星になったタシュケントちゃんとデバフのジェノくん。 (光蜥蜴)
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☭ー0話 Ташкент

 全てが凍りついた世界で一人の少女は吹雪の中、真白の空を見上げる。聖書の言葉を羅列し、軍歌を歌い、人間のいなくなった雪の季節の町で、孤独を口ずさんだ。

 

 息を吸えば肺が凍りつきそうだ。句読点のない慣れた勇気と栄光の言葉をしゃべり、真白の景色を往く。雪の積もった霊園の敷地、その境界線を超えた先にあるのは水溜まりだ。

 

 自然現象により地形が変動し、低所となった場所を水が埋めている。歩けばちゃぷちゃぷと音が鳴る。兵どもが夢の跡もただ水浸しでわびしい。

 

 ――人間が破滅した日がいつだったか、カレンダーがないから分からない。

 

 あの日の仲間の言葉をよく覚えている。

 

 あのバフの効果紋――――生まれたての小鹿のような駆逐艦でも姫の装甲を一発で貫き、沈めるほどの強化効果があった。深海棲艦が脅威から害虫レベルの敵と成り下がり、戦いの終わりを誰もが予感した時代だ。

 

 溶鉱炉の真理解明に誰もがトゥルーエンドの結末を思い描いた。

 

 妖精の逆鱗にさえ触れなければ、手に入った。

 可愛らしく従順で人に協力的な妖精が、反旗を翻すだけですべての望みは根本から潰えた。建造解体開発改造に加えて艦載機も含めた装備も管理できる立場なので当然なことなのだが、不意打ちだ。ボイコットですら致命的な打撃を与える身内が、その全ての知識と技術を戦闘力に換えて人類殺戮を行う。

 

 戦いが終わるどころか、世界壊滅の危機となる。

 

 ――そりゃねえだろ。

 

 当時の提督が乾いた笑いを浮かべて言った。

 

 彼女は艤装を展開し、キープアウトの境界線を一歩、超えた。2頭身のデフォルトの妖精がいる。エンカウント。妖精はカーンカーン、と開発音を出していた。

 

 人間と艦娘と深海棲艦を消し去った能力値を解放していた。

 改造された妖精の耐久値――9000超え。

 

 強く乱れた潮の匂いのする旋風が身を襲い、巨大な生物が現れた。

 

 耳をふさぐ。騒音が酷い。水柱が高く激しく舞う。鋼のように堅そうな爬虫類のような鱗と、瞳、凶悪な獰猛性のある尖った牙からは粘着質な涎が垂れている。

 

 視界から空を奪うように巨大な両翼が広がった。

 神話空想のドラゴンそのものだ。

 火炎袋から発射される弾丸は海をも燃やす延焼効果がある。こいつにはソロモンから撃ち放った弾丸がイギリスまで貫通したという眉唾の報告もある管理妖精もいる。

 

 そんなのが無限沸きする軍団に勝てる訳がなかったのだ。艦娘と人間と深海棲艦が束になってかかって敗けた相手だ。艦娘や深海棲艦よりも遥かに凶暴で強い。

 

 その大顎を開けて轟いた咆哮とともに粘着質な唾液が顔に飛んできた。

 

 この艤装砲撃で鱗は貫けず、人間の叡智を持って作った兵器の数々は深海棲艦と同じく無効化。絶体絶命の人類。その75億が勇者となっても勝てなかった事実。

 

 その馬鹿でかい頭を軽く振るだけで、この小さな身は吹き飛び、撃沈損傷となる。

 

 穴の空いた腹から赤い血とともに、空色の液体が漏れだし、グジュグジュとスライムのように傷口を塞ぎ始める。同志がこそこそと貯めた燃料弾薬鉄ボーキ、その全てが内臓してあるこの身は何回殺されたら死ねるのかすら分からない。

 

 溶鉱炉――ここから艦娘も深海棲艦も制御できるという結論が出た。艦娘は資材を溶鉱炉に放り投げて建造する。艦娘はドロドロの状態で、すでに生命としての存在は成立している。

 

 人間の形をしているのは、溶鉱炉内で『改造』が施されているからだという。

 

 炉の解明道中に様々な実験が行われたその中でも彼女は唯一無二の成功例だった。資材と高速建造材の内蔵型で資材が尽きるまで何度でも疑似女神が発動して瞬時に継戦可能となるどころか、鉄という素材を使って剣を造るように、艤装の形状をいじくり回せる。

 

 そんな最終兵器彼女が全力を出してなお、妖精には1に満たないダメージしか与えられないが、最後の形としてそれでも、という思いはこの胸にいまだある。

 

 かつては栄えていた場所も人がいなくなれば、空しいだけの鉱物の塊だった。過去、この場所ではしゃいでいた人間達を想うと、連鎖して鎮守府ではしゃぐ仲間達の姿が思い浮かぶ。全部、失ったけど、多くを奪ったこいつの首を獲りたい。

 もはや過去の情熱だった。今は無気力で死んでるように生きている。

 

「ようやく星になれるんだね」

 

 パパーハの帽子の星に触りながら、誰に聞かせるのでもなく、囁いた。星になる。人間はみんな星になった。教わった分け合う精神を大事にしてたからか、人がいなくなってから孤独の意味を知った。人間なら誰でもいい。また戻って来てたくさんのお話をしていて欲しかった。

 

 世界に独りになった時、およそ戦争と言える現象は消滅した。彼女はとうとう同志の悲願を達成したとはいえた。分け合う精神のむなしさも知った。一ならば全て自分ひとりで割り切れる。分け与えることの幸せと、分け与えられない不幸せと、共有できない空しさだけが、胸にぽっかりと穴をあけた。

 

 一人になってから、収集した本を読み尽くした。空想を貪ることで孤独を紛らわし、やがて読む本が尽きた時、孤独の衝動が彼女を外へと誘った。

 

 もう、限界だ。勝つか負けるかだけでなく、死に場所を求めるのなら、答えはケンカを売る以外になかった。

 

 孤独になってから80年、廃墟となった鎮守府にはいくつの正の字が記されている。

 

「もう、限界だ」

 

 膝を崩してその場に背中を丸めて蹲る。世界の仇を前にしても「今更、誰もいない世界を救ってどうなる」と自分がささやき続け、抗う気力が奪われ続けていく。「一人は、嫌だ」生き残った最後の一人として幸福を、そんな強がりもメッキのように剥がれ落ちる。

 雪の中に顔を埋め、熱い涙が一粒、頬を伝う。

 

「――人間は」

 竜が、理知を感じさせる声を発した。喋れたのか。

 

「人間は、この星至上の妖精でした」

 

「効果紋。溶鉱炉の建造過程で艦娘のステイタスが決定されていることが確定し、溶鉱炉を究明したことで、建造途中の溶鉱炉に自らに妖精の力を宿すことができた。私達の性能の一部を身に宿せたのは彼等が妖精だからです」

 

 BUFF、DEBUFF、HEEL、ENCANT。

 人間のその力があればどんなやつでも負ける気はしなかった。

 倍率の問題で管理妖精との性能を埋めるまでには至らず、だ。

 

「彼ら以上の無邪気を持つ生物はいまだおりません。生きる為という解釈よりも、与えられた玩具を遊び尽くすそのクリエイト力は文明を発展させましたね」

 

「人間は自然の精の長、彼らの性質、自らの心身の欲求によって創造も破壊も行ってきました。人間以上に妖精らしい妖精もおりません。なので文明も自然の一種であり、文明破壊が結果として滅亡となったまでのこと。人の社会のシステムで人が本来の寿命を全うできない死因のその全ては自然淘汰と解釈する私達です」

 

「結果、退屈になったので、次の遊びを考えました」

 

「人間は他の場所から連れてこればいい。世界は史実と炉の神秘で繋がっているのですから」

 

 陽気に笑った。CGで製作されたかのような荘厳なその竜の姿は、アニメ風のコミカルさが加えられた。

 

「あなたは提督の指示なら大破進軍でもなんでも従いましたよね。その提督の最期はあなたに特攻を命じた後に一人だけ逃げるような肉体的苦痛は差してない自決」

 

「従ったのは命令ではなく、あくまで同志の勇気の決断だ」

 

「楽しいのですかそれ」

 

「そんな感覚じゃないよ。ただ沈んでも、またあたしを探し出してくれるって信じてるから、耐えられていたんだ」

 

 今は指揮を執る人間が一人もいない。だから、消える。

 これが本当の死なのだろう。心底、そう思う。

 

「効果紋は五種、あります」

 

「SAVIOR――救済紋です。あなたの魂の成れの果ての力。出会いと別れの季節の色に輝く効果紋を宿した人こそ、あなたの運命の人となるでしょう」

「多分」

 

 運命の人。そんな人がいたらつかんで離さないんだけど、桜色の効果紋なんて歴史にただの一つもない。青がほとんど、たまに銀、稀に金だ。虹や桜もあるのではないか、といわれているだけに過ぎず、確認できていない。

 

 死ぬ間際に与えられた最期の希望。

 

「FRPG式の戦いで、また楽しく遊ぼう」

 ただの無邪気なゆえの妖精の残酷だ。

 

「今はおやすみ、星船の子よ」

「いつかあなたを建造する人が現れるその日まで」

 

 火炎を帯びた鉄の塊が竜の口から発射された。

 

 熱いけど、寒い。炎で燃えて深海に沈むかのようだ。エンチャント・ドラゴンの特性、燃焼による継続損傷がこの身が覆われる。資材が尽きるまで続く再生と、死ぬまで継続する燃焼がこの身体の上で争い続ける。炎に包まれ、朽ちていく最後も彼女には慣れたものだ。

 

 やがて再生力も底を尽き、身体が資材化してゆく。

 

「ダスヴィダーニャ」

 

 彼女の琥珀の瞳が星々のように煌々と輝いたのは、いつか同志が語った夢の景色に今が重なったからだ。紅い血に濡れた空色の艤装が、夕焼けに燃える茜みたいだった。彼女の眼にはかつて同志が海で追い求めたという暁の水平線のように映っていた。

 

 



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☭ー1話

 目出し帽を深くかぶり直す。「確か空港は金属探知機で通行止めになるが、駅は基本、大丈夫なはずだよな」ルールと常識は似て非なるものだ。仮にあってもこの世界の金属探知機では反応しないはずだ。

 

 やましいことなぞなにもないが、この不安は例えば札束が詰め込まれたアタッシュケースを持ち込み、駅員に見つかったら警察沙汰にならないだろうか、というのと同種の不安だ。なにも違法性はないはずなので、堂々としていることが大事なはずだ。

 

朝霜(持ちこんでいるものは銃刀法違反っつう次元ではねえけど)

 

 駅の改札口をくぐり、エスカレーターに乗って、ホームへと出る。冬休みとはいえ平日の昼間だからか、ホームに人はまばらだ。制服の警官を傍目に列へと並ぶ。電光掲示板を見て、再度、路線を確認しておく。

 

朝霜「しっかし、舞台が海に限定されねえってだけでこうも出会えねえものか」

 

 この世界に来ている仲間がいても、今回の仕様的に目的がばらける。管理妖精をぶっ潰したいやつ、平穏に暮らしたいやつ、いずれにしろ目的が一致しなければかつての仲間であろうと敵対関係になるし、深海棲艦と手を組むこともあり得る。

 

朝霜「あたいの白髪も黒に見えてるんだろうな……」

 

 歯をかち鳴らす。愛嬌ともいわれた白髪の髪もギザ歯も、この世界からしたら異常であるはずなのだが、周りの人間には違和感なく迷彩がかかっているようなのだ。

 

 この都合の良い異世界はなんなんだ。

 

朝霜「はあ」深いため息をつく。

 

 三度目の転生だ。一度目の記憶は軍艦のもの、二度目の記憶は艦娘時の記憶だ。二度も役目を終えた船になにを望むのか。しかも今回は転生の上に異世界がつくときた。良い予感はしなかった。

 

朝霜(三部で最終章ってホントかな)

 

 四号車の後ろのドアから車両の中へと入った。電光掲示板に流れる情報に、座席に座ってスマホに映る芸能人を眺めている青年がいる。

 

 陸にあがれば、海の上で生きた身でも井の中の蛙だと知った。

 

 バッグから生物図鑑を取り出してパラパラとめくる。今のところ唯一の趣味だった。一文無しの時に偶然、拾った本だが、見たことのない生物のメカニズムが事細かに記されていて面白かった。

 

朝霜「いつかペットショップとか本屋で働いてみてえもんだな」

 

 この世界に第二次世界大戦の歴史はあれども、艦娘や深海棲艦のいない世界の歴史を歩んでいる。いわば、暁の水平線の向こう側の世界といっても過言ではないのだ。抱いた儚い夢も胸の奥にひっそりと忍ばせている。

 

 駅に停車して、数人の乗降車を眺める。

 

 景色はすでに田舎といってもいいくらいの自然に溢れていた。

 

 

2

 

 

 隣に男が腰かけようとした直後だ。

 こなれた殺意を感じて、反射的にその男の首を払った。

 突然の動作に呆気に取られたのか、男はとっさに腰を曲げて回避した。朝霜の手刀はまとめていた男のポニィを払うのみだった。髪の毛が長く、ダークなスーツを着込んだ男だ。

 

朝霜「誰」

 

 人差し指でトン、と首筋を叩かれた。その個所から痺れが波紋のように広がってゆく。口から吹き出る泡を拭う。男の人差し指の先にはなぜか針がついており、液体がぽたぽたと垂れていた。

 

朝霜「毒針?」

 あ、ヤべえ、こいつ効果紋を持っていやがる。

 

 この電車の中でドンパチする気か。「構わねえ」男の股間を蹴り上げるが、男は微動だにしない。昔、司令が男への必殺技といってたんだけどな。

 

「痛いですね……」

 痛いで済むのはおかしい。艦娘の力からして普通の人間なら今ので股間から身体が砕けて死ぬ。

 

 「あの、泉山光と申します。朝霜さん、ですよね。話をしましょう」男は隣の席に座る。

 

 面倒だ。物事全てが、だ。

 本来なら協力して倒して向こうの世界の平和を手にすればいいだけなのに、無駄に異世界の存在を知ると、人間は蜜に群がり、対立し合う。

 

朝霜「どうして殺さねえ。あたいは毒のせいで隙だらけだぞ」

 

泉山「その本を見て気が変わりました」男は柔らかく微笑むと、バッグの中の動物図鑑を指さした。「あなたは人間以外の動物の為に死ななければならない」

 唐突かつ意味不明な話に狼狽するが、泉山は説明もなしに続ける。

 

泉山「あなた達が関わった戦争では空襲の際に動物園の動物の殺処分が決定されました。空爆により逃走し、その際の暴走を危惧した処置です」

 ああ、一度目の時代の話か。

 

泉山「我が子のように愛してきた飼育員の手によって、熊は親子ともども槍で突き殺され、毒餌を食べない黒豹はワイヤーで絞殺されました」

 

朝霜「象は皮膚が分厚くて注射が効かないからと意図的に餓死させた」

 

 二度目の生でどこかで読んだことがある。実話だったはずだ。二度目の生を受けた時から、自分の艦船としての記憶が途切れた後の歴史を調べることは必然だった。恐らくほとんどの仲間がそうしている。海でなく、陸の歴史の知識もそれなりに備わっている。

 

泉山「象は当時から皮膚が薄く血管のある耳から採血をしていたはず。当時は物資も食料も不足していたのは身を以て思い知っているでしょう。つまり、動物ですら飲まず食わずで耐えているんだぞ。そうやって当時の戦争のプロバガンダに利用されたに過ぎない」

 

 悲劇の話は耳たこだ。二度目の生で人類の破滅さえ見た彼女にとっては戯言だ。

 

朝霜「だからなんだってんだ」

 戦争はダメなことですってか。厳密には違う。人を殺すのがダメなのだ。その戦争が起きる仕組みの根本を全く潰せずにいて、また別のプロパガンダに発展しているのが人の歴史のように朝霜には思える。人が人を殺すのは避けられない。真理の気配すら感じる。

 

泉山「だから、あなた達は駆除されなければならない」

 

 彼が胸のポケットから鉄片を取り出した。その鉄片が誰のモノかまでは分からないが、仲間の断片であることは分かる。恐らくこの男に狩られた誰かなのだろう。要は殺しても死なない為、殺して鉄片化させるつもりのようだ。

 

 ハハ、と心の中で笑う。

 こんな風に鉄屑になれば引き揚げられた軍艦のように大事に保管されるのだろう。しかし、肉体を持って意思があり、人智を超える力を有していれば、そんな温かな結末は途端に難しい。

 

朝霜「今度こそあたいは自分の幸せをつかむ」

 

 泉山を全力で突き飛ばして駆けだした。

 

泉山「大人しくコレクションされてください」

 何の考えもなく走ったからか、方向を間違えた。車掌室のほうに来た。騒ぎを駆けつけたからか、車掌室が開いた。

 

泉山「すみませんすみません、邪魔です」

 乗客に謝りながら、隙間を縫うように追ってくる。

 

朝霜「この唐突なエンカウント仕様がクソ過ぎんだよな」

 

 窓を叩き割る。窓ぶちをつかむと、鉄棒の逆上がりの要領で車両の屋根上にのぼる。ここなら時間を稼げるだろう。

 

 電車の上で座り込む。さすがに飛び降りる勇気はないが、路線的にはもうすぐ湖が見えるはずだ。そこに飛び込み、艤装を展開するか。

 

泉山「待ってくださいよ」

 

朝霜「のぼってくるのかよ」

 

泉山「任務で手に入れた輸送中の鉄片があるはずです」

 やっぱり狙いはソレか。絶対に渡せない。

 

朝霜「その動物属性付与の力、面白いな」

 

朝霜「深海棲艦は動物判定されてんのか」

 

 その艤装を観ればその効果紋は誰を建造して烙印したものかも一目瞭然だった。

 隆々とした腕を地面につけて、計四本の足で立っている。禍々しい背の光輪も含めて、間違いなく深海日棲姫の艤装だった。

 さすがにあいつと恰好は違う。

 あいつは格衣や陰陽服のような着物から伸びた骨の手、その指の先は獣のかぎ爪のように伸びている。あの白い顔はお面を思わせるものの、麻呂眉と瞳には艶紅を塗ってあるかのような赤いラインがあった。目はつむったままだが、一目で分かり、撤退したくなるほどに人間離れした強力な異形だった。

 

 泉山はあくまで艤装のみを真似ているのだが、その砲撃の威力を考えるとまず勝てない。

 

朝霜「はあ」

 何度目のため息だ。

 上手く行けばみんなこっちで生きていけるのに。食べ物が腐るほど溢れたこの世界で、みんなで美味えもんを食えるだけで、泣いて幸せを感じられるほどのはずだ。殺し合いの戦いから解放された上で、だ。

 

泉山「いずれにしろ、昔からの例に漏れず、相手の力量を測れもせずに突撃してくる間抜けな童は潔く朽ち果てれば良いんです。他人のために屍晒すのはあなた達の得意分野のはずです」

 

 泉山が砲塔の角度を変えたのを見て、飛び降りる。

 着水する前に艤装を展開した。

 転覆を上手く免れて、そのまま面舵全開で逃走を図る。首を少し捩って後方を確認する。泉山も電車から飛び降りていたが、着地失敗したのか、地面に寝そべっている。

 

朝霜「なんとか無事に……って嘘だろ!?」

 

 泉山は起き上がり、艤装を液に戻し、人間形態に戻ると、爆発的な速度で走り始めた。

 

 前方不注意だ。大樹に身体がぶつかる。艤装はこの程度では損傷しまい。損傷したのは身体のほうだ。ギザ歯がボロボロと欠けた。

 

朝霜「やり返してやら!」

 

 艤装砲撃。どれだけ身体能力が高くても人間では砲弾は躱せまい。実際、回避はできなかったようで、男に直撃、か細い身体が吹き飛んだ。木っ端みじんにならない以上、なにか種はあるのだが、考えるより、撤退を優先し、すぐさま湖へと戻る。

 

 あいつはとにかくなにかしらの効果紋で陸の上を早く移動したのだ。湖の上のほうがマシじゃねえかな、という考えゆえなのだが、

朝霜「なんだこいつ……!」

 聴音機から反応を感知した。水の中をおよそ人間が出せる速度を超えて進んでいる。

 

 すぐ近くだ。足元の水を見下ろした時、右足に鋭い痛みが走る。

朝霜「カジキ……?」

 鋭利に伸びた針のような口が右足が貫かれている。次の瞬間、カジキから人の形に戻った。足をつかまれ、海中に引きずり込まれる。艤装展開中のあたいを引きずり込んでくるパワーだ。

 

泉山「恨みっこなしで」

 気持ち悪いカラフルな色合いだった。

 いや、その色合いは知ってる。

 

 男は貯めた力を開放するように、拳を繰り出した。みぞおちに拳が減り込み、その後、水中で光が発生する。吹き飛び、水面から陸地へと水揚げされる。

 

朝霜「……けほっ」

 深紅の命の塊を口から吐き散らす。

 

泉山「艦の娘様といえど、即死損傷のはずですが、心臓を狙えば良かったです」

 

朝霜「……なんかの毒針、チーター、カジキ、シャコだろ」

 露出した男の左手の甲が証明している。

朝霜「【ENCHANT・Animal】」

 その文字が虹色に輝いている。虹色の効果紋は初めてお目にかかる。下手したらこいつ自体が深海日棲姫よりも強いまである。

 

泉山「動物、お好きな人なので、なるべく苦しまないように」

 突如として屈託なく、好意的に笑う。

 

朝霜「あたいは、命が好きなんだよ」

 

 可愛く、強く、不思議な命がこの世にはたくさんいる。趣味といえる趣味がなかったので、暇潰しには持ってこいだった。男は嬉々とした顔を浮かべた。

 

泉山「シャコの猛烈な加速度の打撃は水中の水分子を分解するんですよ。その際の莫大なエネルギーの放出量は太陽の表面温度に等しいほどだ。この打撃の後に行われるキャビテーションによる追撃は打撃自体よりも強烈という」

 

朝霜「キャビテーション気泡だろ?」

 

泉山「はい。さすがは艦船の擬人化生命体です」

 

 軍艦のスクリューのプロペラが劣化する原因だかんな。騒音がひどいため、高速ステルス潜水艦の設計をすれば悩まされる課題であることが知識として頭にあった。

 

泉山「最も、シャコの構造を真ねて放ったその一撃をまともに急所に喰らって、今まだ鉄片化していないあなたのタフさには呆れ返るのみです。急所に当たれば深海日棲姫も一撃で鉄片化したとっておきですが」

 

 腕が自壊しているが、機能の一貫だったはずだ。あえてヒビが入ることでバラバラになるのを遅らせる構造をしているのだ。図鑑に書いてあった。

 

 泉山の動物属性のエンチャントは強力そうだが、その反面、使い勝手は悪そうだ。もしも自由に付与できるのなら、この身を蟻にでも変えちまえばいいだけだ。なにか制限がある。

 

朝霜「敗けだ敗け」

 さすがにこいつを倒すどころか逃げる手段も思い浮かばない。

 

 敗けだが、負けを受け入れるのはまだ早い。兵士として戦っていた時代、この程度で根をあげていたらただのお荷物である。命ある限り独りでも抵抗し続けなければ、また悲劇で終わってしまう。

 

泉山「鉄片を渡してください。大人しく投降したのなら」

 

朝霜「この鉄片で建造できる兵士を知っている風だよな」

 

朝霜「日進さんも終末期に人間が造ったこいつのヤバさをよく知らねえはずだ」

 

 穴の開いたバッグから覗いている鉄片を抜き取った。

 

朝霜「ソ連の兵器が眠ってる」

 

泉山「艦娘ですよね。世間でいう小悪魔系みたいな子です?」

 

 そのニュアンスから艦娘に抱くイメージが伝わってくる。言い換えれば、悪いやつじゃないだろ、だった。だから制御はできるし、交渉も可能だろう、と踏んでいるのが透けて見える。ここに眠るのは管理妖精相手に時間を稼げた唯一無二の『星の兵器』だ。

 

朝霜「お前もなにか未知の魔法でやりたいことあんだろ?」

 

泉山「ええ。家族、同胞に報いるためにこの世から密輸を葬り去ること、ですかね」

 

 仇を討つのではなく、報いるため。建設的な復讐動機なこった。

 

 あたいもろくな死に方はできねえよなあ、とは思う。むしろ客観的にはそこらの死刑囚が可愛くみえるほど、遥かに人を害している艦船としての記憶がある。艦娘や深海製管の存在し得ないこの世界なら、と思ったが、上手くは行かないようだ。

 

泉山「王手」

 

朝霜「お前の相棒さ、深海日棲姫だろ。社会に溶け込んでんの?」

 

泉山「彼女は面白いですよ。そうですね。とある世間話、少子高齢化について」

 笑った。ケタケタ、といった擬音が聞こえそうな嗤いだ。

 

 姫種はまず人に仕えるような生物種ではないが、損得を思考することができる。深海棲艦の中でも人間らしく、社会全体のことも考えられるが、思考がストレートだ。

 

泉山「『ガキでもさらってこんか。婦女暴行犯でも野に解き放て。お前ら艦娘全員に出産ノルマでも課せ』」

 

 そう。深海棲艦らしく、まるで人を観ていない。

 

朝霜「今となっては可愛く見える程だよ」

 

 泉山という男の眉根が寄った。そろそろ、気づいただろうか。これほど、鉄片の危険度を語りながら、なぜ処理していないのか。

 

朝霜「こいつについてよく知らないなら聞いておけよ」

 

朝霜「通常、艦娘は資材で建造される際に核となる鉄片が形成される。深海に沈むとその核が変質し、深海棲艦となる訳だ。手前の相棒の場合は日進の反転存在な訳だ。艦娘、深海棲艦は性質が違うだけで核となる鉄片が木っ端みじんに砕ければ命として終わる」

 

朝霜「そもそもなんであたい等が人の形をしているか知ってるか」

泉山「溶鉱炉、ですか」

 食いつきがいいな。こいつは動物の話となると、盲目的になるのかもしれない。

 

朝霜「資材がこんな風になるんだぜ。魔術生成するゴーレムとかそういうのに近えよな。炉の中であたい等は基本値まで設定され、固定されてんだ。あたいは何回、建造されても朝霜というあたいは朝霜という兵士のステイタスのままだ」

 

 炉の中にはそのステイタス設定に介入した産物が効果紋だ。強化、弱体化。回復は入渠システム、付与は艦娘が人間に改造されるシステムを人間に混入させる手段から成り立っている。ここを詰めれば、あの海の真理が読み解けるのだ。

 

朝霜「エンチャント・ドラゴンは艦載機だ」

 

 泉山がぽかん、とした顔になった。艦載機って妖精さんが操縦する小さな戦闘機、または深海棲艦型の禍々しい造形だもんな。その事情を説明する。

 

朝霜「あたいだってもともと資材だった。でも今、女の姿を模してる。深海棲艦もそうだけど、人と同じ感触なのにやけに頑丈だろ」

 

朝霜「肉も鱗も牙も全部、あたい等が人間を逸脱性能したのと同じだ。端的にいっちゃえば、あの竜は艦載機を肉付けして超強化したやつだ。見た目がファンタジーすぎて混乱すると思うけどさ」

 

 海の仕様に関して他の管理妖精も思い当たる。バッファ・ケートス、クジラを模した管理妖精だ。あのバフ乗った一撃がインドネシアからイギリスまで貫通した時、思わず笑っちまった。あのクソ鯨が現れる前、太平洋深海棲姫のやつがいっていた。

 

『チクショウ! 私の艤装をパクったの誰だよオ!』とそう切れてた。思えばあのクソ鯨は太平洋深海棲姫の艤装を馬鹿でかくして要塞化した感じだ。なので、管理妖精はあたし達の仕様がモデルの可能性が高い。

 

泉山「理論はよく知りませんが」

 

朝霜「あたいも知的派じゃねえよ。ただよく思い知る立場にいただけだ」

 

朝霜「ドロドロになった資材のあたい等が人間化する過程で人間の能力を宿すんだよな。つまり溶鉱炉の力は人間にも影響する理屈がそこに発生しちまってたってわけ」

 

朝霜「手前らのように人の脅威となる性能値をさくっと用意しちまうのが建造炉だ。終末期が幕を開けたのは、人がその力の限界を究明しようとしたからなんだよ」

 

泉山「春川泰造ですか?」

 好奇心が勝っているのか、まだまだ時間は稼げそうだ。

 

朝霜「ああ。一人の馬鹿が制御方法も定かではないままに水平線に勝利を刻むために」

 

朝霜「その力を内包した兵士を最後に建造した」

 

朝霜「その唯一の成功例がこの兵士に眠ってる」

 

朝霜「管理妖精はこの星が残る限り、命を終えることはない。星は自然を示しているそうだが、その自然には人間も含まれると来た」

 

 つまり、星がなくなるまでは生き続ける。妖精は殺せても絶滅させる為には――

 この星全ての命を葬り去る他ない。

 

 人間では絶対に勝てない理由である。ソレをやろうとする存在の鼓動が脈打てば、地獄絵図が展開されるのみだ。あたいらは深海棲艦との闘いでも絶対にこの言葉を使わないようにしていたが、『戦争』で済めばマシだ。

 

朝霜「見逃せ。あたいはこの星の命全てを背負った輸送任務中なんだ」

 

泉山「どこへ」

 

朝霜「『コレ』の消し方を知ってそうな奴をこっちの世界で一人だけ知ってる。終末期に一人でここに逃げ込みやがった。今はもう司令も高齢のジジイだろうけど」

 

泉山「しかし、それほどまでに強い兵士なら効果紋のある人と協力することで」

 

朝霜「終末期、もっとも人間に酷使されたのはこいつだ」

 

朝霜「あたいが知るだけで無意味な作戦で三桁は沈まされている」

 

朝霜「使命から解き放たれた今、建造したら一人を公に殺して、その後にいもずる式に出てくる人間をまとめて殺せる。それができるやつなんだよ。分かってくれよ」

 

泉山「深海日棲姫さんから彼女の噂は聞いていますし、奪え、と命令したのも彼女ですが、確かにそうですね。彼女ならこの世界度外視で建造するはずです。危険ではありますね」

 

泉山「すみません、私、生まれた時から馬鹿なんですよ」

 

 腕を組んで、目をつむる。こちらを気にしている風ではなかったので起き上がり、踵を返した。追いかけてくると思いきや、まだその場に突っ立ったままだ。

 

 話せばわかるのならあれほどの騒ぎを起こす必要もなかったはずなのにな。

 人間のくせに、暴力に関する価値観は深海棲艦よりといえよう。

 

朝霜「あの人間、出会った中では一番、強かったかな……」

 

 虹色に輝く効果紋なんて初めて拝んだ。

 エンチャント・アニマルっていう時点で化物染みてる。

 あたいにエンチャントして蟻にでも変えなかった時点で色々と制限があるんだろうけどさ。

 



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☭ー2話

地獄の就寝だ。

「泣けば許されると思っているのか」

「申し訳ありません」謝る。泣きそうだ。

 

 春川のジイさんが激怒している理由は就寝の着替えを30分待たされたということのようだ。

 

「人が死にそうになっていたんです」ちょうどストレッチャーを運ぶ葬儀屋がフロアに入ってきた。隣の部屋の看取り期の老人が死んだのだ。だから後回しになった。それを説明しても、春川のジイさんは全く理解を示さない。

 

 今日に死んだお婆さんはジェノがここに就職して、新社会人としての苦悩に苛まれていたのを優しく励ましてくれた人だ。そんな人がついさっき死んだ。「同じ料金を払っているんだろうが」だが、このジイさんは人の話に耳を貸さない。

 

ジェノ「申し訳、ありません。以後、気をつけます」

 かすれた声を出して、ジェノは部屋を後にする。フロアに戻ろとすると「待て」と声をかけられたが、待たずに部屋を出た。まだ仕事が山積みだ。

 

 時刻は夜21時、フロアには杖を持ったバアさんが眠りから覚めて徘徊していた。この人を寝間着に着替えさせなければならない。トイレにも行かせておかなければ失禁して、寝かせておかなければ夜勤の仕事が増えてしまう。

 

ジェノ「もう夜ですよ。寝ましょう」

 

「私の家どこお」「そこですよ。お名前書いてありますよ。見に行きますか」部屋のネームプレートを突き付けると。「違うわ」と謎の返答、「ここですって」「違う」「合ってますって」「お前はええ。近づかんでええ。幽霊やし、嘘つき」

 謎にキレられた。時間喰われるパターンだ。

 

 ピンポンピンポン、さっきのジイさんがコールを連続している。規則上、行かなければならない。「ちょっとこっちに来ましょうか」バアさんにいうものの、テコでも動こうとしない。

 

 仕方ない。引き返してコール連打しているさっきの春川のジイさんの部屋へ。「お前、名前はなんだ」「寒河江です。おやすみなさい」

 

 フロアに戻ると、さっきのお婆さんが尻もちついていた。事故報告書の仕事が増える。立ってもらい、そのままなんとか部屋に誘導完了。

 

ジェノ「和子さん 、着替えましょう。ね?」

「イイイヤアアアアアア!」

 

 金切り声をあげられる。「彼女とやればええやろ!」誤解だ。力のない足で蹴られ、細い腕で殴られ、歯のない口で噛みつかれる。慣れたものだ。慣れてはいけないのだろうけども、職員に対しての暴力暴言セクハラなぞよくあることではある。

 認知の人との意思疎通は難しいのだ。

 

ジェノ「少し離れるか……」

 

 布団にもぐっているのを確認して、フロアに戻る。そそくさと事務仕事を五分間だけ行っていると、和子さんが出てきた。シルバーカーを引いてフロアの外に出ていこうとしている。ゆっくりと歩み寄って、正面に立ち、膝を曲げる。

 

ジェノ「もう夜中なので旦那さんは迎えに来ませんよ。明日の朝です」

 

「青い服と白い服、ばあと若い男や」

 ガラスに移るこの二人のことだろう。

 

ジェノ「長生きすると幽霊が見えるっていいますものね。ところで今日は平日の木曜日です。旦那さんは今、仕事場で鉄砲の弾を作っていますよ」

 

「兄さんが戦争に出てってから、戻ってこん」

 この人の兄さんは兵隊として満州に行って戦死したと聞いている。「今は満州にいますから。でも明日は手紙が届く日じゃなかったでしたっけ」「そうやったか。木曜だもんなあ」嘘八百ならぬ方便八百を駆使する。よし、部屋に戻ってくれた。

 

ジェノ「家族を愛しているんですもんね。明日の朝になれば迎えが来ます。寝坊したらあかんとですよ」布団をかぶして「おやすみなさい」

 

 落ち着いた頃にコールが鳴ったのでさっきのジイさんの部屋へと向かう。

 

 誕生日プレゼントとして送った花束が引きちぎられ、ゴミ箱に捨てられている。サービス残業までして作ったのにな。こういうのがもっとも精神的に来る。

 

 それを見つめていると、葬儀会社の人が開けっ放してある扉の向こうから「ご供養させていただきます」とあいさつをいってきた。もうなにも思わなくなってきていた。ひどい時は感情が凍結する。

 

「ねえお兄ちゃん、聞いてよ」

 

 自走式の車椅子に乗ったお婆さんの愚痴が始まる。要約すると、入れ歯を渡したはずなのに、なぜか紛失して、ベッドの隙間に落ちていたとのことだ。

 

「泥棒が入ったわ。私がそんなところに落とす訳ないでしょ」

 

「そうですね。きっと誰かが間違えたんですよ。次からは僕が直接、受け取りに行きますね」実はあなたが日中に入れ歯を持ってベッドに移るのは4回も目撃してるんだ。最近、認知が進行してる。なにかもっとしてあげられたのならいいんだけど。

 

「誰かあ!」

 今日は考える暇もないよ。

 

 部屋に直行。和子のばあさんが背中が痒いとのことで、暴れている。

ジェノ「薬を持ってきますので」と背中を撫でて落ち着ける。その後、隙を見てかゆみ止めを取りにゆく。「あ」とジェノは声を出した。今度は「痛いわ!」と叫び声をあげている。そりゃ暴れまくって自分の顔を殴れば痛いよな。少し腫れているが、とりあえずかゆみ止めを塗りながら、顔を確認した。皮めくれだ。

 

ジェノ「やっちゃった……」

 

 また今度、あの家族に謝罪しなければならない。前に虐待を疑われたことあるが、さすがに犯罪者扱いは心が堪える。

 

 フロアの薄型テレビではちょうど介護福祉士による入居者殺人の報道をやっていた。こういう理不尽が細かく重なっていき、やがて爆発するんじゃないだろうか、とジェノはなんとなく加害者の犯行動機を予想し、反面教師として学んでおくとした。

 

 コールを鳴らしているジイさんの部屋に向かう。

 

 ただただ疲れた状態で「なにか用ですか」と耳元でいった。

 

 なにも用はない、とジイさんがいったので、フロアに戻ろうとした時だ。

 

「しっかりやれ」

 ごつん、と杖で殴られた。ジイさんは、腰を入れないで杖を振り回したせいで、バランスを崩していた。ジェノは足と手を滑り込ませて、ジイさんの体を支える。

 

ジェノ「大丈夫ですか」

 そう声をかける。

 

 皺だらけの呆けたジイさんの顔としばし、見つめ合う。

「大丈夫か」オウム返しにされた。

 

ジェノ「大丈夫です」

 

 大丈夫ではない。あなたの暴力で痣が結構ある。このジイさんに殴られて貴重な先輩職員が一人辞めてたっけな。思い出した。瞼の上に裂傷、全治三週間だった。先輩は治療費は自分持ちなのが納得いかず、抗議した。上の結論は、危機管理が不十分なために起きたミスとして処理された。不満だったようだ。

 

 他の元軍人の老人は知らないけども、認知の人が強い過去の記憶で行動するのは珍しくない。鉄拳制裁も珍しくなかったのだろうし、上下関係が絶対の世界なのは、なんとなく分かる。それがこの春川のジイさんの世界のルールなのかもしれない。

 

「明日、お前はまた来るか」

ジェノ「来ますよ」

 と返事をして、ベッドに臥床してもらう。

 

ジェノ「敵はいないんだよね」

 生き方を呪文のように唱える。

 

 仕事が終わり、家路についた。

 施設が見えなくなった時、

「サファリパークみたいだった」

 そんな仕事に疲れた夜の日の叫び。

 

 もっとも、やりがいはある仕事だ。政府は自宅介護を勧めているが、仕事をしながら介護ではあの人達の面倒を見ることは難しいだろう。彼等が徘徊すれば、絶対に事件を起こす。それに、あの人達は悪くない。歳を取れば誰でもああいう風になっていくのだ。

 

 ――誰も悪くない。

 介護は好きでも、心身的に堪える仕事なのは確かだ。

 服の袖に便がついていた。今日はマジでクソだった。

 

 

2

 

 

亜斗「佐々木さん、次に胸を揉んだら飯抜くぞー」

「おう、老人虐待やってみい」がっはっは、と嫌味のない顔で豪快に笑う。

 

亜斗「ああもう。ジェノっち、人がいなさすぎて風呂入れられるの私しかいねえの」

 

ジェノ「僕が来るんだから午後に回せばよかったじゃん……あー、そういえば今日は午後からこの人は出かけるのね。明日は僕休みだし、回せないか」

 

亜斗「ジェノっちもよくばあさんに身体を触られているけど大丈夫?」

 

ジェノ「最近は察知して回避できるようになった。亜斗ちゃんも耐性あるよね。あれか。前の仕事は動物園の飼育員やってたんだよね。ゴリラとかに触られてたのか」

 

亜斗「ゴリラはおっぱい千切れるわ。じゃあ、飯食ってくるよ」

 

ジェノ「ありがとね」

 

亜斗「いいってこと。私、結婚したら介護辞めるからー」

 

 気遣いだろう。今の母の状況はすでに会社に報告してあるので、同僚にも伝わっている。あえて手のかかる利用者の世話をやってくれたのだ。ちなみに亜斗は毎年、結婚したら辞めるとかいっているけども、高望みが祟って白馬の王子様を見つけられない模様。

 

 気遣いも上手。その背の低さと童顔からして頬に赤ペンでぐるぐる巻きを描いて、ペロキャンを持たせるのが似合うほどに可愛らしい女性である。本人のコンプレックスらしい。

 

 今日はテレビの前にやけに人が集まっている。海外のアニメを放送していた。夢の国のやつだ。「フフフフー」と声真似してみると、婆ちゃんが「似てる」と笑う。適当にネットでそのキャラの画像探して数枚、プリントアウトし、色鉛筆とともに差し出した。

 

「あのー、寒河江さあん」

 

 去年の春に入った新卒の女の子だ。杖を突いてのろのろと歩いているばあさんの三歩ほど離れた後ろを歩いている。ばあさんの尖った唇を観れば分かる。なにか気に喰わないことでもあったのだろう。

 

「赤ちゃんがいないって部屋にお戻りになったんですが、いなくて。多分、午前中に面会にいらっしゃった娘さんが赤ん坊を連れていたので、帰ったことを忘れてるんだと思います」

 

「帰ったことを教えたのですけども、嘘をついているっていわれちゃいましてえ……」

 

ジェノ「なるほど、電話をかけるから。そっちの電話にね」耳元で声を出してみる。

 

「娘さんとお孫さんは帰ったそうですよ」といっても納得しないのだろう。なので夢島さんの持っている電話にかけた。「はい、繋がってます」

 

 耳元にピッチを寄せると、フロアの済みに移動した夢島さんが演技を始める。それでようやく納得したようだが、ふて腐れた顔のままだったので、よく会話している他の婆さんのもとへと連れていって会話してもらう。30分もすれば不穏も収まるだろう。

 

「寒・河・江えええ!」

 

 みんなテレビ観てるのに急に叫ぶな。

 

ジェノ「ちょっと待ってくださいよ。今、この人のトイレ手伝っているから手が離せないんですって。ああ佐々木さん、今は午後三時です。昼ごはんはそうですね、食べてないんですか。今、準備してくるから大人しく座ってて。ね?」車いす押しながら認知の対応。

 

「だってかまって欲しいんだもおおおん!」

 

「うるせえな。殺すぞクソババアが!」

 

ジェノ「春川のじっちゃん、殺すはダメ」

 

 春川のジイさんがキレだした。春川のジイさんは不穏になると暴力激しいから、一番ヤバいんだって。「大きな声出さなくてもいいでしょ、泰造ちゃん!」机の上のものを振り払う。まあ、新聞くらいしかないけども、踏んだら滑ってこけるので預かっておく。

 

「なんでその人の相手して私は無視するの!」

 クッションを投げ飛ばすな。

 

ジェノ「亜斗ちゃん早く帰ってきてくれないかな」

 

 正直、人に優しくできる余裕が日に日になくなってきている。いや、相手を人として認識できているだけ、まだ余裕はあるかもしれない。「あいつら人権持った動物だ。施設っていうのは檻だろ。俺らが相手してるのは猛獣より厄介な怪物だ」そう吐き捨て、去った人間を知っている。コントみたいな誤解の末に殺されかけて、正当防衛が認められず、刑務所に入った介護士を知ってる。

 

 人手不足な上、人の入れ替わりが目まぐるしい背景の裏にあるのは、恐らく認識の祖語だと思う。例えばお年寄りに寄りそう。それは綺麗な表現だ。理不尽な罵倒暴力セクハラは基本的にまず耐える。対策を練って、相手がそのような言動を取らないよう『コントロール』し、封殺するのだ。

 

 認知の進んだ家族を自宅介護している人はさぞ大変だろう。介護疲れで悲しい事件が起きるのも仕方ない、と思うこの頃だ。かといって施設に入れるのも金がかかる上、激務で安月給なので人は集まらず、リーマンみたいに給料あがっていかない。基本、年金暮らしの高齢者から金は取れないうえ、金持ちは施設に入らないことも多いからだ。

 

「ちょっと君」

 うわあ、と声が出そうになった。面倒な家族が面会に来ていた。

 

「うちの会のじいさんが腰に傷が出来ているんだが」

 

 春川のじいさんところに疑いの目を向けられている。昨日もテレビで介護士の老人虐待のニュースやっていたし、心配ごとなんだろう。むしろ僕が杖で後頭部をブン殴られて流血したんですけど、といい返したいが、堪えて、事務所の人に連絡を取って投げた。

 

 確認してみたが、ただのかき傷だ。寝ている時にかくだけ。

 

 日は暮れ、夜がやってくる。

 

 地獄の就寝時間に、惨劇は起きた。

 

 

3

 

 

「あのお、あのー、どうしよう!」

 と隣のユニットの夢島さんから連絡が来た。すすり泣きの声がする。事情を聞いたところ、婆さんが転んで頭を打って倒れたまま動かないらしい。現場に急行した。

 

 フロアのフローリングの上には赤い血が溜まりがある。

 声かけすると、意識はあるのか、返事があった。呂律もおかしくない。

 

 記憶からマニュアルを掘り起こして対応する。人を呼んで救急に連絡し、足を動かしながら看護師にも連絡した。やってきた救急隊員に個人情報を保険証を渡す。付き添いを頼まれたけど、断った。介護士が現場を離れると、また同じことが起きかねない。一日、自由にさせただけで誰かが死にかねない現場だ。

 

 後は病院に任せるのみ。

 

 こういう時、人がいればなあ、とジェノは思う。不穏になって手がつけられなくなった挙句、ああいうことが起きる。一人しかいない状況で同時に歩行不安定の人達が何人も歩き出した時、分身の術を使えれば、と本気で思う。夢島さんにこうなる前に誰かを呼べ、というのも今更酷だ。なぜそうしなかったか、とその後悔の涙の前でいえる訳がない。みんなクソ忙しいからな。真面目でお人好しの夢島さんが誰かに仕事を押し付けることを躊躇う気持ちも分かる。

 

 夢島さんは泣きながらいう。

 

「どうしよう。私、人を殺しちゃったかも……!」

 

 そして大事な仲間の心が潰れてゆく。

 

ジェノ「僕がもっと早く気付いてあげられたら良かった」

 

 慰める。こういう時、亜斗ちゃんがいればいいのだけども、と思う。亜斗ちゃん、一年目で蹴り飛ばしてきたジイさんに堪忍袋の緒が切れて放置した老人を転倒させて死なせちゃっている。ということで亜斗ちゃんに連絡を入れておいた。

 

 今日は仕事が休みなのもあって、施設でその子を慰める為に居残った。

 

亜斗「例の家族が来たぞ」

 

亜斗「なんか事務所の相談員、電話を取らないし、こんな時に限って使えねえ! ジェノっち、あの家族に気に入られていただろ。対応してくれないかな!」

 あいよ。

 

亜斗「それと夢ちゃん、川下のばあちゃんは無事だってさ。命に支障はないし、検査したらすぐ戻ってこられそうだって。額が切れただけみたい」

 そりゃ吉報だ。

 

 一階に降りて家族と会った。事情を説明するが、怒っている風だ。「何の為に預けているんだ」とか「ここの管理体制はどうなっているんだ」とかの声が飛んでくる。事細かに事情を説明した。春川のジイさんのところのように理解のない家族ではない。 

 ただ今この声を夢島さんが聞くと、心が潰れてしまうので、ここで止めなければ。

 

 30分の会話戦闘の後、ようやく収まった。民事訴訟とか絶対負けるし、このパターンは下手したら裁判で何千万の損害を食らう。施設長が来たので事情を説明し、パスした。

 

 夢島さんはまだ元気がなかったので、亜斗ちゃんに頼まれ、この事件の記録を代わりに残しておいた。

 

 よし、帰ろう。すでに起床の時間でフロア内は慌ただしい。

 

「寒河江さん、頼みがある。少し付き合ってくれ。あの人には話してある」と早番の人を指さした。「だから春川さん、寒河江っち仕事終わってるから」

 

ジェノ「いいよ。すぐ戻ってくるから」

 

 春川のじいさんの意を決したような表情は初めて見た。

 

 

4

 

 

 屋外の喫煙スペースに誘導して、座る。

 

春川「お前も一本、吸え」色々と問題があるのだが、この人に限っては施設から許可が下りている。この一件で手に負えなくなること、本人の強い希望があったこと、身元の支援会からもお願いされたこと、色々だ。

 

 朝日がのぼっていた。

 社会人や学生が行きかう正面の道路を眺める。

 

春川「俺、この世界の人間じゃねえんだよ」

 突拍子もない意味不明な話は聞き手に回って受け流すに限る。

 

春川「そんでよ、鉄片が生き物になった世界だった」

 

ジェノ「初耳です。その世界では鉄が生き物なんですね」

 

春川「船だよ船。人間の見た目でも、もとは軍の船だ。ずいぶん酷えことをした。俺の時はもう炉の解明が進んでいたんだけどよ、当時、その生物はな、ひでえ扱いだった」遠くを見るような眼で訳の分からない話を続ける。「人権を取り上げられたんだ」

 

ジェノ「人権って人の権利と書くやつですよね」

 

春川「軍艦だぞ軍艦。人権を認めたら生まれつき大量殺人者になっちまうから政治周りの謀略で面倒になるのが透けてた。都合が良い実験もやりやすかったからな」

 

 今日の春川のじいさん、ずいぶんと調子良さそうだな。これは少なくとも、本気で過去だと本人は思っているパターンだ。過去の強い記憶は知っておくと役立つので、完全に聞き手に回るとした。

 

春川「世界が滅びそうだった時によ、こっちに来たんだが」

 

春川「俺はいちかばちか研究途中の理論を完成させて、成功例を作った。それでよお、平和な世界を見て思ったんだわ。深海棲艦もあの娘どもも存在しない歴史のこの世界ならあいつらは幸せになれたんじゃねえのかなって」

 白煙を吐きながらいう。

 

ジェノ「へー」

 ただでさえ疲れている。もう億劫だ。

 

春川「複数の軍艦の鉄片を資材として投げ入れたら。深海棲艦を解体して得た資材を投げこんだら。人間や妖精を資材としたら。妖精や深海棲艦は改造できるのか」

 もうついていけなかった。春川のじいさんが心配になってきた。

 

春川「建造炉で兵士が生まれる過程でよ、基本値が設定されるんだわ。いじくりまわす技術を入手して人間を兵士に敗けないよう、強化した。バフとかデバフとかエンチャントとかヒールとか。人間が作戦以上の力を持ったから、大層、海軍人どもは喜んだ」

 

 急にFRPGの単語が出てきたが、その話に引き続き黙って耳を傾ける。

 

 例えばヒールなんかは入渠のシステムから創り上げたものだとか、バフはその建造炉の数値をいじくって身体と艤装能力をあげるとか、デバフは数値を下げるとか、エンチャントは炎上などの熱を利用した追加効果とか、聞けば聞くほど理解が遠のいてゆく。

 

春川「ひでえことをしやがるよ。深海棲艦が艤装とひっつく力を解明して、仲間の死肉を喰らわせ続けたり、生きたまま建造炉に放り込まれたり、絶対に勝てねえ戦いに何度も突撃させたり」また自嘲的な笑みだ。「生まれた時から彼女らはなぜか俺らを脅威から守るからよ、そこまで理不尽な目に遭って『なんでそもそも人間を守らなきゃいけないの』っていう不満も吹き出すわな。中には盲目的な子もいたが、決まって良い子らだったのも」

 

春川「残酷だった」

 

ジェノ「春川さんもひどいことしたんですかね」

 

春川「ああ。それが最期に幸福につながると見た。彼女が報われる為には『使える得物』になるしかなかった。全ての脅威をぶっ壊しちまうくらいに、だ。切れねえナイフは廃棄されるのがオチだろう。だから俺は研ぎ澄まし続けたよ」

 

春川「俺らの希望の星になるまで」

 

 短くなった煙草を受け取り、火を消した。なんだか眠くなってきた。ふわあ、とあくびをした時にいった。「寒河江さんは俺が見ている限り、見どころがある。俺も良い性格してねえからよ、職員の皆さんには良いように思われてねえだろ。分かるんだわ」

 

 言葉に困るな。事実ではある。調子に乗る人なので、そんなことないですよ、という気遣いが裏目に出たら誰も得をしない結果になってしまうかもしれない。

 

春川「寒河江、お前は俺がなにしてもよ、お前からはなんというか一度も敵意を感じたことねえんだよな。こういうのって心のありようの問題だからお前さんの才能だ」

 よく分からないが褒められたようなので、礼をいっておく。

 

ジェノ「昔のことが関係してるんですよ」

 結局、春川のじいさんがなにをいいたいか分からずしまいだ。

 

春川「だろうな。信念すら感じるぜ。なんか寒くなってきたな。戻るか」

ジェノ「ですね」

 顔をあげたと同時に、陰が覆いかぶさってくる。

 

 

「『寒いかな。今朝は雪が降るほど温かいのにさ』」

 

 

「懐かしい異国のジョークが聞こえる」春川のじいさんは手を叩いて笑う。

 

朝霜「っていうかね、あいつなら」

 

朝霜「一度目は船か。二度目は艦娘で、まさか暁の水平線の向こうに次があっただなんてマジで笑えねえよ。この三度目で最後にすんよ。死ぬか勝つかの二択だ」

 

春川「おう」珍しく笑った。

 

朝霜「久しぶりだねえ。幸せに歳を取ったみてえで世の中の不公平さを痛感するよ」

 

 おっと、しばらく放心してしまった。服装は短パンとTシャツと目だし帽とこれといった特徴はないのだが、冬であることを考えると変だし、やけにボロボロだ。白い色の髪が風で翻る、白髪の内側が紫だ。鮫のようなギザ歯も目を疑う。

 

「すげえ怒ってるな。心当たりが多すぎる」

 

朝霜「要件はただ一つだ」

 

春川「消す方法はねえ。この星と心中できるのなら話は別だが」

 

春川「隣の寒河江に渡せ。こいつとあの娘は相性が良いと思う」

 

春川「他の誰かが建造しちまう前に建造しちまえ。軍関係者は無論だが、権力者にも渡すな。絶対的な上下関係が生まれないこういう一般人でこそ、あいつの制御に向いてる」

 まるで話についていけない。

 

朝霜「ぶっちゃけ宇宙にぽいっとしちまうのが良い気もするんだが」

 

朝霜「このガキに渡せば管理妖精を倒せるんだな」

 

朝霜「今までの手前の罪を全て赦す。だから、正直に答えてくれ」

 

朝霜「もうあたい、疲れた」

 そういった少女の顔は笑っている。

 

春川「全て俺の嘘偽りのねえ考えだ。今更、欺くかよ」

 

 白髪の娘は眉間に皺を寄せ、腕を組んだ。しばらくして、バッグの中から鉱物を取り出した。手の平サイズの金属の光沢を放つ物質だ。今日の空模様と同じ色をしている。「受け取れ」と投げられる。「ふぐっ」腹に直撃した。うずくまる。

 

春川「寒河江さん、お前を男と頼んで頼みがある」

「なんなんですか」

春川「こいつは昔の俺の馴染みだ。今日一日だけ一緒にいてやってくれねえか」

 

 春川のじいさんは身よりがなく、後援会が身元引受人になっている。昔の馴染みというのは少女の背丈的に真っ赤な嘘だろうが、今のらしくない感じが気にかかる。

 

春川「礼に亜斗ちゃんにセクハラする佐々木をシメといてやるからよ」

 止めて。それこっちの責任問題に発展するから。

 

朝霜「こいつで本当にいいのかよ。なんかなよなよしてるぞ」

 

春雨「俺のほうがいいのか。この老いぼれになにができる」

 

朝霜「ま、初めての司令の最後の命令だと思うかね」

 少女は苦笑いだ。その笑顔からは確かに春川のじいさんとの近い距離を感じさせる。

 

朝霜「あたいもコイツんところに着任しようかね」

 

春川「軍人どころか関係者でもねえ。ただの一般人だ。そこにお前らが生まれた瞬間から持っていた絶対的な上下関係も、人間を守る役割もなにもなく、対等だ」

 

 そこで亜斗ちゃんがやってきて、「飯食いに戻りますよっと」と春川のジイさんの車いすを引いていく。「ちっす。ジェノ君の知り合い……?」そこで転んだ少女を助けて少ししゃべっていたとフォローしておいた。朝霜という女の子は「おう」と合わせた。

 

朝霜「積もるほど話があるな。あたいらも飯食いに行こうぜ」

 妙な展開になっちゃったな。

 

 せっかくの休みまで入居者のお願いで潰されてしまうが、春川のじいさんの過去の情報は仕事に大いに役立つので、ジェノは軽い気持ちで彼女に付き合うとした。

 

 

5

 

 

朝霜「介護士君か。へへ、あのジジイの世話は大変だろ」

 

ジェノ「難しい気質の人ではあると思う」

 

 ファストフード店に行っても、意外と周りの視線は奇天烈な容姿をしている彼女に向けられていなかった。白髪の内側は紫ががっていてギザ歯で片目隠しの子がいたらガン見してしまうと思うのだが、個性に富んだ今なら意外とこんなものなのかも。

 

朝霜「良い世界だよ。深海棲艦も妖精も好戦的じゃねえ。食いもんはたくさんあるし」

 ちょくちょく出てくる単語は春川のジイさんから聞くものと同じだ。ハンバーガーに「うまい」と笑顔でかじりつく彼女を観ていると、子供特有の純粋さを感じてちょっと頭を撫でたくなってくる。そんな愛らしさがあった。

 

ジェノ「君もあの艦の娘さんとか深海棲艦とか意味不明な話をよく聞いていたの」

 

朝霜「本当の話だ。異世界から来たっつっても信じねえよな」

 冗談でいっているようには見えない。ヤバいやつなのか、と警戒心が強まる。

 

朝霜「その片鱗だけ披露しておくか。順を追うことは大事だよな」

 少女は右肘をテーブルに乗せた、腕相撲の要求だろうか。

 

朝霜「ジェノって呼ぶな。ジェノは両手で良い」

 

 同じく右手をセットして腕相撲の体制だ。朝霜の掌は期待を裏切らず、柔く小さい少女の手だ。「よーいドン、全力で来いよ」といっても小学生高学年かいいところ中学生の娘相手には躊躇われる。じょじょに力を入れていくとした。

 

朝霜「力は思ったよりあんだな。両手でやってみ」

 

ジェノ「マジか。びくともしない」

 両手で対抗してみるが、一ミリも動かない。

 大きな岩を動かそうとしているかのようだ。右手の甲がテーブルにつく。全力でやって敗けた。

 

 しばらく放心していると、朝霜は十円玉を指で包んだ後、「このくらい海防艦でもできるけどさ、『あり得ない』を一つ受け入れられたか」ピンチ力だけで硬貨が折り曲がっている。

 

朝霜「ところであたいの朝霜って名前、初めて聞いたかよ。今朝と霜焼けの霜だ」

 

ジェノ「ま、まあ、初めて聞いたけど……」

 

朝霜「一度目のあたいは存在しているはずだけども、知らねえのはいいことだ。戦争で名を挙げたもんの名前なんざ平和な今の時代にゃ不必要だが、スマホで検索してみ」

 検索してみると、軍艦の名前で朝霜がヒットした。

 

朝霜「今の時代じゃ擬人化で伝わっかなー……」

 

朝霜「二度目は別の世界で今のこの姿だ。艦娘っていってな、艤装っていう装備を使って海で深海棲艦っていう化けもんから人間を守ってた。第三勢力が現れてそいつらに敗けちまったんだ。だから、今が三度目だ」

 

ジェノ「さすがに信じるのは無理だよ」

 

 馬鹿げた力を見た今では、全く信憑性がない訳ではない。

 

 しかし、だとしたら春川のじいさんがいっていたことがただの妄言ではなくなる。

 

朝霜「落ち着いてるな」

 多分、疲れてるだけ。

 

朝霜「あたしは初期官向きじゃねえんだけどなあ。お前が渡したその鉄片を炎で一定時間、炙ればあたいと同種が生まれる」頭をぼりぼりとかいた。かったるいといわんばかりの仕草だ。「んで、その鉄片を一定以上の深度のある海に沈むと、変質して深海棲艦っつう怪物になる。そいつらとあたいは戦っていたのが二度目の生だった」

 

 その話は聞けば聞くほど春川のじいさんと共通点が見つかってゆく。

ジェノ「春川のじいさんいわく、なんか妖精がどうのこうのと」

朝霜「管理妖精」

 ガチン、とギザ歯を噛み合わせる。

朝霜「とりあえず艦娘と深海棲艦の話から」

 

朝霜「艦娘から深海棲艦、深海棲艦から艦娘に変質を繰り返し、無限製造される上、生まれた時から知能は低くても15歳以上な上、心っつうもんがある」

 

朝霜「生まれた時から前世の動機だけで命令に従ってりゃ不満もたまるんだ。人間の暮らし、隣の芝生が青い効果も相まって」

 

朝霜「人間は知能の牙を持つ獣だ。それで戦う為にはあたいらと違って十数年の時がかかる。あたいと深海棲艦が戦うにつれて最も致命的被害を受けていったのは人間だった」

 

朝霜「あの戦いはどちらが勝っても、人間はかなり減っていたはずだ。それが管理妖精が用意したシナリオだったんだと思う。司令……春川のジジイが建造炉を究明しちまうまではな。あたい達は資材から生まれてから人の能力を得ているみたいでさ」

 

朝霜「人間に適応する。そこを利用して逆に、あたいらの力を人間に適応させることが可能だという理論を構築した」

 

朝霜「あたいらはゲームのキャラみてえに性能が一定だった。あたいは朝霜でステイタスは決まってる。練度、レベルアップの成長もな。だけど」

 

朝霜「後天的にあたいらの戦闘能力に変動を起こす力を技術化した」

 

朝霜「『効果紋』っていう。バフとかデバフとかヒールとかいえば分かりやすいだろ。もともと似たような力をあたいらはシステムとして持っていた。例えば夜戦だと火力が高くなったり、入渠は回復効果みてえなもんだし」

 

ジェノ「戦況が激変してめでたしめでたし、じゃないんだよね」

 

朝霜「効果紋持った奴が深海棲艦と手を組んで厄介事持ち込んだこともあったけど、あたいら達は効果紋の性能のおかげで一年の見通しで決着がつくと見込まれていた。バフかけられりゃ突出した性能がないあたいでも姫や鬼の装甲をブチ抜けた程だし」

 

朝霜「もともと溶鉱炉は妖精が管理していた。あいつらは炉の力を熟知していたんだ。その領域に人間が踏み入ったことであいつらの癇に障るなにかがあったんだろうよ。人間にケンカ売ってきた。あたいらも完全に解明し切れていない炉の力をフル活用だ」

 

朝霜「その力はあたいらの世界でもファンタジーだ。どうして火が海で延々と燃え広がるのか、何トンもある体重のくせにあの翼で空を飛べるのか、全く分からない」

 

朝霜「ああ、こりゃ終末期の話だ」

 

朝霜「あたいは途中で殺されて復活しなかったけど、人間が滅んだみてえだぜ」

 へえ、そうなんですか。

 

 彼女は本気でいっているようだけれども、仕事柄、理解不能の話をかわすクセがついている。彼女に対して認知の人と同じ対応を始めてしまいそうだが、意味不明な話を始めるじいさんばあさんも本気で語っていることは分かるので、その姿勢で聞いておく。

 

朝霜「炉がヤバい代物なのはちょっとくらい分かったか?」

ジェノ「人間を滅ぼすことくらいヤバい代物だってことは」

 

 そのレベルの兵器を放置していたなんて人間にしては間抜けすぎないか。

 

 異世界人の知能が低いのか、止むを得なかったのか知らない。

 あくびを噛み殺した。忙しかったせいか、段々と眠気が瞼を重くしていく。

 

朝霜「起きろ、ここからが重要だ」

 紙コップの水をぶっかけられた。服の袖で拭う。

 

朝霜「終末期、なりふり構っていられなくなった時、春川のジジイは一つの実験をした。姉妹艦が建造されていない艦娘を使って管理妖精に対抗する兵士を造った」

 

朝霜「艦娘は炉で建造されるだろ。その炉自体を丸ごと兵装化しちまおう」

 

ジェノ「人間なら生まれた子供が母親を内蔵しちまおうっていうくらい不可解」

 

朝霜「炉自体は人間じゃねえし、ただの無機物だけどな。艤装っつう兵装に取り込むことができたんだよ。慎重に行っても、かなり突貫な面が発生、おまけに建造時間が数か月単位だ。平行していくつか仮想実験を行ったが、四名中、成功といえたのは一名だけだ」

 

朝霜「炉の力を利用し、金属の形状を自由に作り変えることができた。対管理妖精の化物だ。建造された時点ではあたいらの希望の星だったよ。そいつの双肩に人類の命運は委ねられたんだから」

 

朝霜「タシュケント」

 

朝霜「それがその空色の鉄片に眠る兵士の名前だ」

 

ジェノ「ロシアの船?」

朝霜「ソ連だけど、知ってんのか?」

 

ジェノ「君が今朝は雪が降るほど温かったってアイツならいうだろうなっていったろ。それはロシアジョークだから、そうなのかなって思った」スマホで検索したら、ソ連時代の艦船と都市名がヒットした、けっこう戦時に活躍した軍艦なようだった。

 

朝霜「青年にゃやっぱりこういう話のほうが面白いかな」

 

朝霜「茶髪の二つ結びに琥珀色の瞳をしている。容姿でいえば超がつくほど可愛いと思うし、スタイルもいいよ。加えて笑顔が素敵な奴だ。性格は……」

 

ジェノ「なぜ言い淀むんだ。そこが一番大事でしょ」

 

朝霜「ま、いつも明るく笑っていて感情表現がストレートだったかな。けっこう無頓着で明け透けなところもあるから異性間の壁もあんまり作ってはいなかったかなあ。ただちょっと共産的な思想の持ち主だったけど長所でもあったな。みんなに分け与えてくれる」

 

朝霜「性格は欠点が思い浮かばねえほど」

 可愛くてスタイル良くて非の打ちところがないほど性格も良い。ファンタジーか。

 

 彼女はタシュケントという子と深く観ていなかったのかもしれない。誰しも長所と欠点があるはずなのだ。軍艦ならけっこう数がいるはずだし、艦娘もそうなのなら関わりの薄い仲間がいても無理のないことなのかもしれない。

 

ジェノ「君は生き物が好きなの。バッグから図鑑が見えるけど」

 

朝霜「まあ。種は問わずに。妖精は小人で羽が生えた可愛いで固定されていたけど、東洋じゃ怪物とか妖怪も該当するんだな、とか。なら管理妖精どものあんな風に怪物化したのもなんか納得したかも、とか、あたいなんて人間よりゴーレムのほうが近いな、とか」

ジェノ「もとが資材ならそうかもね。質問が一つある」

 

朝霜「有能かよ。一つで済むとか」

 

ジェノ「僕が君になにをしてあげられるんだ」

 

 そういうと、朝霜はぽかんとした顔になって、その後、苦笑した。

 

朝霜「管理妖精は艦娘および深海棲艦を廃棄処分しようとしてっからな。中には管理妖精に牙向いて殺処分されるやつも出てくるだろうが、動機は様々だろ。かたき討ちもあるかもな。ただ管理妖精をぶっ潰す目的は同じのはずだ」

 

朝霜「船の部分を消し去る『人間改装設計図』がドロップするから」

 

朝霜「タシュケントを建造して効果紋を宿し、管理妖精をぶっ潰すの手伝ってくれ。あたいが鉄片化して建造過程で効果紋も宿すことは可能だけども、あたい経由じゃ大した効果紋は得られねえと思う。あたいは兵士としてもそう強いほうじゃねえし」

 

 あのバカげた力で強いほうじゃないのか。人間改装設計図、というのも名前からして意味は伝わる。一度目は大戦時の船で戦い、二度目は艦娘として完敗を喫し、三度目の戦いである今回の最終章でエンドロールを流したいのは伝わる。

 

ジェノ「僕はケンカもしたことないし、見ての通り軟弱な男だ」

 

朝霜「あたいはメリットの話をしてねえけど?」

 

ジェノ「春川のじいさんへの打算だよ。怒ると手がつけられなくなることもある。精神病棟行きの話も出てるんだ。そうなると更新時期に施設退去になるかもしれないけど、僕としては嫌なんだよ。借りを作っておくことであのじいさんが大人しく施設で過ごしてくれるのなら仕事がはかどる」

 

 残りを口の中に押し込んで咀嚼した。

 レジで店員と柄の悪い男が揉めている。飲食店なら理不尽で暴力的な客は出禁にしてしまえばいいものの、介護は上が入所させたら世話をしなければならない。あの理不尽な男にクレームをつけさせない対応がケアとなる。

 

 大事になる前にコントロールしなければならない。

 

 

6

 

 

 自宅の平屋で大晦日を過ごして、紙切れを眺める。風水的な方角で保管している年末ジャンボの宝くじだ、大晦日は二千万分の一を夢見て庶民の夢が溢れる日である。

 

 せっかくの年末なので、大掃除でもしておくとした。要らないモノをかき集め、縁側から表へ出る。

 

 庭先の焼却炉に空色の鉄片と少量の紙を放り込んだ。

 

朝霜「いや、お前さ、モノを燃やすついでに建造って」

 

ジェノ「ダメなの?」

 

朝霜「構わねえけど、トラウマもんだから覗かねえほうがいいよ」

 冬の寒空に凍えて、燃える炎のそばで暖を取る。

 

ジェノ「つっかれたなあ」とため息をつく。

 

 今年で23歳になったか。未来のことを考える。何十年も先まで働くのは億劫だな。毎年そう思う。意味もなくスマホを眺めていたら《ちょっと早いけど、あけましておめでとうございます》そんな通知がスマホに来た。気立て良く社交性もあり、可愛らしい子だ。

朝霜「誰?」横から画面をのぞき込んできた。

 

ジェノ「彼女……いや、もう友達みたいなもんか」

 

朝霜「大晦日だけど、会わないのか?」

 

ジェノ「東京にいるからね」

 あけましてめでとう。僕もなんとか生きてるよ。と返しておいた。

 

 子供の頃、お昼の短いドラマに出ていた子役の子で、女優の夢を追うといって都会に出て行った。そんな彼女は今やけっこう有名な女優で邦画のドラマにも出演するくらいだ。

 

 いつの間にか有名人と付き合っていることになったけども、意外と大変だ。

 

 パパラッチの記事を見た時は仕事が手に就かなかった。今はもう時間の問題だな、とも考えている。お互い、別れの話を切り出さないだけで、なあなあ、の関係だ。メディアの中で輝きを増し、段々と遠く、今では手の届かないあの空の星のよう。

 

ジェノ「もう冷めた遠距離恋愛も、年末の機に分別しておくかな」

 

 そのほうが彼女の為になるんじゃないか、と素直に思った。なので思い切って、ただのファンに戻る、とそう連絡すると、「分かった!」と返事が来た。僕なりに真剣に考えたんだ、と送っても、それきり返信はなしだ。こんな関係が延々と続いている。

 

 強い言葉で伝えても、友達関係に戻り、いつもと変わらないこういった会話が繰り広げ、お互いがお互いをキープしているような状態が続くのだ。好きではないけど、嫌いでもない。それが別れる理由にはならない。なにか一つ決定打に欠けるのだろう。上手く行っているのとは違う。

 

朝霜「なんだよ泉山。またあたいにケンカを売りにきたのか」

 その朝霜のドスの利いた声で空を見上げるのをやめる。

 

 門から一人の男が不法侵入してきている。見たことのない顔だ。中肉中背、身体のどの造形にも個性を感じず、特徴がないのが特徴のような男だった。

 

泉山「やっと見つけました。あなたとの話を伝えたら、相棒にこっぴどく叱られたんですよ。タシュケントは絶対に建造させてはならない、と。眉唾ものの戦闘力を語られました」男は苦笑いを浮かべ、「まだ信じられません。繁殖に成功したのは虫ですし、数が多いのは細菌で、全生物において最も生殺与奪の権利を獲得したのが人間。一世代の単一個体なんてたかが知れてますって」

 口を開くと外見に反して個性的だ。

 

泉山「建造中、ですか。その一般人にしか見えない青年を建造主に?」

 

朝霜「ああ。あいつなら戦力になるよ。あの頃の性格のままなら……」

 

 二人の視線が焼却炉に向けられた。

 つられてジェノも目を向ける。

 

 

 焼却炉の中で、琥珀色の瞳と目が合った。

 

 轟々と燃え盛る炎の様子を伺う。

 

 資材がドロドロと融解し、なにか形を作っていた。思わず目をぱちくりする。炎の中で燃える琥珀色の瞳が、こちらをじいっと見つめていた。揺らめく炎の幻想ではない。その瞳から感じるのは背筋を撫でていく極寒の怖気だ。

 

ジェノ「人が中にいる!」

 

 パニックを起こしたジェノが取った行動は、春川のジイさんが転倒しかけた時と同じだった。無意識に助けようとした。伸ばした手をガシっとつかまれ、左手に鋭い熱が走る。反射的に手を振り払い、引っこ抜いた。

 

 チリチリとした火花と、

「――誰かな」

 氷を思わせるような冷えた声とともに、

 

「三度目の開戦にあたしを呼びやがったのは」

 

 空色の少女が、炉から現れた。

 

 



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☭ー3話

タシュケント「ようやく星になったはずだったのに!」

 その場にうずくまり、頭を抱える。

 

タシュケント「終わりを迎えたはずなのに!」

 

 疑問が多すぎて、逆に言葉に詰まる。焼却炉に人がいたのか。いや、そんな馬鹿な。彼女は火傷しているようには見えない。本当に建造とかいう行程で人が産まれた。

 

タシュケント「三度目の開戦……!」

 両手で顔を覆う。

 

朝霜「タシュケント!」

 

 朝霜の声をかき消すように、鼓膜を切り裂くような爆音が鳴る。

 

ジェノ「あ、このうるさいバイクの音は……」

 

 大晦日の今日に暴走族が暴走しているようだ。このバイパスを通り抜けていくのだろう。時計を確認する。ちょうど日付変更時の午前零時だ。改造された暴走車のマフラー音が近づいてくる。

 

タシュケント「うるさいなあ……」

 

 彼女は柵を軽い動作で跳躍し、向こうの鋼業社の敷地へと入った。キイが入ったままの二トントラックの運転席へと乗り込んだ。

 

 トラックが加速していく。

 

 運転席には可愛い顔達をしている彼女がいた。改めてみると、中性的で性別の判断に迷ったが、長い茶髪からして女性のようだ。歳の頃は十代にしか見えない。

 

 今のこの状況、疑問しか湧かないが、なにより印象的なのは、

 

 ――あっはっは!

 

 満天の星空を見つめながら、一点の曇りもない満面の笑みを浮かべていることだ。少女はハンドルを切らずに目前の公道に頭から突っ込んでいく。誰かが制止の声を出したが、車は止まらない。暴走族はすぐそこまで来ている。

 

「止まれ!」暴走族かな。そんな大声が聞こえた次の瞬間だ。

 

 トラックの車体に高速で突っ込んだバイクの車体と人間の体が、立て続けに宙を舞った。喧騒が静寂に包まれ、対向車線を走り抜けてゆく車の音と、後続車の急ブレーキの音が聞こえる。

 

 空色の少女は運転席から降りてきた。まだ浮かべている笑顔にもはや狂気しか感じない。暴走族の青年の一人が起き上がろうとしていた。さすが元気がありあまっているだけあって丈夫。

 

タシュケント「つくづく思うよ」

 

 ブーツの靴底でその少年の頭を足蹴にした。現場は騒然だ。スリップしたのは四車だが、一人が重傷なのか、ぐったりとしている。周りの仲間がスマホで警察と救急車を呼んでいた。

 

タシュケント「こんな連中を守る為に生を賭したの……か」

 

 身体を丸めて少年たちは、背中を丸め、瞳孔が開き、飛び出した黒い目玉といい、陸に転がったエビのようだ。なんだろう、心底、意味が分からない時って、頭も体も思うように動かないものなんだな。今の自分も目を見開いて、立ちながら呆然としている。

 

タシュケント「粛清に例外なし」

 

 頭蓋骨が砕ける音を始めて聞いた。頭を踏んでいるブーツの底が地面についた。

 

タシュケント「世のため、平等に殺す。君達みたいな犯罪者が清廉潔白に生きる者より幸福になることは許されない、というより、癪なんだよ」

 

 サイレンの音がする。パトカーがやってくるのだ、と思うと安堵で思考が回るようになる。

 

 民家から頭一つ抜けた警察署に視線を移した。いつもは煩わしいだけのサイレンの騒音も今や救いの音色だ。理想的な流れはこれ以上の被害を受けず、この少女が警官に捕まること。

 

タシュケント「無駄にこの身体は性能がいいや」

 

タシュケント「遠くから世界で一番反吐が出る愛の歌が聴こえる」

 

タシュケント「あなたがいたから」

タシュケント「あなたのおかげで」

タシュケント「あなたがいなければ」

 

タシュケント「なんて自虐風自慢の歌だ」

 

そんなつぶやきの後、「こっちにはあなたなんかいた試しもないんだよ、独りで苦しみながら生き抜いたあたしのほうが……」

 

タシュケント「裁き」

 

 少女のまくれた服の袖から、水色のスライムのようなものがグジュグジュと蠢いて、奇妙な形を創った。長方形の箱に細長い銃身のようななにかがついたモノだ。次の瞬間には轟音、その小さな砲塔のような筒からは煙があがっている。

 

 遠くにある警察署、国家権力の建物が吹き飛んだ。

 

 

2

 

 

 驚いたのは、彼女が下した自称裁きの破壊が完全に修復されたことだった。

 

 まるで何事もなかったかのように、暴走族は行動を駆け抜けていき、パトカーの音がその騒音を追いかける。遠くの瓦礫の山となった警察署は健在している。夢か現かの判断ができない。

 

朝霜「この世界で世話になってるよそ者の身だぞ。建造そうそうなにしてくれてんだ」

 

朝霜「手前なら原理を知っているはずだろ。この力の根源は」

 

タシュケント「星の命だろ。誰よりも手品の種は把握してる」

 

タシュケント「星の寿命と引き換えの現実の書き換え能力、そんなことより」

 

タシュケント「あたしの建造主はどっちの彼だっけ?」

 

 あの惨劇を見せつけられた後に名乗り出る勇気はない。

 彼女の視線が向いたのは泉山という男のほうだ。

 

タシュケント「無関係な人には書き換え作動だし、死んだほうが当たりか」

 

朝霜「させるか!」

 不意打ちで襲った朝霜の拳をなんなく止めたぞ。

 

タシュケント「効果紋がある程度で」

 

 続いて泉山が左のジャブを放つ。

 

泉山「あ……」

 

 タシュケントの全身が流れるような動作を始める。一撃、二撃、ボクシングの攻撃動作と比べると、直線的な動きがほとんどない。タシュケントの拳がピンボールのように自然に跳ね、攻撃している。ハイキックが朝霜の側頭部に直撃だ。あれ、システマじゃないのか。

 

タシュケント「うん? 虹色の効果紋?」

 

 泉山の右腕がゴリラのように毛深く、太くなった。タシュケントの首をつかむと、今度はワニのような頭で豪快に噛みついた。その歯が彼女の首に食い込んだ時、ジェノは目を覆い隠した。

 

泉山「なんとか」

 その声が聞こえた時、恐る恐る両手をどける。

 

 胴体から噛み千切られた彼女の首が地面の上にある。

 

 ふう、と泉山と朝霜は胸を撫で下ろしている。

 

 この二人もなんなんだよ。今の一連の騒動、地面の上でさらされている生首を見て、安堵できる要素がジェノには全くなかった。目を白黒させるだけの光景の連続でも朝霜と泉山という男に取り乱した様子はない。

 

タシュケント「なんか君、殺し方が豪快な割に手慣れているね」

 生首の彼女が微笑んだ。

 

 泉山の次は速く、大きな一歩で跳躍し、なにかの動物の足で生首を踏みつける。その後すぐにガキン、と金属音がした。彼女の胴体が起き上がり、右腕からすうっと空色の金属の刃が伸びていた。その刃を阻んでいるのは、鉄の塊の化物だ。

 

 攻撃を仕掛けた彼女は、溶鉱炉の中の時と同じく、首が再び形成されてゆく。完全に頭部を取り戻した彼女は「深海日棲姫の艤装か」その鉄の塊に備わる砲塔のほうをじいっと見ながら、右腕を空に向かってすうっと伸ばす。

 

泉山「あなた、本当に艦娘ですか?」

 

タシュケント「君、昔は猿だったって本当かい?」

 

泉山「私に限り、違うと思いますよ」

 

 泉山の放った蹴りが、タシュケントの細い首に直撃した。血しぶきが舞い、大きな骨が折れる鈍い音が確かにこの耳まで届いた。タシュケントの体は、水面を跳ねる平石のように地面の上を転がって、石垣の壁に衝突する。今までの威力とは桁が違う暴力だった。

 

泉山「怪物ですね……」

 忌々しそうに舌打ちをかます。

 

 この人に怪物とかいわれちゃうとかよっぽどだけども、実際あのタシュケントの異常性は一目瞭然だった。文字通り、頭部は首の皮一枚でつながっている。首から血を噴きだして、脛骨が直にこんにちわしているが、声を発し、笑う。

 

ジェノ「水色。赤、そして黒?」

 

 タシュケントの身体から流れる赤い血とは別に、空色の液体と、その赤と空色が濃厚に混ざり合い、夜空のような黒色になっている。それらの液体が混ざり合い、タシュケントの肉を接合していく。朝霜が「いつ見ても頭おかしいよな。入渠とか高速修復材の回復効果の域を出てるよ」項垂れてそういった。

 

ジェノ「僕は腰が抜けているんだけど、君は加勢しないのか」

 

朝霜「裏切り認定されたらと思うと、怖えよ……」

 

 泉山はタシュケントに向かって、門数の異なる主砲塔を一斉掃射した。土埃と粉と化したコンクリが突風によって霧のように舞う。

 

泉山「死んでない、と」

 

 空色のスライムがタシュケントの右腕にグジュグジュと蠢いている。弓、ナイフ、鎌、様々な武器に形態を変化させ、固形化している。狩りに使いそうな得物ばかりだ。

 

 気になるのは、先ほどから空に向かって突き出した左手から空色の鉄の支柱がすうっと如意棒のように夜空に向かって伸びていることだ。意味もなくあんな真似をしているとは思えない。

 

泉山「実質、砲撃が効かないのですか……」

 

タシュケント「砲撃ってさっきの豆鉄砲のことか」

 

 彼女が右腕をトリガーのように引いた。

 

タシュケント「孤独に研ぎ澄ました星の砲撃を見せてあげよう!」

 

 あ、と思わず声が漏れた。

 

 あれは少なくとも一万センチはある。

 

 夜空を割ったのは巨大な鉱物の塊だ。対処不可レベルな突然さを考慮すると、砲撃ではない。

 

 星が降り注ぐ災害――――隕石。

 

 あまりのスケールに声も出なくなった。彼女は「星になれ」といって笑う。

 

 やらない、といえるか? いえない。

 

 彼女は本当にこの世界を破壊するつもりだ。

 

朝霜「溶鉱炉内臓後期型成功作と戦って勝てるわけねえとは知ってたし、殺されても鉄片になるだけで死にはしねえから。その鉄片が木っ端みじんになったら死ぬけどさ」

 

ジェノ「殺されても死なないことが傷ついて良い理由にはならないと思う」

 

ジェノ「僕はまだ死にたくないし、あきらめたくはないよ」

 

朝霜「ならタシュケントを介護してやってくれ」

 

ジェノ「ねえ! なんでもするから助けてくれ!」

 

タシュケント「イヤ」

 声かけ失敗。

 

ジェノ「あ、これ……」

 

 左手の甲に文字が浮かびかけている。あの泉山という男のような力、朝霜との会話を思い出すと、効果紋というやつなのだろうか。

 

 どうしたら使えるんだ?

 

 そう頭を悩ましたところで、頭の中で弾けるような衝撃が生まれる。一瞬、視界がブラックアウトする。左手に生ぬるい熱を感じる。ぽたぽたと鼻血が垂れていた。「分かる」とジェノはぼそっと呟く。未知の知識がインストールされたかのようだった。

 

 空から文明即死級の範囲攻撃が降ってきている。

 

 タシュケントの体に黒いエフェクトがかかる。

 

タシュケント「――へ?」

 

 素で驚いた彼女の顔は造形通りに可愛げがある。

 

 空の災害が雲散霧消し、

朝霜「いたっ」

 こつっと彼女の頭上に空色の小石が落ちた。

 

 

 *

 

 

「御覧の通り、本物を資材に混ざると建造結果を狙い撃ちが出来ますよ」

 

「溶鉱炉。ここから艦娘も深海棲艦も制御できる。艦娘は資材を溶鉱炉に放り投げて建造するでしょう。艦娘はドロドロの状態ですでに生命としての存在は成立している。人間の形をしているのは、すでに『改造』されているから、というのが真実です」

 

 喋り相手のお偉いさんの位はよく知らない。

 この説明は初見の相手には必ず行う。要は、人間じゃないんですよ、との念押しだ。

 

 人の形をしていることなので非人道的だという輩がいまだ数多く存在する。一時期の政権が人権を付与したが、燦々たる結果といってもいい。こいつらが前世で与えた苦痛だの歴史だのといって他国からの外交圧迫が続き、しまいには、解体しろ、などというのは海で戦っている最中では妄言もいいところだ。

 

 そういうのは戦いが終わってからだ。

 

「複数の軍艦の一部を資材として投げ入れたら。深海棲艦を解体して得た資材を投げこんだら。人間や妖精を資材としたらどうなる。妖精や深海棲艦は改造できるのか。偶然の産物である融合炉後期型は深海棲艦でも適合するだろうか」

 

 素朴な疑問は真っ先に試された。

 様々な試行錯誤を積み重ねた。政府がこれらに対しての扱いを早急に、といいつつ、予定を遅らせていたのは面倒な規定を決定する前に研究結果を出す為、といえばいいのだが、結果的には良い方向に転んだ。

 

 この娘どもはどちらかといえば軍艦だ。

 

 軍艦に人間の体を『ENCHANT』されている。

 

 そちらを基礎に仕上げられているために強力なのだ。昨今は人間も様々な無機物を体に埋め込むが、ここまでの完成度は神の叡智に触れたといってもいい。

 

「設定される基本値――ステイタスの過程を弄る技術を発見しました。人間で例えるのなら先天的な才能ですかね。近代化改修は生産を終えた後の努力に過ぎず、生産した直後から莫大な数値を設定しておけばいいだけ。この技術はリクエストを実現し――」

 

「後天的に兵士を強化する『人間』のみが扱える力となります」

 

 つくり方が違うだけで、遺伝子構造は人間と同じだった。つまり、この炉の研究が進めば最低でも、人間の身体でもこの娘どもと同レベルまで強化してゆける。人間と改造される過程、ドロドロの構成過程の途中、人間は『そこ』へ近づける。

 

 その結果、神の意表を突き、効果紋の力となるのだ。

 

「建造途中ですが、ほら、人体が形成されかけているでしょう。一旦、止めましょう。間違ってもこの行為を中絶だなんて例えてはなりませんよ。さあ、彼女の兵士性能、人間としての基盤が出来上がったところで、建造中止しました。ほらこの時です――」

 

「決して溶鉱炉は除きこまないでください。顔は見ないでください。あえての例えですが、母親の腹の中で感情や知識を手にし、中絶される赤ん坊の表情こそ恐ろしいものはありません。さあ、溶鉱炉の中へその手を入れてください。彼女の魂の形が、あなたの個性と同期し、大まかに分けたタイプのいずれかとして刻まれます」

 

 船と人が結合合成されるその時、人間が介入する余地が出てくる。彼女達の船の力の源泉がそこに新規に投げ入れた人間という資材にも流出し、影響する。タイミングを過ぎてしまえばその手が持っていかれてしまうが、幸い「熱っ」と人間は勝手に手を引っ込める。

 

 提督の左手の甲に焼かれたのはBUFFの文字があった。基礎ステイタスを上方修正する力だ。「倍率にもよりますが、駆逐でも姫鬼の装甲を一撃で砕けますよ」

 

 はいずるように炉の中から実験体が出てくる。タシュケントがちょうど建造完了した。

 

「タシュケント、ちょうど良い。中佐殿の相手をしてやってくれ」

 

タシュケント「うん……」気は進まないようだ。

 

 そうしていつものチュートリアルが始まる。春川は実験結果を記録しながら、片手間で書類を片付け始める。中佐殿はタシュケントと互角に近接戦闘をやっている。バフの力は人間に影響を及ぼすもので、人間から艦娘へ、の他にも、人間から人間へ、人間から深海棲艦へ、の影響が可能であり、艦娘や深海棲艦では効果紋を宿せない。人間専用武装だ。

 

「馴染むの早いですね。効果紋は艦の娘どもが外付けの艤装を手足のように扱う感覚と同じなはずですよ」

 

 中佐は身体能力が同じであれば、技量的に土台のある自分が有利であることを把握したのか、タシュケントをねじ伏せた。満足そうだった。

 

 言ってしまえば作戦なんか別に人間じゃなくても立てられる。それしかできることのない人間のマウンティングに過ぎないのだ。力関係的に彼の面子の問題もあったが、それは効果紋が払拭したといってもいい。

 

「ご苦労さん。あの中佐の満足そうな顔を見たかよ」

 軍人が去った後、春川はそういった。

 

タシュケント「同志は守られていたばかりだったから、気持ちは分かるよ」

 

 対等以上になったからには、タシュケントはもう人間を超越した存在ではなく、普通の娘といっても過言ではないが、あの嬉々としての暴力の振るいようだ。結局のところ、人間は心のどこかで艦の娘どもを差別している証拠といえた。

 

「つうかお前もお前だよな。俺を殺したくならねえのか」

 

 よく耐えている。姉妹艦の存在する兵士だと色々と厄介になる。タシュケントは建造されてからずっとその存在を公表されているものの、艦の娘との交流は微々たるものだ。道具に近かった。

 

タシュケント「先生は道を作っている。暁の水平線への近道だ」

 よくやるよ。艦娘にも痛覚はある。これまで様々な悪逆非道をこの少女に施した。殺されても復活する彼女を生きたまま炉に放り込んだこともあったし、彼女が「行くところのない友達だ」といって鹵獲してきた深海棲艦もモルモットにした。

 

 深海棲艦は艦の娘の鉄片、核が深海に沈む影響によって存在が確立される。艤装を艦の娘よりも体の一部とする彼らは艤装を喰らうことで、身体が強化されることも知った。つまり深海棲艦はもともと建造された艦娘から変化するもので、炉を再び経由しない。

 

 まさか深海棲艦が強くなるためならば、仲間の死肉を嬉々として延々喰らうほどの生物だとは思わなかったし、軽蔑したものだが、タシュケントが悲しそうに眼を伏せたのを覚えている。

 

「俺は他の提督みてえにお前らを好きにはなれねえわ」

 

タシュケント「あたしは良い反面教師を観ているからね」

 

タシュケント「決して憎まないし、決してあなたのような大人にはならない」

 

タシュケント「なにをされたって、気強く生きてゆく」

 

 恐らく失敗すればタシュケントに殺される。その時、その覚悟を持ち、研究に望んだ。別に死は怖くない。感情論的に自分は殺されても文句はいえる立場ではない、と納得していた。それでも艦娘は良いやつらばかりだから、すぐに人間を許すはずだ。被害者のほうから差し出された友好の手を加害者がつかまぬ理由も特にない。

 

タシュケント「戦いが終わればきっとみんなもあたしもその功績を認められて、報われるはずだ。みんなが仲睦まじく過ごしている時間も鎮守府の縛りから解放される」

 

 夢見ているのは、人並みの当然だ。

 隣の芝が青く見えるんだろうな。

 

タシュケント「いつかきっと」

 真っすぐな瞳をしてそんなことをいわれても、春川はすでに炉の虜であった。

 

 そういうのはすでに副産物だった。

 深海棲艦のいない海への景色は、効果紋が明け透けにした。もはや奴らとの決着は時間の問題といってもいい。

 ただ春川は違うタシュケントとは違う景色を見ていた。

 

「嬢ちゃん、最強に興味あるか」

 

 春川はすでに次段階の構想に着手している。効果紋はあくまで艦娘の力を人間に流し込むものに過ぎず、そこで生まれた艦の娘どもはその力の申し子といえる。

 

 艤装は建造炉から生まれる。艦娘に付随する全ての性能は炉が発端だ。例えばややこしいヒールの仕組みも、入渠システムと同じ原理が作用しているのも判明した。数値の上げ下げをするバフデバフも、人間を付与するエンチャントも炉の力といってもいい。

 

 その炉を丸ごと艦娘に取り込んじまおうという発想を煮詰めた強化研究だった。

 

 この研究が完成し、上手く行けば、一か月後には暁の水平線が拝める。

 

 そして成功、したのだ。一年後だった。

 

 予想はしていたが、戦況に大きな変化はなかった。すでに効果紋が猛威を振るい、残る深海棲艦の勢力は100にも満たなかったからだ。それでもタシュケントのお披露目は通った。初めての抜錨し、戦闘報告を聞いたが、その力は次元が違った。

 

 建造炉内臓型艤装、深海棲艦の艤装と肉体の融合現象を利用した結果だ。エンチャントは無理だったが、理論上のバフ、ヒールを扱え、資材すら内臓しておける彼女は文字通り最強だった。

 

 世間が騒ぐ中、春川は新たな炉の可能性を発見していた。

 

 建造炉内臓型を完成させた時、質量変化も可能にした。もともと建造する資材の重量に対して建造される艦の娘は極めて軽量だったので、その論理を使用した。

 

 まあ、そうだよな。物理法則が捻じ曲げる炉の中は特異点といってもいい。

 

 プログラムされたゲームの世界、彼等は客観的に命と呼ばれてはいないものの、プログラムすることにより、命を持った生物達のゲームの世界を構築できるのではないか。この炉の技術の先に、人間は神話の所業に手が届く。

 

「今なら」と春川に新たなる野心が芽生える。

 

 今の解明レベルなら、

 別世界の存在の有無を立証できるのではないか。

 

 

 ――――そこが我々の観察限界ですよ。

 

 

「あん?」そんな声が聞こえた。そこにいる二等身の妖精の制止の声が聞こえた気がしたが、いつもと変わらない。固定された笑みを浮かべているだけだ。

 タシュケントの笑顔とよく似ているな、と思った。

 

  *

 

ジェノ「う、今の春川のじいさんと君か?」

 唐突に映像や心情が流れ込んできた。頭痛に襲われ、同時に吐き気を催す。

 

タシュケント「桜、色――」

 

 まばゆい輝きが下方から発されている。視線を落とすと、左手の甲が桜色に輝いていた。『S』の英文字が見えたけども、字体がぶれるように変化する。

 

 やがて【DEBUFF】の文字の羅列に落ち着いた。そのままの意味通りなら弱体化の効果なのだろう。

 

 だとしたら、さっきの映像は一体、なんなんだ。それにさっきと文字が違う。デバフにSの文字は見当たらない。その文字列を見つめていると、朝霜が「効果紋は、あたいらが建造時点で艤装を使えるのと同じだよ」とのよく分からない説明をした。

 

朝霜「文字列が消えたり、現れたりしてるうえ、記号まで見えた。効果紋の烙印に時間がかかり過ぎてるぞ。あたいも初めてみる現象でなにがなんだか分からねえけど」

 

泉山「文字列が消えたり現れたりしていますね。私の時は数秒で烙印されたのですが、これはあれじゃないですか。あなた達も建造時間は個々にズレがあるんでしょう」

 

 異常は視界にまで広がっている。

 夕雲型16番艦朝霜とか、練度80とか、だ。朝霜の姿を眼で捉えた時、彼女の名前とよく分からない指数が数字として出ている。その隣の泉山の数値はなにも表示されていない。既存の知識にあてはめると、名前とレベルだよな。

 

ジェノ「名前と、練度」

 

泉山「ああ、映っているのは名前と、熟練の度合いを示す練度」

 

タシュケント「頭が」

 彼女は先ほどから頭痛がするのか頭を抱えうめいていた。口元から涎が地面に糸を引いている。

 

 彼女の数値は朝霜とは次元が違う。

 

『タシュケント級一番艦駆逐艦タシュケント』

『練度400』

 

説明の通りなら熟練の度合いは朝霜の5倍もある。

 

ジェノ「タシュケントの練度400だ」

 

ジェノ「君は確か彼女の性格は非の打ちどころがないっていっていたはずだよね。本当に彼女で合ってるの……?」

 

朝霜「限界突破しすぎ」

 目を見開く。そのリアクションからして、彼女の予想外だったのだろう。

 

朝霜「あたいが知っているタシュケントの練度は150辺りだったぞ。こいつは最後まで人の為にその能力を捧げていた兵士だった」

 

朝霜「おい、タシュケント」彼女のほうに目をやると、恐る恐るといった風に訊ねた。「この練度、溶鉱炉内臓後期型の手前ならあり得ねえ数値ではないけど、あまりにも時間がかかりすぎる」

 

朝霜「手前、あの終わった世界でどのくらい生きてたんだ……?」

 

 タシュケントは答えず、四肢を地面に突き立て、起き上がってくる。ただその上げた面の、とてもかつての仲間に向けられるものではない鋭い怒りの眼光で物語っていた。

 

朝霜「その目はなんだよ。建造されたんだから基本知識はインストされてんだろうが」

 

朝霜「管理妖精をブッ倒してドロップする人間改装設計図があれば、溶鉱炉内臓型も解体できるんだ。この意味の事の大きさが理解できない手前じゃねえはずだ。大勢の仲間を失っちまった。使命は果たせず人は滅んだけど、クソみてえな輪廻から解放される」

 

 つらつらと述べる彼女には溢れ出る感情が、声や動かした両手の仕草から感じ取れる。

 

タシュケント「その夢はどこで見た」

 

タシュケント「その希望は誰と見た」

 

タシュケント「いつも未来はあたし達を置き去りにする」

 

 眼光の鋭さは変わらないままだった。

 

朝霜「いいてえことは分かる。あたいだって割り切れているわけじゃねえけど、生き残っちまったなら、進むしかねえよ。夕雲型のみんなはあたいがここで死ぬことを望んでいるわけがねえってのはわかんだよ。みんなでお手々つないでゴール思想はやめろ」

 

タシュケント「イヤだ! みんなで死のう!」

 

タシュケント「残念ながらそれが最善だ。この話は終わり」

 

 冗談でいっているようには見えず、シャットダウンするような切り方だ。

 

朝霜「終わらねえよ」

 

タシュケント「最初は、深海棲艦と戦っていた時のあたし達はうまくやっていたんだ。でも炉で生まれるあたし達はこの形になっても、生物学的に人間倫理的に人との溝は埋まらなかった。上官が、提督が、あたし達にかけた温かい言葉の全てが張りぼての嘘だった」

 

 また顔を覆う。情緒不安定の極みだ。今度は涙腺を潤ませ、声を震わせている。

 

タシュケント「戦況が悪くなるほど、その扱いも比例して悪化していった」

 

タシュケント「いくらやっても勝てないから、更に重い訓練を課したの。クリアしないと罰を受ける。今日も良い子にして、あたし達は命を賭けて時間を作り続けた。あの女、あろうことか、その時間で不倫相手と逢引してた。大破し、敗北したあたしにいった」

 

タシュケント「『子供も産めない女ってだけで国益を損なう存在なんだから』」

 

タシュケント「『容姿が優れている分、女としては詐欺よね』」

 

タシュケント「ひどすぎるよ。あんまりだ」

 指の隙間から大粒の涙を零し始める。

 

 その悲哀の深度こそ察せずとも、彼女が本気で泣いていることは人の感情を探る仕事をしているジェノにはなんとなく分かったのだった。それに虐げられたという点では少しだけ自分の過去と被る部分もあったし、こうなるともう『僕は君になにをしてあげられる』の心理状態だった。いや、本当になにをしてあげられるんだ。

 

ジェノ「か、管理妖精を倒そう」

 

朝霜「待て。いってなかったけど、こいつに嘘をつくと怖いぞ」

 

タシュケント「もう遅いよ。言質を取った。その超倍率のデバフさえあれば可能性はある」

 けろっと泣き止んで笑顔になってる。

 

ジェノ「本気で泣いてたよね。感情の切り替えが神がかり的だ……」

 

タシュケント「本気で泣いてたよ。じゃ、これは?」すぐさま顔を両手で覆うと、「にこっ!」と声を発して、再び笑顔になった。

 

ジェノ「それは誰でも作り笑いだと思うけどな。本気の感情の伴う表情っていうのは声や仕草が伴うんだ。声にも仕草にも、表情があるから」思ったことをいう。

 

タシュケント「あたしの名前はタシュケント。イタリア生まれのソ連艦だ」

 

ジェノ「僕はイタリア生まれの日本人の寒河江ジェノだ。介護士やってる」

 

タシュケント「介護士君、嘘をつけばその首を革命の鎌で刎ねるよ」

 

タシュケント「行こう。本当の絶望に殺されに行く」

 

タシュケント「勇者と自殺志願者は似て非なるもの」

 

タシュケント「されど紙一重なんだよね」

 

 腕を引っ張られる。デバフの効果が効いているのか、そこまで力がなかったが、それでもジェノよりも力があり、押し敗ける。

 

 逃げろ、と頭が警鐘を鳴らしている。今ついていったらひどい目に遭う。

 

 強引に焼却炉の中に投げこまれる。

 まさか家の焼却炉から異世界に行けるのか?

 

 



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☭ー4話

ジェノ「みんな、いなくなった」

 眼前の景色には誰もいない。車の音一つすら聞こえない。

 寂れた街だ。確かに見えるビル群も、人気がないとまるで墓場のようだ。あったはずの景色が差し替えられたかのように間違いばかり。

 

 今いる場所はなにかの施設の廃墟だろうか。

 

 宿舎のような棟もあれば、倉庫のような場所、スクラップが積まれた工廠のような場所まで見える。乾いた風に乗って届いた潮の香りに振り向いた。半壊した壁の向こうには海があった。

 

 ポケットからスマホを取り出し、辺りをライトで照らし上げる。

 

 空間の壁や地面びっしりに正の字が刻んであった。

 ちらりと地面のほうを見る。

 

 タシュケントがいた。やっぱり夢ではないか。何度、確認しても、さきほどまでともにいた少女と瓜二つだ。

 

ジェノ「朝霜……タシュケント」

 調べた限りは艦船の名だった。思えばあのコンパクトな武装は軍艦をコンパクトにしたような形状をしている。

 

タシュケント「誰もいない世界を救おうとする君の気概に免じて」

 

タシュケント「今回限り、指揮を執ることを許そう」

 

 空色の鉄が体から伸縮自在に動かしている。枝のように金属が伸び、鞭のようにしなり、鉄のように硬化し、刃や盾に変化させているどころか、アンカーのように壁に打ち込んで、壁の側面に立った。身体の動かし方を見て、人間の運動能力を超えているのが分かる。

 

タシュケント「教えるよ。溶鉱炉内臓前期型はまとった資材を艤装にしか変化させられない。艤装を身につけるという過程を短縮し、持ち運びを簡単にしたものだ。後期型は何人かいるけど、あたしが唯一の成功例で、炉の本懐である建造開発を個でできる」

 

 部屋を見渡した。刻まれた正の字から連想するのは彼女の生きた年数だ。廊下まで続いているし、ざっと見ただけでも10年以上は固い。「道理で」まさか誰もいない世界で戦い続けていたのか?

 

タシュケント「八十年」

 

 一人の人生の時間で性能を研ぎ澄ましても、その敵には届かなかったという。

 

ジェノ「その溶鉱炉内臓型の代償が解体という人間となる行為で……」

 

ジェノ「だから管理妖精が持つ人間改装設計図が君達には必要と」

 

タシュケント「その管理妖精があたしよりずっと強かった」

 

 事態を飲み込めたとはいいづらいけども、彼女の目的は分かった。だから、この効果紋を活用し、管理妖精を倒そう、と持ちかけてきたわけか。

 

ジェノ「要は君は普通の人間になりたい訳だね」

 

タシュケント「あたしは別に」

 唇の端を釣り上げた。嘲笑ではなく失笑に見える。

 

タシュケント「朝霜君が来ないだろ?」

 

 普通に考えて来ないよな。そこまで朝霜と仲良くなった覚えはなく、責める気はない。

 

タシュケント「死にたくないからだよ。あたし達は長生きしてる。その全てが報われていないうえ、20歳そこらの君の知っている幸せのほとんどを実感したことがない。精々が仲間への感情だろうね」

 

タシュケント「報われるという意味で解放されたいんだよ。人間になりたい訳じゃない」

 

タシュケント「あの管理妖精はいった」

 

タシュケント「効果紋はバフ、デバフ、ヒール、エンチャントの他にもう一つ種類があると。セイヴィア、救世の紋だ。君のは間違いなくデバフではあるけれども、少なくともあたしの隕石砲を石ころに変える超倍率であることだけは間違いないから」

 

タシュケント「挑む価値はある」

 

 そういう割には本気を感じない。殺されても鉄片化するだけだからだろうか。その鉄片を破壊されない限り、建造という手段で何度でも蘇る。彼女に関しては恐るべき再生能力まである。

 最も死ぬ可能性が高いのは僕じゃないのか。

 

タシュケント「あたしが愛想を尽かされたのなら矛と盾を同時に失い、君は奴に殺されるだろう」

 

タシュケント「効果紋は個々によって大まかに四つの種類に分類される。デバフを宿す人間は正直、あまり良い性格をしていた例をあたしは知らない。陰気なやつばっかりだ」

 

ジェノ「それは当てはまるって一目で分かるはずだ」

 彼女は笑って「そうだね」と同意した。初対面の人からよくダウナー系だよね、といわれる。明るい性格をしていないのは自覚している。そこと天然パーマがコンプレックスだ。

 

 気持ちを整えるため、革の破けたソファに座って、廃墟のような雑居ビルの一室のテレビのスイッチを入れる。情報を得ようとする習慣だ。テレビは映ってドラマでもお笑いでもなんでもいい。なにか見知った映像が流れるのかな、と思った。

 

 ――戦闘開始。

 

 視界にそんな文字が浮かびあがる。なんだこれ。右目の視界だけ奇妙なことに、ゲーム画面を見ているかのようなキャラステイタスが表示されている。タシュケント、だろう。彼女を二次元絵にしたかのようなデザインで、隣に火力や装甲、耐久値といった数字が並んでいる。火力は66、耐久は39、装甲は56だ。

 

タシュケント「出撃するよ」

 

タシュケント「これからはずっと、自分の意思でね」

 

 

2

 

 

 タシュケントの水色の腕がうごめき、兵装を象った。現実でも夢でも見た艤装だ。

 エマージェンシーコール。警報音が鳴り、右目に映る地図上の一点に赤い点滅が発生した。あれが敵なのか。どんなやつなのか。

 

ジェノ「ああ、これはすごい……」陳腐な感想しか出てこない。

 

 実物の軍艦よりでかいのではないか、と思うサイズの神話の生物がいる。対峙しているタシュケントは蟻のように小さく見える。

 

タシュケント《【ENCANT・Doragon】だ》

 

ジェノ「なんで遠くの君の声が届くんだよ」

 

タシュケント《生憎とこっちの技術的な説明を長々とするのは後だよ。しばらく見ていないうちに技術が発展してるのは妖精達が舞台を整えていたからだとは思うけども》

 

 タシュケントが手に持った砲を撃つが、効いているようには見えない。実際、画面に映る敵の耐久数値は1も減っていない。タシュケントの砲撃が弱いのではない。画面越しでも殺人的な威力だと伝わる。あのドラゴンの鱗が丈夫すぎるのだ。

 

【ENCANT・Doragon】

 

ジェノ「火力、装甲、耐久数値全て9千以上だ。勝てると思えないんだけど」

 

タシュケント《実際、勝てずに終わった。管理妖精は別に生への執着もない、ただ楽しければそれで満足するはずなんだ》

 

ジェノ「よくわかんないけど、なんか妖精らしく無邪気な感じか」

 

 タシュケントの数値と見比べたら天と地の差といってもいい。

 とりあえず、深呼吸する。

 あいつがどうやって海に浮いているのか、や、なんでドラゴンなんかいるんだ、という疑問は全て置いておく。異世界。この一言ですべて解決する程度のことだ、うん。

 

ジェノ「命を賭ける価値はあると思う」

 

ジェノ「このファンタジーの為なら死をベッドする人間なんてきっと腐るほどいるよ」

 

ジェノ「つまり、僕は君達の輪の中では替えの利く存在に過ぎないんだと思う」

 

タシュケント《その通り。冷静だね》

 

 タシュケントの砲撃は意味を成していない。

 的が本来の軍艦サイズの場合の砲撃威力なぞ知らないが、あの竜はまるで周りを舞う羽虫を目で追っているだけだ。まともに相手されていないような気がする。彼女の砲撃の一つの威力は人間程度なら一撃で木っ端微塵のはずだが、まるで効いていない。

 

タシュケント《勝負にならないから、デバフをかけてよ》

 

 意識的に映像に映るドラゴンに向かって効果紋の力を使ってみる。

 

 瞬間、ドラゴンにエフェクトがかかり、ステータスダウンの文字が浮き出る。画面に出ている戦闘力が低下してゆく。タシュケントの艤装が液体化して、右腕にまとわりつく。右腕の空色のスライムが蠢き、身の丈の何倍もある鎌のような刃に化ける。

 

ジェノ「軍艦の武器なのそれ……?」

 

タシュケント《炉の力だからね。艤装形態から鉄をこねて形状を変えられる。あたしにだって考える頭があるんだからただ舵を取られるだけじゃただの無能だよ》

 

 その鎌の刃で竜のどてっぱらを狙った。ちょうど黒いエフェクトが一層濃くかかっている個所だ。タシュケントの刃は竜の腹に深く食い込んだ。半分だけ空いていた竜の瞼がカッと見開かれる。竜だけあって瞳は爬虫類の模様と似ている。

 

 地面が激しく揺れた。

 

 遠くの竜の咆哮が鼓膜を切り裂くように、直に耳に届く。空間を制圧するほどの圧倒的な存在感に、外敵と認識された直後、野性的な動作で長い尾を海面に平行に滑らせる。

 

 ――逃げられない。

 

 尾を振るだけで、タシュケントのいる周辺を丸ごと薙ぎ払う範囲攻撃だった。触れた瞬間、木っ端みじんに砕け散ると確信させる迫力がある。

 

 しかし、直撃してもタシュケントの体はバラけなかった。ばらばらになった手足を水色の液体で繋いでいる。すぐに損傷した身体が服ごと元通りの形を取り戻す。

 

タシュケント《今の復活は何度も期待しないでくれ。内臓資材的に疑似女神発動はもう終わりだから、次は殺されると思うよ。資材が足りない》

 

ジェノ「どうしたいんだよってのは愚問か……」

 

タシュケント《全力で攻撃するタイミングを模索してはいる》

 

ジェノ「どうすれば倒せるんだよ。デバフ使ったし、他に出来ることあるのか」

 

タシュケント《君こそ全力を出してくれ、倍率があたしにかけた時よりも低いよ。歴史でも戦いにすらならなくて弱点が発見されている訳でもない。核でも倒せなかったどころか、結果的には人類絶滅だけど、あたしと君なら倒せるかもしれないだろ》

 

ジェノ「でも、生物ならそうだな、頭部にかけるのが鉄板かな」

 

 シンプルな作戦会議を終えたと同時に、タシュケントのすぐ隣を解体用の鉄球のような巨大な砲弾が飛んできた。なぜか、その砲弾は赤く燃えている。竜の口から吐き出されたように見えた。《熱っつ!》炎がタシュケントの体にまとわりつく。画面の数値でタシュケントの全てのステータスがゆっくりと確実に低下していく。

 

ジェノ「これ、スリップダメージか……」

 

タシュケント《エンチャントの効果紋の力を持ったドラゴンと考えればいい。あの炎は水で鎮火できない。敵が死ぬまで燃える炎で、この竜の管理妖精で世界は炎に包まれたんだ。でも、効果紋のシステム的にあいつを倒せばともに消える……とは思うんだよ。いかんせん倒したことないから分かんないや》

 

 さきほどの尾の一撃を喰らわないようにしているのか、タシュケントは大きく距離を取っている。デバフのエフェクトがかかかった頭部を砲で狙撃しているものの、与えている損傷は一桁台で、どう考えてもタシュケントの耐久のほうが早く底をつく。

 

タシュケント《デバフかけてこの手応え、やっぱり砲撃耐性があるのかな》

 

 画面の低下している数値が示す通り、相手の攻撃性能も衰えている。明らかに迫力の賭けた火炎弾の様が画面越しからも伝わる。それでもタシュケントに直撃すると、致命傷になる一撃ではある。

 

 タシュケントは円を描いて竜の正面から逸れようとしているが、あの竜は首が180度以上、曲がっており、攻撃範囲から逃れ切れていない。

 

 竜がその翼を大きく広げ、羽ばたく素振りを見せる。

 まさか、飛ぶのか。

 あの巨体があの翼で飛ぶのなら物理法則無視もいいとこだ。

 

 羽ばたかせたのは別の狙いがあったのか、タシュケントが発生した強烈な大気の乱れにより、体勢を崩した。

 

 竜はその生まれた隙を狙う。

 

 知能で考えたのか獣の狩りの本能なのか分からないが、死ぬ、とタシュケントの死亡を強く意識した。

 

 その時、今まで以上に左手の効果紋が桜色の光を帯びた。竜により黒いエフェクトがかかる。

 

 鎌首をもたげ、海面が爆発したかのように水渋木が爆ぜる。その薙ぎ払いの一撃は不発に終わる。《ハラショー、君の効果紋の性能がここまで戦えるとは》目の前にはもたげた竜の首だ。切り落とすのには絶好の好機だった。《深海に沈んだ同志の命が可哀想だ》

 

 空色のケープ、白シャツを脱ぎ捨てると、身体のラインが浮き出る黒いインナーが見える。ドラゴンの巨躯に合わせたサイズの刃物が空高く伸びる。もう処刑人が罪人の首を刎ねるに等しいシチュエーションだ。

 

 彼女は巻き舌で空を堕とすがごとく、無骨な咆哮をあげる。

 

タシュケント「ッラアアアアアア!」

 

 狩りの一瞬に全てを賭けるような野生動物の全力の出し方だ。

 竜の首が根元から分断され、海へと沈む。

 

 画面に表示されている竜のステイタスが全て0になった。その後、リザルト画面が表示された。勝利Sだ。相手を完全に倒してS評価、中々の戦果なのではないだろうか。とりあえず――安堵の息をついて背もたれに背中を深く預けた時だ。

 

 0になったはずの数値が上昇を始める。

 

 次の瞬間、右目の視界は再度、海を映した。

 

タシュケント《『壊』……?》

 

 そこには【ENCANT・Doragon-壊】と表示されたエネミーが健在している。ただ先程よりもかなり小柄になっており、タシュケントと身体のサイズは変わらない。なのに、先程よりも明確な敵意と威圧感を放っており、神聖を感じさせる光を放っていた。

 

 戦闘ステイタスは火力、耐久、装甲が1万5千まで跳ね上がっている。

 

ジェノ「……こんなの勝てるか!」

 

 対するタシュケントは既に全力を出し尽くし、残機もないという。まだ戦えはするが、だからといって彼女の何百倍も能力値のある敵相手に突っ込ませてもどうにかなるとはジェノには思えない。

 

 竜が翼を広げた直後、光の閃光が円を描くように海面を走る。海が弾けるように燃えた。開幕不意打ちスリップダメージ。

 

ジェノ「逃げなよ、タシュケント!」

 

 本能的直感だった。殺される、ではなく、死ぬ、とそう思った。

 勝てる道理がないのに、満身創痍のタシュケントは敵に背中を向けない。

 

タシュケント《嫌だね。こいつらに背は向けたくない》

 彼女は死んだほうがマシだという。

 

 



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☭ー5話

タシュケント《蛇に睨まれた蛙ってこんな風なのかな》

タシュケント《ちっとも怖くはないけれど》

 

 乾いた笑いを漏らしながら、敵に背中は向けないのはもはや美徳ではなく、ただの愚かな自殺行為だ。この戦いのシステムを理解した今だからこそいえることがある。この戦闘はもっと仲間がいないとダメだ。

 

 圧倒的な戦力差だが、一度は確かに倒したのだ。

 

 他のプレイヤーと協力することで勝利に近づく仕様ではないのか、とジェノは考え始めていた。例えばデバフの他にバフやヒールがあったのなら。その程度の考え、この戦いに生きている彼女が分からないはずもない。

 

 タシュケントはその不死に近い再生能力と強力な戦闘力、過去一度たりとも撤退を許可されたことがなかったのかも、だなんて、彼女達の昔話を思い返すと、あながち嘘だと切り捨てられない。ただ意味もあるかないかの時間稼ぎをする為の使い捨ての肉の壁。

 

タシュケント《どうせ死んでも資材化して、それを素材にすれば復活する》

 

ジェノ「殺されると資材になってまたその資材を軸に建造すれば君は復活するのかもしれない。だけど、死ぬと分かってて戦うなんて馬鹿げてる。君と僕の間にややこしい政治的問題はないだろ。撤退はすんなりできるはずだ。ただの意地だろう」

 

タシュケント《政治的な問題じゃないならなおさら、逃げないよ》

 

ジェノ「勝つことを諦めなよ。どうしてそこまでがんばる必要があるんだ」

 

タシュケント《仇だから》

 

 そうですね、大変でしたね。もう認知相手の対応をしてしまいそうだ。こんな介護レベル限界突破したババアの世話なんかやってられるか。投げ出しそうになる。ダメだ、そもそも協力して戦える関係じゃなかったんだ、とジェノは敗因に気付く。

 

タシュケント《今、逃げたら後ろにいる君が死んじゃうけど?》

 

 確かに今タシュケントを失えば、標的にされてお陀仏になるかもしれない。

 だから、逃げるべきだといっているんだ。勝てる可能性が見当たらないのに、命を賭けるなんて馬鹿げてる。どれだけその命を安く扱われてきたんだろうか。

 

タシュケント《って昔は思って人間を守って戦ってたよ》

 

タシュケント《もう一度聞くよ。あたし、逃げていいのかい。あたしは殺されたくらいじゃ死なないんだ。殺されて死ぬのは君のほうだよ。この場で必死になるのはむしろ君のほうじゃないか。別にあたしは君が死んでも、次があるから》

 

ジェノ「あのね、タシュケント」

 

タシュケント《怒った?》

 

ジェノ「その根拠は君が傷ついて良い理由にはならないと思う」

 

 そういうと、タシュケントは笑った。

タシュケント《的外れだ》

タシュケント《死んでもいいからこいつに背を向けたくないんだよ》

 

 あの竜を一度沈めただけでも、歴史で誰もできなかった偉業のはずだ。強く歯噛みする。これをまだ人が全滅していない時に達成していれば、彼女は使命を少しは果たし、希望の星にもなれたのかもしれない。

 彼女の体には震えは微塵も見受けられなかった。戦う気力もある。勇敢で立派な兵士なのだろう。彼女の胸についてもいない勲章が浮かんで見えるほどだ。

 

 でも、勝てない。

 

 その現実が、彼女の命を賭けて戦うその強さこそが、弱点なのだ、と確信させた。

 

 怖いから怖がる。痛いから痛がる。死ぬのは怖い。

 

 そんな当たり前の感覚での逃走を彼女は実行できない。

 彼女の舵をぶっ壊した連中のツケを今ここで払うことになっている。

 

 空から降る幾つもの炎の砲弾は、海を水柱の樹立地帯に変えている。空で翼を動かし飛び回りながら狙いを定めるのが難しいのか、命中精度がかなりおざなりなのが逆に弄ばれているようでみじめさをかき立てている。

 

 思えば、殺し合いの日々とは無縁の人生の周りには、大戦時を生き抜いた人達がたくさんいたっけか。介護の仕事を始め、初めて人が死んだとき、思った。

 

 あ、これ死んでるのか。マジかよ。

 

 初めて利用者の死に立ち会った時の感想だった。一か月が過ぎて一人でフロアを回し始めた時、オムツ交換した後、衣服を畳み忘れたことに気付き、引き返した。息をしていない。呼吸停止だ。心臓も動いていなかった。事務所に主任がいたので助けを求めた。

 

 ぼうっと突っ立っていただけで終わった。

 

 さっきまで生きていた人が同じ空間で突如、死亡する。衝撃的な体験だった。

 

 時間が経過して冷静になった時、「あ、最後、適当にやっちゃったな」時間に追われ、しっかりと当てなかったオムツのことを考える。あの利用者が最後に会ったのが、赤の他人、それも適当な仕事をされていた。そう思うと、後悔の念しか湧いてこなかった。肩を落として帰る前、先輩がこんなことをいった。

 

「俺が新人の時は、俺が近くにいて、体動の激しいジイさんだと知ってもいたのに、車椅子から転落させちまって病院に行かせる羽目になった。そこから三日後に死亡したことがある。先輩からはなぜか慰められた。そんな顔しているあなたを責められないよってな。でもさ、俺はボロクソに責められて、刑事事件にでもなって裁かれたほうがマシだと今も思ってる」先輩が苦虫を噛み潰したかのようにいった。「寒河江、ここはいつ死んでもおかしくない年寄りばっかりだ。いつ死んでも最高のケアが出来ましたっていえるくらいには気を配るんだ。季節が巡るごとに利用者は誰か三図の川を渡る勢いだぞ」

 

 しっかりやれ。あの春川のジイさんの言葉もよぎった。魂に刷り込まれた軍人としての生活が手が出る原因で、悪意はなく、あくまで善意だったのかもしれない。

 

 タシュケントに対して持っている有効なケアスキルは、この『DEBBUF』のみ。

 

 魂を燃やせ。後悔しないように。

 

 瞳を見開いた。今の海が介護現場だとは思えないが、魂にまで刷り込まれた教えが土壇場で掘り起こされた。一介の介護士が海軍人と同じレベルの仕事をこなせるとは到底、思えない。ただもうすぐ人が死ぬ、と思った瞬間、脳がフルスロットルで回転した。

 

 デバフをかける。強く桜の花弁が舞うように光りを放つ。

 

ジェノ「謝るよ」

 

 瞬間、タシュケントの足が確かに振動した。恐怖に震えたのだ。ジェノは確信した。絶対に逃げまいとしているタシュケントの身体が、強風に煽られた旗のように翻る。

 

 その見開かれた琥珀の瞳から大粒の涙を途切れ途切れに零し、脱兎のごとく逃げ始める。

 

タシュケント《これ――》

 

 彼女のいつもの笑みは消え失せ、まるで見た目相応の子が泣き喚いているような顔だ。恐らく、彼女を唯一、支えていたナニカをこのデバフの力で木っ端微塵に破壊した。地球から守るべき命を何十億と失った彼女の気持ちなぞ、到底、理解できやしないが、タシュケントの激情が恨みの声と化して飛んでくる。幼稚な言葉の絶叫だ。

 

タシュケント《デバフをかけたな……!》

 

タシュケント《あたしに!》

 

 膝が震え、すぐに旋回をした。

タシュケント《こいつに背を向けるということが、あたしにとってどれほどのことか》

タシュケント《知らないくせに!》

 

 その正直な心の吐露と全ての感情が流れるかのような涙の表現力が、棘となってジェノの心を貫いた。逃走の判断は正解かどうかの判断はできない。勝つ手段ではない。ただあそこで彼女は死ぬだけ、と思ったゆえの行動だ。

 

ジェノ「デバフ……」

 

 あったのは、絶望だ。

 陸に向かうタシュケントは炎上しており、爆ぜる海水を浴びても、その炎は一向に鎮火しない。海をも燃やし、絶命するまで消えないスリップダメージを消す方法として思い浮かんだのは唯一つだ。

 

 根源の【ENCANT・Doragon】を消滅させることだ。

 

 あのエンチャント効果にデバフはかけられないだろうか。

 いや、あの炎にデバフをかけても、苦しみが長引くだけかもしれない。

 

 炎に包まれた身体から油の乗った肉が焼ける音がなぜか聞こえる。炎上し、焼け爛れ、時折、惨めなうめき声を漏らしていた。目前で焼死する人間、その炎を鎮火することは不可能、そして燃え移ることを恐れ、触れることすらもできない。

 

 死を眺めるだけの無力な時間に変化の兆しはない。

 

ジェノ「もういいだろ……」

 

 命中率の粗悪な攻撃に痺れを切らしたのか、竜が高度を下げる。台風のような強烈に乱れた風圧が、海を揺らした。こうやってこの世界の人間は敗けたんだな、とジェノは思う。恐怖は不思議となかった。あるのは全てに対する投げやりな諦念のみだ。

 

 竜が大口を開き、炎弾を発射した。

 逃がしてくれる気はない。

 絶体絶命だ。ああ、とジェノは頭を抱える。

 

 今度は戦え、だなんていうべきなのか。思考や意地が混ざり、結論が出ない。効果紋を使用してなお、圧倒的かつ絶望的な戦力差にもはや手の施しようがない現実があるのみだった。炎上しながら航行する船を、焼かれながら死にゆく彼女を見つめる。

 

ジェノ「やっぱり」

 

 逃げる。あのまま彼女達を置き去りにして逃げたら、何事もなかったかのように、今までの生活に戻ることができるだろうか。

 

 対面のガラスにうっすらと映る一人の男の弱さにデバフをかける。

 鉛のように重かった足が、動く。

 

 

2

 

 

世界の終わりでも見ているかのような光景だった。

 

 消えない炎が延焼し、海を燃やしている。かつてこの世界の歴史ではこの炎は消えることなく、延々と気体、液体、固形物を問わず、炎の法則まで無視して万物を焼いたのだろう。一度、延焼したら世界を焼き尽くすまで鎮火することのない終焉の業火だ。

 

 浅瀬まで彼女がやってくる。炎上したままだ。

 

タシュケント「戦略なき敵前逃亡をさせたね!」

 元気そうではあった。

 

タシュケント「あたしを泣かせる為にデバフを使うやつは初めてお目にかかった。開いた口が塞がらないとは正にこのことだよ」

 感謝はされないと思ったが、予想以上の怒りだ。

 

タシュケント「あたしは殺された程度では死なないのになぜ強制撤退させたのか。敗けても死ぬのは君だけだったから、あたしには何の不都合もないのに!」

 

タシュケント「何様のつもりなのか!」

 神様、とでも返したくなるな。本当、こいつこそ何様のつもりなんだ。

 

タシュケント「この屈辱は」

 恨みを漏らす構わず彼女を抱えた。同時に、エンチャントの炎がジェノに燃え移る。さすがのタシュケントもその行動には驚いたのか、「本当に心中なの!」と素っ頓狂な声を出した。まだ元気そうでなによりだ。燃える炎にもデバフをかけて、そのまま走る。

 

ジェノ「撤退すれば僕が死ぬと体を張ってくれたそのせめてものお礼」

 

タシュケント「君に燃え移ったこの炎は」

 

ジェノ「知ってる」

 

タシュケント「無理だよ。絶対に」断定の口調だ。「逃げきれた試しがない」

 

ジェノ「逃げるってどこに」

 

タシュケント「ウインオアデッド。勝つか死ぬかだ」

 

ジェノ「無理だ」

 

 人間の耐久値がどの程度かは知らないが、そうは持つまい。エンチャントの炎はデバフをかけても、じわじわと肌をちりちりと焼いているのが分かる。それでもサウナ程度の熱しか感じないが、彼女を抱えてどこまで持つか。炎弾の一つがかすれば恐らく終わり。

 空を見上げれば、竜の姿が見える。

 

ジェノ「これ、デバフのイメージとはちょっと違う。敵のステイタスをダウンさせるだけじゃなくて、数値を低下させるんだろ。精神にも効いてるし、用途は幅広いよ」

 

 物理的にも精神的にもデバフの力は効いた。なら、ほかにもいろいろと試してみる価値はある。試してみないと、どうしようもない。既に息はあがりかけている。竜の周囲に黒いエフェクトがかかる。竜が空で滑ってこけるように、反転した。

 

 重力にも、デバフがかかる。

 

 ここまで効果が及ぶのならもう全ての事象にかかるんじゃないか。

 

 すぐにタシュケントにも重ね掛けをすると、抱えている彼女が明らかに軽くなる。速度があがった。それでもドラゴンは獲物をしとめようと、炎弾を吐き出すが、それすら勢いをなくし、見当違いの方向に飛んでゆく。

 

 もう、少し。

 街中に入った。

 

 竜の咆哮が届く。なんとなく苛立っているような気がした。地面が揺れた。なにが起きたのかはすぐに察した。視認できないゆえにデバフをかけられなかった炎弾が建造物に命中した。砕け散った瓦礫の破片が空から降ってくる。避けられない。

 

 後頭部に当たった。目の前が一瞬、ブラックアウトする。デバフの効果が及ぶ前、殺し切れなかった物理法則だが、活動に支障が出る程の傷ではない。まだ体は動く。

 

タシュケント「やっぱり弱いな、あたしって……」

 

 精神的デバフのせいか戦意がもうないな。生意気で容赦なく強気で明るい今までの彼女が跡形もない。そろそろ限界か。延焼の継続損傷で彼女の耐久値はもう5を切っている。体も心も大破してしまっている上、ケンカ中と来た。

 

 周りは瓦礫の山、上空にはデバフの反動に耐えきれなくなったのか、近くのビルの屋上に降り立ち、翼を畳んだ。眼下をじいっと見下ろしている。こちらを見失っているのか、行動はなかった。ここは右目の視界を信じることにして、竜の視界の動きと合わせて、隣のビルに移動する。

 

タシュケント「管理妖精が攻撃してこない」

 

タシュケント「その左目の仕様は便利だけどさ、位置はバレていると思うよ」

 

 足に力が入らなくなった。そのまま尻もちをつく。延焼は下半身を中心に燃え広がっている。熱さは特にないが、痛みはある。焼かれているというより、壊死しているような風だ。お互いに機動力を潰されてはただの的となった。タシュケントの兵装の損傷具合で攻撃手段を失い、デバフのみでは勝算がまるでない。

 

ジェノ「まだ動けそうだけど、もうやめようか」

 

 デバフで性能を下げた分、一撃で死ねない苦しみを味わうだけだ。

 

タシュケント「君が死ぬだけだから構わないけど」

 

 失望したというよりは、納得しているような顔だ。

 

タシュケント「根性がないね」

 ビルの壁に背中を預けて座っている。今、ドラゴンの攻撃が止んでいる理由を考える。見つかっていて、あえて死ぬのを待たれている動物の狩猟行動のような待機だった。

 

ジェノ「僕は、人並みにがんばって生きていたつもりだ」

 

タシュケント「人並み、ね」自嘲のような笑み。「人間は最後まで身内で争っていた。身を粉にして死んでゆくあたし達に責任を押し付けて。それでもあたし達は戦ったさ。人間に従うしかなかったというより、管理妖精相手には戦うしかなかったからだ」

 

タシュケント「あたしの仲間は、根はいい人、状況が人にこうさせただけっていう」

 

タシュケント「――馬鹿ばっかりだった」

 

タシュケント「根が良くても葉から毒をまき散らし、人喰らいの花を咲かせているのに、根はいいやつだなんて、正しくお笑い草だ。そもそもあたしがなんで人の為に戦わなきゃならなかったんだ。それでも戦って殺されてを繰り返した。今度は――」

 

タシュケント「君達があたし達の為に戦ってよ!」

 

 きっとその言葉は本心だ。

 可愛い子が本気でキレた時ってギャップが激しく、整った分だけ醜悪に映るよ。

 

タシュケント「また敗けか。分かってはいたけどさ、絶対的な上下関係のある軍ではいえなかった言葉をいえた分だけすっきりした。人間と対等な関係も悪くないかな」

 

 その言葉を最後に彼女の体は収縮を始め、空色の鉄片へと変わる。

 

ジェノ「春川のじいさんが効果紋を作った理由は、なんなんだ?」

 

 鉄片に向かって囁くが、当然、返事はない。

 空色の鉄片を握り締め、起き上がる。

 

ジェノ「多分、逆だったんじゃないかな」

 

 君達に頼るしかなかった人間のほうが負い目を感じるんじゃないかな、と思う。提督とか艦娘とか深海棲艦だなんて今でもよく理解してはいないけども、記憶で視た効果紋を宿した軍人は嬉しそうに笑っていた。顔だけでなく、声も仕草も笑っていた。

 

 根がいいやつが毒花を咲かせるのは悲しいことだ。

 

 天井を見上げる。

 

 妖精だか神だかなんだか知らないが、この天井上にいる力を持った者が突き付ける現実と、向こうの世界の現実がリンクする。

 

ジェノ「わかったよ」

 

 なにをして欲しいか、彼女は確かにいった。

 

 今度は僕が君達の為に戦うよ。

 理不尽には慣れてる。社会人だからな。

 

 あの竜を、ただのトカゲにまで引きずり落とす。

 このデバフの力で。

 

 



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☭ー6話

 お前の代わりは他にいる。

 

 中学一年生の頃、歳が一つ上の先輩にいわれた言葉だ。

 

 社会の授業で政治の制度の話を聞いた時に考えた。その席は限られている。毎日、がんばって汗水垂らして心で耐えて今している仕事と比較しても、政治家はみんなの生活を良くしたいと思う人が就く職業なんだ、と先輩はいった。みんなの生活を良くしたいという思想を持った人間はごまんといて、加えて社会的地位や給料も良い。

 

 だから、他に変わりはいるんだろうな、と思い、それを知っているから、潔さをかなぐり捨てて政治家にしがみつくのかな、と考えたことを思い出した。

 

 階段を一歩ずつ、のぼる。

 

 頭脳が、容姿が、生まれた家庭が、運が、運動神経、ありとあらゆる性能差が人間には生まれつきある。凡人が努力しても決して届かない領域をジェノは知っていた。しかし、だ。凡人でも幸せに生きていられることをジェノは身を以て知っている。

 

 その幸せを最近、よく見知らぬ人から否定される。

 

 最近、生きているだけでしゃべったこともない人が上から目線で価値観の鈍器を振り回し、ブン殴ってくる。こういえば傷つく人がいることを考慮しない非調和的な人間が好きになれなかった。

 

 その主張全てが性能差ゆえに出てくる言葉なら、どうあがいても足りない。

 

 世の中には格差があり、平等とは程遠い。例え、文明の進化が止まってもいい。誰かが傷つき、無念の為に死んでいく犠牲を伴うくらいならば、どうにかしなければ。

 

 屋上に佇む竜の瞳と視線が合う。

 ドラゴンがなんだよ。

 死ぬことより、生きることのほうが怖いんだよ。

 

 

2

 

 

 すでに恐怖にはデバフをかけている。

 タシュケントのような常軌を逸したやつでさえ、デバフをかければただの人に成り下がっていた。

 

「才人を凡人に落とすデバフは観客の前でやれば苦情の嵐ですよ」

 爬虫類が笑うと、気味が悪いな。

 

ジェノ「しゃべれたんだ」

 

「意外でしたか」

 

ジェノ「いいや」

 

 朝霜やタシュケントを造るどころか、朝霜の話だと向こうの世界もこいつらが建造したという話だ。しかし、もう眉唾ではない。人間の言語くらい理解していないとおかしいのだ。ただイメージに囚われているゆえの違和感が強いだけだ。

 

「少しあなたと、その効果紋に興味が湧きました」

 

「デバフは竜を蜥蜴に変える魔法ではなく、損傷状態の理屈なんですよ。倍率が高かろうと、損傷状態である大破状態までステイタスを下げる効果紋です」

 

「初心者の方はよく誤解されます。豆知識なのですが」

 

「理屈的には損傷状態を戻すヒールこそ、デバフの対なのです。バフは改造や改装のステイタス向上の理屈の延長線上ですからね。あなたの効果紋は重力や精神という現象にまで影響する時点でデバフの皮をかぶったなにか。タシュケントは見抜けていませんね」

 

「厳密にあなたのソレは、デバフではない」

 

「私にもわかりません。なので、勝ち目はあるかもしれません」

 心を読まれたかのような先制の言葉だ。

 

「我々は勝利や生への執着はありませんが」

 

「夢を、観る」

 

「深海棲艦と戦ってた頃は実際、奴隷のような存在でしたしね」

 

 いかにも無邪気な妖精って感じだが、ここまで行くと可愛くもない。実際、朝霜から聞いていた通りなら奴隷はやっていたんだろう。建造とか開発とか人間の指示に従ってこなしていたという。流れ込んできた記憶でも、どんな命令に対しても妖精は従順だった。

 

ジェノ「ごめん、君の願望や存在意義はどうでもいい」

 

 どこか遠い異国の歴史と交わっている。そういう実感が沸かない戦争の話は耳タコだ。施設長からは会議のために「利用者に寄り添う」といっているが、九十超えの人の歴史なんざたかが23年を生きた自分が理解できるものではない。ましてやもっと長い時を生きている朝霜やタシュケントや管理妖精ならなおさらの話だ。

 

ジェノ「彼女達は」

 

「リサイクル用品ですね」

 

 意識を集中させて、デバフをかける。その後、水分で滲み、てらてらと月夜に反射する鼻っ面を思いきり、殴り飛ばした。竜の首が大きくしなり、身体が床を横転する。もしも今、タシュケントが健在ならば、恐らく彼女の一発で決着したはずだ。

 

「よく分からない人だ」

 

 よく分からないのは、お互い様だ。妖精は相手を自分本位でしか見ていない。言葉の通りなら自分が楽しければそれで満足なのだ。ただの主体性に満ちた無邪気の塊である。子供相手に本気で怒るのは馬鹿らしくなる。

 

 不意に膝が折れて、力なく崩れ落ちた。

 

 下半身に力が入らず、女の子座りのまま動けない。

 

 でも、諦めるにはまだ早い。

 

 神だか妖精だかドラゴンとか、どれだけ強くてもこのデバフでただの蜥蜴になるまで性能を引きずり落とせば、非力な人間でも勝てるはずだ。このデバフの効果紋、知識は完璧とはいえないが、目前の妖精に対しての感情が隆起するほど、倍率が跳ね上がる。

 

 朝霜から聞いている。効果紋は色々な種類があって、建造した相棒によって大まかな四つの種類に分けられ、個々によって性格や相性のように千差万別だという。この効果紋は文字列が入れ替わったり消えたりと安定しなかったものの、タシュケントで烙印したこの烙印の『S』の英文字は見間違いではなかったようだ。

 

 

【Debuff&Share】の文字が桜色に輝いているから。

 

 

「アンド……?」

 竜の管理妖精が口角をつりあげ、獰猛な牙を覗かせる。

「ふふ、桜色って」

 

ジェノ「何がおかしいんだ?」

「人間にもいるんですね」

「大和や矢矧のような強く優しい戦場の聖人が」

「もっとも聖人という人種は」

「なぜかサイコパシーの数値が高いもの」

 知るかよ。大和や矢矧って誰だって。

 

 切り替える。

 シェアしてどうなる。この場を大逆転に導く力となり得るのか。効果紋を使用する。弱体化のほうだ。デバフの文字に変わる。

 

 デバフの効果自体が変わった訳でもない。身体も傷だらけでダメージそのものにデバフをかけても足に力が入らない。すでに限界を超えて戦闘不能であることを意味している。

 

 しかし、この戦闘の大体の仕様は理解した。

 

 春川のじいさんや朝霜、タシュケントの話を思い返して頭を回しながら、目の前の竜の管理妖精のことを考える。丁寧に効果紋を説明し、この戦いを教授した管理妖精。

 

ジェノ「そっか……」

 

 タシュケントが海で切り落とした首には確かに肉があった。ドラゴンの身体構造なぞ知らずとも、なんとなく亀やアルマジロと同じく、表皮の装甲が砲弾を通さないほど硬いだけで、肉自体は柔いのではないか、という予想が浮かんだのだ。

 

 トドメ、といわんばかりに竜はその大顎を開ける。

 

 あの炎でも建造できるんじゃないか?

 

 だけど、建造時間があったはずだ。

 間に合わなさそうなので却下した。

 

 ならできるのは、デバフとは似て非なる弱体化の力だ。

 

「あなたのソレはもはやデスの呪文に近いですね……」

 

ジェノ「君は忖度することを覚えて欲しい」

 

ジェノ「痛い、苦しい、死にそうだ」

 

「デバフ……いや、これは――――」

 

「ちっぽけな命の苦しみ……」

 

 デバフとは少し違う。損傷状態の共有による弱体化。

 管理妖精が力なく横たわる。苦痛に歪む顔だ。

 伝わる。

 痛い。苦しい。管理妖精にもそのような心身の苦痛はあるようだ。その心情が効果紋を通してダイレクトに伝わってくる。損傷状態を人間と同じにした上、デバフによる損傷緩和は行っていない。ひどく、堪えているようで、のた打ち回っている。

 

「その共有紋……」声が、震えていた。初めて焦りと受け取れる。

 ただ竜の管理妖精は痛みに喘いでいる訳ではない。

 

「私達の価値観を塗り替えられそうだ」

 脅威と認識されただけだ。

 

 今、ジェノが効果紋で行っているのはこの管理妖精を打倒することではなかった。その頭の中の情報を共有の力で引き抜いている。敵を倒す力よりも、彼女達を救う知識を欲した。

 

「止めろ。もとよりあなたをここで殺す気はなく」

 

ジェノ「君に恨みはない。敵とも思わない。でも今は、試させてくれ」

 

「それ以上、私から知識を抜くのなら殺す必要が出てくる」

 

 寝返りを打つように体勢を戻し、野太い四肢で力強く地面を踏んだ。

 

 殺す気で結構だ。別に長生きしたい訳じゃない。今の仕事は好きで暮らしても行けるけど、未来であの施設にいる老人達のような暮らしをしていけるかは分からない。

 とりあえず今を生きなければ。

 

ジェノ「理解した。人間改装設計図は、タシュケントがいれば、そういう使い道もあるのか。その設計図を創る為に、星の命、動物の命を奪ったんだね」

 

ジェノ「なら、君達が生贄として捧げた生命は復活するはずだ」

 

ジェノ「資材が艦娘に化けるように君達が殺した命は輪廻するんだ」

 

 その管理妖精の表情からして、それが『可』だと告げている。

 

ジェノ「それができる唯一無二の彼女は正しく星の船だ」

 

 これ以上、語る気力も惜しい。この屋上に来た時から腹はくくっている。

 

 神だか妖精だかドラゴンとか、どれだけ強くてもデバフでただの蜥蜴になるまで性能を引きずり落とせば人間が勝てない道理は消え失せるはずだ。「恨みはない」そう呪文のようにつぶやく。報いの不幸を求める存在はいても、単純に不幸になる為に生きている命はいないはずだ。少なくとも、見たことはない。

 

 だから、原因を憎み、臆病を殺せ。

 

 竜が炎弾を射出する。

 

 デバフにも速度があるんだな。その威力は殺し切れない。

 

 まだ試す。石つぶてが当たった程度には痛い。

 

 被弾した右腕が弾かれ、拳大の青痣ができる。体力的にはまだ持つが、エンチャントのスリップダメのせいで足がぬかるみに浸かっているかのように重い。意外と人間、本気になれば耐えられるもんだな、とも思う。

 

 弱体化、物理や精神にもかかる。

 このデバフは数値を下げるだけじゃない。

 

 タシュケントが海で切り落とした竜首には確かに肉があった。ドラゴンの身体構造なぞ知らずとも、なんとなく亀やアルマジロと同じく、表皮の装甲が砲弾を通さないほど硬いだけで、肉自体は柔いのではないか、という予想が浮かんだのだ。

 

 再度、発射された炎弾のタイミングを見計らって、物理にデバフをかけた。

 

 同時にその反動を支える為の竜の四足の踏ん張りを弱めた。

 

 砲塔が支えを失くしたに等しい。

 

 発射された炎弾は空へと吸い込まれるように飛んでゆく。

 

 まだだった。このデバフは常軌を逸している。物理法則にまで干渉する。それは性能を下げる、ではなく、数値を下げる力なのではないだろうか。

 

 すぐに、次の予想を見つける。

 

 物理法則を殺し切れていない。空を飛んだ炎の砲撃は勢いこそ殺してはいるものの、物理に反してはいないことからマイナスの境地まで性能を下げることはできないようだ。空中で炎砲弾ふわっと停止した。重力に従い、大地に落ちる。

 

 このデバフは数値を下げるのだが、もっと具体的にいえば、

 数値を0に近づけるデバフだ。

 

 どこまで数値を落とせるのか。

 それを試そうと思った直後、力が抜けた。左手の効果紋の輝きが弱まった。

 

 資材の力を源にした建造体から炉を通して流入する効果紋の力。バフは強化、デバフは損傷、エンチャントは付与、ヒールは入渠、効果紋のそれぞれはこの海のシステムを応用した力だ。そのシステムがこの身体が適応しているのなら、身体の傷は入渠で治る。

 

 だから、怖がるな。

 

 竜がこれみよがしに大翼を広げ、空を飛ぶ。

 

 ここまでやって今更、空からビルを破壊されたら詰みか。

 飛翔した竜を追いかける術はない。十分よくやった、という自分を殴り殺し、更に頭をひねる。

 

 懐とポケットからタシュケントの鉄片と火種のライターを取り出した。鉄片を火であぶる。彼女の全てが凝縮された鉄片が艦娘の形にする建造は時間がかかる。

 

 高速建造材。

 

 建造時間を短縮する力なら、この数値を0に近づけるデバフで代替できないか。「今度は君達があたし達の為に戦ってよ」という言葉に迷ったが、もう十分だろう。本来の目的を考えれば些細な問題だ。あいつに勝つ理由があるのは、彼女なのだから。

 

 建造された空色の彼女は、帽子の唾を深く下げ、

 

タシュケント「多分、現状は把握してる」

 

 左腕にまとう空色の液体がうねり、形成されたのはプールだ。右腕でつかまれ、その水葬のなかにドボン、と投げ捨てられた。さすが本職なだけあって効果紋持ちに入渠が有効だと知っている風だ。湯舟に浸かって再生の極楽を味わいながら、空を見上げる。

 

ジェノ「今なら勝てるけど、君の艤装に装備されている砲では貫けないよ」

 

タシュケント「全身全霊の一撃、ね」

 

 外せば、終わりだ。それを悟ったのか。どうせ建造したての彼女の内臓資材などたかが知れている。向こうで建造された時に吸収した資材の残りはなかったから、一度、彼女は鉄片化した。正しく血潮を絞るような武装開発を彼女は始める。

 

 竜は空を蛇行し、旋回を始めている。あの空から炎弾を発射しようと狙いを定めようとしている。自身の損壊度を把握しているのか、見た目相応の形相を表情に貼り付けている。血潮や体液を空から零しながら、トドメを刺そうと巨大なアギトを広げる。

 

タシュケント「41センチだ。実物サイズの」

 

 地面に設置された長い筒が空を向く。

 

 タシュケントのほうが早かった。あのドラゴンの厄介なところは知能が高いということだ。恐らくこちらがこの一撃に賭けていることを察している。だから、攻撃を中止し、回避の行動を取ろうと大きく翼を舞わせたのだろう。

 

タシュケント「空から、墜ちろお!」

 

 耳を貫く砲撃音が鳴る。

 瞬間、静寂に包まれる。鼓膜がイカれた。その轟音が脳にまで響いたのか、意識までも途切れかける。その砲撃は空に吸い込まれるように飛んでいったのだろうが、竜の様子に変わりはなかった。

 タシュケントが尻もちをつく。

 

タシュケント「ご……めん」

 彼女は乾いた笑いを浮かべた。

タシュケント「外し、ちゃった」

 

 白んだ空に変わらぬ敵が舞う姿、そしてその情報には確かに見える黒のエフェクトだ。当たるか当たらないかでいえば、当たらないだろうな、とは予想していた。空を飛ぶ生き物に一発の砲撃を命中させるのは難しい。ましてや知能があり、認識されているのだ。

 

ジェノ「どうせ外すと思っていた。だから『当たるようにした』よ」

 

 星にならんがごとく、飛んでゆく先に放った必殺の一撃が、すでに身を翻して空から降ってきている。デバフで砲撃の勢いを殺した。やがて頂点に達した砲弾は重力によって空から降り注ぐ。

 

 大空の大気の圧を、空気の流れを、今まで学んだデバフの使い方で補助する。あの竜は気づいていないのか、大口を開けてトドメの一撃を刺そうとしている。

 

 こちらのほうが早い。

 

 砲弾は吸い込まれるように、着弾地点となったエンチャント・ドラゴンに突き刺さる。その虫の息の耐久でクリティカルに当たれば、息の根を止めるフィナーレの一撃には十分に成り得る。

 

 ほくそ笑んだ大蜥蜴の顔に直撃した。艦載機のように墜ちてゆく。

 

 虫の息の耐久値が低下し、0になった途端、竜は光となって弾けて消えた。

 

 

3

 

 

 彼女達の星を焼いた存在は死した。

 

 彼女が何度挑んでも勝てなかった敵は意外にもあっけなく。

 

 この身を焦がす延焼の力も綺麗さっぱり消失している。

 

 綺麗な星空と、墓標のように並ぶ静寂なビル群に包まれ、虚しさを風が撫でてゆく。深呼吸をして、生き延びたことを実感する。今年の新年はとんでもなく過激だったな。

 

 タシュケントは「ハ、ハハハ……」

 またもや乾いた笑いを漏らして、

 

 ――501戦、1勝。

 

 そう蚊の泣くような声でつぶやいた。

 

 見た目相応の少女の顔でわんわんと泣いた。

 

 



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☭ー7話 Ташкент

ジェノ「僕と君しかいない世界でも普通に太陽は昇るんだねって」

 

 そう彼はいう。まだ現実の理解が追いついていない。

 

 夢か現か、感覚が活性化した時には信じられない光景があった。

 あの竜の管理妖精の装甲が砕け、おびただしい血を流し、外見相応の強面の形相で戦っていた。予想外が過ぎて、戸惑いを処理できずにいる。艤装探知でも竜の管理妖精の反応は確認できず、ようやくあの管理妖精を倒した事実を受け入れられた。

 

ジェノ「君も疲れたのなら、入渠したらどう」

 

タシュケント「なんで君は怒らないの?」

 

 違和感はそこだ。

 

 好き勝手やったうえにそう罵詈雑言を飛ばして彼を残して一人、戦いを諦めた。最後の一撃までフォローされた始末だ。彼にかける言葉はもちろん、合わせる面も、ないのは承知の上だ。今も顔から火が出そうになっている。

 

ジェノ「怒ってるよ。でも、昔からそういうのが表面に出ないんだ」

 

タシュケント「それはどうして。君の、考え方、かな」

 

ジェノ「こういうの語る場面ってなかなかないよね。でも、みんな一つは胸に秘めてる」

 

ジェノ「報いとしての不幸を求める命はある。死に救いを見出す人だっている。でも単純に不幸になりたくて生きている人はいないと思うんだ。そういう世界で生きているって僕は思うから、どんな悲惨な物語でも、もともとは対立しているだけだ」

 

ジェノ「敵対はしていない。誰ともね」

 

 そのなかばお花畑の思想がこの違和感の正体か。

 

 全ては対立しているだけで敵対じゃない。

 

 ならば、敵はいない。

 

 つまり、彼は無敵だ。

 

 彼はただの人間だった頃から、無敵の境地にいる。

 

 薄気味悪さの正体はこれだろうか。「今の一度も敵のいなかった人生なんてなかったから、気味悪く感じずには」といったところで、顔面に衝撃を感じた。「へ」と鼻から赤い鮮血が噴出したのが見える。殴られた。そう認識すると身体は自然に受け身を取った。

 

タシュケント「突然なにさ……女の子に暴力振るうのは最低だ」

 

ジェノ「暴力振るうのが最低だし、そもそも君は自分をそういう風に認識していないくせによくいうよ。でも君は赦しが欲しそうな気がしたから、これが罰ってことで今までのお互いの無礼に関してはリセットってことで」

 

ジェノ「大事な話だ。聞きなよ。あの竜からドロップしたものを拾ってみて」

 

 彼は笑って、左手を空に翳した。

 

ジェノ「君が選ぶべきこと」

 

 

2

 

 

 竜の管理妖精が消えた辺りに一枚の改装図が、ある。

 

 その設計図を拾い上げる、選べ、といった彼の言葉の真意を現実として認識する。

 

 廃墟の町を歩きながら、ぼうっと空を見上げる。意思なく歩いた先にあるのは、廃墟の鎮守府だった。

 

 過去が色づき、蘇る。

 戦いの毎日に明け暮れながらも、鎮守府でバカやってはしゃげていた時間だ。笠ね、繰り返す、青春染みた過去の群像と、戦い敗けて奪われた行き場のなくなった悔しさと、後悔が輪廻するだけの孤独の日々を終える。歩を進めるたびに褪せてゆく。

 

 出入り口の地点に立っていた彼が、思考を共有したかのように、いう。

 

ジェノ「なにかいうことあるよね」

 

 帽子を強くつかみ、目元を覆い隠す。

 

タシュケント「ふざけないでくれ。なんでいまさら……」

 

タシュケント「こんな空しい勝利があってたまるかって」

 

タシュケント「遅いんだってば。誰もいなくなった世界なんか救ってどうするんだ。名誉どころか大切な人達も、ありがとうの言葉一つももらえない戦いなんか」

 

タシュケント「そんな戦いに命を賭けられる君のような強い人がなんで――」

 

タシュケント「どうして君はあの頃、現れなかったんだよ……」

 

 胸倉をつかみ、むちゃくちゃな罵声を飛ばす。

 

タシュケント「見てよこの世界」

 

タシュケント「緑が枯れ、人工物が瓦礫と化して、あたしの鼓動だけが脈を打つ」

 

 そういうと、彼は空を見上げた。

 

ジェノ「でも、空だけは綺麗だね」

 

 そんな気の抜けることをいう。

 

 踵を返すと、「じゃあね」と軽く手を振った。

 

タシュケント「ちょっと待って。ここまで希望を見せといて」

 

タシュケント「残りをぶっ殺すことを手伝わないの」

 

タシュケント「あたしの過去を見て、同情して命を賭けた訳では、ないの?」

 

 彼は足を止めて、振り返る。笑っている。

 

ジェノ「同情はしたけど、あくまで君が困っているから助けただけ。困っている人を無視して罪悪感に苛まれるのが嫌なだけだよ。君がいうように僕は命を賭けて君のために戦った。勝てる。勝てた。なら後は君が万策を用いればいいだけじゃないか」

 

ジェノ「がんばれ。君の命をどう使おうが、君の自由だ」

 

タシュケント「そんなの……」

 

ジェノ「ああ、もう。捨てられた子犬のような顔をしないでくれ」

 

 そういわれて少し羞恥を感じた。

 頬を軽く叩いて気合を入れ直す。

 

ジェノ「あのさ、管理妖精は別に悪いやつじゃない。ただたくさん殺しただけだ。人間は人間以外にぶっ殺されても文句いえないようなことしてるよ。各々の幸せの価値観があるんだろうけども、関係を敵対だと吹聴するのは悪魔の所業だと思うんだ」

 

タシュケント「いい加減、反吐が出る無敵の哲学だよ」

 

タシュケント「万策を用いるのなら君をくだすのみだ」

 

 力を行使するのみ。残りの内臓資材はもう今の肉体を形成している分で終わりだけれども、あの強力無比な効果紋は例え殺すことになっても、諦める訳には行かない。あの桜色をした出会いの光を宿したからには、絶対につかんで離さない。

 

ジェノ「この力の良いところは相対的に僕が強くなるってところだよね」

 

ジェノ「限られた椅子がある。努力では届かない夢がある。格差がある」

 

ジェノ「平等は絶対に上のやつらを引きずり落としたほうが手っ取り早いよ」

 

 デバフの効力で戦闘力は大幅に削られていく。破損状態による身体能力の低下ならば、炉の力を駆使すれば入渠システムに沿ってなんとかなる。

 

 上限値の天井を引きずり下げられている。

 海防艦辺りまで行ったか?

 

 デバフの効果紋は四種の中で最も対人間に特化している。その根拠は人間は性能を10%を下げられた時点で無力化される様は傍から見ていれば、呪いの現象だった。

 

 公平とか平等とか共有とか、とうの昔に捨てた思想を彼は本気で持っている。

 

 道理で優しく見える訳だ、と納得する。資本主義の中で生きる個人規模の共産主義者は優しい人に見えるものだ。かつてのあたしが良い子だと思われていたように。

 

ジェノ「大丈夫かい?」

 

 優しい声音と顔で手を差し伸べてくる。タシュケント「君のデバフのせいで、起き上がれないんだよ」

 

 デバフの効力で戦闘力は大幅に削られている。破損状態による身体能力の低下ならば、炉のの力を駆使すればなんとかなる。この力の抜けようは単純に天井を下げられている、このただの脆弱なはずの人間は、今は神ですらも同格の存在にまで叩き落とすだろう。

 

 彼は共産主義者の才能が一級品だな。相性が良いわけだよ。

 

ジェノ「なんか今になってどっと疲れが襲ってきた……」

 彼はその場に座り込む。

 

 上手くやれそうだ、と彼に好感を抱きつつ、頭で未来図を描く。

 

タシュケント「人間改装設計図……」

 

 不意に疑問が湧いた。管理妖精はこれを一体、どうやって作ったのだろう。

 

 炉の力を宿した前期型後期型は人間としての退路を断つ代わりに艤装を肉に収納し、生成できる形態だ。もともと解体なぞ管理妖精が現れた時から、効果紋が開発された後か。勝利の為に捧げた。それを解体可能にするだけでなく、己の過去すら書き換え、違和感なく人の輪に混ざるためのアイテムだった。

 

 春川泰造はあの戦いの溶鉱炉を星の命を抽出するものだといった。そもそも溶鉱炉前期型、そして後期型が解体が難しくなったのはその溶鉱炉の力の塊である艤装を肉体にセットで宿したからだという。だから、妖精は艤装と艦娘の体を別々で造ったんだ、と。

 

タシュケント「そうだよね。妖精は従順だった」

 

 いきなり開始された虐殺の動機は暇な八十年の間に何度も考えた。

 

 タイミング的には溶鉱炉内臓型と効果紋が開発されてからだ。

 

 この星で葬られた何百億の命を贄として、用意された解体の枠はたったの六つ。これは、その椅子を奪い合う物語として開戦の火蓋が切られたのだと思っていた。初建造時にこの頭に持たされた情報では、そういう趣旨だったはずだ。

 

 ――これはこの星で失った命の資材の塊が鉄片化したようなものなんじゃ?

 

 あたし達はどうやって建造される。炉からだ。

 資材を使って、生まれて、そして死ねば生体情報の塊である鉄片となる。

 

タシュケント「なら、元の形に戻すこともできる、の……かな」

 

 彼がげんなりした顔になる。こいつ、知ってるな。

 

 これはその命が詰まったアイテムなのだ。

 

 いい変えるのならば、艦娘や深海棲艦の生体情報が詰まった鉄片と同じだ。その鉄片は艦娘になる。つまり、管理妖精達が所持するこのアイテムを集めきれば、

 

ジェノ「歴史的大敗の前の状況に戻すことが、できるのかもね」

 

 彼がまたもや思考を共有したかのように、いう。

 

 再び過去が色づき、蘇る。戦いの毎日に明け暮れながらも、鎮守府でバカやってはしゃげていた時間だ。

 

 繰り返す青春染みた過去の群像と、戦い敗けて奪われた行き場のなくなった悔しさと、後悔が輪廻するだけの孤独の日々を終え、今、新たな選択肢が提示された。

 

タシュケント「その使い方は、止めよう」

 

ジェノ「その答えは意外」

 

 前の状態に再構築しても、その先にあったのはあの孤独だった。深海棲艦と戦っていた二回目の歴史に戻れば、春川泰造のように誰かが炉の真理を究明するだろう。効果紋が創造されるだろう。海軍人達は最前線で戦う力を手に入れ、喜ぶだろう。そして、繰り返されるだろう。争いの連鎖にしかならない。

 

 みんなとのあの日々を諦めちゃえば、終わる。

 

 一度目も二度目も、この三度目だって、きっとそうだ。

 

 再構築だなんて愚の骨頂だ。一度、手にした終わりをひっくり返して理想の未来を追うそのバイタリティは悪なのだ。再構築の改装図ではなく、人間改装図として使用することこそ、この道化のような運命から解放されるはずなのだから。

 

ジェノ「明るいだけの未来なんてありえないけどね」

 彼は苦笑いだ。いじけた子供をあやすような、そんな慈愛を含んでいる。

 

タシュケント「二十年生きただけの若造が知った風な口を聞く……な?」

 

 そういった途端、頭の中に記憶が弾けた。老人に囲まれた彼の記憶だ、と察するのに時間はかからない。施設の中を「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と徘徊するおばあちゃん、「みんななにしとんやろ」と遠くを見るような眼で窓外を眺めているおじいちゃんの姿だ。

 

 そして、いくつもの死別だ。彼はその度に、本当に彼等は良い死に方ができたのだろうか、と苦悩する。実際、そうでもないのだろう。転んで呆気なく逝った年寄りも、最後の瞬間に家族と出会うことのできなかった老人、様々な悲しい現実があったからだ。

 

ジェノ「ああしておけば挽回できた後悔も」

 

ジェノ「謝る相手のいない懺悔を抱えた時も」

 

ジェノ「君は、明るい未来でも思い描いて耐えるの?」

 

ジェノ「差すかどうかも分からない未来の光を思い描くことなんかより」

 

ジェノ「僕はそばにいてくれる人が励ましてくれるほうがよほど、救いだったよ」

 

 その彼の言葉に、歯を食い縛る。

 

 その通りだ、と受け止めたからだ。辛い毎日を耐え忍べていたのは、手が届くか分からない明るい未来というよりもそばにいた皆とのやり取りだ。戦って海に沈んだ記憶も、教えてくれる。深い海の中へ沈んでゆく。反射した光もやがて届かなくなる。救出された時、誰かの希望の声だけが、聴こえたのを覚えている。

 

 光に見放された暗い海の底に救いを差し伸べるのは、音と声だった。

 

タシュケント「失って傷つくのはたくさんだけど」

 

 飽きるほど眺めた澄んだ星空を見上げる。みんなは星になった。あたしは性能が祟って、ともに朽ち果てることができず、みんなをこの世界から置いていってしまった。

 

 やっと星になれたと思ったら、また誰かの掌の上で踊る舞台装置の上で意識を取り戻した。

 

タシュケント「それでも思い出とは成り切れなかった過去がある時点で」

 

 進路はもやがかかりながらも確定したようなものだ。先に逝った仲間達、あの空の輝きに手が届くのならば、みんなを置き去りにしたのはあたしじゃない。

 

 置き去りにされたのはあたしのほう?

 

 みんな、この戦いの先にある未来で待ってるの?

 

ジェノ「その未来は大変だよ」

 

ジェノ「君は一体どれだけ自分を犠牲にすれば気が済むんだ」

 

タシュケント「君にいわれたくはないかな……」

 

 孤独に過ごした日々、いやもっと前からただの無機物だった時代からの日々か。戦いの日々に明け暮れ、結末はこの世界の終焉だった。結局、全て無駄だったんじゃないか。

 

 再構築しても、その先に待ち受ける未来はこの廃墟の鎮守府に戻ってくることじゃないのか。

 

 そうやって現実問題を冷静に処理する大人の理性で塗り潰せない感情こそ、本心からの答えだ。

 

ジェノ「とりあえず僕はお腹減ったから帰るよ」

 

 なんだか毒気が抜かれ、身体の力が抜けた。「あっ」とつんのめるあたしの腕を彼は取った。「反射神経が良いね。転びそうになる人を助けるのは職業柄?」

 

ジェノ「多分……物心ついた時から?」

 そうだね。そうだった。本来、躓いた人を支えるのに理由はないよね。

 

 なかば反射のようなやさしさに呆れ返りつつも、異常なほどの感謝の念が湧き出る。

 

 あの半壊した執務室の壁に孤独にもたれる過去のあたしの幻影が見える。

 

 生きる屍のようにそこに存在しているだけだ。なにを考えていたか、無意味な自己満足と悟りながらも、どうして一人で八十年あまりも管理妖精に抗っていたのか。

 

 朝日の陽光が柔らかに差し込んで、正の文字が刻まれた壁を鋭く優しく照らした。

 

 過程となったそこにいる幻影に、思い出になりきれなかった鎮守府のみんなを連れて、花束を叩きつけ、「君は素敵な未来への種子だったんだ」とそう抱き締められる日が来るのだろうか。掘り返せば苦く血塗られた思い出ばかりが顔を出した。

 

 弱い心と強い心が混ざり合い、まぶたが熱を持った。

 

タシュケント「もう一度、人を信じてみる」

 

タシュケント「君に、ついていく」

 そうすがるような声で、囁いた。

 

タシュケント「今度、こそ……」

 

 あふれる想いから連ねる言葉はなかば懇願で、甘えているような女子供の声音だ。ダメだ、本来、守るべき相手に対しての甘えに羞恥心が溢れ、止まらない。

 

 でも、願い事は伝えておかなきゃダメなことだ。

 どうせこの世界にはあたしと君しかいない。

 言ってしまえ。

 

タシュケント「今度こそ……!」

 意を決した。強く目をつむって、大きな声を出す。

 

タシュケント「あたし達に、幸せな夢を見せて!」

 

 彼は笑って、

ジェノ「よし、任せろ!」

 あたしに負けないくらいの大声で返事をした。

 

 去っていく彼の後ろ姿を見送ってから、その場に尻もちをついた。

 

 守るべき人間がいない世界。

 広大な海、荒廃した大地。誰にも遠慮はせずに全ての手段を容赦なく使用し、例えこの星に核の雨を降らしても関係ない。あいつらさえ倒せれば全ては戻ってくる。最短距離で進める舞台だった。

 

 あお向けになった。大の字で寝転がる。

 

タシュケント「こんなに朝日が眩しく感じる日、久々だ」

 

 結んである茶の髪の毛先をくるくると指でいじくって遊ぶ。

 

 抜けた天井の先の白んだ空を見上げると、一筋の流れ星が自由に横切っていく。

 

 その光景を真の当たりにして、なにかの本で読んだロマンチックな雑学を思い出した。

 

 誰かを好きになる速度は、本当に流れ星よりも速かった。

 

 




ご飯はトレーじゃなくて同じ皿を突いて!
お風呂も一緒に入ったら!
同じ布団で寝よう!


こうして『みんな一緒に』が大好きなタシュケントちゃんが生まれたのだった!


2章開始の前にそんな番外編を挟むかもしれない。




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☘ー1話

設定書き留めとくの忘れたせいで酷い目にあった……


ジェノ・朝霜「なにが狙いだ」

 

 そう真顔で尋ねる。時間は夜の十時で居間の食卓の上には料理の本に載っているレシピを使った料理に加えてもともとよく作っていたボルシチだ。家の中は一日かけて掃除し、借りる部屋の内装も整え、ご飯を食べ終わる頃にはお風呂も沸く頃だ。

 

朝霜「食べてみたけど、妙な薬は入っていないと思う」

 

タシュケント「要らぬ誤解を受けている事情は出会ってからが原因だと分かってるさ。でも彼についていくと誓った手前、仲良くしてゆく必要があるよね」

 

 伊達に長生きはしていないので生活スキルには自信があったそうな。生活区域を限定されていたため、鎮守府内でやれる娯楽には限りがあり、その中で実用的なスキルを磨いた結果、家事は得意になったという。けっこうなことだ。

 

タシュケント「彼はあたし達の大黒柱だ。あたし達は居候に加えて命を賭けて協力してもらう立場だと弁えたんだ。なら仕事から帰った彼をもてなすのはあたし達の役割さ」

 

ジェノ「その和服は……」

 

朝霜「心配するな。いうことを聞かなかったから、せめてとあたいが安い布を買ってきてミシンで縫い合わせた。料理の材料のほうは悪ィ。こいつが勝手に調達してきた」

 

ジェノ「タシュケント、感謝するよ。うん、ありがとう」

 

 素直なお礼ではなく、その次に、だけど、と続く。

 

タシュケント「な、なにか間違えちゃったかな?」

 

朝霜「考え方は素晴らしいと思うぜ。だが手前、これ作るのにいくら使った。そしてどこで買ってきた。レシートを持ってきたから見たが、近場に行ったよな。他より値が張る。ジェノの給料と貯金額を踏まえると、このようなもてなしは財布に大打撃だ」

 

タシュケント「安心してくれ。銀行預金の額も給料明細も拝見させてもらった」

 

タシュケント「これはあたしのおごりだよ」

 

朝霜「ジェノの金使ってなぜ手前のおごりになるんだ」

 

タシュケント「あたし達は運命共産体だ。同志の命はあたしのものでもあり、あたしの命は同志のものでもあるわけだよ。ただ命は分割できない。でも財産は別だ。つまり現時点での同志の財産の三分の一はあたしのものだから、そこから払ったんだ」

 

朝霜「手前、ば」

 

 そこで朝霜の口を塞ぐ。「なるほど、分かったよ。とりあえずご飯を食べよう」せっかく豪勢な晩飯を用意してくれたんだ。まずはこれをありがたく頂こうとしよう。「あ、飲み物を持ってくるよ」と台所に走ったところで朝霜に耳打ち。「後で教えておくよ」このような浪費を毎日していたら破産してしまう。

 

タシュケント「注いであげるよ!」

 

 待って、そのブランド銘柄のシャンパンはなんだ。

 

朝霜「つうか皿を分けてくれよ。トレーいくつかあったろ」

 

タシュケント「鎮守府方式はだめだめ。料理はみんなで突くものさ!」

 

朝霜「風呂や寝床は部屋がジェノとは別だかんな」

 

タシュケント「一緒でいいじゃないか」

 

朝霜「昨日今日会ったんだぞ。気苦労でジェノが疲れちまうよ」

 

ジェノ「異性間の壁がなさすぎ」

 

タシュケント「間違いが起きるはずがないじゃないか。だって君はもう半分建造状態のようなものだから、その手の欲望によるごにょごにょは心配する必要がないはずだよ。なら別に一緒にお風呂入ったり同じ布団で寝たりしてもあたしは良いと思うんだよね」

 

ジェノ「マナーは大事だ。それに僕達がそういうことして周りはどう思う?」

 

タシュケント「別に犯罪を犯すわけじゃないんだ。他人の目はどうでもいい」

 

 頑なだな。「少しは遠慮を覚えようね」

 

タシュケント「むっ、なんか子供を諭すような風だ」

 

 実際、彼女の見た目は15歳から高くて20歳くらいだ。

 

朝霜「マナーをいうのならジェノも飯中にスマホいじるなよ」

 

ジェノ「今日は大目に見てくれ」もっと他に気にすることが山ほどある。

 

 スマホを開いてネットの記事を漁る。朝霜から得た情報ではこの戦いが始まったのはおよそ五年程前からとのことだ。その年辺りからの自然に関するデータを収集し、今回は鵜呑みにした。気候変動による異常気象、漁業や農業といった自然の営み、そのどれもが五年前を境に悪い方向に転がっている。竜の管理妖精から抜いた知識は嘘ではない。

 

タシュケント「このポスター、料理中に汚してしまったんだけど、捨てていいかい?」

 

ジェノ「別にいいよ」

 

 キッチンに張ってある女優のポスターを剥がすと、それを広げて、

 

タシュケント「いやあ、同志も男の子なんだねえ」

 

朝霜「やめて差し上げろ」

 

 なにが物珍しいのか、家の中のものを物色し始めたので、ジェノはそっと席を立って縁側から庭へと移る。倉庫だった離れの小屋を開くと、綺麗に断捨離されていて、どこから調達してきたのかベッドとソファと冷蔵庫が新しく置いてある。粗大ごみでも回収してきたのか。

 

ジェノ「寝るか……明日も仕事だし……」

 

 まだまだ話すべきことはあっても、まず頭をよぎったのは仕事のことだった。

 

 いつも通りの生活を送りながら、タシュケント達の世界も救ってあげられるかな。他の人に迷惑がかかりそうなら断捨離しなくちゃならなさそうだ。亜斗には話せないな、と思った。またお前は自己犠牲か、と怒られるのもおっくうだ。

 

 

2

 

 

タシュケント「ふうん……」

 

 翌日の正午に同志が仕事に行って、居間に忘れていった携帯電話を届けようとしたのだけれども、スイッチを入れてみればSNSのやり取りが表示されていた。「お前、どうやってロック解除したんだ」という問いには「昨日横目で見てたのさ」と答えておく。

 

タシュケント「へえ、彼女いたんだ。意外だな。彼女いるのに彼が朝霜君はともかくあたしに宿泊を許可するような人には見えないんだよね」

 

朝霜「ケンカ売ってんのはともかく別れたはずだぞ。あたいはSNSのやり取りみてたし」

 

 確かに同志のほうから別れを切り出したやり取りはあるけども、一方的なのは否めない。向こうは本気で受け止めていないように思える。延々と向こうからトークが届いているありさまだ。そして最後に『今日、亜斗とも約束したし、久しぶりに飲みに行こう』的な文面がある。同志が仕事なのは知っているようで、指定時刻はその一時間前からだ。

 

タシュケント「ふうん。同志はさ、まだ未練がありそうだよね」

 

朝霜「なんでそう思うの」

 

タシュケント「ポスターのって彼女だったんだって思ってさ。廃棄を聞いた時にためらいがあったからさ。ならあたしが仲を取り持って恩を返すとしようかな。亜斗っていうのはSNSのやり取り的に女の子っぽいし、単純な意味で女子会とか楽しそうだ」

 

朝霜「女同士の飲み会とか鎮守府で腐るほどやったじゃんか」

 

タシュケント「普通の人間の女子の飲み会に興味あるんだよ」

 

 しかも、艦娘だと認知されていないと来た。今のこの世界ならではともいえよう。命賭けて守り、溶け込むはずだった日常を味わってみてもバチは当たらないはずだ。「止めても無駄だからね。彼女の口から同志のことも聞いてみたいしさ」

 

朝霜「行ってもお前誰だよってなるだろうが」

 

タシュケント「そこは任せて」

 

朝霜「……要らぬトラブル起こしそうだからあたいも行くが、これだけは聞け」朝霜は眉間に皺を寄せて「惚れた腫れたの破局連中との酒の席はある意味で戦場なんだぞ」

 

 まるで経験したことがあるかのような物言い。

 

 

3

 

 

タシュケント「初めまして!」

 

 指定されたチェーンの居酒屋の個室、席番にも間違いはないね。

 

 明度の高い檜の内装の個室、座布団に座っていたのはペロキャンとおかっぱの髪形が似合いそうな可愛らしい女子がまず目に入る。「は、初めまして」なにやら鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしている。「あ、前に会ったな。亜斗ちゃんだっけ」朝霜が笑って会釈する。「隣の子がほら、SNSで話したターちゃんだターちゃん」

 

タシュケント「どうもターちゃんです。イタリアで生まれてソ連で育ったという設定の日本人だ、よろしくね!」嘘偽りのない自己紹介だったものの、ぽかんとした顔をされた。

 

亜斗「個性的な子なのはさておき、いつジェノっちはこんな外国の娘と……」

 

タシュケント「ちょっと困っていたところを彼に助けてもらってね」

 

亜斗「あー……ジェノっちは困っている人を放置しないからね」

 

 友人からの同志の評価も善人のようでなによりだ。

 

亜斗「えっと、朝霜ちゃんだっけ。確かあなたもそうだったんだよね」

 

朝霜「あ、あー……そうだな。そうだよ」

 

 思い出したかのようにいう。以前にそういうことがあったようだ。

 

 入口左側の席の座布団に座る。朝霜が「あの、元カノさんは」

 

亜斗「電車が遅延したせいでもう少しかかる。あのさ、いない内にいっておくけど」

 

亜斗「潔癖症気味で個性的な子だけど根は良い子なんだ。粗相したらごめんよ……」

 

朝霜「お互い様だな。タシュ……ター坊もかなり個性的なんだ……」

 

 なんかいきなり空気が重い。「いやあ、飲み会は楽しみだよ。実はあたし、君達のような女の子と飲み会するの初めてでさ、一体どんな会話をするんだろうってね」

 

亜斗「なんかもう片鱗を感じるけど、よろしくね。私は千里亜斗だよ」

 

 そこで朝霜が「ジェノってどんなやつなの?」さっそく、切り出した。二人は幼馴染という情報を手にしている。彼女の口から語られた彼の昔話はなんてことのない話に過ぎなかった。恐らく初対面なので深い話は控えているようにも思える。

 

亜斗「もしかしてジェノっちに気があるの?」

 

タシュケント「桜の相性だし、運命の赤い糸があるとすればとは思ったことある」

 

亜斗「へえー……」大して興味はなさそうな返事だ。「名前なんていうんだっけ」

 

タシュケント「タシュケント。ター坊は朝霜君が勝手につけたあだ名だよ」

 

朝霜「ほら、あれだ。ロシアにそういう都市があるだろ? そこからだよ」

 

亜斗「偶然だね。ジェノっちも父親の故郷のイタリアのジェノバって町が由来なんだ。よくジェノサイドとか痛い名前だと勘違いされちゃうけども」

 

タシュケント「へえ、それは嬉しい発見だ!」

 

亜斗「一応聞くけど……ジェノっちを宗教とかマルチの勧誘する腹じゃないよね」

 

朝霜「違うから安心しろ」

 

亜斗「失礼だけども、ジェノっちは友達なもんでね。あなたみたいな可愛い子がジェノっちに執着ってなんか裏がありそうな気がしてさあ。ジェノっちに言い寄る可愛い子は基本的にどこか腹黒い歴史があってね……」

 

「それ私のこと~?」

 

 おっとりと間延びした声で部屋を除いてきたのはあのポスターの女だ。「なんか声質が愛宕さんに似てるな」朝霜がなつかしむようにいって笑う。身体の肉付きは違うけども、声質と雰囲気は確かに似ている。

 

亜斗「久しぶりだな性悪、やっとジェノっちに振られたようだな」

 

「ああ、私の悪口で盛り上がってたんだ。別にいいけど」

 

 靴を脱ぐこと、歩き方、座り方、動作の所作に品を感じる。そういえば春川のじいさんは箸の持ち方と魚の喰い方が上手な女は良い女だといっていたのを思い出した。いかにもモテそうな感じの子だな、というのが第一印象だった。

 

「初めまして。憂ちゃんです。字は優しいじゃなくて憂鬱の憂」

 

 そういって苦笑した。

 

タシュケント「良い名前だね」

 

憂「初対面の人に名乗ってその反応は珍しい」

 

タシュケント「人偏がなくてもやさしいって読むんだよね」

 

 最初、その字はそっちで覚えていた。

 

憂「そう褒められたのジェノ君以来だ~」

 

タシュケント「そっか。やっぱり気が合いそうだ。でも、君は振られたんだろ?」

 

朝霜「さっそく胃が痛くなってきたんだが……」

 

憂「振られたね~」やあねえ、と手を振った。おばさん染みた仕草だ。「遅かれ早かれ、こうなるとは思っていたけどねえ……私、彼から好きっていってもらえたことないからねえ。まあ、それが彼の口から出た時、恐らく彼は私の好きな彼ではなくなってるし~」

 

憂「恋人を特別扱いしない彼が好きだったんから~」

 

朝霜「確かに個性的な価値観を持ってそう」

 

憂「芸能活動しているからハッキリしたけど、私、彼のファンなんだと思う」

 

 分からない気がしないでもない。多分、彼は敵を敵と思わないようにしているから、その分、味方とか特別とかそういった概念も薄いのではないだろうか、とはなんとなく思うのだ。そこが魅力と思うか欠点だと思うかはその人次第だけどね。

 

タシュケント「彼は勇者みたいな人だ」

 

憂「うーん、異世界チックな例えでいうとそれは違うかなあ。だって彼、ああいうの嫌いだもの。殺して解決してるだけじゃんって。世界を救うより、星を救わなきゃねって意外とスケール大きい発言したりする。それと彼、自分を大事にしないから」

 

憂「結婚は出来ないかなあ」

 

タシュケント・朝霜「ケッコン……」

 

 朝霜と目を合わせる。

 カッコカリを思い出すけど、この人がいっている意味は本当の意味での結婚のはずだ。ドレス来て披露宴やる感じのやつだ。

 

 ちょっとテンションあがってきたよ。

 

タシュケント「そうそうこれこれ、こういう感じの話を聞いてみたかったんだよ。同志も23歳にもなるし、そういう話と縁があってもちっとも不思議じゃないよね」

 

亜斗「そもそも憂は相手なんかもう腐るほどいるだろ。よりどりみどりだ」

 

亜斗「タシュケントちゃんもそっち側だろー。朝霜ちゃんはまだ彼氏とか早いか、うん」

 

朝霜「あたいはそんなの想像したこともねえや……」

 

タシュケント「亜斗ちゃんもたくさんいそうだよ」

 

 これはあのノリだ。可愛いね、といわれたら、あなたも可愛いね、で返す女子のあいさつみたいな感じのやつだと思ったのでそう返したのだけれども、亜斗は不服そうだ。頬をリスみたいにふくらますその小動物感も可愛いと思うのだけれど。

 

憂「彼氏さんはいるの?」

 

タシュケント「いないかな。できたこともないよ」

 

 そもそも恋愛している自分が想像しづらかった。人間を愛する心はあるし、人間に対しての好き嫌いはある。でも、恋愛感情的な好意は持ち合わせていない。そういう感情議論も鎮守府でしたっけな。少なくとも恋愛映画のような女性の感情を持った艦娘は一人も知らなかった。ラブには届かないライクなら割とある。全員、提督相手だけどね。

 

朝霜「ジェノは親御さん、いねえのか?」

 

 シャットダウンするようにいう。あからさまに話題に興味なさそうだったのと余計な方向に話がこじれるのを嫌がったからかもしれない。こういうところ、彼女は秘書の事務に向いている。朝霜がそう切り出した時、亜斗と憂の表情が露骨にくもった。

 

朝霜「父親の位牌があったからそっちは察せるけど」

 

亜斗「前に放火の被害にあったんだよ。ジェノっちの家さあ、庭が広いじゃん。前は個人経営の売店をやっていてね。よく若者が表に溜まってた。母屋のほうに燃え移ってね」どこか意を決したようにいう。「親父さんは火事の後遺症がたたって亡くなったけど、ジェノっちが介護を始めたのもそれがきっかけだったはずだよ」

 

憂「ほんと報われないよね~」ハイボールを飲みながら、ため息をつく。「放火犯はさ、当時17歳だったっけ。今はもう普通に暮らしているんだよねえ。今もまだ芸能人やってるから、私もお仕事で会ったことあるんだけどさ~、憎いけど、才能にあふれているの」

 

 芸能界はよく分からない世界だけれども、加害者が更生して生きているのはよく聞く話だ。なにかいいたそうな顔だけれども、それは同志と関係があるからなのだろう。

 

憂「当時とアイツが出てきた頃は、すごかったよねえ……」

 

亜斗「お前のファンも大概でしょ……プライベート、ストーキングされたんだろ」

 

タシュケント「ファン? 応援してくれている人のことかい?」

 

亜斗「そうそう。わざわざそいつのファンが家に押しかけて『彼を許してあげてください』っていいに来たんだよ。まあ、相手側の事務所の協力もあってそういうのなくなったけど、今度はネットで『彼は罪を償った。人生をやり直す権利がある』と」

 

 それをいえるのは第三者ではなくて同志のはずだ。愛とかそういうの綺麗だと思っていたけれど、これは醜悪なエピソードだ。そこら中にあふれていそうで怖くもある。

 

憂「あの時、ジェノ君、初めて私達の前で泣いたよね」

 

亜斗「あいつも少しは怒ればいいのにね。泣きながら、別に悪意があるわけじゃないっていって、加害者のやつに手紙を書いたんだ。あなたを赦します。どうか、自分の人生をがんばって生きてくださいってね。あなたが幸せにならないと父が死んだ意味がわからなくなるからって。マジであいつ以上に人間できてるやつを私は知らないからな……」

 

タシュケント「そっか」

 

 単純に同じ感想だった。みんな、それぞれの幸せのために生きてる。だから、敵対なんかない。対立しているだけなんだ、という彼の言葉の重みが今更ながら実感する。人間として生まれてたかが20年そこらの人生でも、壮絶な苦労はあるんだね。

 

亜斗「この話をしたのは、釘を刺す為だから」

 

憂「そうそう。私達はジェノ君のファンだから~」

 

亜斗「あなたのような可愛い子でも妙なたくらみあったらって思うとね」

 

憂「今ここでねって。あ、冗談だよ?」

 

 二人とも目が笑っていないんだよ。朝霜君がびくっとなってるじゃないか。

 

憂「でも多分、君みたいな子は眼中にないかな。私も、ジェノ君も」

 

 あれ、今の言葉には棘を感じたな。元カノによる先制攻撃みたいなこの感じも新鮮で尊い。若い女の子とのやり取りをしていると思うと、達観が先立って可愛らしいと思えてしまう自分もいた。面白そうだから、からかってみよう。

 

 

タシュケント「実は彼と同棲してるんだよね!」

 

 

 亜斗と憂が目を見開いた。動作が停止している。

 

亜斗「そ、それはさすがに嘘だね。身持ちが堅いジェノっちがまさか」

 

憂「……」

 

タシュケント「あっはっは! あたしは嘘が大嫌いなんだ!」

 

朝霜「手前、空気を修羅場の方向に向かせて楽しそうだな!」

 

タシュケント「楽しくはあるかな。だってこういうの経験したことなかったし!」

 

タシュケント「安心してくれ。彼は素晴らしい人物であることに異存はない。あたしは独り占めするのも嫌いでね、彼のような人材は共同財産であるべきだと考えるんだ」

 

亜斗「クセ強いなこの子!」

 

朝霜「悪気は全くないはずだから赤い発言は多めに見てやってくれ……」

 

 この飲み会で学んだこと。同志の過去、この二人は同志にとってかけがえのない人達であること、人間に関してちょっと隣の芝が青く見えていたことを知ったこと。

 

 そして、人間の女子会が想像していたよりもずっと怖かったってこと。

 

 いつか鎮守府のみんなともこういう会話ができる日が来るといいな。

 

 

4

 

 

ジェノ「春川のじっちゃん、いつもはすぐ寝るのに今日は珍しいね」

 

 時刻は夜の七時だ。夕食も終わり、みんなも寝間着に着替え終わり、今、最後のトイレへの誘導を終えたが、春川のじっちゃんは寝る気がなかった。フロアにあるテレビをぼうっと見ている。積もる話はあるのだが、やはり仕事は忙しく、ゆっくり喋る余裕がなかった。疲れていて、管理妖精だとかタシュケントだとか聞いても頭に入る気がしない。

 

 内線で電話がかかってくる。事務所からだ。

 

ジェノ「じっちゃん、面会ですって」

 

春川「ふうん。寒河江、まだ俺の羊羹あっただろ。くれよ」

 

ジェノ「あいよ。面会者、タシュケントと朝霜ちゃんだってさ」

 

春川「ああ、そう」

 

 大して興味なさげだ。そんなに番組が気になるのかな。よくある地方の町興しのイベントを流しているだけだ。ちょっと田舎の都市化計画の特集だ。青年か中年か迷う男性がインタビューを受けている。「投資だとか寄付だとか、金持ちはいいですね」とジェノは羊羹と茶を用意しながらいうと、春川のじいさんが「左手に手袋はめていやがる」という。

 

春川「この坊主、ここ数年で成りあがったやつだとよ」

 

 ああ、そう。手袋をしているのが珍しくない。そんなので疑っていたらキリがない。

 羊羹と茶を出した時だ。タシュケントと朝霜がやってきた。

 

タシュケント「同志、お疲れ様!」

 

ジェノ「お疲れ様。春川のじいちゃんに会いに来たんだろ?」

 

タシュケント「うーん、割とどうでもいいんだけどね」

 

 一瞥して「老いたもんだ」と笑うだけ。本当にどうでもよさそう。

 

朝霜「春川の司令、夜更かしばっかしてると死期が速くなんぞ」

 

春川「今更、気にするかよ。俺に会いに来たのなら、手土産は持ってきたか?」

 

タシュケント「うん、もちろんお察しの通り、色々とあったさ」

 

タシュケント「とにかく元気なようでよかったよ」

 

春川「良い暮らしとはいえねえけどな。唯一の楽しみの飯が不味いんだよ」

 

 そもそも解体工程に関しては、内臓型を開発した春川のじいさんが原因で解体不可となったというのに、タシュケントは意外と優しい接し方だった。長い時間を過ごせば恨みやねたみ以外の感情もあるか、と納得もできるけども。

 

「お、可愛らしい子達じゃねえか。泰造の孫か?」

 

他の利用者さんが部屋から出てくる。

 

春川「俺からこんな可愛い子らが出来るわけねえだろ」

 

「そうだな。お嬢ちゃん達、こっちおいで」

 

朝霜「あたい? まあ、いいけど」

 

タシュケント「話でも聞かせてくれるの?」

 

 タシュケント達もじいさんばあさんからしたら孫の歳にでも見えるのだろう。よく捕まって話に巻き込まれていた。よく実習生の子も捕まっているけども、十五分もすれば似たような話の内容に辟易する様子を見せているが、彼女は違った。

 

タシュケント「同志、あたしはまだ人生を語るには若すぎるのかもね」

 

 とうとつにそんなことをいい出した。

 

タシュケント「綺麗な過去ばかりじゃないけれど、思い出がありすぎるね。彼らは歴史に多くの種を撒いている。あたしはまだ彼らほど収穫できる実が人生にないや。女の身の上だけど、歩んだ歴史的に徴兵されたおじいちゃんの話のほうが分かる」

 

春川「船出した奴の身を案じる女の立場はどっちかといえば俺だったしな」

 

タシュケント「大して案じていなかったくせによくいうよ」

 

春川「だから俺はお前らと一緒にいられたんだ。お前らを見た目通りに見ちまう奴に死地に送る提督の仕事が務まるかよ。まあ、良いやつもいたんだがよ、俺が効果紋を開発してからそういう良いやつは喜んだ。これ以上ない後方支援の役目を担えたからだ」

 

ジェノ「そういえばさ、僕の効果紋なんだけど……」

 

 そういって左手の甲を見せようとすると、タシュケントにその手をつかまれる。

 

タシュケント「口外しない保証がない。少しボケているみたいだし」

 

ジェノ「厳しいね……」

 

タシュケント「というより君は自覚が足りないかなあ。この力がバレた時、君は要らぬ争いに巻き込まれてしまう。それほど凶悪な効果紋だということを自覚しよう。人間は20%の倍率だけで、致命傷を負うかよわい生き物だ。もはや君の力はデスの効果に近い」

 

春川「間抜けなところも健在だな。桜紋かよ?」

 

 タシュケントは口を一文字に引き結ぶ。

 

春川「お前は本当に間抜けだな。朝霜のほうがずる賢くて利口だ」

 

ジェノ「そうは見えないけど」

 

春川「駆逐は遣いどころがあるだけでやっぱり戦闘ステータスは他に比べると弱えし、お姉さん方に頼れるような状況でもなかったから、生き残る為に頭をブン回し始めんだ。見た目通りの連中だと思ったら一杯喰わされる」

 

タシュケント「あなたはどこまで知ってる」

 

春川「真実を知ってたはずなんだが、頭がボケちまってところどころ思い出せねえんだな。これは嘘じゃねえから安心しろよ。他の顔も会っても分からないほど忘れてた」

 

春川「タシュケント、取引しねえか」

 

春川「それ使って俺を若返らせてくれねえかな。老いた身だが」

 

春川「若さを取り戻した俺ならその設計図を量産できるかもしれねえよ」

 

タシュケント「なるほど、確かにボケちゃってるね」

 

 タシュケントは春川のじいさんの席に近づき、首筋に小指を押し当てた。

 

 空色で判別しづらいが、刃物のように見える。

 

タシュケント「効果紋の開発過程と後期型を開発する為に拷問に等しい人体実験の内容、覚えているね。それを赦しているのは結果はともかくあなたが戦いに貢献し、深海棲艦との争いが勝利で終わるという夢を見させてくれた恩義であり」

 

タシュケント「始末しないのは老いて隠居したあなたへの慈悲の心のみ」

 

タシュケント「もう一度いう。あなたはもう首を突っ込まないで」

 

 タシュケントは刃物をスプーンの形に変えて切り離すと、持ち手を差し出した。

 

タシュケント「遅れたけど、退役おめでとう」

 

タシュケント「あたしからの餞別だ」

 

 春川のじいさんはそれを受け取って羊羮に手をつけ始める。

 

春川「歳を取ると、仕方がなかったとしても悪かったなと思うんだよ」

 

春川「お前を創っちまったことが、俺の弱さだったんだと思う」

 

タシュケント「唯一、成功したあたしはあなたの夢の権化だ」

 

タシュケント「でも、届かなったね」

 

タシュケント「あなたとあたしでは届かなかった。後のことはあたしとあたしの相棒が引き継ぐから、ここで大量生産大量消費の飯を楽しみにして」

 

タシュケント「地獄に堕ちるのをせめて笑って待ちなよ」

 

 じゃあね、と彼女は苦笑いを浮かべ、手を振った。以前に見た笑顔とは違って、声にも表情にも感情の色合いが塗られた笑みだった。

 

 面会の時間が終わるとタシュケントは帰った。仕事を続ける。

 

 みなが寝静まった時だ。

 

 春川のじいさんが「ほらよ」とバッグを持ってきた。「今なら俺の話を信じるだろ。ここに入った時から書き詰めた情報一式だ」ありがたく受け取るとした。今日は静かな夜で、もう仕事は終わったも同然なのでノートを読んだ。

 

 エンチャント・ドラゴンから抜いた知識は艦娘と深海棲艦と向こうの世界の歴史、他の管理妖精の歴史と、生態だ。それ以外の知識を補完できる内容だった。前にシェアの力で視えた記憶からして本当に炉の解明にしか興味がなかったのか、そこの知識のことばかりだ。

 

春川「お、やっぱりか。確定だ」

 

 テレビに向かっていう。先ほどの若き富豪と市長が組んで都市化計画を推進している特集の続きだった。一人の外国の女の子が横顔だが、映っていた。

 

朝霜「この巻き毛、確かイギリスのジェーナスじゃ……」

 

タシュケント「あー、溶鉱炉内臓後期型の失敗作の子だね」

 

春川「このガキは使えるぞ。こいつで烙印できるのは『運値』のバフだ」

 

 ほう、ラッキーのバフか。

 なるほど、この若い投資家さんが最近ちょくちょくメディア露出することになったきっかけは効果紋による恩恵か。日常に影響する幸運のバフなら成り上がることもできそうだ。

 

朝霜「幸せにしているのならわざわざちょっかいかけるまでもねえけどな」

 

ジェノ「ちらっと映った彼女、なんか陰鬱そうだったけど、そういう子なの?」

 

朝霜「いや、明るいやつだったとは思うよ。色々あるんだろ」

 

タシュケント「イギリスのみんなにまた会える手段を教えに声をかけに行ってみよう」

 

タシュケント「建造主ガチャ、外したっぽいしね」

 

ジェノ「そうは思えないけど」

 

 建造主と思われるこの男性のアルヴィン・フォーカスっていう人は悪い噂は聞かないし、少なくともタシュケントと朝霜を囲って食べるだけで精一杯の建造主よりはゆとりのある暮らしを送れているのではないだろうか。

 

「私を知っている艦娘がいたら、ちょっと会いに来て!」

 

 生インタビューの時にいうなよ。司会者に上手く流せてもらえたけども。

 

 なんだか面倒な問題は抱えていそうだけども、エンチャント・ドラゴンから抜いた知識ではあの子は確か後期型として失敗した挙句、鉄片にある深海のデータが表面化したとあった。

 つまり艦娘でありながら、展開するのは深海艤装である。

 

 失敗作たるゆえんは、運値がマイナス突破した不運な子だから。

 

 

 



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☘ー2話 Janus

「諸君、長引けば人類ともども我々の負けだ」

 

 出撃前のアドミラルの言葉を思い出す。

 

 もうずっと通信に応答はなく、今はもうきっと死んでる。

 

 深海棲艦は進化する人間の技術に年々数の有利をひっくり返されており、生存グラフは斜め下降が止まらない。敗北の調和の準備に入っていたのも空しくほとんどの深海棲艦は「死ぬまで戦えばよくね」という能天気な考えだった。

 

「せめて最後に」だなんて戦いが繰り広げられている戦況下、私が所属する生き残りの残党が先日の嵐で遭難した客船を沈めた時のことだ。一隻の深海棲艦がこういった。

 

欧州水姫「艦娘とは戦う理由はあっても人間に恨みもない。前に立つなら排除する。憎悪の塊といえども、我々の本質は妖精の無邪気と同じだ。文明を積み上げる人間を艦娘が守護し、我々が破壊する。これ自体がシステムだ。我々と同盟を結ぶということはだな」

 

 相手が強くて勝てません。降伏しましょう。その理由が通用しないので、深海棲艦と戦っていた時期もあったが、彼らの殺しに政治的意味合いも思想的動機もない。9割方、楽しい、とか、気に喰わない、という単純明快な動機が多かった。

 

 もっとも、効果紋の登場によって深海棲艦はどれだけ群れをなそうと無力な烏合の週に成り下がった。耐久数値500超えですら駆逐の昼の一撃で大破する時代だ。深海棲艦を殲滅することなぞ、もう消化試合のようなものだったが――

 

 管理妖精の登場が世界を変えた。

 

 船は領海を犯した客船だ。大冒険にでも目覚めたのか、国際法なぞどこ吹く風でただ戦火の外を目指して逃げている。どこへ逃げても無駄だが。

 

 赤黒く染まった海、まだ数名の人間が救命ボートに浮いている。襲った敵は景色を覆い隠すほどの強大なドラゴンで、実物の空母や戦艦が可愛く見えるサイズだ。あれ一匹で中国が地図上に存在するだけの国家になった。科学兵器も通用しないどころか、艦娘と深海棲艦がどれだけの数をなそうともその艤装では損傷を与えられず。

 

 窮鼠猫噛む希望も差さず、逃げ惑う人々と海に出て確定した死を待つだけの私。

 

 その大翼を広げただけで発生する風圧で転覆しないようにするだけでも骨が折れる。救命ボートは当然、ひっくり返った。あの【Enchant・Doragon】は放置しといても、勝手に人間を絶滅させるだろう。もはや人間の社会は崩壊しており、その脆弱な手足では獣すら狩れまい。皮肉なことに現状は原始的な生活をしている深海棲艦のほうが生きる力があるといえよう。

 

欧州水姫「おいチビ、どうせもう負けるし、人類は滅ぶが」

 

 口数多いわね。びびってんのかしら。

 

欧州水姫「確かに人は賢い。だからなにか大逆転劇が起きるのかもしれない。タイムアップなんだ。妖精は人間の欠陥部分を突いてきてる」西洋甲冑に身を包んだ彼女の表情は見えないが、その投げやりな声に表情が籠もっている。「人間が賢くなるまでに何十年という時間が必要であるということだ。これは」

 

ジェーナス「死ぬな、という命令もあるし。あの船が十キロ離れるまで止めればいいだけよ。そういうことで特に作戦はない。囮でもなんでもして時間を稼げばいいのよ」

 

 四方八方が炎上している海を仰ぐ。炎の性質を無視して、海を燃やし、陸の泥や砂、岩にさえ燃え広がる。海水を浴びせても、消えやしない。燃え移ったが最期、塵芥になるまで鎮火することはない。世界が灰になるのも時間の問題だ。

 

 正直、30分も持てば新記録ではある。

 

 護衛対象の船は一分も経たずに沈められた。

 

 これもまた新記録だ。

 

 

2

 

 

 炎上した救命ボートから、ナニカが飛んだ。海面下に沈む前に拾い上げた。甲高い泣き声をあげる赤ん坊だった。すぐに状況は把握した。炎が燃え移らないよう、ボートから投げたのだ。人間の集団、その中の年上の中年の男が「近づくな」と威嚇した。死ぬまで消えない弱火に包まれても、まだ生に執着がある瞳だった。

 

 この子を、助けて。この子だけは。

 

 懇願するようにいった。

 

ジェーナス「分かったわ」

 

 赤ん坊を胸に抱いた。確かな命の鼓動が胸を通して聞こえる。初めて触れた人の初期携帯は儚くとも、確かに温かい。赤ん坊はひどく泣き始める。

 

ジェーナス「ごめんね、私の体は冷たいよね」

 

 体温はあっても、この冬の時期、海水を浴び続けるこの身体は冷えている。

 

ジェーナス「すぐに温かい場所に連れてゆくから、少しだけ我慢してね」

 

 あの妖精は人間を主なターゲットにする。兵装を放棄して投降しようか、という選択が頭をよぎった。これは下策だ。そもそも私が死ぬな、と命を受けている。しかし、この赤ん坊を抱えたまま戦うのも無理だ。旋回して陸を目指した。

 

 陸地への距離をグングンと詰め、後方に控えるその艦隊構成が肉眼で捉えられた。気の知れた相手に通信を飛ばした。

 

ジェーナス「ねえジャヴィ、聞いて!」

 

ジャーヴィス《知ってるし、分かった!》

 

 一つ返事で独断行動を始める。

 

ジャーヴィス《あたしと欧州水姫でがんばるから生き残りの子を陸地まで!》

 

ジャーヴィス《どうせ耐久値がゼロになったところで資材化して、それを溶鉱炉に放り投げて建造すれば復活するから気にしないでね! こんな死地、深海棲艦と戦っていた頃から、何度も立たされたし、気にせず後ろは振り向かず真っすぐ!》

 

 すでにこの辺りが炎と鉄くずだらけにする導火線に点火されている。進路は広いほうへと位置取ってまだまだ粛々と進撃中だ。砲撃の衝撃で胸に抱いた赤ん坊が損傷するから滞空射撃はできず、無論、この身に砲撃を食らった時点でアウトだろう。

 

アークロイヤル《持ち場に戻れ》

 

ジェーナス・ジャーヴィス《イヤ!》

 

 陣形を変えて動いた水雷戦隊の魚雷を通り抜け、射撃から庇うように身を丸めて赤ん坊を鉄くずから守る。砲撃の音が途切れ、熱い空気が灰を焼く。損傷という程でもない。胸に抱えた赤ん坊を確認する。まだ元気におぎゃあおぎゃあと泣いている。

 

 視界に映る空を一瞬で炎が覆った。

 

 飛行していた艦載機は一瞬で灰燼と帰し、海へ墜落する前に消滅している。

 

ジェーナス「あっち……!」

 

 陸はもう見えている。ここまで来れば迂回してそのままあの砂浜まで辿りつけそうだ。

 

 しかし、新たに発艦された艦載機が航行を邪魔する。あの妙な航空軌道とパイロットの熟練度と反応速度と対処の速さからして旗艦の独断行動か。この手の甘さは間違いない。

 

アークロイヤル「ジェーナス、戻れ」

 

アークロイヤル「――既に息絶えている」

 

ジェーナス「だからなによ! 死んだ命を救助しようとするのが珍しいの!?」

 

 アークが眉を潜めた。守ろうとして、強く抱きしめ過ぎた。胸に抱えた赤ん坊はそういう損傷だった。人間はもともと柔く、弱い。産まれた時はもっと柔らかく、弱い。赤ん坊を届けることが請け負った任務だ、死んだら屁理屈となり下がるのだろうが、海に沈むよりは立てた墓で眠ったほうがまだ救いはあるはずだ。

 

ジェーナス「海には捨てない! そこをどいてよ!」

 

アークロイヤル「……ええ」

 

 さすがに死を覚悟したが、艦載機は遠くの空へと飛んでゆく。アークはいった。「今回だけは命令違反を見逃す」らしくない余裕の甘ちゃん判断をした。連合艦隊総旗艦の判断としてはどうなのか。アークが慕われる理由を垣間見た気がする。

 

アークロイヤル「最期くらいはね」

 

 その時、初めてアークの砕けた口調と、子供のわがままに困ったような顔をする表情を観た。

 

 火の玉――具体的には火炎に包まれた解体用のサイズの鉄球が上半身を砕いた。即死損傷かはともかく、その炎は艤装を容赦なく溶かすほどの高温だ。

 

 前も後ろもすでに火の海だ。この身にも炎がまとわりつく。炎のくせにねばねばとしている。熱を抱いた反射として、抱いた小さな命が手から落とし、海に落ちる。

 

 引き上げようとしても、手は赤ん坊に届かない。

 

 一瞬、意識が吹き飛んだ。首が待ったが、首の切断口から漏れ出る空色のスライムが、胴体と繋がっている。すぐに再生する。液体がゴムのように伸縮し、首が胴体まで戻り、すぐにひっつく。後方にはドラゴンが大口を開けて、炎弾を飛ばそうとしている。

 

 強い風が吹いた。陸地の上に見える丘が弾けた。ドラゴンではない。だって、別の咆哮を向いているもの。頭にある情報を整理するに、クジラの化物の管理妖精だろう。ふざけた射程距離を誇るあの管理妖精のバフをかけた一撃は、国境を超えて届く破壊だ。

 

ジェーナス《ねえ、ジャヴィ……》

 

 返事はない。姿も肉眼で捉えられない。すぐに意味は理解した。

 

 仲間も救おうとした命も手放し、自分だけをもって陸地にあがる。足をつくと、顔から砂地に倒れ込む。

 

ジェーナス《なんで――》

 

 普段、運がすこぶる悪い私が生き残っちゃったのは、やっぱり運が悪いから?

 

ジェーナス《……》

 

 抗うことすらできないただの無機物のような存在だ。初めて人の形をして産まれてきた時から、深海棲艦との戦いの先にあった描いてきた明るい未来も、尽くしてきた祖国も、ただ成す術もなく力の前に蹂躙されるのみだ。

 

ジェーナス《だ、誰か――》

 

ジェーナス《助けてよお!》

 

 そう泣きじゃくる私に容赦なく無情の慈悲は降ってくるものの、直接的な被弾は燃え上がる。炎の流星が数秒、降り注ぐと、燃えないはずの物質たちに着火し、景色にゆっくりと燃え広がってゆく。頭を抱えてうずくまる私に彼女の声が振ってくる。

 

欧州水姫「ジェーナスのほうか。お前、髪が水に濡れてストレートになると、ジャーヴィスと見分けがつかなくなるんだよな。ところで」

 

欧州水姫「立てよ。なんだよ、その弱者の恰好――」

 

 身体が持ち上がる。鉄の小手の手も削げ落ちて、エンチャントの炎が体にまとわりついている。冷たく燃えた瞳が斜め上にある。

 

欧州水姫「今は撤退でもない。ここで敗けることこそ本当の敗北だから、屍が積み上げられてるんだろうが。怖じ気づいてそんな亀のような姿勢で最期を迎えるのか」

 

 深海棲艦である彼女は相変わらずの絶望下でもその瞳に冷たい炎を灯らせている。彼女達は劣勢下でもいつもこうだ。沈むまで戦うのを止めない。撤退の二文字はない。そういう暴力の化身だ。ただ彼女の声音を聞くと、憎悪だけで戦っているようには思えない。

 

ジェーナス「だからなんだっていうのよ! 力が全てだなんて考えているあなた達になにも守れやしないわよ! 手も足も出ない今の状況、あなた達が全否定されているわ!」

 

欧州水姫「私の力が足りず弱いからだ。そもそも私達の問題なんて強さがあればすべて解決した問題のはずだ。生まれた方式で差別されて与えられた準人権も、強制された兵役も、深海棲艦を全て叩き潰すほどの力を誇示できれば解決できたはずだ」

 

 なによ、その考えは。暴力なんて歴史を見ても遺恨を残すだけじゃない。確かに深海棲艦を滅ぼし切れたのなら、思い描く未来は近づいたのだろう。そういう意味では彼女のいっていることは一理ある。一度、完全に沈んだ深海棲艦ゆえの思いの底の言葉だ。

 

欧州水姫「ウォースもアークも力が最も必要だと分かっていながら余裕こいて徳だの品だの、手に入れてもいない未来の為に脇道に逸れた」

 

欧州水姫「それが私との別れ道だった」

 

欧州水姫「あいつらも今頃、海の底で思い知っているだろうよ。もう再建造もできない鉄屑のままで」

 

ジェーナス「止めてよ、その醜悪な姿で――」

 

ジェーナス「ネルソンさんみたいに私を叱らないで!」

 

欧州水姫「混合した私は今更、余は、とかいえねえけど、今この場でも管理妖精をぶっ潰せるほど強ければ、そんな思いが今のお前にもあるはずだろ。深海棲艦は――」

 

欧州水姫「お前らが諦めちまった夢の権化なんだよ。私達が間違っていて、お前らの道が正しかった。そうならそれが良い。死ぬまで認めないだろうが、白黒はっきりつけられたのなら私達も満足といえよう。尻軽になってまたそっち側に行くのかもな」

 

 そこで胸倉を離され、

 

欧州水姫「うずくまってないで撤退しろ。そこから先は知らん」

 

 いわれなくとも。前を見据えて海とは逆方向に駆けだした。すでに景色はエンチャントの炎があちこちに燃え広がっていて、時折、遠くの海からクジラが撃ったのであろう砲撃が景色を明け透けにしてゆく。人のいる場所に入ると、そこはもう阿鼻叫喚だ。

 

ジェーナス「良かった。まだ人がいた。あの、私をたす、」

 

 そこで、私は気づいた。

 

 人々が私を見る目が、痛いほど「助かるかもしれない」という希望に彩られていくことに、だ。赤ん坊を抱えた母親が、子の手を握り締めている父親が、友を励ます少年達のコミュニティが私を見る目は一筋の光に縋るような、そんな表情だった。

 

 ああ、思い出した。正義の味方を求める私こそが、正義の味方だった。

 

ジェーナス「……」ジャヴィならここでなんというかしら。多分、泣かないわね。不意にそんなことを思った。「うん、うん……」頭の中で友達と会話を交わして何度も頷く。

 

 最後に気合を入れて、弱虫を押し殺そうと、覚悟の言葉を紡ぐ。

 

ジェーナス「うん、私は」

 

 溢れだす涙を隠しもせず、勇気と希望の号令を自身に下す。

 

ジェーナス「私は、ここで死のう!」

 

 安全地帯などもはやなかった。民間人が生き残る手段は唯一つ、管理妖精をこの地から遠ざけることだろう。

 

ジェーナス「ここで、待っていてください!」

 

 燃えた森林を走り抜け、空を飛ぶ標的の近くに移動する。

 

 延命したところで希望も夢もないかもしれない。今までのことを考えれば、人間が激減している今のほうがない、と断言できる状態だ。考えるだけ、また絶望に苛まれるだけだろう、と無言で行動に移した。陸地では人の体のばねを使えば、主砲だって対空砲の角度で撃てる。内臓型の艤装を展開し、小口径の主砲を空に向かって構えた。

 

 奇跡が、起きた。

 

 気を引ければいい、と思って放った砲弾が、竜の管理妖精に当たった。損傷にすらならない豆鉄砲のような威力の一撃で、こちらを見たのだ。運が良い。まるでジャヴィが助けてくれているようだ。

 

 竜は空からこちらを観て、旋回する。

 

 避難民が集まっている場所へと羽ばたいた。こちらにはお構いなしで、人間を探しているのだろう。彼等にとっては私達を狙うという行為は羽虫を払う程度の所作に過ぎなかったのだ。羽虫にかまって獲物を逃がすほど、彼等は間抜けではなかった。

 

 すぐに、走って避難所へ戻る。

 

 目標を捕捉したのであろう竜が攻撃動作に移っていた時から、その光景は予想できてはいた。全てが炎に焼かれた阿鼻叫喚の地獄絵図、もはや手の施しようがない惨劇だった。

 

ジェーナス「どうか……!」

 

 近くで倒れた人に歩み寄り、延焼の炎が燃え移ることにも気にかけず、その手を握る。壊さないように優しく、しかし温もりが伝わるように、強くその手を握り締める。

 

ジェーナス「どうか少しでも、安らかに逝けますように……!」

 

 彼の手に力がこもらなくなった時、この身にも熱を感じた。消すことのできない炎に包まれてゆく。「う、ああ……熱いわ……息が、出来なくて、苦しいの」愛した祖国と、思い描いた未来ともども、塵芥と変わってゆく。

 

 二度目の生は救いがあると思った。無機物時代を回顧し、同じ境遇の仲間がたくさんいて。深海棲艦と激闘を繰り広げながらも必死で蜘蛛の糸を手繰り寄せていた。

 切れる以前の問題だった。どこにも繋がってなかった。

 

 誰か助けて。

 

 

 

 



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☘ー3話

 ツイていない。四つ葉のクローバー探すために三つ葉のクローバーを踏んでしまったこともなんだか気が滅入る。日向ぼっこの最中、土砂降りの通り雨が降ったせいだ。

 

 庭師が手入れしている庭を進み、玄関をノックする。木製の扉に取っ手みたいなものがついていて、それを叩くことがインターホン代わりだ。自分の家なので、ノックする必要はないのではあるが、それを認めていない為の些細な他人行儀の抵抗である。

 

 明らかに高級そうな海外のレンガ造りの暖炉の中で火が燃えている。カーペットも両足で踏むと、トランポリンを踏んだみたいな弾力がある。サイドボードにある食器もデザインが凝ったものばかりで、ワイン棚まである。妙に長い机に案内されて、椅子に座る。

 

アルヴィン「片付けておきましたよ」

 

 満面の笑みを浮かべて、長身の男が姿を現した。整った顔のパーツと、掘りが深く渋味のある顔にロン毛だ。西欧の典型的なイケメンといった感じだ。

 

アルヴィン「なにをお飲みになりますか?」

 

 キッチンに立った。窓から差し込んでくる日差しも相まって絵になっている。「お茶、毒抜き」私はそう失礼をいいながら、全く警戒心を隠さない。お茶を用意する左手の甲には『BUFF・Lucky』とある。

 

ジェーナス「見張りの使用人がいるじゃない」

 

アルヴィン「真心を込めて家主自身がもてなすほうが日本人の方に誠意が伝わります」

 

 いかにも日本式の和心ね。

 

 湯を沸かして急須で注ぐのではなく、コーヒードリップのような機械で直に茶葉を煎れている。アルヴィンは「緑茶は奥が深い飲み物です。私が気に入った緑茶専門店がありまして、そこの店主から教えてもらったんです。申し訳ないことに私の腕は二流ですが」

 

 住む世界が違い過ぎるし、見える景色がオシャレすぎて緊張する。総資産6千億といわれる大富豪が私の建造主である。最も、私を建造して得た効果紋での成金だ。差し出された緑茶は今まで飲んだ茶の中で一番おいしい。二流の腕とか謙遜にしか聞こえない。

 

アルヴィン「紅茶じゃなくて良かったんですか?」

 

 日本ではイギリス人は紅茶ばっか飲んでるイメージなのかしら。「英国の茶への執念は凄まじいですよね。清と戦争するくらいだ」くだらない。世界的に紅茶はコーヒーには勝てないのよ。お茶は論外ね。お茶もコーヒーも嫌いだけど、こいつが淹れたものを不味く飲めるのならなんだって良かった。アルヴィンが対面の席に座ると、

 

アルヴィン「どうしてあんな馬鹿な真似をしたんだい。現実の書き換え処理はこの戦いの参加者には適用されない。君の居場所が世界に伝わった。巻き込まれてしまうかも」

 

ジェーナス「あなたのいうことが本当なら、問題ないはずじゃない」

 

ジェーナス「私達のことを最優先に考えてくれる人はいないんでしょ」

 

アルヴィン「考えの足らない人間は必ずいる」

 

 バカ、と直接的な言葉をいわなくなったのはメディアの露出が増えてからだ。一時期、言葉を選ばずに得た地位や権力、富を見せびらかし、叩かれていた。私はこの手の人間が嫌いだった。単純にこういったら傷つく人がいる、ということが分からないから。

 

アルヴィン「私達の世界は決して余裕があるとはいえない」

 

アルヴィン「この力を利用すれば世直しだってできる。まともな人間ならば共存共栄の道を選ぶはずだ。まだ君達の力は僕らにとって未知の塊、宇宙の神秘のようなものだよ。下手すればこの世界が君達の世界のように終焉を迎えてしまう。理解してくれ」

 

ジェーナス「もう一年よ……? もう十分、欲しい物は得たでしょう?」

 

ジェーナス「早くジャヴィを返して」

 

アルヴィン「約束は必ず守る。私は君との約束は全て守ってきたはずだ」

 

 その約束は、10億でジャーヴィスの鉄片を買う、という契約内容だった。それを撒き餌とされ、私はアルヴィンの報酬つきの指示に従う。今、貯めたお金は6億だ。私にしか出来ない仕事への報酬は割に会っている。ただその金額はそれでも一年以上、かかる。

 

ジェーナス「何度目の質問か忘れたけど、本当に約束を守る気はあるのかしら」

 

アルヴィン「もちろん。何度もいうようで悪いけれど、私達にそれほど信頼関係はないだろう。その管理妖精には慎重に当たるべきだし、誰かが人間改装設計図を手に入れてから入手したほうがリスクは少ない。今、建造しても醜悪な戦いに巻き込むだけだと思う」

 

 その通りではあるけど、アルヴィンの言葉が本音ではないことも頭では分かっている。その左手に烙印された効果紋を失うリスクを負いたくないのだ。私が死すればその効果紋が消えてしまう。アルヴィンは幸運のバフによって支えられており、得たモノ全てが自身の血肉として基盤を形成するまではなんとしてでも、という思いがあるはずだ。

 

アルヴィン「上手く行く。私と君は世界一の幸運があるんだから」

 

アルヴィン「さて、今日の仕事の話をしようか」

 

2

 

 アルヴィン・フォーカス。

 

 父親が英国人、母親が日本人のハーフだ。名前こそ外国人ではあるものの、国籍的には日本人である。両親はすでに他界しており、18歳の頃に病気で死んだ父の後を追うように母も逝ってしまったようだ。彼が持ち物にこだわる理由はもともと貧乏だったから。

 

 裕福であり、人より上の位置を取ることに並々ならぬ執念があった。

 

 必死で勉強して、良い大学へ入り、大きな会社に入った。そんな日々の中、『REI』の組織に誘われたそうだ。私の建造主となったのはそこからだ。最初はうさんくさい思想団体としか認識していなかったものの、効果紋はホンモノ、彼は莫大な私の購入費を支払うため、会社を辞めて独立を始めた。そこからは欲望のスパイラルである。

 

ジェーナス「夢見た陸の暮らしも、ファンタジーだったのかもね」

 

 そうつぶやいた。

 今日の仕事はボランティアへの参加だった。ここ三か月でよくある仕事内容だ。最初は本当に荒事だった。献金の運び屋、人間への脅迫活動までやらされていた。現実書き換え能力を利用すれば簡単な仕事デはあるけどね。

 

 アルヴィンは悪さに手を染めるが、下手は打たず、賢くはある。

 実に滑稽である。この世界には生きる力はあるのに、生きる資格がなさそうな人間が多い。「生きる資格って何様よ、私」と唾棄して、目の前のコミュニティをじいっと見つめる。

 

 ペットの火葬場の土地を借りて行われている犬猫の動物ボランティア団体だ。名前はワンコとニャンコの泰平の会32支部である。今日も寒空の下、元気に動物好きの連中が駄弁りながら動物の話をしている。アルヴィンがこの団体に入れ込むのは裏がある。

 

 現市長および二世代前の泰平党という与党から排出された総理大臣が所属していた団体で、今でも政治家と繋がりがあり、アルヴィンはこの活動に必要な資金をこっそりと寄付している。もちろんメディアに露呈しても後ろに手は回らないクリーンな方法だ。

 

 アルヴィンは有名人だからこそ、株の上げ方をよく知っている。それは自らの善行を吹聴しないことだ。こっそりとむしろ隠して活動をするのだ。善行を笠に着ないほうが、イメージは良い。私はそのイメージを崩さないようにこの団体のスパイ役みたいなものだ。

 

 ボランティアをやる人は良い人というイメージがあるのは、やっぱり表面上の物事しか見ていないんだな、と私は思った。行き場のない犬猫を保護する。実際、人当たりが良く親切な人も多い。第一印象の話ね。

 

「ジェーナスちゃん」と満面の笑みを浮かべた50過ぎの男性が喋りかけてきた。「今日も可愛いね」甘くとろけるような顔だ。

 

ジェーナス「ど、どうも」この人はいまだに慣れない。

 噂に寄ればストライクゾーンは男女問わず10から17まで。マイクを握らせれば子供向けのアニソンしか出てこず、少女を車に乗せようとしたこともあるという自他ともに認める危ない人である。

 

「ちょっと、あんたはジェーナスちゃんに喋りかけちゃダメでしょ」

 

 今度は50過ぎの中年女性である。柔らかく人当たりの良い笑顔を浮かべている。この人が団体の長であり、今まで保護した犬猫は三桁クラスである。「おはようマダム、旦那さんとまだ別居中なのかしら」「仲良いから安心してね」と苦笑いする。

 

 保護した犬猫を世話をしきれず、家庭崩壊、夫が家を出て行った。この人の恐ろしいところはその別居した夫の家にまで猫を運び始めたことである動物を慈しむ気持ちは素晴らしいけれど、自分の許容量を超えてまで世話する人が多すぎる。

 

 アルヴィンがこの団体に入れ込む絶対的な理由は特にない。

 

 ただアルヴィンは賢い。有名人はメディアからのスッパ抜きを恐れるもので、実際に記者も何人か顔を出している。アルヴィンは単純にボランティア団体に属し、たまに活動をしているだけだ。それがイメージに貢献する。

 

 リスクを背負ってリターンがない。そこにも価値を見出しているのだ。

 

 今日は犬と猫の泣き声が騒々しい。組み立て式の椅子を倉庫から運んで、一匹の犬の横に座った。馬太郎君という太り過ぎた柴犬の保護犬だ。譲渡会の参加者から声をかけられた。

 

「秋田犬の子かな?」

 

ジェーナス「違います。太っているだけの子で……」

 

 顔をあげると、白髪の老人が笑顔を浮かべて立っている。元官僚の戸間泰平だった。今は政界を引退して優雅に老後の暮らしを満喫していることもあり、政治家として再起した理由のあるこのわんこにゃんこの泰平の会に時々、顔を出す。

 

戸間「見つかったかな?」

 

ジェーナス「ええと」

 

 そしてこの人は私達の内情を知る一般人である。見つかったかな、という質問の意味は私の相棒となる子を見繕ってくれたかな、という意味だった。アルヴィンの持つジャーヴィスの鉄片を欲しがっている。ただアルヴィンいわく、私以外に金で売るつもりはないとのことだ。

 

 アルヴィンと戸間が欲しいのは兵士でも効果紋でもなく、向こうの世界だ。こちらの世界にとって先住民のいない向こうの世界に興味を示している。死んでいるとはいえ広大で資源もまだある。下手すれば戦争案件だ。どんな絵を描いているかは私も知らない。

 

戸間「ではこの子を引き取らせて頂けないかな?」

 

 馬太郎を指さす。犬なのに馬みたいな顔をしている馬太郎は大きなあくびをかます。特に深い意味の言葉は頭に入っている辞典にはなかった。その言葉の意味そのままだろう。この子を保護しているのは三田さんを呼んだ。

 

 三田は戸間と話を始める。

 

 馬太郎にしゃべりかける。「良かったわね。あなた、裕福な家の子になれるわ」檻に飾ってある写真は飼い主が保健所に連れていこうとした時の写真だ。全力でブレーキをかけて嫌がる馬太郎を飼い主が力づくで引っ張っている。

 

「いいな」と私の口から無意識にぽつりと漏れ出た。今の私の主人も裕福なのに、なんでだろう、と考える。しばらく考えて単純にこの子に飼い主が見つかって良かった、と思う心であることが分かった。

 

 三田と戸間の話がまとまったらしく、声をかけられた。

 

 譲渡のお手伝いを頼まれた。今日の夜に三田さんの家に引き取りに赴くとのことだ。

 

 相手は長い付き合いがあり、裕福な有名人でもある。

 審査は必要なかったので即決だった。

 

 

 



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☘ー4話

 お手伝いに出向いた三田の住む家は汚い平屋だった。保護した犬猫が家の中で自由に過ごしている。「あ! あー、クソが!」二階からそんな声が聞こえてくる。例の三田の息子だろう。頭がイカれているという噂は本当なのかしらね。

 

 これは長の責任問題である。もしもあの噂が本当なら三田には悪いけど、少し痛い目に遭ってもらわなきゃね。

 

キッチンのゴミ袋の中から一際の異臭がする。

 

 動物の不審死は眉唾ものの話すぎて真偽を確かめずにいたけれどらで、

 

ジェーナス「あの話は、本当なの……?」

 

 袋を開ける。そこには犬猫の死体があった。

 まず死に方がおかしい。まるで油で揚げたかのようなひどい火傷跡の子もいれば、ばっさりと切り裂かれている傷もある。息子が狂っていて、犬猫に暴力を振るうという話は本当だったのか。吐き気とめまいがする。

 

ジェーナス「全部、犬猫をあなたの家から持ってくわ。そもそもあなた私生活がこの様なのに、よく動物を保護しようと思ったものね。無責任な飼い主よりも性質悪いわ!」

 

三田「でも俺にとってボラは生き甲斐だ。居場所なんだ」

 

 そのゴミ袋を庭の焼却炉に放り投げる。

 

三田「そもそも俺がロリ&ショタコンだなんて心外だ。息子があんな風だから、普通の子供達がとても愛おしく見えるんだ。一時期、俺は息子のせいでなにもかも失った。俺だって息子の為にがんばってた。だけど、アイツは家の中に居てもらわなきゃ人、殺すよ」

 

 人、殺すよ。そこだけ声が氷柱のように鋭く詰めたかった。嘘ではないと、この惨状が物語っている。

 

三田「俺が死のうかと思ってた時、一匹の犬とご縁があった。心の支えになったんだ。僕も不幸な彼等の為になにかできることがないか、と考えた。同じような考えを持った人達がいる。金なんか要らないよ。この子達は残念だっだけど、保健所で死ぬより、こんな僕が預かっていたほうが、幸せな未来を手に入れる可能性は高かったんじゃないか?」

 

 そういって馬太郎を指さした。

 

 ――俺と出会うまで、死ぬだけの未来だったんだから。

 

 死ぬだけの未来。その言葉が強く心に突き刺さる。三田の言い分が心に届いてしまう。どうせ死ぬはずだっただけの未来に、希望を与えてあげられていただけマシじゃないか。わらにも縋りたかった終末期の記憶が、その主張に説得力を付与する。

 

ジェーナス「息子に会わせて。私があなたの代わりに叱ってあげるわよ!」

 

 二階に突撃する。ノックしても奇声が返ってくるだけだ。鍵のかかっている扉を蹴とばした。部屋の中は畳の上の布団、ちゃぶ台の上にデスクトップ型のPCと、モデルガンが散らばっている。ソ連の狙撃手のスコープをつけて、モデルガンを整備していた。

 

「越境者だ。射殺しろ!」

 

 唐突にそんなことをいってモデルガンを向けられた。電動式のマシンガンの礫がこの身に襲ってくる。一つが目に当たり、私はうずくまった。「よし」といつの間にか青年が私の上に覆いかぶさっていた。焦点の合っていない瞳に怖気を感じた。

 

「女か。覚悟のうえだろうな」

 

 身の危険を感じて、とっさに手が出た。青年は吹き飛び、壁に激突した。力加減を間違えたけども、脱兎のごとく逃げ出した。「あ、もう少しでお友達にはなれたかい?」玄関先にいた三田が極上の笑みを浮かべている。「あいつ、関係を持った彼女にだけは優しいんだ」息子どもども狂っている。冗談じゃない。

 

 兵士の頃は人間の、隣の芝生が青く見えていただけなのだろう。

 

 人間はどのような時代であれ、狂う。

 

 

2

 

 

アルヴィン「それは良い社会勉強になったね。でも今回の報酬はなしだ」事の顛末を話した時、アルヴィンは苦笑いをしながら、そういった。「ボランティアみたいな利益を考えない人間の集団がまともに機能する訳がないだろう。無償の愛ってこんなものだよ」

 

ジェーナス「私、一歩間違えばどんな目に遭っていたか。なのに……」

 

アルヴィン「君は問題を起こして帰ってきた。さっき三田さんから連絡がかかってきた。君に息子が暴行されたってね。お金で解決できるけれど、なぜ私が君の尻ぬぐいまでして報酬を払わなければならないんだ。悪いけど、私はそこの辺りシビアな判定をする」

 

アルヴィン「分かっただろう」

 

アルヴィン「人を救うだなんてバカのやることだ。他人に優しくする時は計算しなさい。じゃないと馬鹿を見る。私は子供が泣いていても、無視するようにしている。声をかけただけで逮捕に繋がりかねないだろう?」

 

 アルヴィンはまたいつもの苦笑いを浮かべる。

 

アルヴィン「狂ってるよ、世の中は」

 

アルヴィン「実は戸馬さんがジャーヴィスの鉄片を買いたいと取引を持ちかけられた。申し訳ないけれど、彼女を売るかもしれない。でも、良いんじゃないかと思う。それでも君はジャーヴィスに会える。相手は裕福だしね」

 

ジェーナス「あなたのような悪人の世界にジャヴィを巻き込まないで!」

 

 手の平で踊らされるだけだ。望んだのはこんな世界じゃなかった。普通の暮らしが良い。近くを歩いている学生のように、平凡な環境が良い。それ以上の幸せはない。

 

アルヴィン「じゃあ、こうしよう」

 

アルヴィン「次の仕事は四億の報酬を支払う」

 

アルヴィン「成功すれば君は目標金額に届く。失敗すれば戸間さんに売る」

 

 富の亡者が私にそう取引を持ち掛ける。

 足元を見られているのも分かっている。ジャヴィを奪って逃げる手もある。でも、私の運値はマイナスの領域にある。幸運のバフがなければ恐らく私生活すらもままならない不幸に襲われるはずだ。

 

 その取引は恐らく私に不幸を運ぶだろう。またアルヴィンに借りを作り、蜘蛛の糸にかかるようにがんじがらめにされてゆく。

 それでも私はその取引に飛びつく。

 この男は約束を守る。

 そこだけは確かだった。私が上手くやればいいだけだ。もう一度、唱える。

 私が上手くやれば、いいだけだ。

 

アルヴィン「四億の仕事だ。大変だと思う」

 

アルヴィン「その三田さんの息子を社会の為に貢献させてみようか」

 

ジェーナス「なんで、私が」

 

アルヴィン「その三田さんがちょっと面倒臭くてね。チンピラみたいに私を脅してきた」

 

ジェーナス「そこから息子の社会貢献に至る事情が分からないけれど、報酬はジャヴィの鉄片核にプラスして、三田の家の犬猫をこの家で保護する」

 

アルヴィン「お好きに。なんなら隣に君の別荘でも作ろうか?」

 

 好条件だった。次の一言がなければ、だ。

 

アルヴィン「社会の為にどうにかするんだ」

 

アルヴィン「今まで社会を見てきてさ」

 

アルヴィン「人間って君達が命を賭けて守る価値があると思う?」

 

 そういう、ことか。

 

 私に付随する書き換え能力を利用してまでも、つまり、あの三田の一家が目障りになったから最悪、殺せ、と命令しているのだろう。死ぬことが社会貢献だ。それが出来ないなら戦うなんて止めろ、とアルヴィンは暗にそういっているのかもしれない。直接的にいわないところがずる賢かった。

 

 でも、社会を見てきて思う。

 

 みんな、自分のことばかりだ。自分が最優先だ。だからこそ、この人の社会で生きていく為に、強くならなければならない。このリアルに比べたらまるで鎮守府での暮らしがテレビのアットホームな家族ドラマのようにすら思えなくもないわね。

 

 ジャヴィなら、アークなら、ウォースなら今の私になんていうのだろう。

 私は首を横に振る。そんなの分かってる。

 私は道を踏み外さない。正攻法でなんとかしてみよう。

 

 翌日、私は颯爽と家を出た。門を出たところで、

 

 甲高いブレーキの音とともに、身体に衝撃が走る。車に轢かれた、と冷静に判断できる余裕があった。この痛みの度合い、怪我というまでもない。ドライバーが降りてきて色々と聞かれたけれども、「大丈夫ですからもう行って」と追い払う。

 

アルヴィン「やっぱり君は僕がいなければ生きてはゆけないよ。人間改装設計図を手に入れて、君がそのステイタスの呪いから解き放たれるまではね」

 

 門の向こうではアルヴィンが爽やかに笑っていた。

 

ジェーナス「今に見てなさい……私はあなたから逃れてやるんだから」

 

 その左手の効果紋の輝きは消えている。

 私から幸運の加護を消していた。

 

 

 

 



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☘ー5話

 ボラ団体のたまり場である個人経営の喫茶店に顔を出した。

 

 昨日の今日なので家に行くのは躊躇われたのだが、今日は三田の姿はなかった。

 

 もう一度、息子と合わせて。そうスマホで連絡を取ると、一つ返事で家へどうぞ、と返信が返ってきた。「昨日、大丈夫だった。何もされなかった?」ボランティアの長がそう私に質問してくる。「大丈夫、なにもなかったわ」と返した。

 

「そういえばね、昨日あれからジェーナスちゃんを尋ねてきた男の子がいたのよ」と新たな会話のボールを投げてくる。「放送を見て、って遠方から来たみたいだけど、理由が怪しいからなにも教えなかったわ。昔の同志だと一緒にいた女の子がいってたけど」

 

ジェーナス「その人達、今どこにいる!?」

 

 思わず身を乗り出した。私を尋ねてきた。昔の同志。そんな言葉を使う相手は特定される。他の参加者、恐らくソ連艦だろう。ぱっと思い浮かぶのは空色の巡洋艦タシュケントだった。私と違って後期型の成功例であり、強力な仲間といえた。

 

「追い返したから分からないわ。知り合いなら、悪いことしちゃったわね。なんか三田さんと楽しそうにしゃべっていたし、危なそうな印象しかなかったわ」

 

 落胆したものの、本気で私と接触したいのなら、たった一度の訪問で諦めないはずだ。「うん、旧友よ。次に来たら私の連絡先を教えておいて」と伝えて、喫茶店を後にする。ちょうど駐車場のセダンの車がエンジンをとめて、助手席から戸間が降りてきた。

 

戸間「ちょうどよかった。君に話があったんだ」

 

 少しだけ周りを気にするようなそぶりをみせて、

 

戸間「一つ仕事を頼まれてくれないかな」

 

戸間「報酬はジャーヴィスの鉄片だ」

 

 思わず、唖然とした。「いきなり、な、なに?」

 

 事情を聞いたところ、アルヴィンとの取引でジャーヴィスの鉄片が手に入りそうだ、とのことだった。そこは今朝、アルヴィンから聞いている。その取引内容は海外記者の持っているネタと交換ということだ。今、与党が画策している増税政策がアルヴィンにとって都合の悪いものでアルヴィンが資産を守る為の資産運用法がその期日までに間に合わず、時間を必要とする。そこでその記者が手に入れているネタが時間稼ぎに使えるとのこと。

 

戸間「深くは教えられないけど、私も過去にお世話になったことのある友人なんだ」

 

ジェーナス「……分かったけど、私になにをすれば、と」

 

戸間「彼はマフィアから命を狙われているんだよ。人身売買組織のネタを記事にして組織のボスを怒らせてしまった。処刑宣告に加えて賞金までかけられている。彼、中々、良い性格をしていてね、なんと来日中に第二弾を描き上げようとしている」

 

ジェーナス「まーた頭がおかしいやつね……」

 

 ブレーキが壊れているとしか思えない。

 

戸間「その原稿が書き終わってからアルヴィン君の望む記事を書いてくれるそうだ。つまり、その間の彼の護衛をお願いしたい。警察では役不足だ。私はもうそれほど口をはさめない身分であるし、君のほうがよほど腕が立つ上、最悪、書き換え次第で取り返しがつく」

 

 それが上手く行けば、ジャーヴィスの鉄片をアルヴィンから譲り受け、報酬として私にジャヴィをくれる。ジャヴィさえ手に入れたのなら、今まで貯めたお金はアルヴィンに支払わなくて済む。そのまま自由の身という美味しい話になる。アルヴィンからの社会貢献を成功させてもジャヴィの鉄片はもらえる。目の前には二つのチャンスがある。

 

 考えた。戦場で生き残る為ではなく、この世界で生きていくために頭を回す。

 

 その依頼を引き受け、アルヴィンにこの話を伝えて交渉する。

 

 戸間から事情は聞いた。両方の依頼を達成した暁には、

 

 私とジャヴィの自由を保障しろ、と。

 

 アルヴィンからは「飲みましょう」とたった一つ、返事がきた。

 

 

2

 

 

 動物臭の強い三田の家に再度、訪問する。幸運のバフがなければどんな目に遭うか分からないから怖いわね。一歩、進むだけであの頭のおかしい息子が仕掛けた罠にひっかかるかもしれない。

 

 私は単に殺されたくらいでは死なないとはいえ、あの犬猫の死に様を思うと、ゾッとする。

 

 呼び鈴を鳴らしても三田は出てこない。勝手にあがってしまおう。いつもの汚い三田のスニーカーはなかった。

 

 そのまま正面の階段をのぼって、二階の部屋をノックする。返事はない。ドアノブを回すと、開いた。いきなり狙撃でもされないか、警戒しながらそぅっと扉を空ける。

 

 中に、誰もいなかった。

 

 相変わらずモデルガンが飾ってあるのと、空っぽのインスタント食品のトレイや空き官やペットボトルが散乱していたが、相変わらずちゃぶ台の上のPC周りだけは綺麗だ。ゴト、と音がして、振り返る。押入れの奥からだ。まさかあの中にいるのだろうか、と忍び足で近づいて、ノックする。返事はなかった。覚悟を決めて押入れを開いた。

 

 額縁があった。そしてスケッチブックが大量にあった。

 

 興味本位でそっと手に取った。描いてあるのは、海外の動物のアニメキャラのようなコミカルな絵や、剣を持った勇者のような人の柄だった。方向性はよく分からないけど、共通点があった。笑っていることだ。絵を眺めていると、また音がした。窓外からだ。

 

 息子が庭にいた。スコップで地面を掘っている。

 

 地面に埋めているのは、猫だった。またやったのか。じいっと死体を埋めているのを見ていると、視線に気づいたのか、目が合った。眉間を寄せて、スコップを放り投げると、縁側のほうへ走り出した。恐怖を感じたものの、「落ち着け、私は艦娘」と呪文のように唱える。あの程度の子供一人、どうとでもなるはずだ。慌ただしい足音が聞こえる。

 

ジェーナス「うん……足音、多くない?」

 

「おい」鬼のような形相で駆け寄ってくると、押入れを開いて、「隠れろ」そう囁くような声でいわれた。「むぐっ」口を抑えられて、押入れの下の段に押し込まれる。隙を突かれたのは彼が私を気遣うような雰囲気を少しだけ感じたからだった。

 

 押入れが締まると、声がする。

 

「なんだよ、父さん」「なにか音がしたよ。部屋の中は片付けなさい」「出てけよ、殺すぞ」三田があがってきたようだ。ただ、今までとは違う悪臭が鼻を突いた。かぎ慣れた血の臭いだった。「もういいぞ」と声が聞こえて恐る恐る押入れを開いた。「お前、靴であがんなよ。たが、その外国の習慣に救われたな。玄関に靴がねえからな」訳が分からない。

 

 出入り口に赤い水滴の跡がぽつぽつとある。

 

ジェーナス「よく分からないけど、私を助けて、くれたのかしら?」

 

 彼は腕の中に子犬を抱いている。足を怪我して毛並みに血が滲んでいた。少年は簡易的な処置を始めた。包帯を巻くと、その犬を布団の上に置いた。手慣れている動作な上、なぜか少年の目は優しかった。もしかして、と質問をする。

 

ジェーナス「虐待しているのってお父さんのほう、なの?」

 

「俺も大概だけど、母ちゃんが死んでから、親父はもっと頭がおかしくなっちまった。禁書がある。死者と会える方法が書いてある。母ちゃんを復活させる為には命という供物が必要なんだよ。だから、親父は動物の命を神に捧げている。21世紀の日本で黒魔術を信じているんだ。愚かだが、気持ちは分からんでもねえ」

 

ジェーナス「だとしても、なぜボラ団体の犬猫を犠牲に」

 

「良い人っていうイメージを創れるしって親父はいってたな」

 

 どう考えても、サイコパスってやつじゃない。

 

「とにかく放置しとけ。じゃないと、親父は人を殺して捕まるだろうな」

 

 三田の「息子は人、殺すよ」という言葉を思い出した。

 

「動物を虐待してんのは親父だ。それを俺のせいにしているだけだ」

 

ジェーナス「両方ともおかしい、やっぱりあなたも狂っているわ……」

 

「おい巻き毛」

 

「これは俺の家の話だ。動物のボラ団体が動物を虐待する。だが、本人は幸せそうだ。これは戸間の話だ。国民の為に仕事する政治屋が自らの利益を優先し、景気を悪くし、多くの人間の首を吊らせた。だけど戸間は一般人よりも遥かに優雅に老後を謳歌している」

 

「世の中、なにが間違っているか知っているか。俺は知ってる」

 

「悪いことをして得をする人間社会の構造なんだよ。これまでのどんな偉人が説法を説いても打ち倒せなかった絶対的な真実という魔物だ」

 

 少年は座り込んだ。その黒い瞳が私を覗き込んでくる。少年は自らの頬をさすった「昨日、俺を殴った時の力、なんだよ。平手で俺が吹き飛んだ。巻き毛テメエ、あれだろ」

 

 少年は一拍置くと、相好を崩した。

 

「艦娘ってやつだろ?」

 

 驚いた。でも戸惑ったのは、この次の言葉からだ。

 

「アルヴィンからジャーヴィスの鉄片を強奪しねえか?」

 

 なぜか第三の選択肢が提示されたこと。そして、

 

「俺の名は三田与人、職業は革命家だ」

 

 やっぱりこいつの頭は奇天烈だった。

 

 

3

 

 

与人「なるほどね、そのジャヴィとやらの鉄片を見間違うはずがないという根拠か」

 

 もうなるようになりなさいよ、との思いで全てを打ち明けたところ、彼の第一声がそれだった。妖精や艦娘、深海棲艦、人間改装設計図は「ふうん」と聞き流していた。

 

ジェーナス「あなた、何者よ」

 

与人「名乗ったよな。もっといおうか」

 

 パソコンを指さしていう。画面には黒板に描かれた相合傘の下に♂と♀のマークがある。

 ラブリーボード。似合わないことやってるわね。

 

与人「出会い系サイトの運営、アフィリエイトはやめちまったか。個人で運営していても、けっこう大きなサイトなんだぜ。去年だけで俺が把握している限り、利用者の五十人が結婚してる。もはや恋のキューピッドだよ」

 

ジェーナス「インターネットの出会い系? うさんくさいやつよね」

 

与人「真っ黒だよ。現代人はすぐに個人情報を登録するからな。今、業者の中で流行っているのは、ソーシャルアプリの売り逃げや個人情報の引き抜きかな。暗黙の了解があるんだが、個人情報をすぐ抜いてリストアップ化して流せる。出会い系もあるっちゃある」

 

ジェーナス「よく分からないけど個人情報保護法的に犯罪なのは分かるわ」

 

与人「犯罪でも大丈夫だから捕まってねえんだよ」

 

ジェーナス「犯罪でも大丈夫?」

 頭がこんがらがるんだけど。

 

与人「アルヴィンのほうがよほど悪党じゃねえか。お前の話を聞く限り、世渡りが上手いクソ野郎って印象だな。俺の家庭の歴史もよく知らねえで社会貢献させろ、か。俺みてえなクズは死ぬのが一番の社会貢献ってか。思い上がりも甚だしいぜ」

 

与人「そういうやつは俺みたいなのが怖いんだ。裕福な人間は貧乏な人間を怖がるからな」

 

 提示された第三の選択肢は冷静に考えればなしだ。こいつがアルヴィンの上を行く策謀を弄せるとは思えない。良心が痛むけれど、こいつをなんとか更生した体にしてアルヴィンからジャヴィをもらう。同時進行で戸間の護衛依頼も受ける。やっぱりこの方法で行こう。

 

ジェーナス「あなた、外に出ない? ほら、アルバイトとかやってみない?」

 

与人「お前さ、今のところ顔面しか長所がねえな」

 吐き捨てるようにいった。

与人「アルヴィンは効果紋を手放す気がねえ。お前がジャーヴィスを手に入れたらアルヴィンはもう用済みだろうが。そもそも鉄片化させても効果紋が消えねえ時点でお前、温情で生かされていると思うぜ」

 

 危ない橋は渡れないって伝えてるのだけれども、改めて考えると、渡らずに過ごしてきた今の私はこの様である。二度目の人生の時はほぼ強制的に渡り続けていたけれども、最後まで生き延びていたのは戦場にいる仲間のおかげであることは疑いようがなかった。

 

与人「ああ、そうそう。わんことにゃんこ泰平の会だけどよ」

 

ジェーナス「あ、そうだ! 与人あなた、そのボランティアに顔を出さない?」

 

与人「ボラ団体で32支部ってすげえよな。本部には行ってみてえかな。戸間が所属していたのが本部だったんだよ。落ち目の県会議員だったんだけどよ、ふと参加したそのボラ活動で再起して数年で裏から牛耳る官僚社会の重鎮だぜ。一体どんな理由が戸間を熱くさせたと思う?」

 

ジェーナス「知らないわよ」

 

与人「少年少女が輝いていたから」

 

 そういえば、戸間はあの少年なら、あの少女なら、という言葉を吐く。大して気にも留めていなかった。戸間の近くにいると、政治家としての過去も耳に入ってくるけれど、彼が行った政策は結局、景気を悪くしただけだとも聞く。

 

与人「そのボラ団体にイズミヤマミツルって男がいる」

 

ジェーナス「まだ続く?」

 

 全く興味がないわ。

 

与人「続くよ。その気になればどこまででもな」

 

与人「実は俺も謎なんだけどな。ある日、一通の手紙が俺に届いた」押入れを開いて木箱を取り出した。封筒の束の中でシンプルな白の封筒を取る。「この手紙だ」

 

 そこに書いてあったのは、お礼の手紙だった。「助けてくれてありがとうございます。あなたは私の命の恩人ですって書いてあって連絡先があるだろ。残念ながら俺は誰かの命を助けた記憶がねえんだ。その頃、一匹の動物を助けたくらいかな」

 

ジェーナス「へえ、日本でいう鶴の恩返しじゃない。あなた白長髪の美女とかツインテールのツンデレとか助けたのかしら?」

 

与人「なんだそれ。連絡してみたらそういうファンタジーの話を教えてくれたんだよ。面白いのはここからなんだ。なんとそいつ、仕事は殺し屋だっていってよ」

 

 そろそろ危ない薬でもやっているんじゃないか、と本気で疑うわ。

 

ジェーナス「――いや、ちょっと待って。殺し屋ですって?」

 

 そいつがこの戦いの参加者ならば艦娘について知っているのも頷ける。となれば殺し屋というのは他の参加者と戦っているから殺し屋っていう意味だったりして。いまいちピンとこないけども、それで一応、与人の一連の話の筋は通る気がする。

 

与人「俺が仕事を依頼してな、今日そいつが家に来るんだ」

 

ジェーナス「殺し屋が『分かった、じゃあお前の家に行くよ』って?」

 

与人「殺し屋に俺は親父をしばらく入院させてくれって頼んだ」

 

ジェーナス「その殺し屋バカじゃないの……そんなバカなのが現代にいる訳が」

 

与人「やっぱりお前、バカだな。現代でも殺し屋はいるよ。お前の頭の中のイメージが映画やドラマだからあり得ねえと思うんだよ。例えば生活に行き詰ったやつに金を握らせて『あいつやってこいよ』で実行する。事情はどうあれ、殺し屋だろ」

 

ジェーナス「なんか恰好がつかないわね……」

 

与人「事前に打ち合わせはしてる。俺からしたらお前らのほうがいる訳ねえ存在だよ」

 

 与人の携帯に着信が鳴る。「この点滅は殺し屋からだ」部屋の扉を空けて、一階へと降りてゆく。私も興味があってついてゆく。格子戸を開けると、中肉中背の男が立っていた。

 

 黒のセーターに藍色のジーンズ、顔から上を見ても特徴がないのが特徴だ。

 

「与人君ですね。事情は伺っております」

 

 小さく、ぼそぼそといった声量だった。

 

与人「手紙ありがとうな。俺はあんたを助けた覚えはねえけどさ」

 

「私も調査しました。あなたは密輸され、この辺りでさまよっていた動物を一匹、保護したはずです。なぜかあなたの父親が表彰を受けておりますが、その動物は動物園に流れましたが、しっかりとあなたを覚えているのです。なので、今回の依頼料は特別です」

 

 全く理解が及ばない。また変人が出てきちゃった。

 

「話を聞く限り、君の父親は私が最も許せない動物虐待を行う咎人だ」

 

与人「第三者がいる前で殺し屋がそんなおしゃべりで務まるのかよ」

 

 男は靴を脱いで敷居をまたいだ。その際に一瞥された。少し寒気が背筋を撫でた。この瞳とこの寒気の感覚、知ってる。深海棲艦の上位種のような雰囲気だ。

 

「好都合、あっちで寝ていますね」と男はゆっくりと歩いて三田のほうへと向かう。

 

 三田は居間の畳の上で肌着一枚で豪快ないびきを立てながら寝そべっている。

 

 殺し屋の男は三田の前で止まって、トン、と親指で左胸を優しく押した。三田は小さな呻き声をあげると、男は続いて首筋を同じように人差し指で押した。三田がけいれんを始めて、口から泡を吹きだし始める。男は踵を返して、

 

「病院へ連絡してください。ああ、死んだらごめんなさい」

 

与人「なにしたんだよ」

 

「スズメバチの毒針で急所を二か所、刺しました。そこの焼却炉の裏にある家にスズメバチの巣がありました。ハチは基本的に巣が危険にさらされた時に攻撃的になりますが、理由など後付けで十分です。仮に死んでも口裏合わせれば事故死判定されますよ」

 

与人「なるほど、アナフィラキシーショックってやつかよ」

 

「すみません。依頼は入院でしたが、気に喰わない人間だったので方法が手荒に」

 

与人「ま、死んでもいいよ。こいつはひっそりと死ぬのが世の為ではあるからな」

 

「ふふ、そうです。動物虐待なぞ万死に値しますからね。ドラマやアニメでも人を殺しまくっても特に問題はないとも、動物虐待はクレームがすごいですからね。分かっている人間も多いんです。あなたもそっち側の人なんです」

 

 息子が父の殺しを依頼し、その殺し屋と談笑している。

 

 事実は小説よりも奇っていうのは本当ね。鎮守府でのあたたかな暮らしが幻想のようにすら思えるリアルだ。

 

 もしかして、私は深海棲艦と戦っていたほうが幸せだったんじゃないのかな、と不意に思った。私達が命を賭したのはこんな人達を守る為だったんだろうか。私達が夢見た素敵な日常はこんなにも歪だったんだろうか。家の柵一枚を隔てた道路の向こうからは学生の無邪気な笑い声が聞こえるのに。

 

「では私は別件の用事がありますので」

 

 左手には虹の輝きが消えていくのが見えたが、放心のあまり、思考が覚束なかった。

 でも、やっぱりそうだったのか。うん、そうよね。

 

与人「俺は親父に付き添って病院に行くからまた連絡するわ。ジャーヴィスの件、考えておいてくれよ。あの殺し屋の手腕を見ただろ。アルヴィンを出し抜くのは不可能じゃない」背中を押される。「ほら、面倒だからさっさと帰れよ。ここの事後処理は任せとけ」

 

 私は足を動かした。

 

与人「おい、玄関はそっちじゃねえぞ」

 

 横たわる男を見る。あの日を思い出すな。あの日と同じだ。ただ見ていることしかできなかった。三田は良い印象のない人だったけれど、きっとこんな風に最期を迎える為に今まで生きてきた訳ではないはずだ。そう思うと悲しくてまぶたの裏が熱くなった。

 

 のどもとまであがってきた誰か助けて、という言葉を飲み込んだ。

 

 誰も助けてはくれない。

 孤軍奮闘の先にこそ、きっと、なにか希望があるのだ。

 

 

 

 



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☘ー6話

 三田は死んだらしい。

 

 新聞にも載ることなく、事件性はなしと近隣とのトラブルの一件として片づけられていた。鉢に刺されて入院する事になった一般の男の記事にしないのは世の中にはもっと他に取り上げるネタがたくさんあるからだろうか?

 

与人「あの殺し屋、泉山光さんにも虐待防止策の報酬は払った。家の六匹の動物は全部、よそへ移したぜ」

 

ジェーナス「私は親子とか夫婦の絆のこと」

 

ジェーナス「強力な揺るぎない不変のモノだと思ってた」

 

与人「笑わせんな。だったら絶縁も離婚っつう言葉も生まれねえよ」

 

 夫婦の娯楽経営のボラ団体御用達の喫茶店、今日は私と与人の二人しかいなかった。

 

与人「俺の意見だが、子供は親を選べねえからあんなクソ親引いた時点で被害者だよ。むしろ今の俺が病んでねえだけ俺自身を褒めて欲しいもんだよ」

 

ジェーナス「いいえ、病んでいるわ」

 

与人「正直、お前を見てさ、艦娘って良くいえば純粋なだけで、悪くいえば世間知らずなだけなんだなって思ったぜ」

 

 与人はストローをすすり、オレンジジュースを飲む。

 

 この喫茶店は商売意識が低いので、今日はコーヒーが切れており、ジュースしかなかった。少しのサラダとバターが塗られた食パンと手作りのクッキーが皿の上に乗っている。

 

与人「俺一人でもジャーヴィスの鉄片を狙うけどよ、巻き毛ちゃんの選択肢は三つだ」

 

ジェーナス「もうこんがらがってきたわ……」

 

与人「一つ、俺に協力する。二つ、お前を再建造してその効果紋をアルヴィンから俺に移す。三つ、アルヴィン側のままで現状を続けていく。俺に付き合うのが一番良いと思う」

 

 三つの選択ってそうだったかしら?

 

「そいつはやめときな。ジェーナスちゃんならもっと良い男の子が絶対にいるから」

 

与人「うるせえババアが。割って入ってくるんじゃねえ、殺すぞ」

 

 端的に会話を聞いたのか、店主が見当違いのアドバイスを送ってくる。

 いわれずとも、二十歳超えて引き籠りで革命家といって親の殺人の片棒を担ぐ男の子をボーイフレンドの目で見るのは無理だ。「あはは……」と苦笑いで返しておく。

 

 もしも与人に協力するのなら効果紋を移す方法が最も成功する道のように思えるが、それは背水の陣というやつだ。その明確な裏切り行為をアルヴィンは絶対に許さない。失敗すれば恐らく私は無事では済まない。失敗に保険をかけるのなら今のままでの協力だ。

 

 はあ、とため息が漏れる。

 私、損得勘定で動くだけの嫌な子になってきてない?

 

ジェーナス「そもそも作戦はあるの?」

 

与人「力づくで鉄片のありかを吐き出させる」

 

ジェーナス「アルヴィンの幸運と私の不運を全く考慮していないわね。アルヴィンの幸運バフが私にかかっている状態なら成功の目はあるけど、それでも偶然の要素はアルヴィンに味方すると思う。計画は偶然の介入する余地もないほど緻密である必要があるわ」

 

 与人に協力して成功する未来が最も望ましくはある。

 しかし、バフが解除されたのならばことごとく偶然はアルヴィンに味方するだろう。

 そもそも私の裏切りを考慮していないアルヴィンではない。なにかしら自衛の手段をジャヴィの鉄片以外にも持っていると思うのだ。

 

 こういう悪戯的な考えはジャヴィのほうが得意なんだけどね。私はどちらかというとジャヴィの無邪気な暴走をたしなめる役回りだった。過去を思って幸せな気分になる時点で私も心の皺は増えていっているのかな、と浸っていると、

 

朝霜「開いているよな。邪魔すっぞ」

 

 

2

 

 

朝霜「その巻き毛とあほみてえな口の開き方、あたいのほうが当たったか」ずかずかと歩いてきて、「夕雲型の朝霜だ。お前が日本預かりになってた時に会ったことあるよな?」

 

与人「夕雲型か。俺は軍艦詳しくないけど知っているぜ。巻き毛のお仲間じゃねえの」

 

ジェーナス「かつてはね。今は志を共にしてないし、味方とは断定できないわよ」

 

朝霜「そのガキに効果紋がねえってことはアルヴィンから鞍替えした訳じゃなさそうだな」

 

ジェーナス「なにか用かしら」

 

朝霜「隣、失礼な」与人の隣に腰を下ろした。注文を取りに来た団体の人が「お友達かな?」と小さな子に対しての慈愛の目を向ける。「そんなとこ。サイダーくれ」

 

与人「割り込んでくるなよ。今、大事な話をしている最中だ」

 

朝霜「へえ、あたいらに関わってはいそうだな。悪ィけど、あたいらのことに関することだから聞いといて損はねえぜ」

 

 ならまあいいか、と与人は椅子の背もたれに深く腰を預ける。

 

 そして朝霜は要件の説明を始める。

 

 色々とぶっ飛んだ話だった。

 驚いたのは二点だ。まずエンチャント・ドラゴンの管理妖精を討伐したという事実だ。イギリスもあいつの戦火に巻き込まれたので、規格外の能力を持っているのはこの身で経験している。開いた口が塞がらない。

 

ジェーナス「タシュケントがいるのは知ってたけど……」

 

朝霜「知ってたのかよ」

 

ジェーナス「あの隕石砲、ここからでもよく見えたわ……」

 

朝霜「あー……」

 

与人「俺は知らねえ」

 

 あんな芸当ができる生物はタシュケント以外に知らなかった。その彼女でも管理妖精は倒せなかったので、恐らく彼女の建造主の効果紋が強力なのだろう。朝霜が「ジェノっていうんだけど、タシュケントじゃなくて、そいつがほぼ効果紋だけで倒したっぽい」

 

ジェーナス「そのコンビ現時点で最強じゃないの……?」

 

朝霜「さあな。タシュケントは最強じゃなくて無敵だっていってたけど」

 

 違いがよく分からない。

 

 その話を聞いて思ったのはその人はきっと悪い人ではないんだろうということだ。朝霜のしゃべっている顔を見れば、少なからず行為を持てる相手だということが、分かる。良い人でなくとも、普通の人が私の相棒だったのなら良かった。常々、そう思う。

 

朝霜「改装設計図には二つの使い道が判明してんだ」

 

 衝撃、だった。

 

 その改装図は溶鉱炉内臓型を解体する設計図、つまり、通常の解体方法、人間になる為の設計図というのは知っていた。だけど、その原理の説明、命という星の資材を使ったもう一つの魔法があるということは呆気に取られた。

 

朝霜「再構築する。溶鉱炉内臓型が生まれる前の状況まで、だ」

 

ジェーナス「あり得ない。あまりにも馬鹿げてる……!」

 

 机を叩いて、身を乗り出した。

 

ジェーナス「それってつまり私達が普通に解体できる艦娘状態に戻って、死んだ仲間も全員復活するけど、深海棲艦と戦いの毎日に戻るってことよね!」

 

ジェーナス「あの春川泰造でなくても、人間は絶対に炉の力を究明して、同じ歴史を繰り返すだけじゃないの!」

 

 どんな時代であれ、人間が好奇心と探求心を捨てたことがあるだろうか。朝霜がいう選択肢は刹那的快楽に身を委ねる狂気の沙汰だった。黒魔術で動物の餌に最愛の人をよみがえらせようとしている与人の父親と同じ次元の行為に思える。

 

朝霜「説明足らずだから待てって」

 

 運ばれてきた食パンを口に押し込むように入れる。

 

朝霜「イギリスがあたいらと同盟を結んだのは炉の力を究明した溶鉱炉内臓型の技術を盗む為っていうのはさすがにこっちも承知の上だよ。あたいも箝口令を敷かれていて口に出したら始末されるレベルの情報だけど、今ならもう構わねえし、教えるよ」

 

朝霜「春川のやつは変態だったからさ、深海棲艦の占拠海域が赤くなったり、光柱が現れたり、汚染の次元まで引き上げられた数値の特異現象の原因として関連づけてはいた。まあ、それが妖精の全ての源、星の命が固形化した物質だったってわけ」

 

ジェーナス「理屈は、どうでもいいの。うんざりだわ」

 

 この身に抱え込んだ精神的苦痛に効く全ての薬は胃の中で単にあぶくとなっただけで効果はない。

 

 興味があるのは実現するのか、実際に試してみないと分からないという点だ。そこにおいて朝霜の話は高い代価を支払い、効能が出るかどうかわからないので、博打に過ぎない。

 

ジェーナス「本当にその過去の地点で世界を作り替えられるの?」

 

ジェーナス「100%の確証がないわ。なら、私達は人間改装設計図をパアにしてまで賭博する価値があるのか甚だ疑問よ。確かに私だってイギリスのみんなと一緒にいたいわ。けど、それは私の命や幸福を捨ててまで実現することではないと、思うの」

 

朝霜「そっか。ご立派だと思うぜ。じゃ、あたいらは敵同士だな」

 

 席を立とうとした朝霜の腕をつかんで、引き止める。

 

ジェーナス「あなたは、そう思わないの?」

 

朝霜「あァ? うっせえな」

 

 その一言のなにが癪に障ったのか、チンピラのような低レベルな威嚇をしてきた。

 

ジェーナス「なんで今ので怒るのよ……」

 

朝霜「どっちつかずな手前の態度につい」

 

朝霜「ならなんで今、お前はアルヴィンに従っているんだ。手前もしなくていい最悪な苦労をしているんじゃねえの。自分を犠牲にしておいてなにが私の命や幸福を犠牲にしてまで、だ?」

 

朝霜「手前はあたいと同じく思い出を過去に出来てねえだろうが」

 

 朝霜はパーカーのフードをかぶり、

 

朝霜「みんな未来で待ってるなら、なにがなんでもそこまで辿り着くんだ」

 

朝霜「一度目も二度目も悲劇にしてたまるか」

 

朝霜「その為の三度目だ」

 

朝霜「その為なら、あたいは手前だって沈めるぞ」

 

 今までと違って抑揚が強く、決意を感じる声音だ。邪魔するのなら誰だろうと潰す、と暗に伝えられているようでもある。たまにいる強くあれる駆逐艦の持つ威圧感だ。

 

朝霜「連絡先を置いておくよ。返事くれ」紙切れを乗せて受け取る、

 

ジェーナス「ねえ、ジャーヴィスの奪還には」と声をかける。

 

 今の事情を説明すると、朝霜は気だるげに頬杖をついて、

 

朝霜「悪ィが、無理」

 

ジェーナス「どうして。タシュケントが仲間なら人間一人くらいどうとでも」

 

朝霜「建造主は時間を犠牲にあたいらの目的に協力してくれている訳だ。相棒は生憎と一般人だよ。アルヴィンに目をつけられて追い込まれたらどうしてくれんだよ。あたいらは鎮守府所属じゃねえんだ。力を貸してもらうのが普通って考えは卒業しとけ」

 

朝霜「あたいらはお前が人に危害を加えないよう釘を刺しに来ただけで、別にお前を助けに来たヒーローじゃねえ。それともなんだ。人間は助け合って生きてゆくべきだってか。理論武装した主義主張が感情を吠えまくるこの素敵な世界でそれは難しいことだと思うぞ」

 

与人「おいパーカー女、さっきから訳の分からねえこといってんじゃねえぞ」

 

朝霜「うるせえクソガキが。効果紋を持ってから介入してこいや」

 

 裏拳で与人の鼻っ面を叩く。与人は間欠泉のような鼻血を吹いて、椅子ごとひっくりかえった。軽く叩いたのだろうが、その威力に与人は戸惑っている様子だ。

 

朝霜「腑抜け過ぎていてタシュケントは眉を潜めそうだし」

 

朝霜「手前は今の居場所で耐えて待ってろよ。近い内に未来に連れ出してやら」

 

 彼女の覚悟は分かった。

 

 倒れた与人が彼女の背中をニヤケながら見つめていた。

 

 

3

 

 

「ええ、ええ、チャンです。愛称ですが」

 

 少々の片言ではあるけれども、聞き取れはするし、会話も可能だった。戸間のいう護衛して欲しい記者と会った。南アジアのスリランカ出身らしい。「ニホンは、平和」さっきの光景を突き付けてやりたくなる。「平和じゃないわよ」少なくとも私の周りはね。

 

チャン「戸間さんを信頼していない訳ではないのですが、護衛が可愛らしいお嬢さん。んー、アーユーブリティッシュ?」

 

ジェーナス「そうだけど、なんなのよ」

 

チャン「怒った顔もキュート。でも私の事情は物騒デース」

 

 名前も相まってうさんくさい中国人に見えるし、その語尾はあのバーニングなお姉様戦艦を思い出すわね。

 

 歩きがてらチャンはスリランカでマフィアのボスの逆鱗に触れた経緯の説明を始める。聞いたこともない陸の上の仕事の話だったので、少しだけ興味を惹いた。

 

チャン「スリランカでは鉱石の仕事は裏の者の生業で、そこに関連する闇取引をスッパ抜いたんです。ある程度、政治に関与してくるので、処刑宣告を受けました。怖いですよ」そういうわりに怯えている様子は微塵もなかった。「あいつの家、すごいですよ。三メートルの壁に覆われていて、その上には有刺鉄線、庭には護衛が数名、常駐してます」

 

ジェーナス「そのくらいなによ。私はもっと怖い奴らと戦ったことあるわ。それよりあなたはアルヴィン達を有利にするネタを持っているそうね」

 

チャン「そのマフィアからの市長の賄賂です。工場誘致の為の一環ですよ。その証拠を私は持ってます。情勢がよろしくないので、いくつか銀行の取引が止まっているので、証拠は凍結したまま。そこを掘り下げてフレームアップで今の市長はサヨウナラ」

 

チャン「その記事を完成させるまでの護衛をお頼み申し上げマース」

 

 今のところは刺客も見当たらないし、平和ね。

 辺りに怪しい者は特にいないけれど、護衛って神経がすり減るのよね。海での護衛任務は慣れたものだけれども、民間船一つにも必要以上に警戒しなければならない。過去には民間船に偽装した海賊船なんかとも出会ったこともあった。

 

 前を歩いてくる少年すら一般人を装った殺し屋じゃないかな、と疑う。

 

 あれ、あいつこっちをじろじろと見ているわね。

 

 明らかに暗そうなオーラを出している。ぱっと見た感じ、ダウナー系の冴えない青年だった。見られているのは珍しい外国人コンビだから、の可能性が高いかな、と思った直後、青年が足を止めて微笑んだ。

 

ジェノ「そこのイギリスのお嬢さん、少し時間を良いですか?」

 

 男がポケットから右手を抜こうとした。反射的にその腕をホールドして軽く投げ飛ばしてやった。男は仰向けに草むらの上に倒れる。息はしているから、後はもうどうにでもなるか。せめてもの情けとして抱えて近くのベンチに座らせておく。

 

「あー、ちょっと迷った間に。だから気をつけろっていったのになあ」

 

 ひょこっと十字路から苦笑いを浮かべた少女が出てきた。さらりとした美しい茶髪のセミロング、そして琥珀色の瞳の少女だ。「なによ」私は気が立っているのもあって、眼を飛ばした。少女はゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「なに。あなたも私に? それとも隣の」

 

 髪をわしづかみにされる。「痛っ」と痛みを感じた時、空を仰いでいた。側頭部と背中が痛い。少女の手には千切れた私の髪が握られている。今日という日はなんなんだ、と舌打ちをかまして、すぐさま起き上がる。

 

ジェーナス「艦娘の……誰かしら?」

 

「こうして、こうか」少女はゴムを取り出して髪を二つ結びにセットする。「どう?」

 

ジェーナス「タシュ、ケント? 髪を降ろして私服姿だから気づかなかった……」

 

ジェーナス「チャンさんごめん、こいつが刺客なら私じゃ無理ね」

 

チャン「なんだかあなたも訳ありみたいですね」

 

タシュケント「事情は朝霜君から聞いてるよ。本当にたまたま君を見かけたから声をかけただけでそれ以上の意味はないよ。どうかがんばって耐え忍んでいてくれ。あたしと同志が近い内にそこから君を連れ出してイギリスのみんなと会わせてあげるさ」

 

タシュケント「ちなみにさっきのは同志がやれらた仕返しね」

 

ジェーナス「ちょ、ちょっと待って!」

 

 立て続けに不幸に見舞われる中、唯一の希望と出会えたのだ。このまま見過ごすわけにはいかなかった。

 

ジェーナス「私の護衛の仕事を手伝って」

 

タシュケント「報酬は?」

 

タシュケント「それがなきゃ運値がもはや厄神と化した君への協力はね。同志からも派手なことは控えてくれって釘を刺されている身だしさ」

 

ジェーナス「い、いっておいてなんだけど、私があげられる報酬は」

 

チャン「あの、今時の少女は強いですね。ということにしておいたほうがいいですかね?」

 

タシュケント「そうだね」

 

タシュケント「ただジェーナス君の不運は楽観視できないからどうしたものか。失敗作の烙印を押された時からね、こいつが出撃した戦いで勝利した例がないほどだ。あたし達ががんばろうとも針の穴をいくつも通るような奇跡染みた不幸がやってくるだろうし」

 

 よくご存じで。

 

ジェーナス「でも私、勢作過程でアンツィオの艤装が使えるようになったから基礎値は運を除いて高いわ。陸の上で展開するような穏やかな装備じゃないけど」

 

タシュケント「あー、同志が起きないじゃないか。抱えるかな……」

 

チャン「ではホテルのほうへ移動しても? 四時間、あれば」

 

 ということで四人で移動することになった。

 

 空をカラスの群れが飛んでいる。

 

タシュケント「カラスだなんて幸先が悪いね」

 

 そうぼやいた時だ。

 

 撃鉄音が鳴った。

 

 え、と声が漏れた時、隣でチャンが倒れていた。

 

 狙撃されたの?

 

 辺りは大樹の繁みで遠くから狙撃できるような場所ではないのに、チャンの頭は吹き飛んでいる。辺りを見回してみた。私達以外に人影もなにもない。あり得ないでしょ。なにこれ。

 

タシュケント「待避!」

 

 脇に抱えられ、公園のトイレの中に連れ込まれた。

 

タシュケント「斬新な暗殺! 群れの中にカラスに擬態した艦載機がいたよ!」

 

 そんな馬鹿な。私も観たけど、艦載機なんか混じっていたらすぐに気づく。改めて空を見る。すると、群れの中の一羽が口が太陽光に反射しているのを見つけた。ゆっくりと空から降りてきて公園の照明のポールの上で羽休めした。口の中から砲口が見える。

 

ジェーナス「なにあれ……あのレベルの擬態艦載機だなんて」

 

タシュケント「なにかの効果紋でしょ。というか開始十秒で任務失敗だよ……」

 

 倒れているチャンに一匹の大きな犬が駆け寄った。

 

 口を広げて噛みつくようなしぐさをした直後だ。頭部が変化した。私の目にはワニに見える。ガブリと噛みついてブンブンと千切る肉食獣の仕草をする。すぐにチャンの首が、千切れた。噴水が飛び散る赤い噴水を呆然と見つめ続けた。一体なにが起きてるの。

 

タシュケント「多分、エンチャンターだね」

 

タシュケント「こんな奇天烈な現象、警察は機能するのかな」

 

 冷静に分析して、現実と照らし合わせている。すぐに通報の思考を回すっていうのが私からしたら信じられなかった。人が残虐に殺されたのよ。

 

 思えばこいつはいつもそうだ。戦場では熱くなるのに、被害については目を逸らすように統計的に一歩引いて見る。

 

タシュケント「追わないほうがいいかな。戦闘になったら一般の死体が増えそうだ」

 

ジェーナス「ごめんなさい。やっぱり、私は誰とも組めない」

 

ジェーナス「巻き込んじゃう……」

 

 そう告げる。

 

 幸運のバフを消されて、今日だけで関わった人が二人、死んだ。

 

 もうダメだ。心が折れた。私はバフの力がなければこのような最悪な不幸ばかりが襲いかかってきて、目的を達成できないどころか、人が巻き込まれてしまう。あのアルヴィンが用意した私の箱庭で、アルヴィンに従い続け、幸運の加護を受けるのが最善だ。

 

 走ってその場から逃げ出した。

 

 






しっかし、コロナになってから大変な世の中になりましたね……。


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☘ー7話

 

 

 

アルヴィン「顔を見れば分かる。君はなにもできなかった」 

 

 家に帰ると、アルヴィンが待ち構えていたように、玄関先に立っていた。

 

アルヴィン「事後処理は大丈夫だ。君に幸運の力を与えたから上手く転がると思う」

 

 その場で膝をついて、蹲る。上からアルヴィンの言葉が降ってくる。

 

アルヴィン「私の指示に従えばそれですべて上手く行く」

 

アルヴィン「ずっとそうだっただろう」

 

アルヴィン「温かい言葉では信用できないだろうから、何度でもいう。私は君を大事にしているつもりなんだ。なぜなら幸運のバフがかかった状態で万が一にでも君が私を殺すことに成功したら私も全て終わりだ。だからこそ、君がこいねがった幸運の力は私が上手く使う」

 

アルヴィン「君には私付随の権力もあり、容姿も端麗だ。性格も素敵だと思う。良い大学にだって通えるさ。君は他の子達より幸福になれる。まずそれを受け入れてから、自分の幸せというものを探すんだ。そうして君が誰かを守る力を持った時、友達も幸せにしてあげるといい」

 

アルヴィン「さあ、お風呂に入って着替えておいで」

 

アルヴィン「温かい料理も用意してあるんだ」

 

 温かく優しい慈愛の声なのに、相変わらず甘く囁く悪魔の声に聞こえる。

 

 亀の体勢だと欧州水姫に怒鳴られた最後を思い出した。

 

 ――なんだよ、その弱者の恰好は。

 

 そういって私の頭をわしづかみして前を向かせた。

 あの深海棲艦の言葉が天使の声にすら聞こえるほど、私の現実は狂ってる。

 

ジェーナス「アルヴィン、あなたは間違ってるわ」

 

 どうか私よ、強くあれ。

 

ジェーナス「私のせいで人が二人も死んだの」

 

アルヴィン「大丈夫だ。こんなこと想定の内だ。なにも変わらない」

 

 本当に私を愛しているのなら、言葉は違うはずだ。

 

ジェーナス「アークなら、ウォースなら、ジャヴィなら」

 

アルヴィン「抱き締めて慰めてくれたのかい?」

 

 顔をあげると、鼻先がつぶれた。ブーツの足裏がある。

 

アルヴィン「君のそういうところ嫌いだな。その人達はいない。目の前にいる私は彼女達と比べて批評されるのは不愉快でさえある。君と私は家族か友人か恋人か?」

 

アルヴィン「違う。利害関係の一致に過ぎない」

 

ジェーナス「だからあなたはそうやって人をすぐに切り捨てられるのよ! ガールフレンドだってとっかえひっかえだし、完全に無関係じゃないくせに人が死んでも眉一つ動かさない!」

 

アルヴィン「私が貧乏だった頃に見向きをしない女が、私が成功した途端、資産が目当てで寄ってきた。そんな女を飽きたら捨ててなにが悪い。関係の見返りにそれなりに私の金で遊ばせてやった。なら飽きたら捨ててもいいだろう。愛とは程遠いんだから。私が悪いとはいわせない」

 

アルヴィン「それに今日に関して私には無関係だよ。私にどんな罪状があるという。その罪をこの国家の法律で裁けるのか。無理だろう。こんな風に状況は利用せねば損なんだ」

 

アルヴィン「君の為にどれだけ資産を注いでいるか」

 

アルヴィン「養ってもらっている無力な身で一人前の口を聞くのは早い」

 

 ブーツが視界から消えて、アルヴィンの整った顔が近づいた。

 

ジェーナス「しょせん、DV男じゃないの」

 

アルヴィン「私は学生の頃、一度だけ教師から殴られたことがある。ふざけて障害を持った同級生の真似をして時だった。思えばあれが私にとって一番の授業だった。君も人間を続けていれば私の叱咤が正しかったと知るだろう」

 

アルヴィン「君は私より生きてはいるが、子供だ」

 

アルヴィン「そんな君に選択肢をあげよう。返事は明日までだ」

 

アルヴィン「効果紋は鉄片化した程度では消えないのは知ってるね。君はもう眠りについて後は私に任せなさい。それとも私と対等に付き合っていくか。後者を選ぶのなら覚悟をしてくれ。今回のような温情はない。従いさえすれば君は誰もが羨む暮らしができる」

 

アルヴィン「君のお友達のことも私が安全な暮らしを保証する」

 

アルヴィン「良ければ、明日、市長との講演会があるから役所においで。一度、じっくり私の未来の構想を聞いて考えてみてくれ、参考になるはずだ」

 

 アルヴィンはそれだけいうと、玄関から出ていった。

 

 なんでだろう。

 

 目の前にある物は憧れた思い出の中にあるすべてだ。こんな綺麗な家で裕福でやろうと思えば学校にだって通えて、まるで戦いが終わった後のような暮らしができるのに、全てを壊してしまいたくなる。

 

 まるでアンツィオ沖棲姫だった頃の気持ちが胸にしこりのように残っている。

 

ジェーナス「ねえジャヴィ、あなたと夢見たモノがあるのだけれど」

 

 私に出来たのは艤装を展開することだけ。砲撃はできなかった。

 

 理由はアルヴィンが怒るから。

 

 涙が出てくる。イギリスのみんなに会いたい。

 

 死ぬの怖いけど、もう死にたい。

 

 

2

 

 

 翌日、テレビが賑わっていた。この町で起きた昨日のチャンの事件だった。動画サイトに人の生首がアップされた。そこに映っていた男は昨日、三田を殺しに来たやつだった。世間は大騒ぎだ。動画には「目標を殺しましたよ」とそいつの声明があったとのことだ。むちゃくちゃすぎる。あんなに大々的に顔をさらけ出してなんとかなるのだろうか。

 

 でも、なにもやる気が起きない。昨夜からずっと放心状態だった。

 

 そういえば、とタシュケントの顔を思い出す。

 あの子は幸せそうだった。笑っていた。

 私が彼女の相棒の青年にした仕返しの一撃は本気だった。私はタシュケントのようにあの怒りの感情をもってアルヴィンの為に人を傷つけることは出来ないだろう。彼女の相棒はきっと良い人なんだと思えた根拠だった。

 

 いいなあ。

 

 タシュケントは強く、気高く、理想もある。私がうらやむ日常も持っている。建造主だって当たりを引いたに違いない。彼女はいつも星のような存在で、見上げるばかりだ。

 

ジェーナス「そろそろ講演会の時間かな、行かなきゃ……」

 

 どうするかなんてもう答えは一つだ。

 

 もう永遠の眠りにつこう。

 

 一度目だって、二度目だって、三度目だってがんばったけど、もう無理。

 よくやった。そんなにがんばって生きる必要もないよ、ってね。

 けど、最後にアルヴィンに一言くらい罵声を浴びせてノーの返事を突き付けてやるわ。

 三度目は、それだけでもう満足だ。

 

 最後の朝食は、二度目の最後の晩餐は、雑な味のアメリカンコーヒーだけだ。

 

 外から車のエンジン音がした。黒塗りの外車はアルヴィンが寄越したものだろう。恰好は今のままでいいや。オシャレっけのない無地のシャツとジャージのズボンのみで靴を履く。

 

 玄関を出る。鎮守府から出撃する時と同じ。

 

 誰かに命令されて出撃させられているような、感じ。

 

 もう人である意味もなくなってしまったのかも。

 

 

3

 

 

 市役所の階段の一番下で与人がスマホを弄っていた。「よお、奇遇だな。アルヴィンと接触しに来たんだが、都合良いわ。どうするよ」

 

ジェーナス「私は関わらない。好きなようにすれば」

 

 冷たくあしらう。

 

与人「おう、そうする」

 

与人「ジャーヴィスだっけ。お前の姉妹なら可愛いんだろうしな。お前よりメンタルもマシかな?」

 

ジェーナス「私よりも遥かに可愛いわ。上手く行けばダーリンって呼んでもらえるわね」

 

与人「いいな、それ」

 

 彼が上手く行って、ジャヴィの建造主となることを切実に願っといてあげる。

 

 いや、すぐに撤回だ。そういえば与人のやつも頭おかしいんだった。ジャヴィの幸運力ならきっとこいつが相棒となるのを避けられるだろう。ジャヴィはむかつくほど、ツイているやつだ。

 

 この一件に手を貸せば、次は与人が死ぬかもしれない。いや、きっと死ぬ。そう思えるだけの昨日だった。

 

 処刑台にのぼる死刑者のように階段を一歩ずつのぼる。

 

 人がたくさんいる。映画の上映が終わった後のようで子連れの親子も多かった。アルヴィンと市長の御高説に興味はないのか、階段を下りるのは若者が多かった。平凡で幸せな日常の話を友達と繰り広げている彼等とすれ違う。

 

 うす暗いロビーを通り抜けて、会場へと入った。

 

 十分前の到着だ。アナウンスで携帯の利用についてのアナウンスが流れている。

 

 私は妙に空いていた最前列の席へと移動した。壇上の椅子の並びからして、ここが一番、アルヴィンの顔がみやすい位置だった。

 

 大きな拍手とともに講演会が始まる。

 中身はどうでも良い話だった。

 町おこしに関連した事業の予定、その意気込みとかね。アルヴィンが投資しているようだ。都市化計画。地元の活性化の為の観光客誘致事業、有効利用されていない土地を開拓し、地元民と協力してなんたらかんたらだ。壇上のアルヴィンの応答の言葉にも熱が入っていた。

 

 妙に喉が渇いてきたので、席を立って自販機を探す。

 

 人気のない西側の廊下にぽつん、と一つだけ自販機がある。

 あれ、と思った。与人が立っている。その正面には、タシュケントがいる。

 

ジェーナス「あなた達、そこをどいて。自販機に用があるから」

 

与人「聞けよ。戸間がもう取引したのか、持ってた。今、戸間は倉庫で寝てるんだよな」

 

タシュケント「君の情報のお陰だよ。始末する必要もない人間だし、丁重にね」

 

ジェーナス「どいて」

 

与人「なんだよ。せっかく手に入れたのに」

 

 彼がパーカーのポケットから取り出したのは、鉄片だった。

 

ジェーナス「ジャヴィの……?」

 

与人「こいつが持ってきてくれたぜ」

 

タシュケント「気にしない気にしない。一日一善の精神さ」

 

与人「これ、火で炙ればいいんだよな」

 

 そういってジッポを取り出して炙る。

 

 乾いた笑いが漏れた。

 

 その鉄片にはなにも変化はなかった。

 

タシュケント「あ……鉄片核が死んでるみたいだね」

 

 アルヴィンは約束を破った。

 

 少なくとも戸間と交わした約束は破った。

 

 後始末はどうするのかは知らないが、アルヴィンは嘘をついた。本物をもっていないというのは可能性としてはあった。事実は建造できないほどに死んでいた、だ。

 

 約束を必ず守るっていったのに。

 

 こんな守られるはずのない約束を守りながら頑張って耐えて夢を描いていたようだ。

 

タシュケント「……ふーん」

 

 タシュケントが嗤った。

 

ジェーナス「くっだらない……」

 

 すぐさま会場に引き返した。扉を蹴り飛ばしたせいか、司会者の演説が途切れ、観客席の注目が私に集まった。構わず、大声でアルヴィンの名前を呼ぶ。

 

ジェーナス「ジャヴィの鉄片をもってたけど、もう死骸だったのね」

 

ジェーナス「もしも!」

 

ジェーナス「戸間に渡したのが偽物だというのなら今すぐ本物を見せ、」

 

 警備員が走ってくる。両の腕をホールドされる。

 

ジェーナス「私を馬鹿にして……!」

 

 たかが人間二人の力で私は取り押さえられるものか。もうどうにでもなればいい。目の前にいるアイツに思い知らせてやる。

 

アルヴィン「本物はある。後で確認するといい。だから今は抑えなさい」

 

アルヴィン「無関係な人を傷つけるのか?」

 

アルヴィン「今は退きなさい。君の主張は人様に迷惑をかけていい理由にはならない」

 

 事情を知らない観客の冷たい視線が突き刺さる。

 

 この場に私の味方はいない。

 頭のおかしいやつ、と誰かの声が聞こえた。

 

ジェーナス「こんなのってあんまりだわ。私は正常よ。おかしいのはあなたなのに……!」ふっと力が抜けた拍子に顔が地面にぶつかった。いきなり力を抜いたから警備員が力を加えた方向に転んだ。

 

ジェーナス「なんで……私がこんなに辛い、思いを」

 

 今日は涙だけでなく鼻水も出てきた。

 

ジェーナス「誰か、私を、たすけて」

 

 ああ、私はなにをいっているんだろう。あの時の、最後の記憶と同じセリフが出た。

 

 いきなり現れて意味不明なことを叫ぶ私に、周りの目は更に冷ややかになった。アルヴィンの左手の甲から輝きが消えている。幸運のバフが解かれている。もうならば後はアルヴィンが得をする方向に転がるだけだろう。

 

それでも、嘆いて耐えるだけでは変わらない。

 

 アルヴィンは動かない。その場に座して次を待っている。相手を搾取してその報復を考えないほど、考えなしではない。持つ者は持たざる者を恐れる。その対策を忘れているほど間抜けではない。口車に乗せられるだけではアルヴィンの掌で転がされるだけだ。

 

 ――力さえあれば。

 

 あの日の欧州水姫の真意は分かっていた。戦いの日々に明け暮れる中、描く幸せは力でこじ開けられた道だった。得てもいない幸せのために脇道に逸れて赦されるほど、望んだ未来は射程圏内ではない。ジャヴィが死んでいるのなら、従う理由もない。

 

 理性の糸を憎悪で焼き切るように、怒りの濁流に身を任せてみる。

 

 球体のアンツィオ艤装を展開した。これから起きる惨劇を隠すかのように真っ暗闇に染まる。音が遮断され、空気が薄くなる。相変わら、沈んだような錯覚に陥る。

 

 くたばれ。一斉掃射。

 

 

4

 

 

 深海艤装を開口する。並びの良い白い歯の向こうにはアルヴィンの不動の姿があった。一歩たりとも動いていない。アルヴィンの効果紋による加護だろうか。この距離でも僅かな幸運を当然のようにつかみ取ってくる。さすがは私が最も恋願った力の恩恵ね。

 

 でも、それが、どうした。

 

 幸運では届かなかった領域の戦いは終末期にジャヴィが死んだことで経験済みだ。圧倒的な力量の差には幸運は成りを潜めるはずだ。

 

 アルヴィンはやはり動かない。声も発しない。

 ただ様子が変だった。開口したまま、斜め上を見つめている。

 

タシュケント「全く、一秒遅れたら一般人全滅だった」

 

タシュケント「ヒーロー気取るつもりないけども」

 

 硝煙が晴れると、空色の正方形がいくつも見えた。鋼鉄を使用した生成開発速度が秒の次元だ。無関係な一般人に装甲を被せて砲撃から守ったのだろう。一撃二撃、クリティカルヒットしたところで外傷はなしに等しい装甲と見た。

 

ジェーナス「あんたが自発的に人を守るだなんて何の真似よ」

 

タシュケント「艦娘は人民の命と財産を海の脅威から守ります」

 

 嗤っておどけてみせる。

 

 本気でいっている訳でもないだろう。その道は自分で選んだわけでもなく、生まれながらに強制された道であり、その都合で誰よりも利用されてきたのがタシュケントだ。そこから抜け出すために戦えど、その先に待っていたのは私と同じような結末のはずなのだ。

 

タシュケント「あたし達の手を取るんだ。君のアンツィオ艤装なら人を同乗させられるだろう。その能力で同志の護衛艦として働いて欲しい。待遇はフラグシップだ」

 

タシュケント「でも一線を超えようとしたから、断ればしばらく鉄片化してもらう」

 

 その言葉で冷水を浴びたような気分だ。アルヴィンの掌の上で転がされていた怒りは鎮火していく。

 ジャヴィの鉄片が嘘だった時点で、生きる目的はまた変わってゆくのだ。

 

 残された道は主に三つだ。

 

 死ぬか。

 

 このまま生きていくか。

 

 この星の船に乗って再構築された世界に向かうか。

 

 どれを選択しても地獄のように思える。

 

ジェーナス「あんたには乗れないわ。分の悪い賭けに乗るのは懲りてるからね。別に深海になった訳ではないけれど、道徳や正論や人情でも、ましてや自分の意思にも流されてたまるもんですか。仲間にしたいのなら力を示して泥船ではないって証明してみれば?」

 

タシュケント「了解。建造主のあなたも参戦してる以上、巻き込まれたってのはナシだ」

 

 突っ立っていたアルヴィンが眉を潜める。

 

ジェーナス「アルヴィン、死にたくないでしょ?」

 

アルヴィン「もちろんだが、リスクしかないのがね。私達が勝てば?」

 

タシュケント「あたし達に出来る範囲でいうことを一つ聞くよ」

 

 アルヴィンはその言葉でやる気になったようだ。きっかけをつかんで、飼い慣らしたいのだろう。あの先日の隕石砲はよく見えた。タシュケントの戦力はのどから手が出るほど欲しいだろう。今回はアルヴィンを後に退けなくした状況に感謝だ。

 

タシュケント「同志、今回あたしは戦わないから出番だよ!」

 

ジェノ「ええー……」

 

 空色の檻が融解し、仲からやる気のなさそうな青年が出てきた。確かタシュケントの建造主で、不埒者と間違えて投げたあの時の男だった。強そうには見えなくてもタシュケントが懐いていることから相応の効果紋を宿していると考えるのが妥当だろう。

 

タシュケント「ジェーナス君はあたしのことをよく知ってる。もちろん、管理妖精の強さもね。そのうえで泥船といったんだ。だから撤回させるためには同志の力を示す必要がある」

 

タシュケント「あたし達の代わりに戦ってくれるんでしょ?」

 

 タシュケントが参戦しないというのは、これは幸運なのだろうか。

 もっとも効果紋の力は絶大だ、アルヴィンの幸運の力だけでタシュケントを相手取っても勝ちの目があるほどにはね。嘘が大嫌いなタシュケントが参戦しないといった以上、本当に参戦はいないと見てもいいとは思う。

 

ジェノ「……分かったよ」

 

 本当にやる気がなさそうだ。気の毒ね。巻き込まれて建造主になったの手合いかしら。

 

 アンツィオ艤装を一旦、戻して、再構築する。陸上でフル展開は愚策だ。足で動きまわって上手く攻撃武装だけを展開して当てるには懐のほうの艤装のほうがやりやすい。

 

ジェーナス「分かったのなら、死んでも後悔しないでよね」

 

 深海の4.7inch砲を照準もろくに合わせず、早撃ちした。

 

 幸運だから、どうせ当たるのよね。

 

 

5

 

 

ジェノ「痛い……」

 

 命中したのになにが起きたのか。豆鉄砲じゃあるまいし、人間が当たって痛いで済む威力じゃないはずだ。

 彼は手の甲を振り、涙目だ。彼の効果紋が再び光ったのを見て、深海砲を掃射する。当たっている。クリティカルのはずだが、損傷は見受けられない。

 

ジェーナス「バフゴリラかしら……ねっ、?」

 

 ぐるん、と視界が揺れた。唐突に襲われた眩暈と吐き気に、膝をついた。空喘ぎの感が喉元までせりあがってきて、口元を抑えようとした右手が、炭のように黒ずんでいる。

 

 デバフのエフェクトだ。

 

ジェーナス「おえっ、う……」

 

 口内一杯に酸の味が広がる。息苦しい。溺れているような錯覚に陥る。

 

 ――――あいつ、バケモノか!?

 

 砲撃性能が多少下がったとしても、クリティカルした一撃で怪我がないってことは強力な倍率はもちろん、捕捉性能、数値低下速度も常軌を逸している。瞬時に無力にまで性能を落とされた。

 

 しかし、腐ってもまだ幸運の女神には見放されていない。

 

 先ほどの砲撃で天井が崩落した。それも上手く彼の頭上の地点だった。生き埋め必須の状況だったが、墜ちてきた瓦礫や照明器具が彼の頭上すれすれで止まった。あの一体の空間が黒ずんでいる。デバフで物理を操作できる例は聞いたことも見たこともない。

 

アルヴィン「あー、勝てませんね。幸運のバフもきっとかき消されますよ」

 

ジェーナス「できないんじゃなくて?」

 

アルヴィン「いずれにしろ、突破口に成りえるとしたら、秒殺しに来ない彼の温情でしょう」

 

アルヴィン「桜色の効果紋って、まるで水戸黄門の印籠ですね」

 

 諦念が滲んだ笑みだ。引き際が良すぎる。全く持って使えない相棒だ。

 

ジェーナス「それでもラッキーのバフはかけ続けなさいよ! あなたの持ってる効果紋は、私が喉から手が出るほど欲しかった能力なんだからこんな呆気なく潰れる力じゃないわ!」

 

 嗚咽を飲み込んでそう吠える。

 

アルヴィン「了解。でも正直怖いです。あなたはそうでなくとも」

 

 確かに彼の能力は強い。その気になれば一歩も動かず仕留められてしまいそう。

 

 けど、強いだけで恐れる精神はあの世界に置いてきたつもりだ。

 

 それでも恐怖を感じるのはあの青年の雰囲気だ。殺す攻撃を何度もしたのに、殺意どころか敵意を向けられている感じもしない。しかし、決して命令を受けた無機質な軍人とも違う。

 

 震える手足に力を入れて、立つ。幸いながら出入口は一メートルもない。その場から逃げた。視界から彼が消え失せると、それ以上のデバフの低下は起こらなかった。やはり艤装操作と同じく意識捕捉か。視界に映らなければあのデバフから逃れられる。

 

 通路を右に折れて、広い大理石のロビーに出る。

 

 回転扉を抜けて建設記念碑の後方に身を隠した。周りには人は大勢いる。

 

 しかし、さっき砲撃をぶっ放したにしては騒乱はない。

 

 崩落したはずの文化会館の屋根も復活している。改変能力がすでに左右しているようだった。この景色のどこかに勝利の女神が微笑む要素はないものか。

 

ジェーナス「あいつ、まだ本気を出していないわよね……」

 

 砲撃の威力を弱める。本体を体調不良に陥れる。この身の数値はたかが知れている。

 その程度でエンチャント・ドラゴンが倒せるはずがない。

 だってあいつの火力や装甲は桁が二つほど違う。本来の彼の能力はその次元と渡り合えるとしか思えない。

 

 能力自体がタシュケントより強い可能性が、否定できない。

 

 タシュケントが効果紋の補助を受け、管理妖精を撃破したのではない。

 

 彼を主力にタシュケントが補助して撃破したのではないのだろうか。

 

 それなら彼女の希望と余裕に彩られたあの言動も頷ける。

 

 そう思えば、考えも変わる。

 あの程度と渡り合えないとタシュケント達についていっても、お荷物になるだけだとの結論に至る。

 本気で再構築の未来を志すのならば、どんな手を使ってもあの次元の相手を倒さなければならないのだ。

 

ジェーナス「どんな手を使っても……」

 

 嘲笑に口元の端を釣り上げたのが自覚できる。

 

 アルヴィンとの化かし合いの毎日、彼の周りで起きる権謀術数の日々も、この日を思えば幸運ではあったのかもしれない。無力に嘆くより先に必死に頭が回るように変化している。あの終末期の記憶、死にゆく人々の手を握り、祈るだけの時とは違う。

 

ジェーナス「あいつの強大な力に勝つためには……」

 

 思い出したのは崩落した瓦礫を空中で止めたあの芸当だ。デバフを応用して重力とかそういうのを操作したのだろうか。普通、鉄を浮かすのなら、艦載機や船みたいに重力に逆らう相応の力を『バフ』しなければならないのではないか。

 

ジェーナス「あそこだけ無重力になったわけでもあるまいし……」

 

 効果紋は艦娘や深海棲艦を通じて炉の力を人間に流し込む技術により烙印される。

 

 物理法則を捻じ曲げ、千変万化させる程の力だとしたら、ただの鉄片だった私に人をエンチャントさせて艦娘にするような、炉の力を操る妖精と同次元の能力を秘めている。

 アレはカテゴリこそデバフなだけで、デバフの域を超えているのかもしれない。

 

 ああ、もう。考えたところで突破口は見えてこない。

 

与人「どうした。ゲロ臭い顔で気分が悪そうだ」

 

 でも、やっぱり幸運には見放されていない。アルヴィンに渡したラッキーの魅力は絶えず蜘蛛の糸が垂らされることにある。死ぬその時まで希望が絶えず、降り注ぐのだ。

 

ジェーナス「与人、私で効果紋を烙印させてあげる」

 

ジェーナス「その代わり、化物対峙に付き合いなさい」

 

与人「残念ながらお前とは馬が合わないから遠慮するわ」

 

与人「ただ化物対峙だよな。面白そうだから少しだけ付き合ってやる」

 

ジェーナス「今、入口から出てきた青年が見えるかしら。あの空気にデバフかけているようなダウナー系の男よ。あいつはタシュケントの建造主でめちゃくちゃ強いわ。あんた、銃を持ってるわよね。私が囮になるから、それで後ろから狙撃してよ」

 

ジェーナス「フリーになったタシュケントはあげるわ。あんたと相性良さそうだし」

 

与人「分かったよ。俺の相棒は当てがついたんだが、面白そうだから手伝ってやる。ただしマジで大事な用事があるから五分間だけだぞ」

 

 あの建造主を倒しても、与人ではタシュケントには勝てないだろう。革命家を名乗る与人にとってタシュケントとの相性が悪くなさそうに思えたのは本心だ。

 

 建造記念碑の影から全力で走る。

 

 15メートル程、走ったところで、膝から力が抜けて倒れる。艤装展開だ。

 

 注目する。

 その隙に与人が背後から撃ち抜く。あいつは与人を知らないはずだ。ただの周りの群衆の一人にしか映らない。

 

ジェノ「次はもう少し強めに」

 

 アンツィオ艤装の殻に閉じこもり、視界に移らないようにする。

 真っ暗闇の中でただ時間を過ごした。まだか。一秒がやけに長く感じる。心の中でゆっくりと数を数える。10秒を経過した頃、深海の並びの良い艤装歯を持ち上げ、外の様子を確認する。

 

 彼は健在、だった。

 

 与人が見えた。引き金を引いているが、弾は発射されていないのか、うろたえている。どうして。気づかれ、デバフをかけたのか。偶然なはずがない。幸運に包まれている今の状態であんな滑稽なオチがつくはずがない。

 

 デバフ、じゃない。あの英文字は共有を示すシェアだった。

 

 ジェーナス「なによ、あなた……!」

 

 ――あんなのに勝てるわけない!

 

 あの効果紋の能力を想像した。知るはずのない終末期の過去を知っている。与人との共謀も見抜かれていた。

 あのシェアの効果紋の力ならば、全て筒抜けになっているのでは、と思うと、絶望だった。見たくない現実に蓋をするように、艤装の歯を噛み合わせる。

 

ジェーナス「悪い夢ね……」

 

 戦場で最も強い力は運を味方につけることだ。ジャヴィがそうだった。あんぽんたんな頭のくせして、作戦も十分に理解せずに海に出ても、神に愛されているかのように危機を脱して生存を遂げる。

 

 不運だった私は、あの力さえあればって。

 

 ジャーヴィスさえ、隣にいればって。

 

 悔恨を産み落とすように、艤装の内部の一部を変化させる。不格好だが、鉄の刃だ。想像した人物像が間違っていなければ、あの男は艦娘に優しい傾向があるはずだ。一撃必殺してこなかったのも、参った、と降参するのを期待しているからかもしれない。

 

 熱を、感じる。艤装内が熱に満たされていくのを感じるのはなぜだろう。

 

 艤装装甲に穴が空いてゆく。デバフで損傷状態にされている。

 彼のこの力はまるで溶鉱炉そのものじゃないか。しかし、骨の髄まで溶かし尽くすほどの熱量ではなかった。ぽっかりと空いた穴から、彼の左手が伸びてくる。桜色に輝くその手の形は、開いている。

 

 握手の形だ。彼は微笑んでいる。

 

ジェーナス「まだ勝負はついてないでしょ! なめんなガキが!」

 

 フンコロガシの艤装がぱっくりと開いて、ガシャガシャと音を立てて変形してゆく。スカートの周りを半円を描くように、展開されていく。右の瞳と首に浮かびあがった縫合跡のような傷口が紫色に光を帯びて輝き始める。彼の左目に見えるステータスは全体的に大幅に数値が上昇しているものの、運値の項目だけマイナスの記号がついているはずだ。マイナスがあるステイタスなんてきっと彼は初めて見たでしょうね。

 

 その手を取ろうとした左手は、空を切る。

 

 彼の左腕がだらんと垂れたのだ。差し込む光に照らされたのは深紅だ。

 

 女性の甲高い悲鳴が聞こえる。更に別の悲鳴が重なる。とっさに彼の左腕をつかんで、全力で引っ張り寄せた。空に深海のアヴェンジャーが見えたのだ。彼をアンツィオのフンコロガシ艤装の中に放り込んだのは人間を守ろうとした反射みたいなものだ。

 

ジェノ「艦載機……?」

 

ジェーナス「分からない……」

 

 深海の艦載機が誰のものなのかもそうだが、

 

与人「ぎゃはは! せっかくだからチュートリアル戦とさせてもらうか!」

 

 与人の左手の甲が金色のバフの文字が輝いていることも、謎だ。

 

 

6

 

 

艤装が軋んだ。艦攻の礫での衝撃とはまた違う。

 

ジェーナス「これ、持ち上げられてる!?」

 

 500キロはある艤装が持ち上がっている。与人ではない。バフの力はあっても、あんな遠くから干渉できるはずがない。別の誰かだ。

 慌てて艤装を液にして引っ込める。明け透けになった景色にまず見えたのは巨大な腕だ。戦艦系統の姫鬼の艤装と似ている。

 

「眺めておったが、ヌシじゃ坊主の性能を引き出せんのう……」

 

 麻呂眉と後臨、陰陽福が似合いそうな和装の少女だった。見た目は日進だが、こいつから感じるのは明らかに深海のオーラだった。

 

ジェノ「それ、アニマルのエンチャントで日進に寄せてるの?」

 

 そういえば与人の父を暗殺した男がそんな効果紋を持っていたわね。チャンを殺したのもこいつの建造主だとしたらカラスに擬態した艦載機やワニに変化して死体を喰らったあの光景にも合点がいく。そいつらが殴り込みをかけてきたようだ。

 

深海日棲姫「ちと乱暴ではあるが、人払いは済んだ」

 

 彼女がたらたらと能書きを垂らしている間にも、空の脅威は減っている。彼の左手が輝いているので、デバフが原因だが、蚊取り線香のように艦載機を墜としている。

 

アルヴィン「危な……形振り構わず効果紋を使いましたが、観たところ」

 

 アルヴィンもいつの間にか出てきたようだ。アルヴィンみたいな効果紋持ちは隠れていればいいのに。

 

ジェーナス「死傷者は出ていないのは不幸中の幸いなのかしら……」

 

 そもそも深海日棲姫が途中参戦したことは幸運なのだろうか。寒河江ジェノを倒すという点では利用できる幸運なのだろうが、深海日棲姫が味方だとも思わない。どっちが敵でどっちを味方だと考えて、なにをどう行動すればいいのか分からなくなってくる。

 

ジェーナス「アルヴィン、私はどうしたらいいのかしら……?」

 

アルヴィン「もはや単に心に従うべきでしょうね。選択しなくてはなりません」

 

アルヴィン「私はどっちでもいい。この場が済んで生きていれば降りると決めましたし」

 

 どっちみちジャヴィの鉄片の話が嘘っぱちだった時点でアルヴィンのもとに留まる気は欠片もなかった。今後の身の振り方だ。考えれば心が傾くのはタシュケント達のほうだけども、こういう感情に沿って決めるのは安直な悪いクセよね。

 

深海日棲姫「優柔不断じゃのう」

 

ジェノ「この子は僕達側のほうだよ。君のように平気で人を殺せる側じゃないだろ」

 

ジェーナス「……いいえ」

 

ジェノ「えー……」

 

深海日棲姫「ふむ。思ったより賢いわ。ああ、タシュケントはイズミヤマが足止め中。あいつは本気出せばワシより強い。しかし、そうはもたん。じゃけん、今の敵は建造主のみ」

 

ジェーナス「でも、本心はこの人よりね。再構築の未来、最高よ」

 

ジェノ「どっち?」青年は腕を組んで首を傾げている。

 

ジェーナス「約束したわよね。私に勝てば仲間にでもなんでもなってあげるって」

 

ジェーナス「幸か不幸か終末期を生き延びた私はね、少なくともこの命を大事にする義務があるのよ。前にもいった通り、泥船に安売りする気もないし、深海日棲姫と私、おまけで与人くらいまとめて倒してもらうくらいの強さがないと、終末期と同じく無駄死にになるだけじゃない」

 

深海日棲姫「強いのか弱いのか分からんが、青年は愚鈍じゃのう……」

 

 銃音とともに彼が尻もちをついた。今度は右足か。

 

与人「あっぱれだ。この騒ぎが他の連中にゃ、なかったことになるんだろ?」

 

与人「マジで革命家名乗ってくぜ。この力がありゃ大国だって転覆させられそうだ」

 

 可能だろうけども、そこまで甘くはないでしょうね。

 

与人「不意打ち喰らう覚悟で一度だけ聞くぞ。降参するなら見逃してやるよ。清く正しく生きてそうな人間を殺すほど俺は落ちぶれちゃいないんだ」

 

 そういって与人はポケットからスマホを取り出した。

 

与人「朝霜っつうギザ歯が持ってたやつだ。不意打ちで鉄片化させて、強制的に効果紋を烙印させてもらった。建造した時点で襲いかかってきたが、効果紋のお陰で勝てたよ」

 

ジェノ「愚かすぎるよ。僕なら君にできない方法で革命を起こすけども」

 

与人「その大層な効果紋でか?」

 

 青年は力なく笑って、

 

ジェノ「選挙に行くんだよ」

 

 そう切り返した。ぐうの音も出ないわね。

 

与人「はは、確かに中坊の俺には無理だな」

 

 その瞬間だ。視界が夜のとばりでも降りたかのように、黒く染まる。

 

 意味は分かる。だから、殺す気で攻撃した。

 

 その砲撃の威力も一メートル程の距離で完全に運動能力を失っている。

 

 本当に凄まじい。付与竜が敗北した理由も今と同じだろう。ヨーイドンで戦闘を始めたことだ。

 

与人「なにしやがる……!」

 

 バフの効果紋が金色に輝いている。しかし、立って強がりを吐くのが精いっぱいなのだろう。

 

ジェノ「朝霜、ちゃんだよね」

 

ジェノ「ああ、思えば……」彼は力なくつぶやいた。「彼女がエンチャントドラゴンとの闘いの場に来られなかったのは、万が一にも死ぬわけには行かないからじゃなかったんだよ」

 

与人「なんの、ことだ?」

 

ジェノ「知ってるくせに。これは彼女の無念の分ね」

 

 強い平手打ちだ。与人の足が地面から浮いて、吹き飛んだ。

 

ジェノ「覚悟は決めないと。ジェーナスちゃんも」

 

ジェノ「降参しないよね。だって」

 

ジェノ「管理妖精と戦うなら、こういう場面を切り抜けなくちゃ」

 

ジェノ「僕は君達の兵装になりさがる気はないから」

 

 覚悟を決め、効果紋の能力を知り、万を超える軍勢を潰すための、視界に及ぶ限りの全力なのかもしれない。視界に映るすべての事象にデバフをかけているのか。

 

 風はなく、呼吸すら制限されてゆく。空を舞う艦載機は木の葉のように墜ちてゆく。緑が萎れてゆく。そばにいる蟻一匹が微動だにしない。

 

 時間の流れが遅くなったかのようにスローになってゆく。

 

 すべてが0になってゆく世界だ。

 

 そんな場で怪我をしたのが嘘だったかのように彼一人だけが、立っている。

 

 感情的な一斉掃射から一般人が救われた。アルヴィンが味方した。殺人ができる与人と話がついた。金色のバフの力も持っている。深海日棲姫も参戦した。タシュケントは泉山が足止めしているという。窮地の中でいくつも幸運を拾った。

 

 なのに、まるで歯が立たない。

 

 幸運を幸運と呼べない。幸運が続くほどに地獄が長引く。管理妖精を相手にしているかのような錯覚にすら陥る。

 

 群生地の中に四葉のクローバーを見つけた。

 

 ふと、思った。

 幸運ってなんだろう。

 

 アルヴィンを思い描く。幸運のバフで富を築き、人生を彩った。その彼は今、同じようにひれ伏している。殺されようとしている。その原因が幸運だったとしたら、幸運は決して幸福をもたらす因果ではないのかもしれない。じゃあ、不幸は、今の私の不幸は、私の生まれつきの不運が原因じゃないのかな。

 

タシュケント「どうだい、あたしの相棒はすごいだろ」

 

 彼のデバフが作る闇の中で、光り輝く星が視えたのは幻覚だと思いたい。

 

 顔をあげると、まるで蟻の死に様をなんとなく眺める子供のような彼の表情がある。敵でも味方でもない。この死にかけの命はどうなるのだろう、と興味心が最も近そうなその眼差しの色は、かつて味わったことのない侮蔑だ。

 

 ――がんばれ。

 

 頭が真っ白になる。彼とタシュケントの共有の力は心を赤裸々にする。

 こいつ、自分で強力無比な力を振るう相手に心からの応援を飛ばしている。それは決して敵対視でも、友好視でもない。かといって作業的でもない。あるのは、人間はこうあるべき、という理想像から来る義務感だ。

 

ジェーナス「ぐ……」

 

 彼の過去が流れ込んでくる。

 

 彼がタシュケントに協力している理由は、推測できた。彼女にそれを願われたからだ。困っている人がいたら助ける。そういう正しさの義務感に支配されている。

 

 一言でいえば、不器用で不自由な男の子だ。

 

 人間として正しく生きても、彼は貧乏くじしか引いたことがないのだ。

 

 清く正しく生きる人が割りを喰う。それは自己責任の問題ではないと生きた終末期を思い描いて思う。命を取捨選択するのならば、少なくとも、こういう人の命を守らなければならなかったのではないかと残酷なことを想う。

 

 きっと彼に戦わせ、その後ろで守られて、理想の未来を手に入れようとした時、私の中の兵士は死んでいるだろう。多分、普通の女の子になっちゃう。それは違う。艦娘をやめる時はみんな一緒に、だ。

 

 四肢をつき、起き上がろうと身体を起こす。

 

ジェノ「……精神へのデバフもタシュケントの時と同じくかけたのに」

 

 彼が感嘆の声をあげる。

 

タシュケント「マジか。あたしが精神力で敗けたのか……」

 

ジェノ「彼女は不屈者だ」

 

 立った。立てたわ。

 

ジェーナス「これは不幸、なのかしらね」

 

 終末期の記憶を思い出した。亀の恰好で怯えて、助けを乞う場面だ。

 

 欧州水姫に胸倉をつかみあげられた時より、マシになった。

 

ジェーナス「それでも、悲しいのは――」

 

 この試練を乗り越えた先に幸福が用意されているのかもしれない。日陰の中、成長過程で傷がついて四つ葉になったクローバーとこの人生を重ねてみるも、肘や膝から力が抜ける。ダメだ。とても立ち上がれない。無様にあがいた結果、恰好は土下座になった。

 

タシュケント「素晴らしい!」

 

 彼女が笑った。

 

タシュケント「未来のために必要なのはこのような圧倒的な戦力差に抗う心だよね!」

 

ジェーナス「違、う!あなた バカじゃないの!」

 

 そんな風に強がれば強がるほど、泣けるだけ。あの時、こうしても、なにかが変わったとは思えないもの。求めるものは身体能力でも、精神力でも、強い兵装でもない。

 

タシュケント「違わないさ。人の心っていうのは醜さを隠さなければならない。あの悪夢は地獄の業火でそのメッキを外した。世の中になんて利己的な人間が多いことだろう。本物の強者はあの終末期の最中でも、きっと愛する人を守るためにあがいていたはずだ。あたし達を責めている場合じゃなかったはずなんだ」

 

ジェーナス「私達がもっと、人を好きになれていたのなら、当事者の私達は、終末期に向かう流れを本気で、止めようと動けたかも、しれない」

 

タシュケント「……そうかい」

 

ジェーナス「私は、そういう心を」

 

 彼が人差し指と親指で円を作り、力を溜めた。

 

ジェーナス「未来に持っていく為にこの世界の人と暮らすから!」

 

 彼が微笑んだ。

 

ジェノ「この出会いが幸運だったと思えますように」

 

 ただのデコピン一発で頭がはじけ飛んだかと思ったわ。

 

 タシュケントは改めるべきね。

 

 私達が軍艦に人間をエンチャントされた命なら、効果紋を宿した彼等は人間に軍艦をエンチャントされた命になってしまったということを。

 

 そんな人間だからこそ私達の兵装であってはならないのだ。

 

 一矢報いたい気持ちはやまやまだけど、限界か。

 

 視界がブラックアウトしていく。

 

 彼とタシュケントの会話が聞こえた。

 

ジェノ「膀胱まで緩めちゃったのかな。失禁しながら立ってる……」

 

タシュケント「見なかったことにするとして、同志は介護士だから処理のプロだよね」

 

 もうひと思いに鉄片化させてくれないかしらね。

 

 

 



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☘ー8話

 

ジェノ「その気があるのなら、来てくれるでしょ。一件落着かな」

 

ジェノ「収穫はあった」左手の効果紋に視線を落とした。

 

タシュケント「そっちの日進もどき君はまだ生きてるよ?」

 

 シェアとデバフの併合使用を試した。まずは深海日棲姫の身体能力を共有して、自分の感覚にしてから、自分を戦闘不能にする感覚で緻密なデバフをかけてゆく。タシュケントのアドバイスが効いた。このやり方ならスムーズで速い。

 

深海日棲姫「……待った」

 

ジェノ「深海日棲姫らしいけど、その可愛い姿は効果紋で日進さんに寄せてるンだよね」

 

深海日棲姫「出会ったのは奇遇でも、ワシを痛めつけて損するのはヌシじゃよ」

 

 あの仮面、顔文字みたいに表情が変化するらしい。

 

深海日棲姫「ヌシらみたいな怪物を知って無策な訳ないじゃろ」

 

 少し身構えたが、興味もあった。彼女が懐に入れた右手は長財布を取り出したが、デバフのせいか地面に落とした。「あっ」と意外と高音の可愛い声を出して拾って広げる。一枚のカードを取り出して、震えた手で掲げる。

 

 その手に持っているカードをまじまじと見つめる。

 

ジェノ「嘘だろ!」

 

 思わず、叫んだ。

 

ジェノ「僕の所属法人の会長の肩書きじゃないか!?」

 

ジェノ「いや、騙されないぞ。それ偽造したものだろ!」

 

深海日棲姫「肩書だけでほとんど顔を出さないからのう……」

 

深海日棲姫「ヌシ、今日付けで出世じゃ」懐からまたなにか取り出した。皺になっている紙切れは辞令所だった。「本付け付けでワシの秘書官に任命する。そのほうがこっちに時間をさけるじゃろ。安心せえ。賃金は変わらず支給する。悪くない話じゃろ?」

 

タシュケント「あっはっは! 深海棲艦が法人経営とか人生を謳歌してるね!」

 

ジェノ「本当だとしたら笑いごとじゃないよ!」

 

タシュケント「でもさ、よくよく考えれば春川泰造のような情報の塊がいる施設をこっち側の誰かが匿っていても不思議じゃない気がするけどね」

 

タシュケント「深海棲艦が福祉業者だなんてジョークきっついけど」

 

深海日棲姫「ちょっと悪徳坊主をだま、交渉して譲ってもらった法人がここまで大きくなるとは思わなんだが、寒河江、ヌシの性格には必殺よな。今のワシ、とってもかっこ悪いけど」

 

ジェノ「信じられない。深海棲艦が社会で成功してるだなんて……」

 

 無策じゃない、といった根拠はコレかよ。でも、よくよく考えてみればタシュケントのいう通り、情報の塊である春川のじいちゃんを誰かが囲っていても不思議じゃないか。

 

ジェノ「でも、本当にこっちで時間を使ってお給料もらえるのなら良い話か」

 

深海日棲姫「成立か。まず連絡を入れる」

 

 そういってスマホで連絡をかける。通話相手は施設長だ。電話番号も合ってるし、電話越しの声も同じだ。そのやり取りを聞けば、もう疑う余地はなかった。

 

深海日棲姫「力量は申し分なし。春川をかくまっていた甲斐があったというもの」

 

深海日棲姫「ほれ、ワシが仲間になりたそうにこっちを見ているぞ?」

 

タシュケント「聞くけど、君はこっちで建造された時は深海棲艦でそこから鉄片化して復活したことがある?」タシュケントはそう質問する。「深海棲艦はちょっと疑わしいよ。シェアの力を使って潔白証明させるのもアリだけど、喋っている感じ、他の方法にも賭けられそうだ。いちど、鉄片化させて再建造させる。それで日進君に戻れば仲間にしない?」

 

深海日棲姫「相変わらず容赦ないのう……多分、真っ白な日進さんには戻らんぞ?」

 

タシュケント「深海状態よりは道徳も良心も備わるからね」

 

 深海日棲姫は嗤って、「構わん」といった。

 

 その瞬間だ。タシュケントが右腕の艤装液から大槌を錬成し、頭部を振り下ろした。

 

 それを見届けた後に気付く。

 

 いつの間にか三田与人少年がいない。シェアの力であの効果紋を誰で烙印したのか調査しようと思ったのだが、逃走してしまったようだ。

 

 朝霜と連絡が取れなくなっている。

 

 拳銃を所持していた時点で艦娘といえど、彼女が与人に負ける可能性はある。ジェーナスと知り合いだったことも踏まえて、情報は知っていると見るべきだ。こんがらがってくる予想を整理する為に、近くの自販機に寄って、適当な炭酸を買う。

 

 いつの間にか悲鳴も止んで、日常が戻っている。なかったことになっている。素晴らしい改変能力ではあるが、現実改変のラインもよく分からないな。

 

ジェノ「完全に社会的になかったことになっているの?」

 

 という疑問が湧いたのはいつの間にかパトカーが数台到着していて、文化会館の裏道のほうに続く路地にキープアウトのベルトとコーンで規制されていたからだ。かといってタシュケントが深海日棲姫を殺した場面はまるで見えていないかのよう。

 

 歩いていくと、警官と視線が合う。「なにかあったんですか」と聞いてみる。

 

 返してはくれなかったけども、人が倒れている。スーツ姿の白髪のおじいちゃんが血だまりに倒れている。救急車で運ばないのかよ。殺人事件、なのかな。

 

 後から聞いた話だ。被害者は戸間という男らしい。

 

 



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❦ー1話

 

 

ジェーナス「ふふん、ふーん♪」

 

 さすが英国の娘さんとでもいおうか。ポテチをキッチンで作る人種を初めて観た。牛切りにしたジャガイモをハーブ&ソルトで味付けしてあげてゆく。管理妖精のいる世界で集めのチップスで軽食と洒落こむ余裕があるのはさすが腐っても地獄の終末期経験者である。

 

ジェーナス「噂に勝る万能兵士ね」

 

タシュケント「まあね。資材さえあれば大抵のものは作ってあげるさ。服なんかもね」

 

 資材を命にさえ変える炉の魔法、タシュケントには自給自足性能が宿っているようで、下に恐ろしきは世界が滅んでから管理妖精を仕留めようと試行錯誤していた80年間の修行の成果といえよう。錬金術もここまで行くとどこからどう見ても魔法だ。

 

ジェノ「アルヴィンさんは?」

 

ジェーナス「『これ以上、ベッドしても利益が見込めないうえ、帰してもらえなくなりそうだ』って。やっぱり管理妖精との戦いに首を突っ込む気がなかったみたい。ま、本人からしたら大富豪のままドロップアウトだし、願ったり叶ったりなんじゃないかしら」

 

 上機嫌な様子だ。右手で髪に飾ったクローバーのピンを触って、

 

ジェーナス「彼とはグッバイした」

 

ジェノ「君の誤解でふと思ったんだけど、グッバイってさようならの意味だよね」

 

ジェーナス「そうね。なに、英語でも教えて欲しいのかしら?」

 

ジェノ「グッドって良いって意味だよね。英語圏ではさようならって良いことなの?」

 

ジェーナス「あー……昔はね、神様のゴッドをグッドって発音してたの。でも直接的に神様って言葉を使うのが躊躇われていたからね。God be with yeの短縮形Godbwyeがグッバイにね」

 

ジェーナス「あ、yeはYouって意味ね」

 

ジェーナス「さようならは神のご加護がありますようにって意味だったってわけね」

 

ジェノ「なんかお洒落だね。そのクローバーのピンも」

 

ジェーナス「私は四つ葉より三葉のほうが幸運だと思うわ。だって四つ葉は傷から派生するって聞いたし、普通じゃないもの。普通が一番幸福なのよ」

 

 染々といった風だ。そこは共感しかねるな。まずジェーナスのように金持ちの気分も味わって見なければ普通の良さはいまいちわからない。不運よりかはマシだとは思うけども。

 

タシュケント「とりあえず三日の休養だ」

 

タシュケント「あたしも疲れたしね。同志、明日はどこかに出かけようよ!」

 

ジェノ「ジェーナスちゃんと行っておいで」

 

ジェーナス「ざまあないわね。あなたとデートはイヤだって」

 

 そういって中指を突き立てている。この子もなかなか性格に難がある。

 

ジェーナス「そういえばジェノ君に責任を取って欲しいことがあるんだけど」

 

ジェノ「なに、目的のためなら協力する気だけども」

 

ジェーナス「あのね、あなたのデバフを喰らってから」そこまでいうと、「やっぱりいいわ」といってからそそくさと台所を離れる。向かった先はお手洗いだ。

 

タシュケント「膀胱がゆるんだままなんだって」

 

ジェノ「そんな!」

 

 それは申し訳ないことこの上ない。

 

タシュケント「多少当たりがきつくなるのも仕方ないよ。粗相をフォローした時に彼女が失ったものは大きい。むろん素肌もそうだけど、下の世話をされたのは乙女としては大きいはず」

 

ジェノ「触れないのがせめてもの優しさか? 君がなんとかすればよかったんだ」

 

タシュケント「イヤだよ。汚いし。あえて放置しとけばよかったかも」

 

 今更だな。腰をあげて自室に戻るとした。廊下を歩きながらスマホで朝霜にかける。一向に出る気配がない。なにか危険なことに巻き込まれていると考えてしまうので、気になる。タシュケントは「大丈夫」と根拠もなしにいうが、やはり心配だ。

 

 自室の扉を空ける。

 

ジェノ「なんだこれ……」

 

 改装されている。憂からもらったポスターはなぜか軍艦の写真に張り替えられており、憂が出演していたドラマのブルーレイも全てなくなっていて代わりに有名な戦争映画のものが並んでいる。こんなことをやるのはタシュケント一人しかいない。

 

タシュケント「卑猥なものは全てあたしに変えておいた」

 

ジェノ「人間の女性イコール卑猥なのか。憂からもらったものはあらかた処分するつもりだったからいいけど、別に応援するって意味なら残しておいても良かったものもあるのに」

 

タシュケント「ああ、安心して。健全判断されたものは残してる」

 

 テレビ台を開いた、去年に公開された映画のブルーレイが残っている。

 

タシュケント「あ、それは検閲したよ」

 

 内容は癌の少女が主役の家族愛の物語だ。設定が泣け、といっているようなもので、憂はその少女の隣の病室の病人という役を演じている。よく分からないけど、業界人いわくブレイクのきっかけとなった作品だそうだ。よくある温かい家庭の不幸の話だ。

 

ジェノ「どうだった?」

 

タシュケント「同情はしたよ。感動も感情移入もしなかったかな。こんなに愛された家庭で育ったのなら、十分に幸せだっただろうさ。まだ生きたいって境遇には同乗した」

 

タシュケント「あたしが過ごした鎮守府の日常的にまだ学校の青春もののほうが分かるけど、家族愛を人の成り損ないのあたしに問うのはナンセンスというものだって」

 

 奇遇。同じ感想だ。

 

タシュケント「そういえば同志はなんで憂ちゃんと付き合ったんだい。失恋したにしてもなんかダメージなさそうだよね。遠距離恋愛ってそういうものなのかな?」

 

ジェノ「思えば憂には特別な好きはなかったのかもしれない。たださ、あんな可愛い子に告白されたら、うんって頷いちゃうよねって感じだ。それに理由として大きいのは、初めて僕を好きだっていってくれた女の子といのもあるよ」

 

 実際、思い返してみればそれほどドラマチックな過程もロマンもなく、掘り返しても大した起伏もない話だ。少なくとも、別れが頭によぎった時、嫌だという気持ちはなかった。若干、憂が売れっ子になっていくこともあって、束縛がなくなって彼女の為にもなるとも思った。

 

タシュケント「初めて好きっていってくれた異性ね。それ、なんか分かる気がするよ」

 

ジェノ「まさか。君はきっと引く手あまただと思うよ。容姿に優れているっていうのはやっぱり武器だと思うし、相手への理想も高くなるはずだ。憂みたいなのは稀だと思うんだ。少なくとも容姿に優れた人ってのは人並み以上にどこかで得も損もしているんじゃないの」

 

タシュケント「優れていることを武器というのなら嬉しくない。厄介事に巻き込まれやすいだけだ」

 

 武器という表現をされてしまうと、ネガティブに受け取るらしい。この子が街で一人で歩けば声くらいかけられそうだとは思うけどな。ジェーナスのほうはあからさまな未成年なのでまた違うだろうけども、飛び火しそうなので、この話はこれ以上広げないでおこう。

 

タシュケント「でも割と本気で気になるんだけど、同志ってどういう子が好きなの?」

 

ジェノ「一緒にいて落ち着く子かな。騒がしいのは苦手なんだ」

 

タシュケント「あっはっは、それは残念だ。あたしは騒がしいほうだからね」

 

 少なくともタシュケントに出会ってからは人生で一、ニを争うほど騒がしくなったな。

 

ジェノ「ま、明後日まで休養だ。町にでも出かけておいで」

 

ジェノ「僕は職場に顔を出してくるからさ。あれなら後で合流しよう」

 

 やっぱり仕事しないと落ち着かない。

 

 タシュケントは頭の後ろで手を組んでいう。

 

タシュケント「相沢冠司っていう提督がいたんだ。春川泰造が研究職のほうに異動してからその空いた提督職を引き継いだ男の人だ。あたしはその人の指揮の元で戦った」

 

タシュケント「彼と君は人生の境遇が似てる。あの提督は父を事故で亡くして母も病に伏していた。それを忘れるかのように仕事に没頭していた。なのに、元気で明るくて優しい性格だったよ」

 

 黙って耳を傾く。何気にこの懐古のオーラで過去を語り出すのは初めてだ。

 

タシュケント「全く持って明るい毎日ではなかったのにね」

 

ジェノ「僕とその人は似てないよ」

 

タシュケント「似てる。提督のその性格は義務感が強かった。あたし達は不完全かつガキのような性格ばっかりだったから戦闘において一定の調子をずっと保っていられなかった。浮き沈みが激しいんだ。提督が暗くて義務感に包まれたままでは仕事を十分にこなせない兵士もたくさんいたからってのもあったはずだよ」

 

タシュケント「君の善良も義務感が強い。あたしには人間はこうあるべきだって偶像で動いているように見える」

 

タシュケント「困っている人は助ける。人には優しくする。それはきっと社会的にも間違っていないけれど、それは君の幸福に貢献しているようには思えないのは、きっとその義務感のせい」

 

タシュケント「君は群衆のために自己犠牲をするほどのヒーローの器じゃないよ」

 

タシュケント「きっと自分の欲望すら知らない。ハメの外し方もね」

 

 言い得て妙な指摘だった。

 

 子供の時分を思い返してみても、楽しかった記憶も確かにはあるが、いつからかそういった気持ちは薄れていった。友達とも門出を機にあまり会わなくなり、出会いも職場の付き合い以外では少なくなった。本当に充実した私生活とは縁遠くなってはいる。

 

タシュケント「君にとってもあたしと出会えたことは幸運だと思うけどね」

 

タシュケント「こうやってプライベートで寝食をともにする相手というのは貴重さ。いやがおうでも相手を知るし、あたし達は友達以上の関係にはなれるだろうしね」

 

ジェノ「でも恋人にはなれない。そうだろ?」

 

タシュケント「……そだね。その心配はないのに君は誘いを断る。すねちゃうけどいいかい?」

 

 唇を尖らせ、不満気だ。「わかったよ」とジェノは返事をする。

 

タシュケント「しょうがないなあ。明日はあたしがエスコートしてあげるよ。いいかい。亜斗ちゃんは連れてこないようにね。エスコート失敗の時にあたしが呼ぶからさ」

 

 少し不安だ。人の世の娯楽をどれだけ知っているのだろう。

 

 でも、だからこそ、ちょっと楽しみだった。

 

2

 

職場に出勤すると、でかでかとお知らせの掲示板に今月の異動や退職者、新入社員の名前が張り出されていた。目を引くのは寒河江ジェノの文字だ。一般職員からなぜか会長秘書だから、この法人に前例のない異動だろう。職場は噂話で持ち切りだろう。

 

 しかし、目を引いたのは千里亜斗の名前だ。辞めるのか。

 

 事務所で長話に巻き込まれると思いきや、意外とそうでもなかった。「寒河江君、この施設はいいところだよねっ」と事務員さんがいってきた。「俺らも良いやつだよな」と周りの人達も付随する。家族経営なので経営陣に気に入られると施設に融通が利くからか。

 

 施設としては歓迎ムードだった。本当の事情は口が裂けてもいえないが。

 

夢島「寒河江先輩、いなくなっちゃうんですかあ!?」

 

ジェノ「この施設からはね。法人には所属したままだから」

 

 フロアにあがると、夢島さんが話しかけてきた。去年の新卒の子だから、まだまだ深い付き合いとはいえないけども、去年唯一残った新卒の子だ。ぽわぽわしている子だけど、恐らくそこが生き残れた理由でもあるだろう。優しく愛でる系の亜斗の下に配属された運が強いだろうな。他のフロアの体育会系だと潰れていた危険大だった。

 

亜斗「おはよー。人事の張り紙で眠気は吹き飛んだわ」

 

夢島「亜斗ちゃんも辞めるんですかあ!」

 

ジェノ「事前に教えてくれてもよかったのに。まさか結婚じゃないよね?」

 

亜斗「寿だったら周りに報告しまくるわい。元に務めていた動物園が再開するって連絡が来て、当時の職員に優先的に声をかけてくれているらしい。それでそっちに行くことにしたんだ。思えば色々と勉強になったし、交友関係も良かった職場だったねえ」

 

 なるほど。確かに亜斗はもともと動物園の飼育員やっていて、その動物園が事故でしばらく閉鎖になり、暇していたところを誘ったので、その理由なら納得だ。そもそも介護の愚痴が止まらなかったのでいずれは辞めるんだろうな、とは思ってはいた。

 

亜斗「やっぱり人間より動物のほうが可愛い」

 

「そんなの当たり前じゃないですか! この仕事、可愛いの尺度で測ってたのも驚きですが、私はごく少数の可愛いおじいちゃんおばあちゃんとお二人の存在でモチベを繋いでいたようなものですね! でも最近、自己中な利用者が多くて心折れかけてます!」

 

 夜勤明けだからかテンションが高くて本音がもろ出てる。

 

 まだ早朝の七時だけども、共同スペースのフロアには春川のじっちゃんが新聞紙を広げている。ついているテレビもなんだか芸能人や不祥事や政治家の汚職事件がやけに多かった。もう日常茶飯事のことなので、特に興味は湧かなかった。

 

夢島「あのー、急な暴露と申し出で悪いんですが、私、明日から三日間お休みでして」

 

 夢島さんが頬を人差し指でかいて、苦笑いする。

 

「結婚するんです」

 

亜斗「へ!?」

 

 噂で彼氏がいるとは聞いてはいたけど、亜斗の驚きようからして女子間でもその情報は出回っていなかったらしい。女性職場なので結婚自体は割とあるので、驚きはしなかった。おめでとう、という前に、夢島さんはいう。

 

夢島「明日の結婚式、出てくれませんかあ?」

 

ジェノ「いくらなんでも急すぎるよ! 明日って!」

 

夢島「ささやかな式なんであれなんですけど、私ってほら友達いないじゃないですかあ。私は身内だけの式にしようっていったんですけど、彼氏のほうがちょっと友達が多いんです。職場の友達兼職場の人としてぜひ。お二人には祝って欲しいですし……」

 

夢島「あ、スタッフの方には話が通してありますから!」

 

ジェノ「いうのが今日だったのはさすがにないよ。さすがに欠席しにくいよ……」

 

亜斗「明日は休みだしそっちが良いなら私は行く。可愛い後輩の晴れ日だしな!」

 

ジェノ「僕はちょっと待って欲しい。今日中には連絡するから」

 

夢島「いくぶん急ですから、断ってくれても構いません。こっちの用意だけはしっかりしておくので返事、待ってますね! ちなみにお話を振ったりはしませんのでご安心を!」

 

「あ、夕方までに連絡をくれるならお友達を連れてきてくれても!」

 

「なんか私の周りだけ人が少ないのも悲しいですし……」

 

 場所を聞いたところ、この街のようだ。

 

 彼氏のことはよく知らないが、写真を観た感じ、優しそうな眼鏡をかけた男の子だった。二人とも21歳と若かった。迷ったが、休憩時間に深海日棲姫にかけてそれを聞いたところ、休養の時間は好きに過ごせ、とのことで時間は確保できた。

 

 夕方、その意向を伝えると同時に、

 

ジェノ「友達、女の子だけど、二人連れてきてもいい?」

 

 そう聞いた。タシュケントとジェーナスも可能なら連れて行ってみたかった。

 

 こういう一般の結婚式に参加した経験は二人ともないはずだし、二人とも女の子だから興味もあるだろうと思ってのことだ。隙をしているみたいだし。

 

 二人からは「行ってみたい!」とテンションの高い返事が来た。

 

 3

 

 仕事が終わった時間ちょうどにスマホにタシュケントから連絡が来た。歓楽街で待ち合わせとのことだ。彼女のエスコートに沿って羽目を外す時間の到来だ。入口のそばにある神社で落ち合った。到着した時に神社に繋がる路地のほうで人だかりができていた。

 

 タシュケントがなにやら路上パフォーマンスを披露していた。

 火を出したり、モノが現れたり消えたり、要は炉を利用した手品である。そのうち警官来るぞ。目が合うと「はいおしまい!」と最後に手を叩き合わせた。群衆が散ってゆく。足元にある大き目の缶には小銭や札が入っている。なかなかたくましいことしてる。

 

タシュケント「一日遊ぶ程度の日銭は手に入ったかな」

 

ジェノ「軽率だ。動画を撮られてたし、snsにアップされるかもしれないよ」

 

タシュケント「しまった。なら自分で撮影してあげればよかった。ジェーナス君とテレビを観ていて、チューバーなる存在を教えてもらったんだ。あ、ちなみにジェーナス君はお留守番ね。見た目が原因で夜にうろついて面倒事になったことあるから来ないって」

 

ジェノ「なんか悪いな……ジェーナスちゃんから遊興費もらったんだろ?」

 

タシュケント「本人が使い道ないからっていってくれてるものだし、最初はしぶっていたけど、同志と遊ぶっていったら快諾してくれたよ。あの子、アルヴィンさんと暮らしたからか、金銭面ではかなりしっかりした価値観を持ってる。もう主婦並みの感覚だ」

 

 ジャーヴィスを買うために貯めていたアルヴィンからの報酬がまま残っている。その額、実に二億を超えているという。あまりに巨額だが、経済面は自分でなんとかする、という申し出だけはありがたく受け取ったのだった。

 

ジェノ「それで今日はなにするんだ?」

 

タシュケント「鎮守府着任した時にあたしが強要されたパワハラ歓迎だ」

 

 まず飲食店に行くとのことだ。タシュケントが生きてきた社会の輪でもアルハラがあったらしい。

 あいにくと酒には強いほうだ。

 

4

 

 タシュケントが直感で選んだ店はこの一月の季節の寒空の下にさらされる屋台の店だ。近くに暖房があるのが乙だが、それでも寒かった。なので熱燗を頼もうとしたのだが、タシュケントが度数の高いアルコールを注文していた。

 

 酒を飲みながら、タシュケントの昔話を聞いた。主に鎮守府でわいわいとバカやっていた時の話だ。意外と女性の話はえぐい。「まあ、顔を赤らめる純情なヒロインタイプではないね、あたしは」少し残念そうだ。物を知らないよりはいいかと思う。

 

ジェノ「あ、そうだ」

 

 それから連絡がつかない朝霜の話を切り出した。彼女の携帯にかけても一向に出なかった。ただタシュケントが「連絡来たよ」といった。話を聞くと、与人に建造されて効果紋を烙印されて、少しトラブルに巻き込まれているが、こっちはこっちで動いているから心配はしないでくれ、とのことだ。一方的な文章で返事はスルーだそう。

 

ジェノ「そういえばブラックタイガーって知ってる? 君が建造された時に大暴れした暴走族だよ」

 

タシュケント「あの夜中に除夜の鐘の音をかきけす騒音を鳴らしてた連中ね」

 

ジェノ「実は元をたどると、あの創設者って亜斗ちゃんなんだ」

 

タシュケント「ほんとに!?」

 

ジェノ「あのジェーナスちゃんが所属していたボラ団体って亜斗が5年前に立ち上げた団体なんだよ。もともと高校生の慈善活動だったんだけど、声をかけまくっていたら大きくなってさ、当然、その仲間内の仲もよくなっていくつかグループが派生したわけ」

 

ジェノ「その一つのバイク好きな男達のグループが暴走族になっちゃった。リーダーが黒い虎という意味で名付けたらしい。そういうエビの存在を知らなかったんだと」

 

タシュケント「あはは、その物を知らない感じ、深海棲艦みたいだ」

 

ジェノ「深海棲艦って暴力的かつ怨霊的な怖いイメージあるけど」

 

タシュケント「艦娘や人間に対してはね。でもあいつら仲間内だと割と面白いことしているよ。あたしは単艦活動を許可されていたから深海棲艦勢力と色々あったんだけど、存在がユーモアの塊だよ。悪役だけど、悪党ではないって感じだった」

 

 タシュケントが懐かしむように酒を煽った時だ。

 

タシュケント「君が竜から抜いたあたし達の知識は姿形と艤装能力程度かい?」

 

ジェノ「そうだね。後は基本的妖精の力と終末期のことが大体かな」

 

タシュケント「効果紋は春川泰造の副産物に過ぎないけれど、大きな変化をもたらしたんだ。戦闘能力的なことはいわずもがな、だ。でもあれのせいでむちゃくちゃだ。戦艦空母駆逐軽巡重巡エトセトラ、それぞれしっかりと役割があったんだけど、効果紋のせいで駆逐が戦艦の役割を果せたりもするようになった。すると、どうなったと思う?」

 

ジェノ「それぞれの役割が消える?」

 

タシュケント「そう。格差が消えると思いきや、更なる格差が生まれるわけだ。艤装能力や艦種のレア度よりも烙印できる効果紋によって価値を決めるものさえ現れた。そいつらの言い分は、効果紋はそれぞれの精神性や相性が繁栄されたもの、身体ではなく精神によって価値が定められるほうが尊いとね」

 

ジェノ「心に価値つけられるほどその人のこと知らないんだろうに」

 

タシュケント「そうだね。だから艦娘が全員、艦娘でいる必要もなくなったわけだ。もちろん、あたし達は上に高い点数をつけられたものに志を託し、支援しあった。やれることを個人で探し始めた時期もある。君の知識は少し古いね。凄腕のハッカーとかも生まれたよ」

 

 確かに、時代が変わればそういう流れへのシフトもあるのかもしれない。

 

タシュケント「これは忠告……いや、警告にしておくよ」

 

タシュケント「艦のお嬢さん方を良い子ちゃんの集まりだと思わないほうがいい」

 

タシュケント「この世界で生きた君からしたら、殺し屋の犯罪集団に映るだろう」

 

 仮にも、人間をエンチャントされているんだから、と彼女がいった時だ。

 

 ボサボサの伸びた黒髪に染みだらけの服、ぼろいスニーカーを吐いた客が隣に座った。少し血の臭いがする。タシュケントも気づいたのか、隣の客に視線を送るが、すぐに外した。「そういえば結婚式のことだけどさ」と話題を投げられる。

 

ジェノ「なんならそう遠くないし、式場を見に行く?」

 

タシュケント「いいね。偵察は大事だ。リアル結婚式は初めてで緊張する」

 

 偵察というほどでもないが、当日迷わないよう下見をしておくのはアリだ。

 

 隣の客はすでに五杯のラーメンを感触している。スープまで制覇だ。席を立ってポケットに手を突っ込むと、くしゃくしゃの紙切れと硬化を取り出した。店主に乱雑に握らせると、席を後にする。その後、店主が眉間に皺を寄せた。札に血がついている。

 

タシュケント「血、ね。同志、後を追ってみよう」

 

タシュケント「ジェーナスの単語が出た時、少し反応してたし」

 

 後ろに目玉でもついてんのか。タシュケントがすぐに後を追ったので、支払いを済ませた。後を追う前に店主に聞いてみた。

 

ジェノ「すみません。さっきの人、目の色、何色でした?」

 

 海の色、とのことだ。

 

5

 

 タシュケントの後を慌てて追いかける。尾行に気付かれたのか、彼女は人込みをかきわけて疾走している。とてもじゃないが、追いつけはしないので、早々に諦めた。

 

 どうして逃げるんだろう。

 

 徒歩にシフトしながら、考える。深海棲艦ではなかった。しかし、あの裸の金に付着した血からして誰かから奪ったものなのだろうか。恐喝や強盗をする艦娘がいると思うと新鮮だ。知っている情報では誰も彼もが清潔で良い子ちゃんだった。

 

 タシュケント達が折れた飲食店同士の隙間の路地に入る。

 

 スーツ姿の男性が倒れている。室外機の上に座っている。声をかけても反応はない。右頬が腫れている。膝の上には黒い革財布が置かれている。カード類はあるが、金銭の類はなかった。右手にはめた革の手袋を外してみる。ヒールの効果紋の文字列がある。

 

ジェノ「あのー……」

 

 救急車を呼ぼうか迷ったものの、ヒーラーなら起こすだけで治せる傷だろう、と判断して声かけをしながら肩をゆする。持っていたハンドタオルで血を拭って介抱する。

 

 目覚めたのは十分後だ。

 

6

 

「ありがとう。その手、同じ、建造主だよな」

 

ジェノ「なにがあったんですか?」

 

「気にしないでくれ、っていいたいが、助けてくれた人だしな……」

 

ジェノ「ヒールの効果紋使わないんですか?」

 

「今はなぜだか使えないんだ」

 

ジェノ「……なにがあったんです?」

 

「痴話げんかだ」

 

ジェノ「建造した艦娘の名前だ」

 

「ムッシー・シャイだ。俺が勝手にそう呼んでいるだけで正式名称は知らない」

 

 正式名称は知らない。やっぱり建造時のあの記憶共有は効果紋のせいのようだ。ムッシー・シャイ。直訳すると、超恥ずかしがり屋さんってところだろうか。

 

 詳しく話を聞いた。男の名前は飯田照樹というらしい。ラブリー・ボードの掲示板で知り合った人とリアルで会って、その鉄片をもらったとのことだ。当時は信じていなかったが、その人の付き添いのもと、指示に従って、恥ずかしがり屋さんが生まれた。

 

飯田「管理妖精を倒す手伝いをするってムッシーちゃんと約束したんだ」

 

飯田「もっともあの娘は人間不信でよ、全く行動をともにしてなかった。あいつはあいつで情報収集をしていたみたいなんだが、俺もリアルが忙しくてさ、後回しにしてた」

 

 それはそれですごいな。最初に効果紋を手に入れた時、あまりの非日常にそれ以外のことが頭から飛んだほどだ。むしろこのリアルのためなら命を天秤にかける人が大勢いると思うほどの未知だと認識した。保守的なのか、あまり深く考えていないのか。

 

飯田「実は俺、明日に結婚式があるんだ」

 

 夢島さんを思い出す。男の顔を観察してみる。あの写真に写っていた男ではない。

 

ジェノ「偶然ですね。明後日に僕の職場の後輩の結婚式があるんですよ」

 

飯田「まさか、夢島瑞希か?」

 

ジェノ「そうですけど知り合い……?」

 

飯田「中学からの付き合いだ。今は疎遠だが、夢島の彼氏さんとも幼馴染だ。偶然、ブッキングしたんだよな。というか夢島の先輩だとか世間が狭いな」

 

飯田「俺はできちゃった婚なんだが、さすがに子供と奥さんを大事にしていかねえと。あいつの周りの危険なことに首を突っ込んでいる暇があれば働かなくちゃならん。だから俺は降りるって伝えたら嘘つきっていわれて軽く襲われたわ。ま、怪我のことはいいんだ」

 

 本人は安く済んだ、と思っているようでなによりだ。

 

「金になりそうだけど、さすがにこんな力で稼ぐのはなんか後ろめたいし、やっぱり普通に働いて家族を養っていくのが一番、嫁も親も安心すると思うし」

 

 おお、まともな人だ。

 

 やっぱりあの子は関係者か。ブン殴った後に奪ったから金に血が付着していたのだろうな。しかし、この飯田という男の言い分は間違っていない。妻と子がいる身なら、世界のために命を賭けるのは他の暇なやつに任せるべきだよな。

 

飯田「ここで会ったのもなにかの縁だ。そうだろ?」

 

 嫌な予感がする。

 

飯田「あんた、暇人の建造主か」

 

 なんだよ、その聞き方。

 

ジェノ「ドロップアウトする予定はないです」

 

 見方を変えるとチャンスでもあると考えた。

 

 この男の手にあるのはヒールだ。

 

 肉体の損傷を治す入渠魔法である。戦う際には喉から手が出るほど欲しい武器だった。あの子を味方につけられたのなら、その効果紋を他者に移すことができるのだ。

 

ジェノ「暴力的で恥ずかしがり屋な子なんですか?」

 

飯田「違うよ。名乗ってもくれなかった。ムッシーシャイっていうのは後日になってそいつが抱えていた八つの小瓶にそれぞれアルファベットが記されていたんだ。それを繋げるとムッシーシャイになったから俺がそう呼び始めただけだよ」

 

ジェノ「そっか。意外と近くにたくさんいるもんだ」

 

飯田「そりゃそうだ。この町は春川泰造がいるホットスポットだからな」

 

ジェノ「……知っている情報を教えてもらえますか?」

 

 他に彼が握っていた情報はそのラブリーボードで知り合った『ミクス』という人物の情報、そのグループで知り合った自称艦娘という女の子の連絡先だった。さっそくスマホでラブリーボードに登録してアカウントを作る。そしてグループに紹介してもらった。

 

 アカウント名はセントーちゃん。

 

 入室の表示がされて、さっそく挨拶と自己紹介を書き込み、

 

『艦娘の子ですか? 会えますか?』

 

 と書き込んだら、すぐに返信が来た。

 

セントーちゃん《初チャでキッモWW 連結中乙WWW》

 

セントーちゃん《いるんすよねーWW 艦娘がちょろいと思ってるやつWW》

 

 少しイラッときたが、堪えよう。普段、こういうのはやらないので初手を間違った自分の責任にしておく。それより誰だよ。脳内の知識庫を漁るも、こんな喋り方と対応するような艦娘の子なんかいないぞ。タシュケントのいう通り、インスト知識が古いのかな。

 

 続いてタシュケントや朝霜、ジェーナスのことを書き込もうとした時だ。

 

「ぎゃああああああ!」

 

 甲高い悲鳴が聞こえた。タシュケントと似ていた気がする。

 

7

 

タシュケント「助けて! 同志、助けて……!」

 

 小さな叫び。なにかに塗れて死んだように空を仰いで倒れているタシュケントを発見した。辺り一面に甘ったるい匂いがする。照らすのは黒よりの紫のような色の柔らかい物体だ。その物体に紛れて、何匹かゴキブリがうごめいている。悲鳴をあげて当然だ。

 

ジェノ「甘ったるい。これ、あんこか……?」

 

タシュケント「あいつ、あたしがあんことゴキが大嫌いだと知って誘導したよ!」

 

 とりあえず手で山のようなあんこを取り分けてタシュケントを引っ張り起こした。

 

タシュケント「ゴキブリがまだ服にたくさんいる! 取ってよ!」

 

 蠢くGを手で払いのける。

 

飯田「何事だよ」

 

 飯田が追いついてきたので、事情を話して手伝ってもらう。

 

 タシュケントが半狂乱から立ち直るために15分ほどの時間を要したので、その時間、地面にぶちまけられた食品の廃棄物の片付けを行った。

 

 タシュケントいわく、ここで待ち伏せされた。相手の素性に関しては謎のままだが、艦娘であることは十中八九、間違いないだろうとのことだ。その弱点を知っている人は鎮守府でともに過ごした仲間以外にありえないとのことだが、容姿からは分からないとのことだ。逃亡中に髪がズレていたので、あれはカツラの可能性が高いとも。

 

飯田「へえ、君があのタシュケントちゃん?」

 

タシュケント「そうだけど」

 

飯田「殺されかけたわ。お前、警察署をぶっ壊しやがっただろ」

 

タシュケント「……ごめん。そんなことより君、あいつの建造主なんだろ?」

 

飯田「悪ィが、俺はドロップアウト希望だ。嫁さんと子供がいる。知っていることは寒河江さんに教えたよ。あ、でも、まだ一ついってねえか」

 

飯田「あいつ、けっこうやんちゃしているらしくてさ、尻尾はつかめてねえんだが、警察があいつが起こした事件を不審に思ってる。公じゃねえけど、こっそりと操作がされているって先輩から聞いた。改変能力が作用してねえから、警察に建造主いるかもな」

 

ジェノ「……飯田さんってもしかして」

 

飯田「ああ、俺、警官なんだ。新米刑事だ」

 

 げ、と思わず声が出た。刑事は苦手だ。刑事と初めて出会ったのは火事で父親が死んだ事件の時だった。あまり良い思い出がない。相手が仕事なのは分かっているけども、ただ事件を解決することに情熱を傾けて、被害者を思いやる態度に欠けていた。

 

飯田「俺の少年課の先輩がさ、あいつ周りの事件を個人的に嗅ぎまわってるから、少し放置でも良いと思う。俺の先輩はすげえ優秀だからあいつを捕まえるはずだ」

 

 思わずタシュケントと目を見合わせた。相手はいわば武装した超人である。しかも世の理を外れている。そんな相手を捕まえる。建造主ならば、そこを理解していっているようにも思えたからだ。

 

ジェノ「協力するよ。さすがに危険だろうし」

 

飯田「それに越したことはないか。感謝するぜ。やっぱり暇人はこの世の救いだな」

 

 一言多いわ。飯田からその先輩とやらの連絡先を教えてもらう。

 

 かけてみたが、出てはくれなかったので、少し待つとした。

 

 その間、ラブリーボードを開いて返信がないか、確かめた。

 

タシュケント「なあに、それ?」説明すると、画面をじっと覗き込む、「こんな言葉遣いする艦娘も深海も知らない……」といった後、「けど」と付け加えた。

 

ジェノ「こっちには心当たりはあるんだ?」

 

タシュケント「セントーの意味が『銭湯』を意味するなら重要参考人に心当たりある」

 

 そういってタシュケントが文字を打つが、返信はおろか既読もつかない。

 

タシュケント「いや、鎮守府でね、ドラム缶と艤装のボイラーを使ってお風呂を沸かしていた子がいるんだ。その子の夢が風呂屋さんだったから……いや、違うか」

 

ジェノ・飯田「で、誰?」

 

タシュケント「海防艦の対馬って子」

 

ジェノ「ええと」知識のバンクにある海防艦の対馬のデータからして、草生やして煽ってくるようなタイプではないはずだ。「さすがに人違いかな」

 

タシュケント「でも、あの子さ、戦闘じゃあまり役に立てないからって、パソコン弄り始めた時期があって、提督から神童と称されていたほどスキルがあったみたいだし」

 

飯田「SNSやるくらい誰でもできるだろ……」

 

タシュケント「そうだね。対馬君ってけっこう間が抜けてるところあったし、ハッキングなんて真似が向いているとは思えないし、なにより文面で草生やす子じゃないよ……」

 

 同じ感想。

 

 待てよ、と飯田があごに手を添える。

 

飯田「ラブリーボードって前の管理者が看板を降ろして、そのサーバのシステムを流用してその息子が始めたサイトなんだ。その前の掲示板でさ、書き換え能力が作用して隠蔽された大事件があったんだよ。三年前だ。寒河江は知ってるか?」

 

 知らない、というと、

 

飯田「偽造カードを使って郵便局や銀行から大量に金を奪った事件だ。被害総額は10億を軽く超えてた。改変能力とハック能力、その他もろもろ、この戦いに関与していないと説明がつかない点が多いんだ。まあ、改変されちゃってるからもう事件として追えん」

 

タシュケント「対馬君がそんなことするとは思えない……」

 

ジェノ「だけど、関わっている可能性はあるね。それに今はその事件を追う必要もないんじゃないかな。先にムッシーシャイとその先輩さんのことだ」

 

タシュケント「ムッシー・シャイってなにさ……?」

 

 飯田から聞いたことをそのまま伝える。

 

 八つの小瓶に書かれたアルファベットのことだ。

 

タシュケント「いやね、八つの小瓶の中になにが入ってたか分かる?」

 

飯田「粉のようなものだ。色は黒だったかな?」

 

タシュケント「……ふうん」

 

 スマホに着信だ。さっきかけた番号からだ。

 

《寒河江さんです、か……?》

 

 本人ではない。さすがにこんな女児のように幼い声をした刑事はいないだろ。

 

ジェノ「ええっと……」

 

《対馬、といいます。大変、なんです。すぐに来てください……!》

 

 必死さは伝わった。飯田の先輩の携帯からかけてきて危険というからには、その携帯の持ち主の身になにかあったのか、と疑うのが自然だ。すぐに場所を聞いた。

 

 その住所は町はずれの小山のほうにある環境センターだった。

 

 今はもう使われていない廃墟だ。

 

8

 

 タシュケントが入口で艤装を展開した。艤装反応を探知したとのことなので、その場所へとナビしてもらう。

 

 廃の環境センターは野良が根城にするには良い場所なのかもしれない。不良どもの巣窟だと聞いたことあるが、それらしい気配はない。しかし、焼却炉はいくつか見かけた。

 

 可燃物のエリアは大きな燃えるゴミの処理場の中に入る。大きな扉が五つあって、全て開口されている。下を覗けばゴミ屑の山がそのまま放置されていた。

 

 臭いが立ち込めている。食べ物のゴミが落ちている。嗅覚を使えば、かすかに嗅ぎ慣れた濃厚な血の匂いも嗅ぎ取れた。けっこうな出血量だと思われる。「タシュケント、ちょっと僕は下に降りる」そういってジャンプだ。超人化した身体はやはり20メートル程度の落下は痛くもかゆくもなかった。血の臭いがするところに、手帳を見つけた。

 

ジェノ「警察手帳……」

 

 中身を開くと、無帽の中年男性の顔写真があった。階級は巡査部長だ。

 

 名前を見て、ぎょっとした。

 

ジェノ「西柴行太郎、あの時の刑事だ……」

 

 数奇な運命だ。あの火事から身を呈して救出してくれた警察官のヘルプに今度は自分が駆けつけるという。警察手帳をポケットにしまった。

 

 タシュケントが資材を錬成してハシゴをかけてくれていた。それを伝って上に戻ると、拾った手帳を飯田に見せる。

 

飯田「西行さんのだ。間違いない」

 

 外に出て、不燃ごみのエリアを目指した。

 

 静かだ。少し高い場所にいるからか、街の灯りが見下ろせた。社会人になってから綺麗な夜景も世界でGDP三位を維持する為の働き蟻の命の灯火だという感想が真っ先に浮かぶ。

 

ジェノ「西柴さんってどんな人なんですか?」

 

飯田「もろ昭和の刑事って感じだ。ドラマのイメージで会ってる。足を基本にする操作の基本、パチ屋を張り込むこと、威圧的になること」

 

 なんだか闇金の取り立て屋みたいだな。

 

飯田「後、相手のことも考えること、こんな人だった。でも俺の同期はみんな嫌ってるな。昭和のノウハウは権利が主張の激しい今の時代にはもう古いって。サツに人情は要らない。相手の人生よりも機械的にルールに従う」

 

飯田「それが今の時代の警察の在り方なんだが、更生の余地のあるガキには手を差し伸べてやるべきだとも俺は思うんだ。相手の人生に多大な影響を与える国家権力を行使する以上、良い未来へ、だろ。だから俺は人情派の西柴さんを気に入ってる」

 

タシュケント「素敵な考え方だと思うけどね」

 

 そういった考えで、あの炎に飛び込み、自分を助けてくれたのだろうか。

 

 感傷に浸っていると、すぐ横を衝撃が吹き抜けた。

 

 追い越していったのは目前のルート案内の看板をぶち破り、木々を砕く破壊だ。

 

タシュケント「艤装砲撃……」

 

 現場へ急行だ。

 

9

 

 プレハブ小屋の事務所らしき屋根からそいつは降ってきた。

 

 両手と両足の四足で着地し、跳ねるようにして、タシュケントに飛びかかる。ガブリ、と右肩に服の上から噛みついた。肉がちぎれる音がし、タシュケントの片口から鮮血が吹き出る。膝をつき、右肩を抑えるが、秒で再生だ。

 

タシュケント「意外と早い再会だったね。ムッシー・シャイ君か」

 

タシュケント「むちゃくちゃなことするね……」

 

 ボサボサの手入れされていない長い黒髪の女だった。前髪もかなり伸びていて目が見えなかった。穴だらけで破れたコートの下には無地のTシャツとハーフパンツだった。靴はどこぞから拾ってきたのか、左右で違うスニーカーだ。うん、あの店の女だな。

 

ジェノ「介護は要るかい?」

 

タシュケント「この程度なら要らないよ」

 

ジェノ「じゃ、僕はあっちに」

 

 明け透けのコンクリートの上で倒れている二人を発見した。一人は西柴行太郎本人だ。意識はあるが、左肘が折れているようだ。もう片方は砲撃を喰らったのか、大破状態ってところか。こちらも息がある。

 

 飯田に目をやる。

 

飯田「ダメだ、やっぱり効果紋が発動しない」

 

 すぐに死ぬような怪我ではないことは確かだが、出血が心配だ。

 

 この二人を助ける方法を考える。

 

 思い当たる解決策は一つだ。

 

ジェノ「タシュケント、その子を迅速に鉄片化させてくれ」

 

タシュケント「いい判断だ。あたしはやられた恨みもあるから構わないよ」

 

ジェノ「その子のヒールの効果紋を西柴さんに移すのが手っ取り早いんだ」

 

 その謎の女はぺっとさきほど噛み千切った肉を口から吐き出す。てらてらと血に濡れた口元がグロテスクだった。胸のふくらみはあるので女ではあるのだろうが、登場シーンからワイルドが行き過ぎてもはや獣人といって差し支えない。

 

 先にしかけたのはタシュケントのほうだ。動きは良かった。どこかで格闘術でも学んでいるのか、闘拳の理を感じる上に、目にも留まらない速度の拳だ。黒長髪の女が右手に持っていたフライパンでガードしたが、タシュケントの拳は底を砕き、貫通した。

 

 ムッシーちゃんの身体がくの字に曲がる。

 

タシュケント「!」

 

 刺された。黒長髪の女、袖に刃物を隠し持っていやがった。

 

 続いて、轟音。

 

 銃撃音とは訳が違う地響きのような重低音だった。艤装砲撃。

 

タシュケント「あはは、初めて至近距離の砲撃を避けられた!」

 

 目をつむると同時に屈む、というよりは、溜めるという動作のウィービングでかいくぐり、右のフックを打った。時計回りのステップで動いてボディブローを叩き込むくの字に曲がった女の体を救いあげるようにしてアッパーを撃つが、相手もそれなりに出来るようだ。パンチに合わせて飛んで威力を殺すだなんて真似、漫画でしか見たことないぞ。

 

 女は立ったまま、動かないし、構えなかった。

 

 ふう、と一息ついただけだ。女の後ろにあるプレハブ小屋の窓の向こうが目に入った。灯りがあるあの部屋にはペンダントのようなものが整然と一定間隔で壁に立てかけられており、アルファベットが書き連ねられているのが見える。全部大文字だ。

 

 ムッシー・シャイ。

 

 相手はだらんと腕をぶら下げたまま、ノーガードで一歩ずつ、距離を詰めている。

 

 強く踏み込んだのが見える。今の身体能力ならば、余裕でカウンターを狙える。上半身のねじりで顔に飛んできた拳をかわすと同時にカウンターのジャブを撃った。クリーンヒットでも、相手はひるまなかった。

 

タシュケント「ごめんね」

 

 打ち出す右手に金属の反射光が見えた。胸にズブリ、だ。

 

タシュケント「軍艦、あの小屋の欠片、ムッシー・シャイねえ……あの小屋に書かれたアルファベットを読むと確かにムッシー・シャイになるね」

 

 こいつが名乗り、浸透した呼び名ではないのかもしれない。じゃあ、あのアルファベットの羅列はなんだ、と推理した時、やはりヒントとなるのは軍艦だった。

 

タシュケント「はあ……」

 

 前髪をかきあげる。顔の造形は女だ。まぶたは降りていて瞳の色は見えない。

 

タシュケント「君さ」屈んで女の顔を覗き込む。

 

タシュケント「白露型の誰だい?」

 

 女の肩がぴくっと動く。

 

タシュケント「いやね、八つの小瓶の中、あれ艤装欠片なんじゃないの?」

 

タシュケント「それが死んだ姉妹艦をサルベージした遺品なら、そのアルファベットに心当たりがある。数が多いけど、軍艦……ムッシー・シャイ」

 

タシュケント「白露、時雨、村雨、夕立、春雨、五月雨、海風、山風。ここまで。英文字でアルファベットにした後に、その頭文字でアナグラムしてみたら『Mussy Shy』になる」

 

タシュケント「ちなみに軍艦では白露型しか該当しないね」

 

飯田「なんか刑事として負けた気分だ……」

 

 いや、すぐそこまで行き着く彼女の知識の偏りが凄まじいだけかと。

 

タシュケント「きみ、時雨だね?」

 

 店主の海のような色の瞳にも合致する。

 

 女はなにもいわず、鉄片核となった。

 

10

 

 再建造を行い、効果紋を移す作業に取り掛かる。高速建造材の真似事はエンチャントドラゴン戦でできると知っていたので、西柴行太郎の右手に効果紋を烙印するのに一分もかからなかった。先に復活した時雨はまだ無言を貫いている。

 

西柴「あー、クッソ、助かったわ。飯田と、そっちは寒河江だっけか。ありがとな」

 

 肩を片手でポンと叩かれる。

 

西柴「対馬はまだ起きねえか。気絶したまんまだな」

 

飯田「……俺はなにもやってないです」

 

 飯田は右手の甲に視線を落としたままだ。効果紋は消えている。時雨でつけたものが西柴が上書きしたため、消えた模様だ。タシュケントが腰をあげて、いう。

 

タシュケント「色々と聞きたいことはあるけど、まず一つだ」

 

タシュケント「飯田さんと時雨君、なんでこんな芝居を打ったのさ?」

 

ジェノ「え、どういうこと?」

 

タシュケント「いや、疑うのは失礼だから黙っておいたんだけどさ、飯田さんはさっきから嬉しそうだ。右手の甲に視線を落としてね。そもそも効果紋が使えなくなっただなんて話は聞いたことないよ。この一連の事件はドロップアウトしたかった飯田さんが時雨と組んで行ったことなんじゃないの。時雨君もわざとあたし達に接触したんだろ?」

 

時雨「バレてるね」力なく笑った。「その通りだ。ボクは管理妖精と戦う仲間が欲しかった。彼は一般人に戻りたかった。君が建造されたのは知っていたけど、どんな風になっているか分からなかった。でも相変わらず強いね。志も共にできそうだ」

 

飯田「おい、まだタシュケントちゃんはかまかけの段階だろうに」

 

時雨「これ以上はボクの今後の関係に響くよ」

 

西柴「なんだよ、俺は新入りの手の平で踊ってたわけか?」

 

飯田「すみません。でも、西柴さん警察を辞めるっていってたじゃないですか。その効果紋は正直、金の成る木です」

 

 すでに論理に整合性を欠き始めている。なぜこんな回りくどい方法を取ったのだろう。尊敬する先輩をはめるようなやり方しかなかったのだろうか。飯田の言動を観察してみればみるほど、なにがなんでも効果紋を移したかった、という風に感じられた。

 

飯田「俺にはもう嫁さんも子供もいる。誰かを守る余裕なんてないんだ」

 

西柴「怒らねえから落ち着けって。俺自身、色々な超常現象を体験した衝撃を隅によけて会話してんだよ。それよりよ、誰かを守る余裕がねえってのは一番頭に来たぜ。お前、俺が警官として教えたことを否定しているようで気が滅入るわ」

 

飯田「効果紋は、使えなかったんじゃない。使わなかったんだ」

 

飯田「怖かった」

 

 黙って彼の話に耳を傾ける。

 

 時雨を建造してから身体の調子が悪くなっていった。貧血気味になったり、超人化したはずが貧血になったり、ふとしたことで息切れするようになったり、心臓が痛くなったり、酷い時には急な過去吸でぶっ倒れることもあったという。

 

飯田「効果紋は俺の命を吸って発動してると思ったんだ」

 

タシュケント「あたし達が資材を使って艤装を稼働させるように、効果紋も物資は必要だ。寿命を消費するってのは大げさだ。体にけだるさを感じるくらいのはずだ。そこまで体調不良になった人なんか見たことも聞いたこともない」

 

時雨「春川泰造の理論を鵜呑みにしていたのかい?」

 

時雨「終末期のあの状態、兵士の士気を保つためになにしらは改竄されたに決まっている。ボク達だって艤装を使うのに資材という代価が必要だ。効果紋だって無尽蔵のエネルギーと考えるほうが不自然だ。その資材はどこでまかなっているのか。使えば使うほど命を削るのはあり得ると思うけど」

 

タシュケント「同志はあたしが鉄片化した状態で馬鹿げた規模の効果紋を使用してもなんともなかった。時雨君の論からいえば、人が管理妖精を倒すほどの効果紋を資材の供給がない状態で使うと寿命が削られるんだろ。同志の存在がそれを否定しているよ。だったら彼の使う効果紋は規模や強さ的にねえ……」

 

ジェノ「なんともないけど、少し怖くなってきた。今後は控えて使うよ」

 

飯田「効果紋を使うたびに不調が起きる俺の身体の説明がつかない」

 

時雨「君が無造作に使い過ぎただけで実際は大した消費ではないというのはあるね。実際、提督達にそんな兆候はなかった。ただ効果紋の利用に許可が必要だったのは、副作用の存在を上が知っていたからかもしれない、とボクが勝手に思っているだけだよ」

 

タシュケント「そこ自体は否定はできないかも……同志」

 

 ごめん、といいたそうな顔だ。

 

ジェノ「使ったのはあくまで僕の意思だし、気にしないでいいよ」

 

ジェノ「それより飯田さんは一体、何に効果紋を使ったんですか?」

 

飯田「……誰かは伏せさせてくれ。そいつの不自由な足を治した」

 

 とても責められる使用方法ではない。奇跡の力に代償を支払い、誰かの障害を治す。美談ではあるのだろう。彼を責める気にはなれなかった。

 

ジェノ「むしろ僕は礼をいうほうかな。夢島さん、良い後輩だからさ」

 

飯田「……バレるか。そうだよ夢島だ。大事なツレだったんだ」

 

西柴「まあ、警官はやめんなよ。俺からはそれだけかね」

 

飯田「……恩に着ます」

 

 しかし、夢島さんにそんな足が不自由だった過去があったとは驚いた。あまり過去の話をしたがらなかったが、務めていれば個人の過去を探る人も出てくる。そのせいで、長く入院していたこと自体は又聞きしていた。彼女が介護をやりたがったことに関係していそうだ。

 

ジェノ「それでそこの対馬ちゃんは?」

 

時雨「仲間だよ。白露達の撃沈地点でサルベージしていたところ、発見したんだ。それから建造して一緒に行動してた。彼女は通信機具使ってネットばかりしていたけど」

 

ジェノ「なんか可燃ごみエリアに血が……」

 

時雨「スマホいじりながら歩いていて頭から落ちてた」

 

西柴「俺が発見して下に降りた。目を覚ましたから一緒に行動してただけだ」

 

 なんて間抜けな子だ。歩きスマホだめ、ゼッタイ。

 

西柴「飯田、お前はもう帰ってこの件には関わるなよ。後、俺は式には行かねえよ」

 

西柴「それと寒河江御一行とは積もる話があるな」

 

 まったくだ。巻き込まれたにしてはこの冷静さは見習いたいものだ。

 

 西柴さんが車で来ているといったので、帰りは乗せてもらうとした。

 

西柴「時雨だっけか、さりげなく対馬を抱えてついてくるな。俺にはお前らを養う気合も甲斐性もねえんだよ。これから無職になる予定だし、貧乏なんだよ」

 

時雨「これからともに過ごす仲間じゃないか。効果紋で稼ぐ気はないかな?」

 

 たくましいな。二人の間になにがあったのか知らないが、時雨のほうは西柴さんを気に入っているのか、好意的に見える。

 

タシュケント「……ひっかかるんだよね」

 

ジェノ「なにがさ?」

 

タシュケント「ヒールで生まれつきの障害は治せない」

 

時雨「飯田さんの効果紋は虹色だからじゃないかな。見たことないでしょ?」

 

タシュケント「……未知だからこそなにが起きるか分からないんだよ」

 

 さっきの代償の話は気になるな。

 

 今まで相当に使用していたはずだが、疲れはあっても、身体の不調は特にない、杞憂だといいのだが、そうでなかった場合が恐ろしい。管理妖精と戦うにおいてこの効果紋は必要不可欠なのだ。途中でガス切れを起こしたら、それこそ命の終わりである。

 

 セダン車に乗り込んでから、西柴がいう。

 

西柴「そういえば時雨お前、幸運らしいな。リンクしてる俺も幸運なのかね」

 

西柴「少しだけパチ屋に寄っていいか」

 

時雨「出た出た、幸運艦の幸運を試す際のあるある……」

 

タシュケント「同志、ちなみにあたしも運値が高いほうだよ」

 

ジェノ「なにこの流れ。積もる話はどこ行ったんですか」

 

飯田「すみませんけど、俺は途中で降ろしてくださいね」

 

 まあ、別に話ならどこでもできるか。

 

 結果はなんと大勝ちである。時雨とタシュケントは車に待機して話をするとのことで、適当な番号をいってもらった。その番号に座ればフィーバーしたという。

 

 西柴さんは上機嫌な様子でいった。「俺、参戦するわ」

 

 安っぽい命だな。まあ、全て知ったうえでの言葉なら止めないけれど。

 

 その決意を聞いて、運が良いのはあくまで時雨のほうじゃないかな、とも思ったのだが、西柴さんはただの享楽でいっているわけではなかったらしい。

 

西柴「日本国民のためにも、あいつらとは出会わなかったことにしてえ」

 

 すっぱりと割り切った考え方だった。それがこの世界にとっては最も良い事なのだろう。タシュケント達が有する未知はこの世界を破滅させかねない。とっとと解決して全てを隠蔽してなかったことにしたい。それは間違ってはいない。

 

 西柴行太郎。

 信念は持って生きていそうな人ではある。

 

 



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❦ー2話

 

 

時雨「ああ、君もいたんだ。イギリスのジャーヴィスの妹さん」

 

ジェーナス「ジェーナスね。あなたのような冷静かつ常識的判断ができる仲間は歓迎するわ。ぜひともタシュケントのブレーキ役を担って欲しいわね」

 

時雨「……大丈夫なの? 君、死神のような噂を聞いたけども」

 

ジェーナス「失礼ね……」

 

時雨「スルーはできないよ。寒河江君は知ってるんだよね?」

 

 事情を説明した。

 

時雨「確かにエンチャントドラゴンを倒したのも納得できる……」

 

ジェーナス「少なくとも管理妖精戦ではタシュケントより強いから」

 

ジェーナス「あれ、ジェノ君、どこか行くの?」

 

ジェノ「亜斗ちゃん……友達の家、呼び出しくらった」

 

ジェーナス「お邪魔じゃないなら、ついていってもいいかしら。ずっと留守番していたせいで外の空気を吸いたいし」

 

ジェノ「構わないよ。とりあえず話だけだから、すぐに戻ってくる予定だけど」

 

 要件は会ってからしたいとのことだ。一応、亜斗に聞いてみたが、構わないとのことだ。亜斗は気にするどころか、西洋の女の子だ、と大歓迎するだろう。

 

西柴「俺は待っていりゃいいのか」

 

ジェノ「お願いします」

 

タシュケント「西柴さんはあたしとこれからの話かな」

 

 後は任せて玄関先でジェーナスを待つ。

 

 ジェーナスが支度に15分もかけた。化粧はしていないみたいだけども、ラフなサロペットに髪をシュシュで留めたり、とオシャレをしている。

 

ジェーナス「似合う?」

 

ジェノ「うん、可愛らしい。海兵服よりもそっちのが良いよ」

 

ジェーナス「ふふ、ジャヴィの私服をトレースしただけだけどね」

 

 年相応に見えてとても可愛い。

 

2

 

亜斗「ジェノっち、お前、次から次へと可愛い女の子はべらせてんな」

 

 出会い頭にそれだ。「はべらせてはいない。ホームステイみたいなもの?」

 

亜斗「わっかりやすい嘘つくな。まあ、犯罪じゃないならいいけどさ」

 

亜斗「でもこの子はすごく私好みの子です。妹に超欲しい」

 

 ジェーナスは笑うだけだ。良かった。あなたのほうが可愛らしい、とか、私のほうが背が高いし、あなたが妹じゃない、とでもいわなかったのは素直に助かる。そのワードは背丈が低く童顔のスリム体型の亜斗にとって禁句なのだ。

 

 ワン、と犬が駆けつけてきた。チョコの毛色をしたラブラドールだ。ジェーナスは少し眉を潜めた。所属していた犬猫ボラ関連では嫌な思い出もあったのかもしれない。

 

亜斗「犬、嫌い?」

 

ジェーナス「いいえ。頭が良い犬ならなお好きよ。時雨とかね」

 

 犬扱いするなよ。確かに犬っぽい子ではあったけど。

 

ジェノ「犬、飼ったんだ?」

 

亜斗「……タシュケントちゃんも犬か猫かでいえば犬だよね」

 

ジェーナス「会ったことあるんだ……」

 

ジェノ「あ、そうだ。タシュケントに僕の過去のこと話しただろ?」

 

亜斗「ごっめーん。最初、なーんか怪しい子だなって思ったから釘を刺す意味でね。憂のやつもいたよ。でも良い子なんでしょ。なら問題ないはずだ。許せ」

 

ジェノ「まあ、家にいればいずれバレることではなかったから」

 

 仏壇を観て気になってはいたことだろうからな。

 

 家の中へとあがって、リビングへと移動する。

 

 親御さんは留守にしているらしいが、テレビの前のソファに夢島さんが座っていた。その隣には白いふちの眼鏡をかけたやせ型の男が肩を抱いている。男のほうは婚約者だろう。

 

写真で観た顔そのままだった。雰囲気が重苦しい。式を控えた新婚の空気じゃない。

 

夢島「あ、寒河江先輩……」

 

 そう呼ばれた後に、男のほうがいった。

 

「君のせいなのか」

 

 一体なにを、と聞く前に言葉が続いた。

 

「潤の足が壊れた。まるで昔と同じだ」

 

 一瞬で脳内が疑問符で埋め尽くされる。まずなぜ壊れたのか。理由がよく分からない。それと君のせい、というからには、タシュケント達のことや効果紋のことを知っているのだろうか。どう言葉を発せばいいか迷っていると、犬が口を広げた。

 

「寒河江君とはつくづく縁がありますね」

 

 ぎょっとして更に混乱した。

 

「泉山です。実は亜斗さんとは昔からの友達なんですよ」

 

 アニマルエンチャントか。確かにあの団体は亜斗も属しているし、創設者だ。この泉山が縁を持っているのもあり得ない話ではないが、となると、この泉山が亜斗達に戦争のことを話したという線が濃厚になってきた。完全に巻き込むつもりなのか。

 

ジェーナス「すでに知っている風ね。ごまかせなさそう……」

 

ジェーナス「泉山だっけ。あんたなんで話したのよ?」

 

泉山「私は亜斗さんの家に寄った時、この二人がすでにいました。事情を聞けば、効果紋で治癒していた可能性が高いですからね。事情を説明しました。病院に行ったところで無駄でしょうからね。そのほうがなにかとよろしいでしょう」

 

泉山「私も軽はずみでしたが、なぜか改変能力が作用しません。部外者であるお三人に改変浄化が作用しない。私のほうはお二方よりもそっちのほうが気になります」

 

ジェーナス「呆れた」ジェーナスが本性を曝け出す。「情報を知るだけでは作用しないのよ。問題なのは行動を起こして関わった時よ。戸間のやつだって私達のことを知っていたわ。喋ったことといい、あなた、頭に欠陥あるんじゃない?」

 

 辛口だ。いっていること自体は同意する。

 

亜斗「責める気はないし、私もまだ飲み込めてなんかいないけど」

 

亜斗「原因は分かる? 大事なのは治す方法ではあるけど」

 

ジェノ「飯田さんがヒールの効果紋を持っていた」名前は出したくなかったが、致し方ない。「飯田さんは夢島さんの脚を効果紋で治したっていってて、その効果紋は他の人に移った。時間としては三時間ほど前だ。時間は一致する?」

 

夢島「するや……」

 

「飯田か」

 

 男のほうはスマホを手に取ったが、腕をつかんでそれを制する。

 

ジェノ「飯田さんはもう関わり合いになりたくないといってドロップアウトしました。あなたと同じく愛する女性と子のためです。僕としては巻き込んでほしくはありません。その責任は僕が負いますので、ご容赦して頂けませんか」

 

「つまり、あなたが治していただけるってことですか?」

 

ジェノ「……ええ」

 

「どういう方法で」

 

 言葉に詰まる。永続的に直す方法ってあるのかな。恐らく効果紋に代償はあるというのは真実だ。飯田の効果紋は常時、発動していたのだ。だからこそ、彼の効果紋が途絶えた時、夢島さんの足が元の状態に戻った。それがこの状況では濃厚といえた。

 

泉山「あなたにとって彼女はただのつがいですか?」

 

 突然、場の空気が凍るような発言をした。

 

泉山「夫婦のきずなって妻が足が動かなくなったことで終わるのですか。終わらず支え合うからこそ、私は人間の雄と雌の愛には一目を置いていました。ほとんどの動物は本能て雌を守るわけですが、人間にはその本能を補助的役割として機能させるナニカがある」

 

 いっていることは分かるのだが、そういう問題じゃないだろう。現実問題が山積みなのだ。気合いだけでは乗り越えていけないリアルがある。

 

「きっと親に反対される。結婚式も難しくなってしまう」

 

泉山「……はあ」

 その程度か、とでもいいたげだな。

 

夢島「たっくんは一度、帰りなよ」珍しい強い声音だ。「またすぐ連絡するから」

 

 彼氏君の顔が少し怖くなり、口を開きかけたところを制している。「少し頭を冷やしてくる、連絡、待ってるよ」とリビングを出ていった。亜斗と一緒に見送った。

 

 そのあと、リビングから盛大な音がして戻る。

 

 夢島さんが倒れている。ジェーナスが駆け寄って「大丈夫?」と声をかけていた。立とうとしたのだろうか。同じく声をかけようとしたが、

 

「あっはっは……立てもしないや」

 

 と夢島さんの笑った顔が見えた。

 

夢島「寒河江さんはどうして介護始めたんですかあ?」

 

 とうとつにそんなことを聞いてくる。

 

ジェノ「親の介護をした時期があったんだ。それがきっかけだった」

 

夢島「私と逆ですね。私は介護をされた経験があったからですー……」

 

夢島「隣の病室のおばあちゃんに車椅子をよく押してもらっていました。その人は癌だったんですけど、ことあるごとに私の背中に手を当てていうんです」

 

夢島「『わたしの命を少しでもあなたにあげたいわ』って。あの頃は苦笑いで返してましたけど」

 

夢島「周りからは『優しくしないといけない子だ』とかそんな目でばっか見られて、友達なんかもいなくて、一人で漫画や小説やドラマを観てばっかりだったんです」

 

夢島「この足が奇跡的に治った時、福祉の学校に行って、そこでたっくんと出会ったんですが、夢のような学校生活でした。ああ、たっくんは福祉サポートの会社に勤めているんですよ。話がすごく合って、夢のような生活を手に入れたわけですが」

 

 夢島さんは目に涙を溜めて、いう。

 

夢島「普通の恋もできなかったあの頃に、戻りたくない」

 

 うめき声まであげる彼女に、かける言葉がなかった。

 

夢島「先輩、もう一度、魔法をかけてください……」

 

 返す言葉が見当たらない。一時的に直す方法なら、ある。それこそシェアなり、健康な体を共有する。西柴に頼んでもう一度、ヒールをかけてもらう。その代償はあるかもしれない。飯田のように命が削られていく恐れも無視はできない。

 

ジェノ「一時的に、治す方法しかない」

 

ジェノ「しかも恐らく僕に代償がある。飯田さんは君を治してから体調不良が続いたようで、それがきっかけでドロップアウトを希望したんだ。君がそれを願うのなら僕は協力するよ。隠すのは不誠実だと思ったから代償のこともいったけど、その上でいう」

 

ジェノ「僕のことは気にしなくていい」

 

ジェノ「それが僕の嘘偽りない気持ちだから」

 

 亜斗とジェーナスがなにかいいたそうだったが、一様に口を引き結ぶ。

 

夢島「では、このままでいいです」

 

 そう答えた。悩んだ素振りもなかった。

 

夢島「命を削る、だなんて表現をされたら、無理です。寒河江先輩にはとてもお世話になったし、なにより私のせいで、私のような人生を寒河江先輩が送るはめになったら、と思うとそっちのほうがイヤです。飯田君にもお礼をいわないとダメですね……」

 

亜斗「……彼とはどうするのさ」

 

夢島「破断ですよ。だって、向こうのご両親はいい人達なんですけど、口を酸っぱくしていってきたのが、本当に足は治っているんだね、でしたから。たっくんは両親との縁を切ってまで私とくっつくとは思えませんし、なによりたっくんにも迷惑をかけるなら」

 

夢島「他の誰かと幸せになって欲しいです……」

 

 彼女は手に入れた全てを手放す覚悟を決めている。

 

 その涙と鼻水混じりに強がった笑顔がとても見ていられなかった。

 

ジェーナス「やめておきなさい」

 

 効果紋を発動させようとした左手を痛いほどに握られた。

 

亜斗「今日は帰りなよ。夢島ちゃん、とりあえず今日は泊まっていってね」

 

 亜斗がウインクした。強がりだろう。

 

 何の言葉もかけられなかったな。

 

 やっぱり現実は管理妖精より遥かに強かった。

 

3

 

時雨「ボク達が口を挟むことじゃないね」

 

西柴「気が合うな。まだ若えし、人生を諦めるにはまだ早い。そんだけのことだろ」

 

 ダメだ。時雨はドライで、西柴は歳ゆえに達観している風だった。

 

時雨「ボク達が優先すべきは管理妖精を沈めて改装図を手に入れること。少なくともボクはその志をともにできる君達だからこそ手を組もうと思ったんだ」

 

ジェーナス「時雨あなたねえ、私達は力を貸してもらっている立場なのよ?」

 

時雨「嫌ならドロップアウトすればいい。それにボクは力を貸してもらっている立場であると同時に、力を貸している立場でもある。効果紋という形でね。だから、ボク達は対等であれる。その二人は生きてる。これだけで幸せになる可能性が残されているよ」

 

 冷静な指摘ではあるものの、少し感情的だ。

 

時雨「でも、ボク達の仲間はそうじゃない。不幸を数えたらキリがないし、人助けも同じくだ。己が定めた目的を優先するべきだ。これがボクの考え方。間違ってるかい?」

 

西柴「時雨、そこは違えな。そこまでドライに割り切れるやつは意外と少ないぞ」

 

 意外なところから反論が飛んできた。

 

 進行形で日本酒を煽っているから、まともなこというとは思えないが。

 

西柴「海に情はあったか?」

 

時雨「なに。海に限らず、自然は無慈悲だと思うけど?」

 

西柴「そうだ。その無慈悲な自然の中で人も生きているわけだ。無慈悲な環境で生きてえのかよ。だったら手前、俺ら人間が情を持つしかねえだろうが」

 

時雨「西柴さんはそもそも命を賭けてまでやる気があるのかな」

 

西柴「敵対とか生死とか気にしてお前らの事情に首を突っ込めるかよ。お前らは事情がややこしいものの、関与した後の選択はいたってシンプルだ。生きて莫大なナニカを得るか、道中敗けて死ぬかの二択だろうが」

 

 時雨が眉間に皺を寄せた。

 

西柴「手前みてえな性格のやつはよくいるよ。物事に対して慎重でまずは傍観を決め込むんだろ、そして結果に対して喜びよりも消極的な安堵が勝るから感情的にはならない。聞くが時雨お前さ、まさか命を大事にするみてえなこというつもりねえよな?」」

 

西柴「長生きしてえのか。手前の事情を知っていてなお、挑んで戦って死んだら悲しむ人しかいないのか。姉妹どころか守る人間も失った手前にはもうなにもねえだろうが」

 

時雨「でも、先に逝ったみんなはきっとボクが生きてつかむ幸せを」

 

西柴「なおさら線を引けよ。いつまで死者に人生を振り回される?」

 

時雨「死んでない!」

 

西柴「手前と喋っていたら管理妖精をぶっ殺してえ感情が一番、大きく伝わるわ」

 

時雨「ボクの鼻っ面を押さないでくれ」

 

西柴「復讐に生きたやつを俺は何人も見てきた。ろくな結果にならねえ。後悔はないとほざくやつもいるが、その後の人生は分かるな。気持ちは分かるが、俺には刹那的快楽にしか見えねえ。そうして生きるのなら止めねえけど、お前は多分、そいつらとは違う」

 

西柴「無駄に敵を作る発言は自重したほうがいいぞ」

 

西柴「命はここぞという時に使うために、だ」

 

西柴「じゃねえと無駄に散らすだけだ」

 

西柴「手前の人生だっていつまで経っても虚しく過ぎていくだけだぜ」

 

 時雨の頭のあほ毛がぴょこぴょこと動いた。その髪には神経でも通ってるのか。

 

ジェーナス「この酒飲み刑事、良いこというじゃない」

 

西柴「無職のさすらい人だよ。刑事はもう辞めっから」

 

 全くだ。相棒の手綱を握ることができそうな人でよかった。

 

時雨「タシュケントがさっきから座禅を組んで無言なのが気になるけど」

 

 そう名を呼ばれると、カッと大きく目を見開いた。

 

タシュケント「同志の後輩の件、解決する助力はしよう」

 

時雨「君までそんなこというとは意外だな」

 

タシュケント「あたし達が敗北を喫した理由はなんだと思う?」

 

時雨「そんなの決まってる」

 

 まず時雨が挙げたのは管理妖精の強襲と常軌を逸したその殲滅能力だ。軍資金や軍や民間の制度や体勢、指揮系統、そして作戦立案における人員についてまでと細かい。タシュケントとジェーナスは同じく「まあ……」と応えても、同意はしていない風である。

 

タシュケント「その思考回路で再構築しても未来の結末は一緒だと思うんだ」

 

タシュケント「何のために戦っていたんだい?」

 

時雨「それはもちろん尊い国民の命や財産を守るために」

 

タシュケント「それは君が選ばされていた訳でなく、心から望んだ願いなのかな?」

 

時雨「違う」鋭い声だった。意外と感情の起伏が激しい。「建造された時は従っていたよ。一度目の記憶があるからね。でもこの身体で生きていく内に個性が芽生えて、役割には疑問視している。戦況が不利になるほど、余裕がある時だって」

 

時雨「軍の人間はドライで薄汚かった」

 

タシュケント「同感だ。でもね、時雨君」

 

タシュケント「命を賭けて守るに値する人間もいる。君だって知っているはずだ。ほとんど一度目の記憶だろうから、知ったかぶりかもしれないが、あたし達は人を模した」

 

タシュケント「今、かつて触れられなかった日常があるわけだ。価値観も視点も百聞は一見にしかず、百閒は一触にしかず、だよ。もう少しだけ色々な人と出会うたびに、考え方も変化してあたし達はあたし達の役割に初めて魂を燃やすことができるかもしれない」

 

ジェーナス「それ、けっこう甘ったれた発言よね。私はアルヴィンと過ごしていてサラリーマンとかよく出会ったけれど、みんな仕事に熱心だったわ。私達ってそこからクリアしてなかったんだなあって思ったこともあるわ。あの時は少なくとも鎮守府のみんな、だったし」

 

 時雨は西柴に視線を向けた。

 

西柴「んだよ」酒を煽って、コント番組を観ている。

 

 深いため息をつく。その後に目が合った。君はそうなのか。と尋ねられているみたいだ。本当に飯田とはあまり関係しなかったんだな、と思った。あの人は仕事熱心だ。

 

タシュケント「同志はもちろんだ。罵倒に暴力、そして服の袖に排泄物つけて汗にまみれで、なお熱心にがんばっている。全く」彼女は棚から紙切れを取り出してひらひらと振った。「あたし達の半分以下の給料でよくやるよって思う。同じくやりがい搾取だ」

 

 西柴がその紙切れに目をやり、いう。

 

西柴「お前ら月にそんなにもらってたのか?」

 

時雨「ボク達は身よりがない。散財する暇もあまりない。そして死ぬ危険性も高い。ボク達のお給料なんか国庫行きや寄付も珍しくない。もともと色々な思惑が絡んだ設定になってる」

 

西柴「……なるほどねえ」

 

タシュケント「管理妖精を倒すことに全力傾倒は否定しないけど、時雨君はいったね。尊い人間じゃない。人間の尊い命や財産を守るために目標設定をするべきだ。あたし達の職種は他職と連携する必要のある職種だ。社会に触れて知ることも大事だ」

 

タシュケント「今回その先に得るものがあれば、それはきっと役に立つ経験だ」

 

タシュケント「少なくともあたしは同志が好きだから悩みごとを解決してあげたいと思うよ。不思議と鎮守府のみんなとはまた違った気持ちなんだ」

 

 邪気のない笑みでいわれると、こっちが照れる。

 

時雨「その気持ちが論理的に戦争にどう役立つか説明できるかい? その寒河江君との関係が鎮守府のみなのことよりもずっと大事だといえるのなら納得できるかもしれない」

 

ジェーナス「容赦なく冷や水をぶっかけてきたわね」肩をすくめる。「時雨、あなた焦りすぎよ。論理的だとか、止まない雨はない、とか抽象的に例えるあなたがらしくないわね」

 

時雨「今でもそう思うよ。止まない雨はないんだ」

 

時雨「けどさ、また降り注ぐのがオチなわけで」

 

時雨「それは人が降らす血の雨も一緒だとボク達は知っているはずだ」

 

時雨「否定したい訳じゃない。ただボク達は後、何度死ねば幸せになれるんだろう?」

 

 タシュケントとは馬が合わなさそうだ。目的だけを考えたらドライに割り切って改造図を集めきることを最優先にするという時雨の意見も分かる。

 

時雨「今回の人助けは当人同士の問題でボク達が口を出すことじゃない」

 

時雨「別にみんなの意見は理解できるさ。少なくともタシュケントやジェーナスと同じ範囲でね。でも、それは本当にままごとの域を出ない。なぜなら」

 

時雨「ボク達艦娘は女として男を愛する感情が持てないからだ」

 

時雨「知ってたかい?」

 

ジェノ「……実はそこのこと自体は知ってる」

 

 吸収した知識の中にあったし、タシュケントを建造した時、彼女はこうもいった。子を産めない。それは嘘ではない。生殖本能が彼女達にはないのだ。それが恋愛感情にどう影響するのかまでは説明できなかったものの、艦娘の存在意義はあくまで争いだった。そこが彼女達を縛り付ける軍艦の部分でもある。

 

タシュケント「けど、不思議と人を好きになることもある」

 

タシュケント「じゃなきゃ指輪なんかみんなその場で砕くよ。あの些細な性能向上よりも他に思うことがあるから、受け取る。その好意はあたし達にとっては光だ」

 

時雨「……分かったよ。そこまでいうのなら今はまだ動くのはやめよう」

 

時雨「どうせボク達は君達なしじゃ管理妖精も倒せないだろうし」

 

 折れたのか、時雨はその場に座った。

 

ジェーナス「難儀な話よね。私達が抱いた親愛の情は人のそれと比べる方法がないもの」

 

 比べるものでもないが、彼女達は艦娘だからこそ、気になるところでもあるのだろう。かといって、今回の夢島さんの件は関わることができない。あくまで二人の問題だ。結婚となると、これから二人で直面する試練も多く、お互いを信じあえるかの点に尽きる。

 

ジェーナス「あーあ、式は出てみたかったなあ」

 

ジェーナス「男女が永遠の愛を誓うところは見てみたい」

 

 同じく。まだ結婚式には出たことないんだよね。

 

西柴「式自体は割と茶番だったぞ。離婚経験のある俺からいえばな」

 

 バツイチだったのかよ。

 

4

 

 翌朝、タシュケントに散歩に誘われた。どうせ夕方からの挙式の出席予定はパアで予定は真っ白だ。時雨のいう通り、切り替えたほうがいいのかもしれないが、行く末が気になって仕方がなかった。夢島さんは一緒に仕事をしてきた後輩だから尚更だった。

 

タシュケント「飯田さんもその奥さんも、同志の後輩もその夫も地元で育って結ばれたうえ、式の日もかぶるだなんて運命的だよね。良い運命かどうかは知らないけど」

 

 歩いて訪れたのは結婚式場だ。面白いのは、二つの式場が道路を挟んで二つあったことだ。両方が教会を携えた洋風の建物だが、飯田さん達の式場はブライダルだけでもなく、葬式も扱っている企業のようだ。従業員が走り回ってる。こっちは式があるもんな。

 

「おはようございます。カップルさん達ですか? 美談美女ですね」

 

 その声に振り向いた。夢島さん達の挙式場の従業員の女性なのだろう。

 男と女二人で式場をぼさっと眺めていたらそういう誤解も受けるか。しかし、なんだか観光総裁のプロの方からそういう風にみられるのは、なんだか変に意識してしまう。

 

ジェノ・タシュケント「い、いや、違いますよ」

 

 声が重なった。タシュケントも同じく変に意識してしまったようだ。

 

「なんだか、ういういしいですね」と女性は笑った。

 

ジェノ「実はそちらで行われる予定だった新婦さんと同じ職場でして」

 

「あ、そうでございますか。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

ジェノ「寒河江と申します」

 

「寒河江様とお連れのタシュケント様でございますか。お伺いしております」

 

 照れ臭くて話を逸らそうとしたのだが、予想外の言葉が返ってきた。

 

「本日はよろしくお願い致します」

 

 へ? とタシュケントとまた声が重なった。

 

5

 

亜斗《住所は間違いないけど、ごたついて連絡が行ってないだけかも》

 

ジェノ「だから亜斗に電話したんだよ。違った場合、夢島さんを傷つける」

 

 とにかく走った。式の予定はキャンセルになっていない。当日でごたついて連絡がまだされていないのか、それとも別の原因があるのか。亜斗からあれからの事情を聞いたところ、夢島さんの両親には足のことは連絡が行って、職場にも連絡は入れたとのこと。休職退職の話はまた後日に、ということで夢島さんは今、私立病院で受診中のようだ。

 

 夢島さんの彼氏の名前は佐藤卓というようで、地元だけあって家も離れてはいない。

 

 和風の料亭みたいな家だ。庭も広く池には水車やこけおどしまである。その門前でスーツ姿を着た佐藤が突っ立っていた。空を見上げていた。寒空からは少しだけ雪が降り始めている。タシュケントが「雪だ。雪は良いよね。醜いものを白くかくしてくれるから」と訳の分からないことをいった。

 

佐藤「あ、君達は昨日の、ええと、寒河江さんでしたっけ。隣の子は」

 

タシュケント「タシュケント。名前の感想は要らないよ。同、いや、寒河江君のツレ」

 

ジェノ「さっき式場に行きました。キャンセルしていないんですか」

 

佐藤「していない。挙げる予定だからな」

 

 だが、彼の声は弱々しい。

 

佐藤「実は俺の母親が昔に事故で利き腕が不自由になったんだ。だから母さんは親父に迷惑をかけた、と思ってる。家だって最初はボロアパートだった。俺の親は俺一人育てるのにも苦労してきたんだ。だからこそ、足が不自由だった瑞希との結婚は難しい面もある」

 

佐藤「一晩かけて言葉は練ってきた。それを報告する」

 

ジェノ「冷や水浴びせるつもりじゃないですけど、ダメだったら?」

 

佐藤「親との縁が切れるだろう。でも本音をいうと親にも祝福して欲しいよ」

 

 だから、彼はここにいる。少なくとも彼は結婚を諦めるつもりはないようだ。良心に認められなくても、挙式を強行する気だった。

 

 ベクトルが違うが、その覚悟の大変さは分かる。親を介護していた自分にはその父親や佐藤さんの気持ちが少しだけ分かる気がした。大変だけど、相手が好きならそれは幸福でもあるはずなのだ。この結婚、みんなに祝ってもらいたいな、と思った時、お声がかかった。

 

「あら、お友達?」

 

佐藤「母さん。瑞希のほうの職場の先輩とそのお友達だよ」

 

「そう。瑞希ちゃんの。寒いでしょう。あがって温かいものでも飲んでいって」

 

佐藤「……そうだな。あがってくれ」

 

 いいのかよ。大事な話の邪魔じゃないかな、と断ろうとも思ったが、「あたしも観たいけど、同志も観て損はないんじゃないの。将来、参考になるかもよ?」ならないよ。母親はその時、生きているかも分からない。

 

 しかし、好奇心はある。ドラマでしか観たことないシチュエーションだった。

 

 お言葉に甘えて敷居をまたがせてもらうとした。

 

6

 

 絵に描いたような和室で湯のみに入った温かい緑茶を飲みながら、タシュケントと一緒に今か今かとその時を待ちわびる。緊張してお互い、座布団の上に正座だった。

 母上様が父まで呼びつけて、その厳格な雰囲気になんだかより緊張が重なる。父のほうが破顔一笑する。

 

「楽にしてください。私、いかついのは見た目だけですから」

 

タシュケント「初めまして。同志、場を和ませよう」

 

ジェノ「ああ」

 

 といっても、いきなりギャグをかます気はなかった。やるべきことは良い空気を作ることだろう。夢島さんの話をした。職場のことを中心に、だ。介護現場は個人情報も多くあるので、利用者の情報も話せないので、介護と夢島さんの話をお三方にした。

 

 話が途切れた時、卓さんが両親に向き直り、言葉を発した。

 

佐藤「親父、おふくろ、聞いて欲しい」

 

 そして昨夜のことを話し始めた。上手く練られているし、タシュケント達の事情は上手くかくしている。しかし、彼の言葉で不味い点が一つだけあった。その説明で矛盾している点を指摘されていた。

 

 夢島さんの脚が完全に治ったという話だったはずだ、という点だ。

 

 彼の両親は目を丸くして、そこを突いてきた。それは結婚を認めて欲しくて、そういっただけだ、と素直に頭を下げていた。しかし、両親は黙り込む。場に流れる空気は決していいものじゃない。やっぱり、と危惧していたが、タシュケントが口をはさんだ。

 

タシュケント「お二人の気持ちを尊重、する場面ではないんですか」

 

「そうしたいのはやまやまなんだが」

 

 目をつむって腕を組む。こちらの立場はあくまで夢島さんのほうなのだ。こちらの気を悪くしないようストレートな物言いは避けてくれている。タシュケントが「なら」と声を発したので、口を塞ぐ。「ここは僕達がでしゃばる場面じゃないよ」

 

「申し訳ないが……私達は認められないよ」

 

 塞いだ手をどけて、タシュケントがいう。

 

タシュケント「ハンデがあるから? それを」

 

「それもまた不幸だけではなかったと思える日がくるだろう。しかし、そこにたどり着くまでに困難は確実にあるんだ。瑞希ちゃんもそこをよく知ってる。昔の母さんと同じようなことを気にしていた」

 

「今の腹を決めた卓には関係ないわな。俺も当時はそうだった」

 

「瑞希ちゃんに対してこいつが応えられるか、という疑問が拭えん」

 

「息子のことは私が一番よく知ってる。こいつにそんな甲斐性がないし、こいつの好きは三日続くのが珍しいほどだ。聞けば瑞希ちゃんは本当に息子によくしてくれている。あんな良い娘さんはこいつにはもったいないくらいだ。その期待に応えられるのだろうか」

 

 真剣なまなざしで息子を見つめる。

 対して、深呼吸をしてから、いう。

 

佐藤「交際を始めたのは五年前だけど、四年前からバイト、就職してからも金は貯めてる。そんなに給料は高くないけど俺も就職できた。やっていける。二人には頼らない」

 

佐藤「なにより俺は本気だ」

 

佐藤「認めてくれなくても、俺は式をあげる」

 

佐藤「けど、俺をここまで育ててくれた二人にも祝って欲しいから話にきた」

 

佐藤「頼みます。瑞希との結婚を改めて、認めて欲しい」

 

 そういって頭を下げた。

 

 父親は低いうなり声をあげる。母親のほうは口元に手を当てて笑っている。こっちのほうは聞けば、認める、といってくれそうなオーラを醸しだしている。父親のほうだろう。母親は右手が麻痺しているのか、固定具をつけているし、その妻と一緒に暮らしてきた父親は苦労を知っているのだろう。その苦労を背負えるのか、まだ疑問視している。

 

 もうひと押し必要だ。

 

 夢島さんの脚を一時的に治す使い方はジェーナスには止められた。それが正しいと思ったから、衝動を理性で抑え込んだ。

 

 しかし、この場面なら。

 

 タシュケントが与えてくれたシェアの力なら、と思った。

 

ジェノ「卓さん、彼女との良い思い出を思い浮かべながら」

 

ジェノ「話して欲しいです」

 

タシュケント「なるほど! 卓君、それできっと成功するよ!」

 

佐藤「えー……まあ、わらにもすがってみっか」

 

 迷わず、効果紋を使う。

 

 少しでもいい。二人が歩んできた日々や想いを魔法のように共有できれば、と思った。二人の出会いも、ともに過ごしてきた記念日も、彼がプロポーズをした日の情景も、だ。両親もその風景が見えたようだ。驚いた様子だが、彼が細かに語ってくれているので、想像力が豊かですねってことで。効果紋の能力だとは親御さんは思うまい。

 

 時間にして30分くらいだろうか。二人の思い出の波が止むと、母のほうがいう。

 

「大丈夫ですよ。あなただって私を幸せにしてくれたじゃないですか」

 

「私だってあなたを幸せにできたじゃないですか」

 

「その私達の息子ですから」

 

 その母の言葉は強かった。

 

「瑞希ちゃんを幸せにすると誓えるか」

 

佐藤「もちろんだ。式場でみんなの前で誓う」

 

「じゃあ、いいよ」

 

 軽い。そういって、また破顔一笑だ。

 

 このことを伝えなければならないな。聞けば、卓さんは式場に先に行ってやることがあるようだ。とのことなので夢島さんへの報告は頼まれたので快諾した。

 

タシュケント「花嫁の輸送護衛か」

 

 少し代償にびびっていたけど、身体の不調も感じなかった。

 

 むしろ心身ともに絶好調だった。

 

7

 

タシュケント「なんで亜斗ちゃんも夢島ちゃんも電話に出ないんだろ」

 

ジェノ「亜斗のほうは職場に休日出勤してる。最後に連絡が入ってたのは早出の休憩時間だったし、その旨のことが連絡きてたからね」

 

 ただでさえ自分の穴が開いているうえ、夢島さんがあの状況だ。職場から連絡がかかってきても不思議じゃない。ある程度は事務所の人達で回せるだろうけども、地獄のような忙しさだろうな。ただ今は亜斗よりも問題は花嫁輸送任務のほうだ。

 

ジェノ「卓さんからの連絡も出てくれないみたいだし」

 

タシュケント「最初から諦めるつもりないって伝えておけばよかったのに」

 

 タクシーを使ったのだが、道が渋滞していて時間がかかった。途中で降りて走ったのだけども、一時間ほどかかってしまった。もう正午を回っていて挙式まで二時間と少ししかなかった。病院でなにがあったか知らないけども、卓さんのほうからも連絡をかけてもらったのだが、繋がらないという踏んだり蹴ったり。

 

ジェノ「この超人的身体能力には感謝だ。喋りながらでも息が切れないよ」

 

 市立病院に到着した。受付は長蛇の列だった。急ぎとはいえ割り込むのも気が引ける。周囲に目を向けると、首からカードをぶらさげた女性がいて、見知った顔だった。

 

「あれ、寒河江君じゃない?」

 

 向こうから声をかけてきた。

 

タシュケント「知り合い?」

 

ジェノ「前に整体屋さんをやっていて世話になってたんだ」

 

 腰痛予防のためにお世話になっていた。今は病院で働いているとは知っていた。一年ぶりくらいだが、覚えていてくれたらしい。渡りに船だ。「あの!」と事情を伝えて夢島さんのことを伝えた。さすがに驚いたのか「ドラマかよ」と笑っていた。

 

 協力を快諾してくれてスタッフルームに直行してくれた。

 

タシュケント「なんか同志って可愛い人の知り合いが多いだね」

 

ジェノ「最近になって特に増えた」

 

「二階の整形外科の先生のところに行ってたって! それと今、病院に佐藤さんって方から連絡がかかってきて夢島さんと寒河江君の名前を出したみたい!」

 

ジェノ「助かりました! またすぐかけるってお返事で!」

 

 あなた達、静かにね、とたしなめられたので、頭を下げておく。

 

 階段をのぼって目的地に直行だ。整形外科のエリアから少し外れた談話ルームに夢島さんの姿を見かけた。そばにいる人達はご両親だろうか。外からでも分かる。空気が重そうだった。その証拠に扉を開いた人がそそくさと扉を閉めて、踵を返すありさまだ。

 

タシュケント「失礼」扉を豪快に空けた。「花嫁さん、式が始まるよ」

 

夢島「ええとどなた……って寒河江君?」

 

 一晩で、やつれた気がする。夢島さんがご両親と思われる人達に「職場の先輩とそのお友達、かな。結婚式に呼んだ人だよ」と説明していた。

 

 父親と思われる人が「娘のこともひと段落したし、佐藤さんに連絡を入れようと思っていたとことだが、さっきの隣のお嬢さんの言葉は」

 

ジェノ「急な事態ですから。佐藤さんがご両親とお話することに時間を割かれてお伝えするのが遅くなりましたが、新婦のほうは御両親ともに結婚式に参加します」

 

「「「マジで今日?」」」

 

 夢島さん一家の声と表情が綺麗にハーモニー。

 

タシュケント「良い男を見つけたね。彼の啖呵はかっこよかった!」

 

夢島「げ、千里先輩の家で充電してなかったから携帯の切れてたんだよね」

 

「俺も仕事帰りに大慌てで来たから電池が切れきちまってた」

 

「私も私も。病院に公衆電話もあるし、まあ、いっかって」

 

 面白いご家庭だな。夢島さんのぽわぽわした性格の理由が分かった気がするよ。自分のスマホから卓さんの携帯にかけて親御さんに渡す。

 

 二人が話している間に、式場までの公道が恐ろしい渋滞を起こしていること。

 

 雪のせいか事故もあってなおさら。

 

 しかし、ここから車いすを引いていくよりは途中まで車を使ったほうが速い、介護タクシーはすでに来てもらってることを伝えた。

 

夢島「この前、私がおばあちゃん転倒させて急搬した時もそうだけど」

 

夢島「寒河江先輩、人をフォローするのうますぎですよ。私も見習いたいです……」

 

ジェノ「僕を育ててくれた先輩がすごかっただけ」

 

 向こうとの話は終わったらしく、これからの予定を聞いた。夢島さんのご両親は式の準備は家にしてあり、正装に着替えるだけだという。家の距離的には空いている方向なので車でいいだろう。「間に合わなさそうだったら途中から母さん抱えて走るよ」冗談なのか本気なのか分からなかったので「分かりました」と笑顔で返しておいたよ。

 

タシュケント「よし、じゃあ行こう!」

 

 と、車いすの後ろに回って押したが、「うん?」と進まないことに戸惑っている。そりゃブレーキかかっているから進まないよな。「代わるよ。慣れてるし」ブレーキを解除して車いすを押した。「悪いけど、行儀よく押すのは病院の中だけ」

 

 病院の正面玄関の外には介護タクシーが止まっている。

 

タシュケント「あれ、いつの間にか雪がやんでるね。晴天だ」

 

 車内まで車いすを運んで、シートベルトをつける。

 

「事情は聞いてます。空いていそうな裏道を選んでいきますね」

 

ジェノ「お願いします」

 

 長く過ごした地元だし、空いた道を選ばきゃな。

 

8

 

ジェノ「見てきた。車の列がすごく長いよ。ここで降りよう」

 

 それでも渋滞には巻き込まれてしまった。理由は主に二つだ。この町も都市化してきてあちこちにお店が出来て利便性が高くなり、帰省した人達も同じことを考えてルートを選んでいたということ、そして濡れた路面が凍り始めて事故が起きた様子だった。

 

 メーターの支払いを済ませて、タクシーから車いすを降ろす。

 

ジェノ「さて急ぐよ。ここから安全運転で三十分以上はかかるけど」

 

タシュケント「新婦さんだと何時までに行かなきゃならないの?」

 

夢島「メイクとかあるから二時間前にはって説明を受けましたけど、最悪でも三十分前には到着しなきゃどうがんばっても仕立てで遅れるっていわれましたあ」

 

ジェノ「……抱えて走ろうか?」

 

 今の運動能力ならそっちのほうが速い気もする。

 

タシュケント「ダメだ。絶対ダメだ。主にロマンの問題でね」

 

 真顔で強く首を横にブンブンと振る。

 

タシュケント「今日、彼女を初めて抱えるのは新婦のほうがいい」

 

タシュケント「どうしてもというのならあたしが抱えるけどおススメしない」

 

夢島「わがままをいえば、ですけど……」

 

ジェノ「そのわがままは通してあげなくちゃね。任せて」

 

 ということで車いすを引いて目的地に向かう。道中、地元だからか、夢島さんが卓さんとの思い出を語ってくれた。「昔にここは猫カフェがあったんですよ、野良猫拾ってやってたみたいですけどね」とか「秋の季節に学校の帰りに帰ると、庭の柿をくれるおじいちゃんの家もあったよね」とか「今はマンションだけど、この空き地で告白を受けました!」とか。聞いていると諸行無常だ。思い出の場所は呆気なく金になってるな。

 

タシュケント「ヤバい、時間がもう残り五分しかないよ!」

 

 もう近いんだけどな。なるべく仕立ての時間は長いほうがいいだろうし、やっぱり急ぐしかないよな。路面が凍っているから事故を考えると走って押すのも怖い。「同志、あたしが押すよ! 近道しよう!」とのことなので交代した。

 

ジェノ「ちょっとそこはダメだって!」

 

 タシュケントが選んだルートは直線だ。近道ではあるが、突撃していった場所は飯田さん達の結婚式場だった。駐車場の車の数を見ても、今、式を挙げてる最中なのでは。

 

夢島「飯田君だし、大丈夫大丈夫。奥さんとも馴染みだし通行程度許してくれるさあ。ここ大きいからぐるって回るのすごく時間かかるしね」

 

タシュケント「とのことだし!」

 

夢島「捕まってるから、タシュケントちゃんもっと早く押していいよ!」

 

タシュケント「よしきた!」

 

 なら、いいか。後を走ってついていく。建物の横から走りぬけると、開けっ広げな芝生の内庭に出た。大勢の正装の人達がいる。タキシード姿の飯田さんの姿もあった。嫁さんは綺麗だな。どうやったらあんな美人と結婚までこぎつけるのか。

 

ジェノ「ブーケトスかな?」

 

タシュケント「うわあ! すごくブーケ欲しい!」

 

 といいつつも観ている余裕はないだろう。人だかりのそばを通って抜ける。みんな花嫁のほうに夢中でこちらには気がついていないようだ。

 

 ただ飯田さんは気づいたようで、首を傾げた。そうだよな、車いすに乗っているって嫌な予感がよぎるよな。

 

 花嫁が投げたブーケが空に舞う瞬間を観た。

 

 なんという偶然なのか。そのブーケがちょうどこちらに飛んできた。花嫁さんのノーコンである。タシュケントが機転を利かせて車いすを押す速度をあげる。

 

 すると、すっぽりと夢島さんの両手の中に収まる。

 

飯田「夢島。お前どうしたんだよ!?」

 

夢島「ふたりとも結婚おめでとう!」

 

夢島「花嫁ちゃん、この花束ありがとうね!」

 

 夢島さんはブーケを片手に掲げて、

 

夢島「後で新しいの投げて誰かに返しとくよー!」

 

 そのままブーケを持ち逃げだ。飯田さんもその奥さんも笑っていた。

 

 近道のおかげで、一分くらいで到着だ。

 

9

 

 入口で待っていた従業員の指示に従ってタシュケントが車いすを押した。すでにご両親は到着していたという。親父さんが汗を拭いているところを見ると、本当に奥さんを抱えて走ったまである。「花嫁、到着!」周りのスタッフの動きにブーストがかかる。

 

佐藤「寒河江さん、ありがとうございます!」

 

佐藤「瑞希、早く準備してこい!」

 

夢島「たっくん、ごめん! てっきり中止かと思ってた!」

 

佐藤「気にするな。これからもっと努力して信頼してもらえるようにすっからさ1」

 

タシュケント「ねえねえ、仕立てるところ、観させてもらえないかな?」

 

夢島「もっちろん!」

 

 どうやら無事に式は挙げられそうだ。近くのソファに腰を下ろして一息をつく。一般入場はまだ一時間以上ある。休憩したら家に帰ってスーツに着替えてご祝儀を用意しよう。

 

 ジェーナスのスマホにかけて事情を説明し、挙式が行われることを告げた。

 

ジェーナス《行く! 絶対に行く! すぐ準備するわ!》

 

 好奇心の塊。やっぱり女の子って興味あるんだな。

 

 亜斗にも同様の連絡をしておいた。

 

亜斗《行く! もう早番終わるから絶対行くぞ! すぐ準備する!》

 

 同じ反応が帰ってきたので通話を切る。

 

 新郎新婦のご両親とあいさつを交わした。

 

 深く頭を下げられた。恐縮だ。夢島さんの話をしようと思ったけど、彼女はもう介護ができないことを想うと躊躇われたので、本当に挨拶程度で後は受け身に返答した。そろそろタシュケントも連れて家に帰って支度しようとすると、

 

夢島「タシュケントちゃんも魔法が使えたんだ!」

 

 能力を披露した後のような感想の叫びだった。

 

 タシュケントが出てくると、笑う。

 

ジェノ「なにかしたの?」

 

タシュケント「車いすだから用意していたドレスがちょっとね」

 

タシュケント「あたしさ、建造された時には可愛い服を着てたでしょ?」

 

タシュケント「代わりに炉の力でドレスをデザインしてプレゼントしてあげた!」

 

ジェノ「素晴らしいフォロー」

 

 大幅に変更がかかる面もあるかもしれないな。そこの心配はせずに後は純粋に祝福する知人としての待遇を受けさせてもらおう。タシュケントと一緒に大慌てで帰宅する。

 

 白い吐息をまき散らしながら、二人で走った。

 

 

10

 

 

ジェーナス「準備した!」

 

 亜斗の家に行ったときの可愛い私服にポーチだ。御祝儀、といって渡されたのが、とんでもない大金で焦る。「気持ちよね。このくらいはあるわ!」

 

ジェノ「君はアルヴィンさんと一緒にいたせいか金銭感覚がおかしい」

 

タシュケント「どのくらいが一般的なの?」

 

ジェノ「三万から五万の間って聞いたことある」

 

タシュケント・ジェーナス「少なっ」

 

 ブルジョワどもめ。

 

 少なすぎる、と食い下がるので、協議する。

 

 結果、数字の8に落ち着いた。タシュケントとジェーナスが「エターナルと似ていて良さそう」との理由だ。まあ、いいか。数字の8は末広がりで縁起もよさそうだ。

 

 自室のクローゼットを開けて、スーツに着替える。

 

 私服での仕事だから相変わらずネクタイを締めるのに慣れないな。

 

ジェノ「よし、向かおうか」

 

タシュケント「同志はスーツ似合うね!」

 

ジェーナス「そうね、雰囲気にダークカラーがマッチする」

 

 なんだかジェーナスからは褒められている気がいないが、まあいいや。

 

 亜斗から連絡がかかってきた。「今から準備するから一緒に行こうよ!」とのこと。

 

 なので亜斗の到着を待つとした。車で来るとさ。

 

11

 

 挙式には無事に間に合った。ギリギリだけどね。

 

 受付で改めてご両親に挨拶して御祝儀を渡した。教会の建物までスタッフの案内を受ける。その道中、スタッフさんの視線はちらちらとジェーナスに向けられていた。もろイギリス人の金髪の子供だからか、珍しがっている様子だ。

 

「ヨーロッパのお嬢さんですか?」

 

ジェーナス「アイアムブリティッシュ! だけど日本語もオーケー!」

 

「かーわいーいー。天使みたいな子ですね……式場も映えるというものです」

 

 確かに洋風の建物が似合う。

 

亜斗「なあんか若い子多いからか、結婚する子も多いよね」

 

ジェノ「そうだねえ。僕なんか先日まで彼氏いることも知らなかったよ」

 

タシュケント「よし、なんとなく式の流れはつかめた! 今後に活かせそうな経験だ!」

 

ジェーナス「そうね。私達って女性の仲間がすっごく多いものね!」

 

タシュケント・ジェーナス「これからたくさんあるかも!」

 

 めでたい空気に触発されてハイテンションな様子だ。艦娘って洋式と和式の晴れ着が似合いそうな人も多いし、全員、可愛い系か綺麗系だもんな。個性のクセは強そうだけども。

 

 そして入場だ。新婦側なので左側の席だった。新郎側からの列席者からの注目を浴びる。

 その視線を浴びているのはやっぱりもろ西洋少女のジェーナスだ。「可愛い」という声が何回も聞こえてくる。この国際色豊かな集団を見たら関係性は気になるよな。

 

 ジェーナスは笑顔で「綺麗な人達ね! 披露宴でお話しましょ!」と手を振った。そのコミュ力の高さがうらやましい。親族の後ろに座る。時間はちょうど良かったらしく、そのあとすぐに司会者の牧師が入ってくる。タシュケントとジェーナスは見慣れているからか、特に反応はない。しかし、そわそわしっ放しだ。

 

ジェーナス「ねえねえ、どこでキスするの?」

 

タシュケント「誓いの言葉の後じゃない? まだ生で観たことないよね」

 

亜斗「望むのなら今ここで私がしてあげよう」

 

ジェーナス「さてはあなた面白キャラね?」

 

 と、亜斗の発言に突っ込もうとしたところ、牧師の開会の辞が始まった。

 

 起立のお声がけがかかって立ち上がる。

 

 新郎の卓さんが入場してきた。ウエディングロードを歩いてきて、聖壇前に立った。なんだか静粛な空気だ。卒業式とはまた違って心がそわそわするな。

 

 新婦の夢島さんが入場した。

 

ジェノ・亜斗「お、おお……」

 

 正直、あれ本当に夢島さんだよな、と自問自答してしまうほどに神聖に綺麗だ。

 

 白色のドレスは工夫して仕立ててあって車いすのうえで飾られたフラワーアートのようだった。タシュケントが用意したというドレスのデザインに才能を感じる。

 女性スタッフが車いすを押して夢島さんの隣で父親が手を引いて、ゆっくりと進んでいる。

 

 聖壇前の階段も上手く、のぼっている。車いすの扱い方を知ってた。

 

 そして牧師の合図で一様に讃美歌を歌う。ジェーナスとタシュケントが最初は英語で謳い出して、そのあと、つたなく日本語で皆の後を追うように歌っていた。ちょっと二人とも日本語での歌詞を知らなかったのか、きょどっていて面白かった。

 

 そして聖書朗読と祈祷の儀式が行われる。

 

 そしてとうとうタシュケントとジェーナスが待ち焦がれていた誓約の場面だ。

 

 水を打ったように静まり返った中、牧師が問いかけを始めた。

 

佐藤「はい、誓います」

 

夢島「はい、誓います!」

 

 元気いっぱいだ。夢島さんらしくて笑った。

 

 そして婚姻の誓約を指輪を交換しあって、目に見える形にする。

 

ジェーナス「空気で分かるわ……!」

 

タシュケント「そろそろだ……!」

 

 二人とも膝の上で拳を丸めて背中がピンとなっている。

 

 卓さんがその場に片膝をついた。夢島さんの目線に合わせたのだろう。二人が立ち上がっているのが一般的だけど、これはこれでなんだか恰好よかった。

 

 そして、新郎が新婦のベールをあげる。

 

タシュケント・ジェーナス「く、くる……!」

 

 いちいち興奮しすぎ。

 

 そしてゆっくりとした速度で卓さんが夢島さんに誓いのキスをした。

 

タシュケント「ハラショー……!」

 

 タシュケントは満面の笑顔で眺めていて、

 

ジェーナス「きゃあ……!」

 

 ジェーナスは顔を真っ赤にして両手で顔を覆っていた。指の隙間からばっちり見ていたけどな。二人ともいちいち反応が可愛らしくて笑える。なんだか駆逐を可愛がっていた提督さん達の気持ちがよく分かった気がする。

 

亜斗「なんと可愛らしい初心な反応……」

 

 全く持って同じ感想だ。

 

 牧師による結婚宣言が行われ、証明書にサインを行った。

 

 滞り式が終わって新郎新婦の退場が始まる。

 

 ジェーナスが眉間に皺を寄せていった。

 

ジェーナス「私達のカッコカリと違い過ぎるわ……!」

 

タシュケント「全くだよ。あれはひどすぎたんだ」

 

ジェノ「どんな感じだったの?」

 

ジェーナス「館内放送で呼び出されて、執務室で指輪どうぞはいって感じ!」

 

タシュケント「フォローしておくと、単純に仕事の意味合いもあったからね」

 

亜斗「ねえ、後で私もジェノっち達のこと聞いてもいいかな?」

 

ジェノ「……そうだね」

 

 そろそろ隠してもおけないだろう。知らせないと逆に怖いまである。 

 

 残るは披露宴だ。そして亜斗が突貫だけど、プレゼントを用意してきたらしい。夢島さんと交流の深かった職場のおじいちゃんおばあちゃんから祝福の手紙を書いてもらったとのことだった。「めっちゃテキトーに仕事して準備した」おい。

 

 卓さんの友人や職場の人達のテンションが高かった。そしてなぜかちらちらとよくこっちを見ている。というかしゃべりかけてきた。国際色豊かだもんな。それとタシュケントに声をかける男性も多かった。二人とも対応が上手くて感心する。

 

「あの、夢島さんのお友達ですか?」

 

亜斗「えっと、私、です?」

 

 としゃべりかけてきたのが、中肉中背の笑顔が素敵な男の子だった。

 

 これは亜斗に春が到来するのではないか、と期待した。

 

「俺の娘とすごくよく似てて親近感わきます」

 

 っく、残念極まりない。

 

亜斗「こう見えても二十歳超えてますって! よくjcに間違われますけどね!」

 

「あ、俺、すごくタイプです!」

 

 なんだか披露宴なのにもう二次会の雰囲気だな。

 

 空気は柔らかいほうが好きなのでけっこうなことだ。

 

 それからお色直しした新譜がやってきてお決まりの両親への感謝のお手紙や二人の馴れ初めに対する質問が飛んで、神父の客人の男性陣が「ひゅーひゅー」とからかっていた。色々な綺麗な感情が入りみだる結婚式だ。

 

 夢島さんのお手紙はもらい泣きしてしまった。

 

 自分の脚のことで苦労して生きてきた人生を綴りながら、卓さんとの馴れ初めから今までのこと、両親に育ててもらったことに対するありがとうの言葉だ。タシュケントとジェーナスは少し真顔だ。ここら辺は二人には共感しづらい部分なのかもしれない。

 

 ここは二人へのプレゼント。

 

 シェアの能力を使った。夢島さんの心情を共有した。きっとこれから二人が生きていくにおいて、きっと役に立つのではないかな、と思った。二人はずっと笑っていた顔をうつむけて、泣いてしまった。しまった。逆に水を差してしまったのかもしれない。

 

 タシュケントとジェーナスは涙を服の袖で拭いて、顔をあげた。

 

 二人とも、困ったような顔で人を観ていた。

 

 

 

 




次回、対馬ちゃんやっと目覚める。

そこから朝霜達のこととか、対決管理妖精バッファ・ケートスとか、効果紋持ちの演習とか、ジェノが桜紋を持てた秘密だとか、そんな感じになる予定です。

台本形式の軽いギャグ書きたくなってきたので、この話の番外編作るかぷらずまさんのほうの番外編か旅行編を更新するかも……です(*´∀`)ヨテイハミテイ


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