ソードアートオンライン ~創造の鬼神~ (ツバサをください)
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アインクラッド編
第一話 デスゲームの幕開け


 皆さんこんにちは。《ツバサをください》と言います。

 今回、ソードアートオンラインの小説を執筆しようと思い、この作品を執筆しました。

 駄文かと思われますが、楽しめていただければ幸いです。


 ◇◆◇

 

 「……もうすぐか。」

 

 俺はそう呟く。此処はあるアパートの二階。一人で生活するには大きすぎる部屋の一室。

 現在、俺の他に此処に住む者はいない。その為、一部の部屋は使わないまま残っている。だが、先程まで誰かが生活していたかのように、テーブルや椅子が置かれている。

 時刻は現在十二時半を回ったところ。太陽が昇り、日の光が差し込む。

 俺は、ベッドに置かれているヘルメットらしきものに目をやる。ナーヴギア、従来のゲーム機とは異なり、自身がゲームの中に入れる夢の機械。

 最近ニュースでよく見る機械が何故、俺の手元にあるのかはわからない。どうやって両親がこれを入手したのかわからない。家にはそんなお金はないはずだ。

 

 『……創也(そうや)。お母さんはね、貴方には友達の一人や二人いてもいいと思うの。皆が皆、貴方を裏切ることはないわ。お母さんが断言してあげる。

 創也が今までのことから誰かを信じようとしないことは十分わかってる。だからまずは、これを使って友達を探してみようよ。きっと、貴方と友達になってくれる人が沢山見つかると思うわ。決して貴方を裏切らず、いじめない友達がね。』

 

 これを渡してくれた時の母親の言葉が脳裏をよぎる。母親と交わした会話はあれが最後になってしまった。父親とはあまり話すことはなかった。いつも夜遅くまで仕事をしていたからだ。ゆっくり話す時間なんてなかった。

 気が付くと時間は一時になろうとしていた。俺はナーヴギアを被り、ベッドに横になる。

 様々な感情が渦巻く。誰かを信用したとしても、また裏切られるかもしれないという不安。新たな世界でも孤独になってしまうことに対する恐怖。

 そして……この世界よりもマシな世界であるようにという小さな希望。

 ナーヴギアのデジタル時計が一時を指した。俺は、新たな世界へ向かう合言葉を唱える。

 

 「……リンク・スタート!」

 

 視界が一瞬真っ暗になったかと思えば、一気に白に染まった。そして眼前に浮かんだ文字は……

 

 《Welcome to Sword Art Online!》

 

 それが消えると、町並みが見えてきた。恐らく初期スポーン地点だろう。

 俺は誰も信じない。皆して俺の信用を裏切って距離をとったり、それを利用していじめてきたりする。それが繰り返され、俺は誰も信じられなくなった。

 母親の最期の言葉が真実かどうかはわからない。だが、この腐った世界では少なくとも嘘だ。だから俺は母親が勧めた世界へと向かう。その言葉の真偽を確かめる為にも。

 そうして俺は、新たな世界……仮想世界へとログインを果たした。

 

 

 ◇◆◇

 

 仮想世界にログインをしてから約一時間の時が流れた。俺は今、初期スポーン地点である『はじまりの街』を出てすぐの草原にいた。

 目の前にいるのは、青い色をしたイノシシみたいなもの。名は《フレンジーボア》だったか。突進しかしてこない、いわゆる雑魚モンスター。そいつを延々と狩り続けていた。

 

 「せいっ!」

 

 俺は初期の武器である《スモールソード》を突進が終わった青いイノシシにソードスキル《レイジスパイク》を叩き込んだ。

 《レイジスパイク》は片手剣の突進技。一瞬で距離を詰められるから、とても扱いやすい。

 イノシシのHPは一瞬でゼロになり、ポリゴン片を撒き散らして爆散した。

 この世界にはソードスキルというシステムがあるようで、特定の構えをすることで発動する。そしてそれなりの火力が出る。

 それと、この世界に来てから体が思った通りに動くようになった気がする。走る時の足が軽いし、バク宙もお手のもの。……もはや気のせいではないだろう。現実の俺だったら、頭から地面に突っ込みかねない。

 そんなことを考えながら、俺は気配を感じた後ろに即座に振り向いた。そして突進してきていた青いイノシシに同じく《レイジスパイク》を叩き込む。

 気配に敏感なのは喜ばしいことだが、やはり素直には喜べなかった。

 

 「いきなり話しかけてすまない。その戦い慣れているところを見ると、お前もベータテスターか?」

 

 俺は声がした方に振り向いた。先程から気配はしていたので、たいした驚くことはなかった。

 そして、そこには二つの人影があった。

 一人は、ファンタジーの物語に出てきそうな勇者っぽい男。俺と年齢は同じぐらいだろうか。俺との距離が近いことから、彼が話しかけてきたのだろう。

 そしてもう一人は、日本の戦国時代から飛び出してきた若武者のような男。頭に悪趣味なバンダナを巻いている。年齢は……年上に見える。

 とはいえ此処では自分の顔や体格なんて自由に変えられるので、はっきりとはわからないが。

 因みに俺は……ほぼ現実と同じ姿と顔にしていた。俺じゃない体を動かすのは違和感があったし、例え姿を変えて受けいれられても意味がないと思ったからだ。

 だから名前……プレイヤーネームも《ソーヤ》にしている。

 

 「いいや、ベータテスターではないが。何か用か?」

 

 やはり両親以外の人と話す時は、どこかトゲがあるような感じになってしまう。今までのことから人間不信になってしまった俺からすれば、仕方がないものなのだが。

 そしてベータテスターか。確か、千人限定で先行プレイができるとかいうものだったはずだ。抽選倍率があり得ない程高かったことを覚えている。しかし、何故彼らはベータテスターを探しているのだろうか。

 すると俺の考えを見抜いたかのように、若武者の男が口を開いた。

 

 「いや、俺に戦い方を教えてほしくてさ。それで経験のあるベータテスターを探していたんだよ。武器はどう使うとか色々、教えてもらうためにな。」

 

 「そしてフィールドに出て教えていたら、近くに恐ろしいスピードで《フレンジーボア》を倒しているお前が目に入ってさ。こうして声をかけたという訳さ。」

 

 若武者の男に続いて、勇者っぽい男が答えてくれた。そして若武者の男が急に俺に頭を下げてきた。一体何事かと、俺は驚いた。

 

 「頼む、お前も俺に戦い方を教えてくれ!この世界を思いっきり楽しむ為に、女性にモテる為に!」

 

 「……わかったから顔を上げてくれ。こんなことで頭を下げるんじゃない。」

 

 最後に邪な願望が聞こえた気がするが、聞かなかったことにしておこう。

 そして俺は若武者の男の熱心な頼みに少し気圧され、その頼みを聞き入れることにした。

 その後、現実世界と同様にお互い自己紹介をすることになった。

 

 「俺はキリト。ベータテスターだ。よろしく。」

 

 「俺はクラインってモンだ。よろしくな!」

 

 「……ソーヤだ。」

 

 するといきなり目の前にウィンドウが表示された。そこに書かれていたのはフレンド申請だった。

 一瞬、《YES》のボタンを押そうか躊躇した。ここでフレンドになったのなら、彼らと深く関わることになるのではないか。そして彼らはまた、俺が信用し始めた頃に裏切るのではないか。そんな考えが渦巻く。

 俺は誰かを信じることはできない。裏切られることが怖い、また孤独に戻る時の傷を負いたくない。だから、誰も信じなくなった。

 だが母親の言葉もある。無下にすることもできない。フレンドになったとしても、そんなに深く関わらなければ大丈夫だと判断する。

 そして俺は《YES》のボタンを押した。

 

 「それで……何を教えて欲しいんだ?武器なら短剣(ダガー)以外ならそれなりに教えることができるが。」

 

 俺がクラインにそう問うと、キリトは口をあんぐりと開け、クラインは驚いた顔をした。……何か変なことを言っただろうか。

 俺は自分に合う武器を見つけようと《はじまりの街》にあった武器屋で短剣以外の武器を幾つか買った。短剣は……見たくもない。あの光景を、あの時の俺を思い出してしまう。

 それはさておき、フィールドに出てからはそれらの武器を試しながら延々と青いイノシシを狩っていた。結果、どの武器もそれなりに扱えるぐらいになった。

 

 「……お前、何でそんなに使えるんだ?武器はそれぞれ勝手が違うだろう?」

 

 「どの武器が合っているか試していたら、どれもまぁまぁ合っていた……みたいな感じだ。」

 

 「マジか……。」

 

 買った武器を一通り試したが、《片手直剣》と《槍》が扱いやすかった。その為、どれを入れようか迷って空いていたスキルスロットには、その二つが収まっている。

 それから、クラインをキリトと一緒に戦い方を教えて数時間が経った。青いイノシシを狩り続けた結果、レベルが上がり、ファンファーレが鳴り響いた。

 俺は人差し指と中指を真っ直ぐ揃え、振り下ろした。メニューを開く動作だ。二人も近くの岩に腰かけたり、地面に座ったりしてメニューを開いている。

 黙々とアイテム整理等をしていると、クラインの頓狂な声がした。俺とキリトはクラインに目を向ける。そして……クラインは到底あり得ないであろうことを口にした。 

 

 「ありゃ?……ログアウトのボタンが無いぞ?」

 

 「「……は?」」

 

 俺とキリトはアイテム整理の手を止め、メニューの一番下に指を滑らした。

 そこにあったのは……ただの空白だった。ログアウトがあったはずの場所には何もなかった。

 

 「おーいGM!ログアウトさせてくれー!ピザの宅配があるんだー!」

 

 クラインが突然大声を出しながら両手を掲げる。俺はそれを横目で見てから、腕を組み、目を閉じる。何かを考える時に俺が一番集中できる姿勢だ。

 ログアウトのボタンがなくなったことの原因として一番に考えられるのは、バグだ。

 だが、それならば運営側は何故プレイヤー達に何の連絡もしない?もしや、まだ気づいていない?今さっきから起こり始めたバグか?いや、そんな偶然はそうそう起こる訳がない。

 別の原因としては、逆に運営側が意図的に消していることしか思い浮かばない。正直、あってほしくないことだが。運営側は、このゲームを自由に操ることができる。あり得ない話ではないだろう。

 もしそうならば何の為に?これだけ注目されているゲームソフトだ。異常が発生すれば一瞬で知れ渡ることになるはずだ。それに意図的なものだったとしても、プレイヤー達をこの世界に監禁して何の得があるのだろうか。

 結局、今は情報が少な過ぎる。明確な判断を下すことは不可能だ。

 結論が出た俺は目を開くことにした。視界に写るは先程と代わり映えのない草原。

 クラインが何か被っているものを取るような動作をしている。それを見たキリトが、どこか呆れたような様子で話していた。

 すると、彼らに青い光が立ち上っていくのが見えた。そしてその光が自分からも出ていることに気がついた瞬間、俺はクライン、キリトと一緒に《はじまりの街》の中央広場に転移していた。

 辺りが騒がしいと思って周囲を見渡せば、多くのプレイヤーがいた。彼らが皆、俺を見ているような錯覚を覚えた。俺は目眩と吐き気がして、その場にしゃがみこんだ。

 

 「おい、大丈夫か!?」

 

 キリトが直ぐ様気付いて、俺の背中をさする。誰かに背中をさすられるなんていつぶりだろうか。少なくとも、両親以外は初めてだろう。

 

 「……大丈夫だ。人混み酔いがしただけだ。問題はない。それと……ありがとう。」

 

 すんなりと感謝の言葉が出たことに俺は自分に驚きを隠せなかった。それも両親など親しい人ではなく、出会って数時間の人に向けたものだったから尚更だ。

 そんなことなど知らないキリトは「感謝されるほどでもねーよ」と照れを隠していた。

 少し落ち着いたので、周囲の声に耳を向ける。すると「これでログアウトできるのかな?」「GMはどうしたんだ!?」という声が聞こえた。

 どうやら、ログアウトボタンがなくなっているというバグと思われる現象はかなり深刻なものになっているようだ。

 

 「おい……あれはなんだ!?」

 

 広場にいる誰かが声をあげた。俺はそれにつられて上を見上げる。クラインやキリト、他のプレイヤーも同様だ。

 そこには深紅のローブを纏い、フードを深く被った巨大な人間らしきものがいた。下から見上げているので顔が見えるはずだが……なかった。完全な空洞になっており、フードの裏地が見えている。

 そして、低くて落ち着いた声が広場に響いた。

 

 『プレイヤー諸君、私の世界へようこそ。私は茅場晶彦。この世界をコントロールできる唯一の人間である。』

 

 茅場晶彦……俺はその名前にどこか引っ掛かりを覚えた。俺の知る限りは、記憶にない人物だ。だが、何処かで聞いたことがあったかのように、その名前が引っ掛かる。

 

 「な……茅場晶彦……!?何故、彼がこんな真似をしたんだ……?」

 

 「キリト、彼を知っているのか?」

 

 「おい、逆に知らねーのか!?茅場晶彦……このゲームとナーヴギアを造った天才ゲームデザイナーにして、量子物理学者だよ!」

 

 キリトのやや興奮ぎみの説明を聞き、引っ掛かりが更に強くなる。どうやら彼……茅場晶彦の名を何処かで聞いたことがあるようだ。

 そんな俺の思考なんて知らずに茅場晶彦は、信じたくないような事実を突きつけ、俺達プレイヤーに絶望という名の爆弾を次々と投下し続けた。

 

 

 ◇◆◇

 

 『……それでは諸君らの健闘を祈る。』

 

 そう言い残して茅場晶彦と名乗る赤いローブを纏った巨大人間もどきが消え、約一万人のプレイヤーだけが残された。 

 あれほど騒がしかった広場は、一瞬で重苦しい静寂に包まれるものへと変わった。プレイヤー達は彼の言葉を理解することができないか、拒んでいるのだろう。

 要約すると、このアインクラッド第百層をクリアするまで自発的なログアウトが不可能。そしてこの世界で自分のHPがゼロになると……死ぬということだ。

 しかし俺にはその言葉がすんなりと理解ができていた。今までの十数年、『死』というものが他の人よりも身近にあったからかもしれない。

 俺は命を失いかけたことが何度かあった。それは他人によるものも、自分によるものもあった。最も近かったのは……あの日だろうか。

 

 「クライン、ソーヤ、ちょっとこっち来い。」

 

 そうして俺が昔を思い返していると、キリトに声をかけられて路地裏へと向かった。

 

 「……いいか、もし茅場が言っていたことが本当ならば、此処はもう一つの現実だ。生き残って此処から脱出するには、ひたすらに自分を強化しなければいけない。

 だから俺は次の街に行く。どうせすぐにこの近くのフィールドのモンスターは狩り尽くされる。そうなったらレベルアップが困難になる。

 三人なら俺もフォローができる……お前らも一緒に来い。」

 

 俺は、勇者っぽい顔から女とも受け取れる中性的な顔になってしまったキリトを見つめる。

 俺達プレイヤーは先程のチュートリアルで、茅場晶彦がもう一つの現実と認識させる為なのか、現実世界と同じ顔、身長にされた。いきなり周囲の男女比が変わったもんだから驚きを隠せなかった。

 

 「……俺はよぉ、元々この街で合流する仲間がいるんだ。そいつらを見捨てる真似は俺にはできねぇ。だからキリトよぅ……お前とは行けねぇ。」

 

 風貌だけでなく、顔までもが戦国武将と化したクラインがキリトの誘いを断る。彼はかなりの仲間思いのようだ。俺には彼が眩しく写った。

 

 「そうか……お前はどうだ、ソーヤ?俺と一緒に……来てくれるか?」

 

 キリトの目がクラインから俺に移る。だが、俺はもう答えを決めていた。特定の誰かと深く関われば、俺はまた裏切られる可能性がある。

 だから誰かと関わることはあっても……深くは関わらないし、信じない。あの日から俺は適当な理由をつけて、特定の誰かと深く関わることを避けてきた。

 

 「悪いが……俺も断る。どうせ付いていったってお前の足手まといになることは目に見えている。俺のせいでお前まで死んでしまっては意味がない。」

 

 「……わかった。それじゃあ、お別れだな。」

 

 キリトが俺とクラインに背を向ける。だがその背には、深い悲しみと後悔を押し潰そうと無理をしているように見えた。

 俺は、色々あって他人の感情などを読み取ることが得意になってしまった。その人の感情を読み取り、機嫌を損ねないように行動することでしか、生き残れないこともあったからだ。

 

 「……勘違いするな、キリト。お前は俺達を見捨てたわけじゃない。勝手に自分を自分で苦しめるな、それはいつかお前を殺すことになる。」

 

 「……キリト!俺は今のかわいい顔も好きだぜ!」

 

 俺とクラインからの言葉を受けたキリトは、数歩進んだところで振り返った。その顔には、少しぎこちない笑顔が浮かんでいた。

 

 「ソーヤ、ありがとな!おかげで気持ちが少し楽になった!クライン、お前はその野武士っぽい顔の方がよく似合うぜ!」

 

 そう言い返したキリトは、未だに多くのプレイヤーが動こうともしない《はじまりの街》から飛び出していった。彼はもう振り返ることはなかった。

 そして俺もクラインに別れを告げて、フィールドに出る為のゲートへと向かう。もう彼らと会うことはないだろう。

 俺は誰も信じないし、信じられたくもない。裏切られることがないように、誰かと深く関わらない。

 その事を自分自身で確認した俺は、デスゲームと化した世界のフィールドへと足を踏み入れた。



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第二話 鬼神の片鱗

 約一週間ぶりの投稿となります。これからも書きあがり次第、随時投稿していくつもりです。

 誤字、脱字や矛盾点などがございましたら教えていたただくと嬉しいです。

 それでは第二話、ごゆるりお楽しみください。


◇◆◇

 

 日が沈み、暗くなったフィールドに俺は出た。俺以外のプレイヤーはほとんど見あたらない。

 しかしよく目を凝らし、耳を済ませば、所々にプレイヤーがモンスターを狩っている光景が目に入った。その慣れた様子から十中八九、このゲームのベータテスター達だろう。

 

 「ぶるるる……がぁ!!」

 

 「ん?《フレンジーボア》……だよな?」

 

 そして思考に浸る俺のもとにも、モンスターが現れた。色は青く、イノシシに近い体だ。間違いない、俺がずっと狩り続けていた《フレンジーボア》だ。

 だが様子がおかしい。青いイノシシの目は赤く染まっており、好戦的な目をこちらに向けている。

 昼間に狩っていた青いイノシシの目は赤くなかったはずだし、こんなに好戦的でもなかったはずだ。明らかに様子がおかしかった。

 

 「……そんなこと関係ないか。俺はただ、お前を狩るだけだしな。」

 

 考えても現実は変わらない。そう判断した俺は、腰に着けている鞘から右手で《スモールソード》を引き抜く。そして左手を背中にまわす。

 その左手で背負っていた《ブロードランス》を持ち、構えた。

 この状態の時、俺は複数の武器を装備していると判断され、ソードスキルの発動が不可能になる。それはこの剣の世界において、致命的なことだった。

 しかし、そんなことはわかりきっていた。もう既に、この現象が起こることは知っているからだ。

 フィールドに出て、買った武器を一通り試した後に効率を求めて武器を二つ持ったことがあった。その時、ソードスキルが発動せずに焦ったことは記憶に新しい。

 それでもどうにかできないかと様々なことを試した結果、ある方法を俺は見つけた。

 

 「がぁぁぁぁぁ!!」

 

 「うるさいな……。今すぐその口ぶち抜いてやろうか。覚悟しろ、イノシシもどき。」

 

 あまりにもうるさい青いイノシシに思わずキレてしまい、ドスのきいた低くて自分でも恐ろしいと思える声が出てしまった。この声が出るのは、記憶が正しければあの日以来だったか。

 あの日を境目に、俺は俺じゃなくなってしまった。今の俺と昔の俺とでは何もかも違っている。

 そして雄叫びをあげながら、突進してきた青いイノシシの口内に俺は《ブロードランス》をやり投げの要領で突き刺した。《投擲》はまだ取っていないので、ただ単に投げただけだ。

 青いイノシシが勢いを止め、突然襲いかかった刺すような痛みに悶絶を始めた。

 俺は右手に残った《スモールソード》で片手剣ソードスキル《レイジスパイク》を立ち上げる。刃に青い光が宿った。

 それを青いイノシシに叩き込む。それが終わると同時に、俺は空いている左手で突き刺さっている《ブロードランス》を握った。

 すると、ギィンと何かがぶつかり合うような音が響いた。その音を聞いた俺は、右手も《ブロードランス》に持ち替える。そして俺はすぐさま両手槍ソードスキル《プレオン》を立ち上げ、叩き込んだ。

 

 「……やっぱり、硬直がキャンセルされている。だが、タイミングがシビアだな。」

 

 「うがぁぁぁぁぁ!!」

 

 実験結果を確認するように呟きながら《スモールソード》を拾った俺の背後で、HPを全損させた青いイノシシはポリゴン片と化した。

 今行ったのは、複数の武器を装備しているとソードスキルが使用不能な現象を利用したものだ。

 ソードスキルは一度立ち上げると、システムアシストによって体が勝手に動き出す。しかし全身が自動で動くわけではない。

 ソードスキル使用時、自動で動くのはそのソードスキルの動きに関係するものだけだ。片手剣ならば、武器を握る手や足などは自動で動くが、何も持たないもう一つの手は自分の意志で動かすことができる。

 だから俺はソードスキルが終わる寸前に、自分の意志で動く左手で《ブロードランス》を握り、無理矢理に複数の武器を装備している状態を造り出した。

 そしてこの状態になった瞬間に、ソードスキル使用不可の現象は発生する。それが例えソードスキルを発動中だったとしてもだ。

 これによって発動中のソードスキルはキャンセルされ、硬直時間なしで行動が可能になる。これを俺は《スキルキャンセラー》と呼んでいる。

 ……とはいえ欠点もある。両手槍等の両手で持つ武器は新たな武器を持つ手が無い為、それ以上繋げることができないことだ。

 つまり今の俺には《片手剣》から《槍》に繋げることしかできない。スキルスロットがまだ二つしかないので、新しいスキルが入れられず、この二種類のソードスキルしか扱えない。

 次のスキルスロットには何を入れようか……。そんなことを考えながら、俺はやたら好戦的になった青いイノシシを狩り続けた。

 

 

 ◇◆◇

 

 時間が深夜へと突入し、フィールドが漆黒に覆われていく。フィールドで狩りをしていたプレイヤー達も、続々と《はじまりの街》へと戻っていく。

 しかし、俺は街には戻らない。だって誰かと関わったとしても、皆が俺を裏切ることは目に見えているのだから。そして街中は誰かと関わりやすくなってしまう。

 俺は《はじまりの街》に背を向けて、フィールドの奥へと進み始めた。

 やはり数年前に、あれだけのことがあったからだろう。時々だが、俺の視界に写る人が皆揃って俺を見ているような錯覚に襲われることがある。そんな状況でゆっくり休めやしない。

 考え事をしながら暗闇に包まれたフィールドを見渡す。……青いイノシシのリポップが少なくなってきている気がする。少し前は、一匹屠っている間に二匹程集まってきていたはずだ。しかし今は、こちらから探しに出ている始末。

 このフィールドにいる青いイノシシは、近いうちに出てこなくなってしまうだろう。

 それなら、もっと深くに行ってモンスターを狩ればいい。フィールドに出て何もしないよりも、モンスターを狩る方がいい。

 俺は何もしないのが嫌いだ。例えば、いじめの現場を『自分は関係ない』と遠巻きに見るような腐った人間のように。

 そして俺は奥へと進む。この時、俺は予想だにしていなかった。

 ある青年との早すぎる再開を果たし、そこで再び腐った人間を見ることになるとは。

 

 

 ◇◆◇

 

 奥へ進むと木々が密集して生えている森があった。その森で、俺は青いイノシシよりも少しばかり手応えのありようなモンスターと遭遇した。

 図体は俺よりも少し大きいぐらいか。見た目は完全に植物のバケモノだ。足下には無数の根と思われるモノが蠢き、茎と思われる胴体の上半分は不気味な口で埋められている。

 俺はその植物のバケモノに視線を集中する。すると植物のバケモノの名前が浮かび上がってきた。

 そのバケモノの名は《リトルネペント》。明らかに《リトル》ではないだろうと、製作者に内心文句を言いながら背に担いでいる《ブロードランス》を持ち、投擲の構えをとる。

 

 「さて、お前も俺の実験台になってもらうとしようか……。」

 

 未だに俺に気づいていない植物怪物に向かって《ブロードランス》を投擲した。それと同時に《スモールソード》を抜き、《レイジスパイク》を立ち上げながら接近する。

 片手剣には他にもソードスキルが幾つか使用可能なのだが、俺にとっては扱いにくいものばかりだった。いや、《レイジスパイク》が扱いやすすぎたと言った方がいいだろう。

 

 「きしゃぁぁぁ!!」

 

 投擲した《ブロードランス》が突き刺さってやっと、植物怪物は俺の存在に気が付いたようだ。背を向けていた体をこちらへと向ける。そして在りもしない目を向ける。それは怒りを表しているように見えた。

 怒ったと思われる植物怪物は手の役割を果たすのであろう触手を振り回し、俺に叩きつけようとする。

 

 「……遅い!」

 

 しかしその動きは、俺にとっては遅すぎた。俺は振り下ろされる触手を難なく掻い潜り、がら空きになっている胴体に《レイジスパイク》を叩き込んだ。

 そして剣を振り抜く勢いのままに背後をとり、突き刺さっている《ブロードランス》を握った。

 ギィンと音が響き、《スモールソード》が纏っていた光が消える。《スキルキャンセラー》成功だ。そして俺は《ブロードランス》に新たな光を纏わせた。

 

 「……これでもくらっとけ!」

 

 俺は、植物怪物を脳天から一気に縦に切り裂いた。両手槍ソードスキル《アクシオン》。《プレオン》が突きに対し、《アクシオン》は切り下ろし。どちらも扱いやすく、状況に合わせて使い分けられるから俺はどちらも愛用している。

 メニューを開き、獲得経験値を見る。やはりフィールドの奥に来たからだろうか、経験値が青いイノシシよりも多い。加えて、素材アイテムとかいうものも手にはいる。何かはよく分からないが、まぁ持っておいて損はないだろう。

 俺は新たな植物怪物を探しに、森のより奥深くに向けて足を進めようとした。だが、周囲に何者かの気配を感じ、ある一つの草むらに視線を集中させる。

 

 「……そこに誰かいるんだろう?隠れてないで出てこい。」

 

 すると、俺が見ていたその草むらから二人の青年が出てきた。そしてそのうちの一人を見た俺は目を見張った。何故ならその青年は……もう会うとは思っていなかった青年だったのだから。

 

 「……キリトか。何用だ?特に用がないなら、俺はもう行くが。」

 

 平静を装い、キリトに問うた。色々あって、自分の感情を表に出さないようにすることは当たり前になってしまった。

 無意識にトゲのある言葉を返し、背を向けて歩きだそうとした俺を、キリトは呼び止めた。

 

 「待て待て、用ならある。今から俺達と一緒にクエストの攻略をしないか?」

 

 「……クエスト?何で俺もなんだ?そこにいるもう一人とですればいいだろ。」

 

 「僕達には今クエストをクリアする為に、《リトルネペントの胚珠》が必要なんだ。お願い、手伝ってくれないかな?」

 

 俺はもう一人の青年に目線を移す。キリトよりも少し背が高い。革の鎧らしきものを身に纏って、手には円形の盾を持っている。

 その青年は、人のよさそうな笑みを浮かべている。しかし、その笑みは何かを隠しているようにしか見えなかった。

 かつて、俺の信用を裏切って玩具にしたクズ野郎と同じような、作られた笑み。その笑みをその青年は俺に向けていた。

 

 「……お前、名前は?」

 

 「僕はコペル。それで、手伝ってくれるかな?」

 

 《コペル》と名乗った青年は相変わらず、人のよさそうな笑みを浮かべている。それがやはり何かを隠しているように見えるのは、俺の錯覚だろうか。

 ……俺はかなり疑い深くなってしまったようだ。もしかしなくても、あの日々があったからだろう。

 キリトと会うのは二回目になるが、まだ関わりは浅い。今回もそれほど関わらなければ大丈夫だろう。

 それに疑ってばかりいては、俺にこの世界を勧めてくれた母親に申し訳ない。

 

 「……わかった。俺はソーヤだ。」

 

 「ソーヤ、ありがとう……それはそうと、お前は何で此処にいるんだ?てっきり《はじまりの街》に留まっているものだと思っていたのに。」

 

 キリトがやや驚きながら俺に問う。当然のことだ。デスゲームが始まった時、俺はキリトの誘いを『足手まといになるから』と言って断ったのだ。そのはずなのに、俺は今キリトと同じ場所にいる。驚くのも無理はないだろう。

 

 「……街には戻りたくなくて、フィールドの奥に進んでいたら此処にいた。そんな感じだ。」

 

 「……お前には驚かされてばかりだな。ベータテスターでもないのに、デスゲーム初日でこんな場所にいるなんてな。」

 

 「えぇ!?ソーヤ、ベータテスターじゃないのにもう此処まで来たの!?」

 

 キリトの言葉にコペルが驚きの声を出す。その言葉からして、コペルもベータテスターのようだな。

 しかし、コペルの様子がどこか演技じみているように見える。やはり、何か隠しているのだろうか。

 

 「……何かおかしいか?」

 

 「いやいや、ベータテスターでもないのに此処に来たことに驚いたんだよ。」

 

 「そうだぜソーヤ。それとそろそろ行こうぜ。あっちにリトルネペントがいるみたいだ。」

 

 キリトが森の一角を指さす。そちらに目を凝らすと、そこには植物怪物が二匹程いた。しかし、俺が狩っていた奴とは少し姿が異なっていた。

 一匹はあの不気味な口が付いた胴体の上に、小さな花が咲いていた。もう一匹は小さな花の代わりに、大きな実が付いていた。

 それを見たキリトとコペルは、声をあげる代わりに体で喜びを表現した。おそらく、あれが探していた奴なのだろう。

 

 「キリト、あの《実付き》を任せてくれないかな?キリトとソーヤが《花付き》を倒すまで持ちこたえるよ。心配しないで、絶対に実を割るようなことはしないからさ。」

 

 「わかった。……死ぬなよ、コペル。」

 

 「……乗りかかった船だ。仕方ない。」

 

 コペルが《実付き》と呼ぶ植物怪物に向かっていき、俺とキリトは残った《花付き》とやらと相対する。

 キリトも俺も《スモールソード》を構え、植物怪物を睨んでいる。

 今、《スキルキャンセラー》をキリトに見せる訳にはいかない。まだ俺は、キリトを信じられないのだ。また裏切られるかもしれないと恐怖しているのだろう。

 それとコペルのことだ。コペルは、自分から面倒な役割を受け持った。それが俺には善意ではないように見えた。どちらかというと、何かを狙っていて、それを隠す為のように見えた。

 とはいえ、キリトは完全にコペルを信用している。キリトは誰でもすぐに信用しているように感じる。俺もそうだし、クラインもそうだ……。羨ましい限りだ……。人をそんな簡単に信じるなんてな……。

 

 「何ボーッとしてんだ、ソーヤ。俺達も行くぞ!コペルを待たせる訳にはいかない!」

 

 「……っ!すまない。」

 

 俺は思考を中断し、キリトと共に植物怪物へと斬りかかった。

 

 

 ◇◆◇

 

 「これでっ!」

 

 「終わりだ!植物怪物!」

 

 二本の光を纏った《スモールソード》が《花付き》の植物怪物を切り裂いた。HPがゼロになり、ポリゴン片が爆発四散する。

 ファンファーレが鳴り響き、俺のレベルが上がったことを知らせる。これで俺のレベルは3になった。しかしスキルスロットは増えない。一体、いつになったら増えるのだろうか。

 そんなことを思いながらメニューを操作し、《リトルネペントの胚珠》を実体化する。どうやら目的のものは俺の方にドロップしたようだ。

 

 「……キリト、これであってるか?」

 

 「ん?……ああ、それだ。恩にきるぜ。ありがとな、ソーヤ。」

 

 「……お礼を言われる筋合いはない。俺がいなくともお前らは大丈夫だったはずだ。それと……《実付き》とやらの実を割るとどうなるんだ?」

 

 「……その実からすごい臭いがでてきて、それにつられたリトルネペント達が好戦的な状態で集まって来る。もしそうなったら、確実に俺達は死ぬだろうな。」

 

 それを聞いた俺は妙な胸騒ぎがした。まるでキリトの言葉が今にも現実になりそうな感じだ。

 その妙な胸騒ぎを覚えたまま、俺達は《実付き》の植物怪物の相手をしているコペルの元へと向かった。

 コペルはHPにまだ余裕がある状態のようだった。五割未満のイエローゾーンになっておらず、そのHPはグリーンに保たれていた。

 

 「コペル!こっちは終わった!手伝うぞ!」

 

 キリトがコペルのもとへと駆け寄っていく。コペルはこちらに振り向き、どこか安堵したような顔をした。

 そんなコペルの様子を見た俺は、今まで俺が疑っていたことは杞憂だったのだろうと思った。

 そして、キリトとコペルを信じてみてもいいかなという思いが芽生えた。

 俺は誰も信じないし、信じられたくもない。裏切られることがないように、誰かと深く関わらない。

 しかし、俺は変わらなければいけない。このままだと、母親の最期の言葉に乗せられた願いを無下にすることは明白だ。

 あの腐った世界で、両親は唯一俺を裏切らなかった。だったら俺から裏切るなんてことはしてはならない。もし裏切ったのなら……俺はあのクズ野郎どもと同じになってしまう。

 

 「コペル!?何を!?」

 

 キリトの声が漆黒の森に響く。俺はそれにつられて、コペルの方を見る。

 そして俺は、再び腐った人間を見た。それは、俺の心に芽生えたばかりの思いを散らすことになった。

 コペルはソードスキルを立ち上げていた。それは《バーチカル》。そのスキルの攻撃モーションは……縦の切り裂き。それをここで使うという意味は……

 

 「止めろぉぉぉ!コペルゥゥゥ!!」

 

 キリトの静止の声も虚しく、《実付き》の頭上に乗っかっていた実がコペルのソードスキルによって真っ二つに割れる。辺りに鼻をつくような臭いが充満した。

 そして俺は見た。実を切り裂いたコペルの口角が少し上がっていたことを。

 深夜の森が突然地響きに襲われる。この強烈な臭いにあてられた植物怪物がこちらに向かってきているのだろう。

 

 「……ごめん、母さん。俺はまだ誰かを信じるなんてことはできそうにない。目の前でまた腐った人間を見てしまったからさ。」

 

 俺は《スモールソード》を右手に、《ブロードランス》を左手に持つ。この際、出し惜しみなんてしている場合じゃない。今は生き残ることが最優先事項だ。それ以外、今はどうでもいい。

 地響きが収まる。そして俺の前にいたのは……何十匹かも分からない植物怪物の群れだった。




 だいたい一週間前後に一話ぐらいのペースになると思われます。

 ですが、二週間以上空いてしまうこともあるかもしれませんので、そこはご理解のほどよろしくお願いします。


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第三話 腐った人間

 最近少し忙しかったので、投稿が少し遅れてしまいました。申し訳ありません。

 不定期投稿ですが、なるべく早く投稿していきたいと思っていますので、ご理解のほどよろしくお願いします。


◇◆◇

 

 深夜の森に強烈な臭いが充満し、俺とキリトは集まってきた植物怪物に囲まれていた。

 そしてこの状況を作り出した本人……コペルは実を切り裂いた直後に、「……ごめん。」と言い残して近くの藪へと迷いなく走っていった。

 俺とキリトはその背を追ったが、瞬く間にコペルのカーソルが消えた。距離は二十メートルも空いていないにもかかわらずだ。

 

 『ソロプレイをするなら、《索敵》か《隠蔽》のどちらかは必ず付けておくべきだ。効果は説明しなくとも分かるはずさ。これらは単独時の生存率を大きく上げてくれるんだ。』

 

 キリトからのスキルの説明が脳裏をよぎる。つまりコペルは今、《隠蔽》のスキルでこの森のどこかに身を隠している。

 

 「な……なんで……。何してんだよ、コペル!出てこいよ!」

 

 キリトが植物怪物を切り裂きながら声を張り上げるも、コペルが出てくる気配はない。音一つたてず、ただじっと俺達がくたばるのを待っている。

 俺も植物怪物を《スキルキャンセラー》を存分に駆使して倒し続ける。

 そしてある一つの草むらへと歩みを進めていく。そこに俺は、誰かの気配を感じていた。

 背後から数匹の植物怪物が迫ってくる。キリトは別の植物怪物に囲まれており、こちらに駆けつけることは不可能だ。

 ましてや、こちらに気付いている様子がない。自分を取り囲む植物怪物の相手で精一杯のようだ。まぁ、今の俺にとっては好都合だが。

 そして何故コペルがこんな行動をしたのか。そんな事は、少し考えれば自ずと見えてくる。

 

 「元々、コペルは俺達を裏切って自分だけその胚珠を手に入れようとしていた。ちょっと考えれば分かることだ。そして……そこにいるんだろう、コペル?いや、クズ野郎。」

 

 俺は一つの小さな藪の前に立ち止まり、睨む。しかしコペルが出てくることはなかった。

 

 「……出てこないか。それなら、俺には一つ考えがあるぞ。」

 

 背に背負い直していた《ブロードランス》を手に持ち、それをその藪に向ける。まだ音はしない。

 続けて両手槍のソードスキル《プレオン》を立ち上げる。ガサッと藪から音がした気がした。

 

 「母さん……本当にごめん。あの日の約束、俺は守れないや。」

 

 どす黒い感情が沸き上がり、俺の心を黒く染め上げていく。そして俺の中から……血濡れの狂った獣が再び現れる。

 立ち上げたソードスキルを躊躇なく藪の中へと突き刺す。何かを貫いた感触が《ブロードランス》を通じて伝わってきた。

 

 「……何で、ここがわかったの?……それと何で、僕を攻撃したの?」

 

 そこには俺の《ブロードランス》で右肩を貫かれているクズ野郎がいた。その顔は自分が隠れていた場所がばれたことと、俺に攻撃されたことに対する二重の驚きが浮かんでいた。あの作られた笑みはもう、何処にもなくなっていた。

 俺のソードスキルを受けたクズ野郎のHPはみるみる減少し、五割未満を示すイエローに染まった。そしてそれと同時に、俺の居場所を示すカーソルはオレンジに染まる。

 それが何を意味しているのかは知らない。だが特に俺の体に異変は無いので、大して気にも止めずにクズ野郎を睨む。

 

 「簡単なことだ。俺は気配に対して異常に敏感なんだよ。そして、お前は俺とキリトの信用を裏切った。大小はあるがな。ただそれだけのこと。だけど俺はな、お前みたいな他人の信用を平気で裏切る野郎は大嫌いなんだよ!」

 

 背後に幾つかの気配がした。俺を追っていたリトルネペントが追い付いたのだろう。そこで俺は名案を思いついた。

 

 「お前みたいなクズ野郎には……植物怪物になぶり殺しにされる最期がお似合いだ!」

 

 「な、何を……。うわぁぁぁ!!」

 

 突き刺していた《ブロードランス》に力を込め、クズ野郎を背後にいた数匹の植物怪物に向けて放り投げた。

 数匹の植物怪物のターゲットは俺からクズ野郎へと移り、突然のことに混乱したクズ野郎は、俺が言った通り植物怪物に囲まれてなぶられることになった。

 その数十秒後、クズ野郎はそのHPをゼロにしてポリゴン片となって砕け散った。悲鳴すら許されない最期だった。

 

 「くたばったか……クズ野郎め。」

 

 人を殺した。その筈なのに俺の心に傷がつくことはなかった。それどころか、死んで当然だという考えさえ浮かんでいる。

 ……やっぱり俺は他人の命をモノとして見るようになってしまった。躊躇なく人を殺したことからそのことは明らかだ。

 あの日が全ての転機となった。あの日に、俺は人としての情を一部置いてきてしまったのだろう。今の俺と昔の俺は、もはや他人と言っても大差ないぐらいに価値観が変わってしまった。

 だが、まだ全てではないはずだ。この手に包丁という名の凶器を持ったあの日とは程遠い。クズ野郎を殺してやるという殺意が、他人の命をモノとして見る価値観が、必要な犠牲だと割り切る冷めきった思考が。

 今の俺は中途半端だ。あの日、本物の血でできた池の上に立っていた瞬間を思い出したくない俺がいる。その反面、その瞬間を仕方のない犠牲だと割り切っている俺もいる。

 どちらが良いなんて言わずともわかっている。しかしコペルのようなクズ野郎と会った時や短剣を目にした時に、嫌でもあの日を思い出してしまう。……裏切られたことに対する絶望と共に。

 それに加えて、何度も信用が弄ばれ、裏切られることが続いたのなら……誰であろうとも、誰かを信用することなんてできなくなってしまうだろう。

 

 「きしゃぁぁぁ!!」

 

 「……うるさい。お前らも直ぐにポリゴン片にしてやるから黙ってろ。」

 

 俺は《ブロードランス》と《スモールソード》を両手に構え、植物怪物へと突進した。

 

 

 

 それからどれ程の時間が流れたのか分からない。ただただ目に写った植物怪物を《スキルキャンセラー》で屠り続けた。

 そして全ての植物怪物を屠った俺の前にいたのは……

 

 「ソーヤ……何でお前のカーソルがオレンジになっているんだよ……。」

 

あり得ないものを見たかのように言葉を発するキリトだった。

 

 

 ◇◆◇

 

 「はぁぁぁ!」

 

 次々と襲いかかるリトルネペントに、片手剣のソードスキル《ホリゾンタル》を発動して斬りかかる。

 光を纏った《スモールソード》はリトルネペントの弱点である捕食器の真下へと吸い込まれる。直後、全身をポリゴン片へと変えてリトルネペントは爆散した。

 これをどれ程繰り返しているのか、自分でも分からない。ただ、これを止めれば俺のHPは呆気なくゼロになり、現実世界からも永久退場することだけは分かっている。

 茅場晶彦が言っていたことが本当であると証明はできない。だが、あの時の茅場の声には本当だと思わせる凄みがあった。

 まともな思考なんてできなくなっていた。ただ迫り来る攻撃を避け、弱点にソードスキルを喰らわせることだけを繰り返した。

 そんな時だ。あの音が聞こえたのは。

 

 ガッシャァァァン

 

 その音はモンスターがポリゴン片となって散る音よりも高い音。それが示すのは……『プレイヤーの死』。今は『コペルかソーヤが死んだ』ことを示していた。

 反射的にその音がした方に目をやるが、俺の目に移ったのは振り下ろされたリトルネペントの触手だった。

 とっさに地面を転がって回避し、今までと同じように捕食器目掛けてソードスキルを叩き込んだ。

 ポリゴン片が散るのを見ながら、自分の周囲にもうリトルネペントがいないことを確認する。そして俺はその音がした方へと向かった。

 そこにいたのは、ソーヤだった。すると死んだのはコペルだと自動的に判断できる。

 

 「……お疲れ。」

 

 ログアウトしたプレイヤーへの定番の挨拶を口にする。返事がないのはいつものことだ。

 《スモールソード》を背中の鞘にしまいながら、俺はソーヤへと駆け寄る。だがその足は途中で止まることになった。

 俺は見てしまったのだ。ソーヤの上に浮かぶカーソルが……オレンジに染まっていることを。

 カーソルがオレンジに染まる条件はたった一つ。まだオレンジに染まっていないグリーンのプレイヤーを攻撃した場合のみ。

 それはソーヤがコペルの死に何らかの形で関与したことを表していた。俺はあり得ないものを見るような目でソーヤを見る。

 

 「ソーヤ……何でお前のカーソルがオレンジになっているんだよ……。」

 

 「……コペルは俺を、俺達を裏切った。それは俺達の信用を弄んだことに他ならない。俺は、他人の信用を平気で裏切る野郎は大嫌いだ。だから、俺がコペルを『殺した』んだ。」

 

 俺の問いに答えたソーヤは冷めきっていた。さも死んで当然かのような口振りで、淡々とコペルを殺したことを告げた。

 そしてソーヤは人の命を奪ったことに対して、何も感じていないように見えた。目からハイライトは消え失せ、ただゴミを見るような目でコペルが死んだであろう場所を見ていた。

 

 「別に殺す必要はなかったんじゃないのか!確かにコペルが俺達を裏切ったことは事実だ!それでも、たったそれだけで殺していい理由にはならないだろ!!」

 

 まるで人の命をモノとしか見ていないソーヤに怒りを覚え、怒鳴った。命よりも大切なものなんてない。それを悪びれもなく奪ったソーヤが許せなかった。

 ソーヤの返答はやはり冷めたものだった。だが俺の言葉が気に食わなかったらしく、その言葉には少し怒気が込もっていた。

 

 「……お前は、誰かに裏切られたことはあるか?自分の信用を弄ばれたことはあるか?いいや、お前は無いだろうな。だから『たったそれだけ』なんて言えるんだ。

 俺は何度も何度も誰かを信用しては、裏切られた。そして俺は、信用することができなくなった。現に今、俺はお前を信用していない。」

 

 「……!!」

 

 俺は絶句した。ソーヤが壮絶な人生を送っていることに気が付いたのだ。そして、程度の差はあれど俺に似ていることも。

 そんな俺の思考をよそに、ソーヤは俺に背を向けて歩きだした。

 

 「じゃあな、俺をまだ裏切らない人間のキリト。」

 

 「あ……おい待て!ソーヤ!」

 

 俺は小さくなっていくソーヤの背を追いかけるが、此処は深夜の森のフィールド。たった数分で俺はソーヤを見失ってしまった。

 

 「……ソーヤ、俺はお前を永遠に裏切るつもりなんてないさ。俺も、裏切られた時の傷が大きいのは知っているからな。」

 

 俺はそう呟き、クエストを受けた民家へと向かっていった。

 

 

 ◇◆◇

 

 ザクザクと草を踏みしめる音だけが俺の耳に入る。キリトと別れて数時間、俺はまだ深夜の森にいた。理由は単純、あの植物怪物を狩る為である。

 元々、効率のいい経験値を持つモンスターを探してこの森に入ったのだが、とんだ巻き添えを喰らうことになった。それも、クズ野郎の裏切りという最悪なオマケ付きで。

 とはいえ、悪いことばかりでもなかった。あの植物怪物の集団との戦闘でかなりの経験値を得ることができた。それでも気分は良くないが。

 

 「……あっちに何匹かいるな……。」

 

 気配を感じたので藪に身を隠しながらその気配がする方へと向かう。そこには植物怪物が三匹いた。

 俺は《ブロードランス》と《スモールソード》を両手に持ち、一気に藪から飛び出した。

 

 「はぁぁぁ!」

 

 「きしゃぁぁぁ!!」

 

 俺に気づいた植物怪物が触手を叩きつけてくる。それを難なく回避し、叩きつけられたままの触手を逆手に持ち変えた《ブロードランス》で地面ごと貫き、縫いとめる。

 そして《ブロードランス》を踏み台にして、植物怪物に肉薄する。そのまま片手剣ソードスキル《ホリゾンタル》を立ち上げる。

 至近距離で発動されたソードスキルは一瞬で植物怪物をポリゴン片へと変貌させた。

 

 「さぁて……次はどっちだ?」

 

 「「きしゃぁぁぁ!!」」

 

 残された二匹の植物怪物は同時に襲いかかってきた。もしかすると、俺を自分だけでは倒せないと踏んだのかもしれない。そうならば、相当優秀なAIだと言えるだろう。

 そういえば、昔にそんなAIを作り出せそうな誰かと会ったような記憶がある。確か両親と仕事の関係だったか。思いだそうとするが、何分昔の記憶の為かはっきりと思い出せない。

 

 「……まぁいいか。いつか思い出すだろう。それよりも今は、コイツらをさっさと葬らないとな。」

 

 思いだそうとする昔の記憶を脳の片隅へと追いやって、俺はその両手に持つ二つの武器をもう一度握る。

 左右両方から触手が振り下ろされる。先程のように避けようとすれば、もう一つの触手の叩きつけを受けることになる。ならばどうするか、答えは簡単だ。

 

 「「……きしゃ?きしゃぁぁぁ!」」

 

 突如悲鳴に似た叫びをあげる植物怪物の近くに、ぼとりと二本の触手が落ちた。それらはすぐさま耐久値の限界を迎え、呆気なくポリゴン片へとその形を変えて爆散した。

 そう、俺は植物怪物の触手を斬ったのだ。それも数秒の間で。この世界では、俺の体が軽くて思った通りに動いてくれる。それ故に、こんな芸当が可能となったのだろう。

 俺は触手を失った植物怪物の一匹に《スモールソード》を投げて突き刺し、槍のソードスキル《ディラトン》を立ち上げる。

 《ディラトン》は突進の突き攻撃。光を纏った《ブロードランス》は直線上に並んだ植物怪物を二匹纏めて貫通する。そして硬直状態になった俺の後ろで、ポリゴン片の爆発が起こった。

 

 「……俺はいつになったら誰かを信用できるんだろうか。教えてよ、母さん、父さん……。」

 

 誰もいなくなった森で俺は涙を流した。本当の自分を表に出したのは何年ぶりだろうか。誰かに裏切られる度に、素直な自分の上に偽の自分を張り付け、一人でもその仮面は外さなかったというのに。

 俺は誰も信じない。皆して俺の信用を裏切って距離をとったり、それを利用していじめてきたりする。それが繰り返され、俺は誰も信じられなくなった……。

 そう自分に言い聞かせて、嘘の自分を演じ続けていたというのに。それが当たり前で、本当の自分なんて出そうとしても出せなかったというのに。

 何故、いきなり嘘の仮面がいとも簡単に外れてしまったのだろうか。

 

 『その世界はね、感情を隠すことができないの。嬉しいと思えば笑顔になるし、悲しいと思えば涙が流れるの。まぁ、多少は我慢できるけどね。』

 

 母親の言葉がフラッシュバックし、俺はこの世界では自分に嘘がつけないことに気づいた。しかし、今さら気づいたとしてももう遅い。

 俺から流れ始めた涙は止まることを知らず、延々と流れ続ける。幾ら拭っても拭ってもその涙が枯れることはなかった。

 

 「……孤独は……寂しい、悲しい……。俺はいつまでこのままなんだ……?」

 

 その場にうずくまり、涙が枯れ果てるのを待つ。寂しい、悲しいといった感情が俺の心を駆け巡り、それが更なる涙を呼ぶ。

 自分が暗闇の中にいるような錯覚を覚える。誰も助けには来てくれず、その暗闇は永遠に晴れることはない。

 だが、その暗闇を俺に向かって進んできている一人の青年がいた。その青年とは、この剣の世界で出会い、二度別れた人物だった。

 

 「……キリト……。」

 

 俺は無意識にその名を呟く。キリトは俺をまだ裏切っていない。もしかすると俺を裏切ることはないのかもしれない。俺が少し信じる努力をすればいいだけなのかもしれない。そんな希望的観測が浮かぶ。

 しかしそんな淡い希望はあっさりと打ち砕かれる。いや、既に打ち砕かれている。俺はキリトに暴言に似た言葉を吐いてしまっていた。

 キリトは俺のことを何にも知らない癖に、説教垂れたことが癪にさわった。だから怒鳴ってしまった。『俺はお前を信用していない』と言ってしまった。

 もしそんな事を言われてもなお、関わろうとする者はいるだろうか。俺は自分の手で信用できるかもしれない者を排除してしまったのだ。

 その結論にたどり着いてしまった俺に、更なる寂しさと悲しみがのし掛かる。

 そして俺は太陽らしき物からの光が差し込むまで、人知れず涙を流し続けた。



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第四話 オレンジが示す意味

 今回、少し急ぎぎみだったのでいつもより駄文かと思われます。誤字、脱字があれば報告していただけると幸いです。


◇◆◇

 

 視界に剣を大上段に振り上げる人間モドキの懐に一瞬で滑り混み、《細剣》のソードスキルである《リニアー》を立ち上げる。

 目にも見えない速度で放たれた《スチールレイピア》は人間モドキの剣が振り下ろされるよりも先に胴体へと突き刺さる。その痛みに耐えきれなかったのか、人間モドキは剣を手放してしまう。

 俺は丸腰になった人間モドキに突き刺さっているもう一つの剣、《スモールソード》を空いている手で握り、引き抜いた。

 ギィンと音が響き、《スチールレイピア》が纏っていた光が消え去る。それを確認した俺は《スチールレイピア》から手を離し、先程使用可能になった片手剣のソードスキル《ホリゾンタル・アーク》を硬直なしで立ち上げる。

 左右を往復するように放たれた剣線は、人間モドキをポリゴン片に変えた。

 地面に落ちた《スチールレイピア》を拾い上げ、左右の腰に提げている鞘の一つへと戻す。そしてもう一つの鞘に《スモールソード》を同様にする。

 

 「……ふぅ、こんなもんか。」

 

 周囲に気配が何もないことを確認してから、俺は一息ついた。

 此処はアインクラッドの第一層の迷宮区。そこで俺は嘘の仮面を張り直し、延々と人間モドキを狩っていた。あの森に出現する植物怪物では経験値の効率が悪くなってきたからである。

 

 「そういえば……この色はずっと変わらないな。」

 

 自分の頭上に浮かぶカーソルを見上げる。その色はあの森の日からずっとオレンジのままだ。この色が何を意味するのかは未だ不明だが、何かデメリットがあるのだろうか。

 この色を戻したいとは思わないが、ずっとオレンジのままなのも気になっている。今まで不都合なことは何も起こってはいないが、オレンジのカーソルになった俺を見たキリトがあり得ないものを見るような目で見ていたことが妙に印象に残っている。

 

 「……そろそろ行くか。《細剣》のスキルをもう少し試したい。それに、あの大きな扉の奥も気になるしな。」

 

 俺はあれからもモンスターを狩り続け、レベルは6に達していた。

 それと同時にスキルスロットも一つ解放されたので、片手剣と合わせてコンボが繋げられそうな《細剣》を取った。今はそれを《スキルキャンセラー》に組み込む練習をしている。

 僅かな時間の休息を終え、再び迷宮へと繰り出そうとした瞬間、俺はある気配を感じた。この気配は……人間のものだ。

 それも一人や二人ではない。ざっと数えても四十人……いや五十人近くはいるだろうか。そんな大集団がこちらに向かって来ている。このままではばったりと出会うことになってしまう。

 一瞬焦ったが、よく考えれば俺には関係ないことだろう。どうせ出会ったところで、特に関わる理由なんてないはずだ。

 そう判断した俺は、その大集団を無視して迷宮区を進もうとした。だがその大集団の前を通りすぎた瞬間、俺を呼び止める大きな声がした。

 

 「そこのガキィ!止まれや!」

 

 声がした方に視線を向けると、頭がトゲトゲの男と五、六人の男がその大集団を掻き分けて来た。逃げようかとも考えたが、追いかけられると面倒になる。

 

 「テメェ、何モンや!」

 

 「……他人の名前を聞くときは、自分から名乗るのが筋じゃないのか?」

 

 「ッチ。生意気なガキや。ワイはキバオウってモンや。」

 

 「……ソーヤだ。それで、何用だ?」

 

 キバオウと名乗ったトゲトゲ頭の男から視線を反らして、他の人間の様子を見る。

 トゲトゲ頭に付いてきた男達はストレージ等から武器を取り出してこちらに向けている。俺に向ける視線は敵意そのものだ。

 その男達の後ろにいる集団は様々な反応をしていた。男達と同様に俺に敵意を向ける者、トゲトゲ頭の行動にため息をつく者、何が起こっているのか理解できずに首を傾げる者……。本当に様々な反応をしていた。

 しかし、何故俺に敵意を向けるのかがわからない。初対面のはずなのに、もう顔を知られているような感覚で関わってくるトゲトゲ頭が何故、こんな行動をするのかわからない。

 思考に浸っていると俺の態度が気に入らなかったのか、トゲトゲ頭はよりただでさえ大きい声を更に大きくしながら怒鳴った。

 

 「無視すんなガキィ!ワイは、プレイヤーの安全を守る為にオレンジのカーソルをしたお前を、牢獄にブチ込むんや!」

 

 そこで俺はオレンジの意味を理解した。『安全』と『牢獄』のキーワードから、恐らく現実世界でいうところの犯罪者にあたるのだろう。

 もしそうならば、俺が殺したクズ野郎に攻撃した時にカーソルがオレンジになったことにも納得がいく。

 

 「……なるほど。つまりお前は、俺のカーソルがオレンジだから投獄するということか?」

 

 「そういうことや!お前は人殺しやろうが!さっさと反省して牢獄に行かんかい!」

 

 パリン……。俺の心に巣食う獣の檻がまた一部、砕けた音がした。そこからあの日の俺が少し流れ出て、今の俺と混じり合う。

 殺してやるという殺意が増し、他人の命をモノとして見る価値観が定着し、必要な犠牲だと割り切る冷めきった思考に切り替わる。俺はあの日の俺にまた一歩、近付いてしまった。

 

 『おい創也、お前でかくてキモいんだよ!』

 

 さらに追い討ちを掛けるように、俺の見た目を理由にいじめてきた餓鬼の姿と、眼前にいるトゲトゲ頭が重った。それが更に俺の殺意を加速させていく。

 殺意が俺のコントロールから離れ、あの日のように暴走を始めようとする。俺はそれを理性で抑える。今殺しては、確実に後ろの集団に誤解を産む。

 俺は《スモールソード》を抜き放ち、トゲトゲ頭の喉元に突きつける。その時間は一秒にも満たない。一瞬の行動に、トゲトゲ頭は驚きの表情を浮かべる。

 

 「断る。……俺は、お前のような見た目だけで全てを決めつけるような野郎は嫌いだ。素直に牢獄に入るつもりなんてない。俺を投獄したくば、無理矢理にでもやってみやがれ。」

 

 「……言うやないか、ガキィ。そこまで言うならワイも容赦はせんで。野郎共!このガキを捕まえろ!」

 

 「「「おぅ!!」」」

 

 トゲトゲ頭付いてきていた男達が、待ってましたと言わんばかりに飛び出した。恐らく、俺が動けなくなるまでいたぶり、その後に投獄するつもりなのだろう。

 ……仕方ない。殺さない程度に相手をしよう。幸い、まだ抑えられる。これなら半殺しぐらいで済む。

 《スチールレイピア》も鞘から抜き放ち、構える。それを見たトゲトゲ頭を含む男達は失笑した。まるで俺を馬鹿にするような目で見ている。

 そこで俺が煽ると、男達は顔を真っ赤にして一斉に襲いかかってきた。予想通りだ。だいたい、いじめる人間とそれに付いている人間は自尊心が高い。そこを傷つければ、怒りに我を忘れることが多いのだ。

 そして、俺とトゲトゲ頭率いる男達との戦いの火蓋が切り落とされた。

 

 

 ◇◆◇

 

 「……動きが大振りだ。」

 

 いの一番に飛び出して来た男は両手剣を大上段に振り上げ、ソーヤを叩き斬ろうとする。捕まえるつもりはさらさら無く、殺す気なのだろう。全身から殺気を放っている。

 それを見たソーヤは、がら空きの腹に《スモールソード》を突き刺し、男が勢いを突然止められて宙に浮いている内に《リニアー》を放った。

 神速の速度で放たれた突きを受け、男は吹き飛んだ。そのまま迷宮の壁へと飛んで行き、叩きつけられる。

 ソードスキルの使用を見た他の男達はソーヤの硬直を狙って、四方八方から斬りかかる。しかし男達は彼を見たとたん、表情を驚愕に染めた。

 ……無いのだ、硬直が。男を《リニアー》で吹き飛ばしたソーヤは、ソードスキル使用後に発生するはずの硬直を無視して立っていた。

 

 「……囲もうとも無駄だ。圧倒的に数が少ない。あの日の十分の一にも満たないぞ。」

 

 ソーヤは《リニアー》発動と同時に男から引き抜いていた《スモールソード》で片手剣のソードスキル《ホリゾンタル》を立ち上げた。

 彼を囲って斬りかかった男達は皆、光を纏った横一筋の一閃に斬り裂かれる。だが、男達のHPにはまだまだ余裕がある。男達は立ち上がり、再びソーヤへと斬りかかった。

 

 「……面倒臭い。全員、死なない程度に動けなくしてやる。」

 

 ……ソーヤから放たれた光の剣線が煌めいた。その光は消えることを知らぬかのように、男達を斬り裂く。何度も何度も斬り裂き、男達のHPはいよいよ赤く染まり、それと共に表情が死への恐怖で染まる。

 だが光の剣線はそこで突然消え去った。そしてそこには、ガクガクと震える男達とその中心に悠然と立つソーヤの姿があった。

 

 

 ◇◆◇

 

 俺は両手に持っていた《スモールソード》と《スチールレイピア》を鞘へと戻す。

 眼前に目をやると、未だにこの光景を理解できないのだろうか、口をパクパクとさせているトゲトゲ頭がいた。

 コイツは俺の挑発を受けても突っ込んで来なかった人間だった。多少なりとも自制心はあるのだろう。まるでいじめのグループのリーダーのように。

 

 「……さて、どうするんだ?」

 

 「どうするもクソもないわ!それよりもガキ、さっきのは何なんや!明らかにチートやろ!!」

 

 俺の質問を無視し、自分のことだけを通そうとするか。ますますあの餓鬼とトゲトゲ頭が重なる。虫酸が走って仕方がない。

 

 「……お前みたいなクズ野郎に言う義理なんぞ、あると思うか?気になるのなら……お前がその目で見ればいいだろう?」

 

 俺はメニューを操作し、怒りで顔を真っ赤にしているトゲトゲ頭にデュエルの申請を送る。トゲトゲ頭の前に一つのウィンドウが表示された。

 

 「デュエルか……やってやろうやないか!」

 

 そう高らかに叫びながらトゲトゲ頭は表示されたウィンドウに触れようと指を近付け……突如その指を止めてしまった。

 真っ赤に染まっていた顔が一気に青白くなり、顔から生気が抜けていく。そしてカタカタと小さく震えながら、トゲトゲ頭は俺を見つめる。

 

 「おい待て……何でデュエルの形式が《完全決着モード》になってるんや!?」

 

 トゲトゲ頭の衝撃の発言で、迷宮区にいるプレイヤー達がざわめき始める。それもそのはず、このモードはデスゲームと化した今では命を懸けるデスマッチに他ならないのだから。

 通常、デュエルの形式は三つある。

 ソードスキル等の強攻撃を先に加えるか、HPが半分を切ることで決着がつく《初撃決着モード》。

 どちらかのHPが半分まで減らすまで戦う《半減決着モード》。

 そして……どちらかのHPが無くなるまで戦う《完全決着モード》。

 つまり、HPがゼロになると死んでしまうこの世界で《完全決着モード》でデュエルしたのなら……確実にどちらかのプレイヤーが死ぬことになる。

 

 「……どうした。何かおかしかったか?」

 

 「おかしいに決まっとるやろうが!何で命懸けてお前と戦わないといかんのや!別に《初撃決着モード》とかでええやろうが!」

 

 俺には、文句を並べて叫んでいるトゲトゲ頭が自己保身をしているようにしか見えなかった。それがあの日のリーダーだった餓鬼と重なった。

 あの餓鬼は自分が包丁を持っち、付き従っている餓鬼どもがいた時には調子に乗っていた。自分の力の大きさを俺に誇示していた。

 だが、俺がその包丁を奪って餓鬼どもを切りつけ始めたとたんに泣き崩れ、許しを乞うた。あの日とは状況は違えど、トゲトゲ頭がその餓鬼とやっていることは同じなのだ。

 

 「お前もこんなデスゲームで死にとうないやろ?お前を待っている親や家族がいるんやろ?だったらこんなところで命を捨てるような真似はすんなや!」

 

 トゲトゲ頭の言葉一つ一つが俺の神経を逆撫でする。俺のことを何も知らないのに、知ったような口を利くトゲトゲ頭に殺意が更に加速する。

 あの日に一歩、また一歩と近付いていく。全ての命をモノとして見てしまう俺に。その手に包丁を持ち、餓鬼どもを切りつけた人間じゃない俺に。

 

 「……知ったような口を利くな。俺には信用できる友人も、愛してくれる家族も、頼りになる親族すらいないんだよ。説得しようとも無駄だ。それ以上無駄に喋るのなら……殺すぞ?」

 

 ドスの利いた声が出た。それも青いイノシシに向けた時よりも威圧感が桁違いに大きかった。自分でも聞くと恐怖を感じる程度では済まず、震えてしまう。

 俺の膨れ上がった殺意が暴走しかけている。さっきまでは半殺しで済んだが、今トゲトゲ頭とデュエルすると、確実に殺してしまう自信がある。

 

 「……それで、お前はどうするんだ?俺と殺るか、殺らないのか。」

 

 「……ッチ!仕方ないわ。今は見逃したる。やけどな、お前はいつか絶対に牢獄にブチ込んでやるからな!」

 

 トゲトゲ頭はウィンドウを操作し、俺からのデュエル申請を拒否した。それを確認した俺は、その集団に背を向けて迷宮区の奥へと歩き出す。

 トゲトゲ頭のせいで膨れ上がった殺意は、そこらのモンスターでは発散されないだろう。発散するなら……特大のモンスターでないといけない。

 あの日は、十分な餓鬼が何十人といたから大丈夫だったが、今はそれがない。仮に人間を殺したとしても、俺は誰かを信じようと努力している場合ではなくなってしまう。

 俺は、母親が言っていた信用できる人間を見つける為に此処に来た。例えその世界がデスゲームと化したとしても、その目的は変わらない。

 でも今は、その障害になっているこの膨大な殺意を発散しよう。俺は視界いっぱいに映っている扉に手を触れ、押し開けようとして……後ろを振り返った。

 

 「……何で付いて来ているんだ?」

 

 振り返った俺の視界に新たに映ったのは、約五十人のプレイヤーの集団。トゲトゲ頭がいた、あの大集団だった。

 コイツらはこの大きな扉を目指して歩いていた俺の後ろを一定間隔を保ちながら付いて来ていた。

 俺に関わろうとせずにただ付いて来る姿は、いじめられるという形で何かしら関わられた俺にとっては不気味としか言えなかった。

 俺とその集団の間に沈黙が流れる。そしてその沈黙を破るようにあの集団から出てきたのは、青い髪をした男だった。

 

 「いやいや、別に君を尾行した訳じゃないんだ。もし誤解を与えてしまったのなら、謝るよ。」

 

 その男は、俺が殺したクズ野郎と同じような何か隠すような人のよい笑みを浮かべていた。ほんの少し前に前例があった為、自然と警戒心が高まる。

 

 「僕はディアベル。今はこの第一層ボス攻略パーティーのリーダーを務めている。」

 

 「……ソーヤだ。それで、お前らの行動が尾行じゃないのなら何なんだ?」

 

 「僕達も、君の後ろにあるボス部屋が目的地だったんだ。君がボス部屋へと進んじゃったから、その後を尾行するような形になっちゃっただけなんだ。」

 

 「……さっき、ボス攻略パーティーとか言っていたしな。そういうことだったのか。ディアベル、疑うような真似をしてすまなかった。」

 

 俺はディアベルに頭を下げる。自分が悪いと思ったら謝る、母親がよく幼かった俺に話していたことだ。そして、その言葉は今でも俺の中で生き続けている。

 ディアベルは俺が謝るとは思っていなかったのか、驚きをこれでもかと表情に浮かべていた。

 確かに、トゲトゲ頭と相対した様子から、俺が謝るとはあり得そうな話ではないが、そんなに大きく驚くこともないのではないか?

 

 「じゃあ、誤解が解けたところで……お願いが一つあるんだけど良いかな?」

 

 「……別に構わないが。どんなものだ?」

 

 「先程の戦闘を見ていたんだけど、君はこの攻略の力になりうると思った。だから……ソーヤ君、今から一緒にボス攻略をしてほしいんだ。」

 

 ディアベルのその一言に、後ろに控えている集団は喧騒に包まれる。俺の参加に賛成する声、反対する声、どちらの声も聞こえた。

 だが、反対の声の方が多いように感じる。昔から様々な暴言を言われたせいか、そういう声に敏感になっているのかもしれない。

 

 「皆、聞いてくれ!」

 

 ディアベルの声がその喧騒を切り裂いた。騒がしかった集団は静まり、視線を彼に集中させる。その視線のなかには、彼を刺すような視線もあった。

 しかしディアベルはそんな視線をものともせず、諭すように話す。

 

 「皆がソーヤ君を受け入れがたい気持ちはよく分かる。でも、僕達はこのデスゲームがクリアできるという可能性を見せる為に此処にいるんだろ?それなら、その可能性を少しでも広げられるようにするのが当然じゃないのか?

 それに、ソーヤ君は自分の過ちを認めることができる人間だ。決して無差別に人殺しをするような人じゃない。もしそうなら、今頃僕達は彼の圧倒的な力によって殺されているだろう。

 だから彼を、ソーヤ君を受け入れてあげよう。そして彼を含めた皆で、ボスを倒そうじゃないか!」

 

 ディアベルはそう締め括り、俺の方へと向き直る。そして、手を差し出してきた。

 

 「ソーヤ君、一緒に攻略しよう!」

 

 「……分かった。よろしく。」

 

 「ありがとう!それじゃあ、このパーティーの一番奥のグループに行ってくれ!」 

 

 俺はその手を握った。そしてディアベルの案内通りにその集団の奥へと向かう。

 周りからの視線を強く感じる。どうやら、ディアベルの説得で完全に俺を受け入れたという訳ではなさそうだな。渋々賛成したといった感じだろうか。

 とはいえ、たった数時間だけの付き合いだ。どうせこの集団には、母親が言っていたような人間はいないだろうから。

 集団の奥へと到着する。そこにいたのは、俺が自分の手で排除してしまった、信用できるかもしれない者だった。

 

 「また会ったな。ソーヤ。」

 

 「……!?……キリト!」

 

 俺を見て、複雑な表情を浮かべている黒髪の青年がいた。



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第五話 第一層ボス攻略戦

 恐らくですが、あと二、三話でヒロインを出すことができると思われます。それまでもうしばらくお待ち下さい。

 それと、誤字脱字があれば教えていただけると嬉しいです。なるべく早く投稿できるようにと、見直しが少々雑になってしまっているので。よろしくお願いします。


◇◆◇

 

 「ソーヤ、彼女が俺のパーティーメンバーであるアスナだ。」

 

 「……よろしく。」

 

 俺はキリトの傍らに立つ者が軽いお辞儀をする。そのアスナとやらは目深くフードを被っており、顔が見えなくなっていた。

 

 「……こちらこそ。それでキリト、俺は何をすればいいんだ?」

 

 「俺達は、ボスの取り巻きでポップするモンスターを狩るだけだ。俺達のパーティーは人数が足りないから、雑魚掃除担当という訳だ。」

 

 「……分かった。」

 

 「おい待て、何処行くんだ!」

 

 俺はその説明が終わると、キリト達から離れて武器の耐久値の確認を始めた。

 この集団に、母親が言っていたような人間はいないだろう。それならば、関わらないことが吉だ。どんないじめも、関わりさえしなければ発生しない。無視すればいい。

 そうしていると嫌がらせを受けるかもしれないが、それで反応してしまえば餓鬼どもは余計に面白がる。その方がいじめはより激化する。面倒臭いことになってしまうだろう。

 

 「……別々に行動した方が効率的だろう?俺は一人で十分だ。」

 

 「それはその通りだが……。別に一緒でも構わn……!」

 

 「そうやって俺を誘って裏切るつもりか?あの森で言ったよな、キリト。俺は何度も何度も信用しては裏切られることを繰り返した。だから誰も信用できず、お前も信用していない、とな。……これ以上、余計なことを喋ると殺すぞ?」

 

 突如反転して地を蹴り、接近したキリトの首筋に《スモールソード》を突きつける。あの森の時の怒りが再び溢れ出してくる。知ったような口を利くキリトに対する怒りが。

 キリトは信用できるかもしれない者だったが、俺がそれを破壊した。そして、もう壊れてしまったモノにいくら刃を突き立てようとも、それ以上壊れることはない。それならばいくらでも刃を突き立て、怒りをぶつけても問題はない。

 溢れ出す怒りが、獣の檻をまた一部破壊する。そこから流れ出た獣の俺が、人間の俺と混ざる。俺はまた一歩、人ならざる者に近付く。他人の命を容易く奪う獣に。

 そして獣の俺は溢れ出す怒りに拍車をかける。それがまた獣の檻を破壊する。終わることのない破壊の連鎖が俺の中で始まる。

 膨れ上がり続ける怒りに呼応し、殺意も加速する。トゲトゲ頭のせいでただでさえ暴走寸前だった殺意は、もう解き放たれようとしている。この手に握る剣で今にもキリトの首筋を斬り裂きそうになる。

 

 「同じパーティーだが、俺に関わるな。もし関わったのなら……命の保証は無い。」

 

 それを残ったなけなしの理性で抑えつけ、《スモールソード》を鞘に戻す。そして俺は眼前にそびえ立つ巨大な扉が開かれるのを待つ。

 チラリと視線を向ければ、キリト達は俺から距離をとって同じく扉の解放を待っていた。

 この抑えることが精一杯にまで膨れ上がった殺意を発散するのには、取り巻きのモンスターだけでは足りないだろう。どこかのタイミングで、ボスと相対できればいいのだが……。

 

 「さぁ皆、行くぞ!このデスゲームがクリアできるって希望を見せてやろうぜ!!」

 

 ディアベルの声と共に、巨大な扉が開かれる。俺は《スモールソード》と《スチールレイピア》を抜き、ボス部屋へと突入した。

 

 

 ◇◆◇

 

 「スイッチ!」

 

 俺の《ホリゾンタル》が終了した瞬間、アスナが飛び出す。そのまま彼女の《リニアー》が発動し、取り巻きである《ルイン・コボルド・センチネル》をポリゴン片へと変えた。

 センチネルは同時に三体しかポップしない為、俺達のパーティーだけでも十分に対処が可能だった。まぁベータテストの時は三体に囲まれて、為す術もなく死んでしまったのだが。

 ソーヤの方に目をやる。彼は一人で二体のセンチネルを相手に取っていた。それなのに、彼のHPは一ドットすらも減っていない。そして、彼の剣はソードスキルの光を纏った。

 その光は消え去ることはなく、センチネルのHPを恐ろしい速度で減少させていく。そしてものの数秒で二体のセンチネルはその姿を消した。

 

 「……足りナイ。」

 

 ソーヤはそう呟きながら二本の剣をしまい、ボスである《イルファング・ザ・コボルド・ロード》とそれと戦うプレイヤー達を睨んでいた。

 彼の放つ殺気は獰猛な獣のようで、威圧感が感じられる。近くにいるだけで身震いしてしまう程だ。

 首筋に剣を突きつけられ、その殺気を真正面から浴びた時、死を覚悟せざるを得ない程の恐怖を感じた。心臓を彼の手に握られているような、そんな悪寒がする恐怖だった。

 だが、そんなソーヤを救ってやりたいと思った。過去の自分とソーヤが重なる。裏切られ続け、誰も信じられなくなった彼に、俺は裏切らないと言ってやりたい。かつて自殺しそうになった俺を引き留めて、支えてくれた家族のように。

 彼は再びポップしたセンチネルにその殺気を向ける。彼のその雰囲気と殺気は、時間を重ねる程に強く、濃くなっている。

 そしてボス部屋に突入して数時間後、コボルド・ロードのHPバーが最後のものになる。それと同時に、彼の殺気は最高潮に達していた。

 

 

 ◇◆◇

 

 「……足りナイ。」

 

 あの日に匹敵する程に膨れ上がった殺意を発散するには、この小さな人間モドキだけではまだ足りない。抑えきれなくなった殺意が漏れだし、俺を獣へと近付けていく。

 ボスはHPバーが最後のものになり、大きな雄叫びをあげた。それと同時に、小さな人間モドキが再び現れる。この人間モドキはHPバーが減る度に、小さな人間モドキを呼んでいた。それも、もう最後だ。

 

 「……足りナイ。お前らデハ、足りナイ。俺の殺意ヲ、発散できは、シナイ。」

 

 俺はキリト達を置き去りにして三体の小さな人間モドキに突っ込んだ。

 《スモールソード》を一体の小さな人間モドキの腹に突き刺し、残った《スチールレイピア》で《リニアー》を立ち上げる。

 それで別の一体を串刺しにし、《スモールソード》を握る。ギィンと音が響き、その音と共に《リニアー》が解除された。そして《スモールソード》を突き刺した一体を蹴り飛ばしながら、《レイジスパイク》を発動させる。

 光を纏った《スモールソード》は残りの一体を斬り裂く。俺は自由に動く方の手を背に回し、《ブロードランス》を握った。《レイジスパイク》が解除されることを確認し、新しく使用可能となった《ぺドラブル・マインド》を立ち上げた。

 水平線をなぞるように放たれた二連撃は三体の人間モドキを纏めてポリゴン片へと変えた。

 硬直が解除され、地に落ちた二本の剣を拾う。そして手に持つ槍を背負いなおす。

 ボスの方に目をやると、最後のHPバーは赤く染まったところだった。最後まで、俺がボスと合間見えることは無いようだ。

 

 「僕が出る!後は任せて!」

 

 ディアベルがあの集団を掻き分け、人間モドキと対峙する。それを見た俺に一つの疑問符が浮かび上がる。

 何故、人間モドキのHPが少なくなったとたんにいきなり前に出てきたのだろうか。

 前に出ず、後ろで指示を出していたとしても、人間モドキを殺すことはできるはずだ。となれば、何か前に出る必要がディアベルにあるのだろう。

 思考を重ねても、ディアベルが何を考えているのかはわからなかった。が、何かしらの目的があるようだということは理解した。

 

 「ぐうううぉぉぉぉぉ!!」

 

 追い詰められた人間モドキが今まで持っていた斧と円形の盾を捨てる。そして何処からか新たな武器を取り出した。俺はその武器に視線を注目させる。

 人間モドキが両手に持ち、構えたのは反りがある片方だけが刃になっている剣。日本人ならば皆が知っているであろう刀だった。

 

 「な……!?」

 

 「どうかしたの?」

 

 それを見たキリトから驚きの声が漏れ、それを疑問に思ったアスナが問う。

 ベータテスターだったキリトは、テスト期間中で第六層程まで行ったそうだ。このデスゲームが始まる以前、クラインと共に草原のフィールドでレクチャーを受けた時のことが脳裏をよぎる。

 それならば、この第一層のボスのことは知っているはずだ。だがそれにも関わらず驚いているキリトが気になり、彼の次の言葉に耳を傾ける。

 

 「テスト時のボスが持ちかえる武器は曲刀カテゴリのタルワールだったんだ。この正式版もそのままだと思っていたが……持ちかえる武器が変わっている。」

 

 俺は再び人間モドキに視線を戻す。人間モドキは雄叫びをあげ、刀に光を纏わせる。その見慣れた光は……ソードスキルの光。

 

 「うぉぉぉぉ!!」

 

 「待て、ディアベル!一旦下がれ!」

 

 キリトの静止の声も虚しく、光を纏った刀はディアベルに襲いかかる。そして光の剣線は……彼を斬り、消え去った。

 キリトがディアベルのもとに駆け寄り、回復アイテムであるポーションを飲ませようとする。だがディアベルはそれを止め、首を振った。

 回復されなかったHPはみるみる減少し……ゼロになった。ディアベルの体が光り始めたと思った瞬間、あの森と同じポリゴン片の爆散音が響いた。

 リーダーを失ったパーティーは壊滅状態に陥り、次々と人間モドキの刀の錆となっていく。状況は悲惨としか言い様がなかった。

 しかし、この状況は俺にとっては幸運だ。何故なら、ごく自然な形で人間モドキと相対ができるようになったからだ。

 そんな冷徹な思考をしてしまう自分自身を恐ろしく感じながら、刀を振るう人間モドキに近付く。

 刀を振るっていた人間モドキは近付いてきた俺に視線を向ける。その瞳はまるで生きているかのように精巧なものだった。

 

 「……お前ナラ、コノ殺意を、発散できルヨナ?俺ノ殺意を、発散サセろよ。」

 

 檻から出た獣の一部が、俺と混ざる。あの日の光景を思い出したくない本当の俺が消えていく。嘘の仮面が本当の俺になろうとしている。

 それでもまだあの日には届かない。獣と完全に化した俺の時程ではない。だが、この殺意が残り続ければ俺は近いうちに獣と化す。そうなれば、もう止められない。

 俺はあの日のように自分を見失ってしまい、このデスゲームに、大量殺人者として名を残すことになってしまうだろう。

 だが俺は人間だ。誰かを殺してやるという殺意を放ち、他人の命をモノとして見る価値観を持ち、必要な犠牲だと割り切る冷めきった思考をする獣ではない。

 そして母親の言う人間と出会う為に、この殺意は邪魔だ。発散せねばならない。俺が人間であるために。獣ではないことを証明するために。

 

 「サァ、始めヨウ。殺意の、発散ヲ。」

 

 

 ◇◆◇

 

 「ぐうううぉぉぉぉぉ!!」 

 

 雄叫びをあげながら、人間モドキは刀にソードスキルの光を宿し、俺目掛けて襲いかかる。

 それはただの愚直な振り下ろし。少し横にずれるだけで回避ができる。いとも簡単に避けた俺を見て、人間モドキは苛つきを覚えている。AIでもそういう感情が読み取れる。本当にこの世界はもう一つの現実のようだ。

 そう言えば、両親の知り合いにそんな世界を夢見る人がいたはずだったのだが……。いや、今は関係ないことか。

 頭を振って余計な思考を排除する。そして硬直で動けない人間モドキに向けて《スチールレイピア》を抜き、《リニアー》を立ち上げる。

 光を纏った剣が人間モドキの豊満な腹に突き刺さった。その痛みに人間モドキは苦悶の声をあげ、俺から距離を取ろうと後ろに飛ぶ。

 

 「逃げるナ。モウお前は、終ワリだ。俺ノ、殺意を受けてミロ。」

 

 腹に刺さった《スチールレイピア》を手放し、鞘に入っている《スモールソード》を握る。ギィンと音がして硬直が無理矢理キャンセルされる。そのまま鞘から抜き放ち、《レイジスパイク》を発動する。

 放たれた一筋の光は、僅かに残っていた人間モドキのHPを黒く染め上げた。

 

 「ぐぎゃぁぁぁ!!」

 

 「……落ち着いたか。どうにか発散できたようだ。」

 

 ため息をつく俺の上に《Congratulations!!》とメッセージが浮かび上がり、経験値とドロップ品が次々と俺に入ってきた。

 それを一瞥してから、俺は奥に現れた一つの扉に目を向ける。もしかしなくとも、第二層への扉だろう。

 此処にもう用は無い。俺はその扉へと向かう。誰も俺を止めることはない。

 

 「何でディアベルはんを見殺しにしたんや!」

 

 足が止まる。あの無駄に大きい関西弁の声は間違いなくトゲトゲ頭のものだ。まだ懲りていなかったか。

 俺はその声がした方に目をやる。そこには、トゲトゲ頭と俺が痛め付けた男どもがキリトを糾弾している様子があった。

 

 「……その後の行動まで同じか。」

 

 俺はその場所へと向かう。別にキリトを助ける訳じゃない。あいつらの行動があの餓鬼どもと同じで、怒りが沸いただけだ。

 餓鬼どもを病院送りにしたあの日から、あいつらは俺に関わらなくなった。しかし、別の奴をいじめ始めたのだ。反省の欠片もなかった。だからもう一度病院送りにした。学校内だったので包丁で切ってはいないが。

 

 「……おい。何の話してんだ?」

 

 あの時もこんな感じだったな……と、らしくないことを考えながらキリトとトゲトゲ頭の間に割り込む。両者は驚いた顔をした。ある一方の顔には恐怖も混じっていたが。

 

 「こいつがディアベルはんを見殺しにしたんや!手に持ったポーションを飲ませなかったんや!お前も見てたやろ?」

 

 トゲトゲ頭の態度に反吐が出そうになる。その眼前に唾を吐いてやりたいぐらいだ。だいたいだが、いじめる奴らは群れる。数の多さが力の大きさと考えていることが多いからだ。そして自身の考えを押しきらせる。

 

 「……馬鹿馬鹿しい。」

 

 「なんやて!?何が馬鹿馬鹿しいんや!人が死んどるってのに!」

 

 思わず口に出ていたようだ。それにしても、見殺しにした、か。そんな事、ある視点からの一方的な言い分に過ぎない。

 俺はメニュー操作し、ある漆黒のコートを実体化させる。それは先程手に入ったドロップ品だった。

 

 「……これはボスに止めをさしたプレイヤーに贈呈される報酬のようだ。そしてディアベルだが、何故あのタイミングで前に出たのだろうな?そのまま後ろにいても勝てただろうに。」

 

 ボス部屋は静まりかえり、俺の声だけが響く。

 

 「それでも前に出たってことはこのコートが欲しかったのだろうな。だからボスのHPがゼロに近くなった瞬間、前に出た。そしてポーションを飲ませなかったと言ったが、ディアベルは拒否していた。それは俺とそこのフード女が見ている。お前らよりもディアベルに近かったから、状況はよく見えたはずだ。」

 

 パーティーの視線がアスナに集中する。彼女は首を縦に振った。

 

 「そんなもん信じられるか!お前とその女が口裏合わしとるかもしれんやろ!」

 

 「……俺はディアベルが死んでからすぐに、ボスと対峙したはずだ。お前は俺に口裏を合わせる時間なんてあったと思うか?

 これ以上醜い様を見せるなら……殺スゾ?」

 

 「……チッ!このチート野郎め!いつか痛い目あわしたる!」

 

 トゲトゲ頭が引き返したことを確認し、俺は今度こそ第二層への扉に向かう。周囲からの視線が痛い。どうやらこの世界でも俺は嫌われものになってしまったのかもしれない。

 

 「……母さん、俺に母さんの言う人間ができるのはだいぶ先になりそうだよ。」

 

 第二層に繋がる階段を登る。一段上がる度に水滴が落ちた。俺は泣いていた。再び嘘の仮面が外れ、本当の俺が顔を出したのだ。

 階段を登りきる。現実とそっくりな夕焼けを前に俺は顔を覆った。

 人が死んだ。その現実を本当の俺は受け入れられない。心が締め付けられる。涙が零れる。そして、それを気にも止めない俺がいることがさらに涙を加速させる。

 

 「……ソーヤ。」

 

 肩が跳ね上がった。こんなにも早く誰かが第二層に上がってくるとは思っていなかった。

 涙を拭って、嘘の仮面をもう一度張り付ける。今は外れやすくとも構わない。こんな面を他人に見られることは絶対に避けなければならない。

 

 「……キリトか。俺に関わるなって言ったよな?そんなに死にたいか?」

 

 「ソーヤ、俺は裏切るつもりなんてない。俺も裏切られた時の痛みは知っている。だから、俺を信じてくれよ。俺はソーヤを絶対に裏切らない。」

 

 「……それほど俺の信用が欲しいか?それほど俺の信用を弄びたいか?ふざけるのも大概にしろ。」

 

 「だったら!お前が裏切ったその瞬間に俺を殺せばいい!俺にはその覚悟がある!だから、俺を信じろ!俺がお前の友達になってやる!!」

 

 キリトの剣幕に押される。今までに同情して俺の信用を弄んだ輩はいたが、キリトのような人間は初めてだった。

 

 『創也、お母さんが言う友達を作るにはね、まずその人を信じてあげて。でも、創也が誰かを信じることができなくなったことは分かってる。だから、少しずつでいいから、信じてあげて。そうすればいつか、その人を心から信用できるようになっているから。』

 

 母親の言葉が脳裏をよぎる。確かに母親の言う人間を作る為にはお互いを信用する必要がある。俺が信用しなければ、母親の言う人間は作れない。だから少しずつでも誰かを信用しなければならない。

 俺はキリトを少しだけだが信用しようと思った。しかし、あの森での出来事が俺を躊躇させる。あの過去はもう変えられない。

 

 「……俺はキリトに刃を向けた。あの森でも、先程のボス戦でもだ。それなのに何故、お前は今、俺と友達になろうなんて言えるんだ?」

 

 「それは、俺がお前を救いたいと思ったからだ。そうだ、しばらく此処には誰も来ないと思うから俺の過去を簡単に話そう。聞いてくれるか、ソーヤ?」

 

 「……わかった。」

 

 そうして夕焼けを眺めながら、キリトは自身の過去を話し始めた。



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第六話 友達

 今回から時間がどんどん飛ばされていきます。それから展開も一気に加速すると思われます。ご理解の程、よろしくお願いします。


◇◆◇

 

 「俺は見たら分かるだろうけど、女の子のような顔なんだ。そしてそのことを理由にいじめられた。始めは口だけだった。しかしだんだんエスカレートしていって、物を隠され、机に落書きをされ、挙げ句の果てには鞄を川に投げ落とされた。」

 

 キリトは赤く染まるフィールドに腰を下ろし、夕焼けを見つめる。

 彼の目は、俺の信用を得ようとする目ではなかった。ただ辛い過去を思い出して感じている彼の悲しみだけが写されていた。

 俺もキリトの横に腰を下ろした。すると俺の行動が予想外だったのか、キリトは驚いた顔をこちらに向ける。だが俺が無言で続きを促すと、その悲しみの目を夕焼けに戻した。

 

 「それから少しすると、いじめっ子から俺を庇ってくれる人が現れた。俺はその人を信用して、頼った。でもその人は、俺が信用していることを馬鹿にして話していたんだ。それから……」

 

 「もういい。お前が俺と程度の差はあれど、同じ境遇だったことは十分に理解できた。それに……誰かが登って来たようだしな。これ以上時間が取れない。」

 

 キリトは第二層の入り口を見やる。そこにはアスナとスキンヘッドの大男が登って来ていた。

 俺はウィンドウを操作し、漆黒のコートを実体化させる。それをキリトに手渡す。正直、俺はあまり黒は好みではない。檻に入っている獣の俺を思い出してしまうからだ。

 

 「何で俺にこれを?」

 

 「お近づきの印ってやつ。それじゃあ俺はもう行くな。キリトのことは信用してもいいと思ったけど、他の人はまだ信用できないから。それに俺は、この世界でも嫌われ者になっちゃったし。」

 

 「ソーヤ、口調が変わって……。」

 

 「……!!忘れてくれ。それと、今の事を誰にも言うなよ。言ったら……殺す。」

 

 キリトに指摘され、俺は慌てて嘘の仮面を張り付け直す。いくら信用し始めたとはいえ、まだ本当の俺を見せるには早すぎる。

 だがこんないとも簡単に仮面が外れてしまうとは想定外だ。もしかしたら、本当の俺は母親の言う『友達』とやらを心から欲していたのかもしれない。

 

 「また会おうな、キリト。それまでお前が裏切らなければの話だが。」 

 

 俺はアスナとスキンヘッドの大男がこちらに到着する前に、フィールドの奥へと向かう。キリトは俺を引き留めることなく、見送っていた。彼も、嫌われ者だったからこそ引き留めなかったのだろう。

 キリトが見えなくなる程遠くまで来てから、上を見上げる。そこには無機質な金属らしき素材の天井があるばかりだ。しかし今は、雲一つない青空に見えた。

 誰かを信用できたという事実が俺の心を弾ませる。自然と口角が上がる。本当の俺がかつてない程に生き生きしていた。

 だが俺はその弾んだ心を静まらせ、口角が上がった口を引き締める。まだキリトが俺を裏切らないと確定した訳ではない。

 一応信用しようとは思ったが、何時その信用が傷と変じるかわからない。永遠にそうならないかもしれないし、明日にはなっているかもしれない。

 端から見れば余計な心配なのかもしれない。だがこれ程に最悪を想定していなければ俺は生きることさえできなかった。あの餓鬼どもの社会で生き残ることは不可能だった。

 フィールドの奥へと進む。あの森の時と同じように、ザクザクと地を踏む音だけが聞こえた。

 

 

 それから二年の月日が経とうとしているが、キリトは俺のことを裏切っていない。

 

 ◇◆◇

 

 此処はアインクラッド第五十層の街、アルゲード。無数の道が混じり合う、まるで迷路のような場所である。

 因みに今の俺のカーソルは緑だ。キリトに教えて貰ったクエストで戻すことができた。そのクエストは、ただ巨大なゴーレムと戦うだけのもので、いい《スキルキャンセラー》の練習台となってくれた。それをキリトに話すと何故か唖然としていた。

 そして俺はその迷路のような道を止まることなく進み、行きつけの買い取り屋がいる店へと向かう。

 

 「エギル、これ買い取ってくれないか?」

 

 「おう、ソーヤじゃねーか!今回はどんなアイテムを売りに来てくれたんだ?」

 

 買い取り屋の名前はエギル。第二層にいた俺とキリトを追って来た、あのスキンヘッドの大男だ。キリトから紹介されて以来、よく関わるようになった。  

 エギルはそのプロレスラーのような厳つい顔に似合わない愛嬌のある笑顔を浮かべ、トレードウィンドウを開いた。

 俺はこの店で不要になったものを買い取ってもらっている。別にこの店でなくとも構わないのだが、全く信用できない者よりかは、多少信用ができる。

 そしてエギルは俺が視る限り、裏切ろうという黒い考えは持っていない信用できる側の人間だ。だが、万が一があるので信頼はしていない。

 この二年間で、俺を裏切って殺そうとしたクズ野郎が何人かいた。まぁ、第一層のことを考えれば当然なのだろうが。

 もちろん、そのクズ野郎どもはもれなく全員俺の殺意の発散道具となった。その時はクズ野郎どものカーソルがオレンジになってから攻撃を仕掛けたので、俺が再びオレンジになることはなかった。相手がオレンジのカーソルのプレイヤーならば、いくら殺したとしてもカーソルが変わることはないからだ。

 そしてそんなクズ野郎と関わったことで、今では相手の態度や口調、視線等から何を考えているのかがわかるようになった。とはいえ、キリトが紹介してくれた人とだけしか関わっていないが。

 

 「ああ、この短剣を買い取って貰いたい。」

 

 そう言いながら俺は一本の短剣をトレードウィンドウの中に入れる。それを見たエギルの顔が笑顔から驚愕へと変わっていった。

 

 「おい待て、なんだこのスペックは。これはプレイヤーメイドか、ボスドロップのレベルだぞ!お前まさかとは思うが……。」

 

 「ん?ああ、それは第五十七層のボスからドロップしたやつだ。此処に来る前に殺した。スペックはいいんだが、短剣は必要ない。買い取ってくれ。」

 

 「はぁ……またか。俺はもうその事で驚かねーよ。」

 

 エギルがため息をつく。俺には何故ため息をつかれたのか理解できなかった。俺は《スキルキャンセラー》の練習がてらに、ボスを殺しただけだ。何処にもため息をつかれる要素などないはずだ。

 それから俺がエギルと商談をしていると、店の扉が開いた。そして入って来たのは全身を黒で固めた少年だった。

 

 「よう、ソーヤ。こんなごみ溜めにいるとは思ってなかったぞ。」

 

 「おいこら、キリト!ごみ溜めとはなんだ、ごみ溜めとは!」

 

 その少年の正体はキリト。今では《黒の剣士》と呼ばれている攻略組のプレイヤーだ。その名の通り、戦闘時には黒のコートを身につけ、漆黒の剣を振るって活躍している。

 だが今日は休みなのか、楽な服装をしていた。……色はいつも通りの黒だったが。

 キリトは笑顔を浮かべながら店の中に入って来る。しかし彼の笑顔の裏に隠された黒い感情を俺は見逃さなかった。

 

 「それで?何を買い取ってもらってるんだ?」

 

 「ああ、この短剣だ。俺は短剣なんて見たくもないからな。」

 

 俺はウィンドウを可視状態に変更して、キリトに見せる。それを見たキリトはエギルと同じ反応を見せ、何処で手に入れたのかを聞いてきた。その時、彼の目が輝いているように感じたのは気のせいだろうか。

 キリトはこれはボスのドロップ品であることを伝えられると、とても残念そうな顔をした。そして数秒後、彼は突然血相を変え、俺の両肩を掴んで揺すってきた。激しすぎるその動きに、俺の視界はグワングワンと揺らされる。

 

 「ソーヤ、またか!もうするなって言ったよな!なのに何でまたお前はやってんだ!階層のボスをソロで討伐するなんて!」

 

 「おぇっぷ……。別にソロで討伐しようなんて考えてなかったさ。ただ、技の練習台に硬い奴を探していただけだ。そして見つけたと思ったらそれが階層のボスだったってだけだ。」

 

 俺の《スキルキャンセラー》はソードスキルをキャンセルするタイミングを間違えなければ、永遠に相手を切り刻むことができる。

 そしてそのタイミングを覚えるには反復練習が一番いい。だから俺はソードスキル何回も耐えられる硬いモンスターを練習台にしている。

 だが、今回の迷宮区は攻撃火力に重点をおいたモンスターばかりでHPが少ないものばかりだった。そんな中で硬いモンスターを探した結果……ボス部屋までたどり着き、そのまま殺した。これを俺は前にも二回程している為、レベルがトップレベルの攻略組の中でも頭一つ分飛び出ている。

 俺の言い訳を聞いたキリトは、これまたエギルと同じ反応を示した。

 

 「はぁ……。だからお前は《鬼神》なんて呼ばれることになるんだ。」

 

 「《鬼神》?何だそれは?」

 

 「お前の二つ名だよ。数多の武器を使いこなし、たった一人で圧倒的な力を誇ることからそう呼ばれるようになったみたいだぜ?因みに、ソーヤがボスを初めて単独討伐した頃から攻略組の中で呼ばれているぞ。知らなかったのか?」

 

 「……初耳だ。」

 

 俺がそんな風に呼ばれているとは、思ってもみなかった。キリトはボスの攻略戦でよく活躍していることから、二つ名が付いているのは知っていた。だが、特にボスの攻略戦に参加すらしない俺にも付けられているとは。

 俺は他の攻略組と大して関わっていない。誰がいつ俺を裏切るのかわからないからだ。その為、攻略組とは別行動のような形になっている。何度も攻略組のギルドから勧誘を受けたが、全て断っている。

 まぁ、二つ名のことに関して俺は興味ない。何処でどう言われようがどうでもいい。勝手にすればいい。

 それよりも、キリトの『ボスを単独討伐した』という言葉が妙に引っ掛かった。俺はその引っ掛かりの原因を探る。そして見つけた。

 キリトも階層のボスではないが、クリスマスのイベントボスを単独で殺したことがあったのだ。

 そのボスからは蘇生アイテムがドロップするという噂があり、キリトが血眼になって探していたという。このことは彼がよく利用しているアルゴという情報屋から聞いた。

 その事があることと結び付く。今キリトが隠している黒い感情だ。その感情は責任を強く感じすぎた結果、自己嫌悪に走っているものだった。このまま放置すると、いずれキリトは壊れてしまうだろう。

 キリトは未だ俺を裏切らない数少ない人間だ。そして、誰も信用できなかった俺がこの世界で初めて信用しようとした人間でもある。だから彼をその自己嫌悪から解放させてやろう。

 俺にキリトを救いたいという感情が芽生える。もしかしたら、俺は彼のことを少しずつ信頼し始めているのかもしれない。

 

 「キリト、ちょっと待っててくれ。一緒に迷宮区に行きたいんだ。」

 

 「え?まぁ今日は暇だし、いいぜ。」

 

 「ありがとう。それじゃエギル、いくらで買い取ってくれるんだ?」

 

 置いてけぼりになっていたエギルに声を掛け、商談の続きを始める。そして買い取りが完了すると、俺はキリトと共に迷宮区へと向かった。

 

 

 ◇◆◇

 

 俺達は迷宮区の中にある安全地帯で休息をとっていた。此処にはモンスターが一切ポップせず、外から入ることもできない。故に存分に休むことができる。なんなら、眠ってしまっても問題ない。

 そこで俺とソーヤはストレージから干し肉を取り出して噛る。味はそれほど旨くはないが、長持ちするので携帯食料としては重宝する。

 

 「しっかし、初めてだよな。ソーヤから迷宮区に誘うなんてさ。何かあったのか?」

 

 「ああ、少し話があってな。誰にも聞かれたくなかったんだ。」

 

 そう、ソーヤが俺を誘うのは今までになかったことだった。いつも俺が誘うか、たまたま迷宮区内で出会うかしか、一緒に迷宮区を攻略することはないのだ。

 ソーヤは干し肉を飲み込み、俺を見つめる。その目は俺が隠しているはずの心を見抜いたような錯覚を覚えさせるものだった。

 

 「キリト、最近何かあっただろ。」

 

 「え?いやいや、特には何もなかっt……。」

 

 「隠そうとも無駄だ。俺はお前が今隠している黒い感情……強い自己嫌悪に気づいている。作られた笑顔なんて腐る程見てきたから、今のお前の笑顔が作り物だってことはわかっているんだ。もう一度聞くぞ、キリト。最近何かあっただろ。」

 

 俺は自身の膝に顔を埋める。俺の取り繕った笑顔はあっさりと看破され、隠していた感情も気づかれていた。ソーヤの目は俺の全てを見抜いていた。先程感じた錯覚は嘘ではなかったのだ。

 あの日のことをソーヤに話そうかと思った。だが、これは彼には関係のないことだ。俺個人の事情に巻き込みたくない。

 

 「……ソーヤには関係のないことだ。」

 

 俺がそう呟くと、ソーヤは突然俺の胸ぐらを掴みあげて、壁に叩きつけた。とっさのことで対応ができず、されるがままになる。

 ソーヤの目は怒りに満ちていた。初めて見る彼の怒り。それは殺気を向けられた時より強く、どこか優しさがあった。

 

 「二年前、このデスゲームが始まった時のことを覚えてる?『勝手に自分を自分で苦しめるな、それはいつかお前を殺すことになる。』これは俺がキリトと《はじまりの街》で別れた時に言った言葉だよ。君は今まさにこれをしているんだよ!死にたいの君は!?君は自分で勝手に苦しんで死にたいの!?」

 

 ソーヤの口調が変化する。この口調になるのは二年前、俺達以外誰もいない第二層のフィールドで話した時以来だ。

 俺の胸ぐらを掴む力が強くなっている。これ程にソーヤが感情を表に出すのを見るのは初めてだろう。いつもは仮面を付けているような感じで、ずっと同じ表情のまま変わらないのだ。

 だが、俺の中にある一つの疑問が浮かび上がる。ソーヤが今していることは、いつもの彼の行動からして考えられないことなのだ。

 

 「なぁ、何故こんなにも怒るんだ?俺はソーヤに信頼されていないんじゃなかったのか?」

 

 「信頼されていないだって?ふざけるのも大概にして!流石の俺でも二年間経って裏切らなかった人がいたのなら、信頼し始めるさ!友達だって信じ始めてしまうさ!悪いか!!」

 

 ソーヤが感情を爆発させ、俺はその剣幕に押される。まるであの時と反対の状況になっていた。

 彼は胸ぐらを掴む手にさらに力を込め、俺を睨んでいる。だが次の瞬間に、その手を離して後ろを向いてしまった。そして発せられた彼の口調は、いつもの無機質なものに戻っていた。

 

 「……キリト、今のことは忘れてくれ。少し、取り乱ししまった。」

 

 「ああ。でもそうか……ソーヤは俺を信頼し始めてくれてるのか……よし。ソーヤ、その事を話すから聞いてくれないか?」

 

 「最初からそう言えば良かったものを。」

 

 そう言ってソーヤはあの時と同じように、俺の隣に腰を下ろした。

 

 

 ◇◆◇

 

 キリトの強い自己嫌悪の原因、それはある小さなギルドに起きた悲惨な事件だった。

 『月夜の黒猫団』。それは攻略組を目指す小さなギルドだった。それが迷宮区内のあるトラップにより壊滅した。それも、レベルを偽ってそのギルドに加入していたキリトがいた為に起こった事件と言っても過言ではなかったという。

 その事に責任を感じていた頃、あのイベントの噂を耳にしたそうだ。キリトはせめてもの罪滅ぼしの為に蘇生アイテムを手に入れようと躍起になった。

 結果としてイベントボスを討伐はしたが、ドロップしたアイテムでは彼らを生き返らせることは不可能だった。それを知ったキリトは、深い絶望の底に叩き落とされた。

 その後、メンバーの一人だった『サチ』という少女から記録結晶に残されたメッセージを受け取った。その少女はキリトが感じていた責任感を少しでも取り除こうとしたのだろう。だが、それは結果的に彼の責任感をより重くしてしまった。

 強くなりすぎた責任感はやがて自己嫌悪へと変じる。そうしてキリトの中に黒い感情が住み着き、彼はそれを隠していたということだ。

 キリトが話している間、俺は黙ってただその話を聞いていた。こういう重い話は黙って聞いてくれる方が落ち着くものなのだ。俺もそうだった。俺が話した奴は裏切ったが。

 

 「……ありがとな、ソーヤ。」

 

 全てを話し終わったキリトはそれだけ言うと、俺に体を預けてきた。そしてそのまま規則正しい寝息をたて始める。かなり追い詰められて、精神は壊れる寸前だったのだろう。しばらく休ませた方がいい。

 

 「……もうこの仮面はいらないのかな?俺はわからないよ、母さん……。」

 

 ぽつりと呟く。元々、この世界では嘘の仮面が外れやすかった。それがキリトと関わる時は更に外れやすくなっている気がする。

 キリトは二年の月日が流れようとも、俺を裏切ることはしていない。それどころか、俺を攻略に誘ったりしてより関わろうとしてきた。

 その結果、本当の俺はキリトを信頼しきってしまっている。それは先程のやり取りから明らかだ。嘘の仮面を突き破って出てくる程なのだから、生半可な信頼ではない。

 それならば、もうこの嘘で固めた仮面はいらないのだろうか。キリトだけになら、この仮面を外してもいいのだろうか。

 俺はその答えを求めるように、ただ光る迷宮区の壁を見ていた。

 

 

 この時の俺は知らなかった。俺が自分の意思で嘘の仮面を外した初めての相手は、キリトではなかったことに。 



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第七話 竜使いと鬼神

 タイトルからお察しの通り、ヒロイン登場です。

 オリジナル武器が出てきますが、私はネーミングセンスが壊滅的にありません。一応、由来などは後書きにて記載します。興味がおありでしたら読んで頂けると幸いです。


◇◆◇

 

 三匹の《ドランクエイプ》という名が横に浮かぶ猿人のモンスターと対峙する。そしてその内の一匹が手に持った混紡らしき物体を振り下ろす。

 それを難なくサイドステップで避けながら、今の片手剣《ロンリライアー》を抜く。そのまま混紡モドキを振り下ろした硬直で動けない猿人に《バーチカル》を叩き込む。《バーチカル》は初期から使えるソードスキルなのだが、それを喰らった猿人は容易くそのHPをゼロにしてポリゴン片となった。

 仲間が一匹容易く殺された様を見て一匹だけではダメだと考えたのか、今度は残った二匹同時に左右から襲いかかってきた。それもソードスキル後の硬直で動けないはずの瞬間を狙って。だが……

 

 「足りナイ……。モット来い……。俺の、殺意ヲ発散するニハ……まだ足りナイ……。」

 

 俺は唯一動く左手で細剣《スカービースト》を握り、硬直を無理矢理キャンセルする。最近では《スキルキャンセラー》の成功率がほぼ百パーセントになってきている。

 硬直から解き放たれた体を動かし、《ロンリライアー》を片方の猿人の顔面目掛けて投擲する。それに怯んだ隙にもう一匹の猿人に《リニアー》を立ち上げて突き刺す。これも初期のソードスキルなのだが、猿人の姿は一瞬で消えた。

 またもソードスキル後の硬直に体が停止させられそうになる。俺の空いた右手は背に向かう。そして、再び硬直がキャンセルされた。

 俺の右手には《デスクロス》という名の両手槍が握られていた。《スカービースト》を捨てて、両手で持った状態で《ディラトン》を立ち上げて最後の猿人を貫く。

 今度こそ俺は硬直で動くことができなくなった。《スキルキャンセラー》の弱点は両手で扱う武器のソードスキルを使用した場合、これ以上ソードスキルを繋げることができないこと。キャンセルするための手が空いていなければ、新たな武器を持つことができないからだ。

 

 「ふぅ……。だいぶ落ち着いたな。定期的にこの殺意を発散させねば、いつ俺が獣と化すのかわかったもんじゃないからな。」

 

 硬直が解けてから、俺は地に落ちている《ロンリライアー》と《スカービースト》を拾う。

 此処は最前線から遠く離れた第三十五層の通称《迷いの森》。一定時間で森の造りが変化してしまい、すぐに迷子になってしまうことからそう言われるようになったそうだ。これが正式なフィールド名なのかどうかは知らない。というかどうでもいい。

 俺は定期的に此処に来て、殺意を発散させている。とは言っても、相手とのレベル差がありすぎる為に一発で殺してしまうのだが。

 俺の殺意は、この世界で殺したようなクズ野郎と関わることで生まれ、加速する。だが何もなくとも、少しずつ殺意が蓄積されていくのだ。

 あの日の獣の俺を閉じ込めている檻には、もうひび割れが入っている。完全に塞ぐことなんてもうできなくなっているのだ。毎日毎日獣の俺が漏れだし、今の俺と混ざり合っていく。それは俺を少しずつ、だが確実にあの日の俺に近付けている。

 その進攻速度を少しでも遅くするために俺はこの森で殺意の発散をしている。獣の俺は殺意に呼応して行動が激しくなる。定期的に発散しておけば、急に暴れだすことはない。そして、この森にはほとんど人がいない。一瞬で迷子になる森に喜んで入る馬鹿がこのデスゲームと化したこの世界にいるだろうか。

 

 「……あっちに三匹いる。かなり近いな。それで最後にするか。」

 

 感じた気配のする方向に足を向ける。鬱蒼と生い茂る草むらを掻き分けて進んでいく。その猿人三匹はすぐに見つかった。

 俺はさっきと同じように三匹の猿人を殺し、落とした武器を拾う。そして一つの気配を感じとる。それはこの森に出るモンスターとは異なっている、つまり人間の気配だった。俺はその気配がした方向に目を向ける。

 

 「うぅっ……ピナぁぁぁ。私を……えぐっ……一人にしないでよぉ……。」

 

 その視線の先には、一人の少女がいた。光の差し込まない地に座り込み、青い羽らしきものを大事そうに抱えながら涙を流していた。

 

 「おいお前、大丈夫か?」

 

 俺は俺自身の行動に驚愕を隠せなかった。彼女は今まで出会ったことのない、いわば赤の他人だ。普段の俺ならば声を掛けることなく、その場を立ち去るはずだ。

 その筈なのに、俺は現在進行形で彼女に話しかけている。俺は俺自身が理解できなくなった。

 

 「ありがとうございます……助けていただいて。」

 

 「別に、たまたま此処を通りかかっただけだ。しかし何だそれは?」

 

 俺は彼女が抱えている青い羽らしきものを指差す。その羽は恐らくドロップ品なのだろうが、それを彼女は大切に抱えている。

 ……何を考えているのだ、俺は。何故、赤の他人である眼前の少女を見捨てずに更に関わろうとしているのだ。いつもならこんな事は絶対にあり得ないのに。

 そんな俺の思考を知るよしもない彼女はその羽を一度だけ叩いた。浮かび上がったアイテムの名は……『ピナの心』。それを見た彼女は再び目尻に涙を浮かべる。

 

 「泣くのは後だ。さっさとこの森を出るぞ。」

 

 気がつくと俺は彼女に手を差し出していた。本当に理解ができない。得たいの知れない『何か』が俺を突き動かしている。その『何か』が俺にはわからない。

 

 「どうして……出会ったばかりの私を助けてくれるんですか?」

 

 「うーん、俺にはわからない。でも、何故か放っておけないんだ。」

 

 「えっ……?今、口調が変わって……!?」

 

 彼女が俺に驚くと同時に、俺も俺に驚愕していた。それも先程の比ではない。それも仕方のないことだろう。嘘の仮面が外れ、本当の俺が顔を出してしまったのだから。

 彼女は、両親や家族のように信頼できる人間ではない。数分前に出会ったばかりの赤の他人だ。そして、キリトのように命まで賭けて俺と関わりを持とうとした人間でもない。本当に赤の他人なのだ。しかし、キリトと話していた時と同じように仮面は外れた。こんな現象は初めてだった。

 俺は驚愕を隠すように、外れた仮面をつけ直した。本当の俺は影を潜め、嘘で固められた俺に戻る。

 

 「……可能であれば忘れてほしい。さぁ、行くぞ。」

 

 「ふふふ……変な人ですね。あっ、私シリカっていいます。」

 

 「……ソーヤだ。」

 

 シリカと名乗った少女が俺の手を握った。それを確認した俺は彼女を引き上げて、立ち上がらせる。そして俺達は森の出口へと向かった。

 

 

 ◇◆◇

 

 無事に森から出て、居住区へと向かう。するとその門には俺が今現在、この世界で唯一信頼している少年の姿があった。

 

 「……いきなり呼び出してすまない、キリト。それに早いな。数分前に連絡した筈なのだが。」

 

 「別に謝ることじゃねーよ。それに俺もたまたまこの層にいたからな。早いのも当たり前だ。」

 

 キリトは俺を見つけると笑顔を浮かべた。もうその笑顔の裏には何も隠されてはいない。雲一つ無い青空のように、明るい笑顔だった。

 しかし、キリトの『たまたまこの層にいた』という発言が気になった。彼は攻略組の中でもトップクラスの実力を持っている。こんな低い層で油を売っている暇なんて無い筈なのだ。

 そして彼の視線が後ろにいるシリカを捉える。

 

 「君がシリカかな?俺はキリト。よろしくね。」

 

 「ああ、はいっ!よろしくお願いします!キリトさん!」

 

 シリカはキリトと握手を交わす。彼女はやや緊張しているようだった。体は強ばり、声がやや少しあの森の時よりも高く、上ずった声になっている。

 俺がキリトを呼び出した理由は一つ。シリカが大切に抱えていたあの羽の事について聞きたいと思ったからだ。

 彼女が持つ《ピナの心》は彼女がテイムしていたモンスターが死んだ時にドロップしたそうだ。通常、HPがゼロになって死んだものはプレイヤーモンスター関係無く全てポリゴン片となり、爆散する。だが、その羽だけは残ったというのだ。

 俺はクエストやイベント等の細部に詳しくない。だがキリトは違う。彼はこのデスゲームの奥深くまで知っている。イベントの発生条件やクエストの受注可能な場所等々、情報屋顔負けの情報を持っている。

 情報屋は金さえ払えば簡単に情報を教える。だが、俺はそんな情報は信頼どころか信用すらできない。悪い癖だ。疑心暗鬼と言っても過言ではない程に、誰かを簡単に信用しない。

 それに、今回はシリカが持つアイテムに関する事だ。俺ではない。それならば、信用すらできない情報を楽して得るよりも、多少信用できる情報を労力かけて得る方が向いている。

 ……本当に何故、ここまでするのだろう。シリカはそこら辺を歩く人間と同じの筈だ。なのに、俺は彼女を放っておけない。『何か』が今の俺を動かしている。その『何か』がわかれば、俺はこうして悩むことなんてないのだろうか。

 

 「ソーヤさん?大丈夫ですか?」

 

 「すまない。少し考え事をな。」

 

 「何ボーッとしてんだ、ソーヤ。そうだシリカ、例のアイテムを見せてくれないか?」

 

 シリカは俺を見る。失礼な話だが、彼女はキリトを少し警戒しているようだった。少し怯えたような視線、確認を求めるような態度をしている。

 俺はそんなシリカの頭に手を置き、笑顔を浮かべて頷いた。それを見たシリカも頷き、キリトに《ピナの心》を渡した。

 今までの俺では考えられなかったことだ。いや、今の俺でも考えられないか。他人を信用させることをするなんてな。ましてや、笑顔を浮かべるなど。俺はどうかしてしまったのだろう。シリカといると本当の俺がキリト以上に簡単に表れてしまう。

 この短時間で二回も嘘の仮面が外れた。確実に『何か』が影響を及ぼしている。だがその『何か』の正体がわからない。今言えることは、今の俺は『何か』によって動いている、それだけだ。

 

 「シリカ、このアイテムがあればピナを蘇生させることができる。それには第四七層にあるフィールドダンジョンの《思い出の丘》に使い魔の主人が行くことで手に入るアイテムが必要なんだ。」

 

 「そうなんですか……。情報を教えてくれて、ありがとうございます。私、頑張っていつかピナを生き返らせてあげます!」

 

 「それなんだが……このアイテムはあと三日で《ピナの形見》に変わってしまう。そうなってしまったら蘇生はできない。」

 

 シリカは希望から一気に絶望へと叩き落とされ、その瞳からはハイライトが失われ、何も写していないようだった。

 一瞬希望をもたせてから絶望に叩き落とす、この手法は相手に深い絶望を与える。信用しようとした誰かに裏切られるとはこれと同じことなのだ。

 

 「シリカ、これを装備しろ。これなら多少はレベルを底上げ可能だ。それに、俺達も一緒に行く。こうすれば何とかなる筈だ。」

 

 俺はエギルに買い取って貰おうと思って持っていた、幾つかのアイテムをストレージから取り出す。何をやっているのかと思った頃には、トレードウィンドウにそのアイテムが入れられていた。

 まるで誰かが俺の体を操っているような感じだ。誰が動かしていることはわかっているのだが、その誰かの正体がわからない。『何か』の正体は一体何なのだろうか。

 

 「本当に、どうしてここまでしてくれるのですか?私達は赤の他人の筈なのに。」

 

 「あの森の時に言っただろう?何故かは知らんが、お前を放っておけないんだ。まぁ、その正体がわかればまた話す。」

 

 「そういや、何で俺も?お前一人で十分だろ?」

 

 「キリト、この辺に用があるんじゃないのか?お前がこんな層にいるのはおかしいだろ。」

 

 「……相変わらずソーヤは恐ろしいな。」

 

 それからアイテムをシリカに無償であげ、早速三人でパーティーを組んだ。攻略する明日で良いと思ったが、シリカが早く組みたいと言っても聞かなかったのでパーティーを組むこととなった。何故彼女がそれほど急かした理由は直ぐに理解できた。

 居住区に入って数分で多くのパーティーやギルドからシリカが誘いを受けたのだ。聞くところによると、彼女は珍しいフェザーリドラの子供を使い魔にしたということで、ちょっとした有名人らしい。それ故に彼女をマスコットとして欲しがるパーティーやギルドが多数いるということだ。

 全く反吐が出る。シリカをパーティーに誘う人間達には下劣な考えを持っている者すらいた。それに気づかずに一つ一つ丁寧に断っている彼女を見ると、その魔の手にかかってしまわないか心配してしまう。

 ……俺は何故シリカを放っておけないのだろうか。加えて、ふと気がつくと彼女のことを考えてしまうことが多い。出会ったばかりの筈なのに、近くにいても安心できてしまう。俺をここまでしてしまう『何か』の正体とは何なのだろうか。

 そんな無駄な事を考えながら、シリカとキリトの後をついていく。彼女が美味しいチーズケーキを売っている飲食店を紹介してくれるそうだ。すると、赤髪の女性が俺達の行く手を遮るように立ちはだかった。

 

 「あらぁ、シリカじゃない。無事に森を抜け出せたのね。良かったわね。」

 

 その女性は嫌味を含んだような声で話しながらこちらに歩み寄ってくる。その時、キリトの表情が僅かに変化し、険しくなったところは見逃さない。恐らく、彼がこの層にいる理由に関係しているのだろう。だったら、ろくな人間ではない。

 俺はシリカとその女性の間に割り込む。女性は視線を俺に移し、嫌味たっぷりの顔で俺を見る。そして女性が嫌味を言う前に、先に言葉を発して無理矢理口を閉じさせる。いじめでよくある暴言ばかり吐くクズ野郎を封じ込める手段だ。

 

 「嫌味を言うだけなら退け、ババア。」

 

 「バ……!?いきなり飛び出てきて何言っているの、このガキは!」

 

 先手を打たれたクズ野郎は新たな暴言を吐いてやろうと焦る。そうなった時の人間は素直だ。手に取るように何を考えているのかわかる。それほどに態度や口調に変化が現れるのだ。そうなれば後は簡単、考えていることがわかっていることを嫌らしく伝えてやるだけで封じ込めることができる。

 

 「大方、彼女の使い魔がいないことを弄ろうとしたんだろう?それも嫌味たっぷりのその声でな。そんなんで人を弄って楽しいか?お前はそんな事もわからない阿呆なのか?俺達にはお前のようなクズ野郎に関わっている暇なんて無い。わかったら退け、ババア。」

 

 「……随分無礼な口を利くガキね。一度痛め付けないとわからないのかし……」

 

 「能書キはイイ、サッサト退け。」

 

 また一つ、獣の檻にひびが入った。漏れだした獣は俺をあの日の俺へと確実に近付ける。殺意が加速する。価値観が定着する。思考が冷徹に切り替わる。

 

 「ひっ!!……わかったわよ。退けばいいんでしょ、退けば!」

 

 少し漏れでた殺意が周囲に広がる。それにあてられた女性は恐怖に顔色を染め上げ、その場から立ち去った。

 しかしこれで終わりとは到底考えられない。歪に曲がったプライドを持ったいじめっ子が、こんな簡単に終わることはないのは知っている。近い内に再び出会うだろう。

 

 「あの、ありがとうございました。ソーヤさん。」

 

 「気にするな、俺が勝手にしたことだ。」

 

 俺は無意識にシリカの頭を撫でていた。数秒後にそれに気付き慌てて手を離したのだが、彼女はどういうわけか残念がる表情を見せていた。

 

 

 ◇◆◇

 

 「さて、キリト。またお前何か隠してるだろ。俺はお前があのクズババアと出会った時に表情を険しくしたことを知っているぞ。」

 

 「どこまで細かく見てんだよ……。」

 

 隣のベッドにうつ伏せになり、ウィンドウを弄っていたキリトはため息をつく。攻略組の彼がこんな層にいれば普通何があったのか疑問に思うだろう。そこから少し考えれば誰でもわかるはずなのだが……。

 現在俺達は第三十五層にある宿の一室にいる。理由はとても単純なもので、一度ホームに戻るのが面倒臭かった。たったこれだけだ。

 本当はそれぞれ個別に部屋を取りたかったのだが、空きが二部屋しかなかったので、俺とキリトが同室となった。

 

 「まぁ、お前には隠す必要もないことだしな。俺が此処にいる理由は話すよ。だけど、シリカには黙っておいてくれないか。今から俺が話す内容は、彼女が知るべきではないことなんだ。」

 

 「……別に構わないが。」

 

 キリトのその言葉に疑問が浮かぶ。彼が今から話すのは俺に話しても問題ないが、シリカは知るべきではない内容。それに加えて、攻略組のキリトとあのクズババアが関連する内容……悪い予感がする。そして、その予感は見事的中した。

 

 「俺は今《タイタンズハンド》というオレンジギルドを追っている。そしてそのリーダーが今日出会ったあの女性……ロザリアだ。そして俺はそのギルドメンバー全員をこの結晶で牢獄送りにする為に、この層にいるわけだ。」

 

 そう言ってキリトは青色の結晶を取り出した。それは俺達がよく使用する青色の結晶……転移結晶よりも深い青色をしている。その結晶には見覚えがあった。

 回廊結晶。一度に多くのプレイヤーを移動させることができるもので、移動先も自分で決められるという優れた代物だ。そして、優れた代物だけに値が張る。俺も初めて見た時には目を疑った。

 それをキリトが持っているとは予想外だった。しかし先程の彼の発言から、誰かからの頼み事でこの層にいるのだろうという結論に落ち着いた。キリトはお人好しなのだ。それもかなり重度の。

 

 「……そうか。無理に聞いてすまなかった。」

 

 「大丈夫だ。もし、ソーヤに話さなくとも直ぐにバレてしまうと思うからさ。んじゃ、また明日な。」

 

 「ああ、また明日。」

 

 そうしてベッドに潜り、眠りにつこうと思った時にコンコンとノック音がした。先に気付いたキリトがもぞもぞとベッドから這い出て扉へと向かう。そして彼は一人の少女を連れて戻ってきた。

 その少女は言うまでもなく、シリカだった。彼女曰く、明日行く第四七層のことを聞いておきたいとのことだ。俺もベッドから這い出し、ベッドに腰掛ける。シリカも部屋に一つだけある椅子に座った。それを確認したキリトはあるアイテムを取り出す。

 

 「それは?」

 

 「《ミラージュ・スフィア》というアイテムさ。」

 

 シリカの質問に答えながら、キリトはウィンドウを操作する。その直後、アイテムが光りだして大きなホログラフィックが映し出された。それはアインクラッドの第四七層の全体を表示していた。

 キリトは一つ一つ指差しながら、丁寧に解説している。だが俺の意識は扉に集中していた。シリカが部屋に入ってきてからだろうか、一人の人間の気配がする。恐らくだが、盗聴でもしているのだろう。

 キリトも気付いたようで、解説を中断して扉を睨んでいた。そして、扉を一気に引き開けようとする彼を手で制する。盗聴者はまだ俺達が気付いていないと思っているようだ。その証拠に動く様子がない。

 これは好都合だ。俺は殺意を盗聴者に向ける。扉の向こうの気配は怯えた反応を示し、恐怖からか震えだしてしまった。

 人間は突然殺意を向けられたりすると、殺意の大小問わず恐怖に包まれる。そしてその恐怖は体から自由を奪い、逃げたくとも逃げられないようにしてしまう。あの日の餓鬼どももそうだった。全員が恐怖で震え、涙を流していた。

 

 「オ前のリーダーに伝エロ、盗聴者。最後の晩餐ヲ楽しんドケとな。」

 

 それだけ言うと、向けていた殺意を解いた。とたんに階段を慌ただしくかけ降りる音が響いた。




 オリジナル武器名の由来

 《ロンリライアー》
 《lonely》と《liar》と足して割ったもの。(孤独)と(嘘つき)

 《スカービースト》
 《scratch》と《beast》を足したもの。(傷)と(獣)

 《デスクロス》
 《cross over death》をもじったもの。(死を越える)


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第八話 思い出の丘

 最近気付いたのですが、UAが1500を越えていました。本当にありがとうございます。

 これからも、この作品をよろしくお願いします。


◇◆◇

 

 「ソーヤさん、朝ですよ!」

 

 何者かに肩を揺さぶられ、俺は眠たい目を擦りながら体を起こす。そこには顔を炎のように真っ赤にしたシリカがいた。

 彼女の顔が何故赤くなっている事に関しては心当たりがある。昨日、盗聴者を追い払った後に改めてキリトの解説があったのだが、彼女はそれを聞き終わると椅子に座ったまま眠ってしまった。まぁ、彼女にとって今日は精神的負担が大きかった日の筈なので、仕方のないことだ。

 そしてそれを見た俺はシリカを抱き上げて、使う予定だったベッドに運んだ。その時に『うんにゃ、ソーヤさん?』という声がしていたのだが、その事に気付いたのは彼女をベッドに運んだ後だった。

 シリカの顔の赤みはほぼ確実にそのことだろう。その証拠に、彼女は俺と視線を合わせようとしない。さらに体をモジモジさせている様子から、その赤みは羞恥から来ていることが容易にわかる。

 ……やはりシリカと出会ってからの俺はおかしくなっている。大した関わりも持たない一人の少女が、俺の一部分になっているような感覚なのだ。彼女を失いたくないという感情が生まれ、今の俺の動力源となっている。果たして、俺にそんな感情を生ませて動かしている『何か』は何なのだ?

 

 「ソーヤ、寝ぼけてんのか?おーい!」

 

 隣のベッドからキリトがやって来て、思考の海に沈んでいく俺の頬をぶった。その激しい痛みは一気に俺をその海から引き上げた。

 

 「って!……すまない、少し考え事をしていた。おはよう。キリト、シリカ。」

 

 「ああ、おはよう。」

 

 「はい、おはようございます!」

 

 その後全員で朝食を取り、転移門へと向かう。居住区にはゲート広場というものがあり、そこにある転移門から開放されている全ての層に行くことができる。しかし転移の際には、転移したい層の名称を言わなければならないので、層の名称を覚えておく必要があるのだが。

 俺達は転移門の中に入る。すると、シリカが困った顔をしてこちらを見た。

 

 「あ……第四七層の名前何でしたっけ。」

 

 「シリカ、手を繋げ。俺が一緒に転移させる。」

 

 俺はシリカに手を差し出す。それを彼女は一瞬の躊躇いの後に、恐る恐る握った。彼女の顔は再び真っ赤に染まる。

 もう『何か』の正体について考えるのは止めよう。どうせいくら考えたところで、意味がないことがわかった。

 ただし、この仮面は外れないように注意する。俺が自らの意思で仮面を外すのは、俺のことを裏切ることはないと確信できた時のみだ。キリトでさえ、まだ確信できる程に至ってはいない。

 

 「転移、《フローリア》。」

 

 俺がそんな人間と出会えるのかはわからない。もしかすると、俺はもう出会っているのかもしれない。だが、出会えるとしたらこの世界以外あり得ないだろう。別に心の底から欲しいという訳ではない。でも可能なのであれば、出会いたいと願う。

 そんな事を考えている内に視界が転移の光で埋められていき、俺達は第四七層《フローリア》に到着した。

 

 

 ◇◆◇

 

 「いやぁぁぁ!!気持ち悪いぃぃぃ!!」

 

 シリカが悲鳴を上げながらフィールドを逃げ回る。それを追うのは植物のモンスター。その姿は、第一層のあの森で殺し尽くした植物怪物をより気持ち悪くしたものだ。あの植物怪物でさえ十分気持ち悪かったのだが、それよりも気持ち悪くなったこのモンスターは、シリカのような少女には生理的嫌悪を催させてしまうだろう。

 

 「シリカ落ち着け!弱点の花の下にある白いところを攻撃するんだ!」

 

 「気持ち悪いぃぃぃ!!来ないでぇぇぇ!!」

 

 キリトが別の植物怪物を斬りながらアドバイスをするが、シリカの耳には届いていないようだ。彼女はひたすらに植物怪物から逃げ回っている。そして逃げ回って逃げ回って……疲労からか、足をもつらせて転倒してしまった。植物怪物との距離が一瞬で詰められ、目と鼻の先にまで迫る。もう逃げることは不可能だろう。

 この層のモンスターはプレイヤーを襲わない限り、単なるオブジェクトとして認識される。その為、キリトが持つ《索敵》のスキルでも感知ができずに対応が遅れてしまった。

 それに加えて先に俺とキリトに襲いかかってきた別の植物怪物がいたせいで、シリカに近づく植物怪物を止めることができなかった。

 逃げるという手段を失ったシリカは立ち上がって、短剣を構える。そして早く決着をつけたいという焦りからか、直ぐ様彼女はソードスキルを発動した。

 当然ながら、慌てて発動したソードスキルが植物怪物に当たる筈もなく、シリカはソードスキル後の硬直に捕らわれた。そして動けない彼女の両足に植物怪物の蔦が絡み付き……

 

 「へ?きゃあ!!」

 

彼女を上下逆さまに持ち上げた。一体、あの細い蔦の何処にそんな力があるのか疑問だが、今はそれどころではない。

 シリカのスカートが重力に従ってずり落ちそうになっているのだ。それを必死に防ごうと、スカートを押さえながら蔦を切ろうとしている。だが、上下逆さまの不安定な姿勢では剣を届かせることさえ叶わない。

 

 「ソーヤさん、キリトさん、助けて!見ないで助けて!」

 

 「そ、それはちょっと……無理かな。」

 

 こちらに襲いかかってきた植物怪物を葬り、シリカの方に目をやるキリトは手で目を塞ぐ。だが、その隙間から覗いているのを見逃さない。

 

 「おいキリト、こっち向け。」

 

 「ん?どうしたソーy……うぎゃぁぁぁ!!」

 

 手を離して俺の方を見たキリトの両目に俺の人差し指と中指を突き刺す。所謂目潰しというやつだ。ぶっすりと刺さった痛みで、彼は目を押さえながら転げ回っている。シリカを助けるには今しかない。

 瞼を閉じて視覚を遮断。そして気配の感知に集中する。すると場所と放つ雰囲気しかわからなかった気配に変化が現れた。少しすればシリカの姿と彼女を弄ぶ植物怪物の姿が完全に形となる。『見え』なくとも『視え』る。俺は目を閉じたまま地を蹴った。

 背から《デスオーバー》を抜き、植物怪物に向かって走りながら両手槍の突撃型ソードスキル《ディラトン》を立ち上げる。

 初期の頃から愛用しているソードスキルだが、俺のレベルの上昇と共に威力が増してきているので未だに使う場面が多い。 

 そして俺が放った一筋の流星は寸分たがわず、植物怪物の弱点に命中する。今度は植物怪物が悲鳴を上げる番だった。

 

 「きしゃぁぁぁ!!」

 

 「……死ネ。」

 

 突き刺さった《ロンリライアー》からソードスキルの光が失われる。だが、俺はそれを更に奥へと抉るように捩じ込む。それは一部の貫通系武器しか設定されていない《貫通継続ダメージ》を発生させ、僅かに残っていた植物怪物のHPをゼロにした。そして閉じたままの瞼を上げる。

 僅かながら殺意が漏れでてしまったようだ。これは近いうちに、またあの森に行って発散しなければならない。こんなにも早く行く必要が出てきてしまったのは確実にあのクズババアのせいだろう。この手で殺したいと願うが、それは叶わない夢だ。キリトが受けた依頼が達成できなくなってしまう。

 

 「きゃあぁぁぁ!!」

 

 シリカの悲鳴に俺の意識は一気に中から外へと引き戻される。そう、俺は一つ重要な事を忘れてしまっていた。俺が植物怪物を殺したことにより彼女は今、押さえていたスカートだけでなくその体も重力に従って落ちてきていたのだ。

 それに気づいた瞬間、俺は落下地点まで移動してシリカを受け止めることに成功した。そのことに安堵し、肩を撫で下ろす。

 本当に俺はシリカを放ってはおけないようだ。他人のことで安堵したことなどいつぶりだろうか。まるで、俺が俺ではないようだ。獣と化そうとしている俺とはまた違った俺が生まれようとしているのかもしれない。

 

 「大丈夫か?」

 

 「はい、ありがとうございます……。」

 

 シリカは顔を赤くしながら答えた。それもそのはず、今の俺は彼女をお姫様抱っこしている状態になっているからだ。こうしている間にも顔は赤くなっていき、湯気がでそうになっている。これ以上赤くなられても困るので、彼女を降ろす。その際、彼女の武器が目に入らないよう極力目を逸らす。

 シリカが扱う武器は短剣。俺がこの世界で使用せず、見ることさえ拒む武器。それを見る度に、あの日を思い出してしまう。あの日を思い出す度に、血の池に立つ獣の俺の姿が鮮明に浮かび上がってしまう。

 正直なところ、シリカとは関わりたくないと思っている。だが、今の俺を突き動かす『何か』はそれを許しはしない。それほどに強大な力が『何か』にはあるようなのだ。 

 

 「あいててて……やっと見えるようになってきた。やりすぎだろ、ソーヤ。もう少し穏便な手段は無かったのか?」

 

 後ろに気配を感じたので振り返ると、キリトがこちらに向かって来ていた。しかしまだ痛みは残っているようで、目を押さえながらゆっくりと歩いている。

 

 「キリトさん、ソーヤさんに何かされたんですか?」

 

 「……聞かないでくれ。俺が悪かったことなんだ。」

 

 「そうだ、あれはお前が悪い。反省してろ。」

 

 それからは特に問題なく戦闘をこなし、無事に目的のアイテムである《プネウマの花》を得た。その時のシリカの顔はもう一度自分の使い魔と会えることに対する喜びで満ち溢れている笑顔だった。

 帰り道ではあまりモンスターと遭遇することなく、数十分で麓に到達することができた。そして、小川に掛かっている橋を渡ろとした。だが複数の気配を感じ、シリカの肩に手を掛けて止める。キリトも《索敵》で気づいたのだろう、その目を橋の先に向けて睨んでいる。

 

 「そこにいる奴、出てこいよ。」

 

 「私の隠蔽を見破るとは思ってなかったわ、剣士サン。少し、侮ってたかしら。」

 

 「ロ……ロザリアさん!?」

 

 草むらを掻き分けて現れたのは、あのクズババアだった。あいつが何故こんなところにいるのか理解できないシリカは驚きを隠せないようだ。

 

 「さて、それじゃあ私は居住区に戻るわ。気になっていた剣士サンの実力も見れたし。」

 

 「……は?」

 

 クズババアは身を翻し、居住区に向かって歩きだす。その行動がキリトには理解できないらしく、呆けた顔をしていた。彼はてっきり襲って来るのではないかと考えていたようだ。

 キリトの予想は当然のことだろう。オレンジギルドのリーダーが帰り道の草むらに隠れていたのならば、誰でもそう考えてしまう筈だ。普通に考えて怪しいにもほどがある。 

 そして、草むらに隠れているのはあのクズババアだけではない。俺が感じている気配はまだある。キリトは気づいていないようだ。恐らく、彼の索敵を掻い潜っているのだろう。だが、気配まで隠すことはほぼ不可能に近い。その気配が未だに草むらに潜んでいる。それは俺が立てていた仮説を確信へと変えた。

 

 「おい待て、クズババア。いや、オレンジギルド《タイタンズハンド》のリーダーの方がお望みか?」

 

 クズババアの脚が止まり、こちらに振り向いた。その顔は何故知っているのかと言いたげだ。

 

 「でもソーヤさん……ロザリアさんのカーソルは……グリーン……。」

 

 シリカが掠れた声で聞いてくる。その様子は呆然としている。

 

 「オレンジギルドと一概に言っても、全員がオレンジじゃないことも多い。例えば、グリーンのギルドメンバーがパーティーに紛れ、仲間が潜む待ち伏せ地点に誘導したりとかな。今だってそうだ。まだ出てきていないオレンジの仲間がいる。」

 

 「何を言ってるのかしら?このガキは。その証拠でもあるのかしら?」

 

 「白を切るか。それなら、お前の仲間がいる場所を言い当ててやるよ。右手前の草むらに二人、その奥に三人。左も同じく手間に二人、奥に三人。計十人が隠れている。どうだ?」

 

 クズババアの顔が驚愕に染め上がる。確固たる自信が打ち砕かれた時の表情だ。絶対にバレない自信でもあったのだろう。だがその顔は毒々しい笑みに変わり、居場所がバレてしまった仲間を合図で呼び出した。俺は自然とシリカを守るように立つ。

 現れた仲間は、にやついた視線を向けている。俺達を格下だと侮ってているのがわかる。だが、その視線を俺は何度も向けられた。その事が脳裏をよぎり、眼前の奴らが餓鬼どもと重なった。

 殺意が芽生え、加速する。再び漏れだした獣の俺が今にも飛び出しそうになるのを抑える。これぐらいならばまだ自制が可能だ。とはいえ、これ程の殺意がわいたのは二年前以来だろう。

 

 「一応の確認だ、ロザリアさん。十日前に《シルバーフラグス》というギルドを襲ったな?」

 

 「ああ……あの貧相な連中ね。」

 

 キリトもシリカの前に立ち、彼にしては珍しい鋭い刃のような目で睨んでいた。それを受けたクズババアは特に悪びれることなく、彼がした質問に頷いた。彼の目が更に鋭くなる。

 

 「唯一生き残ったリーダーは俺に殺さず、牢獄に入れてくれって言ったんだ。……その気持ちがわかるか?」

 

 「わかるわけないじゃない。本気になっちゃって、馬鹿なの?この世界で人を殺したって、現実で本当に死ぬ訳じゃないし。戻れるかもわからないのに、正義とか法律なんて笑っちゃうわ。」

 

 クズババアは面倒臭そうに答える。そしてその顔に浮かべていた毒々しい笑みを深め、手を振った。仲間改めクズ野郎どもはそれぞれの得物を構え、俺達ににじり寄ってくる。それに恐怖を感じたのだろう、シリカは俺とキリトの後ろで震えていた。

 

 「なぁキリト、此処は俺に任せてくれないか?」

 

 「え?別に構わないが……いいのか?」

 

 「大丈夫だ、殺しはしない。それに、一つ試したいことがあるのでな。」

 

 俺は震えているシリカの頭を少し撫でた後、クズ野郎どもに向かって歩きだした。シリカはキリトが守っている。万に一つも、彼女が危険にさらされるなんてことはないだろう。そう思える程に、俺はキリトを信頼するようになっていた。

 

 「ソーヤさん!!」

 

 シリカが大声で呼び掛ける。その瞬間、俺に襲いかかろうとしたクズ野郎の一人が眉をひそめた。そして何かを思い出したのか、顔色を青くして震えだして後ずさった。

 

 「複数の武器……ソーヤという名前……まさか《鬼神》なのか!?」

 

 「ロザリアさん……やばいよ……。こいつ、フロアボスを一人で何度も葬った……バケモノだ……。」

 

 それを聞いたクズ野郎どもの顔色は、まるで伝染病のように次々と青くなっていく。皆一様に震えながら俺に視線を集中させる。

 クズババアは顔色を青くすることはなかったが、ポカンと口を数秒間開いていた。今クズ野郎の一人が言ったことを理解できていないようだ。その後、我に帰ったように喚いた。

 

 「そ、そのプレイヤーは存在すら不明じゃない!そんなプレイヤーなんているわけない!どうせその噂を利用してびびらせようとするコスプレ野郎に決まってる。そんな奴、さっさと殺しちまいな!」

 

 「それなら、試してみるか?俺も試したいことがあるんだ。」

 

 俺は指をクィっと曲げ、挑発する。それに歪んだ自尊心を傷つけられたのであろうクズ野郎の一人がソードスキルの光を纏わせ、突っ込んで来た。本当に扱いが簡単で大助かりだ。これで、試したいことができる。

 

 

 俺は襲いかかった光を纏う剣を……素手で掴んだ。

 

 

 その行動に剣を振るったクズ野郎は一瞬驚愕したが、直後に凶悪な笑みを浮かべ、俺の手を斬ろうと力を込める。

 しかしその剣は一切進むことはなく、纏わせていた光を霧散させる。そして、俺のHPは一ドットも減少していなかった。    




 誤字、脱字等あれば教えていただけるとありがたいです。

 もう少しヒロイン回が続きますが、よろしくお願いします。


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第九話 芽生える感情

 後半駄文注意です。文才が足りず、申し訳ありません。それでも、この作品を楽しんでいただけたら幸いです。


◇◆◇

 

 「……デメリットがあるが、これは使えるな。」

 

 そう呟きながら俺は光が霧散した剣を奪い、投げ捨てる。眼前で起きた光景を理解しようとすることに意識を向けているクズ野郎から、掴んだ剣を奪うことは造作もないことだった。

 前後から驚愕の視線が注がれているのを感じる。それは当然のことだろう。この世界で必殺技とも言えるソードスキルを素手で防いだのだから。それもダメージなしで。

 未だに動く気配がないクズ野郎の腹を蹴り飛ばし、俺はクズババアを睨む。

 

 「さて、クズババア。さっきお前は、この世界で死んだとしても本当に現実で死ぬ訳がないと言ったな?」

 

 「……ええ、言ったわよ!それがどうかした!?」

 

 クズババアが先程まで浮かべていた毒々しい笑みは何処にもなかった。ただ不可思議な現象を見せた俺に対して、恐怖を感じている。体が僅かに震え、声もやや高くなっていることからそれは容易にわかる。

 普通の人間ならばその恐怖に思考を支配され、無様に逃げることしかできなくなる。しかし仲間を見捨てて逃げようとしないのは、少なくともリーダーの自覚があるからだろうか。俺をいじめてきた餓鬼のリーダーは包丁が俺に渡った瞬間、我が身可愛さで一目散に逃げていった。もちろん、逃がすなんてことはさせなかったが。

 

 「それじゃあ……オ前ラガ確認シテクレバ、良イジャナイカ。」

 

 加速し、抑えきれなくなった殺意が漏れだしてしまう。殺してしまおう、獣の俺の囁きが聞こえる。もうこの声が聞こえてしまう段階まで来てしまったようだ。このままでは獣の俺がいる檻が完全に壊されるのも時間の問題といったところか。

 俺は暴れそうになる獣を抑えつつ《ロンリライアー》を抜き、クズ野郎どもに斬りかかる。何かしらの行動に対応が遅れた人間を斬るのはとても簡単なことだ。ものの数十秒で残っていた十人のクズ野郎はされるがままに斬り裂かれる。そして俺が鞘に《ロンリライアー》をしまうと同時に、切断された四十個の腕と脚がポリゴン片となった。

 

 「運ガ良カッタナ……。キリトに感謝しとけ。あいつから話を聞いていなければ、全員殺していたところだ。」

 

 多少ながらも殺意が発散され、幸いにも抑えていた獣が少し落ち着いた。だが、それも気休めに過ぎない。もしもう一度こんなことがあれば、確実に檻は完全に破壊され、あの日の俺が再び姿を表してしまうだろう。

 

 「さぁ、どうするんだ?」

 

 「ちっ、転移……あがっ!!」

 

 クズババアは舌打ちを一つした後、転移結晶を取り出して転移しようとした。逃げようだなんてことは許さない。転移先をボイスコマンドで入力しようとする口に背中から抜いた《デスオーバー》を突き刺す。グリーンだったクズババアに攻撃したことで、俺のカーソルがオレンジに染まった。そんな事は気にも止めない。

 一瞬リーダーの自覚があるのかと考えたが、そんなことはなかった。クズババアも餓鬼と同じく、我が身可愛さに自分だけ助かろうとする奴だった。あの時に恐怖を感じながらも逃げなかったのは、心の何処かで俺を舐めていたのだろう。

 クズババアも例外なく四肢を切断し、クズ野郎が転がる橋の上に放り投げる。そしてキリトに視線を送ると、彼はポーチの中から回廊結晶を取り出した。

 

 「これは俺に依頼した男が全財産をはたいて買った回廊結晶だ。出口は監獄エリアに設定されているから、これでお前ら全員牢獄に跳んでもらう。と言っても、お前ら全員動けないから俺とソーヤで送ってやるよ。」

 

 「い、嫌だと言ったら?」

 

 「お前ら、そんな事が言える立場か?」

 

 恐る恐る声を上げたクズ野郎を俺は殺意を込めた目で睨む。もう誰も抵抗の意思を見せることはなかった。全員が無言でうなだれ、強がる者はいない。

 キリトはそれを確認すると、手に持った回廊結晶を使用した。青い色をした渦巻くゲートが開かれる。俺とキリトは橋に転がっているクズ野郎を掴んではゲートに放り投げるという作業を繰り返した。そしてクズババアだけが残った。四肢はまだ再生されてはいないが、俺が貫いた口は元通りになっている。

 俺はその襟首を掴んでゲートに放り込もうとした時、クズババアは最後の助けを求めるように口を開いた。その様子はいじめっ子を躊躇なく切り裂く俺を見たリーダーがしたものとそっくりだった。

 

 「やめて、離してよ!反省してるから!……そうだ、私と手を組もうよ!そうすれば、私達は……」

 

 クズババアが発した言葉一つ一つが俺の神経を逆撫でする。これ程綺麗に神経を逆撫でされたのはトゲトゲ頭以来だ。それに加えて、クズババアがますますあの日の餓鬼と重なって見えてしまう。そのことが余計に俺の殺意を加速させる。だがそれを今解放してはならない。殺してしまってはいけない。そう言い聞かせ、再び暴れだそうとする獣を抑える。もう檻はひびだらけで、いつ破壊されても不思議ではない。

 

 「黙れ。俺はお前のような奴は嫌いだ。さっさと消えろ、クズババア。」

 

 俺はそう言い放つと、クズババアを放り投げた。そしてその姿がゲートの奥に消え去ったとたん、ゲートは役目を終えたと言わんばかりに消滅した。

 喧騒の原因が消えたフィールドは静かだった。耳には川の水が流れる音や、小鳥のさえずりが聞こえてくるだけである。

 

 「……終わったな、キリト。」

 

 「ああ……終わったな、ソーヤ。ありがとな、手伝ってくれて。」

 

 「それじゃあ、依頼主に報告してこい。シリカの方は俺に任せとけ。」

 

 「本当にすまないな。それじゃあまた会おうぜ、死ぬなよ。」

 

 キリトはそう言い残し、転移結晶を使って依頼主のところへ報告に行った。それを見送った俺は立ち尽くしているシリカの下に駆け寄る。彼女は同時に沸き上がった様々な感情の整理がつかず、口を開くことさえできなくなっているようだった。

 気付いた頃には俺はまたしても、無意識にシリカの頭に手を置いていた。そして、昔の俺が唯一信頼できた両親が俺にしたことを再現するように彼女の頭を優しく撫でる。

 俺は何度も信用しては裏切られることを繰り返し、誰も信用しなくなった。俺に関わろうとする人間には疑いの目を向け、必要以上に関わることを避けてきた。

 その筈だが、何故かシリカを疑うことはしなかった。彼女は絶対に裏切らないと謎めいた確信があるのだ。これも、今の俺を動かしている『何か』の影響だろう。

 ……と、そこまで思考したところで俺はまだシリカの頭に手を置いたままであることに気付く。直ぐに手を離して、謝罪した。のだが、彼女は前回同様に残念がる表情をしていた。ただし前回と異なるのは、彼女の頬が僅かに赤く染まっていることだろうか。その赤みは今日の朝の挙動の違いから羞恥からではないことはわかったが、何からなのかまでは特定できなかった。

 

 

 ◇◆◇

 

 ロザリアさん達がソーヤさんとキリトさんの手によって牢獄送りにされた後、直ぐにキリトさんは転移結晶を取り出して転移してしまった。お礼を言いたかったのだが、何処に行ったのかわからないので追うこともできない。

 それを見送ったソーヤさんは振り返り、私の下に駆け寄ってきた。私は彼だけにでもお礼を言おうと思い、口を開こうとしたのだが……私の口はまるで縫い合わされたかのように開くことはなかった。

 沢山の武器を持ったオレンジプレイヤーがにじり寄ってきた時に感じた恐怖、ソーヤさんが最強だと噂されるプレイヤーであることを知ったことに対する驚愕、そしてロザリアさん達が消えた安堵。一気にこみ上げてきた様々な感情が一本の糸となり、私の口を縫い合わしていた。

 そんな私の状況を知ってか知らずか、ソーヤさんは私の頭に手を置いて撫で始める。居住区でロザリアさんを追い払った時と同じ、撫でられていると気持ちが落ち着かされるような優しい感じだった。そしてまた同じように慌てて手を離し、すまなかったと謝罪する。

 私は自分の鼓動が早くなっていることに気付いた。ソーヤさんを見ていると、胸が締め付けられるような痛みに襲われて息が詰まりそうになる。それが恋心だということに気付くのに多少の時間を要した。そして、それを自覚した頃には顔が僅かに熱を帯びていた。

 

 「……シリカ、結果的にお前を囮にするようになってしまいすまなかった。」

 

 私はどうにかして声を出そうとしたが、より激しくなった感情が紡ぐ糸はまだ私の口を縫い合わせていた。それでも自分の意思を伝えようと首を左右に振る。

 

 「……街まで送るよ。歩ける?無理なら、俺が背負って行ってやってもいいけど。」

 

 ソーヤさんが背を向けてしゃがむ。立つのもやっとだった私はそれに倒れ込むように体を預け、ものの数秒で意識を手放した。その朧気になっていく意識の中で、私は彼の変化した口調が両親のように優しくて、暖かいと感じた。

 

 

 ◇◆◇

 

 規則正しい寝息を立てるシリカを背負いながら居住区に入り、宿を取る。しかし面倒なことに、空いている部屋が一つしかなかった。俺がカーソルを戻す為にゴーレムを倒していたため、もう日が暮れてしまっている。今からまた探すのも大変なので、その一室を取った。

 ずっと張っていた緊張の糸が切れたのだろう。シリカは俺が背を向けた瞬間、倒れるように体を預けて眠りについてしまった。彼女は今も一つしかないベッドで眠っている。その顔は幸せそのものと言っても過言ではない程に緩んだ笑みを浮かべている。

 俺はシリカから視線を外し、暗くなった空に浮かんでいる月らしき物体を視界の中心に定める。

 シリカには申し訳ないことをした。相棒のピナとやらを生き返らせるだけだったはずなのに、蓋を開ければ囮として利用してしまった。それも、彼女に恐怖を与えてしまう程に。その事が俺に申し訳ないという気持ちを募らせる。

 以前に罪悪感を感じたのは何年前のことだろうか。記憶を一瞬漁るが、該当するものはなかった。もしかしたら、今まで感じたことがないのかもしれない。あの日、人間を切った時にすら感じなかったのだから。

 

 「……うーん。あれ、此処は?」

 

 「起こしてしまったか、シリカ?」

 

 「……え?ソ、ソーヤさん!?何で!?」

 

 意識が覚醒したシリカが大声で驚愕を露にする。もし部屋の防音機能が無ければ、その声は確実に宿中に響いていただろう。

 

 「あれから眠ったままのシリカを宿に連れて来ただけだ。」

 

 「はうう……そうでした……。」

 

 シリカは顔を真っ赤に染め上げ、俯いた。その頭からは湯気が出ているように見えるのだが、気のせいだろうか。

 それはさておき、シリカも俺がいない方がゆっくり休むことができるだろう。俺は立ち上がって、扉に向かう。そしてその扉を開こうとしたのだが……シリカは俺のコートを掴み、それを拒んだ。

 親指と人差し指で摘まむように俺のコートを掴んでいる。よく見ると体は震えており、両目からは涙が流れそうになっていた。

 

 「……どうしたんだ?」

 

 「あの……まだ今日のことを思い出すと怖くて……。それに……ピナをまだ紹介できていないし……。その……ソーヤさんともっと一緒にいたいというか……。それで……えっと……」

 

 シリカは顔を俯け、一つ一つの言葉を絞り出すように話す。彼女自身、何を言いたいのかわからなくなってきたようで混乱し始めていた。だが何を求めているのかは彼女の様子から読み取ることができた。俺に出ていって欲しくないのだ。

 

 「……わかった。シリカがそう言うなら、俺は出ていかない。それと、忘れないうちに使い魔の蘇生もしておいたらどうだ?」

 

 「あ……ありがとうございます!早速ピナを紹介しますね!」

 

 俺は部屋に戻り、椅子に腰掛けて再び月モドキを見上げる。するとシリカが、小さな青いドラゴンらしき生物を抱えてこちらに来た。そのドラゴンモドキは俺を視界に捉えると、翼を広げて彼女から飛び立って俺の頭の上に着地する。

 

 「きゅるる!」

 

 「……これがピナか?」

 

 「はい!私の相棒のピナです!ふふ、ソーヤさんにお礼を言っていますよ。ありがとうって。」

 

 シリカのその言葉に呼応するように、ピナはもう一度鳴き声をあげた。俺は思わず顔を背けてしまった。誰かに感謝されることは慣れていないのだ。

 当然のことだろう。今まで散々いじめられた俺に、感謝される機会なんてなかった。それは本当の俺を更に奥へと追いやり、嘘の仮面を強固に張り付ける接着剤となっていた。それがこの世界に来てからは随分と緩くなってしまったが……。

 

 「……ヤさん?ソーヤさん?いきなり黙り込んでどうしたんですか?」

 

 シリカの声が俺の意識を思考の海から引き上げさせる。意識の戻った視界には、月明かりを背景に彼女が俺を心配するような目を向けていた。その姿に一瞬目を奪われる。

 

 「……ああ、すまない。大丈夫だ。」

 

 「はぁ……何度呼んでも反応がなかったので心配しましたよ……。」

 

 「それはすまなかった。少し、昔のことを思い出していただけだ。」

 

 「そうですか……それと一つ質問なんですけど……どうしてソーヤさんは、優しい方の口調を隠そうとするのですか?」

 

 「……!!」

 

 ウィンドウを開き、ストレージにある片手剣《ロンリライアー》を実体化させようとした右手を抑える。俺がこんな反応をするのには理由があった。先程のシリカの発言が、今までに俺を裏切った奴がよく使用した言葉と重なったのだ。

 そんな奴らは初めに俺と親しくなろうと、質問をしてくることが多い。そこから言葉巧みに俺の過去を聞き出して言いふらしたり、同情するふりをして信用を得て弄んだりする。俺が誰も信用できなくなったのはこれの影響が大きいのだ。

 故にシリカの発言が、俺から信用を得て裏切ろうとするように聞こえてしまった。彼女も、俺の信用を弄ぶのではないかと考えてしまう。

 しかし『何か』が俺に告げる。彼女はお前を裏切ろうという考えはない、ただお前を心配しているだけだ。その言葉が俺の思考とせめぎ合う。

 

 「……何故、そんな事を聞くんだ?」

 

 「それは……ソーヤさんの優しい所が好きになったからです!」

 

 「……え?」

 

 場が一瞬凍りつく。俺はシリカの特大爆弾発言に目を丸くして驚くことしかできなかった。

 

 「……は!何言ってるの私!?えぇと……ソーヤさん、今のはその……きゅうぅぅぅ。」

 

 そしてシリカは自分自身の発言に混乱し、気絶して俺に向かって倒れ込む。それを受け止め、抱え直してからベッドまで運んだ。まさか二日連続になるとは誰が予想しただろうか。

 静かになった部屋の椅子に腰掛け、俺も眠ろうと瞼を下ろす。

 そういえば先程のシリカの爆弾発言の時、一瞬なのだが『何か』の正体が見えたような気がした。とはいえ曖昧な感じだったので、それが何か特定することはできなかったが。

 そんな事を考えているうちに、俺の意識は暗闇の中に溶けていった。

 

 

 因みに、途中から空気と化していたピナが怒ったのか俺の頭を夜通し引っ掻き続けたので眠れなかったことは余談だ。   



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第十話 解き放たれた獣

 今回少し短めです。

 三人称視点を中心として書いてみました。いつもとは雰囲気が異なるかもしれませんが、よろしくお願いします。


◇◆◇

 

 シリカと出会ってから約一週間の月日が流れた。しかし、俺はまだ彼女と行動を共にしていた。というのも、あの夜の翌日に上層に戻ろうとした俺を引き留めた彼女が自分も付いて行くと言い出したのだ。それを俺は疑うこと無く承諾した。

 誰かを疑わない俺を、この世界に来る前の俺が見たらどのような反応をするだろうか。少なくとも、あり得ないものを見るような目をすることは想像に難くない。自分自身でもそう思ってしまう程に『何か』は俺を大きく変えてしまった。それでは、俺をここまで変えてしまう『何か』の正体は何なのだろうか。

 俺は近くの木に座り込み、腕を組んで目を閉じる。意識を気配が感じることができる程度に外に向け、残りを思考に当てる。以前にこれ以上考える意味がないと判断したが、あの夜のことがあった今、もう一度その正体を探るのも悪くない。

 そして俺が考察を開始しようと思った瞬間、メッセージが届く。送り主はシリカからだろうか。現在は彼女のレベル上げを目的として、ある素材収集クエストを受注している。大方、そのアイテムが集まったことを知らせるメッセージだろう。

 

 「……っ!?」

 

 俺はそう予想を立てながらウィンドウを開き、届いたメッセージを開いて絶句した。それは俺の予想を大きく裏切るものだったからだ。

 

 『この女の命が惜しければ、第四十七層の《思い出の丘》に来い。午後十二時を回っても来なかった場合、この女を殺す。』

 

 それには丁寧にも画像まで乗せられており、そこには椅子に縛り付けられ、猿轡をかまされているシリカと小さな鳥籠に閉じ込められているピナがいた。彼女の両目からは涙が溢れており、堪えきれない恐怖を感じていることが嫌でも伝わってくる。

 怒りが湧いた。シリカを誘拐したクズ野郎に怒りが湧いた。何故俺はこんなに怒っているのかと考える余裕なんて無い。噴水のように湧き出る怒りが俺の意識を支配していく。

 湧き出た怒りは明確な殺意へと変わっていき、獣の檻を揺らす。檻にひびが増えていき、いつ破壊されてもおかしくない状態になる。

 シリカを誘拐したクズ野郎の目的に興味なんてない。あるわけがない。俺はただ、そのクズ野郎を殺すことができればそれでいい。

 視線を動かす。左下にあるデジタル表記の時計は午後十時を指していた。居住区にある転移門を利用したとしても十分間に合うのだが、俺はそれをせずに薄い青色の結晶を握った。

 

 「テンイ、《フローリア》。」  

 

 転移が完了すると同時に地を蹴り、《思い出の丘》へと全速力で向かう。道中のモンスターは全て弱点への一撃で殺した。元々は殺意の発散の為に殺していたモンスターだが、もういくら殺したところで俺の殺意は発散されない程に殺意は膨れ上がっていた。

 俺は転移してからものの数分で《思い出の丘》に到着する。そこには《プネウマの花》が咲いていた台座に縛り付けられているシリカと、約二十人のクズ野郎の姿があった。

 

 「ん?おお、来るのが早いな。それ程にこの女が大切だったか?」

 

 「……ソーヤさん……。」

 

 クズ野郎の一人が俺の存在に気付き、声をかけてくる。それにつられて残りのクズ野郎とシリカの視線が俺に向けられる。クズ野郎どもの視線からは愉悦が、彼女の視線からは恐怖を感じ取った。

 一瞬、涙を流しているシリカが昔の俺と重なって見えた。だがその原因を探る余裕はない。クズ野郎どもをその目にしたことで、更に湧き出た怒りが俺の意識を完全に支配下に置いた。

 そして……轟音を響かせながら檻が破壊され、獣が解き放たれた。

 

 「だんまりかよ。面白くないなぁ。何か言ってみろよ。なぁ!」

 

 「……コロス……。」

 

 「ああ?何か言ったか?」

 

 「コロス。」 

 

 檻から獣が一歩踏み出す。殺すという意思だけが残り、それ以外は全て塗り潰される。

 解き放たれた獣が吠える。眼前の命がただのモノに変わって観える。こいつらを殺しても問題はない、必要な犠牲だと脳が判断した。

 俺は獣へと変貌していく。もう獣の俺と混ざるという次元の話ではなく、獣が俺に成り代わろうとする。それを止める術は存在しない。檻から出て自由の身になった獣は俺を喰らい、二度と思い出したくなかった俺が再び目覚めた。

 

 「コロス……コロシテヤル。」

 

 

 ◇◆◇

 

 「……何なんだよ……あれ。」

 

 ある男が掠れた声をあげた。今、男達の前には身の毛もよだつ殺気を放つ一人の少年がいる。だが、その少年の姿は一言で言うと異常だった。

 男達を睨む少年の背後には剣や槍など様々な武器が浮かんでおり、一つの円を描くように回転している。それらの武器は皆赤黒く、切っ先からは血が滴っているように見えた。

 

 「……はん!どうせこけおどしだ!野郎ども、殺っちm……」

 

 指示を出そうとしたリーダー格であろう男の言葉は最後まで続くことはなく、その体をポリゴン片へと変える。ガラスが割れるような乾いた音が一つ、夜の丘に響いた。

 先程まで男を形作っていた光の欠片が舞う中に、少年は立っていた。その手には、現実世界の包丁に酷似した短剣が握られている。そして赤く染まった両眼は、残った男達を捉える。そして……少年は笑みを浮かべた。まるで殺しを楽しんでいるかのように。

 

 「お、おい動くな!もし動いたら、この女の命はないぞ!」

 

 一人の男が台座に縛り付けられた少女に刃を突き付け、少年を脅す。しかし少年は止まる素振りを一切見せない。一瞬で男の前に迫り、その短剣で男の両手を斬り落とした。

 何が起こったのか理解が追い付かない男の前で少年はその短剣に鈍い光を纏わせる。その光は血にまみれたような赤色だった。両手を失っている男に抵抗する手だてはなく、少年にされるがままに斬り裂かれた。また一つ、乾いた音が響く。

 

 「……コロス。コロスコロスコロス。」

 

 「ひっ……く、来るな!来るなぁぁぁ!!」

 

 少年の赤い両目が残りの男達を捕捉する。男達は躊躇なく人を殺すその様に恐怖を感じ、少年から距離を取ろうとする。しかし少年は瞬きをする間に背後に回り込んでいた。

 

 「た……助けてくれ!あの女を拐ったことは謝る!だから、だかr……」

 

 「シネ。」

 

 一人の男がした命乞いを少年はたった一言で切り捨てる。そんな事はどうでもいいかのような反応だった。男の顔が絶望に染まる。

 少年は鈍い光を纏う赤黒い片手剣を男に向かって振り下ろす。右肩から入った刃は男の腹で切り返し、V字を描くように左肩まで斬り上げた。だがその凶刃は男のHPを全て刈り取ることはできず、数ドット残る。本来ならば喜ぶべきなのだが、今の男にとっては喜ぶどころか絶望でしかなかった。

 男を殺しきれなかったことに気付いた少年はもう片方の手で細剣を握る。ギィンと何がぶつかるような音が響き、鈍い赤の光が細剣に移る。それを男が視認した時には、放たれた赤黒い細剣が残っていた僅かなHPを喰らい尽くしていた。

 そして鈍く輝く赤い光は消え去ることを知らない。ギィンと音がする度に少年が新たに握った武器にその光が纏わされ、ポリゴン片が弾ける音を響かせる。その様子はまるで、死神が一人づつ逃げ惑う人間を刈っているようだ。少年は武器を振るい続け、その音が消えた時には少年と少女以外の人影は何もなかった。

 

 「……コロス。」

 

 「……そ、ソーヤさん……。」

 

 遂に少年の目が少女を捉える。その視線を真に受けた少女は恐怖のあまりに、目尻から涙を流す。自分を拐った男達が消えた安心感などは一欠片もなかった。

 少年は台座に縛られた少女に近づいていき、その手に持った短剣に血濡れた光を纏わせる。人切り包丁を振り上げる少年は口角を釣り上げ、狂気に歪んだ笑みを浮かべた。この時、少女は理解してしまった。二度も助けてくれたはずの少年が自分を殺そうとしていることに。

 少女は身をよじってその凶刃から逃れようとする。しかし彼女を台座に縛り付けている縄は思ったよりもきつく、そう簡単にほどけることはない。そして少年は鈍い光を放つ短剣を振り下ろす。少女は逃げることを諦め、迫り来る死を受け入れように目を瞑った。

 

 

 暗闇に包まれた草原にまた一つ、ポリゴン片が弾ける音がした。

 

 

 ◇◆◇

 

 少年が獣を解き放ってから一ヶ月が経った頃、月明かりが差す第十七層のフィールドで睨み会う四人のプレイヤーがいた。その内三人のカーソルは、オレンジに染まっている。三人のオレンジプレイヤーは一人を麻痺させ、二人を威嚇していた。

 

 「久しぶりだな、PoH。まだその趣味の悪い格好をしてやがるのか。」

 

 「……貴様には言われたくないな、《黒の剣士》キリト。」

 

 オレンジ色をしたカーソルの一人であるPoHの声からは隠しきれない殺意が漏れだしていた。彼の側に立つ二人の配下も、キリトに殺意のこもった視線を向けている。

 そしてキリトの余裕そうな態度が気に食わなかったのであろう、頭陀袋を被った男が明確に上ずった声で喚いた。しかし、それはフィールドに突如響き渡った轟音によってかき消される。

 キリトもPoHとその配下も皆全員、その轟音がした方向に目を向ける。そこには一人のプレイヤーの姿があった。彼らの存在に気付いているのかいないのか、ゆっくりと歩いて来ている。

 

 「おいおい、何だお前!今からイイところなんだ、邪魔をするなぁ!」

 

 頭陀袋を被った男が毒を塗った短剣で切りかかる。だがそれをそのプレイヤーは片手で掴み、そのまま握り潰してしまった。

 

 「……はぁ?」

 

 眼前で起こった現象に呆けた声を出す頭陀袋の男の腹をそのプレイヤーは蹴り飛ばした。頭陀袋の男はもう一人の配下とPoHの前に転がる。彼らはキリトに向けていた視線をそのプレイヤーに移す。そして彼らの前に立ったそのプレイヤーは顔を上げた。その赤く染まった両眼は、そのプレイヤーの正体が少年であることを知らせていた。

 

 「そ……ソーヤなのか!?」

 

 「……コロス。」

 

 少年の背後に無数の武器が現れ、一つの円を描く。その中から包丁に酷似した短剣を取り出した。それを慣れたような手つきで逆手に持つと、その赤い両目でPoHを睨む。まるで少年にはキリトの声が聞こえていないかのようだった。

 

 「Wow……なんて良い殺気だ。雑念など何も無く、ただただ純粋な殺意を持っている。願うならば、それを俺に向けてほしくなかったな。」

 

 「コロス……コロシテヤル。」

 

 少年は、PoHに赤黒く鈍い光が宿る短剣を振り下ろす。PoHもそれに対抗するように光を纏わせた中華包丁に似た短剣を振るう。静かだったフィールドに甲高い音が響く。

 

 「てめぇ!ヘッドに何しやがる!」

 

 「お前は……殺す……。」

 

 少年に配下の二人が迫る。頭陀袋の男は新たな毒を塗った短剣を持ち、もう一人の仮面を付けた男は威嚇をやめ、細剣よりも細い剣であるエストックを構えた。彼らは硬直で動けない少年に襲いかかる。

 少年は頭だけをぐりんと動かし、仮面の男をその目に写した。両者の赤く染まった目がお互いを捉える。その時、仮面の男は少年の顔に狂気の笑みが浮かぶのを見た。

 

 「コロシテヤル……シネ。」

 

 ギィン、死神の鎌の音が鳴った。仮面の男は少年が投擲した短剣に胴を刺され、怯んだ瞬間に少年が新たに握った片手剣によって斬り裂かれる。

 ギィン、その音は止まらない。頭陀袋の男は短剣を握る手を片手剣で斬り飛ばされ、血濡れた細剣で貫かれる。

 ギィン、その音は『死』を告げる。少年は両手剣を振りかぶり、纏わせた鈍い光で彼らを凪ぎ払おうとする。彼らのHPは赤く染まっていた。

 だが少年の奏でる死の音色は途切れ、辺りに静寂が広がる。少年が振るった両手剣は、黒い片手剣によって止められていた。それを理解した少年は両手剣に更に力を込め、キリトを吹き飛ばす。そしてPoH達を探すが、少年の視界には捉えることができなかった。

 

 「ねぇ!さっきの轟音は何!?」

 

 丘の斜面を駆け上がって現れたのは、暗闇の中でも鮮やかに浮き上がる白と赤と騎士服を着た女だった。その手には、透き通るような白銀の細剣が握られている。

 

 「アスナ!一旦事件の調査は中止だ!今はこいつを、ソーヤを止める!」

 

 「え?それはどういう……!!」

 

 アスナは言葉を失った。信じられないものを見るような目で少年を見つめる。するとその視線を感じたのか、少年の赤い瞳が彼女を捕捉する。そして少年の顔に笑みが浮かんだ。

 

 「……コロス。」

 

 少年はそう呟くと、一瞬でアスナの背後に移動する。突然のことに対応できなかった彼女は反応が遅れてしまい、致命的な隙を少年にみせてしまった。血濡れた包丁が脇腹に迫る。

 誰もアスナに迫る凶刃を止めることはできない。キリトは彼女の下に全速力で駆けているものの、少年の凶刃が達する方が早い。そしてそれが彼女に届いたが最後、少年は彼女を殺すまで死の旋律を奏で続けてしまうだろう。しかしそれはまたしても阻まれることとなる。

 

 「ピナ!バブルブレス!」

 

 眼前で虹色の泡が弾け、それに怯んだ少年はアスナから距離を取る。そして新たな乱入者に目を向ける。そこには少年に救われた少女の姿があった。

 

 「やっと追い付いた……。助けに来ましたよ、ソーヤさん!!」

 

 「きゅるるる!!」

 

 少女とその相棒は決意に満ちた目で、狂った少年を見据えていた。



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第十一話 違和感の正体

 投稿が遅くなり、申し訳ありませんでした。

 オリジナルの展開を考えるのが大変で、何度も書き直していた為に遅れてしまいました。

 次回から原作に合流するので、少しは早く投稿できるかと思われます。よろしくお願いします。


◇◆◇

 

 ソーヤさんが私にソードスキルの光を纏わせた短剣を振り下ろそうとした時、目を瞑った。今の私は台座に縛り付けられていて、どう足掻いてもその凶刃から逃れることはできない。

 私は生きることを諦めていた。迫り来る死に抗おうとせず、ただ受け入れようとする。

 血のような光が空気を裂きながら近付いて来ていることが嫌でも感じられる。死神の鎌が私の命を刈り取るまで残り数秒もないだろう。

 そして、ポリゴン片が散る音が私の耳に届く。しかし、暗闇に閉ざされた視界でも見える命の残量が全く減少していなかった。

 一体何が起こっているのか理解できない。状況を確認するべく閉じていた瞼を恐る恐る上げた私は、眼前の光景に目を疑った。

 

 「……ググッ……ガァ!」

 

 「ソーヤさん!!」

 

 ソーヤさんは頭を押さえながら、苦悶の表情を浮かべていた。私は彼に駆け寄る。もう体は台座に縛り付けられてはいない。先程の音は彼が斬り裂いた縄がポリゴン片となって弾けたものだった。

 

 「しっかりしてください!ソーヤさん!!」

 

 「……ガガガ……グギッ……。」

 

 ソーヤさんの両目が私を捉える。しかしその瞳は揺れ動き、赤と黒の点滅を繰り返していた。それはまるで二つの人格が体の主導権を争っているようだった。

 そしてソーヤさんはよろめきながら立ち上がり、暗闇のフィールドを後にした。私は誰もいなくなった空間に取り残される。今までの喧騒が嘘のように、辺りは静まりかえっていた。

 私はソーヤさんを追うべきか迷っていた。狂ってしまった彼を助けに行きたいという思いが、今にも私を突き動かしそうになっている。だが、彼に対する恐怖がそれに待ったをかけていた。

 

 「きゅるるる!」

 

 檻から解放されたピナが前に降り立ち、私を見つめる。一年以上行動を共にした小さな相棒が何を言いたいのかは直ぐにわかった。

 相棒の真っ直ぐな目を真に受け、私は迷っている自分が馬鹿らしくなる。心の中で起こっていた感情のせめぎ合いは終わった。後は行動するのみだ。

 

 「ピナ……。うん、そうだよね。二度も助けてくれたソーヤさんを見捨てる訳にはいかない。それに……今度はちゃんとした形で伝えたい。だから私は、ソーヤさんを助ける!」

 

 「きゅるるる!!」

 

 そして私はピナと共に、ソーヤさんの捜索を開始した。彼を狂気から解き放ち、ちゃんとした形でこの恋心を伝える為に。

 幸いなことにフレンドリストからソーヤさんの名前が残っていたので、追跡機能を用いてただひたすらに彼を追い続けた。その時の私の頭の中は彼のことでいっぱいだった。

 あれからソーヤさんと行動を共にするようになってから、彼への恋心は日増しに膨れ上がっていた。彼に助けられながら上層に向かっていると、もっと一緒にいたいという気持ちが溢れて止まらない。それが今の私の動力源となっていた。

 それからはソーヤさんがいた場所に行っては探しを繰り返し……約一ヶ月が経った頃、私はやっと彼に追い付くことができた。

 一ヶ月ぶりに再会したソーヤさんは、あの時と全く変わらない深紅の両眼で私を捉えた。それが私に心臓を鷲掴みにされるような恐怖を呼び起こさせる。だが、それに屈してはいけない。あの時の私を繰り返してはいけないのだ。

 手に持った短剣をもう一度握り直し、ソーヤさんを見据える。眼前には狂気に囚われた恩人がいる。私は彼を助けるという決意を込め、ソードスキルの光を短剣に纏わせた。

 

 

 ◇◆◇

 

 「シリカ!?どうしてこんなところに!?」

 

 「それの説明は後でお願いします!今は手伝ってください!ソーヤさんを……助ける為に!!」

 

 少女は短剣に輝く光を纏わせて、少年に斬りかかる。少年もそれに対抗するように鈍い光を纏わせた短剣で迎え撃った。二つの光はぶつかり合い、つばぜり合いになる。少年と少女はお互いの顔がはっきり見える程に近づいた。

 少女の目が少年を正面に捉える。だが少年の目は少女ではなく、その奥に動けないでいる三人のプレイヤーを捉えていた。そして狂気に歪んだ笑みを深める。それはまるで弱った獲物から仕留めようとする、獰猛な獣のようだった。

 つばぜり合いを続けている少女の腹を蹴り飛ばし、少年は一瞬でその三人のプレイヤーの背後に移動する。その手には血濡れた剣が握られており、既に鈍い光を解放しようとしていた。

 彼らは少年が放つ殺気に当てられ、ガタガタと震えることしかできない。だがその間に闇に紛れていたキリトが割り込み、少年の凶刃を止める。

 

 「急いで離脱しろ!今のこいつ……ソーヤはさっきのラフコフの奴らよりもヤバい!!」

 

 「……あ、ああ!転移!」

 

 彼らはキリトに急かされるがままに転移結晶を取り出し、深夜のフィールドから離脱する。此処に残っているプレイヤーはキリトとアスナ、そして少年と少女だけだった。

 少年は獲物を逃した苛つきを含んだ目で残ったキリト達を睨む。その目からは、さらに膨れ上がった殺意が放たれていた。だが臆する者は誰もいない。皆それぞれの得物を構え、少年と対峙する。

 

 「ソーヤさん!目を覚ましてください!!」

 

 「……コロス。」

 

 少女の呼び掛けに少年は応じない。背後で円を描く武器の山から血が滴る細剣を取り出して、鈍い光を纏わせる。そして一瞬で数メートルの距離を詰め、少女の心臓にあたる部分に突き出した。

 少女はギリギリで反応し、とっさに構えた短剣の腹でそれを受ける。だがこの世界で必殺技とも言える一撃を何のリスク無しで受けきれる訳もなく、少女の短剣は容易く折れてしまった。

 丸腰になった獲物に獣は容赦しない。少年は細剣を捨て、空いていた手で背から片手剣を抜いて鈍い光をその剣に移す。少年の顔に一ヶ月前と同じ、狂気に歪んだ笑みが浮かんだ。死神が再び少女の命を刈ろうとその鎌を振るう。だがそれを許さない者がいた。

 

 「させるかぁぁぁ!!」

 

 「もう止めなさい!ソーヤ君!!」

 

 少年の死角からキリトとアスナが飛び出し、光を纏わせた剣を振るう。しかし少年はそれが見えていたかのように、両手槍に持ち替えて周囲を凪ぎ払った。彼らは咄嗟に防御したが、その威力を殺しきることはできずに吹き飛ばされる。

 邪魔者がいなくなった少年は少女に向き直り、包丁に酷似した短剣に光を纏わせる。少女の相棒がブレスを吐くが、少年はそれを鬱陶しそうに払うだけだった。

 そして短剣を少女に振り下ろそうとした時のことだった。少年の顔が狂気に歪んだ笑みから苦悶の表情に変わったのは。

 鈍く輝いていた光が霧散し、少年の手から離れた短剣が地に落ちる。両手で頭を押さえて、声にならない声をあげる。バランスを崩した少年は少女に倒れ込み、少女はそれを受け止めた。

 

 「……グギギ……ガァァァ!!」

 

 「ソーヤさん!」

 

 少女は少年を抱きしめた。少年は突然の行動に驚愕を隠せず、黒と赤に点滅する両眼を少女に向ける。少女は少年を強く抱き締め、優しく包み込むような声音で言葉を紡いだ。

 

 「ソーヤさん……私、気づいたんです。私はソーヤさんの優しいところだけじゃなくて……全部が好きだとわかったんです。ソーヤさんは私が支えます……辛いことがあっても、私が一緒に背負います。だから……だから……目を覚ましてください、ソーヤさん……。」

 

 「……ガガッ……ギッ……。」

 

 少年の背後にあった無数の武器が弾け、消滅する。それと同時に点滅していた両目は完全に黒に戻り、少年は気を失った。

 少年の体重を支えきれなかった少女は背中から倒れてしまう。だが、少年の頭を撫でる少女の顔は穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

 

 ◇◆◇

 

 「ん……此処は?」

 

 起き上がり、周囲を見渡す。すると一人の少女が目に入った。その少女は俺の視線に気づいたのか、こちらを振り向く。

 俺を視界に捉えた少女は、目尻に涙を溜めながら抱きついてきた。その時、俺は少女が誰なのか理解した。その少女の正体は、俺が獣を解き放つ前まで共に行動していたシリカだった。

 

 「ソーヤさん!!」

 

 「……シリカか。一体此処はどこd……グッ!」

 

 「ソーヤさん!?大丈夫ですか!?」

 

 獣だった時の俺の記憶が一気に流れ込んできた。その圧倒的な情報量に頭が悲鳴を上げる。人間に戻ったあの日と同じだが、もう一度体験するとは思ってはいなかった。

 

  「……大丈夫だ。此処がどこなのか、シリカがどうして此処にいるのか、全部理解した。まず始めに……シリカ、殺そうとしてすまなかった。そしてありがとう。俺を助けてくれて。」

 

 抱きしめられる力が大きくなる。そして頬に何かが伝う感触を感じた。それがシリカの涙だと理解するまでそれ程時間を要さなかった。

 やはり恐怖を感じていたのだろう。それでも彼女は俺を獣から解放しようと立ち向かい、見事俺を獣から解き放った。俺は抱きつくシリカに応えるように、両腕を回す。

 もう自分自身の行動に疑問を抱くことはない。先程のシリカの声が引き金となり、心の中にあった『何か』の正体を突き止めることができた。それは単純な二つのことだった。

 一つはシリカが嘘の仮面をつける前の俺と似ていたこと。彼女を見ていると昔の自分と重なり、放っておけなかった。

 そしてもう一つが、俺もまたシリカに恋をしていたことだ。俺が彼女のことを疑わず、容易に信用したのはこれが原因だった。好意を寄せる者を疑うことができない人間の心理は、少し考えればわかることだ。

 未だに嗚咽を漏らしているシリカの頭を撫でてあやしながら、俺はある決心をする。

 

 「……シリカ、大事な話がある。一旦、居住区に行かないか?」

 

 「……はい。」

 

 それから居住区へと向かい、近くの宿に入る。今回は二部屋空きがあったので別々に取ろうとした。だがシリカが俺と一緒にいたいと希望し、同じ部屋を取ることになった。

 

 「それでソーヤさん、大事な話って何ですか?」

 

 膝元で丸くなっているピナを撫でながら、シリカは窓際で夜空を見上げていた俺に声を掛けた。俺は夜空から彼女に視線を移す。純粋無垢な彼女の瞳が俺を捉えている。

 決心はしたが、心の何処かで迷っていた。何度も信用しては裏切られた過去が俺を躊躇わせる。しかしもう戻れない。そうなるように俺がした。俺は迷う自分を遠くに追いやり、鉛のように重く感じる口をゆっくりと開いた。

 

 「……シリカ、お前はこれからの話を聞いても俺を裏切らないでくれるか?」

 

 「何を言っているんですか。どんな話であっても、私は絶対にソーヤさんを裏切ったりしません。」

 

 「それを聞いて安心した。だから今からは……本当の俺の方で話させてもらうよ。」

 

 俺は嘘の仮面を外し、本当の俺を表に出した。シリカは一瞬驚いた顔をしたが、どこか安心したような顔に変わる。その反応が今までのクズ野郎どもと異なっていた為、安堵と不安が湧き出た。

 俺は俺の過去をシリカに話した。いじめられたことも、俺の心に巣食う獣のことも、そして包丁を振るったあの日のことも全て話した。

 シリカはただ黙って聞いていた。そして話し終わると眠っているピナを横において立ち上がり、俺を再び抱きしめた。

 

 「……ソーヤさんには大変な過去があったんですね。でも、もう一人で抱えなくてもいいですよ。私が一緒に背負ってあげます。ずっと……一緒に……。」

 

 「俺は……シリカを信用してもいいのか?殺しを躊躇わないようなバケモノの俺を……裏切らないのか?」

 

 「全く、ソーヤさんは心配性ですね。裏切る訳ないじゃないですか。どんな過去があっても、ソーヤさんは私の命の恩人であることに変わりありません。そんな恩人を裏切るなんてしたくありませんよ。」

 

 母親の言っていた人間が見つかった瞬間だった。一気に様々な感情が湧き出て、それが涙となって表れる。母親のように暖かいシリカの温もりに包まれながら、俺は涙を流し続けた。

 

 「……ありがとう、シリカ。落ち着いた。何か、情けないところを見せてしまったな。」

 

 「ふふ、それはおあいこです。それに、泣きたい時は思いっきり泣けばいいんですよ。その方が楽になりますから。あと、私からも一つお話があります。聞いてくれませんか?」

 

 顔を林檎のように赤く染めたシリカが俺を引き留める。一体どうしたのだろうかと思っていると、何かを言いたげな様子をしていることに気がついた。その様子はこれまで疑問を抱いていたよく分からない感情からきているように見えた。

 これまでなら正体を特定できなかった感情だが、今なら簡単にその感情が何なのかわかる。そして今からシリカが何をしようとしているかを理解した俺は首を縦に振った。

 シリカはしばらく言い淀んでいたが、やがて獣の俺と対峙した時と同じ決意に満ちた目で正面から見つめてその重い口を開く。

 

 「これは、ソーヤさんを助けたら言おうと思っていたんです。私は……ソーヤさんが好きです。優しいところも、強いところも、全部が好きです。そして、ソーヤさんの辛い過去も一緒に背負います。だから……私と付き合ってくれませんか?」

 

 「……シリカ、俺もお前が好きだ。シリカと出会えて、この世界に来て本当に良かったと思った。俺の過去を一緒に背負うと言ってくれて嬉しかった。だから……こんな俺で良いのなら、喜んで。」

 

 「それじゃあソーヤさん……あの……キスを……してほしい……です……。」

 

 「……わかった。それじゃあ、いくよ……。」

 

 俺はシリカの唇に自分のものを重ねる。月明かりが差し込んで、俺達を明るく照らした。

 それから数秒が経ち、長く感じたキスが終わる。唇を離した後、俺もシリカも顔が真っ赤になっていた。それが面白くて、二人で笑いあった。

 

 「ふぁぁぁ……何だか眠くなってきました。」

 

 「確かにもう真夜中だからな……。寝るか。」

 

 一つしかないベッドをシリカに使わせようと、椅子に腰掛けて目を閉じようとした。だが、彼女は俺の手を引っ張ってベッドに連れていく。何をするつもりなのだろうかと思考していると、気づいた頃には俺達は同じベッドに入っていた。

 シリカ曰く、怖くて一人では眠れないので一緒に寝てほしいとのこと。一瞬子どもかと思ったが、実際子どもだということに気づく。

 加えて、今シリカが感じている恐怖は言わずとも俺が原因になっているので、罪滅ぼしも兼ねて彼女の背中を優しく叩いてやる。するとものの数分で彼女は眠りの世界に誘われた。

 

 「母さん……俺、やっと母さんの言う人と出会えたよ。紹介できないのは残念だけど、上から見ててね。」

 

 俺の顔には笑顔が浮かんでいる。獣に喰われた時の狂ったものではなく、心からの笑顔だ。こんなに素直になれたのはいつぶりだろうか。

 そうして昔を思い返しているうちに睡魔が襲いかかり、耐えきれなくなった俺は意識を手放した。 



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第十二話 最前線

 今回はまた一つ、オリジナル武器が登場します。相変わらずの壊滅的なネーミングセンスです……。

 今回も武器名の由来を後書きに書いておきますので、興味がおありであれば見ていただけると幸いです。


◇◆◇

 

 「ピナ!バブルブレス!」

 

 ピナから吐き出された無数の虹色の泡が《リザードマンロード》というトカゲ人間の眼前で弾け、その曲刀に纏わせていた光が霧散する。

 

 「ソーヤさん!」

 

 「了解、任せとけ。」

 

 《スカービースト》を抜き、地を駆けながら光を纏わせる。そして最高速に達した瞬間にその細剣をトカゲ人間に突き出した。細剣の最上位剣技にあたる《フラッシング・ペネトレイター》。《スキルキャンセラー》の始動に適している為、習得してからは愛用するようになっている。

 その突きはトカゲ人間が持つ円形の盾に防がれるが、俺は勢いのままに宙返りをして背後に回る。そして太ももに装備している短剣《パストラスト》を握り、硬直を強制解除した。

 トカゲ人間は背後に移動した俺を斬りつけようとするが、もう遅い。俺は逆手に持ち替えた《スカービースト》をトカゲ人間の腹に突き刺した。動きが怯んだ隙をついて《パストラスト》に光を纏わせる。同時にシリカもソードスキルを立ち上げ、トカゲ人間を前後で挟む形となる。

 トカゲ人間が最後の抵抗とでも言うように曲刀を振るうが、俺のHPを僅かに減らすだけだった。その数秒後に心臓部と首筋に刃を突き立てられたトカゲ人間は一瞬でその体をポリゴン片に変える。  

 俺はこれまで拒絶し続けていた短剣を扱うようになっていた。短剣を見るとあの日に結び付くことに変わりはない。だが、思い出したくないという拒絶が沸かなくなったのだ。むしろあの行動は正しかったとさえ思ってしまう。

 シリカに助けられて人間に戻りはしたが、獣に喰われる前の俺に戻ったという訳ではない。今の俺も、他人の命はそこら辺にあるモノと同じように感じ、他人が死んだところでどうでもいいと考えている。まるで人間の皮を被った怪物のようだ。

 

 「ソーヤさん?黙り込んでどうしたんですか?」

 

 「いや、少し考え事をね。全く、俺の悪い癖だよ。それじゃあ行こうか。シリカ、ピナ。」

 

 「はい!最前線の迷宮区ですけど、頑張っていきましょう!」

 

 「きゅるるる!」

 

 シリカと付き合うようになってから、俺達は再びパーティーを組んで攻略を進めていた。そして今日は彼女のレベル上げも完了したので、現在の最前線にあたる第七十四層の迷宮区に初めて潜っている。

 因みにシリカのレベルは俺と同じぐらいにまで上げている。間違いなく彼女はこの世界で二番目にレベルが高いプレイヤーだろう。やりすぎかと思ったが、それに越したことはない。

 難なくモンスターを連携で屠り、戦利品を分配しながら迷宮区を探索する。時刻を確認し、一旦休憩しようと安全エリアに指定されている広い部屋に入って腰を下ろした。

 シリカがストレージからバスケットを実体化させ、中からサンドイッチを一つ俺に手渡す。彼女は料理スキルを取っており、その料理は絶品だ。俺はこの世界では料理ができないので、彼女に任せっきりになってしまっている。

 俺はサンドイッチにかぶりつこうとして、それをシリカに返した。腰を上げて片手剣《ロンリライアー》に手を掛ける。

 

 「ソーヤさん?」

 

 「……向こうから二人来る。それもかなりの速度で一直線に。サンドイッチは少し待ってて。後で必ず食べるから。」

 

 俺は必要以上に他人とは関わらない。それは攻略組であろうと変わらない。これまでも何度か関わろうとした人間に刃を向けたことがある。シリカを信用するようにはなったが、分け隔てなく誰でも信用するようにはなっていない。

 部屋に二つの人影が飛び込み、壁際に並んでずるずるとへたれ込んだ。その姿を確認した俺は《ロンリライアー》に掛けていた手を離した。

 

 「……何をしているんだ、キリトにアスナ。」

 

 「こ……これはあのだな……。」

 

 「あはは……。」

 

 二つの人影の正体はキリトとアスナだった。彼らのことは信頼してはいるものの、未だに嘘の仮面を外せないでいる。やはり心の何処かで疑ってしまっているのだろう、彼らが裏切ってしまうのではないかと。

 俺自身、疑り深いにも程があると思うが、もう直そうとしても直すことはできないところまで来ている。もしかすると、俺はシリカ以外に本当の俺を見せることはできないのかもしれない。

 それから話を聞いたところ、彼らはたまたま見つけたボス部屋を覗き、その姿に驚いて此処まで全速力で逃げてきたらしい。

 その時のことを思い出したのだろう、アスナが愉快な笑い声を上げる。キリトは憮然とした表情を浮かべていたが。

 そして時計を見て目を丸くしたアスナが昼御飯にしようと提案したので、俺はシリカの下に戻ってサンドイッチを貰う。彼らは彼女が此処にいることに驚愕したが、俺が共に行動していることを説明すると納得した表情を浮かべた。

 昼御飯を終え、攻略の続きをしようと立ち上がる。だが再び気配を感じ、警戒体制を取った。部屋の入り口に目を向けると、がちゃがちゃと鎧を鳴らしながら六人の男達が入ってくる様子が見えた。その中のリーダーらしき見覚えのある野武士ズラの男は、キリトの存在に気づくと笑顔を浮かべながら近寄っていく。

 

 「おお、キリト!久しぶりだな!」

 

 「死んでなかったのか、クライン。」

 

 その名前を聞いた俺はその男のことを思い出した。この世界に来たばかりの頃、キリトと共に戦い方を教えた男のことだ。

 クラインはキリトと仲良さげに話している。その様子から多少は信用できるかもしれないと判断し、警戒を解く。

 

 「けっ、相変わらず愛想がねぇな。今日は珍しく、お前には連れが多い……な……。」

 

 クラインが俺を見て硬直する。キリトが眼前で手を振るも、反応がない。しかし次の瞬間、俺の前まで移動したかと思えば、いつかの彼のように両肩を掴んで揺すった。

 

 「お前、もしかしなくてもソーヤか!?一体今の今まで何をやってたんだ!?全く音沙汰が無くて心配したんだぞ!!」

 

 「オエッ……。視界が揺れて気持ち悪いからとりあえず離せ……。吐きそうだ……。」

 

 俺は口を押さえてその場にうずくまった。その背中をシリカが優しくさすってくれる。ピナは怒ったのか、独断でクラインの顔面にブレスを直撃させた。いくらなんでも過激すぎではないかと思ったのは内緒だ。

 ピナのブレスで減少したクラインのHPが回復したことを確認し、キリトが彼のことを知らない様子のアスナとシリカに向かって口を開く。

 

 「こいつはギルド《風林火山》のクライン。顔はともかく、悪い奴じゃないから大丈夫だ。」

 

 「ご存知かもしれませんが、ギルド《血盟騎士団》の副団長のアスナです。」

 

 「えっと……はじめまして!ビーストテイマーのシリカです!」

 

 アスナとシリカがクラインに挨拶をしたのだが、彼は俺を見た時と同じように再び硬直した。目と口をまん丸に開き、まるでオブジェクトかと思ってしまう程に完全停止している。

 何があったのだろうかと思っていると、クラインはいきなり恐ろしい勢いでアスナとシリカに最敬礼のお手本とも言えるようなお辞儀をした。彼のその突然な行動に彼女らは驚愕の表情を浮かべる。

 

 「こ、こんにちは!くくくクラインととも申します!二十四歳のの独s……グハッ!」

 

 妙なことを口走ったことに加え、その行動からあまりよろしくない感情を感じ取った俺はクラインの腹にカーソルがオレンジにならないギリギリの威力で拳を叩き込む。それをモロに食らった彼は白目を剥いて、力なくその場に倒れた。

 やはり力の加減があまりできなくなっているなと自分の拳を見ていると、また新たな気配を感じた。思考を切り替え、警戒した目を入り口に向ける。

 現れたのは規則正しく足音を立てる軍隊のような集団だった。だがよく見れば、僅かに見える顔には疲労の色が滲み出ている。相当疲れているのだろう。その証拠に先頭の男が休息の命令を出した瞬間、倒れるように座り込んだ。

 先頭の男は俺達を視界に捉えると、仲間のことなど気にしない様子でこちらに近づいてきた。その様子からは絶対的な自信が放たれている。まるで、自分の成すことが正しいとでも考える自己中心的な歪んだクズ野郎と同じような自信が。

 男は俺達の前に到着するとヘルメットを外し、じろりと睨んできた。その目に恐怖を感じたのか、シリカが俺の後ろに隠れる。

 

 「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ。」

 

 「ソーヤだ。何か用か?もし無いのならさっさと消えろ。」

 

 コーバッツと名乗った男はやや喧嘩腰に返した俺を睨む。それに対抗して俺も睨み返す。これでこの男の意識は俺に向けられた。後はその歪んだ自信の源を露にさせて砕くだけだ。

 

 「君らはもうこの先まで攻略しているのか?」

 

 「先に行った奴らからマップデータは貰っている。」

 

 「うむ。ではそれを提供して貰いたい。」

 

 その一言に抗議の声を上げようとしたアスナと気絶から復活したクラインを手で制す。昔から様々な理由でいじめられてきたせいで、クズ野郎どもの扱いには慣れてしまった。

 

 「何故だ?俺がお前らにマップデータを渡さなければいけない理由があるのか?」

 

 こういう質問をすれば、歪んだ自信を持ったクズ野郎は自身の行動の正当性を証明しようとする。その証明材料こそが、歪んだ自信を造り出している源なのだ。

 だがそのほとんどは矛盾があったり、支離滅裂なものが多い。そこを突いてやれば、そんなものは一瞬で砕け散る。

 それで自身の歪んだ自信に気づいて終わればいいのだが……醜く足掻く者もたまにいる。もし眼前に立つクズ野郎がそうならば、獣の凶刃が牙を剥くだろう。もう獣は解き放たれ、今の俺は半人半獣と言っても過言ではないのだから。

 俺の発言を聞いたクズ野郎は眉をぴくりと動かし、ぐいと顎を突き出して大声を張り上げた。

 

 「我々は君ら一般プレイヤーの解放の為に戦っている!それに諸君が協力するのは当然の義務である!」

 

 ……とんだ思い上がりだ。完全に俺達を見下したような態度をしている。それに加えて、矛盾にまみれた主張をしてきた。一体どんな思考をすればそんな考えが生まれるのか甚だ疑問だ。思わずため息が漏れた。

 俺の態度が癪に触ったのか、クズ野郎は顔を赤くして怒りを露にする。そしてクズ野郎が再び口を開く前に、俺は穴だらけの主張に攻撃を開始した。

 

 「傲り昂るのも大概にしろ。解放の為に戦っていると言ったが、お前はそんな事を言える立場か?俺の知る限りだと、アインクラッド解放軍とやらは下層で治安維持をしているだけだろうが。加えて義務だと?攻略すら他人頼りなのに、他人を見下すような態度をするクズ野郎に強制される理由なんてある訳無いだろう。わかったらさっさと消えろ。これ以上醜い様を見せるならば……コロスゾ?」

 

 「貴様!言わせておk……!!」

 

 俺は一瞬で《ロンリライアー》を抜き、喉元に突きつける。殺意が芽生え、それを餌として喰らった獣が俺の中で大きくなっていく。肥大化していく殺意が漏れ出す。右目がだんだん熱を帯びているのを感じる。今俺の右目は赤が黒と白を塗り潰しているのだろう。

 

 「最後ノ警告ダ……サッサト消エロ。次ソノ醜イ様ヲ見セテミロ……コロスゾ?」

 

 「……くっ。」

 

 俺の殺意を真っ向から受けたクズ野郎は俺達から離れて、休息していた仲間を無理矢理立ち上がらせてこの部屋を去った。その時、奴の額に冷や汗が流れていたことを見逃しはしない。

 クズ野郎が率いるアインクラッド解放軍とやらが見えなくなるまで遠くに行ったことを確認し,《ロンリライアー》を鞘に戻す。そして先程から物音一つ立てないシリカ達が気になったので後ろを振り向く。そこにはなかなか凄惨な光景が広がっていた。

 身を寄せあって震える《風林火山》のメンバーに、泡を吹いて倒れているクライン、それを介抱するシリカ達三人。この目も当てられない状況をもたらした原因は恐らく漏れ出した俺の殺意だろう。そうでなければ、シリカ達三人だけが無事な事に関しての証明ができない。

 それにしても、クラインは何故泡を吹いているのだろうか。人間が泡を吹くのは苦しんだり悔しがったりするときのはずだ。もしかすると彼は少し人間の構造が異なっているのかもしれない。

 

 「ソーヤさん、あの人達……大丈夫でしょうか?」

 

 「……優しいな、シリカは。俺にはもうそんな感情なんて残っていないよ。」

 

 シリカが俺の近くに戻ってきて、クズ野郎の心配をする。それを聞いた俺は、自分が獣になってしまっていることを実感した。人間ならば誰しもが大小問わず持っている感情を失ってしまっているのだから。

 

 「もしボス部屋を見つけてもいきなり挑んだりはしないだろうけど……。」

 

 「一応、様子だけでも見に行くか?ボス部屋は此処から真っ直ぐ行ったところにあったし、もし此処で見捨てて、あいつらが帰って来ないとなれば寝覚めが悪すぎるしな。」

 

 キリトの発言にアスナとシリカが首肯する。唯一反応をしなかった俺に視線が集中した。俺はため息を一つついてから、首を縦に振って賛成の意を示した。

 正直、あのクズ野郎がボス部屋を前にして引き返すとは思えない。だがもしボス部屋に入っていたのなら……醜く足掻く野郎の方であることは確実だ。自信の源を潰されもなお、その態度を改めない野郎は……俺ガコロシテヤル。

 俺達は手早く装備などを確認して、歩きだそうとした。だが、背後から聞こえた声がその歩みを止める。

 

 「それなら俺達《風林火山》も一緒に行くぜ!お前ら四人だけじゃ、死んじまうかもしれないからな!」

 

 背後には再び復活したクラインと《風林火山》のメンバーがいた。もうメンバーに身を寄せあって震えていた様子は見る影もない。しかし、本当にクラインは人間なのだろうか。気絶の時といい、復活が早すぎる。

 そんなどうでもいい事を考えながら、俺達はボス部屋に繋がる通路に足を向けた。

 

 

 ◇◆◇

 

 少年達は迷宮区を進んでいく。途中で《軍》のパーティーに追いつくことはなく、既に約三十分の時間が経過していた。そしてボス部屋までの距離もあと数百メートルとなっている。

 誰かがもう転移してしまったのではないかと口を開こうとした瞬間、それを否定するように人間の叫び声が響いた。モンスターの叫び声とは違う、恐怖に囚われた人間が上げる悲鳴だ。

 意外にもそれにいち早く反応したのは少年だった。ステータスに物を言わせて風のように駆け出す。その後ろにぴったりと随伴しているのは少女。アインクラッドで頭一つ分抜けているレベルの二人が他の者を置き去りにしてボス部屋へと直行する。

 少年と少女が辿り着いたボス部屋の向こうはただの地獄絵図だった。《ザ・グリームアイズ》と名の付いた巨大な悪魔が片手で大剣を振るい、逃げ惑う人間を薙ぎ払っている。中にはHPが赤く染まっている者もいて、統制も何もあったものではない。

 

 「危険です!急いで転移アイテムで離脱してください!」

 

 少女の大声に気づいた一人のプレイヤーが振り向くが、その顔は絶望の色に塗り潰されていた。

 

 「無理だ……転移結晶が使えない!!」

 

 「嘘……。」

 

 少女が息を呑む隣で、少年は何も言わずただある男を見ていた。その男は剣を掲げ、怒号に近い声で命令を出す。

 

 「逃げるな!我らに撤退なんぞ許されない!立て!そして戦え!戦うんだ!!」

 

 「……シリカ、少しだけあの悪魔を頼んでもいい?」

 

 「わかりました……。でも、できるだけ早く助けに来てくださいね?」

 

 「大丈夫だよ……シリカもピナも、絶対死なせない。それに、ホンノ数秒デ十分ダカラ。」

 

 少年は少女の頭を優しく撫でる。だがその両眼は赤く染め上がっており、少年が狂気に囚われていた頃を連想させた。

 そして少年と少女はボス部屋に突入する。少女は短剣に光を纏わせ、巨大な背中を向けている悪魔にそれを解き放つ。

 突然の不意打ちに怒りを覚えた悪魔は叫び声を上げながら少女に向き直り、恐ろしい速度で大剣を振り下ろそうとした。だが少女には頼れる相棒がいる。

 

 「ピナ!バブルブレス!」

 

 「きゅる!」

 

 少女の側を飛んでいた青色の小さな竜から虹色の泡が吐き出され、振り返った悪魔の眼前で弾ける。悪魔の動きが一瞬だけ怯んだ。

 その隙に少年は悪魔の横を通りすぎ、今にも突撃命令を出そうとしていた男の前まで駆ける。そのまま腰から抜いていた細剣を構えると……その男に光を纏わせた一撃を食らわせた。その瞬間に、少年のカーソルがオレンジ色に変わる。

 

 「ガハッ……何をする!貴様!!」

 

 「……言ッタヨナ?次ニソノ醜イ様ヲ見セタラ、コロスッテ。」

 

 少年はその光を新たに握った片手剣に移した。そして未だに驚愕で動けない男に高速五連突きを見舞い、斬り下ろしてから即座に斬り上げる。此処まできて男は少年が自分を殺そうとしていることを理解した。だが今さら何をしようとも、男の死は確定していた。

 少年は最後に最上段に構えた剣を躊躇なく振り下ろす。それは男のHPを完全に奪い去り、男はその体をポリゴン片に変えた。

 少年の赤い瞳が残ったプレイヤー達を捉える。彼らは次は自分かと恐怖し、身を震わせた。しかし少年はあの夜のように無差別に襲い掛かることはなかった。それは少年が狂気に囚われていないことを示しながらも、自分の意思で男を殺していたことも証明していた。

 

 「……お前らの指揮官は死んだ。死にたくなければもうボスに関わるな。」

 

 少年はそれだけ告げると、少女の下へと向かう。そして振り下ろされようとしている大剣と少女の間に割り込むと……その大剣を素手で受け止めた。少年のHPは一ドットも減らずに、大剣は勢いを完全に失った。

 少年はボス部屋の入り口にちらりと目を向ける。そこにはやっと追いついたキリト達がいた。

 

 「キリト達も来たことだし……始メルカ。」

 

 そう呟いた少年の背後には無数の武器が浮かび、一つの円を描くように回転していた。 




 オリジナル武器名の由来

 《パストラスト》
 《past》と《trust》を足して割ったもの。(過去)と(信頼)


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第十三話 欠陥だらけのスキル

 UA3000突破ありがとうございます!正直、こんな多くの読者様に読んでいただけるとは思っても見なかったので、本当に感謝の気持ちでいっぱいです!

 これからもこの作品をご愛読していただけると幸いです!

 今回、いつも以上に駄文かと思われます。良ければアドバイスなどして頂けると嬉しいです。


◇◆◇

 

 先行したソーヤとシリカを追ってボス部屋に到着した俺達は目にした光景に言葉を失った。目を擦って何度も確認するが、それが変わることはない。

 攻略組として日々未知と触れ、並大抵のことでは驚かない俺達が言葉を失う程に驚愕した光景。それは……あの悪魔が右手に持つ斬馬刀とでもいうべき巨剣をソーヤが片手で受け止めていたというものだ。しかも、彼のHPは全く減っていない。

 悪魔は怒りの叫びを上げながら斬馬刀に力を加えるが、それは座標が決められているかのように微動だにしない。そしてソーヤは気配を感じたのか、入り口にいる俺達に目を向けた。その目はあの時と同じく赤に染まっていて、思わず身震いをしてしまう。

 

 「キリト達も来たことだし……始メルカ。」

 

 ソーヤがそう呟くと、彼が装備していた武器全てが突如消え去った。だがその背後から様々な剣や槍などが何処からか現れ、円を描くように回転し始める。その中から刃にびっしりと逆棘が生えている短剣を手に取って逆手に持つ。

 それを斬馬刀を握る悪魔の右手に突き立て、一瞬で引き抜いた。無数の逆棘によって悪魔の右手は抉れ、痛々しいダメージエフェクトが飛び散る。ソーヤは斬馬刀を握っていた手を離し、距離を取る。両者の殺意がこもった視線が交錯した。

 それを見た俺は、ソーヤがボスであるあの悪魔を討伐しようとしていることを嫌でも理解した。今にも斬り掛かりそうな彼を止めようとボス部屋に足を踏み入れようとするが、視界の端に複数の人影が写った。

 《軍》の連中だ。全員が腰を抜かしており、ただ震えるだけの人形と化してしまっている。はっきり言って壊滅状態だった。

 しかし隊を立て直さねばらならい筈のコーバッツの姿が見当たらない。もしかすると、仲間を置き去りにして一人で離脱したのだろうか。横を見るとアスナも同じ考えに至ったらしく、目に怒りの炎を宿している。

 するとその考えを見抜いたかのように、入り口にまで戻ってきたシリカが驚愕の事実を突きつけた。

 

 「キリトさん……コーバッツさんはソーヤさんの手によって殺されました。多分ですが、これ以上の無駄な犠牲者を出すことを防ぐ為だと思います……。コーバッツさんは、瀕死の仲間達を無理矢理戦わせようとしてましたから……。」

 

 その言葉に俺達は息を呑んだ。この時になって俺はソーヤのカーソルがオレンジ色になっていることに気づく。そのことが二年前、あの名もない森でコペルを躊躇なく殺した時の彼と重なった。

 

 「……なぁ、シリカ。どうしてソーヤが殺す必要があったんだ?無理矢理にでも、転移結晶を使って飛ばせばいいと思うんだが。」

 

 「本当はそれが良かったんですけど……此処は結晶が使えないみたいなんです!」

 

 「な……。」

 

 思わず絶句する。今までにも結晶が使えないような空間はあった。だがそれは迷宮区に稀にあるトラップぐらいなもので、ボス部屋にあるなんてことは聞いたことがなかった。

 それは俺から一つの選択肢を奪い去る。あの悪魔から尻尾を巻いて逃げるという選択肢を。いくらソーヤが強かろうと、逃げることも動くこともできないプレイヤーを完璧に守りきるなんてことは不可能に近い。今此処で倒さなければ、また人が死ぬ。しかしどうやって?どうすれば、この少人数であの悪魔を倒せるんだ?

 思考を遮るように甲高い音が響く。その音がした方に目を向けると、ソーヤの両手剣と悪魔の斬馬刀が弾き合いを起こしてお互いに仰け反っていた。そして悪魔は笑みを浮かべ、そのまま背後にいた《軍》のプレイヤー達に斬馬刀を横薙ぎに振るおうとする。

 

 「だめ……だめよ……もう……。」

 

 アスナから絞り出すような声がした。細剣に手を掛け、前傾姿勢になり始めている。彼女を止めようと咄嗟に手を伸ばしたが、遅かった。

 

 「だめぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 絶叫を上げながらアスナは細剣を抜き放ち、駆け出した。彼女は二つ名の《閃光》のように一筋の光となって悪魔に突っ込む。

 

 「アスナ!」

 

 もう策を講じている時間は無い。俺もやむを得ず剣を抜き、アスナを追った。その後ろをシリカとクライン率いる《風林火山》のメンバーが追随する。

 アスナの光を纏った一撃が悪魔の背に直撃する。だが大したダメージは与えられていない。

 邪魔をされた悪魔は怒りの雄叫びを上げながら後ろに振り返り、斬馬刀を振るう。それを辛うじて回避したアスナだが、攻撃の余波を受けて地面に倒れ込んでしまった。そこに容赦なく連撃の次弾が襲い掛かる。

 

 「アスナァァァ!!」

 

 「アスナさん!!」

 

 俺とシリカは必死にアスナと斬馬刀の間に割り込み、その刃を受ける。だが、途方もない衝撃に二人がかりでも耐えることはできずに三人纏めて吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 更なる追撃を想定して直ぐ様立ち上がろうとしたが、体は言うことを聞かなかった。左上に見えるHPバーに目をやると、スタン状態を意味するアイコンが点滅している。それが俺が自由を奪っていた。

 シリカもアスナも同じくスタン状態になっており、悪魔の前で無防備な姿を晒している。それを見た悪魔は斬馬刀を構え、目にも見えない速度で俺達に向かって振り下ろした。その瞬間、小さな小さな影が俺達を庇うように立ち塞がる。

 

 「ピナ!?どうして!?」

 

 その影の正体はピナだった。数ヶ月前に相棒を失った時のことを思い出したのだろう、彼女の目からは大粒の涙が流れ出ている。

 斬馬刀がピナに迫る。その間は数メートル程しか残っていない。

 

 「ピナァァァ!!」

 

 シリカの叫びが響く。しかしピナに斬馬刀が届く直前に新たな影が現れた。ソーヤだ。彼は再び斬馬刀を素手で受け止める。しかし彼は片手で頭を押さえ、苦痛を堪える表情を浮かべていた。

 

 

 ◇◆◇

 

 頭が割れるように痛い。やはりこのスキルを正気を保った状態で扱うのは無理があるようだ。悲鳴を上げる頭を押さえながら、悪魔が振り下ろした斬馬刀を受け止める。今この時もそのスキルを使い続けていることによって脳に更なる負担が掛かり、痛みが増していく。

 ちらりと周囲に目を配る。後ろには俺を心配そうな眼差しで見るキリトとアスナ、そしてシリカとピナがいた。ざっと見る限りだが、スタンはあと数十秒で解除されそうだ。

 少し遠い場所ではクラインと《風林火山》のメンバーが、動けない《軍》のメンバーを担いで部屋の出口まで運んでいる。だがそのペースは非常に遅く、いつ狙われてもおかしくない。

 一通り状況を確認した俺はキリトに向かって口を開いた。

 

 「……キリト、隠しているモノを出せ。お前が何かを隠しているのはわかっているぞ。」

 

 「え?だけど……それはその……。」

 

 「だけどもクソも無い!このままだとキリト自身も、アスナも皆死ぬよ!それでも良いの!?出し惜しみして皆を巻き添えにして死んでも良いの!?」

 

 キリトにこうして怒りを露にしたのは、その時彼が抱えていた自己嫌悪の原因を聞き出した時以来だろうか。今回も、嘘の仮面を突き破って本当の俺が表に出てきてしまった。

 一瞬俺の剣幕に押されたキリトだが覚悟を決めたようで、強い眼差しを返してきた。スタンが切れて動くようになった体を立ち上がらせ、俺の隣に並んだ。

 

 「アスナ!ソーヤ!シリカ!十秒で良いから持ちこたえてくれ!!」

 

 そう叫んだキリトは俺が掴んでいた斬馬刀を弾き飛ばし、その隙にアスナとシリカと入れ替わる。そしてウィンドウを開いて操作を始めた。

 それを視界の端で見た俺は、悪魔を睨んでいるアスナとシリカの肩に手を置いて下がらせる。疑問の声を上げた二人に大丈夫だと言って半ば無理矢理に納得させ、俺は単独で悪魔と対峙する。

 キリトが隠していたことを明らかにするのならば、俺もそうせねばなるまい。俺もまた、彼と同じように隠していたことがあるのだから。

 眼前に立つ悪魔に殺意を芽生えさせて加速させ、獣に餌を与える。獣は絶えることの無い餌を延々と喰らい続け、俺の中で大きくなっていく。

 両眼に熱湯のような熱さを感じ始める。そろそろ良い頃だろう。俺は肥大化した殺意を獣と共に……解き放った。

 

 

 ◇◆◇

 

 「いいぞ!」

 

 キリトの声に背を向けながら頷いた少年は、光を纏わせた片手剣を斬馬刀目掛けて振るう。その一撃は火花を撒き散らしながら轟音を響かせ、少年と悪魔の間に隙間が生まれた。

 

 「スイッチ!!」

 

 その一瞬を見逃さずにキリトは生まれた隙間に身を踊らせて、悪魔の正面に飛び込む。彼の両手には、二振りの片手剣が握られていた。悪魔は攻撃の対象を少年から彼に切り替え、咆哮を上げながら大きく斬馬刀を振りかぶる。

 左上からの斬り下ろしを左手に持った新たな剣で弾き返そうとしたキリトだったが、その刃は突如ワープしたように現れた少年によって防がれる。

 驚愕の色を浮かべるキリトに少年は向き直った。赤く染まった少年の目が彼を捉える。しかし、少年の瞳からはもう狂気は放たれていなかった。

 

 「……斬馬刀ハ、俺ガ防グ。キリトハ、攻撃ダケニ専念シロ。俺達デ、アレヲ……コロスゾ。」

 

 「ああ、頼りにしてるぜ!ソーヤ!!」

 

 怒りがこもった叫びを上げながら、悪魔は再度上段からの斬り下ろしをキリトに向かって放つ。だがそれはまたしても瞬間移動で斬馬刀の前に現れた少年によって弾かれた。発生した強烈な衝撃に悪魔の体勢が崩れる。

 その隙を見逃すような少年達ではない。キリトは両手に持つ二振りの片手剣に光を纏わせ、少年は背後に円を描くように回転する武器から細剣を取り出して地を駆けながら光を宿す。

 

 「スターバースト……ストリーム……!!」

 

 「コロス……コロシテヤル……!!」

 

 キリトの二振りの剣が恐ろしい速度で振るわれる。右の剣で斬りつけ、直ぐ様左の剣を突き刺す。甲高い効果音が立て続けに唸り、残像を残す光が悪魔を斬り裂き続ける。

 少年の様々な武器があらゆる角度から牙を剥く。横薙ぎに振るわれた斬馬刀を細剣と衝突させたかと思えば、一瞬で背後に移動し、片手剣を振るう。少年が武器を持ち帰る度に、ギィンと特徴的な音が鳴る。

 二つの絶えない光の斬劇が悪魔の命を削り続ける。悪魔は怒りの咆哮を上げて斬馬刀を振るった。だが少年に全て阻まれ、その隙をついたキリトの斬劇と少年の追撃が更に悪魔の命を削る。それが何度も繰り返され……悪魔の命はあと僅かになった。

 

 「「……ぁぁぁぁぁぁああああああ!!」」

 

 二人の雄叫びと共に、最後の一撃が放たれる。キリトの右の剣は正面から悪魔の胸の中央を貫き、少年の両手剣は背後から同様の部分を貫いた。悪魔の命は刈り取られ、横に見えていた棒のようなものが黒く染まって消える。

 

 「グオォォォォォォ!!」

 

 悪魔は全身の穴という穴から噴気を洩らして絶叫し、こちらも最後の一撃だとばかりに斬馬刀を持ち上げて振るおうとした。だがシステムの命令には逆らえずに、全身をポリゴン片へと変える。

 そして光の粒の雨を受けながら、少年とキリトは糸が切れた人形のようにその場に倒れた。

 

 

 ◇◆◇

 

 未だに熱が残る両眼に何か冷たい液体が落ちてきた。それはポトリ、ポトリと一定の間隔で落ちてくる。それは曖昧になっている俺の意識を呼び覚ました。閉じていた瞼を開くと、視界いっぱいに涙を流しているシリカの顔が写った。

 鉛だと勘違いしてしまいそうな程に重い右手をよろよろと持ち上げ、シリカの頬を流れる涙を拭ってやる。すると彼女は更に涙を流し、その表情を隠すように俺の胸に顔を埋める。横を見れば、キリトもアスナに同じようなことをされていた。 

 シリカの肩から飛び上がったピナが俺の頭の上に降り立って、これ見よがしにため息をつく。まるで何をやっているんだと言われているようだった。

 肩を震わせるシリカを落ち着かせるように優しく撫でていると、気配が一つ近づく。目を向けた先にはクラインがいた。

 

 「生き残った《軍》の連中は回復できたが、死んだ奴がコーバッツを除いて二人いた……。」

 

 「……そうか。あのクズ野郎の他にも、二人死んでいたか……。」

 

 遠慮がちに掛けられたクラインの言葉に、俺は淡々とした口調で返した。重苦しい雰囲気が場を支配する。彼の言葉で俺がクズ野郎を殺したことを思い出したが、特に後悔のような感情は感じなかった。俺にはもうシリカ達のような人間の感情は残っていない。命をただのモノと捉え、それを壊すことを厭わない怪物だ。

 クラインは吐き出すように何か言った後、重い気分を切り替えるように訊いてきた。

 

 「それはそうと……ソーヤにキリトよぉ、さっきのは何なんだ!?」

 

 「言わなきゃダメか?」

 

 「当たりめぇだキリト!見たことねぇぞあんなの!」

 

 キリトとクラインのやり取りを耳にしながら周囲に目を配ると、皆の視線が俺とキリトに集中していた。全員が沈黙して俺達が口を開くのを待っている。

 その視線をキリトも感じたのか、観念したようにため息をついた。

 

 「……はぁ。エクストラスキルの《二刀流》だよ。いつの間にかスキルリストに出現していたんだ。」

 

 「……同じくエクストラスキル《創造》。時期的にはシリカと出会う少し前、つまり約半年前になる。出現条件は不明だ。」

 

 どよめきが《軍》の連中と《風林火山》のメンバーから流れる。だが何処かに疑問を感じたのか、クラインが首を傾げた。

 

 「ソーヤ……おめぇの《創造》だっけか?そのスキルって一体どういうことだ?」

 

 「……一言で言えば、ただ武器を創ることができるだけだ。それも一回攻撃すれば折れてしまうもの限定。それなのに、大きさなどを具体的に決めなければ形にならない。だから脳への負担が大きく、正気だと少しだけしか使えない。……こんな感じに、キリトの《二刀流》とは違って欠陥だらけのスキルだ。これでいいか?」

 

 「え……それじゃ、さっきのワープしながらソードスキルを連発していたのは……?」

 

 「……それは《スキルキャンセラー》と《ゼロモーションシフト》だ。と言っても、俺が勝手に呼んでいるだけだが。」

 

 《ゼロモーションシフト》。俺が獣に喰われてから使えるようになった行動のことだ。何の行動も無しに任意の場所に瞬間移動できるというものだが、脳の負担が大きすぎてこれも正気では使えない。先程の俺の動きをするには、獣に身を委ねねばならないのだ。

 

 「ソーヤ……お前は相変わらず規格外だ。流石、存在すら不明のプレイヤー《鬼神》様だな。」

 

 キリトの声に俺を除く全員が首を縦に振った。しかしクズババアの時に知ったことなのだが、俺は存在不明のプレイヤーらしい。確かに誰かと深く関わることはないことに加え、シリカと出会うまで基本一人で行動していたからそうなるのも仕方ないのかもしれない。

 

 「……まぁとにかく、そんなすんげぇスキルがバレちまったんだ。これから大変だろうが頑張りたまえ、ソーヤ君にキリト君。」

 

 「他人事だと思って……!」

 

 俺達の肩をポンと叩いたクラインは、キリトのぼやき声を華麗に無視して《軍》の生き残った連中の方へと歩いていく。そこで多少の会話をした後、《軍》の連中は次々と俺達に深々とお辞儀をして皆この部屋から出ていった。

 転移の光を見送り終えたクラインがさて、というような感じで腰を下ろした。そして彼の目は俺をしっかりと捉えている。更に彼の雰囲気がだんだんと変わっていき、気づいた頃には張り詰めた空気が静寂に変わってこの場を支配していた。

 クラインの目からは心配に怒り、その他諸々の感情が入り交じっていることがわかる。その目には見覚えがあった。俺が包丁を片手に持って帰って来た日の夜、今はもう会えない両親が何があったのかを俺に聞いた時の目と同じなのだ。

 そしてクラインが今までにない程に真剣な眼差しを俺に向けたまま、口を開いた。

 

 「ソーヤ、おめぇは過去に何があった?どうして人を躊躇なく殺してしまうようになっちまったんだ?話すのは辛いかもしれねぇけどよ、俺達に話してくれねぇか。」



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第十四話 獣が生まれた日

 今回はおそらくですが、今までで一番残酷な描写が多いかと思われます。


◇◆◇

 

 「…………。」

 

 静寂が支配するボス部屋の床に腰を下ろし、子を見る親のような目をして俺と向かい合っているクラインを無言で睨む。シリカを撫でていた手を動かし、背負い直した両手槍の《デスクロス》に触れる。

 シリカ以外の人間と関わる際には、必ず疑心が付きまとう。信じても良いのかと疑いを抱いてしまう。今だってそうだ。端から見ればクラインは俺のことを心配していると思うだろうが、本当に彼は心配をしているのだろうかと疑ってしまう。

 加えて、俺は自分の過去などを聞き出そうとするような台詞には敏感だ。今まで受けた裏切りの中で一番多かったパターンは俺の過去を聞き出し、同情したかのように見せかけるものだった。

 故に、今まさに俺の過去を聞き出そうとしているクラインには疑いが深くなって警戒心が増す。言葉巧みに俺の過去を聞き出し、それをネタにしていじめてくる餓鬼と同じなのではないかと思ってしまう。

 何も言い出さない俺を迷っていると思ったのだろうか、クラインは言葉を重ねる。

 

 「やっぱりそう簡単には話せねぇよな……。でもよ、此処にいるのはおめぇを心配しているイイ奴らばっかりしかいねぇ。だから、安心して何があったのか話してくれないか。」

 

 「……口だけなら何とでも言える。いくら耳障りの良い言葉を並べたところで意味はない。」

 

 《デスクロス》を握る手に力がこもる。クラインの姿が少しずつぶれていき、かつて俺をいじめた餓鬼の姿に変わった。本心を隠す作られた笑みを張り付け、俺から得た信用を弄ぶ餓鬼だ。

 自然と殺意が芽生える。例え以前に関わりがあったとしても、俺は殺すことを躊躇うことはない。殺意が芽生えたのなら確実に殺す。それが今の半人半獣となった俺だ。俺は《デスクロス》を引き抜こうと、握る手に力を込める。

 だが、俺の手は何かによって優しく包み込まれる感触を感じた。目を向ければそれはシリカの手だった。彼女は埋めていた顔を上げ、俺を見つめている。もう涙は流れていなかった。

 

 「ソーヤさん、疑わなくても大丈夫ですよ。キリトさんも、アスナさんも、クラインさんとその仲間の人達だってソーヤさんを心配しているだけです。裏切ろうなんて考えていません。」

 

 「きゅるるる。」

 

 シリカの言葉に賛同するようにピナが鳴いた。芽生えた殺意が霧散していく。俺は《デスクロス》から手を離し、此処にいる者達を見やる。

 横を見ればキリトとアスナがいた。俺の視線に気づくとキリトは小さく頷き、アスナは柔和な笑顔を浮かべる。

 前を見ればクラインと彼のギルド《風林火山》のメンバーがいた。彼らは俺に向かって右手の親指を立てて突き出す。

 下を見ればシリカと彼女の相棒のピナがいた。シリカは俺の手を握る力を強め、ピナは俺達の重なった手の上に降り立って俺を見つめる。

 皆の反応はどれも心からのもので、決して作られたものではなかった。その事実が俺の背中を強く押す。そして俺はシリカに過去を話したあの夜のように疑いを抱く自分を隅に追いやり、口を開く。

 

 「……お前らのこと、信じていいんだな?俺の過去を聞いても裏切らないんだな?」

 

 俺の言葉にキリトが「当たり前だ。」と言い、アスナが頷き、クラインとギルド《風林火山》のメンバーが「応ッ!」と返事をした。

 彼らは俺のことを裏切らないと言ってくれた。後は俺が話すだけだ。隅に追いやられてもなお、疑いの声を上げる自分を叩き潰して嘘で固められた仮面を外す。

 

 「それじゃあ、今からはこっちの俺で話させてもらうよ。一応シリカにだけは話したんだけど、俺が人殺しに躊躇が無くなった……もとい獣が生まれたのはある日の夜に起きた出来事が原因なんだ。あの日は綺麗な満月が浮かんでいたっけな。」

 

 

 ◇◆◇

 

 『今夜、近くにある河川敷に来い。』

 

 そう簡潔に書かれた紙屑がポストに入っていたことに気づいたのは昼頃、気分転換に外の空気を吸おうと思った時だった。

 俺はため息をつきながらその紙屑をゴミ箱に捨てる。気分転換はできたが、最悪の気分になってしまった。考えたくもないことを嫌でも考えてしまう。思い出したくないことが嫌でも思い出されてしまう。

 元々の性格であった本当の俺は小学校に入学してすぐに鳴りを潜めた。平均身長より少し高かったことを理由にいじめられたことから始まり、それから五年が経った今でも色々と難癖をつけられていじめを受けている。そのせいで俺は嘘の仮面を張り付け、嘘の俺を演じるようになってしまった。

 

 「……面倒臭いな。でも行かないともっと面倒なことになるか。」

 

 独り言を呟き、誰もいない家へと戻る。今日は母親も父親の手伝いでいない。帰ってくるのは夜になると言っていた筈だ。

 両親は一時期ニュースに出るほどの有名人だったらしく、その腕を買った《アーガス》とやらに今は勤めているそうだ。もしかすると、これもまたいじめられる一つの材料なのかもしれない。

 面倒事を終わらせた俺が先か、父親の手伝いを終えた母親が帰ってくるのが先か。もし母親の方が先ならば、何があったのか根掘り葉掘り聞かれるだろう。母親は少しばかり過保護なのだ。できればさっさと終わらせて先に帰っておきたい。

 ……まぁそうなったらその時か。母親にこれ以上過保護にならない程度に説明するとしよう。そうしよう。

 そう決めた俺は家に戻って日が落ち始めるまで時間を潰し、近くにある河川敷に向かった。

 

 「よぉ。来てくれたんだな、新原くんよぉ。」

 

 「呼んでおいてその言葉はどうなんだ、餓鬼?」

 

 「相変わらず口だけは達者だな……ムカつくぜ。その生意気な態度がウゼェんだよ!」

 

 河川敷にはざっと見て百人いるかどうかの人間がいた。中には中学生と思われる者もいる。その人間達は河川敷に入ってきた俺を取り囲み、逃げられないようにしていた。

 通常の小学五年生がこんな状況に陥ると、恐怖のあまりに泣き出してしまうだろう。だが俺は面倒臭くため息をつく。数で恐怖を与えようとするようないじめはもう慣れてしまった。

 その態度が気に入らなかったのだろう、餓鬼のリーダーは爪を噛んでいた。

 

 「で、何の用だ。俺はさっさと帰りたいのだが。」

 

 「ああ、俺はもうお前に対するストレスが爆発しそうなんだよ……。いじめても大した反応を見せないお前がウザくて仕方がねぇんだよ!だから……生意気なお前に現実を見せることにした。」

 

 そう言って餓鬼のリーダーはあるものを取り出す。それは河川敷に差す月明かりを反射して妖しく光った。

 

 「ほーら、包丁だぞー?切られると痛てぇぞぉー?」

 

 「で?その包丁がどうかしたか?」

 

 なんでもない風を装ってニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべている餓鬼のリーダーを見る。こういう場合、怯えた姿を見せてはいけない。そこにつけこんで嫌らしくいじめてくるからだ。

 正直なところを言うのならば、怖い。いくら大人びていると言われる俺でもまだ小学生。自身を容易く傷つけることができる刃物を突きつけられて怖くない訳がないのだ。

 

 「……チッ!その面がムカつくって言ってんだよ!野郎共、新原をボコボコにしてやれ!!」

 

 餓鬼のリーダーがそう叫ぶと、取り囲んでいた約百人の人間が次々と俺に襲いかかってきた。その中に奴も混じっており、隙あらば切りつけてやろうという算段なのだろう。

 左後ろから飛んできた拳を避けつつ、前に立つ男の股間目掛けて思いっきり殴りつける。声にならない奇声を上げて悶絶している隙にその横を通り過ぎた。だが俺を取り囲む人間の数は約百人もいる。瞬く間に行く手を遮られた。

 そして再び行く手を塞ぐ人間に意識を向けていると、背後から餓鬼のリーダーの気配を感じとる。直ぐ様振り返ると、奴は包丁を振り下ろそうとしていた。

 それを避けようとしたのだが……突如、低く恐ろしい声が聞こえた。

 

 (……コロス……コロスコロスコロス。)

 

 俺は一度離れたはずの包丁の軌道に戻り、迫りくる包丁を躊躇いなく掴んだ。掌に刺すような鋭い痛みが駆け巡る。

 

 「……え?」

 

 その声を発したのは餓鬼のリーダーか、俺を取り囲む人間か、はたまた俺自身か。包丁から滴った俺の血がポトリと河川敷に落ちる。

 

 (……コロシテヤル……コロス……コロシテヤル。)

 

 また低い声が聞こえた。その瞬間、自然と意識が遠退き始める。そしてものの数秒で俺の意識は闇へと消えていった。

 

 

 それから気がついた俺が見たものは、今までの威勢など見る影もない格好で震えている餓鬼のリーダーだった。まるで何かに怯えるように震え、頬を大量の涙が流れている。

 一体何があったのかと少しだけ思考を巡らせていると、手に何かを握っている感触を感じた。此処に来る時には何も持っていなかったはずだが……そう思いながら視線を下に向けた俺は目を見開いた。

 俺の手には、幾多の血で赤く染まった包丁が握られていたのだ。さらにその包丁を持つ手でけでなく、腕も返り血を浴びて赤い。

 もう一つの手に目を向ければ、誰かの手首から切断された手を持っていた。その手からは止まること無く血が流れ出ており、俺が立っている場所に血の池を作り出している。

 

 「……お、おい新原……な、何をやったのか……わか、っているのか……?」

 

 「……ああ、俺を取り囲んでいた人間を全員切りつけたんだろ?さっきわかった。一気に記憶が流れ込んできて今は頭が痛いけどな。」

 

 特に気にも止めないような感じの返事をされた餓鬼のリーダーは、俺のことをバケモノを見るような目で見てきた。俺自身、奴の反応は妥当なものだと思う。

 意識を取り戻して俺がしたことを理解したはずなのだが、そのことに対する罪悪感などの感情は一切感じなかった。それどころか、そうなって当然だと思ってしまった。そう、まるで常識や価値観などが一部分書き換えられたような感覚なのだ。

 俺は餓鬼のリーダーに向かって一歩踏み出す。靴の中に血が流れ込むが、そんな事はどうでもいい。今は、奴を殺すことに集中すればいい。

 書き換えられたのは常識や価値観だけではなかった。あの低い声は、俺の殺意を抑える術を書き換えていたのだ。故に俺は今、芽生えた殺意を抑えることは不可能。思考が殺意に乗っ取られる。

 

 「ひっ……来るな!来るなぁぁぁ!!」

 

 餓鬼のリーダーは恐怖に顔を歪めながら俺に背を向けて逃げ出す。だがその速度は遅く、俺が少し走っただけで直ぐに追い付いた。包丁が届く距離にまで近付くと、無防備な背中を切りつける。噴水のような勢いで溢れた血が、俺の顔を真っ赤に染めた。

 誰かの手首を投げ捨て、動きが鈍った奴の首を掴んで地面に叩きつける。そのまま上に馬乗りになり、逃げられないように固定した。

 逃げることができなくなった餓鬼のリーダーは首だけを動かし、鼻水と涙でぐちゃぐちゃになった顔で情けない声で助けを求めてきた。

 

 「た……助けて……新原……。いじめた……ことは……謝るからさぁ……。何でも……する……からさぁ……。」

 

 「……何でもする?そう言ったな?」

 

 「……うん……だから……助けt」

 

 餓鬼のリーダーが何かを言い終わる前に逆手に持った包丁を腕に突き刺す。その強烈な痛みに堪えられなくなったのだろうか、奴は白目を剥いて気を失ってしまった。

 これまでに奴が俺にしたいじめはどれも下手すると死んでいた程に酷いものだった。だから殺そうとも思ったが、両親に面倒がかかることになりそうなので殺さなかった。決して、命を奪うことに恐怖を抱いたわけではない。

 

 「……これはどうやっても隠せないな……。母さん、また過保護になりそうだなぁ……。」

 

 俺のことを溺愛している母親のことを思い、そんな事を呟きながら立ち上がる。そしておぼつかない足取りで赤く染まった河川敷を後にした。

 

 

 ◇◆◇

 

 「……とまぁ、こんなところかな。その日から俺は人殺しを厭わないバケモノになった。加えてこの世界に来てから何人も人を殺した。その上でもう一度聞くよ……こんな俺を裏切らないでくれるのか?」

 

 ボス部屋を重い空気が包み込んでいた。まるで両肩に重りがついたような感じがする。アスナも、クラインも、《風林火山》のメンバーも口をつぐんだまま動こうとしない。

 予想以上に聞いてて苦しい話だったのだろう。そりゃそうだ、誰が辛い過去の話と聞いて直ぐにそれが血生臭いものだと考えるだろうか。

 もはや何度目かもわからない静寂が支配するなか、キリトが普段の様子からは想像もつかない弱々しい声で呟いた。

 

 「俺も、人を殺したことがある。ソーヤと同じく、この世界で。」

 

 「……ラフコフの討伐戦か。」

 

 俺の言葉にキリトは力なく頷いた。それと同時に彼の体が一瞬震える。

 この世界で殺すことを快楽とした人間が集まった唯一のレッドギルド《ラフィン・コフィン》。奴らはシステムの抜け穴を突いて様々な手口を編み出しては、殺人を繰り返した。

 そしてその行動が目に余るということで、大規模な討伐パーティーが組まれ、苦労して見つけた奴らのアジトに奇襲を仕掛けたそうだ。中で何があったのかは知らないが、一応壊滅させることができたらしい。『らしい』というのは、あくまでも噂でしか知らないからだ。

 皆の視線が集中するなか、当時のことを思い出したのだろう、キリトの体が恐怖で再び震える。その体をアスナに支えられ、多少落ち着いた彼は大きく息を吸い、長く吐いてから静かにその先を口にした。

 

 「色々あって俺達討伐隊とラフコフのメンバーはすごい混戦状態になった。その中で……俺は二人殺した。止めようと思えば、剣は止められた。だけど、俺は奴らに対する怒りと殺されるかもしれないという恐怖のままにその剣を止めることはしなかった。

 詰まるところ、俺もソーヤと同じバケモノさ。どんな形であれ、人を殺した事実は変わらない。だから、俺は……」

 

 「もういい。それ以上話すと、キリトの精神に負担がかかっちゃうから。お前が俺のことを裏切らないということは十分にわかったからもう無理しないで。」

 

 「……ありがとよ。そういや、二年前にもこんな会話をしたっけな。まぁそれは置いておいて、此処にいるアスナも、クラインも、《風林火山》の連中もこの事を知っている。その上で俺をこうして信頼してくれている。そんな皆が、ソーヤのことを裏切ると思うか?」

 

 もう一度、此処にいる者達を見やる。俺の視線を受けた皆は揃って力強く頷いた。誰一人、俺を裏切ろうという者はいなかった。その事を知った瞬間、涙が一滴頬を伝う。本当の俺は泣き虫なのだ。

 だがこれ以上みっともない姿を見せたくはない。俺は涙を拭い、新たにできた友達に向き直る。

 

 「……こんな俺だけど、これから友達としてよろしくお願いします。」

 

 そう言った俺の顔にはシリカに過去を話した時と同じく、心からの笑顔が浮かんでいた。俺は今日、本当の俺で接することのできる人達をこんなにも多く手に入れることができた。その事が抑えていた涙のダムを決壊させる。我ながら本当に泣き虫である。

 するとシリカがその涙を拭った。彼女は今のことを自分のように喜んでいる様子だ。一瞬だけ彼女が母親の姿と重なり、改めて彼女の暖かさを感じさせられる。

 そうしてシリカの暖かさに浸っていると、クラインが「よっこらせ」という声と共に立ち上がった。

 

 「俺達はこれから七十五層の転移門をアクティベートしてから帰るが、お前らはどうするんだ?」

 

 「すまないけど任せてもいいかな?正直なところまだスキルの反動で頭が痛いし、倦怠感も抜けきれていないからさ。」

 

 「任せるよ。もうヘトヘトで動けない。」

 

 「そうか。……帰りは気をつけろよ。」

 

 クラインは仲間に合図をして《風林火山》のメンバーを立ち上がらせると、次の層に繋がる階段へと歩いていく。だが彼は何かを思い出したかのように、俺の方に振り向いた。

 

 「あの……ソーヤ。無理にあんな辛い過去を思い出させてしまって悪かったな。言い訳になるが、あんだけ壮絶なものだとは思わなかったからさ、半ば無理矢理な感じにしちまった。」

 

 「別に構わないよ。その過去を話した結果、こうして沢山の友達ができたんだから。」

 

 「そう言ってもらえると救われるぜ……んじゃ、またな。」

 

 そう言い残してクラインと《風林火山》のメンバーは階段を登っていき、直ぐに見えなくなってしまった。

 何十人も余裕で入れる広さのボス部屋に、俺達四人だけが残された。あの激闘の痕跡など一切見当たらず、柔らかい光が満たされているだけだ。

 ちらりと横に目を動かすと、暫く離れそうにない程にキリトに抱きついたまま、彼のコートを強く掴んでいるアスナがいた。

 アスナは沸き出る恐怖を必死に抑えようとしている。だが、それがもう限界に近いことは火を見るよりも明らかだ。今の彼女をどうにかできるのはキリトだけだろう。

 それに、どうやらアスナはキリトに対して恋心を抱いているようだ。俺とシリカは邪魔になるだろう。こういう時は二人っきりにした方が良い。それぐらい少し考えればわかることだ。

 

 「それじゃあ、俺達もそろそろ帰るとするよ。シリカ、悪いけどまだ頭が痛むから手伝ってくれない?」

 

 俺の言葉に疑問符を浮かべるシリカに、目でキリト達を指し示す。それを見た彼女は直ぐに理解したのか、俺の手を引っ張って立ち上がらせる。その手の上に乗っていたピナは俺の頭に移動した。

 シリカは俺に片思いしていた時期があった。だから今アスナが抱いている恋心を容易く見抜いたのかもしれない。

 

 「キリトさん、アスナさん、今日はお世話になりました。また会えることを楽しみにしています。」

 

 「ああ、シリカ達も元気でな。またな!」

 

 俺達はボス部屋を後にして、結晶無効空間から出ると転移結晶を一つポーチから取り出した。そして空いている手をシリカの手と繋ぐ。

 こうすれば、一つの転移結晶だけで二人纏めて転移することが可能となる。始めは少し恥ずかしかったが、今では慣れたものだ。

 ボイスコマンドを入力すると、持っていた結晶が砕け散った。俺達の体を青い光の柱が包んでいくなか、シリカの両眼が俺を見つめる。

 

 「ソーヤさん、キリトさん達を信頼できるようになって良かったですね。」

 

 「うん……シリカのおかげだよ。俺の背中を押してくれてありがとう。」

 

 そうシリカに感謝を伝えた瞬間、体を包んでいる光が一際強く輝いて俺達は居住区へと飛ばされた。



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第十五話 思い出した過去、見抜いた正体

 今回、駆け足で書いたものなので誤字、脱字があるかと思われます。よければご報告していただけると幸いです。


◇◆◇

 

 複雑に入り組んだ《アルゲード》の街をまるで自分の庭のように迷うことなく進む。初めはよく迷子になったこの道も、今では慣れたものだ。

 目まぐるしく変わる景色に混乱を隠しきれていないシリカの手を引き、俺は昨日手に入れたアイテムを買い取ってもらうべく、行きつけの買い取り屋へと向かう。

 

 「エギル、来たよ。」

 

 「買い取りよろしくお願いします、エギルさん!……ってあれ?いませんね。外出中でしょうか?」

 

 「きゅるるる?」

 

 耳障りのいい鈴の音を響かせながら店に入るが、あの厳つい外見をした巨漢の姿は何処にも見当たらなかった。その事に疑問を感じたシリカはピナと揃って首を傾げる。

 いつもならこの時間帯はカウンターにいて、訪れた様々なプレイヤーと商談をしているはずなのだが……一体何があったのだろうか。

 原因を突き止めようと思考を巡らせたが、今ある情報が少ないどころかほぼ無い為、諦めた。いないならまた来ようと思ったが、二つの気配を感じ取る。そのうちの一つは間違いなくエギルのものだ。

 

 「いや、上にいるみたい。呼びに行こうか。」

 

 「え?待ってても良いんじゃないんですか?」

 

 「そうしたいんだけど、今の俺のストレージの状態じゃ攻略にも行けないからね。買い取ってもらうか捨てるかしないと。」

 

 「捨てるのは勿体ないですね……もしかしたら、高く売れるアイテムもあるかもしれませんし。それに、早くソーヤさんと攻略にも行きたいです。少し失礼かもしれませんが、呼びに行きましょう。」

 

 いつもエギルが立っているカウンターの脇にある階段を登って二階へと上がる。そして俺達を出迎えたのは……光輝きながら恐ろしい勢いで飛来してくるマグカップだった。

 

 「エギルさん、買い取りをおねg……きゃあ!!」

 

 咄嗟にシリカを抱き寄せ、マグカップの直撃コースから回避させる。俺の真横を通過したマグカップは壁に激突すると《Immoral Object》と表示されたシステムタグと共に大音響を撒き散らし、粉々に砕け散った。

 マグカップが飛んできた方に目を向けると、顔を青くしたエギルとキリトがいた。二人並んで両手を上げ、恐怖に震えている。

 

 「あ、あのなソーヤ。これはわざとやったんじゃなくて、その、エギルが『有名人になったんだから講演会でも開いてみろ』なんて言うから……。」

 

 「そ、それでも投剣スキルはやりすぎだろ!ソーヤ、頼む。い、命だけは助けてくれ……。できるだけアイテムは高く買い取るからさ……。」

 

 「別に良いよ。何の被害もなかったからさ。」

 

 殺されるかもしれないとでも思ったいたのであろう、キリトとエギルはその言葉を聞いたとたんに大きく息を吐き出して安堵する。その様子がおかしくて笑ってしまった。

 こんな些細なことで笑える本当の俺でいられるようにしてくれ、俺を孤独から解き放ってくれたのはシリカだ。彼女がいなければ、俺は心から信頼できる人間……母親の言っていた友達と出会うことは不可能だったに違いない。だから彼女には愛だけでなく、感謝の念も抱いている。

 そんな事を考えながら、俺は腕の中にいるシリカの顔を覗き込む。彼女は急に抱き寄せられたことで顔を赤らめ、目を渦巻きにしながら気絶していた。

 後で謝って何か奢ってやろうと少しばかり内心で反省しながらシリカをソファーに寝かせ、その横に腰を下ろす。

 するとシリカの近くを飛んでいたピナが突然キリトの方へと向かう。よく見れば、その瞳には怒りの炎が灯っていた。

 

 「ん?ピナ、いきなりどうしたんだ?」

 

 「きゅるるる!!」

 

 「うおっ!あちちち!!ピナ、熱いって!!頼むから止めてくれ!助けてくれ!!」

 

 キリトの助けを求める声を無視し、ピナは《圏内》でHPが減少しないシステムをいいことに灼熱のブレスを浴びせ続ける。ご主人を危険な目に遭わせたことに相当ご立腹のようだ。クラインの時も思ったが、いささか過激が過ぎるのではないだろうか。

 怒れるピナから逃げ回るキリトを視界の端に写しながら、昨日手に入れたアイテムをエギルに買い取ってもらう。時々奇声を上げていたところを見るに、なかなかレアなアイテムもあったようだ。

 そしてその奇声でシリカが目を覚まし、慌ててピナを止めさせるとキリトに何度も頭を下げた。怒り心頭だったピナもご主人の言葉には逆らえず、彼を睨み付けながら彼女の頭に降りる。

 

 「そういえばキリト、さっき言ってた『有名人になった』てどういうこと?元々、《黒の剣士》として有名だったでしょ?」

 

 「確かにそうです。このアインクラッドで、キリトさんのことを知らないプレイヤーの方が少ないはずです。一体どういうことですか?」

 

 ソファーに並んで座りながら疑問を口にした俺とシリカに、キリトとエギルは呆れたようにため息をつき、一枚の紙を手渡してきた。それを受け取り、シリカと一緒に目を通す。

 

 『《鬼神》と呼ばれたプレイヤーは存在した!《軍》を壊滅させた悪魔を《黒の剣士》と共にたった二人で討伐!!』

 

 紙の見出しにはそう書かれていた。更に細かいところに目を向ければ、『《黒の剣士》の二刀流五十連撃』や『《鬼神》の瞬間移動と硬直無しソードスキル』等々……尾ひれが付いた情報が載せられている。いや、俺の情報は一応事実か。

 要はこれが原因で、キリトは更に有名になってしまったのだろう。俺に関しては、存在が明らかになった程度だが。

 さらに、この紙がアインクラッド中にばらまかれたせいで、キリトのホームには早朝から情報屋やら剣士やらが押し掛けて来たらしく、貴重な転移結晶を使ってしまったそうだ。

 キリトがそんな状況になっていたことを知り、今頃多くのプレイヤーが血眼になって俺を探している様子が容易に想像できてしまった。

 妬みなどの負の感情は、稀に正の感情よりも強い動力源になることがある。当分の間はいつも以上に周囲の気配に気を配らねばならないかもしれない。

 そうしてこれからの行動を考えていると、トントンと階段を駆け登る足音が耳に入った。アスナだろう。昨日手に入れたアイテムの売り上げを山分けしようとキリトが呼んでいたらしい。

 

 「よ、アスナ……。」

 

 キリトは扉を勢いよく開いて飛び込んできたアスナの様子を見たとたん、続きの言葉を呑み込む。彼女は顔を蒼白にし、不安そうに見開いた目を俺達に向けながら泣き出しそうになるような声を出した。

 

 「どうしよう……大変なことに……なっちゃった……。」

 

 

 ◇◆◇

 

 「……此処が、第五十五層の街の《グランザム》ですか……。何か寒くて嫌な感じです……。」

 

 「……それは同意見だよ、シリカ。しかし、何で俺まで巻き込まれるの……。」

 

 「そう言わないでくれよ、ソーヤ。愚痴ならあの意味不明な条件を提示したヒースクリフに言ってくれ。」

 

 転移を終えるなり愚痴を溢した俺をキリトがたしなめる。こうして俺達がエギルの店を出て、第五十五層にいるのには理由がある。それは、あの後にアスナが話した内容が原因だった。

 顔面を蒼白にしながらエギルの店の二階に入ってきたアスナは「団長が、『私の一時脱退を認めるにはキリト君とソーヤ君の二人と立ち会うことを条件とする』と言っている」と口にした。

 当然その事が理解できなかった俺達はアスナに疑問をぶつけたが「私にもわからない」と首を振った。

 するとキリトがアスナを安心させるためか、自分が直談判すると言い、条件に含まれている俺も来てくれないかと頼んできた。そしてそれを聞いたシリカも付いていくと言い出して今に至る。

 転移門の広場を横切って磨き抜かれた鉄の道を進むこと約十分。眼前に他よりも一際高い塔が現れた。

 巨大な扉の上から如何にも騎士団のようなデザインの旗が垂れ下がっている。此処が攻略組の中でも上位に数えられるギルド《血盟騎士団》の本部であることは明白だった。

 大扉をくぐり、装飾がやたら豪華な床を歩き、段数を数えるのも億劫な程に高い螺旋階段を登る。幾つもの扉の前を通りすぎ、先頭を歩いていたアスナがある扉の前で止まった。

 

 「此処が……?」

 

 「そう、団長がいる部屋……。」

 

 アスナはキリトの問いに気乗りしない様子で頷いた。だが、意を決したように右手で扉をノックすると返事を待たずに開け放つ。中から差した強烈な光に俺は目を細めた。

 中は壁が全てガラス張りになった円形の部屋で、中央に置かれた半円形の机の向こうに五人の人間が座っていた。その中央にいる人間が、恐らく俺達を呼びつけたヒースクリフだろう。

 

 「よく来てくれたね、キリト君にソーヤ君。そして彼女は……。」

 

 ヒースクリフの不思議な真鍮色の瞳がシリカを捉えた。その目から発せられる威圧感に、彼女は気圧されてしまい体を硬直させる。俺は彼女の肩に手を置いて、前に立つ。

 

 「彼女は俺の大切な人だ。別にいても良いだろう?それと、俺達を呼びつけた理由は何だ?アスナの脱退に俺達が関わる必要性が見えないんだが。」

 

 俺のその態度に怒りを覚えたのか、ある一人が血相を変えて立ち上がろうとした。しかしその人間に殺意を込めた目で睨み付け、黙らせる。

 

 「いや、必要性は十分にある。トップギルドと言われる私達だが、いつも戦力はギリギリでね。……それなのに君達は我がギルドの主力プレイヤーを引き抜こうとしている。これだけで十分なのではないかね?」

 

 ヒースクリフの強烈な磁力を放出する視線を正面から受ける。その瞬間に、どこか引っ掛かりを覚えた。このデスゲームが始まったあの日に感じた感覚と同じなのだ。

 そしてその引っ掛かりは俺にこう告げた。『彼とは以前に出会い、あの視線を受けたことがある』と。

 机の上で骨ばった両手を組み合わせているヒースクリフを見つめる。学者然とした、削いだように尖った顔だちをしている彼。記憶を漁ったが、そのような人間とは出会ったことはなかった。

 この世界での顔はそのまま現実と同じのはずだ。出会ったことが無いのなら、確実に俺とヒースクリフは現実世界も含めて初対面になる。なのだが、彼が持つ金属的な瞳が俺に既視感を覚えさせ、引っ掛かりを生み出している。

 

 「……無言は肯定と受け取る。さて、我々としてはサブリーダーを引き抜かれて、はいそうですかという訳にはいかない。キリト君、ソーヤ君……」

 

 金属の光沢を放つヒースクリフの両眼から、強い意思の力が噴き上げている。その瞬間、俺の脳にある一つの記憶が書物を紐解くように蘇った。それは俺が現実世界で出会った、両親とは仕事の関係にあたる一人の大人との記憶だ。

 もしヒースクリフが『彼』ならば、初対面のように感じたことにも納得がいく。顔が現実とは異なっていた為にそう感じたのだ。

 しかし顔が変わっていたとしても、その金属的な瞳と心の奥底に隠しているゲーマー魂は『彼』に似ているどころか全く同じだ。点が線になった瞬間だった。

 

 「欲しければその《二刀流》で、その圧倒的な力で、私から奪ってみたまえ。私と戦ってどちらかが勝ったのなら、アスナ君を連れていくがいい。だが、二人とも敗北したのなら君達には《血盟騎士団》に入ってもらうとしよう。」

 

 「俺はお断りだ。」

 

 俺は即座に拒絶の意を示した。皆の視線が集中していることを全身で感じながらも、俺はヒースクリフ……もとい『彼』だけを見つめて口を開いた。

 

 「それならば、戦うのはキリトだけで十分だ。アスナがギルド一時脱退を望んだ理由は彼とパーティーを暫く組みたいからで、俺は彼の友人に過ぎない。加えて、此処に来ると決めたのはキリトだ。」

 

 俺はキリトに視線を移す。顔にでかでかと『剣で語れというのなら望むところだ』と書いていた彼は強く頷いた。

 視線を『彼』に戻し、言葉を続ける。

 

 「それに俺は昔に色々あって、他人の感情を読み取ることに長けてしまった。だから、今あんたが隠している『戦いたい』という欲求にも気づいている。あんたはただ純粋に俺達と戦いたいが為にこの状況を利用して、戦う口実を作った。違うか?」

 

 「黙れ!団長がそんな事を考えておられる筈が……」

 

 そう叫びながら立ち上がり、剣の柄に手を掛けた別の一人を手で制したヒースクリフは、ひたとこちらを見据える。

 金属的な瞳の中に、何かに気づいたような感情が新しく追加されていた。『彼』もまた、俺が何者なのかを理解したようだ。

 

 「いやはや、これ程的確に考えていたことを言い当てられたことは久々だ。確かに私はこの剣の世界での戦闘に魅入られた。だから今朝、君達のことを知った時には戦いたいと思ったよ。そしてキリト君……」

 

 ヒースクリフの視線が俺からキリトに移る。

 

 「君は私からの挑戦状を受け取った。今さら、止めるとは言わないな?」

 

 「当たり前です。デュエルで決着をつけましょう。」

 

 キリトが敬語になっていたことはさておき、彼の回答に満足げに頷いたヒースクリフは再び視線を戻した。

 その視線を受ければ受けるほどに、ヒースクリフが『彼』と重なって見える。作られたあの学者然とした顔 も、よく見れば『彼』と似ているところが幾つか見受けられた。

 すると『彼』は昔話でもしたくなったのか、俺にある提案をしてきた。

 

 「さて、アスナ君の脱退の件も話がついたのでもう帰ってもらっても大丈夫な訳だが……ソーヤ君、少し時間をくれないかな?君と二人きりで話がしたい。」

 

 「俺もあんたが言わなければそう言おうとしていた。別に構わない。」

 

 

 ◇◆◇

 

 ガラス張りの壁から差し込む灰色の光が、この部屋に残った俺とヒースクリフを照らす。先程までいた彼の部下の姿は見当たらず、キリト達も同様にこの部屋から退出した。

 突然「二人きりで話がしたい」と言い出したヒースクリフとそれをあっさり了承した俺に両陣営から驚愕の視線を向けられたが、「リアルのことが絡むから」と説明すると素直に二人きりにしてくれた。

 この世界ではリアルの話は基本マナー違反なのだ。故に聞くことも憚られる。全く、これ程にこの世界で便利な言葉があるだろうか。

 光の差し込む角度が微妙に変化し、お互いの顔がはっきりと見えるようになった。ヒースクリフの金属的な瞳は変わらずに俺を見つめ続けている。

 ヒースクリフの正体が『彼』であることは確実だ。最早疑う余地もない。だが、俺は確認するような口調でお互いが知っているであろう名字を口にした。

 

 「……ヒースクリフ。現実世界で『新原』という夫婦を知っているか?」

 

 「ああ、勿論だとも。彼らは私の優秀な部下だったのだから。それ故に、あの事故を聞いた時には……」

 

 「あの事故の事は思い出したくないから止めてくれないか。そして今の回答ではっきりした……あんたがこの世界の創造神、茅場晶彦だな。」

 

 その言葉を聞いたヒースクリフは超然とした笑みを浮かべる。まさにそうであると言わんばかりの雰囲気を放っていた。

 

 「確かに私は茅場晶彦だ。……それと今はその仮面を外しても良いのではないかね、創也君?」

 

 「……それもそうだね。久しぶり、茅場の叔父さん。」

 

 「叔父さんは止めてくれたまえ。私はまだそんな歳ではない。」

 

 ヒースクリフと話していた時に思い出した、ある一人の大人との記憶。その『彼』の正体とは……今眼前にいる茅場晶彦だったのだ。



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第十六話 避けられない結末

 UA四千突破&お気に入り登録五十名様突破ありがとうございます!これからも御愛読よろしくお願いします!


◇◆◇

 

 俺の中に獣が生まれる前、つまりいじめられ始めた頃のことだ。《アーガス》に雇われた両親がある男の人を連れて珍しく夕方に帰って来た。

 その男の人の名は茅場晶彦といい、両親は彼の部下にあたるそうだ。一体そんな人が家にやって来るとはどういう事かと疑問に思っていると、彼は苦笑まじりに母親に連れてこられたと言った。

 それを聞いた俺は視線を移し、説明を求める。すると母親はいじめられている俺を心配して、とりあえず歳上でもいいから友達のような関係を作って欲しいと思ったから茅場晶彦を家に招待したと言った。

 唖然とするしかなかった。いくら同世代は無理だからと言って両親の上司に当たる人間と友達になれというのは無理がある。母親の過保護もとうとう馬鹿としか言い様がないレベルにまで到達してしまったようだ。

 そう思っていたが、たまたまゲームをしていた俺を見つけた茅場晶彦が横に座って一緒にやり始めたことがきっかけとなり、一気に親しくなった。彼はその年齢に似合わない程のゲーマーだったのだ。

 それから様々なゲームを一緒にした。アクションにシューティング、パズルにレースとジャンルを問わずに時間を忘れて遊び尽くした。いつしか俺は彼のことを『茅場の叔父さん』と呼ぶようになっていた。自然と張り付けていた嘘の仮面は外れていた。

 母親の期待した友達のような関係になることはなかったが、茅場晶彦とは本当の俺で関わることのできるかなり親しい関係になった。こうも簡単に彼のことを信用するようになったのは、両親との関わりがあったからだろう。

 それ以降も、茅場晶彦は定期的に俺の家に訪れた。それを俺は年相応の笑顔を浮かべながら、近所の叔父さんのような感覚で迎え入れていた。

 こうして俺が茅場晶彦のことを『叔父さん』と呼んで信用していたように、茅場晶彦もまた俺のことを気に掛けてくれていたようだ。そうでなければ、交通事故で死んだ俺の両親の葬式の費用を肩代わりしてくれる筈がない。

 そして両親の遺骨を受け取ってから、茅場晶彦が家に訪れることは無くなった。不安になった俺が事情を聞くと『君の両親の分まで仕事があるからもう行けなくなった』と返信が届き、納得せざるを得なかった。

 これが、俺が思い出した茅場晶彦との記憶の全てだ。

 

 

 ◇◆◇

 

 「さて創也君、いやこの世界ではソーヤ君と言った方が正しいか。君はこれからどうするつもりなのかね?もし望むのならば、私の正体を看破した報酬として今此処で全プレイヤーのログアウトを賭けて勝負をしても構わないのだが。」

 

 茅場晶彦は、いや彼が操作するプレイヤーであるヒースクリフは『ログアウト』の部分を強調しながらそう言った。

 初めて出会った時から変わらない金属のような両目から放つ視線が俺を貫く。口元に微笑を浮かべ、骨ばった両手を組み合わせているその姿からは圧倒的な余裕が見て取れる。

 ログアウト……それはこの世界に囚われた俺達が心から望むことだ。確実にデスゲームから脱出でき、以前と同じ生活を送ることができるようになる唯一の手段。相手などを抜きにして考えて、これを賞品にされたデュエルを承諾しないプレイヤーなどいるわけがない。

 しかし俺だけは違う。たとえ全員がログアウトできる条件であろうとも、そのデュエルを俺は承諾しない。

 

 「どうもしないよ。ヒースクリフの正体が茅場晶彦だって口外するつもりはないし、そのデュエルを受けるつもりもない。」

 

 「ほう……これまた何故?私に勝てば全プレイヤーがログアウトできる。そして君には今そのチャンスが目の前に転がっているのだぞ?」

 

 俺の回答が意外だったのか、興味深げにヒースクリフは問うてくる。それなりの理由を期待しているのだろうが、そんな大層なものではない。ただ俺が駄々をこねているだけなのだ。

 

 「もし今ヒースクリフに勝ってログアウトできたとしても、俺は失うだけなんだ。此処で得た友達と大切な人と別れて、また孤独に逆戻りしてしまうだけ。いつかこのゲームがクリアされるのはわかっているけど、まだ一緒にいられる時間があるのなら、俺はどんな好条件を並べられても皆と一緒にいることを選ぶよ。」

 

 「それ程までに、この世界のことを気に入ってくれているとは……。製作者としては嬉しい限りだな。それならば、君がこのゲームをクリアさせないように妨害すれば良いのではないのかね?そうすれば君は皆と別れる必要もない。」

 

 ヒースクリフから魅力的な提案が飛び出す。確かに自分で言うのもなんだが、俺は強い部類に入るプレイヤーだ。それも上位の。本気で攻略の邪魔をしようと思えば、殺しをしなくとも相当な時間を稼ぐことができるだろう。

 だが、そんな事を実行に移すことが俺にできるだろうか。答えは否だ。大切な人であるシリカを、友達であるキリト達を裏切るような真似をする事なんてできる訳がない。

 昔から沢山信用しては裏切られを繰り返したが、俺からは裏切ったりはしなかった。俺は裏切ることを嫌う故に裏切りはしない。

 そうすることでシリカ達を守れるというのなら悩みはするだろうが、それ以外ならば絶対にしないと断言できる。

 

 「流石にそこまでするつもりは無いよ。俺は信頼している皆を裏切るようなことはしたくない。それに……」

 

 「それに?」

 

 「ゲームというのは、終わりがあってこそ成立するものじゃないの?」

 

 その言葉にヒースクリフは一瞬面食らった顔をしたが、直ぐに微笑に戻って頷いた。そして立ち上がると、俺の横を通りすぎて扉に手を掛ける。

 

 「あれ?此処が自室じゃないの?」

 

 「まさか。こんな何も無いところが自室では退屈に決まっているだろう。私には別の個室がある。」

 

 「そうなんだ。それじゃあ、俺は帰るよ。用はもう済んだでしょ?」

 

 「ああ、時間を取らせてしまったな。」

 

 俺とヒースクリフは揃って部屋を後にし、螺旋階段の前まで戻る。二つの足音だけが静かな通路に規則正しく響く。すれ違う人間は誰一人いない。ヒースクリフが言うには、この時間帯の《血盟騎士団》の団員達は基本全員が攻略に赴いているという。通りで視界にすら人間が映らないわけだ。

 そんな事を考えていると螺旋階段の前に到着し、俺は出口に繋がる下に、ヒースクリフは個室に繋がる上に足を向ける。

 一段降りたところで、スタスタと登っていくヒースクリフに目を向ける。すると彼も視線を感じたのか、歩みを止めて俺を見下ろした。

 

 「またね!茅場の叔父さん!」

 

 「だから叔父さんは止めてくれたまえと言っただろうに……。」

 

 年相応の明るい笑顔を浮かべた俺とは対象的に、ため息をついたヒースクリフ。まるで近所の子供と叔父さんがするようなやり取りだなと思いながら、螺旋階段を降り始める。

 誰もいない道をたった一人で歩く。周囲にも人影は無く、ただただ流れる景色が視界に映る。まるで現実の俺が歩いているようだった。

 だが、まだ俺は孤独ではない。まだシリカ達と一緒にいられる時間がある。いつしかこのゲームはクリアされ、再び孤独に戻ることは理解している。可能ならばそんな事は考えたくはないが……どうしても一人でいると考えてしまう。

 薄々気にしていたが、今日茅場晶彦と話して嫌でも気に掛けてしまうようになった。母親が勧めたこの世界で出会った大切な人と友達は、いつか必ず別れなければならない。

 何故なら、このゲームがクリアされると同時に皆がこの世界を去り、あの腐った世界に帰還してしまうのだから。

 

 「……ソーヤさん?」

 

 「!?」

 

 背後から突然聞こえた声に肩を跳ね上げる。どうやら周囲の気配にも気づけない程に思考の海に沈んでいたようだ。直ぐ様意識を引き上げ、後ろを振り返る。そこにはピナを頭に乗せたシリカがいた。

 

 「シリカか……もしかしなくても、待ってた?」

 

 「はい、一人ぼっちで帰るのは嫌だったので。帰るならソーヤさんと一緒がいいです。」

 

 「……嬉しいな。そう言ってもらえるなんて。」

 

 シリカと手を繋ぎ、転移結晶を取り出す。重ねた手から彼女の仮想の体温が伝わってくる。その温もりをどうしても離したくない、ずっと感じていたいという感情が込み上げた。

 しかしそれは叶わぬ願いだということは、とうに知っている。それでも願ってしまうのは、我が儘になるのだろうか。

 

 「……後どれぐらいの時間でこのゲームはクリアされてしまうのかな……。」

 

 その呟きは誰にも届くことはなく、空に消える。そして俺も使用した転移結晶による青い光によって《グランザム》の街から姿を消した。

 

 

 ◇◆◇

 

 「もー!!ばかばかばか!!」

 

 「え……アスナさん……?」

 

 「一体……何があった?」

 

 「きゅるるる?」

 

 場所は再びエギルの店の二階。俺達はいつもの姿からは想像がつかない程にポンコツと化したアスナを見て、混乱を隠しきれないでいた。俺達がまた此処に戻って来たのには理由がある。

 《グランザム》を出てから、お詫びとして行きつけのNPCレストランでシリカに料理を奢った後、今日泊まる宿を取りに行こうと思った矢先にエギルから此処に来るようメッセージが届いたのだ。

 そして来てみれば、上にいるキリトとアスナの様子を見てきてくれと頼まれた。エギルが様子を見に行こうとしたらしいが、蹴り落とされたそうだ。怒ったピナの行動に負けず劣らずの過激さである。

 その頼みを了承し、二階へと登ってきた訳なのだが……そこにあった光景はアスナが小さな拳でキリトを叩いているというものだった。

 

 「『直談判する』って言ったのはキリト君でしょ!?何で団長とデュエルをする事になってるの!?ばかばかばか!!」

 

 アスナがぽかぽかとキリトを叩く。《攻略の鬼》と恐れられた鬼気迫る姿など見る影もなく、今の彼女はただの女の子のようだ。

 シリカと揃って何も言えないでいると、気配を感じたのかアスナの首がぐりんと動いて俺を捉えた。その瞬間に嫌な予感がした。

 

 「ソーヤ君もソーヤ君だよ!何でキリト君と団長を焚き付けるようなことをしたの!?ばかばかばか!!」

 

 「うわっ、こっちに来た!キリト、助けて!!」

 

 「おい待てアスナ!ソーヤも悪いかもしれないけど、デュエルを受けるって言ったのは俺だから!!」

 

 標的を俺に変更し、両手を振り回しながらこちらに来たアスナを揺り椅子から立ち上がったキリトが背後から両手を掴むかたちで落ち着かせる。拳を振るうことができなくなった彼女は、かわりにフグのように頬を膨らませた。

 その様子がおかしかったのだろう、シリカは口元を押さえて懸命に笑いを堪えている。かくいう俺もアスナのギャップの凄さに笑いが込み上げてきて、同じく口元を押さえていた。

 

 「大丈夫、《完全決着モード》でする訳じゃないから死ぬことはないさ。それに、まだ負けると決まってもいないし……。」

 

 「むー……。」

 

 ひとまず落ち着いたアスナは、キリトが再び腰掛けた揺り椅子の肘掛けに脚を組んで唸る。

 

 「ですがキリトさん、勝算はあるんですか?私が中層にいた頃に聞いた話だと、ヒースクリフさんはたった一人でボスの攻撃を十分間捌いた後もHPがグリーンのままだったらしいです。まぁ……聞いた話なので本当かどうかわかりませんが……。」

 

 「シリカちゃん、その話は事実なの。第五十層のボスモンスター攻略戦で、団長は崩壊しかけた戦線を十分間単独で支えた。実際に私が見たもの。間違いないわ。

 ……正直、キリト君の《二刀流》を見た時は別次元の強さだって思った。だけどそれは団長の《神聖剣》も同じ。あの人の鉄壁さはソーヤ君とまではいかないけど、ゲームバランスを越えてるよ。」

 

 「……暗に馬鹿にされたような……。」

 

 これまで様々な罵詈雑言をぶつけられても何も思わなかった俺だが、今のアスナの発言は鋭い刃となり、俺の心を深く抉った。

 どうやら気づかない内に俺の心はピュアなものになってしまったようだ。だが、こうして本当の俺で関わることのできる友達が何人もいると考えると悪いことではないのだと思う。

 そうして感慨にふけっていると、アスナが心配そうな目でキリトを見つめる。本当に彼女は《攻略の鬼》と呼ばれたプレイヤーなのだろうか。そう思ったしまう程に彼女はただの女の子にしか見えなかった。

 

 「……でも、どうするの?もし負けたら、私がお休みするどころか、キリト君がギルドに入らなくちゃいけないよ?」

 

 「いえ、考え方を変えれば良いかもしれませんよ?」

 

 そう言ったシリカに俺達の視線が集中する。そして彼女は、かつて自身が気絶した時と同規模の特大爆弾を投下した。

 

 「キリトさんがギルドに入れば、今まで以上に一緒に居られますよね?」

 

 「「なっ……!?」」

 

 キリトとアスナは一瞬きょとんと目を丸くしたが、やがてぼっという効果音がぴったりな感じに頬を赤く染め上げた。この世界は感情表現がやや大袈裟なところがある為、二人の顔は熟れたりんごのように真っ赤になっている。

 シリカは無意識なのか知らないが、時々このような特大サイズの爆弾発言をする。彼女と二人で攻略をしていた頃にも何度か爆弾が投下されたことがあった。

 その後は言ったシリカ本人が気絶したり、珍しく俺が慌てたりなどの様々な被害が出るのだが、今回の被害者はキリトとアスナのようだ。

 シリカの爆弾発言にお互いの距離を再確認したキリトとアスナは慌てて離れる。とはいえ、キリトは揺り椅子の肘掛けに阻まれてろくに動けていないのだが。

 駆け足で窓際まで行ってしまったアスナの肩越しに、夕日が差し込む《アルゲード》の街から声が聞こえてくる。どの声も活気に満ちたもので、此処がデスゲームの世界であることを忘れさせてしまう。そう、まるで此処がもう一つの現実であると思ってしまう程に。

 

 「……手放したくないんだけどな……。」

 

 半ば無意識にシリカの頭を撫でる。どれだけ我が儘を言おうとも、俺達プレイヤーの結末は決まっている。HPを全損して死ぬか、生き残ってあの腐った世界へと帰還するか。その二つの選択肢しかあり得ない。それ以外は存在しない。

 そうだと理解していながらも、どちらも嫌だという思いが溢れて止まらない。獣が持つ冷めきった思考ですら上書きされてしまう。

 

 「ソーヤさん?」

 

 その声に意識を戻すと、俺はシリカを抱き締めていた。彼女の仮想の体温を確認するかのように、優しく、強く抱いていた。

 

 「……大丈夫、何でもないから。でも、少しだけこのままでいいかな?」

 

 「はい、ソーヤさんがそう言うなら……。」

 

 幸いにも、キリトは揺り椅子から立ち上がってアスナの隣に寄り添っている。シリカは俺が抱き締めている為に、顔が見えない。ピナはソファーで丸くなって眠っている。今なら、誰も見ていない。

 

 

 俺の頬に一筋の涙が伝う感触を感じた。



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第十七話 解説は《鬼神》と《竜使い》

 今回、オリジナルキャラ一人登場させました。と言っても、大して重要なキャラではないのですが……。

 一応、名前の由来はオリジナル武器の時と同様に後書きに記載させていただきます。


 ◇◆◇

 

 青い輝きを放つ転移の光が薄れると同時に、足が地を捉えた感覚が伝わる。そして閉じていた瞼を上げた俺とシリカは、そのプレイヤーの数の多さに驚愕を隠せなかった。

 攻略に勤しむ剣士は勿論のこと、商人プレイヤーや見物人と思われる者もおり、新しく開通した第七十五層の街《コリニア》は大層賑わっている。

 この古代ローマ風の街がこれ程までに活気を呈しているのは、言うまでもなく稀に見る大イベントがあるからであろう。その証拠に、転移門の前にそびえ立つコロッセオ似のコロシアム入り口には、まるで縁日の神社のように商人プレイヤーの露店がずらりと並んでいた。

 

 「火噴きコーン十コル!十コルだよ!」

 

 「黒エール冷えてるよ!」

 

 此処を訪れた者達に怪しげな食べ物を売りつける声が幾つも耳に入る。よく分からない匂いが辺りに充満するなか、突然シリカの頭の上で丸くなっていたピナが飛び立って露店の方へと行ってしまった。

 

 「あっ!ピナ、待って!何処行くの!?」

 

 ピナを追って人混みの中に突っ込んだシリカを追いかける。途中何度か見失ったが、無数の気配から彼女のものを割り出し、それを頼りにして何とか追い付くことができた。彼女らがいたのは、串焼きモドキを売っている露店だった。

 シリカの腕の中に収まったピナがこちらをじっと見つめてくる。何を求めているのかは考える必要もないだろう。丁度俺も腹が空いていたところだ。

 

 「すまない、その串焼きを三つくれないか?」

 

 「おう、三つで四十五コルだ!」

 

 表示されたトレードウィンドウに、きっちり四十五コルを入れる。今の俺にとってそんなコルなどはした金なのだ。これまで手に入ったコルをほぼ使ってない為、もうすぐで表示がカンストするのではないかというところまで貯まっている。

 代金を受け取った露店の男から串焼きモドキを受け取る。しかし、紙コップらしきものに入っていたものは一本多かった。

 

 「……一本多いのだが。代金は確かに三本分だったはずだぞ?」

 

 「なに、それはサービスだ。兄ちゃんの可愛い彼女と仲良く食べな!」

 

 「かっ……!?」

 

 露店の男の言葉にシリカは顔を真っ赤に染める。後少しで煙が頭から出そうだ。一応、俺達はお付き合いをしている仲だが、こうして誰かに言われたことは未経験だった。

 これ以上何か言われるとシリカが羞恥のあまりに気絶しかねないので、「感謝する」と一言礼をしてから早急に場を後にする。だが、その際に今度ははぐれないようにと彼女の手を取ったことで結局「きゅうぅぅぅ」と気絶してしまった。

 

 「……最近、気絶させてばっかりだな……。また何かしてやるか。」

 

 地に倒れそうになるシリカを受けとめ、背中におんぶするかたちで背負う。ピナは俺が持つコップから串焼きモドキを一本取り出すと、俺の頭の上で器用に食べ始めた。頭が汚れないか心配になったが、この世界では汚れという概念が存在していないことを思いだし、そのままにしておく。

 残った三本は一本ずつ分けようかと考えつつ、シリカを休ませることができるであろう転移門前広場にまで戻って来る。此処には確か、幾つか長めのベンチが置いてあった筈だ。

 無事に空いているベンチを発見し、シリカを膝枕で休ませる。腹の虫がうるさくなってきたので、串焼きモドキを一本取り出して食べていると今日のイベントの主役が転移門から吐き出されたのが目に入った。

 

 「……ど、どういうことだ……これは……。」

 

 「さ、さぁ……?」

 

 「おーい、キリトにアスナー。」

 

 お祭り会場と化した《コリニア》の街を見て呆気にとられるキリトとアスナに声を掛ける。声が充分に届く距離にいた二人は俺の存在に気づくと、こちらにやって来た。

 

 「あ、ソーヤ!って、お前何食ってんだ!?」

 

 「串焼きモドキ。案外美味しいよ?」

 

 「……むにゃ。あれ、ソーヤさん……?」

 

 キリトの声によって、規則正しい寝息を立てていたシリカが目覚めた。寝ぼけた眼で数秒辺りを見渡した後、彼女は自分が今どのような状況にあるのかを理解したようだ。

 一瞬で顔を赤くしたシリカは慌てて飛び起き、俺の額と思いっきり衝突する。因みにピナは既に俺の頭から避難済みだ。揃って額を押さえる俺達を見たキリトとアスナは笑いを堪えきれずに、吹き出していた。

 

 「おい、二人とも笑うなよ!それにしても、随分と大きなイベントになったもんだな。とても賑わっているじゃないか。」

 

 「なぁ、ソーヤ。お前、今元気そうにしてるけど、確か人混みで酔うんじゃなかったか?もう大丈夫になったのか?」

 

 「ああ、うん。今はもう大丈夫になったんだ。心配してくれてありがとう。」

 

 キリトはこの街の賑わいを見て、自然と全てが始まったあの日と重ね合わせたのだろう。確かにこれ程のプレイヤー達がある一つの場所に集まったのは、後にも先にもあの日だけだ。想起させられるのも無理はない。

 そしてシリカやキリト達と本当の俺で関わるようになってから、目眩や吐き気がしなくなった。正確にはその原因であった視界に写る人間が皆、俺のことを見ているかのような錯覚を覚えることがなくなったのだ。

 しかしあの錯覚を覚えなくなったのは、本当の俺で信頼できる彼らと関わり始めたことではなく、獣が解き放たれたからだろう。

 何故ならあの錯覚は、獣が生まれた日のことを思い出したくなかった人間の俺が生み出していたものだったのだから。獣に喰われ、同化した今の俺ならば、あの錯覚が起きる方がおかしい。

 

 「あの、アスナさん。このコロシアムの入場チケットを売っていた人が《血盟騎士団》の方だったんですけど、もしかしてこのイベントはアスナさんのギルドが計画したんですか?」

 

 「何!?おいシリカ、それは本当か!?」

 

 串焼きモドキを飲み込んだシリカの発言にキリトが食い付き、アスナに問いただすような視線を向ける。だがギルドの副団長にあたる彼女は何も知らないというように首を振った。

 もしかして茅場の叔父さんが勝手にやったのかと思い始めた頃、俺達に近づいてくる一つの気配を感じ取った。

 そちらに目をやると、これ以上に《血盟騎士団》の制服が似合わない人間がいるのかと言いたくなる程に太った男がたゆんたゆんと腹を揺らしながら近づいて来ていた。

 警戒心を引き上げて腰の《ロンリライアー》に手を掛けたが、アスナが「あ、ダイゼンさん」と口にしたことから彼女の知り合いだと理解して手を離した。それでも警戒はしておく。

 

 「いやー、おおきにおおきに!キリトはんのお陰でえろう儲けさせてもろてますわ!」

 

 綺麗な円かと思う程に丸い顔に満面の笑みを浮かべながらダイゼンという男は声を掛けてきた。アスナの姿を見てもその態度を崩さないところを見ると、ギルド内でも相当上の地位にいるようだ。

 その満面の笑みと朗らかな態度からは、裏切ろうなどという黒い感情は一切感じられなかった。今のところは害はないだろうと判断し、警戒を一旦解く。

 

 「ささ、控え室はコロシアムの中ですわ。こちらにどうz……おや、そこにおるのはどなたですかいな?」

 

 キリトとアスナをコロシアム内に連れていこうとしたダイゼンの目が、串焼きモドキを食べている俺とシリカを捉えた。

 その瞬間にキリトが黒い笑みを浮かべた。巻き込んでやると顔に大書した彼の顔を見た俺の背中に、嫌な汗が伝う。

 

 「ああ、あの噂になってる《鬼神》様とそのパートナーだよ。」

 

 「何で言うんだよキリト!こんなの言っちゃったら絶対に……」

 

 「おお!あの《鬼神》はんか!!丁度《鬼神》はんに頼みたいことがあってなぁ。良ければパートナーの嬢ちゃんもどうや?」

 

 「こうなっちゃうだろうがぁぁぁ!!」

 

 俺の叫びが広場に響く。これまでに叫んだことがあっただろうかと過去の記憶を漁ろうとするが、今はそんなことをしている時ではない。

 とんでもないことをしてくれたキリトを殺意がこもった目で睨む。彼はそれをさらりと受け流し、いたずらが成功した子供のように黒い笑みを更に深めた。

 

 「……先程は失礼した。それで、頼みたいこととは何だ?」

 

 「おお、それはやな……このデュアルの解説役をやって欲しいんや!どやろか?」

 

 俺の雰囲気が瞬時に変化したことに驚きながらも、ダイゼンは用件を述べる。それを聞いた俺は、断りたいと率直に思った。何が嬉しくて不特定大多数のプレイヤーの前に出なければならないのか。

 しかし此処で断れば、今も黒い笑みを浮かべているキリトに何を言われるのかわかったものではない。下手すると容姿特定のみならず、物凄い悪名が付いて回りそうである。

 

 「……シリカはどうする?俺は後の面倒事を防ぐ為に受けようと思うのだが。」

 

 「ソーヤさんが行くなら、私も行きます!それに私、解説やってみたいです!」

 

 「……わかった。ダイゼンと言ったか。俺もシリカも行くから、案内を頼みたい。」

 

 「おお!感謝します!ほんなら早速案内させてもらいますわ。こちらにどうぞ。」

 

 ダイゼンは満面の笑みを浮かべながらのしのし歩きだした。俺に向かってニヤニヤしているキリトの足を思いっきり踏みつけ、脱力しながらその後ろを四人でついていく。もうどうにでもなれという心境だった。

 

 

 ◇◆◇

 

 円形の闘技場をぐるりと囲んでいる階段状の観客席は小さな隙間も無い程に埋め尽くされており、盛大な歓声が響いている。中には「斬れー」「殺せー」等と物騒なものもあった。

 そんな試合開始を今か今かと待ち望んで盛り上がっているコロシアム内に、いかにも実況者と思われるプレイヤーの声が盛大に響く。

 

 『レディースアンドジェントルメーン!お待たせしました!これより、《聖騎士》ヒースクリフと《黒の剣士》キリトの試合を開始いたします!!実況は私、リーブンでお送りしまーす!』

 

 「「「ウオオオォォォォ!!!」」」 

 

 その声を聞いた観客の熱気は更にヒートアップし、コロシアムが歓声で揺れる。

 

 『では早速、選手入場!……といきたいところですが、今回は解説役に豪華なゲストをお呼びしておりますのでそちらの紹介から参ります!皆様、コロシアム入り口の最上段にある実況席にご注目くださーい!!』

 

 リーブンと名乗った実況者の声につられるように、千を越えるプレイヤー達の視線が一点に集中する。そこには手を振って場所を示している彼女の他に、二つの人影があった。

 人影の一つは腰や背中に片手剣や細剣、両手槍など様々な武器を装備している。大した特徴もない黒目黒髪の男の子だが、何処か見た目よりも大人びた雰囲気を感じさせた。

 そのもう一つの人影は小さなドラゴンらしき生物を肩に乗せ、腰には短剣が装備されている。髪をツインテールに纏めた女の子は、やや緊張した面持ちで集中する視線を受けていた。

 その二つの人影の正体は言わずもがな、ソーヤとシリカである。

 観客達が人影を目にしてざわめき始めた頃にリーブンはマイクを手に取り、ソーヤ達二人の紹介を始めた。

 

 『はいまずは皆様から見て左側にいるこの少女!ご存知の方も多くいらっしゃるでしょう!世にも珍しいフェザーリドラのテイムに成功した短剣使いのビーストテイマーであり、今は隣の彼のパーティーメンバー!《竜使い》シリカちゃんでーす!!』

 

 『え、えと、解説のシリカです!この子はピナって言います!よろしくお願いします!!』

 

 シリカはぺこりと頭を下げ、ピナが「きゅるるる」と鳴いた。観客から口笛や歓声が上がる。

 しかし中にはソーヤに対する怨嗟の声も僅かにあり、その声が聞こえたのか、彼は目線を鋭くして殺気を放っていた。

 

 『さてお次はこちらの少年!恐らく誰も彼のことを知らないでしょう!よーく聞いていてくださいね!彼こそがこのアインクラッドの階層ボスを何度も単独撃破しながらも、長らく存在すら不明だった伝説のプレイヤー!《鬼神》ソーヤ君でーす!!』

 

 『……ソーヤだ。基本、解説はシリカに任せて捕捉をさせてもらう。それと、彼女に手を出した奴は……命ガナイト思エ。』

 

 淡々と自己紹介を終えたソーヤは鞘から抜かれた刃のような鋭い殺気と共に、先程怨嗟の声を上げた一部のプレイヤー達を睨む。死の恐怖に包まれたそのプレイヤー達は全身から冷や汗を流し、身を震わせた。

 しかしソーヤの殺気を受けなかった他の大多数のプレイヤーの目には彼が『彼女を守る素敵な彼氏』のように見えたようで、一際大きな歓声が響いてコロシアムを揺らす。

 会場の熱気はこれ以上無いほどに盛り上がっていた。今日の主役達を迎える準備は整った。リーブンはマイクを片手に立ち上がる。

 

 『それでは会場が熱く盛り上がってきたところで、選手入場に参りましょう!控室におられるお二方はご登場くださーい!!』

 

 その言葉と同時に両端の閉まっていた門が地響きを立てながら解き放たれた。

 先に姿を見せたのは二本の片手剣を背中に交差して吊った剣士。ソーヤと同じく黒目黒髪だが、装備しているコートは色を気にしない彼が唯一嫌っている黒であり、全身黒ずくめとなっている。

 

 『二本の剣を携えて現れたのは先日、《鬼神》と共に第七十四層のボスを討伐した《二刀流》のスキルを持つ《黒の剣士》キリト!!』

 

 『キリトさんの《二刀流》はその名の通り、二本の剣を使うことができるスキルで、専用のソードスキルを使うことができるようになります!そのどれもが強力で、中には十連撃を越えるものもあります!』

 

 リーブンの紹介とシリカの解説が流れるなか、キリトはコロシアムの中央まで到達して立ち止まった。その直後に反対側からもう一人の主役が姿を現す。今日一番の歓声が上がった。

 周囲の歓声など聞こえていないかのように悠然と歩くのは真紅の剣士。鉄灰色の前髪を流し、自身が団長を務めるギルドの制服の色が逆になった赤地のサーコートを羽織っている。

 

 『その向かいから現れたのは最強ギルド《血盟騎士団》の団長であり、攻略組の危機を救った《神聖剣》の使い手、《聖騎士》ヒースクリフ!!』

 

 『えっと……ヒースクリフさんのスキル《神聖剣》は、その……。』

 

 『ヒースクリフの《神聖剣》は防御補正にボーナスが付き、攻撃を重ねる毎に防御力が上がる攻防一体のスキルだ。勿論、専用のソードスキルもある。これは本人から聞いたことだ、間違いない。』

 

 《神聖剣》に関しての情報が無く、戸惑っているシリカをソーヤがフォローするかたちで解説する。

 コロシアムの中央で対峙した二人は一言二言話した後に、ウィンドウを操作する。空中にデュエルを開始する旨の表示が大きく浮かび、一分のカウントダウンが始まった。

 両者はそれぞれの得物を構える。キリトは背から二振りの片手剣を同時に抜き放ち、ヒースクリフは十字盾の裏から同じく十字をかたどった細身の剣を抜く。一切カウントダウンの表示には目もくれず、お互いの視線が交錯する。

 

 『勝利の女神が微笑むのは《二刀流》か、《神聖剣》か!決戦の火蓋が切って落とされる!それでは、試合……開始!!』

 

 リーブンの声と同時にカウントダウンが終了し、《DUEL》の文字が閃く。それを確認した観客達がキリトとヒースクリフに目を向けるが、彼らは既に地を蹴っていた。




リーブン《Liven》→『盛り上げる』という意味の英語より。


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第十八話 予想外の出来事

 キリトとヒースクリフ戦はカットとなります。申し訳ありません。

 それと、矛盾点などがあれば教えていただけると幸いです。書き方など色々手探りの状態なので。


 ◇◆◇

 

 デュエル終了を告げる紫色のウィンドウが写し出される。そこには『WINNER ヒースクリフ』と表示されており、次の瞬間には歓声が渦巻いた。

 アスナに助け起こされながら呆然とするキリトを観客席の最上段から見下ろす。失礼な話だが、正直彼が勝てるとは始めから思ってはいなかった。何故なら相手はこの世界の創造神、茅場晶彦その人なのだから。

 とはいえ、キリトがヒースクリフを後一撃のところにまで追い詰めたことは予想外だ。その結果、彼はシステムの力に頼らざるを得なくなった。通常ではあり得ないスピードで動いて彼の大技を防ぎきり、決着をつけざるを得なかった。

 禁忌の力を使ってしまったが故か、勝者であるヒースクリフは険しい顔をしていた。茅場晶彦は基本的に公平さを重視する。自身がプレイヤーの一人になろうとも、それは変わらない。昔、一緒にゲーム制作のソフトを遊んだ時がそうだった。

 そしてヒースクリフがキリトとアスナを一瞥し、ゆっくりと控え室に戻ろうとする。だが、あるプレイヤーの一言が耳に入り、彼は足を止めた。

 

 「なぁ、《黒の剣士》に勝った《聖騎士》と異次元の強さを持つ《鬼神》ってどっちが強いんだろうな?」

 

 喧騒の渦の中にあったコロシアムが静まり返る。俺達含め観客の視線が集中するなかで、そのプレイヤーは言葉を続ける。

 

 「だってさ、今解説席に座っている《鬼神》は単独でボスを討伐したんだろ?そして《聖騎士》はボス相手に単独で攻撃を捌いたことがあるらしいぜ。ボス相手に単独で戦えるプレイヤーが二人もいるなら、どっちが強いのか気になるじゃないか!」

 

 それを聞いた観客達は数秒の時間の後、賛同するように頷いて俺へと視線を移す。視線に込められているのは期待や好奇心。もしこれを裏切ったのならばどうなるかわかったものではない。

 

 「……ソーヤさん……。」

 

 「……大丈夫。まだ戦うと決まったわけじゃない。」

 

 心配そうな顔をするシリカの頭を撫でながら、ヒースクリフを視界の中心に捉える。いくら多くのプレイヤーが俺と彼のデュエルを望んだとしても、彼が拒否すれば誰も文句を言うことはできないだろう。それだけのカリスマ性が彼にはある。

 目線を感じたのか、ヒースクリフは最上段に座る俺に金属質の両眼を向ける。その瞳には《血盟騎士団》のギルド本部の時に見せた戦闘欲求が写っていた。それを見た俺は諦めのため息をつき、ヒースクリフは剣を突き出した。

 

 「ソーヤ君、私は君の噂を知った時からもし存在するのならば戦いたいと思っていた。良ければ、手合わせをお願いできるかな?」

 

 「……やっぱりそうなっちゃったか。シリカ、ちょっとだけ行ってくるね。」

 

 「あ……はい、気をつけてください!」

 

 座っていた席を踏み台にして飛び上がり、宙で一回転してからヒースクリフの前に着地した。最早人間とは言えないレベルの運動能力だと我ながら思う。こんなことができるのはこの世界だけだ。

 後この世界にどれだけの時間居られるのだろうかと余計なことを考え始めた脳をリセットするように頭を振って、ヒースクリフの視線を正面から受け止める。

 既にキリトとアスナは姿を消しており、この場に立つのは俺と彼だけだ。

 

 『おおっと!《鬼神》は《聖騎士》とのデュエルを承諾するようです!!今此処に、アインクラッド最強のプレイヤーが決まります!!』

 

 リーブンだとか言った実況の声と共に、コロシアムは再び大歓声が響いた。

 

 「こうして君と戦うことができるとは……嬉しい誤算だったよ。きっかけを作ってくれたあのプレイヤーには感謝せねばならないな。」

 

 ヒースクリフはいつもの余裕がある様子で話し掛けてきたが、俺から見れば今からの戦いに興奮を押さえきれていない幼い子供にしか見えなかった。

 その証拠に、無機質な瞳からは心の奥深くに隠している筈のゲーマー魂が丸見えになっている。

 

 「……そう思うなら、さっさと始めない?早く戦いたいという感情が隠しきれていないよ。」

 

 「それを見抜けるのは君だけだ。全く、昔から君は私の考えや感情などを的確に言い当てる。末恐ろしいものだよ。」

 

 「……望んでこうなった訳ではないんだけどね。それじゃあ、始めようか。」

 

 ウィンドウを操作し、ヒースクリフにデュエル申請を送る。形式は《初撃決着モード》。

 別に《完全決着モード》でも構わないのだが、今からするデュエルは決闘だ。決して殺し合いではない。殺し合いになるのは……彼とこの世界からの解放を賭けた戦いの時だけだろう。

 瞬時に受託され、キリトの時と同じようにカウントダウンが開始する。

 意識をヒースクリフだけに集中させ、殺意を芽生えさせる。加えて、彼の姿を俺をいじめた餓鬼の一人を重ね合わせて芽生えた殺意の加速を速める。意図的に芽生えさせた殺意だけでは彼に勝てない。何だかんだ、俺も負けず嫌いなのだ。

 長年いじめられてきただけあって、俺は様々なタイプの餓鬼を知っている。彼と重ねることのできる餓鬼も瞬時に見つかった。

 体に火がついたように熱くなる。キリトと殺したあの悪魔の時の比ではない程に殺意が溢れ、獣はそれを全て喰らう。獣は暴走寸前のところまで大きくなり、荒々しく吠える。

 

 「……クラエ……コロセ……。」

 

 そう呟き、獣を抑えていた鎖を解いた。自由の身となった獣は獲物を狩る為、動き出す。

 

 

 ◇◆◇

 

 カウントダウンがゼロになった瞬間にヒースクリフは少年に急接近し、盾から引き抜いた片手剣を袈裟斬りするように振り下ろす。しかしそれを少年は難なく片手で受け止めた。

 通常ならば腕が斬り飛ばされてHPが大きく減少する筈だが、少年の腕は身体にくっついたままでダメージも受けていなかった。その原因を探るべく、ヒースクリフは少年の手に目をむける。

 視線が集中していることを感知したシステムが少年の手をより鮮明にする。現実と大差無い程に細かく映し出されたその手には小さな円形盾がびっしりと張り付いていた。

 先程の現象が解明できたヒースクリフの腹に少年の蹴りが迫る。彼は瞬時に十字盾を滑り込ませ、直撃を防ぐ。いくらトッププレイヤーの蹴りといえども盾で防御されてはダメージは全く通らない。両者はお互いHPバーを縮めることなく、距離を取って向き直る。

 

 「《創造》をそのように使うとは……流石だ。昔から常人が思い付かないような事を、さも当然のように思い付く君が羨ましい。」

 

 「ソレハ、ドウモ。ア、ソウダ……モウチョットダケ、ギアヲアゲルヨ?イイヨネ?」

 

 その言葉と同時に少年は腰から片手剣を抜くと、それをヒースクリフに向かって投擲した。加えて片手剣だけではなく、細剣などの装備している武器全てを同様に投げる。

 少年の行動に驚きの色を見せたヒースクリフだが、直ぐに無表情に戻ると飛来する様々な武器を弾き、回避する。結果、どの武器も彼に届くことは叶わずに地に転がった。

 

 「得物をこうも簡単に手放すとは、一体どうしたのかn……!?」

 

 ヒースクリフは少年の放つ殺気に思わず言葉を呑み込んだ。少年は笑みを浮かべている。しかしそれは獣が解き放たれた時と同じ、狂気に満ちた笑みだった。今の少年はまさに獲物を喰らう獣のようだ。

 

 「……コロス……コロシテヤル……。」

 

 少年から赤黒いオーラが噴き出した。オーラは少年の後ろにゆっくりと移動すると、様々な武器を形作る。それらは片手剣に細剣、槍に斧と十種類以上あり、一つの円を描いている。その中から一振りの短剣を取り出すと、少年はヒースクリフの至近距離に突然現れた。

 心臓に向かって一直線に、血濡れたような色の光が突き出される。それを十字盾で受け止めたヒースクリフは硬直で動けない筈の少年に、お返しとばかりに深紅の光を纏わせた片手剣を振るった。その瞬間、彼の鼓膜をギィンという音が揺らす。

 その音と共に少年は硬直を無視して動き出した。短剣を捨てた少年は新しく血濡れの光を纏わせた片手剣を握り、それを振るう。

 少年の凶刃が十字盾の合間を縫ってヒースクリフの頬を掠める。しかしそれと同時に少年もまたヒースクリフの反撃を受け、ダメージを負う。両者のHPは減少を続けていき、残り数ドットで決着がつくところにまでやって来た。

 

 「……コロス……シネ……。」

 

 再び何かがぶつかり合うような音が響き、少年はヒースクリフの背後に一瞬で移動した。その手には包丁に酷似した短剣を握られており、今までで一番鈍く輝いている光を纏わせている。

 両者の苛烈な戦いを見ていた誰もが少年の勝利を確信する。だが、ヒースクリフは驚異的な反応速度で後ろに振り返ると《閃光》の二つ名を持つアスナに匹敵する程の神速の光を宿した突きを繰り出した。

 ロケットのエンジンを連想させる金属質な効果音と共に放たれた二つの光はすれ違い、少年とヒースクリフの腹部を貫いた。それと同時に、紫色のウィンドウが写し出される。そして『DRAW』の表示を見た観客達から歓声が上がった。

 

 「……引き分けか。てっきりシステムか何かで保護されてると思ってたんだけどな……。」

 

 「君の洞察力は本当に恐ろしい。万が一の為に不死属性の発動条件を下げておいて正解だったよ。もし下げていなかったら、またシステムのオーバーアシストを思わず使ってしまうところだった。」

 

 「……何だ、やっぱりそうだったんだ。ああ……頭が痛い……。」

 

 背後の武器が弾けて消え、黒目黒髪に戻った少年はスキルの反動で頭を押さえながら気を失った。

 

 

 ◇◆◇

 

 「……さん!ソーヤさん!しっかりしてください!」

 

 悲痛な声と共に体を揺らされ、朧気だった意識が覚醒していく。最早割れてしまったのではないかという程に痛い頭に無理矢理命令を出し、上半身を起こした。

 誰かに抱きつかれている感触を感じ、瞼を上げる。するとそこには目に一杯の涙を溜めているシリカと俺達の近くを飛んでいるピナがいた。

 

 「……痛っつ……シリカ……?」

 

 「ソーヤさん!!」

 

 俺の意識が戻ったことを確認したシリカは、いつかのように顔を埋める。彼女の肩は震えており、小さな嗚咽も聞こえた。

 

 「シリカ……また心配かけてごめんね。」

 

 涙で俺のコートを濡らすシリカの頭に手を置いて撫でながら、周囲に目を配る。

 今俺がいる場所はヒースクリフと戦ったコロシアムのど真ん中。観客席からは歓声が上がっており、未だ冷めやらぬ熱気が伝わってくる。

 そしてなにより、俺の前にヒースクリフが立っている。現実世界でも自分のことが終われば、直ぐに何処かへ行ってしまう彼がまだ此処にいるということは決着がついてからそれ程時間が経っていないことを示していた。

 

 「ソーヤ君、噂通りの強さだったよ。良ければ、またいつか戦ってみたいものだ。」

 

 「勘弁してよ。あんたと戦う度に俺はスキルの影響で確実に気絶するんだからさ。そして気絶したらこんな風にシリカを泣かせてしまう。俺はそう頻繁に彼女を泣かせたくないんだ。」

 

 「そうか。それは失礼なことをしたな。」

 

 そう言うとヒースクリフは身を翻して控え室の方へ去っていった。それを見届けた俺は、顔を埋めたまま動かないシリカに声を掛ける。

 

 「シリカ、大丈夫……じゃないよね。」

 

 「……怖かったです……。ソーヤさんがまた狂ってしまったように……見えてしまって……。」

 

 俺が狂った時のことを思い出してしまったのか、シリカの声はか細く震えている。いや、声だけではない。俺に抱きついて顔を埋めている彼女の体もまた、恐怖で震えていた。

 確かにヒースクリフとのデュエルでは、あの悪魔の時以上に殺意を獣に喰わせて大きくし、俺自身をより獣に近付けた。加えて途中で更に餌を与えて意識を失う寸前のところにまでいった。もし意識を失っていれば、全てを殺し尽くす獣が再び現れていただろう。

 獣が解き放たれて半人半獣となった今でも、俺が再びあの獣になる可能性は残っているのだ。

 

 「……本当に、ごめん……。」

 

 俺の腰に手を回しているシリカを抱き寄せ、抱きしめた。後どれぐらいの時間、感じられるのかわからない彼女の温もりが伝わってくる。

 その背をシリカに告白されたあの日の夜と同じように優しく叩く。すると彼女は安心したのか、俺に全体重を預けてすやすやと寝息を立て始めた。

 そして眠ってしまったシリカをお姫様抱っこしてこの場を後にしようとした時、見覚えのある黒と白の剣士二人の姿が目に入った。

 

 「……おい、大衆の前で何やってんだソーヤ。周りを見ろ。」

 

 「うん……ソーヤ君、本当に周りが凄いことになってるよ。」

 

 「……?」

 

 キリトとアスナの声に吊られて周囲を見渡すと、観客達が俺が自己紹介をした時と同じような歓声を上げていた。なかには「結婚してしまえー」などというものもあり、顔が少し赤くなる。

 よくよく考えれば、不特定大多数の前で抱き合うようなことをすればこうなることは必然である。『恋は人を盲目にする』というが、それはどうやら本当のことのようだ。

 

 「……ごめん。シリカのことで精一杯だった。これ以上大変なことになる前に、帰らせてもらうね。」

 

 そう言ってピナを頭の上に置かせると、キリトとアスナの横を抜けてそのままコロシアムを後にする。

 

 「ううん……ソーヤさん……。」

 

 シリカの声に起きたかと思い、視線を落とす。しかし寝言だったようで、彼女は俺の腕の中で幸せそうな顔で眠っていた。

 いつかその幸せいっぱいのシリカと別れることになってしまうのかと思うと心が痛くなる。今の最前線はこの第七十五層。これまでの攻略ペースから考えて、彼女と一緒にいることのできる時間は後一年も残されていないだろう。

 シリカと付き合うようになり、キリト達に本当の俺で接することができるようになったばかりの頃は母親の言う人間と出会えたと喜んでいたが、今では攻略に向かおうとする俺の手枷足枷となっている。

 俺が攻略を進めることで、この夢が覚めてしまう時に一歩ずつ近づいてしまっている。シリカの幸せそうな顔や、キリト達の明るい様子を目にすると最近はそう考えてしまう。

 その思考が顔を覗かせる度に「友達になった皆を裏切ってはいけない」と言い聞かせていたが、それももう限界に近い。

 母親が勧めてくれたこの世界で俺は、友達だけでなく大切な人も手に入れた。それを失いたくないという思いが日に日に強くなっている。

 

 「……母さん、俺はシリカやキリト達と別れたくないよ。この世界でいいからずっと一緒にいたい。初めてできた本当の友達を失いたくないよ。」

 

 「きゅるるる!」

 

 「……『大丈夫』だって?はは、ピナは優しいなぁ……えぐっ……。」

 

 誰にも聞こえないまま消え去りかけた俺の泣き言にピナが反応してくれた。ピナだってこのゲームがクリアされれば、ずっと付き従ってきたご主人であるシリカと別れることになる筈なのだ。

 それなのに、そんな心配は無用だと言わんばかりに力強く鳴いたその声は俺の気持ちを少しだけ軽くしてくれる。

 俺は頬を伝おうとする涙を堪えながら、重い足取りで今日泊まる予定の宿に向かっていった。



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第十九話 記憶を失った謎の少女

 クラディールのところはオリ主が関わらず、原作と同様になってしまうのでカットしました。

 前回に引き続き、申し訳ありません。


◇◆◇

 

 「うわぁ、とっても自然豊かな層ですね!」

 

 「うん、とても綺麗な景色だね。確か、この第二十二層は迷宮区以外ではモンスターが出ないそうだよ。だからたった数日で攻略されちゃったみたい。」

 

 俺とシリカは第二十二層の転移門前の広場に到着し、その自然豊かな光景に感嘆の声を上げた。針葉樹で埋め尽くされた森は、現実世界とそう大差無い程に美しく見える。

 

 「ソーヤさん、早く行きましょう!キリトさんの家は此処からかなり遠いですから!」

 

 シリカが未だに景色を堪能している俺のコートを引っ張る。彼女の近くを飛んでいるピナもご主人様を手伝おうと思ったのか、俺の眼前にホバリングすると小さな口を開いて火を吐いた。

 因みに此処は《圏内》なのでHPは減少せずにすんだのだが、俺の顔には火の中で炙られているような感覚が駆け巡る。まぁ、実際にピナのブレスで炙られているのだが。

 ピナがブレスを浴びせ始めて数秒後にシリカが止めてくれたから良かったものの、長時間あれを食らっていたら大変なことになりそうだ。

 最近、ピナがどんどん過激になってきているなと思いながら俺達はキリトの家に向かって歩きだした。

 

 

 ◇◆◇

 

 「キリトさん、アスナさん、シリカです!ソーヤさんもいますよー!」

 

 シリカが第二十二層のほぼ南端に建つ一軒の小さなログハウスの扉を叩く。その直後に「はーい今出まーす」という声が返ってきて、穏やかな雰囲気を放っている木製の扉が開かれた。

 

 「シリカちゃんにソーヤ君、こんな遠いところにまでご苦労様。」

 

 「ああ、よく来たな。外で話すのも何だから、遠慮なく中に入ってくれ。」

 

 扉を開いて俺達を出迎えてくれたのは《血盟騎士団》の副団長として有名な《閃光》アスナと、《二刀流》のユニークスキルを持つ《黒の剣士》キリトだった。

 攻略組のトッププレイヤーに位置する彼らが何故、こんな低層のログハウスでゆっくりとしているのか。それにはキリトが《血盟騎士団》に入団した直後に起こったある事件が原因となっている。

 キリトはデュエルに敗北した翌日、フォワード陣営を預かる男に実力を見せる為に四人パーティーで迷宮区に潜ることになった。

 キリトが組んだメンバーはその男と誰だかわからない団員、そしてアスナの護衛にも関わらず彼女のことをストーカーしていたクズ野郎。そいつの姿を確認した彼は警戒を露にしたが、ぺこりと頭を下げて謝罪したのを見てやむなく納得した。

 それから順調に攻略を進めていったが、休憩の時間に事件は起こる。なんとクズ野郎が用意した水には麻痺毒が混ぜられており、そいつ以外の三人は地に伏してしまったのだ。

 計画が成功したクズ野郎は目に狂気の色を浮かべ、自身の大剣で躊躇なく動けない男と団員を殺した。そしてキリトも殺そうとしたが、ギリギリで駆けつけたアスナがそれを阻止する。

 無表情になったアスナはキリトにも見えない剣さばきでクズ野郎を追い詰めていき、瀕死になったそいつは剣を投げ捨て命乞いをした。

 その姿に一瞬躊躇いを見せたアスナはクズ野郎に愛剣を弾き飛ばされ、逆に殺されそうになる。しかし麻痺から復活したキリトが彼女とそいつの間に割り込み、僅かに残っていたHPを刈り取った。

 この事を報告された茅場晶彦、もといヒースクリフはキリト達に休暇を出さざるを得なくなり、今に至る。捕捉しておくと彼らはその事件がきっかけでお互いの恋心に気づき、結婚している。恋人という関係を省略した結婚とはこれ如何に。

 とにかく、この話を聞いた俺はキリトがまた自己嫌悪に陥っていないか心配だったのだが、杞憂に終わったようだ。それならば結婚した二人を祝ってやろうと思った瞬間、聞き慣れない声がした。

 

 「パパ、ママ、あの人達は誰?」

 

 ログハウスから出てきたのはシリカよりも年下の少女だった。その少女はキリトとアスナのことをパパ、ママと呼んでいる。

 俺とシリカの目は何度もその少女とキリト達の間を行き来する。そして恐る恐る彼らに問う。獣の冷徹な思考で何度考えても出た答えは同じだった。

 

 「……キリトにアスナ、もしかして結婚して早速頑張ったのか?」

 

 「違う!断じて違う!そもそも、此処では作れないだろうが!!」

 

 「そそ、そうだよソーヤ君!もし仮にそうだとしても成長速度が明らかにおかしいでしょ!!」

 

 俺の問いに顔を真っ赤にしたキリトとアスナが全力で否定する。その様子がおかしかったのか、少女は顔に年相応の無邪気な笑みを浮かべた。

 この少女がキリトとアスナに心を開いていることは間違いない。それがますます彼らの子どもなのではないかという疑心を膨らませる。もし違うのならば、何故少女は彼らをパパ、ママと呼んでいるのだろうか。

 疑いの目を変わらず向けていると、耐えられなくなったキリトとアスナが「こうなった経緯を話す」と言って、俺とシリカをログハウスの中へと入れた。

 

 「……なんだ、そういうことなら言ってくれれば納得できたのに。」

 

 「まぁ言ってはいないけども、はっきりと否定したのに疑い続けてたのはソーヤだろうが……。」

 

 キリトの声を聞き流しながら、ピナと遊んでいる少女に目を向ける。少女はキリトとアスナの間に誕生した子ども……ではなく、この第二十二層の森の中で倒れていたプレイヤーだそうだ。名前はユイと言った。

 しかしプレイヤーとしては少々不可解なところがあり、視線を合わせてもカーソルが出ず、右手ではなく左手を振って表示されたウィンドウはデザインが異なっているらしい。

 キリト達と出会った経緯としては、この辺に出ると噂になっていた幽霊を見ようと森の中を探索している時にたまたま見つけたとのこと。そして記憶喪失になっており、キリトのことをパパ、アスナのことをママと呼んでいる。

 

 「それで、これからどうするの?」

 

 「そんなの決まってるじゃないか。ユイの両親を探して見つける。そこでなんだが……今手掛かりも何もないから、手伝ってくれないか?人手が多ければ、早く見つけられるとおもうからさ。」

 

 「わかりました!頑張ってユイちゃんの両親を見つけましょう!」

 

 キリトの頼みをシリカが即座に了承する。彼女はこういう頼みを断れない心優しい性格だ。どんな人であれ困っていたらのなら手をさしのべる。そんな彼女が俺には眩しく見えた。

 

 「始めは何処に行く?」

 

 「《はじまりの街》だ。ユイは見たところこの森に迷い混んだ感じだったから、此処に来る前は下の層にいた確率が高い。」

 

 「了解。それじゃあ行こうか。アスナ、料理ご馳走さまでした!」

 

 ユイとピナを見守っていたアスナにお礼をして立ち上がり、ウィンドウを操作してストレージの中に収納している武器を直ぐに装備可能な状態にする。今から向かう《はじまりの街》は俺が殺したクズ野郎がいた《軍》のテリトリーだ。警戒するに越したことはない。

 全員の支度が整ったところでログハウスを出て、転移門の広場へと向かう。ユイはキリトに肩車をされながらきゃっきゃと騒いでいる。本当に見れば見るほど親子なのではないかと思ってしまう。

 そうしているうちに転移門の広場に到着し、青く光る転送空間に入ってボイスコマンドを入力する。視界を埋める強い光が消えた時には、俺達は《はじまりの街》に降り立っていた。

 

 「……あれからたったの二年か……。」

 

 巨大な広場とその奥に横たわる街並みは嫌でもこの世界でデスゲームの開始が宣言されたあの日を俺に思い出させた。赤いローブを纏った茅場晶彦が絶望という名の爆弾を次々と投下したことは今でもはっきりと覚えている。

 あれから二年の時が過ぎた。人によっては長いと感じる時間だが、俺にとってはあっという間に感じた。その原因は俺自身と周囲の変化だろう。

 過保護だった母親に勧められてこの世界に来た俺は、これまでに多くの人間と関わった。それは他者を疑うことが普通であった俺を少しずつ、それでも確実に変化させていった。

 そしてその果てに俺は母親の言う人間……友達を見つけることができた。更に、人間の皮を被った獣の俺を受け入れてくれた大切な人も隣にいる。俺はその者達を微塵も疑わず信頼している。この二年で俺の周りは大きく良い方向に変わった。

 しかしゲームの終わりが見えてきた時、俺はいつか彼らと別れなければならないことに気づいてしまった。夢から覚め、この変化は幻となり、また孤独になってしまうことを理解してしまった。

 いっそこの事を皆に打ち明ければ、いくらか気持ちが楽になるだろう。誰かに悩みを話せば追い詰められた心の傷が癒されることは知っている。

 だがこれを話すことは許されない。皆を裏切るようなことは認められない。帰還を拒むようなことは、絶対に言ってはならないのだ。

 

 「ソーヤさん?」

 

 「ううん、何でもないよ。さぁ、行こっか。」

 

 だから俺は仮面を張り付ける。周りも、自分自身すらも欺く嘘で塗り固められた仮面を。望むことを許されない禁忌の願いを持つ本当の俺を誰にも見せないようにする為に。

 

 

 ◇◆◇

 

 「ユイちゃん、此処に見覚えのある建物とかある?」

 

 「うーん……わかんない。」

 

 先程からこの繰り返しだ。アインクラッドで最大の広さを誇る《はじまりの街》を歩き回っては、定期的にユイに見覚えのある建物がないかアスナが聞く。しかし未だに何の成果も得られておらず、今回も失敗に終わってしまった。

 残っているのは東の方角かとウィンドウを開いてマップを確認していると「子ども達を返してください!」という声が聞こえた。何処から聞こえたのか気配を探ろうとした時には既に、隣にいたシリカが勢いよく駆け出していた。

 ステータスの暴力によって風となったシリカはショップの前や民家の庭などを突っ切っていく。そんな彼女を見失わないように俺も全速力で追う。後ろにちらりと目を向ければ、ユイを背負ったキリトとアスナもやや遅れながらもついてきている。

 走り始めて数秒後、細い路地を塞いでいる一団と一人の女性プレイヤーが目に入った。第七十四層で俺が殺したクズ野郎と同じような装備の一団は《軍》で間違いない。その中に三つぐらいの気配が囲まれていることから《軍》のプレイヤー達が女性プレイヤーの言う子ども達がいるのだろう。

 状況を大まかに理解した俺は速度を上げ、横に並んだシリカにそのことを伝える。それを聞いた彼女は目に怒りの炎を宿して躊躇なく路地に駆け込むと、これまたステータスの暴力で《軍》のプレイヤー達の上を飛び越えた。勿論、彼女を一人になんてできないので俺も同様に飛び越えて四方が全て壁になっている空き地へと降り立った。

 

 「うわっ!!」

 

 驚愕の声を出して飛び退いた《軍》を横目にしながら、気配を感じる方に目を向ける。そこには装備を解除して簡素なインナー姿となっているシリカと同じぐらいの背丈の少年と少女が身を寄せ合って震えていた。

 シリカは内に燃え上がる怒りを隠し、子ども達に微笑みを見せた。

 

 「もう大丈夫ですよ。早く装備を元に戻してください。」

 

 子ども達は突然現れた俺とシリカに目を丸くしていたが、直ぐに小さく頷いて装備を戻し始めた。

 

 「おい!いきなり出て来て何なんだよお前ら!《軍》の任務を邪魔するつもりか!!」

 

 「まぁ、待て。そんなに騒ぐ必要はない。」

 

 喚き声を上げる一人のプレイヤーを押し留め、装備が若干豪華な男が進み出てきた。その様子からしてリーダーにあたるのだろう。

 

 「お前ら見ない顔だが、俺達解放軍に楯突く意味がわかってんのか?なんなら、本部に行ってじっくり話を聞いてもいいんだぜ?それとも《圏外》に行くか?」

 

 リーダー格の男は腰からやや大きめの《ブロードソード》を抜き、わざとらしく刀身をペタペタと叩きながら近寄って来る。完全に俺達をなめている態度だ。

 その態度があの思い出したくもないクズババアと重なって見えてしまった。そして芽生えた殺意を獣は見逃しはしない。殺意という名の餌を喰らい、獣は大きくなって俺の両目に熱を感じさせる。

 しかし俺の意識を奪う程ではない。獣を解き放つ前、シリカと出会ったあの森で殺意の発散をしていた頃ぐらいの殺意だ。いくら大きくなった獣とはいえ、今の獣はあの悪魔や茅場晶彦とのデュエルの時とは比べ物にならない程に小さい。

 

 「……シリカ、行くぞ。」

 

 「勿論です。ピナも行くよ。」

 

 「きゅるるる!」

 

 ウィンドウを操作して俺は片手剣《ロンリライアー》を握り、シリカは俺がプレゼントした短剣《パストラスト》を手に持った。そのまま光をそれぞれの得物に纏わせる。

 

 「お……?」

 

 状況が理解できず、口を半開きにする男に一瞬で接近した俺達はその顔面目掛けてソードスキルを放った。

 血塗れた赤と鮮やかな青の光が周囲を染め上げる。男は発生した衝撃によって仰け反り、呆然とした顔浮かべながら尻餅をついた。そこに間髪いれずピナが吐いた灼熱ブレスが直撃し、あまりの熱さに顔を覆いながら地を転がる。

 

 「……戦闘が望みならいくらでもやってやる。」

 

 「相手はソーヤさんと私、そしてピナ。HPは減らないから、思う存分かかってきなさい!」

 

 「ま、まさか《鬼神》と《竜使い》!?ど、どうしてこんなところに!?」

 

 「……お前は知る必要など無い。」

 

 俺とシリカの正体に気づき、驚愕を露にした男に向かってもう一度ソードスキルを放つ。再び衝撃が発生し、横に転がっていた男は方向を変えて後ろに転がる。

 いくらダメージがないとはいえ、戦闘になれていない者ならば耐えることは厳しい。男は先程見せた武器を見るに戦闘経験は皆無に近い。あのやや大きい《ブロードソード》は損傷も修理もされたことがない薄っぺらい輝きを放っていたのだ。

 

 「お、お前ら……早くなんとかしろっ……!」

 

 男は後ろで見ているであろう部下に指示を出したが、誰一人反応がなかった。その事に疑問を感じた男が振り返ると、シリカがピナと共に男の部下を次々と蹴散らしていた。

 シリカの《パストラスト》から放たれたソードスキルが強烈な衝撃を発生させて吹き飛ばし、ピナの灼熱のブレスが大人数を巻き込んで戦闘不能にまで追い込む。今の彼女にこそ俺の二つ名である《鬼神》がぴったりだと感じた。

 それにしても、シリカが敬語を外したところを見たのは初めてだ。「取ろうと意識しても外れないんです」とまで言っていた敬語が外れるとは、彼女の怒りは相当なものなのだろう。現に今も、彼女は人を殺しかねない勢いで短剣を振るっている。

 暴れまわるシリカとピナを視界の端に捉えながら恐怖に震え、甲高い悲鳴を上げ続ける男にひたすらソードスキルを撃ち込んでいると南北の通路からも《軍》のプレイヤーどもが走り込んできた。

 一方的になぶられている仲間を助けようとする《軍》の連中の前に俺は立ち塞がり、空いている片手で細剣《スカービースト》を抜く。かなり前から使用している剣だが、何度も強化を重ね、今でも一線級の性能をしている。

 

 「……シリカの邪魔はさせないぞ。此処では肉体的にコロスことが無理だから、精神的にコロシテヤル。」

 

 そう言い放つと俺は放たれた殺気に足が止まった連中に突っ込んだ。

 一番前にいるプレイヤーに向かって《スカービースト》を投擲し、紫色の表示に弾かれている間にソードスキルを叩き込む。

 そして《ロンリライアー》を宙に投げて《スカービースト》を地に落ちる前に掴み、硬直をキャンセルしてまた別の標的にソードスキルを放つ。

 ただそれを何回も繰り返し、数分後には気絶したプレイヤーが山のように積み重なった。シリカの方を見れば、そちらも同じぐらいの高さの山ができていた。

 少し殺りすぎてしまったかと思っていると、助けたうちの一人の子どもが俺とシリカを見て目を輝かせていた。

 

 「すっげぇ……兄ちゃん達強すぎだろ!」

 

 「大丈夫だって言ったろ?……それでもちょっと暴れ過ぎだが。」

 

 「「あはは……。」」

 

 助けた子ども達を守ってくれていたキリトの言葉に俺とシリカは乾いた笑いをする。すると子ども達からわっと歓声が上がった。女性プレイヤーも両手を胸の前で握り締めて、泣き笑いを浮かべている。

 しかし次の瞬間に細いが、よく通る声がした。

 

 「ああ……みんなの……みんなの、こころが……。」

 

 「ユイ!どうしたんだ、ユイ!!」

 

 声の主はユイだった。まるで何かを思い出すように顔をしかめて唇を噛んだかと思えば、その顔を仰け反らせて高い悲鳴を上げた。

 

 「うああ……あああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 叫び声を上げるユイを中心として周囲にノイズの音が響く。その直後に彼女は強張った全身を脱力させて気を失った。

 

 「……何だったんだ、今のは……。」

 

 そう呟いた俺の問いに答える者はこの場に一人もいなかった。



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第二十話 腐敗した《軍》

 投稿が遅れてしまい、本当に申し訳ありませんでした。

 これからの展開をどうしようか悩んでいた為、執筆時間があまり取れませんでした。

 後、「シリカ強化」のタグを追加しました。見返すと原作のシリカよりもかなり強くなっていますので……。

 


 ◇◆◇

 

 「……此処は何かの戦場なのか?」

 

 「ソーヤさん……此処は皆で朝ごはんを食べる場所です。……その筈です。」

 

 俺は眼前で繰り広げられる子ども達の朝食の様子を見て呆然と呟き、シリカが自分に言い聞かせるように呟きを返す。

 俺達は今、第一層にある教会の広間にいる。此処には昨日いた女性プレイヤー……サーシャが身寄りのない小学生から中学生の子ども達を住まわせている。もしもの話、俺が攻略に行かなければ此処のお世話になっていたのかもしれない。

 巨大な長テーブルに並べられた数々の料理を約二十人の子ども達が盛大に騒ぎながら食べているその様は、まるで現実世界での学校のようだ。

 

 「でも、とても楽しそう。」

 

 戦場から少し離れたところにある丸テーブルに俺達と腰かけているアスナが子ども達に目を向けながら微笑を浮かべ、カップに入っているお茶と思われる液体を啜った。

 アスナの視線に吊られてそちらを見ているサーシャは困ったような顔をしながらも、その瞳にははっきりと子ども達を愛おしく思う感情が写されている。キリトも同じような感情を写しながら、彼の側でアスナお手製の料理を次々と口の中に放り込んでいるユイの頭を撫でていた。

 昨日、周囲にノイズを発生させながら気絶したユイは幸いにも数分後に目を覚ました。しかし、今の彼女の状態で転送門を利用したらどうなるのか不明な為、熱心に誘ってくれていたサーシャの教会の空き室を借りて一夜を過ごしたのだ。

 今朝のユイの調子は見る限り絶好調と言っても過言ではないぐらいに元気いっぱいだ。だが、状況は全く変化していない。手掛かりが未だに何一つ得られていないのだ。

 朝食を食べる前に訊ね人の張り紙が張ってある場所に行ったのだが、ユイのことに関する訊ね人のものは一つも見当たらなかった。

 この事から、ユイには俺と同じように両親が存在しないと推測した。もし彼女に両親がいれば、翌日にはこの世界で訊ね人の情報が集まっている此処にユイのことを探す張り紙が出ているはずだからだ。

 自分の腹を痛めて産んだ子どもを大切にしない親は親とは言えない。血縁上は親にあたるのかもしれないが、それは親ではない。ただのクズ野郎だ。例えば子どもをいじめ、その命を奪うような親などは親と言うのもおこがましい。

 だから俺はそのようないじめが蔓延るあの世界は嫌いだ。デスゲームと化したこの世界のほうが、よっぽどましだと思えるぐらいに。

 俺が自然と拳を握り締めていたことに気づいた頃、キリトがカップを置いて口を開いた。

 

 「サーシャさん、一体いつから《軍》の連中はあんな犯罪者紛いなことをするようになったんです?俺の知る限りじゃ、治安維持に熱心だったはず。」

 

 「それは確か半年前ぐらいからですね……。当時は昨日のような人達と、それを取り締まっている人達がよく対立していました。噂程度ですが、上の方で権力争いか何かがあったみたいで……。」

 

 そのことを聞いたキリトがアスナに「ヒースクリフはこの事を知っているのか」と聞いているが、そのプレイヤーの性格を知っている俺には彼女の回答が予想できてしまった。

 そして俺の予想通り、アスナは「知ってはいるが、行動を起こすことは多分しない」と答えた。因みにシリカはまた眠たくなったのか、俺の隣でピナと一緒に規則正しい寝息を立て始めた。時々忘れてしまうが、彼女もまだ子どもなのだ。

 茅場晶彦は情報を幅広く集めることはするものの、自身が関わる可能性のあるものにだけしか興味を示すことはしないのだ。

 キリトは顔をしかめながらカップに手を伸ばす。彼は今の《軍》をどうにかしたいと考えているのだろう。そんなことを考えていると、この教会に近寄って来ている気配を一つ感じ取った。

 

 「誰か来る、一人だ。」

 

 キリトもその事に気づいたのか、視線を扉へと移す。その数秒後に一つの人影が向こうに見え、音高くノックが響く。警戒を怠らずに俺とキリトが先行して近づいていき、ゆっくりと扉を開けた。

 そこにいたのは長身の女性プレイヤーだった。一言で彼女を表すのならば『美人』がぴったりだろうか。しかし、装備を確認した俺は目線を鋭くした。

 鉄灰色のケープに隠されてはいるが、間から見えている鈍い輝きを放つ金属鎧は明らかに《軍》のものだ。加えて腰には剣と黒革の鞭がぶら下げられており、それが更に警戒心を引き上げる。

 

 「お前、一体何の用d……」

 

 「あら、ユリエールさん。あの、この人は大丈夫だから警戒を解いてくれない?」

 

 「……いきなりすまなかった。」

 

 サーシャの言葉とその様子から嘘ではないと判断した俺は謝罪をしてから警戒を解く。キリトも同様に警戒を解き、ユリエールを食堂へと案内した。

 食堂にいた子ども達はユリエールの身なりを見て警戒の色を滲ませたが、サーシャの一言で子ども達は肩の力を抜いて再び容赦なき戦場に飛び込んでいった。彼女は相当な信頼を子ども達から置かれているようだ。

 状況が読めないアスナの問いかけるような視線に首を傾げて答えるキリトと共に元の席に座り直す。シリカはまだ起きる気配を見せない。昨夜はあまり眠れなかったのだろうか。

 

 「はじめまして、ユリエールです。ギルドALFに所属しています。」

 

 ユリエールはまっすぐとした目線を俺に向け、ぺこりと頭を下げた。

 

 「ALF……ああ、アインクラッド解放軍の略称か。俺はソーヤだ。そして俺の隣で寝ているのがシリカとピナ、向かいに座っているのが《血盟騎士団》のアスナとキリト、その間にいる子はユイだ。」

 

 何かよく分からないスープを飲んでいたユイは顔を上げ、ユリエールを注視する。その視線を感じた彼女は驚きの顔を変え、ユイに微笑みを返す。するとユイも笑みを浮かべ、再び謎のスープを飲み始めた。

 

 「……それで何の用だ?もしかして、昨日のクズ野郎どものことに関しての抗議か?」

 

 「いえいえ、その事に関してはよくやってくれたとお礼を言いたいです。」

 

 「……」

 

 状況が掴めずに皆が沈黙するなかで、ユリエールは俺に向かって姿勢と正した。

 

 「今日は貴方にお願いがあって来ました。……ダンジョン最深部にいるシンカーというプレイヤーを私と共に助けてほしいんです。」

 

 それからユリエールは何故そのような状況になったのかを説明した。

 元々、情報や食糧などの資源をなるべく多くのプレイヤーで均等に分かち合おうとしたシンカーはギルドを立ち上げた。

 しかし巨大化し過ぎたギルド内では獲得したアイテムの秘匿などが横行し、当時のリーダーだったシンカーはどんどんお飾り状態となっていき、収入が激増した案を打ち出したことによって近頃権力が強くなってきたキバオウが実権を握るようになった。

 ところが末端プレイヤーの中で「攻略を蔑ろにしていては本末転倒なのではないか」という声が広がり、キバオウはその声を抑えようと最前線のボス攻略にハイレベルだったプレイヤー達を送り出した。

 その結果は散々なものとなり、追放されることを恐れたキバオウは三日前、シンカーを罠に掛けるという強攻策を実行。それは見事に成功し、シンカーは丸腰でダンジョンの奥深くに放逐された。

 大まかな流れはこんな感じのものだ。そしてそのダンジョンはユリエールだけでは突破できず、今の《軍》の戦力はあてにできない。

 そんな時に恐ろしく強い二人組が現れたと聞いたユリエールはその力を借りようとこうしてお願いに来たということだ。

 

 「厚かましいことは自覚しています。それでももう三日も戻って来ないシンカーの名前にいつ横線が引かれるのか不安でたまらないんです。だからどうか、手伝ってくれませんか?」

 

 「……それなら、キリトとアスナに頼むのが良いだろう。俺にはやることがある。」

 

 「え?それは一体……」

 

 「……攻略に行くんだ。キリトとアスナが休暇中な分、俺が頑張らないといけないからな。」

 

 「ソーヤ、隣で寝ているシリカはどうすんだ?」

 

 俺は隣に目を向ける。そこには子猫のように丸まりながら幸せそうな寝顔をしているシリカとピナがいた。こうしてみると、彼女もこの教会の一員のように見えてしまう。

 

 「……幸せそうに眠っている子を無理矢理起こすような真似はしないさ。此処にいればシリカも子ども達も安全だろう。なに、キリト達の方が終わる頃には帰るつもりだ。」

 

 そう言って俺は立ち上がり、教会を後にする。しかし俺が足を向けたのは転移門の広場ではなく、《軍》の根城となっている黒鉄宮だった。

 

 

 ◇◆◇

 

 全てのプレイヤーの名が刻まれた《生命の碑》が置かれている広間には、友人や恋人の死を受け入れられない者達の悲痛な声が今日も響いている。

 しかしその声がまるで聞こえていないかのように、すたすたと歩いている少年は《生命の碑》の横を通りすぎようとして……《軍》のプレイヤー達によって行く手を遮られた。その中のリーダー格であろう男が出て来て、少年の前に立ち塞がる。

 

 「おい何だ貴様は。これ以上先は我らアインクラッド解放軍の関係者だけが入れる場所だ。貴様のような一般プレイヤーが入ることは許されんぞ。」

 

 「……その傲慢な態度、あのクズ野郎の息がかかっているな。」

 

 「貴様、何を言っている?さっさと立ち去らねばそれ相応の対処をせねばなr……!?」

 

 突然、鋭い刃が自身の首筋に突きつけられているような錯覚を覚えた《軍》の男は言葉を呑み込む。男を睨む少年の瞳は殺意が芽生え始めているのか、やや赤色が混じっている。

 

 「……お前は、キバオウというクズ野郎の場所を知っているか?」

 

 「なっ……!?貴様なんぞに言うわけがないだろ!」

 

 「……そうか。じゃあ……ジャマ、コロス、シネ。」

 

 刹那、紫色のエフェクトと共に発生した強烈な衝撃が男を襲う。堪らず尻餅をついた男が見たのは、細剣を腰の鞘から抜き放ち、瞳が完全に赤く染まっていた少年だった。

 少年の瞳が男を捉えた瞬間、男は今までで感じたことの無い恐怖に包まれる。訓練の時とは比べ物にならない、まるで自分の心臓が悪魔の手に鷲掴みにされ、いつ握り潰されるのかわからないような恐怖だ。それが男から思考を奪い、ただ恐怖に震えるオブジェクトへと変貌させる。

 少年の握る細剣に赤黒い光が宿る。此処は《圏内》で死ぬことはシステム上あり得ない筈なのだが、男には明確な『死』が感じられた。眼前の少年によって殺されるとしか思えなかった。

 そして少年がその光を放った直後……男は白目を剥いて力なく倒れた。

 気を失った男を邪魔だと言わんばかりに蹴り飛ばした少年は、行く手を阻んでいる《軍》のプレイヤー達をその赤い瞳で捕捉する。大の大人を気絶にまで追い込んだ恐怖の鎖が今度は彼らに絡み付いた。

 

 「……ひっ!」

 

 その声が誰のものなのかはわからない。だが次の瞬間には少年の前にいた《軍》のプレイヤー達は先程の男と同じ結末を辿っていた。

 

 「……ドコダ。アノ、クズヤロウハ……。」

 

 バタバタと倒れている者達には目もくれず、黒鉄宮の中に入りながら少年はその場に立ち止まって瞼を下ろし、数秒後に赤い瞳をある一点へと向ける。獣の眼が今日の獲物を見つけたようだ。

 それからの少年の行動は早かった。細剣を鞘に戻すと同時に獲物がいる場所までトップスピードで向かったのだ。

 獲物に近づいていけば近づく程に多くのプレイヤー達が少年の邪魔をしようと集まってくる。しかし彼らは実戦を全く経験していない雑兵の集まり。少年の殺意に耐えられる訳がなかった。

 少年が動き始めてから数分、獲物がいる部屋の扉が荒々しく開かれる。

 

 「なっ、なんや!何があったんや!?」

 

 何事かと非常に驚いた様子で獲物が扉へと目を向けた先には、殺気をこれでもかと放っている少年の姿があった。

 

 「……ヒサシブリ……クズヤロウ……。」

 

 「《鬼神》!?な、何でお前がこんなところにいるんや!答えんか!」

 

 「……コリドー、オープン……。」

 

 獲物の問いには一切答えず、少年は深い青色をした結晶を取り出して使用する。その結晶が砕けると同時に、渦巻くゲートが開かれた。

 恐怖の鎖に絡み付かれた獲物は何の行動も起こせなかった。それが獲物を一気に死へと近づける。

 獲物の背に突如強烈な衝撃が走る。それが少年による蹴りだと理解した頃には、獲物は渦巻くゲートに吸い込まれていった。

 そして少年もまた、渦巻くゲートへと姿を消す。そして渦巻くゲートが消滅しかける直前、獲物の断末魔とポリゴンが弾ける音が響いた。

 

 

 ◇◆◇

 

 「……『死』か……。」

 

 そう呟きながらあのクズ野郎を殺した瞬間を思い出す。奴はHPが尽きる最後まで俺に怨嗟の声を吐き続けた。それに対しては何も感じなかったのだが、ポリゴンが弾ける様子を見た時に感じたことがあった。

 それは『死』。この世界でHPがゼロになると、頭に被っている機械によって脳をチンされて現実でも死んでしまう。これは命を代償として、このゲームをクリアせずに脱出できる唯一の手段だ。

 そう……俺から見れば『死』というのは夢から覚めないまま永遠の眠りにつくことが可能なのだ。

 俺は何度も他者を信頼し、裏切られてきたことで何かを失った時の痛みがどれ程に激しいものなのかを知っている。

 もしゲームがクリアされて現実へと帰還し、シリカ達ともう会えなくなったとしたら……俺は俺でいられる自信がない。それならいっそのこと……

 暗い思考をする頭を一旦リセットし、《生命の碑》に並んだ無数の名前の中にある《Kana》という名前に目を向ける。その名前には横線が引かれ、隣に小さく死亡原因が書かれていた。

 

 (……母さん、デスゲームになることを知らされていなかったんだね。もし知っていたら、過保護な母さんは俺にそのゲームの存在すら認知させないようにするかもしれないから……。)

 

 このプレイヤーが母親ではないことは十分承知している。だがクズ野郎を殺し、此処に戻ってきてその名が視界に写ってから俺は《生命の碑》の前で立ち止まっていた。

 新原華菜。一人っ子だった俺に過保護で、あの腐った世界で一番に信用できた人物。一時的とはいえ、俺をこの世界へと誘い、信頼できる者達と出会わせてくれた恩人。

 その分、もう会えないと考えると心が痛い。世の中、いい人から死んでいくというのは本当のことなのだろうか……。

 

 「あっ!やっと見つけましたよ、ソーヤさん!全く、私を置いていくなんて酷いd……!?どうしたんですかソーヤさん!涙なんか流して!」

 

 「……ああ、シリカ。ちょっと母さんと同じ名前を見つけたから、昔のことを思い出していたんだ。」

 

 「そうだったんですか……。あの、もし耐えられなくなったのなら遠慮なく私を頼ってくださいね!ソーヤさんは一人ではないんですから!」

 

 俺を安心させようとしたシリカの言葉が逆に俺の心に刃を突き立てる。『一人ではない』、確かに今はそうだろう。だが後一年も経たずに、再び俺は一人に戻るか死ぬという最悪で残酷な結末を迎える。その事を彼女は理解しているのだろうか。

 そう思ったが、明るい笑顔を浮かべているシリカにそんな事が聞ける筈もなく、俺に出来たことは「ありがとう」と感謝の言葉を返すことだけだった。



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第二十一話 釣りをしよう(前編)

 この話を一話で纏めようとしたのですが……無理でした。

 今回、かなりの駄文になっているかと思われます。ほのぼのとした感じを書くのが苦手なので、何かアドバイスなどいただけると嬉しいです。

 誠に身勝手なのは承知していますが……よろしくお願いします。


◇◆◇

 

 釣糸を湖に垂らしてから早一時間が経った。未だに何の反応も見せないウキに苛立ちを覚え、自然と釣竿を握る力が大きくなる。いくら我慢強い俺でも限界の時が近づいてきていた。

 隣から大きな欠伸が耳に入り、そちらに目を向けるとやってられんとばかりに釣竿を放り投げたキリトがごろりと寝転んで眠っている。

 キバオウという名のクズ野郎を殺してから数日が過ぎた。第三者から見れば、別に殺す必要はなかったのではないかと思うだろう。

 確かにそうだ。だが、あのクズ野郎の他者を蹴落として成り上がろうとする態度が、両親と同じく茅場晶彦の部下だったある男と似ていた。

 故に殺意が芽生え、殺すこととなった。そして両親と茅場晶彦がいなくなった今、奴はどうしているのだろうか……考えたくもない。頭を振って奴のことを意識外へと追いやる。

 あれから俺とシリカは攻略の合間にキリトとアスナがいる第二十二層を訪れるようになっていた。

 いや、正確には彼らが俺達を招待しているのだ。それも約二日に一回という高頻度。折角結婚したのなら、もう少し二人だけの時間を取ればいいと思うのは俺だけなのだろうか。

 そして現在、俺とキリトは食糧調達の為に《釣り》のスキルを設定して湖に釣糸を垂らしているわけなのだが、二人合わせて一匹も釣れていない。それどころか、何かが食い付く様子すら見受けられない。

 

 「……俺ももう無理、限界。茅場の叔父さん釣りの難易度高く設定しすぎでしょ……。」

 

 今もプレイヤーの中に紛れ、この世界を楽しんでいる両親の上司に向かって文句をつけながら釣糸を引き上げる。案の定、釣り針に付けていた餌は消えており、空しく銀の光を放っていた。

 それを確認した俺はキリトと同じように竿を放り投げて寝転ぶ。日本で言えば十一月頃になるであろう今の気候で外で居眠りすれば風邪になる可能性があるが、この世界に風邪など存在しない。

 少し肌寒い風に煽られながら鉄の天井を見上げていると、突然どこか見覚えのある年輪を刻んだ顔が俺の視界を覆っていた。

 

 「釣れますか……って、君は新原さんのとこのお子さんではないですか?」

 

 「……そうですよ。お久しぶりです……西田さん。」

 

 「おお、やっぱりそうでしたか。確か……三年ぶりですかな?いやー、まだ小学生だった創也君も大きくなりましたなぁ。」

 

 肉付きのいい体を揺らして西田さんは笑う。彼は全くと言っていい程に出会った三年前から変わったところがない。この世界に来て大きく変わった俺とは対極にあたる感じだ。

 西田さんは「隣、失礼します」と言ってキリトとは反対側の俺の横に腰を下ろし、やや不器用な手つきでメニューを操作して餌を付ける。

 それを確認し、今度は慣れた様子で竿を振り、釣り針を湖に沈めた。確か西田さんは釣りをこよなく愛す人だった筈だ。だから現実と同じところだけはぎこちなさが無いのだろう。

 

 「それにしても、創也君にも友達ができたようで嬉しいですわ。休憩の時間に華菜さんから何度も話をされていたもんですから……。」

 

 「……母さんは過保護でしたから。横で眠ってる彼とは嘘の仮面を外して関われる友人です。他にも、何人かいます。俺の過去を知ってもなお、受け入れてくれた人達が……。」

 

 「なんとそれは……。その子達を大切にしないといけませんなぁ。あと、創也君の過去というところはどれ程まで話したのですか?」

 

 「俺に関することだけですよ……。流石に両親のことを話すとなると、茅場の叔父さんのことまで話さなければいけなくなりますから。……西田さん、昔の話は此処まででお願いします。横の彼が起きそうです。」

 

 俺がそう言いながら後ろを振り返ると、丁度目覚めたキリトが眠い目を擦りながら上体を起こしているところだった。

 キリトは西田さんの存在に気づいた瞬間に仰天して飛び起き、観察するような眼で彼を見る。その眼は彼のことをNPCではないかと思っていた。

 まぁ無理もないだろう。恐らくだが西田さんは、若者しかいないとまで言えるこの世界では最高齢に位置すると思われる年齢なのだから。

 

 「キリト、NPCじゃないよ。れっきとしたプレイヤーだから。」

 

 「あ、す、すみません。まさかと思ったものですから……。あの、俺はキリトっていいます。最近上の層から引っ越して来ました。」

 

 「これはどうも。私はニシダといいます。此処では釣り師を、日本では東都高速線という会社の保安部長をしとりました。名刺が無くてすみませんな。」

 

 西田さんの自己紹介にどこか引っかかる部分でもあったのか、キリトは何かを察したような顔をする。俺は彼が何故そんな顔をしたのか考え、納得した。

 《東都高速線》はこの世界の創造神である茅場晶彦とその部下だった俺の両親がいた《アーガス》と提携をしているネットワーク運営企業なのだ。

 その為、今俺達がいる世界のサーバーに繋がる経路も手掛けている。このことは《アーガス》についてちょっと調べれば出てくる情報なので、知っているプレイヤーはかなり多い筈だ。

 複雑な表情をしているキリトが口を開こうとした瞬間、西田さんのウキが勢いよく沈む。俺がそれに気づいた頃には既に彼は腕を動かしてビシッと竿を合わせていた。現実世界での経験もさることながら、《釣り》のスキルの数値も相当なものなのだろう。

 

 「うぉっ!デカイ!!」

 

 「……こんな大きなものも釣れるのか。」

 

 身を乗り出して魚影を見つめる俺達の隣で西田さんは悠然と竿を操り、あっという間に一匹の青い魚を釣り上げる。魚は数回跳ねた後、ストレージの中へとその姿を消した。

 

 「お見事……!」

 

 「いやぁ、此処での釣りはスキルの数値次第ですからなぁ。」

 

 西田さんは照れたように笑い、頭を掻く。しかし、直後に何かに悩むような顔を浮かべた。

 

 「ただ、釣れるのはいいんですが料理の方がねぇ……。刺身などにして味わいたいもんですが、肝心の醤油がなければどうにもなりませんわ。」

 

 「あ……えっと……。」

 

 西田さんの言葉を聞いたキリトが俺を見る。アスナが製作した醤油の味がする液体のことを話そうか迷っているようだ。

 初めてアスナの醤油モドキを使った料理を食べた時は驚愕を隠せなかった。この世界に醤油があったのかと思わざるを得ない程に醤油の味がしたのだ。

 どうやって作ったのかというシリカの問いに答えたアスナ曰く、「調味料が味覚再生エンジンに与えるパラメータを全て解析して作った」とのこと。それを聞いた俺は彼女は相当食に飢えていたのだろうと思ったのは内緒だ。

 こちらに目を向けたままのキリトに、話しても大丈夫だと頷く。西田さんはゴシップに興味がなく、たとえキリトとアスナの正体を知ったとしても周囲に話すことはせず、「時には休むことも必要ですからな」などと言うだろう。

 

 「……実は醤油にとてもよく似ている物に心当たりがあるのですが……」

 

 「なんですと!ぜ、是非その物について教えてくれませんか!」

 

 やや興奮気味で身を乗り出し、キリトの両肩を掴んだ西田さんの眼が輝いて見えたのは気のせいではないだろう。

 

 

 ◇◆◇

 

 西田さんを連れて帰って来た俺達を出迎えてくれたアスナとシリカは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべてログハウスの中に招き入れた。

 ピナは西田さんの姿を発見したとたんにブレスを吐こうとし、シリカに怒られて今は俺の頭の上で反省させられている。一体ピナはどこまで過激になっていくのだろうか。そして反省場所が俺の頭とはこれ如何に。

 

 「そういえばキリト君、このお客様は?」

 

 事情を聞き、シリカと一緒に料理をしているアスナがそう問いかける。ウィンドウをせわしなく操作する彼女の首には大きな涙の形をしたクリスタルがつけられていた。キリトとアスナの初めての子どもであるユイの心が宿ったオブジェクトである。

 ユイはなんとプレイヤーのメンタルケアを行う《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》のAIだったのだ。

 しかしデスゲーム開始時にプレイヤーとの関わりを禁止され、モニタリングすることしかできなくなってしまったらしい。プレイヤー達の負の感情を見続けた彼女はエラーを蓄積させて崩壊し、壊れていった。

 そんな時にキリトとアスナを発見し、彼らに会いたいという自我が芽生えた。だがそれをゲームシステムの管理を行う《カーディナル》は許さず、消去されかけたところをシステムに介入したキリトによって間一髪で救われた。彼曰く、今もユイの心はあのクリスタルの中にあるそうだ。

 

 「あ……忘れてた。こちら、今日出会った釣り師のニシダさん。で……えーと……。」

 

 「何を迷ってんのキリト。普通に嫁さんで良いと思うよ。もうシステム上とはいえ結婚しているんだし。」

 

 俺の言葉にキリトは顔を赤くしたが、それが妥当だと判断したのか、まだ赤みが収まりきらない顔でアスナを紹介する。

 それから俺がシリカとピナを紹介し、料理が完成したので食卓へと向かったのだが、此処で重大な問題が発生した。椅子が四つしかなく、一つ足りないのだ。

 どうしようかと頭を悩ませ始めた俺達に再びシリカの特大爆弾が投下された。

 

 「あの、私はソーヤさんの膝の上に座りますから大丈夫です!」

 

 「えっ……?シリカ、今何て言った?」

 

 「だから……私がソーヤさんの膝の上に座れば椅子が足りるじゃないですか!」

 

 「……シリカ、それ本気?」

 

 羞恥心からか、シリカの顔は林檎のように真っ赤になっている。今彼女の上にやかんを乗せればお湯が沸かせそうである。

 正直そんな恥ずかしいことはしたくないのだが、状況をみる限りそれしか方法は無さそうだ。

 獣の思考回路で結論を出した俺は若干顔に熱を感じながら近くの椅子に腰を下ろすと、膝の上をポンポンと叩く。するとシリカは赤い顔をますます赤くして恐る恐る俺の膝の上に座った。

 顎の下あたりにあるシリカの頭からヒーターのように熱が発せられていることを感じ、恥ずかしければ無理にしなくてもいいのにと内心思う。今回の爆弾は初回の時と同じように自爆という結果になったようだ。

 それから俺はシリカを膝の上に座らせたまま、アスナ作の魚料理を味わった。のだが、今の状態のせいでどんな味だったのか記憶に残ってはいない。

 さらにキリト夫妻と西田さんがニヤニヤしながら時々俺達のことを見ていた為、余計に食べることに意識を向けることができなかった。

 そうこうしている間に食器は空になり、満足げな表情でお茶モドキを口にした西田さんは長いため息をついた。

 

 「……いやぁ、堪能しました。まさかこの世界に醤油があったとは……。」

 

 「あ、これ自家製なんですよ。良ければお持ちください。」

 

 アスナは台所から小瓶を持ってくると、それを西田さんに手渡した。使用した材料を話さなかったのは正しい判断だ。あの醤油モドキに使われている材料を初めて聞いた時には、胃の中がひっくり返りそうになったものだ。

 恐縮している西田さんに「こちらこそ美味しい魚を分けていただきましたから」とアスナは笑顔を向けながら……

 

 「キリト君は一匹も釣って帰って来たことがないんですよ。」

 

話の矛先をキリトに向けた。さらに……

 

 「そういえば、ソーヤさんも釣ってきたこと無かったですよね?」

 

その矛先は俺にも向けられる。何も言い返せない俺とキリトは憮然としてお茶モドキを啜った。

 

 「この辺の湖は難易度が高すぎるんだよ。」

 

 「……全く、茅場晶彦は釣りの難易度設定を間違えているんだよ。あんなの、釣れる訳がない。」

 

 「いや、そうでもありませんよ。難易度が異常に高いのはお二方が釣りをしていたあの大きな湖だけです。」

 

 「「な……。」」

 

 西田さんの言葉に俺とキリトは絶句した。そうなると俺達は《釣り》のスキルが低いのに、最難関の湖で釣りをしている無謀な奴らだったという訳だ。

 アスナは腹を押さえてくっくっと笑い、シリカも笑いを堪えている。彼女らが笑うのも無理はない。それほどに俺とキリトは馬鹿なことをしていたのだから。

 

 「何でそんなことになっているんだ……。」

 

 頭を抱えるキリト。因みに俺の頭には未だに元気を取り戻さないピナが居座っており、それができなくなっていた。相当ご主人に怒られたことが精神的ダメージとなっているようだ。

 

 「実はあの湖にはですね……ヌシがおるんですわ。」

 

 「「「「ヌシ?」」」」

 

 おうむ返しに聞き返した俺達に向かって西田さんはニヤリとしながら眼鏡を押し上げると、そのヌシについて話した。

 ある時、西田さんは道具屋でやたら値段が高い餌を見つけ、物は試しとそれを購入したがどこで使おうともさっぱり釣れなかった。

 そして様々な湖で試した結果、俺とキリトが釣りをしていたあのやけに難易度が高い湖で使うものなんだと思い当たったそうだ。

 その推測は的中し、直ぐにヌシと思われる魚が食いついた。しかし西田さんの力では釣り上げることは失敗に終わり、竿ごと持っていかれてしまった。

 失意の中で消えていく魚影を見た西田さんは驚愕を隠せなかった。何故なら、その魚影は両手に収まりきらない程に大きかったからである。

 あれは別の意味でモンスターだと西田さんはその時を思い出すようにそう締めくくった。

 それを聞いたアスナの目から輝きが放たれた。シリカも今の状態では顔が見えないが、恐らく同じような感じだろう。そしてその予想は間違っていなかったと数秒後に証明される。

 

 「「見てみたいなぁ……。」」

 

 アスナとシリカからそんな声が発せられた。西田さんは「そこで相談なのですが……」と俺とキリトに視線を向ける。

 

 「お二方、筋力パラメーターの方に自信は……?」

 

 「まぁ、そこそこは……。」

 

 「……俺もキリトと同じぐらいにはありますが。」

 

 俺達の回答に西田さんは満足したのか、首を大きく縦に振った。

 

 「それならお二方にそのヌシを釣り上げてほしいのです。あ、ご心配なからず。ヌシが食いつくまでは私がしますので。」

 

 「……果たしてそんな事ができるのかな……。茅場晶彦はこの世界を可能な限り現実には近づけているとは思うけど……。」

 

 「面白そうです!やりましょうよソーヤさん!!」

 

 顔に『楽しみだ』と大書したシリカが振り返りながらそう言った。……のはいいのだが、俺の体を背もたれにしている密着状態で俺の顔に向かって振り返れば……

 

 「んぅ!?」

 

自然と唇が触れ合ってしまう。

 それを失念していたのか、シリカはその瞬間にぼっと顔を真っ赤にして気を失ってしまった。今日は彼女の自爆が多い。まぁ、そんなおっちょこちょいなところも好きなのだが。

 

 「……キリト、やってみる?」

 

 「そうだな……正直俺も見てみたい。やりますか。」

 

 それを聞いた西田さんは満面の笑みを浮かべて、そうこなくてはと笑った。



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第二十二話 釣りをしよう(後編)

 最近、執筆の時間があまり取れなくなってきています。

 その為、今までのように投稿ができなくなると思われますが、ご了承ください。この作品をご愛読してくださる皆様、本当に申し訳ありません。


◇◆◇

 

 あれから三日後、西田さんからヌシの釣りを決行するという旨の連絡が届いた。それを確認した俺とシリカはさっさと今日やる分の攻略を済ませて第二十二層へと向かう。

 針葉樹の森を歩き続け、キリトとアスナがいるログハウスの扉を叩く。しかし返事がなかった。中には彼らの気配がしているのだが……。  

 

 「……出てきませんね。キリトさん達に何かあったのでしょうか……?」

 

 「……わからない。でも、二人が中にいるのはわかっているんだよね……。此処は失礼だけど、勝手に上がらせて貰うしか手段がないかな。」

 

 ごめんなさいと内心で謝罪しながら扉を開き、中へと入る。そして気配がする方に目を向けると何かに悩んでいる様子のキリトとアスナがいた。

 どうやらその悩みは結構深刻なようで、未だに俺とシリカに気づいていない。ピナがゆっくりと彼らに近づくが、反応は一切見受けられなかった。

 

 「……どうしたの二人とも?」

 

 「うわっ!?そ、ソーヤにシリカ!?いつからそこにいたんだ!?」

 

 「驚かさないでよ……。来てくれたのならノックしてくれればちゃんと出たのに……。」

 

 「いえ、ノックはしたんですが……。反応がなかったので……。」

 

 俺が声を掛けた瞬間に肩を跳ね上げたキリトとアスナの反応と今の言葉から見るに本当に気づいていなかったと確信する。

 それ程までに彼らは何かに悩んでいたようだが、一体どんなことなのだろうか。この二人を周囲に意識を向けることを忘れさせるぐらいの悩みなど、あまり無いように思われるが……。

 そんな俺の思考を読み取ったのか、キリトが二人して悩んでいた理由を教えてくれる。それを聞いた俺とシリカは納得せざるを得なかった。

 西田さんは今日のことを釣りの仲間達に声を掛けて回っていたそうで、ギャラリーが数十人来るそうだ。だがそれは二人にとっては凶報以外の何物でもない。

 元々、キリトとアスナは情報屋やらアスナの追っかけ、悪く言えばストーカーなどのクズ野郎どもから身を隠す為にこの層に引っ越して来た。

 その為、不特定多数の前に出ると正体が露見してしまう可能性が高くなってしまうのだ。しかし今さら西田さんとの約束を破るわけにもいかないので、キリトとアスナは頭を抱えていたという訳である。

 

 「それなら……変装なんてどうでしょうか?顔を隠すような感じの物を装備すれば、多分大丈夫だとおもいますが……。」

 

 「それだ!」

 

 キリトがテーブルを叩いて立ち上がる。今度は俺とシリカが肩を跳ね上げる番だった。まぁ、アスナは二回目なのだが。

 

 「じゃあ、これでどうかな。」

 

 アスナはウィンドウを操作する。次の瞬間には大きめのスカーフを目深に巻き、地味でだぶだぶなコートを着こんだ状態になっていた。彼女がアスナだと判別可能な部分はどこにもなく、完璧な変装である。

 

 「おお、何か生活に疲れた農家の主婦みたいだ。」

 

 「キリト、それは褒めてるの?俺にはそう聞こえないんだけど。」

 

 「はい。どちらかといえば褒めてないような気がします……。」

 

 俺とシリカの目と言葉が見えぬ刃となりキリトを斬り裂く。そしてアスナから何やら負のオーラが立ち始めたことを確認した彼は慌てた様子で弁明した。

 

 「いや、ちゃんと褒めてるから。それじゃあ、行くぞ!」

 

 「あ、ちょっと待ってキリト。」

 

 出発しようとしたキリトを引き留めた俺に三人の視線が集中する。俺は揃って首を傾げているシリカとピナを目で示す。キリトとアスナも彼女に目を移し、やがて納得したかのように頷いた。

 知名度が恐ろしく高いアスナの影に隠れていたが、シリカだってこの世界では十分有名人だ。顔は既に割れており、ピナの存在によって彼女は《竜使い》として俺と出会う前から多くのプレイヤーに知られていた。

 もしこのまま行けば、ちょっとした騒ぎになって釣りどころではなくなってしまうだろう。よって、彼女も変装する必要があるのだ。

 唯一この事を理解できず、首を傾げたままのシリカに説明し、アスナと同じようなスカーフとコートを装備させる。

 そしてシリカの相棒として知られているピナもコートの間に押し込む。ピナの存在から正体がバレてしまっては変装した意味が無くなってしまう。

 

 「あれ?ソーヤさんとキリトさんは変装しないんですか?」

 

 「ああ、俺とかソーヤはどちらかといえば装備と名前だけが有名になっているからな。だから武装さえしてなければ、バレる心配はない。」

 

 キリトの言う通りである。男女比が圧倒的に男に偏っているこの世界で、女性プレイヤーというのは貴重な存在だ。故にトッププレイヤーともなればその容姿などが広く知れ渡ることが多い。

 反面、同じトッププレイヤーであっても男性ならば例外を除いて装備や名前だけが独り歩きする。その原因としては興味を持つ人間の数が女性プレイヤーと比べて少ないことが挙げられる。余程の同性好きでなければ、その容姿などを知りたいと思わないだろう。

 加えて、俺とキリトには大した特徴が無い。装備を解除すればどこにでもいるような少年となる。まぁ俺には歳のわりにちょっと背が高いという特徴があるが、お互いの年齢が不明である夢の世界ではそんな特徴など無いに等しい。

 そして昼前に俺達は家を出る。シリカの背中が異様に膨らんでおり違和感しかなかったが、そんな事に突っ込むような輩はいる訳ないだろうと判断してそのままにした。

 

 

 ◇◆◇

 

 この季節にしては暖かい気候のなか、針葉樹林を少年達四人は歩いていく。しばらくすると、煌めく水面とその周囲に集まっている人影が見えてきた。少年達の姿を確認したニシダは笑い声と共に手を上げる。

 

 「いやぁ、晴れて良かったですなぁ!」

 

 「「こんにちはニシダさん。」」

 

 アスナとシリカが頭を下げ、それに習って少年とキリトも同様にする。周囲の者達にも少年達は挨拶をして回ったが、誰一人彼女らの正体に気づいて者はいないようだった。

 少年達が到着する前に何かイベントがあったのだろうか、既に場の盛り上がりは最高潮に達していた。ギャラリーのプレイヤー達は年齢に多少のばらつきがあるが、皆歓声を上げている。

 

 「えー、それでは本日のメインイベントを決行します!」

 

 長大な竿を担いだニシダの宣言に、周囲からの歓声が一際大きくなる。少年とキリトは彼が持つ大きすぎる竿に自然と目が行き……先端にぶら下がっている物体を視界に捉えた。

 その瞬間に少年はもう見たくないとばかりに目を逸らし、キリトはぎょっとして目を見開いた。それもその筈である。ぶら下がっていたのは大人の二の腕ぐらいに大きな赤と黒の斑点をしたトカゲだったのだ。それも新鮮さを表すかのように表面はぬめぬめと光り、時々ピクピクと動いている。

 

 「ひぇっ……。」

 

 「うわぁ……気持ち悪いです!!」

 

 その物体に少し遅れて気づいたアスナは顔を強張らせて数歩後退り、シリカは少年の背に隠れて視界から排除する。もしあれが餌とするのならば、ニシダが狙う獲物はたった一匹に絞られる。

 

 「それでは、行きますよ。そりゃ!」

 

 湖に向き直ったニシダは大上段に竿を構え、見事なフォームでそれを振る。空気を切り裂くような音を響かせながら気持ち悪い餌は飛んでいき、少し離れた水面に大きな水飛沫を立てて突っ込んだ。

 そしてその数十秒後に釣り竿の先がぴくぴくと震えたかと思えば、大きく穂先が引き込まれる。

 

 「今だっ!!」

 

 ニシダが全身を使って竿をあおり、びぃんと糸が張り詰めた。

 

 「掛かりました!後はお願いします、ソーヤさんにキリトさん!!」

 

 「わかりました!行くぞ、ソーy……うわっ!!」

 

 少年とキリトが竿を持った瞬間、猛烈な力によって糸が引き込まれる。それにつられて彼らも水中に連れていかれそうになるが、大地を強く踏みしめてどうにか堪えた。

 それでも少しずつだが、じわりじわりと身体が水面に近づいていっている。彼らが水中に引き込まれるのも時間の問題であった。

 

 「引っ張る力がおかしいぞ、これは!下手したら壊れる可能性がある!!」

 

 「ソーヤさん、その竿は最高級品です!思いっきりやっても大丈夫です!!」

 

 興奮しながら叫んだニシダに頷きを返した少年とキリトは竿をもう一度強く握ると、今できる最大限の力で引っ張る。竿が大きくしなって今にも折れそうだが、流石は最高級品。形を逆Uの字にしながらも、それを保っている。

 全力を解き放ったことで力の差が逆転したのか、ずるずると引き寄せられていた脚がぴたりと止まった。彼らは両足を踏ん張ると、じりじりと後ろに後退して獲物を水面へと近づける。そして……

 

 「「うおおおりゃぁぁぁぁ!!」」

 

二人の叫びと共に、ヌシと呼ばれた魚が遂にその正体を表した。のだが、後ろ向きに転がり尻餅をついた彼らの横をアスナやシリカ、ニシダやギャラリーの人々が顔面蒼白で駆け抜けていく。

 

 「全く、一体どうしたんだ皆h……!?」

 

 そう言いながら起き上がった少年は言葉を失った。隣ではキリトもひきつった笑顔を浮かべている。

 そこには立派な脚を六本も持った魚が立っていた。全高約二メートルの最早モンスターであるヌシは、そのバスケットボール大の眼で少年とキリトを捕捉する。今頃彼らの視界では敵であることを示すカーソルが表示されていることだろう。

 

 「ぎゃあぁぁぁ!!」

 

 「気持ち悪いぃぃぃ!こっちに来んなぁぁぁ!!」

 

 二人はくるりと後ろを向いた瞬間、悲鳴を上げながら脱兎の如く駆け出した。少年に至っては涙目である。いくら最強と呼ばれるプレイヤーであっても、中身はまだ十代前半の子供である。どうやら気持ち悪いものに対して耐性がまだ備わっていないようだ。

 端から見れば宙を駆けているのではないかと思う程に逃げた少年とキリトはものの数秒でアスナとシリカの傍にまで到着した。

 

 「ず、ずるいぞアスナ!いいいいきなり逃げ出すなんて!」

 

 「しし、仕方ないでしょ!あんなの見たら逃げ出しちゃうよ!」

 

 「うう……気持ち悪い……気持ち悪い……。」

 

 「ソーヤさんしっかりしてください!目から光が消えていってますからぁ!!」

 

 猛然と抗議するキリトと、虚空を見つめてうわ言のように「気持ち悪い」と繰り返す少年。今の状態を見て彼らがかの《黒の剣士》と《鬼神》だとは誰も思いはしないだろう。

 しかしシリカに揺さぶられていた少年が「あ。」と何かを閃いたように呟いた。正気に戻ったのかと安心して顔を覗き込んだ少女は、彼の瞳がだんだんと赤くなっている様子を見てしまった。

 

 「そうだ……気持ち悪いのがいるんだったら……。」

 

 「ソ、ソーヤさん?」

 

 「……ソレヲ、コロシテシマエバ、ダイジョウブダヨネ?」

 

 少年の瞳が赤に染まりきった。それと同時に赤黒いオーラが噴き出し、彼は一瞬でヌシの前にまで移動する。その手には既に《創造》で作られた片手剣が握られていた。

 気持ち悪いものに耐性の無い少年だが、一度獣となれば視界に写るものは皆平等にただの獲物へと変わる。先程まで涙を溜めていた目も、今は眼前の生物を狩る鋭い目になっている。

 

 「……コロス。」

 

 片手剣に血がこびりついたような濁った赤の光を纏わせ、ヌシの顔面をV字に斬り裂く。そして空いている手元に細剣を作り、間髪いれずに突きを繰り出して数十個の風穴を空ける。

 顔を傷だらけにされたヌシは怒り心頭となり、大きな口を開けて少年を飲み込もうとするが、もう彼はその場にいない。

 姿を見失い、頭の両脇に離れて付いている眼で少年を探すヌシだが、自身の周囲を見ても彼の姿は影も形もなかった。それは当然のことだ。何故なら……彼は上空に移動したのだから。

 

 「……コレデ、オワリ。シネ。」

 

 その声が聞こえたのか、ヌシは上を向いて今まさに両手剣を振り下ろそうとしている少年を捉えた。そしてそれが最後に見た景色となる。

 赤黒い光を纏う作られた両手剣は落下のエネルギーと合わさって絶大な威力となり、轟音を響かせながらヌシを真っ二つにした。

 その光景にニシダ達が口を開いたまま動けないでいるなか、シリカは全速力で力なくその場に倒れた少年の下へと駆ける。

 

 「ソーヤさん!」

 

 「うう……頭が痛い……ん?シリカ、コートとスカーフは?」

 

 「何言ってるんですか。見ての通り装備してま……あれ?取れてる!?」

 

 頭を抑えながらよろよろと立ち上がった少年に指摘され、シリカは装備していた筈のコートとスカーフが解除されていることに気づく。近くに目を配れば、中に押し込まれていたピナが翼を広げて飛んでいた。

 

 「あ、あの……もしかしなくても、シリカちゃんだよね?」

 

 「う……は、はい。そうです……。」

 

 シリカは肯定しながらもぎこちない笑みを浮かべて後退り、少年は周囲から向けられている視線を感じ、どうにもならないと思ったのかため息を一つついた。その次の瞬間に、どよめきが巻き起こる。

 

 「マ、マジかよ!あのシリカちゃんがこんな所にいるなんて!……となると、横にいる男の子は《鬼神》じゃないのか!?SAO最強プレイヤーの片割れを生で見れるとはなぁ……俺は感激したぞ!」

 

 「どおりであのヌシを簡単に葬れた訳だ!やっぱカッケーよ《鬼神》は!シリカちゃんの彼氏にもなっちゃって、本当最高だよ!!」

 

 今日のメインイベントの筈だったヌシの釣りの時と比べ物にならない程の歓声が上がる。その中で少年は強張った笑みを浮かべ、シリカは「彼氏」という言葉に反応したのか、顔を赤らめていた。

 因みにニシダだけは何の事だか理解できずにヌシからドロップした釣り竿を抱えながら目をぱちくりしていたことは余談である。

 

 

 ◇◆◇

 

 今日のことでぐったりと疲れてしまったのか、ベッドに横になるなり寝息を立て始めたシリカの頭を優しく撫でる。昼間の大騒動から数時間が経ち、時刻は夜の十一時を指していた。

 暗い空に浮かぶ月モドキを何となく見つめ、この世界が終わる時のことを考え始めた思考を黙らせる。その事は考えるだけで、ただ俺の心を締め付けるだけになるのだ。

 攻略に全力を注ぎ、その時が来たら俺もこの世界と運命を共にする。何度も思考を重ねた結果、これが最適解だと思った。シリカやキリト達とずっと一緒にいたいという俺の我が儘は所詮夢物語。叶う筈のない願い。

 俺が初めて仮面を外して関われた者達を裏切ることは絶対にしたくない。皆が攻略するというのなら、俺は自分の意思を押し殺してでも手伝う。皆が現実に帰ることができるように。

 しかし、このデスゲームを生き残って帰還したとしても俺には何が残るだろうか。恐らく大切な人と友人を失った痛みしか残らないだろう。

 その痛みに耐えることになるのならば、俺はいっそのこと『死』を選ぶ。そうすると決めた。だから、もう考える必要はないのだ。

 そんな時だ。ヒースクリフ、もとい茅場の叔父さんからメッセージが届いたのは。ウィンドウを操作し、内容を確認する。

 

 「……もしかしたら、俺が死ぬ時は案外近いのかもね。母さん、俺ももう少ししたらそっちに行くことになるかも。」

 

 届いたメッセージには発見した第七十五層のボスモンスター戦に参加を要請する旨が書かれていた。



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第二十三話 身を震わせる恐怖

 前回でも書いたように、最近執筆時間があまりとれなくなっています。

 その為、約一週間に一話ぐらいの投稿ペースになると思われます。申し訳ありません。


◇◆◇

 

 「偵察隊が……」

 

 「全滅した!?何かの間違いじゃないのか!?」

 

 以前に会談した時と同じように、顔の前で骨ばった両手を組み合わせたヒースクリフはキリトの驚きの声に深い谷を刻んだ眉間をしながら事実だというようにゆっくりと首を振った。

 此処は第五十五層《グランザム》にある《血盟騎士団

》の本部の中の壁が全てガラス張りになっている会議室である。

 しかし一時脱退のキリトとアスナはともかくとして、このギルドに所属していない俺とシリカまで招くとは一体どういう事なのだろうか。

 そんな俺の思考をよそに、ヒースクリフは口を開く。そこから出た声は抑揚のないものだった。

 

 「第七十五層のボスモンスターは今までのことからかなりの苦戦が予想された。その為、我々は五ギルド合同の精鋭二十人で構成されたパーティーを偵察隊として送り込んだ。」

 

 半眼に閉じられたヒースクリフの瞳からは表情が読み取れない。だが、偵察隊が全員死んだことに対して何も感じていないことだけは確かだ。

 

 「偵察は慎重に慎重を重ねて行われた。前衛の十人がボス部屋の中に入り、後衛の十人が入り口で待機するようにしたのだが、ボスが出現したとたんに扉が閉じられてしまったそうだ。様々な手段が試されたが、閉じた扉が開くことはなかったらしい。ようやく扉が開いたかと思えば、そこにはボスも入った十人も姿がなかったそうだ。転移結晶で離脱した形跡もない。念の為、黒鉄宮の《生命の碑》にまで確認を行かせたが……全員の名前に横線が引かれていたと報告があった。」

 

 その言葉に俺とヒースクリフ以外は悲痛な表情を浮かべる。当然だ。俺達以外は皆普通の人間であり、他者の『死』ですら心を痛める。隣にいるシリカも息を詰めている。

 

 「なぁヒースクリフ、それってもしかして結晶無効化空間か?十人の精鋭が誰一人離脱していないのなら、そう考えるのが妥当だが。」

 

 「ほぼ確実にソーヤ君の言うとおりだろう。アスナ君の報告では第七十四層もそうだったということから、これ以降もそうであると考えるべきだ。」

 

 「嘘ですよね……そんなの……。」

 

 シリカが震えた声を上げる。しかしそれは紛れもない事実であり、この世界の脱出には避けては通れない道だ。生きて帰りたいのなら、その為に命を賭けろといったところか。視線の先に座っている茅場の叔父さんもなかなか恐ろしい事をする。

 緊急離脱が使用不可となれば、想定外のアクシデントによって永久退場させられる危険性が今までとは比べ物にならない程に高くなる。つまり、ある何かしらの行動が一瞬遅れたことによって身体が爆発四散することが起こりやすいという訳だ。

 常に最前線で戦う攻略組は、死者を出すことなく攻略することを大前提としてやってきた。だが、これからはそうも言ってられなくなる可能性が高い。他者の心配をしているうちに、自分が殺られてしまうことなどがざらに起こるだろう。

 

 「いよいよ本格的なデスゲームになってきたな……。」

 

 「しかし、それを理由に攻略を諦めることはできない。」

 

 ヒースクリフからきっぱりとした声が発せられる。その瞳には強い意思の力が込められており、有無を言わせない威圧感があった。

 

 「今回は結晶無効化空間による離脱が不可能なことに加え、一度入れば我々かボスが倒されるまで退路を塞がれる仕様のようだ。ならば、可能な限りの戦力で統制の下に戦うしかない。新婚の君達を無理矢理呼び寄せることは不本意ではあったが、解放の日の為に了解してくれたまえ。勿論、ソーヤ君とシリカ君の活躍も期待している。」

 

 相変わらず気持ちが込もっていないような形だけの言葉に、俺は肩をすくめる。茅場の叔父さんは昔からだいたい形だけの言葉で話すことが多かった。それは誰の前であろうと変わることはなく、まるでただ言葉を発する機械を思わせる。

 

 「活躍を期待されるのは嬉しいが……もしシリカやキリト達が危機に陥るようなことになった場合、俺はあんたの指揮下から出て勝手に行動させてもらうつもりだ。はっきり言って、シリカやキリト達以外の人間がどうなるかなんてどうでも良い。俺にとって彼女達が生きて現実に帰ることができればそれで良いんだ。」

 

 「良いだろう。何かを守ろうとする人間は強いものだ。そしてそれが本人にとって重要なものであればあるほど、発揮される力は大きくなる。例えば、ソーヤ君にとって『大切な人』にあたるシリカ君……とかかな。ともかく、君達の勇戦に期待するよ。開始時間は今から三時間後だ。場所はゲート前。それでは解散。」

 

 そう言ったヒースクリフは赤地のサーコートを揺らしながら、部下と共に部屋を後にする。その時、キリトが彼に向けていた視線がいつもとは違っていることを見逃しはしなかった。

 

 

 ◇◆◇

 

 「ソーヤさん、どうして私を此処に連れてきたんですか?」

 

 「会議室にいた時、シリカが恐怖に震えていたからだよ。人間は恐怖に囚われれば、本来の力を発揮できなくなる。だから、気持ちを落ち着かせて欲しいと思ったんだ。そして此処からなら、集合場所にも近いしね。」

 

 俺とシリカは一旦キリト達と別れ、自然が豊かなことで有名な第二十二層の転移門前広場に来ていた。広場にある木製のベンチに二人で並んで腰を下ろし、針葉樹の森を眺める。

 先程俺が言ったように、シリカはあの会議室で震えた声を上げた頃辺りから、沸き上がった恐怖にその身を震わせていた。俺のコートを僅かに摘まみ、呑まれないように必死に抗っていた様子は脳裏にしっかりと焼き付いている。

 シリカは俺とは違う。『死』に対して恐怖を持つ至極真っ当な人間なのだ。しかし恐怖は思考を奪い、その者が持つ力を吸いとっていく。それはこれから行われるボス戦で『死』を招きかねない。

 未だに震えているシリカの手の上に俺の手を重ねる。彼女は一瞬驚いた顔をしたが、安心したのか口元に笑みを浮かべた。だがその表情とは裏腹に、重ねた手の震えが収まることはない。

 

 「……ソーヤさん、私、今物凄く恐いです。正直に言えばどこか遠くに逃げ出したいです。偵察隊の人達が死んだって聞いて……私は死にたくないという思いだけが溢れてしまいます。」

 

 「……それは皆一緒だよ。今から挑む未知のボスに恐怖を感じて、逃げ出したいと思ってる。恐怖を抱かない人間なんて人間じゃないからね。でも、シリカは絶対にこの世界から生きて帰ることができるさ。俺が断言してあげる。」

 

 「……どうして、そう断言できるんですか?」

 

 シリカが首を動かし、俺を見つめる。幼さが残る可憐な彼女の顔は、恐怖によって今にも崩れそうになっていた。

 もう一方の手を動かし、両手で震えているシリカの手を包み込む。そしてもう震えないように強く彼女の手を握った。

 

 「……それは俺がいるからだよ。俺がシリカに襲い掛かろうとする死神から守ってやる。孤独から解き放っただけじゃなく、獣と化した俺でさえ命の恩人だと認めてくれたシリカを殺させはしない。それに、俺よりも長く一緒にいた相棒もいるじゃないか。」

 

 「きゅるるる!」

 

 「……ピナ!」

 

 俺達の手の上にピナが降り立つ。シリカを見上げながら力強く鳴くその様は、まるで自分も守ると言っているようだ。

 はっきり言えばピナはただのデータの塊だ。デジタルの世界でイチとゼロだけで構成されたプログラムに過ぎない。故に、このアインクラッドの第百層が攻略されると同時にその姿は永遠に闇に葬られるのだ。

 それを理解しているのかはわからないが、ご主人の為に自身のことを蔑ろにすることすら厭わないピナは最早プログラムの域を超えている。

 

 「ピナ……ソーヤさん……私……私……!」

 

 シリカの頬を涙が伝う。それは『死』への恐怖によるものではないことは直ぐに理解できた。肩を震わせる彼女を少し持ち上げ、膝の上に向かい合わせになるように乗せる。

 泣き顔を見せたくないのか、シリカは俺の胸に顔を埋めると嗚咽を洩らし始める。

 

 「……『泣きたい時は思いっきり泣けばいい』。俺が涙を流した時にそう言ったのはシリカだ。だから、今は落ち着くまで存分に泣けば良い。時間はまだあるし、俺とピナが傍にいてあげるから……。」

 

 幼さが残る小さな背中を優しく撫でてやる。仮想の体温が伝わって来るが、今の俺には本物のぬくもりのように感じられた。

 シリカを失いたくないという思いが込み上げるが、俺は俺自身の意思でそれに蓋をする。もう考えても無駄なことなのだ。

 

 「……あの、ソーヤさん……。」

 

 「ん?シリカ、どうかしたの?」

 

 「……私、時々考えてしまうことがあるんです。もしこのままゲームがクリアされないままだったらって。そうすれば、ずっとソーヤさんの隣に居られるのにって……おかしいですよね。皆この世界から脱出を目指して頑張っている筈なのに……。」

 

 細くてか弱い声だったが、その言葉は俺の耳にはっきりと届いた。一瞬だが言葉を失う。シリカが今言ったことに驚きを隠すことができない。

 一緒に行動するようになってからは、毎日攻略に行こうと誘ってきていたシリカが現実に帰りたくないと思っているとは想像だにしていなかった。

 

 「……ソーヤさん?」

 

 気がつくと、俺はシリカを撫でることを止めて彼女を抱き締めていた。膨らむ思いが蓋をこじ開けようとするが、力の限りで押さえつける。この思いが解き放たれたが最後、確実に俺の決意は瓦解する。

 心の葛藤が切ない吐息となって、俺の僅かに開いた口から漏れだした。

 

 「……もしそんなことができたら、どれ程嬉しいだろうね……。何処かでずっと一緒に生きて、そして死ねたらどれだけ幸せだろうね……。」

 

 そこで言葉を切り、これ以上は駄目だと唇を強く噛み締めた。未だに抗い、蓋を押し返そうとする思いに刃を突き刺して黙らせる。本当はシリカの言ったことは俺も心から望んでいる。

 ずっと一緒にいたい。この命が尽きるまで隣にいて欲しい。人間ではなくなった俺でも好きだと言ってくれた大切な人を失いたくない。

 しかし現実はそんな儚い希望など容易く断ち切ってしまう。俺やシリカが願ったところで、作られた物語のように叶うようなことはあり得ないのだ。

 

 (……シリカは死なせない。絶対に現実世界に還す。それが、俺にできる最後のことだ。)

 

 沈黙し、もう動かなくなった思いから俺は目を離してもう一度決心を固め直す。無意識にシリカを抱く力が少し強くなっていた。

 

 

 ◇◆◇

 

 集合場所である第七十五層の転移門前には、見るからにハイレベルだと思われるプレイヤー達が数十人集まっていた。間違いなく、今回のボス戦に参加するのであろう。

 転移門から出てきた俺とシリカに視線が集中する。向けられた視線には期待、羨望などの様々な感情が見受けられた。

 ざっと見る限り邪な考えを持つ者はいないようだが、彼らのことを信用できないことに変わりはない。俺はこの世界で仮面を不要とする者達に出会えた。しかし、だからと言って誰でも見境なく信用するようになった訳ではない。

 ご丁寧に敬礼している人間には申し訳ないが、小さく手を振ると固まっていたシリカの手を取って集団から少し離れたところに移動する。

 無愛想な奴だと思われたって構わない。俺が守るべき人間はシリカだけだ。他のパーティーの人間が死のうが正直どうでも良い。

 

 「よう!」

 

 やけに明るい声と共に肩を叩かれて振り返ると、無精髭を生やして悪趣味なバンダナを巻いた男がいた。その奥にはスキンヘッドの巨漢の姿もある。

 

 「あ!クラインさんにエギルさん!お二人も攻略に参加するのですか?」

 

 「おお、そうだ。今回は苦戦しそうだって聞いたから商売投げ出して加勢に来たんだよ。この無私無欲の精神を評価して欲しいもんだぜ。」

 

 「へぇ……それならエギルは報酬の分配から除外しても文句はないよな?」

 

 大袈裟な身振りを交えながら喋るエギルの腕をポンと叩いて現れたのは、全身が真っ黒で二本の剣を交差するように背負った少年。その傍らには白と赤を基調とした戦闘服に身を包んだ彼のお嫁さんもいた。

 

 「……キリト、アスナ。来たんだな。」

 

 「勿論よ!この世界から出る為に、私は戦う!」

 

 アスナの気迫が込められた言葉が閉じた蓋を刺激するが、その蓋が開かれることは永遠にない。もう俺は迷わないと決めたのだ。

 そうしてキリト達と話していると、転移門が新たなプレイヤーを吐き出す。深紅の戦闘服を纏い、巨大な十字盾を持ったヒースクリフと、彼がリーダーを務めるギルド《血盟騎士団》の精鋭だ。その姿を確認した者達の間に緊張が走った。

 集団を二つに割りながら進んだヒースクリフは先頭にまで来ると向き直り、軽く頷いて口を開いた。

 

 「どうやら欠員はないようだな。知っての通り、今回は厳しい戦いになると思う。だが、諸君らの力ならばきっと勝てる筈だ。解放の日の為に!」

 

 ヒースクリフの声にプレイヤー達は武器を掲げ、ときの声で応える。その光景を目にした俺は、改めて彼の手の上で踊らさせていることを実感する。この場にいる誰一人、彼の正体がこのデスゲームを開始した狂気の天才だとは思ってはいないだろう。

 内心でそんなことを考えるも、口には出さないようにしておく。俺はこの世界の攻略を進めるつもりではあるが、自ら幸せな夢が覚めることを早めるような真似はしない。少しでも長くこの中にいたいのだ。

 ふと視線をヒースクリフに向けると、視線を感じたのか彼の金属質な瞳も俺に向けられていた。ふっと彼の顔にかすかな笑みが浮かぶ。しかしそれは本心からのものではなく、作られた笑みだった。

 

 「今日は頼りにしているよ、ソーヤ君。《創造》の力を存分に見せてくれたまえ。」

 

 「……あんたの《神聖剣》の方がよっぽど周囲から頼りにされているのによく言うな。だが、可能な限りはやるつもりだ。」

 

 ヒースクリフからは全く気負いというものが感じられない。当然のことだろう。この世界で命の安全を保証され、ゲームとして遊ぶことができる状態の人間にそんなものがある訳がない。

 俺の言葉に苦笑いを浮かべたヒースクリフは瞬時にその笑みを消し、再度集団に振り返ると深い青色の結晶を取り出した。それを見たプレイヤー達の間で「おお……」とどよめきが流れる。彼が持っていたのは回廊結晶だった。

 

 「では、出発としよう。この回廊結晶でボス部屋の直前にまで移動する。私の後に続いてくれたまえ。」

 

 ヒースクリフがボイスコマンドを入力した瞬間に手に持っていた結晶は砕け散り、青い渦巻くゲートが開かれる。彼はもう一度ぐるりと俺達を見渡してからゲートの先に消えた。

 そして間を置かずに《血盟騎士団》の精鋭達が続き、他のプレイヤー達も続々と渦の中に入っては転移していく。

 数分後、残されていたのは俺とシリカだけだった。繋いだ手から彼女の震えが伝わってくる。俺は彼女の頭を優しく撫でた。

 

 「……大丈夫だ、俺が守る。いや、俺だけじゃない。ピナだってシリカを守ってくれるさ。だから、震えなくて良い、安心して良いんだ。」

 

 「きゅるるる!」

 

 「……はい!」

 

 手を通して伝わっていた震えが止まる。相棒を肩に乗せ、こちらを見つめるシリカはもう恐怖に囚われてはいなかった。

 俺達二人と一匹はお互いに頷きあうと、同時に渦巻くゲートの中に飛び込んだ。それと共に階層の守護者に挑む剣士達を全員送ったゲートはゆっくりと閉じていき、やがて消滅した。



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第二十四話 異形の死神

 後半駆け足で執筆した為に、駄文注意です。

 それとアインクラッド編が終了後、総集編的なことを挟んでからフェアリィ・ダンス編を開始しようと思っています。楽しみにしていただけると幸いです。


◇◆◇

 

 軽い目眩のような感覚がした次の瞬間には、巨大な扉が眼前にあった。光を綺麗に反射する程に磨き上げられた黒曜石は『来るなら来い』と言わんばかりの威圧感を発している。

 足元に目を向ければ冷たく湿ってしまった空気の影響なのか、白くて薄い靄がかかっている。その冷気にあてられたのか、シリカが両手を自身の体に回していた。

 

 「……嫌な感じです。まるで死神が待ち構えているような……。」

 

 「……さっきは比喩で言ったが、もしかしたら死神を模したボスなのかもしれないな……。」

 

 周囲のプレイヤー達はそれぞれウィンドウを開き、装備などの確認をしている。その顔は皆固く、緊張感が場を支配していた。

 その中央でヒースクリフが十字盾から長剣を音高く引き抜き、その剣を持つ右手を高く掲げた。

 

 「今回はボスの攻撃パターンの情報がない。その為、各々が可能な限りパターンを見切って柔軟に対応してほしい。」

 

 剣士達の首肯を確認したヒースクリフが高々と掲げていた長剣を前に振り下ろし、叫ぶ。

 

 「それでは行こうか。……戦闘、開始!」

 

 その声と共に、一斉に抜刀したプレイヤー達がボス部屋へとなだれ込む。俺は右手に《ロンリライアー》、左手に《スカービースト》を握ってその後に続く。シリカも《パストラスト》を逆手に持つと、戦闘態勢になったピナを連れて突入する。

 ボス部屋の中はかなり広いドーム状をしていた。俺やキリト、ヒースクリフが戦ったあの闘技場と同じぐらいの大きさだろうか。見上げれば、黒い壁が遥か上で湾曲して閉じている。

 背後から轟音が響いた。一体何が起こったのかと思い振り返ると、扉が固く閉ざされている。会議室でのヒースクリフの言葉が脳裏をよぎった。つまり、俺達が全滅するか此処を守護するボスを倒さなければ出られなくなったという訳だ。

 しかしその肝心のボスの姿が見当たらない。現れる様子が無いのだ。ただ時間だけが過ぎていく。何かのバグかと思い始めたその瞬間、アスナの鋭い声が耳に入った。

 

 「上よ!」

 

 はっとして頭上に目を向ける。そこには黒い壁と相反するように真っ白な巨大なナニカが貼りついていた。恐らく扉が閉じてから現れたのだろう。先程俺が見上げた時には影も形もなかった。

 見た目は完全にムカデだ。だがその身体は骨だけで構成されており、先端には人間のものを少し弄くったような頭蓋骨が鎮座している。更に、腕のように生えている二本の骨には死神の鎌を連想させる刃が付いていた。

 視線を集中させたことでこの骸骨ムカデの名称が露になった。《The Skullreaper》……骸骨の刈り手、そう名付けられた骸骨ムカデは度肝を抜いている剣士達を一瞥すると、全ての脚を大きく広げた。死神の鎌を持つ骸骨ムカデは重力に従って落ちてくる。未だに上を見上げている俺達の真上目掛けて。

 

 「固まるな!全員、距離を取れ!」

 

 ヒースクリフの鋭い声が意識を強制的に引き戻す。我に返ったプレイヤー達は慌ててあの骸骨ムカデが落ちてくるであろう場所から退避する。俺も急いで離れたが、丁度真下にいた三人の動きが少しだけ遅れた。それが彼ら生死を分ける境目となる。

 

 「こっちだ!」

 

 「急いで下さい!」

 

 キリトとシリカ声に導かれるようにこちらに向かって走り出した三人だが、骸骨ムカデが着地した衝撃で足を取られてたたらを踏んでしまった。勿論それをこの世界の創造神が操る死神が見逃す筈がない。

 動きが硬直した獲物を薙ぎ払うように振るわれた鎌は寸分の狂いもなく三人の背後を同時に切り裂いた。

 綺麗な放物線を描きながら宙を飛んだ三人は地に落ちることなく、その身体をポリゴン片へと変えた。立て続けに消滅音が響く。

 三つの『死』を間近で見たシリカとアスナが息を詰まらせ、キリトは体を強張らせる。それは至極当然のことだ。

 いくら現実に近づけたとはいえ、このデスゲームはレベル制のMMORPG。剣の腕が壊滅的であろうともレベルが高ければそうそう死ぬことは無い。

 加えて、今この場にいるプレイヤー達は最前線で戦う者達の中でも選りすぐりのハイレベルプレイヤーである筈だ。だがそれが骸骨ムカデによる、たったの一撃で永遠に退場させられた。驚かない訳がない。

 

 「……こんなの、無茶苦茶だわ……。」

 

 掠れたアスナの声を他所に骸骨ムカデは獲物を仕留めた快感からか、地を揺らす程の轟く雄叫びを上げる。そして新たな獲物を発見したかのように猛スピードでこちらに突進してきた。

 

 「うわぁぁぁ!来るなぁぁぁ!!」

 

 標的となった者の悲鳴が上がる。しかし動こうという気配が全く無い。確実に一撃で命を刈り取られる死神の鎌を避けようともせず、ただ悲鳴を響かせるだけの置物と化していた。

 その者は『死』への恐怖に心を捕らわれたのだ。攻略組と言えど所詮は人間。一度恐怖という名の沼に完全に引きずり込まれれば……もう動くことは叶わない。

 骸骨ムカデが四つの目玉に宿る蒼白い炎を瞬かせながら、既に三つの命を刈り取った死神の鎌を振り下ろそうとした。

 ヒースクリフに言ったように、俺はシリカやキリト達以外がどうなろうとどうでも良い。骸骨ムカデがポリゴン片となって散った時に彼女達が生きていればそれで良いのだ。

 だが、これ以上士気が低下すれば待っているのは全滅だ。ゲームバランスを破壊しかねないユニークスキル持ちが三人いるとはいえ、勝ち目は万に一つも無い。この世界の創造神であるヒースクリフを除いて皆で永久退場させられる光景が容易く目に浮かぶ。

 

 「……仕方ない。」

 

 そう呟いて地を蹴り、その下に飛び込む。両手に持った二振りの愛剣を一旦鞘に戻すと掌に小さな円形の盾を創造し、死神の鎌を迎撃する。

 耳をつんざくような衝撃音の直後に円形の盾が砕け散った。《創造》で製作可能な武器は全て一撃で役目を終える仕様だ。その為、創造した盾が砕ける度に再度同様の盾を創造して防ぎ続ける。

 《創造》は欠陥だらけのスキルだが、脳への負担を無視するという条件付きであれば、創造の上限が無いことがメリットとして挙げられる。具体的に言えば、今しているように延々と盾を創造し続けて鉄壁の防御を実現できるのだ。

 ただしこれは『脳への負担を無視する』という条件付きであることを忘れてはいけない。現に俺の脳は割れそうな程の激痛が走っている。正気の状態でスキルを酷使した代償だ。

 だが殺意を喰らわせ、獣となれば相手を殺す為だけに行動を開始する。もし今なれば後ろのプレイヤーを見捨てることは確実だろう。それは普段なら構わないが、今だけは許されない。

 とはいえ、このままでは脳が限界に達するだろう。何かないかと視線を巡らせた俺は、ヒースクリフの姿を捉える。システムに保護された彼ならば絶対に死ぬことはない。ならば、壁になってもらおうではないか。

 

 「おいヒースクリフ!あんた確か、ボスの猛攻を一人で捌いたそうだな!この鎌を頼む!!」

 

 「……良いだろう!ソーヤ君は攻撃に徹したまえ!」

 

 脚を覆うように円形の盾を創造してサマーソルトを放ち、鎌を押し返した一瞬の隙にこちらに向かって来たヒースクリフと交代する。しかし俺はあることを失念していた。骸骨ムカデが持つ死神の鎌は一つではないことを。

 ヒースクリフに攻撃をしつつも、もう一つの鎌が逃さないとばかりに俺に襲い掛かる。今は《創造》による頭痛により動きが鈍い。数秒後に俺自身がポリゴン片となって散る光景が目に浮かぶ。どうすることもできず、諦めるように目を閉じたが、俺の前に一つの気配が現れた。誰かと思い、瞼を上げる。

 

 「ソーヤを殺らせはしない!」

 

 左右の剣を交差して受け止めたキリトだったがその衝撃に耐えられず、鎌は火花を散らしながらゆっくりと迫って来る。助けに来てくれたことは感謝するが、これでは餌食となる人間が増えただけだ。

 そして死神の鎌が遂にキリトの肩に到達するかと思われたその瞬間、純白の光を纏う剣が俺と彼の間を縫うように空気を切り裂いた。

 それが下から命中し、鎌の勢いが緩む。それを見逃さず、キリトはすかさずに押し返した。

 

 「キリト君と私でもう一つの鎌を食い止めるわ!大丈夫、絶対に死なせないから!」

 

 キリトの隣に立ったアスナが剣に纏わせた光の残滓を払いながらそう言った。彼女に頼もしさを感じていると肩にふわりと優しく手が置かれる。それが誰のものであるかなんて考える必要もない。

 

 「ソーヤさん、私もソーヤさんのことを守ります。私の命の危機を何度も救ってくれた貴方を絶対に死なせません!」

 

 「シリカ……。それじゃあ、隣で戦ってくれる?」

 

 「勿論です!」

 

 俺の言葉に力強く頷くシリカ。彼女と共にいると身体の動きを阻害する頭痛も何処か遠いもののように感じてしまう。これが所謂『愛の力』とでも言うのだろうか。長年孤独だった俺とは無縁だと思っていたが、どうやらそうでもなかったらしい。

 

 「鎌はキリトさん達が食い止めるので無視してください!皆さんは側面から攻撃をお願いします!!」

 

 シリカの言葉でプレイヤー達は我を取り戻したのか、全員がそれぞれの得物を構えて骸骨ムカデにそれを振るい始めた。俺も鞘から二振りの愛剣を抜刀する。今回のボス戦において、未だ使用されていないことに対する文句があるのか、通常よりも少し重く感じた。

 無言で抗議する愛剣達に今から存分に使ってやると伝えるように細剣を前方斜め約四十五度に投げ、残った片手剣に鈍い赤の光を纏わせる。

 獣と化すことは得策とは言えない。スキルの代償で頭痛が発生している状態で、これ以上の負担を脳にかけてしまえばどうなるか想像が不可能だ。故に今回は『俺自身』が戦わねばならない。

 骸骨ムカデがキリト達に集中していることを確認し、地を蹴る。まるで宙を駆けるように一瞬で肉薄した俺は血濡れた剣を振り下ろした。それと同時に唯一自由に動く片手を横に伸ばす。まるで示し会わせたかのように投げた細剣が手に収まった。

 何かがぶつかったような響きがしたかと思えば、片手剣の光が霧散する。その瞬間に俺の身体はこの世界のルールを無視して動きだす。

 血濡れの剣が通った太刀筋をなぞるように斬り上げ、その勢いのまま真上に投擲する。落下までには数秒の時間しかないが、それだけあれば十分だ。

 今度は細剣に同じ光が宿る。赤黒く輝く線を引きながら同じところを狙って高速の五連撃を叩き込む。骸骨ムカデのHPが目に見えて大きく減少する。一度傷がついた箇所はダメージが通りやすいようだ。

 空いている手を上に向け、丁度落ちてきた片手剣を掴む。細剣を放り投げると同時に、掴んだ片手剣に光を纏わせて斬る。ただそれを繰り返す。何度も繰り返してきたおかげでもう失敗することはあり得ない。

 隣にちらりと目を向ければ、シリカはピナのブレスも交えて絶やすことなく攻撃を続けている。その甲斐あってか、骸骨ムカデのHPはみるみる減少していた。

 そんな時だ、骸骨ムカデの尾の方から複数の悲鳴が聞こえたのは。流れ作業のように動く身体はそのままにして目だけをそちらに向けると、尾に付いている槍の形をした骨に数人が薙ぎ払われていた。そして運悪く両足を切断されたプレイヤーにその槍が突き立てられようとする。

 シリカもそれに気づいたのか、攻撃を中止して駆け出した。もう誰かが死ぬことは耐えられないのだろう、彼女は全速力で駆けていた。

 

 「もう……死なせません!誰も、殺させません!」

 

 間一髪、シリカの持つ短剣が届いて槍の軌道を僅かに変え、両足を失ったプレイヤーの真横に突き刺さる。しかし自身のことを考えていなかったからか、勢いを完全に殺すことができずに転んでしまった。

 それを見た槍は新たな獲物を見つけたとばかりに標的をシリカに変え、地から一瞬で槍を引き抜くと彼女に向かって突きを放つ。

 シリカは本当に心優しい性格だ。それ故に時々ではあるが、自分のことを考慮しないまま行動を起こしてしまう。

 だから……守らねばならない。シリカがこの世界で生き残れるように、俺が彼女に寄り付く死神を全て喰らわねばならない。それが惚れた女にできる俺の全てだ。

 迫り来る槍に片手剣をぶつけ、そのまま光を纏わせて押し返す。ついでに細剣での追撃も加え、槍の意識を俺へと向ける。

 

 「……ソーヤさん……。」

 

 「……言った筈だよ?シリカは俺が守る。俺にとっても恩人であるシリカは死なせない。でも今は、隣で俺を守ってくれるんでしょ?」

 

 「はい!私、ちゃんと言いましたもん!ソーヤさんを守るって!!」

 

 シリカは俺の隣に並ぶと、俺から貰った短剣をもう一度強く握り直す。彼女の傍を飛ぶピナも「きゅる!!」と一際大きく鳴いた。

 再び槍が牙を剥くが、俺の細剣と片手剣、そしてシリカの短剣が重なって一つの剣となり、それを難なく受け止めて弾き返す。

 

 (行くよ、シリカ。あの骸骨ムカデを倒す!)

 

 (勿論です!)

 

 今の俺とシリカには言葉なんて必要ない。相手の思考がこちらに流れて来るのだ。尋常ではない速度で襲い掛かる骸骨ムカデの槍を二人で迎え撃つ。その余波でHPが少しずつ削られていくが、そんな些細なことはどうでも良くなっていた。

 

 

 ◇◆◇

 

 少年達と階層の守護者との戦闘は、開始してから約一時間が流れていた。だが、永遠かと思われた命のゲームに幕が下ろされる。

 正面に移動した少年と少女が駆る一振りの剣が守護者を真っ二つに叩き斬る。その身を両断された守護者は断末魔と共に巨体を無数のポリゴン片へと変え、爆発四散した。

 勝利した少年達は歓声を上げる余裕もなく、次々とその場に倒れ込む。中には大の字に転がって荒い息を繰り返している者もいる。

 しかしその中に毅然と立つ人影が二つ。

 一つは少年。内に飼っている獣の影響か、それとも今回のような激戦に身体が慣れているのか、息も荒れていない。しかし攻撃の余波を受け続けた為に、横に浮かぶ命の残量を示す表示は黄色くなっていた。

 もう一つはヒースクリフ。彼も少年と同じく息が荒れておらず、疲労を感じさせない。そして驚かされるのは少年とは違い、表示が緑のままであることだろう。彼は明らかに誰よりも『死』に近い筈だった。それなのに未だに安全圏を保っているその頑丈さは永久機関を搭載した戦闘機械のようだ。

 他の者達と同様に床にうずくまっていたキリトは虚ろな目でヒースクリフを見つめる。そして次の瞬間、彼は倒れた者達を見下ろしている紅衣の男を見る眼を変えていた。

 

 「……ごめん、アスナ。」

 

 「……え?キリト君……?」

 

 キリトの隣で座り込んでいたアスナがそう発した頃にはもうそこに彼の姿はいなかった。地を蹴ってヒースクリフに急接近した彼は握ったままだった片手剣を突きだす。

 突然の奇襲にヒースクリフは目を見開いて咄嗟に十字の盾で防ごうとするが、間に合わない。キリトの剣は盾の縁を掠め、彼の胸元へと迫る。

 しかし間違いなく命中されると思われた剣は、横から突如現れた片手剣によって防がれる。攻撃を防がれるとは思っていなかったキリトは驚きの表情で横やりをいれた少年を見る。少年の顔には怒りが浮かんでいるが、何処かそれは本心からのものではないように見えた。

 

 「……キリト、何やってるの?どうしてヒースクリフに攻撃を仕掛けたの?」

 

 キリトを正面から見つめる少年から怒気をはらんだ声が出るが、やはり怒っているとは思えない。よく見れば少年の瞳は『とうとう気づいてしまったのか』と語っていた。

 

 「お前こそ何してんだよソーヤ……。俺達をこの世界に閉じ込めた張本人を庇うなんて。」

 

 その発言に誰もが動きを止め、視線が少年達三人に集中する。

 夢が覚めるカウントダウンが今、始まる。

 

 「ソーヤが気づいていないのなら、教えてやる。お前の後ろに立つその男の正体は……茅場晶彦だ。」

 

 空気でさえも凍りついたような静寂が周囲に満ちた。



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第二十五話 夢が覚める時

 アインクラッド編最終回です。

 次回以降に関しては前回に書いた通り、総集編を一話挟んでからフェアリィ・ダンス編に入る予定です。

 駄文ですが、これからもご愛読よろしくお願いします。 


◇◆◇

 

 もし可能ならば、この場にいる者達全員の記憶に介入して先程のキリトの発言を誰も聞かなかったことにしたかった。

 既にその正体を見抜き、知ってしまった俺以外がヒースクリフのことを《血盟騎士団》の団長と信じて疑わないままに戻したかった。

 そうすれば少しでも長く、シリカやキリト達と一緒にいることができるこの幸せな夢の中にいることができた筈なのに。

 しかし一介のプレイヤーである俺にそんな事ができる訳がない。仮に可能だったとしても明らかに非人道的な行為である。俺は二重の意味でその我が儘に等しい願いを消した。

 一瞬、両親と一緒に仕事をしていたある男の姿が脳裏をよぎったが思い出したくもないクズ野郎なのでさっさと消去する。

 キリトの発言の後、誰一人として言葉を発さずに沈黙が場を支配する。そしてそれを打ち破ったのは他でもない、この事件の全ての元凶だった。

 

 「……何故気付くことができたのか参考までに教えてくれるかね?」

 

 正体を看破されたにもかかわらず、ヒースクリフの声は落ち着きそのものだった。振り返ると、彼は檻の中で戯れる生物を見るような暖かい視線をプレイヤー達に向けている。 

 

 「あんたのことを疑い始めたのは、あのコロシアムでデュエルをした時だ。最後の一瞬だけ、明らかに速すぎたよ。」

 

 「……やはりか。あの時は痛恨にもシステムのオーバーアシストを使用してしまった。」

 

 ヒースクリフはゆっくりと頷き、唇の片端を歪ませる。浮かんだのはほのかな苦笑。だがそれを超然としたものに変えると、この場にいる全員を見回し、堂々と宣言した。

 

 「本来ならば第九十五層に到達すると同時に明かすつもりだったのだが……。確かに私は茅場晶彦だ。付け加えれば、最上層で君達を迎える筈だったこのゲームのラスボスでもある。」

 

 「趣味が悪いぜ……。最強と謳われるプレイヤーの片割れが一転してラスボスなんてな。」 

 

 そう言いながらヒースクリフを睨むキリトからは負の感情が漏れ出ていた。怒りや殺意がこれまでの彼からは想像もできない程に膨れ上がっているのだ。

 キリトの鋭い殺気を正面から受けながらも、ヒースクリフは「君は不確定因子だとは思っていたが此処までとは」と肩をすくめる。彼のその様子は、姿が違えども確実に俺の両親の上司に当たる人物のものであると感じさせた。

 そして金属質で無機質な気配を放っているヒースクリフの瞳に好奇心の色が見え隠れしている。また彼のゲーマー魂が疼き始めたようだ。

 基本的に彼は自身の描いたシナリオ通りに進むことを好む。だが、イレギュラーが発生した時にそれを嬉々として受け入れる場合がある。第七十五層のコロシアムで俺とのデュエルをすぐさま承諾したのが良い例だ。

 これからのヒースクリフの行動が読めた俺はキリトに向き直る。     

 

 「……キリトは、この世界から脱出して現実世界に帰りたい?俺の後ろにいる人を殺して、ゲームをクリアしたい?」

 

 年相応の何かを失うことを恐れる震えた声が出たことに俺は自身を嘲笑うように内心でため息をつく。この期に及んでまだ迷っているとでもいうのか。どう状況を整理したって、この夢が覚める瞬間はもうすぐそこにまで迫って来ているというのに。

 

 「勿論だ。生き残って現実に帰還する。それは俺達プレイヤーの総意だろ?」

 

 この世界で現実のことを聞くことはタブーである。それ故にキリトはこの世界が終わる最後の時まで俺の本心を知ることができなかった。まぁ知られないようにしていたのだが。

 もう二度と開くことのない蓋の底に封じ込めた身勝手で、我が儘でしかない、叶わぬ願い。一度諦めた筈なのに、まだ心の何処かで期待している俺は馬鹿としか言い様がない。

 チクリと心に痛みを感じた。原因は言うまでもなくキリトの言葉だ。彼の発言が不可視の刃となって、心を抉る。しかしもう俺はいくら壊れようと成し遂げなければならない。俺を孤独から解き放った者達を現実に還す為に。

 

 「……やっぱりそうだよね。だったら……!!」

 

 鞘から片手剣と細剣を抜き放つ。キリトはその行動に驚きを隠しつつも警戒を露にし、同じように背から愛剣を抜く。緊張が流れる。今の構図では、俺はヒースクリフの味方をしているように見えていた。彼が警戒するのも当然だ。

 しかし俺はキリトと殺り合うつもりは毛頭ない。切っ先の方向を変え、ヒースクリフへと突きつける。この世界の創造神を正面から見つめる俺は久し振りに仮面を張りつけていた。

 嘘で固められたものに変わりはないが、今までの本来の自分を隠すものではない。この状況になっても尚微かな希望を抱く愚かな自分を黙らせる仮面である。

 

 「……此処で終わらせよう、どうせ茅場の叔父さんは正体を看破した報酬でデュエルをしないかとキリトに言うつもりだったんでしょ?だったら、俺は今叔父さんとのデュエルを望む。一度は断ったけど、良いよね?」

 

 「相変わらず、その相手の心を容易く読む力が恐ろしいよ。それとデュエルの件だが、勿論構わないさ。私を倒すことができればゲームはクリアされ、生き残ったプレイヤー達は現実に帰還できる。約束しよう。」

 

 そう言いながらヒースクリフはゲームマスター専用と思われるウィンドウを操作する。そしてそれを消した瞬間、周囲の者達全員に異変が起こった。

 茅場と俺以外の全員が不自然な姿勢で次々と倒れ、呻き声を上げ始めたのだ。剣を構えていたキリトも、こちらに駆け寄ろうとしたアスナとシリカもその例に漏れていない。よく見れば彼女の相棒でもあるピナでさえも地に落ちていた。

 

 「ソーヤさん……さっきから茅場さんのことを『叔父さん』って……?」

 

 システムによって自由を奪われた身体を必死に動かしながら、シリカがそう問うてきた。この世界はもうすぐ終わりを告げる、最早隠す必要もないだろう。俺は一息つくと、ヒースクリフとの関係を明かすことにした。

 

 「……両親は茅場の叔父さんの部下に当たるんだ。この世界に来る以前、俺はよく家に来てくれた茅場晶彦のことを『叔父さん』と呼んでいたんだ。」

 

 沈黙が流れる。これまで攻略の要として活躍してきた二人の正体が、全ての元凶とその部下の子だとは誰一人想像していなかったのだろう。

 俺を見る目が茅場に向けられているものと同様のものに変わる。怒りが込められた目だ。しかしそれにはあの腐った世界でもう慣れている。いちいち気にする必要はない。

 周囲の者達の存在を無視し、ただ眼前に立つヒースクリフだけを視界に捉える。

 

 「ソーヤさん!」

 

 「……ごめんね、シリカ。俺が終わらせるから。ちゃんと現実に還すから。」

 

 シリカの悲痛な声に小さく謝罪をすると《創造》の発動と共に獣を解き放つ。身体がだんだんと熱を帯び、吹き出した赤黒いオーラが背後にゆっくりと移動して様々な武器を作り出す。生み出された武器達は使われる時を今か今かと待ち望むように後ろで円を描く。

 

 「……茅場の叔父さん、モウコノセカイハオワリダ。皆を、シリカを現実に帰還させる為に……コロス。」

 

 片手剣と細剣をもう一度握り直し、構える。不思議なことに意識がはっきりしていた。普段なら獣の解放と同時に朦朧となるのだが、一体どうしたのだろうか。

 原因を追及したいところではあるが、そんな時間は一秒たりとも残されていない。

 俺の臨戦態勢を確認したヒースクリフは再びウィンドウを操作し、自身の不死属性を解除すると共にお互いのHPを即死圏内まで減少させた。そして地に刺していた長剣を抜き、十字の盾の後ろに隠すように構える。

 これはコロシアムの時の決闘とは違う、本物のデスゲーム。勝者は生き残り、敗者は死ぬ。ただそれだけが明確に設定されたルール。空気の震えが仮想の肌を通して伝わってくる。

 そして示し合わせた訳ではないにもかかわらず、俺とヒースクリフは同時に地を蹴っていた。

 

 

 ◇◆◇

 

 名もない片手剣が十字の盾とぶつかり、役目を終えたとばかりに砕け散った。少年のスキルによって作られた武器は全て一回しか攻撃ができない消耗品である。

 強敵との連戦により、少年の愛剣は砕けてしまっていた。しかしそんな些細な事で少年は止まらない、止められない。唯一無二のスキルで次々と武器を作り出し、それらを振るい続ける。

 デジタルの世界からの解放を賭けた少年と元凶との殺し合いは既に短いとは言えない時間が流れていた。百を軽く越える金属音が周囲に響いている。

 絶え間ない猛攻を仕掛けている少年は人間でも獣でもない。それらが交じり合ったナニカだ。その最たる証拠に、少年の二つの瞳は赤と黒が入り交じる濁ったものに変わっていた。今の少年の状態を一言で言い表すのならば、『半人半獣』が文字通りに当てはまるだろう。

 しかしその猛攻を全て防いでいるのは、この世界の創造神が操るヒースクリフと名付けられたアバター。人間らしさが見えなくなった冷ややかな真鍮色の瞳を忙しなく動かし、神速で襲い掛かる無数の剣をその巨大な十字の盾と長剣で弾き続けている。

 少年が一瞬の間に背後に移動し横薙ぎに両手剣を振り払うも、目にも見えない速度で振り返ったヒースクリフは的確にそれを弾き返した。

 一旦距離を取った両者のHPは度重なる攻撃の余波を受け続け、数ドットを残すのみとなっている。少しでもかすれば『死』へと誘われる。常人ならば恐怖のあまり発狂しかねないが、今対峙する二人の人間は形は違えど既に狂っていた。

 一人は他者の命をただのモノとしか捉えられず、邪魔をする者が誰であろうとも殺すことを厭わない狂人。もう一人は一万の人間を電脳世界に閉じ込め、ゲームオーバーを現実の死とした狂人。もう彼らにとって『死』は恐怖の対象ではなくなっていた。

 

 「背後への瞬間移動と終わらないソードスキル……此処までこの世界に馴染むとは思っていなかったよ、ソーヤ君。正直に言わせてもらえば、もっと戦っていたいものだな。」

 

 「……叔父さんのゲーマー魂はアイカワラズダネ。でもどんなゲームだっていつかは、オワリノトキガクル。これでこの幸せな夢を……オワラセル。」

 

 『死』が間近に迫っているとは到底思えないような様子で会話を交わした両者は再び得物を構える。金属質の瞳と濁った赤の瞳が交錯し、次の瞬間にはお互いの顔を散った火花が明るく照らしていた。

 少年は新たな片手剣を取り出し、正面から一直線に振り下ろす。これまでの猛攻と比べると稚拙としか思えない攻撃。それをヒースクリフは十字の盾を前に出すことで受けようとする。だが出した盾に衝撃が伝わることはなく、耐久値が無くなった武器がポリゴン片となる音が響いた。

 しまった、ヒースクリフがそう思った時には少年の次の一手が炸裂していた。途中で離した少年の手には包丁に酷似した短剣が逆手に握られている。

 一歩踏み出した少年の短剣がヒースクリフの盾を横から叩く。衝撃をまともに受けた盾は右側に大きく振られ、左側に無防備な的が現れる。

 その隙を見逃す少年ではない。作り出した細剣に赤黒く輝く鈍い光を纏わせる。ヒースクリフもこれが最後だとばかりに長剣に光を纏わせた。その光は少年とは対照的に明るい赤の色をしている。

 放たれた二つの赤い光はいつかの決闘を再現するかのようにすれ違い……同時に両者を貫いた。

 

 

 ◇◆◇

 

 手に持った細剣からヒースクリフを貫いた感触、そして身体が長剣に貫かれた感触を感じた。今回も引き分けだ。このデュエルも、あのコロシアムの時と同じ結果に終わったのだ。

 だがいくら待ったところで、何処にも勝者を示す表示は現れなかった。当然だ、これはただの殺し合い。勝利条件は相手を殺すこと。相手がポリゴン片となって砕け散る演出こそが、勝者を示す表示に他ならない。

 未だ俺もヒースクリフもポリゴン片にならずに形を保ってはいるが、これは同時に散ることになるだろうと二年間の経験が結論を出していた。

 視界の端で赤く点滅する俺の命がゆっくりと削れていく。一ドット減少していく度に死神が一歩づつ近付いて来ている。

 そして遂に真っ黒に染め上がったことで一つのメッセージが浮かび上がった。

 

 《You are dead》

 

 それは『死ね』という宣告。この世界で絶対の力を持つシステムという名の死神から宣告された逃れることのできない命令。これには創造神ですら逆らうことは不可能だ。

 獣との同調状態が解け、想像を絶する頭痛のあまり立ち尽くすことしかできない俺の身体がひんやりとした冷気に包まれる。俺という存在が紐をほどくように解体されていくようだ。剣を握る感覚、俺の名を呼ぶ声、眼前に立つ茅場の叔父さんの顔、全てが遠ざかって消えていく、無くなっていく。

 

 「ソーヤさん!!」

 

 深い闇に沈んでいく意識の中で、聞き慣れた声が響いた。声の主は誰かと考える必要もない。消えゆく俺を見つめながら大粒の涙を流しているシリカの顔が容易に浮かんだ。

 無事に目的を完遂できたことに達成感を覚えていると、俺とヒースクリフの身体がポリゴン片となって爆散するのを感じた。何度も聞いたあの音がしたのだ。今までゆっくりだった意識が、急速に闇へと引き込まれていく。

 どうかシリカが現実で幸せな人生が送れますように……俺の叶わない願いの代わりに、この願いを叶えて下さいと何処にいるかもわからない神にそう願いながら俺のアバター《ソーヤ》は消滅した。

 

 

 ◇◆◇

 

 意識がある。そう感じたのは数秒前のことだ。閉じていた瞼を上げると、燃えるような夕焼けが俺を照らしていた。

 一体此処は何処だろうかと周囲を見渡す。そして透明な床の下にあるものが目に入った。俺やシリカ達が二年間生きた場所である鉄の城、アインクラッドが崩壊を始めていたのだ。

 基部フロアの一部が損壊し、崩れ落ちた破片は深い暗闇の中へと消えていく。耳を澄ませば重々しい轟音が聞こえてくる。まるで《創造》で作られた剣達と同じように、俺に友人達を巡り合わせてくれた剣の世界はもう役目を終えたとばかりに崩れていく。

 終わったんだ……こうして崩壊していく夢の世界を目にすると改めてそう感じられる。

 

 「なかなかに絶景だな。」

 

 「茅場の叔父さん……。」

 

 不意に隣から声がしたので横を見ると、いつの間にか茅場晶彦が立っていた。ヒースクリフのアバターではなく、現実でよく見た白いシャツにネクタイを締め、長い白衣を羽織った俺の叔父さんが穏やかな目で崩れゆく浮遊城を眺めている。

 間もなく半分が崩れ去る巨城に目を戻し、ぽつりと尋ねた。

 

 「シリカは……俺があの世界で出会った友人達はちゃんと現実に帰れた?」

 

 「心配には及ばない。つい先程、生き残った全プレイヤーのログアウトを確認した。勿論、創也君の友人達もだ。」

 

 「……それが聞けたら十分だよ。」

 

 そう答えた瞬間、視界が歪んで自分の頬に何かが伝っている感触を感じた。泣いていたのだ。一時とはいえ俺の友人だった皆が無事、現実に帰還できたことに安心したのだ。

 

 「創也君に最後にこのゲームの感想でも聞こうと思っていたのだが、その涙で返事は十分だ。身勝手で悪いのだが、私はそろそろ行かせてもらうよ。」

 

 とたんに風が吹いたかと思えば、もうそこに茅場の叔父さんの姿はなかった。最後に彼が言っていた通り、本当に身勝手である。

 彼が何処に行ったのかは想像に難くない。現実の肉体を捨て、自らをデジタルの一部にしたのだろう。身勝手な彼なら平然とやりかねない。

 俺は再び一人ぼっちに戻っていた。友人達を失った痛みはなかった。正確には、夢の世界で過ごした日々が傷ついた心を癒しているのだが。だがそれもじきに不必要となる。

 俺が生きた幸せな夢の世界が完全に崩れ去り、消滅した。身体が透け始め、全ての終わりが近いことを知らせている。

 二年間の記憶が流れていく。そのどれもが鮮やかな明るい色を放っている。これが走馬灯というものなのだろうか、今はどの記憶も鮮明に思い出すことができた。自然と心が温かくなる。迫る『死』など、どうでもよくなっていた。

 足元の透明な床も消え、白い輝きの中に俺だけが残される。周囲はその輝きに呑み込まれており、俺が消えるのも時間の問題といったところだろうか。

 

 「シリカ、君と過ごした日々は俺の人生の中で間違いなく一番幸せだったよ。本当にありがとう……愛しています。」

 

 今の俺は年相応の笑みを浮かべていることだろう。時間だ、あの夢の世界の記憶と共に俺は逝くとしよう。

 輝く光が俺という存在を消滅させていく。恐怖なんて感じなかった。今の俺を満たすのは、最後に大切な人や母親の言った友達ができた幸せだ。

 

 『私も、ソーヤさんのことを愛していますよ。』

 

 光が身体を完全に消滅させる直前、そんな声が聞こえたような気がした。



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そーどあーと・おふらいん アインクラッド編

 予告通り、アインクラッド編の総集編です。

 今回は書き方を大幅に変更しており、各キャラクターのセリフが通常と比べて多くなっています。


 ◇◆◇

 

 「皆さんこんにちは!そーどあーと・おふらいんの時間です!司会のアスナです!」

 

 二年間囚われた剣の世界で最強と謳われたギルド《血盟騎士団》の制服を纏ったアスナが張り切った様子で挨拶をする。その隣には全身が真っ黒の装備で固められた《黒の剣士》こと、キリトが座っていた。

 

 「解説のキリトです!」

 

 「今回の総集編では『ソードアート・オンライン ~創造の鬼神~』アインクラッド編のプレイバックを行っていきます!それではプレイバックを始める前に、ゲストのお二人に登場していただきましょう!どうぞ!」

 

 アスナがそう言うと同時に扉が開かれ、二つの人影が入ってくる。

 

 「ご紹介します!ゲストにお呼びしました《鬼神》ソーヤ君と《竜使い》シリカちゃんです!」

 

 「ソーヤです。よろしく頼みます。」

 

 「シリカです!今日はよろしくお願いします!あと、この子はピナです!」

 

 「きゅるるる!」

 

 「それでは役者も揃ったところで、プレイバックを始めていきましょう!まず始めはこのシーンです!」

 

 アスナが手を向けた先にある特大のモニターに電源が入った。

 

 

 ~ソーヤとキリト、クラインの出会い~ 

 

 「いきなり話しかけてすまない。その戦い慣れているところを見ると、お前もベータテスターか?」

 

 俺は声がした方に振り向いた。先程から気配はしていたので、たいした驚くことはなかった。

 そして、そこには二つの人影があった。

 一人は、ファンタジーの物語に出てきそうな勇者っぽい男。俺と年齢は同じぐらいだろうか。俺との距離が近いことから、彼が話しかけてきたのだろう。

 そしてもう一人は、日本の戦国時代から飛び出してきた若武者のような男。頭に悪趣味なバンダナを巻いている。年齢は……年上に見える。

 とはいえ此処では自分の顔や体格なんて自由に変えられるので、はっきりとはわからないが。

 因みに俺は……ほぼ現実と同じ姿と顔にしていた。俺じゃない体を動かすのは違和感があったし、例え姿を変えて受けいれられても意味がないと思ったからだ。

 だから名前……プレイヤーネームも《ソーヤ》にしている。

 

 「いいや、ベータテスターではないが。何か用か?」

 

 やはり両親以外の人と話す時は、どこかトゲがあるような感じになってしまう。今までのことから人間不信になってしまった俺からすれば、仕方がないものなのだが。

 そしてベータテスターか。確か、千人限定で先行プレイができるとかいうものだったはずだ。抽選倍率があり得ない程高かったことを覚えている。しかし、何故彼らはベータテスターを探しているのだろうか。

 すると俺の考えを見抜いたかのように、若武者の男が口を開いた。

 

 「いや、俺に戦い方を教えてほしくてさ。それで経験のあるベータテスターを探していたんだよ。武器はどう使うとか色々、教えてもらうためにな。」

 

 「そしてフィールドに出て教えていたら、近くに恐ろしいスピードで《フレンジーボア》を倒しているお前が目に入ってさ。こうして声をかけたという訳さ。」

 

 若武者の男に続いて、勇者っぽい男が答えてくれた。そして若武者の男が急に俺に頭を下げてきた。一体何事かと、俺は驚いた。

 

 「頼む、お前も俺に戦い方を教えてくれ!この世界を思いっきり楽しむ為に、女性にモテる為に!」

 

 「……わかったから顔を上げてくれ。こんなことで頭を下げるんじゃない。」

 

 最後に邪な願望が聞こえた気がするが、聞かなかったことにしておこう。

 そして俺は若武者の男の熱心な頼みに少し気圧され、その頼みを聞き入れることにした。

 その後、現実世界と同様にお互い自己紹介をすることになった。

 

 「俺はキリト。ベータテスターだ。よろしく。」

 

 「俺はクラインってモンだ。よろしくな!」

 

 「……ソーヤだ。」

 

 するといきなり目の前にウィンドウが表示された。そこに書かれていたのはフレンド申請だった。

 一瞬、《YES》のボタンを押そうか躊躇した。ここでフレンドになったのなら、彼らと深く関わることになるのではないか。そして彼らはまた、俺が信用し始めた頃に裏切るのではないか。そんな考えが渦巻く。

 俺は誰かを信じることはできない。裏切られることが怖い、また孤独に戻る時の傷を負いたくない。だから、誰も信じなくなった。

 だが母親の言葉もある。無下にすることもできない。フレンドになったとしても、そんなに深く関わらなければ大丈夫だと判断する。

 そして俺は《YES》のボタンを押した。

 

      ~《第一話 デスゲームの幕開け》より~

 

 

 「懐かしいね、俺がキリト達と出会ったところだ。」

 

 「そうだな……。もう二年前になるのか……。ん?どうしたんだアスナ?それにシリカも、どうして口元を押さえているんだ?」

 

 男性陣が当時を思い出して懐かしんでいる傍らで、女性陣は何故か口元を押さえていた。二人の肩が震えていることから、笑いを堪えているのだろう。

 しかし、もう限界とばかりにアスナが盛大に吹き出した。それにつられ、シリカも同様に笑い始めた。笑いの原因が理解できないソーヤとキリトは首を傾げるばかりである。

 

 「おいアスナ、いくらなんでも笑い過ぎだろ。一体何処に笑いのツボがあったんだ?」

 

 「あはははは!!だって、だってキリト君の顔が、あんなイケメンになってるから……あはははは!!」

 

 「そうですよキリトさん。ぷくく、あのキリトさんがイケメン顔に……あはははは!!」

 

 「キリト……あの顔が笑いの原因だと思うよ。多分だけどいつもからは想像もつかない、あのイケメン顔が面白いんじゃないかな。」

 

 「なんだと!?あの顔は悩みに悩んで作った渾身の力作だぞ!何処も可笑しくないだろう!?」

 

 「だから、キリトがイケメン顔なのが面白いってことだよ。確かにこれは良く見れば、笑いが込み上げてくるかも……。あのキリトがイケメン顔だもんね……。」

 

 「だぁぁぁ!もう次のシーンに行くぞ!アスナもシリカも笑い過ぎだ!何か恥ずかしくなってきた!次のシーンはこれだ!」

 

 

 ~ソーヤとシリカの出会い~

 

 俺はさっきと同じように三匹の猿人を殺し、落とした武器を拾う。そして一つの気配を感じとる。それはこの森に出るモンスターとは異なっている、つまり人間の気配だった。俺はその気配がした方向に目を向ける。

 

 「うぅっ……ピナぁぁぁ。私を……えぐっ……一人にしないでよぉ……。」

 

 その視線の先には、一人の少女がいた。光の差し込まない地に座り込み、青い羽らしきものを大事そうに抱えながら涙を流していた。

 

 「おいお前、大丈夫か?」

 

 俺は俺自身の行動に驚愕を隠せなかった。彼女は今まで出会ったことのない、いわば赤の他人だ。普段の俺ならば声を掛けることなく、その場を立ち去るはずだ。

 その筈なのに、俺は現在進行形で彼女に話しかけている。俺は俺自身が理解できなくなった。

 

 「ありがとうございます……助けていただいて。」

 

 「別に、たまたま此処を通りかかっただけだ。しかし何だそれは?」

 

 俺は彼女が抱えている青い羽らしきものを指差す。その羽は恐らくドロップ品なのだろうが、それを彼女は大切に抱えている。

 ……何を考えているのだ、俺は。何故、赤の他人である眼前の少女を見捨てずに更に関わろうとしているのだ。いつもならこんな事は絶対にあり得ないのに。

 そんな俺の思考を知るよしもない彼女はその羽を一度だけ叩いた。浮かび上がったアイテムの名は……『ピナの心』。それを見た彼女は再び目尻に涙を浮かべる。

 

 「泣くのは後だ。さっさとこの森を出るぞ。」

 

 気がつくと俺は彼女に手を差し出していた。本当に理解ができない。得たいの知れない『何か』が俺を突き動かしている。その『何か』が俺にはわからない。

 

 「どうして……出会ったばかりの私を助けてくれるんですか?」

 

 「うーん、俺にはわからない。でも、何故か放っておけないんだ。」

 

 「えっ……?今、口調が変わって……!?」

 

 彼女が俺に驚くと同時に、俺も俺に驚愕していた。それも先程の比ではない。それも仕方のないことだろう。嘘の仮面が外れ、本当の俺が顔を出してしまったのだから。

 彼女は、両親や家族のように信頼できる人間ではない。数分前に出会ったばかりの赤の他人だ。そして、キリトのように命まで賭けて俺と関わりを持とうとした人間でもない。本当に赤の他人なのだ。しかし、キリトと話していた時と同じように仮面は外れた。こんな現象は初めてだった。

 俺は驚愕を隠すように、外れた仮面をつけ直した。本当の俺は影を潜め、嘘で固められた俺に戻る。

 

 「……可能であれば忘れてほしい。さぁ、行くぞ。」

 

 「ふふふ……変な人ですね。あっ、私シリカっていいます。」

 

 「……ソーヤだ。」

 

 シリカと名乗った少女が俺の手を握った。それを確認した俺は彼女を引き上げて、立ち上がらせる。そして俺達は森の出口へと向かった。

 

         ~《第七話 竜使いと鬼神》より~

 

 

 「あ、今度は私とソーヤさんが出会ったシーンですね。あの時はもう死んじゃうかと思いました。ピナも死んじゃって怖かったです。ソーヤさん、助けていただいて本当にありがとうございました。」

 

 シリカが笑い過ぎて目尻に浮かんだ涙を拭いながら当時を振り返る。そしてその時のことを思いましたのか、ソーヤに頭を下げて感謝の言葉を口にした。

 

 「今さらそんな事……あの時は俺自身、何をやっているのか理解できなかったし……。」

 

 ソーヤは恥ずかしくなったのかシリカから視線を背ける。幼い頃から罵詈雑言を受け続けて成長した彼はその過去からか、お礼を言われることに慣れていない。

 

 「アスナ、俺達は一体何を見せられているんだろうか。」

 

 「あはは……何だろね。それじゃ、次のシーンに行こうか。次はシリカちゃんイチオシのシーンです!」

 

 先程とは一転し、乾いた笑いを浮かべるアスナの声と共に新たなシーンが映し出された。

 

 

 ~シリカVS植物怪物~

 

 逃げるという手段を失ったシリカは立ち上がって、短剣を構える。そして早く決着をつけたいという焦りからか、直ぐ様彼女はソードスキルを発動した。

 当然ながら、慌てて発動したソードスキルが植物怪物に当たる筈もなく、シリカはソードスキル後の硬直に捕らわれた。そして動けない彼女の両足に植物怪物の蔦が絡み付き……

 

 「へ?きゃあ!!」

 

彼女を上下逆さまに持ち上げた。一体、あの細い蔦の何処にそんな力があるのか疑問だが、今はそれどころではない。

 シリカのスカートが重力に従ってずり落ちそうになっているのだ。それを必死に防ごうと、スカートを押さえながら蔦を切ろうとしている。だが、上下逆さまの不安定な姿勢では剣を届かせることさえ叶わない。

 

 「ソーヤさん、キリトさん、助けて!見ないで助けて!」

 

 「そ、それはちょっと……無理かな。」

 

 こちらに襲いかかってきた植物怪物を葬り、シリカの方に目をやるキリトは手で目を塞ぐ。だが、その隙間から覗いているのを見逃さない。

 

 「おいキリト、こっち向け。」

 

 「ん?どうしたソーy……うぎゃぁぁぁ!!」

 

 手を離して俺の方を見たキリトの両目に俺の人差し指と中指を突き刺す。所謂目潰しというやつだ。ぶっすりと刺さった痛みで、彼は目を押さえながら転げ回っている。シリカを助けるには今しかない。

 

         ~《第八話 思い出の丘》より~

 

 

 「え!?頼んでいたシーンと違う!しかも何でよりによってこのシーンなんですかぁぁぁ!!」

 

 「これは本当に事故だよね……?もしこれがイチオシだったら俺はシリカの正気を疑ったよ。」

 

 羞恥のあまり真っ赤になった顔を覆うシリカと、安堵のため息をつくソーヤ。だがこのシーンがもたらした影響はそれだけではなかった。

 突然重力が大きくなったと錯覚させる程の重い空気が周囲を包み込む。ゲストの二人が恐る恐るその発生源に目を向ければ、目が笑っていない笑みを浮かべるアスナと顔を青くして震えているキリトの姿があった。

 

 「キ~リ~ト~く~ん~?あの行動はどういう事かな~?」

 

 「ひぃ!あああアスナさん、あれはその……すいませんでした!!」

 

 「そんな謝罪で許すと思った?この変態!!」

 

 アスナの二つ名《閃光》に恥じぬ神速の突きがキリトを襲う。勿論、突然至近距離から放たれた目にも見えない速さの攻撃を防ぐことなど彼には不可能だった。

 

 「きゅるるる!!」

 

 更に今まで大人しくしていたピナが灼熱のブレスを吐いた。アスナの連続突きによってよろめいていたキリトは避けることも叶わず火炙りにされる。

 

 「ぐふっ……本当にすいませんでした……。」

 

 呻き声を上げながらキリト(変態)は倒れた。身体中に刻まれた無数の傷跡と焼け跡から察するに、復帰には相当の時間が必要となりそうである。

 ふんすっと鼻息を荒くしながら細剣を鞘に納めるアスナと、満足げな顔でご主人の下へと帰るピナ。その暴力的解決にソーヤとシリカは内心冷や汗をかいた。

 

 「えっと……それでは改めて私のイチオシのシーンです!どうぞ!」

 

 

 ~シリカ、ソーヤに二度目の告白~

 

 邪魔者がいなくなった少年は少女に向き直り、包丁に酷似した短剣に光を纏わせる。少女の相棒がブレスを吐くが、少年はそれを鬱陶しそうに払うだけだった。

 そして短剣を少女に振り下ろそうとした時のことだった。少年の顔が狂気に歪んだ笑みから苦悶の表情に変わったのは。

 鈍く輝いていた光が霧散し、少年の手から離れた短剣が地に落ちる。両手で頭を押さえて、声にならない声をあげる。バランスを崩した少年は少女に倒れ込み、少女はそれを受け止めた。

 

 「……グギギ……ガァァァ!!」

 

 「ソーヤさん!」

 

 少女は少年を抱きしめた。少年は突然の行動に驚愕を隠せず、黒と赤に点滅する両眼を少女に向ける。少女は少年を強く抱き締め、優しく包み込むような声音で言葉を紡いだ。

 

 「ソーヤさん……私、気づいたんです。私はソーヤさんの優しいところだけじゃなくて……全部が好きだとわかったんです。ソーヤさんは私が支えます……辛いことがあっても、私が一緒に背負います。だから……だから……目を覚ましてください、ソーヤさん……。」

 

 「……ガガッ……ギッ……。」

 

 少年の背後にあった無数の武器が弾け、消滅する。それと同時に点滅していた両目は完全に黒に戻り、少年は気を失った。

 少年の体重を支えきれなかった少女は背中から倒れてしまう。だが、少年の頭を撫でる少女の顔は穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

        ~《第十一話 違和感の正体》より~

 

 

 「良かった……今度はちゃんと私が頼んだシーンです。また次も変なシーンが映ってしまうんじゃないかと不安でした。」

 

 「なるほど、シリカのイチオシはこのシーンなんだ。確かに納得できるな。あと、この時は皆に迷惑をかけて本当にごめん。」

 

 「もう過ぎたことだし、いいんだよソーヤ君。それよりも、《二度目の告白》ってどういうこと?」

 

 「ああ、実は俺が狂う前に一度シリカは告白していたんだ。『ソーヤさんの優しいところが好きになった』ってね。」

 

 「はうう……。ソーヤさん、その事は忘れてくれると助かります……。」

 

 再び赤くなった顔を覆うシリカ。あの出来事は彼女にとって、黒歴史以外の何物でもない。彼女が無意識に投下する爆弾は、時に自爆すら引き起こすのだ。

 

 「えっと、シリカが恥ずかしさでおかしくなる前に次のシーンに行こうか。次のシーンはこれ!」

 

 

 ~ソーヤとキリト、隠していたスキルのお披露目~

 

 「スイッチ!!」

 

 その一瞬を見逃さずにキリトは生まれた隙間に身を踊らせて、悪魔の正面に飛び込む。彼の両手には、二振りの片手剣が握られていた。悪魔は攻撃の対象を少年から彼に切り替え、咆哮を上げながら大きく斬馬刀を振りかぶる。

 左上からの斬り下ろしを左手に持った新たな剣で弾き返そうとしたキリトだったが、その刃は突如ワープしたように現れた少年によって防がれる。

 驚愕の色を浮かべるキリトに少年は向き直った。赤く染まった少年の目が彼を捉える。しかし、少年の瞳からはもう狂気は放たれていなかった。

 

 「……斬馬刀ハ、俺ガ防グ。キリトハ、攻撃ダケニ専念シロ。俺達デ、アレヲ……コロスゾ。」

 

 「ああ、頼りにしてるぜ!ソーヤ!!」

 

 怒りがこもった叫びを上げながら、悪魔は再度上段からの斬り下ろしをキリトに向かって放つ。だがそれはまたしても瞬間移動で斬馬刀の前に現れた少年によって弾かれた。発生した強烈な衝撃に悪魔の体勢が崩れる。

 その隙を見逃すような少年達ではない。キリトは両手に持つ二振りの片手剣に光を纏わせ、少年は背後に円を描くように回転する武器から細剣を取り出して地を駆けながら光を宿す。

 

 「スターバースト……ストリーム……!!」

 

 「コロス……コロシテヤル……!!」

 

 キリトの二振りの剣が恐ろしい速度で振るわれる。右の剣で斬りつけ、直ぐ様左の剣を突き刺す。甲高い効果音が立て続けに唸り、残像を残す光が悪魔を斬り裂き続ける。

 少年の様々な武器があらゆる角度から牙を剥く。横薙ぎに振るわれた斬馬刀を細剣と衝突させたかと思えば、一瞬で背後に移動し、片手剣を振るう。少年が武器を持ち帰る度に、ギィンと特徴的な音が鳴る。

 二つの絶えない光の斬劇が悪魔の命を削り続ける。悪魔は怒りの咆哮を上げて斬馬刀を振るった。だが少年に全て阻まれ、その隙をついたキリトの斬劇と少年の追撃が更に悪魔の命を削る。それが何度も繰り返され……悪魔の命はあと僅かになった。

 

 「「……ぁぁぁぁぁぁああああああ!!」」

 

 二人の雄叫びと共に、最後の一撃が放たれる。キリトの右の剣は正面から悪魔の胸の中央を貫き、少年の両手剣は背後から同様の部分を貫いた。

 

 

     ~《第十三話 欠陥だらけのスキル》より~

 

 

 「うっ……まだ身体が痛い……。あれ?このシーンは第七十四層のボス戦か。あれはキツかった。」

 

 制裁を受けてダウンしていたキリトがそう言いながら起き上がった。しかしまだダメージが残っているのか、少しふらついている。

 

 「あ、キリト。大丈夫じゃ……なさそうだね。まるであの戦いの後みたいだよ。」

 

 「全く、あの時は二人とも死んじゃうかもしれなくてヒヤヒヤしたんだからね!」

 

 「アスナさんの言う通りです!お二人のHPがじわじわ削れているのをただ見ることしかできなくて、何も出来ない自分が悲しかったです!」

 

 「アスナにシリカ……ごめんね。もっと皆を頼るべきだった。」

 

 「まぁでも結局俺とソーヤで倒せた訳だし、結果オーライじゃないか?」

 

 「「……は?」」

 

 再度重い空気が場を支配した。しまった、とキリトが顔を青ざめさせるが時既に遅し。空気を読まない彼の発言にご立腹となったアスナとシリカは何の躊躇いもなく得物を抜いた。

 自分達の心配を踏みにじるようなことを言った男に向けられる目からは、光を纏う得物とは対照的に光が失われている。

 

 「キリト君は、結果勝てればそれでいいの?心配する私達のことを考えようとしないの?」

 

 「キリトさんには、ソーヤさんのような反省する気持ちは無いの?」

 

 光を纏わせたままゆっくりとキリトににじり寄る女性陣をこのまま放っておけば、彼が惨殺されることは確実だろう。

 しかし今の彼女らはたとえソーヤであっても止められない。シリカの敬語が外れていることがいい証拠だ。故に彼が下した決断は……

 

 「……さて、次のシーンへと行きましょう。どうぞ!」

 

 「おいぃぃぃ!助けてくれぇぇぇ!!」

 

キリトを見捨てることだった。

 

 

 ~シリカの初めて敬語が取れたシーン~

 

 「……シリカ、行くぞ。」

 

 「勿論です。ピナも行くよ。」

 

 「きゅるるる!」

 

 ウィンドウを操作して俺は片手剣《ロンリライアー》を握り、シリカは俺がプレゼントした短剣《パストラスト》を手に持った。そのまま光をそれぞれの得物に纏わせる。

 

 「お……?」

 

 状況が理解できず、口を半開きにする男に一瞬で接近した俺達はその顔面目掛けてソードスキルを放った。

 血塗れた赤と鮮やかな青の光が周囲を染め上げる。男は発生した衝撃によって仰け反り、呆然とした顔浮かべながら尻餅をついた。そこに間髪いれずピナが吐いた灼熱ブレスが直撃し、あまりの熱さに顔を覆いながら地を転がる。

 

 「……戦闘が望みならいくらでもやってやる。」

 

 「相手はソーヤさんと私、そしてピナ。HPは減らないから、思う存分かかってきなさい!」

 

 「ま、まさか《鬼神》と《竜使い》!?ど、どうしてこんなところに!?」

 

 「……お前は知る必要など無い。」

 

 俺とシリカの正体に気づき、驚愕を露にした男に向かってもう一度ソードスキルを放つ。再び衝撃が発生し、横に転がっていた男は方向を変えて後ろに転がる。

 いくらダメージがないとはいえ、戦闘になれていない者ならば耐えることは厳しい。男は先程見せた武器を見るに戦闘経験は皆無に近い。あのやや大きい《ブロードソード》は損傷も修理もされたことがない薄っぺらい輝きを放っていたのだ。

 

 「お、お前ら……早くなんとかしろっ……!」

 

 男は後ろで見ているであろう部下に指示を出したが、誰一人反応がなかった。その事に疑問を感じた男が振り返ると、シリカがピナと共に男の部下を次々と蹴散らしていた。

 シリカの《パストラスト》から放たれたソードスキルが強烈な衝撃を発生させて吹き飛ばし、ピナの灼熱のブレスが大人数を巻き込んで戦闘不能にまで追い込む。今の彼女にこそ俺の二つ名である《鬼神》がぴったりだと感じた。

 それにしても、シリカが敬語を外したところを見たのは初めてだ。「取ろうと意識しても外れないんです」とまで言っていた敬語が外れるとは、彼女の怒りは相当なものなのだろう。現に今も、彼女は人を殺しかねない勢いで短剣を振るっている。

 

    ~《第十九話 記憶を失った謎の少女》より~

 

 

 「何でこのシーンがあるんだ……。別にピックアップする程のものじゃないでしょ……。」

 

 「う~ん……多分さっきの状況があったからじゃないかな?ほら、丁度シリカちゃんの敬語が取れていたからってことで。」

 

 ため息をつくソーヤに細剣を戻しながらアスナがそう返す。彼女の隣にはプスプスと煙を上げながら動かなくかったキリトがいた。

 よく見ると先程の時よりも傷跡、そして焼け跡が酷くなっている。どうやらピナは今回も制裁に参加し、ブレスを浴びせたようだ。

 

 「……普段優しい人が怒ると凄く恐いってことがよく分かるね。思い出してもあの時のシリカは恐かった。」

 

 「あの……これってやっぱり私ですよね……。」

 

 「シリカちゃん?いきなりどうしたの?そんな事言って。」

 

 「実は……あの時の記憶が無いんです。いや、正確に言えばソーヤさんと同じような感じで、落ち着いた瞬間にはっとするというか……。」

 

 「もしかして、シリカも俺と同様に獣を飼っていたりするのかな?……嘘だと信じたいけど。」

 

 「すみません、それは私にもわからないんです……。でも、原因が分かったらちゃんと説明しますから安心してくださいね!それじゃあこの話は終わりにして、次はこのシーンです!」

 

 

 ~ソーヤとシリカの共闘~

 

 シリカは本当に心優しい性格だ。それ故に時々ではあるが、自分のことを考慮しないまま行動を起こしてしまう。

 だから……守らねばならない。シリカがこの世界で生き残れるように、俺が彼女に寄り付く死神を全て喰らわねばならない。それが惚れた女にできる俺の全てだ。

 迫り来る槍に片手剣をぶつけ、そのまま光を纏わせて押し返す。ついでに細剣での追撃も加え、槍の意識を俺へと向ける。

 

 「……ソーヤさん……。」

 

 「……言った筈だよ?シリカは俺が守る。俺にとっても恩人であるシリカは死なせない。でも今は、隣で俺を守ってくれるんでしょ?」

 

 「はい!私、ちゃんと言いましたもん!ソーヤさんを守るって!!」

 

 シリカは俺の隣に並ぶと、俺から貰った短剣をもう一度強く握り直す。彼女の傍を飛ぶピナも「きゅる!!」と一際大きく鳴いた。

 再び槍が牙を剥くが、俺の細剣と片手剣、そしてシリカの短剣が重なって一つの剣となり、それを難なく受け止めて弾き返す。

 

 (行くよ、シリカ。あの骸骨ムカデを倒す!)

 

 (勿論です!)

 

 今の俺とシリカには言葉なんて必要ない。相手の思考がこちらに流れて来るのだ。尋常ではない速度で襲い掛かる骸骨ムカデの槍を二人で迎え撃つ。その余波でHPが少しずつ削られていくが、そんな些細なことはどうでも良くなっていた。

 

        ~《第二十四話 異形の死神》より~

 

 「ああ、このシーンか。本当に不思議な出来事だったね、何と言うかシリカの声が直接脳に聞こえていたって感じかな。まるで俺とシリカが別の一人の人間になったみたいだったよ。」

 

 「そうそう、そんな感じでした!ソーヤさんの考えていることが直ぐに分かるようになって、動きも簡単に合わせられましたし!」

 

 「え!?二人もその状態になってたんだ!実は私もキリト君と鎌を迎撃していた時に同じような事が起こっていたんだよ!」

 

 「そうだったんだ……。二人の姿がちらりと見えた時、妙に動きがシンクロしていたのはそれが理由だったんだね。でもその二人のうちの片割れは……。」

 

 ソーヤの声につられて三人の目が未だ起き上がる気配を見せないキリトに向けられる。先程まであった傷跡は既に癒えているのだが、まるで中身が無いように全く動かない。

 

 「おーいキリトくーん。そろそろ起きてよ~。」

 

 「そうですよキリトさん。後一つで終わっちゃいますよ。」

 

 キリトを現在の状態にまで追い込んだ元凶二名が肩を揺らしたり、頬をつついたりするが反応は無かった。

 

 「もう、キリト君ったら。」

 

 ぷっくりと頬を膨らませるアスナを横目にソーヤは口をつぐむ。もし「アスナが原因でしょ」などと口走ったが最後、キリトと同じ運命を辿ることは目に見えているのだ。

 

 「キリトさんが起きませんが、もう最後のシーンに行ってしまいましょう!最後を飾るシーンはこれ!」

 

 

 ~獣と融合したソーヤ、ヒースクリフとの最終決戦~

 

 名もない片手剣が十字の盾とぶつかり、役目を終えたとばかりに砕け散った。少年のスキルによって作られた武器は全て一回しか攻撃ができない消耗品である。

 強敵との連戦により、少年の愛剣は砕けてしまっていた。しかしそんな些細な事で少年は止まらない、止められない。唯一無二のスキルで次々と武器を作り出し、それらを振るい続ける。

 デジタルの世界からの解放を賭けた少年と元凶との殺し合いは既に短いとは言えない時間が流れていた。百を軽く越える金属音が周囲に響いている。

 絶え間ない猛攻を仕掛けている少年は人間でも獣でもない。それらが交じり合ったナニカだ。その最たる証拠に、少年の二つの瞳は赤と黒が入り交じる濁ったものに変わっていた。今の少年の状態を一言で言い表すのならば、『半人半獣』が文字通りに当てはまるだろう。

 しかしその猛攻を全て防いでいるのは、この世界の創造神が操るヒースクリフと名付けられたアバター。人間らしさが見えなくなった冷ややかな真鍮色の瞳を忙しなく動かし、神速で襲い掛かる無数の剣をその巨大な十字の盾と長剣で弾き続けている。

 少年が一瞬の間に背後に移動し横薙ぎに両手剣を振り払うも、目にも見えない速度で振り返ったヒースクリフは的確にそれを弾き返した。

 一旦距離を取った両者のHPは度重なる攻撃の余波を受け続け、数ドットを残すのみとなっている。少しでもかすれば『死』へと誘われる。常人ならば恐怖のあまり発狂しかねないが、今対峙する二人の人間は形は違えど既に狂っていた。

 一人は他者の命をただのモノとしか捉えられず、邪魔をする者が誰であろうとも殺すことを厭わない狂人。もう一人は一万の人間を電脳世界に閉じ込め、ゲームオーバーを現実の死とした狂人。もう彼らにとって『死』は恐怖の対象ではなくなっていた。

 

 「背後への瞬間移動と終わらないソードスキル……此処までこの世界に馴染むとは思っていなかったよ、ソーヤ君。正直に言わせてもらえば、もっと戦っていたいものだな。」

 

 「……叔父さんのゲーマー魂はアイカワラズダネ。でもどんなゲームだっていつかは、オワリノトキガクル。これでこの幸せな夢を……オワラセル。」

 

 『死』が間近に迫っているとは到底思えないような様子で会話を交わした両者は再び得物を構える。金属質の瞳と濁った赤の瞳が交錯し、次の瞬間にはお互いの顔を散った火花が明るく照らしていた。

 少年は新たな片手剣を取り出し、正面から一直線に振り下ろす。これまでの猛攻と比べると稚拙としか思えない攻撃。それをヒースクリフは十字の盾を前に出すことで受けようとする。だが出した盾に衝撃が伝わることはなく、耐久値が無くなった武器がポリゴン片となる音が響いた。

 しまった、ヒースクリフがそう思った時には少年の次の一手が炸裂していた。途中で離した少年の手には包丁に酷似した短剣が逆手に握られている。

 一歩踏み出した少年の短剣がヒースクリフの盾を横から叩く。衝撃をまともに受けた盾は右側に大きく振られ、左側に無防備な的が現れる。

 その隙を見逃す少年ではない。作り出した細剣に赤黒く輝く鈍い光を纏わせる。ヒースクリフもこれが最後だとばかりに長剣に光を纏わせた。その光は少年とは対照的に明るい赤の色をしている。

 放たれた二つの赤い光はいつかの決闘を再現するかのようにすれ違い……同時に両者を貫いた。

 

       ~《第二十五話 夢が覚める時》より~

 

 

 「最後はソーヤさんが全ての元凶だったヒースクリフさんを倒したシーンですね!」

 

 「倒したって言うか相討ちだけどね。でも、これで長いようで短かったデスゲームも終わったんだ。」

 

 「……あっという間の二年間だったね。始めはこれからどうなるんだろうって不安だったけど、キリト君や皆と出会えて私は頑張れた。ね、キリト君。」

 

 「ああ……アスナやソーヤ、それにシリカと……多くの人たちに出会えたって考えると……あの城での二年間も良かった……のかもしれないな。」

 

 制裁を二回も受けたキリトはトラウマが植え付けられたのか、慎重に言葉を選んでいた。

 

 「キリト、相当堪えたみたいだね……。さてプレイバックも全部終了したし、そろそろ終わろうか。」

 

 「そうだね!それでは皆様、次回はフェアリィ・ダンスの総集編でお会いしましょう!ばいばーい!」

 

 「「「ばいばーい!」」」



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フェアリィ・ダンス編
第二十六話 新たな戦いの狼煙


 今回からフェアリィ・ダンス編となります。

 相変わらずお目汚しな拙い文章ですが、読者の皆様に楽しんでいただけるよう精一杯努力したいと思います。


 ◇◆◇

 

 暗い場所だ。虫と夜鳥の鳴き声が聞こえ、植物らしき匂いが鼻腔をくすぐる。そして緩やかな風が撫でるように横を通り過ぎた。

 気がつくと、深い草むらに大の字で倒れていた。俺は間違いなくあの夢の世界と共にその役目を終えて消え去ったはずなのだが、どういう訳か今もこうして意識が残っている。

 その事に疑問を感じつつ上体を起こし、上を見上げた。目に入ったのは無数の星が瞬く夜空。そしてその中央で一際明るい光を放つ満月。時刻は夜のようだ。

 此処は一体何処なのだろうか。いくら周囲を見渡そうとも、視界には樹木しか映らない。自分が森の中にいることぐらいしか理解できない。

 少なくとも、こんな暗い場所が天国とは考えがたい。となれば地獄だろうか。生憎と生前は天国や地獄など信じてはいなかったが、こうして実際に来てみると信じざるを得ない。

 しかしやけに感触が現実というか、現実以上だ。まるで俺の両親と叔父さんが造り出したあの世界のよう。いや、全く同じだった。まごうことなき仮想世界の手触りである。

 その瞬間、俺は視界の端に浮かぶあるものを見つけてしまった。あの世界とは少しデザインが異なるが、見慣れたプレイヤーネームと緑色の横棒。それは間違いなく命の残量を示すものだ。

 理解したのは此処は天国でも地獄でもなく、ゲームの中であるということ。つまり、俺はまだ『生きている』のだ。

 

 「……何故死んでいないんだ?どうして、俺は死ねていないんだ?」

 

 思わずそう呟く。あの世界で出会った大切な人を還す為に、剣を振るった。それが孤独から解き放たれた俺にとっての唯一とも言える目的であり、生き甲斐でもあった。そして目的が達成された今、再び孤独となった俺に生きる理由などないのである。

 たとえ現実に還ることができたとしても、望む訳がない。大切な人達を失った痛みに耐えられる訳がない。獣となり、他者の命をただのモノとして観る俺を受け入れてくれる者など、彼女達以外にいる訳がない。

 だったらどうするか。そんな事は考えずとも決まっている。もう一度『死んで』しまえばいい。現実で眠る俺の頭には、きっとまだあの処刑具が覆い被さっていることだろう。それで脳をチンしてくれればそれでいい。

 問題点を挙げるとすれば、ちゃんとあれが動いてくれるかどうかだが……これ以上は卓上の空論である。頭を振って思考を中断し、改めて状況整理を行う。

 此処は仮想世界の深い森の中、今のところ周囲に気配はない。そして身体は変わらずに問題なし……ではなかった。

 

 「ん?これは……翅か?」

 

 身体があの世界と全く変わっていないことを確認していたところ、背中から生えていた異物が目に入る。それは書籍などの空想の世界で頻繁に登場する妖精が持つ翅に酷似していた。

 一体いつからこんな異物が生えていたのか甚だ疑問だが、原因を突き止めようとは思わない。いや、突き止める必要がない。

 

 「あとはメニューのところがどうなっているかどうかだが……は?」

 

 あの世界と同じように右手の人差し指と中指を揃えて振り下ろしたが、何の反応もない。認識されていなかったのかと何度か繰り返したところで、此処がもうあの世界ではないことを思い出した。

 それから物は試しと左手の指で振ってみたところ、軽快な効果音と共にウィンドウが開かれた。そして此処に関する情報はないかと指を伸ばしかけ、目を見開いて絶句した。

 最上段に表示されたプレイヤーネームと緑の棒は別段おかしいという訳ではない。だが、その下にあった習得スキル欄が異常としか言い様がなかった。

 熟練度がマックスになって完全習得されている《片手剣》に始まり、《細剣》や《両手剣》など様々な武器スキルが全てマスターされている。そしてスキル欄の最下層で目を引かざるを得ないスキル《創造》。どう見ようともこれは明らかにあの世界での俺のステータスだ。

 何故これがまだ存在しているのか理解できないが、それに対する答えも得られない。だが答えは必要ない。此処で死ねればそれで十分なのだから。

 しかしこれは思わぬ収穫でもあった。今もあの世界のデータが残っているのならば、俺が此処で死んだときにちゃんと処刑具が稼働する可能性が高いということである。そうなれば、さっさと命の残量を消し飛ばすだけだ。たったそれだけで、俺はこの自身を狂わせようとする痛みから解放される。

 《創造》で一振りの片手剣を造り出し、ぴたりと切っ先を己の喉元に向ける。そして刺し貫こうとした瞬間、こちらに急接近する気配を感じた。

 片手剣を降ろし、その方向に目を向ける。そこにいたのは赤い翅を持っている八つの人影。向こうもこちらに気づいたようで、お互いの視線が交錯した。

 

 「お、いたいた。逃げ足の速いシルフどもを追っかけている途中にちらりと見えただけだったが、まさか見間違えじゃかなったとは。」

 

 「……一体何の用だ。その追いかけていたシルフとやらを無視し、わざわざこちらにやって来る程の理由があるのか?」

 

 こちらを興味ありげに見てくる八匹の赤い妖精達はみんな揃って分厚い鎧に身を包み、手には中世のヨーロッパにいた騎士を彷彿とさせる両手槍が握られていた。頭も抜かりなくこれまた厚い兜で覆われている。

 

 「あ?NPCのクセしてやけに人間らしい話し方だな。理由なんて聞くまでもないだろう?シルフを追っかけるよりも、こっちであんたに会う方がグランドクエストの攻略が進められるからに決まってるからだろ。あんたの羽は世界樹から湧き出るガーディアンとそっくりだ。もしかしなくてもあんた、攻略のヒントか何かしらを持ってんだろ?なぁ!」

 

 「全く、そんな風に脅したところでクエストが進む訳がないと何度言ったら理解するんだお前は。それにこれはグランドクエストの達成に大きく近づくかもしれん。ちゃんとしろ。……そこの貴方、何かお困りでしょうか?」

 

 顔を隠していたバイザーを邪魔だといわんばかりに跳ね上げ、こちらに詰め寄る一匹を諫めるようにリーダー格の男が落ち着いた口調で言葉を続けた。

 どうやら俺はクエストなどのフラグを立てたりする、中身の無いアバターだと思われているようだ。先程リーダー格の男がこちらに向かってクエストを受ける時のお決まりのセリフを発していることがいい証拠である。

 だが、俺は中身があるアバターだ。故に合言葉を唱えたところでクエストが発生することはない。それに彼らは人知れずあの世界の記憶と共に逝きたい死にたがりと化した俺にとって邪魔者以外の何者でもない。

 

 「……邪魔だ。さっさと消え失せろ。」

 

 「何だと!?てめぇ、生意気だぞ!いいから早く攻略のヒントとか寄越せよ!」

 

 「おい待て!ちゃんとしろと言った筈だ!それにしても……戦闘系のクエストなのか?いや、それにしてもクエストが発生していない。一体どういうことだ?」

 

 再び激昂した部下を黙らせ、クエストの情報を確認したリーダー格の男が異変に気づく。これ以上放っておくと何やら面倒なことになりそうな為、さっさと真実を告げることにしよう。こっちは一秒でも早く、この心を鋭い刃で刺されるような痛みから解放されたいのだ。

 

 「……悪いが俺はNPCなどではない。わかったのなら早急に立ち去れ。お前らは邪魔でしかない。」

 

 「ふざけんなよ!俺達がわざわざシルフの追跡を止めてまでこっちに来たってんのに、収穫無しだとかおかしいに決まってんだろ!!」

 

 「……お前が勝手に勘違いしていただけだろうが。自己中が過ぎるぞ。見ていて哀れになる。」

 

 「貴様ァ!!」

 

 目を血走らせた哀れな一匹が怒髪天を衝く凄まじさで手に持つ両手槍をこちらに向かって突き出そうとする。それを三度リーダー格の男が抑えた。彼はこのままではいずれ胃に穴が空きそうである。いや、既に空いているのかもしれない。

 

 「どうやら本当にNPCではないようだな……。だが、ガーディアンと同じ真っ白な翅を持つお前を見逃す理由はない。此処で倒させてもらう。もしかしたらレアアイテムなどをドロップするかもしれんからな。」

 

 リーダー格の男のその声に合わせ、七匹の妖精は陣形を組む。肩がぶつかり合うまでに密集し、前方に幾つもの槍が並べられたその様は古代ギリシャの戦闘隊形『ファランクス』の如し。そしてその先頭に立つのはぎらついた目を向けている哀れな男。奴は常人には到底不可能な程に殺意を放っていた。

 それを見た俺はどういう訳か、降ろしていた片手剣を構え直していた。意思を無視して戦闘態勢に入った自分自身に疑問を覚える。

 死にたがりならば、武器など構えずにそのままあの両手槍に串刺しにされるのが最適解であることはとうに理解している。その筈なのに、息をするように自然と剣を構えてしまうのは二年間生きたあの世界の影響か。はたまた内に住まう獣が俺の身体を操ったのか。

 原因は不明だが剣を構えた今、大人しく串刺しになるつもりなんて一切無い。あの世界と同じように、感覚が研ぎ澄まされていく。視界が眼前の妖精達だけに狭められ、どんな小さな挙動でも見逃さない程に集中力が高まる。

 そう、俺は幸せな記憶の中で逝きたい死にたがり以前に一人の剣士である。武器を向けられて、こちらは何も構えないというふざけた真似ができるだろうか。

 だが、早く死んでしまいという気持ちは断じて嘘ではない。この身を狂わせるような心の痛みを『死』という名の薬によって取り除きたいと強く願っている。

 剣士としての自分と死にたがりとしての自分がせめぎ合い、やがて一つの結論が導き出される。戦いの中で死ねばいい。ただされるがままに殺されるのではなく、茅場の叔父さんの時のように戦って死んでしまえばいいのだ。

 そうだ、そうすればいい……。疑問が消え、これからの行動方針が決まったのなら、早速実行に移ることにしよう。

 リーダー格の男も入り、八匹の妖精が組んだ陣形が浮かび上がったかと思うとこちら目掛けて一直線に襲い掛かって来る。それと同時に俺も地を蹴った。

 

 

 ◇◆◇

 

 矢じりのような尖った陣形を組みながら急角度でダイブする八匹の赤い妖精と少年が凄まじい速度で接近する。両者が交差するまでに数秒もかからなかった。

 殺意を放出する先頭の赤い妖精が構える致死の威力を誇った両手槍を少年は空いている片手を突き出したかと思えば、難なくそれを受け止める。命中を確認した妖精が少年の傍らに浮かぶ緑の棒線に視線を移すが、その目に写ったあり得ない光景に驚愕を隠すことはできなかった。

 

 「な!?何で一ダメージも与えられてないんだよ!おかしいだろ!!」

 

 「……いちいち喧しい。だから、サッサトシネ。」

 

 両手槍を掴んだ少年はその手元から火花を散らしながら得物を握ったままの赤い妖精を無理矢理隊列から引き剥がすと、体勢を整え直す前に片手剣を振るった。

 造られた一振りの剣は吸い込まれるように首筋へと到達し、いとも容易くその首をはね飛ばす。一瞬で仲間が深紅の炎に変えられたことに残りの赤い妖精達は戦慄した。

 役目を終えた片手剣を捨てた少年は近くの小さな炎には目もくれず、残りの獲物を見やる。たったそれだけで、どうしてか赤い妖精達は身体がすくんでしまった。心臓を鷲掴みにされたような恐怖に捕らわれてしまったのだ。

 その原因は最早言うまでもなく、やや赤く染まった色に変化した少年の瞳だった。人間とは隔絶した絶対的捕食者の眼が獲物を恐怖の鎖で縛り上げる。動きたくても動けず、出来ることは只恐怖に怯え、震えることだけ。それはまるで、蛇に睨まれた蛙のようである。

 だが、この部隊を取り仕切る男はこのまま人間の皮を被った獣によって殺されることを良しとしなかった。

 

 「落ち着くんだ!まだこちらが圧倒的に有利だ!相手はたったの一人だぞ!」

 

 男の声に部下達も雄叫びを上げ、次々と不可視の鎖を引きちぎる。彼は相当慕われているようだ。根拠も何もないたったの一言で此処まで部隊を立て直すのだから。

 戦意を取り戻した赤い妖精達は陣形を組み換え、再び少年へと突撃を敢行する。彼らは先程の少年の行動を通し、対策として三匹を横一列に並べていた。

 しかしいくら足掻こうと獣の前では獲物は無力でしかない。三本の両手槍が少年を捉える直前、突如として少年の姿が瞬間移動したかのように消え去った。

 その現象に目を見開いた直後、三匹は自身の脇腹に異物が刺さった感触を覚える。恐る恐るそちらに目を向けると、瞳の色に更に赤みがかかった少年が、手にした両手槍で獲物を纏めて貫いていた。

 翅を使用している時のように風を切るような速度で大木に縫い止められた三匹は少年が新たに手にした両手剣によって真っ二つに両断される。同時にゴオッと三つの燃える雫が飛び散り、小さな炎だけがそこに残された。

 そして獣は残り半分となった獲物を狩り尽くすべく行動を開始する。背に無数の武器を造り出して一つの円とすると、その中から片手剣と細剣を取り出し、少年は音を置き去りにするかのように地を蹴った。

 この妖精の世界では剣に光を纏わせることは不可能な為、少年があの世界で奏でていた死の音色が響くことはない。だがそれでも少年は『死』を告げた。

 造られた片手剣は一匹の妖精の腹部を捉え、その衝撃によろけたが最後、神速の速度で振るわれた細剣によって全身に風穴が空けられた。また一つ小さな炎が生まれる。

 一匹の妖精が狩られている間に少年の背後に回ったまた別の一匹が、両手槍を急所判定で与えるダメージが増加する心臓を狙って突き出す。が、何の手応えも感じられなかった。一体どういうことだと首を傾げたその瞬間、持っていた両手槍が真上に弾かれた。

 バイザー越しでもわかる驚愕の顔を浮かべた妖精はなす術もなく少年の手によって八つ裂きにされ、その身を儚い小さな炎へと変えた。残る妖精は後二匹。

 接近戦では勝てないと踏んだ残りの獲物はあの世界には無かった魔法の詠唱を始める。彼らの周囲に浮かぶ様々な文字列がやがて二つの光の矢となり、少年へと一直線に飛んでいく。

 今までにない攻撃に驚愕の色を浮かべた少年だったがそれも数秒だけのこと。少年は既に音を置き去りにしていた速度を上げ、今度は全てを置き去りにした。

 ズバァンという音がしたかと思えば、少年はもう役目を終えた両手剣を捨てる。何が起こったのか理解が追い付かない残りの獲物は纏めて横薙ぎにされていた。

 そして光の矢が放った衝撃と吹き出した二つの深紅の炎が混ざり合い、強烈な熱風となって少年の髪を揺らす。周囲には八つの小さな炎があったが、それも時間が少し経てば自然と消えさっていた。

 獲物を狩り尽くした少年の瞳は黒へと戻る。それと同時に背後の無数の武器も崩れ落ちて消え去った。

 少年は頭を押さえながらもその場に留まることはなく、深い森の中に姿を消した。それはまるで死に場所を求めて彷徨う、生きる意味を失った亡者のようであった。          



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第二十七話 残された少女 

 フェアリィ・ダンス編はシリカとソーヤの視点を中心にして書こうと考えています。

 その為、場面がコロコロ変わることがありますが、ご了承下さい。


 ◇◆◇

 

 目的の階に到着したエレベーターから降り、清潔感漂う真っ白な廊下を歩いていく。すれ違う人は誰もいない。それは此処の階が長期入院の患者さんばかりだからだ。この光景はいつも通りだと感じながらも、今から向かう場所にいる人はいつも通りではないことを願う。

 自分の足音だけが無人の廊下に響く。そして目的の場所へと辿り着いた。《新原創也 様》と表示された鈍く輝いているネームプレートの下に首から提げていたパスを滑らせる。かすかな電子音がすると同時に扉が開かれた。

 何も置かれていない静かな部屋だった。通常ならば家族や友人からのお見舞いの品などが置かれている筈だが、この部屋に入院している人に、そんな方達はいない。あるとすれば、この世界ではない場所で出会った自分のような人達だけである。

 部屋の奥へと進み、ベッドを隠しているカーテンに手をかける。どうか目覚めていますように……そう願いながらゆっくりとそれを引いた。

 かつて自分もお世話になった最先端らしいジェルでできた白い介護用のベッドに、デジタルの世界から自分を救ってくれた愛すべき人は……女の子のように長く伸びた黒髪を頭に被った機械からちらりと垂らし、いつも通り眠っていた。

 

 「ソーヤさん、早く起きて下さい……。私達の願いが叶ったんですよ。この現実でもずっと一緒に生きることができるんですよ。だから目を開けて下さい、ソーヤさん……。」

 

 現実に還って来た時、自分の心にはぽっかりと穴が空いたような喪失感を覚えた。あの世界で共に戦った最愛の人と相棒が一斉に自分の傍から消え、帰還できた嬉しさよりも彼らを失った悲しみが上回ってしまったのだ。

 もう会えないと思い、誰も見ていないところで何度も涙を溢した。何故自分だけ生き残ってしまったのかと思い、彼らの後を追おうとしたこともあった。

 そんな時のことだ、リハビリ中に偶然彼の名前とよく似たネームプレートを見つけたのは。始めはどうせ彼とは違うと思っていた。あの世界での名前が現実のものと同じだとは考え難い。自分だってそうだったからだ。

 しかし、もしかしたら彼かもしれないという僅かな可能性を捨てることはできなかった。目の前でポリゴン片となって散ったことを目にしていても、彼は現実に還ってきていてあの部屋にいるのかもしれないと思ってしまった。

 そしてリハビリを終えてある程度自由に動けるようになった直後、その部屋を訪れた。初めて入る時には恐怖が内心で渦巻いていた。もし違っていたらどうしようとパスを持つ手が恐怖に震えた。

 それでもごく僅かしかない可能性に賭けた。部屋に入ってカーテンを引いた瞬間、視界が歪み、彼が眠るベッドを濡らした。あの世界で出会った最愛の人は自分と同じ病院にいたのだ。しかし流したそれは果たして嬉し涙であっただろうか。

 もう会うことは叶わないと思っていた人が生きていたという事に嬉しさが込み上げてきたことは言うまでもない。だがそれと同時に、まだ彼の意識が覚醒していない事への悲しさも少なからず感じていた。

 その日から毎日のように彼が眠る部屋を訪れるようになった。彼が目覚めない理由もわからない今、自分が出来ることは只こうしていることだけ。それが何よりも辛い。己の無力さが嫌でも思い知らされるのだ。

 そっと彼の右手を両手で包む。肉が落ち、骨と皮だけになってしまった細いその手は紛れもなく自分を何度も救ってくれた恩人の、愛する人の手である。伝わるかすかな温もりが彼の生存を知らせてくれる。息が詰まる。また視界が歪む。荒ぶり、渦巻くこの感情を抑えることができない。耐えられない。

 ああ、今日もまた目覚めぬ彼の隣で涙を零すことになってしまいそうだ。

 

 

 ◇◆◇

 

 枕の隣に置いてあった時計が控えめなアラーム音を鳴らし、私の意識は呼び起こされる。起き上がって閉じていた窓を開けると、少し肌寒いような冷たい朝の風が吹き抜けていった。普通の方達ならば気持ちの良い朝の部類に入るかもしれない。けど、最近の私にとってそれがそうだとは言えない。

 寝ている間に固まってしまった身体をほぐすように伸びをしていると、今日も涙でグショグショに濡れてしまったシーツが目に入る。これをいつも洗ってくれているお母さんには本当に頭が上がらない。

 ソーヤさん、いえ創也さんのお見舞いに行くことがリハビリに変わる日課になってから、涙を流すことがない日など一日たりともなくなってしまった。来る日も来る日もベッドの中で何もできない自分が嫌になって、悔しくて涙が流れてしまうのだ。

 

 「私……物凄く泣き虫になってしまいましたよ……ソーヤさん……。」

 

 そんな風に泣き言を言ったところで、今の私には慰めてくれたり、壊れかけている心の傷を癒してくれる人達の姿は何処にもいない。いつも私を支えてくれた創也さんは未だに意識が戻らないし、相棒として長年戦ったピナはあの世界と共にその存在を消されてしまった。残されたのは私だけ。

 現実に還ってきてから私は大きく悪い方向へと変わってしまった。創也さんの病室と自室で数時間も涙を溢し、喪失感からか満足に食事すら摂れていない。お母さんやお父さんに心配をかけてしまっていることは理解しているが、二年前のように明るく振る舞うことができなくなっていた。

 この心の穴を埋めることはできるのは、今もあの病院で眠っている創也さんだけだ。昨日はまだ目覚めていなかったけど、もしかしたら今日はあの世界と同じように泣き虫の私を優しく包んでくれるかもしれない。

 そう数パーセントしかない確率を信じて、今日は朝から彼のお見舞いに行こうと思って着替えを用意したその時だった。机に置いてあった携帯から電子音が響いたのだ。

 こんな早朝から一体誰が……?そう疑問を感じながら携帯を開くと、一件のメールが届いていた。そして送信者の《エギル》の名前を確認した私は驚きを隠せない。

 ゲームの中で出会い、よくアイテムの買い取りしてくれたエギルさんとは少し前に偶然街中で再開した。その時に一応連絡先の交換はしてあったのだが、こうしてメールが届いたりしたことは初めてだ。

 メールの受信トレイを開くと、最上段に『Look at this』とタイトルのついたものが届いていた。それを開くと、急いでいたのか文章は一切なく、たった二枚の画像が張りつけてあるだけ。だが、その二枚の画像は寝ぼけていた私の目を覚まさせるには充分すぎた。

 

 「……え?」

 

 思わずそんな声が漏れていた。一呼吸置いてから、私はその二枚の画像を食い入るように見つめた。

 一枚はかなり高い場所にあるであろう鳥籠の画像。その中には一人の少女が写っていた。栗色の長い髪を持ち、白いドレスに身を包むその少女は憂いに沈んだ横顔をしている。ぼやけて見える金色の格子の向こうにいる彼女は囚われの姫のようだった。

 そしてもう一枚は光も入らぬ深い森の中の画像。そこにいたのは瞳を赤くした少年。血を連想させるような鈍い赤をした片手剣と細剣を両手に持ちながらこちらに急接近していた。それに加えて、自然と目を向けてしまうのはその背後で円を描いている無数の赤黒い武器。

 

 「アスナさんにソーヤさん……!?」

 

 無理矢理拡大したのか二枚とも画像が荒かったが、それでも写っている少女と少年は間違いなくあの二人だと思えた。よく見れば、二人とも背中から真っ白な翅が生えている。

 気がつけば、私は受信トレイを閉じて連絡先を開いていた。心臓の鼓動が高鳴ることを感じながらエギルさんの携帯番号を見つけると、直ぐ様電話をかけた。呼び出し音がなる時間すら勿体ないように感じる。やがて懐かしいエギルさんの野太い声が聞こえた。

 

 「もしもし、エギルだ。」

 

 「あ、エギルさん。朝からごめんなさい。あの画像の事なんですけど……。」

 

 「やっぱりな。それに関してだが、今から店に来れるか?ちょっと長い話になるんだ。」

 

 「わかりました。できるだけ急ぎます。」

 

 そう答えるとブツリと電話を切る。電話中は落ち着いているような感じで話したが、今の私は全く落ち着いてなんかいなかった。

 手に持っていた服を素早く着ると、誤って転がり落ちそうな勢いで階段を降りて玄関へと一直線に向かう。驚いた顔をしているお母さんにちょっと出掛けてくるとだけ告げると、朝御飯も食べずに家を飛び出した。

 

 

 ◇◆◇

 

 人通りの少ない裏路地を駆ける。少しでも早く目的地へとたどり着き、彼の居場所を知りたいという感情が私の背中を押し続けている。それからどれ程経ったかわからないが、煤けたような黒色の建物が見えてきた。あれがエギルさんの店である《ダイシーカフェ》だ。自然と地を蹴る力が強くなる。

 荒れる息を整えてからドアを押し開ける。カランと乾いた音が響き、カウンターに立っていたスキンヘッドの大きな男の人がこちらを向いてあの世界からちっとも変わっていない愛嬌のある笑みを浮かべた。

 

 「お、早かったな。」

 

 「エギルさん、おはようございます。」

 

 皮張りの丸い椅子に座ると、エギルさんがジュースを一杯置いてくれた。お礼をしつつ、乾いていた喉を癒そうと口をつけた瞬間、お店のドアが乱暴に開けられた。突然のことに驚きながらも視線を入り口に向けると、そこにいたのは一人の少年だった。

 私よりも背が高く、ソーヤさんと同じぐらい。全身を黒で統一した服装をしているその人は、女の子と間違えられそうな可愛げのある顔に鬼気迫るものを浮かべている。

 背中に剣を吊っていなくとも誰なのかわかる。この少年はかつてあの世界で《黒の剣士》と呼ばれたプレイヤーだ。その彼の登場に私は驚きを隠せない。

 

 「え、キリトさん!?どうしてこんなところに……。あ、えっとそれはともかく、お久しぶりです!」

 

 「久しぶり……ってもしかしてシリカか!?シリカこそ何で此処にいるんだ?」

 

 「おいおい、朝から近所迷惑だろうが。俺が二人を呼んだんだ。お前達二人にアスナとソーヤのことを話す為にな。」

 

 「おっと、そうだった。いきなりだがエギル、あれは一体どういうことだ?」

 

 私から一つ離れた席に腰を下ろしたキリトさんの質問には答えることなく、エギルさんは私達の前に一つの長方形の箱を出してきた。手のひらサイズのその箱はどうやらゲームソフトのようだ。

 ソーヤさんらしき人物が写っていた画像のような深い森の中で男女二人組が剣を片手に、浮かぶ満月を背景にして飛んでいる。そしてそのイラストの下には《ALfheim Online》とやけに凝ったタイトルロゴがあった。

 

 「アルフ……ヘイム……オンラインですか?」

 

 「アルヴヘイム・オンラインと発音するそうで、意味は妖精の国だとさ。」

 

 「妖精?まったり系なのか。」

 

 「いや、そうでもないようだぜ。ある意味とんでもないもんだ。」

 

 エギルさんがキリトさんの前に湯気を上げるマグカップを置きながらニヤリと笑った。

 

 「どスキル制でシステムアシストはあまり無く、プレイヤーキル推奨のハードなゲームだ。それなのに、これは現在大人気ゲームになっている。理由は『飛べる』からだそうだ。」

 

 「「飛べる?」」

 

 キリトさんと揃って首を傾げる。

 

 「ああ、妖精になってプレイするから翅がある。そして慣れると、コントローラー無しで自由自在に飛ぶことができるそうだ。」

 

 「へぇ……それは面白そうだ。で、このゲームが何故アスナとソーヤに関係があるんだ?」

 

 何かを打ち消すようにマグカップを煽ったキリトさんの言葉に私は此処に来た理由を思い出した。こんな早朝からエギルさんのお店を訪れたのは、ソーヤさんとアスナさんらしき人物が写っていた画像のことを聞く為である。断じて最近人気になっているゲームのことを聞きに来た訳ではない。

 エギルさんはカウンターの下に手を伸ばすと、二枚の紙を取り出してゲームソフトの上に置く。それは今日の朝、私に送られてきた問題の画像を印刷したものだった。改めてその二枚を凝視するが、やはりソーヤさんとアスナさんにしか見えなかった。

 

 「どう思うよ、お二人さん。」

 

 「似ている……何度見てもあの二人にそっくりだ。」

 

 「私もそう思います……特にソーヤさんの方ですが、明らかにこれは《創造》のスキルです。間違いなくソーヤさんです。」

 

 二年間生きた此処ではないもう一つの現実でずっと隣にいたからこそ、彼の姿は強く印象に残っている。

 この画像に写る彼がソーヤさんだと証明するものなど何も無い。《創造》によく似たスキルを使う別の誰かという可能性だってある。

 だが、私の心が自信を持って告げている。彼はソーヤさん本人であると。ソーヤさんと容姿が酷似した別人ではない、私を何度も救ってくれた少年だと。

 

 「教えてくれ、此処に写っている場所は何処なんだ!」

 

 「いいから落ち着け、そのゲームの中だ。それらはアルヴヘイム・オンラインで撮られたものだ。」

 

 そう言いながらエギルさんは埋もれたゲームソフトをひっくり返した。ゲームに関する情報などがぎっしり書かれている中央に、その世界の全体図らしきイラストがある。アインクラッドを想起させる円形の大地のど真ん中にとても大きな樹が生えていた。

 エギルさんがいうには、プレイヤー達の最終目標はその《世界樹》という大樹の上にある城に到着することだそうだ。一瞬翅があるのだから飛んでいけばいいのではないかと思ったが、どうにも滞空可能な時間が決まっているようで、その樹の一番下にある枝にも届かない。

 しかし、アインクラッドの外壁を駆け上がって次の層に行けないかと試したことのあるキリトさんのように、どの世界にもお馬鹿なことをする人はいるみたいだ。因みにキリトさんの話はアスナさんから聞いた。

 地球から飛び立つロケットのように五人で肩車をして上を目指したというその人達の目論見は成功して、一番上にいた人が記念に写真を何枚か撮った。するとその中に巨大な鳥籠が写っていて、それを限界まで拡大したものがあの問題の画像になる。

 そしてエギルさんは続いてソーヤさんが写っている画像を指差した。

 

 「そんで、こいつだが……《妖精殺し》と呼ばれている。なんでも、倒せばレアアイテムが貰えるとか噂が立っているらしい。だが《妖精殺し》はとてつもなく強く、これまで多くのプレイヤーが遭遇して戦ったそうだが、一ダメージも与えられていないんだとさ。」

 

 「この《妖精殺し》……いえ、ソーヤさんはこのゲームの何処に現れるんですか?」

 

 「それが、至る所にいるようでな……どうやら決まった場所にいるようではないみたいだ。」

 

 もう一度手元にあるソーヤさんの画像とアルヴヘイム・オンラインのソフトに視線を落とす。このゲームの中でソーヤさんはまだ生きている。

 それならば、私がやることはただ一つだ。あの世界だけではない、この現実世界でもずっと一緒にいられるように……彼を助け出す。

 

 「……わかりました。エギルさん、このソフト貰っても良いですか?」

 

 「エギル、悪いが俺の分も頼めるか?俺も行ってこの目で確かめたいんだ。」

 

 「全く、そう言うと思ったからちゃんと二つ買っておいたんだよ。その代わり、ちゃんと二人を助けろよ?そうでないと俺達の戦いは終わらないんだからな。」

 

 「勿論です!」

 

 「ああ、そしていつか皆でオフをやろう。」

 

 ゴツンと拳をぶつけ合い、エギルさんの店を後にする。私は手に持ったゲームソフトをポケットにしまうと、今度は家に向かって再び走り出した。もう彼の帰りを待つだけではない、そう思うと自然と心の傷が癒されていくような気がした。           



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第二十八話 妖精の世界へ

 投稿が遅れてしまい、申し訳ありません。近頃、執筆時間があまりとれていませんでした。

 ですが、可能な限り早く投稿していこうと思っていますので、よろしくお願いします。


 ◇◆◇

 

 白い息を乱雑に吐きながら来た道を全速力で家へと戻る。そして到着した途端に疲労のあまり、力なく家の壁でへたれ込んでしまった。

 しかし、こうしている時間ですらもったいないなく感じてしまう。早く立ち上がって彼を助けにいかなければと思ってしまう。それ程までに彼に惚れてしまっているのだ。休憩は終わりだと壁にもたれ掛かる身体をどうにか起こそうとするが、まるで鉛と化したかのように重く、動かない。

 ポケットから例のソフトを取り出す。この妖精の世界に彼が囚われていると思うと、いても立ってもいられない。可能ならば一秒でも早くこの中に飛び込みたいが、実のところまだ行く為のチケットが足りていない。それを揃えるには……

 

 「あら珪子、帰って来てたのね。全く、こんな朝から家を飛び出すなんて母さんびっくりしたわよ。ささ、朝御飯できてるから一緒に食べましょ。」

 

今まさに扉を開けて自分を迎えてくれた母親を説得せねばならないのだ。

 

 「うん、ただいまお母さん。えっと、疲れちゃったから肩貸してくれない?」

 

 「はぁ、まだ身体が戻りきってないのに無茶したのね。そういうところはちっとも変わってないんだから。」

 

 母親に手伝って貰いながらリビングへと入ると、香ばしい匂いが鼻先に漂ってきた。木製のテーブルの上には、美しいきつね色をした食パンと目玉焼きが置かれている。

 手を洗ってから席につき、手を合わせる。目玉焼きを挟んだ食パンを一口かじれば、何とも言えない旨みが口の中に広がった。

 疲れた肉体が母親の料理によって癒されていく。暫くの間無我夢中で朝食を食べ続けて残り半分を切った頃、残りのチケットを揃える為に母親に口を開いた。

 

 「あの、お母さん。少し、相談なんだけど……いい?」

 

 「ん、何かしら?」

 

 母親は牛乳が入ったコップを置くと、首を傾げてこちらを見る。

 

 「その、ナーヴギアの事なんだ。私が現実に還ってきてから、お母さんがずっと預かっているでしょ?それを返して欲しいんだけど……。」

 

 「駄目です。」

 

 普段は見せることのないような厳しめの顔で、母親は即答した。正直、こうなるとは思っていた。母親の立場からすれば、あのヘルメットは一生懸命腹を痛めて産んだ我が子と二年間も引き離された悪魔の機械に他ならない。幾ら愛娘に頼まれたところで、そう易々と返す筈がないのだ。

 だが、此処で引き下がる訳にはいかない。未だ反抗期にも入っていないが、今だけは親の言う事に黙って従うことはできない。

 ポケットにしまっていたアルヴヘイム・オンラインのゲームソフトと、彼が写っている画像を印刷した紙を取り出して前に差し出す。それを見た母親の顔が一瞬険しくなったが、その目はソフトの隣に並べた紙に集中していた。

 

 「珪子、この人は誰?こんな男の子、これまでに会ったことが無いわよね?」

 

 「お母さん、その男の子は……創也さんはあのゲームの中で何度も私を救ってくれた恩人なの。そして、私が初めて好きになった人なんだ!」

 

 今まで母親や家族には向こうでのことを一切話してこなかった。どうせ話したところで、気まずい雰囲気になってしまうのは目に見えているからだ。二年間寝たきりの状態だった自分を物凄く心配してくれた人達と、どうしてその当時のことを楽しく話せるだろうか。

 本音を言えば、今でもこうして話すこともしたくない。ずっと自分の中だけに留めて、家族にあの二年間のことを思い出させるような真似はしたくないのだ。

 しかし、不足しているチケットを揃える為にはそうも言っていられない。向こうで出会った彼をこちらで偶然ながらも見つけ、今もまだデジタルの世界に魂を縛り付けられていることを知った。もう会えないと思っていたのに、もう一度会えるかもしれないと希望を見出した。そして……彼を助け出すと決めた。

 先程の発言に驚いた顔をしている母親に向かって口を開く。飛び出したのはあの世界での出来事。そう、初めて家族に鋼鉄の城のことを話したのだ。

 一度話し始めれば後は容易いものだった。命の危機に陥ってしまった時に彼が何度も助けてくれたこと、彼の辛い過去を聞いて一緒に背負うと誓ったこと、彼と出会ってから隣に立って攻略組としてずっと最前線で戦ってきたことなど、全てを話した。それに加え、現在彼がそのゲームに囚われていることも。

 

 「……そうだったのね。珪子は向こうでそんな出会いをしていたのね。はぁ、毎日娘が死んでいないかとハラハラしていた母さんが馬鹿みたい。」

 

 「ご、ごめんなさい。でも、今の私にはナーヴギアが必要なの!あの人ともう一度会う為に!」

 

 「別に怒ってないわよ。それに珪子は一度決めたら絶対にやり通す子だってことは母さんが一番わかっているからね……少し待ってなさい。」

 

 その話をずっと黙って聞いていた母親は空になった皿を洗浄機に入れた後、物置小屋の方に姿を消した。誰もいなくなったリビングで一人残りの朝食を食べていると、やや大きめの箱を抱えた母親が戻ってきた。

 見覚えがあるその箱から母親が取り出したのは一つのヘルメット。所々塗装が剥げている紺色のそれは間違いなく二年間自分が被っていたナーヴギアだった。吸い付けられるように手を伸ばしてしまう。だが、母親はその手から逃れるようにひょいと引き戻す。

 

 「珪子、二つ約束して。一つは、今度もちゃんと還ってくること。そしてもう一つは、貴女が惚れた男をちゃんと助け出すこと。できる?」

 

 「お母さん……勿論だよ!絶対にソーヤさんを、創也さんを助け出すから!」

 

 顔に若干の火照りを感じながらも自分の覚悟を伝えるように言い切った。今度こそ、例のヘルメットが母親の手から自分の手に移動する。必要なチケットは揃った。これで助けに行ける。彼の病室を訪れるだけの毎日はもうおしまいだ。

 急いで残りの朝食を腹の中に放り込むと、母親にお礼を言ってから立ち上がった。食器類を片付けてからナーヴギアとアルヴヘイム・オンラインのソフトを両手に、リビングを後にする。扉を閉める直前に「これで我が家も安泰ね……。」と聞こえた気がしたが、空耳だと信じたい。

 階段を駆け上がり、自室に入るや否や二年間ともに戦ったもう一つの相棒とも言えるヘルメットの電源を入れる。パッケージに入っていた小さなROMカードをスロットに挿入する。ほんの数秒で準備ができたとばかりにランプが点滅し始めた。

 時間がない故にさらりとだけ説明書に目を通し、基本動作と翅を動かすコントローラーの操作方法だけを頭に叩き込む。ベッドに寝転がり、二年前と同じように被った。

 しかしあの時のように期待に満ち溢れているわけではない。あるのは、彼を絶対に助け出すという覚悟だ。そして、異世界へと通じる扉を開く合言葉を唱える。

 

 「リンク・スタート!」

 

 肉体から魂だけが抜かれていくような感覚と共に、《綾野珪子》は再び《シリカ》となっていった。

 

 

 ◇◆◇

 

 微かな光さえ存在しない真の暗闇を落下していき、仮想の脚がすとんと着陸した。辺りを見渡すが、見えるのは暗闇だけ。そう、此処はまだアバターの作成をしたりする情報登録ステージなのだ。正面にロゴが浮かぶと同時に、綺麗な女性の声が私を迎え入れる。

 それからその声に従いながらキャラクターを創っていく。プレイヤーネームは当然《Sirika》と入力し、続いて種族選択となった。はっきり言ってこのゲームを楽しむつもりなど一切なかった私は適当に選ぼうとしたのだが、ある種族が目に留まった。

 ケットシーと名付けられたその種族はモンスターのテイミング能力が秀でており、テイムしたモンスターと共に戦うことができるようだ。

 自然と脳裏にピナの姿が思い浮かんでしまう。創也さんとは違い、もう二度と会えない私の唯一無二の相棒。ピナ以上の相棒なんてそう簡単に出会える訳がない。それに出会えたとしても、私はピナの変わりとしか見ることができないだろう。

 そう思っているのに、私の指は迷いなくケットシーを選択していた。やっぱり私は子どもだ。もうピナはあの世界と一緒に消えたとわかっているのに、きっとまた会えると心の何処かで夢見てしまっている。諦めきれないでいるのだ。

 初期設定が終了し、綺麗な女性の声に送られながら身体が光の渦に包まれていく。確か各種族のホームタウンからゲームが始まる筈だ。

 創也さんを助け出すのにどれぐらい時間がかかるのかは知らない。具体的に助け出す方法なんて考えていない。それでも、私は絶対に助け出して現実であの夢の続きをするのだ。あの人の隣で一緒に生きるのだ。

 改めて私自身ににそう言い聞かせ、さぁ行くぞとだんだん近付いてくるケットシーのホームタウンを見据えていたその瞬間だった。

 パリン、と窓ガラスが割れるような感じで視界の一部にヒビが入った。そのヒビは瞬く間に視界全体に広がり、世界が溶けて崩れ始める。世界が割れた空間から深い暗闇が顔を覗かせた。

 

 「……え!?」

 

 そう声を上げた頃には私は再び暗闇に吸い込まれていた。先程まで見えていた街並みなどもう何処にもない。

 

 「キャアァァァ!!」

 

 悲鳴が虚しく響くなか、私は暗闇の中を落ちていき……何処かもわからない場所に叩き落とされた。長時間の落下による決して小さくない衝撃が襲い掛かり、痛みに顔を少しばかり歪めてしまう。

 ぶつけてしまった箇所を擦りながらゆっくりと立ち上がり、周囲に目を向ける。私は今、初めてソーヤさんと出会った《迷いの森》を彷彿とさせるような深い森にいるようだった。此処は明らかにケットシーのホームタウンではない。

 一体何が起こったのかと疑問に思いつつ、現在地を知る為にメニューを開こうと左手を振り上げた。

 

 「きゅるるる!」

 

 しかし突如何かの鳴き声が聞こえ、その手がぴたりと動きを止めた。今の鳴き声は聞き慣れたものだった。だが、その鳴き声はもう聞こえない筈なのだ。存在が消去され、消えてしまった筈なのだ。

 

 「きゅるるる!」

 

 一度だけでなく、その鳴き声は二度聞こえた。幻聴ではない。確実に何かが私の後ろにいる。それが誰なのかはとうに理解している。振り返って確めたいが、あの小さな竜が存在する訳がないという思いがそれを阻害していた。

 それでも私は子どもだ。現実ではあり得ない奇跡を信じてしまう幼い子どもなのだ。

 二年間共に戦った相棒が後ろにいるということを夢見ながらゆっくりと視線を背に向けると……

 

 「きゅるるる!!」

 

私の相棒であるピナがそこにいた。見間違いでも何でもない、アインクラッドでずっと一緒に戦った相棒が私の目の前にいた。

 

 「ピナ!」

 

 「きゅるるる!!!」

 

 ひと際大きく鳴きながら胸元に飛び込んできたピナを力の限り抱きしめる。もう会えないと思っていただけに、湧き上がる感情も大きい。頬を何か熱いものが伝っていく。私は泣いていたのだ。だがこれは現実に還ってきてから流し続けた悲しみの涙ではなく、喜びから来ている涙だった。

 そして相棒との奇跡とも言える再会を果たし、ひとしきり嬉し涙を流した後にもう一度周囲を見渡す。やはりどう考えても森の中だ。ケットシーのホームタウンとは到底考え難い。

 だが、この景色には見覚えがあった。私がこの妖精の世界を訪れるきっかけとなったあの写真、ソーヤさんが写っていた画像の背景にそっくりなのだ。彼はこの世界の様々な場所に現れるらしいが、一度目撃情報のあるこの森の中に落ちてきたのはある意味幸いだったのかもしれない。

 とはいえ今いる場所が具体的に何処なのかはわからない。やっぱり居場所を確認した方が良いと思い、左手の人差し指と中指を揃えて振り下ろすとウィンドウが開かれた。さてどうすれば地図が見られるのかと指をメニューに沿わせていると、その指がふいと停止してわなわなと震えだした。

 

 「何……これ……。」

 

 名前と種族が一番上に表示され、その下に体力と魔力を表す二本の棒がある。数値も見る限り初期設定に見える。ここまでは特に何も問題ない。おかしいのはその下にある習得したスキル一覧だった。

 バーが満タンにまでたまってマスター表示になっている《短剣》やあとちょっとで同じくマスター表示されそうな《料理》など、初期とは思えない程のスキルの数があった。しかもその熟練度がどれも異様に高くなっている。開始早々こんな森の中に落とされたことといい、このゲームはどこかバグっているように感じられた。

 しかしどうにもこのスキル構成が引っ掛かる。一通り見る限り、これらのスキルは私のためだけに構成されたような感じだ。改めて習得スキル一覧に目を通し……脳に電流が走った。

 このスキルは二年間、私があの世界で習得していたスキルと同じなのだ。幾つか無くなってしまったスキルもあるが、確かに全て習得していたものだ。つまり、既に役目を終えたはずである鉄の城にいた《シリカ》のステータスが現在目の前に表示されているということになる。

 それを自覚した瞬間、耐え難い恐怖に襲われた。もしかしたら此処はあのデスゲームの中なのかもしれない。そう思ってしまうだけで身の毛がよだつ。こんなこと認めたくはない、だがそうでなければピナが何故消滅せずに私の隣にいるのか説明ができない。

 恐怖に震える指を叱咤してウィンドウを操作し、救いを求めるように一つのボタンを探す。そして一番下に《Log Out》と書かれたボタンを確認し、安堵のため息をつく。それと同時に、また閉じ込められたのではないかという恐怖が身体から引いていった。

 何が何だか理解できないが、今の私はただのプレイヤーであることだけはわかった。いや、正確に言えば別の世界のデータを流用するチーターだ。まぁ、このゲームなんて私にとっては創也さんを救い出す作業場でしかない。故にキャラクターが強いことに越したことはないのだ。

 わからない事ばかりだが、取り敢えず行動を起こすべきだろうと思い、ウィンドウを閉じる。そんな時だ。私の後ろの草むらががさがさと音を立て、中から一人の女の人が現れたのは。

 

 「……ケットシー!?何でこんなところに!?」

 

 現れた緑色を基調とした装備の女の人は私を見るなり、やや驚いた顔をしながら腰の長剣を抜いた。ああ、確かこのゲームは他の種族なら倒すことが推奨されていたっけかとエギルさんの説明を思い出しながら、どうしようかと悩んでいると更にの奥から三人の男の人達が現れた。今度は赤色の鎧に身を固めている。

 

 「うん?ケットシーじゃないか。何故こんな森の奥深くにいるんだ?」

 

 「そんなのどうでもいいじゃん。どっちも殺すんだからよぉ。へへ、女の子相手なんて久々だなぁ!」

 

 赤い妖精、確かサラマンダーの内の一人がねばついた目を私と緑の妖精、シルフの女の人に向ける。その男の人は、かつて殺人が禁忌だったもう一つの現実で嬉々として人を殺して回った人達と同じような目をしていた。

 サラマンダーの三人は大きなランスを構えながら翅を鳴らして浮き上がり、その切っ先を私達に向けた。それに対してシルフの女の人は相討ち覚悟で長剣を構える。私も腰に装備されていた貧相な短剣を抜いた。ピナも戦闘態勢だ。

 そしてサラマンダーの三人が今まさに突撃しようというその瞬間、後ろから黒い弾丸が飛び出した。私達も、サラマンダーの三人も呆気にとられながら突然の乱入者に目を向ける。

 

 「あいたたた……これは着地がミソになるな。」

 

 緊張感など微塵も感じさせないような声を出しながら立ち上がったその人は……

 

 「もしかして……キリトさん?」

 

 「ああ、その反応はシリカか。全く、顔がそっくりだったから直ぐにわかったぞ。」

 

私と同じように愛する人を助ける為、この世界を訪れたキリトさんだった。       



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第二十九話 死に場所を探す亡者

 先日、この小説の評価バーに色がつきました!

 評価してくださった方、いつも読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます!

 これからもこの作品をよろしくお願いします!



 ◇◆◇

 

 「重装備の男三人が寄ってたかって女の子二人を襲おうとするのはちょっとカッコ悪いなぁ。」

 

 「んだとてめぇ!!」

 

 突然乱入しておきながら、どこかのんびりとしたキリトさんの言葉に激昂した二人のサラマンダーが宙に浮き、その巨大なランスを構えて彼の前後を挟み込んだ。そしてそのままランスを下に向けて、突進の姿勢を取る。どちらかの攻撃を確実に通すつもりなのだろう。

 これではあのキリトさんでも防ぎきれない。いや、彼の背に二振りの剣があればどちらも防げるかもしれないが、生憎とあるのは貧弱としか言いようのない片手剣一本のみだ。シルフの人も助けに入ろうとしてくれているが、残りの一人のサラマンダーに牽制されていて動けないでいる。しかし私とピナはただの獲物としか見られていない為か、一切マークされていなかった。

 楽々とキリトさんの隣までに歩を進め、短剣を逆手に構える。ピナにもブレスの準備をするように指示し、眼前のサラマンダーだけを視界に捉えた。キリトさんも私の意図を理解してくれたようで、私達は背中合わせになって戦闘態勢に入る。

 

 「初心者の癖に調子に乗りやがって。先にお前らから殺してやるよぉ!!」

 

 バイザーを降ろしたサラマンダーが背中に生える赤色の翅を震わせながら突進を開始する。だがそれは私とピナにとっては格好の餌食でしかない。まさに攻撃してくれと言わんばかりである。

 

 「ピナ、バブルブレス!」

 

 「きゅるるる!」

 

 あらかじめ用意させておいたバブルブレスにサラマンダーは自ら突っ込んでいく。吐き出された無数の虹色の泡が弾け、突進の勢いが一瞬怯んだ。その僅かな間に地を蹴って横側に回り込む。突進は進行方向に絶大な威力を誇るが、横方向に対しては無力にも等しいのだ。

 がら空きの胴に蹴りを入れる。サラマンダーは殺し切れていないその突進の勢いも相まって、先程のキリトさんのように錐揉み回転しながら近くの樹木に激突した。

 

 「いっつ……何しやがんだてめぇ!!」

 

 ぶつけた箇所を押さえながらゆらゆらと立ち上がるサラマンダー。勿論、そんな大きすぎる隙を見逃すつもりはない。すぐさま追い打ちを掛けるべく、ピナと共に急接近する。

 驚愕の表情を浮かべたサラマンダーの顔面をピナのブレスが焼く。私の姿が完全に捉えられていないうちにざっと全身の装備を確認する。相手は重装備。今持つ初期装備と思われる短剣をそのまま振るったところで、大したダメージを与えることはできないだろう。ならば、その繋ぎ目を狙えばいい。

 逆手に持っている短剣を右腕の関節目掛けて突き刺す。やはり関節部分は装備の繋ぎ目になっているようだ。そのまま短剣を一周させるように回し、片手を切断する。それを残りの片手、両足にも行ってダルマ状態になったサラマンダーの喉元を止めとばかりに切り裂いた。赤い炎が噴き出すと同時にサラマンダーは小さな火になる。

 

 「シリカ、結構残酷な倒し方をするんだな……。ちょっと恐怖を感じたぞ。」

 

 短剣を腰の鞘に戻すと、キリトさんが少し呆れた様子でそう言った。奥に目をやれば、私の近くにあるものと同じ小さな火が瞬いている。どうやら彼の方も終わっていたようだ。

 

 「あ、えっとソーヤさんが『これなら固い敵でも殺しやすくて楽だよ』と教えてくれたので……。」

 

 「全く、あいつは殺し屋か何かか?それで、アンタはどうするんだ?戦う?」

 

 私達の視線が最後の一人となったサラマンダーへと向けられる。はっと我に返ったその人がその分厚い兜の奥で苦笑しているように見えた。

 

 「いや、止めておくよ。少し前に《妖精殺し》のせいで減ってしまった魔法スキルがやっと元に戻りそうなんだ。今は本当にデスペナが惜s……ガハッ!」

 

 その言葉は最後まで続くことはなかった。現在最後のサラマンダーの口元からは、一振りの片手剣が生えている。私の眼はその物体に吸い寄せられる。もしかして現実で人を斬ってしまったのではないかと思ってしまう程に深い赤をしたそれには見覚えしかない。何度も近くで見ていたのだから見間違いも有り得ない。

 あれは間違いなく《創造》のスキルによって造り出された片手剣。そしてこのスキルの使い手は知る限りただ一人。幸運なことに、私はもう探し人と巡り会えたようだ。また会えたという幸福感が数ヶ月間空洞だった心を満たしていく。

 突き刺していた片手剣が半回転し、サラマンダーの肉体をあの重装備ごと両断する。噴き出す赤い炎の先にいたのは、私が惚れた男に違いなかった。あの画像の通りに真っ白な翅を生やし、背後に先程の片手剣と同じ色をした無数の武器が次々と造り出されながら円を描いている。

 

 「嘘、《妖精殺し》!?」

 

 シルフの人が顔に驚愕の色を浮かべながら長剣を構える。するとその気配を察知したのか、ヒビが入り始めた片手剣を捨てた彼がぐるりとこちらを見た。瞳の色は造られた武器と同じ深く、鈍い赤。だが私が知る彼の瞳とは一つだけ決定的に違っている部分があった。

 眼に……光が灯っていないのだ。まるで生きる目的を失い、ただただ何もせずに一日を終えてしまうような亡者のよう。私を現実に還すためにその力を振るった時に見せた、荒々しくも美しかったあの瞳は見る影もない。今私の前に立っているのは彼であって彼でないような感じがした。

 

 「ソーヤさん!」

 

 彼の名を呼ぶ。隣のシルフの人がどう反応しようがどうでもいい。以前の彼に戻ってほしかった。私が助け出したいのはこんな生きる意味を失ったような彼ではない。私という存在をずっと愛し、守ってくれる彼なのだ。

 底が見えない暗い瞳が私を捉える。その次の瞬間に彼の眼は大きく見開かれたかと思うと、頭を押さえながら背を向けて物凄い速さで飛び去ってしまった。

 

 「……何であいつは、ソーヤは逃げたんだ?」

 

 隣で首を傾げるキリトさんをよそに、一瞬だけ満たされた心に再び喪失感という名の大穴が空いたことに耐えられなかった私はその場に崩れ、涙を溢した。

 避けられたように感じたのはお前の錯覚ではない。もうあの時の彼は帰ってくることはない。お前が助け出そうとした彼はこの数ヶ月の間で変わってしまい、亡者と化したのだ。そう暗に告げられているようだった。

 これから私はどうすれば良いのだろうか……その疑問に答えてくれる者は誰一人いなかった。

 

 

 ◇◆◇

 

 鬱蒼と生い茂る暗い森の中を出せる限りの最大速度で飛んでいく。俺の翅は他のプレイヤー達のものとは異なり、滞空制限が存在しない。故に先程の奴らが追いかけてきたとしても、追いつくなんてことは有り得ないのだ。

 奴らから逃げるように飛び始めてからどれ程経ったのかは知らないが、周囲に気配が無いことを確認して地面に降り立とうとする。しかし奴らと出会ってから尋常ではない痛みを伴っている頭痛により体勢を崩し、頭から突っ込む様な形で着陸した。

 

 「かはっ……あぐっ、あああぁぁぁ!!!」

 

 今にも真っ二つになってしまうのではないかという位の痛みが頭を駆け巡る。痛い、ただそれだけしか考えられずに頭を押さえる。だがそれでも痛みは引かず、自分が土まみれになることを厭わずに湿った大地を転げまわった。

 頭蓋骨が撤去され、脳を直接いじられているような痛みが俺を襲い続ける。そう、まるで封じ込められた記憶が蘇りそうな……。

 

 「うううぅぅぅ……はぁ、はぁ……。」

 

 地面を転がること数十分、ようやく思考を巡らせる余裕がある程度に回復した。肩を上下させながら近くの樹木に倒れるようにもたれ掛かる。

 

 『ソーヤさん!』

 

 何故か青い小さな竜を連れたケットシーの女の声が蘇る。奴がそう言ってからこの忌々しい頭痛は始まった。しかしその《ソーヤ》という名は全くと言って良い程に聞き覚えが無い。先程の奴の様子から考えるに、俺に向かって言ったことは間違いないが、生憎と俺は《ソーヤ》ではない。

 今の俺には名がない。それどころか、ここ最近の数ヶ月の記憶しかない。それ以前の記憶は抜け落ちたかのように一切残っていないのだ。

 ある時にこの森の中に迷い込み、遭遇したサラマンダーを八匹殺したことは覚えている。そしてなぜ殺したかも覚えている。

 俺は一刻も早く死にたかった。さっさとこの世からおさらばしたいが、武器を手に持つものとして無抵抗のままで殺されることは許されない。だったら戦いの中で殺されればいいと思った。そう結論づけ、俺の手によって造り出された武器を振るって全員を殺した。

 その後も多数のプレイヤー達が襲い掛かってきたが、誰一人として俺を殺すことはできなかった。それどころか、襲撃者どもは傷の一つも付けられずに殺された雑魚ばかり。それでもいつかは死ねるだろうと武器を振るう手を止めることはしなかった。

 戦いに戦いを重ねて何人殺したか数えるのも億劫になった頃、俺は何の為に死にたいと思っているのか思い出せなくなっていた。それは今も思い出せないでいる。今の俺を突き動かすのは残された『死』という現象を求める意思だけだ。

 

 「……一体誰だ?俺を殺してくれるのは。」

 

 こちらに近づく気配を感じた。数は四。内に住まう獣を呼び覚まし、造り出した片手剣と細剣を両手に持つ。吹き出した血のオーラが背に武器の円を描かせる。

 答えが見つからない問いなんて考える必要はない。そもそも、何故などと理由を思い出す必要もない。死にたい、そう思っているのならばこれまで通り戦い続ければ良いだけの話。

 求める結果だけわかっていれば、大した問題は無い。理由なんてどうでも良いのだ。

 

 

 ◇◆◇

 

 このゲームの世界観をぶち壊しにするような現代チックな部屋に入り、真っ白な椅子に腰かける。眼前に広がっているのは巨大なスクリーン。写っているのは記念すべき実験体第一号の姿。

 実験体は造り出した一振りの片手剣で容易く一人の高レベルのプレイヤーを容易く倒し、もう片方の手にもったピックらしき物体を茂みに隠れていた別の一人に向けて投擲する。怯んだ隙に距離を詰めたかと思えば、一瞬のうちに斬り刻む。

 残った二人が奇襲を仕掛けたが、実験体はぐりんと首を回して深紅の瞳でその姿を捉える。そして二人の武器がが届くよりも早く、即座に握った両手剣で纏めて切り伏せた。今回もまた無傷で倒してしまった。その相変わらず規格外なその力にはいつも驚かされる。

 

 「いやはや、とんでもないイレギュラーだけどこれは大助かりだ。元々クリアなんてできないグランドクエストの難易度が更に跳ね上がったもんだねぇ。」

 

 自然と笑みがこぼれる。全く、こいつを自分の陣営に引き込めたことを感謝しない日はない。スクリーン越しで見ても心臓を掴まれるような殺気を向けられてはたまったものではない。

 あのイレギュラーは偶然発見したものだった。いつものように将来の伴侶となる女王を愛で、存在するはずのない空中都市を目指して日々攻略に勤しむ哀れなプレイヤー達を画面分割したスクリーンで眺めていると、一つの画面が目に入った。

 その画面には深い森の中で対峙している者達がいた。確かあそこは中立の場所だったので他種族間での戦闘はよくあることだ。だが、八人の前に立つ一人のプレイヤーの姿はイレギュラーとしか言い様がなかった。

 どの種族にも属さない白い翅。それはグランドクエストの際に登場させる者たちを想起させるようなものだった。何かのバグで飛び出したかと思ったが、そいつは見たこともないスキルを使って見事勝利してみせた。それも無傷で。

 僕は創造主の権限を使い、その者のプレイヤーデータを開示させた。あれを初めて見た時の衝撃は忘れられない。てっきりバグから生まれたものだと思っていた故に、人間であると知った時には思わず椅子から転げ落ちそうになった程だ。

 それから数日の間イレギュラーの行動を観察していた時、名案が浮かんだ。奴を記念すべき実験体第一号にしようと。あれでも一応人間なのだから、研究の成果は通じるはずだ。それに、どの種族でもないままログインするなんて明らかに違法だろう。文句を言われても、向こうが悪い。

 そして翌日、奴をこちら側に引き入れる作業を行った。具体的に言えば、記憶の消去と上書き。いわゆる洗脳というものだ。こんな非人道的な行為が見つかれば確実に警察のお世話になることは充分に承知している。だが決して見つかるわけがないので、心配する必要性は皆無だ。

 結果は半分成功、半分失敗だった。記憶の消去まではできたものの、上書きまではできなかった。まぁ他の者達とは違って、直接脳を刺激しているわけではないので成果としては合格点だろう。

 自分の手が届く場所で作業ができたのなら確実に上書きまで可能だったが、あんなものを近くに置けばいつ斬られるか分かったものではない。

 スクリーンに映る実験体第一号はあの得体の知れない力の反動か、苦悶の表情を浮かべながら頭を押さえている。だがその状態でも襲ってくる別のプレイヤーをまた無傷で倒してしまっているのだから、本当に力の底が見えない。

 

 「さて、《妖精殺し》と恐れられる君を倒せる者が現れるのは一体いつになることやら。」

 

 圧倒的とも言える力を振るうあのイレギュラーをこうして見ていられるのは、自分に刃が向けられる可能性が無くなったからだ。

 傀儡にさせることには失敗したが、記憶が無くなったあれはただ死に場所を求めて彷徨う亡者に成り下がった。世界樹の攻略などに一切興味を示さず、ひたすらに中立地域で自分を殺す者を待ち望んでいるだけの人間だ。

 どうやら周囲のプレイヤー達全員を倒し切ったようだ。樹の幹に寄りかかり、肩で息をしている。しかしその隣に浮かぶ体力ゲージは一ドットも減っていない。恐らく今頃はゲームバランスに関しての苦情が相次いでいることだろう。

 それよりも、より世界樹攻略の難易度が上がった筈なのに、この沸き上がってくる不安は何なのだ。

 例えるならば、危険だと判断した本能が警鐘を鳴らしているようである。このままではこの研究が表に出てしまうぞ、と告げられているようにも感じる。

 だが、僕の研究を邪魔しそうな人間は一人残らず排除した。目の上のたんこぶだった茅場も、奴が連れてきた新原夫妻も、皆いなくなった。今の僕を邪魔できる者は誰一人としていない筈なのだ。

 そうだと言うのに、拭いきれない不安が押し寄せてくる。鳴り響く警鐘は止まることを知らないかのように、延々と僕に警告を出し続けていた。   



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第三十話 かけがえのない思い出

 今回でこの作品も三十話目となりました。

 本当に多くの方々に読んでいただき嬉しい限りです。

 これからも投稿頑張っていきたいと思いますので、よろしくお願いします。


 ◇◆◇

 

 視界が虹色の光に包まれたかと思えば、次の瞬間には真っ黒に染まった。ゲームの世界に旅立っていた意識が戻ってくる。瞼を開ければもうそこは現実の自室だった。

 見慣れた天井だ。だがそれが今は酷く歪んで見える。何故こうなっているのかは考えるまでもない。目元を拭うと、少なくはない水滴が手についていた。彼が飛び去ってから流し続けていたうちの一部がこちらにやってきたのだろうか。

 仰向けだった身体を回転させてうつ伏せになる。枕に顔を埋める。そして、再び涙を流す。毎日お見舞いに行っていたあの時のように無力な自分に対する嫌悪感ではなく、もう助けることができなくなってしまった絶望感が私に涙を零させていた。

 時計に眼をやり、そろそろ昼食の時間だと起き上がる。涙を拭ってから階段を降りると、丁度母親が完成した料理をテーブルに運んでいたところだった。

 

 「あ、珪子。ちょうどお昼ご飯ができたわよ。」

 

 「ありがとう、お母さん。」

 

 全ての料理を並べ終えた母親が正面に座る。今日の昼食は近くのスーパーで買ってきたコロッケと冷凍していたご飯、そして野菜のサラダだった。手を合わせ、一口大に切ったコロッケを口の中に放り込む。揚げたてだったのか、サクサクと衣の食感がする。

 それらを無言で食べていると、母親がこちらをじっと見つめていた。

 

 「お母さん、私の顔に何か付いてる?」

 

 「珪子……どうしてさっきまで泣いてたの?」

 

 「え……違、これは」

 

 「そんな嘘つかなくてもいいから。早く理由を教えてちょうだい。愛する人を助けると決めて、もう一度仮想世界に行ったんじゃなかった?」

 

 どうにか母親に悟られないようにしていたが、無駄だったようだ。こうなってしまった以上、話さないという選択肢は残されていない。母親を更に心配させない為にも。

 ほんの数時間前の出来事をぽつりぽつりと話す。思い出すだけで心がきつく締め付けられる。朝に鋼鉄の城のことを話した時とは正反対のように、話せば話す程に口が重くなっていく。

 そして話し終えた頃、私は涙を堪えるように下を向いて手を強く握りしめていた。もうあの頃には戻れないという現実が改めて突きつけられたように感じる。

 絶望に暮れていた私の手がふいに誰かの両手に包まれた。顔を上げると、隣にまで来ていた母親の顔があった。暖かい手だ。まるで以前の彼とそっくりで、大丈夫だと声が聞こえてくるような暖かい手。

 

 「珪子、あんたとその男の子はそんなに脆い関係だったの?」

 

 母親の問いに強く首を横に振る。私と彼の関係がそんなに脆い訳がない。いつ死ぬのかもわからない剣の世界で私達は廻り合い、現実に還ってくるその時までお互いの背中を預けて戦った。そしてそれだけでなく、時には自然豊かな森の中で一緒に食事をしたりしたこともあった。

 私のとって、あの世界で過ごした彼との思い出は本当にかけがえのないものだ。月明りが差し込む宿屋の一室で彼と恋人同士になり、初めて一緒に同じベッドで寝た時にちらりと見えた彼の心からの笑顔は今でも容易に思い出せる。

 

 「だったら、どうして彼のことを諦めようとしてるの?」

 

 「それは……さっきも話したように私はソーヤさんに、創也さんに拒絶されたから……。」

 

 だが、その思い出は思い出すことが苦痛となる忌むべき記憶へと変わってしまった。少し前まで折れかけていた心を奮い立たせてくれた彼との思い出が、今では私の心をへし折ろうと鋭い刃を突き立てていた。

 彼を助け出して、この現実でずっと一緒に生きることができるようにすることがただ一人還ってきた私の夢であり、目標だった。しかしそれが現実となる時が来ることは無い。もう彼は変わってしまったのだ、生きることに意味を見出せなくなった亡者に。

 消え入るような声で弱音を吐いた私の言葉を聞いた母親は、普段見せているふわふわした様子を欠片も残さずに捨て去った。瞳に真剣そのものと言える色を浮かべ、私をじっと見つめている。一体どうしたのだと思った次の瞬間、私は抱きしめられていた。耳元で囁かれた母親の声は優しくも、はっきりしたものだった。

 

 「珪子、そんな簡単に創也君のことを諦めちゃダメ。恋愛というのは、すれ違いなんてあって当たり前なの。どんなに仲が良くたって意見が合わないことが絶対にある。お母さんとお父さんだってそうなのよ。」

 

 その言葉一つ一つが私に染み込んでいく。まだ彼のことを諦めてはならないと誰かが告げる。突き立てられている刃によって折れそうだった心が立ち直っていく。

 

 「生きる目的を失ったようだった?それなら珪子が彼の生きる理由になってやりなさい。彼に拒絶された?だったらどうして拒絶したのか問い詰めなさい。まだ諦めるには早すぎるわよ。」

 

 突き刺さっていた刃が抜け落ちる。彼の言葉が幾つか脳裏をよぎる。

 

 『……シリカ、俺もお前が好きだ。シリカと出会えて、この世界に来て本当に良かったと思った。俺の過去を一緒に背負うと言ってくれて嬉しかった。だから……こんな俺で良いのなら、喜んで。』

 

 それは初めて彼の血濡れた過去を聞き、一緒に背負うと言って思いを告げた私に向けられた言葉。彼はあの瞬間の前に、私の胸の中で涙を流した。強いという印象しかなかった彼が、自分の弱い一面を見せられるほどに信用されていると感じた。

 

 『……それは俺がいるからだよ。俺がシリカに襲い掛かろうとする死神から守ってやる。孤独から解き放っただけじゃなく、獣と化した俺でさえ命の恩人だと認めてくれたシリカを殺させはしない。それに、俺よりも長く一緒にいた相棒もいるじゃないか。』

 

 それは忘れかけていた『死』に恐怖した私に大丈夫だと安心感を与えてくれた言葉。どんなことがあっても、私を殺させはしないという彼の強い思いが伝わってきた。彼のお陰で私は最後まで戦えた。

 

 『……ごめんね、シリカ。俺が終わらせるから。ちゃんと現実に還すから。』

 

 それは彼が最後の戦いに赴く姿を見て叫んだ私に向けられた最後の言葉。自分が元凶の関係者であることを明かしてもなお、裏切ることはせずに全プレイヤー、そして私を現実に帰還させる為に戦った。彼は自らを犠牲にしながらも、最後まで私を守りきってくれた。

 忌むべき記憶だったものが再び思い出となって私の心を押してくれる。諦めるな、必ず連れ戻せと告げている。

 そうだ、彼が私を理由もなく拒絶する筈がない。何故なら私と彼はお互い恩人同士で、愛し合っていたのだから。私はもう絶望に暮れてはいなかった。

 

 「うん……そうだね、お母さん。私は諦めない。何がなんでも創也さんを現実に連れて還ってくるよ!」

 

 「その意気よ。ああそれと、ちゃんと助け出せたらお母さんとお父さんにも紹介してね。珪子の将来の旦那様の顔をちゃんと見ておきたいもの。」

 

 「旦那様……?ふぇ!?」

 

 いつものふわふわした様子に戻った母親から爆弾発言が飛び出し、顔がかぁっと熱くなる。恐らく今の私顔は茹でダコのように真っ赤だろう。

 朝、リビングを出る時にちらりと聞こえた母親の発言は空耳ではなかったようだ。母親は間違いなく、まだ顔も知らない彼に私をあげるつもりだ。全く、話が一気に飛躍し過ぎではないのか。

 しかしこれが私の普段の母親である。天然なのか意図しているのかはわからないが、時々とんでもないことを口にするのだ。これにいつも私と父親は振り回されている。

 もしかすると頭の上から煙が出ているのではないか、そう思ってしまう程の熱を放出する顔を隠すように母親から顔を背ける。そして立ち上がり、逃げるようにリビングを後にした。

 部屋に戻り、乱雑に置かれていたナーヴギアをそっと拾い上げる。次にキリトさんと一緒に行動するのは明日の午後から。だが私は今からもう一度あの世界に行こうと思っていた。先程の母親との会話で生まれてしまったこの高ぶる気持ちを抑えることができないのだ。

 電源を入れ、ベッドに寝転がってそれを被る。これを被るのはもう三度目になる。

 一度目は期待に満ち溢れ、二年間もデスゲームに囚われた。二度目は覚悟を持ち、ようやく再会できた愛する人に拒絶された。そして三度目に持つものも、覚悟。されど二度目のような脆いものではない。何度拒絶されようが、こちらに連れて還ってきてやるといった一種の狂気と言っても過言ではないものだ。

 この覚悟がやや狂気を孕んでいることは自覚しているが、消してしまおうとは思わない。何故なら、これは彼への恋心から来ているのだから。

 

 「リンク・スタート!」

 

 私は再び本来の肉体を捨て、仮初の肉体へと魂を移した。

 

 

 ◇◆◇

 

 「うわぁぁぁ!見逃してくれぇぇぇ!!助けてくれぇぇぇ!!!」

 

 「断る。それから喧しい。さっさとシネ。」

 

 腰を抜かして震え、命乞いをする置物と化した一匹の赤い妖精を脳天から両断する。紅蓮の炎が噴き出し、一瞬だけ暗かった森が明るくなった。周囲に浮かぶ幾つもの小さな火が照らし出される。まるで人魂のようだと思っていると蘇生時間が過ぎたのか、次々と消滅していった。

 最近はやたらと赤い妖精と殺し合いになることが多くなってきている。初めに出会った奴らといい、グランドクエストやらの攻略に一番精を出しているのだろうか。そんなどうでもいいことを考えながら、木陰に隠れていた最後の一匹を造り出した弓と矢で射貫く。

 熱を感じさせない死を告げる炎が再度噴き出す。弱い、それが何十人かも数えるのも面倒くさくなる程の赤い妖精どもを殺した率直な感想である。恐らく、幾ら強かろうと数で押せるものだと思われているのだろう。まぁ、襲撃されなくなるよりかは遥かにマシだが。

 最後に殺した奴が消えたことを確認し、警戒態勢を解く。それと同時に背後の武器達はゆっくりと崩れ去った。

 

 「……またか。一体何なんだ?」

 

 再びあのケットシーの女が脳裏にちらつく。あの時程ではないが、脳をいじくりまわされるような不快感を伴う頭痛に顔をしかめる。

 何故、これ程までに奴のことが頭から離れないのだろうか。それ以前に何故、俺はこんなことで悩んでいるのだろうか。疑問が疑問を呼び、限界を知らぬように膨れ上がった疑問符が思考を阻害していく。気づけば、脳内が例のケットシーのことで埋め尽くされていた。

 もしや一目惚れでもしたのではないかという明らかに破壊されてしまった思考を破棄し、もう考えないようにしようと頭を振る。だが、何度そうしても頭の中から消えることはなかった。

 

 「何なんだ、何者なんだお前は!俺の中から消えろぉ!!」

 

 普段の冷静さを失い、ただ我武者羅に造り出した両手剣を横薙ぎに振るう。眼前にあった巨大な樹木がバッサリと根元から斬れ、轟音を響かせながら倒れた。それに驚いた鳥などの生物が一斉に慌てて遠くへと飛んでいく。

 そしてこの轟音の原因を突き止める為に来たのであろう、妖精の気配を複数感じた。調査の為か、数はそれ程多くはない。だが、一つだけ距離が離れているものがある。理由は不明だが、それを探ろうとは思わない。俺は死ねればそれでいいのだ。そうすれば、あの女のことも綺麗さっぱり忘れることができるだろう。

 造り出した両手剣を握り、近づいてくる奴らと同じ高度にまで翅で上昇する。見えたのは緑の翅。俺がよくいるこの森の近くに領土を持っているらしいシルフである。こうして迷い込んで長い期間が経つと、様々な情報が自然と集まってしまうものだ。

 俺の姿を視認したのか、シルフの一団が動きを止める。奴らの装備にざっと目を通し、今回も俺の願いは叶いそうにないと内心でため息をつく。

 剣などによる物理系統しか攻撃手段を持たない俺を殺そうと前衛を大盾で固めたのは良いが、見るからにその者達が得物の扱いに慣れていない。なのに指揮官らしき男は自信ありげに笑みを浮かべているのは、見ていて哀れとしか思えない。

 

 「驚いたか《妖精殺し》。こうして固めてしまえば、お前は成す術も無いだろう?」

 

 「張りぼての軍勢でよくそんなことが言えるものだな。」

 

 指揮官の額に青筋が浮かぶ。奴は相当短気な性格のようだ。底が知れる。

 

 「貴様……舐めているのか?」

 

 「ああ勿論。そんな程度で勝機があると思っているのであれば、俺の願望を叶えることはできない。」

 

 青筋が増え、震えだした指揮官が今にも怒り狂いそうな感情を抑えながら指示を出した。前衛が隙間なく大盾を並べ、後衛が魔法の詠唱を開始する。

 

 「悪いが、俺は今無性に誰かを殺したくて仕方がない。だから、全員シネ。」

 

 翅を鳴らして急接近し、握っていた両手剣を振るう。それは並べられた大盾に吸い込まれ、火花を散らした。殺し切れなかった衝撃によって前衛の体力ゲージが減少したが、すぐさま回復の魔法によって元に戻ってしまった。そこから更に攻撃魔法が飛び出し、爆発が起こる。

 仕方なく回避と防御を行って煙が晴れた頃、ちらりと指揮官の顔を見る。奴は先程までの怒りを忘れたようにほくそ笑んでいた。大方、想定通りに事が進んでいることと、大口を叩いた俺が劣勢に陥っていることが理由だろう。しかしそれを保っていられるのは時間の問題だ。

 崩れ始めた両手剣を捨て、獣の力を呼び覚ます。若干の熱を感じさせる瞼を下ろし、少しばかりの間意識を外から中へと移す。手に何かを持った感触と共に目を開けると、新たな両手剣が造られていた。だがそれははっきり言って異形としか言いようがなかった。

 まず、刃が存在していない。あるのは何かを引っ掛ける為の凹凸のみ。それは相手の剣を折ることを目的として誕生した短剣『ソードブレイカー』を巨大化させたようなものだった。

 《創造》は形を具体的に決められれば、どんな武器だって造り出すことが可能な力だ。何故こんな力を持っているのかはわからないが、状況に応じたものを造ることができるのは便利である。

 再び接近し、異形の両手剣を横に薙ぐ。並べられた大盾に直撃した瞬間に手応えを感じ、そのまま振り切った。飛んで行ったのは無数の大盾。残されたのは丸腰になった前衛と唖然としている後衛のみ。

 今したことは至極簡単なことだ。あの剣の凹凸に大盾を引っ掛け、剣を振る勢いで持ち主から奪い去った。流石に盾を折ることはできないのだ。

 指揮官の笑みが崩れ、数秒だけ指示が遅れた。それが殺し合いの世界では命取りになる。空白になった数秒の間に俺は前衛の一匹を串刺しにしていた。

 全体に動揺が広がる。指揮が乱れ始める。指揮官はとっさにそれを立て直すことが出来ない。奴は初日に殺したサラマンダーの男よりも取り仕切る才能が無いようだ。

 細剣で一匹の喉元を貫き、それを盾にして別の一匹の攻撃を防ぐ。動きが止まった二匹を纏めて両手剣で真っ二つにして仕留める。そして回復魔法を扱っていた妖精に目を移し、造り出した小さな針で的確に口を刺しておく。周囲に浮かんでいた文字列が弾けた。

 背後で攻撃魔法を唱え始めた妖精の正面に瞬間移動し、魔法が完成する前に片手剣と細剣の二刀流で全滅させる。用済みの武器を手放し、弓に三本の矢を番える。放たれた矢は寸分違わずに口を封じていた妖精どもの心臓部分を射貫く。これで残ったのは指揮官と護衛らしき一匹となった。

 

 「シグさん、これは撤退すべきっすよ。このままじゃ、ぜんめt……!」

 

 「言ったよな?全員シネって。」

 

 撤退を進言した護衛らしき一匹を気づかれる前に接近して八つ裂きにする。激しく燃え上がった赤い炎が俺と指揮官の顔を照らす。

 

 「お前は……一体何者なんだ?」

 

 指揮官の顔には明らかな怯えの色が浮かんでいる。まるで肉食動物に狙われた草食動物のようだ。

 

 「……ただの死にたがりだ。」

 

 そう答えて指揮官をものの数秒で小さな炎へと変える。終わったか、そう思った瞬間に一つの気配が此処に向かって一直線に近づいてきた。確実にあの距離が離れていたものだろう。

 身体がまだ熱を持っていることを確認し、その姿を視界に捉える。現れたのは今の俺をおかしくしている元凶そのもの。

 

 「助けに来ましたよ、ソーヤさん!」

 

 「きゅるるる!」

 

 小さな青い竜を連れたケットシーの女が何やら決意を強く決めた様子でこの暗い森の大地に降り立った。

                 



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第三十一話 愛に狂う

 今回はいつも以上に駄文の可能性があります。

 やはりオリジナル展開を考えることは難しいです……。


 ◇◆◇

 

 数時間前にログアウトしたシルフ領にある宿屋で目覚めた私は隣で眠っていたピナを起こし、昼下がりの町に繰り出す。異なる種族故に周囲の視線が集中していることを感じるが、此処に来る前にいたあの世界でもそうだった為にもう慣れてしまった。

 左手にコントローラーを持ち、翅を鳴らして上空に浮き上がる。もう一度彼に出会う為にこの世界に入ったのは良いものの、何も手掛かりがないのでしらみつぶしに探すしか方法はなさそうだ。相変わらずの自分の向こう見ずさに呆れてしまう。

 それでも絶対に見つけ出してやると自分に言い聞かせ、手始めに近くの中立地域である森に行こうとコントローラーを操作しようとしたその瞬間だった。まさに今から向かおうとした森の方角から突如けたたましい轟音が響いたのだ。

 ケットシーの特徴である視力の良さを生かしてよく目を凝らせば、音の発生源と思われる場所から大勢の鳥らしき生き物が飛び出している。その場所に目を下ろすと、ちらりとだが白い翅が見えた。どの種族でもない証明であるその翅の持ち主は恐らく彼だろう。

 そう結論を出した瞬間、私はピナを抱えて一直線にその地点へと向かっていた。急げ、そこに彼がいると存在しない筈の第六感が告げている。下手したらコントローラーが壊れてしまうのでないかと思う程に加速のボタンを強く押し続け、可能な限りの速度を引き出す。空気が顔を叩くが、そんなことはどうでも良くなっていた。

 それから数十分飛び続け、後少しで滞空可能な時間が尽きてしまいそうにあるところで目的地が見えてきた。しかし先客がいたようだ。片手剣と細剣を持った彼と恐怖に身体を震わせている緑色の翅を生やした妖精の周囲には幾つもの小さな炎があり、人の形を保っている二人を照らしていた。

 

 「お前は……一体何者なんだ?」

 

 「……ただの死にたがりだ。」

 

 彼が残った緑の妖精を肉眼では捉えることが難しい程の高速連撃で人の形を破壊した。そして彼は近づいている私の気配を捉えたようで、顔をこちらに向ける。私とピナをじっと見るその瞳は前と変わらずに底を感じさせない、光が消えてしまっていたものだった。

 だが、もう私は絶望に暮れたりはしない。何度避けられようが、何度拒絶されようが絶対に連れ戻すと決めた。それが狂気を孕んだ覚悟であろうが関係ない、結果として彼の失われた記憶を取り戻して一緒に現実に還ることが出来ればそれで良い。

 身体が若干熱くなっているようだが、別に支障が出る程のものではない。私は地に降り立ち、亡者と化した彼と二度目の邂逅を果たした。  

  

 

 ◇◆◇

 

 「……今回は逃げないんですね。」

 

 「ああ、こっちの方が良いと思ったからな。」

 

 光が遮られ、闇が支配する静かな森の中で少年と少女は向かい合う。彼らにとってこの妖精の世界では二度目の再会である。だが数ヶ月間言葉を交わすことすら叶わなかったのにも関わらず、両者ともそれを喜んでいるようには一切見えない。

 一方は警戒を怠らず、背後に造り出した赤黒い武器の中から一振りの片手剣を取り出す。また一方は得物である短剣を構えはしないものの、若干の狂気を感じさせる瞳からやや厳しめの視線をぶつけている。両者の周囲には今にも戦闘が勃発しそうな雰囲気が漂っていた。

 

 「だったら、前はどうして逃げたんですか。」

 

 湧き出る怒りを抑え、静かな口調で少女は少年に問う。普段の様子からは到底考えられないような威圧感が放たれる。それは隣に浮かぶ小さな竜からも同様だった。

 だが少年は全く動じない。常人ならば失禁してもおかしくない重圧を何処吹く風と受け流している。果たしてそれを可能としているのは幼き頃から虐げられてきた過去によるものか、それとも他人を傷つけることを厭わない心に住まう獣の影響か。

 

 「お前とその隣の竜を見た瞬間、突如として頭に強い痛みを感じたからだ。」

 

 再び始まったのであろう頭痛に顔をしかめながらも、少年は淡々と答える。少女を捉えるその瞳はこの森のように未だ光が灯っていない。

 その答えを聞いた少女は納得がいかなかったのか、顔に怒りの色を浮かばせた。以前にはなかった狂気を孕んだ覚悟が彼女に『追及』の選択肢を強要させる。しかし少女が口を開くよりも先に、少年が言葉を重ねる。

 

 「それと、俺からも質問を一つさせてもらおう。前にお前が言っていた『ソーヤ』とは誰のことだ?悪いが、今の俺にはこの世界以外の記憶が無いものでな。」

 

 時間が、止まった。微塵も想定していなかったであろう衝撃の事実に少女は目を見開き、驚愕の色を浮かべる。自分を愛していた者の記憶喪失、これが彼女の心をどれ程深く抉ったのかは想像に難くない。

 それでも少女は止まらない。この世界に迷い込んだ愛すべき人を連れ戻す、ただそれだけの為に彼女は今この場に立っているのだ。それを証明するかのように少女は腰から貧相な短剣を抜き、隣にいる小さな相棒に戦闘態勢に入るように指示する。

 

 「記憶が無くなってしまったのなら、私が思い出させます!全てを忘れてしまった貴方を私が好きになったソーヤさんに戻します!ソーヤさんは……私と一緒に現実に還るんです!!」

 

 「やれるものならやってみろ。そして……その狂った覚悟を込めた刃で俺の願いを叶えて見せろ!!」

 

 微かな狂気を宿した鈍い光を宿す黒の瞳と、目的という名の光を失った亡者の瞳が正面からお互いを捉える。彼らがこうして対峙している光景は、まるでもう一つの造られた世界で獣と化した少年とそれを止めようとした少女を想起させる。

 しかしあの時とは違って、此処にいるのは少年と少女の二人のみ。少女を援護する剣士の姿も、少年が狩る獲物の姿もありはしない。集中すべき対象は眼前に立つ者のみである。

 

 「ピナ、バブルブレス!」

 

 「きゅるるる!」

 

 少女の相棒である小さな竜から虹色をした泡が吐き出される。それが開戦の合図となった。

 至近距離で弾けて相手を怯ませる無数の泡を目を瞑って無効化した少年は、望んで得たわけではない物の一つである気配を感じる力で少女の位置を特定し、造られた片手剣で斬りかかる。

 対する少女もそのまま斬られるつもりなど毛頭無く、短剣を自分の一部のように振るってそれをいなす。弾けた火花が一瞬だけ両者の顔を照らした。

 攻撃をいなされ、態勢を崩しかけた少年は翅を使って無理矢理立て直すと同時に急旋回を行う。不要となった剣を捨て、新たに取り出した細剣で神速の突きを少女の背に向かって放つ。だがそれを竜が吐いた灼熱の炎が遮る。

 

 「……厄介なものだ。その竜さえいなければ、今ので忌々しい頭痛の種であるお前をコロせたというのに。」

 

 「それは褒め言葉として受け取っておきます。今度は私から行きますよ!」

 

 少女が短剣を突き出す。武器を取り出す時間がないと感じた少年は、咄嗟に掌に小さな盾を造り出してそれを掴む。かつて斬馬刀を容易く受けた彼の手にはがっちりと静止した短剣が握られていた。

 唯一の武器が防がれた少女は回し蹴りを放つが、短剣を離した少年に回避される。後ろに跳んだ少年は小さな針を造り出し、投擲する。肉眼で見ることが難しい速度で放たれた針だったが、彼女の眼は的確にそれを捉えて弾いてしまった。落ちた針は役目を終え、ポリゴン片となる。

 翅を鳴らし、勢いのベクトルを変えた少年が休む暇すら与えずに再度片手剣を振るう。少女は先程と同じ様にいなそうと襲い来る刃を短剣で受け流す。狙いがずれた片手剣は彼女の右側を通っていく。

 だがそれを読んでいたかのようにもう片方の手に隠されていた血濡れの短剣が牙を剥く。短剣での受け流しが追い付かないと感じた少女は、彼と同様にもう一つの手で少年の手首を掴む。両者の顔が光無しでも見えてしまう程に近づいた。

 現実とは似て非なるこの世界では力の差などは全てステータスで決まる。見た目が可憐な女の子が屈強な男を容易く押さえつけてしまうといった光景があってもおかしくはないのだ。

 二年間生きた異世界のデータをそのままこちらでも使っている少女は、そこらのプレイヤーとは比べ物にならない程の力を持っている。にも拘らずじわじわと押されているのは、ただ単純に少年の方がステータスが高いということに他ならない。彼もまた、同じ場所のデータを流用しているのだ。

 少しずつ、だが着実に切っ先が少女との距離を縮めていく。少年の凶刃が獲物に食らいつくのも時間の問題。しかし、少女には彼と出会う前から共に戦い続けた相棒がいる。

 

 「きゅるるる!」

 

 二人の僅かな隙間にいきなり割り込んだピナが少年に燃え盛るブレスを浴びせる。その炎と瞳には「何をやっているんだ、早く戻ってこい」と怒りを伝えているように感じられた。

 突然の奇襲に対処ができなかった少年はたまらず後退する。隣に浮かぶ緑色の棒は僅かに減少していた。これが少年が妖精の世界に迷い込んで以来、初めて受けた傷である。光を失い、亡者と化した少年の瞳に希望を見出したような光が宿った。

 それを見た少女は少年の記憶が戻ったのかと歓喜の色を顔に浮かべる。されど、彼に宿った光の正体は彼女が考えていたものとは違っていた。

 

 「ああ、見つけた。まさかこの忌々しい頭痛の種であるお前が俺の願いを叶える可能性がある者とはな。全く、これでは全力でコロし合いができないじゃないか。」

 

 「……一体何を言っているんですか?記憶が戻ったんじゃないんですか?」

 

 少年は再び痛み始めた頭を押さえながら、酷く歪んだ希望の光を灯した眼で少女を見つめる。少女もまた、短剣を構えたまま理解できない言葉を発した少年を見つめていた。

 

 「悪いが、記憶は戻ってはいない。ただやっと俺をコロすことができるかもしれない者に出会えたと言っただけだ。」

 

 「ソーヤさんを殺す?馬鹿なことを言わないでください。私は記憶を取り戻したソーヤさんを現実に連れ帰る為に此処に来たんです。」

 

 少女の目が鋭くなった。彼女の目も歪んだ覚悟から生まれる狂気に引っ張られ、少しずつ少年と同じものに近づいている。だがそのことに彼女自身は気づいていない。

 

 「私は絶対に貴方を殺しはしませんよ。その身体を縛ってでも絶対に連れて還ります。そうならないように早くソーヤさんに戻ってください!」

 

 「お前、若干愛に狂い始めているな。始めの時と言動が少し違っているぞ。」

 

 「そんなことはありません!私はただ、ソーヤさんと一緒に還りたいだけです!」

 

 地を蹴って接近した少女が逆手に持ち変えた短剣を下から斬り上げる。空気を裂きながら迫る刃は少年の造られた剣と衝突した。これが二人の幼い狂人による剣舞の幕開けとなる。

 少年のことを想うが故に愛に狂い始めた少女はその瞳に薄く赤を滲ませ、短剣を振るう。数多の武器が襲い掛かるが、彼女はそれを全て防ぐだけでなく攻撃にも転じている。それを可能としているのは間違いなく、援護射撃を行っている相棒によるものだろう。

 虐げられた過去から殺しに狂った少年は背後から無限に湧き出す武器庫から次々と剣を取り出し、血濡れた剣を煌めかせる。彼の力の特性上、剣を振る度に腕を後ろに回す為に隙が生まれる。だが、その隙を突くことが不可能な程に振るわれる速度が桁違いだった。

 甲高い金属音が辺りに連鎖的に響く。少年と少女はお互いに一歩も引かない。ただ相手に己の牙を届かせようと猛獣のように剣を振り続ける。そして何百回目かもわからない金属音が響いた瞬間、変化が訪れた。

 ガッシャァァァンと金属音とは異なる効果音が響く。それはこの世界で何かがポリゴン片となったことを示す音。その発生源は……少女の短剣だった。彼女が使っていた初期装備の短剣がこの狂人同士の戦闘に耐えられず、折れてしまったのだ。

 武器を失った少女は相棒のブレスに合わせ、いったん距離を取る。しかし撤退する素振りは見せず、拳を構えていた。

 

 「何故逃げない?お前は今、武器を失った。それでもまだ戦うつもりなら、蛮勇だと言わざるを得ないぞ。」

 

 「何で武器を失った程度で逃げないといけないのですか?私はソーヤさんを助け出すと決めたんです!」

 

 少年を見つめる少女の瞳に滲む赤が濃くなる。それは言わずもがな、彼女が決めた歪んだ覚悟から漏れ出る狂気が増したことを意味していた。

 愛に狂わされていく少女は丸腰であることを厭わずに駆けていき、拳を振るう。何の捻りも無く、愚直に突き出された拳に細剣の切っ先を突き刺そうとする少年。だが何を思ったのか、細剣を握っていた手を放してその拳を手の平で受け止めた。

 目を見開いた少女の腹に少年の蹴りが直撃する。しかし彼女は痛みを感じないかのようにもう片方の拳を構え、少年に殴りかかる。

 とうとう少女の瞳は完全に赤く染まった。解き放たれた獣に呑まれた時の少年のように煌々と光る瞳は焦点を失い、機械のように殴る動作を繰り返す。今の彼女に自我が残っているのかは定かではない。

 だがそれと同時に少年にも変化が現れていた。造り出された武器を一切抜くことはせず、繰り出される拳をさばき続けている。彼の瞳は少女と対照的にはっきりと少女を捉えていた。

 

 「アア……アァァァ!」

 

 愛に狂い、堕ちた少女はまともな言葉を発することすらも不可能になっていた。声にならない声を上げ、稚拙としか言い様の無い攻撃を繰り返す。最早、呑まれてしまった今の彼女に《竜使い》と呼ばれたあの時の姿は見る影もない。

 対する少年も大した反撃はせず、延々とその拳を受け止めているだけであった。こちらもまた《妖精殺し》などとは思えない程に悲しい顔をしている。彼はあの世界にいた時のような、儚い願いが叶うことを夢見る自分を押し殺しているような悲痛な顔を浮かべていた。

 

 「シリカ、こうして狂ってしまう程に俺のことを想っていて貰えていたとは思わなかった。俺は本当に幸せ者だよ。そしてわざわざ違う世界にまで助けに来てくれるなんて、本当に嬉しい。本音を言えば、その手を握ってずっと君の隣にいたい。でも俺にはもう還る場所なんてありはしないんだ。それに悲しいけど、俺達は現実でお互いのことを何も知らないから会うことも出来ない。そんな事、俺は耐えられない。だから……ごめんね。」

 

 少女の歪みながらも真っすぐだった想いは、名も無き亡者と化した少年を《ソーヤ》へと引き戻していた。記憶を取り戻した少年は自分にも言い聞かせるように謝罪の言葉を発して、行動を開始する。

 堕ちた少女の拳を避け、伸びきった腕を少年は蹴り上げる。それによって生まれた空間を瞬時に通って背後に回ると、水平に揃えた手を少女の首筋に叩き込む。とたんに彼女の身体から力が抜け、どさりと倒れた。

 少年は気を失った少女を抱き上げて近くの樹木にそっと下ろし、彼女の相棒を呼び寄せる。

 

 「……ピナ、シリカを守ってあげて。よろしくね。」

 

 「きゅるるる!」

 

 「『還ってこい』だって?……もしそれが可能だったら、俺もそうしたいさ。だけど、もう孤独に戻るのは耐えられないんだ。本当にごめん。」

 

 「きゅるるる!!」

 

 小さな竜の静止を振り切り、少年は真っ白な翅を鳴らして森の奥へと消えていく。その際に彼の目に涙が浮かんでいたことは、彼以外誰も気付くことはなかった。 



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第三十二話 冒険の準備

 今回会話文が多めになっています。

 それと執筆しながら思ったのですが、シリカが原作のイメージからどんどん離れていっている気がします……。


 ◇◆◇

 

 珪子の意識をシリカに移し、横になっていた身体を起き上がらせる。視界の端に浮かんでいる時刻表示に目をやると、キリトさん達との集合時間まで後少しとなっていた。

 昨日ソーヤさんと戦い、その途中で私は歪んだ覚悟から知らず知らずのうちに膨れ上がっていた狂気に呑まれてしまった。そして意識を取り戻したころには目の届くところに彼の姿はどこにもなく、樹木にもたれ掛かる私を心配そうに見つめるピナだけがいた。

 脳裏に瞳を真っ赤にした私であって私ではない何かがよぎり、それを振り払うように頭を振る。正気に戻ってから一気になだれ込んできた記憶はどれも思い出したくもないものだ。何の為にこの世界に来たのかも忘れ、ただ眼前の敵に攻撃を繰り出していたあの時の自分は断じて珪子でもシリカでもない。

 

 「ソーヤさん……。」

 

 無意識のうちに彼の名を呟く。これまでの思い出を失い、死に場所を探すだけの亡者となってしまっていた彼はどうやらあの戦闘で全部思い出したらしい。らしいというのは、ピナから聞いただけで私が実際に見たわけではないから。彼の記憶が戻ったのはもう一人の私と戦っていた時、つまり私が狂気に呑まれた後なのだ。

 全身を包む倦怠感に耐えられず、樹木に身体を預けながらそれを聞いたときはこれで彼と一緒に現実に還ることができると思った。しかしピナが続けた報告によってその観測はいとも簡単に崩れ去った。

 『還ることができるのならそうしたい』、『だが再び孤独に戻ることには耐えられない』。気絶した私を寝かせながら彼はそんな感じの事を言っていたらしい。つまり、記憶を取り戻した彼は還りたくても還れない状況下にあるということ。何故なら、彼は現実で再び孤独に戻ることを恐れているからだ。

 だからこそ私は彼にもう一度会って伝えならねばならない。現実に還っても貴方は孤独に逆戻りすることなどない、仮想世界でなくとも私が隣にいると。

 

 「おーい、いるかー?」

 

 不意にコンコンと扉が叩かれた音が私の意識を思考の海の中から引き戻させる。相当深く潜っていてしまっていたようだ。今行きますと返事をしてベッドから降り、扉を開ける。向こうで待っていた人は予想通り隣の部屋を取っていたキリトさんだった。

 

 「あの、キリトさん。此処はSAOじゃないので呼んでもログインしていない限り聞こえないと思います。」

 

 「あ、確かにそうだ。すまんすまん、それじゃ行こうぜ。」

 

 キリトさんと一緒に宿屋の一階へと降りると丁度入り口のスイングドアから昨日会ったシルフの人である、リーファさんが入ってきていた。向こうもこちらに気づいたようで手を振っている。彼女はいち早く世界樹の上に行かなければならないと告げた私達を連れて行くと公言した。どうしてそこまでしてくれるのかはわからない。

 

 「すいません、少し遅れました。」

 

 「いいや、そんなに待ってないよ。むしろこっちが買い物してたから遅れちゃったかもって思ってたんだ。」

 

 「あ、買い物か……俺達も色々と準備しないとな。この剣とか軽すぎるし。」

 

 キリトさんの言葉に私はウィンドウを開き、今一度自分の装備を見直す。防具は未だに簡素な初期装備のままであることに加え、耐久値もかなり減っていた。それに一番の問題は現在持っている武器が無いことである。このままでは素手で殴り合うことになってしまう。あの時の私ならともかく、今の私では心もとないのが事実だ。

 

 「道具とかは二人の分も買ってあるけど、やっぱりその装備じゃマズいと思うから武器屋行こっか。お金持ってる?」

 

 キリトさんもウィンドウを開き、ちらりと眺めると顔を引きつらせた。私もお金の部分に視線を移し、直後彼と同じように顔を引きつらせる。表示されていたのはゼロが二十個近く並んでいた数字だった。どうやらお金に関してもデータが流用されているようだ。

 

 「この《ユルド》ってやつか?」

 

 「そうそう。もしかして……ない?なければ貸すことも出来るけど。」

 

 「いや、あります。物凄く沢山あります。」

 

 「ならさっさと行こうか。私が案内するからついてきて。」

 

 「了解。ほら行くぞ、ユイ。」

 

 胸ポケットを覗き込んだキリトさんの声に反応して黒髪の小さな妖精がぴょこんと顔を出して眠そうに欠伸をする。それはよく見ればあの世界でキリトさんとアスナさんをパパ、ママと慕っていたユイちゃんだった。

 リーファさんが行きつけだという武器屋に入り、装備を物色する。防具類に関してはどれが良いのかわからなかった為、プレイヤーの店主さんやリーファさんからアドバイスを貰った。その結果、防御属性が強化されている紺の服と胸当てを購入した。

 続いて武器を選ぼうと陳列されている短剣を一通り振らせてもらうが、どれも自分にぴったりだと思えるものが見つからない。重さが少し軽かったり、刃渡りが長くて扱いにくかったりするのだ。それはキリトさんも同じようで、次々と片手剣を振るっては首を捻っていた。

 

 「……はぁ。中々見つからないなぁ……。」

 

 ため息をつきながら一足先に店を出て、何気なくウィンドウを開く。空白になっている武器欄をタップし、表示された所持装備一覧に目を通す。視界に映ったのは文字化けした羅列の数々。それらはもう一つの仮想世界で二年間育成した《シリカ》が持っていたアイテムの残滓だ。

 中には大切にしていたものもあるだろうが、今となっては何が何だかわからない。そのことに少しの憂いを帯びながら下へとスクロールしていく。意味を成さなくなった文字列が流れていく。だがその中に一つだけ形を保っているものが見え、指が止まった。

 指の下で発光している《パストラスト》の文字。何故この武器だけがという疑問など考える暇もなく、取り出しボタンを押す。滲むような光が浮かび上がり、私の手に一振りの短剣が現れた。それは彼からプレゼントされ、解放されたあの日までずっと使ってきた愛剣に間違いなかった。

 自分が扱うのに丁度よい重さを懐かしみながらウィンドウを操作して武器欄にセットする。すると腰に服と同じ様な色合いをした鞘が現れた。

 

 「あ、良いの見つかったんだ。浮かない顔で出て行っていたから心配したんだよ~。」

 

 突然声がした方を振り返ると、どうやら買い物を終えたらしいキリトさんとリーファさんが店から出てきた。結局どんな剣にしたのだろうとキリトさんに目を向ければ、彼は身の丈と同じぐらいの大きな剣を背負っている。あれはもう片手剣ではなく、両手剣の部類なんじゃないかと思ったのは内緒だ。

 

 「はい、この剣にしたんです。」

 

 手に持ったままだった愛剣を二人に見せる。元から持っていたと言うと色々と説明しなければいけなくなる為、買ったと嘘を吐くことにした。幸い、リーファさんは特に疑う素振りを見せずに《パストラスト》を見てうんうんと頷いている。

 キリトさんも隣からそれを覗いていたが、やはり見覚えがあったようでちらりと私に視線を移す。どうしてこれがあるんだと視線で問うてくる彼に、私もわからないと首を振った。

 

 「よし、それじゃ全員準備完了だね!これからしばらくよろしく!」

 

 「ああ、こちらこそ。」

 

 「よろしくお願いします!」

 

 突き出されたリーファさんの拳に私とキリトさんは拳をぶつける。そしてその上にユイちゃんを乗せたピナが降り立った。

 

 「頑張りましょう!目指すは世界樹の頂上です!」

 

 「きゅるるる!」

 

 

 ◇◆◇

 

 シルフ領である《スイルベーン》の街を少女達は進む。しかし進行方向は領地の外ではなく、街の中に建つ優美な塔に向けられている。それから歩くこと数分、例の塔の入り口に到着した。

 

 「あの、どうして塔に来たんですか?」

 

 「長距離を飛ぶときには高度を稼ぐ為に、塔の天辺から出発するの。ささ、早く行くよ。夜になっちゃう前に森は抜けておきたいからね。」

 

 少女の疑問に答えたリーファは二人の背中を押し、中へと入っていく。塔の一階は円の形をした広大なロビーになっており、周囲をぐるりと様々なショップが取り囲んでいた。中央には二基のエレベーターらしき機械が設置され、あの世界での転移門のように次々と妖精たちが取り込まれたり吐き出されたりしている。

 珍しげに周りを見渡す二人の腕を引っ張りながら丁度到着した片方のエレベーターに駆け込もうとした瞬間、急に傍らから現れた数人にプレイヤーに行く手を阻まれた。咄嗟に翅を広げ、どうにかぶつかる寸前で踏みとどまる。

 

 「ちょっと!危ないじゃない!」

 

 反射的に文句を言ったリーファの前には長身の男が立っていた。両脇に自身のパーティーメンバーを引きつれたその男は腕を組み、太い眉を吊り上げて口元をきつく結んでいる。その姿は傲慢の一言に尽きる。

 

 「あ、こんにちは、シグルド。」

 

 「リーファ、お前はパーティーから抜けるつもりか?」

 

 笑みを浮かべながら挨拶をしたリーファに応えることもせず、シグルドは己の質問を突き通す。その傲慢すぎる態度に嫌気がさしたのか、彼女はこくりと頷いた。

 

 「うん、まぁそんなとこ。」

 

 「勝手だな。お前は既に俺のパーティーの一員として名が通っている。そのお前が抜けてしまったのなら、こちらの顔に泥を塗られることになる。」

 

 「ちょ、勝手っt……」

 

 「リーファさんは貴方のアイテムじゃありません!」

 

 少女は後ろから飛び出してリーファの前に立つ。自分よりも大きな男を前にしても、少女は一歩も引く気配を見せない。

 死に危険が常に隣に付きまとっていたあの世界で少年と出会う前の少女はアイドルのような人気者だった。多くのパーティーから誘われ、その状況に自惚れてしまっていた。自分は必要とされている、自分は凄いんだと思ってしまっていたのだ。

 しかしそれは違っていたことを少年に気づかされた。少女の力を必要としていたパーティーは確かに存在したが、声を掛けていたうちの大多数は彼女を一種のステータスのように捉えていたり、酷いものでは身体目的で近づいてきていた者だっていた。

 自分に這いよる者たちを次々と蹴散らしながらそのことを少年に告げられた少女は、二度とこんなことにならないようにと戒めとして心に刻み込んだ。

 そんな過去を持っていた少女にはリーファのことを一種のステータスやアイテムのように見るシグルドが、かつて邪な考えを持ちながら自分をパーティーに引き入れようとした者達と重なって見えたのかもしれない。

 

 「何だと……?」

 

 「シリカの言う通りだ。他のプレイヤーをあんたの大事な剣やら鎧やらと同じ様に装備欄にロックしておくことは出来ないのさ。」

 

 「き、貴様ら……!!」

 

 少女の隣に立ったキリトのストレートな言葉にシグルドは顔を真っ赤にし、額に青筋を浮かべる。リーファを守るように立つ二人を怒りに満ちた目で睨む彼は、大きなマントをばさりと翻して剣の柄に手を掛けた。

 

 「スプリガンとケットシー風情がつけあがるな!どうせ貴様らは《レネゲイド》だろうが!!」

 

 「失礼なことを言わないで!この二人は私の新しいパーティーメンバーよ!!」

 

 広大なロビーに響くシグルドの叫びにリーファが叫び返す。彼女の返答に彼は浮かべていた憤りの色を残しながらも驚愕を露わにした。

 

 「リーファ、貴様は領地を捨てる気か……?」

 

 「……ええ、そうよ。私は此処を出るわ。」

 

 「……小虫が這いまわる程度ならば捨て置くつもりだったが、泥棒の真似事をされてはそれは不可能だな。のこのこと別種族の領地に踏み入るからには、斬られても文句は言えんぞ?」

 

 芝居がかったシグルドの台詞に肩をすくめるキリト。それを見た彼はもう我慢ならんとばかりに剣を抜き放ち、斬りかかる。背後にいたパーティーメンバーの静止の声も意識が怒りの色に染まり切ってしまった彼に届くことはなかった。

 シグルドの剣がキリト目掛けて振り下ろされる。しかし刃が到達する前に彼の視界が深紅に染まり、腹部に強い衝撃を受けた。それを自覚した頃には身体が壁に叩きつけられている。よろめきながら立ち上がって正面を見れば、口内の炎の残滓を払う小さな竜と自分を蹴り飛ばした足を降ろす少女の姿があった。

 

 「貴様、やりやがったn……」

 

 「他種族の領地内ではその種族を倒せないと聞いていましたが、どうやら衝撃は伝わるようですね。」

 

 怒りを加速させるシグルドの言葉を遮り、少女は一瞬で彼の前に移動する。そのあまりにも速すぎる速度に目を見開いた周囲のシルフ達だが、別に彼女は特別なことは一切していない。二年間育て上げたステータスにものを言わせて地を駆けただけなのだ。

 動揺が隠し切れずに動きが止まったシグルドの鳩尾に少女の拳が突き刺さる。シルフ領であるこの場所で他の種族がシルフのプレイヤーにダメージを与え、倒すことなど不可能だ。故に彼の横に浮かぶ緑のバーは一ドットも減らなかったが、その伝わった衝撃によって気絶してしまい、強制ログアウトされてしまった。

 シグルドという仮初の肉体を形作っていた光が散っていく様子を一瞥した少女はすたすたと彼女のパーティーメンバーの下へと戻る。

 

 「シリカ、お前最近どんどん過激化してないか?初めて出会った時は絶対にそんなんじゃなかったぞ。」

 

 「まぁ、その時から時間がかなり経ってますから。それに、ソーヤさんにも言われたんです。『言葉でどうにもならないクズ野郎なら黙らせた方が良い』って。」

 

 「よし、あいつが戻ってきたら一発殴るか。価値観の矯正をしておいた方が良さそうだ。……おーいリーファ、早く行こうぜ。」

 

 「あ、うん!」

 

 少女達は中央のエレベーターに向けて歩き出す。誰一人としてその道を邪魔する者はいない。それどころか、進行上にいた者達が彼女らを避けてしまっている始末である。可愛い顔してシルフ族の有名人を簡単に倒してしまった彼女を皆恐れてしまっているのだ。

 そんなことなど微塵も知らない少女は二人と共に丁度降りてきた円盤状の石に飛び乗り、最上階のボタンを押した。ぼんやりと光り始めた石が上昇を開始する。

 

 「あの……二人ともごめんね、変な事に巻き込んじゃって。それと、ありがとう。正直スカッとした。」

 

 「別に良いですよ。リーファさんだって理由も聞かずにこうして私達を世界樹に連れて行ってくれているんですから。」

 

 「そうそう、それにまたあのシグルドとかいう奴がちょっかいかけてきたら今度は俺がぶっ飛ばすから大丈夫だ。リーファは俺が守るよ。」

 

 キリトの言葉にリーファは一瞬頬を赤く染めたが、すぐに顔を背けてしまう。それを見た少女は「後でアスナさんに報告しようかな……」と小さく呟いた。

 やがて最上階に到着し、壁のガラスが音もなく開いた。差し込むのは日の光と心地よい風。そこは全方位が見渡せる展望台だった。

 

 「おお……凄い眺めだな。」

 

 「はい、手を伸ばせば空に届きそうです。」

 

 「そうでしょ。こうして空を見ているといろんな事が小さく思えてしまうんだ。」

 

 深い青が広がっている空を見つめるリーファは何処か遠い目をしている。だがすぐに何かを振り払うように首を振ると、背に生えた四枚の翅を展開して軽く震わせた。

 

 「二人とも、準備はいい?」

 

 「勿論だ。」

 

 「私もです!行きましょう!」

 

 少女とキリトも翅を広げ、リーファの両隣に並ぶ。そして小さな竜も自分を忘れるなとばかりに翼をはためかせて少女の横につく。

 次の瞬間、雲一つない青空に三匹の妖精が世界樹を見据えて塔の頂上から飛び立った。        



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第三十三話 ルグルー回廊へ

 ルグルー回廊での戦闘は次回となります。タイトル詐欺のようで、申し訳ありません。

 シリカ視点があと少し続きます。


 ◇◆◇

 

 少女達が翡翠の塔から飛び立ってどれ位の時間が経っただろうか。彼女らは今、シルフ領の北東に広がる《古森》の上を過ぎ去ろうとしていた。出発点だったスイルベーンの街など幾ら目の良いケットシーでも見えない程に遠ざかっている。

 前を行くキリトとリーファに遅れないようにしながらも、少女は少年を探すように下を向いて次々と流れていく景色を見ていた。彼女の最終目的地がキリト達と同じく世界樹であることは間違っていない。その上にも助け出すべき人がいるのだから。

 しかし少女が最も助けたい少年は中立地域の何処かにいる。世界樹の上に捕らわれているアスナとは違い、彼は《妖精殺し》として様々な場所に現れる。一度見逃せば次はいつ会えるのかもわからないのだ。

 

 「シリカ、攻撃が来てるぞ!」

 

 それ故に少年を探すことに意識の大半を割いていた少女は突然の奇襲に対応出来ず、慌てて迫っていた紫色をした光線をすれすれで回避する。キリトが彼女に声を掛けていなければ確実に直撃していただろう。

 生い茂る樹木の森から浮かび上がってきたのは五匹の羽をもったトカゲ。だがトカゲと言えども少女の相棒であるピナよりかは一回りも二回りも大きく、ドラゴンの幼体と表現するのが適切だと思われる大きさだった。

 やむなく少年を探すことを中断した少女は腰から彼から貰った愛剣を抜き放つ。因みにもう左手にコントローラーは存在していない。つい先程リーファからキリトと共に自分の力で翅を動かす《随意飛行》を教授され、物覚えの良かった彼女らはものの数分で習得してしまったのだ。

 五匹のトカゲ擬きはかつて少女とキリトが戦ったアインクラッド第七十五層のボスを想起させるような、自身の尾を使った攻撃を仕掛けてくる。

 それを少し横にずれることで回避した少女は未だ隣に存在している尾を切り裂く。切断された一つの尾がポリゴン片となり、一匹の悲鳴が木霊する。だがその悲鳴は彼女の相棒の追撃によって長くは続かなかった。

 仲間を殺されたトカゲ擬きは敵を討つべく、少女に狙いを定める。キリトやリーファを狙っていた尾も今度は彼女を貫かんと迫っていた。一つだけを気にしていれば、他のものに当たると思われる絶妙な間を保って突き出された尾を彼女は空中で器用に宙返りをして避ける。

 そして現在、トカゲ擬きと戦闘中なのは少女だけではない。狙われなくなったキリトとリーファは容易くトカゲ擬きに接近すると、己の得物を振るった。彼の巨剣に叩き斬られた一匹はその一撃だけで自らをポリゴン片とし、彼女の流れるような剣裁きで刻まれた別の一匹は羽を失って墜落していく。

 残った二匹は少女の短剣によって初めに殺された一匹と同様に尾を切断される。遠距離の攻撃手段を失った二匹は紫色の一つ目から光線を放つ。それは少年を探すことに躍起になっていた少女を奇襲したもの。

 

 「ピナ、ファイヤーブレス!!」

 

 「きゅるるる!」

 

 少女の隣に浮かぶピナから吐き出された灼熱の炎が二つの光線とぶつかり合い、相殺する。その光景を目の当たりにしたリーファは驚愕の表情を浮かべた。当然のことだろう、彼女がこれまでこの妖精の世界で見てきた中で魔法をブレスで迎え撃って防ぐようなことは前代未聞だからだ。

 それはトカゲ擬きも同じようで、顔に驚きの色を浮かべて動きが一瞬止めてしまう。その隙を逃すような少女ではない。翅を鳴らして急接近し、二匹の首を逆手に持った短剣で刈り取る。ポリゴン片が弾ける効果音が二度響いた。

 終わったかと短剣を腰の鞘に戻そうとした少女の耳にがさがさと木々を割く音が届く。下を見れば、リーファが叩き落とした最後の一匹が負傷した身体を引きずって逃走しようとしていた。

 だがそれも叶うこと無くリーファが放った魔法の刃によって斬殺され、仲間の後を追うこととなった。

 

 「お疲れ様です!」

 

 「お疲れ様、今回はシリカが大活躍だったな。」

 

 「確かに。相手の魔法を使い魔の攻撃で相殺するなんて初めて見たわ。それにしても、本当二人とも戦い方が無茶苦茶ねぇ。」

 

 リーファの言葉に頭をかく少女とキリト。魔法など存在しない剣の世界で二年間培われた二人の基本的な戦闘スタイルはこの世界にとって異色なものらしい。

 

 「あはは……んじゃ、先を急ごうぜ。」

 

 「随分頑張るね~。でも、此処で空の旅は一旦おしまいだよ。」

 

 「え?どういうことですか?」

 

 「あれがあるからよ。」

 

 少女の疑問に答えるように、リーファは視界の先に聳え立つ大きな山を指差す。

 

 「あの山の標高が限界高度を上回っているから、翅で飛んで行くことができないの。だから、中にある洞窟を通って山越えしないといけないわけ。」

 

 「洞窟か、それって長い?」

 

 「うん、とっても長い。一応途中に中立の鉱山都市があるから、そこで休めるけど……二人とも時間はまだ大丈夫?」

 

 少女とキリトは左手を振ってウィンドウを開く。表示されていた時刻は午後七時を指していた。

 

 「今は夜の七時か。俺は平気だよ。」

 

 「私もまだいけます。」

 

 「それじゃ、もうちょっと頑張ろう。それと此処で、一旦ローテアウトしておこうか。」

 

 「「ローテアウト?」」

 

 首を揃って傾げる初心者の二人。二年間これまでとは異なる現実にいた影響でオンラインゲームの専門用語に詳しい筈なのだが、その言葉は初耳だったようだ。

 

 「ああ、文字通り交代でログアウトして休憩することだよ。私達が今いる場所は中立地域だから、すぐに出れないの。だからかわりばんこで残った人が空っぽのアバターを守るんだよ。」

 

 「成程な、了解。お先にリーファからどうぞ。あ、シリカも先に休んでいいぞ。」

 

 「え、何か不安。悪いけどシリカちゃん残ってくれない?」

 

 「はい、わかりました。もしキリトさんが何かしようとしたらピナのブレスを浴びせてやります!」

 

 「俺ってそんなに信用無かったんだな……。」

 

 自分の信用の無さにショックを受け、四つん這いになって打ちひしがれるキリトを尻目にリーファはウィンドウを出してログアウトボタンを押した。

 

 

 ◇◆◇

 

 リーファさんがウィンドウを操作し終えると同時に、彼女の体が機械のように勝手に動いて片膝立ちの姿勢を取った。恐らくログアウトが完了したのだろう。それを確認したキリトさんは寝転がり、ポケットから緑色のストローらしきものを取り出して吸い始めた。

 

 「キリトさん、それは?」

 

 「雑貨屋で見つけたもんなんだが、なんでもスイルベーン特産らしいぜ。」

 

 シリカも吸ってみるか、と新しくもう一本取り出して投げ渡されたそれを受けとる。そしてピナを抱きかかえながらキリトさんの隣に腰を下ろすと、ストローの端を咥えた。一息吸えば、甘い薄荷のような香りがする空気が口の中に広がる。

 それからしばらくの間、私達は無言でただひたすら緑のストローを吸っていた。ふと眼を前に向けてみれば入り組んだ樹木が視界いっぱいに写る。その光景は私が初めてソーヤさんと再会を果たした時のことを思い出させる。

 あの時、私を拒絶するように飛び去っていった彼を見てどうすれば良いのかわからなくなってしまった。一度だけ、助け出すことを諦めたことがあった。心が折れたこともあった。歪んだ覚悟を決め、そこから生まれた狂気に呑まれたことだってある。

 しかし様々な紆余曲折を経て私はまだ彼を助け出す為に此処にいる。もう孤独に戻らないと伝える為に此処にいる。

 

 「きゅるるる!」

 

 私の心の声が漏れていたのか、それとも読んだのかピナが『今度こそあのバカを連れ戻すぞ』と言って力強く鳴いた。そんな相棒の姿が本当に頼もしく感じて、小さな身体を包むふわふわな毛並みを撫でる。

 それはそうと、ピナはソーヤさんと関わるようになってから随分と性格が変わったように感じる。彼と出会う前は『バカ』なんて言葉は使わなかったし、こんな口調ではなかった。ピナは自分の子供ではないが全く、誰に似たんだか。

 

 「シリカ、じっと向こうを見てどうしたんだ?」

 

 「あ、キリトさん。ちょっとソーヤさんのことを考えていただけですよ。」

 

 寝転がったまま首だけをこちらに向けたキリトさんの疑問に答える。

 彼が今何処で何をしているのか知る術を私は持っていない。だが、彼は還りたいという思いを押し殺しながらこの世界を彷徨っていることだけはわかる。だからそれは違っていると伝える必要があるのだ。一緒に還ろうと言ってやらねばならないのだ。

 自然と手に力が入り、不意にその手に他の人の手が重ねられる。視線を動かすとキリトさんだった。彼の胸ポケットから飛び出したユイちゃんもこちらを見ている。

 

 「そう気張るな。俺はアスナだけじゃなく、ソーヤも助けるためにこの世界にログインしている。シリカがあいつを助けるときは俺もできる限り手伝うつもりだ。だから、俺がアスナを助けるときはシリカも手伝ってくれないか?」

 

 「そうです!シリカさんにはパパが付いています!あ、でもパパに惚れないでくださいね!!パパにはママがいますから!!」

 

 「大丈夫だよ、私が好きなのはソーヤさんだけだから。それと、ありがとうございます。それじゃあ存分に頼らせてもらいますね!」

 

 「何々?何の話をしていたの?」

 

 突然背後から声を掛けられ、肩が跳ね上がる。振り返ると再びログインしたリーファさんが立っていた。ウィンドウを開いて時計を見ると、だいたいニ十分が経過している。

 

 「ちょっと昔話をな。」

 

 「ふーん、二人は付き合い長いんだね~。ところで……それ何?」

 

 リーファさんは私達が咥えている緑色のストローを見つめている。確かキリトさんはスイルベーン特産と言っていた。スイルベーンはシルフ領だったのでシルフのリーファさんも知っていておかしくはないのだが……そう思いながら説明をするとリーファさんは知らないと答えた。もしかすると、知る人ぞ知る隠れた名産品なのかもしれない。

 それを聞いたキリトさんはまだ中身が残っているそれをひょいと投げ渡す。本当に彼は鈍感だ。リーファさんと間接キスになることに気づいていない。あの世界にいた頃、キリトさんが鈍感すぎるとアスナさんに愚痴られた時の記憶が蘇る。

 顔を真っ赤にしたリーファさんがストローの端を咥えたことを確認したキリトさんはウィンドウを操作してログアウトした。魂が抜けた彼の仮初の肉体が自動的に片膝立ちになる。

 

 「それじゃあ、お願いします。急いで戻りますから。」

 

 「そんなに急がなくて良いよ。二人のアバターはちゃんと守るから。」

 

 「ありがとうございます。」

 

 開いたままだったウィンドウを操作してメニューの一番下にあるログアウトボタンに触れる。続いて表示されたフィールドでは即時ログアウトができませんが云々かんぬんと書かれた警告メッセージを無視して丸いボタンを押した。

 

 

 ◇◆◇

 

 現実の世界に還ってきた少女は軽くシャワーを浴び、母親が作り置きしてくれていた夕食を普段の倍の速度で平らげる。空になった食器を運んでいるとキッチンに置かれた一枚の紙が目に入った。『珪子へ』と書かれているのを見るに、どうも彼女に宛てたものだろう。

 食器を全て洗浄機の中に放り込んだ少女はその紙を手に取る。そこには『お父さんにも事情は伝えてあるから安心しなさい。あと、お父さんも我が娘を貰うに足るか気になるから早く会わせてくれって言ってたよ。良かったわね。』と書かれていた。

 少女は顔を赤く染め、奇声を上げながら近くのゴミ箱にその紙をぐしゃぐしゃにして投げ捨てる。母親の破天荒さに今日も振り回される娘であった。

 火照る顔を手で扇ぎながら自室に戻った少女はベッドに横になり、かつて自分を別世界に閉じ込めた悪魔の機械を被る。そこにもう躊躇いなど存在しなかった。

 

 「リンク・スタート!」

 

 視界が完全な黒に染まり、少女の意識は虹色のリングを潜って再度もう一つの自分の肉体へと入り込む。木々の間を通る風を感じながら立ち上がった少女は閉じていた瞼を上げた。

 

 「ただいま戻りました……って一体何があったんですか?」

 

 妖精の世界に舞い戻った少女の前ではユイに話しかけられているキリトと、更に顔を赤くしながら慌ててその言葉を遮るように大声を上げるリーファの姿があった。

 

 「あ、シリカさんもお帰りなさいです。今、リーファさんと話をしていたのd……」

 

 「うわぁぁぁ!!シリカちゃんも何でもないから聞かないでぇぇぇ!!」

 

 キリトの肩に乗っていたユイが小さな翅を動かしながら少女の下へと移動し、内容を話そうとした瞬間、またもやリーファが言葉を被せる。少女は何があったのかキリトに視線で問うが、彼も知らないと首を振った。

 

 「さ、早く行こう!あんまり遅くなるとログアウトするのが大変になるから!」

 

 早口で捲し立てるリーファを見た少女達は皆揃って首を傾げる。彼女はその反応も構わずに翅を展開し、軽く震わせた。少女も続くように翅を広げるが、キリトは警戒を露にした顔で後ろを振り返る。

 

 「……キリトさん、どうかしましたか?」

 

 「誰に見られてる感じがするんだ。ユイ、近くにプレイヤーの反応はあるか?」

 

 「少し奥に数十人の反応がありまs……あ、一気に一人まで減りました。恐らくですが、別々の種族が戦っていたのではないかと思われます。それと残った一人は何処か遠くに行きました。現在近くに反応はありません。」

 

 キリトに肩に乗る小さな妖精はふるふると首を振る。しかし彼はまだ納得がいかないと言うような顔をして、これまで進んできた方を睨む。

 

 「見られてる感じか……もしかするとトレーサーが付いているのかも。」

 

 「トレーサー?何だそれは?」

 

 またしても聞き慣れない単語が飛び出し、この世界に来て久しくはない少女とキリトは疑問符を浮かべる。

 

 「トレーサーっていうのは追跡型の魔法なんだ。だいたいは小さい使い魔の姿をしていて、術者に追いかけている人の居場所を教えてくれるものだね。」

 

 「凄い便利ですね。でも解除ってできるんですか?」

 

 「一応そのトレーサーを見つけて潰せばできるけど、こんなごちゃごちゃした場所じゃ無理かな。まぁキリト君の気のせいかもしれないし、先を急ぐとしよう!」

 

 「そうですね!もし仮に後を付けられていたとしても、見つけ次第倒せば良いですもんね!」

 

 「おいシリカ、ソーヤの価値観に引っ張られ過ぎだ!何でも倒せば良いとか考えないでくれ!」

 

 そんなことを話しながら三人は展開した翅を鳴らして浮き上がった。視界いっぱいに広がる雪山のような山脈は立ちはだかる壁の如く聳え立っている。そしてその中央にはぽっかりと巨大な穴が口を開けており、不吉な冷気を吐き出し続けている。

 少女達は翅に力を入れて加速し、僅か数分の飛行で洞窟の入り口にまで到着した。周囲を不気味な悪魔の彫刻で飾られたその入り口の上部中央には一回り大きい悪魔の彫刻が彼女らを見下ろしている。

 

 「この洞窟に名前はあるんですか?」

 

 「うん、《ルグルー回廊》。因みにルグルーってのが都市の名前だね。」

 

 「確か大きな悪魔に襲われるファンタジー映画の題名も同じでしたよね。……まぁ全部倒せば大丈夫ですね。」

 

 「頼む、ソーヤ。早く戻ってきてくれ。そんで早く価値観の矯正をしてくれ。でないとシリカが脳筋思考に染まってしまう。」

 

 「キリト君、何してるの?早く行くよー。」

 

 「おう、今行くぞ。」

 

 既に洞窟に入っていた少女とリーファを追うようにキリトも中へと歩きだした。かくして、三つの影と二つの小さな影は暗い闇の中に消えていった。

           



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第三十四話 黒い悪魔と白い殺戮者

 やや投稿が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。

 ですが、失踪だけはしないようにしたいと思いますので、これからもよろしくお願いいたします。


 ◇◆◇

 

 不気味な悪魔が掘られた入り口を通って少女達は洞窟の中に入る。中はひんやりとした空気に包まれており、少し奥に進めば差し込んでいた光も次第に薄れて視界を黒が染め上げた。

 

 「そういえばキリト君、魔法スキルとかって上げてるの?」

 

 少女とピナの先を歩くリーファが隣を歩いていたキリトに問う。彼女が言うには、彼が選択しているスプリガンは探索などを得意としている種族で、灯りを点す魔法があるそうだ。

 しかしキリトは頭をかきながら胸ポケットにいる小さな妖精、ユイに助けを乞う。その向こう見ずさに呆れる娘がゆっくりと読み上げたスペルワードを父親は覚束ない口調で読み上げた。

 キリトの手から仄白い光が広がり、少女達を包んでいく。それと同時に黒しか見えなかった彼女らの視界が一気に光を取り込んで明るくなった。恐らくだが、対象の者全員に暗視能力を付与するものなのだろう。

 

 「おお~!スプリガンのしょっぼい魔法も捨てたものじゃないね!」

 

 「おい、何だその言い方は。傷つくなぁ。」

 

 「キリトさん……弱い魔法でも、使い道はきっとありますから!」

 

 「やめてくれ、余計に傷つくから。」

 

 リーファの言葉に落ち込んだキリトを励ますつもりの少女だったが、逆効果だったらしい。

 それから少女達は曲がりくねった洞窟を鉱山都市目指して進み続けた。途中で何度か戦闘があったが三人とピナの連携で難なく切り抜け、現在は今日の目的地の近くにある地底湖に架かる橋がもう少しで見えてくるところにいる。

 一体どれだけの時間がかかったのだろうかと気になった少女は左手を振ってウィンドウを出す。表示された時刻を見れば、洞窟に入って約二時間が経過していた。

 

 「えっと……アール・デナ・レ、レイ……あっ!」

 

 キリトがたどたどしく呟いたスペルワードをシステムが読み取れなかったのだろう、彼の周囲に浮かんでいた文字列がボンッという効果音と共に弾けた。

 

 「ダメダメ。そんなにつっかえたら失敗しちゃうよ。機械的に記憶しようとするんじゃなくて、ちゃんと意味を覚えて魔法の効果と関連させて記憶しないと。」

 

 「なんでゲームの中で勉強紛いなことをしなくちゃならないんだ……。」

 

 ぶつぶつ文句を垂れながらも、キリトは再び魔法の詠唱を始める。しかしまたしても入力に失敗し、文字列がボンッと爆発してしまった。

 

 「……もう嫌だ。俺、ピュアファイターで良いよ……。」

 

 「泣き言いわない!ほら、もう一回!」

 

 鬼教師と化したリーファに逆らえないキリトは歩みを進めながら詠唱を読み上げる。だがそのどれもが失敗となり、規則的な爆発音が洞窟に響く。

 もう止めたいと心から願うキリトだが、最早鬼ですら逃げ出してしまう程の表情で彼を睨むリーファがそれを許さない。因みに後ろを歩く少女は彼女の般若を思わせる顔に恐怖し、相棒を腕に抱きながら震えている。

 そしてこの地獄は数分間続き、そろそろキリトの心が折れてしまいそうになった時に救いの手が舞い降りた。

 

 「ほらほら、諦めないの!さぁもう一k……あ、メッセージが入った。ちょっと待ってて。」

 

 「ああ、誰だか知らんがありがとう……。」

 

 一度立ち止まったリーファはウィンドウを開き、送られて来たメッセージを確認する。それに目を通した彼女は内容を理解しようと頭を回転させた。それ程までに意味不明な内容のものが送られてきたのだ。

 

 「リーファさん、どうしたんですか?」

 

 不思議そうな顔を浮かべる少女に、リーファは二人に可視化したメッセージを見せようとする。その瞬間、少女の相棒が声を上げ、キリトの胸ポケットからユイが飛び出した。

 

 「きゅるるる!!」

 

 「キリトさん、リーファさん、何かモンスターが近づいて来ています!」

 

 「いえ、シリカさん、これはプレイヤーです!それも十人を超える大人数です!」

 

 「じゅっ……!!」

 

 迫りくるプレイヤーの数に絶句するリーファ。だが、こうしている間にも正体不明の者達が近づいてくる。

 

 「ちょっと嫌な予感がするから隠れない?一応、隠れる為の魔法は持っているから。」

 

 「あの……リーファさん、もう手遅れみたいです。」

 

 少女が指差す先の道から赤い妖精の姿が見え始めた。例え今から魔法を使って隠れたとしても、あっさり見つかってしまうのが落ちである。

 小さく舌打ちをしたリーファは街に向かって走り出す。その後ろを少女とキリトが追いかける。こちらの速度が向こうを上回っている為、少しずつ差が開いていく。

 このままいけば逃げきれる……そう考えていたリーファだったが、突如激しい轟音と共に現れた岩壁に行く手を遮られる。キリトが剣を振るうも、褐色色の岩の壁には傷一つつかない。

 

 「これって破壊できるか?」

 

 「攻撃魔法を沢山打ち込めば一応可能だけど、今回はそんな時間なんて無いよ。」

 

 「それじゃあ、戦うしかないですね。」

 

 腰から短剣を抜いて構える少女の前には総勢十二人のサラマンダーの姿。前衛が盾を持ったプレイヤーで固められ、後衛にローブを装備した魔法専門と思われる者が隠れている。

 その陣形は昨日シルフの者が少年を刈ることを目的として組んだものと酷似していた。つまり、物理攻撃に特化した敵を仕留める為のフォーメーションである。しかしその事をキリトは知らない。

 

 「すまないが……二人は回復役に回ってくれないか?そっちの方が俺は思いきって戦えるからさ。」

 

 ぽんと肩に手を置かれた少女はキリトの武器を改めて見やる。彼が持つのは両手剣サイズの大剣、これを味方に気遣いながら狭い洞窟の中で振るうことは至難の技だろう。

 少女は短剣を戻すと、リーファを連れて岩壁の近くまで退いた。向こうがいつ魔法を放ってくるか予想できない故に、言葉を交わす時間すら存在しない。

 腰を落とし、突撃の構えを取ったキリトは地を蹴って両刃の大剣を橫薙ぎに叩きつけた。金属同士がぶつかり、洞窟内に大音響が轟く。

 前衛の者達は衝撃によって約一割体力が減少したが、後衛が発動した回復魔法によって全快する。それに続けて火の玉が盾の後ろから弧を引きながらキリトに襲い掛かった。

 

 「キリト君!」

 

 悲鳴にも似た叫び声をあげながらもリーファは回復魔法を唱え、少女は相棒に命じて癒しの効果を持つブレスを放たせる。

 二人の回復を受け、体力が完全回復したキリトは再び大剣を構えて突撃を強行する。自分が不利な状況にも関わらず、対抗手段を考えずに何度も突撃する。

 キリトの剣は全て防がれ、その度に手痛い反撃を受ける。少女達も回復魔法や癒しのブレスを重ねるが、とうとうペースが追い付かなくなってきた。

 

 「もういいよキリト君!またスイルベーンから何時間か飛んで戻ってくればそれで済むじゃない!失ったアイテムもまた買えば大丈夫……だから、もう諦めようよ……。」

 

 「絶対、嫌だ!」

 

 数歩走り寄ったリーファの叫びをキリトがかき消す。燃え上がる紅蓮の中に立つ彼の目は赤く輝いていた。今までに見たことの無い抗いの意志が渦巻くその瞳に彼女は引き込まれる。

 

 「……ぁぁぁぁぁぁああああああ!!」

 

 キリトが吼え、びりびりと空気が振動する。放たれた圧力にサラマンダー達がたじろぎ、一瞬だけ飛来する攻撃魔法が途切れた。

 

 「シリカさん、少しだけ相手の気を引いてくれませんか?後はパパがなんとかしますから!」

 

 声がした方に少女が目を向ければ、いつの間にか近くに来ていたユイの姿があった。彼女もまた、父親と同じ瞳をしている。

 

 「キリトさんに何か秘策があるんですね!それぐらい任せてください!ピナ、行くよ!」

 

 少女は短剣を抜き放ち、相棒を連れて並べられた盾の壁へと突撃を敢行する。そして異常なステータスにものを言わせて盾の壁を飛び越えると、目についた敵に次々と短剣を振るった。突然の奇襲に慌てたサラマンダー達は標的を少女に変えざるを得ない。

 

 「パパ、今です!」

 

 少女のおかげで狙われなくなったキリトは剣を掲げ、魔法の詠唱を始める。朗々と読み上げられる彼の言葉がシステムに読み込まれていき、やがて無数の文字列が一つのものになった。その瞬間、漆黒の煙が吹き出す。その中から現れたのは……

 

 「ゴアアァァァ!!」

 

全身が真っ黒の悪魔だった。その姿はかつてキリトが戦った青の悪魔を想起させるようなもので、盛り上がった筋肉に包まれた肉体に山羊の頭が乗っている。

 悪魔の赤い瞳が乱戦を繰り広げる少女とサラマンダー達を捉え、再び雄叫びを上げた。文字通り洞窟内が震え、天井からぱらぱらと破片が落ちてくる。

 

 「あれが、キリトさん?……って早く逃げないと私も巻き込まれる!ピナ、バブルブレス!!」

 

 「きゅるるる!」

 

 キリトの変貌に魂を抜かれたように動きを止めていた少女は咄嗟に我に戻り、相棒に幻惑効果のブレスを命じる。虹色の泡が弾け、迫っていた一人のサラマンダーの動きが止まった。その隙に彼女は離脱する。

 そして少女の相棒のブレスによって奪われた視界が回復したサラマンダーは彼女を探すように周囲を見渡して……黒い悪魔とばっちり眼が合ってしまった。

 

 「ひ、ひぃ!!」

 

 その者は恐怖のあまり後ずさる。思考などろくに回らず、ただ目の前の怪物を恐れるばかりの獲物に成り下がった赤の妖精は次の瞬間、胴を貫かれていた。

 重武装で固めても無駄だと言わんばかりに鎧ごと貫いた悪魔の爪はいとも容易く全ての体力を一撃で刈り取り、その姿は一瞬でかき消されるように消滅する。

 

 「「「うわぁぁぁ!?」」」

 

 仲間がたったの一撃で殺されてしまった光景を目にした他のサラマンダー達は恐慌の叫びを上げる。指揮系統は乱れ、魔法を唱える者など一人としていない。

 そこからは黒い悪魔の独壇場だった。丸太と見間違う腕を振るってぼろ雑巾のように吹き飛ばし、致死の威力を誇る鍵爪で次々と仕留めていく。一言でこの状況を表すならば『蹂躙劇』が適切だろう。

 

 「ゴアアァァァ!!」

 

 サラマンダーという名の獲物達の悲鳴をかき消すように、三度悪魔の雄叫びが洞窟に木霊した。

 

 

 ◇◆◇

 

 洞窟内で黒い悪魔が一方的な虐殺を繰り広げている頃、その近くの森でもまた別の蹂躙劇が行われていた。

 

 「クソッ!《妖精殺し》ってこんなに好戦的じゃなかった筈だろ!!」

 

 悪態をつきながら一匹の妖精が片手剣を振るう。しかしそれは簡単に素手で掴まれた。それだけにとどまらず掴んだ手に力が込められていく。火花が散り、片手剣が悲鳴を上げ始める。

 得物を取り返そうと妖精が懸命に引っ張るが、片手剣はシステムによって存在の座標を固定されているかのようにぴくりとも動かない。

 このまま膠着が長引くかと思われたが、後ろに控えていた妖精が魔法を唱える。生み出された巨大な火の玉は二匹の妖精を飲み込んだ直後、大爆発を起こした。

 

 「はぁ……はぁ……あの魔法をモロに食らえば、流石のアイツもくたばったでs……。」

 

 反動からか、肩を上下させながら荒い息を繰り返していた妖精は目の前の光景が信じられずに言葉を失う。その視界には燃え盛る炎の中、無傷で立っていた白いナニカが写っていた。

 

 「……味方もろとも撃つとは想定外だった。だが、その程度じゃ俺は殺せない、死ねないんだ。」

 

 周囲の炎によって照らされたその赤と黒の瞳は真っ直ぐに魔法を放った妖精を捉える。絶対的な捕食者が放つ威圧感に気圧され、膝が笑いだした餌は最早まともに直立することすらままならない。

 

 「……弱い、弱いんだ。俺が欲しい最後の物は、俺を殺せる者だけだ。」

 

 「ひぃ!!」

 

 翅を広げ、背から一振りの細剣を取り出した捕食者は悲鳴を上げるだけの置物となった餌を刺し殺す。欠陥品となって捨てられた細剣と、全身に風穴を空けられた妖精が散る瞬間は奇しくも同時だった。

 燃え盛る炎は勢いを増し、より明るく周囲を照らす。浮かび上がったのは無数の小さな炎。それも十や二十ではない。ざっと数えるだけでもゆうに百は越えていた。

 しかもこの炎は数分で消える性質がある。つまりたった数分で百以上の妖精達を葬ったということだ。まさに殺戮者、《妖精殺し》の名に恥じない暴れっぷりである。

 だが殺戮者は最後に望む者を見つける為に、新たな標的を探して生い茂る森を見渡す。そして白い殺戮者の眼がある一点で止まった。

 

 「見つけた。数は……四か。あまり期待はできないが、行くとするか。」

 

 無色透明な翅を鳴らして背後から接近すると、最後尾にいた一匹をものの数秒で切り刻む。悲鳴と効果音が響き、残りの三匹が振り返って殺戮者の姿を捉えた。突如現れた死神に妖精達の顔は恐怖に染まる。

 

 「……またサラマンダーか。」

 

 「出たな《妖精殺し》ぃぃぃ!!」

 

 一匹が恐怖を圧し殺して両手剣で斬りかかる。圧倒的な物量で殺戮者を叩ききるかと思われたそれは、剣の腹を蹴り上げられて回りながら宙へと飛ぶ。

 赤い妖精は思わず視線を上へと向けてしまった。それが命取りとなる。奴の姿が見えないと思った頃には眉間を真っ白な矢で射抜かれて死んでいた。これで残るは二匹。

 

 「……そうだ。」

 

 弓を捨てながら殺戮者は何かを思い付いたように呟いた。それが獲物にとっては更に恐怖を加速させるものとなり、二匹はただ震えているだけの物体と化す。

 背後で円を描く武器を消し、瞳も黒一色に戻った殺戮者は丸腰の状態で二匹の下へと歩み寄っていく。それはあまりにも不気味な光景だ。

 

 「……一つ質問があるんだが、良いか?」

 

 「は、はいぃ!な、何でしょう!?」

 

 返事した赤い妖精は恐怖のあまりに声が上擦っていた。隣でその者の影に隠れる一匹は幼い子どものように目をつぶって耳を塞いでいる。

 

 「この世界で一番強い者は……誰だ?何処にいる?」

 

 「え、ええっと……おお恐らくユージーン将軍だとと思われまます。い、今は……《蝶の谷》という場所にに向かってている筈でです。」

 

 不可視の鎖に縛られ、動くという選択肢を潰された妖精は震えながらも質問に答える。「……ユージーン将軍という者か。」と最強の称号を持つ妖精の名を確認した殺戮者はお前はもう用無しだとばかりに背を向け、永久に飛行が可能な翅を展開して浮き上がった。

 左手を振り下ろしてメニューを開き、マップで《蝶の谷》の位置を確認した殺戮者はその方角に向かって最大速度で飛んでいく。

 一度記憶を失った殺戮者だが、はっきり言って記憶が有ろうが無かろうが目的は変わらない。この迷い込んだ妖精の世界で自身の命を散らし、永久に意識を閉ざすこと。それだけの為に彼は動いている。

 そうする理由は至って単純、自身を孤独から救ってくれた恩人がいない世界など必要無いからだ。

 幼き頃から裏切られ続けた彼は孤独に戻る痛みを嫌という程に知っている。故に恩人を失って何度目かもわからない一人に戻る時、その痛みに耐えられないことを理解している。現に今も、少しずつだが彼の心は削られている。

 彼にとっては、あの鋼鉄の城での二年間こそが現実だといえる。多くの友人と出会えたあの世界こそが本物なのだ。

 だから彼は、新原創也はその生涯を一刻も早く終えようとする。現実世界でずっと帰還を待ち望んでいる人がいることを知らないままに……。 



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第三十五話 叶わぬ願い

 かなり遅くなりましたが、お気に入り登録百名様突破ありがとうございます!

 これからもこの作品をよろしくお願いします!


 ◇◆◇

 

 「そういえばさ……確かリーファにメッセージが届いてなかったか?結局それは何だったんだ?」

 

 鉱山都市に無事到着し、近くにあった武器屋で陳列された長剣を眺めていたリーファにキリトが問うた。

 サラマンダー達に追い付かれる直前にリーファに届いた一つのメッセージ。その存在を完璧に忘れていた彼女は慌ててウィンドウを開いて改めて眼を走らせるが、やはり全く意味が理解できない。文末を見る限り、途中で切れたようにも感じられるが、それにしては続きが届く気配などない。

 最早暗号と言っても差し支えない文章を見ながらリーファは首を傾げ、うむむと考え込む。その様子が気になったのか、少女が彼女の肩を叩いた。

 

 「リーファさん、どうかしたんですか?」

 

 「いや、届いたメッセージの意味がさっぱり読み取れなくてね……。仕方ないけど、向こうで聞いてくるね。一応送り手の人とは現実でも知り合いだから。」

 

 そう言ってリーファは開いたままのウィンドウを操作して一旦ログアウトし、手に取った携帯端末で連絡を取った。数回のコール音の後、耳元に寄せた携帯から聞き慣れた声が聞こえた。

 そして告げられたのは衝撃の事実。彼女の元パーティーリーダーであるシグルドが随分前から種族を裏切っていたこと。そして、一時から行われるケットシーとの会談がサラマンダーの大部隊に襲われること。

 現在時刻は十二時を回り、長針が四の部分を指している。残された時間は四十分しかない。 

 しかしこの僅かな時間でどうにかして警告しに行かなければ確実に領主が討たれてしまう。それだけは絶対に避けなければならない。

 これから自分がやるべきことを確認したリーファは再度ログインするなり勢い良く立ち上がって、驚いた顔をこちらに向けている少女とキリトに頭を下げた。

 

 「ごめん。私、行かなくちゃいけない場所ができた。説明している時間もないし、多分生きて帰ってこれない。それにシルフ族の問題だから、君達とは此処でお別れになるね。それz……」

 

 「いいや、俺も一緒に行く。勿論シリカもだ。」

 

 別れの言葉を告げてそのまま走り去ろうとしたリーファの手をキリトが掴んだ。彼らに関わる必要性など一切無い問題の筈なのだが、彼女の手を掴む者達は当たり前のように関わろうとしている。そこまでする理由が彼女には理解できなかった。

 

 「リーファさん、私達は自分の為だけに剣を振るうことなんてしません。恩を受けたのなら、ちゃんと返すつもりです。リーファさんは右も左もわからない私達を此処まで案内してくれたじゃないですか。だから今度は私達が恩を返す番です!」

 

 疑問符を浮かべるリーファの前に相棒を連れて移動した少女の言葉には強い説得力がある。その理由は言うまでもなく二年間別世界に囚われていたからであるが、それを今この場で知る者はキリトのみである。

 

 「そういうことだ。リーファ、急いでるんなら移動しながらでいい、話を聞かせてくれ。」  

 

 「……ありがとう。じゃあ、走りながら話すね。」

 

 リーファは人波を縫うように走りながら問題の内容を簡単に説明した。だが少女とキリトから幾つか質問が飛び出した為に、ただでさえ貴重な時間は奪われてしまい、残りは約二十分となっていた。

 

 「不味いな……このままだと間に合わない。ちょっとお手を拝借。シリカ、全力で飛ばすぞ!」

 

 「了解です!」  

 

 「え?……うわあああぁぁぁ!?」

 

 キリトはリーファの手を取って加速する。静かな洞窟に一つの大きな悲鳴が響き渡る。手を引いて駆ける彼の圧倒的な速度に彼女の身体は浮かび上がり、湾曲に沿って曲がる度に左右に振り回されている。

 その隣には相棒を抱えながらキリトと同じかそれ以上の速度で走る少女の姿があった。進行先にモンスターがいようと瞬時に隙間を見つけて一切攻撃を受けることなく駆け抜けていく。

 存在を無視されたモンスター達は揃って怒りの声を上げて少女達を追うが、風と化した彼女らに追い付こうなど到底不可能である。

 しかしモンスター達に追跡を諦めるなどという選択肢もまた存在しない。故に距離がどんどん離されていようと少女達を追う足音が減少することはなかった。それどころか、その後も同様のことを繰り返したことによって足音はやがて地響きとなる。

 

 「……お、あれが出口っぽいな。」

 

 キリトがそう呟いた次の瞬間、リーファの視界が真っ白に染まった。それと同時に浮遊感を感じられるようになる。光に慣れて視界が回復すると、そこはもう限りなく広がる空だった。

 後ろを見れば、灰色の断崖絶壁が目に入る。そして洞窟に繋がる口からは少女達を追っていたモンスター達がまるで滝のように吐き出されていた。先頭が止まろうが止まるまいが、後続が次々と衝突する為に結果は変わらないのである。

 そして惰性に従って落下を始める前にリーファは翅を展開し、何食わぬ顔で隣を飛ぶ二人を睨む。

 

 「寿命が縮んだわよ!」

 

 「ははは、時間短縮になったんだし良いじゃないか。」

 

 「あ、すみません……。でもあれが一番だと思ったんです。」

 

 飛行速度を一切落とさないまま器用に頭を下げた少女に対し、悪びれもしないキリトに若干の怒りを感じたリーファは握りしめた拳で彼の顔面を殴った。ダメージ判定が出る程の威力が直撃し、横に浮かぶ体力ゲージが僅かに削れる。

 

 「あだっ!!……いきなり何すんだよ。」

 

 「キリト君が反省していないみたいだからだよ。全く、ダンジョンっていうのはn……」

 

 「パパ!近くに多数のプレイヤーの反応です!前方にサラマンダーと思われる六十人以上の大集団、その向こうにシルフとケットシーだと予想される約十人の反応です!双方が接触するまでもう一分もありません!」

 

 リーファの文句を遮るようにユイが叫ぶ。視線を下に向けてみれば、戦闘機を彷彿とさせるような楔型の陣形を組みながら低空飛行する無数の赤い集団が目に入った。

 そしてその集団の行く先を見やると、迫る脅威に気づかないまま和やかに談笑する緑色と小麦色の妖精の姿があった。これでは逃げる余裕など無さそうである。

 

 「……間に合わなかったね。キリト君にシリカちゃん、此処までありがとう。私のことはもう良いから、二人は世界樹に行ってね……短かったけど楽しかったよ。」

 

 リーファは笑顔を浮かべ、少女とキリトの手を握る。だが、キリトはその手を握り返すと不敵な笑みを浮かべた。

 

 「悪いが、こんなところで逃げるような性分じゃないもんでね。」

 

 「え……キリト君!?」

 

 「キリトさん!?」

 

 キリトは翅を鳴らし、少女とリーファを置き去りにして加速する。その瞬間に空気が破裂したような音を出したが、それが彼女らの耳に届いた頃には彼は翅を鋭角に畳み、急角度のダイブに入っていた。

 一種の隕石となったキリトはサラマンダーの包囲網の一角をぶち抜いて墜落する。それから少し遅れて爆音が響き、静まり返った一帯の視線が彼に集まった。

 ゆらりと立ち上がったキリトはぐるりと周囲のサラマンダー達を睨み、叫んだ。

 

 「双方、剣を引け!!」

 

 それは先程の爆音など比ではない位の大きすぎる声。突然飛び出した彼を追って降りている少女とリーファはその物理的な圧力に思わず首をすくめてしまう。

 

 「指揮官に話がある!!」

 

 キリトが再び叫ぶ。その余りにもふてぶてしい態度に圧倒されたのか呆れたのかわからないが、赤い輪が割れて一人の大柄な男が姿を現した。

 見るからにレアアイテムだと分かる鎧に身を包んだ男はガシャリと着地すると、無表情のまま自分よりも小さなキリトを上から睥睨する。

 

 「スプリガン風情が何のようだ。まぁ、その度胸に免じて話だけは聞いてやるとしよう。」

 

 「俺はキリト。スプリガンとウンディーネの同盟の大使だ。此処には貿易交渉をしに来た。アンタ、この場を襲うって言うのなら我々四種族と全面戦争をするつもりだという解釈で良いんだな?」

 

 目の前の男が放つ威圧的にも臆さず、堂々とキリトはハッタリをかました。男の顔が一瞬だけ驚愕に染まったが、直ぐ様彼に疑惑の視線をぶつける。

 

 「護衛もおらず、大した装備も持っていない貴様の言葉はにわかに信じがたいものだが。」

 

 「それじゃあ、試してみるか?」

 

 「ふん、良いだろう。その挑発に乗ってやる。そうだな……俺の攻撃を三十秒耐えきることができたのなら、その話を信じてやろう。」

 

 両者は背から両刃の巨剣を抜き、翅を広げて同じ高さまで浮き上がった。緊迫した空気が辺りを包み、静寂が場を支配する。

 そして男が予備動作を一切見せずにキリトに斬りかかろうとしたその瞬間、新たな乱入者が現れた。

 

 「「ぎゃあぁぁぁ!!」」

 

 包囲網の一角から悲鳴が上がる。その方角はキリトが突入した場所と正反対に位置するところだ。そこからは現在、プレイヤーの死を告げる炎が吹き出している。

 中にいた一つの人影が炎を斬り払い、その姿が露になった。白い翅を展開し、それと対照的な赤と黒を基調とした武器を持つ妖精……乱入者の正体は《妖精殺し》こと少年だった。

 

 

 ◇◆◇

 

 《蝶の谷》一帯を半包囲していたサラマンダーの一部を殺し、無理矢理入り口を作って侵入する。無数の恐怖が混じった視線を受けながら周囲を見渡すと、纏う雰囲気が異なる一匹の妖精がいた。

 その妖精は他の者達と比べて明らかに装備が充実しており、俺を見る赤い瞳には恐怖など感じられない。恐らく、いや確実に彼こそがこの世界で最強と言われているユージーン将軍であろう。

 

 「……お前がユージーン将軍か?」

 

 「ああ、そうだ。一体何の用だ、《妖精殺し》?」

 

 「……俺を殺してみろ。」

 

 背後から一振りの片手剣を取り出し、びぃんと空気を鳴らしながら斬りかかる。完全に不意打ちだが、この程度など余裕で防いでくれなければ俺を殺すことなど不可能だ。

 突然襲いかかる刃にユージーンは目を見開きながらも既に手に持っていた巨剣で防ごうとする。だが俺の使い捨ての剣が彼の剣とぶつかる寸前、その間に割り込んだ剣があった。

 

 「おいソーヤ、いきなり何やってんだ?」

 

 声がした方に目を移す。そこには両手剣を片手で持った全身黒色の装備で固められた妖精がいた。彼とは俺が記憶を失っていた頃に一度会っている。

 あの森の中でシリカと一緒にいたところを見て、まさかと思っていたが、先程俺のことを《ソーヤ》と呼んだことから疑惑は確信へと変わった。

 

 「何やってるもなにも、ただ死に急いでいるだけだよ。キリトこそ、何でこの世界にいるの?」

 

 「それはな……お前を助け出す為が目的の一つだからだよ!」

 

 キリトが叫び、俺の剣を押し返した。もう役立たずの片手剣を捨てながら一旦距離を取る。

 今この場に俺を殺すことのできる者は三人いる。その内二人は本当の現実世界で出会い、嘘で塗り固められた心を開いてくれた者達だ。

 二人はユージーンよりも俺を殺せる確率は遥かに高いだろうが、モンスターに振るっていた剣をそのまま俺に振るうことができるか怪しい。

 仮に俺を殺せたとしても、この先まともに生きていくことはできないと思われる。特に、今近くにいない一人に関しては俺を追って自殺しかねない。

 俺の恩人と友人達には迷惑をかけずにこの世を去りたい、我が儘だがそれが俺の最後の願いなのだ。だからこそ、俺のことを魂の入っていない人形だと思っているユージーンに挑むことが最善だ。それでも死ねなければ、また願いに蓋をして二人のどちらかと戦うしか道はないのだが。

 

 「……邪魔しないでよ、キリト。俺はその奥にいるユージーンに用があるんだ。」

 

 「悪いが、こいつは俺が予約済みだ。戦いたいのなら俺が終わってからにしてくれ。……いや、ソーヤには最適な相手がいるようだぞ。」

 

 キリトがちらりと後ろを振り返り、ニヤリと笑みを浮かべた。それにつられて彼の背後を見やる。まだ視界には写らないが、シルフとケットシーが集まっていると思われる場所から一つの気配が急接近していた。一体誰なのだろうか考える必要もない。

 

 「ソーヤさん!今度こそ貴方を連れて還ります!」

 

 「きゅるるる!」

 

 「……確かに最適な相手だよ。でも、今の俺にとっては一番最悪だ。」

 

 持ち前の素早さで空気を裂きながら俺とキリトの間に現れたのは、俺の恩人であると共に恋仲でもあったシリカだ。隣にはちゃんとピナもいる。

 シリカは真っ直ぐに俺を見つめている。その瞳には以前のような狂気を孕んでいないものの、俺のことを想っていることは微塵も変わっていない。

 可能ならシリカとキリトを無視してユージーンに勝負を仕掛けたいが、眼前でぴたりと俺だけを見ている彼女がそんなことを許す訳がない。

 

 「……こんな時までも俺の願いは叶えられないってか、神様は。」

 

 そう呟きながら右手に片手剣、左手に細剣を持つ。俺が戦闘態勢に入ったことを確認したシリカは短剣を逆手に持ち、キリトとユージーンは邪魔にならないよう離れてから剣を構えた。どうやらあの二人も戦闘を開始するようだ。

 

 「ソーヤさん……還りましょう、現実に。」

 

 「……それはできない。俺はもう現実に還る必要性が無いんだ。」

 

 シリカとの視線が交錯する。彼女との交戦回数は俺が記憶を失っていた際の一回のみ。しかしその一回で、彼女が敵であった時の脅威は十二分に知ることができた。あの世界にいた頃はデュエルなどしなかった為、彼女の力がこれ程までに恐ろしいものだとは気づくことはなかった。

 この勝負に勝てるかどうかは五分五分と言ったところか。別に俺はさっさと戦いの中で死にたいのだから、どちらに転んでも結果は変わらない。消耗したところをユージーンなどに殺して貰えば目的は達成される。

 一瞬、シリカに俺を斬らせたくないという思いが顔を出す。その愚かとしか言い様の無い願いにかつてと同じように刃を突き立て黙らせる。

 俺の願いは最後まで何一つ叶うことは無いようだ。あの世界でシリカとずっと一緒にいたいと願った時も、恩人や友人達に迷惑をかけずに死にたいという今回の願いだってそうだった。

 だがまぁ少し考えれば、それも仕方のないことなのではないかと思えてしまう。俺は二年間に渡るデスゲームを行った茅場晶彦の部下の息子。こんな犯罪者に片足を突っ込んでいる者の願いを叶える気などさらさら無いのだろう。

 先程からシリカやキリトが俺を助けようとしているが、はっきり言って必要ない。今の俺に必要なのは『死』という現象だけだ。現実の世界になど還りたくもない。恩人と友人達がいない世界など、俺にとっては意味がない。

 

 「シリカに剣を向けることはしたくなかったけど……俺の邪魔をするのなら、仕方がない。」

 

 片手剣と細剣を握り直し、もう一度シリカを見やる。もう迷いは無い。彼女に斬らせたくないという甘い考えは消え去っている。

 

 「シリカにピナ……俺を殺してみてくれないかな?」

 

 「絶対に殺しません!私はソーヤさんを現実に連れて還らなければならないんです!」

 

 「きゅるるる!!」

 

 俺とシリカはほぼ同時にそれぞれ白と小麦色の翅を鳴らし、相手へと斬りかかった。

               



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第三十六話 もう独りじゃない

 一週間ぶりの投稿となりました。今回は一度誤って完成間近のものを削除してしまい、改めて書き直しをしていました。

 その為、急いで書き上げたのでかなり駄文かと思われます。ご了承ください。


 ◇◆◇

 

 赤い妖精が周囲を取り囲む空のコロシアムの中央で何度目かもわからない乾いた金属音が響く。その発生源には二匹の妖精の姿があった。

 背後に翅だけでなく無数の赤黒い武器を展開する白い妖精の少年は、その局面ごとに対応した得物を取り出し、反撃を許さない速度でそれを振るっている。

 隣に小さな青い竜を連れた小麦色の妖精の少女は、止めどなく襲いかかる攻撃をたった一本の短剣で防ぎ続ける。それは彼女の技量と小回りが効く短剣であってこそ成り立つものであった。

 両者が戦闘を開始してから約三十分が経過した。しかしどちらの顔にも疲労の色は無い。既に決着がついた黒の妖精と赤の妖精含む観戦者達はその体力と集中力に感嘆しながら、ただ無言で二匹の妖精の美しい剣舞に見入っていた。

 隙を見せない高速連撃を繰り出す白い妖精と、それを一つ一つ確実にさばき続ける小麦色の妖精。状況は膠着になるかと思われたが、それは違った。少女の防御が徐々にだが遅れ、少しずつ少年の刃が通り始めたのだ。

 幾ら取り回しの良い短剣であろうと、二刀流に近い戦闘スタイルから繰り出される猛攻を永久に捌き続けることなど不可能である。一本の剣では、どう工夫しようと二本の剣の手数を上回ることはできないのだ。

 

 「……くっ!」

 

 短剣を持つ手の肩部を狙って突き出された細剣を少女は翅を使って横に飛ぶことで回避。先程から絶え間なく鳴り続けていた金属音が止む。

 少年はもう片方に持った片手剣で追撃を仕掛けようとするが、間に割り込んだ小さな青い竜が吐いた灼熱の炎によって中断を余儀なくされる。少女と相棒の関係はもう言葉を介す必要もない程にまでになっていた。

 態勢を立て直した少女は油断せずに煙の向こうを睨む。こんな程度で倒れる少年ではないと知っているからだ。

 やがて煙が晴れ、ひびの入った円形の盾を捨てる少年が現れた。そして空いた両手で刃が見当たらない巨剣を生み出すと、一瞬で少女の前に詰め寄って巨大な質量の塊を振り下ろす。

 避ける時間など無いと判断した少女は短剣で受けることを選択する。直後、彼女の両腕にとてつもなく強い衝撃が襲い掛かった。その重さに腕が痺れながらも短剣を離さず、どうにか受けることに成功した。

 しかし少女を上から押さえつけるかたちとなった少年はそのまま翅を鳴らして自らの身体を押し出す。両者はつばぜり合いをしたまま地面に墜落し、土煙を上げた。

 先のその中から飛び出したのは少女。自身の半分を切った体力をちらりと確認し、まだ戦えると短剣を構える。少年は片手剣を振るって土煙をかき消すと、もう片方に細剣を造り出した。

 

 「……やっぱりシリカは強いよ。もしかしたら、本当に俺を殺すことができてしまう程に。」

 

 「だから、殺さないって言ってるじゃないですか!ソーヤさんは私と一緒に現実に還るんです!」

 

 二匹の妖精は同時に地を蹴って再び火花を散らす。両者が得物を振るう速度は更に加速している。まるで地上戦が本領であると言わんばかりに。

 横薙ぎに払われた片手剣とそれを迎え撃つように構えられた短剣がぶつかったかと思えば、脇腹を狙った短剣とその軌道を逸らすように突き出された細剣が金属音を響かせる。

 先程までの空中戦とは比べ物にならない早さで戦闘が展開され、めぐるましく攻めと受けが入れ替わる。両者とも長年地に足をつけて戦ってきた過去があるからか、行動が自然と最適化されている。特に少女の動きが格段に良くなっていた。

 少年の赤と黒が入り交じった瞳がある一点を捉えた次の瞬間、少女の背後に白い妖精は一瞬で移動する。ゼロモーションシフト、以前彼が高頻度で使用していた技の一つ。故にそれを彼女は知っている。

 与えるダメージが増加する心臓部目掛けて牙を剥いた血濡れの細剣を少女は短剣の腹で受けた。形を保てず散っていく細剣の向こうで少年は目を見開く。が、直ぐに新たな剣を造り出すと再度斬りかかった。

 ガキンガキンと連鎖的な音が静まり返った決闘場に響き渡る。数えきれない程の攻撃の余波を受け続けた両者の体力はゆっくりと削れており、遂に少女のものが赤く染まった。対する少年はやっと半分を切り、黄色く染まっている。

 

 「はぁぁ……せいっ!」

 

 「きゅるるる!」

 

 迫り来る剣を無理矢理弾き返して猛攻を強引に中断させ、少女は一度距離を取る。生まれた猶予は僅か数秒だけだが、その間に相棒から癒しの効果のブレスを受けて残りをほぼ同じにまで回復させる。

 

 「……何でそこまでして俺を殺さないようにしているの?俺は別にシリカに殺られたって恨みはしないよ。」

 

 「そんなの……決まってます。貴方を現実に還す為です。」

 

 少女が接近して振り下ろした短剣を少年は片手剣で受ける。ぶつかった剣はどちらも退かず、鍔迫り合いとなった。お互いの顔がはっきりと見える。

 

 「現実に還す為、か。悪いけど、それなら俺は『死』を選ぶよ。俺はシリカ達との楽しい記憶を最後にしてこの世を去りたいんだ。」

 

 「嘘吐かないで下さい。私は知っています。ソーヤさんが現実に還りたいけど還れないこと、もう孤独に戻ることが耐えられないこと、ピナから聞いてちゃんと知っています。」

 

 「……ああ、確かにそう言ったよ。俺はもう孤独に耐えることができない。だから還るという選択肢を選ばない。俺はあの記憶を手土産に母さんと父さんに会いに逝く。それに、現実で俺の還りを待っている人なんていやしないさ。」

 

 赤黒い片手剣に力が込められ、少女の短剣が押され始める。このままでは不味いと感じた彼女は対照的にふっと力を抜き、バックステップで後退した。

 力の均衡が崩れ、力の受け手を失った少年は前につんのめってしまう。それは余りにも致命的すぎる隙だった。

 相棒が灼熱の炎を吐き出すと共に少女は駆ける。体勢が未だ不安定な少年は再び円形の盾を取り出した。しかし腕だけの防御など意味を成さない。

 少女が短剣を振り上げ、容易く盾を真上に弾きながら後ろへと回る。そしてがら空きとなった少年の身体に炎のブレスが直撃した。燃え盛る炎の隣に浮かぶ体力は目に見えて減少していき、遂にその色が赤く染まる。

 背後から更に追撃を加えようとした少女だが、円を描く無数の武器達に阻まれる。これらはどうも実体を持っているようだ。

 炎を払いながら立ち上がり、残り体力を確認した少年はなんの迷いもなく振り反って剣を構えた。よく見れば若干口角がつり上がっている。『死』という現象を渇望する彼にとって、この状況は大層嬉しいことなのだろう。

 

 「ああ……もうすぐだ。やっと死ねる。さぁシリカ、俺を殺して。戦いの中で、殺してみせてよ。」

 

 背中から片手剣と短剣を取り出した少年は再び猛攻を開始する。疲労が蓄積してきたのか動きがだんだんと鈍くなる少女とは異なり、少年の動きは更に激しくなっていく。

 短剣による受け流しと防御が追い付かず、次々と赤黒い刃が少女の身体に切り傷を与える。その凶刃は彼女の体力を奪い、戦意を食らっていく。だが、少女の目にはまだ消えていない決意の炎があった。

 

 「はぁぁぁ!!」

 

 その小さな身体から大きな雄叫びを上げ、最上段から振り下ろされた二振りの片手剣を弾く。そして的と化した少年に自身の短剣を振るう……ことはせずに、叫んだ。伝えなければならぬことを、伝える為に。

 

 「ソーヤさん!貴方の還りを待つ人はいます!キリトさんにエギルさんだって、待っているんです!そして何よりも……私がいる!!」

 

 少年は目を見開き、動きを停止させる。しかしそれも一瞬のことだった。翅を使ってその場で宙返りをし、造り出した両手剣を乱暴に少女に向かって叩きつける。赤と黒の瞳が写すのは心に巣食う獣の冷めきった思考を押し退けて現れた、激情。

 

 「……シリカこそ嘘を吐くな!俺達は確かにあの世界で二年間一緒だった!ずっと隣にいたいと思った!」

 

 先程までとは違い、ただ力のままに一撃限りの武器を取り出しては振るい続ける。それらが地面や思い出の短剣にぶつかる度に金属音が奏でられる。その音は少年の荒れ狂う心を表すかのように大きく、重い。

 

「でもそれだけだ!現に俺は現実でのシリカを何も知らない!会えない!だから還れば俺はまた孤独に戻る!そんな事、もう耐えられないんだ!今の俺にとって、シリカがいない現実に……価値なんて無い!!」

 

 剣を振るう速度が更に加速し、少年を目として暴力の突風が吹き荒れる。下手に近寄れば間違いなく斬殺されるであろう刃の竜巻の中、少女とその相棒は殺されることなくそこにいた。横に浮かぶ体力は赤で止まり、減少はしていない。

 それは当然のことだろう。少女らが苦戦したのは冷徹な思考で相手を追い詰める彼であって、力まかせに暴れる彼ではない。幾ら少女らが疲労という名の鎖に縛られていようとも、今の彼の攻撃程度ならば余裕なのだ。

 少女は己の身に迫る刃に一つずつ目を配り、手に持つたった一本の短剣で四方八方から襲い掛かる幾多の武器を捌く。そして僅かな攻撃と攻撃の隙に相棒がブレスを浴びせる。

 それでも少年は止まらない。炎に焼かれ、その身の消滅に一歩近づいたとしても自身がポリゴン片となるまで刃を振るう腕は止まらない。

 

 「……新原創也。」

 

 「!?」

 

 突然少女の口から一人の人物の名が飛び出した。それを聞いた少年は驚愕の色を顔に浮かべ、手に持っていた剣を落とす。嵐が去って静けさを取り戻した闘技場に小さな破砕音が響いた。

 

 「……何で、シリカがその名前を知っているの?俺の名前は教えていない筈だよ……?」

 

 「そんなの、今も現実で眠るソーヤさんに会っているからですよ。知らないと思いますけど、毎日いつもお見舞いに行っているんですよ?」

 

 少年は目の前に立つ少女を見つめる。彼は望まず手に入れた力を二つ持っている。そのうちの一つである他者の感情を見抜く力が告げていた。彼女は嘘など吐いていない、現実に帰還しようとも、隣には変わらず恩人であり愛する人がいると。

 短剣を捨てた少女はすたすたと歩み寄ると、自分より一回りも二回りも大きな少年を今ある力の限り抱き締めた。

 

 「ソーヤさんはもう独りじゃありません。何処にいたって私が一緒ですから。」

 

 少年もその抱擁を拒みはせず、己の両手をゆっくりと回す。自分よりも遥かに小さい少女をかけがえのない宝物のように抱き締める。

 

 「……願いが、叶ったんだね。ずっと一緒にいたいっていう、願いが。」

 

 少年の頬を涙が伝い、少女の肩を濡らしていく。しかし彼はそんな事など気に掛けることなく、抱き締める相手の存在を確認するように愛する人を強く抱く。彼女もまた、達成感と幸福感に包まれ笑みを浮かべた。

 

 「……ああ、本当に馬鹿みたいだ。お互い現実のことを何も知らない、だから帰還したって二度と会えないなんて決めつけて死のうとするなんて。」

 

 「本当ですよ……でも、私が現実でソーヤさんを見つけられたのは奇跡でした。私だって、私だって、もう会えないって……思ってましたから。」

 

 当時のことを思い出してしまったのだろう、少女の目からも涙が流れる。それから涙を拭って少年の背に回していた手を肩に置くと、涙の跡が残った潤んだ目で彼を真っ直ぐに見つめた。

 一体どうしたのかと疑問を感じた少年は少女に問おうと口を開こうとしたが……突然何かによって封じられた。視線を落とした彼の瞳が限界にまで収縮する。

 唇だった。少年の口を封じた物の正体は少女の唇だったのだ。

 驚愕の色を浮かべる少年を無視し、少女は自分のそれをただひたすらに押しつける。数秒が経ち、未だ状況が理解できていない少年に向かって少女はしてやったりという表情をした。

 

 「シリカ、突然何を!?」

 

 「そんなの……記憶が無かったとはいえ、ソーヤさんが私を拒絶した罰に決まってるじゃないですか。この世界に来て貴方と会えたと思って声を掛けたら逃げられて、あの時は本当に悲しかったんですから。」

 

 「……その件に関しては俺が悪かった。だからもう俺はシリカを拒絶しないと誓うし、現実に還ったら埋め合わせをちゃんとするって約束する。でも……今は疲れたから、少し眠ってても良いかな?」

 

 「はい……ゆっくり休んで下さい。」

 

 抱き合ったままの状態で少年は少女の肩に顎を乗せると、静かな寝息をたて始める。恩人であり恋人でもある人を抱いて眠る少年の顔は憑き物が落ちたかのように幸せそうであった。

 

 

 ◇◆◇

 

 今いる場所に地震が起こっているのではないかと勘違いしてしまう程の大歓声が虚ろだった俺の意識を叩き起こす。鼓膜が破れそうだと耳を塞ぎ、目を開く。

 

 「あ……目覚めましたか?」

 

 「……うん、おはよう。どれぐらい寝ていた?」

 

 「だいたい三分ぐらいですよ。」

 

 俺を覗き込むような体勢のシリカと言葉を交わし、ふと後頭部になにやら柔らかい感触があることに気づいた。

 よく見ればシリカの顔は若干赤みを帯び、横を見れば紺色の服を纏った身体が至近距離にある。どうやら眠ってから俺は膝枕されていたようだ。

 シリカにお礼を言いながら上半身を起こし、周囲を見渡す。視界に写ったのは両手を打ち鳴らす緑と小麦色の妖精達と、あらゆる方向から歓声を上げながら両手槍を旗のように振り回す赤の妖精達だった。

 

 「お疲れさん、二人とも。良い勝負だったぜ。」

 

 声がした方に目を向けると、この世界でも全身を真っ黒に固めたキリトとシリカの相棒であるピナがこちらに近づいて来た。心なしか両者の瞳には少しばかりの怒りの色が見て取れる。

 彼らは俺の眼前に到着すると、拳を振り下ろし、炎を吐いた。突然の奇襲に対応できるわけもなく、ぽかりと頭を叩かれ、顔面を燃やされる。

 

 「全く、お前のせいでこっちは散々苦労したんだぞ!お前のおかしな価値観の影響でシリカがどんどん過激化してたんだ!」

 

 「きゅるるる!!」

 

 「そんな事言われても……元々俺の価値観は狂っているんだから仕方がないことでしょ?それと、ピナは『ご主人を見捨てようとした罰』だって?いや別に見捨てようとした訳じゃないからやめてくれ。」

 

 こうしてキリト達と会話しているだけで心に温もりが感じられる。叶う筈が無かった願いが今此処に現実となったことを実感させられる。『ソーヤさんはもう独りじゃありません』……今も隣で俺の手を握るシリカの言葉が脳内でもう一度再生された。

 もしかするとあの世界で出会った皆ともまた会えるのではないかと友人達の顔を思い浮かべ始めたその瞬間、一つの気配が接近していることを確認する。前を見れば、その気配の正体はユージーンだった。いつの間にか歓声は止み、シリカとキリト以外は皆揃って俺を奇怪な目で見つめている。

 

 「《妖精殺し》、お前は一体何者なのだ?噂では倒すとレアアイテムを落とすNPCと聞いていたが、そこのスプリガンやケットシーは決して倒そうとしなかった。それどころか今のお前はそいつらとさも友人のように話している。どう考えようが、ただのNPCでは無いだろう。もう一度問うぞ、《妖精殺し》。お前の正体は何なのだ?」

  



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第三十七話 裏切り

 最近書き方を模索中です。

 その為、特に今回は後半駄文注意となっています。


 ◇◆◇

 

 嵐が過ぎ去り、再び静寂が戻った《蝶の谷》で腕を組ながら俺を見下ろすユージーンからは誤魔化しは許さないと言わんばかりの威圧感が発せられている。

 何もそんなに気にしなくても……一瞬そう思ったが、よくよく考えればこれは当然のことだろう。少し前までただの人形だと思っていた一匹の妖精が、いきなり人間としか思えないような行動をし始めたのを見れば疑ってしまうのも無理はない。

 さて、どうしたものか。一から十まで全て正直に話すことは却下である。俺だけでなくシリカとキリトまでもがあの世界にいたことが明らかになってしまう。俺達当事者が世間からどう見られているのかも知らない今、そう簡単に打ち明けるのは愚策であろう。

 ぎゅっと俺の片手を誰かが強く握る。そちらの方に目を向ければ、シリカが不安の色を写した瞳で俺を見ていた。そんな心配性な彼女の頭をもう片方の手で大丈夫だと撫でる。

 誤魔化しが許されないのならば、仕方ないがあの世界のことだけ伏せて必要な分の持っている情報だけを話すとしよう。仮に追及されようとも、知らぬ存ぜぬで通せるのだから。

 

 「何者かと聞かれれば、俺は現実に肉体を持つ人間だ。この世界には正規の手続きをせずにログインした。気がつけば、この格好で暗い森の中に倒れていたんだ。そして友人関係にあたるシリカとキリトの二人が俺を殺そうとしなかったのは、死にたがりになった俺を救おうとしてくれたから。……お前の疑問に答えるのなら、こんなところか。」

 

 自然と下を向いていた視線を上へと向け、猛禽類に似た鋭い顔立ちのユージーンを見やる。彼はその逞しい腕を組んだまま、目を細めて沈黙する。しかしそれも一瞬だけのこと。自身を納得させるように軽く頷くと、軽い笑みを浮かべた。

 

 「色々と聞きたいところはあったが、別にお前が此処に来た経緯などどうでもいいことだ。俺はお前が何者か知ることができればそれで良い。それとついでだ、そこのスプリガンの話もそういうことにしといてやろう。流石に四種族を一斉に事を構えるつもりなどないからな。だが……」

 

 そこで一度言葉を切ったユージーンはサラマンダー特有である深紅の瞳を俺とキリトに向け、己の拳を差し出す。

 

 「キリト、貴様とはいずれもう一度戦うぞ。そして《妖精殺し》、貴様が俺に叩きつけた挑戦状を俺は忘れるつもりなどないからな。」

 

 「ついでって……まぁ信じて貰えれば十分だ。あと、戦いに関しては望むところだ。」

 

 「ああ、今度はちゃんと邪魔が入らないところで挑戦させてもらうぞ。」

 

 俺とキリトも同様に拳を突き出し、ゴツンと打ち付ける。浮かべていた軽い笑みを深めたユージーンは身を翻すと、周囲を取り囲んでいたサラマンダーの大軍隊に撤退を命じた。

 赤い妖精達はその翅で鈍い重奏を奏でながら一糸乱れずに隊列を組み直し、指揮官を先頭に次々と飛び去っていく。やがて無数の影に覆われていた大地に日の光が差し始めた。

 

 「サラマンダーにも良い奴がいるじゃないか。」

 

 「キリト君、無茶苦茶過ぎるよ……。」

 

 「それは隣にいる白い奴に言ってくれ。俺よりも無茶を平気でしでかす野郎だから。」

 

 キリトが不満げな表情をしながら、未だ空を見上げている俺を指差す。確かに俺はあの世界で階層のボスに単独で挑んだりしたが、別にそれ程無茶というレベルのものではないだろう。ただ今は亡きスキルキャンセラーの練習台を探していたらそれが偶然ボスだったというだけだ。

 そんな俺の心中を読んだのか、シリカとピナが揃ってため息をつく。やはり貴方は規格外だと暗に告げられているようで、少しだけ心が痛んだ。

 

 「すまない……色々と状況を説明してくれると助かるのだが。」

 

 咳払いを一つし、俺達の後ろから声が掛けられる。振り返ると緑色の和服に身を包んだ女性がいた。一度見れば忘れられないであろうその美貌は全女性の憧れであろう。

 ふと横を見ればキリトの視線が意図的かは分からないものの、凝視するにはあまりよろしくない部分へと向けられているような気がする。彼の目の方向を追ってそれに気づいたシリカの視線が冷たくなった。

 念のため、相手に気づかれる前に二つの指でキリトの視界を破壊しておく。悲鳴を上げて転がる彼を見ていると、シリカと始めて一緒にパーティーを組んだ時のことを思い出す。

 

 「あー、それでサクヤが聞きたい事って?」

 

 「そんなもの、全部に決まっているだろう。こっちは何がなんだか全く状況を把握できていないのだ。」

 

 それからリーファと名乗ったキリトの近くにいる緑の妖精が此処までの成り行きを説明した。俺を始め、シルフとケットシーの者達も一切音を立てずに彼女の話を聞いていたが、その話が終わると同時に深く息を吐く。

 

 「……なるほどな。確かにここ数ヵ月か、シグルドの態度に苛立ちらしきものが見え隠れしていたのは感じていた。それでも私は彼を要職に就け続けてしまった。自らの保身の為にな。しかし今回の件で決心がついた。ルー、《月光鏡》を頼めるか?」

 

 「あんまり持たないから、手短に頼むヨ。」

 

 サクヤというらしい先程の女性の頼みを受け、小麦色の肌を大胆に晒すケットシーの人が一歩下がって聞きなれないスペルワードを読み上げていく。それが進むにつれ周囲が暗くなり、彼女が全て読み終えた頃には大きな円形の鏡が完成していた。

 造り出された鏡は一度だけ波打ったかと思うと、滲むように何処かの風景が写し出された。ざっと目を通す限り、執務室のように見える。

 そしてその机にどっかと足を投げ出し、目を閉じながら腕を後ろで組んでいる一匹の緑の妖精には見覚えがあった。確か部下に『シグさん』だとか呼ばれていた男だ。

 

 「シグルド。」

 

 鏡の前に進み出たサクヤの呼び掛けにバネ仕掛けのごとき動きで跳ね起きるシグルド。その顔には何故生きていると言わんばかりに驚愕が浮かんでいる。

 

 「さ、サクヤ!?」

 

 「そうだ、シルフ領主のサクヤだ。残念なことに私はまだ生きているぞ。」

 

 含みのあるサクヤの言葉に自身の裏切りが知られたことを確信したシグルドの厳つい顔はみるみる青くなっていく。弁明の言葉を探すように忙しなく動く彼の瞳が、俺を捉えた。やはり人間はトラウマに近いものを植え付けられた対象に敏感である。

 

 「……よ、《妖精殺し》……。」

 

 「……久しぶりと言うべきか?クズ野郎。」

 

 「……ヒッ!!」

 

 画面越しに放たれた殺気にシグルド改めクズ野郎は醜い声を上げながら後退る。現在進行形で俺の瞳は間違いなく赤の部分が増えてきていることだろう。何故なら、奴は俺が最も忌み嫌う行為をしたからだ。

 昔から他者を信じては裏切られを繰り返した俺は、向けられた信用を時に盾にし、時に弄ぶような人間が一番嫌いである。殺意が生まれてしまうのも当然のことだ。

 今すぐに奴を殺すことができるかと問われれば、可能である。ゼロモーションシフトは視界にさえ写れば距離を問わずその場所へと移動ができるのだが、距離に応じて脳への負担が重くなる欠点を持つ。鏡に写る場所が此処からどのぐらいなのか不明な以上、容易に使用すべきではない。

 

 「おいおい、何処を見ている?お前に用があるのは私だぞ?」

 

 サクヤは左手で領主専用かと思われるウィンドウを開くと、素早く指を走らせた。その直後、鏡の中にいるクズ野郎の眼前に一つのメッセージウィンドウが現れる。それに目を通した奴は血相を変えて立ち上がった。

 

 「き、貴様……!この俺を追放するだと!?正気か!?」

 

 「ああ勿論。お前がシルフでいることに耐えられないなら、永遠に中立地域を彷徨っていれば良いではないか。」

 

 「権力の乱用だ!ゲームマスターに訴えるぞ!」

 

 「勝手にしろ。……さらばだ、シグルド。」

 

 拳を握り、更に喚き立てようとしたクズ野郎の姿が消えた。今の鏡に写るのは無人となった執務室のみ。だがそれも儚い音と共に砕け散り、もう見えなくなった。

 

 「……サクヤ。」

 

 リーファが眉を寄せながら深いため息をついたサクヤにそっと声を掛ける。これでシルフの内紛も終わったかと思ったが、突然背後に出現した一つの気配に警戒度を引き上げて後ろを振り向く。

 数メートル先に見えたのは、妖精の世界では大変珍しい転移の光。というのも、あの世界と違ってこの世界には転移結晶などは無く、この光が発生する条件は俺の知る限り死亡後に自身の種族の町に戻る時か領主から追放された時のみである。

 まさかと一瞬思ったが、逆にそれ以外の可能性などあり得ないと切り捨てる。俺は間もなく確実に転移されてくるであろう愚か者を待つ。近くにいたシリカも俺がずっと後ろを見ていることに気づき、転移の光を見つめ始める。

 やがてその男が現れ、ボトリと肩から地面に落下した。その音に俺達以外の妖精達が発生源へと視線を向ける。落ちてきたのは予想通りの人物だった。

 

 「サクヤめ……この俺を追放するとはn……!?な、何故貴様らがこんなところにいる!?」

 

 「こんなところにいるも何も、お前が転送された中立地域が偶然にも此処だったんだよ。凄い確率だな、クズ野郎。」

 

 先程シルフ領から追放され、何処かの中立地域に強制転移させられたクズ野郎は俺達の姿を見つけるなり驚きの声を発した。確かにこの場所は中立地域だ。奴が転送されてくる確率は限りなく低いが、あり得ない事ではない。   

 

 「サクヤだったか、アイツを殺しても構ワナイカ?」

 

 「……ああ、大丈夫だが。」

 

 歩を進め、クズ野郎へと近づいていく。既に展開されている背の武器庫から包丁に似た短剣を握る。視界に写るのは植え付けられた恐怖が甦り、怯えに震えるだけの獲物一匹。

 檻が破壊され、自由の身となっている獣は俺の殺意を餌としてその力を増す。茅場の叔父さんとの戦い以降、意識を乗っ取られたりすることは無くなったが、膨れ上がった獣の力を制御することは今もできない。故に、殺意を生み出す元を殺すことが荒れ狂う獣を鎮める最良の手段である。

 

 「サァ……死のうか。堕チタ、裏切りの妖精。」

 

 一瞬の間でクズ野郎の眼前にまで移動した俺は、奴が剣を抜く前にその右腕目掛けて短剣を振り上げる。血がこびりついたような凶刃は容易く片腕を斬り飛ばした。放物線を描きながら地に落ちた腕だったものは一度跳ねた後、ポリゴン片となる。

 目を見開くクズ野郎を置き去りにして、俺は続けざまに剣を振るう。左腕を片手剣で同様に切断し、両手剣で纏めて脚を奪い去る。再びボトリと音が響いた。

 遂に己の力で立つことすら叶わなくなった奴はぶり返した怯えの感情を上書きするように喚き散らす。以前の指揮官の面影など何処にもない。ただの餓鬼と化していた。

 

 「何なんだよ貴様はぁ!裏切ったところで何が悪い!?より良い状況を求める為に動いて何が悪いんだぁ!!」

 

 「ア?」

 

 びきり、と手に持つ剣に自然と力がこもった。その力に耐えられなくなった柄が握り潰されて光の屑となる。今クズ野郎は何と言った?『裏切ったところで何が悪い』などと言ったのか?

 殺意が加速する。茅野の叔父さんの時の比ではない、後もう少しで意識が呑まれる寸前にまで獣の影響が大きくなっていく。それ程までに先程のクズ野郎の発言は消えかけていた火に油を注いだ。

 

 「……ウラギリガ、ワルクナイ?フザケルナ。オマエハ……コロス。」

 

 吹き出す赤黒いオーラが増えていく。心の中に住まう獣が殺せと吠えている。気がつけば、俺の手には全身を返り血で染めたあの時と同じ形状をした短剣があった。

 鋭くなった殺気に恐怖し、翅で飛んで逃げるという選択肢すら失った獲物は涙と鼻水を垂らし、醜い様を晒している。

 胴と頭しか残されておらず、転がっていることしかできない堕ちた妖精は一歩、一歩と俺が近づくごとに様々な悲鳴を上げて遠くからこちらを見ている妖精達に助けを求める。だが誰一人として奴を助けようなどとしなかった。

 とうとうクズ野郎の隣に到着した俺は短剣の形をした包丁という名の凶器を逆手に持ち、片方の手を添える。ガタガタ震えながら後退ろうとする肉塊を踏んで押さえつけ、回避できるかもしれないという僅かな道筋をも潰しておく。

 確かに長い人生の中で大なり小なり裏切りという行為をしたりされたりすることはあるだろう。そんな事は十二分に理解しているつもりだ。此処まで怒る必要がないことも知っている。

 されど、普通の者達とは異なる血まみれの過去を持つ俺はそれを一切許せなくなってしまった。殺意が芽生えてしまう程に許容できなくなった。

 

 「……シネ。」

 

 たった一言、そう呟いて包丁を振り下ろす。心臓部分に食らいついた凶刃が残りの体力を余すことなく全てを奪う。すると突然緑の炎が燃え上がった。それがクズ野郎の絶命を告げているのだということは考える必要もなかった。

 

 

 ◇◆◇

 

 偶然にもこの場所に転送されてきたシグルドさんを葬ったソーヤさんの雰囲気は初めて彼の中に巣食うという獣が解き放たれ、狂気に堕ちた時を彷彿とさせるものだった。

 元々は黒の瞳が限りなく赤に染まり、片言でしか話せないあの姿に何故再びなってしまったのか。その原因はとうにわかっている。

 四肢を失ったシグルドさんが喚きながら言った『裏切ったところで何が悪い』。それにソーヤさんは反応してしまったのだ。

 私は彼の血生臭い過去を知っている。故に彼が裏切りという行為に激しい嫌悪感を抱いていることも理解していた。しかし、あの時の状態にまでなってしまうとは思っていなかった。

 ふと私とソーヤさんが想いを伝えあった夜に、彼が話ていたことが脳裏をよぎる。そうだ、彼はあの事件の前から何度も信用を裏切られたと言っていた。ならば、狂う直前まで殺意が生まれてしまうのも仕方のないことなのかもしれない。

 そこまで考えた時、ソーヤさんは私が思う以上に危険なところにいるのではないかと感じた。何回も裏切りを繰り返されれば、いずれ誰も信じられなくなって塞ぎ込んでしまうことは火を見るより明らかなことだ。もしかしたら、彼はその崖っぷちに立っているか、既に一度落ちているかもしれない。

 

 「ソーヤさん!」

 

 私は駆け出した。名前を呼ばれた彼はこちらを振り向き、私の姿を確認したとたんに心からの笑みを浮かべる。もう瞳からは赤がなくなり、背に展開されていた無数の武器も消えていた。

 両腕を広げて駆け寄る私をソーヤさんは優しく受け止めてくれた。彼の体温が触れ合った場所からじんわりと伝わってくる。

 

 「……シリカ、どうしたの?いきなり抱きついてくるなんて。」

 

 「むぅ……好きな人に甘えてはダメなんですか?」

 

 「!……いいや、構わないよ。」

 

 ソーヤさんはそう言って私の頭を撫で始める。撫でられていて心地良い彼の手は本当に大好きだ。視線を少し上に向けると、幸せを全面に押し出したような顔で笑っている彼がいた。

 あの予想が正しいかの保証なんてない。もしかすると私が心配する程危険な状態ではないのかもしれない。でも仮に彼が崖から落ちてしまうようなことがあったのなら、私が必ず引き上げよう。例えそれが何度あったとしても止めるつもりなんてない。

 

 「ソーヤさん。」

 

 「ん?何だい、シリカ?」

 

 「大好きですよ。」

 

 「ああ、俺も大好きだよ。」

 

 ソーヤさんはより一層私を強く抱き締める。『ありがとう』、そう彼に言われた気がした。

    



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第三十八話 想定された最悪の可能性

 最近気づいたのですが、この作品も初回投稿から半年と一ヶ月が経っていました。

 こんな作品を読んでいただいて本当に嬉しい限りです。ありがとうございます。 


 ◇◆◇

 

 シグルドが少年によって殺害され、静寂が場を支配する。沈黙が流れ、誰も口を開こうとしない。そんな中、抱き合う二人にため息をつきながら歩み寄ってきたキリトがそれを破る。

 

 「全く、ソーヤの威圧感は相変わらず恐ろしいもんだな。後ろを見てみろ、お前の殺気に初めてあてられた人達が大変なことになっているぞ。」

 

 キリトが親指でクイッと後ろを指し、少年と少女は抱擁を解いて緑と小麦色の妖精の集団に目を向ける。そこには彼の言うようにいつかのような光景があった。

 泡を吹いて倒れているような者は流石にいなかったが、ある者は少年に恐怖の眼差しを送り、またある者は立ったまま気絶してその魂を現実世界に還されている。

 少年から漏れ出る心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚えさせる殺意はやはり常人には耐え難いものであったようだ。

 

 「なんか……見覚えがありますね。これは。」

 

 「うん……確実に俺のせいだ。ちゃんと謝っておこう。」

 

 一度獣に呑まれた少年は他者を心配するという優しさを失っている。しかし自身に責任を感じ、謝罪しなければと思う気持ちは残っていた。

 少年は凄惨な光景が広がる現場まで戻ると、二種族の領主に頭を下げる。今はもう出ていない彼の殺気に若干身を震わせるだけでどうにか耐えていた二名の統治者は特に謝る必要はないと言い、加えて緑の領主は私が許可を出したのだから気に病まなくて大丈夫だと頭を上げさせた。

 

 「それにしても……キリト君、だっケ?あの時言っていたスプリガンとウンディーネの大使って本当?」

 

 ケットシーの領主を務めるアリシャ・ルーが視線をキリトに写す。お尻から伸びる縞模様で長い尻尾は彼女の好奇心を表しているのか、ゆらゆらと揺れている。隣に立つシルフ領主、サクヤも疑問符を浮かべながら彼を見る。すると彼は両手を腰にあて、えへんと胸を張った。

 

 「そんなの大嘘に決まっているさ。ブラフ、ハッタリ、エゴシエーション。」

 

 「「なっ……!?」」

 

 「……キリト、一つ訂正しようか。無茶をしでかすのはキリトの方だ。流石の俺でもあんな大群を前にして大法螺を吹くなんて真似はしないよ。」

 

 絶句する領主達とキリトに押し付けられた『無茶無知無謀』の称号を返却する少年。因みに少女とその相棒はどっちもどっちでしょと暗に告げるような目で対照的な装備の色をした二人を見ていた。

 大きな嘘をついたにも関わらず、一切悪びれる様子を見せないキリトに興味が湧いたのか、ニヤリと悪戯を思いついたかのように口元に弧を描かせると数歩踏み出して覗き込むような体勢を取った。彼女の瞳に写っているのはキリトと少女。

 

 「……大法螺を吹いたにしては、とんでもなく強いんだネ。あのALO最強って言われるユージーン将軍に正面から戦って勝っちゃうんだから。あと、《妖精殺し》君の横にいるキミも同じだヨ。二人は彼を助ける為に来たって言ってたけど、その目的も達成されたみたいだし……うちで傭兵やらない?三食おやつに昼寝もあるヨ。」

 

 「おいおい、抜け駆けとは良くないな。ケットシーの彼女だけなら納得できるが、スプリガンの彼はシルフの救援に駆けつけてくれたんだ。交渉はこちらが先でないとな。」

 

 心なしか先程よりも艶っぽい声を出したサクヤが、こちらだけは取られまいとキリトの腕を胸に抱いた。突然の事態に彼の顔は困ったような顔を浮かべながら真っ赤に染まる。ピシリ、とリーファの顔がひきつった。

 そしてサクヤの主張に仕方ないかと呟いたアリシャは少女に焦点を合わせると、熱心に勧誘を開始する。その熱気に少女は思わずたじろいだ。

 少女は困った者を見過ごすようなことができない優しい性格をしており、頼みや誘いを断ることに抵抗を感じてしまう。此処とは異なる異世界にいた頃、パーティーの誘い一つ一つ丁寧に断る時も、申し訳ない気持ちでいっぱいだったのだ。

 仮にあの時、少女を誘った者達が食い下がったのならば、彼女はその優しさ故に断りきることなど不可視だっただろう。それ程までに彼女は優しすぎるのである。

 だからこそ今少女は一度断っても引き下がるとは思えないアリシャの勧誘に対してきっぱりと断りの言葉を発することができないでいる。その光景を目にした少年は彼女の肩に手を置き、口を挟んだ。

 

 「力を買ってくれているのは嬉しいのだが、彼女は……シリカは俺にとって唯一無二の相棒なんだ。申し訳ないが、勧誘はお断りしたい。」

 

 「おっと、それはすまないことをしたネ。確かに……」

 

 勧誘に失敗して残念そうな顔をしていたアリシャだが、少年と少女を代わる代わる見た後にニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

 「今までの行動といい、今の台詞といい、どうやらキミ達お二人さんは恋人同士みたいだしネ~。お熱いところを邪魔しちゃったかナ?」

 

 「こっ……!!」

 

 一つの真っ赤な林檎が熟れた。その顔を見られたくないのか、少女は少年が横を見る前に彼の背後に身を隠した。やはり関係を隠していないとはいえ、こうして口にされることに彼女は慣れていないようだ。

 頭から煙を上げ始める少女を見てニャハハハと笑っていたアリシャだったが、彼女の肩をリーファが呼ぶように叩いた。向こうも終わったのかと少年がキリトの方を見れば、そこには残念そうに息を吐くサクヤと小さな妖精ユイに文句を言われている彼がいた。

 

 「あの、アリシャさん。サクヤから聞いたんですが、今回の同盟って世界樹攻略の為なんですよね?」

 

 「その通りだヨ~。二種族共同でグランドクエストに挑んで、片方だけアルフに転生できたのなら次のものをお手伝いするっていうのがお約束でネ。」

 

 「だったら俺をその攻略に同行させてくれないか?勿論、シリカとソーヤだって一緒に行く。俺は少しでも早く世界樹の上に行きたいんだ。」

 

 愛娘からのお説教を終えたキリトがリーファの前に一歩進み出る。突然の申し出に領主達は顔を見合せ、サクヤは一体何故と問うような視線を向けた。彼は一瞬だけだが瞳を伏せる。当然、その行為を少年は見逃してはいない。

 キリトの様子に興味を引かれたのか、きらきらと効果音が聞こえてくる位に眼を輝かせるアリシャ。だがそれは直ぐに引っ込み、申し訳なさそうな顔を浮かべる。彼女の耳や尻尾も力なく伏せられていた。

 

 「でも、攻略班の装備とかを整えるのにまだ時間が必要なんだヨ。資金もまだ足りないし、とても一日二日じゃ……。」

 

 「いえ、大丈夫です。取り敢えず根元まで行くことが目的なので。それから後は私達で何とかします。」

 

 「あ、そうだ。資金なら何とかなるぞ。」

 

 何かを思いついたような声を出し、小さく笑ったキリトはウィンドウを開いて操作を始める。次の瞬間、彼の手に大きな皮袋が出現した。

 

 「俺のいらない金だ、資金の足しにしてくれ。」

 

 じゃらりと見るからに重そうな皮袋を受け取ったアリシャは恐る恐る中を覗き込み、眼を丸くさせた。入っていたのは領主達ですら声が掠れてしまう程の大金。サクヤ曰く、一等地にちょっとした城が建てられる量らしい。

 しかしそれでも目標金額には届かないそうだ。すると全財産を譲渡したキリトが少年と少女に駆け寄り、指で金のマークを作った。彼の意思を理解した二人は同様にウィンドウを開き、同じように大金の袋を実体化させる。その光景に三人以外の者達が揃って眼を見開いた。

 

 「……資金がまだ足りないのなら」

 

 「私達の分も使ってください!」

 

 「きゅるるる!」

 

 背後で意識を取り戻した側近達から大きなざわめきが起こる。それと共に少年を恐れていた者達からの視線は更におぞましいものを見るものになってしまっていたが。

 

 「三人とも、ありがとう!これだけあれば目標金額を余裕で達成できそうだヨ!それじゃ、また連絡させてもらうネ!」

 

 「あ、待ってくれ。実はまだ渡すものがある。」

 

 宝くじに当たった人間のようにさっさと領地に帰ろうとする妖精達を少年は引き留める。そして開いたままだったウィンドウを手早く操り、一つのボタンを押した。

 

 「え?ちょ……えぇ!?」

 

 リーファが思わず驚きの声を上げてしまうのも無理はない。少年の前にぼとぼとと落ちてきたのは無数の武器と防具だった。これらは全て彼が《妖精殺し》だった時に殺害した妖精達の装備である。中にはあまりお目にかかれない珍しい物もあるようだ。

 唖然とする一同を前に、ウィンドウを消した少年は少しばかり口角を上げる。

 

 「確か装備も整えなければいけないんだったな。だったらこれらを持っていくと良い。はっきり言って俺には必要の無い物ばかりだ。」

 

 「……こんな大量の装備、本当に貰っても良いのか?ざっと見るだけでも君が使えば良いと思うものが見受けられるのだが。」

 

 宝の山に近づいたサクヤは一振りの片手剣を取り出す。それはこの世界で少年が使用するものと酷似しており、性能も悪くないどころか相当な強さの部類に入る。

 しかしそんなものには一切目もくれず、少年は何の執着もなさそうに頷いた。

 

 「持っていくと良いと言った筈だ。これらは俺にとって邪魔でしかないんだ。」

 

 「君がそこまで言うのなら……この大量の装備はありがたく頂戴するとしよう。本当に何から何まで世話になったな。君達三人にはとても感謝しているよ。できる限り希望に添えるように努力することを約束しよう。」

 

 「それじゃ、また会おうネ!」

 

 緑と小麦色の妖精達は少年達に手を振りながら上昇すると、赤く染まる西の方角に向かって消えていった。残るのは彼女らの翅から散った粒子が造る光の帯。数分前まで様々な種族が集結したこの谷はまるであの時が幻であったかのように静かであった。

 

 「……行ったな。」

 

 「……はい、行ってしまいましたね。」

 

 そう答えながら少女は遂に取り戻した恋人の温もりを求めるようにそっと寄り掛かる。勿論少年は拒むことをせず、自身にもたれる彼女の頭を撫でた。そして彼の頭に小さな相棒が乗っかり、いつもの二人と一匹になる。少年が何度も諦めながらも望んだ光景がそこにあった。

 

 「おいおい、やっと一緒になれたからって早速イチャコラするんじゃないよ。さっさと行くぞ、バカップル。」

 

 「「バッ……!?」」

 

 するとその雰囲気をキリトがぶち壊す。顔を真っ赤にした二人と一匹に追いかけられながら彼は逃げるように翅を広げ、一目散に世界樹へと飛んで行く。

 

 「あ!ちょっと待ってよ~!」

 

 リーファもやや遅れながら翅を展開し、地を蹴った。スピードに自信がある彼女は悠々と少年と少女を抜き去り、キリトの隣に並んだ。

 追い付かれたかとキリトは顔を青くしながら視線を横に向け、安堵の息を吐いた。そんな彼にリーファはクスッと笑いをこぼす。彼女はまだ自分の気持ちにはっきりと気づけてはいない。しかし、キリトに『バカップル』と評された後ろの二人が羨ましいと感じた。

 

 

 ◇◆◇

 

 太陽に良く似た物体が更に沈んでいき、赤かった空がだんだんと暗くなってきた。そんな景色を横目に、最低限の意識を外に残して俺は思考の海へと潜る。

 今横に並んで飛行しているシリカからこの世界を訪れる前までの経緯を聞いた。彼女が言うには、約三百人の人間が未だ現実世界への帰還を果たしておらず、その中にキリトが愛するアスナも含まれているそうだ。

 これは明らかにおかしい。茅野の叔父さんはあの時間違いなく『生き残った全プレイヤーのログアウトを確認した』と言っていた。それに加え、彼はそんな事をするような人間ではない。歳の差はあれど、友人に近い関係だった俺だからこそ断言できる。

 しかし実際還ることができていない人間が多くいることもまた確かだ。あり得るとすれば……SAO開発の根幹を担った四人のうち唯一現実で生存しているであろう奴による可能性だろうか。奴の性格を考慮すればその信憑性は増す。それ程までに奴はクズ野郎なのだ。

 仮にそうだとすれば、俺は神原創也としてあのクズ野郎の所業を止めなければならない。恐らく行われているであろう研究と称した人体実験の基盤を作ってしまった両親の責任を息子である俺が取らなければならないのだ。

 

 「……ソーヤさん?何か怖い顔になっていますよ?」

 

 「きゅるるる?」

 

 「ん?ああ、大丈夫。ちょっと考え事してただけ。」

 

 自然と顔が険しいものになっていたのだろう。翅を鳴らしながら器用に俺を心配の眼差しで覗き込むシリカとピナを安心させる為に笑顔を浮かべた。それと同時にまだ確定した訳ではないと自分に言い聞かせ、途中から本当に起こっているものだと考えていた思考に刃を突き立てる。  

 そしてそういえば現実では今何時なのだろうかと意識を無理矢理別方向に向け、左手を振ってウィンドウを開く。

 表示された時刻は午前一時半だった。これは流石に夜更かしが過ぎるのではないだろうか。まぁ二年間ずっとゲームし続けていた俺がそんな事を言えるのかは別としてだが。

 

 「……なぁ、今夜中の一時半だが大丈夫なのか?俺はともかく、皆は現実での生活があると思うんだが。」

 

 「そうだね~、アルンはまだ遠いし今日は此処までにしようか。近くの宿屋を見つけてログアウトしよう。」

 

 一番最後に飛び立ったにも関わらず、現在先頭を飛んでいるリーファが同意の意を示す。一応彼女にも俺がログアウト不可であることは伝えてある。このメンバーで最古参である彼女の言葉にシリカとキリトも頷いた。

 

 「あ、あそこに村がありますよ!」

 

 視力の良いケットシーであるシリカが指差す先には僅かにだが小さな集落らしきものが見えた。

 

 「よし、飛べる時間も残り少ないからさっさと行こうぜ!」

 

 「そうね、そうしましょう!」

 

 彼が好む黒い色をした翅を鳴らし、キリトはその村に向かって加速する。リーファも速度をぐんと引き上げて彼を追う。二匹の妖精の姿はみるみる遠くなり、やがて豆粒程の大きさになってしまった。

 俺達はキリトとリーファよりも翅の扱いが下手であり、どう頑張ろうと先程までの距離まで詰めることは不可能である。なので、彼らが視界から消えない程度で二人を追いかけることにした。最悪シリカの飛行制限が来てしまっても、俺が彼女を抱えて飛べば良い話だ。

 

 「……!?おいキリト気を付けろ、その村何かおかしいぞ!」

 

 ようやく村がはっきりと見えてきたところで、俺はある違和感を感じ、先にそこに降りていたキリトに大声で警告する。あの考え事がまだ脳の片隅に残っていた為に気づくのに遅れてしまったが、あの集落の下に一つの大きな気配を感知したのだ。

 さらにそれ以外の気配が何一つ存在していない。これは村の中に人形すらいないことを意味している。

 

 「ん?何か言ったかソーヤ?もう一度言ってくれないk……はぁ?」

 

 俺の方を見ながら聞き返そうとしたキリトの言葉は最後まで続かなかった。というのも、突如彼が立っていた大地に大きな穴が空いてのだ。予想もしなかった出来事に口もあんぐりと空いてしまう。

 

 「え?これ飛べないz……うわあああぁぁぁ!!」

 

 そして落ちていった。キリトは翅を展開して逃げようとしたが、大穴から発生した強烈な吸引力によって逃げること叶わずに暗闇に消えた。彼の近くにリーファの気配も確認したので、恐らく彼女も落ちてしまったのだろう。今すぐにでも救出に向かいたいが、二人を飲み込んだ大穴はもう塞がってしまった。

 

 「ああ、キリトさんとリーファさんが食べられちゃいました……。私があそこに村があると言ったばかりに……。」

 

 シリカは責任を感じたのか、顔を手で覆ってしまう。確かにきっかけは彼女だっただろう。だが全部が全部悪い訳ではない。責任は俺にだってある。

 

 「シリカ、そんなに責任を感じなくて良いんだよ。それに、二人の気配はまだ消えていない。今俺達ができることはキリト達が来ることを信じてアルンに向かうことだ。」

 

 全く、少し前まで誰一人として信用しようとしなかった人間が随分と成長したのものだと内心で思う。それと同時に俺の嘘の仮面を叩き割ってくれた恩人達への感謝の気持ちが溢れた。

 

 「ソーヤさん……そうですよね!キリトさんとリーファさんならきっと大丈夫ですよn……ってきゃあ!?」

 

 その筆頭であるシリカは眩しい笑顔を浮かべてこちらを向いたが、急に重力によって落下し始めたので慌てて抱きとめる。彼女の背を見れば、小麦色の翅が光を失っていた。

 

 「飛行制限が来ちゃったのか……仕方ないね。シリカ、このままアルンへと向かうよ。」

 

 「ふぇ!?だだだ大丈夫ですよ、私一人で飛べますから!」

 

 「いや、飛べないでしょ。だって今俺が離したらシリカは地面にまっ逆さまだよ?」

 

 頭から煙が出るようなパニック状態から回復し、状況を整理し終えたシリカは「お願いします……」と小さな声で言った。

 

 「了解。ピナは行ける?」

 

 「きゅるるる!」

 

 かくして俺はシリカをお姫様抱っこしたまま『まだまだ行ける』と元気良く返事したピナと並んでアルンへと翅を鳴らした。

           



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第三十九話 新原両親と須郷伸之

 今回は須郷伸之に多少のオリジナル設定を盛っております。とはいえ以前からそうでしたが。

 あと、後半会話文多めです。


 ◇◆◇

 

 「よっと……此処がアルンか。」

 

 長時間休ませもせずに酷使した白い翅に内心でお礼を言いながら周囲に気配がないことを確認し、苔むした石の上に音も立てずに着地する。

 忘れそうになるが今の俺はあらゆる妖精を刈る《妖精殺し》であり、一般のプレイヤーとは違う。もし仮に誰かに見つかりでもすれば、この街は大混乱に陥ることは必至である。

 

 「うむぅ……。」

 

 俺の腕の中で船を漕ぐシリカは結局、あれからずっと己の翅で飛ぶことをしなかった。というより、飛べなかった。俺が飛行制限の時間は地面に降りることで回復することを知らなかったからだ。その結果、俺のお姫様は約一時間もの間抱っこされることになってしまった。ご本人は何処か嬉しそうだったが。

 だがそれももう終わりだ。シリカの頬をぺちぺちと叩き、彼女の虚ろな意識を呼び覚まさせる。今眠ってしまえば此処まで苦労して来た意味がなくなってしまう。どうにかして宿まで耐えて貰わねばならない。

 

 「うんみゃ……ソーヤさん?ついたんですか?」

 

 「……うん、ついたよ。地図を見る限りあっちに激安のがあるみたい。大通りとは離れているし、店主もNPCらしいからそこに行こう。ピナもついてきてね。」

 

 「きゅるるる。」

 

 絶対に目立つ訳にはいかない俺の意を汲んだのかピナは小さく鳴き、眠そうに瞼を擦るシリカの手を引く俺の後に続いた。サクヤとアリシャに所持金の殆どを渡した為、現在の手持ちはほぼゼロと言っても間違いではない。

 無数の気配に気を配りながら例の宿屋に到着し、二人分の代金を支払おうとしたその瞬間、俺はシリカとピナを抱えて植木鉢の影に隠れた。この宿目指してやって来る三つの気配を確認したのだ。一応俺は気配を隠すことが得意な部類に入る。このまま息を潜めておくことにしよう。

 やや古びた扉が軋んだ音を鳴らしながら開かれた。そして入って来た者達を視界に捉え、俺はとんだ取り越し苦労だったと呟きながら隠れることを止める。あの三人になら別に姿を見られたところで何ら問題はない。

 

 「……やぁ、キリト。」

 

 「そ、ソーヤ!?いつからそこにいたんだ!?」

 

 眠気を覚ますように何度も顔を叩いていたキリトは驚愕の表情をこちらに向け、隣の小さなおねむさんのように欠伸をしていたリーファは肩を跳ね上げる。

 

 「ああ、そこの植木鉢に隠れていたんだよ。一応バレたら何が起こるかわかったもんじゃないからね。」

 

 「確かにそうだな……というか、ソーヤは普通に街に入れるんだな。」

 

 「……そうだよ。どうやら俺はプレイヤー判定の方が強いみたいだからね。メニューも出せるし。」

 

 そう答えながら左手を振ってウィンドウを開く。どうも俺はグランドクエストやらに出てくる妖精達とは別物扱いされているようなのだ。

 あれらはモンスターに分類されるそうだが、俺は同じ翅を持つのにも関わらずプレイヤーに分けられている。現在のようにメニューを開くことができたりアルンの街に入ることができていることがその最たる例だ。

 しかし俺はどの種族にも属さない為に『自身の種族の領地内ならば殺されない』というルールが適用されない。故に、安全地帯に逃げた者を追いかけて殺すことだって可能なのである。まぁこれは偶然気づいたことなのだが。

 

 「ふわぁぁぁ……ソーヤさん、早く寝たいです……。」

 

 「うん……私も~。キリト君、さっさと部屋取ろ~。」

 

 「……はは、女性陣はもう限界みたいだ。もう遅いし、寝るとしようぜ。」

 

 「あ、待ってキリト。今すぐに君と話したいことが一つあるんだ。」

 

 ポケットからお金を取り出したキリトに静止の声をかける。彼はどうしたと問うように首を傾げた。

 数時間前、サクヤの問いに一瞬だけ瞳を伏せた時のキリトの顔が脳裏をよぎる。あの時、彼の瞳に写っていたのは何者かに向けた怒りと己の無力を呪う感情の二つだった。それがあの最悪の想定と結びつき、俺の頭から離れない。

 正直このままでは、これからの攻略に支障が出ると思われる。キリトとリーファを飲み込んだ大穴に気づくのが遅れたように、意識の幾らかをそちらに持っていかれるようでは死んでしまう危険性がある。

 だから、最悪の想定が現実のこととなっているのか早急に確かめねばならない。今は亡き新原夫妻の一人息子として知らなければならない、仮に事実であれば止めなければならない。それが例えどんなに残酷で、更に俺が人間を手にかけてしまうことになろうとも。

 

 

 ◇◆◇

 

 「それで、話ってのは何だ?今すぐにって言ってたが、そんなに急ぐ必要があるのか?」

 

 「……急ぐ必要があるというより、俺が今すぐに確かめたいことなんだ。キリトは俺の質問に答えてくれるだけで良いよ。」

 

 二つあるうちの一つのベッドに腰掛けたキリトはいつになく真剣な表情を浮かべる少年を見つめる。因みに少女とリーファは彼らの隣の部屋を取り、既にログアウトを済ませていた。あの場に残っているのはご主人のベッドで眠るピナだけである。

 そしてキリトの視線を受けた少年はゆっくりと一つ目の質問を口にした。

 

 「キリト……君は現実で須郷伸之という人間を知ってる?」

 

 「……!!」

 

 キリトの目が見開かれる。彼はまさかその名前が少年口から飛び出てくるとは微塵も考えていなかった。

 あの男と初めて出会った時のことを思い出す。アスナの父親が退出した瞬間に薄笑いを浮かべ、昏睡状態を利用して彼女と結婚すると堂々と告げられたこと。そして、何もできない自分の非力さを呪ったこと。

 自然とキリトの顔はあの時と同じものになっていた。何故少年が知っているのかという疑問など今はどうでも良いと言うように、彼の頭の中はアスナと奴のことで一杯になっている。

 

 「……どうやら嫌なことを思い出させてみたいだね、本当にごめん。次で最後の質問にするから。最悪この二つだけ聞くことができれば良いんだ。」

 

 雰囲気が変わったキリトを見た少年が小さく頭を下げる。他者の感情を読み取ることに長けた少年は彼の持つ暗い感情が増幅してしまったことに気づいたのだ。

 これ以上キリトが思い出したくない記憶を無理矢理掘り起こさない為にも、少年は己の仮説が嘘か真か確かめる為に必要最低限の質問をぶつけた。

 

 「シリカから聞いたことなんだけど……今、現実で約三百人のSAOプレイヤーが帰還できていないって本当のこと?」

 

 「……ああ、事実だよ。ニュースでも連日報道されてる。でも何でそんな事を聞いたんだ?シリカから聞いたのなら、わざわざ俺に確認を取るようなことはしなくて良いと思うんだが。」

 

 「……それには申し訳ないけど答えられない。でも、ありがとう。お陰で俺が次にやるべきことが決まったよ。それじゃ、またね。」

 

 少年は腰掛けていたベッドから立ち上がり、部屋の出口へと向かい始める。それを何気なく眺めていたキリトだったが、慌てて我に返ると少年の後を追いかけてその肩を掴んだ。

 

 「おい待て、今さら何処に行くつもりなんだ?」

 

 「そんなの、父さんと母さんの努力の結晶を踏みにじるような非人道的の研究を止める為に決まっている。俺の両親はもういない、だから俺が止めなければいけないんだ。大丈夫だよキリト、死ぬつもりなんてないから。」

 

 振り返り、キリトを至近距離から見つめる少年の瞳はある使命に固執し過ぎているようにだった。それは基本鈍感な彼でさえ余裕で気づくことができてしまう程に表に現れている。

 しかしキリトは少年が何を言っているのか理解することができなかった。彼は少年の両親のことを知らない、その為にどうして少年がこんな行動をするのかもわからないのだ。

 それでも、キリトは掴んだ少年の肩を離そうとはしない。絶対に離してはいけないと彼の勘が告げていた。

 あと一歩歩み寄れば、お互いの鼻の先が当たってしまう程の近さで二人は視線を交錯させる。数分後、キリトがこの手を離すつもりがないことを理解した少年は根負けし、ため息をつきながらベッドへと戻った。

 

 「……次は俺に質問させてくれ。何であの二つのことを確認して急に飛び出そうとしたんだ?それと『父さんと母さんの努力を踏みにじるような非人道的な実験』って一体……?」

 

 キリトに質問をぶつけられた少年は元々険しくなっていた顔を更に険しくする。まるで少し前の彼のように、思い出したくない過去を深い意識の底から引っ張り出したような顔だった。

 

 「……それに答えるには俺のもう一つの過去を話す必要があるんだ。ただし……絶対に誰にも言わないでね。シリカやピナ、リーファにも話してはダメだよ。」

 

 「り、了解だ。」

 

 少年が一瞬放った有無を言わせない威圧感に気圧され、キリトはぶんぶんと首を縦に振る。そして少年は渦巻く悲しみを隠しながらぽつりぽつりと血濡れたものとは異なるもう一つの過去を彼に話し始めた。

 

 「それじゃあ、まずは俺が何者なのかっていうところからだね。キリトは俺のことをどれだけ知っていたっけ?」

 

 「それは、確か最後の戦いの時に言っていた……お前の両親が茅場昌彦の部下だってことぐらいだな。」

 

 二年間生きたあの場所からの解放を賭けて茅場昌彦に挑む少年が突如、衝撃の関係を明らかにした当時のことを思い出しながらキリトは少年の問いに答える。

 基本的に少年は何度も裏切られた過去を持つ故に、自分のことを積極的に話すような真似はしない。そして聞かれたとしても、心から信用できる人間にしか己の口で過去を打ち明けることはしない。その為に、キリトは少年のことをあまり知らないのだ。

 

 「成る程ね……あ、そういえばキリトは茅場の叔父さんのことに詳しかったよね?だったらこれを聞けば、すぐに気づいてしまうかもしれない。俺の名字は『新原』なんだけど、これに心当たりはある?」

 

 「『新原』か……ん?『新原』って言ったか!?それってもしかして……脳の構造を完全に解析したっていうあの……!?ということはまさか……!?」

 

 キリトの瞳がどんどん収束していき、同時に驚愕の色が浮かび始める。正体を悟られたことを感じ取った少年は流石だと賞賛を送り、これまで自身を隠していた謎のベールを取り払った。

 

 「そのまさかだよ、キリト。俺は、不幸にも交通事故で亡くなった新原華菜と新原壮一郎の息子にあたる新原創也だ。」

 

 「そうだったのか……。でも何でそれがあの行動に?まだ俺には結びつきが見えないんだが。」

 

 「だから、まずはって言ったでしょ?……此処からの話が重要になるんだ。」

 

 物音一つせず、やや薄暗い部屋に少年の一層重くなった声だけが響く。対面に座るキリトからは自然と少年の拳が強く握り締められているのが見えた。

 

 「先にキリトの質問に答えておくと、俺が飛び出したのはその実験を止める為だよ。そしてその実験っていうのは……同じく茅場昌彦の部下であった須郷伸之が以前から計画していた、人間の脳の感覚以外の機能までも制御するというものだよ。簡単に言ってしまえば、他人の思考とかを支配して操り人形にしようとする実験になる。」

 

 「……嘘、だろ。そんな事できる訳g……」

 

 「いいや、できるよ。」

 

 常軌を遥かに逸脱した非人道的な実験が行われていることを否定しようとしたキリトの言葉を少年が遮る。一瞬だけ疑問符を浮かべた彼だったが、次の瞬間には何かに気づいたような顔をした。

 

 「キリト、気づいたようだね。既に俺の両親が脳の構造を解明してしまっているんだ。それを利用したのならば、あとは制御の手段を調べるだけになる。この方法が発見されるのに、そう時間はかからないだろうね。」

 

 「ソーヤ……。」

 

 「だから俺は止めに行こうとしたんだ。これまで治療が難しかった脳の病気を治すことができるようにって必至に研究した父さんと母さんの成果を悪用するような輩を放ってはおけない。あんなことに俺の両親の研究を生かしてはならないんだ。一刻でも早く止めに行かないと。」

 

 再び立ち上がろうとした少年をキリトは上から体重を掛けるようにして押さえつける。重力も味方に加えた彼の力は、今この時だけ少年のものを上回っていた。 

 

 「それなら、尚更一人で行くな。俺も連れていけ。もしかするとシリカから聞いているかもしれないが、アスナは世界樹の上に捕まっている。となると奴も同じ場所にいると考えても大丈夫だ。何せ、あいつは現実でアスナと結婚しようと目論んでいる。それに加えてそんな研究しているのなら、世界樹なんて隠れてこそこそするのにうってつけじゃないか。つまり、俺達の目的地は一緒な訳d……」

 

 『間もなくメンテナンスを行います。プレイヤーの皆様はログアウトをお願いします。繰り返します。間もなくメンテナンスを……』

 

 絶対に行かせないとばかりに早口で捲し立てるキリトの言葉を今度は無機質なシステムアナウンスが遮った。

 

 「ああ、もうそんな時間か。ほらキリト、早くログアウトしなくちゃ。」

 

 「……そうだな。ソーヤに言いたいことはまだまだあったが、仕方ない。だけど、最後にこれだけは言わせてくれ。もうお前は独りじゃない。もっと俺達を頼ってもいいんだぞ。……それじゃ、また明日な!」

 

 そう言うとキリトはウィンドウを開き、操作し始める。その数秒後、彼の姿は無数の光となって消え去った。残されたのは少年ただ一人。少年は疲れはてたようにばたりとベッドに倒れた。

 

 「……『もうお前は独りじゃない。もっと俺達を頼ってもいいんだぞ。』か。確かにそうだ。俺はもう独りじゃなくなった。はは、シリカにも言われたのにな……。」

 

 少年の自嘲まじりの言葉は瞬く間に無人となった街の中に消えていく。少年にはこれまで頼れる友人などいなかった。その為、彼は長年独りで物事に向き合うようになる。唯一頼ることのできる家族には心配をかけたくないという考えを持ち、その考えは更に少年の孤独を加速させた。そしていつしか少年にとって物事とは独りで向き合うことが当たり前になっていた。

 

 「もっと頼ってみるか……皆を。」

 

 どういう訳かこの妖精の世界に迷い込み、鋼鉄の城で出合った愛する人にもう独りじゃないと言われた。それに加えて先程、初めて自分を裏切らなかった男からもっと頼れと言われた。その言葉が少年の心に溶けていく。

 一人では越えられない壁も皆なら越えられる。少年が幼かった頃に母親が読んだ絵本のワンフレーズが彼の脳裏をよぎる。

 どうやら俺は使命感に囚われ過ぎていたのかもしれない、そう少年は思った。両親の努力を踏みにじられ、息子として憤りを感じていたのかもしれない。基盤を作ってしまった責任を取らなければならないと躍起になっていたのかもしれない。

 もし仮に、このまま独りで行っていたらどうだろうか。少年は浅いところで思考を開始する。はっきり言って研究を止めることができるかどうかは怪しい。だが仲間がいれば成功確率が上がると思われる。

 自分自身で弾き出した答えに少年は戸惑いを覚えた。長年凝り固まっていた価値観がいとも簡単に崩れたことに驚きを隠せないでいた。

 しかしそれも当然のことかと少年は疑問を追及する手を打ち切る。少年は二年前から孤独ではなかった。いつも隣に誰かがいて、お互いの背中を預けあっていた。あの価値観は少しずつではあるが変わっていたのだ。

 

 「……早く皆に会いたいなぁ。」

 

 楽しそうにそう呟いた少年はゆっくりと意識を手放す。彼の口元には自然と弧が描かれていた。  



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第四十話 隠し事

 今回もオリジナル設定が登場します。


 ◇◆◇

 

 真っ白な廊下を抜け、今日も今日とてベッドで眠る彼が入院している部屋を訪れる。慣れたように首から下げていたパスをネームプレートの下に滑らせると、かすかな電子音の直後に扉が開かれた。

 相変わらず何もない部屋だ。しかしこれからはもう何もないなんて言わせない。置かれている椅子に座り、手に下げていた袋から小さな花瓶とお見舞いの花を取り出す。花瓶にその花を生けると、ちょんと部屋の窓際に置いた。そこは彼が目覚めるとすぐに目に入るであろうところである。

 以前までならこんな事をする余裕なんてなかった。この部屋に来る意味は決してお見舞いなどではなく、彼が起きているか確かめる為だとしか思っていなかった。そう思えてしまう程に精神が追い詰められていたのだ。

 

 「これが……私の最初のお見舞いです。」

 

 だから此処ではない場所とはいえ彼を取り戻すことに成功し、張り詰めていた精神に余裕ができた今こそ、彼のお見舞いに初めて行こうと思った。

 どうせ今日は午後三時まで彼に会いに行くことはできない。そう考え、お母さんにオススメの花屋と花瓶が売っている店を聞いて朝食をとり終えるなり家を飛び出した。

 先に行ったのは花瓶の方。お見舞いに適しているようなものを店員さんに教えて貰いながら、色は自分で選ぶことにした。そして選んだのは赤。彼の色と言えば何だろうか、と考えた時に瞬時に思い浮かんだのがそれだった。

 赤と聞けば彼の血にまみれた過去を思い浮かべてしまうが、それよりも彼の瞳の方が先に出てくる。何度も死にかけた自分を救ってくれたあの赤の瞳が大好きだった。故にその色そっくりの花瓶を見つけた瞬間にこれにしようと決めた。

 母親から貰ったお小遣いで会計を済ませ、近くにあった例の花屋へと入る。だが、どの花が良いなんてわからなかった。店の中のどれもが綺麗に咲き誇っており、どれを選んでも問題無さそうに見えた。

 しかしもしかするとそういう花があるのかもしれないと思って店主さんに相談すると、ある花を薦められた。波打つような形の花びらが重なり合ったその花はカーネーションだった。一体何故と首を傾げて店主さんに問うと、急にニヤニヤと笑みを浮かべて耳打ちで答えを教えてくれた。

 

 「カーネーションの花言葉はね、『無垢な愛』とか『深愛』なの。ちょうど恋をしている珪子ちゃんにぴったりでしょ?」

 

 あの時は顔に火がついてしまった。どうして店主さんが知っているのだろうかと思ったが、確かあの人は母親と顔馴染みだった筈だ。きっとメールか何かで教えたのだろう。

 かぁっと再び熱を帯び始めた頬に手を当て、これ以上は考えないことにしようと首を振って意識を彼へと向けた。

 未だに目覚める気配を見せない彼の体はもう見るに堪えない程痩せてしまっていた。前から骨と皮だけだった腕は骨格が浮き出ており、ミイラと言われても否定ができない位にまでなっている。少し前までなら此処で何もできない自分が悔しくて、彼の枕の隣に顔を埋めていただろう。

 だが今では、その必要もない。必要とされているのは『待つ』ことだけである。彼はちゃんとこっちに還ってきて、これまでの埋め合わせをすると言った。そう言われた時、何にも変えがたい幸福感が心を満たしたことははっきりと覚えている。

 されど、それよりも嬉しかったのは……彼が自分達の願いを覚えていてくれたことだ。剣の世界から解放された最後の決戦の直前、彼に溢した禁忌の願い。それを忘れず、尚且つ彼もまた願っていたことがどれ程の嬉しさを生んだのかは自分自身でも理解できていない。

 

 『……もしそんなことができたら、どれ程嬉しいだろうね……。何処かでずっと一緒に生きて、そして死ねたらどれだけ幸せだろうね……。』

 

 この世界からの解放を拒み、己の生涯を終えるまで此処にいたいという子供の我が儘を聞いたあの時、彼はそう答えた。まるで本当の彼が漏れ出たみたいな声だった。その証拠に、あのあと彼はそんな自分を押さえつけるように続きの言葉を切ったのだ。

 正直、もっと本心をぶちまけてほしかった。還りたくない、そう言ってほしかった。でも彼に追及したりはしなかった。彼の何かの決意を固めた顔を見てしまったから。ぎゅっと自分を抱いていた彼の力が強くなったのを感じたから。まぁその数時間後に彼と長い別れを告げることになってしまったのだが。

 そして妖精の世界で再開し、死への執着にとらわれていた彼を解放することができた時、彼が最初に口にした「……願いが叶ったんだね。」という言葉。その彼の言う願いが何を指していたのかはすぐにわかった。だからこそ、あんなにも嬉しかったのだ。

 

 「……お、その子が珪子が惚れたっていう創也君ね。あの写真の通り、結構カッコいいじゃない。」

 

 「え……お母さん!?」

 

 突然聞こえた自分ではない、だがかなり聞き覚えのある声に内側へと向けていた意識が引き戻された。扉の方を見れば母親の姿があった。母親は自分とは反対の椅子に腰掛けると、実に自然な動作で彼の顔を優しく撫でる。

 その様子はまるで実の娘である自分と同じように、彼のことを息子のように扱っているように感じられる。そう感じてしまう程に母親の動作には慈しみの感情が含まれていた。

 

 「どうしてお母さんが創也さんのお見舞いに?」

 

 「母さんの知り合いもたまたま此処に入院していてね、そのお見舞いに行っていたのよ。それと彼については元々の予定だと、珪子からの紹介を待つつもりだったのだけれど、そうもいかなくなったの。……ちょっとこの子について、珪子に大切な話ができたからよ。」

 

 母親がいつものふわふわした感じを捨て去り、真剣そのものと言った雰囲気を纏う。数日前に自分の折れかけた心を立ち直らせてくれた時と同様の空気が場を支配した。意識せずとも背筋がぴんと伸びる。

 

 「創也さんのこと?」

 

 「そう。珪子も彼の名字を知っているわよね?」

 

 「勿論だけど……それがどうかしたの?」

 

 何故母親はそんな事を聞くのだろうか。彼の名字など、この部屋の前にあるネームプレートで簡単に知ることができる筈なのに。疑問符が浮かび、首を傾げる。

 

 「……どうも察しが悪いようね。ヒントをあげるわ。母さんは珪子の話を聞いて、創也君と茅場昌彦がどんな関係なのかも知っている。だから、さっきちらりと彼の名字が見えた時まさかと思った。此処まで話せば珪子、貴方も流石に気づくでしょ?」

 

 未だに消えない疑問符を浮かべたまま、母親のヒントを頼りに思考を巡らせる。今、母親が話そうとしていることは彼に関することで、それには彼の名字と茅場昌彦との関係が大きな鍵になっているのは間違いない。

 彼の名字は『新原』であり、彼の両親は茅場昌彦の部下にあたる関係だった。これは彼本人が言っていたことなので疑いようもない。

 その時雷撃が走った。そうだ、確かあのデスゲームが始まる少し前、ある偉業を成し遂げた二人の研究者が茅場昌彦のいるアーガスに居場所を移したという話があった。

 目を閉じ、数年間の記憶を掘り返していく。やがて数秒の後に求めていた情報を引き出すことができた。当時、見飽きる程に報道されていたことだ。謎で埋め尽くされた脳の構造を完全に解明し、難病の治療を何十歩も進めたと言われた研究者の夫婦。確かその名前は……新原華菜と新原壮一郎。

 こんな偶然があるだろうか。いいや、ないだろう。十中八九、彼はその両親の間に生まれた子どもなのだ。そうなると……

 

 「ねぇお母さん、まさか創也さんって……。」

 

 自分でも驚く位に震えた声が出た。彼の両親は一時期この世界に住まう誰よりも有名な人間だった。それ故にその最期も知っている。

 対面に座る母親は愛娘の問いを受け、ゆっくりと頷いた。

 

 「一応そうではない可能性はまだ残っているのだけれど、恐らく創也君は既に両親を亡くしてしまっている。」

 

 「……!!」

 

 絶句する。今思えば、どうしてこれまで気づくことができなかったのだろうか。彼の名とその関係は前から知っていた。なのに、気づいてやれなかったのだろうか。最近沸き出すことがなかった自己嫌悪の感情がどろりと溢れ始める。

 

 「はぁ……そういうところは珪子の悪い癖よ。てぃっ!」

 

 「痛!」

 

 椅子から立ち上がり、足早にこちらに近づいてきた母親は脳天にチョップを食らわせてきた。いきなり何をするんだと口を開こうとしたが、それより先に母親の言葉によって遮られる。

 

 「そう自分のせいだと抱え込まなくていいの。幾ら嘆いたところで、過ぎたことは変わらないんだから。過去を嘆く暇があるのなら、未来で何をするか考えなさい。」

 

 「未来で何をするか……。」

 

 「そうよ。例えば……創也君が目覚めた時、ちゃんと笑顔で迎えてあげるとかね。それじゃあ、帰りましょう。そろそろメンテナンスも終わる頃じゃないの?」

 

 母親に言われて部屋の時計に目をやると、時刻はもうすぐ三時になろうとしていた。何故母親があのゲームのことに詳しいのかはどうせホームページでも見たのだろうと自己解決し、早く行かなきゃと椅子から立ち上がって出口の方へと身体を向ける。すると、肩をぐわしと捕まれた。

 

 「あら?珪子、愛しの彼に行ってきますのキスはしないの?」

 

 「……ふぇ!?」

 

 いつぞやの時のようにさらりと飛び出した爆弾発言に頬の火照りが息を吹き返す。振り返るとニヤニヤした笑顔を浮かべる母親が彼の口元を指差していた。視線が自然と集中する。

 彼の唇は痩せ細った腕などとは別物だと思える程に血色が良く、女である自分から見ても綺麗だと言わざるを得ない位に美しかった。吸い寄せられるように身体が動く。彼との接吻を求めるように動いていく。

 しかしそれを己の意識ではっきりと拒否する。いつの間にか眼前にまで迫っていた彼の顔と自分との間に一本の指を挟む。こっちでのファーストキスは彼からしてほしいのだ。

 向こうでは完全に自分のせいなのだが、不意打ちという形でしてしまったのだから、せめて現実ではちゃんとしてみたい。

 

 「……うん、しなくて良い。このキスは創也さんが目覚めるまでとっておきたいの。」

 

 「それもそうね。……珪子、もし彼がさっきの話の通りなら私達でちゃんと迎えてあげましょうね。」

 

 「私は創也さんがどうなっていようと、目覚めた時は笑顔で迎えるつもりだよ。……って、ちょっと待ってお母さん、『私達』ってどういうこと?」

 

 冷静になった頭で今の母親の発言に突っ込むが、母親は「今はまだ秘密なのよ」とニヤニヤと笑みを浮かべたままで取り合ってはくれなかった。

 そして今日の夜に彼が目覚め、母親は隠そうともせずにその秘密を明かした。だが、それは自分だけでなく彼でさえも唖然としたものだった。

 

 

 ◇◆◇

 

 自分以外誰一人として存在していない今の状況は、絶対に見られてはいけないようなことをするのには最適なものだ。長い睡眠から目を覚ました俺はごろりと横になったまま、プレイヤー用のウィンドウを開いていた。

 シリカやキリト達が来るまで残り約二時間程。それだけの時間があれば、この作業も済むことだろう。表示されている様々なボタンを押したり、周囲のグラフィックの確認をする。

 キリトに須郷伸之のことを質問した時の反応からある一つの仮説を立てていたが、どうもそれは事実の可能性が高いようだ。此処はあの鋼鉄の城があった世界の上に存在している。明らかにこれは奴個人で作り上げることのできる完成度を越えている。

 

 「……システムログイン。」

 

 俺がそう呟くと、周囲に幾つもの新たなウィンドウが展開される。そしてこれがあの仮説を事実へと確定させた。今の言葉に反応するのはSAOの裏方を全て引き受けていたカーディナルのみ。つまりこのゲームもあのコンピューターが制御しているという訳だ。

 目の前に開かれている無数のウィンドウの一つに目を向ける。そこには、三つの管理者の名が表示されていた。上から順に『ヒースクリフ』、『ブレインマスター』、『オベイロン』と並んでおり、中央のもの以外は既にログイン状態にある。迷わず真ん中を押し、パスワードを入力してログインを完了させる。

 しかし両親も安直な名前をつけたものだ。脳の構造を解説したからってそのままそれを採用するとは。いや、本名でこの造られた世界に飛び込んだ俺が言えたことではないのかもしれない。

 そんなことを意識の片隅で考えながら身体を起こし、ホロキーボードで次々とコマンドを入力していく。須郷という人間は用心深い男なのだ。管理者権限を持つアカウントに変化が生じていることが気づかれてしまえば、どうなるか想定できない。念には念を入れておくべきだ。

 それからしばらくの間、奴の目から逃れる為の設定をただ思いつく限り入力した後にウィンドウを全て消去した。こんなに集中したのは久し振りである。再びベッドに倒れ込み、高速回転させた頭を冷やしていく。

 

 「そういや……よく考えればキリトに黙っておいてって言ったあの話、意味ないかもしれないなぁ。」

 

 ふとそんな声が出た。未だ回転が収まりきっていない頭で考え直してみると、あの話は隠す必要などない。正確に言えば、黙っていてもいずれシリカとかが気づくと思われる。

 俺の両親が茅場昌彦の部下であったことは勿論シリカも知っている筈だ。そして彼女は現実の世界で眠る俺を毎日お見舞いに来ていたと言っていた。ならば俺の名字も当然知ってしまうことになる。

 茅場昌彦の部下の夫婦、そして『新原』という名字を持つ俺という存在。この二つの情報が手に入ったのなら、俺があの二人の間に生まれた子どもであることに容易に気づくことができるだろう。

 まぁ別にこっちは皆にバレようと大した問題にはならない。俺が隠し通さなければならないのはあのアカウントの方である。流石にこの世界を自由に書き換えることができてしまう力を持っていることを周囲に知られる訳にはいかない。

 皆を信用していない訳ではないが、これは誰にも知って欲しくはないのだ。結局は完璧な自己満足である。あくまでもこれは最終手段。俺達が須郷のアカウントによって挽回不可能な状況に追い込まれた時だけに使う為のものなのだ。

 そう言い聞かせ、ずっと内側に向けていた意識を外側へと戻しながら思考を半ば無理矢理に打ち切った。恐らくメンテナンスが終了したのだろう、多くのプレイヤーがこの世界に舞い戻ってきて街がどんどん賑やかになってきたのだ。

 もう少しすればシリカやキリト達もログインしてくることだろう。故にもうあのことについて考えることは不可能となった。もし仮に考えれば確実にシリカかキリトのどちらかに突っ込まれる。あの二人も結構な頻度で相手の思考を読み取ってしまうことがあるのだ。

 その瞬間「呼んだ?」と言うように隣のベッドから光が発生した。キリトがやって来たのだろう。予想通り、ログインするのが早い。やはり彼は生粋のゲーマーのようだ。いや、アスナに関することだからこうなっているのかもそれないが。 

 さて、この騒ぎが今日で終わると良いのだが……と何処か叔父さん臭いようなことを思いながら俺はキリトの姿を形作り始めた淡い光を眺めた。



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第四十一話 もう一度

 投稿が遅れてすいませんでした。近頃多忙で執筆時間があまり取れませんでした。

 ですが、最低でも一週間に一話は投稿できるようにしたいと思っていますので、今後もこの作品を楽しんでいただけると嬉しいです。


 ◇◆◇

 

 現代に生きる少し訳ありの普通の学生の肉体を捨て、俺が黒衣の剣士として目覚めたのは昨日ログアウトした宿屋の部屋。隣に目を向ければ、白の妖精と小さな妖精の姿があった。

 

 「こんにちは、キリト。やっぱり早いね。」

 

 「ふわぁぁぁ……パパ、おはようございます。」

 

 「ああ、こんにちはソーヤ。あと今は昼だぞ、ユイ。」

 

 俺が入ってくるのを待ち望んでいたかのような様子をしている白の妖精ことソーヤに挨拶を返し、眠たそうに目許を擦る小さな妖精ユイの頭をこつんと突く。彼女と関わっていると本当に娘のようだ。もし仮に現実で子どもを持てば、こんな感じになるのだろうか……。

 そうして少しばかりほんわかした気持ちになっていると、いつの間にか接近を許していたソーヤに頭をぶっ叩かれた。そうだ、今はこんなことをしている場合ではない。俺は此処に愛する人を、ユイがママと慕う人を助けに来たのだ。

 ウィンドウを開き、背中に自分の背丈と同じ位の大剣を装備する。俺の意図を理解したのか、ソーヤは全身を覆い隠すコートを纏って立ち上がり、ユイは胸ポケットの中へと潜り込んだ。

 取っていた部屋の扉を開けると、ちょうどリーファとシリカ、彼女の相棒であるピナも出てきたところだった。二人とも挨拶を交わし、皆でアルンへと繰り出す。

 人気の少ない裏路地を抜けて大通りに到着すると、そこには圧巻としか言い様のない景色が広がっていた。

 様々な翅の色をした妖精達が仲良く歩き、此処だけが別世界のような雰囲気を醸し出しているのだ。そして、建ち並ぶ建造物の横から伸びる緑色の円筒物は全て街の中央に存在する一つの巨木へと繋がっていた。

 

 「あれが、世界樹……。」

 

 思わず畏れに打たれたような声が出る。ソーヤは無言でそれを見上げ、リーファはシリカにあの上に天空都市がなんだのと話している。どうせ奴のことだ、そんなものなど存在させている訳がないだろうに。

 内心でふつふつと怒りを蓄積させながらアルンの中央市街へと続く門をくぐろうとしたその瞬間、いきなり小さな顔がポケットから現れた。視線は上空に固定され、食い入るようにある一点を見つめている。

 

 「ユイ、突然どうしたんd……」

 

 「ママが……ママがいます。座標は此処から真っ直ぐ上にいった場所です!」

 

 それを聞いた俺は唐突に翅を広げ、上空へと飛び立つ。それが事実であるかどうかなど確認する暇すら勿体なかった。己が出せる最高速度で愛娘が指した座標へと向かう。

 後ろからリーファ達が追いかけながら何かを言っているようだが、聞こえないし聞こうとも思わない。俺の意識はこの上に捕らわれているお姫様のことで頭がいっぱいなのだ。

 ただひたすらに上へと飛び続け、あともう少しで世界樹の枝の一つに手が届きそうになった。手を伸ばし、懸命にそれを掴もうとする。だが、俺の手はいとも容易く虹色の障壁に阻まれた。

 そして、激突。大きな金づちで思いっきり叩かれたような強い衝撃が頭を襲った。この世界は現実世界に影響を及ぼすことが無いよう、痛みなどの信号を不快感に変換している。その筈なのに意識がなくなりかけた。

 しかし、今はそんな事など関係ない。俺の行く道を阻む虹色の障壁を何としても打ち破るべく、閉じかけていた翅を再度展開して上昇を開始した。

 七色に輝く障壁に向けて拳を振るう。それは無駄だと嘲笑われるかのように弾き返されるが、すぐさま反対の拳を打ち出す。その拳一つ一つに邪魔だ、どけと怒鳴るように。

 何度も殴っては弾かれを繰り返す。いつかこの壁が砕ける瞬間だけを待ち望んで己の拳を振るい続ける。

 右の拳がまた弾かれた。ならば左手を……そう同じように俺は身体を動かそうとした。されど、いつまで経っても左の拳は飛び出さない。

 上だけを見ていた両眼を左方向に向ける。そこには俺の左腕を掴むリーファがいた。

 

 「もう止めてキリト君!此処から先はどうやっても行けないんだよ!!」

 

 「それでも……俺は行かなくちゃいけない!俺の助けを待ってる人がこの上にいるんだ!!」

 

 強引にリーファの手を振り払い、自由を取り戻した左手を今度こそ邪魔な壁に叩きつけようとする。するとまた何者かがそれを阻んだ。

 

 「落ち着いてくださいキリトさん!何度あの障壁を殴っても意味がありません!!」

 

 「俺は十分落ち着いている!いいから離してくれ!!」

 

 俺の腕を掴みながら説得しようとしたシリカの手からも逃れ、今ある力の全てを込めて拳を打ち出した。恐らく今までで一番の威力を誇るであろうそれは対象を砕かんと迫っていき……突然下から出現した片手に受け止められる。

 装備していたコートのフードをもう片方の手で取ったソーヤは俺を睨んでいた。有無を言わせない圧倒的な威圧感がそこにはあった。

 

 「キリト、メンテナンス前に君自身が何て言ったのか覚えてないの?『もっと俺達を頼れ』だよ?じゃあ、何でそう言った本人のキリトは周りを、俺達を頼ろうとしないの?」

 

 ソーヤの口調は恐ろしいまでに冷ややかだった。俺達がまだ鉄の城にいた頃、彼は一度だけ自己嫌悪に陥っていた俺を壁にぶつけて怒りをあらわにしたことがある。

 今のソーヤはあの時とは正反対だが、怒っていることに変わりはない。その証拠に彼の目は怒りの一色で染まりきっていた。

 

 「頼ったところで……この状況がどうにかなるのかよ!皆が俺に力を貸してくれたところで、この壁が壊せるのかよ!!無理だろ!?……俺は、どうすればいいんだよ……。」

 

 俺は先程までずっと酷使していた両腕をだらんとぶら下げ、その場に立ち尽くす。どれだけ殴っても虹の障壁が壊せないことなんて、とうに理解していた。

 それでも、俺は振るう拳を止められなかった。あと僅かで手が届くところにアスナがいる。それを知った瞬間、知らず知らずのうちに蓄積されていた焦りが爆発してしまったのだ。

 そんな俺の肩をソーヤがぽんと叩く。もう彼からはあの威圧感も怒りの感情も感じられなくなっていた。

 

 「……いきなり怒ってごめんね。確かに、俺達がどうしたってこれは壊せない。この上にいる人に会いに行くことはできない。でも、俺達が此処に来たということだけは伝えることができると思うよ。」

 

 そう言ってソーヤは視線を少しだけ下に向ける。彼が視界の中央に捉えていたのは俺の胸ポケットを住処にしているユイだった。どういうことだと首を傾げる俺達三人と一匹を一瞥した彼は察しが悪いなぁと呟きながら上を指差した。

 

 「声だよ、声。この壁はどうも形あるものだけを弾こうとするようになっているみたい。ユイちゃん、確か『警告モード音声』ってあったよね?あれなら届くかもしれない。」

 

 「はっ、そうでした!……ママ!ユイです!ママー!!」

 

 ユイの最大にまで増幅された音声が虹色の障壁を抜け、上へ上へと登っていく。そしてそれから約一分が経った頃、青しか映らない視界に小さな白の光が現れた。その光はゆらゆらとたんぽぽの綿毛のように舞い降り、俺の広げた両手に落ちてきた。

 

 「これは……カードですか?」

 

 「うん、カードだね。でもこんなアイテムあったかなぁ?」

 

 両隣から覗き込んだシリカとリーファが言った通り、落ちてきたのは一枚の銀色をしたカード。表面には何の文字も書かれておらず、一度叩いても解説のウィンドウが開かれることもない。これがこの世界のものではないことは明らかだ。

 その後、カードを確認したユイとソーヤによってこれはシステム管理用のアクセス・コードであることが判明した。プレイヤーではない娘はともかく、一目で判断した彼を不思議に感じたリーファだったが、彼の「システムに少しばかり詳しいんだ」という回答に納得させられていた。渋々ではあるが。

 ともかく、こんなものが自然と落下してくる訳がない。あくまで予測に過ぎないが、ユイの声を聞いたアスナが俺達に気づいて落としたものだろう。

 カードをそっと握り締める。捕らわれの身でありながらも脱出しようと抗っているであろうアスナの意思が伝わってくるような気がした。

 早く俺が助け出さねばならない、再び生まれた焦りに駆られて行動しかけたその瞬間、ソーヤがそれを遮るように前に立ち塞がる。

 

 「キリト、今から世界樹の中に行くつもりだよね?」

 

 「うぐっ……。」

 

 思い描いていた計画を言い当てられ、言葉に詰まった。そう、俺はリーファから世界樹の中に繋がる入り口の場所を聞き、そこを目指そうと考えていたのだ。改めてソーヤの超人的な観察眼に恐怖を感じた。

 しかし別に一人で行こうなどとは考えていない。俺には頼れる仲間がいる。それは数分前にソーヤがもう一度気づかせてくれたことだ。だから、頼ろう。此処にいる仲間達に。

 

 「……ああ、そのつもりだ。だから、皆手伝ってくれないか?俺が愛した人を助ける為に。もう一度……アスナと会う為に。」

 

 「え……今、アスナって……?」

 

 突然リーファが口元を抑えながら一歩分後退った。驚愕の色を写したした瞳は収縮され、あり得ないものを見るかのように俺を見つめている。そして消えてしまいそうに小さくて、震えた声でこの世界では絶対に聞くことはない筈の単語を口にした。

 

 「……『お兄ちゃん』、なの……?」

 

 「え……?もしかして、スグ……直葉か?」

 

 一瞬頭の中が真っ白になった。早く助けねばという焦燥感や頼れる仲間がいることの幸福感などが驚きという名の衝撃によって全て吹き飛んだ。俺の意識は無意識に眼前にいるリーファ、いや血の繋がっていない妹である直葉に向けられた。

 

 「……酷いよ、こんなの……酷いよ!」

 

 「スグ!」

 

 そして直葉は俺から逃げるようにこの世界から姿を消した。彼女を引き留める為に伸ばした手は、虚しく空を切る。

 俺はまだ驚くべき事実を完全に飲み込めていない。俺とシリカを此処まで案内してくれたリーファという妖精の正体が自分の妹だということを心の何処かで信じられないでいる。

 しかしどう情報を整理しようとも、結論が絶対に変わることはない。俺のことを『お兄ちゃん』と呼ぶ人間なんて、この世に一人しかいないのだから。

 ……すまん、アスナ。もう少しだけ待っててくれ。そう心で彼女に謝罪し、後ろで状況を見守っていたソーヤ達に視線を移す。彼らは黙って頷いた。

 俺もそれに返すと、ウィンドウを開いて警告メッセージに一切目もくれずボタンを押す。瞼を閉じて真っ暗になった視界に幾重もの光の輪が広がった。

 

 

 ◇◆◇

 

 兄の伸ばされた手を拒否するかのようにログアウトした妹を追ってキリトもまた、この世界を一時的に去った。彼の仮初めの肉体を構成していた光が周囲に拡散する。この場に残っているのは俺とシリカ、ピナの二人と一匹。ユイは父親が現実に戻ると同時に何処かへと消えてしまった。

 

 「とりあえず、アルンの街に戻ろうか。」

 

 「そうですね。……またソーヤさんに抱っこされる前に。」

 

 最後にシリカがなにやらボソボソと呟やいていたが、追及しないことにした。というのも、彼女の頬がだんだんと朱色に染まり始めているのだ。故に何を言っていたのか問わずとも、その答えにはたどり着けてしまう。

 展開していた翅を畳み、落下速度に加速を加えながら弾丸のごとき速さで急降下を開始。その後ろをシリカがぴったりとついて追いかけてくる。彼女も相当翅の扱いに慣れたようだ。キリトと同等なその適応能力の高さにはあの茅場の叔父さんでも舌を巻くだろう。

 そんなジェットコースターなど比べ物にならない程の速度で降下すること約十秒、ようやくアルンの街並みが雲の間から姿を表した。以前に部屋を取った宿屋を目視で確認し、体勢を変えて減速を始める。

 最大にまで広げた翅で風を受けてブレーキをかけ、目標地点の正面に着陸する。隣を見れば、ちょうどシリカが降りてきたところだった。ピナはもう飛び疲れたのか、ふらふらと俺の頭まで移動すると、丸まって休息をとり始める。ピナにとって俺の頭は休憩スポットなのだろうか。

 

 「さて、キリトとリーファが戻ってくるまで何をして時間を潰そうかな?」

 

 「あ、それなら……私、一つソーヤさんに確認したいことがあるんです。付き合ってもらって良いですか?」

 

 「ん?大丈夫だけど……どんなこと?」

 

 「えっと、それは……部屋に行ってからでお願いします。今から一部屋借りてきますので、待っててください。」

 

 そう言うとシリカはやや駆け足で受付まで向かっていった。まぁだいたい彼女の確認したいことは予想がつく。だが、思ったよりも気づくのが早かった。

 明らかになった以上、隠す必要もない。ただ、このことを知られる時期が早くなっただけだ。そう考えながら鍵を手に戻ってきたシリカと共に借りた部屋に入り、コートを外しながら向かい合わせに置かれている椅子に座る。それに続いて彼女ももう一つに腰を下ろした。

 

 「あの!ソーヤさんに確認したいことなんですけど……」

 

 着席するなりいきなり勇気を振り絞って質問をしようとしたシリカだったが、後半になるにつれて声が小さくなる。

 まぁ当然のことだろう。シリカは俺の家族のことに関して聞こうとしたのだろう。残されている時間が不明な今、そう聞くことが一番手っ取り早いからだ。そしてその質問の回答がそのまま俺の正体に直結する。

 しかし、そんな事を聞こうとするなど不謹慎にも程がある。例えば、質問相手が俺のようにもう既に家族を失ってしまっている可能性があるからだ。そんな者に家族のことを聞こうとするということは、その者の傷跡を抉る行為に他ならないのである。

 それから無言の空間が形成されて数分が経った。これ以上はシリカに負担をかけると判断し、こちらから切り出すことにした。

 

 「……シリカ、確認したいことって俺があの新原両親の子どもじゃないかって事でしょ?」

 

 「えっ、あ、はい。そうです。……ごめんなさい、なかなか切り出せなくて……。」

 

 俯くシリカの顔に僅かな自己嫌悪の色が浮かぶ。だが、別に彼女が責任を感じる必要など無い。ただ単に俺がこのことを明かそうとしなかっただけなのだ。

 立ち上がり、下を向くシリカの頭に手を置く。休憩を終えたらしいピナも彼女の近くを浮遊し始める。目尻に涙を浮かべた彼女が顔を上げた。

 

 「……『どうして気づいてやれなかったんだ』なんて思わなくて良い。俺がシリカに伝えていなかった、たったそれだけのことなんだから。」

 

 「そうですね……はぁ、こうして抱え込んでしまうのは私の悪い癖だって今日お母さんに言われたばかりなのに……。」

 

 そんなことを言いながらも、シリカの目尻にもう涙は見られなかった。俺は乗せたままだった手を離し、椅子へと戻る。

 キリト達がログアウトしてから、既に少ないとはいえない時間が過ぎている。窓の外は日が沈み、月が顔を出し始めた。そういえば、この世界の一日は現実よりも短いのだったな。

 とにかくタイムリミットが近づいてきている、さっさと話してしまおう。

 腰を再度降ろし、シリカに向き合った俺は両親のことを話した。俺があのデスゲームに入る少し前に不幸にも両親が交通事故で亡くなっていることや、俺は一時期話題となったあの新原夫妻の息子であることなど、俺の家族に関することを隠すことなく全て話した。

 その全てを無言で聞いていたシリカは突然立ち上がると、俺の膝に正面から座って細い両腕を俺の背に回す。彼女の体温が伝わってくる。まるで全てを包み込むようなその暖かさは、暫く会うことのない母親を思い出させる。

 

 「ソーヤさん、私にもう一度言わせてください。……私はソーヤさんが好きです。全てが好きです。そして、貴方の過去だって一緒に背負っていくつもりです。だから……現実に還ってきてからもずっと、私の隣にいてくれますか?」

 

 「ああ……勿論だよ。俺もシリカの全部が好き。俺はあの時誓ったようにもう二度とシリカを拒絶しない、ずっと隣にいる。」

 

 両腕を回し、シリカの身体を引き寄せる。彼女の顔が若干赤くなったが、浮かべた笑みは今までにない程に光り輝いていた。

 そのまま顔を近づけ、お互いの唇を重ねる。これで三度目になるのだが、やっぱり頬が熱くなる。それはシリカも同じようで、数秒もすれば、真っ赤な二つのリンゴが熟れていた。

 

 「なんだか……そっくりですね。ソーヤさんが自分の過去を私に話したあの夜のようです。」

 

 「確かにそっくりだね。……シリカ、ありがとう。俺は今、とても幸せだよ。」

 

 「そんなの私だって同じですよ。ソーヤさんとこうして一緒にいられるんですから。」

 

 ちらりと窓の方に視線を向ける。あの夜と同じように差し込んでいた月の光がスポットライトのように俺達を照らす。それはまるで俺達を祝福しているようだった。

   



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第四十二話 天の頂きへ(前編)

 危ないところでした……。前回、一週間に一回は投稿すると宣言したのに早速それを破りかけました……。

 続きを待っていてくれていた方々、本当に申し訳ありません。


 ◇◆◇

 

 黒衣のコートを纏って《妖精殺し》の象徴ともいえる白の翅を隠しつつ、世界樹の入り口である守護像前のゲートへと向かう。勿論隣にはシリカとピナがいる。

 キリトから連絡が届いたのは結局あれから約三十分も経った後だった。俺の想定以上に実の妹であるリーファとの話し合いが長引いていたようだ。

 目的地の近くにまで来ると俺とシリカの姿を確認して、此処だと居場所を知らせるように大きくこちらに手を振るキリトを見つけた。

 それに笑顔を浮かべて振り返すシリカを横目にしながらふわりと降り立つと、向こう側から以前以上に明るいリーファが駆け寄ってきた。彼女の腕の中には何故か二振りの剣がある。よく見ればそれらはキリトのものと彼女自身のものだ。

 

 「すまん、一つ質問させてくれ。……一体何があったんだ?」

 

 「ああ……それはその……。まぁ一言で言うならば、リーファと戦った。」

 

 「「はい?」」

 

 シリカと揃って首を傾げる。それを見たピナも「きゅる?」と疑問の鳴き声を上げた。一体何があれば彼らが戦うようなことになるのだろうか。俺の記憶が正しければ、どう考えてもそんな事には発展しない筈なのだが。

 

 「どう言えばいいかな……剣で語り合ったみたいな感じ?」

 

 「はぁ、そうなんですか……。」

 

 キリトの返答を聞いたシリカが何とも言えない表情を浮かべる。俺も何と返したら良いのかわからない。どうやら彼ら兄妹は俺達の知らない次元にいるようだ。

 根っこまで剣士に染まってしまったキリトとの問答はこれ以上しても無駄だと判断し、意識を後方へと向ける。先程からずっとこちらを伺っている気配があり、気になっていたのだ。

 やや殺気が込められた視線を受けてバレたことを自覚したのか、俺の視線の先にある草むらがガサッと揺れ、中から緑色の妖精の少年が姿を表す。

 背はやや低く、おかっぱ風の髪をした見るからに気弱そうな妖精はこちらに恐る恐る近寄って来ると、その頼りないが元気のある声である人の名を呼んだ。

 

 「もー!リーファちゃん、探したよー!!」

 

 「レ、レコン!?何でこんなところに……?」

 

 リーファの反応からして彼女の知り合いのようだ。レコンと呼ばれた妖精に向けていた殺意を消す。

 

 「そんなの、リーファちゃんが心配だったからだよ!隙見てサラマンダーの連中を毒殺して、一晩かけて此処までやって来たんだ!そしてリーファちゃんを見つけたところまでは良かったんだけど、そこのコートを装備した男の人にずっと睨まれて……なかなか出られなかったんだ!いや本当に恐かったよ、マジで!!」

 

 「……それはすまなかった。何やら気配を感じていたものでな。それと、コートを装備しているのは正体を隠す為だ。俺の姿は特徴的で、見られれば一発で何者なのか明らかになってしまう。そうなると面倒なのだ。」

 

 「あ、はい。こちらこそいきなり失礼なことを言ってすいませんでした……ってあれ?リーファちゃん、何で守護像の方に行ってるの?」

 

 別の俺を演じる仮面を被った俺と話していたレコンが世界樹の入り口へと向かうリーファを見て疑問の声をあげる。つられてそちらに目をやれば、確かに彼女の姿は守護像に近づいていた。

 さらに目を凝らせば、奥にはキリトとユイがいた。その様子から早くアスナを救出しなければと焦燥に駆られているのが良くわかる。確かに急がなければならない。実際、彼女を救い出せる猶予はもうほとんど残されていないと思われるのだから。

 俺がこの世界に迷い込んだ日から約三ヶ月が経過している。それだけの時間があれば、この事件の元凶である須郷が完璧な洗脳手段を獲得していてもおかしくはない。もしそれがアスナに使われでもしたら……彼女は永遠に奴の手の中に落ちる。

 

 「ソーヤさん?また考え事ですか?もし何か辛いことなら私が聞いてあげますからね。」

 

 「ああ、ありがとう。でも大丈夫だから。」

 

 正面に回り込み、俺の顔をじっと見つめていたシリカの頭を撫でる。しかし彼女はどう見ても不機嫌だった。大方、俺が何かを隠していることに気付き、それをはぐらかされたことに納得がいかないのだろう。

 シリカは俺の血塗れた過去を一緒に背負うと言ってくれた。故に今俺が抱えている秘密を明かしたとしても受け入れてくれると思われるし、誰にも口外しないと約束してくれる筈だ。

 されどこれだけは話すことなどできない。最終手段や自己満足などとかいうちっぽけな理由は全て建前で、ゲームマスターの魔の手を彼女に近づけさせないことが最大にして唯一の目的なのだから。

 さぁ行こうとシリカの手を引き、キリト達が待つ場所へと向かう。俺が思考の海に深く潜っている間にレコンの疑問は解消されていた。

 この五人で世界樹の攻略に行くとリーファから聞かされた時のレコンの反応は俺もちらりと見ていたが、青い絵の具を塗りたくった位に青くなったあの顔は今でも強く印象に残っている。

 須郷、貴様の非人道的な研究は新原夫妻の息子である俺が責任をもって終わらせる。そう心に刻み込むように俺は胸の奥で呟いた。

 

 

 ◇◆◇

 

 『未だ天の高みを知らぬ者よ、王の城へ至らんと欲するか』

 

 私達五人が大扉の前に立ったとたん、右側の像が両眼を青白く染めてこちらを見下ろしながら重々しい声で問うてきた。先頭にいるキリトさんは出現したウィンドウに迷いなく触れる。すると今度は左側の像の眼に光が灯った。

 

 『さればそなたらがその背に持つ双翼の、天翔に足ることを証明するがよい』

 

 その声が消えないうちに眼前の扉の中央に一直線の亀裂が走る。世界樹の入り口が轟音と共に開かれた。その光景は私に二年間いたあの世界でのボス戦を思い出させる。自然と短剣を握る手に力がこもった。

 

 「……そんなに緊張しなくて良いよ。此処はSAOの中じゃないんだ。別に生命の危険はない。」

 

 ふと肩に優しく置かれた手を追うと、柔和な笑顔を私に向けているソーヤさんがいた。そして「相棒のことも忘れるな」とピナもきゅるると鳴いた。

 そんな愛人と相棒のおかげで、知らず知らずのうちに心にかけていた負担がすっと軽くなったように感じた。私は笑って「そうですね」と返す。しかしその軽さは直ぐ様浮かび上がった新たな不安によって重さへと変わる。

 確かに私はこの世界で体力をゼロにされようと現実世界の肉体を失うことはない。

 だがソーヤさん、彼はどうだろうか。彼が被っている悪魔の機械はあのデスゲームが始まった時からずっと稼働しているままである。つまり、脳を焼き切ってしまう機能が残ったままの可能性があるのだ。

 もし、もしもだ。今から挑むクエストでソーヤさんが死んでしまったら私はどうなってしまうのだろう。少なくとも、現実に帰還して目覚めない彼を毎日見ていたあの時よりも状態は悪化することは明らかだ。

 それだけは絶対に避けなければならない。だから、ソーヤさんが危機に陥ったのならばこの身を盾にしてでも彼を守る。そう内心で決意し、私はピナを連れて扉の先へと踏み込んだ。

 

 「真っ暗ですね……。」

 

 「確かにそうだね。このままじゃ何も見えないからキリトに暗視を頼もうか。キリト、暗視の魔法を頼m……っ眩し!」

 

 突如頭上から降り注いだ光が周囲を包んでいた暗闇を払い、思わず目を細める。

 見渡すと、此処は大きなドームのような形をしていた。直径はボス部屋の数倍はあるだろう。

 上を見ればドームの頂点に十字に分割された四枚の石盤が封鎖しているリング状のゲートがあった。あそこが世界樹の上へと繋がるたった唯一の道で間違いない。

 

 「皆、行くぞ!」

 

 キリトさんの号令を合図に翅を展開し、地を蹴って急上昇を開始する。レコンさんがソーヤさんの真っ白な翅を見てぎょっとしていたが、今は説明などしている時間なんてない。

 すると飛び上がって一秒も経たないうちに壁から全身を鎧に身を固めた真っ白の妖精が大量に飛び出してきた。その妖精達は私達の進路を塞ぐように立ちはだかる。

 

 「邪魔だ、どけえぇぇぇ!!」

 

 先頭で突撃したキリトさんが鬼気迫る勢いで次々と白の妖精達を切り刻んでいく。

 勿論私もそれを眺めているだけではない。左側から振り下ろされた大剣を短剣で受ける。通常ならばそんな事をすれば短剣があっさりと折れてしまう筈だが、私のものはひび一つなく、それを受け止めている。

 ただでさえ強力だった武器を何回も強化したのだ。たかが大剣の攻撃を受けたぐらいで折れるような代物ではない。

 

 「ピナ、バブルブレス!」

 

 「きゅるるる!」

 

 ピナが吐き出した虹色の泡が弾け、一瞬だけだが妖精の動きが止まる。その隙に大剣をいなし、鎧の継ぎ目を狙って片腕に短剣を突き刺す。人ならざる悲鳴を上げながら妖精は己の武器を失った。

 

 「せいっ!!」

 

 翅を鳴らして加速し、その勢いを利用して妖精の首を切断する。胴体だけとなった身体が硬直し、直後に純白の炎が吹き出した。どうもこの妖精達はそれ程強くないようだ。これなら行けるかもしれないと考えたが、ゲート前に出現した白い障壁を見て絶句した。

 あまりにも新たな妖精の出現速度が早い。こちらが一匹倒したかと思えば、その間に二、三匹増えている。そんな感じの有り様なのだ。それでも、私達はこのクエストをクリアしなければいけない。

 己を叱咤し、キリトさんの背後から奇襲をかけようとする妖精に斬りかかる。いきなり背中を一直線に斬られたことで、狙いが私へと移行した。

 先程と同じように大剣の振り下ろしを受け止め、一秒でも早く倒す為に行動を起こす。妖精が硬直している僅かな時間を狙って真っ白のマスクに短剣を突き刺し、追撃にピナのブレスを浴びせた。

 決して浅くはない傷口を炎によって燃やされた妖精はその身を崩していく。だがそれも新たに現れた妖精達によって見えなくなっていった。

 このままではいつか殺られてしまうと判断し、ピナのブレスを広範囲に撒いてこの場から離脱する。そして周囲を見渡し、一際白が濃くなっている箇所が目に入った。今のメンバーで視認ができていないのはソーヤさんだけ。つまり、あの中に彼がいる。

 

 「ソーヤさん!!」

 

 それを把握した瞬間、私は彼の名を叫びながら飛び出していた。

 

 

 ◇◆◇

 

 正面にいた妖精の腹を大剣で貫き、おまけとばかりに柄を蹴り飛ばす。一層深く突き刺さった刃は容易く命を刈り取り、地面へと落ちていく。

 これで何匹目になるのだろうかと頭の片隅で考えながら背にある無限の武器庫から新たなものを取り出す。ふと周りをぐるりと見れば、全方位が白で埋めつくされていた。

 

 「狙い通り。これでキリトの負担も少しはましになるかな。」

 

 片手剣で四肢を切断、止めに脳天に短剣を突き刺しながら自分が無事囮になれたことに安堵する。ただこのクエストをクリアするだけではいけない。アスナを助けに来たキリトが閉ざされた扉に到達しなければいけないのだ。

 クエスト開始直後、キリトは愛する人を助けたい一心で真っ先に突撃した。そうなれば当然、彼が一番の要注意人物と認定されてしまう訳であり、案の定恐ろしい速度で生み出された守護者達に狙われてしまった。

 クリアの要となるキリトが殺されてしまえば、確実に俺達はやり直しをしなければいけなくなる。どうにかして狙いを他の者に移さなければならない。

 だから少し前に、俺は守護者達の影に隠れて数メートルだけではあるがキリトよりも扉に近づいた。すると面白い程に俺に襲いかかる数が増えたのだ。こういう何かを守るタイプの敵は防衛対象に近いものから排除するように設定されていることが多い。予想通りだった。

 

 「あとは俺がどれだけ耐えられるか……だね。」

 

 基本形態である両手に片手剣と細剣を持って構え、眼前の妖精に斬りかかる。それと同時に俺を周囲を囲っていた白の包囲網が収縮を始めた。

 妖精の大剣が振り下ろされる前に懐に潜り込み、腕に細剣を突き刺して続けざまに片手剣を首にあてがう。確かな手応えと共に首が一つ飛んだ。

 崩壊を始めた二振りの剣を捨て、背から刃の部分が異様に長い大剣を作り出す。それを一周させるように振れば、白の壁に一本の直線が引かれる。

 そして続けて攻撃を仕掛けようとしたその時だった。背後から急速に接近する何かを感知し、咄嗟に短剣で叩き落とす。光の矢だった。振り向けば、弓を持った妖精達が横一列に並んで俺を狙っている。それを確認したのも束の間、無数の矢を援護に妖精達が迫ってきた。

 元々、俺が絶えず攻撃を続けていたことで拮抗を保っていたのだ。俺は攻撃の一部を防御や回避にあてた為に半永久的に増え続ける妖精達に押され始めた。

 徐々に矢や刃が掠り始め、ヤスリで削られるように体力が減少していく。耐えられる残り時間はあと五分もないだろう。それでも少しでも長く囮をしてやろうと新たな片手剣を構えた。その直後のことだ、突然白い壁の一部が切り開かれたのは。

 

 「ソーヤさん!!」

 

 俺のことを呼びながら多くの妖精を切り捨てて乱入してきたシリカは俺の背後に迫っていた二匹の斬りつけを弾こうとする。しかし弾くことができたのは一つだけで、もう一つをその身に受けてしまった。彼女の横に浮かぶ体力が大きく奪われる。

 

 「シリカ!?どうしてこっちn……危ない!!」

 

 大剣で斬りつけられ、よろけたシリカに追撃を仕掛けようとした妖精の顔面に蹴りを入れる。奴が怯んだ僅かな時間に片手で彼女を抱き寄せ、もう片方の手で細切れになるまで切り刻む。俺の前で彼女に手を出したのだ。それ相応の報いを受けて貰わねば気が済まない。

 

 「……シリカ、どうして来たの?」

 

 次々に襲いかかって来る妖精達をどうにか片手で捌きながらシリカに問う。すると彼女は俺の腕の中から飛び出して背後にいた一匹をピナと一緒に屠ってからこちらを振り返った。浮かんでいるのは恐怖、何かを失うことを恐れるものだ。

 

 「恐かったんです……ソーヤさんが死んでしまうことが。」

 

 「……そういうことね。俺にはまだナーヴギアの処刑プログラムが残っているかもと考えたのか。」

 

 俺の確認にシリカは無言で頷いた。確かに俺はまだ現実世界への帰還を果たしてはいない。二年と少し前で俺の現実は時間が止まっている。

 それに加えてナーヴギアの詳しい内部設計や入力されているプログラムなどを俺は知らない。故にそのプログラムが作動するのかは不明。だがあの世界のデータが使われている以上、処刑具が動くと考えてもおかしくはない。

 つまり俺だけが未だにデスゲームを続けている可能性があるということだ。だからこの世界に迷い込んだばかりの時、己の首を刺し貫いて死のうとした。

 改めて状況を整理し、シリカの性格を加味して考えれば、先程の彼女の行動も仕方ないものだと結論が出る。だからと言って彼女が自らを盾にしてまで俺を守ろうとするのは間違っている。

 再度刃が異常に長い大剣を造り出し、周囲の妖精を一度一掃してからシリカの頭に手を置いた。どうやら気づかぬうちにキリトが俺を抜かしたようで、ほとんどの妖精が彼の方に向かっている。すまない、少しだけで良いから持ちこたえてくれと内心で呟く。

 

 「シリカ、助けに来てくれてありがとう。でもね、俺は死なないし、死ねない。もうシリカを悲しませたくないんだ。」

 

 「ソーヤさん……そうですね!あ、それでも私はソーヤさんを守りますよ!だから……ソーヤさんも、私を守ってくださいね?」

 

 「勿論だよ。」

 

 「きゅるるる!!」

 

 ピナの回復効果を持つブレスを浴び、削られた体力がほぼ全快にまで戻る。そしてシリカと二人で突っ込もうとした瞬間、白の壁が突然赤くなった。下を見ればピナより何倍も大きな竜が口内に残った炎の残滓を払っている。

 それだけではない。赤に染まった妖精達が様々な方向から飛び出して来た緑の流星によって切断されていく。その数はざっと数えただけでも五十はあるだろう。

 その光景を眺めていると背後から声がかけられた。

 

 「すまない、遅くなったな。」

 

 「ごめんネ~。皆の装備を整えてたら結構時間がかかっちゃったんだヨ。」

 

 振り向けばこの援軍を引き連れて来てくれた二種族の領主達の姿があった。

  



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第四十三話 天の頂きへ(後編)

 フェアリィ・ダンス編もやっと此処まで来ました……。

 ですがオリジナル展開なども加えていく予定の為、次の章に入るまでもう少しかかります。ご了承ください。


 ◇◆◇

 

 「ドラグーン隊、ファイヤーブレスよう~い!」

 

 ケットシー領主であるアリシャ・ルーが指示を出すと総勢十騎の竜騎士がリーファとレコンの前に出るように展開し、再び口内にオレンジ色の光を溜め始める。

 

 「シルフ隊、エクストラアタック用意!」

 

 続いてシルフ領主のサクヤが閉じた扇子を掲げる。ドーム内を縦横無尽に飛び回っていたシルフ達は構えていた長剣を頭上に掲げ、刀身に雷光を纏わせる。

 その光景を目の当たりにした守護者達が突如奇声を上げながら攻撃を開始した。危険だと感じたのか、はたまたこのような攻撃は阻止するように設定されているかはわからないが、白の妖精達は守りを半ば捨てたかのように特攻を行っている。

 二人の指揮官はそれを限界にまで引き付けると、声を張り上げて叫んだ。

 

 「ファイヤーブレス、撃てー!!」

 

 「フェンリルストーム、放て!!」

 

 直後、十の炎の柱と五十の雷撃が炸裂した。凄まじい轟音と衝撃がドームを揺らし、千切れ飛んだ無数の白の残骸が燃え尽きていく。一気に何百もの数を粉砕されたからか、突破など不可能だと思われた白の障壁に大きな窪みが生まれた。

 しかしその窪みは液体の表面のように続々と生み出された守護者達によって元に戻ろうとしている。いや、それだけではない。最前線にいるキリトを飲み込もうと白の塊は攻撃を食らう前以上に広く展開し、大きく口を開く。

 それがキリトに迫ろうとする寸前、彼の後ろから三匹の妖精と一匹の竜が飛び出した。

 一匹は妖精達と同じ翅を持っているが、さらに後ろに赤黒い武器が円を描いている。彼の両手が二つの柄を握って引き出すと、刀身まで赤黒い片手剣と細剣が現れた。それらを振るえば、数秒の後に塊の一角が消し飛んだ。

 別の一匹は小麦色の翅に短剣を持ち、ケットシーが操る飛竜よりも何倍も小さな竜を連れている。彼女らは息の合った連携で先程の妖精の援護を行いつつも、その斬撃とブレスで守護者達を刈っていた。

 最後の一匹は緑の翅に長刀を持っている。彼女は他の妖精達と比べてそれ程圧倒的な力を振るってはいないものの、的確にキリトに迫る者の首を斬って一撃で沈めていく。

 取り回しの悪い大剣を片手剣以上の速さで振るうキリトはちらりと後ろを振り返ると、緑の妖精に言った。

 

 「スグ、後ろを頼む!」

 

 「勿論、任せて!」

 

 そう答えると共に大きく首を縦に振った緑の妖精もといリーファは己の背中をキリトにくっつけ、彼の後ろを狙う不届き者を成敗する。そんな彼女らの周囲を白と小麦色の二匹の妖精が飛び回り、閉ざされた天への扉に繋がる道を造っていく。

 

 「今だ!全員、突撃!あの四人に続けー!!」

 

 戦況を把握したサクヤが鞭のような鋭い声で号令を出し、シルフ隊とドラグーン隊がキリト達の後ろについた。総勢約六十匹の妖精達はやがて一つの矢となり、何層もの守護者達の壁を貫いていく。その矢を止められる者はいない。立ち塞がった者は皆等しくあっという間に粉微塵に分解される。

 やがて数多の種族が織り成した矢は四枚岩で封鎖されたゲートが微かに視認できるところにまで到達した。その瞬間、矢の先から黒い点が発射された。

 

 「うおおおぉぉぉ!!」

 

 絶叫を轟かせながらキリトは残り数枚となった白の壁に突進する。それを迎え撃つのは一秒にも満たない恐るべき速度で生み出された守護者。

 彼らはこの世界の統治者の感情を代弁するかのように怨嗟の唸りを上げ、あらゆる角度からキリトを殺さんと襲いかかる。

 幾ら仮想世界に適応した人間であろうと、前後左右上下から同時に迫る刃を全て捌こうなど不可能。正面の妖精を叩き斬った直後、キリトは背中から一つの刃に貫かれた。上昇を続けていた身体が停止し、そこに無数の守護者達が彼の息の根を止めようと殺到する。

 キリトと共に此処まで上がってきた妖精達の誰もが数多の刃に貫かれる彼の姿を幻視した。されどその瞬間はいつまで経っても訪れることはなかった。彼を狙っていた守護者達が突如一斉にその身を白の炎に変えたのだ。

 胴体を貫かれてもなお、上を目指して抗っていたキリトも突然の出来事に驚きを隠せない。だが数秒間自分の周囲に目を向けると、納得した表情を浮かべた。

 

 「……本当に助かったぜ。ありがとう、ソーヤにシリカ、そしてピナ。」

 

 「全く……キリトは暴走し過ぎだよ。少しは落ち着きを持って。でないと、できるものもできなくなっちゃうんだから。」

 

 「んしょっと……。あ、でもキリトさんが暴走するのもわかります。少し前までの私もそうでしたもん。」

 

 「きゅるるる!」

 

 キリトの身体に刺さった剣を抜き捨てながら言った少女の言葉にピナが少年を見て同意するように頷いた。それを受けた彼は苦笑する。

 

 「キリト君!これ使って!!」

 

 不意に下の方にいるリーファの声がしたかと思えば、彼女の長刀が回転しながらキリトに向かって飛んできた。薄緑をした柄が彼の手の中に吸い込まれるかのようにして収まる。

 右手に大剣、左手に長刀とやや特殊な形ではあるが本来のスタイルの二刀流を取り戻したキリトは構えを取りながら両隣の頼れる仲間達を見やる。少年と少女は彼の視線に気がつくと、揃って頷いた。

 もう言葉など不要だった。三匹の妖精は示し合わしたかのように同時に飛翔した。

 

 「「う……らあああぁぁぁ!!」」

 

 「せりゃあああぁぁぁ!!」

 

 ドーム内を揺らす三匹の咆哮と共に各々の得物が輝いた。

 キリトの二振りの剣は残像が見えてしまう位の恐るべき速度で振るわれ、その斬撃に巻き込まれた守護者達は一瞬で数十もの肉片へと変えられていく。

 少年の幾つもの赤黒い武器が次々と飛び出し、それらが役目を終えてポリゴン片へと変わる度に決して少なくはない数の守護者達が討ち取られていく。

 少女の短剣はまるで縫い合わせるように悉く鎧の隙間を貫き、たとえ数秒でも動きが止まれば、彼女の相棒がその小さな体躯から吐き出す灼熱の炎によって燃やされていく。

 守護者達の死が吹き荒れる中、キリト達ははっきりと目標を捉えた。彼があの世界で出会い、愛した人が捕らわれている場所へと続くたった一つの門。

 キリトは両手の剣を前方で合わせ、少年と少女は造り出した一振りの剣を構え、光の尾を引きながらゲートを目指す。そして、二つの刃は守護者達の障壁を破って四枚の石板に突き刺さった。

 

 

 ◇◆◇

 

 脳が焦げてしまったかのような感覚を覚えながら、俺は未だ閉ざされたままのゲートに手を伸ばす。後ろから守護騎士達が追って来ていることは理解しているが、もうそれは気にしなくても大丈夫だ。確実に奴らに追い付かれるよりも俺達がゲートの向こうに飛び込む方が早い。

 そう考えてゲートの扉が開かれるのを待っていたのだが……扉は俺達が入ることを拒んでいるのか、一向に開く気配を感じさせなかった。

 

 「おい、何でだよ……。さっさと開けやがれ!!」

 

 突き刺さった剣を抜いて叩きつけるが、扉に少しの傷跡を残すだけで終わった。この不可思議な現象にソーヤ達もおかしいと首を傾げる。

 まさか守護騎士達をただ単に蹴散らすだけでは駄目なのか。まだ条件が足りていないのか。俺は混乱し、激情のままに再度剣を叩きつけようとした。しかしその肩をソーヤが掴んだ。

 

 「ユイちゃん、この扉はもしかして管理者権限とかでロックされていない?」

 

 「えっ!?そんなまさか……ちょっと待ってて下さい!」

 

 ソーヤに呼ばれ、俺の胸ポケットから飛び出したユイが小さな両手で行く手を塞ぐ石板を軽く撫でる。俺とシリカは彼が言ったことが信じられないでいた。

 もしそれが本当だとするならば、真の妖精に生まれ変わることができるなどという話はこの世界のプレイヤー達の鼻先に吊るされた手の届かない人参ということになる。

 そんなのは必死でこのクエストの攻略を目指す者達を愚弄しているのと同じだ。絶対にあってはならないことなのだ。

 だが、こちらを振り向いたユイが告げた真実は非情なものだった。

 

 「皆さん、この扉はソーヤさんが予想した通り管理者権限でロックされています!つまり、プレイヤーには絶対に開けることができません!」

 

 「「なっ……!?」」

 

 「……ッチ。やっぱり。」

 

 俺とシリカは絶句し、ソーヤは珍しく舌打ちをする。そうしている間にも守護騎士達は俺達を追って来ていた。背後から叫び声が響いている。されどもう奴らを迎え撃とうとも思えず、剣を振るおうという意思もなくなってしまった。

 俺はただ呆然と立ち尽くしそうになったが、ふと感じた温もりがまだ残されている一つの道を指し示す。目を見開き、ポケットをまさぐって小さなカードを取り出す。これは確か、システム管理用のアクセス・コードだった筈だ。

 

 「ユイ、これを使え!!」

 

 「わかりました、コードを転写します!!」

 

 光の筋を纏ったユイの両手が扉に叩きつけられ、ゲートそのものが発光を開始した。

 

 「転送されます!皆さん掴まってください!!」

 

 差し出されたユイの小さな手を指先でしっかりと掴み、もう片方の手をシリカと繋ぐ。ピナは彼女の肩を掴む。

 そして最後に伸ばした手を……ソーヤは掴まず、接近していた守護騎士を迎え撃った。

 

 「ソーヤさん!早く手を繋いでください!!」

 

 「それは無理な話だね。此処で俺が止めないと皆揃って殺されてしまうよ。そうなってはいけない。幾らやり直せるからって、シリカやキリトが死ぬところは見たくないんだ。」

 

 ソーヤは周囲の妖精達を一掃すると、身体が薄れ始めた俺達の方を見てサムズアップをしながら笑みを浮かべる。その笑みは完全に俺達を信頼していることを証明するかのように明るいものだった。

 

 「大丈夫、後で俺もそっちに向かうから。」

 

 「……本当ですよね?嘘だったら許しませんからね!!」

 

 「なるべく早く来いよ、ソーヤ!!」

 

 シリカと俺の言葉にソーヤが頷いた直後、身体が上に引っ張られた。転送が始まったのだ。俺達はいつの間に白いスクリーンに変わっていたゲートの中へデータの奔流となって突入した。

 

 

 ◇◆◇

 

 「全員反転、撤退!!」

 

 無数の白の人形が構成する防衛線をキリト達が破ったことを確認したのか、撤退命令を出したサクヤの声が聞こえた。

 再び塞がれてしまった障壁のせいで見えないが、俺を除く攻略メンバーの生き残りは順次この場から脱出しているのだろう。下の方にあった人間の気配が次々と扉に吸い込まれていくように消えていく。

 

 「……それで、お前らは役目を終えたというのに消えないのか?」

 

 俺は周囲を囲む人形の一つに問いかける。こいつらに与えられた仕事は『ゲートを狙う者の抹殺』といったもののはず。

 だが、もしそうならゲートを突破された時点で仕事は終了し、また新たな挑戦者を待つように元の位置に戻れと設定されているのが普通だ。防衛対象を失ったのに未だ消える気配を感じさせないこの人形達は明らかにゲームのシステムから逸脱している。

 さらにその思考が正しいと言わんばかりに人形は武器を構え、ドームの壁からは追加の人形が造られていく。オリジナルの隠蔽プログラムの一部を解除してちらりと管理者のログを見れば、俺達がこのクエストを攻略している間に何度か介入があったことが確認できた。

 確定だ。人形達の異常な強さも、尋常ではない人形の生産速度も、全て奴の……須郷の仕業によるもの。今眼前で起こっている光景も同じ。これはただの私怨。自分の楽園を荒らした者に向けた餓鬼の癇癪なのだ。

 ああ、殺意が加速する。身体が熱い。意識が朦朧とする。こんなになるまで誰かを殺したいと思ったのは何時ぶりだろうか。

 

 「……コロス。」

 

 瞬時に展開した武器庫から片手剣を取り出し、正面の人形の首を飛ばす。胴体だけとなった人形は白の炎と共に崩れ去る。

 それが第二の開戦の合図となった。剣を持つ者は一斉に襲いかかり、弓を持つ者は数百本の矢を放つ。しかしそのどれもが俺を捉えることはなかった。

 永久に飛行可能な翅を鳴らし、俺は音を置き去りにする速度で動いたからだ。明らかにプレイヤーが出せるものではないが、今の俺は白の妖精。つまりこの周りにいる人形と同じなのだ。故に、奴の度重なる強化の恩恵は俺にも作用していた。

 

 「「ぎょうわあああぁぁぁ!?」」

 

 人形達が気味の悪い叫び声を上げながら動きを止めた俺に殺到する。強化され過ぎた影響か、人形達は引き上げられた己の力に振り回されているように見えた。奴は相変わらず雑なことだ、戦闘AIにだって限界があることを理解していないのか。

 速度を調整できずにどかどかと衝突する数十の人形をまとめて造り出した鎌で刈り取る。赤黒く染まったそれはまさに死神の鎌の如く。

 その後何回か鎌を振るい、数分で人形達を全滅させた。いや、正しくは力に呑まれた人形達の廃棄作業を行った。しかしそれをする中で一つ気にかかったことがある。

 ほんのごく一部だが、強化された力を使いこなしていた人形がいたのだ。その者達は俺と同様に音速に近い速さで飛び回り、一撃で死に至るであろう刃を向けてきた。どうにか全員殺したが、かなり厄介だったことは覚えている。

 しかも記憶を掘り返せばその者達は皆、追加された方の人形だった。偶然と言えばそれまでだが、俺にはどうもそれが意図的なもののように思えてならない。

 その中の一匹とつばぜり合いになった時、普段は見えない筈の白いマスクの先にある顔が少しだけ見えたような気もした。

 まぁこんなところで考えても結論は出ない。全ては奴に聞けば良いだけの話だ。