ベッドに座り込んでいると寝室のカーテンの隙間から陽の光が手の中の容器に投げかけられた。中に入っている液体を通ると、暗い色をした透明感のある影が手の中に落とされる私はそれを綺麗だと思った。美しいとも感じる。
容器、注射器を握りしめピストンに親指を当ていつものように右腕の静脈に針を突き刺す。昔はこの痛みが好きではなかったが、今ではこれから訪れる快感の前座として喜ばしいものとなっている。ピストンを押して液体をゆっくりと体の中に注ぎ込む。
液体が身体中に回ってゆくに連れて、先程まで感じていた倦怠感や頭を覆っていたモヤが晴れて行くのを感じる。暗く重たい精神が戦闘前に感じるような陶酔を感じて明るく軽くなっていく。
「ふう、気持ちいい」
もはやこうしないと感じられない感情に酔ってしまう。彼女がいなくなってから、感じられなくなった感情に。
いつまでもこんな素晴らしいのが続いて欲しい──。
「グラーフ、いる?」
だが、そうはいかないようだ。玄関の扉がノックされて声が聞こえてくる。この声は確か……提督だ。まだ業務開始前なのに、なんで私なんかのところにに……。
「ちょっと用事があるかあら……お邪魔しますー」
その上、私が鍵を閉め忘れたのをいいことに勝手に入ってきた。いや、私の上官である以上入室を拒否できないが……今は来て欲しくなかった。足音が聞こえ提督がまっすぐ私がいる部屋に来ているのに気がついた。慌てて空になった注射器を枕の下に隠す。
「あ、いたいた。おはよう、グラーフ」
「Guten Morgen、何の用……」
提督は初めて会った時と同じように屈託のない優しい笑顔を向けてくる。それが丁度、カーテンから漏れた光に照らし出され……言い表せないぐらい綺麗に見えた。
「最近、グラーフの調子が悪いと聞いて来てみたの。今も顔色が悪そうだけど……大丈夫?」
「っ、大丈夫だ。そんなに酷くない」
やばい、見とれてしまった。打った直後に来たせいだ。
「なら、よかった。アクィラが亡くなってから立ち直ったかと思ったらまたすぐに調子が悪くなったから心配していたんだよ?」
「それは……すまなかった」
薬を始め、ようやく立ち直り、今度は過剰摂取で悪化したなんて口に出せるわけがない。
そんなことを露知らない提督は私の横に腰掛けた。今の顔をあまり見られたくなかったため、そっぽを向く。
「そんなに抱え込まなくていいんだよ? 私も、みんなももう一度、グラーフが笑っている姿をみたいと思っているの。だから、辛いことがあったらなんでも言って」
「なんでも?」
その言葉がとても無責任なものに思えた。怒りの感情が湧き上がる。
「そう、なんでも。たとえ後ろめたいことがあっても、罪を犯していても、それを言ってくれれば私は貴女を助ける為に手を尽くす」
「何故、そこまで……」
「何故って、グラーフは私の戦友よ? 貴女がいなければここまで来れなかった。だから、言ってくれないかな?」
怒りは呆れに変わり、提督への感情が柔らかくなった。
なんとなく提督へ顔を向けると──。その美しい顔が光に当たって輝いていた。この世のものとは思えないほど美しい。
「ん? どうしたの?」
提督が欲しくなった。この手の中に収めて、体の中に──。
「違う!」
「え?」
声に出してしまった。やらかしたと思いつつ、誤魔化すために提督の両肩を掴む。
「いや、なんでもない。独り言だ」
「独り言って、絶対何か考えていたよね? 自分の中で終わらせずにしっかりと言葉にして話して。そうすれば貴女を──」
手から伝わってくる提督の体温が、提督を手に入れろという欲求を大きくしていく。そんなことをする訳には行かないとわかっているが、さっき見た美しさが脳裏から離れない。
「ねえ、グラーフ? 聞いてる?」
提督は危機感を持っていない。手に入れるなら、今だ。
「ちょっと、グラーフ。手に力、入れないで、痛い──」
何やら喋っている提督をベットに押し倒して馬乗りになる。提督は困惑して明らかに状況を理解していない、やはり今しかない。
「これはどういう」
咽頭を両手の親指と人差し指で挟み込むように包み、一気に力を入れる。
「がっ、う」
提督の表情が歪み苦しそうなものになる。息をしようとする度に気道のあたりが跳ね、脈が可笑しくなっていく。その感覚が、体温が、とても心地いい。
提督が私の手を引き剥がそうと爪を立ててくるが艦娘の手を引き剥せるわけがない。足をばたつかせたり、体をくねらせても無駄だ。
瞼が目一杯見開かれ、口は足りない酸素を求めて大きく空いている。
とてつもない征服感と快感で気が狂いそうだ。
ずっと私を見ていた目の焦点がズレてきた。痙攣も起きている。そろそろか。首の骨を折らないぐらいに力を込めて畳み掛けた。
激しく抵抗していた手や足は動きを止め、大きく開いていた口は力なく開いているだけになった。目の焦点は完全にズレている。
もっと力を入れるべきかと思ったところで提督の頭がコロンと横を向いた。やった。完全に蹴りをつけるために両手にもっともっと力を込めたら、乾いた音が聞こえる。提督の目から光が完全に消え去った。
もう、快感で脳が痺れそうだ。嬉しくてたまらない。
過呼吸気味の呼吸を抑えようと手を離すと、途端に現実に戻された。私が提督を殺した。この手で。この……手……で。
「う、うわあああああ」
自分がやったことが信じられない。そんな、まさか。有り得ない。絶対にそんなことはない。
首を絞めていた手はジンジンと痛みところどころ引っ掻き傷がついてる。
現実を否定したくて、ベッドの下にある中身の入った注射器を右腕に突き刺し、中身を注入する。一本だけではもの足りず、もう一本、もう一本と取っては注射する。
もっと、もっとだ。
やがて、今あった全てを打ち込むと、天にも昇る快感を感じられた。提督の首を絞めた感覚が心地よいものに変わって、興奮する。綺麗で美しかった提督が私の手で……。
「ああ、ああ。気持ちいい」
一気に書きました。楽しかった
これ書いて睡眠時間が短くなったのを後悔してます
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