗できる唯一の武器だ。

 ジュリウスの神機は黒い刀身に金色の刃を持つロングブレード、ロミオの神機は黒い刀身にオレンジ色の刃を持つバスターブレードの形状をとっている。今は近接武器を展開しているが、第二世代以降の神機は本体・刀身パーツ、銃身パーツ、装甲パーツの4つに分割されており、神機を銃に変形させ遠距離で戦うことも出来る。

 グリップを握った瞬間、赤い腕輪から黒い筋繊維が伸びて神機と接続する。神機はオラクル細胞で構成されているいわば“武器の形状を取るアラガミ”である。その制御には偏食因子が必要不可欠であり、神機使いは腕輪を介して神機を制御し、同時に神機から逆流するオラクル細胞を活性化させるパルスを受けることによって身体能力を飛躍的に向上させる。

 

『ハッチ開けます。ご武運を』

 

 2人は神機を握り、パラシュート無しでスタジアムに向けて飛び降りた。高度を下げているとはいえ、通常の人間では骨折と内臓破裂は免れない。しかし、神機との接続で身体能力が強化された2人は難なく着地する。

 スタジアムの中央にはジュリウス達が乗って来た垂直離着陸機と同じくらいのサイズの航空機が不時着していた。衝撃でボディは真っ二つに折れ、翼も弾け飛んで観客席たった場所に突き刺さっている。

 それ以上に2人の目を引いたのは、無数のアラガミの死骸だった。

 卵殻に噛み付かれた女体のような姿の浮遊アラガミ ザイゴート、大きな牙と巨大な尻尾が特徴の二足歩行アラガミオウガテイルの死骸が至る所に転がっている。

 その中で1体のアラガミの死骸が目を引いた。

 

 サリエル――青緑色のドレスを着た婦人と蝶が融合した姿を持つアラガミだ。常に浮遊し、額にある巨大な目から高エネルギー状態に励起したオラクル細胞をレーザーのように射出する。航空機を撃墜したのもこの個体の仕業だろう。

 

 仰臥して倒れるサリエルの頭、レーザーを発射する巨眼にはショートブレード型の神機が突き刺さっていた。

 そのサリエルの傍らに一人の男が倒れている。フェンリルのエンブレムが入った戦闘服を身に纏い、彼も仰臥して空を見上げていた。

 ジュリウスとロミオは駆け付けるが、「大丈夫か?」とは尋ねなかった。必要が無かったからだ。神機使いの男は胸から下が食い千切られ、断面からは引っ張り出された臓器が地面に零れていた。

 ロミオはこみ上げる怒りと悲しみを噛みしめ、目を伏せる。

 

「ロミオ。飛行機の中に生存者が残っていないか調べてくれ」

 

「……分かった」

 

 ロミオが航空機の折れた断面から中に入る。

 その間、ジュリウスは神機使いの男の傍らに膝を立てて屈んだ。弔いの意を込め、開いていた彼の瞼を閉じた。

 

「よくやってくれた。後は俺達に任せてくれ」

 

 弔っている間にロミオが航空機から出て来た。その表情から中の状況も良いものでは無かったのだろう。

 

「ジュリウス。パイロットと医者は駄目だった。けど新入隊員がいない。神機も無くなってる」

 

 ロミオの報告から考えられるパターンは2つ、隊員も神機も喰われたか、それとも隊員が神機を持ってここから離れているか。――せめて後者であって欲しいと2人は願う。

 突如、2人の耳に獣達の雄叫びが聞こえた。この時代に野生動物はいない。人類に保護された一部を除いて、地球上の動物はほとんど絶滅している。これはアラガミの声だ。

 ジュリウスとロミオは声の聞こえた方へと走り出した。神機接続により強化された脚力で2人は2歩でスタジアムから飛び出し、コンコースを抜ける。

 当時の建造物が廃墟という形で残っている市街地を駆ける。アラガミの鳴き声、神機の銃声がまだ続き、2人は音を頼りに見通しの良い大通りを走り抜ける。

 

『ヴィスコンティ隊長。2時の方向100mに神機使い1名のバイタルを確認』

 

 2時の方向100m、目を向けると2階建ての広い建物が見える。回収対象はその中にいるのだろう。

 

『これは――! ! オラクル反応確認。回収対象は小型アラガミと交戦しています』

 

 ――間に合ってくれ……! !

 

 ジュリウスの表情にも焦りが見え始める。

 

 2人は建物の中に突入する。かつてはショッピングモールだったのだろうか、内部は吹き抜け構造になっており、崩落した天井から入る陽光で1階から上のフロアの様子が窺える。

 

「おーい! ! サキちゃーん! ! 」

 

 ロミオが回収対象の名前を呼ぶ。音が反響するが、再び静かになった。アラガミの声も銃声も聞こえなくなっている。最悪の事態が脳裏に浮かんだ。

 

 

 駆ける足音が聞こえる。音は軽く、テンポは速い。

 

 

 2階フロアから、少女が飛び出した。小柄な体格をブラッド隊の式典用礼装で包み、その体躯に不釣り合いなくらい大きな神機を握っていた。ジュリウスと同じ形状、ブラッド隊仕様のロングブレードだ。

 少女は吹き抜けを落ちて中央広場に着地する。

 その直後、彼女を追ってオウガテイルが飛び出して来た。白い獣脚類の身体と巨大な頭部が少女に飛び掛かり、大口を開けて2本の牙を剥き出しにする。

 少女は着地直後に反転、バックラーを展開し、オウガテイルに対して斜めに傾けた。僅かに身体を動かし、バックラーの表面で滑らせるように向かって来る牙と頭を受け流す。少女は通り抜け様にオウガテイルの脚をブレードで切断。瞬時に翻りながら神機を変形。ブラッド隊仕様のショットガンを伸ばした。射程距離を捨て、近距離の威力に特化したオラクルバレットを生成する銃身パーツだ。

 少女はすかさずスラッグ弾を射出。高エネルギー状態に励起したオラクル細胞の塊はオウガテイルの身体を弾き飛ばした。

 

 

 少女の動きにジュリウスとロミオは絶句した。驚きのあまり、援護しようと思って銃形態に変形させていた神機を下ろす。

 

「なななな……何だよ! ! 今の動き! ! 6時間前に適合検査したばかりって何かの間違いじゃないのか! ? あれどう見ても数年戦ったベテランの動きだよ! ! 」

 

「期待の大型新人という奴か……」

 

 神機の扱いだけではない。適合検査したばかりで訓練も受けていない中、彼女は既に自分の戦い方を確立させていた。

 

「フラン。オラクル反応はどうだ? 」

 

『消失しました。今ので最後です』

 

「分かった」

 

 ジュリウスとロミオは吹き抜け広場の中央に立つ少女に歩み寄った。

 

「ブラッド隊隊長 ジュリウス・ヴィスコンティだ。君の救援に来た」

 

 ジュリウスに声をかけられ、少女は振り向いた。

 髪ゴムで束ねられた栗色のサイドテールが揺れ、アジア人の幼く可愛らしい顔立ちが見えた。情報では15歳となっているが、目測155cmの低い身長も相まって更に1~2歳幼く見える。

 しかし、それ以上にジュリウスの目を引いたのはだった。彼女の右頬から首筋にかけて血管のような赤い痣が浮かび上がっていた。戦闘による傷や打撲ではない。先天的なものだろう。

 サキはジュリウスに向けて敬礼する。活躍とは裏腹にその表情には暗い影が落ちている。

 

「本日付でブラッド隊に配属されました。紅理沙(クリスナ)サキです。よろしくお願いします」

 

「ああ。よろしく頼む」

 

 

 

 左の濃緑色の瞳、右の神々しい金色の瞳はジュリウスを見ていた。

 




祝・ゴッドイーター10周年!!

無印をプレイし世界観に惹かれ、誰にも見せることが無かった人生初の二次小説を書いた当時の興奮を思い出しました。2やレイジバーストをプレイしていた時に考えていた話も「旬の時期は過ぎたし、ゲームも引退したし、お蔵入りかなぁ」と思っていましたが、「10周年! ? 乗るしかない、このビッグウェーブに!!」ということで書き始めることにしました。

主人公(サキちゃん)のビジュアルについては、2やレイジバーストの女主人公(デフォルト設定)を少し幼くして、痣とオッドアイをプラスした感じでイメージしてくれれば大丈夫です。



その他、ハーメルンの連載作品

「ブラック・ブレット 贖罪の仮面」

興味がありましたら是非。



次回 「守れなかった罪」


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守れなかった罪

「ええええええええええええ! ? 本っ当に初めて! ? 」

 

「はっ……はい」

 

 新入隊員・紅理沙サキの回収という任務を終え、フライアに帰投中だった垂直離着陸(VTOL)機の中でロミオの驚声が響いた。それに驚いたサキはびっくりして身を縮める。

 神機を握り、アラガミを倒し、何事も無かったかのようにジュリウスに敬礼して自己紹介したサキだったが、神機を手放した瞬間、スイッチが切れたかのように彼女は()()()()()になった。戦場の中で引き締まっていた表情は緩み、先程の堂々とした所作はどこに行ってしまったのか、回収作業を前にして何をすればいいか分からずおろおろとし、VTOL機のローター音にびっくりして「ひゃっ」と声を上げ、今は隊長のジュリウス、先輩隊員のロミオを前にして緊張している。

 

「どこかの支部で数年キャリアを積んでいたとか、そういうこともなく! ? 」

 

「は、はい。無いです」

 

「マグノリア=コンパスで戦闘訓練を受けていたとか! ? 」

 

「えっと……授業で護身術を習っていたぐらいです」

 

 サキは自嘲し、遠い目をして過去を振り返る。その表情はあまり芳しくなく、ジュリウスは「成績は良くなかったのだろうか」と推測する。

 

「もしかして、先祖代々サムライかニンジャの家系で、さっきの動きも秘伝の剣術とか」

 

「そういうのも無いです」

 

「じゃあ……何であんな動きが出来るんだよ? もう生まれ持った才能というか、天才としか説明が付かないんだけど」

 

 ロミオが頭を抱え、何も答えられないサキも困りながら愛想笑いを浮かべる。

 

「その……何て言いますか、自分でも上手く説明できないんですけど、神機を握った瞬間、神機の使い方とか戦い方とか、色んな情報がぶわーって頭に入ってきまして……、そうしたら自分が自分じゃなくなったんです。神機も使い慣れた感じがして、アラガミも恐くなくなって、『私が戦わないと』『私がみんなを守らないと』って気持ちが大きくなったんです。

 

 

 

 

 ――――――その時にはもう、守りたいと思った人達はみんな死んでいましたけど」

 

 

 サキは皮肉を吐き、キャビン後方に目を向ける。そこには4つの遺体袋が置かれていた。2名のヘリパイロット、1名の医師、1名の護衛の神機使いがそれぞれに入っている。そして彼の神機もサリエルから引き抜かれ、専用のラックに置かれていた。

 サキと共に目を向けたロミオも苦虫を嚙み潰したよう表情を浮かべ、帽子の唾を落として表情を隠す。

 ジュリウスは2人の心情を察すると涼しい顔のままサキに目を向けた。

 

「サキ。気にするなとは言わない。救えなかったことを悔やむのも、彼らの為に涙を流すのも間違ったことではない。だが、君は生き残ったことを誇れ

 

 サキははっとさせられ、面を上げてジュリウスの方を向く。

 

「与えられた職務だが、彼らは命を賭けて全うし、君を守り抜いた。今、君がこうして生きている時点で()()()()()()()()()()。君が神機使いとして戦い、これから多くの人々を救うことで彼らは勝ち続け、その『意志』は未来へと繋がれていく」

 

 いつしかロミオも帽子を外し、ジュリウスに目を向け、言葉に耳を傾けていた。

 

「もう一度言う。生き残ったことを誇れ。例え自己満足であったとしても、その『誇り』はいずれ『意志』となり、君の『力』となる」

 

 2人の視線が集まっていることに気付いたジュリウスは自分に隊長としての期待が寄せられていると感じる。純粋に嬉しく思いながらも責任の重さも身に染み入る。

 

『フライア着艦まであと3分』

 

 パイロットからアナウンスが入る。どれだけ航空技術が進歩しても着艦の瞬間には振動が来る。ジュリウスとロミオは身の回りに不安定なものや零れるものが無いか確認する。2人ともこの作業には慣れて来たのだろう。

 ズシンと機体が上下に揺さぶられ、ローターの音が静まり始めた。

 

『後部ハッチ開きます』

 

 パイロットのアナウンスが入り、後部ハッチが開く。ヘリポートには作業員が待ち構え、手慣れた作業で元の航空機から回収した物資や遺体袋を回収していく。

 3人もシートベルトを外し、後部のハッチからヘリポートへと降りた。

 そこの1人の女性が彼・彼女らを待っていた。

 一人は車椅子に座っていた。運動できない身体故かその体格は少女ように細く、平滑感のある質素な黒いドレスとチュールレース付きの黒い帽子は喪服を想わせる。そのような格好だからだろうか、腰まで届く柔らかな金髪と優しい青い瞳が映えた。

 

 彼女の名は、ラケル・クラウディウス。

 

 オラクル脳神経科学研究の第一人者であり、フライアの副開発室長を務めている。ブラッド隊の前身となった第三世代神機試験隊も彼女が提唱したものだ。

 彼女達を見た瞬間、ジュリウスとロミオは姿勢を正して敬礼し、2人の動きを見てはっと気づいたサキも遅れて敬礼する。

 

「ブラッド隊。ただ今、帰還しました」

 

「大変でしたでしょう。楽にして良いですよ」

 

 ラケルが小さく口を開く。それほど大きな声を出していない筈だが、強い風が吹くヘリポートで何故か彼女の声は耳に届く。

 言われるがままに3人は敬礼の姿勢を崩した。

 装飾のついた車椅子がひとりでに動き、ラケルがサキの前へとくる。

 

「紅理沙サキさん。ようこそ。フライアへ。ブラッド隊は貴方を歓迎します」

 

 ラケルはか細い笑みを浮かべた。顔は見えるのだが、帽子のチュールレースのせいでサキは彼女の表情が読めなかった。

 

 ――何故だろうか。本能的に彼女から恐怖を感じた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 フライアに到着したサキを待っていたのは身体検査だった。適合検査で1度経験しているとは言え、一度も訓練を受けていない新兵が現場で神機と接続、そのままアラガミと交戦するという異例が発生した。神機という名の生体兵器、それを使う神機使いのメディカルチェックに対し、本部・支部問わずフェンリル全体が神経を尖らせている。

 サキはフライア到着早々、医療班の担架で医療区画に運ばれ、制服を脱がされ、インナーと検査着だけの格好でよく分からない検査機器に放り込まれた。

 

 それが終わるといつの間にか用意されていた新しい制服に着替え、サキはラケル博士の研究室に向かった。

 彼女の研究室は見た目からイメージし易いゴシック調の落ち着いた調度品と裏腹に唸り声を上げて動き出しそうなマシンやコンピュータが雑多に混ざった不思議な部屋だった。様々なものが低い位置に置かれており、車椅子生活を余儀なくされたラケルに配慮したつくりになっている。

 ジュリウスとロミオはソファーに座り、サキが来るのを待っていた。彼女が検査を受けている間に少し時間があったのだろう。2人は私服に着替えていた。

 ジュリウスはその風貌通り、貴族を想わせる革や金属で装飾された燕尾服を着ていた。足回りは戦場で走り回ることを想定して丈夫なブーツで固めている。誇りと礼節を重んじる彼らしい格好だが私服と言うには堅苦しいとサキは感じた。

 対して、ロミオはオレンジ色の短丈ジャケットと太い水色のボトム、頭にはバッジのついたニット帽を被り、非常にポップで彼の明るい性格を見事に表していた。サキはその服に何個の缶バッジが付いているのか気になった。

 ラケルの対面となる位置のソファーに今日の主役であるサキが座る。

 

「それでは改めて。ようこそ。フライアへ。新しいゴッドイーター

 

「ゴッドイーター? 」

 

「神機使いの通称です。その言葉の意味は近い内に知ることになるでしょう」

 

 特に隠しているつもりでは無いのだろう。しかし、ラケルの言動には靄がかかったような不透明さを感じ、サキは何かを隠しているのではないかと勘ぐってしまう。

 

「ブラッド隊は第三世代神機の本格運用を目的として創設された部隊です。神機の雛型となった第一世代、可変機能を備え近距離式と遠距離式を複合させた第二世代、そして、『血の力』によりそれらを超越した第三世代です」

 

「あの……『血の力』って何ですか? 」

 

 サキが恐る恐る手を挙げ、ラケルに尋ねた。

 

「『血の力』とは、第二世代神機同士が接触した際に稀に発生する意思や記憶の交流『感応現象』を利用したものです。『人為的に感応現象を引き起こすことで神機に意志を伝え、神機に秘めた力を発揮させる。その力は神機と神機使いだけでなく、周囲の神機使いにまで波及し、彼らを導いていく』それが『血の力』です。現時点でそれに目覚めたのはジュリウスだけですが、ロミオにも、サキにも、その可能性が隠れています」

 

 抽象的なラケルの話が理解できなかったのか、サキの頭の上には「?」マークがたくさん浮かび上がっていた。目も少し上を向いている。

 

「おい。マジかよ」

 

「大丈夫か? 」

 

 ラケルはサキが話を理解していないのを察し、「ふふっ」と小さく笑みを零す。

 

 ラケルの傍にある画面にウィンドウが開き、メッセージの受信を知らせる。ラケルはゆったり手つきでキーボードを操作し、メッセージの内容を目で追う。

 

「医療区画から報告がありました。『異常なし』と。良かったですね」

 

「『異常なし』ですか……」

 

「何か気になることでも? …………ああ、そういえば、ジュリウスとロミオから神機と繋がると性格が変わるという話を聞いていましたね。それでしたら、貴方はイーターズ・ハイかもしれません」

 

「「「イーターズ・ハイ? 」」」

 

 ブラッド隊3名が合わせてラケルに問う。

 

「神機使いの中には接続すると気分が高揚し、性格が豹変する人が一部には存在します。以前、拝見した論文では『普段はお菓子作りが大好きな朗らかな女性だが、神機を握ると破壊衝動が高まり、大出力のオラクルバレットで敵も味方もまとめて吹き飛ばす破壊の化身になる』と書かれていました」

 

「博士、その人の頭大丈夫? 」

 

 ロミオが遠慮のない感想を述べる。

 

「彼女が所属する支部で何度も検査していますが、何も問題ないそうです」

 

 ラケルの視線がサキに向けられる。彼女の脳波を読み取り、車椅子がサキに向かって動き出す。

 

「サキ、貴方の場合ですと『感情が抑制されることで恐怖心が薄まり、冷静で的確な判断が出来るようになる』といったところでしょうか。オラクル脳神経科学は私の専攻分野ですが、イーターズ・ハイに関してはサンプルが少ないものですから、今はこれくらいのことしか言えません」

 

 ラケルは車椅子から上半身を乗り出し、サキに向けて手を伸ばす。彼女の両頬に手を当て、触れる。紅理沙サキという人間がそこにいることを確認しているかのようだ。

 

 

 

 

「貴重なサンプルですし、貴方の頭を切り開いてみましょうか」

 

 

 

 ――ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! ! ! !

 

 

「冗談です」

 

 サキの恐怖と声にならない悲鳴をどこ吹く風とラケルは手を離し、サキから離れる。

 

「初実戦でお疲れでしょうし、詳しいことはまた明日にしましょう。サキ、ロミオ。明日からブラッド隊の本格的な活動が始まります。今日はゆっくりと休んで下さい」

 

 ロミオは休みと聞いて、「よっしゃー」と分かり易いリアクションで喜び、サキもようやく休めるとほっと一息吐く。

 

「あの……ヴィスコンティ隊長は? 」

 

「ブラッド隊について、ラケル博士に相談したいことがある。お前達は先に戻っていろ」

 

「了解しました」

 

「了解。隊長殿」

 

 2人が出て行った後、自動扉が閉まり、瞬時にロックがかけられた。

 

 

 

 部屋を出た後、サキとロミオに「部屋に案内するぜ」と言われ、一緒に広大な廊下を歩いていた。宮殿の中のように芸術的だが、所々に増設された何かのパイプ、扉を開け閉めするためのタッチパネルといった機械的な要素も組み合わさっている。

 サキはフライアの壮大さに目が回り、床、壁、天井、設備、etc……に目が映る。天井すらも美術品のようでずっと見上げていると通りがかったフライア職員にクスクスと笑われた。恥ずかしくなり、途端に視線を前に戻す。

 

「ごめんなさい。ついつい……」

 

「マジでビビるよな。俺なんて去年来た時、見上げ過ぎて後ろに倒れたんだぜ」

 

 サキは思いっ切り吹き出した。笑いが堪えられず、ロミオから背を向けて顔を隠すが全身が小刻みに揺れている。

 

「あっ、コラ! ! 笑うなよ! ! 俺、先輩だからな! ! ロミオ先輩だからな! ! 」

 

「ごめんなさい。あまりにも面白くて……」

 

 まだ笑いが収まらないサキがふと下腹部を抑える。全身の震えが下半身だけになり、彼女の脚の震えが目立ち始める。

 

「あの、ロミオ先輩。トイレどこですか? 」

 

「え? 漏らすほど笑っちゃったの? 」

 

 ロミオがサキから半歩遠ざかる。

 

「漏らして無いです! ! けど漏れそうなんです! ! 」

 

「そこの横道に入ったら左手に女子トイレがあるから」

 

 ロミオは呆れながらトイレの方向を指さす。神機を握っていた時のカッコいいサキのイメージはもうどこかへ飛んで行ってしまった。

 

 

 

 

「ふぅ~間に合った~」

 

 女子トイレの個室で用を済ませ、サキは手洗いを済ませる。備え付けられた乾燥機で手を乾かし、ロミオを待たせてしまっていると思い駆け足でトイレから出る。

 出会い頭に人とぶつかってしまった。相手はサキよりもフィジカルに長けるのか、ぶつかったサキだけがよろめいて後ろに下がる。

 

「あ、ごめんなさい」

 

 サキは相手を見上げる。

 目の前に居たのは、生来の焦げ茶と染めた金髪が入り混じったロングヘアの女性だ。ダメージジーンズと着古したTシャツの上にオレンジ色のジャケットを羽織っている。腕には神機使いの証である赤い腕輪が付いていた。

 

「へぇ。黒い腕輪……。アンタが第三世代の新入りか」

 

 神機使いの女は黒い腕輪からサキへと視線を向ける。怒りと、憎しみと、恨みと、悲しみが、その口調と視線だけでも十分に伝わる。彼女から危険を感じ、サキは離れようとするが、背後は女子トイレ、袋小路だ。

 

「何で……何でテメェなんか守って兄ちゃんは死んだんだよ! ! 」

 

 神機使いの女がサキを殴り飛ばす。彼女の軽い身体は背後の壁に叩きつけられる。サキは立ち上がろうとするが、瞬間、身体が浮いた。自分の脚で立ち上がったのではない。神機使いの女がサキの制服の襟を掴んで持ち上げていたのだ。彼女は腕を振るい、サキを手洗い台の鏡に叩きつけた。大きな音を立てて鏡が割れ、破片が彼女の身体に刺さる。

 サキは神機使いの女の胴を蹴るが、そこそこ鍛えているのか怯む様子も無い。

 

「ヨーナス兄ちゃんは凄いんだ。優しくて、強くて、料理も出来て、自分だって苦しいのに血の繋がってない私を拾って、字の読み書きを教えてくれたんだ! ! 返してよ! ! 私の……私のたった一人の家族なんだよ! ! 」

 

 神機使いの女は割れた鏡の破片をナイフのように握り、その先端をサキに向ける。

 

「おい! ! 何やってんだよ! ! テレサ! ! 」

 

 彼女の声と鏡が割れる音で異変に気付いたのだろう。ロミオが神機使いの女――テレサを背後から羽交い絞めにする。それでもテレサは止まろうとしないが、遅れて同じ赤い腕輪をつけた人達が集まり、数人がかりでテレサを床に押さえつける。

 

「邪魔すんじゃねえ! ! 」

 

「テメェ。ちょっと黙ってろ! ! 」

 

 赤い腕輪のついた腕が降り上がり、テレサの顔面に叩きつけられた。そこで彼女は気を失ったのだろう。必死にもがいていた彼女の手足はピタリと止まり、騒がしかった女子トイレの中は静かになった。

 

 

 

 サキの視界の半分が赤くなる。額に温かい液体が流れ、ふと手を当てるとその温かさは手にも伝わった。がべっとりと付いて、手が真っ赤になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()、ちゃんと守りますから……。

 




解説

・ブラッド隊以外の神機使いについて
ゲーム本編ではブラッド隊以外にフライア所属の神機使いは描写されていませんでしたが、「神機兵が稼働する以前、ブラッド隊が結成される前のフライア防衛はどうなっていたんだ? 」「第三世代や神機兵の研究・開発に必要な素材を採取する部隊がいても良いのではないか? 」と考え、極東支部における防衛班的なポジションとしてフレースヴェルグ隊を出すことになりました。

他にも整備班や医療班など、フライアの人達をもっとたくさん描写することで「アットホームな職場」を表現出来たらいいなと思っています。



次回「感応種」


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感応種

新生活が始まったり、2作品同時連載が意外と難しかったりして更新が遅くなりました。すいません。

サキちゃんが謎を抱えていて多く語れないキャラであるせいか、代わりにジュリウス視点の心情描写が多くなり、彼が主人公みたいになってるなぁとつくづく思います。


 女子トイレの暴行事件がジュリウスの耳に入ったのは、ラケルの部屋に残りブラッド隊の運用について相談していた最中のことだった。フランからサキがフレースヴェルグ隊の隊員から暴行を受けて医療区画に運ばれたと連絡が入った。ジュリウスは不安に駆られたが、弱々しい姿を見せないよう毅然とした態度を保ち、「分かった。すぐに向かう」と返答した。

 相談を打ち切り、ジュリウスは足早に医療区画へと向かった。「失礼する」と言って職員達を押し退け、白を基調とした医療区画に入ると最初に目に入った看護師を捕まえてサキの居場所を聞き出し、彼女の病室の自動扉を開けた。

 

「サキ! ! 」

 

「うわっ。びっくりした」

 

 ベッドとテレビ、壁に備え付けられた戸棚だけの簡素な部屋でサキは眠り、傍らに座っていたロミオは身体が跳ね上がった。ロミオはジュリウスの声に驚き目を丸くしている。彼の凝視でジュリウスは自分が病室で大きな声を出したことに気付き、はっと片手で口を被う。

 

「ロミオ。サキは大丈夫なのか? 」

 

「ドクターは『異常なし』って。疲れているから今日はこのまま寝させろってさ」

 

「そうか」

 

 ジュリウスは安堵する。しかし、サキの容態とは裏腹にロミオの表情は暗かった。

 

「ごめん。ジュリウス。俺が付いていながら」

 

「フランから事情は聞いている。仕方ない。場所が場所だ」

 

 暴行事件の後、ロミオはサキを医療区画に連れて行った。その時、手伝ってくれたフレースヴェルグ隊の隊員からテレサがサキを襲った理由を聞かされた。それをそのままジュリウスに語る。

 サキを運んでいた輸送機の護衛を務めていた神機使いはテレサの兄――ヨーナス・ヘンミンキであり、彼はサキの護衛任務を終えた後、そのままフレースヴェルグ隊に配属される予定だった。テレサは回収班の知り合いから「ヨーナスはブラッド隊の新人を守って死んだ」とだけ聞かされ、凶行に出たらしい。

 

「そうか。彼が……」

 

 “悪いのはアラガミであり、その怒りと悲しみをサキにぶつけるのは筋違いだ”――と言うだけなら簡単だ。しかし、大切な人を失った気持ちを何かにぶつけないと狂ってしまいそうになるテレサの心境は理解できないものでは無かった。

 

「ジュリウス。明日って予定ある? 」

 

「いや、特には入っていない」

 

「良かったら明日、サキちゃんの歓迎パーティしようぜ。入隊初日から散々な目に遭っているし、明日ぐらいは良い思いをさせないとな。あ、そうだ。ブラッド隊発足記念パーティもしないと」

 

 ロミオがいつもの明るさを取り戻し、ジュリウスはふっと笑う。1年前、ロミオのことは喧しいと思っていた。しかし、彼に影響されたからだろうか、今は不快に思ってはいない。今後、ブラッド隊の人間が増えていけば彼の人柄は隊を結束させる上で重要な役割を果たしていくのだろうと考える。

 

「分かった。訓練は明後日からにするよう申請しておく」

 

 これ以上、安眠の邪魔をしてはいけないと思い2人はサキの病室から出て、居住区核に繋がるエレベーターへと向かう。

 

「ヴィスコンティ少尉。レオーニ上等兵。少し時間を頂けないだろうか」

 

 2人の進路の先に一人の男が立っていた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 フライア内部にあるカフェ――他の部屋と変わらず機能的かつ機械的だがゴシック調の装飾も見られる空間でジュリウスとロミオはソファーに座り、テーブルを挟んで対面に座る男を見ていた。

 身長は180cmぐらいだが、肩幅が広く全体的にがっしりとした体格をしている。オレンジをベースにダークブルーのラインが入ったアーミージャケットを着ており、その下にはチェストガード付きの黒インナー、下半身は革製のボトムスと軍用ブーツで固めている。

 2人から彼の顔は見えなかった。仮面が顔全体を覆っていたからだ。額から下顎までが機械的な仮面で隠れており、一瞬、フェンリルのロボット工学の粋を集めて作り上げたサイボーグゴッドイーターではないかと思ってしまう。ワックスで後ろ向きに固められた黒髪、首元から見える肌で彼が人間だとようやく分かる。

 

「テレサ・ヘンミンキ一等兵が貴官の隊員に無礼をはたらいた件について、フレースヴェルグ隊を代表し、お詫び申し上げる」

 

 仮面の男――改め、ケイジ・ライアー大尉は腿に手を付き、深々と頭を下げた。

 

 彼はフライア発足当初から所属している神機使いであり、フライア発足時に各支部から派遣された神機使いを統括するフレースヴェルグ隊の隊長を務めている。部隊こそ違うが、ゴッドイーターとしてはジュリウス、ロミオの上官にも当たる。

 ケイジ・ライアーという名前、男性、29歳、日系アメリカ人、第一世代神機使いであること以外は一切の素性が不明となっている。グレム局長から直々に「素性の調査を禁ずる」と命令が出ており、今はフライア七不思議の一つとなっている。

 

「ヘンミンキ一等兵には法務部の処分が下るまで自室謹慎を命じている。彼女には心の整理をつける時間が必要だ。そちらの新兵の容態を窺っても? 」

 

「特に問題はありません。医者が言うには過労で寝ているとのことです」

 

「そうか。大事に至らなくて良かった」

 

 仮面のせいで表情は読めないが、口調からサキの無事を願っていたケイジの優しさが滲み出る。

 

「こちらこそ、ヨーナス・ヘンミンキ少尉の戦死について、ブラッド隊としてお悔やみ申し上げます」

 

 ジュリウスはケイジにアジア式の礼儀としてお辞儀をし、ロミオも続いて頭を下げる。

 

「これは、ご丁寧にありがとう」

 

 ジュリウスとロミオが頭を上げると丁度良くウェイターが注文したコーヒーを置いた。

 

「して、話とは何でしょうか」

 

「少し貴官らに確認したいことがある。回収班からの報告では輸送機周辺に居たのはサリエル1体、オウガテイル8体、ザイゴート10体だと聞いている」

 

「我々が到着した時にはヘンミンキ少尉、紅理沙二等兵が既に討伐済みでした」

 

「それ以外にアラガミは? 」

 

「紅理沙二等兵と合流した後、回収班のために周辺のクリアリングを行いましたが他は見つかりませんでした」

 

 ジュリウスが業務連絡のように淡々と述べると、ケイジは少しがっかりした様子で「そうか……」と少し落ち込んだ様子を見せた。

 

「えーっと、ライアー隊長。何かあったんですか? 」

 

 ――とロミオが尋ねる。

 

「整備班から奇妙な報告があった。まず、ヘンミンキ少尉は第二世代だ。ショートブレード・アサルト・バックラーの構成で銃形態を基本に使い、オラクルの回収手段として近接武器や捕喰形態を使っていた。しかし、整備班からは『戦闘で銃形態を使用した痕跡が無い。捕喰形態も、バックラーの展開もさせていない』と報告があった。少尉は終始、あまり使わない近接武器で戦い続けたことになる。同じ変形機構を持つ神機使いとしてどう思う? 」

 

「確かに奇妙ですね」

 

「これは個人的な推測なのだが、少尉は神機を動かさなかったのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()のではないだろうか」

 

「それって、まさか――」

 

 ケイジが言おうとしていることを2人は理解した。その事実に驚きを隠せなかった。

 

「確証は無いが、もしかすると輸送機を襲撃したのは極東から報告のあった例のアラガミ、もしくは同種の存在かもしれない」

 

 神機と神機使いの接続を切断し、無力化するアラガミ――感応種

 

 オラクル細胞を制御する偏食場パルスを発することで周囲のアラガミを統率し、更には神機と神機使いのパスを切断することで無力化する新種である。極東支部で最初の個体が確認され、以降は活動範囲を広げている。

 現在のところ、第一世代・第二世代に対抗手段は無く、同じく偏食場パルスでオラクル細胞を制御する第三世代神機使いが唯一の希望とされている。しかし、ブラッド隊がまだ感応種と交戦していない現状、それは理論上の話でしかない。

 

「もし輸送機を襲撃したアラガミが感応種なら、最初の第三世代である君達に白羽の矢が立てられる日は近いだろう」

 

 その言葉はプレッシャーとして2人に圧し掛かる。ジュリウスはとうの昔に覚悟を済ませているのか表情は変わらない。対してロミオは緊張して固唾を呑んだ。

 

「我々も出来る限りのバックアップは行うが、感応種が出たら君達や例の新人隊員に頼ることになる。――頼んだぞ」

 

「「了解(しました)」」

 

 2人は敬礼する。頼もしさを感じたのか、仮面越しだがケイジは「ふっ」と笑みを零し、口元が少し緩んだのが見えた。機械的な見た目に反して、感情は豊かだった。

「引き止めてすまない。話は以上だ」と言ってケイジは立ち上がろうとする。しかし、ふと何かを思い出し、動きが止まった。

 

「ああ、そうだ。お詫びと言っては何だが、これであの子に美味いものでも食わせてやってくれ」

 

 ケイジは懐から1枚のカードを取り出し、ジュリウスに渡す。フェンリルで使用される通貨フェンリルクレジット(fc)がチャージされた贈与用のカードだ。カードには金額が表示されており、そこそこの額が印字されていた。

 2人は、サキの歓迎パーティ・ブラッド隊発足記念パーティの予算をゲットした。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 四方を金属の壁で囲まれた空間に紅理沙サキは居た。空間はベースボールもサッカーも出来そうなくらい広々としているが、壁や床に刻まれた巨大な爪痕、拭い損ねた血のシミのせいで殺伐とした雰囲気を醸し出す。

 中央には台が置かれていた。天辺がサキの胸元に合うように高さが調節されている。

 目の前に見えるガラス張り、その向こう側から数人の白衣の男たちがサキを見ていた。その内の一人がインカムを装着している。

 アナウンスに従い、中央の台に向かって歩く。近づくと台の蓋が開き、彼女の身の丈を越えるブレードが姿を見せた。黒い刀身に銀色の刃が室内照明に反射して光沢を放つ。

 

 ――これが私の神機……。

 

『赤い窪みに手首を合わせて、神機を握って下さい』

 

 サキが指示通り窪みに手首を合わせ、神機を握った。

 瞬間、台の蓋が閉じてサキの手が挟まれた。

 全身が焼ける様に熱い。右手首から何かが入り込み、身体の中を駆け巡る。血管や神経が喰われる感覚に襲われる。否、感覚ではない。彼女の身体は実際に喰われていた。神機から伸びる触手が腕を、肩を、胸を、頬を捕喰していく。

 

 

 ――痛い痛い痛い痛い痛い! ! 助けて! ! 助けて! ! 誰か! !

 

 

 声に出したくても喉が言うことを聞かない。引き千切る勢いで挟まれた右腕を引っ張るがびくともしない。サキは立っていられなくなり、膝から崩れ落ちる。自律神経系が壊れたのかその場で血反吐を吐き、穴という穴から体液を垂れ流す。

 当初の予定ではこんなに苦しむことは無かったのだろう。白衣の男達は慌てた様子を見せる。しかし、誰かがガラスを突き破って助けに来ることは無かった。

 

 途切れそうな意識の中、サキの目に神機を握った男が映った。血まみれの服、同じ痣を持った腕、折れた神機、彼が幻覚なのか現実なのかサキには分からなかった。

 

 神機使いの男は告げる。

 

 『命令は3つ

 

 死ぬな

 

 死にそうになったら逃げろ

 

 そんで隠れろ

 

 ■■■■■■■■■――――――――』

 

 

 ――懐かしい声。貴方は、誰?

 

 

 

 

 

 

 

 

 サキが起きると壁も天井も近い狭い部屋が目に映った。外が見えないので今が昼なの夜なのか分からない。壁にかけられた時計を見て、今は朝の8時だと分かる。自分が12時間以上も寝ていたことに驚いたが、悪い夢を見てしまったせいか汗が酷かった。

 

「何で私、泣いているんだろう……」

 

 ボタンで看護師を呼び、シャワールームの場所を教えて貰う。

 程良く温かいシャワーで汗を流し、すっきりと目が覚める。悪い夢の内容も忘れていた。ふと鏡を見た。昨日、テレサに殴り飛ばされ、割れた鏡で額を切った筈だったが、傷跡は残っていなかった。首筋と頬の痣、金色の右目が目立ついつもの顔が映っていた。

 

 ――こっちも治してくれたら良かったのになぁ……。

 

 ゴッドイーターの身体になれば、奇異の目で見られる痣と金色の目も治ると期待していた。しかし、現実はそう上手くいかないようだ。

 

 

「サキちゃん。退院おめでとー。ようこそフライアへー。明るく笑顔の絶えないアットホームなブラッド隊はサキちゃんを歓迎するよー」

 

 ドクターの問診を終え、医療区画から出たサキをロミオがパーティ用の三角帽子をかぶり、クラッカーを鳴らして出迎えた。ロミオの背後にジュリウスもいるが、彼は浮かれておらず、プレゼント用に包装した花束を持っていた。

 

「ロミオ先輩。ヴィスコンティ隊長。何やってるんですか? 」

 

「いやー、ほら。サキちゃん昨日は散々な目に遭ったじゃん。だから今日はパーッと遊ぼうぜ。軍資金も貰って来たし。どこ行く? ご飯にする? それともショッピング? 服ならいいところ教えてあげるよ」

 

「大丈夫なんですか? 訓練とかあるんじゃ……」

 

「訓練は明日からだ。上には話を通している」

 

「えっ? 」

 

 サキは戸惑った。ロミオはともかく、いかにも冷静で真面目そうなジュリウスも歓迎パーティに協力するとは思ってもいなかったからだ。本部の特殊部隊に配属されると聞かされていた彼女は分単位でスケジュールをガッチガチに固めた訓練尽くしの毎日が待っていると思っていた。

 

「それに部隊内で親睦を深めるのも重要な訓練だ」

 

「は、はぁ」

 

 サキは生返事をし、とりあえずジュリウスから渡された花束を受け取る。

 パーティを訓練と誤魔化すジュリウスを見て、サキは「もしかしてけっこう愉快な人なんだろうか」と思い始める。

 

 

 

 

 

 

『コンディションレッド発令! ! コンディションレッド発令! ! 』

 

 

 

 突如、フライア内部でけたたましく警報が鳴り、天井に配置されたランプが赤く点灯する。

 

『広域レーダーにアラガミ群を捕捉! ! 数は約30! ! 3時の方角より1100ノットで接近中! ! フレースヴェルグ隊、直ちに戦闘配置に着いてください! ! 』

 

 周囲でドタドタと慌ただしい足音が響く。テレサやケイジと同様にオレンジとダークブルーのジャケットを着た神機使い達が走り抜ける。彼らは外に繋がる通路に向かうと壁に設置されている簡易ターミナルに神機使いの腕輪を入れ、認証させる。後に続く神機使い達も次々と簡易ターミナルに腕輪を読み取らせていく。

 フライア内部には神機を運搬するコンベアが全体に張り巡らされており、壁に設置されている簡易ターミナルに腕輪を読み取らせることで最寄りのゲートに神機を運搬する仕組みになっている。これにより神機使いがわざわざ保管庫に行く必要が無くなり、緊急出撃(スクランブル)時のロスを大幅に削減している。

 

「パーティどころではなくなったな」

 

「ジュリウス。どうするんだ? 」

 

「ブラッド隊も出撃する。俺はフランとライアー隊長に連絡を取る。フレースヴェルグ隊と連携を取りたい。ロミオはサキを避難所に案内してくれ。その後は神機を持って俺と合流。場所は後で連絡する」

 

「ま、待ってください。私も戦います」

 

 サキはジュリウスに食って掛かった。視線は真っ直ぐとジュリウスに向かっており、勇気を振り絞っているのだろうか両手は握り拳を作っている。

 

「駄目だ。訓練を受けていない君を実戦に出す訳にはいかない」

 

「実戦なら経験済みです」

 

「あれは緊急事態だ。それに今回は遠距離からアラガミを撃ち落とす防衛戦になる。君の装備では射程が短すぎる」

 

 サキの神機構成はロングブレード・ショットガン・バックラーだ。銃身パーツであるショットガンは近距離での威力に特化させたパーツであり、その間合いは格闘戦とほとんど変わらない。ジュリウスの言った通り、フライアの上に立ち、接近するアラガミを撃ち落とす防衛戦には不向きだった。

 

「君はこれから多くを学んで強くなる立場だ。不十分な状態で戦って、いたずらに命を落とさせる訳にはいかない」

 

「でも……」

 

 それでも食い下がるサキの肩をロミオが叩いた。

 

「サキちゃん。そんなに俺達が頼りない? 弱そうに見える? 」

 

「あ……いえ、そんなつもりは……」

 

「俺達けっこう強いんだぜ。何たって第三世代ゴッドイーターだからな。フレースヴェルグ隊だってずっとフライアを守ってきた防衛戦のベテランなんだ。こんなの何度も経験してるんだぜ」

 

 ロミオに言い包められたのか、険しかったサキの表情は穏やかになっていく。

 

「大船に乗ったつもりで俺達に任せてくれよ」

 

「は、はい。分かりました」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 フライア屋上のヘリポートでケイジは双眼鏡でアラガミが来る方角を見ていた。

 双眼鏡越しに見える丸い視界、荒野に広がる青い空で黒く短い横線が見え始めた。それは段々と大きくなり、接近するアラガミが見えた。

 腕組みした武人の背中に翼手が生えた姿が特徴のアラガミ“シユウ”だ。飛行能力を持つ中型アラガミの代表格であり、翼手から放つ火球、見た目からも想像できる高い格闘能力を持っている。

 接近する30体全てがシユウだった。

 

 ――あの群れ、妙だな。

 

 ケイジはシユウの群れに奇妙さを感じていた。シユウが群れること自体は珍しくない。30体は多い方だが不思議に思う程でもない。ケイジが不審に思ったのは彼らの飛行だった。一般的にアラガミに知能は無いとされている。一部を除いて統率されることは無い。

 しかし、シユウの群れはコンピュータで制御されたかのように規則正しく隊列を組んでいた。

 ケイジは双眼鏡で群れの中央を飛ぶ1体の姿を捉えた。その姿に驚愕し、目を見開く。

 中央のシユウは肩から赤い触手が生えていた。

 

「まさか昨日の今日でお出ましになるとはな……」

 

 ケイジはインカムのチャンネルを切り替え、フライアの指令室に繋げる。

 

 

「フラン。ブラッド隊に伝えろ。

 

 

 

 

 

 ――――『感応種が来た』」

 




解説:シユウ感応種

今回のラストで登場したシユウは漫画「the 2nd break」で登場したシユウ感応種と同タイプのものです。他のアラガミを統率し、神機を無力化する感応種としての基本的な能力を持っています。



次回「血の喚起②」


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フライア防衛戦

話の内容がサブタイトルとちょっとずれていたので前回と今回のサブタイトルを変更しました。ごめんなさい。


 フライア屋上のヘリポートに風が靡く。幸い砂埃は屋上まで届かない。仮面越しの視界には荒野と廃墟が地平線の向こう側まで広がっている。澄んだ空気と風、晴天、――そして砲声が轟いた。

 群れの中央にいるシユウ感応種に向けて、高エネルギー状態に励起したオラクルバレットが射出される。フレースヴェルグ隊の神機使い(スナイパー)が放った不意の一撃は感応種の頭部を貫く軌道を描いた。しかし、群れの別個体が盾となり感応種を守った。

 捕喰本能しかないアラガミの利他的行動に驚いている暇は無い。スナイパーの二撃目、三撃目が放たれるがまたしても別の個体が感応種を守る。

 シユウの群れが更にスピードを上げてフライアに急接近し始めた。

 連射性能に優れたアサルト、高威力かつ広範囲に爆発するバレットを放つブラストの射程圏内に入り、他の神機使い達が一斉にトリガーを引いた。赤色に輝く高熱のオラクルバレット、青色の輝く冷気を纏ったオラクルバレットが暴風雨のように放たれる。

 

「最優先目標は触手付きだ! ! 何としても撃ち落とせ! ! 」

 

 ヘリポートの屋上からケイジも迎撃に入る。彼の手には重厚長大な神機が握られていた。

 第一世代遠距離式、アサルトにカテゴライズされるパーツで構成されている。連射性能に優れ、比較的小型で取り回しが良いのが特徴だが、ケイジの神機はそれに当て嵌まらない。大柄な体格に合わせたのか、銃身パーツだけで2mは越えている。鋼鉄製の装甲で組み上げられ、ブルーイング塗装が施されたそれは旧世代の兵器を想わせる。二脚(バイポッド)を展開し、接地された姿は突撃銃(アサルトライフル)と言うより重機関銃(へヴィマシンガン)だった。

 彼の神機にはフライア壁面のハッチから伸びるケーブルが繋がれていた。供給元はフライアの心臓部、超大型オラクルジェネレーターだ。

 神機の銃身パーツは実弾を用いない。アラガミから吸収したオラクル細胞を高エネルギー状態に励起して放つ兵器だ。刀身パーツを用いたオラクル細胞の供給が出来ない第一世代遠距離式神機にはオラクル細胞を培養し、弾丸として常に供給するジェネレーターが搭載されているが、戦闘で十分に使える量を供給できているとは言い難く、近接式からの供給やアンプル投与などで不足分を補っている。

 フライアの心臓部には超大型のオラクルジェネレーターが搭載されており、ここで培養されたオラクル細胞が電気を始めとしたフライアのインフラ、研究開発に必要なオラクルリソース、第一世代遠距離式のバレットへと用いられている。フライアの航行や研究開発に必要なリソースも使えば、最大で第一世代遠距離式500人が戦闘で必要とするオラクルを供給することが出来る。

 

 ほぼ無限にあるオラクルリソースを使った迎撃、決して止むこと無い弾丸の雨はこれまでどんなアラガミも近づけることなく、駆逐してきた。シユウの群れは統率された動き、フェイント、錯視効果を駆使して巧みにバレットを避けるが、感応種は身代わりを使い過ぎたのか、交戦開始から1分で群れは残り5体になっていた。

 

『偏食場パルス到達まであと10秒! ! 』

 

 残り5体のシユウは地面に身体が当たらないギリギリの低空飛行でフライアに接近する。フランから告げられるタイムリミットが神機使い達の手を鈍らせ、弾道のブレを生む。シユウに当たらなかったバレットが砂埃を巻き上げ、彼らの身を隠した。

 直後、残った5体が息を合わせて別々の方向に飛んだ。その一瞬で神機使い達は感応種を見失った。通常のシユウと感応種で体型や色に大きな違いは無い。肩から伸びる赤い触手をでしか判別がつけられず、砂埃で隠れた一瞬、直後の変則的な動きの中で感応種を見失った。神機使いの動体視力ではもう追えない。

 もう数秒も残されていない中、フレースヴェルグ隊は各々が目を付けたシユウを銃撃する。しかし、もう遅かった。

 

『偏食場パルス到達まで5……4……3……2……1

 

 

 

 ……0』

 

 神機と神機使いの接続が切断された。バレットの暴風雨は止み、砲台となっていた神機使い達は無力化され、木偶の坊となる。

 

「総員退避! ! ゲートを閉じろ! ! 」

 

 神機が使えなくても籠城という防衛手段が残されている。移動要塞フライアは世界中のアラガミの捕喰傾向を採集し、それに対応できるように常に防壁がアップグレードされている。感応種と言えど、シユウは既にサンプルを採取し対策が施されている種類だ。防壁を破るのは困難だろう。

 ケイジがモニターで外部カメラの映像を見るとシユウが壁を叩き、炎弾をぶつける様子が映っていた。

 

「死ぬまで、そこで壁殴りでもしてるんだな」

 

 

 

 *

 

 

 

 サキはロミオの後に付いて行き、“避難所”へと連れられた。「神機を握ってからまだ24時間しか経過していない」、「初回訓練すら受けていない」、「怪我人でつい30分前まで医療区画のベッドの上だった」、戦えない正当な理由はいくらでも思いつくが、アラガミに立ち向かうべきゴッドイーターが()()()()という事態に歯がゆさを感じた。恥ずかしくなり自分がゴッドイーターであることを見せないように手で腕輪を隠す。

 

 フライアの中心部だろうか、大仰な自動扉が開き、ロミオはサキを避難所に招待した。

 

「あの……ここ、避難所なんですか? 」

 

 避難所とはとても思えない場所だった。半円型に広がる薄暗い部屋だ。壁一面にはフライア各所を映すモニターが何十個も設置され、壁の中央にはフライアの図面とレーダーのようなものが映し出されている。壁に向かってCの字型に展開するデスクには30人近いオペレーターが座り、絶え間なく指示の声が飛び交う。

 

「フライアの頭脳。オペレーションルームだよ。扉も壁も避難所(シェルター)と同じ対アラガミ装甲壁だから安全安心ってね。まぁ、ここが一番近かったってのもあるんだけど」

 

 アラガミ接近という緊急事態の中、フライアを管理するプロフェッショナル達の仕事場に来てしまった右も左も分からない自分という状況にサキは身が震える。

 

「だ、大丈夫なんですか? こんなところに来て」

 

 サキは振り向くが、既にロミオは背を向けて遠くに居た。

 

「それじゃ。俺はジュリウスと合流するからー」

 

 まるで逃げるかのようにロミオはそそくさとどこかに行ってしまった。

 ロミオという味方を失い、完全にアウェーとなったサキは恐る恐る皆の邪魔にならないように壁に背を付けて部屋の端へ移動しようとする。

 

「あら。こんなところで遇うとは思いませんでしたよ。サキ」

 

 突然、暗闇の中から聞こえた声にサキは「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。最初はお化けかと思ったがよく目を凝らすと車椅子に座った少女のシルエットが見える。それがラケル博士だと分かったのは数秒後のことだった。オペレーションルームの暗闇にラケルの喪服のようなドレスは見事に溶け込んでいた。

 

「え、えええ。ええっと、紅理沙サキ二等兵。後学の為に来まひゅ――」

 

 ――噛んだ。

 

「……ふふっ。良い心掛けです。私の隣に来てください。ここなら、ブラッドの戦いがよく見えるでしょう」

 

 ラケルに手招きされてサキは彼女の隣に立つ。ラケルはフライアの中でもかなり偉い地位にいるのだろうか、そこは中二階となっており、そこからせわしなく動くオペレーター達を一望できる。

 

「オラクル反応低下していますが、偏食場パルスは依然接近中」

「居住区画の避難70%まで完了」

「第三シェルターが満員だ。第一と第六に入るよう誘導経路を変更しろ」

「統合整備区画の避難がまだ始まっていません」

「あの愚連隊が言うこと聞かないのは昔からだろ。放っておけ」

「神機兵は出せないのか? あれなら感応種にも対応できるだろ」

「たった今、テストから戻って来たばかりだぞ。パーツ交換が終わらないとまともに動かせない」

「アラガミ侵入時のダメージコントロールマニュアルどこですか? 」

「こんな時にマニュアルなんて役に立つか」

「重要区画を予備電源に切り替えろ。偏食場パルスを受けたらジェネレーターも止まるかもしれない」

「もうすぐ偏食場パルス圏内に入ります! ! 」

 

 ふと後方を振り向くとグレム局長が座り、デスクのモニターを見ていた。彼はサキが来たことに気付いたが一瞥だけするとまた冷や汗を流しながらモニターに目を向けた。オペレーター達に釣られて彼も焦っているようだ。太い指が絶え間なくデスクを叩く音が耳に響く。

 湾曲した壁面モニターの一つに「From Fraceberg01 Sound only」と表示される。

 

『こちらケイジ。群れの80%を迎撃した。だが感応種含む5体が残っている。俺達はもう偏食場パルスの影響で神機が使えない』

 

 ケイジから報告を聞いた瞬間、グレムは憤慨した。高そうな腕時計が壊れん勢いで握り拳をデスクに叩きつける。

 

「死に損ないの犯罪者部隊め! ! こういう時ぐらい役に立たんか! ! 」

 

『聞こえてますぜ。グレム局長。感応種が潰れれば我々も動ける。右舷後方の装甲に取り付いている触手付きがそうだ』

 

 オペレーターの一人は感応種が映る外部カメラを拡大する。外壁を破ることを諦めたのか、シユウ感応種は外壁を叩くことも炎弾をぶつけることも無く、そこに立ち尽くしていた。

 続いて画面に「From Blood 01. Sound only」と表示される。

 

『こちらブラッド隊。ジュリウス・ヴィスコンティ。ライアー大尉からの情報提供を受け、現在、感応種のいるブロックに移動中』

 

 

 

 *

 

 

 

 全員がシェルターに避難し、閑散とした研究区画をジュリウスとロミオが駆け抜ける。右手には搬送ラインから呼び出した神機が握られている。神機と接続したことで2人の身体能力は飛躍的に上昇し、地面や壁を蹴り、目にも留まらぬ速さで風を切る。

 ジュリウスとロミオの神機は刀身・盾パーツが小さく折りたたまれ、逆に剣形態の時は小さくなっていた銃身パーツが展開する。

 ジュリウスの神機にはアサルトと呼ばれるカテゴリーの銃身パーツが付いている。連射性能に優れ小型で取り回しが良いという本来の特徴を踏襲し、その形状や基本的な構造は旧時代のアサルトライフルに近かった。

 ロミオの神機はブラストと呼ばれる銃身パーツを備えている。連射性能は劣るが、着弾地点で広範囲に爆発するようなバレットを用いることが出来る。銃身は太く短く、その形状はかつてのグレネードランチャーに近い。

 

「ロミオ。初の対感応種戦だが相手はシユウだ。高い格闘能力と掌から出す炎弾に気を付ければ問題ない」

 

「あのかめはめ波みたいな奴だろ」

 

「かめはめ波? 」

 

「……ごめん。今の忘れて」

 

 残り30秒足らずで感応種のいるブロックに辿り着く。ライアー大尉とオペレーションルームからの情報では感応種は外で立ち尽くしており、入ろうとする気配が無いようだ。もしかすると外壁を破れないのかもしれない。

 突如、2人のヘッドセットにアラームが鳴る。

 

『ヴィスコンティ少尉! ! レオーニ上等兵! ! 感応種の形態が急激に変化しています! ! 偏食場パルスも増大! ! これは――! ? 』

 

 冷静なオペレーションで定評のあるフランが声を張る。

 突如、目の前の外壁が吹き飛んだ。破られた装甲壁、吹き飛んだ破片で砕かれた内装により煙が舞い、侵入者の姿が灰色に包まれる。

 ジュリウスとロミオはこれが対シユウ戦でないことを悟り、グリップを固く握る。

 突如、突風が吹いて煙が消し飛び、シユウ感応種の姿が露わになった。

 金属のように固い装甲で覆われていた筈の翼手は翡翠色の羽毛に覆われ、翼手の裏面には幻惑的な紅桔梗色の模様が見える。変わったのは翼だけではない。男性の武人のような体格だった本体は女性的なものに変化し、固い筋肉で構成された肢体は艶やかな白い毛皮と女性的なしなやかな筋肉に変わり、怪物めいた顔も仮面で顔を覆う妖艶な美女のようになっていた。

 

 ――これが感応種か。

 

「俺が前に出る。ロミオはあいつの弱点属性を探ってくれ」

 

「了解」

 

 ジュリウスは神機を剣形態に変形させ、シユウ感応種に斬り込んだ。突撃に気付いたシユウ感応種は迎え撃つように翼を大きく広げる。その瞬間、何も無い空間から氷の槍が生成される。

 ジュリウスは咄嗟にシールドを展開して防御に入る。ギリギリのタイミングだった。シユウ感応種は後方宙返りしながら氷の槍を射出、それはシールドと周囲に着弾すると爆発し、極低温の霧をばら撒く。

 ロミオはシユウ感応種に照準を合わせ、着地した瞬間を狙ってマグマのように赤熱するオラクルバレットを射出する。氷や冷気を使うアラガミは真逆の高熱に弱いという当然のセオリーだ。しかし、シユウ感応種は再び氷の槍を生成するとロミオのオラクルバレットに当てて相殺する。バレットが相殺された瞬間、超高温の爆発を起こした。シユウ感応種は熱に晒され、翼手で身を守る。

 感応種が自ら視界を失った隙をジュリウスは見逃さなかった。神機を再び銃形態に変形させ、トリガーを引いた。絶え間なく放たれる炎弾で牽制し、シユウ感応種に接近。再び剣形態に変形させて翼手を斬った。

 

 ――浅かったか。

 

 斬り込んだ一瞬、シユウ感応種は後方に飛び上がり、斬撃を軽減した。ジュリウスは翼を完全に切り落とすつもりだったが、傷をつけるだけで終わってしまった。

 宮殿のように高いフライアの天井をシユウ感応種が飛翔する。空気より軽い物質で身体が構成されているのか、羽ばたくこと無く宙に浮き、静かに2人を俯瞰する。

 再び仕切り直すかのようにブラッド隊2名とシユウ感応種は向き合う。

 ヘッドセットにフランから通信が入った。

 

『感応種のオラクル活性化を確認。周囲のオラクル濃度も上昇、いや、集結しています』

 

 ――どういうことだ?

 

 2人はそのことを問おうとした瞬間、シユウ感応種のものとは思えない獣の雄叫びが聞こえた。

 ロミオが振り向くと開いた大顎が今にも喰いつかんと迫っていた。ロミオは咄嗟に神機を前に出して喰いつかせる。襲ってきたのは言うまでも無くアラガミ、感応種と同じ翡翠色の毛皮に覆われたオウガテイルだった。ロミオを捕喰しようとする毛皮のオウガテイルと抵抗するロミオの力比べが始まる。

 

「こいつら、どこから! ? 」

 

 ジュリウスがシユウ感応種から目を離し、毛皮のオウガテイルを銃撃しようとするが更に2体目、3体目と毛皮のオウガテイルが姿を現しジュリウスに飛び掛かる。それらを斬り伏せると毛皮のオウガテイルは細胞の結合が崩壊し、オラクル細胞が黒い霧となって霧散する。

 ジュリウスは目を疑った。霧散したオラクル細胞がその場で集結し、何も無い空間から再び毛皮のオウガテイルが生成される。

 

 ――大気中のオラクル細胞を操り自分の眷属を作り出すといったところか。厄介な能力だ。

 

 ロミオが神機を無理やり銃形態から剣形態に変形させ、毛皮のオウガテイルを弾き飛ばす。バスターブレードを横に薙ぎ、毛皮のオウガテイルを叩き切った。しかし、直後に霧散したオラクル細胞が再集結し、毛皮のオウガテイルが2体に増える。

 2人がシユウ感応種、毛皮のオウガテイルに取り囲まれ、背中合わせにして死角を埋める。

 

「ジュリウス。どうする? このままだとジリ貧だぜ」

 

「本体を叩くしか無いが……、そう簡単にはやらせて貰えないようだ」

 

 外壁の外から何かが着地する音が聞こえた。2人は自分らを取り囲むアラガミ達に悟られないように外壁の穴に向ける。

 次々と入って来る4人の大型鳥人、他のブロックで外壁を破ろうとしていた残りのシユウ達だ。状況は最悪の展開に変わる。今、動ける戦力はジュリウスとロミオのみ、相手はデータの無い感応種、無限に湧く毛皮のオウガテイル、そしてシユウ4体だ。

 感応種が司令塔になっているのか、翼手が何かを指示する仕草をする。それにシユウ達が呼応するとフライアの広大な廊下を走り、助走が付くと4体が次々と奥へと飛び立った。

 

「ロミオ。ブラッドアーツを使って突破口を開く。お前はシユウを止めろ」

 

 ジュリウスは足を広げ、身を低くし、突きの構えに入った。




次回 「我は荒ぶる神々の血肉を喰らうが故に――」


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我は荒ぶる神々の血肉を喰らうが故に――

 4体のシユウがフライアの奥部へと飛翔する。翡翠色の衣を纏った鳥夫人のアラガミがそれを追おうとするジュリウスとロミオの前に立ちはだかる。無の空間から生み出された毛皮のオウガテイルも随伴する。

 ジュリウスは足を大きく開き、若干腰を落とした。剣形態の神機を握った両手を顔の近くまで引き、切先をシユウ感応種に向ける。その姿勢は極東の剣術“霞の構え”に似ている。

 

「ブラッドアーツを使って突破口を開く。お前はシユウを止めろ」

 

 ジュリウスとロミオの神機のコアに光が灯り、神機から光が溢れ出す。神機を構成するオラクル細胞が活性化し、そのエネルギーが熱や光となって溢れ出す。それは神機から2人の身体にも流れ込む。血が湧き、肉が躍る昂揚感が頭にも流れ込んでくる。

 ジュリウスは構えのまま前進した。音も空気も置き去りにする速度でシユウ感応種に接近する。毛皮のオウガテイルが阻もうと感応種の前に集まるが刃はそれらを一閃した。

 

 ――神風ノ太刀・鉄

 

 彼が刃を振った後の空間で更なる斬撃が生み出される。彼の血の力『統制』によって制御された大気中のオラクル細胞が集積・励起し、無から生まれた斬撃となって毛皮のオウガテイルの全身を切り裂く。数体のアラガミは瞬く間に力尽き、その亡骸を霧散させる。

 ジュリウスが作った隙を生かし、ロミオは床を蹴り、壁を蹴ってシユウ感応種の足止めを突破した。床に小型のクレーターを作りながらフライアの廊下を疾走。身の丈を越える武器を抱えているとは思えない速度で飛び立ったシユウ達を追いかけた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 感応種の形態変化、無から生まれたアラガミ、シユウ4体の侵入という非常事態を前にオペレーションルームが騒然となる。スクリーン前にフライアの立体投影(ホログラフ)が展開される。まるでSF映画のような場面に出くわしサキは目を丸くした。一部のフェンリル施設では実用化されているとマグノリア=コンパスの授業で聞いたことはあるが、改めてそれが実在していることに驚いた。

 グラフィック上に複数の緑色の点と赤い点が表示される。緑色の点に「Julius」「Romeo」と表示されていることから、緑は神機使い、赤はアラガミであることが分かる。

 4つの赤い点はフライアの上部から下部へと急速に移動し、そこから少し遅れてRomeoと表示された緑の点が追い始めた。

 グラフィックの赤い点――4体のシユウが1つの大きな点から2つの小さな点に分裂した。2つの赤い点は別々の方向に進み始める。

 

「シユウが2組に分裂。インフラ区画と居住区画に進んでいます」

 

「レオーニ上等兵。居住区画に向かって下さい。そちらはまだ避難が――「ならん! ! 」

 

 グレムの怒声、デスクを拳で叩く音でオペレーションルームがしんと静まり返る。一部のオペレーター達の手が止まり、視線がグレムに集まる。

 

「レオーニ上等兵はインフラ区画に向かわせろ」

 

「待って下さい。インフラ区画は既に避難が完了しています」

 

「あそこはフライアの心臓、超大型オラクルジェネレーターがあるんだぞ! ! あれの開発にどれだけの資材を投入したと思っている! ? 万が一にでも壊されてみろ! ! 貴様ら全員、貧民街(スラム)生活だぞ! ! 」

 

 言い方こそ金の亡者そのものだったが、インフラ区画を守らなければならないという彼の言い分には一理あった。超大型ジェネレーターは神機兵の研究・開発に必要なオラクルリソースや生活に必要な電気を生み出している。オラクル細胞に頼らない通常の予備電源もあるが、フライア全ての機能を賄うことは出来ず、フライアの生活はこのジェネレーターに依存している。仮にインフラ区画が壊滅すれば電気、ガス、水道、etc……あらゆる全機能がストップする。フライアは荒野の真ん中に上げられた廃船となり、瞬く間にオラクルリソースを求めたアラガミ達の巣窟になるだろう。

 例え、理があったとしても誰もグレムの言い分に納得しなかった。居住区画にはフライア職員やその家族が暮らしている。ここにいるオペレーター達も例外ではない。今この瞬間、家族や恋人がアラガミに襲われる危機に晒されている。

 

『やめろ! ! 助けてくれ! ! 』

 

『来ないで! ! 来ないでええええええええええええええ! ! 』

 

『ゴッドイーターは何してるんだよ! ! 』

 

『ママぁー! ! マ―――――――

 

 マルチスクリーンの一角に居住区画の惨状が映し出される。内部隔壁を突破した2体のシユウが翼手で逃げ遅れた人達を掴み、捕喰していく。手足が食い千切られ、臓器の食べ残しが床に散らばり、天井のカメラレンズに犠牲者の脳漿がこびりつく。

 グレムも金と権力に倫理観を投げ出した訳ではない。オペレーションルームに響く悲鳴や叫び声、職員がアラガミの餌になる光景を目の当たりにして苦悶の表情を浮かべる。

 

「神機兵はいつ出せる? 」

 

「パーツ交換完了まで残り15分です」

 

「分かった。出撃を急がせるんだ……。レオーニ上等兵はインフラ区画へ。これは局長命令だ」

 

 一部始終を見ていたサキは固まっていた。目は水晶玉のように居住区画の光景を凝視している。知らず知らずの内に両手は拳を握っている。

 

 

 

 ――昔、同じようなものを見た気がする。

 

 力を持っているのに、

 

 目の前で犠牲になっている人がいるのに、

 

 ただそこで見ることしか出来なくて、

 

 助けに行くことが許されなくて……

 

 

 フラッシュバックする光景――――それは、紅理沙サキが知り得る2()()()()()()に無かった。昔見た気がする光景もハッキリとは思い出せない。それがいつなのか、どこなのか、その悔しさを前に自分がどうしたのか覚えていない。でも、内からこみ上げる感情がどうしたいのか、どうするべきなのか、教えてくれる。

 

「私が、行きます」

 

 気が付くと言葉を放っていた。オペレーター達の視線がサキに集中する。

 

「サキ。貴方はまだ訓練も受けていない新兵です。出す訳にはいきません」

 

 サキの決断を制止したのはラケルだった。彼女は窘めるようにサキの手に触れ、ゆっくりと撫でる。しかし、サキはそっとラケルの手を振り解いた。

 

「実戦ならもう経験しました」

 

「オウガテイル1体とシユウ2体では難易度が違います。それに貴方は貴重な人材です。いたずらに命を落とさせる訳にはいきません。ジュリウスも言っていたでしょう。貴方はこれから学び、より多くの人を救う立場にあります」

 

 ラケルの正論が耳に入る度、サキの神経が逆撫でされる。諭す言葉一つ一つが逆効果となり、サキの眉間にしわが寄り、握り拳は更に強くなっていく。

 

 

 

 

 ――――――――――ぷつん

 

 

 サキの中で何かが切れた。

 

 

 

 サキは落下防止のフェンスに拳を叩きつけた。腕輪と鉄製のフェンスがぶつかり合い、鈍い音が響く。

 

「私は……私は……()()()を助ける為にゴッドイーターになったんです! ! 」

 

 彼女の荒ぶる声に周囲が震えた。全員が固まる隙にサキは出入り口に向かって走り出す。

 それを止めようとする者はいなかった。

 サキはオペレーションルームを出ると壁に設置された簡易ターミナルに腕輪を入れた。腕輪を認証したターミナルが内部の搬送ラインで彼女の神機を呼び出す。壁の一部が開き、神機のグリップが斜めに飛び出した。彼女は走りながらグリップを握り、神機を引き抜く。

 腕輪から伸びた触手が神機と繋がり、そこを経由して彼女の体内にあるオラクル細胞を活動させる。

 サキは飛躍した身体能力でフライアの床と壁を蹴り、障害物の全てを神機で斬り開き、最短ルートで居住区画に向かった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ――何やってるんだろう。私……。

 

 居住区画にある部屋の一つ、照明を落とした自室でテレサ・ヘンミンキは枕を抱き、ベッドの上で転がっていた。ライアー隊長に自室謹慎を命じられ丸一日が経った。部屋の中に閉じ籠っていても最愛の人、唯一の家族、尊敬する兄貴分を失った悲しみが晴れることは無い。その上、何の罪もないブラッド隊の新人に八つ当たりして大怪我を負わせた自分の愚かさが畳みかける。

 

 ――いっそのこと、死刑にしてくれないかな。

 

 ターミナルの利用が制限されているせいで、普段ならお気に入りのパンクロックが響いている自室が今日はしんと静かになっている。

 テレサはふと外が騒がしいことに気付いた。たくさんの人の声と走る音が聞こえる。

 

 叫び、悲鳴、――そしてアラガミの咆哮。

 

「おいおい。マジかよ」

 

 テレサは身を起こし、目に付いた涙を拭う。声の大きさからしてアラガミはすぐ近くに居る。この扉を開けたら目の前に居てもおかしくない。テレサは身構えながらドアとは反対側の壁に身を寄せる。

 突如、轟音と共に壁が崩れた。廊下から入る明かりで部屋が照らされ、シユウの姿が目に入った。右手の翼手には人間が握られている。翼手の握力で内臓が潰れたのだろうか、既に絶命しており、シユウはフライドチキンを頬張るように人間を食い千切る。

 

 ――これで、ヨーナス兄ちゃんのところに行ける。

 

 一瞬、死を受け入れる考えが脳裏を過った。

 テレサはシーツをシユウに目がけて投げた。空中で広がったシーツで視界が潰れた隙にヘッドスライディングで股を潜り、廊下へと出る。血と涎を垂れ流し、剥き出しにされた鋭利な牙を見て、生存本能が勝ったのだ。

 身体を転がしながら立ち上がり、壁に設置された簡易ターミナルに腕輪を差し込んだ。ターミナルが腕輪を認証。壁の一部が開き、そこからテレサの神機が飛び出した。

 テレサのそれは第一世代近接式(ショート)に分類される。片刃のサバイバルナイフを大きくした形状をしているが、彼女のそれはアラガミ由来の素材で作られた胸郭、頭蓋骨が装飾され、そのデザインは悪趣味極まっている。

 

「これでも食らえ! ! 」

 

 テレサは神機のグリップを握り、シユウの脇腹に目がけて刃を振ろうとした。しかし、握った瞬間、右手は神機と共に重力に引っ張られ、床に落ちる。接続すれば自分の手足のように振り回せる神機、それが今は巨大な鉄塊のように感じる。

 

「何で――――」

 

 その拍子にバランスを崩した瞬間だった。シユウの翼手がテレサの身を打ち飛ばす。咄嗟に神機を盾にするが衝撃は和らげない。テレサは廊下を転がり、壁に頭を打ち付ける。眩暈がする。呼吸も上手く出来ない。

 

 ――ヤベェ。

 

 神機が繋がらない今、彼女の身体能力と治癒能力は普通の人間とさほど変わらない。神機が繋がっていれば何てことはない傷や痛みで今は動けなくなっている。

 ぼやけた視界の中でシユウの影が大きくなっていく。その翼手は眼前に迫り、自分の頭を掴みかかる寸前だった。

 一瞬、黒銀のブレードが視界に入った。シユウの掌がゴトリと音を立てて地面に落ち、オレンジ色のカーペットが敷かれた床が真っ赤に染まる。

 黒と金のブーツに覆われた細い脚、黒と銀の神機を握った細い腕、右手に嵌められた黒い腕輪が目に映る。彼女が振り向くと頬に見覚えのある痣が見えた。

 

 

 

 

 紅理沙サキの視界には凄惨な居住区画が映っていた。そこら中に喰い散らかした死体が散乱している。5~6人はここで命を落としただろう。自分がここに来るまでの3分でこれだけの惨状が出来上がっている。ジュリウスが感応種を倒すか、神機兵とやらが動けるようになるまでを待っていたら、どれほどの人が犠牲になっていただろうか、想像するだけで身震いする。

 サキの目の前には片翼のシユウが牙を剥き、こちらを睨んでいた。更に仲間の危機を察知したのか、もう一体のシユウも天井を突き破って出現し、視線の先に立ち塞がる。

 複数のアラガミを相手にした戦闘は昨日の初実戦で経験した。しかし、その時にいたのはオウガテイルやザイゴートなどの小型アラガミだ。高い格闘能力と飛行能力、遠距離攻撃も兼ね備えた中型アラガミ・シユウではラケルの言う通り難易度が違う。

 神機を握って2日目の新人には重すぎる状況だったが、サキは冷や汗を流しながら、これは僥倖だと考える。少なくとも自分が2体を引き付けていれば、犠牲者は出ない。ジュリウスが感応種を倒すか、神機兵が動くまで時間を稼ぐだけでも十分だ。

 

「テレサさん。立てますか? 」

 

 サキはシユウと睨み合いをしながら、背後で壁にもたれかかるテレサに声をかける。数秒ほど、呼吸だけが聞こえる。荒く、大きく、不規則で、苦しそうで、医者でなくとも大丈夫じゃないと分かる。

 

「……逃げ……ろ。……助ける……義理……なんて……無いだろ」

 

「貴方には無くても私にはあるんです。死にたくなかったら、そこで大人しくして下さい。あれを何とかして、医者が来れるようにしますから」

 

 サキは神機を銃形態に変形、シユウに銃口を向けてトリガーを引いた。デフォルト設定として搭載されていた散弾モジュールにより、小さなオラクルバレットがサキの前方数メートルに散らばり、シユウや周囲の壁、床、天井を穿つ。

 壁の内部にある水道管を撃ち抜き、水と火属性のオラクルバレットで水蒸気爆発を起こす。視界が真っ白になった中でサキはショットガンを構えたまま吶喊。残ったオラクルを散弾で使い切るまでトリガーを引き続ける。

 シユウが翼手を振るい水蒸気を吹き飛ばす。開けた視界の中、サキの目の前には巨大な鳥人の姿が迫る。しかし彼女は臆すことなく神機を剣形態に変形させ、刃を上に向けて斬り上げた。

 しかし、刃は届かなかった。もう一体のシユウが翼手の先端にある指で刃を挟み、真剣白刃取りのように斬撃を止めた。万力のように刀身パーツは固定され、それを握るサキも身動きが取れない。

 神機を掴んだシユウは翼手を振り回し、サキを壁や床に叩きつける。唯一の武器を手放す訳にはいかない彼女は遠心力で身体の中身を振り回され、叩きつけられた衝撃で意識を失いそうになり、手足の骨が折れた痛みで意識が呼び戻される。

 シユウは留めと言わんばかりに神機と共にサキを放り投げた。刀を地面に干渉させバネにしてサキは勢いを残したまま立ち上がる。

 その隙に片翼のシユウが残った翼で炎弾を放つ。シールドを展開して受け流そうとするが、背後にテレサがいることに気付き、炎弾を受け止める。その衝撃で更に後方に飛ばされ、壁に背を打ち付けた。その拍子に神機も落としてしまう。

 サキは壁伝いに立ち上がる。内臓が一度潰されたのだろうか、血反吐を吐き、額から温かい血が流れる感覚が皮膚に伝わる。左腕も骨が折れているのか指を動かすと激痛が走る。

 ふりだしに戻った。2体のシユウが再びサキとテレサに向かって走り出す。オラクルは残量なし、銃形態は使えない。両手でグリップが握れない今、剣戟もまた防がれる。シールドを展開しても2体が別々の方向から攻撃すれば対応できない。

 そもそも地面に落とした神機を拾う数秒を彼らは与えてくれるだろうか。

 

 ――神様。

 

 絶望の中、荒ぶる神々の前で神に祈った。

 

 『お前、神に祈るのは止めたんじゃなかったか』

 

 土砂降りの雨の中、どこかで聞き覚えのある声の男が諫める。サキはこの光景が思い出せない。いつなのか、どこなのか、目の前の人は誰なのか、全く分からない。けど、何故かこの人は信頼出来て、その声を聞くと安心する。

 

 『拾え。お前の神機を――

 

  お前は、何の為に神を喰らう者(ゴッドイーター)になったんだ? 』

 

 

 

 サキははっと目を覚ます。世界は再び死体が散らばるフライアの廊下に戻り、2体のシユウが迫っている。彼女は咄嗟に屈んで神機を拾った。

 グリップを握った瞬間、神機から熱い何かが流れて来る。神機から腕輪へ、腕輪から右腕へ、右腕から右頬へ、火傷しそうなほど熱くなるが不思議と痛みは感じない。その熱に服が耐え切れなくなったのか、袖が燃え上がり、右腕の素肌が露わになる。右頬と同じに覆われた腕、それが赤熱し蒸気を放つ。

 神機から黒い筋繊維が溢れ出す。本体の質量を越えて出現したそれは互いに絡まり合い、巨大な竜の顎を形成する。神機使いが“神を喰らう者”と呼ばれる所以、捕喰形態(プレデターフォーム)を展開する。

 

 捕喰形態が口を開け、首を伸ばした。目指す獲物は目の前のシユウ――ではなく、サキの足元、最初の一撃で斬り落としたシユウの翼手だ。落ちていた翼手に喰らいついた捕喰口は顎から更に繊維を伸ばし、翼手に絡みついていく。水に黒いインクを落としたかのように鈍い光沢を放っていた翼手は炭のように黒くなっていき、関節から禍々しい紅色の光を放つ。

 翼手に喰らいついたまま捕喰口はサキの手元に戻る。赤黒く変色した翼手を刀に見立て、彼女は神機を振るった。

 

 

 

 ロングブレードとは比べ物にならない。

 

 一切の抵抗も摩擦も感じない。

 

 空気を斬るかのように赤黒い翼手を咥えた神機はシユウを一刀両断した。




次回「箱舟の機鋼兵」


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箱舟の機鋼兵

 その黒金の刃は翡翠の鳥夫人を斬り裂いた。ブラッドアーツによる無から生まれた斬撃で全身を刻み、怯んだ隙を突いた一閃は正面からシユウ感応種の胴を別った。

 液状化したオラクル細胞が返り血のように吹き上げ、ジュリウスの身にかかる。

 シユウ感応種が仰向けに倒れた。周囲の眷属も霧散する中、ジュリウスは剣形態の神機を構え残心。息を吐く中でシユウ感応種が完全に霧散する姿を見届ける。相手は未確認の新種、その上、神機を無力化させる感応種だ。どんな能力を持っているか油断できない。

 シユウ感応種が塵となって消え去ったことを確認するとジュリウスは戦いの中で緩んだインカムを耳に押し当てる。

 

「こちらブラッド1(ワン)。感応種を討伐した。神機が使えるようになる筈だ」

 

『了解しました。至急、フレースヴェルグ隊を向かわせます』

 

「俺も向かう。シユウの居場所を教えてくれ」

 

『インフラ区画に2体、居住区画に2体です。インフラ区画はレオーニ上等兵が対処。居住区画は……その……』

 

 珍しく歯切れの悪い喋り方をするオペレーターにジュリウスは「どうした? 」と尋ねる。

 

『紅理沙二等兵が無断で出撃し、現在交戦中です』

 

 ――ッ! !

 

「分かった。居住区画に向かう」

 

 ジュリウスは歯噛みしつつも平常を装った。サキが心配でならなかった。初実戦でオウガテイルを倒したあの動きで彼女の実力が並みの新人ではないことは理解していた。しかし、オウガテイル1体とシユウ2体では難易度が格段に違う。訓練を追えた神機使いですら一人での対処は厳しい状況だ。

 フライアの廊下を駆け、居住区画へと向かう。

 瞬間、熱波のようなものがジュリウスの全身に当てられた。

 血の力を使った時に感じるオラクル細胞の疼き、湧き上がり、全身から溢れ出しそうになるエネルギー。自身の中で感じていたものを外部から当てられたような感覚に襲われる。

 

 

 ――これは……血の力? いや、でも何だ……。この禍々しい感じは。

 

 

 

 *

 

 

 

 その斬撃は無音だった。

 

 骨肉が千切れる音がしなかった。

 

 流動する空気の音も聞こえなかった。

 

 しかし、テレサ・ヘンミンキの目には確かにシユウを斬断する紅理沙サキの姿が見えた。

 

 シユウの上半身が腰から滑り落ち、直立していた下半身も膝から崩れ落ちた。

 

 ――何なんだ? あれ。

 

 テレサの目は異形の神機に向けられていた。

 捕喰形態――神機使いが神を喰らう者(ゴッドイーター)と呼ばれる所以になった神機の形態だ。討伐したアラガミのコア回収を目的とした形態であり、戦闘では生きたアラガミを捕喰することで摂取したオラクル細胞を自身のエネルギーに転換する役割もある。

 しかし、サキの使い方はいずれにも当てはまらなかった。

 

 ――アラガミの部位を掴んで武器にするとか、聞いたことないぞ。

 

 もう一体のシユウが雄叫びを上げて翼手を振るう。掌には炎弾が纏っている。

 サキは神機を振るいシユウの翼手を両断しようとする。しかし、空振りに終わる。

 シユウはサキの動きを読んでいたのか、翼手を引っ込めて翻る。フェイントだ。身を回転させ、反対側から炎弾付きの拳骨が飛んだ。

 ガードが間に合わず、サキの身体が飛ばされる。翼手を咥えたことで何倍にもサイズと重量が大きくなった神機でバランスを崩し、受け身も取れず壁に叩きつけられる。

 シユウは翼手を広げてバックステップし、対面に壁に背をつけるところまで下がった。両翼の掌から炎弾を作り、連続してそれをサキに放つ。

 今のサキには対処する手段がない。肥大化した捕喰口が銃身パーツや装甲パーツ、変形機構に関わる部位に干渉しており、銃身パーツ展開による遠距離攻撃、装甲パーツ展開による防御、更に捕喰攻撃もすることが出来ない。

 サキの目の前に巨大な壁が割り込み、炎弾を防いだ。

 

「おい! ! チビっ子! ! 大丈夫か! ? 」

 

 サキの目の前にはテレサがいた。彼女は神機のタワーシールドを展開させ、シユウの炎弾を防いでいる。装甲パーツの中でも最大の防御力を誇るそれは正面から攻撃を受けても衝撃で下がることはない。

 

「テレサさん……? どうして? 」

 

「何か分かんねえけど、神機が動かせるようになったんだよ! ! 」

 

「いえ、そういうことじゃなくて……」

 

 サキが聞きたかったのは自分を助けた理由だった。テレサからすれば、自分はヨーナスを死なせてのうのうと生き残った憎悪の対象だ。あれほどの怒りや激情が一晩で治まる筈がない。

 

「色々と言いたいこととか聞きたいこととかあるけど、とりあえず今は目の前の敵に集中しろ」

 

 テレサも腹の虫が治まった訳ではない。ヨーナスの死に対する悲しみも生き残ったサキに対する見当違いの怒りもまだ心のどこかで燻っている。しかし、目の前にアラガミがいればそんなことを考えてはいられない。一人の女ではなく神機使いとしてのスイッチが入る。

 テレサがタワーシールドの隙間から向こう側を覗く。シユウは翼手の掌を合わせ、そこから巨大な炎弾を作り上げていた。

 

「大技来るぞ! ! 」

 

 これまでとは比べ物にならない。シユウの全長と同じサイズの炎弾が放たれた。テレサが構えるタワーシールドに直撃するとその場で爆発を起こす。周囲の床や壁、装飾品も巻き込んで爆散し、崩れた建材とそれが塵になり煙となって空間を被う。

 煙からタワーシールドが飛び出した。それはシユウ目がけて一直線に走り抜け、シールドバッシュをお見舞いする。質量の伴った攻撃にシユウの足がふらついた。

 

「やれ! ! チビッ子! ! 」

 

 サキが跳躍した。テレサのタワーシールドを飛び越え、全身を回転させて長大な神機を振るう。

 翼手刀がギロチンのように振り下ろされ、シユウの胴体を袈裟斬りにする。

 

 ――浅い! !

 

 届いた刃は先端の十数センチのみ。前例のない形態をとった神機の間合いを把握しきれていなかった。増大した重量が跳躍の距離と速度に与える影響の見込みも甘かった。

 嘲笑うかのようにシユウは距離を取る。サキとテレサが遠距離攻撃できないことを既に学習したのだろう。再び両翼に炎弾を形成し、それを放とうとする。

 

 

 

 

 

 その瞬前、鋼鉄の巨人が急襲した。

 

 

 

 

 

 巨人はフライアの壁を突き破り、神機以上に巨大なブレードをシユウに振り下ろした。完全に不意を突かれたシユウは頭頂部から左右に分断される。

 シユウはその場で倒れるがまだコアが残っているのか、ずっと組んでいた本体の腕を出し、最後の力を振り絞って逃げようとする。しかし、巨人はシユウの翼手を足で踏みつけ、動きの止まったところにブレードを突き立てた。完全に息の根を止めた。

 照らされた鋼色の装甲、筋肉のように脈動するダークグレーの人工オラクル筋繊維、有機的に黄色に輝くパーツが目に入る。胴体に対して長い手足と前傾姿勢のせいで、体躯はヒトよりも類人猿を彷彿させるものだった。

 

「新手! ? 」

 

 サキは神機を構えようとするが、テレサが制止する。

 

「待て! ! 神機兵だ! ! 」

 

「神機兵? 」

 

 サキは聞き返すが、はっと同じ単語がオペレーションルームの会話で出て来たことを思い出す。神機使いに並ぶ新たな対アラガミ兵器だと――。

 

『ケガは無いか? 』

 

 スピーカー越しに透き通った青年の声が聞こえる。その声色、口調だけでも彼の透明感のある爽やかな雰囲気が伝わる。

 

「だ、大丈夫です」

 

「その声、ギリーか。心配すんな。見た目ほど悪くねえよ」

 

 サキとテレサは神機兵に向けて手を振る。

 

『了解した。俺は整備区画に戻る。突貫のパーツ交換だったからな。神機兵(こいつ)に変な負荷がかかっている』

 

 

 

 

「サキ」

 

 居住区画とその他の区画を隔てるゲートが開き、ジュリウスが駆け寄って来た。彼の後ろには途中で合流したのだろう。ケイジをはじめとしたフレースヴェルグ隊の神機使いも数名ほど付いて来ている。

 サキは自分がオペレーションルームで啖呵を切り無断出撃したことを思い出す。ジュリウスにも出撃するなと命令されたばかりだ。勝手に出たことを怒られるんじゃないかと思い、身体がビクついてしまう。

 

「大丈夫か? 」

 

「あ、はい。大丈夫です」

 

 サキはジュリウスの視線が自分の右腕に向けられていることに気付く。制服の袖で隠れていた奇怪な痣に塗れた腕――。サキは目を伏せ、身体と左腕でそれを隠す。

 サキはふと神機に目を向ける。翼手を咥えた神機にジュリウスは何も言わないのだろうかと思ったが、翼手刀は既に無くなっていた。本体のシユウと共に霧散したのだろうか、綺麗さっぱり無くなっており、神機は何事も無かったかのように剣形態に戻っていた。

 

「えっと……腕は元からです。気にしないで下さい」

 

 サキの表情は憂えていた。それが何に対してなのかジュリウスは理解していた。腕の痣を見られたことにではない。人を助けられなかったことにだ。居住区に散らばるシユウ達の()()()()に移る彼女の視線がそれを物語っている。

 

「まず、お前が無事で良かった」

 

 ジュリウスは手を伸ばし、サキの頭を撫でた。自然と手が伸びていた。異性に触れられるのはそれなりに抵抗があるだろう。セクハラと言われるかもしれない。けど、こうして気を紛らわせて、安心させないと彼女は死者ばかりに目を向け、勝手にその死を背負い、自滅していってしまうかもしれない。そんな思いにかられた。

 

 

 

 ――■■■お兄ちゃん……。

 

 

 ジュリウスに撫でられた時、サキは「お兄ちゃん」と呼ぶ誰かを思い出す。影になっていて、どんな顔で、どんな服を着ていたのか思い出せない。そのお兄ちゃんが血縁なのか、ただ年上の男性だったからそう呼んでいたのかも分からない。

 

 

 答えは忘却の彼方。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 今回の戦いでフライアは多大な被害を被った。インフラ区画は一部機材の損壊に起因する一時的な断水と停電が発生、居住区画では12名の職員とその家族が死亡した。

 これまでフレースヴェルグ隊がアラガミ侵入を阻んできたこともあり、シユウ感応種およびシユウ群によるフライア襲撃事件は発足以来最悪の事件として人々に記憶されることとなった。

 

 また、報告を受けたフェンリル本部は変異したシユウ感応種を新種と判断。

 シユウ神属の感応種をイェン・ツィー、眷属のアラガミをチョウワンと命名した。

 




感応種が出たり、サキの神機が変な形になったり、神機兵が飛び出して美味しいところを持って行ったりとB級映画みたいに色々詰め込んでしまったなと思っています。

次回はイェン・ツィー襲撃事件の締めくくりになります。


次回「別れ道と勝利の美酒と」


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別れ道と勝利の美酒と

「ヴィスコンティ隊長。ごめんなさい。――じゃなかった。申し訳ありませんでした」

 

 襲撃事件から3日後、イェン・ツィー襲撃事件の事後処理に追われ、人の往来が激しいフライアのロビーでサキは深く頭を下げた。対面するジュリウスはため息を吐いた。

 謝罪の理由は判っている。命令違反の件だ。

 襲撃事件の際、サキは命令違反、神機の無断使用、設備破壊(居住区画に向かう際、神機で壁や扉を破壊してショートカットした)の罪に問われた。通常であれば一週間の懲罰房行きだったが、ジュリウスが自らの監督責任であると自訴したことから、サキへの罰は3日に短縮され、ジュリウスは2ヶ月間の減棒処分が言い渡された。

 

「その、大丈夫なんですか。お給料が減ってしまって」

 

「問題ない。元々、大して使っていないからな」

 

「服とか凄く高そうですし、肌も髪も綺麗ですから美容にも気を回してそうですけど」

 

「問題ない」

 

「本当ですか? 」

 

「本当だ」

 

「マジですか」

 

「マジだ」

 

 サキのくだけた口調が移った「おっと」とジュリウスは口元に手を当てる。

 ジュリウスは話を仕切り直すために咳払いする。

 

「サキ。命令違反は時として取り返しのつかない事態を招くことがある。隊長として、先日の君の行動は褒められたものではない」

 

「どうして自分に処罰が向くようにしたんですか? 私は一週間懲罰房行きでも謹慎処分でも構いませんでした」

 

「そうだな……。俺個人としては、あそこで君が動く人間であって良かったと思っている。下手に重い罰を受けて、あの時の決断を『間違っていた』と思って欲しく無かった」

 

 ふっと笑うジュリウスに対し、サキの表情は晴れなかった。

 

「隊長。私はそんなに強くありません。ゴッドイーターに選ばれたって聞いた時、アラガミが恐くて泣きそうになりましたし、何度か宿舎を脱走しようとも考えました。けど、逃げる当ても勇気も無くて、流れに流されて神機を握ってしまった人間なんです。私があそこで動いたのは、“前のサキ”が私にそうさせたからです」

 

「“前のサキ”? 」

 

 サキの言葉にジュリウスは首をかしげた。

 

「隊長は私の経歴を知っていますよね? 」

 

 イェン・ツィー襲撃事件の事後処理を終えた日の夜、ジュリウスはNORNのデータベースでサキのことを調べた。隊長になると閲覧の権限が大きくなり、隊員の個人情報も一部が見られるようになっていた。

 

 

 

 ――――――――――

 

 紅理沙サキ(15)

 出生:6月20日(暫定) 身長157cm

 

 2072年4月マグノリア=コンパス第十三区画に入所。

 戦災孤児保護プログラムにより迎え入れられた300名の孤児の1人。

 保護される以前の記憶を失っており、当時の記録も火災により焼失、保護担当者もアラガミの襲撃で死亡したため、出自についてはマグノリア=コンパスでも把握できていない

 

≪マグノリア=コンパス教導担当者のコメント≫

 座学・実技ともに及第点といったところです。性格は明るく、率先して他人の手伝いをする優しい子ですが、痣のせいで周囲からは距離を置かれていたこともあり、人間関係は上手くいっていませんでした。私見ではありますが、無理をして明るく振る舞っているのではないかと心配しています。

 

≪担当医のコメント≫

 慢性侵喰症を患っており、オラクル細胞に侵喰された細胞が痣として出ているものの、現在のところ身体機能に異常は見られない。侵喰しているオラクル細胞の数は少数であり、また侵喰も小康状態であることから、アラガミ化する確率は極めて低いと考えられる。

 但し、神機という外的要因により侵喰が活性し、アラガミ化する可能性は否定できない。

 

≪ラケル・クラウディウス博士のコメント≫

 残念ながら、活性化した侵喰症を止める術はありません。

 

 紅理沙隊員がアラガミ化した際、ヴィスコンティ隊長は速やかに彼女を処理して下さい。

 

 ――――――――――

 

 残酷なまでに淡々とした文面に覚えた吐き気をジュリウスは思い出す。ラケルからの指示をサキは知っているのだろうか。

 

「ああ。全部見た。君が記憶喪失であることも知っている。だが――「失礼。道を開けて貰おうか」

 

 ジュリウスの言葉を遮るように低い声が2人にかかる。振り向くとそこにはフライア法執行部の白制服を着た男達と、手錠をかけられたテレサがいた。彼らはロビーからヘリポートに向かうエレベーターを利用しようとしていたが、ジュリウスとサキの立ち位置がそれを阻んでいたようだ。

 

「よう。チビッ子。いや、サキっていうんだっけ」

 

「口を慎め」

 

「良いじゃねえか。挨拶ぐらい」

 

 男たちの隙間からテレサはサキに声をかけるが、執行部の男たちがその身を壁にする。

 手錠をかけられた彼女がヘリポートに向かおうとしている。フェンリルやフライアの事情を知らないサキでも、今ここがテレサに会う最後の瞬間になると分かった。

 

「すいません。少し話をさせて下さい」

 

 サキから要望が出たことに執行部の者達は少し驚く様子を見せた。

 

「分かった。手短にしろ」

 

 人体の壁が開き、サキとテレサが対面する。サキはテレサの様相が変わっていたことに驚いた。彼女なりにヨーナスの死に踏ん切りをつけたのだろうか、その表情から怒りと憎しみは見られない。サバサバとした気の良いお姉さんといった印象を受ける。こっちが普段の彼女なのだろう。

 

「その……悪かったな。アンタの事情はウチの隊長から聞いたよ」

 

「あの……お兄さんのこと――痛っ」

 

 “ごめんなさい”と言おうとした。ジュリウスに諭された今でも彼らの死は「自分のせい」だと思ってしまう。しかし、謝罪の言葉はテレサのデコピンで遮られた。

 

「シケた面すんなよ。私が拝む最後の顔なんだからさ」

 

 儚げな顔を浮かべていたテレサは真剣な面持ちになる。それに釣られてサキも固唾を呑んだ。

 

「教えてくれ。ヨーナス兄ちゃんの最期はどうだった? 」

 

「動かない神機を握って、私達を守る為に最後まで必死に戦いました」

 

「…………ありがとう。兄ちゃんらしい死に様だよ」

 

 サキが何一つ飾られない端的な答えを聞き、テレサの唇が震える。こみ上げる悲しみを抑え、噛み締めて堪えた。

 

「どこかに行ってしまうんですか? 」

 

「まぁな。あんな事件を起こして、人類の希望様に傷をつけたんだ。どこぞの辺境支部に飛ばされる程度で済んだだけマシさ。どこだっけ? ファーなんとか支部ってところ。色々とやべー激戦区みたいでさ。『そこで戦って死んでこい』ってことらしい」

 

「そんな……」

 

 激戦区への異動――それがテレサ・ヘンミンキに下された罰だった。罪人とはいえ神機使いはアラガミを倒せる貴重な人材だ。その命を牢屋や絞首台で浪費出来るほど、今の人類に余裕は無く、激戦区への異動は神機使いに下される罰の中でもありふれたものだった。

 

「時間だ」

 

 執行部の男たちがテレサの両腕を掴む。彼らの手を振り払いながらも彼女は執行部の男たちに囲まれ、エレベーターへ向かう。

 

「サキ! ! 」

 

 テレサが名を叫び、俯いていたサキが面を上げる。

 

 

 

「せいぜい活躍しろ! ! いつか、お前が有名になった日には『私の兄ちゃんはあいつを守って死んだんだ』って、みんなに自慢させてくれ! ! 」

 

 

 

 サキの返事を待つことなく、エレベーターの扉が閉まった。位置を示すランプは次々と上階を示す。最上階にランプが灯るまで、サキとジュリウスは見届けた。

 

「隊長……。私は強くなれますか? 私を守った人の死を無駄にしないような、彼女が自慢できるような立派なゴッドイーターになれますか? 」

 

「君はもうその強さを持っている。その意志を決して、手放すな」

 

「……はい」

 

 サキの目尻から涙が零れる。それは頬を伝い、彼女の黒い腕輪に滴った。

 

「おーい。ジュリウスー。サキー」

 

 人の往来を掻き分けてロミオは手を振りながら駆け寄った。

 

「遅いよ。みんな待ってるんだけど」

 

「え? みんな? 待ってる? 何のことですか? 」

 

「君の歓迎会だ。まだやっていなかったからな」

 

 ロミオとジュリウスに連れられ、サキはフライアの商業区画を歩く。レストラン、カフェ、ブティック、左右に煌びやかな店舗が並んだ光景に思わず目を奪われ、気が付くと2人の姿を見失っていた。

 

「サキちゃん。こっち。こっち」

 

 目を向けるとロミオが手招きしていた。人間2人がようやく通れるサイズの脇道だ。ふと上を向けると「Chacette(隠れ家)」と書かれた看板があった。

 

 木製に偽装されたドアを開けるとシックな雰囲気の空間がそこにあった。洒落たジャズがBGMとして流れる小さなカフェだ。客席はテーブルとカウンターを合わせて、10人分ぐらいしかない。

 落ち着いた照明の下で客席いっぱいの人が3人を待ち受けていた。

 

「我らのヒーローのご到着だ」

 

 3人が入った瞬間、中に居た人々がクラッカーを鳴らす。破裂音と共に紙テープが3人に降りかかる。ビックリしてサキは目を丸くした。それはジュリウスとロミオも同じだった。

 死者が出た事件の直後ということもあり、歓迎会はブラッド隊3人だけのささやかなものにするつもりだった。

 

「ライアー大尉。どういうつもりですか? 」

 

 ジュリウスはクラッカーを持っていたケイジに視線を合わせる。

 

「ちょっとしたサプライズだ。部隊の尻拭いをしてもらったお詫びも兼ねてな。お前に会いたいという奴も何人か連れて来た」

 

 サキの前に一人の女性が近づく。金髪のショートボブと睨むようなエメラルドグリーンの瞳、サキと年齢はそう変わらなさそうだが、既に仕事ができるクールな雰囲気が漂っている。

 

「ブラッド隊担当オペレーターのフランです。ミッションでご一緒することが多いですので、これからよろしくお願いします」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 カフェの雰囲気に似合わないツナギ服の青年が「お嬢ちゃん」と呼ぶ。

 

「統合整備班のアストーだ。姉貴を助けてくれてサンキューな。一杯奢らせてくれ」

 

「あの、私お酒はまだ……」

 

「経理部のハリーです。娘を助けてくれて、本当に……本当に、ありがとう」

 

「助かって良かったです」

 

「フレースヴェルグ隊・隊長のケイジ・ライアーだ。我が隊のフォローに感謝する」

 

「いえ、こちらこそ」

 

「この前は助かったわ。『ハミング』って服飾店やってるから。今度来たら割引大サービスしてあげる」

 

「本当ですか? ありがとうございます」

 

 各々がサキに感謝を述べている中、ジュリウスはふっと笑った。

 

 静かな歓迎会にする予定だったが、こういうのも悪くはない。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 静寂に包まれた研究室でラケルは一つの画面に目を向けていた。3日前のイェン・ツィー襲撃事件の際の映像だ。居住区画の廊下に設置された監視カメラがサキとシユウの戦いを記録しており、ジュリウスが目にすることの無かった翼手刀もしっかりと映っていた。

 ラケルは動画を一時停止させる。

 

捕喰機構のブラッドアーツといったところでしょうか……。これはまた、予想外の掘り出し物ですね」

 

 画面に着信を知らせるウィンドウが表示される。ラケルは発信者を確認するとボタンを押し、通話に出る。画面には立派な白髭が目立つ初老の男性が映った。

 

『お久し振りです。ラケル先生』

 

「お呼び立てしてすみません。フォード理事長。単刀直入で申し訳ないのですが、折り入ってご相談があります」

 

『何を畏まったことを言いますか。他ならぬラケル先生の頼みであれば、私は首を縦に振ることしか出来ませんよ』

 

「そう言って頂けると助かります。実はですね……。近々、隔離指定人物№08を出そうと考えております」

 

 その言葉を聞いた瞬間、フォードの顔色が変わった。冷や汗が流れ、惜し黙ってラケルを見つめる。「その頼みは聞けない」と言わんばかりだ。

 

「こちらには神機使いが揃っていますし、神機兵も有人搭乗型なら実戦投入が可能な段階に入っています。いざという事態になったとしてもフライアで対処は可能です。偏食場パルスのデータも確認しましたが、ここ数年は落ち着いているのでしょう? 」

 

『……分かりました。手配いたします』

 

 そう告げて、フォードからの通話が切られた。

 同時にメールが送られてくる。ラケルはキーボードを操作してウィンドウを展開、メールの添付ファイルを開いた。

 

 

 ――これで、血を分けた子は4人になりますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隔離指定人物 個体管理№08 香月ナナ

 

 




実際のところ、ゴッドイーターの重犯罪者の処罰ってどうなってるんでしょ




次回「救難信号」

最近、Twitterを始めました。
本作の裏話やGEプレイ時代の思い出などを語る予定です。
興味がありましたら是非。

twitter@drunk_writer13


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