電脳戦隊バーチャマン (憶 常昌)
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第一話  燃えろ! バーチャマン

     ~ 今までのあらすじ ~

 

 サイファー、テムジン、ストライカー、ライデン、そしてフェイイェン・ザ・ナイト。表向きはごく普通の大学生の彼ら五人、しかしてその実態は地球を守る正義の味方、電脳戦隊バーチャマンだったのだ!!

 

 

 本編。

 

 

「隠れていることはわかっているんだ! 出てこい!」

 

 まわりを見回して、断髪の美女サイファーが叫ぶ。

 

 古代の建造物の立ち並ぶとある遺跡、その中の一つの広場。彼らは、地球の平和を脅かす悪の組織の幹部を追って、ここへたどりついたのだった。

 

「あっ、あそこ!」

 

 どー見ても大学生には見えないピンクの髪の少女フェイイェンが指差す、その先には。

 

「ホーッホッホッホッホ! まんまとおびき出されたわね! ここがお前たちの墓場となるのよ!」

 

 中央のひときわ高い遺跡の上に乗り、高笑いする赤紫の影。彼女こそ、彼らが追っていた悪の女幹部エンジェランである。その傍らには、「死神」の異名をもつ彼女の側近、スペシネフが影のように付き従っていた。

 

「やっておしまい!」

 

 エンジェランの号令で、どこからかわいて出る無数の戦闘兵たち! テムジンとライデンに良く似た姿の彼ら、カラーリングは、もちろん白。

 

「行くぞ、みんな!」

 

「おう!」

 

 サイファーの掛け声で、いっせいに手首に……いや、背中につけた装置を作動させる五人!

 

『V・コンバート!』

 

 彼らの体が、輝く光に包まれる!

 

 

 説明しよう!

 天災もとい天才科学者バル=バドス博士の発明した「V・コンバーター」を作動させることにより、彼らは電脳戦隊バーチャマンへと変身するのだ!

 

 

「バーチャレッド!」

「バーチャブルー!」

「バーチャグリーン!」

「バーチャブラック!」

「バーチャピンク!」

 

『電脳戦隊、バーチャマン!』

 

 声ハモらせてポーズをキメる五人。よく恥ずかしくないな。……いや、サイファーのみ恥ずかしそうだ。装甲だけじゃなく顔も赤い。

 ちなみに、ライデンのみRNAカラーである。

 

 気迫に押されて、さざなみのように一歩退く戦闘兵たち。

 

「ええい、なにをためらっているの! 相手はたった五人よ!」

 

 が、エンジェランの一声で、彼らは数を頼みに攻勢に転ずる。ウンカのごとく押し寄せる白い影!

 

「ふっ、貴様らごときにやられる俺たちじゃあないぜ」

 

 不敵に笑ってランチャーを構えるグリーンことストライカー! 無言で地を駆けるブラック、剛戦士ライデン!

 

 サーベルが閃き、ライフルが唸る。爆炎が舞い、閃光が疾る!

 

 そして、無数のハートが乱れ飛んだ後には、立っている戦闘兵たちは一体とていなかった。まあ、所詮ザコはザコ。

 

「次はお前の番だ、降りてこい!」

 

 びしりとライフルをエンジェランに突きつけ、見栄を切るブルー、テムジン。

 

「ふ……。さすがにこやつら程度では相手にならないわね……。ならば……」

 

「なーによ、もったいつけちゃってぇ。オバサンくさぁーい」

 

 エンジェランの言葉をさえぎって、まくしたてたのはやっぱりピンク、フェイイェンだった。口を開けたついでにキャンディーを一つぽいとほうり込む。……って、その袋どこから出した?

 

「おば……!!」

 

 さすがにというか、さもありなんというか、絶句するエンジェラン。ややあって、額に特大の青筋がくっきりと浮かぶ。

 

「こっ……このっ……このこのこのこのこの」

 

「どしたのー? 言語感覚おかしくなっちゃったぁ? あはは、やっぱりオバサンね」

 

 だめおしの一言。

 スペシネフには、彼女の血管の切れる音が聞こえたような気がした。

 

「……出ておいで、ミサイル魔神グリス=ボック!」

 

「ま゛っ」

 

 さっと杖を振りかぶって叫ぶエンジェランの声に応えて、どこからか現れる異形の影。

 

「……いつも思うんだけどさ」

 

「どうした?」

 

 つぶやくテムジンに、問うサイファー。

 

「どうして、あのスカートは見えそうで見えないんだろう?」

 

「お前は寝ていろ」

 

 さくっ。

 

 大真面目で首をひねっていたテムジンにサイファーがサーベルでつっこみを入れているあいだに、間合いをとるグリスボック。

 

「まず、その小娘から塵にしておしまい!」

 

「ま゛っ」

 

 エンジェランから命令が飛ぶが早いか、いきなり核を撃つグリス!

 

「えっ? あー、まってまってちょっとまって!」

 

 キャンディーの袋を抱えたまま、しぱたしぱたと慌てるフェイイェン。……だから、どっから出したんだよそれ。

 

「散れ!」

 

 サイファーの声で、すかさずその場を離れる五人、いや、四人。

 

 おや?

 

「ああっ!? テムジン!」

 

 さっきまで彼らがいた場所に、超特大のキノコ雲が上がる。

 

 つっこみを入れられたまま寝ていたテムジンは、フェイより一足先に塵になった。……いや、ぴくぴくしているから、まだ生きてはいるらしい。

 

「貴様! よくもテムジンを!」

 

 叫ぶサイファー。お前さんのせいじゃないのか?

 

「ま゛っ」

 

 何を考えているのか、何も考えてないのか、ミサイルをどかどか撃ちまくるグリスボック。指令どおり、その大半はフェイに降りそそいでいるが、彼女はわきゃわきゃ走り回りながらしっかり全弾かわしていた。……キャンディーを口に入れる余裕もあるようだから、攻撃を引き付けているという意味では立派なものだが、なんかねえ……。

 

「くそっ! キャノン砲も届かないぜ!」

 

「焦るなグリーン! まずは動きを封じるんだ! ブラック、頼む!」

 

「おお!」

 

 サイファーの声に応え、電磁ネットを展開するライデン。命中とはいかなかったものの、さすがにミサイル魔神の足が止まる。

 

「行くぞ!」

 

 その隙に一気に間合いを詰めるサイファーとストライカー。

 

「見境なく爆弾ばらまきおって! 環境破壊は許さんぞっ!」

 

 なにか違うぞ、ストライカー。そもそも人のことが言えるのか?

 

「ま゛っ?」

 

「食らえ、必殺、ハイパータックルっ!」

 

 その身を炎に包んで突撃するストライカー。だが……

 

「グリーン!? ばか、まだ早い!」

 

 サイファーの指摘は正しい。あっさりそれをかわすグリスボック。

 

「あ? あら~っ!?」

 

 方向制御のできないまま、あらぬ方向へすっとんでいくストライカー。「べちっ」とか音が聞こえる。……まあ、タフだから大丈夫だろう。

 

「ちくしょー、この野郎! じっとしてろ!」

 

 ムチャ言うな。

 

 赤くなった鼻を押さえて突っかかるストライカー。が、相手は巨体の割にすばやい。サイファーはミサイルを警戒して空中高速機動が発揮できず、ストライカーと連携してもいまいち攻撃が当たらない。足の遅いライデンは完全に置いていかれている。フェイイェンは……どーやらやる気がないらしい。そんなにキャンディー好きか。

 

 そうこうするうちに、少し疲れの見えたサイファーの目の前に、狙いすましたミサイルが迫る!

 

「!? しまっ……!」

 

 思わず目を閉じそうになった瞬間。

 

 一条の閃光が、ミサイルを吹き散らした。

 

 ライデンではない。彼のレーザーなら、太すぎてサイファーまで焼いている。

 と、すると。

 

「テムジン! 大丈夫なのか!?」

 

 いつのまに復活したのか、ビームライフルを構えて立つテムジン。

 

「はっはっは、あの程度で倒れるほど俺はやわじゃないぜ!」

 

 ひざが笑ってるぞ、おい。

 

 が、今の攻撃はちょうどグリス=ボックの進路をもふさいでいた。一瞬、動きが鈍る。

 

「よし、決めるぞ! ブラック!」

 

 サイファーの声に、今度こそ電磁ネットがミサイル魔神を貫く!

 

「ま゛っ!?」

 

「ピンク!」

 

「まぁっかせてぇ!」

 

 さらに、ソードから撃ち出されたハートが命中する!

 

「ま゛あぁぁぁぁぁあっ?」

 

 そして残り三人が宙に跳ぶ!

 

『おおおおおっ! 必殺! トリプルバーチャクラーッシュ!!!!!』

 

 説明せねばなるまい!

 トリプルバーチャクラッシュとは、電磁ネットとハートビームで動きを止めたところへ、S.L.C.ダイヴ、サーフィンラム、ハイパータックルを3方向から叩き込む、バーチャマン最強の必殺技である!

 

「ま゛あああああああああああっ!!!!」

 

 断末魔の叫びをあげるグリス=ボック!

 

 ちゅどーん。

 かくして、一つの悪の芽は滅びた。が、しかし。

 

「よーし、今度こそお前の番だっ! って、あれ?」

 

「あ~、いない! 逃げられたあ!」

 

 そう、さっきまでいたはずの遺跡の上から、いつのまにか悪の女幹部エンジェランと側近スペシネフの姿は消えていた。二人とも実に逃げ足が速い。

 

「くぅっ……今回も逃したか……。しかし、次こそ必ず……」

 

 悔しがるサイファー。

 

「まあまあ、焦りなさんな、リーダー」

 

 お前が言っても説得力ないぞ、ストライカー。

 

「慌てても良いことはないぞ。我々の戦いはまだまだ続くのだ」

 

 あさっての方角を見ながらどっしり構えて言うライデン。酔ってるね、こいつも。

 

「ね~、おいしいもの食べにいこーよ。おなかすいちゃった!」

 

 君にはそれしかないのか、フェイイェン。キャンディーおいしそうだな。

 

「う~ん、今回もやっぱり見えそうで見えなかったな」

 

 テムジンはまた寝た。気絶したとも言う。

 

 

 そう、ブラックの言葉どおり、戦いはまだ始まったばかり。

 悪の総帥タングラムを倒すまで、彼らに安息の日々はない!

 戦え、電脳戦隊バーチャマン! 行け、五人の戦士たちよ!

 

 

 つづく!

 



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第二話  砕け! バーチャマン

 

 「青木ヶ原? って……あの、富士山麓の樹海?」

 

 そう言ってノートから目を上げ、テムジンは隣に座る美女の横顔を見た。

 

「そうだ。そんなところに何があるのかは知らないが」

 

 ノートを取る手を休めず答えるサイファー。

 

 午前の最後の講義である。テストの時さえいれば単位がくる授業なので、真面目に出席してかつ目を覚ましている学生は数えるほどしかいない。がら空きの、現実としては不必要に大きな講義室の最後列。彼らの会話に耳を向ける者はいない。

 

「ストライカーとライデンには?」

 

「さっき伝えた。この授業が終わりしだい現場に向かうぞ」

 

「えーと、次は……『鶏化現象の傾向と対策』か。さぼっても問題ねーな」

 

 ないことはないと思うぞ。

 

 青木ヶ原周辺で、彼らと対立する悪の組織の偵察兵が暗躍しているのが確認されたのは、今日の昼前のことだった。その目的は定かではないが、バル=バドス博士から連絡を受けたサイファーは、とりあえず現場に確認に行くことを決めたのである。

 

「別に今から行ってもいいんじゃないか?」

 

 教壇を親指で指し示して言うテムジン。教授はさっきから講義を脱線して、エンターテナーとしてのメーカーの姿勢がどーたらと言っている。もはや陶酔モードに入っているらしい。

 

「我々はいいが、今の時限はストライカーは『空爆実験』、ライデンは『読みの科学』で、どちらも必修だからな。進級に関わるというからあまり無理も言えない。それに……」

 

 ちらりとテムジンを挟んだ反対側の席を見る。

 

「お前、『それ』をどうにかできるか?」

 

 彼のとなりの席ではピンクのおさげのフェイイェンが、気持ちよさげにすぴょすぴょ寝息を立てていた。毎日、チャイムが鳴ると同時にこれである。君、一日に12時間は寝てるだろ。

 

「うっ……」

 

 言葉に詰まるテムジン。

 

 無論、彼にその安眠を妨げてその結果起こる事態を甘受できる度胸も根性もありはしない。絶対にない。なかば自虐癖のケのあるライデンならともかく。

 

 しばしフェイの寝顔を眺めていたテムジンだが、やがて大きくため息をつくと、腕を枕に机につっぷした。お前まで寝てどーする。

 授業はとっくに脱線したままだが、サイファーは依然としてノートに向かっている。どうやら他の授業の内職のようだ……と思ったら、何だねそのマンガ原稿用紙は?

 

「……もう食べられないの、サイファーぁ……あたしがもらっちゃうよ……」

 

 実に君らしい寝言だね、フェイイェンちゃん。

 

「うーん……やっぱり見えない……」

 

 何の夢を見てるのかね、テムジンくん?

 

 サイファーは黙々とペン入れを進めている。……上手いな。

 

 

 講義室に教授の独り語りが響く。

 

 

 やや、時間が流れて。

 ストライカー、ライデンと合流した彼らは、一路富士山へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 昼なお暗い密林の中、下生えを踏む音がする。

 

 およそこの場に似つかわしくないフレアスカートの女性と、でかい鎌を背負った死神の影。いわずと知れた悪の女幹部エンジェランと側近スペシネフであるが、今日はもう一人、その後ろに異形の巨体が付き従っていた。

 

「……ここね」

 

 何やら計器を使って座標を確認していたらしいエンジェランが立ち止まる。

 

「ここですか……」

 

 鎌をおろして問うスペシネフ。

 

「そう。このポイントの地下1000メートルにあるマグマだまりを開放すれば、ここから溶岩が噴き出るだけでなく、その影響は富士山自身にも及び、やがてそれは太古より繰り返されてきた大噴火の引き金となる……ふふふ……ホーッホッホッホ!」

 

 なにもそこで高笑いせんでもよかろうが。性格の悪さ丸出しだぞ。

 

「世界の混乱こそ、われわれの益となる。さあ始めなさい、ドリル魔神ドルドレイ!」

 

「了解~」

 

 ずずいっと出てきたのは、後ろに控えていた巨人。のそのそ動いて左腕のばかでっかいドリルを地面に突き立てようとした、その時。

 

「そうはさせるか!」

 

 いつからそこにいたのか、声とともに樹上から降ってきたのはバーチャブルー、テムジン! そのままの勢いでソードをドリル魔神の脳天に叩き付ける!

 

 すかっ。

 

「おおっ!?」

 

「『おおっ!?』っじゃないへたくそ!」

 

 どちゅーん。

 

 わざわざレーザーでつっこみを入れるサイファー。……いや、フォローしようとしたらドルドレイとの直線状にテムジンがいたからか。それならそれで4WAYレーザーにしとけばいいのに。

 

 ともあれ、レーザーをまともにくらってすっとぶドリル魔神、とテムジン。

 

「なっ……! お前たち、どうやって嗅ぎ付けた!?」

 

 うろたえるエンジェラン。んな人目を引く格好で見つからないほうが不思議なんだがね。

 

「天知る地知る人ぞ知る! いかな悪行をたくらもうとも、我ら五人のあるかぎり、この世の平和は乱させんぞ!」

 

 大見栄きりすぎだ、ライデン。

 

「……おのれ、どこまでも邪魔を……。ドルドレイ、作業はあとよ。まずはこやつらを叩きふせなさい!」

 

「おお~」

 

 むくりと起き上がり、五人に向き直る。レーザーがたいして効いていない。見た目どおりに硬い体だ。

 

 そしておもむろにダッシュで突っ込む!

 

「げっ……やべっ!」

 

 テムジンが叫んだのと、ドリル魔神の体が炎に包まれたのはどちらが先だったか。

 

「あぅあっ!」

 

「どえ~っ!」

 

「うごっ!」

 

 思わぬ速攻に虚を突かれた五人。サイファーはかわそうとしたところを引っかけられ、テムジンとライデンはあっけなく跳ね飛ばされる!

 

「きゃああ!」

 

 がきいっ!

 

 だがしかし! 立ちすくんだフェイの目の前で、その猛進は食い止められていた。

 

「ふ……温いな!」

 

がっちり特攻をブロックしたのは、ストライカー。にっと不敵な笑みを浮かべる。

 

「う~?」

 

「てめえはぁ……これでもくらってろっ!」

 

 ばきっ!

 

 力いっぱい殴りとばすストライカー。巨体がとんでいく、その先には……。

 

「えっ?」

 

 エンジェランは、どうして急に日がかげったのか、一瞬理解できなかった。まあ、もともと薄暗かったし……。

 

「きゃああああ!」

 

 どっすーん。むぎゅ。

 

「あ~? なんかやわらかいぞ~?」

 

 そりゃ、お前はいいだろうがね。

 

「どっ……どきなさい……」

 

 クッションにされたエンジェランは息も絶え絶えだ。そりゃきつかろうて。逆ならともかく。

 

「エンジェラン様! ご無事ですか!?」

 

 無事かどーか見りゃわかるだろーが、スペシネフ。仮にも側近なら事前に何とかしたらどうだ。

 

「大丈夫、みんな!?」

 

「……ああ、なんとかな」

 

 フェイの声に立ち上がるサイファー。ライデンも復活している。さすがにタフだ。テムジンは……やっぱり膝が笑ってるが……まあいいか。

 

「いくぞ! フォーメーションVだ!」

 

『おおっ!』

 

 前から順に、ストライカー、サイファー、テムジン、ライデン、フェイイェンが一直線に並ぶ。

 

「う? う?」

 

 ようやく起き上がったドルドレイを、その先にとらえた!

 

「みんな、ファイトぉ~!」

 

『くらえ、必殺! メガバーチャキャノン!』

 

 説明せねばなるまい!

 メガバーチャキャノンとは、ライデンのレーザーをテムジンのソードに収束、展開したソードをカタパルトにS.L.C.を、さらにそれを踏み台にしてハイパータックルを放つ、バーチャマン第二の必殺技である! フェイの役目? 応援。

 

 どっかあああん!

 

「うんにょら~!」

 

「きゃ~!」

 

「どわ~!」

 

 まともに食らって再度すっ飛ぶドルドレイ! エンジェランとスペシネフも、その余波で吹き飛ばされている。

 

『よしっ!』

 

 ガッツポーズでキメる五人。

 

「くっ……! まだ終わらんぞ!」

 

 起き上がり、どこからか小さな箱を取り出すスペシネフ。真ん中にボタンが一つついている。

 

「スペシネフ、それは!」

 

「今使わずにいつ使うのです! ドルドレイ、巨大化モード発動! ポチッとな!」

 

 ぐっとボタンを押すスペシネフ。とたんに、ばきばきと木がなぎ倒されてゆく!

 

「んぅお~!」

 

 むっくむっく膨れて、数十倍の大きさになったドルドレイが雄たけびをあげる!

 

「げえっ! こ、こりゃ首が疲れるぜ!」

 

 見上げて叫ぶテムジン。うろたえる理由が違うだろーに。

 

「くっ、こうなったら……。呼ぶぞ! あれを!」

 

『おお!』

 

 サイファーの声に、手首の通信機を口によせ、五人は叫ぶ!

 

『来い! グレート・バドス!!』

 

 

 ごおおおおおおおおおおおお!

 

 

 はるか小笠原の海に沈む基地から、雲を切り裂き飛んでくる! 白い体の巨大ロボ! バーチャマン最後の切り札、グレート・バドス!

 

 ちなみに海底用と宇宙用に別バージョンもある。

 

 

 ずずぅん。

 

 腕を組んですっくと降り立つグレート・バドス! すかさずコクピットに乗り込む五人!

 

「く……、やっかいなものを! 叩き潰しなさいドルドレイ!」

 

 いつのまに登ったか、木のてっぺんに立って命令を下すエンジェラン。

 

「おお~!」

 

 ドリルを振りかざして殴りかかるドルドレイ!

 

「食らうか!」

 

 ステップをふんでかわすグレート・バドス。すかさずビームブレードを展開し、回転しながら斬りつける! だが、敵もさる者。がっちりガードされた。

 

 なおも殴りあいを続ける二体の巨人。だが、お互いに「一発」を警戒してなかなか決着がつかない。時間とともに、木々だけがなぎ倒されていく。ドルドレイはともかく、環境破壊してることに気づいてるか、お前ら?

 

 が、膠着した状況に先に切れたのはエンジェランだった。

 

「……ええい、そんなやつ相手に何をてこずってるの! 真面目にやりなさいよこのちゃぶ台!」

 

 彼女がそう叫んだとたん、ドルドレイの動きがぴた、と止まった。

 

 ゆっくり、後ろを振り向く。

 

「ちゃぶ台~!?」

 

 目が据わってるねえ。

 

 ずいっとエンジェランに向かって一歩踏み出すちゃぶ台。もといドルドレイ。これは怖い。

 言ってはいけないことを言ってしまったことに、彼女はようやく気付いた。遅すぎだってーの。

 

「え……あ、あのね、えっと今のはその、口が少し、だからちょっとまって、ってきゃああああああああ!」

 

 むんずとエンジェランをその万力のような……って万力か。ともあれ右手で掴むドルドレイ。サイズを考えなければ、お人形さん遊びしてるようにしか見えないな。

 

「大~激~怒~!」

 

 そのままぶんぶん振り回してから、力いっぱい投げ飛ばす。

 

「あ~~~れ~~~~~~!!」

 

 きらーん。

 

 エンジェランは星になった。因果応報かくあるべし、迷わず成仏。

 

「エ、エンジェラン様!」

 

 今まで事態についていけずに呆然としていたスペシネフは、ようやく我に返ったかと思うと慌ててエンジェランが投げとばされた方角へとすっとんでいって消えた。お前もたいがい反応鈍いぞ。

 

 さて。

 

 敵が仲間割れして、うち二人はどっかへ消えてしまい。

 残った強敵は、今こちらに背を向けている。

 

 当然やることは一つだ。

 

「今だ! やるぞ!」

 

 そうそう、早くやっちまえサイファー。

 

「何をやるの~」

 

 そこでそーゆーつっこみを入れるか、フェイイェン。

 

「俺、リフレクトレーザーはやだな~」

 

 わがまま言ってる場合か、テムジン? 気持ちはわからんでもないが。

 

「じゃあ、やっぱりあれだろ、あれ」

 

 指示語だけでしゃべるんじゃない、ストライカー。

 

「あれだな、わかった」

 

 本当にそれだけでわかったのか、ライデン?

 

「よし、やるぞ! 準備はいいか!」

 

 わかったらしい。便利な連中だね。

 

 肩いからせて……いや、あれ以上いからせようがない肩なんだが、まあ言葉のあやだ。まだ怒り覚めやらぬ様子で突っ立っていたドルドレイの背中に向けて、グレート・バドスはその右腕をおもむろに構える!

 

『食らえ、正義の鉄拳! ロケットパーンチ!!!』

 

 どっこーん!

 

「なんじゃこりゃ~!!」

 

 そして、ドルドレイの断末魔が富士の樹海に響いた。

 

 

「終わったな」

 

 夕日を見つめてつぶやくストライカー。

 

「とりあえずはな。奴らがこれであきらめるとは思えん」

 

 同じく夕日を眺めて言うライデン。まあ当然だね。

 

「なーに、何回出て来ようが返り討ちにしてやるさ! この俺がいるかぎりな!」

 

 テムジン、その前提が正しいかどうかはよく考えてみようね。

 

「うーむ……今からで締め切りに間に合うだろうか」

 

 何を心配してるんだね、サイファー。

 

「ねーおなかすいたよー」

 

 わかったわかった。

 

 

 五人の活躍によって、富士噴火計画は阻止された。

 だがしかし、世界を手中に納めるため、敵は次々と彼らの前に立ちはだかるであろう!

 行け、電脳戦隊バーチャマン! 地球の平和は君たちにかかっているのだ!

 

 あ~不安。

 

 

 つづく!

 



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第三話  走れ! バーチャマン

 

 その日、ライデンはちょっと不機嫌だった。目玉焼きが堅かったからである。

 

 その日、ストライカーは少し不機嫌だった。寝ぐせがうまく取れなかったからである。

 

 その日、テムジンはだいぶ不機嫌だった。出玉が悪かったからである。

 

 その日、フェイイェンはとても不機嫌だった。体重が○㎏増えていたからである。

 

 その日、サイファーはかなり不機嫌だった。これから本を買って回ろうかと思った矢先に、バル=バドス博士から連絡が入ったからである。

 

 暑い夏の日のことであった。

 

 

 

「よりによって今度はここか」

 

「まったく……どういう監視体制してたんだ?」

 

 ぶつぶつ文句をたれるストライカーとテムジン。

 

「ともあれ……場所が場所だ。一気に叩くぞ」

 

 視線は動かさずに、歩きながら言うサイファー。

 

「まーったく、じょーだんじゃないわよ。めんどくさい」

 

 そーゆー問題かね、フェイイェン?

 

「とにかく許せん! 思い知らせてやらねばな!」

 

 おう、やってやれライデン。

 

「行くぞ!」

 

 サイファーの号令で駆け出す五人! そして背中に手を伸ばす!

 

『V・コンバート!!』

 

 光に包まれ変身するバーチャマン! 駆けゆく先は、A国の軍事基地!

 

 

 

 悪の組織の一大隊がその基地を占拠したのは、昼前のことだった。バーチャマンたちが駆けつける前に制圧は完了していたし、当然武器弾薬も豊富だった。何より、今までの作戦で最大の兵力が投入されていた。迎撃態勢は完璧だった。

 

 しかし、ああしかし、今日の彼らは不機嫌だったのである。

 

 合掌。

 

 

「こんのてめーら、パチンコ玉みたいに沸いて出やがってこんちくしょー!」

 

 まとめて十人ほどメガスピンでたたっ斬るテムジン。やつあたり以外の何物でもないな。

 

「わたしを引きずり出したこと……地獄で後悔するがいい!」

 

 やはりざくざく斬り倒しつつ駆け抜けるサイファー。かっこよく聞こえるが、よく考えると個人的な恨みだね、それは。

 

「むかつく、むかつく、むかつく! 今日は一割増しだからねーっ!」

 

 だからってわざわざヒップアタックか? 一割ってことは……やめとこう。

 

 ともあれ、ひたすらストレス発散にいそしむ五人であった。

 

 どかばきぐしゃどかばきぐしゃどかばきぐしゃ。

 

 

 ……少し時間を進めようか。

 

 

 どかばきぐしゃどかばきぐしゃ。

 

 おお、まだやってたか。

 

「はーっ、はーっ。こ、ここね……中央管制室」

 

 息を荒げて、目の前の扉をにらむフェイ。

 

「ブルー、頼むぜ」

 

 場所をあけて構えるストライカー。

 

「おう!」

 

 そして、テムジンがソードで扉を切り裂く!

 

『うおおおおおおっ!』

 

 すかさず中に飛び込み、武器を乱射するライデンとストライカー! だが、予想された反撃はなかった。

 

「む?」

 

 部屋の中を見回すライデンの視線が、ひときわ高くしつらえられた指揮官席の上で停まる。そこには、派手な衣装の人影があった。

 

「いやまったく……諸君らの力には毎度毎度驚かされるよ」

 

 どこか人を馬鹿にしたような口調で、肩をすくめる。それにしても派手な男だね、こいつは。いっぺんつや消しをかけてこい。

 

「貴様は……タングラムの参謀、アジム!」

 

 ぎりっとにらんで叫ぶサイファー。

 

「また会ったね、諸君。今度見るときは死体で、と思っていたのだがね。なかなかどうしてうまくいかないものだ……。やや詰めが甘かったかな」

 

 いや……詰めがどうこうという問題じゃないと思うが……。

 

「……ここで何をするつもりだったのかはしらんが、ここまでだ。観念するんだな」

 

 びしりと言い放つライデン。

 

「観念? だれが? ははは、これで私を追い詰めたつもりかね?」

 

 その、人を見下した目付きをどうにかしろ。高い位置にいるからってだけじゃあるまい。

 

「ここから逃げられるつもりでいるのか?」

 

「テムジンくん、君はひとつ忘れているようだ……私の能力をね」

 

 言って、空中に円筒状のフィールドを作り上げるアジム!

 

「『ゲート』か。それはありがたい。我々を貴様たちの根城までわざわざ案内してくれるわけか?」

 

 皮肉っぽい笑みとともに言うサイファー。

 

「確かに、貴女の言うとおり、このゲートはすぐには閉じてくれない……。だから、その間ちょっと諸君には足止めをくっていただこう」

 

「足止めだと? 俺たちを足止めできるようなやつが、お前の配下にいるのか?」

 

「いるとも、バーチャグリーン……ストライカーくん。君のよく知っている男だよ」

 

 ぱちりと指を鳴らす。いちいち気障なやつだ。

 

 と、ゲートの中からもう一人の人影が現れた。

 それを見たストライカーが……いや、五人全員の表情が驚愕に凍りついた。

 

「あ……兄貴!?」

 

 喉の奥から声を絞り出すストライカー。

 

 そう、そこに立っていたのは初代バーチャグリーンにしてストライカーの実の兄、今は行方不明になっていたはずのバトラーその人だったのだ!

 

 

 

 話は一年前にさかのぼる。

 

 共に「バーチャマン」を結成し、正義の戦士と誓ったグリーン……バトラーが失踪したのだ。誰にも何も言わず、そぶりすら見せず唐突に「消えた」のである。八方捜索の手を尽くしたものの手掛かりはつかめず、結局、バーチャマンを維持するために、「ミサイルマスター」と呼ばれし、かのベルグドル師のもとで修行をつんでいた弟ストライカーが、二代目としてその座を継いだのだ。

 

 その日からなんの音沙汰もなかったのである。そう、今日までは。

 

 

 

 しばらく、誰も口をきかなかった。

 

 バーチャマンたち五人は凍りついたままだったし、バトラーはただ押し黙ったままだった。そして、そんな彼らの様子をアジムは一人にやにやしながら見ていた。

 

「どういう……ことだよ……。兄貴……」

 

 最初に声を発したのはストライカーだった。

 

「……バトラー、一体これは」

 

「なんでだよ兄貴! なんで、そいつらの仲間に……!? 答えろよ兄貴!」

 

 サイファーの言葉をさえぎって叫ぶ。わけがわからないといった表情だ。

 

 そんな弟の様子を見ていたバトラーは、しかし静かに口を開き、

 

「……お前に言う必要はない」

 

「バトラー、てめー!」

 

「まて」

 

 突っかかろうとしたテムジンを抑えるサイファー。ストライカーに任せるつもりなのだろうが、それでいいのか本当に?

 

「ふっ……。感動の再会、と言ったところかな。さて、私は一足先に失礼させてもらうよ。バトラーくん、足止めをよろしく」

 

「わかった……」

 

 なんだ、見物していかないのか?

 

「めったにない座興だ、あとでゆっくり見せてもらうよ。では、さらばだ」

 

 ……ビデオ回してるのか、周到な。

 

 そう言ってアジムはゲートへ消える。バトラーはゲートへの道をさえぎる形で立ち、トンファーを構えた。

 

「どうして……? 兄貴……あんなに正義に燃えてた兄貴じゃないか……それが、どうしてこんな……」

 

「……」

 

 バトラー、無言。

 

「まさか……もしかして、やっぱり……」

 

「ストライカー? 心当たりでも……」

 

 いぶかしげな顔をするライデン。

 

 

「……やっぱり、俺のほうがたくさんチョコレートもらったからなのか!?」

 

 

 すっこけぇぇぇぇぇっ!

 

 

 たまらずその場にこける四人。

 しかしバトラー、無言。

 

「そ……それとも、兄貴が大事にしてたプラモデル壊したの、俺だってこと隠してたからか!? それとも……」

 

 もはや立ち上がる気にもならない四人。

 

 やはりバトラー、無言。こめかみがぴくぴくしてるけど。

 

「それともやっぱり、兄貴がとっておいたスイカを食っちまったから」

「あんたバカぁ!?」

 

 ごめすっ。

 

 ……なにもそんな分厚い本の、しかも背表紙で脳天を殴らなくてもいいと思うんだがね、フェイちゃん。だいたいそれ、どこに持ってたんだ? 表紙に「エターナルファンタジーⅦ」とか書いてある。某RPGの登場キャラクターが裸で抱きあっ……どっかで見た絵だ。

 

「ピンク……それ、私の本……」

 

 眉間に指を押し当てていうサイファー。どうりで見たことあると思った。

 

「……来てたのか? 今日」

 

「うん、行ったらちょうどコスプレして回ってるって言われたの。あのねあのね、ほかにもたくさん買ったんだよ~♪ 後で見よ♪」

 

 そんな会話をしてる場合か。

 

 ライデン、壁に頭を叩き付けてるんじゃない。これが現実だ。

 

「とにかく兄貴!」

 

 おお、復活したか。

 

「いったい何がどうなってるんだよ!」

 

「どけ、グリーン……」

 

 らちが開かないと見て、ストライカーを押しのけて前へ出るサイファー。早めに気づけ。

 

「……とにかく。そこを通してもらおう」

 

 すっ、と展開したサーベルを突きつける。

 

「……それは、できん」

 

 トンファーの輝きが増す。

 

 

 同時に踏み込む!

 

「おおっ!」

 

「はあっ!」

 

 残光が閃いた。

 

 そして。

 

 同時に飛びすさる二人。

 

 

「リーダー!」

 

「レッド! 大丈夫か!?」

 

「……なぜだ?」

 

 声をかけるストライカーとテムジンを無視して問うサイファー。

 

 サイファーのブレードは、かわしたバトラーの頭の上をかすめて過ぎた。

 バトラーのトンファーは……届いていない。もう一歩踏み込めば、間違いなく当たったはずなのに。

 

「『足止め』が、俺の受けた命令だ……」

 

 そう言って、ゲートのほうを見やるバトラー。そろそろ、フィールドは消えかけている。

 

「バトラー……あんたは……」

 

 納得のいくような、いかないような顔でつぶやくテムジン。

 

 

 しばらくのにらみ合いのあと。

 

 

「……今日のところは、退こう。だがしかし……」

 

 ブレードを消して言うサイファー。

 

「レッド!?」

 

「おい! いいのか!?」

 

 声を上げたテムジンとライデンをすっ、と手で制し、言葉をつなぐ。

 

「……だがしかし、冬にも……いや、今度このようなことがあれば、その時は……容赦はしない」

 

 おい、冬ってなんだ冬って。

 

 そんなサイファーの顔をしばし無表情な瞳で見つめて。

 

 そして、かつての友はゲートと共に消えた。

 

 

「……なんということだ……こんなことになるとは……」

 

 左手で顔を覆って嘆くライデン。

 

「……関係ない。手強い敵が一人増えた……それだけだ」

 

 つぶやくサイファー。表情は、見えない。

 

「そんな簡単に割り切れるかよ……」

 

 突き立てたライフルにもたれかかるテムジン。

 

「う~……最後に会ったとき、おごってもらう約束してたのになあ……」

 

 体重のことはもう忘れたようだね。

 

「くそっ……やっぱり、俺がブランコから突き落としたのを根に持ってたのかっ!」

 

 君たち、そのハリセンはどこから出したんだね。

 

 

 なんという運命の悪戯か、敵として彼らの前に現れたバトラーの真意とは!?

 果たしてストライカーは兄を超えることができるのか!

 しかし、彼らは背を向けることは許されない! 地球の未来を守るのは、彼ら以外にいないのだから!

 

 

 つづく!

 



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最終話  飛べ! バーチャマン

 人の願いは儚く、しかしてそれは何より深く。平和を望むその声に、自ら応えた者たちがいた。

 

 人類は知り、そして忘れぬだろう。彼らの戦いを、強き命の輝きを。

 

 時に199X年10月7日午前8時43分27秒。

 第一シェルターが吹き飛ぶ轟音が、タングラムの秘密基地を揺るがした。

 

 

「どおおりゃあああ!」

 

 閃光一発、シェルターを突き破って踊り込むライデン!

 

 鳥取砂丘の地下深く隠された基地の在処をやっとのことでつかんだ彼らは、ついに最後の戦いを挑んだのだった。

 

 なみいるザコを蹴散らし、突き進む五人! が、しかし。

 

「うわっ!?」

 

 剣呑な風切り音とともに前方から飛んできた何かを、先頭を走っていたテムジンは上体を大きく反らして何とかかわす。

 

 通路から出たそこは、やや広めの空間になっていた。反対側の壁には通路の続きだろう、矩形の扉が穿たれている。

 

 が、その前には、黒い死神の影が立ちはだかっていた。

 

「貴様ら……ついにこんな所までやってきたか……」

 

 テムジンの首を掻き切りそこねたブーメランを引き戻し、つぶやくスペシネフ。

 

「だが、ここは通さんぞ」

 

 次の瞬間、揺らめくように姿を消す!

 

「!? 右っ!」

 

 がきいっ!

 

 至近距離で振られた鎌を、即座に反応したテムジンがライフルでがっちりと受け止めた!

 

「……行けぇっ! ここは俺にまかせて!」

 

「なっ……!? 馬鹿な! お前だけ置いていけるか!」

 

 叫ぶサイファー。だが。

 

「なに言ってんだ! 時間がないんだぞ!」

 

 そう。バル=バドス博士の分析によれば、タングラムが完全に力を蓄え終えるのは、遅くとも今日の正午。それまでに叩かなければどうなるか……あまり考えたくないことではあった。

 

「なんとしてでもヤツを倒す。それが……俺達の使命だろう、レッド! 早く行け! 俺もすぐに追いつく!」

 

 目の前の死神から目をそらさずに叫ぶテムジン。

 

 一瞬の躊躇。しかし。

 

「……わかった……。この場は任せたぞ、ブルー! 行くぞみんな!」

 

 叫んで駆け出すサイファー。

 

「『すぐに追いつく』か……。私も甘く見られたものだな? だが、いずれにせよ行かせんよ!」

 

 ぱちりとスペシネフは指を鳴らす。と、呼ばれて湧き出る戦闘兵たち! ザコではあるが、数が多い。サイファーたち四人の足が止まる。

 

「仕方がない……。こいつらは、私が引き受ける!」

 

 言うと同時に最大出力でレーザーを放つライデン! 前方の敵がまとめてはじけとび、道が開いた。

 

「よし、先に行くぞ!」

 

「じゃーなっ」

 

「がんばってねー♪」

 

 すばやく、そこを駆け抜けて通路に飛び込む三人。その姿は、すぐにかすんで見えなくなった。

 

「う……。……もうちょっと、こう……『放っておけるか』とか、『無茶を言うな』とか、そういうセリフがだなあ……」

 

 何を期待してるんだ、お前は。ま、それだけ信頼されてるということにしておけよ。

 それに、そんなこと言ってる場合じゃないだろう。

 

「……えーいっ! まとめて叩きつぶしてくれるわーっ!」

 

 おう、がんばれよ~。

 

 

 

 対して。

 スペシネフとテムジンは、さっきから睨みあったままだった。

 

「……なぜだ?」

 

 ぽつり、とテムジンが口を開いた。

 

「どうして、お前のようなやつがこんなところにいるんだ……。何回もこうして対してきたけど……。この剣で感じたお前は、性根はそんなに悪い人間じゃないのに」

 

 君に人間を語られてもねえ……。

 

「……貴様が知る必要はないし、どうせわかりはしまい。……私は、あの方のためなら、何だって……」

 

 静かに語るスペシネフ。「あの方」とは、タングラムのことなのか。

 

 それとも?

 

 

「……」

 

 テムジンは、無言でライフルにビームソードを展開する。

 

 じり。

 

 じり。

 

 間合いが詰まる。

 

 

「やめとけよ……接近戦じゃ俺には勝てないぜ」

 

 言ってのけるテムジン。が、

 

「残念ながら、私とて遊んでいたわけではない……。貴様に対抗するために、新たな技を編み出してきたのだよ!」

 

「なにっ!?」

 

 突然構えを変えるスペシネフ、うろたえるテムジン!

 

「見よ! 必殺! メガスピンサイス!」

 

 メガスピンソードよろしく、すさまじい勢いで頭の上で鎌を回転させるスペシネフ!

 

「うわああああっ……あ?」

 

 ぐるぐるぐる。

 ぐるぐるぐる。

 

 ……当たらない。

 

 注。二人の身長はほぼ同じ。

 

 

 長いような、短いような沈黙が漂って。

 

 

「……しまったあああぁぁぁ!!」

 

「いっぺん死んでこいこのくそたわけえぇぇえ!!」

 

 ずどーん。

 

 壁を五、六枚ぶち抜いて風穴が通った。

 

 

 

 

 

「まじめに相手した俺がバカだったぜ……」

 

 息を切らせてつぶやく。ずいぶんと疲れたようだ。と、後ろから声がかかる。

 

「終わったか?」

 

 ライデンだ。振り返ると、彼はいそいそとそこらに散らばった自分の装甲版を身につけなおしている。

 

「わ、わっ! まだ見るんじゃない!」

 

 一体何を恥ずかしがってるんだか……。よくわからん男だ。

 

「また脱いだのか。早くしろよー」

 

 くるりとまた顔をそむけて言うテムジン。毎度のことなので、すでに慣れっこだ。

 

「あれだけの数だと、普段の状態じゃきついからな。流れレーザーが飛ばないように戦うのも、なかなか大変なんだぞ。恥ずかしいし……」

 

 ……だからその恥ずかしいってのはなんなんだ。

 

 彼のレーザーは大威力ゆえに使用タイミングを誤ると大変なことになる。まあ、彼の繊細な性格のおかげで、過去7回ほどストライカーを灼いた程度にとどまっているが。

 ……じゅーぶん多いかもしれない。

 

 

「終わった」

 

 腕を二、三度振って言うライデン。

 

「よし、みんなに追いつくぞ」

 

 ついさっき仲間が抜けていった通路へと、彼ら二人は駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 一方。

 

 やっぱり同じようにすこし大きなフロア。こっちもこっちでにらみ合う兄弟一組。

 あー、不毛。

 

「……前に言ったな、バトラー。次は容赦しないと……。だが……」

 

「……リーダー」

 

 サイファーの言葉に、口を挟むストライカー。

 

「わかっている……。グリーン、お前に任せる」

 

「ああ、早く行ってくれ。ブルーたちが追いついてきたら、どやされるぜ」

 

「頼む」

 

 バトラーの横を駆け抜けて、先の通路へ消える二人。

 

 すれ違うとき、フェイが心配そうな顔でバトラーを見上げていたが……何を心配してたのかは考えないほうがよさそうだ。

 

 

「……もう、どうでもよくなったよ、兄貴……」

 

 そう言って、ストライカーはゆっくりと構えを取る。

 

「あんたは敵で、俺はそれを倒す。どんな理由があろうと……百歩譲って俺に原因があるとしても、許すわけにはいかない」

 

 あたりまえだって。

 

「そうだな……。もう、あのころの俺達には戻れん……」

 

 同じく、トンファーを構えるバトラー。

 

 空気が、凍り、そして。

 

 

 はじける!

 

 

「だぁっ!」

 

 最初に仕掛けたのはストライカー! 一気にダッシュで間合いを詰める。

 

 すかさず回り込んで背後を取ろうとするバトラーに、ストライカーはとっさに床を蹴って横に飛ぶ。振り向きざまに右手のランチャーを連射した!

 

 バトラーは。

 よけない!

 

「ぐわっ!」

 

 突進から直接トンファーを叩き込まれ、吹っ飛ぶストライカー。

 

「……温い」

 

 胸から煙を上げつつ一言呟き、怒涛の攻めに転じるバトラー。ストライカーはナイフを抜いて応じるが、押される一方だ。

 

 危うく回し蹴りをかわした背中が壁に当たる。後がない。

 

「くっ……そおおおお!」

 

 紙一重! 追撃のトンファーをかわして、背後へ回り込む! しかし。

 

「ふん!」

 

 突き出したナイフを軽くいなしたバトラーのサマーソルトが、再び彼を吹き飛ばしていた。

 

 

 

「甘いな……」

 

 ゆっくりと、立ち上がろうとする弟に近づくバトラー。

 

「……詰めが甘すぎる。お前はこんなものか? それとも、まだ迷いでもあるのか。そんなことで、俺を倒せるのか?」

 

「な……んだと……」

 

 なんとか体を支え、立ち上がるストライカーに、さらにバトラーは言葉を浴びせる。

 

「……お前の目の前にいるのは、なんだ! 兄か!? 味方か!? 敵だ! 倒すべき敵だ! ……お前の成すべき事はそんなに軽いのか! そんなことで戦士といえるのか!?」

 

「……黙れっ! ……あんたに……あんたに言われる筋合いはない! 仲間を裏切った、あんたにはなあ!」

 

 ぶん、と何かを振り払うように右腕を薙ぎ、ストライカーは叫んだ。

 

「関係ねえ! 関係ねえんだ! あんたを倒す! 俺が倒す!」

 

 血の叫びだ。さっきまでの彼とは、もはや目が違う。

 

「そうだ……それでいい」

 

 その様子を見て、バトラーは構えを取り直す。

 

 

 

 再び、睨み合う二人。

 

 そして。

 

「……ぐっ!?」

 

 踏み込もうとしたその瞬間、うめき声とともにバトラーの体が引きつった。

 

「な……ぐわっ!!」

 

 一瞬うろたえ、直後に同じく叫ぶストライカー!

 

「な……んだ……これはぁっ!」

 

 足元から、何か得体の知れないものが這い上がってきていた。フロアの床から湧き出すそれは、彼らの体にまとわり付き、V・コンバートされた装甲を少しずつ、しかし確実に侵し、溶かしてゆく。

 

「こ……これは、『バグ』……!」

 

 半ば呆然と叫ぶバトラー。タングラムが作り出した、対バーチャマン用の次元生物兵器。コントロールが不完全なために、未だ研究中のはずのものであった。

 

「な……んで? まだ、兄貴も、ここに……ぐっ!」

 

 苦痛に顔を歪めつつ、声を上げるストライカー。体が動かない。こいつらが侵しているのは装甲ではない。この時空に在る彼らの「存在」自体だ!

 

「そ……うか……ヤツめ……最初から、俺ごと……」

 

 くずおれ、片ひざをついて呟くバトラー。

 

「あ……兄貴……!」

 

 悲痛な瞳で、ストライカーはバトラーを見つめた。彼も、もう体を支えていられない。床に両手をついた。

 

 

 その時。

 

 

「……すまんな」

 

 

 そんな言葉が彼の耳に届いた。そして。

 

 どかっ!

 

「うぐっ!?」

 

 渾身の力で宙に跳び、放ったバトラーの蹴りが、ストライカーを吹き飛ばしていた。

 

 

 

「……! くそっ!」

 

 うめいて起き上がるストライカー。

 

「……!?」

 

 体が動く。今の衝撃で、彼の体にへばりついていたバグがはじきとばされたのだ。そして、蹴り飛ばされた彼のいる場所、そこは基地の奥へと続く通路の中だった。

 

「なっ……兄貴!」

 

 いまだバグに侵され、フロアに崩れるバトラーに駆け寄ろうとした瞬間。

 

 ずんっ!

 

 上から落ちてきた隔壁が、その姿を隠して立ちはだかった。

 

「なにっ!」

 

「行け……ストライカー……」

 

 驚愕に立ちすくむストライカーの耳に、壁のスピーカーから響く兄の声が届いた。

 

「お前には……まだ果たし終えぬ使命がある……。行け……ヤツのもとへ」

 

「そんな! 兄貴いぃ!」

 

 ナイフを抜き、何度も力任せに隔壁を切り付けるストライカー。分厚い特殊合金の壁は、しかしびくともしない。

 

「お前の兄は……一年前に死んだのだ……。ただ、あいつらに伝えてくれ……。すまなかった、と……」

 

 そして、声が途切れる。

 

 

 

「あ……兄貴……」

 

 返事はない。

 

「兄貴……」

 

 返事はない。

 

 

「兄貴ぃーっ!」

 

 

 力いっぱい隔壁を殴り付けるストライカー。ほかに誰もいない通路の中に、鈍い音だけが響いた。

 

「こんな……こんなことなら……寝顔に落書きなんかしなかったのに……!」

 

 ……お前もいっぺん死んでこい。

 

 

 

 

 

 

 

「いち」

 

「にぃ」

 

『さん!』

 

 どんっ!

 

 最奥の扉をぶち抜いて、円形の巨大なフロアに転がりこむサイファーとフェイイェン。

 

 とたんに大量の氷の固まりが降りそそぐ!

 

「はっ!」

 

「きゃー!」

 

 すかさず跳んでかわす二人。まちうけていたのは、まあ言うまでもない。

 

「あきらめの悪い連中だこと。ここまで来れたことは誉めてあげるけど、それも終わりよ」

 

 言って、エンジェランはゆっくりとその能力を開放し、背に黒い翼を生やす。

 

「この間はよくもオバサン呼ばわりしてくれたわね……。今日はたあっぷり生気を吸い取ってあげるわ。……そうよ……わたしはまだまだ若いのよ……。うふ、うふふふふふふ」

 

 両手をわにわにさせながら、その笑い方は怪しすぎるぞ。目据わってるし……。

 

「ふーんだ。くたびれかけたオバサンにはつかまらないもんねーだ」

 

 君もそこで挑発しなくてもいいだろうに。

 ほら、切れた。

 

「もう殺す! 絶対殺す!」

 

「きゃー! きゃー!」

 

 逃げるフェイに追うエンジェ、あきれて顔を覆っているサイファー……って黙って見てる場合か、こら。

 

 と、一条のレーザーが空を裂いて疾る!

 

「くっ!?」

 

 とっさにそれをかわし、エンジェランは光が来た方向を見やる。

 

 サイファーたちが入ってきたのとは別の扉から現れたのは、テムジンとライデンである。

 

「無事だったか」

 

 サイファーの顔がほころびる。

 

「ああ、どーやら間に合ったな。途中で隔壁が下りてて、遠回りさせられたけど。でもまあ……」

 

 言って、担いだライフルをエンジェランに突きつける。よっぽど気に入ってるな、そのポーズ。

 

「年貢の納め時だぜ」

 

「そうだ……」

 

 テムジンの言葉に続けて発された声は、サイファーの背後から来た。

 

「グリーン! ……バトラーは……」

 

 問うサイファーに、

 

「……死んだよ……ただし、殺したのは俺じゃない……」

 

 冷たく、低い声で呟くように話す。

 

「グリーン、それはどういう……」

 

「大した親玉だぜ……敵を始末するには味方ごとってか!? 許さねえ! 絶対に許さねえぞ!!」

 

 その言葉で、全員がことの成り行きを悟った。

 

「なっ……」

 

 一瞬、絶句するエンジェラン。が、

 

「あ……アレはもともとはお前たちの仲間……。そう、ただの道具よ。使い捨ての」

 

 冷静な、どこかうつろな声でそう言う。

 

 サイファーは違和感を覚えた。瞳に、生気がない。

 

 そして、逆上したストライカーが突っ込もうとした、その瞬間。

 

「そうダ。ただの使い捨てだヨ、役立たずだったがネ」

 

 頭上から声が振ってきた。

 

「!?」

 

 振り仰ぐと、そこには高い天井を隠してわだかまる闇の中、ゆっくりと降りてくる影!

 

 諸悪の根元、組織の総帥! 全世界の支配をもくろむ暴帝、タングラム!

 

「君たちは運がいイ、バーチャマン諸君。なにしロ、このワタシが全てを手に入れる瞬間に立ち会えるのだからねェ?」

 

「ま、まさか!?」

 

 うろたえるライデン。

 

「そうダ。『力』は全てワタシのものとなっタ。招待しよウ……永遠なるワタシの世界へ!」

 

 そうタングラムが叫んだ途端、音さえ立てて時空が歪む!

 

 

「……っ!」

 

 上も、下もない。何もなく全てがある、異様な気配。一瞬にして、彼らは得体の知れない空間へと引き込まれていた。

 

「ワタシの世界……C.I.S.へようこソ、諸君。残念だったねェ……。もう少し早けれバ、ワタシが完全な力を蓄える前ニ、最後の抵抗ぐらいはできたかもねェ?」

 

「な……なんだと!?」

 

 ストライカーが、怒りとも狼狽ともつかず叫ぶ。

 

「ここではワタシの力を存分に奮うことができル。因果律を動かシ、現実のあらゆる出来事に干渉シ、すべてを思いのままにする事ができル。神ダ! もはやワタシは神なのだヨ!」

 

 勝ちほこるタングラム。

 

「ほーっほっほっほ! もはや世界はタングラム様のもの! お前たちのしたこと、所詮はすべて無駄なあがきだったわね!」

 

 お前まで勝ちほこらんでいいのだ、エンジェラン。

 

「そうダ。そして神たる者ハ、すでに下僕を必要としなイ」

 

 そう言ったタングラムの「瞳」が妖しく輝く。

 

「うっ……な……タン……グラム様……!? あ……あああああああああ!!」

 

 突然、頭を押さえて悲鳴をあげるエンジェラン! ひとしきり痙攣し、くたり、とその体から力が抜ける。

 

「な……なにっ!? まさか、仲間を!」

 

 ライデンが予想外の事態に声を上げる。

 

「仲間……? ふン、多少使えるので洗脳して操っていただけの女ダ。思ったよりは役に立たなかったがナ」

 

 虚空に漂うエンジェランはもはやぴくりともしない。が、その髪の色が、暗い血の赤から淡い紫へと変わっていく。彼女を支配していたタングラムの「力」が抜けたのだ。

 

「……っ! てめえ、許さねえっ!」

 

 ライフルにビームソードを展開し、斬りかかるテムジン!

 

「許さなければ、なんだネ?」

 

 どがしっ!

 

 が、打ちつけられたタングラムの触手の一撃に吹き飛ばされる。

 

「ぐわっ!」

 

「確かに諸君もこの空間内にいるかラ、ワタシの完全な支配下にはなイ。だが、ワタシが100%の力を発揮できるこの空間デ、諸君ごときに傷つけられるわけはないのだヨ?」

 

 今度は、レーザーの一連射がライデンを打つ!

 

「うぉあっ!」

 

「フッフッフ、まだこの程度では死なないだろウ? 力を抑えてやっているんダ、もう少し楽しませてくれたまえヨ」

 

 そして、サイファー、ストライカー、フェイイェンにもその光条を飛ばす!

 

「うわ……!」

 

 しかし、それは到達寸前に出現した「壁」に阻まれた。

 

「なニ?」

 

「思いどおりには……させない! 私のできることは、小さいけれど……!」

 

 氷の壁を作って三人を守ったのは、いつのまに意識を取り戻したか、さっきまで倒れていたエンジェラン!

 

「貴様ア……。おとなしく寝ていればいいものヲ!」

 

 タングラムの瞳が赤から青に変わり、そしてひときわ太いレーザーが、エンジェランの作った壁を打ち砕いた!

 

「ああっ!」

 

「きゃあああ!」

 

 食らって吹き飛ぶ4人! 大きくはじかれ、再び気を失うエンジェラン。サイファーら三人はなんとか意識を保ったが……もはや、その身に反撃の余力は、ない。

 

「うっとおしイ……。遊びは終わりダ。死ネ」

 

 また、タングラムの瞳が青へと染まる。

 

 

 

 ライデンは、心の中で般若経を唱えていた。

 

 ストライカーは、兄と遊んだ日々の事を思い出していた。……良くない思い出はカットしてるな。

 

 テムジンは、干したままの洗濯物が気になっていた。

 

 サイファーは、同人誌の続きが出せないことを友人たちに詫びていた。

 

 フェイイェンは……言うまでもないか。

 

 

 そして。

 

 

 

「ぐわああああああア!!」

 

 次の瞬間響きわたった悲鳴は、しかしタングラム自身のものだった。

 

「バ……馬鹿ナ! 貴様ハ……貴様ハ、死んだはずだああア!! どこかラ、この空間へ入って来タ!?」

 

「あ……兄貴ぃ!」

 

 開ききったその瞳に渾身のトンファーを叩きこんだのは、バグに食われて消えたはずのバトラーだった!

 

 「力」の出力端末であると同時に、唯一にして最大の弱点である瞳に、最大級の衝撃を受けたのだ。さしものタングラムも、一瞬身動きが取れない。

 

「貴様のやりかたはよくわかった……。初めから約束を守る気はなかったんだな!」

 

 言って、再びトンファーを打ちつけるバトラー!

 

 恨みと怒りの乗った最強の鉄槌。五人は、半ば呆然とそれを見守るのみだ。

 

「ヒイイイイイ! ワ、わかっタ、考え直セ。約束どおリ、エンジェランの隠し撮り生写真はギャアアアアアアアアア!!!」

 

 言葉半ばにしてとどめの一撃をくらい、タングラムは断末魔の絶叫をあげる。……っておい?

 

 

「……貴様にそれ以上語る資格はない……。そのまま、砕けて消えろ」

 

 セリフだけはかっこいい……が。

 

 渋く決めたつもりのその背中に、一筋流れる冷や汗をみんな見逃さなかった。

 

 ま、そりゃそうだわな。

 

 

「おい……兄貴……」

 

 ……地獄の底から響くような声だ。

 

「ヤツは死んだ……が、同時に……この空間も崩れ始めている……」

 

 確かに、空間が異常に振動してるけどな。そんなんじゃごまかされんと思うぞ。

 

「どーゆーことだ、兄貴?」

 

 しっかり聞こえちまったんだから。

 

「早くここから逃げろ。『崩壊』に巻き込まれたら……どうなるかわからん」

 

 往生際が悪い。

 

「逃げるって、どこへ!」

 

「このくそ兄貴ーっ!!」

 

 空間が歪む悲鳴に、テムジンとストライカーの叫びが重なって。

 

 そして、すべてが砕け散った。

 

 

 

 もちっとつづく。

 



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エピローグ

 

 

 

 最初に見えたのは、やけに綺麗な星空だった。

 

 意識がはっきりしない。

 

 

「テムジン……気が付いたか?」

 

 耳元の通信機から聞こえた声に、少し視線を落とすと、目の前にサイファーの顔がある。

 

 彼女に抱きかかえられていることに気付くまでは、しばらくかかった。

 

 

「……レッド……。……ここは?」

 

「……現在、衛星軌道内から落下中だ。もうすぐ大気圏に突入する」

 

 一瞬、意味のわからなかったテムジンだった。単に言葉を知らなかっただけかも……いや、まさか。

 

 

「……!?」

 

 あわてて首を巡らすと、今度は視界一杯に青と白に彩られた円盤が飛び込んできた。とは言え、ほとんど円には見えないほど、それは大きく、近い。

 

「そ……んな……ばかな……」

 

「……まったく……こんなところに転移するとは、思ってもみなかったが……」

 

 V・コンバートした彼らの体は、宇宙空間の活動でも耐えられる。が、だからといってそのまま大気圏に突入できるだけの強度は当然ない。このまま行けばどうなるかは、火を見るより明らかだった。

 

 

「やだやだやだやだーっ! まだ食べたいものたくさんあるのにーっ! ジャイアントパフェも、スペシャルバナナサンデーも、生チョコクリームケーキもーっ!!」

 

「死ねねえー! あのくそ兄貴を一発ぶんなぐるまでは死ねねえー!」

 

「人生、すべからく諸行無常……。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」

 

 横を見ると、他の三人も比較的近くを漂っている。あの「崩壊」に同じく巻き込まれたはずのバトラーとエンジェランの姿は、見える範囲にはなかった。どこか別の場所に飛ばされたらしい。

 

 

「な……にか……何か、方法が」

 

「ない。……幸いと言うべきか……バーチャマンとしての使命は、なんとか果たすことができたな……」

 

 そう言って小さく微笑うサイファーの声は、やけに穏やかだった。

 

 

 

 視界が、やや赤い。装甲が熱を持ち始めた。大気圏への突入が始まっている。

 

 しばし呆然としていたテムジンだが、突然何かに気付いて叫んだ。

 

「……! レッド! お前なら飛行形態に転身できる! 早く俺を離せ、お前だけなら!」

 

「無理だ……。たとえ燃え尽きることは防げても、そこでエネルギー切れ……。墜落するなら、どのみち同じことだ。そんなことより……」

 

 目を閉じてテムジンの胸に顔を寄せ、腕に力を込める。

 

「……せめて、こんな最後の時くらい……名前で呼んではくれないのか……?」

 

「……あ……」

 

 しばし、虚を衝かれたような顔をして。

 

 やがて、ためらいがちに、だがしっかりとテムジンは彼女の背に手をまわした。

 

「テムジン……お前は、どこへ落ちたい……?」

 

「サイファー……」

 

 身体が焼けてゆく感覚がする。フェイイェンのきゃいきゃいした叫びも、もう耳に届かない。もはや落ちているのか、あるいは飛んでいるのかも定かではなく。

 

 そして、何もわからなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

「青いね……」

 

「青いな……」

 

「天国の空も、青かったんだね」

 

「雲も、やっぱり白かったんだな」

 

「……ねえ」

 

「ん?」

 

「天国にチョコパフェってあるのかな?」

 

「……俺は兄貴がここにいるのかどうかのほうが心配だ」

 

『おーい』

 

「あのさ」

 

「……なんだ?」

 

「今、博士の声が聞こえたような気がしたんだけど」

 

「……俺も聞こえたような気がする」

 

『いつまで寝っころがってるのかね君タチ?』

 

 

 

「……!」

 

 がばっ!と同時に飛び起きるフェイイェンとストライカー。

 

 彼らの身体は空中に浮いている。四面体のフィールドに支えられているのだ。

 

「これは……」

 

『下だよ、下』

 

 バル=バドス博士の声に、下を見ると、白く巨大な物体が見えた。

 

「グレート・バドス……」

 

 そう。くねくねとバサロキックで空を泳ぐその姿は、紛れもなくグレート・バドス。博士の声は、その外部スピーカーから聞こえてくる。彼らはピラミッドフィールドで保持された状態で、グレート・バドスの頭のすぐ上に寝ていたのだった。さらにその下には青い海がある。珊瑚礁が広がっているところを見るに、赤道に近いらしい。

 

『居場所はモニターしてたんだが、この時空から消えたもんだからびっくりしたよ。大気圏外に出現したときは慌てたけど、間に合ってよかった』

 

 二人の耳に博士の声は届いていたが、半ばは聞こえていなかった。

 

「……助かった、の?」

 

「生きてる、のか?」

 

 少なくとも足はあるな。

 

「……っ! 生きてる! 生きてるぞぉぉお!」

 

「やった、やったやったあああああ!」

 

 手をとってはしゃぎ喜ぶ二人。

 

 ライデンは、ひざまずいて神への祈りをささげていた。……お前、仏教徒じゃなかったのか?

 

 彼らの様子を呆然と見ていたテムジンとサイファーは、まだ抱き合っていたことに気付いて、そそくさと離れた。顔が赤い。

 

 そんな二人をグレート・バドスのコクピットのモニターで見て、一人バル=バドス博士がくすり、と笑った。

 

 

 彼らを乗せて、一路日本を目指すグレート・バドス。大気は澄み、海は美しい。一つの大きな戦いが今、終わりを告げたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……目が覚めましたか?」

 

 見上げると、太陽を背にしてエンジェランが微笑んでいる。

 

「ここは……」

 

 半身を起こして、あたりを見回すバトラー。風が心地よい緑の丘だ。彼方に、小さな町が見える。

 

「上空から見た感じだと……北海道南部のどこかだと思います」

 

「……上空?」

 

「ええ」

 

 

 バーチャマンたちとは違い、彼ら二人は大気圏内、日本の上空へ飛ばされた。衝撃で気を失ったバトラーとは逆に意識を取り戻したエンジェランは、「翼」を発動して彼を支え、そのままここへ降り立ったのだった。

 

 

「……そうか」

 

 そして、バトラーはことの顛末を彼女に語った。タングラムの罠、そして意外にもアジムに助けられ、C.I.S.へと転移してもらったこと。もちろん肝心な部分はぼかして、だが。

 

 

 

「これから、どうします?」

 

「……」

 

 バトラー、無言。

 

「わたしは……罪をおかしました……。ただこのまま、何の咎もなくいてよいのか……」

 

「……ただ、ヤツに操られていただけだ。君が悪いわけじゃない」

 

「ありがとう……」

 

 そう言って穏やかな笑みを見せるエンジェラン。

 

「今なら……わかります。タングラムの配下になってまでも、ずっと私を見守ってくれていたこと……」

 

「……」

 

 

 そういうことにしておこう、と思ったバトラーだった。話を聞かれていないのをいいことに、このヒキョー者め。まあ、完璧に間違いじゃあないが。

 

「……なんにせよ、罪をおかしたのは俺のほうだ……。このまま、あいつらの前に出す顔がないな……」

 

 背を向けて、呟くように口を動かすバトラー。単に弟に会いたくないだけだろう。

 

「きっと、許してもらえますよ」

 

 そうかなあ。

 

「いや……あの時、俺は死んだんだ。もう、あいつらに会うこともない……ただ……」

 

「ただ、なんです?」

 

 静かに問うエンジェラン。

 

「……もし、あいつらがこのさき危機におちいるようなことがあれば、その時は助けてやれるように……。陰ながら、見守ろうと思う」

 

 そりゃ、「恩を売るタイミングを見計らう」って言わんか?

 

「……わたしも、一緒に見守っていていいですか?」

 

 ゆっくりとその背中に近づくエンジェラン。

 

「……」

 

 やっぱり無言で、しかしそっと後ろに伸ばした手が、何よりの答えだった。

 

 まったく、うまいことやりやがってこんちくしょーめ。

 

 

 

 

 

 そして、町へと歩き出す二人の背中を、離れた木の陰から見つめる視線があった。

 

「……これで……これでよかったのだ。どうせ私の割り込める余地はなかったのだし……」

 

 スペシネフである。どこからどうやってここへ現れたのだか。

 

「すべては、これで終わる……私の想いとともに……。私のすべては、私のためでなくてよい。あの方のためにと思えばこそ、守り続けていられたのだから……」

 

 鎌を肩に担ぎ、すっと背を向ける。ゆっくりと、何処かへ去ってゆくスペシネフ。

 

「さらば我が儚き想い……もう二度と会うこともありませんでしょう……」

 

 瞳を閉じ、静かな微笑みを浮かべる。

 

「ご多幸を……バトラー様……」

 

 ……そーゆーことかい。

 

 

 

 

 

 

 

「ふん……やつら五人はともかく、わざわざ拾い上げて送り込んでやったバトラー、あげくにあの女まで助かるとはな……。なかなか計算通りにはいかないものだ」

 

 椅子に深く腰掛け、ワイングラスを傾けながらひとりごちるアジム。

 

 かつてのタングラム基地ではない。彼が、この日のために長年にわたって密かに作り上げてきた、もう一つの地下基地の司令室である。

 

 タングラムに偽りの忠誠を誓い、バトラーを引き込み、すべては組織を自らのものとするための布石だった。制御者たるタングラムを失ったC.I.S.の「崩壊」により、邪魔物はまとめてこの世から消え去る、はずだったのだけどね。

 

「まあ、いい。私はタングラムのように軽率ではない……ゆっくりと、確実にこの世界を我がものにしてくれる……ふっ……ふははははは……」

 

 高笑いが、誰もいない司令室に、いつまでも響いていた。こーゆーやつを野放しにするとロクなことがないんだよな。

 

 

 

 

 

 こうして、一つの物語は終わった。

 

 だが!

 

 この世に悪のある限り! 平和の願いのある限り! 彼らの使命は終わらない!

 勇気を、愛を力に変えて、すべての悪を打ち砕け!

 戦え、電脳戦隊バーチャマン! 行け、五人の戦士たちよ!

 

 

 

    = 終 =

 

 

 



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外伝
冬の一日


 

 運命を賭けたバーチャマンとタングラムの戦いから二ヵ月……。世界はおおむね平和であった。

 

 しかし、嵐は往々にして静けさの後にくるものなのである。誰もがそのことには気づいていながら、しかしやはり往々にして、目の前の安息にどっぷりとひたって、見ないふりを決め込むのが人間というものの性なのであろうか……。

 

 そして、既にその嵐の予兆は、そこかしこに現れている。あちこちで……多くの人が気づかないところで、苦しみのうめき声を上げる人々が……静かに、しかし急速に増え始めている。その来るべき嵐のために……。

 

 冬も押し迫ったある日のことであった。

 

 

 

「……おーい……」

 

「……なんだ」

 

「……朝だぜ」

 

「……それで?」

 

「……入稿っていつだっけ……」

 

「……明日」

 

「……間に合うの?」

 

「聞くな」

 

 考えたくない気持ちはわからんでもないがね。

 

 アパートの一室、もはや何日前からだか定かではなくカンヅメになっているのは、サイファー、ストライカー、フェイイェンの三人である。正確には、隣の部屋で死んでいる──比喩である、念のため──サイファーの友人もいるし、フェイイェンは昨日の夜から手伝いにきたのだが、まあともあれ今の状況はそんなものだ。

 

 なんでここまで修羅場っているかについては、いくつかゲスト原稿が落ちたとか打ち合わせが狂ったとかメンバーが一人トンズラこいたとかサイファーが学校でのペン入れをやめたとか色々あるが、まあ原因はもはやどうでもいい状況ではある。

 

「ひとつ貼っては父のためぇ~、とな……」

 

「……やめてくれ」

 

 顔を手で押さえるサイファー。そりゃそうだわな。

 

 なぜか呼ばれてアシスタントをやっているストライカーである。トーン貼りがうまいかららしいが……なんでそこでアーミーナイフを使うかね? ちゃんと貼ってるし……器用なもんだ。

 

 フェイイェンは……おい危ないぞ、サイファー。

 

「……!」

 

 すんでのところで原稿のどまんなかに落ちかけたベタ筆をひっつかんで止めるサイファー。

 

「……あにゅ?」

 

 あにゅじゃない、あにゅじゃ。半分以上寝てるな、こいつは。

 

「フェイイェン……もういいから、少し寝ていろ」

 

「あー……あー、ベタがね……べた……あー」

 

 いいから寝てろっての。頭がくらんくらんしてるぞ。某キョンシーじゃあるまいに。

 

 サイファーがベタ筆を取り上げてベッドに横たえると、そのままぴくりともしなくなってしまった。さすが平均睡眠12時間娘。

 

「間に合うの?」

 

「聞くな……」

 

 この問答も何度繰り返されたことか。

 

 そしてこんな時に限って、そう、もはや言うまでもない。最悪の事態というものは。

 

 すみに寄せてあったサイファーのコートの中から、突然軽い、しかし鋭い電子音が鳴り響いた。携帯電話のそれではない。明らかに。

 

 その音にびくりと体を震わせ、硬直するサイファー。

 

 そのまま動かない。

 

 

「……鳴ってるぜ……」

 

 鳴ってるねえ。確かに。

 

 一度寝たはずのフェイイェンが、もぞもぞと起き上がった。やれやれ。

 

「……出てくれ……」

 

 サイファー、額に脂汗が浮いている。

 

「……はい、こちらグリーン」

 

 コートのポケットから通信機を取り出してスイッチを入れ、ストライカーはそう応答した。

 

『? サイファー君はどーしたんかい?』

 

 響いてきたのは当然というか、バル=バドス博士の能天気な声。

 

 ばきっ……。

 何かの折れる音が響いた。……ペン軸か。

 

「ここにいますよー、リーダーも、ピンクも」

 

『ちょーどよかったねえそりゃ。なんだかしらんが、うわさのアジム新総帥どのが、バカでかいやつ連れて海から都心へ進撃中だよ。巡視艇が二隻沈められて、もーすぐ新木場あたりに上陸しちまいそうだから、すぐ現場へ向かってくれたまい』

 

 緊張感のかけらもない声だが、事態は深刻だ。いやまったく。

 

 

 ゆらりっ……。

 音もなく立ち上がったのはサイファーだ。……あまりの不気味さにストライカーが一歩引く。

 

「言ったはずだな……冬にもこのようなことがあれば、容赦はしないと!」

 

 誰に向かってしゃべってるんだ……。だいたい、そりゃバトラーに言ったセリフだろう。アジムはいなかったぞ。

 

 いや、ビデオは撮ってたか。

 

『もしもし? もしもーし?』

 

「……あ、はいはい……了解、すぐに向かいます。グレート・バドスの出撃スタンバっておいてください」

 

 そう答えて、ストライカーは通信を切る。

 

「……しょーがないって、リーダー」

 

 まあ、そのとおりではあるんだが。

 

「しゅつげきいぃ~」

 

 ふらふらと立ち上がったフェイイェンがへろへろと拳を突き上げる。

 

「……おいおい……お前は寝てろって」

 

「あたひもいくう~」

 

 とどめようとしたストライカーを押しのけて、よろよろと扉に向かう。

 

「無茶だって」

 

「ずぇったい、ついてくぅ~」

 

 溜息をつくしかないストライカー。

 

「おーいリーダー……」

 

 助けを求めて視線を向けると、サイファーの背は扉の向こうに消えるところだった。一瞬置いて廊下に閃光が疾り……ドアが開いて何かがすっとんでいく音だけが聞こえた。

 

「……しょーがないなあ……」

 

 刹那考えてから、彼はそうつぶやくとフェイイェンを背負ってサイファーの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 まだ朝靄の晴れぬ新木場。気温は、かなり低く冷え込んでいる。

 

 堤防の上に立って、飛行形態を解いたサイファーは暗い海面を見据えていた。

 

 

「まだ来てない?」

 

 その背中に声がかかる。

 

「……遅かったな」

 

「あのねー、全速のリーダーに追いつけるやつはそういないっての。おまけに今は背中がこれだし」

 

 フェイイェンを背負ったまま、肩をすくめてみせるストライカー。

 

「……置いてこなかったのか」

 

「ほっとくと心配だし……」

 

「縛り付けてくればよかっただろうに。当て身をいれるとか」

 

 過激なことを言うねえ。確かにそれぐらいやらんとだめな気はするが。

 

「ふにゃ?」

 

「起きてるんならそろそろ降りろよ」

 

「ん~……ストちゃんの背中あったかくて……すぴー」

 

「あのなー」

 

 とかいいながら、背中に当たる柔らかい感覚が新鮮なストライカーだった。小さいけど。……って、ちゃんとV・コンバートしとけよ、おい。腰から下だけじゃなく。狙ってるの見え見えだぞ。

 

「……ブルーとブラックは?」

 

「ブラックは少し遅れる。テムジンは……呼んでない」

 

 視線は動かさずに答えるサイファー。なんだそりゃ?

 

「なんだそりゃ?」

 

 普通そう聞くわな、うん。

 

「いやその……あいつは今日確か補講だし……。進級が危ないとか言ってたし……」

 

 詰まるな詰まるな。個人的な感情入ってるな。

 

「しっかし、それじゃ必殺技出せないし、グレート・バドスも……」

 

「来たぞ!」

 

 言葉を遮ってサイファーが叫ぶ! 同時に、ぐぐっと盛り上がる海面!

 

「おうわっ!? おい、早く降りろ!」

 

 あたふたとフェイを降ろして、V・コンバートし直すストライカー。フェイもふにゃふにゃとくずおれながら光に包まれる……そのまま寝るな、こら!

 

 

 ざざざざざざあああああぁぁぁぁあっ!!!

 

 

 そんな彼らに構わず、いや構うわけがないんだが。ともあれ海面を割って現れたのは、なにやら得体の知れない形の……コタツを二つ重ねたような、巨大な「モノ」だった。

 

 その上に立つ派手な人影は……

 

「はぁっはっはっはっはっは、出迎えごくろぶごわっ!?」

 

 台詞の途中で高笑いするアジムの顔面にレーザーをぶち当てたのはサイファーである。いい腕だ。

 

「やかましい! ここから先は一歩も通さんぞ、アジム!」

 

 ぶんとランチャーを振って言い放つ。

 

「ふっ……他人の登場を邪魔するとはいい趣味ではないな」

 

 お前が趣味をどうこう言うか。ってゆーか鼻血を拭け鼻血を。

 

「まあ、今日はこいつのテストついでに君たちを葬ってやろうと思ってね。せいぜい健闘してくれたまえ。やれ、ブラットス!」

 

 

 おおおおおおん!

 

 唸りを上げると、中央のコアをあらわにしてレーザーを振りまくブラットス!

 

「くっ!?」

 

 さすがと言うか、なんとかかわすサイファー。

 

 フェイは……寝てるぞ、おい。レーザーが一本飛んできてるが。

 

「あぶねーっ!」

 

 慌てて彼女の体を抱えて跳ぶストライカー。が、かわしきれずに、足にかすった。

 

「ぐわちっ!」

 

 顔を歪める。そりゃ痛かろう。

 

「あ~?」

 

 ようやく起きたな、万年冬眠娘。

 

「あ。あー、ありがと……」

 

 ……それだけか……。報われんな、ストライカー。

 

「っはああああああぁ!」

 

 二人がそんなことやってる間に、コアにレーザーを撃ち込んでいるサイファー! さすがにかわしながらでは狙いが甘いが、何発かは確実に当たっていた。が、ブラットスの攻撃は衰えるところを知らない。むしろますます苛烈になってくる。

 

「くそっ……!」

 

「ははははははは、生半可な攻撃で倒れるほどやわにはできておらんよ。さて、いつまでもつかな?」

 

「……! このっ……!」

 

 足の痛みをこらえてストライカーが向き直った、その時。

 

「伏せろ!」

 

 響いた声に、とっさに身をかがめる三人!

 

 

 ぎいいいいいいいいいいいぃいん!

 

 

 空を切り裂き疾る光刃! それは狙いたがわずブラットスのコアへと吸い込まれる! さしものブラットスも、うぎいと軋んだ唸りをあげて一瞬動きを止めた。

 

「ブラック!」

 

「遅れてすまん!」

 

 振り向くサイファーの目の前に、ざっと降り立つライデン!

 

「おーし、これで……っておーいっ!!」

 

 フェイイェンか……。伏せたはずみってやつだな。もうほっとけよ、ストライカー。

 

「えーい鬱陶しいやつらめ! ……どうした、それでも世界でもっとも醜い一族の末裔か!」

 

 どっかで聞いたような台詞をブラットスにぶつけるアジム。

 

 が。

 

「やっかましいいいいいいい!」

 

 その隙を見逃すはずがない、オーラをまとって突撃するストライカーとサイファー! トリプルバーチャクラッシュには一人足りないが、三つの光の矢がコアを貫いた!

 

 ……おや?

 

 

 うぎいいいいいいいいい!!

 

 

 さすがに耐え切れず、断末魔の悲鳴を上げて崩れてゆくブラットス。

 

「見たか!」

 

 いや、今なんか横ぎっ……いいか、みんな気づいてないようだし。まさに風のごとし。

 

「ふっ……まあ、思ったよりはもたなかったかな?」

 

 薄笑いを浮かべるアジム。強がるなって、こめかみが引きつってるぞ。

 

「かまわん……こうなれば、私がみずから引導を渡してくれよう」

 

 すたっと地面に降り立つアジム。が。

 

「やかましいと言っている」

 

 怒気もあらわに、ぶんと片手を一振りするサイファー。

 

「? んぐわっ!?」

 

 すぴすぴすぴすぴっと何かが、アジムの顔面に突き刺さった。ダガーではない。

 

「な、なんだこれはぁ!」

 

 慌てて引っこ抜いてそれを見る。……おいおい。

 

「次はGペンか? それともスクールペンがいいか? まだまだあるぞ。どうせもう使わんからな」

 

 凄惨な笑みを浮かべて前に出る。丸ペンのペン先を投げるなよ……。確かに見切れんだろうけどさ……。

 

 

「きっきっきっ貴様らああ!!」

 

 あ、切れた。

 

 どんっ!

 

 アジムの体が真っ赤に染まり、同時にすさまじいエネルギーを集中させ始める!

 

「なっ……!? まさか?」

 

 自爆と気づくのが少し遅れた。離脱は……間に合わない!

 

「しまっ……」

 

 その時。

 

 

「サイファーぁぁぁぁあ!」

 

 はっと顔を上げる彼女の目に映ったのは、向こうからソードに乗ってかっとんでくるテムジンの姿!

 

「テムジン!!」

 

 ぎりぎりでアジムの横をすりぬけ、そのままテムジンはサイファーの体をかっさらう!

 

 

 ちゅどおおおおおおおおおおおん!

 

 

 大爆発! しかし間一髪、爆炎を逃れる二人!

 

 ……三人ほど派手に吹っ飛んでるけど。

 

「サイファー……無事か?」

 

 知ったこっちゃないらしいね。

 

「あ、ああ……。……っ!? テムジン、前っ!」

 

「? うわっ!」

 

 向き直ったテムジンの目の前には、港の倉庫の壁があった。交通安全には……違うか。

 

 くゎかっしゃーん!

 

 ……やけに軽い音を響かせて、二人はどさどさと地面に落下した。

 

「あててててて。大丈夫か?」

 

「ああ、別に……」

 

 意外にダメージはない。まあそりゃそうだろうねえ。

 

 と。

 

 

 ぼひゅっ!

 

 何かが発射されるような音に振り向いた二人の目に、未だ消え去らぬ煙の中からクリスタル状の物体が飛び出すのが見えた。アジムの本体!

 

「しまった!」

 

 立ち上がって叫ぶサイファー。

 

「はーっはっはっはっは、また会おう諸君!」

 

 そんな高笑いと捨てぜりふを残して、それは遥か彼方へ飛び去ってすぐに見えなくなった。

 

 

 

「……二度と来るな……」

 

 それだけ言って、サイファーはずるずると倉庫の壁にもたれかかる。

 

「ところで」

 

 ぎくっ。

 

 横からかかった声に体をつっぱらかす彼女。

 

「なんで俺を呼ばなかったんだよ。騒ぎに気づいて来たからいいものの……」

 

「あ……い、いや……そ、そうだお前補講はどうしたんだ!?」

 

 顔をそむけたまま言うサイファー。確かに大問題ではあるな。

 

「教授がぶっ倒れて延期になった」

 

 さらっと言ってのける。

 

「あ……そ、そうか……」

 

「こっち向けよ」

 

「……えっ……」

 

 唐突に言われて、彼女はさらに硬直する。が、やっぱり顔はさっきからそむけたままだ。

 

「向けってば」

 

 言うが早いか、くいっと細いあごをつかんで正面を向かせる。

 

「あっ!? やめっ……」

 

 

 ……まあ徹夜明けだし。ろくに顔洗ってもいないし。化粧なんかしてるわけはないし。バイザー越しでも目の下の……ま、言わんとこう。

 

「あーもぉ……。なにかに没頭するのもいいけどな。体壊したら何にもならないぞ?」

 

「う……るさい……っ!」

 

 泣きそうな瞳で再び顔をそむける。そのまま押し黙ってしまった。

 

 そんな彼女の様子に苦笑してから、

 

「……とにかく、何か起きたら必ず俺も呼べよ……。ピンチの時に助けられないなんて、嫌だぜ? ……どんな顔してたって、サイファーはサイファーなんだから、さ」

 

「テムジン……」

 

 そっと彼の顔を見上げたサイファーのバイザーに、なにかがふわり、と落ちてきた。

 

「……あ……」

 

「あ」

 

 

 雪だ。

 

 天から降りる白い花びら。最初はちらちらと……そして次第に景色をぼんやりと覆い隠して静かに降りはじめる。

 

「……初雪だったっけ?」

 

「ああ……確か……」

 

 ゆっくりとねずみ色の空を仰ぐ二人。はるかな高みから降る雪の中へ、まるで悩みも苦しみも吸い込まれてゆくようだった。

 

 

 

 そんな二人の様子を、こんがり焦げたストライカーがにやにやしながら離れたところから見ていた。そして、同じく焦げたライデンは顔を真っ赤にしながら、フェイイェンを小脇に抱えたストライカーの首ねっこをつかまえて引きずりつつ、どこかへ消えた。

 

 ちなみに、フェイイェンはまだ寝ていた……。ストライカーがかばったとはいえ、あれでも起きないか、こら。

 

 

 そして、近くの倉庫の屋根の上で、一部始終を見守っていた二人の人影は、くすりと笑ってやはり姿を消した。どんな二人組だったかは……まあ言うまでもない。

 

 

 

 

 

 雪は降る。街を汚れた日常から覆い隠すように……。たとえ一時のことだとしても、そこから美しい夢と願いとが、確かに生まれてくるだろう。

 

 とりあえず、世界はおおむね平和である。

 

 

 

 

 

 余談だが。

 

 その後、ほぼあきらめていた増援が到着し、筆舌に尽くし難い修羅場の末、サイファーたちの本はなんとか入稿に間に合うこととなった。……まあさすがに多少手抜きにはなったようだが。

 

 が、その直後、突然の同人撤退宣言をぶち上げたサイファーに対し、フェイイェンほか多数の引き止め運動で一悶着あったり、さらに後になって彼女の本に一部でプレミアがついたりするのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

    = 冬の一日 了 =

 



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