生徒会庶務は平穏に過ごしたい (アリアンキング)
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第1話 鷺宮は巻き込まれた/早坂は思い出した/鷺宮は回避したい

アニメでこの作品に知ってからすっかり嵌って漫画も読破。

気付けば小説を執筆してました。



オリ主が齎すドタバタ劇をどうぞお楽しみください。




 私立 秀知院学園 貴族の育成機関として、設立されたのがこの学園の始まりであった。しかし、時代の流れで貴族制度は廃止され、今現在は資産家の子息や優秀な成績を誇る生徒達が多く在籍している。

 

 

「皆さん、例の二人が来ましたよ」

「本当だぁ。いつ見ても良いなぁ」

 

 

 生徒の一人が何かに気付いて、黄色い声を上げた。その先に居たのは秀知院で生徒会副会長を務める四宮かぐや。この学園に通う生徒であれば、知らない者はいない。彼女の家柄は日本経済を陰から支配していると噂の四宮一族の令嬢である。無論、かぐやは家柄だけでなく、文武両道で数多の成績を残している本物の天才でもあった。それでいて、己の功績をひけらかす事をかぐやはしない。その謙虚な姿勢も彼女が好かれる理由である。

 

 

 

 

 

 

 そんなかぐやの隣を歩く男、彼の名は白銀御行。秀知院生徒会で会長を務めている。彼の家柄はかぐやと比べて平凡であるが、学力ではかぐやも超える成績を収めている。それ以外に相手が誰であっても、真摯な態度で接する白銀もかぐや同様に尊敬を集めていた。彼が生徒会長としての地位に就けるのはそういった背景がある。

 

 生徒会長だけに与えられる黄金の飾緒を身に付け、威風堂々した白銀の姿はかぐやに負けない威厳を放っている。

 

 

「あのお二人。いつ見てもカッコいいですわね」

「あと、噂だとあの二人は付き合ってるらしいよ」

 

 

 去りゆく二人の後ろ姿を見つめながら、呟いた言葉を聞いて廊下は喧騒に包まれる。それは当然、白銀とかぐやの耳にも届いていた。

 

 

 

 

 

 

「…お戻りですか。今日の書類は纏めておきましたよ」

 

 

 

 生徒会室に戻った白銀とかぐやを出迎えたのは一人の女子生徒 鷺宮璃奈(さぎのみやりな) 彼女も生徒会に属しており、生徒会で扱う書類の管理、様々な雑事を行うのが璃奈の役割である。

 

 

「そうか。いつも助かるな」

「ええ。そうですね。鷺宮さんのおかげで仕事が捗りますもの」

「あら、二人が私を褒めるなんて珍しいですね。何か良い事でもありました?」

 

 

 

 白銀とかぐやの思わぬ言葉に鷺宮は些か照れた様子で二人に尋ねた。

 

 

「いや、特にそういうのは無い。思えば、助力してくれる鷺宮にお礼を言った事が無かったからな。只、それだけだ」

「成程。別に当たり前の事をしてるだけですし、気になさらずとも良いのに」

「私も会長と同じ意見ですよ。感謝の言葉を面と向かって言う機会は意外と忘れがちですから」

 

 

 

 白銀の言葉にかぐやは頷いた。ふと見れば、かぐやの頬は僅かに赤くなっていた。その事に鷺宮は違和感を覚えた。そういえば、学園には二人が付き合っているという噂が流れていた。もしや、本当の事なのだろうか?噂の真意が気にならないといえば、嘘になる。しかし、二人の関係が何であれ自分には関係ない。鷺宮は雑念を振り払って、己の仕事に取り掛かった。

 

 

 業務を開始して、暫く経った頃。ペンを動かす音以外、何もない静寂の中。かぐやが静かに口を開いた。

 

 

 

「そういえば、会長はご存じですか? 生徒達の間では、私達が付き合っている。そんな噂が流れている様ですよ」

「ほう。そんな噂がねぇ。まあ、そういうのに興味がある年頃なんだろう。別に気にする必要もあるまい」

「そういう物ですか? 生憎、私は色恋沙汰に疎い物ですから。気になってしまうんですよ」

 

 

 

 表向きは感心が無い風を装っているが、内心は全く別の事を考えていた。

 

 

(お、俺と四宮が付き合っているだと!? 一体、誰がそんな噂を流しているんだ? いかん。噂の事を想像したら、四宮の顔が見るのが恥ずかしくなってきたぞ)

(思ったより、反応が薄いわね。少しは意識するかと思ったのですが…。はっ、私は何を考えてるのよ。駄目よ。これでは私が会長を意識してるみたいじゃないの)

 

(だが、実際の所。四宮はどう思っているんだ? 先程、色恋沙汰に疎いと言っていたが噂には興味がある素振りが気になる。もしかして、あいつは俺に気があるのかもしれない。相手は日本随一の資産家で文武両道の天才。付き合うとしたら、この上ない女性だ。しかし、だからといって俺から告白するのは癪だな。仮に四宮が俺に気があるのなら、向こうから告白してくる筈だ)

(一時の迷いに流されては四宮の恥だわ。ですが、会長の方から私に傅いて、溢れ出す感情のままに愛を語るのであれば、恋人候補くらいにはしてあげましょう)

 

 

 

(え? あの二人、何でニヤニヤしてるの? 正直、凄く気持ち悪い。はぁ、会長に誘われて生徒会に入ったけど、失敗だったかな? ま、私に面倒な事が起きたらすぐ辞めればいっか)

 

 

 下世話な事を想像し、不気味に笑う二人を見つめて鷺宮は心の中で毒を吐いていた。しかし、お互いを意識しながらも妙なプライドから素直に慣れないまま…。

 

 

 

 

 半年が過ぎた!!

 

 

 

 

 その間、当然ながら二人の関係が進展する事は無かった。余りにも変化の無い日々が続いた所為で、当初は付き合ってやっても良い。その考えは消え去り、今では如何に相手から好きと言わせる。それが目的となっていた。学園でトップを誇る頭脳を用いて、相手の隙を窺い頭脳戦を繰り広げる白銀とかぐやであるが、一進一退を繰り返すのみで、決着は未だに着いてはいなかった。

 

 

 そして今日は同じ生徒会に属し書記を務める少女 藤原千花が生徒会に姿を見せていた。日本人では珍しい桃色の髪に笑顔が絶えない彼女は、学園でも人を惹き付ける魅力を放っている。

 

 

 そんな藤原は何か思い出した様に手を叩くと、懐から二枚のチケットを取り出して正面に座っている白銀とかぐやに話しかけた。

 

 

「そうだ。私、運が良い事に懸賞に当たりまして。映画のチケットを入手したんですよ~。でも、私の家では映画を観てはいけない決まりがあるので使い道がないんです。期限も迫っていますし、良かったらお二人で観に行ってはどうですか?」

「へー。それは有難い事だな。映画自体、観る機会が無いからな。幸い、俺の予定(スケジュール)は特に無い。四宮、お前も映画を観る事は無いだろう? 折角だし、二人で観に行くか?」

「あ、これは友達から聞いたんですけど、この映画。男女で観ると結ばれるという噂がありまして、巷でも大人気らしいですよ」

 

 

 藤原の発言に白銀は茫然とした。彼女の言葉と己が言った言葉を反芻し、意味を理解した途端。彼の顔に大量の汗が浮かび上がった。その様子を隣で静観していたかぐやは、獲物を前にした獣の様な笑みを浮かべて攻めに出た。

 

 

 

「会長…。二人で観ると結ばれる映画。これを私と観たいんですか?その発言、新手の告白とも取れますよね」

 

 

(しまったぁぁぁぁぁぁ!! 俺とした事がすっかり油断していた。先程の言葉、確かに告白したも当然の行為。不味いぞ。このままでは、四宮の思い通りになってしまう。待てよ。誘ったからとはいえ、それが告白と決まった訳ではない。そうだ。意識すると相手に有利だが、堂々とすれば逆に四宮への反撃に利用出来る。これだ!!)

 

 

 一時は窮地に追いやられた白銀だが、彼も只では転ばない。仕掛けたかぐやの言葉を逆手に取り、反撃に応じた。

 

 

 

 

 

「ああ、俺は確かに四宮を誘ったよ。だが、興味が無いのなら別に構わん。別の誰かと行くとしよう。そうだ。鷺宮はどうだ? こうして藤原がチケットをくれたんだ。一緒に行かないか?」

 

 

 白銀は誘った事を肯定しつつ、かぐやの前で別の異性を誘う行動に出た。幸いな事に部屋にいた鷺宮に白銀は声をかけた。これにかぐやは内心、焦りを抱いた。此処で行くと名乗り上げれば、それは自分が白銀に好意がありますと認める事になる。見方を変えれば、貴方と付き合いたいと告白したも同然だ。

 

 

 一方、鷺宮は突然の誘いに困惑する。まさか自分に白羽の矢が立つとは思っていなかった。先程の会話は当然、鷺宮も聞いていた。無論、これが只のジンクスだと理解してはいるが、いざとなる意識してしまうのは鷺宮も年頃の少女であり、多少なりとも恋愛物に興味があった。

 

 

 

「いいですよ。私も映画は久しぶりですし、良かったら一緒に行きま…しょう!?」

 

 些か恥ずかしさはあるが、別段断る理由もないと鷺宮は白銀の誘いを受ける返事を返そうとした時。突然、背筋が凍る様な恐怖を感じた。一体、何だと顔を上げて彼女は絶句する。視線の先ではかぐやが恐ろしい表情で睨みつけており、まるで心臓を握られた様な感覚を味わっていた。何故、かぐやが自分を睨むのか。その理由はすぐに分かった。白銀の誘いが全ての原因。駄目だ、此処は断らないと悲惨な結末が待っている。鷺宮は本能でそれを悟って、白銀の誘いを断る事にした。

 

 

 

「アー 今思い出したのですが、私は週末に予定がありますので…無理です。なので四宮さんと楽しんで来て下さい」

「そうか。それじゃあ、改めて聞くが四宮はどうする?」

 

 鷺宮の返事に残念そうな顔をする白銀だったが、実は安堵していた。もし鷺宮が誘いを受けていたら、確実にかぐやと映画に行く事は無い。青ざめた顔で震える鷺宮に疑問を覚えたが、白銀は気持ちを切り変えてかぐやを再び誘う。

 

 

 

(会長が鷺宮さんを誘ったのは誤算でしたが、どうにか軌道修正は成功したみたいね。さて、此処からどう攻めるべきか…。会長は勧誘の意思を強く示した上で映画を観に行くかの選択権はこちらに譲渡してきた。上手い切り返しですが、詰めが甘いですわね。私が誘いを断る選択もあるけれど…そうしたら此処に至るまで下準備が無駄になる)

 

 

 

 此度の出来事は全てかぐやの自作自演。藤原の家が映画を観る事を禁止している事は、以前から知っている。それに加えて、白銀の予定に置いても事前に調査済みだった。あとは藤原が映画の話題を出すの待って自分と白銀が映画を観る方に話を持っていく計画だった。多少の誤算はあったが、それも解決した今は如何に告白と認識されずに相手の誘いに返事を返すか。これが地味に難題であった。

 

 

(さっきの会長みたいに私も焦らす手段もありですが、それでは芸がありませんね。それに釣れない女と思われる可能性が高い。会長の都合も考えると、映画に誘われる機会は今後無いかもしれない。んもう~。何で寄りによって恋愛映画なのよ!! 普通の奴なら堂々と誘いを受ける事が出来るのにぃ~。そうだわ。あの手で行きましょう)

 

 

 

「そうですね。こう見えて私も恋愛物に興味はありますよ。一応、年頃の女ですからね。だけど、映画に纏わる噂が本当なら少し緊張してしまいます」

 

 

 かぐやの切り札。それは【純粋無垢(カマトト)】を装っての交渉術。相手の思考を乱す表情と声色。異性であれば、誰もが虜にしてしまう魔性の業。これによって、白銀の思考は乱される。だが、抗い様のない術も白銀を陥落するには至らなかった。

 

 何とか平静を取り戻し、かぐやに対する策を巡らせる。しかし、それはかぐやも同様で白銀を追い詰めるべく、更なる手段を模索していた。頭脳を全力で働かせて、勝負の決着が見えた頃に傍観していた藤原が口を開いた。

 

 

 

「二人共。さっきから渋い顔をしてますが、もしや恋愛映画が嫌いでしたか? それならば、このとっとり鳥の助という映画のチケットも懸賞で当たったのでこっちにしますか? これも面白いと評判なんですよ」

 

 

 

 此処に来て、藤原が投下した新たな選択肢。これに白銀とかぐやは唖然とした。選択肢が増えた分、考える事も増える。先程から酷使している脳も限界を迎えていた。当然、そうなればまともな思考が出来ず、このままでは相手に負けてしまう。

 

 

 幸い生徒会室には鷺宮が用意していた饅頭が一つ。二人はそれ目掛けて動き出す。この饅頭を手に掴み口にした者が勝者となる。

 

 

 

 しかし現実は饅頭の様に甘くはない。授業の開始時刻に気付いた藤原が一早く饅頭を口にし、彼女は生徒会室を出て行った。

 

 

 部屋に残ったのは無駄に頭脳を使い疲労困憊した二人とかぐやの眼差しで放心状態の鷺宮だけが残された。

 

 

【本日の勝敗 白銀とかぐやの敗北ならびに鷺宮の敗北】

 

 

 

 

「鷺宮璃奈を調べろ…ですか。それは構いませんが、彼女と何かあったのですか?」

「いいえ。そうでは無いの。只、少し気になる所があって……。それを貴女に調べて欲しいのよ」

 

 この日の夜。かぐやの部屋に呼ばれた早坂にある命令が下された。それは鷺宮璃奈という少女の調査。時折、四宮家に良い感情を持たない人物が学園に現れる事がある。そういった輩は同じ学園に通う早坂が調べ上げて、事前に排除している。しかし、完璧を自負する彼女も人間。当然、己が見過ごしている人物もいる。今回、名が上がった者がそうだと思い、自然と早坂の目も鋭くなる。

 

 

 だが、早坂の予想は外れ。かぐやの口から語られる理由を聞くにつれて、次第に早坂の顔に呆れた色が浮かび上がる。要するに、自分の恋路に厄介な者が出来たから調べて欲しいとの事だった。

 

 

 

「…つまりかぐや様に恋のライバルが出来たって事ですか?」

「違うわ。まだそこまでの存在じゃないわよ。只、会長が私以外に誘う異性がいた事に驚いただけよ」

「めちゃくちゃ意識してるじゃないですか…。かぐや様は会長が鷺宮さんを誘った事に危惧してますけど、至って普通の流れじゃないですか」

「どうしてよ? 会長が誘ったのはそうだとしても、誘いを受けた鷺宮さんが会長に気が無いって言い切る根拠は何なのよ」

 

 

 そう叫ぶかぐやに早坂は何も言わなかった。単純な話、説明するのが面倒になったから。本人は鷺宮が会長を異性と意識してると言うが、男女で映画に行く程度。高校生であれば不思議な行為ではない。寧ろ、それが普通なのだ。

 

 

(居ても立っても居られない程、不安を感じるなら早く素直になればいいのに……。まあ、それが出来ないから何も進展しないまま。今に至るのだけどね。全く、いつになっても手のかかる主人ですね)

 

 

 しかし、自分の主人は普通からかけ離れた世界に住む者。それを理解しろと言うのは酷であろう。それにこのまま放置すれば、この主人はとんでもない無茶を要求してくるかもしれない。そうなる前にかぐやの要求を飲んだ方が得策だと早坂は結論を出した。

 

 

 

 

「それなら明日、私が彼女に探りを入れてみましょうか? 本人に会長の事をどう思っているのか。聞いた方が早いですから」

「う、それでもし…鷺宮さんがその会長をす、好きと答えたらどうしたら」

「その時はかぐや様が先に告白すれば済む事じゃないですか」

「でも…私から告白なんて」

「そうやって、半年も進展が無かったのにまだ言いますか。鷺宮さんに取られてからでは遅いんですよ」

 

 

 早坂の言う事は尤もでかぐやは言葉に詰まる。確かに先に告白すれば済む事ではあるが、仮に告白して相手にその気が無く、好きな人が鷺宮だったら…そう考えると自分の想いを伝える事が怖かった。

 

 

 かぐやの心情は長く仕える早坂は見透かしていた。普段は物怖じせず、いかなる者が相手でも容赦しない彼女であるが、それはあくまで四宮家の人間としての話だ。当然、それ以外は年頃の少女と変わらない。故に体験した事の無い恋愛が絡んだ場合、彼女は極端に臆病な一面を見せる。偶に面倒臭い性格と感じる事もあるが、かぐやに普通の少女として過ごして欲しい。そう思うのも本心である。

 

 

 結局。早坂はそんな主人が好きだからこそ、無茶な要求や命令にも従うのだ。

 

 

「まあ、何にせよ。調査の方はお任せ下さい。結果は分かり次第に報告します。では、私はこれで失礼いたします」

「ええ。貴女の働きに期待してるわよ」

 

 

 

(鷺宮璃奈。この名前は何処かで聞いた気がする。それはいつだ? 一度聞いた名前を私が忘れる訳がない。それに何故か懐かしい気持ちになる。まさか、私と彼女は過去に会っているのか? もし、そうであれば…私のアルバムに答えがある筈…。急いで調べてみよう)

 

 

 早坂は急ぎ部屋に戻ると、件のアルバムを探し始めた。程無くして見つかったアルバムの頁を早坂は次々と捲っていく。そしてあるページに開いた時、封入されていた一枚の写真を見た途端、彼女の脳裏に過去の記憶が鮮明に浮かび上がる。

 

 

「やはり…そうでしたか。漸く思い出しましたよ」

 

 

 アルバムの中で忘れられていた幼き頃の記憶。その写真を早坂は潤んだ瞳で見つめていた。

 

 

 

 翌日

 主の命令で鷺宮を調べ始めた早坂であるが、調査は思う様に進んではいなかった。誰かに尋ねてみても、聞ける話はどれも同じ話ばかりで参考にならない。唯一、判明した事は鷺宮には特別親しい人間がいない。

 

 

「調べて分かったのはこれだけ…か。今回の任務は意外と骨が折れますね」

 

 

 

 ある程度の人付き合いはある様だが、それは表面的な関係でしかない。これに早坂は眉を寄せた。これが事実なら、いくら自分でも鷺宮の心情を探るのは非常に難しいだろう。しかし、それに対する秘策を早坂は用意していた。

 

 

 

 その為には鷺宮と話す必要がある。放課後になったら、鷺宮と直接話してみよう。早坂は任務達成に向けて、最後のプランを練り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「あーーー。鷺宮さん。此処にいたんだぁ~。 もう、随分探したんだからね」

「はい? 貴女は確か…早坂さんだったかしら? 私に何か用なの?」

 

 

 突如、声をかけられて鷺宮が振り向けば、一人の少女が目に入った。つけ爪に派手な髪飾りだけでなく。化粧も施したその出で立ちは、如何にも今時の女子高生といった感じである。

 

 

「そうそう。てい~うか名前覚えてるんだぁ~。一度も話した事無いのにすごいね」

「別に大した事では無いですよ。それで用件は何ですか?」

 

 

 

 鷺宮は正直な所、早坂の様な人は好きではない。明るく人懐っこい印象はあるが、今風の口調が個人的に受け付けられない。しかし、個人的な理由で彼女を無下に扱えば…自分の評判だけなく生徒会の評判も下げてしまう。ならば、手っ取り早く用件を聞いて立ち去ろう。そう考えて鷺宮は早坂に尋ねた。

 

 

「う~ん。話はあるんだけどぉ。此処じゃ言い辛いから、何処か人気が無い所に行きたいな~」

「分かりました。じゃあ、図書室に行きましょ。あそこなら今の時間、人は少ないですし」

「おっけー 我儘言ってごめんね~」

 

 

 鷺宮の提案に早坂も賛成した事で話が纏り、二人は図書室へ向かって歩き出した。

 

 

 

 

「うわぁ。ホントに誰もいない。静かすぎて怖いね」

「いいから本題に入ってください。私も暇では無いんですよ」

 

 

 静かな場所に訪れても、早坂は用件を話そうとしない事に些か苛立ちを覚えて、鷺宮の口調も冷たくなる。少し言い方がきつかったと思うも、早坂は気にした素振りは無い事に鷺宮は内心、ホッと安堵の息を吐く。実の所、先程の言動に早坂も傷付いていた。しかし、それを表を出す真似はしない。逆に傷付いた様子を見せて、相手の隙を突く方法もあるが、彼女にそんな事はしたくなった。

 

 

 だからこそ、早坂はある決意をした。

 

 

 

「ええ。なら単刀直入にお尋ねします。鷺宮さんは白銀会長の事をどう思っていますか?」

「…?質問の意図が分かりませんよ。一体、何の話ですか? それに口調もかわってるんだけど……」

「ああ。この際なので全部言いましょう。私はかぐや様に仕える身でして、学園では陰ながら手助けしてます。まあ…この話は今は置いておきましょう。まずは私の質問に答えてください」

 

 

 突然の変化に困惑する鷺宮だが、早坂は意に介さず話を進めた。

 

 

(ええ!?一体、何が起きてるの?さっき、早坂さんは四宮さんに仕えてると言った。そして…会長をどう思ってるかですって?質問に答えろ以前に質問の意味が分からない。だけど、だんまり決めていても良い事は無さそうですね)

 

 

 

「会長と言うと白銀くんの事ですよね。良い人だと思いますよ。真面目ですし、生徒会長としても」

「そうではありません。男性として好きかどうかですよ。鷺宮さんは異性として会長が好きなんですか?」

 

 

 

 此処に至って鷺宮は全て悟った。昨日、恐ろしい形相で睨みつけてきた四宮。その彼女に仕える早坂の問い掛け。つまり四宮かぐやは自分を会長を巡る恋のライバルと認識したのだ。そして自分が非常に面倒な事に巻き込まれた事も。

 

 

 

「アー 言っときますけど、私は白銀くんをそういう目で見て無いですよ」

「本当ですか。ならば、良いのですが…。かぐや様は鷺宮さんが会長に好意を抱いている。その事で悩んでいて、私に探りを入れる様に命令された訳です」

「もしもの話ですよ。仮に私が白銀くんを好きって答えたら四宮さんはどうするんでしょうか?」

 

 

 本能は聞くなと叫んでいたが、この時は好奇心が勝り早坂に質問をぶつける。流石に権力がある令嬢とはいえ、人をどうこうする事は無いだろう。何処となく、楽観的に考えていた。

 

 

「その時は空気の薄い所へ送られていたでしょうね。まあ、あの方も鬼ではありません。心配しなくて大丈夫ですよ」

「そ、そうですか。四宮さんは慈悲深いんですね」

 

 

(何それぇぇぇぇっ!? 空気の薄い場所?そんな所に人を追いやる時点で十分に鬼じゃないの!! もしや私も候補に入ってるの?い、嫌ぁぁぁぁ。な、何とかしないと…冷静に考えるのよ鷺宮璃奈。まだ窮地を脱する手はある筈…。そうよ。四宮さんは私が白銀くんに好意を持っていると思ったから早坂さんを差し向けたのよね?ならば‥私の存在が邪魔ではなく、必要だと思わせる事が出来れば…助かる見込みはある!!)

 

 

 恐怖を抑え付け、思考を纏めた鷺宮は早坂にある提案を持ちかけた。それは…

 

 

「でしたら、私も協力しましょうか?いくら早坂さんでも生徒会室に入れないし、私は同じ役員だからいざという時はフォロー出来ますから」

 

 

 自分もかぐやの恋愛成就に手を貸す事であった。恋敵ではなく、味方に付けば最悪の結末(空気の薄い場所送り)を回避出来る。

 

 

(お願いよ。首を縦に振って頂戴!!)

 

 

 心の底から祈りながら鷺宮は早坂の返答を待っていた。この数秒は人生において、尤も長い時間に感じた事だろう。

 

 

「それは此方としても助かります。あの方は意外とヘタレですから。策を仕掛けてはいつも失敗してるんですよ」

「だ、大丈夫!! 私に任せて下さい。しっかりとやりますから!」

「とはいえ、別に無理はしなくていいですよ。期限も今の生徒会が解散するまでで構いません」

 

 早坂の返事を聞いて、鷺宮は己の首が繋がったと胸を撫で下ろした。当初は安請け合いをした事に後悔の念を抱くが、それに気付いた早坂は苦笑いを浮かべて譲歩してくれた。

 

 

「そうだ。もう一つ、聞きたい事があります。鷺宮さんはこれに見覚えありませんか?」

「…いいえ。これがどうかしたんですか?」

 

 

 早坂が見せたのは一つのキーホルダーだった。ビーズで編まれた熊が特徴の他。見た所、解れている箇所やビーズの一部が色褪せている事から大分古い物だと分かる。

 

 

「やはり覚えてませんか。それならあっちゃんという呼び方に聞き覚えは?」

「あっちゃん?…呼び方と言うからには、誰かの愛称ですよね?うーん 聞き覚えはあるけど、何処で聞いたのかは分からないですね」

 

 

 

 質問の意図が理解出来ないが、早坂の様子から大事な事なのだろう。必死に記憶を巡らせるが、どうしても思い出せない。

 

 

「そうですか。実はこのキーホルダー、昔に鷺宮さんから貰った物なんですよ。まあ、幼稚園の頃だから忘れていても仕方無いですね」

「…幼稚園に私があげた物…。まさか、あの時の女の子…早坂さんだったの?」

「やっと思い出してくれましたか。遅いですよ」

「…ごめんなさい。そういえば、何かあるとママーって泣いてましたよね」

「あ、そこは忘れていても良かったのに…何はともあれ、思い出してくれて嬉しいですよ」

 

 

 

 この二人は幼い頃に出会っていた。その後、家の事情で早坂は引っ越す事になり、別れる際に件のキーホルダーを鷺宮から贈られた。引っ込み事案だった自分に話しかけてくれた鷺宮は早坂に取って、大切な友達だった。以後、四宮家の命令でかぐやの近待になった時も密かに支えとしていた。

 

 

 そんな鷺宮に廻り廻って再会できた。隠していた自分の素性を話したのもこれが理由であった。

 

 

「もう捨てたかと思ってたけど、大事にしてくれてたんですね。ありがとうあっちゃん」

「当然ですよ。だって、私の大切な物ですからね。捨てる訳がありません」

 

 

 

 用件を済ませた早坂は図書室を出ていき、残された鷺宮は懐かしい思い出の余韻に浸る反面、早坂の頼み事を思い出して憂鬱な気分に陥っていた。

 

 

 

[本日の勝敗 思い出の友達と再会し、面倒事を半分押し付ける事に成功した早坂の勝利]

 

 

 

 

 

 

 早坂との再会から数日後 

 かぐやに協力する事になった鷺宮は白銀とかぐやの映画デート、かぐやへの恋文投函事件等。様々な出来事を陰から尽力したが…二人の仲を進展させるに至らなかった。

 

 

 

 昼休み。昼食を食べる為、鷺宮は中庭に訪れていた。此処は鷺宮のお気に入りの場所で休み時間の休憩や食事に日頃から利用している。しかし、今日はその場所に先客が来ていた。それは一組のカップルで彼らは周囲の視線を物ともせず、仲睦まじい姿を晒していた。

 

 

 

(あーあ。人目も気にしないで良くやるわ。今日はいい天気だから、お気に入りの場所でご飯を食べようと思っていたのに…。かといって、食堂や教室は騒がしいから嫌なのよね。そうだ! 生徒会室があるじゃない。あそこなら静かだし、誰の邪魔も入らないからゆっくり食べるには最適ね。よし。そうと決まれば、すぐに行きますかね)

 

 

 外での食事を楽しみにしていた鷺宮だが、流石に空気の読めない輩達の傍で食べたいとは思わない。代わりの場所も考えてみるも、浮かぶのは別の意味で騒がしい場所ばかり。その時、ふと思い付いたのは生徒会室であった。そこなら役員以外は誰も来ないし、静かに食べるのに適している。そうと決まれば即行動。鷺宮は軽い足取りで生徒会室に向かっていった。

 

 

 

 

 

「全く人目も憚らず、はしたない行為をするとは‥‥。学園の風紀は乱れています!」

「気持ちは分かるが、少しは落ち着いたらどうだ? 何も校則に抵触してもいないし、あの程度で風紀は乱れたりはしない」

「こんにちは。あの…何かありました? 何だか四宮さんの機嫌が悪そうですけど……」

 

 

 鷺宮が生徒会に顔を出すと、憤慨した様子のかぐやが目に入った。何か気に食わない事があったのだろう。部屋の中をうろうろとして、不満を口にしていた。そんなかぐやを白銀が宥めているが、聞く耳持たずといった状態だ。いまいち状況が分からない鷺宮は白銀に事情の説明を求めた。

 

 

 

「ああ。此処に来る途中でいちゃつく生徒を見掛けたんだが……。どうやら四宮はそれが気に入らない様でな。こうして不満を口にしている訳だ」

「当然でしょう!! 最近の生徒は、何を考えているのか理解が出来ません」

「厳しいな。だけど、いくら生徒会でも個人の自由を阻害する権利はない。それは四宮だって、分かっているだろ」

「勿論、それは承知しています。でも…」

「まあまあ。二人共、少し冷静になりましょうよ。とりあえず、今はお昼をたべませんか?」

 

 

 互いの主張をぶつけ合う二人を鷺宮が仲裁に入った。このままでは延々と不毛な言い争うが続くだけ。昼休みの時間も限られているし、何より鷺宮の空腹も限界に来ていた。白銀とかぐやも鷺宮の言葉で冷静になったようで、三人は昼食を食べる事にした。

 

 

 

 

 

 

「あら? 会長、今日は手弁当ですか?」

「ああ。田舎の爺様が野菜を大量に送ってくれてな。暫くは弁当にするつもりだ」

「会長が料理出来るとは意外な一面を知りましたよ」

「俺はこうみえて料理は得意だぞ」

 

 

 そう言って開かれた弁当箱。その中身にかぐやは目を奪われた。ごはんに梅干し。おかずに煮物、ウィンナー、ハンバーグに卵焼き。食べたい物がこれでもかと詰め込んだ弁当はかぐやにとっては、輝いて見えた。

 

 

 本音を言えば、分けて貰って食べたい。だが先程の発言した手前…それを口にする事はかぐやのプライドが許さない。それでも気持ちは正直なものでかぐやの視線は白銀の弁当を追っていた。無論、鷺宮はかぐやの行動に気付いていた。此処で知らない振りをするのも手だが、早坂とかぐやに協力する約束をした以上、何もしない訳にいかない。

 

 

 意を決して、鷺宮が助け船を出そうとした時、生徒会室にやってきた藤原は波乱を巻き起こす。

 

 

「あ、皆さん来てたんですね。わぁ会長、今日はお弁当ですか。美味しそう、少し分けて下さいよ」

「おお、いいぞ。じゃあ、藤原書記にはこのハンバーグをやろう」

 

 

 このやり取りに鷺宮は絶句した。普段なら何気ない日常の一幕で微笑ましいものだが、この場においては悪夢の出来事である。

 

 

 さり気なく、かぐやに視線をやれば案の定、彼女は絶対零度の眼差しで藤原を睨みつけていた。

 

 

(藤原さんの馬鹿ぁぁぁぁ!! 何て恐ろしい事をするのよ。不味い‥このままでは私にも火の粉が降りかかるのは明白。何とかして四宮さんに会長の弁当を食べさせる手を打たないと…)

 

 

 キリキリと悲鳴をあげる胃の痛みに耐えつつ、鷺宮は最善の策を模索する。しかし、神はそんな鷺宮に予想もしない試練を与えた。

 

 

 

「そういえば、鷺宮も手弁当なんだな。折角の機会だ。俺のおかずと鷺宮のから揚げ。良かったら交換しないか?」

「え?ええ。別に良いですよ」

「そうか。じゃあ、遠慮なく頂くとしよう。ほら、これがお返しのタコさんウィンナーだ」

「ど、どうもありがとうございます」

「うわぁ。鷺宮さん羨ましいなぁ。会長の手料理…とても美味しかったですよ」

 

 

 

 弁当のおかず交換。それ自体、別段おかしい事ではない。ひょんな事から頂いた白銀特製のタコさんウィンナー。藤原の表情からして、白銀の料理はさぞ美味なのだろう。しかし、今の鷺宮には何の味もしなかった。何故なら…怨念が籠められたかぐやの視線をひしひしと感じていたから。

 

 

 

 

 

(藤原さんだけならまだしも…鷺宮さん。貴女までそんな事をするなんてね。早坂の話では私に協力すると聞いていたのに…こうも早く裏切るとは。あまつさえ、自分の手料理まで会長に渡す始末…彼の胃袋を掴んで関心を惹こうって魂胆ね。何と浅ましく薄汚い女。これは私に対する宣戦布告ですね。良いでしょう。その挑戦、受けて立ちます。明日を楽しみにしていなさい)

 

 

 

 

 行動が裏目に出て、かぐやの怒りを買ってしまった鷺宮は、何とも居心地の悪い昼休みを過ごす事になった。

 

 

 

 

 そして翌日の昼休み。今日も鷺宮は生徒会室で昼食を食べる事にした。此処でなら会長や藤原もいる為、かぐやの制裁(空気の薄い場所送り)が執行される事はない。だが、それはつかの間の猶予でしかない。僅かなこの時間を活用し、昨日の失態を挽回しなければ、自分の未来は霞と消えるだろう。

 

 

 鷺宮はまるで敵地に特攻を仕掛ける兵士の気分を味わっていた。どう切り出そうかと思案する中、先手を打ったのはかぐやであった。

 

 

「これってかぐやさんのお弁当ですか~?」

「何というか凄いな。それに美味そうだ」

「四宮さん‥このお弁当はどうしたんですか?」

 

 

 テーブルに置かれたかぐやの弁当。これは四宮家お抱えの料理人によって作られており。綿密な予定の元、昼休みに出来立てが届けられている。旬の食材をふんだんに使われるだけでなく、栄養面もバッチリの一級品である。

 

 

「ええ。実は昨日、良い食材が手に入った事で料理人の魂に火が点いたのでしょう。只、いつもより量が多くて…食べきるには大変ですよ」

 

 

 絢爛豪華な弁当に圧倒される三人にかぐやはさり気なく、自分の弁当を薦めた。無論、事前の調査で中身は白銀の好物ばかりを詰め込んでいる。

 

 

 

(ふふふ。此処まで御膳立てをすれば、会長も堪らず私のお弁当を食べたくなる筈。そして分けて下さいと申し出る事でしょう。さあ、いつでも来なさい。貧相な鷺宮さんの弁当等、綺麗さっぱり忘れさせてあげます)

 

 

 勝利を確信し余裕の笑みを浮かべるかぐやだったが、現実は妄想ほど甘くはない。 

 

 

「とりあえず、俺らも食うか」

「そうですね。会長のお弁当、今日は海苔弁ですか~。これも美味しそうですねぇ。それに鷺宮さんの弁当も素敵~」

「言われてみれば、人の弁当ってやけに美味そうに見えるよな。小学生の遠足の時はよく他人の弁当を羨んだりとかしたなぁ」

「あ~分かります。私も仲のいい友達とよくやってました」

「ふふ、他に運動会とかでもありますね。でも、私は会長のシンプルな弁当も好きですよ」

「ははは。よせよせ照れるではないか」

 

 

 

 かぐやの弁当に一瞥する事もなく、三人は談笑を交わしながら弁当を食べ始める。これは不味い状況だ。此処で待っていても、状況は好転しない。危機感を覚えたかぐやは自ら動く事にした。

 

 

「会長 確か牡蠣がお好きでしたよね。お一ついかがですか?」

 

 

 好物なら白銀も箸を付けやすいだろう。かぐやはそう考えて薦めたが、一つ失念していた。それはかぐやの牡蠣が高級食材という事である。日頃、食べ慣れているかぐやとは違い、一般階級の白銀には敷居の高い食べ物だった。

 

 

 それを薦めるかぐやに何か裏があるのでは?と勘繰ってしまうのは無理もない。

 

 

(一体、四宮は何を考えている?俺に高級食材を差し出す理由は何だ?ハッ…よもや四宮は俺を憐れんでいるのか?質素な弁当を食べる俺の姿が滑稽に見えるに違いない。何たる屈辱…)

 

 

 と白銀はその結論に至った。故に白銀が取るであろう行動は…

 

 

「断る。その様な物を貰っても返せる物が俺は持ち合わせていないのでな」

 

 

 断固拒否する事であった。常識的に考えれば必然といえるのだが、思惑が外れたかぐやは脱力し項垂れた。その拍子に机に頭をぶつけるのを見た藤原の「大丈夫?頭痛くない!?」と心配する言葉が悪口に聞こえ、かぐやに追い打ちをかける。

 

 

「い、いえ。大丈夫ですよ。それにしても…今日は藤原さんも手弁当なんですね」

「はい。実は…昨日、会長が手弁当食べてるのを見て、私の分もお願いしたら…何と快く引き受けてくれたんです。だから、会長と私のお弁当は中身が同じなんですよ。えへへへ、何だか遠足みたい楽しいです」

「まあ一人分も二人分も変わらんしな。喜んでくれるなら何よりだ」

 

 

 この瞬間、部屋の温度が急激に下がるのを感じた鷺宮は恐る恐るかぐやの方を見て、激しく後悔した。藤原を見つめるかぐやの目は明確な殺意を宿していた。しかし当の本人は気付いておらず、藤原は呑気に弁当を頬張っている。彼女の口に白銀特製のおかずが消える毎にかぐやの視線も鋭さを増す。この異常に白銀も当然気付いており、言葉に出来ない恐怖が白銀の精神を蝕んでいく。

 

 

 

「しまった。今日は部活連の会合があるんだったな。急いで食べないと」

 

 

 異様な空気が漂う部屋から一刻も早く出たい。白銀は一心不乱に弁当を食べると逃げる様に生徒会室から去っていった。

 

 

 

 

(あーー 私のタコさんウィンナーがぁ~。ハァ…何でこうなるのかしら? 私一人空回りしてバカみたい)

 

 

 白銀の弁当が食べたい。それだけの為に策を講じるも全て失敗に終わって、かぐやは力無く項垂れた。しかし、捨てる神あれば拾う神あり。そんな彼女に救いの手を差し伸べる者がいた。

 

 

「かぐやさーん はいあーん」

 

 

 かぐやの前に出されたのは、一本のタコさんウィンナー。欲しくて堪らない食べ物をかぐやは流されるままに頬張り味わった後、かぐやは優しい笑顔を浮かべる藤原がとても眩しく視えた。

 

 

「どうですか~?美味しいでしょ。かぐやさんも一緒に食べよ」

「ええ。皆で食べると楽しいものね。折角ですし、私のから揚げもどうぞ」

「あ、ありがとうございます。…鷺宮さんの料理も美味しいですよ」

「どういたしまして」

 

 

 そして女子三人組は弁当を食べながら楽しい昼休みを堪能した。

 

 

 

【本日の勝敗 白銀の逃走によりかぐやの勝利ならびに最悪の結末を回避した鷺宮の勝利】

 

 

 

 

 

 

 

 




書き終わってみれば、一話から1万字超えました(笑)


今後も内容はアニメを意識して、三つの話を纏めた構成にしていくつもりです。
また作中の映画デートと恋文投函は敢えて端折りました。

どんな事でも良いので感想をくれると励みになります。
思わぬ形で始まった新作ですが、次回もお楽しみに





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第2話 鷺宮は巻き込まれた2/生徒会は出かけたい/鷺宮は仮面を外した

今回は前回よりも文字数が多めです。


無理しない程度に目を休めながらお楽しみください。


 ある日の放課後 

 今日は生徒会の仕事も無く、帰り支度をしている最中。鷺宮は一人の女子生徒に声をかけられた。

 

 

「ねえ…璃奈。今時間ある?」

「あら、四条さん。大丈夫ですけど…どうしました?」

「そう。良かったわ。実は…相談したい事があるのよ」

 

 

 その人物は同じクラスの四条眞妃。普段は挨拶する程度の仲だが、今日は珍しく相談に乗って欲しいと頼って来たのだ。別段、断る理由もなく眞妃と仲良くなる良い機会だと鷺宮は考えていた。

 

 

 後にこの頼みは断わるべきだったと、後悔するとも知らずに…

 

 

 

「それで相談とは何ですか?」

「うん。それは私...好きな人がいてね。どうしたらいいのかアドバイスが欲しいの」

「アドバイス…ですか。頼ってくれるのは嬉しいですが、私も恋愛の事は分かりませんよ」

「え?だって…璃奈はおば様の恋愛成就に協力してるって聞いたわよ」

 

 

 眞妃の相談は恋愛に関する内容だった。その後の恋愛成就に協力している。この言葉に不穏な気配を感じ、鷺宮の心に一抹の不安が過る。どうか予想が外れていて欲しいと、神に願いながら鷺宮は気になる事を尋ねてみる事にした。

 

 

「…ちょっとお尋ねしますけど。四条さんが言うおば様って、誰の事ですか?」

「ああ。璃奈は知らなかったっけ?四宮かぐやの事よ。あの人、私のおばなのよ」

「そうだったんですか。世間って意外と狭いものですねぇ」

 

 

(うわぁ~嫌な予感的中だわ。四条さんが好きな人。まさか白銀くんじゃないよね?だとしたら…最悪としか言いようがない。どうしよう…聞かないと分からないけど、聞きたくない。何でこうなるんだろう?今日は帰って、ゆっくりしようと思っていたのに…神様って私の事が嫌いだったりするの?)

 

 

「眞妃さんの悩みを聞く前に二つ質問していいですか?」

「いいわよ。何が聞きたいの?」

「ありがとう。まず一つ目。私が四宮さんに協力してると四条さんに教えたのは誰?」

 

 

 これを知っているのは限られた人だけだ。ある程度は予想が付いてはいるものの…鷺宮はハッキリとさせておきたかった。

 

 

「おば様の近待からよ。確か…早坂だったかしら。最初は渋っていたけど、最終的に私が妨害しない事とおば様の好きな人を聞かない事を条件に聞いたのよ」

「そう。早坂さんから…ね」

 

 

 

(あっちゃんの大馬鹿者。大事な友達と言ってたのに…私を売るだなんて酷い。大方、四条さんにしつこく詰め寄られて面倒になったに違いない。友情なんて所詮は儚いものね)

 

 

 

「それで二つ目だけど、四条さんの好きな人は誰なんです?」

「…耳貸して。誰かの耳に入ったら嫌だし」

「ええ。分かりました」

 

 

 この問いに眞妃は素直に答えてくれた。その相手は同じクラスの翼という男子で鷺宮も翼の事は知っている。真面目で大人しい草食系の男子。これが鷺宮の翼に対する印象である。

 

 

「成程。つまり四条さんはその男子と付き合いたい。それで私に相談しに来たと…」

「そうしたかったわ。だけど、実は彼が私の友達に告白して付き合う事になったのよ」

「それは複雑ですね。まさか、その方と喧嘩でもしたんですか?」

 

 

 初恋は実らない。この言葉を強く実感するとは鷺宮も想定もしてなかった。強い友情も恋の前には脆く崩れ去ってしまう。現に先程、自分の友情に罅が入ったばかりである。

 

 

「そうじゃないわ。友達とは仲良くやってる。問題があるとしたら…」

「あるとしたら?それは何ですか?」

 

 

 

 鷺宮としてはこれ以上、面倒事に関わりたくないのが本音である。だが、困っている人や頼ってきた人を放ったり、無視出来ない性格の為、結局は面倒事に巻き込まれるのが鷺宮璃奈という人間だった。その性質上、やはり今回も面倒事に関わる道を進んでいく。

 

 

「彼に余計な事を吹き込んだ奴よ。何処の誰か知らないけど、見つけたら空気の無い所に送ってやるわ!!」

「ぶ、物騒ですね。因みに四条さんの友達…名前を教えてくれませんか?」

「ああ。柏木渚よ。小さい頃からの友達なの。だから複雑なのよね」

 

 

 

 最初こそ、恋愛の縺れで女友達と拗れた程度だと思っていた。しかし…柏木渚。この名を聞いた途端。鷺宮の胃がキリキリと痛みだす。眞妃の話と件の友達に鷺宮は非常に心当たりがある。やはり神などこの世にいないと鷺宮は心の中で叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 遡る事、数日前。この日、放課後の生徒会室に珍しく来客が尋ねてきた。それは眞妃が想いを寄せる翼であった。

 

 

「恋愛相談?この俺にか?」

「はい!会長は恋愛でも百戦錬磨だと聞いてます。だから、どうか力を貸して下さい」

「あの…お言葉ですけど、友達に相談されては?流石にそういう相談は生徒会では受け付けてませんよ」

 

 

 

 普段は役員以外は来ない場所に足を運んでの相談。故に真面目な話と思いきや、恋愛相談と生徒会に関係ない内容に鷺宮は眉を顰めて苦言を洩らす。これは至極、当然の事であるが他に頼る術が無い翼には死刑宣告にも等しい言葉であり、翼の表情は落胆の色に染まる。

 

 

「…やっぱりだめですか?だけど、僕はどうしたらいいのか分からないんです」

「まぁ待て鷺宮。友達にも言えない事もあるだろう。生徒の悩みである以上、生徒会として手を貸すのは当然だと思うぞ」

「…はぁ、分かりました。会長がそう言うなら私も協力します」

「本当ですか!! 二人共。ありがとうございます」

 

 

 

(あー 何でこうなるのよ。只でさえ、四宮さんの事だけで大変なのに他人の恋愛事なんて知らないわよ。ハア~ 会長の面倒見の良さは良いけど、こういう時は非常に面倒だわ。まだ生徒会の仕事も沢山あるし、適当に助言して早く帰ってもらいましょう)

 

 

 本来なら受ける必要のない相談。しかし、白銀は翼の肩を持ち相談に応じる姿勢を見せた。無論、白銀も恋愛経験が無く、この手の問題は真っ平御免である。もし...上手い助言が出来ずにボロを出した場合。

 

 

【白銀会長、どうやら恋愛経験の無い童貞だった】

【え~ それ本当?今時、童貞なんてだっさーい】

【あらあら…会長ともあろう人が童貞とは…お可愛い事

 

 

(駄目!!乗る切るしかない)

 

 

 最悪の未来が浮んだ白銀は何があっても成功させねばならないと決意を固める。幸い、この場に鷺宮もいる。自分では分からない事に関しては彼女が知恵を貸してくれるだろう。鷺宮の存在が白銀の不安を軽くしていた。

 

 

 

「それで相談とはどんな事だ?」

「僕と同じクラスに柏木さんという子がいて、その彼女に告白しようと思ってるんです。でも…余り話した事もないし、告白して断られた事を考えると怖くて」

「成程な。因みに接点はあるのか?例えば、何か貰ったとか。或いは渡したとか」

 

 

(この人。勇気を出したと思えば、自信を無くしたりと忙しいわね。しかも好きな人と碌に話した事も無いんじゃ、告白しても結果は見えてるよ)

 

 煮え切らない態度の翼に鷺宮は少し苛立ちを覚えて、心の中で毒を吐く。それを表に出さない様、注意を払いながら鷺宮は二人のやり取りを聞いていた。

 

 

「そういえば、バレンタインにチョコを貰いました」

「あら、それはどんなチョコでした?」

「その…一口チョコ三粒です」

 

 

 意外な接点に驚いた鷺宮が詳しく尋ねると、返ってきた返事に場の空気が凍り付いた。男女にとって、重要なイベントであるバレンタイン。そこで貰えるチョコの質で女子の気持ちが明白となる。人によっては忌まわしい日とも呼称されるそのイベントにおいて、翼が意中の相手から貰ったチョコはたったの三粒。最早義理チョコですらない贈り物に白銀と鷺宮はかける言葉が浮ばない。

 

 

 

 

「あー そうだな。その子、間違いなくお前に惚れてるぞ」

「え?会長…流石にそれは無いと思いますよ」

「いいや。分からんぞ。女心は複雑だからな。本当は本命を渡したいが、恥ずかしくなってそのチョコを渡した可能性もあるかもしれんだろう」

 

 

 

(そんな可能性ある訳無いでしょう。だって粒よ粒。義理のチョコだって個の単位なのに。興味が無い以前に空気と同じ存在とハッキリ言ってる様なものじゃない。白銀くんって、頭は良いだけで実は馬鹿なのかしら?四宮さんは彼の何処が好きになったんだろう?永遠の謎ね。それに当の本人だって、こう言われて納得しないよ。矛盾だらけの論理だし、余程の馬鹿じゃない限りは…)

 

 

 ありえない持論に鷺宮は呆れていた。白銀の言葉を信じる者は誰もいないだろう。例え相手が小学生でも嘘だと気付くレベルである。それを高校生、しかも秀才と言われる白銀の口から出た事が何よりも衝撃だった。

 

 

「そんな…じゃあ、あのチョコは実は本命だったのか」

(あ、馬鹿は此処にもいたわ。この学園、大丈夫なのかな?私…通う学校を間違えた気がしてならない)

 

 しかし事実は小説より奇なり。あろう事に翼は白銀の言葉を信用し、感銘を受けていた。その事に鷺宮は絶句する。純粋と言えば、聞こえはいいが…だがそれは相手が小学生や中学生ならの話だ。高校生でこれは無い。此処にいたら自分も馬鹿になりそうだと感じた鷺宮は一刻も早く、このくだらない相談を終わらせる為、話を進める事にした。

 

 

 

「他に接点は無いんですか?先程、余り話した事は無いと仰ってましたけど、会話した事はあるんですよね?」

「はい。といっても会話と言うほどじゃなく…」

 

 

 翼の話はこうだった。休み時間の折、柏木達の女子グループが翼に恋人がいるかどうかを聞いてきたらしい。翼に恋人はいないと答えた後、女子グループは翼を笑いながら立ち去ったとの事だった。

 

 

「どうみても揶揄われてますよ。厳しい事を言うけど、異性として見られてないと思います」

「やっぱりそうですよね。僕なんか相手にされる訳ないですよね」

「いや待て。結論を急ぐ必要はない。意外とモテ期…来てるぞ」

「え?会長…それはな「第一、何故ネガティブに考える?人は本音を隠す生き物だ。それは老若男女に共通する事だぞ」

「成程…じゃあ、実は皆僕に好意を寄せていたのか。そんな…彼女達の中から一人選ばないといけないなんて」

 

 

 鷺宮は冷めた表情で二人を眺めていた。それに気付かず、二人の恋愛相談は熱を増していく。もう口出する気が失せた鷺宮は静観する事を選んだ。その都度、おかしな持論に苛立ちを覚えるが…何を言っても当の本人達は聞く耳を持たず、都合のいい展開を想像する二人の話に疲れたのが本音である。

 

 

 

「それで肝心の告白ですけど、どう切り出したらいいですか?」

「うーむ。そうだな。なら、俺に良い案があるぞ。よく見てろよ」

 

 

 白銀の策、それは通称『壁ドン』という手法であった。相手を壁際に追いやった後、腕で逃げ道を塞ぎ相手の耳元で愛を囁く。追い詰められた不安を恋心に変化させ、告白の成功率を高めるのが狙いである。

 

 

(え?白銀会長…正気ですか。今時、そんな告白方法が通用する女子がいるとでも?ダメだ…生徒会もおかしい気がする。本当にこの学園は大丈夫なの?)

 

 

 希望が見えたと喜ぶ翼と裏腹に鷺宮は軽蔑した目で白銀を見つめていた。確かに『壁ドン』は恋愛の駆け引きに使われる手法であり、絶大な効果があるだろう。しかし、それは柏木が翼を異性と意識している場合の話である。だが、実際はバレンタインでは義理以下のチョコ。しかも当の本人から揶揄われる始末だ。もし翼がこの方法で告白したら、間違いなく振られるのは火を見るよりも明らかである。問題はこれだけに終わらないだろう。前代未聞の方法で告白して振られた愚か者。そんな噂が広まり、心無い者からいじめに遭うかもしれない。最悪、不登校に繋がり世に絶望して自ら命を絶つ可能性もありえるのだ。

 

 

 そこまで想像して鷺宮は恐ろしくなった。今ここで翼を止めなければ、この結末が現実になりかねない。いくら馬鹿と思った男子とはいえ、そんな目に遭って欲しい訳ではない。

 

 

 

「会長、今時そんな方法は通じ…」

「ん?何か言ったか?」

 

 

 

 何が何でも止めねばならない。そう決意し口を開いた時、鷺宮の目に映ったのは陰から生徒会室を覗くかぐやの姿だった。また暗がりでも分かる程、赤い顔で佇んでいる。その反対に立つのは不思議そうな様子の白銀会長…。ゆっくりと物事を整理して、鷺宮は起きている状況を把握した。

 

 

「いえ。何でもありません」

 

 

 此処で白銀に説明すれば、また面倒な事になる。これ以上の面倒事は避けたい。…故に鷺宮は全てを無かった事にした。そんな鷺宮の心境など知りもしない翼はとんでもない発言を口にする。

 

 

「ありがとうございます。おかげで告白する勇気が持てました。流石、四宮さんを落としただけありますね」

「なっ、それはどういう事だ?」

「あれ?知らないんですか?会長に四宮さんが告白したって噂」

「全く知らないぞ。というより、俺と四宮は付き合っていない」

 

 

 この話は外にいるかぐやにも聞こえており、動揺した表情で此方を窺っていた。やがて落ち着きを取り戻した白銀は意気消沈した様子で自身の気持ちを吐露し始める。

 

「いや、寧ろ逆だ。最近になって思うんだ。実の所、俺は嫌われているんじゃないかって」

「会長は四宮さんの事、どう思っているんですか?大事なのは会長の気持ちですよ!!」

 

 

 翼の言葉に白銀は己の気持ちに向き合ってみた。そうして浮かび上がるのは四宮への本音。

 

 

「まあ正直な話。金持ちで天才だろ。そこが癪な所だな。人に無い物を持っている分、内心では人を見下しているんじゃないかな。お高く留まった態度で余計にそう感じる」

 

 

 

(その口閉じてぇぇぇっ!! そして気付いてよ白銀くん。四宮さんが凄い目でこっちを睨んでるよ。どうしよう。これが原因で二人が険悪になって、四宮さんの恋が終わったら私の未来も終わってしまう。絶対、”貴女がしっかり協力しないからこうなったのよ”って言いそうだよね。そして私は空気の薄い所に…駄目、何とかするしかない!!)

 

 

 白銀が本音を吐き出す度に四宮の顔は険しくなり、目付きも鋭くなっていく。その事に白銀は全く気付いていない。これ以上、白銀が爆弾を投下する前に話を変えないと自分まで巻き添えを食らう羽目になる。それは断じて御免だと、鷺宮は行動に出た。

 

 

「ほら四宮さんは四大財閥の令嬢ですからね。お高く見えるのは英才教育の影響ですよ。それに何事においてもしっかりした人だし、他の人にない品格もありますよ」

「そうか?案外抜けてるし、怖い顔してる時も多いぞ。それに…!? でも、そこが良いよな。普段とのギャップがあるから可愛いよ。鷺宮の言う通り、品格もあるから俺の気も引き締まるし、精進しようという気持ちになる。そう思うと四宮は最高の女だよ」

 

 

 

 暴走していた白銀は一転して、かぐやを称賛する言葉を次々と口にする。この場に本人がいる事に漸く気付いたからである。いつの間にいて、何処から聞いていたのかは知らない。だが、これ以上…この相談を続けていてはまたボロを出しかねない。そう判断した白銀は翼の相談を終わらせる事にした。

 

 

「まあ、俺の事はともかく。話を戻すぞ。いいか、とにかく告白しなくては始まらん。変に策略を練っても拗れるだけだ」

「そうですよ。悩んでも答えは出ませんから」

「分かりました。僕、頑張ってみます。今日は相談に乗ってくれてありがとうございました」

 

 

 そう言って翼は生徒会室をあとにした。そして驚く事に彼は告白に成功し、柏木と付き合う事になった。これが事の真相である。

 

 

「ねえ…私、どうしたらいいと思う?」

「そうですねぇ。今は…距離を置いてみてはどうでしょう?人間関係は複雑ですから、もしかしたら付き合い始めた二人も意外と長続きせず、別れるかもしれないですよ」

「そっか。今はそれがいいかもね。私も渚と喧嘩したくないし、そうする」

「また何かあったら、いつでも相談してください」

「ありがとう。それと…私の事は眞妃でいいわ。じゃあ、私は帰る。また明日ね」

「はい。また明日…眞妃さんも気を付けて帰ってね」

 

 

 眞妃の姿が去るのを確認して、鷺宮はへなへなと力無く床に座り込んだ。眞妃の失恋の原因が自分にあると知られたら…それを想像して目の前が暗くなる。その後、立ち直って帰宅するまでの1時間。鷺宮は教室で放心していた。

 

 

【本日の勝敗 知らぬ所で新たな火種を撒いた鷺宮の敗北】

 

 

 

 

「はぁ~今日も寒いですね~ 早く夏が来ないかな~」

「随分と気が早いな。まだ春も来てないというのに」

「いいえ。時間はあっという間に過ぎるんです!うかうかしてるとな~んも無いまま卒業ですよ~」

 

 

 藤原の不意の発言は白銀とかぐやの心を深く抉った。そんな二人の心境を悟り、鷺宮は密かに同情するが…下手に口を出せば、藤原が場を掻き回す事になると黙る事にした。普段はのほほんとしている藤原は何故か恋愛事に関しては、異様な鋭さを見せる。

 

 

 そうなったら、根掘り葉掘り聞こうとするだろうし、確実に地雷を踏み抜く事になるのは明白である。

 

 

「そうです!夏になったら生徒会の皆で旅行に行きませんか?きっと良い思い出になる筈ですよ~」

「それは名案ですね。親睦も兼ねて何処かに行きましょう」

「只、何処に行くかですよね。余り遠くは行けないですし」

「そうだなぁ。世間の目もある。無難な所、山でどうだ?山荘を借りて自然を堪能するのも良いぞ。綺麗な星空も拝めるから最高の思い出になると思う」

「山ですか…。でも、山荘って私達で借りれますか?他の点においても高校生の懐具合じゃ厳しいのでは?」

 

 

 名案だとばかりに山を薦める白銀に対して、鷺宮は異論を唱えた。それは予算の問題である。白銀の提案は確かに魅力的だと、鷺宮も思っている。だが、旅行は何かと出費が嵩むのが現実だ。移動に寄る交通費、泊まる施設に掛かる宿泊費等。家族で行くのと違い、高校生同士では負担は大きくなる。

 

 

 

 しかし白銀はこの展開を予想していた。山と聞いて誰もが思うのは、都会の片隅にある場所。目的地によって変わるが、準備に金が掛かるイメージを抱いている者が大半であろう。

 

 

「その心配はいらんぞ。最近では色んな層に合わせたサービスがある。食事込みなら多少は高くなるが、俺達で食材を持ち込んで用意するなら安く済む。調理に必要な器具も宿泊費を払えば使えるから、荷物が増える必要もない。費用も諸々合わせても大体、5万前後だろう。各自で出し合えば、何とかなる金額だ」

「成程。最近はそうなんですね」

 

 

 白銀の説明に鷺宮は感心する。恐らく、この為に事前調査をしていたのだろう。旅行は計画性が無いと、バタバタするだけで楽しいよりも面倒な思いをする事になる。それを考えると白銀の提案に賛同しても良いかな?と鷺宮は思っていた。

 

 

「そうだろう。だから行くなら…」

「海ですね。海以外ありえないと思います」

 

 

 

 だが、此処で別の意見がかぐやの口から飛び出した。夏の旅行という点において、その意見は自然の流れである。現に鷺宮も候補として海に行く事を考えていたから。問題なのは異なる意見を出したのが、白銀とかぐやだという点である。何かと対立する二人は今回も貼り合う姿勢を見せていた。

 

 

「海は良いですよ。生命の根源でもありますし、夕暮れ時の潮騒は最高の癒しです。それに山より近いから旅行に最適では無いでしょうか」

「いやいや。近場で済ませるなら旅行の意味が無いだろう。山の空気は新鮮で身心を整えるに持ってこいの場所だぞ」

 

 

 海と山。どちらも夏の定番スポットに挙げられる。毎年、この二つを廻って意見が別れるのは最早お約束となっている。

 

 

 反対意見を述べた白銀であるが別段、海が嫌いという訳ではない。白銀が海に反対する本当の理由、それは白銀が泳げないという致命的な弱点故である。もし、海に訪れて一人だけ浮き輪でいる姿を見られたら…

 

 

【あら、会長。その浮き輪…もしかして泳げないんですか?ふふ、お可愛い事

 

 

(いかん。それだけは隠さないと…。断固として山だ。海に行く事は絶対避けないと)

 

 

 白銀は何とか山に行く様に誘導するべく思考を巡らせる。その手段は海のデメリットを指摘する事。海のネガティブなイメージを与えれば、必然的に山へ行く方向に話を持っていけると踏んでいた。

 

「海は何かと混むだろう。それに潮風で体がべたつく」

「四宮家のプライベートビーチを使いましょう。それなら人混みの心配は無用です。すぐ傍に温水シャワーも完備していますよ」

「紫外線の問題もある。日焼けは皮膚に悪いし、何より乙女の天敵だろう」

「屋内にプールもあるのでそちらを使いましょう。それに最高級の日焼け止めクリームも用意するので皮膚のケアもバッチリですよ」

「海には危険な生き物もいるだろう。海月とか鮫とか‥被害が出たら洒落にならんぞ」

「沖に侵入防止用のネットが設置しているので、安全面でも問題ありません。それにフロリダから腕利きのハンター、万が一を考えて医者も常駐しているので大事に至る事はありません」

 

 

(くそう。この金持ち…。デメリットを挙げても悉く潰される)

 

 

 無論、それはかぐやも同じである。予め白銀が言いそうな事は把握していた。その為、言った傍からカウンターを決めて、白銀の言葉を叩き伏せていく。面前で繰り広げられる戦いに鷺宮は知らぬ振りをしていた。山でも海でも鷺宮にとってはどうでもよかった。皆で楽しい思い出を作る。それが重要であると思っているから。

 

 

 しかし予期せぬ事は唐突に起きる。それを鷺宮は失念していた。

 

 

「埒が明かないな。この際、他の意見を聞くとしよう。鷺宮、お前は山と海。どちらを選ぶ?」

「勿論、海ですよね。四宮家のプライベートビーチの海はとても綺麗ですよ」

「何を言う。山だって、緑豊かな自然が綺麗だぞ」

「それは理解していますよ。でも、海は主に夏にしか行かないではありませんか。それに…山は天気が崩れやすいし、山にも危険な生き物がいます。もし蜂に刺されたり、蛇に咬まれたらどうするんですか?治療が間に合わず、悲惨な事になる可能性もありますよ」

「ぐっ それは…そうだが。結論は鷺宮の意見を聞いてからにしよう」

「そうですね。まあ、私と会長で言い争っていても仕方ないですもの。鷺宮さん、貴女は海と山。どちらを選ぶんですか?」

「え?私の意見ですか。そ、そうですね…」

 

 

(はぁぁぁぁぁぁ。何で私に話を振るのよ。海か山かなんて別段、どちらでも良いじゃないの。うう、面倒くさい事になったわね。山を選べば、四宮さんの不興を買って何をされるか分からない。下手をしたら、この人の事だし…”あらあら。協力者でありながら私を裏切る不調法者。貴女には空気の薄い場所が相応しいですね。さようなら鷺宮さん どうぞお元気で”って事になるに違いない。かといって、海を選べば会長に歯向かう事になるし、それに会長にはファンクラブがあると聞いた事がある。もしこの事がファンクラブの人達の耳に入ったら…”貴女ね。会長に歯向かった無礼者というのは。ちょっと顔貸しなさいよ”という修羅場に巻き込まれかもしれない。何とか二人が納得する答えを出さないと…考えろ、知恵を絞れ鷺宮璃奈。きっと、何か抜け道はある筈…そうだ)

 

 

 

「それなら川なんてどうですか?会長が仰った緑の自然に触れる事も出来て、川によっては泳ぐ事も出来ますよ。それにほら…川の生き物だって生命力に溢れているから活力も貰えるし、流れる川の潺は心に安らぎを与えてくれますからね。他にもメリットはありますよ。テントを持参すれば、川辺で夜も過ごせるから宿泊費も浮きます。皆とテントで語り合う時間は何よりも貴重な思い出になる筈です」

 

 

 白銀とかぐやに口を挟む暇を与えず、鷺宮は怒涛の勢いで意見を捲し立てた。普段、物静かな鷺宮が妙な迫力を醸し出す姿に白銀とかぐやも気圧されて、反論の言葉が出る事は無かった。それに鷺宮の意見は説得力もあり、断る理由も無いのも事実である。

 

 

「川か。そこは盲点だったな」

「そうですね。川も自然の一部ですし、ゆったり過ごすには最適なのかもしれませんね」

 

 

 鷺宮の提案は両者が行きたい場所の良い面をしっかりと抑えている。これで話が纏り、解決かと思った時…

 

 

「川も確かに素晴らしいですよね~ だけど、私はどっちかといえば海がいいです~」

「あら、藤原さんも海派でしたか。そうなると多数決で旅行先は海で決まりですね」

 

 

 今まで傍観していた藤原があろう事か嵐を巻き起こす。これを好機と見たかぐやはすかさず、海を粋して来た。おまけに多数決という民主的な手段を表に出し、白銀に反論の余地を許さないという徹底ぶりである。納得が行かなくても数で決まったのなら、反対しても勝ち目は無い。今の白銀に出来るのは、夏までに泳げる様になると決意する事だけである。

 

 

(藤原さん…貴女はいつもいつもいつもそうやって、場をかき乱すのは何でなの?以前も白銀くんが弁当を持って来た時だって…周りを気にせず、突っ走るだけ。あの時、私がどれだけ胃を痛めていたか知ってるの?いや、知る訳ないか。脳味噌の栄養が胸に行ってる様な人だし...そんな事を考える訳無いわよね。この人の友達はさぞ、大変でしょうね。苦労してるのが目に浮かぶわ)

 

 

 空気を読まず、それどころか平気で火に油を注ぐ藤原に対して、鷺宮は心の中で本人が聞いたら号泣するレベルの毒を吐きまくっていた。

 

 

「あ、海といっても私はバミューダ海域に行きたいです~ 多くの船を沈没させた摩訶不思議な謎。それに海底に眠る財宝の数々。ロマンがあって楽しそうじゃないですか~」

 

 

 しかし藤原が巻き起こす嵐はそれでは収まらず…藤原の暴走で白けた空気が生徒会室に漂っていた。これ以上、三人は何も言う気力もなく旅行の話は白紙となった。

 

 

 

【本日の勝敗 藤原の暴走により勝者なし】

 

 

 

 

「会長、この本は一体どうしたんですか?」

「ああ。先程、校長がやって来てな。生徒から教育上良くない本を没収したから、処分してくれだそうだ。全く、これくらいの事はそっちでやればいいのにな」

 

 

 生徒会室にやってきた鷺宮は置かれた雑誌に気付き、白銀に尋ねると彼は愚痴を交えて事情を説明してくれた。珍しく不機嫌だなと思った鷺宮であるが、今日はやるべき事が多く面倒事を押し付けられた事が原因だろう。忙しい時に面倒事は受けたくないものだ。しかし相手が校長とあれば、それを突っ撥ねる訳にもいかない。

 

 

 

「…教育上、良くないって何が載ってるんでしょうね~ っっ!? ひゃあああああっ!!? み、乱れ・・この国は乱れています」

「何をそんなに慌てているんですか?」

「うーん。予想は付くけど、言いたくないです」

「分かりませんね。藤原さんが見たページは此処ですね」

 

 

 慌てふためく藤原の様子をかぐやは不思議そうに見ていた。鷺宮は藤原が何を見たのか察したものの...口に出して言うには憚れる内容であるからだ。

 

 

 しかしそれを知らないかぐやはあろう事か。口に出して朗読を始めた。

 

 

「何々?初体験はいつだったかアンケート。へえ、高校生は34%もあるんですか」

「地味に生々しい確率ですね。まあ…今の時代はおかしくないですよ」

「おかしいですよ~ 皆、そんな事をしてる筈ありません。会長もそう思いますよね!!」

「ああ。藤原書記の言う通りだ。大方、そういう本を見た人が答えるからその確率なんだろう。いわゆるサンプルセレクションバイアスって奴だな」

 

 

 白銀はしたり顔でアンケートを否定する。雑誌に掲載されている確率ならこの場のメンバーも経験があるという可能性もあるのだ。思春期とはいえ、そんな生々しい話など聞くのは御免だ。増して白銀が好意を寄せるかぐやが経験済みである等、想像したくは無かった。

 

 

「…果たしてそうでしょうか?私は適切な割合と思いますよ。寧ろ少ない気もしますね」

「四宮さん‥本気で言ってます?流石にその冗談は笑えないですよ。それ以前に経験あるんですか?」

「ええ。大分前に‥私は経験してますよ」

 

 

 かぐやの発言は三人に凄まじい衝撃を与えた。硬直する白銀と藤原を視界に捉えつつ、辛うじて耐えた鷺宮は言葉を絞り出す。どうか間違いであってくれと祈りながら口にした鷺宮だったが、かぐやからの返答はその願いを容赦なく砕いてみせた。

 

 

「高校生なら誰もが経験してるものでしょう。皆さん、随分と愛の無い環境にいたんですね」

「…今の時代、そんなものでしょうか」

「わ、私も彼氏とか作るべきですかね?でも、お父様は許してくれないでしょうし~」

 

 

 何処か妙な雰囲気の三人を見て、かぐやは首を捻る。自分は普通の意見を述べたつもりだが、三人には焦りの感情がある事をかぐやは悟った。隣の芝生は青いと言うように。人は自分に無い物が他人にある場合、出遅れていると焦りを抱くものだ。

 

 

 これらを踏まえてかぐやの中にある方程式が浮び上がる。それは白銀の焦燥感を煽り、告白に導く事である。そうと決まれば即実行。かぐやは白銀に狙いを定めて仕掛ける事にした。

 

 

 

「あら、会長はモテると聞いていましたが…彼女はいないのですか?」

 

 

 まずはジャブと言わんばかりの煽り。これで白銀がどう出るか?かぐやは様子を見る。しかしかぐやのジャブは白銀には相当なダメージを与えていた。だが、弱みを見せる事無く白銀は平静を装い返事を返す。

 

「あー 特定の相手とそういう関係は無いなぁ。今は…」

 

 

 『今は』

 白銀の発言は昔はいたと思わせる非常に便利な言葉である。実際はいなくても嘘にはならない為、老人から子供まで多用されている。だが、白銀は異性に好かれていない訳では無い。バレンタインではそれなりの数、チョコを貰ったりしているが…類は友を呼ぶというべきか。変人に好かれる傾向が多い事もあり、交際に至らないのが実の所である。

 

 

 それでも自分はモテる。恋愛経験が無いにも関わらず、根拠のない自信を白銀は抱いている。だが、白銀が童貞である事に変わりはない。

 

 

「へぇ。それでは会長も経験はあるんですね」

「ま、まあな…」

 

 

(不味い流れだ。経験があると咄嗟に嘘を吐いてしまったが、詳しく聞かれたら答えようが無い。もし…俺に経験が無いとバレたら】

 

 

[あらまあ、会長ともあろう者が見栄をお張りになって…そんなに無垢な遍歴がバレるのが恥ずかしいのですか?お可愛い事…

 

 

(かなり惨め。バレたら誤魔化す事も不可能)

 

 

「ハハ…誰でも出来る事だしなぁ」

 

 

 強がりからそう発言する白銀を鷺宮は冷たい眼を向ける。鷺宮も本気で言っているとは思っていないが、それでも最低な言葉である事には変わらない。別に恋愛経験の有無など、些細な事で見栄を張る意味が理解出来ないのが鷺宮の本心である。

 

 

 

(誰でも出来るとか…発情した猿でもあるまいし、高校生で体験する人なんて多くないわよ。はあ…突っ込みたいけど、そうするとこっちに飛び火しそうだしやめておこう。早く仕事終わらせて帰るのが得策ね。こんな話に付き合ってられないわ)

 

 

「そうですか。会長には妹がいるのですから…ガンガンやってると思ってましたよ」

「ハハハ。それなって…してる訳ねえだろぉぉぉぉっ!! 馬鹿じゃねえのぉぉぉぉ」

「家族なんですよ。別に不自然ではないでしょう。第一、鷺宮さんのお父様。仕事上、海外で活動してると聞いてますし、彼女だってお父様としてるのでしょ?」

「え?鷺宮はそうなのか…?」

「だとしたらドン引きですよ~」

「んな訳あるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 常識的に考えてもあり得ないでしょうがぁ」

 

 

 思わぬ流れ弾を食らった鷺宮は堪らず怒鳴り声を上げた。普段の敬語を忘れる程、かぐやの言葉は鷺宮の精神を大きく乱したのである。

 

 

「お、おう。そう…だよな」

「ご、ごめんなさい。てか、鷺宮さんが怒るの…私は初めて見ましたよ」

「…いけませんね。人との接触を過度に恐れるなんて…これも現代社会の闇かしらね?」

「四宮さん、貴女がそれを言うの?普通は家族とそういう事はしないわよ」

「あら、私は生まれたばかりの甥としましたよ。ビデオに撮られながら…とても楽しかったわね」

 

 

 したり顔で実体験を語るかぐやに全員が絶句する。由緒正しい貴族や一族が子孫繁栄の為に血縁同士でそういう行為に及ぶ話を聞いた事はある。しかし…それはあくまでも言い伝えや物語上での事だと思っていたが、実例が傍にいるとは知らなかった。いや、知りたくは無かった。

 

 

 

 現代でもこんな歪んだ世界が存在するのか。世間に隠れた闇に鷺宮は得体の知れない気持ち悪さを感じると同時にある違和感に気付いた。

 

 

(ん?何だろう…何か引っかかる。いくら四宮家の教育方針が歪んでいても、流石に赤ん坊とそんな事をさせるとは思えない。いや、普通に無いわ。でも、四宮さんの様子からして嘘を言ってる感じじゃない。世間一般の初体験って他にあったかな?…あ、四宮さんのいう初体験はまさかアレの事なのかな?此処は確かめる方が早いわね)

 

 

 

「…四宮さん。一つ質問してもいい?初体験って、どんな事か知ってるの?」

「当然ですよ。勿論…キスの事でしょう?」

 

 

 かぐやの言葉は鷺宮の予想通りだった。普通に考えれば、今の時代にそんな因習が存在する訳が無いのだ。それに家族と頻繁にする行為。この段階で気付くべきだった。海外では挨拶として行う”チークキス”の習慣がある。かぐやの鷺宮が父親としている発言はこれを指していたのだ。

 

 

「…四宮」

「待って、流石に会長が言うのは不味いわ。私が教えるよ」

「確かにそうだな。鷺宮に任せた」

 

 

 間違えを正そうとする白銀を鷺宮は制して、鷺宮がその役を買って出た。男の白銀がやれば普通にセクハラ行為になる上、かぐやの心を傷付ける事になるから。白銀もそこは理解して鷺宮にバトンを渡した。

 

 

「いい?私達が言ってる初体験は…」

 

 

 周りに聞こえない様、かぐやの耳元で詳細を語っていく。やがて真相を知ったかぐやは涙を浮かべ、迷子になった幼子の様に震えていた。どうやら四宮家では性に関する教育は一切していなかった。それはかぐやを守る体もあるだろうが、些か箱入り過ぎるというのが鷺宮の感想である。

 

 

「はぁ~心臓に悪かった」

「そ、そうですね~。私もかぐやさんと長い付き合いだけど、全く知らなかったです」

「普通はこういう話をしないからな。それにしても…敬語じゃない鷺宮は新鮮だったな」

「あ、言われてみればそうですね。何だか親しみやすい感じがします」

「…まあ、素はこれだから」

「いっそ、普通に話してもいいのではないか?俺達だって、そっちの方が気楽でいい」

「ですねぇ~ 私も会長に賛成です」

「分かった。じゃあ、今日から敬語をやめる。正直、こっちの方が私も楽だもの」

 

 

 思わぬ要因から鷺宮は被っていた仮面を外す事になり、少しだけ気分が楽になったと鷺宮は感じていた。

 

 

【本日の勝敗 性知識が欠如していたかぐやの敗北ならび生徒会メンバーと距離を縮めた鷺宮の勝利】

 




今回のお話、いかがだったでしょうか?

個人的に書きたい話を書けて満足ですが、思いの他文字数が多くなってしまいました(笑)

またオリ主である鷺宮璃奈。彼女を動かす為、端折るエピソードや漫画と違い、順番が前後する事もありますがそこはご了承下さい。


それとオリ主の設定も近い内に活動報告で上げておきますので…そちらも良かったら目を通して見て下さい。

それでは次回もお楽しみに


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第3話 鷺宮は口付けたくない/鷺宮は別れさせたい/鷺宮は交換させたい

リアルのゴタゴタで投稿に時間がかかってしまいました。


今回は少しばかり恋愛頭脳戦らしさを意識して書いてみました。

毎度長い文ですが楽しんでくれたら嬉しいです。


 放課後 本日も生徒会の活動に鷺宮達は勤しんでいた。

 部活動からの要望、学園の行事に関する通達、各委員会からの定期報告。生徒会で処理する仕事は多岐に及んでいる。

 

 

「はぁ‥これで最後か。最近はやけに仕事が多いな」

「本当にね。時期的に仕方ないけど、毎日は勘弁してほしい」

「鷺宮さん。学園は信頼して私達に任せてくれてるのですから、それを言っては駄目ですよ」

「…確かにそうよね。ごめんなさい」

「分かればいいんです。生徒会の役員である以上、今後はその様な言動は慎みなさい」

 

 

 仕事の多さに愚痴を洩らす鷺宮をかぐやは厳しく叱咤する。生徒の模範となるのが生徒会の責務。副会長の立場にあるかぐやはそれを自負している。故に軽はずみな発言をした鷺宮の態度は見過ごす事が出来なかった。無論、鷺宮もその事は理解している為、素直に失言を認めて反省の意を見せた。

 

 

 

「まあまあ、四宮。鷺宮も反省してる事だし、その辺でいいだろう。人間、疲れると愚痴の一つも出るもんだ」

「そうですよ~ 皆さん仲良くしましょう。そうそう。実は今日、良い物がありますよ。じゃーん これです!!今朝、お父様から生徒会の皆で飲みなさいと渡されたんです。折角ですし、どうですか?」

 

 

 此処で白銀は鷺宮に助け船を出した。ピリピリとした空気は周りにも伝染する。メンバー同士が険悪になれば、生徒会の業務に支障が出るだろう。生徒会長として、それは避けたい。続いて藤原も白銀の援護に回った。当然、藤原は深くは考えておらず、単に鷺宮とかぐやが喧嘩するのが嫌なだけである。

 

 

 

「お、それは珈琲の豆か。勿論、頂くとしよう」

「いいね。藤原さんの珈琲、美味しいから好きなんだ」

「えへへ~ 褒めても何も出ませんよ」

「アハハ、じゃあ、私が淹れようか?一度やってみたいと思ってたから」

「いえ、今回は私が淹れましょう。先程は鷺宮さんに八つ当たりみたいな事をしてしまったし、そのお詫びもしたいですからね」

「別に私は気にしてないけど、それなら素直に甘えるわね」

「そうして下さい。藤原さん、貴女の道具を借りますよ」

「はーい 了解です~」

 

 

 藤原の返事を聞いて、かぐやは豆を手にして給湯室に向かっていった。数分後、人数分のカップを持ってかぐやが戻ってきた。カップから立ち上る上品な香りがこの珈琲が高級品であると分かる。香りだけでなく、味の方も一級品だった。本来、珈琲は癖が強い上に安いものは後味が口に残る為、意外と苦手とする人も多い。

 

 

 しかし高級な豆は当然であるが、早々手が出せないのが実情だ。だからこそ、それを嗜む機会を鷺宮達は心から楽しみ珈琲に舌鼓を打っていた。

 

 

「味の方はどうですか?皆さんの口に合うと良いんですが…」

「とても美味しいですよ。独特の風味が癖になります」

「うむ。俺もこの味は好きだぞ。ところでこれはどんな種類の豆なんだ?」

「種類ですか。何でしたっけ?お父様から聞いてはいたけど‥」

「何だ?ど忘れしたのか。まあ、忘れたのなら別にいいのだがな」

「いいえ。珈琲好きとして珈琲を人に振る舞う以上、豆の名前を言えないのは恥です。今、思い出すので待ってください」

「やれやれ、こうなると藤原書記は頑固だからな」

「藤原さんは好きな事に対して拘る人ですからね。別段珍しくもありません」

「成程な。四宮、悪いがおわかりを頼む」

「あ、私もお願いしていい?」

「ええ、構いませんよ。私も丁度おかわりをしようと思ってましたから」

 

 

 

 心から美味しいと思う物を口にした人が取る必然的行動。それはおわかりである。そしてかぐやはこの瞬間を待っていたのだ。前々から入念な下準備の元、かぐやはある計画を練っていた。その計画とは白銀に間接キスを仕掛ける事である。

 

 

 【間接キス】

 コップや箸などを通して発生する粘膜接触。気になる異性との間で起きれば、否が応でも反応するのは抗えない人の本能である。青春漫画やラブコメにおいてはありがちな甘い展開であるが、現実ではそんな事は在りえない。人は意外と衛生面に敏感な生き物である。その為、間接キスを嫌う人は多い。しかし性の知識から遠ざけられていたかぐやはその事を知らない。かぐやにとって、所詮キスは挨拶の一部であり、間接キスはその延長線のものに過ぎない。

 

 

 

 この計画の為にかぐやが仕込んだ物、一つ目は間接キスに用いる食器。この生徒会室には役員が使用する食器が存在しているが…それらは個人用で形状と模様で識別が可能となっている。当たり前の話だが、専用の食器を間違えれば気付かれて未遂に終わってしまう。そこでかぐやが取った行動は生徒会室の食器を全て取り替える事であった。無論、食器は学園の備品の為、本来は不可能である。しかしかぐやの辞書に不可能の文字はない。かぐやは衛生面を盾に食器の新調に成功していた。その際、仕込んだ物が見た目が全て同じものだった。これで誰が使ったのかを識別は出来なくなり、すり替えても相手に違和感を与える事は無い。つまり間接キスを起こりやすくしていたのだ。

 

 

 二つ目は人の習性と嗜好の利用。古来から人は居場所を求める性質を持っている。それは人が集まるコミュニティで強く現れるものだ。例えば、部活で使用するロッカーに自分が好きな選手や歌手の写真を置いたり、個人の嗜好によって様々である。それを触発するべく、かぐやは私物である紅茶の葉とお気に入りのポットを生徒会室に置いていた。案の定、かぐやが生徒会室に紅茶を置いているのを見て、藤原も生徒会室に珈琲を持ち込む様になる。またこの事に反応したのは白銀だ。生徒会で行動を共にする様になってから、かぐやは白銀が珈琲を愛飲している事を把握していた。だからこそ、白銀と同じ嗜好を持つ藤原を利用し、計画に組み込む事にしたのだった。

 

 

 

 三つ目…それは白銀に如何にして間接キスを意識させるか。この計画で一番重要な事がこれである。先に述べた様に生徒会室のカップは全て同じ物であり、すり替わったカップに気付かないまま飲んでしまっては元も子もない。仮に白銀がすり替えたカップに口を付けてから間接キスだと進言する。これを実行した場合を想定してみた結果…

 

 

 

【何?これは四宮のカップだというのか。ほう...四宮はそれに気付いていながら黙っていたのか。つまり四宮はそんなに俺と間接キスがしたいと思っていた訳だな。全く、見掛けに寄らず破廉恥な奴め】

 

 

(という事になりかねない。そうなれば、四宮の名に泥を塗る羽目になる。周りに私が破廉恥だと知られたら末代までの恥…!! 面と向かって進言するのは不味いわね。さて…会長に間接キスをさり気なく意識させる良い方法は無いかしら?…そうだわ。これを使いましょう。これならリスクを冒さず、会長に間接キスを意識させる事が出来る)

 

 

 

 かぐやの奥の手、それは自身が使用しているリップクリームだった。ご存じだと思うが、リップには独特の香りが施されている。これを口を付けた箇所に塗る事でカップに香りを付着させ、尚且つ自分がリップを塗る姿を白銀に見せる事でカップがすり替わっている事が伝わり、白銀に破廉恥と思わせる事無く、間接キスを意識させるのが狙いである。

 

 

 全ての仕込みが終わり、かぐやは何気ない顔で白銀に自身のカップを手渡した。あとは事の顛末を見届けるだけ。もし…間接キスだと分かった上で口を付けたのなら、遠回しではあるが白銀はかぐやに好意を抱いてると認めた事になる。それはある意味、告白したも当然の行為。

 

 

 今回こそは白銀に好きと言わせる事が出来ると、かぐやは勝利を確信していた。

 

 

 

 そうとは知らない白銀は淹れたての珈琲に心躍らせていた。一仕事を終えた後の珈琲タイムを白銀は何よりも楽しみにしていた。立ち上る湯気の中に漂う香りを堪能したのち、カップに口を付けようとした時…白銀は違和感を感じて眉を顰めた。

 

 

(おかしい。明らかに珈琲とは違う匂いが混ざっている。これはミントの匂いか?何故、俺のカップにミントの匂いが…!?)

 

 

 

 匂いの正体を探ろうと思考を巡らせる中、ふいにかぐやに視線をやって白銀は硬直した。視線の先ではかぐやが唇にリップを塗っていたのだ。それを見て、ある予想が頭に過る。

 

 

(この匂い…どう考えてもリップのモノだよな。だとすると、このカップは四宮が使っていた物!?あいつ、まさか俺のカップを間違えたのか。しかし、四宮がそんなミスをするだろうか?でも、このカップは同じ見た目だからな。例え間違えても不思議はない。全く、四宮も意外にドジだな。俺が気付かなければ、間接キスになっていた…間接キス!!)

 

 

 動揺してカップを凝視しながら、白銀の心に邪な考えが浮び上がる。幸いな事にこの事実に誰も気が付いている様子は無い。ならば…知らぬ振りをして飲んでも問題は無いだろう。だが、それをやった事が皆にバレたら…

 

 

【うわぁ。会長にそんな性癖があったなんて気持ち悪い。今後、話しかけたりしないでね」

【破廉恥です。会長がそのような人だなんて、がっかりですよ】

【あらあら、生徒会長ともあろう者が、その様な下世話な真似をするとは…愚かですこと

 

 

(駄目だ!! これがバレたら俺の評判はどん底まで落ちてしまう。最悪の場合、風紀を乱したと退学になる可能性もありうる。いや、待てよ。冷静に考えてみれば、この匂いがリップのモノだという確証は無い。実は四宮が付けていた香水でそれが偶々カップに移ったという事も…だとするならこれは間接キスとはならないよな。そうに違いない)

 

 

 最悪の展開を想像する白銀だったが、カップの匂いは別の要因で付いたという可能性も考え付いた。そうであるならこのまま飲んでも間接キスをした事にはならないと白銀は自身に言い聞かせて、誤魔化した。

 

 

 だが、現実はそう甘くはない。結論を見出し、カップに口を付けようとした時…鷺宮とかぐやの会話が白銀の耳に聞こえてきた。

 

 

「それにしても…この珈琲は本当に美味しいですね。味だけでなく、芳醇な香りも病み付きになります」

「うん。私もこんな美味しい珈琲は初めて飲むよ。そうそう。香りで思い出したけど、この間…喫茶店に行ったら香水を付けた女の人がいてね。折角の珈琲がすごく不味く感じて最悪だったわ」

「あら、それは災難でしたわね。本来、珈琲は香りも嗜むものなのに…」

「全くよ。香水を付けて珈琲を飲むとか常識知らずだよ」

「ええ。普通は珈琲を飲む時に香水は付けませんからね」

 

 

 この何気ない会話で白銀は再び硬直した。かぐやの言う通り、常識で考えれば香水を付けて珈琲を飲む人間はいない。それは珈琲を嗜む者のマナーであり、普段は喫茶店に行かない白銀も心得ている。此処に来て、白銀は追い詰められていた。この匂いが香水でも無いなら、消去的にリップクリームのものとなるのだ。

 

 

 これ以上、誤魔化しは通用しない。いっそ素直に進言しようと口を開くも、その事を言えないでいた。気付いた時点で言えば、お互いが恥ずかしい思いをするだけで済んだのだが…カップが違う事に白銀が気付いてから既に十分近く経過している。当然、何で気付いた時点で言わないのかと三人から指摘されるのは明白である。その結果、軽蔑の視線を向けられる未来しか想像出来ない。四面楚歌の状況に白銀は絶望していた。

 

 

 白銀の不自然な挙動をかぐやはしっかりと見ていた。それにより、己の計画が順調に進行していると余裕の笑みを浮かべる。あとは白銀がカップに口を付けるのを待つのみ。勝利を確信して珈琲を飲もうとした時、不意に感じた匂いにかぐやは凍り付く。

 

 

(あれ?この匂い、何処かで嗅いだような…って、これ私のリップの匂いじゃないの~~!! どうして?確かに私は会長のカップを取った筈。ちょっと待って、じゃあ…今会長が手にしているカップは誰の者なの?藤原さんは未だに豆の種類を思い出そうとしてるから彼女の分は淹れていない。という事は会長が持っているのは鷺宮さんのカップ!?あり得えない。一体、何処で間違えたの?私は確かにリップが付着したカップを確認した筈…ま、まさか)

 

 

 そう、この計画には二つの落とし穴が存在する。一つはリップを使うのはかぐやだけでは無い事、もう一つは目視で匂いは識別できないという事である。これをかぐやは失念していた。今の状況を把握して、かぐやは戦慄する。白銀の手にあるのが鷺宮のカップならば、必然的に白銀のカップは鷺宮の手にある事になる。

 

 

 そして鷺宮に視線をやれば、彼女は今にもカップに口を付けようとしていた。それを見て、かぐやは慌てるが此処で進言すれば、自分が仕出かした事が周囲にバレてしまう。最早、なす術もないと諦めたその時…救いの手は思わぬ形で差し伸べられた。

 

 

「あ、思い出しました。この珈琲はコピ・ルアクです。は~すっきりしたぁ」

「え?う、嘘でしょ?何でもっと早くいわないのよ」

「そうだぞ。既に一杯飲んでしまったではないか」

「へ、何で二人共。怒ってるんですかぁ?う、うわあぁぁぁぁぁん 折角喜ぶと思って振る舞ったのにぃ」

「そうですよ。藤原さんに失礼ではありませんか。二人共、謝りなさい」

「ご、ごめんなさい」

「俺の方こそ、悪かった。ご馳走になったのに酷い事を言ってしまった」

 

 

 【コピ・ルアク】

 それはジャコウネコが食べて排泄された豆を使用した珈琲である。食べた豆は殆どが消化されてしまう為、数は少なく超が付く程の高級品とされている。しかし、先入観から薦められても飲む事を躊躇するのは仕方ないだろう。だが、これを好機とみたかぐやは理不尽に怒られて泣いた藤原を慰める振りをして、鷺宮と白銀の間接キスを防ぐ事に成功した。

 

 

 また、この出来事が原因で藤原が鷺宮達に珈琲を振る舞う事が無くなったのは別の話である。

 

 

 【本日の勝敗 間接キスを仕組んで未然に防いだかぐやの勝利】

 

 

 

 生徒会には時折、悩みを持つ生徒が相談にやってくる。今回もある悩みを抱く少女 柏木渚が生徒会室を訪れていた。彼女の悩み…それは思春期の少年や少女が一度はぶつかる壁。即ち…

 

 

 

「恋愛相談…ですか?」

「はい。私、どうしたら分からなくて…生徒会はそういう相談も受けてくれると聞きました!!」

「うーん。生徒会はその手の相談を受け付けて無いんだけどね。柏木さんの友達に相談したらどうかな?」

「…やっぱり駄目ですか?そう…ですよね。忙しいのに邪魔してごめんなさい」

「鷺宮さん 相談に来た人を無下にするのは駄目ですよ。生徒の悩みに耳を傾けるのも生徒会の責務の一つだと、会長も仰っていたでしょう」

 

 

 恋愛相談。この言葉に鷺宮は難色を示した。他の相談ならまだしも、この類の相談を受けた時はいつも胃を痛めていた記憶しかない。本人には悪いと思いつつ、鷺宮はやんわり断ろうとしたが…かぐやがそれを制止した。無論、かぐやの言い分は尤もであり、生徒会の責務云々を持ち出されては断る事は出来ない。

 

 

 結局、鷺宮は柏木の恋愛相談を受けるしか無かった。

 

 

(あーあーあー 何で人の恋愛相談なんて面倒な事をしないといけないのよ。態々、生徒会に来なくても友達に相談すればいいじゃないの。只でさえ、この手の話は良い思い出が全く無いってのに。まあ、今回は四宮さんもいるし、面倒だから全部四宮さんに丸投げしよう。私は適当に相槌を打って話を合わせればいいわね)

 

 

 

「それで柏木さん。相談とはどんな内容でしょうか?」

「実は…付き合ってる彼氏と円満に別れる方法が知りたいんです」

 

 

 予想外の内容に鷺宮は唖然とした顔で柏木を見た。以前、眞妃から相談を受けた際に柏木が翼と付き合い始めた事は知っている。故に相談内容はもっと親密になりたいという類の話だと思っていた。かぐやも同じ事を考えていた様で普段、冷静な彼女も戸惑いの表情を浮かべている。相談事において、恋愛相談ほど難しい事は無い。恋愛観は男女によって異なり、相手に対する助言も変わってくる。

 

 

 つまり…恋愛経験が皆無である二人にとって、柏木に何を言えばいいのか分からないのである。それでも黙っている訳にもいかず、知恵を巡らして答えを模索するが妙案は浮かばない。その結果、まずは柏木に話を聞くという答えに落ち着いた。一方、鷺宮はこれをチャンスと捉えていた。この相談を利用すれば、自分が抱えている問題の一つを解決出来ると…

 

 

「彼氏と別れる方法ですか。柏木さんはどうしてその方と別れたいのですか?」

「何か嫌な事をされたの?例えば、付き合った事を理由にキスとか迫られたとかさ」

「いえ、そういう事は無いです。只、付き合い始めた彼との接し方がよく分からなくて…。勢いに流されてしまったけど、彼の事を何も知らないですし…それを考えると彼に申し訳ない気持ちになるんです」

「成程。ですが、告白を受け入れた訳ですから嫌いという事は無いのでしょう?それならまず…相手の良い部分を見つけていくのはどうかしら?」

 

 

 先に口を開いたのはかぐやであった。流石は才女と言うべきか。かぐやの助言は的確に的を射ていた。柏木だけでなく、鷺宮もかぐやの言葉に驚いていた。何故なら…鷺宮が思い付いた助言、それは二人の相性が悪いと突き放し、柏木と翼を破局へ誘導するつもりであったからだ。

 

 

(くっ、折角の機会だと言うのに出鼻を挫かれた。此処で二人を切り離せば、眞妃さんの制裁(空気の無い所)を免れるというのに…。何とかして別れる方に話を持って行かないと…)

 

 

「四宮さんの意見は尤もだけど…私は無理にそれをやる必要は無いと思うよ。確かに柏木さんは相手の告白を受け入れたけど、その場の勢いに流されての事でしょ?そうじゃないなら最初から悩む事は無いだろうし、別れるなら早い方が良いと思うわ。その方がお互いの傷も浅くて済むもの」

「鷺宮さん、結論を急ぐのは早いのではないかしら?別れるのは柏木さんの気持ちがはっきりしてからでもいいでしょう」

「あ、あの…二人共。何だか怖いですよ」

 

 

 

 異なる意見にかぐやと鷺宮の間に火花が散った。ピリピリとした空気に当てられ、柏木は萎縮してしまう。それに気付いたのか、二人は矛を収めて相談に戻った。

 

 

「ごめんなさい。先程の話ですけど、長所はその人の魅力と言っても過言ではありません。別に何でもいいのですよ。例えば…毎日遅刻をしない事や勉強を一所懸命に頑張る姿とか、他には与えられた責務に真剣に向き合う姿とかでしょうか。その内、気付けばその人を好きになっていると思いますよ」

「成程。普段、相手がしている所を見る訳ですね」

 

 

 

 かぐやは何かを思い出しながら、助言を口にする。その言葉に柏木も素直に頷いた。しかし、肯定する意見もあれば、当然その逆もあるのが世の中である。

 

 

「そうかな?四宮さんが言う長所って、学生なら当たり前の事じゃない。それ以前に与えられた責務を果たすのだって誰でもそうでしょ?別段、柏木さんの彼氏がやっても魅力を感じるとは思えないけどね」

「い、言われてみるとそうですよね。誰もがやる事ですもんね…」

 

 

 

 鷺宮の意見で柏木は表情を曇らせ、か細い声で呟いた。そんな柏木に内心、鷺宮は土下座する勢いで謝っていた。無論、鷺宮もこんな事を言いたくはない。それでも此処で二人を別れさせなければ、眞妃が失恋した原因が自分にあるとバレた時、眞妃に怖い場所(空気の無い所)へ送られると鷺宮は思い込んでいる為、ひたすら後ろ向きな意見を述べていた。

 

 

 しかし…そんな鷺宮の気持ちを知らないかぐやの心中は穏やかではなかった。何せ、かぐやの助言の背景には全て白銀の姿を思い浮かべていた。それを否定する事は即ちかぐやの白銀に対する想いを否定するのと同義であった。

 

 

「鷺宮さん…貴女、一体何を考えているのですか?先程から否定する言葉ばかり仰ってますが、柏木さんの悩みを軽んじていませんか?真剣に相談している人にその態度は失礼にも程がありますよ」

「別に軽んじてはいないわよ。好きかどうか分からない事に悩む事自体が勿体ないじゃない。その間にやりたい事や出来る事も沢山あるだろうし、無駄な事に時間を浪費するくらいなら、いっそ別れてしまえば解決すると思うのよ」

 

 

 

 鷺宮を諌めるつもりでいたが、思わぬ反論にかぐやは言葉を詰まらせる。確かに好きかどうかを確かめる事に時間を使うより、すっぱり別れた方が柏木の為になるのではという言葉に説得力があるのもまた事実であった。

 

 

 冷静に考えれば、これはかぐやの相談では無い為、別に鷺宮の意見に噛み付く必要は無い。だが、経験が無いなりに知恵を絞って出した答えを否定されるのは、プライドが高いかぐやは面白くは無かった。柏木も二人の意見は筋が通っているのは理解している。確かに相手の長所を知れば、その人の魅力は見えてくるし、迷いを晴らす事も出来るだろう。また分からない感情に悩んで時間を浪費するのが無駄なのでは?という意見も柏木も思っていた節はある。故にどちらの意見を選べばいいのだろう?と新たな悩みが出来上がるという悪循環に陥っていた。そして鷺宮もこの状況に困惑していた。最初こそ、かぐやに丸投げするつもりであったが、柏木の相談内容を知って考えを変えた。だが、何故か自分が意見する度に不機嫌になるかぐやに焦りを抱く。このまま続けていいものか?と鷺宮に迷いが生じた。この分だと、最悪の結末(空気の無い所)を回避しても別の最悪の結末(空気の薄い場所)を招いてしまっては本末転倒である。

 

 

 

 ああ言えばこう言う。最早、収集が付かないこの状況にどうしたらいいのか分からず、三人は項垂れた。そんな時…

 

 

 

「話は聞かせてもらいました。この難題、私、ラブ探偵チカが解決してみせます!」

 

 

 突如、生徒会室に飛び込んで来たのは、毎度お騒がせの地雷娘こと藤原千花であった。何故か彼女はドラマでよく見る探偵の格好をしていた。この出来事に柏木は動揺し、慣れている鷺宮とかぐやは呆れた様子で藤原を見つめる。

 

 

「藤原さん、その恰好は何?…というより、何で息切れしてるの?動悸を起こすのはまだ早いと思うよ」

「動悸じゃないですよ!? 実は陰で話を聞いてまして、急いで演劇部から借りて来ました」

「その行動力を別に生かしたらどうですか?何だか勿体無いですよ」

「ゴホン…。その事は今は置いておきましょう。そんな事より、大事なのは柏木さんの恋の悩みです!!貴女は付き合ってる彼の想いが本物か分からず悩んでいるんでしたよね?」

「は、はい。そうです」

 

 

 藤原の奇天烈な行動に付いていけない柏木は只、流されるままに言葉を返す。自身に向けられる奇異の視線などどこ吹く風で藤原は言葉を続けた。

 

 

「ならば、答えは簡単です。試しにその好きな人が別の女性と一緒にいる所を想像してみてください」

「え?どうして…そんな事を?」

「いいから想像してみてください」

 

 

 言われるがまま、柏木は翼が鷺宮と食事している風景を想像する。

 

【はい あーんして。私が食べさせてあげる】

【あーん。うん、とても美味しいよ】

【ふふふ それは良かった】

【次は僕があーんしてあげるよ】

 

 

またかぐやも白銀と鷺宮が一緒にいる所を想像していた。

 

 

【今日は風が強いな】

【うん。髪が長いと靡いて大変なのよ】

【そっか。ところで寒くないか?良かったら、これを着ると良い】

【ありがとう。でも、それだと白銀くんが寒くない?】

【だったら、こうすればいい。これなら二人とも温かいだろう】

【本当だ。とても温かいわね】

 

 

前者は多少のヤキモチを鷺宮に抱き、後者は行き過ぎた妄想を浮かべ鷺宮に凄まじい怒りの炎を燃やしていた。

 

 

 

「どうですか?想像してみて、嫌な気持ちになったら…それは好きな人と一緒にいる人に嫉妬してるんです。これって、彼の事が好きだから感じる感情なんですよ!!」

「これが…嫉妬の感情?」

「はい!! つまり柏木さんはちゃんと彼に対して、好きだという気持ちはあるんです。それをゆっくりでもいいので育んでいけばいいんです。それと鷺宮さん…安直に別れろなんて、言っちゃ駄目ですよ。それについて猛省して下さい!!」

「…ごめんなさい。反省してるわ」

 

 

 (猛省しろ?あんただって、恋愛経験が無い癖に何で上から目線で言ってるのよ。いつもいつもいつもいつも場を引っ掻き回して荒らすだけの脳空女の分際で…。第一、話を聞いてたらならすぐに入ってこいってのよ。それを演劇部に行って衣装を借りた?普段は勉学や生徒会の業務に手を抜く癖にこういう時は全力を出すって頭の中は相変わらず、お花畑なのね。ああ だから髪がピンクなのか。納得したわ)

 

 

 悩みが解消し、晴々とした表情の柏木とは違い、思惑を潰された鷺宮は無表情で藤原に本人が聞いたら大号泣するレベルの罵詈雑言を心の中で吐きまくっていた。その後、藤原の助言で彼と共通の活動をする事で今回の相談は幕を閉じた。

 

 

 

 後日。街の一角で翼と柏木は小中の生徒と一緒にボランティア活動をしていた。すぐ傍にはサポートに回る鷺宮と白銀の姿もそこにあった。やがて活動を終えた柏木は後片付けをしている鷺宮に柏木が声をかけてきた。

 

 

 

「鷺宮さん 今日はお手伝いどうもありがとうございます。おかげで彼の良い所も知る事が出来ました」

「ああ、別にいいのよ。これも生徒会の仕事だもの。それに彼と仲良く出来て良かったわね」

「ええ。でも…鷺宮さんには他に言っておきたい事もあるんです」

「ん?私に言いたい事?何かしら?」

「それはね。貴女に彼は渡さないから

「え?それはどういう…」

「フフフ まあ、そういう事です。それじゃあ、私はこれで失礼しますね」

 

 

 突然の宣戦布告を残して去りゆく柏木に鷺宮は胃の痛みを感じながら恐怖に震えていた。

 

 

 

【本日の勝敗 (眞妃)を避けようとして獅子(かぐや)を刺激し(柏木)を起こしてしまった鷺宮の完敗】

 

 

「こんにちは。遅くなってごめんなさい」

「あー やっと来ましたね。今日はビッグニュースがあるんですよ」

「ビッグニュース?何それ?」

 

 午後 遅れて生徒会室にやってきた鷺宮に藤原が話しかけてきた。些か興奮した様子の藤原に若干、引き気味の鷺宮だったが、勿体ぶる言い方が気になり、鷺宮はその話に食い付いた。

 

 

「何とですねぇ…会長がスマホを買ったんですよ!!」

「へぇ…それは珍しいね」

「あれ?鷺宮さんは余り驚かないんですね」

「それはそうだろう。藤原書記が大袈裟すぎるんだよ」

 

 

 

 藤原のビッグニュースとは、白銀がスマホを購入したという話であった。それ自体、驚きを覚えたが別段どうでもいい内容に拍子抜けしたのも事実である。只、思いのほか反応が薄い事が不満なのか。藤原は口を曲げていた。

 

 

 

「でも、どうして買う事にしたの?普段、無駄に金がかかるからいらないと言ってたのに」

「そうですよね~ 会長も遂に文明世界に足を踏み入れたんですもんね」

「人を原始人みたいに言うな。まあ、最近は通信費も安いし持っていれば生徒会の連絡も楽になるからな。思い切って買ったという訳だ」

 

 

 

 今の世はIT時代。高校生は勿論の事、小学生ですらスマホを持っているのが当たり前の現代。そんな中でドケチな白銀がスマホを購入した真の狙いは…かぐやの連絡先を手に入れる事。しかし、自分から聞く事はせず、敢えてかぐやの方から聞きに来るのを待っていた。

 

 

 

 だが、その目論見は上手く行く筈もなく、かぐやは沈黙を貫いていた。無論、かぐやも白銀の狙いに気付いている。何故なら白銀がスマホを購入した裏側では、四宮家従者達の苦労が存在していた。さり気なくスマホの利便性を見せ付け、白銀の注目を惹く為…白銀がよく通る道にある携帯電話の販売店を買収し、白銀の経済状況に合わせた販売を行う。その甲斐あって、白銀もスマホを購入に至った訳である。

 

 

 その目的は白銀から連絡先を聞かせる。この為だけにかぐやは面倒な仕込みをしたのである。

 

 

 

(ふふふ。随分と手間を取りましたが、漸く会長にスマホを買わせる事が出来ました。あとは会長から私の連絡先を聞いて来るのを待つだけ。何せ、異性に連絡先を聞くという事はその相手に好意を抱いてますと認めたようなもの。さあ、会長…貴方はどうするのかしら?)

 

 

 

 一方、鷺宮はこの状況にデジャヴを感じていた。顔を顰めてかぐやを見る白銀と余裕の表情で白銀を見つめるかぐや。以前、旅行先を決める話をした時も二人はこういった様子を見せていた。

 

 

 

(白銀くんのあの顔…大方、四宮さんの連絡先を聞きたいけど…自分から聞くのが恥ずかしいとかだろうなぁ。そして四宮さんはその様子を見て、楽しんでるといった所かな?はぁ…四宮さんも好きなら自ら動けばいいのに面倒な人。仕方無いなぁ。今回は私も人肌脱くとしよう。思えば、協力者らしい事を一度も出来て無いし)

 

 

 

 思い立ったら即行動。鷺宮はスマホを手にして白銀に話しかけた。

 

 

「ねえ…会長。スマホを買ったならラインのアプリも入ってるよね?良かったら、IDを交換しようよ」

「おう。こちらこそ、頼む。ほう…鷺宮のアイコンはインコか?中々、可愛いじゃないか」

「あー本当ですねぇ。目がクリクリしてて可愛い~ 名前はなんて言うんですか?」

「そうでしょ!! 名前はコロンっていうの。ヒナだった頃、上手く歩けず、コロコロと転がる姿が可愛くてねぇ。それでコロンと名付けたの。他にもあるよ。これは水浴びしてる時の奴で…こっちが初めて私の手に乗った時の写真。どう?皆可愛く撮れてるでしょ。あ、ごめん。少し喋り過ぎたわね」

「いや、別に気にしていない。寧ろ、鷺宮の意外な一面が知れて良かったと思ってる」

「そうですよ!! それと私ともID交換して下さい。あとでペスの写真送りますね」

「うん。ありがとう。楽しみにして…るよ」

 

 

 

 白銀の言葉でスイッチが入ったのか、饒舌にインコの話をする鷺宮だったが‥不意に我に返って口を噤んだ。自分らしからぬ行動に白銀達は引いたかと思いきや、予想と違い彼らは受け入れてくれた。その事を感謝しつつ、かぐやの方へ視線を送った瞬間、鷺宮は固まった。

 

 

 

 視線の先では昏い感情を籠めた眼でかぐやは鷺宮を睨んでいた。その視線は今までと比べ物にならない程の威圧感を放っている。勿論、こう感じるのはかぐやに苦手意識を持っている鷺宮の主観である。実際の所は只々、羨ましくて拗ねているだけなのだが…元々、整った顔のかぐやが相手を凝視すると必然的に睨まれていると感じてしまうのだ。

 

 

 

(皆さん、私を差し置いて随分と楽しそうにしてますね。正直、羨ましい…いえ、四宮たる者、こんな考えでは行けません。私は異性にほいほい連絡を聞く様な恥知らずな行為は絶対にしませんよ。でも…鷺宮さんのあんな顔は初めて見ましたね。普段、キリっとしているけど…笑う顔は年相応の感じがします。私もああいう風に笑えたら…会長や皆ともっと仲良く出来るのでしょうね。だけど…私はそれが出来ない。んもう~ 何でこんな暗い事を考えなくてはいけないの?第一、会長が早く連絡先を聞いてくれたら済むのに…。そうだわ。会長から自発的に聞いてくる状況を作ればいいのよ。そうとなったら…)

 

 

「皆、酷いですね。私を除け者にするなんて…ひっく。私だって、インコの写真を…ぐすっ 見たいのに」

 

 その手段は泣き真似!! 人はとかく他者の涙に弱いものである。大粒の涙を流し、自分を責める言葉を聞けば、何もしてないのに何か酷い事をしてしまったと錯覚してしまう。この弱みに付け込んでかぐやは白銀からあわよくば、連絡先を聞かせようと目論んでいた。

 

 

「ご、ごめんね四宮さん。ほ、ほら…四宮さんにも見せるから」

「そ、そうでずよね~ かぐやさんの携帯。ライン出来ないから見れないの。わだしだち 酷い事をしてますよね」

「え?出来ないのぉぉ?」

「な、何だと…。なら買い替えたらいいだろう」

「…嫌です。この携帯、幼稚園の時から使ってるので愛着があるんです」

「馬鹿な。所詮は物だろう。変な拘りは捨てろ!!」

「変なとは何ですか!? 大体、携帯を持つ事を頑なに否定してた会長に言われたくありません」

「はわわわわ ふ、二人共~ 喧嘩は駄目ですよ」

 

 

(あれ?四宮さん、さっきまで泣いてたよね?ま、別にいいか。何か知らないけど、今は私の事を怒ってない様だし、今の内に挽回しよう。これ以上、失態は重ねられない。確か、四宮さんの携帯はガラケーだからラインは出来ないけど、メールなら可能だ。そうだ…此処でメールアドレスの交換を進言すれば…四宮さんの株も上がるし、協力者として行動した事にもなる。うん これでいこう)

 

 

 しかし、事態は予想も付かない事になった。そうかぐやの携帯はガラケーと呼ばれる古いタイプの機種であった。当然、今のアプリに互換性が無い為、使用する事が出来ないのである。

 

 

「そうだ。四宮さん、メールはどうかな?これなら四宮さんの携帯でも出来るし、写真も送る事が出来るからラインとそう変わらないよ。生徒会の連絡も簡単だからさ」

「そうだな…。ならば、四宮とアドレスを交換するとしよう。あくまで生徒会の連絡用としてだけどな」

「ええ。そういう事なら問題はありません」

「それなら私ともお願いします」

「私もお願い」

 

 

 

 その後、鷺宮の機転を白銀は生かし、生徒会の全員でメールアドレスを交換した事でこの場は丸く収める事に成功した。この日、かぐやは初めてのメル友を手に入れて心の中で密かに喜んでいたのは秘密である。

 

 

【本日の勝敗 目的を見失い、無駄に空回りした鷺宮の敗北】

 




今回の話はいかがだったでしょうか?

厄介事を回避する筈が、いつも厄介事に出会ってしまう。
最早、これが鷺宮さんの宿命ですね。

もし良ければ感想を貰えると励みになります。
何でもいいので是非お願いします。

それでは次回もお楽しみに


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第4話 鷺宮は撮らせたい/生徒会は言わせたい/鷺宮は伝えたい

最新話、お待たせしました。

今回はフランス校の交流会編です。

それと文字数を幾分減らして読みやすくしてみました。






「なあ鷺宮。少し良いか?話しておきたい事があるんだが…」

「うん?別に大丈夫だけど、何か用なの?」

 

 

 休み時間 白銀は次の授業の準備をしている鷺宮に声をかけた。今朝、校長から頼まれた用件を伝える為である。

 

 

「実はだな。校長からフランスの姉妹校との交流会の企画を依頼されてな。その準備期間中に予定があるのか知っておきたいんだ」

「特に予定は無いかな。でも、どうしてそんな事を聞くの?」

「ああ。交流会は三日後の月曜日なんだよ。これの準備は土日返上でやる必要がある。だから予定の有無を確認しておきたかった」

「随分と急だねぇ。さっきも言ったけど、私は大丈夫だよ。というより生徒会の仕事ならそっちを優先するに決まってるじゃない」

「そうか。藤原書記には先程伝えておいたし、恐らく四宮にも藤原書記から伝わるだろう」

 

 

 忙しくて人手が欲しい。そんな状況でも相手への気遣いを忘れない白銀に鷺宮は好感を抱いている。だからこそ、返す返事も決まっていた。それに安心したのか。白銀の表情も柔らげる。そんな白銀に鷺宮は少しだけ悪戯心が生まれた。

 

 

「え?そこは白銀くんがメールで教えたらいいんじゃない?そっちの方が早いでしょ」

「い、いや…藤原書記がするから俺が送らなくてもいいだろう。とにかく交流会の事は伝えたぞ。じゃあ、また後でな」

「分かった。また後でね」

 

 

 些か揶揄い過ぎたかと立ち去る白銀を見て、鷺宮は思った。だが、これである確信を鷺宮は抱く。かぐやは白銀に好意を持っているが、白銀もまたかぐやに好意を持っている。それでも妙なプライドから二人は、いつも空回りしていたのだ。

 

 

(やれやれ。素直になればいいのに…あの二人が付き合うまで大変だなぁ。まあ、切っ掛けがあればすぐだろうけどね。だけど、少し羨ましいなぁ。私も好きな人が出来たら、あんな感じになるのかな?想像出来ないわね。今は来たる交流会の事を考えよう)

 

 

 

 ふと自分が好きな人が出来た時の事を想像するが、そんな自分の姿を想像出来ず、鷺宮は先に迫る交流会に集中する事にした。

 

 

 

 

「こんにちは。皆、もう来てますか?って…これは何?」

「ああ、来たのか。これは藤原書記が持って来たんだ。何でも来賓の歓迎に使うらしいが…」

「そうですよ! フランスは日本に次ぐコスプレ大国ですし、言葉よりも通じる部分があると思うんです」

 

 

 生徒会室に置かれた箱には、様々な衣装が入っている。藤原は言葉より通じるというが、鷺宮は半信半疑で衣装を見ていた。かぐやも同様の気持ちなのか。冷めた視線を藤原に送っていた。

 

 

「ですが、今回の交流会の来賓は衆知院の姉妹校なのでしょう?歓迎する私達が仮装して相手が喜ぶとは思えませんね。寧ろ、ふざけていると感じるのでは?そうなったら、衆知院の名に傷を付ける事になりますよ」

「私も四宮さんに賛成かな。元々、その類のイベントなら分かるけどさ。流石に学園の行事でこれは辞めた方が良いと思う」

 

 

 仮装を推奨する藤原と対称的に鷺宮とかぐやは仮装に反対していた。だからといって、鷺宮は仮装が嫌いという訳ではない。個人的に楽しむのであれば、鷺宮も賛成していだろう。しかし、交流会という大勢の人が集う場で仮装をするつもりはない。単純に奇抜な格好を人前に晒して、弄られるのが面倒なだけである。

 

 

「仰る事は私も分かります。ですが、普通に歓迎しても相手の記憶に残らないのではそれこそ詰まらないじゃないですか!! 試しにやってみると意外に楽しいかもですよ? 一度これを付けてみてください」 

 

 

 それでも藤原は引き下がらない。こういう機会が無い限り、鷺宮とかぐやは仮装をしないという事を藤原は知っている。だからこそ、藤原は勢いで仮装を二人に迫った。何だかんだで嫌と言えない性格を知った上での行動である。

 

 

「こう付けるの?」

「にゃあ… こんな感じでしょうか?」

「可愛い~ 二人共、とても似合ってますよ。会長もそう思いますよね?」

「ああ。そうだな…猫耳が藤原書記の頃、四宮は俺だな」

「…はい?」

「つまりだな。お前が持って来た鷺宮は元々、四宮と猫耳の時間だという事だ」

「いや、意味が分からないから。支離滅裂にも程があるでしょ」

 

 

 突然、おかしな発言をする白銀に藤原は怖がり、鷺宮はドン引きしていた。白銀は今までにない衝撃を受けて、頭脳は混乱状態にあった。それは目の前にいる一人の少女によるものである。

 

 

 相利共生

 

 

 猫耳と少女。この世には組み合わせるべくして、生まれてきたといっても過言ではない関係が存在する。例えるならクローバーとミツバチ、ワニにハチドリ、アボガドに醤油。これらの組み合わせは最大のポテンシャルを引き出すに至った。

 

 そして人間の大多数は猫が好きであり、白銀も猫好きの人間だった。そんな彼の前にいるかぐやと猫耳。この二つの存在は白銀の目にどう映ったかというと…

 

 

(かわぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!)

 

 

 奇跡的相性(マリアージュ)!!

 

 

 他者にはともかく、白銀にとってこれは最高の組み合わせ。

 

 

(いや、これはヤバイだろう。あの四宮が可愛い思う訳が…可愛ぇぇぇぇぇぇぇぇ!! いかん、いかんぞこれは…可愛ぁぁぁぁぁぁぁぁっ)

 

 

 結果、白銀は暴走していた。

 

 

(白銀くんのあの様子、どう見ても四宮さんを意識してるよね。まあ、猫耳姿の四宮さんは確かに可愛いから分かるわ。だけど、私も猫耳を付けてるんだけどなぁ。何の反応も無いのは少し腹立つわね。ちょっとばかし、仕返しをしてもいいよね)

 

 

 かぐやを凝視する白銀の様子から、鷺宮は彼の心境を把握した。そんな白金の気持ちを理解しているが、同じ猫耳を付けている自分に反応が無いのは…鷺宮としても複雑な気持ちを抱く。その仕返しとして、鷺宮が取った行動は郷に入れば郷に従え。そっと白銀の背後に回ると彼の頭に猫耳を装着した。

 

 

 

「折角だし、会長も付けてみたら?…ブフッ ほ、ほら…意外と似合ってるじゃないの」

「えー そうですか? 何というかあんまりですね」

「ずばり言うな。てか、鷺宮も笑ってるじゃないか。第一、男の俺に猫耳が似合う訳ないだろう」

 

 

(お、おかわわわわわわわ!! な、何!?猫耳を付けただけなのに会長が凄く可愛く見える。ああ、鷺宮さん。貴女…何て良い仕事をするのかしら!! どうしよう、口の緩みが戻らない)

 

 

 奇跡的相性(マリアージュ)!!!

 白銀がそうである様にかぐやにとっても、白銀と猫耳は最高の組み合わせである。彼女は緩んだ口元を見られまいと自らの舌を噛み、口元を引き締める。しかし…それは完璧ではない。中途半端な笑みが漏れている事にかぐやは気付いていない。

 

 

 それを表に出したまま、かぐやは猫耳姿の白銀を見つめていた。その視線に白銀も気付いており、彼はかぐやに問い掛けた。

 

「何だ?四宮…その顔は?俺の猫耳姿がそんなにおかしいのか?」

「いえ、そうではありません。とてもよくお似合いだと思いますよ」

 

 

 この言葉に嘘は無いのだが、それを素直に信じる者はいない。白銀にはかぐやの目が虫を見るかのような目に感じてショックを受けていた。

 

 

「うーん それなら他の仮装はどうですかね?そうだ。会長には猫耳よりも悪魔の角なんてどうでしょうか~」

「あらあら、藤原さん。会長にそんな仮装なんて駄目ですよ。めっ、めっーですよ。分かりましたか?」

「は、はい。何か、今日はかぐやさんも怖いです~」

「ほらほら、四宮さんも落ち着こうよ。そうだ。会長の猫耳姿は滅多に見れない機会だし、一枚だけ写真撮ろうよ。私も欲しいからさ」

「それは名案ですね。会長の姿を未来永劫、残して上げなければ」

 

 

 

 鷺宮とかぐやの言葉に白銀は戦慄した。日常なら何気ない一言だが、この時の白銀には死刑宣告に等しいものだった。

 

 

(四宮のあの顔…。間違いない、あれは絶対に強請る顔だ!! もし…この姿を撮られたら取引材料や脅しに使う気だ。それに俺のこんな姿が学校にバラ撒かれたりしたら、俺の生徒会長としての威厳が無くなる。何としても写真に撮られる事は阻止せねば…)

 

 

「駄目に決まっているだろう。第一、今は他にやる事も多いんだ。遊ぶのは止めにしないか?」

「えー 一枚ならいいじゃないですか~ さぁかぐやさんも一緒にどうです?」

「そうだね。折角だし、会長と副会長のツーショットは見栄えするでしょ」

「その写真はデータとして残すのか?」

「はい。ラインで送りますよ」

 

 

 

 此処で白銀は思考する。

 

 

(写真を撮られたら弱みを握られるが、同時に四宮の可愛い姿も合法的にデータとして入手出来る。どうする?俺の威厳か、四宮の猫耳姿か…俺はどっちを選べば良いんだぁ)

 

 

 両天秤。白銀はこの究極ともいえる二択に迷っていた。メリットもデメリットもどちらの重さはほぼ同じ。この機会を逃せばかぐやの猫耳姿を拝める日は絶対に来ない。そして白銀が選んだのは…

 

 

「まあいいだろう。篤と撮れ藤原書記」

 

 

 悩んだ挙句、選んだのはかぐやの猫耳。普段ならしないが今回ばかりは己の欲望が理性を上回った。

 

 

 

「そ、そうですか。でしたら藤原さん。一番いいので撮影頼みます。ほら最近、流行りの4Kっていう奴で」

「は、はい。分かりました」

 

 

 またかぐやも撮影に賛成の意思を示した。かぐやも撮られる事になると予想はしてなかったが、白銀の猫耳が残せるなら断る理由も無い。彼女も珍しく、自分の欲望に忠実であった。

 

 

 しかし、この撮影は思う様に進まない。隣り合うお互いを意識して二人は歪な笑みを浮かべて、カメラを向ける藤原を大いに困惑させていた。

 

 

「あの~二人共。もう少し、ニッコリ笑ってください!」

「そうだよ。てか、何で睨み合ってるのよ」

「も~お二人が仲良く出来ないなら、これは没収です!!」

 

 

 何故かお互いを睨み合う二人に流石の藤原もタジタジであった。それに鷺宮が助け舟を出すも、二人の耳に届いている様子は無い。やがて我慢の限界を迎えた藤原が白銀とかぐやから猫耳を奪い取って、この出来事は終わりを迎えた。

 

 

 

【本日の勝敗 猫耳姿の二人の撮影に失敗した藤原書記と鷺宮の負け】

 

 

 

 

「さて交流会についてだが、皆も知っての通り時間が無い」

「うん。予定としては、土曜日に必要な物の買い出し。日曜日に会場の設営だね」

「ああ。それと可能なら土曜日の段階で設営も進めておきたいから、買い出し班と設営班で分けてやりたい。その振り分けをどうするかだが…」

「土産物に関してですが、細かい物を選ぶので人数は二人でも何とかなると思います」

「何を買うかも重要だよね。日本らしさで決めるなら和菓子や扇子といったものかな?だけど、良し悪しもあるだろうし、そういうのに詳しい人が必須になるから。四宮さんは買い出し班に回ってもらう方が良いわね」

「となると残りの三人はどちらに回るかだな…」

 

 

 

 猫耳騒動の後、白銀達は交流会の話し合いを開始した。まず議題に上がったのが、各役割を誰が行うかであった。その中で来賓に渡す土産は和菓子と扇子等の小物で決まり、それらに詳しい知識を持っているかぐやが買い出し班に割り当てられた。

 

「買い出しは全員分だから、かなりの量になるわね。一度に買っても運べないし、何度か往復する事になりそう」

「うわぁそれは面倒ですね。週末の都心は人が多いから私は嫌ですよ~」

「確かにな。だが、誰かが行かないといけないだろう」

「まあ…大変なのは分かりますけど、誰も行きたがらないのでは困りますよ」

 

 

 残る三人の役割をどうするのか。全員が考えていると…藤原が何かを思い付きそれを口にした。

 

 

「でしたらゲームで決めませんか?」

「ゲーム?それは負けたら行くってやつ?」

「はい。そうです!! じゃんけんでもいいですけど、これは苦手な人が不利ですし、その点ゲームなら公平に勝負出来ますから」

「そいつは面白そうだな。それでどんなゲームで勝負するんだ?」

「はい! 今回やるのはNGワードゲームですよ」

 

 

 

 藤原の提案。それはゲームの勝敗で買い出し役を決める事であった。一見、不真面目な提案だが話し合いで決まらない現状では最善とも言える策であり、単純な話。藤原のいうNGワードゲームに興味が湧いたのもある。

 

 

 

 【NGワードゲーム】

 その名の通り、特定の言葉を言ったら負けというシンプルなゲームである。

 

 

「まず、この紙にNGワードを書いて右隣の人に渡すんです。因みに渡された紙は自分に見えない様に頭に掲げて下さいね」

「こうか。成程、自分からはワードが確認出来ない訳か」

「ルールは理解出来ましたか?」

「ああ。簡単だな…」

「はい ドーン。会長の負けです」

「何!?こんなあっさり終わるのか」

「そうそう。藤原さん、四宮さんはどうするの?既に買い出し班と決まってるでしょ?」

 

 

 白銀にルールを説明していた藤原に鷺宮はある疑問をぶつけた。その問いに藤原も頭を悩ませる。確かに役割が決まっている以上、このゲームに参加する必要はないが、一人だけ仲間外れにするのも気が引ける。

 

 

「でしたら、NGワードのお題は私が書いてもいいですか?それなら一応、ゲームに参加する事になりますもの」

「あ、それは良いですね。それじゃあ、お題はかぐやさんにお願いします」

「分かりました。今書くので待ってくださいね」

 

 

 

 直接、ゲームに参加しないかぐやは三人のお題を書く役目を受けた。暫し考えた後、お題を書き終わったかぐやは三人へ紙を手渡してゲームが始まった。

 

 

 

(ゲームに参加するの俺と鷺宮と藤原書記の三人か。既に四宮は買い出し班に決まっているから、先に脱落した者が四宮と買い出しに行けるわけだな。鷺宮の話だと買い出しの量は多くなりそうだし、男の俺が行くべきだろう。ならば…このゲームに負ける必要があるな。その場合、俺は二人の誘導に乗って負ければいい。まずは藤原書記の方から攻めるか)

 

 

 

 方針が決まり、二人のNGワードを見て、白銀は固まった。藤原のワードは『台風娘』そして鷺宮のワードは『空気』という口に出して言うには憚られる単語であった。

 

 

(何だあのワードは…四宮の奴。何を考えてこの単語を選んだんだよ。普通に悪口と思えるワードだぞ。これを二人に言わせるのか?ヤバイ、簡単なゲームだと思っていたが…此処に来て難易度が一気に跳ね上がった)

 

 

 

 白銀が信条としているのは利己の為に他人を傷つける行為を許さない事である。もし…このゲームにおいて、自分が態と負ければ二人にNGワードを言わせずに済むだろう。だが…それは見方を変えれば、二人のワードに書かれている事が事実だと言っているに等しい。

 

 

 しかし、その行動は結局相手を傷つける事になりかねない。だったら自分が取る行動は一つ。故に白銀は下手な遠慮は無用と心を決めた。これは只のゲームだ。例え、悪口と思えるワードでも正々堂々とやればいい。

 

 

「さて…二人共。これが勝負である以上、俺は手加減しない。最初から本気でやらせてもらうぞ」

「「はい どーん」」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」

 

 

 

 開幕、早々…このゲームは白銀の敗北で終了した。NGワードゲームとは...他者を如何に理解しているかが問われるゲームである。その点、『本気』というお題を書いたかぐやは白銀の心理をしかと把握していた。全てはかぐやの掌で転がされていたのだった。

 

 

【本日の勝敗 白銀の完敗】

 

 

 

 怒涛の週末が過ぎて迎えた月曜日の午後。生徒会は何無事、交流会の開催にこぎ着けた。

 

 

「何とか間に合ったな」

「はぁ~ 悪天候で土曜が潰れたから実質、一日しか準備期間無かったもんね。ホント、大変だったわよ」

「皆さ~ん お疲れ様でした。よく頑張ってくれましたね」

「別にこれ位なら問題ありません。ですが、次からは早めに言ってください。他の役員に負担を掛けるのは俺の方針ではありませんので」

「ハハハ 分かってマース。まあ、皆さんも交流会を楽しんでくださいね」

 

 

 準備で疲労困憊の生徒会役員に校長が労いの言葉をかけた。本人も交流会を楽しみにしていたのだろう。校長の顔はとても満足そうであった。しかし…この企画に思う所がある白銀は校長にその旨を伝えた。それには校長も反省した様で素直に白銀の忠告に頷いた。

 

 

 

「そうだ。会長、私は生徒会室に戻っていいかな?」

「それは構わんが…鷺宮は交流会に出席しないのか?」

「えー 鷺宮さんも参加しましょうよ。折角の機会なんですよ」

「私もそう思うわ。貴女も準備に尽力してくれたのですから」

「実はさ。私、フランス語は話せないし、参加しても会話が成立しないからさ。三人は立場上、出ないといけないけど…私はその必要が無いからね。それに交流会に関する書類もあるでしょ?それを今の内に少しでも終わらせれば、あとが楽だもの」

「分かった。それじゃ、頼むとしよう。但し、無理はするなよ。ある程度やったら、今日は帰って休んでくれ。校長にも言ったが、役員に負担を掛けるのは俺の方針では無いからな」

「うん。そうするよ。じゃあ、三人共。また明日ね」

 

 

 

 鷺宮の言葉に一同は驚いたが、彼女の言い分に反対する理由も無い。鷺宮は白銀達と別れ、その足で生徒会室に向かった。

 

 

「こんにちは。あ、鷺宮先輩…此処にいたんですね。今日は交流会に出てるんじゃないんですか?」

 

 

 そして鷺宮が生徒会室で書類の整理を始めて間もなく、一人の男子生徒が生徒会室に姿を見せた。彼の名は石上優。生徒会五人目のメンバーであり、彼は会計役員として生徒会に所属している。普段は自身の仕事を家に持ち帰って処理している為、余り顔を合わせる機会は少なかった。

 

 

 恐らく今回も仕事を持ち帰るつもりで寄ったのであろう。

 

 

「うん。私だけは参加しなかったのよ。フランス語は喋れないし、大勢の人がいる場所は苦手だからね」

「そうなんすか。まあ、自分も人が多い所は苦手なので分かりますよ」

「ところで折角だし、仕事を手伝ってくれないかしら?今回、買い出しの決算報告もあるからさ」

「はぁ…別に僕は構いませんよ。ていうより、先輩の頼みを断れないですよ」

「ありがとう。じゃあ、石上くんはこれをお願いね」

 

 

 鷺宮の頼みを石上は快く引き受けた。それから二人は黙々と仕事をこなしていく。そのおかげもあって、夕方になる頃には殆どの書類は片付いていた。

 

 

「大方、仕事は片付いたね。ああ~疲れたぁ。石上くんもお疲れ様!!」

「いえ。これも会計の仕事ですからね。それより、この後はどうするんですか?」

「うん?この後?勿論、帰るよ。会長からも無理はするなと念を押されてるからね」

「そうですか。じゃあ、僕も帰りますよ。これで失礼し「石上くん」はい?」

「この際だし、一つだけ言っておくよ。今後、生徒会にもっと顔出しなさい。皆、君の事を心配してるからさ」

 

 

 帰り支度を済ませ、部屋を出ようとする石上を鷺宮は呼び止めた。そして自分が思っている事を素直に口にした。その言葉に石上は返事を返す事なく、会釈して部屋をあとにする。そんな不器用な後輩の後ろ姿を鷺宮は静かに見つめていた。

 

 

 

【本日の勝敗 石上を少し素直にさせた鷺宮の勝利】




今回の話、いかがだったでしょうか?


話を纏める理由もあって、原作とは違う展開にしてみました。
個人的にはNGワードゲームでの四宮と藤原のやり取りは書きたかったけど、ゲームに参加する人数を増やすと上手く話を進める事が出来ずに断念する形になりました。これを楽しみにしていた人は大変申し訳ありません。

また石上くんも早く絡ませたかった事もあり、今回は鷺宮は交流会に参加してません。


それでは次回もお楽しみに


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第5話 鷺宮は教えたい/鷺宮は読みたい/親友達は秘密にしたい

最新話、お待たせしました。

今回は一万字超えですので、少し長めとなってます。

それでは最新話をお楽しみください


夕方 人のいない体育舘に白銀はいた。

 彼は手にしたボールを高く掲げて打ち落とそうとして…盛大に失敗した。

 

 

「何故だ!?あとちょっとだったのにぃ」

 

 

 そう、白銀は極度の運動音痴であった。勉学の分野で優秀な彼も運動全般に関しては、他人に見せられない程の壊滅ぶりである。長年の新聞配達、夏場は引っ越しのバイトに毎日の15キロに及ぶ自転車通学。これを顧みれば白銀の身体能力は低い訳ではない。彼が運動音痴たる所以、それは絶望的な運動センスの無さである。

 

 

 

(これは不味いぞ。来週にはバレーの授業があるというのに…。このままでは俺は大勢の前で恥を晒す事になる。それは絶対に駄目だ。何としてもマスターしなければならない。もし、それが出来なければ…)

 

 

【会長~ 真面目にやってくださいよ。何、死にかけのアルパカみたいに寝っ転がってるんですか?】

【え?まさか…会長って、バレー出来ないんですかぁ?だから死にかけのアルパカみたいに寝てるのかぁ】

【嘘!?あの死にかけのアルパカみたいなの会長?やだぁみっともなーい】

【あらあら。会長ともあろう者が大勢の前で恥を晒すとは… お可愛い人

 

 

「駄目だぁ。そんなの絶対に駄目だぁぁぁぁ。ぐわぁ…」

 

 

 最悪の未来を想像して、白銀は躍起になるが、勢いで上達するほど現実は甘くない。そして最悪とは無情にも畳み掛ける様に来るものである。

 

 

「あれ?会長…此処で何してるんですか?」

「一人の様だけど、何かの練習?」

「な、鷺宮に藤原書記!?二人共、何故ここに?」

「あ、実は私…体育舘に忘れ物したので取りに来たんですよ~」

「私は体育舘の確認だよ。先生からまだ体育舘の鍵が戻ってないと言われて見に来たのよ」

 

 

 突然、現われた二人に白銀は酷く動揺する。この時間は誰も来ない事を入念に確認した上で白銀は体育舘を使用していた。それ故、彼は気兼ねなく練習に励む事が出来たのだ。

 

 

 しかも最悪なのが自分の恥ずかしい姿を目撃された事である。特に努力をせずに物事をこなす文武両道の秀才。白銀はこのイメージを必死に守ってきた。しかし、二人の口から自分の欠点が周囲に伝われば、そのイメージは地に落ちる事だろう。

 

(見られた!! 俺の情けない姿を見られてしまった。はは…終わったな。これからは周りから嘲笑されて過ごす事になるんだろうな。いや…待てよ。この二人の場合、鷺宮なら頼めば黙ってくれるだろう。それに藤原書記は何と思われてもいいか。例え、彼女がどういっても嘘だと貫き通せばいいだけだ。来週までに上達すれば、嘘も真になる)

 

 

 今までにない絶望を感じた白銀だが、この二人なら知られてもダメージが少ないと気付いた。寧ろ、下手に誤魔化す方が却って己の首を絞める事になる。ならば...堂々として話せばいいのだ。

 

 

「そいつはすまなかったな。いや、来週はバレーの授業があるだろう?俺はサーブが少し苦手でな。その練習をしていたんだよ」

「そうだったんですか!! 会長、スポーツでも熱心なんですね~」

「本当にね。それで練習の成果は出てるの?」

「それがさっぱりでな。時間も無いから困っている所だ」

 

 

 

 白銀の策は上手く行った様で二人は軽蔑する様子もなく、接してくれた。そんな時、藤原がある提案を白銀に持ちかけた。

 

 

「それでしたら私達が教えてあげましょうか?」

「あのなぁ~ 簡単に言うが、人に教えるには自分が出来てなきゃ駄目なんだぞ」

「むぅ。私だって人並み程度に出来ますよ。ほら」

「すげぇ。なんて洗練されたサーブなんだ!!」

「いや、普通のサーブじゃない。大袈裟すぎるわよ」

 

 

 そう言って藤原はサーブを披露してみせた。一見、只のサーブで別段騒ぐほどでない。しかし、彼の目には何よりも美しい姿に見えていた。その為、興奮する傍らで引いている鷺宮の姿に気付いた様子もない。

 

 

「すごいでしょ~ 私達に教われば、この程度は朝飯前ですよ。さあ、会長。人に教えを請う時はどんな態度が適切ですかねぇ?」

「う、お…教えて下さい」

「そこまで嫌なの?…って、ちょっと待ってよ。何で私まで数に入れてるの?私は教えるなんて一言も言ってないわよ」

「いいじゃないですか。三人揃えば文殊の知恵と言いますし、それに鷺宮さん。困ってる会長を見捨てるんですか?同じ生徒会の仲間なのに…」

「そ、それはそうだけどさ」

「いや‥別に無理して付き合う事はないぞ。これは俺の問題だからな」

 

 

 さり気なく自分を巻き込んだ藤原に不満を溢すが、正論を述べる藤原に返す言葉が無かった。此処で知らない振りをして、見捨てるのは確かに寝覚めが悪い。過去、鷺宮は己の窮地を白銀に助けられた事がある。あの時、他の人と同じ様に自分を見捨てる事も出来たのに彼はそうしなかった。ならば自分の答えは一つだ。

 

 

 思案した結果、鷺宮も白銀の特訓に手を貸す事を決めた。

 

「分かった。私も協力するよ」

「いいのか?そうか。じゃあ、宜しく頼むぞ二人共」

「それなら早速始めましょ。まずは一度やってみてください。それを見て、駄目な所を私達が指摘しますので」

「よし。それじゃいくぞ」

 

 

 藤原の指示通り、サーブを開始した白銀。しかし、何度やってもボールを打つ手は空振りし、それ処か自分の顔を打つ始末である。この有様に鷺宮と藤原は怪物を見るかのような視線を白銀に向けていた。それ程までに酷い光景であった。

 

 

 

「どうして…こうなるんですか?」

「実は出来るけど、うけ狙いでやってるとかじゃないよね?」

「そんな訳あるか。俺自身、何度やっても上手くいかないんだよ。ボールを打とうとしたら、顔に当たるしな。あちらを立てれば、こちらが立たない。まさにデッドロック状態だ」

「あ、はい。そうですね。ま、まあもう一度やってみてください。今度は目を大きく開けて打つんですよ」

「何を当たり前の事を言ってるんだ。目を開けなきゃボールは打てないだろう」

「そうよね。だけど、今は言う通りにしてみてよ。今度は動画を撮るし、欠点を分かりやすく教えられるから」

「分かった。じゃあ、いくぞ!! せやっーー」

 

 

 二人に言われた通り、白銀は再びサーブを行った。しかし、案の定…ボールは白銀の手に触れる事なく、床を転がる結果に終わる。

 

 

「ほらな。変わらんだろう?」

「あ、開いてない!! 一ミリたりとも目が開いてないんです」

「うん。動画を撮りながら私も見てたけど、全然開いてないよ。これじゃ、何度やっても上手く行かない筈だよ」

「馬鹿な…俺はしっかりと開けていたぞ」

「いや、それは白銀くんの言い訳だよ。これが証拠の動画ね」

 

 

 二人の指摘に半信半疑の白銀だったが、鷺宮がスマホで撮影した動画を見せられて本人も絶句した。

 

 

「嘘だろう。こ、これが俺なのか? もしやこれがイップスというやつか?」

「あほか。只の運動音痴が何を言うのよ」

「そうですよ。プロじゃないのにおこがましい」

「まずは基本的な動作から覚えていこうよ。白銀くんの場合、ボールを打つ時に目を瞑る癖を改善しないとね」

「それなら目を開けたまま、ジャンプする所から始めましょう」

「お、おう。てか、水の中で目を開けるみたいな事。初めて言われたな」

「私も初めて言いますよ。それより、私達はビシバシいきますからね。覚悟してくださいよ」

「ああ。頼む」

 

 

 こうして二人による白銀の特訓が始まった。最初は基本動作を体に覚えさせるべく、トランポリンを使ってジャンプの練習、続いて行ったのはサーブの素振り。二人は三日間、これを徹底して白銀にやらせた。

 

 

 朝夕、三日間の練習で僅かに上達したが、それでも白銀は妥協する事なく練習に励んでいた。何故、こうまでして努力するのか?二人には分からなかった。この三日の間に白銀が行った練習は経験者でも音を上げる程、密度の濃いものだった。それを初心者の白銀は一言も不満を口にした事はない。だからこそ、二人は気になっていた。その事を思い切って二人は尋ねてみた。

 

 

「はぁはぁ。まだ駄目だな。もう一度やるか」

「…。会長、どうしてそこまで頑張るんですか?」

「そうよね。一応、前よりは上達してるんだし、もう十分だと思うわよ」

「確かにそうかもしれん。しかし、カッコ悪い所は見せたくない。やはり見せるとしたらカッコ良い所だろう。それは俺の意地でもある」

 

 

 カッコ悪い所よりカッコ良い所を見せたい。人が努力をする上で単純明快な答え。これに藤原と鷺宮は感銘を受けた。何だかんだで人が努力する姿は嫌いでない。こうなったらとことんまで付き合おう。気付けば、二人も白銀に感化されていた。

 

 

 それから数時間後、陽も暮れて外はすっかり暗くなっていたが、夢中で特訓を続けていた。そして遂に…努力が報われる時が訪れる。

 

 

「これでどうだぁっ!!」

「おおおおおおお!! や、やりましたねぇ~会長ぉぉぉ」

「うん。私も感動したよ。おめでとう白銀くん」

 

 

 血の滲む努力の末、白銀は見事にサーブを習得した。特訓に協力した二人も思わず涙ぐみ、感動に浸る。

 

 

「ああ。二人のおかげだ。さて、それじゃあ…二人共。次はトスとレシーブを教えてくれ。来週までにこれもマスターしておきたいからな。ハハハハハハハハ」

「「・・・ヴェェェェェェェェェェェェェェェェッ!?」

 

 

 そう。バレーの基本はサーブだけではない。この事を二人は失念していた。先程感じた感動の気持ちは完全に消し飛び、二人の心に飛来するのは言いようのない絶望だけであった。

 

 

 

 

 一週間後、二年合同の体育授業で行われたバレーで白銀は活躍し、周りの声援に笑顔を向けていた。

 

 

「会長、今日は大活躍の様ですね。って…何で鷺宮さんと藤原さんは泣いてるの?」

「はは、何でだろうね?私も分からないけど、涙が止まらないのよ」

「それはきっと、我が子の成長が嬉しいからですよ。そうに決まってます」

「わ、我が子?二人はいつから会長の母になったの!?」

 

 

 二人の言葉にかぐやは困惑するが、己の本能がそれ以上聞くなと叫んでいるのを感じて…見ないふりをした。そして一件落着に見えたこの騒動は始まりに過ぎない事を二人は知らない。

 

 

【本日の勝敗 白銀&藤原・鷺宮ペアの勝利】

 

 

「こんにちは」

「あ、鷺宮さん。こんにちは~」

「こんにちは。今日は遅かったですね」

「うん。さっき、先生に呼ばれて職員室に寄ってたからね。これを処分してくれってさ」

 

 そう言って、鷺宮はある本を机に置いた。それは一冊の少女漫画で教師が生徒から没収した私物である。

 

 

「…またですか。以前も似たような事がありましたよね?最近、生徒達の校則違反が多いですね」

「そうね。読むのは勝手だけど、違反するのは問題だよ」

「…あの~ 皆さん、良かったら少し読んでみませんか?私、少女漫画は一度も読んだ事が無いんです」

「へえ、それは意外ね。まあ…此処でならバレないし、別にいいわよ」

「そういえば、藤原さんの家では漫画を読む事を禁止されてましたね」

「ええ。もし決まりを破れば大目玉を食らいますからね。以前、破った時はペスと犬小屋で寝る羽目になりましたよ」

 

 

 藤原は家の家訓で漫画を読む事を禁止されている。故に今まで彼女は一冊も漫画という物を読んだ事はない。駄目と言われるとやりたくなるのも人の本質である。しかし、それを破った際、自分に課せられるペナルティも大きくなる。だが、家族にバレない今なら存分に堪能出来る。そのチャンスを捨てるのは勿体無い。

 

 

「そんな事があったんだ。相当厳しいんだね」

「…はぁペスとですか。そう、ペスと寝たんですね」

「かぐやさん。一応、補足ですけど、ペスと寝ると言っても変な意味じゃないですよ」

「わ、分かってますよ。何故そんな事を?」

「いえ、何となくですが…変な誤解をしてそうなので」

「あー 以前も私に変な事を言ってたもんね」

「あ、あの時の事は忘れてください。今は独学でもしっかりと性知識について学びました。ですから心配は不要です!」

 

 

 

 藤原と鷺宮の言葉にかぐやは赤面して反論を返した。以前、鷺宮にとんでもない発言をした事は事実だが、それを蒸し返されるのはかぐやも面白くない。いつまでも同じだと思われない様、かぐやも言うべき事をしっかりと口にした。

 

 

「本当ですか?往々にして大事な所は教科書に載ってない物ですよ」

「まあまあ。藤原さんもそれくらいにしておこう。折角だし、三人で読もうよ」

「そうですね。実を言うと私も気になってますから。早く読みましょう」

 

 

 

 何だかんだで鷺宮とかぐやも女子である。普段読まない少女漫画に関心を抱いていた。三人は肩を並べて座ると少女漫画を読み始める。何気なく開いたページに載っていた物。それは上半身裸の男が薄着の女子に迫るシーンであった。思いの外、刺激の強い内容にかぐやは無言で本を閉じる。それに反抗したのは藤原。再び開こうとすれば、かぐやに閉じられては開こうとして二人は不毛な争いを暫し続けていた。やがて痺れを切らした、藤原が怒気を露わにしてかぐやに噛み付いた。

 

 

 

「もう!! かぐやさん 何で邪魔をするんですか~。一向に続きが読めないじゃないですか!!」

「だ、だって…あんな事を言ってるんですよ。た、食べるなんて、人に使う言葉ではありませんよ」

「これは只の表現だよ。食べたいくらい可愛いという意味で使ってるの。実際に食べる訳じゃないよ」

「それは知ってます!! 私が言いたいのは節操が無いという事ですよ」

 

 

 鷺宮の言いたい事はかぐやも理解している。しかし、それでも漫画の内容はかぐやには刺激が強すぎたのだ。基本、少女漫画といえば恋愛物を軸とした作品がメインである。その恋愛物語は作者によって異なる為、子供向けのソフトな作風から大人向けのヘビーな作風と様々である。偶然、開いたページはそういう類の作品だった。無論、高校生からしたらこれも子供向けと思う作品なのだが、かぐやはそう思わなかった。

 

 

 

「じゃあ、他の奴も読んでみる?一概にあれが全部という訳じゃないからさ」

「えー 私はさっきの続きが読みたいですよ~」

「そう言わないの。あとで読んだらいいじゃない。此処は四宮さんに譲ってあげてよ」

「いえ、私はもう結構ですよ。今から図書室に用事がありますからね」

 

 

 そう言うや、かぐやは足早に生徒会室を出て行った。あの様子だと、少女漫画は淫らな物という印象が強かったのだろう。これ以上、薦めても読む事は無いと分かった。その間に先程の作品を読みふけっていた藤原がぽつりと呟く。

 

 

「鷺宮さん…これ、凄くえっちですよ。何か、体が熱くなってきました」

「ちょ、藤原さん。鼻血が出てるよ。今すぐ拭いて」

「あ、すみません。だけど、こんな内容ならお父様が禁止にしたのも分かりますね」

「うーん。確かに進んで読むには抵抗あるよね」

「…これも凄いですよ。俺の物になれって、一度言われてみたいものですね」

「え?藤原さんって、こういうタイプが良いの?人の好みにケチを付けたくないけど、これはどうかと思うよ」

 

 

 藤原の嗜好に鷺宮は眉を顰める。人の好みは千差万別とはいえ、異性に物扱いされる事は共感出来なかった。藤原も思う所があったのか、恥ずかしそうな表情を浮かべる。そして鷺宮にある事を問い掛けて来た。

 

 

「あの、聞きますけど…鷺宮さんはどんなタイプが好みなんですか?この漫画に載ってるなら教えてくださいよ~」

「私の好み?そうだなぁ。あ、これが良いかな」

 

 

 鷺宮が選んだ物、それは一人の男を二人の女が争い奪う作品であった。愛憎の部分が色濃く表現されており、誰が見てもドロドロしていると分かる内容に藤原は唖然とする。まだ藤原が選んだ作品の方がソフトなのである。

 

 

「え?本気ですか?これ…相当えぐいですよ。正直、鷺宮さんも人の事を言えないじゃないですか!!」

「だ、駄目かな?ほら、好きな人を最終的に手に入れた時の達成感というか、充実感は共感出来るんだけどなぁ」

「出来ませんよ。そんなの絶対おかしいです。第一、片方が幸せになっても片方が不幸になるって、救いが無いじゃないですか。誰も幸せにならないのは嫌ですよ~」

「うぐ。そ、それはそうだけどね。ほら…これは漫画の中だけだし、実際に起こらない事は藤原さんだって分かるでしょ?」

 

 

 想像以上の肉食系。鷺宮の隠れた一面に藤原はこう思った。

 

 

(まさか、鷺宮さんが肉食系女子とは知りませんでした。しかも嗜好もかなり歪んでいるし、この人に恋バナは迂闊に出来ません。下手したら寝取る事も鷺宮さんはやりそうで怖い。な、何とか話題を逸らした方が良さそうですね)

 

 

「そうだ。他のシチュエーションはどうですかね?例えば、これとか…」

「…どれどれ?これは流石に子供っぽいよ。私には合わないなぁ」

「やっぱりそうですよね~ これに関しては普通の意見で安心しました」

「あのね。私が歪んでるみたいに言わないでよ」

「あはは。ごめんなさい。さて、次読みましょう」

 

 

 次に藤原が選んだ作品。それは二人の男女が同じイヤホンを使って曲を聴くという女子漫画では、定番のシーンであった。他の作品より、純粋な恋愛観を描いているものの。高校生には子供っぽいと感じる内容に鷺宮は共感する事は無かった。無論、藤原も同様であり胸を撫で下ろす。

 

 

 

 その後、二人は思う存分に少女漫画を堪能していた。ああでもないこうでもないと嗜好について、話が弾む余り、生徒会の仕事をそっちのけで二人は少女漫画に熱中する。その後、図書室から戻ったかぐやに仕事をサボって漫画を読んでいた事がバレて、仲良く説教されたのは言うまでもない。

 

 

【本日の勝敗 少女漫画を通じてお互いの距離を縮めた鷺宮と藤原の勝利】

 

 

 

 この日、鷺宮は人気の無い図書室で早坂と会っていた。それは日頃、陰ながら協力しているにも関わらず、一向に仲が進展しないかぐやと白銀の事を相談する為である。早坂は四宮家でかぐやから聞いた話、鷺宮は生徒会室で起きた事を互いに報告していた。

 

 

 

「へえ、二人で仲良く音楽を聴いてたんだ。そんなの漫画だけかと思ってたけど、実際にやる人もいたんだね」

「ええ。ですが、この話に続きがありまして…実は会長が聴いていたのは音楽じゃなく、フランス語講座だったようですよ。それでかぐや様…読んでいた少女漫画を思い出して、逃げ出したそうです。何でも会長に食べられるからと言ってましたね」

「あはははは。此処でそうなるかぁ。まあ、四宮さんの場合は仕方ないのかも」

 

 

 しかし、鷺宮と早坂がしてるのは専ら白銀達の愚痴である。当初は真面目に対策を話し合っていたのだが、どちらともなく溢した愚痴が切っ掛けで今ではお互いの愚痴を言い合い、二人のストレス発散の場となっていた。

 

 

「次に仕掛ける策ですが、またりっちゃんの手を借してくれませんか?」

「別にいいわよ」

「ありがとう。りっちゃんにはいつも苦労を掛けますね」

「気にしないで。それで策って何?」

「…今回は相合傘を仕掛けるそうです。何でも近い内に雨が降ると知って、かぐや様が計画されました」

「成程。古い手だけど、効果はあるかもね。それで具体的に私は何をすればいいの?」

 

 

 いつも突発な策に心良く協力してくれる鷺宮に早坂は心の底から感謝していた。彼女の協力を得てから、自分の心労も些か軽くなっている。だが、それは逆を言えば鷺宮に心労を与えている事を意味する。なるべくならそれは避けたい。だからこそ、今回の作戦で白銀達の仲が進展して欲しいと早坂は強く願っていた。

 

 

「そうですね。鷺宮さんにやって欲しいのは書記ちゃんの足止めです。あの人、私の予想斜め上の行動ばかりで厄介なんですよ。今まで何度も邪魔されてますからね。今度は二人でやる訳ですし、作戦は成功したも当然ですね」

「あー 藤原さんの行動は読めないからね。あっちゃんも苦労してるんだ」

 

 

 疲れた顔の早坂に鷺宮は心から同情していた。何せ、自分も振り回された経験がある、しかも性質が悪いのは本人に一切悪気が無い事である。その為、策の妨害や提案を潰されても文句が言えずにいた。

 

 

「作戦と私の役割は把握したよ。して…決行はいつ?」

「その時は前日にメールします。りっちゃんも心の準備する時間は欲しいでしょう」

「そうだね。相手が藤原さんだと、特に必要かもしれない」

「まあ、私もサポートするので気楽にやりましょう。失敗してもかぐや様は「かぐや様!?ねえ、今かぐや様って言ったわよね」な…誰ですか」

 

 

 話の途中、突然ある少女が詰め寄ってきた。思いも寄らぬ出来事に二人は茫然とする。

 

 

「あ、私?私は巨瀬エリカ。それよりも…さっき、かぐや様の名を聞いたけど、何を話してたの?」

「聞き間違いじゃないの?私達がしてたのは家具の話だよ。ほら…遠くからだと、間違えても仕方無いよね」

「そうだよ~ 二人で好きな家具は何かを語ってたんだぁ」

「なーんだ。家具の話だったのかぁ。私はてっきり、かぐや様のファンがいるのかと思ってたよ」

 

 

 咄嗟とはいえ、苦しい言い訳を述べる二人だが‥エリカは疑う様子もなく、二人の話を信じていた。相手がアホで良かったとホッとしたのも束の間、次に出てきた言葉は鷺宮達を緊張させた。

 

 

「それとも二人はかぐや様の特別な存在だったりしてね。SPとか秘密の協力者とかさ」

「考えすぎだよ。ドラマの見過ぎじゃないの?」

「だよねぇ。そんな展開、ある訳ないし~」

 

 

 

 エリカの指摘に内心、二人は慌てていた。その理由は彼女が所属する部活にある。巨瀬エリカが属するマスメディア部では学園内の噂や出来事を記事にし、全生徒に知らせる活動をしている。もし、今の話が聞かれていて、記事にされたらかぐやの相合傘作戦は遂行する前に潰される事になりかねない。そうなれば、かぐやの怒りの矛先は鷺宮達に向くだろう。無論、記事にしたマスメディア部もその対象となるが、聞かれる所で話をしていた非は二人にあるのは事実である。

 

 

 何としても誤魔化さなければ、鷺宮と早坂はアイコンタクトを交わして頷いた。

 

 

「いや、やっぱり言ってたよ。これでも記憶力に自信があるからね。二人は…そういう妄想して楽しんでたんでしょ?分かるよ。かぐや様の妄想は私もよくするからね。かぐや様の身は私が守ります!的な感じでさ。きゃー 私も混ぜてよ」

 

 

 鷺宮は思った…この学園は頭の良い様に見えて、やはりアホが多いのだと。そして早坂は安堵した。…部活柄、情報収集に長けているエリカは油断のならない人物であった。しかし…蓋を開けばおかしな事を宣うアホなのだと自身のエリカに対する評価を下げた。

 

 

 

「あちゃ~ 遂にバレちゃったかぁ。実はそうなんだよね。かぐや様って、秀知院の憧れだもん」

「そうそう。誰かに聞かれると恥ずかしいから、此処で妄想遊びをしてたのよ」

 

 

 阿吽の呼吸。長年、離れていたとはいえ。親友だった二人は咄嗟に話を合わせる事にした。此処で恋の策謀を練っていた等、恥ずかしくて言う事は当然出来ない。それ故、事実を紛れ越せた嘘を吐いた。真実味を帯びた嘘にエリカは意図も簡単に騙されていた。

 

 

「成程。確かに人前じゃ出来ないよね。大丈夫、これは秘密にするから安心して。同じ妄想する仲間に恥を掻かせたくないもの」

 

 

((仲間じゃないよ。一緒にしないで))

 

 

 この時、二人の心は一つになった。

 

 

 

「本当ならさ。私もかぐや様と話をしたいんだけどね。でも、近寄ると心臓がドキドキしてキューってなるの。二人もそういう事ない?早坂さんは同じクラスで、鷺宮さんは生徒会で一緒にいるでしょ?」

「どっちかと言うとハラハラして胃がキューっとする事はあるわよ」

「あ、私も同じだし~ りっちゃんもそうなんだね」

「何よ。やっぱり仲間じゃない」

 

 

 

((だから仲間じゃないよ。アホの貴女と同列にしないで))

 

 

「あら、エリカったらこちらにいましたの?もう、随分と探しましたのよ」

「かれん。それどころじゃないよ。鷺宮さんと早坂さん、この二人もかぐや様のファンなんだって!!」

「まぁそうですの?これは良い報せですわね」

 

 

 此処に来て、厄介な人物が現れた。彼女の名は紀かれん。エリカの親友でかれんもマスメディア部に所属している。類は友を呼ぶ。この言葉が示す通り。かれんも良からぬ妄想を楽しむ変人である。

 

 

「そういや、かれんさん。エリカさんを探しに来たんだよね?何か用があったんじゃないの?」

「ああ。そうでしたわ。実は…かぐや様の新情報を手に入れましたの」

「へえ~ 何の情報だし?思えば、かれんさんってかぐや様を見て、いつも何かメモしてるよね」

 

 

 かれんの言葉に早坂は目を鋭くして、問いかけた。この変化にかれんとエリカは気付いておらず、気付いているのは鷺宮だけである。学園にはかぐやを慕う者は多いが、敵がいない訳では無い。大方、かれんがかぐやにとって、不利益な情報を嗅ぎまわっているのだと認識したのだ。

 

 

 本来、この事に鷺宮も関わりたくはない。恋の協力に手を貸すが、家絡みの問題は個人の手に余る事柄である。下手をすれば、自分の家も巻き込まれかねない。そうなれば、家族にも影響が及ぶ事になるだろう。

 

 

「あら。気になりますか?その情報ですが、昨日…かぐや様が私達に会釈してくれましたの。ああ、天に昇る気持ちでしたわ」

「…それは良かったね。かぐや様は誰にでも優しいし~」

「でしょ?この気持ちが分かるのは仲間だからだよね」

 

 

「ねえ、面倒だから話を合わせてもう立ち去ろうよ。何か疲れてきた」

「そうですね。私も同意見ですよ」

 

 

 盛り上がるかれん達を冷めた目で見つめながら、鷺宮と早坂は小声で話し合い、結論を出した。

 

 

「そうそう。二人は四宮さんのファンって言ってたよね?もしかして、ファンクラブとかに入ってるの?」

「勿論。というより、私とかれんの二人しかいないからファンクラブという程じゃないけどね」

「良かったら、鷺宮さん達も入りませんか?仲間が増えるのは喜ばしいですわ」

「いいね~ 私も仲間に入~れて」

「あ、私も参加するよ。四宮さんの情報が欲しいもの」

「良いよ。やったぁ。新たな会員ゲット出来たぁ」

「私も歓迎しますわ。うふふ これから楽しくなりそうですわね」

 

 

 

((こっちは全然楽しくないよ。はぁ…面倒な事になったなぁ))

 

 

 妙な訪問者のおかげでかぐや様ファンクラブに入る事になった鷺宮達。この日、二人の会合はエリカ達の乱入により、中止となった。そして学園には藤原以外の厄介者が存在する事に頭を悩ませる結果となってしまった。

 

 

【本日の勝敗 新たな厄介者に振り回された鷺宮と早坂の敗北】

 




今回のお話いかがだったでしょうか?

早坂と鷺宮の秘密の会合。
これにスピンオフの主役であるエリカとかれんを登場させてみました。

原作の裏側で早坂は藤原以外でこの二人に振り回されるの様を見て、この二人を絡ませたら面白そうと思っての事です(笑)

恋をしているかぐやと白銀の恋愛合戦も面白いですけど、数多の障害を越えて成就させようとする二人の奮闘をこれからも書いていきたいです。

それでは次回もお楽しみに


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第6話 鷺宮は差させたい/鷺宮は留まらせたい/親友達はお洒落させたい

最新話お待たせしました。


今回は少し長めとなってます。


また遅くなりましたが評価をしてくれた呪い狐様、どうもありがとうございます。





 季節は初夏 季節の変わり目に従って秀知院も衣替えの時期が来ていた。

 風通しの良い半袖になった事で、快適な生活が遅れると藤原は喜びを露わにしていた。

 

 

「いやぁ~ 半袖になった事で大分楽になりましたね!! 最近はジメジメしてたから嬉しいですよ」

「そうねぇ。ま、梅雨が抜けたら逆に面倒になるわよ。陽射しの対処とか、考えるだけで嫌になるなぁ」

「分かります。日焼け跡が付くから厄介ですね。そう…特に胸とか目立つ所だと大変ですものね」

 

 

 鷺宮のぼやきに釣られてかぐやも不満を口にする。藤原と鷺宮の胸に恨めしそうな視線をかぐやは送っていた。薄着になった事で女子のスタイルもハッキリと目立つのが衣替えの特徴である。一番目立つのはやはり胸。自分にない物を持つ二人にかぐやは嫉妬していた。

 

 

「今回の活動は交流会の事後処理だが、既に鷺宮庶務と石上会計が終わらせている為、俺達がやる事は特にない。それと皆の尽力もあって、交流会も無事に終える事が出来た。一先ずお疲れ様でした」

「「「お疲れ様でした」」」

 

 

 白銀は報告の後、鷺宮達に労いの言葉を掛けた。この場にいない石上にも白銀は感謝していた。陰ながら仕事を片付けてくれる彼がいるから、面倒な書類整理も苦労する事も無い。

 

 

「従って、今回はオフとしよう。連日の疲れもあるだろうし、皆もゆっくり休んでくれ」

「じゃあ、かぐやさんお迎えの電話しないとですね。今日は土砂降りの雨ですし、良かったら私も乗せてくださいよ」

「…それなんですが、先程家から連絡がありまして。どうやら送迎の車が故障したみたいです。なので、今日は歩きで帰るつもりですよ」

「え?歩いてですか?大丈夫でしょうか…雨の日って、証拠が残らないから誘拐されやすいんですよ」

「不安になる事を言わないで下さい。地味に怖いですよ」

「私も一緒にと言いたいけど、私の家は逆方向なのよね」

「大丈夫ですよ。いざとなったら防犯ブザーを鳴らしますし、何より護身術も学んでますからね」

 

 

(四宮は歩きで帰宅か。今日は雨だし、あれがいけるかもしれない)

 

 

 女子三人の会話に白銀は聞き耳を立てていた。それによって、彼はある計画を立案する。

 その計画とは相合傘!雨の日の定番と言える相合傘は一つの傘の下、密着する事で男女の距離を縮めるイベントでもある。これならかぐやに告白させる事が出来るかもしれない。密かな期待を胸に白銀は計画を立て始めた。

 

 

 無論、これはかぐやも同様である。彼女もまたこの機会に相合傘を目論んでいた。この日、何としても白銀が自分に好意を抱いてる事を白日の下に晒すとかぐやも勝負に挑む決意を固める。そして此度の作戦において、協力者の鷺宮にかぐやは合図を送った。これは前日、早坂から伝えられており作戦開始時に合図を送る手筈となっていた。

 

 

(…あっちゃんから聞いた合図。確か右手で親指を立てたら作戦開始だったわね。よし…じゃあ、私は藤原さんを抑えに行きますか。一応、あの子を誘導する仕込みもしてあるし、上手く行くでしょ)

 

 

 

 かぐやの合図で鷺宮は行動を開始する。まずは藤原を白銀達から如何に引き離す事。当然、それを実行する手筈は整えている。

 

 

「ねえ藤原さん。今日は一緒に帰らない?」

「…いいですよ!! 私も鷺宮さんと仲良くなりたいと思ってましたからね」

「ありがとう。それじゃあ、行きましょうか。会長、四宮さん。お二人もまた明日ね」

「ああ。雨の日は滑りやすいから気を付けてな」

「はい。また明日ですね」

 

 

 鷺宮は白銀達に挨拶を交わすと、藤原と共に生徒会室をあとにした。

 

 

 

 ある程度、歩いた後…鷺宮は次の策を切り出した。

 

 

「あ、いけない。私、教室に忘れ物しちゃった。藤原さん、悪いけど付き合ってくれない?」

 

 

 忘れ物作戦。これも鷺宮の策であるが、藤原を連れて行くには理由が弱いと後悔した。対象が親友であれば、効果はあるだろう。しかし、鷺宮と藤原は知り会いであるが友達という間柄ではない。それを顧みれば藤原が付き添う必要性はない。

 

 

「いいですよ~ 実を言うと私も教室に忘れ物がありますからね」

「そうなの?じゃあ、早く取りに行こう」

 

 鷺宮の杞憂とは裏腹に藤原はあっさりと承諾してくれた。偶然、本人も忘れ物をしていたのもあるが、藤原自身は鷺宮を友達と認識している為、断る理由は無かったのである。そうと知らず、鷺宮は教室へ向かって歩き出した。

 

 

 

(誘導成功!! これで十分だと思うけど、四宮さんの事だし…きっと時間掛かりそうね。一応、遠回りして教室に行く方が良いわね。あとは気付かれない様に藤原さんに話を振って、気を逸らさないと)

 

 

 

「ねえ、藤原さんってさ。休日はどう過ごしてるの?」

「休日ですか?普段はペスと遊んだり、姉妹で買い物に行きますよ。そういう鷺宮さんは何をしてるんです?」

「私も似たような感じよ。買い物だったり、コロンと遊んで過ごしてる。時々だけど、母の仕事を手伝う事もあるわね」

「鷺宮さんのお母様って、確か博物館の館長でしたよね?どんな仕事を手伝うんですか?」

 

 

 鷺宮が振った話題に思いの外、興味を抱いた様で藤原は楽しそうに疑問を投げかけた。

 

 

「そうねえ。やるのは展示物の説明カードを作ったり、映像のテキスト入力といった簡単な奴だよ」

「ああ。展示物の下にある題名が書いてる奴ですね。私は展示物を並べたりしてると思ってましたよ」

「流石にそれはやらせてくれないよ。展示物は貴重な物だし、素人がやるには荷が重いもの」

「ですよねぇ。私も想像すると手が震えて怖いです」

「あははは。それ、お母さんも言ってたよ。やっぱり、誰もが緊張するってさ」

 

 

 二人の会話は弾み。思惑通り、遠回りしてる事を藤原に悟られる事なく教室へ辿り着いた。

 

 

「さて、忘れ物は無事回収っと。そういえば、藤原さんは何を忘れたの?」

 

 

 予め置いておいた本を回収し、鷺宮は藤原に声をかけた。時折ふざける事もあるが、基本は真面目な藤原が忘れ物をするとは思っていなかった。それ故、鷺宮も何を忘れたのか気になっていた。

 

「ああ。私は傘ですよ。学校に置き傘してたんですけど、それなのに別の傘を持ってきちゃいまして」

「あー偶にやらかす事よね。それじゃあ、用も済んだし帰ろうか」

「そうですね。帰りましょう」

 

 

(次はどうしようかな?もう一回遠回りするのもありだけど、流石に次は藤原さんも気付くよね。まあ、あれから時間も経ってるし、四宮さんも目的を達成して帰ってる筈よね。よしこのまま帰ろう)

 

 

 既に作戦は完了したと思い、鷺宮は帰宅する事を選んだ。来る途中と同じく藤原と談笑しながら玄関に辿り着いた鷺宮は驚く光景に唖然とした。彼女の視線の先にいたのは白銀とかぐやであった。

 

 

(どうしてよぉぉぉぉ!? 合図を出してから四宮さんは何をしてるの。奥手だと分かっていたけど、相合傘を誘うのに時間掛かり過ぎでしょうよ。あーだんだん苛々して来たわ。藤原さんを押し止めるのに色々な策を講じて頑張ったというのに。当の本人がこれじゃあ、今回も失敗に終わるわね)

 

 

 未だ帰らず、玄関に留まる二人に鷺宮は苛立ちを覚える。無論、かぐやも徒に時間を浪費していた訳ではない。この瞬間も相合傘をする為に白銀を王手まで追い詰めていた。しかし、不幸な事に鷺宮の考えているかぐやの恋愛は、白銀に告白したいが、切っ掛けを掴めず失敗していると思い込んでいる事である。だが、かぐやの恋愛とは…自ら告白する事ではなく、相手から告白させる物。鷺宮が協力していながらも成功しないのは、二人の考えにズレがある事をかぐやと鷺宮が気付いていない事にある。

 

 

 

 当たり前の話であるが、かぐやが提示する独特なこのルールを知っていたら端から協力などしなかっただろう。早坂はそれを見越して、敢えてその部分を濁し鷺宮に協力を持ち掛けたのであった。

 

 

 此処に至っては最早、鷺宮に出来る事はない。藤原が傍にいる以上、下手な小細工をしてはかぐやが白銀に恋心を抱いていると知られてしまう。そうなれば、藤原は後先考えずに突っ走る事だろう。それだけに留まらず、学園中に吹聴する未来が容易に想像出来た。

 

 

(非常に不味い展開だわ。此処で藤原さんを何が何でも止めて置かなければならない。それが出来なかったら私は…)

 

 

【あらあら。鷺宮さん 貴女って心底、何の役にも立たないんですね。悪いけど、貴女の協力はもういりません。さようなら 鷺宮さん。これからは空気の薄い場所で元気に過ごして下さいね】

 

 

(嫌よ。そんな未来は絶対に嫌ぁぁぁ!! 私は平穏に生きると決めてるの。波乱万丈な人生なんていらないのよ)

 

 

最悪の未来(空気の薄い場所) を想像して鷺宮は恐怖に震えた。どうにか打開しようと藤原に視線をやれば、彼女は既に動いていた。ゆっくりと二人に歩み行く姿が鷺宮にはとても恐ろしく見えた。最早、なす術もない状況に鷺宮は絶望して項垂れた。

 

 

「ああ。やはり私は濡れて帰るしかないのですね」

「…かぐやさん。もしかして傘を忘れたんですか? 良かったら、この傘使って下さい。私、予備の傘を持っていますから~」

 

 

 この言葉で鷺宮は正気に戻った。改めて見れば、かぐやは藤原に熱い視線を送っている。此処で鷺宮は藤原に感謝した。何故なら、藤原の行動がかぐやの背中を後押ししたのだと盛大に勘違いをしていたからである。

 

 

(ナイス!! ナイスよ藤原さーん!! 貴女の事が初めて天使に見えるわ。これでかぐやさんも白銀くんと相合傘をする切っ掛けを掴めた筈。あとはお邪魔虫の私達が消えれば万事解決ね)

 

 

「藤原さんは優しいね。それでは私達は帰りましょう」

「はい~ そんじゃお二人もまた明日会いましょう」

 

 

 

 タイミングを見計らい、鷺宮は藤原を連れてこの場を立ち去った。無論、背後で目的を邪魔されたかぐやが恨めしい目で睨んでいた事を鷺宮は知らない。

 

 

 しかし藤原の傘が思わぬ手助けになり、かぐやの目的が果たされて知らない所で鷺宮の首の皮が繋がった事も彼女は知る由もない。

 

 

【本日の勝敗 知らずにファインプレーをした藤原の一人勝ち】

 

 

 

 この日、珍しくもある男が姿を見せていた。それは秀知院生徒会 会計の石上優である。彼は普段、人知れず顔を出しては仕事を片付けて消えるを繰り返していた。しかし、以前に鷺宮から言われた事が石上の心に変化を齎し、彼は生徒会に向き合う事にした。

 

 

 

「こんにちは。これ、本日の書類です。終わったので届けに来ました。それと…僕、生徒会を辞めようと思います」

 

 

 そう 自分の気持ちを面と伝える為に。

 

 

「そうか。生徒会を辞めたいのか。それは勘弁してくれ!! それだけは絶対にだ。お前がいないと生徒会が破綻する。どうか考えなおしてくれないか?」

「そ、そうよ。いきなり来たと思ったら、何を言い出すのよ」

 

 

 石上の発言に白銀と鷺宮は困惑しながらも彼を引き止める。秀知院の生徒会は特殊であり、生徒会長は他と同じく選挙により選出されるが、他の役員は生徒会長が能力に応じて選ぶシステムとなっている。それに石上はデータ処理のエキスパートで1年生ながらも生徒会にスカウトされる優秀な人材である。

 

 

 幾多の書類整理がこなせていたのも石上あっての事である。もし石上が生徒会を辞めた場合、これからの書類仕事は庶務の鷺宮が行う事になる。只でさえ、様々な仕事を請け負う中、書類仕事まで回ってくれば鷺宮の負担は増える。鷺宮もそれは回避したいし、これは役員に負担を強いたくない白銀も同様である。

 

 

「とりあえずだ。まずは話を聞かせてくれないか?悩みがあるなら俺と鷺宮に話してみろ」

「そうね。一人で抱え込むより得策だし、解消出来る様に尽力するわよ」

「‥僕だって、辞めたくはないんですよ。だけど、仕方無いんです。今辞めないと…僕は殺されると思うんです」

 

 

 

 辞める事を留まらせるべく、鷺宮達は石上の説得を試みた。そして石上の言葉に鷺宮達は絶句する。大方、人間関係か生徒会に対する不満…この類だと思っていた。しかし、内容はかなり重く鷺宮達でも手に負えない問題と来た。

 

 

「殺されるって、一体誰に?こう言うのもあれだけどさ。過去の事があったとしても、石上くんをそこまで嫌う人はいない筈よ」

「俺も同じだ。だが、石上会計が嘘を言ってる様にも見えんしなぁ。現に想像が付かんのも事実だ」

「別に過去は関係ないし、会長が言う様に嘘も吐いてません。言いにくいですが、僕を殺そうとしてる人は四宮先輩なんです」

「四宮さんに!?」

「ありえんだろう。何故、四宮が石上会計を殺そうとするんだよ」

 

 

 今日二度目の衝撃を鷺宮達は受けた。まさか、聞き慣れた名前が出てくる事に想像していなかった。動揺する二人を見ながら石上はぽつぽつと理由を話し始める。

 

 

「眼ですよ。時折、あの人は僕をすごい眼で見てくるんです」

「それだけ?偶々、そう感じただけじゃないの?」

「無論、それだけじゃないですよ。そう思う確証もあります」

 

 

 石上は先月の出来事を思い出していた。それは一人で書類整理をしていた際、書類をテーブルの下に落としてしまい、拾う時にテーブルの裏に張り付けられた二枚の割引券を発見する。最初は何故、これがこんな場所にあるのか石上も理解出来ずにいた。しかし、すぐにその理由を知る事となる。

 

 

『喫茶店か。俺は普段行かないな。美味しいけど、メニューは地味に高いだろう』

『まあ…確かにそうですね。何処かに割引券があれば、話は別ですけど』

 

 

 会話の最中、仕込みを探るかぐやだったが、ある筈の割引券はそこに無かった。慌てて部屋を見渡せば、その在処はすぐに分かった。先程石上が拾った物が件の割引券だったのだ。そこからのかぐやの行動は速かった。石上に詰め寄るや、彼のヘッドフォンを外し…耳元で石上にある忠告をした。

 

 

『貴方が手にしてる券。その事を周りに言ったら分かってるわよね?決して他言しない事ね』

 

 

 この脅しに石上は抗う事無く、首を縦に振った。そうしなければ最悪の展開が起こると本能が訴えていたからである。

 

 

 

「生憎ですが…この事は脅されてるので言えません」

「え!? 本当に何があったのよ」

「他には無いのか?話してくれないと対処の仕様がないぞ」

「ありますよ。あれは先週の事でした」

 

 

 石上の話を鷺宮達は半信半疑で聞いていた。何せ、肝心な部分はかぐやに口止めされている為、話す事は出来ない。だが、真相を知らない鷺宮達に信じろというのも無理な話である。それは石上も理解している。だから鷺宮達に話せる出来事を彼はゆっくりと話し出した。

 

 

 

『四宮先輩と会長。付き合ってるって本当ですか?』

『…ウグッ!? い、いきなり何を言い出すんですか?そんな事ある訳無いでしょう』

 

 

 唐突な石上の発言にかぐやは咽てしまう。手に持つカップが震える程、かぐやは動揺していた。まさか、核心を突く言葉が飛び出るとは思ってもいなかった。己の気持ちを悟られまいとかぐやは否定の言葉を口にする。

 

 

『そうなんですか。つまり四宮先輩にとって、会長は恋愛対象じゃないんですね』

『当然です。寧ろ、変な噂が立って迷惑してますよ』

『分りました。それなら僕から会長に伝えておきますよ。四宮先輩は会長を何とも思ってないってッッ!!』

 

 

 そう言い残して去ろうとした時、突然襟首を掴まれて引き倒された。しかも上手い具合にソファーの角が食い込み、石上の首に凄まじい激痛を与えていた。幸い、会長が訪れた為、すぐに解放されたのだが…もし会長が来なかったら今頃、自分は殺されていた事だろう。勿論、この会話の内容も口止めされている為、二人には伏せている。

 

 

 

「そ、それは災難だったわね」

「まさか、俺がお前を救っていたとはなぁ」

「ええ。本当に助かりましたよ。ソファの角で首を絞めにくるなんてプロですよ。多分、あの人は暗殺術を極めたシリアルキラーに違いありません」

 

 

 当時の痛みと苦しみを思い出したのか、顔を歪めて石上はそう呟いた。この話を白銀は信じ始めているが、鷺宮はある疑惑を抱いていた。確かに石上がされた事は脅しや暗殺と思うかもしれない。だけど、見方を変えれば一連のかぐやの行動は只の照れ隠しに思えるのだ。

 

 

(まあ…耳元で呟かれたり、照れ隠しとはいえソファーで首を絞められたら恐怖を感じるのも無理無いわね。私でも同じ事を考えただろうなぁ。だけど、石上くんは四宮さんが殺意を抱いてると思い込んでる様だし、どう誤解を解いたものかな?本人と話し合って解決するのが一番だけど、石上くんは応じないでしょうね。その時は私も同伴すればいいわね)

 

 

 

 石上の誤解を解く為の策も決まり、鷺宮がそれを伝えようとした時…生徒会室の扉が静かに開いた。

 

 

「ごぎげんよう、お二人共。此処に石上君が来てませんか?」

「「「...っ!?」」」

 

 

 

 そこに現れたのはかぐやであった。突然の本人登場に三人は恐怖で言葉を失う。何故ならかぐやの着ている服は至る所が鮮血で染まっていたからである。その出で立ちは今まさに誰かを殺めたばかりといった感じだった。右手に握る包丁の鈍い光が鷺宮達を一層、恐怖のどん底に突き落とす。

 

 

「先程、何か私の話を…」

「いや、落ち着け四宮!!」

「いえ、私の話を聞いて…」

「これ以上、罪を重ねるなぁっ!! 素直に自首しろ四宮ぁぁぁ!!」

 

 

 一歩、一歩進んでくるかぐやから恐怖に打ち震える鷺宮と石上を白銀は背に庇い、必死に説得していた。自分も恐怖で震えていたが、この場は生徒会長として二人を守らなければならない。その一心で恐怖を押し殺していた。

 

 

「もうーーーーーー話を聞いて下さいよぉぉぉぉぉっ!!」

 

 

 しかし、その説得もかぐやには通じない。話を聞かない事に痺れを切らしたかぐやは包丁を掲げて鷺宮達に向かってきた。

 

 

 だが、その凶刃は鷺宮達を襲う事はなかった。机に振り下ろされた包丁は机に突き刺さる事はなく、まるでゴムの様に折れ曲がった。この包丁は本物ではなく、精巧に作られた偽物だったのだ。

 

 

「今日は演劇部の助っ人に呼ばれていると、今朝に話したでしょう。これはその衣装ですよ。黙って聞いてれば、罪を重ねるなとか自首しろとか...私を何だと思ってるんです?」

「ご、ごめんなさい。いきなりだったからつい…吃驚しちゃって」

「そうだぞ。その恰好で来た四宮にも非があるだろう」

「ああ。これは少し驚かそうと思って…ごめんなさい」

 

 

 悪戯が成功して笑うかぐやに鷺宮と白銀はほっこりするが、石上だけは絆される事なく二人に囁いた。

 

 

「騙されては駄目です。これは罠ですよ。きっと、悪戯と思わせて油断した所を刺そうとしてるんですよ」

「さ、流石に考えすぎよ」

「鷺宮の言う通りだ。あれは只の演劇衣装で四宮は誰も殺してなんか…」

 

 

 石上の言葉に再び恐怖を感じた二人は反論した。幾らなんでもかぐやが凶行に及ぶと思わないが…よもや石上の言う通りなのでは?と猜疑心を感じてしまうのは仕方ない事である。

 

 

 そして…更に三人を追い詰める出来事が起きる。

 

 

 

「か、会長…鷺宮さん……、 た、助けてぇぇ~」

 

 

 か細い声で助けを求め、覚束ない足取りで部屋に入ってきた藤原。胸に刺さった包丁、鮮血に染まる凄惨な姿に鷺宮達は失神寸前の衝撃を受けた。これを目撃した以上、自分達もかぐやに殺される。鷺宮達は深い絶望を感じていた。

 

 

 

「あは~ 私、かぐやさんに殺されました」

「やっぱり!!」

「い、嫌ぁぁぁぁぁぁぁ。私、まだ死にたくないよぉぉぉ!!」

「やっぱりって何ですか。それと鷺宮さんもしっかりしなさい。包丁で胸を刺された人が笑うなんてありえないでしょう」

 

 

 ネタばらしをする藤原、かぐやに殺されたと真に受ける白銀、そして恐怖でパニックを起こす鷺宮を一喝するかぐや。生徒会室は混沌に満ちていた。

 

 

 

「あ、そうだよな」

「そ、そうよね。刺されて笑う人は……いないわね」

「いえ。そうとは限りませんよ。案外、妙な手術を四宮先輩がしていた可能性も…」

「石上会計。君はいつも考えすぎだよ。四宮が人を殺すなんてする訳ないだろう。もっと仲間を信じてみろよ」

「…そうね。疑ってばかりじゃ駄目よ」

「鷺宮さん。半狂乱になってた貴女が言っても説得力無いですよ。だけど、二人の言葉も一理あります。もう少し私達を信用してください」

「…仲間を信じてみるですか。僕に欠けていたのはそれかもしれないですね」

 

 

 鷺宮達の言葉は石上の心に染み渡る。確かに自分は妙な妄想をして、仲間を信じていなかった。以前、鷺宮に言われたにも関わらず、この有様だ。些か情けない気持ちを石上は感じていた。

 

 

 

「それと石上君…貴方があの事を黙っていてくれて嬉しいです。口が固いのは美徳ですね。もし‥うっかり喋っていたら、本当に刺すかもしれないですよ」

「は、はい。勿論、誰にも言いません」

 

 念を押して口止めするかぐやに石上は涙を浮かべて、口外しないと誓った。

 

 

「最後に一つだけ言っておきます。もう生徒会を辞めるなんて言わないで下さいね。これ以上、会長や鷺宮さんを困らせては駄目ですよ」

 

 

 そう残すとかぐやは藤原と談笑する白銀の元へ向かった。無論、この言葉は石上を気遣っての事であり、先程の行為はかぐやの冗談なのだが、普段そういう事をしない人が言うと…冗談に聞こえないものである。その後、和気藹々と話す白銀達と対称に、隅では脅された石上と一連のやり取りを聞いていた鷺宮は震えていた。

 

 

 

【本日の勝敗 生徒会を辞めたいけど、かぐやが怖くて辞められない石上とかぐやの狂気に恐怖した鷺宮の敗北】

 

 

 

 放課後、静かな教室で鷺宮は早坂を待っていた。生徒会の活動が終わり、帰宅しようとした時。突如、彼女から話があると連絡を受けたのだ。いつもの会合だろうか?そう思い、鷺宮は了承の返事を返した後、待ち合わせ場所の教室に向かった。

 

 

 十分程して、早坂は教室に姿を見せた。教室に鷺宮以外、誰もいない事を確認してから早坂は口を開いた。

 

 

「お待たせしました。急に呼び出して申し訳ありません」

「別にいいわよ。それで話って何?」

 

 

 呼び出した事を謝る早坂に鷺宮は笑って言葉を返す。これが他の人なら鷺宮は断っていたが、他ならぬ親友の頼みなら断る理由はない。実の所、秘密裏に行うこの会合を鷺宮は楽しんでいた。

 

 

「ああ。勿論、かぐや様の事ですよ。ある提案を思い付いたのですが、私一人だと難しいのでりっちゃんにも協力を仰ごうと思ったんです」

「ある提案?この前みたいな事をする感じかな?」

 

 

 先日の事を思い出し、鷺宮は表情を曇らせる。あの時、偶然が重なってかぐやの相合傘作戦は成功したものの...下手をすれば失敗していた事を早坂から知らされた時は生きた心地がしなかった。今回の頼みもまたあの様な思いをするのでは?と鷺宮は不安を募らせる。

 

 

「その心配は無用ですよ。今回はかぐや様にお洒落をしてもらう作戦です」

「へえ、何だか楽しそうね。四宮さん、綺麗だからそういうのは無縁そうだものね」

「ええ。本人も興味が無いですからね。これを機会に少しお洒落する事を覚えてもらう。狙いはそれなんですよ。普段と違う姿を見せて、会長を意識させる。上手く行けば、かぐや様の恋も成就するでしょう」

「よし乗ったわ。それで私は四宮さんの化粧とか手伝えばいいの?」

「それも考えましたが、化粧は校則に引っ掛かります。なのでネイルで勝負するつもりです」

 

 

 早坂の提案を聞いて鷺宮もやる気になった。以前の様に手の込んだ策ではなく、お洒落をして白銀を意識させるシンプルな作戦。普段と違う姿は異性に魅力を与える要素となる。しかし、鷺宮はある事に疑問を抱いて早坂に尋ねた。

 

 

「お洒落は良い案だけどさ。ネイルは逆に悪い印象を与えない?髪型や髪飾りを変える方が良いと思うけどね」

「私もそれは分かっています。ですが、かぐや様が絶対にやらない事をやって周りにアピールするのも効果があると思うんですよ。ほら、りっちゃんもかぐや様がネイルを施す姿は想像出来ないでしょう?敢えて攻める事でインパクトを与えるのも重要なんですよ」

「そんなもんかなぁ?…あのさ、一つ聞いてもいい?」

「何ですか?」

「その…今回、私も四宮さんと同様にネイルを施すの?」

「勿論です。生徒会には書記ちゃんがいるでしょう?かぐや様の性格上、初めては会長に見せたいでしょうし…そうならない様にりっちゃんのネイルを見せて書記ちゃんの気を逸らして欲しいのです」

「あーそういう事ね。確かにありえる展開だわ。でも、私もネイルはやった事ないよ」

 

 

 

 鷺宮は自分の爪を見つめて呟いた。お洒落の分野は様々で、髪型を変えたり軽い化粧なら鷺宮も経験があるのだが、ネイルは彼女も触れた事がない。故に上手く施せるのか不安があった。無論、この事も早坂は予想していた。そんな鷺宮の為に早坂はある物を鷺宮に手渡す。それは淡いグリーンのネイルチップ。今回の作戦の為、鷺宮用に早坂が用意していたのだ。

 

 

「それならこれをどうぞ。爪に嵌めるだけなので使い方は簡単ですよ。勿論、ネイルアートも校則の範囲内ですので問題はありません」

「つけ爪かぁ。これなら大丈夫そうね」

「フフ。それにりっちゃんの好みとする色合いを選びました。外出する時に付けていくのも良いでしょう」

「ありがとう。あっちゃんからの贈り物、大事にするわ」

「喜んで貰って何よりです。それではこれで解散としましょう。かぐや様には私が伝えておきます。詳しい段取りは今日の夜にメールで知らせますね」

「了解~ それじゃあね」

「はい。遅いのでお気を付けてお帰り下さい」

 

 

 

 早坂との話し合いが終わり、鷺宮は別れを告げて教室をあとにした。思わぬ贈り物に心を弾ませながら彼女は帰路に着いた。

 

 

「よし誰も来てない。作戦の第一段階は成功したわね。あとは白銀くん達を待つだけか」

 

 

 翌日の放課後、鷺宮は一早く生徒会室を訪れた。昨夜、早坂のメールで先に足を運んで他の役員達の注意を引き付けて欲しいと指示があった。恐らく、初めてのネイルで戸惑っているかぐやに視線が集中する事になる。意外と臆病な一面を持つかぐやの性格を考慮して早坂は事前策を鷺宮に託していたのだ。それに鷺宮が堂々とネイルを披露する姿を見せる事で、かぐやに勇気を与えるのが今回の役割である。

 

 

 

 待つ間、鷺宮は適度に書類整理を行っていた。作業を始めて数十分後、生徒会に藤原が姿を見せた。

 

 

「こんにちは~ ありゃ、今日は鷺宮さんが一番ですか。いつもはかぐやさんか会長が一番だから驚きましたよ」

「ああ。今日は授業が終わってすぐに来たからね。偶には私も早く来ないとね」

「成程。ん?もしかして…鷺宮さん、ネイルしてるんですか?」

「そうよ。まあ、これはつけ爪なの。自分でやると失敗するし、落とす時は大変だからね。あ、一応言っておくけど、校則には触れてないわよ」

「分かってますよ。それにしても綺麗な色ですね~。 私もやってみたいです!!」

「藤原さんもやってみる?初めてだけど、実際にやると楽しいわよ」

 

 

 

 鷺宮のネイルに気付いた藤原が興味津々な様子で近寄ってきた。藤原も年頃の女子ゆえ、ネイル等のお洒落にも感心を持っている。作戦の一環で施したネイルだが、褒められた事は鷺宮も喜びを感じていた。普段と違う自分を見せる。早坂の言う通り、時折やる事も意外と大事なのだと鷺宮は実感する。暫し藤原と談笑していると、今作戦の主役であるかぐやと白銀が生徒会室に姿を見せた。

 

 

 

「よう。二人共、もう来ていたのか。今日は早いな」

「こんにちは。確かに二人が先に来るのは珍しいですね」

「えー 会長と四宮さんもそう言うの?私が先に来るのってそんなに珍しいかなぁ」

「まぁ、大抵はいつも最後か三番目ですからね。それはそうと‥皆も見て下さいよ。今日は鷺宮さん、可愛いお洒落をしてるんですよ。ほら~、このネイル…会長とかぐやさんも可愛いと思うでしょ?」

「へー 珍しいな。しかし、生徒会の役員がやるのは大丈夫なのか?生徒の模範となる立場が風紀を乱しては元も子もないぞ」

「大丈夫よ。ちゃんとそこら辺は考慮してるから。それに毎日する訳じゃないもの」

 

 

 白銀の苦言に鷺宮は平然と言葉を返す。だが、かぐやにとっては白銀の言葉は深く突き刺さる。初めてのお洒落に幾何か舞い上がっていたが、思えば白銀の言葉は正論なのである。生徒の模範になるのが生徒会の役目。上に立つ者が風紀を乱しては本末転倒なのも理解できる。

 

 

(会長の言う通りね。だけど、此処でネイルを落としたら早坂の想いも無駄にしてしまう。真面目な鷺宮さんもやってる事だし、私がしていても違和感は無いわよね。もし聞かれても流行りだからで済ませればいいし、このネイルは校則の範囲内だと早坂も言っていたから風紀の心配はない。問題は如何に会長に気付かせるかよね。会長より先に他の人に知られたら、それは面白くない。そうだ…あの手で行きましょう)

 

 

 

 白銀の言葉で些か覚悟が揺らいだが、堂々としている鷺宮の姿にかぐやも勇気を貰っていた。次の課題はどうアピールするかでかぐやは悩んだ。鷺宮の様に平然と見せれば、白銀の目に留まるが他の人にも知られてしまう。恐らく真っ先に反応するのは藤原である。鷺宮のネイルで騒ぐ所を見れば、自分のネイルを見せれば更に騒ぐだろう。そうなれば、白銀にアピールするどころではない。そこでかぐやはある手段を用いる事にした。

 

 

 

「会長。お茶を淹れましたのでどうぞ」

「ああ。ありがとう四宮」

 

 

 それはお茶を渡す際にネイルを見せる事。自然な流れで他に知られず、白銀だけに見せつける最良の方法だが、当の本人は反応を示す事なく作戦は失敗に終わる。これにかぐやは不貞腐れた。生徒会の仕事に集中してる為、気付かなかったのだと言い聞かせても勇気を出して、行動しただけにこの結果は納得いかない。やはり堂々と晒すべきか?かぐやはそう考えるが、やはり踏ん切りが付かない。

 

 

 かぐやは失敗したと思い込んでいるが、実際の所…白銀はかぐやの変化に気付いていた。

 

 

(…あの四宮がお洒落をしてるとは驚いた。そういえば鷺宮庶務もやっていたし、女子の間では流行っているのだろうな。さて、どうするか?さっきは何も言えなかったが、やはり何か言うべきかな?しかし、昨今の男女でのコミュニケーションは繊細と聞いている。下手に触れて日頃から女子の爪などを見てる輩と思われたらそれは嫌だな。相手を褒めるだけなのに何とも難しいものだ)

 

 

 かぐやのお洒落について言うべきか白銀が迷っていると、知らない内に来ていた石上が口を開いた。

 

 

「…鷺宮先輩もそうですけど、藤原先輩も密かにお洒落してますよね。リンス…変えたでしょう?」

「え?そうだけど、何で分かったんですか?」

「だって、いつもと臭い違うんで!! 今日が蒸れるからでしょうね。臭いが結構際立つんですよ。例えるなら赤ちゃんの臭いでしょうかね。何だか優しい感じがします」

「あ、あははは! 石上くん、褒めてくれるのは嬉しいんですが、その言い方は気持ち悪い~」

「‥‥そうですか。すみません会長。僕、急に死にたくなったので帰ります」

「あ、ああ。分かった。だけど、死ぬなよ。そうなったら親御さんが悲しむからな」

 

 

 藤原を褒めた石上は返ってきた言葉に撃沈する。そう、褒めるにしても言葉を選ばなければ彼の様に悲惨な末路を辿る。白銀はかぐやを褒める様を想像してみた。

 

 

【四宮…そういえば、お前もネイルをしているんだな。その、普段と違って可愛いと思う】

【普段と違ってですか?つまり会長は日頃から私の爪を見ているんですね。凄く…気持ち悪い人

 

 

(キツイ!! 四宮から気持ち悪いと言われたら、俺も死にたくなるぞ。やっぱり触れないでそっとするのが一番なのかもしれないな。しかし…これで良いのだろうか?結局、俺が照れ臭くて褒める事が出来ないだけだ。よし、ちゃんと言おう。帰り際、四宮が一人になった時…ちゃんと褒めるんだ)

 

 

 

 己の気持ちを認識した白銀は決意した。やがて生徒会の活動も終わり、全員が部屋を出て行った後、白銀は急いで仕度を済ませて、かぐやを追いかけた。

 

 

 その頃、かぐやはネイルが施された爪を見つめて一人歩いていた。結局、白銀は自分の変化に気付いてくれなかった。やはり他の人と違って、お洒落した所で無駄だった。どうやっても可愛くは慣れないのだと、かぐやの心は暗い気持ちに囚われる。

 

「四宮、待ってくれ」

「か、会長?何か用ですか…」

 

 そんな時である。背後からかぐやを追いかけてきた白銀に呼び止められた。いきなりの事でかぐやは戸惑う。

 

 

「いや、その爪なんだが、とてもよく……いや何でもない。また明日な」

「えええ!?何ですか?はっきり最後まで言って下さい」

 

 

 何かを途中まで言いかけるも、白銀は誤魔化して逃げる様に走り去った。残されたかぐやが叫ぶもそれは虚しく響くだけであった。

 

 

「会長さん 思ったより可愛い人ですね」

「あーあ 最後はこうなったか。まあ、いい線までいったけど残念」

「…鷺宮さんもいたの!? もしかして今の見てましたか?」

「うん。ばっちり見てたわよ」

「彼女も今回の作戦に協力して貰ってますからね。大丈夫、秘密を洩らしたりはしませんので」

「まあ、それは分かってますよ。だけど、知られるのは少し恥ずかしいですね」

「お互い様よ。今日、クラスで私がネイルしてる~ 明日は雨が降るって、揶揄われたんだから。それでも楽しかったけどね」

「…そうですね。偶にお洒落するのも大切だと分かりました」

 

 

 鷺宮と早坂はかぐやの言葉に笑みを浮かべた。作戦は失敗してしまったが、かぐやにお洒落の楽しさを覚えさせる事が出来た分、ある意味では成功だろう。その後、二人と別れた鷺宮は晴れやかな気持ちで家路に着いた。

 

 

 

【本日の勝敗 お洒落な姿を見せて白銀を意識させたかぐや。そのかぐやにお洒落の楽しさを覚えさせた早坂&鷺宮の勝利】




今回のお話、いかがだったでしょうか?


漸く満をして石上くんを出せました。
石上くんが初めて登場したこの回、漫画もそうでしたけど、アニメだとかぐや様の迫力が凄かったので印象に残ってます。

まだ魅力的なキャラが他にもいるので早く出したい所ですね。

それと感想や評価、お気に入りをしてくれるとやる気に繋がるので是非ともお願いします。

次回もお楽しみに


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第7話 鷺宮は働かせたい/生徒会は笑わせたい/鷺宮は見返したい

最新話、お待たせしました。


今回はかぐや様がある意味壊れる回です。

また少し長めとなっています。


それと新たに評価をして下さったカモメ99様、どうもありがとうございます!



「恋愛相談……ね。また柏木と何かあったのか?」

「はい。実は僕、重大な問題に直面しているんです。だから…会長の知恵を貸して下さい」

「いいだろう。乗りかかった船だ。最後まで面倒を見てやる」

 

 

 生徒会室の前で白銀はある人物に声をかけられた。それは以前、白銀に恋愛相談を持ち掛けてきた翼である。彼は再び問題が起きたと白銀を頼ってきたのだ。本音を言えば、断りたい所であるが折角、訪ねて来た翼を追い返すのも寝覚めが悪い。結局、白銀は再び翼の恋愛相談に応じる事にした。

 

 

「こんにちは。会長、後ろの輩は誰なの?生徒会は部外者立ち入り禁止の筈よ」

「…部外者って、そう言ってやるな。彼は俺に相談したい事があるんだとさ。そうだ。鷺宮も協力してくれ。こういうのは人が多い方が解決策も浮かびやすいからな」

「嫌です。他を当たって下さい」

「即答!? そう言わずに手を貸してくれ」

「僕からもお願いします。鷺宮さんの知恵も貸してください」

 

 

 会長の後ろにいた翼の姿を見るや、鷺宮は無表情で退室を促した。この学園において、翼は話したくない人物トップ3に入っている。以前に柏木の恋愛相談を受けて以降。何故か柏木にライバル視されており、翼と話す度に彼女から鋭い視線を向けられる事から鷺宮にとって、胃痛の原因となっていた。

 

 

「第一、何でいつも生徒会に頼るの?少しは自分で考えてみたらいいじゃない」

「そ、それは…僕も思ってはいます。でも、駄目なんです。夜遅くまで考えても答えが出なくって、悩んだ挙句、会長と鷺宮さんに頼るしか道は無いんです。無理を言ってるのは、理解してます。だけど、どうか僕に知恵を貸して下さい」

「彼もそう言ってる事だし、どうか力になってやってくれないか?俺からも頼むよ」

「……はあ。分かったわよ。私も相談に手を貸すわ」

 

 

 

 翼の真剣な態度と白銀の説得に押し切られて、鷺宮も相談に応じる事にした。結局、強く頼まれると嫌とは言えない女子が鷺宮である。

 

 

「ありがとうございます」

「良かったな。それで相談とは、具体的に何が起きたんだ?」

「ええ。実はですね。僕、柏木さんと手が繋ぎたいんです。ほら、僕達は付き合って一ヶ月経つんですけど、未だに恋人らしい事が何一つ出来てなくて……。だから、柏木さんと手を繋ぐいい方法はありませんか?」

 

 

 翼の話を聞いて、鷺宮は安請け合いした事を心の底から後悔した。正直、怒鳴って追い返したい衝動に駆られるも白銀の手前、理性を必死に働かせて堪えていた。もしこの場に鷺宮と親しい早坂がいたら、彼女は顔面蒼白になって、逃げだしていただろう。それ程の怒りを鷺宮は抱いていたのだ。

 

 

 そんな鷺宮と裏腹に白銀は笑みを浮かべて対応する。彼はどんな相談が来るのかと不安を感じていたが、割と単純な内容に安堵していた。

 

 

「ははは。何だそんな事で悩んでいたのか。答えは簡単だ。クルーズを借りて夕日を眺めながら手を繋げばいい」

「く、クルーズですか?だけど、操船するのに免許が要りますよね?僕は免許なんて持ってないですよ。何より、クルーズを借りるお金自体ないです」

「白銀くん。それは映画の中の話でしょ。現実でこれを実行するのは無理があるよ」

 

 

 白銀の提案に鷺宮と翼は苦言を呈した。確かにロマンティックな雰囲気であれば、手を繋ぐ事は意図も容易いだろう。しかし、それは現実的に見て学生の翼には不可能な事である。

 

 

「だったらいい方法があるぞ。それはバイトだ!!」

「バイト?それがいい方法なんですか?」

「ああ。俺は何も豪華客船を借りろと言ってる訳ではない。小さい船なら1~2万で借りられる。それに必要な小型船舶免許もサクっと取得できるぞ」

「え?白銀くん、船の免許持ってるの?というより、学生でも取得できるんだね。初めて知ったわよ」

「ああ。普通に取る事が出来るんだよ。期間も3日程度で済むし、費用は10万とかからん」

「10万って結構な大金じゃないですか。僕には工面出来ませんよ」

 

 

 白銀の意外な一面に感心する鷺宮だが、翼は消極的だった。やはり費用が嵩む事が原因だろう。柏木と手を繋ぐ為とはいえ、大金を使うのは翼でなくとも躊躇してしまうのは当然である。それでも白銀は引く事になく、押しの一言を口にする。

 

 

「その心配は無用だ。俺と一緒にバイトしようぜ!!」

「白銀くん。少し落ち着いて。何だか暑苦しいわよ」

「労働はいいぞ。一所懸命、働いた後に飲む水道水はコーラくらい美味いからな」

「いや、そこは普通にコーラ買って飲みなよ。てか、話が脱線してるよ。恋愛相談はどうしたの?」

「あ、ああ。そうだったな」

「…会長が提示する方法も考慮してみます。バイト頑張らないと」

「え?これを考慮するの?君、地味にハードル上げてない?」

 

 

 ボケを素で行う二人に鷺宮はツッコミを入れるが、彼らの暴走は留まる事は無かった。この展開に鷺宮は強いデジャヴを覚えて、些か疲れが混み上げてくるのを感じた

 

 

「でも、会長のシチュエーションを実行する手前。難しい難題が一つあるんです。僕、汗っかきで手汗が凄いんです。ベタベタになった手で柏木さんと手を繋ぐと嫌われそうで怖いんですよ」

「成程。つまり手掌多汗症という訳か」

「多分、そうだと思います」

「確か多汗症の手術は10万前後だと聞いた事がある。その為に必要なのは、やはりバイトだな!!」

「いやいや。何故そうなるのよ。全然関係が無いじゃない。それ以前に君は院長の孫でしょ?その人に頼めば、タダでなくとも安く処置してくれるでしょうよ」

「いえ、それは無理です。僕のお爺さんは厳格な人で、公私混同を一切許さない人ですから。僕もそこを尊敬してるんです」

「へーそう。まあ、それは良い事だと思うわ」

 

 

 時折、話が脱線する白銀に度々ツッコミを入れながら鷺宮は話を進める。これ以上、この会話に付き合いたくない。その気持ちを隠す事は既に放棄した。どう繕っても面倒なのは事実で一刻も早く終わらせたいと強く思っていた。

 

 

「ところでお前がバイトするなら、俺が紹介してもいいぞ。丁度、俺が働いている所で募集をかけているからな」

「本当ですか!! 何もかも面倒を見てくれてありがとうございます」

「はははは。気にするな。それで教習所と船代と手術代で計20万か。時給1000円のバイトを5時間で5000円だから、大体40日働けば大丈夫だ」

「…いつ働くんですか?まさか夏休みって訳じゃないですよね?」

「勿論、夏休みだ。その時期は人手を多く必要とするし、採用されやすい。まあ、俺も同じ場所で働くから心配は無用だ。汗水流して働いた金で柏木と手を繋ぐんだ。きっと、良い思い出になるだろう」

「そ、そうですね。だけど、それだと夏休みの間は柏木さんに会えないですよ。一緒にいる時間が減ると思うんですけど鷺宮さんはどう思います?」

 

 

 白銀の提案に翼は話が妙な方向に進んでいると不安を抱いた。確かに提示された事を達成するのにお金が必要なのは理解している。只、働く期間と日数が問題であった。白銀の言う通りに働く場合、翼は柏木と会う時間は減ってしまう。柏木と手を繋ぐにしては、代償がとても大きいのである。これでは流石に割に合わないと翼は思い、鷺宮に助けを求めた。

 

 

「いいえ。これは必要な事よ。貴方はバイトをするべきよ。そして柏木さんと手を繋ぐの」

「ええ!? 鷺宮さんまで会長と同じ意見なんですか?」

 

 

 頼みの網があっさりと切られ、翼は狼狽する。最早、この場に援護してくれる者はおらず、半ば強制的に始まろうとしているバイト生活を想像して、彼は深く項垂れた。

 

 

 

 しかし、散々ツッコミを入れていた鷺宮が突然白銀に賛成した理由。それはある策略を思い付いたからである。

 

 

(これは思わぬチャンスだわ。もし翼くんがバイトを始めて柏木さんと過ごす時間を減らす事が出来れば、二人は当然疎遠となる。そうなれば、自然と破局するのは間違いない。それで失恋した翼くんに眞妃さんを宛がえば、二人は付き合う事になるわよね。これを利用すれば私は眞妃さんに感謝されるし上手く行けば空気の無い場所に送られる心配もない。よし。決めたわ。私は何としても翼くんにバイトをさせてみせる)

 

 

 無論、この策略には重大な穴がある。仮に鷺宮の思惑通りに事が進んだ場合、その過程の話が翼の口から柏木に伝わる事を鷺宮は失念していた。そうなったら、柏木は鷺宮が翼を奪おうとしていると思うだろう。結局の所、問題を回避しても新たな問題が生まれるだけでこの策略自体は無意味なのである。

 

 

 だが、ある意味で暴走している鷺宮はそれに全く気付いていない。

 

 

「待って下さい!! この問題は私が解決します。そう。このラブ探偵チカと助手のかぐやさんでね」

「な、藤原さん!? それに四宮さんまで…。二人共、そんな格好してどうしたのよ?」

「う、見ないで下さい。これは藤原さんが無理矢理…。私はアホではありませんから」

「いや、同列感が半端ないわよ。して、改めて聞くわ。一体、何の用?」

 

 

 突如、かぐやを伴って現れた藤原。再び探偵姿でおかしな事を宣う彼女に鷺宮は鋭い視線を向ける。以前も自分が立案した策を潰された。その事を思い出して、鷺宮は一抹の不安を感じていたのだ。

 

 

 

「そんなの決まってるじゃないですか。恋の悩みを解決するんです。実は話を外で聴きましたよ。前回だけにあらず、今回も鷺宮さんは妙な方向に話を進めていましたね」

「そんな事は無いわよ。私は白銀くんと相談に乗ってただけよ」

「そうですか?私、てっきり鷺宮さんは柏木さんから彼氏を奪おうとしてると思ってました」

「何?鷺宮はそんな事を考えていたのか?」

「まさか、鷺宮さんも僕の事を‥‥好きなんですか?」

「馬鹿な事を言わないでよ!! 貴方もふざけないで!! 私が他人の恋人を奪ってどうするのよ。そんな昼ドラみたいな事をする訳無いでしょうがぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 

 藤原の爆弾発言、それとおかしな事を言い出した翼に鷺宮は堪らず怒鳴り声を上げた。だが、鷺宮は別段怒りを覚えた訳でない。寧ろ、逆に感謝していたのだ。藤原の発言で自分の策に大きな落とし穴が存在する事を、此処に至って漸く気付いた為である。彼女の横槍が無ければ、どうなっていただろうか?間違いなく修羅場が起きて悲惨な結末になっていただろう。それを想像して鷺宮は胃の痛みを感じていた。

 

 

 

「ごめんなさい。幾ら鷺宮さんが肉食系女子でも、他人の彼氏を奪う真似はしないですよね。さて、気を取り直して聞きます。会長、彼は一体どの様な悩みを抱えているんですか?」

「それはな…」

 

 

 

 藤原の問い掛けに白銀は事情を説明した。最初こそ、楽し気に聞いていた藤原だが詳細を知って、呆れた表情を浮かべる。

 

 

「え?悩みって、手を繋ぎたいという事ですか?そんなの普通に繋いだらいいじゃないですか」

「その過程が大変なんだよ。例えば手汗とかさ」

「はぁ。男子の悩みって随分と小さいんですね。少しがっかりしましたよ」

「つまり悩む必要は無いと言うのか?」

 

 

 人を馬鹿にした藤原の態度に流石の白銀も苛立ちを覚えた。人の価値観は多種多様であるが、否定されると面白くないのも事実である。だが、それに対して藤原は正論をぶつける。

 

 

「勿論ですよ。確かに緊張して手汗を掻いてしまうのも分かります。それでも勇気を出して手を繋いでくれる。その事に女の子は一番グッと来るんですよ。第一、好きだから恋人になったんでしょう?だったら、今さら手汗くらいの欠点なんか気にしないと思いますよ」

「そうですね。藤原さんの言う事にも一理あります。此処は無駄な事を考えず、シンプルに考えるのが良いでしょう」

「じゃあ夏休みのバイトは?」

「全く必要ありません。はっきりと言います。会長の提案は逆に二人を引き裂く事になりますよ」

 

 

 

 ぐうの音も出ない正論に白銀は口を閉ざした。指摘されて冷静に考えると、夏休みのバイトは二人の時間を奪う形になると白銀も己の過ちに気付く。やはり慣れない相談を受けたのが間違いだったと今更ながら後悔していた。

 

 

 藤原の介入で翼の悩みは解決に至る。本来ならば大団円と終わるのだが、己の過ちを指摘された上に二度も妨害された鷺宮は複雑な気持ちであった。邪魔された事に怒りを感じる反面、最悪の未来から救ってくれた感謝もまた感じていたからだ。

 

 

 どうやら鷺宮の苦難はまだ続きそうである。

 

 

【本日の勝敗 バイト仲間を確保に失敗した白銀と陰謀を阻止された挙句に救われた鷺宮の完敗】

 

 

 昼休みの生徒会。この日、珍しく女子三人が集まって談笑を繰り広げていた。

 

 

「それですね。ペスったら、お父様の靴を咥えて逃げちゃったんですよ。あの時は面白かったですね」

「あははは。それは災難だね。まあ、私もコロンに大事な本にフンをされた事があったなぁ」

「ああ~。ペットあるある話ですねぇ。その後、どうなったんですか?」

「勿論、許したわよ。叱ろうと思ったけどさ。あのつぶらな瞳で見られたら許すしかないでしょ」

「分かりますね。ペスも悪さして叱った時、若干潤んだ目で見てくるんですよ。そうなると怒りも消えてしまいます」

「フフ。二人の話はとても面白いですね。いつも聞いていて楽しいですよ」

「…それは私もですよ。私、かぐやさんの笑う姿が大好きなんです」

「そうね。お淑やかに笑う仕草は私も好きだなぁ」

 

 

 二人の会話にかぐやは微笑みを浮かべる。何気ない日常の時間をかぐやは何よりも気に入っていた。そんなかぐやを見て、藤原と鷺宮は素直な気持ちを言葉にした。

 

 

 

「急に何ですか?そんな事を言われると恥ずかしいですよ」

「だって昔のかぐやさん。全然笑う事が無かったじゃないですか~。中等部の時は”氷のかぐや姫”って呼ばれてましたし」

「…そうですね。昔の私は周りに関心を持ってなかったですからね」

「生徒会に入った頃もそうでしたよ。会長と仲が悪くて針のむしろでした」

「あーそんな時期もあったね。あの時はギスギスして空気悪かったわね」

「そ、それは忘れてください。今は違うのですから良いでしょう」

 

 

 過去の事にかぐやは触れて欲しくなかった。当時の自分は確かに人らしさが欠けていたのは紛れもない事実である。しかし、それと同時に思ったのは鷺宮と藤原の存在。思えば、人から倦厭される自分の傍に残ってくれた藤原。そして嫌な部分を知りながら気にせず接してくれる鷺宮。この二人にかぐやは深い感謝の念を抱いている。恥ずかしさもあって、言葉に出来ないものの。もう少し二人と仲良くなりたいとかぐやも思っている。

 

 

「それに私、かぐやさんがゲラゲラ笑う所を見たいんですよ」

「それは私も興味あるなぁ。想像出来ないけど、見れるなら見てみたいよね」

「全く何を言ってるんですか。その様な慎みに欠ける事はしませんよ」

 

 

 

 二人の願望をかぐやは否定した。自分がそんな風に笑う姿を想像できないし、何よりもするつもりもない。

 

 

「えー。そう言ってもかぐやさんだって、ペスの芸を見たら絶対笑いますよ」

「笑いません。犬の芸でゲラゲラ笑う要素が無いでしょう」

「いーえ。絶対笑います!! すっごいんですよ。ペスのちんちん

「…ブフ――――。ゴホ、ゲホゲホ」

「だ、大丈夫?」

「いきなりどうしたんですか?かぐやさん」

 

 

 藤原の発言にかぐやは突然、飲んでいた紅茶を拭き出して咽てしまう。この事に藤原と鷺宮も驚いていた。この時、かぐやは別の事を連想していた。それは下ネタの方のちんちんである。無論、普通に考えれば違う事は見当が付く。しかし、性に関する知識を蓄え始めたかぐやであるが未だ性の知識は小学生レベルに等しい。

 

 

 

「いえ、大丈夫ですよ。確か犬の芸ですよね。そう、鎮座を意味するちんちん。ええ分かっていますよ」

「‥‥そうですか。それでペスはおすわりやお手は上手なんですよ。でも、ちんちんだけは変なんです!! 若干、左に曲がっているんです」

「プッ、それは変わってるわね。地味に気になるわ」

「ブフーーーーー。も、もうこの話はやめにしませんか?」

「え?どうしてよ?四宮さん、今日は変だよ」

 

 

 再び咽たかぐやに二人は動揺する。別段、おかしい事は言ってないのに妙な反応を示すかぐやに鷺宮は違和感を覚えた。これは藤原も同じで彼女は、それをはっきりさせるべくかぐやにカマをかける事にした。

 

 

「かぐやさん。もしかしてペスのちんちんが見たいんですか?」

「……。あーはっはっはっはっは!!! ひーひっひっひっひぃ!!」

「え?何?一体何が起きてるの!?」

 

 

 藤原の発言に突如、狂った様に笑い出すかぐや。これに鷺宮は酷く混乱する。だが、かぐやと付き合いが長い藤原はかぐやに起きている事を把握した。そして…ニンマリと笑って喜びを露わにする。何せ、かぐやがゲラゲラ笑う姿をこうも早く拝めた事が何よりも嬉しかった。

 

 

「かぐやさん。ちーんちん♪」

「ブフ―ーーー。あーはははははははは。おっぶはははははははぁぁぁ。はぁははははは。…もうやめてよ。お願いだからぁ」

 

 

 本来なら友達同士のやり取りと感じる場面であるが、下ネタを連呼する藤原とそれに反応して狂笑するかぐやの姿は異様な光景である。現状で何が起きているのかを理解した鷺宮は冷めた目で二人を見つめていた。

 

(何これ?ちんちんで爆笑する女子高生とか初めて見たわ。第一、ちんちんがそんなに面白いの?小学生じゃあるまいし、呆れて物も言えない。はぁ嫌だなぁ。石上くんじゃないけど、私も生徒会を辞めたくなったわ)

 

 

 未だ騒ぐ二人を余所に鷺宮は頭を抱えて項垂れる。そんな時、白銀が生徒会に姿を見せた。此処でやっと藤原が大人しくなった。流石の藤原も異性の前で下ネタを口にするつもりはない。だが、容易く引き下がる程、彼女も甘くはない。自分で言えないのなら相手に言わせればいい。藤原は攻め手を変えて、かぐやを笑わせようと行動に出た。

 

 

 

「会長~。一つ聞きたいんですけど、路面電車で違う呼び方って何でしたっけ?」

「トラム!! 海外ではそう呼ばれていますよ。藤原さんもまた一つ賢くなりましたね」

 

 

 この質問にかぐやは戦慄した。世の中には異なる呼び方をする物が多く存在する。藤原が尋ねた路面電車の別称は地方で『ちんちん電車』と呼ばれている。悪意の籠った内容に流石のかぐやも怒りを覚えて反撃に応じる事にした。

 

 

 思わぬ攻勢に藤原も眉を寄せる。追い詰められたが故に冷静となったかぐやは強敵である。しかし、負けじと藤原も攻める手を止めない。

 

 

「じゃあ、出世魚の黒鯛が幼魚の時って何て言うんですか?」

「あー何だったかなぁ?確かち「ババタレ!! 関西ではその様に呼ばれています」四宮?どうしたんだいきなり」

 

 答えようとすると、遮る様に言葉を発するかぐやに白銀は訳が分からず困惑する。水面下で繰り広げられる戦いを傍観していた鷺宮は白銀に同情していた。自身も事情を知っているが、それを白銀に伝える度胸は彼女も持ち合わせていない。故に鷺宮が取った手段は何も知らない振りをするという何とも姑息な方法であった。

 

 

 

「…えっとですね。イタリアで乾杯する際に使われる掛け声は何でしたっけ?」

「サルーテ!! 元来は健康という意味ですが、乾杯する時に使うみたいですね」

「なぁ。さっきから何なんだ?今日は二人共、少し変だぞ」

「ぐぬぬぬぬぅぅ!! 考えても何も浮んでこないぃぃ!! もうかぐやさんってば、邪魔しないでくださいよ。私、会長に”ちんちん”出して欲しいのに~。かぐやさんが邪魔するから、会長が”ちんちん”出さないじゃないですかぁ」

「ちょ、藤原さんストップ!! それは直球過ぎるわよ」

「な、何を言ってるんだお前達!? そんなもん此処で出す訳ないだろう。変態だぁ痴女が此処にいるうぅぅぅ」

 

 

 遂に下ネタを口にする藤原を制止しようと鷺宮が動いた時には遅かった。当の白銀は完全に誤解してしまい、あろう事に部屋にいた鷺宮達を変態呼ばわりする始末。何気ない会話から始まったこの出来事は収拾が付かない事態に発展してしまった。

 

 

「会長~。私は違いますからねぇぇぇぇ!!」

「いや、それは私の台詞だよ。どうみても私が一番の被害者じゃないの」

 

 

 弁明の言葉を叫ぶかぐやだが、その叫びは白銀に届かずかぐやはへたり込んでしまう。そんなかぐやに鷺宮は被害を受けたのは自分だとツッコむも彼女の言葉が虚しく響く。

 

 

「かぐやさん。ちんちん」

 

 そんな状況にあっても懲りない藤原は、下ネタをかぐやの耳元で囁いた。此処に至っても反応してしまうかぐやは泣きながら笑っていた。その様に鷺宮は呆れて何も言う気になれず、静かに生徒会室を出て行った。その際、扉の陰で鼻血を出しながら聞き耳を立てる石上に気付いたが、当然ながら鷺宮はスルーした。最早、何も言いたくないし関わりたくもない。これが鷺宮の本音である。

 

 

 

 妙に疲れる昼休みはこうして幕を閉じた。

 

 

【本日の勝敗 かぐやで思う存分楽しんだ藤原の完勝】

 

 

 

「そういえば、そろそろ期末テストですね。皆さん、勉学の方は大丈夫ですか?」

「も、勿論ですよ。抜かりはありません」

「いや、顔を背けて言っても説得力無いって」

 

 

 秀知院では年に五回の定期テストがある。これは生徒達の学力を測る為でなく、授業で学んだ事を覚えているかを見る為でもある。また期末テストの成績結果は掲示板で全生徒に公表される事もあり、上位を目指す生徒達は挙って力を入れている。

 

 

 その中の一人が白銀であった。彼は三回連続で一位を獲得し、学年首位の座を守っている。この成績は白銀にとって最大の生命線なのである。その為、最近はバイトも休み、既に数日に及ぶ徹夜で勉学に励んでいた。

 

 

「試験勉強なんて必要ないぞ。普段から真面目にやっていれば問題は無いからな。試験前にやるのは無駄な事だ。無理をして体調を崩したら本末転倒だぞ。君達もくれぐれも気を付けろよ」

 

 

 嘘である。この男、己の学年首位の座を守るべく他者を蹴落とす事を選んだ。普段であれば、絶対にしない事だが、勉学となれば話は別である。それ故に嘘を吐く事に一切の躊躇いも無い。

 

 

「会長の言う通りですね。テストは本来の自分が持つ学力を見る為です。無理をしても意味がありませんから」

 

 

 嘘である。この女、珍しく本気で期末テストに臨んでいた。かぐやにとって、敗北は屈辱ではない。全力でやり過ぎると周囲は自分を妬み、日常生活に支障を齎す事は中学の時に嫌と言うほど味わっていた。だから普段は半分程度の力しか出さず、敗北も己の処世術としてかぐやは昇華している。しかし、勉学となれば話は変わる。天才と謳われるかぐやが本気で挑んでも敵わない唯一の相手が白銀だった。

 

 

 この事実はかぐやにとって、真の敗北を意味しており、プライドの高い彼女には容認出来る事ではなかった。

 

 

「石上くん。貴方はもう少し頑張りなさい。次も赤点を取ったら進級に響きますよ」

「いえ。僕は大丈夫ですよ。家でしっかりと勉強してますからね。今日も勉強するので帰ります」

 

 

 そう言って生徒会室をあとにする石上の言葉は全て嘘である。この男、つい最近買ったゲームに時間を費やしており、勉強など一切やっていない。試験前でありながらゲームで遊んで赤点を取る。これが石上優の生き様である。

 

 

 

「私はいつも通りにやるよ。テストに全力出すのも面倒だからね」

 

 

 これも嘘である。この女もかぐや同様に本気で臨んでいた。無論、目的は成績の向上という殊勝な考えではなく、学年2位のかぐやを蹴落として憂さ晴らしをする為である。普段から胃痛の原因となっているかぐやに仕返しする機会は期末テスト以外、存在しない。運動でも勝てず、家柄でも勝てない。その自分が微かに勝てる手段が勉学であった。本来は半分の力で挑みながらも彼女は学年順位で十位圏内に入る秀才なのである。故に本気を出せば、かぐやにも勝てる見込みがあると踏んだのだ。

 

 

 

「ふわぁ~。皆さん凄いですね。私は国語が苦手なんですよ。英語も時折、躓いてしまうからテストが嫌なんですよね」

「藤原書記の語学習得は特殊だからな。従来の勉強法では効率が悪いのだろう」

「そうですね。敢えて勉強をしない選択肢もありますよ」

「一理あるわね。身心ともに万全の状態で挑むのが一番よね」

「ああ。分かるよ。俺も試験の三日前から座禅して精神統一するからな」

 

 

 三人はそれぞれの考えを口にするが、これも全て嘘である。白銀とかぐやは藤原の成績を落とす事が目的である。成績自体は平均だが、真面目で学習意欲もある藤原が試験勉強に取り組めば上位に上がってくる可能性が高い。易々と負けるつもりはないが、普段の行動から彼女がダークホースとなる恐れもあると予想して白銀とかぐやは罠を仕掛けた。素直かつ単純な性格に付け入り、一切の勉強をさせないという最低な行為である。また鷺宮の目的は別である。何かと自分の邪魔をする藤原の逆恨みからの発言だった。

 

 

 

「成程。そういう事なら私は勉強を一切やりません」

 

 

 本気(マジ)である。 

 この女、白銀達の言葉を信じて疑っていなかった。その結果、藤原の順位は思惑通りに下がる一方であった。試験はペンを持つ前から始まっている。己の順位を上げるべく、学園では様々な手段を取る者達で溢れていた。出題される問題の嘘を吐いたり、周囲に勉強してると悟らせずに油断させる心理戦。あらゆる手を尽くすのが秀知院学園では当然の事となっている。

 

 

 

 一週間後、期末テストの結果が発表された。掲示板の前では己の順位を知って、歓喜する者や落胆する者に別れていた。その中で大勢の生徒を凌ぎ、見事に一位の座を手にしたのは白銀御行である。あとに続いて二位のかぐや。三位は眞妃と鷺宮の名が並んでいた。

 

 

「はわぁ~。鷺宮さん三位なんて凄いですね。かぐやさんと1点差じゃないですか!!」

「うん。惜しいよね。あと少しで四宮さんに負けたけど、私は満足してるよ」

 

 

 嘘である。この女、悔しさの余り、大声で叫びたい衝動に駆られていた。此処が公の場である為、バレない様に掌に爪を立てて必死に堪えていたのである。藤原が言った様にかぐやとは1点差で敗北していた。しかし、同時に天才の四宮に勝てる可能性がある。それを見出したからこそ、悔しい気持ちを抑える事が出来たのかもしれない。

 

 

 次こそはかぐやに勝って憂さ晴らしをしてやる。不純ながら強い決意を抱いて鷺宮はこの場をあとにした。

 

 

 

 嘘と欺瞞に満ちた期末試験は幕を閉じる。

 

 

 

【本日の勝敗 順位で負けたけど、かぐやに勝てる可能性を見出した鷺宮の勝利】




今回のお話、いかがだったでしょうか?


自分が下ネタ全開の話をアニメで見ました。
当然ながら漫画と違って声がある分、終始笑いっぱなしで大変でした(笑)


来月には2期も始まるので自分も楽しみだし、原作でも面白い展開になっているのでこちらも気になっています。

最後に宜しければ、感想と評価をお願いします。
それでは次回もお楽しみに



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第8話 生徒会は嫌われたくない/鷺宮は教えたい2/鷺宮は入りたい

最新話、お待たせしました。

今回は長めとなってます。


 この日 白銀は生徒会の備品チェックをしていた。

 生徒会で使用する食器の破損や汚れの有無、活動記録を纏めたファイルの記載漏れや調度品の状態を調べる重要な仕事の一つである。念入りに調べていく中、白銀は本棚に置かれた雑誌に気付いた。

 

 

「ん?これはあの時の雑誌じゃないか。まだ処分せずに置いていたのか」

 

 

 本棚の隅で見つけた物。それは騒動の引き金となった雑誌だった。

 

 

(以前はこれの所為で面倒な事になったんだよな。てっきり鷺宮か四宮が処分したと思っていたが…。ん?これは袋とじか。恋のマニュアル 異性をオトしたい方必見の教科書ね。処分するつもりだし、読んでみよう)

 

 

 袋とじの内容が気になり、白銀は好奇心に負けて中身を読む事にした。

 

 

 

 

 翌日 生徒会に顔を見せたかぐやは先に来ていた鷺宮と石上に挨拶をした

 

 

「おはようございます。今日は良い天気ですね」

「おはよう四宮さん。確かに雲一つない晴天だし、気持ちがいいわね」

「分かります。晴れた日が心なしか気分が爽快になるんですよね」

 

 

 かぐやの言葉に石上と鷺宮も頷いた。晴れた青空は見てるだけで清々しい気持ちになる。それは誰もが感じる事である。他愛ない話で盛り上がる中、白銀が生徒会に顔を出した。それに気付いて三人はそれぞれ挨拶をする。

 

 

「おはよう白銀くん」

「おはようございます」

「ああ。おはよう二人共。今日は早いんだな」

「会長おはようございます」

「ああ、四宮もいたのか。気付かなかったぞ」

 

 

 二人に続いて、かぐやも白銀に挨拶をするが…当の白銀はそっけない返事を返した。このやり取りに鷺宮は違和感を感じて眉を顰める。明らかに白銀の様子がおかしい。普段の白銀ならば、かぐやに冷たい態度を取る筈がないのだ。無論、それはかぐやも分かっているだろうが、当の本人は笑みを浮かべて気にした様子は微塵も感じない。もやもやした感情を抱くも本人が何も言わない以上、自分が口を挟む必要はない。そう判断して鷺宮は状況を見守る事にした。

 

 

 

(会長は私を無視するとは…やはりあれの影響ですね。案の定、棚に置いていた本が無くなっている。大方、例の袋とじを見たのでしょうね。ふふふ。これで作戦の第一段階は成功。あとは如何に会長の隙を突くかですね)

 

 

 白銀の急な変化。これはいつも通りのかぐやに手に寄る仕込みである。昨日、白銀が備品チェックをする事をかぐやは知っていた。故に目立つ場所に件の本を置く事で白銀の目に入る様に仕向けたのである。本来ならば、恋の教科書という曖昧な話を信じる者はいない。しかし、袋とじの内容は意外と気になる人が多いのも周知の事実。それに加えて『教科書』という単語がマニュアル主義の白銀を刺激する事もかぐやの予想通りであった。

 

 

 当然かぐやは例の本をもう一冊拵えていた。袋とじに書かれている相手に冷たくするという内容は把握している為、白銀の言動に動揺する事はない。ある程度、茶番に付き合った後でかぐやは作戦の最終段階に移行する。件の袋とじの事を白銀に明かし、マニュアルを実践した白銀に自分に好意を抱いていると追い詰める。こうなれば、最早こちらの勝利は間違いない。そうとは知らない白銀は次なる行動に出た。

 

 

「二人共、ガムいるか?」

「あ、いただきます。ありがとうございます」

「私も貰うわ。ありがと白銀くん」

 

 

(ああ。これは私だけガムをくれないパターンですね。地味ですが、疎外感を与える分、意外と傷付く奴ですよ。会長は酷い人ですね)

 

 

「それと四宮、お前にもやるよ」

「え?ああ、どうもありがとうございます」

 

 

 しかし、かぐやの想像とは違って白銀はかぐやにもガムをくれた。この行動にかぐやは困惑する。もしや、自分の作戦がバレたのか?そう思ったが、渡されたガムを見て、ある事に気付く。先程、白銀が鷺宮と石上に渡したガムは新発売のストロベリー味であるが、かぐやに渡したガムは従来のブラックガムであった。しかも単価も二人のガムに比べて安いものだった。この微妙な意地悪にかぐやは愕然とする。

 

 

(四宮に意識させる為とはいえ、俺はなんて酷い事をしているんだろう。心なしか四宮の俺を見る目がいつもより悲しく見える。これで本当に異性をオトす事が出来るのか?寧ろ、逆効果に思えてならない)

 

 

 

 此度の作戦に置ける誤算。それは白銀の性格を計算に入れてなかった事である。元より利己の為に人を傷付ける行為を嫌う白銀は無意味に冷たくする事に酷く心を痛めていた。それもあり、中途半端な行動しか出来ないでいたのだ。

 

 

「そうだ。いつも頑張ってくれる皆の為に俺が珈琲を淹れてやろう」

 

 

 それでも白銀は相手に冷たくする行動を続ける。珈琲は人数分、淹れたものの。鷺宮と石上にはミルク、砂糖、スプーンを添えているが、かぐやの珈琲はそれが無かった。またしても微妙な行為にかぐやはヤキモキする。これでは自分の作戦がいつまで経っても進行しない。この事に些か焦りを覚えた。

 

 

 一見、周囲に悟られないと思われる白銀の行動に鷺宮だけでなく、石上も気付いていた。何故、こんな事をしているのか?それが気になった石上は小声で尋ねてみた。

 

 

「会長。さっきからどうして四宮先輩に意地悪してるんですか?もしかして、喧嘩でもしたんです?」

「…気付いていたのか。別に喧嘩とかはしていない。だが、それでも四宮に意地悪をしないといけないんだ。理由は言えないけど、そっとしてくれると助かる」

 

 

 それだけ言うと白銀は会話を終わらせる。纏う雰囲気からして、口を割る事は無いだろう。此処は彼の言う様に大人しくするべきか?と石上は悩んでいた。

 

 

(詳しい事情は分からないけど、優しい会長の事だ。きっと、何か深い訳があるんだろうなぁ。会長には恩があるし、此処は僕も協力しよう。僕がやるべき事…。それは鷺宮先輩に冷たくする事。これならば、会長は周りから非難される事はない。そうと決まれば早速やろう)

 

 

「鷺宮せんぱーい。僕、喉が渇いたので何か冷たい飲み物を用意して下さいよぉ」

 

 

 会長に非難の目が集中しない様、石上は鷺宮に冷たくするという謎の結論に至った。こうと決めた人間の行動は早い。石上は正面に座る鷺宮を見据え、不遜な態度を取る。本来の石上ならこんな発言は絶対にしない。白銀とは別に自分の事を気に掛けてくれる鷺宮に対しても、石上は恩義を感じている。それでも白銀の為に例え、自分が嫌われても尽力する。無駄な所で男らしさを発揮していた。

 

 

「そうなの?まあ、いいわ。今淹れてくるわね」

「すんませんねぇ~ 感謝してますよ鷺宮せんぱーい」

 

 

 不躾な態度に怒鳴られる。あるいはビンタも覚悟していたが、予想は外れて鷺宮は快く石上の要求を素直に受け入れた。この事に石上は何故怒らないのだろう?と不安を覚える。仮に自分が先程の態度で物を頼まれたら確実に怒るからだ。誰だって、後輩から舐めた態度を取られたら怒るのが当然である。

 

 

(あの陰険なロン毛のガキ。誰に向かって物を言ってるのよ。先輩に向かって飲み物を淹れろだぁ?確かに人と接しろと言ったけど、舐めた態度を取れと言った覚えはないわ。少し思い知らせてやろうかな。本当なら徹底的に教育したい所だけど、やり過ぎてまた不登校になったら本末転倒だし、控えめにやりましょ)

 

 

 そして石上の不安は的中する。一見、穏やかに対応した鷺宮であったが、やはり怒りを抱いていた。内心では石上への不満をぶちまけ、舐めた態度を取った石上への仕返しを目論んでいた。

 

 

「はい石上くん。お待ちかねのアイスティーを淹れて来たわよ。たんと召し上がれ」

「ど、どうもありがとうございます」

 

 

 鷺宮が淹れたアイスティーを見て、石上は驚愕する。何と中身はこれでもかと思う程、ガムシロップが注がれていたのだ。表面に浮かぶ様から、確実に5個は入っている。確かに要望通り冷たい物であり、喉は潤うだろう。だが、同時に想像を絶する甘さで喉が渇くというオチが待っている。これは間違いなく、鷺宮の仕返しであると石上は悟った。

 

 

「どうしたの?早く飲みなさいよ。喉が渇いているんでしょ?今日は蒸し暑いものね。冷たく甘い飲み物が欲しくなるのは仕方ないよね」

「…いただきます。うっ……。うぐぐ」

「何?石上くんったら、涙が出るくらい美味しかったの?折角だし、おかわりを淹れてあげようか?」

「い、いえ。もう十分です。あ、自分……。ちょっとお手洗いに行ってきます」

 

 

 人が飲む物でない事を知りながら、飲む事を催促する鷺宮に石上は逆らう事なく激甘アイスティーを口にする。案の定、口内に広がる甘さに咽ながらも石上は堪えて飲み干した。もう絶対に舐めた態度を鷺宮に取らないと猛省した事は言うまでもない。その後、トイレに行く振りをして石上は部屋を出て行く。一刻も早く水を飲んで口に残る甘さを消し去りたい。今の石上を突き動かすのはこの欲求だけである。

 

 

 慌てて立ち去る石上を鷺宮は薄ら笑いを浮かべて見ていた。仕返しが成功して、溜飲が下がる喜びに浸っていた。これに見兼ねて白銀は鷺宮に歩み寄ると注意する為、口を開いた。

 

 

「おい鷺宮。石上の態度に腹を立てる気持ちは分かるが、先程の行為は流石にやり過ぎだぞ。俺はそういう虐めみたいな行為は嫌いだ。今後、気を付ける様にしてくれ」

「……御免なさい。白銀くんの言う通りね。私が大人気なかった。今から石上くんに謝ってくるわね」

 

 

 白銀の言葉は鷺宮の頭を冷やさせるには十分な効力を持っていた。冷静になれば、先程の行動は虐めと言っても過言ではない。生意気な態度を取ったからといって、鷺宮の仕返しは度を過ぎていたと本人も反省していた。己の非を認めた鷺宮は石上に謝る為、生徒会室を出て行った。

 

 

 また白銀の嫌いという言葉にかぐやは大きな衝撃を受けていた。無論、これは鷺宮の行動に対しての言葉であり、鷺宮本人やかぐやに向けた言葉でない。しかし、白銀に冷たい態度を取られる計画。これの影響で嫌いという言葉に些か敏感になっていた。冷たい態度が必ずしも嫌いに精通する訳ではないが、かぐやの脳裏では冷たい態度=嫌いという方程式に至っていた為、精神のダメージは大きかった。

 

 

(私、会長に嫌われているのかもしれない。思えば、私も石上君に冷たい態度を取ったり、きつい言葉をぶつけてるものね。私が知らないだけで、この事は会長にも知られている可能性もある。先程の言葉も実は遠回しな私への忠告でしょうね。あら?おかしいですね。体に力が入りません。それに何か胸が苦しいです。ああ、そう思うのは嫌われる事に心当たりがあるからですね。性格が悪い上に歪んでるし、それを会長も見透かしてのことでしょう。私これからどうしたらいいのか分からない)

 

 

 先に言った様にこれは只の杞憂である。だが、人はこうと思い込んだらとことんまで落ち込む傾向がある。かぐやも例に及ばず、負の悪循環に陥っていた。

 

 

 それは白銀も同様であった。彼は注意の一環とはいえ、鷺宮に嫌いと言った事を悔やんでいた。その程度で人間関係が壊れる事は無いのだが、変に深く考えてしまう所がかぐやと白銀の悪い一面である。

 

 そして白銀はもう限界だと、最後のステップに踏み入った。仕上げは冷たくした分、優しくする事。要は飴と鞭の単純な法則である。

 

 

 

「そうだ。四宮、先程のガムだが…渡す物を間違えていた。ほら、改めてやろう。それと珈琲にもスプーンとミルクとシロップも忘れていたな。これで良しと。さあ、これを飲んだら仕事をするとしよう」

 

 

 普段と同じ様に白銀はかぐやに接した。恋のマニュアルに従って、実行してみたがやはり慣れない事はするものではない。いつもの白銀に戻った事を悟り、かぐやはホッと胸を撫で下ろした。彼女もまた慣れない事に戸惑っていたのだ。この後、謝罪して和解した鷺宮と石上、部活を終えて合流した藤原。いつものメンバーで変わらぬ日常を過ごした。

 

 

 

【本日の勝敗 目的を忘れたかぐや及び自分の行為を指摘されて反省を促された鷺宮の負け】

 

 

 

 

「校歌斉唱!!」

 

 

 かぐやの号令で体育館にいる全生徒は歌い始めた。近年、校歌斉唱の文化を行う学校は減少の一途を辿る中、秀知院では週始めの朝礼で行われている。それに加えて小等部から高等部まで校歌は共通の為、秀知院に通っている生徒のほとんどが校歌を歌う事が出来る。

 

 

 大声を出して歌う事で歌詞に籠められた想いを心で感じる。そんな大事な文化に手を抜く不届き者の存在に藤原が気付いた。驚く事にその人物は生徒会長の白銀である。全生徒の模範である白銀はあろう事に校歌を口パクで歌っていたのだ。この行為を当然、藤原は見逃す事が出来ず。朝礼が終わるや白銀を体育館の裏に連れ出して問い詰める事にした。

 

 

「会長の馬鹿!! 自分が一体何をやってるのか分かってるんですか? 会長ともあろう人が校歌を口パクするなんて前代未聞ですよ。さあ、弁明があるなら言って下さい。言っておきますけど、私は怒ってますからね。くだらない理由だったら、絶対に許しませんよ」

「あ、こんな所にいた。白銀くん。今日、校歌を口パクしてたでしょ?流石にあれは駄目だと思うよ」

 

 

 怒り心頭に藤原が追及する途中、白銀を探していた鷺宮が姿を見せた。鷺宮の口から出た言葉から彼女も白銀の問題行動を問い詰める為と分かる。後門の虎に前門の虎。こうなっては下手な言い訳は通用しない。白銀は素直に白状する事にした。

 

 

「……実は俺は少し音痴なんだよ。校歌の歌詞はしっかり覚えているし、別に歌いたくない訳じゃないぞ」

「え?それが口パクの理由なの?只の言い訳にしか聞こえないわよ」

「面子の問題だよ。他の生徒が上手に歌う中、俺だけ音痴だったら示しがつかないだろう。生徒会長が音痴とかありえないだろうに」

 

 

 白銀が告げた理由をばっさりと鷺宮は斬り捨てた。風邪で喉が痛い。声帯が弱く大声を出すと声が枯れる等の理由であれば、鷺宮も引き下がった事だろう。しかし、実態は歌が下手だから口パクをしたという白銀に鷺宮は内心、軽蔑していた。鷺宮の心境は向けられる視線で白銀も察していた。だが、この手のジレンマは他者には理解されないのが現実である。仮に自分も歌が下手なので口パクしましたと言われたら、鷺宮と同じ気持ちを抱いていただろう。それも理解出来る故、白銀は何と弁明すればいいのか。頭を悩ませる。

 

 

 一方、藤原は無言で白銀を見つめていた。先程までの怒りは既になく、今の藤原にあるのは言い様の無い不安だけである。以前、白銀が苦手としていた事を知った藤原は、苦手な事を克服する特訓に協力した事があった。その時は軽い気持ちで請け負ったが、蓋を開けば凄まじい苦労を強いられたのは藤原の脳裏に苦い記憶として刻まれている。しかし、今回の分野は藤原の得意な音楽であり、それに加えて白銀が言うには音痴の度合いは少しだけ。これなら何とかなるのでは?と藤原は思い始めていた。

 

 

「会長、改めて聞きますよ。音痴なのは少しだけなんですよね?」

「ああ。もしかして克服するのに協力してくれるのか?」

「ええ。流石にこれ以上、口パクをしていたら何れはバレてしまいますよ。そうなったら、結局は会長の面目は丸潰れですからね」

「本当か?それは助かる」

 

 

 念のため、藤原は音痴の度合いが本当なのかを白銀に問い掛ける。仮に本当の事ならば、答えは一つ。白銀が二度と口パクをしない様に歌の特訓に協力するつもりだった。この流れに鷺宮は嫌な予感をひしひしと感じていた。白銀の特訓で苦労したのは鷺宮も同様である。藤原の提案に白銀が食い付いた先の展開は間違いなく自分にも協力する様に頼んでくる筈だ。そんな厄介事は絶対に避けたい。そう思った鷺宮が立ち去ろうとした時。

 

 

「それと今回も鷺宮さんに協力してもらいますよ。三人揃えば、音痴の克服なんてあっという間ですよ」

「…私もやるの?今回の事は藤原さんが一番じゃない?だって、音楽の知識もあるんだし、知識がない私がいても役に立たないわよ」

「そんな事はありませんよ。いてくれるだけで良いんです。ほら、三本矢の話は鷺宮さんも知っているでしょう?三人揃えば、どんな困難も乗り越える事も出来ます。それに私は音楽に知識がある分、厳しい指導になりそうですし、そんな時に私を止めてくれる人も必要なのではと思うんです」

 

 

 藤原の言葉に嘘は無い。人は誰しも自身が得意とする分野に関しては、厳しくなりがちである。それは上手くなった時の喜びと達成感を人と分かち合いたい。その想いからであるが、教え手が抱く気持ちが相手に伝わるとは限らない。だからこそ、鷺宮の助けを藤原は求めたのだ。知識が無いから指導に熱くなる事もなく、白銀に接する事が出来るだろう。いざとなれば、暴走した自分のストッパーにもなってくれると期待していたから。

 

 

 

 これに鷺宮は困惑した。当初、自分は関係ないから巻き込むなと突っぱねようとした。だけど、真摯な瞳で思いの丈を吐き出した藤原。己の短所を論えて助けを求める姿に鷺宮は断ると言えなくなっていた。無論、これは藤原の謀略である。最近の付き合いで鷺宮の性格を把握していた。何だかんだで真面目な彼女は正面切っての頼み事は断れない人であるのも周知の事だった。

 

 

「うーん。そういう事なら良いよ。今日の放課後からやるの?」

「はい!! そのつもりですよ。あとは朝ですね。前と同じ感じで特訓です」

「分かった。じゃあ、放課後に特訓を開始するのね」

「二人共。今回も宜しく頼む」

「いいえ~ 音楽を楽しむ事を会長にも分かって欲しいですからね」

「頼まれた以上、私も出来る事はするわよ」

 

 

 

 真っ直ぐな気持ちをぶつける藤原に鷺宮は押し切られて、白銀の特訓に手を貸す事を承諾した。しかし、これが悪夢の始まりだとは鷺宮達は知らなかった。

 

 

 

「それじゃあ、まずは歌ってみてください。それで悪い所を見ますので」

「分かった」

 

 

 放課後、三人は音楽室に訪れていた。藤原は手始めに白銀に校歌を歌う様に指示を出す。どの程度、音痴なのかを確かめる為である。それによって、練習のメニューを決めようと思っていた。何気なく言ったこの言葉を藤原は心底悔やみ、己の甘さを呪う事となった。

 

 

「あ、あ、あああああああああぁぁぁ!! 会長の嘘吐き。よくも私を騙してくれましたね。何処が少しだけなんですかぁ!! とてつもなく音痴じゃないですか~」

 

 

 白銀の歌は全ての音程が外れており、もはや歌というより不協和音である。これには傍で聴いていた鷺宮も茫然としていた。鷺宮もまさか此処まで白銀の歌が音痴だとは想像していなかった。

 

 

「そこまで言う事はないだろう」

「じゃあ、これを聴いてください。さっきの歌を録音したものです」

「どれどれ。……嘘だぁ。こんなゴミみたいな歌声が俺の声だとぉ!? 何かの間違いだろ」

 

 藤原の指摘を大袈裟と思った白銀だったが、録音された自身の歌声を聴いて戦慄した。確かにこれは歌と呼べるものではない。元来、人は自分の声を聴く事は出来ない。それは骨導音により、大きく異なる声と自身が認識している為である。故に…白銀は自分の歌声を初めて聴く事になるのだ。

 

 

「どうみても会長の声ですよ。現実と受け止めてください」

「だねぇ。私も藤原さんに同感だよ。まずは歌の練習より、音程を治す方が良いんじゃないの?ほら、基本を何とかすれば音痴は改勢されると思うよ」

「そうですね。鷺宮さんの言う通りかもしれません。会長。まずはソの音程から練習しましょう」

 

 

 鷺宮の助言もあり、練習の方針が決まった。それに従って白銀は音程の練習を始めるが、此処でも白銀は音痴を発揮した。ソの音を出そうとすれば、彼はレの音も同時に出す始末。これに藤原は頭を抱えて項垂れ、鷺宮は何も言わずに傍観を貫いていた。

 

 

 

「いいですか?ソの音はこれでレがこれですよ。全然違うでしょう。とりあえず、私がソの音を出しますので会長も真似して同じ音を出してください」

「ああ。俺は藤原書記の真似をすれば良いんだな」

「はい。それではいきますよ」

 

 

 白銀は藤原の指示通り、彼女の真似をして音を出す。その最中は会話出来ない為、意思疎通のやり取りは黒板の筆談を通して行われた。この工程を何度か繰り返し、やがて白銀も音を出す事に自信を付けて行く。

 

 

「大分、上手く音が出せてますね。思ったより上達が早いですよ」

「……そうか。感謝するぞ藤原書記。今ならしっかりと歌えそうだ」

「じゃあ、もう一度校歌を歌ってみましょう」

 

 

 思いの他、早い上達を見せる白銀に安堵した藤原は再び校歌を歌う様に促した。だが、音の出し方と歌う事は別物。結果として歌の方は余り上達はしていなかったのだ。演奏を行う藤原は耐えるしかなく、先程と同じく傍観していた鷺宮は耳を塞いで難を逃れていた。

 

 

「今のはどうだった?俺はしっかりと歌えていたか?」

「いえ、吐きそうでしたよ。以前がなまこの内臓を耳に入れるレベルだとしたら、今のは音を生半可に拾っている分、何処ぞのガキ大将といった所ですね。どちらにしても最悪ですよ」

「容赦ないな。…俺はやはり口パクでいいよ。昔、小学生の時は教師から無理しなくていいと言われた。そして中学の時はクラスの皆から本番は口パクで頼むと言われた事もあった。俺が歌うと周りに迷惑をかけるからな。本音は歌いたいが諦めるよ」

「どうして先にそれを言わないんですか。大丈夫。私が会長を歌える様にしますからね」

「うん。次からは私も練習に参加するよ。三人で頑張ろうよ」

「…いいのか?俺の歌声は最悪なんだろう?」

「心配はいりません。ママ達に任せて」

「その母性の出され方には抵抗を感じるな」

「てか、何で私も白銀くんの母にされてるのさ。産んだ覚えはないって」

 

 

 

 

 白銀が漏らした本音に藤原も鷺宮もある決心をした。二人は白銀に歩みより、手を取り今度は自分達の想いを告げる。それからはバラバラだった三人の足並みは揃い、藤原の指導による練習がみっちりと行われ時間が過ぎていった。

 

 

 そして次の朝礼。白銀達にとって、運命の日が訪れた。

 

 

「校歌斉唱!!」

 

 

 いつもと変わらず、かぐやの号令で全生徒は校歌を歌い始めた。その中には白銀も混ざっており、彼は大きな声で歌っている姿は藤原の目に映る。そして思い出すのは厳しい特訓の日々。僅か一週間の出来事だが、藤原には濃厚な一週間だった。それは鷺宮も同じで歌う度に三人で頑張った記憶が脳裏を過り、次第に鷺宮は感極まって涙を流していた。藤原に至っては崩れて号泣する始末である。

 

 

 この事に一時、場は騒然としたが無事に朝会は終わりを迎えた。無論、これを追及するべくかぐやは藤原に声を掛けようとしたが、以前の事を思い出してスルーを決め込んだ。今回も下手に触れるなと危険を感じたからである。

 

 

 かくして白銀の歌声レッスンは幕を閉じた。

 

 

【本日の勝敗 苦難を乗り越えて再び弱点を克服した白銀&藤原&鷺宮の勝利】

 

 

 

 

 部活。それは生徒達が様々な分野において精を出している活動である。サッカーや野球、バスケや陸上といった物から囲碁や弓道、敷いてはテーブルゲーム等の多種多様な部活動が存在していた。多くの生徒が熱中し、興味半分で行う部活もあれば中には全国大会に出場に至る成績を残す部活もある。

 

 

 だが、例外も当然ながら存在している。部活に対して興味を持たない者は部活に所属する事はない。そういった者達を世間は帰宅部と呼んでいる。そして帰宅部に属する者達は生徒会にも存在していた。それは白銀、石上、鷺宮の三人である。無論、必ずしも部活に所属しないと駄目というルールは無い為、そこは個人の自由となっている。

 

 

 

 その一人である石上が唐突に口を開いた。

 

 

「前から思っていたんですけど、部活ってチョーくだらないですよね」

「いきなりどうしたの?別段、私はそう感じた事は無いわね」

「ああ。それに部活は大事だぞ。何かに打ち込む事で身心共に人は成長するからな」

「いえ、部活の大事さは僕も理解してますよ。部活が無かったら、若者達は暇と力を持て余して非行に走るし、その結果…犯罪に身を染めたり、妊娠したりで散々な結末になりますからね」

「それは飛躍しすぎよ。そうなるのは一部だけで全部の若者がそうならないと思うわ」

「俺も鷺宮庶務に同感だ。まあ、石上会計が言う様にそういう側面はあるけどな」

 

 

 

 この言葉に鷺宮と白銀は眉を顰めた。確かに若者が非行に走らない様、部活が存在しているのは知っている。しかし、この手の話は気分が悪いと感じたのか、鷺宮は厳しい言葉を石上に向けた。白銀も鷺宮と同じ気持ちだったが、そこは生徒会長。役員同士が争わない様、二人の意見に賛同しつつも中立を保っていた。

 

 

 こう述べた石上だが、別に部活を否定している訳でない。彼が不満に思うのは部活動カーストに対しての事である。それらは何処の学園にも存在しており、今となっては珍しい事ではない。石上自身、数多の好成績を残す体育会系がヒエラルキーの頂点に位置する。これに不満はない。ならば、何に不満を抱いているのか。それは中途半端な部員に向けられている。

 

 

「…本気でやる分には良いんですよ。大会とかに出場して、優勝したり好成績を出してる人は素直に凄いと思います。だけど、その大半は中途半端な奴らが多いでしょう?ほら、『俺達はマジでやってるぜ!!』って顔してる奴らがうすら寒いというか。楽しんでねえで血反吐、吐きながら必死でやれと思うんですよ。あ~。そういう奴ら、マジでこの世から消えてくれねえかなぁ」

 

 

 初めは淡々と語る石上だったが、次第に熱が入り最後は呪詛を吐く始末。どうやら、日頃溜まってる鬱憤が爆発した様である。このままでは、聞くに堪えない愚痴を聞く羽目になると予想した白銀は何とか、石上を落ち着かせようと試みた。

 

 

「まあ、石上会計の言いたい事は分かった。だが、今はそれを抑えて生徒会の仕事に集中してくれないか?ほら、この予算案についてだがな。石上会計の意見を聞かせてくれ」

「僕の意見ですか?…そうですね。確かに見ると無駄が多いですね。此処はサッカー部の予算を削るのが良いかと思います」

「ふむ。してその理由は何だ?」

 

 

 白銀の試みは成功し、落ち着いた石上は予算表を目を通して意見を述べた。普段、彼は親の経理にも触れているらしく、一目で予算表の無駄を指摘してきた。それに対して理由を尋ねる白銀に石上が答える。

 

 

「ああ。あそこ、彼女持ちが大勢いるんですよ。同様の理由でバスケ部と野球部の予算も大幅に削りましょう。そうですね。一カップルに付き、5万が妥当な所です」

「何処がだ!! 不当な重加税じゃないか。そんな理由で削りましたと言って、相手が納得する訳ないだろう」

「そうよ。削るなら全部員が大会や試合で好成績を挙げていない為。これにしときなさい。それなら10万でもいいわ」

「指摘する所はそこ!? てか、削る予算が増やしてどうする!! 部活連に報告するのは俺なんだぞ!! 明らかに俺だけが損する役回りだろう」

 

 

 石上の不当な理由に寄る予算減額。それに反体する白銀を余所に鷺宮は石上を弁護した。その事に白銀は驚愕する。まさか、思わぬ所から流れ弾が飛んでくるとは思っても見なかった。しかし、白銀の抗議など、何処吹く風で石上は反論の言葉を口にする。

 

 

「幸福こそ、一番の課税対象じゃないですか。要するに幸せ税ですよ」

「おいおい。本気か?如何なる暴君だって、そこに税を課した事はないぞ。只の私怨じゃないか」

「……私怨ですよ。それが何か悪いんですか?」

「悪いわ!! 結構な悪だよ。鷺宮も何とか言ってくれ」

 

 

 よもや開き直った石上に白銀は押されていた。どんな正論で攻めようにも石上の屁理屈に勝てない。心の中にそんな気持ちが生まれていた。これでは拙いと思った白銀は鷺宮に助けを求めた。先程は石上を弁護した彼女だが、今なら自分に力を貸してくれると信じての事だった。

 

 

「そうね。私は石上くんを応援するわ。敢えて悪の道に進む事は簡単では無いもの」

「鷺宮先輩ならそう言ってくれると思ってました。…この間、廊下で見たんですけどね。彼女がいるのに硬派気取っている奴がムカつくんですよ。折角、彼女がいるのに何で部活を選ぶんだよぉ~。彼女がいるならデートに行けよぉぉぉぉっ!! 僕には何も無いのに…」

 

 

 会話の最中、号泣しだした石上に白銀は言葉を失う。確かに彼の言う事も納得出来る部分はあるし、何よりもこれ以上、石上を刺激するのは得策ではない。そう判断したからである。しかし、解せないのは鷺宮の言動だ。彼女も自分と同じく中立の立場と思っていただけに、石上に賛同する理由も気になっていた。触れないでおくべきか悩んだ挙句、白銀は問い掛ける事にした。

 

 

「それと鷺宮は何があったんだ?今日はやけに石上の肩を持つけど、その理由を教えてくれないか」

「ああ。実は…」

 

 

 鷺宮が語る話は遡る事、二日前の放課後に起きた事である。

 

 

『ねえ鷺宮さん。今からかぐや様の練習を見に行かない?今日、弓道部に顔を出すとかぐや様のクラスメイトが話してたの」

『うーん。私は遠慮しておく。今日は生徒会の活動も無いし、家でのんびりしたいからね』

『そうなんだ。分かった。それじゃあ、また明日ね』

 

 

 女子生徒の誘いを断ると、件の生徒は残念そうな顔で教室を去って行った。そして帰り支度を済ませ、教室を出た直後、先程の女子生徒らしき声が廊下から聞こえてきた。

 

 

『鷺宮さんも誘ったけど、残念ながら断られたよ』

『良いんじゃない?あの人、いつもあんな感じだもん。気にする必要ないわよ』

『そうそう。普段からかぐや様と一緒にいるからね。それに帰宅部だし、夢中になる物が無いんでしょ』

『あはははは。案外そうかもね~。あ、そろそろ行きましょうよ。折角の雄姿を見逃したら大変よ』

 

 

 そう言って、女子達は弓道部へ向かっていった。陰で聞いていた陰口に鷺宮は内心、穏やかなでなかったが関わるのも馬鹿らしいとその場を後にした。

 

 

 

「…後々、分かった事だけどね。その人達も彼氏がいる様なのよ。しかもサッカー部に所属のね」

「鷺宮先輩も嫌な思いしてるんですね」

「…そうだったのか。だったら、尚の事。予算減額という仕返しは駄目だろう。どうせなら、部活に入って見返してみたらどうだ?自分はこんな感じで充実してると見せれば、次第にそんな事を言う人達もいなくなるだろう」

「そうね。確かにそっちの方が健全だよね」

「だけど、生徒会と両立出来ますかね?いざやるにしても結構、大変そうですよ」

 

 

 鷺宮の話を聞いて、何故彼女が予算減額に賛同する訳を白銀は知った。だが、生徒会がそれをやっては全生徒に示しが付かない。ならばこそ、この悔しさは部活を始めて見返す事を二人に提示した。二人もこれに反論せず受け入れた。口では何だかんだと言いながらも、心の内では間違っていると分かっていた為である。

 

 

「大変ではあるが、その時は要望に沿って予定を組むから心配はいらんぞ。何より、藤原書記や四宮もそうして活動しているからな」

「そういえば、四宮先輩と藤原先輩は何の部活をしているんですか?」

「確か、藤原書記はテーブルゲーム部だな。本人は部活と言っているが、部員が少ないから同好会の扱いだよ。それで四宮は弓道部と言っていたな」

 

 

 石上の問いに白銀が答えると、何を思ったのか。石上は笑みを浮かべていた。そして彼が口を開いた瞬間、生徒会室の扉が開く。

 

 

「へえ。それはお似合いの部活ですね。ほら、弓道は弦を引くと胸に当たるじゃないですか。故に弓道をやる時は胸当てが必須なんですよ。でも、四宮先輩なら胸が絶壁だから、その心配は無いでしょう。何せ、スカスカでバストとウエストが均等になってますからね」

「そ、そう。それは知らなかったわね」

「あ、ああ。俺も勉強になったよ」

「でしょう?それにサラシを巻いてどうにかなるのは、Dカップまでらしいですよ。藤原先輩はそれ以上ですから、きっとビシバシ当たってブルンブルン揺らすでしょうね。あの人は大山みたいな胸ですからね」

 

 

(もうやめて石上くん。後ろで修羅と化した二人が睨んでるわよ。お願いだから刺激しないで)

 

「石上くん。何か面白い事を言ってますね~。私の胸が何ですって」

「っ!? 藤原先輩?あ、あの…今のはですね」

 

 

 此処で石上は漸く背後にいる人物に気が付いた。しかし、気付いた所であとの祭りである。藤原は何処からともなく取り出したハリセンを構えるや、それで石上の頭を何度も叩き付けた。暫く無我夢中で叩いた後、満足した藤原はその手を止めた。

 

 

 だが、石上の受難はこれで終わらない。そう。此処には藤原以上に怒りを抱く鬼がもう一人いたのだ。

 

 

「藤原さんは優しいですね。だから、それで許したのでしょう。だけど、藤原さん以外は絶対に許さないでしょうね」

「……。会長、僕…遺書を書きたいので帰ります。今までお世話になりました」

「あ、ああ。分かったよ。遺書を書いてもいいが、死ぬなよ」

 

 

 遺言とも思える言葉を残して石上は逃げる様に退散した。一方、鷺宮は青ざめた顔で窓の景色を見つめる。背後に立つ二人の眼を見て、鷺宮は完全に萎縮してしまい、先程の行為と言動を一切知らない振りをする事で平常心を保っていた。

 

 

 そんな風に現実逃避をしている間、白銀達で話が進み。何故か、自分が藤原と同じ部活に入る事を知って、唖然としたが快く歓迎してくれる藤原に感謝していた。

 

 

「明日から早速、テーブルゲーム部の活動をしましょう。鷺宮さんの入部。心から歓迎しますよ」

「ありがとう。こちらこそ宜しくね」

 

 

【本日の勝敗 鷺宮の勝利 怖い思いをしたが、楽しい部活に入る事で忘れる事が出来た為】

 




今回のお話、いかがだったでしょうか?

石上くんが登場する回はどれも面白いですよね。
今月から始まる2期も楽しみで待ち遠しい。

次回は番外編の話を書く予定ですのでお楽しみに



それと最近はゲームに嵌まっている為、投稿が遅くなるかもしれませんがご了承下さい。また宜しければ、感想や評価の方もお願いします。




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第9話 番外編 かぐや様は魅力が欲しい/鷺宮は言い返したい/鷺宮は仲良くしたい

 最新話、お待たせしました。
 今回は番外編で後日談やIFの話を三つ書きました。


 今回も長めです。読者様のペースで目を休めながら楽しんでください。
 


 ある日、かぐやは中庭で一人考え事をしていた。

 過去、白銀から告白させようと幾度も策を練ってきたが、何れも失敗に終わっている。偏にそう思うのは単純な話。自分に魅力が足りないからと思っている。

 

 

(以前、私がネイルをした時。気付いてはくれたけど、褒めてはくれなかった。あの時、早坂と鷺宮さんは会長が褒めないのは照れているだけ。そう言っていたけど、本当はどうなんでしょう?)

 

 

 周囲の人はかぐやを魅力的と認めている。しかしながら、人の魅力というのは自身で測る事は難しい。故に他者の言葉をかぐやは素直に受け入れられないでいた。いっその事、自分から想いを打ち明けるべきだろうか?今まで小細工をしてきたが、白銀とかぐやの関係に変化は無い。勝ち負けに拘って終わってしまったら、それこそ敗北といっても過言ではない。

 

 

 しかし、そんな時に天はかぐやに味方した。それは何気なく聞こえてきた女子生徒の噂話である。

 

「ねえねえ。『天使のブラ』って知ってる?」

「知ってるよ。今流行りのブラジャーだよね。でも、それがどうかしたの?」

「実はね。最近、友達に聞いたんだけど、それを着けて気になる男子に告白すると成功するんだってさ」

「え~。何か胡散臭いなぁ」

「そう思うでしょ?だけどね。それを着けて告白したら、彼氏が出来たという話を従妹が電話で教えてくれたのよ」

 

 

 女子生徒の話は一見すれば、よくあるジンクスであって信憑性はない。それでもかぐやの興味を惹くには十分な効力をもっていた。そうと決まれば即行動。かぐやは件の下着を手に入れる決意を固める。

 

 

 休日。

 大勢の人で賑わう都心にかぐやは訪れていた。その傍らには近待の早坂と鷺宮の姿もあった。

 

「さあ、今日は噂の天使のブラ。これを手に入れるわよ」

「…その前に一つ聞かせて。何で私が呼ばれたの?買い物の付き添いならあっちゃんだけで十分だよね?」

「それは私の要望ですよ。かぐや様のお洒落について。以前にもりっちゃんの協力してもらった事があったでしょう。だから、今回も協力をお願いしたいんです。目的は下着ですが、折角の機会なのでかぐや様の衣服を選んで貰おうと思いまして」

「私も早坂だけで良いと言ったのですが、どうしても言うので今日は来てもらったんです。まあ…私も鷺宮さんと買い物をしたいと常々思っていましたから」

 

 

 

 当然の如く、呼び出された鷺宮が事情を尋ねると早坂は丁寧に説明をした。続いてかぐやも胸の内を面と向かって鷺宮に伝えた。思えば、自分は藤原以外の女子と出かけた事はない。そんな理由もあって、実を言うとかぐやは今日の日を誰よりも楽しみにしていた。

 

 

「そっか。そういう事なら協力するよ」

「ありがとうございます。それでは売り切れる前に行きましょう。何せ、件のブラは大人気らしいですからね」

 

 

 かぐやの気持ちを知って、鷺宮は首を縦に振った。当初は不安を感じていたが、目的が只の買い物であれば断る理由もない。日頃、怖いと思っていたかぐやの可愛い一面。これを見たら、誰も断る人はいないだろう。そして三人は意気揚々とデパートの中へ入っていく。

 

 

「それで早坂。天使のブラだけど、本当に此処で売っているのよね?」

「ええ。本日、入荷したと情報を得ています。本来は限定20枚ですが、このデパートは四宮の系列店なので倍の40枚仕入れています。なので即完売の心配は無いですよ」

「へー。この店も四宮さんの物なんだ。その話を聞いて、四宮さんが大財閥だと実感するわね」

 

 

 何気なく言っているが、かぐやと早坂の話は壮大な内容である。人気商品となれば、何処の店でも仕入れようとするだろう。しかし、生産の都合や店の影響力で数や卸す優先順位は変わってくる。それを意図も容易く、しかも倍の数を仕入れる事が出来るのは単純な話。それだけ四宮家の力が凄いという事である。そんな大財閥の令嬢と肩を並べて買い物をしているのだから、世間は不思議だと鷺宮は感じていた。

 

 

 

「うわぁ。大きい店だから分かっていたけど、凄い品揃えね。下着だけで数十種類もあるんだ」

「ええ。国内外問わず、この店は様々な下着メーカーと契約しています。だから大勢の客のニーズに合わせて商品の提供が可能としています」

「そうなんだ。確かに自分が欲しい物を扱っている店があるのは助かるわね」

 

 

 フロア一面に陳列された多岐に渡る下着。この光景に鷺宮は驚きを隠せないでいた。そんな鷺宮に早坂は店のモットーを丁寧に説明した。本来であれば、説明するのは主であるかぐやの役目。だが、当の本人は初めて玩具を見た子供の様にはしゃいでいた。キョロキョロと辺りを見回す姿は微笑ましくもあるが、見方を変えれば田舎から上京したおのぼりさんにも見える。他の客もいる為、一先ずは落ち着かせようと早坂が声を掛けた。

 

 

「かぐや様。気持ちは分かりますが、騒ぐのは止めて下さい」

「ご、ごめんなさい。四宮の系列店とはいえ。私はこういう店に来るの初めてだから。早坂と鷺宮さんは来た事はあるんですか?」

「はい。私はつい先日にママと来ましたよ。只、ママと行くといつも子供っぽい下着や服を薦めてくるんですよ。それでいつもケンカしてますね。楽しいから別に良いけど…」

「そう。貴女は変わらずマザコンを拗らせているのね。それで鷺宮さんは来た時はどんな買い物をしてるんですか?」

 

 

 早坂は口で文句を言っているが、浮かべる表情は満更でもなさそうであった。これに関しては平常運転なのでかぐやはスルーし、今度は鷺宮に尋ねた。

 

 

「私はコロンの玩具や歴史の本とかだよ。普段は最寄りの店で買うんだけど、無い時は大きい店で買うくらいかな」

「成程。では、鷺宮さんも余り来る機会は無いんですね」

「うん。と言っても殆どの人がそうじゃない?品揃えが良い店は当然、値も張るから気軽に買えないもの」

 

 

 鷺宮の話をかぐやはしかと脳裏に刻んでいた。思えば、かぐやは欲しい物があれば何でも手に入れる事が出来る。それ故、一般の懐事情は把握していなかった。いずれ四宮家を背負う立場になった時、同じ立場の人だけでなく、下の立場の人も気に掛けるべきだ。この時、かぐやの信念に新たな言葉が加えられた。

 

 

「かぐや様、かぐや様。これを見て下さい。書記ちゃんクラスのブラがありましたよ」

「…それを私に見せて何の意味があるんですか?もしかして、貴女は喧嘩を売っているの?」

「違いますよ。普段は何気なく、見てますけど…あの胸を支えているのがこれだと思うと凄いと感じませんか?だって、まるで西瓜のネットと同じですよ」

「因みにこれがりっちゃんと同じサイズです。書記ちゃんに劣るけど、りっちゃんも胸が大きい方ですね」

 

 

 

 

 そう言って、二つのブラを掲げる早坂。言われてみると、確かに鷺宮と藤原の胸は大きいと分かる。それに比べて、かぐやの胸は二人には到底及ばない。別段、かぐやの胸が小さいという訳でない。大きさは平均的なのだが、普段から胸の大きい人と接している事もあり、己の胸が小さいのだと思い込んでいた。

 

 

「因みにかぐや様のサイズは…」

「黙って。言わなくても分かってます。というより、貴女も知ってるわよね?やっぱり喧嘩売ってるの?」

「いいえ。怒りましたか?」

「怒ってないわ。いいから目的のブラを買って帰りましょう」

 

 

 本音は怒鳴りたいかぐやだが、公衆の面前という事もあってかぐやは怒りを堪えた。そんな二人を鷺宮は笑みを浮かべて見ていた。そして三人は目的の物。天使のブラが陳列する場所にやってきた。棚に飾られているブラを手にしてかぐやは、目を輝かせる。

 

 

「見て下さい。これが天使のブラですよ!!」

「テンション高いですね。早速、試着してみてはどうですか?」

「そうね。着け心地を確かめるといいよ」

「…分かりました。ちょっと試着してきます」

 

 

 二人に促されてかぐやは試着室へ向かう。その足取りは軽く、またかぐやの表情からこの時を相当楽しみにしていた事が見て取れた。主人の喜ぶ姿は早坂としても嬉しいと思う。お洒落に無頓着だったかぐやが自ら下着を買いたい。そう言われた時は驚いたと同時に彼女の人としての成長に感激もした。家の都合上、殆どの事に無頓着な人形のかぐやはもういない。これを成したのが仕える自分でないのが悔しいと思っている。そんな些細な嫉妬心から、少しばかり揶揄ってやろうと早坂は口を開いた。

 

 

「かぐや様。やはり…会長が大好きなんですね。だから、今日はブラを買いに来たんでしょう?」

「へぇ。そういう事だったんだ。四宮さんも可愛い所あるわねぇ」

「と、突然何を言い出すのよ!? そ、そそそんな訳ないじゃないの」

「いや凄い動揺してるじゃない。別に隠さなくてもいいのに」

「そうですよ。かぐや様はそのブラで会長を悩殺したいんですよね」

「何でそうなるの!? 私が痴女みたいな言い方しないでよ。そう易々、異性に下着を見せる人なんていないでしょうに」

 

 

 親友同士だからだろう。早坂の意図を悟って、鷺宮もかぐやを揶揄い始める。二人の息のあった言葉に反論するも、確信を突いているだけにかぐやも動揺は隠せない。確かに二人はかぐやの気持ちを知っている故、今更否定する事もないのだが、やはり恥ずかしい物は恥ずかしい。だが、此処で引き下がる二人ではない。今度は攻め手を変えて言葉の追撃をする。

 

 

 

「それでは今回の買い物に会長は関係無いんですね?」

「当たり前でしょう。以前、貴女達にお洒落に感心を持てと言われたから来たのよ。下着もお洒落の一つと本で知りましたからね」

 

 

 苦しい言い訳だ。早坂と鷺宮はそう思った。無論、言った本人もそれは感じているだろう。これ以上、揶揄うと本当に怒らせてしまう。折角の楽しい気分を壊す程、二人も愚かではない。かぐやが着替える間、店内を見て回ると告げてから早坂は鷺宮を連れてその場を離れた。

 

 

 

「相変わらず、素直じゃないね。白銀くんを意識してるのはモロバレなのに」

「そうですね。だけど、以前に比べて変わりましたよ。昔のかぐや様だったら、自ら下着を買いにくるなんてありえない事でしたから」

「昔ねぇ。人は変わるものよ。そうだ。この機会だし、私達も買ってみる?天使のブラをさ」

 

 

 しんみりした空気を変えるべく、鷺宮は自分達もブラを買う事を提案した。かぐやの背中を押した程の下着だ。もしかしたら、自分達も変わる事が出来るかもしれない。下着で人が変わるなんてオカルトを信じてはいない。だが、変わるきっかけになると早坂は件のブラに手を伸ばした時、早坂の携帯が音を立てた。突然の事に吃驚したが、すぐに落ち着いて画面を見るとかぐやからのSOSが表示されていた。

 

 

 

「かぐや様、どうしました?何かありましたか?」

「とりあえず、入るよ」

 

 

 試着室にいるかぐやへ声を掛けるが、返事はない。もしや本当に緊急事態が起きたのだろうか?些か不安を感じて鷺宮達は中に入ると、何やら落ち込んだ様子でかぐやは佇んでいた。

 

 

「一体、何をしてるんですか?」

「何処か具合でも悪いの?」

「いえ。体調は大丈夫です。只…」

「「只?」」

「このブラ。ブカブカで着けられないのよ。二人共、どうしたらいいのかしら」

「「......ブフッ」」

「今笑った?ねえ笑ったわよね?」

「いいえ。気の所為ですよ」

「そうだよ。ところでこのブラ、サイズは合ってる?」

 

 

 話を聞くと、ブラが上手く着けられないとの事だった。その事実に思わず笑う二人をかぐやは威圧しながら詰め寄るも、今は二人の協力が必要不可欠である。その為、怒りを感じながらも引き下がった。

 

 

「このブラ。形状からして寄せて上げるタイプですね。りっちゃん。私は後ろのホックを止めますので、りっちゃんは前に回ってかぐや様の胸を寄せてください」

「はいよ。四宮さん、少し擽ったいけど我慢してね」

「は、はい」

 

 

 鷺宮はかぐやの胸を持ち上げて位置を矯正した後、早坂がホックを止める。するとブラは胸にフィットする事はなく、あろう事かするりと抜け落ちて、足元に落ちるという結末を迎えた。これに唖然とする二人に向かって、自棄になったかぐやは笑えと迫るが笑う事は出来なかった。

 

 

 その後、天使のブラを断念した事で機嫌を損ねたかぐやを宥める為、二人はカラオケに誘い存分に歌って休日を満喫した。

 

 

【本日の勝敗 サイズが合うブラが見つからず、目的を断念したかぐやの負け】

 

 

 週明けの月曜日。生徒会は突然、開催が決まった姉妹校の歓迎パーティ。その準備が終わったのはつい数時間前の事。会場から響いてくる来賓達の楽し気な声を聴きながら、白銀は協力してくれた役員達に礼を述べた。

 

 

「何とか間に合ったな。皆の尽力に感謝するぞ」

「かなりギリギリだったけどね。休日返上での準備は大変だったわね」

「寧ろ、大変なのはこれからですよ。私達は主催として交流会に参加するのですからね」

「はう~。そうなんですよねぇ。楽しいパーティにしないと折角の苦労も水の泡です」

 

 

 準備で疲れている一同だが、本番はこれから。招いた来賓を一層もてなすべく、白銀達は会場に足を踏み入れた。

 

 

「所で会長は仏語を話せますか?」

「ああ。勿論だ。コマンタレブー(ご機嫌よう)ジュマベル(私は)ミユキシロガネ(白銀御行)。付け焼刃であるが、簡単な挨拶くらいは覚えてきた」

「流石ですね。これなら通訳の必要はなさそうです」

「いいや。あくまで挨拶程度だぞ。実践の会話となると話は別だ」

「またまた御謙遜を」

 

 

 会話の途中、来賓の一人が流暢な仏語で話しかけてきた。突然の事で白銀は驚き返事を返そうとするも、声が出て来なかった。そんな白銀を余所にかぐやも流暢な仏語で対応する。話している内容は当然ながら理解は出来ない。此処にいれば、話を振られる可能性が高い。そうなれば、付け焼刃の仏語しか知らない自分は恥を掻くのは火を見るよりも明らかである。ならば、取る手段は一つ。人知れず退散しよう。そっと白銀はかぐやの傍を離れた。

 

 

 隅に移動して辺りを見渡すと、かぐや同様に来賓と会話する鷺宮と藤原の姿が目に入った。どうやら彼女達も仏語を話せる様だ。この事実に白銀は些か落胆する。役員達は仏語に精通しているのに会長の自分だけが話せない。この事で来賓達の秀知院に対する評価が落ちるのでは?と強い不安を抱いていた。

 

 

 

 しかし厄介な事はこういう時に訪れる。いつの間に隣に来ていた一人の女性が白銀に話しかけてきた。彼女の名はベルトワーズ・ベツィ。フランス校の副生徒会長を務める優等生である。そんな彼女にはもう一つの顔があった。

 

 

『ねえ、そこの根暗男。隅っこで何をしてるのかしら?まるでお預けを食らった猿みたいね』

『へい。こんにちは』

『あら。喋る猿とは珍しいわね。その芸は誰に仕込まれたの?』

 

 

 ベツィの口から飛び出る皮肉の数々。これこそが彼女の真骨頂である。過去に行われたディベート大会で二度の優勝を収め、相手の人格すら否定する言葉を使い、論戦において数多の対戦相手を打ち負かしてきた。中には自信を粉々に砕かれて引き籠る者すら出る始末。それ故、彼女は「傷舐め剃刀」の異名で恐れられていた。

 

 

『品の無い顔でボケっとしてないで、他に何か喋ってみなさいよ。ほらほら、早く早く。は?もしかして貴方。他の言葉を知らないの?全く、育ちが知れるわね。大方、貴方の家族や恋人も挙って間抜け面した猿なんでしょう?その光景を思い浮かべると笑えてくるわ。好物の餌をぶら下げたら、一斉にキーキー鳴くんでしょうね。フフフ、気持ち悪い』

 

 

 流れる様に侮辱の言葉をぶつけるが、ベツィは少し焦りを覚えた。聞けば、怒るなり泣くなりの反応を見せるのが普通なのだが、当の白銀は平然としていた。単にやせ我慢をしているだけか?それも考えたがどう見てもそんな風には見えない。自分の言葉が通用しない事はベツィも初めての体験であり、困惑の色を隠せない。

 

 

 

 それもその筈。ベツィの言葉は白銀に何一つ伝わっていないのだ。だからこそ、何の反応も示さない。だが。言葉を理解出来る者はベツィの行動は見過ごせない。偶然、このやり取りを聞いていたかぐやは怒りで目の前が赤く染まるのを感じていた。

 

(アイツ…今、何と言ったの?会長に向かって猿ですって?これは許せませんね。言葉の使い方を知らない愚か者。良いでしょう。それなら私がきっちりと言葉の使い方を教えてあげます。そして貴女の心に二度と忘れない様に刻み込んであげなくては)

 

 

 完全に怒りに支配されたかぐやは、白銀を罵倒するベツィに向かって歩き出した時。かぐやよりも早く行動を起こした者がいた。その人物は鷺宮であった。顔に笑みを浮かべて、鷺宮はベツィの肩に手を乗せる。何気ない仕草だが、彼女も怒りに染まっている事を悟ったかぐやは自分の出番は無いと、成り行きを傍観する事にした。

 

 

『こんにちは。何やら面白い話をなさってますね。喋る猿がどうとか…。良ければ私も混ぜて下さい』

『何?貴女。軽々しく人の肩に手を載せるな。このブスが!!』

『黙れよ。下手に出てれば良い気になりやがって。第一、アンタが他人の事を言えた義理か?ダサい髪型に趣味の悪い口紅。一体、何処の魔女だよ。おまけに目つきも悪いし、顔はのっぺらして靴の下敷きみたいね。そうだ。今日から貴女の事を汚れた靴と呼ぶわね。ほら、貴女は靴なんだからとっとと寝そべって私の足に敷かれなさいよ』

『ぐっ、覚えてろ』

 

 

 鷺宮の怒涛の口撃にベツィは逃げる様に立ち去った。反論しようにも鷺宮のゴミを見るような目。これにベツィは初めて恐怖と詰られる痛みを思い知った。あの場に残っていたら、間違いなく鷺宮は自分を引き倒して容赦なく踏み躙った事だろう。逃げた先でベツィは過去の自分を振り返る。今まで自分が追い詰めた人達はこんな気持ちを抱いていたのか。

 

 

『今後は言葉を選んで話そう。こんな気持ちはもう味わいたくない』

 

 

 これ以降、ベツィが他人を傷付ける言葉を使う事は無くなったという。

 

 

「鷺宮。今のは何と言っていたんだ?何やら揉めていた様だが…」

「別に何でもないよ。それよりも交流会なんだから、他の人達と話した方が良いよ。通訳なら私と四宮さんでするからさ」

「ああ。そうだな」

 

 

 会話の内容が気になり尋ねる白銀に鷺宮はのらりと誤魔化した。暗に触れるなと遠回しな警告に白銀は素直に従う。口は災いの元。この言葉が何度も白銀の脳裏で繰り返されていた。

 

 

 多少、一波乱があったものの。交流会は無事に終了した。

 

 

【本日の勝敗 ベツィを言い負かし、密かに改心させた鷺宮の勝利】

 

 

 

 休み時間。授業が終了した後、数分間の休息が生徒達に与えられる。この時間を利用して次の授業に備える生徒、仲の良い友達と会話を楽しむ生徒等。彼らが取る行動は様々である。また鷺宮はどちらかというと、前者に含まれていた。彼女は次の授業に向けて、教材の準備と授業で触れる部分の確認をしていた。

 

 

「あ、璃奈。丁度良い所に。一緒に来て頂戴」

「うん?別にいいけど、眞妃さんが誘うのは久しぶりだね」

「まあね。只、一人だと辛いからさ」

 

 

 授業の準備が終わるタイミングで眞妃に声を掛けられる。いつもはふらりと何処かへ消える眞妃だったが、今日は珍しく教室に残っていた。何の用事だと思って付いていくとその先にいたのは、尤も関わりたくない人の一人。柏木渚の姿が目に映る。

 

 

(私に用事があるのって、まさか柏木さん!? うう~嫌だなぁ。あの人、事ある毎に私を威圧するんだもの。私が何度、翼くんを意識してないと言ってるのに信じてくれないから面倒なのよね。授業の前に気疲れするのは憂鬱ね)

 

 

 内心、今すぐ断りたいと思う鷺宮。だが、そうすれば今度は誘ってくれた眞妃に失礼である。一旦、誘いを受けた以上は最後まで付き合うのが礼儀だ。それに柏木の話が彼氏に関する警告と決まった訳でない。いつの間にか、柏木が嫌な人と思う自分に対して些か嫌悪感を抱いた。

 

 

 生徒会に属する自分がこうではいけないと分かっていても、悪い考えは尽きないものだ。傍にはいつぞや、会話を交わした紀かれんと巨瀬エリカの二人もいる。他の友人達がいる手前、柏木も威圧する事はないだろうと鷺宮も安心していた。

 

 

「こんにちは鷺宮さん。遠慮しないで此処に座って」

「ありがとう。巨瀬さんと紀さんだよね?二人は柏木さんや眞妃さんと仲がいいの?」

 

 

 席を勧めてくれた二人に礼を言った後、鷺宮は二人に尋ねた。記憶違いでなければ、確かこの二人は違うクラスだった筈。それなのに態々、此方に足を運ぶという事は柏木達と何らかの交流があるのだろう。

 

 

「ええ。一年の時、渚さん達と一緒にクラスになった時に親交を深めたのですわ。残念ながら二年では別のクラスになってしまったけれど、こうしてクラスにお邪魔してますの」

「そうそう。クラスが変わっても私達の友情は変わらないからね」

「そうなんだ。何か良いわね。そういう関係って、少し羨ましいかも」

 

 

 二人の言葉に鷺宮は素直な気持ちを口にする。自分もクラスメイトと話す事はあるが、それは生徒会の役員、あるいはクラスメイトとしての事だ。無論、自身から踏み込まないのも要因の一つと理解はしている。

 

 

「何言ってるの?鷺宮さんも私達の友達だよ。そりゃ、話をするのは今回で二回目だけどさ。そんな回数とか関係無いでしょ?」

「そうですわね。人の関わりは回数や時間で推し測る事は出来ませんもの。エリカの言う通り、私にとっても鷺宮さんは大事な友達ですわ」

「…はあ。璃奈はもう少し人と付き合った方がいいわね。ま、湿っぽい空気はこれ以上やめにしましょう。そうそう。渚は最近、部活を立ち上げたそうだけど順調なの?」

 

 

 エリカとかれんの言葉が深く鷺宮の心を揺り動かした。些かしんみりした空気が漂い、それを払拭する為か。眞妃は何気ない話題を切り出した。それは鷺宮も知っている柏木の部活についての事。

 

 

「うん。それなら順調にやってるよ。この間も街中での活動も上手くいったからね」

「確かボランティア部でしたわね。内容だけに大変でしょう?もし部員を募るならマスメディア部を頼ってくださいな。私達で宣伝して協力いたしますわ」

「もうかれんったら、そんな事したら駄目じゃない」

「あら、どうしてですの?活動を考えるなら人手が多い方が宜しいのでは?」

「だってボランティア部は渚ちゃんと彼が作ったんだよ。二人の愛の巣に邪魔者を入れたら野暮ってもんよ」

 

 

 エリカの言葉に眞妃の表情が暗くなる。本人は気を利かせて言ったつもりなのだろうが、その言葉が友達の心を抉っているとは全く気付いていない。これに慌てたのはかれんと鷺宮である。先日、翼が生徒会に相談をする前にかれんは翼の背中を押した事があった。それは眞妃を思っての行動であったが、想像とは違う結末になってしまい、人知れず眞妃に強い罪悪感を持っていたのだ。そして鷺宮が慌てる理由。それは柏木の恋愛相談を受けた事が眞妃にバレる事である。

 

 

 眞妃からも恋愛相談を受けた事がある手前、この事実がバレるのは非常に不味い。どう考えても人の足を引っ張る行為と捉えられてもおかしくない。自分が当事者だとしたら、陰でそんな事をした人間を許しはしないだろう。どうかバレませんように。キリキリと悲鳴を上げる胃の痛みに耐えながら鷺宮は神と仏に祈っていた。

 

 

「ま、まあ。近い内に部活の予算会議もあるし、今部員を増やすのは辞めた方が良いと思うよ。予算の振り分け調整に白銀くんも悩んでいたからさ」

「ああ。そういえば部活連で報告するのは会長ですものね。彼らの家柄を考えると確かに精神は擦り減るでしょうね」

「ふーん。でも、会長にはかぐや様がいるから大丈夫でしょ。あの人達も流石に四宮家を噛み付く事はしないと思うよ」

「そうね。それについては私も同感かな」

 

 

 エリカの言葉は確信を突いていた。白銀に恋するかぐやなら確実に白銀を庇うだろう。それこそ、家の力をフル活用する事も容易に想像出来る。如何に優れた家柄を持つ部活連の者達も四宮家に喧嘩を売る行為は避けるだろうから、結果として白銀に手を出す事もない。無論、そんな事態になれば自分だって黙っていない。出来る事をして白銀を助ける為に動くつもりである。

 

 

 

「それにいざとなったら、賄賂を渡せばいいのよ。この前、藤原さんが会長に渡す賄賂を買ってる所を見たからね」

「いや、それは駄目でしょ。というより、白銀くんは断ったからね。私もその場にいたし」

「ちえ。良い提案だと思ったのになぁ」

「何処がですの!? マスメディア部としてもその行為は容認出来ませんわよ」

「冗談だって。だから、そんな恐い顔しないでよ」

 

 

 真剣な面持ちで詰め寄るかれんにエリカも失言だと認めて、先程の言葉を撤回した。

 

 

 

「今は別に要望はないかな。まだ小さい部だけどさ。それでも私は良いと思ってるのよ。二人で協力してボランティア活動は何よりもやりがいがあるから」

「ほう~。二人で行う共同作業という訳ね。そうだ。眞妃は帰宅部だったよね?いっそボランティア部に入部して手伝ってあげたら?」

「「それは駄目!!」」

 

 

 エリカの発言で再び眞妃の表情が暗くなる。エリカ自身、友人を助けて上げたら?という意味合いで言ったのだが、眞妃には死刑宣告に等しい発言だった。実情を知るかれんと鷺宮は酷く狼狽する。前者は罪悪感、後者は保身から否定の言葉を口にする。

 

 

「な、どうして二人が決めるの?」

「ほ、ほら。さっきも言ったけど、予算の調整があるからよ」

「私は…マスメディア部に入って欲しいと思ったからですわ」

「そういえば、前々から不思議に思ってるんだけど。エリカは何で弓道部に入らなかったの?確か、四宮さんに憧れているんでしょ?」

「それは死にたくないからよ。私にとってかぐや様は太陽なの。人間、太陽に近づいたら死ぬでしょう?跡形もなく溶けてさ。だから私は妄想でいいのよ」

「いや、理解出来ないわよ。あんたはおば様を何だと思ってるの?」

「まあ、エリカは引っ込み思案な子ですからね。マスメディア部にも一人だと心細いからと、私に付いて入ったんですのよ」

「それは言わないでよ。入学当時は緊張してたんだから仕方ないでしょ」

「成程ね。でも、私も暇じゃないのよ。今更部活に入っても時間の浪費だと思うわ」

「え?私は入って欲しいと思うよ。二人で活動するよりも三人なら幅も広がるし、そうなれば私との為になるもの」

「そ、そうなの?なら入ってもいいかな。近い内に届けを出しておくわ」

 

 

 柏木の一言が決め手になり、結果として真紀もボランティア部に入部する事になった。眞妃に見えない様に笑う所を見たかれんと鷺宮は先の発言が狙っての事だと悟り、柏木の恐ろしさと真紀への同情を感じながら休み時間は過ぎていった。また眞妃のこの行動が失敗だと思うのはまだ先の話である。

 

 

【本日の勝敗 さり気なく部員確保に成功した柏木の勝利】

 




 今回のお話はいかがだったでしょうか?
 個人的に書きたいと思った話と展開の都合上、書けなかった話を書けたので自分としては大満足です。


 それといよいよ4月11日からかぐや様の2期が始まりますね。1期で登場しなかったキャラや話も出るようだし、物凄く楽しみにしています。

 今後は後日談やIF的な話は番外編でやるつもりです。
 最後に感想、評価、アンケートの投票の方も下さると作者のやる気と参考になりますので是非お願いします。


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第10話 生徒会は頑張りたい/鷺宮は見舞いたい/親友達は防ぎたい

最新話お待たせしました。


今回はオリジナルの話と早坂と鷺宮コンビが苦労する話。

また実施してるアンケートを参考にして、読み易さを重視して書いてみました。
アンケートは今月いっぱい行うので宜しければ投票をお願いします。




「おはようございます~。鷺宮さん、相変わらず早いですねぇ」

「おはよう。そうでもないよ。それと今日、白銀くんは欠席するそうよ」

「え?あの会長が欠席って珍しいですね。何かあったんですか?」

「風邪を患ったみたい。声が枯れていたし、熱もあるって電話で聞いたのよ」

 

 

 朝の生徒会室に顔を見せた藤原。既に来ていた鷺宮は挨拶を返した後、白銀の事を藤原に伝えた。何故、鷺宮がその事を知っているのか。それは朝、本人から休むと連絡を受けたからである。そういう事情もあり、今日は朝早く登校した鷺宮は本日の活動業務を確認していた。

 

 

「ああ。だから早く来たんですね。あれ?確か、今日は部活連の会合ですよね。代理は誰がするんですか?言っときますけど、私は嫌ですよ! 一度、同席した事がありますけど、凄い威圧感を感じて生きた心地がしませんでしたからね」

「う~ん。立場で言えば、四宮さんの役目なんだけど。今回は私が名代で会合に出席するよ。四宮さんには他の業務に関する指示を任せるつもり」

「成程。確かに指示を出す人も必要ですからね」

 

 

 鷺宮の意見に藤原も賛成だった。四宮なら部活連の会合でも相手の威圧に負けることなく、済ませる事が出来るだろう。しかし、そうなると他の業務が滞る可能性もある。そうならない様に指示を出す者は四宮が適任と鷺宮は考えていた。

 

 

「こんにちは。遅くなってごめんなさい」

「あ、丁度いい所に来た。四宮さん。実はお願いしたい事があるのよ」

 

 

 噂をすれば影。タイミングよく現れたかぐやに鷺宮は、白銀が欠席した事と藤原と話して決めた事を伝えた。

 

 

「事情は分かりました。確かに鷺宮さんが言う様に業務の指揮は私が取った方がいいですね。だけど、大丈夫ですか? 部活連の人達を相手にするのは想像以上に大変ですよ」

「大変だろうけど、やるしかないでしょ。本来ならこの会合って、庶務の仕事でもあるんだよね。普段は白銀くんがやってくれてるけどさ」

「ああ。会長は役員に負担を掛けたくないと仰ってますからね。思えば私達も少し会長に甘えていたのかもしれません」

「そうですね。だから、無理して風邪を患った訳ですし……」

 

 

 知らない内に白銀に頼りきっていた。それを思い知った鷺宮達は反省する。

 

 

「だから今回は私達でやりましょう。私と藤原さん。それと石上くんで書類等の業務。鷺宮さんは部活連の会合を頼みます。部活連の人達が家柄を盾に無理難題を吹っかけて来た場合、こう言って下さい」

「分かった。いざとなったら使わせてもらうわね」

「はい。遠慮なく使って下さい。まあ、出来れば使う事が無ければいいのだけれど…。多分、使う事になると思いますから」

 

 

 かぐやは鷺宮にある対抗手段を授けた。当の本人は使う機会が無い事を願っていたが、十中八九使う場面が来ると予感していた。無論、それは鷺宮も同じだ。いざという時は頼りになるだろうが、後先を考えるなら使わず己の力で乗り切りたい所だ。

 

 

 

 そして放課後。白銀を除く役員が生徒会室に揃った所で活動を開始した。朝の話し合いで決めた通り、かぐやの指示で藤原と石上は書類整理。鷺宮は予算案の書類を手に会合場所へ向かった。

 

 

 

「こんにちは。今回は白銀会長の代理を務める鷺宮です。予算案が出来たので報告に来ました」

 

 

 鷺宮が会合場所に訪れると、参加する部長達が既に揃っていた。参加者は剣道部の鮫島健吾、天文部の龍珠桃、オカルト部の前川早苗、ボランティア部の柏木渚、陸上部の藤堂壮介、サハ部のガルダンディア・サハードの6名であった。本来、全ての部長達も参加するのが決まりであるが…。この場にいる6人を恐れていつの間にか参加する事は無くなっていた。無論、参加しなくても予算は振り分けられる為。別に問題は無いので生徒会も特に言及はしなかった。

 

 

「代理?白銀はどうしたんだ? 今日はあいつが来ると聞いていたが……」

「会長は風邪で欠席です」

「四宮はどうした? 白銀が休みならあいつが来るんじゃないのか?」

「四宮さんは他の業務の指揮を取っているんですよ。そういう事は慣れてる人が良いと話し合いで決めた事です」

「成程な。それじゃあ、始めるとするか。生徒会で作った予算案を見せてくれ」

 

 

 最初に口を開いたのは鮫島。続いて龍珠が事情を尋ねて来た。それに鷺宮は相手の顔を見据えて返答を返す。正直、怖いと思っているが代理という理由で舐めらない為である。これが幸いしたのだろう。当初、軽んじた態度を見せていた部活連の連中も態度を改めて話を聞く姿勢を見せた。

 

 

「これが生徒会で考えた予算案です。何か意見はありますか?」

「質問、良いかしら? 今回、オカルト部の予算が前回より少ないけど。これはどうしてなの?」

 

 

 予算表を配り意見を募る鷺宮に前川が手を上げて質問を投げかける。どうやら予算額に不満がある様だ。それは前川の表情にも現れている。やはり来たと鷺宮はこの展開を予想していた。

 

 

「それはオカルト部の活動を顧みての結論です。大会や他校の試合で結果を出している運動部と比較して、文化部の予算を下げると決めました。予算表に記載されてる通り。全ての文化部が対象です」

「生徒会の言い分は分かるけど、何とかならない?」

「難しいですね。茶道部や書道部の様にコンクールの出場等で目に見える結果が出せるのであれば、予算が増える可能性もありますよ」

 

 

 鷺宮の返答に理解は示す前川だが、未だに納得出来ないのか食い付いてくる。鷺宮も個人的に力になりたいと思うものの。こればかりはどうしようもない。現状は無理だとはっきり言われた事で諦めたのか。前川は大人しく引き下がった。他に意見はあるかと鷺宮は尋ねるが、全員は特に何も言う事は無かった。

 

 

 その後、部活の内情や活動方針等を話し合い。何事も無く、部活連の会合は終了した。

 

 

「それでは今回の会合はこれで終わります。皆さんお疲れ様でした」

「ああ。君もな。それと前から思っている事だが、他の部長達は何故出席しないんだ? この事を生徒会は何もしないのはどうかと思うぞ」

 

 

 終了の挨拶の後、鮫島はある疑問をぶつけてきた。それは他の部長達が会合に参加しない事である。この問題は生徒会も悩んでいた。実の所、解決する事は容易い。しかし、その原因を伝えるべきか鷺宮は迷っていたが、思い切って打ち明ける事に決めた。

 

 

「鮫島くんの言う問題。解決案は在りますよ。只、原因は皆さんにあるんですよ」

「僕達が原因? その言い方は聞き捨てならないね」

 

 

 鷺宮の発言に藤堂が反応した。本人は先程の発言が些か気に障ったのだろう。彼は眉を顰めてこちらを睨みつけてくる。

 

 

「今のですよ。それが他の部長達が参加しない理由です。単純に皆さんを怖がっているんですよ」

「とんだ言いがかりだな。別に俺達は何もしていないぞ」

「言葉が適切ではなかったですね。皆さんというより、皆さんの家柄を恐れています。以前、ある生徒を処断した事を覚えていますか? あの出来事はされて然るべきでしたけど、家柄が齎す力がどれ程なのかを知らしめる形になってしまったんです。無論、皆さんが無暗に家の威光を翳すとは思ってません。だけど、秀知院では家柄が物を言うヒエラルキーが存在するもの事実です。それが意図せず部活にも反映されているんですよ」

 

 

 鷺宮の言葉に全員は無言になった。この場にいるのは警視総監の息子や自衛隊の息子に始まり、日本全国の宗教を纏める会長の娘や日本財団の孫。果てに暴力団の娘に他国の王子と家柄は様々である。勿論、彼らは威光を盾に傲慢な振舞いをする事はしない。されど、下手をしたらまともに生活出来ない環境に追いやられるのでは?と恐怖を与えるには十分すぎる肩書きなのである。

 

 

「あの出来事があってから、噂に尾びれ背びれが付いてますからね。逆らったらどん底に落とされると思い込んでいる人が殆どなんですよ。だから、皆さんから歩み寄って下さい。この事は生徒会だけでは解決が難しいんです。どうか力を貸して下さい」

 

 

 部活連の人達と対立する可能性があると、伏せてきた事情を鷺宮は全て話した。その上で彼らに頭を下げて協力を申し出た。これが吉と出るか凶と出るか。それは鷺宮も分からない。最悪の場合、かぐやに聞いた手段を使う必要もあるだろう。それは四宮家に寄る秀知院への寄付金の全面停止。相手を確実に黙らせるが、強い確執を生む事になるのは明白である。

 

 

「事情は理解した。まさか裏でそんな事が起きていたとはな。これは俺達にも責任がある。そういう事ならば、俺達も手を貸そう。よく打ち明けてくれたな」

「そうね。確かに私達の家柄が相手を追い詰めていたなんて全然知らなかった。文化部の部長達には、私達から話しておくわ。安心して頂戴」

「しゃーねえな。面倒だけど、うちも協力してやるよ」

「私も手を貸すわ」

 

 

 鮫島を筆頭に他の部長達も協力する事に同意してくれた。これで問題は解決するだろう。鷺宮は再び頭を下げて礼を述べた。

 

 

 

「ただいま。こっちは無事終わったよ。そっちの方はどう?」

「おかえりなさい~。丁度、こっちも本日の活動が終わった所ですよ。はぁ疲れましたぁ」

「藤原先輩は判を押すのと書類整理だけしかやってないじゃないですか。僕と四宮先輩の方が疲れましたよ」

「お疲れ様です。会合で何か言われましたか?」

「そうだ。皆に言っておく事があるのよ」

 

 

 鷺宮は部活連の会合での出来事を話した。藤原と石上は驚いていたが、かぐやは冷静に鷺宮の話を聞いていた。

 

 

「成程。それなら一つの問題が片付いた訳ですか。しかし、あの場でよく言えましたね。鷺宮さんにそんな度胸があるとは知りませんでした」

「私だって、そう思うよ。でもさ。そういう考えが問題を複雑にしてたんだよねぇ。いざ話せば、皆分かってくれたもの」

「そうみたいですね。あと…私が教えた手段ですが…。使ったんですか?」

 

 

 かぐやはか細い声で例の事を尋ねた。あの時は鷺宮を思っての事だったが、思い返せば過剰な手段だと理解している。もし使ったとすれば、確実に生徒会と部活連の溝が生まれてしまう。そうなれば、結局の所、白銀の首を絞める結果になりかねない。

 

 

「ううん。その必要は無かった。だから安心してよ」

「それは何よりです。実は不安で溜まりませんでした」

「一体、四宮先輩と鷺宮先輩は何の話をしてるんですか?」

「何でもないわ。こっちの話。さあ、業務が終わった事だし。これで解散しよう」

「そうですね。皆さん、今日はお疲れ様でした」

 

 

 半ば強引に鷺宮は話を打ち切り、かぐやが解散の号令をかける。腑に落ちない思いを石上と藤原は抱くが、かぐやの笑顔に恐怖を感じて聞かない方が良いと判断した。

 

 

 

【本日の勝敗 問題を一つ解決した生徒会の勝利】

 

 

 

 秀知院を出た鷺宮はその足で白銀の家に向かっていた。理由はお見舞いのついでに本日の事を報告する為である。報告に関してはメールか電話で済ませようと考えていたが、どうせ見舞いに行くのなら口頭で伝えた方が早いと判断しての事だ。

 

 

 近くのコンビニで消化に優しい果物の缶詰。経口保水液を購入して白銀の家に訪れた。彼の家は小さいアパートで呼び鈴はあるが、壊れているのか押しても音は鳴らない。仕方無く、鷺宮は戸をノックして来訪を知らせた。するとパタパタと足音が聞こえた後、戸が開かれて一人の少女が顔を見せた。

 

 

「はい。家に何か用でしょうか?」

「こんにちは。私、白銀くんのクラスメイトの鷺宮と申します。今日は白銀くんの見舞いに来ました」

「兄のクラスの方ですか。ご丁寧にどうも。兄は大分快復してますよ。良かったら上がって下さい」

「…それではお邪魔します」

 

 

 突然の来訪者に警戒の色を見せる少女だったが、用件を伝えると警戒を解き。家に上がる様に促してきた。未だ伏せているなら帰るつもりであったが、少女の話では順調に回復してるとの事だった。

 

 

「あ、そういえば。まだ私の自己紹介してませんでした。私、白銀圭と申します。兄の御行がいつもお世話になってます」

「いいえ。こちらこそ、白銀くんにお世話になってますから」

 

 

 少女の名は白銀圭。白銀を兄と呼ぶ手前、妹と分かった。見た目からして、中学生だろうがルックスも良く。鷺宮は知らない内に見惚れていた。その視線に気づいたのか、圭は少し恥ずかしそうにしながら鷺宮に話しかけてきた。

 

 

「あ、あの……。私の顔に何か付いてますか?」

「え?ああ。ごめんなさい。白銀くんに妹がいると聞いてたけど、こんな可愛い子だと知らなかったものだから」

「…そんな事ありません。寧ろ、鷺宮先輩の方が可愛いですよ。っ!! ごめんなさい。私、先輩に失礼な事を」

「ううん。気にしなくていいわ。褒めてくれてありがとう」

 

 

 つい口に出た言葉に慌てて圭は謝るが、鷺宮は笑って許した。無論、こんな可愛い子をどうして怒れるだろうか。そうしてる間に奥から件の人物、白銀御行が姿を見せた。

 

 

「圭ちゃん。何か騒がしいけど、親父が帰ったのか? って鷺宮!? 何で此処にいるんだ?」

「お兄のお見舞いだって。何舞い上がってるの?」

「こんにちは。朝と比べて体調は良さそうね。はい。これは差し入れよ」

「ありがとう。気を使わせて悪いな」

 

 

 朝より快復した様子の白銀に鷺宮は安堵した。そして持参した見舞い品を手渡した後、鷺宮はもう一つの用件を切り出した。

 

 

「そうそう。今日の部活連の会合だけど、上手くいったわよ。それと部活連に関する問題も解決したわ」

「…本当か!? それは良かった。会合だけじゃなく、問題を解決までするとは驚いたぞ。会合には四宮が出たんだろ? あの連中と渡り合えるのは四宮くらいだしな」

「いいえ。会合に出たのは私だよ。四宮さんは他の役員に指示を出す役目をしてもらったのよ。それは日頃、人の上に立つ四宮さんが適任だからね」

「そうか。何にせよ。面倒をかけたな。明日には俺も登校出来るだろう。改めて礼を言うぞ」

 

 

 報告を聞いた白銀は嬉しそうな顔で礼の言葉を口にする。そんな表情を余り見た事が無い鷺宮は思わず見惚れてしまった。元々、整った顔立ちの白銀は異性に人気である。中には白銀に告白しようとする者がいたが、それはかぐやの手回しで防がれている為。当の白銀は知る由もない。

 

 

「うん?どうした、俺の顔に何か付いてるのか?」

「え?う、ううん。何でもないよ。それじゃあ、私はこれでお暇するよ。治った様だけど、油断はしないでね」

「そうするよ。また、ぶり返したら本末転倒だからな」

「うん。それじゃまた明日ね」

「ああ。鷺宮も気を付けて帰れよ」

 

 

 

 用を済ませた鷺宮は白銀の家をあとにした。その帰り道、鷺宮は元気になった白銀の事を考えていた。

 

 

(白銀くんの風邪も大した事なくて良かったわ。それにしても白銀くんって、意外とかっこいいのね。普段は何気なく接してるから気付かなかった。そういえば、白銀くんに好意を抱いている女子は四宮さん以外にいるのかな?以前、誰かと付き合ってたっぽい事を言っていたし、好みのタイプはどんな人なんだろう?…って、私は何を考えているのよ。これじゃあ、私が白銀くんを意識してるみたいじゃない。はあ、きっと疲れてるのね。早く帰ってお風呂に入ろう)

 

 

 気付けば白銀を意識してる事に気付いて、頭を振ってその考えを振り払う。しかし、この時に誤魔化した感情は鷺宮の心に深く根付く事になる。

 

 

 

【本日は勝負が発生してない為、勝敗はなし】

 

 

 白銀が休んだ日の真夜中。静かな秀知院の廊下にその人影はあった。廊下に設置されている数多の防犯機器を物ともせず、くぐり抜けるとその影は生徒会室に侵入する。そこで被っていたマスクを外すと、闇の中でも目立つ金髪が露わになった。

 

 

「ふう。部屋に入るだけなのに面倒な事ですね。さて、早く任務を終わらせて帰ろう」

 

 

 侵入者はかぐやの近待の早坂である。早坂が此処に来た理由。それは例に漏れず、かぐやの命令だった。懐から珈琲が入った瓶を取り出すと、棚にある珈琲とすり替える。間違いは無いか確認した後。早坂は再び部屋を出て、元来た道を戻っていった。

 

 

 

 

 翌日 

 

 生徒会室で業務を勤しむ白銀とかぐや。風邪で休んでいた白銀が欠席した時に行った業務の話をしたいと白銀だけを呼び出していた為、この場にいるのは二人だけである。

 

 

「成程。大体の事は分かった。結構、手間が掛かる書類もあったみたいだな」

「ええ。その日の活動内容は早く伝えておくべきかと思いまして。態々、呼び出してごめんなさい」

「いや。別に構わん。俺としても気になっていた事だしな」

 

 

 昨日の書類に目を通しながら、謝るかぐやに気にするなと白銀は返事を返した。勿論、呼び出した本人は気にしてはいない。何せ、白銀を呼び出した事はかぐやが仕掛ける作戦の一環である。次の段階に移るべく、かぐやは行動を起こした。

 

 

「そう言ってくれると私も安心します。そうだ。今、珈琲を淹れますね」

「ああ。頼むよ。四宮が淹れるコーヒーが一番美味いからな」

「大袈裟ですよ。だけど、褒めて貰えるのは嬉しいですね」

 

 

 白銀の言葉が余程嬉しいのだろう。かぐやは満面の笑顔を浮かべていた。そして淹れたての珈琲を白銀に差し出した。

 

 

「味の方はどうでしょう?」

「ああ。いつも通りの味だ。すごく美味いぞ」

「それは何よりですね」

 

 

 味の感想を述べる白銀をかぐやはジッと注視する。時折、腕時計の針を目をやっては、何処か時間を気にしている様子を見せていた。

 

 

 白銀が珈琲を飲み始めてから数分後。突如、白銀は喉を抑え苦しみ出した。暫し、藻掻いた挙句。白銀はソファーに凭れ掛かると寝息を立てていた。

 

 

「どうやら効果が現れた様ですね。さて、作戦の最終段階に入るとしましょう」

 

 

 熟睡する白銀を見て、かぐやはほくそ笑む。昨夜、早坂に準備させた珈琲はカフェインが入ってない物であった。日頃から寝不足の白銀はカフェインを摂取する事で眠気に対抗していた。しかし、珈琲にカフェインが入っていなければ、襲い来る眠気に抗えず眠りに陥るのは必然である。

 

 

 白銀が眠っている間に目的を果たそうとしたかぐやだが、此処で思わぬアクシデントが発生する。あろう事かかぐやの肩に白銀が凭れ掛かって来たのだ。これに慌てたかぐやは部屋の外で待機中の早坂を呼んだ。

 

 

「どうしました?何か問題でも起きました?」

「ええ。非常に不味い事態よ。会長が肩に凭れて来たの。いい?私が次の作戦を思い付くまで誰も生徒会室に入れないで。難しい様なら、鷺宮さんに手を貸して貰いなさい。分かったわね」

「……了解しました」

 

 

 

 此処に来て、語るのはかぐやの事ではない。彼女に付き従う早坂と唐突に面倒事へ巻き込まれる鷺宮の苦労話である。

 

 

 

 主の命を受けて、部屋を出た早坂は手始めに鷺宮にメールを送る。内容は勿論、先程の無茶ぶりに手を貸して貰う為である。メールの返事はすぐに返ってきて、協力してくれるとの事だった。これに早坂は安堵の息を吐く。何かと協力してもらっているが、今回はかぐやと早坂の二人で行う作戦という事もあり、鷺宮は参加する予定は無かった。突発な協力要請にも快く協力してくれる鷺宮に早坂は深い感謝の念を抱く。

 

 

 そして鷺宮に頼んだ事は藤原の監視と制御である。他の者は自身で何とか出来るが、藤原だけはそうはいかない。此方の予想を超える行動に振り回されて任務を失敗した事も一度や二度ではない。それは主のかぐやも知っているが、失敗したら怒られるのはいつも自分なのだ。しかし鷺宮が藤原を抑えてくれるなら、この任務の成功率も上がる。あとは自分が生徒会室に来るものを追い払えばいいだけだ。

 

 

 深呼吸して気持ちを切り変えると早坂は任務を開始する。

 

 

「不味いなぁ。こんな時に忘れ物するなんて、早く取って帰ろう」

 

 

 最初の邪魔者は会計の石上。大事な物を忘れたのか。無意識にぼやきながら廊下を駆けてくる。そんな彼に向かって、早坂は態と聞こえる様に独り言を口にした。

 

 

 

「さっきの四宮さん。とても機嫌悪かったなぁ。あんなに怒鳴る所を初めて聞いたよ~。今部屋に入ったら、矛先を向けられるだろうなぁ」

「…今日は良いか。明日にしよう」

 

 

 この言葉に石上は回れ右をして立ち去った。全くの嘘なのだが、かぐやを恐れている石上には絶大な効果を示した。何処となく落ち込んだ背中に早坂も同情したが、主人の為と免罪符を掲げて誤魔化し邪魔者が来ない様、見張りを続ける事にした。

 

 

 

 

 一方、鷺宮は藤原を探して校内を彷徨っていた。早坂の協力要請に応じた鷺宮であるが、当の藤原が見つからず焦りを抱く。例え失敗したとしても早坂は咎めない事は分かっている。だが、頼まれた以上は遣り切るべきだと鷺宮は考えてしまう。それ故、抱く必要のない焦りを抱いてしまうのだ。

 

 

 そんな時、目の前から藤原が歩いてくるのが見えた。鷺宮はチャンスだと、足早に藤原へ近付くと声をかけた。

 

 

「藤原さん。何してるの?」

「あ、鷺宮さん。良い所に来ました。何処かでリボンを見てませんか?」

「え?見てないよ。どうかしたの?」

「はい。昼休みの時に着けていたリボンを失くしてしまって……。放課後に校内を探しているんですけど、一向に見つからないんですよ」

 

 

 声を掛けるや藤原は慌てた様子で鷺宮に尋ねてきた。どうやら大切な物を失くした様で普段より、元気が無かった。

 

「そうなんだ。でもさ。リボンなら頭に着いてるけど、これじゃないの?」

「これはスペアなんですよ。ほら、このリボンはいつもより色が薄いでしょう。これも気に入ってはいますけど、やっぱりいつものリボンじゃないと落ち着かなくて」

「そう。昼休みに失くしたと言ったよね。それは何処なの?」

 

 

 失くし物や落し物は大概、本人が最後にいた場所で見つかる事が多い。今回もそれで見つかるだろうと鷺宮は踏んでいた。

 

 

「えっと。最後にいたのは鳥小屋ですね。確か…この写真を撮った時は着いていたので失くしたのは、この後です」

「…何これ? 藤原さんは何を思ってこんな写真を撮ってるの?」

 

 

 鷺宮が見たのは地面に寝そべった藤原が鶏に囲まれている写真だった。その写真には加工された文字で鳥葬と書かれている。正直な気持ち、この写真を撮った理由が鷺宮には理解出来ないでいた。

 

 

「ああ。これはかぐやさんに送る奴なんですよ。時折、こうして面白い写真を撮って遊んでるです。色々と想像力が働くので楽しいんですよ。鷺宮さんもやってみませんか?」

「私は遠慮しておくよ。それより、リボンを探すのに専念しよう」

「あ、そうですね。では鳥小屋に行ってみましょう」

 

 

 話を脱線させる藤原に呆れながらも、鷺宮は藤原と鳥小屋に向かった。しかし、鳥小屋に来てみたが件のリボンは何処にも見当たらない。

 

 

「此処で失くしたと聞いたけど、鶏と写真撮った時には無かったの?」

「はい。気付いた時には無かったです」

「そっか。鶏と戯れた際に何処かへ飛んでいったのかもね。少し辺りを探してみよう」

「分かりました。じゃあ、私はあっちの方を見て来ます」

 

 

 藤原と手分けして、リボンを探してみるがやはり見つからない。既に誰かに拾われたか、或いは風で遠くに飛ばされた可能性が高い。運が良ければ落とし物として、生徒会室に届けられているだろう。だが、早坂の頼みは暫くの間、生徒会室に人を近づけるなである。これを守る以上、生徒会室に行く事は出来ない。

 

 暫し辺りを入念に探してみるも、リボンどころかゴミすら見つからない。徐々に日も暮れて来た事もあり、空が薄暗くなってきた。これでは探しても見つける事は不可能だろう。鷺宮はリボン探しを断念して藤原の元へ向かうと時同じくして藤原も戻って来ていた。

 

 

「リボンありましたか?」

「ううん。残念ながら見つからなかったよ」

「そうですか。此処まで探して見つからないとなると、もう諦めるしかないですね」

「…力に慣れなくてごめんね」

「いえいえ。私こそ、こんな時間まで付き合わせてごめんなさい」

 

 

 リボン探しを断念し、付き合わせた事を藤原が頭を下げて謝った時。藤原の足元に何かが落ちた。それに目をやると落ちていたのは一つのリボン。頭を下げた拍子に落ちたのだろうか。それを拾って渡すと藤原の頭にはリボンが付いている。

 

 

「あーーーー。私のリボン!! 一体どこにあったんですか?」

「い、いや。藤原さんが頭を下げた時、落ちてきたんだよ。ねえ、改めて聞くけどさ。鶏に戯れてる時にリボンを外したとか無いよね?」

「ああ~。そういえば、鶏さんが私のリボンを突くので胸ポケットに仕舞ったんでした。すっかり忘れてましたよ」

 

 

 失くした筈のリボンが出て来て、大騒ぎする藤原と反対に鷺宮は無表情で藤原に尋ねた。そこで全てを思い出したのか。藤原は手を叩くと事の真相を話した。これに鷺宮は項垂れて大きい溜息を吐く。単に自分が懐に仕舞った事を忘れて失くしたと騒いでいただけなのだ。

 

 

 そして探し物が見つかって帰路に着いた藤原と別れた後。早坂から再びメールが届く。内容を読むとかぐやの策略は失敗し、今回も白銀との仲に進展はないとの事だった。その結果に自分の苦労が無駄になったと分かり、更なる疲れを感じたものの。何処か安堵していた事に鷺宮は気付いていなかった。

 

 

【本日の勝敗 かぐやと藤原に振り回された挙句、苦労が報われない早坂と鷺宮の敗北】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回のお話いかがだったでしょうか?


今までの話を読み返してみると、自分でも地の文が長くて諄いと感じてしまう。
簡潔にすると薄くなるし、長くすると諄くなる。読み易さを意識して書いてみると難しい。


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また誤字がありましたら、お手数ですが誤字報告もお願い致します。
次回もお楽しみに


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第11話 鷺宮は活動したい/鷺宮はテストされたくない/鷺宮は面倒を避けたい

最新話、お待たせしました。


今回も読み易さを意識して前回よりも文字数を減らしてみました。



 放課後。本日は生徒会の活動もなく、鷺宮が帰り仕度していると藤原が話しかけて来た。

 

 

「鷺宮さーん。今日は何か予定はありますか?」

「予定? 別に無いわよ」

「それは良かったです。この後、部活に顔を出すんですけど、鷺宮さんも一緒に行きましょう」

「ああ。そういえば、先日に入部したんだよね。ごめんなさい。すっかり忘れてたよ」

「大丈夫ですよ。じゃあ善は急げですし、早速行きましょ~」

 

 

 以前、藤原の誘いでテーブルゲーム部に入部した事を鷺宮は忘れていた。その事を謝る鷺宮だが、藤原は気にしていないと笑って許してくれた。それに感謝しつつ。藤原の案内で部室に向かう。

 

 

「此処が私達の部室です。部員が少ないので狭いのが難点ですが、中は快適なので安心して下さい」

「そういえば、私を含めて四人だっけ? だとしたら、正式に部として認定されるね」

「ああ~。言われてみるとそうでしたね。それも鷺宮さんのおかげですよ」

「ふふふ。大した事じゃないけどね」

「それじゃあ、テーブルゲーム部にようこそ!! 部員も来てる様ですし、その紹介もしないとですね」

 

 

 

 部室に入ると、藤原の言う通り。二人の部員がいた。藤原の後ろにいる鷺宮を見て、二人は驚いた表情を浮かべる。そんな様子に藤原は悪戯が成功した子供の様に喜んでいた。どうやら、鷺宮の事を今日まで秘密にしていたようだ。

 

 

 

「こんにちは。今日は新しい仲間を連れて来ましたよ」

「初めまして。新しく入部した鷺宮璃奈です。今日は宜しくお願いします」

「あ、こちらこそ。初めまして。私は三年の寺島裕子。部員からはギガ子と呼ばれてるわ。貴女も出来れば、そう呼んで頂戴な」

「初めまして。私は槙原こずえ。一年だけど、部長をやってるよ。あだ名はマッキー先ハイ。なので、鷺宮さんもそう呼んで下さい」

「……随分と個性的な方達ですね」

 

 

 

 手始めに自己紹介をする鷺宮。それに続いて、部員の二人もそれぞれ自己紹介をした。その際、自分の個性を前面に出してくる槙原と寺島に鷺宮は引いていた。考えてみれば、藤原が所属する部活なのだ。類は友を呼ぶという言葉が存在する通り。集う者もまた同類なのである。

 

 

 

「それにしても寺島さ「ギガ子ね」ギガ子さん。三年なのに部活をしていて大丈夫なんですか? 大抵は受験が控えていますよね?」

「ああ。私はこうみえて成績上位者だから、試験は免除されてるのよ。そうじゃなかったら、此処にいないって」

「そうそう。ギガ子さんって、見た目に反して頭がいいからね。全く悩みが無い人は羨ましいよ」

「えっと。槙原さ「マッキー先ハイよ」マッキー先ハイ。貴女は一年だよね。先輩にタメ口を利いていいの? 普通は敬語を使うべきでは?」

 

 

 寺島にタメ口を利く槙原に鷺宮は尋ねた。槙原が部長だとしても、年功序列は付いて回るものだ。言葉使いだけでなく、発言内容も失礼と取られかねない。だが、槙原は意に介した様子もなく鷺宮に言葉を返す。

 

 

 

「ああ。それは部活内のみだよ。元来、ゲームは対等の立場で行う物でしょ。そこに先輩後輩の立場や年功序列を持ち込んだ時点で対等なゲームが成立しない。ヨイショ有りのゲームをしても詰まらない。だからこそ、ゲームを心から楽しむ為に部活の最中は無礼講というルールを話し合って決めたんだよ」

「そうそう。最初は戸惑うけど、鷺宮さんもすぐに慣れるわよ。あ、鷺宮さんもタメ口オッケーだよ。遠慮はいらないからね」

「分かった。でも藤原さんは敬語だけど、そこはいいの?」

「私の敬語は口癖みたいなものですからね。今更、変えようとしても難しいですよ~」

「ええ。それは藤原さんの魅力だもの」

「うん。個性は大事に!! これが部のモットーなのさ」

 

 

 タメ口は対等の証。このルールに驚いた鷺宮だが、確かにタメ口を言われても寺島は穏やかに笑っていて、機嫌を損ねた様子は一切無い。それはお互いを対等だと思っている何よりの証拠だ。心から楽しむという事において、一番大切な事を鷺宮は教えられた。

 

 

「さて。自己紹介が済んだ所で早速、活動を始めませんか?」

「そうね。今日のお題目は例のゲーム作りの為。校内を探索するのはどうかな?」

「あら。という事は例のゲームの設定が出来たのね」

「例のゲーム? 一体、それはどんなゲームなの?」

 

 

 

 槙原の提案で盛り上がる一同に鷺宮が質問をした。話を聞く限りだと、大掛かりなゲームの様で鷺宮も興味を抱いた。何だかんだで鷺宮もゲームは好きな方である。

 

 

 

「お? 内容が気になるかい? これは私が考えた奴でね。この秀知院を舞台にしたゲームなんだ」

「へぇ~。学校を舞台にしたものかぁ。それは面白そうね。それで物語とかも決まってるの?」

「勿論。このゲームの最終目的は旧校舎に封印されたドラゴンを倒す事なの」

「え?ドラゴンが最終目的なの? 秀知院が舞台という事は日本が舞台という事よね? だったら、ドラゴンよりも妖怪の方が良いんじゃないの?」

「ドラゴンでいいの!! 妖怪は怖いし、恐ろしいでしょ。だけど、ドラゴンならカッコいいじゃない。ラスボスの大半がドラゴンというのは定番なんだよ」

 

 

 

 槙原の語った設定と物語に鷺宮が突っ込む。それも無理も無い。日本の学校が舞台なら、登場する敵は西洋の幻獣よりも、日本の妖怪の方が違和感が無い。そんな考えからの言葉であった。しかし、この指摘は槙原にとっては面白くなかった。自分が必死に思考を巡らせて考えた設定と物語を新人に駄目出しされる。年功序列や先輩後輩の立場は関係なくとも、ゲーム歴の浅い人に言われると面白くないのは人情というもの。また鷺宮の指摘に一瞬でも納得してしまった事が、反抗心に火を付ける形になってしまった。

 

 

「まあまあ。サッチーの意見も尤もだけど、設定の修正も大変なのよ。だけど、着眼点は面白いからサッチーの案は次回のゲームに使おうね」

「そうよサッチー。ギガ子の言う通り。設定の修正は大変なんだから横槍は無しよ。でも妖怪を出すのも面白いわね。それでもボスはドラゴンにしたいから今回は却下」

「そうですねぇ。今は当初の予定通り、校内を回りましょうよ」

「分かったわ。それとサッチーは止めて。そのあだ名は何か嫌なのよ」

「「「却下」」」

「…即決!? もう良いよ。好きに呼んで」

 

 

 

 収拾が付かなくなると判断したのだろう。二人の間に介入した寺島と藤原が場を収める。その後、四人は本来の目的である校内探索を開始した。

 

 

 初めに部室がある階の廊下に始まり、各部屋を見ながら進んでいく。その際、場所や部屋に関するイベント等を考えては意見を出し合いながら四人はゲームを構築していった。四人と言っても、鷺宮は一緒に行動して意見を控えていたが。本人は少しでも部に馴染もうと三人の意見をメモしていた。

 

 

「大体、見て回ったね。最後は旧校舎へ行こう」

「そうですね。最後のドラゴンのイベントも考えるのが楽しみですよ」

「それなんだけど。目覚めが近づくに連れて災いが起きる。こんなイベントはどうかな?」

「おお~。それはグッドアイディア。確かにそういうのがあれば、緊張感が増すよね」

「成程。ならこんなイベントはどうかな?」

 

 

 槙原の提案はゲームの進行に従って、旧校舎に眠るドラゴンに寄って国土が消滅するというイベントだった。その時はサイコロを二回振り、出た目が奇数なら国土消滅、偶数なら消滅回避。また奇数と偶数が出た場合、ドラゴンの呪いでプレイヤ―の能力が低下する。このルールに鷺宮達も異論はなく、槙原の提案がそのまま受け入れられた。無論、細かい調整は必要だがそれは後回しでも問題は無い為、特に言及する者はいなかった。

 

 

 その後、一同は旧校舎に赴いてラスボスの攻撃パターン等を話し合う。ああでもない、こうでもないと盛り上がる三人を見て、鷺宮も自然と笑顔を浮かべていた。因みにこのゲームが原因でテーブルゲーム部が風紀委員に目を付けられる事になるのは、また別の話である。

 

 

【本日の勝敗 途中、一悶着あったが何だかんだで部活を楽しんだ鷺宮の勝利】

 

 

 

「皆さんの前に生き物用の檻があります。その中に入ってる生き物の数は何匹ですか?」

「その抽象的な質問は何だ? それよりも仕事をしてくれ藤原書記」

「仕事なら終わりましたよ。だから心理テストをやろうと思ったんです。これで相手の心理が分かる面白い遊びなんですよ」

 

 

 唐突に役員達へ質問を投げ掛ける藤原。それを注意する白銀を既に終わってると反論し、撃沈させた後。再度、藤原は白銀に回答を求めた。

 

 

「うーん。そう言われてもなぁ。しいて言うなら9匹くらいか?」

「会長は9匹ですか。そうだ。鷺宮さんは何匹だと思います?」

「私は20匹くらいね。でも、これで何が分かるの?」

 

 

 白銀に続き、鷺宮も回答を求められ、素直に回答した鷺宮は藤原に結果を促した。心理テストと言う以上、質問の回答に沿った結果が用意されている。そこから自分の心理がどう読まれるのか気になるのも当然である。

 

 

「今の質問で分かる事。それは欲しい子供の数です。会長もそうですけど、鷺宮さんの回答に驚きましたよ。まさか、将来は本当に20人も産むつもりですか?」

「少し黙って。現実的に考えてありえないでしょ。第一、その本は何処から持って来たのよ?」

「ああ。これは図書室から借りたんです。今日、顔を出したらこれがあったので。是非、皆とやろうと思いまして。ざっと読んだら結構、面白い質問があるんですよ~」

 

 

 

 藤原の言葉に若干、苛立ちを覚えながら鷺宮が尋ねると藤原はパッと笑って教えてくれた。藤原らしいと言えば、そうだがまた面倒が起きそうだと感じて鷺宮は頭を抱える。今回の事で四宮さんを徒に刺激しなければ良いと願うが、きっと悪い方へ向かうだろうと鷺宮は予想する。それは当たっており、先程の白銀の回答で頬を染めて白銀を見つめるかぐやに鷺宮は気付いた。

 

 

(時すでに遅し。大方、白銀くんとの間の子供が出来た事を想像してるんだけど。もう少し表情を隠して欲しいなぁ。周りには石上くんもいるし、下手したら四宮さんが白銀くんに好意を寄せてる事が知られかねない。そうなると四宮さんは誤魔化す為に、思ってもない事を言いそうだし、白銀くんはそれを真に受けそうだからフォローが大変そう。はぁ~。一体、何処の誰よ?心理テストなんて入荷した馬鹿者の所為で余計に疲れるじゃないの)

 

 

 

 そんな鷺宮の悩み等、何処吹く風で藤原は次の質問を探していた。因みに心理テストは抽象的な質問で相手の本音を引き出す物だが、テストの結果は多くの者に当て嵌まる物が多い。先程、鷺宮が20匹と答えたのもその一環で彼女は檻いっぱいにいるモルモットを連想していた。一見、娯楽とも思える心理テストだが、時には事件の捜査や医療に利用する実用的な物も存在している。その為、娯楽と油断すると本音を暴かれる厄介な側面があるのが恐ろしい所である。

 

 

「あ、次の質問はこれにしましょう。良いですか? 今、皆さんは暗い夜道を歩いています。その時、後ろから肩を叩かれました。その叩いた人で思い浮かべた人は誰でした?」

「もう少しヒントは無いのか? イマイチ解り辛いぞ」

「…会長、これは心理テストですよ。クイズじゃないんですからヒントはありませんよ。まあ、あるとしたら、会長の心の中にあるものでしょうか。思った事をそのまま答えて下さい」

「暗い夜道に肩を叩く者ですか。それは一体、何を現わしているんでしょうね」

 

 

 

 不安気にそう呟くかぐやだが、心の中では薄笑いを浮かべる。そう。今回、図書室に心理テストを入荷させたのは、かぐやの仕業であった。中学からの付き合いである藤原の嗜好をかぐやは熟知している。故に藤原が好みそうな本を入荷する許可を出した。案の定、藤原はこの本に飛び付き、生徒会へ持って来ていた。

 

(ふふふ。来ましたね! 47ページの二問目。確か、答えは『好きな人を暗示している』でしたね。もし会長が私と答えたら、それはもう告白したと認める様なもの。さあ、今日こそ会長の心の内を晒してあげましょう)

 

 

 そしてかぐやはこの本の中身を既に把握している。先程、藤原が出した質問の答えも分かっているので、下手に回答して地雷を踏む事はない。この場に置いて、かぐやは大きなアドバンテージを持っていた。

 

 

「私は藤原さんですね。昔、初めて私に話しかけて来た時も同じ事をしてくれましたよね」

「ああ。懐かしいですねぁ。そうですかぁ~。かぐやさんは私を連想したんですか。これは嬉しいですね」

 

 

 かぐやの回答に藤原は身を捩って嬉しさを強調するが、かぐやは内心どうでもいいと感じていた。何せ一番重要なのは白銀の回答であり、先の回答に藤原を選んだのは差し障りの無い相手を選ぶ事で白銀を油断させる為である。

 

 

 

 だが、質問の答えが必ずしも良い方向へ行くとは限らない。石上が想像した状況。それは逢魔が時、鬱蒼とした林を疾走する自分の姿。背後には人気が無い洋館が建っており、そこから逃げてきたのだ。あと少しで敷地から出られると思った時。不意に肩を掴まれて石上は恐怖で固まる。

 

 

『何で逃げるんですかぁ…。石上くーん。さあ、私と一緒に来て下さい』

 

 

 背後にいたのは返り血を浴びたかぐやの姿。最早、一巻の終わりだと石上は目を閉じた所で妄想を止めた。これ以上、想像すると精神が崩壊しかねない。ガタガタと震えながら、石上は思い浮かべた相手の名を告げた。

 

 

「ぼ、僕は…四宮先輩でした。薄暗い場所が似合う人は四宮先輩しか想像出来ません」

 

 

 石上の回答に四宮は驚愕する。まさか、石上の口から自分の名が出るとは予想外だった。何せ、事あるごとに怯えた視線を向ける石上が好意を抱いてると思うのが無理である。しかし、かぐやには既に気になる異性がいる。それ故、結果は既に出ていた。

 

 

(え? 石上くんの気になる人は私なの? いつも向ける怯えた視線。あれは恐怖ではなく、石上くんの想いが伝わるか不安だったからなのね。だけど、私はもう気になる人がいる。だから、ごめんなさい。貴方の想いに私は応えられない。でも、石上くんの事は異性として虫けら程度には想っていますよ)

 

 

 全くの勘違いだが、石上は告白する事なくフラれた。そしてかぐやは白銀に目をやった。白銀の回答で意中の人が分かる。そう思うと緊張して鼓動が速くなるのを自分でも感じていた。

 

 

 当の白銀が連想した状況。それは夜道を歩いていると背後から怯えたかぐやが肩を叩いてきた。そして想像の中でかぐやは上目遣いで白銀を見つめるや。

 

 

『ねえ、会長ぉ。私、暗い場所が苦手なの。怖いから一緒に帰ろうよ』

『…四宮。良いだろう。俺の傍から離れるなよ』

『ありがとう。会長だーい好き』

『フッ。全く、お可愛い奴め』

 

 

 無論、これは白銀の煩悩に満ちた妄想である。実際は天地がひっくり返っても起きる事はないのだ。そして回答を言おうとした時、白銀はある事に気付いた。それは藤原の表情。何かを期待する様子でこちらを見る藤原に白銀は警鐘を鳴らし、質問する前に藤原が言った言葉を思い出した。

 

 

(待てよ。そういえば、藤原書記は面白い質問だと言っていたな。あの恋愛脳の塊である藤原書記の事だ。きっと質問の答えは好きな人だとか、愛を捧げたい人とかに違いない。此処で四宮と言おう物なら…それは告白に等しい行為!! 危なかった。思わず、普通に回答する所だったぞ。心理テストがこんな恐ろしい物だとはな。しかし、そうなると回答はどうするか? 差し障りが無い相手と言えば、鷺宮がいる。だけど、彼女をこんなくだらない質問の当て馬にするのは最低な行為だな。そうだ!! 回答しても問題ない異性がいた。この回答なら藤原の追及も逃れるし、四宮に対しての告白にもならない)

 

 

「俺が連想したのは妹だ。帰り道でよく肩を叩かれるからな」

 

 

 しれっと回答する白銀だが、一部は嘘である。現在、反抗期の妹が肩を叩いてくる事は無い。しかし嘘も方便。この回答を疑う者はいないが、同時に望んでいた答えが得られなかった藤原とかぐやは興醒めし、詰まらなそうに白銀を見ていた。だが、これで諦める藤原ではない。未だ、回答していない鷺宮に狙いを定め。藤原は詰め寄って回答を催促する。

 

「詰まらない会長は放っておくとして…。鷺宮さんは誰を連想しました? さあさあ、早く言って下さいよ~」

「何でそんなに迫るのよ。私は…白銀くんかなぁ。それでテストの答えはどうなの?」

「ふふん。そうですかぁ。鷺宮さんは会長なんですねぇ。実はこれ。好きな人を示すテストなんですよ。いやぁ~。まさか、鷺宮さんの好きな人が会長と思ってませんでしたね。一体、何処が好きになったんですか? この際、全部教えて下さいよ」

 

 

 まるで水を得た魚の様に活き活きとして、藤原は鷺宮に詰め寄った。だが、鷺宮はそんな藤原を気にした様子はない。いや、気にする余裕が無かった。何故ならば、鷺宮が白銀の名を口にした途端。どす黒い感情が籠った視線で自分を睨むかぐやしか、見えていない為である。

 

 

 

(この桃色疫病神めっ!! 何度、私を苦しめたら気が済むのよ。と、とにかく。今は四宮さんを宥めないと不味いわ。此処は誤魔化してやり過ごすか? いや、無理に誤魔化しても余計に怪しまれる。それに恋バナに目が無い藤原さんは絶対に止まらない。ならば肯定して適当に話を合わせる? いや駄目だ。そんな事をしたら、四宮さんを更に怒らせるだけだ。あれ? 私…。どう見ても手詰まりじゃない? ど、どうしようぉぉぉぉぉっ!! いえ冷静になるのよ。何か良い案がある筈…。そうよ!! これなら窮地を脱する事が出来るわ)

 

 

「そうね。私は白銀くんの事は好きだよ。気楽に話せる友達としてだけど」

「えぇぇぇぇぇっ!? 好きなのはそっちの意味ですか。なーんだ。鷺宮さんの回答も詰まらないですね」

「あのね。それは酷くない? 第一、そんなテストで人の気持ちを暴こうとするのが間違いよ。やり過ぎて本当に嫌われて友達を失くしても知らないからね」

「うっ、そうですね。私も人に嫌われたくないので、程々にしておきます」

 

 

 鷺宮の忠告が効いたのか、藤原は大人しく引き下がった。流石の藤原も人に嫌われる行為をするつもりは無い。また鷺宮の言葉はかぐやにも効果は絶大だった。当初、白銀の回答に不満を抱いていたが、思い返すと別に四宮が不満を抱く筋合いはない。それに好きの感情は様々である。自分が藤原に対して感じる好きと白銀に対する好きも別物だからだ。

 

 

 結局、今回もかぐやの企みは失敗に終わった。また窮地を回避する為とはいえ、己の気持ちに嘘を吐いた事に鷺宮の心がチクリと痛む。これが何を意味するのか。分からない程、鷺宮は鈍感ではない。しかし、一時の迷いだと鷺宮は気持ちを押し殺していた。

 

 

【本日の勝敗 場を誤魔化す事に成功したが、自分の気持ちに嘘を吐いた鷺宮の敗北】

 

 

 

 生徒会室へ向かう途中。鷺宮の目の前を藤原が通り過ぎた。いつもと違うのは藤原が何処か落ち込んだ様子である事。それが気になり、声を掛けようと口を開きかけたがすぐに閉ざした。不意に見えた藤原の表情は涙を浮かべて笑っていたから。声をかけたらまた面倒な事に巻き込まれる。そう判断して鷺宮は藤原を見なかった事にした。

 

 

 

「こんにちは。遅くなってごめんね」

「ああ。今日の業務は無いから気にしなくていいぞ」

「え? もしかして私が遅れた事を怒ってるの?」

「そうじゃない。実はこの後、四宮の家にお見舞いに行くんだよ。どうやら四宮も風邪を患ったと連絡があったらしい」

 

 

 白銀の発言に遅刻した事を怒っていると思った鷺宮だったが、それが杞憂と知って胸を撫で下ろす。しかし、白銀だけでなくかぐやも風邪で欠席したのは意外だった。白銀の場合、日頃から根を詰めた生活が原因であるが、規則正しい生活を送るかぐやが風邪を患くとは想像出来なかった。

 

 

「そうなんだ。事情は分かったけどさ。テーブルのトランプは何なの?」

「これか。実はだな」

 

 

 白銀の話に寄れば、先日の大雨の日。帰宅の手段を廻って一悶着あったらしい。その際、石上はびしょ濡れになりながらも校門で立ち尽くすかぐやを目撃していた。だが、白銀は結局の所。かぐやに気付かずに帰宅してしまい。かぐやの行動は無駄骨になったのだ。恐らく、その行動が原因でかぐやは風邪を患ったのだと白銀は気にしていた。

 

 

 そして話は進み。かぐやが風邪で欠席した事を知った藤原は自分が見舞いに行くと言い出した。

初めこそ、かぐやが心配なのだと白銀達は思っていた。しかし、それは建前で本当の理由は甘えん坊になったかぐやを見たいが為であると口にした。藤原の言葉に白銀は衝撃を受けた。普段は凛としているかぐやが自分に甘えてくる妄想を思い浮かべる。上手くいけば、かぐやに告白させる事が出来るかもしれない。そんな邪念に抱きながら、白銀は生徒会長の自分が見舞いに行くべだと主張する。だが、藤原も今回ばかりは一歩も引かず、互いに譲る事は無かった。話し合いで解決しないと踏んだ藤原は神経衰弱による勝負を持ち掛けた。勝負の結果は白銀が勝ちを収め、白銀がかぐやの見舞いに行く事が決まった。

 

 

 

「成程ね。だから藤原さんは落ち込んでいたんだ。まあ明日には元気になってるだろうけど…」

「あの人。自分で罠を仕掛けておきながら、逆に利用される間抜けですからね。ドジにも程がありますよ」

「その事はもう忘れてやれ。流石に言い過ぎだぞ。いくら藤原書記がアホでも傷付く事があるんだぞ」

「いやいや。白銀くんも十分酷いよ。人の事を言えないって」

 

 

 藤原の事をボロクソ言う二人に注意する鷺宮だが、彼女も人の事を言えない。過去に内心でボロクソ言っていた事を完全に棚に上げていた。

 

 

 その後、一人では不安だからと一緒に来て欲しいと白銀に頼まれた鷺宮。最初は断るつもりだったが、これを逃せばかぐやの家に行く機会はないだろう。資産家の家に興味を抱いた事もあって、鷺宮は白銀の頼みを聞き入れた。かくして白銀と鷺宮の二人はかぐやを見舞う為、四宮家の別邸へ向かう事になった。

 

 

【本日の勝敗 知らずに面倒事を回避した鷺宮の不戦勝】

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回のお話いかがだったでしょうか?


この回では原作でも殆ど描写が無い部活動の話を書いてみました。
因みに作中でマッキー先ハイが口にしたゲームは小説版で生徒会メンバーが遊んだ奴です。一応、本編でもその描写がありますので原作を持っている人は探してみると面白いかもしれない。


次回はかぐや様の見舞いから始まります。
初のアホかぐやを見た鷺宮がどんな反応するのか。それを書くのが楽しみですね。

最後に感想、それと評価やお気に入り登録の方も宜しければお願いします。



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第12話 鷺宮は見舞いたい2/鷺宮は仲裁したい/鷺宮は背中を押したい

最新話、お待たせしました。


今回は若干シリアスとなってます。
また文字数も1万文字超えですので目を休めながら読む事をおススメします。

それとアンケートは今回で締め切りとします。

アンケート結果としては以下の通りとなりました。多くの投票ありがとうございました。

(23) 読み易い
(24) 普通
(2) 読み辛い
(1) 読むのが苦痛



「……此処が四宮家の別邸か。ネットの記事で見た事はあるが、実際に見ると凄みがあるな」

「うん。この家だけ、明らかに周りと空気が違うわね」

 

 

 都心の住宅街。その一角に四宮家の別邸は建っていた。西洋風の屋敷に小さな公園が入る程の広い庭。何より際立つのが、鉄製の門である。高さもさることながら、左右に立つ柱もまた威圧感を訪問者に与えている。暫し圧倒されていた二人だが、いつまでも立ち尽くしていても埒が明かない。一呼吸吐いてから鷺宮は来訪を知らせるべく、備え付けてあるインターホンに手を伸ばす。

 

 

「…どちら様です? この屋敷に何の御用でしょう?」

「突然の訪問、大変申し訳ございません。私、四宮さんの同級の鷺宮と白銀です。今日は四宮さんの見舞いで来ました」

「かぐや様の同級生ですか? 少々、お待ち下さい」

 

 

 鷺宮がボタンを押す前にインターホンから声が聞こえてきた。どうやら、屋敷の人達は自分達の来訪に気付いたのだろう。機械の先から聞こえる声は警戒の色が感じ取れた。それは無理も無い事だ。見ず知らぬの人が門の前に立ち尽くしていたら、怪しいと思うのは当然である。

 

 

「お待たせしました。ご本人様と確認が取れましたので、どうぞお入りください」

 

 

 数分後、先程と同じ人がインターホンから話しかけてきた。恐らく自分達が言った事が事実であるのかを確認していたのだろう。そして疑いは晴れた様で、応対する人の声に警戒の色は無かった。それと同時に大きな門が音を立てて開く。恐る恐る進みながら、二人は敷地の広さに改めて驚いた。

 

 

 

「外観もそうだが、敷地の中も凄いな」

「同感。この場所だけ、何か日本と違う感じだよね」

 

 

 色鮮やかな花が植えられた花壇に噴水。傍には手入れをする職人の姿もあった。目に入る全ての物に圧倒されながらも敷地内を進んでいくと二人は玄関に辿り着く。そこには一人のメイドが待機しており、白銀達の姿を見るや、スカートの裾を掴み恭しく頭を下げて来た。洋式の挨拶だけでなく、本物のメイドの姿に白銀達は唖然とする。

 

 

「ようこそお越し下さいました!! 私、四宮家に仕えるメイドのスミシー・A・ハーサカと申します。此度は四宮家当主に代わり、御二人を歓迎いたします」

「あ、こちらこそ。ご丁寧にどうもです」

「本日はかぐや様のお見舞いに来られたとお伺いしました。それ故、かぐや様のお世話を担当する私が対応させていただきます」

「それなんですけど、急な訪問でご迷惑でしょう。それに四宮さんの体調も心配ですし、届け物を渡してくれるなら此処で私達はお暇しますよ」

 

 

 用件を尋ねるハーサカに鷺宮は手荷物を掲げて、その旨を伝えた。単純な話、風邪で寝込んでるかぐやを心配しての事だが、慣れない雰囲気の場所から一刻も早く帰りたいというのが本音である。それは白銀も同じらしく、鷺宮の意見に頷いていた。

 

 

「いえ。それには問題はありません。寧ろ、お二人が来てくれたと知ればかぐや様も元気になるでしょうから」

 

 

 しかし、二人の考えをハーサカは見抜いている。その退路を塞ぐ様にハーサカは言葉を紡ぐ。そわそわと落ち着かない様子を見れば、一目瞭然だ。それに此処で帰せば、自分がかぐやの面倒を見なくてはならない。風邪を患いたかぐやは普段よりも手がかかる。二人が来るまでの間、同じ本を何度も読み聞かせたり、度重なる我儘に翻弄されていた。要はこの二人をかぐやの当て馬にするつもりである。

 

 

 強引に招き入れた後、ハーサカは二人をかぐやの部屋まで案内する。その道すがら、二人は変わらず屋敷のあちこちに視線をやっている。廊下には綺麗な絵画や高そうな壺などの調度品が飾られていた。ハーサカにしてみれば見慣れた光景だが、二人にとっては珍しいのだろう。この様子が何処か新鮮で気付けば、ハーサカの口に笑みが浮かぶ。

 

 

「こちらがかぐや様のお部屋です。かぐや様!! お客様がお見えです」

 

 

 部屋に着き、ドアを開けると中の惨状に三人は言葉を失った。部屋の到る所に物が散乱し、足の踏み場が無い程である。そんな三人をかぐやはボーっとした様子で見つめていた。

 

 

「こらっ!! 何をしてるんですか~」

「だって、無いんだもん。花火!!」

「花火!? いいから大人しくベッドに戻って下さい」

 

 

 ハッと我に返ったハーサカはかぐやを一喝すると、愚図る彼女の手を取りベッドに戻した。この光景に白銀と鷺宮は呆然とする。普段は冷静で知性的な面影はすっかり消え失せ、今のかぐやはまるで幼い子供そのものだった。この屋敷に訪れてから何度も驚く場面はあったが、この事が今日一番の衝撃だと二人は感じていた。

 

 

「うう~。花火ぃやりたいよぉ。どうして邪魔するのぉ~?」

「どうしても何も今は風邪を患いているでしょう。夏休みに入れば、花火は出来ます。なので今は我慢して大人しく寝て下さい」

「いやぁ~ 花火するぅ……。早坂のいじわるぅ」

 

 

(あれ?今、四宮さんは早坂って言った? 確か、あの人。名前はハーサカさんだったわよね。ハーサカ……!! そうか。早坂を伸ばした名前だ。何で気付かなかったのよ。そういえば、あっちゃんと四宮さんの関係は周囲に秘密にしてたわね。今日は白銀くんがいるから態々、名前を変えて変装をしてる訳か。色々と大変だなぁ)

 

 

 偶然、かぐやが漏らした言葉が聞こえた事でハーサカの正体に鷺宮は気付いた。その際、白銀も今の言動を聞いたのではと不安を抱いて、白銀に視線をやれば本人はかぐやの部屋に来た事で緊張が限界に近いのだろう。キョロキョロと世話しなく視線を動かし、心此処にあらずと言った感じである。

 

 

 その事に鷺宮はホッとした。もし白銀が先程の言葉を聞いていたら、彼も何かしら違和感を抱いたかもしれない。此処で尋ねる事はしないだろうが、かぐやが快復して学校に来た際、この事を尋ねる可能性もある。勿論、かぐやは上手く誤魔化すであろうが、そうなれば攻め手を変えて見舞いに同行した鷺宮に探りを入れてくる事も考えられる。当然、迂闊に情報を与えるヘマを鷺宮もしない。

 

 

 しかし、その行動で白銀は疎外感を与えてかぐやとの人間関係に亀裂が入るのは確実。そうなれば、恋愛にも支障を来たすだろう。この最悪の展開を想像して、白銀が先程の言葉を聞き漏らしてくれたのは非常に運が良かったといえる。

 

 

 

「それよりもお客様がお見えですよ。かぐや様を心配してお見舞いに来てくれたんです」

「お客様…? 誰なの?」

 

 

 ハーサカに言われ、視線をずらすとベッドの脇に立つ白銀と鷺宮の姿がかぐやの視界に入る。暫し無言で見つめるかぐやだが、来客の人物が把握出来るとその顔が驚きに染まる。

 

 

「かいちょうとさぎのみやさんだぁ。どうして此処にいるの? 二人とも、今日からうちに住むのぉ~?」

「いや、住まない。住まないから」

「……ハーサカさん。これはどう言う事? 何で四宮さんは幼児退行してるの?」

「それはですね。熱による反動です。風邪を患くとかぐや様はいつもこうなるんですよ」

 

 

 ハーサカ曰く。普段は理性が働いている為、知性的な行動と言動を取るかぐやであるが、今は熱に浮かされ理性が働いていない。それ故に心の奥底に封印されている欲望が前面に出ている状態。すなわち”アホ”になると説明してくれた。

 

 

「実質、今のかぐや様は起きていますが…夢の中にいるのと同じなんです。なので風邪が治った時には今の記憶は綺麗さっぱり忘れていますよ」

「…夢の中ね。この事を覚えていないのは救いかもしれないわね」

「ああ。そうだな。俺もこうなった時を覚えていたら、舌を噛んで自決するぞ」

 

 

 頬をぺシペシと叩きながら告げるハーサカに二人は思い思いの言葉を口にする。かぐやの知らない一面に妙な空気が部屋に漂っていた。

 

 

「さて、私はそろそろ仕事に戻らないといけません。お手数ですが、白銀様はかぐや様の付き添いをお願いします」

「お、俺がですか!? それは構いませんが、鷺宮はどうするんです? 男の俺が一人残るのも問題あるのでは」

「鷺宮様には別途、お話したい事がありますので。それに白銀様の事は信用していますから」

「そうですか。そういう事なら任されました」

 

 

 面と向かって信用すると言われたら、ハーサカの頼みを断る訳にもいかない。それに別段、変な事をするつもりもない。ベッド脇に置かれた椅子に腰掛けて、唸るかぐやに目を向ける。そんな白銀の姿に悪戯心が湧いたのか。ハーサカは立ち去る間際にぽつりと呟く。

 

 

「あ、この部屋に3時間は誰も来ませんし、この部屋は完全防音だから音が外に漏れる心配は無用です。故にお二人に間違いがあっても、周囲にそれがバレる事はありません。ですから、変な真似しては駄目ですよ」

「し、しませんよ!! 何を言ってるんですか」

「おまけにかぐや様の記憶は残りません。絶対に絶対に変な事しては駄目ですよ~」

「だから、しないってのっ!! 早く仕事に戻ってくださいよ」

 

 

 ニヤケながら弄るハーサカに堪らず白銀も語気を強めて言い返す。それに満足したのか。ハーサカは呆れた様子の鷺宮を伴い、部屋をあとにした。

 

 

 

 

「…それでいつまでハーサカさんを演じるの? もう隠す必要は無いよね」

「やっぱり気付きましたか。まあ、誰が聞いてるか分かりません。私の部屋に行ってから話しましょう」

「分かった。そういえば、あっちゃんの部屋とか興味あるわね」

「別に変った物は無いですよ。それと私の部屋には四宮家に関する重要な書類もあるので、下手に触れないで下さいね」

 

 

 早坂の部屋に興味津々な鷺宮に早坂はやんわりと釘を刺す。かぐやの近待のみならず、四宮家の別邸に仕える従者の長も務める早坂の部屋には、他人に見せられない機密が存在する。見た所で鷺宮が他言しないとはいえ、そこはメイドとしての矜持もある。

 

 

 

 その意思は鷺宮にも伝わったのだろう。早坂の言い付けに首を縦に振った。その際、廊下の壁に掛けられてた一つの額縁が鷺宮の目に映った。そこに書かれている文字は妙な威圧感を感じさせる。

 

 

『四宮成らば

 

 ・人に頼るな。成らば使え

 ・人から貰うな。成らば奪え

 ・人を愛すな。成らばは無い

 

 これこそが四宮たる人間の掟である。遵守し、四宮として生きるべし』

 

 

 額縁に書かれていた四宮家の家訓。これを読んだ鷺宮は心が締め付けられる様な気持ちになる。

 

 

「四宮家の三訓ですか。鷺宮さんはこれを見て、どう思います?」

「分からない。だけど、これを見ていると心が締め付けられるというか、息が詰まる感じがするわ」

 

 

 いつの間にか、足を止めていた鷺宮に気付いたのだろう。戻ってきた早坂は飾られた四宮家の家訓に付いて聞いて来た。その声はいつもより無機質な感じがして、ふと早坂に目をやれば彼女の表情はとても冷たかった。家訓を睨む眼には怒り、嫌悪感、そして微かな憎しみが宿っている。今までかぐやが見せる物と違って、初めて垣間見る人の濃厚な負の感情に鷺宮は気圧されていた

 

 

 

「……。ごめんなさい。そろそろ部屋に行きましょう」

「ううん。気にしてないから大丈夫よ。あっちゃんの部屋、早く見たいわね」

 

 

 怯えた視線を向ける鷺宮に早坂は顔を背け、小さく謝罪の言葉を口にする。それに鷺宮も慌てた様子で言葉を返すが、重い空気を払拭するには至らない。ゆっくりと歩き出した早坂の後ろを無言で付いて行くしか出来なかった。

 

 

 

「今お茶を淹れて来るので待っててください」

「う、うん」

 

 

 早坂の部屋に案内されてからも重苦しい空気は健在で、二人の口数も少なかった。お茶を淹れる為、早坂が部屋を立ち去った後、鷺宮は先程の家訓に付いて思いを馳せる。

 

 

 

(あっちゃんの様子が変わったのは、あの家訓を見てからだよね。あの時のあっちゃん。まるで別人のようだった。そういえば、あっちゃんは小さい頃から四宮家に仕えて来たと以前に言っていた。という事は少なからず四宮家の裏側も知ってるという事よね? それにしてもあの眼は異様だった。今思い出してもゾッとする。四宮さんが時折見せる表情が優しく感じる程、あの眼は…とても怖かった)

 

 

「お待たせしました。一応聞きますけど、部屋を物色してませんよね?」

「してないわよ。見られたら不味い物があるって言ってたでしょ」

 

 

 鷺宮が物思いに耽っていると、淹れ立ての紅茶を手にした早坂が戻って来るや。部屋を荒らしてないかと軽口を叩く。そう言う早坂の顔は笑っており、先程までと様子は変わっていた。気付けば、重い空気も消えており、これが早坂の気遣いだと知った。

 

 

「それは良かった。この部屋には、機密以外にも秘密がありますからね。りっちゃんに知られたら弱みを握られそうですから」

「…そんな物があるの? それだったら、物色して置けばよかったわ」

「ふふふ。そう簡単に見つかる場所に置いてませんよ」

 

 

 お互いに笑いながら、冗談を言い合いながら二人はくすりと笑う。そして美味しい紅茶に舌鼓を打ちながら二人は時間を潰す事にした。学校で女子の間に流行っている物、学校で起きた面白い話、果ては四宮家の別邸で過ごすかぐやの話など。他愛ない会話で盛り上がっていた。

 

 

 

 そして時間はあっという間に過ぎ、話題が無くなる頃。早坂は一呼吸吐いてから、とある話題を口にした。

 

 

 

「りっちゃんは…今日のかぐや様を見て、どう思いました? 素直な感想を仰ってください」

「今日の四宮さん? そうね。率直に言うなら、子供そのものって感じかな」

「やはりそう思いますか。そうですよね。普段のかぐや様を知ってる人なら当然の事でしょう」

「……あれって、言いたくないけどさ。廊下にあった家訓が何か影響してるの?」

 

 

 言うべきか迷った鷺宮であるが、敢えて触れる事にした。その言葉に早坂は深く頷いた。何となく、そんな気がしていたのは鷺宮も理解している。暫し、無言が続いたが覚悟を決めたのか。早坂は静かに話し始めた。

 

 

「今日、貴女が見たかぐや様は紛れもなく、あの子の本来の姿ですよ。いえ、正しくはあの家訓に因って心の奥底に押し込められた一面という方が適切ですね。無論、普段のかぐや様も同じです。家訓で様々な事を犠牲にしても、耐えて己の一部として来た訳ですから」

「それで普段は隠していた面が、弱った時に出てきたのね」

「ええ。小さい頃から”かぐや”という人でなく、四宮として扱われて来ました。本当なら友達と遊ぶ事や出かける。そんな普通の事さえ、殆ど知らないで生きて来たんです。それどころか、実の親や兄弟ともまともに接した事はありませんよ。あの家が必要としてるのはあくまで四宮たる人間だけです」

 

 

 

 唇を噛み締めて語る早坂を鷺宮は黙って見つめる。由緒正しい家柄ほど、戒律や仕来りも厳しくなる物だと頭では理解している。だけど、実際に聞くと厳しいで済まない話だ。凜とした素顔の裏でどれ程の重圧があったのだろう? それを想像して鷺宮は心が押し潰されそうになった。

 

 

 

「本当ならこの話は他者にするべきでありません。だけど、私が信用する貴女だから話したんです。言わずもがなですが、他言は決してしないでください」

「勿論よ。約束する」

「ありがとう。さて、それではかぐや様の部屋に行きましょう。流石にこれ以上、あの我儘な子を会長に任せる訳にいかないですしね」

 

 

 

 早坂の言葉で鷺宮は白銀の事をすっかり忘れていた。そういえば、一緒に見舞いに来たんだったと此処に来て思い出す。そして再び早坂の案内でかぐやの部屋の前に来た時。

 

 

「一体、私の部屋で何をしてるんですかぁっ!! しかも一緒のベッドで寝るなんて非常識にも程がありますよっ!!」

「ち、違う。それは四宮が俺をベッドに引きずり込んだからで…俺は何もしていない。本当だぁ!! 信じてくれぇ」

「黙りなさい!! この後に及んでそんな嘘を吐くなんて…最低よ。変態、馬鹿ぁ~~。早く私の部屋から出て行ってぇ!!」

「俺は何もしてないのにぃ~。誘惑に負けず耐えて頑張ったのにぃぃぃぃぃ!!」

 

 

 かぐやの怒鳴り声と騒々しい物音がした後、部屋から飛び出てきた白銀は外にいる鷺宮と早坂に目もくれず脱兎の勢いで廊下を走り去る。悲痛な思いを叫びながら…。

 

 

 

「…今回も駄目だったみたいですね」

「何が起きたか。大体は想像つくけど、流石に白銀くんが不憫だよ。私も今日は帰るわ。今、四宮さんの前に顔出すと余計に拗れそうだし…」

「そうですね。かぐや様は私が宥めておきますので、りっちゃんは会長をよろしくお願いします。玄関はそこの角を右に曲がればすぐですから。もし、会長が屋敷で迷っていたらついでに回収しておいて下さい」

「了解。それじゃあ、またね」

 

 

 別れの挨拶をして、鷺宮はその場を立ち去った。その後。案の定、屋敷を迷っていた白銀を回収し、落ち込む白銀を慰めながら帰宅の途に着いた。

 

 

 かくして四宮かぐやの見舞いは、重い事実と白銀の涙を以て幕を閉じた。

 

 

 

 

 

修羅場

 そもそもの由来はインド神の帝釈天と阿修羅が争った場所を示す言葉である。だが、この現代においては別の意味で使われている。 一つは仕事や原稿の締め切りに追われる者の姿。もう一つは人間関係の険悪を現す場合である。

 

 

「俺が良いって言ってるんだから、いい加減に大人しく言う事を聞いたらどうだ?」

「その言い方は何ですか!! 私は会長の事を思って言ってるんですよ。会長の方こそ、私の言う事を聞くべきでは無いですか?」

 

 

 生徒会室で起きた事件。それは白銀とかぐやの喧嘩。普段は良好な人間関係を築く二人であるが、この日ばかりは顔を突き合わせ、互いの意見をぶつけ合っていた。

 

 

 何故、二人が喧嘩するに至ったのか。それは二つの出来事が原因である。一つは数日前、四宮家の別邸で起きた白銀に寄る同衾事件。この騒動は後にかぐやの誤解であり、白銀は無実だと証明された事で解決となった。しかし、かぐやは未だに納得がいかない事がある。例の事件が無実だと証明されたとしても、実は密かに不埒な行為をされたのではないか?と疑いの目を向ける一方。逆にされてないのであれば、それはかぐやに魅力が無い為、手を出すに値しないと宣言されたに等しい。これにかぐやは女として不満を覚える。

 

 

 だが、その様な思いは白銀に理解される事はない。白銀にしたら、かぐやの言い分は理不尽そのものだった。確かに不慮の事故とはいえ、同じベッドで寝た事は事実だ。それでも鋼の如く、自制心で耐えた事も事実である。何度、説明しても疑いの視線を会う度に向けられるのだから、白銀も溜まったものではない。

 

 

 これだけならば、時間が解決するのだが…更に事態をややこしくさせたのが校長の差し入れだった。職員室に処理した書類を届けた際、偶然にも出会った校長からケーキが入った箱を渡された。その時は特にお礼を言って持ち帰ったはいいが、中に入っていたのは三人分。あとから訪れた石上の分が含まれていなかったのである。

 

 

「たったの三つか。校長もどうせなら人数分くれたらいいものを。全くこういう所が気が利かないよな」

「まあ、校長も私達の行動を把握してるわけじゃありません。それに丁度良く三人分です。ケーキを半分にすれば、石上くんの分も確保出来るから問題は無いでしょう」

「いや。俺の分を食っていいぞ。態々、面倒な事をする必要もあるまい」

 

 

 人数分、ケーキが行き渡るように提案するかぐやに白銀は自分の分を石上にあげる様に意見した。元よりケーキを食べる機会が無い白銀にとって、別に未練など微塵もない。それに後輩である石上に我慢を強いて、自分が食べる訳にもいかない。石上も白銀の好意を素直に受け止めて、ケーキを食べ始めた。

 

 

 

 普通ならこれで話は終わる筈だった。しかし、此処でかぐやはある決断をした。それは白銀がそうした様に自分のケーキを白銀にあげる事。普段であれば、白銀を意識させる算段を籠めての行動を取るであろうかぐやだが、この時ばかりは紛れもなく親切心からの行動だった。

 

 

「いや、別に気にしなくてもいいぞ。遠慮なく食べろ。折角の差し入れなんだからな」

「それなら会長が食べるべきでは? 校長も会長の学園に対する貢献のお礼としての事でしょう。そうであれば、会長が差し入れのケーキを食べないのは失礼ではありませんか」

「大袈裟だな。校長もそこまで考えていないと思うぞ。いいから早く食べてしまえ。まだ仕事はあるんだからな」

「いいえ!! これは会長が食べてください。そうするのが礼儀と言うものでしょう」

「諄いぞ四宮!! それに差し入れを食べないだけで、何で礼儀元々を言われないといけないんだ」

「…はぁ~!? 諄いって何ですか?諄いって。折角、親切で言ってるのにそんな言い草は無いでしょう」

 

 

 

 徐々に白熱する言い合いに件の石上は縮こまっていた。既にケーキは食べ終わっている為、最早返す事も出来ない。当の鷺宮も自分の分は完食している。このまま終わる気配が無い口論を止めるべく、鷺宮が二人の間に割って入った。

 

 

 

「二人共。少しは落ち着きなよ。それにケーキを押し合っている方が礼儀として駄目でしょ。とりあえず、二人が食べないならそのケーキをこっちに渡してよ」

「ほら。鷺宮がケーキを渡せと言ってるぞ。どの道、食べないなら欲しい人に渡したらどうだ?」

「横から何ですか? 鷺宮さんは既にケーキを食べたでしょう? それでいて、まだ食べるんですか? 糖分を過剰に摂取したら太りますよ」

「余計なお世話よ。面と向かって太るって、よく平然と言えるよね。まあ、四宮さんには太っても目立つ物が無いからね。悩みが無くて良いわねぇ」

 

 

 

 無論、ケーキを食べたいが為でなく余ったケーキを食べないなら藤原にあげる為、冷蔵庫へしまう。そう考えての発言だった。しかし、言葉が足らず。かぐやは鷺宮が食べるから寄越せという意味で捉えてしまう。冷静に考えれば、分かる事であるが頭に血が上がっている今のかぐやには、鷺宮は白銀に対する親切の邪魔をする不躾者でしかない。

 

 

 これに鷺宮もかぐやの言葉に怒りを覚える。確かに言葉が足らず、言いたい事が伝わらなかった事は事実だ。だからといって、自分を貶める言葉を言われる筋合いは毛頭ない。それもあり、鷺宮も貶める発言をしてしまう。言った後でしまったと思っても後の祭り。先の発言で更に不機嫌になったかぐやも言い返し始める。因みに石上はかぐやと鷺宮が口論を始めた瞬間に生徒会室から逃げ出していた。無論、誰もそれに気が付いてはいない。

 

 

「…それは私の体型が幼稚だと仰りたいのかしら? 貴女こそ、人の体によくケチを付けれますね。大体、大きいから何だと言うのですか? それが一体何の役に立つのか私に教えてくれるかしら?」

「そ、それよりも何でケーキをそこまで拒むの? 何か理由があるんでしょ?」

 

 

 売り言葉に買い言葉とはいえ、失言で怒り心頭のかぐやに恐怖を感じて鷺宮は話を逸らす事にした。未だギラギラと睨むかぐやを視界に入れない様にしながら、白銀に問い掛けた。

 

 

 

「ああ。それは去年の事だ。まだ生徒会に入ったばかりの頃、四宮と話した時…」

 

 

 

 白銀は当時の事を思い出しながら、静々と話し出す。

 

 

 

『なぁ。四宮、お前って何か趣味とかあるのか?』

『ありませんよ。あったとしても貴方に関係あるんですか?」

 

 

 

 書類を処理しながら会話を持ち掛けるが、当のかぐやは冷たく突き放す。本来なら、此処で会話は途切れてしまう所であるが、かぐやの事を知りたい気持ちが勝り白銀は諦めず会話を続けた。

 

 

『別に無い。だけど、少しくらい四宮の事を教えてくれてもいいだろう? まさかとは思うがお前はそんな風に毎日を過ごすのか?』

『余計なお世話ですよ。何で私の事を貴方に教えないといけないんですか?』

『気になるからな。例えば、四宮が好きな食べ物は何だろう?とか知りたいと思うはおかしい事じゃないぞ』

『……ショートケーキ。それが私の好きな食べ物ですよ』

 

 

 白銀の言葉にかぐやは珍しく素直に答える。その時に見せたかぐやの表情を白銀は今でも覚えていた。その事を白銀は面前で晒した。これを聞いて鷺宮はチラッとかぐやを見た。思いも寄らぬ一面をまたもや知る事になるとは思っていなかった。本人もその事を覚えているのだろう。若干、頬を赤く染めて顔を逸らしていた。

 

 

「そういう余計な事だけは覚えているんですね。だけど、私も会長に言いたい事がありますよ」

 

 

 そして平静を取り戻したかぐやが反撃に出る。白銀の顔を見ながら、かぐやはある事を白銀に突き付ける。それは去年の冬。クリスマスを直前に控えた時の事。

 

 

 

『そういえば、世間ではもうすぐクリスマスですね。会長は何か予定があるんですか?』

『いや。別に予定は無いな。まあ、あるとしたらバイトくらいだな』

 

 

 この頃は以前よりも棘が取れ、かぐやは自ら人と接する様になっていた。そんな変化もあって、今では白銀との会話も自然と増えていた。また密かに白銀を意識し始めたかぐやは何気なく、白銀の予定を聞き出す。しかし、白銀の返事はかぐやは残念に思いながら言葉を返す。

 

 

 

『バイトですか。折角のクリスマスなのに大変ですね』

『そうでもないぞ。俺にすれば、クリスマスは平日だからな。朝になれば、親父から図書券が貰えるだけ。それにケーキを買う余裕も無いから食べる事もない。世間では楽しく過ごすだろうが、俺には関係ない事だよ』

 

 

 白銀は平然と話しているが、聞いているかぐやの表情はとても暗かった。元より裕福な家庭ではないと、小耳に挟んではいた。だが、それでも特別な日には楽しく過ごすと思っていたからだ。そんな白銀の状況を知らず、浮かれていた事をかぐやは反省した。

 

 

「それを知った時、私はとても悲しかったんです。だから会長には思う存分、ケーキを食べて欲しいんです」

「……白銀くん。そんな事情があったんだ。そっかぁ~。四宮さんがケーキを食べさせようとしたのはそれが理由なんだね。ごめんね。今まで気付かなくて」

「同情なんていらないから!! 寧ろ、それをされると余計に惨めになるから止めろぉぉぉ!!」

 

 

 かぐやの口から語られた事実に鷺宮も同情の眼を向ける。何故かぐやが白銀にケーキを与えようとしたのか、理由もこれで分かった。だが、同情された挙句。ケーキを譲られても嬉しいと思える訳がない。当然、白銀が拒否する気持ちが強くなる結果となった。

 

 

 

 一向に進展しない押し問答が面倒になった鷺宮はある提案を二人に持ち掛けた。

 

 

「どうしても譲らないならさ。いっそ、二人で食べさせ合えばいいんじゃないの? そうすればお互いが食べた事になるんだし、丸く収まるでしょう?」

「そうですね。このままでは埒があきません。今日だけは私があーんしてあげますよ」

「いいだろう。ならば、俺が四宮にあーんしてやるよ。それでお相子だ」

 

 

(え?本当にやるの?私がいるんだよ。それなのにお互いにあーんするのかぁ。ちっ、二人して色ボケやがってさ。大体、ケーキなんて誰が食っても同じだろうに。態々意地張って何の得があるんだよ。それに気付いたら石上くんもいなくなってるし、全く逃げ足だけは早いのよね。あーあ。何だか馬鹿らしくなってきたなぁ。二人を放置して帰ろうかしら?)

 

 

 鷺宮の意見に賛同したかぐやがフォークでケーキを掬い白銀の口に運んでいく。白銀も同じくケーキを掬い、かぐやの口へと運んで行った。その光景を鷺宮は今までにない程の冷めた目で見つめる。自分が提案したとはいえ、まさか本当に実行する二人に毒吐いていた。しかし、騒動が解決に向かいホッとした時だった。

 

 

「仲良し警察です!! 石上くんから聞きましたよ。喧嘩してる悪い人は何処ですか? そんな真似、私がいる限り許しません」

 

 

 

 突然、現われた藤原に鷺宮は驚いた。藤原の言葉を聞く限り、石上に呼ばれて白銀達の喧嘩を止めるべく来たのだろう。本来であれば、仲裁役が増えた事は喜ばしい事だ。それでも鷺宮は安堵ではなく、不安を感じていた。何せ、今まで場を掻き回す実績はあるが解決に至った事は殆ど無い。案の定、藤原が行った仲裁方法。それは二人が持つケーキを頬張る事であった。確かに喧嘩の原因がケーキなのだから、この行動は間違いではない。そう…解決に向かっている状況でなければ。

 

 

 

へんはをふるひほには(喧嘩をする人達には)へぇーひはほっしゅうへふ(ケーキは没収です)

 

 

 藤原によって、確かに二人の喧嘩は収束した。だが、結果として根本的な問題は何一つ解決はしていない。この問題はまだ尾を引きそうだと鷺宮は人知れず、溜息を吐いた。

 

 

【本日の勝敗 仲直りに失敗した白銀とかぐやの負け】

 

 

 

「鷺宮、石上。相談があるんだが、今大丈夫か?」

「相談? それは良いですけど、僕で助けになるんですか?」

「ああ。寧ろ、二人の意見を聞きたいからな。聞いてくれると助かる」

「まあ、白銀くんが頼るのは珍しいからね。私も協力するわ」

「ありがとう。とりあえず、人気の無い所に行くか」

 

 

 相談を持ち掛けてきた白銀に石上と鷺宮は快く首を縦に振る。唐突な頼みに驚きはしたが、普段世話になってる白銀の頼みだ。断る理由も無い。二人にそう思わせるのは、単に白銀の人徳が高さ故だろう。三人は生徒会室から中庭に場所を変えて相談に応じる事になった。

 

 

「それで相談って何? まさかとは思うけど、お金を貸してとかだったら断るよ」

「え? そうなんですか? だとしたら、僕は力になれませんよ」

「違うから!! 確かに貧乏だけど、そんな事を人にお願いする訳ないだろう」

 

 

 鷺宮の言葉に白銀は強く否定した。鷺宮の言葉を信じたのか。心なしか石上の視線が冷たいと感じるのは気の所為ではないだろう。無論、石上も本気にしている訳ではない。だが、何とも生々しい冗談という事もあり、半分はお金の無心をされるのではと石上は思っていた。

 

 

「分かってるよ。改めて聞くけど、相談はどんな事なの?」

「…揶揄うのはやめてくれよ。それで相談の内容だが、俺の知人の話でな。何でも知り合いの女の子と喧嘩した様で仲直りしたいと言われたんだ。俺としても助けになりたいが、そういう経験は無いからなぁ。どう答えていいのか分からない。だから、二人の意見というか。知恵を借りたいんだよ」

「…その言い方だと、僕としては会長の事の様に聞こえますよ」

「うん。現に私の周りでも似たような事があったからね」

「ははは。まさかまさか…。似たような話はあるもんだ。これはあくまで知人の話だよ」

 

 

 苦しい言い訳だ。棒読みで喋る白銀に鷺宮は冷めた目を向ける。事情を知っている分、尚更そう感じていた。事情を知らない石上も白銀の様子を見て、横目で見る視線に呆れの色が浮んでいた。只、世話になっている人ゆえに口にする事はない。これが藤原だとしたら、遠慮なく突っ込んで凹ませていただろう。

 

 

「女の子と喧嘩ねぇ…。具体的に何があったの?」

「俺が聞いた話では、その子の家に訪問した時。相手の子は病欠で臥せっていてな。看病をしていた最中、寝ぼけていたその子がベッドに引きずり込んだらしい。これに一時は理性が飛びそうになったらしいが、知人は必死になって邪な気持ちを抑えて耐えたそうだ。当然、目覚めた後でその事を責められたけど、この出来事は誤解だと分かってくれた。だけど、その事件が尾を引いてるらしく、今でもその子とはギクシャクしてるそうで知人も大分悩んでいた。だから何とかしてやりたいんだよ」

 

 

 相談の内容を語る白銀の言葉はいつになく真剣だった。あの出来事が不運な事故だというのは、鷺宮も理解している。しかし、女性という目で見ればかぐやの気持ちも分かる。仮に自分が当事者としたら、やはり引き摺るだろう。誰も悪くないだけに鷺宮も何と言っていいのか。掛ける言葉が浮ばない。

 

 

「はぁーーーー。何すかそのクソ女はぁ!? クソオブクソじゃないですかぁ」

 

 

 だが、それは鷺宮の場合である。裏の事情を知らない石上は別の感想を抱いたようだ。男の視線で語る為、必然的に件の女子に対して厳しい言葉が飛び出てくる。

 

 

「第一にその子がベッドに引き摺り込んだんですよね? それなのに相手を責めるとか頭がどうかしてますよ。それ以前にモラルが無いっていうか。その女、絶対面倒な性格してますよ。大方、黒髪貧乳かつ無駄に頭が切れるタイプにありがちですね」

「ま、まぁ。その時は病気だったようだし、その女の子も故意でやった訳じゃないでしょ」

「どうですかねぇ。本当は狙ってやったと思いますよ。表では清楚な振りしてる人程、裏ではえげつない事をしてる物ですよ」

 

 

(凄い。全部合ってる。もしかして石上くん。全部分かった上で言ってるのかな? 意外と鋭いし、少し注意しないとその内、四宮さんが白銀くんに好意を抱いてる事がバレそう)

 

 

 勿論、石上の発言は自身の経験則に乗っ取った物である。だが、言葉の内容の全てがかぐやに当て嵌まる事が殆どだった。これによって、鷺宮は石上の洞察力に些か警戒心を覚える。下手をしたら、かぐやと白銀の事だけでなく、鷺宮がかぐやに協力している事も気付かれると思ったから。

 

 

 

「いや、どんな事情があったとしてもだ。やはり男が流されるべきで無かったのかもしれない。その後の事もそうだ。その子に何もしていなくとも、面と向き合う事が出来ていたら…仲直りも早く出来ると思っている」

「うるせぇバーカぁぁぁぁぁ!! 会長、その事で件の男は相手に謝ったんですよね? だとしたら、もう気にする必要ありますか? いいえ。ありません。第一、過ぎた事をいつまで引き摺ってるんだって、話ですよ。一体、誰なんですか? その油汚れの様にしつこい女は? いっそ僕がその男の変わりにビシって言ってやりましょうか?」

「それはやめとけ。お前が悲惨な事になるぞ」

「うん。それに当人達だけで解決するしかないもの。助言はしても介入はやめよう。絶対に!!」

 

 

 話を聞いている内にヒートアップした石上は感情のままに言葉を口にする。普段と違って、勇ましさを見せる石上であるが、これを有言実行をした場合。どうなるかは火を見るより明らかである。その為、白銀と鷺宮は無謀な事をしない様、石上を諭した。

 

 

「確かに関係ない僕が出て行っても意味が無いですよね。鷺宮先輩の手前、こう言うのもあれですが…女子って妙な所で怒るじゃないですか。結局の所、ほとぼりが冷めるのを待った方が良いと思いますよ。別に男側にやましい事が無いのならこれ以上、謝る必要は無いですよ。どの道、男が女の全てを理解するのは無理ですから」

「やましい事か」

 

 

 石上の言葉で白銀はある事を思い出した。それがやましい事に当たらないと思うのは、男側の考えだ。女からしたら、それはやましい事に十分当て嵌まるだろう。ならば、どうするべきか?その答えは既に白銀の中に出来ていた。あとは本人にそれを伝えるだけ。白銀はゆっくり立ち上がると二人に感謝の言葉を口にした。

 

 

「二人共、今日はありがとう。おかげで知人の悩みも解決しそうだ」

「はい。別に対した事はしてませんよ。それでも助けになったなら良かったです」

「そうね。困った時はお互い様だもの。今から知人に会いに行くの?」

「ああ。そのつもりだ。早い方が良いからな。それじゃあ、俺は行ってくるとしよう。二人共、また明日な」

「はい。また明日」

「上手く行く事を祈ってるよ。心から本当に!!」

 

 

 何かを決意した白銀を見送った後、石上がぽつりとつぶやいた。

 

 

 

「会長って、嘘が下手な人ですよね。本人の手前、言えなかったですけど…」

「やっぱり分かるよね。まあ、相談内容は昨日の喧嘩だもの。気付かない方がおかしいわね」

「何にしても、仲直りが上手く行く事を願ってますよ。あの二人が喧嘩してると周りも大変ですし、何より怖い」

「…君は白銀くんと違って素直よねぇ。大丈夫よ。いざって時はやる人だからね。多分…」

「多分って言いましたよね? 今、多分って。それを聞くと凄い不安を感じますよ」

「二人だけならね。只、その場に藤原さんがいたらどうなるか分からないわ」

「ああ~。あの人、場を引っ掻き回すだけであとはそのままですからね。性質が悪いったらありゃしないですよ」

 

 

 何かと首を突っ込んでは荒らすのが藤原。本人としては善意で行っている分、責めようにも責められない。それでいて、憎めない人なのだから余計に厄介なのだ。しかし、二人の不安は杞憂でこの日、白銀とかぐやは無事和解する事に成功し、生徒会は元通りになった。

 

 

 

【本日の勝敗 白銀の背中を押して仲直りをさせた石上と鷺宮の勝利】

 




今回のお話、いかがだったでしょうか?


原作でかぐやの事に触れるお見舞いの回。此処で鷺宮をどう動かすのか、少し大変でした。同じ部屋に居させると既成事実の出来事が無くなり、かぐやと白銀の仲が進展しなくなり、また鷺宮がかぐやの生い立ちを知る機会が無くなってしまう。

結果として上手く書けたと思いますが、多少は強引な展開になってしまったかもしれない。

次回から夏休み編に入ります。此処でもかぐやと白銀の仲が進展する重要な部分なので難しいけど、書くのが楽しみですね。

良ければ感想、評価、お気に入り登録をお願いします。それではまた


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第13話 かぐや様は呼ばれたい/生徒会は出かけたい2/かぐや様は出会えない

最新話、お待たせしました。


GM中、連勤という事と個別にやりたい事があって投稿が遅れてます。


今回は夏休み前の話と夏休みになってからのお話です。


こちらのミスで同じ話を二つ掲載していました。現在は修正済みです。
大変申し訳ありませんでした。


 秀知院学園中等部。それは高等部の校舎から距離5分の場所にある。

 高等部が近い事もあり、中等部からOBを訪ねる生徒も少なくはない。この日も一人の少女が高等部へ足を運んでいた。その少女の名は白銀圭。彼女は生徒会室の前で深呼吸をすると、戸を叩いて来訪を知らせた。

 

 

「はい。開いてますよ。どうぞお入り下さい」

「…失礼致します。私、白銀圭と申します。今、会長の白銀御行は留守でしょうか?」

「あら。ご丁寧にどうも。私は生徒会副会長の四宮かぐやです。会長に用事との事ですが、現在は部活連の会合に出ているので暫くは戻らないと思います。私で宜しければ、変わりに用を聞きましょう」

「良いんですか? それなら宜しくお願いします」

 

 

 白銀を訪ねてきた圭だが、当の本人は留守だった。それを聞いて一旦は出直そうとした時、かぐやが代理として話を聞くと申し出た。圭もかぐやの事は知っており、別段白銀でなければいけない用でもない。渡りに船だと、圭はかぐやの申し出を素直に受けた。

 

 

 

「そういえば先程、部活連の会合に行ってると言いましたよね? その…大丈夫なんですか? 噂では粗相を働いた人がとんでもない場所に送られたと聞きましたよ」

「ああ。その噂は中等部にも届いているんですね。それなら心配はいりません。確かに粗相を働いた人が咎めを受けた事は事実ですが、大体の部分は誇張された噂ですよ。本当は皆さん、優しい人達ですから。それに何かあっても私は会長の味方です。だから不安に感じる事はありません」

「…そうですか。それを聞いて少し安心しました。あんな兄でも私の家族だから心配だったんです」

 

 

 部活連の噂が杞憂だった事に圭はホッと安堵する。家では顔を見る度に悪態を吐く圭だが、本心では頼りになる兄であると思っている。只、それを表に出す事が素直に出来ないのは圭が反抗期だからだろう。一方、かぐやはコロコロと表情を変える圭に見惚れていた。同性であるのに目が離せない。それに誰かに似ている。一体、誰だろうか?と考えを巡らせた時、圭が口にした苗字を思い出した。

 

 

(そういえば、この子が此処に来た時。白銀と名乗っていたわね。じゃあ、この子が会長の妹さん。思えば目元が会長に似ているわ。初めは気付かなかったけど、こうして見ると面影があるものね。そうだ。此処で私が彼女に力を貸して親密になれば、会長の事がもっと分かるかもしれない。将を射るなら馬を射よとも言うし妹である彼女を通じて、会長の家族とも交流が生まれる筈。そうしたら会長との距離も縮まって、自然と名前で呼び合う仲になれる。ならば、この子に姉と呼ばれる様になりましょう)

 

 

「此処の箇所で助言を貰いたいんですけど…」

「どれどれ? えっと此処はですね」

「そこの計算は合ってるけど、表記にゆれがあるのが駄目かな。それと予算の減額を提示するなら、前年比との比較があると分かりやすいよ」

「成程。それなら此処は直した方が良いんですね」

「そうそう。あとはこの表だけど、マクロ機能を使う方が良いよ。それで入力ミスも防げるし、作業の時間短縮になるし確認も楽になるからね」

「そういうやり方もあるんですね。参考になります」

 

 

 圭を利用した企みを思い付くかぐや。だが正直な話、この計画は穴だらけである。そもそも生徒会室に居るのはかぐやだけでなく、圭が生徒会を訪ねたのは会計として意見を聞く為である事。当然、かぐやの意見よりも同じ役員の方が適切な助言が出来る。そうなれば、かぐやの出番は微塵もなく、二人のやり取りを見ている事しか出来ない。

 

 

 

 しかし、これで諦めるかぐやではない。出来る女としてのアピールが無理なら、それよりも近い関係。即ち友達として歩み寄ろうと路線を変えた。かぐやの脳裏では休日に圭とショッピングに出かける妄想が展開されていた。妄想の中でかぐやは圭と名前で呼び合い。歳の離れた友達として振る舞っている。そこから白銀家の家族とも付き合う様になって、ゆくゆくは親公認として会長の恋人になる。人が聞けば、ドン引きする程の妄想だが、家族や同年代の友達と触れ合う機会がかぐやは殆ど無い。そういう事情からこういう展開を強く望んでいた。

 

「こんにちは。遅くなってすみませんでした~」

「私も遅くなってごめんなさい」

「あら、二人共。こんにちは。別に構いませんよ」

 

 思い立ったら吉日。早速、友達作戦を実行しようとした時、新たな来訪者が訪れた。そう。嵐を呼ぶ女藤原とそれに巻き込まれる女の鷺宮である。出鼻を挫かれた事にかぐやは内心、舌打ちしながらも二人に挨拶を返した。それに続いて藤原が圭を見た時、パッと表情を崩して圭にに話しかけた。

 

 

「あ、圭ちゃんだぁ!! こんにち殺法!!」

「こんにち殺法返し~」

「え? 何それ? 二人共、一体何をしてるの?」

「ああ。これは私と圭ちゃんで決めた挨拶ですよ。仲良しの証としてやる事にしてるんです。ね、圭ちゃん」

「はい!! 最初は恥ずかしかったけど、今は慣れて出来る様になりました」

「…そう。所で圭ちゃんは何しに来たの?」

 

 

 圭と藤原が交わした謎の挨拶。これに思わず突っ込む鷺宮であるが、理由を聞いてもその感性は理解出来る物では無かった。藤原流の挨拶はともかく、圭がいる理由を鷺宮は尋ねる。

 

 

「はい。実は会計の書類を会長に見せて、助言を貰う為に来たんです。でも、変わりに会計の人に助言を貰ったんですよ。あれ? あの人がいない。お礼をまだ言って無いのに」

「ああ。石上くんなら私達が来た時に帰ったよ。まあ、お礼は私から伝えておくから大丈夫よ」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 

 無論、鷺宮の言葉は半分嘘である。藤原は気付いていないが、石上が帰った理由はかぐやにある。そう。自分の出番を奪い、出鼻を挫いた石上をかぐやは昏い眼差しで睨んでいた。当然、石上はかぐやの邪魔をするつもりは無い。単に悩んでいる後輩を手を差し伸べただけなのだが、それを評価されない事が石上の不運な所である。

 

 

 

 偶然にも目撃した鷺宮はすごすごと帰る石上を不憫に感じていた。

 

 

「ところで藤原さん。白銀さんと仲が良いみたいですが、お知り合いなんですか?」

「ええ。実は圭ちゃん。妹の萌葉と同じ学年で時折、ウチへ泊りに来るんですよ。その時、意気投合しまして今では友達として付き合いがあるんです」

「そ、そうですか。友達として…付き合いがあるんですね」

 

 

(何てこと。折角、友達として接する計画があっさりと潰されるなんて…。藤原さん、貴女って人は何処まで私の邪魔をするんでしょう。陰でこそこそと卑怯でずる賢いドブ鼠。全く油断も隙もありませんね。だけど、まだ家族ぐるみの付き合いが残っている。先輩や友達関係よりも難度は高いですが、四宮たる私に不可能はない。この立場だけは絶対に譲らない)

 

 

「そういえば、鷺宮先輩。この間、兄の見舞いに来てくれましたよね。此処で言うのは少し照れ臭いけど…あの時、お姉さんが出来たみたいで嬉しかったです。機会があったら、また来てくださいね」

「あはは。そう言われると私も照れ臭いなぁ。分かった。暇が出来たらまたお邪魔するわね」

「あーーー。鷺宮さんってば、狡いですよぉ。私だってお姉ちゃんポジションなんですからね~」

「分かってるよ。でも、千歌姉はお姉さんというより、お姉ちゃんって感じかな。そして鷺宮先輩はお姉さんって感じだよ」

「ふふふ。それって、何か違いがあるの? 余り変わらないと思うよ」

「え~。大分違いますよ。まあ、違いの説明は難しいですけど」

 

 

 三人が和気藹々と会話に興じる中。蚊帳の外に置かれたかぐやは深い絶望と怒りを感じていた。

 

 

(藤原さんだけでなく、鷺宮さん。貴女まで私から欲しい物を悉く奪っていくんですね。それに私に黙って会長の家にお邪魔したですって? そんな話を私は聞いてませんよ。貴女、私に協力する振りして実は会長を私から奪おうって魂胆なんじゃないの? 思えば、最近はチラチラと会長に視線をやってますものね。陰で私を嘲笑う薄汚い外道。地球の癌と呼ぶに相応しいわね)

 

 

 怨念の籠った呪詛を胸中で吐き出すかぐや。心なしか鷺宮を見つめる瞳に闇が渦巻いているのは気の所為ではないだろう。しかし、そんなかぐやに藤原がある話を持ち掛けた。

 

 

 

「そうそう。かぐやさーん。今度、夏休みに私と萌葉。それと鷺宮さんと圭ちゃんでショッピングに行く予定なんですが、かぐやさんも一緒に行きます?」

「勿論よ。是非、ご一緒させていだきます!!」

「四宮さんも参加するのね。そういえば、皆で遊ぶのは初めてだし楽しみだわ」

 

 

 この誘いにかぐやは迷う事なく頷いた。先程と違い、かぐやの表情は太陽の様に明るい。幸いな事にかぐやが暗い顔をしていた事は誰も気付いていなかった。こうして夏休みに会う約束を取り付けたかぐやは、終始ご機嫌な様子であった。

 

 

 この日の夜。来たる日に想いを馳せ、浮かれるかぐやを早坂は優しく見つめていた。

 

 

【本日の勝敗 目論見は失敗したが友達と遊ぶ約束をしたかぐやの勝利】

 

 

 

 

 

 一学期の終了に合わせて来たる夏休み。多くの学生が何よりも待ち望んだ瞬間である。それは秀知院生徒会でも例外ではない。全ての活動を終えた後、生徒会室に戻った役員一同は浮かれていた。

 

 

「今学期の活動は全て終了した。そして明日から夏休みだ。いやぁ。これで暫くはゆっくり出来るな」

「そうだね。姉妹校の歓迎会やら部活動の予算会合とか、ハードな仕事が多かったもんね」

「確かにな。そういや、皆は夏休みの予定はあるのか?」

 

 

 今までの活動を振り返って、話を咲かせる中。白銀はふと役員達に予定の有無を尋ねる。それは何気ない話題に思えるが、白銀にはある思惑があった。

 

 

「私は買い物をする程度ですね。特に大きな予定はありません」

「私も似た感じかな。暑い中、外に出たくないからね」

「同感ですね。昨今は熱中症で倒れる人が老若男女関係なく、増えてますからね。無駄に外出するよりも家でゆっくりしてた方が無難ですよ」

 

 

 白銀の問い掛けに鷺宮達は三者三様の返事を返す。この有様に白銀は思わず苦笑した。しかし、これでは話が進まない。目的を果たす為、強引にでも話を進めるべきだろう。そう判断して白銀は以前、鷺宮達と交わした旅行の話題を切り出した。

 

 

 

「ところで夏と言えば、皆でぱーっとやるのが定番だよな?」

「あ、そうですね。夏にしか出来ない事や行けない所に行くのも良いですね」

「ああ。そうだな。仲間内で遠出するのも夏ならではだよな」

「はい。なので…私は明日からハワイ旅行に行くんですよ。もう待ち遠しくて仕方無いです~」

「そ、そうか。それは良かったな。思う存分、楽しんで来いよ」

「ええ。旅行は良いものですよね」

 

 

 白銀の話題に案の定、藤原は食い付いてきた。そして上手い事、皆と旅行に行く方向に話を持って行こうとしたが、その企みは藤原にあっけなく叩き潰された。それ処か、白銀達を差し置いて1人だけ旅行に行く始末である。流石の白銀もこれには苛立ちを隠せず、眉間に皺を寄せる。しかし、当の本人はあっけらかんとした様子で白銀の事など、一切気にしていない。それがまた苛立ちを覚える悪循環となっていた。

 

 

 こうなった以上、自分では手に負えない。白銀は藤原の友達であるかぐやに助けを請う視線を送るが、かぐやは魂の抜けた表情で虚空を見つめている。当のかぐやも白銀と同じく旅行へ行くプランを立てていた。だが、自分から行きたいと口にする。それはかぐやが白銀と旅行に行きたい。即ち、告白したも当然と白銀に敗北した事になる。故に藤原を利用する策を講じていたが、その策は既に破綻している。最早、打つ手はない。そんなかぐやに出来る事は心を無にして現実逃避のみ。

 

 

 

(四宮のあの表情。まるで廃人そのものだな。くっ、頼みの網がこれではどうしようもない。まあ、元より皆で旅行する自体が難しいからな。しかし、生徒会を支えてくれる皆と思い出を作りたいのも事実だ。何とか四宮を誘いつつ。全員で出来る事は無いものか……。そうだ。泊まりは無理でも日帰りならいくらでも方法はある。それに藤原書記がハワイから戻る日を聞いてみるか。一人だけ除け者にする訳にいかないしな)

 

 

「そういや、藤原書記はいつ日本に戻るんだ? 海外で思い出作りもいいが、国内でも楽しい事はいくらでもあるだろう?」

「何を言ってるんですか!! 来年は私達、受験のシーズンですよ。この夏が一番重要な時期なのに遊びに現を抜かしては駄目でしょう」

「お、お前なぁ。旅行に行く癖して良く言えるな」

「同感。だったら、遊ばないで勉強したらいいじゃない」

「勿論やりますよ。だからこそ、遊ぶ時は遊ぶ。勉強する時は勉強する事でメリハリを付けてるんですよ。テストでの順位は下がってますけど、私の成績自体は変わらない事を忘れてはいませんか? 馬鹿にしたら駄目ですよ」

 

 

 

 

 何とか生徒会の皆で思い出を作りたい。その一心で白銀は再び藤原に話を持ち掛けるが、当の藤原は遊びに現を抜かすなと言う始末。流石に理不尽と感じたのか。傍観に徹していた鷺宮も白銀の援護に回った。だが、藤原がこの程度で止まる訳もなく、逆に開き直って言い返して来た。藤原の言う通り、テストの順位は下がっているが成績は高評価なのは紛れもない事実。反論の余地が無い為、白銀も鷺宮も黙るしか無く、悔しそうに顔を歪める。

 

 

 

 そんな二人を未だに無の境地でかぐやが見つめていた。しかし、この状況を打破する者がいた。

 

 

「藤原先輩の言い分も分かりますけど、僕は思い出作りに賛成ですよ。先輩達は来年の受験で忙しいからゆっくり遊ぶ時間なんて無いでしょう?」

「そうね。それを考えると遊べる時間は今しか無いわね」

「ああ。だとしたら、夏祭りなんてどうだ? 8月の終わりに市が開催するそうだ。場所も近いし、無駄な費用も掛からん。祭りの最後に花火も打ち上げるようだし、一夏の思い出作りに打って付けだな」

「あー それは良いですねぇ~。私も行きたいですよ」

「え? 受験の心配は良いの? 遊ぶのは駄目って言ってたのに」

「いいじゃないですか~。皆で思い出作るのに無粋な事を言うのは無しですよ」

「そうですよ。藤原さんの言う通りですね。大事なのはメリハリですよ」

「いや。ハワイに行ってから祭りに来る時点で遊びっぱなしじゃない」

 

 

 

 あっさりと掌を返す藤原に鷺宮が指摘するも本人は何処吹く風といった様子であった。それにかぐやの援護射撃もあって、勢い付いた藤原に何を言っても効果は無い。思う所は只あるが、楽しそうな雰囲気を壊すのは無粋と思い、鷺宮は口を閉じる。

 

 

 だが、綺麗に話が纏ろうとしていた時。それを台無しにするのが藤原という女。彼女は何かを思い出して手帳を開き予定を確認した後、表情を曇らせながらある事を口にする。

 

 

「あ、駄目です。その日、私はスペインでトマト祭りに行く事になってます」

 

 

 あろう事か更なる旅行に出かけると言い放った。これには白銀も堪らず、苛立ちで顔を歪める。それもそうだろう。遊びなと叱咤する本人は旅行三昧で遊び放題。そんな藤原に鷺宮と石上も呆れた視線をむけていた。一方、かぐやは藤原の甘言で無心の境地が崩された事に頭を抱えていた。それに白銀が気付いていないのがせめてもの救いであろう。

 

 

 

「ま、まさかと思いますけど。私抜きで夏祭りに行ったりしませんよね? そんな酷い事をするんですか?」

「え? 普通に行きますよ。先輩だけ祭に行くのに僕らに祭へ行くなと言う方が酷いじゃないですか」

「同感。それが嫌ならハワイに行かなければいいのよ」

 

 

 石上と鷺宮。二人の息があった言葉責めに藤原も言い返す言葉が無く、終いには泣き出して生徒会室を飛び出して行ってしまった。無論、立ち去る際に石上に悪口を忘れず言う辺り、余裕はあったのだろうがそれは本人しか分からない。

 

 

「も、もしかして僕はまたやってしまったのか?」

「大丈夫。君は何も悪くない」

「ああ。鷺宮の言う通り、石上が気にする事はない」

「ええ。今回ばかりは貴方が正しいわ」

 

 

 落ち込み自分を責める石上に鷺宮達は優しく慰める。何せ、石上の言ってる事は正論であり、三人が言う様に気にする必要は無い。何やかんやで男と女の夏休みが始まりを迎えた。

 

 

【本日の勝敗 藤原以外全員勝利】

 

 

 

 

 夏。それは太陽が燦々と降り注ぎ、人の心を解放させる。多感な少年少女が恋に落ちて、男女の仲になるのも夏の定番イベントであろう。しかし、これは意中の相手が互いに接する機会がある場合に限られている。当然ながらその機会もなく何も行動しなければ、ドキドキの展開など起こる訳がない。

 

 

 

 言うまでも無いがその人物とは白銀である。夏休みに入って半月。経済的な状況から外出する事もなく、唯一外に出る機会といえばバイトの時だけ。それ以外は家で勉強に明け暮れる毎日であった。無論、この間にかぐやと接する事はおろか、会話したりメール等のやりとりは一切ない。何とも退屈な夏休みを過ごしていた。

 

 

 

「四宮のやつ。今頃、何をしてるんだろうか? 金持ちのアイツの事だ。何処か豪華なリゾートでも言ってるんだろうなぁ。はぁ、つまんねー夏休みだな」

 

 

 白銀は自室で寝転びながら本音を漏らす。早く夏休みが終わればいい。心の中で白銀は強く感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、当のかぐやも白銀と同様の毎日を過ごしていた。親しい友人である藤原は海外旅行に行っている為、会いに行く事は出来ない。もう一人の友人である鷺宮と出かけようと考えたが、奥手な事もあって鷺宮をどう誘えばいいのか分からない。結局、何も行動出来ないまま時間だけが悪戯に過ぎていく。そんなかぐやを見兼ねて、早坂は主に一つの提案を持ち掛けた。

 

 

「毎日、部屋でごろごろしていては体に毒ですよ。偶には外に出て、気分転換したらどうですか?」

「何処に行けと言うのよ。生憎、欲しい物は無いし行きたい所も無いわ」

「誰かを誘えば良いじゃないですか。鷺宮さんでも良いですし、いっその事、会長を誘うというのもありですよ」

「はぁーーーー。早坂、貴女は何を言ってるの!? そんなはしたない事を私がする訳無いでしょう!!」

「……相合傘したいが為に車をパンクさせたり、会長に携帯買わせる為に大勢を振り回した人の発言とは思えませんね。普段の無駄な行動力は何処へ行ったんですか? 待ってるだけでは進展しない事もあるのはかぐや様もご存じでしょう? 此処は勇気を出して一歩動きましょうよ」

「そうですね。少し学園に行ってくるわ。確か図書室は開いてるでしょうから、何冊か本を借りて来ます」

 

 

 早坂の一言はかぐやの背中を押すには十分な効果を持っていた。重い腰を上げたかぐやの身嗜みを早坂は慣れた手付きで整えていく。この奥手で可愛い主人に良い事があります様に。そんな願いを籠めながら髪を梳いた後、早坂はかぐやを送り出した。

 

 

 

 

 

 その頃、鷺宮は秀知院へ向かっていた。目的は借りた本の返却と新たな本を借りる為である。

 

 

「あ~。暑いなぁ…。毎日嫌になるわね」

 

 

 照り付ける日光は日傘で避けているが、空気を焼く様な暑さはどうにもならない。それ故、自然と熱さに対する不満を漏らす。そうして秀知院に着いた鷺宮は校門を見張る教員に挨拶を交わし、図書室に向かう。中には図書委員がおり、返却手続きを済ませて借りた本を手渡すと次に借りる本を選定するべく室内を見て回る。

 

 

「あら? 鷺宮さん。どうして此処に?」

「……四宮さんこそ、図書室に顔を出すのは珍しいね」

 

 本を選んでる最中、唐突に声を掛けられ振り返った先に居たのはかぐやの姿。普段、図書室を利用しないかぐやに鷺宮も目を丸くして驚いていた。

 

 

「私も本を借りに来たんですよ。まあ、生徒会に顔を出したついでにね」

「そうなんだ。じゃあ、私と本選びでもする?」

「ええ。私は構いませんよ。その変わりと言っては何ですが、面白い本を教えてください」

「いいわよ。お勧めなら沢山あるからね」

 

 

 

 偶然あった二人は図書室で会話に花を咲かせていた。今まで退屈だった日常も今日だけは楽しいと思うかぐやであった。その後、二人は互いにお勧めの本を教え合い、それを借りて家路に着いた。この時、生徒会室で一人項垂れる白銀に気付かなかった事で、かぐやと白銀のすれ違いが続く事となる。

 

 

【本日の勝敗 白銀とかぐやは出会わない為、不成立】

 




今回のお話、いかがだったでしょうか?


夏休み。スタートダッシュに失敗すると暑いだけの退屈な毎日になりますよね。
まあ、当時は家に籠ってゲーム三昧だったので自分は最高でしたが(笑)


すれ違いで会えない白銀とかぐやは夏の思い出を作れるのか?その為に陰で尽力する鷺宮はさぞ、大変な夏になるでしょう(確信)


次回も引き続き、夏のお話となります。
最後に感想、評価、お気に入り登録などをお待ちしています。宜しければ、お願いします。


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第14話 鷺宮は一緒に食べたい/鷺宮は帰省したい/鷺宮は勇気を出した

最新話。お待たせしました。


今回は主にオリジナル展開の話になってます。


それと新たなにアンケートを実施します。内容は投稿する際の話の数について。
期限は5月16日(土)の23:59までとします。

設定ミスでアンケートが反映されていませんでした。
その為、一日期限を延ばします。大変申し訳ありませんでした。


 ある日の昼下がり。鷺宮が部屋で寛いでいると携帯が音を立てる。

 一体何事だと携帯を手に取って、確認すると一通のメールが届いていた。送り主は藤原で日本に帰国した事。そして暇を持て余している為、何処かに食事に行こうというお誘いの内容であった。幸い、鷺宮も特に予定がない事もあり、藤原と遊ぶ良い機会だと誘いを受ける事を決めて了承の返事を返した。

 

 

 その後、待ち合わせ場所と時間が記載されたメールが届く。時計を見れば、約束まで1時間の猶予がある。この間に借りた本を読み終えてしまおうと鷺宮は閉じた本を開いて読み始めた。

 

 

 

 

 約束の時刻になり、待ち合わせ場所に来た鷺宮。そこで藤原の姿を探していると自分を呼ぶ声が響き。声の方へ向けば、いつもと変わらぬ藤原に鷺宮も笑みが零れた。

 

 

「鷺宮さーん。こっちですよ~」

「久しぶりだね。ハワイの方はどうだった?」

「はい。最高でしたよ!! 青い空に透き通った海。イルカと泳いだり、美味しい物を味わったりと天国でした」

「話を聞くと本当に楽しそうだよね。海外旅行に行ける藤原さんが羨ましいわね」

「えへへ。だったら、私達が大人になった時。かぐやさんと私と鷺宮さんの三人でハワイに行きましょう。きっと良い思い出になりますよ」

「ああ、それは良いわねぇ。その日が来るのが楽しみだわ」

 

 

 

 明るくハワイに行った話をする藤原。普通であれば、この手の話題は嫌味に聞こえる物だが、それを感じさせないのは藤原の魅力と言えるだろう。暫し、談笑した後。二人は目的の店に向かって移動する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 都会の路地裏、仕事終わりの会社員達で賑わう道を一人の中年が歩いていた。

 彼の名は小田島三郎。しがない中間管理職を務めるサラリーマンである。この日、三郎は趣味のラーメン屋巡りに来ていた。その彼が選んだのは路地の一角に建つラーメン屋であった。引き戸を開いて中に入れば、ラーメン屋独特の臭いが空腹を刺激し、食欲を増幅させる。

 

 

「お客さん、ご注文は?」

「豚骨醤油薄め、麺は固めで!」

 

 

 三郎はカウンター席に腰掛けて、慣れた様子でラーメンを注文する。注文を聞いた店主は静かに調理を開始した。その直後、戸が開き新たな客が姿を見せる。それは二人の少女だった。一人は長い黒髪の眼が凛々しい少女、もう一人は日本人らしからぬ桃色の髪に天然そうな少女。

 

 

 

 この店に似合わぬ可愛らしい来訪者に三郎は歪んだ笑みを浮かべる。別に誰が訪れても不満はない。それは三郎も理解している。ならば何故、少女達を意識するのか。それは三郎の趣味が関わっている。先に述べた通り、三郎の趣味はラーメン巡りであるが、同時に店へ訪れた客の品定めもその一つである。

 

 

 

「鷺宮さん、何を食べます?」

「そうね。私は塩ラーメンにしようかな。麺は普通でいいわ」

「私は豚骨醤油の薄め、麺はバリカタで」

「毎度。塩ラーメンと豚骨醤油の薄めですね」

 

 

(一方は違う様だが、あの桃色の少女。麺の固さはともかく、味の方はこの店の最適とも言える注文をしたな。これは単なる偶然か?いや、この店は一見して女性が入り辛い場所にある。時間もさる事ながらふらりと寄ったとは思えない)

 

 

 

 二人の注文を聞いていた三郎は藤原に注目した。何せ、藤原は三郎と同じ注文をしたのだ。これは、藤原が食に精通した人物なのでは?と、そう思った為である。しかし、麺の固さに於いては別であった。この事から思い過ごしであると、三郎は確信する。

 

 

「へい豚骨醤油の薄め 固めお待ちどうさん」

「…どうも」

 

 

 出来上がったラーメンを前に三郎は顔を近づけて臭いを嗅ぐ。濃厚な豚骨の臭さと仄かな醤油の香り。これが程よく混ざり合っている。続いて蓮華でスープを掬い、一口啜る。すると口に広がるのはガツンとした豚骨の味とあっさりした醤油の味わい。これが三郎の舌で踊って何とも言えない感覚を三郎に与えた。

 

 

 

「あ、ラーメンが来ましたよ。早速食べましょう~」

「凄い嬉しそうだね。そんなにラーメンが食べたかったの?」

「実はそうなんです。ハワイでもラーメン屋はありますけど、向こうの人に合わせてるから好みの味が食べれなくて辛かったんですよ」

 

 

 二人の会話が三郎の耳にも届いてきた。どうやら、桃色少女は海外へ行っていた事が話から分かった。それを聞きながら、三郎は内心で舌打ちをする。昨今の子供は海外旅行に行く時代なのかと妬みと羨望の気持ちからであった。だが、今はそんな事よりも目の前のラーメン。これを堪能するのが先決。気持ちを切り変えて三郎は箸を取りラーメンを一撮みし、口へゆっくりと運ぶ。スープが染みた麺を堪能した後、お冷で舌に残った油を流し込む。これを繰り返して食べるのが三郎の流儀である。

 

 

 

 その最中、件の少女達が注文したラーメンが出来上がる。二人はどのように味わうのか。チラリと視線を向けると目に映った光景に驚いた。

 

 

(鷺宮と言う子は普通に食べているが、ミニラーメンとは面白いな。本来、豚骨は汁に浸して濃厚な味を楽しむ物だ。しかし、蓮華に具と麺を乗せて豚骨の全てを楽しむのも正解の一つだ。やはりあの桃色少女はラーメンの食べ方を熟知しているのかもしれん。それにあの食べ方ならバリカタであっても問題はない。俺も幾度なくラーメンを食べてきたが、ああいうやり方はしないからな)

 

 

 

 自分のラーメンを食べながら、三郎は桃色少女の食べ方を評価していた。されど一度に多くを楽しめるミニラーメンであるが、一つだけ欠点がある。それは具の枯渇。どのラーメンにも入る具は一定量と決まっている。それ故、具を消費する食べ方をしていれば食べ終わる前にそれが訪れてしまう。この事に三郎は藤原の出方を待っていた。備え付けの具は無いが、テーブルには唯一の具であるニンニクが置かれている。それを使えば具の補填が出来る上にラーメンを更に堪能する事が可能だ。しかし、問題があるとすればやはり臭いであろう。ニンニク特有の臭いは女性にとって、何よりの大敵だ。

 

 

 無論、一部の店では無臭ニンニクを扱っている事も存在している。だが、この店はラーメンの味を引き出す為に店主が拘ったニンニクを置いており、味だけでなく臭いもキツイ一品であった。

 

 

「あ、此処はニンニクが置いてあるんですね。鷺宮さんはどうします?」

「私は要らない。塩ラーメンに合わないだろうし、というより藤原さんは入れるの?」

「はい。中々、こういうの無いし、何よりもニンニクを潰すのって楽しいんですよ~」

 

 

 そう言って、藤原はニンニクを迷う事無く、ラーメンに投入する。この思いきった行動に鷺宮と三郎。果ては店主まで驚愕した。そんな三人の様子などお構いなしに藤原は残った麺を豪快に啜り、挙句の果てに残ったスープまで勢いよく頬張っていく。

 

 

(な、何という少女だ。臭いのきついニンニクを迷わず入れるだけに留まらず、あの食いっぷり。まるで昔の俺の用だ。はぁ、そういえば昔は仲間とよく食べていたな。その頃はおかわりは勿論、ニンニクなんかも平気だったのに今では一人寂しく食べるだけだからな)

 

 

「そういえば、鷺宮さんって…ラーメンの食べ方に流儀とかあるんですか?」

「ううん。別に無いわよ。第一、食べ方なんて自由じゃない。それを評価して周りに押し付ける人って、嫌いだからね。そういう人って、実は周りからかなり嫌われてるものよ。大方、誰かを誘っても来てくれず一人で食べる事が多いと思う」

「あ~。何となく分かりますね。私もこれが正しい食べ方だ!とか言うタイプの人は大嫌いですよ」

 

 

 

 ラーメンを食べ終わり、談笑する二人の言葉は鋭利な刃物となって、三郎の心に突き刺さる。二人の言っている事に少なからずとも、三郎は心当たりがあるからだ。

 

 

(押し付ける奴は嫌われるか。思い返せば、以前はよく一緒に食事していた部下も同僚も最近は俺の誘いを断ってばかりだ。俺としてはラーメンを楽しく食べて欲しい一心で言っていたが、相手からしたら迷惑な行為だったんだな。こうしてあの子達の話を聞くまで気付かないとは…俺も駄目な大人になっちまったもんだ。昔は絶対、こうはならないと決めていたのによ。まだやり直せるなら以前みたいに仲間内で食事を楽しみたいものだな)

 

 

 

 そして会計を済ませ、立ち去る二人を三郎は静かに見ていた。忘れていた何かを思い出せてくれた事に心の中で感謝を述べていた。

 

 

 

「ねえ、藤原さん。さっきから変なおじさんがチラチラ見てたけど、あの人は知り会いだったりする?」

「いえ。全く知らない人ですね。私も気付いていましたけど、怖いから無視してたんですよ」

「そっか。最近は暑いし、変な人が多いのかもね。時間も遅いし、今日はもう帰ろう」

「はい。私もお腹いっぱいで眠くなってきました」

 

 

 店の外で鷺宮と藤原が三郎を変なおじさん呼ばわりしていた事を知らないのが、三郎にとって今日一番の幸運だったのは言うまでも無い。その帰り道、二人は偶然にも遊んでいた白銀と石上に遭遇した。その際、石上から渡された息ケアで藤原が口臭を振り撒いていた事に気付き、涙を浮かべる事になったのは別の話。

 

 

 

【本日の勝敗 食事を楽しんだが息ケアを怠った藤原の敗北】

 

 

 

 

 朝 いつもと変わらぬ時間に鷺宮は目を覚ます。ベッドから起き上がり、グッと背伸びをし残る眠気を追い出した後、部屋の窓を開けて空気を入れ替える。夏でも朝は空気も冷たく、これを堪能するのが朝の楽しみでもあった。

 

 

 そして着替えを済ませた鷺宮がリビングに降りると、既に朝食が用意されていた。すぐ傍には両親が書いたメモを置かれている。メモに目を通せば、朝食をしっかりと食べる事の他、今日の夜に母の実家に行くので外出はしない様に書かれていた。

 

 

「参ったなぁ。今日は藤原さん達とお出かけなのに。でも、親の言い付けも無視する訳にいかないか。仕方無いけど藤原さんの用事は断ろう」

 

 

 友人との買い物と母の用事。二つを天秤に掛けてみるも、当然ながら親の用事が優先される。鷺宮は藤原に断りのメールを転送する。返事はすぐに返って来て、残念と思っているのが文面から伝わって来る。それに申し訳ないと思いながら、鷺宮は用意された朝食を食べ始めた。

 

 

 

 

 

 時同じくして、かぐやの方も藤原達との買い物に心を躍らせていた。朝早く起きては何着も試着し、買い物に出かける服を選んでいた。漸く着ていく服が決まった時、かぐやの部屋にノックの音が響く。こんな時に何の用であろうか?水を差された事に多少、気分を害しながらかぐやはドアの外にいる人物へ返事を返す。

 

 

 

「いますよ。どうぞ入って下さい」

「失礼致します。かぐや様、本家より通達がありまして。今日中に京都の本邸へ来る様にとの事です」

「随分と急ですね。明日では駄目でしょうか?」

「なりません。雁庵様直々の命ですので、ご了承下さい」

「……分かりました。出発はいつです?」

「昼食の後、出発予定です」

「分かったわ。もう下がって結構よ」

「はい。では、これで失礼致します」

 

 

 

 かぐやに要件を伝えた執事は、恭しく礼をして部屋から立ち去った。本家からの用事が入るのはいつもの事だ。頭では十分に理解している。しかし、かぐやも年頃の少女。初めて出来た友達と仲良く買い物に行く機会は殆ど無いかぐやにとって、誘いを断る事は何よりも辛かった。

 

 

 

 

「……早坂、貴女も準備しておきなさい」

「分かりました。それでは失礼します」

 

 

 

 沈んだ様子のかぐやに早坂はかける言葉が浮ばない。今は下手に慰めるより、そっとする方が良いだろう。そう判断して早坂は静かに部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、言い付けを守って家で過ごしていた鷺宮は本を読んでいた。ふと時間を見れば、12時を過ぎている。暫し呆けていたが、ハッとある事に気付いて鷺宮は慌てた。後々、やろうと思っていた出かける仕度を全くしていなかったのだ。実家の京都まで行くとなれば、日帰りという事は在りえない。当然、数日間は泊まる事になるだろう。

 

 

 

「やらかしたなぁ。今から用意して間に会うと良いけど…」

 

 

 鷺宮が準備を始めた時、帰宅した両親の声が聞こえて来た。最悪のタイミングだと頭を抱えたが、無視する訳に行かない。多少の小言を覚悟して鷺宮はリビングへ向かう。そこには父の幸太郎と母の秋葉の姿があった。

 

 

 

「お帰りなさい。今日は何時頃に出発するの?」

「ただいま。13時に出発するわよ。どうせ、まだ準備してないんでしょう?」

「う、今からやろうと思ってたの!!」

「はいはい。そうだ。昼食代わりにパンを買って来たわ。それを食べたら、すぐにやりなさい」

「はーい」

 

 

 

 秋葉の小言に鷺宮は言い訳するも、秋葉には通用しなかった。図星を突かれた以上、言い訳しても意味が無い。寧ろ、言い返そうものなら更なる小言が飛んでくる。そうなれば、お互いに熱くなって喧嘩になりかねない。折角、家族と出かけるというのに険悪な雰囲気になっては台無しである。此処は素直に引き下がった方が得策と鷺宮は秋葉が買ってきたパンを手にすると部屋に戻って行った。

 

 

 

 適当な着替えと退屈凌ぎの本を数冊を鞄に入れて、鷺宮は準備を終える。あとの問題はコロンの事だ。数日とはいえ、家を留守にする。その間、世話をする事が出来ない。今から誰かに預けるにしても、急な話では引き受けてくれる人はいないだろう。どうしようかと頭を悩ませるが答えは出ない。そんな時、部屋にやってきた秋葉が悩む鷺宮に言葉をかけた。

 

 

 

「璃奈。コロンの事だけど、連れて行ってもいいわよ。先方にその事を伝えたら、大丈夫だって言ってたから」

「本当!! 良かった。どうしようかと悩んでいたから」

「その代わり、こっちのケージに入れて頂戴ね。コロンは窮屈かもしれないけど、我慢してもらわないと」

 

 

 そう言って、渡されたのは今よりも小さい鳥かご。確かに体格の大きいコロンには窮屈かもしれない。だが、一緒に行けるのなら我儘は言えない。鷺宮はコロンを籠から出すと、別の籠に移し替えた。幸い、コロンも嫌がる事はなく、素直に籠に入ってくれた。呑気に毛繕いする様子に思わず笑みが零れる。

 

 

 

 その後、鷺宮は時間が来るまで両親と談笑していた。やがて出発の時間が訪れ、部屋の戸締りを確認してから父の車に乗り込み。京都に向かって出発した。

 

 

 

【本日の勝敗 勝負が発生しない為、不成立】

 

 

 

 夕方、陽が沈む頃。鷺宮達は京都へ到着した。車から風景を眺めていると、徐々に古民家が目立つ様になってくる。風情を感じさせる和菓子屋に料亭など。如何にも京都らしい光景に鷺宮は自然と見惚れていた。

 

 

 流れる風景を見つつ車に揺られる事、数十分後。目的地に着いた様で車が止まった。一体、どんな所なのか。初めて訪れる実家に興味津々の鷺宮は我先に車から降りた。そこは大きな門を構えた屋敷が建っていた。まるで昔の大名屋敷を連想させる風貌に鷺宮は圧倒された。

 

 

「此処が母さんの実家かぁ。思った以上に大きい家だね」

「そうでしょう? こう見えても京都では一、二を争う家なのよ。今でこそ、苗字が違うけど昔はこの家に生まれた事が私の誇りだったのよ」

 

 

 胸を張って高々に語る秋葉に呆れた視線を向ける鷺宮だが、内心は母の知らない一面が見れた事を喜んでいた。そこで鷺宮はある事に気付く。そういえば、秋葉はさっき昔は違う苗字と言っていた。ならば、旧姓は何と言うのだろう?気になった鷺宮が家の表札に目を向けて、硬直した。

 

 

 

 その表札には『四宮』の文字が刻まれている。この名に覚えのある鷺宮は嫌な予感を密かに感じていた。

 

 

 

(四宮…ね。まさかと思うけど、あの人とは関係ないわよね? ま、まあ…四宮という苗字は他にもいるだろうし、あの人の家なんて事はありえない。でも、何でだろう。何処となく不安を感じるのは‥‥。悪い予想って、当たると聞くけど今回だけは外れて欲しい)

 

 

「あ、そうそう。私の旧姓ね。あの資産家の四宮なのよ。ああ~。雁庵くんと会うのも久しぶりね。ついでにかぐやちゃんにも会えるといいわね」

「へ、へぇ~。そうなんだ。あはははは。私もかぐやちゃんと会うの楽しみだな~」

 

 

 心で己の予想が外れる様に願うが、現実は優しくはなかった。既に先程までの楽しい気分は消え失せ、京都に来た事を心の底から後悔したが、既にあとの祭りだ。その後、車を駐車場に止めてきた父と合流し、鷺宮は両親のあとを追って四宮本邸に足を踏み入れた。

 

 

 

 中に入ると本邸で働いている侍女が対応してくれた。自分達が来る事は屋敷の侍女全員に通達されており、侍女は雁庵に会いたいという秋葉の要求に頷くと雁庵の部屋に案内してくれた。この展開に鷺宮の緊張はさらに高まった。何せ、日本随一の資産家である四宮家。その頂点に立つ人物との対面。父と母は何度か会った事があるのだろう。緊張した様子はなく、堂々としている。しかし、初めて会う鷺宮はそうはいかない。下手をすれば、一家全員、路頭に迷う可能性が高い。相手はそれが出来る立場の人間だ。いくら母の秋葉が元四宮一族だとしても容赦するとは思えない。

 

 

「雁庵様。鷺宮様ご一行が到着なさいました。秋葉様が雁庵様とお会いしたいとの事ですが、いかがいたしましょう?」

「構わない。部屋に通してくれ」

「畏まりました。それでは失礼いたします」

 

 

 

 案内された部屋の前で侍女が声をかけると、中から威厳を感じさせる声が返ってきた。いっそ、断ってくれと思うが、急な訪問者にも関わらず雁庵は会ってくれるらしい。これに鷺宮は胸中で愚痴を溢していたが、自分達が雁庵の親戚という事を失念している。遠路はるばる来た親戚と会うのは普通の事である。そうして部屋に通された鷺宮達は雁庵と遂に対面する。

 

 

「良く来てくれた。二人が此処に来るのは…かれこれ10年振りか。元気そうで安心したぞ」

「ええ。雁庵様も元気そうで何よりです。今日は娘も連れて来たんですよ。ほら、璃奈。自己紹介しなさい」

「あ、初めまして。鷺宮璃奈です」

「何、硬くなってるのよ。もっと、肩の力抜きなさい」

「いや。別に構わん。何せ、初めて会うのだ。それに家の事を知っているなら、緊張するなと言う方が無理であろう。さて、既にご存じであろうが、私が四宮家の長。四宮雁庵だ。此処にいる間、羽を伸ばすとよい」

「は、はい。ありがとうございます」

 

 

 

 ガチガチに緊張しながら自己紹介する鷺宮に雁庵は予想外にも優しく言葉をかける。思わぬ言葉にまたもや声が上擦るが、それに対しても雁庵は笑うだけで咎める事はしなかった。血も涙もない冷徹な人を想像していただけに拍子抜けしていた。

 

 

 

「それはそうと。璃奈さんは娘のかぐやは知っておるかな? 偶然にも今日、本邸に来ていてな。良かったら会って来るといい。此処にいるよりも楽しめるだろう。私も二人と話したい事があるでな」

「そうですね。良い機会だし、かぐやちゃんと話しておいで」

「ええ、それは良いわね。普段、貴女は家にいる事が多いし、友達を作る良い機会じゃない」

「へ? い、いや。でも、当のかぐやさんがどう思うか。私と話しても退屈なのでは……」

 

 

 何やら、妙な方向へ進み始めた話に鷺宮は焦りを隠せない。この場にいるだけでも気を失いそうな程、胃が痛みを感じているのにこれ以上、胃を痛める事をしたら本気で穴が空く。何としても有耶無耶にして逃れなければ!! 鷺宮は必死に思考を巡らせながら言い訳を考えるも何も浮んでこない。

 

 

「そうか。君なら娘の心を開けると思ったのだが、無理強いは出来ないな。私自身、娘と接しようにも上手く行かなくて困っているんだよ。つい先程、到着したあの子に声をかけようと部屋にいったのだが、本人を前にすると言葉が出ないのだ」

「璃奈! 此処は雁庵さんに手を貸してあげて欲しい。僕はお前を優しい子だと信じているよ。ほら、ついでにコロンも連れて行きなさい」

「う、うん。分かった」

 

 

 最早これまで。この後、どんな言い訳をしても確実にその言葉は潰される。無駄に抵抗して、雁庵の機嫌を損ねでもしたら元も子もない。大人しく言う事を聞いた方が得策ではない。

 

 

 

 観念して首を縦に振った瞬間。悩ましげな表情の雁庵は一転して笑みを浮かべた。見れば両親も同じく笑っている。一連のやり取りが三人の芝居だと知った時は既に手遅れ。鷺宮は込み上げる怒りを堪えながら、案内を申し出た侍女について行った。

 

 

 

 部屋を出てから何度か廊下を曲がった後、侍女は歩みを止める。どうやら此処がかぐやの部屋のようだ。侍女はスッと膝をついて中にいるかぐやに声をかけた。

 

 

「かぐや様。お客様がかぐや様とお会いしたいそうです。今、お時間の方は大丈夫でしょうか?」

「…どちら様ですか? 会うかどうかは聞いてから決めます」

「本日、お越しになられた鷺宮秋葉様の息女。璃奈様でございます。因みに雁庵様も会う様に仰っておりました」

「!? わ、分かりました。通して構いませんよ」

 

 

 会う事を拒否する場合を想定してか、かぐやが断れない言葉を交えて伝える侍女に鷺宮は戦慄を覚えた。あの長に仕えるだけあって、相手が長の娘でも平然と嘘を吐く侍女。無論、かぐやが反応したのは自分の苗字も含まれているのだろうが、『雁庵』と聞いた際。かぐやの声に怯えた色が含まれている事に気付いた。

 

 

「ど、どうも。鷺宮璃奈です。今日はかぐや様にお会い出来て、光栄です」

「では、私は仕事があるのでこれで失礼します」

 

 

 鷺宮が自己紹介した所で、侍女はそそくさと立ち去った。その立ち振る舞いから、侍女も先の芝居に一枚噛んでいるのでは?と疑うが今は目の前で睨みつけるかぐや。彼女を宥める方が先決だ。奥に控えている早坂に目を配るが、知らないと言わんばかりの様子で早坂は目を逸らす。表情と目つきから早坂も怒っているのは明白だ。どうやら、この場も味方はいないようである。

 

 

 深い溜息を吐いた後、事情を説明するべく鷺宮は重い口を開いた。

 

 

 

「今日、此処に来たのは両親――――――母が実家に帰省すると決まったからなのよ」

「それでこの家に? という事は鷺宮さんのお母様って」

「うん。旧姓は四宮だって。これは私も今日、初めて知ったんだよ」

「待ってください。それが本当なら、私と鷺宮さんは親戚という事ですか!?」

「そうなるわね。世間って、広い様で狭いって事を一番実感したわよ」

「思いっきり、重大な話じゃない。さらっと流さないで!!」

 

 

 吹っ切れたのか、淡々と話す鷺宮にかぐやは顔を赤くして怒鳴る。思わぬ事実に困惑しているのは、早坂も同様である。だが、冷静になれば鷺宮とは京都で出会ったのだ。思えば、あの幼稚園は四宮家が経営する施設。当然、四宮家に近しい者に便宜も図る事が可能だ。ついでに鷺宮の母が自分の母と知り会いという事も早坂は知っていた。これらを踏まえれば、鷺宮が親戚である可能性も事前に知りえた筈。それを見落としていたのは、己の未熟さと鷺宮に再会できた事で浮かれていたのが原因だ。

 

 

 

 しかし、早坂はこの事を口にしない。もし…言えば。

 

 

 

【早坂。貴女、何で早くその事に気付かなかったの? 最近、腑抜けているのかしら? それとも度重なる仕事で疲れたの? だとしたら、長い休日を上げてもいいわよ。そうね。誰も来ない無人島なんてどうかしら? 貴女に付き纏うメディア部や貴女の休息を邪魔する人はいないから打って付けの場所ね。まあ、虫や動物が邪魔したり、付き纏ったりするかもだけど。些細な問題よね。行きたくなったら、いつでも手配してあげるから気兼ねなく言って頂戴ね】

 

 

 

 こんな事になり兼ねない。流石に妄想ほど酷い事はしないだろうが、容赦ない事も長い付き合いから知っている早坂は内心、戦々恐々としていた。その結果、無視と黙秘を貫く事にしたのだ。助けを求めていた鷺宮には悪いと思いつつ。早坂は自身の保身を優先させた。友情とは時に儚いものである。

 

 

 

「……。そういえば、部屋に入る前。侍女がお父様の名前が出てましたけど、鷺宮さんは会ったんですか?」

「うん。厳格そうだけど、優しい人だったよ。それに四宮さんの事を気にしてた」

「お父様が…? 信じられませんね。さっきも部屋の前を通った時、声を掛けたけど素っ気ない態度だったわ。私の事なんてどうでもいいに決まってる」

 

 

 

 鷺宮の言葉をかぐやは強く否定した。苦虫を噛み潰したような表情からして、事実なのだろう。だが、部屋で見た雁庵の表情。あれは芝居をしてる様には思えなかった。雁庵は声を掛けようとして、かぐやの部屋に赴いたとも言っていた。恐らく、その時はかなり緊張していた筈だ。そんな時、逆に相手から声を掛けられたらどうなる? 十中八九、動揺して言葉に詰まったに違いない。当然、かぐやは雁庵の心裡など知らないから無理も無い。

 

 

 

(はー、成程。お互いに歩み寄ろうとしたものの、妙な偶然ですれ違った感じかぁ。何て面倒な親娘なの。他人の家族事情に口を出したくないけどね。言った所で変わると思えないし……。まあ、言うだけはタダだし。怒らせたら、本気で謝れば四宮さんも許してくれるよね)

 

 

 

「本当にそう思うの? 声を掛けた時、返事を返してくれたんでしょ? 本気でどうでもいいと思ってるなら、何も言わない筈よ」

「…やけにお父様の肩を持ちますね。何か、賄賂でも貰ったんですか」

「その勢いだよ。そうやって、心の内を雁庵さんにぶつけたらいいじゃない」

「え? む、無理に決まってるでしょ」

 

 

 怒りを露わにし、鷺宮に食ってかかるかぐや。いつもなら怯える所だが、今のかぐやは図星を突かれてそれを誤魔化す為に虚勢を張っているに過ぎない。だからこそ、鷺宮の返しで態度が変わるのが良い証拠だ。だが、これ以上はやめよう。数十年の溝を一日で埋めるのは不可能だ。

 

 

 

「まあ。ゆっくりと歩み寄るしかないよ。四宮さんが本気で関係を改善したいと思うなら、時に勇気を出して踏み出す事も大切だよ。白銀くんに告白する時と同じよ」

「な、何をい、言っているのかしら!? い、今は会長の事は関係無いでしょう!!」

「ごめんね。そうそう。今日は私のペットも連れて来てるのよ。コロンと遊んでみる?」

「え、ええ。それは構いませんが、まさか部屋に放すんですか?」

「ううん。放鳥はしないよ。只、餌を上げたり話しかけたりするのよ。それだけでもコロンは喜ぶから」

 

 

 そう言って傍に置いていた。籠をテーブルに乗せる。怯えない様、籠を包んでいたハンカチを取ると、何だろう?といった様子でコロンはかぐや達の顔をつぶらな瞳で見つめる。その仕草と愛嬌のある出で立ちに三人はほっこりとした気分になった。

 

 

「…鷺宮さん。私も少しだけ、勇気を出してみる事にします。ありがとう」

「いいのよ。かぐやさんの味方だからね」

「そうでしたね。……。今、なんて言いました?」

「うん? どうしたのよ?」

「私の名前ですよ。さっき、かぐやと呼んだでしょう」

「うん。人に勇気出せと言った手前。私がやらないとね。かぐやさんって呼ぶの、結構勇気がいるんだよ」

「…そういう事ですか。ならば、私も璃奈さんを見習わないといけませんね」

 

 

 

 勇気を出して踏み出す。簡単な様で何よりも難しい事をこの夜、鷺宮とかぐやは実践した。その後、一人空気扱いをされて、拗ねていた早坂を宥めて三人は夜遅くまで会話に花を咲かせた。

 

 

 

 それから京都に滞在して過ごした三日間はかぐやと鷺宮の二人にとって、何よりの思い出となった。

 

 

 

【本日の勝敗 勇気を出して互いに距離を縮めた鷺宮とかぐやの勝利】

 




今回のお話、いかがだったでしょうか?


まさかの事実に驚く鷺宮とかぐや。この展開は前から考えていました。
徐々に友情を重ねていく二人。こういう関係って良いですよね~。


次回はいよいよ花火回に突入します。どうかお楽しみに!


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第15話 鷺宮は一緒に食べたい2/鷺宮は見せたい/かぐや様は願いを叶えた

最新話、お待たせしました。


今回はオリジナルと花火回となってます。


二回目に実施したアンケート。
一話の構成については33票の内。

今まで通り三つの話で続けるが25票
一話に一つの話でやって欲しいが8票

以上の結果になりました。
なので今後も今まで通り、一話に三本立てでやりたいと思います。


8月下旬 夏休みも終わりが近くなり、学校再開に備えて鷺宮は買い物に来ていた。

 必要な物を買い揃えて帰ろうとした時、ある少女の姿が目に映る。その少女は物陰に隠れ、一心不乱に何かを見つめていた。

 

 

(うわぁ最悪。こんな時に不審者に出くわすなんて…。しかも通り道にいるから無視も出来ない。いっそのこと、警察呼ぶのもありかな? でも、何もしてないのに呼ぶのもなぁ。仕方無い。怖いけど、さっさと通り過ぎてしまおう)

 

 

 

 迷った挙句、鷺宮は進む事を選んだ。もし何かしてきたら叫ぶなり、組み伏せてしまえばいい。相手が同じ女である以上、負けるつもりはない。覚悟を決めれば、不審者に対する恐怖心は霞の様に消え失せた。堂々と道を歩いていき、不審者に視線をやって鷺宮は唖然とする。左右に一房ずつ結ばれた特徴のある髪型、見覚えのある横顔。そう。不審者の正体は四条眞妃であった。

 

 

 何故、眞妃が不審者の様に覗きをしているのか。眞妃が見つめる方に目をやって、理解した。

 

 

 

(ああ~。先の道にいるあの二人。柏木さんと翼くんだよね……。眞妃さんはあれを見ていたのか?ずーーーーーっと物陰から。何それ切ない!! まさか、夏休みの間、あの二人が出かける毎に尾行していたの? そうだとしたら、眞妃さんの精神状態は相当やばい事になってるんじゃ…。これは駄目だ。無視するつもりだったけど、放っておいたら悲惨な事になりそう)

 

 

 

 恋愛の縺れで眞妃が柏木を襲い逮捕される姿が鷺宮の脳裏に浮かぶ。何とも失礼な妄想であるが、今の眞妃が危うい空気を纏っているのは紛れもない事実。間違いを起こさなくても、良い事は無いと思った鷺宮は真紀に意を決して声をかけた。

 

 

 

「ねえ。此処で何してるの?」

「何よ。私は今忙しいの!! 邪魔しないでよ。って、璃奈!? あんた、此処で何してるのよ」

「それはこっちの台詞だよ。物陰から覗きとか怪しい事してさ」

「あ、そうだった。あの二人は…いない。璃奈ぁぁぁぁっ!! あんたの所為であの二人を見失ったじゃないの。どうしてくれるのよぉぉぉぉ」

「お、落ち着いてよ。話があるなら聞くからぁぁぁぁっ」

 

 

 柏木達を見失った事で般若の様な顔で眞妃は鷺宮に掴みかかる。その迫力に恐怖を感じ、鷺宮は目に涙を浮かべて必死に説得した結果、何とか宥める事が出来た。その後、眞妃の話を聞くべく二人は近くの公園に向かった。

 

 

 

 

 

 

 公園に着いた後、ベンチに腰掛ける。しかし、眞妃は一切喋ることはない。時間だけが過ぎる中、太陽は容赦なく二人を照らす。重苦しい空気に茹だる暑さで鷺宮の身心は追い詰められていく。このままでは話を聞く前に自分が倒れてしまう。何とか、空気を変えようと鷺宮は口を開いた。

 

 

 

「…眞妃さん。何か飲む? 暑い中、外にいた訳だし喉渇いてない?」

「いらない。それに何かを飲む気分じゃない」

「そ、そう。あと日陰のある所にいかない? 此処は少し暑いからさ」

「別に暑くない。今の私にこの暑さも寒いくらいよ」

 

 

(駄目だぁ。何を言っても反応が薄い。それに目が完全に死んでる。はぁ仕方ない。こうなったら、強硬手段に出るか。まずは眞妃さんの活力を取り戻そう。活力…となるとやはり食事よね。この付近にある食事屋は何処だろう?)

 

 

 

 眞妃の為に人肌脱ぐ事を決めた鷺宮。その一環として飲食店に向かう事にした。携帯で付近の飲食店を探した所。該当した店はラーメン屋であった。他にも候補となる店があるものの。公園から距離があり、今の眞妃を連れて行こうにも途中で帰る可能性が高い。そうなっては本末転倒だ。本音を言えば、真夏の昼間にラーメンなんて食べたくない。しかし、これも眞妃の為。そう言い聞かせて鷺宮は行動に出る。

 

 

 

「そうだ。一緒にご飯を食べようよ。もうお昼の時間だし、手頃な店を見つけたからさ」

「いらない。お腹空いてない」

「私が空いてるのよ。ほら、行くわよ」

「ちょ、ちょっと…。何するのよ~」

 

 

 

 案の定、無気力な返事を返す眞妃だったが今度は鷺宮も引かない。彼女の手を掴み、渋る真紀を連れて行く。突然の事に驚いたのか反応を示す。手を振り払うかと思ったが、眞妃はそれをしなかった事に鷺宮は安堵した。

 

 

 

「着いたわ。此処よ此処。幸いな事に混んでいないみたいね」

「此処ってラーメン屋じゃない。暑い日に何で熱い物を食べるのよ」

「別に冷やし中華でも良いじゃない。何もラーメン屋に来たからといって、ラーメンを食べないと駄目という訳じゃないんだから」

「それもそうね。じゃあ、入るわよ」

 

 

 

 看板を見て、不満を漏らす眞妃に鷺宮は何処吹く風で言葉を返す。鷺宮の言葉は正論で眞妃は口籠る。確かに無理にラーメンを食べる必要はないのだ。それに帰ろうにも外に漂う匂いが眞妃の食欲を刺激し、空腹を感じさせた。こうなったら、とことん付き合ってやる。開き直った眞妃は暖簾を潜って店に入った。そんな眞妃の姿に元気が出て良かったと鷺宮も笑みを浮かべてあとを追う。

 

 

 

「へい、いらっしゃい!! 二名様ですね。お好きな席にどうぞ!!」

 

 

 店内に入るや、気付いた店主が大きな声で接客してきた。少し驚いたが、活気のある店が鷺宮は好きだった。適当な席に座って、メニューに目を通す。定番の醤油ラーメンから期間限定の冷やし中華まで並んでいる。他に餃子や唐揚げ等の品もあり、意外と品揃えが豊富であった。

 

 

「私は塩ラーメンにするけど、眞妃さんは何を食べるの?」

「うーん。私は野菜タンメンにしようかな。麺は大盛りでお願い」

「良いわねぇ!! やっぱり大盛りメニューは気分が高揚するでしょう」

「「え? だ、誰ですか?」」

 

 

 

 突然、二人に話しかけて来た人物。それは40代くらいの中年女性だった。背中に届く長い髪に若い人に負けない活力を感じさせる。その女性は二人の言葉にはっとすると、名乗り出した

 

 

「ああ。まだ自己紹介してないわね。私はラーメン界隈に名を轟かせる早食い女王、神野美穂。通称マシマシママよ。宜しくね」

「「は、はぁ。そうですか」」

 

 

 意気揚々と紹介する美穂に二人は完全に引いていた。先程まで感じていた食欲も消え失せ、二人が思うのは如何に早くこの店から出るか。それだけを考えていた。

 

 

「それはそうと。そっちの黒髪の貴女も大盛りになさいな。若いんだから沢山食べないと」

「い、いえ。私は余り食べれる方で無いので。普通で結構ですよ」

 

 

 嘘である。この女、普段は遠慮なく大盛りを頼む。だが、誰かと行く場合に限り鷺宮は普通の量を注文する。それは他人から自分が大食いであると、レッテルを貼られない為だ。男と隣合わせで大盛りのご飯を食べる女であるが、意外に周りを気にする女子らしさも持っている。

 

 

 

「あら。そうなの? でもね。沢山食べれるのは若い時だけよ。遠慮は駄目。という事で貴女も大盛りになさい。店長~。大盛りの野菜タンメン、塩ラーメン、それにチャーシュー麺をお願い。あ、私のは特盛でチャーシュー10枚入れて頂戴」

「へい。大盛りの野菜タンメンに塩ラーメン。チャーシュー特盛ですね。いやぁマシマシママは未だに健在ですね。毎度ありがとうございます」

「いいのよ。美味しいラーメンはたっぷり食べるのが一番よねぇ」

 

 

 断ったにも関わらず、鷺宮の言葉を無視して美穂は勝手に注文してしまった。予想外の出来事と美穂の勢いは加速する一方で二人はなす術もない。

 

 

(ちくしょうーーーーー。何てこったい。私はいいと言ったのに何で勝手に注文するのよ~。だけど、店主の対応を見る限り。あの二人は顔見知りの様だし、此処でごねたら私が悪者にされそう。でも、もう良いかな。今まで周りに小食だと誤魔化して来たけど、内心は面倒だと思ってたし…今日は思いっきり食べちゃおう。それに眞妃さんも大盛りだし、別に私が大盛りを食べても違和感無いでしょ)

 

 

 

 それから二人は美穂と意気投合し、自然と仲良くなっていた。当初は勢いに圧倒されたが、話せば普通の人だった。

 

 

「あら。二人は秀知院の生徒だったの? それなら私の後輩という事になるわね」

「え? 美穂さんは秀知院の学生だったんですか?」

「意外な所で卒業生と会うなんて思ってませんでしたよ」

 

 

 

 会話の最中。鷺宮達は秀知院に通っている事を言えば、何と美穂も秀知院の学生だと知った。思わぬ場所で遭遇した過去の卒業生。昔の秀知院を知らない鷺宮達にとって、美穂が話してくれる秀知院の話はとても興味深いものであった。そんな話をしてる内、頼んだ料理が三人の元に運ばれてきた。

 

 

 

 そこで会話が途切れた事は残念と思った鷺宮達だが、運ばれてきたラーメンを食べる事にした。大盛りであるが、想像していたよりも量は少ない。これならば完食する事も出来るだろう。一口食べてみると、あっさりした塩味のスープに細い縮れ麺。この二つが上手く絡み合い、味を引き立てる。気付けば、箸も進み。あっという間に食べ終わってしまった。それは眞妃や美穂も同じで三人揃って、満足気な顔をしてお腹を擦る。

 

 

 

 食べ終わってから三人は再び会話に花を咲かせた。此処で眞妃はある話題を口にする。

 

「そうそう。美穂さんは学生時代に誰かを好きになった事をあります?」

「…そうね。勿論あるわよ。当時、好きだった人がいてね。しかも親友も同じ人を好きだと知って驚いたわ」

「そ、それでどうなったんですか? やっぱり好きな人を廻って争ったとか?」

 

 

 美穂の話に眞妃は食い付いた。それも無理はない。何せ、美穂が話した事は眞妃の境遇と似ていた。眞妃が好きな人は既に恋人がいて、しかも相手が眞妃の親友なのだ。終わった恋とはいえ、諦められず…相手を尾行する日々。これが異常なのは眞妃だって理解している。出来れば辞めたい事も…。だが、自分だけでは未練が断ち切れない。それを断ち切る答えが美穂の話に隠されている。これから聞く事を一語一句も聞き逃さないと眞妃は真剣な表情で美穂を見る。

 

 

「…その答えだけど、此処では言う事は出来ない。無論、意地悪で言っているんじゃないのよ。貴女の迷いは自分で断ち切りなさい。それは貴女にしか、出来ないのだから。だけど、これだけは覚えておいて。人生において、何事も正解なんて無いわ。自分の出した答えを信じて進みなさい」

「…はい。肝に銘じておきます」

「あっははは。そんなに畏まらないでよ。まるで私が苛めたみたいじゃないの」

 

 

 真剣な眞妃に応じて、真剣に答えた美穂を鷺宮は尊敬の眼差しを向ける。楽しい事も辛い事も含めて、人生を歩んだからこそ言える言葉。その一言に重みが感じられた。いつか自分も誰かに美穂さんみたいな助言を言える日が来るだろうか?こんな大人に成れるだろうか?そんな事を考えていた。

 

 

 そして眞妃の相談が終わった頃、店が混んで来た事もあり三人は店を出る事にした。レジで会計をしようとした時。美穂が鷺宮達の伝票を取り上げた。

 

「そうだ。今日は私が奢るわ」

「え? 大丈夫ですよ。流石に悪いですから」

「そうですよ。初めて会った人に奢って貰う訳に行かないわ」

 

 

 どうやら二人の食事代を美穂が持ってくれるとの事だが、二人はそれを断った。しかし、美穂はニコリと笑い。自分が奢る理由を口にする。

 

 

 

「いいのよ。二人の注文を勝手にしたのは私だもの。それに母校に通う貴女達と話して、久しぶりに女学生の気分を味わえた。これはそのお礼。それに後輩は先輩に甘えるものよ」

「そうですか。では、お言葉に甘えます」

「私達こそ、楽しかったです。ご馳走様でした」

「どういたしまして」

 

 

 美穂の言葉に鷺宮と真紀は素直に甘える事にした。会って間もないが、この人は言い出したら引き下がらない。何となくだが、それを理解したのもあった。

 

 

 

 そして会計を済ませ、店を出た後。二人は再びお礼を述べて美穂と別れる。今日は散々な日と思っていたが、そうでもなかった。塞ぎ込んでいた真紀も今では、普段の活気ある姿に戻っていた。恐らく。いや絶対に自分一人の力では、真紀を立ち直らせる事は不可能だった。堂々と立ち去る美穂の後ろ姿に二人は、最後に一礼をして帰路に着いた。

 

 

【本日の勝敗 人生と秀知院の先輩として鷺宮と真紀を導いた美穂の勝利】

 

 

 

 

 私は夏に思い出は無かった。でも羨ましくはない。今は大切な思い出があるし、これから作る事が出来るから。私は家族と旅行に行った事がない。でも大丈夫。近い未来、友と呼べる者達と旅行へ行くと約束を結んだから。

 

 

 

 私は花火大会に行った事がない。でも辛くはない。窓から見ていた花火はとても綺麗だったし、今日は大切な人達と念願の花火が見れるから。

 

 

 

「これで良いのかしら? 変な所は無いわよね?」

「ええ。何処も変ではありませんよ。よく似合っております」

 

 

 浴衣に着替えたかぐやは恥ずかしそうに早坂へ尋ねる。友や家族と祭りに行かないかぐやは浴衣など、着る機会はない。その為、自身が周りにどう映るのか不安なのだろう。しかし、その姿は誰が見ても、可愛く似合っていると口を揃えて言う事は間違いない。それは早坂も同じ、嘘偽りの無い感想を述べていた。

 

 

「ありがとう。それじゃあ、私は行ってくるわね」

「はい。行ってらっしゃいませ。ですが、浮かれて転んだりしないでくださいよ」

「そんな事をしないわよ。終わったら、すぐに帰ってくるわ」

 

 

 

 軽口を叩く早坂にかぐやはやんわりと言葉を返す。この様子に早坂は些か驚いた。普段なら子供扱いするなと臍を曲げるのだが、今日は何処か余裕を感じられる。恐らく、花火大会に行ける事が影響してるのだろう。人間誰しも良い事がある日は、笑っているものだ。

 

 

 約束の時間が迫り、かぐやが部屋を出ようとした時。

 

 

「かぐや様。申し訳ありませんが、本日の外出はお控え下さい」

 

 

 いつも現実は容赦してはくれない。部屋に訪れた二人の執事がかぐやの行く手を阻む。

 

 

「突然、何ですか? 此処に至って、行くなと言うのは幾ら何でもあんまりでしょう」

「…お嬢様が今日を楽しみにしていた事。最近の様子から分かっております。ですが、人が多く集まる祭りとなれば警護の者が見失う恐れがあります。貴女の身を案じての事です。どうかご了承下さい」

「そう…ですね。分かりました。今日の外出は取り止めにします」

 

 

 執事の言う事は尤もだ。彼らとて、本心はこんな事を言いたくはないのだろう。だって、いつも淡々としてる表情が今日は何処か辛そうに見えたから。それを知った以上、我儘を言う訳にいかない。

 

 

 かぐやは笑顔で執事の言葉を受け入れる。平気、私は大丈夫。いつもの夏を過ごすだけ、そう自分に言い聞かせ。かぐやは心の中に渦巻く感情を押し殺す。執事が去った後、かぐやは断る旨のメールを藤原に送った。この事で彼女は悲しむだろう。でも、彼女は優しいから謝れば許してくれる。付き合いが長いから分かる事。それ故、行けなくなった事を告げるのがとても辛かった。

 

 

「…本当にこれで良いんですか? 花火。見たかったんですよね」

「良いのよ。これで……。それに花火は窓から見れるわ」

 

 

 ベッドで塞ぎ込むかぐやに早坂は声をかけるも。かぐやの口から出るのは諦観の言葉だけ。先程と打って変わって魂の抜けた表情のかぐやに早坂は僅かに苛立ちを覚えた。

 

 

「そうですね。仰る通り。窓から見れますし、別に誰かと見る必要も無いですよね」

「……さい」

「それに高校生になって、花火如きで受かれて人混みに揉まれるのも馬鹿らしい。かぐや様もそう思うでし「うるさい!! 私の気持ちも分からない癖に! いいから放っておいて。お願いだから今は一人にしてよ」

 

 

 早坂の独り言を遮る様にかぐやは叫ぶ。我慢も限界なのか、目から大粒の涙を流していた。漸く本音を口にしたかぐやに早坂は優しく抱き締めると、耳元で一言囁いた。

 

 

 

「だったら行くべきですよ。今日を楽しみにしていたのは、何もかぐや様だけじゃないんですよ」

「え? それはどういう事?」

「窓の外。見て下さい」

 

 

 早坂の言葉の意図が分からず、聞き返すかぐやに早坂は窓を見ろと指をさす。釣られてその方向に視線を向けると目に映った光景にかぐやは驚いた。視線の先にいたのは自転車に跨った鷺宮の姿であった。

 

 

「り、璃奈さん!? 何で此処にいるの?」

「ああ。実は執事が出て行った後。メールを送っていたんですよ。そうしたら、すぐに行くと返事が来たのですが、まさか本当にすぐ来るとは私も驚きですよ」

「そうだったの。でも、どうやって抜け出すの? 廊下や玄関に執事が見張ってるのよ」

「‥‥その点は考えがあるので、心配なさらず。いいから早く行って上げてください。いつ見つかるかと、オドオドしてるりっちゃんが可哀想ですから」

 

 

 早坂の考えとは、滑車を使って外に出る事だった。以前、夜間に抜け出した時。早坂が利用した仕掛けは今も残っていた。当然、見つかる可能性もあるが…それを恐れていては始まらない。今こそ、勇気を出して踏み出す時だ。最早、今のかぐやに迷いは無かった。

 

 

 

 外に繋がるロープを滑車で滑り出していく。その勢いのまま塀を飛び越え、鷺宮の傍へ綺麗に着地を決めた。

 

 

 

「…やっと来たのね。早く乗って!! 飛ばすからしっかり捕まってよ」

「ええ。ありがとう。お願いするわ」

 

 

 かぐやが後ろに乗ったのを確認すると、鷺宮は力一杯ペダルを踏み込み自転車を漕ぎ出し祭の会場へ向かう。

 

 

 

 

 一方、先に会場へ来ていた白銀達は鷺宮の到着を待っていた。

 

 

「遅いですねぇ。まさか鷺宮さんも来られなくなったんじゃ…」

「いや。それは無いだろう。そうだとしたら、何かしら連絡を入れるはずだ」

「そうですね。藤原先輩じゃないんだし、何も心配いりませんよ」

「もう!! 石上くんは一言余計ですよ。少しは先輩を敬ってください!」

「二人共。人が見てるぞ。恥ずかしいから止めろ」

 

 

 

 言い合う石上と藤原に注意する白銀だが、藤原と同じ気持ちであった。もしや、すれ違いになっているのでは?と思い、ラインを送るが返事どころか既読にすら付く様子はない。既に花火は始まっており、それに応じて人の数も増えていく。入り口で待ち合わせているとはいえ、これでは合流する事も難しい。

 

 

「此処で待ってても仕方ない。俺は辺りを探しに行ってくる。二人は先に行って、花火が見やすい場所を確保しておいてくれ。三十分したら戻るから頼んだぞ」

 

 

 

 待つだけでは埒が明かないと白銀は鷺宮を探しに行く事を決めた。あとの二人に指示を出して、白銀は来た道に消えていく。それを見届けてから石上達は言われた通り、場所の確保に向かった。

 

 

 

「不味いなぁ。この音……花火は始まってる」

「でしたら、路地よりも道に出た方が良いのでは?」

「駄目よ。道路は勿論、歩道も人で溢れてる。此処に来る時もそうだったの」

 

 

 本来の道を行けば、花火会場まで一直線なのだが道は混みあっている。その状況で自転車を使う事が出来ない。故に人がいない路地を行く事を選択したものの。この付近の道は鷺宮も分からない。それもあって、進んだ先が行き止まりで来た道を引き返す事を何度も繰り返していた。

 

 

 

 徒に過ぎていく時間に鷺宮の焦りも募る。意気揚々と駈け付けておきながら、肝心の花火をかぐやに見せられないでは格好が付かない。しかし、最悪の状況とは畳掛ける様に来るものだ。全力で漕いだ所為か、ペダルを踏んだ瞬間。バキっと音を立てて片方のペダルが折れてしまった。これでは自転車は走れない。

 

 

「…璃奈さん。もう良いですよ」

「まだよ!! この角を曲がれば、一般道に出る。そうしたら左に行くの。そのまま真っ直ぐ行けば、会場に着くわ」

「だけど、璃奈さんはどうするの?」

「私の事は大丈夫。いいから行って。念願の花火まであと少しなんだから」

「分かりました。協力してくれてありがとう」

 

 

 

 狼狽えるかぐやを叱咤し、鷺宮は先に進む様に促した。何が何でも花火を見せたい。その想いは伝わったのだろう。力強く頷いた後、かぐやは会場に向かって走り出す。何とか間に合ってと祈りながら、かぐやの後ろ姿を鷺宮は見つめていた。

 

 

 

 

 

 鷺宮と別れた後、会場目指してかぐやはひたすら走る。息が切れても足が痛くても、かぐやは止まらない。自分の我儘を全力で叶えようと力を貸してくれた早坂と鷺宮。二人の気持ちを無駄にはしない。それがかぐやを突き動かしていた。

 

 

「……はぁはぁ。あと少しね。あと少しで花火が‥‥」

『ご来場の皆様! 本日の花火大会は終了しました。ゴミや飲食物はお持ち帰り頂くようお願い申し上げます。繰り返してお知らせします。本日の花火大会は」

 

 

 やっとの思いで会場に辿り着き、念願だった花火が皆と見れる。幼い頃から願っていた夢が叶う。希望に満ちた顔で空を見上げた時だった。無情にも花火の終了を知らせる宣告がかぐやの耳に聞こえてきた。

 

 

(此処まで来たのに……。早坂も璃奈さんも私の為に必死になってくれたのに。やっと、皆と花火が見れると思ったのに…駄目だった。そうよね。只でさえ、私は人より恵まれているというのに欲張ったから、罰が当たったのよね)

 

 

 やはり現実は残酷だ。失意の表情でかぐやは路地へと消えていく。誰かも会いたくなかったのと、目から溢れる涙を見られたくなかったから。もう少し早く決断していたら。あの時、執事に己の本音を言えていたら。今の様な事にならなかったかもしれない。無論、それを考えた所で過ぎた時間は戻らず、この現実は変わる事はない。

 

 

 やがて周囲の喧騒が静まっていき、帰ろうと重い腰を上げた時、奇跡は起きる。

 

 

 

「漸く見つけたぞ。全くこんな場所にいるとはな」

「え? か、会長……。何で此処に?」

「決まってるだろ。四宮に花火を見せる為だよ。さっき、鷺宮から連絡があってな。四宮が会場に向かってるからどうか花火を見せてやってくれとな。その時、四宮がこの路地に入るのを見たという訳だ」

「そうだったんですか。だけど、花火はもう……」

「いや。まだ諦めるには早い。今は俺を信じて付いて来い」

「はい!!」

 

 

 神なんていない。現実は残酷な事ばかりと思っていた。でも、神はいるのかもしれない。だって、絶望した私の所にこの人が来てくれた。手を引いて先を行く白銀の背中を見ていると、胸がとても温かくなる。

 

 

【本日の勝敗 絶望のかぐやを救った鷺宮と白銀の勝利】

 

 

 手を引かれるまま、白銀に付いて行くと一台のタクシーが止まっていた。その傍に石上と藤原の姿もある。

 

「会長!! こっちは準備万端です。タクシー捕まえておきましたよ」

「早く来て下さい~」

「でかした二人共。よし全員乗り込め。すぐに出発するぞ」

「い、行くって。何処にですか?」

 

 

 

 鷺宮から連絡を受けた際、白銀は更なる手を打っていた。タクシーを使うという事は、徒歩で行けない距離なのだろう。それが何処なのかかぐやは見当が付かない。だが、そんなかぐやとは反対に白銀は自信に満ちた表情でその場所を告げる。

 

 

「これから行くのは千葉の木更津だ。あそこは先日の雨で花火大会は延期になっていたんだ。8時半までに行けば何とかなる」

「だけど、間に合いますかね? 時間まであと二十分ですよ」

「それは分からん。それでも挑戦する価値はある。やらないで諦める事は只の愚か者だ」

「お客さん。事情は分かりました。少し急ぐのでシートベルト、しっかり絞めて下さいよ」

 

 

 

 白銀の話を聞いていた運転手がぽつりと呟いた。友の為に必死になる若者に運転手も感化され、アクセルを踏む足に力を入れる。運転手としての知識を生かし、最短ルートをタクシーは走る。

 

 

 流石と言うべきか。ものの十分で東京を抜けて千葉に続く橋に辿り着く。目的地まであと僅かだが、同時に終了時刻も迫っている。もしや間に合わなかったのか? 漆黒の空を見て、一同の顔は諦めの色に染まる。

 

 

 だが、奇跡は此処でも起きてくれた。全員が諦めた時、色鮮やかな花火が次々と上がり、夜空を明るく照らす。恐らく、これが締めとなる花火だろう。間髪入れず、響く音と閃光に白銀達は目を奪われていた。

 

 

 そんな中、かぐやだけは違う方を見ていた。それは自分の為に必死になってくれた白銀の横顔。皆が花火へ夢中になる中。高鳴る心臓の音で花火の音が耳に届いていない。

 

 

「やっぱり私はこの人…会長が好きなんだ」

 

 

 己の胸に宿る気持ちをかぐやは改めて確信した。

 

 

 

 

「…そっか。ちゃんと花火を見れたんだ。良かったね」

 

 

 

 

 あの後、壊れた自転車を押しながら帰宅した鷺宮はメールに添付された花火の写真を見て、嬉しそうに呟いた。

 

 

 

【本日の勝敗 かぐやの願いを叶えた白銀達の勝利】

 

 




今回のお話、いかがだったでしょうか?


原作でかぐやの願いを叶える為、奔走する白銀会長。かっこいいですよね~
この話では出番が後半のみだったけど、最後はビシッと決めてやりました。


次回は新学期編が始まります。どうかお楽しみに。

それと感想、評価、お気に入り登録の方もお願いします。それではまた


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第16話 かぐや様は避けたくない/かぐや様は選ばせたい/生徒会は神ってない

最新話、お待たせしました。


最近は天候の変化で体調が優れない他、個別にやりたい事をやっていた為に執筆と投稿が遅れた次第です。


今回は夏休み明けの話となってます。存分に堪能してください。


それとお気に入りの登録数が100人になりました。
それ以外に評価をしてくれた方にも大変感謝しております。


 新学期初日。長い夏休みが終わり、多くの学生達は日常に戻っていく。

 仲の良い友人達と語り合う者もいれば、夏の終わりに憂鬱な表情を浮かべる者もいた。この夏。最後に出来た思い出を振り返り、一人の男は…。

 

 

 

「だあぁぁぁぁぁっっ! 俺はなんて恥ずかしい事をぉぉぉぉぉっ!!」

 

 

 己の仕出かした事に後悔していた。夏休みの間、かぐやに遭えない日々を過ごしていた白銀。そんな折、祭りの夜に路地で泣くかぐやを見て、白銀の想いは弾ける事になる。それが影響し、本来なら言わない言葉を繰り出していた。

 

 

 その場は、かぐやに花火を見せる事に無我夢中だった事もあって、気にも留めていなかった。しかし、冷静になって己の発言と行動を振り返れば、顔から火が出る程に恥ずかしい。この出来事は白銀にとって、数十年は忘れられない黒歴史となっていたのだ。

 

 

 

(何故、あの時の俺はあんな事を言ってしまったんだ? もしも四宮があの発言の数々を覚えていたとしたら……)

 

 

【……会長、あの日の言葉。今思うと、かなりイタかったですよね】

 

 

「ぐああぁぁぁぁぁ。もう駄目だぁ! 俺は四宮に合わせる顔がない」

 

 

 自分の事をドン引きするかぐやを妄想し、白銀の精神は崩壊寸前であった。正直な所、勝手な妄想で叫ぶ姿も十分にイタイのだが、その事に本人は気付いていない。

 

 

 

 

 

 一方、その頃。鷺宮はトイレに籠り、あの夜の事を思い返していた。花火を見せるべく、無我夢中だったとはいえ、繰り出された言葉の数々。これが羞恥心となって、鷺宮の精神を苛んでいた。

 

 

(ああああああああ!! 超恥ずかしいよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! 何で私はあんな事を言ってしまったの? かぐやさんに花火を見せたいからとはいえ、あの発言は無いよね。どうしよう。かぐやさんに会うのが凄く怖い。あの夜の事を覚えているだろうし、顔を合わせたら…)

 

 

 

【璃奈さん。普段は物静かな人と思っていましたが、実は暑苦しい人なんですね(笑)】

 

 

「そう言うよね。分かってるんだよ。私らしくない事をしたのはさぁぁぁぁぁ」

「璃奈さん!? 一体、何を叫んでいるんですか?」

「か、かぐやさん!? ど、どうして此処に?」

「どうしても何も。トイレに来るとしたら用は一つしかないでしょう」

 

 

 想像豊かな妄想の所為か、その叫びは口から漏れ出していた。しかも最悪なのは、叫んでる所をトイレに入ってきたかぐやに聞かれてしまった。予想外の出来事で混乱したのか。素っ頓狂な事を口にする鷺宮に呆れた顔で言葉を返す。

 

 

 それを指摘されて、鷺宮は口を閉ざした。言われるまでもなく、トイレに来る理由は一つしかない。かぐやの口から出た正論は、容赦なく鷺宮の心を抉っていく。

 

 

 

「そ、そうだね。今の言葉は忘れてよ」

「はぁ。それは別に構いませんよ。それより璃奈さんこそ、大丈夫なんですか? さっきも何やら叫んでいましたが、体調が悪いなら保健室に行った方が良いと思いますよ。良かったら、私が付き添いましょうか?」

「……。大丈夫よ。別に体調が悪いとかじゃないから。心配かけてごめんね」

「そう? 何とも無いのなら良かったわ」

 

 

 もう思い返すのはやめよう。これ以上はかぐやを心配させるだけだ。確かに恥ずかしい事であるが、あの時にかぐやに言った言葉。それに籠めた想いに偽りはない。そう思えば、先程まで感じていた羞恥心は跡形もなく消えていた。

 

 

 

 その後、立ち直った鷺宮はかぐやと生徒会室に向かっていた。その道すがら、かぐやが鷺宮に話しかける。

 

 

「こうやって生徒会室に足を運ぶのも久しぶりですね」

「そうだね。夏休みに顔を出したっきり、一回も来てなかったし」

「思えば、以前もこんな事があったわね」

「ああ。図書室で本を借りた時よね? 最近の事だけど、昔の様に感じるよ」

「その言い方だと、まるで年寄りみたいですよ」

「年寄りって、それは酷くない?」

「ふふふ。ごめんなさい」

「やっと見つけた!! 二人共、随分と探したんですよ。何処に居たんですか?」

 

 

 

 そんな他愛のない会話をしていると、生徒会室の前で鷺宮達は藤原と出会った。藤原は二人の顔を見るや、膨れた顔で不満の言葉を吐き出した。どうやら、藤原は自分達を探していたようだ。先程の言動と藤原の様子からして、恐らくは学園内を探し回ったのだろう。

 

 

 

「まあ、少しばかり寄り道をね。それで私達を探してたと言ったよね? 何か用事でもあるの?」

「そうだった。会長からの言伝があるんです。新学期の始まりという事で大掃除をするから、役員達は生徒会室に来る様にとの事ですよ」

「そうだったんですか。それと藤原さん。この事を石上くんには伝えましたか?」

「……。ああ~ 石上くんを忘れてました。だけど、探しに行くのは面倒なのでもう入りましょう」

「いい加減ですね。雑に扱うとあとで痛い目に遭いますよ」

「同感。前にも言葉責めで泣かされたと聞いたよ」

「あ、あの時の事は時効ですよ。それに彼も役員なんですし、自ずと来る筈です」

 

 

 

 かぐやの言葉で石上を忘れていた事に気付く藤原だが、あろう事に面倒という理由で探しに行くのを放棄した。これに異を唱える鷺宮とかぐやに対しても、藤原は意見を曲げることはない。こうなったら何を言っても無駄だ。それに藤原の言葉も尤もである。思う所はあるが、三人は生徒会室に入る事にした。

 

 

 

「遅れてごめんなさい。会長、言われた通り。皆さんを連れてきましたよ」

「お、おう。ご苦労だったな藤原。それに鷺宮と四宮も良く来てくれ…た」

 

 

 未だに悶えていた白銀は藤原の言葉で自我を取り戻し、かぐやと目が合った。だが、その瞬間。彼女はふいと白銀から目を逸らす。かぐやが取ったこの行動に白銀は絶句した。しかし、自分の想い過ごしかもしれない。そう言い聞かせて、再度かぐやの目を見て話しかけるが、かぐやはまたもや目を逸らしてしまった。

 

 

(四宮の奴。今、明らかに目を逸らしたよな。これって、俺が痛い奴だと完全に思われている!! どうしよう。学校が始まって早々、こんな風になるなんて……。辛すぎる!! 俺は一体、どうしたらいいんだぁぁぁぁぁぁ)

 

 

 かぐやが避けているのは、隠しようもない事実。この事に白銀は絶望し、魂の抜けた屍の様な表情で窓の外を見つめていた。しかし、絶望の余り白銀はある事を失念していた。それは相手を避ける行為が、必ずしも悪意に寄るものではない。そう。この行動には好き除けという、恥ずかしさ故に相手を避ける行為も存在する。今のかぐやがその状態であった。

 

 

 またかぐや自身もこの状況に困惑していた。普通に挨拶を交わし、普段通りに接するつもりだった。しかし、白銀の顔を見た途端。言葉に出来ない恥ずかしさを覚えて、つい目を逸らす行動を取ってしまった。

 

 

(何で私は会長から目を逸らしたの? これでは私が会長を意識してみたいじゃないの!! お、落ち着くのよ四宮かぐや。この程度で取り乱しては四宮の恥だわ。でも、さっきの会長。何処か様子がおかしかったわね。まさか、私の事で悩んでいるのかしら? 思えば、私が目を逸らした時。会長はショックを受けた様に見えた。これはチャンスかもしれないですね。もし私の予想通りだとしたら、今の会長は本音を漏らす可能性が高い。上手く行けば、会長から告白させる事が出来る。ならば、この機会を逃す訳に行きません)

 

 

(駄目だな。いつまでも、うじうじと悩んでいても仕方ない。さっきのは俺の思い過ごしという可能性もあり得る。そうだ。変に意識せず、普通に話せばいいだけだ。よし、四宮に話しかけよう。まずは挨拶からだな)

 

 

 思い付いた策略を仕掛けるべく、かぐやは白銀に歩み寄る。今度こそ、会長から好きだと言わせて見せると息巻くかぐやだが、此処で一つの誤算が生じる。かぐやが策略を巡らす間、白銀も落ち着きを取り戻し、普段の関係に戻そうと決意した白銀はかぐやに歩み寄っていく。

 

 

 これにかぐやは内心、酷く慌てふためいた。何せ、かぐやの策略は白銀が動揺している事を前提としている。しかし、予想とは裏腹に白銀は全く動揺しておらず、寧ろ決意に満ちた表情を浮かべていた。

 

 

 

 互いに距離を詰めるが、一言も言葉を交わす事なく通り過ぎた。いざ話そうとしても、目を合わせると言葉が出てこない。しかし、これで諦める二人ではない。己を奮い立たせ、再びチャレンジするが結果は同じ。一向に進展しない状況に白銀とかぐやはヤキモキしていた。

 

 

 

 だが、これではいけない。最早、信用回復や策略など既に頭になく、あるのは如何に言葉を交わすかである。三度目の正直。今度こそ、言葉を交わそうと二人が近寄った瞬間。白銀とかぐやの間を遮る様に藤原が通り過ぎた。これで話す機会を逃した二人は苛立ちを隠さず、藤原に不満をぶつける。

 

 

 

「藤原さん。一体、何をしてるんですか?」

「え? 何をって…掃除の用意ですよ」

「はぁ。相変わらず、藤原書記は空気を読まないな」

「ええ!? 何で私は怒られてるんですかぁ?」

「まあまあ。二人も落ち着きなよ。とりあえず、今は掃除しよう」

 

 

 理不尽な責めを受ける藤原を不憫に思い、鷺宮は助け舟を出した。無論、白銀もかぐやも藤原に悪気がないのは分かっている。これでは只の八つ当たりだ。二人は深く息を吐いて、気持ちを切り変えると本来の目的である掃除に取り掛かった。

 

 

 

 

「じゃあ、私は窓拭きをやるので、かぐやさんは床の掃き掃除。鷺宮さんは棚の掃除をお願いします」

「ええ。分かりました」

「はいよ~」

 

 

 力仕事であるゴミ捨てを白銀が行っている間、残った女子三人組は分担して掃除を開始した。一月も留守にしていた為、ちらほらと汚れや埃が目立っていた。元より掃除が好きな方である三人は、丁寧ながらテキパキとした動きで生徒会室を綺麗に整えていく。白銀がゴミ捨てから戻る頃には、大抵の事は終わっていた。

 

 

 思いの他、進んでいる作業に白銀は焦った。これでは一言もかぐやと話さないまま、解散となってしまう。もう形振り構ってはいられない。意を決して、かぐやに向かって白銀は踏み出した。幸いな事にゴミ箱を置く場所にかぐやはいる。これなら自然な形で話しかける事が出来るだろう。また白銀と同じ事を考えていたかぐやも白銀に向かって踏み出していた。

 

 

 

 そして二人が口を開きかけた時。

 

 

「こんちゃーす。遅くなってすみません」

 

 

 最後にやってきた石上は二人の間を横切って、今度も声をかけるタイミングを逸してしまった。度重なる失敗、その都度に入る他者の妨害にかぐやの我慢も限界を超えた。

 

 

「もう!! 藤原さんといい、石上くんといい。一体、何なんですか? もしかして私を馬鹿にしてるんですか!」

「え? 僕が何かしました?」

「全く~ 石上くんは新学期早々、ダメダメなんですね」

「はぁ!? 何故、藤原先輩は僕を見下してんですか?」

「……石上。お前は俺を馬鹿にして楽しいのか?」

「か、会長まで!? ご、ごめんなさい。訳がわからないけど、僕は帰ります」

 

 

 三人の口撃に石上は打ちのめされて、すごすごと退散した。彼自身、偶然にもゴミ捨てから戻る白銀を目撃し、生徒会を手伝う為に顔を出した。しかし、運悪く白銀とかぐやの不興を買ってしまった事で石上にとっては最悪な結果になってしまった。

 

 

「あーあー 石上くんも邪魔をするから」

「そういう貴女も人の事は言えないわ。藤原さんこそ、私の邪魔をしないで」

「……っ。びえええええ。がぐやざんがづめだいぃぃぃっ!!」

 

 

 去りゆく石上を笑う藤原をかぐやは冷たく突き放す。思わぬ相手の言葉で藤原の心は砕かれたのだろう。大声で泣きながら走り去ってしまった。

 

 

 

(何と不憫な……。これは後で石上くんをフォローしないと。それに藤原さんもいなくなったか。まあ、あの子は自業自得だけど、一応フォローしておくかな)

 

 

 一部始終を見ていた鷺宮も二人を追って、部屋を出て行った。それは石上達が心配というのもあるが、この場に残っていたら、次は自分に矛先が向くのは明白だ。まだ掃除は終わっていないが、白銀とかぐやがいれば問題は無いだろう。本音を言えば、この二人に関わるのが面倒になったのだ。

 

 

 その後、中庭で白銀達に撃墜された石上と藤原を見つけた。相当、落ち込んでいるのか。二人の間に漂う空気は重たい。これは立ち直らせるのに難儀しそうだと思いながら、鷺宮は頭を抱えて項垂れた

 

 

 

 こうしてドタバタとした新学期初日は幕を開けた。尚、余談であるが件の二人は翌日には元通りの関係に戻っていた。

 

 

 

 

【本日の勝敗 学校の再開初日から面倒に巻き込まれた鷺宮の勝利】

 

 

 

「そういや、今度の選択授業。四宮達はどうするんだ?」

 

 

 選択授業 この秀知院では一年生と二年生のみ。前期と後期に分けて、計四つの授業が行われる。情報、美術、音楽、書道の科目から選び参加する事となる。また選択した科目によって、他クラスの生徒と合同となる為、一部の者達は同じ科目を選択する場合が多い。

 

 

 このシステムを利用する事で白銀はかぐやと授業が出来る。それ故、白銀は選択授業の話題を切り出した。

 

 

 

「私はかぐやさんと同じにしますよ。普段は違うクラスだから、一緒に出来る選択授業が楽しみにしていました」

「おいおい。そんな動機で選んでどうする? 貴重な学ぶ機会を無駄にするな。自分の必要な事を選べよ」

 

 

 そういう白銀こそ、藤原以上に不純な動機を抱いているのだが、それを棚に上げて注意する。

 

 

「そうですね。会長の言う通り、真面目に選ばないといけません」

 

 

 白銀に賛同するかぐやであるが、この女も内心は白銀と授業を受けようと目論んでいる。無論、そんな本音を表情に出す様な真似はしない。只、一向に用紙に記入する素振りを見せない白銀にどう攻めるか頭脳を振り絞る。そこで良い手段が頭に浮かんだ。その手段とは自身が先に記入する事である。

 

 

 白銀も同じ方法を思い付くが、かぐやの方が早かった。手にしたペンですらすらと記入した後、用紙を見えない様にかぐやは隠す。余裕の笑みを見せるかぐやに白銀は悔しそうに顔を歪めていた。

 

 

「え? かぐやさん。もう書いたんですか? 何を選んだのか教えてくださいよ」

「良いですよ。但し、会長が書いた後であれば教えて差し上げます。

「本当ですか? 会長!! 早く書いて下さい。でないと私がかぐやさんと同じ授業に出れないでしょ!!」

 

 

 これではかぐやが何を選択したのか分からず、また用紙が覗けない為に真似をする事も出来ない。どうするかと悩む中。此処に至って、かぐやと同じ科目を受けようとする藤原をかぐやは嗾けてきた。こうなると強いのは藤原だ。自身の欲望に忠実な彼女は先程、白銀から言われた事などすっかり忘れて、早く書けと白銀を急かす始末。だが、これで引き下がる白銀でない。彼も頭脳を使って対抗手段を探り出す。

 

 

 

(さて、問題は四宮が選んだ選択をどう知るかだな。直接聞けば早いのだが、藤原書記に真面目に選べと言った手前、この手段は取れない。しかも上手い具合に俺に嗾ける始末だ。ならばどうする? そうだな。此処は搦め手で行くとしよう。この場合、鷺宮に聞くのが良いな)

 

 

「少し落ち着け藤原書記。そう急かされては書く物も書けないだろう。それに選ぶにしても人の意見も聞きたい。なあ鷺宮はどの科目を受けるんだ?」

「私? 私が選ぶ科目は音楽と美術だよ。今回は美術を先にするつもり」

 

 

 いきなり話題を振られて驚く鷺宮だが、素直に選んだ科目を教えた。それに感心で返し、かぐやの様子を窺うが余裕の表情に変化はない。それなら次の手を打つまでと白銀は口を開いた。

 

 

「成程。音楽と美術か。そっちの方も何だか面白そうだな。よし、俺は音楽を選ぼ『駄目!! 会長、それだけは絶対に駄目です』ど、どうした藤原書記。顔が怖いぞ」

 

 

 突然、割って入った藤原に白銀は気圧された。普段の穏やかな雰囲気は形を潜め、その表情は能面の様に生気が感じられない。藤原がこうなるのは無理も無い。以前に協力した歌の特訓で味わった事が藤原のトラウマになっていた。この気持ちは同じく特訓に付き合った鷺宮も理解は出来る。故にこの時ばかりは藤原の援護に回る事にした。

 

 

「まあ、音楽は歌唱以外に楽器の演奏もあるからね。上手く出来ないと皆の足を引っ張る事になるよ。そうなると自然と皆の目も厳しくなるし、止めた方が良いんじゃない?」

「そ、そうなのか。確かに歌うだけが音楽では無いのは知っている。でも、俺としては楽器の演奏も『会長? 楽器の演奏を甘く見てませんか? あれは音程や楽譜が読めないと何も出来ませんよ。過去にピアノにやっていた私が言うんですから、間違いはありません。良いですか? 興味がある程度で音楽に踏み込んではいけません。絶対に音楽は選択しないで下さいよ』わ、分かったよ。そこまで言うなら音楽は選ばない。だからその顔をしないでくれ。本当に怖いぞ」

 

 

 

 説得するには弱い理由と思ったが、白銀は疑う事なく鷺宮の言葉を信じた。それに続いて藤原も畳掛ける様に言葉を紡ぐ。彼女の説得こそ無理がある内容だが、今の藤原に逆らえない何かを感じて白銀は音楽の選択を完全に諦めた様だ。

 

 

 

「うーむ。俺は何を受けるかな。情報にするか、美術にするか。迷う所だな」

「どの科目も学んでおいて損が無いですよ。齧る程度でも自分の知識になります」

「そうだな。情報は社会で役に立つし。美術は専門に進む事はないが、その世界に触れる事は良い経験になる。書道も今では学ぶ機会が少ないから、貴重な時間になるだろう」

「ええ。そうですね。会長の言う事は一理あります」

 

 

 

 かぐやの反応を見ようと、それとなく各科目に触れて見るが易々とボロを出す訳もなく。白銀の目論見は失敗に終わった。先手を打たれた以上、なす術は無い。もう素直に書いてしまおうと思った時、白銀はある事に気付いた。

 

 

(待てよ? 先に書いたなら、四宮はどうやって俺と同じ科目にするんだ? 下手すれば両方とも違う科目になる可能性が高い。そんな掛けをあの四宮がするとは思えない。何だ? 何か引っかかる。四宮は書けましたといったが、本当に書いたのだろうか? そうだとしたら、隠す事なく見せる筈だ。まさか!?

そうか。そういう事だったんだな)

 

 

 

 自分の仮説が正しければ、己が取る行動は一つ。

 

 

 

「よし。俺は美術にしよう」

「わぁ~ 会長は美術なんですね。それでかぐやさんは何を選ぶんですか?」

「藤原書記、話の途中で済まない。仕事があるから手伝ってくれないか?」

「ええ~ 今ですか? これから書こうと思ったのに」

「気持ちは分かるが、生徒会の大事な仕事だ。それに書記のお前がやるべき事だろう」

「あ、この仕事は私がいないと駄目ですね。じゃあ、ささっと終わらせましょう」

 

 

 白銀の言葉に不満を漏らす藤原だが、自分の役目となれば話は別だ。藤原は素直に頷いて、白銀と一緒に生徒会室を出て行った。此処で漸くかぐやは動きを見せる。ささっと机に近寄ると、置いてある用紙をのぞき込む。用紙には白銀が言う様に美術と記載されていた。それを見て、かぐやも同じ科目を選択する。実の所、かぐやが狙いは後追いであった。先手を打ったと見せかけて、実は後手を仕掛けていたのだ。

 

 

 これで白銀と授業を受ける事が出来る。それが余程嬉しいのだろう。鼻歌を歌いながらかぐやは浮かれていた。そんなかぐやに鷺宮は声をかける。

 

 

「あーあ。随分と嬉しそうだね。鼻歌まで歌っちゃって」

「ええ。だって、会長と授業を受ける機会が出来たんですよ。勿論、璃奈さんと受けれる事も嬉しいと思っています」

「ふふふ。そう言われると少し照れ臭いね。ところで他に選ぶ科目はどれにするの?」

 

 

 素直に気持ちを告げるかぐやに鷺宮は、その変化に驚いていた。以前だったら、己の心境を悟られまいと隠していた。しかし、夏休み以降。かぐやは鷺宮といる時だけ、気持ちを隠したり誤魔化す事は無くなった。無論、それはかぐやが鷺宮を信頼しているからこそである。

 

 

「今回は美術一択にしますよ。続けてやる方が身に付きますからね」

「一つに絞るやり方かぁ。私もそうしたいけど、前回に美術を選んでるからなぁ」

「あら。それでも一緒に受けれるのだから、良いではありませんか」

「まあね。かぐやさんはどんな絵を描くのか。今から楽しみだよ」

「ふふ。思ってる程、私は上手くは無いですよ。余り期待しないでください」

 

 

 

 それから二人は談笑しながらのんびりと時間を過ごす。その後、仕事を終えて戻った藤原も美術を選択し、四人揃っての合同授業が決まった。

 

 

【本日の勝敗 かぐやと鷺宮の勝利】

 

 

 

「俺に相談だと!? まさか、また恋愛の事か?」

「うっす。何度も悪いなぁと思ってるんすけど、頼れるのは会長しかいないんすよ」

 

 

 昼の頃。生徒会室に足を運んだ白銀は、またもや翼に相談を持ち掛けられた。二度ある事は三度ある。この言葉通りの展開に正直、うんざりする白銀であったが断る訳にもいかず。翼を伴って生徒会室に入る事にした。

 

 

「へー 久しぶりに来たけど、やっぱり生徒会室の空気はいいっすね」

「なぁ。相談を受ける前に一つ言わせてくれ。お前、夏が明けてから随分とチャラくなったな。一体、どういう心境の変化だ?」

 

 

 白銀がそう言うのも無理はない。夏休み前は黒髪に丁寧な言葉遣いだった翼だが、今の彼は茶髪にピアスに飽き足らず、話し方まで変わっていた。基本、他人の事にどうこう言うつもりはないが、翼の格好は学生がするに相応しいとは言えない。生徒会長としてもその点は気になっていたのだ。

 

 

「へ? そうっすかね? 案外普通だと思いますよ。それよりも、早く相談に乗って下さいよ~」

「お、おう。分かった」

 

 

 注意しても本人は、何処吹く風といった様子で気にも留めていない。これは言っても無駄だと悟り、白銀は話を進める事にした。その時、生徒会室の戸が開き鷺宮と石上が姿を見せた。

 

 

「こんにちは。うん? その人は誰なの?」

「ああ。石上に鷺宮か。実は俺に相談したいと訪ねて来たんだよ」

「相談ですか? だったら、僕らは席を外しましょうか? 邪魔になるでしょうし」

「いや。寧ろ、残ってくれ。折角だし、二人の知恵も借りたいからな」

「別に良いですよ。僕で良ければ、力を貸します」

 

 

 

 気を利かせて去ろうとする石上達を白銀は引きとめる。正直、二人を巻き込む事に抵抗を感じたが、自分一人で翼の相手をするには気が重い。故に意地を張る事をやめて、白銀は素直に協力を申し出た。石上は協力する姿勢を見せるが、鷺宮は苦虫を噛み潰したような顔をして白銀を見る。何せ、相談という言葉を聞いて彼女は過去の出来事を思い返していた。翼と柏木。この二人の相談に乗った時はいつも碌な事にならなかった。ならば、今回もそうなるのではないか?鷺宮は嫌な予感を感じていた。

 

 

 

「私は遠慮しようかな。ほら、人に何かを助言出来る程、人生経験は豊富じゃないし、何よりこの後も生徒会の仕事があるもの。という訳で私は『ええ~。そんな事を言わないでくださいよ~。僕としては鷺宮さんにも聞いて欲しいんですって』……」

「だそうだ。これも生徒会の仕事の一つだ。気持ちは分かるが、今回も協力してくれ」

「……っ! 分かったわよ。相談に乗れば良いんでしょ!! やってやるわよ」

 

 

 何とか逃げようとする鷺宮の言葉を遮って嘆願する翼と、生徒会の仕事を盾に協力を募る白銀に押し切られて結局、相談に乗る羽目になった。

 

 

 

「それで相談とは何だ? 柏木と喧嘩でもしたのか?」

「いやぁ~ そんな事は無いですよぉ。寧ろ、夏休みを通じて仲が深まった? みたいな感じっす」

「……会長。この人、本当は相談じゃなくて、自慢しに来てるんじゃないですか? どうみても悩みがある様に見えないんですが」

「石上くんの言う通り。明らかに相談がある人間の顔に見えないよ」

「待て待て。二人共。そう決め付けるのは良くないぞ。これから悩みを言うかもしれないだろう」

 

 

 

 相談の内容について。真剣な顔で尋ねる白銀に、翼は明るい様子で言葉を返す。これに違和感を覚えた石上が白銀に小声で問い掛ける。それに便乗して鷺宮も苦言を述べた。そんな二人を諌める白銀だが、内心は二人と同じ事を考えていた。しかし、自分が率先して相談に乗ると言った手前。やはり駄目だと翼を追い返す事は出来ない。何とか鷺宮達を説得して、白銀は話を進める。

 

 

「改めて聞くが相談の内容は何だ?」

「ああ。それなんすけど、実は渚とラブラブなんですよ~ これ以上、どうしたらいいのかなって」

「やっぱり、相談装った自慢じゃねえかぁぁぁぁぁぁ!」

「落ち着け石上!! そのトイレットペーパーで何をするつもりだ!? そ、それでお前は次のステップに進みたい。そういう事だな?」

 

 

 翼の言動に石上は鬼の形相でいきり立つ。何処からか取り出したトイレットペーパーで、翼に襲いかかろうとする石上を抑えながら白銀は翼に話の続きを促した。

 

 

「えーっと。まあ、そんな感じの話っすよ」

 

 

 未だに進まない話とチャラい口調の翼に、流石の白銀も苛立ちを感じていた。それを理性で堪えていると、落ち着きを取り戻した石上が再び小声で話しかける。

 

 

「会長。此奴に次のステップなんぞ、あるんですか? この馬鹿みたいに浮かれた顔を見る限り、絶対イクとこまでイってますよ」

「そ、そんな事は…」

 

 

 石上に反論しようにも白銀は返す言葉が浮ばない。何せ、翼と柏木が交際を始めたのは五月の半ば。それから順調に関係は続き、果ては夏休みの間により深い関係になっていても不思議ではない。もし石上の言う通りであれば、恋愛経験の無い白銀に出来る助言は無いのだ。

 

 

 確証は無いが、今の翼を見る限り。石上の予想が正しいと思えてくる。そうだとすれば、自分達は翼の自慢という相談を延々と聞く羽目になるだろう。当然、そんなのは誰も聞きたくはない。もう強引に話を終らせてしまおう。そう決断して白銀が口を開いた時、翼の方から話しかけてきた。

 

 

 

「いんや~ 夏休みって最高ですよね。会長と鷺宮さんは何処か行ったんすか?」

「え? 俺は夏の間、バイトと勉強が殆どだったよ。まあ、最後は鷺宮以外の皆と花火を見たくらいか」

「そういや、私はその時いなかったね。ま、私も夏は家にいてばかりだったよ」

「へ? そんな風に過ごしてたんすか? 海に行ったりとかは?」

「「してない」」

「じ、じゃあ誰かとデートしたりもない?」

「「ない」」

「うっへぇ。何て言うか、つまんない夏を過ごしていたんですね。勿体無いなぁ」

 

 

 夏の定番イベントを尋ねる翼に白銀と鷺宮は口を揃えて否定した。それを聞いて、翼は如何にも見下す様に同情した。その態度に遂に鷺宮も我慢の限界が訪れた。

 

 

「黙って聞いてれば、好き放題に言いやがって。お前は何様だぁぁぁぁぁぁ!」

「待ったぁぁぁぁぁ! それは不味いぞ。鷺宮、そのボールペンを下ろせェェェ!」

「そうですよぉぉぉぉ!こんな奴でも怪我させたら、鷺宮先輩の責任になるんですよ。どうか落ち着いて下さい」

 

 

 

 机に置いていたボールペンで翼の眉間を刺そうとするが、咄嗟に白銀と石上が止めに入る。二人が必死に抑えて説得する中、当の本人は鷺宮が何で怒っているのか、分かっていない様子。その後、数分に及ぶ説得で鷺宮を宥める事に成功し、白銀と石上は安堵の息を吐く。

 

「こんにちは。此処にいたんですね。もしかして、生徒会に用事があったの?」

「うん。そういう渚こそ、誰かに用事があるの?」

「ええ。私はかぐやさんにね。でも、いないのなら会長達に話そうかな」

 

 

 

 しかし、此処で更なる出来事が三人を追い詰める。生徒会の戸が再び開いて、姿を見せたのは翼の彼女である柏木。今最も会いたくない人物の登場に白銀と石上は慌てた。彼女の登場によって、翼が格好つけようとするのは火を見るより明らか。下手すれば、また鷺宮を刺激する事になるだろう。

 

 

 

「いや、柏木は四宮に用があるんだろ? 生憎、俺達は所用で席を外す事になってな。ついでに四宮を探してくるからその間、待っていてくれ」

 

 

 

 もし柏木の手前で先程の事が起きたら、当然ながら柏木も黙ってはいないだろう。鷺宮と柏木。この二人に因る修羅場が勃発したら、白銀達では収拾がつかない。そうなる前に二人は鷺宮を伴って、一旦部屋を出る事にした。

 

 

 

「ふー。部屋を出たはいいが。この後、どうしたもんか」

「いえ。これはチャンスじゃないですか? 今、密室にいる事であの二人は何か行動に出る筈です」

「おいおい。いくらあの二人でも、生徒会室でそんな事はしないだろう」

 

 

 生徒会室に残した二人が行為に及ぶと言う石上。それは無いと否定するも内心では、白銀もあり得ると思っていた。二の足を踏む白銀達に救いの手が差し伸べられた。

 

 

「あれ? 皆さん、部屋の前で何してるんですか?」

「静かにしてください。今、例の二人が神ってるか確かめてる最中です」

「ええええぇぇぇ!? あの二人、そこまで進展してるんですか?」

 

 

(何故、今ので分かるんだ? 藤原書記のこういう所は謎だよな)

 

 

 濁して言ってるのに意味が伝わる藤原を白銀は、神妙な顔で見つめていた。その中、意味が分からず戸惑うかぐやが二人に聞いて来た。

 

 

「あの二人、何の行為に及んでるの?」

「実はですね…」

「はぁ!? あの二人、生徒会室でそんな事をしようとしてるの!?」

 

 どう伝えようか迷う中、藤原がかぐやに今の状況を教える。その内容に衝撃的で聞いたかぐやの顔は赤く染まった。そんな二人を余所に一心不乱に、部屋を覗いていた石上が声を上げた。

 

 

「見て下さい。あの二人、恋人繋ぎをしてますよ。これは神ってる証拠じゃないですか?」

「いや、これくらいなら初デートでもやるだろう。決定付けるにはまだ早い」

 

(初デートでやるの? 会長って、意外に大胆)

(マジかよ。奥手に見えて、実は肉食系の男子なのか。白銀くんの思わぬ一面を見たな)

 

 

 しかし、白銀の中では恋人繋ぎは神ってる証にはならない。傍で聞いている女子二人は白銀の恋愛観に驚いていた。次に反応を示したのは自称、ラブ探偵の藤原であった。

 

 

「あー あれ見て下さい。今度は二人とも、キスしてますよ。これは神でしょう」

「大声を出すな。だが、頬にキス程度なら二回目のデートでやるものだ。まだ神ってはいない」

 

 

(えええええ。二回目でキスするのぉ!? で、ですが…頬なら別に不思議ではありませんね)

(はぁ!? 二回目でキスって、どうみても飛ばし過ぎでしょ。そこは手を繋ぐ辺りが普通なんだけどね。まあ、最初は腹立ったけど、あの二人の馬鹿さ加減が見れるのは面白いな)

 

 

 ロマンチックな妄想に浸るかぐやとは、反対に鷺宮は猛烈な毒を吐き捨てる。積もった溜飲を此処で下げようという腹積もりだ。そんな折、事態は更に進行する。今度は覗いていた三人が驚きの表情を浮かべた。

 

 

「あ、あの二人…遂には首筋にキスしましたよ。これはもう神ってると見るべきでしょう」

「まだだ。あれは四回目のデートでするものだ」

「だったら、何回目でヤルんですか?」

「決まってるだろう。それは五回目のデートでだよ」

 

 

(あーあ とうとう言い切ったよ。この男、五回目でヤルって言うけど。そんな簡単に女が体を許すとおもってるのかね? 無論、場の空気に当てられての発言だろうけど、心の奥ではそう考えてるって事よね。少しだけ距離置こうかしら?)

(ご、ごごごご五回目でヤル。な、何を? い、いえ。男女と出かけるなら答えは一つしかな…い)

 

 

 此処で精神の限界が来たかぐやが倒れそうになったが、咄嗟に気付いた鷺宮がかぐやを受け止めた事で彼女は床に衝突する事は無かった。

 

 

 だが、その騒ぎで中にいた柏木がひょこっと部屋から顔をだす。

 

 

 

「皆さん、部屋の前で何をしてるんですか? もしや、私と彼が行為に及ぶと思ってたりします?」

「い、いや。そんな事は思って無い。だが、その様子では俺達の話は筒抜けだったのか?」

「ええ。彼は気付いてませんが、私は全部聞いてましたよ。白銀会長の恋愛観、面白かったですね」

「ぐっ、それは済まない。だけど、本当に二人は石上が言うような関係なのか?」

「誤解の無いように言いますが、私と彼はそこまでの関係ではありませんよ」

 

 

 

 バレているならばと、白銀は二人の関係を思い切って尋ねた。他人の人間関係に口を出す筋合いは無いと分かってはいるが、生徒会長として不純異性交遊に当たる行動をされては堪らない。そんな白銀に柏木は平然とした様子で言葉を返した。どうやら彼女もその点は理解している様で、白銀達が想像している行為はしてないと断言した。

 

 

「それに彼の事ですが、余り責めないでくださいね。ああなったのは、私が悪戯心でワイルドな男が良いと言った所、彼は見た目を変えて来たんですよ。本人も実はかなり無理してる様だし、元の姿に戻る様に言っておきます」

「そうか。それを聞いて安心したぞ」

「ええ。それはごめんなさい」

 

 

 そう言って、艶やかに笑う柏木。そんな彼女に妙な色気を感じて、不安を抱く白銀達だがこれ以上は何も言うまいと口を閉じる事にした。

 

 

 

【今回の勝敗 生徒会の敗北】




今回のお話、いかがだったでしょうか?


黒歴史に悶える白銀と鷺宮。それに白銀と同じ授業が出来ると小躍りするかぐや。極め付けはバカップルが神ってるか調べる生徒会の面々。

特に小躍りするかぐやを漫画で見た時は、絶対に書きたい話だと思っていたので書けて大満足です!!


次回は白銀の特訓回と白銀の誕生日編を書く予定です。どうかお楽しみに


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第17話 鷺宮は探りたい/かぐや様は贈りたい/鷺宮は抗えない

最新話、お待たせしました。


今回は白銀の特訓回と白銀&鷺宮の誕生日回です。


文字数は過去最大ですので、目を休めながら読むのを推奨します。


「璃奈さん。今、時間はあるかしら? 貴女に話したい事があるのだけど……」

「ああ、かぐやさん。別に大丈夫だよ。何かあったの?」

「その前に場所を変えませんか? 此処では…少し話し辛い事ですし」

「分かった。じゃあ、図書室に行こう」

 

 

 中庭で休憩していた時、かぐやが声をかけてきた。用件を聞こうとする鷺宮にかぐやは此処では言い辛いと返した。周りに聞かれたくないと言う事は、白銀絡みの事だろうか? だとしたら、かぐやが渋るのも無理はない。鷺宮は場所を変えて、話を聞く事にした。

 

 

 

「それでどうしたの? まあ、表情からして良い話って訳じゃ無さそうね」

「ええ。確かに良い話ではありません。実はですね。先程、廊下で見た事なのですが……」

 

 

 かぐやは一息吐いてから、話を始めた。それは授業が終わった後、かぐやが教室に戻る途中。廊下で何やら話している白銀と藤原を目撃した。知り会いの姿に折角だと、挨拶の一つでもしよう。そう思ってかぐやは二人に近寄ると、話の内容が耳に入ってきた。

 

 

「お前にはいつも甘えてるのは分かっている。だが、俺がこんな事を言えるのはお前しかいないんだ」

「そ、そんな事を言われても……。もう、仕方ないですね。分かりました。今回も私に任せてください」

 

 

(え? あの二人は一体、何を話しているのかしら? それに今の会長と藤原さんの言葉……。何処か意味深に聞こえるわね。ま、まさか…あの二人って、実は付き合っているの? 思えば、二人の雰囲気は明らかに男女特有のものだわ。そ、そんな…会長と藤原さんが。いや、そんなの絶対にいや。そうだ、此処は璃奈さんに相談してみましょう。あの人なら、何か良い案をくれるかもしれない〕

 

 

 

「……そんな訳で璃奈さんに二人の事を探ってほしいんです。どうかお願い出来ませんか?」

「わ、私が二人がどういう関係か探るの? こういう事はあっちゃんの方が得意でしょ。そっちに任せる方が良いんじゃないの?」

「それは私も先に思ったわ。でも、早坂は別の仕事で手が空いてないのよ。だから、璃奈さんにお願いしてるんですよ」

 

 

 蓋を開けば、白銀と藤原の関係を探れ。そんな難題を頼むかぐやに鷺宮は頭を抱える。だが、鷺宮も二人の関係が気になっていた。クラスでもよく話している姿を鷺宮も何度か見ている。自分とかぐやを除けば、仲のいい異性は藤原だけだ。しかし、それだけで二人がそういう関係であると、断定するには判断材料が足りない。結局、悩んだ末に鷺宮はかぐやの頼みを聞き入れる事にした。何しろ、自分ももやもやした気持ちを感じていたし、これを解消するには真実を明らかにするしかないのだ。

 

 

「ありがとう。璃奈さんに相談して良かったです」

「どういたしまして! それと一つ聞くけど、かぐやさんが二人を見た場所は何処? もしかしたら、またそこに来るかもしれないからさ」

「えっと、確か一階の渡り廊下でしたね。ですが、そこに来るとは分かりませんよ」

「まあ、一応確認の為よ。さて、いっちょやりますかね。但し、朗報は期待しないでよ」

「それは勿論です。本当なら自分でやるのですが、私も今週は予定が山積みで時間を割けないんです」

 

 

 

 悔しそうに顔を歪めるかぐやの肩に手を置いて、鷺宮は優しく言葉をかける。それに救われたのか、少しだけかぐやの顔が明るくなる。それに安堵して鷺宮も笑みを浮かべた。その後、かぐやと別れた鷺宮は教室に戻った。そこには件の二人がいた。バレない様に視線を送ると、やはり普段よりも仲が良い様に感じられた。とりあえず、今は白銀達の事は置いておいて、始まった授業に集中する事にした。

 

 

 

 放課後。全ての授業が終わり、帰り支度をする生徒達の中。二人は教室を出ていった。当然、鷺宮も遅れて教室を出ると、白銀達の跡をこっそりと追い掛ける。細心の注意を払って、尾行すると辿り着いたのは調理室であった。一体、こんな場所で何をするつもりなのか。鷺宮は皆目、見当が付かない。戸に耳を寄せて中の様子を窺うと微かに話し声が聞こえてきた。

 

 

 

『ほーら。実際に触ってみると怖くないでしょ?』

『ああ。だが、妙にヌルヌルしているな』

『それは濡れているからですよ。皆、濡れると同じですから』

 

 

 戸を挟んで聞こえる会話に鷺宮の顔が赤く染まる。もしや、二人の関係は想像以上に進んでいるらしい。だが、二人がどの様な関係とはいえ…学園でこのような行為は見過ごせない。そもそも生徒会に属する者がこの体たらくでは示しが付かないからだ。

 

 

 

 ならば取るべき行動は一つ。鷺宮は勢いよく戸を開けて中に踏み込んだ。

 

 

「こらーーーー。あんた達は此処で何をしてるのよ!! 生徒会に属する者が学園でこんな事をして恥ずかしいと思わないの」

「な、鷺宮!? どうしてお前が此処にいるんだ?」

「それに恥ずかしい事って、一体なんの事ですか?」

「惚けないで。二人が此処で破廉恥な真似をしたのは‥‥。これは生きた魚? え? 何がどうなってるの?」

 

 

 訳が分からず、混乱する鷺宮に白銀は事情を説明した。話によれば、来週に控えた調理実習の為に藤原と協力して特訓していたとの事。どうやら、鷺宮は大きな誤解をしていた様だ。それに藤原がニヤニヤと笑みを浮かべて、鷺宮に問い掛けてきた。

 

 

 

「そういえば。さっき鷺宮さんは破廉恥がどうとか言ってましたね。一体何をしてると思ったんですか? 良かったら教えて下さいよ~」

「べ、別に何でもないわよ。ところで特訓の成果は出てるの?」

「いいえ。実の所、さっぱりです。会長ったら、魚に触る事は出来ましたけど‥‥今度は魚から出る血が嫌だ―――って駄々を捏ねるんですよ。まあ、解決策はあるので明日にそれをやる予定なんです」

「成程。事情は分かったわ。そういう事なら私も協力しようか? 幸い、今の白銀くんに打って付けの物が家にあるからさ。藤原さんと同じく開始は明日になるけどね」

「良いのか? 俺としては助かるが…」

「別に遠慮しなくていいよ。第一、困ってる人を見捨てるのも寝覚めが悪いし、二人に変な疑いをかけてしまった詫びもしたいからね」

 

 

 

 こうして鷺宮も白銀の特訓に手を貸す事になった。特訓は面倒であるが、二人の関係を探るには好都合だ。見た所、怪しいと思う所は無い。しかし、白銀達が付き合っているのなら何処かで尻尾を出すだろう。あとはその瞬間をしっかりと確認するだけだ。

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後。藤原は白銀と鷺宮を連れて、視聴覚室にやってきた。そこで藤原は用意した数々のホラー映画を広げた。彼女曰く、これは姉から借りた物で過激な描写が売りの作品との事だった。これを使って白銀の苦手意識を克服させる。それが藤原の作戦であったが、鷺宮が待ったをかけた。

 

 

 

「ねえ、これって私も知ってるけど。かなり怖い映画で日本での上映が禁止された奴よね? 逆に悪化すると思うわよ」

「ええ!? この映画って、そんなに怖い奴だったんですか~? 私自身、映画を観ないので全然知りませんでした!」

「おいおい。勘弁してくれよ。だが、藤原の策が駄目ならどうするんだ?」

「そこで私の出番よ。はい、これを使って慣れるのはどうかな?」

 

 

 

 鷺宮が取り出したのは塗り絵だった。それも只の塗り絵でなく、林檎を潰す手の絵や猪が解体されている絵など。妙に生々しい絵が多く掲載されている。タイトルには『生命の輝き』と書かれていた。だが、鷺宮の意図が分からず、困惑する二人に鷺宮は用途を説明する。

 

 

 

「これはさ。中世に存在した画家が描いた絵画を塗り絵にした物よ。当時は戦争や疫病が多かったから、自然とこういう死を連想させる絵を描く様になったみたいよ。使用するのは赤色が殆どだし、進むに連れて絵の方は過激になっていくけど、終わる頃には血に対しても耐性が付くんじゃない?」

「成程。確かに絵は怖いが、映像や実物を使って練習するよりは気が楽だな」

「へー。こんなやり方もあるんですね。鷺宮さんはこれを何処で手に入れたんですか?」

 

 

 斬新な克服法に感服する白銀を見て、藤原は本について尋ねてきた。どうやら、彼女もこの本に興味が湧いた様だ。

 

「ああ。これは今度、母の博物館で開催する展示会のグッズよ。いくつかサンプルを貰ったけど、扱いに困っていたからね」

「要するに鷺宮は要らない物を押し付けただけかよ。意外と酷いな」

「まあまあ。これで会長の問題も解決するんだから、良いじゃないですか。文句を言ったら駄目ですよ」

「そ、そうだな。これは有難く使わせてもらうぞ」

「どういたしまして。これで特訓は家でも出来るから、もう集まる必要は無いよね?」

「うーん。私はそうしたいけど、会長はどうします?」

「俺は別に構わない。こうして、克服する手段も見つかった訳だしな。何だかんだで二人に甘えている以上、少しは俺も踏ん張らないと格好が付かないだろう」

 

 

 そう言って、笑う白銀に二人も釣られて笑う。二人と別れた後、鷺宮はかぐやにメールを送った。それは白銀達の事を報告する為である。メールで済ませようと思ったが、あれだけ不安を抱いていたのだ。直に会って話す方がかぐやも安心する事だろう。そう配慮しての事だった。

 

 

 

「突然、呼び出してごめんね。今日も忙しいんでしょう?」

「いえ。それは心配に及びません。璃奈さんに無理を頼んだのですから、私も多少の無理はしないと釣り合わないでしょう。それで何か分かったんですか?」

「うん。その事だけど、二人は別に付き合ってなかったわ。只、白銀くんの特訓に協力してたみたい」

「特訓ですか……。二人の事は杞憂で安心しました。けれど、会長は何故私に相談しないのかしら? 言ってくれたら全力で協力するのに。選りに選って、藤原さんなんかに頼むなんて」

「ま、まあ。白銀くんにも色々あるんでしょ。そこは言わないで置こうよ」

 

 

 

(うーん。かぐやさんの気持ちも分かるけど、白銀くんの弱点はアレだからなぁ。以前の特訓も散々だったし、そんな事にかぐやさんが参加したら、絶対に愛想が尽きそうだもの。知らぬが仏ってやつよね)

 

 

「何にせよ。今回はどうもありがとう。璃奈さんが困った時はいつでも言ってください。全力で力になりますから」

「それは頼もしいわね。うん、その時はお願いするわ」

 

 

 結局、白銀と藤原の交際疑惑はかぐやの思い過ごしだった。また鷺宮も密かに安堵していた事を感じていたが、それは気の迷いだと誤魔化していた。因みに調理実習の内容が変更になり、特訓が無駄になったと白銀が落ち込む事になるのは別の話。

 

 

【本日の勝敗 疑惑が杞憂だと知って安堵したかぐやと鷺宮の勝利&無駄骨を折った白銀の敗北】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休日の昼下がり。鷺宮はかぐやと会う為、都心へ訪れていた。待ち合わせ場所に到着するが、かぐやの姿はない。どうやら、まだ来てない様だ。鷺宮は適当な場所に腰掛けて、本を読みながら待つ事にした。そして数十分が過ぎた頃、かぐやが姿を現わした。彼女は此方に気付くと、慌てた様子で駆け寄ってくる。

 

 

「遅れてごめんなさい。待たせてしまいましたか?」

「それは気にしないで。私も来て間もないから。じゃあ、かぐやさんも来た事だし。白銀くんのプレゼント選びに行こうか」

「はい。良い物が見つかるといいのですが……」

「大丈夫だって。沢山、店があるんだもの。心配はいらないわよ」

 

 

 この日、二人が来た理由。それは数日後に迫った白銀の誕生日、彼に渡すプレゼントを選ぶ為である。先日、藤原達とショッピングに来た際もかぐやは密かに探していた。しかし、その時はこれといった品を見つける事が出来ず、日を改める事にしたのだった。この件を早坂に話すと、鷺宮を誘って探しに行ってみてはどうかと助言を受ける。その鷺宮も白銀に贈る品を見つかっておらず、渡りに船だとかぐやの誘いを受ける事にした。

 

 

 

 二人が最初に訪れた場所。それは鷺宮がよく利用する文房具店だった。扱う品も一般的な物から高級品までと幅も広い。初めて来るかぐやも、品揃えの豊富さに驚いていた。

 

 

「凄い品数ですね。こんな場所にこれ程の店があるとは知りませんでした」

「普段は専門店に行く事は無いからね。私も初めて来た時は、吃驚したよ。でも、此処なら白銀くんにピッタリの物が見つかるんじゃないかな?」

「そうですね。それで私は中を見て回りますけど、璃奈さんはどうします?」

「ああ。私も適当に見て回るよ。三十分くらいしたら、此処で落ち合おうよ」

「分かりました。それでは後ほど会いましょう」

 

 

 

 それぞれで目的の物を探すべく、別れた後。鷺宮は手帳のコーナーに足を運んだ。思えば、白銀はいつも予定を手帳に書いている。その為、すぐに頁が埋まるだろうし、使い切る度に買うのでは金も馬鹿にならない。ならばと鷺宮が選んだのは、ずっと使える電子手帳だった。バッテリーも長持ちするタイプで、例えバッテリーが切れても記載した内容は消えない記憶機能付き。一万五千円と値は張るが、奮発して購入する事に決めた。

 

 

 会計を済ませた後。鷺宮が店内をうろついていると、かぐやがある品を手にやって来た。

 

 

「璃奈さん。良い物が見つかりましたよ。これです、これ。この万年筆なら会長も喜んでくれますよね」

「へえー。万年筆とは渋いチョイスだけど、白銀くんのプレゼントに丁度いいね。でも、何か高そうだけど…いくらするの?」

「ええ。これ程の逸品が十万円なんて随分と安いんですね。それでは早速、会計に行って「かぐやさん、ちょっと待った」はい?どうかしましたか?」

 

 

 何気なく万年筆の値段を聞けば、返ってきた言葉に鷺宮は絶句した。だが、すぐに我に戻って会計に向かおうとするかぐやを止める。その本人は止められた理由が分からず、呆けた表情で鷺宮を見ていた。

 

 

「ねえ、かぐやさん。十万円って、かぐやさんには安いのかもしれない。でもね、世間一般では十万は大金なんだよ。もし、それを白銀くんに贈るとしても…多分というより、絶対に喜ばないと思うわ」

「ええ!? これでは駄目なんですか? でしたら、此方の五万円の万年筆なら「それも駄目だよ」何故ですか!! だったら、私は何を贈ればいいんですか?」

「ま、まぁそれは別の店で探そうよ。とりあえず、それを置いてこの店を出ましょう」

「もう! 折角、良いと思ったのに」

 

 

 値段もさる事ながら、鷺宮が反対したのは自分達を見る店員の視線にあった。高級品を手にはしゃぐかぐやを先程からハラハラとした様子で見ていた。それも無理もない。何せ、十万と五万の高級品だ。万が一、傷が付いたらその時点で売り物にならない。店員の不安は鷺宮も理解していた。

 

 

 その後、少し不機嫌になったかぐやを宥めて鷺宮達は店を後にした。

 

 

 

 

 それから二人は色んな店に足を運ぶが、プレゼント探しは困難を極めていた。ふと寄った時計店で十五万の時計を見つめるかぐやを邪魔したり、次に寄った靴店ではあろう事か、三十万の靴を選ぶ始末。最早、此処まで来ると態とやっているのかと思うが、かぐやは真面目に選んでいた。単純な話、彼女と庶民の金銭感覚に大きな違いがあるのが問題であった。

 

 

 そのかぐやは度重なる鷺宮の妨害で、完全に拗ねていた。道中、何度も宥めるも一向に口を利いてくれない。そんな時、鷺宮の目にある店が止まる。

 

 

「これだ。かぐやさん、あの店に行こう。もしかしたら、贈り物が決まるかもよ」

「本当ですか? どうせ、また邪魔をするのでしょう。というより、あんな店で何があるというのですか」

「いいから行こう。物は試しだって、此処で駄目だったら次は邪魔しないからさ」

「はぁ…。分かりました。璃奈さんがそう言うなら行ってみましょう」

 

 

 

あれならば、上手く行くかもしれない。鷺宮はかぐやを必死に説得して、件の店に訪れた。

 

 

「ごめんください。あの…どなたかいらっしゃいますか?」

「はい。いますよ。何とも珍しいお客様ですね。当店にどの様なご用事で?」

 

 

 中に入り、声をかけると奥から一人の老人が姿を見せた。和服姿で白髪のお爺さんは優しい笑みを浮かべて、鷺宮達に用を尋ねた。

 

 

「実はこの店で扇子に特別な彫りをしてくれると、外の看板で見まして。それをお願いしたいんです」

「ああ。そうでしたか。では、どの扇子に文字を入れますかな? お嬢さんの好きな言葉を教えてくれんかね」

「あ、頼みたいのは私じゃなくて。こっちの子です。ほら、かぐやさん。入れる言葉を決めないと…」

「え、ええ。ですが、いきなり言われても…」

 

 

 成行きを見守っていたかぐやは、唐突に話を振られて困惑した。いざ、入れる言葉を考えろと言われて浮かぶはずもなく、かぐやは唸りながら考え込むがやはり言葉は思い付かない。

 

 

「一つ聞きたいのですが、これは誰かに贈る物ですか?」

「はい。私が日頃お世話になってる方への贈り物です」

「ふむ。ならば、その人を表した言葉はどうかな? 贈ってくれた相手が自分を理解してくれている。それは相手にとって、何より嬉しいと感じるものですよ」

 

 

 

 

 悩むかぐやに老人は優しく助言を与えた。老人の言葉はかぐやの心に染み渡る。

 

 

(そうですね。私とした事が、高い物を贈る事だけ考えて。相手の気持ちを考えていなかった。今になって、鷺宮さんが言った言葉の意味が漸く分かりましたよ。会長を表す言葉。思い浮かぶのは‥‥。そうです。ぴったりの言葉があるでは無いですか。ええ、これにしましょう)

 

 

 老人の助言で入れる言葉が決まったかぐやは、備え付けの紙にその言葉を書いて老人に手渡した。

 

 

「ほう、この言葉を知っているとは驚いた。お嬢さんもそうですが、贈る相手も相当に賢い様ですね。それでは私は早速、作業に入ります。ほんの数十分くらいで終わります。狭く退屈な所ですが、どうぞ寛いでお待ちください」

 

 

 そう言って、老人は奥に下がっていく。二人は老人の背を見届けた後、適当に座って大人しく待つ事にした。その間、特に会話をする事もなかった。奥で作業をする老人の邪魔をしたくなかったし、何よりこの静寂が心地良いと感じていたから。

 

 

 

 

 数十分後、作業を終えて老人は再び姿を見せた。鷺宮達に完成した扇子を見せようとした時、鷺宮は自分は必要無いと一言告げて、店を出て行った。その行動に首を傾げるかぐやだが、老人の方は鷺宮の心情を理解したのか、穏やかな顔で彼女を見送った。

 

 

 

「さて、出来上がったのがこちらになります。お嬢さんがお気に召さないのなら、もう一度やり直しますよ。無論、完成した物は此方でお届け致します」

「いいえ。寧ろ、素晴らしいとしか言えません。それに入れた言葉も見やすくて、風情があります」

「それは何よりです。その様に褒めて貰うのは、年寄りになっても嬉しいですよ」

 

 

 

 かぐやの言葉に老人は心の底から嬉しそうに笑っていた。そんな老人に釣られてか、自然とかぐやも笑みを浮かべていた。その後、代金を支払い店を出ると、外で待っていた鷺宮に声をかける。

 

 

 

「ありがとう鷺宮さん。貴女のおかげで会長のプレゼントが手に入りました」

「いいのよ。私こそ、勝手に出て行ってごめんね。今思うとかぐやさんにとっても、店のおじいさんにとっても失礼な行動だったよね」

「いえ。私は気にしてませんよ。それにお爺さんも怒っていませんでしたから。ところで何故、あの時に店を出たのですか? お爺さんは分かっていた様ですが、私は未だに分からないんですよ。分からないままというのも、もやもやしますし。その理由を教えて下さい」

 

 

 

 かぐやは、先ほど鷺宮がとった行動の意味を尋ねた。改めて考えてみても、分からない。単純に答えが気になるのもあったし、何より自分だけ分からないのもそれはそれで納得がいかない。そんなかぐやは鷺宮をジッと見つめており、この分だと教えるまで逃がしてくれないだろう。鷺宮は観念して訳を話す事にした。

 

 

「別に深い意味は無いんだよ。只、あれは白銀くんに贈る物でしょ? だとしたら、それに施された言葉を私が先に見るのは駄目だと思ったのよ。そこはやっぱり受け取る白銀くんが先に見ないとね」

「…ふふふふ。全く、そんな事を考えていたのですか。別に先に見たとしても、私は気にしないのに」

「い、いいじゃないの。折角、気を利かせたんだから、そこは笑うんじゃなくて褒めて欲しいわ」

「ええ。璃奈さんのお気遣いは私も感謝しています。本当にありがとう」

「どういたしまして! それじゃあ、用も済んだし帰ろうか」

「そうですね。だけど、お昼に何か食べていきましょう。ホッとしたら、お腹が空いてきました」

「いいわねぇ。実の所、私もお腹空いてるのよ」

 

 

 

 そんな会話をしてお互いに笑い合う。今日は大変な事もあったが、二人には充実した一日であった。

 

 

 

 

 

 後日、かぐやは白銀の誕生日を祝い、件の扇子を白銀に贈った。その白銀は想いを寄せるかぐやから誕生日を祝って貰い、素敵な贈り物をくれた事に感激する余り。家に帰った後、圭に何度も自慢した事で怒りを買い、散々蹴られる羽目になったという。

 

 

【本日の勝敗 無事にプレゼントを贈る事に成功したかぐやの勝利】

 

 

 

 

「「「「鷺宮庶務、お誕生日おめでとう!!」」」」

 

 

 9月15日 この日は鷺宮の誕生日であった。それを祝おうと生徒会の仲間達は、彼女に内緒で誕生日会を計画していたのだ。突然の事に呆然とする鷺宮だが、この状況を理解するや心の中で盛大に舌打ちをした。無論、本来であれば鷺宮も喜んだのだが、今の彼女には心から喜べない理由がある。

 

 

 

 

 それは白銀の誕生日まで遡る事になる。その日の夜。かぐやに呼ばれて鷺宮は四宮家に訪れていた。

 

 

 

「ようこそ、いらっしゃいました。急にお呼びしてごめんなさいね」

「ううん。私の方こそ、呼んで貰えるのは嬉しいよ。それで…何か用があるんでしょ?」

「…もう。璃奈さんは意外とせっかちですね。まあ、折角ですから本題に入るとしましょう。ちょっと一緒に来てくれますか?」

「‥‥うん? 此処では駄目なの?」

「ええ。とりあえず、今は私について来てください」

 

 

 

 何か隠してるかぐやに警戒心を抱くが、本人はニコニコと笑うだけで話すつもりは無い様だ。嫌な予感はするが、行かない事には話は進まない。仕方無く、鷺宮は言われた通りかぐやの後をついて行く。

 

 

「此処です。さあ、中に入って下さいな」

「…分かったわ。入ればいいんでしょ」

 

 

 

 促されるままに部屋に入ると、真っ先に目に入ったのは一つのケーキ。それだけであれば、普通の光景なのだが唯一違う点はそのケーキは従来よりも大きいのだ。これを見せて、かぐやはどうするのだろう?彼女の意図が全く読めず、鷺宮は困惑していた。

 

 

 

「ああ。これなのですが、璃奈さんも知っての通り。今日は会長の誕生日だったでしょう。その為に用意して振る舞おうとしましたが……まあ、量が多い為に余ってしまったんです。かといって、捨てるのも勿体ないでしょう。初めは早坂に食べてもらう話だったけれど、早坂は鷺宮さんにも振る舞ってはどうかと言われまして。こうしてお呼びした訳です」

「へぇーーーー。そうなんだ。あの子がそんな事をねぇ」

 

 

 自分が呼ばれた訳。それは残ったケーキの後始末。要するに体よく利用されたのだ。怒り心頭で早坂を睨み付けるが、彼女は目を逸らして素知らぬ顔をしている。それが余計に苛立たしい。しかし、事態はそれ所ではない。肝心なのはこの化物ケーキをどうするかである。無論、食べるしか手段は無いのだが、問題は食べた後。ケーキは性質上、カロリーも半端ではない。普通のケーキでさえ高いと感じるのに、このケーキに至っては測りしれないカロリーを有しているだろう。間違いなく体重が増えてしまう。

 

 

 

 だが、此処で拒否すればこのケーキはゴミ箱行きとなる。それはそれで寝覚めが悪いと思うのは、普通の人なら仕方ない事だ。悩んだ挙句、鷺宮はかぐやの頼みを聞き入れた。但し、条件を設ける事もわすれてはいない。中段の部分を鷺宮が引き受け、一番下の大きい部分は早坂が引き受けるという事。これは譲歩の意味もあるが、裏の部分では早坂に対する仕返しも籠められていた。

 

 

 

 何だかんだで完食に成功したが、その代償も大きかった。要は鷺宮の体重が増えたのだ。これにショックを受けて彼女は元の体重に戻すべく、ダイエットに励んでいた矢先に起きたのが自分の誕生日会。この催しには当然、ケーキも用意されている。自分の体重が増えた原因であるケーキを親の敵と言わんばかりに彼女は睨みつけていた。

 

 

 

「ほらほら、いつまでもボーっとしてないでこっちに座って下さいよ~。何だって、今回の主役は鷺宮さんなんですから」

「あ、ああ。ありがとう。このケーキだけど‥‥何か妙に大きいわね」

「ええ。それはそうですよ。今日の為に私が特注で作らせました。質のいい小麦と糖度17度の苺。それに厳選した牛乳から作られた生クリーム。どれをとっても一級品ですよ」

「へーーーー。そうなんだぁ。かぐやさん、どうもありがとう~」

 

 

 聞くだけで胸焼けのする内容に鷺宮は絶望していた。これは確実に…体重がまた増える。その残酷な運命を彼女は確信していた。何せ、ケーキ以外にもチキンやピザ。何れも手作りだろうが、カロリーが高いのは一目瞭然だ。しかし、並ぶ料理もケーキも非常に美味そうで鷺宮の精神を揺さぶっていく。その誘惑に負けまいと抗う中、かぐやはある言葉を口にする。

 

 

「さあ存分に召し上がってください。今日は特別な日なんですから、羽目を外しても罰は当たりませんよ」

「い、頂きます!! わーい 豪華なご馳走嬉しいなぁ~」

 

 

 かぐやの口から出た悪魔の言葉で鷺宮は…完全に吹っ切れた。カロリー?そんなの気にしない。体重が増える?上等だ!どんと来やがれ!! 自暴自棄になった彼女に怖い物はなく、我武者羅にご馳走とケーキを堪能する事にした。無論、心の中では大号泣していたのは言うまでもない。

 

 

 

 因みに案の定、体重が増えた鷺宮は二週間に渡るダイエットに励んで無事に元の体重に戻す事に成功した事を付け加えておく。

 

 

 

【本日の勝敗 誘惑に負けた鷺宮の完敗】




今回のお話いかがだったでしょうか?


以前に感想や評価コメントで原作と重なる部分が多いのでは?と指摘を受けて、この話では原作に沿いながらもオリジナルの展開を多く盛り込んでみました。
言われないと気付かないのが自分の駄目な所です。これは反省しないといけない。



それと現在はゆっくりとですが、過去に投稿した回で該当する箇所を加筆修正しています。リアルの都合もあるし、全て終わるのはいつになるやら…。

次回は生徒会選挙編に入ります。いよいよ最後のメインキャラの出番ですね。

それでは次の話もお楽しみに


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第18話 生徒会は解散した/鷺宮は応援したい/鷺宮は対立したくない

最新話、お待たせしました。


今回は生徒会選挙メインの回です。
そして最後のメインキャラである伊井野ミコが登場します。



 夏が過ぎ去って、秋の気配を深まる頃。秀知院生徒会にもある時期が訪れていた。

 それは現生徒会の解散。一年間の任期が本日を以て、終わる時が来たのだ。当然、解散となれば生徒会室に立ち入る事は出来なくなる。その為、現在は白銀の指揮の下、役員総出であと片付けや掃除が行われていた。

 

 

「思えば…まだ先の事だと思っていましたが、一年過ぎるのはあっという間でしたね」

「そうですね。僕なんかは初めの頃、殆ど顔を出してなかったし。此処で過ごしたのは、実質半年くらいですよ。今思うと、もっと顔を出しておけばと少し後悔してます」

 

 

 私物の整理をしながら、かぐやはぽつりと呟いた。その呟きを聞いていた石上も自分の気持ちを口にする。そんなかぐやは石上の横顔を見て、ふと思う。今までの生活でかぐやは自身が一番変化したと思っていた。だが、気付けば彼も大きく変化していた。

 

 

 

 

「そうですね。だけど、この半年で石上くんは大分変わりましたよ。しいて言うのなら強くなったというべきでしょうか。生徒会に入った時は、いつも人に怯えた様子でしたし」

「‥‥言われてみると、確かにそうですね。昔の自分だったら、こんな風に会話をする事自体、出来なかったでしょうから」

「ええ。だからこそ、貴方はもっと「あーーーーーーー。これ懐かしいですねぇ~。会長達は、覚えてますか?」藤原さん、一体何事ですか? 人が話してる時に大声出すのはやめてください!」

 

 

 

 引っ込み事案な後輩に助言をしようとした時、大声で叫んだ藤原に遮られた。空気の読めない行動に些か気分を害したかぐやは、騒ぐ藤原に苦言を呈した。しかし、当の本人は意に介した様子はなく、手に持つ猫耳を見せてきた。

 

 

「おお~。懐かしいな。今思うと良い思い出だ」

「そうですよねぇ。かぐやさんと会長の猫耳姿。とても面白かったですよ」

「はははは。そんな事もあったな。四宮の猫耳は確かに似合っていたな」

「二人共。懐かしい思い出に浸るのは良いけどさ。やるべき事を終わらせてからにしてよ」

「璃奈さんの言う通りですよ。今は真面目にやってくださ・・・・」

 

 

 

 燥ぐ白銀と藤原に見兼ねて、鷺宮が注意する。それに便乗してかぐやも注意をするが、猫耳姿の白銀を目にして思考停止する始末。収拾が付かないといった様に溜息を吐く鷺宮に石上が話しかけてきた。

 

 

「鷺宮先輩…。あの三人に何があったんですか? 何やら面白そうな話をしてますけど…」

「ああ。そういや石上くんはあの時いなかったわね。以前、生徒会でこの学園の姉妹校を歓迎する催しがあったのよ。相手は海外の人達だから、コスプレで楽しませようと藤原さんが色んな衣装を用意したのだけど、結局はお流れになったのよ。慣れない行為に緊張して、逆に相手に気を使わせるからってさ」

「成程。確かにコスプレって、人目を惹くから慣れないとキツイですもんね」

「ま、結果として交流会は成功したから良かったけどね」

「思えば、その頃でしたよね。先輩が僕に顔を出せと言ってくれたのは…。あの時の言葉が無かったら、僕は変わらないままでした。今更かもしれないけど、ありがとうございました」

「ふふふ。良いのよ。まあ、そういうなら今後もしっかり学園生活を送って頂戴。無論、後悔が無いようにね。そうすれば、今までの半年に負けないくらい楽しい事があるから」

「…先輩に敵いませんね。分かりました。まだ不安はあるけど、前向きに頑張ってみます」

 

 

 

 やはりこの人には敵わない。鷺宮の言葉に石上は改めてそう思った。時折、暴走して怖い時があるけど…それを除けば後輩想いの先輩である。勿論、それは鷺宮だけではない。白銀にかぐや、序に藤原も皆頼りになる先輩達だ。だからこそ、今の生徒会が終わってしまうのが残念でならなかった。

 

 

 

 

 その後、生徒会室の後始末も無事に終わり。思い出の詰まったこの場所に別れを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

「一年間。どうもお疲れ様でした!!」

「「「「お疲れ様でした」」」」

 

 

 

 それから白銀達は生徒会の任期終了を祝して、お疲れ様会を催していた。乾杯を済ませた後、白銀は純金の飾緒を外すと丁寧に箱へしまう。これは白銀が生徒会長として行う最後の仕事であった。この瞬間を以て、白銀は重い重圧から解放されたと深く息を吐く。

 

 

「はぁ~。漸くこの飾緒を外せるな。これって意外に重いから疲れるんだよな」

「まあ、純金製ですし重たいのは仕方ないのでは?」

「それもあるが…二百年の重みもあるからな。それを意識すると余計に重く感じるよ」

 

 

 

 そう言って、白銀は箱に収められた飾緒に目を向ける。彼が言う様に長い伝統には、目に見えぬ重みが存在しているのだろう。それを身に着けて、一年も奔走した白銀の苦労は測り知れない。それを知ってか知らぬか、白銀はふとある事を口にした。

 

 

 

「そういや、次の生徒会長だが…石上がやってみたらどうだ? もし立候補するなら、俺も手助けするしてやるぞ」

「いやいや。僕には荷が重いので遠慮しておきます。第一、絶対に票なんて集まらないですよ。今でも僕を嫌ってる生徒は大勢いますからね」

「…悪かった。俺とした事が嫌な想いをさせてしまった」

「いえ、気にしないでください。僕としては鷺宮先輩を薦めますよ。真面目で面倒見が良いですし、意外と生徒会長に向いてるんじゃないですか?」

「悪いけど、私も遠慮するわ。今までの白銀くんを見てたら、とてもじゃないけど私に勤まると思えない。それに…読書の時間が減るのは絶対に嫌だもの」

 

 

 

 不意に話を振られた鷺宮は驚いたが、すかさず反論の言葉を返す。その理由に一同は呆れていたが、そこが彼女らしいと納得もしていた。微妙な空気を変えようとしてか、次に会長候補に名乗りを上げたのは藤原だった。本人は至って真面目に言ったものの。普段の行い故、藤原以外は冗談としか受け取らなかった。

 

 

 

 そうして楽しい時間は過ぎて行き、やがて夜も遅くなり一行も解散となった。

 

 

 

 

 

 

「かぐやさん。今後は白銀くんの事…どうするんだろう?」

 

 

 帰宅した鷺宮はかぐやの事に想いを巡らせる。以前、かぐやの誤解を解く為に彼女の恋に協力する約束をした訳だが、それは生徒会が解散するまでの事。そして交わした約束は今日で終わる。厄介な事から解放されて嬉しいと思うと同時に、かぐやを支えてやりたいとも思う。この二つの気持ちに左右されて、鷺宮はこの夜、眠る事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 朝早くに登校した鷺宮の目の前に一人の女子生徒が姿を見せた。恐らく自分に用があるのだろう。その女子生徒は緊張した面持ちで話しかけてきた。

 

 

「あの…私、一年の伊井野ミコと言います。今回、鷺宮先輩にお願いしたい事があって。こうして待っていました」

「私にお願い事? それは何かしら?」

「はい。私は今度の生徒会選挙に出馬するつもりです。それで鷺宮先輩には私の手助けをして欲しいと…思いまして」

 

 

 初めは力強く発言していたが、次第にその声は小さくなっていった。それは緊張してるのか、或いは後輩が先輩に物を頼む事を失礼と考えたのか。それは分からない。だけど、この時…鷺宮の気持ちは決まっていた。

 

 

「生徒会の選挙ねぇ。そういう事なら私は協力しても良いわよ」

「本当ですか!? あ、ありがとうございます!!」

「良いのよ。それで詳しい話はいつするの?」

「そうですね。放課後、風紀委員の部屋でしようと思ってます。鷺宮先輩の予定があるなら、別の日でも構いません」

「私の方は予定が無いから平気。じゃあ、放課後に会いましょ」

「分かりました。それでは放課後にお待ちしています」

 

 

 ミコは話が終わると一礼して、去っていった。その後ろ姿を見送った後、鷺宮は静かに教室へ向かった。

 

 

 

【本日の出来事 第67期生徒会の解散】

 

 

 

 

 放課後。ミコとの約束通り、鷺宮は風紀委員の部屋に来ていた。戸を叩くと中から声がしてある女子生徒が顔を見せる。眼鏡が特徴的な物静かな印象の子であった。

 

 

「あ、鷺宮先輩ですよね? 私は一年の大仏こばちと言います。話はミコちゃんから聞いてます。どうぞ中へ」

「うん。お邪魔するわね」

「鷺宮先輩! 来てくれてありがとうございます」

「あはは。そんなに畏まらないで。只でさえ、生徒会選挙は肩肘が張るんだからさ。もっと肩の力を抜いて行かないと最後まで持たないわよ」

「は、はい。分かりました」

 

 

 意気込み溢れるミコに対して、鷺宮は肩の力を抜くよう諭した。するとミコは恥ずかしそうに頷いた。その素直なミコに鷺宮は好感を抱いていた。もし自分に妹がいたとしたら、それはミコの様な感じなのだろうか。考えてみれば、今日会ったばかりのミコに協力したのもそれが理由なのかもしれない。思えば、自分も随分と変わった。今までなら面倒だと、きっとミコの頼みを断っていた筈だ。

 

 

 

「さて、今回の選挙で伊井野さんが掲げる公約を聞かせて。伊井野さん達は他の生徒が認める実績は当然持っていない。だから、票を取れるかどうかはそれ次第になるから」

「はい。私達もそれは理解しています。それとこれが私が掲げる公約を纏めたものです」

「どれどれ……」

 

 

 ミコから受け取った用紙に目を通して、鷺宮は言葉を失った。記載された内容は、主に学園の風紀に関する事であり、男子は坊主頭。女子はおかっぱと昭和を彷彿させるものから。また持ち物に対しては学業に不必要な物は、携帯する事を一切許可しないという今時の時代には厳しいものだった。一通り読んでから鷺宮はミコを見据えて一言告げる。

 

 

「伊井野さん。これは…駄目よ」

「ええ!? い、一体何処が駄目だったんですか?」

「何処がと言うよりも、全部かしらね。これでは票を集める以前の問題だわ」

「ぜ、全部…ですか? だけど、昔の伝統ある学園に戻すには必要な事だと思います」

「じゃあ、まずは伊井野さんが実践したらどうかしら? 言った本人が実践しないで、人にやれと言うのは誰だって納得しないのは分かるわよね?」

「…はい。鷺宮先輩の仰る通りです」

 

 

 考えた公約を否定されて反論するミコだったが、鷺宮の一言であっさりと完封された。事の顛末を見ていた大仏は鷺宮に対して良い感情を抱いていなかった。しかし、鷺宮は自分が言えなかった事を臆する事無く、ミコに告げた。ミコのやり方は世間とズレているのは分かっていたが、衝突するのを恐れてその事実を言えなかったのだ。結局、それが原因で彼女は何度も生徒会の選挙に負けてきた。だけど、この人は相手を傷付け、嫌われる事も覚悟して事実を告げた。これが如何に難しい事なのか、それを分からないほど自分だって馬鹿じゃない。最早、最初に感じていた嫌悪感は既に消え失せ、いつしか大仏の心は尊敬の感情で溢れていた。

 

 

 

「だけど、伊井野さんも譲れないだろうし…。そうだ、髪型を指定するのではなく長さを決めるのはどうかしら? 例えば、一定の長さを超えた場合。ゴム等で結んで規則に従ってもらうのよ。これならば、規則に沿う形でお洒落も可能となるわ」

「成程。そっちの方がいいかもしれないですね。ミコちゃん、此処は鷺宮先輩の意見を採用しようよ」

「うん。私も異論はありません。寧ろ、指摘されるまで気付かない事が恥ずかしいです」

「反省をするのは良いけれど、自分を誤魔化しては駄目よ。それは伊井野さんの個性を潰す事になるわ」

 

 

 

 

 己の過ちを知って俯くミコに鷺宮は慰めの言葉をかけた。そういう鷺宮も自分を誤魔化しているのだが、当然その事は棚に上げている。そして鷺宮達は選挙に向けて作戦を練り始めた。その後の話し合いではミコと大仏もどんどん意見を出していく。初日の会合は幸先のいいスタートで終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 そして鷺宮達は地道な活動に勤しんでいた。公約を纏めたビラを配ったり、朝夕に学園内の掃除を率先して行う事でミコの人柄を周囲に知ってもらう。鷺宮の考えた策は成功し、彼女に投票する生徒は着実に増えていった。

 

 

 

 本日、掲示板で発表された中間結果では白銀が圧倒的有利であった。ミコも食らい付いているのだが、此処で実績の有無が差を生んでいる。

 

 

「現在のトップはやっぱ白銀くんかぁ」

「相手は実績のある方なので、この結果は予想してました。だけど、私も負けるつもりはありません」

「そうね。じゃあ、今日も頑張ろう」

「はい。今回は中庭で配るとしましょう。今の時間なら生徒も多くいる筈ですから」

 

 

 しかし、ミコはこの結果に落ち込む所か。一層気合が入った様子であった。これに鷺宮も安堵していた。それに生徒会長になれば、忙しい業務と重い責任が付き纏う。この程度で落ち込む様な精神では、到底務まらない。ミコの生徒会長としての資質は十分だと分かった。

 

 

 

 

「君が伊井野ミコか?」

「はい? 一体、何の用ですか? 白銀元会長」

「ほう。どうやら俺の名は知っていたか。君の事も聞いているぞ。何でも学年一位の成績なんだって?」

「ええ。入学当初から一位ですが、それがどうかしました?」

 

 

 偵察に来たであろう白銀と石上。この二人に最初は普通に接していたミコだが、妙に刺々しい白銀の態度にミコの口調もきつくなる。若干、険悪な雰囲気が漂うも、そこは年上である白銀が矛を収めて話を進めた。

 

 

 

「まあ、勉学に励むのは素晴らしい事だ。だが、選挙においては学力の有無は意味を為さんぞ。必要なのは他者から認められる実績だ」

「それは重々に承知しています。だからこそ、私はこうして地道な活動をしているんですよ」

「ビラ配りか。確かに地道な努力も必要だが、結果が伴うとは限らないだろう」

「…さっきから何が言いたいんですか? 特に用が無いなら、何処かに行ってください。選挙活動の邪魔ですので」

「おい伊井野。先輩に向かって、その言い草は失礼なんじゃないの?」

「いいや。伊井野さんの言う通りだよ。二人揃って、一体何をしてるのよ」

「鷺宮先輩…。どうして此処に?」

 

 

 

 ミコの言動が癪に障ったのか。付き添っていた石上が前に出て、文句を言うと同時に鷺宮が二人の間に割って入った。思わぬ人物の介入に驚く石上に対して、冷静な白銀は鷺宮に話しかける。

 

 

「そうか。今回、鷺宮が敵に回るとなれば手強いな。まあ、これ以上…俺達も邪魔するつもりはない」

「そうですね。白銀先輩が有利なのは変わらない事実ですし、僕達も負けるつもりはないですから」

「…成程ね。票の多い事を利用して揺さぶりに来たか。この策を思い付いたのは、恐らく藤原さんかな? だけど、余裕ぶって胡坐を掻いてると足元を掬われるわよ」

「何が言いたい? ハッキリと言ったらどうだ」

「じゃあ、遠慮なく言うわね。余りこの子を見縊るな!! 今回の選挙、勝ちに行くわ。白銀くん達もそれは覚えておいて」

「いいだろう。俺もやるからには勝つつもりだ。相手が一年でも手は抜かんぞ」

 

 

 そう言い残し、白銀は石上を連れて去っていった。残されたミコは不安そうに鷺宮に声をかける。

 

 

「私、あの人達に勝てるでしょうか。本人の前では啖呵を切ったけど…」

「大丈夫よ。伊井野さんを見てる人は必ずいる。それに私が付いてるからね。出来る限り、協力するから前を向いて進みなよ」

「…はい! 分かりました」

「その意気やよし。さて、私はもう一度ビラを配ってくるわね」

「お願いします。私はあっちの方で配ってきます」

 

 

 

 白銀陣営と一悶着あったが、この日も伊井野達は地道な活動に精を出していた。その様子を陰から窺っていたかぐやの姿に気付かずに。

 

 

 

【本日の選挙戦 互いに引かない両陣営の引き分け】

 

 

 

 

 本日も選挙活動をするべく、鷺宮がミコの元を訪ねると、部屋にいたのは大仏のみだった。その大仏は鷺宮を見るや、ジワリと涙を浮かべて縋ってきた。突然の事に困惑しながらも、鷺宮は大仏に事情を尋ねる。

 

 

 

「…何があったの?」

「じ、実は先輩が来る前に四宮先輩が来まして…。四宮先輩、話があるってミコちゃんを連れていったんです。私も行こうとしたけど、あの先輩に睨まれたら怖くなって…な、何も言えなくなって」

「分かった。私が様子を見て来るよ。二人が何処に行ったかは聞いてる?」

「それは分かりません。だけど、ミコちゃんが行き先を聞いた時。四宮先輩は話の邪魔が入らない場所と言ってました」

「その場所には心当たりがあるわ。じゃあ、私は行ってくる。大仏さんは此処で待ってて頂戴」

「は、はい。ミコちゃんの事をお願いします」

 

 

 

 大仏と別れた後、鷺宮が一直線に向かった場所。それは生徒会室であった。人の邪魔が入らず話が出来る場所といえば、現在は立ち入り禁止の生徒会室だけだ。鷺宮の予想は当たり、部屋の前で聞き耳を立てれば、中からかぐやとミコの声が聞こえる。この状況を見れば、かぐやの行動が選挙活動違反だと抗議出来るが、用意周到な彼女の事だ。これに対しての手段も持ち合わせているだろう。

 

 

 そこで鷺宮は敢えて様子を窺うだけに留めた。無論、何かあればすぐに踏み込む準備も忘れずに二人の会話に耳を傾ける。

 

 

 

「私に話って…一体何ですか? 今日も選挙の活動が控えてるので出来れば、手短にお願いします」

「あらあら。随分と忙しいんですね。頑張る事は構いませんが、時に休息も必要ですよ」

「それは余計なお世話です。用が無いなら、私はこれで失礼します」

 

 

 一向に本題を切り出さないかぐやに痺れを切らせ、ミコは立ち去ろうとする。しかし、これはかぐやの交渉術の一つ。相手を怒らせる事で冷静さを奪うのが目的である。早坂を動かして、ミコの情報は大凡調べていた。ミコの性格や成績は勿論、ミコが生徒会長に拘る理由もかぐやは知っていた。当然、次に切り出すカードもかぐやは熟知している。

 

 

 

 

「そうですね。ならば、単刀直入に仰います。伊井野さんは何故、今回の選挙に出馬したんですか?」

「この学園をより良い物にする為です。それを聞いてどうするんですか?」

「いいえ。立派な事だと思いまして。ですが、貴女はまだ一年でしょう。この学園について知らない事も多い筈です。そんな貴女が生徒会長になるのは、荷が重いと思いますよ。そこでどうでしょう。貴女が良ければ、私が協力して貴女を生徒会長にしてあげましょう。但し…それは貴女が二年になってからという条件を飲んでくれるなら…ですけどね」

「その代わり、今回は出馬を諦めろ。そういう事ですか?」

「ふふふ。そう聞こえましたか? まあ、どう捉えるかは貴女次第ですよ」

 

 

 かぐやの言葉に一時は迷いを抱いた。全生徒の模範となって学園を導く。それは覚悟や責任感だけでなく、経験や知識も必要だ。かぐやはそう言いたいのだろう。それだけであれば、ミコも共感は出来る。しかし…その後に出た言葉がミコの逆鱗に触れてしまった。

 

 

 協力するから今回は諦めろ。そんな身勝手を言うかぐやがミコは許せなかった。

 

 

 

「…っ!! 馬鹿にしないで! 私がそんな要求を聞く義理はありません。今回の一件は明らかに違反行為ですよ。この事はすぐに先生へ報告してあなた達を退学に「ストップ!! 伊井野さん。それ以上、口に出しては駄目よ」さ、鷺宮先輩!? ど、どうして止めるんですか? 今回はどうみてもこの人が悪いじゃないですか!!」

 

 

 流石に不味いと様子を窺っていた鷺宮がミコを制止した。だが、ミコは鷺宮の行動に納得が出来ずに怒りを露わにして不満をぶつける。

 

 

 

「落ち着きなさい。確かにかぐやさんのやり方に問題はあるよ。だけど、伊井野さん。貴女が言おうとした言葉。それは感情に任せて言うべき事ではないでしょう。それを言い切ってしまったら、貴女も風紀委員の立場を利用した越権行為なんだよ」

「そ、それは…。はい。鷺宮先輩の言う通りです」

「まあ、すぐに介入しない私も悪いんだけどさ。ねえ、かぐやさん。此処は喧嘩両成敗という事でお互いに引かない? これ以上、続けたら本当に面倒な事になるわよ」

「…そうですね。今回は私もやり過ぎました。ごめんなさい伊井野さん。だけど、私が貴女に協力する話。これは嘘ではありませんよ。けれど、この選挙だけは絶対に勝たせてもらいます。私はこれで失礼しますね」

 

 

 

 鷺宮の言葉にかぐやも自身の非を認めると、ミコに頭を下げて謝った。しかし、ミコがそうである様にかぐやにも引けない理由がある。それを籠めた言葉を残して彼女は悠々と去って行く。そんなかぐやの後ろ姿をミコは黙って見つめていた。

 

 

 

 そして選挙戦はいよいよ本番を迎える。

 

 

 

【本日の選挙戦 互いの痛み分けでかぐやとミコの引き分け】

 




今回のお話いかがだったでしょうか?


原作ではギャグの要素もあって笑えるシーンも多くありましたが、この回ではシリアスメインにしてみました。



次は選挙完結と日常の話を書く予定です。次回もお楽しみに



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第19話 伊井野ミコは向き合いたい/伊井野ミコは伝えたい/鷺宮は誤解されたくない

最新話、お待たせしました。


今回は生徒会選挙完結編となります。


 生徒会選挙も佳境に入り、いよいよ本番の公開演説が三日と迫っていた。この演説で如何に多くの生徒達から共感を得られるか。その結果で選挙の勝敗が決する為、鷺宮達も演説に向けて準備に勤しんでいた。

 

 

「伊井野さん。演説で言う内容は決まってる? 私も応援演説をするけど、最後は伊井野さん次第だからね」

「…はい。演説で言う事は既に決めています」

「そう。じゃあ、リハーサルも兼ねて此処で演説してみよう」

「こ、此処でやるんですか…。その、いきなり言われても心の準備が…」

「心の準備って…その為にやるんでしょう。第一、本番だともっと大勢の前で話すんだよ。いざという時にヘマしたら元も子もないじゃない」

 

 

 

 鷺宮の提案にミコの顔が青くなった。これに鷺宮は僅かな不安を覚える。別段、自分は無茶を言ってる訳でもなく、本番に備えるのは当然の事だ。それはミコも承知している。ミコは用意した紙を読もうとしたが、ミコはその内容を口にする事が出来なかった。

 

 

 

「…伊井野さん。一つだけ、聞いてもいい?」

「な、何でしょうか?」

「もしかして人前で話す事が苦手なの?」

 

 

 そして鷺宮の不安は現実となった。この状況で発覚したミコの弱点。これに鷺宮は焦燥感を募らせるが、今はミコを責める時ではない。勿論、大事な事を今日まで隠していた事に怒りを感じてはいる。しかし、此処で対立しては選挙に勝つ事は絶対に出来ない。今、自分がすべきなのは限られた時間でミコの弱点を克服するかにある。

 

 

(まいったわね。こんな時に厄介な事が起きるなんて…。正直、黙っていた伊井野さんに腹は立つ。だけど、此処で伊井野さんを責めるのは得策ではない。何より今は、伊井野さんの問題を解決しなくてはいけない。しかし、どうしたものか…。流石に私だけでは無理がある。かといって、誰かに頼ろうにも頼める人達とは対立してるからなぁ)

 

 

 

 本来なら白銀達を頼る所であるが、選挙中で対立関係にある為に頼る事が出来ない。人の良い白銀であっても、流石に競争相手に塩は贈らないだろう。仮に白銀が手を貸すと言っても、それをかぐや達が許さない。どう考えても状況は八方塞がりだ。

 

 

「…やっぱり怒ってますよね。大事な事を今まで隠していた事を」

「まあ、多少はね。だけど、言えない理由もあったんでしょ?」

「はい。実は…」

 

 

 ミコが語った理由を聞いた鷺宮は眉を顰める。ミコは元々あがり症であったが、人前で話す事をそれ程恐れていなかった。だが、過去の生徒会選挙で失敗した時に浴びせられた嘲笑と冷たい視線。これが原因でミコは深く傷付き、人前に立つと震えが奔り喋る事が出来なくなっていた。

 

 

 ミコの真面目で誰が相手でも物怖じしない性格は、自然と敵を作ってしまう。ミコに対して風当たりが強い周囲の態度も間違いなく、この性格が尾を引いている。だからといえ、ミコの真面目な性格は彼女の長所でもある。それを上手く生かす術を模索する鷺宮だが、良い方法はそう簡単に浮かんでは来ない。

 

 

 

 そんな時、ドアをノックする音が響く。どうやら誰か訪ねて来た様だ。忙しい時に一体、何の用だと思う鷺宮だが、無視する訳にも行かない。渋々であるが鷺宮は戸を開けて対応する。

 

 

 

「急に訪ねて悪いな。此処に風紀委員の子がいると聞いて来たんだが…」

「ううん。別に大丈夫よ。どうぞ中に入ってちょうだい」

 

 

 

 訪問したのは剣道部部長の鮫島健吾だった。どうやら彼は風紀委員に用件があって、此処に来たらしい。そういう事ならばと、鷺宮は鮫島を部屋に招き入れた。

 

 

 

 

 

「それで風紀委員に用件とは何でしょうか?」

「ああ。この書類を提出に来たんだ」

 

 

 

 そう言って鮫島が出したのは部員の持ち物に関する報告書。本来、これは生徒会が処理する事なのだが、解散している現在は風紀委員が処理する事になっている。

 

 

 

「はい。確かに受け取りました。この書類は私が責任持って処理致します」

「頼んだぞ。それと二人は何か…悩んでいる事があるのか?」

「何でそんな事を聞くの? 私達は何も言って無いわよね?」

 

 

 

 突然、妙な事を聞いてくる鮫島に鷺宮は逆に問い掛ける。まるで何かを知っている口振りは明らかに不自然だ。これには鷺宮だけでなく、ミコも警戒心を露わにして鮫島を睨み付ける。二人の態度にしまったといった様子で鮫島は慌てる。

 

 

「待て。俺の言い方が悪かったのは謝る。だから、睨むのはやめてくれないか」

「だったら、しっかりと説明して!! そうしないと私達も信用出来ないわ」

「…俺の勘だよ。こう見えても、警察の息子だからな。相手の顔や目を見れば、何か隠している事があると分かるんだ。別に言いたくないなら、俺としても聞くつもりは無い」

 

 

 

 事情を話す鮫島に嘘を吐いている様子は無く、彼は本当の事を言っているのだろう。この時、鷺宮はふとある事を思い出した。そういえば、鮫島はその人柄から部の後輩に慕われており、時折悩み相談に乗っていると聞いた事がある。だとしたら、彼ならばミコの悩みも解決する事が出来るかもしれない。いっその事、全て話した上で協力を仰ぐのも手だろう。鷺宮は思い付いた提案をミコに話した。そしてミコも後が無い為、鷺宮の案に首を縦に振った。

 

 

 

 

「…何とも後味の悪い話だな。君を責める奴らには人の心が無い様だな」

「怒る気持ちは分かるけど、今は他に解決しなきゃいけない問題があるのよ。それで人前でも萎縮せず、話す方法を鮫島くんは知らないかしら?」

「そうだな…。月並みな方法なら相手を野菜と思い込む方法があるんだが、伊井野の場合はそれで済む話でないからな」

「うーん。やっぱり、良い方法は無いのかしらね。あ…ごめんなさい。別に鮫島くんを責めてるつもりは無いよ」

「それは分かっているよ。別に気にする事はない。それと別に方法が無いわけでもないぞ」

 

 

 

 失言をしてしまったと謝る鷺宮に鮫島は気にも留めず、話を進める。その鮫島が口にした方法は失敗を恐れず、逆に失敗する事を楽しむという意外なものだった。思わぬ方法に鷺宮とミコは目を丸くして驚く。何故、その様な方法を薦めるのかと尋ねた鷺宮に鮫島は、遠い眼をして自身の体験談を語る。

 

 

 それは鮫島が中等部にいた頃。剣道の大会の団体戦に挑んだ時、戦績は3戦2勝1敗の結果になっていた。次に戦う自分が負けてしまえば、その段階で自陣の敗北が決定する。この展開に鮫島は凄まじい重圧を感じて追い詰められていた。気付けば、竹刀を握る手に震えが奔り、まともに握れなくなっていた。駄目だ。このままでは確実に負けてしまう。そうなれば、この年最後の挑戦となる先輩に顔向けが出来ない。

 

 

 

 何も出来ずに無様に負ける醜態を晒せば、他の皆も自分を責めるに違いない。それを考えると自身に向けられる視線の全てが鮫島を更に追い詰めていく。そんな時だった。隣にいた先輩が鮫島の肩を叩くとこう言った。

 

 

「鮫島。何も怖がるな。余計な事は考えないで思いっきり戦って来い。それにこの試合は勝ち抜き戦だ。お前が負けても後は俺が何とかしてやるよ」

「…先輩。はい。思いっきり戦って来ます。寧ろ、先輩に出番なんて与えませんよ」

「よーし。その意気だぞ鮫島」

 

 

 

 先輩の言葉で心を支配していた感情から解放された鮫島は、威風堂々と前に出て行った。

 

 

 

 

「まあ…最終的に俺も先輩も負けて一回戦敗退だったが、皆は俺と先輩を責めたりしなかった。単純な話。自分で自分を追い込んでいたんだよ。蓋を開けば、誰も責めたりしないのは分かっていたのにな」

「…それは鮫島先輩には、背を押してくれる人がいたからですよ」

「何を言ってるんだ? 君にも背を押してくれる者達がいるだろう」

 

 

 

 俯きながら呟くミコに鮫島は傍にいる鷺宮を見て、諭す様に言葉をかけた。その言葉にはっとしてミコが鷺宮に目をやれば、肯定する様に強く頷いた。

 

 

(そうだ。私にも心強い人が傍で支えてくれる。思えば、大仏さんだっていつも私を気に掛けてくれていた。私、なんて馬鹿だったんだろう。何かあると周囲の目に怯えて傍にいる人の声に耳を傾けたりしなかった。前に進むんだ。笑いたい奴には笑わせてやればいい。もう失敗を恐れるのはやめよう)

 

 

 

「そうですね。私にも背を押してくれる人がいる。そんな大事な事をを忘れてました」

「ああ。その様子なら大丈夫そうだな。さて、俺はもう行くとする」

「うん。私こそありがとう。今回はとても助かったよ」

「なーに。以前も言っただろ、困った時は手を貸すとな」

「そうだったね。これは貸し一つかな?」

「ははは。それはいいな。そう言う事にしておこう。じゃあな二人とも」

 

 

 

 冗談交じりに言う鷺宮に鮫島も冗談で言葉を返し、彼はこの部屋を去った。その後、鷺宮とミコは演説のリハーサルに取り掛かった。すらすらと演説内容を語るミコの表情には、先程の様な恐れや不安は微塵も感じられない。これなら本当に大丈夫だと鷺宮は心から安堵した。

 

 

 この日、二人は陽が暮れるまで演説のリハーサルを何度も繰り返していた。

 

 

 

【今回の選挙戦 自らのトラウマに向き合ったミコの勝利】

 

 

 

 

 生徒会選挙当日。遂に来たる本番を前に鷺宮とミコは最後のリハーサルに勤しんでいた。ミコの演説を聞いていた鷺宮は、淀みなく話す彼女の成長に目を瞠る。そんなミコも自信に満ち溢れており、あとは開始を待つだけとなった。

 

 

 

 

「伊井野さん。開始前に一つだけ言っておくよ。もし…本番で緊張したら、壇上から私を見る様にして。きっと、大勢の視線を感じるよりも気が楽になると思うからさ」

「はい。分かりました」

 

 

 鷺宮の言葉にミコは素直に頷いた。その様子を見る限り、大丈夫そうだが些か不安は捨てきれない。しかし、此処まで来たら前に進むしかない。そして遂に公開演説の時間やってきた。

 

 

「お二人とも。そろそろ開始しますので、中に入ってください」

「分かりました。それでは行きましょう」

「…ええ」

 

 

 

 司会の人に促されて会場に入ると、目に映るのは競争相手の白銀達。威風堂々と立つ面々にミコは一瞬、気圧されるが唇を噛み締めて堪えた。そんなミコに鷺宮は歩み寄ると耳打ちする。

 

 

 

「顔が強張ってるよ。深呼吸してリラックスしよう」

「はい。すーはー、すーはー。…ふう、もう大丈夫です」

「うん。その調子で行こう」

 

 

 

 鷺宮の助言を素直に実行し、ミコは平常心を取り戻した。その直後、壇上に立った司会が公開演説の開始を宣言した。そして司会は鷺宮にミコの応援演説をする様に声をかけた。早くも訪れた自分の出番に流石の鷺宮も緊張するが、すぐに深呼吸して落ち着きを取り戻し、鷺宮は壇上へ向かった。

 

 

 

 壇上に立つと、当然ながら会場にいる生徒の視線が集中する。これ程の視線は鷺宮も初めて味わう体験だ。しかし、多少なりとも場数を踏んでいる鷺宮は慌てる事無く、一呼吸おいて演説を始めた。

 

 

 

「こんにちは。私は鷺宮璃奈と言います。本日、生徒会選挙に立候補した伊井野ミコさん。彼女はお世辞にもまだ経験が浅く、これといった実績もまだありません。故にそういう理由で皆さんは彼女が生徒会長になる事に不安はあると思います。だからといって、実績や経験が無いからと彼女の道を阻むのは私は違うと思います。誰しもが最初は知らない事が多いのは当然です。だからこそ、彼女に出来る事もあるのだと感じて私は伊井野さんに協力しています。それに彼女が掲げる理念は、今の学園に無いものを齎してくれると信じています。しかし、それを成すには皆さんの協力が必要です。どうか…伊井野ミコに清き一票をお願いします。私からはこれで以上となります」

 

 

 

 応援演説を終えて、鷺宮は壇上から去ると司会が次にミコを指名した。遂に来た出番にミコも緊張するが、鷺宮と同じく深呼吸して壇上に赴いた。そこで目にしたのは無数の視線…。しかし、不思議とミコはこの視線に恐怖心を感じなかった。今なら自分は面と向かって話す事が出来る。ミコは手にした用紙に見ながら口を開いた。

 

 

 

「皆さん。どうも初めまして! 今回、生徒会選挙に立候補した伊井野ミコです。先の応援演説で皆さんがご存じの通り、私には胸を張れる実績はありません。それでも私が此度の選挙に出た理由。それは今の秀知院を、昔の伝統ある学園にしたい。その一心で出馬を決意しました。皆さんは今の秀知院をどう思いますか? 時代が変わるに連れて、生徒達の見た目も変化している事が、残念だという声が世間の人達から上がっています。無論、時代によって今を生きる人達が変わるのは当然の流れです。しかし、この学園で勉学に励んでいた先輩達は、そう思わないのが現実です。厳しい言葉になりますが、率直に言うと浮ついていて情けない。そういう声が殆どです。皆さん、そんな風に思われてどう感じますか? 私は非常に悔しいと思います。真面目にやっていても、見た目が昔と違うからと勝手な風に思われる。そんなレッテルを貼られて悔しいと思いませんか? 話が逸れましたが、此処で私が言いたいのは、昔の伝統ある学園に戻る事で、今を生きる私達も昔の先輩達に劣ってはいないということ。それを世間に証明したい。勿論、皆さんの個性や自由を阻害するつもりはありません。しかし、今この時…緩んだ規律を立て直し。昔に負けない秀知院を築いていきたい。この目標を実現するには皆さんの力も必要です。長くなりましたが、どうか私に皆さんの力を貸してください。私から言いたいことはこれで全てです。ご静聴ありがとうございました」

 

 

 

 ミコが演説を終えて頭を下げると、拍手の音がミコの耳に入ってきた。それは一つ。また一つと増えていく。拍手を送る人こそ少ないが、ミコの演説に共感を覚えた人がいる何よりの証明であった。ミコは自分を応援してくれる生徒達に再び頭を下げて、壇上から降りていく。

 

 

 

 続いて行われたかぐやの応援演説、そして白銀の演説では多くの生徒達が彼らを称賛した。それは鷺宮やミコの時とは比べ物にならない。この段階で自分達が負けたと二人は悟ったが、自然と悔しいという感情は浮かんで来なかった。今、二人にあるのは最後まで全力でやり切った達成感だった。

 

 

 こうして波乱の生徒会選挙は幕を閉じた。

 

 

 

 

 公開演説から一週間後、選挙の結果が発表された。案の定、当選したのは白銀御行。ミコも白銀に続いて票を集めていたが、あと一歩及ばずに敗れてしまった。だが、それでもミコに落ち込んだ様子はない。その後、白銀を筆頭にいつものメンバーと新たにミコを加えた生徒会が始動した。

 

 

 

【今回の選挙戦 選挙に負けたが目的達成に近づいた伊井野の勝利】

 

 

 新生徒会が始動して半月が経った頃、鷺宮が生徒会に向かう途中で事件が起きた。

 

 

「あ、かぐやさん。こんにち…「会長が”ヤリチン”だったなんてぇぇぇぇぇぇぇぇ。私、信じてたのにいいいいいい」ええ!? ど、どういう事なの?」

 

 

 

 突如、おかしな事を叫びながら走り去るかぐやに鷺宮は困惑した。聞き間違いでなければ、かぐやは”ヤリチン”と言っていた。普段なら絶対に口にしない単語を何故、かぐやが叫んでいたのか。考えても答えは分からない。しかも事件はこれで終わらず、かぐやが去ってから数十秒後。

 

 

「襲わないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

「はぁ!? 今度は伊井野さんまで」

 

 

 今度はミコが泣き叫んで鷺宮の傍を走り去って行く。その様子は明らかに異様でとんでもない事態が、生徒会室で起きたと鷺宮は理解した。すぐさま生徒会室に向かえば、そこでは白銀が項垂れて何やらぶつぶつと呟いている。この様子からして、先程の事に彼が関わっているのは一目瞭然だった。

 

 

 

「さ、鷺宮…。これは…違うんだ。俺は何もしてないぞ」

「とりあえず、黙って。話は聞くから部屋に入りなよ」

「あ、ああ。分かった」

 

 

 

 捨てられた子犬の様な目で見つめる白銀に対し、鷺宮は冷たい態度で対応した。内心では先の二人が変な勘違いをしてると思う反面、本当に何かやらかしたのではと警戒心を露わにする。真実がどうであれ、まずは白銀の話を聞かない事には判断が付かない。鷺宮は白銀を伴って部屋に入った。

 

 

 

 

「…話を纏めるわよ。初めにかぐやさんがパンツの事を聞いてきて。その質問に白銀くんが答えたらかぐやさんが変な誤解をした。その誤解を解こうとした時に伊井野さんがやって来て、更に誤解を招いてしまった。これで合ってる?」

「ああ。概ねその通りだ。しかし、誤解とはいえ…俺の言い方も悪かった様でな。俺にも非がある」

 

 

 

 白銀の説明を聞いた鷺宮は、余りにもくだらない理由に頭を抱えた。話を聞く限り、騒動の原因はかぐやにある。しかし、この話の中に鷺宮は一つの疑問を抱いた。それはかぐやが白銀に言い放った”ヤリチン”発言。あの性知識に疎い彼女が何処でその言葉を覚えて来たのか。当初、目の前にいる白銀が教えたのかと思ったが、冷静に考えてそれはあり得ない。それに清廉潔白を素で行くミコも、その様な言葉を他人に教えるとも考えられない。だとすると、怪しいのはこの場にいない石上と藤原。必然的にこの二人が怪しいと鷺宮は睨んでいた。

 

 

 

「とりあえず、今は二人の誤解を解かないとね。周りに言い触らしたら、折角の生徒会がまた解散なんて事になりかねない。白銀くんは此処で待ってて」

「俺も行かなくていいのか? 当事者だぞ?」

「誤解とはいえ、相手は泣いてたからね。一緒に来ると余計に拗れるよ。何もしない方がいい」

「そうだな。すまんが、あの二人の事を頼む」

「うん。任せておいて」

 

 

 

 かぐや達の誤解を解くべく、鷺宮は行動を開始する。しかし、二人を探し出すのは容易ではない。それに時間を掛けては、あの二人が誰かに今回の騒動を話す可能性も高い。そこで鷺宮は早坂にかぐやを任せ、自分はミコの誤解を解く事にした。早坂に連絡を入れた後、鷺宮は風紀委員の部屋に足を運んだ。彼女がまだ学園に残っているのなら、そこへ向かうだろうと予想していた。

 

 

「ごめんね。今、伊井野さんを探してるんだけどさ。此処に来てるかしら?」

「ああ~鷺宮先輩。はい。ミコちゃんなら来てますよ。良かったら中へどうぞ」

「そう。じゃあ、お邪魔するわね」

 

 

 鷺宮の予想通り、ミコは風紀委員の部屋にいた。大仏もいる事から、恐らくは先程の出来事を相談していたのかもしれない。だとしたら、丁度いいタイミングで来た様だ。此処でミコの誤解も解く事が出来るし、妙な噂が広まるのも阻止できる。

 

 

「あの…鷺宮先輩は何をしに来たんですか? 今、私は白銀会長を弾劾する書類を作成中で忙しいんです」

「その事なんだけど…まずは話を聞いてくれないかな? どうも誤解をしてるようだから、それをハッキリしておきたいのよ」

「誤解? そんな訳ありません。私は生徒会を訪れた時、四宮先輩が白銀会長を非難してるのを見ました。しかも…私にも迫って来たんですよ。その…く、黒のパンツが好きなんだって言いました。それについてはどう説明するんですか?」

「落ち着いて。ちゃんと説明するからさ」

 

 

 

 

 憤慨した様子で言う言葉に鷺宮も言葉が詰る。そういえば、白銀に話を聞いた際に彼が言っていた言葉を思い出した。あれはこの事を言っていたのかと、鷺宮は再び頭を抱える。面倒だと思いながらも、鷺宮はミコに事情を説明した。

 

 

 

「白銀会長が私に行った事は、私の誤解だと分かりました。それでは四宮先輩のヤ、ヤリチン発言はどう言う事なんですか? 意味も無くあんな低俗な言葉を人に言ったりしないですよね?」

「それも深い訳があるのよ。かぐやさんに余計な事を教えた人がいたようなの」

「余計な事を教えた? まさか、石上の仕業ですか!! あいつならやりそうです」

「確かに怪しいけど、決め付けるのはやめなさい。第一、石上くんはかぐやさんを怖がってる節があるし、それはまず無いわね」

 

 

 何故か、石上に異様な程に敵対心を燃やすミコを鷺宮は諌めた。先に述べた通り、件の石上はかぐやに恐怖心を抱いている。そんな愚かな事を石上はしないと断言できる。となれば、一番怪しいのは藤原だ。それに以前にも藤原はかぐやに悪戯をした前科がある。藤原が此度の騒動を起こした張本人と見て間違いない。

 

 

「石上じゃないなら、誰がやったんですか? もしや鷺宮先輩の仕業とか…」

「何でそうなるのよ。てか、本人の前で良く言うわね」

「ごめんなさい。私が悪いの認めるので殴らないで…」

「殴るかぁぁぁぁぁっっ!! 一体、人を何だと思ってるのよ」

 

 

 頓珍漢な事を口走るミコに堪らず鷺宮も叫んでツッコむ。しかし、此処で思わぬ不幸が鷺宮を襲う事になる。二人に気を使って、部屋を出ていた大仏が最悪なタイミングで戻ってきた。

 

 

「鷺宮先輩…。ミコちゃんを殴ろうとしたって本当ですか? 事と次第に因っては私も本気で怒りますよ」

 

 

 当然、事情を知らない大仏は親友のミコに鷺宮が暴力を振るおうとしている。そう思った彼女は鋭い眼差しで睨み付ける。その迫力や凄まじく、かぐやの視線よりも恐ろしいと鷺宮は感じていた。そして何よりも厄介なのは、大仏が完全に誤解している事である。温厚な人間が怒ると怖い。この言葉を鷺宮は生まれて初めて実感していた。

 

 

 その後、一時間による説得の末。何とか大仏の誤解を解くに至ったが…精も根も尽きた様子で項垂れていた。

 

 

 

【本日の勝敗 他人の誤解を解こうとして、己の誤解を招いた鷺宮の敗北】

 




此処まで読んでくれてありがとうございます。


原作では白銀の手を借りて演説を行ったミコちゃんだけど、この作品では己のトラウマに向き合う展開にしてみました。


可愛いミコちゃんもいいけど、凛々しいミコちゃんも最高ですよね~。


次回は日常回を執筆予定です。もし宜しければ、感想や評価の方も頂ければと思います。

最近は暑い日が続いています。読者の皆さんも体調にどうかお気を付けて。


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第20話 鷺宮は癒されたい/主従コンビは仕掛けたい/かぐや様は集めたい

最新話、お待たせしました。


今回も楽しく読んで貰えたら嬉しいです。


青く晴れた空の下、多くの学生が中庭で憩いの時を過ごす中。

 

 

「うう~。眠くて瞼が凄く重い…」

 

 

 鷺宮は暗い表情で項垂れていた。先日にかぐや達が起こした騒動の後。鷺宮は寝不足の日々が続いていた。その原因はあの日に見た大仏の表情。床に就けば、瞼の裏に彼女の怒りに満ちた顔が浮んで目が覚める。最終的に睡魔に負けて眠りに落ちるのだが、すぐに起床の時間が訪れて目が覚めてしまう。

 

 

 そんな日が続けば、当然ながら若さに溢れる高校生でも疲労が溜まる。授業の合間に栄養ドリンクを飲んでは、絶え間なく襲い来る睡魔と戦っていたが流石に限界を迎えていた。

 

 

「はぁ~。こんな事になるなら、あんな騒動に首を突っ込まなければ良かったよ。時間を戻せるなら戻したい」

 

 

 面倒に関わった事を後悔し、一人愚痴る言葉だけが虚しく響いた。今日は生徒会に寄らないで病院に行くべきか。そう考えていると、鷺宮の携帯がメールの着信を知らせた。送ってきた相手はかぐやで、この名前に鷺宮は顔を顰めた。自分から首を突っ込んだとはいえ、関わった事で今の状況に陥っているのだ。このまま知らない振り…など出来る筈もない。深い溜息の後、鷺宮はそのメールを見る事にした。

 

 

 メールの内容はこうであった。

 

 

『璃奈さん。先日は迷惑を掛けてごめんなさい。早坂から話を聞いて、私が要らぬ誤解をした事で貴女の手を焼かせていたと知りました。そのお詫びをしたいので、是非とも生徒会室に来て下さい』

 

 

 鷺宮に対する謝罪とそれに対するお詫びをしたいとの事だった。正直な所、嫌な予感を感じていたがかぐやの好意を無下にも出来ず、鷺宮は生徒会室に向かった。

 

 

 

「お待ちしてましたよ。どうやらメールを見てくれた様ですね」

「うん。何でもお詫びしたいって書いてたけどさ。別にその必要は無いよ。私が勝手に首を突っ込んだ訳だし」

「そうはいきません。元は私が原因で起きた事ですからね。それに璃奈さん…何だかやつれてませんか?」

 

 

 

 生徒会室に足を運ぶと部屋で待っていたかぐやが鷺宮を出迎えた。しかし、鷺宮はかぐやのお詫びを受けるつもりは無かった。何せ、あの騒動には自ら首を突っ込んだのだ。その結果、迷惑を被ったと言ってもそれはかぐやの所為ではない。だが、それでは気が済まないとかぐやも引き下がらない。案の定、面倒な事になってきたと眉を顰める鷺宮に対し、かぐやは静かに尋ねた。

 

 

 

「あ、やっぱり目立ってる? 実は最近、寝不足続きでね。少しばかり疲れてるのよ」

「それならば、丁度いいですね。私が璃奈さんにマッサージをしてあげます。実はお詫びと言うのは、マッサージの事ですからね」

「そうだったんだ。そういう事なら、お言葉に甘えようかな」

「ふふふ。是非そうして下さい。では、そこに座って手を出して」

「こう?」

 

 

 かぐやの指摘に鷺宮も焦った様子で顔を触る。周囲に悟られない様、鷺宮も気を使っていたものの。分かる人にはすぐにばれてしまう。こうなったら隠しても無駄だと、鷺宮は素直に事情を話した。鷺宮の話を聞いた後、かぐやは笑うとマッサージをすると申し出た。この提案は今の鷺宮にとって、何よりも嬉しい申し出だった。当然、鷺宮は首を縦に振ってマッサージを受ける事にした。

 

 

 

「まずは肩揉みからやりますね。えい!!」

「んっ!? おおお~。これは…とても気持ちいいわ」

「そうですか。結構、力を入れているのだけど…相当凝ってますね。かなり固いですよ」

「本当に? まあ、寝不足以外にも寝転んで本を読んでた所為かも。同じ姿勢でいる事が多いから」

「姿勢が悪いと筋肉が固まりますからね。ついでに背中と腰もマッサージしましょう」

 

 

 

 かぐやは力一杯に肩を揉み解すと、鷺宮は心地良い感覚に思わず声を洩らす。鷺宮が言うには凝りの原因は姿勢が悪さ故だと口にした。平然と自分の欠点を述べる鷺宮にかぐやは、呆れた顔を浮かべるも次は背中と腰を揉むと告げた。

 

 

 

 部屋のソファーに鷺宮が寝そべり、かぐやが指圧を始めようとした時。戸が開いて白銀が入ってきた。

 

 

「ん? 鷺宮に四宮じゃないか。一体、何をしてるんだ?」

「あ、白銀くん。実はね。今、かぐやさんにマッサージをして貰ってるのよ」

「ええ。どうせですし、会長もどうですか? 思えば、会長にも迷惑を掛けてしまいましたから」

「あの事か。いや、元を言うと俺の方も悪いからな。それより本当にマッサージしてくれるのか?」

「構いませんよ。ですが、今は璃奈さんの施術中ですし…それが終わってからで良いですか?」

「ああ。分かった。じゃあ、終わるまで待つとしよう」

 

 

 

 

 事情を説明すると白銀もかぐやのマッサージに興味を示した。意中の相手が自分の体を優しく揉み解してくれる。当然、かぐやに好意を抱いている白銀が断る理由はない。しかし、今は鷺宮の番だと言うかぐやに白銀は素直に受け入れた。思えば、鷺宮の顔も何だか疲れている。口にする事は無いが、白銀も鷺宮に面倒をかけているのは理解している。鷺宮の番が終わるまで白銀は生徒会の仕事をして、待つ事にした。

 

 

 

 

「あ~。凄いスッキリしたぁ。体が嘘のように軽いし、これなら今夜はぐっすり眠れそうよ」

「大袈裟ですよ。だけど、そう言ってくれるのは嬉しいですね。さて、次は会長の番ですよ」

「そうか。それでは宜しく頼むぞ」

 

 

 仕事に集中している間に終わった様で、かぐやは白銀に声をかけて来た。その傍らでは満面の笑顔で体を動かす鷺宮の姿を見て、それ程までに気持ちいいのかと期待が膨らんでいった。そういえば、かぐやは何をやらせても卒なく熟す天才だ。恐らく、四宮家の教育課程にはマッサージ等も含まれいるのかもしれない。そんな事を考えながら白銀はかぐやの隣に腰を下ろした。

 

 

 

 

「確か…会長は勉学で手を酷使する事が多いですよね。なので、会長には掌マッサージを施します」

「掌かぁ。しかし、此処を揉んだ所で効果はあるのか?」

「いえ。実は掌には人体のツボが多く存在しているんですよ。例えば、この親指の所は魚際というツボがあって、此処を指圧して痛い時は食べ過ぎや飲み過ぎの証拠だそうですよ」

「へー。指圧する場所で体の不調が分かるのか」

 

 

 

 白銀の手を取り、かぐやは説明しながら指圧していく。小さな手で懸命にマッサージする姿が白銀の目にはとても可愛らしく映った。かぐやの新たな一面に見惚れていると、白銀の手に凄まじい激痛が迸った。突然の事に絶句しながらも、自身の手に視線をやるとかぐやは掌の中心を指圧していた。そこには労宮と呼ばれるツボが存在している。此処は主に苛々を解消する効果がある。普段からバイト、勉学、家事等をやっている白銀は自ずと苛々の感情を抱く事が多い。

 

 

 その為、指圧した時に見舞われる痛みは想像を絶する物だった。

 

 

 

 

 

 

 白銀が生徒会室で地獄を味わっている頃、風紀委員の用を済ませたミコは生徒会室に向かっていた。

 

 

 

(今日、生徒会に顔を出したら白銀会長と四宮先輩に謝ろう。そして生徒会の仕事に精を出すんだ。ああ、憧れていた夢の学園生活の一歩が始まるのね。最初は躓いてしまったけど、一度の失敗でへこたれてちゃ駄目よね。よーし。気合入れて頑張ろう)

 

 

 

 先日の事を無かった事にしながら、ミコは気合を入れながら生徒会室の戸を開けた時…中から白銀の声が聞こえてきた。耳を澄ませば、かぐやの声も聞こえる。二人が揃っているのなら、丁度良い。ミコは戸を開けて中に入った。すると…。

 

 

 

「頼むぅぅぅぅぅっ! もうやめてくれ!! これ以上は大丈夫だから、気持ち良過ぎて死んじゃうからぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

「あらあら。別に遠慮しなくていいですよ。さあ、服を脱いで俯せになってください」

「そうだよ。白銀くんも味わうべきよ。最高に気持ち良いよ」

「い、いや。俺は他にも生徒会の仕事があるからな。此処で時間を浪費するのは駄目だろう」

「それなら私達も手伝うので心配は無用です。それよりも早くしてください」

「往生際が悪いわよ。かぐやさん、私も手を貸すわ。二人でやりましょう」

 

 

 ミコは部屋で行われていた光景に茫然自失となり、手に抱えていたファイルを落としてしまう。その音でミコの存在に気付いた鷺宮達が音の方に目を向けた。

 

 

「い、嫌ぁ。不潔、神聖な生徒会室でこんな真似を…。最低っ!」

「あら。伊井野さんもどうですか? 折角の機会ですし、貴女も体験してはどうでしょう?」

「あ、あのかぐやさん。今の状況でその言い方は…」

「そうだぞ。確実に変な誤解をされるだろう」

「い、いいえ。私は…その素人ですので! 正直、足手纏いになるだけですからぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

 妙な状況にも関わらず、誤解される発言をするかぐやを鷺宮達は止めるが一歩遅く。ミコは蒼褪めた表情で走り去ってしまった。その際、口走っていた事からまた要らぬ誤解をされたのは間違いない。

 

 

 

「一体、どうしたのでしょう? 全くおかしな娘ですね」

「そ、そうだね。はぁ、また面倒な事になったなぁ。なんでこうなるのよ」

「ま、まあ今回は俺も手を貸すよ。だ、だからそう落ち込むな」

 

 

 

 部屋に残った三人はその足でミコの誤解を解きに行く事になる。その日の夜。鷺宮はかぐやのマッサージのおかげでぐっすりと眠る事に出来た。

 

 

 

【本日の勝敗 鷺宮の勝利。再び誤解をされたが、寝不足を解消出来た為】

 

 

 

 

「かぐやさんの様子がおかしい?」

「ええ。何と言いますか…。最近のかぐや様は妙に女の子らしいんです!」

「いやいや。それの何処が変なのよ。逆に良い事じゃないの?」

「それが違うんですよ。お洒落や化粧に興味を抱くなら、私も文句はありません。寧ろ、喜ぶ所なのですが…。その、今のかぐや様はハッキリ言って不気味なんですよ」

 

 

 放課後、早坂に呼ばれた鷺宮は図書室で彼女の話を聞いていた。その話の内容に鷺宮は首を傾げる。かぐやが女の子らしくなっている。それはお洒落や化粧等に関心が無い以前のかぐやを思えば、別段おかしいとは思えない。逆に良い方向に変化してると考えるのが普通だ。しかし、早坂はそうではないと首を横に振って、今のかぐやは異様だと言葉を続けた。

 

 

 

「不気味って…。それは言い過ぎじゃない? そりゃあ、急な変化に戸惑うのは分かるけどさ」

「うーん。上手く伝えるのが難しいですね。とりあえず、。実際に見れば、私の言ってる事が分かる筈ですよ」

「ふーん。じゃあ、お邪魔しようかな。だけど、何とも無いならすぐ帰るよ。正直、あの屋敷に行くと肩身が狭い感じがするから」

「まだ慣れませんか? 一応、りっちゃんも四宮家の親戚なのだから堂々としてればいいんですよ」

「それが出来れば苦労はしないわよ。それじゃあ、行くとしましょうか」

「分かりました。実際に見たら、驚きますよ」

 

 

 

 急な変化を見せたかぐやに会う。突如、決まった予定に鷺宮は楽観的な様子だった。早坂もそんな鷺宮の様子に気付いていたが、特に何も言う事は無かった。実際に会えば、かぐやの変化に驚くだろうし、何よりも自分の話を信じていない鷺宮が見せる反応を楽しもう。その様な悪戯心を早坂は密かに抱いていた。

 

 

 

「かぐや様。本日は鷺宮様がお見えになってますよ」

「あらまぁ。それは嬉しい事ですわ。どうぞ。ごゆっくり寛いでね」

「ど、どうもありがとう。あ、そうだ。私、トイレ行きたいのだけど…場所を忘れちゃったのよ」

「それはいけませんね。私が案内しましょうか?」

「いえ。かぐや様にその様な事をさせられません。此処は私が案内致します」

「うん。それがいいわね。じゃあ、早坂さん。案内お願いしますわ」

 

 

 早坂の言う通り、かぐやの変化は異様だった。部屋に漂う雰囲気は何処か甘く、またかぐやの背後には沢山の花が咲いてる幻覚すら見えた。いや、幻覚ではない。本当に花が咲き乱れている。無論、本物の花では無く、機械で投影された映像であるが…この部屋は明らかに異常と思える空間であった。

 

 

 その事を聞こうにも本人の前で話す訳にいかない。咄嗟に部屋を出る言い訳を口にするも、余りに不自然な言い訳に鷺宮はしまったと焦りを覚える。しかし、かぐやは気付くどころか、気にした様子もない。それ所か、親切にも鷺宮を案内すると言いだす始末。これを見兼ねて早坂が助け舟を出した。それに便乗し、鷺宮と早坂は何とか部屋を出る事が出来た。

 

 

 

 

「りっちゃん、案内お願いしますわって…流石に動揺しすぎでは?」

「分かってるわよ。というより、かぐやさんがああなってしまう原因は何?」

「それはこれです。この漫画を読んでから、あの様になりまして」

 

 

 

 そう言って早坂が出したのは一冊の漫画。それを手に取って、鷺宮はまじまじと見つめた。

 

 

「”今日はあまくちで”かぁ。 まさかと思うけど、これに影響されたの?」

 

 

 タイトルからして、女性向け。いわゆる少女漫画と分かる。しかし、これを読んだ所であの様に変化するだろうか。その疑問を早坂にぶつけると彼女はバツが悪そうに顔を逸らす。

 

 

「その…大変言い辛いのですが。全く以てその通りです。私も正直、惹き込まれましたし。基本、影響されやすいあの子が読んだら、どうなるかなんて分かっていたのに」

「…それでどうするの? もしかして、私にかぐやさんを元に戻せと言わないよね?」

 

 

 

 嫌な予感を犇々と感じながら、確かめる様に鷺宮は尋ねた。すると、ニコリと笑って早坂は首を縦に振る。

 

 

「嫌よ。第一、あれは一時的なものでしょ。その内、飽きたら元に戻るんじゃないの?」

「そう思いますか? あの子、意外と凝り性で一度でも何かに嵌まると割と続ける方なんですよ。それに仕える身である以上、かぐや様にケチを付ける訳にいかないでしょう」

「だからと言って、何でも私に言うのはどうなの? どうも最近、あっちゃんが面倒と感じる事を押し付けられてる様に思うんだけど…」

「…気の所為ですよ」

 

 

 面倒事を押し付けられている。鷺宮の口から出たこの言葉に早坂は目を逸らした。どうやら図星だったらしく、その反応に鷺宮も堪らず苛立ちが込み上げる。

 

 

 

「やっぱりそうじゃないの!! 今回ばかりは断るわよ。それともう帰る」

 

 

 鷺宮は想いの丈をぶつけた後、そのまま四宮邸を去ってしまった。

 しかし、早坂に慌てた様子はなく、その足でかぐやの部屋に向かう。

 

 

「かぐや様、今回の作戦は失敗しました」

「ええ。それは分かっています。全く、折角面白い漫画に出会ったから薦めようと思ったのに」

「だったら、普通に薦めたら良かったのでは? 何もあの様に演技をする必要も無かったかと」

「それじゃあ、詰まらないでしょう。ですが、失敗したなら仕方ないですね。この漫画は私が薦めるとしましょう」

 

 

 二人は窓から帰る鷺宮を眺めながら、そんな会話をしていた。今回はかぐや主体による鷺宮への仕込みだった。先日、久しぶりに漫画を読んだかぐや。その面白さに夢中となって、全巻読破する程である。その際、普通に薦めるのも芸がない。ならば、自分が漫画のキャラになりきり、漫画を薦めるという非常にアホな事を思い付いて実行に至ったのだ。

 

 

 だが、作戦は鷺宮を怒らせる結果となってしまった。早坂も鷺宮が怒った段階でネタばらしをすれば、丸く収まる話なのだが、いつも以上にアホな作戦でしたと伝える事が出来なかった。鷺宮に指摘された時、目を逸らしたのはこれが理由である。

 

 

 

 翌日。鷺宮と対面した二人は頭を下げて謝った。

 

 

「璃奈さん。その…昨日はごめんなさい。少し悪戯が過ぎました」

「私もごめんなさい。正直、貴女を軽く見ていました。心から反省しています」

「別に良いよ。事情は分かった事だし、それよりも薦めるなら今度から普通にやってよ」

 

 

 

 かぐやと早坂の謝罪を受けて、鷺宮も二人を許した。鷺宮が帰った後、早坂から事の次第を明かされた時は呆れたものの。あれが単なる悪戯だと知ってホッとしたのが大きかった。

 

 

 

「そうですね。なら、この漫画。面白いので読んで見ませんか?」

「私も読みましたけど、実際に面白かったですよ。一度は読んでも損は無いですよ」

「うーん。二人が薦める程だから、そうなんだろうけどさ。私、実は漫画より小説派なのよ。だから、この漫画は遠慮しておく」

「「ええええええええっ!?」」

「いや嘘だよ。この漫画、借りていくわね。じゃあ、また明日」

 

 

 

 鷺宮の告白に二人は驚きの声を上げた。無論、これは鷺宮の嘘で小説を多く読む方であるが、漫画の方も普通に読んでいる。だが、散々振り回してくる二人に対して何か仕返しをしたい。そんな気持ちから仕掛けたのだ。そして立ち去る間際に呆然とするかぐや達を見て、鷺宮は笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

【本日の勝敗 大掛かりな悪戯を仕掛けて失敗したかぐやと早坂の敗北】

 

 

 

 

 

「皆さん、ベルマークを集めましょう!! それを集めて社会に貢献するのです」

 

 

 ミコが提案したベルマーク活動。それは学校設備の充実や支援等を目的に行われている。始まりから五十年の歴史を持ち、今でも教育の一環として実施している学校も多い。

 

 

「ベルマークですか? 確かに現在も行っている学校はありますが、効率的とは言えませんね。それだったら、普通に寄付をした方が手っ取り早いですよ」

「いや。一概にそうとは言えんぞ。誰にでも出来る事で社会に貢献する伊井野の案も尤もだ。それに四宮の言い分だと、多額の寄付をする者だけが偉いという事になる」

 

 

 ミコの提案に難色を示すかぐやと裏腹に、白銀の方は共感を示した。会長である白銀の言葉を受けて、ミコも笑顔を浮かべて言葉を続けた。

 

 

 

「そうです! ベルマーク集めと聞けば、子供がやる物というイメージがあります。だけど、社会に貢献する行動に子供も大人もありません」

「まあ、やるのはいいけど。どれくらい集めるの? 私達だけで実行しても貢献出来る程の数は集まらないわよ」

 

 

 張り切るミコを鷺宮はやんわりと諌める。ベルマーク収集に鷺宮も賛成の意を示すも、しっかりと目標を定めない限りは只の自己満足で終わってしまう。

 

 

 

「そうですね。まずは私達生徒会が率先して行い、それに続いて生徒達の協力も仰ぎましょう。社会に貢献をする。これをテーマにした活動となれば、生徒達も提供してくれるでしょうし。数も必然的に集まると思います」

「成程な。普段やらない事を生徒達にやらせる訳か。面白い試みだし、やってみるか」

「偶には良いかもしれませんね。幸い、僕が買ったおにぎりに付いていましたよ」

 

 

 

 珍しい事に白銀も乗り気な様子で、ミコの案を実行する事になった。手始めに動いたのは傍観していた石上で彼は鞄からおにぎりを取り出すと、それに付いていたベルマークを差し出した。それに続いて藤原の菓子パン。ミコのサンドイッチ等、この段階で四枚のベルマークが集まった。

 

 

 

(この流れだと私も出さないと駄目よね。何とも面倒な事だけど、やるしかないか。さて、何かあったかな?)

 

 

 

 鷺宮もベルマークを提供しようと、自身の鞄を開いて中を見た瞬間に彼女は固まった。その原因は中に入れていた胃薬。それを見て、ベルマークは明日持って来ようと心に決めて鷺宮は鞄を無言で閉じる。そんな中、かぐやは一人落ち込んでいた。

 

 

(どうしよう。私、会長に否定されちゃった。あの言い方だと、きっと私が上から目線の嫌な女と思っているに違いない。不味いわね。此処は何としても名誉を挽回しなくては! 家に帰ったら、早速早坂にベルマークを収集させましょう)

 

 

 

 自分を肯定してくれた事が嬉しいのだろう。いつもより明るい表情で笑うミコにかぐやは対抗心を燃やしていた。当然ながら、これはかぐやの主観。ミコ本人は至って普通なのだが、かぐやの目にはそう見ていた。

 

 

 

 

 夜、四宮邸ではかぐやの命で屋敷中のベルマーク捜索が行われていた。

 屋敷に仕える者が総出で必死に探すも、肝心のベルマークは一枚も出て来ない。この結果にかぐやは落胆の色を隠せなかった。

 

 

 

「どうしてっ!! 何でこんなに探して一枚も無いのよ!?」

「それはそうですよ。だって、この屋敷にある物の殆どが海外製品ですからね。当然、ベルマークなんて付いてる訳がありません」

「何という事なの…。これでは私は只の役立たずになってしまうわ」

「たかがベルマークにそこまで躍起にならなくても良いじゃないですか? 会長も生徒会の皆さんも事情を説明すれば、かぐや様を責めたりはしませんよ」

「そういう事じゃないの!! 副会長たる者として、役員の模範にならなければ…きっと、会長は私を切り捨てるに違いないわよ」

 

 

 

 要らぬ妄想を繰り広げるかぐやに早坂は知らずにため息が漏れる。しかし、このまま放っておく事も出来ず、かぐやにある提案を持ち掛けた。

 

 

 早坂の提案。それは四宮家に仕え始めた頃、母と会えない日が多かった早坂は一冊のノートで連絡を取り合っていた。どんなに大変な日でも母は一日も欠かす事なく、早坂に返事を返してくれていたのだ。今では使わない思い出のノートに彼女は鋏を入れようとした時、かぐやがその手を止めた。

 

 

 

「ねえ。本当に良いの? これって貴女が大切にしてた物でしょう」

「構いませんよ。もう使う事も無いですし、此処で埃を被るよりも人の役に立つ方が良いでしょうからね」

「だけど、私の我儘で貴女の大事な物に傷を付けるなんて…」

 

 

 早坂の過去はかぐやも知っている。だからこそ、思い出の品を切り刻むのは忍びないと待ったをかけた。いくらベルマークが必要とて、そこまでして集めたいとは思わない。しかし、早坂は悲しげな顔をするかぐやの頭を撫でると穏やかに笑ってこう言った。

 

 

 

「大丈夫ですよ。もう過去の事だと割り切ってます。それに私にとって、かぐや様はある意味では妹みたいなものですからね」

「…早坂。ごめんね」

「良いのですよ。そんな顔しないでください。妹が姉に遠慮をするものではありません」

 

 

 

 そう言って、早坂は思い出の品を切っていく。そうして彼女がくれたベルマークは何よりも重みがあるとかぐやは感じていた。

 

 

 

 

 

 

 翌日。早坂のくれたベルマークを手にかぐやは生徒会室に向かった。その数は十枚、つまりは十点相当のベルマークである。基本、集めにくいベルマークをこれだけ集めれば、副会長としての面目を立つ事だろう。

 

 

「おはようございます。会長、件のベルマーク。集めて来ましたよ」

「ほう。ベルマーク十枚か。よく集めたものだな」

「ええ。家で事情を話したら、快くくれた方がいまして。その方のおかげです」

 

 

 

 かぐやは早坂のくれたベルマークを慈しむ様に撫でると白銀に手渡した。

 

 

 

「「「おはようございます」」」

 

 

 

 その直後、生徒会室にやってきた鷺宮達。挨拶をすると彼女達は鞄から件の物を取り出した。

 

 

 

「会長~ 言われた通りにベルマークを持ってきました。それも百点の奴です!」

「マジか!! 百点のベルマークなんて、初めて見たぞ。一体、何に付いていたんだ?」

「昔、子供の頃に買って貰ったピアノです。そういえば、付いていた事を思い出して確認したらまだあったので持ってきました」

「へぇ。それは凄いわね」

 

 

 藤原の言葉にかぐやは目の前が真っ暗になる。まさか、此処で百点ものベルマークか出るとは予想もしていなかった。彼女の物に比べたら、自分など足元に及ばない。折角、早坂の思い出に傷を入れてまで入手したベルマークが役に立たない。その事実がかぐやをどん底に突き落とす。無論、点数に関係無く、提供した時点で役に立っているのだが、自分が一番でなければ面目が保てないと思い込んでいる。

 

 

 

 そんな彼女を更に追い詰めたのは鷺宮と石上だった。二人はベルマークの代わりにと提供した物。それは使い道の無くなったパンフレットと使用済みになったインクのカートリッジ。前者はリサイクル品として、後者はベルマークの代用として採用されると説明していた。

 

 

 鷺宮のパンフレットをリサイクルすれば、大量の折り紙などが作られる。それを発展途上国に贈れば学校に通えない子供達の助けになり、十分に社会へ貢献した事になる。片や石上が持ち込んだ物はベルマークに換算すると百十点となるらしく、藤原の点数を上回った。

 

 

(何と言う事なの…。私のベルマーク。全然役に立たないじゃない。いいえ。此処で諦めたら駄目よ。四宮の名に置いて、むざむざ負ける訳に行かないわ。この状況を打開する方法がある筈よ。そういえば、先さっき藤原さんは昔のピアノに付いていたと言っていたわね)

 

 

 

 藤原の発言からある事に気付いたかぐやは、生徒会が用意したベルマークの資料に目を通した。そしてニヤリと嗤うと喜び浮かれる藤原に一言告げた。

 

「ちょっと待って下さい。藤原さんが持参したベルマーク。この企業は既にベルマーク事業を脱退してます。なのでこれは使えませんね。要するに只のゴミです」

「ええ!? それじゃあ、私はただゴミを持って来ただけという訳ですか?」

「はい。残念ながらそうなります」

「うーわ、藤原先輩…。流石にゴミを提供するのはどうかと思いますよ」

「そんな訳無いでしょう!! 第一、石上くんは親の会社から持って来た物じゃないですかぁ! それなら私だって、お父様の事務所から持って来ても良かったんですよ」

 

 

 持参したベルマークが無効と知って、落胆する藤原とそれを揶揄う石上。これに腹を立てた藤原が噛み付いて、石上の物も無効だと叫ぶが彼は何処吹く風で受け流す。しかし、諦めない藤原が面倒になって、結局は石上が折れる形で言い争いは終わった。残すは鷺宮であるが、彼女の場合はベルマークで無い為、かぐやは視野に入れていなかった。

 

 

 思わぬ形で面倒事を回避していた事を鷺宮は知らない。

 

 

 

「その‥おはようございます。ベルマークを持ってきたんですけど、私…九枚しか集められませんでした。言い出しっぺなのにごめんなさい」

「ああ。別に良いんですよ。九枚でも十分です」

「そうだな。あとは俺がコツコツ貯めたもやしのベルマークを合わせれば問題はない」

 

 

 

 白銀が持参したベルマーク。ざっと数えるだけで百枚はあるだろう。思わぬ伏兵にかぐやは唖然として、机に散らばったベルマークを眺めていた。どう足掻いてもこの数に太刀打ちは出来ない。この時、かぐやは己の敗北を認めざるを得なかった。

 

 

 

 だが、それでも自分が二番目。副会長としての面目を保ったと自らに言い聞かせていた。

 

 

 

「お帰りなさい。私が渡したベルマークは役に立ちましたか?」

「ええ。おかげ様で会長に褒められましたよ」

 

 

 帰宅後、そう尋ねる早坂にかぐやは優しい嘘で誤魔化した。

 

 

【本日のベルマーク活動 白銀の圧勝】

 




此処まで読んでくれてありがとうございます。


今回の女子漫画を薦める話。
最初は普通に書こうと思ったけど、女子漫画のヒロイン化したかぐやの視点を書くのが難しくあっさり断念しました。


皆様の感想をお待ちしてます。良ければお気に入り登録もしてくれると嬉しいです




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第21話 恋人達は面倒くさい/鷺宮は打ち明けたい/かぐや様は診られたい前編

最新話、お待たせしました。


今回、一部の話を前編と後編に分けてます。

それとお気に入り登録者が190人を超えました。
登録して下さった読者様に感謝しています。


「あの~。ちょっと相談したい事があるんすけど、聞いてくれますか?」

「…良いだろう。しかし、俺達も忙しいから手短に頼むぞ」

 

 

 最早、生徒会の恒例行事となっている翼の恋愛相談。今回も彼はある悩みを抱いて生徒会を訪れた。これに部屋にいた白銀達は顔を顰める。珍しい事に恋バナに関心のある藤原でさえ、嫌そうな表情を浮かべていた。今までの経験から今回も碌でもない相談に違いないと一行は思っていた。しかし生徒会の立場上、翼の話を聞かざるを得ない。翼の前に腰掛けた白銀は悩みを打ち明ける様に促した。

 

 

 

「実は…先日、渚と喧嘩したんです」

「よっしゃーー、ざまぁみやがれぇぇぇ! そのまま別れろぉぉぉ!」

「待て石上。その結論はまだ早いぞ。それにざまぁと言うのはやめとけ。後々、拗れると面倒だ」

「喧嘩と言ったけど、具体的に何があったの? 私としては、此処に相談するより柏木さんに謝った方が手っ取り早いと思うわよ」

 

 

 

 喧嘩したと聞いて、石上が容赦なく本音をぶちまける一方、珍しく鷺宮が翼の話に耳を傾ける。本来であれば、面倒臭いという理由から自ら関わろうとしない。だが、今回は相談内容が意外と真面目なため、翼に手を貸そうという気持ちが生まれていた。

 

 

 

「幾つか思い当たる節がありますけど…。どれが原因なのか分からないんです」

「そうですね~。此処にはラブ探偵チカもいますからね。ささっと解決してみせます」

「まあ、何にせよ。原因を突き止めるには話を聞くしかないわね。嫌な事だろうけど、話してみてよ」

 

 

 

 いつの間にか、藤原もやる気になっていて鷺宮はそれに不安を抱くも話を進める事にした。翼も鷺宮の言葉に頷くとぽつぽつと喋り始める。

 

 

「これは一週間前の事で僕がラインのアイコンを猫に変えたんです。そうしたら、渚は不機嫌になったんですけど…これは何故ですか?」

「え~。それだけで怒ったんですか!? 柏木さんが猫嫌いだったとか?」

「いえ。渚は普通に猫に触るから無いと思います」

「もしかして、そのアイコン。二人で写っていた奴じゃないですか?」

「ああ。確かに渚とツーショットの奴だったよ」

 

 

 

 翼の話に白銀達は困惑の色を隠せない。アイコンを変えた程度で怒る柏木の心理は白銀は勿論、同性の鷺宮と藤原も理解が出来ない。しかし、石上はある事に気付いて翼に質問をした。突然の事に戸惑う翼だが、素直に質問に答えた。

 

 

「どう見てもそれが原因ですよ。大方、アイコンを変えて怒ったのも、自分が彼女だと周りに隠している様に思ったからでしょう」

「成程。言われてみると…そんな気もします」

「凄いな石上。お前がそこまで女心に詳しいとは知らなかったぞ」

「単純な事ですよ。まあ、ウミガメのスープ問題と思えば簡単でした」

「じゃあ、この場合はどうですか? これは三日前の事です。教室で渚が急に鷺宮さんが僕に告白して来たらどうする?と聞い来たので、少し悩んでから渚と答えたら不機嫌になったんです。これは何故でしょう?」

「そんなの当たり前でしょうが!! 第一、彼女の前で悩むのがおかしいのよ。それに私が貴方に告白する事は天地がひっくり返ってもないわね」

 

 

 

 翼の問いに鷺宮は怒りを滲ませて言い放った。やはりこいつに関わると碌な事が無い。容赦なく、突き放す鷺宮の言葉に些か傷付いた翼であるが、これ以上何かを言おうものなら恐ろしい結末が待っている。本能でそう悟った彼は次の質問を繰り出した。

 

 

「で、では…これはどうですか? つい昨日の事ですけど、渚とゲームセンターに行った時の事。僕はカッコいい所を見せようと、渚と対戦してボコボコにしたら彼女は怒って帰っちゃったんです。一体、何故でしょうか?」

「「ボコボコにしたからだろうがぁぁぁぁっ!!」」

 

 

 石上と鷺宮は息を揃えて翼に叫んだ。余りにもばかばかしい話に最早、我慢がならないと詰め寄る二人を白銀と藤原が必死に止める。結局、白銀はこの状況では相談を続けるのは無理があると判断し、翼に帰るように促した。それは翼も分かったのか、逆らう事無く生徒会室をあとにした。

 

 

 

「はぁ、はぁ。会長、アイツ…一体、何なんですか? 正直、あそこまで馬鹿な奴は見た事ないですよ」

「はぁ、はぁ。全くよね。今度、相談に来たら絶対に追い返してよ。もう関わるのは勘弁だわ」

「う、うーん。そうだなぁ。今までは許容してきたが、流石に俺も今回ばかりは面倒だと思っている」

「そうですねぇ。当初は真面目な相談だったのに、途中から変な方向に話が逸れてましたからね」

「ああ。今度来た時は断るとしよう。それに生徒会が請け負う相談についてもルールを変えないとな。悩みを聞いて、深刻な話じゃない限りはすぐに帰ってもらう事にする」

 

 

 憤る石上と鷺宮の意見に白銀と藤原も頷いていた。ふとした事から始まった翼の恋愛相談。恋が成就してからは只の惚気や自慢話が展開される様になっていたのだ。流石の白銀も今回は嫌気が差した様で今度は断ると明言した。それに鷺宮は心底ホッとした様子で息を吐く。何だかんだで大概、自分が割を食っている。今後、それが無くなるのは鷺宮にとってもありがたい事だ。

 

 

 放課後。鷺宮が帰ろうとした時、柏木が声をかけてきた。

 

 

「私に相談ねぇ。それって彼氏の事だったりする?」

「ええ。この事で頼れる人は少ないからね。話、聞いてくれないかな?」

 

 

 何用かと事情を聞けば、柏木は鷺宮に相談したい事があるという。その言葉に鷺宮は昨日の事を思い出す。

 

 

(まさか二日続けて相談を受ける羽目になるとは…。はあ、多分昨日の事なんだろうなぁ。大方、私が翼くんに冷たい態度を取った事か、それとも改めて手を出すなと釘を刺しに来たのかな? どっちにしろ面倒な事しかない。気が進まないけど、話を聞かないと余計に拗そうだ)

 

 

 

「良いよ。じゃあ、場所を変えて話そう」

「ありがとう」

 

 

 

 

 中庭にやって来て適当なベンチに腰を下ろすと、鷺宮は柏木に尋ねる。

 

 

「やっぱり相談って、翼くんの事?」

「うん。最近、私ってば…彼に我儘を言う事が多いんだけどね。その事で悩んでいるの」

「我儘と言っても、別に無茶を言ってる訳じゃないんでしょ? だったら、余り悩む必要も無いと思うけどね」

「そうじゃないの!! 私…ちょっとした事ですぐ怒るし、この間だって、私が変な質問しておきながら返答に詰まった彼に怒ってしまった。何だか嫌な性格になった気がするの」

 

 

 柏木の悩みとは、翼に対する自分の行いであった。それに鷺宮は気にするなと言葉をかけるが、柏木は否定する。どうやら、鷺宮が思う以上にこの問題は根が深いらしい。迂闊な事を言えば、柏木を卑屈にさせるだけだ。掛ける言葉を慎重に模索しながら、鷺宮は柏木を落ち着かせようと試みる。

 

 

 

「とりあえず、落ち着いて。それに変な質問というのも教えてくれないと分からないもの」

「そうね。彼って、いつも優しくて私の言う事を何でも聞いてくれる。だから、ちょっと意地悪のつもりで鷺宮さんから告白されたらどうするの?って質問をしたのよ」

「成程ね。それで翼くんはどう返事をしたの?」

 

 

 柏木の言う変な質問。案の定、柏木の口から出た質問は昨日、翼が言った事であった。正直、二度と聞きたくない話題であるものの。柏木の悩みを解消する為には聞かざるを得ない。何とか表情に出ない様、必死に堪えながら鷺宮は続きを促した。

 

 

「勿論、断ると言ってくれた。でも‥返事をするまで何処か悩んでいた彼の様子に腹が立って、私はおこっちゃったんだ。自分から聞いたのに酷いよね」

「ううん。そんな事は無いよ。それは彼女がいるのにすぐ答えず、悩む翼くんが悪いわ」

「そ、そうよね。それと鷺宮さん。彼を悪く言うのは止めて。これは私に非があるし、彼には非が無いから」

「え、ええ。ごめんなさい」

 

 

 柏木に賛同する意思を見せるべく、翼を下げる言い方をした鷺宮に柏木が噛み付いてきた。その態度に鷺宮は苛立ちを感じたが、此処で喧嘩するのは愚の骨頂。湧き上がる感情を押し殺して、鷺宮は謝った。

 

 

「本当はさ。彼には私の事を怒ってほしいの。だって、そうでしょう? いくら彼女だからって、無理難題を言われても笑って許す彼に苛立って、更に無茶を言ってしまう。そんな状況が続いて、どんどん私が嫌な性格になっていくのを感じるの」

「それだけ、大事にされてるという事でしょう。別に気する必要もないと思うよ」

「そうじゃないの!! 鷺宮さんも知ってるよね? 彼の見た目が変わった事。あれも私の我儘を聞いたからなんだよ。その事で彼は周りから冷たい目で見られてるの。元はといえば、全部私の所為なのに彼はちっとも怒らないんだもん」

「…そう。辛いわねぇ」

 

 

 

 此処に至り、鷺宮は言葉を掛ける事を止めた。下手に否定したり、肯定すれば怒ったり落ち込む柏木が非常に面倒になったからだ。それから陽が沈むまで彼女の愚痴が延々と続く事になる。

 

 

 

「はぁーーーー。スッキリしたぁ。思ってる事を全て吐き出したら、気持ちが軽くなった」

「……。それは良かったわね」

「ありがとう。鷺宮さんも何かあったら、遠慮なく相談してね。私も話を聞いてあげるから。それじゃあまた明日」

「ええ。また明日」

 

 

 

 言いたい事を散々言って、柏木は軽い足取りで去って行った。彼女の姿が見えなくなるまで見送った後…。

 

 

 

「~~~~~~っっ!!!」

 

 

 

 声にならない叫びを上げて、鷺宮は怒りを発散する様に地団駄を踏む。その行為を暫し続けた後、虚しくなった鷺宮は暗い表情で帰路に就いた。

 

 

 

 

【本日の勝敗 二日連続で面倒くさい男女の相談に巻き込まれた鷺宮の敗北】

 

 

 

「どーーん。ミコちゃんの歓迎会を始めますよ~」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 この日、鷺宮達はミコの歓迎会を開催していた。本当ならもっと早く開催する予定だったのだが、風紀委員を兼任しているミコの都合が付かず、今日まで延期となっていたのだった。乾杯の音頭を藤原が取った後、彼女はある話題を持ち出した。

 

 

「さて、今回は男子禁制の女子会も兼ねてますし。早速、恋バナを聞いてみましょう。最近は皆さんも気になる人が出来たんじゃないですか~?」

「いきなりその話はどうなのよ? いくら女子会とはいえ、早々にする話じゃないでしょ」

「私も璃奈さんと同感ですね。もっと、別の話題にしませんか?」

 

 

 

 藤原の話に否定的な態度を見せたかぐやと鷺宮。ミコも口には出さないが、賛成してる様には見えない。しかし、この程度で諦める藤原ではない。当然、二人が反対する事も想定しており、否が応でも巻き込む策も用意していた。

 

 

 

 

「あらあらぁ。もしかして、お二人は未だに気になる異性がいないんですかぁ~。それでしたら話すのは無理でしたね。気が利かなくてごめんなさい」

「いいえ。別にそういう訳ではありませんよ」

「おお~。だったら、教えて下さいよ。同じ女同士、隠す事は無いじゃないですか」

「だからこそよ。第一、その手の話題って、同性でも言いたくないわ」

 

 

 

 藤原の挑発に堪らず反論する二人だが、すぐに冷静になって話をはぐらかす。だが、一度見せた隙を見逃す訳もなく、藤原は更に攻め込んでいく。

 

 

 

「成程。そういう事なら、三人で一斉に言いませんか? 私達の秘密を共有する訳ですし、これならフェアでしょう」

「はぁ。仕方無いですね。それならば、特別に教えて上げます」

「分かったわ。但し、直前で言わないのは無しだからね」

「勿論ですよ。でも、言い辛いのならイニシャルで構わないですよ。私は皆と楽しみたいだけで、嫌がらせをしたい訳じゃないですから」

 

 

 

 上手い具合に乗せられて、結局は恋バナをする事になってしまった。若干、嫌そうな顔をする鷺宮達を見て、流石の藤原も悪ノリしたと感じたのか。バツが悪そうな顔で名前は伏せても良いと告げた。無論、二人も藤原に悪意があるとは思っていない。何かと暴走する彼女であるが、人を傷付ける行為をする人でないのは理解している。

 

 

「そんな事は知っていますよ。中学からの付き合いですもの」

「まあ、私も短いけど…藤原さんが優しいのは分かってるよ」

「うう~。そんな風に思ってくれてたんですねぇ。ありがとうございますぅ~」

「ほ、ほら。それよりも早く済ませよう。さっきから伊井野さんが空気になってるし」

「そうですね。主役を放置して私達が盛り上がっては本末転倒ですよ」

 

 

 感極まって涙目になる藤原に照れた様子で鷺宮は話を逸らす。滅多に見せない友達の姿にかぐやも笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。

 

 

 

「分かりました。じゃあ、三人で同時に言いますよ」

 

 

 

 合図は藤原に任せて、鷺宮達はそれぞれが想う相手を思い浮かべる。鷺宮の脳裏に真っ先に浮かんだ相手、それは白銀御行の顔。本人は意識してなくても、深層心理では惹かれている鷺宮にとって、至極当然の事であった。しかし、それを口にする訳にはいかない。何故なら、彼を好いている相手はすぐ隣にいるのだ。この事実を知られたら厄介な事になるのは明白。以前よりも仲良くなった今は酷い事をされないだろうが、険悪になるのは避けたい。そこで思い付いたのが、別の相手を上げる事だった。幸い、名前を伏せてもいいという藤原の言葉に甘える事にした。

 

 

 

 

「「「私の気になる人はSさんです!!!」」」

 

 

 

 しかし現実は小説よりも奇なり。まさか三人共が同じイニシャルを告げるとは思っていなかった。

 

 

 

 

「ええ!? 皆して同じイニシャルって…どういう事なの?」

「へぇ~。つまり私達は同じ相手が好きという事ですねぇ」

「……」

 

 

 

 この状況に鷺宮は困惑し、藤原は楽しそうに笑う中。かぐやだけは無表情で何も言わない。この時、かぐやは非常に慌てていた。その為か、鷺宮と藤原がアイコンタクトをしていた事に気付いてはいなかった。これが後に事態をややこしくするとは知らずに…。

 

 

(何という事なの? まさか、全員が同じイニシャルを口にするなんて……。一体、誰の事を指しているのかしら? いえ、該当するのは一人しかいない。よもや藤原さんと璃奈さんの好きな人は会長だなんて思ってもいなかった。どうしよう。私はどうしたらいいの? 友達と気になる異性。私はどっちを選んだら良いのか分からない)

 

 

 

 

 だが、この時かぐやは一つ失念していた。同じイニシャルでも該当するのが白銀以外にいる事。それに好きな人が必ずしも異性であると限らない事だ。当然、その事実に鷺宮と藤原は気付いていた。そう。鷺宮と藤原が口にしたSとはかぐやの事である。

 

 

 

 そうとは知らないかぐやを余所に藤原が更なる爆弾を投下する。

 

 

「そのSさん。普段はクールですけど、時々可愛い所を見せるんですよ。私はそれが好きなんです~」

「奇遇ね。私が言ったSさんも似たような一面があるよ」

「へ? もしかして先輩達が好きな人って、同じ人なんですか?」

「それは秘密ですよ~」

「そうね。この手の話は秘密を纏うから面白いのよ」

「…そういうものなんですか? 私には分かりません」

 

 

 鷺宮達の会話に今まで傍観していたミコが会話に混ざる。真面目なミコも年頃の少女であり、恋バナにも興味を持っていた。しかし、聞かれた所で素直に答える程、二人も優しくはない。ミコの質問をのらりくらりと躱す所は先輩の風格を纏っていた。

 

 

 

 

(そういう事ですか。二人は私を差し置いて、密かに会長を狙っていたんですね。しかも二人は私にその事を隠していた。思えば、以前にも藤原さんは会長とこそこそやっていましたね。それに璃奈さんも会長を見る目が優しくなっていた。先程の会話からして、あの二人は何かの協定を結んでいる様にも取れます。これは探りを入れてみた方がいいですね。何とかして、二人の秘密を聞き出さなければ)

 

 

 

 思い立ったら即行動。かぐやは平静を保ちながら、二人に話しかけた。

 

 

「盛り上がっている様ですが、お二人は本当にその人が好きなんですか?」

「…どうしたの? いきなり怖い顔をしてさ。第一、好きじゃないなら言わないでしょうに」

「そうですよ。私は本当に大好きですよ~」

 

 

 かぐやの問いに二人は何処吹く風で返事を返すも、その答えに納得がいかないかぐやは更に問い詰める。

 

 

 

「茶化さないで!! その人に対する二人の想いの強さはどれ程ですか? その人の為に二人は命を捨てる事が出来ますか? しっかり答えてください」

「…そうね。私はその人の為に命は捨てられない。だけど、命を懸けても良いくらい大切な存在よ」

「私も鷺宮さんと同じです。私にとって、その人はかけがえのない存在なんです。それくらい私はその人が大好きですよ」

 

 

 面と向かって気持ちを吐露する二人にかぐやは気圧された。嘘偽りのない事は二人の目を見れば、一目瞭然であった。しかし、此処で引いてしまえば敗北は必至。そうなれば、かぐやも自分の気持ちを打ち明けないとならない。もし二人から先程の問いをされた場合、自分は二人の様に面と向かって答える事が出来るだろうか? 自問自答してみると、その言葉を口にする度胸がかぐやには無かった。この事実にかぐやは落ち込んだ。二人に責める様な言い方をしておいて、いざという時に自分は逃げる卑怯者。こんな女が白銀に相応しいとは言えないだろう。

 

 

 

「そうですか。だけど、私はそう思えませんね。第一、その方はどうせ碌でもない人でしょう? 大方、見栄っ張りで世間知らずな愚か者ですよ」

 

 

 

 負の感情に囚われた事でかぐやは、つい相手を否定する言葉を言ってしまった。その事にしまったと思ってもあとの祭り。その言葉を聞いて二人も唖然とした表情を浮かべていたが、二人の顔に怒りの感情が浮ぶのを見て、かぐやは目を逸らしてしまう。

 

 

 

「ねえ…今の本気で言ってるの? だとしたら、私も黙っていないよ」

「そうですよ。私はその人をそんな風に思った事は一度もありません。取り消して下さい」

「何で怒るんですか? 全部、本当の事ですよ。私は二人の事を思って…「もう黙って!!」り、璃奈さん!? 一体、何を…」

 

 

 こうなったらやぶれかぶれと更に否定の言葉を口にするかぐやだが、鷺宮の行動に口を噤んだ。驚いた事に鷺宮はかぐやに抱きついていた。思わぬ出来事に混乱する中、藤原もかぐやに抱きつくと思いの丈を吐き出した。

 

 

 

「そんな悲しい事を言わないで下さい。私達がかぐやさんを嫌う筈無いじゃないですかぁ~。どんなに悪い一面があったとしても、それをひっくるめて全部好きだから、私達はかぐやさんの傍を離れる事はぜーーーったいにありませんからね!!」

「そうだよ。貴女がそんな事を言ったら、命を懸けると断言した私が馬鹿みたいじゃないの」

「へ? あ、あの…お二人は一体全体、何を仰っているんですか?」

 

 

 此処に至って、何やらすれ違いが生じている事に気付いたかぐやは小さい声で二人に尋ねた。それによって、鷺宮達も自分達が妙な勘違いをしている事に気付く。

 

 

 

「そう。つまり、二人は予め結託していて。私に気になる異性を言わせようとした訳ですね」

「「はい。そう言う事です」」

 

 

 

 事情を聞いて、かぐやは深い溜息を吐くと呆れた顔で二人を見つめる。その視線が居たたまれないのか。かぐやの視線から逃げる様に目を逸らした。

 

 

「全く、油断も隙もありませんね。そういう姑息な真似は今後やめて下さい」

「「はい。分かりました」」

 

 

 厳しい説教の後、鷺宮達は反省した様子でかぐやの言葉に頷いた。

 

 

 

「まあ…色々と勘違いはありましたが、私も二人の事が大好きですよ」

「何か言った?」

「いいえ。それよりも歓迎会の続きをしましょう。いい加減、伊井野さんが可哀想ですからね」

「ああ!? そうでしたぁ~。ミコちゃんごめんねぇ」

「い、いえ。私は気にしてません。それよりも三人が仲直りして良かったです」

 

 

 何やら小声で告げたかぐやの言葉が気になり、鷺宮が聞き返すがかぐやは素知らぬ顔で誤魔化した。無論、藤原もそれは気になっていたが…こうなったかぐやは断固として口を割らないと藤原は知っている。だからこそ、彼女は気付かない振りをしてミコの元へ向かった。

 

 

 そんな藤原の態度から察した鷺宮も目を瞑る事にした。その後、鷺宮達はミコの歓迎会を再開し、女子四人は大いに楽しんだ。

 

 

 

【本日の勝敗 最後に素直になったかぐやの勝利】

 

 

 いつもの様に生徒会の活動に勤しむ中。白銀はかぐやの髪に付いた糸に気が付いた。しかし、本人はその事に気付いた様子はなく、周りも気付いておらず指摘する者は誰もいない。気付いた以上、教えない訳に行かず、白銀はかぐやにそれを伝えた。

 

「四宮、髪に糸が付いてるぞ」

「え? 何処でしょうか?」

「動くな。俺が取ってやろう。よし、取れたぞ」

 

 

 白銀の指摘で漸く気付いたかぐやは、糸を取ろうとするも中々取れないでいた。それに見兼ねた白銀はかぐやに歩み寄ると自ら糸を取り除く。

 

 

「ありがとうございます。私ったら、駄目ですね。こんな事にも気付か…ないなん…て」

 

 

 白銀にお礼を言った直後、かぐやは静かに倒れてしまった。突然の事で呆然とする一同だが、一早く我に返った鷺宮が倒れたかぐやに駆け寄って声をかける。

 

 

 

「かぐやさん、大丈夫!? 石上くん救急車呼んで!! それと藤原さんと伊井野さんは保険医を連れて来て。白銀くんはかぐやさんをソファーに運ぶの手伝って。なるべくそっとね」

「ああ。分かった」

 

 

 鷺宮はテキパキと全員に指示を出し、周りもそれに従った。白銀は辛そうにするかぐやを気に掛けながら、傍で介抱する鷺宮に視線をやる。突然とはいえ、何も出来なかった自分に変わり、冷静な態度で適切な行動をした鷺宮に感心していた。だが、実の所…一番動揺していたのは鷺宮本人である。

 

 

 

 

 しかし、それを面に出せば周りは右往左往するばかりで事態は悪化していただろう。その事が彼女を冷静にしたのかもしれない。

 

 

 

 

 やがて駆けつけた救急隊員によって、処置が施されてかぐやは搬送される事になった。

 

 

「それでは今から最寄りの病院へ搬送します。何方か付き添う方はいませんか?」

「私が付き添います。遠縁ですが、この子は私の親戚ですので!!」

「分かりました。それではお願い致します」

 

 

 その際、付き添いの人物を問われるが一同は何も言わない。そんな中、鷺宮が付き添いとして同行すると告げる。これに白銀達は困惑する中、鷺宮の口から出た言葉に衝撃を受けた。

 

 

 生徒会室の窓から運ばれていくかぐやと鷺宮を見つめて、白銀が重たい口を開く。

 

 

「鷺宮と四宮が親戚だったとはな…。他の皆は知っていたのか?」

「いえ、私も初耳ですよ。今日まで全然知りませんでした」

「僕も同じです。只、夏以降から親密になっていたので何かあるとは思ってましたけど」

「四宮副会長…。大丈夫でしょうか? 何か凄く辛そうでしたし」

 

 

 

 鷺宮とかぐやの話をする中、ぽつりと呟くミコの言葉に白銀達は不安な顔で救急車を見送った。

 

 

 

 

【本日の出来事 かぐやの救急搬送】

 

 

 

 

 

 




最後まで読んでくれて、どうもありがとうございます。


前書きでも書いた通り。今回、一話で終わる話を今後の展開の為に前編と後編に分ける事にしました。


原作を知ってる方は違和感を感じるかもしれませんが、どうぞご了承ください。


次回は病院回の後編と他二つの話となります。


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第22話 かぐや様は診られたい後編/鷺宮は迫りたい/鷺宮は手を貸したい

最新話、お待たせしました。



今回は前回の続きから始まります。




 病院に到着後、搬送口では報せを受けた医者達が待機していた。緊急隊員は手慣れた手付きでかぐやを担架に移すと、かぐやの容態を事細かに伝えていく。その様子を静かに見ている鷺宮に一人の医者が声を掛けて来る。

 

 

「君が彼女の付き添いかな? 私は田沼正造という者で当院の院長をしています」

「あ、ご丁寧にどうも。私は鷺宮璃奈です。かぐやさんとは、遠い親戚という事で付き添いました」

「成程ね。事情は分かりました。それでは今よりかぐやさんの精密検査を行いますので、貴女は待ち合い室でお待ち下さい。何、心配せずとも私が全力を持って治療に当たります。ですから、そんな不安な顔をしないで。大船に乗ったつもりで安心してください」

「は、はい。どうか宜しくお願いします!」

 

 

 正造の言葉に鷺宮は安堵した様子で頷いた。その言葉が気休めでない事は、決意に満ちた正造の表情を見れば一目瞭然だった。だからこそ、安心して任せられると鷺宮は心からそう思っていた。

 

 

 

「はぁ、はぁ、り、りっちゃん。かぐや様が搬送されたと聞きました。かぐや様は…あの子は大丈夫なんですか!?」

「今、精密検査の最中よ。院長さんが直々に診てるから大丈夫よ」

「此処の院長…。名医と名高いあの人ですか。だとしたら、安心ですが…」

 

 

 息を切らして駆け付けた早坂は、鷺宮を見るや肩を掴んでかぐやの事を訊ねてきた。余程、心配だったのだろう。今の彼女に普段の冷静さは微塵もない。しかし鷺宮は動じる事なく、事の次第を順を追って説明すると早坂は安堵した様子を見せる。どうやら先程の院長は、世界に名を連ねる名医らしい。平静を取り戻したのはそれが理由なのだろう。

 

 

 だが、それでも早坂の表情は優れない。名医が診ているのに関わらず、何処か不安を感じさせる早坂に鷺宮も不安を抱く。もしや、かぐやの体に何か問題があるのだろうか? 思えば、令嬢とはいえ、名医である院長が立ち合うのは不自然だ。鷺宮の脳裏に最悪の未来が過って、嫌な汗が顔を伝うのを感じていた。

 

 

 駄目だ。こんな事を考えてはいけない。脳裏に浮かぶ最悪の出来事を鷺宮は強引に振り払う。しかし、一度でも想像した最悪の未来はそう簡単に消えてはくれない。そんな鷺宮の不安を感じ取ったのか。傍にいた早坂が鷺宮の手を握ると、まるで子供をあやす様に微笑みかける。

 

 

 

 その姿に鷺宮も冷静さを取り戻した。そうだ。何も不安なのは自分だけではない。小さい頃から仕えていた早坂の方が何十倍も辛い筈だ。鷺宮も自分は大丈夫と言わんばかりに早坂の手を握り返すと、同様に微笑みを浮かべてみせた。

 

 

 

 その時、検査が終わったのか、一人の看護婦が医師の元へ来るように告げた。それに従い、二人は看護婦の後を付いていく。

 

 

 

「あっ、早坂に璃奈さん。ご迷惑をお掛けしてごめんなさい」

「もう大丈夫なんですか? 無理はしないで下さいね」

「そうよ。急に倒れて、苦しそうだったし……」

「…今は何ともないわ。だから、そんなに心配しないで大丈夫よ」

 

 

 看護婦に案内された部屋では、目を覚ましたかぐやが座っていた。部屋に入ってきた鷺宮達に気付いたかぐやは、小さい声で二人に声をかけた。意識が戻った事に安心する一方、まだ本調子でない様子のかぐやを心配するなと言うのが無理な話だ。しかし、受け答えがしっかりしてる所を見るとかぐやの言う通りなのだろう。三人の会話が終わる頃を見計らって、正造が口を開いた。

 

 

 

 

「それで四宮さんの病状ですが、彼女の話を伺って答えが出ましたよ」

「…やはり何処か悪いのですか? 今日、倒れた時…心臓が凄く痛くなったんです。どんな結果でも受け止める覚悟はあります。ですから、包み隠さず教えて下さい」

 

 

 自分の病気が何であれ、現実を受け止めるとかぐやは告げる。内心、不安で押し潰されそうであったが、逃げられない運命なら立ち向かう方がいい。そう思っての事だった。

 

 

「分かりました! 貴女がそこまで仰るなら、私も隠さずお伝えしましょう。良いですか? 落ち着いて聞いてくだささい。四宮さんの病気は恋の病という物です」

 

 

 かぐやの覚悟を知って、正造も全てを打ち明ける覚悟を決めた。そして告げられた病気の名前にかぐや達は唖然とした。暫しの間、黙っていたかぐやだが、意を決して正造に問い掛ける。

 

 

 

「ええと、今のは何かの冗談でしょうか? それとも世界にはそういう心臓病が存在するという事ですか?」

「いいえ。冗談でもなければ、その様な病気は存在しません。本当に恋の病で四宮さんは当病院に運ばれた訳です」

「じゃあ何ですか!? 私は恋煩いのドキドキで倒れて、救急車で運ばれたという事ですか」

「はい。その通りです。自分も三十年間、医師を続けていますが…この様なケースは初ですので、正直驚いています」

 

 

 恋の痛みで病院に搬送される。現実では起こり得ない出来事にかぐやは、感情を剥き出しにして反論するも正造は真顔で現実であると言葉を返した。しかし、それに納得出来ないかぐやに正造は落ち着いた様子で諭す様に話を続ける。

 

 

 

「少しお話を整理しましょう。四宮さんは学校で特定の人と接したり、触れたりすると鼓動が早くなる。そして今日は髪に付いていたゴミを取ってもらったら、心臓に痛みが生じて倒れたと…」

「ええ!! そうですよ。きっと、何かの病気に違いありません。もっと詳しく検査して下さい」

「ふうむ。どう聞いても恋の病だと思いますが…。まあ、良いでしょう。四宮さんが望むなら、更なる検査を実施しましょう」

 

 

 

 頑として譲らないかぐやに正造が折れる形で、引き下がった。傍で一部始終を聞いていた鷺宮と早坂は林檎の様に顔を赤くして俯きながら、か細い声で言葉を紡ぐ。

 

 

「かぐやさん。私、外で待っててもいいかな? これ以上、此処にいるのが辛くて…」

「全くですよ。もう耐え切れない。私だって、この病院を使ってるのに二度と来れないですよ。マジ最悪です」

「何よ!! 貴女達は私の近待で友達でしょう。最後まで付き合って!!」

 

 

 居たたまれなくなって、今すぐ帰りたい二人だったが…当のかぐやがそれを許す訳もなく、かぐやの再検査に付き合う羽目になった。

 

 

 

「これは我が病院にある最新の医療機器です。先端技術ですので、費用はそれなりに掛かりますが宜しいですか?」

「ええ。構いません。自分の命に関わる事ですし、それに比べたら安いものです」

 

 

 再び場所を変えて、かぐやは最新の医療機器に体を預けると計測が始まった。最新の機器という事もあり、計測はものの数十秒で終了した。その結果を正造は看護師に訊ねる。

 

 

 

「どうだった? 何処か異常は見つかったかい?」

「いいえ。鼓動や血管も至って正常そのものです。寧ろ、綺麗で健康な心臓ですよ」

「だそうだよ。異常が無くて良かったですね」

 

 

 

 診断結果を聞いて、正造は安堵の顔で言葉をかけるがこの結果にもかぐやは納得せず、反論を口にする。

 

 

 

「そんな筈は無いわ。きっと、心臓に一つや二つくらい穴が空いてるに決まってる」

「だとしたら、君はもう死んでいるよ」

「おかしいわ。会長に触れられた位で倒れるなんて、それは私が会長を好きと認める事になるじゃない」

 

 

 

 かぐやの物言いに流石の正造も呆れの色が滲み出ていた。それに気付かない程、かぐやも節穴ではない。しかし、此処で引き下がれば恋煩いで搬送された初症例として恥を晒す羽目になる。この段階で大分、恥を晒しているのだが好きと言う事を認めたくないかぐやにとっては些細な事である。

 

 

 

「そうだ。その会長くんの写真はあるかな?」

「ありますが…写真を見たくらいで私の気持ちが分かるとでも?」

「うむ。この機器は患者の心拍数も計測可能でね。その度合いで君の気持ちを測る事も出来ます」

 

 

 

 正造の言葉に食って掛かるかぐやだが、堂々とした姿勢を崩さない正造に根負けして写真を見せる事になった。かぐやから携帯を受け取り、記録されている写真に正造は言葉を失くす。何せ、件の写真に写る白銀は猫耳を付けたり、変顔をしていたりと普通の写真では無いからである。

 

 

 

「ほう。何とも面白い子だね。君は彼と付き合いたいと思っているのでは?」

「何を言うんですか!? 私は会長に恋愛感情なんて持ってません。確かに尊敬の念はありますが、あくまでそれだけです」

「あ、今心拍数が急上昇しました。かなり心臓がバクバク言ってますね」

 

 

 

 嘘偽りも最新機器の前には通用せず、無情にもかぐやの心理状態は暴かれてしまう。その現状に早坂は顔を隠して項垂れていた。許されるなら一目散にこの場から逃げたい所であるが、それをしたら残ったかぐやが何を言い出すのか分からない。確実に四宮家の恥を晒す事になるだろう。

 

 

「もうやめて……。これ以上、最新技術であの子の気持ちを暴くのはやめてぇ~」

「とんでもない公開処刑ね。私、明日は皆にどう説明したらいいの? 付き添いの為にかぐやさんが親戚である事も話したと言うのに‥‥」

 

 

 

 隣で鷺宮が何やら不穏な事を呟いていたが、早坂は聞かなかった事にした。あとで事情を聞くにしろ、今はこれ以上の厄介事を増やしたくはない。

 

 

「最近、何か心境が変化する出来事などありました?」

 

 

 

 一時的とはいえ、異常な数値の心拍数を叩き出した事に看護師は内心、驚いていた。その原因を追究する為、かぐやに近しい早坂に看護師は事情を訊ねた。

 

 

 

「実は…先日、意中の彼とキス寸前の騒動があったんです。恐らく、今日もその事を思い出して倒れたんだと思います」

「何それ…? 私、そんな話は一度も聞いた事ない」

「どうしてそれを言うのよ!! 今は関係無いでしょう」

 

 思わぬカミングアウトに鷺宮は茫然とした表情で早坂を見つめる。当然、ばらされたかぐやは怒り心頭の様子で早坂を怒鳴るが、当然ながら一切聞いていなかった。

 

 

 

 その後、何度か検査を繰り返すも異常は発見されず、かぐや達は無駄に高くなった治療費を払って病院を後にした。

 

 

 

 その日の夜。

 

 

「あの医者ったら、相当なヤブ医者ね。ふざけた事ばかり言うんだもの」

「世界有数の名医を捕まえて、なんて事を言うんですか。彼を求める患者が聞いたら刺されますよ」

「こうなったら、次の病院に行くわ。セカンドオピニオンを受ければ、原因がはっきりする筈…」

「かぐや様。それだけはやめて下さい。これ以上、恥を晒す真似は絶対にしないで!!」

 

 

 次の病院に行くと意気込むかぐやの肩を掴み、早坂は必死に止める。その迫力は凄まじく、流石のかぐやも逆らう事が出来なかった。

 

 

 

 翌日、鷺宮がかぐやと一緒に生徒会に訪れると、既に来ていた白銀達が駆け寄ってきた。

 

 

「四宮。もう大丈夫なのか? 昨日の今日だし、無理をしないで帰った方が良いんじゃないか?」

「そうですよ~。それに鷺宮さんも昨日は大変だったでしょう?」

「白銀会長の言う通り、今日はゆっくり休むべくだと私も思います」

「僕も皆に賛成ですよ。これでまた何かあったら大変ですから」

「あ、ありがとうございます。だけど、もう平気なので心配しないで下さい」

「う、うん。私も大丈夫だから気にしないで」

 

 

 昨日の事を根堀り葉掘り聞かれると思いきや、白銀達は二人を労わる言葉を掛けて来る。初めは全てを話すつもりの二人だったが、心配してくる白銀達を前に真実を言える筈もなく誤魔化す事にした。

 

 

 

【本日の勝敗 かぐや&早坂&鷺宮の敗北】

 

 

 

 

 かぐやの急病事件から数日後。白銀とかぐやの関係にある変化が起きていた。

 

 

「おう。四宮、来ていたのか」

「こんにちは会長。すみませんが、今日は用事があるのでこれで失礼しますね」

「ああ。また明日な」

 

 

 白銀が姿を見せたり、話しかけようとする度にかぐやは理由を述べて立ち去ってしまう。当初は体調が優れないからだと思っていた白銀だが、何度も同じ態度を取るかぐやにもしや自分は避けられているのでは?と嫌な想像をしてしまうのは無理も無いだろう。

 

 

 

 無論、二人の変化を鷺宮も感じ取っていた。今日もかぐやと話す事が叶わず、白銀は沈痛な表情で深い溜息を吐いた。

 

 

 

「ねえ、白銀くん。最近は二人とも妙に余所余所しいけど、喧嘩でもしたの?」

 

 

 その様子を見兼ねた鷺宮が白銀に訊ねた。関係ない自分が首を突っ込めば、拗れてしまうう可能性もあるが、ことある毎に傍で溜息を吐かれては堪ったものではない。このままでは他のメンバーにも悪影響を齎して、生徒会の業務に支障が出かねない。それを危惧しての事である。

 

 

 

「ああ。別に喧嘩をしてる訳じゃない。只、俺が四宮に避けられてる事は間違いない」

「かぐやさんに避けられてるねぇ。そうなった理由に心当たりはあるの?」

 

 

 

 避けられていると白銀は口にするが、かぐやが白銀を嫌う理由が思い付かない。原因が分からなければ、解決策は見つからない。その為、彼の傷に触れる事になるが事情を聞く事にした。

 

 

 

「あると言えば、あるよ。だけど、あれは未遂で済んだし…態とやった訳じゃない」

「どういう事? しっかり話してくれないと分からないわよ」

「……誰にも言わないと約束するか? そう誓うなら全て話す」

「ええ、約束する。だから教えてよ」

 

 

 未遂で終わった。この発言に不穏な気配を感じたが、その不安を押し殺して鷺宮は話の続きを促す。

 

 

「これは俺と四宮が生徒会の業務で体育倉庫に訪れた時の事だ」

 

 

 

 静々と語り始めた白銀の話はこうだった。かぐやの急病事件から遡る事、三日前。体育祭で使う備品の点検の為、体育倉庫に白銀達は足を運んでいた。予定通りに備品チェックを済ませ、二人が倉庫を立ち去ろうとした時、戸が開かない事に気付いた。どうやら、誰かが外から鍵を閉めてしまったらしい。

 

 

 当初、二人はこの出来事を互いが仕掛けた策だと思っていた。しかし、当然ながら二人の仲は進展する事は無く徒に時間だけが過ぎていく。此処まで来ると、自分達が置かれた状況が異常だと理解した時は既に手遅れだった。

 

 

 

「この後、四宮が寒がっていたから俺の上着を貸したんだが…その拍子に体勢を崩してしまってな。何と言うか」

「かぐやさんにキスしたと?」

「してねえよ!! 未遂だったと言っただろうが」

「冗談だよ。かぐやさんが避ける様になったのはそれからなの?」

 

 

 

 話を聞いている内に若干、もやもやとした感情を抱いた鷺宮は少しだけ白銀を揶揄った。複雑な乙女心であるが、白銀に理解しろというのは酷な話だろう。

 

 

 

「いや。避ける様になったのは先日からだ。ほら、四宮が病院に運ばれた後だよ。俺が話しかけると、いつも理由を付けて逃げるんだ。やっぱり、あの事件の事を怒ってるんだろうか?」

「それは無いと思うよ。第一、怒ってるなら白銀くんは今頃、此処にいないって」

「怖い事を言うな!! だとしたら、原因は何なんだろうか?」

「多分、かぐやさんは照れてるだけだと思うよ」

 

 

 

 白銀の話を聞いて、かぐやが避ける理由が分かった鷺宮はそれを白銀に教えた。

 

 

 

「照れている? あの四宮が…?」

「そうだよ。だって、未遂でもキス寸前まで行ったんだよ。誰だって恥ずかしいと思うのは普通でしょ」

「…っ。そ、そうだな。じゃあ、今はそっとしておいた方がいいのか」

「うん。時間が経てば、またいつも通りに接してくれるよ」

「ああ。それまで待つとしよう。話を聞いてくれてありがとうな」

 

 

 鷺宮の助言に白銀は迷いが晴れた様で、明るい顔に戻った。そんな白銀に対して、再び悪戯心が沸いた鷺宮はある言葉を投げ掛ける。

 

 

「ふふふ。だったら、私とキスしてみる?」

「ば、馬鹿を言うな!? これを四宮に聞かれたらどうするんだ?」

「冗談に決まってるじゃない。早々、唇を許す訳ないでしょう」

「もう俺は帰るぞ。鷺宮も今日は帰るといい。また明日な」

「ええ。また明日ね」

 

 

 照れた顔を隠す様に白銀は足早に立ち去った。そんな彼を見送った後、鷺宮も生徒会をあとにした。

 

 

 

「……璃奈さん。もしかして貴女も会長の事を?」

 

 

 ドアの陰に隠れて聞いていたかぐやは複雑な顔でぽつりと呟いた。その後、白銀とかぐやの関係は元通りとなり、いつもの日常が訪れた。

 

 

【本日の勝敗 鷺宮の勝利 さり気なく自分の気持ちを白銀にアピール出来た為】

 

 

 

 

「イェェェイ!! 俺達、赤団アゲて行こうぜぇ~」

「「「「おおおおおおおおおおおっ!!」」」」

 

 

 応援団。それは体育祭や運動系の部活を応援で補佐する集団。それもあって、集まる者達も体育会系だと思う人も多いだろうが、実際に集まったのはウェイ系と呼ばれる者達である。無論、一言にウェイ系と言っても千差万別であり、ただ単に騒ぎたい者もいれば節度を守りながら騒ぐ者も存在している。今、此処にいるのは後者の連中だった。とはいえ、五月蠅い事に変わりは無く、その場にいた鷺宮と石上は彼らのテンションに引いていた。

 

 

「あの人達…何であんなにテンション高いの?」

「僕に聞かれても分かりませんよ。考えても答えの出ない永遠の謎です」

 

 

 鷺宮が此処にいる理由。それは応援団の補佐する為である。今回、応援団に参加する者が予想以上に多い事から団長を表明した風野高志が、生徒会に助けを求めたのだ。当初は人数を減らす事を生徒会は提案する。しかし、一年に一度の思い出を作りたいという風野の言葉に押し切られ、生徒会から助っ人を出す形で話が纏った。因みに石上は補佐ではなく、参加者の一人である。生徒会が鷺宮を派遣した一因には、彼がいる事も含まれている。

 

 

 

 そんな背景から始まった初の会合であるが、異様な雰囲気を醸し出す集団の姿を見て、鷺宮は補佐役を買って出た事を非常に後悔していた。先程から集団の間で飛び交う会話に含まれる単語も意味不明で理解が出来ず、また応援団の名前を決める時も挙げられた候補が『インスタ映え赤組』や『燃えろ赤組マジ卍』という名前ばかりである。

 

 

 

「あの名前で本当に良いんですか? 鷺宮先輩、補佐なんだから止めに入った方が良いと思いますよ」

「いやいや。私はあくまで補佐だからね。何だかんだで纏まってるし、余計な口出しは野暮でしょう」

「…何処がです!? どうみても暴走してますよ!! 口ではそう言っても関わりたくないって、本音がダダ洩れじゃないですか」

 

 

 

 あからさまな鷺宮の態度に思わず石上は突っ込みを入れる。その言葉が図星なのか。鷺宮は書類を読むふりをして、彼の言葉を無視していた。その事に呆れる石上であるが、自分も彼らに物を言う度胸は無い。仕方無く、話が終わるまで静かにスマホを眺め始めた時、石上に一人の女子生徒が声を掛けてきた。

 

 

 

「ねえ、君が石上くんだよね? 私、三年の子安つばめ。折角だし、君のメアド教えてよ」

「え? な、何で僕のメアドを聞くんですか?」

「ああ。別に変な意味は無いの。さっきから様子を見ていたけど、何だか馴染めて無い様だから気になってね。それに君も応援団の一員なんだから、放って置く事は出来ないよ」

「ありがとうございます」

 

 

 

 生徒会のかぐや達以外で自分に優しく接するつばめに石上は、戸惑いながらお礼の言葉を口にする。そんな石上に対してもつばめの態度は変わらず、優しい笑顔を石上に向けた。

 

 

 

「気にしないで。じゃあ、応援団の活動に関する報告はメールで送るわね。応援団、一緒に盛り上げていきましょう」

「は、はい。頑張ります」

 

 

 

 その言葉に安心したのか。つばめは頷くと再び皆の所に戻っていった。優しい人もいるもんだと、つばめの方に石上が顔を向けた時。聞き捨てならない言葉が彼の耳に飛び込んでくる。

 

 

「そうだ。インパクトを与える為に男子は女装、女子は男装する事にしよう。なので、各自は制服を貸してくれる人を探しておいてくれ」

 

 

 

 この事に石上は勿論、静かに成行きを見守っていた鷺宮も言葉を失った。元々、はっちゃけていたのは分かっていたが、よもや此処まで行くとは思ってもいなかった。流石に不味いと異議を申し出ようとした鷺宮だが時既に遅く、皆は盛り上がっていて話を聞く空気ではない。結局、二人は何も言えないまま。最初の会合は終了となった。

 

 

 

「…件の制服、一体どうしたらいいですかね?」

「誰かに借りるしかないでしょうね。貸してくれる人に心当たりはあるの?」

「ハハハハハ。鷺宮先輩、その冗談は笑えないですよ。僕に貸してくれる人が居ると思います?」

「ごめんね。私が悪かったわ。だから、その笑顔はやめて。見てるこっちが悲しくなる」

 

 

 

 鷺宮の提案に石上は渇いた笑みで返事を返した。思えば、石上は同級の女子から嫌われている。その彼に制服を貸してくれる人はいる筈が無いのだ。それに普通に考えても、いきなり男子から制服を貸してと言われて首を縦に振る訳が無い。

 

 

 

 この状況において、残された手段は一つしかない。その方法を鷺宮は石上に伝えるべく、口を開いた。

 

 

 

「じゃあ、私の制服貸してあげる。身長も左程変わらないし、体格も同じだからサイズも合うと思う」

「良いんですか? その…男に自分の制服着せるのって、抵抗あるんじゃ」

「別段、気にしてないわ。変な事に使う訳じゃないし、何より困ってる後輩を助けるのは先輩の役目でしょう。そこに男女は関係ないよ」

「…そうですか。鷺宮先輩には助けられてばかりですよ」

「そうかな? だけど、私も色んな人に助けてもらっている。その分、誰かを助けているだけよ」

 

 

 

 自分が困った時、何かと手を貸してくれる鷺宮に石上は感謝の言葉を述べた。珍しく殊勝な態度の石上に鷺宮は微笑みながら、己の本音を口にした。彼女の言葉に石上は何を思ったのか。それは本人にしか、分からない。だが、少なくとも石上の心境に新たな変化を齎した事は確かである。

 

 

 その後、かぐやがあとからやって来て、事情を知ると彼女も協力してくれた。最初は真面目にやっていた二人であるが、次第に遊び心が過熱して石上を振り回す事になるのは別の話。

 

 

【本日の出来事 石上、応援団に加入】

 




最後まで読んでくれてありがとうございます。


石上くん、女子から嫌われている割に年上の女子からは受けが良いですよね。
きっと、保護欲を刺激する何かか彼にあるのでしょうね。


次回は三つの日常回を書く予定です。それと次の更新は少し遅れますが、ご了承ください。

最後に感想等があれば、一言でもいいので貰えると嬉しいです。


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第23話 生徒会は月見したい/かぐや様は食べてみたい/石上優は感謝したい

最新話、大変お待たせしました。


今回は日常回の三本立てとなってます。





 ある日の生徒会。本日の業務が全て終わった頃を見計らって、白銀が口を開いた。

 

 

「今日もお疲れ様でした。この後の予定だが…良かったら皆で月見をやらないか?」

「お月見ですか? 良いですねぇ~ 私は賛成ですよ。かぐやさんはどうします?」

「ええ。今日は予定もありませんし、私も参加します。でも、会長。急に誘うなんてどうしたんですか?」

 

 

 

 白銀の誘いに真っ先に賛成したのは案の定、藤原だった。基本、楽しい事が好きな彼女がこういう機会を見逃す筈がない。それに続いてかぐやも参加の意を示す。本当は月見に興味は欠片もないが、珍しく白銀からの誘いとあれば、かぐやが断る理由もない。

 

 

 

「月見をするのは良いけどさ。私達、道具を何一つ持ってないわよ。天文部に借りるとか?」

「いや。道具は全くいらないぞ。今日の天気は晴天だから、月がしっかり見れる。それに周りに散らばる星も眺める事が出来るだろう」

「成程。しかし、会長…今回は妙にテンションが高いですよね。何か良い事があったとか?」

 

 

 鷺宮の疑問にも明るい様子で答える白銀の姿は、誰が見てもウキウキしていると分かる。その様子が気になった石上が白銀に訊ねた。

 

 

「そうか。まあ、実を言うと俺は星や月を見るのが好きでな。それで少しばかり、はしゃいでいたかもしれん。だが、皆と月見を楽しみたいという気持ちに嘘はないぞ」

「白銀会長にも意外な一面があったんですね。私も参加していいんですか?」

「勿論だ。というより、今回の月見は伊井野の歓迎会でもあるからな」

「ええ!? 私の歓迎会ですか。だけど、それは鷺宮先輩達にやってもらいましたよ」

 

 

 白銀の言葉に驚くミコ。今回の催しが自分の為と知って、嬉しい気持ちと同時に申し訳ない気持ちが込み上げる。しかし、白銀はそんなミコに笑いかけると優しく話しかける。

 

 

「それは知っている。だが、その時は女子だけの歓迎会で俺達は不参加だったからな」

「確かに親睦を深めたいと思うのは、僕達も同じですからね」

「会長はともかく、石上と親睦を深めたくは無いですが…そうまで言われたら私も参加しないとですね。何時に集合する予定ですか?」

「夜の七時に屋上に集合してくれ。学園側の許可は既に貰っているから心配はいらんぞ」

「分かりました。それでは夜に会いましょう」

 

 

 

 詳しい詳細を白銀から聞いて、ミコは頷いた。その後、一旦帰宅してから集まる事になり、一向は解散した。

 

 

 

 夜、屋上に白銀達は集まった。只、藤原だけが未だに来ておらず、もしや来れないのかと思った時。バタバタと音を立てて藤原は姿を見せた。

 

 

「会長~ こんばんは。遅くなってごめんなさい」

「遅いぞ藤原。約束の時間はきちんと守ってくれ」

「お父様の説得に時間が掛かったんです。何分、急でしたからね。お詫びにお汁粉の材料と料理道具を持参しました。これで許してくださいよ」

「いや。俺こそ悪かった。藤原の好意に感謝するよ」

 

 

遅れた事を咎める白銀だが、藤原も事情があるのだと弁明した。そう言われては白銀も返す言葉が無い。藤原の言う通り、今回の催しは急に決まった事だ。それに本人もお詫びと称して、皆で食べる食料もまで用意してくれた。これ以上、言及すれば場の空気を悪くするだけ。白銀もそれが分からない程、愚かでない。白銀は己の非を認めて謝った後、感謝の言葉を藤原にかけた。

 

 

 

 全員が揃った所で白銀達は月見を始めた。空に浮かんだ月は淡い光で夜空を照らし、その光景を一同は静かに眺めていた。しかし、どんな綺麗な物でもずっと眺めていては飽きが来る。数分後には、じっと見つめる白銀とかぐやを残して、鷺宮達はお汁粉の調理を始めた。月見に飽きたのもあるが、単純に空腹と寒さが我慢出来なかった為である。

 

 

 

「そういえば、気になっていたんですが…鷺宮さんはいつかぐやさんと仲良くなったんです?」

 

 

 

 調理を開始して間もなく、藤原は鷺宮にそう質問した。この事は藤原だけでなく、石上とミコも気になっていたのか。二人も藤原の話に耳を傾ける。いつか聞かれるだろう事は鷺宮も分かっていた。此処で誤魔化す事も考えたが、話をはぐらかして変に勘繰られるのも御免である。それなら素直にかぐやと親密になった経緯を話す方が得策だと判断して、鷺宮は静かに話を始めた。

 

 

 

「ああ。それは夏休みに母さんの実家に行く事になってさ。そこが四宮家だったのよ。実を言うと、その日まで母さんの旧姓が四宮だと知らなくてね。私も大分、驚いたわ」

「…だから、あの時に鷺宮先輩は四宮副会長の親戚と言ったんですね」

「その疑問は解消しました。だけど、まだ肝心の話を聞いてませんよ~。私はかぐやさんと仲良くなった経緯を知りたいんです」

 

 

 

 良い具合にミコか反応して、話を誤魔化せるかと期待したが無駄だった。こういう時に抜け目がない藤原に鷺宮は内心、溜息を吐く。別段、隠す事でも無い為、鷺宮は再び口を開いた。

 

 

 

「その後、私達は当主の雁庵さんに挨拶した際にかぐやさんと会う事になってね。当然、かぐやさんも私が親戚だと知らなかったから驚いていたわね。何で黙っていたんだって、かぐやさんは少し怒ってもいたかな。まあ、事情を説明したら許してくれたけど」

 

 

 つい最近の出来事であるが、鷺宮はとても懐かしい思い出の様に感じていた。それは三人にも伝わったのか。誰も続きを催促する事はなく、鷺宮が話すのを大人しく待っていた。

 

 

 

「それから話が弾んでね。私がかぐやさんを名前で呼ぶ様になったのはこの時かな。かぐやさん曰く、親戚なのだから苗字で呼び合うのは余所余所しいってね」

「そうだったんですか。だけど、珍しいですねぇ。かぐやさんがそんな言葉を言うのって、余り無いんですよ」

「それは藤原さんの影響もあると思うよ。物怖じしないで接する藤原さんがいたから、かぐやさんも他人に対して歩み寄ろうと思ったんだと私は感じてるよ」

 

 

 鷺宮の話に藤原は眉を上げて、少しだけ不満そうな表情を浮かべる。彼女はかぐやの友達だが、今の関係になるのは大変だったのだろう。何せ、昔のかぐやは氷の様な人間という噂は鷺宮も知っている。だが、それでも今のかぐやがあるのは、やはり藤原の存在が大きい。恐らく、自分が藤原の立場だったら打ち解ける前にかぐやの傍を離れていた筈だ。

 

 

「実を言うと、私も一時期は変化の無いかぐやさんに心が折れそうだったんですよ」

「へっ? あの空気が読めない事に定評のある藤原先輩がですか? 意外ですね」

「私もそう思います。藤原先輩は心にゆとりがある人だと、思ってましたから」

「二人共。流石にそれは失礼じゃないですか? 私も時には本気で怒りますよ」

「まぁまぁ。今日は無礼講という事で許してあげて。それとお汁粉も出来たし、かぐやさん達の所に行きましょ」

「おお~。完成したんですね。鷺宮さんのお汁粉、美味しそうですねぇ。早く皆で食べましょう~」

 

 

 平然と毒を吐く石上と天然なミコの言葉に藤原は引き攣った顔で二人を見つめる。前者はともかく、後者は悪気が無いのが性質が悪い。若干、拗ねた藤原であるが、お汁粉が完成したと聞くや。パッと明るい顔をして鷺宮を急かした。その様子、鷺宮は苦笑する。

 

 

 その背後で単純だと石上は呟くも、当然ながら藤原の耳に入っていない…という事は無く。しっかりと聞こえていて、あとで仕返しをしてやろうと密かに目論んでいた。

 

 

 

 四人はお汁粉の入った鍋を持って、かぐや達の元に来た時…。

 

 

「もう止めてって、言ってるでしょう。会長の馬鹿ぁ」

 

 

 かぐやは大声で叫んで屋上を走り去ってしまった。事情を知らない鷺宮達は傍にいた白銀に疑いの目を向けるが、当の本人も呆けた様子でかぐやが去った後を見つめていた。

 

 

「何かあったの? まあ、いつもの誤解だと思うけどさ。何もしてないんだよね」

「当たり前だ!! 俺は只、月の関する話をしていただけだ。一体、四宮はどうしたというんだ?」

 

 

 問い掛ける鷺宮に白銀は自身の潔白を口にする。石上と鷺宮は白銀の言葉を信じたが、藤原とミコは未だに疑いの視線を送っていた。そんな二人に白銀は必死に弁明するも、この状況で白銀を信じろというのが難しい。最早、月見もこれまでかと思われた頃、落ち着きを取り戻したかぐやが帰ってきた。

 

 

 その後、かぐやの説明で白銀の無実は証明され、一向はお汁粉を啜りながら月見を堪能した。

 

 

 

【本日の勝敗 トラブルはあったが、月見を存分に楽しんだ白銀の勝利】

 

 

 

 放課後の生徒会室。静寂が支配する室内に白銀の姿があった。彼はある目的を果たす為、一人この部屋に訪れていた。

 

 

「よし。誰もいないな…。漸く、この日がやってきた!! 普段は中々食えないし、家に置いておくと圭ちゃんや親父に食われてしまうからな」

 

 

 そう呟く白銀の手にあるのは三個のカップ麺。庶民にとって、馴染み深い食料品であるが…経済的に余裕の無い白銀家にはカップ麺といえど、贅沢な嗜好品だった。しかし、バイト生活の末に貯めたお金で遂に白銀は念願のカップ麺を食す機会を得た。

 

 

「醤油に味噌、それに塩味のラーメン。定番の味を揃えてみたが、いざ食べるとなるとどれにするか迷うな」

 

 

 机に置いたカップ麺を眺めて白銀は、どの味を食べるのか頭を悩ませる。

 

 

(無難な選択なら醤油だろうが、此処は味わい深い味噌と言った所だが…あっさり系の塩ラーメンも捨て難い。うーむ。まさか、こんな所で悩む事になるとはな。欲張らずに一種類に留めておくべきだったか?いやいや。折角の機会だし、偶には俺も贅沢したって罰が当たらない筈だよな。幸い、今日は活動もないから誰も来ないし、ゆっくりと考えて決めるとするか)

 

 

 自問自答の結果、結論を出した白銀は再び思案する。正直な話、根本的な事は何も解決してない事に白銀は気付いていない。

 

 

 

 

 その頃、生徒会室の前でかぐやを見つけた。彼女は何故かドアに耳を当てて、中の様子を窺っている。それが気になり、かぐやの傍に寄ると鷺宮は声をかけた。

 

 

 

 

「あれ? かぐやさん…此処で何をしてるの? 用があるなら中に入れば良いのに」

「…っ!? り、璃奈さんでしたか。いきなり声を掛けないでください。吃驚するじゃないですか」

「いや、何で吃驚するのよ。というより、周りに気付かないかぐやさんが悪いよ」

 

 

 いきなり声をかけた鷺宮にかぐやは怒るが、当の鷺宮はさらりと受け流す。それに鷺宮が言う様に、気付かない自分にも非があるのは分かっている為、これ以上は何も言う事が出来なかった。かぐやが落ち着いた所で鷺宮は改めて、事情を訊ねた。

 

 

「それでさ。何をしてたの? 様子を見た限り、聞き耳を立てていたけどさ。また白銀くん絡み?」

「…ええ。でも、変な意味はありませんよ。さっき、ちらっと中を覗いたら…会長が何か悩んでいたんです。それで何を悩んでいるのか。様子を窺っていたのですが…外からでは何も分からないですね」

「そう。だったら、中に入って聞けば良いんじゃない? 此処で唸っていたって、何も解決しないわよ」

「璃奈さんの言う通りですね。それでは中に入りましょう」

 

 

 

 鷺宮の言葉に促され、かぐやは意を決して部屋に入る事にした。ドアを開いて中に入っても、白銀は二人の存在に気付いた様子はない。その姿から彼の悩みは余程の事なのか?と心配した二人が歩み寄った時、机にあるカップ麺に気が付いた。

 

 

 

「ねえ、白銀くん。これって、何? 何故、君はカップ麺を見て悩んでるの?」

「……っ!? さ、鷺宮!? それに四宮も……。二人共、いつの間に来たんだ?」

 

 

 

 声をかけた途端。跳ね上がる様にして驚く白銀とは、裏腹に鷺宮は冷めた目で白銀を見つめる。それはかぐやも同様で彼女が醸し出す雰囲気は普段より、冷たいものだった。

 

 

 

「それじゃあ、君は奮発して買ったカップ麺を食べようと悩んでいたわけ?」

「ああ。何せ、普段はカップ麺を食べる事は無いし、思い切って食べようと思ったんだ」

「事情は分かりましたが、生徒会室でカップ麺等の食品を食べてはいけない。その決まりは会長もご存じですよね。何故、規律を破ってまでこの様な事を?」

 

 

 

 かぐやの疑問は尤もであった。生徒会の決まりを会長の白銀が知らない筈がない。それでいて、今回の行動に至った理由がかぐやは理解出来ないでいた。

 

 

 

「最初は…食堂で食べようとしたんだ。だけど、あそこは放課後でも人が多いだろう。大衆の面前で俺がカップ麺を啜っている所を見られたら、変な噂が広まるだろう」

「…家で食べたらいいじゃないの。そこまで悩む事じゃないでしょう」

「家で食うと、親父や圭ちゃんが怒るんだよ。俺だけ贅沢して狡いって……」

 

 

 

 白銀の言葉にかぐやと鷺宮は言葉を失う。彼の経済事情は知っていたが、よもやカップ麺すら白銀家では贅沢な嗜好品とされているとは想像だにしていなかった。それを知ってしまっては、もう二人は白銀を咎める事は出来なかった。

 

 

 寧ろ、逆に白銀の些細な願いを叶えたい。いつの間にかそんな感情を二人は抱いていた。

 

 

 

「じゃあ、此処で食べたらいいわ。私達は何も見なかった事にするから」

「ええ。そうですね。私達は今日、生徒会室で会長と会っていません」

「二人共…。すまん。恩にきるぞ。そうだ。いっその事、四宮達も一緒に食べないか? カップ麺は丁度三人分あるからな」

 

 

 

 見逃してくれたかぐや達に感謝しつつ、白銀は一緒に食べようと進言した。無論、これに応じる二人では無かった。此処で食べてしまえば、自分達も規律を破る事になってしまう。

 

 

「いや、私は遠慮…「鷺宮の好きな塩味もあるぞ」せずに頂くわね」

「璃奈さん!! 貴女まで何を言ってるんですか!?」

 

 

 

 しかし、白銀も断る事は分かっていた。それもあって、彼は奥の手を使って鷺宮を陥落させた。以前、何気ない世間話で彼女が絶賛していた塩味のカップ麺。これを覚えていて、購入していたのだった。まさかの裏切りにかぐやは困惑した様子を見せる。

 

 

 

 

「まあ、確かに規律を守るのは大事だけどね。時には枷を外して、何かを堪能するのも人生に必要な事だと思うわ」

「…ビシッと決めたつもりでしょうけど、カップ麺を食べるだけで随分と大層な言い方ですよ」

「分かった。じゃあ、俺と鷺宮だけで食うとしよう」

 

 

 

 断固として首を縦に振らないかぐやに放置して、白銀は予め用意していたお湯をカップ麺に注ぎ始める。二人は出来上がるまでの間、会話に興じる事にした。

 

 

「そういえば、私もカップ麺を食べるのは久しぶりね」

「ほう。そうなのか? まあ美味しい分、カロリーも相当だからな。女子は食べる機会が少ないと思うが」

「それは白銀くんの偏見だよ。女子も意外とカップ麺を食べるわよ。味も多種多様だし、新作が出ると買う子も多いから」

「へー。そうなのか? 今度、機会があったら鷺宮のお薦めを教えてくれよ」

「いいよ。良さげなカップ麺を見つけたら、教えるわね」

 

 

 二人して談笑する様を四宮は羨ましそうではなく、鬼の形相で見つめていた。主に鷺宮の方を睨みつけているが、カップ麺談義に夢中になっている事もあって、本人は気付いていない。

 

 

 

「おっと、そろそろ完成した様だぞ。そうだ…四宮。お前も食べたらどうだ? 生憎だが、お湯を多く沸かしてしまってな。まだ一人分のお湯が残っているしな」

「……。分かりました。此処は会長の好意に甘えるとしましょう。お湯を捨てるのも勿体ないですものね」

 

 

 

 白銀は一人椅子に座るかぐやにそう声をかけた。何だかんだで白銀はかぐやの分も、しっかりと用意していた。それに乗っかる様にかぐやも白銀の好意を受け入れて、彼女もカップ麺を食べる事に同意する。

 

 

 

 その後、三人は夕陽が差し込む部屋でカップ麺を堪能した。

 

 

 

 

【本日の勝敗 かぐやの勝利】

 

 

「鷺宮先輩。少し話したい事があるんですが…時間大丈夫ですか?」

「大丈夫だけど、何の話?」

 

 

 それは生徒会の仕事が終了し、帰ろうとする鷺宮に石上は引き止める。珍しい事に鷺宮以外の全員も成行きを見つめていた。

 

 

「その事なんですが、若干込み入った話なので出来れば二人で話したいのですが…」

「えーーー!? 二人っきりって、石上くん。何の話をするんですかねぇ?」

「藤原書記。石上を茶化すのはやめろ。二人共、俺達は先に帰るよ。鍵を渡しておくから、話が終わったら戸締りの方を宜しく頼む」

「分かった。任せておいて」

 

 

 石上を揶揄う藤原に諌めた後、白銀は鷺宮に鍵を手渡すと戸締りを頼んだ。。恐らく、話が長引くと踏んだのだろう。細かい所に気が付く彼らしいと思いながら、鷺宮は白銀の頼みを聞き入れた。白銀達が去った後、鷺宮は石上に座る様に促してから再び用件を訊ねた。

 

 

「それで私に話があるのよね?」

「ええ。実は一週間後に親父の誕生日が控えているんです。只、何を贈ればいいのか。それが分からないんです。悩んでいる時、此処で鷺宮先輩と藤原先輩が父の日に贈る物の事を話していたでしょう? だから、その助言を何か貰えたらと思いまして」

「父への贈り物かぁ。確かに悩む所よね。定番ならネクタイだけど、ありきたりな物だと被る可能性もあるわよね。だとしたら、手作りの品はどうかしら?」

「手作りの品…ですか? それなら被らないけど、僕に出来ますかね?」

 

 

 

 石上の話を聞いて、鷺宮は一つの助言を彼に与えた。その意見に石上は興味を示すも、何処か不安そうな表情を浮かべる。

 

 

「簡単な物でいいのよ。石上くんが出来そうな物でそれを選ぶとか」

「…僕に出来る物で簡単な奴ですね。それだったら、一つありますね」

「良かった。じゃあ、それをやってみるといいわ。作業したいなら此処でやるといいよ。事情を話せば白銀くんも許してくれるでしょうし」

「そうですね。会長にはあとで連絡してみます。鷺宮先輩もありがとうございました」

 

 

 どうやら石上の答えは決まった様で、彼は清々しい顔で鷺宮に感謝の言葉を口にする。

 

 

「別にこれくらい何て事ないわよ。お父さん、喜ぶといいわね」

「ええ。それは僕の頑張り次第ですね」

 

 

 

 鷺宮の言葉に石上は頷きながら返事を返した。それから一週間後、鷺宮が生徒会室に訪れるとそこに石上の姿があった。普段なら、いつも最後に来る彼が先に来ていた事に驚きながらも、鷺宮は彼に話しかける。

 

 

「先に来てるなんて珍しいわね。今日は何か良い事があったの?」

「はい。実はそうなんですよ。鷺宮先輩の助言通り、手作りの贈り物をしたら親父が喜んでくれましてね。その報告とお礼をしようと今日は先に来たんですよ。他に誰かがいると恥ずかしいので」

「それは良かったわね。でも、お礼を言われる程の事じゃないわよ」

「いえ。何だかんだ先輩には助けて貰ってますから。お礼というのはこれですよ」

 

 

 そう言って、石上が渡して来たのは一本の押し花。その出来栄えは素晴らしく、花びらも茎も生花の様な様であった。押し花に詳しくない鷺宮でも息を飲む程の一品だった。

 

 

 

「これ…石上くんが作ったの?」

「はい。僕、こう見えても器用さに自信があるんですよ。これは鷺宮先輩の為に作りました」

「へえ~。とても綺麗だね。これは何という花なの?」

「ああ。ベルフラワーという花です。花言葉は…言うのは恥ずかしいので帰ってから自分で調べてください。それじゃあ、僕はもう帰りますね」

 

 

 

 鷺宮の問いに答えようとした石上だが、ふと我に返ると話をはぐらかすと急ぎ足で帰ってしまった。立ち去る間際、見えた彼の耳は赤く染まっていて、余程恥ずかしかったのだろう。そんな石上の姿に苦笑しながら、鷺宮は彼から貰ったベルフラワーを見つめる。

 

 

「成程ね。これくらい教えてくれてもいいのに…。意外に可愛い一面があるのね」

 

 

 ベルフラワーの花言葉。それは感謝と誠実。言葉に出来ない石上の気持ちに鷺宮は柔らかい笑みを浮かべる。貰った押し花を静かに眺めていた。

 

 

 

 

【本日の勝敗 遠回しであるが、自分の気持ちを伝えた石上の勝利】

 

 

 

 

 

 

 

 




此処まで読んでくれてありがとうございます。

今回のお話、いかがだったでしょうか? 
何気ない日常の話、割とほっこりするので自分は好きです。


次回は体育祭編に入ります。また遅くなるかもしれませんが、次もお楽しみに。


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第24話 白銀御行は踊りたい/鷺宮は競いたい/石上は乗り越えた

最新話、お待たせしました。


今回は体育祭編のお話です。


 一週間後に控えた体育祭。その準備に追われる中、鷺宮は廊下を疾走する藤原と出会った。

 普段から慌ただしい彼女であるが、今回は様子が違っていた。その目に涙を滲ませて、明るい表情は悔しそうに歪んでいる。

 

 

「…藤原さん。何かあったの?」

 

 

 この事に困惑しつつも、鷺宮は藤原に事情を訊ねた。何せ、藤原がこんな風に泣くとは只事では無い。暫しの間、無言を貫く藤原だったが、鷺宮の言葉を切っ掛けに彼女は更に涙を流して、鷺宮に抱きついてきた。

 

 

「ざぎのみやざぁ~ん。会長が酷いんでずよぉ~。私が一生懸命に教えてるのにぃ~」

「…藤原さん。とりあえず、深呼吸。それから話をしよう」

「は、はい、すーはーすーはー」

 

 

 藤原は必死に説明するが、興奮してる所為か、話の内容が支離滅裂だった。そんな藤原に鷺宮は深呼吸をさせて落ち着せる事にした。藤原も素直に従い、深呼吸を繰り返して平静を取り戻す。

 

 

「改めて訊ねるけど、一体全体…何があったの?」

「よく聞いてくれました!! 実は体育祭のプログラムで会長がソーラン節を踊る事になったんですよ。ほら会長って、意外に弱点が多いじゃないですか。だから気になって試しに踊ってもらったら、案の定…最悪でした。それで特訓に付き合ってあげたのに…会長ってば、私に反発したんですよ!! 毎度、親身になって協力してるのにぃ」

 

 

 事情を話す内にその出来事を思い出したのだろう。次第に感情が籠って、最後は叫ぶ様に言葉を吐き出していた。温厚な藤原すら、投げ出す程に白銀の踊りは酷いのだろうか? 純粋にそれが気になった鷺宮は藤原に問い掛ける。

 

 

 

「白銀くんのソーラン節かぁ。ちょっと、見てみたいかも…」

「…物好きですね。動画、撮ってるので見ますか?」

 

 

 

 鷺宮の発言に呆れた表情を浮かべながらも、藤原はスマホを取り出すと録画した動画を再生する。

 

 

「……どれどれ! ぷっ、あははははははは。な、何これ!? 白銀くんの踊りって、かなり面白いわね」

「笑い事じゃないですよ。初めて見た時、私はかなり精神を削られたんですからね」

「ごめんね。だけど、この後はどうするの? 白銀くんの事、本当に無視するわけ?」

「そ、それは…良い訳ないじゃないですか」

 

 

 先程と違って、今度は曇った顔で呟く藤原。冷静になれば、自分がやった行為に罪悪感を抱く。そんな彼女に鷺宮は優しく言葉をかける。

 

 

「じゃあ、やる事は一つね。白銀くんの所に行きましょ。私も一緒に行くからさ」

「ありがとう。鷺宮さんが一緒なら心強いですよ」

 

 

 

 思い立ったら即行動。白銀に謝る決意を固めた藤原は腰を上げた。そして白銀を探して校内を廻るが、何処にも姿は見当たらない。諦めかけた時、幸運にも白銀を見たという生徒から場所を聞いて、二人は生徒会室に足を運んだ。

 

 

 

「…こんな感じか?」

「ええ。そうですね。その姿勢を保つ事を意識して下さい。ソーラン節は単調な踊りですからね。基本をしっかり押さえておけば、問題はありません」

 

 

 意気揚々と生徒会室の戸を開けた藤原の目に映った光景。それはかぐやに指導を受けて、踊りを練習する白銀の姿。これが別に悪い訳ではない。癇癪を起して白銀の特訓を投げ出したのは自分だ。大方、一人で練習する彼の姿を見て、かぐやが協力を申し出たのだろう。

 

 

 だが、藤原はこの状況を看過出来なかった。元より、白銀に踊りを教えていたのは自分なのだ。それを忘れた様に練習に励む白銀に藤原はふつふつと怒りが湧き上がる。

 

 

 

「おんやぁ~。会長ってば、かぐやさんに踊りを教えて貰ってるんですねぇ~」

「あ、ああ。そうだが、どうした藤原? 妙に顔が怖いぞ。もしかして怒ってるのか?」

「いえいえ。会長の気の所為ですよ。別に怒ってはいませんよ。只、感心してるんです。こうも早く、別の人と練習する会長の機転は素晴らしいとね。さて、折角の機会ですし、私も会長の練習を見学させてもらいますよ。ねえ、鷺宮さんも此処に座って一緒に見ましょうよ」

 

 

 

 白銀に弁明をさせる暇を与えず、藤原は早口で言葉を捲し立てる。その勢いだけでなく、藤原の笑顔に妙な迫力が籠められていた。それは遠巻きに見ていた鷺宮も感じていたのだ。直接、その感情をむけられている白銀は更に強いプレッシャーを感じている事だろう。

 

 

「そ、そうか。まあ、特に面白くもないが、それでも構わないなら好きにするといい」

「ごめんね。なるべく、邪魔はしないからさ」

 

 

 若干、強張った表情でそう言う白銀に小声で呟いた後、鷺宮は藤原の隣に腰を下ろす。

 

 

「話は終わりましたか? じゃあ、続きをやりましょう。先程、私が教えた事をやってみてください」

 

 

 

 鷺宮が座るのを確認してから、藤原は抑揚のない声で白銀に練習を促した。そんな藤原に思う所はあるものの。かぐやは知らぬ振りをして、白銀の指導を再開した。

 

 

「お見事です。随分と形になってきましたよ。これなら本番でも問題は無いでしょう」

「…なってないなぁ。上手く踊れても、感情が籠って無いなら意味がないのに」

「何か言いました?」

「いいえ。単なる独り言ですよ。気になさらず、続けて下さい」

 

 

 

 藤原の呟きにかぐやが訊ねるも、当の本人は何処吹く風で話を逸らした。そして再び練習に再開し、助言を与えるかぐやに藤原がまたもや口を開いた。

 

 

「へえ。単純な真似でいいんだ。伝統文化が軽んじられるとは…悲しい時代になりましたね」

「藤原さん。先程から五月蠅いですよ。邪魔するなら出て行ってくれますか?」

 

 

 練習を妨げる藤原にかぐやも苛立ちを覚えて、きつい口調で言葉を返す。その言葉は思いの外、藤原の心に突き刺さり、気付けば藤原の目に涙が浮んでいた。

 

 

「そうじゃ…ないのぃ。私が…教えた方が会長の為になるのにぃ~」

「何やら、まだ五月蠅い人がいますが…気にせず続けましょう」

 

 

 愚図り始めた藤原にかぐやは無視を続けた。それに我慢の限界が訪れた様で、勢いよく椅子から立ち上がると白銀の元に駆け寄っていくとその腕を引っ張り始めた。

 

 

「会長を育てるのは私です。かぐやさんにこの役目は渡しません!!」

「何を馬鹿な事を言ってるんですか!? この手を放しなさい!!」

「い、いだだだだだ。お、おい。二人共、手を放せェェェぇっ!! てか、鷺宮も二人を止めてくれよ」

 

 

 藤原に負けじとかぐやも白銀の腕を引張って対抗する。当の本人は痛みに悶えて叫ぶが、聞く耳を持たず力を緩める所か。更に力を籠める一方だった。その姿は獲物を奪い合う肉食獣の様だった。この争いを止めるべく、白銀は鷺宮に助けを求めるが、彼女は聞こえない振りをしてスマホを弄っている。この面倒事に巻き込まれたくない。その意思が彼女から感じ取った白銀は愕然とした。

 

 

 

(畜生! 一体、何でこんな事になったんだ。四宮もそうだけど、藤原の奴も力が強くてマジで腕が千切れそうだよ。俺は物じゃないんだぞ。……待てよ。物、そういえば藤原は網の気持ちも理解しろと言っていたな。そうか。これは俺に網の気持ちを教える為にやっているんだな。思えば、四宮と鷺宮がこんな茶番に付き合う訳もない。恐らく、二人はそれを悟って協力してくれてるのだろうな。よし。ならば、俺もそれに答えねば)

 

 

 無論、これは白銀の思い過ごしである。前者は自分から白銀を取ろうとする藤原に対抗しているだけで、後者は純粋に面倒に関わりたくない。どちらも己の事を優先しての行動である。しかし、そうとは気付かず白銀は二人の拘束を振り解くと、力強い踊りを披露して見せた。

 

 

「か、会長…。それですよぉ。魚と競り合う雄々しい漁師の動き。それに釣られまいとする魚の抵抗すらも感じられます。良かっだよぉ~。私の苦労が報われましたぁ」

「藤原さんの言ってる事はよく分からないけど、会長の踊りは素晴らしいですね」

 

 

 

 見事な踊りを披露する白銀を称賛するかぐやと藤原。そんな三人を遠巻きに見つめていた鷺宮は、スッと立ち上がるとそそくさと部屋をあとにした。

 

 

 

「…私。結局、何の為に藤原さんについて行ったんだろう?」

 

 

 廊下を歩きながら呟くが、鷺宮に返事を返す相手は誰もいない。何とも言えない虚しさを感じ、大きい溜息を吐いて帰路に就いた。

 

 

 

【本日の勝敗 藤原に振り回され、翻弄された鷺宮の敗北】

 

 

 

 体育祭。それは年に一度だけ開催される行事の一つ。赤組と白組に別れた生徒達が様々な競技で競い、一丸となって優勝を狙うのが目的である。

 

 

「はぁ~。折角の体育祭だと言うのに、何で私だけ白組なのでしょう」

 

 

 

 賑わう生徒の中でかぐやは溜息を吐き、詰まらなそうに小声で呟いた。チーム選別はクラスによって決まる為、殆どが気心知れた者達が多い。しかし、他の生徒会メンバーが同じ組であるのに対して、かぐやだけは白組と違う組で争う事になってしまった。

 

 

 開始前に少しでも気分転換をしようと、かぐやは同じ白組の早坂の元へ訪れた。

 

 

 

「早坂。ちょっといいかし「ママの嘘吐き!!」は、早坂!?」

 

 

 かぐやが早坂に声をかけた時、早坂は大声で叫び出した。突然の事に困惑するかぐやだが、彼女の手に握られている携帯を見て、事情を把握した。どうやら、早坂は母親の奈央と話している様だ。流石にかぐやも家族との会話中に割り込む程、無粋ではない。幸いにも早坂は気付いていない様だったので、かぐやは早坂との会話を諦めて、その場をあとにした。

 

 

 

 

 

『只今より、障害物競争が始まります。参加者は指定の位置について下さい』

 

 

 

 スピーカーから流れるアナウンスを聞いて、鷺宮と藤原はそれぞれのレーンに移動する。藤原は隣に立つ鷺宮を見据えると笑みを浮かべて、口を開いた。

 

 

 

「ねえ、鷺宮さん。折角、同じ競技に出る事ですし、此処は勝負と行きませんか? 負けた方がご飯を奢ると言う事で…」

「ええ~。何でそんな勝負しないといけないのよ。第一、同じ赤組で争う意味が無いでしょ」

「おんやぁ~。鷺宮さん、もしかして私に負けるのが怖いんですか? 意外とヘタレなんですね」

「はいはい。私はヘタレですよ」

 

 

 

 

 勝負に消極的な鷺宮を藤原は煽るが、そんな挑発に乗るほど鷺宮も単純ではない。だが、次に藤原から発せられた一言が鷺宮の闘志に火を付ける。

 

 

「もし…私に勝ったら、美味しい塩ラーメンを奢りますよ。この間、とても美味しい店を見つけましたからね。鷺宮さん、確か塩ラーメンが好きでしたよね?」

「…その勝負、受けて立つわ。やってやろうじゃない」

「おお~。その意気ですよ。そんじゃ、私が勝ったら…鷺宮さんに奢ってもらいますよ」

「上等よ。何だったら、大盛りでも好きなトッピングでも奢ってあげるわ」

 

 

 

 自分の目論みが成功して、藤原は密かに笑みを浮かべた。無論、勝負の勝ち負け等はどうでも良く。藤原の狙いは鷺宮と二人で出かける切っ掛けを作る事にある。つい最近、藤原は自分だけが鷺宮と一緒に遊んだ事が無い。この事実に気が付いて、実の所…密かにヤキモキしていた。しかし、いざ誘おうとしても鷺宮の好みが分からず、悩んでいた時に白銀から塩ラーメンが好きであると教えてもらい。件の勝負に利用した訳である。

 

 

 だからといえ、勝負事が好きな藤原。勝敗に拘っていないものの、勝負に手を抜くつもりはない。

 

 

 

『ヨーイドン!!』

 

 

 スタートの合図と同時に鷺宮と藤原は駆け出すと、最初の障害物を突破していく。その後も障害物を超えていく二人であるが、元々の運動神経の差が出始めた。ゴール間近の障害物で鷺宮は藤原を引き離すと最後の障害物、飴探しの箱に顔を突っ込んで飴を探し始める。幸いな事に口元に転がる飴を発見した鷺宮は飴を口に含むとすぐに駆け出し、見事一位で藤原との勝負に勝利し、赤組に貢献した。

 

 

 

「はあはあ。勝負は私の勝ちね。今度…ラーメン奢って貰うわよ」

「分かってますよ~。それと鷺宮さんって、運動神経が良いんですね」

「そうかな? 別に普通だよ。まあ普段は本気で走る事は無いからなぁ」

「へぇ~。でしたら、また私と走りませんか? 最近、私はジョギングをやっているんですけど、鷺宮さんもやりましょうよ」

「良いわよ。久しぶりに全力で走ったけど、案外楽しかったからね」

「やったぁ~。じゃあ、今度から一緒に良い汗を掻きましょう」

 

 

 息を切らし勝ちを宣言する鷺宮の姿に、藤原は苦笑して負けを認めた。そして藤原は鷺宮をジョギングに誘った。美容と健康維持に始めた日課であるが、一人で続けるのが辛くなった為に一緒にやる仲間を増やす算段であった。結果、見事に仲間を得た藤原は満面の笑みを浮かべて鷺宮に抱きついた。

 

 

 

 

 そんな二人のやり取りを遠巻きに見ていた男子達。彼らは次の障害物競走に出る走者で、一同は鷺宮達が顔を付けた箱に狙いを定めていた。本人達は知らないが、鷺宮と藤原は意外と異性に人気があり、男子達の仲では付き合いたい人ランキングの上位を占めている。

 

 

 

 

 その後、体育祭のプログラムも順調に進んでいき。午前の部、最後の学年別リレーが始まった。走者の中には白銀と石上が出場する事になったのだが、此処で起きた事に鷺宮は眉を顰める。その姿を見て、思う所があったのか。かぐやは彼女に歩み寄ると声をかけた。

 

 

 

「どうしたんですか? 顔が怖いですよ」

「別にどうもしないよ」

「…石上くんの事でしょう? 会長の時と違って、態度の差が酷い事が気に入らないといった所かしら」

「そうよ。彼が周りから嫌われているのは知っていたけど、こうも酷いとは思ってなかった。石上くんが心を閉ざすのも無理ないわね」

 

 

 

 白銀の時は称賛して、石上の時は無視をする。同じ組で頑張っている人間に対する態度とは思えない。それが気に入らず、苛立ちの感情が顔に出ていた事をかぐやは指摘する。そんな鷺宮の気持ちはかぐやも理解は出来る。自身も周りの露骨な態度には苛立ちを覚えているからだ。

 

 

 しかし、だからこそかぐやは心を鬼にして鷺宮に告げる。

 

 

「璃奈さん。貴女の気持ちは分かるけど、此処で下手に動いては駄目よ。石上くんは確かに周囲に対して心を閉ざしていたわ。けれど、今は以前と違って彼は自らの殻を破ろうとしている。それを妨げる行為は誰であっても許されない事よ」

「…ええ。肝に銘じておく」

 

 

 かぐやの言う事は尤もであった。手を差し伸べる行為が必ずしも、誰かの助けになる訳ではない。その事を鷺宮は痛い程に理解している。何とも言えない気持ちを抱きながら、体育祭は午後の部を迎える。

 

 

 

 

【本日の出来事 藤原との対決、石上への風当たりを目撃】

 

 

 

 人の心には悪意が潜んでいる。善人と呼ばれる者であっても、例外なく心に悪意が巣食っている。

 

 

「石上くん…随分と楽しそうだね。私にあんな事をした癖に」

「お、大友さん…。ど、どうして此処に」

「どうでもいいでしょ。第一、私に言う事は何か無いの?」

 

 

 

 その悪意をぶつける存在を前に、石上の体に震えが奔る。

 

 

 

(そうだ。僕はあの事をいつの間にか、忘れていた。決して忘れてはいけないと分かっていたのに...)

 

 

 

 石上の脳裏に過ったのは忌わしい過去。中学生の頃、周囲から浮いていた自分に声をかけてくれた人。それが大友京子だった。勿論、彼女に対して恋心を抱いた訳ではない。しかし、彼女の行動が自分の救いとなったのは事実だ。

 

 

 そんな彼女に恋人が出来るのは必然だった。相手は同じくクラスで人気の男子。自分から見ても、お似合いと思える関係だと思っていた。それでも彼女が笑ってくれるなら、別に良かった。だけど…現実はいつも残酷だった。ある日、彼女の彼氏が誰かに電話している所を見てしまった。

 

 

 只の偶然だったが、会話を聞かれたと焦ったのだろう。貼り付けた笑顔で彼は誤魔化していた。無論、それが嘘であるとすぐに分かった。他人が嘘を吐く時、決まって笑顔を浮かべて饒舌になる。彼もまた例外でない。寧ろ不自然な程、歪な笑顔に吐き気を覚える程だった。

 

 

 

 それから数日後、僕は人気のない教室に彼を呼び出した。あの後、彼に関する事を調べた。彼と付き合う人間関係、彼の素行や周囲に隠している事を僕は彼に突き付けた。目的は一つ。自分に優しくしてくれた彼女に傷付いて欲しくない。その一心からの行動だった。

 

 

 だが、今思うとやはり自分の行動はおかしかった。この一言に尽きるだろう。しかし、安っぽい正義感に燃えていた自分は後先考える事なく、突っ走ってしまった。

 

 

 

「へえ~。こんな事までよく調べたね。それで目的は何かな?」

「何もない。只、こういう事はもう止めろ。もし…断ったら分かってるよな?」

「…なぁ。取引しないか? お前、京子に気があるんだろ? だったら、今日の夜に俺の家に来いよ。そこでお前に良い思いをさせてやるよ」

「良い思い?」

 

 

 突然、態度を軟化させた彼は提案を僕に持ちかけてきた。一体、何を言うのか検討が付かない事もあって、訊ねる僕に彼はその提案を耳打ちした瞬間。僕は我を忘れて彼を殴り飛ばしていた。何発殴ったのか。正確には覚えていない。だけど、赤く腫れた彼の顔を見る限り、かなり殴ったのは一目瞭然だった。

 

 

 騒動の後、僕は学校を停学にされた。周りは僕を非難するだけで、いくら声を上げても話を聞いてはくれない。それは仕方ない事だ。殴られたのはクラスの人気者で、殴ったのはクラスの日陰者。周りの人間がどちらの言い分を信じるか等、分かっていたのに。僕はそれでも自分は悪くないと声を上げた。だけど、その叫びを遮る様に彼女が言葉を発した。

 

 

 

「あんたなんて最低よ。二度と私の名前を呼ばないで!!」

 

 

 

 その瞬間、僕は世界が崩れていく感覚を味わった。この出来事は学校の教師を通じて、親に伝えられた。家に帰れば、怒りを露わにする父に殴られて罵倒された。母や兄は父を止めていたが、僕を見る目が冷めていたのを覚えている。家族ですら、僕の味方をしてはくれない。

 

 

 

 完全に孤立した事を僕は理解した。

 

 

 

 

 

『只今より、団体対抗リレーを始めます。参加する方は指定の位置に着いてください』

 

 

 

(何だろう。誰かが僕を呼んでいる気がする。いや、気の所為だよな。僕なんかに声をかける人間がいる訳が無いんだ)

 

 

「…くん。石上くん。しゃんとしなさい。貴方がアンカーで走る事に決まったわ」

「え? 鷺宮先輩…? 僕がアンカー? どうして僕なんですか? 確か風野先輩が走る予定だった筈ですよ」

「その人が怪我をしたのよ。それで代打に君がアンカーになったわ。石上くんなら任せられると言ってたよ」

 

 

 鷺宮の説明で事情を把握した石上だが、彼は暗い顔で項垂れる。確かに走るのは構わない。だけど、本当に自分でいいのだろうか? もっと相応しい人物が他にいる筈なのに…

 

 

「周りが気になる? だったら、あの時みたいに言ってやればいい。白銀くんが君に教えたあの言葉。今度は声に出してさ」

「…そうか。偶に本音を言うのもありですね。分かりました。アンカー任せてください」

「だとしたら、これを忘れるな。アンカーが鉢巻きしてないと格好が付かんだろう」

 

 

 石上の決意を見届けた白銀は、彼の頭に鉢巻きを巻いた。思えば、昔もこうして白銀と鷺宮に救われた事があった。今回もどうやら、自分は二人に救われた様だ。

 

 

 

 

 そう。全てを否定して殻に閉じ籠っていた僕を解放したのは、この二人だ。

 

 

『いきなり訪ねて申し訳ないな。俺は白銀御行。秀知院で生徒会長をしている」

『私は鷺宮璃奈と言います。同じく生徒会の役員ですよ」

『…一体、何の用ですか? 突然、部屋に入ってきて不躾な人達ですね』

 

 

 突然の訪問者に僕は警戒心を露わにして、睨み付けた。親の伝手で自分が進級したのは知っている。大方、問題を起こした僕に対して、警告に来たのだと思っていた。

 

 

 

『そう邪険にするな。お前が知りたかった事を俺達は話に来たんだ』

『知りたかった事? 今更、無いですよ』

『本当か? お前がやった事が報われた。こう言っても聞く気は無いと?』

 

 

 

 その言葉を聞いた時、僕は自然と立ち上がっていた。そんな僕を見て、その人は笑うと話を続けた。

 

 

 

『結論から入ると大友京子。お前が守りたかった彼女は件の男と数日後に破局している。どうやら、お前が無言で停学していた事が相手は怖かった様で、彼は転校して今は遠くに行ったみたいだな』

『それは…本当ですか? 彼女は大友は無事なんですね?』

『ええ。彼女も転校を余儀なくされましたけど、平穏な学校生活を送っていますよ』

 

 

 二人の話に僕は心から安堵した。正直、どうでもいいと思う事もあったが…自分が仕出かした事で彼女に何かあったらどうしようと、いつも不安だったから。

 

 

『確かにお前のやり方はスマートだと言えない。だけど、お前が守りたかった者は無事だ。その段階で目的は達成している。今までよく頑張ったな。石上』

『大丈夫。貴方は一人じゃないですよ』

 

 

 

 限界だった。二人の言葉で僕は堪える事が出来ず、声を上げて泣いた。

 

 

 

 

「この最低男。派手に転んでしまえ!!」

 

 

 

 観客席から飛んできた京子の罵倒。それを聞いた鷺宮は激しい怒りを抱き、京子の元へ踏み出した瞬間。彼女の腕を掴んで止める者がいた。

 

 

 

「…放してくれる」

「いいえ。それは出来ないわ。さっきも言いましたよね? 貴女が出る幕は無いと…ご覧なさい。そうすれば私の言っている事が分かるわ」

 

 

 自分を制止するかぐやを鷺宮は鋭い眼光で睨み付ける。普通の人なら、恐怖に負けて腕を放していただろう。しかし、相手は四宮家の令嬢。この程度で怖気付く事はなく、彼女も闇を連想させる瞳で鷺宮を見つめ返していた。そしてかぐやが指を差す方に視線をやって、鷺宮はかぐやの言葉を漸く理解する事になる。

 

 

 

「外野が五月蠅いんだよ。バーカ。黙って見てろ」

「な、何ですってぇ!?」

 

 

 

 予想外の言葉に京子は怒って更に罵倒するが、石上は既に京子の事を見てはいない。今、彼が見ているのは自分が向かうゴールのみ。そしてバトンを受け取ると、全力で走り出した。先を走る走者の背を見据え、必死に食らい付いていくも抜き去る事が出来ず、結果は二位で負けてしまった。

 

 

 

(やっぱり駄目なのかよ。僕なんかが、全力を出しても敵う訳無いのに。チクショウ。チクショウォォォッ!!)

 

 

 悔しさで項垂れていると、僕の背中に衝撃が走った。何だと思って振り返ると目に映ったのは泣きじゃくるつばめの姿。それだけでなく、僕を励ましてくれる応援団の面々。そんな彼らを見て、僕はやっと気付いた。僕の方こそ、周りを見ていなかったのだと。しっかり見れば、良い人達はこんな傍に大勢いたというのに…。

 

 

 

 その後、始まった選抜リレー。僕は改めて仲間となった応援団の皆と一緒に応援をした。声が枯れる程の大声を張り上げて。

 

 

 

「…どう? 今までより良い顔してると思わない?」

「うん。確かに私が出る幕は無かったね」

「ええ。あそこで璃奈さんが出張っていたら、石上くんは永遠に自分の殻を破る事は無かった。だからこそ、私は璃奈さんを止めたのよ。正直な話、私だって腹を立てているんですよ。でも、自分がどうなっても守ろうとしたものがある。それを忘れては駄目ですよ」

「…返す言葉も無いよ。さっきは睨んでごめんね」

「別に気にしてないわ。だけど、そうね。今度、璃奈さんが藤原さんと行く食事。私も同行させてくれるなら、水に流してもいいですよ」

「分かった。じゃあ、あとで藤原さんに話しておくわね」

 

 

 

 波乱が起きた体育祭はこうして幕を閉じた。

 

 

 

【本日の出来事。石上のトラウマ克服】

 

 

 




最後まで読んでくれてありがとうございます。


次回は日常編の話を書く予定です。


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第25話 藤原は挑戦したい/鷺宮は聴きたくない/鷺宮は一緒に食べたい3

最新話、お待たせしました。


今回は日常話の三本立てです。


 体育祭から数日後。

 秀知院では試験期間に入って、生徒達は皆一様に勉学に精を出していた。毎回、学年首位を狙う白銀は勿論の事だが、鷺宮も勉学に励んでいた。それはかぐやの順位を追い越す為である。以前の試験では僅差で負けてしまったものの。上位に組み込む学力があると分かって、勉強に取り組む姿勢が変化していた。

 

 

「鷺宮さーん。今日は一緒に帰りませんか?」

「良いわよ。丁度キリの良い所で終わったから」

「丁度いい? 何かやってたんですか?」

 

 

 

 呑気に聞き返す藤原に鷺宮は苦笑した。試験期間でも自然体で居られる彼女の姿は、今の自分に無い物だ。勉学に打ち込むだけでなく、時には力を抜くのも良いかもしれない。そう思った鷺宮は勉強を切り上げて帰り支度を始めた。

 

 

 

「そうだ。今度の連休ですけど、鷺宮さんは何か予定ありますか?」

「ううん。特に無いかなぁ。精々、家に籠って勉強か本を読むくらいかしらね」

「…余計なお世話でしょうけど、もう少し外に出た方がいいと思いますよ」

「そうね。自分でも分かっているけど、どうしても家で過ごす事が多くなるのよ」

 

 

 藤原の一言は鷺宮にとって、耳が痛い言葉であった。藤原の言う通り、自分はもっと外に出るべきなのだろう。しかし、元々インドア派の鷺宮は外の世界に興味が無かった。外に出てやるといえば、買い物か外食くらいである。その事情は藤原も理解はしていた。だが、此処で引かずに攻めるのが藤原という人間だ。今が好機と見た彼女はグイっと顔を近づけるとある事を口にする。

 

 

 

「ならば、今度出かけましょう。ほら、体育祭で約束したラーメン。二人で食べに行く約束もまだでしたからね」

「良いわね。そういえば、試験の事でその約束を忘れていたわ」

「…忘れてたんですか? 鷺宮さん、あんだけ食い付いていたのに」

「仕方ないでしょう。体育祭が終わって、すぐに試験期間に入ったんだから。それより、藤原さんは勉強しなくて平気なの? 前に順位下がった事で親に何か言われたとか、言ってなかった?」

 

 

 藤原の誘いに鷺宮は二つ返事で了承した。体育祭で藤原が言っていたラーメンの事を鷺宮はすっかり忘れていた。しかし、今は期末試験の期間である。遊んだ事で藤原の成績が下がる事を鷺宮は心配していた。

 

 

 

「ああ。それなら大丈夫ですよ。以前は成績の低下でお小遣いを減らされてましたけど、最近は将来の為に政治の勉強も始めたんです。お父様もそれが嬉しかったみたいで、お小遣いは普通に貰ってますからね」

「そうなんだ。そっか。藤原さんはもう将来の事を考えているんだね」

「まあ、本当ならもっと後でも良いって、お父様も言ってましたけどね。私自身、政治の仕事に興味があるので早い内に触れておきたいと思ったからですよ」

「成程ね。確かに早い内に触れておけば、その分野では有利になるものね」

 

 

 

 藤原の言葉を聞いて、鷺宮は自分の心配が杞憂だと知った。そして学校の成績に左右されず、自分の行く道を見据える藤原の姿が鷺宮には眩しく見えた。

 

 

 

「それにお父様に師事しておけば、いざ選挙に立候補した時にも有利になりますからね。外堀は今の内に埋めるのが定石ですよ」

「…そうね」

 

 

 ドヤ顔で語る藤原に鷺宮は冷めた目で見つめる。先程と違って、今の彼女は黒く淀んでいた。一瞬でも彼女を尊敬したのが間違いだったと、鷺宮は静かに溜息を吐く。

 

 

 

「あ、私の家はこっちですので此処で失礼しますよ」

「うん。分かった」

「そうそう。遊ぶのは今度の日曜にしましょう。待ち合わせは十時頃に渋谷の駅前集合としましょう。そいじゃまた~」

「ええ。気を付けてね」

 

 

 

 会話に興じている間に家が近い事に気付き、藤原は話を切り上げ家に向かって歩き出す。しかし、数歩進んだ所で藤原が振り変えり、言い忘れていた事を告げて去っていく。

 

 

 その姿を見送りながら、鷺宮も家路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 約束の日曜日。時間通りに駅前へ姿を見せた鷺宮。しかし、辺りを見回しても藤原の姿はない。どうやら、自分が先に着いた様だ。仕方がないと彼女が来るまでの間、鷺宮は近くのベンチに腰掛けて本を読む事にした。

 

 

 

 それから三十分程、待っていたが未だに藤原はやってこない。流石に痺れを切らし、鷺宮は藤原に連絡を入れようとスマホを出した時。

 

 

「遅くなってごめんなさい。出掛ける間際になって、お父様に捕まったんです」

「そうなんだ。まあ、私は気にしてないよ。それじゃあ、行こうか」

「はい。鷺宮さんと食べるラーメン。とても楽しみですよ~」

「うん。実は私も楽しみだよ。美味しいラーメン期待してるわよ」

「任せて下さい!! 鷺宮さんも一度食べたら、間違いなく嵌まりますから」

 

 

 

 自信満々に頷く藤原に鷺宮の期待も高まっていく。正直な所、本当に美味しいのか不安があったのだが、此処まで堂々としているのならこれから行く店は相当美味しいのだろう。逸る気持ちを抑えながら、鷺宮は案内する藤原について行く。

 

 

 

 

 その店は駅の近くにある様で、歩いて数分ほどして辿り着いた。看板の塗装が色褪せている所を見る限り、それなりに年季の入った店の様だ。一見、客が少なそうな感じであるが、こういう店が美味しい場合が高い。

 

 

 

「いらっしゃい!! 注文はそこの券売機からして下さい。選んだらお好きな席にどうぞ」

 

 

 中に入ると店主の声が店内に響く。予想通り、店にはラーメンを食べに来た人達が思い思いに食事を楽しんでいた。その喧噪の中、二人は注文の為に券売機の方へ向かった。陳列しているメニューには醤油、味噌、塩だけでなく豚骨や辛いラーメン等、バリエーションが豊富であった。恐らく若い人向けに考えられているのだろう。

 

 

 

 その中で特に目立っていたのが”辛さ地獄級!! 超激辛ラーメン”だった。これが気になった藤原は暫し考え込んだ後、このラーメンを食べる事にしたらしい。興味本位からだろうが、流石に心配になった鷺宮が言葉をかける。

 

 

「ねえ。本当にそのラーメンを食べるの? 止めた方が良いと思うよ」

「大丈夫ですよ。多少は辛いでしょうが、大抵は話題作りのメニューですよ。そうじゃないなら、人目に付かない様に隠す筈ですからね」

「…私は忠告したよ。どうなっても知らないわよ」

 

 

 

 忠告の言葉をかけるも、藤原は歯牙にもかけない様子で鷺宮の忠告を受け流す。こうなったら人の話を聞かないのが彼女の悪い所だ。しかし、藤原の言う事も一理ある。本当に危険なメニューであれば、確かに人目に付かない様にするだろう。敢えて宣伝するという事は食べても問題は無いのかもしれない。だけど、鷺宮は嫌な予感を感じていたが、それを口にする事は無かった。

 

 

 

「そういえば、鷺宮さん。ラーメン屋には良く行くんですか?」

「割とね。それがどうかしたの?」

「ほら、ラーメン屋ってどちらかというと男性が行く感じじゃないですか。無論、私は好きだからそういう人の目を気にしたりはしませんけど、鷺宮さんはどうなのかな?と思いまして」

「成程ね。まあ、私も気にする方ではないわね。というより、今の時代にその考えは少数の人だけと思うよ。最近だと、スイーツ専門店に通う男性もいるし、好きな物は男女関係無く食べる。現状はこんな感じね」

 

 

 藤原の言葉に鷺宮は気にしないと返した。一昔前ならそんな風潮もあったのだろう。しかし、現代で周りの目を気にして食べたい物が食べれない。これは今考えると、相当おかしいと思うのが鷺宮の主張だった。

 

 

 

 

「そこのお嬢さんの言う通りじゃよ。誰に気にする事なく、好きな物を食べればよい」

「え? は、はい。そうします。あと、お爺さんは誰ですか?」

 

 

 話が聞こえていたのか。傍に座っていた老人が鷺宮達に声をかけてきた。思わず返事をした藤原だが、我に返ると老人を警戒しながら、言葉を返す。

 

 

「おっとすまんの。儂は田沼尊彦。こう見ても昔はラーメン王と呼ばれた事もあるんじゃよ」

「へ、へえ。そうなんですか。お爺さんもラーメンが好きなんですね」

 

 

 

(この小娘。明らかに儂を馬鹿にしておるな。しかし、無理もないか。ラーメン王と呼ばれたのはこの子ら産まれる前の事。知らん子に話した儂も馬鹿じゃな)

 

 

「まあ、その事は良い。ところでお主らは何を注文したんじゃ?」

 

 

 気持ちを切り変えて、再び話を降る尊彦。最初は戸惑いがちの二人だったが、無視する訳に行かず素直に答えた。

 

 

「私は塩ラーメンですよ。隣のこの子。藤原さんから美味しいと聞いたので」

「ほう。塩ラーメンか。昨今、都内では提供する店も減っておるのう。悲しい事よ。して、そっちの藤原と言ったかの。主は何を注文したんじゃ?」

 

 

 次に尊彦は藤原に声をかける。正直な所、自分を馬鹿にした藤原の食べる物に興味は無いが、彼女を無視するのも大人気ない。

 

 

「私ですか? 私はこの店の名物。地獄の超激辛ラーメンを頼みました!!」

「何と…。お主もか。実は儂も同じラーメンを頼んだんじゃ。普通に楽しむのもいいが、やはり冒険する方が楽しいからのう」

「そうですよね!! やっぱり時に苦難の道も行かないと人生は面白くありません」

「ほほう。良く言うた。お主は意外と骨のある若者じゃな」

 

 

 

 いつの間にか意気投合する二人を鷺宮は見て思う。恐らく、自分だったら藤原の様に見知らぬ人と笑って話す事は出来ない。人への関心が薄い今の時代では特にそうだろう。藤原のこういう所を自分は見習うべきだと感じていた。

 

 

「塩ラーメンと超激辛ラーメン。お待たせしました。どうぞごゆっくり」

「おお~ 来ましたね。わぁ~ 湯気だけで辛さが伝わってきます」

「うむ。色も辛さを伝えておる。これは面白そうなラーメンだのう」

「…藤原さんもお爺さんも本当に食べるつもり? 止めておいた方が良いと思うわよ」

 

 

 

 藤原の言う様に立ち上る湯気で目が沁みて、尚且つ真っ赤に染まったスープは明らかに異常だった。頼んだ二人は余裕を見せていたが、一口食べると顔を歪めて二人は悶絶する。二人は滝の様な汗を流し、涙を浮かべていた。その様子からラーメンが如何に辛いのか。食べてない鷺宮にも分かった。

 

 

(言わんこっちゃない。だから止めた方が良かったのに…。一口でこの様じゃあ、完食なんて無理だろうし、大半を残す事になるでしょうね。あーあ、勿体無いなぁ)

 

 

 

 カウンターに突っ伏して、二人は襲い来る辛さに耐えた後、再びラーメンを食べ始めた。その事に鷺宮は驚いた。心折れる所か、まるで闘志に火が点いた様に一心不乱に食べていく。そんな二人を見ている内に鷺宮は気付けば、心の中でエールを送っていた。

 

 

「……これで最後!! 激辛ラーメン完食です。や、やりました。私、成し遂げましたよ鷺宮ざ~ん」

「お、おめでとう。良く頑張ったわね。それにお爺さんも完食おめでとうございます」

「……うむ。少しばかり、苦労したがの。ラーメン食いとしての意地もある故な。完食せねば、名が廃るというものよ」

 

 

 

 厳かに言う尊彦だが、鷺宮は内心呆れていた。確かに悶絶する激辛ラーメンを完食した事は凄いと思うものの。些か大袈裟すぎると感じるのは仕方ないだろう。

 

 

「さて、儂はもう行くとしよう。久々に若者と話せて楽しかったぞ。お主らも達者での」

「はい。お爺さんもお元気で。また会ったら、一緒にラーメン食べましょう!!」

「そうじゃな。ところで鷺宮とやら、早く食べた方が良いぞ。ラーメンが伸び始めておる」

「え? ああ!? 私のラーメンがぁ~」

 

 

 尊彦の言葉で自らのラーメンを見れば、彼の言う通り麺が伸び始めていた。どうやら、二人の食べる様を見ている内に自分の箸は止まっていた為、こうなるのは当然である。慌てて食べる姿を尻目に尊彦は会計を済ませて立ち去った。

 

 

 その後、何とか完食したがラーメンは完全に伸びてしまい、鷺宮は二人の様に満足する事は出来なかった。

 

 

【本日の勝敗 鷺宮の敗北 楽しみにしていたラーメンを堪能出来なかった為】

 

 

 

 

「こんにちは。あれ? 今日は鷺宮先輩だけですか? 他の先輩達は何処へ?」

「ああ。白銀くん達は部活連の会合に出てるわよ。本来は私も出る予定だったけど、生徒会の仕事を片付ける人も必要という事でね。庶務の私がそれを請け負った訳なのよ」

「そうでしたか。それと石上も来てないですね。もしかして、サボりでしょうか?」

「石上くんなら帰したわ。近い内にある試験に備えて勉強するそうよ」

「成程。そういう事情でしたか。しかし、不真面目な石上が勉強って、明日は嵐が来そうですね」

 

 

 

 鷺宮から事情を知ったミコは、厳しい言葉を吐くものの。その表情は穏やかだった。顔を合わせる度に喧嘩する二人であるが、何だかんだで認めている所もあるのだろう。

 

 

 

「じゃあ、私はこっちの書類を片付けますね」

「分かった。じゃあ、お願いするわ」

「それと鷺宮先輩…。音楽聴いても良いですか?」

「ええ。構わないわよ」

「ありがとうございます」

 

 

 

 鷺宮の許可を得て、ミコはスマホを取り出して音楽を聴き始めた。別に許可を取る必要は無いのだが、それを聞いてくる所は真面目なミコらしい。そんな事を考えていると、鷺宮の耳にある音が聞こえてきた。

 

 

 

(これは雨の音? 外を見る限りは降っていない。ならば音の出所は……やっぱり伊井野さんのスマホだ。どうする? 此処は指摘するべきかしら? まあ良いか。この手の物は癒されるし、黙っておこう)

 

 

 

 スマホにイヤホンがしっかり接続されておらず、ミコが聴いている音が部屋に響いていた。しかし、断続的に響く雨音は何処か安らぎを与えてくれるのも事実。特に何も言うまいと書類仕事を再開した時、鷺宮の耳はある音を捉える。

 

 

 

 その音とは蛙の鳴き声。降り注ぐ雨の音に合いの手を入れる様に鳴く蛙。自然の中では違和感が無い音であるが、室内で聴くには違和感を感じてしまうのは無理もない。そんな鷺宮の耳に飛び込んできた次の音、それは呻く様な動物の鳴き声だった。

 

 

 

(な、何この鳴き声。山羊…じゃないし、羊でもない。私も聞いた事の無い声だわ。というより、伊井野さんは何を聴いているのよ!! 流石に音が漏れている事を言うべきだろうけど、あの表情……かなり癒されてるみたい。こんな不気味な声で癒されるとか、あの子も藤原さん同様に色物枠なのかしらね? 下手な事を言うと後々、面倒な事になりそうだし、放っておこう。不協和音だけど、我慢出来ない事もないものね)

 

 

 

 音漏れの事を告げるか否かを悩んだ挙句、鷺宮は黙認する事にした。もし伝えれば、ミコに恥を掻かせるだろうし、二人の関係も気まずくなってしまう。そうなれば、周りも自分達の事で気を使わせる事になるのは明白。此処は自分が我慢すればいい。暗示を掛ける様に自身に言い聞かせて鷺宮は仕事を再開する。

 

 

 

 しかし、此処で伝えておくべきだったと鷺宮は後悔する事になる。

 

 

 

 

 

 

 それから数十分が過ぎた頃、漸く不協和音に慣れた鷺宮は淡々と書類を片付けていた時。再び異様な音が部屋の中に響いてきた。

 

 

 

『…だよ。君は素晴らしい。だから自信を持って良いんだよ。大丈夫、君は素敵なんだから』

 

 

 

「………」

 

 

 

 それは若い男性が褒め続けるという癒しボイスだった。それだけならばまだ良いのだが、件の男が喋る声は妙にキザったらしく、これが鷺宮の癇に障った。流石に我慢の限界に来た鷺宮がある行動に出る。

 

 

 

「ごめん。伊井野さん。私も今日は帰るわ」

「へ? でも…まだ仕事が残っていますよ?」

「分かってるわ。だけど、私も試験勉強がしたくなったからね。白銀くん達が戻ったら、そう言っておいて」

 

 

 

 急に立ち上がり、帰る宣言をする鷺宮に驚いたミコが言葉を返すも鷺宮は気にした様子もなく。素早く帰り自宅を整えると生徒会室をあとにした。

 

 

 

「…一体、どうしたんでしょうか? まあ、私も今日は帰ろうかな」

 

 

 

 一人残されたミコもこれ以上、仕事をする気分で無くなり、『今日は帰りますと』書き置きを残した後。戸締りをして部屋を去っていった。

 

 

 

【本日の勝敗 鷺宮の敗北】

 

 

 後日、ミコの性癖が生徒会役員達にバレる事になったのは別の話。

 

 

 

 

 

 食欲の秋。この時期になると様々な食材が旬を迎え、多くの人が食を楽しむ事からそう呼ばれている。

 これには老若男女関係せず、生徒会でも例外ではない。

 

 

 

「そういや、この間…親戚が松茸を贈って来たんですよ」

「ほー。それは羨ましい事だな。実際に買うとなると一万円くらいだろう? 庶民には敷居の高い食べ物だよな」

「大体はそうですね。まあ、五千円で買える場合もありますけど……」

「うーん。だとしても私は買わないかな。食べ物だし、値段が安いと後が怖いもの。だったら、薩摩芋とかどう? これなら値段も手頃だし、安くても美味しく食べる事が出来るよ」

 

 

 松茸について楽しそうに話す白銀達に続いて、鷺宮も会話に混ざる。無論、自分の好きな食べ物をアピールする事も忘れていない。

 

 

 

「薩摩芋ですか。それも乙な物ですよね。焼き芋だけでなく、大学芋とか僕は好きですよ」

「ほう。だとするなら、薩摩芋の甘露煮も良いぞ。あれも意外とご飯のおかずに持って来いの一品だ」

「どれも最高よね。最近だと薩摩芋料理のレシピも増えてるみたいよ」

 

 

 

 

 いつの間にか薩摩芋の話に夢中になる三人。この談義はかぐや達が生徒会室に来るまで続いた。

 その後、折角だからと皆で焼き芋を食べに行こう。そう提案する藤原に珍しくかぐやも賛同し、生徒会の全員で焼き芋を食べる事になった。

 

 

「作戦成功ね」

「え? 鷺宮先輩、何か言いました?」

「ううん。何でもないわ」

 

 

 

 密かに呟いた言葉にミコが反応するが、鷺宮は笑顔で誤魔化すと彼女の背を押していく。その背後では鷺宮は薄らと笑みを浮かべていた。そう、今回は鷺宮の策略だった。

 

 

 

 今日の登校途中に焼き芋の販売車を見掛けて、食べたくなった鷺宮。しかし、一人で買うのは些か寂しい。ならば、他の人を誘って買う事を考えたが昨今の人達が興味を示すと思えない。どうするか悩んでいた所に偶然にも白銀達が食べ物の話を始めたのを見て、策を仕掛けた訳である。

 

 

(多少、話の流れが強引かと思ったけど…石上くんが上手い具合に乗ってくれて良かったわ。今日、あの子が食べる焼き芋は私が奢って上げようかな。何にせよ、久しぶりの焼き芋。楽しみだなぁ)

 

 

 

【本日の勝敗 策略を成功させた鷺宮の勝利】

 




最後まで読んでくれてありがとうございます。


秋と言ったら焼き芋ですよね。
他にも色々あるけど、秋に食べると美味しい食べ物だと思います。



次回も日常の話を予定しています。それではまた


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第26話 生徒会は作りたい/鷺宮は見たくない/鷺宮は回避したい

最新話、遅くなって申し訳ありません。

本日は日常回の三本立てとなってます。


「第一回 生徒会料理対決~。一番美味しい料理を出すのは誰なのか!? 参加する皆さんの意気込みを聞いてみましょう!」

 

 

 学園の調理室にて、藤原が声高々に料理対決の開催を宣言した後、参加する役員達に声をかけた。

 

 

「勿論、全員倒して俺が勝つ」

「いいえ。そうはさせません。僕の意地にかけて会長には負けません」

「何で私も参加する事になったの?」

「璃奈さんと同じ意見です。私達は関係ないでしょう」

 

 

 闘志を露わにする男子二人と反対に女子二人は面倒そうな気持ちを隠す事なく、主催者の藤原を問い詰める。普通なら鷺宮達の雰囲気に気圧されてしまうだろう。だが、当の藤原がその程度で臆する筈もなく、二人の問いに平然と答える。

 

 

「それは人数合わせですかね。男子二人がやるなら女子二人がいた方がバランスも良いじゃないですか!!」

「だったら、藤原さんがやればいいじゃない」

「そうですよ。私と璃奈さんでなくとも、伊井野さんと藤原さんで十分でしょう」

「おやおや~。もしかして、二人は料理が出来ないんですか? そういう理由でしたら辞退しても構いませんよ」

 

 

 藤原の返答に納得が出来ないと異を唱える二人。しかし、此処でも藤原は動じる事なく、ニヤリと笑みを浮かべると煽る様な言葉を返した。

 

 

「…馬鹿にしないで!! 出来るに決まってるでしょ」

「全くですね。そこまで言うならやってやりましょう」

「ええ。二人にも期待してますよ」

 

 

 売り言葉に買い言葉。これが藤原の挑発である事を理解していたが、馬鹿にされては鷺宮達も引き下がる訳にいかない。二人共、料理の腕にはそれなりの自信を持っている。だからこそ、藤原の言葉は許せなかった。何が何でも藤原に己の実力を認めさせてやる。当初、やる気が無かった二人の心は闘志で熱く燃えていた。

 

 

 

「作る料理は自由で一品のみ。制限時間は三十分です。さあ始め!!」

 

 

 

 藤原の合図で四人は一斉に調理を開始した。真剣な表情でそれぞれが得意な料理を作る姿を藤原とミコは静かに見守っていた。その間に時間は進み、あっという間に三十分が過ぎた。

 

 

 

「全員そこまで!! それでは僭越ながら私、藤原と伊井野ミコの二人で審査します。まずは石上くんの料理から行ってみましょう」

 

 

 藤原の言葉に従い、石上は堂々とした態度で料理を二人の前に置く。石上が作った料理は卵焼きというシンプルな家庭料理だった。香しい匂いと共に立ち込める湯気が焼き立てである事を強く主張している。それは藤原とミコの食欲を掻き立て、二人は匂いに誘われるままに卵焼きを口へ運んだ。

 

 

 そして二人は衝撃が奔る。口内に広がるのは絶妙な塩加減。辛すぎる事もなく、また甘すぎる事も無い。それでいて、丁度良い熱さのおかげで頬張っても火傷をする心配もない。正直、出された直後は只の卵焼きと内心は馬鹿にしていたが、此処まで素晴らしい出来栄えに感動していた。その証拠に普段、石上に辛辣なミコも目を輝かせて夢中で卵焼きを食べている。

 

 

 

「これは…素晴らしいの一言ですね。絶妙な味加減で単品でもいけます。私の評価は十点満点中、九点です」

「私は…八点。美味しいけど、少し量が足りないのが駄目です」

「一品だから仕方ないだろ。だけど、褒めてくれて嬉しいですよ」

 

 

 ミコの評価にぼやく石上だが、思いの外に高い評価に照れ臭そうだった。この様子に他の三人も石上の卵焼きに興味を抱いていた。手の込んだ料理もそうだが、シンプルな料理も意外と難しい。それでいて、あそこまで審査の二人を感動させるのだから、本当に美味しいのだろう。だけど、自分の料理だって負けていないと。

 

 

「次は鷺宮さんの料理にしましょう。何を作ったのか楽しみですね~」

「期待に添えるか分からないけど、私の力作よ。さあどうぞ」

 

 

 

 指名された鷺宮は二人の前に料理を置くと、被せていた蓋を取り外す。鷺宮が作った料理。それはサバの味噌煮であった。先の石上と同じく、シンプルな家庭料理だが…調理が難しい品である。

 

 

 香しい味噌の香りが藤原とミコの食欲を刺激する。二人はまる誘われる様に箸を手に取り、サバの味噌煮を口に運ぶ。

 

 

「こ、これは‥‥驚きました。たった一口で広がる味噌の味と香り。それに柔らかくなる程、煮込んでいるのに崩れない切り身。味加減と火加減。しっかりと整っている絶品。私の評価は十点ですね

「…私も十点。それほど美味しいです。ご飯があったら、お代わりしても食べたいくらいです」

「大袈裟だよ。只、レシピ通りに作っただけなのに」

 

 

 ベタ褒めする二人に鷺宮も些か照れた様子を見せた。先の石上を上回る評価を得た鷺宮がトップになり、残った白銀とかぐやの表情に緊張の色が浮んだ。この催しは藤原にとって、単なる暇潰しだろう。しかし、勝負に参加した以上は負けるつもりはない。二人の間には自然と火花が散っていた。

 

 

 

「順番に行きたい所ですが…下校時刻も迫っているので最後は二人同時にお願いします」

「此処に来て、適当だな。どうせ飽きたのもあるんだろう?」

「まあ良いではありませんか。手っ取り早く決着が付く事ですし」

「そうですよ。じゃあ、二人の料理をお願いします」

 

 

 図星を突かれて藤原は一瞬、焦りの表情を見せたが…かぐやのフォローを上手く利用して誤魔化した。あからさまな態度に突っ込みたい白銀であったが、かぐやの言う通り手っ取り早く終わるのは都合がいい。それも理解できる為、言葉を飲みこんで白銀は作った料理を藤原達の前に置いた。

 

 

「さて、お二人の料理は何かな~?」

 

 

 被せてある布を外すと露わになった料理に藤原は絶句した。白銀とかぐやが作った料理。それはおにぎりと味噌汁だった。此処に来て、尤もシンプルな料理に些か藤原は不満を抱く。何せ、日頃から自炊をして料理が上手い白銀。片や四宮家の英才教育でプロを凌ぐ実力を持つかぐや。この二人が作る料理に多い気に期待していたからだ。なのに蓋を開けば、この結果である。隣に座るミコに視線をやれば、彼女も若干、不満そうな表情を浮かべていた。

 

 

 

「会長。シンプルイズベストは良いんですけど、最後におにぎりは無いんじゃないですか?」

「そうね。絶対に勝つと言いながら、これって…私達を甘く見てるの? 流石におにぎりと味噌汁に負けないわよ」

 

 

 傍観していた石上と鷺宮も堪らず口を挟む。だが、白銀は鷺宮達の言葉に動じる事はなく、寧ろ自信溢れる様子で口を開いた。

 

 

「言いたい事は分かるが、まずは食べてみてくれ。そうすれば、全て分かる筈だからな」

「ええ。見た目が全てじゃありませんからね」

「ほう。随分と自信満々ですね。そこまで言うなら頂きます」

 

 

 

 此処まで堂々とするのだ。きっと何かあるのだろう。それを確信して藤原達はおにぎりと味噌汁を一口ずつ食べた。

 

 

 

「こ、これは‥‥最高に美味しいです。食べた時に広がるお米の甘味と食感。そして適度な塩気が食欲を加速させてくれます。この味噌汁も…素晴らしいの一言ですよ。具も食べやすい大きさで、尚且つ味噌汁と噛み合っています。口に残った米を潤しながら喉に流してくれる様は、人に例えるなら夫を甲斐甲斐しく支える妻のようですね。私、料理でこんなに感動したのは初めてですよ。本当は十点評価ですが、私は百点を与えます。今回の料理対決…勝者はこの二人で決まりです!!」

 

 

 

 涙を流しながら自らの想いをぶちまける藤原。しかし、当の二人は藤原の言った言葉に反応して、それ所では無かった。顔を赤くして逸らす仕草の白銀達を鷺宮と石上は冷めた表情で見つめた後、静かに調理室を出て行った。未だにもじもじする白銀とかぐや。そして感動して涙を流す藤原と無言でおにぎりと味噌汁を食すミコだけが残り、調理室に妙な空気が漂っていた。

 

 

 

 

【本日の勝敗 白銀とかぐやの勝利】

 

 

 

 鷺宮が生徒会に顔を覗かせると、居たのは白銀一人だけであった。

 

 

「こんにちは。あら? 今日は白銀くんだけなの?」

「ああ。今日は他の皆は用事があるらしくてな。俺も帰ろうと思ったんだが、会長の判が必要な仕事があって残ってるわけだ」

 

 

 普段いるメンバーがいない事を尋ねると、白銀は事情を教えてくれた。彼曰く、自分も帰ろうとしたらしいが、会長直々の仕事があるらしく。それで残っていた様だ。

 

 

「そうなんだ。だったら、私も手伝おうか? 幸い、私は用事が無いし、二人でやれば早く終わるでしょう」

「…そうだな。じゃあ、こっちの書類を頼めるか? 終わったら俺の机に持って来てくれ」

「了解。任せておいて」

 

 

 

 話を聞いた鷺宮は自分も手伝う事を申し出た。当の白銀も流石に一人では手が余ると考えたのだろう。鷺宮の申し出に素直に頷くと机の書類を彼女に手渡した。それを受け取り、鷺宮は手頃な場所に腰を下ろすと慣れた手付きで書類を捌いていく。その様子を白銀は仕事の片手間に眺めていた。自分も仕事の速さに多少なりとも自信を持っていたが、鷺宮の仕事は白銀よりも早かった。やはり庶務を務めるだけあって、その点に置いては敵わない様だ。

 

 

 

 二人でやっていた事もあって、多かった書類も早く片付ける事が出来た。終わった書類を纏めた後、白銀は手伝ってくれた鷺宮に感謝の言葉を口にする。

 

 

「鷺宮、手伝ってくれて感謝する。何かお礼をさせてくれ」

「別に気にしなくてもいいよ。どうせ、帰っても特にやる事は無いからね」

「だが、何もしないというのもなぁ」

 

 

 

 何かお礼をしたいと言う白銀に鷺宮は首を横に振って断った。今回の事は自分から手伝うと言ったのだ。それに予定が無い以上、庶務として会長を補佐するのは当然の事である。しかし、白銀も気が済まないのか。更に食い下がってきた。ならばと鷺宮は一つの提案を彼に伝えた。

 

 

「じゃあ、一緒に本屋行こうよ。それでチャラって事でいいわ」

「分かった。だけど、それだけでいいのか? 良かったら本の代金も出してもいいぞ」

「流石に悪いからいいよ。それに行く本屋は少し遠いから帰りも遅くなるしね。途中まで送ってもらうのも込みというのもあるからさ」

「成程。それなら早く行くとするか」

 

 

 話が纏り、二人は戸締りをした後で本屋に直行した。

 

 

 

「そういや、鷺宮は此処の本屋に良く来るのか?」

「まあ、割と足を運んでるよ。品揃えも良いし、無い本はすぐ取り寄せてくれるからね。それにイートインコーナーもあるから便利なのよ」

「へえ。そいつはいいな。買った本をその場で読める訳か」

 

 

 鷺宮の言う通り。店の一角にはイートインコーナーが存在していた。見た所、それなりのスペースもある為、ゆったりと過ごす事も出来る様になっている。店内も明るい雰囲気で居心地も良い。今後は自分もこの本屋を利用しようと心に決めた。

 

 

 

「じゃあ、私は適当に店内を見て回るから白銀くんも自由に見ていいよ」

「ああ。分かった。終わったら、何処で合流するんだ?」

「そうね。なら、用が済んだらイートインコーナーで会おうよ」

「そうするか。それじゃあ、後でな」

 

 

 

 

 あとの事を話し合い、結論が出た所で二人は自由行動を始めた。白銀と別れた鷺宮の背後からある人物が歩み寄ると彼女の肩を叩いて声を掛けてきた。

 

 

 

「…ねえ。どうして璃奈さんが会長と一緒にいるんですか? しっかりと説明してくれますよね?」

「え? か、かぐやさん!? どうして此処にいるの? それにその格好は一体?」

「質問に質問で返さないでください。此処じゃあ、人目に付くのでとりあえずこちらに」

 

 

 

 突然、声を掛けてきたかぐやに引きずられて鷺宮は人気の無い場所へ連れて行かれた。見た所、不機嫌な有様を隠さないかぐやに逆らうのは得策じゃない。そう判断して鷺宮は大人しく従った。

 

 

 

「さて、改めて聞きます。何故、璃奈さんが会長と一緒にいたんですか?」

「只の偶然よ。今日、生徒会に顔を出したら白銀くん一人でさ。それで仕事を手伝ったのよ。その後、お礼をしたいと引き下がらなくてね。折角だったから、本屋に同伴してもらった訳。この本屋、家から少し遠いし、帰りは遅くなるから一人だと不安だもの」

「…そういう事でしたか。それは申し訳ありませんね」

「まあいいよ。それでこっちも聞くけど、どうしてかぐやさんはそんな恰好で本屋にいるの?」

 

 

 

 事情を説明し、かぐやが納得した所で次は鷺宮が問い掛けた。普段と違い、帽子にサングラス。明らかに怪しい格好でうろつく理由が分からない。かぐやは周りを気にしながら、白銀の方を見ると静かに指差して訳を話し始めた。

 

 

 

「実は…早坂とちょっとした喧嘩をしたのよ。あの子、私が未だに会長に想いを伝えられないヘタレと言い張ってね。その言葉に腹を立てて、だったら貴女が会長を落として見せろと啖呵を切ったら、早坂も怒ってしまって、落としてやると息巻いてね。それで今日、会長を尾行してたら璃奈さんが一緒にいたから驚いたわ」

「…そう。全て合点がいったわ」

 

 

 

 かぐやの話を聞いて、鷺宮は内心深い溜息を吐く。今日、生徒会にいない理由もこれ故だろう。まさか、副生徒会長が私用で仕事を放り投げた事に呆れると同時に無茶ぶりを言われた早坂に同情していた。

 

 

 

「ところであっちゃんは何処にいるの? 態々、見張るという事は此処に来てるんでしょ?」

「あそこよ。今、会長とイートインコーナーで話してるわ」

 

 

 

 再び白銀に視線をやれば、確かに一人の少女が隣にいて白銀と談笑している。遠い為、会話の内容は聞こえないものの。二人の雰囲気から会話は弾んでいるようだ。

 

 

 

「…早坂。上手い具合に会長の取り入ってるわね」

「まあ、学校でも社交的だからね」

「それは知ってます。しかし、ああも簡単に話せるのは少し納得いかないわ」

 

 

 

 影から嫉妬の念を送るかぐやと鷺宮は、本日何度目か分からない溜息を吐く。顛末が気になる所であるが、自分も本屋に用がある以上、此処で時間を潰す訳にいかない。鷺宮は隣にいるかぐやに声を掛けるも上の空でまともに聞いていなかった。

 

 

 

 

 それから本屋を物色する事、数十分。買う本の精算を済ませて、鷺宮がイートインコーナーに足を運べば傍にはまだ早坂がいた。

 

 

 

 

(え~~。まだ、あの勝負は続いているの? もう外も暗いし、これ以上は待てないわね。とりあえず、一人で帰ろうかな。一応、白銀くんには親が迎えに来るからとメール送ればいいわね。かぐやさんもいい加減に想いを伝えたら良いのに…。だけど、白銀くんと話してるあっちゃん。いつもより自然体だったわね。まさか、あっちゃんも白銀くんの事を? そんな訳無いよね)

 

 

 

 二人の事を考えた瞬間に、胸に奔る一筋の痛み。それを誤魔化す様に鷺宮は足早に本屋を立ち去った。

 

 

 

【本日の勝敗 鷺宮の不戦勝 面倒事を回避した為】

 

 

 

 

「悩み相談に乗って欲しいねぇ。あーまた何かあったの?」

「今度は一体どうしたんですか?」

「何でそんな嫌な顔をしてるんですか? 生徒の悩みに耳を傾けるのも生徒会の役目ですよ」

 

 

 秀知院生徒会の活動には悩みを抱える生徒の相談も含まれている。此度、そんな悩みを抱えて一人の女子生徒が生徒会に足を運んでいた。その人物は柏木渚。ある意味、お悩み相談の常連と言える柏木の悩み。それは自分が付き合う恋人の事である。今回、その悩みに対応する鷺宮とかぐやとミコの三人。柏木達の悩み相談に良い記憶が無い二人は顔を顰め、それを知らないミコは二人の態度を諌めた。正直な所。この相談に乗りたくないが、ミコの言う様に生徒会の役目を放棄する訳に行かない。気持ちを切り変えて、鷺宮は柏木に悩みを話す様に促した。

 

 

 

「実は…私、彼氏に浮気されたんです」

「…それは大変だったわね。それで一体、私達にどうして欲しいの?」

 

 

 想像以上に重たい内容に三人は絶句する。まさか、高校生の口から出るとは思えない生々しい悩み。辛うじて言葉を返す鷺宮にかぐやとミコは心の中で拍手喝采を送った。だが、次に柏木の口から出た言葉に三人は再び言葉を失った。

 

 

 

「はい。実は迷っているんです」

「迷う? 彼氏と別れるか否かを?」

「いえ。彼氏か浮気相手…どっちをヤルかについて」

「待った!! それはお願いだから止めて。もう少し穏便な方法を選ぼうよ」

「だって許せないじゃないですか。こんな惨めな思いをさせられて黙ってられません」

「…そ、それでも駄目だって。偶々、何かの用事で一緒にいたという可能性もあるんだし、浮気と決め付けるのは早いよ」

 

 

 突然、物騒な事を言い出した柏木を鷺宮が必死で宥める。その二人を見て、ミコは漸く二人が彼女の相談に乗り気でなかった理由を知った。最初は生徒の悩みを聞いて寄り添い、そして解決に導く。そんな青春ドラマ的な事を想像していたが、蓋を開けば内容はドロドロとした恋愛の縺れ話。しかも相手に危害を加えると平然に言い放つ始末。

 

 

(ああ。鷺宮先輩と四宮副会長が悩み相談を嫌がる理由。こういう事情があったんだ。確かに毎回、こんな相談を聞いていたら…私だって嫌になる。それにしても鷺宮先輩は凄いな。あの四宮副会長さえ、引く様な人に面と向かって話せるんだから。私は怖くて何も言えなかったのに)

 

 

 鷺宮の行動に感心するミコであるが、実際は己の保身の為であった。実の所、柏木の言う浮気相手が誰を指しているのか鷺宮には心当たりがあるからだ。そう。つい先日、柏木の彼氏である翼と鷺宮は街へ出かけた事があった。尤もそこに恋愛的な感情は一切なく、只単純に翼に柏木のプレゼントを選んで欲しいと頼まれたからである。しかし、不運にも一緒にいる所を柏木に目撃されていた。恐らくは街へ行った事も柏木にバレていると鷺宮は悟った。何故なら、柏木が相手をヤルと言った際、その昏い眼は鷺宮を捉えていたからだ。

 

 

(不味い不味い不味い不味い不味い不味い不味い。これは非常に不味い展開だ。もし…柏木さんの口から浮気相手が私だなんて言われたら全てが終わる。たとえ誤解だと言っても…この状況じゃ誰も私の事を信じたりしないだろうし、何より一緒に出掛けた事実がある分、私の言葉に信用性は全くない。何より、怖いのが藤原さんに知られる事よね。あの人、何かに付けて恋バナに首を突っ込むし、それ以前に私の事を未だに肉食系と思ってる。そんな彼女に知られたら、噂は十分足らずで学園に広まってしまう。畜生、私のバカ野郎。こんな事になるなら、あの時キッパリ断れば良かった。いや、今は愚痴を溢すよりも柏木さんをこの場から遠ざける事が先決ね。よし、そうと決まったら即実行あるのみ)

 

 

 

「と、とりあえず本人に直接確認してみよう。私も一緒に行くからさ」

「そうですね。私も璃奈さんの意見に賛成ですよ。結論を出すのは話をしてからでも遅くは無いでしょう」

「私も先輩達の言う通りだと思います」

「…分かりました。私も彼と直に話してみます」

 

 

 

 かぐやとミコの援護もあって、一旦は窮地を免れるも根本的な解決はしていない。何故なら今も柏木は鷺宮に冷たい視線を送っていたから。

 

 

 

 

 

 

 生徒会室を出た後。翼を探して学園を歩く二人の間に会話は無く、重い空気だけが漂っていた。前を歩く柏木がどんな顔をしているのか。それは容易に想像が出来た。何せ、すれ違う生徒が柏木を見た途端に顔を逸らすのだ。この調子では自分だけでなく、他の生徒まで巻き込み兼ねない。一刻も早く翼を探そうと思った矢先。当の本人が目の前から現れた。

 

 

「あ、渚。此処にいたんだ。ずっと探してたんだよ」

「何よ。私に何か用なの? 本当は鷺宮さんに用があるんじゃないの?」

「うん? どうして鷺宮さんが出てくるんだい?」

「惚けないで!! この間、二人で街に行ってたわよね。私は全部知ってるのよ」

「あー。バレていたんだ。実はその事で話があったんだよ」

 

 

 嬉しそうに話しかける翼と対称的に柏木は冷めた声で返事を返す。どうやら隠していた事がバレてしまったと知った翼は観念して、全ての事情を話す事にした。

 

 

 

「一体、何の話なのよ。私と別れたいって事?」

「え? 僕が渚と別れるだって? ははは。そんな訳無いじゃないか。僕の用事はこれだよ」

 

 

 別れ話を切り出す渚の言葉を否定して、翼が懐から取り出した物。それはハートの飾りが付いた一つのネックレス。尤も学生が買う物だけあって、簡素な品であるが渚には何よりの贈り物であった。

 

 

「付き合ってから半年経つだろう。実はその記念としてプレゼントを渡したいと思っていたんだけど。僕は渚の喜びそうな物が分からなくてね。そこで鷺宮さんを頼ったんだ。一緒に渚に贈る品のアドバイスをして欲しいってね」

「そう…だったんだ。その、ごめんね。私、変な勘違いして酷い事を言ったよね。あれは…本心じゃないから」

「分かってるよ。さあ、今日は帰ろう」

「そうね。そうそう、帰りにクレープ食べていかない? 良い店を見つけたから」

「いいね。僕も食べてみたいよ」

 

 

 

 翼のプレゼントで気を良くした渚は、彼と仲直りして元の鞘に収まった。そして鷺宮がいた事など、気にも留めず二人は手を繋いで去って行く。それを見ていた鷺宮の胸中は複雑で、問題が解決した喜びと目の前でラブコメを演じた事に対する怒りが渦巻いていた。堪らず叫びたい衝動に駆られるも、爪が食い込む程に拳を握りしめてその衝動を抑え込む。

 

 

 

「はあ。やってられない。私も今日は帰ろう」

「ねえ。璃奈、少しいいかしら? あんたに話があるのよ」

「え? 眞妃さん。話って何? それに顔がいつもより怖いのだけど…」

 

 

 

 鷺宮が帰ろうとした時、彼女の背後から眞妃が声をかけてきた。元々、きつい印象の彼女であるが…今日はいつに増して雰囲気が鋭いと感じるのは鷺宮の気の所為ではないだろう。そして眞妃の話とは、大方翼絡みであると、自身の直感でそれを悟った。

 

 

 一難去ってまた一難。今日は厄日だと己の不運を呪いながら鷺宮は真紀の後を付いて行った。その後、鷺宮は真紀の誤解を解きながら、二度と恋人がいる生徒の頼みは聞かないと心に誓った。

 

 

 

【本日の勝敗 鷺宮の勝利 恋人達に振り回されたが、最悪の結末を回避出来た為】

 




今回のお話、いかがだったでしょうか?


食欲の秋に因んで生徒会役員達で競う料理対決。果ては嫉妬に狂う柏木さん。
最初は普通のキャラだったのが、今や一足先に大人の階段を登っているのが面白い所ですよね。


次回は眞妃さんの出番を含めた日常回を予定しています。
それでは次回もお楽しみに


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第27話 かぐや様は誘いたい/かぐや様は出かけたい/生徒会は励みたい

最新話、お待たせしました。


これが今年最後の投稿です。


「璃奈さん。少し話があるのですが、構いませんか?」

「私に話があるの? まあ予定は無いから大丈夫よ」

「ええ。出来れば…璃奈さんと二人だけで話したいので皆さんは席を外してくれませんか?」

「分かった。じゃあ、戸締りとかは四宮達に任せるとしよう」

 

 

 生徒会の仕事が終わり、帰宅の途に着こうとした鷺宮をかぐやが引き止めた。どうやら鷺宮に話したい事があるらしい。それに鷺宮は二つ返事で頷く。また鷺宮と二人で話したいと告げるかぐやに白銀は同意すると、他の役員達も何も言わず部屋から立ち去った。二人きりになった所でかぐやが口を開いた。

 

 

 

「それで話なのですが…明日の休日、良ければ一緒に出かけませんか?」

「明日かぁ。特に予定は無いから私は大丈夫だよ」

「それは良かったです。詳しい時間については後々、メールでお伝えしますね」

 

 

 

 かぐやの話とは鷺宮と外出したいとの事だった。無論、鷺宮も断る理由は無い為、かぐやの誘いを受ける事にした。それと同時に一つの疑問が頭に浮かび、鷺宮はその疑問をかぐやに訊ねた。

 

 

 

「だけどさ。どうして二人きりで話そうと思ったの? 外出の誘いなら皆の前でも良かったんじゃない?」

「最初はそう思いましたよ。ですが、今回は璃奈さんと行きたかったんです。それに以前、藤原さんと出掛けた時は…騒がしくて疲れただけでしたからね」

「…まあ、それは確かに。でも、本人の前で言わないでね。間違いなく藤原さんが泣くから」

「言われなくても分かっていますよ。だからこそ、二人で話したんですよ」

 

 

 鷺宮の指摘にかぐやは呆れた顔で言葉を返した。何気なく腹黒い一面を見せる彼女も流石に友達を傷付けるつもりは無い様だ。まあ当の藤原が気付いてないだけだろうが、それは知らぬが仏であろう。また何処で誰が聞いてるかも知れない以上、この話題は止めておく方が良いと二人は会話を打ち切った。

 

 

 

 

 

 その夜、四宮別邸でかぐやは悩んでいた。休日の予定を送ると鷺宮に言ったものの。何処に誘うかを未だに決まっていなかった。友人達と出掛ける機会が増えたとはいえ、今までは人の後を付いて行くだけだった。藤原の様にお洒落な店も知らないし、石上の様に娯楽も詳しくはない。徒に時間が過ぎていく中、見兼ねた早坂がかぐやに声をかける。

 

 

 

「かぐや様。行く所が決まらない様でしたら、そこはりっちゃんに任せてはどうでしょう?」

「だけど、誘ったのは私なのよ。それに予定は私が伝えるとも言ってしまったし…」

「そう言いますが、かぐや様は一時間以上も悩んでるじゃないですか。明日の事ですし、余り遅くなっても本末転倒でしょう」

「分かってるわよ。只、私の事を璃奈さんが呆れたりしないかしら?」

 

 

 かぐやもこのままでは埒が明かない事は理解している。それでも決断出来ないのは、自分が言い出した事を人に任せるのは無責任と思うからだろう。変な所で臆病な主人に向かって、早坂は言葉を続けた。

 

 

 

「その程度でりっちゃんは呆れたりしませんよ。今までもかぐや様の我儘…いえ無茶振りに付き合ってくれたんですよ。今回も笑って済ませてくれますよ」

「そうね。ところでさっき私の事を馬鹿にしなかった?」

「気の所為でしょう。それよりも思い立ったら吉日。早く伝えないとりっちゃんが寝てしまいますよ」

 

 

 不意に漏らした早坂の一言に突っ込むかぐやだが、そこは慣れた様子で受け流すと早坂は鷺宮に連絡する様に促した。それにかぐやは苛立ちを覚えるも、早坂の言う事も尤もである為、素直に従う事にした。無論、あとで追及する事を決めながらも携帯を操作してメールを書き始めた。

 

 

 

 

「お、かぐやさんからメールだ。何々? 待ち合わせ場所は渋谷駅前に十時。それと明日の行く場所、考えて見たのですが…恥ずかしい事に何も浮びませんでした。自分が誘っておいて申し訳ありませんが、明日は私の行きたい所に行きましょう…か」

 

 

 かぐやから届いたメールにはそう書かれていた。きっと、このメールを送るまで凄く悩んでいたのだろう。僅か数ヶ月であるが、密接に付き合ってきた鷺宮にはそれが分かった。何にせよ鷺宮もかぐやとの外出を楽しみにしていた。明日行く場所を考えながら、鷺宮は早めに床へ就く事にした。

 

 

 

 

【本日の出来事 かぐやと外出決定】

 

 

 

 

 

 日曜の朝 いつもより早くに起床した鷺宮はスマホを眺めていた。昨夜、かぐやの頼みを聞いて遊びに行く場所を選ぶ事になったのだが、思ったよりも選んだ遊ぶ場所が多くなってしまった。休日とはいえ、一日で全てを回るなど不可能だ。それに気付いたのはつい先程の事である。

 

 

 

(私も楽しみにしていたけど、少々はしゃぎ過ぎよね。まあ冷静に考えれば広い都心を十ヶ所も回れないよね。さて行く場所かぁ。馴染みの本屋を回ってからお昼はラーメン。その後、行き付けの喫茶店で時間潰して解散。そんな所が妥当よね)

 

 

 

 女子二人で出かけるには色気が無い気もするが、鷺宮もかぐやも派手に遊ぶ方ではない。また明日は学校もある為、下手に連れ回して疲れを残しては本末転倒だ。遊びに行く場所が決まった所で鷺宮は朝食を食べた後、仕度を済ませて鷺宮は家を出た。

 

 

 

 

 

 

 電車を乗り継ぎ、目的の場所に着いた鷺宮はかぐやの姿を探すが見つからない。どうやら自分が先に到着した様だ。それならばと鷺宮はベンチに座って本を読み出した。自分が先に来た場合、こうするのがお決まりの行動となっている。本を読み始めて数分後、あとから来たかぐやが声を掛けてきた。

 

 

「遅れてすみません。待たせてしまいましたか?」

「ううん。つい数分前に来たばかりだよ。じゃあ、早速行くとしよう」

「ええ。まず何処に行くんですか? 璃奈さんの事だから楽しい場所なのでしょうね」

「あ、余り期待しないでね。あくまで普通の場所だから」

「分かっていますよ。さあ行きましょう」

 

 

 

 満面の笑顔で重圧を掛けてくるかぐやに鷺宮は引き攣った顔で釘を刺す。無論、これはかぐやの冗談なのだが、表情や声色を自在に操るかぐやの場合、それを見抜くのは難しい。大抵の人はこの演技に騙されてしまう。尤も、親しい人以外にはやらないのである意味では信頼の証と言える。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、以前にもこの本屋に来ましたが凄いですね」

「元々は普通の本屋だったらしいけど、客のニーズに応えて求める本を仕入れてくれる。これが噂になって大勢の客が来る様になったんだって。それでより沢山の本を揃える為、増築したんだと母から聞いたよ」

「大抵は人気の本を仕入れるだけど、そういう本屋もあるんですね。前に教えて貰った文具店もですが、璃奈さんは顔が広いんですね」

「あはは。殆どは母のおかげだよ。とりあえず自由行動にしよう。三十分後にイートインコーナーで落合いましょうか」

「そうですね。ではまた後で」

 

 

 改めて本屋を訪ねたかぐやはその広さに驚いていた。あの時は白銀と早坂を見張るのに夢中だった為、店の事は全く気にしていなかったものの、鷺宮の説明で此処が人気の本屋だと知った。一先ず、好きに見て回ろうと進言する鷺宮にかぐやは頷くと別行動を開始した。

 

 

 

 

 鷺宮と別れたかぐやが向かったのは文芸コーナーだった。棚には数多くの詩歌や戯曲等、文芸に関する書籍が陳列されている。しかし、そこにあるのは一度は読んだ事がある本ばかり。品揃えの豊富さはかぐやも認める程であるが、やはり物珍しい本は見つからない。文芸コーナーをあとにしたかぐやが足を運んだのはコンピューター類の本が並ぶ場所であった。

 

 

 

(そういえば早坂の部屋にはこんな本が沢山あったわね。折角だし、何冊かあの子の為に買って行こうかしら)

 

 

 適当に取った雑誌をパラパラと捲りながらかぐやは早坂の事を考えていた。思えば自分に仕えてくれる早坂に労う機会は殆ど無かった。近待に礼を述べる等、四宮としては失格なのかもしれない。だが、かぐやにとって早坂は友であり姉の様な存在だ。たまには立場を忘れるのも良いだろう。これを贈った時、早坂は喜んでくれるだろうか? 少し不安に思いながらもかぐやは本を抱えてレジに向かった。

 

 

 

 

 会計を済ませたかぐやは合流場所のイートインコーナーへやって来たが、鷺宮の姿は何処にも無い。時計を見れば、まだニ十分しか経っていなかった。どうやら自分が早く来過ぎた様である。幸いにも人が少なかった事もあって、座る席に余裕はあった。かぐやは適当な席に腰を下ろすと鷺宮が来るまで時間を潰す事にした。

 

 

 

 

 

「あっ、遅くなってごめんね。待たせたかな?」

「気にしなくて良いですよ。私もさっき来た所ですから」

「そう。じゃあ、次はお昼食べに行こうよ。美味しい店、知ってるから案内するわ」

「良いですね。私も些か空腹を感じてますし、行きましょう」

 

 

 

 時刻も十一時を過ぎていて、昼食を食べるに丁度良い時間だと二人は本屋をあとにした。

 

 

 

 

 

 

「着いた!! 此処が私の良く店だよ」

「…ラーメン屋ですか。藤原さんは分かりますが、璃奈さんも良く行くんですね」

「うん。とは言っても一月に一度だけどね。流石に頻繁に通う事は無いよ」

 

 

 

 鷺宮の案内で着いた場所は一軒のラーメン屋だった。鷺宮の様子からこの店が彼女のお気に入りだと分かる。只、意外なのは藤原と嗜好が被っていた事。藤原がラーメン好きなのは中学の時から知ってはいた。その当時は特に興味を示さなかった。単に栄養価の高い不健康な料理という考えしか無かった為である。しかし、実際に訪れてかぐやは興味を抱いた。店の前に漂う匂いは自然と人の食欲を刺激して惹き付ける魅力があった。

 

 

 

「とりあえず入ろうか。今日は休日だから平日より空いてるし、この時間帯はランチセットもやってるからさ」

「そうなんですか。ラーメン屋も色々あるんですね」

 

 

 

 鷺宮の言葉にかぐやは少しホッとした。彼女の中ではラーメン屋は一品物を扱う店というイメージだった。だが、時代の変化はラーメン屋も受けるのだとかぐやは知った。そして暖簾を潜るとお馴染みの店主が元気な声が二人を迎えた。

 

 

 

「あらぁ。何処かで見たと思ったら、璃奈ちゃんじゃないの。こうして会うのは久しぶりねぇ」

「あっ、美穂さん。此処で会うなんて奇遇ですね」

「璃奈さん、この方は知り合いですか?」

 

 

 二人を迎えたのは店主だけでは無かった。カウンターに座っている中年の女性が此方に気付くと店主に負けない声量で声をかけてきた。鷺宮も親しげに言葉を返す様子から知り合いだと分かる。かぐやは遠慮気味に鷺宮に訊ねた。

 

 

「ああ。そうだ。かぐやさんにも紹介するよ。この人は神野美穂さん。実を言うと秀知院学園の卒業生でね。以前に偶然出会って、意気投合したんだ」

「まあ。私達の先輩ですか。どうも初めまして。私は四宮かぐやと申します」

「……四宮? ああ、あの有名な資産家の一族よね。璃奈ちゃん凄い人と友達なのね」

 

 

 

 褒める美穂と裏腹に鷺宮は少し困った顔で頷いた。一体、どうしたのかとかぐやは思ったが、美穂が言った言葉を思い返して鷺宮の行動に納得する。鷺宮はかぐやと一緒にいる理由が四宮だからと思われる。それを気にしているのだろう。そうでなければ、もっと平然と言葉を返している。その気遣いがかぐやはとても嬉しかった。殆どの者はかぐやを四宮として扱うばかりでかぐや個人を見るものは少ない。だけど、鷺宮はしっかりとかぐや個人を見てくれている。

 

 

(貴女の事。また少し分かりましたよ。出来れば、はっきりと明言して欲しい所ですけどね。まあ今はこれ以上、求めるのは贅沢でしょうね。それを望むなら私も彼女にもっと歩み寄るべきなのかもしれない。今回はそれをする良い機会だわ)

 

 

 

 

「ええ。私も璃奈さんと友達になれて良かったと思っています。こうして璃奈さんお気に入りの店を教えてもらったんですもの」

「…へぇー。という事はかぐやちゃんも此方側なのかしら。だったら、今日は私がご馳走しないといけないわね。かぐやちゃんは何を食べるの?」

「私は無難に醤油ですね。あと自分の分は自分で払うのでお気になさらず」

「良いのよ。先輩からの選別。この店は私の馴染みでもあるのよ。だから此処は私の顔を立てて頂戴な」

「…そう言われると断れませんね。分かりました。此処はご馳走になります」

 

 

 

 美穂の施しをかぐやは断るが、先輩元々と言われては折れるしかない。先程、美穂は四宮と知って驚いていたものの。その後は普通に接する所を見ると、彼女も肩書きで人を判断する人間では無い様だ。だからこそ、かぐやも素直に頷いた。

 

 

 

 しかし、美穂の施しを断らなかった事をかぐやは凄まじく後悔する。

 

 

 

 

「それじゃあ、景気よく頼むわよ。りなちゃんはいつもの塩ラーメンでかぐやちゃんは醤油ラーメンだったわよね?」

「ええ。それでお願いします」

「私もそれでお願いします」

「分かったわ。店長~ 注文を言うわよ。私は特盛チャーシュー麺、特盛り塩ラーメンと特盛り醤油ラーメン。あと餃子を三人前もお願いね」

 

 

 

 

 美穂は二人に確認を取ってから、店主に注文を頼んだ。そこまでは何気ない光景なのだが、問題なのはその内容。美穂の口から出た言葉にかぐやは戦慄を覚えた。しかし最も驚いたのが鷺宮がそれを受け入れていた事。聞き間違えでなければ、美穂は特盛りと発言した。大盛りよりも更に量が多い物。だが、美穂と鷺宮は動じていない事から特盛りと言っても大した量では無いのだろう。ならば、自分も堂々としているのが正しいと思った矢先、出来上がったラーメンを見て再びかぐやは戦慄する。

 

 

 

(な、何よこれぇぇぇぇぇ! 一体何をどうしたらこんな料理がこの世に生まれるよ!? っていうよりもこの二人は何でそんなに嬉しそうにしてるの? 此処は驚くのが普通でしょう!! まさか、世間ではこの量が通常なのかしら? いや、そんな訳が無いわ。うう~ こんな事になるなんて聞いてないわよ)

 

 

 

 目の前で存在を主張する特盛りラーメンにかぐやは項垂れた。山の様に盛られたネギとメンマ、それを支える様に何枚ものチャーシューが置かれている。ざっと見て、十枚はあるチャーシューだけでお腹一杯になる程だ。何処から手を付ければ良いのか。初めて触れる大盛りメニューにかぐやはなす術もなく、時間だけが虚しく過ぎていく。そんな折、未だにラーメンを食べないかぐやに訝しんだ表情で鷺宮は話しかけた。

 

 

 

「かぐやさん 早く食べないと麺が伸びるよ」

「え、ええ。そうですね。今食べます」

 

 

 かぐやの苦悩など素知らぬ顔で鷺宮は早く食べる様に促してきた。これに些か苛立ちを感じたが、美穂や店主の手前、怒る訳にいかない。仕方無く食べ始めたかぐやであるが、無論食べ切れる筈も無く。最後は美穂と鷺宮の二人に助力を頼む事になった。今後出かける際、二度と鷺宮に行く場所を任せないと心に誓ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

【本日の勝敗 鷺宮の裁量を信用したかぐやの敗北】

 

 

 生徒会に集まり各々が仕事をしている中、ふと白銀は役員達に話しかけた。

 

 

「明後日は期末試験だが、皆は勉強は捗っているか?」

「ええ勿論ですよ。いつだって怠った事はありません」

「そうか。それと今回は試験に備えて、試験中は生徒会を休もうと思っている」

「唐突だね。普段なら生徒会業務もやっているのに」

 

 

 

 白銀の急な宣言に鷺宮は驚いた様子で言葉を返す。本来なら試験期間でも白銀は生徒会を休む事はせず、生徒の為に働いていた。故に今回も通常通りに行くのだろうと思っていたのだが、今回は違う様である。そんな役員達に説明すべく、白銀は再び口を開いた。

 

 

 

 

「本当なら必要ないと思うのだがな。だけど今は生徒会も人が増えた。今まで通り此処で勉強するにしても集中出来なかったら本末転倒だ。だからこそ、しっかり勉強が出来る環境を作らないといかんと思った訳だよ」

「成程~、会長は皆の事を考えているんですね」

「当たり前だろう。生徒会長として当然の事だ」

 

 

 無論、この言葉は嘘である。内心では白銀は誰の事も気に掛けてはいない。試験において一位の座を守ってきた白銀にとって、試験期間は自分以外の同級生は敵でしかない。元々はかぐやだけを注視していたのだが、最近では鷺宮も順位を上げた事が白銀を追い詰める形になっている。理由はそれだけでない。以前と違い、かぐやとの間で起きた様々な出来事も原因だった。その所為か、自然とかぐやを目で追うようになってしまい。生徒会室で勉強しようにも集中出来ないのである。

 

 

「そうですね。確かに今の時期は図書館も人で溢れていますからね。自分の家でやる方が得策ですよ」

 

 

 

 そう言うかぐやだが、実際は嘘であった。家でやるにも一切勉強に集中が出来ていない。数日前、ふとした事で携帯が壊れてからスマホに乗り換えたかぐや。当然の事ながら、勉強する際にも手元に置いている。しかし、度々スマホに意識を持って行かれる事が増えていた。気軽に友人や白銀と連絡が取れるようになってから、一度触れてしまうと勉強そっちのけで会話に夢中になってしまい、気付けば全く勉強が進んでいない事に気付いて落ち込むといった悪循環に囚われていたのだ。

 

 

 また石上に勉強を教えている為、自分の勉強時間が減っているのも理由だった。それにかぐやが最も危惧しているのは鷺宮の存在である。いつぞやの試験では一点の差で勝てたが、次はどうなるのか分からない。何気にかぐやも追い詰められていた。

 

 

 

 

「試験休みは良いですけど、根詰め過ぎては駄目ですよ。それで逆に成績を落とす人もいますから」

 

 

 話を聞いていたミコも白銀に賛成の意を示した。口では根を詰めるなと言いつつも内心では喜んでいた。白銀と同じく学年一位の重圧と戦っていた。風紀委員として他者に強く言えるのは学年トップの威光があるからである。それを無くしてしまえば、今後は自分の言う事など聞いてくれない。そんな不安を抱えていた。故にじっくり勉強する機会を与えてくれた白銀に感謝していた。

 

 

 

勉学に励む者がいる一方で全く関心を示さない者もいる。それは例に及ばず藤原千花であった。口では成績が落ちる不安を溢しているが、実際の所は全て嘘偽りである。両親からお小遣いを減らされたのは事実なのだが祖父からたんまりと貰っている為、懐が寂しくなる事は無い。

 

 

 

 当然ながら役員達は彼女の嘘に気付いていた。しかし、それを口にしないのは自分達にはどうでも良い事だからである。様々な思惑が交差する生徒会室で鷺宮だけは平然としていた。以前はかぐやを蹴落とそうと鷺宮も相手の足を引っ張る行為に加担していたが、白銀と同様に鷺宮もかぐやと色々な出来事があって、今は蹴落とすという考えは捨てていた。それ故に争う理由が無い為、肩の力を抜いて勉学に励んでいた。

 

 

「そういや、今日は石上はどうしたんだ?」

 

 

 そんな時、白銀は生徒会に来ていない石上の事をかぐやに尋ねる。いつも顔を出す彼が今日に限ってきていなかった。

 

 

「さあ? 私も知らないですね。まあ今は試験期間中ですし、既に家に帰宅して勉強しているのでしょう」

「そうか。あいつも前回の事を反省している様だな。やる気を出してくれるのは俺としても助かる」

「実際はゲームしてるんじゃないですか? 石上くんの事ですし、勉強すると思えませんねぇ~」

「あり得ますね。石上の事ですから」

 

 

 かぐやの言葉に感心する白銀と対称に藤原とミコは石上の事を信用していなかった。しかし、かぐやの表情には何処か安堵の色が浮んでいた。その事に鷺宮と白銀は気付いたが、口に出す事はしない。水面下で何かをしているとしても、それはかぐやと石上の問題だ。それにかぐやが動いているのであれば、事態は好転しても最悪の事態は起きないだろう。そう信じているからだ。

 

 

 

 

 

 それから数日後。公開された試験結果は学年の一位を白銀とミコは死守し、次にかぐやが二位であった。その他に石上もある理由から勉強に励み、試験の順位を上げる事に成功したものの。自身の掲げた目標に届かず、一人悔し涙を流していた。最も驚くべきはかぐやと同じ場所に鷺宮の名が公開されている事である。今まで白銀に負けていたかぐやだが、自分に並ぶ者はいなかった。しかし、今回は鷺宮がかぐやの隣に並んだ。これを知って、負けた悔しさと強敵が増えた事にかぐやは、後輩の石上の前にも関わらず、地団駄を踏んでいた。それぞれの思惑が交差する四回目の期末試験は幕を閉じる。

 

 

 

 因みにこの出来事が切っ掛けで鷺宮を尊敬した女生徒達によって、鷺宮ファンクラブが結成される事になるのだが、これが後に鷺宮とかぐやに面倒を齎す羽目になるとはこの時、予想もしていなかった。

 

 

 

【本日の勝敗 今回も一位を逃したかぐやの敗北】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




夏以降からペースが落ちているので何とか元に戻したい。


次回から文化祭編に突入します。


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第28話 鷺宮は決意した/鷺宮は宣言したい/かぐや様は誘惑したい

今回から文化祭編に突入です。





 三者面談!!

 進路を決める為、二年生達は親を交えて行われる。進学か就職か。それは白銀達にとって、将来を決める大事な相談でもある。

 

 

 

「あれ? 今日、四宮先輩と藤原先輩は来てないんですか?」

「二人は今、三者面談だよ。二年生は全員だけど、私と白銀くんは最後の方だからね」

「ああ。来たる文化祭に備えて少しでも仕事を進めておこうと思ってな」

 

 

 

 かぐや達の不在を尋ねる石上に鷺宮と白銀は答えた。それを聞いて、石上は顔を顰めると自分の気持ちを口にする。

 

 

「あー もうそんな時期なんですね。嫌ですね。僕達、まだ高校生なのに進路を決めるなんて早計ですよ」

「馬鹿言ってんじゃないわ。そういう事を言ってる間に時間は過ぎていくのよ。いざやりたい事が出来た時に行動しても遅いの。あんたも今から真剣に考えておいたら?」

 

 

 何処か舐めた様な発言をする石上にミコが釘を刺す。彼女の言葉に苛立ちを覚える石上だが、言っている事は正論である為、言い返す事は出来無かった。二人のやりとりを見ていた白銀はふと思う。普段から言い争うミコと石上であるが、それは互いの事を分かっている故の事だ。そういえば自分は鷺宮の事を良く知らない。同じクラスメイトであるが、話すのは大体が生徒会の事ばかり。偶に鷺宮自身の事も話す事もあったが、それらは断片的な物に過ぎない。そんな彼女は自分の将来をどう考えているのだろう? 純粋に気になった白銀は鷺宮に尋ねてみた。

 

 

 

「そういや鷺宮は進路はどう考えているんだ?」

「…私の進路? それを聞いてどうするのよ」

「いや参考までな。先の事とはいえ、他の人の意見も聞けたらと思ったんだ」

「成程ね。私は進学するつもりだよ。やりたい事も一応あるから」

「やりたい事? 将来の夢って奴か」

「うん。そんな所、私は考古学者を目指してるの。世界を渡り歩いて、まだ知られてない歴史を研究したり、自分で発掘した歴史の品を母の博物館に展示する。そうして多くの人に見てもらうのが私の夢だよ」

「へえ。そいつはロマンがあって良いなぁ。俺もいつかは見てみたいものだ」

「そうでしょう。だったら一緒にやってみる? きっと楽しいと思うわよ」

 

 

 

 何気ないその一言に白銀の胸が高鳴る。此処に至り、白銀は初めて鷺宮を異性と意識した。今まではかぐやだけに抱いていたその感情。これが何であるのか分からない程、白銀も鈍感ではない。しかし、理解出来ないのは何故、鷺宮を異性と感じたのか。それが理解出来ずに白銀は困惑していた。一体、自分が彼女を意識する要素は何処にあったのだろう。過去の事を振り返ってみてもその答えは見つからない。

 

 

 

「さて私の番も来るだろうし、もう行くわね。また明日」

「あ、ああ。また明日な」

「面談、頑張って下さいね」

「鷺宮先輩、お疲れ様でした」

 

 

 

 

 

 生徒会室を出た後、鷺宮は恥ずかしさで悶えていた。先程は夢を語る事に無我夢中だった為、気に留めていなかったが、ふと冷静になると途端に頬に熱が集まるのを感じて鷺宮は面談を口実に部屋を抜け出した。しかし自分は何故、あの様な事を白銀に言ってしまったのか。その答えは明らかだった。そう、自分は白銀御行に好意を抱いている。それも一人の男性として。

 

 

 

(もう隠すのはきついなぁ。幾度も誤魔化して来たけど、そろそろ限界だよ)

 

 

 

 何時しか鷺宮の心に宿った恋心。最初は一時の迷いだと己に言い聞かせ、その気持ちを誤魔化してきた。しかし、時間が経つにつれて膨れ上がる一方であった。かぐやの気持ちを優先すれば、自分の心が圧し潰されそうになる。だからと言って自分の気持ちを優先すれば…この学園で出来た大事な友達を裏切る事になってしまう。どちらを選んでも自分の心を苛む結末が待っている。一体、どうしたら良いのだろう。心に迷いを抱えながら、鷺宮は重い足取りで三者面談の部屋へ向かった。

 

 

 

 

 

 その後、かぐやの三者面談に白銀父が代理として参加したり、早坂の隠れた性癖が藤原に知られたりと一悶着があったものの。鷺宮達の三者面談は何とか終える事が出来た。

 

 

 

 

「まさか璃奈の夢が考古学者だったとはね。しかも発掘品を私の博物館に展示したいと聞いた時は、とても嬉しかったわ。その夢が実現する日が楽しみにしてるわよ」

「う、余り期待されるのも辛いんだけどね。まあ実現出来る様に頑張るよ」

 

 

 学校の帰り道、秋葉が運転する車内で二人は談笑していた。そんな折、秋葉は何か思い付いたのか。ニンマリと笑みを浮かべるとある話題を切り出した。

 

 

 

「所で璃奈…。貴女、誰か気になる人はいないの?」

「え? い、いきなり何よ。別にいないけど…」

「本当? 何も隠す必要ないのよ。貴女くらいの年頃なら普通の事だもの」

「だからいないって!! 第一、今は生徒会の仕事もあるし、それどころじゃないよ」

 

 

 秋葉の追及にドキリとしたが、鷺宮は何とか誤魔化す事に成功した。暫し怪しんでいた秋葉だったが、普段の表情と変わらないと見るや、それ以上は言及する事はなく、真面目な表情を浮かべると言葉を続ける。

 

 

 

「そう。だったら、誰か良い人を見つけなさい。恋は人として成長するのに大切な事だからね」

「恋がどうして成長に繋がる訳? 流石に意味が分からないよ」

「単純な話よ。大人になれば、異性にしろ同性にしろ。人付き合いに自分の主観が入るでしょう。恋愛となれば尚更ね。この男性は自分の人生を預けるに値する者なのか。そういう観察眼は恋をしないと育たないの。何よりも周りの人間関係も気にする必要もあるから見極めるのが大変だしね。それに璃奈。周りを顧みずに好きな人に時間を割けるのは、今だけなのよ。難しい事を言っているのは分かっているけど、一度くらいは恋をしなさい」

「…難しいけど善処はしてみる」

 

 

 母の言葉は並々ならぬ重みがあった。無論、恋はやろうとして出来る物ではないと以前の鷺宮ならば、先程の話を受け流していただろう。しかし、今の鷺宮に気になる異性が心に潜んでいた。確かに誤魔化して逃げるだけでは変わらない。今度の文化祭に腹を決めて。白銀くんに想いを打ち明けよう。例え…自分の大事な友達を裏切り、悲しませる事になろうとも。

 

 

 

【本日の勝敗 鷺宮の勝利 自分の気持ちに向き合う覚悟を決めた為】

 

 

 

 

 三者面談当日の夜。自室で白銀は物思いに耽っていた。彼が考えている事、それはかぐやへの告白。彼女と出会ってから、初めて抱いた人を好きになるという感情。だが、今までは振られてしまうのではないかという気持ちと変な意地が邪魔をして、想いを打ち明ける事が出来なかった。その上、遠くない未来に自分は国を出て海外へ進学する。まだ時間はあるとはいえ、のんびりとしてはいられない。今度開催される文化祭で自分はかぐやへ想いを告げる。

 

 

 

 そう決意した時、脳裏に浮かんだのは鷺宮璃奈という少女だった。彼女を意識し始めたのは…つい最近の事。あれは二人で仕事をしていた時、唐突に口にしたキスしよう発言。思えば、あれが切っ掛けで偶に鷺宮を視線で追っていた事もある。

 

 

 彼女に対する気持ちは何なのか。それが理解出来ないでいた。かぐやに想いを寄せていなければ、この感情を恋だと思った事だろう。誰かに相談しようにもそれも出来ない。

 

 

 

 考えた末、白銀が出した結論はかぐやの告白だけに集中する事だった。その結果として恋が成就すれば、鷺宮に対する気持ちも落ち着くだろうと考えたからである。ならばと白銀はかぐやへ告白する為の作戦を練り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を同じくして鷺宮もまた自分の心に潜む感情と向き合っていた。夏の頃に芽を出したこの気持ちは次第に膨れ上がり、今では誤魔化す事も難しい。それでも強引に押し殺そうとした時、母の言葉が彼女の背を押す切っ掛けとなり、心に浮かぶ好きな人(白銀御行)への告白をすると決意する。

 

 

 

(告白すると決めたのは良いけれど。問題は白銀くんにどうやって想いを伝えるか。重要なのはそこよね。時折、意識させようと言葉や行動で示して来た。困惑する事はあっても、此方に好意を抱かせるまでは行ってない。それも仕方無いか、白銀くんがかぐやさんを好きになってから一年も経っているもんね。かぐやさんもそうだし、間に入って意識させるには生半可な気持ちは通用しない)

 

 

 

 未だに二人は恋人の関係では無いが、お互いに好き合っているのは事実である。こうなるのだったら、最初に意識した時に素直になれば良かったと後悔してもあとの祭り。状況を顧みれば、鷺宮の勝機は薄いのは明白。だからこそ、最早手段は選ばない。隙があれば己の気持ちをぶつけていくのみ。以前に自分がキスしようと揶揄った時、白銀は照れた様子を見せた。それは少なからずとも自分を異性と認識している証拠だ。勝機があるとすれば、かぐやが出来ない色仕掛けだろう。無論、これは諸刃の剣だ。一つ間違えると白銀は勿論、生徒会メンバーとの関係に溝を生む危険がある。その為、仕掛ける場合は慎重にしなくてはならない。

 

 

 

 気付けば時計の針は24時を過ぎていた。道理で眠気を感じる筈だ。

 

 

 

「方針は決まった。その前にやるべき事は……一つあるわね」

 

 

 

 

 床に就きながら鷺宮はぽつりと溢した言葉が静寂の中に木霊する。静かだがその言葉には強い意志が籠められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、鷺宮とかぐやは生徒会の仕事で校内を回っていた。文化祭では数多の催しが行われるものの。中には規定に反する催しも存在する。当然、そういった物があれば注意をするのも生徒会の役割だ。幸いにして今回は規定に触れる催しはなく、今は見回りを終えた所である。

 

 

 

「今回の文化祭は特に問題を起こす生徒達はいない様ですね」

「前回は凄かったからね。一番疲れた記憶があるわ」

「…その原因が私達の学年なのが汚点ですよ」

「同感。あれははっちゃけ過ぎだよね。まあ今回もある意味では去年よりも浮かれそうだけど」

「言わないでください。考えると胃が痛くなります」

 

 

 

 鷺宮の言葉にその未来を想像したのだろう。眉間に皺を寄せて、かぐやが苦言を洩らす。普段なら怖い仕草も慣れた今となっては、可愛く見えるのはきっと気の所為ではない。それだけ鷺宮とかぐやの距離は近付いた証拠なのだから。ふと周りを見渡して誰もいない事を確認した後、鷺宮はある話題を切り出した。

 

 

「そういえば、秀知院の文化祭ではハートの形を贈って意中の人に告白する。そんな伝統みたいな事がある様だけど、かぐやさんはどうするの?」

「ど、どういう意味かしら? 何故、いきなりそんな話をするのよ」

「決まってるじゃない。此れを機に白銀くんへ告白する為でしょうよ」

「そんな事はしませんよ。第一、私から告白したら癪じゃないですか」

 

 

 唐突な話にかぐやは困惑しながらも話題を逸らそうとするが、鷺宮も追及を止めない。鷺宮の様子からこの話から逃れる事が出来ないと悟って、かぐやは観念するもその口から出るのは後ろ向きな言葉だった。

 

 

(予想通りの返答が返ってきた。ここで更に攻めるとしようか)

 

 

 

 思惑通りに事が進み、鷺宮は内心で笑みを浮かべる。そして一呼吸吐いてから、鷺宮は静かに口を開いた。

 

 

 

 

「もし、かぐやさんが告白しないのなら私が白銀くんを貰うわよ」

「…な、それはどういう事ですか!? 璃奈さんは私を裏切るつもりじゃないでしょうね」

「どう思うのかはかぐやさんに任せるわ。只、言うとすれば私も自分に素直になろうと思ったのよ。正直、かぐやさんに黙っておこうと考えていたんだ。けどさ、それは私の理念に反する。だからこそ、堂々と戦線布告する事にした」

「成程。璃奈さんの気持ちは分かりました。まあ私も白状するなら、璃奈さんが会長に好意を抱いているのは前から知っていました。良いでしょう。この勝負、受けて立ちます。そして私は絶対に負けませんよ」

 

 

 

 そう言い放ちながらかぐやは鷺宮に手を差し出し、鷺宮もその手を握ると強い握手を交わした。この行動には鷺宮も驚きを隠せなかった。何せ、裏切った相手に容赦しないのが四宮かぐやという人間だとそう思っていたから。本音を言えば、勝負をするまでもなくかぐやが四宮家の力を使って自分を潰しに来るのではないか。そんな不安と恐怖を感じていた。しかし、予想は外れてかぐやは取ったのは挑戦の受諾だった。

 

 

 

 

 最もこれに一番驚いているのはかぐや本人である。目的の障害は如何なる手段を用いても排除する。四宮家の家訓とも言えるこの真実がかぐやの行動理念でもあった。だけど、この理が崩れたのは白銀を初めとする生徒会の仲間と過ごした時間があったから。そうでなければ、きっと今も”氷のかぐや姫”と呼ばれた頃のままだったに違いない。そして目の前に立って戦線布告した彼女も容赦なく、排除していただろう。

 

 

「実を言うと私は知っていました。璃奈さんが会長に惹かれていた事を。そして貴女がその気持ちを隠していた事を悲しいとも。だから今回の戦線布告でホッとしたのも事実ですよ。これで気兼ねなく、私も自分の道を進む事が出来ます。只、分からない事が一つだけ。どうして今になって私に戦線布告したんですか?」

 

 

 

 かぐやは気になっていた事を鷺宮に問い掛けた。一体、何が切っ掛けで鷺宮の心境が変化したのか。かぐやは知りたかった。もしかしたら、その中に自分が求める何かが存在するのではないか。それを直感で感じていた。

 

 

 

「母の助言だよ。人として成長したいなら、恋の一つくらいしなさい。そう言われたのが切っ掛けだった。確かに一度くらい、周りを顧みない恋も良いなぁと思ったのよ」

「そうでしたか。素敵なお母様ですね。そういう風に背中を押してくれる親がいるのは羨ましい限りですよ」

「ふふふ。ありがとう。さて、そろそろ生徒会室に戻ろう。皆も心配してるだろうから」

「そうですね。特に藤原さん辺りが騒いでそうだわ」

 

 

 

 お互いに笑い合うと、二人は生徒会室へ足を進めた。

 

 

 

【本日の出来事 かぐやへの宣戦布告 恋愛勝負の始まり】

 

 

 

 

 

 鷺宮がかぐやに宣戦布告した夜。いつもと雰囲気の違う主に早坂は戸惑った。学園で何かあったのだろうかと尋ねれば、かぐやの話に早坂は衝撃を覚える。

 

 

「恋の宣戦布告ですか。りっちゃんも思い切った事をしましたね」

「ええ。私も驚きましたよ。しかし受けた以上は負ける訳にいかないわ」

「分かりました。りっちゃんの事ですから…明日からガンガン攻めると思います。なのでかぐや様も引かずに攻める必要がありますよ」

 

 

 

 此処に来て、かぐやに強力な恋敵が現れたと早坂は思った。普段は物静かな子であるが、その気になった時の彼女は物怖じせずに前を突き進む。白銀との恋愛ではかぐやがリードしているものの。鷺宮に勝機が無い訳ではない。今の様に相手からの告白を待っていては状況は引っくり返る事もあり得る。

 

 

 それはかぐやも重々承知の様で…白銀の本心を引き摺り出す為にある作戦を決行するらしい。恐らく自分の役割は邪魔者を防ぐ事だろう。難儀な役目だが、今回のかぐやはいつも以上に気合が入っている。どうやらライバルの出現が良い刺激になった様である。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、作戦を実行するべくかぐやは早速行動を開始した。その作戦とはコスプレ作戦。文化祭で行う一部の催しでは雰囲気を出す為、生徒達はコスプレをして接客する案が採用している。それはかぐやのクラスが行う喫茶店もこの案を利用していた。

 

 

 

(今回の作戦、普段と違う私を見せる事で会長を意識させる。本来ならこの様な小細工は必要ありませんが、偶には攻め手を変えるのもありでしょう。さあ、今日こそ会長の本心を露わにしてみせます)

 

 

 

 自信満々のかぐやだが、此度も後の先を取る戦法。攻めると言いながらも恋愛に奥手なかぐやが一朝一夕で変われる筈もなく、根本的な部分は何一つ変わっていない事に気付かないまま。かぐやは生徒会室に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、自分は文化祭で使う費用の計算をすれば良いんですね」

「うん。それと今度の会合は学年別にあるでしょ。三年の方は会長とかぐやさん。二年の方は私と藤原さんで当たるから、一年の方は石上くんと伊井野さんでお願いするわね」

「…あいつと一緒にですか? 何だか面倒な事になりそうですね」

「そこは上手くやって頂戴。伊井野さんには私から言っておくからさ」

 

 

 

 自分と組む相手を想像して、顔を顰める石上を鷺宮は窘める。ミコと石上の仲が悪いのは知っているが、流石に生徒会の仕事にまで持ち込まれたら堪らない。本人もそれは理解しているらしく、渋い顔で頷いた。

 

 

 

「遅くなりました。生徒会室で何やってんすか藤原先輩。全く、人前で良くそんな恰好が出来ますね。相変わらず恥が欠落してるんですから「石上くんストップ」え? 何ですか…って、四宮先輩!?」

 

 

 部屋に入った瞬間、石上の毒舌が炸裂するも本人は言ってる相手に気付いておらず、慌てて鷺宮が止めた時は手遅れであった。此処で漸く相手がかぐやだと知って、恐怖で震えながらフォローを入れる石上だが、放った言葉はかぐやの心を容赦なく打ち砕き、彼女はぺたりと膝を突くと項垂れてしまった。

 

 

 

 一体何があったのか。状況を把握しようと部屋を見れば、机の上に広がる衣装の数々が目に映った。その衣装はどれも女性物であり、かぐやが白銀に対して仕掛けた挙句、先程の出来事に至る訳である。

 

 

 

(…成程。普段と違う姿を見せて白銀くんを意識させようとした訳ね。そして結果は失敗に終わったのか。しかし、こうも早く動くとは思ってなかった。これは私も本腰入れていかないとリードされてしまうわね)

 

 

 

 かぐやの目論みが失敗した事に安堵すると同時に鷺宮は焦りを抱いた。昨日の今日で行動するのは予測していたが、まさか此処まで攻めの姿勢を見せられたのは予想外であった。自分も何か行動せねばと鷺宮は未だに項垂れるかぐやを見つめながら考えていた。

 

 

【本日の勝敗 かぐやの敗北】

 





今回のお話はいかがだったでしょうか?読んでくれた方が楽しんでくれたら嬉しいです。



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それと毎度、誤字報告をして下さる方に大変感謝しています。


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第29話 鷺宮は仕掛けたい/鷺宮は誘いたい/鷺宮は出し抜きたい

 最新話、お待たせしました。


今回から恋の争奪戦が始まります。


この日も文化祭に向けて、いそいそと活動をしている最中、白銀は傍にいるかぐやへ話しかけた。

 

 

 

「四宮。今度、北高で開催される文化祭を見に行かないか? 他校ではどの様な催しをしているのか気になるし、秀知院の参考にしたいからな」

「北高の文化祭ですか。いいえ。私は遠慮しておきます。余所が何をやろうと関係ありません」

「そうか。まあ…四宮の言う事も一理あるな」

 

 

 

 何気ない会話を装いかぐやをデートへ誘う。今までは余計な意地が邪魔をし、好きな人を誘う事が出来ずにいた。本来であれば、何も難しい事では無い。しかし、告白紛いの行動をしたら負け。そんな常人には理解が及ばない縛り(ルール)の為、何も行動をしなかった。だが、三者面談の折、父の助言が彼に勇気を与え、かぐやとの関係を進める決意を固めた。白銀にとって、一世一台の勝負と呼ぶに等しいものだが、結果は惨敗。この日に限って、白銀の意図を読まないかぐやはあっさりと誘いを断ってしまった。無論、数秒後に己の失態に気付いて項垂れた事は言うまでもない。余程、ショックだったのだろう。かぐやはふらふらと暗い雰囲気を纏って生徒会室を出て行った。

 

 

 

 そのやり取りを一部始終見ていた鷺宮は内心、ほくそ笑む。二人には悪いと思う反面、舞い込んだチャンスを無駄にする程、鷺宮は甘くも優しくもない。好きになったら、とことん突き進む。それが鷺宮のやり方である。

 

 

 

「ねえ白銀くん。さっきの話だけどさ。結局、北高の文化祭は行くの?」

「ん? 一応、行く方向で考えてはいる。只、他校の雰囲気は少し苦手意識があるんだよ。ほら、初めて行く学校特有の空気みたいでな。変に意識してしまう」

「ああ~ それは分かるかも。だったら、私と一緒に行く。二人でなら問題は無いでしょう」

「俺と鷺宮の二人で行くのか? なら他の連中も誘うのはどうだ? 例えば四宮とかさ」

 

 

 鷺宮の誘いに白銀は食い付いた。かぐやがいる手前、己の本心を悟られまいと黙っていたが、実の所はしっかり気にしていた。勿論、鷺宮は白銀の本心を見抜いた上での発言である。当然ながらこの機会を利用してかぐやを誘うのも計算の内だ。

 

 

 そこで鷺宮は攻め手を変える事にした。

 

 

 

「ううん。それはやめておいた方がいいかも。四宮さんを誘うとなれば藤原さんも来るでしょ。そうなると騒がしくなって、視察どころじゃないよ。何せ、四宮さんが外出すれば…警護の人達も手間が掛かると反対するだろうから」

「成程な。言われてみれば、その場面が容易に想像出来るな。分かった。じゃあ、他校の文化祭は俺と鷺宮で行くとするか。とりあえず、四宮達に連絡を「その必要も無いと思うよ」どうしてだ?」

 

 

 

 他校の文化祭に行く旨を他の役員達に知らせようとする白銀を鷺宮は制止した。この事に白銀は訝しげな表情で鷺宮に問い掛ける。仕事として赴くのなら、役員達に知らせるのは当たり前の行動だ。それは鷺宮も理解している筈なのだが、真逆の事を言う彼女に違和感を抱くのは無理もない。

 

 

 

「皆の負担になるからだよ。以前、フランス校の歓迎会を開催した時に言ってたじゃない。皆に負担を掛けるやり方は自分の方針ではないって。藤原さんやかぐやさん、石上くんや伊井野さんも色々と忙しいでしょう。幸い、私は四人と比べたら余裕があるからね」

「成程。まあ…確かに最近は忙しいもんな。分かった。ならば俺と鷺宮だけで行くとしよう。明日の十時に北高近くの公園に集合としよう。鷺宮はそれでいいか?」

「了解。明日の十時ね」

 

 

 

 一時はどうなるかと思ったが、上手く白銀を説得する事に成功した。これに鷺宮の心は未だ無い喜びに打ち震えた。傍から見れば、異性を外出に誘う事など…珍しくは無い。だが、恋心を自覚した今の鷺宮には何気ない行動も勇気がいる。かぐやと違う点は土壇場で臆せず行動が出来る事だろう。此処に来て、鷺宮は一歩リードした。

 

 

 

 

【本日の勝敗 鷺宮の勝利 かぐやを出し抜いて白銀をデートへ誘う事に成功した為】

 

 

 

 

「約束の時間まであと少しかぁ。うう~今になって緊張してきた」

 

 

 目的地の近くにある公園で鷺宮は白銀を待っていた。緊張故だろうか。普段よりも落着きが無く、妙にそわそわとしていた。時々、公園を利用する住人から奇異の視線を向けられるが本人は気付いた様子は無い。それから数分程して白銀が公園に姿を見せた。

 

 

 

「よう。随分と早く来てたんだな。もしかして俺が遅れたのか?」

 

 

 遅くなったと謝る白銀に鷺宮は気にしないでと言葉を返した。早く来たのは自分が勝手にした事で彼が負い目を感じる必要はない。そんな雰囲気を払拭する為、鷺宮は文化祭に行こうと白銀を促した。多少、強引だったが…白銀も特に気にした様子はなく、鷺宮の言葉に頷いた。

 

 

 

 

 元々、近かったのか。目的の北高にはすぐに到着した。周りを見れば、子供から老人まで幅広い年齢層の来訪者が文化祭に足を運んでいた。この様子から北高の文化祭は近所の住人達から高い評価を得ているのだと分かる。入り口では北高の生徒達が笑顔で来訪者にパンフレットを配っている。白銀達も受け取ったパンフレットに目を通す。内容は子供に分かりやすい様にひらがなを多用しており、また老人にも配慮しているのか文字も大きくなっていた。これに二人は感銘を受けた。文化祭と聞くと若者を対象にしているイメージが強く。その為か、老人や中年層の来訪者が些か入り辛い雰囲気を作ってしまっている。その問題を北高は上手く解決し、大勢の人が楽しめる環境を作る事に成功していた。秀知院でもこの点は見習うべきだと二人は感じていた。

 

 

 

「とりあえず、出店を見て回るか。他に参考するべき所が見つかるかもしれん」

「そうだね。だったらさ。たこ焼きでも買ってみる?」

「成程。まずは定番を見るのか。確かに一つの指標にはなるな。よし早速行ってみるとしよう」

 

 

 

 次の参考にと鷺宮はたこ焼き屋へ行こうと進言した。たこ焼きといえば、祭りではお馴染みの食べ物だが、簡単そうに見えて実は調理が難しい料理である。焼き方を誤れば半生だったり、焦がしてしまう。だからこそ、この料理を上手く作れるかどうかが成功の鍵を握っていると言っても過言ではない。もしも舌に合わない物を提供してしまえば、他の料理を扱う出店も同じと来訪者に悪いイメージを与えかねない。

 

 

 物は試しと購入したたこ焼きを食べると二人の顔は驚きに染まる。口に入れた途端、広がる濃厚なソースの香りとトロトロの食感。まるで熟練の職人が作る物と大差ない。とても高校生が作ったとは信じられなかった。

 

 

 

「これ…真似するのは無理だよ。他の奴を参考にした方が良いわね」

「同感だ。どんなに練習した所でこの味を出すのは無理だろう」

 

 

 

 思いの他、レベルの高いたこ焼きに二人の心は挫かれるも、気を取り直して次の出店に向かった。それから一通りの出店を回ってみたが、どの店も絶品ばかりで何一つ参考にならなかった。自分達の文化祭が劣っていると思わないが…考えてみれば対抗する必要も無いと気付いた二人は純粋に北高の文化祭を楽しむ方に気持ちを切り変えた。

 

 

 

 

 

 そんな折、鷺宮はある物を見つけて足を止める。それに気付いた白銀は鷺宮に声をかけた。

 

 

 

「どうした? 向こうに何かあるのか?」

「ああ。実はあそこの射的屋の景品が気になってね」

「景品? 一体何があったんだ?」

「うん。一番上の棚にあるインコのぬいぐるみだよ」

 

 

 

 鷺宮の指差す方を見れば、彼女の言う通り大きなインコのぬいぐるみが棚に鎮座していた。

 

 

(あれか。確かに可愛いし、女子受けするのも分かる。そういや鷺宮はインコを飼っているし、ぬいぐるみに惹かれるのも無理もない。とはいえ、あれを撃ち落とすのは相当難しい)

 

 

 

 インコのぬいぐるみは腕で抱えられる程に大きい物で、小さなコルク弾程度では当てた所でびくともしないのは一目瞭然だった。それは鷺宮も理解している様で諦めの表情を浮かべていた。しかし白銀は鷺宮が見せた縋る様な瞳を見逃していなかった。無論、それは一瞬の事であり、普通なら見間違いと思うだろう。だけど、あの様な目を見ては放っては置けない。そんな感情が白銀の身体を突き動かした。

 

 

「欲しいなら俺が取ってやろうか?」

「え? い、良いよ。流石に悪いし、そもそも簡単に取れると思えない」

「遠慮はするな。確かに難しいだろうが、やってみなければ分からん。良いから俺に任せておけ」

「そう。じゃあお言葉に甘えようかな」

 

 

 

 威勢よく啖呵を切った白銀だが、問題はぬいぐるみを落とす方法である。ぬいぐるみは丸い形状で闇雲に撃っても弾力のある体に弾かれてしまう。暫し観察していると白銀は一つの策を思い付いた。

 

 

 

(この方法だったら、あの景品も取れる筈だ。一か八か試してみよう)

 

 

 

 白銀が実行した事。それは上下に撃ち分け、対象を揺らして落とす。そんなシンプルな作戦であるが、上手く行くほど甘くはなく、あっという間に三ゲームが終了してしまった。このまま引けないと残りの金をつぎ込もうとする白銀の手を鷺宮は止めた。

 

 

 

「もういいよ。これ以上は無駄になるから止めよう」

「…すまん。任せろと言っておきながら、駄目だった」

 

 

 鷺宮の制止で白銀は思いの外、自分が熱くなっていた事に気付いた。もし止めてくれなかったら、後先を考えずに散財していただろう。一息吐いた後、冷静さを取り戻した白銀は鷺宮に頭を下げて謝った。自信満々で挑みながら結果は惨敗。何とも言えない空気が二人の間に漂っていた。

 

 

「大丈夫だよ。結果がどうなっても、あの時に言ってくれた白銀くんの言葉。とても嬉しかった」

 

 

 

 そんな空気を振り払う様に鷺宮は白銀の手を取って、優しく励ました。在り来たりな言葉だ。そう思う白銀だが、心の奥底に沁みるのはその言葉に嘘偽りはない。鷺宮の表情から十分その事が伝わってきた。

 

 

 

「今日はもう帰ろうか。一応、他校の文化祭がどういう物か。知る事は出来た訳だし」

「…そうだな。家まで送るよ」

 

 

 まだ目玉の方が残っているが、流石に今の気分では楽しめない。鷺宮の提案に白銀も素直に頷いた。しかし、二人の間に漂う空気は重苦しいままで帰りの道中もお互いは無言であった。このままではいけない。鷺宮は何とか話しかけようと口を開くも、何一つ言葉が出て来なかった。結局、何の会話も無く、鷺宮の家へ着いてしまった。

 

 

 

「今日はお疲れ様。じゃあ、また学校でな」

「ちょっと待って!!」

「な、何だ!? いきなり叫んだら吃驚するだろ……どうかしたのか?」

 

 

 立ち去ろうとする白銀を鷺宮は引き止める。咄嗟の事でつい大声で叫んでしまったが、それを気にする余裕は鷺宮に無く、白銀自身も普段と違う彼女の様子に違和感を感じ、心配しながら鷺宮に問い掛けた。

 

 

 

「……あっ、大声出してごめんね。吃驚させたよね」

「いや、別に謝る必要はない。それで何かあるんだろ?」

「う、うん。その…良かったら家でお昼食べていかない? ほ、ほらさっきのお詫びも兼ねてさ。今は家に両親もいないから気を使う必要も無いから」

 

 

 

 とうとう言ってしまった。言い終わってから鷺宮は己の言葉に顔を赤くする。別段、異性を家に招く事自体は珍しくはない。鷺宮も何度か経験しているし、異性の家へ訪れた事もある。だが、それは相手が友達としての場合で、恋心を抱く異性となれば話は変わってくる。冷静に考えれば、誰もいない家に招いた事は初めての体験だ。恋敵のかぐやをリードする為とはいえ、未知の体験に緊張と僅かな恐怖が鷺宮の心を支配する。しかし、賽は振られたのだ。今更、全てを無かった事に出来はしない。

 

 

 

 固唾を飲みながら鷺宮は白銀の返答を待っていた。暫し迷っていた白銀だったが、やがて口を開いた。

 

 

 

 

「そうか。此処で断るのも悪いし、折角だからお邪魔しよう」

「…うん。遠慮なく上がってよ。そんな広くないけどね」

「いやいや。これで狭いと言ったら、俺の家なんてどうなるんだ。謙遜は時に嫌味になるぞ」

「あははは。それもそうだね」

 

 

 白銀の言葉に鷺宮は今迄にない笑顔を見せて、白銀を家に招き入れた。その様子に白銀もホッと胸を撫で下ろし、彼女の後に続いて敷居を跨いだ。

 

 

(どうやら元の鷺宮に戻ったようだな。しかし、四宮の家に来た時もそうだったが、女子の家というのは妙に落ち着かんな。最近だと鷺宮も妙に積極的な態度で接してくるし、変に意識してしまう。いかん俺は何を考えている。俺が好きなのは四宮だ。これでは節操が無い最低な奴じゃないか。そうだ。鷺宮はさっきのお詫びと言っていた。これはあくまで善意からだろう。そうに違いない。大体、変に意識するから駄目なんだ。此処は平常心を保たねばならん)

 

 

 

 誰に対する言い訳なのか。必死に己に言い聞かせる白銀だが、そうする事で余計に意識する事に気が付いていない。無心になろうとすれば、先程みた鷺宮の笑顔が脳裏に浮かんでくる。結局の所、余計に意識してしまう白銀であった。

 

 

 

 

【恋の争奪戦 鷺宮編 後半に続く】

 

 

(さて…肝心のお昼だけど、何を作ろうか。大見栄を切ったけど、大層な料理は作れないしなぁ)

 

 

 白銀を招いた後、鷺宮はテキパキと食事の支度を始めた。長い髪を一つに纏め、お気に入りの割烹着を身に纏って準備を終えて冷蔵庫を覗く。中にある材料を見て、鷺宮が決めた献立。それは卵焼きだった。以前、生徒会で開催した料理対決で振る舞った卵焼きは白銀に好評だったのを覚えている。得意料理なら失敗する事もなく、今回はあの時よりも美味しく作れる。そんな自信が彼女の中にあった。そして上手く行けば、かぐやを出し抜く事も出来る。だからこそ、気合を入れて作らないといけない。

 

 

 

 かぐやを出し抜く思惑を考えているとは知らず、白銀は鷺宮の後ろ姿を静かに見つめていた。思えば、家族の食事は自分が作っている。最初こそ、父親が作っていたのだが、正直な話。父が作る食事は不味く、これを食べるなら自分で作る方が良いと始めたのが切っ掛けだった。当然、初めから上手に出来る筈もなく、食材を焦がしたり味付けを間違えたりと失敗を繰り返していた。その様な日々を過ごしていれば、母の味や後ろ姿を忘れてしまうのは無理もない。

 

 

 そんな彼に料理を作ってくれる鷺宮と母の姿が重なり、堪らず白銀は視線を逸らした。同級生に何の感情を抱いているのか。母が出て行ってから抑えていた感情に白銀は自己嫌悪する。幼い頃、母は白銀に優しくしてくれたが、妹が自分より優れていると知るや、妹ばかりを可愛がるようになった。何とかして母の気を惹こうとするも、母が白銀を意識する事はなく、そして母は妹を連れて家を出て行った。

 

 

 

 この事が白銀の心を深く傷付けたのは言うまでもない。これ以降、白銀は周りの人間と距離を置く様になった。流されるままに送る日々はとても退屈であったが、秀知院に入学して変化が訪れた。此処で出会った四宮かぐや。彼女の存在が白銀の心に光を齎した。無論、白銀に光を齎したのは彼女だけではない。今の生徒会に属する鷺宮璃奈。彼女もまた不思議な存在感を示していた。白銀はふと鷺宮に出会った事を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 かぐやとの対決後、生徒会長に就任した俺は役員達を集める為に奔走していた。副会長に就いたかぐやの勧めで藤原が書記に収まったが、何れにしても人手不足に変わらない。空いてる枠に誰を推薦する頭を悩ませる。クラスメイトから選出しようにも親しい友人はおらず、外部生の自分が生徒会長に就いた事を快く思わない生徒達も多い。そんな状況で勧誘しても首を縦に振る者はいないだろう。どうしたものかと悩んでいる時、一人の女子生徒が声をかけてきた。これが鷺宮との出会いであった。

 

 

 

 

「あの…白銀会長。今度の選択授業の書類、早く提出して貰えます? 期限は今日までなので急いで欲しいんですけどね」

「あ、ああ。すまない。今から書いて出すよ。とりあえず教室まで一緒に来てくれ」

「分かりました」

 

 

 

 俺の言葉に僅かに顔を顰めるも鷺宮は頷いてくれた。何とも不愛想な人だと、この時は感じたが大事な書類を放っておいた俺に非があるのは事実である。仮に俺が彼女の立場であったら、同じ態度を取っただろう。その後、教室に戻って書類をを彼女に渡した。

 

 

 

「…ふう。これで帰れますね。今度からはなるべく早くお願いしますよ」

「ああ。そうする。迷惑かけてすまなかった。しかし、書類だったら俺が直に教師へ出すから気にしなくても良かったんじゃないか?」

「確かにそうですけど、一度任された事を中途半端にやるのは駄目でしょう。というより、生徒会長がそれで良いんですか?」

 

 

 

 少し肩の力を抜け。そのつもりで言ったのだが、鷺宮は別の意味で捉えたようで厳しい言葉をぶつけてきた。俺はこれで鷺宮に好感を抱いた。人付き合いが希薄になっている今の時代。相手に物怖じせず、意見を言える人は減ってきている。こういう人材が生徒会に入ってくれると色々な面で助けになるだろう。そう思った俺は彼女を生徒会に誘った。最初こそ、渋っていたが暫し考え込んだ後、鷺宮は首を縦に振ってくれた。それから石上が入り、伊井野が入って今の生徒会へなった。

 

 

 

「白銀くん。どうかしたの? 何かボーっとしてるけど」

「あ、ああ。別に何でもない。ただ、鷺宮と最初に会った時の事を思い出していただけだ」

「そう。とりあえず、ご飯出来たから食べようよ」

「ああ。いただきます」

 

 

 

 気付けば食事の用意が出来た様で、テーブルには美味しそうな料理が並んでいる。その出来栄えと立ち上る匂いが白銀の食欲を刺激する。挨拶を交わし、一口食べた瞬間から余りの美味さに箸が進み、あっという間に食べ終わってしまった。その食べっぷりに作った鷺宮も満足そうな様子で眺めていた。

 

 

 

 その後、胃が落ち着くまで白銀は鷺宮と談笑を交わしていた。ちょっとした世間話や生徒会の事など他愛ない会話であったが、白銀には楽しい時間であった。三十分が経った頃、胃が落ち着いた白銀は鷺宮家をあとにする事にした。出来ればもっと話していたい。そんな気持ちが心に浮かんだがこれ以上、厄介になる訳にいかないとその気持ちを振り払う。帰り支度を終えた白銀を鷺宮は玄関まで送る。

 

 

 

「今日はご馳走になった。今度は礼に俺が鷺宮に何かご馳走するから」

「本当に? だったら、期待しようかな。今度、機会があったら遊びにいくよ」

「ああ。腕に寄りをかけて作るとしよう。それじゃあ、また学校でな」

「うん。またね」

 

 

 

 笑顔を交わして白銀を見送る鷺宮。その表情には先程とは違う笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

【恋の争奪戦 鷺宮編 鷺宮が一歩リード】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 色々あって、遅れましたが落着き始めたのでぼちぼち執筆する時間も取れそうです。

次回も宜しくお願いします。


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第30話 白銀御行は確かめたい/生徒会は闘いたい/四宮かぐやは向き合いたい

最新話、お待たせしました。


今回は白銀とかぐやの葛藤がメインとなってます。



 週明けの月曜日 その昼休み。生徒会室で白銀は一人考え込んでいた。

 

 

 

 

 

 人間は誰しも周りの評価を気にする傾向にある。単純明快に外見や容姿、内面も含まれるがどちらかといえば前者を気にする方が多く占めている。その一点を注視するなら白銀はモテる側の人間に分類されるのであるが、内面的な要因が足枷となっていた。

 

 

 今まで異性から贈り物を貰ったり、出かけた事もあれば告白された経験もある。無論、それらの出来事は白銀にとっても喜ばしい事であった。しかし、肝心のかぐやからは何の反応も無い。これが白銀にはもどかしいと感じていた。

 

 

 

(今に至るまで俺と四宮の関係に進展はない。尤も以前に比べれば随分と距離は縮まったが、更なる進展を求めるなら俺も行動しないと駄目だよな。だが四宮は本当の所、俺をどう思っているのだろうか? もしや俺に男としての魅力が無いから告白をしてこないのか。そういや、藤原も俺は自分の事を客観視出来てないと言っていたな。その可能性があるならば、今の内に矯正しておくべきだろう。とはいえ、どうしたものかな。周りに聞いたとしても、参考になる意見が貰えるとは限らない。いや、弱気になっては駄目だ。文化祭までに四宮に告白すると決めたんだ。それまでやるべき事はやるしかない)

 

 

 

 

 熟考の末、行動を起こそうとした矢先。白銀の前にミコが姿を見せた。これは渡りに船だと、白銀は手始めにミコに訪ねてみる事にした。

 

 

 

 

「伊井野か。良い所に来てくれた。突然で済まないんだが、伊井野は俺の事を男としてどう思う?」

「……いきなり何ですか? どうって言われても困りますよ」

 

 

 唐突な質問にミコは酷く動揺した様子で返事を返す。それも無理も無い事である。白銀自身は客観的な意見として訊いたのだが、傍から見れば先程の言葉は告白とも受け取れる。普段は学園内における男女の関係に厳しいミコであるが、彼女も年頃の少女である。いざ想いを打ち明けられたら、意識してしまうのは仕方のない事だろう。

 

 

「そ、その…返事は今でないと駄目ですか。出来れば心の準備というか…考える時間を下さい」

「…ああ。別に構わない。何も急いで答える必要は無いからな」

 

 

 いざ訊いてみたものの。土壇場になって己の評価を聞くのが怖くなり、ミコの返事を先延ばしにしたが、これが更に誤解を生んでいる事に白銀は気付いていない。この段階で客観的な見方が出来てないとミコ以外の者がいれば容赦なく突っ込んでいただろう。

 

 

 

「こんにちは。あれ、二人して何をしてるの? 大事な話の邪魔したかな?」

「いや、気にするな。別に大した話はしていない」

「…そう。だったら良いのだけど」

「ああ。そうだ。鷺宮、お前にも訊いておこう。俺の事を男としてどう思う? 具体的に言えば俺を恋愛対象として見れそうか?」

 

 

 

 この瞬間、鷺宮の背筋が凍てついた。何故か白銀が先の言葉を口にした途端、ミコの表情から感情が消え失せ、まるで能面の様な顔で此方を凝視していた。恐らくその対象は白銀本人なのだろうが、当の本人は背を向けているのでミコの変化に気付いていない。しかし、真正面から見てしまった鷺宮の精神的なダメージは計り知れなかった。どうみても自分が厄介事に巻き込まれたのは間違いなく、今すぐ逃げ出した衝動にかられるもそれをすれば、今度は白銀に要らぬ誤解を与えかねない。

 

 

 八方塞がりなこの状況を打破する為、鷺宮は選んだ方法。それは…。

 

 

 

 

「うーん。正直な所、分からないよ。何せそういう事を考えた事は無いもの」

 

 

 

 当たり障りのない返答!!

 

 

 本音を言えば、かぐやに対して更に差をつけるチャンスと喜ぶ所だが、今も無表情で見つめるミコへの恐怖心が欲望を上回った。下手な返事をすれば、事態は泥沼化するだろうし、この話がミコを通じて大仏にも伝わるだろう。そうすれば、友達想いの大仏の事だ。きっと生徒会にも乗り込んでくる可能性が高い。文化祭も間近に迫る中、生徒会と風紀委員が表立って対立する訳にもいかない。そう考えての返答だった。

 

 

 

「…成程。確かにいきなり聞かれても困るよな。すまなかった」

「別に良いよ。ところで仕事を始めよう」

「そうだな。少しでもやっておくか」

「ほら伊井野さんもぼーっとしてないで」

「あ、はい。分かりました。今準備します」

 

 

 

 鷺宮の機転で場が纏り始めた時、藤原が顔を見せた。そんな藤原に白銀が三度問い掛ける。

 

 

 

「なあ。藤原、一つ聞くが俺を男としてどう思う?」

「はい? 一体、何ですか会長~? もしかして何かの遊びですか?」

「まあ、似た様な物だ。それでどうだ? 仮にだが俺を付き合う対象として見れそうか?」

 

 

 

 この発言で再び場の空気が重くなる。ちらりと隣にいるミコを視線をやれば、彼女の顔は更に感情がぬけおちており、それ以上は恐怖で直視する事が出来なかった。対して藤原は白銀の問いに暫し考え込んだ後、質問の意図を理解するや絶望に染まった顔で死んだ方がマシと、辛辣な返事を返した。これに豆腐メンタルの白銀が耐えきれず、糸が切れた様に崩れ落ちてしまう。

 

 

 

「…そこまで嫌なのか? 因みにどうしてか理由を訊きたい。客観的な意見として訊かせてくれ」

「客観的? あー、もしかして会長ってば休み時間の事を言ってます?」

「へ? それはどういう事ですか?」

「ああ~ 実はですね……」

 

 

 藤原の言葉に引っ掛かりを感じたミコが理由を訊ねると、藤原は詳しい事情を説明してくれた。全ての事情を知って、ミコは怒りを露わにして白銀に食って掛かる。白銀は他意は無いと弁明するが、紛らわしい質問をした後では説得力は皆無である。だが、白銀も譲れないのか。未だに自身の評価について訊ねて来た。

 

 

 

 その態度に呆れる藤原であるが、騒動の原因は自分にあるのも事実。例え気が進まなくても、答えない訳にいかない。

 

 

「…先の質問の答えですが、私にとって会長は恋愛対象というよりも駄目な子供って感じなんですよ。当初は尊敬してたし、男らしい部分も感じていたのですが…今の会長は手の掛かる厄介な人でしかありません。食べ物に例えるなら嚙むほどに味が消えるスルメですかね~。 嫌いじゃないけど、最後の食事には絶対選ばない物ですよ」

「ふ、藤原先輩。そのへんで止めた方が……」

「明らかに言い過ぎだって……」

 

 

 話している内に興が乗ってきたのか。息をする様に毒を吐きまくる藤原にさっきまで怒っていたミコすらも同情する程である。当の白銀も完全に落ち込んでしまい、流石に不憫と思ったミコが口を開いた。

 

 

 

「まあ、実際の所。私は白銀会長の事は嫌いではありませんよ。生徒会に誘ってくれた事も感謝しています。けれど…」

「けれど何だ? もうはっきりと言ってくれ」

 

 

 最後の方が聞き取れず、白銀が聞き返すが直に言うのは躊躇いがある様で、ミコは藤原の耳元で囁いた。本来ならこれで終わる筈なのだが、秘密を伝えた相手を間違えたとミコはすぐに後悔する。

 

 

「ああ。成程~。ミコちゃんにとって、会長の顔はタイプじゃないそうですよ。意外ときつい事を言いますね」

「……何で言っちゃうんですか!? で、でも会長はカッコいいと思うんです。クラスでも4、5番くらいには」

「伊井野さん。フォローになってない。寧ろ逆効果だから」

 

 

 

 秘密をあっさりとばらされて、必死に弁明するミコだが言葉の切れ味は藤原よりも鋭く白銀の心を容赦なく抉った。心をズタズタにされながらも白銀は更に質問を続けた。聞けば聞く程、傷が深くなるだけと理解はしている。だが此処まで来たら最後までやろう。全てはかぐやと両想いになる為、強い覚悟と意思を持っての行動であった。

 

 

 

「私のタイプの人ですか? そうですね。いつも優しくて、困った時は助けに来てくれる王子の様な人ですね」

「いねえよ。そんな奴…」

「ミコちゃん。余り夢を見ずに現実を見た方が良いですよ~」

「何処かに居ますよ。この世界は広いんですからぁぁぁぁ」

「まあまあ。そこは人の自由だから気にしちゃ駄目よ」

 

 

 勇気を出して言って見れば、返ってきたのは否定の言葉のオンパレード。ミコ自身、自分のタイプが所詮は夢物語だと理解はしている。しかし信じるのは人それぞれ。そう慰める鷺宮の言葉が実は一番ミコの心に突き刺さっていた。

 

 

 

「じゃあ、藤原と鷺宮のタイプはどうなんだ?」

「私ですか~? そうですね。私は別に相手は完璧じゃなくても良いんですよ。その人が壁にぶつかった時、どんなに情けなくても最後までやり通す人が…。でも、そうなると私の場合…該当するのは会長しかいないんですよね。うわぁ嫌な事に気付いちゃった」

「そこまで言う程か。露骨に嫌な態度されるとマジでへこむからやめてくれ」

 

 

 

 やはり自分は女子からしたら、駄目な男なのだろうか。まだ鷺宮の意見を訊いていないが正直な所、訊きたくないという気持ちが強かった。そんな折、生徒会の戸を開けてかぐやが姿を見せる。今一番会いたくない人の登場に白銀の心は不安で一杯だった。もし…かぐやに質問をして否定されたら…。確実に自分は立ち直る事など出来ないだろう。その前に此処を立ち去る方が先決。そう決断して立ち上がった瞬間。此処でも彼女が動きを見せた。

 

 

「あ、かぐやさ~ん。今丁度、面白い事をやってるんですよ。良かったらかぐやさんもやりませんか?」

「面白い事? 藤原さんが言うと些か不安なんですが。まあ良いでしょう。一体、何をしてるんですか?」

「はい。実は会長が自分の悪い所を言って欲しいそうで、今は合法的に悪い所をぶちまける会の途中なんです」

「…そんな会を開催した覚えはねえよ。それじゃ、俺がどMみたいに聞こえるだろうが」

 

 

 案の定、かぐやの不安は的中する。どこをどう捉えても藤原のやっている事は楽しいと思える筈もない。毎度、なにかと騒動を起こす藤原であるが、流石に今回はやりすぎだとかぐやはやんわりと注意を促した。無論、今までの騒動にはかぐやも関わっている事が多いのだが、当然その事は棚に上げている。無論、藤原も黙ってはいない。確かに言い過ぎた所もあったと自覚はしているが、何でも自分が原因にされては堪らない。そう弁明した後で、藤原はかぐやにも白銀の欠点を指摘する様に誘導する。

 

 

 

「そうですね。私は今のままで良いと思いますよ。確かに変わる事は大事なのかもしれませんが、そのままでいる事を望む人もいるでしょうからね」

「そうか。だが、今のままでは駄目だ。とはいえ、いきなり変えるのは難しいからな。自分のペースで変えていくとしよう」

 

 

 無理に変わらなくてもいい。その言葉は救いといえるかもしれない。だが、それでは意見を求めた意味がない。只、焦る事はやめよう。少なくともそれが分かっただけでも今日の行動は意義があるものだった。

 

 

 

「え~。かぐやさん…流石にそれは無いでしょう。自分だけいい子になるのは狡いですよ。てか、鷺宮さんに至っては何一つ言ってないじゃないですか。鷺宮さんも訊かれた訳ですし、しっかり答えるべきですよ」

 

 

 そして変わろうとする者が居る様に決して変わらない人もいる。場が纏りかけた時に水を差す藤原しかり、その場面を目撃して避難する石上しかり。生徒会はいつもと変わらぬ日常が過ぎていく。

 

 

 結局、人は自分の事を客観的に見る事は出来ない。だからこそ、人は周りの目や評価が気になるのかもしれない。そんな中、大事なのは自分がどうなりたいか。最後はそこに行きつくのである。喧騒に包まれる生徒会室を眺めながら鷺宮はそう確信する。

 

 

 

【本日の勝敗 鷺宮の勝利】

 

 

 

 

 生徒会の雑務には時折、力仕事も含まれている。そういった場合、普段は白銀や庶務の鷺宮が行っていたが、今は白銀が会合で不在の為に代行として石上がその役を任される事になった。

 

 

 

 

 その石上と一緒に備品を運んでいた鷺宮は後ろで息を切らす後輩に話しかけた。荷物自体は重くないが、備品室から生徒会室までそれなりの距離がある。慣れてないときつい仕事と分かっている鷺宮は、彼を心配していた。当の本人も限界だったらしく、鷺宮の提案を素直に受け入れた。情けないと思いながら、手にした備品の一部を鷺宮に手渡した。その直後、様子を見に来た藤原は先程のやり取りを一部始終、聞いていたのだろう。ニマニマと笑みを浮かべて石上を揶揄い始めた。

 

 

 

「男の癖にとか今時、時代錯誤な事を言わないで下さいよ。そういうの性差別って言うんすよ。大体、男が女にそう言えば非難する癖に女が男に言うの良いんですか? 男女平等を女の匙加減で図るのはどうかと思いますよ」

「…何もそこまで言ってませんよ。面倒臭い人ですね。だったら言い直します。石上くんは人間としてだらしないですね。もっと自己鍛錬と自己研鑽をして、人としての価値を上げたらどうでしょうか」

「藤原さん。流石に言い過ぎだよ」

 

 

 売り言葉に買い言葉。反論する石上に藤原は鋭い言葉で言い返した。本来なら口喧嘩に負ける石上ではないが、人間の資質云々を挙げられたら分が悪く、何も言葉を返す事が出来ない。それに見兼ねた鷺宮が藤原の言動を諌めた。鷺宮も内心、藤原と同じ事を思っていたが黙っていた。尤もそんな遠慮をしないのが藤原という人間なのだろう。

 

 

 

 

 そして石上もやられっ放しで黙っている人間では無い。

 

 

 

「…そう言っても僕も”男”ですからね。筋力に関しては”女”の藤原先輩に負けませんよ」

 

 

 

 不意に放ったこの一言が今回の騒動の引き金となった。

 

 

 

「へぇ~。そーですかそーですか。ねえミコちゃん、ちょっと私と腕相撲しませんか?」

「え? い、いきなり何ですか? どうして腕相撲を?」

「いいからいいから。一回だけやりましょうよ」

 

 

 

 唐突に腕相撲対決を挑まれたミコは困惑しながらも、その挑戦を受ける事にした。腕相撲対決はミコの敗北で決着が付いた。そもそもミコ自身、やる気が無かったのでこの結果は当然かもしれない。だが、藤原はお構いなしといった様子で勝てたのは日々怠らない自己研鑽の賜物だと言い放った。あまつさえ、石上の非力さを引き合いに出して言う始末だから性質が悪いと言える。

 

 

 ドヤ顔で自慢する藤原に石上の我慢出来ない様で、挑発する藤原に自分は見た目ほど非力でない。それを腕相撲を通して証明すると啖呵を切った。その発言を待ってましたと藤原は意気揚々と生徒会腕相撲対決をすると宣言した。此処まで来ると最早、誰にも止められないだろう。とっとと済ませて終わらせてしまおうと鷺宮は諦めながら溜息を吐いた。

 

 

 

「腕相撲対決。全く、藤原はいつも面倒な事をするんだな」

「同感です。別に生徒会全体にせずとも、石上くんと藤原さんだけでやればいいのでは?」

 

 

 一応、成り行きを見守っていた白銀とかぐやが藤原を諌めに掛かる。心底面倒臭いという心境は二人の表情に現れていたが、即席の対決表で勝負は男女混合と知るや態度を裏返し、途端にやる気を見せた。

 

 

 

 

(二人のあの顔…大方、腕相撲を利用してイチャつくつもりだな。表を見れば、私と勝負するのはかぐやさんか。これに勝てば私が白銀くんと対決する訳ね。ふふん。この勝負、絶対に負けられないな)

 

 

 

 白銀とかぐやの思惑を悟り、鷺宮は些か苛立ちを覚えた。しかし、自分がかぐやに勝てば次に対決するのは白銀である。そこでは自然と手が握る事が出来るだろうと考えていた。だが、鷺宮は一つ失念していた。かぐやは文武両道の令嬢。当然、筋力でも並みの女子以上である事を。

 

 

 初戦は石上と藤原。最初から因縁の対決となり、勝負の結果は藤原の圧勝。これで石上が女子より非力だと証明されてしまい、悔しがる石上に藤原は容赦なく煽っていた。続いての対決は白銀と藤原。お互い、気合に満ちており互角の勝負を繰り広げていた。しかし、ふと違和感に気付いたかぐやが口を開いた。

 

 

「あら? 藤原さん。その握り方は反則ですよ」

「反則? まさか、何かやってたの?」

 

 

 

 かぐやの説明曰く、藤原は握る箇所を指先に寄せており、力が掛かりやすい風にしていた。不正が意図も容易く発覚し、藤原は腕の力を抜いて負けを認めた。その後、待ってましたと言わんばかりに石上は藤原を糾弾した事は言うまでもない。そして始まったかぐやと鷺宮の対決。負けられない女の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 純粋な力勝負ならば有利と踏んで、一気に勝負を決めようと試みる鷺宮だが恐ろしい事にかぐやの腕はぴくりとも動かない。まるで大きな岩の如く、かぐやの腕は机に鎮座している。鷺宮が歯を食い縛り、腕に渾身の力を籠めても結果は変わらず、かぐやは涼しい顔で鷺宮を一瞥した後、腕に力を籠めてとどめを刺しに来た。

 

 

 

(あっさり負けた。しかも完全に遊ばれてた。嘘でしょ!? あの細い腕でどうしてあんな力が出せるのよ。四宮家の人間って、見た目は人間でも実はアンドロイドに違いないわ。そうじゃないとおかしいよ。こんなのあり得ないって)

 

 

 

 負けたショックで支離滅裂な想像をする鷺宮を余所に白銀対かぐやの勝負が始まった。生徒会トップ同士の対決とあって、他の役員達も固唾を飲んで二人の戦いに注目していた。

 

 

 

 

「いざ尋常に始め!!」

 

 

 審判を務めるミコの合図で二人は腕に力を籠める。勝負はかぐやが優勢と思いきや、意外と白銀も粘って戦いは拮抗していた。だが、実際の所は二人揃って手を抜いていた。気迫溢れる様子と裏腹に二人は腕相撲を装って、手を握り合っているだけある。無論、この事に気付いているのは鷺宮一人だけであった。数ヶ月に及んでかぐやの手助けをしてきたからこそ、かぐやの表情で何を考えているのか。それを悟ってしまった。

 

 

 当然ながらこの展開に鷺宮の心中は穏やかでない。隠れてやる事もそうだが、面前で平然といちゃついているのだ。一向に着かない決着に痺れを切らして、鷺宮が介入しようとした時。かぐやは勢いよく白銀の腕を机に押し倒して勝負はかぐやの勝利で幕を閉じた。

 

 

 

 茶番が終わったのは良いが…どうも腹の虫が収まらない。もやもやした感情の中、鷺宮はちょっとした仕返しを思い付いてそれを口にする。

 

 

「かぐやさん。腕力もピカイチなんだね。これはマッスルクイーンと呼ぶしかないわね」

「おお~ 良いですね。その称号、割とカッコいいですよ」

「ちょ、いくらなんでもそれは止めてください。何だか響きが嫌です」

「別に良いでは無いか。マッスルクイーン。そんな称号は中々得られないぞ。もっと誇らしくしたら良い」

 

 

 女子として不名誉な称号にかぐやは異議を唱えるが、そこに負けた白銀が会話に混ざってきた。言葉では勝者のかぐやを称えている様に見えるが、実際は負けた腹いせに因るものだった。そのやり取りを見ていた鷺宮はかぐやに同情の視線を送る。只でさえ、嫌な称号なのにそれを意中の人から言われたかぐやの心情は痛いほど理解が出来る。仮に自分がかぐやの立場なら脱兎の如く、この場から逃げ出している事だろう。

 

 

 

(あーあ。こうなると少し可哀想だね。あとであっちゃんと一緒に慰めに行こうかな。白銀くんの負けず嫌いもこういう時は本当に面倒臭いよ)

 

 

 萎れた花の様に落ち込むかぐやを見つめて、鷺宮は深い溜息を吐いた。

 

 

【本日の勝敗 かぐやの負け 試合に勝ったが好きな人(白銀)から筋肉女王と呼ばれた為】

 

 

 

「どれも凄いでしょ。どの品もきっと売れると思うよ」

「…だけど秀知院饅頭や煎餅って、文化祭の品というより観光地のお土産みたいですね」

「それは年配の来賓者向けの品なんだ。昨今、文化祭は若者のイメージがあるからね。それを払拭する為に用意したのよ。上手く捌けばOB会の懐も潤って一石二鳥だから」

「……成程。確かにこれなら年配の方達にも受けが良いでしょうね」

 

 

(普段は頼りない感じの人だけど、意外と考えているのね。まあ、自ら実行委員長に立候補した訳だし、当然の事なのだけど…。他には手拭いに湯呑とラインナップも豊富の様ね。造りや包装の質を見る限り、しっかりとした業者に委託しているのが一目で分かる。この分なら会長も許可を出せるでしょう。あら?これは…)

 

 

 

 

 

「そういえば、このアクセサリー。去年もありましたね。この手の品は売れるのですか?」

 

 

 

 かぐやが手にしたのはハート型のアクセサリー。一見して若者向けの品と分かるが正直な話、これが売れるとは思えなかった。一言に若者向けと言ってもその需要は時代の流行りに影響される。流行りの移り変わりが早い現代でこの手の品は見向きもされないだろう。もし売れ残れば赤字になるのは一目瞭然だ。そうなれば販売の許可を出した生徒会、敷いては白銀の評価にも関わってくる。赤字云々よりも白銀の経歴に傷が付くのは堪らない。かぐやはそれを懸念していた。

 

 

「大丈夫よ。絶対に売れるわ。寧ろこれが秀知院の目玉なの」

「かなり自信が在る様ですが、根拠はあるのですか? 文化祭が終わった後で売れ残りましたなんて、言い訳は聞きませんよ」

 

 

 

 自信あり気に話すつばめにかぐやは強気な言葉で揺さぶりをかける。大抵はこれで相手は怖気付き、此方の交渉が有利になるのだが…つばめは意に介した様子はなく、静かな口調で根拠とやらを語り始めた。

 

 

 それは昔に存在した奉心伝説の逸話が元であり、その内容は姫が病を患った際、姫に好意を抱く一人の青年が自らの心臓を薬にして欲しいと捧げて終わる。そんなありふれた昔話であった。話の内容は人を惹き付ける題材となっているが、絶対に売れるという根拠にしては理由が弱いとかぐやは突っ撥ねた。現実的な考えを持つかぐやにとって、昔に存在した逸話など意味が無い。やはりあとの事を考えるならば、アクセサリーの販売中止も視野に入れるべきだろう。そう判断してかぐやがその旨を伝えようとした時、つばさはある事を口にした。

 

 

 

 

「因みに奉心祭の期間中に好きな人へハートの贈り物を渡すと、その人から永遠の愛が得られると言われてるわ」

「永遠の愛ですか。それも作り話の類でしょう。そんな事で永遠の愛が手に入るなら苦労しませんよ」

「あ、信じてないね。実際、本当の事なんだよ。私の兄も告白された時にこれを貰ってね。つい先日にその人と結婚したんだ。しかも胸焼けする程、ラブラブな関係を築いているよ」

「ほ、本当なんですか? どうも信じられない話ですね」

「だったら、かぐやちゃんも試してみたらどうかな? ほら、このサンプルを一つあげるからさ」

「そうですか。まあ折角の好意ですし、頂いておきます」

 

 

 

 表向きは興味が無い素振りを見せていたが、実際はこういう逸話がかぐやは好きな方である。だからこそ、つばめから渡されたアクセサリーも断る事が出来なかった。

 

 

 

(…奉心伝説。このような伝承があるともっと早く知っていたら、利用していたのですけどね。生憎、文化祭は四日後。今から仕込みをするには時間が圧倒的に足りない。どう足掻いても会長からこれを贈らせるのは難しい。ならば私から渡す? いや、それだと私が告白する事になってしまう。けれど、璃奈さんだったら…きっと臆する事なく、会長に想いを伝えてこのハートを贈るのでしょうね。あの時、私に宣戦布告した様子だと間違いない。だとしたら私はどうする? このまま手を拱いているだけ? そんなの嫌よ。でも…どうしたらいいのか分からない)

 

 

 

 

 僅かでも勇気を出せば、今の状況を変える事は出来るだろう。だが…いざとなると臆病になって結局は何も出来ずにいた。そんな自分が惨めで悔しくて、堪らず泣きそうになった時、生徒会に姿を見せた白銀のおかげで堪える事が出来た。

 

 

 

「おう四宮。お前の方が先だったか。文実の会合はどうだった?」

「ええ。会合自体はつつがなく終わりました。販売する物品も特に問題はありませんでしたよ」

「そうか。そいつは何よりだ。あとはこの仕事を終わらせるだけだな」

「一体、この書類は何ですか?」

「これか? こいつは文化祭二日目の予定表だ。こっちで出来そうな仕事を文実から譲ってもらった」

「いくら何でも無理をし過ぎでは無いですか? 会長も疲れてる様子ですし、体を壊したら元も子もないですよ」

 

 

 

 白銀が持参した書類の束を見て、かぐやは心配そうに尋ねた。多忙を極める時期とはいえ、明らかに白銀の負担は大きすぎる。責任ある立場上、仕方ないのかもしれないが無理をして体調を崩さないか。かぐやはとても不安だった。

 

 

 

「確かに疲れはある。だけど、此処で俺が頑張れば…文実の皆も文化祭を回る余裕が出来るだろ? 皆の為に頑張っている者達が文化祭を楽しめないのはあんまりだからな。彼等も報われるべきだと思っている」

「…そうですね。しかし、それには会長も含まれているんですよ。私も協力しますから無理はしないで下さい」

「分かった。ならば四宮にも手を借りるとしよう。こっちの書類を頼めるか?」

「ええ。任せてください」

 

 

 

(そう。会長、私は貴方の優しさや言葉の数々に魅力を感じてきた。だからこそ、私は貴方との距離をもっと縮めたい。今より隣で貴方の魅力を強く感じたい。その為なら私は…)

 

 

 

 

 

 この日、かぐやは本当の意味で己の心に素直になった。恋愛は好きになった者の負け。かぐやにとって、好きという言葉を伝える事は相手に頭を垂れるに等しい行為だと思っていた。しかし、いざ素直な気持ちで己の心と向き合えば、そんな敗北など取るに足らない物だ。だがそんな歪なルールが存在するならば、この勝負にかぐやは既に勝利しているのだ。何故ならかぐやより先に相手を好きになったのは他ならぬ白銀本人なのだから…。

 

 

 

 初めて出会った少女に恋をした白銀御行。傍にいる内に白銀に惹かれた四宮かぐや。その二人の間で白銀に対する恋心を自覚した鷺宮璃奈。

 

 

 そうして始まった文化祭。その最中、三者三様の恋物語は大きく動き始める。

 

 

 

 

 

 

 




此処まで読んで頂きありがとうございます。


次回は文化祭での出来事を書く予定です。

それとこの作品はあと2,3話で完結させるつもりです。
三人の恋がどうなるのか。是非ともお楽しみに。


最後に一言。
この作品をお気に入り登録してくれる方や誤字報告してくれる方に大変感謝しています。いつもありがとうございます。


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