黒い戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか (柔らかいもち)
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1話 プロローグ

 なるべく世界観を壊さないように作ったつもり。


 そこは地獄だった。正確には地獄としか言えない光景の場所だ。世界の果てと呼ばれるここは、今も尋常ではないほどの炎が辺りを覆っている。

 

 

 かつてそこにあっただろう森の名残は無残に燃え、そこに山があったと言われても信じられない程の岩と土しか残っていない。近くにあった川と湖は完全に蒸発した。

 

 

 極め付きなのは辺り一面に飛び散っている鮮血と肉片、人骨のかけらだ。これを見ても何とも思わないものは心が強すぎるか、どこかおかしい奴だけだろう。

 

 

 そこにいるのは凄まじい存在感を放つ竜と、たった一人の少年だ。竜は全身が漆黒で目が片方しかなく、少年は黒い服で全身を覆っていた。共通しているのはどちらも黒で、傷がない所を見つけるのが難しいほどの重症を負っているところか。

 

 

 これを見れば誰もが驚くだろう。目の前にいる恐ろしき隻眼の竜を、この少年は一人でここまで追いつめたのだ。世界最強と言われていた二つのファミリアですら成し得なかったことを、たった一人でやって見せた。

 

 

 最も驚いているのは隻眼の竜――人類から”黒竜”の名で恐れられているこの竜だろう。昔、二人の男女に率いられてやってきた人間たちにも負けなかった自分が、身体を斬られ、焼かれ、抉り取られるなど欠片も考えなかった。飛び散っている血と肉片は全て竜のものだ。

 

 

 少年だって無事ではない。大小さまざまな傷を負い、今も傷や口から血を吐いている。それでも、竜を睨む眼光と右手の剣を握る力は弱まらない。

 

 

 竜は少年に背を向け地を蹴った。ズタボロの羽を必死に動かし空へ逃げる。早い話、竜はこの人間と戦っても負ける可能性があると考え、逃げ出した。空高く飛ぶ竜の身体を雷がかすめるが、気にすることなく逃げる。

 

 

 逃がさないために雷の魔法を放った少年は、このまま追いかけるか悩んだが追わないことにした。”神の恩恵(ファルナ)”を授かり常人より遥かに頑丈な自分でも、これ以上はきつかった。

 

 

 少年は残り少ない精神力(マインド)を使い治療を始めた。死闘を生き残ったのに怪我が原因で死ぬなんて、間抜けにもほどがある。

 

 

 こうして人知れず世界最後の三大冒険者依頼(クエスト)は達成寸前のところで終わった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 人間離れした身体能力を遺憾なく発揮し、少年は拠点としている街の宿に約二日で戻っていた。少年が借りた部屋の中には、ベッドに腰かけて本を読んでいる一人の女性――少年の主神がいた。

 

 

 少年が部屋に入ってきた音で顔を上げた女神は、少年の顔を見てにっこりと笑う。

 

 

「お帰り、レイン。目的は達成できたのか?」

「……一応、達成できたと思う。あと一歩のところで逃げられたけど」

 

 

 不満そうな顔をしている少年がおかしくて、女神は口に手を当てて笑う。凄まじい偉業を成し遂げておきながら不満を持つ人間を、彼女は見たことがない。だから思わず笑ってしまった。

 

 

「いやー、笑った笑った。マジで黒竜を殺しかけるとかすごいなぁ。私、それだけは冗談と思っていたのに」

「……笑い終わったなら【ステイタス】を見せてくれ」

「はいはいっと」

 

 

 女神のすぐそばにボロボロの上着を脱いで座った少年の背中に、女神は自分の指を傷つけるとそこから出た血を垂らした。

 

 

 

 レイン

 

 Lv.9

 

 力:I0

 耐久:I0

 器用:I0

 敏捷:I0

 魔力:I0

 

 狩人:A

 耐異常:A

 魔導:B

 治力:C

 精癒:C

 覇気:D

 剣士:D

 逆境:I

 

 《魔法》

 【デストラクション・フロム・ヘブン】

 ・攻撃魔法。・詠唱連結。

 ・第一階位(ナパーム・バースト)。

 ・第二階位(アイスエッジ・ストライク)。

 ・第三階位(デストラクション・フロム・ヘブン)。

 

 【ヒール・ブレッシング】

 ・回復魔法。

 ・使用後一定時間、回復効果持続。

 ・使用時、発展アビリティ『幸運』の一時発現。

 

 【インフィニティ・ブラック】

 ・範囲攻撃魔法。

 ・範囲内の対象の耐久無視。

 ・範囲はLv.に比例

 

 《スキル》

 【???】

 ・成長速度の超高補正。

 ・ステイタス自動更新。スキルのみ主神による更新が必要。

 ・???????

 

 【竜之覇者(ドラゴンスレイヤー)

 ・魔法効果増大、及び詠唱不要。

 ・ステイタスの超高補正。

 ・魔法攻撃被弾時、魔法吸収の結界発現。一定量で消滅。

 ・精神力(マインド)回復速度の超効率化。

 

 【竜戦士化(ドラゴンモード)

 ・任意発動(アクティブトリガー)

 ・竜人化。発動時、全アビリティ超域強化。

 

 

 

 レインが【ステイタス】を見せてくれといった理由。主神に更新してもらわなくても自動的に更新されるスキルがあるからだ。更新したくなくても、勝手に更新されてしまうが……

 

 

 前回見た時はLv.8だった少年はLv.9になっている。女神の覚えている限り、このLvになったのはクレイジーサイコパスウルトラヒステリー女神のファミリアの眷属だけだ。

 

 

 スキルも増えてる。それも一気に二つも。

 

 

 女神はステイタスを書き写すとレインに渡した。

 

 

「新しく発現した発展アビリティは『逆境』。多分だけど、ピンチになった時強くなるんじゃないか?」

「俺もそう思う」

 

 

 レインは自身の【ステイタス】が書かれた羊皮紙を机に置かれているロウソクで燃やす。ランクアップしたというのに、レインはまるで笑わない。女神の顔からも笑みが消えて真剣な表情になっている。

 

 

「……やっぱり行くのか」

「……すまん。あんたには本当に感謝している。俺の我が儘を受け入れてくれた神はあんただけだ」

「いいよ、そういうのは。なんだかんだこっちも無茶ぶりしたことあるし、お互い様だ」

 

 

 少年が女神の眷属になった時から決めていたことだ。

 

 

「オラリオの外でやれることを全部やったら、オラリオに行く。ちゃんと『改宗(コンバージョン)』ができる状態でファミリアをやめる、か……。たった三年でこの約束が履行されることになるとは、さすがの()でも読めなかったよ」

「……あんたは来ないのか?」

「お前の主神だったら二度とオラリオから出られないでしょうが。私は自由に生きるのが好きなんだよ」

「そうか……」

「私としては眷属でいてほしいけど、レインはオラリオに行きたいだろう? ならここでお別れだ」

 

 

 言うが早いかまだ服を着ていないレインの背中で、女神の指が特定の動きをする。少年の背中に刻まれた刻印が淡い光を放ちながら明滅を始めた。

 

 

 レインも何も言わず服を着る。さっきまでのボロボロの服ではなく、綺麗な黒い服だ。そのままレインは扉に向かう。

 

 

「じゃあな、レイン。またいつかな」

「ああ。あんたも、うっかりバナナの皮を踏んで転倒打撲骨折出血死亡とかすんなよ」

「んなことするかっ!」

 

 

 枕をぶん投げるも、さっさと出ていった少年には当たらなかった。扉にぶつかった枕が、床にむなしく転がる。

 

 

 ベッドにだらしなく寝っ転がっている女神はそれを拾うことなく一人呟く。少年に見せた怒った顔はすでになく、一柱の神の顔になって。

 

 

「……いつか、お前が自分を許せるといいな」

 

 

 その誰かに向けて呟かれた言葉は誰にも聞かれることはなかった。

 




 発展アビリティの『覇気』の解説。
 殺気やら闘気やらに物理性を持たせるアビリティ。代わりに殺気を出すだけでも体力を使うことになる。疲れている時には使えない。

 スキルの【???】はしばらく秘密。?の数が文字数というわけではない。


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2話 厄介な美の女神

 迷宮都市オラリオ。富、名声を求めてたくさんの人々が訪れる『世界の中心』

 

 

 数日掛けてやってきたオラリオを目の前にしたレインは、腰につるしてある剣と背嚢に変なところがないか確認し、問題なしと判断。

 

 

 入国審査の列の最後尾に並ぼうと足を進め――

 

 

「ちょっといいかしら」

 

 

 ――ようとしたところで声をかけられた。レインでも聞いたことがないと思えるほどの美しい声だ。

 

 

 声の主は商人、旅人、吟遊詩人に囲まれていたフードを被った人物だった。人の檻を抜け出すと、レインの目の前までやってくる。

 

 

「何か用か?」

「ええ、あなたに用があるの」

 

 

 ――この後、レインは後悔する。聞こえないふりをしてでも、このフードとローブで姿を隠している人物に関わるべきではなかったと。

 

 

 目の前の人物がフードを取り払う。現れるのは天界随一と呼ばれる美貌をもつ美の神フレイヤ。彼女は歌うように告げる。

 

 

「私とデートをしてくれないかしら?」

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 レインが目を下に向けると、ぎらついた日光を照り返す『砂の海』が流れていくのが分かる。彼が乗っているのは『砂海の船(デザート・シップ)』と呼ばれる砂の上を走る船の甲板だ。

 

 

 船に乗っている者達がターバンやフードで全身を隠しているにも関わらず、レインの恰好は黒い長袖シャツと黒ズボンだ。それでも違和感がないのは、レインの雰囲気のせいか、はたまた他に原因があるのか。

 

 

「ふふっ、砂漠を船で行くなんて新鮮ね。あなたもそう思わない?」

「……そうだな。無理やり連れて来られていなければ、素直に楽しむことが出来たのだがな」

「あら、厳しいわね」

 

 

 レインは隣にいる女神が全員の視線を集めきっているからだと考えている。レインの嫌味にもフレイヤは楽しそうに笑い、それがさらに視線を引き付ける。

 

 

 

 

 

 フレイヤに「デートしない?」と誘われたレインだが当然断った。他の人々のように見惚れることもなく、表情をピクリとも動かさず「え、嫌だけど」と断った。

 

 

 そのまま列に並ぼうとしたが、フレイヤが呟いた言葉に足を止めざるをえなかった。「私が魅了(お願い)したら誰もあなたを助けようとしないわよ」というセリフには、レインがオラリオに入っても食品店、服屋、雑貨屋などに圧力をかけるという意味がふくまれており、それをレインは察した。

 

 

 

 

 

 その結果、こうしてレインはオラリオの南東にある『カイオス砂漠』にいる。フレイヤの言葉ではデート、レインの言葉で言えば雇われた護衛の関係で。

 

 

 ぼ~っと砂漠を眺めていたら、いつの間にかフレイヤが縦にも横にも太いボフマンとかいうデブ男に揉み手されていた。指紋がなくなるんじゃないかと思うほどの揉み手を見てレインは、自分がやられたら殴るかもしれないと思った。

 

 

 しゃべり方や笑い方がイラっとする。なんだ「ドゥフフフ」って。どうやったらそんな笑い方になるんだ。フレイヤも若干イラついているのがレインにはわかった。他の奴等にはわからないだろうが。

 

 

 ボフマンとフレイヤのやり取りを見ているとボフマンが、

 

 

「フレイヤ様、私も少なくない旅費を捻出している身です。貴方様の旅の目的がかなった暁には、ぜひ『ご寵愛』を賜りたいものですぞ……」

 

 

 気色悪い欲望丸出し(本人は隠しているつもり)の笑みで、その顔に似合う気色悪いことを言う。下界において『美の神』と同衾できるというのは、最高の栄誉にして快楽だ。中には命や全財産を擲ってでもかなえようとする者がいるほどである。

 

 

 この気色悪い奴の傍にはいたくないと思ったレインが離れようとすると、フレイヤがレインの腕にそのしなやかな腕を絡め、瑞々しい肢体を隠す薄絹を押し上げる二つの果実でレインの腕を挟みながら、

 

 

「残念だけれど――今の私はこの人以外に抱かれるつもりはないわ。やっと見つけた『伴侶(オーズ)』になりえる人だもの」

「なっ――」

 

 

 ボフマンやフレイヤの従僕が絶句する中、レインはフレイヤから腕をほどくと剣を抜いた。唐突なレインの行動に周りの者がギョッとするが、フレイヤだけは目をつむり告げる。

 

 

「音が聞こえるわね」

「はっ?」

「あまり歓迎したくない『音』が」

 

 

 船の真側面、地雷のように大量の砂がはじけ飛んだかと思うと、現れたのは巨大な砂色のミミズ。ミミズと違うのは船を見下ろすほどの体躯と頭部の位置に並ぶ円形の大口の醜悪な牙。

 

 

「あ、あれは『サンド・ワーム』!? しかもでかい! ふ、船を転進させりょ――」

 

 

 ボフマンが間抜けな声で叫び散らすが、遅すぎる。索敵が間に合わなかったのもあるし、距離も近すぎた。

 

 

 普通ならモンスターに船を破壊されて終わりだろう。そう、()()なら――

 

 

『ゲェッッッ!?』

 

 

 前触れもなく『サンド・ワーム』の()()()()()()()()()()。断末魔の絶叫は、大量の鮮血の音にかき消された。

 

 

 視界にうっすら残った青の軌跡。それが全てを終わらせていた。ボフマンと船員、みな時間を止めた。

 

 

 やった張本人であるレインは青白く光る剣を鞘に納め、フレイヤの視線を受け止めながら砂塵の奥に見える八つの影を見る。

 

 

 四つの小人の影、二人の妖精の影、大剣を肩に担ぐ武人の影、こちらに殺気を飛ばしてくる闘猫の影。最強のファミリアの主神を守る女神の眷属たちだ。

 

 

 フレイヤが時を止めている船員たちに声をかけると、彼らは慌てて船を操作する。モンスターの死骸を置き去りにして、船は砂の海を進んでいった。

 

 

「ようやく追いついたが……なんだあいつは。あの方の傍に陣取りやがって」

「羨ましい」

「妬ましい」

「死ねばいいのに」

「ボロクソ言い過ぎだろ、お前ら……」

 

 

 殺気を放っている闘猫、アレンがモンスターの死骸に唾を吐き、ガリバー四兄弟の弟たちが毒を吐く。それを苦労人の長男がたしなめる。そこでオッタルが口を開く。

 

 

「行くぞ」

 

 

 彼の指示を聞くまでもなく、女神の眷属たちは逃がさんとばかりの速さで、遠ざかっていく船を追うのだった。

 

 

 




レインがやったこと。

オーラを剣に纏わせて、それを思いっきり振ることで飛ばした。Lv.9の力で振るわれたそれは、Lv.5でも防げない。


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3話 砂漠の町

 タグを追加します。


 レイン達がたどり着いたのは、『リオードの町』といった。オアシスを中心に築かれており、海にポツンと浮かぶ島のような印象を受ける。

 

 

 フレイヤと共に船から港に降りると、フードと外套を被っているのにもかかわらず、フレイヤの存在に気付いたものは老若男女関係なく目を奪われる。もはや慣れ切ったかのようにレインとフレイヤは、ボフマンとその子飼いを引き連れて港の真ん中を突っ切っていった。

 

 

「ではフレイヤ様、ここからの護衛はこの町に潜り込んでいる貴方の眷属に任せます。そんなわけで失礼」

 

 

 レインはおざなりに頭を下げ適当な言葉をまくし立てると、フレイヤの返事を聞くこともなく立ち去ろうとする。周りからの信じられないものを見るような目がウザいが、この面倒くさい女神から離れるのが最優先。

 

 

 だが、そんなことは女神とその眷属が許さない。周りに気付かれることなく現れた猫人(キャットピプール)、アレン・フローメルがレインの背後から銀槍を突き付ける。見えないがここを囲むように他の眷属も潜んでいる。

 

 

 それに気が付いたレインは顔を思いっきりしかめ、フレイヤはレインの態度に怒ることもなく、むしろ楽しそうに笑い、

 

 

「もしここで離ればなれになってしまったら、私は世界中に依頼(クエスト)を出さなければならないわね。私の伴侶(オーズ)であるレインという少年を見つけてね、と」

「チッ」

「あの方に舌打ちしてんじゃねえ。殺すぞ」

「お前もさっきまで舌打ちしてただろうが……」

 

 

 結局フレイヤから逃げることは出来ず、レインはこの町――『イスラファン』という国に属する、ボフマン曰く『商人の町』――を探索することになった。フレイヤの『探しもの』――伴侶(オーズ)を探すために。

 

 

 レインはさっさとフレイヤの目にかなう人物を見つけて、そいつに自分の身代わりになってもらいたいと考えていた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 レイン達を迎えたのは目抜き通りの市場(バザール)だった。幅広の道を埋め尽くさんばかりの多くの店が並んでいる。店の種類は食品・武具・嗜好品と様々だ。

 

 

 レインがすぐそばにあった焼肉料理(ケバブ)を買って食べ歩く。三口食べたところでフレイヤに一口ねだられたので丸ごと渡したが。「つれないわね」というフレイヤの言葉も、フレイヤに気が付いた男からの視線も無視する。

 

 

 そのまま進んでいくと少し空気がひりついてきた。フレイヤもそれに気が付いたのか瞳を細めている。二人の様子に気が付くこともなく頻りに揉み手をしていたボフマンが手で周囲を示す。

 

 

「ご覧の通り、この町には多くの人と物が集まります。異国の品はもとより――奴隷も」

 

 

 その言葉に反応したかのように、とある集団が横道から目抜き通りに現れる。同時にこれまでとは異なる喧騒が市場(バザール)に響きわたる。

 

 

 性別、種族に統一性がない彼らは、一様に服とは言えない襤褸(ぼろ)を纏っていた。その顔は疲弊しきっており、瞳には悲観や絶望が滲んでいる。両手には鉄枷が、首には錆びた首我が付けられ鎖とつながっている。

 

 

 鎖でつながれ列を作る彼らは、正真正銘『奴隷』だった。

 

 

 今更奴隷を見てもレインは驚かない。昔の自分なら全ての奴隷を救おうと考えただろうに、今の自分はそういうものだと割り切っている。そんな自分に思わず自嘲の笑みをこぼした。

 

 

 ボフマンの話に耳を傾けると、このカイオス砂漠では戦争が起こっているらしい。戦っているのは北の『シャルザード』という王国と、東の『ワルサ』という国だ。

 

 

 いきなり『ワルサ』が宣戦布告し、『シャルザード』は敗北した。敗因は『ワルサ』が強大な傭兵系の【ファミリア】を軍部に引き入れたため、『シャルザード』はまるで歯が立たず、王都は陥落、国内は蹂躙されたそうだ。

 

 

「つまり国が荒れ、奴隷が生まれやすい環境になっているということね」

「おっしゃる通りですぞ」

 

 

 フレイヤとボフマンが話をまとめる。奴隷たちは無辜の民だったのだろうが、血と暴力に酔った戦士たちにそんなことは関係なかったのだろう。これで町の空気がどこか物々しかったのかもわかった。

 

 

「で、ですがご安心を! 『シャルザード』の王都は確かに落ちましたが、軍部は逃げのびた王子を擁護して、今でも各地で抗戦を続けておりますぞ! 『ワルサ』もそれに手一杯でしょうし、こちらに飛び火することはまずないでしょう!」

 

 

 フレイヤの機嫌を損ねまいと思ったのか、ボフマンが必死に言葉をまくし立てる。とはいえそれに意味はないだろう。フレイヤはそんなことを気にする神ではない。

 

 

 いつまでも奴隷を見ていたいとは思えないし、さっさと別の場所に行こうと提案しようとしたレインだったが、風が吹いてフレイヤの美貌を隠していたフードが外れたため、提案できなかった。

 

 

 『美の女神』の美貌に当てられ、彼女に気が付いたものは例外なくぼうっと夢心地のような面持ちとなる。ボフマンもフレイヤの顔に性懲りもなく見惚れている。

 

 

 レインは表情を微塵も揺るがすことなく、また足止めを喰らうのかと辟易していると、フレイヤがとある方向を凝視していた。それに気が付いたレインはその方向を見てみる。

 

 

 そこにいたのは褐色の肌にぼさぼさの黒の髪の少女。瞳の色は薄紫で、顔は薄汚れているが、とても整っている。年は十五、十六といったところか。他の奴隷と同じようにその身を襤褸で覆っている。

 

 

 なぜフレイヤが彼女を見ていたのかがわかった。彼女はレインと同じようにフレイヤを()()()()()()()

 

 

 正気を取り戻した遣いが鞭を振るい、奴隷の歩みを再開させる中、少女はレインの視界からも見えなくなった。気配でどこにいるのか分かるので特に変わらないが……

 

 

 フードを被り直し、フレイヤが風のように歩き出す。三日月の形に変わった女神の唇が行き先を告げる。

 

 

「ボフマン。奴隷市場に連れて行って頂戴」

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 ――数時間後。レインは街の住人から『オアシスの屋敷』と呼ばれる、町一番の豪商のみが住むことを許される『リオードの町』で最も大きい建物の中にいた。この屋敷は現在、とある女神の私物と化していた。

 

 

 奴隷市場に行ったフレイヤ。ここでこの女神はとんでもないことをしでかしたのだ。

 

 

 ”目的の奴隷の子を手に入れるために、全ての奴隷を買い取る”という暴挙を。奴隷商が何かを言っても、都市最強派閥(フレイヤ・ファミリア)の名前で黙らせていた。

 

 

 本人曰く、「汚い魂が目に入るなんて嫌だから、全部買い取って町を綺麗にする」とか言っていたが、奴隷はそんな言葉を聞いても大喜び。レインの視線の先で長ソファーに横たわっている女神に、その奴隷たちが食事を運んだり、大きな団扇で風を送ったりしている。

 

 

 フレイヤは奴隷を買い取ると同時にこの屋敷も買い取り、奴隷たちに食事をふるまっていた。彼女にとっての最低限の落とし前で、これをしなければ彼女の『品性』が損なわれるらしい。

 

 

 そんなフレイヤに奴隷たちは心酔していた。自分達を救ってくれた麗しき女神に、深い敬愛と忠心を抱いている。傍に侍っている美男美女の瞳は陶酔の色で濡れていた。

 

 

『ハーレム? 逆ハー? (ぬる)いわ』などと言わんばかりの光景だった。

 

 

 フレイヤは小さな子供から老人に至るまで、さまざまな人物たちから感謝の言葉を受け取っていた。フレイヤが慈愛や慈善の精神でやったわけではないことを知っているレインとしては、その光景は言葉にしがたい。偶に送られてくる嫉妬の視線も鬱陶しい。変わってやろうか、本当に。

 

 

 ちなみにフレイヤの無茶ぶりをやり遂げて戻ってきたボフマンだが、憔悴しきっていた。もし気に入られていなければ、レインもこの扱いだったのかもしれない。

 

 

 そんなボフマンだが、ポロリと欲望を漏らしたことで音もなく現れた四つの影――ガリバー兄弟のアルフリッグ、ドリヴァン、ベーリング、グレール――によってどこかに連れていかれた。「たっ、助けっンンンアアアアアアアアア!?」という悲鳴に元奴隷たちは驚いていた。

 

 

 彼等の賢い選択は全てを忘れ、フレイヤへ礼を告げていくことだった。

 

 

「――あら、来たわね」

 

 

 『その少女』が現れたのは、並んでいた列が終わろうかといった時だった。

 

 

 美しき薄紫色の瞳を持つ彼女の名は、アリィ。フレイヤが見初めた少女であり――旅の目的である『伴侶(オーズ)』になりうるかもしれない人物。レインにとっては身代わりになってくれそうな少女である。

 

 

 ぎこちなくお礼を告げた少女に女神は顔を近づけ、何かを呟く。すると少女は後ろによろめくが、その顔を強くゆがめている。それを見てフレイヤの笑みが深まる。ついでにフレイヤを見ていたレインの『フレイヤ、被虐趣味(マゾヒスト)疑惑』も深まる。嫌な顔をされるほど笑うとか……マゾなのか?

 

 

「夜が来るまでに、身を清めておきなさい。私の寝室に来るのに相応しい、あなたの美しい姿を見せて頂戴」

 

 

 呆然としているアリィを残してフレイヤは椅子から立ち上がり、レインの前まで来る。

 

 

「貴方もよ、レイン。今夜は私と寝るのだから、身を清めておいてね」

「!?」

 

 

 その言葉と微笑に、レインは顔を上げ睨みつける。フレイヤは愉快気にその場を後にした。

 

 

 フレイヤの眷属たちが見張っているこの屋敷。唯一この屋敷を逃げ出せる力を持っているレインは、本気で逃げるかしばらく悩むことになる。

 

 

 屋敷の外で日が落ちようとしている。夜はもう、すぐそこだった。




 レインが逃げなかったのは、フレイヤはやると言ったら本当にやるとわかったからです。


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4話 少女の正体

 文を区切るところに♦♦♦を入れてみました。


 レインは(強制的に)浴場に連れていかれ、身体を隅々まで洗い、ボサついていた髪をくしで整えられることになった。他人に身体を洗われるなど恥でしかないので、身体は自分で洗ったが……。

 

 

 嫌々ながらも用意された砂漠での夜着を身に纏い、この屋敷の最上階にあるフレイヤの部屋に向かう。元奴隷たちからの羨ましそうな視線を振り払うように階段を上っていると、その途中でレインと同じくフレイヤに目をつけられた少女、アリィに出会った。

 

 

 彼女のボサボサだった髪はくしで整えられ、清楚な砂漠風のドレスを着せられている。身体は隅々まで洗われ、香油もたっぷり使われたのだろう。ほんのりと耶悉茗(ジャスミン)の香りがした。

 

 

 アリィもレインに気が付き、こちらに目を向けてくる。

 

 

「貴殿は……確かレイン、だったか? 大分見た目が変わっていて驚いたぞ」

「そうか。そういうあんたも随分綺麗になったな」

「ぶっ!? い、いきなり綺麗とか言うな! 驚くだろうが!」

 

 

 顔を真っ赤にして怒鳴ってくる。アリィの方が褒めてきたから当たり障りのない返事をしたというのに……解せぬ。

 

 

 歩き方が若干乱暴になった少女の横に歩幅を合わせて並ぶと、レインは気になっていたことを尋ねてみた。

 

 

「アリィ。お前は王族、もしくはその関係者か?」

「!!」

 

 

 変化は劇的だった。アリィはうつむきがちだった顔を上げ、その薄紫の瞳を見開き歩みを止める。ふむ、なるほどな。

 

 

「そんなに露骨な反応をすれば、図星だと言っているようなものだぞ」

「……なぜ私が王族関係者だと思った?」

 

 

 警戒心丸出しの目でこちらを見るアリィ。その態度が正体を露見させているようなものなのだが、それは置いておく。

 

 

「一つ目にしゃべり方。普通の奴隷は人を呼ぶとき『貴殿』なんて呼ばないよ。商人ならその呼び方をしても不自然ではないけど、商人が奴隷になるとは考えにくい」

「考えにくいだけで、なる可能性はあるだろう。私が王族だという証明にはならない」

 

 

 こいつ自分から王族だと暴露したな……開き直ったのか、おっちょこちょいなのか……真面目な顔から察するに後者だろう。つい喋ってしまった感じだな。

 

 

「二つ目にアリィ。お前は俺に『貴殿』と言いながらレイン『殿』とは言わなかったな? 商人ならば失礼のないように相手が誰だろうと『殿』か、最低でも敬称をつけるだろう。『貴殿』といいながら呼び捨てにするということは、それだけの権力と立場を持っているか、余程の馬鹿のどちらかだ」

 

 

 二人ともフレイヤの部屋に向かって進めていた足を止め、その場で向かい合って話す。周りに人は一人もいないので、声を潜める必要もない。

 

 

「そして三つ目。フレイヤの前でぎこちなく礼をしたことだ。多分だけどあんたは『拝礼』をしようとしてやめたな? だから礼をするのが他の奴らよりぎこちなくなったんだ。これが一番の決め手かな」

「…………」

 

 

 黙りこくってしまったアリィ。頭の中は自分の迂闊(うかつ)さを攻めているのか、自分のふるまいを見直しているのか……フレイヤの部屋に行くことを忘れているのは確実だろう。

 

 

「ところでアリィ。あんたは『男装』が似合いそうだな。身なりを整えれば、『一国の王子』に見えなくもないだろう」

 

 

 その言葉で、アリィの顔が致命的なまでに歪んだ。

 

 

「俺が聞いた話によると、アラム王子は処刑されたシャルザード王の唯一の子供で、絶世の美男子。年齢は十六で、姉や妹といった人物は存在しない。王は子宝に恵まれなかったらしいな」

「っ……!」

 

 

 沈黙したまま肩を震わせる少女。レインはアリィ――正体を隠しているアラム王子の秘密を突き付ける。

 

 

「アラム王子は男児ではなく、『女児』。子宝に恵まれない王が男として育ててきた……そんなありきたりな話だろう」

 

 

 アリィは目の前の男を恐ろしく思った。この男はわずかなヒントだけで自分の正体にたどり着き、さらに重大な秘密まで見抜いた。どんな思考回路をしているんだ、こいつは!

 

 

「私を脅すつもりか……!」

 

 

 もしこの男がこの秘密を言いふらすつもりならば、自分はこいつの口をなんとしても封じなければならない。金や権力は今は使えない。同性の自分ですら頬を染めてしまうフレイヤの美貌を鼻で笑うこいつに、色仕掛けが通用するとは思えない。なら、殺すしか――

 

 

「ないな。脅す気なんて欠片も」

「なっ……」

 

 

 レインはあっさりと返答した。思わず間抜けな声が漏れる。

 

 

「強いて言うなら、忠告とフレイヤに対する嫌がらせだ。あいつもあんたの正体に気付いているぞ」

「え!? そ、それは本当か!」

「あの女神の場合、あんたの雰囲気で気付いたんだろうな。あれは奴隷が持つ『威風』じゃないぞ」

 

 

 初めて見た時、レインはアリィのことを『雌伏して時を待つ虎』だと感じた。『魂』を見ることが出来るフレイヤなら、その時にアリィの本質に気が付いていただろう。

 

 

「あの女神のことだ。これから部屋に行ったら俺と似たようなことを聞くだろう。それに対するあんたの反応を楽しむ気だろうな」

「そのためだけに、私の正体を考えたのか?」

「ああ。俺はここに無理やり連れて来られたからな。なるべく嫌がらせをしてやるつもりだ」

「……貴方も大変だな」

 

 

 アリィの目が同情するようなものになった。言葉遣いも若干砕けている。意識して変えたのだろう。

 

 

「さっさと行くか。待たせすぎると何されるか分からん」

「確かにな。急ごう」

 

 

 二人の男女は急いでフレイヤの部屋に向かった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 レインの予想通り、フレイヤはアリィの正体に気付いていた。アリィの正体を聞かされることになったボフマンは顔を青ざめさせていたが。

 

 

 アリィはフレイヤの言葉を聞いても平然としていた。もしレインから忠告されていなければ、動揺を態度に現してしまっていたかもしれないけれど、一度経験すればどうということもない。

 

 

 フレイヤはアリィの様子につまらなそうにしている。このフレイヤの表情を見れただけでもレインとしては満足だ。

 

 

 フレイヤが話し終えると、アリィがここから解放して欲しいと言い出した。自分は王だから、救わなければならない民と、自分を待っている兵士たちがいる。貴方への恩は必ず返すから、シャルザードへ行かせてほしい、と。

 

 

 それをフレイヤはあっさりと快諾。女神に利益がないと判断したボフマンが口を開こうとしていたが、そんなことを気にすることなくフレイヤは、

 

 

「私は従属する人形が欲しかったわけじゃないし……貴方の言う『恩』は必ず返してもらうわ」

「……感謝します。外の世界の女神よ」

 

 

 拍子抜けしたような顔をしていたアリィは、その言葉に緊張を纏いなおす。悪魔と禁断の契約を結んだかのような(間違っていない)面持ちで、深く頭を下げ、形ばかりの礼を告げた。

 

 

 彼女はボフマンに連れられて部屋を出ていき、フレイヤとレインだけが残った。

 

 

「あの子が私に正体を見抜かれた時、全然『魂』に揺らぎがなかった……。レイン、あなたの仕業ね」

「知らんな。あの子の心があんたの予想より強かったんじゃないのか?」

「……まあいいわ。貴方は絶対に真実を喋らないでしょうし」

 

 

 来なさい、とフレイヤは人二人など余裕で収まる寝台(ベッド)に座った。レインもこちらの腕が一方的に届く距離をあけて座る。

 

 

「レイン。貴方の目的は何かしら?」

「あんたに言う必要がないな。話がそれだけなら――」

「私は貴方の『魂』の本質が見たい」

 

 

 フレイヤがゆっくりとレインの方へ近づいてくる。レインはフレイヤの言葉を聞いて動かない。

 

 

「貴方の『魂』は美しいわ。盗賊や闇派閥(イヴィルス)達のように不快な”黒”ではなく、つい目を奪われてしまう夜空のような”黒”」

 

 

 月に例えられることのある(フレイヤ)に相応しいわね、と言いながらフレイヤはレインの顔を両手で挟みこむ。全てを見透かす銀の瞳で、レインの黒い瞳を覗き込む。

 

 

「そんな夜空に雲が掛かっている。私はその雲を取り払って、月と星々が輝く美しい夜空を見てみたい」

 

 

 レインは弱弱しくフレイヤの腕を振り払う。レインの瞳を見る時、フレイヤはからかうような笑みではなく、天界(うえ)から子供たちを見守る、まさしく超越存在(デウスデア)の笑みを浮かべていた。その笑顔を見てしまえば、さすがのレインも皮肉を返すことが出来ない。

 

 

 それを見透かしたかのように、フレイヤは昼間に見せたからかうような笑みを浮かべ、

 

 

「さあ、私に一夜の夢を見せて頂戴」

「今の俺なら従うと思ったのか。あんたに一瞬でも抱いてしまった俺の尊敬を返せ」

 

 

 押し倒そうとしてきたフレイヤをレインは容易くかわす。そのまま近くにあったカーテンの紐を取ると、フレイヤを布団で簀巻きにした。神を恐れぬこの所業。こんなことが出来るのはレインか、とある酒場の女将くらいだろう。

 

 

 簀巻きの美の神という世にも珍しい物体を残してレインは部屋を出る。扉を閉める間際、

 

 

「……雲が取り払われることなんてない。俺にその意思がないのだから」

 

 

 呟かれた言葉は誰にも拾われることはなかった。たった一人の神を除いて。

 




 レインの魂にかかっている雲とはいったい……

『拝礼』……王族たちが習う、神に対する礼の仕方。


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5話 砂の海を渡る

作者の投稿スタイル。出来たら投稿、それだけ。

今回は長めです。


「寝過ぎた……! 悠長にしている暇はないというのに!」

 

 

 王子である身分を隠すアリィが飛び起きたのは、日の出からしばらく時間が経った後だった。奴隷になる前も後も移動続きだったので、疲弊しきっていたのだ。今は疲労もほとんど残っておらず、頭もスッキリしているが。

 

 

 慌ただしく行動を開始し、旅支度を済ませる。フレイヤに借りを作りたくないアリィだが、背に腹は代えられぬとお付きの従僕達に差し出された旅装を着込む。ちなみに旅装は腹立たしいほど着心地がよかった。

 

 

(何なんだあの女神は……私のことを『本命の一つ』などと言っておきながら、簡単に解放するなど……。恐らく他の『本命』は私と一緒に部屋に呼ばれた……いや、今はそれどころではないか)

 

 

 もし自分がいなくなれば、フレイヤの興味は完全にあの黒い少年に行くのだろうか? あの面倒くさそうな女神に付き合わされていた少年に同情しながら、アリィはフレイヤが購入した『オアシスの館』を出た。

 

 

 その間際、門衛よろしくたたずんでいて、何故か片頬が赤く腫れあがっていた猫人(キャットピプール)に、

 

 

「ちッ」

 

 

 と露骨な舌打ちをされたが。

 

 

 身に覚えのない苛立ちをぶつけられ、うろたえたものの――すぐにその疑問は解消されることになる。

 

 

「……何故、ここにいるのですか?」

 

 

 屋敷が建つオアシス中心の島から町の北側にかかる、木製の大橋の上。そこには女神と黒い少年が待ち構えていた。アリィの頬が引きつる。

 

 

 アリィはフレイヤという神の性格を分かってない。フレイヤは確かに『解放する』と言ったが、この神が興味を示したものをむざむざ手放すわけがない。どこへだろうとついて行って、近くで観察するだろう。

 

 

 ――自分の伴侶(オーズ)に相応しいかどうか。

 

 

 当然のごとくアリィはついてくるなと拒絶したが、フレイヤに「『路銀(ろぎん)』はあるの?」と言われて黙りこみ、「私の同伴を許可するなら、それで『恩』を返してもらったことにする。支援も最大限する」という言葉に折れた。呻きながら肩を落とし、渋々といった様子で許可を出す。

 

 

 猫人(アレン)が舌打ちした理由は、こうなることを予想していたからだ。ちなみに頬が腫れていたのはフレイヤを簀巻きにしたレインに怒りを抱き、夜中の内に始末しようとレインを襲撃したが、見向きもせず放たれた裏拳で沈められたからである。

 

 

 目の前でにっこりと笑う女神(フレイヤ)と不機嫌そうな表情をしている少年(レイン)の後ろを、アリィは諦め半分の思いで、歩き出すのだった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 フレイヤの『路銀』(フレイヤ曰くデート資金)の調達方法は、酒場にいた金をたっぷり持っている商人と自分の身体を賭けてゲームをすることだった。美の神の身体を好きにできると思った商人は、すぐさま賭けに乗った。

 

 

 遊ぶゲームはチェスに似たこの砂漠地帯で主流の『戦盤(ハルヴァン)』と呼ばれる盤上遊戯(ボードゲーム)。フレイヤはこれを一度もやったことがないまま、ゲームを始めた。

 

 

 結果は――フレイヤの圧勝。いっそアリィの胸がすくぐらいボコボコにしていた。真っ白になっている商人の男の手からフレイヤは財布を受け取る。

 

 

 フレイヤが圧勝した理由は単純だ。神は地上に降りても『全知零能』。ルールさえ分かってしまえば勝つことは容易い。これを教えられたアリィは、あらためて感じた超越存在(デウスデア)の理不尽さに、胸焼けを起こしそうだった。

 

 

 ちなみにレインはこの酒場にいる間、気配を完全に消し切っていた。フレイヤの傍にいると視線が鬱陶しいからである。

 

 

 資金を手に入れたアリィだが、買い物でも疲れ果てることになった。フレイヤがあまりにも自由過ぎるからである。食料や水以外の無駄なものを買うなと言っても、女神は様々な魔石製品を買っていた。

 

 

 砂漠の旅の過酷さをアリィが語っても、フレイヤは「旅をつまらないものにするつもりはないから、私は『嗜好品』を揃える」と言って聞かなかった。それどころかアリィが王宮でもさんざん言われた言葉、「貴方(おうじ)頭が固い(きまじめすぎる)」でたしなめられる。

 

 

 図星を突かれたアリィが反抗的な態度を取っても、フレイヤはどこ吹く風だった。自由奔放な女神の言動に、アリィは頭を掻きむしりたくなる。そんな少女の様子に、女神はクスクスと笑う。上機嫌に。

 

 

 見る者が見れば、今のフレイヤの様子に驚いただろう。自分への口答えを許し、むしろ楽しそうに受け入れているのだから。

 

 

 周囲に散らばり、陰から見守る美神の眷属たちは、不愛想な表情を浮かべる者、不機嫌を隠さない者と様々だったが、猪人(ポアズ)の武人だけは僅かに目を細め、気ままな女神の笑顔を、眩しそうに見つめた。

 

 

 レイン? 女神と少女が買った商品を自然と押しつけられて、釈然としない表情で女神が少女を振り回すのを見ていたが。

 

 

 アリィが何度も叫び、フレイヤが機嫌よく旅支度を進める。その後ろをレインはため息を吐きながらついて行った。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 『リオードの町』に玄関口と呼べるものは四つある。南に設けられた砂海の船(デザート・シップ)の港と、旅人や隊商(キャラバン)が頻繁に出入りする北と東西の門だ。レイン達は北の門から出発した。レインは徒歩、アリィとフレイヤは駱駝(ラクダ)に乗ってだ。

 

 

「砦は一日二日で行ける距離ではない。いくつか中継点を見繕ってあるから、そこで夜を過ごして出発の繰り返しだ。今日は北のオアシスに向かう」

「好きにして頂戴。私はついて行くだけだから」

 

 

 レインの意見は聞かれなかった。もとより何かを言うつもりはないが、釈然としない。

 

 

 荷物を結んだ駱駝にまたがった二人の女性は、視界一面に広がっている砂の海を渡りながらも言い争っている。アリィがフレイヤに対してつっけどんな態度を取っているだけだが。

 

 

 今の口論の内容は、「本当に護衛を探さなくてもよかったのか?」だった。アリィは何度も探そうと言ったが、自由気ままな女神は「必要ないわ」と言って本当に探さないまま出発した。

 

 

 レインから見れば、アリィがいつモンスターに襲われるのかと気を揉んでいるのが分かった。Lv.9(レイン)にとってそんなものは杞憂に過ぎない。いきなり目の前にモンスターが出現したとしても、一秒と掛からず葬れる。

 

 

 それに自分たちの周りには――このカイオス砂漠にも名声が聞こえてくるほどの最強派閥がいる。

 

 

『――――ッッ!?』

 

 

 砂漠の大蜥蜴『デザート・リザード』が、断末魔の悲鳴すら許されず()()()()()。五頭いた四メートルを超えるモンスターは、神速の銀槍によって屠られていた。アリィは、その一瞬の出来事を目で追うこともできなかった。

 

 

「……護衛がいらないとは、こういうことか」

 

 

 くだらなそうに槍を振り鳴らすアレンを見ながら、アリィが呟く。彼にとってはフレイヤを守っただけで、アリィやレインのことを守ったつもりではないのだろう。アリィのことは無視、レインには微かに殺気が込められた目を向けていた。

 

 

 アリィはアレンしかいないと思っているが、さほど離れていないところに()()いる。それをフレイヤに教えられて辺りを見渡しているが、恩恵(ファルナ)も授かっていない少女に見つけられるわけがない。アリィは顔を引きつらせた。

 

 

 一方で、フレイヤは駱駝から下りていた。お尻が痛いし、酔いそうらしい。神を上から見下ろす気になれないアリィは、仕方なしに自分も下りる。駱駝を買った意味がなくなった瞬間である。

 

 

 体力を消費するから無駄話をしないと言っていたアリィだが、退屈なのか話を振ってきたフレイヤに根負けしたらしい。話す内容はどうして奴隷に堕ちていたか。

 

 

 答えは敵軍(ワルサ)から逃げるため。どれほどひどい扱いをされようと、王子(アラム)の立場では逃げることが最優先。それ以外は些事に過ぎない。

 

 

 最後の言葉は、言い切るまで躊躇があった。話を聞いているはずのフレイヤは、特に何も言わなかった。レインも、何も言わなかった。

 

 

 三人は進む。この地に住まうアリィでさえ、地平線の先でも途切れることがないのではと思うほど、広大な砂の海を。そんな彼女等を、道中、モンスターは何度も襲ってきた。

 

 

「――シッ」

 

 

 その全てがアレンの銀槍の餌食となった。大蜥蜴(デザート・リザード)も、砂蠍(サンド・スコーピオン)も、空を飛ぶ狩鷹(バルチャー・ハンター)も全て例外なく全滅する。

 

 

 まるでとらえることの出来ない闘猫(とうびょう)の影に、アリィは感嘆を禁じえなかった。下界の住人はここまで『規格外』なれるのかと。すぐそばに『規格外中の規格外』がいるとアリィは考えもしなかったが。

 

 

 アレンしかフレイヤの眷属が姿を見せないのは、アレンが最も速く、効率よく危うげなくフレイヤを守ることが出来るからだ。何度もアレンを見るうちにアリィはそれを察した。

 

 

「じろじろと見るんじゃねえ、クソガキ。煩わしい。黒い野郎は死ね」

「クソガっ……!?」

「何故俺まで文句を言われねばならん」

 

 

 【フレイヤ・ファミリア】の凄まじさ、恐ろしさの一端を垣間見て、戦闘を終わらせたアレンの横顔をつい見つめていたアリィに、乱暴な文句が飛んでくる。なにもしていないレインにまで。

 

 

『あなたの方こそ私と負けず劣らずチビではないか!』と憤ろうとしたアリィ(160センチ)だが……直前でやめた。その言葉は禁句の気がした。あと問答無用で八つ裂きにされそうな気がした。

 

 

「フッ、お前もアリィ(こいつ)位の身長しかないだろ。チビ猫」

 

 

 そんなことを恐れないレイン(180センチ半ば)は、容赦なく言い返す。鼻で嗤うおまけ付きで。ぶち殺そうとするアレンだが、レインの覇気(アビリティ)によって動きを封じられる。できるのはレインを睨みつけることだけだ。

 

 

「もっと言ってやれ」「いい気味だ、あのクソ猫め」「あの方に発情しながら反発する錯乱猫が」「ここの砂を持って帰って、あいつのトイレとして設置しておこう」

 

 

 アレンによくチビと言われる小人族(パルゥム)達の罵詈雑言に、アレンの額に青筋が刻まれる。黒い少年からウザい四つ子の小人族にターゲットを変更。察したレインが覇気(アビリティ)を解除する。

 

 

「……貴方は何故、あの女神にそこまで尽くすんだ?」

 

 

 そんなやり取りを目にしながらもアリィの口から出てきたのは、単なる疑問だった。私だけ何も言い返せないのは癪に障る、というだけで発した疑問だったが。小人族を仕留めに行こうとしたアレンの足が止まる。

 

 

「てめえに言う必要がどこにある、間抜け」

「っ……! 貴方は町を出る前も、出てからもずっと不機嫌そうだっ。主神のお守りなど面倒だと、今も思っているのではないのか!?」

 

 

 返ってきた暴言を前に、声を荒げる。だが、アリィに背を向けていたアレンから帰ってきた言葉は、少なからず少女に衝撃を与えるものだった。

 

 

「俺は俺であるために、あの方に身も心も捧げている」

「!」

「本音を言えば鎖で縛って閉じ込めておきたいが、それをしたら『あの方』は『あの方』じゃなくなる。俺が俺じゃなくなるようにな。なら……俺が面倒に苛立っている方がうまく回る。それだけのことだ」

 

 

 態度は最悪、性格は凶暴。しかしこれだけ屈強な眷属を従えていることが、アリィとフレイヤの『王』としての差を提示しているようだった。

 

 

 片や味方とはぐれ全てを失った自分、片や精鋭に忠誠を誓われ女王のごとく振る舞う女神。それはアリィの劣等感を刺激した。  

 

 

「……お前たちは、何故そこまであの女神に忠誠を誓う?」

「……なに?」

 

 

 気づけば、アリィの唇はそんな言葉を吐いていた。警備に戻り、ついでに小人族を半殺しにしようとするアレンが立ち止まり、ゆっくりと振り返る。

 

 

「あの女神は、自分勝手だ。神らしいと言えばそれまでだが、横暴に過ぎる。娯楽だと言って笑い、己の欲を満たすことしか考えていない。王などではなく、まるで妖婦のようにっ」

「おい、口を塞げ。俺はお前の喉を引き裂く許可をもらっちゃいねえ」

「アリィ、流石に言い過ぎだ。フレイヤにイラつくのは分かるが、一旦落ち着け」

 

 

 フレイヤを侮辱されて、アレンの口調に明確な棘が混じり始める。しかし、それも静かな怒りだった。妖婦は少しひどいと思ったレインがアリィを宥める。それは駄々っ子を慰めるようだった。

 

 

 前者には歯牙にもかけられず、同類だと思っていた少年にも敵に回られた。レインにそんな気はなかったが、その行動がアリィの頭に血を上らせ、見境を奪った。

 

 

 一人先を歩いていたフレイヤが振り返り、こちらを見守ってくる中、アリィは叫んでいた。

 

 

「貴方達は口では文句を言いながらもどうせ女神の美に酔い、体のいい人形に成り下がっているのだろう! あの女が『魅了』したが故に!!」

 

 

 直後、アリィは()()()()()。不要な言葉を捨て、一筋の純粋な殺意を抱き、アレンは銀の穂先を繰り出した。

 

 

 それを止めたのは猪人(ポアズ)黒妖精(ダーク・エルフ)白妖精(ホワイト・エルフ)、四つ子の小人族(パルゥム)。彼等は殺生を忌避してアレンを止めたのではない。むしろ彼等もアリィに怒りを抱きつつ、それでも女神のために制止した。

 

 

「アレン、槍を下げて頂戴」

 

 

 オッタルの言葉でも、首に刃を突き付けられても少女を殺さんとしていた猫人(キャットピプール)は、その女神の一声を聞いて槍を下ろす。怒りと忠誠心がせめぎ合うのが見て取れる、遅々とした動作だったが。

 

 

 そんなアレンにフレイヤは微笑み、アレンに倒された少女に歩み寄り、手を伸ばす。衝撃が抜けきらないアリィは無意識にその手を取り、立ち上がっていた。

 

 

「行きましょう」

 

 

 武器を下げて音もなく離れていったオッタル達を尻目に、美の神は旅を再開させる。レインは呆然と立ち尽くしているアリィをどうするか悩んだが、フレイヤの近くにいることにした。アリィの傍には未だアレンが残っているが、殺すことはしないだろう。

 

 

 痛がっていた臀部は回復したのか、駱駝に腰かけていたフレイヤに並ぶと、

 

 

「あら、私の傍に来るなんて……ようやく私の魅力に気が付いた?」

「別に。アレンがアリィに何か言いたそうだったからな。それだけだ」

「嘘つき」

 

 

 フレイヤの軽口を適当に返すと、昨日の夜に見せられたあの笑顔で否定された。レインはそれを直視できない。見てしまえば全てを見抜かれてしまいそうで――。

 

 

「アレンの言葉に思うところがあったんでしょう? だからアリィが殺されそうになっても、貴方は止めようとしなかった」

「…………」

「想像したのでしょう? 貴方の持つ『ナニカ』を否定されたとして……自分が冷静でいられるかを」

「……どこまで見抜いているんだ。あんたは」

「そうねぇ……貴方の魂にかかる雲の正体を教えてくれたら、私も教えてあげるわ」

 

 

 そこから二人は何も喋ることなく、ようやく追いついてきたアリィと共に砂の海を渡っていった。 

 

 




 はやく原作に入りたい。


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6話 女神の神意

ダンまちで一番好きなキャラはアルゴノゥト。めっちゃかっこいいので。


「食事にしましょう。私、お腹が空いてしまったわ」

「……ああ」

 

 

 フレイヤ達がいるのは中継点の一つである小オアシス。既に日は落ちて夜になっているものの、予定より早く辿り着いた。そのことに喜ぶこともなく、アリィは生返事を返す。上の空のアリィと疲れたフレイヤの代わりにレインが駱駝を木につなぐ。

 

 

 オッタル達は出てこない。フレイヤの言いつけなのか『三人の旅』の域を乱す真似はしないようだ。代わりにオアシス周辺を警戒している。

 

 

「調理して頂戴。私、料理は上手くないの」

「ああ……」

「(暴君みたいだしな……)」

「干し肉ばかりは嫌。果物が食べたいわ」

「ああ……」

「実は私、パンより重いものを持ったことがないの。だから食べさせて」

「ああ……」

「……アレンって好きな奴には嫌な態度をとる『つんでれ』ってやつだよな」

「ああ……」

「「…………」」

 

 

 生返事に、上の空。食事の準備を進める少女と会話が成立しない。

 

 

 フレイヤがわざと我儘(わがまま)を口にしても、生返事を利用してレインがアレンの嫌がりそうなことを言っても、怒ったり叫んだりといった反応がない。フレイヤはつまらないとばかりに、レインはフレイヤが何かをしでかすと察してため息をついた。

 

 

 そうして、食事を終えた後、レインの予想通り――

 

 

「アリィ。私、泳ぐわ」

「ああ…………はっ?」

「いきなり何を言い出すんだこの女神は」

 

 

 そう切り出したフレイヤに、生返事しかしなかったアリィは動きを止めた。やるとしてもアリィにキスをするぐらいが精々だろうと予想していたレインは、冷めた目でフレイヤを見た。

 

 

 二人の男女の反応に、フレイヤは唇の端を吊り上げる。

 

 

「泳ぐの。このオアシスで」

「なっ、何をいきなり!?」

「だって、あれから貴方、碌に口を利かないじゃない。アレンも悪いけれど、このままじゃ私が退屈で死んでしまうわ。レインは滅多に喋ろうとしないし。だから、泳ぐの」

「おい、あんたが泳いだらここが観光名所になって、迷惑がかかるだろうが……」

「そこじゃないだろうっ!! 何寝ぼけたことを言ってるんだ、お前は!」

 

 

 オアシス周辺で音もなく小人族と小競り合いをしていた猫人(キャットピプール)が鼻を鳴らすのがアリィには聞こえた気がしたが(レインには聞こえた)、すっとぼけたことを言う少年に怒鳴った後、荷物を漁っている女神に食ってかかる。

 

 

「オ、オアシスは旅人の共同の財産だ! 垢を落として汚していいわけがっ――!」

完全な存在(デウスデア)から老廃物(きたないもの)なんて出ないけれど……気になるなら魔石製品を使いましょう。これで入る前より綺麗になるわ」

「い、今だって寒いのに、水浴びなんてすれば凍えるぞ!」

「それも魔石製品ね」

 

 

 アリィの言葉の弾幕を、全て『魔石製品』で撃ち落とす美の神。オラリオ万歳とばかりに、レインが持っていた袋から次々と魔石製品が出てくる。浄化柱やいろんな色の暖房機(ストーブ)。砂漠の旅に限りなく必要ない魔石製品(おにもつ)だ。

 

 

 それを運んでいたレインは、オアシスの岸にそってストーブを設置し、作動させて笑っている女神を呆れた目で見る。アリィはフレイヤがこれを最初からやるつもりだったと悟って、卒倒しそうになった。

 

 

「――って、本当に脱ぐなぁ!?」

「女同士なのだから、隠す理由はないでしょう?」

「俺がいるんだが」

 

 

 遠慮なく服を脱ぐ女神に、アリィが赤面しながら叫び、フレイヤが服に手をかけた時点で後ろを向いていたレインが存在を主張するが、

 

 

「私は気にしないわ」

「気にしろよ。不運な誰かがアンタを見て、失明することになったらどうするんだ」

「そ、そうだ。誰かに覗かれたりなんかしたら――」

「オッタル達が見張っているから大丈夫よ」

「だからこそ言ってるのに……」

 

 

 レインの後ろには、この世のものとは思えない美しすぎる裸体があるのだろう。それを見てしまった者は、【フレイヤ・ファミリア】によって目を潰される(バルス)だろう。潰される者が幸運なのか不運なのか、レインにはさっぱりわからないが。

 

 

「あはっ、冷たいけれど――気持ちいい!」

 

 

 そんな中、フレイヤは遠慮なくオアシスの中に飛び込んだ。

 

 

 魔石灯の光にライトアップされた水飛沫(しぶき)が、貴石のようにきらめく。七色に輝く水と戯れる女神は宝石世界の住人のようで、やはり此の世のものとは思えない美しさを誇っていた。

 

 

 それを見ることなくレインはオアシスの外に足を進める。今も頬を染めて眺めているアリィに自覚はないが、そこは遍く世界の男神と人々がうらやむ特等席だ。

 

 

 それを()()()()()()と切り捨て、昨日はあまりすることの出来なかった鍛錬をしようとしたが、

 

 

「レイン――笑っていなさい」

 

 

 何の脈絡もなく放たれたフレイヤの声に足を止め、振り返る。フレイヤは笑顔で水との戯れを続けたままだった。その相好はレインが見たことのない無邪気な少女のそれだ。

 

 

「貴方はきっと、私がどれ程言葉を与えても変わらないのでしょう。それだけの『自分』を貴方は持っている」

「……それが笑っていることに、どう関係するんだ」

「始まりの英雄」

 

 

 再び何の脈絡もなく告げられる言葉。その単語は知っている。昔いた本が好きなだけの無力な少年が、この世で最も大切な人と同じのお気に入りの英雄譚に出てくる英雄。その名前は――

 

 

「彼――アルゴノゥトはどんなにつらかろうと、悲しかろうと、やせ我慢だろうと笑った。周りに笑顔を与え続けた。私が知っている英雄たちでも、彼より心が強い人間(こども)はいないかった。――レイン。貴方が何を抱えているのか(わたし)にも分からない。どうして一度も心から笑わないのかも」

 

 

 抱えていること自体は分かるんだけどね、と言いながらフレイヤがオアシスから上がる。きめ細やかな肌と美しい銀髪を濡らす水滴は、女神の美貌をより際立たせる装飾品(アクセサリー)だ。フレイヤの裸体を見まいと、レインは背を向ける。

 

 

 その少年の背をなぞるように指を這わせ、紡がれる女神の神意。それを少年が忘れることはきっとない。

 

 

「笑っていなさい。貴方が一人で背負うには重すぎるものを背負いたくても、貴方は人を惹きつける。その意志を貫きたいならば、笑っていなさい。周りに心配などされず、希望と勇気を与え続ける、強く気高い――英雄のように」

「…………」

 

 

 レインが何かを返そうとする前に、フレイヤはオアシスの方へ戻っていった。あのやり取りが休憩ついでに行われたのか、ここに来る前から予定していたものなのか、レインには分からなかった。でも、どちらであろうと少年には関係なかった。

 

 

 女神の方を見てみると、今度は王子である少女と話していた。彼女等からなるべく離れた場所に設置された魔石灯の傍に近づく。正確にはオアシスに。  

 

 

 魔石灯の光のおかげで、水面は鏡のようになっている。そこに映るのは瞳に光がなく、感情のかけらもない不愛想な少年だ。少し見るだけでも「何か悲しいことがあります」と言っているように感じられる。というか、それ以外感じられない。

 

 

 口の端を吊り上げる。しばらく使うことのなかった表情筋は思うように動かなかったが、それでも笑顔と呼べるものが出来た。

 

 

 この日から少年の日課に、笑顔の練習が加わった。 

 

 



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7話 少年の嫌いなもの

タイトルを決めるのが結構大変。


「レイン。何故、見る者をイラっとさせるふてぶてしい笑みを浮かべているんだ? フレイヤの言葉に翻弄される私を馬鹿にしたいのか?」

「……そんなつもりはなかったんだが。すぐに作ることができる笑顔がこんなのだったんだ」

「純粋な善意で忠告するが……その笑顔を人前で見せるのはやめておけ」

 

 

 目指していた国境の隠し砦が見つかったのは、アリィたちが『リオードの町』の町を出発して三日目の夜だった。彼女らが見る国境は、岩盤が露出した岩石砂漠(ハマグ)だった。

 

 

「あそこだ! シャルザードの隠し砦がある場所は!」

 

 

 レインとの会話を切り上げたアリィが駱駝の上から指さすのは、山のごとくそびえる岩石群。かつて訪れたことがあるのか、岩の塊にしか見えない場所に確信の笑みを浮かべ、旅の終わりを喜んでいる。

 

 

「……」

 

 

 それに対して、レインは眉をひそめた。特に優れたところのない人間(ヒューマン)でも、Lv.9になれば視力に優れた種族である小人族(パルゥム)、嗅覚に優れた獣人よりも五感が優れている。

 

 

 ()()()()()()の姿が見当たらない。それどころか僅かな魔素の残留と、風に乗った血の匂いがわかる。

 

 

 オラリオで摩天楼施設(バベル)最上階から『魂』を見ることが出来るフレイヤの視力も優れている。彼女の銀の瞳には、『魂』の輝きが映っていない。

 

 

「アリィ。血の匂いがする。あの砦ではいつも血の匂いがしているのか?」

「……えっ?」

 

 

 アリィは最初、何を言っているのかわからない顔を浮かべた。しかしその意味を受け止め、理解すると、彼女は青ざめ駱駝を走らせた。その後をレイン、フレイヤ、フレイヤに砦の様子を確認させられたアルフリッグが追う。

 

 

 洞穴を利用した砦に足を踏み入れた瞬間、彼女達を迎えたのは、焼き払われた肉の臭い、そして血を吐いて転がる数々の死体だった。

 

 

「そんな……そんなっ!?」

 

 

 アリィは悲鳴を上げた。すぐに一人の将校駆け寄って、その体に手を伸ばす。少女が片腕を失い、胸を穿たれた亡骸を、涙を流しながら抱きしめるが、すでに潰えた命は二度と瞼を開けることはなかった。

 

 

 笑みを消し去ったレインが泣き崩れるアリィを尻目に、砦の奥に足を進める。剣で斬られた痕、槍で貫かれた痕、魔法で焼かれた火痕。鎧をまとった死体が無念を語るように致命傷を晒すその奥から、大量の血の匂いがする。

 

 

 恐らく司令室だったそこは無残なものだった。壁に掛けられていたシャルザードの国旗、三日月と一輪の耶悉茗(ジャスミン)の紋章が無残に引きはがされ、その代わりに兵士達の血ででかでかと文字が書かれていた。

 

 

「『名乗り出よ、アラム王子。でなければ、次はイスラファンを火の海に変える』……」

 

 

 抑揚のない声で、レインは血の文字を読み上げた。レインを追ってきたアリィはおぞましい所業に吐き気をこらえる。商人の密告か、あるいは神の慧眼か、ワルサは王子(アラム)商業国(イスラファン)に身を寄せていることに気付いたらしい。

 

 

 そして、

 

 

「『最初の見せしめは、リオード』……」

 

 

 アリィが引き継いだ言葉を読み上げたところで、レインの姿はその場から消えていた。

 

 

「えっ……レインが消えたっ?」

「行くわよ。『リオードの町』に」

 

 

 血の文字を読んで初めて感情を消した女神が、戸惑う少女の手を引いて洞窟を出る。間に合うはずがないと少女は言うが、第一級冒険者の『足』ならば、駱駝で三日かかる行程など()()()で走破出来る。

 

 

 フレイヤが心配しているのは、もしも自身の予想通りのことが起きていたとすれば、自分はどうやって()()()()()()()()()、だ。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 爆発したかのように砂が舞う。Lv.9の『足』を全力で動かすレインは、()()()()()()で『リオードの町』を視界に捉える。

 

 

 だが、それでも――遅きに失した。

 

 

 『リオードの町』は燃えていた。砂漠の夜の下、赤々とした炎と煙が、まるで火葬のごとく立ち上る。

 

 

 耳をすまさずとも聞こえてくるのは女子供の悲鳴。許しを乞うのは商人達の叫喚か。最も耳に障るのは、黒く濁りはてた欲望を含む、獣以下に堕ちた兵士達の嗤い声。

 

 

 レインの目を楽しませた市場(バザール)はすでに荒らし回されており、色とりどりの商品がぶちまけられている。死体もそこかしこに転がっている。

 

 

 生存者の影は見えない。代わりに悲鳴が町の中央から聞こえてくる。そこに向かおうとしたレインは、すぐそばの脇道を見て、体中の血を凍らせた。

 

 

 目に入るのは鎧をまとった複数の男。その中心で汚されるのは、レインに焼肉料理(ケバブ)を売ってくれた可愛らしかった少女。近くでは手足を斬られ動くこともできず、血涙を流す少年が男たちを睨みつけている。二人の左手薬指にあるのは同じデザインの指輪。

 

 

 光を失った瞳から尊い雫を流す少女の唇が小さく、それでもハッキリと動く。欲望に身をまかせる男たちは気にも留めない。

 

 

『にげて、にげて。あなただけでも』と何度も何度も。その口も欲望の満たす道具として使われ、汚される。

 

 

 

 

 

 

 

 「逃げて」と身体を鋭利な刃物で何度も刺される少女が叫ぶ。彼女は大切な人の無事だけを願っていた。腹を貫かれた少年は身動きすらままならず、少女がただ死にゆくのを眺めていた。無様に、滑稽に……許しがたいほどに。

 

 

 少年は自分の中で、黒い炎が心を包むのがわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 気付けば、本当に気が付けば、足元には兜をまとった男達の首が転がっていた。その顔は下卑た笑みのままだ。それをレインは無感動に()()()()。その手には血の付いた青白い剣が握られている。

 

 

 少女はこと切れていた。心が死んだことで体も生きることをやめたのか、それとも別の理由なのか。瞳から血の涙を流していた少年も、憤怒の表情で力尽きている。

 

 

 レインは汚れるのも厭わず、少女を担ぎ上げて少年の隣に並べる。その行為に意味がなかったとしても、せめて天界か来世で一緒になれるようにと願う。

 

 

「――おや? ラシャプ様より頂いた兵士を殺したのは君かね?」

 

 

 無駄にでかい声がレインのいる脇道に響く。振り返るとマントを羽織った精悍な(ヒューマン)がいた。そいつは右手に魔導士の杖を、左手にはまだ幼い少年と少女の死体を持っていた。

 

 

 少年と少女には見覚えがあった。フレイヤに救われ、解放してくれた女神に幼いながらも恩を返そうとしていた子供たちだ。開ききった瞳孔からは血と涙が流れている。

 

 

 男の声に気付いたのだろう。『リオードの町』を焼いた襲撃者たちが集結する。画一的な武装を纏った武装兵たちだ。

 

 

「殺した理由は町を焼いた我々に対する義憤に駆られてかな? 残念ながらそれは無意味だ! コレは我が主、ラシャプ様の神意に従ってのこと! それに刃向った君は、この神ラシャプの恩恵を賜いしマルザナの昇華を遂げし炎が焼き尽くす! この身はLv.2――」

「コレをやったのはあいつを――アラムを探し出すためだけか?」

 

 

 居丈高に己の能力(ステイタス)を誇るマルザナの言葉を遮り、レインが口を開く。口上を遮られたマルザナは顔をしかめたが、レインの言葉に含まれていた人名に、唇を吊り上げる。

 

 

「さすがラシャプ様!! こうしてアラム王子を知っている者を見つけ出すことができるとは、御身の眼はまさに全てを見通す天眼のごとく!」 

「質問に答えろ」

「いかにもその通り! さて、そんなことはどうでもよい。君にはアラム王子の居場所を教えてもらおうか。正直に答えれば苦しまずに殺してあげ――」

「もういい、黙れ」

 

 

 地獄の底から響くような低い声に、ワルサ兵の高揚していた気分が一気に消え去る。レインは一瞬で少年と少女の遺体を奪い取ると、包み込むように覇気(アビリティ)を発動させる。巻き込まないために。

 

 

 レインの瞳に()()は映っていない。殺すことすら生ぬるいほどの罪を犯した()()を、レインは決して許さない。

 

 

「【我に従え、(いか)れる炎帝(えんてい)】」

 

 

 呟かれるのは一小節。スキルで必要ないのにもかかわらず唱えられた詠唱は、ワルサ兵には死の宣告のように響いた。

 

 

「【ナパーム・バースト】」

 

 

 その手から大紅蓮が放たれた。

 




 詠唱した理由。スキルを忘れるくらいキレていた。

 レインが嫌いなものの一つ。幸せに生きることを許されている者から、下劣な欲望で幸せを奪う奴(盗賊とか山賊とか)。レインの過去が関係している。


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8話 統世の魔女

お気に入りが一気に増えてびっくり。


 忌々しそうに少女を担ぐ猫人(キャットピプール)に運ばれたアリィは、荷物も同然の扱いをされて叫び散らしぐったりしていたが、『リオードの町』を視界に捉えれば驚きを隠せなかった。

 

 

 ここまで本当に僅か数時間で到着したことにも驚いたが、町の外にそこそこの住人が集まっていたことに驚いた。彼等は()()()()()()()()()()()()のだ。今も炎を上げている町を見つめている。

 

 

「おいっ、ここにはワルサ兵が来たはず! なのに何故逃げようとしないんだ!?」

 

 

 今も町の中から悲鳴が聞こえる。もしかすると彼等はまだ町の中に残っている住人を見捨てることが出来ないのかと思ったアリィが、慌てるが故に声を荒げてしまう。

 

 

 その声に反応した住人がアリィ達の方を振り向く。彼等の顔は青ざめ、その手足はガタガタと震えていた。まるで恐ろしいナニカを見たかのように……。

 

 

「あんた……黒ずくめの少年の知り合いか?」

「レインのことか? 確かに私達はそいつの仲間だが――」

「頼む! あの()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

「……は?」

 

 

 思わず声が漏れてしまう。化け物からワルサ兵を助ける? ワルサ兵から少年(レイン)を助けるではなく? もしかしてこいつはワルサ兵のスパイかなにかなのか? アリィの頭が混乱する。

 

 

 そんなアリィを置いてフレイヤが町の中に入っていく。それに気が付いたアリィも、慌ててその後を追う。

 

 

『――ギャァアアアアアア!!??』

 

 

 三日前に通った北門を再び通ると、町の中央部――フレイヤが買った『オアシスの屋敷』のある方から凄まじい絶叫が響いた。その方角からはここからでも目が眩むほどの光が放たれている。

 

 

 光に目が慣れると、アリィの眼には鮮血で汚されたオアシスや、ぶちまけられた品々、冗談のように転がる大量の死体が目に入った。あまりの光景にアリィが立ち尽くしていると、フレイヤ達のもとへ駆け寄る影があった。纏う衣装のあちこちを焦がした男、ボフマンである。

 

 

「フ、フレイヤ様ぁぁぁぁぁぁ!? ど、どうか、どうかお助けをぉ!」

「先に状況を言え」「速やかにだ」「フレイヤ様の『私財』はどうなった」

 

 

 女神を背にかばって立ちふさがるガリバー兄弟に、折檻をうけたボフマンはびくりと怯えたものの、それ以上の恐怖を保ったまま説明した。

 

 

「と、突如ワルサの兵が急襲し、防壁を突破っ、問答無用で町に火を! 略奪の限りをつくしながら、『アラム王子はいるか』と問い、答えられぬ者から葬って……!」

「……ァ」

 

 

 自分がここに身を寄せたせいで、無関係の国の人々が襲われてしまったことにアリィは絶望する。フレイヤは今にも崩れ落ちそうな少女も、膝をついて戦々恐々としながら言葉を絞り出すボフマンも一瞥することがない。

 

 

「フレイヤ様の『私財』をも……。屋敷にも押し入られ、元奴隷たちは既に……」

 

 

 フレイヤはボフマンの言葉を最後まで聞かずに進む。その先は『オアシスの屋敷』に続く道。そこに横たわっていたのは、彼女の眷属になりたいと願った、少年と少女だった。その瞳に光はない。

 

 

「…………」

 

 

 手を重ねるようにして死んでいる少年と少女の瞼を、フレイヤは汚れるのも厭わず、無言のまま片手で覆い、そっと閉じさせた。

 

 

 他にも逃げ延びようとしたのだろう。道の奥には多くの奴隷が倒れ伏していた。全てフレイヤが買い取った元奴隷たちだった。例外なく、殺されていた。

 

 

 女神の相貌には、何の感情も浮かんでいなかった。

 

 

「やめろ……やめろぉぉぉぉぉ――」

 

 

 

 

 

 

 

 その光景に、涙を流すアリィの叫びが(とどろ)くが――それはすぐに途切れることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 どしゃり、と建物の陰から音が響いた。それも複数。少女の悲鳴が敵を呼び寄せたと思った眷属たちは、フレイヤを守るために彼女の前にでる。

 

 

 『ソレ』が姿を現した途端――歴戦の戦士たちですら目を見張ることになる。

 

 

「……ダ……ジュゲデ、ェ……」「アヅぃ……! アジィよォィ……!」「死ニデぇ……シねネぇ……ェ!」

 

 

 燃え続ける人間。例外なく火に全身を包まれているソレ等は、第一級冒険者でさえ脅威に感じる火力にも関わらず生きていた。身に纏っていた物は見当たらず、皮膚は見える範囲のすべてが炭化して黒くなっている。

 

 

「ウプッ、オエェ……! なんだ……なんだ、これはぁ!?」

 

 

 あまりのおぞましさにアリィが胃液をぶちまける。アレンが面倒くさそうに燃える人間を殺そうと槍を構えるが、ボフマンが慌てて止める。

 

 

「炎に触れてはなりません! 一度燃え移ったが最後、()()炎で身をあぶられ続けることになります! 水の中に飛び込もうと、炎は消えません!」

 

 

 ボフマンの言葉の意味が分からない。女神の眷属たちがボフマンに目を向けて、答えを吐かせようとする。だがボフマンが答えを口にする前に、フレイヤが歩き出した。他の面々も燃える人間を避けてついて行く。

 

 

 ついに――『オアシスの屋敷』にたどり着いた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 そこに広がるのは地獄絵図。数えきれないほどの人間が炎に身を焼かれ続け、絶叫を上げている。水を狂ったかのように頭から浴びている者もいるが、炎が弱まる気配はない。時折呟かれる神の名は、炎に焼かれて誰の耳にも届かない。

 

 

 これが町の外で告げられた言葉の真実。敵に同情してしまうほど、目の前の光景は悲惨過ぎた。

 

 

 再び吐きそうになったアリィだが……フレイヤの視線の先にあるものに目を見開く。

 

 

 フレイヤが見ていたのは『オアシスの屋敷』の屋根の上。そこにいるのは全身黒ずくめの少年と、純白の炎を身に纏う大きさ三メートル程の巨鳥。その鳥の姿からは神々しさすら感じられたが、少年の目を見た途端、心の底から震えあがる。

 

 

 呆れた目でも、バカを見る目でも、怒った目でもない。まるで駆除するべき害虫を見る――おおよそ人に向けていい目ではなかった。

 

 

 アリィは恐怖から目をそらしたが、彼女の目の前にいる女神は――笑った。普段となんら変わらぬ声音で少年に呼びかける。

 

 

「レイン。この炎は貴方の手によるものかしら?」

「そうだ」

「お願いがあるの。この炎を全て消して頂戴。ついでに傷も治してくれると嬉しいわ」

「……………………わかった」

 

 

 あっさりと承諾したレインが純白の炎鳥(えんちょう)を見る。鳥が応えるように一声なくと、一瞬ですべての炎が消えた。炎に包まれていた奴等には火傷一つ残っていない。 

 

 

 炎に焼かれていた奴等――ワルサ兵達の喜びは凄まじかった。全員が涙を流し、女神に感謝を捧げる。神ラシャプから改宗(コンバージョン)すると叫ぶ者も多かった。

 

 

 誰も気が付かなかった。フレイヤの笑顔の中で自分達を見る目がレインと同じものだと。

 

 

「お礼はいらないわ――私は貴方達を()()()()()()()()()()()」 

「……?」

 

 

 最前列でフレイヤに(こうべ)を垂らしていた男――マルザナが首をかしげる。今も続く感謝の声を断ち切るように、女神の声が響く。

 

 

「ヨナ、ハーラ」

 

 

 いくつもの名前を、音に変えた。

 

 

「アンワル、ラティファ―,ムラト、ヒシャム、ハジート――」

 

 

 滔々(とうとう)と読み上げられる人名に、ワルサの兵も、マルザナも、アリィでさえも戸惑いを隠せなかった。

 

 

 終わることのない女神の読み上げに、マルザナが疑問の声を上げようとしたが、区切りをつけたフレイヤは声音を変えた。初めて、そのソプラノの声に威圧を込めた。

 

 

「貴方達が殺めた、私の子供たちの名よ」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間。アリィの体に、電流が走り抜けた。

 

 

「町が燃えようと、人が死のうと、戦争の犠牲になんて興味はない。けれど私の子に――『私のもの』手を出した輩は、許しておけない。」

 

 

 フレイヤは覚えていたのだ。解放した奴隷たちの名を。気紛れで助け、自分の名を呼んだ人々の顔を。()()()()()()()()()()()()()()()!!

 

 

「な、なにを……」

「誰だって自分の所有物に手を出されるのは嫌でしょう? 財でさえ、想いでさえ……命であっても」

 

 

 ようやくフレイヤの異常な様子に感付いたのか。マルザナは確かに気圧された。その超常の存在に、怯えた。

 

 

「だから、相応の報いを受けてもらうわ」

 

 

 フレイヤは彼等を憐れんでレインから助けたのではない。報復するためにレインから奪ったのだ。それに気付いたレインは大人しく従った。フレイヤもレインと同じように怒りを覚えていたことに、一目で気が付いたから。

 

 

 フレイヤの眼が見開かれる。銀の瞳が妖しく輝く。その体から、異様な『神威』が立ち昇る。

 

 

「――――――ッッ!!」

 

 

 その時、初めてアレンたちが顔色を変えた。いかなる状況にも動じなかった最強の冒険者たちが、焦りをあらわにした。

 

 

「目を閉じろ!!」

「えっ?」

 

 

 なりふり構わないアレンの怒号にアリィは動けない。舌打ち交じりに猫人(キャットピプール)は彼女に飛び掛かり、目、そして耳を強引に塞ぐ。

 

 

 視覚と聴覚が途絶えた世界の中で、けれどアリィは、その女神の『神威』を捉えた。あらゆるものを貫き――『魂』そのものを鷲掴みにせんとしてきた。

 

 

 そして――レインはフレイヤ(見てはならぬもの)から目をそらさなかった。

 

 

 

 

 

 

『ひれ伏しなさい』

 

 

 

 

 

 

 

 ”すべての人間の鼓動が弾けた”。”あらゆる生命の音が、打ち震えた”。びくりっと全身を痙攣させたアリィは、そう錯覚した。

 

 

 その『神の声』は一言だった。しかしその一言で――立ち尽くしていたワルサの兵とマルザナは、()()()

 

 

 一糸乱れぬ動きで、女神の前にひれ伏す。

 

 

「はははぁ――――――ッ!」

 

 

 アレンから解放されたアリィは、異様な光景に目を見開いた。

 

 

 誰もがおかしかった。その頬は上気し、口から垂れる涎を野放しにし、悠然とたたずむ女神を仰ぐ。その眼差しにはもはや好色などの感情は存在しない。あるのは目の前の存在だけを望む『虜』の感情だけ。まさに『魂』を抜かれたように。

 

 

「私の愛が欲しい?」

「は、はいっ!ぜひっ、どうかっ、何ものにも代えてっ、貴方様のご寵愛をぉ!!」

「そう。でも困ったわ。私は貴方達を許さないと決めたの。報いを受けさせないと気が済まない。そんな子達を、どうして愛せるかしら?」

「そ、そんなぁ……!?」

 

 

 女神の一言一句に、マルザナと兵は翻弄され、打ちひしがれた。既に笑みを浮かべているフレイヤは、銀の瞳を輝かせながら、魔女の言葉を重ねる。

 

 

「けれど、そうね。死して天界で待ってくれるなら、あるいは――」

 

 

 次の瞬間、マルザナ達は狂笑のごとく唇を吊り上げ、落ちている鋭い木片、石、武器を拾い上げる。

 

 

「畏まりました! 待っております――我が女神!!」

 

 

 『惨劇』は一瞬だった。兵士達が手にした凶器を眼窩に、首に、あるいは胸へと突き立てる。マルザナは呪文を唱え、喉仏に押し当てた手から魔法を発動させた。

 

 

 閃光と爆音が走り、笑みを貼り付けた男の顔が宙を舞い、天に届くことなく落ちる。フレイヤの神意に従い、全ての敵兵が死んだ。

 

 

 これがフレイヤの『魅了』。何人たりとも逆らうことを許さず、全てを茶番に成り下げさせる、無敵の力。それは絶対支配。傾国の魔女ならぬ『統世(とうせい)の魔女』。

 

 

 フレイヤがあらゆるものを支配しようとしないのは、娯楽を楽しむため。何より下界を尊重しているため。己の権能がこの上なく虚しく、これ以上なくつまらないと理解しているから。

 

 

 だからフレイヤは下界にまつわるものを『魅了』しようとしない。女神の逆鱗に触れられた、その時を除いて。

 

 

「私が天界に帰って、今日を覚えていたら愛してあげる。覚えていたら、ね」

 

 

 その時アリィが見たフレイヤの笑みは、無慈悲に魂を弄ぶ女王の笑みだった。

 

 

 その女王は屋根の上で、()()も変わった様子を見せぬ少年を見つめていた。

 

 

 少年の女神を見る瞳は、空に浮かぶ月を雲が隠したことで見ることは出来なかった。

 




【ナパーム・バースト】

 炎の攻撃魔法ではなく、炎の精霊を使役するという希少魔法。使役する精霊は炎の最上位精霊にあたるフェニックス(低級の精霊もいるので、こういう精霊もいるはず。作者の願望)。

 攻撃対象をかすっただけで灰にする超火力から、今回のように永遠に火炙りの刑にすることも可能。自然現象の火も操れる。

 また、火に関する負傷のみ回復させられる。ワルサ兵が死なずに火であぶられたのも、火が消えた途端治ったのも、これが理由。

 この魔法によって生み出された炎は、レインの意思か、最上位の回復魔法でしか消すことが出来ない。防ぐなら『精霊の護符』。

 ボフマンが炎の性質を少し知っていたのは、町の中を逃げ回っている時に、ワルサ兵からワルサ兵に炎が燃え移るのを見たから。それでレインにビビった。

 旅をしている時、レインはこの魔法で火を確保していた。エルフに見られれば、誹謗中傷待ったなしである。



レインがフレイヤに『魅了』されなかったのは、スキル【???】が関係しています(どんな感じでこのスキルの正体を書こう……)。


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9話 少女が『力』を求める者は

作者はダンメモとか、ダンまち原作を読んでレインのLv.を9にしたのですが(どんな敵と戦ったのかとかも考えました)、オラリオではどうやったらLv.9になれるんでしょう?

 最高到達階層は58階層。59階層に行ったフィンたちはLv.6止まりですし、オッタルはバロールを半殺しにしてもLv.7のままですし……謎だ。


『ワルサ』の軍が『リオードの町』に火を放った翌日。

 

 

 レインは一人で焼き払われた町を見て回った。アリィも町の様子を見ようとしていたので一緒に行こうかと思っていたが……その瞳に映る感情を見て、やめた。

 

 

 賑やかだった商人の町は今や見る影もない。王子の脱出を防ぐために砂漠の船(デザート・シップ)はおろか、港や交易品を保管する倉庫まで焼け落ちている。血で汚れたオアシスは、どれだけの時間をかければ元に戻るのかわからない。

 

 

 町のあちこちで煤にまみれた身を抱き合い、無事を喜ぶ者達を見かけた。亡骸の側で、涙を流す者達も。

 

 

 そして、レインに目をむける者達。自分達をひどい目に合わせたワルサを蹂躙した黒い少年(ばけもの)。そんな彼等の瞳には、『オアシスの屋敷』を出る時に見た少女と同じものがあった。

 

 

 恐怖。不安。嫌悪。ひとつとしてレインに好意的なものはなく、レインを見たものは急いでその場から消えていった。なかにはあらかさまに悲鳴を上げる者も。感謝を告げる者は一人としていなかった。

 

 

 少年は表情を変えることなく、朝から夜まで町の全てを見て回った。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「レイン」

 

 

 夜になって、からくも火の手から逃れ、元奴隷たちを失った女神の居城。レインに与えられた一室を訪れたのは、この町が襲われる要因ともなった少女。

 

 

 レインは素振りをやめ、アリィを見る。少女の顔に怯えはない。あるのは『覚悟』と『決意』だけ。アリィは王子であることを忘れたかのように態度を正し、少年に頭を下げる。

 

 

「どうか、私に力を貸してほしい。悪族ワルサを討つために」

 

 

 今の『ワルサ』を止めることはできない。過酷な砂漠世界は多くのLv.2の戦士を生む。とりわけ二度の昇華(ランクアップ)を果たした者は『勇士(カビール)』と呼ばれ、そんな『勇士(カビール)』が【ラシャプ・ファミリア】には何人もいるのだろう。あるいは――それ以上の戦士も。

 

 

 そんな【ラシャプ・ファミリア】を取り込んだワルサは、この西カイオス世界に衝撃が走り、緊張が高まる中、動じた素振りを見せていない。どれだけの国が徒党を組んでも、自国の戦力が打ち負けることなどないという自信の表れだろう。

 

 

「身勝手にも程があると分かっている。私のせいで襲われたこの町を救ってくれた貴方に、礼をするどころか恐怖の目を向けた私が縋るなど、虫が良すぎることを理解している」

「……」

「しかし今の私には、貴方しかいない。神フレイヤは私を助けようとはしないだろう。彼女にとって私の国を救うことは面倒でしかないのだろう」

 

 

 アリィはフレイヤを理解していた。フレイヤの中では、奴隷たちを殺されたことによる『報復』は終わっている。彼女にはアリィの国を救う義理も義務もない。もしフレイヤに助けを求めればすぐに断られて終わりか、とんだ無理難題を吹っかけてきただろう。

 

 

「祖国は蹂躙され、民は冒涜され、あまつさえ関係のない他の国にも戦火が及んだ。私が、巻き込んだのだ。これ以上の暴虐を看過することはできない。そのためなら……私はいくらでも道化に堕ちよう。いくらでも『代償』を支払う」

 

 

『ワルサ』の進撃を跳ね返すには、今、目の前の黒き戦士の力が必要だ。あの銀の女王の戦士すら一蹴するこの戦士の力を借りる以外に方法はない。

 

 

「私の身を捧げる。私は、次の王が生まれるまでの所詮『中継ぎ』に過ぎない。新たな王位継承者が誕生するのなら、この身はどうなっても構わない。貴方に尽くして見せる。だから!」

 

 

 あの恐ろしき女神の『魅了』を耐えきった男が、自分の『女』を欲しがるとは思えない。でも、何もないアリィが差し出せるのは自分自身のみ。自分を供物に見立てて、嘆願する。

 

 

「願わくば、貴方の力をもって――」

 

 

 敵国を退治して欲しい。そんな少女の願いを、少年はみなまで言わせなかった。

 

 

「いらんよ。お前の身なんぞ」

 

 

 はっきりと一蹴する。アリィの顔が悲痛に歪む。レインの協力を得られないのなら、残るはフレイヤしかない。だが、あの女神がやすやすと自分の願いを聞き届けるはずがない。

 

 

(ならば、どうすれば……)

 

 

 失意に堕ちるアリィは、視線を床に落とそうとした。

 

 

「お前がここに来た時に、俺の答えは決まっている。――いいだろう。お前の力になろう」

 

 

 少女が顔を上げる。レインの顔に浮かんでいたのは不敵な笑み。少し前にはイラっとさせられたその笑みが、今のアリィにはとても頼もしかった。

 

 

「次の王が生まれるまでの『中継ぎ』? 関係ない。お前は生真面目に、馬鹿馬鹿しく、正しき『王』としての道を模索していたんだろう? ならばその道を最後まで進め」

 

 

 奇しくもその言葉は、オアシスで水浴びをしていたフレイヤに言われた言葉。目を見開く少女の顔にレインは指を突き付ける。

 

 

「いかなる王も、『博打』に、『勝負』に挑まなければならない時が来る。お前にとってはそれが今だった」

「……!」

「心底恐怖を覚えた俺に、民と国を救うために力を求めた。身じろぎ一つでも殺されるのではないかと怯えながらも、願いを語った。お前は『勝負』に挑み、それに勝った」

 

 

 ちょっと準備を済ませてくる、といってレインはアリィの横を通り過ぎる。部屋を出る直前、首だけを少女に向ける。

 

 

「アリィ。王とは、全てを自分で打開する奴じゃない。自分以外の者に希望を示し、先の栄光を証明する者だ」

 

 

 緩慢な動きでこちらを見返すアリィを部屋に置いて、レインは部屋を出た。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 レインが部屋を出たのは『ワルサ』を倒す準備のため――ではない。こちらに向かってくる複数の存在の対応をするためである。

 

 

 レインの部屋から離れた場所にある談話室。そこにいたのはフレイヤとその眷属達。

 

 

「こんばんは、レイン。こんな夜更けにどこへ行くのかしら」

「あんたに言う義理はないな」

 

 

 女神はいつものように笑っている。だがその目は笑っていない。彼女の眷属は全員が手に武器を持っている。

 

 

「レイン。アリィに力を貸すのをやめなさい。これはあの子の『魂』を輝かせるための『試練』。貴方のような存在(チート)がいれば、試練として成り立たない」

「そんなこと知ったこっちゃない。俺はあの子に力を貸すと決めた。あの子は俺に、お前の言う『王』としての在り方を示したんだ。あんたの望む形ではなかったのかもしれないが、俺を動かすには十分だった」

「ふーん……。やめようとしないなら、あの子を『魅了』して――」

 

 

 瞬間、オッタル達が地に()()()に這いつくばらされる。フレイヤの首には青白く輝く剣が薄皮一枚の距離で突き付けられる。

 

 

 レインはいつもの無表情ではない。凪いだ水面のように静かで、落ち着き払った表情だった。その黒瞳の奥に、果てしない虚無と哀しみが浮かんでいるような気がする。フレイヤはこれがこの少年の本質なのかと思う。

 

 

「次、そのセリフを口にしようとするか、実行するそぶりを見せてみろ。俺は貴様を殺す」

「私を……脅すつもりかしら?」

「脅しだと?」

 

 

 あくまで静かに、レインが返す。

 

 

「脅しというのは、実際にはやる気がない時に使うことが多い。しかしあいにくだが、俺は本気だ」

「……ふ…………ふふふっ………あははははははっ!」

 

 

 いきなりフレイヤが笑い出した。刃が当たりそうだったので、急いでフレイヤから離す。

 

 

「貴方の言うとおりね。アリィは『試練』を与えるまでもなく、『魂』を輝かせようとしている。アリィが貴方に助けを求めたところで納得するべきだった。それに私は従順な人形が欲しいわけではないものね」

 

 

 一人で喋りだし、一人納得する。機嫌良さそうにオッタル達に声をかける。

 

 

「もし、レインかアリィが力を求めたら従いなさい。この戦いが終わるまではね」

 

 

 フレイヤは言い切ると、最上階にある自室に戻る。それを見たレインがオッタル達を押さえていた覇気(アビリティ)を解除すると、彼等はフレイヤの後を追っていった。

 

 

「なんだったんだ、いったい……」 

 

 

 レインの思わずといった問いに答える者は誰もいなかった。

 




 原作レインを読んで不思議に思ったこと。レインはなんで王としての心構えを姫王に教えられたのだろうか?

 


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10話 少女の証明

 朝起きたら自分のノートパソコンが開いていた(物理的に)。昨日はちゃんと閉じたはずなのになぜ……。まさか……幽霊?


 誤字の報告をしてくださった方、ありがとうございました。


『アリィ。お前が国の平和を望むなら、今回取るべき手段は敵の『撃退』ではなく『殲滅』だ』

『!!』

『決して比喩じゃない。敵軍の数割を削って大損害、とかの一般的な話をしている訳ではないんだ。中途半端に敵を残せば泥沼化は避けられない。絶対に将来の禍根になる』

 

 

 月を僅かな雲が隠し、砂漠の夜はいつにも増して暗い。原始的恐怖を呼び起こす闇の中を歩くのはレイン。彼は少し前の会議を思い出しながら進む。

 

 

『ボフマンに集めさせた情報によると、ワルサの軍勢はおよそ八万。この数と戦う上で一つ問題がある』

『……やはり、戦力が足りないか……』

『いや、それは十分すぎるくらいある。何なら俺一人でも皆殺しにできる』

『はぁっ!? い、いくらなんでも冗談だろう?』

 

 

 嘘であってほしいと願うように、少女が同じ部屋にいる【フレイヤ・ファミリア】を見渡す。だが現実は無情だ。彼等は一切表情を変えなかった。アリィの頬が引きつる。

 

 

 ここ数日でアリィの中の常識が何度も破壊される。常識ってなんだっけ、と思考放棄しそうな少女を軽くはたいて会話を続ける。

 

 

『問題なのは敵があちこちに散らばっていることだ。討ち漏らしを出さないためには、全軍を一か所に集める必要がある。変な気を二度と起こせないよう徹底的に叩き潰すために』

 

 

 淡々としたレインの言葉。自分とさして生きた年月は変わらないはずの少年の言葉に、アリィは喉を鳴らし、ひたすらにうろたえる。

 

 

『だから、お前にも働いてもらう』

『……!』

『お前には、敵も味方もおびき寄せる『餌』になってもらう。……できるか?』

 

 

 澄み切った黒の双眸がアリィを見つめる。彼だけではない。オッタルやアレン達、みなが彼女に目を向けていた。値踏みするような眼差しに――アリィはぎゅっと手を握りしめた。

 

 

『やるさ! やってやるとも! 私を使え、レイン! 到底信じられないお前の戯言(たわごと)が、現実に叶うというのなら!』

 

 

 王子(アラム)の顔となって偽りなき思いをぶつける。アリィは王として、一人の少女として、まだ言っていなかったことを彼等に言い放った。

 

 

『どうか私の国を救ってくれ! 勇敢なる戦士たち!』

 

 

 『王』の気迫を纏って、言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 レインが向かっているのは一つの遺跡。そこには連絡の途絶えた先遣隊の消息を確かめるための部隊が休息を取っていた。レインの目的はその部隊の皆殺し。正確には――『リオードの町』から5K(キルロ)圏内に侵入するワルサの部隊の駆逐だ。

 

 

 白妖精(ホワイト・エルフ)の参謀は、黒妖精(ダーク・エルフ)と四つ子の小人族(パルゥム)を使って駆逐するつもりだったが、レインが町にいると住人が不安になって作戦がうまくいかなくなると考え、レインが駆逐担当になった。

 

 

 町から出て一分とかからずレインはワルサの部隊を見つける。派手な魔法は使わない。【ナパーム・バースト】なんか使えば、発動時の光で他のワルサの部隊にばれてしまう。

 

 

 よって……発動するのは二つ目の魔法。こちらは威力を絞ればそれほど目立つことはない。

 

 

「――【アイスエッジ・ストライク】」

 

 

 次の瞬間、()()()()が氷で包まれる。遺跡が氷で覆われたのならば、その内部にいる兵士達がどうなったのかは想像に難くない。運が悪い者は自分が氷に包まれて死んでいくことを認識し、抗うことが出来ないことに絶望する。

 

 

 ワルサにとって悪夢が襲い掛かり始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「ひいいいいいいいいっ!?」

 

 

 ワルサの部隊が声を上げて逃げ出していく。彼等が必死に逃げようとしているのは、部隊一つを丸ごと()()した怪物だ。その怪物とは当然レイン。

 

 

 レインの持つ青白い長剣の名は《ルナティック》。『精神力(マインド)と引き換えに、本人の意思で威力と対象を調整できる不可視の斬撃を放つ』という、もはや砕けぬ魔剣と言っても過言ではない武器だ。

 

 

 だがこの武器は呪剣(カースウェポン)。呪いの内容は『使用者に狂乱状態を引き起こす』という恐ろしい呪い。この呪いのせいでメリットが完全に帳消しされてしまい、まともに扱える者はいなかった。

 

 

 現所有者であるレインはその強靭すぎる意志でその呪いをねじ伏せる。というか……そんな呪いがあること自体に気付いていない。

 

 

 恐ろしき魔剣によって、この砂漠は大量の鮮血を吸い、赤く染まっていた。そんなものを見てしまえば誰だって逃げ出すだろう。

 

 

 視線の先で南下していくワルサ兵。その先にあるのは『リオードの町』だ。痛めつけられた獣が、見境なく餌に喰いつくことを知っているはずのレインは、そのまま追うことをやめる。

 

 

 レインとヘディンで考えた作戦。それを実行するには、誰が見ても本気で襲ってきていると思う敵がいる。

 

 

 やるべきことをやった少年は、防衛線を通ってしまったワルサの兵を全滅させるために駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 アレンは不機嫌の極みにあった。

 

 

「ワルサの兵がまた攻めてきたー!!」

「でも尋常じゃないほどべらぼうに強い猫人(キャットピプール)猪人(ポアズ)がゴミ虫のように蹴散らしてるー!!」

「そんな彼等に命令を出す、あの高貴なお方は誰なんだー!!」

 

 

 歓声を上げる民衆の前で、『芝居』を打たされていたからである。現在の時刻はちょうど町の人々が起きだす時間帯だ。見計らったように現れたワルサ兵を、アレンは苛立ちも合わさっていつもより雑に、派手派手しく倒している。

 

 

 レインとヘディンの考えた作戦(マッチポンプ)。再びやってきた悪夢(ワルサ兵)に絶望するリオードの町の住人。その窮地を救う謎の一団。その一団はアレンとオッタル、そしてアリィだった。

 

 

 生き残った住人及び多くの商人は強き戦士に感激し、それを率いる一人の『王』に感謝と敬意を抱く――というのがこの計画(シナリオ)である。

 

 

 あらかじめレインは町の住人が見ている中で『リオードの町』を出ていっていた。恐ろしかった少年がいなくなったところに自分達を救ってくれる者達が現れれば、反動でアリィ達を簡単に信用する。

 

 

 住人は思惑通りに感激に打ち震えていた――ちなみに最初の説明臭い声援はファズ―ル商会の偽民衆(サクラ)である――。

 

 

 アレンが苛立っているのはこの『茶番』に付き合わされているのも原因だが、その前にレインに言われたことも苛立ちを増長することになっている。

 

 

 この計画(シナリオ)を話された時、アレンは当然反発した。自分の力は無力な小娘をつけあがらせるための道具ではないと。苛立ちを隠さないアレンに告げられたレインの言葉は、アレンのプライドを大きく傷つけた。

 

 

『じゃあ、お前の代わりはヘグニにやってもらおう。お前は砂遊びでもして、民衆の好感度を稼いでろ。砂で遊ぶの好きだろ、チビ猫』

 

 

 いちいち反発して話を止めるアレンに苛立っていたレインの暴言の威力はすさまじかった。部屋に響きわたるほど強く歯を食いしばることでなんとかその場にとどまった。そのまま立ち去っていれば、レインに言い負かされたことになるため、とどまるしかなかった。

 

 

 前夜のことを思い出してアレンの不快数値(ゲージ)が見る見るうちに上昇していく。

 

 

「やめろ、アレン! 殺生はするな!」

 

 

 うるせぇ、潰すぞ。背後から飛んでくる少女の声に、更に不快+殺意の数値(ゲージ)が上がる。

 

 

 微妙に気が入らない顔を浮かべたオッタルと共に、アレンは泣き喚くワルサ兵を豪快に薙ぎ払うのだった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 住人達の熱い歓迎をかわした翌日。その日のカイオス砂漠は、いつにも増して暑かった。

 

 

 アリィがいるのは普段は市場(バザール)として利用されている広場。見渡せば『リオードの町』の住人全員がいるのではないかと錯覚するほど、多くの人々が集まっていた。

 

 

 重要な話があると言って、アリィが――正確にはヘディンが――この場を設けさせた。町を救った『英雄』の頼みを、『リオードの町』の住人は快く聞き入れた。

 

 

 今からアリィは演説をする。それはシャルザード全軍への号令であると同時に、ワルサの軍勢を呼び寄せるための『餌』でもある。つまり自分の演説次第で、この砂漠の運命が決まる。

 

 

「フ、フフ……今こそ聖なる号砲を鳴らすとき……これは――」

「お前は喋るな、ヘグニ。……()()()()()、ここが貴方の戦場です。ご武運を」

 

 

 アリィに【フレイヤ・ファミリア】のヘグニとヘディンが声をかけてくる。ヘグニの言葉はヘディンに遮られてよく分からなかったが……。

 

 

 二人の言葉を聞き、アリィはふと自覚する。

 

 

――そうか、ここが私の戦場か。

 

 

 同時に思い出すのは昨晩のこと。アリィはヘディンに身支度を整えられたり、王としての心構えを教えられたりした。そして彼が去り際に告げたのが、

 

 

『仮初の主、貴方に多くは求めません。……しかしどうか、私達を失望させないでください。女神に選ばれたのなら』

 

 

 その言葉を思い出しながら、王である少女は叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 覚悟を決めた少女の宣誓は素晴らしかった。群衆が歓声を上げ、希望を託して熱砂の砂漠を討ち揺るがした。商人たちの覚悟と声が砂の風に乗り、カイオスの空へ羽ばたいた。

 

 

 それを見て、【フレイヤ・ファミリア】の面々も、その『王』たる少女を認めるのだった。

 

 

 姿は見えずとも、風に乗って聞こえてきた少女の声に、住人に見つからないよう砂漠にいた少年は、目的以上の働きをしてくれた少女に心からの称賛を送った。

 




 あと二・三話で砂漠の話を終わらせたい。


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11話 砂漠の旅の終わり

 レインの言動の書き方が難しすぎる。

 今回で砂漠編は終わりです。雑かもしれませんが許して。


「レイン」

 

 

 自室で鍛錬をしていたレインの所へ訪れたのは、前回来た時よりも晴れやかな顔をした少女。レインを見る少女の瞳に、怯えの色は残っていない。

 

 

 レインや【フレイヤ・ファミリア】はまだ『リオードの町』に留まっている。オッタル達ならものの数時間、レインならそれ以下の時間で『決戦の場所』につく。ここにとどまっているのは、自分が演説をすることでここにワルサが手出しをするかもしれないから、ギリギリまで守っていたい、というアリィの我儘だった。

 

 

「まずは謝らせてくれ。この町を救ってくれた貴方に失礼な感情を向けてすまなかった」

「気にするな。あの時は俺にも非がある」

「そうか……でもこれは、私のケジメのようなものだと思ってほしい」

 

 

 そう言ってアリィは頭を下げる。すぐに顔を上げるとレインの瞳と目を合わせ、偽りのない言葉を告げる。

 

 

「次に礼を言わせてほしい。私に力を貸してくれて。アレン達が力を貸してくれたのも貴方のおかげだろう。気が早いと思うが……この感謝の想いを伝えたい。だから――ありがとう」

「……こちらこそありがとう」

 

 

 レインの言葉は小さくて、アリィの耳に届かなかった。アリィは知る由もないが、救った人々から嫌悪の目で見られていたレインにとって、アリィの言葉はとても救いになった。それこそ彼女が頼んでこなければ、自分の方から力を貸しに行こうと思っていたほどに。

 

 

「明日も早いんだからさっさと寝ておけよ」

「分かっている。……なあ、レイン。私が……私が国を……」

「国を、なんだ?」

「……いや、なんでもない。これで用事は終わった」

 

 

 何かを告げようとして迷っていた少女は、それ以上何も言わないまま部屋から去っていった。しばらく彼女が何を言おうとしていたのか考えていたレインだったが、本人が喋らなかったのだから、自分が気にすることではないと思考を止め、鍛錬を再開した。

 

 

 集中しすぎて、深夜の屋敷に響きわたった二つの『あぁーーーーーーーーー!?』に気付くことはなかった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 その日も、カイオス砂漠は乾燥し、よく晴れていた。

 

 

 アリィが演説で指定した戦場である『ガブーズの荒原』は見晴らしの良い大地で、大軍の合戦にうってつけの場所であった。今日この日、シャルザード軍も、ワルサ軍もこの地を目指している。

 

 

 アラム王子の自分の身を顧みず打った号令はシャルザード軍の胸を震わせ、およそ二万もの兵が集まろうとしていた。全員の士気が高まっていた。

 

 

 だが。

 

 

 意気揚々と集まったシャルザード軍は、肝心のアリィやワルサ軍が『ガブーズの荒原』に見当たらなかったことで、石のように固まった。兵士たちの間を砂漠の乾いた風が吹いた。

 

 

 ――彼等どころか、誰も見抜けなかったであろう。

 

 

 『ガブーズの荒原』に集めさせたシャルザード軍は『餌』で。『決戦の場』はワルサ軍が五つの部隊に分かれて移動している砂漠地帯で。八万の軍を相手にするのがたった『八人の眷属』であることを。

 

 

「下準備はすべて終えた。後は一人も残さず――殲滅しろ」

 

 

 全てを考案したヘディンが眼鏡を押し上げ、告げる。満ちるのは冒険者たちの戦意。

 

 

 直後、『蹂躙』が始まった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「うん。気持ちいいぐらいボコボコにしてるな」

 

 

 甲板の上でそんな発言をするのはレイン。彼はフレイヤと共にファズール商会の『砂海の船(デザート・シップ)』に乗船していた。遠く離れた戦場が見える位置で、ゆるりと巡航している。

 

 

 最初はレインが魔法を使って、小分けにされる前のワルサ軍をまとめて消し飛ばすつもりだったのだが、それに【フレイヤ・ファミリア】が待ったをかけた。ヘディンは「お前ばかりに負担をかけるわけにはいかない」と言っていたが、レインの予想では彼等もワルサ兵にイラついていたので自分たちが殲滅したかったのだろう。

 

 

 証拠に、レインの視線の先でヘディンが無数の雷弾と一条の迅雷を放ってワルサ兵を蹂躙し、ヘグニが気弱な表情から目の吊り上がった戦士の形相となって死体を量産する。

 

 

 ガリバー兄弟は後に『たった四人で行う画期的な包囲殲滅陣』と呼ばれるようになる、当人たちにとってはただの連携で二万の兵を駆逐し、アレンがその人外の疾駆で風を巻き上げ砂嵐を引き連れ、標的である師団を文字通り『全滅』させた。

 

 

 そしてオッタル。彼は無駄な殺生をせず、ただ 悠然と敵本隊に向かっていった。しばらくすると敵の補給部隊の方角から体長二〇M(メドル)を超える巨蛇の魔物、『バジリスク』が現れたが、オッタルはたったひと振りの斬撃で、()()()()()()()()()()

 

 

 オッタルの斬撃は戦場全域を揺るがす衝撃を発生させ、ワルサ軍はおろかシャルザード軍、遠くで見守っていたアリィにも届いた。

 

 

「こんなもの見せられれば、当然心折れるよな」

「レイン殿は平気なのですか? 私には見ているだけでも恐ろしかったのですが」

 

 

 

 敵の本隊から何本も上げられる白旗を見て、レインが呟く。その言葉に律義に反応したのは用意された椅子の上で足を組むフレイヤの横にいた、褐色の偉丈夫である。

 

 

「俺に怖いものなんてない。それより……お前、誰だ」

 

 

 あまりにも自然に話しかけてきたから突っ込むのが少し遅れたが、レインはこの偉丈夫を知らない。褐色の偉丈夫はごく普通に答えた。

 

 

「ボフマンでございます」

「……冗談だろ?」

「マジでございます」

 

 

 レインの知っているボフマンはデブだ。間違っても筋骨隆々のちっちゃいオッタルみたいな奴ではない。昨日までは肥え太った肉の塊だったのに、一晩で何があったんだ。

 

 

 一夜の変身にびっくりしていたレインだが、見逃せない奴を見つけて意識を切り替える。そいつは『リオードの町』が蹂躙された時、必ず始末すると決めていた。

 

 

 誰かが止める間もなく、レインは『砂海の船(デザート・シップ)』から飛び降りた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 地平線に日が傾き、西の空が暮れなずむ。戦場から遠く離れた砂漠との境界線の森に潜むのは、先の尖った帽子を被った小柄な神。戦火を拡大させた張本人である神ラシャプである。

 

 

 彼は相手が【フレイヤ・ファミリア】と分かった途端戦場から離脱し、いかなる手段を用いたのかこの森まで逃げ出していた。

 

 

「いや~、フレイヤ様が出てくるとか予想外にもほどがあるでしょ。おかげで眷属み~んな死んじゃった。眷属だったみんな、君たちのことは忘れるまで忘れない☆」

 

 

 眷属が死んだというのに、神々にありがちな軽薄な態度を崩さぬまま笑う。彼にとっては眷属の死より、これからどうやって下界を楽しむかが重要だった。

 

 

「どうしよっかな~。王国(ラキア)に行って遊ぶのも面白そうだけど、アレスが面倒くさそうだし――」

「お前に今後を考える必要はない」

 

 

 ラシャプは後ろを振り返ろうとして、()()()()()()。声に反応した瞬間、ラシャプの身体は()()()()()()()()()包まれ、何もできぬまま意識は消えていった。

 

 

 その日――神が天界に送還される際に発生する光の柱が確認された。

 

 

 そして今回の戦争以降、暗躍していたとされる【ラシャプ・ファミリア】はシャルザードを脅かすどころか、どこにも姿を見せることはなかった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 やるべきことをやったレインがフレイヤと合流したのは、シャルザードから遠く離れ、オラリオに近い砂漠地帯だった。砂漠といっても少し歩けば緑の大地になるが。空は夜のカーテンに包まれ、月が輝いている。

 

 

 フレイヤの近くにアリィの姿はなかった。女神に惹かれ、少女自身も女神に惹かれていたというのに、少女は『王』としての道を選んだらしい。フレイヤの顔は大分不満そうだった。

 

 

「かなり不満そうな顔をしているな」

「……あの子は『王』だからこそ美しかった。なら私は美しく輝く方を選ぶわ」

 

 

 互いに言葉が少なくとも、言いたいことは伝わった。レインは少女と最後に話した時、彼女が悩んでいたことに答えを出せたことを喜んだ。

 

 

 しばらく無言で歩き続けていると、レインの目的地であるオラリオの外壁が見えてきた。予定より数日遅れて入ることになるが、レインは今回の砂漠での旅を無駄とは思わなかった。

 

 

 時間が時間だけに門に並ぶ人の列はない。レインは砂漠の旅に無理矢理突き合せた女神に向き直る。表情は砂漠の旅の間に身に着けた不敵な笑顔ではなく、柔らかな微笑だった。

 

 

「フレイヤ、最初は無理矢理付き合わされて嫌々だったが、楽しい旅だった。礼を言う」

「あら、喜んでもらえるとうれしいわね」

「今後関わることはほとんどないと思うが、あんたの『伴侶(オーズ)』が見つかることを祈ってるよ」

 

 

 そこまで告げるとレインは門に向かう。しかし、どこの【ファミリア】に入ろうかと考えるレインに、聞き捨てならない声が聞こえた。

 

 

「貴方はもう私の【ファミリア】に入っているから、関わらないことはできないと思うわよ?」

「おい、今なんて言った」

 

 

 月の光を浴びて笑うフレイヤはとても美しい。そんな笑顔の美の神に詰め寄るレインはさっきの微笑が嘘のように無表情だ。フレイヤはいたずらが成功した子供のように、無邪気に笑う。

 

 

「貴方は既に私の眷属。オラリオに入ったら私達の『本拠地(ホーム)』に行くことになるわ」

「待て。俺はお前に背中を見せた覚えは――」

「知らなかった? 神血(イコル)は服の上からでも効果があるのよ」

 

 

 レインの脳裏によぎるのはフレイヤが水浴びをしたオアシスでの夜。あの時、フレイヤはレインに助言をしながら背中を指でなぞっていた。あれは【ステイタス】を刻むための行動だったのか!  

 

 

「……は、ハメやがったなあぁぁぁ!!」

 

 

 夜空に少年の怒号が響き渡った。こいつ(フレイヤ)もやっぱり神だったということを改めて認識したレインであった。

 




 最後のやり取りを書くためにこの砂漠編を書いたと言っても過言ではない。

 ラシャプを始末したのは魔法。どの魔法を使ったのかは大体みんな分かってると思う。


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12話 冒険者登録

 ついにあのスキル【???】の正体が……!?


フレイヤがいるのは珍しいことに『バベル』の最上階ではなく、本拠地(ホーム)の神室だった。彼女の手にある羊皮紙に書かれているのは、新たな彼女の眷属の【ステイタス】。

 

 

 

 レイン

 

 Lv.9

 

 力:G254

 耐久:I32

 器用:E461

 敏捷:E441

 魔力:F389

 

 狩人:A

 対異常:A

 魔導:B

 治力:C

 精癒:C

 覇気:D

 剣士:D

 逆境:I

 

 《魔法》

 【デストラクション・フロム・ヘブン】

 ・攻撃魔法。・詠唱連結。

 ・第一階位(ナパーム・バースト)。

 ・第二階位(アイスエッジ・ストライク)。

 ・第三階位(デストラクション・フロム・ヘブン)。

 

 【ヒール・ブレッシング】

 ・回復魔法。

 ・使用後一定時間、回復効果持続。

 ・使用時、発展アビリティ『幸運』の一時発現。

 

 【インフィニティ・ブラック】

 ・範囲攻撃魔法。

 ・範囲内の対象の耐久無視。

 ・範囲はLv.に比例

 

 《スキル》

 【???】

 ・成長速度の超高補正。

 ・ステイタス自動更新。スキルのみ主神による更新が必要。

 ・???????

 

 【竜之覇者(ドラゴンスレイヤー)

 ・魔法効果増大、及び詠唱不要。

 ・ステイタスの超高補正。

 ・魔法攻撃被弾時、魔法吸収の結界発現。一定量で消滅。

 ・精神力(マインド)回復速度の超効率化。

 

 【竜戦士化(ドラゴンモード)

 ・任意発動(アクティブトリガー)

 ・竜人化。発動時、全アビリティ超域強化。

 

 

 

 初めてフレイヤがレインのステイタスを見た時、耐久以外の能力値(アビリティ)はそれぞれ100~200は低かった。それがたった数日で恐ろしいほど高くなっている。異常すぎる成長速度。

 

 

 だが、フレイヤの目を引き付けるのは能力値(アビリティ)やLv.ではなく、一つのスキル。それはレインの『魂』を輝かせたいフレイヤにとって、最も重要な項目だった。

 

 

 

 【憎己魂刻(カオスブランド)

 ・成長速度の超高補正。

 ・ステイタス自動更新。スキルのみ主神による更新が必要。

 ・効果及び詠唱を完全把握した魔法の模倣(コピー)。魔法効果は自身の魔力に比例。

 ・自身への憎悪が続く限り効果持続。

 

 

 

 同じ魔法を持つ者が二人以上いることはまずあり得ない。魔法は本人の在り方を表しているようなもの。だからこそロキの所にいる【千の妖精(サウザンド・エルフ)】は反則(チート)と言ってもいい存在なのだ。同胞(エルフ)限定とはいえ、他者の魔法を行使できるのだから。

 

 

 それ以上の効果を持つスキル。どれほどの憎しみを持てばこれだけのスキルが発現するのか、フレイヤには分からなかった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 時刻は昼。冒険者はダンジョンに潜っているか、ご飯を食べているかで、ギルドにはほとんど人がいなかった。そんな中、ギルド職員の興味は、一つの窓口に引き付けられていた。その窓口には新たに冒険者になろうとする人物がおり、冒険者になるための書類に羽ペンを走らせている。

 

 

「――書けた。冒険者登録を頼む」

「はい。かしこまりま……した?」

 

 

 ギルドの窓口で受付をしていたハーフエルフ、エイナはマニュアル通りの対応をしようとして動きを止めた。原因は自身の手元にある登録申請書。そこに書かれている情報がオカシイ。

 

 

 名前はレイン。種族はヒューマン。年齢は彼女と同じ十八歳。字は汚かったが、そこまでは別に問題ではなかった。問題は次からだ。

 

 

 所属ファミリアは【フレイヤ・ファミリア】。もし、都市外でLv.を上げていた人だった場合書いてもらうことになっている欄に書かれているLv.は――――――()。ファミリアの名前も重要だったが、その後の数字の方が重要過ぎた。

 

 

 顔を上げて目の前の人物を見る。ところどころが跳ねている漆黒の髪。いたずらっぽい光がちらついている黒い瞳。その顔には緊張とは無縁だと言わんばかりの不敵な笑みが浮かんでいる。背は椅子に座っているエイナが見上げなければならないほど高い。

 

 

 もう一度書類を見る。もしかしたら2を5と見間違えたのかもしれないし。いや、きっとそうだ。そんなことを考えながらLv.を見ると――やっぱりLv.5.

 

 

 次の可能性として高いもの。目の前の男が読み書きが得意ではなく、間違って5と書いた可能性。だが、男は書類を渡す際、「読み書きはできるか」と尋ねると「問題ない」と答えた。実際、名前などはちゃんと書けている。

 

 

 エイナの中で残ったのは二つの答え。一つは目の前の男が本当にLv.5で正直に書いたこと。もう一つは男が自分をからかうつもりで書いたこと。少しの思考時間を挟んで選んだのは後者。

 

 

 エイナの常識、というか世間の常識では都市外でLv.5まで上げるのは不可能。Lv.5やLv.6を生み出すことができるのはオラリオだけだから、強くなろうとする者はオラリオにやってくるのだ。それに目の前の男からは誠実さが感じられない。

 

 

 そんなわけでエイナは新たな書類を取り出し、目の前の青年――レインに差し出す。いくらかの圧を含んだ声も添えて。

 

 

「レイン氏。もう一度書き直してくれませんか?」

「なんでだ? どこか間違っていたところでもあったのか?」

「ありました。それはもう凄い書き損じが」

 

 

 そう言って細い指先が示すのはLv.の欄。それを見たレインは一つ頷き、一から記入し直していく。再び渡された登録用紙を受け取ったエイナは――その額に青筋を浮かべた。Lv.の欄には無駄に綺麗に記入された『5』があった。どうやらこの男、意地でもこの嘘を続けるつもりらしい。

 

 

 エイナは後で書き換えておこうと心に決め、笑顔で腰を曲げた。

 

 

「今日から貴方は迷宮都市の冒険者です。これからの活躍に期待しています」

「ああ、期待していろ。この天才が打ち立てる偉業に腰を抜かさないようにする準備もな」

 

 

 この日、ギルドの職員の間でレインのあだ名は『早死に野郎』になった。エイナは呼びこそしなかったものの、それを止めることをしなかった。彼女もレインが早死にすると思っていたから。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 翌日。エイナは昨日冒険者を舐め切った発言をした男と一緒に面談用ボックスの中にいた。理由はダンジョンの知識を教えるためである。

 

 

 腹立たしい男ではあるが、関わった人が死んでほしいとエイナは思わない。この男を死なせないためにも、ついでに鬱憤を晴らすためにも、多くの冒険者にスパルタと恐れられるエイナの座学を受けさせるのだ。レインの意志は関係なかった。というかレインはダンジョンに行こうとしたら、「座学を最低限受けなければ、ダンジョンに入れさせない」と無理やり連れて来られた。

 

 

 レインの恰好は冒険者登録をした時と変わらなかった。ただの黒一色の服に腰に差してある長剣一本。防具は全くない。そこそこの大きさの背嚢を背負っているが、エイナからすればダンジョンをどれだけ馬鹿にしてるのかと言いたくなる恰好だった。

 

 

 とりあえずレインに持ってきておいた分厚い教本の内の一冊を渡す。Lv.5を自称するなら『深層』の項目まで覚えてもらう。そして冒険者がどれだけ大変なのか身をもって知ってもらうのだ。

 

 

「本日から貴方のアドバイザーを務めさせていただくことになりました。エイナ・チュールです。今日からよろしくお願いします」

 

 

 分厚い教本を無表情で読み始めた男に、エイナは笑みを浮かべた。

 

 

  

 

 

 

 

 およそ数時間で『深層』のまでの地形や、出現するモンスターの特徴まで覚えられることを、エイナはまだ知らない。

 




 レインの態度って知らない人から見れば、冒険者を舐めているようにしか見えないよね。もしくはやられ役とか。主人公に絡んで、あっさり負けたりするタイプの。


 エイナの年齢は一つ下げました。今の時系列は原作開始の数か月前なので、まだ十九歳になっていないだろうと作者は思いました。


 レインがLv.5と記入しているのは、Lv.9とか記入すれば面倒なことになると思ったから。Lv.5なのは『深層』まで潜っても問題ないから。


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13話 もう一つの目的

 地上では太陽が若干西に傾いている時刻。

 

 

 エイナの座学を終えたレインが歩くのは、ダンジョンの12階層。まだレインをLv.1の無駄な自信家と思っているエイナからは4階層までしか潜ってはいけないと言われているが、当然のようにレインは無視した。

 

 

 レインがこの迷宮都市(オラリオ)に行きたかった理由は()()ある。一つは強くなるため。もう一つは届け物だ。届け物は預かってから一年以上が過ぎてしまっている。預かったのは傷ついたモンスターの爪。それはレインの背嚢の中に入っている。

 

 

 渡さなければいけない相手――同胞とやらは()()()()()()()にいるということしか分かっていない。具体的な居場所を教えてもらう前に依頼主は力尽きてしまったが、レインならばしらみつぶしに探すことで何とかなる。

 

 

 レインは霧が濃い所に入り、周りからの視線が途絶えた瞬間、Lv.9の身体能力をフルに使って迷宮を下へ下へと潜っていった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「ここか」

 

 

 レインの現在地は20階層の正規ルートを大きく外れた場所に位置する長方形の広間(ルーム)。壁や天井は樹皮と発光する青光苔(アカリゴケ)に覆われ、広間の随所に美しい花畑が広がっていた。

 

 

 何より目を引くのは石英(クオーツ)。地上では見ることのない美しい濃緑の石英(クオーツ)広間(ルーム)の至るところから生えていた。その光景にレインも僅かに感動した。「きれいだなー」位にしか思っていないが。

 

 

 レインがここに来たのは覇気(アビリティ)を使った結果だ。覇気(アビリティ)は闘気などに物理性を持たせるほかに、壁などの障害物を無視して生物や無機物の場所を探ることが出来る探知機(レーダー)としても使用できる。レインは階層を下りるごとに階層全域を調べていた。

 

 

 とはいえ、探ることが出来る範囲に制限がないわけではなく、正直21階層までが限界だった。それでも広大な20階層全域を調べることが出来る時点で破格の性能だが。

 

 

 レインが捉えたのは複数のモンスターの気配。だがその気配が人間を見るなり襲ってくる普通のモンスターと大きく異なっていた。これが自分の探している奴等だと判断したレインは、モンスターを蹴散らしながらここに来た。

 

 

 レインは今も気配を感じる方向にある壁を探ってみる。そこは広間(ルーム)最奥に位置しており、壮麗な石英(クオーツ)の塊があった。一見何の変哲もないように見えるが……一箇所、発光の弱い水晶がある。そこを蹴り砕くと、塞がれていた穴が露出した。

 

 

「……金にがめつい奴が来たら見つかりそうだな」

 

 

 隠れていた樹穴にレインが厳しい言葉(コメント)を呟く。地上ではとある小人族(パルゥム)の少女が安宿の部屋の中でくしゃみをした。

 

 

 通常より速い速度で修復が始まっている石英(クオーツ)の壁を跨ぎ、素早く身を滑り込ませたレインの視線の先には清冽な蒼い泉があった。奥行きと横幅、深さともに五M(メドル)といったところで、池と呼べる程度のものだ。

 

 

 レインは躊躇なく泉に飛び込む。すると水面上では行き止まりとなっている壁の奥へ続く、横穴があった。剣の重みで水底を歩いて進んだレインは横穴の突き当りまで進み、緑光が差し込む真上を仰いだ。水底を蹴り、一気に浮上する。

 

 

 水面から顔を出したレインの視界に飛び込んでくるのは、樹洞から様変わりした鍾乳洞に似た洞窟。そこには奥へと続く岩盤の通路があった。……複数のモンスターの気配もその先から感じられる。

 

 

 レインはいつもと変わらぬ調子で歩き始めた。つまるところ、なんら警戒することなく暗闇の穴に進み始めたのである。暗闇だろうと昼間と変わらない景色が見えるレインは魔石灯を使わない。光源と呼べるのはほとんど見当たらなくなった、石英(クオーツ)の僅かな光だけだった。

 

 

 一分も歩けば、細い通路は終わりを迎えた。奥にあったのは特大の広間(ルーム)。もし魔石灯があったとしても細部まで光が届かないほど広く、そして暗かった。完璧な闇がこの広間(ルーム)を支配している。

 

 

 レインが見える範囲ではモンスターはいない。なので、向こう側から自主的に出てきてもらうことにする。背嚢から届け物――モンスターの『ドロップアイテム』である『ラミアの爪』を取り出す。

 

 

 すると、次の瞬間。

 

 

 濃厚な『殺意』が膨れ上がった。

 

 

 ザザザザザザザッ!! といくつもの足音が周囲から接近してくる。同時に、ばさっという複数の羽を打つ音も宙を舞った。

 

 

 最も速く近づいてくる存在にレインは視線を向ける。その正体は赤緋の鱗を持つ蜥蜴のモンスター『リザードマン』。

 

 

『――ルォオオオオオオオオオッ!!』

 

 

 咆哮する蜥蜴の戦士は双眼を血走らせ、左手に持つ銀の光――曲刀(シミター)――を豪速の勢いで薙いだ。その太刀筋はレインの首を正確に狙っている。

 

 

 レインはその攻撃を首を後ろに傾けるだけで回避する。刃が通り過ぎていった瞬間、レインは蜥蜴人(リザードマン)の左腕を掴み取り、強引にぶん投げる。

 

 

『グァッッ!?』

 

 

 その先にいたのは羽根の弾丸を放とうとしていた半人半鳥(ハーピィ)。ぶつけられた蜥蜴人(リザードマン)と一緒に苦悶の声を上げながら吹っ飛んでいく。

 

 

 それが開戦の合図(ゴング)だったかのように、石竜(ガーゴイル)鷲獅子(グリフォン)半人半蛇(ラミア)一角兎(アルミラージ)獣蛮族(フォモール)戦影(ウォーシャドウ)人蜘蛛(アラクネ)一角獣(ユニコーン)……『上層』『中層』『下層』『深層』、あらゆる階層域から集まった多種多様なモンスターの群れが、一人の人間に襲い掛かった。

 

 

 種族の異なるモンスター達の間で共通していることは、曲刀(シミター)手斧(ハンドアックス)、鎧や盾を装備していることだった。

 

 

 明らかに通常種ではないモンスター達を、レインは剣を抜くことなく迎え撃つ。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 戦いは一方的な蹂躙だった。蹂躙されるモンスター達は目の前の人間――レインがどれだけ強いのか見当もつかない。

 

 

 獣蛮族(フォモール)が振るう鎚矛(メイス)をレインは真正面から受け止める。当たればひき肉になること間違いなしの一撃を、あろうことか片手で受け止め、周りのモンスターを巻き込むようにして投げ飛ばす。

 

 

 空を飛ぶ石竜(ガーゴイル)鷲獅子(グリフォン)などのモンスターは、レインが壁を蹴って凄まじい速さで飛び上がり、接近されることで叩き落されるか、不可思議な力で叩き落されるかのどちらかだ。

 

 

 『ゴブリン』などの小型のモンスターはデコピンで沈められた。彼等は基本的に一発で意識を失った。

 

 

 今も戦っているのは二刀流の蜥蜴人(リザードマン)のみ。それ以外のモンスターは気を失っているか、意識はあるが戦意を折られたのか動かなくなっている。

 

 

 そしてついに蜥蜴人(リザードマン)も膝をついた。動けることには動けるが、得物である長直剣と曲刀(シミター)を持てるほど腕に力が入らない。身に纏う防具はベッコベコにへこんでいる(レインが重点的に防具のある所を殴った)。

 

 

 レインは殺意や敵意は向けてきても襲い掛かってくるモンスターがいないことを確認すると、目の前の蜥蜴人(リザードマン)に話しかける。

 

 

「おい。お前らの仲間の遺品を持ってきてやった恩人に対する仕打ちがこれか? ん?」

『……ギャ?』

 

 

 間抜けな声を漏らす蜥蜴人(リザードマン)。その反応にレインは笑いながら、

 

 

「何知性のないモンスターぶってんだ。喋れるんだろうが、貴様ら。今更言葉が分からんふりしても遅いんだよ、コラ!」

「――いっ、イダダダダダァアア!? す、すまん! すいませんでしたぁ!?」

 

 

 容赦なく蜥蜴人(リザードマン)の頭を掴み、力を籠める。痛みにジタバタしながら謝る蜥蜴人(リザードマン)――リド。

 

 

 こうしてレインと喋るモンスタ――異端児(ゼノス)は出会った。

 




 レインがゼノスの一人に出会ったのは、オラリオの外。闇派閥が怪物趣味の貴族にゼノスのラミアを売り払いに向かっている時、ラミアが入れられていた檻を破り脱走。ラミアが逃げた先にレインがいて、ゼノスを見られた闇派閥が口封じのためにレインを殺そうとする。


 最初はラミアを即殺しようとしたレインだが、敵意がなかったのと闇派閥が殺そうとしてきたので後回しに。


 闇派閥を殺した後、逃げ出す際に重傷を負っていたラミアがレインにドロップアイテムを届けてほしいと依頼。それをレインは引き受けた。傷は呪武器でつけられていたため、治せなかった。



 ちなみに今回の戦いでレインは一匹も殺していない。


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14話 異端児

 進むごとに文が雑になっている気がする……。だれか文才を恵んでくれ。

あと目が痛いので、一週間くらい連載が止まるかも。


「すまなかった! てっきり同胞を殺した奴だと勘違いしちまった」

 

 

 現在、レインは異端児(ゼノス)達から謝罪を受けていた。リド曰く、同胞の遺品を見た時、レインのことを同胞を攫う奴らの仲間だと思い、自分達のことも攫いに来たと考えたらしい。

 

 

 他にも地上に自分達の味方をしてくれる者がおり、そいつが自分達の『隠れ里』に来る人間がいれば連絡をくれるらしいのだが、今回は連絡がなく、そのこともレインが自分達に敵対する人間だと思った原因のようだ。

 

 

「リド、謝ル必要ナドナイ! ソイツガ同法ヲ殺シテイナイトイウ証拠モ、奴等ノ仲間デハナイトイウ証拠モナイダロウ!」

 

 

 今も石竜(ガーゴイル)のグロスなどはレインを警戒するように睨みつけ、毒づいた言葉を投じている。彼等は今まで人間に何度も裏切られ、人間を信用できなくなっているのだ。むしろ、今もレインに友好的に接しようとしている異端児(ゼノス)の方が危機感がなさすぎるのか……

 

 

 他者からの負の感情に敏感なレインはグロスの心情を察し、甘んじてその誹りを受け止める――ようなことを今のレインがするわけない。今のレインは(オス)にキビシイ。

 

 

「黙れこの石頭が! もし俺がお前らを攫う奴らの仲間だったとしたら、見た目がいい奴を除いて皆殺しだ! お前らが誰一人として殺されていないことをよく考えてから喋れ、ハゲ!」

 

 

 グロスの特徴を捉えた的確な暴言を投げ返す。これはレインにとって苛立ちに任せて声にした言葉だったが、『一匹』ではなく『一人』と数えていたことは異端児(ゼノス)にとってはとても嬉しいことだった。グロスも言い返そうとしていたが、そこに気付き押し黙る。

 

 

「確かに石頭だ」「石頭だな」「グロスは頭が固い」「毛もないからハゲだな」「言い返す隙がない」『ボエボエ(そうだそうだ)

「貴様ラアァァァァァァ!!」

 

 

 照れ隠しのように自分の悪口を口にする同胞を追い回す。その光景を見て留飲を下げたレインは今も頭を下げている蜥蜴人(リザードマン)に、顔を上げさせる。

 

 

「お前らの事情も事情だし、殺しに来たことはもう気にしていない。ただ、俺がお前らに敵対する意思がないことを理解してもらいたい」

「分かった。――なぁ、これから『レインっち』って呼んでもいいか?」

「気が抜けるから却下だ」

 

 

 冗談のつもりだったのか真剣だったのか分からないが、リドの提案をバッサリ却下する。肩を落として露骨にがっかりした蜥蜴人(リザードマン)だったが、レインに向き直り獣の眼を弓なりに細める――本人は笑っているつもりだが、獲物を前に舌なめずりしているようにしか見えない。

 

 

「オレッちは、リド。――レイン。握手」

「これでいいのか?」

 

 

 自己紹介とともに、怪物の手を差し出す。それをレインは怯えも躊躇いも見せずに握り返す。リドはその雄黄の双眸を瞬かせる。

 

 

「……え? レイン、オレッちの手を握るの早すぎないか?」

「時間をかけてほしかったのか? それとも怯えてお前の手を振り払った方がよかったのか?」

「……い、いや、そうじゃねぇけどよ……」

 

 

 『怪物』は自分の手を握っている『人間』の手を見つめる。これまで自分達と対面して手を振り払った人間はたくさんいた。握ってくれた人間も僅かにいたが、終始怯えたままで自分の意志というより、恐怖に突き動かされてといった様子だった。

 

 

 初めてだった。自分達に嫌な目を向けず、真っ直ぐに向き合い、欠片も恐怖を見せない人間に出会ったのは。レインの手から顔へ視線を移し、まじまじと眺めていると、レインが露骨に顔をしかめた。

 

 

「おい。いつまで手を握っているつもりだ。俺はあっちにいる綺麗な歌人鳥(セイレーン)になら手を握ったり、顔を見つめてもらってもいいが、(オス)にされるとムカつくんだが」

「えェッ!?」

「レインって雄に対して扱いがひどすぎないか!?」

「俺が公平無私と縁があると思うなよ。……とりあえず、よろしくな」

「! ――ああ、よろしくな!」

 

 

 顔をしかめた理由にリドは思わず吠え、歌人鳥(セイレーン)は頬を赤く染める。だがその後の言葉にリドは牙を剝いて、確かに破顔する。

 

 

 

 

 

 次の瞬間――わっっ!! と。

 

 

 

 

 

 まだ姿を隠していたモンスター達や、リドとレインの周りで固唾を呑んで見守っていたモンスター達が歓声を上げた。あらゆるモンスター達の喝采が止まらない。

 

 

 まるで人との親交を――記念すべき一歩を喜ぶように沸き立った。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「レインって強すぎだろ。フェルズには【フレイヤ・ファミリア】や【ロキ・ファミリア】には気をつけろって言われてたけど、そいつらもレイン並みに強ぇのか?」

「そんなわけないだろ。俺は間違いなく世界最強。オラリオの冒険者全員が攻めてきても無傷で勝てるね」

 

 

 広間(ルーム)では『宴』が開かれていた。振る舞われるのはダンジョン産の果実や木の実に薬草、ボロボロの酒樽だ。先程までレインは多くの異端児(ゼノス)に握手を迫られ、ようやく一息ついているところだ。そこに話しかけてきたのはリド。

 

 

 自分達が異端児(ゼノス)と呼ばれていることやギルドと協力していること、つまり自分達がどのような存在なのかをレインに話し、特に喋ることがなくなるとレインの強さに関しての話になった。

 

 

 傲岸不遜に自分を指さし、堂々と宣言する。ちょっと前なら冗談だろうと笑ったかもしれないが、あの戦いぶりを見せられれば笑えない。この集団で一番強い自分がボコボコにされたのでなおさら。

 

 

 レインはすぐにこの集団に馴染んでいた。まだ警戒して近づかない異端児(ゼノス)もいるが、他の異端児(ゼノス)には気に入られている。それの理由はきっと、レインが彼等に全く恐れを見せないからだろう。

 

 

「レインに怖いものとかあるのか? ここにいるのはレインを除けば皆『怪物(モンスター)』なのに全く怖がらないし」

「はっ、俺に怖いものなんて存在しない。精々口うるさい女や料理が下手な女が苦手なてい……ど……」

「どうしたんだ、レイン?」

 

 

 急に黙り込んだレインを心配するリド。それに答えずレインは急いで背嚢に手を伸ばし、中から時計を取り出す。ダンジョンに入る時十二の数字を刺していた短針は変わらず十二を刺している。

 

 

 秒針が動いているためこの時計は壊れていない。レインは覇気(アビリティ)異端児(ゼノス)を探しながらも、各階層を念入りに探し回っていた。おまけにここでの戦いも長引いた。

 

 

 つまり……時計の短針が一周、もしくは二周回るほどの時間は優に過ぎている訳で……。レインの頭に目の笑っていないハーフエルフのギルド職員が浮かび上がる。

 

 

「すまん、リド。俺は帰る!」

「急にどうした? フェルズに会わせようと連絡しちまったし、まだレインに言っておきたいことが――」

「また今度な!」

 

 

 蜥蜴人(リザードマン)の呼び止める声を振り払い、レインは姿を消した。レインの頭の中は、急いで戻らなければ、あのハーフエルフから長ったらしい説教を受けることになる! という思いでいっぱいだった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 上る。上る。上る。

 

 

 レインは全力で走る。18階層の一番大きい結晶が明るかったことを見なかったことにして走る。進行方向に現れたモンスターをすれ違いざまに魔石を切り裂き、灰に変化させながら走る。

 

 

 一時間と掛からず、5階層にたどり着く。ここからは下級冒険者も多いため、Lv.5程度の速さで走る。Lv.9の速さでLv.1の隣を通り過ぎれば、それだけでLv.1の冒険者は死にかねない。

 

 

 最短距離を走り、4階層へ続く階段が姿を現す。階段の方から金髪の剣士と山吹色の魔導士がやって来る。特に気にすることなくレインはその横を通り抜けようとする。

 

 

 金髪の剣士の横を通ろうとした瞬間――銀のサーベルがレインに迫ってきた。 

 




 レインはフェルズにまだ会わない。


 18階層の大きな結晶は地上と連動している。明るければ地上は朝。


 レインの苦手なのは料理のできない女、口うるさい女、人の言うことを聞かない女。つまりどっかの酒場の看板娘は苦手ということに……。


 Lv.9とかになると、音速になるんじゃないだろうか? Lv.2でも10メートルの距離を一瞬で潰せるし。


 最後の金髪の剣士……いったいヴァレン何某なんだ……!?


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15話 金の剣士と黒い戦士

レインのマンガ18巻を見て書きたくなってしまった。やっぱりレインはかっこいい!


 アイズがダンジョンに潜ろうとした理由は資金稼ぎのためだった。近いうちに遠征があるため、遠征用の資金と武器の整備代を稼がなければならなかった。アイズの武器は特殊武装(スペリオルズ)なので整備代も普通の武器より高いのだ。

 

 

 団長であるフィンにダンジョンに行くことを伝え、いざダンジョンへ向かおうとするとレフィーヤと偶然出会った。彼女もダンジョンに回復薬(ポーション)代を稼ぐために潜るつもりだったらしい。でも服装がダンジョン用じゃなかったので着替えさせた。Lv.3でもダンジョンを甘く見てはいけないのに……自分が言えることではないが。

 

 

 後輩のエルフが自分と一緒にいたいがために嘘をついたことに、麗しき金髪の剣士はちっとも気が付かなかった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 アイズとレフィーヤはどのあたりまで潜るかを話しながらダンジョンを進んでいた。アイズが提案することをレフィーヤは全て賛成する。崇拝する少女の意見を否定することなどレフィーヤの頭になかった。アイズに集まる視線の主を、レフィーヤはエルフとしてダメな眼光をもって威嚇しながら進む。

 

 

 たいして時間をかけることなく5階層にたどり着く。そろそろ速度を上げて進もうとアイズが提案しようとした時だった。進行方向に全身黒ずくめの男が現れたのは。

 

 

 Lv.5の自分だからこそ現れたことを認識できた。それほどの速さで男は移動していた。男はそのままのスピードでこちらに向かってくる。足の向きからして自分(アイズ)の横を通るつもりのようだ。

 

 

 アイズはそのまま進んだ。強者の名前と顔は憶えているはずの自分がどちらも全く記憶にないことも気になったが、新たにLv.5にでもなった人かと自己完結する。それに身体をずらさなくとも、男と接触する様子はない。

 

 

 男が横を通り過ぎる。本当に、ただ、通り過ぎようとした。

 

 

 が、そこでアイズの肌が粟立(あわだ)った。体内に氷柱が生じたようなぞくりとする感覚……圧倒的な威圧感。思わず手が腰の銀のサーベル《デスペレート》に伸びる。

 

 

 同時に……隠しようのない黒い炎が背中で燃え上がる。相手が人間だと認識していたはずなのに、隣にいるのがあの黒い竜としか思えなくなる。剣が鞘から引き抜かれる。金の瞳と銀の刃が殺意を纏う。

 

 

 アイズは何の躊躇も見せず、男の首に斬りかかった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 レフィーヤはかつてないほどの驚愕に襲われた。アイズがいきなり殺気立ったかと思えば、視認することもかなわない速さで剣を振るったのだ。

 

 

 そこでようやく気が付いたが、アイズのすぐ横に男がいた。それもとんでもない状態で。

 

 

 男はアイズの剣を左手で防いでいた。なんと彼は指の腹で剣腹を掴み、見事に止めていたのだ。そして男の右手には青白い剣が握られており、その剣先はアイズの喉元に突き付けられている。

 

 

(ありえない!? アイズさんの剣を片手で止めるなんて……!)

 

 

 アイズの信者(ストーカー)であるレフィーヤだからこそ断言できる。男とアイズの配役が逆なら納得できるが、今の状態は認められない。

 

 

 アイズの剣はLv.6であるフィンやガレスでも、避けるか防ぐしかできない。リヴェリアとの座学を忘れるほど彼等とアイズの訓練の様子を盗み見しまくっていたレフィーヤはそれを知っていた(リヴェリアに叱られることも知っていた。それでもアイズを見る)。

 

 

 思考の海に沈んでいたレフィーヤだったが、アイズの首に剣が突き付けられていることで我に返る。杖を振りかぶり剣を突き付ける男に振り下ろす。男はそれを一歩下がることでやり過ごす。

 

 

「なんですか、貴方は!? アイズさんに剣を向けるなど無礼にも程がありますよ!」

「……恐ろしい」

「え?」

 

 

 男が急に俯いて震えだした。レフィーヤは慌てた。思わず怒鳴り声を出してしまったが、こんなにビビらせるつもりはなかったのだ。震える男に罪悪感を覚えたレフィーヤは謝罪しようと声をかける。

 

 

「あ、あの、怒鳴ってしまってすいま――」

「初めて使うはずの『片手白刃取り』を容易く成功させてしまうとは――」

「……はい?」

 

 

 なんか変な言葉が聞こえた。男は長々と息を吐きだし、陶酔の表情で首を振る。それを見てレフィーヤの中から罪悪感がすっぱり消える。

 

 

「――さすが天才(オレ)! 自分の才能が怖い!!」

「!?」

 

 

 ひょっとして「恐ろしい」って自分(レフィーヤ)のことではなく、自慢するために口にしたんですか? この男は? 髪をさらりとかきあげる男にどっと緊張がゆるんだ。

 

 

 

 

 男は急に素に戻って、アイズとレフィーヤを睨みつける。ただごとではない迫力に、レフィーヤも男を睨んでいたアイズもビクッと震える。

 

 

「イキナリ何なんだお前らは!! 通りすがりの善良な天才に何の恨みがあるってんだ!!」

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃ……」

 

 

 恥も外聞もなく頭を下げるレフィーヤ。アイズの方は若干涙目になっている。というか思わず後ずさって……石に躓いて尻もちまでついた。

 

 

「特に金髪のお前! いきなり斬りかかって来るとはどういう了見だっ。もしお前が女じゃなかったら、今頃鼻血を噴きながら10M(メドル)は吹っ飛んでる――」

 

 

 そこで男は恫喝のセリフを中断し、へたり込んでいるアイズを見下ろした。不機嫌そうな顔がごく真面目な表情になる。

 

 

 レフィーヤはなんとなく、自分達の前に大型のモンスターがいて、品定めをしているような気がした。こいつら、昼飯になりそうかな……、みたいな。

 

 

 男は剣を収めると、ある一点に目を落としたまま、舌打ちをする。

 

 

「ちっ、スパッツか……」

「どこ見てるんですかぁっ、貴方は!」

 

 

 顔を真っ赤にしてレフィーヤは吠える。この男、アイズの下着を見ようとしたことを隠そうともしていない!

 

 

「普通そこは見ないようにするとか、注意するとかでしょう! 何堂々と見ようとしているんですか! この変態っ」

「馬鹿抜かせ!」

 

 

 憤慨したように、男は大喝した。

 

 

「なんかの拍子に女の下着が見えそうだったら、そりゃ見るに決まってるだろっ。注意する馬鹿がどこにいるんだっ」

 

 

 あまりの迫力に、一瞬気を呑まれた。足を止めて見ていた冒険者も、戦っていた冒険者も、それどころかモンスターも動きをぷつりと止めるほどの主張だった。表情に一点のやましさもなく、自分の主張に疑問すら持っていないのが分かる。

 

 

 アイズは思わずうなずいてしまう。レフィーヤも頷きそうだったが、何とか留まる。

 

 

「だいたいだ」

 

 

 男の主張はまだまだ続く。

 

 

「俺がガキの頃なんかおまえ、そういうチャンスがなければ自分から作ったもんだぞ!」

「――それはただのスカートめくりじゃないですかっ」

 

 

 自分達の主神が「これはセクハラやないー!」と言いながら繰り出してくる伝家の宝刀(スカートめくり)を思い出し、流石に言い返す。

 

 

 しかし男は歯牙にもかけず、

 

 

「なんであろうと、それが男だ。おい、お前だって、そう思うだろっ」

 

 

 いきなりビシッと、冒険者の一人を指さす。

 

 

「俺か?」

 

 

 指さされたのは、極東の戦闘衣(バトルクロス)をまとった大男。

 

 

「そうだよ。お前だ。チャンスは見逃さないよな、男なら」

「いや……そういうのは不誠実だと俺は――」

「おい、おまえ」

 

 

 パーティメンバーであろう前髪で目が隠れた小柄な少女を見下ろし、黒ずくめの男の言葉を否定しようとした大男だったが、いつの間にか男が目の前に現れ、肩をがっちりつかむ。

 

 

「お前も、女の下着が見えるチャンスがあれば、見逃さないよな?」

「いや、だから俺は」

 

 

 突如、肩からミシリッという音がした。同時に激痛も。痛みのせいで言葉を封じられる。男はじっと見つめてくる。

 

 

「見逃さないよな?」

「…………」

 

 

 汗を流して黙秘しても、肩にかかる圧力は徐々に強くなっていく。大男は近くの少女の顔を見られない。

 

 

「3秒で答えろ。さもないとお前の肩はコナゴナになる」

「当然見逃さんっ。お前の言う通りだっ」

 

 

 ヤケクソに大男は叫ぶ。それを聞いて満足そうに頷いた男は、レフィーヤ達の所へ戻ってくると、髪をかきあげる。

 

 

「な? 俺の言ったことは間違ってないだろう?」

「ただの恐喝じゃないですかっ」

 

 

『桜花……』『やめてくれっ、俺をそんな目で見ないでくれ!』と可哀想なことになっているパーティを指さし、レフィーヤは叫んだ。

 

 

 そんなことを男は一切気にせず、

 

 

「というかこんなことしている場合じゃないな。お前らのせいで説教される羽目になったぞ、どうしてくれる」

「私達のせいなんですか!? 絶対私達関係ないですよね! 最初から叱られること決まっていたけれど、私達に責任転嫁するつもりですよねぇ!」

「どっちにしろお前らがいきなり襲ってきたことに変わりはないんだよっ。つべこべ言ってないで大人しくついて来い」

「うぐぐぐぐっ!」

 

 

 傍若無人な男の言葉に反論する材料をレフィーヤは持っていなかった。出来るのはうめき声を漏らすことだけ……。

 

 

(せっかくアイズさんと二人きりだったのにぃぃぃ……!!!)

 




 ヴァレン何某はレインの中に何を感じたんでしょうね?


 レインに巻き込まれた【タケミカヅチ・ファミリア】かもしれない大男は可哀想としか。


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16話 言い訳という名のデマ

 作者からのお願い。


 この作品に対する感想で「面白かった」とか疑問点を書くのはいいんですが、否定的な感想はなるべく書かないでほしいです(作者のメンタルは豆腐なので)。レインの性格や言動がうまく書けていないのは重々承知しています。


 なぜこれを書いたかといいますと、作者の更新頻度に関わるからと、今回がグダグダだからです。


 レインがギルドに入り受付に並ぶと、問答無用でエイナにボックス室に連れ込まれた。

 

 

 防音設備が整っている部屋に入った途端、エイナはレインに怒鳴りつけた。

 

 

「正直に話しなさい! なんで君は昨日帰ってこなかったの!?」

「中層まで潜っていたからな。そりゃあ帰ってこられないだろ」

「嘘を言わないで! Lv.1の君が中層まで行けるわけないでしょう!」

 

 

 エイナは未だレインがLv.1の自信家だと思っていた。だから本当に心配していたのだ。レインが調子に乗って5階層に潜って死んでしまわないか、ダンジョン内で冒険者同士のトラブルを起こしたりしないか……。

 

 

 そのため、本当のことを話してくれないと感じて悲しかった。いっそのこと、「娼館で遊びすぎて時間を忘れていた」とでも言ってくれれば長時間のお説教と軽蔑の眼差しで済ませることができたのに。

 

 

 いつか彼は足元をすくわれて死んでしまう。今も不敵に笑っているレインを見て、エイナはそう思った。実際はエイナの思い込みのせいでこんなことになっているのだが。

 

 

「レイン君、本当にダンジョンは危ないんだよ。今は大丈夫かもしれないけど、下層になるほど危険度はグッと跳ね上がるの。お願いだから――」

「なんだ、まだ俺がLv.5だと信じていなかったのか」

 

 

 エイナがレインにダンジョンの危険性を分からせようとすると、レインはそれをぶった切るように遮った。

 

 

「俺がLv.5じゃないと思っているからそんなに怒っているんだろ? ならLv.5であることを証明しようじゃないか」

「えっ?」

 

 

 許可を出す前に、レインは部屋を出る。そして一分もしないうちに、二人の人物を引き連れて戻ってきた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「……ヴァレンシュタイン氏の本気の攻撃を、片手で止めた……?」

「はい……。正確には、レインは私の攻撃が届く直前まで、動いてない、です……」

「……本当ですか、ウィリディス氏?」

「私はよく見えませんでしたが、アイズさんが言うなら間違いないと思います」

 

 

 レインが連れてきたのはアイズとレフィーヤ。エイナはたどたどしく喋るアイズの言葉が信じられなくてレフィーヤにも確認をするが、帰ってくるのは無情の肯定。

 

 

「じゃあレイン君は本当にLv.5?」

「嘘をついても仕方ないだろう?」

 

 

 思いっきり嘘をついているが、それを一切悟らせずふんぞり返るレイン。エイナはようやく自分が疑っていたことが原因だと気づき、素早く頭を下げる。

 

 

「本当にごめん! 都市の外からくる人でLv.5なんて今まで見たことなかったから、全然信じられなくて……本当にごめんなさい!」

「信じられないのも無理はない。この天才である俺だからこそできたことだからな! ま、俺の言ったことが本当だと分かってくれればそれでいい」

「……本当にごめんなさい」

 

 

 レインの言葉がエイナの心を抉る。レインの事を全く信じておらず、勝手にLv.の項目をいじってしまったことがエイナの良心を責め立てる。いつかレインが困ったときは全力で助けようと、エイナは密かに誓う。

 

 

 ここで話は終わるかと思いきや、エイナは余計なことを口にしてしまう。

 

 

「そういえば、どうしてヴァレンシュタイン氏がレイン君に攻撃することになったの? 下手すれば【フレイヤ・ファミリア】に【ロキ・ファミリア】が宣戦布告したことになっちゃうけど……」

 

 

 そう、レインがLv.5であることを証明するにはアイズとのやり取りを説明しなければならなかった。必然的にアイズがいきなりレインに襲い掛かったこともバレる。

 

 

 とはいえ、そのことを指摘されるのはレインにとって想定内だ。ここに来るまでに考えていたシナリオ(デマカセ)を伝える。

 

 

「……なるほど。ヴァレンシュタイン氏とウィリディス氏は中層域でモンスターを倒すことに夢中になりすぎてしまい、ついレイン君に襲い掛かってしまったと。本当ですか?」

「ああ。もう目が血走って狂戦士(バーサーカー)みたいになっていてな。おそらく血を見過ぎて気分がハイになったんだろう。そうだよな、レフィーヤ?」

「……ハイ、ソウデス」

 

 

 確かめるようにアイズとレフィーヤを見れば、二人とも素直にうなずく。レフィーヤは若干引きつった笑みだったが。

 

 

 実はダンジョンから地上に戻る時、レフィーヤはごねたのだ。レインが説教を回避するために作り上げた嘘があまりにもひどすぎたので。

 

 

『なんですかそれは!? 私もアイズさんもそんなに血の気多くありませんよ!』

 

 

 レフィーヤとアイズを馬鹿にするような作り話にレフィーヤは憤慨したが、レインの見せたもので一気に青ざめた。レインが見せたのは【フレイヤ・ファミリア】のエンブレム。

 

 

『お前らのやったことは【フレイヤ・ファミリア】に喧嘩を売ったようなものだ。それをなかったことにしてやるんだから文句言うな』

『ふぐぅ……ッ!』

 

 

 アイズとの二人っきりの時間を奪われまいとしたエルフの抵抗は、あっさりと封じ込まれた。

   

 

 レインの話を信じたエイナは、アイズとレフィーヤに向き直り、

 

 

「ヴァレンシュタイン氏とウィリディス氏はもうこんなことがないように気を付けてください。次は罰則(ペナルティ)をつけます」

「ハイ、気ヲ付ケマス……」

 

 

 こうしてレインの危惧していた説教はなくなった。【ロキ・ファミリア】の一部の団員の信用と引き換えに。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 レイン達が部屋から出っていった後、エイナは部屋の鍵をもとあった場所に戻し、受付に戻った。

 

 

 書類処理などのやることをすませたら、上司に冒険者のLv.を偽装して提出してしまったことを謝りにいかねばならない。事情が事情だけに同情してもらえるかもしれないが、自分がレインを信用しなかったことが原因だ。どんな罰でも受け止めよう……。

 

 

「やあっ、エイナちゃん! そんなに暗い顔してどうしたんだい?」

 

 

 ついため息を零すと、たった今ギルドに入ってきた優男に声をかけられた。その人物はギルドの受付嬢なら全員が知っている。主に悪い意味で。

 

 

「ヘルメス様ですか……いつお帰りになられたんですか?」

「今日だよ! いや~、エイナちゃんは優しいなぁ。他の子に声をかけると無視されるか汚物でも見るような目で見られるかだからねぇ!」

「それはヘルメス様がしつこくデートに誘ったりするからだと思いますよ」

「エイナちゃんも厳しいね……。ところでどうして暗い顔してたんだい?」

 

 

 聞き上手な神に尋ねられ、エイナは素直に話す。今回の出来事は自分が悪かったと分かっていても、愚痴を零さずにはいられなかったのもある。

 

 

「もう何日かすれば分かると思いますが……都市外からLv.5の人が来たんですよ。でもその人の態度が軽すぎて……Lv.5というのを信じられなくて……」

「俺でも信じられないね、それは! ところでそのLv.5の子の名前はなんていうんだい?」

「レインという男の人ですよ。いつもふてぶてしい笑みを浮かべています」

「――へえ」

 

 

 男神の目が細められたことにハーフエルフは気が付かなかった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

戦いの野(フォールクヴァング)

 

 

 都市最大派閥の広大な原野は昼間にも関わらず、激しい『殺し合い』が繰り広げられている。女神の力にならんとするために、同派閥の人間としのぎを削り合う。  

 

 

 そんな中、レインは飛び交う血と雄叫びに一瞥もくれず、素早く広大な庭を突っ切っていく。

 

 

 レインに飛び掛かる者はいない。しかし、フレイヤ命といっても過言ではない団員達が、レインのフレイヤを全く敬っていない態度を見て何も思わないはずもない。

 

 

 団員達がレインに襲い掛からないのはその実力を理解しているからだ。レインのフレイヤに対する態度にキレたほぼ全ての団員達が襲い掛かったが、それをレインは返り討ちにした。アイズに言ったように10M以上吹っ飛ばした。

 

 

 戦士たちの荒野を通り抜けたレインは丘の上の屋敷に入り、そのまま真っ直ぐ主神の神室に向かう。ここ最近、フレイヤはバベルではなく本拠地(ホーム)にいることが多い。

 

 

 彼女は一人で本を読んでいた。常に傍らにいるはずの猪人(ポアズ)の姿は見当たらない。

 

 

「珍しいな、あんたが一人っきりなんて。あの脳筋はどこに行ったんだ?」

「ダンジョンよ。限界まで潜るつもりらしいわ」

 

 

 ページをめくる手を止め、フレイヤが応える。ちなみにオッタルが今回ダンジョンに向かった理由は、鍛錬のためとレインを越えるためである。レインのLv.は幹部たちにのみ伝えられている。

 

 

「フレイヤ、俺もしばらくダンジョンに籠るから、何日か帰ってこないと思う」

「あら、どこまで進むつもりなの?」

「37階層。あそこには面白い領域(エリア)があるらしいからな。そこに向かう」

 

 

 フレイヤの返事を待たずレインは扉に向かう。もしフレイヤに行くことを止められてもレインは無視したし、フレイヤには止める気はさらさらなかった。

 

 

 が、一つ聞いておかねばならないことがある。 

 

 

「ところでレイン。ロキのお気に入りの眷属(こども)から攻撃されたって本当?」

 

 

 アイズがレインに斬りかかったのは5階層。『上層』なので目撃者は当然多い。目撃者に口止めをしたわけではないので、彼等は遠慮なく周りに話を広げるだろう。そしてこの女神は噂を集めるのが非常に速い。

 

 

「あっちは攻撃したつもりかもしれんが、俺にとってあんなもん攻撃にならん」

「これを理由に【ロキ・ファミリア】と戦えるかもしれないわよ? 貴方の目的は強者と戦うことでしょう」

 

 

 純粋なフレイヤの疑問。それにレインは真顔で、

 

 

()()()()。あのアイズが都市最強の一角ならそれ以外もたかが知れてる。ならそいつらと戦う意味はない」

 

 

 今度こそレインは神室から出ていった。




 ベル君はステイタスの限界を突破しますよね? レインも当然の如く突破しています。

 レインは既にLv.9の範疇に収まっているのでしょうか?


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17話 こんにちは深層

一気に時間を進めて、次の話で原作に入ろうと思っています。原作に入るまでの話も幕間として書こうと思っています。

 とはいっても、原作に入るまでレインはひたすら鍛錬してるでしょうがね。


(つけられているな……)

 

 

 数時間かけてダンジョン18階層までたどり着いたレインは、複数の視線が自身に向けられていることに気付いていた。全てダンジョンの入り口からついてきている。

 

 

 今すぐ視線の主のところに接近して目的を洗いざらい吐かせてもいいが、偶然行き先が重なったと相手に言い訳をされても面倒だ(地上に連れ帰って神を使う手段もあるが、面倒くさい)。なら……勝手に自爆してもらおう。

 

 

 レインは一気に加速し19階層へ下っていく。それを尾行する者達も全力で追いかける。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 レインのやったことは単純だ。中層域で発生するモンスターを全て殺さず後ろに流す。レインの速さに追いつけないモンスター達は、レインを諦め他の獲物へと向かっていく。

 

 

 尾行者達は慌てに慌てた。なにせレインは囲まれようと道がモンスターで塞がれようと殺さない。普通ならモンスターを倒して進むだろうに、地を蹴り壁を蹴り、挙句の果てには天井まで蹴って進んでいく。そんな人間離れしたことをできない彼等はモンスターを始末するしかない。

 

 

 だが彼等はレインに気付かれないように後を付けなければならないのだ。魔法は使えず派手な攻撃もできず、ひたすら相手の急所を狙って一撃で殺さなければならない。そうこうしている内に、レインはどんどん遠ざかる。

 

 

(次、顔を見たら絶対にぶん殴りますからね、()()()()()……ッ!!)

 

 

 視覚的には姿を完全に消している水色の髪の女性は、『黒ずくめの男がどこに行くのか調べて~』と気楽に笑っていた主神に対して、心の中で盛大に報復してやることを誓った。

 

 

 もうレインが追跡できる距離から外れてしまったことにも気付かず、彼女は目の前の蜂型のモンスター、『デッドリー・ホーネット』に鬱憤を叩き付けるように短剣を振り下ろした。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 途切れることのない滝の音が響いている。

 

 

 25階層から始まる『水の迷都(みやこ)』に辿り着くなり迷宮最大の瀑布、『巨蒼の滝(グレート・フォール)』の横の断崖絶壁を駆け下りたレインは、終着点である27階層の滝壺に着陸する。

 

 

 立ち上がると同時にレインは両手を上げる。次の瞬間、緋色の斜線が走ったと思えば、それぞれの指の隙間には緋色の燕のくちばしが挟まっている。その正体は『イグアス』。『不可視のモンスター』とも呼ばれる下層最速のモンスターを、レインは容易くつかみ取る。

 

 

 そして捕まえた『イグアス』を、空中に飛び交う幾筋もの斜線に向かって投げ飛ばした。それだけで投げた数と同数以上の『イグアス』が息絶え、発生していた緋燕(つばめ)の群れは全滅した。

 

 

 レインとしては大量の『イグアス』が発生して、それを全て剣で殲滅したかったのだが、そううまい話はないかと28階層への連絡路へ足を進める。

 

 

 26階層の連絡路方面にある滝口の中から視線を感じていたが、害意もなかったため気にしなかった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 ダンジョンを単独(ソロ)で進もうとする人間はほとんどいない。『上層』ならソロでも問題ないが、『中層』、『下層』にもなればその数は激減し、『深層』に至っては第一級冒険者でもパーティを組む。

 

 

 だが一部の者は単独でも『深層』を動き回ることが出来る。主な代表としては【フレイヤ・ファミリア】の筋肉猪などがそうだ。次点で『じゃが丸くん』に目がない金髪の女剣士。

 

 

 そんな強者(イカれた)等でも近づこうとしない場所が37階層にはある。そこがレインの目的地。

 

 

 赤から青に変わった皮膚をもつ蜥蜴人(リザードマン)、『リザードマン・エリート』達が白濁色の石斧を振り下ろしてくる。骨だけの羊、『スカル・シープ』の群れがその醜悪な牙で哀れな侵入者を骨も残さず食い尽くそうとする。

 

 

 レインのいる広間(ルーム)に存在するモンスターは五十を超え、交戦回数は二十を超えている。ギルドがLv.3からLv.4と定めるモンスターの群れが何度も襲い掛かってくる。それは『深層』では異常事態(イレギュラー)でもなく日常(ベーシック)。これを聞いた冒険者は絶対に『深層』へ潜ろうとしなくなるだろう。

 

 

 壁にも見えるモンスター達は、青い軌跡が宙に走ると例外なく灰になる。もしくは紅蓮の炎に焼かれて灰すらも残らない。

 

 

 足を止めることなく目の前に現れるモンスターを屠り、レインは目的地へ進んでいく。金が目的ではないので、容赦なく魔石も『ドロップアイテム』も消滅させて進む。仮にここに来るまでに発生した魔石等を換金すれば、第一等級武装を買えるだけの金が手に入っただろう。

 

 

 しばらく走り続けたレインが辿り着いたのは特大の広間(ルーム)。そこはダンジョン内にも関わらず巨大な『構造物』があり、数えきれないほどの『数』があった。

 

 

 ()()の名は『闘技場(コロシアム)』。レインの目的の場所にして、モンスターを無限に産み落とす殺戮の空間。第一級冒険者のパーティも近づけないダンジョン最大の危険度を誇る死地(デッド・スポット)

 

 

 レインは膝を曲げると、勢いよく跳躍し……巨大な円を形を描く死の闘技場中央へ降り立った。

 

 

 同時に叫ぶ。

 

 

「いくぞ、モンスター共! 俺は貴様らに挑戦する!」

 

 

 そして、右手に持つ《ルナティック》の遠隔攻撃をぶっ放した。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 レインの予想では『闘技場(コロシアム)』はさほど苦労することなく一対多の練習ができるはずだった。レインと37階層に出現するモンスターとの間には単純に見てもLv.5分の差がある。

 

 

 だが厄介だったのが骸骨の人型モンスター『スパルトイ』。厄介なのは強さでも攻撃手段でもなく、出現方法。『スパルトイ』は必ず地面から出てくるのだ。それも狙ったかのようにレインの足元へ。足を掴もうとする骨の手を避けるため、レインは地に足をつけられない。

 

 

 『闘技場(コロシアム)』ではモンスターが一匹でも減れば、すぐさま補充される。決められた上限を決して割らないのがここの真の恐ろしさ。補充されるモンスターはランダムだ。

 

 

 レインはモンスターを凄まじい勢いで減らしていく。『スパルトイ』だろうが『リザードマン・エリート』だろうが『ルー・ガルー』だろうが関係ない。全て何の抵抗もできず死ぬ。

 

 

 しかし補充されるモンスターの大半が『スパルトイ』のため、レインは足を地面につけている時間がない。腕力だけでもモンスターは殺せるが、避ける方に限界がある。

 

 

 約一日戦い続け、レインは久しぶりにかすり傷を付けられた。Lv.9になって初めての負傷。

 

 

 かすり傷でももらえば地上に戻ると決めていたレインは地に足が付いた瞬間、跳躍。剣を持っていない左手を下に向け、魔法を放つ。

 

 

「【アイスエッジ・ストライク】」

 

 

 次の瞬間、『闘技場(コロシアム)』全体が凍り付いた。モンスターを産み続けるこの場所も、産むために壁や地面を壊せなければ産みようがない。それだけ分厚い氷で覆われている。

 

 

 レインは邪魔なモンスターの氷像を砕きながら地上へ戻り始める。青年の頭の中では、誰もやろうとはしない鍛錬方法が考えられていた。

 




 地面に足がついてない状態でどうやって躱すんだろうね? 身体を捻ったり、モンスターを足場にしたのかな……。

 魔法を使っていなかったのは縛りです。



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18話 誰が助けたのか?

目が痛い……


『ヴヴォオオオオオオオオオオオオッ!!』

「ほぁあああああああああああああっ!?」

 

 

 ダンジョン5階層にモンスターの雄叫びと少年の悲鳴が響き渡っている。ダンジョンでそういった光景は珍しくないが、おかしいのは『上層』である5階層に『中層』のモンスターである『ミノタウロス』がいるところだ。

 

 

 追いかけられている白髪の少年は不運と言う他ない。とはいえ少年はギルドの受付嬢から5階層に潜るなと言いつけられていたにもかかわらず、美少女に出会うことに目がくらんでこんなことになっているので、自業自得とも言えるかもしれない。

 

 

 ひたすら逃げ回る少年にミノタウロスの(ひづめ)が振り下ろされる。その一撃は過去に戻って自分を殴ってやりたいと現実逃避していた少年を捉えることはなかったものの、土の地面を砕き、少年の足場を巻き込んだ。

 

 

 足を取られた少年はダンジョンの床を転がり、壁際に追いつめられる。

 

 

 涙を流しながら恐怖で不細工な笑みを浮かべる少年に、ミノタウロスは荒く臭い鼻息を吐き出しながら少年をひき肉にするために蹄を振り上げる。

 

 

 だが次の瞬間、尻もちをついている少年の頭上に亀裂が刻まれた。一拍遅れて怪物の胴体に銀の光の線が刻み込まれ、ただの肉塊に成り下がる。

 

 

『グブゥ!? ヴゥ、ヴゥモオオオオオオオオオオオォォォオォ――!?』

 

 

 断末魔を響かせながらミノタウロスの体はずれ落ちていき、赤黒い液体を噴出して一気に崩れ落ちた。大量の血のシャワーは目の前にいた少年に降りかかる。

 

 

「……大丈夫ですか?」

 

 

 時を止めていた少年はその声で動き出すものの、声のした方ではなく自分が背を着けていた壁を見る。そこには大剣を叩き込んだんじゃないかと思うサイズの斬撃痕があった。

 

 

 戦々恐々をしながら少年は振り返る。自分を救ってくれたのはどんな化け物なのかと。

 

 

 牛の怪物に変わって現れたのは、筋肉もりもりマッチョマン――ではなく女神と見紛うような、少女だった。どんな筋肉の怪物がいるのかと内心怯えていた少年だったが、そんな怯えは消し飛んだ。

 

 

 今にも爆発しそうな心臓。じわじわと赤くなっていく頬。相手の姿を映す潤んだ瞳。

 

 

 早い話……少年は一目ぼれしたのだ。目の前の金眼金髪の女剣士。最強の一角と言われるLv.5の冒険者。【剣姫(けんき)】アイズ・ヴァレンシュタインに。

 

 

「立てますか?」

 

 

 少年を心配したアイズが剣を収め、手を差し伸べる。少年は何事もなかったように爽やかに笑い、少女の手を取って立ち上がる――

 

 

「だっ――」

「だ?」

 

 

 ――ような真似ができるはずもなく。アイズが首を傾げる暇も与えず、少年はがばっと跳ね起き、

 

 

「だぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 

 全速力で、アイズから逃げ出した。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「……」

 

 

 ぽかんと、アイズは目を見開いて立ち尽くす。彼女はあまりの出来事に、誰にも見せたことがないような呆けた表情を作った。

 

 

「……っ、……くくっ!」

 

 

 後ろを振り返れば、灰色の狼人(ウェアウルフ)が震えながら腹を抱え、必死に笑いをこらえていた。ひーっひーっと言いながら笑いをこらえる男に頬を赤らめたアイズは、年相応の少女のように、きっと獣人の青年を睨みつけた。

 

 

 この出来事のせいで、少女はいつの間にか壁にあった斬撃の痕について話すことを忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 その二人がいる壁越しに、()()()()()()の男が青白く輝く剣をゆっくりと鞘に納めた。

 

 

「……ゴフッ」

 

 

 男は喉元からせり上がってきた血の塊を吐き出し、急いで地上へ足を進めた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「アミッドー、お前に頼まれた依頼(クエスト)のアイテムを持ってき――げぶばっ」

「今度はなにをやらかしたんですか、この人はぁああああ!?」

 

 

 清潔な白一色の石材で造られた建物、【ディアンケヒト・ファミリア】に笑顔で入り、すぐさま大量に吐血して白い建物を赤く染める男に聖女や精緻な人形と称えられる少女、アミッド・テアサナーレが額に青筋を浮かべて吠える。

 

 

 血を吐いたにも関わらず笑っている男の手を引っ張り、奥の診療室に連れていく。男が吐いた血は慣れたように【ディアンケヒト・ファミリア】の団員が拭いて綺麗にしていく。

 

 

「これよく見たら全部剣で刺した跡ですよね! 急所はきちんと避けていますが、なんでこんなに剣で刺されているのか説明してもらえますか――レインさん!!」

 

 

 急いで回復魔法を施し、怒っていることを隠そうともせずに、アミッドは目の前でヘラヘラ笑う人物――都市最強の一角と呼ばれるL()v().()()の剣士、レインに詰め寄る。

 

 

「いや、Lv.6になった時に手に入れた『発展アビリティ』が瀕死の時にしか使えないものでな? 最初は一人で58階層まで行けば嫌でも瀕死になると考えていたんだが、担当のアドバイザーに情報を制限されて50階層から下は道が分からん。ならやることは限られてくるだろう?」

「……まさかとは思いますけど、自分で自分の身体に剣をグサグサ刺した、とか言いませんよね?」

「なんだ、分かってるじゃないか」

「『分かってるじゃないか』じゃありません!」

 

 

 昔、がめつい性格をした客に嫌がらせで回復薬(ポーション)を割られても表情を変えることがなかったアミッドだが、レインにだけは本気で怒る。もしこの部屋が防音でなければ外にまで響くであろう声の大きさだ。

 

 

「三年前貴方に助けられた時にお願いしましたよねっ。『自分を大切にしてほしい』と、『貴方は死んでもいい人じゃないんだ』と!」

 

 

 ――アミッドは昔のレインを知っている数少ない人物だ。三年前、アミッドがオラリオの遠方に所用で出かけた時、彼女は野盗に襲われた。戦いが専門ではなくてもアミッドはLv.2、問題はないはずだった。

 

 

 だが、その野盗たち四十人余りが軒並みLv.2。四人いた幹部はLv.3で、頭目はなんとLv.4というオラリオの外で最強クラスの野党と言っても過言ではない強さを誇っていた。

 

 

 彼等は自分達がオラリオの冒険者を除けば強いと理解していたため、好き放題に暴れていた。アミッドが乗っていた馬車を襲ったのもそこに欲望を満たすことの出来る美少女がいて、たとえ護衛がいたとしても自分達に勝てるはずがないと思っていたから。

 

 

 野盗達にしても乗客にしても予想外だったのは……その馬車にいた黒衣の少年がLv.5だった事だろう。誰も馬車にLv.5が乗っているとは思わなかった――

 

 

 

 

 

 

 

「あの時はそれが最善だったっだろう?」

「小さな子供を守るために魔法をその身でかばったこと自体は責めません。でも貴方は魔法で迎撃するもできたはずです」

 

 

 野盗の頭目は『魔剣』を持っていた。そして魔剣はレインにではなく、レインが強いと分かって遠くに避難することもせず見学していた乗客に振るわれた。

 

 

「貴方の目を見て分かりました。貴方は全く自分のことを大事にしていない」

「今では俺の命が最も価値があると思っているんだが?」

「知ってますか? 私は職業柄、人の嘘や変化が分かるんです。貴方は初めて出会った時から変わっていません」

 

 

 オラリオで久しぶりに出会った時、アミッドはレインが自分を大切にしてくれるようになったと思って喜んだ。だからこそ、内面が微塵も変わってないことを知って悲しかった。

 

 

 アミッドはレインに死んでほしくない。この黒衣の青年がとても優しい人だと知っているから。

 

 

「これだけは忘れないでください。もし貴方が死んだら、最低でも一人泣く人がいるんです。その人を泣かせたくなかったら自分を大切にしてくださいね」

「……俺が死ぬことなんぞ天地がひっくり返ってもありえんがな」 

 

 

 依頼の品が入っているバックパックをアミッドに押しつけて、レインはギルドに向かった。 

 

 

 少女はレインに自分を大切にしてほしいと願ったが、そんなことはできない。

 

 

 

 

 

 

 

 何度も傷ついて何度も痛みを味わって、もう誰も失わず守れるように強くなる。それだけがレインの生きる理由なのだから。 

 




 レインの訓練。全身をめった刺しにして適当に魔法を使い、精神力疲労(マインドダウン)一歩手前の状態で戦う。このせいで自分で回復できなかった(治力は血を作ってくれるアビリティなんじゃないかと作者は思ってる)。


 他にも片腕をもいで戦ったりとかしたこともある。その時アミッドのお世話になった。


 アミッドと出会った時、レインは16歳になったばかり。Lv.5としては最上位だった。


 今レインがLv.6ということになっているのは、ウダイオスを一人で倒したから。瞬殺したため、ウダイオスが黒大剣を使うことを知らない。


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19話 いろいろアブナイ

PCがくっそカクつく


 【ディアンケヒト・ファミリア】からギルドへ向かうと、『エイナさん、大好きー!!』という大声が聞こえてきた。それを叫んだらしき白髪の少年がレインの横を通り過ぎ、街の雑踏へ消えていく。何だったんだ、あいつ……。

 

 

 ギルドの出入り口にはエイナが顔を真っ赤にして立っている。

 

 

「エイナ、なんだその学区に入ったばかりの奴が告白されたみたいな反応は?」

「っ、レイン君!? 気配を消して近づくのはやめてって言ってるでしょ!」

「そんなことしてないぞ。俺の接近に気付けないくらいあの白髪の子供に好きと言われたのが嬉しかったのか?」

「ち、違うよ!? 単にあんなに真っ直ぐに好きって言われたことがなくて、びっくりしただけだから! 本当だから!」

 

 

 その反応が誤解を招くのだが……それに突っ込む者は誰もいない。顔をまだ赤くしているエイナは受付に戻り、その後ろをレインがついていく。

 

 

 ちなみに二人はかなりの注目を浴びている。ギルドでの人気ナンバーワンの受付嬢であるエイナと第一級冒険者のレインが一緒にいれば、自然と視線を集めることになる。慣れているので二人は気にしない。

 

 

「で、あの白髪(しらが)はなんでお前に告白することになったんだ?」

「あれはあの子が私をからかっただけだから! だってあの子――ベル君はヴァレンシュタイン氏の事を好きになってるし……」

 

 

 一瞬、あの男、二股してるのかと思ったがどうやら違うようだ。

 

 

「アイズを好きになった? 確かにあいつは見た目はいいがそれ以外がダメだろ。絶対に料理とかできないぞ。それに中身はクソガキだしな」

「クソガキって……レイン君はヴァレンシュタイン氏のこと嫌いなの? いつも綺麗な女の人がいるお店には必ず入るくらい、女の人が好きなのに」

「あいつ、俺を見るたびに睨みつけてくるし、近づけば本気で斬りかかってくるんだぞ。そんな奴、好きになる方が難しい」

 

 

 何もした覚えがないのに何度も斬りかかられれば、さすがのレインも辟易とする。一応、謝罪の手紙のような物は受け取っているが、レインはアイズとなるべく関わらないようにしている。

 

 

「本当に何もしてないの? 君、やたらと【ロキ・ファミリア】の人達から嫌われているじゃない。特にエルフの人達から」

「それに関しては思い当たるふしがあるが、アイズはそれに関係してないぞ。そもそもアイズは俺と初めて出会った時から斬りかかってきた」

 

 

 未だにアイズがレインを嫌う(?)理由が分からない。【ロキ・ファミリア】に尋ねに行こうにも、『あの』出来事があるため門前払いになるのがオチだ。下手すればオラリオ中のエルフから命を狙われることにもなっていたからな……。

 

 

「俺が嫌われているとかはどうでもいい。それより『上層』にミノタウロスが現れてた。おそらくどっかのパーティが逃がしたんだろうが、一応報告しておく。あと、ミノタウロスは始末しておいたぞ」

「……ねえ、そのミノタウロスがいたのは5階層?」

「そうだ。何か問題でもあるのか?」

「え、え~っとね――」

 

 

 エイナはベルがミノタウロスに襲われ、殺される寸前でアイズに助けられたことを話す。それに対するレインの反応は、

 

 

「配役が逆だろ。というか血まみれにされておいてよく好きになったな」

「ア、アハハ……あの子は素直過ぎて思い込みが激しい所もあるし、好きになっちゃったから血まみれにされたことなんて気にしてないと思う」

「それにアイズは間に合ってない。俺が仕留めてなかったら、あのガキは今頃ひき肉になってるところだ」

「レイン君、そのことを絶対にベル君に教えないでね……」

 

 

 勘違いで好きになったとかベルが知ったら、恥ずかしくて死にそうになるだろう。知ったとしてもアイズを嫌いになることはないだろうが、少年の名誉のためにエイナは釘を刺しておく。

 

 

「ベル君の話はここまで! レイン君は魔石の換金をするためにギルドに来たんでしょう。一緒に換金所まで行こうよ」

「………………………ぁ…………」

「あれ? そういえばレイン君、ダンジョンに潜るときにいつも背負ってるバックパックがないけど、どうしたの?」

 

 

 ……少女(アミッド)の言葉を聞くことができなくて、それを誤魔化すように依頼(クエスト)の品以外に、魔石やドロップアイテムも入っているバックパックを押し付けたなんて言えない。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「とっくにこちらで換金させてもらいましたよ。昨日気付いたところで戻ってきていれば問題ありませんでしたが!」

「いや、あのやり取りをしておいてすぐに戻るとか、気まずいにも程があるだろ」

「そうですねっ、私のお願いに『もちろんだ』と頷くこともせず曖昧に濁して、一日経ってからやって来る方が気まずいと思いますけどね!」

「……とりあえず、換金した分をくれないか?」

「どうぞ!」

 

 

 時刻は朝の九時を回ったころ。【ディアンケヒト・ファミリア】にバックパックとその中身を返してもらおうとやってきたのだが、入った途端アミッドの人形のような表情が微かに変化した。精々眉が吊り上がったくらいだが。

 

 

 棘のある言葉と一緒にカウンターに置かれるのは複数の万能薬(エリクサー)精神力回復薬(マジック・ポーション)、及びレインのバックパック。怒っているのに回復薬(ポーション)を叩き付けないところがアミッドの治療師(ヒーラー)としての矜持が垣間見えるが、

 

 

「できれば現金をくれた方がいいんだけど……」

「ご安心を。全部換金してその半分が用意した回復薬(ポーション)です。残りの半分は貴方の望み通りにしてあります」

「俺に回復薬(ポーション)は必要ないんだけどな……」

「何か文句がありますか!?」

 

 

 アミッドがギロリという音がしそうな目でレインを見る。勝手に金の使う用途を決められたことに思うところはあるが、彼女の想いも分かるため文句は言わない。今は結構な額の金が必要なのだが、またダンジョンに潜ればいいかと考えをまとめる。

 

 

「アミッド……お前は笑っていた方が美人だと思うぞ」

「今は笑う気分ではないですね。誰のせいで笑えないと思いますか?」

「それは――」

 

 

 適当にはぐらかそうとしたが、店の外におぼえのある気配を感じて商品棚に身を隠す。入ってくるのは有名派閥の少女達。アマゾネスの双子は別にいい。嫌なのは金髪の剣士と山吹色の妖精……!!

 

 

「いらっしゃいませ、【ロキ・ファミリア】の皆様」

「アミッド、久しぶりー」

 

 

 胸囲が主神に似ているアマゾネスがアミッドに手を上げる。その行動に大体の人間の意識があつまった瞬間、レインは音もたてず外へ出る。

 

 

「ん? 今、ドア開いた?」

「気のせいではないですか?」

 

 

 勘の鋭い第一級冒険者は振り返るが、アミッドに言われてそっかー、と納得する。

 

 

 ただ一人、金髪の少女は何かを感じ取ったかのように目を細めていた。




 レインがかっこよく助けていたら、ベルクンはどうなっていたんだろう? エイナさんは無意識に知り合いがボーイズなラブにならないようにとおもったのかも?


 エルフ云々に関しては近いうちに書きます。


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20話 怖い話

PCが重い!


 現在、面倒な奴等(アイズとレフィーヤ)から逃げたレインがいるのはとある平屋造りの建物――工房。掃除もされておらず(すす)だらけの工房の中で、レインはまた面倒な奴に捕まったいた。

 

 

「ふはははは! 何度見ても狂っているとしか思えん武器だな、これは! だが至高の領域に最も近いと言っても過言ではないところが悔しいな!」

「おい、整備が終わったんなら返せ。いつまで振り回しながらブツブツ喋れば気が済むんだ」

呪武器(カースウェポン)だからこそこの領域に辿り着いている……。ならば手前は誰だろうと使える武器としてこの剣を超える作品を作ってやろうではないか!」

「……………」

「やめなさい、レイン。気持ちは痛いほど分かるけど、その振り上げている大剣を下ろして頂戴。椿もいい加減にしなさい」

 

 

 レインの武器をジーッと眺め続けるのは、左目を眼帯で覆う女鍛冶師、椿・コルブランド。上半身は胸を隠すさらし一枚、下半身は真っ赤な袴という格好で武器を見続ける彼女は、いろんな意味で変態と見られてもおかしくなかった。

 

 

 ここに来る時、空は青かったというのに、既に太陽は西の空へと沈もうとしている。昼ご飯を食べたり工房内にある武器を手に取ったりと時間をつぶしていたレインだったが、拘束され過ぎて我慢の限界が来た。椿を気絶させて帰ろうと近くにあった大剣を振りかぶる。

 

 

 それを止めたのは艶やかな紅髪の女神、ヘファイストス。鍛冶師として今の椿の行動も理解できるのだが、そうではないレインにこれ以上付き合わせるのは失礼だと考え、自由気ままな眷属をたしなめる。

 

 

「なんじゃー、主神様よ。減るものではないし、よいではないかー」

「俺の時間が減っているんだよ馬鹿! 『手前が剣を触っている間に呪いが発動するかもしれないからどこにも行くな』とか言って、どんだけ時間を取らせるつもりだ!」

「まだ半日も経っておらんではないかー。武器を作る時は一日二日は簡単に過ぎるものだぞ?」

変態鍛冶師(おまえ)と一緒にするなっ。さっさと頼んでいた物をよこせ」

 

 

 整備代をタダにする代わりに武器を見せろという提案に頷いたのは失敗だった、と思いながら《ルナティック》を奪い返す。

 

 

「むぅ……器の小さい男だなぁ、お主は」

「……………」

「レイン、本当にごめんなさい。椿に頼んでいた物の代金は私が半分負担するから、その振りかぶっている戦鎚(せんつい)を下ろして」

 

 

 工房の奥の方へ引っ込んだ椿にぶん投げてやろうと2M(メドル)を超える戦鎚を持ち上げるが、再びヘファイストスに止められる。主神に振り回される【フレイヤ・ファミリア】とは完全に逆の主従関係だとレインは思った。

 

 

「ほれ! これが注文されていた品……『不壊属性(デュランダル)』の薙刀、《紅閻魔(べにえんま)》だ」

 

 

 椿が持ってきた白い布に包まれていたのは、刃先は不壊属性(デュランダル)特有の銀色、持ち手は真紅で彩られている薙刀。持ち手が紅なのは薙刀は一番紅が似合うかららしい。レインは黒にするよう頼んだのだが、無視したようだ。それでいいのか、最上級鍛冶師(マスター・スミス)

 

 

「第一等級武装並みの威力が出るように作るのは骨が折れたぞ。しかし……レイン、お主は薙刀が使えるのか? 普段から使っている長剣と似たようなものの方がよかったのではないか?」

「ふっ、そこらの凡人と違って俺は何でもできるんだよ。薙刀にしたのは、ただ突くだけの槍と違って斬ることもできるからだな」

 

 

 調子を確かめるように軽く薙刀を振り回す。試し斬りだけでLv.5になるほど武器を使ったことのある椿から見ても、レインの動きは全く淀みがなかった。

 

 

「いい武器だ。代金は近いうちに払う」

「あいわかった。ところでレインよ、なぜ不壊属性(デュランダル)で作らなければならなかったのだ? 他の材料を使えば、威力は桁違いのものが作れたぞ?」

 

 

 椿の疑問に、工房の扉に手をかけていたレインは振り返り、

 

 

「最近、深層で何でも溶かす気色悪いモンスターが出るからだよ」

 

 

 と答えた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「いらっしゃいませー……なんだ、レインさんですか……」

「人の顔を見て露骨にため息をつくな」

 

 

 晩御飯を食べるために常連の酒場、『豊饒の女主人』に入るなりウェイトレス失格の対応をするのは薄鈍色の髪の少女、シル。

 

 

「せっかく素直で可愛い兎さんと話していい気分だったのに、偏食狼さんのせいで台無しです」

「俺に毒を食う趣味はないんでな」

「ひどーい! レインさん以外の人は食べてくれますよ! 謝ってください!」

 

 

 両手を上げて怒っているアピールをしているシルを無視して店のカウンター席の隅へ向かう。普段そこに席は一つしかないのだが、何故か二つあったためその内の一つに座る。もう片方に座っていた人物は、レインに挨拶でもしようと思ったのか、顔を横に向ける。

 

 

「あ、どうも……って、ええっ!?」

「人の顔を見るなり大袈裟なリアクションをするの流行っているのか」

 

 

 レインの定位置に座っていたのは白髪の少年。どっかで見たことがある顔に名前はなんだったかを思い出そうとするが、

 

 

「Lv.6の冒険者、【美神の伴侶(ヴァナディース・オーズ)】――」

「なあベル・クラネル。ちょっと怖い話をしてやろう。俺の聞いた中でいっとう怖い話だ」

 

 

 いきなり名前を口にされ、ベルは二回驚いた。いまだLv.1である自分の名前を知っていたことと、そんな自分にまるで親友を見るかのような笑顔を向けてきたことにだ。

 

 

「れ、Lv.6のレインさんが怖がる話ですか?」

「ああ、俺の知っている冒険者の話でな。そいつを仮にウサギとしとくが……そいつはある時、自分の二つ名を嫌っている第一級冒険の二つ名でその冒険者を呼んでしまったんだ」

「そ、それで、どうなったんですか、そのウサギは?」

 

 

 ベルは変な汗が止まらない。さっき飲んだお酒が全部流れ出たような気がする。レインは沈みきった悲壮な声で大仰に首を振り、

 

 

「そりゃもう悲劇だね。何度もモンスターを押し付けられるだろ、どっかから魔法が飛んできたりするだろ、獲物を横取りされるだろ、しかも好きな人に自分の悪い噂を流されるんだ。どうだ、怖いだろう?」

「む、むちゃくちゃ怖いです。怖すぎます」

 

 

 がくがくと頷くベル。顔色は青を通り越して白っぽくなり、泣きそうになっている。レインはその目をじいっと覗き込み、低い声でのたまう。

 

 

「で、お前はなんて俺を呼ぼうとしたんだ?」

「レインさんです! 僕、アイズさんくらいしか二つ名を知りません!」

「わかればいいんだ、わかれば。未来の第一級冒険者はお前だ、ウサギ!」

 

 

 バシッ、バシッと景気よく肩をレインに叩かれる。何事もなかったかのようにレインは機嫌よく注文する。

 

 

(……僕は、とんでもない人に目をつけられたのかもしれない)

 

 

 雲の上の存在である第一級冒険者を見ながら、ベルは唯一の癒し(ヘスティア)に助けを求めた。

 

 

 その祈りは、現在不機嫌なロリ巨乳女神には届かなかった。




 シルの料理の話を書きたいなぁ、と思っています。


 レインは自分の二つ名が嫌いです。この二つ名になると予想していた人はいますか?


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21話 理想と現実

信じられるか? 俺のPC、平仮名を漢字に変換するのに、大体30秒かかるんだぜ?

今回、最後のまとめが雑。


「ほお……オラリオに来たのはダンジョンでかっこよく美少女を助けて、助けた美少女はあっさりお前を好きになる予定。それを何回も繰り返すことでハーレムを作りたかったから、ねぇ……。馬鹿なのか?」

「は、ハーレムは男の浪漫(ロマン)なんです! おじいちゃんも『男はハーレムを作ってこそ真の男になる』って言ってました! いくらレインさんでも馬鹿にするなら許しませ――」

「いや、なんでダンジョンでハーレムを作ろうと思ったんだ。そもそもお前好みの美少女がホイホイダンジョンにいると思ってんのか?」

「ふぐぅっ!?」

 

 

 レインとベルが話しているのは『どうしてオラリオに来たのか』である。レインの方は「強くなるため」「すごいです!」で終わったのだが、ベルのダンジョンを舐め切った理由にレインが酷評しだした。

 

 

「それにお前は冒険者になって半月なんだろう? なら潜れるのは精々4、5階層、そこのモンスターなら攻撃をもろに喰らったとしても『痛い』で終わるぞ。どうやったら命の危機に晒される美少女が生まれるんだ」

「ぐはぁっ!?」

「ダンジョンに潜る女は基本的に蛮族……アマゾネスみたいな奴が多い。お前の望むような生娘は数えるほどしかいない」

「ぺぐぅっ!?」

 

 

 レインの急所を抉るような現実(ブロー)が、夢見るベルの理想(いたいところ)に突き刺さる。ベルのライフは残り僅かだ。

 

 

「ハーレム作るならいっそのこと娼館で娼婦を買った方が早い。まあ、買うにしても大量の金がいるからお前には無理だが」

「しょ、娼婦を買うつもりなんてありませんよっ。僕は運命の出会いで恋をしたいんです! それは既に叶っています!」

 

 

 レインの言葉がフィニッシュブローとなってベルに叩き込まれるが、カウンターとばかりに自分の夢は不可能じゃなかったことを叫ぶ。周りに聞こえないように小声で。

 

 

「お前の妄想とは配役が逆の恋のことか?」

「何で知ってるんですかぁ!? 僕、誰にも言った覚えありませんけど!?」

「見てた。お前がアイズに助けられて奇声を上げて逃げていく所まで、一部始終」

「かはっ……もう生きていけない……」

 

 

 カウンターはあっさり封じられ、ベルは死んだ。もともと白い髪がさらに白くなっている気がする。カウンター席に伏せてしくしく泣き始めたベルを見て、レインは慰めることなく酒を飲む。若干言い過ぎた気もするが、ダンジョンを甘く見ていたこいつにはいい薬だろう。

 

 

「ベルさん、そんなに悲しそうにしてどうしたんですか?」

「し、シルさぁん……。僕はもう生きていく自信がないですぅ……」

「重症ですね。意地悪な狼にいじめられた可哀想なベルさんには、私の胸を貸してあげましょう」

「誰が狼だって?」

 

 

 が、優しい娘を装ってやってきた魔女(シル)によって、ベルはあっさり生き返った。ディスられたレインの言葉は(ベル)を胸に閉じ込めたシルと、真っ赤になりながらも閉じ込められているベルに無視された。

 

 

 もっと容赦なく言葉責めをすればよかったかとレインが思っていると、どっと十数人規模の団体が酒場に入店してきた。その団体はレインとベルのいる位置とは対角線上の席に案内される。

 

 

 レインはその団体が店に入った瞬間、極限まで気配を消した。隣にいたベルが思わず目をこすってしまうほどの気配の消しっぷりだ。店から出ないのは、出たら負けな気がするからである。

 

 

 彼等は種族の統一されていない冒険者達だった。代わりに全員が生半可じゃない実力を漂わせていた。その中には整った眉を微動だにさせず、静かな表情で落ち着き払った美少女――アイズ・ヴァレンシュタインがいた。

 

 

 その少女にレインは顔をしかめ、ベルは心臓を飛び跳ねさせる。他の客もその団体――【ロキ・ファミリア】に様々な反応をみせた。

 

 

 そこからのレインとベルの行動は似ていたが違った。どちらもカウンター席の前だけを見ているが、前者は【ロキ・ファミリア】を見向きもせず酒を飲み、後者は狩人のように息をひそめ【ロキ・ファミリア】の動向を頻繫に窺う。

 

 

「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなごくろうさん! 今日は宴や! 飲めぇ!」

 

 

 朱色の髪の人物が立ち上がって音頭をとり、それから【ロキ・ファミリア】のメンバーは騒ぎ出した。アマゾネスが尋常じゃないペースで小人族(パルゥム)に酒を飲ませ、酔っぱらった男性団員を中心にハイエルフの胸を景品にした飲み比べが始まる。

 

 

 レインはここが【ロキ・ファミリア】のお気に入りということは知っていたが、自分が場所を変えるのは癪なのでそのまま居座り続けた。だが隣にいるベルのアイズを盗み見る真似が気持ち悪いことこの上ないし、今飲んでいる酒を飲んだら店を出ることを決める。

 

 

 周囲の客から笑い声が途絶えない中、レインがジョッキの酒を半分まで飲み干したところで、一際大きい酔っぱらった声が聞こえた。声の主は【凶狼(ヴァナルガンド)】――Lv.5の狼人(ウェアウルフ)、ベート・ローガ。レインが嫌いな男だった。

 

 

「そうだ、アイズ! あの話聞かせてやれよ! 5階層にいたトマト野郎の!」

「あの話……?」

 

 

 昨日見た光景を思い出させる単語がある。隣を見てみるとベルが顔を真っ赤にして震えている。

 

 

「帰る途中で何匹かミノタウロスが逃げただろ!? その最後の一匹を始末する時いたんだよ、いかにも駆け出しっていうひょろくせえガキが!」

 

 

 綺麗な女性であるシルに声をかけられているにも関わらず、ベルは反応せず俯いている。いつもなら必ず返事はするのに。

 

 

 そこからもベートのトマト野郎(ベル)を嗤う話は続く。その話を聞く他のメンバーは失笑し、他のテーブルの部外者は必死に笑いを嚙み殺す。

 

 

 レインは笑わなかった。ただ、止めることもしなかった。

 

 

「――雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」

 

 

 ベートがその言葉を言い終わると同時に、ベルが椅子を飛ばして立ち上がり、夜の街へ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 レインがベートの話を止めなかった理由は二つ。あの言葉に耐えきらなければこの先冒険者をやっていけないし、止めればベルがよりみじめになるからだ。

 

 

 それにベルのいい薬になったと思う。これで完全に夢見気分ではなくなるだろう。あのままだと近いうちにダンジョンで死んでいた。

 

 

 まあ……胸糞悪くなったことに対する報復はするが。レインは空になったジョッキに水を入れ、いまだ何が起きたか把握できてない者の一人――ベートに向かて投擲した。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 恐らく今日あったことを忘れることの出来る客はいない。

 

 

「ガッッッ!?」

 

 

 誰かが食い逃げをしたかと思えば、轟音と共に【凶狼(ヴァナルガンド)】が吹っ飛んだのだ。それも鼻から大量出血しながらである!

 

 

 辛うじてベートとは反対方向から何かが飛んできたことを確認できた第一級冒険者はそちらを振り向き……硬直する。

 

 

「発情した犬を大人しくするには、水をかけるか衝撃を与えるといいらしいから同時にやってみたが、本当に大人しくなったな」

 

 

 そこには疚しさのかけらもない清々しい笑みを浮かべた男がいた。その男がどのような人物かを【ロキ・ファミリア】は知っている。

 

 

 アイズの剣を片手で止めた事実からフィン、リヴェリア、ガレスが手出しすることを禁止するほど警戒する男だ。『最強派閥の最高幹部』が、だ。

 

 

「てめぇ、いきなり何しやがる!?」

「失恋した狼を大人しくさせただけだが? 酔った勢いで告白してフラれて、今どんな気分なんだ?」

「ぶっ殺す!!」

 

 

 レインの『フラれた』という言葉に激昂したベートが床を砕く勢いで走り出す。誰かが止める間もなくレインの傍まで接近し、深層域のモンスターを即殺する足刀を繰り出す。

 

 

「――お前みたいな『雑魚』にできるわけないだろう」

 

 

 ベートの攻撃はレインの残像を切り裂き、反応することを許さない速度で放たれた拳はベートの顎を的確に打ち抜き、意識を容易く刈り取った。ベートは受け身も取れず床に叩きつけられる。

 

 

 まあまあスッキリしたレインはこれ以上面倒なことになる前に店を出ようとするが、その肩を掴むのは笑みの消えた道化の神(ロキ)

 

 

「ちょい待ちぃや。うちの眷属()を傷つけといて謝罪の一言もないんか?」

「人を殺しそうになったのに、それを笑うような奴に謝る必要性を感じない」

 

 

 ロキの手を振り払い、会計カウンターにヴァリス金貨の詰まった袋を放り込んで店を出る。

 

 

 足を進めるのは本拠地(ホーム)ではなくバベル。ダンジョンがあるその方向からは、悔し涙を流していた少年の気配がしていた。




レインがイラついたところ。

自分達が人を殺しそうになったのに、それを反省せずあまつさえ死にかけた人を笑ったこと。


レインがベートのことが嫌いな理由。

レインはベートの『雑魚』の意味を理解しています。しているからこそ嫌いです。



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22話 残念な妖精

 今回はレインが下手したらオラリオ中のエルフに狙われたかもしれない理由が分かります。ネタ回です。


 レフィーヤって、残念なところがありますよね。人の話を聞かないとか。


 ダンジョン6階層。レインのいる正方形の広間の中央部には多種多様の『ドロップアイテム』が転がっており、その『ドロップアイテム』に囲まれるようにして白髪の少年――ベルが倒れている。全身傷だらけで、気を失っていた。

 

 

 レインはベルがダンジョンに入る前に追いついていたのだが、鬱憤を晴らさせるためにも止めなかった。怒りに身を任せて6階層に突っ込んだ時には、「こいつ、やっぱり馬鹿だ」と自暴自棄な行為をするベルの評価を下げた。

 

 

 このまま放っておけばモンスターに襲われ死ぬだろう。正直なところ、レインはベルが死のうが知ったこっちゃない。ダンジョンは常に死と隣り合わせ。非情と言う者もいるだろうが、友人でも何でもない少年が死んでもどうでもいいのだ。

 

 

 それなのに気配を辿ってまでベルを追いかけたのは、ベルの事を気にかけているエイナや、酒場でベルを追いかけたシルが悲しむだろうと思ったからだ。彼女らの存在がなければレインはここにいない。感情に振り回されて死にに行く馬鹿を助けるほどレインは聖人ではない。

 

 

 ――というわけで、アミッドに強制的に買わされた高等回復薬(ハイ・ポーション)を乱雑に振りかける。それだけで少年のすべての傷は瞬く間に治った。治療すれば目を覚ますかとベルの様子を見るが、瞼も指もピクリとも動かない。

 

 

 仕方なくベルを荷物のように担ぎ上げ、バベルの医療施設まで連れていく。職員に自分が運んだことを伝えないように頼み、とある書き置きと一緒にベルを引き渡した。

 

 

 レインの肩でぶらぶら揺れているベルを見て、職員は頬をひきつらせていた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 ベルを医療施設に送り届けた二日後。新たな武器である《紅閻魔》に慣れるためダンジョンで丸一日、モンスターを灰に変えまくったレインは目立たぬよう路地裏を歩いていたのだが、

 

 

「結局、ヒューマンのお店の服が一番似合ってるねー」

「ごめん……他の服が似合わなくて……」

「いえいえいえっ、アイズさんは謝らなくていいんですよ! それに他の服も抜群に似合っていましたし、一番似合っているのがその服だってティオナさんは言ったんです!」

「入り口の前で喋るのはやめなさい。他の客が入れないでしょうが」

「あー、そうだね。――あれ? この人、あの狼をひっくり返した人じゃない?」 

 

 

 ちょうど通り過ぎようとした服飾店から、すんごく見覚えのある四人組が出てきた。逃げる間もなく双子のアマゾネスの妹の方に補足される。つられるようにして他の三人もレインに視線を向ける。

 

 

「あぁーーー!!! 畏れ多くもリヴェリア様のらたぶっ!?」

「周りに人がいるところで何ぶちまけようとしてんだ、お前は」

 

 

 レインを見るなり目を吊り上げたレフィーヤが、指をレインに突き付けながらとんでもないことを叫ぼうとする。何を叫ぼうとしたのか察したレインは、リヴェリアの名誉を守るために右手に握っていた薙刀をレフィーヤの頭部に振り下ろした。

 

 

 ガツンッ! という鈍い音がした。レフィーヤは頭を押さえ、涙目になる。

 

 

「あ、頭がっ、頭が割れるように痛いっ!? なんてもので殴るんですか!」

「やかましい! 考えなしに馬鹿な真似をしようとしたお前を止めてやったんだから文句言うな、むしろ感謝しろ愚か者め!」

「武器で殴る必要はないですよね! 口を押さえるとかじゃ駄目だったんですか!?」

「止めるついでに酒場での胸糞話の鬱憤を晴らしておこうかと」

「ベートさんにやってくださいっ!」

 

 

 出会って十秒もしないうちに始まるヒューマンとエルフの醜い言い争い。それに終止符を打ったのは、

 

 

「店の前で喧嘩すんなぁ!!」

 

 

 腹が減って少しイラついていた双子のアマゾネスの姉だった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 落ち着いて話そうよー、というティオナの提案の下、レイン達五人はカフェの丸テーブルに座る。レインの隣にはティオナとティオネが座り、その隣にアイズとレフィーヤが座る。

 

 

 いつもレインを睨みつけてくるアイズは無表情で机を見続け、レフィーヤは隠そうともせずレインに怒りの視線を向ける。基本的に笑っている後輩エルフの怒りに、双子のアマゾネスは困惑していた。

 

 

「レフィーヤ、結構前からエルフの団員と一部の男性団員がレインを敵視してるけど、どうしてなの?」

「あたしも気になって聞いてみたけど、だーれも教えてくれなかったんだよねー」

 

 

 ティオネとティオナの疑問に、レフィーヤはどす黒いオーラを纏いながら俯く。第一級冒険者をビビらせる圧力のせいで周りから客はいなくなった、

 

 

「……たんです……」

「え~っと? 小さくて聞こえないんだけど……」

「リヴェリア様の裸体を見やがったんです」

「……本当に見たの?」

「確かに見たが、わざとではないからな。リヴェリア本人には許してもらっているのに、それをこいつらが勝手に騒いでいるだけだ」

 

 

 ティオナの確認にレインが肯定すると、レフィーヤは机を叩き、

 

 

「じゃあその後抱きしめたのもわざとじゃないって言うんですか!?」

「あれはお前らが我を失ってリヴェリアごと巻き込む魔法をぶっ放したせいだろ……」

「聞く耳持ちません! たとえ命と引き換えにしてでも、今ここで貴方に天誅を下します!」

 

 

 護身用に持ってきていた杖を構え、詠唱を始めた。足元に魔法円(マジックサークル)が展開される。このエルフ、本気(ガチ)だ。

 

 

「レフィーヤ落ち着いてぇ!? お店の中で魔法は使っちゃだめだから!」

「後生ですティオナさん! この変態真っ黒ヒューマンに天誅を下すのを止めないでください!」

「レフィーヤ……お前らのやってることはリヴェリアの恥をバラまいているようなものだからな?」

「ウガァアアァアアァアアアアア!!」

 

 

 本当に魔導士なのかと思うほどの力でレフィーヤが暴れる。気を抜けば振りほどかれそうになる力に、ティオナは割と必死でレフィーヤを抑え込む。

 

 

「あ、リヴェリアの抱き心地はよかったぞ」

「キシャアアァアアァアアアアアッッッ!!!」

「挑発してんじゃないわよ! レフィーヤがモンスターみたいな顔になったでしょうが!」

 

 

 笑いながらのレインの言葉にレフィーヤの力がより強まっていく。もうエルフどころか女の子がしてはいけない形相を見て、ティオネがキレ気味になった。

 

 

「じゃ、俺は帰るぞ。店に迷惑料は払っておくから、頑張ってそいつを宥めるんだな」

「おいコラ逃げんなてめぇ!」

 

 

 一人店の出口に向かうレインにティオネの罵声が投げつけられるが、ヴァリス金貨の入った袋を店員に渡したレインは足を止めることなく出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、レフィーヤを止めたのはアイズの抱擁だった。止めるのに一時間近くかかり、彼女たちはこのカフェを出入り禁止になった。




 ティオナはレインの名前をしっかり覚えていませんでした。


 アイズがレインに突っかからなかったのは、ベルに逃げられて落ち込んでいたから。


 リヴェリアの裸を見ることになったのは、18階層天井付近のクリスタルを回収する依頼を受け、クリスタルを回収して飛び降りたら、水浴びをしていたリヴェリアのいる水場に着地。


 ティオナやティオネがこのことを知らなかったのは、エルフの団員が他の団員に話そうとしなかったから。

 一部の男性団員が知っている理由? なんでだろうね?


 


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23話 怪物祭

 これでソード・オラトリアとダンまち一巻分が終了。正直、あまり一巻のことは考えていなかった。2巻からは考えてたんだけどね。


 これからもよろしくお願いします。


 『怪物祭(モンスターフィリア)

 

 

 年に一度、闘技場で【ガネーシャ・ファミリア】が行う催し。迷宮から連れてきた凶暴なモンスターを【ガネーシャ・ファミリア】の調教師(テイマー)が相手取り、倒すのではなく、手懐けるまでの一連の流れを客に披露する。

 

 

 ギルドが企画するこの催しは問題視する者も多いが、これを見るために都市外から足を運ぶ者がいるほど人気でもある。

 

 

 今年のオラリオ名物の祭りはどうなっているのかというと――

 

 

 

 

 

 

 

『ウオオオオオオオオオオオ!?』

 

 

 大盛況だった。基本的に大観衆の拍手や喝采が万雷のように鳴り響くのだが、今回は都市東端に築き上げられた円形闘技場(アンフィテアトルム)を揺るがさんばかりの興奮の渦に包まれている。

 

 

 闘技場内のアリーナには漆黒の衣装を身に纏い、顔を仮面で隠している男がいた。その男の傍にはすっかり大人しくなった全長十M(メドル)以上の竜がいる。

 

 

 怪物祭(モンスターフィリア)の観戦に来ていたティオナ、レフィーヤ、ティオネはとても驚いている。それだけ男のやったことは凄かった。

 

 

「あれどう見ても木竜(グリーンドラゴン)だよねっ? あの竜もオラリオの外にいたやつかな?」

「いや、あの竜はダンジョンの産まれね。調教(テイム)の様子から見ても間違いないわ」

「ガネーシャのとこに、あんな凄い人いたんだねー」

 

 

 Lv.4相当の竜種のモンスターを手懐けた男の手並みに、ティオナとティオネが素直に舌を巻く。

 

 

「ただでさえ成功率は低いのに、こんな大舞台で成功させちゃうあの人は誰なんでしょう……?」

 

 

 レフィーヤは「ブラック仮面様ー!」「俺のファミリアに来てくれー!」「最後に素顔を見せてほしい!」という声援を浴びて退場していく男を見つめる。どこかで見た覚えがあるその後ろ姿に、彼女は【ガネーシャ・ファミリア】のメンバーの顔を思い出そうとしていたが、

 

 

「さっきから【ガネーシャ・ファミリア】の連中が慌ただしいわね。何かあったのかしら?」

「あ、やっぱりそう思う?」

 

 

 第一級冒険者達が何かしらの非常事態が起きていることを感じ取り、観客席から立ち上がる。それについて行こうとするレフィーヤは、もう調教師(テイマー)の正体を考えるのをやめていた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「捕獲していたモンスターが逃げ出した?」

「ああ、何者かによってモンスターが外に出された。逃げ出したのは九匹。中には『深層』のモンスターもいる。急いで鎮圧して欲しい」

 

 

 木竜を手懐けた謎の凄腕調教師(テイマー)――レインは仮面を外し、見目を意識した衣装から着替えながら【ガネーシャ・ファミリア】団長――シャクティ・ヴァルマからトラブルが発生したことを告げられる。

 

 

 レインが怪物祭(モンスターフィリア)に参加しているのは、この祭りの()()()()を知っているから。調教(テイム)は端的に言えば、実力差を分からせて服従させることなので、レインにとっては容易いことだ。

 

 

「お前らの所の団員が見張っているはずなのに、なんでモンスターが逃げ出すことになるんだよ?」

 

 

 自分が正体をバレないようにしているとはいえ、衆人環視の中で『スキル』の力を使ってまで目的を達成しようとしているのだ。それを邪魔する行為をあっさり許した団員に対する苛立ち交じりにシャクティを見ると、

 

 

「団員達は何らかの手段で再起不能に(おちい)らさせていた。魂を抜かれたような状態だ。そのせいで犯人の事を聞きだすこともできん」

 

 

 レインの脳裏に『欲しい子ができちゃった♪』と可愛く微笑んでいた容疑者(フレイヤ)の姿がよぎる。一歩間違えなくとも都市への破壊行為ととれることを平然とやる女神を思い出し、レインは『帰ったら一発殴ってやる!』と誓う。

 

 

「既に【剣姫】が殲滅に移っているから、お前には彼女のいる場所とは反対側を捜索してもらいたい」

「わかった。とは言っても、アイズがいればもう全滅して――」

 

 

 そこまで口にしたところで地面が揺れ、何かが爆発したかのような轟音が響いた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「アイズ、魔法を解きなさい! 追いかけまわされるわよ!」

「でも……」

「一人一匹くらい何とかするって!」

 

 

 ただならぬ様子を察して闘技場の外に出たティオナ、ティオネ、レフィーヤは居合わせたロキから詳しく事情を聞き、先にモンスターを殲滅しにかかっていたアイズが討ち漏らした時のために備えていた。

 

 

 討ち漏らすどころか的確にモンスターを屠る金髪の少女に、三人が手持ち無沙汰になりかけている時、ソレは石畳を粉砕し、地面の下から現れた。

 

 

 現れたのは顔の無い蛇、と形容するのが最もふさわしい黄緑色の長大な怪物。そのモンスターの危険性を肌で感じたティオナとティオネは急いで始末しようと渾身の一撃を叩き込むが、あっさりと阻まれる。

 

 

 並のモンスターならば素手だろうと肉体を破砕する第一級冒険者の攻撃を、凄まじい硬度を誇る滑らかな体皮は僅かばかり陥没するのみで耐えきり、逆にティオナ達の手足にダメージを与えてきた。

 

 

 魔法で狙い撃とうとしていたレフィーヤは腹部から血を流し、倒れ伏している。今は食人花の姿になっているモンスターの『魔力』に反応する性質によって、狙い撃たれ腹部を触手で貫かれたせいだ。

 

 

 間一髪のところで急行したアイズがレフィーヤに襲い掛かろうとしていた食人花の首を断ち切り、エルフの少女の命を救ったが、アイズを取り囲むように三匹の食人花が現れ、追い打ちをかけるかのように少女の手の中でレイピアが砕け散った。

 

 

 防戦を強いられることになったティオナ達は、一人一匹ずつ相手を出来るようにアイズに魔法を解除するように呼びかけ、止むをえず魔法を解除しようとした。

 

 

 その時だった。アイズの視界に逃げ遅れた獣人の子供が映りこむ。巻き込むまいと一瞬で判断し、無茶な回避を行い――

 

 

 醜悪な牙が無数に生えている大口に捕まった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

(いつまで倒れているつもりなの、私は!)

 

 

 痛みに悶えながらレフィーヤは立ち上がろうとする。通りの奥では弱い自分をいつも守ってくれるあの心優しく、遥かに強い冒険者達の前に死が迫っている。

 

 

(わかってるよ! 自分が弱いことなんて! あの人達に相応しくないことなんて!)

 

 

 自分を介抱してくれていたギルド職員に避難するように制される。ここから目を背けて全てを他の強者に委ねてしまえ、と体の痛みも囁きかけてくる。

 

 

 レフィーヤは知っている。自分が死力を尽くして助けようとしても、優しく遠ざけられる。自分が弱いから、側にいることを許されない。

 

 

 それでも助けたい。追いつきたい。力になりたい。

 

 

 ずっと、一緒にいたい。

 

 

(動いて、動いてよ!)

 

 

 現実は無情だ。どれほど身体を動かそうとしても、痛みが、失ってしまった血がエルフの少女の願いを拒絶する。

 

 

 モンスターの牙が風の結界を突破し、金髪の少女の肌に傷をつけた。

 

 

(動け――!!)

 

 

 次の瞬間、黒い風がレフィーヤの横を通り過ぎた。風は青い光と共に食人花の間を通り過ぎ、瞬く間に灰へと変化させ、レフィーヤの前に戻ってきた。

 

 

 風は人だった。いつもふてぶてしい笑みを浮かべ、レフィーヤが大嫌いな、彼女達の隣に立つことを許された男だった。

 

 

「悔しいか? 自分の大切な人を守れないことが」

 

 

 まるで心の中を読んだかのような問いに、レフィーヤは目を見開く。

 

 

「アイズ達の力になりたいなら、強くなりたいならその悔しさを二度と忘れるな」

 

 

 それだけを言い残し、レインはどこかへ行ってしまった。馬鹿にするようなことを一切言われず、レフィーヤはただ困惑する。 

 

 

 

 

 

 

 

 この日からレフィーヤは、あまりレインの事を嫌いではなくなった。




 ベルは普通にシルバーバックを倒しています。レインの書き置きは別の所で。


 ふと思ったけど、アイズの風が強いからって、巨大なモンスターののしかかりに耐えれるんですかね?

 あとレフィーヤ。腹を貫かれてよく立てたな……。ここでは立てませんでしたが。



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24話 リヴィラの街での殺人

 短めです。


 怪物祭(モンスターフィリア)から二日後。

 

 

 フィン、リヴェリア、アイズ、ティオナ、ティオネ、レフィーヤという五人も第一級冒険者がいる豪華なパーティは、アイズとティオナの借金(ローン)返済のためにダンジョンに潜ることになった。

 

 

 このパーティにとって稼ぎどころは『深層』に入ってから。そのため18階層に来るまでに集めた『ドロップアイテム』を売り払い荷物を軽くしようと、ダンジョン内に存在する『街』へと進路を取った。

 

 

 換金をしたらすぐに19階層に向かおうとしていた一行の予定は、上級冒険者の経営するダンジョンの宿場街――『リヴィラの街』に入って()()があったことを確認したため、一時中断された。

 

 

 死体があったらしい宿へ向かうと人だかりで中の様子は分かりそうになかったが、ティオネが怒鳴ったり、フィンが丸め込むことであっさりと中に入ることが出来た。

 

 

 その時現場検証をしていた男と一悶着あったものの、殺された人物の正体や犯人が女だろうと分かった時にとある冒険者が、

 

 

「そ、それらしいこと言ってるけどっ!! お前らの誰かがやったんじゃないか!?」

 

 

 と、半狂乱でアイズ達に指を指した際に起きた騒動に比べればかわいいものだった。まあ、悪いのはティオネを(ねぶ)るような目で見た冒険者だが(怒りで床を踏み砕いたティオネもどうかと思うが)。

 

 

 そんなこんなで自分の手に負えないと判断した男がフィンに現場の権利を譲った時、宿の外が騒がしくなった。騒ぎは次第に奥に位置するこの部屋に近づいてくる。

 

 

「――よおっ! すごく強い美女が現れたって本当か!?」

 

 

 宿に入るのを止めようとしたらしき冒険者を腰にくっつけたまま、長身黒衣の男は何事もなかったかのように手を上げたが、誰もがあっけにとられて男を眺めている。

 

 

「ふむ、唐突な天才の登場に驚きを隠せんようだな。で、美女はどこだ?」

「……レイン、貴様がどんな噂を聞いたのか知らんが一発殴らせろ」

「ん? もしかしてリヴェリアが男を腹上死させた女だったのか?」

「ふんっっっ!!!」

 

 

 ハイエルフの魔導士とは思えない黄金の右ストレートは、言いたい放題の男の顔に突き刺さることなく防がれた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「――なるほど。今街で流れているべらぼうに強く美しい女に男が一人腹上死させられ、死んでもいいから抱かれたいと思う男が宿に集まっているという噂は嘘だったのか」

「いろいろツッコミどころはあるけど、その噂は誰から聞いたんだい?」

「たしかモルドとかいう冴えないオッサンだ」

 

 

 お前らー、モルドの野郎をシメてこいー、という野太い声が外から響いてくる。フィンとレインは遺体の周りを整理しながら情報を交換していた。

 

 

「しっかし……ハシャーナもアホだな。色事に夢中になって抵抗することも出来ず死ぬとか」

「おい、どうして色事に夢中になっていたと断言できる。Lv.4を殺せるほどの力を備えている女の可能性が高いだろうに」

 

 

 リヴェリアが鋭くレインの発言を指摘する。レインは抵抗の痕が見当たらない男の死体を指さし、

 

 

「それも考えられるがオラリオにそこまで強い女冒険者はいるのか? それもリヴェリアみたいにスタイルもいい美女だぞ。そんな奴いるのか?」

「び……!? そ、それもそうか……」

 

 

 女性の冒険者でLv.4以上の者は数えるほどしかいない。それも男がむしゃぶりつきたくなるような体つきとなればなおさらだとレインは話す。たまにいるナンパ野郎のような軽い調子ではなく、淡々とした言葉故に本気で言っていると分かり、リヴェリアだけではなくティオナ達も頬を染める。

 

 

「でも見た感じ情事に至った形跡もないし、強い女がいた可能性も確かにある。フィンはどう思う?」

「僕も同意見だよ。あとこの殺人とは関係ないけど一ついいかい?」

「なんだ?」

「女性がいる時に遺体とはいえ局部を見るのはどうなんだい……」

 

 

 ハシャーナの遺体の下半身にあった衣服を脱がせたレインに、フィンは疲れたように伏し目になった。女性陣も別の意味で顔を赤くしている。目を手で隠したままレフィーヤが吠える。

 

 

「なんで私達がいることを考えないんですかぁ!? この変態っ!」

「? 別に初めて見るわけじゃないだろ? なにガキみたいな反応してんだ」

「そうじゃなくて、デリカシーというものが――」

「フィン、どうやらハシャーナは犯人に狙われる『何か』を極秘で30階層まで取りに行っていたらしいぞ」

「話を聞けえぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 荷物を漁り血まみれの羊皮紙を取り出したレインはフィンに情報を告げる。無視(シカト)されたレフィーヤが爆発し、アイズに取り押さえられた。

 

 

 しばらくレインとフィン、リヴェリアが話し合い最終的にフィンの勘によってまだ犯人が『リヴィラの街』にいるだろうと判断し、街全体を封鎖することになった。

 

 

 リヴィラの住人達が慌ただしく動き出す中、アイズ達はそっと目を伏せ追悼の念を抱く。絶対に犯人を捕まえてやろうと顔を上げ、行動を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 外から既に()()の怪しい気配を感じ取りながら、レインも遺体に向かって軽く目をつむり部屋を出た。

 




 レインも資金稼ぎのために『深層』に潜っていました。

 なんというか「愛してる」とかの類の言葉って、自分と関係なくても恥ずかしくなりません?


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25話 犯人捜し

次は小話とかを書こうと思っています。シルさんの料理の腕前とかね。


よければ(高)評価、お気に入り登録お願いします。モチベーションが上がるので。


 場所は水晶広場。『リヴェラの街』の中心地であり、広場の中央には大きな白水晶と青水晶の柱が双子のように寄り添っており、見通しのいい開けた空間は街中でも最も広い。周囲に水晶や出店が並ぶこの広場で、冒険者一同は集結していた。

 

 

「集まるのが早かったね」

「呼びかけに応じねえ奴は、街の要注意人物一覧(ブラックリスト)に載せるとも脅したからな。この要所(まち)を今後も利用してえ奴等は、嫌々でも従うってもんよ」

「それに、一人でいるのは恐ろしい、か」

 

 

 ああ、とフィンのフィンのつぶやきに頷くボールス。そのやりとりをすぐ近くで見ていたレインが本気で驚いたように目を見開き、

 

 

「ボールス……お前にそんなことを考える知能があったんだな」

「どういう意味だてめぇっ!!」

「だってお前……いつも暴力でしか人を従わせることのできないガキ大将みたいな言動ばかりしてるじゃないか」

「黙りやがれ! くそっ、てめぇなんぞ殺人犯に殺されちまえ!」

「ボールス。周りの不安を煽るような発言は控えてくれ」

「うっ……すまねぇ、フィン」

 

 

 レインの馬鹿にするような言葉にボールスが声を荒げたが、自分達の視線の先で揺れ動いている人だかりのそれぞれの顔にあった不安と恐怖が大きくなったのを見つけたフィンにたしなめられる。

 

 

 既にボールスの口からLv.4のハシャーナが殺されたことは伝えられている。第一級冒険者に匹敵する殺人鬼が潜んでいることに対する不安を増長させるボールスの後先考えない行動に、フィンは微かに苛立ちを滲ませていた。

 

 

「全くだ! もうちょっと頭を使えよ、ボールスの脳筋」

「もうお前は黙っていてくれないか?」

 

 

 口の減らないレインをリヴェリアが双子水晶の後ろに連れていこうとするが、素早く動くレインを捕まえることは出来なかった。ボールスの額には青筋が広がりメロンのようになっている。

 

 

「さて、他に第一級冒険者がいれば楽だったが、相手も馬鹿じゃないか」

「最初から騒動を起こすつもりだったのだろう。Lv.を偽る、または変装……安易に疑われない対策の一つや二つは取っているだろうな」

 

 

 双子水晶の下で集まった冒険者達を見回すレインとリヴェリア。ざっと数えても、五百人に届いている。ちなみにボールスは怒りでどうにかなりそうだということで、フィンが水晶の後ろに連れて行ってしまった。つくづく貧乏くじを引く少年である。

 

 

「とりあえず男と女の冒険者を分けるとして……Lv.を確認させてもらえればよいのだがな」

「我が物顔で調査をすれば、都市中の【ファミリア】から反感を買ってしまいますしね」

 

 

 女性冒険者が一箇所に集められ、多くの男性冒険者に囲まれる様子を見ながらのリヴェリアの言葉に、レフィーヤが相槌を打つ。二人の言う通り【ステイタス】を確認するのが一番手っ取り早いが、情報秘匿の規律に違反してしまう。

 

 

「まずは無難に、身体検査や荷物検査といったところかな」

「よし、そういうことなら……」

 

 

 ボールスを連れて行って帰ってきたフィンが、犯人特定の助言をする。それに真面目な顔で頷いたレインは一つの小屋の前に立つと、顔を上げて女性冒険者達に叫んだ。

 

 

「女は一人ずつこの小屋に入れーっ! この中で体の隅々まで調べてやる! …………ここにいるフィンが!」

『キャアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?』

 

 

 レインのその大声を聞き、全ての女性冒険者が黄色い歓声を上げた。我先にと小屋の前に殺到し、中には直接フィンの前に並ぶ者もいる。ふざけんなーっ! もげろーっ! ちねーっ! とモテない男性冒険者から大顰蹙(だいひんしゅく)の声々が飛んだ。

 

 

『フィン、早く調べて!?』『お願い!』『体の隅々まで!』『なんならそのまま押し倒してもらっても!』

「…………」

 

 

 多くの少年趣味(おんな)に詰め寄られる、遠い目をした【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ。オラリオにおける女性冒険者人気の一、二を争う第一級冒険者だ。

 

 

「うーん、これは笑える。見ろよ、あのフィンの顔」

「てめぇ何言ってんだ……ッ!? 団長は私のものなんだぞ!」

「ちょっとぉ、ティオネー!?」

「離しなさいっ!? 団長が変態共に狙われてんのよ!?」

 

 

 フィンに殺到する女性陣とレインのふざけた発言にブチ切れるティオネ。暴走しようとする姉を必死に羽交い絞めするティオナは「鏡見なよー!」と叫び散らす。

 

 

『フィンが押し倒されたぞー!』

『いや、お持ち帰りされたー!』

『精力剤持ってる奴がいるー!』

「――うがァああああああああああああああ!!」

 

 

 怒り狂ったティオネが妹の拘束を振りほどき、街の広場は大混乱に陥った。下手すればこの時、フィンの子供ができていたかもしれない。そのくらい女たちの顔は真剣だった。

 

 

「見ろ、ティオネがまとめて四人吹っ飛ばしたぞ。恋する乙女(笑)の力は凄いな」

「どの口でぇ……!?」

「急いで、止めないと……」

 

 

 乱闘騒ぎを見てせせら笑う元凶(レイン)に、レフィーヤとアイズは頭を痛めた。リヴェリアとティオナが慌てて乱闘を止めようと介入する。

 

 

「……?」

 

 

 ふと、そこで。アイズの瞳が人込みの中から、犬人(シアンスロープ)の少女を捉える。その少女は病気かと見紛うほど顔を青白く染め、震え、怯え、後ずさりした後、集団の混乱を利用するように、素早く広間から逃げ出した。

 

 

 不審な行動を放置する選択肢のないアイズとレフィーヤは、急いで少女の後を追った。

 

 

 レインはそれに気付き――追わなかった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 その瞳は少女達の動向を追っていた。その人物は偶然、ただならぬ雰囲気の三人の少女を見つけ、こっそりと後をつけていた。薄闇に包まれる街壁の上に立つその人物は、ハシャーナを殺した者だった。

 

 

 眼下、視線の先では、巨大なカーゴが乱雑に置かれる倉庫の一角で、ヒューマン、エルフ、獣人の少女が向かい合って会話を交わしている。しばらく観察を続けていると、獣人の少女が動き、宝玉が現れた。

 

 

 睨みつけるように(まなじり)を吊り上げり、その宝玉――緑色の胎児を瞳の中心に収めた。一瞬、多くの者がひしめく街の中心部に目をやり、殺すのに手間取りそうだと思った金髪の少女を見下ろす。

 

 

 やがて、懐に伸ばされた手が草笛を取り出す。唇と草の間から生まれる高い笛の音。

 

 

「――出ろ」

「何が出るんだ?」

「決まっているだろう。食人花(ヴィオラス)だ」

「その草笛を吹けば誰でも呼べるのか?」

「でなければ道具の意味がない…………って、何者だ!?」

 

 

 ナチュラルにかけられた声につい応じてしまったが、すぐさま我に返り振り向いた瞬間目に入ったのは、霞むような速さで振りぬかれる黒い足。街の上空を渡るはずの笛の声は、途方もない衝撃音にかき消された。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「うわあっ!? こ、今度はなんなんだよお……!?」

「ぼ、冒険者……?」

 

 

 エルフと獣人の少女、レフィーヤとルルネが進む群晶街路(クラスターストリート)。街が襲われたり、自分の荷物が気色悪いものだったりと動揺しまくるルルネの目の前の結晶に、上から降ってきた手足の先から胸元まで漆黒の鎧に包まれている男性冒険者が叩きつけられた。

 

 

 レフィーヤが咄嗟に駆け寄ろうとするが、上空からレインが現れ彼女の前に立ちふさがる。

 

 

「レインさん、どいてください。あの男の人を治療しないと……」

「必要ない。そうだろ、ハシャーナを殺した女」

「え?……ひっ」

 

 

 レインの言葉に耳を疑う。水晶にめり込んでいる身体を引き抜いている目の前の人物はどう見ても男だ。いや……顔に巻かれている包帯の隙間から、不気味に歪んだ男の顔が見えている。水晶に叩きつけられた際の衝撃で仮面(マスク)――被っていた顔の皮がずれたのだろう。

 

 

「貴様……いつから気が付いていた?」

「この街に来た時からだ。まるでモンスターと人間が混じったような気配がすれば、警戒するのは当然だろう」

「チッ……無駄に勘の鋭い奴め」

 

 

 目の前の人物から本当に女の声がしたことにも驚いたが、レフィーヤはレインが最初から殺人鬼の正体に気が付いていたことが信じられなかった。

 

 

「どうして広場にいる時に教えてくれなかったんですか!? あの時は団長やリヴェリア様もいたのに!」

「アホか。こいつは最低でも第一級冒険者の実力を持ってるんだぞ。周りの弱い奴を人質に取られでもすれば面倒だろうが」

「それは、そうですけど……。私だけにでもこっそり教えておいてくれてもいいじゃないですか……」

 

 

 後半の言葉は近くにいたルルネにのみ聞きとられた。殺人鬼の女はレインにのみ目を向けたまま鎧と肉の仮面(マスク)を強引に剥がし、兜、膝当て、籠手のみを残した軽装の状態で、腰に佩いている長剣を抜き放った。

 

 

「大分予定が狂ったが……いい加減、宝玉(たね)を渡してもらう」

「人殺しにくれてやるものなどない。負け犬のように尻尾をまいて手ぶらで帰れ」

 

 

 女がセリフと共に一気に襲い掛かり、レインの剣と衝突した。




 レインが感じていた気配。犯人の女の気配と宝玉の胎児の気配です。


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小話 孤児を守る冒険者達

 ネタ回です。シルさん(の料理)が酷く書かれていたり、キャラ崩壊があったりします(これは今更か……)。別に見なくても本編に影響はありません。


 レインが酒場でシルさんの料理を毒と言っていた理由が明らかに。


 評価とお気に入り登録をしてくださった方、ありがとうございます!これからも頑張ります!


【フレイヤ・ファミリア】所属の世界最強のLv.9、レイン(公式Lv.は6)。彼はLv.9になってから自分が万全の状態であればかすり傷すら滅多に負うことはなかった。

 

 

 これは、そんなレインが死にかけた話である。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

【フレイヤ・ファミリア】の幹部のみが入室を許された円卓の間。そこに団長オッタルをはじめとした幹部たちと新幹部であるレインが巨大な円卓に集まっていた。

 

 

「オッタル、話ってのはなんだ」

 

 

 アレンが鋭い眼差しをオッタルに向ける。いつもなら他の幹部たちによるオッタルへの意見……という名の悪口が始まるのだが、今回は様子が違った。

 

 

「招集をかけたのは他でもない……シル様の試食会のことだ」

 

 

 面々を見渡したオッタルが、重々しく口を開く。彼は端的に今日の主題を説明した。シルが、何度目かも知れない『お食事会』を開くことを。

 

 

『……本当か、それは?』

 

 

 アレンを含めた団員達は静まり返り、割と本気(ガチ)深刻(シリアス)な表情を帯びた。昔、フレイヤが『発作』を迎えた時に並ぶほどの深刻さだ。彼等は額に例外なく汗を滲ませている。

 

 

「前回気持ちだけで結構ですと伝えたのに……」

「なぜ今になって……ヘルンの奴が毒味――味見をしているだろう」

「つべこべ言っても仕方がない。今回も逃げることは不可能……ならばどうやって耐えきるか」

万能薬(エリクサー)はどうやって持ち込む? そろそろミックスジュースに混ぜるのも限界だぞ。破壊力も上がってきている」

「「「それな」」」

 

 

 とても料理を食べる話とは思えない内容を繰り広げるガリバー兄弟。なんだ毒味って。なんだ破壊力って。そもそも万能薬(エリクサー)は料理のお供に飲む物ではない。

 

 

「オッタル。そのシルとやらの料理はそんなにヤバいのか?」

「…………見れば、分かる」

 

 

 巌のような表情のまま頭部の両耳がへたり込んでいるオッタルを見て、レインからいつも浮かべている笑みが消え去った。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 後日。再び円卓の間に集まった彼等の前には、顔を青くしているヒューマンの女性団員によって運び込まれた銀色の鍋があった。信じがたいことにその鍋は加工超硬金属(ディル・アダマンタイト)で出来ていた

 

 

 団員と一緒に来た薄鈍色の髪が結わえられた少女――シルが笑顔で鍋の蓋を開ける。すると鍋からなぜか光が溢れた。この中で最も本を読むヘディンは、よりにもよってシルの料理で美味な料理特有の表現を見ることになるなんて……と目を覆う。

 

 

 レインが鍋を覗き込む。鍋の中身は薄く輝く虹色の液体だった。小瓶に入っていれば万能薬(エリクサー)と間違えてしまうほど無駄に綺麗な虹色だ。

 

 

「……確かにすごいな。まさか料理に五〇万ヴァリスもする薬品を使うとか想像もできん」

「ふふふ。すごいでしょう? なんとこのシチュー、万能薬(エリクサー)なんて一滴も使ってないのにこんなに綺麗な虹色なんですよ!」

 

 

 むしろ使っていろよ、というかこれシチューなのか? とレインは心の中で絶叫する。口にしないのは事前にオッタルから「改善点があっても口にするな。口にすれば予想の斜め上に改造……改良された物を食すことになる」と止められているからだ。

 

 

 その言葉を聞いたヘグニが「気のせいか……死神の鎌が振りかぶられる気配がしたぞ……ク、クク……」「それが遺言になってもいいのか、ヘグニ」と隣のヘディンとシャレにならないことを話している。しかし、二人を咎める者は誰もいなかった。

 

 

「どうぞ、召し上がれ。皆さんに対する感謝を込めて作ったのでたくさんありますよ」

 

 

 幹部達に加えて、毒味役のヘルンの前に虹色のシチュー? が入った食器が置かれる。当然食器も加工超硬金属(ディル・アダマンタイト)だ。アレンは心の中で、「込めているのは感謝ではなく殺意ですか……」と敬意を払わなければならない少女に毒を吐いた。

 

 

 それぞれ無表情でスプーンを手に取り、具を掬い取る。……ドクロのような模様の浮いたジャガイモや、どう見ても魚の類ではない眼球が掬い取れた。レインは何事もなかったようにシチューの中に沈める。

 

 

(おい毒味役……シルって女が料理しているところは見たのか?)

(見ていません……シル様は「レシピは知られたくないの!」と言って食材すら教えてくれませんから)

(なんだその無駄なプライドは。本当に普通の食材使ってい……ねえだろ、なんだこの目玉!?)

(……巨黒魚(ドドバス)の目ではないでしょうか?)

(違うだろ。百歩譲ってそうだとしても、オッタルの方を見てみろ。なんで虹色の液体の中から紫色のキノコが出てくるんだ!)

(……そんな奇怪な現象を料理で引き起こすのがシル様です。もはやこれは神の御業ですね……)

 

 

 隣同士のレインとヘルンの小声の会話は続く。

 

 

(なんであの女に味見をさせないんだ!)

(愚問ですね。我々ですら死にかける劇物(りょうり)が一般人であるシル様に耐えきれると思いますか?)

(思えんな! そうだ、別に残せばいいだろ。既に満腹と言えば――)

(残せばシル様は孤児院に残りを持っていきます。誰だって悲劇なんて見たくないでしょう)

(シルがいなくなったら庭にでも捨てるのはどうだ?)

(シル様は感想をもらうまで帰ろうとしません)

 

 

 この時ほど極東のことわざ、「ありがためいわく」を体現している状況はない。誰も逃げようとしないのは、シルの料理で子供の命を危険にさらさせないためなのだろう。見知らぬ子供を守るくらいの優しさは、彼等にもあるのだ。

 

 

 背中に刻まれている耐異常:Aを信じることにしたレインも覚悟を決め、青いジャガイモを掬い取る。謎の目玉より遥かにマシだと、口の中に放り込み咀嚼(そしゃく)した。

 

 

 

 

 

 

 

 …………耐異常はアルコールなどには作動してくれない。誰が見ても料理ではないと思っても、料理にカテゴライズされていれば耐異常は意味がないのだ。

 

 

 レインは亡くなった恋人がにこやかに手を振る走馬灯を見た。それでもオラリオで孤児が料理によって大惨事になる事件が起きなかったのは、とある第一級冒険者達のおかげだろう。

 

 

 これは迷宮都市に兎のような少年が来る前、結果的に少年のお腹を守ることになる冒険者達のお話。




 シルの料理……万能薬(エリクサー)とLv.4並の頑丈さがなければ耐えられないレベル。


 加工超硬金属(ディル・アダマンタイト)で鍋や食器が作られているのは、市販品だと溶けてしまうからです。それを見てもシルさんは自分の料理の腕前が壊滅的とは考えない。

 ベル君がモンスターに丸呑みにされた時耐えられたのはLv.4の頑丈さがあったからと書かれていたのを見て、この話を書こうと思いました。

 味見役のヘルンさん……気の毒に。


PCと目の調子が悪いので、少し更新が止まるかもしれません。


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26話 ふてぶてしい男

 執筆終了間際にいきなりPCが再起動し始める恐怖よ……。今回ほど自動保存機能に感謝したことはなかった。


 それぞれに第○○話ってつけましたがどうでしょう?


 この作品が気に入れば、お気に入り登録、評価お願いします。


「クソッ、よりによってLv.7か!」

「そのセリフでお前の目が節穴ということがよく分かるな。残念ながら俺はLv.6だ。相手の力量を見極める力をもっと鍛えろ。もしかしてそのスタイルを磨くために疎かにしてしまったのか? ならダンジョンではなく娼館にでもいた方がいいぞ」

「――殺す」

 

 

 血のように赤い髪と緑色の瞳を持つ女はレインと激しく剣と剣を打ち鳴らしながら忌々しそうに吐き捨てたが、Lv.6相当の【ステイタス】しか使っていないレインは敏感に反応して煽る。互いの姿が霞むほどの速さで、決して広くない道で何度も立ち位置を入れ替えながら命だけではなく言葉のやり取りをする二人には、明確な格差があった。

 

 

 レインは無傷だが女の全身は細やかな傷でいっぱいだった。いつもならばこの程度の傷は瞬きする間に治るはずが、今も不敵な笑みを消さない男の持つ剣でつけられた傷は、治るのが()()()()()。これだけでも腹立たしいが、他にも苛立ちを助長させることがある。

 

 

 女は剣だけでなく拳と蹴りも使っている。頭部を粉砕してやろうと凄絶な威力をはらむ拳撃が黒い残像を生み、体を両断してやろうと足刀が弧を描く。その全てをレインは体さばきだけでやり過ごす。

 

 

 ならばと食人花(ヴィオラス)に死角から襲わせても見向きもせず斬り捨てられ、道の隅に避難しているレフィーヤとルルネに向かわせれば、女が辛うじて視認できる速さで消え失せ、向かわせた食人花(ヴィオラス)が一瞬で灰に変えられる。

 

 

 出せる限りの力と速度をもってしても、レインの服にすらかすりもしない。しかもその表情には全く緊張感がないのである。まだまだ全然余裕なのだと、女は嫌でも思い知り怒りで奥歯を砕くほど歯を食いしばった。

 

 

 頭の冷静な部分でメリットとデメリットを計算し、奥の手を使ってでも目の前の男は殺すべきだと女が判断した時、レインの背後――街の倉庫がある場所から風の咆哮が巻き起こった。レフィーヤ達を逃がすために食人花の相手をしていたアイズが、引き付けるための逃走から殲滅に移り、魔法を使用したのだ。

 

 

「今の風……そうか、あの女が『アリア』――」

『――ァァァァァアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 

 急に動きを止めた女がアイズのいる方向を見ながら呟いたかと思えば、レフィーヤの抱えていた宝玉――(おんな)の胎児が突如叫喚を上げる。鼓膜が破れると感じるほど甲高い叫び声にレフィーヤが宝玉を取り落とした瞬間、

 

 

『アァァァァッ!!』

 

 

 胎児は緑色の膜を突き破り、自身の総身の何倍以上もの飛距離を礫のように飛び、アイズのいる所へ飛んでいった。すぐにそちらへ向かおうとしたレインだが、女がレフィーヤ達を狙ったため断念する。

 

 

 数合女と剣を交えていると――

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオッ!?』

 

 

 唾液まみれの汚い悲鳴と共におぞましい超大型級のモンスター、極彩色の女体を象った上半身と蛸のような下半身を持つ、まるで半人半蛸(スキュラ)のような怪物が現れた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「お前らは水晶広場に行ってフィン達と合流しろ、こいつは俺が始末する」

「こんな狭い場所じゃ無理ですよ! それにあのモンスター、アイズさんが魔法を使ってようやく倒せたくらい強いんです!」

「アイズにできたことがこの天才(オレ)にできないわけないだろっ。なめてんのか!」

「あのモンスターがたくさん魔石を食べてるのが見えないんですかぁ!? しかも階層主の魔石まで食べていたでしょうがっ。舐めているのはどっちですか!」

 

 

 もりもりと魔石を食べる女体型を前にレフィーヤとレインの口論は続く。

 

 

 あの女体型が現れたところで赤髪の女は盛大な舌打ちを放ちこの場から離脱した。女体型のモンスターは最初魔法を使っているアイズを追いかけていたが、彼女が魔法を解除したため足下にあるカーゴに詰められている中身――魔石を食べ始めた。大中小様々な大きさの魔石の中には、階層主のものと思わしき巨大な魔石もあった。

 

 

 魔石換金所を経営し魔石を管理するためにこの倉庫を使っていた眼帯の大男が血涙を流す勢いで泣き喚きそうな光景だが、レフィーヤ達にとってはどうでもいい。彼女等にとって重要なのは、どうやってこの男を説得するかだ。

 

 

 アイズは口下手、ルルネは早く逃げたいのに誰も逃げようとしないためひたすらビビるだけで口論に参加できなかった。

 

 

「ぐちぐち言ってないでサッサと行け。理由は分からんがあの赤髪の女はアイズに興味を示していた。もしかしたら狙われるかもしれん」

「それならレインさんも一緒にいたほうがより安全じゃ――」

「レフィーヤ、お前は()()()()()()()?」

「――――――」

 

 

 笑みを消したレインの言葉にレフィーヤは頭を殴られたような衝撃を受けた。そうだ、あの時誓ったではないか。大切な人を守れるように、助けられるように、側にいることを許してもらえる程に強くなると。何もできない

悔しさを決して忘れないと!

 

 

 誓いを忘れただ楽な方へ逃げようとしていた自分への戒めとして、赤く腫れるほどの強さで頬を叩く。レフィーヤの突然の奇行にアイズとルルネがギョッとしたが、レインは他者の心を暖かくするような、今まで見たことのない笑みを浮かべた。思わずレフィーヤはその笑顔に見惚れた。

 

 

 一瞬でいつもの夢にでてきそうなふてぶてしい笑みになったが。

 

 

「まっ、俺より弱いとはいえ第一級冒険者が五人いるんだ。お前が何もしなくても返り討ちにできるだろうよ」

「~~~ッ! 相変わらず一言多い人ですね! アイズさん、ルルネさん、団長の所まで急ぎましょう!」

「お、おう……」

「レフィーヤ、こわい……」

 

 

 顔を真っ赤にして指示をだすレフィーヤに、ヒューマンと獣人の少女は「そんなにレインの言葉がムカついたのか……」と若干ビビりながら従う。果たしてレフィーヤの顔が赤かったのは本当に怒りが原因だったのか……それは本人にも分からない。

 

 

 水晶の道から三人の少女の姿が見えなくなったところでようやく女体型は魔石を食い尽くしたのか体を起こした。口以外の部位(パーツ)はなかったはずの無貌の顔には、瞼がないのか不自然に大きな目玉がギョロついており気色悪い。

 

 

 任せてもらったはいいが……生理的に嫌すぎて近づきたくない。それに――

 

 

「三ヶ月くらい前に倒した()()()()()()()()()よりは弱そう……面倒だし使うか」

 

 

 右手に持っている剣に精神力(マインド)を注ぎ込む。鮮烈な青い光はより輝きを増し、魔法陣が剣を囲むように展開されていく。女体型は剣から(ほとばし)る魔力に引き寄せられたようにこちらを向いたがもう遅い。この攻撃は知性のないモンスターには回避不可能だ。

 

 

「滅多にやらない奥の手だ、しっかり味わいな!」 

 

 

 勢いよく長剣を振り下ろす。一瞬、空間そのものが剣筋そのものが剣筋によってズレたように見え――その刹那、数十M(メドル)離れた場所で女体型のモンスターはその巨体ごと魔石を真っ二つに両断され灰になった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「よりにもよって取り逃がすか? 第一級冒険者が五人もいて? 俺がボコボコにしておいたのに?」

「ティオナ離しなさいっ。こいつは今ここでぶっ殺す! ここなら証拠も残らない!」

「ウザいけど殺しはダメー! それにティオネじゃレインには勝てないよー!」

 

 

『リヴェラの街』で勃発した事件から既に六日。あの騒ぎの後、レインとアイズ達【ロキ・ファミリア】パーティは地上に戻った。事件の後始末もあるが、赤髪の女との戦いで消耗してしまった物資の補給もしなければならなかったからである。

 

 

 やることを済ませた後、再び18階層に赴くと、既に再興され始めている『リヴェラの街』の姿があった。住人のなかでもボールスは再興に最も力を注いでおり、時折涙を流しながらとある倉庫のあった場所を眺めていた。彼が涙を流す原因になった金髪と黒髪の剣士は知らん顔をしていた。というかレインは「おっさんが泣いてもキモいだけなんだよっ」と血も涙もなかった。

 

 

 でもって現在、『深層域』37階層で一緒に資金稼ぎをしているのだが、フィンとリヴェリアが事件の話をするたびレインがポソッと赤髪の女を取り逃がしたことを責めてくるのだ。ちなみに最初に取り逃がしたことをフィンがレインに伝えた時、レインは【ロキ・ファミリア】を虫けらを見るような目で笑い、いつも冷静なフィンに青筋を浮かばせた。

 

 

 調教師(テイマー)でもあったあの女が逃げ出す決め手はレフィーヤの魔法だったらしい。Lv.を超えた魔法をレフィーヤがぶっ放し、それを諸に喰らった女はその勢いのまま湖に逃げ込んだ。リヴェリアも吃驚する威力だったそうだ。

 

 

 ティオネを抑えるティオナの会話が隣で交わされる中、アイズは内面に意識を落とす。レインの言葉にティオネは怒っているが、アイズはその言葉を事実だと受け止める。レインは一人であの赤髪の調教師(テイマー)をレフィーヤとルルネを庇いながら圧倒し、自分は仲間の手を借りて辛勝だ。虫けらを見るような目をされても仕方な――しかた…………やっぱムカつく。心の中の幼いアイズがレインの似顔絵の描かれた紙をサンドバッグに貼り付け、ボカスカと殴っている。

 

 

 今も余裕の表情でモンスターの群れを屠っているレインを見て決意する。自分も壁を乗り越えるために冒険をすることを。

 

 

 この男と同じ単独階層主討伐を。

 

 

 アイズの願いにより、アイズとリヴェリアがここに残ることになるまであと少し。

 

 

 

 

 

 

 

 アイズは一度もレインに憎悪を抱かないことに気付けなかった。




 レインがウダイオス討伐に行った理由。異変があるから調査し、可能ならそれを始末しろとギルド……というかウラノスに頼まれた。そしたら女体型がいた。


 アイズがレインを睨みつけたりしなくなった理由は別の話で……(もし書けなければあとがきにのせるかもしれない)。 


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小話2

 お気に入り登録者が1000人を突破しました! 登録してくれた方、評価をしてくれた方、読んでくれた方に感謝を!


 日間ランキングでも11位になることが出来ました。本当に嬉しかったです。


 今回はネタ回です。2つあるので楽しんでいただけると嬉しいです。


・『深層から帰る時の話』

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「綺麗どころが減ってしまった……」

「ねぇ、今どこを見て言った? レインの綺麗どころの基準ってどこなの?」

 

 

 アイズとリヴェリアを『深層』に残し、地上へ帰還途中の資金稼ぎメンバーの一人、レインがちらりとティオナの身体のとある部位……残念な胸部を見て呟く。目から光を消したティオナが詰め寄ってきたが片手で押しとどめ、似たようにティオネに詰め寄られているフィンに話しかける。

 

 

「本当にアイズを残してよかったのか? あいつ、階層主(ウダイオス)に挑むつもりだぞ。それも一人で」

「僕もアイズが『ウダイオス』に挑むつもりだろうと予想してたよ。予想した上で許可を出した」

 

 

 階層主の次産間隔(インターバル)を調べていたフィンは、赤髪の女と戦ってからアイズが考え込んでいるのを知っていた。故に何をしようとしているのかも予想できる。【ロキ・ファミリア】でアイズとの付き合いが最も長い小人族(パルゥム)王族妖精(ハイエルフ)は見知らぬところでやらかされるより、自分達が手助けできる場所で爆発させることを選んだ。特に後者は過保護(親バカ)なのでアイズに甘い。

 

 

「アイズが死にそうになればリヴェリアが助けるはずだよ。だから何の問題もない」

「ふーん。アイズの性格からして素直に助けられようとしないと思うがな……」

「それに君にできることならあの子もできるさ」

 

 

 しれっと親バカ発言をするフィン。言外に「君よりアイズの方が強い」と告げられたレインは額に青筋を浮かべた。近い内にフィンの手足を縛ってティオネと娼館にぶち込んでやろうかと半ば本気で検討する。

 

 

 ふと、フィンが周りに目を向け始めた。同時に耳も澄ませている。モンスターが接近してくる気配はないが一応覇気(エクシード)で探ってみても、自分達以外の気配はない。

 

 

「急にキョロキョロしだしてどうした?」

「ああ、実はギルドの掲示板で面白そうな依頼を見つけてね」

「団長、あの面倒な依頼をやるつもりだったんですか……」

「依頼は受けてないから問題ないよ」

 

 

 詳しく聞くと、「迷宮に響く歌と悪魔の呼び声」という依頼があったようだ。どちらも聞こえてきたのは今いる『下層域』。歌は思わず聞き惚れてしまうほど美しい声だが、悪魔の呼び声は聞くだけで吐き気と目眩が止まらなくなるとてつもなく不快な声。依頼主は声の主が気になって夜も眠れないらしい……ふむ、なるほど。

 

 

「その歌声の主は俺だ、悪魔の呼び声とやらは知らんが。下層、特に27階層は声が響くからよく歌ってる」

「理不尽かもしれないが言わせてくれ。僕の浪漫(ろまん)を返せ」

「だから言ったじゃないですか……(子供っぽい団長、可愛すぎる……!!)」

 

 

 好奇心を刺激していた依頼の答えが目の前の男と言われ、真顔になったフィン。ティオネはフィンを諫めているが緩みきった顔を隠せていない。

 

 

「ダンジョンで歌うという自殺行為に色々言いたいけれど……本当に君が歌声の主なのかい?」

「当然! 俺には戦いの才も商才も歌の才能だってある! むしろ何がないのか知りたいね」

「へぇ……じゃあちょっと歌を聞かせてほしいな」

 

 

 依頼には夜も眠れなくなるほど美しい歌声と記載されていた。是非とも聞いてみたいとフィンが頼むとレインはあっさりと承諾。不機嫌なティオナや彼女の相手をしていたレフィーヤともう一人のサポーターも聞く体勢に入る。

 

 

 レインは一度咳ばらいをし――歌いだした。

 

 

 

 

 

 

 

 ~数分後~

 

 

「……うん……よく分かったよ。レインが、依頼の対象だってことが……」

「団長、顔が真っ青ですよ……うっ」

 

 

 安全階層(セーフティポイント)に顔を青くして力なく座り込むフィンとティオネ。ティオネの方は偶に口に手を当てている。まるで吐き気を堪えるように。

 

 

「れ、レフィーヤ、ウプッ、しっかりして!」

「ティオナさん……あっちに綺麗な川が見えるんです。連れて行ってくれませんか……」

「レフィーヤあぁぁあぁ!?」

 

 

 同じく顔を青くしているティオナが、虚ろな笑みを浮かべて横たわるレフィーヤに割と必死に呼びかける。耳がいいエルフだからこそ、このパーティでは最もダメージを受けた。リヴェリアがここにいれば大惨事になっていたことだろう。

 

 

 レインの歌はまるで超音波だった。歌人鳥(セイレーン)の怪音波の方がマシだと思えるほどひどい歌声だった。男女の恋愛模様について歌っていたようだが、まっっったく内容が頭に入ってこなかった。

 

 

 この後、レイン以外のメンバーは絶不調で地上に戻ることになる。『リヴェラの街』に一泊する際、フィンとティオネを一緒の部屋にしてみたが、「アーッ!?」などが起きる雰囲気は欠片もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

・『シルのお料理。その後』

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 毎度おなじみ【フレイヤ・ファミリア】の円卓の間。試食会が終わって五日たった今でもここにいる【フレイヤ・ファミリア】幹部達の顔色は悪い。ヘディンはしきりに腹部をさすっている。ヘルンの顔色は土気色だ。

 

 

「……オッタル。今回の料理はいい方なのか? それとも悪い方か? お前の顔を見たら悪いとしか思えないんだが」

 

 

 顔からにじみ出てくる変な汗をタオルで拭きながらレインが尋ねる。オッタルは巌のような表情だが、試食会の後からずっと白目のままだ。治療師(ヒーラー)には神経がおかしくなっており、あと数日はこのままだと判断された。

 

 

「……どうだろうな。前回の青紫のスープは我等が食べる直前に食材が丸ごと投入され、目の前で音を立てて溶けていった。しかし今回は食材は溶けていない。丸ごとでもなかった」

「もう調理方法云々(うんぬん)よりあの女の頭の中がどうなっているのかが気になるな」

 

 

 食材が溶けていくのを見たはずなのに、それを食べさせるとか狂ってるのか? 逆らいもせず食すこいつらもどうかと思うが……よく生きていたな。

 

 

「というか、入っている具材もおかしいだろう! なんでジャガイモが赤かったり青かったり、ドクロの模様が浮かんでいたりするんだ! 最初からそうだとしても狂気を感じるが、鍋にぶち込んだあとあの状態になったとしたらより恐ろしいぞ!」

「どうなんでしょうね……。知りたくもありますが、知りたくもありませ……ん……ね……」

「おい勝手に逝くな。てめぇには生きていてもらわねぇと困る」

 

 

 息がだんだん細くなっていき、ゆっくりと目と人生の幕を閉じようとしたヘルンの口に、アレンが万能薬(エリクサー)をねじ込む。ヘルンは可哀想だが誰も毒味役になりたくないので、彼女には生きていてもらわないと本気(ガチ)で困る。

 

 

「そもそもシル様はレシピなどを見ているのか?」

「それだ! オリジナルの料理の前に、普通の料理を習得させれば――」

「……最初の頃、レシピを見て作ってもらいましたが……九割が炭、残りは有害なナニカでした。そのせいでシル様はレシピを信用しなくなり、色々逸した料理を作り始めたのです……」

「何様だあの女」

 

 

 ヘディンの意見は名案に思えたが、ヘルンに告げられた絶望的な情報によって無意味になった。自分の料理の腕に問題があるとは露ほども思わないシルに、レインが真顔で吐き捨てる。 

 

 

「とにかくっ。あの女に自分の料理の腕が壊滅的だと自覚させるか、せめて腹痛がする程度まで料理の腕を向上させるぞ! この調子だと『好きな人のハートを溶かします♡』とか言って、毒味の俺達の心臓(ハート)が溶かされかねない、冗談抜きで!」

 

 

 レインの叫びに誰も異議を申し立てなかった。レインの言ったことは【フレイヤ・ファミリア】の幹部がずっと考えていたことである。

 

 

 間違いなくシルは好きな人ができたとしたら、自分達に味見をさせる。自分では決して味見をしない。




 外伝3巻の内容を書こうかと思いましたが、レインがいると赤髪の女を瞬殺してしまい、ベートやレフィーヤが成長しそうにないのでレインは24階層に行きません。行かない理由としてはそうですね……優男の神の【ファミリア】が嫌いだからとかですかね?


 でもどうにかして59階層には行かせようと思います。


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27話 秘密の訓練

 あらかじめ言っておきます。レインはやると言ったらやる男です。容赦なんてありません。


 あと、難産です。しばらく難産が続きそうでキツイ。


『八日後に【ロキ・ファミリア】が59階層に向かう。それに同行しつつ彼等の手助け、及びそこで見たものを報告せよ。ロキにはこちらから話をつけておく』

 

 

 日付が変わったとはいえまだ空が真っ暗な時刻。迷宮都市を取り囲む巨大な市壁の上で鍛錬していたレインは、とある人物の使い魔であるフクロウから受け取った手紙を読んでいた。手紙を運んだフクロウは図々しくもレインの頭の上で肉を食っている。肉はレインの携帯食料だ。

 

 

(【ロキ・ファミリア】が対立している派閥に所属する俺の同行を許可するなんて、普通ならあり得ない。しかし、今回は許可を出す確信があるからこうして手紙を寄越したんだろう……。それほど危険なものが59階層にはあるのか?)

 

 

 頭部を食べかすで汚したフクロウを両手で掴み、ぺいっと市壁の上から放り落としながら今回の手紙について考えるが、情報が足りないのでそこで思考を切り上げる。今レインにとって重要なのは――

 

 

「アイズ、俺はお前のことを天然なだけで馬鹿ではないと思っていた。でも今ハッキリ分かった。お前は馬鹿だ」

「……私、馬鹿じゃないもん……」

 

 

 レインの目の前で涙目で正座しながら小声で反論するアイズ。ちっぽけな勇気を振り絞って言い返した彼女の側には目を回している白髪の少年が転がっている。

 

 

「壁から落ちる方向に向かって力いっぱいLv.1を蹴り飛ばす奴を『馬鹿』以外になんて呼べばいいんだよっ。この馬鹿たれが!」

「キャンッ!?」

 

 

 知り合いの少年を地面のシミにしかけた金色の天然少女の頭を、レインはアイズの剣の鞘(横向き)でぶっ叩いた。ちなみに二回目である。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 ベルはかつてないほど汗を垂れ流していた。憧憬(あこがれ)である少女が天然であると分かったこともそうだが、目を覚ましたらその少女が涙目で正座をさせられ説教を受けていたのだ。

 

 

 色々あってアイズに稽古をつけてもらえることになったベルがエルフの少女に追いかけまわされた後で市壁の上に訪れると、そこには待ち合わせの相手であるアイズと、『豊饒の女主人』で会ったきり顔も見なかったレインがいた。

 

 

 最初はアイズとレインが逢引きしているのかと思って血の気が引いたが、レインは基本的にここで鍛錬をしているようで、そこにアイズとベルが来ただけだと教えられた。本拠地(ホーム)でやらないのはよく団員に絡まれるためらしい。

 

 

 このことは内緒にしてほしいと頼んでから訓練を始めたのだが、数分もしないうちにアイズがベルの胸を回し蹴りで撃ち抜き、意識をあっさりと刈り取った。しかも壁から落下しかけるほどの力で蹴り飛ばされたらしく、レインがいなければベルは汚い花火に、アイズは殺人罪になって【ガネーシャ・ファミリア】のお世話になっていたとのこと。

 

 

 レインは二人の訓練に口出しするつもりはなかったが、この調子だとアイズがうっかりでベルに重傷を負わせてしまいそうなので手を貸すことに。片思いの相手に殺される……笑い事ではない。

 

 

「アイズ。お前がベルを気絶させるたびに尻をぶっ叩く。三回目からはスカートとスパッツをまくって尻をぶっ叩くからな」

「えっ!? そ、それはやりすぎなのでは……」

「ならお前が気絶しなければいいだけだ」

 

 

 アイズのお尻が見れる……!? と(よこしま)な考えが頭を横切ったが自分が気絶してたら意味がないと気付き、想い人の好感度を上げるためにベルは庇ったが、レインの鋭い眼光でねじ伏せられる。そもそもこれはベルへの脅しだ。アイズは尻を見られることに抵抗はない。叩かれるのは嫌かもしれないが……。

 

 

「五回気絶させればその日はジャガ丸くん抜きだ」

「!?」

「異論は認めん。さっさと訓練を始めろ」

 

 

 アイズにとって座学と同じくらい苦痛な罰が課せられた。横暴だー! と心の中で幼いアイズが「反対!」と書かれた看板を振り回している。それとなく二人で不満の視線を向けていたが、

 

 

「これでぶっ叩くほうがいいか?」

 

 

 レインが振り下ろした長剣(鞘入り)が壁の一部を砕いたのを見て、ベルとアイズは素直に従った。

 

 

 

 

 

 

 

「アイズさん……何回も気絶してしまってすみません……」

「いや……、私の力加減が下手糞なだけだから……君は悪くない」

「……レインさんって……優しいのか怖いのか分かりにくい人ですね……」

「……そうだね」

 

 

 この日、ベルは19回気絶させられた情けなさで、アイズは尻の痛みとジャガ丸くん一日なしになったせいで惨いほど真っ白になっていた。アイズはコッソリ食べようと考えていたのだが、

 

 

「あ、俺に内緒で食べたとしても分かるから。もし食ったらリヴェリアに、お前が昨日ジャガ丸くんを食べまくったことを教えるからな」

 

 

 幼稚な作戦はすぐに見破られる。実はレイン、相手の目を見れば嘘が分かる。ジャガ丸くんを食べたかどうか訊けば、すぐに分かるのだ。

 

 

 ちなみに約三時間不屈の意思を空回りさせていたエルフは、アイズと似たような状態になっていた誰とも知れないヒューマンに嫉妬した。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

『鍛錬』二日目。

 

 

 リヴェリアの指摘に屈したくない負けん気と、白兎をモフりたい欲求が抑えきれず、アイズは今日もジャガ丸くんを食べられない。尻は回復薬(ポーション)を使わないといけないくらい叩かれた。スナップが利いていて本当に痛いのだ。

 

 

 心の中で幼いアイズと白兎が黒い犬に飛び掛かったが、尻尾で返り討ちにあった。もはやトラウマになりかけている。

 

 

 

 

 

 

 

『鍛錬』三日目。

 

 

 ベルが気絶しにくくなった。そろそろジャガ丸くんが食べられると思い嬉しくなったせいで力が入り、気絶させてしまう。馬鹿を見るような目で叩かれた。

 

 

 こんなに叩かれたらやる気をなくす、と自分がベルをしばきまくっていることを棚に上げてアイズは文句を言ったが、

 

 

「この世界には殴られて喜ぶ奴もいる。……というかこれくらいで文句言うな」

 

 

 容赦なく頭を長剣(鞘入り・縦)で叩かれてまともに取り合ってもらえなかった。Lv.6になって耐久も上がっているのに、頭が割れるんじゃないかと思うくらい痛かった。 

 

 

 

 

 

 

 

『鍛錬』四日目。

 

 

 ベルが五回気絶しなかった。少年が目に見える早さで成長していることに内心喜んでいると、明日一日中稽古をつけてほしいと頼まれた。ベルの技術向上にはまとまった時間がほしいと考えていたので、すぐに承諾した。

 

 

 ……お尻を叩かれるのが気持ちよくなってきたのは秘密である。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「レインさん、それは何ですか?」

 

 

『鍛錬』五日目。

 

 

 ベルがアイズに決死の想いで一日中訓練をしたいと交渉したこの日、アイズが指導力不足(ポンコツ)だったせいで訓練に加わったレインが持ってきたのは、白い布で包まれた長柄の物体。ベルの問いに答えるように布をはがせば、素人のベルの目でも業物とわかる真紅の薙刀が姿を現した。

 

 

「今日は俺が相手をする。敵の獲物が変わっても対応できないと意味がないだろう」

「なるほど……。その、失礼な事を尋ねますが……」

「安心しろ。俺はアイズと違って手加減ができる。気合を入れれば気絶しない力加減でボコボコにしてやるから」

 

 

 ちっとも安心できない言葉と一緒に横っ面に衝撃を受け、ベルは気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 中天に太陽がさしかかる頃、ベルはアイズの柔らかな腿の上で寝かされていた。レインはアイズよりずっとうまく手加減をしているというのに、昨日のしぶとさは何だったんだと思うくらい気絶する。

 

 

 ベルが意識を失うとアイズは膝枕をする。最初はレインと手合わせをしようかと考えていたのだが、自分が強くなりたいがためにアイズを全く疑っていない少年を冷たい石畳の上に転がしておくのは心苦しい。後はそう、心地良いのだ。それにレインはアイズと戦おうとしてくれない。

 

 

「……ほあぁ!?」

 

 

 しばらくするとベルが奇声を上げて起き上がった。小休止を挟んだアイズはベルと肩が触れ合うほど距離に座る。レインは「回復薬(ポーション)があればすぐに訓練ができるじゃないかっ」といきなり指を鳴らしてどこかへ消えた。

 

 

 二人は前を向いたまま他愛のないやり取りをいていたが、アイズが暖かな日差しに気が緩んでしまい、訓練という名のアイズが睡眠欲を満たすための昼寝の時間になった。 

 

 

 

 

 

 

 

 ……レインによって大量に購入された回復薬(ポーション)だが、ベルのアイズにキスをしようとしている瞬間が目撃されたことにより使われないことになる。

 

 

 美神(フレイヤ)といい、白兎(ベル)といい、狂戦士(ティオネ)といい……どうして相手の意思を無視する奴が多いのかと思いながら、レインはベルの頭を長剣(鞘入り・縦)でぶん殴るのであった。




ロキ「なんやっ!」
リヴェリア「どうしたんだ、ロキ?」
ロキ「アイズたんが開いてはいけない扉を開きかけとるっ、気がする!」


 レインが尻を叩くことにしたのは、頭はホイホイ殴っていい所ではないからです。


 アイズの回し蹴り……当たりどころが悪ければ、ベル君死んでたよね。


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28話 夜襲

 他の小説を書きたくなったので、更新頻度が少なくなるかもしれません。


 ベルはまだ知らない。想い人のいる場所の高みも、英雄になる夢の難しさも、オラリオに蔓延る怪物たちも。

 

 

 想い人を超える高みにいて、自身の夢を叶えることができる力を持ち、怪物達をことごとくねじ伏せる男の実力をベルはまだ知らない。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「(ハモハモハモハモハモ……ゴクンッ)。ベル君、大丈夫かいっ!?」

「だっ、大丈夫ですっ!?」

 

 

 この女神の咀嚼音、独特過ぎるだろ――と視線の先で夕日の光を浴びて慈愛の精霊と言われても信じられそうなほど美しい少女にボコボコにされる少年を応援しながら、それでもジャガ丸くんを食べる手を止めない幼女の女神の隣に座るレインはそう思った。

 

 

 数時間前、昼寝の訓練を終えたベルをレインがサンドバッ……ゲフンゲフン、訓練をつけているとベルがお腹を鳴らしたのだ。ただ眺めていただけのアイズも。動けなくなっては元も子もないので、小腹を満たすのに丁度いいジャガ丸くんを買いに行ったのだ。

 

 

 しかしジャガ丸くんを売っている露店で、ベルの主神『ヘスティア』に遭遇。己の眷属が懇意でもない他派閥と行動していたことを幼女神は烈火のごとく怒ったが、レインは意図して一緒に行動していた訳ではないと説明した途端、

 

 

「レイン君、これからもベル君と仲良くしてくれ!」

 

 

 レインにはいい笑顔を向けてきた。アイズには敵意の籠った視線を向けていたというのに、対応の差が激しい。この時ヘスティアの心の中では、

 

 

(ベル君には悪いけどっ、ベル君よりスペックの高そうな男の子がいれば、ヴァレン何某がベル君に惚れる可能性は低くなる! うまくいけばサポーター君も排除できるかも!)

 

 

 好きな男を独占したい女の、何ともゲスい考えがあった。

 

 

 その後、アイズとレインの関係の説明とベルの必死の説得、アイズとベルの懇願を受けてもヘスティアは鍛錬の続行を渋っていたが、

 

 

「ヘスティア、あんたの露店にあるジャガ丸くんをあるだけ買おうじゃないか。俺達が食べきれなかった分は持って帰ってもらっても構わん」

「まったくしょうがないなぁ! けど、今日はボクも君達の訓練を見学させてもらうぜ。とことん甘いよぁ、ボクも!」

 

 

 大量の賄賂(ジャガ丸くん)で極貧ファミリアの主神は手のひらをひっくり返した。アイズが羨ましそうな目でヘスティアを見ていたが、ジャガ丸くんくらい自分で買えよ。

 

 

「(まぐまぐ……)がんばれー! 負けるなベル君!」

「はいっ! 頑張ります!」

 

 

 心なし苛烈になった鞘の連撃を、ベルは自分を見守ってくれている女神の声援を糧に必死に気絶しないよう粘る。少女の攻撃が過酷になっているのも、少年が粘り強くなっているのも一人の女神が原因と誰も思いつかないまま、時間はゆっくりと過ぎていった。

 

 

 ジャガ丸くんは全て女神の腹に収まった。アイズはちょっぴりヘスティアの事が嫌いになった。

 

 

 

 

 

 

 

 気が付けば、すっかり夜は更けていた。満身創痍のベルをご機嫌なヘスティアが支え、その前をレインとアイズが小型の魔石灯を持って石造の階段を下っていく。何段もの階段を下りれば、都市の端、北西部の裏通りに出た。

 

 

「あ、あの、神様? もう外には出ましたし、手を離しても……」

「何言ってるんだい、ベル君。メインストリートと違って、こっちはかなり薄暗いじゃないか。ボクが転ばないようにしっかり手を繋いでいておくれ」

 

 

 夜空に見下ろされながら四人が歩く。賑やかな後ろとは違い、前の二人は物静かだ。

 

 

「――止まれ」

 

 

 洒落たポール式の魔石街灯が、鈍器を叩き込まれたかのように粉砕されているのを確認し、レインは指示を出す。()()()()()()……訓練の間、ずっと自分達を視ていた感覚から、レインはこうなることを予測していた。

 

 

 アイズは一瞬で【剣姫】の顔になり、一拍遅れてベルも急に止まったことで前のめりにふらついたヘスティアを支えながら、周囲を警戒し始める。

 

 

(このままやり過ごせる……なんて事ができる奴等じゃないか)

 

 

 剣呑な気配が感じられるとある建物と建物の細い隙間、その暗闇の奥。自分達がこのルートを通らなければどうするつもりだったんだ……などというどうでもいいことを考えていると、気配の主が影を払って歩み出てきた。もしかすると、気配の主も似たような事を考えたのかもしれない。

 

 

 現れたのは猫人(キャットピプール)の男。頭から爪先まで暗色の金属製のバイザーや防具で覆っているため、レインのよりも真っ黒だ。その右手には二Mを超える銀の長槍。

 

 

「―――――」

 

 

 次の瞬間、猫人(キャットピプール)は軽やかに地面を蹴り、()()()()()()()()振り切る速さでベルに肉薄する。秘めたる殺意を込めた槍が少年に撃ちだされそうとする中――真紅の薙刀による突きが猫人(キャットピプール)の眼前に迫った。

 

 

「チィッ!?」

「反応が遅い」

「グッ!?」

 

 

 己を確殺しようとする一撃を全力で首を傾けて回避するが、意識が薙刀に移った途端、鳩尾にレインの前蹴りが突き刺さった。【剣姫】を無視した襲撃者は強制的に少年の目の前から退けられる。

 

 

(――反応できなかった)

(速すぎるっ!?)

 

 

 後方に吹き飛ばされた猫人(キャットピプール)の青年、ベルとアイズの驚愕を生みながらレインは笑顔で前に出る。

 

 

「あー、ちょっと相談があるんだけどな。怒らずに聞いてくれるか? 屋根の上でコソコソしている四人も」

「!?」

 

 

 ベルが三階建ての人家の屋上を見上げると、剣、槌、槍、斧、四つの得物を持つ四つの小柄な影がいた。相手の反応を待たず、レインは呼びかける。

 

 

「俺が世界最強でイケメンなのは事実だが、別に人を傷つけるのが好きってわけじゃないんだな。お前らを叩きのめしてもヴァリス金貨の一枚にもならないし。お前らにとっては現実を教えてもらえるから、一億ヴァリス位の価値はあるかもしれんが」

 

 

 よどみない口調でレインはしゃべり、一同を見渡す。襲撃者達の殺気の密度が、さらに濃くなった。ベルとヘスティアの顔は青ざめ、アイズは変わらず無表情。一人でうんうんと頷き、さっさか先を進める。

 

 

「嫉妬して俺の知り合いに手を出すのは勝手だが、それはお前らがそれっぽっちの価値しかないと証明している様なものだ。どこの色ボケに頼まれたか知らんが、お前らにすりゃどうせ無駄な努力なんだし。だからここは一つ、お互いに見なかったことにして――」

 

 

 そこまで口にしたところで猫人(キャットピプール)の青年が殺気を隠しもせずレインの頭部に銀槍を繰り出す。

 

 

「って、だから怒るなって先に言ったろ?」

 

 

 が、レインは当たる直前で、薙刀に付いている飾り輪で槍を受け止める。小さな輪を悪魔のような正確さで使うことで神速の槍を止めたことに、レイン以外が時を止める。その隙をレインが見逃すはずもなく、

 

 

「吹っ飛べ」 

 

 

 体をひねって大振りの後ろ回し蹴りを放った。いささかのたわみもなく蹴り足がまっすぐ伸びる。正確に猫人(キャットピプール)の青年の胸を捉えた。その時の音で、胸骨が粉砕されたのがよく分かった。

 

 

 猫人(キャットピプール)はまるで、突風に巻き上げられた紙切れか何かのように、身体を折って軽々と吹っ飛んだ。恐ろしい勢いで宙を滑空し、そのまま姿が見えなくなる。

 

 

 屋上に残っていた小柄な四人だが、いつの間にか姿を消していた。後ろの方から感じていたLv.1程度の実力しかない奴等の気配も遠ざかっている。

 

 

「――ふっ」

 

 

 ため息をついて髪をかき上げ、レインはニヒルに呟いた。 

 

 

「弱すぎて修行の足しにもならん。勝利とてむなしい……」

「いや、彼等が襲ってきた目的、途中から君が挑発したことに変わってなかったかい?」

 

 

 格好つけてるレインに、ヘスティアは誤魔化されないぞとばかりにツッコむが、

 

 

(このくらい強くないとアイズさんに並ぶことなんて許されない。でも、こんな僕があんなに強くなれるのか……? こんなに弱い僕はアイズさんに関わることなく一生を過ごして、彼女の隣にはレインさんがお似合いなんじゃ……?)

 

 

 己の眷属がはっきりと見せつけられた、上級冒険者との隔たりに絶望しているのがよく分かってしまい、レインに構っている場合ではなくなってしまった。

 

 

 ちょっと騒ぎを起こしたので、ギルド職員や市民がやって来るかもしれない……余計な面倒に巻き込まれる前にここから離れようと結論した後、誰も口を開くことなく細い裏道を進んでいった。

 

 

 そんな四人を月夜にそびえる白亜の巨塔が見下ろしていた。

 




 フレイヤ命の【フレイヤ・ファミリア】。彼等はレインという強者が現れたのに、原作通りの強さでいられますかね?


 襲撃ポイントに目的の人物が来なければ、ただ時間を無駄に過ごすだけになるよね。


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29話 遠征開始

 評価バーがいっぱいになりました(しかもオレンジ!)。評価、お気に入り登録してくれた方、ありがとうございます。


 それと一つお知らせを。もう一つ小説を書き始めたことで、週一~二回が投稿限界です。


「全員に伝えておくことがある。今回の『遠征』だが、【ヘファイストス・ファミリア】以外でレインが同行することになった」

 

 

 『遠征』二日前。場所は【ロキ・ファミリア】の食堂。フィンは『遠征』の準備でいない者を除き、全ての団員を集めその情報を伝えた。

 

 

 全ての団員がざわついた。いい関係を築くことの出来ている派閥と一緒に『遠征』を行うことは珍しくない。【ディアンケヒト・ファミリア】のアミッドに至っては多大な貸しを作ることになっても、『遠征』に同行してもらいたいと考える派閥も多い。

 

 

 しかし……半ば敵対していると言ってもいい派閥の団員と『遠征』を行うことは、あり得ない。指揮・伝達・連携が取りにくいというのもあるが、なにより『遠征』先で自爆テロをされる可能性もあるからだ。

 

 

 当然、フィンの決定でも反対する団員はいる。フィンも絶対に彼――ベートが反発すると予想していた。

 

 

「説明しやがれ、フィン! なんであの女にだらしねえクソ野郎と『遠征』に行かなきゃならねえんだ!」

 

 

 ベートはレインの事が嫌いだ。『豊饒の女主人』で瞬殺されたことは気にしていない。弱者は強者に何をされても文句を言えない。弱肉強食はベートが掲げている信念だ。非常に癪だが、ベートはレインが強者だと認めている。

 

 

 だからこそ嫌いだ。いつもヘラヘラと笑い、見た目のいい弱者(おんな)を見つければ関わろうとする強者(レイン)が。まだ鋭くなる余地を残している牙を磨くことを放棄しているようで。

 

 

「ベートの質問の答えだが……レイン本人から手紙を預かっている」

「手紙、だと?」

「ああ。それもベート宛にだ」

 

 

 フィンは懐から取り出した手紙をベートに手渡す。ベートは受け取るなり乱雑に封を破り、手紙を読む。そこにはミミズがのたうち回っているかのような下手糞な文字で――

 

 

『見事に失恋した狼へ

 

 

 お前、あの赤髪の女にボコボコにされたんだって? しかも《フロスヴィルト》を破壊されたとか……。

 

 

 いっつも馬鹿の一つ覚えの様に「雑魚」と繰り返し言っている割に、お前も雑魚だったみたいだな☆

 

 

 どうせ俺が『遠征』に同行することに文句を付けるんだろうが……俺がいなけりゃダメだと判断されるくらい弱いんだよ、お前らは!

 

 

 どうしても同行して欲しくないのなら、俺が納得できるくらい強くなってから言え。あ、負け犬には無理か。

 

 

 世界最強の天才より』

 

 

 ベートは何も言わず手紙を握りつぶし、食堂を出ていった。ティオナとティオネが止めようと思えないくらい怒気を滲ませて。

 

 

「さて……他にもレインが同行することに反対する者はいるだろう。今から読むのは僕等全員に対する、レインの手紙だ」

 

 

 ベートが出ていって空気が弛緩した途端、フィンがまさかの二通目を取り出す。一同が聞く体制に入っているのを確認し、よく通る声で読み上げる。

 

 

「――『文句があるなら結果を出せ。プライドだけは一丁前の凡人共が!』。……以上だ」

『舐めんなっ!!』

 

 

 こうして【ロキ・ファミリア】の『遠征』メンバーは限界まで己の身体を苛め、鍛え、【経験値(エクセリア)】を溜め込み、女好きの主神を絶叫させることになる。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 快晴の空から陽光が降り注ぐ中央広場(セントラルパーク)

 

 

 『バベル』の北門正面から離れた場所では、【ロキ・ファミリア】の少年、少女、偉丈夫に親交がある冒険者達が声を掛け、ある者は笑顔と共に激励を送る。

 

 

 【ロキ・ファミリア】が向かうのは命がいくつあっても足りない危険な場所だ。これが最後の言葉になるかもしれないと理解している彼等は、満足いくまで言葉を交わす。見渡せば似たような光景が広がっていた。

 

 

「いいですか、レインさん。もし重症と引き換えに相手を殺すことが出来たとしても、一切迷うことなく避けることを選択してください」

「へいへい」

「大量のモンスターが群がっている所にも突撃しない。一匹ずつ安全に倒してください」

「それは無理があるぞ。37階層ですらモンスターは基本的に群れるのに……」

「そしてこれだけは絶対に守ってください。……決して、【ロキ・ファミリア】の女性団員の方々の裸を覗いたりしないこと!」

「ええー……」

 

 

 アミッドが大量の試験官が詰まっている大きめな小鞄(ポーチ)を、いくつかの小言と一緒に押しつける。小言も小鞄(ポーチ)もレインは拒否しているのだが、強引に押し付けてティオナ達の所に行ってしまった。

 

 

「はっはっは! レインでもあの聖女様には敵わぬか!」

「おいっ、てめぇ! 離しやがれっ!」

 

 

 この小鞄(ポーチ)の中に入っている回復薬(ポーション)分の代金は、『遠征』が終わってから払うか……とレインが考えていると、小脇にベートの頭を抱えた椿が周囲から畏怖を集めながら近づいてきた。

 

 

「ムッツリと鍛冶馬鹿か。こちらが強く出たら何倍にもなって返ってくるから、大人しく受け入れるしかないんだ。アミッドが俺の事を想っての行動だって分かっているし」

「……ふむ。存外、乙女心を分かっているのだな、お主は」

「乙女心?」

「なに、こちらの話よ」

 

 

 よく意味の分からない事を言い残して椿は元居た場所へ戻っていった。乙女心? アミッドは優しい子だから、俺が無茶な戦い方をするのを心配しているだけだろうに……。 あと、何でベートを抱え込んでいたんだ?

 

 

「――総員、これより『遠征』を開始する!」

 

 

 ぼんやりと考え込んでいたレインの意識は、フィンが声を張り上げたことで引き戻された。フィンの声は例の手紙の件で、レインに敵意を向けていた団員達の意識も引き付けた。

 

 

 リヴェリアとガレスを左右に伴い、バベルを背後に置く【ロキ・ファミリア】の首領に、レインもキチンと向き合った。……向き合わないでいたら、とあるアマゾネスのいる方向から邪悪な気配を感じたからでもある。

 

 

「階層を進むに当たって、今回も部隊を二つに分ける! 最初に出る一班は僕とリヴェリア――」

 

 

 フィンの宣言を聞きながら、レインは奥にある白亜の巨塔――その下にあるモンスターの巣窟に思いを馳せた。

 

 

 レインはエイナの手によって50階層以降の情報を制限されており、49階層までしか行くことができなかった。【フレイヤ・ファミリア】の『遠征』について行こうとしても、オッタル達はレインがいない時を見計らって行動するため、一度も自派閥の『遠征』に行ったことがない。

 

 

「君達は『古代』の英雄にも劣らない勇敢な戦士であり、冒険者だ! 大いなる『未知』に挑戦し、富と名声を持ち帰る!!」

 

 

 富も名声も自分には必要ない。望むのは力だけ。それ以外は何もいらない。

 

 

「犠牲の上に成り立つ偽りの栄誉はいらない!! 全員、この地上の光に誓ってもらう――必ず生きて帰ると!!」

 

 

 もう誰も死なせない。守れるように強くなる。

 

 

「遠征隊、出発だ!!」

 

 

 フィンの号令により【ロキ・ファミリア】、遠征開始。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、様々な思惑の絡まる冒険譚がダンジョンで紡がれようとしていた。 




 


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30話 『頂天』

 レインの強さを考えると、なにもかもアホらしくなる。


「はぁ…………」

「儂を見てため息を吐くな、鬱陶しい」

「何が悲しくてオッサンドワーフと並んで待っていないといけないんだか」

 

 

 レインが配属されたのは第二部隊。第一部隊にはレインと仲の良くない団員が多いので当然の采配なのだが、第二部隊はしばらく待たないといけない上に、メンバーはレインを恐怖か嫌悪の目で見てくるので苛立ちが溜まる。睨めば目を逸らすが。

 

 

「正直助かるわい。今まで第二部隊は儂一人で守っておったからのう!」

「フィンの奴、第一級冒険者をもう一人こっちに寄越せばいいのに……」

「本当にそうじゃな……あの小人族(パルゥム)は変なところで頭が固い」

 

 

 むさいおっさん(ガレス)が部隊メンバーであることに不満を隠そうとしない。ガレスはそれを咎めるどころかフィンの采配に対する悪口を一緒になって言い出す。止めた方がいいのだろうが、雲の上の存在であるLv.6二人に意見できる者はいない。唯一、意見できそうな椿は面白がるだけで止めようとしない。

 

 

 レインもガレスも、先鋒隊に派閥の主戦力が集中する理由も、どうしていつも第二部隊にガレスしか第一級冒険者がいないのかも知っている。でも不満は出てくるものだ。

 

 

「リヴェリアかアイズ、妥協してティオネの内、誰か一人でもこの部隊にいればいいのにな……」

「ティオネはフィンの側を離れようとはせんじゃろうし、第一部隊はリヴェリアしか魔導士がおらん。動かせるとすればアイズだけになるが、あの娘の強さと性格的に第一部隊から動かせん」

「そうなんだよなぁ……。ティオナとベートは論外だし、仕方ないか」

「? ティオナもベートも十分強いじゃろう。何故論外なんじゃ?」

「ティオナは色気が微塵もないし、俺は男と恋愛をする趣味はない。だから論外だ」

「…………お主、とことんブレんな……」

 

 

 戦力より美人で色気があるかどうかで考えるレインに、ガレスは呆れより感心が勝った。そこまで驚かなかったのは、似たようなアマゾネスを普段から見ているおかげである。

 

 

 と、その時、レインが何かに気が付いたかのように下を向いた。次いで憎々し気にバベルを見上げる。

 

 

「……本当にやりやがったか、あのクソ女神!」

「おい、どこに行く!?」

 

 

 ガレスが止める暇もなく、レインはダンジョンへ駈け込んでいった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 9階層に続く長方形の広間(ルーム)。そこでは一方的な戦いが繰り広げられていた。

 

 

「くそがァああああああああああッ!!」

 

 

 頭部から血を流す灰色の狼が雄叫びを上げて飛び掛かる。それに合わせてアマゾネスの双子が大斬撃と連撃を、怪人(クリーチャー)すら圧倒する風を纏った金髪の剣士が神速の袈裟斬りを繰り出す。

 

 

 その全ての攻撃を難なく弾くのは――

 

 

「温い」

 

 

 ()()()()すら存在しない一人の猪人(ポアズ)。【ロキ・ファミリア】の精鋭による波状攻撃を、右手に持つ大剣のみで全て無効化する。アイズの階層主専用の必殺ですら、目の前の武人は無効化した。

 

 

 戦いが始まって二分も経過していない。9階層に『ミノタウロス』がいると聞いて急行したアイズ達は、最後の道に立ちはだかる門番を超えられなかった。四人が大なり小なり傷を負っていながら生きていられるのは、目の前の武人――オッタルが自分達を殺す気がなく、ここを通さないことに重きを置いているからだと四人は既に理解していた。

 

 

 情けを掛けられている屈辱にベート、ティオナ、ティオネは捨て身の攻撃を叩き込むが、オッタルの『完全防御』を崩せない。それどころか死なない程度に手を抜かれた反撃をもらい、広間(ルーム)の壁に叩きつけられ意識を失った。

 

 

 気を抜けば一瞬で意識を持っていかれる戦闘で明滅するアイズの思考が、吹き飛ばされた仲間と三日前の襲撃者達を思い出したことで、信じられない答えを導き出す。

 

 

 アイズの反応を振り切る『敏捷』を見せた猫人(キャットピプール)。第一級冒険者四人がかりの攻撃でもかすり傷一つ負わせることの出来ない『防御』を行う猪人(ポアズ)

 

 

 まさか、まさか、まさか。彼等は、【フレイヤ・ファミリア】の幹部達は――。

 

 

「――その通りだ、【剣姫】。お前と同じように俺は、俺達は全員、()()()()()()()()()

「―――――!?」

 

 

 他の仲間が沈んでも己に挑んでくる剣士の思考を読み取った、オラリオにたった一人のLv.7――いや、Lv.

8の『頂天』は彼女の考えを肯定し、それを証明するように風を纏うアイズを大剣の横薙ぎで吹き飛ばす。気流、細剣(デスペレート)を貫通した衝撃を殺しきれず、アイズは仲間と同じように壁に叩きつけられた。

 

 

 オッタルは追撃しない。何かを確かめるように猛牛の怒号が響いてくる道を見据え、再び立ちふさがる。白い少年を助けたいという想いで戦う少女は、震える手で剣を取り立ち上がる。

 

 

「やけに親指がうずうずいっていると思ったら……これも含まれていた、ということかな?」

 

 

 間もなく、長槍を携える黄金色の髪の小人族(パルゥム)と、ここまでアイズ達を案内した血まみれの小人族(パルゥム)の少女を抱きかかえた王族(ハイエルフ)が現れた。途中から周りを気にせずに戦っていたからか、小人族(パルゥム)の少女はフィンとリヴェリアが現れた通路に吹き飛ばされていたらしい。

 

 

「やぁ……と挨拶をしたいところだけど、何故この場所で、この時に僕達と矛を交え、『遠征』に支障が出るほどの怪我を負わせたのか、理由を聞いてもいいかな、オッタル?」

「敵を討つことに、時と場所を選ぶ道理はない」

「もっともだ。じゃあ、それは派閥の総意、君の主の神意と受け取っていいのかな? 女神フレイヤは、僕達と全面戦争をすると?」

 

 

 鋭い輝きを放つ長槍を突き付けながら尋ねてくるフィンに、オッタルは口を開き――目的の人物が近づいてくるのを感じ取り、口にする内容を変える。

 

 

「フィン、お前の問いに対する答えは二つある」

「なんだい?」

「お前達とことを構える意思は俺達にはない。だが、そう捉えるならそれでも構わん。結果は分かり切っている」

「へぇ……その言い方だと君たちが勝つように聞こえるけど?」

 

 

 リヴェリアの魔法で治療されたベート達が目を覚まし、オッタルの言葉を聞いて鋭い眼差しを向ける。しかし、オッタルは【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者達に目を向けない。ひたすら天井に目を向けている。

 

 

「そうだ……あの”怪物”が現れたことで、既にお前達は眼中にない。あの”怪物”に傷一つ付ける事に比べれば、お前達から勝利をもぎ取るなど、容易いにも程がある」

 

 

「あの”怪物”とは何だ」とフィンが問う声を遮るように、広間(ルーム)の天井に斬撃を受けたような亀裂が奔り、崩壊した。降ってくる巨大な瓦礫は、【ロキ・ファミリア】とオッタルの中間に轟音を奏でながら激突する。

 

 

 崩れたのは天井ではなく、階層を区切るダンジョンの分厚い床そのもの。それが斬撃によって破壊されたことにオッタルだけは驚きを見せない。斬り崩された瓦礫の上に立つ”怪物”ならば、その程度息をするようにやってのけることを知っている。

 

 

 彼が【フレイヤ・ファミリア】に入団してからというもの、派閥内では過ぎ去ってしまった『あの時代』が可愛く見える『洗礼』――『殺し合い』が繰り広げられるようになった。

 

 

 手足が千切れた事がない団員がいなくなった。あと一秒遅れれば、命を落としてしまう重傷を負う団員が後を絶たなかった。毎月【ランクアップ】する者が現れるようになった。

 

 

【ランクアップ】した者は一度だけ”怪物”に挑む権利を手にできる。そして挑んだ者は、その心奥にマグマのごとく煮えたぎる闘争心を植え付けられるのだ。敬愛する女神の寵愛をかき消さんばかりの闘争心を。

 

 

 それはオッタルも例外ではない。

 

 

 オッタルは挑むのだ。『あの時代』の『化物』を超える『怪物』に。常人ならば心を折る『絶望』の頂きを嘲笑う様に乗り越え、天を駆け抜ける『雷霆』でも殺せない男に。自分が強くなるために捨てた物を捨てなかった『人間』に。 

 

 

「やはり、来たか……レイン」




Lv.8になったオッタル。自分をボコボコにしたゼウスやヘラの【ファミリア】をボコボコにした『黒竜』をボコボコにしたレインに勝てるのか!?


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31話 『手紙』

レインの【ステイタス】、どーしよーかなー。あと戦闘描写は苦手。


「ちょっと前まで威勢がよかったくせに、なんだ、そのザマは?」

 

 

 壁際に座り込んでいるティオナ達を見つけたレインはいつものように不敵な笑みを口元に刻み、心配する素振りを微塵も見せず煽った。ティオナ、ティオネ、ベートの額に青筋が浮かぶ。

 

 

「ベート……お前、冒険者になりたての奴を『トマト野郎』とか『冒険者の品位が下がる』とか言って馬鹿にしていた癖に、自分はそれ以上に無様な姿を晒すとか……すごいな。俺には恥ずかしくて真似できん」

「んだと……っ!?」

「脳筋に四人がかりで戦ったにも関わらず、傷一つ付けられない上に手心まで加えられている。これを無様と言わずなんて呼べばいいんだ? よかったら教えてくれないか?」

 

 

 露骨に肩をすくめて首まで振るレインに、ベートは歯ぎしりするしかない。

 

 

「ちょっとレイン! そこまで言われる筋合いはないよ!」

「はぁ? お前ら、ミノタウロスに追いかけられていた奴を笑っていただろうが」

「それは今関係ないじゃん!」

「大ありだアホが。お前らが馬鹿にした冒険者は格上(ミノタウロス)から逃げきった。それを笑ったお前らは格上(オッタル)に手加減されなきゃ死んでる。お前らはお前らが笑った冒険者以下だ」

 

 

 犬猿の仲といえど仲間が貶されることに我慢できなくなったティオナがレインに噛みついたが、容赦のない切り返しに何も言えなくなる。というかそれを聞いたベートとティオネはビキビキッ! と額に盛大な青筋を走らせてる。飛び掛からないのは割と図星だからか……。

 

 

「ほら、脳筋は俺が相手をしておくからさっさと行け。ただの勘だが面白いものが見れるぞ」

「…………後で色々聞かせてもらうからな」

 

 

 

 右手に持つ青白い魔剣でオッタルの後ろの道をレインが指し示せば、不動の壁のように動かなかったのは何だったんだ……と言いたくなるほど簡単にオッタルは道を開けた。真っ先にアイズが道の先へ駆け抜け、レインとオッタルに睨みをくれながらティオナとベートが後に続く。

 

 

 少し遅れてフィンと想い人の存在でこの場に踏みとどまっていたティオネが出ていき、最後に小人族(パルゥム)の少女を抱きかかえたリヴェリアがレインに一言残し、消える。

 

 

 ――猪人(ポアズ)の武人と黒衣の戦士は、10M(メドル)の間合いを取って向かい合う。オッタルは大剣を正眼に構え、レインは魔剣をだらりと下段に構える。

 

 

「……お前はミノタウロスを始末してからこちらに来ると思っていた。あの御方に見初められた冒険者を、お前は気にかけていたからな」

「………………」

 

 

 油断なく大剣を構えたまま、オッタルはぼそりと言った。レインは不敵な笑みを浮かべたまま答えない。

 

 

「教えろ。お前はあの御方の試練を快く思っていないだろう。何故、今回は止めようとしない?」

「最初は邪魔してやろうかと思ったがな。ちゃんと『手紙』の事を覚えているようだから、今回は止めない」

「……」

「お前も問題ないと判断したからあいつらを通したんだ。違うか?」

 

 

 オッタルはこれが答えだと言わんばかりに急接近し、大剣の大薙ぎを放つ。大重量の武器から放たれたとは思えない豪速の一撃は、棒立ちのレインの身体を上下二つに両断した。

 

 

「――へぇ。残像は目で追えるようになったのか」

「っ!」

 

 

 声がしたのは振り切った()()()()。両断したのはレインの残像だと気が付いたオッタルは動揺をねじ伏せ、余裕の笑みを崩さないレインを得物から振り落とし、返す刃で大上段からの極斬を繰り出す。

 

 

 かつて砂漠に深々とした地割れを刻み込んだ全力の斬撃は、【ランクアップ】によって激上した身体能力も相まって強風を生じさせ、レインの髪の毛を巻き上げる。

 

 

「―――――」

 

 

 しかし次の瞬間、オッタルは愕然と目を見開く。『スキル』を使っていないとはいえ、両腕を使い出すことの出来る力全てを込めた斬撃を、レインは剣を持たない左手であっさり止めてしまった。衝撃で踏みしめる地面が陥没したが、それだけだ。レインに何の痛痒も与えられていない。

 

 

 大剣の剣腹を五本の指で掴んで止めたレインは、何事もなかったように押し返す。得物が跳ね上がった反動でオッタルがたたらを踏んでも、レインは斬りかからない。魔剣を下段に下げたままオッタルを見ているだけ。

 

 

「――ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 

 手加減をされていることへの怒りと惰弱な己への怒りを咆哮に変え、オッタルは無茶苦茶に大剣を振り回す。

 

 

 レインの頭上を狙って大振りに振り下ろし、横殴りの斬撃を見舞い、隙を見てガラ空きの胸元や首目掛けて閃光のごとき突きを繰り出す。

 

 

 ――しかし、当たらない。オッタルの繰り出す斬撃はいたずらに空を斬るのみで、命中どころかかすりもしない。

 

 

 ある時は身を捌き、ある時は上半身を後ろに逸らし、またある時はそちらを身もせず、一歩横に身体を引いただけで攻撃を躱した。剣は持っているだけで防ぐことに使おうとしない。

 

 

「オオオオオオオオオオオッ!!」

「剣筋が雑になったな」

 

 

 微塵も当たる気がしない故の焦りか、それとも心が折れたのか――オッタルの剣筋がブレたのをレインは見逃さない。

 

 

 何重にも霞むレインの残像の一つがオッタルを通り抜けた。あっ、と思う間もなく急所を避けた場所から血が噴き出し、オッタルの身体から力を奪う。大剣を地面に突き刺して倒れまいとするも、大剣の根元に裂け目が奔り、支えることを拒絶する。

 

 

 「とどめじゃあっ」とばかりにレインが側頭部に回し蹴りを叩き込み、オッタルの意識は消えていった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

『守りたい者がいるなら、この手紙の事を覚えていろ』

 

 

 9階層。出現階層から大きく離れた階層に現れたトラウマ(ミノタウロス)から自分を庇って血を流す少女(リリ)を見て、ベルの頭の奥で青い閃光が弾けた。

 

 

 一か月くらい前に読んだ手紙。とても汚い字で書かれていて読みにくかったけど、書かれていることは不思議と忘れることはなかった。

 

 

『絶望的な状況、なんて事態は滅多にない。針の穴を通すようなものであろうと、どんな時にもチャンスはある』

 

 

 恐怖で動かなかった身体が勝手に動き出し、回復薬(ポーション)をリリの額に振りかける。傷は塞がらなかったが、意識を取り戻した少女を思い切り横に投げ、巨躯を翻したミノタウロスと相対する。

 

 

『恐怖で止まるな、怒りで我を忘れるな、絶望で諦めるな。感情なんぞ全て身体を動かす力にしろ』

 

 

 鞘からナイフを引き抜いて構える。頭から血を流しているリリが何かを叫んでいるが、ベルの目にはベルを敵と認め、獰猛な笑みを浮かべて大剣の刃を向けるミノタウロスしか映っていない。ベルの心には目の前の敵を倒すという想いしかない。

 

 

『自分が屈することで守りたい人を守れない、大切な人を悲しませることを想像すれば、絶望的状況を覆すことなんて――簡単だろう?』

 

 

 無茶苦茶だと思う。平凡な自分は簡単に怖がるし、泣くし、落ち込むし、針の穴を通す位のチャンスを生かせることなんて出来ない。今も高すぎる高嶺の花を眺めているだけだ。

 

 

 でも――リリ(守りたい人)を守れないこと、ヘスティア(大切な人)を悲しませることを想像すれば、ミノタウロスを倒す勇気が湧いてくる。憧憬のいる高みに手を伸ばそうと思える。

 

 

「――勝負だッ……!」

 

 

 冒険をしよう。大切な人達のために。

 

 

 ベルは小さなナイフを手に、巨大なモンスターに駆け出した。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「我ながら似合わない事をした」

 

 

 意識を失ったオッタルを背負って地上に向かうレインは一人呟く。

 

 

 下の階層から膨れ上がり続ける闘気を感じ取り、口にするか悩んだが、前を見たまま言葉を紡ぐ。

 

 

「頑張れ、ベル。そいつを乗り越えられないと、『英雄』もアイズと付き合えるのも夢のまた夢だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お前は俺の様に、大切な人に命を懸けて守られてくれるなよ」

 

 

 レインの言葉を物言わぬ迷宮だけが聞いていた。 



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32話 聞きたいことは

 無理矢理感がすごいけど、これは書きたかったことだしなぁ……。


 広い心で見ていただけると嬉しいです。


「俺は数分相手の動きを見れば、相手が次に何をしようとするのか分かる。相手の動きが分かるならLv.が二つ三つ離れていようが問題ない。信じる信じないはお前らの勝手だが、それが事実だ」

 

 

 魔法による残り火で燃える草原。そこには立ったまま動かない少年がいた。

 

 

 勝利をもぎ取り『英雄』への資格を手に入れた『冒険者』の背中を眺める【ロキ・ファミリア】に、”怪物”が聞いてもいないことを呟く。

 

 

 そのあり得ない内容の言葉が誰に向けて告げられたのか――答えは”怪物(レイン)”だけが知っている。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「テント張るの上手いっすね、レインさん……」

「オラリオの外ではよく使っていたからな。もしかするとお前らより使っているかもしれん」

 

 

 ダンジョン50階層。大樹林を眺望できる巨大な一枚岩。

 

 

 野営を準備する喧騒が響いている。指示をかけ合う団員達の声とブーツの足音を聞きながら、レインは地面に鉄杭を次々に突き刺していく。素手で鉄杭を突き刺す姿に、ラウルはちょっと引いた。

 

 

 レインは他派閥ということに加え、これから身体を酷使する(予定)の第一級冒険者だ。本来なら野営の準備を手伝わなくてもよいのだが、オッタルを地上に届け、18階層で部隊を再編制した際、

 

 

『罰として野営の準備や見張りをやってもらう』

 

 

 同派閥の団員(オッタル)が迷惑……というか『遠征』の主要メンバーに重症を負わせるという、思いっきり『遠征』を妨害する行動を起こしたということで、フィンから罰を受けた。

 

 

 しかもアミッドから貰った万能薬(エリクサー)をいくつか徴収された。レインは脳筋(オッタル)に『遠征』続行不可能される所を助けてやったというのに……。

 

 

「ちょっ、レインさん、手を緩めてほしいっす!」

 

 

 手元を見ると、天幕を張るための鉄杭が折れ曲がっていた。どうやら面倒ごとを起こした奴等(【フレイヤ・ファミリア】)恩知らず共(【ロキ・ファミリア】)に対するイラつきで、知らず知らずのうちに力が入ったようだ。

 

 

(やっぱ怖いっす、この人! 絶対、俺が可愛い女の子じゃないから怒ってるっす……。どうして俺とペアにしたんすか、団長ー! 美人な猫人(アキ)とかいるじゃないっすかー!)

 

 

 レインの噂から勘違いをしてしまうラウル。ただでさえティオナ、ティオネ、ベートが鋭い目でこちらを見ているのだ。レインまで険悪になったらストレスで自分の胃が死ぬ。

 

 

 そんな苦労人(ラウル)の心情を全く察しないレインは、手の中にある鉄杭を元に戻そうと力を籠め、引きちぎる。力加減を間違えてしまっただけだが、

 

 

(遠回しにこうしてやるって言ってる!?)

 

 

 ラウルの勘違いが加速する。周囲の団員達はラウルに心の中で激励を送り、自分達は目を付けられないようにと遠くで天幕を張っていく。本営の側で指示を出すフィン達は嘆息するだけで何もしない。

 

 

 ――こうしてラウルの胃袋を犠牲に設置された天幕は他の天幕から離れすぎているという理由で張り直しになりかけたが、レインの天幕として利用することに落ち着いた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「ここに来るまでロキの眷属達の様子がおかしいが、どうした?」

 

 

 野営地の準備を完了させた【ロキ・ファミリア】は食事に移った。キャンプの中心で輪になる団員達だが、不自然に途切れている場所がある。未だに近寄りがたい雰囲気を醸し出す四人の若い第一級冒険者の周りと、彼等彼女等に睨まれ続けるレイン付近だ。逆にラウルの周りは彼を労う団員でいっぱいだ。

 

 

 物怖じしないハーフドワーフの鍛冶師は干し肉をくわえスープ皿を持ち、レインの側にどっかりと腰を下ろす。遠慮を欠片も見せず食事を口にしていたレインが口を開く。

 

 

「んー、自分達の見る目のなさと思いあがりっぷりにプライドがズタボロにされているだけだ、気にするな」

「ほう、どういうことだ?」

「筋肉にしか取り柄がなさそうな敵に四人がかりで負けたんだよ。そんでもって『相手が強すぎた』と必死に言い訳しながら進んだ先では、相手が強いと知っていながら戦い、勝ったみせた一人の冒険者がいたんだ」

「なんと! その敵はどうしたんだ?」

「俺が瞬殺した。『うぅ……、やはり俺ごときが勝てる相手ではなかった……』とかいう末期のセリフ付きで、血の海に沈んだぞ」

「では冒険者の名前はなんという?」

「ベル・クラネル。人間(ヒューマン)なのに兎人(ヒュームバニー)みたいな男だ」

「ふむふむ、メモメモ、と……」

 

 

 レインと椿のやり取りに「オッタルはそんなこと言わねえだろ!」とか、「言い訳なんかしてないよ!」とか怒鳴りたいベート達だが、その怒りをスープで腹の中に流し込む。

 

 

 やがて食事を終えたレイン達は、フィンを中心に今後の最終確認を始める。51階層へ進攻(アタック)するメンバーを発表する時自分が外されたりしないかと危惧したレインだが、レイン並の戦力を使わないという選択肢はフィンになかった。

 

 

「では、明日に備え解散だ。見張りは四時間交替で行うように」

 

 

 その指示を皮切りに、団員は周囲にばらけ始めた。見張りの順番は最後に割り振られたので、それまでは天幕で寝ていよう……レインは腰を上げてその場を離れた。

 

 

 途中、抜身の双剣の構えたベートが肩を掴み「ついて来い」的な意味を込めて顎をしゃくり、返事を待たずにさっさと一枚岩の西端に行ってしまったので、

 

 

「この先にいるベートに、『オッタルに勝ってから出直してこい雑魚狼が』って伝えておいてくれ。じゃ、よろしく」

「私に死ねと!? 自分で伝えて下さ――って、逃げるなー!」

 

 

 偶然近くを通りかかったエルフの女性団員に伝言を頼み、与えられた天幕に引っ込んだ。エルフとしての貞淑性がためらわせるのか、天幕の外で何事か喚いていたが中に入ってくることはなかった。

 

 

 ――その伝言が伝えられたかは分からない。怒りで顔を歪めたベートがレインの天幕に突撃し、二秒もしないうちに叩きだされたことだけが事実だ。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「レイン、入ってもいいか?」

「スケスケで股下ギリギリのネグリジェを着て夜伽してくれるなら入ってもいいぞ」

「――よし、入るぞ」

 

 

 最初からまともな返事を期待していなかったのか、レインが許可を出す前にリヴェリアは出入り口の幕を開けて入ってきた。そのままレインが(くる)まっている寝具の側に腰を下ろす。仕方なくレインも身体を起こし、向かい合うように座る。

 

 

「で、何の用だ? ベートを吹っ飛ばしたことについては謝らんぞ」

「それは別にかまわん。あの馬鹿にはいい薬だ。言いたいのは他の団員をからかうな、ということだ。アリシアがお前に無理難題を押し付けられたと涙目で私に泣きついてきたぞ」

「ただの冗談だっての。用件がそれで終わりならさっさと出てい――何をしている」

 

 

 虫でも追い払うかのように手を振り、再び寝具に包まろうとしたが――リヴェリアが身に纏う聖布に手をかけ脱ぎ始めたのを見て真顔になった。

 

 

「何を、だと? お前が夜伽をしろと言ったのではないか……」

 

 

 リヴェリアが脱いだのは魔術師の装備でもある聖布だけ。まだその肢体を包む布は何枚も存在する。にも関わらず、既にリヴェリアの顔は真っ赤だ。瞳は潤み、声も少し震えている。 

  

 

 この時、リヴェリアは本気だった。他の人達が寝静まっているわけでもないのに、本当に夜伽をしようとしていた。それが分かったレインは、

 

 

「馬鹿なのかお前は? もっと自分を大切に――」

()()()()()()

 

 

 止めてしまった。リヴェリアがレインを押し倒したわけでもないのに、ただ()()であると分かっただけで止めた。

 

 

 ここでリヴェリアが生まれたままの姿になるまで止めなければ分からなかった。天幕は遮音性が高いわけではない。裸になれば嫌でも本気だと分かり、情事による声を周りに聞かせたいと思う特殊な性癖でもなければそこで止める。

 

 

 しかしその優しすぎる性格が、神ですら見抜けないレインの演技にボロを出させる。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

「レイン、お前は――噂通りの酷い人間なんかじゃないだろう」




 次はリヴェリアがレインの違和感を見つけた理由を書きたい。


 ……次からタイトル書かなくてもいい(小声)? めっちゃきついんだけど、タイトル考えるの。


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33話 ホラ吹きで酒好きで女癖の悪い男

 さあ今回も無理矢理感がある気がするけど、楽しんでください。

 やっぱりね、レインには女たらし成分がいるでしょ!

 


 リヴェリアが最初に聞いたレインという男の噂は、三歩も歩けば大ボラを吹き、暇さえあれば浴びるほど酒を飲み、トドメに目も当てられないほど女癖が悪い――という酷い物だった。

 

 

 火のない所に煙は立たない。リヴェリア自身、路地裏を走り回っていた子供達が、

 

 

「レインがさ、世界の彼方にいるとっても強くて、怖い『竜』に勝てるくらい強いって言ってたけど本当かな?」

「オッタルが千人いても勝てるとも言ってたけど……ルゥはどう思う?」

「……わかんない」

 

 

 と喋っているのを目撃した。

 

 

 だからリヴェリアは最初――心底、とまではいかないけれど、レインの事を軽蔑していた。

 

 

 娘同然である金髪の少女の悲願を嘲笑うかのようなホラを耳にしたのが発端だが、理由は他にもある。

 

 

 【フレイヤ・ファミリア】の入団条件はフレイヤが気に入るかどうか。つまり受け入れられたなら、必ずあの美を司る神の寵愛を受けることになる。それ故に【フレイヤ・ファミリア】の団員は老若男女関係なく、フレイヤ以外に目もくれない。

 

 

 リヴェリアは【フレイヤ・ファミリア】のフレイヤに対する忠誠心を尊敬している。フレイヤの『美』に酔っていようがいまいが、一人のために己の全てを捧げる姿勢は馬鹿にするべきものではない。

 

 

 故に、同じ派閥の人間を馬鹿にするような行動をするレインのことを、リヴェリアは嫌いになった。その気持ちはレフィーヤから報告された「アイズに対するセクハラ」でより強くなっていく。

 

 

 しかし、ダンジョンで起きたとある出来事から、リヴェリアはレインに違和感を覚えるようになる。

 

 

 とある出来事とは、そう――レインとリヴェリアが深く関わるようになった「羨ま死ね!」事件だ(ロキ命名)。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 何度目かも分からなくなる『遠征』を終えて、【ロキ・ファミリア】は18階層で大規模な休息(レスト)を取っていた。いつもなら18階層に立ち止まることなく地上に帰還するのだが、

 

 

「てめぇのせいで碌に『深層』を探索出来なかった上に、18階層(ここ)で時間を喰う羽目になっただろうが、この馬鹿ゾネスが!」

「あたしは悪くないもん! ベートがあんなところにボサッと突っ立っていたのが悪いんだもん!」

 

 

 犬猿の仲であるベートとティオナが激しく言い争っている。その全身はどす黒く汚れ、正直かなりきつい臭いが漂っている。証拠に他の団員はいつも以上に距離を取っていた。

 

 

 ベートとティオナ以外の第一級冒険者、つまり51階層から下の階層を目指す精鋭メンバーもアイズ以外は似たような状態だ。彼等は例外なく大量のモンスターの血を頭から被り、全身から悪臭を放っていた。

 

 

 ベートやティオナ、他の第一級冒険者はモンスターを屠る際、返り血を浴びるようなミスを起こさない。『深層域』では水の補給が出来ないため返り血を浴びれば、水で洗い流すことが出来ないのだ。貴重な水を必要なこと以外には使えない。

 

 

 モンスターの血は臭い。洗い落とさなければ生乾きになり、鼻が曲がりそうになるほどの悪臭を発生させる。ひどい臭いで指示を出すのも『詠唱』をするのも難しいと判断したフィンは、やむを得ず『遠征』を中止した。

 

 

 どうしてこんなことになっているのかというと、

 

 

「てめぇの手足は飾りかっ!! 蹴りでもいれて弾き飛ばせばいいのに、なんでそのアホみてえな武器で無理矢理殴り殺した!?」 

 

 

 ティオナが大双刃(ウルガ)をバットのように振るい、大型モンスターを粉砕したからだ。爆砕したモンスターは水風船が破裂したかの如く、血を辺り一面にまき散らした。

 

 

「あたしが大双刃(ウルガ)で『デフォルミス・スパイダー』を斬ろうとした時に、ベートが割り込んできたからじゃんか! もう蹴りも出せないくらい振り抜きかけてたし、刃の向きを変えるしか出来なかったんだよ!」

「てめぇのノロくせえ攻撃が俺に当たるかよ! そのまま振りぬけ、馬鹿が!」

「よーし分かった! 今度からアンタの事は一切気にせずにぶった切るよクソ狼!」

 

 

 放っておけばずっと続きそうな醜い言い争いは、二人の頭にガレスが鉄拳を振り下ろすことで終結した。

 

 

 そしてフィンはベートとティオナに責任を問うつもりはなかったのだが、二人が全く反省しようとせず喧嘩するのを見て、

 

 

「君達が水浴びをするのは最後にする。もし破れば、次回の『遠征』から君達を外す。また蒸し返すようなら、地上に帰還するまでそのままだ」

 

 

 割ときつめの罰を与えた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「では、フィン。体を清めに行ってくる」

「私もお供します!」「私は御髪を清めさせていただきます!」「自分はリヴェリア様のお肌を!」「……」

 

 

 どす黒い血の汚れを洗い流しに行くリヴェリアの後ろを、アリシアやレフィーヤを筆頭とするエルフの女性団員達が付いてくる。リヴェリアは何度も彼女たちに王族として扱うなと言っているのだが、

 

 

「高貴なお方ということを抜きにしても、可憐な乙女がたった一人で沐浴するなど危険です! 下賤な男達もとい怪物にリヴェリア様のお肌が晒されてしまったら……!!」

『どうか私達を側に置いてください!』

 

 

 懇願してくるエルフ達にリヴェリアは溜息をつき、お前達がいるからそこに私がいると察知されるんだろうに……と思いつつも、時間の無駄だと悟って同行を許可した。

 

 

 エルフ達を引き連れ着いたのは、秘境の湧泉(ゆうせん)を彷彿させる狭い泉。リヴェリアは結わえていた翡翠の長髪を背中に流し、身に纏う装備を外し、生まれたままの姿になった。 

 

 

 一糸纏わぬ姿になったリヴェリアの体を清めにかかる数名以外は全員、厳重な警備体制を敷いている。どこまでも自分を王族として扱うエルフ達に再び嘆息しながら、リヴェリアは髪はともかく体は自分で清めると言い、一人で沐浴を始める。

 

 

 リヴェリアの髪に触れた者は陶然と(トリップ)し、リヴェリアがその美しい裸体を潤った水で洗う姿にレフィーヤ達は感嘆の息を漏らす。

 

 

 そんな絵画にありそうな美しい光景は――上から凄まじい勢いで降ってきた黒い物体によって破壊された。落下の衝撃で盛大に巻き上げられた水が、リヴェリアに覆いかぶさる。

 

 

「リヴェリア様ーーー!? ご無事です…………か……」

 

 

 敬意を払うべき王族の無事を心配するエルフ達が見たのは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――依頼(クエスト)の品を採取する寸前で岩が剥がれ落ちた時にはくそったれ、と思ったが……いいもん見れた。ほんっとエルフは見栄えがいいな」

 

 

 ふてぶてしい笑みを顔に刻む黒衣の男が、不躾にリヴェリアの顔や胸を眺めている姿だった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 女神にも勝る容姿を持ってしまったが故に、リヴェリアは自分に向けられる視線に込められた感情が分かってしまう。

 

 

 だからこそ驚いた。レインの目は恥ずかしい場所に向けられていたものの、一切下劣な感情が存在しなかった。あったのはリヴェリアを崇拝するエルフ達より純粋な感嘆だけ。

 

 

 同性ですら情欲の籠った目を向けることがあるというのに、女癖が悪いと噂の男は欠片もそういった類の感情を見せない。それがとても気になった。でなければ裸体を見られたことをすぐに許したりしない。

 

 

 地上に戻ってからすぐレインの事を調べた。すると噂に反することが多々あった。

 

 

 美人な女性店員がいる店に入り話しかける姿は見られるが、繁華街では一度たりとも姿を見られない。大量の酒の購入履歴はあるが、それを自身で消費したかは分からない。オラリオに多く存在する孤児院に多額の寄付をしていた。 

 

 

 むさ苦しい野郎が嫌いだと言いながら、レインに命を救われた多くの冒険者がいた。周りに凡人だ何だと言いながら、弱者を馬鹿にしたベートに怒りを見せた。たった一人で、Lv.8になったオッタルを無傷で下した。

 

 

 リヴェリアがいつしか惹かれるようになる程、レインは優しく、そして強かった。 

 

  

 だから教えてほしい。どうしてあんなに酷い噂を立てられたの? どうして否定しないの? どうして誤解されるような事をするの?

 

 

(知りたいんだ。優しくて強い、本当のお前を)




 リヴェリアがチョロい。

 アイズだけ血を浴びてないのは【エアリアル】があったからだよん。



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34話 緊張クラッシャー

 リヴェリアの問いに対するレインの答えはいかに!?


 時計だけが朝と夜を告げる迷宮の奥深く。時計の針は明朝の到来を告げる。

 

 

「リヴェリア様、団長と何かあったんですか……?」

「何もない。私の事より自分の状態(コンディション)を確認しろ。もうすぐ出発するぞ」

 

 

 王族(ハイエルフ)に師事するエルフの少女は、いつも相思相愛(カップル)と噂されるような雰囲気ではなく、どこかよそよそしい団長と副団長の様子に違和感を覚え、

 

 

「団長、様子がおかしくありませんか? まるでとんでもない弱みを握られてしまったかのような……」

「ちょっと寝不足なだけかな。昨日『とある秘密を知ってしまったおかげで、超美人なアマゾネスと結ばれた小人族(パルゥム)のF』という話を聞いて、なかなか寝付けなかったんだ」

「何故でしょう、とてもいいお話の気がします! お話で興奮して眠れなくなる団長、とっても可愛いです! 『遠征』が終わってお暇が出来たら、詳しくそのお話を聞かせてもらえませんか?」

「ハハ、ならこの『遠征』を無事に乗り切らないとネ……」

 

 

 想い人(フィン)の些細な変化には気が付いたアマゾネスの姉(ティオネ)は、想い人の意外な一面にますます好感度をアップさせて、その想い人がこっそり片手で腹部をさする事には気が付かず、

 

 

「……フィンとリヴェリア、様子がおかしいけど、どうしたんだろう?」

「さぁな。大方リヴェリアが着替えている途中で、フィンが天幕に入ってしまったとかだろ」

「そう、なのかな……?」

 

 

 長い付き合いの二人の様子の変化に何かを察しかけた金髪の剣士は、隣で朝食をかっ食らう黒い戦士の適当な言葉を信じこんた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――真相はこうである

 

 

 昨晩、先輩のアマゾネス(ティオネ)後輩のエルフ(レフィーヤ)団長(フィン)の天幕に侵入しようと計画し、それを『勘』で察したフィンは鍛冶師達のいる天幕に避難するか、レインのいる天幕に避難するかを思案。

 

 

 鍛冶師の天幕に避難しようと考えたが、そこには自分を抱き枕にすること間違いなしの女鍛冶師(椿)がいることを思い出し、もし抱き枕にされれば確実にティオネに殺されると判断。フィンはレインの天幕に避難することを決める。

 

 

 しかし避難した先では、まるで情事に及ぼうとする前の睦言(?)を交わす二人が! 見なかったことにしようとしたフィンだったが、見られた二人がそれを許すはずもなく、フィンは天幕に引きずり込まれた。

 

 

 顔を真っ赤にしてリヴェリアは立ち去りレインは笑顔で、

 

 

『これは俺が聞いた中でも、いっとういい話なんだがな? 俺の知ってる小人族(パルゥム)の話でな、仮にFとしとくが……ある時Fは、協力者である天才と身内の密会を目撃してしまったんだ。で、そいつは実におしゃべりな奴でな、それを酒の席で肴として漏らしてしまったんだな、これが』 

『……それでどうなったんだい、そのFは?』

 

 

 もうレインが何を言いたいのか理解しているフィンは、その続きを促す。

 

 

『なんやかんやあって自分を慕ってくれるアマゾネスの美女と結ばれるんだ。そのアマゾネスはとてもいい女でな。何も言わずとも朝から晩まで、ズッコンバッコンだ。結ばれた小人族(パルゥム)はそのアマゾネスにしか興味がなくなり、いつまでも幸せに暮らすんだ。どうだ、いい話だろう?』

『なんやかんやの部分がとても気になるし、それは洗脳と言っても過言じゃ――』

『いい話だよな?』

『ソウダネ……』

 

 

 レインはフィンの目をじっと覗き込む。

 

 

『で、何か見たか、F?』

『何も見てないよ。いや、羨ましいね、その同族(パルゥム)は』

『だよな。こんなに幸運な奴、滅多にいないよな。幸運は自分でつかみ取る物だと俺は思うがな!』

『『ハッハッハ!!』』

 

 

 明日から51階層に進攻(アタック)だというのに、胃がとても痛かった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 そんなことがあっても小人族(パルゥム)の団長は周りに心配させぬよう、『勇者』の仮面を被る。51階層へ続く大穴への道の前に立つ彼の後ろに、剣、大戦斧、杖、銀靴、大双刃、数々の武器を持つ冒険者が並ぶ。

 

 

「――出発する」

 

 

 フィンの静かな号令とともに、総勢十四名の精鋭パーティは出発する。前衛のベートとティオナがぎゃーぎゃー言い争う以外は何事もなく、51階層へ続く大穴に到着した。

 

 

「――行け、ベート、ティオナ」

 

 

 そこからパーティはフィンの指示に従い進み続ける。余計な戦闘、余計な物資は消耗をしない。倒さなければならないモンスター達は、前衛であるティオナとベート、遊撃を任せられたレインが始末する。走行の勢いは緩まない、緩めない。

 

 

「――来た、新種!!」

 

 

 進路上のモンスターの大軍を始末したティオナが、幅広の通路を埋め尽くす【ロキ・ファミリア】が最も警戒していた芋虫型のモンスターを発見する。攻撃しても防御をしても、武器と防具を破壊するモンスターは、

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオッ!?』

 

 

 不壊属性(デュランダル)の前に破鐘(われがね)の絶叫を轟かせながら散る。

 

 

「ははははは! 弱い、弱すぎるぞ!」

「うるせぇっ、黙って戦いやがれえぇえええっ!」

「ベートもうるさいよー!」

「……皆、もう少し静かに……」

 

 

 芋虫型を真紅の薙刀《紅閻魔》で両断するどころか粉砕し、風車のように振り回すことで腐食液を弾くレインにベートが怒鳴り、ベートに怒鳴るティオナの声でアイズの小声がかき消される。

 

 

 サポーターを怯えさせる程騒ぎながら行われた塵殺は、奮闘の陰でリヴェリアが『並行詠唱』を終了させたことで終わった。白銀の長杖から放たれた三条の吹雪が一直線に突き進み、無数の氷像を作り出す。

 

 

 乱立する氷像を砕きながら正規ルートを進むパーティは、あっさりと下部階層に続く階段に辿り着く。

 

 

「ここからはもう、補給できないと思ってくれ」

 

 

 道具(アイテム)の使用はこの場で済ませろと言外に告げる団長の言葉に、ここまで無傷で来た冒険者達は、ただ張り詰めた表情をみなで共有する。

 

 

「レイン、手前はここまで深い階層に来たことがない。何かあるのか?」

「さあ? 俺も49階層までしか潜ったことがないからな。『やっべぇ……途中でトイレに行きたくなったらどうしよ……』とでも考えているんだろう。特に女性陣が」

「なんと! それは確かに不味いな……いかに恥を捨てた手前と言えど、戦いながら致すのは避けたい。ん? レインは何故49階層までしか潜っておらんのだ?」

「それが不思議なことに50階層以降の情報が制限されているんだ。『遠征』も俺が不在の時を狙って行われるし……何でだろうな?」

『……………………~~~ッ!』

 

 

 部外者のレインと椿の会話に突っ込みたい【ロキ・ファミリア】。でも突っ込めば緊張感が微塵も残らず吹き飛ぶと分かっているので、割と必死に気を引き締める。

 

 

「――行くッ、ぞ」

(((めっちゃ我慢してる……)))

 

 

 感情に表に出さないよう苦労する団長に、【ロキ・ファミリア】の面々は気の毒そうな目を向けた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「――全く。ラウルもそうだけど、お前らは周囲に対する警戒が足りな過ぎるぞ!」

「今回は! 絶対にっ! 貴方が原因ですぅうううう!!!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()形成された長大な縦穴を落下しながら、レフィーヤは危機的状況にも関わらず目の前の男に叫んだ。自分を助けに来てくれたのだとしても、叫ばずにはいられなかった。

 

 

 レフィーヤは『デフォルミス・スパイダー』の糸に気が付かなかったラウルを庇い、結果的に58階層に生息する砲竜『ヴェルガング・ドラゴン』の砲撃によって出来た大穴に落ちた。

 

 

 ヒリュテ姉妹が彼女を助けるために大穴に飛び込もうとしたが、

 

 

「俺一人で十分だ! 凡人のお前らは固まって行動しろ!」

 

 

 レインが先に飛び込んだ。煽られてムキになった二人はすぐに後を追って飛び込もうとしたものの、レインの強さを信じたフィンに制止される。

 

 

「レインさんと椿さんが変な事言うから緊張感がなくなったんです!」

「どんな時も動揺せず、一定の緊張感を保つ。それができてこその一流だと俺は思うぞ」

「あ、ああ言えばこう言う……!」

 

 

 のらりくらりと躱すレインに、レフィーヤは抱えられている腕から逃げ出したくなった。しかし、この状態が最も安全だと分かっているので歯を食いしばるしかできない。

 

 

 レインはレフィーヤを横抱きし、横から飛んでくる『イル・ワイヴァーン』を足場にして落下していた。ただ足場にするのではなく、足場にした飛竜(ワイヴァーン)()()()()()()()下へ進むレインを見て、レフィーヤは飛竜(ワイヴァーン)に同情する。

 

 

「よし、地面が見えたぞ」

「――【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

 

 

 返事代わりに魔法を放つ。小型、中型、大型の様々な深層モンスター達は【妖精追奏(スキル)】によって底上げされた広域魔法で焼き尽くされた。

 

 

「おらよっ、と」

『ガッッ!?』

 

 

 降下しつつ適当な大紅竜の息の根を止めながら、レインは58階層に着地する。レフィーヤを丁寧に下ろしてやり、告げる。

 

 

「俺はここにいる全てのモンスターを殺す。お前は適当に魔法を撃て」

「…………私の魔法、必要あるんですか?」

 

 

 レフィーヤの返事を待たずに走り出し、ほぼ同時に残っていた七体の大紅竜を屠ったレインを見てレフィーヤは半眼で呟いた。もうレインの頭のおかしい発言に突っ込まない。

 

 

 何もしなくても目に見える勢いでモンスターが灰になるので、レフィーヤは自分を守る剣の結界を辛うじてすり抜けたモンスターに魔法を作業のように撃ち続けた。




 今回はネタ成分多めです。だってレインの強さと性格的に、スリルに満ち溢れた『遠征』なんて考えられないし……。


 そこ! ハブられたとか言わない!


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35話 穢れた精霊

 レインの無双回。今回は真面目な話を書くつもりだったのに、ネタ回感が半端ない。


 キャラ崩壊もある(かもな)ので、暖かな目で読んでください。


 オラリオの『頂天』は彼を”怪物”と呼んだ。

 

 

 オッタルが口にした言葉を聞いた者、彼がそのオッタルを下したと聞いた者は、彼が強者だということは理解できても、彼が”怪物”であるとは思えなかった。

 

 

 彼が実際にオッタルを下したのを見ていないというのもある。彼の普段の言動が”怪物”という言葉を思いつかせないのもある。

 

 

 だが、【ロキ・ファミリア】はオッタルの言葉がどれほどの重みを含んでいたのかを理解する。

 

 

 ――”怪物”の片鱗を見ることによって。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「レフィーヤを守ってくれたこと、砲竜(ヴァルガング・ドラゴン)を倒して我々の隊を手助けしてくれてこと。感謝するぞ、レイン」

「ふむん、その礼がお前からの抱擁か?」

「ああ。嫌だったか?」

「まさか! お前ほどの美人ならいつでもウェルカムだ」

 

 

 産出幕間(インターバル)に入ったのか、モンスターの出現が止まった58階層。フィンの指示で移動した南端で、功労者であるレインをリヴェリアが笑顔で抱きしめている。背中に手を回してしっかりと抱きつく姿は、まるで仲睦まじいカップルのようだ。

 

 

 が、周りの者達は笑わない。というか笑えない。嫉妬云々(うんぬん)は関係なく、リヴェリアの背中から黒い(もや)もとい瘴気が見えるのだ。似たような物をレフィーヤで見たことのあるアイズは、周囲を警戒するふりをしてさり気なくガレスを盾にする。

 

 

 エルフのレフィーヤとアリシアに何とかしろ! という目が向けられるが、二人とも何も言えないしできない。いや、今すぐにでも「リヴェリア様! そのような男に触れれば御身が(けが)れます!」と叫びたいのだが、下手すればあの抱擁が自分達にされるかもしれないのだ。

 

 

 羨ましいとは微塵も思わない。だってリヴェリア、力いっぱい抱きしめているもん。逃がさない――それどころか、このまま抱き殺してやる――という意志が透けて見える。

 

 

 リヴェリアから発生している重圧を至近距離で受けているはずのレインは笑顔だ。「こいつの心臓、絶対オリハルコンで出来ているだろ」と、キャラが崩壊しかけているフィンは心の中でそう思った。

 

 

 そんな周りを気にせず、レインとリヴェリアは笑顔で話す。

 

 

「ところでレイン。地面から生えている砲竜(ヴァルガング・ドラゴン)はなんだ?」

「発生した瞬間に倒した。そうすれば死体が邪魔になって、そこからモンスターは出現しないからな」

「なるほど。ざっと見ても四十を超える地面から生えた砲竜(ヴァルガング・ドラゴン)はそのせいか」

「おう。八時間は戦ったが、後半はかなり楽だったぞ」

「そうか。……で、その半分以上の頭部が地面にめり込んでいるんだが? まるで力の限り地面に叩きつけられたかのようにな」

「そいつらは尻から出てきた可哀想なタイプだ。生まれた瞬間、尻にとんでもない激痛を味わって死ぬ……やむなく実行した俺も、思わず泣いちまったぜ」

「涙どころか汗一滴見当たらないがな。では、壁面に頭部をめり込ませている十匹もか?」

 

 

 改めて58階層を見渡す。オラリオの面積を軽く超える長方形の広大な広間(ルーム)。壁だろうが地面だろうが、どこかに目をやれば大紅竜(ヴァルガング・ドラゴン)の死体が見える。

 

 

 四方の壁には最低一匹はめり込んでいる。つまり、レインはレフィーヤをモンスターの大軍から守りながらオラリオの端から端まで横断できる【ステイタス】を持っているということだ。仮にLv.6になるまで『敏捷』アビリティをSの999まで極めても不可能だ。Lv.6になって一年も経っていないレインなら尚更(なおさら)

 

 

 考えられるのはレインが【ステイタス】を偽っている、【ステイタス】を大幅に強化する魔法か『スキル』、または【ステイタス】の成長を促進させる『スキル』を持っているか、だ。リヴェリアはこの中のどれかが当たっていると確信している。そうとしか考えられない。

 

 

「壁の奴はレフィーヤだな。躊躇いなく尻に魔法をぶち込む姿に、俺もビビっちまったぜ」

「…………」

 

 

 レインとリヴェリア以外のパーティメンバーは、流石にこの重圧に耐えきれなかったのか離れた場所で武器の整備をする椿の周りに集まっている。武器の整備が必要ない魔導士なのに、レフィーヤは椿の近くにいる。そしてこちらを見ようとしない。

 

 

「……教えてくれないのか?」

 

 

 強力な『スキル』は生まれや素質も関係するが、ありきたりなのは強い感情による発現だ。それも憎悪、怒り、悲しみといった負の感情ほど発現しやすい。アイズの持つ対怪物最強の『スキル』がいい例だ。

 

 

 嫌な予感がする。ここで聞きださなければ、ずっと後で後悔するという予感が。

 

 

「――リヴェリア、レイン。もう出発するよ」

 

 

 再び王族(リヴェリア)の邪魔をしたのは、団長として時間を無駄にできない『幸福なF(笑)』だった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 意識を切り替えたパーティは未到達階層59階層に進出した。

 

 

 【ゼウス・ファミリア】が残した情報では59階層は『氷河の領域』。至るところに氷河湖の水流が流れ、極寒の冷気が第一級冒険者の動きすら鈍らせると……。

 

 

 しかし、レイン達の目には氷山どころか氷塊一つ見当たらない。あるのは不気味な植物と草木が群生する、報告とは違い過ぎる59階層だった。

 

 

 直上の58階層の規模を超える『密林』をフィンの指示で動く。進むのは何かを咀嚼し、何かが崩れ、何かが震えるような音がする方向。密林の左右に視線を走らせ警戒して進み続けること数分。

 

 

「……なに、あれ」

 

 

 先頭にいたティオナがパーティの総意を零す。樹林が姿を消し、現れた灰色の大地。吐き気を催すほどの芋虫型と食人花のモンスターと、その大軍に取り囲まれる巨大植物の下半身をもつ女体型。

 

 

 女体型は貪欲に『極彩色の魔石』を取り込んでいた。その姿を見てパーティは自分達が踏みしめている大地が、尋常でない数のモンスターの死骸そのものだと気付く。

 

 

『――ァ』

 

 

 レインは見た。

 

 

『――ァァ』

 

 

 醜かった上半身が盛り上がり、美しい身体の線を持った『女』が生まれるのを。

 

 

『――ァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』

 

 

 鼓膜を破壊するかのような歓喜の高周波に耳を塞ぎながら、

 

 

「完成体でこれか? 弱すぎるだろ……というか『エニュオ』とかいう奴、馬鹿だろ」

 

 

 『エニュオ』が迷宮都市(オラリオ)崩壊のシナリオを描くに至った『穢れた精霊』を、思いっきり馬鹿にした。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 圧倒的な忌避感を振りまく『穢れた精霊』がアイズを『アリア』と呼びまくり、それを聞いた【ロキ・ファミリア】達が動揺を(あらわ)にする。たどたどしく言葉を紡ぐ『彼女』にレインが冷めた眼を向けていると、

 

 

『――ソコノ汚イ黒ハ嫌。死ンデ、消エテ、――私ノ前カライナクナッテッ!!』  

「んだとこらっ! 誰が汚いだ、もういっぺん言ってみろ!」

 

 

 『彼女』もレインに――正確にはレインの腰にある剣に――冷たい眼を向けてきた。レインの叫びに反応した訳ではないと思うが次の瞬間、『魔石』を献上していた残る芋虫型と食人花が、勢いよく反転する。ほぼ同時に、出入り口が緑肉で塞がれた。

 

 

「総員、戦闘準備!!」

 

 

 誰よりも早いフィンの号令。鋭い首領の声に、混乱していたティオナ達の体が反応し、武器を構える。破鐘の咆哮を轟かせながら芋虫型と食人花がアイズ達のもとに驀進し、『穢れた精霊』は笑みをこぼしながら緑の触手を振るう。

 

 

 触手はアイズを狙ったものだった。ティオナとティオネが疾走して迎撃したが、触手は彼女達の手を痺れさせるほど重く、切り払われた敵の触手には傷一つない。それでもティオナ達が舐めるなと迎撃を重ねる。

 

 

「リヴェリア、詠唱は待て」

「フィン?」

 

 

 戦況を見定め行動に移そうとしていたリヴェリアをフィンは止める。右手の痙攣させ、戦況に誰より危惧を抱く彼の顔から、統率者の仮面がひび割れ、今にも剥落しそうになっている。

 

 

 女体型はそんなフィンを見て――笑みを深くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『【火ヨ、来タ――】』

「【嚙み殺せ、双頭(そうとう)雷竜(らいりゅう)】――」

 

  

 同時に、レインも笑みを浮かべた。二〇〇M(メドル)以上離れているにも関わらず、『穢れた精霊』には白い歯まではっきり見えた。

 

 

 女体型とレインから吹き上がる『魔力』の奔流。妖精(エルフ)以上の魔法種族(マジックユーザー)であるはずの『穢れた精霊』より、ただの人間であるレインの『魔力』が大きかった。そしてアイズは――初めて会った時と同じように、レインに殺意を抱く。

 

 

 モンスターが詠唱をした驚きすら掻っ攫った男は、必死に詠唱を続けながら下半身の十枚の花弁を正面に正面に並べる女体型に左手を向ける。

 

 

「――【ツイン・サンダーブラスト】!!」

 

 

 叱声と共に、千の雷光を束にしたような巨大な電撃の奔流が、よりにもよって二筋、竜の姿を模して互いに絡みつくようにして『穢れた精霊』に押し寄せた。

 

 

 女体型を守るようにして立ち塞がった芋虫型と食人花、撃ちだされた触手は、まるで噛み千切られたかの様に消滅した。二体の雷竜が巨大な花弁に触れる直前、フィンの目に女体型の泣きそうな表情が映る。

 

 

「―――――」

 

 

 レインの魔法は遠く離れた向かい側の壁まで届き、途中に広がっていた密林、張り付いていた緑肉を爆砕する。59階層を青白く染め上げた光から目を庇った腕を下ろすと、そこには、

 

 

『【代行者ノ名ニオイテ命ジル与エラレシ――】』

 

 

 十枚の花弁の盾を失いながらも、勝ち誇った表情を浮かべる女体型がいた。どうやら花弁を焼失させながらも、受け流すことに成功したらしい。

 

 

 リヴェリアに結界を張る指示を出し遅れたフィンだったが、もう苦渋の感情なんて欠片も残っていない。他の団員も似たような状態だ。『穢れた精霊』、お前、勝ち誇っているけど――

 

 

「【嚙み殺せ、双頭の雷竜】」

 

 

 お前の詠唱速度がいくら早かろうと、レインは超短文詠唱。お前より早いぞ……。

 

 

「【ツイン・サンダーブラスト】」

 

 

 『穢れた精霊』が誰から見ても分かるくらい顔を引きつらせた。

 

 

『――イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』

 

 

 59階層に『穢れた精霊』の泣き声が響き渡った。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言うと『穢れた精霊』は生きていた。泣き声に応えるように地面から――あたかも下部階層から放たれたかのような触手がレインの魔法を辛うじて防ぎ、『彼女』を救った。

 

 

 しかし女体型は恐怖で『魔法』の制御を乱し、魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を発生させた。再び姿を現した女体型は、ちょっと同情するぐらいボロッボロだった。

 

 

 その姿を見てレインを除いたパーティは、早く倒して楽にしてやろうと意思統一。レインに残っていた芋虫型と食人花の相手をしてもらい、見事に『穢れた精霊』討伐を成功させた。

 

 

 相手は瀕死だったにも関わらず【ロキ・ファミリア】はかなりの傷を負わせられ、全員がレインの異常性を認識することになる。

 




 レインのスキル【竜之覇者(ドラゴンスレイヤー)】。レインは発現してしばらくの間は発動させっぱなしでしたが、怪物祭辺りで制御に成功。

 遅すぎると思うだろう? でも常時発動型の『スキル』を抑え込むこと自体が異常なのだよ。


 五十を超える『ヴァルガング・ドラゴン』……ハンマー投げとモグラ叩きを経験し死亡。


 レインの剣……次回で何かわかるかもしれない?


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三十六話 レインの剣

 どんどんレイン教が増えていくと嬉しい。レインの二次小説が増えると更に嬉しい。


「本当にベル君を助ける事だけが目的なのかい、ヘルメス?」

 

 

 薄闇に包まれる洞窟で言葉を発するのは、禁止事項であるにも関わらず、眷属の無事を確かめるためだけにダンジョンに足を踏み入れた神、ヘスティア。彼女が問いを投げかけるのは、ヘスティアと同じように禁止事項を破った神ヘルメス。

 

 

 ベルとその仲間を助けるために結成された急造のパーティの陣形は、神々(かれら)を中心にして組まれている。周囲を力ある冒険者達に囲まれながら、ヘスティアは隣にいるヘルメスをじっと見上げる。

 

 

 ヘスティアは一度、ヘルメスにどうしてここまで協力的なのかを尋ねた。大した親交もないのに自分(ヘルメス)の眷属を同行させたり、正体不明ながらも強力な助っ人を雇ったりしてくれるのは何故なのかと。

 

 

 するとヘルメスは、とある人物――ベルの育ての親からベルの様子を見てきてほしいと頼まれた、それに自分もベルに興味があると答えた。時代を担うに足る、英雄(うつわ)のであるのかを見極めたいのだと。

 

 

 確かにヘルメスは己の神意を打ち明けた。じっくりとヘルメスの神の面影を窺わせる静かな表情を見たヘスティアは、そう判断する。ついでに「こんな男神(おとこ)じゃなくて、ベル君の可愛い顔を眺めたいよっ」とヘルメスをディスる。

 

 

 しかし同時に、ヘルメスが全ての神意を打ち明けていない事も見抜いた。しかもこの男神(おとこ)、それをわざと自分に気が付かせた……?

 

 

「よく訊いてくれた、ヘスティア! そっちから尋ねてくれて助かるよ。俺からは切り出しにくかったし」

「……その言葉を聞いた途端、一気に聞きたくなくなったよ」

「ひどいなぁ。それじゃあまるで、これから俺が喋ることが凄いヤバい話みたいに聞こえるじゃないか!」

 

 

 ヘスティアの勘を肯定するように、ヘルメスの表情が軽薄なものに変わる。「他神と人類(こども)の不幸は蜜の味だよん♪」と嬉々として言う、下種な神々の顔だ。

 

 

「俺が今回の旅から帰ってきたのは、自称ベル君の育ての親からの頼みだけじゃない。旅の目的をすぐに果たせたというのもあるんだ」

「目的?」

「そう。今回の旅はとある人類(こども)の調査だったんだけど、分かったことがヤバすぎてね。しかもヤバさを共感できるのが神々(おれ達)しかいない上に、おいそれと漏らせない情報だ」

「そんな情報を僕に教えようとするなよ!? やめろ嫌だ聞きたくない!」

「一緒に冥界(ゲヘナ)へ行こうぜ、ヘスティア!」

 

 

 全力で耳を塞ぐヘスティアを見て、いい笑顔のヘルメスは指を鳴らす。ため息を吐きながらもアスフィは、無理矢理ヘスティアの手を耳から引き剥がす。

 

 

「俺のもう一つの目的。それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――一度使えば不変の神々(おれ達)ですら狂気に囚われる、『古代』に人の手で製造されし呪われた魔剣――いや、()()《ファナティクス》を使っている人類(こども)に会うためさ」

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 場所は【ロキ・ファミリア】の作成した野営地。そこに想い人であるアイズによって運び込まれたベルは、絶賛大ピンチであった。

 

 

 ベルを窮地に追いやったのは右隣で爛漫に笑うアマゾネス、ティオナ。【ロキ・ファミリア】の善意で分けてもらった食料を仲間のヴェルフとリリ、今いる人気のない場所に案内してくれたアイズと一緒に食べていると、歩み寄ってきたティオナとティオネがベルの両隣に座り込み、

 

 

「どうやったら能力値(アビリティ)オールSにできるの?」

 

 

 派閥(ファミリア)以外には最も知られてはいけない能力値(アビリティ)、それを大勢の前でバラした。咄嗟に逃げようと考えたが、左隣にいるティオネが瞳を細めて薄く笑っており、冒険者の本能が逃走は不可能だと判断する。

 

 

 一宿一飯の恩として正直に答えてもよかった。しかし、ベルが「憧憬(アイズ)を追いかけてました」と若干犯罪臭のする真実を口にしようとするのを、何でもない風を装いながら、全神経を集中して聞き耳を立てるアイズが邪魔をする。

 

 

 仲間に助けを求めようと目を向ければ、ヴェルフは眼帯を付けた女性の鍛冶師に絡まれ、リリはティオナ達ごとベルを睨んでくる。リリが睨んでくる理由は理解できないが、つまるところ仲間の助けは期待できない。

 

 

 孤立無援。冷や汗を垂れ流しながら意識を手放しそうになったベルだったが、無遠慮すぎる()()()()()によって研ぎ澄まされた感覚が背後からの視線を感じ取り、藁にも縋る思いで振り向く。

 

 

「……いつからいたんですか、レインさん」

「お前がアイズの体臭に顔を赤くしていた時からだが?」

「素直に最初からいたと言ってくださいっ! それだと僕がへ、変態みたいになるじゃないですか!?」

 

 

 救いなんてなかった。木に背を預けて肉果実(ミルーツ)を齧るレインの誤解を招く発言にベルは唾を飛ばしながら叫ぶ。体臭、という言葉を聞いたアイズは膝に回していた腕をほどいて鼻に寄せて、くん、くん、と鳴らす。

 

 

 「僕は変態じゃないんです!」と、「貴方からは清水の香りしかしませんよ!」のどちらのセリフを言うべきかをベルが悩んでいると、

 

 

「レインにも聞いておくことがあるわ。あんた、本当に味方?」

 

 

 笑みを消し去ったティオネが威圧感丸出しでレインに話しかける。ベルは自分の冷や汗の種類が変わるのが分かった。

 

 

「オッタルを倒したことについては、あんたの『体の無駄を無くして相手の先を読む』って言葉を信じるわ。でも、超短文詠唱でリヴェリアを超える魔法。あれは何?」

「あー! それ、アタシも気になってた!」

 

 

 無関係の人間もいるこの場所で『穢れた精霊』や『怪人(クリーチャー)』の単語は出せない。しかし、無関係の人間もいるからこそ、レインは逃げられない。

 

 

「ただの人間のあんたが生粋の魔法種族(マジックユーザー)、それも王族妖精(ハイエルフ)のリヴェリアに魔法で勝つなんてありえない。『レアスキル』、それとも……とっておきの『ズル』でもなければ」

 

 

 ティオネはレインを疑っている。レイン自身が怪人(クリーチャー)、もしくはそれに関係しているのではないのか? これで手柄を立てれば団長にムフフ……とティオネが内心で自分を褒めていると、

 

 

「俺はだな、前から『こいつって馬鹿?』とか思ってたが、俺が思うより遥かに馬鹿だったな、お前って」

「何ですってぇ!?」

「だってそうだろ。俺が味方じゃないなら、59階層でお前らを見捨ててる――」

 

 

 ティオナに羽交い絞めにされるティオネを論破しようと、レインが口を滑らせ始めたその時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――ぐぬあぁっ!?』

 

 

 野営地の外側から、幼い少女らしき悲鳴が届いた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「俺の名はヘルメス。君がフレイヤ様のお気に入りのレイン君だね。会えて嬉しいよ!」

「ああ、お前が間抜けな追跡者(ストーカー)共の親玉のヘルメスか。俺はちっとも会いたくなかったな」

 

 

 ベル達が貸し与えられている天幕から少し離れた所で、にこやかに笑うヘルメスと不敵な笑みを浮かべるレインが対峙していた。黒い笑みを浮かべる二人の側にいるアスフィは鳴き声を上げるお腹をさする。

 

 

「唐突な話なんだけどね。ある国で永久手配を受けている黒衣の男がいるんだけど、これ、君だったりしない?」

「その手配された誰かって、本当にレインって名前の奴か?」

「いや、問題の罪人は名無しの黒衣の男ってだけだよ」

「そりゃ人違いだ。俺は道端で捨て猫を見ただけで涙目になる男だぞ。そんな優しい奴が、どんな罪を犯すってんだよ、えっ」

 

 

 どの口でぇ……!? 必死の尾行を全て『怪物進呈(パス・パレード)』で振り切られたアスフィは拳を握る。

 

 

「じゃあさ、カイオス砂漠のとある国では、アラムという美少年の王子が革命を起こしたんだ。今ではその王が助けを求めれば黒衣の戦士が現れるって噂があるんだけど」

「その黒衣の戦士に名前はあるのか?」

「こっちも名前はないかな。でも特徴からして君だよね?」

「それも人違いだね。俺は外で小石が跳ねる音を聞いても、胸がドキドキする小心者だぞ。革命を起こした王の助けになれる男に見えるってのか?」

 

 

 神の前では嘘はつけない。だがレインは断言する。

 

 

「……ふふっ。期待以上の男だよ、レイン君」

 

 

 謎の言葉を言い残し、ヘルメスはベル達のいる天幕へ入っていった。




 レインの剣は人類からは《ルナティック》。神々からは《ファナティクス》と呼ばれている。正式名称は誰も分からない。(この設定は後から変わるかも)


 剣は使用者を必ず狂わせるので、使い捨ての兵器感覚で使用されていた。所有者には敵陣深くまで突っ込んで使わせる。


 アリィはヒロイン……なのか?


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三十七話 リヴィラの街で

レインのステイタスを考えました。次かその次に載せると思います。


今回はネタ回に近い。


 18階層の『夜』が終わり、朝が来た。朝食を食べ終わったベル達は、安全に地上に帰還するための都合上で出来た暇を用いて、ダンジョン内に存在する『街』を訪れていた。『街』を訪れるメンバーはベル救出パーティ及び、【ロキ・ファミリア】の幹部三人の予定だったのだが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――よく俺の前に顔を出せたな、まっくろ黒助!」

「桜花殿、落ち着いてください!」

「そ、そうだよ……この人はまっくろ黒助みたいに可愛くないよ……」

 

 

 極東の戦闘衣(バトルクロス)を身に纏う巨漢、桜花が声を荒げながら目を険しくする。それを宥めるのは生真面目な少女、命だ。千草はおどおどして役に立ってな……いや、相手をけなしている。ちなみに、まっくろ黒助というのは極東にいるとされる妖怪だ。

 

 

 仲間に危機が迫ろうと冷静さを失わない精神を持つと思っていた男の怒りに、ベル達は驚く。仲間の命と千草は驚いていないが。

 

 

 対峙するのはまっくろ黒助、もといレイン。レインは面倒な女(リヴェリア)の詰問から逃げるために『街』へ足を運び、『街』のある『島』へ渡るための天然の木橋の前で偶然ベル達と出くわし、突然大男から怒鳴られたのである。

 

 

 無駄にでかい声にレインは顔をはっきりとしかめながらも大男をじろじろと眺め、問うた。

 

 

「……お前、誰だ?」

「貴様、俺のことを本当に覚えてないのか!? あれだけのことをしておいて、俺の名前どころか顔も覚えてないだと!」

「俺は男はあまり記憶しない方だから」

 

 

 大真面目な顔で首を傾げるレインに、桜花が唾を飛ばして喚いた。周囲の面々は、桜花の怒りっぷりや彼の仲間である命達の反応、レインの性格から何らかのいざこざがあったのだと察する。

 

 

「俺が【ランクアップ】が報告されたのはあのすぐ後だぞ! 少しぐらい記憶に残ってないのか!」

「……ああ、よく見たらお前……ダンジョンで『女の下着が見えそうだったら絶対に見逃さねえ! それが俺だあぁぁぁ!』とか叫んだ変態じゃないか」

「とんでもない出鱈目を言うんじゃないぞ貴様あぁぁぁぁっ!? タケミカヅチ様に誓ってそんな妄言口にしたことがない!」

「あ~……悪い。声に出してたか。お前の知られたくない過去を言ってしまってすまん」

「俺をからかっているな貴様っ! ここまで侮辱されて聞き流すほど、俺は人間が出来ていないぞっ」

「うん、そりゃ見れば分かるな」

 

 

 そういや初めてダンジョンに潜った時にいたな、とレインは今更ながらに思い出す。しかも思い出したことをそのまま口にしていたようで、桜花の顔が思いっきり引きつっていた。額に浮かんだ青筋が脈打っている。

 

 

 レインの言葉を聞いたアイズと命と千草以外の女性陣が、桜花に軽蔑の目を向けかけたが、

 

 

「そもそも、さっきのセリフはお前が言ったんだろうがっ! どれだけ都合よく記憶を捻じ曲げているんだ! あの後、仲間からの目が凄まじく厳しかったんだぞ!」

 

 

 必死に自制しているのか全身が震える位、拳を握りしめた桜花の叫びを聞いて、一気に同情する目になった。ベルとアスフィは仲間を見る目を向けている。特にヘルメスの命令でレインを尾行し苦労させられたアスフィは、何かを思い出したのか目頭を押さえていた。

 

 

「俺が聞いたら激しく同意しただろうが」

「同意しなかったら肩を握り砕くと脅したのはどこのどいつだ!」

「そんな奴、知らん!」

「お前だろうが! っておい、話を聞け!」

 

 

 レインは何の(やま)しさもない顔で断言してから一足先に『リヴィラの街』へ入っていく。喉をからし肩を上下させるほど叫んで、疲れ切った桜花の肩を不仲のはずのヴェルフが叩いて労っていたのが、昨日の天幕での出来事を知らない【ロキ・ファミリア】以外のメンバーにはやけに印象に残った。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「ここにあるバックパックと大刀をくれ。代金はボールスに請求しろ」

「毎度ありっ」

 

 

 『リヴィラの街』の特徴である地上の同種の品と桁が一つ二つ異なる商品を、レインは惜しげもなく買う。購入された品は、欲しがった張本人のヴェルフとリリの手に渡された。

 

 

「ほれ。お前らが欲しがった物だ」

「ありがとうございます。ですが、よいのですか? 代金を他の人のツケにしたようですけど……」

「問題ないぞ。本人も納得している」

「いやそれ、絶対に嘘だろ。さっきの店の店主が請求しに行った奴、すげえこっちを睨んでるぞ」

 

 

 ヴェルフが指を向ける先には、桜花の「ぼったくり」の言葉を聞いてギロリと凄んだ眼帯の大男がいた。大男は

桜花の時の数倍の眼力でレインを睨みつけているが、レインは露ほども動じてない。それどころか、

 

 

「あっれぇ~? レイン君、昨日、外で小石が跳ねる音を聞いただけで、胸がドキドキする小心者って言っだダダダダダ!?」

 

 

 リリが怯む眼光を向けられても平然としているレインを、昨日の話を持ち出して、からかおうとしたヘルメスの頭にアイアンクローをかける。男神から上がる汚い悲鳴を聞き流し、ティオナが気になっていたことを尋ねた。

 

 

「レインってさ、この街じゃ支払いをぜーんぶ、ボールスに押し付けてるよね。何でなの?」

「私も気になってたわ。あの金の亡者が滅茶苦茶渋ったとはいえ、ちゃんと代金を払っているもの。おかげで毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の特効薬を買い占められたのだけれど」

 

 

 全員が金の亡者と呼ばれた男を見る。ティオネが言った通り、ボールスはすごく嫌そうな顔で『魔石』や『ドロップアイテム』を代金分、相手に渡している。

 

 

「俺とボールスで賭けをしたんだよ。目先の欲に目がくらんで自爆したのがあの馬鹿だ」

 

 

 ベル達が無言で詳しく話せと促してくるのでレインは教えてやった。()()、ボールスに聞こえる位の大声で。

 

 

 まずボールスという男はクズだ。金と女が大好物で、弱い相手や弱みを握った相手には強気に出る。そしてイケメンは死ねと思っている。

 

 

「初めてこの街に来た絶世の美男子である俺をブ男(ボールス)は嫉んだんだよ。そこでアホな考えを実行した」

(((((うぜぇ)))))

 

 

 自然な動作で髪をかき上げながらの自画自賛。純真無垢達(ベルとアイズ)はかっこいいと感じたが、他は認めたくないがレインがイケメンなのは事実なので、内心で毒を吐く。ヘルメスは痛みで毒づく余裕がない。

 

 

 ボールスが考えたのは、『初めてこの街に来た男は、この街の頭のボールスと力比べをしなければならない』というもの。しかも必ず賭けをしなければいけないという条件付きだ。これを受け入れなければ、一切街を利用させないとの脅迫文もある。

 

 

 ボールスにとって勝ちの目しかない勝負だ。初めて『リヴィラの街』に来るということはほぼ確実にLv.2.Lv.3のボールスが負ける理由がない。ボールスが最初に狙った相手は、武器だけは一級品だが他はただの黒い服の男。

 

 

 誤算だったのは、その初めて見る顔の男が最強にも程があるLv.9だということ。

 

 

「詭弁をまくし立てながら襲い掛かってきたボールスに、俺は恐怖と狼狽を乗り越え、決死の反撃を試みた。実に危ないところだったが、俺は勝った」

 

 

 レインは悲壮な声で語り終えたが、最後の言葉は誰一人信じなかった。全員、この男が狼狽することなんぞあり得ないと確信していた。

 

 

「どんな風に反撃したの?」

「よく覚えてない。でも火事場の馬鹿力が発揮されたのか、ボールスは三〇M(メドル)以上吹っ飛んだぞ」

 

 

 ティオナの問いにレインは悲壮な声で答える。

 

 

「賭けの内容は何だったのですか?」

「『一年間、相手の命令に絶対服従』だ。仕方なく使ってるけど、本当はやりたくないんだ」

 

 

 リリの問いも悲壮な声で答える。約束を破った時は【男殺し(アンドロクトノス)】フリュネ・ジャミールと同衾してもらうことになっている。ボールスもヒキガエルのような女とは情事をいたしたくはない。ちなみに、この罰はレインが考えた。

 

 

 ボールスもレインを奴隷のように扱おうとしていたので、レインも容赦はしない。あの馬鹿みたいな案は勝負に勝ってからすぐに破棄させた。

 

 

「……レイン君……、確か……捨て猫に涙を……浮かべるんじゃ……なかったのかい……」

「捨て猫は殴れないが、野郎なら殴れるさ」

 

 

 瀕死のヘルメスの言葉は普通の声で斬り捨てた。このレインが作った名言は神々に音速(マッハ)で広まり、長らく使われることになる。

 

 

 この後、レインは18階層名物『ダンジョンサンド』を人数分頼み、それに加えてヘスティアが目に付けた香水の代金をボールスに押し付けた。




リヴィラの街をずっとリヴェラの街と勘違いしてました。見つけたら誤字報告してもらえると助かります。


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三十八話 疑問

 レインの【ステイタス】があとがきにあります。どうしてそんな【ステイタス】になったのかも書いております。


 今回はずっと書きたかった話です。


「あんたはそれでいいのか? どうしてあんなクズ共を見逃すんだ!?」

 

 

 意外なほど激しい口調で少年が叫ぶ。初めて出会った時から常にクールだった彼の怒りに、女神はただ悲し気な笑みを浮かべる。

 

 

「……私と君は似ているんだよ。あの時、あの場所で、何もできなかった自分を責めることはできるけど、周りに理由を押しつける事だけはどうしてもできなかった」

「あんたと俺は違うっ。あんたには悪い所なんて一つもないだろう……!」

 

 

 少年は表情をくしゃっと歪めそうになったが、辛うじて堪え、いつもの冷静な表情を取り戻した。でも、心の内では今も激しく感情が荒れ狂っているせいか、声は微かに震えを帯びていた。

 

 

 本当に優しい……優しすぎる人類(こども)だ。『スキル』として顕現するほどの憎悪を抱えていながら、他の者を気遣える。同じ事をできる者はこの世にどれだけいるのだろうか……。

 

 

 もう諦めてしまった自分とは違い、強い子だ。彼はきっと否定するだろうけど、自分より彼の方がつらい。自分と似ていると言ってしまったことが申し訳ない。

 

 

 世界で誰よりも優しい癖に、それでいて誰よりも強い彼は、弱音を吐くことなくこの秘密を背負うだろう。逃げたとしても誰も責めやしないのに、彼は決して目を逸らさず逃げようとしない。

 

 

 それが女神にとって悲しく――それ以上に嬉しかった。かつて最強だったゼウスの眷属を遥かに超えるこの子になら、自分の願い(重荷)を託せると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女神はそんな自分を殺したくなった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 野営地から遠く離れた、深い森の一角。巨大なクリスタルで囲まれたその場所には、暗色のローブを身に纏ったエルフとヒューマンの青年が地に横たわっていた。彼等の四肢の腱は無残に切断されており、身動き一つ取れなかった。

 

 

「何回も邪魔をしたからか、お前ら全く姿を見せなかったよな。無駄に手間取らせやがって」

 

 

 闇派閥(イヴィルス)の残党達の所持品を漁りながら、レインは愚痴を零す。残党達は逃走、及び自爆をさせないために腱を斬られた痛みでうめき声しか漏らさない。

 

 

 18階層にいる全ての者達を騒然とさせた光の奔流――レフィーヤとベルが地中の門番(トラップ・モンスター)を倒すために放った魔法――が姿を現した瞬間、レインは姿が見えない二人を探すため、18階層全域を発展アビリティ(エクシード)で探知した。

 

 

 そして見つけた。重症を負ったレフィーヤとベル、二人を庇いながら食人花(ヴィオラス)を相手取る覆面の冒険者。そこから急いで離れようとする――溝のように濁った気配の二人組。

 

 

 『異端児(ゼノス)』を守るためにレインは似たような気配を持つ奴等――狩猟者(ハンター)達と何度も敵対した。生け捕りにしたのだが、全員『呪詛(カース)』で自害した。――この時、【竜之覇者(スキル)】の魔法吸収障壁による魔法封印が『呪詛(カース)』には通用しないと気付くことになる。

 

 

 同時に異端児(ゼノス)達には深層域で手に入れた魔石を与えて、自力を底上げした。そのせいか狩猟者(ハンター)達は微塵も姿を見せなくなり、警戒を緩めていたのだが――

 

 

「聞きたいことがある。Lv.5相当の『バーバリアン』、『セイレーン』、『アラクネ』を知らないか?」

 

 

 【ヘルメス・ファミリア】が24階層の調査を終えて少し経った頃、三体の異端児(ゼノス)が姿を消した。血の跡すら残さず、綺麗さっぱりと。

 

 

 フェルズからその情報を伝えられてから、レインはしらみつぶしにダンジョン内を調べ回った。エクシードを全力で使用しながら、しかもLv.9の【ステイタス】を存分に発揮して行ける限りの場所を向かった。

 

 

 ()()()()()()()()()()。『上層』から『深層』の隅から隅まで三度も見回り、気になった箇所を盛大に破壊した結果、未開拓領域や生きた化石のようなモンスターも確認したというのに、行方不明になった異端児(ゼノス)は見つからない。

 

 

 故にレインは探す対象を隠れながらコソコソ動き回る闇派閥(イヴィルス)に変えた。

 

 

「さっさと吐け。急がないと面倒なエルフが来る」

「ぐうぅっ……」

 

 

 『D』という記号が刻まれた球体をポケットにしまいながら、レインは男達に圧力をかける。距離的に二分もしない内に闇派閥(イヴィルス)を憎む酒場のエルフがここに来てしまう。日の当たる世界に住むべき彼女に手を汚させたくない。

 

 

「は、はははっ! まさか私の所へ来てくれるとは……。確かに生きる亡霊となった男だ」

「……何がおかしい」

 

 

 エルフの青年が顔を引きつらせながら嗤った。当てずっぽうか確信を持ってか告げられた青年の言葉に、レインは圧力を強くする。だがエルフの笑い声は止まらない。

 

 

「未だ敗北を知らぬ男よ。お前の願いは叶わない。我等が主の怒りを買ったお前にはな」

「……意味が分からん」

「ふは、ふはははははっ、はははははっはは――ヵ」

「!」

 

 

 理解できないことを口にしながらエルフの青年は笑い続け、唐突に灰となって消えた。すぐそばにいたヒューマンの男も同様だ。僅かに感じた魔力から察するに、恐らく『呪詛(カース)』が発動したのだろう。残ったのは男達が身に纏っていた衣服とローブだけ。

 

 

「俺の願いだと……馬鹿馬鹿しい」

 

 

 少しの間レインはエルフの青年の言葉を反芻した後、素早くその場から立ち去った。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 翌日。【ロキ・ファミリア】は昨夜届いた特効薬のおかげで、全員が動けるようになった。既に主力構成員が組み込まれた前行部隊が出発しており、もうすぐ野営地後に集まっている後続部隊も出発する。

 

 

 第一級冒険者のレインはもちろん前行部隊。一太刀で17階層の階層主『ゴライアス』を仕留め、悔しがるベートやティオナを馬鹿にしながら地上に帰還している――はずだった。

 

 

「知ってるか? 極東には『馬鹿は高い所に上る』という言葉があるそうだ」

 

 

 中央樹の真東に存在する一本水晶。その近くには周囲より一段高く隆起している高座(ステージ)……円形の舞台が存在しており、そこでは一人の少年が甚振られる見世物(ショー)――無法者達の宴が繰り広げられていた。

 

 

 人の悪意、敵意、害意の渦巻く神の試練を作り出したヘルメスは、見世物(ショー)を見るために登った木の上で待ち構えていたレインに顔を引きつらせていた。安全のためしっかりと登らせてもらえたが、首元でうなり声を上げる魔剣に顔色が悪くなる。

 

 

「……いつから気付いていたんだい?」

「最初から。止めなかったのは、こうして尻尾を掴むためだ。悪趣味な企みを実行した神が木から落ちても、なんら不自然ではないだろう?」

「どうすれば見逃してくれる?」

 

 

 直球でヘルメスは聞いた。バレたら不味いが神威を使ったとしても、この子供は絶対にやる。この子は決して強大な力には屈しない。

 

 

「直球だな。ならこちらも――俺の過去をどこまで知った?」

 

 

 ――強すぎる殺気を放てる者の顔は見えなくなると、アスフィは二十二年生きて初めて知った。

 

 

「君が冒険者になった理由を知っている……そう言ったら?」

「オラリオから一柱、神がいなくなる」

「俺の眷属も何人か知っている。あの子達はどうするんだい?」

「口止めだけする。敵対しない者なら俺は殺さない」

「ここで俺を殺せば神の力(アルカナム)が発動して、罪のない地上の子供達が大勢死ぬぜ?」

「問題ない。今からお前の意識を奪って、地上で息の根を止めればいいだけだ」

 

 

 レインが拳を引き絞る。アスフィが主神を守ろうと必死に身体を動かそうとするが、レインから放たれる力の波動で意識を失わないようにするので精いっぱいだ。指先すら思う様に動かせない。

 

 

「……じゃあ一つだけ質問だ。これが聞くに値すると感じたら今回だけは見逃してくれないかい?」

「それが遺言になるだろうが、なんだ?」

 

 

 ヘルメスは冷や汗で服が重くなっていくのを感じながら口を開いた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レイン君の恋人……フィーネちゃんだっけ? 君はフィーネちゃんの遺体がどこにあるのか知っているのかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結末がどうなったのかは分からない。一柱として神が送還されず【ヘルメス・ファミリア】が消滅しなかったことだけが事実だ。




 書いたのはLv.5の時の【ステイタス】です。Lv.9は別の所で使います。 


 レイン(Lv.5最終ステイタス。期間は半年)

 Lv.5

 力:Ex 8723
 耐久:SSS 1476
 器用:Ex 24511
 敏捷:Ex 19465
 魔力:SSS 2837


 レインはアミッドに出会うまで防ぐことをしませんでした。全部ぎりぎりまで引き付けて避けており、極稀に弾いて防いでいました。Lv.5になる以前は『耐久』は更に低いです。元々『耐久』が伸びにくいのもありますが。


 魔法も似たように滅多に使わなかったので『魔力』が低いです。


 レインの【ステイタス】は力・器用・敏捷が丸二日三日でカンストします。Sを超えてからは上昇値が減ります。それでも一日鍛錬すればトータル300以上伸びるという化け物っぷり。


 原作レインは一秒でも強くなる成長チート。でもそのままだとダンまち世界を舐めすぎているので、以上の【ステイタス】になりました。……一秒で強くなってたら、一日で上昇値が一万超えちゃうよ……。


 レインは黒竜戦以降、本気になったことはあれど全力は出していません。そうしないと鍛錬にならないので。『魔法』だけは『スキル』も使って威力増強。


 こんだけ【ステイタス】お化けのレインでも倒しきれなかった黒竜っていったい……!?


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三十九話 フィーネ

小説を読んでいて不思議に思ったことをそのまま組み込んだ。


今回は後半が重要です。


「――」

 

 

 優男の笑みを浮かべる腹黒男神の言葉にレインは激しく動揺した。強靭な自制心ですぐさま精神を立て直しほぼ全てを内面だけに留めたが、人の弱い一面をついて試練を生みだす神は見逃さない。

 

 

「どうやら君にとって聞く価値のある情報だったようだね。とりあえずアスフィが失禁寸前だから、殺気を引っ込めてくれ」

「……」

 

 

 ヘルメスの言葉を聞いて、レインはまともに息もできず顔色が青を通り越して白になっている水色(アクアブルー)の髪の女性を一瞥し、殺気を完全に消し去る。身体を押し潰す圧力が消えた途端、アスフィは大量の汗を流しながら肩を上下させた。

 

 

「誰だったっけ、遺言がどうとか言ったのは――っと、待ってくれよっ。ちょっとくらい仕返ししてもいいだろ?」

「さっさと話せ」

 

 

 レインの内面を表すように魔光(パルス)が荒ぶる魔剣を喉に突き付けられても、ヘルメスはわざとらしく両手を上げながらも余裕を崩さない。剣がそれ以上動かないと分かっているからだ。

 

 

 誰がこの場を支配し、誰がこの場で有利なのか……それを理解しているのはたった二人。

 

 

「俺が君を本格的に調べようと思ったのはタケミカヅチ……技と武を司る俺の神友から面白いことを聞いたからだ」

「面白い話、だと……?」

「そうさ。半月くらい前かな、あいつがジャガ丸くんの支店(バイト先)で『う、うぐぐ……!? 俺より僅かに劣るが武を極めた子供がいたことを喜びたい……だがっ、俺が数億年かけて辿り着いた境地に十数年で辿り着かれた事を許せない俺がいるっ! ――ぐおおぉぉぉぉぉおっ、俺は神失格だぁ!』って頭を抱えていたのを見たんだ。はは、あいつが神失格ならほとんどの神が神失格になるよ」

 

 

 レインの頭の中に偶然見かけた体運びや足さばきが凄かった、ジャガ丸くんのエプロンを付けた神が現れる。教えを乞うか少し考えながらも、結局その神の動作を眺めるだけに留めた事を思い出した。

 

 

 タケミカヅチとやらに見られた可能性があるとすれば、おそらく孤児院の子供達に剣を振る姿を見せてほしいと言われた時だろう。武神ならばそれを見るだけでレインの技量がどれ程のものか見抜けるはずだ。 

 

 

「よっぽど悩んでいたのか、ジャガ丸くんを盛大に焦がしていたよ。まあ、そのおかげで簡単に悩みを聞き出すことができた。その悩みの種の子供が、青白い剣を持った黒ずくめの青年だってことをね」

 

 

 ヘルメスが顔を上げ、ある方向を見る。そこには武の神を主神として仰ぐ三人の冒険者がいた。彼等彼女等は悪趣味な見世物(ショー)に夢中な冒険者達をあらゆる戦闘型(バトルスタイル)で、次々に再起不能にしていく。

 

 

「タケミカヅチの教えを受けた命ちゃん達より、『技と駆け引き』を極めたと武神に言わせた子供……。本腰を入れて調査をするには十分だろう?」

 

 

 今度は眼下の光景を眺める。ベルと透明になったモルドの決闘の高座(ステージ)を囲んでいた冒険者達は、ベルを助けに来たヴェルフや桜花達、そして覆面の冒険者と矛を交えるために森へ散らばっている。森の至るところから雄叫びと高い金属音が聞こえてきた。

 

 

 観客を失った天然の舞台の上でベルとモルド、二人だけの決闘が続く。

 

 

「付け加えればこの魔剣《ルナティック》……『古代』に双子の鍛冶師によって作られた邪剣を使いこなす精神力も素晴らしい。むしろこっちが調査に踏み切る契機だったのかもね」

 

 

 喉元に突き付けられている魔剣を指さす。邪剣、という言葉に反応したのか《ルナティック》の魔光(パルス)がバチバチという音を奏で始めた。 

 

 

「調べてみれば信じられない戦績が出るわ出るわ。『古代』から『神時代』に至るまで数多の英雄を見てきた俺が断言しよう! レイン君、君に比べれば全ての英雄が凡人に成り下がると! 君こそ真なる英雄に相応しい!」

 

 

 ヘルメスの言葉で、レインの剣を握る手に力が入る。『全ての英雄が凡人に成り下がる』……聞き逃せる言葉ではない。成し遂げたことに差があろうと、英雄に優劣など存在しない。

 

 

 語る内に興奮してきたのかヘルメスの声は大きくなり、顔には狂喜と言っても過言ではない程、口が吊り上がっていた。

 

 

「【勇者(ブレイバー)】、【九魔姫(ナイン・ヘル)】、【猛者(おうじゃ)】、【剣姫(けんき)】。時代を通しても稀にみる英雄の器達に彼等が霞む力を持った戦士が加われば、必ずこの地で時代を揺るがす何かが起きる!」

 

 

 ヘルメスが眼を見開く。

 

 

「そして俺は君が戦士になった理由を探した。――さあ、最初の質問に戻ろうか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 君の故郷を調べ尽くしたけど、フィーネちゃんは墓はおろか遺体すら見つからなかった。そしてフィーネちゃんが亡くなる事になった事件から君は丸々一ヶ月眠っている――レイン君。フィーネちゃんの遺体がどこにあるのか知っているのかい?」

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 あの雨の日を一日たりとて忘れた事はない。

 

 

『ったく、ついてねェな! あの女から逃げ隠れた森で運よく獲物(民家)を見つけたと思ったら……金目の物なんざ一つもねェ!!』

 

 

 自分(レイン)彼女(フィーネ)を叩き起こした物音。別室から覗き見た居間に広がる血の海。血だまりの中心で息絶えたフィーネの唯一の家族(おばあちゃん)

 

 

『おいババァ! 酒くらいねーのかよ! こちとら世のため人のため戦った冒険者様だぞ!』

『人のためとか言いながら人殺してるじゃねーかよ!』

『馬鹿野郎! 老い先短ぇババァを殺して楽にしてやったんだぞ? むしろ感謝してもらいてェくらいだ!』

『『『ははははは!!』』』

 

 

 三人の盗賊達――後からオラリオを追われた元冒険者だと知った――の汚い笑い声。げらげら笑いながら小屋の中をひっくり返し、フィーネの誕生日プレゼントとして贈った花を踏みにじる足。おばあちゃんの遺体を足蹴にする姿。

 

 

『おばあちゃん!!』

『なんだぁ? ガキが隠れていやがったか』

 

 

 祖母に駆け寄ろうとしたフィーネを盗賊の一人が捕まえ、その首にナイフを突き立てようとした。自分(レイン)は激昂して向かっていったが……元々腕力には無縁の少年だ。腹を刺されておばあちゃんの隣で血まみれで転がる事になった。

 

 

 それでも……それでも自分(レイン)は幸運だった。動けない自分の目の前で、生きたまま三人がかりで斬り刻まれて殺されたフィーネに比べれば……。

 

 

 その時、フィーネは何度も何度も叫んでいた。殺さないでほしいと懇願する絶叫ではなく、助けを呼ぶ悲鳴じゃない、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『逃げて!!』

 

 

 フィーネが息絶えるまでの間、彼女の口からはレインの身を案じる言葉しか出なかった。

 

 

 少年の番になった時、傭兵をしている少年の親父がドアを蹴り破って入ってきた。おかげで少年だけは助かった。

 

 

 運が悪かった。これは世界中に溢れている『悲劇』の一つ。無力な少年に悪い所は一つもなく、ただ運が悪かった。

 

 

『――ちがう。俺が、弱かったんだ……』

 

 

 冬の雨の日。一人の少女の誕生日は一人の少女の命日となり――

 

 

『強く、誰よりも強く、この世のどんな存在よりも強くっ! もう誰も失わない力を、守れるような強さを、何者にも屈しない強靭な心を!』

 

 

 ――読書好きの弱い少年の命日になり、世界最強の黒い戦士の誕生日になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、この事件には不可思議なことがある。

 

 

 少年の命を救った彼の親父は盗賊達を殺した後、フィーネと彼女の祖母が完全に亡くなっている事を確認している。だから彼は生きていた息子だけを家に連れ帰り、一ヶ月の間看病した。

 

 

 少年は生きていたとはいえ虫の息。二つの遺体を埋葬するための時間などなく、フィーネ達の遺体は一ヶ月の間、放置されていた。少年の家族以外でフィーネ達と接する者はおらず、小屋に近付こうとする奴はいない。 

 

 

 そして動けるようになった少年と彼の親父が再び小屋を訪れた時――フィーネの遺体が消えていた。

 

 

 血でどす黒く汚れた床と、蛆の沸いたフィーネの祖母の亡骸が二人にあの雨の日が夢ではない事を教えるが、フィーネの遺体は見つからない。靴の底がすり減って完全に壊れ、足が血まみれになる程探しても見つからない。

 

 

 少年は世界中を旅した。誰よりも強くなるため、亡き恋人の遺体を探すため。それでも彼女の遺体は見つからない。

 

 

 少年は今でもフィーネを探している。 




皆さん……ヘルメスが墓を荒らしたと思ったでしょう?


神なので遺体に大して意味はないと思っていますが、最低限の常識はあります。


まあレインの恋人まで調べていたのは、脅して手駒にしようとしていたからですが。もし墓があったら平気で荒らしていた。


 結局ヘルメスは善神とは言えませんね。


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四十話 黒

 重要な回。この話を読んで今後の展開を予想できる人がいたら凄い。


「覚えておけ。神の力(アルカナム)を封印して無力な神々(おまえら)だろうが、力ある冒険者だろうが……俺にとって違いはないんだ」

 

 

 天井一面に生え渡り、18階層を照らす数多の水晶。その内の太陽の役割を果たす、中央部の白水晶を砕いて生まれ落ちた()()『ゴライアス』。幾百もの冒険者を相手取った『迷宮の孤王(モンスターレックス)』の全身は、一人の鍛冶師の手で生み出された伝説(クロッゾ)の魔剣によって燃えていた。

 

 

 火炎の大過に包まれる漆黒の巨人に立ち向かうのは、白光と大鐘楼(グランドベル)の音色を纏う黒大剣を携える未完の英雄(リトル・ルーキー)女神(ヘスティア)の号令で最初で最後の好機(チャンス)を作り上げた仲間達は道を開け、乞うように、信じるように、ベルの横顔を見つめる。

 

 

 南の草原にヘルメスと共に残されたレインも疾駆するベルに視線を向ける――ことなく『ゴライアス』に手を向ける。世界最強の黒い戦士は雰囲気に流されることなく、『英雄の一撃』より先に『巨人の鉄鎚』が炸裂することを見抜いた。

 

 

 ヘルメスだけが見えた。レインが手を向けた瞬間、『ゴライアス』の右腕による一撃がベルに当たる直前で止まったのを。それはまるで、巨大な見えざる手で握りしめられているようで――

 

 

「俺はダンジョンの秘密も、神々(おまえら)が『英雄』に何を求めているのかも知っている。……ヘルメス、お前が『異端児(ゼノス)』達をどう思っているのかもな」

 

 

 レインが何かを握り潰すように手を閉じる。不可視の力によって巨人の身体に()()()が刻み込まれた事実は、極光の一撃で覆い隠された。

 

 

「だから()()だ。もしお前が異端児(ゼノス)、もしくは俺の知人に変な真似をすれば――」

 

 

 冒険者達が諸手を突き上げ、あるいは隣の者と肩を組みながら声を上げる。興奮の赴くまま顔を赤く染め歓喜を分かち合う彼等とは違い、ヘルメスはすぐ側に立つ戦士の目の奥にちらつく()()()に心の底から恐怖を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――天界送還など生温い、本当の死を与えてやる」 

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 夢を見ていた。

 

 

 レインはこれが夢だとすぐに気が付いた。なぜならレインの視線の先にはフィーネと彼女の祖母が暮らしていた小屋があり、窓からは昔日のレインとフィーネが仲睦まじくしている姿が見えるからだ。

 

 

 心からの笑みを浮かべたレインが持ってきた本や花を贈り、フィーネと彼女の祖母も笑顔を浮かべて喜ぶ。人生で最も幸せだった時間で、漠然とずっと続くと思っていた光景だ。 

 

 

 遠くに見える幸せな光景とは裏腹に、今のレインが踏みしめる黒い泥沼のような大地には夥しい数の死体が横たわっており、全員がレインを睨んでいる。中には怨嗟の声を漏らす者もいた。……全てレインが殺し、死を悼むべき者達だ。

 

 

 ――この夢を見るたびどれだけ命について考えを巡らせた事だろうか? 

 

 

 何度も死にたいと思った。世界で一番愛する人を守れなかった自分に生きる価値などないから。あの子のいない世界で生きたいと思えないから。

 

 

 何度も生きなければと思った。愛する人の最後の願いは『逃げて』……生きてほしいだったから。あの子の命で救われたなら、自分は生き続けなければならない。

 

 

 彼女を死なせた自分が人並みに幸せになるなんて間違っている。息が出来なくなるまで、心臓が動かなくなるまで、魂が消滅する最後まで戦い続けるべきだ。

 

 

 でも……最近少し考える。彼女がこんな自分を見て喜ぶのか? 限りなくゼロに近いとしても遺体が見付からない限り、彼女が生きている可能性があるのだ。

 

 

『もし貴方が死んだら、最低でも一人は泣く人がいるんです。その人を泣かせたくなかったら自分を大切にしてくださいね』

 

 

 こんな男のために泣いてくれる女性(アミッド)もいる。……今からでも遅くはない。もう、剣を――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――フィーネはもういない。無力な俺が目の前で成す術もなく死なせたからだ――

 

 

 ――剣をどうするつもりだ? 何が遅くないんだ? 蟻一匹殺せなかった俺が何人殺した? とうの昔に手遅れだ――

 

 

 ――優しいフィーネが今も生きているかもしれない? 俺に逢う資格なんてない――

 

 

 ――もう誰も失わない。守れるように強くなる。この世界に蔓延るクズ共を滅ぼし、小さな幸せだろうと奪わせない――

 

 

 ――彼女に到底顔向けできない無様な道でも、それだけがあの雨の日に戦えなかった弱い俺に唯一できる贖いなのだから――

 

 

 ――それさえ忘れて、何故自分を許そうとしている。二年前のあの時も、砂漠にいたクズもお前は死なせ(許し)たな? 永遠の地獄を味わうべき罪人共を――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――もういい。誓いを忘れて泣き言を漏らすならお前の身体を俺に寄越せ!―― 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――くっ!」

 

 

 被っていた毛布を跳ね飛ばすようにして目を覚ます。夜着として使っている半袖の黒シャツが大量の汗を含んで気持ち悪い。いつもと変わらぬ自室のベッドの上で、窓からは朝日が差し込んでいる。

 

 

「夢を見たのは久しぶりだな……」

 

 

 夢を見る事になった原因は分かっている。一昨日、一緒に地上に戻ってきた優男の笑みを貼り付けた神にフィーネの遺体について訊かれたからだ……遺体を探すのを手伝おうかと言われたが、間違いなく断った。()()()()()()()()()、ダンジョンの秘密を知っていれば神の手なんぞ借りたくなくなる。

 

 

 しばらくベッドの上で夢を思い出していたレインは、やがて顔に手を当てて首を振り、ベッドから下りた。妙な夢を見るということは知らん内にストレスでも溜まってるのかもしれん。『遠征』も終わったことだし、今日くらいはゆっくりするか。

 

 

 きっぱりと頷き、洋服ダンスに向かう。いつもの黒ずくめの格好に着替え、軽くあくびを漏らす。やっといつもの調子が戻ってきた。食事が用意されている食堂へ行くため部屋を出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつものようにベッドに潜り込んでいたフレイヤはアレンの部屋に放り込んでおいた。レインが来てからストレスが溜まっているのは間違いなく、【フレイヤ・ファミリア】の幹部達だろう。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 場所はオラリオの海の玄関口であるメレン。暇な時間を潰すため【ディアンケヒト・ファミリア】に回復薬を補給し(店員をからかい)に行ったレインは、しょうもないことして遊ぶなと怒ったアミッドに依頼を強制的に受けさせられ、この港街にやってきていた。

 

 

 頼まれたのは血や肉が薬の材料になる海の生き物の配達。渡されたメモには極東の亀(スッポン)極東の細魚(ウナギ)を、それぞれかなりの数持ってくるように書かれていた。それも生きたまま。

 

 

 オラリオの市場で売られているのを買えばいいじゃないか、と言ったら、生きたままでなければ品質が落ちるし大量に買い占めれば他の客に迷惑がかかると返された。……どっかの目的の為なら手段を択ばない女神とは大違いだ、マジで。

 

 

「いいか? こっちの亀は獲物に噛みつけば食い千切るまで離さないし、こっちの魚は穴を見つければ潜り込もうとする性質を持っている。取り扱いには十分気を付けろよ」

「分かってるって! 絶対に男の逸物に噛みつかせたりしないし、ケツの穴にねじ込ませたりしないさ! だからこのメモの量だけ売ってくれ」

「今の言葉を聞いて俺が売ると思ってんのか!? というか、これだけの量を買って何をするつもりだ!? どれだけの男に恨みを持ってんだ!」

「薬の材料にするんだよ。安心しろ。十人ちょっとが不能になって、一柱(ひとり)が天に召されるだけだ」

「安心できるか馬鹿野郎っ! お前には絶対に売らねえから帰れ!」

「なんだと? 無駄に年を食った老け顔に相応しい頑固さを発揮しやがって……」

「誰が老け顔だ! 俺はまだ十八だぁ!」

「えっ、嘘だろ? どう見ても五十代……」

「貴様ー!」 

 

 

 そんなこんなで依頼の亀と魚を見つけたのだが、老け顔ドワーフの男の店主が頑固で売ってくれない。くそっ、売ってもらえないと依頼が達成できない上に、一匹狼(ベート)に『食っても股間に付けても強くなれるよ』と書いた手紙と一緒に精力増強食材(スッポンとウナギ)を送れない! 女が多い【ファミリア】で悶々とするベートを見たいのに……! 

 

 

 心底悔しそうな顔をしながら生け簀に手を入れる。「おいっ!? 両手に持ったスッポンどうするつもりだ! つーかその被害者みてえな顔やめろ腹立つ!」と叫ぶ店主の股間に口を開閉する亀をじりじりと近づけていると、

 

 

「オマエ、強そうだな。昨日見た、ティオナとティオネと一緒にいた金髪の剣士と緑の魔導士(エルフ)より、ずっと」

 

 

 突然だが、常日頃レインは俺に怖い物がないと言っている。神々ですらビビるリヴェリアやシルの説教を受け流せるのは、オラリオにはベートかレインしか存在しない。

 

 

 しかし、そんなレインにも苦手な物はある。例えば口やかましい女(リヴェリア)。それから家事(りょうり)ができない(シル)。そして話を聞かない女(レフィーヤ)。最後に、八本の足を持つグロテスクな海洋生物より粘着質な(フレイヤ)だ。……女ばっかりとか、前者二人は怖くないんじゃねーのかといったツッコミはなしだ。

 

 

 このレインが苦手な物の条件全てを揃えた種族がいる――そう、アマゾネスである!




 知ってる? ウナギに精力増強の効果はあんまりないんだって。


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四十一話 苦手な理由

 前半にダンメモ・イベントストーリーのネタバレ? があります。ご了承ください。


 アマゾネス。一般的な心象(イメージ)は武闘派かつ好戦的。地域の部族によって様々な武術を持つと言われる生まれながらの戦闘民族。

 

 強くなることを至上とするレインにとってこれだけを切り取って聞けば、魔法は得意だけど武術はからっきしなエルフ、武闘派と言えば武闘派だけど職人気質で面倒くさいドワーフ、野生の勘で戦う脳筋な獣人などと言った他の亜人(デミ・ヒューマン)より好きな種族だ。

 

 

 だがしかし、アマゾネスを象徴するもう一つの特徴(イメージ)が、レインのアマゾネスに対する評価を激減させている。というか、レインの苦手な(もの)を作り出したのがアマゾネスだ。

 

 

 ヒューマンと最も近しい体型、体の構造を持ちながら『子供は女児しか産まれない』といった性質を持つ、特殊な亜人(デミ・ヒューマン)。アマゾネスからはアマゾネスしか産まれない。

 

 

 つまり、アマゾネスが子供をもうけるためには、他種族の男性と協力(にゃんにゃん)しなければならない。……アマゾネスは相手の意志に関係なく()()()()ので、協力なんて名ばかりだが。

 

 

 そんな男性限定で獰猛な習性を持つアマゾネスだが、彼女達にはほぼ共通する男の好みが存在している。それは……自分を力尽くでねじ伏せる強さを持つ男だ。

 

 

 実はレイン、アマゾネスの武術を学ぶために、通りすがる村や町の男を攫って行く”渡りアマゾネス集団”をブチのめすまでアマゾネスの特徴を知らなかった。いや、男を攫う習性は知っていたのだが、己を負かした強い雄に心を奪われるとかいうマゾな所は知らなかった。というか、理解できるかっ。

 

 

 最終的にはベルテーン……『【生命の泉】を擁する霧の国』に住むLv.4のエルフや盲目のヒューマン、Lv.2の兵士達に押しつけて解決したのだが、解決するまでは修行も休息も碌にできなかった。どこへ行こうと必ず現れ、(性的に)襲い掛かってきた。

 

 

 押し付けたエルフとヒューマンには「おいぃ! レイン貴様、私の(よわい)が百を超えていること知っているだろうが! 久々に来たと思えば何の嫌がらせだ!?」とか、「てめぇ、お嬢の教育に悪いだろうが! 国を救ってもらったことは感謝してるしいつでも力になるとは言ったが、こんな形で力になりたかねぇぞ!」などと怒鳴られたが……。

 

 

 エルフ(ウスカリ)、むしろ(おじいちゃん)のお前でもいいって言う美女、美少女に喜べよ。レインは絶対に嫌だがな。

 

 

 ヒューマン(リダリ)、お前は、まあ……がんばれ。純粋な妹(タルヴィ)がアマゾネスから変な影響を受けないように頑張ってくれ。

 

 

 この二人を見なかったことにすれば、労働力と兵力が増えて万々歳で済んだのに。

 

 

 閑話休題(それはさておき)。 

 

 

 故にレインは「犯るか戦れ!」と叫ぶ(口うるさい)女、食材に火を通すこともできない女、「子種だけでも寄越せえぇぇぇ!」と言って話を聞かない女、どれだけ痕跡を消しても乙女の勘(狂)で追ってくる女が苦手なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (スッポン)を両手に持って中腰という間抜けな姿のレインに拙い共通語(コイネー)で声を掛けたのは、結わえられた砂色の長髪を背中に流したアマゾネス。道を歩けば男が振り向く美貌を持っているにも関わらず、まるで爬虫類を彷彿させるぎらついた瞳と唇が、彼女から妖艶さを帳消しにしている。

 

 

 いつものレインなら美女に話しかけれられば、

 

 

「ふっ、中々見る目があるじゃないか。どっかの店で一杯やりながらより仲良くなるってのはどうだ?」

 

 

 と、言う所なのだが、レインの中で「こいつは関わらない方がいい奴だ」と、「こいつは酒を飲ませたらヤバい奴だ」の二つの警鐘が鳴っている。

 

 

 逃げればいい話なのだが、「逃げる」という選択肢は余程のことがない限りレインに存在しない。

 

 

 それにレイン達から少し離れた人垣の中に、女の仲間と思しきアマゾネスの一団がこちらを見ている。ただの勘だが、この女と明確に関わってしまえばあのアマゾネス達の相手もしなければいけなくなる気がした。

 

 

(ここは聞こえなかったフリ……いや、この老け顔ドワーフに押しつけるか……モテなさそうだし)

 

 

 しれっとドワーフの店主に失礼なことを考えながら面倒事を避けようとしたレインだったが、行動に移すことはなかった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 メレンの大通りの雑踏の中から一人の獣人の少年が飛び出してきた。急いでいたのか、はたまた日陰に入ろうとしたのか……理由は分からない。少年はレイン達のすぐ側を通り過ぎようとして、女の腰に()()()()()()

 

 

 肩をぶつけられた女――アルガナの視線が少年に向けられる。その目は何があったのかを確認するような可愛らしいものではなく、仕留める獲物を見つけた大蛇のそれだ。

 

 

「ってぇな! 店に用があるなら、もっと奥に入れ――ヒッ!?」

 

 

 生意気なお年頃なのか怒鳴ろうとした少年だが、途中で言葉が悲鳴に変わる。いきなり視界が何かで覆われ、それが自分の両目を潰そうとする指だと気付けば、全ての子供が恐怖を抱くだろう。

 

 

 子供の目どころか頭蓋を貫こうとするアルガナの手刀を止められる人物も、止めようとする人物もこの場所には一人しかいない。

 

 

「何考えてんだっ。肩が当たっただけのガキを殺そうとするとか、脳みそ筋肉か!」

「ワタシの国では、戦士にカタをぶつけるというのは……殺し合いの合図だ」

 

 

 アルガナの手首を掴んで止めたレインに、アルガナは手を振り解きながら向き直る。殺されかけたことを知った少年は涙目になって逃げ出した。

 

 

 大通りを埋め尽くしていた人混みは、危うさを感じ取った者の誘導でみるみるうちに減っていき、今ではアルガナの仲間のアマゾネス達しか残っていない。……ちなみに、ドワーフの店主は誰よりも先に逃げ出していた。

 

 

 アルガナはもはや興味を失ったのか逃げていく少年に目もくれない。代わりに己の腕に赤い手の跡を残した男の強さを感じ取り、闘争心と嗜虐心が剝き出しされている笑みを浮かべた。

 

 

「そして、戦士の殺し合いの邪魔をするヤツは……どう殺してもいい!」

 

 

 女戦士(アマゾネス)の聖地、『テルスキュラ』。血と闘争の国の蟲毒じみた殺し合いで作り出された生粋の狂戦士は、鋭く尖った爪による突きをレインの目に向けて放った。視界を奪って戦いを有利に進めるための戦略ではなく、甚振(いたぶ)ることに重きを置いた攻撃。

 

 

 アルガナは何も知らない。目の前の男の強さを。世界の広さを。

 

 

「ハッ、笑わせんな」

 

 

 レインが世界最強の『竜』に勝るほどの『戦士』であることを。

 

 

 外のエモノが泣くのか叫ぶのか、それだけを考えていたアルガナの耳に(レイン)の嘲笑う声が届く。レインの顔には多くの敵を歯軋りさせた不敵な笑みが浮かんでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「罪のない子供に手を出した時点で、お前は戦士じゃねえよ」

「があっっっ!?」

 

 

 アルガナの攻撃はレインの残像を貫き、握りしめられた右拳が女の頬に叩き込まれる。

 

 

 吹き飛ぶアルガナの身体は転落防止の鉄柵を引き千切り、水切り石の様に海面をはね跳び続け、最終的に豆粒程度の大きさにしか見えない程遥か遠くで盛大な水飛沫を上げた。

 

 

 目をかっ開いて驚愕していたアマゾネス達も我に返ってレインに襲い掛かったが……結果は言わずもがなである。

 

 

「――と、いう訳で。こいつらが目を覚ましたら面倒くさいから、俺は今の内にオラリオに戻る」

「なっるほど~、全部理解したから後は任せとき――ってなるかアホォ!」

 

 

 騒ぎを聞きつけてやってきた【ロキ・ファミリア】に、地面に頭をめり込ませて気絶しているアマゾネス達の後始末を押し付けて逃げようとするも、無駄にすばしっこいロキに捕まってしまった。

 

 

「なんだ? 鉄柵と大通りの修繕費は十分渡しただろ?」

「金の額の問題ちゃうわ! あの遠くでプカプカ浮いとるアルガナっちゅう戦闘中毒者(バトル・ジャンキー)をどうやって回収させるつもりか訊いとるんやっ!」

「アイズの魔法(エアリエル)で直接運んでもらうか、リヴェリアに水を凍らせてもらえばいいだろうが……」

「あ、そっか。すまんな、頭がよう回らんかったわ」

「気にすんな。じゃ、俺は帰るぞ」

 

 

 ここに来た目的である”スッポン”と”ウナギ”を箱に詰め、十分な額のヴァリス金貨を金庫に入れておく。こうしてレインはメレンから去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って、なんでウチが謝っとんねん! あっ、ちょっと目を離した隙にもうおらん――うひゃあっ!? アルガナが魚に食われとるー! アイズたん、救助急いでー!?」

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「本当にコレを使うつもりで?」

「当然だ。あの女神(おんな)を堕とすことができるなら私はなんだって利用する」

 

 

 どこかで見たことのあるドワーフが、煙管(キセル)をくわえた妖艶な女神に箱を差し出す。美神の忠実な僕であるヒューマンの青年が箱を開き、中身を確認する。

 

 

「なるほど――これが()()()を容易く滅ぼす兵器か!」

「満足してくれたようで何よりだ。で、報酬だが――」

「ああ。私の身体を存分に味わうがいい」




 学校が始まる(白目)


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小話3

「二回も完成した話を消す気持ちがお前に分かるか!?」と身内に言ったら、「知るかボケ」と返されました。


 6巻の話を書こうとしたけど、レインが介入したら話が進まなくなるので断念。レインは限界もブレイクするけど原作もブレイクするんだよ……。


 今回はIFの話です。本編で没にした話かな。あと、あとがきにレインの魔法を載せています。べ、別に詠唱文を考えてなかった言い訳とかじゃないんだからね!


・『もしレインが18階層で覗きに参加していたら』

 

 

「ねぇねぇ、みんなで水浴びをしに行こう!」

 

 

 場所は18階層。【ロキ・ファミリア】遠征隊が作り上げた野営地に『リヴィラの街』からアイズ達が観光を終えて帰ってきた頃、野営地の方々に散らばろうとした時ティオナがそんなことを明るく提案してきた。

 

 

 実姉であるティオネは繰り返し水浴びをしに行こうとする実妹(ティオナ)に呆れたように小言を漏らしていたが、眷属(ベル)を助けるためにダンジョンを進み続けた過程で汚れた身体を清めたいと思ったヘスティア達に押し負けるようについて行くことになった。ティオナに抱きつかれていたアイズも同様だ。

 

 

 水浴びを提案された女性陣以外にも【ロキ・ファミリア】の女性団員達が後ろを付いて行く。メンバーの中にアイズ、ティオナ、ティオネの第一級冒険者がいようともモンスターが闊歩するダンジョンの中で、無防備になる水浴びを見張りなしで行う事には怖いものがある。

 

 

 アイズ達ならば素手だろうと中層域のモンスターは殴り殺すことも容易いが、うら若き乙女として素肌に直接鮮血を浴びることは避けたい。それに殺せば血にしろ泥にしろ、水浴びをするための泉が汚れる事になって本末転倒だ。

 

 

 野営地に男性陣を残し、ティオナを先頭にする水浴び組は森の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……頃合いだな」

「何がだ」

 

 

 軽く顎を上げたヘルメスがそう呟き、軽く振っていた剣を鞘に納めながらレインが聞き返す。ヘルメスは答えることなくぽつねんと立ち尽くしてベルに何事かを囁き、そのまま少年を連れてレインの方にやって来た。

 

 

「さっきベル君には教えたんだけど、俺はこの時を待っていたと言っても過言ではない。俺とベル君……そして君だけになれた、この時をね」

 

 

 相手の目から本質を見抜く事が出来る観察眼を持っているレインが見ても、ヘルメスの眼差しは偽りなく真剣な物だった。普段のおちゃらけた雰囲気を消すほど切れ長の瞳は見開かれ、今この時が本当に重要であることを伝えてくるようだ。

 

 

 ヘルメスはベルとレインに「ヴェルフ君達にバレないよう付いてきてくれ」と言って静かに移動を始める。レインは限りなく気配を断ち、自分達が歩いている場所から反対側の茂みをエクシード(発展アビリティ)で揺らすことで目を引き付けたりもした。……そうでもしなければ、緊張で挙動不審になっているベルが見付かってしまう。

 

 

「レインさん、どこですか? さっきまで隣にいたのに……」

 

 

 気配を消し過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レインの助力(サポート)もあり、三人は誰にも見つかることなくひっそりとした森の奥へ入っていく。人の気配が全くなくなるほど奥へ進んでもヘルメスは歩みを止めなかったが、

 

 

「うん。この木がピッタリだな」

 

 

 大人が両手を横に広げたよりも幹が太い大樹の前で足を止め、ヘルメスは長い手足を木の枝や粗い樹面に引っ掛けよじ登り始める。ぽかんとしていたベルもヘルメスに声を掛けられて慌てて登っていく。ベルとヘルメスが滑り落ちた時に備えて根元で待っているレインは自然と二人が木登りする姿を見る事になり、

 

 

「いい年した男が必死に木をよじ登る姿はなんというか、すごく情けないな!」

「聞こえてますからねレインさんっ」

 

 

 情けない男(ベル)が木を登りきってから反論した瞬間、だんっ、と地面から跳躍したレインが少年の頭を飛び越え樹枝に着地する。自分が好意を寄せている高嶺の花と同じ力を見せつけられ、ベルのメンタルに100ポイントのダメージ! 

 

 

「あまり大声を出さないでくれ。目標(ターゲット)達に気付かれてしまう」

「す、すみません」

「まぁいいさ。それじゃあ、もう少し進むよ」

 

 

 登った木の上はいくつもの太い枝が伸びており、ちょっとした空中回廊が出来上がっていた。無駄に飛び抜けた平衡(バランス)感覚を発揮するヘルメスが別の大木に次々飛び乗り、光り輝く緑の廊下を進んでいく。その後ろをレインが、最後尾をちょっぴり傷ついたベルが付いて行く。

 

 

 しばらく進んだ先で再びヘルメスが振り返った。顔にはイラッとするほど爽やかな笑み。親指で示される方向からは滝の音……に混じってキャッキャッという女の子の無邪気な声が聞こえてくる。

 

 

 おそらくレインが生きてきた人生の中で最も美しく下劣な笑みを浮かべる神は、人が息をするのは当たり前と説くように語りだす。

 

 

「ここまで来たら、もう察しているだろう? ――覗きだよ」

「お前を信じた俺が馬鹿だった。ベル、こいつ見張りが哨戒している所に落としてやろう」

 

 

 真顔で吐き捨てたレインが二つの意味で死にそうな場所にヘルメスを落そうとするのをベルが慌てて止める。

 

 

「レイン君、覗きは男の浪漫なんだぞっ。(オス)なら綺麗な女の子の裸を見たいと思うのは当然だろうに、どうしてそれが分からないんだ?」

 

 

 邪念の塊みたいな考えをはっきりと言い切るヘルメス。その声音からは己の考えを全く疑っていない確固たる意志が感じられ、『覗きは男の浪漫』と告げられたベルの意識に黒い瘴気が溢れ出す。

 

 

「浪漫なんぞ知るかっ。それにな、男なら真正面から見に行ってこい」

 

 

 言っている内容はヘルメスと同じくらい邪なのに、何故か漢らしかった。ベルの思考を支配しようとしていた闇の声も、『その発想はなかった。儂の負けだ』と言って自ら暗黒(きおく)の蓋を閉める。祖父(かこ)(いま)に敗北した。

 

 

 『よくやったぜレイン君! 褒めて遣わそうじゃないか!』という理性(ヘスティア)の声は頭の隅に追いやり、一人前のめりになっているヘルメスを引っ張る。

 

 

「帰りましょう、ヘルメス様! レインさんの言う通り、男なら覗きなんてしないで、正々堂々とみましょう!」

「ベル君、そっちのほうが不味いと思うのは俺の気のせいかな? というか、そんなに暴れたら……」

 

 

 男三人分の体重を支えていた枝が、ボキリッ、と不吉な悲鳴を上げて折れた。レインはすぐに別の枝に飛び移り、ヘルメスは何とか持ち堪えていたが、バランス感覚も咄嗟の行動力もないベルはあっさりと宙へ放り出された。

 

 

 落ちる場所には生まれたままの姿の少女達と――【剣姫】親衛隊を多く含めた見張りが待ち構えている。

 

 

 【剣姫】の裸を見られれば、彼女達からは一切の慈悲が亡くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アイズさんの裸を覗いたクソ野郎を殺せえええええええええええええええ!!』

『リヴェリア様だけでなく、麗しのアイズさんまで穢すなど、万死に値する……万死に値するううううううううううううううう!!』

『刺し違えてでも奴を仕留めろッ!!』

 

 

 ベル、ヘルメス、レインの三名による覗きの一件は、瞬く間に野営地に知れ渡った。

 

 

 知らせを聞いた【ロキ・ファミリア】の団員達は男女関係なく武器を取り、双眼から血のごとき真っ赤な眼光を迸らせながらレインに襲い掛かる。理由は単純。一人は未だに逃走中で、もう一人は現在進行形で折檻を受けているからだ。

 

 

 憤怒の感情を解き放つ団員達をレインは素手で相手取る。回避に徹するという考えは当然ながらない。攻撃を受け止める考えもない。

 

 

被害者(アイズ)達には正式に謝罪しただろうが。関係ないお前らがそうやっていつまでも引きずってたら、余計に被害者は傷つくぞ。だから相手にされないんだよ、お前らは」

「――【解き放つ一条の光聖木の弓幹(ゆがら)(なんじ)弓の名手なり狙撃せよ妖精の射手(しゃしゅ)穿て必中の矢】――【アルクス・レイ】!!」

 

 

 一層、怒りを増大させた団員達はレフィーヤを筆頭に、一斉に『魔法』をぶっ放す。レインはその中で致命傷になりそうなものだけ《ルナティック》で撃ち落とし、残りは避けて他の団員にぶつける。【竜之覇者(スキル)】による魔法吸収障壁はリヴェリアの目があるので使わない。絶対に面倒な事になる。

 

 

「うるせえな……何の騒ぎだって――」

「ベートさん! あのクソ野郎がアイズさんの裸を見やがったんですよ!」

「は? ちょっと待て、もういっぺん説明しろ!」

「あ、遅かったなベー……失恋狼。もう少し早ければアイズの裸が見れたのに」

「ぶっ殺す!」

 

 

 ベートも混じった乱闘騒ぎは二時間近く続いた。最後まで立っていたのは言うまでもなくレインだが、この乱闘に参加した者は例外なくリヴェリアの説教を受けることになる。

 

 

 そして『遠征』が終わって【ステイタス】を更新した【ロキ・ファミリア】の中で、乱闘に参加した者は『耐久』の伸びが著しく高かったそうだ。




 レインの持っている魔法の紹介。書く機会があるかわからないので。


【ナパーム・バースト】【我に従え、怒れる炎帝(えんてい)
 ・炎属性。 ・精霊使役魔法。 ・顕現時間、強さは魔力に比例。


【アイスエッジ・ストライク】【埋葬せよ、無慈悲(むじひ)なる氷王(ひょうおう)
 ・氷属性。 ・砲撃魔法。 ・

【デストラクション・フロム・ヘブン】【穿て、雷霆(らいてい)(つるぎ)
 ・雷属性。 ・大軍魔法

【ヒール・ブレッシング】【救いを求める者に、癒しと祝福の救いの両手を】
 ・回復魔法。 ・使用後一定時間、回復効果持続。 ・使用時、発展アビリティ『幸運』の一時発現。


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四十二話 順風満帆?

 書きたい話が近づいてきた!


 あとシルの毒――味見役の女性のヘルンさん、ヒューマンでした。エルフと間違えていてすみません。


 たった一枚の羊皮紙に記されている情報が都市をざわめかせる。

 

 

「さすがにこれは冗談だろ……?」

「馬鹿か? 嘘だったらギルドが罰則(ペナルティ)を与えるだろうし、そもそも発表自体されねえだろ」

「どんな真似をすりゃ、こんな頭のおかしい記録を出せんだよ……」

 

 

 老若男女。獣人妖精(エルフ)アマゾネス。冒険者に一般人。年齢も種族も職業も関係なく、その情報紙は人々の注目と驚愕を集める。

 

 

 その情報とはとある冒険者()の公式昇華(ランクアップ)の報せ。幾日が過ぎても戦争遊戯(ウォーゲーム)の興奮が醒める気配がない中、多くの者達を騒がせる情報が都市中を駆け巡った。

 

 

 ――所要期間、一ヶ月。

 ――ベル・クラネル、Lv.3到達。

 

 

 これがヒューマンと亜人(デミ・ヒューマン)達が注目していた情報――ではない戦争遊戯(ウォーゲーム)ではLv.3のヒュアキントスを倒す大立ち回りを見せつけ、Lv.2の世界最短記録(ワールドレコード)に続いてLv.3の記録(レコード)まで塗り替えた少年(ベル)の知名度は留まることを知らず、そのままいちやく一躍有名になるはずだった。

 

 

 世界記録(ワールドレコード)更新の衝撃すら上回る報せ。それは――

 

 

「どんだけ化物なんだよ……【フレイヤ・ファミリア】は」

 

 

 ――オッタル、Lv.8到達。

 ――アレン・フローメル、Lv.7到達。

 ――ヘディン・セルランド、Lv.7到達。

 ――ヘグニ・ラグナール、Lv.7到達。

 ――アルフリッグ・ガリバー、ドリヴァン・ガリバー、ベーリング・ガリバー、グレール・ガリバー、Lv.6到達。

 

 

 迷宮都市オラリオの双頭と呼ばれる【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】。つい先日まで完璧に並んだ、いやいや既に追い越したと【ロキ・ファミリア】を持ち上げていた者達とはしゃいでいた神々の横面を殴り飛ばすような情報である。

 

 

 順風満帆だった白兎が『すんません、自分調子乗ってたっす』と土下座しそうなくらいとびっきりの話題は、今まで以上の興奮で都市を包み込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オッタル達はフレイヤの寵愛を受けるベルが憎くて【ランクアップ】の報告を合わせた訳ではない。図らずして当て付けのようになってしまったし、嫉妬がないと言えば嘘になるが、ただ単純に報告も忘れるほど鍛錬を重ねていたのだ。

 

 

 己が全てを捧げた女神の寵愛に応えるために。遥か先を歩む『怪物』を超えるために。

 

 

 そんな彼等は今日も限界を超えるまで身体をいじめ抜く――

 

 

「さあっ、遠慮なくどんどん食べちゃって下さい! おかわりは沢山ありますので! 余ればミア母さんのお店の従業員(みんな)に持っていきます!」

『…………………………』

 

 

 ――ことなく、【ランクアップ】を経てより強靭になった消化器官が総動員で抵抗してもあっさり蹂躙される(意訳:死ぬほど不味い。ってか死にそう、ナニコレ?)料理を、今にもテーブルをひっくり返しそうになる手を抑えて食べていく。

 

 

 彼等が立ち向かっているのは【ランクアップ】に認められる『偉業』に匹敵しそうな苦行だった。既に一名、脱落している。年頃の女性がしてはいけない顔で失神している。

 

 

「新しくベルさんの【ファミリア】に入った命さんはとても料理が得意だそうです! しかも、掃除洗濯何でもござれの家庭的な女性だとか……! このままではベルさんの胃袋とハートを掴まれてしまう可能性が! 一刻も早く唯一無二の究極で至高の料理に至らないと……そして喜んだベルさんは私を美味しく食べちゃったりして……!? きゃっ、ベルさんったら大胆なんですから♪」

『……………………………………………………』

 

 

 オッタル達の手の中で加工超硬金属(ディル・アダマンタイト)銀匙(スプーン)が音を立てて愉快なオブジェに生まれ変わるが、桃色の妄言を吐きながらも青い煙が上がる鍋をかき混ぜるシル(アホ)には見えないし聞こえない。

 

 

 素早く銀匙を元の形に力尽くで戻し、戦争遊戯(ウォーゲーム)のお祝いに行ってくると一人だけ逃げ出した男の殺人計画を本気で考えながら、彼等は無表情かつ機械的に匙を動かす。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 カランカラン。うららかな日差しを浴びる豪邸の呼び鈴を鳴らすのは花束と小袋を持つ一人の男。扉の奥から「少し待っておくれー」と声が聞こえてから待つこと一分。

 

 

「【ファミリア】の入団試験ならあと三十分後だよ――って、レイン君か。ボクのベル君の人気をかっ攫ったフレイヤの眷属(こども)が何の用かな?」

「久しぶりだな、ヘスティア。用件はあんたの【ファミリア】が戦争遊戯(ウォーゲーム)で勝ったことに対するお祝いだったんだけど、このまま帰ってやろうか? この袋には単価五〇万ヴァリスの万能薬(エリクサー)が十本入っているんだが……」

「すいませんでしたっ!」

 

 

 扉を開けてレインに対応したのは黒髪(ツインテール)の女神。やって来たレインを見る目がキラキラした目からジト目に変化していったが、袋の中身を知った途端、玄関で土下座をした。ヘスティアの後ろを付いてきたベルが神としての威厳もへったくれもない姿にギョッとする。しかし、ヘスティアに余裕はない。

 

 

 一時期ベルのサポーターを神なのにやるくらい冒険者についての知識が無いに等しいヘスティアだが(ゴブリンにタコ殴りにされた)、回復薬や装備品の値段や効果は薬神(ミアハ)鍛冶神(ヘファイストス)に教えられて知っている。

 

 

 ヘスティアの中で万能薬(エリクサー)は超高価だけど死んでなければ治る超凄い薬になっている。故に愛する眷属達がいなくなる可能性が少なくなる薬が手に入るなら土下座の一つや二つ、いくらでもして見せるのだ。

 

 

「か、神様、土下座をやめてください。神様は神様なんですから恥と外聞を捨てちゃダメです!」

「止めるなベル君! ボクは君達のためなら泥水だろうとすするって決めてい……るん……」

 

 

 顔を上げたヘスティアがある一点を見たまま固まる。ベルはヘスティアの視線の先にあった物――レインの腕に抱えられた白い花束を見て真っ青になった。

 

 

 普段のベルなら「綺麗な花ですね、ありがとうございます!」と頭を下げるがその花だけは例外だった。何日か前にアイズが持ってきただけでホームを混乱に陥れた花の名前は雪落花(スノードロップ

)。花言葉は『お前たちの死を望む』……他の【ファミリア】にこの花を渡すのは事実上の宣戦布告である。  

 

 

 今最も勢いがあるはずのファミリアの主神と団長が玄関で土下座をしている光景を見れば、誰も【ヘスティア・ファミリア】に入ろうとはしなくなるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めて、戦争遊戯(ウォーゲーム)勝利と【ランクアップ】おめでとう」

「ありがとうと言いたいけど……なんであの花をお祝いの品として持ってくるんだ……」

「綺麗な花だと思って選んだからな。そんな花言葉があるとは知らんかった」

 

 

 嘘である。この男、花言葉はもちろん知っていたし、花屋の店員に祝い事には向かない花だと言われながら購入したのである。昔適当に言った「好きな人のハートを溶かします♡」が実現してしまい、毒味をさせられることになった原因(ベル)に仕返しをしたかっただけである。

 

 

 嘘を見抜けるヘスティアがジト目を向けてくるが気にしない。

 

 

「こんなに万能薬(エリクサー)をもらってもいいんですか? これ、とっても高い物ですよね?」

「賭けで大勝ちしたんでな。今の俺は金持ちだ」

 

 

 本当(マジ)である。この男、ベルが勝つと見抜いて一〇〇〇万ヴァリスを賭けたのである。金持ちの貴族や豪商はこぞって【アポロン・ファミリア】に賭けていたのでつり合いも取れ、レインは二億ヴァリスを手に入れた。

 

 

 嘘を見抜ける貧乏神が虚無の目で見てくるが、気にしないったら気にしない。

 

 

「他にやる事もあるし、もう俺は行くぞ。さっきヘスティアが言った通り、入団希望者が来るだろうからな」

「そうさ! フレイヤの所には負けるけど、僕たちも中堅【ファミリア】になったんだ!」

「そうです! ついに僕たちも零細【ファミリア】脱出するんですよ! どんな人が来てくれるんでしょう……!?」

 

 

 嬉しそうに手を取り合うベルとヘスティア。「お前らの所に来る輩はうまい汁(クロッゾの魔剣等)を吸う目的で入ろうとするのが多いぞ」と警告しようとして……やめた。その辺はあの元盗人の小人族(パルゥム)が対処するだろう。

 

 

 入団させる人物の妄想を膨らませる二人を尻目に、レインは『竈火(かまど)の館』を後にした。

 

 

 庭の門を通った黒衣の男が歩を進めるのは都市南東部。そこには色と欲にまみれた『夜の街』がある。



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四十三話 歓楽街

 話がなかなか思い付きませんでした。今回は引き伸ばし回です。


 次の話は人造迷宮(クノッソス)突入前から始まるかもしれません。


『最近イシュタルが妙な動きをしているわ。別にどんな隠し玉を持っていようと踏み潰せる自信はあるけれど……何の警戒もしなかったせいで愛しい眷属(あなたたち)を失うような間抜けな女王に私はなりたくない』

 

 

 二日前、【フレイヤ・ファミリア】の本拠(ホーム)、『戦いの野(フォールクヴァング)』の凄まじい規模を誇る大広間に全ての眷属を集めたフレイヤが開口一番に告げた言葉がこれだ。

 

 

 フレイヤの言葉を聞いた眷属の反応は様々だ。もったいなきお言葉と(こうべ)を垂れる者。全てを捧げる女神の愛に背筋をわななかせ、更なる忠誠を誓う者。敬愛する女神にかような心配をさせる己の不甲斐なさに怒りを燃やす者など。

 

 

 適当な事をするだけで主神(フレイヤ)に対する忠誠心が上がっていく【ファミリア】に、広間の隅から傍観するレインは大丈夫かこの派閥? と本気で不安を覚えた。同じ神血(イコル)を刻まれた眷属達に向けるのは、完全にアホを見る目である。

 

 

 一人を除いて静かに熱狂していた眷属達だったが、次のフレイヤの一言で熱気は霧散する。

 

 

『だからね、誰か一人でもいいから『歓楽街』に行ってくれないかしら?』

 

 

 ここで【フレイヤ・ファミリア】の弱点が露見する。

 

 

 一つ目にフレイヤに向ける忠誠心が大きすぎる事。隣で同じ派閥の者が死んだとしても基本的に冷静さを失わずに行動する彼等だが、フレイヤに関する侮辱だけには怒り狂う。それこそレインが「年中盛ってる痴女女神がっ」と呟くだけで全員が本気で殺しに来る。

 

 

 これだけの忠誠心を持っているせいで、『歓楽街』に偵察に行くことがフレイヤのためになると分かっていても進んでやろうとは思えないのだ。この思いはアレンやオッタル達の様にLv.が高いものほど顕著だ。

 

 

 そして二つ目に……ほぼ全員が脳筋なのだ。【フレイヤ・ファミリア】の眷属達はフレイヤの力になるために、日夜『殺し合い』を繰り広げている。休憩は蘇生三歩手前の重症を治療している間か、食事・睡眠の時間くらいしかない。

 

 

 そんな彼等に密偵(スパイ)としての技量や知識、もといそれを身に着ける時間があるのか? 答えはもちろん否である。そんな時間があるのは幹部の様な一部の者だけだ。

 

 

 視線が自然と幹部達に集まる。貧乏くじを引くことが決まってしまった彼等は己以外の誰かに押しつけようと、神々が伝えた本家本元(オリジナル)に血生臭いアレンジを加えたジャンケンの(グー)をゴキッと鳴らしながら引き絞る。

 

 

 大振りのグー(ロシアンフック)高速のチョキ(目潰し)見えないパー(死角からの手刀)を相手の急所に叩き込むために、出方を窺う各々の視線が交差する。無関係の下位団員の息が詰まるほど空気が張り詰めた、その時、

 

 

『ところで、レイン? 貴方、アポロンの子供が都市で騒ぎを起こした時……しれっと参戦していた気がするのだけど?』

『……』

『ギルドから都市の被害における修繕費用を請求されたのだけど?』

 

 

 とてつもなくいい笑顔のフレイヤの言葉で、誰が『歓楽街』に行くのかが決まった。こいつ(フレイヤ)……最初からレインを『歓楽街』に送るつもりだったろうに、眷属がどんな反応をするのかを見るためだけに集めたな。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 その街にはありとあらゆる文化が入り混じっていた。

 

 

 迷宮都市に来る前に足を運んだカイオス砂漠の絨毯や水差しなどの家具。木造、石造、極東や海洋国(ディザーラ)地方の建築様式を意識した建物。建物の壁や柱に設置された桃色の魔石灯に行燈(あんどん)、幅広の街路の両脇に並ぶ灯篭(とうろう)と数え上げればキリがない。

 

 

 これも全て客の気分を高揚させ、理性を(とろ)けさせるために世界中から()()()を集めた結果だ。

 

 

 艶めかしい赤い唇や瑞々しい二つの果実、大胆なカットの入ったドレスから覗かせる背中に腹に肩に腿、独特な甘い香りの麝香(じゃこう)と妖艶な仕草で男の獣性を刺激する女達――『娼婦』。

 

 

 昼と夜でがらりと様子を変える街並み、『世界の中心』と呼ばれるオラリオで最も金と物が巡る場所、都市のどんな所よりも異質な街――『歓楽街』。

 

 

 『竈火(かまど)の館』でベル達と別れ、道中の店を冷かしながら時間を潰したおかげで――神々が嬉々として喋っていた【ヘスティア・ファミリア】の借金(ばくだん)の話でかなり時間を潰せた。稼いだ二億ヴァリスをあげるか悩んだ――空には綺麗な月が浮かんでいる。

 

 

 夜にしか開かれない『歓楽街』に行くために頑張って時間を消費した男は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ここに記載されている男の娼館の利用、及び出入りを禁ず。

 

 

 【フレイヤ・ファミリア】所属。レイン』

 

 

 一時間もしない内に出禁を喰らっていた。

 

 

 『歓楽街』で情報を集めるためには娼婦を相手にしなければならない。口付けを交わし身体を重ねる必要はないが、フレイヤが欲する情報を手に入れるなら選んだ娼婦を利用し、身内を裏切らせることになる。

 

 

 自らを信じた者を決して裏切らないことを信条とするレインにとって、利用して「はいさよなら」といったやり方は好みじゃない。派閥に引き入れることで匿うことも手段の一つだが、言い方は悪いが寄生虫のように、誰彼構わず男に身を預ける娼婦を【フレイヤ・ファミリア】はとことん嫌う。

 

 

 レインとしては男女関係なくイケるフレイヤの方が駄目な気もするが……

 

 

 閑話休題。

 

 

 気は進まずとも主神命令なら従うしかない。そんなことを考えながら適当な店を選んで中に入ったのだが、

 

 

「絶対に後ろから飛び掛かってきたヒキガエルが悪いだろ……」

 

 

 儚い雰囲気を纏うとても綺麗な狐人(ルナール)を指名し、もし彼女が色狂いだとしても世間話で乗り切ろう……神でも見抜けない笑顔の仮面で苦々しい感情を隠し、相手の待っている部屋に歩を進めようとした瞬間、

 

 

「ゲゲゲゲゲッ! アタイに相応しい雄がいるじゃないかぁ~」

 

 

 全身に鳥肌が立った。

 

 

 長身がさっとその場に沈み込み、本能に従うまま頭上を通り過ぎる「世界で一番醜い女はこいつじゃね?」と思うくらい生理的嫌悪感を抱くアマゾネス目掛けて、鞘に入ったままの魔剣を薙ぐ。

 

 

 頑丈な壁が壊れる轟音に大女の悲鳴はかき消され、その巨体は大砲以上の勢いで吹っ飛んでいった。

 

 

 実は騒ぎを起こしたのがレイン以外であれば、【イシュタル・ファミリア】も罰金で終わらせた。アマゾネスは目を付けた男を力尽くで連れ去らうのでここら一帯が壊れる事は珍しくない。ならどうしてレインは出禁になったのか?

 

 

 原因はメレンにて【カーリー・ファミリア】の主戦力であるカリフ姉妹を倒した事だ。レインにこてんぱんに負けたカリフ姉妹は、ティオネと同じような恋する乙女を超えた愛に燃える戦士になってしまった。

 

 

 というか、フレイヤが感づいたイシュタルの妙な動きというのは、レインを求めて暴走する二人のアマゾネスを必死に止めようとしていただけである。

 

 

 そんな訳で【イシュタル・ファミリア】はレインにいい感情を持っていない。簡単に言うなら「もう金とかいらないから近づくな、この疫病神! ぺっ」と唾を吐きたいくらいには嫌っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……悪いけど、もう一回言ってくれる?」

「端的に言えば、正当防衛だ。貞操を守るために決死の反撃を試みたら、何故か出禁になってしまった」

「レイン、ひょっとして貴方、馬鹿なの?」

「俺は馬鹿じゃないぞ」

「偵察に行ったのに一時間で帰ってくる密偵は馬鹿と言われても仕方ないと思うわよ」

 

 

 ぐうの音も出ない。 




 レインは欲望のために他者のささやかな幸せを壊すアポロンが大嫌いでした。ベルが負けていたら、派閥の面子なんぞ気にせず天界送還にしてやろうと考えていたくらい嫌いでしたね。


 ベルが追いかけられている時は、ダフネのような指揮官を気絶させていました。


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