戦の鉄則 (並木佑輔)
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選定編
第1話 開戦の狼煙 前編


人間と妖怪が共存する世界。

 

そこにはたくさんの人々や妖怪達が生存競争しながらも、共に生きてきた。

 

そして、それらを平和へと導く1人の人間の最高指導者がいた。

 

名を"後藤博文”という。

 

だが、その指導者がある妖怪に殺され、人々は混乱を招き、遂には人間と妖怪の全面戦争が勃発した。

 

結果、圧倒的な戦力を持つ妖怪達の圧勝に終わり、これまで人間達が統率してきた社会から、人間達に代わって、妖怪達が統率、支配する社会へと変貌した。

 

この物語は、過酷な妖怪社会の中で様々な人間や妖怪がそれぞれの意志、思念、野望を抱き、次第に交差し、戦い、衝突しながらも惹かれ合う。

人間と妖怪達の生き様を描いた物語である。

 

2022年 戦後。

 

人間よりも遥かに高い能力を持つ妖怪達が世界の頂点に立ち実力・能力主義の社会となり、実力・能力を持たない人間達は食料となり淘汰される世界となった。

 

能力を持つ人間は職とそれなりの生活を保障され、ただ妖怪達に頭を下げ、媚び、ただひたすら命令に従い働く事を強いられるようになった。

 

そんな中、妖怪社会全体を震撼させる程の事件が起きた。

 

それは、たった1人の人間が妖怪を殺し回るという人間を遥かに凌駕する妖怪達にとっては考えられない程の不可思議な事件である。

 

その事件を調査するべく、人間の中でも少数ながら優れた能力を持つ『霊能力者』と妖怪達の共同捜査が始まった。

 

捜査に出向いた者達は、その妖怪連続殺人が起こる現場に赴いた。

 

「ここで間違いないだろうな?」

 

「ええ…間違いないと思います。」

 

「妖怪殺しの特徴はどんな感じだ?」

 

「特徴は、短い髪の少年で、身長は180〜190cm程の筋骨隆々の男で、''対象“を両手で空間ごと削り取る事が出来る能力を有しています。

遺体の殆どは、何かしら身体を削り取られた様な物になっていて、特に妖怪の中でも最上級種族の吸血鬼の削り取られた遺体には、本来再生能力を持っているのにも関わらず再生出来ておらず、そのまま息絶えてしまっているケースが多々あります。」

 

「…恐ろしい能力だな…。」

 

事件の内容に震撼し、沈黙する霊能力者と妖怪達。

 

しばらくして、現場からその妖怪殺しの目撃情報が来た。

 

「報告!現場から妖怪殺しらしき男が現れたようです!!」

 

「了解した。よし!直ちにその目撃場所に直行だ!!」

 

「了解!!」

 

「おい樹!!ボサッとするんじゃねえ置いてくぞォ!!」

 

「あ、は、はい!!」

 

「あの新入り、ちゃんと役に立てるんだろうな?」

 

「あいつも霊能力者の一員だが、いかんせん半人前で霊能力の基礎が全く固まってねえ…どうしても捜査に参加させて欲しいって頭下げてたから、仕方なく今回の捜査に連れて行ってやったが…」

 

目撃現場にたどり着いた捜査メンバー達。

 

そこに、その目撃情報と一致した男がいた。

 

「いたぞ!あいつだ!!」

 

「そこを動くな!妖怪殺し!!」

 

男は呼ばれた方に振り返った。

 

よく見てみると、その男は目撃情報とは何かしら異なる所があり、男は確かに短い髪をしていて身長は180〜190cm程だが、右腕を失くしていて、傍には1人の少女がいた。

 

(目撃情報と異なる…何かがおかしい…)

 

「妖怪殺しは見つけ次第始末しろと、あの"羅刹一座“の大妖怪様達直々の命令だからな…今日こそ貴様の命運はここで終わりだ!!」

 

「!?」

 

「人志!"羅刹一座“ってあの…!それに妖怪殺しって…!!」

 

「…ああ…間違いない…''あいつ”だ!!」

 

「覚悟しろ!!!!」

 

霊能力者と妖怪達は束になってその男に襲い掛かった。

 

「陽菜…下がっていろ…」

 

「う、うん…。」

 

男は少女に下がれと指示し、すぐさま戦闘態勢に応変した。

 

すると、その男からエネルギーのような物が放出され、身に纏い、自身に襲い掛かってくる霊能力者と妖怪達を次々となぎ倒していった。

 

「おのれ…!!」

 

「怯むな!!かかれ!!!!」

 

劣勢に立たされる捜査メンバー達。そこに待ったをかけた者がいた。

 

「待って下さい!!」

 

半人前の霊能力者である樹は、自身の血を媒介にして木を錬成する霊能力で戦闘を中止させた。

 

「何の真似だ小童!!」

 

「その人は妖怪殺しなんかじゃありません!!別人です!!その人の能力は、今僕らが探している妖怪殺しとは全く異なるタイプの能力です!」

 

何とか戦闘を制止させた樹は、妖怪殺しと誤解された人志と陽菜に迫られ、質問をされた。

 

「お前達の探しているその妖怪殺しは、''対象“を空間ごと削り取る能力を有する両手を持つ男の事か?」

 

「え、ええ…今のところ確認されている情報は、そんなところです…」

 

「私達はその人を探しているんです!教えて下さい!あの人は…''怪童“は今、何処にいるんですか!?」



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第1話 開戦の狼煙 後編

「え…!?今、''怪童“って言いましたか!?」

 

「そうだ。俺達は、その''怪童“という男を探している。」

 

「よ…妖怪殺しが、あの怪童だという事は…それを知ってて探している貴方達は…''あの施設“の襲撃事件の生存者という事ですか!?」

 

「……そうです……。」

 

「な…何だと…!?」

 

隻腕の霊能力者の少年・人志と、その傍らにいる陽菜、そして妖怪殺しの怪童は、戦災孤児で、過去に樹の言っていたその施設で共に暮らしていた。

 

その施設の名は『カモミール』。

 

かつて、人間と妖怪の全面戦争の真っ只中である高名な1人の霊能力者の女性が戦争によって家族を失くした子供達を助け、この過酷な世界を生き抜く為の術を教える為に設立された施設。

 

カモミールの花言葉は、逆境に耐える。苦難の中の力を意味する。

 

だがある日、突如妖怪達に『カモミール』を襲撃され共に学び暮らしてきた仲間達と、施設の設立者であるその霊能力者の女性は殺され生き残ったのは人志、陽菜、そして怪童の僅か3人だけである。

 

生き残った3人は、それぞれ別の道を辿る事になり怪童はたった1人で妖怪達を1人残らず殺し尽くす事を誓い、人志と陽菜に別れを告げ、人志は陽菜を守りながら妖怪社会と戦い、そして怪童を救う為に戦う事を強く胸に誓った。

 

衝撃の事実を突き付けられた捜査メンバー達。

 

そこに突如として高名な妖怪と思わしき1人の妖怪が現れた。

 

「なるほど。そういう事だったのですか。」

 

「あ…貴方は…」

 

「ザ…ザクロ様!?」

 

「!!?」

 

「捜査メンバーの皆さんお勤めご苦労様です。羅刹一座の1人、バサラ様の右腕のザクロでございます。」

 

「お前は…あの時の…!!」

 

「人志さんに陽菜さん…でしたね。よく今日まで生き残ったものですね。貴方達のような弱者が…ククク。」

 

羅刹一座の大妖怪の1人であるバサラと、その右腕のザクロ。

 

上記の2人が、『カモミール』を襲撃した張本人である。

 

「あの時は最高に面白かったですよ。特にあの女は万全の状態ではないのにも関わらず、あの施設の子供達を守りながら私達と互角に渡り合えたのですから…。まあ、それでも所詮は人間でしたがね…ククク。」

 

それを聞いた人志は、自分達孤児の先生で恩人であるその女性(ひと)を目の前で侮辱され、激怒した。

 

「……俺達の目の前で……俺達に生き抜く術と希望を教えてくれた……茜先生を…侮辱するな!!!!」

 

怒りに震える人志。それを見て心配する陽菜。

 

「…人志…。」

 

「この妖怪社会において、弱者である人間共は、所詮私達の腹を満たす為の餌に過ぎないのですよ。」

 

嘲笑うザクロ。更に怒りに燃える人志。

 

「ザクロオォォォォ!!!!」

 

怒りを爆発させた人志は、自身の極限まで高めた生命エネルギーを放出し、身に纏い、ザクロに突っ込んで行った。

 

「…愚か…。」

 

しかし、ザクロは何らかの特殊能力で人志を沈めて、蹴り飛ばした。

 

「貴方程度の力ではこの私には及びませんよ…。重力を自在に操作するこの私の能力にはね…。ククク。」



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第2話 "守る為の戦い“と"救う為の戦い“

「人志!!」

 

ザクロの重力の能力で地面に沈められ、蹴り飛ばされた人志を助けようとする陽菜。

 

「おっと!」

 

しかし、それを阻み、陽菜の身柄を拘束するザクロ。

 

「…クソ…!!…陽菜…!!」

 

「これ以上抵抗すると、この小娘の命は保証しませんよ…。それに、この小娘には何やらとてつもない能力を秘めているとバサラ様から聞かされているのでね…。」

 

「な…何だと…!?」

 

陽菜について何かを知っているような口ぶりで話すザクロ。

 

「でもまあ、どの道処分する事に変わりはないんですけどね…。」

 

そう言い放ったザクロは、陽菜の首を絞め首の骨を折ろうと画策していた。

 

「が…あ…ぁ…」

 

「や…やめろザクロオォォォ!!!!」

 

「さようなら…ククク。」

 

だがそこに、今陽菜を殺そうとするザクロに巨大な大木が一斉に襲い掛かった。

 

樹が自身の霊能力で、ザクロに殺されかけている陽菜を救ったのである。

 

「い…樹!!てめえ何て事を…!!」

 

「自分が何やってんのか分かってんのか!!!!」

 

「……何のつもりですか…?そこの霊能力者の少年。返答次第では唯では済ましませんよ…。」

 

「僕達の仕事は、妖怪殺しを見つけ出し、捕獲する事です…。その人達は今回の事件とは無関係だ…。あんたはそんな無関係な人達を巻き込んで、挙げ句の果てに命まで奪おうとしている…。あんたの今の行為は、断じて許されない!!いや、僕が許さない!!!!」

 

樹はザクロに向かって怒り叫んだ。

 

「あのガキ…死んだな…。」

 

「そうですか…。この私に反抗するというのですか…。では…身の程を弁えない愚か者には…この私が直々に死罰を与えましょう。」

 

自分に反発してきた樹に対して殺意を向けるザクロ。

 

それを迎え撃たんとする樹。

 

だが、ザクロの圧倒的な実力を前になす術なくやられてしまう樹。

 

「やめろ…何故赤の他人であるお前が…俺達の為に自分の命まで張る必要があるんだ…」

 

「ぐ…はあ…はあ…本当に何ででしょうかねえ…。そこん所は、自分でもよく分かりません…。けれど一つだけ言えるのは、"自分にとって大切なものを奪われたり、傷付けさせない為に、死ぬ気で戦って守り通す“という点においては、貴方だけじゃなく、他の人達にも共通するのではないんでしょうか…?

貴方には…彼女を守る為に、そしてかつての親友を救う為に…己の生命を燃やして、戦おうとしている強い信念と決意を感じた…。だから、貴方のそんな姿を見て、僕はその…何ていうか…放っておけなかったんです…。」

 

「……。」

 

「お喋りはもう済みましたか…?では、3人仲良くあの世にお逝きなさい。」

 

ザクロは、人志達に向かって強力な重力のエネルギー弾を放った。

 

命中すれば、強大な重力によって跡形もなく押し潰される。

 

絶体絶命の危機に、人志は己の生命エネルギーを限界以上に高め放出し、ザクロの放った重力エネルギー弾をかき消した。

 

「何!?この私の重力エネルギー弾をかき消しただと!?」

 

その後、人志はザクロによって傷付けられた陽菜と樹に自身の生命エネルギーを分け与え、全快に回復させた。

 

「陽菜…、樹…、立てるか…?」

 

「…人志さん…。」

 

「人志…ごめんなさい…。私なんかの為に…。」

 

「俺の事は気にするな…。お前の事は…俺が最期まで守り通すと…あの日…全てを奪われたあの時から誓ったんだ…。

そして…必ずあいつをこの手で救い出すと…。」

 

そう言い放った人志は、今一度己の拳を強く握り締め…そして、強靭な信念と決意の眼差しを眼前の敵に向けた。

 

「行くぞザクロ…。ここからが…本当の戦だ…!!」

 

「ほ…ほざけ…!!人間め…!!」



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第3話 生命の炎

樹に窮地を救われ、奮起した人志は今一度ザクロに立ち向かう。

 

「図になるなよ…人間!!」

 

それを迎え撃つ為に、ザクロは自身の能力で重力エネルギー弾を作り出し人志に向けて連発する。

 

しかし、人志はそれらを全て弾き飛ばしザクロに拳による渾身の一発を鳩尾に打ちかました。

 

「ッ…ぐはッ…おのれェ…」

 

「嘘だろ…あの人間…ザクロ様を…」

 

「押してる…」

 

吐血し苦しむザクロは、人志を強敵と認め遂に本気を出した。

 

「はあっ!!!!」

 

本気を出したザクロは、自分を中心にした広範囲を圧倒的な重力で人志や陽菜、樹だけでなく他の捜査メンバー達諸共潰そうとしていた。

 

「ぐはっ…」

 

「お…おやめ下さい…ザクロ様!!」

 

「ぐっ…」

 

「あぁ…」

 

「このままでは…押し潰されてしまう…」

 

「これで思い知っただろう!所詮貴様ら人間共はどんなに頑張っても我々には到底敵わんという事がな!!」

 

絶体絶命の窮地に立たされた人志達。

 

だが、人志はこの窮地を打破すべく己の生命エネルギーを限界以上に高め、ザクロの超重力を打ち破ろうとしていた。

 

「はあああああああっっ!!!!」

 

「フンッ!!今更何をしようと無駄だ!!この私の超重力を突破する事など!!絶対に無理なんだ!!!!」

 

「…人志さん…もうそれ以上エネルギーを消費したら…ぐっ…」

 

「身体が…持たなくなる…」

 

「そんな事は言われなくても分かっている…!!だが、今ここであいつを倒さないと…俺はまた大切な物を失う事になる!!俺はもう二度と…あの時のような悲劇を繰り返させる訳にはいかないんだ!!!!」

 

そう言い放った人志は、更に己の生命エネルギーを高め、今まさに限界を越えようとしていた。

 

「この俺の生命の炎が燃え尽きるその時まで…俺は己の内に定めた鉄則に従い…最期までそれを貫き通す!!それが俺の戦だ!!!!」

 

限界を超えた人志は、自身の生命エネルギーの性質を極めて強大な炎に変化させザクロの超重力を押し退けて焼き尽くし、遂に打破した。

 

「な…何だと…!?そんな馬鹿な…!!」

 

自身の本気の超重力を打ち破られ、驚愕するザクロ。

 

「ザクロ!!今この場でお前を倒す!!!!」

 

追い詰めた人志は、真紅の生命の炎を身に纏いながらザクロに突っ込んでいった。

 

もう勝負は着いたと誰もが思った…だがその時

 

「もういいザクロ…そこまでだ。」

 

「はっ…!こ…この声は…まさか…バサラ様!?」

 

「何!?」

 

羅刹一座の大妖怪のバサラが、テレパシーのような物でザクロに命令した。

 

「お前は充分活躍してくれた…妖怪殺しの件は他の者に任せる…今すぐ俺のアジトに帰ってこい…。」

 

「……分かりました…。」

 

ザクロは、バサラの帰還命令に従い、その場を去った。

 

「ま…待て…!!まだ勝負は…ウッ…」

 

ザクロとの戦闘でとうに限界を超えた人志は、能力(ちから)の反動で倒れてしまった。

倒れた人志の元に、陽菜と樹はすぐに駆けつけた。

 

「人志!!人志!!しっかりして!!」

 

「さっきの戦闘でかなりの生命エネルギーを消費してしまっている…早急に手当てをしましょう!!このままでは人志さんの生命が危ない!!」

 

「は…はい!!」

 

傷つき倒れた人志を、樹と陽菜は霊能力で急いで回復作業に入った。

しばらくして一方その頃、ザクロはバサラのアジトに帰還し、治療を受け、バサラの元へ辿り着いた。

 

「バサラ様…ただいま帰還致しました…。」

 

「おう…御苦労。」

 

「例の"妖怪殺し“は未だに見つかりませんでしたが、今回の捜査で分かった事は、今現在この妖怪社会を震撼させている"妖怪殺し”の正体が、過去の"あの施設”の襲撃事件の3人の生存者の内の1人だった事が判明しました。

隻腕の霊能力者の人志と、それに寄り添っている陽菜という小娘…そして、"妖怪殺し“の怪童。」

 

「ほう…。」

 

「今後は、この3人を徹底的に調査し、そして次こそは怪童諸共、あの隻腕の小僧と小娘の首を獲ってまいります…。」

 

「ふむ…よろしい。ザクロ…お前も長いことこの俺の"右腕“をやってきているから、分かってはいるとは思うが一応言っておいてやる…。

次は無いぞ。」

 

バサラに威圧され、首を垂れるザクロ。

 

「……はっ!!」

 

「しかしまあ、あの小僧共も随分立派に成長したものよな。人志とかいう隻腕の小僧は、小娘を守りながらも妖怪達に戦いを挑み、もう1人の怪童という小僧は、今となっては"妖怪殺し“と呼ばれ、世の妖怪達に恐れられる程の存在にまで昇華させている…。

ククク…久方振りに面白くなってきたな。そうは思わねえか…?ザクロ。」

 

そう言い放ったバサラは、ただ不適な笑みを浮かべた。

 

かつて『カモミール』を襲撃し、人間と妖怪との如何ともし難い実力の差を思い知らせ、その生き残りと後に死闘を繰り広げる事になることを予感しながら…。



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第4話 かつての戦友

"羅刹一座“の大妖怪の一人であるバサラの右腕のザクロとの死闘を乗り越えた後、人志は自身の能力の反動によって気絶してしまった。

 

疲弊しきった人志を治癒する為に、陽菜と樹は回復作業に入った。

 

その間、人志は夢を見ていた。

 

かつて、共に『カモミール』で暮らし、人間と妖怪が共存するこの世界の未来の在り方を師から学び合い、語り合った戦友…"妖怪殺し“の異名で恐れられている怪童の姿を見た。

 

それは、数え切れない程の妖怪や鬼、吸血鬼達の屍の山を築き上げ、妖怪達の血で赤く染まった傷だらけの怪物が人志を見下ろしていた。

 

人志は、その妖怪達の屍の山に立ち尽くしている戦友を見上げて、その名を叫んだ。

 

その後、夢から醒めるとそこは樹の所属している"妖怪殺し対策本部“の独身寮の中であった。

 

「あっ、目が醒めましたか!よかった…一時はどうなるかと思いました…。」

 

「人志…!!よかった…無事で…。」

 

「…ここは…。」

 

「ここは、僕の所属している"妖怪殺し対策本部“の独身寮です。あの後、僕と陽菜さんで貴方の回復作業を終えた後、ここに運んだんです…。」

 

樹は、回復しきった人志にこれまでの経緯を説明した。

 

「あっ、それと申し遅れましたが、僕は"妖怪殺し対策本部“所属の樹です。よろしくお願いします。」

 

「ああ…こちらこそよろしく。俺は人志だ。」

 

「陽菜です。よろしくお願いします。」

 

「あっ、そうだ。何かお腹空きませんか?よろしければ僕が何か料理を作りますが…。」

 

「えっ…いいんですか…?」

 

「ええ大丈夫ですよ。今回の事件とは全く無関係の貴方達をこんな形に巻き込んでしまったんですから、寧ろこれくらいのお詫びはしないと…。」

 

「すまないな樹…何から何まで…。」

 

「いやいやとんでもないですよ。ははは。よし、早速作るぞ〜。」

 

樹は、意気揚々に料理をし始めた。

 

「よし、出来ました!!」

 

出来上がった料理を食卓に運び、樹は人志達に焼きそばを振る舞った。

 

「おお…。」

 

「す…凄い。私なんかより断然上手い…。」

 

「いや…ぶっちゃけ僕はこれくらいの物しか作れませんから…大して凄くないですけど、でも味の保証は出来ます。どうぞ召し上がってください!」

 

「では、お言葉に甘えていただきます。」

 

「いただきます。」

 

人志と陽菜は、樹が作った焼きそばを口の中に入れた。

 

「美味しい…。」

 

「ああ…味付けも丁度良い。」

 

「喜んでくれて…何よりです。」

 

人志と陽菜は、樹の作った焼きそばを十分に味わい、完食した。

その後、樹は人志と陽菜にある質問をした。

 

「完食したばかりで悪いんですが、今現在この妖怪社会を震撼させている"妖怪殺し“の怪童と、人志さんと陽菜さんの関係性や、過去に『カモミール』を襲撃された後、どうして怪童と袂を分かったのかを、今後の捜査の為に聞いておきたいんですが…よろしいでしょうか?」

 

人志は、その質問に応え、これまでに起きた事を全て話した。

 

「怪童は、かつて俺と陽菜と共にカモミールで育ち、この人間と妖怪が共存する世界の正しい在り方や、この世界で生き抜いていく為に大切な事を学び、語り合った戦友なんだ…。

そして、あの時…カモミールが襲撃され、茜先生や共に育ってきた仲間達が殺され、俺達3人だけが生き残った…。

その後しばらくして、怪童は俺と陽菜に突然別れを告げてきたんだ…。

 

『俺が…この世から妖怪共を1人残らず殺し尽くす…。』と…。

 

俺は、怪童を止める為に一対一の決闘を申し込んだ…。結果、俺はまるで歯が立たずに惨敗し、この右腕を持ってかれ、そしてあいつは、俺達の前から去って行った…。」

 

「……そうだったんですか……。すみません…辛い事を思い出させるような質問をしてしまって…。」

 

「いや、気にするな…。俺はお前の質問に応えたまでだ…。それに、4年も前の事だからな…。」

 

「それで私達2人は、怪童を探す為に色んな所に行ってきました…。そしたら、その途中で樹さん達と出会してしまって…。」

 

樹は、人志と陽菜と怪童の関係性や、過去にカモミールを襲撃された後の事の全てを人志から事情聴取した後、本部と連絡を取り、引き続き"妖怪殺し“を見つけ出す為に捜査を続行する事になった。

 

そして、人志と陽菜は、今後の捜査の為の重要参考人として、本部に保護される事になった。

 

だが、突如本部から緊急の連絡が来た。

 

"羅刹一座“の大妖怪のバサラの右腕であるザクロが、怪童に惨殺されたという情報が入り、本部だけでなく妖怪社会全体に激震が走った。

 

それは、人志と陽菜が"妖怪殺し対策本部“の独身寮で、樹に事情聴取を受けた同時期に起きた事であった。

 

ザクロは、人志との戦いの後、本格的に"妖怪殺し“を見つけ出し殺す為にたくさんの実力者揃いの妖怪や鬼、吸血鬼達を連れて、捜査を続行していた。

 

そして、ザクロ達は、遂に"妖怪殺し“の怪童を見つけ出す事に成功し、一斉に畳み掛けようとした。

 

だが、怪童の能力や強さはザクロ達を遥かに上回っており、怪童は自身の右手でザクロ達を空間ごと削り取り、1人も残さずに殺し尽くした。

 

そして、怪童は己の手で築き上げた妖怪や鬼、吸血鬼達の屍の山に立ち尽くし、雄叫びを上げた。

 

「化け物共がいくら束になってかかろうが…恐るるに足らん…。

俺は怪童だ」



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第5話 『選定』

『そんな…あのザクロが…』

 

(ザクロ程の実力者をこうも簡単に破ってしまうとは…もうそこまでの領域に達しているというのか…今のあいつは…。)

 

(怪童…)

 

「おい樹!!すぐに本部に来い!!緊急会議が開かれるぞ!!」

 

「えっ、あっ、はい!!了解しました!!

すみません人志さん、陽菜さん…これから僕は緊急会議に出席しなければならないので、僕の寮で休んでおいて下さい。」

 

「ああ、分かった。行こう陽菜。」

 

「う、うん…。」

 

樹は、本部に直行した。

本部に到着すると、そこには樹と同じような様々な霊能力者達や妖怪達が集まっていた。

そこに妖怪殺し対策本部の本部長である若茶(にゃちゃ)が着き、遂に緊急会議が開かれた。

 

「諸君も知っての通り、羅刹一座の大妖怪バサラ様の右腕であるザクロ様と多くの名を馳せた実力者達が、"妖怪殺し“に惨殺された…。

そして、我々が追い続けている"妖怪殺し“の正体は、かつてバサラ様とザクロ様が引き起こした『カモミール襲撃事件』の僅か3名の生存者の1人、怪童という人間の少年である事は、ここにいる者なら周知の事実だろう…。

怪童は、両手で"対象“を空間ごと削り取る能力

を有しているが、『他にも何か隠された能力』があるかもしれない…。今以上に厳重に警戒し、対策を練り、速やかに事件を解決させなければならない!!

これ以上犠牲者を出させない為に、皆覚悟して捜査に取り掛かれ!!」

 

「はっ!!!!」

 

緊急会議が終わった後、対策本部から一通の連絡が来た。

"羅刹一座“の大妖怪の一人であるバサラが、今から本部に来るという内容だった。

若茶本部長と捜査員一同は、すぐにバサラの出迎えの準備をした。

その後間もなく、バサラは本部に来た。

バサラの大妖怪特有の威厳、圧倒的な妖気に、本部に張り詰めた空気が流れる。

 

「バサラ様…本日はどんなご用件でしょうか…?」

 

「何…大した用件じゃないんだが、人志という隻腕の小僧と、ちょっと話がしたくてね…。」

 

「あ…あの…人志さんなら、私の独身寮におります。あ…案内…しましょうか…。」

 

「そうか…じゃあ案内よろしく頼むぜ。」

 

樹は、バサラに自分の独身寮に案内した。

寮の中にいる人志と陽菜は、外の異様な妖気を察知し、それがバサラによるものだとすぐに把握した。

 

「よう…4年振りだな…随分成長したじゃねえか…隻腕の小僧。」

 

上から見下し、不適に笑うバサラ。

それを鋭い眼光で睨みつける人志。

今にも衝突しそうな二人を見て震える陽菜と樹。

 

「俺達に何の用だ…バサラ…。」

 

「成長したお前と二人っきりで話がしたくてね…悪いが、少しだけ時間をくれねえか?」

 

「……分かった……場所を変えよう…ここじゃ他の二人に迷惑がかかるからな…。」

 

「ひ…人志さん…!」

 

「人志…!」

 

心配する二人に人志は大丈夫と言い放ち、バサラと共に独身寮から出て、本部の屋上に向かった。

そして、二人は話を始めた。

 

「話とは何だ…。」

 

「まあまあそんな怖い顔するなよ。本当に少しだけだから、そんなに時間は取らねえよ…。

早速本題に入るが、お前には『選定』を受けてもらう…。

大妖怪であるこの俺直々の命令だ…この妖怪社会では俺のような大妖怪が掟…言わば鉄則なんだよ。」

 

「…嫌だと言ったら…?」

 

「お前の女の身柄をこちらに引き渡してもらう…この言葉の意味…言われなくても分かるよな?」

 

「一つだけ聞きたい事がある…お前の言うその『選定』というのは一体何なんだ?」

 

「年に一回行われる一大イベントさ…この妖怪社会に役立つ人材を見出し、様々なテストをさせる…そして、それに合格した者共は俺達"羅刹一座“の大妖怪達が選定し、配下に付いてもらうって魂胆だ…。

つまり俺が言いたいのは、あのザクロを敗北寸前まで追い詰めたお前には俺の新しいより優秀な右腕になってもらう為にも、『選定』を受けてもらう…それだけの事だ…。」

 

「…分かった…その『選定』とやら、引き受けよう…ただし、俺が合格した暁には、お前は…いやお前らは、二度と陽菜に危害を加えないという事を約束しろ…。」

 

「フフフ…まるで自分は絶対に合格出来ると確信しているような物言いだな…まあ、いずれ思い知る事になるぜ…あれはお前が思っている以上に険しく、そして難解な物だという事をよ…。

明日の午後13時、魔都東京の妖魔軍訓練施設で開催される…楽しみに待ってるぜ…隻腕の小僧…。」

 

バサラは、人志の肩に手を置き、高笑いしながらその場を去っていった。

その後人志は、陽菜と樹の元に戻り、明日に開催される『選定』の事を話した。

 

そこで陽菜と樹は、人志をサポートする為に共に『選定』を受ける事を決意する。

 

三人は、明日の『選定』に備える為に、英気を養い、眠りについた。

そして次の日、遂にその時は来た…。

 

準備を整えた人志達は、魔都東京の妖魔軍訓練施設へと足を運んだ。

開催場所の訓練施設には、様々な霊能力者や妖怪、鬼、吸血鬼達が集まっていた。

 

「皆様、本日はお集まり頂き誠にありがとうございます!

只今より、『選定』を開催いたします!!」

 

魑魅魍魎が渦巻く戦場に、人志達は覚悟を決め、足を踏み入れた。

 

今までの戦いは、ほんの始まりに過ぎない。

 

もう、後を退く事は出来ない。



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第6話 己の信ずる答え

いよいよ『選定』が始まった。

第一の試練は、各々試験官から選択問題を出され、その選択肢の中から問題に答えるという方式だった。

人志達は、早速試験官から選択問題を出された。

試験官は、まず最初に樹に問題を出した。

 

『お前は暗い美人と明るいブス、付き合うならどっち?』

 

『え!?え…ええと…その…うーん…。』

 

答えを出せずに戸惑う樹。

彼は恋愛事においては超が付くほど疎いのだ。

試験官は、そんな樹を見かねて次に陽菜に問題を出した。

 

『お前が重病を患い、手術が必要になった時…

A.麻酔ありの成功率5%の手術

B.麻酔なしの成功率95%の手術

さあどれを選ぶ?』

 

『………すみません……答えられません……。』

 

陽菜も答えを見出せずにいた。

次に試験官は、人志に問題を出した。

 

『お前が朝起きる時に中々起きれない時、起こされるならどっちに起こされたい?

A.世話を焼く幼馴染

B.血の繋がらない兄弟』

 

この時人志は、頭の中でこういった想像をしていた。

Aの世話を焼く幼馴染を陽菜に置き換えて、Bの血の繋がらない兄弟を怪童に置き換えて考えていた。

 

『B.の血の繋がらない兄弟に起こされたい。』

 

考えた結果、人志はB.の血の繋がらない兄弟を選んだ。

 

『ほう…それは何故だ?』

 

『幼少の頃、まだ『カモミール』で暮らしてた時に俺はいつもちゃんと朝起きれなくて、幼馴染に起こされてばかりの毎日だったから…血の繋がらない兄弟とやらに起こされる気分は、幼馴染に起こされるのとどう違うのか…離れ離れになる前に体験してみたかった…ただそれだけの事だ…。』

 

その答えを聞いて、陽菜は人志と同じようにもう戻ってこない過ぎ去った時を思い出しながら項垂れていた。

すると、試験官は答えを見出し、その答えに至った理由を的確に言い表した人志に対して興味を抱き、人志に向けて次なる問題を出した。

 

『では、お前に次の問題を出す。心してかかれよ…。』

 

『ああ…。』

 

『では…問題!!』

 

そう言い放った試験官は、突如、陽菜と樹を何かしらの超能力で縛り付けて、人志に問題を出した。

 

『お前は今、二人の仲間を私に人質に取られてしまった…。

捕らわれた二人の内、救えるのは一人だけ…

さあ誰を救う?言っておくがこの問題の答えを見出せなかった場合は、この場で二人諸共この私の手によって握り潰す…

さあ…どうする!?』

 

陽菜と樹、二人の命を天秤に掛けられ、どうすればいいのか、人志は呆然と立ち尽くしていた。

人志にとって、陽菜は自分が絶対に最期まで守らなければならない大切な人。

樹は、ザクロと戦った時に自分達を救ってくれた恩人のような存在。

どちらか一人しか救えないこの状況下で、無情にも時間だけが過ぎていく。

すると、答えを見出せずにいた人志の脳裏に、突如過去の記憶が鮮明に蘇った。

それは、かつて戦災孤児だった自分を救ってくれた『カモミール』の恩師、茜との記憶であった。

 

『この世を生きていく上で、人は様々な問題に触れる事になります。

人はその問題を解決する為に、思考を張り巡らせ、答えを見出す…これは人として生きていく上で最も避けては通れぬ道なのです…。

いいですか?人志…

大切なのは、『己の信ずる答え』を見出すこと。

これを肝に銘じて、一人の人間として精進して下さい…。

私との約束ですよ…。』

 

(己の…信ずる答えを見出す…)

 

かつての恩師の言葉を思い出した人志。

その時、人志の中の迷いが…止まった時が…

動き始めた。

 

人志は、己の生命エネルギーを極限まで高め、放出し、陽菜と樹の命を天秤に掛ける試験官に向かって攻撃を仕掛けた。

 

『お前をこの場で倒して、そして二人をこの手で救い出す!!

それが『俺の信ずる答え』だ!!!!』

 

試験官は、人志の答えに応じて、臨戦態勢に入った…

と思いきや、試験官は、満面の笑みで

 

『良し!!合〜〜格!!!!』

 

と高らかに人志達の合格を宣言し、陽菜と樹の拘束を解いた。

 

突然の合格宣言に、人志は唖然としていた。

 

『な…何故…』

 

『この第一の試練は、単なる選択問題ではあるが、真に試されるのは、出された問題の選択肢以外の『己の信ずる答え』を見出せるかどうか…という事を試すのがこの試練の真の目的なのだ。』

 

『え…あの…それじゃ答えられなかった僕や陽菜さんは…』

 

『なーに案ずるな。チームで受けた場合はその内の一人が正解すれば全員合格扱いだ。』

 

『そ…そうなんですか…良かった…ありがとうございます!人志さん!』

 

『ありがとう!助かったわ人志!』

 

(いや、俺は何も為せていない…あの時、茜先生が教えてくれたあの言葉が無かったら、俺は今頃…

ありがとうございます…茜先生…。)

 

『では、お前達は次の試練に進むといい。

健闘を祈るぞ。』

 

第一の試練を無事突破し、人志達は次の試練を受けに行った。

次なる第二の試練は、訓練施設の中の訓練場で、生き残りを賭けた本格的な戦いが待ち構えている。

訓練場に集まった者は、みな第一の試練を乗り越えた者達で、最初は数千人程の挑戦者がいた

のだが、今となっては数百人にまで数が減っていっていた。

ここから、『選定』を受ける者達の能力の真価が問われる事になる。



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第7話 未熟な大樹

第二の試練は、超広大な訓練場での生き残りを懸けた戦いで、12時間以内に目的地に辿り着ければ合格という内容である。

 

様々な罠や敵を退け、目的地に向かう人志一行は、しばしの休憩をしていた。

 

人志と樹が談笑している中、陽菜はある異変に気付いた。

 

遠方に、自分達が探し求めているかつての友である怪童の姿があったのだ。

 

陽菜は、人志と樹にその事を知らせたのだが、さっきまでいた怪童の姿が何故か消えていた。

 

困惑しながらも、人志達は先に進むのだが、突然首無しの奇怪な怪物が人志達に襲い掛かって来た。

 

人志は、自身の能力でその首無しの怪物の生命エネルギーを感知し、様子を探っていた。

 

(…!!こいつからは一切の生命エネルギーを感じない!!

こいつの肉体は…"とうに死んでいる“…!!

だとするなら…この中にこいつを何らかの能力で操っている能力者がいるはず…それしか考えられない!!)

 

人志は、この事を樹に伝え、首無しの怪物を操っている能力者を捜索に赴いた。

 

ところが、いつの間にか陽菜が人志と樹の側からいなくなってしまった。

 

人志が首無しの怪物の生命エネルギーを感知し、様子を探っている時に、陽菜はまた怪童の姿を目撃したのだ。

 

陽菜にとって怪童は、かつて自身の秘められた能力が原因で妖怪達に両親を奪われ、襲われる所を救ってくれた命の恩人であり、大切な想い人でもあるのだ。

 

夢でも幻でも何でもいい…

 

唯…貴方に会いたい…

 

陽菜は、怪童への想いを胸の内で叫びながら、怪童の方へ向かって行った。

 

だがそれは、敵が仕掛けた幻影、罠であった。

 

陽菜は、まんまと敵の罠に落ちてしまい、身柄を捕縛された。

 

人志と樹は、首無しの怪物を相手にしながらも、いなくなった陽菜の捜索をしていた。

 

連携を取り、苦戦しながらも打開策を練る人志と樹。

 

その最中、人志は首無しの怪物の首の断面から微かな生命エネルギーの流れを感知した。

 

その生命エネルギーの流れは、まるで自分達のいる場所へと誘い込んでいるようだった。

 

この首無しの怪物を操っている能力者や、行方不明になった陽菜の手がかりを掴めるかもしれないと考えた人志と樹は、その微かな生命エネルギーの流れを辿って行った。

 

辿り着いた先には、革ジャンのオールバックの青年に、赤髪のツインテールの少女という謎の妖怪達が陽菜の身柄を捕縛し、人志と樹を待ち構えていた。

 

『お!やっと来たか!

待ってたぜ、隻腕の坊や…。』

 

『こ…こいつらは…まさか…!』

 

『奴らを知っているのか…樹…。』

 

『ええ…最近になって名を馳せている集団…その名も『絵札の四銃士』…。

オールバックの革ジャンの男がリーダーのキング、赤髪ツインテールの吸血鬼の女がクィーン…』

 

『そんでもって、お前さん達がさっきまで戦ってた首無しのデカブツがジャック…かつて人間共とのでけえ戦争の中で、同族諸共殺戮の限りを尽くした…最凶の鬼だ…。』

 

『俺の事を知っていて、陽菜を人質に取っているという事は…お前達は…』

 

『そう…俺らはバサラ様からの直々の命令でお前らの能力の真価を測る為に、この選定に来たんだ…。

そんでもって、この可愛子ちゃんの能力の事も徹底的に調べねえとなあ…』

 

艶かしい手付きで陽菜に触れるキングに怒りを覚えた人志は、キングに向かって攻撃を仕掛ける。

 

『陽菜を…返せ!!』

 

だがそこに、ジャックが再び人志に襲い掛かってきた。

 

『ぐっ…』

 

『人志さん!!』

 

『隻腕の…お前さんの相手は俺とこのジャックで努めさせてもらうぜ…。

クィーン!この可愛子ちゃんをたっぷり可愛がってやりな!』

 

キングは、クィーンに陽菜の身柄を手渡し、人志との戦いに赴いた。

 

『さあ陽菜ちゃん…洗いざらい吐いてもらうわよ…"貴女の全て“を…フフフ…。』

 

『い…嫌…やめ…』

 

『陽菜ァァ!!』

 

クィーンが陽菜を襲おうとした束の間、大量の大木がクィーンに向かって放たれた。

 

樹が、自身の血を媒介にして木を錬成する能力を用いて、クィーンの魔の手から陽菜を救い出そうとしていた。

 

『陽菜さんを放せ…!!』

 

クィーンは、放たれた大木を全て躱し切り、自身の血でキューブ状の空間を作り出し、そこに陽菜を閉じ込めた。

 

『へえ…あんた、あたしとおんなじタイプの能力を持ってるのね…

いいわ…面白そうだし、相手してあげる…♡』

 

今この場で、人志とキング、ジャック

樹とクィーンの死闘が始まろうとしていた。

 

人志は、樹を自分の戦いに巻き込ませない為に、キングとジャックを誘い、別の場所へ移動した。

 

樹は、捕われた陽菜を救い出す為に、クィーンとの戦いに全力を尽くす。

 

クィーンは吸血鬼で、自身の血を媒介にして、ありとあらゆる物を具現化させる能力を有する。

 

クィーンは、その能力を用いて、吸血鬼の弱点である日光を防ぐ為に、日光を完全に遮断する透明のプロテクターを具現化させて、それを常に身に纏っているのだ。

 

『ところで坊や…坊やは木以外に他に何を錬成出来るのかしら?

もしかして…"血を使ってまでただの木しか錬成出来ない“のかしら…ふふふ…♡』

 

『……』

 

『アハハハ!どうやら図星のようね!

ねぇ坊や…悪い事は言わないからさ…あたしの視界から消えなよ…』

 

そう言い放ったクィーンは、自身の頸動脈を掻っ切って、大量出血させた血液の一滴一滴を無数の槍に具現化させた。

 

『まだ死にたくないでしょ…?』

 

クィーンは、無数の槍を樹に向かって一斉発射した。

 

樹は、咄嗟に自身の血で巨大な木の防御壁を作り、間一髪防ぎ切った。

 

『へえ…やるじゃない…♪

だ・け・ど』

 

ほっとしたのも束の間、クィーンは一瞬で樹の背後に周り、重い一撃を喰らわせた。

 

『ぐはっ…!!』

 

『樹さん!!!!』

 

吐血し、吹っ飛ばされた樹に、クィーンは更に追撃を喰らわせ、樹の首を絞めた。

 

『ごめんね〜♪

あんたとはもう少し遊びたかったんだけど、こちとら大事な仕事があるからさ〜…

バイバイ

木偶の坊♡』

 

絶対絶命に追い込まれ、とどめを刺されそうになる樹。

 

しかし、闘志はまだ死んではおらず、とどめを刺しに来たクィーンに対して、樹は鋭利な木のナイフでクィーンの眼を切った。

 

『ぎゃあああああ!!!!

あああああ!!あたしの目があああ!!』

 

『樹さん!!』

 

『……陽菜さん……もう少しだけ待っていて下さい…早くこいつを倒して……一緒に怪童を探し出さないと……!!』

 

ボロボロになり、劣勢になりながらも、樹は陽菜を救い出す為に己の中の闘志を燃やし、血液を沸騰させる。

 

幼き頃、かつて妖怪達から虐げられていた自分を救い、正義へ目覚めさせてくれたかつての親友を救い出す為に…

 

樹は、生まれはごく平凡で気が弱い普通の人間の少年であった。

 

力も弱く、よく周囲からウドの樹という蔑称で呼ばれ、虐められていた。

 

ある日、運悪く悪餓鬼の妖怪達に囲まれて、サンドバックのようにボコボコにされた時に、一人の同い年の少年に助けられたことがあった。

 

その少年の名前は和真。

 

霊能力者の一家の子供で、悪い妖怪達から弱い人々を守る為に、日々戦っている少年であった。

 

樹は、そんな和真の生き方や強さ、優しさに心を打たれ、自分も和真のような立派な人間になることを決意し、両親の反対を押し退けて、霊能力者としての道を歩んだ。

 

だが、妖怪達が支配・統率している社会なので、弱い立場である人々やそれらを守る役目を担うはずの霊能力者は、ただ妖怪達の命令に従い、媚びを売ることでしか生きられない現状であり、誰も弱い人々や困っている人々を救おうなどとはしなかった。

 

そんな現状に絶望した樹…だが、正義感が人一倍強い和真は樹とは違い激しい怒りに燃えていた。

 

和真は妖怪達に強く反発し、己の正義と信念を貫こうとしていたのだが、それが原因で妖怪達に執拗ないじめや嫌がらせを受けることになってしまった。

 

どんなに自分の意見を伝えようとしても、誰も和真の言葉には耳を貸さなかった。

 

両親にも自分の意見や正義を否定された。

 

心が折れて、自殺しようとした和真を樹はすぐさま止めた。

 

和真の悔しさや辛い気持ちを理解した樹は、次の日、和真を虐めた妖怪達に

『お願いです…もうこれ以上…僕の大切な親友を傷つけないで下さい…。』

と、深々に頭を下げた。

 

そんな樹の言動と態度に気が触れた妖怪達は、樹に暴力を払いまくった。

 

どんなに殴られ、蹴られようとも、樹は一切やり返す事をせず、和真の為に懸命に訴えていた。

 

その様を見た若茶は、樹に暴力を払いまくっている妖怪達に頭突きを喰らわせて、処分を下した。

 

その後、樹と和真は若茶の指導の下、正しい霊能力者になる為に日々の特訓を重ね、様々な任務を務めながら次第に成長していったのであった。

 

だが、二人がある任務を務めた時、ある凶悪で高名な妖怪の捕縛をしようとしたが、返り討ちに遭ってしまい、和真がその妖怪に己の能力を買われて拐われてしまったのだ。

 

樹は、自分の未熟さや情けなさ、非力さを恨み、挫折をバネに、一人地道な鍛錬を継続していた。

 

けれど樹に出来ることは、自身の血を木に変える事しか出来ず、霊能力の基礎(結界術や金縛りなど)がてんでなっていなかった。

 

指導者である若茶は、樹にこんな助言を言い放った。

 

『一つの事しか出来ない?

結構じゃないか

一つの事を究極まで極めればいいんだからな…。

それに、私は知っている…

君という人間は、"自分以外の大切な誰かの為に血を流せる"…

そんな立派な大樹だという事を…。』

 

樹は、自分のやり遂げなければならない事と、守らなければならない事を思い出し、今一度己の血液を沸騰させた。

 

『よくもやりやがったなあこの木偶の坊…!!

絶対にぶっ殺してやる!!!!』

 

激昂したクィーンは、己の血を様々な武器に具現化させ、樹に向かって一斉に発射した。

 

対する樹も、木の防御壁を作り出した後、瞬時にクィーンに向けて何かしらの木の種を放ってぶつけた。

 

その次に、樹はすぐさま相手の物量を上回る程の大量の大木を錬成し、猛攻を仕掛けた。

 

樹の猛攻をモロに喰らったクィーンは、さらに激昂し、瞬時に樹に近付き肉弾戦を仕掛けてきた。

 

肉弾戦を持ち込まれ、またしても劣勢に立たされた樹。

 

クィーンは肉体の再生が既に追いついてきていた。

 

『フン…木偶の坊の分際でここまで戦ったあんたに敬意を表して、楽に殺してあげるわ…感謝しなさい…。』

 

今度こそ本当に止めを刺される…その時

 

『…まだ…終わっていない…』

 

『…は?』

 

『…まだ勝負は…終わっていない…!!』

 

そう樹が言い放ったと同時に、クィーンの身体に変化が表れた。

 

鋭利な木々が、クィーンの身体中を内側から突き破ったのだ。

 

『が…あ…あ…

こ…こんな…こんな…もの…い…いつから…はっ!!』

 

あの時、クィーンが激昂して様々な武器を樹にぶつけ、樹が防御壁を作り出した後、瞬時にクィーンに向けて放ったあの木の種…

 

『こ…の…チン…カスがあああああああああああああ!!!!』

 

『もう…終わりだ…。』

 

そう言い放った樹は、ダメ押しにクィーンの脳に鋭利な木の釘で刺して、再起不能にした。

 

戦いに勝利した樹は、陽菜を救い出した後、バッタリと倒れてしまった。

 

『樹さん!!樹さん!!!!

…ごめんなさい……私の……私のせいで……

ごめんなさい……!!』

 

陽菜は、まんまと敵の罠に騙された自分の不甲斐なさ、自分のせいで人志と樹に迷惑を掛けてしまった事を悔み、号泣した。

涙を流しながら、陽菜は樹の傷を回復させる為に応急処置を懸命に施していた。

 

『絶対に死なせない…!!

今度は、私が…私が…!!』

 

一方その頃、人志はキングとジャックの二人に苦戦を強いられていた。

 

ジャックの圧倒的なパワーやタフネスに、キングは自分と同じ生命エネルギーを取り扱う能力を持ち、徐々に人志を追い詰めていく。

 

キングに翻弄され、隙を突かれ、ジャックの圧倒的なパワーに圧し潰されそうになったその時、謎の二本角の鬼のポニテの少女がジャックを金棒でぶっ飛ばした。

 

『な…何だ…!?』

 

『中々スタイルと顔の良い嬢ちゃんだが、何者だお前さん…?』

 

『名乗る程の者じゃないけど…あえて名乗らせてもらおうか!!

あたしの名は愛菜!

人と鬼との間に生まれた半人半鬼だ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 



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第8話 負けん気

激闘を繰り広げている人志とキング、ジャックに突如乱入して来た二本角の少女。

 

その少女は、愛菜という人間と鬼の間に生まれた半人半鬼の少女であり、自ら名乗り出た。

 

『このデカブツを倒した後、次はあんたらの番だからね!!』

 

そう言い放った愛菜は、ジャックを更に金棒で吹っ飛ばし、一対一の決闘に持ち込んだ。

 

『やれやれ…とんでもねえじゃじゃ馬が割り込んできたが、しょうがねえ…

こっちもこっちで存分に楽しもうや…

なあ?隻腕の。』

 

事態は人志対キング、愛菜対ジャックの構図となった。

 

愛菜は、自身の全ての身体能力と触れた物の硬度や強度を倍に強化する能力で、体術と金棒の怒涛の猛攻を仕掛けジャックを圧倒する。

 

愛菜の圧勝かに見えたが、ジャックの秘められた能力が覚醒し、形勢逆転した。

 

それもそのはず、ジャックは戦争時代に同族諸共殺戮の限りを尽くした最凶の鬼。

 

そう簡単に勝利出来るような相手ではない。

 

ジャックは幼少の頃、霊能力者に母を殺され、それが原因で理性を失い怒りのままに暴れ回っていた。

 

そして、彼を恐れていた同族の鬼達によって捕縛され、首を刎ねられ死亡した…はずだった。

 

首を刎ねられた後も、止まる事を知らず更に暴れ回り、手が付けられなくなり、その後ジャックは永久的に牢獄に入れられた。

 

彼の死後発動した能力『怨念』による物である。

 

そこにキングが現れ、彼の能力で制御され操られていた。

 

ジャックが覚醒し、劣勢に立たれた愛菜。

 

しかしその一方で、人志とキングの戦いも熾烈を極めていた。

 

両者互いに同じ生命エネルギーを扱い戦う者同士なのだが、二人の能力には決定的な違いがあった。

 

人志は自身の生命エネルギーを高め放出し、他者に分け与える事が出来る。

 

対するキングはその真逆で、自分以外の他者から生命エネルギーを奪い、自分の物にする事が出来る。

 

人志にとっては相性最悪の敵。

 

『ほらほらどうしたどうした?

どんどん動きが鈍くなってきてるぜ?

人志さんよぉ!!』

 

生命エネルギーをどんどん奪われて絶対絶命の危機に陥った人志。

 

しかし、人志はキングと同じタイプの能力者であるが為、戦い方を充分に予測・把握出来る。

 

そこで人志は、ある策をキングに試す事にした。

 

それは、キングにあえてありったけの生命エネルギーを与えるという策だった。

 

早速人志は、キングに向かってありったけの生命エネルギーを与えた。

 

『おいおい正気か?

俺に生命エネルギーを贈るなんてのは自殺行為に等しい事だぜ?

追い詰められすぎて気でも狂ったか?』

 

『…今に分かるさ…。』

 

すると間もなく、キングの様子に異変が生じた。

 

『ぬっ!ぐぁ…あぁ…!!』

 

『やはりな…お前も俺も同じ生命エネルギーを扱う者同士なら、導き出される答えは一つ。

それは…俺にもお前にも"容量の限界“があるって事だ!

俺に生命エネルギーを高め放出する限界があるように、お前にも生命エネルギーを奪える量の限界があるって事だ!

もしお前が満遍なくありったけの生命エネルギーを奪う事が出来るのなら、俺も陽菜も樹もあの時既にやられていただろう…。

だがそうしなかったのは…お前の容量の限界があるという事!

ならば!このままお前にありったけの生命エネルギーを与えて、お前の容量の限界をパンクさせ破裂させるまでだ!!』

 

『チ…畜生ォォォォォォ!!!!』

 

キングの能力の弱点を見破った人志は、エネルギーの容量をパンクさせ破裂させ、遂に倒した。

 

キングを見事倒した人志は、陽菜と樹の元に急ぎ向かうのであった。

 

一方、愛菜は覚醒したジャックの暴走により、絶対絶命にまで追い込まれてしまった。

 

だが、愛菜は諦めずさらに倍に強化させて、己の限界を超えてジャックに立ち向かう。

 

自分の守るべきものを守り通す為…そして己に負けぬ為に…。

 

愛菜は、人間の父親と鬼の母親の間から生まれた半人半鬼で、下に妹が一人、弟が二人いる。

 

お互いを愛し合い、順風満帆な家庭で生きていたのだが、妖怪社会には『人間と妖怪の交際は全面禁止』という法律があり、それを破った愛菜の両親は見せしめに処刑された。

 

戦争時に妖怪達に無様に負け、媚びを売る事しか出来なくなった非力な人間達を、妖怪達は劣等種族のレッテルを貼り、そんな劣等種族と交際する事など断じて許さない姿勢を持つ為、妖怪が支配する社会となった時にそのような法律が作られたのだ。

 

愛菜以外にも人間と妖怪のハーフは少なからずいて、そのハーフ達は人間としても妖怪としても見てもらえず、異物汚物として見られ、集団リンチや強姦の被害にいつも遭われた。

 

愛菜は、自分の両親の命を奪った妖怪社会を心の底から恨んでいたが、大切な妹や弟達を守る為にその恨みや憎しみ、怒りを乗り越えて一生懸命仕事をしてきた。

 

建築関係の仕事をやっているが、自分が人間と鬼のハーフであるが為、周りから差別を受け、本来の貰える給料の半分以下しか貰えないという有様がずっと続いていた。

 

そこで愛菜は、自分の名を世に轟かせ、妹や弟達の為にたくさんお金を稼ぐ為に選定を受けた。

 

『…こんな所で死んでたまるか…!!

下の子供達の為にも…父さんや母さんとの約束の為にも…

 

絶対負けん!!!!』

 

愛菜は、今一度己の身体能力の全て、そして金棒の硬度や強度を限界以上に倍に強化させ、ジャックに渾身の一撃を喰らわせた。

 

『ダアアアアアアアア!!!!』

 

凄まじい衝撃音と破壊力と共に、ジャックの肉体は愛菜の金棒に完全に潰された。

 

愛菜は戦いに勝利した…かに見えたが、ジャックの能力『怨念』により、精神と肉体を支配されてしまった。

 

キングを倒して、陽菜と樹の元に急いで向かう人志は、ただならぬ気配とエネルギーを察知し、愛菜の元に向かう。

 

怨念によって精神と肉体を支配された愛菜は、暴走状態に陥ってしまったのだ。

 

このまま野放しにしてはまずいと感じた人志は、愛菜の暴走を止める為に戦う事を決意する。

 

だが、人志の攻撃は愛菜にかすり傷一つ付ける事すら出来ず、防戦一方の状態が続く。

 

『グオオオオオオオ!!!!』

 

『くっ…攻撃が全く通らないし、奴の攻撃を一発でも貰ったら確実に死ぬ…!!

どうすれば…!!』

 

打開策を打てない人志は、愛菜の情報を探りながら応戦する。

 

そこで人志は、愛菜に纏わり付いている怨念に気付き、その怨念を取り除く為に自身の生命エネルギーを愛菜に分け与えた。

 

徐々に愛菜の暴走は抑えられ、そして愛菜自身もジャックの怨念に負けずに抗う。

 

その際、愛菜は両親から教わった言葉を思い出す。

 

『どんなに辛い事や悲しい事や酷い目に遭っても、最後まで絶対に負けない気持ちを大切に持って、強く生き抜いて。』

 

愛菜は両親から教わった『負けん気』で、ジャックの怨念を吹っ飛ばし、正気を取り戻した。

 

『ハア…ハア…

よし…!これで邪魔な奴がいなくなった…!!

さあ!隻腕の男!相手になってもらうよ!!

あのザクロを敗北寸前まで追い詰めたあんたを

ぶっ倒して…あたしの名を……』

 

正気を取り戻した愛菜は、その勢いで人志と戦おうとするが、疲労と負傷で倒れてしまった。

 

その後、人志が愛菜を安全な場所に運んで、彼女に生命エネルギーを少しだけ分け与えて傷を癒してから、陽菜と樹の元へ急いだ。

 

その頃、陽菜は樹の回復作業がまだ終わっておらず、その場に止まっていた。

 

そこに、遂に人志が到着した。

 

『人志!!無事だったのね!!』

 

人志の無事を喜ぶも束の間、何故か人志が陽菜の首に手刀を叩き込んだ。

 

『…あ…』

 

それは人志本人ではなく、『絵札の四銃士』最後の一人、エースの相手のビジョンを投影する能力『イマジン・アイ』による物であった。

 

陽菜に怪童の幻覚を見せたのも、エースの仕業である。

 

エースは、気絶させた陽菜の身柄を捕縛し、バサラの元へ向かおうとする。

 

ところが、突如エースの前に謎の少年が現れた。

 

その少年は、白銀の髪に、眼を閉じていて、白く透き通った肌に、白銀の衣装を着ていて、凍え死にさせるようなとてつもなく強い妖気を放っていた。

 

『な…何者だ貴様…!!』

 

その少年は、この選定の参加者ではなく、突如乱入してきた者である。

 

『な…何で…何で今こんな時に…!!』

 

『間違いない…あいつは…"氷華の一族“!!

もう既に、あの時我々が全戦力を挙げて滅ぼしたはずなのに!!』

 

その少年は、かつて妖怪社会が恐れ、全戦力を挙げて滅ぼした『氷華の一族』と呼ばれる極めて強大で特質な妖怪の一族…その末裔である。

 

この少年の突然の乱入により、選定は更に過激の一途を辿るのであった…。

 



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第9話 雪華舞い散り、氷華咲き誇る

突如選定に乱入してきた謎の少年…その少年の正体は、かつて妖怪達からその強大すぎる能力を恐れられ、妖怪・鬼・吸血鬼の全勢力を挙げて滅ぼした『氷華の一族』の末裔であった。

 

少年は、殺された同胞達の仇を取る為に復讐を誓い、今日まで妖怪達を殺し回ってきた。

 

『な…何者だ貴様!!』

 

『氷華の一族…と言えば分かるか…?』

 

『な…!?氷華の一族だと!?

あり得ない…!!あの時、確かに我々が全勢力を挙げて完全に滅ぼしたはず…!!』

 

エースは動揺を隠せずにいた。

 

少年は、エースの背後に瞬時に回って、蹴りを入れた。

 

『ぐあっ…!!』

 

エースは、すぐさま態勢を立て直し、自身の能力『イマジン・アイ』で少年の記憶の中にいる強大なビジョンを投影した。

 

それは、氷華の一族を滅ぼした最大の元凶である"羅刹一座“の大妖怪の一人…吸血鬼を超越した吸血鬼・ヒスイという者である。

 

その容姿は、長い黒髪に、黒く淀んだ瞳をしていて、赤と黒の入り混じったドレスを身に纏っていた妖艶な女性であった。

 

『俺のイマジン・アイは、相手の記憶の中にあるビジョンを投影する力を有する!

今俺は、貴様の記憶の中にある"羅刹一座“の大妖怪の一人にして最大・最凶のお方であるヒスイ様を投影した!!

これで、今度こそ忌々しい一族の血を根絶やしにしてくれる!!

覚悟しろ!!!!』

 

少年の記憶の中のヒスイを投影し、勝利を確信したエース。

 

だが、少年は表情一つ変えずに沈着冷静に振る舞っていた。

 

『投影したものとは言え、それは所詮ただのまやかしに過ぎん…。

本物のあいつは…もっと禍々しく、そして底無しの恐怖と強さを持ち合わせていた…。』

 

『な…何!!?』

 

『見せてやる…お前のようなただの贋作を作り出すくだらない眼とは違う…

魔を秘めた真の眼の力をな…。』

 

そう言い放った少年は、さっきまで閉じていた眼を開眼させ、力を解放した。

 

その眼の瞳孔は、まるで華の形をした雪の結晶のようなものであった。

 

少年が開眼し、力を解放すると、その眼に写ったありとあらゆるものが凍りついて華のように咲き、そして瞬時に塵と化し、無数の氷の花びらが舞い散っていった。

 

それはあまりにも残酷で、そしてとても美しい…

 

これこそが、氷華の一族最大の能力『雪華の眼』である。

 

圧倒的な強さを誇示する少年…しかしそこに、少年の復讐を止めるべく実力者揃いの妖怪、鬼、吸血鬼達が急遽駆けつけてきた。

 

『そこから一歩も動くな!!氷華の一族の末裔!!

お前は今我々に完全に包囲されている!!

一歩でも動けば、即刻貴様の首を刎ねるぞ!!』

 

実力者揃いの妖怪達の包囲網を張られ、身動きが出来なくなった…と思いきや、少年は敵の妖怪達にふと語りかけた。

 

『先に戦争を仕掛けてきたのは…お前らのほうだ…。』

 

『…何?』

 

『お前達は、何故俺達一族の血を根絶やしにしようとする…?

お前達には、何も危害や迷惑をかけていなかったというのに…。』

 

『黙れ!!貴様ら一族は存在そのものが害悪なのだ!!

恨むなら貴様のその呪われた血族を恨むがいい!!』

 

妖怪達は、忌々しい呪われた血族の血を完全に絶やす為に、眼前の末裔に向かって行った。

 

少年は、理不尽に命を奪われた同胞達の無念を晴らす為、仇を取る為、向かってくる妖怪達を瞬時に凍り付かせ、塵にした。

 

少年の圧倒的な強さに怯まず、攻撃の手を止めない妖怪達…だが、その力の差は歴然だった。

 

少年のその細身の肉体からは想像もつかぬような圧倒的な身体能力と体術で、妖怪はおろか、圧倒的なパワーとタフネスを誇る鬼や、その圧倒的なパワーとタフネスを待ち合わせた上に再生能力を持つ吸血鬼をも遥かに凌駕した。

 

その時、エースに騙され気絶された陽菜が意識を取り戻した。

 

意識を取り戻し、樹の無事を確認した陽菜…しかしその眼前には、無数の氷の花びらが舞い散る中に一人立ち尽くす白銀の少年の姿があった。

 

陽菜は、その少年を見て何故か既視感を覚え、突然頭にノイズが生じた。

 

(何でだろう…あの人とは初対面のはずなのに…

"私はこの人のことを知っている“)

 

そして、遂に人志が陽菜と樹の元にようやく辿り着いた。

 

『陽菜!!樹!!無事か!!』

 

『人志!!私は大丈夫!それよりも樹さんが…』

 

人志は、まだ回復しきっていない樹に自身の生命エネルギーを分け与え、回復させた。

 

だがそこに、少年が突然陽菜の元に近づいてきた。

 

『お前…"ただの人間ではない“…。

微々たる物だが、妖気らしきものを感じる…。

それに…お前とは初めて会ったはずなのに、妙に既視感がある…。』

 

『…え?』

 

少年は、陽菜の喉元に手を差し向けようとする。

 

が、人志が少年の手を掴み制止した。

 

『お前は一体何者だ…それに、"陽菜はただの人間じゃない“だと…?

お前は陽菜の何を知っている…?』

 

少年は、人志の手を振り解き、自身の素性と名を露わにする。

 

『氷華の一族の末裔…名を凍哉…。』

 

『それ以上陽菜に近づいてみろ…その時はお前の鳩尾に拳を容赦無く叩き込む!!』

 

人志は、凍哉に警告し、敵意を露わにする。

 

『やめておけ…見たところお前は相当の実力者であろうが所詮は人間…。

それに、ここまで辿り着くのに相当なエネルギーを消費し、疲弊しきっているように見える…

俺と戦おうなどとは考えるな…。』

 

『…陽菜…樹と一緒に下がっていろ…。』

 

陽菜は、人志の言う通りに樹と一緒に下がり、人志の戦いを見届けようとした。

 

だが人志は、連戦に次ぐ連戦で疲弊しきっている。

 

(氷華の一族…随分昔に茜先生から聞いた事がある…。

その力は、妖怪の中でも最上級種族の吸血鬼をも遥かに凌駕するということを…

今俺に残された生命エネルギーはかなり少ない…

速攻でカタを着ける以外この状況を乗り切る手段は無い!)

 

人志は、自身の生命エネルギーの性質を雷に変化させ、超高速で動き回って残像を作り出し、凍哉を翻弄し隙を作ろうと画策する。

 

雷は、火力自体は炎よりも低いが、炎と違って少ないエネルギーでも使用する事が出来るので、使い勝手が良い。

 

『生命エネルギーの性質変化か…。』

 

凍哉は、人志の雷の残像を全て凍らせて瞬時に塵にした。

 

隙を見出した人志は、凍哉に決定的な一撃を与える為、すぐさま炎に性質変化させ、一気に背後に回り渾身の一撃を喰らわせようとする。

 

だが、凍哉はそれを完全に見切り、人志の渾身の一撃をいなし、すぐさまカウンターを喰らわせ、人志を吹っ飛ばした。

 

『ぐっ…がはっ…!!』

 

『だから…やめておけと言ったのだ…。』

 

『人志!!!!』

 

凍哉のカウンターをもろに喰らい倒れた人志。

 

『俺は、一族の最後の生き残りとして殺された同胞達の無念を晴らす為に、復讐を成就しなければならない…。

それを邪魔をする者は…たとえ誰が相手だろうと凍り付かせ塵にする…。』

 

人志を吹っ飛ばした凍哉は、陽菜の元に近づき、その正体を探ろうとする。

 

人志は意識が朦朧とする中、凍哉の行動原理を僅かながら聞いた時、ある人物が脳裏に浮かんだ。

 

それは、かつて共に『カモミール』で過ごしたかつての戦友・怪童であった。

 

怪童と凍哉の行動原理は、人志には何処か似通っているように思えた。

 

『カモミール』で共に過ごしてきた茜先生や仲間達を無惨に殺された過去を持つ怪童と、妖怪達に呪われた血族と見做され、同胞達の命を理不尽に奪われた過去を持つ凍哉。

 

そしてそれは人志も同じ、『カモミール』で育てられ、何もなかった自分に名を与えた恩師と、その仲間達の命を尽く踏みにじられた過去を持っているので、仇を取りたい、復讐をしたいという気持ちは、同じ経験をした人志にとっては痛い程分かる事であった。

 

しかしそんな人志は、自分の大切な人達の命を奪った者よりも、親友の暴走を止められず、大切な人達も守れなかった自分自身が何よりも許せないでいた。

 

己の非力さを激しく痛感した人志は、意識が朦朧としながらも今一度士気を奮起させ、立ち上がろうとしていた…。



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第10話 人の意志

今から随分昔のこと…人間と妖怪の全面戦争の真っ只中で、一人の戦災孤児がいた…。

 

その孤児は、両親は元よりおらず、名前すらなく、ただ戦地の血と泥に塗れ死人の肉を喰らって生き続けた…。

 

その孤児は、生きながらにして虚であった。

 

そんなたった一人の名も無き戦災孤児に、手を差し伸べる女性(ひと)がいた。

 

『坊や…一人ですか?』

 

『……』

 

『坊や…よろしければ、私の所に来ませんか?』

 

その女性(ひと)は、一人の名も無き孤児を連れて、ある場所に行った。

 

養護施設『カモミール』

 

人間と妖怪との全面戦争によって家族を失くし、行き場もない子供達を育て、過酷な妖怪社会を生き抜く術を与える為に、その女性(ひと)が設立したものである。

 

名も無き孤児は、その女性(ひと)が設立した『カモミール』に連れて来られ、風呂で血と泥に塗れた身体を清めてもらい、温かい食事も与えてもらった。

 

『そう言えば…自己紹介がまだでしたね。

私の名前は橘茜。

貴方の名前は?』

 

孤児は、自分には名前はないと首を横に振る。

 

『そうですか…これからカモミールの仲間達と触れ合っていくのに、名前が無いのは困りますね…。

よし!では、私が坊やの名前を考えましょう!

そうですね……

人志なんていうのはどうでしょう?

人の志と書いて人志…我ながら悪くないとは思うんですけど…どうですか?』

 

孤児は、名前も何も無い空虚でちっぽけな自分の為に真剣になって名前を考えてくれる橘茜という恩師に巡り逢えた事に深く感謝し、初めて涙を流しながら頷いた。

 

こうして名も無き戦災孤児は、人志という名前を恩師より授かり、一人の人間としての第一歩を踏み出したのである。

 

それから人志は、『カモミール』で仲間達と共に茜から過酷な妖怪社会を生き抜く術を身につけながら、一歩ずつ自分の道を進んでいく。

 

そして、陽菜と怪童という最も親しい友と出会い、楽しく幸せな時間を過ごした。

 

だが、そんな尊い時間は長く続かず、崩壊の時が唐突に訪れた…

 

"羅刹一座“の大妖怪バサラとその右腕ザクロが突如『カモミール』を襲撃してきた。

 

狙いは、陽菜という少女にまつわる能力や正体であった。

 

『カモミール』の設立者で人志達戦災孤児の師である橘茜は、皆を守る為たった一人でバサラとザクロを迎え撃つ。

 

互角に渡り合えていたが、戦争の時の傷がまだ治り切っておらず、万全の状態ではないが故に橘茜は敗れ死に、子供達の命も奪われてしまった。

 

生き残った者は、人志、陽菜、そして怪童のたった三人だけであった。

 

その後、三人の生存者の一人である怪童が、人志と陽菜に突然別れを告げてきた。

 

『俺がこの世から妖怪共を一人残らず殺し尽くす』と、彼はそう言い放った。

 

怪童は、人間を守る戦士の子であるが故に、己の非力さを重く受け止め、たった一人で妖怪達と最期まで戦う決意をしたのだ。

 

彼の言動を察した人志は、『お前一人だけの責任じゃない』と彼を説得し、止めようとしていた。

 

だが、怪童は人志の説得を聞き入れようとせず、二人と袂を分かとうとする。

 

人志は、怪童を止める為に一対一の決闘を申し込んだ。

 

だが人志は敗れ、怪童という最も親しい友と共に右腕を失う事になってしまった。

 

人志は、自分に名を授けてくれた恩師の橘茜と、共に学び過ごしてきた仲間達や対等である親友を失ってしまった事実を重く受け止め、ただひたすら一人修練に赴いた。

 

もう二度と同じ悲劇を繰り返させない為に…

そして大切な人を守り通し、かつての戦友を救い出す為…

この生命の炎を極限まで燃やし、最期まで戦い続ける…

 

そう自分の胸に誓った人志は、陽菜を連れて怪童を止める為に探す旅を続け、今現在に至る。

 

己の過去の誓いを思い出した人志は、それを果たす為再び立ち上がった。

 

(まだ立ち上がるか…

まあいい…

邪魔する者は誰であろうと、塵にするまでだ…。)

 

『人志…』

 

再び立ち上がって向かってくる人志に、凍哉は蹴りを喰らわせようとした。

 

ところが、突然人志が凍哉の眼前から姿を消した。

 

何処へ行ったと動揺する凍哉に、次の瞬間、凍哉の頭上に蹴りが降り落ちて来た。

 

『ッッ!!』

 

間一髪人志の蹴りを防いだ凍哉。

 

だが次の瞬間、またしても姿を消し、今度は凍哉の背後に回り拳を叩き込んできたが、これも凍哉はすかさず防御し、反撃した。

 

『小賢しい!!』

 

凍哉の反撃を貰い、攻撃の手が止まった人志。

 

だが、人志の急激な猛攻に凍哉は驚きの表情を隠せなかった。

 

(何だ今の動きは…俺の予測を圧倒的に上回る程の速度と威力だった…!!)

 

人志の底力に押され気味の凍哉は、正真正銘本気の体術で人志に攻めかかって来た。

 

ここまで連戦続きである人志は、とうに限界に達しているのだが、陽菜を守り通す為に、戦友の怪童を止める為に、己の限界以上の力を引き出し、燃え盛る生命の炎を身に纏いながら眼前の強大な壁にぶち当たっていった。

 

すると、さっきまで凍哉にまるで歯が立たなかったのが、限界を超えた今となっては互角、いやそれ以上となり、今度は人志が凍哉を徐々に押し始めていた。

 

このままだとまずいと危機感を感じた凍哉は、一気に方を付ける為遂に自身の最大の能力『雪華の眼』を使い、人志を塵にしようとする。

 

『これで終わりだ!!』

 

凍哉の『雪華の眼』により、人志は氷漬けにされ、そして塵と化してしまった。

 

もはや勝負は決したかに見えた…

 

だが、

 

『ッッ!!な…何だ…!?』

 

突然、地響きが鳴り始め、それと同時に凍哉の立っている場所の周辺に火柱が起こった。

 

そして更に、凍哉の真下の地面から人志が出てきて、渾身の一撃を凍哉の顎にクリーンヒットさせた。

 

凍哉が『雪華の眼』を使ったあの時、人志はすかさず炎から雷に性質変化させ、超スピードで残像を作り出し地面に潜っていた。

 

つまり、凍哉が塵にしたのは人志本人ではなく、人志が雷の性質変化で作り出した残像だったのだ。

 

人志の渾身の一撃をもろに喰らい、倒れた凍哉は、何故自分が敗れたのか、敗因は何なのかが分からずにいた。

 

相手はとっくに限界に達しているというのに、何故あそこまで戦えるのか、釈然としないままであった。

 

しかし、そんな倒れた凍哉に向かって人志はある言葉を投げかけた。

 

『お前が…かつての同胞達の命を奪った相手を恨み、仇を取るのと同じように…

俺も守り通さねばならない人を最期まで守る事と、かつての戦友を救い出す為に…

そして、何も無かった俺に名を授けてくれた師の遺志の為にも…もう二度と絶対に誰にも負ける訳には行かねえんだ…!!』

 

その言葉を受け止めた凍哉は、何故自分が彼に敗れたのかがやっと理解出来た。

 

この男が今まで戦っていたのは、決して自分などではなく、己の中の弱さ、そして自ら定めた鉄の掟と戦っていたのだと…

 

『お前の…名は…?』

 

『人志だ…。』

 

戦いは人志の逆転勝利に終わり、幕を下ろした。

 

だが、人志と凍哉の死闘の決着を訓練施設のモニタールームで見ていた者がいた。

 

その者は、かつて『カモミール』を襲撃し、人志と陽菜の恩師である橘茜とその子供達の命を踏みにじった、かの"羅刹一座“の大妖怪の一人、バサラであった…

 

『バサラ様…準備が整いました…。』

 

『おう…。

いよいよ、総取りの時だ…。』



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第11話 苦渋の選択

凍哉との死闘を制したも束の間、突如人志達の前に"羅刹一座“の大妖怪バサラとその直近の部下達が現れた。

 

『バ…バサラ…!!』

 

『な…何故お前が…!!』

 

『よお隻腕の…これまでの健闘ぶり、しかと拝見させてもらったぜ…。

まさかあの氷華の一族に打ち勝つとは思わなんだ…

お陰で、こちらの計画も順調に進行できるしな…。』

 

バサラは、人志に敗れ倒れている凍哉にとどめを刺す為、自身の能力で烈風を起こし、彼に向けて放った。

 

しかし、その烈風を人志は炎の性質変化で防ぎ、凍哉を庇った。

 

『何故敵である俺を庇うような真似をする…!?

情けをかけたつもりか!?』

 

『…さっき俺に投げかけたあの言葉が嘘でないのなら、殺された同胞達の無念を想う心があるのなら、お前はその人達の分まで最期まで生き続けなければならない…。

生きろ凍哉!!お前はこんな所で死んでいいような男じゃない!!』

 

『…!!』

 

人志はバサラの烈風から凍哉を庇い、エネルギーを全て使い果たしそのまま倒れ込んでしまった。

 

『人志!!』

 

『とんだ邪魔が入っちまったが、まあ計画の進行に支障はねえ。

お前らはあの小娘の身柄を確保しろ!

その間に、俺は残りのボロクズ共を始末する…。』

 

『はっ!!』

 

バサラ達は、陽菜の身柄の確保と人志と凍哉と樹の息の根を止めるべくそれぞれ行動を起こした。

 

人志と凍哉と樹がバサラの手によって殺されそうになる所を見た陽菜は、次の瞬間…

 

『やめろおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 

と荒々しく叫んだ。

 

すると、何故かその場にいたバサラやその直近の部下達の動きが強制的に制止された。

 

『な…か…体が…動かない…!!』

 

『ッッ!!』

 

陽菜の叫びにより、一切の身動きが出来なくなったバサラ達だが、事態はそれだけでは治らなかった。

 

何と、さっきまで全ての力を出し切り倒れ込んだ人志が陽菜の咆哮に呼応し目覚め、彼女を捕縛しようとするバサラの部下達を一掃し、かつての仇敵であるバサラに立ち向かって行った。

 

(あの陽菜という者が叫び出してからとてつもなく強大な妖気が放出している…!!

あいつは…まさか…!!)

 

『ガアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

 

(これは…あの時の…!!)

 

覚醒した人志と応戦するバサラは、過去に『カモミール』を襲撃した事を思い出した。

 

それは、設立者である橘茜との激闘を制し、陽菜以外の孤児達を皆殺しにし、彼女の身柄を確保しようとしたその時、彼女の突然の咆哮により身動きが出来なくなり、人志と怪童がその咆哮に呼応し覚醒し、自分達に向かって行った事があった。

 

バサラは陽菜の未知の能力や、人志と怪童の力を危惧し、人志を完全に疲弊させ、陽菜の身柄を確実に確保する事が狙いでこの選定を開催したのだ。

 

(やはりお前らはただで済ます訳には行かねえ…!!

ここで確実にあの小娘の身柄を確保する!!)

 

陽菜の身柄を捕縛する事に躍起になったバサラは、覚醒した人志との激闘を繰り広げた。

 

一方その頃、『絵札の四銃士』のジャックとの激闘を制し疲弊し切って倒れ込んでいた愛菜が目を覚ました。

 

目を覚ました愛菜は、人志に助けられた借りを返す為に激しい衝突音のする方へ向かって行った。

 

覚醒した人志は、陽菜を守る為にバサラを本気で倒しにかかろうとしたが、バサラは全く本気を出しておらず、純粋な体術だけで人志を圧倒する。

 

突破口を見出せない人志…そこに、半人半鬼の少女・愛菜が人志に借りを返す為に助太刀に馳せ参じた。

 

『お前は…あの時の…!!』

 

愛菜は、自身の能力で人志に触れて、彼の身体能力の全てを倍に強化させた。

 

『あんたへの借り…今ここで倍にして返すよ!!』

 

愛菜の能力に助けられた人志は、彼女の援護に応える為、再びバサラに立ち向かって行った。

 

『いいだろう…ここまで死力を尽くしてきたお前らに、俺が直々に引導を渡してやるぜ!!』

 

そう言い放ったバサラは、自身の全てを捻じ切る暴風の能力を人志と愛菜に喰らわせた。

 

『烈風烈斬!!』

 

バサラの技をもろに喰らった人志と愛菜は、暴風に吹き飛ばされると同時に身体中を捻じ切られ、ズタズタにされてしまった。

 

『人志ィィィィ!!!!』

 

『さて…これで邪魔する者はいなくなった…。

これで俺は、心置きなく俺の計画を進行できる。』

 

戦いを制したバサラは、陽菜の身柄を確保しようと動いた。

 

『う…うぅ…』

 

『…まだ息があるのか…。

本当に渋てえ野郎だ。』

 

まだ息がある人志に今度こそ止めを刺そうとするバサラ…そこに、

 

『やめて!!』

 

と、陽菜がバサラを止めた。

 

陽菜は、いつも自分の為に戦ってくれた人志達をこれ以上苦しませない為に、自分の身柄をバサラに譲り渡す事を決意した。

 

『良い判断だ…。』

 

『は…陽…菜…』

 

瀕死になりながらも、陽菜を守る為にまた立ち上がろうとする人志に、彼女はこう言い放った。

 

『それ以上動かないで!!

そこを一歩でも動いたら…

私は貴方を…絶対に許さない…!!』

 

『…!!』

 

『今まで…本当にありがとう…

さようなら』

 

陽菜は、涙を流しながらバサラの元に向かい、連れ去られてしまった。

 

(また俺は…失ってしまうのか…

また俺は…大切な人を守れなかったのか…

あの時から…俺はちっとも変わってない…

俺は…非力だ…)

 

涙雨が降り注ぎ、己の非力さを悔やみ恨みながら人志は倒れた。

 

だがそこに、突如謎の人物が現れ、人志・樹・愛菜・凍哉の四人は、その謎の人物に何処かへ連れて行かれてしまった…。



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陽菜奪還編
第12話 奪還


殺るか殺られるかの過酷な戦況下の中で、半人前の霊能力者の少年は目を覚ました。

 

少年の目の前には、自分が守るべき対象の隻腕の男と一人の少女の見るも無惨な死体があった。

 

絶望し悲鳴を上げる少年は、その守るべき対象の二人を惨殺した悪鬼羅刹の魔の手が迫った。

 

そんな最悪の悪夢から少年は目を覚ました。

 

すると、辺りは何やら和の雰囲気を漂わせるような空間があり、傍には選定の戦いで傷ついた少年の体を癒す女将がいた。

 

『あら…ようやく目を覚ましましたか…。』

 

『ここは…?』

 

『ここは長寿館というしがない旅館でございます。

先の戦いで傷ついた後客人の方々をここで癒すよう、旦那様にそう言いつけられております。』

 

(という事は…人志さんと陽菜さんもここに…!)

 

樹は寝床から起き上がり、人志と陽菜を探しに旅館内を回り始めた。

 

まだ傷が治り切っていない樹は、痛みも相まって途中で転んでしまう。

 

『おい、大丈夫か?』

 

転んだ樹の前に、同じ選定で命懸けで戦った半人半鬼の少女・愛菜の姿があり、樹を助けようとしていた。

 

『…すみません…手を煩わせてしまって…。』

 

『いやいや、いいって事よ。

ところでさ、そんなに血眼になって何を探し回ってたんだよ?』

 

『それは…』

 

そこに、4人をこの長寿館に連れて行った張本人である男が、樹と愛菜の前に現れた。

 

『あいつなら今治療中だ。お前らの中で一番重傷だからな。』

 

(誰だ…このおっさん)

 

『ま…まさか…もしかして貴方は、『守天豪傑』の伊達恭次郎さん!?』

 

その伊達という男は、かつて人間と妖怪の全面戦争の時に名を馳せていた少数精鋭の霊能力者集団『守天豪傑』その最後の生き残りであり、現在はこの長寿館を経営している。

 

『そういう事だから、お前らは傷を癒す事だけに集中しろ。』

 

『ちょっと待ってよ。

あんた、一体何者なの?

何の目的であたし達をこんな所に連れて来たの?』

 

『お前、半妖だな。』

 

『…だったら何だよ…?』

 

『今のこのご時世、半妖は社会的に一切の居場所がねえからな…

選定に参加したのも金目当てだろう。』

 

『だったら何だってんだよ!あたしの質問に答えろ!』

 

『ちょ、ちょっと落ち着いてください!』

 

愛菜は伊達に対して不信感を抱き、険悪なムードに陥る。

 

そんな中、樹は伊達に対して一つ問い掛けた。

 

『あの…人志さんは今は治療中と聞いてますけど、陽菜さんは何処におられますか?』

 

『…拐われちまった…あのバサラにな…。』

 

『…!!そ…そんな…。』

 

事実を伝えた伊達は、樹と愛菜の前から姿を消した。

 

樹は、自分の非力さや無能さを恨み、その場で崩れ落ちていた。

 

愛菜は、精神的ショックで倒れ込んでいる樹を心配して、樹を担いで共に自分達の部屋に行こうとした。

 

『なあ…あんたの言う人志って、あのザクロを追い詰めた隻腕の男の事?

もう一人の陽菜っていう女の子は会った事ないし知らないけど…。』

 

『…はい…そうです…。』

 

『あたしさ…その人志っていう奴に大きな借りを作っちまってるんだ…。

だから、何としてでもそいつに借りを返さなくっちゃいけないんだ…。

そうでもしないと、あたしの気が済まないからね…。』

 

『…そうですか…。』

 

『そういや自己紹介がまだだったね。

あたしは愛菜。

あんたは?』

 

『樹と申します…。』

 

『そっか!これからよろしくな樹!

あとそれと、そんな敬語使わなくたっていいよ!

堅苦しいし、お互い気楽に行こう!』

 

お互い打ち解けあいながら、二人は傷を治す為床についた。

 

それからしばらくして、治療中だった人志が目を覚ました。

 

『おう…ようやくお目覚めかい…。』

 

『…伊達さん…!』

 

人志の目覚めの報せを聞いた樹と愛菜は、すぐさま人志のいる治療部屋へと足を運んだ。

 

『人志さん!!』

 

『樹…!良かった…お前が無事でいてくれて…。

それと、お前はあの時俺を援護してくれた…』

 

『愛菜っていうんだ。よろしくな!』

 

『なるほど…そういう事か…。

あの時あの場で倒れていた俺達を救ってくれたのは、伊達さん…貴方だったんですね…。』

 

『えっ、人志さん…あのお方と知り合いなんですか?』

 

『知り合いも何も、伊達さんは俺に戦いの術を徹底的に叩き込んでくれた

俺にとってもう一人の師とも言うべき人だ。』

 

共に戦った友とかつての師との再会を嬉しむ人志…だが、喜んでばかりはいられなかった。

 

『…そうだ…こうしちゃいられない…!!

陽菜を…救い出さなければ…!!』

 

まだ傷が治り切っていない人志は、拐われた陽菜を取り戻す為、起き上がろうとした。

 

だが、それを彼の師である伊達が制止した。

 

『伊達さん…そこを退いてください…!!

今こうしている間も、陽菜はバサラ達に殺されてしまうかもしれない…!!

俺は誓ったんだ!!もう二度と…絶対に失う訳には行かないと!!

だから、通してください!!伊達さん!!』

 

『お前ごときの木偶が行ったところで何になる?』

 

『…!!』

 

『聞こえなかったのか?戦友の一人も己の立てた誓いもロクに守れん木偶が、あの如何ともし難い力を持つ化け物共を相手取ったところで何になるって言ってんだ…

てめえは、あの時から何も成長しちゃいねえ…。』

 

否定しようのない事実を言い渡され、挫折する人志。

 

そんな人志に対し、伊達はある示談を持ちかけた。

 

『半端な覚悟で生き残れるほど、戦場(この世)は甘くねえぞ。

そこで提案だ

十日間 "地獄“に耐えられるか?』

 

『え…?』

 

『"地獄“って…何だよそれ…?』

 

突然持ちかけられた提案に戸惑う樹と愛菜…だが、一人だけその提案に何の迷いもなく乗ろうとする者がいた。

 

『…本当に…十日で足りるのですか…?』

 

『ああ…最もお前が十日まで生き残れればの話だがな。』

 

『…上等だ…必ず生き抜いてやる…その"地獄“とやらをな…!!』

 

守るべき大切な人をこの手に取り戻す為に、人志は伊達に持ちかけられた提案に乗る事を決意した。

 

『決まりだな。

じゃあ一日でも早く傷を治せよ。』

 

『伊達さん…一つ聞き忘れた事があります。』

 

『何だ?』

 

『凍哉は何処にいますか?』

 

『氷華の一族の末裔なら、もうここにはいねえ…

傷を癒した後何処かに飛んでっちまったよ。』

 

示談が成立した後、伊達は人志達の前から去った。

 

『人志さん…』

 

『どうした?樹』

 

『僕も…その十日間の"地獄“とやらにお供します!!

陽菜さんを守れなかったのは、決して人志さんだけの所為ではありません…あの時、僕が最後までちゃんと戦えていれば…!!

全ては、自分の未熟さと非力さが招き起こしたことです!!』

 

『樹…お前…』

 

『あたしもその"地獄“に参加する!!

それに人志!あんたには選定の時に大きな借りを作っちまってるからね!

あんたらの言うその陽菜って女の子を助けるのを、あたしも協力するよ!!

それであんたへの借りはチャラって事で!!』

 

『ありがとう…二人とも。』

 

こうして、三人は陽菜奪還を成し遂げる為に、地獄の鍛錬に赴く事を決意した。

 

一方その頃、氷華の一族の末裔・凍哉は、一人あてもなくけもの道を歩いていた。

 

曇り空を見上げて、閉じた眼を開けて睨み、天を覆う雲を華のように凍り付かせ塵にし、雲一つない晴天を作り出した。

 

全てを差し込む光に照らされながら、無数の氷の花びら舞い散るけもの道を、ただひたすら歩んでいった。

 

人志達は、これから始まる過酷な修業に備える為に、長寿館の美味な料理や温泉で英気を養った。

 

翌日、人志達は傷を完治させ、遂に伊達との十日間の命懸けの修行を開始する。

 

(待っていろ…陽菜!!)



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第13話 成長

長寿館の地下5階の特別訓練場で、人志・樹・愛菜の三人は、伊達との修行に赴く。

 

気合十分の三人の対し、伊達は早速実戦形式の修行を付ける。

 

その内容は、人志・樹・愛菜の三人に対して伊達はたった一人で相手をするというものであった。

 

『本気で殺す気で来い』と伊達は三人に言い放ち、戸惑いながらも人志達は覚悟を決めて伊達に向かっていった。

 

まず最初に愛菜が自身の身体能力の全てを倍に強化させて伊達に攻めていった。

 

愛菜の放った拳を伊達は軽く受け流した後、その力を逆に利用して跳ね返して彼女を返り討ちにした。

 

(合気か…)

 

(お…鬼の力を自力で受け流して跳ね返すだなんて…!!)

 

伊達は愛菜を吹っ飛ばした後、次に樹を狙ってきた。

 

樹は自身の血で大木を錬成して放ち迎え撃つが、まるで歯が立たずに一方的にのされてしまう。

 

最後に残った人志は、自身の生命エネルギーを高め放出し、炎の性質変化で伊達に立ち向かう。

 

伊達は人志の怒涛の猛攻を難なく躱し続け、彼に軽くカウンターを喰らわせた。

 

モロに喰らってしまった人志は、攻撃の手を緩めずに生命エネルギーを雷に性質変化させ超高速で縦横無尽に動き回り、相手の隙を見出そうとしていた。

 

だがそれすらも全く通じずに、人志達は惨敗を喫する。

 

『お前らよくもまあこの程度の強さであの選定を乗り切ったもんだ…

考え無しに突っ込む馬鹿に、戦いの基礎が固まってすらいない木偶、それにエネルギーの無駄遣いばかりしやがる阿呆ときた…

俺一人に手こずるようじゃ大妖怪はおろか、右腕程度にも及ばねえ。』

 

(全力の人志さんを軽く打ちのめしてしまうだなんて…強すぎる…これが、守天豪傑の一人の実力なのか…!!)

 

『ま…まだだ…!まだ俺は戦える!!』

 

『あたしも…まだまだやれる!!』

 

『止めだ…今のてめえら如き殺す価値すらない…。

俺とやり合うからには、それ相応の実力と戦略を身につけてから出直してこい!』

 

そう言い放った伊達は、先にエレベーターに乗って訓練場から去っていった。

 

人志達は一旦訓練場を後にし、次に備える為に英気を養った。

 

その後、人志は樹と愛菜を呼んで次回から格上である伊達相手にどう立ち向かっていくのか話し合いをし始めた。

 

『今日戦ってみた通り、伊達さんは守天豪傑最後の生き残りであり、数多の修羅場を潜ってきた歴戦の英雄だ…。

今の俺達では、あの人に擦り傷一つすら付けられない…

それほどまでに力の差がありすぎるんだ…。』

 

『僕らは一体、どうすれば…』

 

『そこで俺から一つ提案がある…伸るか反るかはもちろん、お前らが決めてくれ。』

 

樹と愛菜は、少し間を置いてから人志が考えた提案に乗った。

 

『頼む!教えてくれ!』

 

『分かった 話はこうだ…

今から俺達三人で、お互いの能力や持ち味を理解し合い、協力し合う…

つまり、合同訓練という形になるな。』

 

『合同訓練…か…。

でも、流石に今からやるのはちょっときつくない?

それでもし明日とかに支障を来しちゃったら…』

 

『何故伊達さんは、俺達に急に3対1の実戦形式の訓練をつけてきたと思う?』

 

『え…そ、それは…うーん…』

 

『……チームワーク…?』

 

『その通りだ。

この先の戦いは、羅刹一座の大妖怪とその右腕含め13人とやり合わなければならない…

とてつもなく強大な組織と戦うには、一人だけの力では乗り切れん…

だからこそ伊達さんは、俺達三人にチームで乗り切る事の大切さを身を持って味合わせたのだろう…。』

 

『そうか…そういう事だったのか…』

 

『よおし!!そうと決まれば今すぐ始めよ!!

時間はまだまだたっぷりあるしね!!

次こそあの嫌味なおっさんの吠え面かかせてやる!!』

 

『ああ 三人で一緒に乗り切ろう。』

 

こうして、人志・樹・愛菜の三人はお互いの能力や長所と短所を把握し協力し合いながら寝る間も惜しんで鍛錬を積んでいった。

 

そして三日目の日、三人は再び歴戦の猛者に挑みにいった。

 

『あの時よりちったあマシになったかどうか…試させてもらうぜ。』

 

まず最初に樹が大木を作り出し、それを愛菜が触れて硬度と強度と大きさを倍に強化させて放ち、その隙に人志が雷の性質変化で瞬時に伊達の背後を取り攻撃した。

 

しかし、それすらも伊達は容易に見抜き、逆に人志の背後を取って一撃を喰らわせた。

 

だがそれは、人志が雷の性質変化で作り出した残像であった。

 

樹と愛菜は伊達の隙を見出し、大樹で相手を拘束し、倍に強化させた渾身の一撃を喰らわせようとするも、伊達はすぐさま拘束を解き攻撃を受け流した。

 

そしてこれだけでは終わらず、突如伊達の立っている周辺から複数の火柱が起こり、彼が今立っている真下の地面から人志本人が出てきて、炎の性質変化による一撃を今まさに喰らわせようとしていた。

 

『人志さん!!』

 

『ぶちかませ!!!!』

 

回避も防御も間に合わない速度で、今度こそ決着が着いた…

かに見えたが、伊達はここにきて初めて自身の何らかの能力を使用して攻撃を回避し、人志を樹と愛菜のところへ吹っ飛ばした。

 

それは本当に一瞬の出来事であった。

 

『い…今…何が起こったんだ…確かに人志さんの攻撃は、完全に伊達さんを捉えていたはずなのに…』

 

『くそっ!ここまでやってまだあいつに及ばないってのかよ…!!』

 

『初日に比べりゃちったあマシになったが、次やる時はこんなもんじゃ済まねえぞ…

今度は、俺も本気でお前らの命を奪うつもりで行く…

覚悟しておけよ。』

 

三人は惜しくも敵いはしなかったが、伊達に能力を使わせるまでに追い込んだ。

 

活路を見出した三人は、以降切磋琢磨していったのであった。

 

そんな中、突然伊達が『話があるから来い』と

人志に呼びかけた。

 

その話とは、今まさにこの妖怪社会全体を震撼させているとてつもなく大きな存在…

"妖怪殺し“怪童の事についてであった。

 

『お前は今後の陽菜奪還の事だけに備えておけ…

"あいつ“にはもう関わるな…。』

 

『伊達さん…それは一体どういう事ですか…?』

 

『言葉通りの意味だ…怪童の事はもう諦めろ…お前にはあいつは無理だ…。

いやお前だけに限った話じゃねえ…今この世を支配している化け物共ですらあいつには歯が立たねえ…

いくつもの化け物共との戦いと修羅場を潜り抜けてきた俺には分かる…

あいつは"真の怪物“だ…能力とは無関係に、どんなに強大な力で圧し潰されようとも、どんなに心を支配されようとも、あいつはその足を絶対に止めはしねえ…

あいつの"歪み切った正義と信念“を屈服させる事は、誰にも出来やしねえ。』

 

一方その頃、時を同じくして魔都東京の旧市街で激闘が繰り広げられていた。

 

"妖怪殺し“怪童が、たった一人で無数の実力者揃いの妖怪・鬼・吸血鬼達を相手に、自身の両手で空間を削り取る能力で蹴散らしていった。

 

妖怪達の返り血に塗れた怪童の前に、妖怪達は怖気付いてしまい、中にはその場からすぐさま逃げようとした者もいた。

 

そんな戦意を喪失し逃走した妖怪すらも、怪童は許さず一瞬で削り取って殺した。

 

もはや打つ手がないと思われたが、突如そこに大妖怪・我道(がどう)が現れた。

 

戦意喪失した妖怪達は、我道の登場により希望を見出し、我道の勝利を願った。

 

『会いたかったよ"妖怪殺し“…社会の塵め…!!』



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第14話 真の怪物

魔都東京の旧市街地にて、数多の妖怪・鬼・吸血鬼達が見守る中、大妖怪・我道と"妖怪殺し“怪童の死闘が火蓋を切った。

 

我道という男は、大妖怪でありながら今のこの妖怪社会を率先している『羅刹一座』のような組織には一切属さず、己の気の向くままに戦いを愉しむ純粋な戦争狂である。

 

まず最初に、我道は圧倒的な妖気を放出しながら妖怪という種族としての純粋な力で人間である怪童を圧倒しようとする。

 

数多の妖怪達がその強大すぎる妖気に吹っ飛ばされる中、怪童は表情一つ変えずに人の身でありながら我道との力比べに互角以上に渡り合う。

 

『ほお…人間の分際で大妖怪であるこの俺と互角に渡り合うか…面白い!!』

 

怪童をただならぬ強者と見た我道は、自分以外の他の妖怪・鬼・吸血鬼達の妖気を束ね始めた。

 

すると、妖怪達はまるで硫酸でもかけられたかのようにドロドロに溶けてしまい、我道にどんどん吸収されてしまう。

 

そして我道は、妖怪達の妖気を収束させ、都市一つを消し去るほどのとてつもなく強大な粒子砲を怪童に向けて発射した。

 

だがそれを怪童は、自身の右手で我道が放った強大な粒子砲を削り取って攻撃を無効化させた。

 

怪童の能力に驚愕するも、我道は彼の能力のカラクリを見出した。

 

『そうか分かったぞ…お前のその右手、最初に触れた対象を完全に無力化させて空間ごと削り取っているんだな。

だから、本来再生能力を持つ吸血鬼が再生出来ないまま息絶えてしまうんだ…

違うか?おい。』

 

怪童の能力を看破した我道は、削り取れないほどの圧倒的な物量の粒子の弾幕を作り出し、怪童を完全にこの世から消し去ろうとした。

 

『終わりだな!楽しかったぜ"妖怪殺し“!!』

 

今度こそ決着が着いたかと思われたその時、怪童はさっき右手で削り取った粒子砲を左手で放出し、圧倒的な物量の粒子の弾幕を完全に消した。

 

『マジかよ…てめえ本当に人間かよ…!

ますます面白くなってきたぜ!!戦争時代でもてめえほどの強さを持つ男はそうはいなかったぜ!!

人の身でありながら、大妖怪であるこの俺と互角以上に渡り合えるその能力と膂力!!

てめえ相手なら、思う存分全力を出せるってもんだ!!!!』

 

怪童を気に入った我道は、遂に本気を出し最大火力の粒子砲で完全に消滅させようとするが、怪童は粒子砲諸共我道を無力化させて胴体を空間ごと削り取った。

 

怪童は上半身だけになった我道を見下ろし、こう言い放った。

 

『どんな気分だ…?

人間如きに見下されるのは』

 

『嗚呼…最…悪の…気分…だ……

この俺が……人間如きに敗れるとは……

だが…てめえに…負けるのは…案外悪い気がしねえ……。』

 

その後、我道は怪童の手によって跡形もなく削り取られた。

 

大妖怪の一人が、"妖怪殺し“の魔の手によって殺害されたという事実が、この妖怪社会を更に混沌の渦へと陥る事態となってしまった。

 

そして、"妖怪殺し“の登場により、今まで妖怪達に虐げられてきた弱き人々が社会に反旗を翻す事態へと変貌し、事態は悪化の一途を辿る。

 

童の皮を被った怪物は逃げも隠れもせず、独りただ前へ進み続ける。

 

己の正義と信念を貫き通し、妖怪を一人残らず殺し尽くすまで…



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第15話 激動

大妖怪・我道が、"妖怪殺し“怪童によって殺害されたという事実が瞬く間に広がり、今まで妖怪達に虐げられてきた人々が、怪童を神格化して社会に反旗を翻すようになり、深刻な事態と化していった。

 

この事態を決して良しとしないとバサラは、羅刹一座の大妖怪達に召集を掛け、妖魔帝国本部の会議室で会議を執り行った。

 

『今日お前らに集まってもらったのは、他の何でもねえ…

"あの例の餓鬼“を、そろそろ潰しておかなきゃならねえって話だ。』

 

"妖怪殺し“怪童の件を早速議題に挙げたバサラ に対して、大妖怪・妖狐のミコモが話しかけた。

 

『知ってる知ってる!貴方が昔あの施設を襲撃したあの生き残りの子でしょ?

あの子人間の癖に超強くて顔もかっこいいし、モロ私のタイプなのよね〜♡

あの子の魂魄…絶対いい味すると思う…♡

早く会って食べてみたいわ〜♡』

 

ミコモが怪童の話題で一人盛り上がってる中、"修羅の中の修羅“の異名を持つ大妖怪・オニタケがバサラに問いを投げかけた。

 

『糞女狐、てめえの感想なんかどうだっていいんだよ…

おいバサラ!我道を殺したその餓鬼は今何処にいる!?

今すぐにでも喰い殺してやりてえ!!』

 

修羅の血が騒ぐオニタケに対して、大妖怪・ヒノマルが余裕を持って彼を静めさせた。

 

『ハッハッハ まあまあオニタケ殿、久し振りにこうして皆で集まったのだから、茶でも飲んで落ち着いて話し合いましょうや。

それでバサラ殿、その怪童という童以外にも、何か重要な話があるのでは?』

 

『察しがいいなヒノマル…

お前らに一つ見せておきたい物がある。』

 

バサラは、他の大妖怪達に先の選定の映像を見せた。

 

その内容は、陽菜が突然の咆哮でバサラや直近の部下達の動きを封じて、負傷で倒れ込んだ人志を呼び覚まさせた時と、過去にカモミールを襲撃した時も同じような事が起こった時の映像であった。

 

『見ての通り、この陽菜という小娘はとてつもない能力を秘めている…

その力は、この俺をも凌ぐほどであり、同じ生き残りの人志と怪童の強さを助長させ、そして何よりあの氷華の一族との繋がりもある…

そこでだ…俺はこの小娘の秘めた力を徹底的に調べ尽くし、羅刹一座を、ひいてはこの妖魔帝国を更に強大なものにしようと思う。』

 

映像を見た大妖怪達の中で、吸血鬼と蛇の混合妖怪のオロチは、とても興味を持ち始めた。

 

『お前ほどの男をも凌ぐほどの力を持つこの小娘…凄く興味をそそられるぞ!!』

 

興奮しているオロチの傍で、大妖怪・强 華蓮(ジァン・カレン)は腕を組みながら黙々と話を聞いていた。

 

『その陽菜という女子の身柄は、今はバサラ殿が確保してるという訳ですな…。

あとは、人志とかいう隻腕の童と氷華の一族の末裔の居所は何処へ?』

 

『隻腕の小僧は大方予想は付いてる…が、氷華の一族の末裔はまだ掴めてない…。

今俺の部下達が捜索してるところだ…まあそんなに時間は食わねえだろうよ…。

陽菜の調査結果は後ほどお前らに伝えておく…。』

 

『ああ〜凄く楽しみ♡』

 

妖魔帝国本部の今日の議会は、陽菜の能力とそれに関する人志と怪童、そして氷華の一族の末裔・凍哉について調査していくと決議し閉会し、大妖怪達は去っていった。

 

『ところでバサラ殿…ヒスイ殿は、今日も来なかったですな。』

 

『放っておけ…あのイカレ女は俺達とは全てにおいて別の次元にいる。

一体何を考えてやがるのか見当もつかねえ。』

 

『ヒスイ殿…今頃どうしておるかの…』

 

一方その頃、伊達が経営する長寿館の下で人志達は更に鍛錬を重ねていた。

 

だが、怪童の件で伊達に呼ばれた人志は、怪童の事はもう諦めろと念を押され、それに対して人志は強く反発した。

 

『伊達さん…俺は陽菜と約束したんです

あいつを…

怪童を…

親友を必ずこの手で救い出して、三人で死んだ茜先生と仲間達の分まで生きようと誓ったんです!!

あいつがどれほど残忍になっていようが、強くなっていようが、俺は絶対にあいつに負ける訳には行かないんです!!』

 

『その親友とやらはお前の腕を引きちぎり、自らの意思で世界中を敵に回した…

そんなとんでもない大馬鹿野郎を、ましては救い出すなど絶対に無理だ

奴はもう手遅れだ 始末するしか手段はない

諦めろ。』

 

親友を救い出したいという意思を強く拒絶された人志は、一人自分の部屋に行ってしまった。

 

落ち込んだ人志を見兼ねて、樹と愛菜は人志のいる部屋に向かった。

 

『人志!入っていい?』

 

人志はドアを開けて二人を中に入れた。

 

『伊達さんに、何を言われたんですか?』

 

『…親友を…怪童の事は…もう諦めろ

お前には無理だと…そう言われた…』

 

『怪童って、あの"妖怪殺し“の事!?

あいつと知り合いなの!!?』

 

『人志さんと陽菜さんと怪童は、養護施設カモミールの出で、過去の襲撃事件の生存者なんです。』

 

『あいつは、自分の正義と信念を貫き通す為に今となっては世界中を敵に回し始め、大妖怪ですら殺されかねない程の実力を兼ね備えてしまっている…

伊達さんの言う通り、俺じゃあいつには擦り傷一つすら付けられないし、何よりあいつを救い出す事が…陽菜との約束を守ることが出来ない自分自身が、情けなくなってしまってな…。』

 

自分の不甲斐なさに落ち込む人志に対して、愛菜は喝を入れる為に頭突きをした。

 

『ちょ!?ちょっと愛菜さん!!?』

 

『あんな嫌味なおっさんにちょっと言われたくらいで何箱垂れてんだよ!!

一度心の中で誓った事は最後まで守り通す!!

それがあんただろ!!!!』

 

愛菜に喝を入れられた人志は、己の負の感情を拭い去って奮起させた。

 

『ああ…!お前の言う通りだ

済まない愛菜…樹…またお前らに助けられた…。』

 

『前にも言っただろ 借りは倍にして返すって!』

 

『どうしても行き詰まった時は、僕達に協力を仰いで下さい。

僕達三人で、絶対に陽菜さんの奪還を成し遂げましょう!!』

 

『ああ!いつまでもこうしちゃいられない!!

もっと鍛錬を積み重ねなくては…!!』

 

人志達は、地下5階の訓練場に戻り、三人で協力し合いながら鍛錬を積み重ねていった。

 

そして時は流れて八日目、三人は伊達との三度目の実戦を開始しようとした。

 

が、突如謎の妖怪達が人志達に奇襲を仕掛けてきた。

 

『お前ら、バサラが仕向けた刺客だな…』

 

『如何にも』

 

バサラが仕向けた刺客は、人志達だけではなかった。

 

けもの道をひたすら歩む氷華の一族の末裔・凍哉の元にも仕向けられていた。

 

『俺に何の用だ…』

 

『氷華の一族の末裔よ…バサラ様の指令により、お前の身柄を捕縛する。』



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第16話 決行

人志達の前に突如として現れた四人の妖怪達。

 

その者達は、羅刹一座の大妖怪・バサラが仕向けた刺客であった。

 

『バサラ様の命により、そこの隻腕の霊能力者の身柄をこちらに渡してもらう…』

 

『な…何故人志さんが…?』

 

『大方、陽菜の能力の秘密を暴く為だろうよ…

それに、渡せと言われてそう易々と手放す訳には行かねえからな。』

 

『そうか…では、力尽くで奪うのみ…』

 

刺客達は、人志の身柄を捕縛する為、すぐさま臨戦態勢をとった。

 

『本来なら伊達さんとの実戦をする予定だったが、仕方ない

俺達の鍛錬の成果、お前らで試させてもらうぞ。』

 

『よっしゃ!!速攻でぶっ飛ばしてやらあ!!』

 

人志、樹、愛菜の三人は、四人の内三人の刺客達を相手取り、三対三のチーム戦を開始した。

 

まず最初に愛菜が地面に手を突っ込み、地盤をひっくり返した。

 

刺客達が驚き、すぐに回避した後、愛菜は樹の血で作り出した巨大な大木に触れて硬度と強度を倍に強化させて振り回した。

 

一人は間一髪で回避できたが、あとの二人は間に合わずにやられてしまった。

 

まだまだこれだけでは終わらず、人志が雷の性質変化で瞬時に刺客の背後に回り、すぐさま炎に性質変化させて強力な一撃を喰らわせて倒した。

 

『やった!!僕達三人で勝てた!!』

 

『おうよ!これぞ鍛錬の成果ってやつだ!!

やったな人志!!』

 

『ああ!』

 

三人の戦いを見て、伊達は著しい成長を感じ取った。

 

『よそ見をしていていいのか?』

 

刺客は伊達に猛攻を仕掛けたが、伊達は危なげなく全て受け流した。

 

『そうだな…これから先の大事な仕事を完遂する為にも、速攻で終わらせなきゃな…』

 

一方その頃、けもの道でバサラが仕向けたもう一人の刺客の襲撃を受けた凍哉は、一瞬で氷漬けにして勝負を終わらせたのであった。

 

『な…何て強さだ…

これが氷華の一族の力…なのか…』

 

『俺以外にもバサラはお前のような者を刺客として送っているんだろう…?

全て洗いざらい吐け。』

 

『せ…隻腕の…霊能力者と…貴様の身柄を捕縛せよと…バサラ様から直々の命令で…』

 

敵の狙いを全て洗いざらい吐かせた凍哉は、刺客を塵にして、人志がいる長寿館に向かった。

 

残った刺客と一対一の戦いに赴く伊達は、危なげなく優勢に立っていた。

 

『ハァ…ハァ…流石は守天豪傑最後の生き残り…生半には殺れないな…』

 

『して…どうするつもりだ?

このままじゃお前、全滅だぜ?』

 

『…そうだな…このままじゃ確実に全滅する…

それだけは絶対避けなくてはならない…

バサラ様の野望を果たす為にも…必ず!!』

 

そう言い放った刺客は、自身の能力で人志達にやられた三人を吸収し、異形の化け物へと姿を変えた。

 

『何としてでも為し遂げなければならない…

あのお方の為にも!

この妖怪社会の発展の為にも!!』

 

刺客は無数の触手で襲い掛かり、人志達は触手の攻撃を掻い潜る。

 

だが、樹と愛菜が刺客の触手に捕われ、人質に取られてしまう。

 

『この二人の命が惜しければ、今すぐその隻腕の小僧の身柄を俺に寄越せ!!

さもなくば今この場で殺す!!』

 

『樹!!愛菜!!』

 

『まずいなこれは…』

 

大切な仲間を人質に取られてどうする事も出来ない人志と伊達。

 

痺れを切らした刺客は、樹と愛菜を触手で握り潰す事に決定した。

 

『やめろォォォ!!』

 

しかしその時、樹と愛菜を捕らえている触手が何者かの仕業で凍らされ塵と化し、二人が救われた。

 

『こ…!この力…まさか!!?』

 

氷華の一族の末裔・凍哉が、人志達の前に颯爽と現れた。

 

『凍哉!!』

 

『何とか助かったけど…あいつ誰?』

 

『あ…あれが、人志さんの言っていた、あの氷華の一族の…』

 

刺客は塵にされた触手を再生させ、凍哉に向かって攻撃を仕掛けてきた。

 

そんな中、凍哉は冷静に、表情一つ変えずにこう言い放った。

 

『俺の視界から消えろ…』

 

その言葉を耳にした人志と伊達は、刺客の近くにいる樹と愛菜を凍哉の視界に映らないようにすぐに後ろに回った。

 

その後、凍哉は雪華の眼を開眼し、眼前の異形の化け物を華のように凍り付かせ、塵にした。

 

無数の氷の花びら舞い散る様を見て、人志達は見入ってしまっていた。

 

『凍哉!何故、俺達を?』

 

『羅刹一座の大妖怪がお前を狙っていると、もう一人の刺客から聞いてここに来た…。』

 

『…ありがとう、凍哉。』

 

『…礼を言われる筋合いはない…』

 

『いや、お前の助けが無かったら…今頃は…』

 

『あ、あの…僕らを助けてくれて、ありがとうございます!

凍哉さん…って、呼んでいいのかな?』

 

『細かい事はあんま分かんないけど、助けてくれてありがとな!

あたしは愛菜!そんでこいつは樹!

よろしく!』

 

『恐らく陽菜の能力に関係するであろう人志や怪童、そしてお前の身柄を捕縛するよう、バサラの奴は刺客を送ったんだろう…

となると、陽菜は今頃…』

 

『…共に戦わせてくれないか…?』

 

『…いいのか…?』

 

『この先の戦いで、お前に救われた恩を返したい…

陽菜という少女の正体も探っておきたいしな…

それに、俺には最大の目標がある…

羅刹一座の大妖怪・"超越者“ヒスイ…同胞達を殺したあいつを、この眼で殺す為にな…。』

 

『…それが、あの時お前が言っていた復讐というやつか…。』

 

『…ああ。』

 

『…分かった。

伊達さん、凍哉を仲間に引き入れても構いませんよね?』

 

『勿論だ。

今は味方は多い方がいいしな。』

 

『ありがとうございます。』

 

『あ…あの…よろしくお願いします…凍哉さん。』

 

『よろしく頼むよ!凍哉!』

 

こうして、氷華の一族の末裔・凍哉が人志の仲間となった。

 

『しかし…どうしたもんかなあ…』

 

『どうしたんですか?愛菜さん』

 

『これから陽菜ちゃんの奪還をしに行く大事な戦いが待ってるけど、下の子供達の面倒見切れないし…

あの子達、大丈夫かな…』

 

『それなら心配はいらねえよ。

もうとっくにこの長寿館で引き取ってるからな。』

 

『え!?マジで!?』

 

愛菜は急いで長寿館に入って行った。

 

すると、妹の千尋と弟の蓮と剛が子供部屋にいた。

 

『あ!お姉ちゃん!!』

 

『ホントだ!姉ちゃんだ!!』

 

『お姉ちゃん!!』

 

三人の子供達は、長女の愛菜に勢いよく抱きついていった。

 

『ごめんよ…!

選定で必ず勝ってくるって約束守れなくって…!

本当にごめんよ…!』

 

『ううん!わたし達の事はもう大丈夫だよ!

これから大事なお仕事あるんでしょ?

お仕事頑張って、絶対生きて帰ってきてね!!』

 

『…うん!今度こそ約束をきちんと守るね!!』

 

愛菜が下の子供達との再会を喜んだ後、最後の仕上げとして合同訓練と、来たる戦いに向けて作戦会議をして寝床に入った。

 

そして十日目、人志達はいよいよ陽菜奪還に向けての出陣の準備をした。

 

『お前らは四人で先に行ってくれ

俺はこの後別件に出向く事になってる。』

 

『別件とは?』

 

『なに、そんなに時間は食わねえさ。』

 

『よし!!行くぞ!!!!』

 

『はい!!』

 

『…。』

 

『必ず陽菜を奪還して、全員生きて帰るぞ!!』

 

人志・樹・愛菜・凍哉の四人は、陽菜奪還の為に妖魔帝国本部に乗り込んだ。

 

伊達は、後藤博文を殺した妖怪の尻尾を掴む為に別行動を取った。

 

その頃、妖魔帝国本部の内部の実験室で陽菜は様々な実験を受け、悲鳴を上げていた。

 

実験の内容をモニタールームから見ていたバサラは、己の野望を果たす為に躍起になっていた。

 

『あともう少しだ…

あともう少しで、俺の野望は叶う…!』

 

バサラが一人ほくそ笑む一方、魔都東京の旧市街地の路地裏では、一人の人間の子供が妖怪に襲われて喰われそうになっていた。

 

するとそこに、一人の女性が現れた。

 

その女性は、長い黒髪に黒く淀んだ瞳をしていて、赤と黒の入り混じった色のドレスを見に纏った

妖艶で美しい女性であった。

 

その女性の容姿に見惚れた妖怪は、よだれを垂らしながら彼女を喰い殺そうと突っ込んでいった。

 

だが、不思議な事にその妖怪は謎の黒い炎に包まれて快楽に満ちた表情をして溶けて無くなってしまった。

 

すると、女性はさっきまで襲われそうになっていた子供に妖しい笑みを浮かべながら優しく手を差し伸べた。

 

『坊や…大丈夫?

怖かったわよね?もう安心していいのよ…

フフフ…』

 

『あ…ありがとう…ございます…。』

 

『坊や、一人なの?

近くにご両親は?』

 

『僕に、親はいません…。』

 

『そうなの、可哀想に…

でもこんな所に一人で来ちゃ駄目よ?

怖い妖怪に食べられちゃうから…

ねえ坊や、良かったら私の家に来ない?

私が面倒見てあげる…。』

 

『え…?い、いいんですか…?』

 

『ええ勿論。

じゃあ、行きましょう…。』

 

女性は、その親のいない子供を自分の家に連れ込んで、風呂で体を綺麗にしたり、ご飯を食べさせてあげた。

 

そして、女性は自分のベッドで子供と添い寝をした。

 

気持ちよく眠りについた子供を、女性は接吻をして、子供の生気と精気を余す事なく吸い取り、糧にした。

 

その女性は、かつて氷華の一族を滅ぼした羅刹一座の大妖怪、吸血鬼を超越した吸血鬼、ヒスイその者であった。

 

『ああ…感じるわ…

あの子の恨み、憎しみ、怒り…

また会える時が楽しみだわ…

凍哉くん…。』



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第17話 死闘の始まり

人志・樹・愛菜・凍哉の四人は、十日間の鍛錬を経て陽菜奪還の為に、遂に妖魔帝国本部に乗り込んだ。

 

凍哉は、自身の千里眼で陽菜が捕われている本部の実験室内部を特定し、それを人志達に教えた。

 

『本部の実験室内部、そこに陽菜はいる…。』

 

『よし!そうと決まれば、このまま直行だ!!』

 

『はい!』

 

『おう!』

 

人志達は、陽菜のいる実験室内部に突き進むが、四人の前に新たな敵が立ちはだかる。

 

羅刹一座の大妖怪のヒノマルの右腕イバラギ、オニタケの右腕アスラ、ミコモの右腕クロコ、オロチの右腕ホヤウが、人志達を排除すべく目の前に現れた。

 

『こいつら…大妖怪達の右腕か。』

 

『ここから先は一歩も通さん…』

 

『上等だ!力尽くで押し倒させてもらうよ!!』

 

戦いは、人志対アスラ、樹対クロコ、愛菜対イバラギ、凍哉対ホヤウの構図で始まった。

 

アスラは、自身の能力で超高密度のエネルギーを剣に纏わせて、人志に襲い掛かる。

 

クロコは、自身のその妖美な貌で樹を骨抜きにしようと魅了する。

 

イバラギは、自身の能力で大地震を引き起こし、愛菜に身動き一つ取らせずに一方的に攻める。

 

ホヤウは、自身の触れれば即死する超猛毒の牙で凍哉を本気で殺しにいった。

 

大妖怪の右腕としての強さを誇示するイバラギ達。

 

だが、人志達もこのままやられっぱなしではいかず、各々反撃を開始した。

 

人志は、アスラの持つ剣に纏っている超高密度のエネルギーを逆に操り、アスラに強烈なカウンターを喰らわせ倒した。

 

樹は、クロコに魅了されないように自身の血で木のナイフを作り出し、手に刺して痛みで魅了を克服し、その後大量の大木を作り出して放出して倒した。

 

愛菜は、自身の身体能力の全てを倍以上に強化させて地面を強く踏み込んで高く跳躍し、陽の光を利用して目眩しをし、超強力な一撃を喰らわせて倒した。

 

凍哉は、相手の牙を瞬時に凍結、その猛毒の機能を完全に停止させて瞬殺した。

 

大妖怪の右腕達を倒した四人は、自分達の成長をしかと実感した。

 

『大妖怪の右腕達を倒した…僕達の力で…

この調子なら…!!』

 

『ああ…だが、まだ油断しちゃいけない…

大妖怪達がまだ控えてるからな…。』

 

右腕達との戦いを制した人志達は、このまま先に進もうとした。

 

だが、突如凍哉の背後に敵が現れ、凍哉は背中を刺されてしまった。

 

『凍哉!!』

 

『この者は、私の手で始末させてもらう…

邪魔は許さんぞ…。』

 

男は、自分と一緒に凍哉を別空間に転移させて人志達の前から姿を消してしまった。

 

『あの野郎…あたし達の隙を突いて、あの凍哉を一瞬で…!!』

 

『ああ…どうしよう… 凍哉さんが…』

 

『落ち着け樹!奴は凍哉と一緒に何処か別の所に行った…

あいつなら大丈夫だ…あんな奴にやられはしない

このまま先に進もう。』

 

三人は、凍哉の無事を祈りながら先に進んだ。

 

が、しばらく進むと何やら血生臭さと死臭が辺りに蔓延っていた。

 

『うっ!な…何だよこの臭い…!?』

 

『血の臭い…!?』

 

人志は、辺りに敵がいないかどうか自身の生命エネルギーで探知した。

 

しばらく先に敵ではなく人の生命エネルギーを探知したが、人志はそのエネルギーに強烈な覚えがあり、その人がいる場所に走っていった。

 

『ちょっ!?人志さん!?何処に行くんですか!!?』

 

『人志!!』

 

二人は走る人志の後を追った。

 

人志達は、そのエネルギーを発している人の元に辿り着いた。

 

辿り着いた先には、数え切れないほどの妖怪・鬼・吸血鬼達の屍の山が無惨にも積もられていた。

 

その妖怪達の屍の山に、一人の人間が立ち尽くしていた。

 

その人物は、人志のかつての戦友であり、"妖怪殺し“という悪名を妖怪社会に轟かせている男…怪童であった。

 

『怪童ォォ!!!!』

 

戦友の名を見上げながら叫ぶ人志に対して、怪童は屍の山からただ見下ろしていた。

 

『よう…四年ぶりだな

人志…。』



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第18話 再会

妖魔帝国本部にて、四年の時を経て遂に怪童と再会する人志。

 

傷だらけの怪物は、自らの手で築き上げた妖怪達の屍の山に一人立ち尽くし、ただ人志達を見下ろしていた。

 

『こ…こいつが、妖怪殺し…』

 

『怪童…何故お前がこんな所に…!?』

 

『俺がここに来たのは、他の何でもない…

羅刹一座を潰す…その為にここに来た…。

ところで、そんなお前はちゃちい仲間を引き連れて何しに来た?』

 

『…陽菜を、奪い返しに来た…!!』

 

『…そうか、それはご苦労な事だな。』

 

怪童は人志達の事など眼中になく、一瞬で人志達の背後を通り過ぎた。

 

『…!?こ、こいつ、いつの間に!?』

 

人志は、去っていく戦友の背中を見ながら胸の内を昂らせ叫んだ。

 

『またそうやって俺から逃げるのか!!』

 

叱咤された怪童は、ゆっくりと人志達の方へ振り返り鋭く睨み付けた。

 

樹と愛菜は怪童の凄まじい威圧に押され身震いしてしまい、人志だけが怪童と睨み合っていた。

 

しばらく睨み合った後、人志は胸の内に秘めた想いを怪童にぶつけた。

 

『陽菜は、今でもお前の事を大切に想い続けている…!!

どんなにお前が冷血になり果てようとも、陽菜は、お前の事を家族以上に大切に想っているんだ!!

俺だってそうだ!!カモミールでお前と共に茜先生の下で学び暮らして来た日々は、今でも大切に想っている!!

社会がどんなにお前を怪物と呼ぼうと、俺と陽菜にとってお前は大切な親友だ!!』

 

怪童に自分や陽菜の気持ちを強くぶつけた人志。

 

だが、そんな人志を怪童は冷たくあしらった。

 

『あの時言ったはずだ…

俺がこの世から妖怪を一人残らず殺し尽くすとな…

お前らとの家族ごっこはもう御免だ…

去れ。』

 

そう言い放った怪童は、再び人志達に背を見せて去っていく。

 

そんな怪童に対して、自分の想いを、何より陽菜の想いを踏みにじった事に激しい怒りを覚えた人志は、後ろから怪童に飛び掛かって思い切り顔を殴り抜けた。

 

『お前は、陽菜の想いを何だと思ってるんだァァァァ!!!!』

 

しかし、伸し掛られ殴られても怪童は涼しい顔をして人志の首を締めながら持ち上げて、鳩尾に一発入れて吹っ飛ばした。

 

『ぐはっ!!』

 

『人志さん!!』

 

『お前…よくも!!』

 

人志がやられてるのを黙って見ずにはいられない樹と愛菜は、怪童に攻撃を仕掛ける。

 

樹が自身の血で錬成した大樹で怪童を縛り、愛菜は自身の能力で倍に強化した金棒の一撃を怪童に喰らわせた。

 

しかし怪童は全く効いておらず、表情一つ変えずに樹の錬成した大樹を破り、愛菜の鳩尾に一撃を喰らわせた。

 

『がはっ!!』

 

『愛菜さん!!』

 

怪童に強烈な一撃を喰らわされ、嘔吐し苦痛に悶える愛菜を人志は自身の生命エネルギーを与えて回復させ、樹と愛菜に先に行けと言い放ち、怪童と戦う決意をした。

 

『お前らは先に行ってくれ…

俺は、どうしてもこいつと決着を着けなければならない…!!』

 

『でも人志さん…!!』

 

『…行ってくれ!!』

 

樹と愛菜は、人志の言う通りに先へと進み、人志は怪童との一対一の戦いに赴いた。

 

一方、凍哉は謎の敵に別空間に連れてこられた。

 

暗くてどんよりとしていて、夜空に妖しく光る月の下で、凍哉は敵と対峙していた。

 

その敵とは、羅刹一座の大妖怪・ヒスイの右腕コンラであった。

 

『大妖怪様達の命によって、今ここでお前を始末させてもらう…。』

 

『ヒスイの右腕…!』

 

コンラの能力で作られた別空間に隔離され、凍哉は戦闘を余儀なくされていた。

 

そして、人志と怪童は激戦を繰り広げていた。

 

人志は、自身の生命エネルギーの炎の性質変化で怪童に猛攻を仕掛けるが、怪童は能力を一切使わずに純粋な体術だけで人志を圧倒していた。

 

『あの時と何も変わってねえ…

非力なままだな、お前は…。』

 

『ぐっ…』

 

『これ以上俺の邪魔をしてくれるなよ?

今度は、腕一本じゃ済まねえぞ…。』

 

一気に勝負を終わらせる為に、怪童は本気で人志を殺す気で拳を叩き込んだ。

 

勝負は決まったかに見えた…が、怪童の全力の拳を、人志が片腕で掴み、受け止め、強く握った。

 

『ッッ!!』

 

『あの時と何も変わってねえと、そう言ったな…

その言葉、そのままそっくり返してやるよ…

お前は昔から、融通が利かなくて、人の意見を聞かず自分の信念を全うに貫く事だけを常に考えていた…

そうやって自分の弱さを常に隠しながら、ずっと強がってたんだろ?

それがお前という男だ…。』

 

『言うな…!』

 

『でも、俺にとってそんなお前が、最も誇り高き戦友に思えたんだ…

愚直で、弱さを決して他人に見せず己を追い込み続け、弱者に暴力を振るう輩を決して許さず、常に自分自身と戦い続けるお前の姿は…俺に最も影響を与えたんだ…。

俺はあの時から、ずっとお前の背を追い続けていたんだ…!!

怪童!!』

 

『…貴様ッッ!!』

 

怪童の拳を人志が受け止める中、突如羅刹一座の大妖怪のオニタケと、强 華蓮(ジァン・カレン)が乱入して来た。

 

『見つけたぜェ…!!

妖怪殺しィィ!!』

 

『大妖怪が、二人もだと…!?』

 

突然の大妖怪二人の襲来に驚くも束の間、强 華蓮(ジァン・カレン)が一瞬で距離を詰めて怪童にいきなり拳を叩き込んできた。

 

怪童はそれを受け止めて、二人は誰にも邪魔されない場所で死闘を始めた。

 

『怪童!!』

 

『强(ジァン)の野郎…抜け駆けしやがって!!

まあいい…俺も早いとこケリを着けて、こいつ諸共怪童をぶっ殺してやる!!』

 

人志は大妖怪オニタケと、怪童は大妖怪强 華蓮(ジァン・カレン)との死闘に赴く形となった。

 

その頃、凍哉はヒスイの右腕コンラとの戦いの真っ最中であった。

 

コンラは自身の能力でワープをしながら変幻自在の動きで凍哉を翻弄しようと画策する。

 

凍哉は冷静に立ち回り、コンラの行動パターンを把握し穴を突こうとするが、コンラはフェイントを入れて凍哉に致命の一撃を喰らわせた。

 

だが、凍哉はそれすらも読んで氷の虚像で回避し、コンラを氷漬けにした。

 

勝負が決した後、凍哉はコンラに質問し始めた。

 

『ヒスイは何処にいる…?』

 

『そう簡単に教えるとでも…?

この命尽きようとも、我が主の為に…貴様をここで始末する!!』

 

頑なにヒスイの居場所を吐かないコンラ。

 

ところが、氷漬けにされたコンラに突然黒い炎が発火し、ドロドロと溶けて無くなってしまった。

 

『駄目よコンラ

その子は特別で重要な子なのよ?』

 

コンラとの死闘を制した凍哉の眼前に、一族を滅ぼした元凶であり不倶戴天の敵

羅刹一座の大妖怪・ヒスイが、姿を現した。

 

『お久しぶりね、凍哉くん♡

こうして貴方と再び会えるなんて、私は嬉しいわ。

フフフ…。』

 

『ヒスイ!!!!』



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第19話 絶望の始まり

妖魔帝国本部にて、遂に羅刹一座の大妖怪達と対峙することになった人志達。

 

人志と怪童はオニタケと强 華蓮(ジァン・カレン)、凍哉はヒスイと、各々激戦を始めようとしていた。

 

强 華蓮(ジァン・カレン)に先を越されたオニタケは、仕方なく人志との戦いに赴く。

 

オニタケの大妖怪特有の禍々しく強大な妖気に、人志は戦いていた。

 

「悪いな坊主…おめえには一欠片も興味がねえし、あの我道を殺してのけた餓鬼と早くやりてえんだ…

速攻で肩をつけさせてもらうぜ。」

 

オニタケは、己の巨躯をも上回る大剣を抜き、人志を本気で殺す気で素早く振り落とした。

 

人志は何とかオニタケの凶刃に反応し回避し、カウンターを当てた。

 

(凄まじい程強く速い…こちらも早くケリを着けなければ…確実にやられる…!)

 

すると、さっきまで関心を持たなかったオニタケは、自分の攻撃に反応しそこにカウンターを見事に当てた人志に、興味を持ち始めた。

 

「思いの外やるじゃねえか…気に入ったぜ坊主!

おめえとの戦いは、愉しめそうだ。」

 

一方、人志に先に進むよう言われた樹と愛菜は、陽菜奪還を果たす為に動いていた。

 

「愛菜さん、怪童に殴られた痛みのほうは大丈夫ですか?」

 

「…何とかね。あそこで腹筋を倍に強化させて固めてなかったら、確実に死んでた…。あいつ、人間とは到底思えないくらい強すぎる…。」

 

先を急ぐ二人の前に、突如敵が現れた。

 

その者は、羅刹一座の大妖怪の一人、吸血鬼と蛇の混合妖怪のオロチであった。

 

「何てことだ…こんなところで大妖怪と鉢合わせるなんて…!!」

 

「今更何うろたえてんだよ…そんなもん覚悟の上であたし達はここに来たんだ!相手が誰だろうが関係ない!

やってやろうぜ!!樹!!」

 

「は…はい!!」

 

「ククク…威勢のいい童共だ。」

 

そしてもう一方で、强 華蓮(ジァン・カレン)に奇襲を仕掛けられた怪童も死闘に臨んでいた。

 

强 華蓮(ジァン・カレン)は、他の大妖怪達とは違い能力を有してはいないが、数千年以上鍛え磨き上げた中国武術を用いて戦う無能力者であった。

 

怪童と対峙する强は、何故か両の手を自身のポケットにしまい込み、無防備に立ち尽くしていた。

 

怪童は、一見無防備に見える强の立ち振る舞いを即座に危険と見抜き警戒していた。

 

强は、怪童の攻撃が来るまで待つ姿勢でいる…怪童は、警戒しながらも强に向かっていった。

 

怪童が素早く右手を振り落とし削り取ろうとした瞬間、强は目にも映らぬ速さでポケットから手を抜き、手刀で怪童の鬼の怪力をも跳ね除ける強靭な肉体を斬り刻んだ。

 

それはまるで、居合のようであった。

 

怪童は、强のあの無防備な立ち振る舞いこそが彼の独自に編み出した構えであり、型であることを看破した上で、彼に全力で向かっていったのだ。

 

各々死闘を繰り広げる中、凍哉は別空間で羅刹一座最大最凶の大妖怪・ヒスイと因縁の対決を始めようとしていた。

 

不俱戴天の敵と相まみえた凍哉は、雪華の眼を開眼し、彼女を氷漬けにし塵にしようとした。

 

だが、何故かヒスイには雪華の眼が効かず、彼女は妖しい笑みを浮かべながら凍哉に近づき話しかけた。

 

「あぁ…良いわ凍哉君

その顔、その眼、その復讐心…

本当に美しいわ…。」

 

凍哉は続けて猛攻を仕掛けたが、ヒスイは難なく軽くいなし心臓に手が届く距離まで接近し、彼の耳元で囁いた。

 

「だからこそ、貴方が堪らなく愛おしい…。」

 

吐息をしながら耳元で囁くヒスイを、凍哉は激昂し振り解いた。

 

「黙れ!!!!」

 

雪華の眼が効かないヒスイに対して、凍哉は直接彼女を氷漬けにして塵にしようとした。

 

凍哉は見事ヒスイを氷漬けにし、吸血鬼特有の再生能力の機能を停止させ塵にすることに成功した。

 

ところがヒスイは死んでおらず、瞬時に再生して黒い炎で氷を溶かし、 凍哉に一瞬で接近し抱擁し、彼に口付けをした。

 

口付けされた凍哉は、彼女に自身の生命エネルギーを余すところなく吸収されそうになっていた。

 

しかし、絶体絶命の危機に陥ったのは凍哉だけでなく人志達も危機に瀕していた。

 

オニタケに気に入られた人志は、彼の能力を目の当たりにしその如何ともし難い力の差を思い知らされた。

 

オニタケの能力はその背負っている大剣にあり、その大剣はまるで生物のように意志を持っておりエネルギーを余すところなく吸収し尽くすものであった。

 

人志は以前に似たような能力者で選定で絵札の四十士のリーダー・キングと戦った事があるが、キングとは違ってオニタケはエネルギーを吸収する容量の限界がなく、無尽蔵に超高密度のエネルギーを扱うことが出来る。

 

しかも、さっき人志にカウンターを当てられた傷が完全に治癒されていた。

 

人志は打つ手がなく、オニタケに地獄の底まで追い詰められた。

 

「おいおい、まだくたばるんじゃねえぞ

折角の愉しい戦いが台無しになるだろうが!!

ハハハハハハハ!!」

 

そして、樹と愛菜もオロチに追い詰められていた。

 

二人は連携を取り、樹の能力でオロチを大樹で捕縛し愛菜の倍に強化した渾身の一撃を喰らわせようとしたが、オロチは自身の肉体を分泌させ猛毒液を撒き散らし、大樹を溶解させ、愛菜は猛毒の餌食となってしまった。

 

「愛菜さん!!!!」

 

「我々のテリトリーに土足で足を踏み入れたんだ

生きて帰れると思うなよ…童共。」



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第20話 誰が為に、

羅刹一座の大妖怪達の圧倒的な強さの前に為す術がなく、窮地に陥った人志達。

 

オロチの猛毒に侵され窮地に立たされた愛菜を何とか救うべく樹は奮闘するが、事態は一向に悪化するばかりであった。

 

(早く…早く何とかこの状況を打破しないと、愛菜さんを…陽菜さんまでも救えなくなってしまう!!

だけど、相手は大妖怪!!

とても僕だけじゃ敵わない…!!

愛菜さんは猛毒で戦闘不能までに陥っている…!!

これでどうやって戦えばいいんだ…!!)

 

「さあ、そろそろ終わりにするか…ククク。」

 

打開策が思い浮かばぬまま、じりじりと追い詰められる樹。

 

絶体絶命の危機の中、猛毒に侵され吐血しながらも、愛菜はオロチに攻め続けようとしていた。

 

「驚いたな…私の猛毒に侵されてなお闘志を燃やし向かってくるとは…。」

 

「愛菜さん!!やめてください!!そんな状態で戦い続けたら、本当に死んでしまう!!」

 

「そん…な…ことは…わか…ってるよ…約束…したんだ…人志に、借りを…倍にして返す…。

そんでもって…絶対…生きて…」

 

次の瞬間、愛菜は吐血した。

 

「愛菜さん!!!!」

 

「ククク…何と強情な小娘よ…さっさと死を受け入れれば楽に済むというものを…。」

 

無茶をする愛菜を見るに堪えられない樹は、もうやめてくれと彼女に嘆いていた。

 

だが、愛菜は決して諦めずに懸命に立ち向かい、樹に言い放った。

 

「樹!!あたしらは陽菜ちゃんを奪還する為にここに来たんだろ!?こんなところで躓いていい訳ないよな!!」

 

「…!!」

 

「あたしらは絶対勝つ!!何が何でも勝つ!!!!

そして、絶対皆で生きて帰るんだァァ!!!!!!」

 

愛菜の魂の叫びに、樹は大粒の涙を流しながら応えた。

 

(情けない…僕だけが覚悟を決められていなかった…!!何の為にここまで頑張ってきたんだ僕は…!!)

 

心の中の迷いが晴れた樹は、愛菜と共に再び立ち上がり、目の前の巨大な壁を今まさに超えんとしていた。

 

「愚かな…大妖怪であるこの私に本気で敵うとでも?」

 

樹は、自身の血で今までの中で最も巨大な大木を創り出し、オロチに放った。

 

それに続いて、愛菜も自身の身体能力の全てとその大木を倍以上に強化し、全力で攻めていった。

 

だが、オロチは余裕綽々と二人の猛攻を軽くいなし、愛菜を吹っ飛ばし、研ぎ澄まされた牙で樹に咬みついた。

 

愛菜の中の猛毒はどんどん悪化していき、樹は咬みつかれ地面にどんどん血が滴っていく様を、オロチは嗤った。

 

「短い間だったが、貴様らとの戯れは実に楽しかったぞ。」

 

もはや勝負は決した…

 

だがしかし

 

「ぐっ…うう…」

 

「ほう…まだ息があったのか。」

 

「無駄口ばかり叩いてないで…さっさとケリを着ければよかったのに…」

 

「ああそうか やっと楽になろうと決心出来たのか。」

 

オロチが止めを刺そうとした次の瞬間、彼が立っている地面に滴っている樹の血が、巨大で鋭利な木々となり、オロチを串刺しにした。

 

「が…あ…ああ…」

 

「だから言っただろ…さっさとケリを着ければよかったんだって…。」

 

そして、愛菜はこれまで以上の何倍にも膨れ上がった力で、オロチを修復不可能になるまで何度も叩き込んだ。

 

二人はボロボロになりながらも、大妖怪との死闘を制した。

 

だが、愛菜の身体全体に猛毒がまわっていき、解毒する方法もなく、樹はどうすることも出来ずにいた。

 

その時、突如樹の前に一人の少年が現れた。

 

「よう樹、こうしてまたお前と会えるなんてよ…。」

 

「…か…和真!?な…何で…!!?」

 

一方、別空間にてヒスイにエネルギーを絞り尽くされそうになっていた凍哉は、自身の最大の能力『雪華の眼』でさえ通じず、どうすることも出来ずにいた。

 

「嗚呼…今、私はこれまでにない刺激と快楽に満ち溢れているわ…。

惨めで哀れで、そして誰よりも美しく儚い独りぼっちの凍哉君…

貴方は永遠に、私の物よ。」

 

意識が薄れていく中で、凍哉は走馬灯を見た。

 

幼少の時分、氷華の一族の一員である凍哉は、その異質で強大すぎる能力が原因で周りの妖怪達から恐れられ、忌み嫌われていた。

 

一族の故郷である「氷華の里」で凍哉は母に、「何故自分達一族は彼らに何も危害を加えていないのに存在を否定されるのか」と、聞き出した。

 

母は、「私達の中にある力が他にはない異質なものだからというのもあるけれど、それ以前に私達は他者とはどうあっても相容れない存在であるが故に認められないから」と、あやふやな答えで返した。

 

納得出来ない凍哉に対し、母は「でも、貴方は私達の中で最も特別な子だから、私達のようにはならない。きっと、貴方を受け入れてくれる人が、そう遠くない未来に現れると、私は思うわ。」と、そう言い放った。

 

時は流れ、故郷に羅刹一座の大妖怪・ヒスイ率いる妖怪集団が、凍哉達氷華の一族を根絶やしにする為に襲撃してきた。

 

結果、凍哉ただ一人だけが生き残り、家族や同胞達の命を踏みにじった者達に復讐を誓い、孤独に戦い続けた。

 

その後、選定にて人志と陽菜に出会い、彼との激闘を経て敗北した。

 

激闘の後、バサラの手により殺されそうになった時に人志に救われ、「生きろ」と言われた。

 

初めて人に己の存在を受け入れてくれた事が、凍哉の今までの人生に一筋の光を、凍てついた心を溶かしたのだ。

 

凍哉は心を燃やし、ヒスイの腕を強く握り凍らせ、突き放してのけた。

 

「あら…まだ私を気持ちよくさせてくれるの?

凍哉君、本当に良い子ね♡」

 

続けて凍哉は、無数の巨大な白銀の氷剣を生成し、ヒスイに一斉発射した。

 

それらを、ヒスイは漆黒の炎で全て溶かしてのけた。

 

「俺はもう…独りじゃない…。」

 

「ん?」

 

「俺よりも強い眼を持つ者に会った…その者は、愚直で燃え滾るような眼をしていた…。

その者に打ちのめされた時、こう言われたんだ…

『生きろ』と。」

 

「その者って確か、選定の時の隻腕の坊やのことね…?よかったじゃない、お友達が出来て。」

 

「憎悪で凍り付いた俺の心を溶かしてくれたあいつの為にも、お前には絶対に敗けられない…!!」

 

凍哉は心を燃やし、眼前の仇敵に真っ直ぐ向かっていった。

 

瞬時に巨大な氷壁を創り出し目くらましをして、ヒスイに致命の一撃を与えようと企てた。

 

ヒスイはすぐさま凍哉の狙いに気付き、一瞬で巨大な氷壁を黒い炎で溶かし、凍哉を炎で包み込んで溶解させた。

 

だがそれは、凍哉が創り出した氷の虚像であり、本物の彼はヒスイの背後に回り込み氷剣で刺し穿った。

 

因縁の対決に遂に決着が着いた…かに見えたが、凍哉の氷剣に貫かれたヒスイがドロドロに溶けて消えてしまった。

 

すると次の瞬間、ヒスイが凍哉の背後に現れ首元に咬みつき、印を付けた。

 

「ごめんなさいね…これから大事な仕事があるから、今回はお預け…。

でも近い内にまた会えるわ凍哉君…

次はもっと激しく戯れましょう…フフフ。」

 

「ま…待て…!!」

 

ヒスイは姿を消し、凍哉は別空間から出られたが、ヒスイに付けられた首元の印がジワジワと疼き始め、苦しんでいた。

 

その頃、人志はオニタケの無尽蔵なエネルギーを操る能力の前に為す術がなく、悪戦苦闘を強いられていた。

 

オニタケは速攻でケリを着ける為に、超高密度のエネルギーを大剣に帯びて、斬撃と同時に放った。

 

人志はすぐさま避けようとしたが、オニタケがエネルギー砲を放つ方向に樹と愛菜がいると自身の能力で感知した人志は、二人を死なせない為に自らそのエネルギー砲を受け止める決断を下した。

 

「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

己の全生命エネルギーを懸けて、人志はオニタケの放ったエネルギー砲を受け止め、倒れてしまった。

 

「俺の大剣を受け止めるとは、大したもんだな坊主!

て言っても、もう聞こえねえか…。」

 

意識が遠のいていく中、人志は回想にふけった。

 

四年前、バサラにカモミールを襲撃され、三人だけが生き残り、怪童に片腕を持ってかれ袂を分かたれたことを思い出した。

 

勝負に敗け、過ぎ去っていく怪童の背を見る事しか出来ず、陽菜は「行かないで」の一言も言えずに涙を流していた。

 

もう二度と失わないように…大切な人を泣かせないように…そして、今もなお孤高に戦い続けている戦友を救う為に、人志は立ち上がった。

 

「おお!まだやれるのかよ!?いいねいいねえその眼!!不屈の闘志ってやつか、俺の一番の好物だ!!」

 

気持ちが昂ったオニタケは、人志に向かって思い切り大剣を振り回していった。

 

人志は、微弱ながら生命エネルギーを練り、オニタケの攻撃をいなしながら攻撃を当てていった。

 

だがそれも長くは続かず、限界を迎えた人志は倒れ込み、指一本も動かせずにいた。

 

「何だよ、もう終わっちまうのかよ

締まらねえな。」

 

オニタケは最後の止めを刺そうとした次の瞬間、オニタケの身体に異変が生じた。

 

いつの間にか身体中が痺れ、エネルギーを練れなくなっていたのだ。

 

「な…何だよこれは!?てめえ何をしやがった!!?」

 

「…さっきお前に…攻撃を当てた時…雷の性質変化で、点穴を塞いだ…。

これでもう…お前はエネルギーを練れなくなったし、無理に放出しようとすれば…」

 

「てめえ...!!もう殺す!!」

 

今度こそ最後の止めを刺す為にエネルギーを放出しようとしたが、点穴を塞がれてしまいエネルギーは行き場を失くし、身体がどんどん膨張し破裂し、オニタケは死んだ。

 

勝ちはしたものの、人志はエネルギーを使い果たし、死の淵に追い込まれていた。

 

そんな中、突如人志の前に仇敵バサラが颯爽と現れた。

 

「正直言って、お前には驚かされているよ…まさかあのオニタケをも倒してしまうなんてな。」

 

「バ……サ……ラ……」

 

「ここまで一心不乱に戦い続けてきたお前に、この俺自らが敬意を表して楽にしてやる…光栄に思えよ…。」

 

虫の息の人志に止めを刺す為に、バサラは風で跡形もなく切り刻もうとした。

 

そこに、守天豪傑の最後の生き残り 伊達恭次郎が現れ、人志を救ったのであった。

 

「ほう…誰かと思えば、旧時代の負け犬じゃねえか。」

 

伊達は人志を担ぎ、傷を癒す為に急いで戦地から脱出しようと試みた。

 

だが、バサラはそれをただ黙って見逃すはずもなく、伊達諸共あの世に送る為に暴風を放ち、切り刻んだ。

 

「おいおい、その程度のスピードでこの俺から逃げ切れるとでも思ったのか!?」

 

しかしそれは、伊達の能力によって作り出された残像であり、人志を安全な場所まで送り込んだ。

 

「その程度の暴風で、俺を捉えられるとでも思ったのか?」

 

取り逃がしてしまったバサラは、仕方なく実験室に早々と戻っていった。

 

それぞれが死闘を迎えた中、怪童は大妖怪・强 華蓮(ジァン・カレン)に苦戦を強いられていた。

 

强の数千年積み上げてきた武術の結晶の前に、怪童はまるでサンドバックのようにただ拳や蹴りや手刀足刀を幾度も幾度も叩き込まれた。

 

强の攻撃は、まともに喰らってしまえば大妖怪であっても死に至らしめるものであるが、人の身である怪童は、ただ眼前に立ちはだかる敵から目をそらさず、鋭い眼光で睨みつけていた。

 

强は予知した…「この男は何としてでも今ここで始末しなければ、取り返しがつかなくなる」と…

 

强は、己の最大最強奥義「無双華僑」を持ってして、怪童を確実に仕留めようとした。

 

それは、数千年という長い年月の鍛錬を経て强が独自に編み出した絶技であり、拳、蹴り、手刀、足刀などのあらゆる拳技が一度に同時に無限に繰り出されるものであった。

 

これを前にして生きた猛者は一人たりとていない…そんな絶技を前に、怪童はただ立ち尽くしていた。

 

死闘は終わりを迎えようとしていた…一人の戦士の手によって…。

 

强の絶技「無双華僑」を自身に取り込み、怪童は体術において圧倒的な差で苦しめる强と同じ境地に立ち、相手と同様に無限に拳技を繰り出していったのだ。

 

結果、强は絶技を絶技で返され、肉片も残らずに怪童に削り取られてしまった。

 

大妖怪との死闘を制した怪童は、ボロボロになりながらもただ独り突き進んでいく…

怪物共から人々を守る戦士として、そして己の正義と信念を貫き通す為に…。

 

事態は過激の一途を辿る中、妖魔帝国本部の内部にて一通りの実験を終えた陽菜は、精神も肉体も消耗しきっており、その目にはもはや生気すら宿っていなかった。

 

陽菜は、自分がこれから辿る末路を自覚しながら、ポケットから一枚の写真を取り出した。

 

それは、カモミールにて人志と怪童と三人で一緒に撮った大切な写真であった…。



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第21話 帰らぬ日々、戻らぬ思い出

今から十年前、陽菜は幼い頃自分の隠された能力を狙う妖怪達に襲われ、両親を亡くした。

 

陽菜は妖怪達から逃げ続けたのだが捕まり、殺されかけた。

 

そこに、一人の少年が現れ殺されかけている少女を救い、妖怪達を己の拳で全力で叩き潰した。

 

それが、怪童との出会いであった。

 

「…お前…親はどうした…?」

 

「…お母さんとお父さんは…妖怪に殺された…今は、私だけ……。」

 

「俺についてこい…戦士として、命に代えても俺がお前を守り通す…。」

 

それからしばらく時を経て、陽菜を守る為に妖怪達との戦いに明け暮れていた怪童の身体に限界が生じ、道半ばで倒れてしまう。

 

陽菜は、意識を失い倒れてしまった怪童を放ってはおけず、涙を流しながら他の誰かに強く助けを求めた。

 

そしてそこに、養護施設「カモミール」の設立者であり、“守天豪傑”の一人でもある橘茜と、人志という少年がその助けに馳せ参じ、二人を救助した。

 

その後、陽菜と怪童の二人は養護施設「カモミール」で暮らすことになり、人志や子供達と親睦を深め合いながら学び暮らしてきた。

 

人志、陽菜、怪童の三人は特に仲が良く、授業が終わった後の休憩時間や昼休みの合間に自分達の将来の夢や目標についてをよく語り合った。

 

そんなかげかえのない日々の記憶を思い出しながら、陽菜は三人で撮った写真を手に取り見ていた。

 

そんな中、大妖怪・オロチとの死闘を制した樹と愛菜の前に謎の少年が現れた。

 

その少年は、過去に樹を霊能力者の道へと誘った、樹にとっての恩人であり一番の親友である和真であった。

 

樹は、変わり果てたかつての親友を前にして、言葉に出来ずにいた。

 

「よお樹!お前、随分見ねえ間に立派になったな。」

 

「…か…和真…何で君がこんなところに…!?」

 

和真は、猛毒に侵されて苦しんでいる愛菜を人質に取り、樹に交渉を持ちかけた。

 

「なあ、こういうのはどうだ樹?俺はこいつの毒を治す解毒剤を持っている。お前も大切な仲間を失いたくねえだろ?こいつの命が惜しければ、俺のところに来い。そうすればこいつの命は助かる。」

 

愛菜の猛毒を治す解毒剤を手に、着々と交渉を進める和真。

 

親友である和真に突然愛菜を人質に交渉を持ち込まれた樹は、一体どうすればいいのかわからずにいた。

 

「さあどうする樹?早いとこ決断を済まさねえと、こいつは直に死んじまうぞ?」

 

苦渋の末、樹は愛菜を救う為に和真に従う事を決意した。

 

「よおし、それでいい。」

 

樹が和真の要求を呑んだと思われた次の瞬間、樹は咄嗟に錬成した木の種を和真にぶつけ、内部から鋭利な木々で突き破らせ解毒剤を奪取した。

 

「が…あ…ああ…!!樹…何故だ…!?」

 

「和真は…決してお前のような化け物なんかじゃない!!こんなもので、僕を欺けると思うな!!」

 

解毒剤を奪取する事に成功した樹は、すぐに愛菜に飲ませて解毒し救出した。

 

その後、樹はオロチとの死闘で傷つき意識を失っている愛菜を、本部内の比較的安全な場所に木の結界を張ってそこに彼女を休ませた。

 

「愛菜さん…今はゆっくり休んでいてください…あとは僕がやります!必ず陽菜さんを奪還して、全員生きて帰る為に!!」

 

そう言い放った樹は、再び陽菜奪還に赴いた。

 

ところが、愛菜は意識を取り戻し、次の瞬間樹の木の結界を破壊して飛び出てきた。

 

「え!!?ちょ、愛菜さん!!?」

 

「おい樹ィ…お前何かっこつけて一人で先行こうとしてんだよ…!!」

 

「そ…そんなかっこつけてなんか…いやそんなことより、駄目ですよ今は安静にしてなきゃ!!解毒してまだ間もないし、さっきの戦いでの傷も…!!」

 

「それはお前も同じことだろう…?」

 

「…!!」

 

「一人で背負い込もうとするな!それでお前が死んじまったら元も子もないだろうが!!長寿館で人志達と修行した日々を思い出せ!!この戦いは、みんなで協力しなきゃ絶対に勝てない戦いなんだよ!!」

 

「……」

 

「でも、あたしの事を助けてくれてありがとう…。また一つ誰かに借りを作っちまったね…

今度は、あたしの番だ…!!」

 

「愛菜さん…」

 

「急ごう樹!早いとこ陽菜ちゃんを奪い返して、この戦いを終わらせよう!!」

 

「…はい!!」

 

二人は再び陽菜奪還に向かった。

 

一方、人志はオニタケとの死闘で意識を失い、瀕死の重傷から回復し目覚めた。

 

そこは、妖魔帝国本部から少し離れた所で伊達に連れてこられ、さっきまで治療を受けていたのだ。

 

「ようやく目覚めたか…」

 

「伊達さん…ここは…?それに、みんなは…」

 

「待て、そう焦るな。お前は四人の中で最もダメージがでかい…今は自分の怪我を治すことに専念しろ

“これから始まる本当の戦い”に向けてな…。」

 

「…どういう事ですか?」

 

「まあ、横になりながら聞け。お前らが本部に乗り込んでいる間、俺はあるものを調べに探ってきたんだ…。妖怪が支配する前、この世界の人と妖怪達を導いた最高指導者 後藤博文を殺した妖怪についてと、“妖怪の始祖”についての事を…。」

 

「…妖怪の…始祖…?」

 

伊達は人志に、生前に後藤博文がよく使っていた研究室にて書き記された「始祖」についてのレポートを見せた。

 

その内容は、遥か古の時代、妖怪達が主に生息し日々戦いを繰り返している魔界にて、全ての妖怪の始祖がおり、幾千年もの間魔界を統治していた。

 

妖怪達は始祖を神と同等以上に崇め奉っていた。

 

始祖はその強大な能力(ちから)で魔界全土のありとあらゆるものを支配し均衡を保ち、全ての妖怪・鬼・吸血鬼達に富と力を与えたもうた。

 

しかし、その絶対的存在である始祖の能力(ちから)を奪おうと画策した者が現れ、始祖は能力(ちから)を半分以上奪われてしまった。

 

結果、魔界は始祖によって長年保たれた均衡を失い様々な厄災が降りかかり、とても住める環境ではなくなってしまい、妖怪達は人間が住む世界に移転した。

 

そのレポートの最後の一文にこう書かれていた。

 

あの能力(ちから)には絶対に触れてはならない

直ちに何とかしなければ、取り返しのつかない事になる…と。

 

「…その始祖と、陽菜の能力に何か関係する事でもあるんですか…?それと、後藤博文を殺した妖怪と始祖の能力(ちから)を奪った奴は、一体誰なんですか…?」

 

「詳しい事はまだ判明出来てねえが、これだけははっきり言える…

急がねえと、陽菜が殺されちまうかもしれねえって事はな…。」

 

「!!」

 

「準備が出来たらすぐにここを出るぞ。」

 

人志はすぐに準備を整え、伊達と共に陽菜奪還に急いで本部へ戻った。

 

だが、急いでいる二人の前に、羅刹一座の大妖怪・妖狐ミコモが立ちはだかった。

 

「クソ!こんなところで足止めを喰らうわけにはいかないのに!!」

 

「もう!そんなに焦らないで!せっかく目の前にこんなにも妖しく美しい妖狐がいるのよ?」

 

ミコモは人志と伊達にエネルギー弾で先制攻撃を仕掛けた。

 

それを伊達は全て払いのけ、人志に先に行くよう指示し、ミコモとの戦いに赴いた。

 

「あら?あの隻腕の坊やじゃなくて、貴方が私の相手をしてくれるの?いいわ、私貴方みたいな渋い殿方も好みなのよ♡」

 

陽菜の元へ急ぐ人志は、その途中でヒスイとの死闘を終えた凍哉と出くわした。

 

「…人志!!」

 

「凍哉!!お前、その傷…」

 

人志は傷ついた凍哉に生命エネルギーを分け与え回復させた。

 

「お前ほどの実力者がこれほどまでに追い詰められるとは…誰にやられたんだ?その首の噛み跡も。」

 

「俺の事はどうだっていい…すぐに追いつく…。それよりも、早く陽菜を…!!」

 

「…ああ、わかってる!!必ず陽菜を奪い返す!!今度こそ!!」

 

先に急ぐ人志達をよそに、本部内部の独房にて捕らわれている陽菜の前に、突如羅刹一座の大妖怪・ヒスイが現れた。

 

「ご機嫌よう陽菜ちゃん、気分は…言うまでもないわよね?バサラ君にあんなに酷い事されちゃったものね…可哀想に。」

 

ヒスイと初めて相まみえた陽菜は、選定で初めて凍哉と出会った時と同じようにノイズを起こした。

 

それだけではなく、陽菜はヒスイを見た途端強い拒絶感と恐怖と寒気を覚え、息が荒くなり全身が激しく震えていた。

 

ヒスイはそんな陽菜を見て、妖しい笑みを浮かべながら耳元で優しく囁いた。

 

「私が貴方の全てを解放してあげる…。」

 

ヒスイが陽菜に囁いた同時刻に、バサラが独房に入ってきた。

 

「あら、バサラ君!長い実験と調査、本当にお疲れ様でした。」

 

バサラは恐怖で身震いを起こしている陽菜を横目に見ながら、ヒスイを睨んだ。

 

「ヒスイ…てめえこの小娘に何をした?」

 

「あら、私はただ陽菜ちゃんに挨拶をしに来ただけよ?別に取って食おうなんてこれっぽっちも考えてないわ。」

 

「…てめえ…一体何を企んでいやがる…」

 

「フフフ…企むなんて滅相もないわ。

お仕事、頑張ってねバサラ君。」

 

妖しい笑みを浮かべながら、ヒスイは独房を去っていった。

 

その後バサラは、度重なる実験を経て陽菜の能力の秘密やその正体に近づきつつあり、遂に最終段階の実験を始めようとしていた。

 

魔界が滅び、全ての妖怪達が路頭に迷う中、彼らを率先して人間界を支配し、真なる妖怪の世界をこの手で創り上げるという野望を掲げて、バサラは行動を起こした。



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第22話 もう二度と

羅刹一座の大妖怪・妖狐のミコモと、守天豪傑の最後の生き残り 伊達恭次郎の死闘が始まった。

 

まずミコモが先手を取り、莫大な妖気で作り出したエネルギー弾で次々と伊達に襲い掛かる。

 

対する伊達は、難なく繰り出される攻撃を躱しきった。

 

「素晴らしい俊敏さね。惚れ惚れしちゃうわあ♡…けれど、次は避け切れるかしらあ?」

 

不穏な空気が漂う中、ミコモは更にエネルギー弾を作り出した。

 

しかし、今度のは唯のエネルギー弾ではなく、ミコモの「魂奪」の能力で作り出したものであり、ちょっとでも掠ったらその魂を彼女に奪われてしまうという危険な代物であった。

 

伊達は、ミコモの危険な能力を見抜き全力で回避し切ろうと動く。

 

だが、そのあまりにも圧倒的な物量の弾が伊達に襲い掛かり避け切れず命中し、その魂をミコモに奪われ抜け殻と化してしまった。

 

伊達の魂を奪ったミコモは、心おきなく魂を味わいながら食した。

 

「んん~♡見た目通り渋くて苦い感じ♡」

 

すると次の瞬間、ミコモの体内に激しい電流が流れ始めた。

 

体内に起こった激しい電流にもがき苦しみ、やがてはその苦痛に耐えかね、ミコモは今まで喰らってきた魂魄達を吐き出した。

 

そして、伊達の魂魄は肉体へと戻っていき、復活を遂げた。

 

「お…おかしい…こんなこと、今までなかったのに…貴方一体何をしたの!?」

 

「こちとら長年伊達に修羅場と経験を重ねてないからな…お前さんのような戦争を経験していない駄女狐にそう簡単にやられるようなタマじゃねえんだよ俺は…。」

 

「全然質問の答えになってないわよ!!どうやって私の能力から逃れたのかって聞いてるのよ!!」

 

侮辱され取り乱すミコモを見て、伊達は呆れながらも答えた。

 

「やれやれ…お前さん本当に大妖怪かよ…敵がそんな簡単に己の手の内を明かす訳がねえだろう。」

 

「いいから答えろって言ってんのよ!!!」

 

深くため息をつきながら、伊達は答えに応じた。

 

「じゃあ、特別に見せてやるよ。守天豪傑が最後の一人 伊達恭次郎の“黒雷”をな!」

 

そう言い放った瞬間、突如空一面が雷雲に覆われ、次々と落雷が降ってきた。

 

一方で陽菜奪還に向かっている樹と愛菜は、突然天候が悪化した事に驚きを隠せずにいた。

 

「な…何だ?一体何が起こったんだよ!?」

 

「分かりません…分かりませんが、今は先を急ぎましょう!」

 

しかしもう一方で、陽菜の元へと急ぐ人志には、何が起こったのかが分かっていた。

 

(黒雷か…伊達さんが今まさに本気を出しているという証拠だ…。)

 

突然起きた出来事や伊達の未知の能力の前に、ミコモは戦慄していた。

 

次の瞬間、雷雲から麒麟の姿をした漆黒の雷が伊達の頭上に降りかかり、その漆黒の雷の麒麟を己の肉体に吸収し纏い、急激にパワーアップした。

 

「雷神演武」

 

「な…何よそれ…!」

 

「説明は一切しねえぞ…こっちも先を急いでいるもんなんでな…速攻でカタを着けさせてもらうぜ。」

 

刹那、ミコモの頭上に漆黒の雷が一気に降り注いだ。

 

間一髪躱したが、更に雷の大群がミコモに次々と襲い掛かる。

 

落雷をただひたすら避ける事で精一杯なミコモに、伊達が一瞬で背後に回って重い一撃を与えた。

 

「ぐぁっ!!い…いつの間に!?」

 

「実戦で敵の背後を取ることなんざ常套手段だぜ?」

 

背中に重い一撃を喰らってしまったミコモは、次から次へと襲い掛かる雷を避け切れずに更にダメージを蓄積してしまう。

 

ミコモは、ダメージを回復させる為に自身の妖力を消費して再生しようとするが、何故か再生出来ずにいた。

 

それは、伊達の黒雷によるもので妖怪の持つ回復・再生能力を麻痺させ阻害させる効果によって、ミコモは回復を封じられてしまったのだ。

 

伊達は前言通りに速攻で終わらせる為に、『黒雷大神』という絶技で漆黒の雷の麒麟が如く突進し、ミコモを木っ端微塵にし勝利した。

 

ミコモを撃破した伊達は、人志達に加勢する為に動き出した。

 

各々が陽菜奪還や陽菜の秘めたる能力を追求する中、一人の男は唯一そんなことなど歯牙にもかけなかった。

 

人々が妖怪達に食い荒らされる時代を終わらせる為に、怪童は一歩ずつ前へ進み続けていた。

 

そんな怪童の前に、大妖怪”鬼神”のヒノマルと、氷華の一族を滅ぼした元凶である”超越者”のヒスイが立ちはだかった。

 

「ヒスイ殿、この坊主が彼の有名な妖怪殺しの怪童ですかい?」

 

「ええそうよ。この子が正真正銘、怪童君よ。」

 

「それにしては随分とまあ酷くボロボロじゃございやせんか?今にも出血多量で死にそうだ。」

 

ヒノマルの言う通り、怪童は先の强 華蓮との戦いで酷く傷付いており、夥しいほど出血が止まらずにいた。

 

もはや死に体である怪童に、ヒノマルはせめてもの情けで楽に逝かせる為に巨拳を叩き込んだ。

 

がしかし、怪童はそれを片手で容易に受け止めてのけた。

 

人の身で鬼の力を受け止めた怪童に、ヒノマルは驚愕しながらも関心を抱き始めた。

 

「おお…!満身創痍でありながら、わしに引けを取らない程の膂力!!」

 

ヒノマルは、妖怪の中でも怪力無双と呼ばれる鬼達の頂点に立つ男である。

 

そんなとてつもなく強大な鬼の拳を、一人のちっぽけな人間が受け止めた。

 

種族として圧倒的に劣り、尚且つ妖怪達の食料にすぎない人間がだ。

 

そんな取るに足らない一人の人間である怪童に、鬼神ヒノマルは酷く気に入った。

 

だが、どんなに強くても所詮は人間。

 

妖怪達のように長い年月は生きられず、すぐに壊れてしまう脆弱な種族である事を重々承知しているヒノマルは、怪童にある提案を持ちかけた。

 

「怪童よ!!貴様は人とは思えぬ程に恐ろしく強い!!だが、そのままでは貴様はどうあがいても出血多量で死ぬ!それだけは何としても見過ごす訳にはいかぬ!!わしらと同族になれ!!貴様のような逸材は千年経ってもそうは生まれてこない!!人間のまま腐らせるには、あまりにも名残惜しい!!だからこそ、貴様は劣等種の人間としてではなく、妖怪として生を謳歌し、我らとともにこの世の全てを蹂躙し尽くす資格がある!!どうだ怪童!!貴様の返事を今ここで聞かせてくれ!!」

 

ヒノマルに高い能力と強さを買われ、妖怪になるよう要求された怪童は、即座にこう答えた。

 

「確かに、お前の言う通り人間は妖怪達の腹を満たす為だけに存在している脆弱な生き物だ…だが、お前ら妖怪が脆弱な人間達を喰い尽くしているように…俺達人間も豚や牛や鶏というもっと脆弱な生き物を糧にして今日も生きている…。所詮この世は喰うか喰われるかだ…。お前ら妖怪は常に人の皮を被っておきながら人々を騙し、嘲笑い、大切な家族や友人を奪い貪り尽くさんとしている…。俺は戦士として、そんな化け物共から人々の平和と幸福を守り通さねばならない責務がある!!全ては弱き人々の平和と幸せの為に…!!俺は、お前ら化け物共を一人残らず喰い尽くす為に生まれ落ちてきた人間 怪童だ!!!!」

 

一点の曇りの無い眼をギラギラと鈍く光らせながら、怪童はヒノマルの要求を拒否した。

 

「そうか…だがますます貴様を気に入ったぞ!!こうなったら、お前を殺してでも我が同胞に招き入れようぞ!!」

 

次の瞬間、ヒノマルは一瞬で怪童の懐に入り、またも巨拳を叩き込んだが、怪童はそれをまたしても容易に受け止め、二人は取っ組み合いを始めた。

 

それはただの取っ組み合いとはあまりにも度し難く、二人の膂力のせめぎ合いは空間に亀裂を生じさせる程の凄まじいものであった。

 

ヒスイは、そんな圧倒的な力と力のぶつかり合いをまるで観客のように楽しもうとしていた。

 

一方、本部内部にて、バサラは度重なる実験を経て徐々に陽菜の秘めたる能力や正体に近づきつつあった。

 

これまでに人体解剖や薬物摂取など、様々な手段を用いてきた。

 

遂に、実験は最終段階に移ることとなった。

 

それは、自分の命令に忠実で能力を存分に発揮出来るように、陽菜の精神を崩壊させる事であった。

 

バサラは部下の精神操作系の能力者と共に、本部の中枢の大広間へと場所を変え早速実行しようとした。

 

陽菜は、これから自分がどういう結末を迎えるのかを理解していた。

 

というよりも、自らこうなる事を望んでいたかのように、悔いはないと感じていた。

 

(私はこれまで…多くの人達に守られ、生かされてきた…。そして、私のせいで…多くの大切な人達を傷付け、死なせてしまった…。だからもうこれで…終わってもいい…。茜先生…カモミールのみんな…伊達さん…樹さん…人志…。怪童……。みんな…本当にごめんなさい……。)

 

陽菜はゆっくりと目を閉じ、その生涯に幕を下ろそうとした。

 

その時、大広間に激しい衝突が起き、警護の妖怪達が吹っ飛ばされた。

 

隻腕の霊能力者 人志が、遂に陽菜の元に辿り着いたのである。

 

「陽菜…迎えに来たぞ!!」

 

「人志…!!」

 

「隻腕の小僧…!!警護の者共!あの小僧を殺せ!!」

 

陽菜を奪い返す為に、人志は警護の妖怪達を相手にひたすら立ち向かった。

 

「待っていろ、陽菜!!」

 

ボロボロになりながらも、自分を助ける為に戦っている人志の姿に、陽菜は涙を流しながら人志に強く訴えた。

 

「どうして……どうしてここに来たの!?何で私なんかを助けに来たの!?私のせいで…これまで多くの人達が傷付いて死んでいった…。私が生きていたら、また多くの人達が傷付き死んでしまう…!!もうこれ以上…私のせいで私以外の人達が死んでいくのは見たくないの!!だからもう…私はここで死ななくてはならないの!!」

 

自分の秘められた能力のせいでこれ以上犠牲者を増やさないように、バサラに死ぬまで利用される事を陽菜は選んだ。

 

だが人志は、自分を犠牲にしようとする陽菜を止める為に警護の妖怪達をなぎ倒しながら、陽菜に伝えようとした。

 

「陽菜…お前は昔から、人を大切に思う心を人一倍強く持っている…。カモミールの茜先生やみんなとの思い出を、誰よりも大切に心の内にしまっているお前だからこそだ…。だからこそ、あの日全てを失った時誰よりも悲しんでいたのは、他でもないお前自身なんだ…。そんな優しい心を持つお前が、自分以外の大切な人達を死なせない為に自ら犠牲になろうとしているところを、同じ悲しみや痛みを体験した俺が…見過ごせる訳がないだろう…!!」

 

陽菜を救い出す為に死力を尽くす人志だが、多勢に無勢で徐々に警護の妖怪達に圧し潰されそうになっていた。

 

万事休すかに見えたその時、巨大な大木が警護の妖怪達に向かって一斉に降りかかってきた。

 

樹と愛菜が、大広間から流れ出る人志の生命エネルギーを便りに馳せ参じたのである。

 

「人志さん!!/人志!!」

 

「お前ら…!!よく無事でいてくれた!!」

 

「あたしらだけじゃないよ!!」

 

巨大な大木の一斉攻撃に続いて、凍哉の氷結と伊達の黒雷が妖怪達を薙ぎ払っていった。

 

「凍哉…!!伊達さん…!!」

 

「ここは俺達が引き受ける…。」

 

「お前はさっさとケリを着けてこい。」

 

戦友達と師に背中を押され、人志は陽菜を救う為に突き進んだ。

 

それを阻止する為、バサラは自身の能力で暴風を起こし、人志を跡形も残さずに捻じ切ろうとする。

 

しかし、人志は炎の生命エネルギーを纏いながらバサラの暴風を焼き尽くし、バサラと側近の能力者にダメージを与え、遂に陽菜を救い出した。

 

「人志……。」

 

「今まで本当に辛かっただろう…苦しかっただろう…悲しかっただろう…。だが、もう大丈夫だ…。俺達と一緒に帰るぞ…陽菜!!」

 

人志に片腕で優しく抱擁された陽菜は、大粒の涙を流しながら人志達に感謝の言葉を口にした。

 

「ありがとう……!!」

 

「礼を言うにはまだ早い…俺には、まだやり残した事がある…。」

 

そう言い放った人志は、陽菜の身柄を樹に渡した。

 

「樹!陽菜を無事に長寿館まで送り届けてくれ!お前にしか頼めない仕事だ!」

 

「え…!?人志さんはどうするつもりですか!?」

 

かつてカモミールを襲撃し、全てを壊していった因縁の宿敵、大妖怪バサラを睨み付け、人志は樹に陽菜を託した。

 

「俺には、どうしても決着を着けねばならない相手がいる…。無理矢理ですまないが、頼んだぞ!樹!!」

 

「でも人志さん…!!」

 

「樹!ここはあたし達が引き受けるから、あんたは陽菜ちゃんを早く連れて行ってやりな!」

 

「…はい!!陽菜さんは、必ず僕が守り抜いてみせます!!」

 

人志に託された樹は、陽菜を抱き抱えて先へ行った。

 

その後、人志はバサラとの戦いに仲間を巻き込ませない為に場所を変えようと、バサラに催促した。

 

バサラはその催促を受けて、本部の大広間から地下戦闘訓練場へと場所を変えた。

 

バサラは、人志の炎でやられた傷を妖力を消費して治癒し、万全の状態で人志との戦いに臨もうとしていた。

 

「血迷ったか小僧…てめえ如きが本気でこの俺にサシで勝てるとでも思ってるのかよ?」

 

「勝てる勝てないの話じゃねえ…。もう二度と失わぬように…俺はお前とのこれまでの因縁に決着を着ける!!今この場で!!!」

 

陽菜や戦友達との未来の為、人志は闘志を燃やし大妖怪バサラに挑む。

 

今ここに、最大の死闘の幕が切って落とされた。



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第23話 気炎万丈

陽菜の奪還に成功した人志は、陽菜の身柄を樹に託し、大妖怪バサラとの因縁に決着を着ける為に一対一の戦いを臨んだ。

 

バサラはその要件に応じて妖魔帝国本部の地下にある戦闘訓練場へと場所を変えた。

 

「しかし解せねえな…あの場で俺の手から陽菜を奪い返した時、お前には氷華の一族の末裔や伊達恭次郎という強い味方がいるにも関わらず、わざわざ俺とサシの勝負に持ち込んだ…。何故、陽菜を連れて逃げようとしなかった?」

 

「…仮に陽菜を連れて逃げたとしても、お前は何が何でも逃がさないだろうし、お前ほどの実力者から逃げ切る事はほぼ不可能だろうよ…。それに、これから陽菜や戦友達と共に生きていく為に…お前は何としてもこの手で倒さなくてはならない…。だから俺は、お前に戦いを挑んだ…。」

 

バサラは、大妖怪である自分よりも格下の人間に無謀な戦いを挑まれた事に失笑しながら向かっていった。

 

「フッ…身の程知らずが…。」

 

人志の生命の炎とバサラの全てを捻じ切る暴風。

 

四年前のカモミール襲撃からの因縁の死闘が遂に勃発した。

 

一方で、大広間にて愛菜と凍哉と伊達は警護の妖怪達との戦いに身を投じていた。

 

順調に敵を薙ぎ倒していってるように見えたが、凍哉の身体に異変が生じた。

 

「ぐっ…!!」

 

突然身体中に激痛が走り、敵に隙を突かれそうになったところを愛菜に助けられた。

 

「凍哉!大丈夫か!?」

 

「…すまない…。」

 

「何処か具合でも悪いのか?あんた程の実力者が、こうも敵に簡単に隙を見せるなんて…!」

 

伊達は、凍哉の首に付けられた噛み跡を見て、彼の因縁の宿敵である大妖怪ヒスイの仕業だと瞬時に見抜いた。

 

そして、愛菜も大妖怪オロチの猛毒から解毒したとはいえ、かなり体力を消耗している事も見抜き、伊達は凍哉と愛菜を守る為に黒雷で敵を一網打尽にする。

 

その中で、人志に陽菜の身柄を託された樹は、陽菜を抱き抱えて大急ぎで本部から脱出しようとしていた。

 

(やっと、やっと陽菜さんを助け出す事が出来たんだ…!人志さんや愛菜さん、みんなの為にも僕が責任をもって絶対に無事に送り届けなければ!!)

 

「樹さん…」

 

「え、あ、はい、何でしょう?」

 

「本当にこのままでいいんでしょうか…」

 

「え…?」

 

「人志は…私を助けてくれた後、大妖怪であるバサラに戦いを挑んだ…。私を助ける為に、あんなにボロボロになってまであのバサラと戦おうとしている…。このままじゃ人志や他の人達が殺されてしまう…。」

 

人志と共に戦っている仲間の事で不安になっている陽菜に、樹は安心させる為にメッセージを送った。

 

「不安になる気持ちは分かります…でも、人志さんはあの頃より格段に強くなっています。愛菜さんや凍哉さん、伊達さんといった強力な味方も作って、今こうして陽菜さんを助け出す事に成功したんですから…。ですから、人志さんは絶対に勝ちますよ…!あとそれと、陽菜さん…今までの辛いことや悲しいことは、全部一人で背負い込まずに、僕達の肩にも背負わせてください…。僕達は、最後まで貴方の味方ですから!!」

 

樹の強いメッセージを聞いて、陽菜は心の底から安堵し、感謝の言葉を送った。

 

「…本当に、ありがとうございます…。」

 

樹と陽菜が仲間の勝利を信じる中、人志はバサラと互角に渡り合っていた。

 

選定の時とは違い、人志はここまで数多の死線を潜り抜け、強さは大妖怪と同じレベルに近づきつつあった。

 

「なるほど…この俺に啖呵を切るだけの実力はしっかり備えてきているようだな…。だが、お前がどんなに頑張っても俺との力の差は決して埋められはしない。今から、その証拠を見せてやるよ。」

 

そう言い放ったバサラは、両手に烈風を纏わせ、人志に向かって放った。

 

「烈風双裂斬!!」

 

二つの烈風を前に、人志は雷の性質変化で回避しようとするも、烈風は当たるまで何処までも追尾し続ける。

 

そして、バサラはそこから更に畳み掛けた。

 

「烈風崩斬波!!」

 

人志は襲い掛かる強大な烈風を前に、雷から炎に性質変化して、烈風崩斬波を焼き尽くした。

 

だが、強大な烈風に気を取られてしまい、追尾する二つの烈風が襲い掛かる。

 

(くっ…間に合わない…!!)

 

二つの烈風をもろに直撃し、重いダメージを負ってしまった人志。

 

「なあ人志…何故人間がどんなに努力しても妖怪に勝てないのか、教えてやろうか?

お前らとは住む環境が違いすぎるんだよ。俺達妖怪が住む魔界は、お前ら人間共が住む世界とは空気や重力は重く、腐った血と肉が混じり合った風が吹き続ける…正に魔境だ。

そんな最高な環境下で互いに命を削り合い、殺し合い、奪い合う…それが俺達妖怪にとっての日常だ。この時点でお前ら家畜共のようなナヨナヨした日常とは、天と地ほどの差がある。

強いだの弱いだの、正義だの悪だの、そんなもんは結果に至った奴らが語るのさ…

所詮負け犬はこの世の真理を語れねえ。」

 

絶対的な力の差を見せられ、倒れてしまう人志。

 

意識が遠のいていく中、人志に走馬灯がよぎった。

 

カモミールで橘茜との約束や、怪童との競い合い、そして、全てを失った日からの己への魂の誓いを。

 

幼少の頃、やりたい事や叶えたい夢が何もなかった人志は、人々の平和と幸福を守る為に血と汗を流しながら鍛錬に励む怪童を羨望の眼差しで見ていた。

 

虚ろな自分とは違って生き生きとしている怪童を誇らしく思っていた。

 

そんな人志に、橘茜は「焦らなくていい、少しずつでいいから、自分にとって正しいと信じられる道を進んでください。」と、助言を伝えた。

 

人志は、怪童と競い合いながら少しずつ、少しずつ、自分の空虚な心をパズルのピースのように埋め続けていった。

 

それがあの頃の自分にとって正しいと信じられる道だと信じていたからだ。

 

次第に空虚な心を埋めていった時、人志はカモミールでの日々で生まれて初めて生きる意味を見出し、やっと人間らしくなってきた感覚を覚えた。

 

だがあの日、全てを失った時、自分にとって大切なものたちを失う悲しみや痛み、苦しみを知り、人志の空虚な心は満たされたのであった。

 

それから人志は、血と汗と涙を流しながら、己の魂に誓った。

 

「もう二度と大切なものを失わぬように、もう二度と大切な人を悲しませないように、この生命の炎を最後まで燃やし続ける」と…。

 

人志は、血を流しながらも立ち上がり、己をも燃やし尽くす程の真紅の炎を身に纏い、メラメラと眼を光らせていた。

 

「な…何だ…!!その炎は…!!」

 

次第に炎は強まり、遂には地下戦闘訓練場を貫き、天をも衝く程にまで達していった。

 

その強大な炎柱から発する強大な熱気と生気に、本部にいる全ての者達は驚きを隠さずにはいられなかった。

 

「な…何て凄まじい熱気だ…これは間違いなく、人志さんの炎の性質変化の…!!」

 

「人志…!!」

 

その炎は、己自身をも焼き尽くす程に燃え上がり、他を圧倒するほど盛んであるものであった。それはまさに、

「気炎万丈」

 

「くっ…!!死にぞこないが!!!」

 

バサラは、メラメラと激しく燃え上がる人志に強大な暴風を放った。

 

だが、その暴風は人志には届かず、全て焼き尽くされてしまった。

 

「何だと…!!」

 

人志は、自身を燃やしながら目に映らぬ程の速度でバサラに突撃し攻めていった。

 

「気炎万丈 “炎威”」

 

すると次の瞬間、バサラの腕が一瞬で燃やされ、その勢いでバサラの肉体全てを焼き尽くさんとしていた。

 

「ぐああっ!!」

 

バサラは急いで炎を自身の妖力で消そうとしたが、全く消えずにいた。

 

人志の「気炎万丈」は未完成ながらも炎の性質変化の究極の形であり、対象を完全に燃やし尽くすまでは絶対に消えない。

 

その事を悟ったバサラは、自分の腕を切断して難を逃れた。

 

そうしなければとっくに終わっていた事になる。

 

人志は、眼前の宿敵に向かって、こう強く言い放った。

 

「本気を出せ…バサラ…。」

 

「…何だと…!?」

 

「今のお前に勝っても、俺にとっては何の意味もない…死力を尽くして俺と戦え…。今日、俺はここで…大妖怪バサラという生涯最大の宿敵を超えていく…!!」

 

「!?」

 

言葉通りに、人志はバサラを大妖怪として敬意を表して本気でかかってこいと強く言い放った。

 

その言葉を受け取ったバサラは、人志を絶対に倒さなければならない強敵と認め、遂に本気を出した。

 

これまでの暴風とは一味も二味も違う狂風を纏い、人志を完膚なきまでに叩き潰す事を決意する。

 

守るべき人の為、己の野望の為、互いに譲れない思いが、今まさに火花を散らし激しくぶつかり合った。

 



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第24話 風焔相搏つ

かつて魔界がまだ滅んでいなかった頃、ある一人の妖怪は飢えていた。

 

血に、肉に、骨に、力に、野望に、ただひたすらに飢えていた。

 

その者は、他の妖怪や鬼、吸血鬼達との戦いを何度も繰り返し、己の満たされぬ飢餓、野心と常に向き合っていた。

 

そして時は流れ、「始祖」の能力が何者かに奪われ魔界の均衡が保てず滅亡をただ待つことしか出来ない妖怪達を、一人の妖怪は導き、人間達の住む世界を支配し、全ての妖怪達に安寧をもたらし、妖怪社会を創り上げ、妖怪達を束ねるべく「羅刹一座」という組織を立ち上げた。

 

その者の名は「バサラ」。

 

「羅刹一座」のリーダーであり、妖怪の滅亡の危機を救った、大妖怪の中の大妖怪である。

 

そんな偉大な大妖怪の前に今、「最大の試練」が立ち塞がっていた。

 

大妖怪である自分とは比べ物にならない程取るに足らないちっぽけな隻腕の人間の少年に牙を剝かれた。

 

その上敬意を表されたバサラは、それに応えるべく隻腕の少年を完膚なきまでに叩き潰す事を決意し、この地下戦闘訓練場をも破壊しかねない程の狂風を発し、眼前の敵に向かっていった。

 

全てを捻じ切る狂風と、生命が燃え尽きるその時まで絶対に消えない真紅の焔が今激しくぶつかり合い、地下戦闘訓練場が破壊され、両雄は地上へと上がった。

 

風と焔、二つの強大な力は拮抗し、刹那の油断すら許されない程の激しい戦いが繰り広げられていた。

 

だがしかし、徐々に人志の力が弱まり、焔が消えかかっていく。

 

「気炎万丈」は対象を完全に燃やし尽くすまで絶対に消えない炎で、極めて強力ながらもまだ未完成であり、状態を長く維持すると自滅しかねない。

 

バサラはその事に気付きながらも、初めて自分をここまで本気にさせたただ一人の人間として敬意を表し、自滅より先に己自身の手で始末する事を選んだ。

 

人志は、己の生命が燃え尽きる前にバサラとの因縁に決着を着けるべく、更に火力を上げた。

 

「気炎万丈“焔”!!」

 

“焔”で火力を底上げして攻めに行く人志に対して、バサラはそれに対抗できる程の絶大な風でぶつけて相殺しようとした。

 

「狂刃風牙乱舞!!」

 

「気炎万丈“炎威”!!」

 

互いに強力な必殺技を繰り出し激しく衝突し、両者共に吹っ飛ばされた。

 

二人の強さはほぼ互角…。

 

だが、人志には「気炎万丈」を維持する時間がもう残っていない。

 

人志はそれを自覚して、次の攻撃に全てを懸ける所存であった。

 

それはバサラも同じであり、己の長年の悲願、野望である「真なる妖怪の世界」をこの手で創り出す為に、次こそ目の前の忌々しい障害を打ち砕かんと動き出した。

 

それぞれの胸の内に秘めた思いと野望の為に、二人は互いに最後の一撃を繰り出した。

 

「天魔・風神裂斬!!!」

 

「気炎万丈“焔天華”!!!」

 

風神が如き全てを切り裂く怒涛の烈風と、紅蓮に燃ゆる猛火の華が激しく背競り合い、その衝突は、この妖魔帝国本部全体に及ぶ程凄まじいものであった。

 

激しい背競り合いの中、最初は互角ではあったが、徐々に人志が圧していった。炎は風を受けると更に激しく燃え上がる。

 

バサラの全てを切り裂く暴風が、人志の炎をより大きくさせてしまったのだ。

 

紅蓮に燃ゆる猛火の華がバサラの全てを燃やし尽くし、死闘の結果、人志に軍配が上がった。

 

遂に宿敵との因縁に決着を着けた人志は、視界が霞みボロボロになりながらも、まだ戦っている戦友達の事や、樹と陽菜の事を思い、一歩ずつ前に進み続けた。

 

しかし、バサラは瀕死ながらもまだ生きており、今一度最後の力を振り絞り、人志の背後に烈風を放とうとしていた。

 

(最後に嗤うのは…俺達妖怪だ…!!)

 

だが、烈風を放つ前に燃え尽きてしまい、バサラはその五千年の生涯を終えた。

 

陽菜奪還を懸けた妖魔帝国本部での死闘がいよいよ終わりに近づいている中、怪童とヒノマルの戦いは激化の一途を辿っていた。

 

だが、鬼神と謳われる怪物と人の子の皮を被った怪物の死闘も、決着が近づいてきた。



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第25話 傷だらけの怪物

大妖怪バサラとの死闘を制した人志は、その後愛菜、凍哉、伊達と無事合流した。

 

「人志…!!勝ったんだな!?あのバサラに!!」

 

「…ああ…みんなも無事で、よかった…。」

 

「人の心配するより、自分の身体の心配をしたらどうだ?ほぼ満身創痍じゃねえか。」

 

「ははは…伊達さんにそれを言われたら、何も言い返せないな…。凍哉は、大丈夫か?」

 

「俺の事は気にするな…それよりも、樹と陽菜の元へ急ごう…敵の追手が来る前に。」

 

「ああ…そうだな…。」

 

「よし!!ここまで来たら後は本部から脱出するだけだ!!全員必ず生きて帰ろう!!」

 

仲間達と合流した人志は、樹と陽菜の元へと急いだ。

 

その頃、妖怪殺し 怪童は羅刹一座の大妖怪“鬼神”ヒノマルとの死闘は激化の一途を辿っていた。

 

怪童は人の身でありながら、大妖怪をも殺しかねない程の強さを持っており、“鬼神”と謳われるヒノマルは、満身創痍でありながら自分とほぼ互角に渡り合えている事に驚愕しながらもますます怪童に好感を持つようになった。

 

「素晴らしい…!!ますます貴様を我ら同族に迎え入れたくなったわ!!」

 

激しい力と力のせめぎ合いの果てに、怪童はヒノマルの巨体を投げて宙に浮かせ、血に塗れたその拳を鳩尾に叩き込み落とした。

 

その後、怪童は高見の見物にしゃれ込んでいるヒスイに指を指してこう言い放った。

 

「こいつを殺した後、次はお前だ…。」

 

死刑宣告を受けたヒスイは、妖しい笑みを浮かべながら怪童に指を指し警告をした。

 

「うしろ」

 

さっき地面に叩き落されたヒノマルが、瞬時に怪童の背後に現れ巨拳を放ち、怪童はそれを間一髪で回避した。

 

「その膂力、その意志、その胆力…やはり貴様は人間として腐らせるにはあまりに惜しすぎる…!!」

 

「その台詞はもう聞き飽きた…。」

 

ヒノマルはその巨拳を強く握りしめ、何故か眼前の敵にではなく虚空に放った。

 

すると、虚空に放った拳が空間に亀裂を生じさせ、怪童に致命的な一撃を喰らわせた。

 

普通なら拳の届くはずのない距離のはずなのに。

 

「これがわしの能力“空間打突”!!」

 

“空間打突”とは、空間そのものに拳を打ち込んでその空間全体に衝撃を発生させる能力。

 

“鬼神”と謳われるヒノマルの怪力による打撃は、まさに必殺の領域。

 

それを自身の能力で更に必中必殺のレベルにまで昇華させるという、

ヒノマルにしか為しえない恐ろしい合わせ技である。

 

「勝負あり…ってところかしら?」

 

死闘を制したヒノマルは、倒れ込んでいる怪童にゆっくりと近づき、同族に引き入れる為に自身の血を譲渡しようとしていた。

 

「怪童よ…人間という下らぬ種族から逸して今一度…いや、永遠にわしと心ゆくまで戯れようぞ。」

 

だが次の瞬間、怪童の拳がヒノマルの顔面を捉え、吹っ飛ばしてしまった。

 

「…驚いたぞ…!!わしの“空間打突”をまともに喰らって生きていられるのは、ヒスイ殿をおいて他にいないというのに…!!」

 

人の身で“空間打突”を耐え抜いた怪童を見て、ヒスイは驚きと興奮を抑える事が出来ずに、淫らに股を濡らしていた。

 

「たったの一撃で、俺を殺せるとでも思ったのか…?」

 

怪童は妖怪から人間を守る戦士の子として生を受け、3歳の頃から実母に厳しい鍛錬を積んできた。

 

怪童という名の由来は、本来なら並はずれて体が大きく力の強い子供を表すのだが、もう一つの由来は、どんなに強大で恐ろしい怪物にも負けず、人々の平和と安寧を守り通せる強い子供に育ってほしいという願いを込めたものである。

 

しかし4歳の時分、妖怪達による襲撃を受け、目の前で実母を陵辱され殺されてしまう。

 

結果、たった一人生き残った怪童は、己自身の弱さが実母を殺したと非力な自分を恨み、責め、自分を追い込みながら妖怪達と孤独に戦い続けてきた。

 

紆余曲折を経て、陽菜や人志との出会いや、橘茜と孤児達、カモミールという大切な居場所を見つけ、もう二度と大切なものを失わぬように、今まで以上に鍛錬を積み重ねてきた。

 

だがそれから数年後、羅刹一座の大妖怪バサラとその右腕ザクロが陽菜の秘められし能力を狙ってカモミールを襲撃してきた。

 

施設の創立者であり、守天豪傑の一人である橘茜は、施設内の年長者である人志と怪童に陽菜と子供達を避難させるように伝え、二人は施設から出来るだけ遠い場所に陽菜と子供達を避難させた。

 

避難させた後、怪童は恩師である橘茜が戦争の傷がまだ癒えておらず万全ではない事を知り、もう誰も殺させないと胸に強く誓った怪童は、恩師の元へ加勢しに行った。

 

だが、バサラに逆にその恩師の弱点として突かれ、足を引っ張る事になってしまい橘茜は致命傷を受けてしまったのである。

 

自分の不甲斐なさに憤りを感じた怪童は、単独でバサラに向かっていき、その強さに驚かされながらも結局歯が立たず敗北してしまい、結果共に育ってきた大切な子供達とカモミールを奪われてしまった。

 

その後、橘茜の戦友であり守天豪傑の一人である伊達恭次郎の治療を受けて、人志、陽菜、怪童の三人だけが生き残った。

 

血がにじむ程の鍛錬を積み重ねておきながら、結局何も守れていない、何も為せていない自分を戦士の出来損ないと自責の念に苛まれ、怪童は病室から出ていき、恩師の橘茜と共に育ってきた子供達の亡骸を全て己の手で埋葬し、計六十七基の墓標をカモミール跡地に建てた。

 

傷がまだ完全に癒えていない怪童が病室から出ていった事を知った人志と陽菜は、怪童の元へと急いで向かったのだが、怪童は二人に「俺が…この世から妖怪共を1人残らず殺し尽くす…。」と言い残し、二人の前から去ろうとする。

 

人志は、そんな心も身体もボロボロになり果てている親友を黙って見送る訳にはいかず、止める為に戦ったが敗れ、右腕を引きちぎられてしまい、怪童は人志と陽菜の前から去っていった。

 

人々を守る戦士として、最後まで責務を全うする為に…

 

怪童は人に仇なす怪物達を一人残らず殺し尽くす為に、己の胸を突き破り心臓を引きずり出し、咆哮を上げながら心臓を握り潰した。

 

怪童の突然の奇行にヒノマルとヒスイは驚愕を禁じ得なかった。

 

しかし次の瞬間、妖魔帝国本部全体の空間が暗闇に覆われ、怪童の頭上に満月のような眼球が血走りながら怪童を強く睨み付け、背後には大きく真っ赤な桜の木が生え、その木の下に赤く染まった小さな花たちが咲き誇った。

 

それは、怪童の隠された能力であり、最後の切り札…

その名も「戦戦兢兢」。

 

「空間全体が…塗り替えられている…!?」

 

ヒノマルが「戦戦兢兢」の異様な空間に戦慄している最中、ヒスイはすぐさま別空間に避難し、その能力を分析していた。

 

(自らの心臓を握り潰し、寿命の大半を犠牲にして空間全体を自身の心象風景に塗り替える…といった感じかしらね。)

 

怪童の底知れぬ執念と強さに、ヒノマルは震えながらも“空間打突”を放ち、今度こそ完全に殺そうとした。

 

だが全く効いてはおらず、寧ろ怪童の力がどんどん上昇していた。

 

「戦戦兢兢」は、寿命の大半を犠牲にするかわりに妖怪・鬼・吸血鬼といった人に仇なす怪物達のいかなる攻撃、いかなる能力をも喰らい、自身の力を激しく上昇させる効果を持つ。

 

「戦戦兢兢」に巻き込まれた妖怪・鬼・吸血鬼は、どんな手段や能力を用いても怪童を殺せず、その空間から抜け出す事も出来ない。悉く怪童に喰い尽くされるのみ。

 

(ヒノマル君…貴方はどうやらここまでみたいね…。)

 

己の死期を悟ったヒノマルは、眼前のたった一人のちっぽけな人間がどんな怪物をも喰らい尽くす怪物以上の存在に見えた。

 

鬼神と謳われた伝説の怪物が、血も肉も骨も、何千年と築き上げてきた力と威厳をも一つ残らず喰い尽くされた。

 

人の子の皮を被った傷だらけの怪物の手によって…。

 

その頃、陽菜を連れて本部から脱出しようとする樹の前に、突如謎の男が現れ行く手を阻む。

 

「あ…貴方は……!!?」

 

その男は、かつて人間と妖怪が争いながらも共存していた世界を平和へと導こうとした最高指導者「後藤博文」であった。

 

「そ…そんな馬鹿な…!!?貴方はもう……」

 

「後藤博文」と思われる男は、陽菜に向けて言葉を投げかけた。

 

「さあ、私と共に参ろう…

我らが『始祖』よ…。」



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第26話 始祖

陽菜と共に妖魔帝国本部からの脱出に急ぐ樹の前に、死んだはずの後藤博文が突如として行く手を阻んだ。

 

「さあ、私と共に参ろう…

我らが『始祖』よ…。」

 

「そんな…貴方はとうに死んだはず…何故ここに…!?それに、『始祖』って…」

 

樹と陽菜は、あまりの出来事に驚きと恐怖で震えが止まらずにいた。

 

そんな時、樹のかつての親友である和真の名を騙る化け物が現れた。

 

「よお樹…また会ったな。」

 

「お…お前は、あの時確かに…」

 

次々と信じられない事が起こって混乱している樹。

 

そこに更に、羅刹一座の大妖怪・ヒスイが後藤の元に現れた。

 

「やあヒスイ 随分と楽しんできたようだね。」

 

「ええ とても素敵な時間を過ごしたわ。」

 

「樹君…その娘をこちらに引き渡してくれないかね。その娘にはとても大事な役割があるのだよ。」

 

未知の外敵に狙われる陽菜は、恐怖と不安で震えが止まらずにいた。

 

樹はそれを黙って見過ごす訳にはいかず、陽菜を安心させる為に強い意志で外敵に反発した。

 

「断る…!!陽菜さんは、誰にも渡さない!!」

 

「樹さん…」

 

それに対して、和真の名を騙る化け物が樹に向かって攻めてきた。

 

「おいおい、後藤様に対してその態度はねえだろ樹よ…。」

 

樹は自身の血を木に錬成させ陽菜を守る為の結界を張り、化け物に反撃した。

 

「陽菜さんには指一本も触れさせないぞ…!!」

 

だが、化け物は難なく躱し距離を詰め、拳で樹を殴りダメージを与えた。

 

「樹さん!!」

 

「相変わらず近接戦に弱いなお前は…」

 

「樹君…一つ言っておくが、君が今相対しているその者は紛れもなく、君のかつての親友である和真だよ。」

 

和真は、過去に樹と任務で凶悪な妖怪と対峙して敗れ攫われた後、その妖怪や後藤の手によって人間から妖怪へと驚異的な変貌を遂げてしまった。

 

そして今、こうしてかつて志を共にした親友と戦うという望まれない再会を果たしてしまったのだ。

 

「あの時お前に化け物と言われて凄くショックを受けたよ…やっとこうしてお前と再会できたというのに…お前は本当に酷い奴だよ…樹。」

 

今の和真の強さはあの時とは比べ物にならず、大妖怪とほぼ同等の強さを持っている。

 

今の樹ではまるで歯が立たない。

 

だが、それでも樹は人志との誓いを…陽菜を死んでも守り通す為に、目の前の強大な外敵達にその意志を見せた。

 

「僕は…人志さんに任されたんだ…「お前にしか頼めない仕事だ」と…。約束したんだ…愛菜さんと、「勝ってみんなで生きて帰ろう」と…。だから、お前らなんかに陽菜さんを渡す訳にも…やられる訳にもいかないんだ…!!陽菜さんは何としてでも必ず守り通す!!お前らは引っ込んでいろ!!!!」

 

人志との誓いと愛菜との約束の為、樹は自身の血で数多の大木を錬成し和真や後藤、ヒスイに放ち、それを囮にして木の種を和真に放ち体内から攻撃しようとした。

 

「おっと!その手はもう食わねえよ!」

 

木の種を躱され、またしても窮地に立たされた樹。

 

だが、樹の真の狙いはそこにあった。

 

最初に大木を放った時、和真や後藤達の下に自分の血を撒き、木の種による内部破壊を目的とした攻撃に見せかけたブラフを張っていたのだ。

 

狙い通り、樹は敵の下に撒いた血を鋭利な大木に錬成させ、和真を串刺しにした。

 

後藤とヒスイは、樹の真の狙いを看破し難なく避けるも感心した。

 

「ふ…ふざけやがって…!!」

 

「もういいよ和真。私が手を下す。」

 

醜態を晒した和真を見かねて、後藤は自ら樹を殺そうと赴いた。

 

「樹さん逃げて!!このままじゃ殺されてしまう!!」

 

「駄目だそんなことは…!!たとえ勝ち目のない戦いであろうと…僕は逃げるわけにはいかない…!!みんなの為にも…!!!」

 

迫りくる魔の手が樹に届く寸前、紅蓮の炎が後藤の行く手を阻んだ。

 

人志達が遂に駆けつけてくれたのである。

 

「樹…俺達の為によくやってくれた…あとは、俺達に任せろ!!」

 

人志・愛菜・伊達が後藤の相手をする中、凍哉は仇敵であるヒスイに向かっていった。

 

「ヒスイ!!!!」

 

「フフフ…また会えて嬉しいわ凍哉君…。」

 

そしてそのまま、凍哉はヒスイとの一対一の状況を作る為、別の場所に移動した。

 

人志は、陽菜を守る為に戦い傷付いた樹に自身の生命エネルギーを譲渡し回復させた後、愛菜の能力で力を倍増させてもらい、気炎万丈で後藤に向かっていった。

 

「気炎万丈“炎威”!!」

 

威力を倍に強化された“炎威”で、後藤を倒そうとする。

 

だが、後藤には全く効いておらず、何故か人志が損傷を受けていた。

 

何が起こっているのか全く訳が分からずにいる人志と愛菜。

 

そんな中、伊達は人志に続いて後藤に攻め入り、攻撃する直前にフェイントをかけて後藤の背後に回り強烈な一撃を与えた。

 

「やはりな…こいつの能力は任意のタイミングで相手の攻撃を跳ね返す…フェイントをかけといて正解だったぜ。」

 

手傷を負わされた後藤は、即座に再生させ自身の能力の一つである“衝撃反転”を見抜いた伊達を褒め称えた。

 

「いやいや…流石守天豪傑の一人として多くの修羅場を乗り越えただけの事はある…感服するよ伊達君。」

 

「お前に褒められても何も嬉しくねえ…そろそろ本題に移ってもらおうじゃねえか…後藤博文。」

 

「いいだろう…まず何から話そうか…そうだ人志君、君の大切な人の陽菜の事から話そうか…」

 

「…お前…陽菜の何を知っている…!?」

 

「妖怪の始祖…。伊達君から話は聞いているだろう?陽菜はあれの正体だよ…。」

 

「な…何…!?」

 

「能力を奪われ魔界の均衡が失われ滅びた時、始祖は一人の人間として転生し人間界に降りた…つまり、陽菜は始祖の転生体…生まれ変わりということだ。その能力を奪った者は、羅刹一座の大妖怪の一人…“超越者”ヒスイと、この私だ。」

 

「…陽菜が始祖だと…ふざけた事を抜かすな!!陽菜は、共にカモミールで育ってきた家族だぞ!!」

 

「私はあくまで事実を言ったまでだ…現に、君が選定にてバサラと対峙した時にも彼女はその力の片鱗を見せたではないか。」

 

「人志…そいつの言ってる事は本当だ…。もう一つ聞きたい事がある…何故殺されたはずのお前が今こうしてのうのうと生きているのかをな…。」

 

「始祖の能力を奪い人間界に降りた後、私は始祖の能力の根源を知るために研究を積み重ねた…その力の源は、数多の人と妖怪の命そのものだった…。私はこの偉大なる始祖の能力をもっと引き出す為に、死を偽装して戦争の引き金を引き多くの人と妖怪の命を始祖に捧げた。結果私やヒスイの中にある始祖の力は着々と増幅していった…実に心地いい感触だったよ。」

 

「目的は何だ?」

 

「始祖の能力を利用し人間や妖怪・鬼・吸血鬼とあらゆる全ての生物を超えた究極の生物へと進化させ、新時代を創設する…それが私の目的だ。」

 

「多くの人々や妖怪達…そして、俺の戦友達の命がてめえの自己中心的な目的の為に利用されたと思うと、これ以上ねえくらい反吐が出るぜ…。」

 

「その多くの命達がこの私の大いなる野望の為に犠牲になったのだ。私からすればこれ以上ないくらい名誉に値する事だよ…。ああそれと、私の計画の過程にて少し思わぬ誤算が生じてしまってな…」

 

「…誤算だと…!?」

 

「君と怪童の事だよ。四年前のカモミール襲撃の時、バサラによって恩師と子供達を殺された時、その命達が始祖である陽菜の中に流れ込み覚醒し、君らを能力者として目覚めさせたのだ…。始祖の『願望・意志を具現化させる』能力の影響を受けてな…。おかげで君と怪童は人間でありながら大妖怪をも超える能力と強さを身に着ける事が出来た。だが、始祖の能力の影響を受け強化された者はその能力の反動によって寿命を持っていかれる…君ら二人の寿命は、持ってあと数ヶ月といったところだろう…。まあ、バサラに始祖の在処を示唆したのは私だがね。」

 

「凍哉は…氷華の一族と陽菜とは何の関係がある…?」

 

「氷華の一族は、始祖の能力を守る為のいわば従者といったところだ。その末裔である凍哉は一族の中で最も強大な力を持っている…正直君らの中で彼が最も厄介だからね…ヒスイに任せておいて正解だったよ。」

 

「そうか…魔界を滅ぼしたのも、氷華の一族を滅ぼしたのも、カモミールでの大切な日々を壊したのも、この世界を地獄に変えたのも、全部…お前の仕業だったのか!!後藤!!!」

 

全ての元凶である後藤を前に怒りを露にする人志と仲間達。だがその中で、陽菜が最も激昂し能力を覚醒させ、眼を朱く光らせ後藤に殺意を向ける。

 

「返せ…茜先生を…子供達を…何もかも奪ったお前を、私は決して許さない…!!」

 

陽菜は、とてつもない程強大な衝撃波を後藤に放った。

 

だが、半分以上も奪われた今の始祖の力は全盛にはあまりに程遠く、押し負けてしまう。

 

そして、後藤は残りの力を根こそぎ奪う為に陽菜の首を絞め始末しようとする。

 

「ぐ…あ…あぁ…」

 

「陽菜!!」

 

「私の大いなる計画の礎となれ…始祖よ…。」

 

すると次の瞬間、後藤の魔の手が空間ごと削り取られた。

 

“鬼神”ヒノマルとの死闘を制した“妖怪殺し”怪童が、陽菜を抱き抱えて救ったのである。

 

「……怪童……!!」

 

「怪童…お前…!!」

 

カモミール襲撃から四年の時を経て遂に怪童と再会した陽菜は、彼への想いを涙ながらに訴えた。

 

「…怪童…やっと会えた…」

 

「……」

 

「ごめんなさい……私のせいで、貴方や人志を苦しませてしまって…本当にごめんなさい…。支えになれなくて…本当にごめんなさい…。貴方は昔から、戦士としての責務を果たす為に…人々を守る為に、自分がどんなに傷を負っても戦い続けてきた…。私は、そんな貴方の生き様がとても誇らしく思えた…。だけど、私は貴方が自分の事を顧みずに人々の為に戦い続けている姿を見て、ただ黙って見てる訳にはいかなかった…。せめて、貴方の背負っている傷を私も一緒に背負いたい…。だからもう…これ以上遠くに行かないで…!!貴方の傷みは、私の傷みだから…!!!!」

 

大粒の涙を流しながら自分への想いを訴えた陽菜に対し、怪童は傷つけないように首に優しく手刀を置き眠らせた。

 

そして、陽菜の身柄を人志に譲り、全ての元凶である後藤と戦う為に本部に残る事を決意した。

 

「怪童…お前…一体何のつもりだ…!?」

 

「陽菜を守るのは、お前の責務だろう…?俺は…俺の為すべきことを為すまでだ…。」

 

「怪童…!!」

 

後藤は、己に届きうる牙を持つ怪童に対して、ヒスイを呼び戻し、始祖の能力で強化した妖怪の軍勢を招集し対抗しようとしていた。

 

「人志!!ここにいつまでも長居すると巻き添えを食っちまう!!急いでここから脱出しよう!!」

 

人志は愛菜の意見に賛成し、さっきまで別の場所でヒスイと戦っていた凍哉と合流して全員で本部から脱出した。

 

怪童は、“鬼神”ヒノマルとの戦いにて戦戦兢兢の能力で身に着けた“空間打突”と、自身の触れた対象を無力化させ空間ごと削り取る能力の合わせ技で、目の前に立ちはだかる妖怪達を鏖殺していった。

 

「化け物共が何人束になってかかろうが…恐るるに足らん……

俺は怪童だ!!!!」

 

後に、羅刹一座及び妖魔帝国本部は“妖怪殺し”怪童の手によって壊滅されたと、人々と妖怪達に知れ渡る事となり、世界は恐怖と混乱に陥ってしまうのであった。



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日常・過去編
第27話 あれからとそれから


“妖怪殺し”怪童が羅刹一座と妖魔帝国本部を壊滅させたとの情報が魔都東京及び妖魔帝国全域に知れ渡った。

 

妖怪達が恐怖と混乱の渦に陥っている最中、怪童を神格化し信仰する人間達が妖怪達に反旗を翻し、次々と妖怪達が殺されていく事態となった。

 

暴徒と化した人間達を止める為に妖怪殺し対策本部長の若茶と、彼が率いる霊能力者と妖怪達が赴き抑止していた。

 

だが、暴徒達の勢いは止まる事を知らず、妖怪殺し対策本部のメンバー達は苦戦を強いられていた。

 

「若茶本部長!全く抑えられません!!もう限界です!!」

 

「皆、無理はするな!あとは私が引き受ける!!」

 

若茶は、狛犬としての強さを発揮し殺さない程度に暴徒と化した人々を制止しようと奮発していた。

 

一方、長寿館にて愛菜の妹の千尋と弟の蓮と剛は、長姉の愛菜と人志達の無事を祈りながら帰りを待っていた。

 

「お姉ちゃん達、大丈夫かな…」

 

「大丈夫だよ!お姉ちゃんは強いもん!!」

 

そして時は流れ、妖魔帝国本部から陽菜を奪還した人志達は全員無事に帰還し、愛菜の兄弟達は歓喜した。

 

「お姉ちゃん!!」

 

「千尋、蓮、剛!あたし達勝ってきたよ!」

 

皆が安堵する中、数多の大妖怪との戦いで限界以上に戦い尽くした人志は、遂に倒れてしまった。

 

「人志さん!!」

 

「人志!!」

 

「無理もねえ…オニタケとバサラ、大妖怪を二人も相手して戦ったんだからな…。」

 

伊達は、四人の中で最も負傷している人志を早急に手当てする為、集中治療室へと急いで行った。

 

樹・愛菜・凍哉も各々治療を受け、陽菜は療養室へと運ばれた。

 

戦士達が戦いの傷を癒している最中、少女は夢を見ていた。

 

幼い頃、外敵達から自分を守る為に戦ってくれた傷だらけの戦士の夢を見ていた。

 

人々を守る戦士として己の責務と信念を貫き通そうとするその少年を、少女は誇りに思い焦がれた。

 

少女は、その少年の戦いの傷を一緒に背負いたいと強く思い、その手を伸ばした。

 

だが、手を伸ばせば伸ばす程少年は遠ざかっていき、その道には幾千もの妖怪達の屍が転がっていた。

 

血で染まった道の向こうに、少女が焦がれたその少年が一人立ち尽くしていた。

 

幾度の戦いで傷付き、妖怪達の返り血で染まった少年は、まるで怪物以上の怪物のようであった。

 

少女は変わり果てたその少年への想いを胸に、その名を叫んだ。

 

療養室で目覚めた陽菜は、人志や樹達の安否が気になり、旅館内を探し回る一方、人志の治療を今しがた終えた伊達は、凍哉の首元に付けられたヒスイの噛み跡の治療を施していた。

 

「この噛み跡は恐らくお前が能力を行使すればするほど効果が発動し、お前の身体を侵食していく物だろう…。一応護符は貼っておくがしばらくは能力の使用を控えた方がいい。」

 

「…人志の容態はどうなんだ…?」

 

「…あいつは二人の大妖怪を相手に戦ったのもそうだが、後藤が言っていた『始祖』の能力の影響で寿命がもう数ヶ月しか残されていない…。はっきり言って戦線復帰出来るかどうかも怪しい…。」

 

現時点での人志の容態を聞いて、凍哉は彼への思いを口にした。

 

「俺は…あいつに出会って戦いを経て、生き方を、心の在り方を変えさせられた…。復讐しか眼中にない俺とは違って、あいつは大切な人を守り通すという強い意志を持って最後まで戦おうとしている強い人間だ…誇らしい程に…。だから、あいつには…長生きしてほしかった…。」

 

「冷徹なお前にそこまで言わせるとはな…。」

 

もう一方で、人志の容態を伊達から聞いた樹と愛菜も、悲しみに明け暮れていた。

 

「そんな…人志さん…」

 

「あたし、あいつにまだ借り全部返しきれてないってのに…何だよ…余命あと数ヶ月って…!」

 

そんな時、その場に居合わせた陽菜は、樹と愛菜の話を聞いて驚きと悲しみの表情を隠しきれずにいた。

 

「は…陽菜さん…!」

 

「…その話、詳しく聞かせてください…。」

 

二人から話の詳細を聞き、陽菜は大粒の涙を流し憂いに沈んだ。

 

「私のせいで…私のせいで…こんな事に…。」

 

泣き崩れる陽菜に、愛菜は肩に優しく手を置いた。

 

「陽菜ちゃんのせいじゃないよ…これは、戦友であるあたし達の責任だ…。だから、今はただ…あいつの回復を一緒に待とう…。」

 

「…ありがとうございます…。」

 

「あたし、愛菜っていうんだ。よろしくね!」

 

皆が人志の回復を祈る中時は流れ、実に数十日が経った。

 

人志が遂に意識を取り戻し、僅かながらも回復の兆しを見せた。

 

その吉報が仲間達に届き、皆喜びを露にした。

 

「人志さん!」

 

「人志!」

 

「樹…愛菜…凍哉…伊達さん…心配をかけてしまって本当にすまない…。」

 

「身体、少しでも動かせるなら陽菜の元へ行ってやれ…。」

 

人志は伊達に言われた通りに、陽菜に顔を見せに行った。

 

数十日振りに再会を果たした陽菜は、人志に抱きついて離さずにいた。

 

「お帰り、陽菜。」

 

「…ただいま…。」

 

「せっかくだ…リハビリがてら、少し二人で周りながら話そうか…。」

 

二人は、館内を周りながらこれまでの出来事や日々を話し合った。

 

選定での生き残りを懸けた戦いから、陽菜奪還での鍛錬と死闘の数々を…。

 

館内を一周し終わった後、陽菜は人志の袖を掴み、今の気持ちを暴露した。

 

「もうこれ以上…私の為に戦わなくていい…傷付かなくていいから…どうか…残りの余生だけでも幸せに生きてほしいの…。」

 

陽菜に涙ながらに訴えかけられた人志は、彼女の頬をつたる涙を片手で優しく拭き、優しい笑みを浮かべてこう言い放った。

 

「大丈夫だよ 俺はお前を守り通して、怪童を救うという誓いを果たすまでは絶対に死なない。

これは、俺が始めた戦いだから。」

 

その言葉を耳にした陽菜は、かつてカモミールで過ごした時に同じ言葉を発した者と重なっているように見えた。

 

「教えて…貴方はどうして、そこまで人々の為に自分の身を削ってでも戦うの…?」

 

「知れたこと…これは、俺が始めた戦だ。」

 

そして、人志はこうも言った。

 

「それにお前や樹、皆とこうして肩を並べられただけで俺はもう幸せだよ。」

 

陽菜に優しい言葉をかけた後、人志は病室へと戻っていった。

 

樹と愛菜は、今回の奪還作戦でまだまだ自分達は非力だと強く実感し、更に強くなる事を決意し鍛錬に励む。

 

そんな中、伊達は館外に出てかつて人々の為に戦って散っていった仲間達の魂が眠る慰霊碑の前に立ち、それに刻まれているかつての同期である橘茜に向けて言葉を発した。

 

「お前が育てた子供達は、俺やお前以上に過酷な人生を歩もうとしている…。皮肉なもんだよなあ…守天豪傑とあろう者が、子供の幸福と未来すら碌に守れねえなんてよ…。

そうは思わねえか…橘…。」



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第28話 追憶 前編

妖魔帝国本部での死闘を終えた後、人志はリハビリがてら腕立てや上体お越し、スクワット、イメトレなどの基礎訓練を行っていた。

 

イメトレをする際、人志は怪童を相手にイメージをして戦っていた。

 

生命エネルギーの炎の性質変化の極致“気炎万丈”を以てして戦うも、怪童はそれを遥かに上回る程の圧倒的な力で捻じ伏せ、空間ごと削り取った。

 

人志はこれまでに幾度の鍛錬と死闘を経て成長し強くなったが、怪童は人志以上に数々の死闘を経験している。

 

人志は怪童とのイメトレを行った後、“気炎万丈”を完成させなければ太刀打ち出来ないと悟り、更なる鍛錬と戦いの積み重ねが必要不可欠だと確信した。

 

基礎訓練を終えた後、人志は陽菜を呼んである場所に足を運んだ。

 

そこはかつて人志や陽菜、怪童が恩師の橘茜の下で学び暮らしていた養護施設「カモミール」があった場所であり、大妖怪バサラの襲撃を受けた今となっては死んでいった恩師と子供達が安らかに眠る墓標となっている場所である。

 

二人は亡くなった恩師や子供達の墓標に花を添えて、カモミールで過ごした日々を思い出していった。

 

今から四年前、施設内の教室で橘茜が教鞭を取り子供達に教育を施していた頃、陽菜は寝室で寝坊をしている人志を急いで起こしに行った。

 

「人志!もう授業始まっているよ?起きて!!」

 

当の本人は声をかけられ身体を揺さぶられながらも、いびきをかいて眠りにふけており、痺れを切らした陽菜は耳元で大声を上げて起こした。

 

「起きろーーーーーーー!!!」

 

陽菜は、寝床から人志を引っ張り出し急いで教室に行った。

 

その様子を見て、橘茜は笑いながら人志に注意をした。

 

「人志、貴方はもう少し年長者らしく振る舞ってくださいね。下の子供達に示しがつきませんよ。」

 

笑われながら注意されている人志を見て、下の子供達も爆笑していた。

 

寝ぼけながらも席について授業を受ける人志を、窓際の席にいる怪童は横目で見ていた。

 

午前の授業が終わり、人志や陽菜達は昼食の準備に取り掛かった。

 

今日の昼食はカレーライスで、皆食材の準備に取り掛かり調理を実行する。

 

その中で、陽菜はじゃがいもの皮をピーラーで切ろうとしていたが、誤って指を切ってしまっていた。

 

「痛っ!」

 

怪童はその様子を見て、陽菜にじゃがいもの皮の切り方を教えに行った。

 

「貸してみろ。」

 

「えっ?う、うん。」

 

怪童は、慣れた手付きでじゃがいもの皮をピーラーで丁寧に切りながら陽菜に切り方を教えていた。

 

「じゃがいもは平らな部分から皮を剥けば楽。それと最後に、くぼんだところにある芽をピーラーの脇に付いている耳(芽取り器)でかき取り、芽の跡が残らないように綺麗に掃除すればOKだ。」

 

「なるほど…うん、わかった。やってみる。」

 

陽菜は怪童に教えられた通りにじゃがいもの皮の平らな部分からピーラーで切り、最後に芽を芽取り器で切り取る事に成功した。

 

「出来た!ありがとう、怪童!」

 

「もう大丈夫そうか?」

 

「うん、大丈夫!」

 

昼食を済ませ、各々が昼休みの時間を過ごす中、人志は怪童に体術を教えてもらうよう頼んだ。

 

組み手をしながら、怪童は人志の悪い所を指摘して直すよう教授した。

 

「お前はいつも攻撃をする際、拳に力を入れすぎている。実戦では簡単に見切られてカウンターをもらってしまうから、今の内に直しておけ。」

 

「うーん…でもどうしても力んじまうんだよなあ…。」

 

「打撃による攻撃は、どれだけ脱力出来るかが重要になる…いずれも強調されるのはインパクトだ。打撃を相手にぶつける瞬間まで脱力すればするほど、相手に見切られにくくなるし、威力も破壊力もグンと上がる。」

 

「そうなのか…よし、怪童!もう一戦頼む!」

 

人志は、今しがた怪童に教わった脱力を用いて攻め続けた。

 

すると、さっきとは比べ物にならない程組手が上手くなった事を実感した。

 

「何か、さっきよりいい感じに戦えてる…これが脱力か…。」

 

「初めは肩から力を抜くといい。慣れてきたら全身から力が抜き出るようにイメージすると尚良い。ああそれと、俺はこれから自主練しなければいけないから、後はその感覚を忘れないように自分で練習してくれ。」

 

「ありがとう、怪童!」

 

人志に一通り体術を教え自主練に励もうとする前に、怪童は振り返りざまに人志にある言葉を投げかけた。

 

「陽菜は、お前が守れ…。」

 

「え…?」

 

「俺のようになるなよ…。」

 

意味深な言葉を投げかけられた人志は、去っていく怪童の背中をただ黙って見る事しか出来ずにいた。

 

昼休みが終わり、午後の授業も滞りなく進み自由時間になり、怪童は一人自己鍛錬に臨んでいるところ、橘茜が汗拭きタオルと水のペットボトルを手に持ち彼に渡そうとしていた。

 

「いつもいつも鍛錬に身を投じて、精が出ますね…怪童。」

 

「先生…何故俺なんかの所に…。」

 

「貴方も私の教え子の一人なんですよ?それに、少しだけでも休憩を挟まないと鍛錬にはなりません。自分で自分を追い込み続ける…それはただ辛いだけです。」

 

「お言葉ですが、自分はまだまだ非力で戦士としての責務をまだ何も果たせていません。それに、もう二度とあの時のような事を繰り返させない為にも、たとえこの身がボロボロになろうと俺は戦い続けなければならないと、そう己の胸に誓ったんです。だから、一時でも休むわけにはいかないんです。」

 

そう強く言い放った怪童に対し、橘茜はある言葉を投げかけた。

 

「本当に強い子ですね…貴方は…。」

 

「…どういう事です…?」

 

「人を襲って喰らう妖怪達から人々を守る為に戦う…かつて私も、たくさんの人達を守る為に戦っていました…。けど私はその戦いに敗れ、大切な人達も戦友も何一つ守ることが出来ませんでした…。強さも鍛錬も覚悟も、何もかも足りてなかったのです…。ですが、貴方は違う…その年で己の肉体、果てには命までも全て投げ出す決意と覚悟を持っている…。誇りなさい怪童…貴方は誰よりも強い…。」

 

汗拭きタオルで怪童の汗を拭き、水のペットボトルを手に持たせて、橘茜は去っていった。

 

「違う…俺は強くなんかない…!!俺は…俺は…!!」

 

怪童はさっきの橘茜の発言を受け止めて、幼少の頃妖怪達による襲撃を受け、為す術もなく目の前で母親を陵辱され殺された過去を思い出して血が出るほど歯ぎしりをしながら拳を強く握りしめていた。

 

時は流れ夜になると、怪童は一切休むことなく血が滲む程鍛錬に明け暮れていた。

 

そんな怪童の事を心配して、施設内で数少ない友人の人志と陽菜が駆けつけて来た。

 

「怪童、もういい加減に休め!本当に死んじまうぞ!」

 

「人志…陽菜…」

 

人志に注意された怪童は、鍛錬をやめて休むことにした。

 

「怪童、これを…。」

 

陽菜は、さっきまで鍛錬に明け暮れて汗にまみれている怪童に汗拭きタオルと水のペットボトルを渡した。

 

「ありがとう…陽菜…。」

 

三人は肩を並べ、夜空の星を見上げながらそれぞれの今後の目標の事について話し合った。

 

「俺はこのカモミールに来てから、初めて自分にとって大切な居場所と言える物を見つけた…。もう俺は二度と、俺の目の前で大切なもの達をこれ以上奪わせないよう、戦士として戦い守り通して見せる…!!」

 

「凄い奴だよお前は…俺なんかと違って…。」

 

「人志はどう?将来の夢とか目標は見つけたの?」

 

「俺は…今のところこれといって夢とか目標はないかな…。けど、やりたい事はある。」

 

「何?」

 

「この三人で一緒に、色んな所に行って旅をしたい。」

 

「…それはどうしてだ?」

 

「大した理由はないんだけどさ…俺、今陽菜と怪童とこうして一緒に過ごすのが一番楽しいと思ってるんだ…。三人で飯作って食ったり、遊んだり、学んだり、くだらねえ話して笑い合いながら色んな物見て回る…俺の中にあるのは、これだけなんだ…。」

 

「人志…。」

 

二人は人志の心情を聞いて、少し心が温まった感覚を覚えた。

 

「それ、私は凄く良いと思う…。」

 

「えっ?本当か?」

 

「うん、それ絶対楽しいと思う!やろうよ!いつかこの三人で!」

 

「いや待て陽菜、俺の場合は…」

 

「お前も一人よか俺達と一緒にいた方がいいだろう?何せお前、俺と陽菜以外友達いねえんだからさ。」

 

「う…うるせえ!」

 

顔を赤くして怒鳴る怪童を見て、人志と陽菜は笑っていた。

 

それに呆れた怪童も、二人と一緒に笑い始めた。



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第29話 追憶 後編

夜空の星を見上げながらそれぞれの夢や目標を語り合った三人は、床につき静かに眠った。

 

気持ちよく眠れると思ったその時、人志は不可思議な夢を見た。

 

それは、数多の墓標の上に二人の男が立ち尽くし互いに睨み合っている夢であった。

 

一人は全身傷だらけで、もう一人は片腕を失くしていた。

 

互いに鋭い眼光を発し言葉を交わすと、二人は衝突し激しい光に包まれていた。

 

人志は眩い光に照らされて目を覚ましたが、その時はまだ午前5時過ぎで皆寝静まっている頃であった。

 

二度寝しようにも今し方見た夢が気になって中々寝付けず、人志はひっそりと外の空気を吸いに行った。

 

するとそこに、早朝に一人で自己鍛錬に励んでいる怪童の姿があった。

 

「おお人志!珍しいな、いつも寝坊してるお前がこんな朝早くに起きるなんて」

 

「夢を…見たんだよ…たくさんの墓の上で、傷だらけの大男と片腕の男が向かい合って戦い始めるっていう…何とも言えない夢をさ…。」

 

「ふーん…なるほど。」

 

「なあ怪童、トレーニングの最中悪いけど少しだけ俺と組手やってくれないか?どうもこのままじゃ気持ち悪くてな…。」

 

「ああ、分かった。」

 

人志は怪童と一緒に午前6時まで組手をやり汗と共に雑念を払った。

 

その後午前7時に朝食を取り、30分後に午前の授業を受けた。

 

人志は眠気でウトウトしながらも授業に参加していた。

 

今日も何事もなく日常を過ごせると思ったその時、突如カモミールに凄まじい轟音が響いた。

 

皆が一斉に外に出るとそこには妖怪社会を創り上げた男・羅刹一座の大妖怪バサラと、その右腕のザクロ率いる妖怪集団が襲撃してきた。

 

「何だ…あいつらは…!?」

 

「羅刹一座の大妖怪…バサラ…!!何故あいつがこんな所に…!?」

 

バサラとザクロは、設立者の橘茜にある示談を持ちかけた。

 

「あんたがこの施設の設立者か…?元・守天豪傑の橘茜さんよ…。」

 

橘茜は大妖怪で絶対の実力者であるバサラに迫られても、物怖じせずに返答した。

 

「そうですが…それが何か?」

 

「なあに…簡単な話だ。お宅の子供達の中の一人の身柄をこちらに引き渡してもらいたい。確か名前は…陽菜…だったかな?」

 

「何故、陽菜の身柄を貴方達に引き渡さなければならないのです?」

 

「その娘は希少且つ有用な能力を秘めている…。この妖怪社会の更なる発展の為…俺の野望の為に利用させてもらう。その為にここに来た。大人しくこちらに引き渡せば悪いようにはしねえよ。」

 

陽菜の秘められた能力を狙いに来たバサラ達に対し、橘茜は年長者の人志と怪童に指示した。

 

「人志!怪童!陽菜と下の子供達を安全な場所まで避難させてください!」

 

「えっ、先生は!?」

 

「ここは私が食い止めます!だから急いで!!」

 

「先生…駄目だ!!その身体じゃ…!!」

 

「怪童!!ここは茜先生の指示通りに、陽菜と子供達を非難させるんだ!!」

 

人志は怪童を説得させて、共に陽菜と子供達を遠い安全な場所まで避難させようと動き始めた。

 

その後橘茜は、自身の能力で刀を具現化させて、子供達を守る為にバサラ達に刃を向けた。

 

「やれやれ…大人しく引き渡せば痛い目に遭わずに済むのによ…。」

 

数多の妖怪達と激闘を繰り広げている中、人志と怪童は陽菜と下の子供達の避難を完了させていた。

 

だが、怪童は恩師の橘茜が先の戦争で負った傷がまだ完全に治り切っていない事を気にかけており、戦いの場に戻って助けに行こうとしている所を、人志は必死に止めようとしていた。

 

「待て!行くな怪童!!お前が行ったら、俺達の為に命を張った茜先生の行為が無駄になってしまう!!ましてや相手は大妖怪なんだぞ!!!」

 

「もう二度と…俺の目の前で大切なものを奪わせはしない…そう胸に誓って今日まで鍛錬に次ぐ鍛錬を積み重ねてきたんだ…。今ここで俺が戦わなければ、俺は一体何の為に鍛錬をしてきたというんだ…!!」

 

そう言い放った怪童は、人志の手を振り解いで戦場に赴いた。

 

「怪童!!あー…クソっ!!陽菜!俺は急いで怪童を連れ戻して来る!お前は子供達と一緒にここに避難していてくれ!!」

 

人志は怪童を止める為にすぐさま出向いた。

 

一方、橘茜は数多の妖怪達を刀で撫で斬りにし、大妖怪バサラの右腕ザクロと死闘を繰り広げていた。

 

傷を負いながらも互角に渡り合っていたが、次第に疲労と傷の痛みが蓄積し徐々に圧され始めていた。

 

「さっきまでの勢いはどうしたんですか?」

 

ボロボロになりながらも子供達を守る為に必死に戦っている橘茜に対し、ザクロは嘲笑いながら着実にダメージを与えていった。

 

そこに、恩師の危機に怪童が馳せ参じた。

 

「先生!!!」

 

「怪童…!?何故来たんです…!!危ないから下がりなさい!!」

 

「俺は戦士だ…!!もう二度と…俺の目の前で大切な人達が殺されるのは見たくない…!!その為に俺はここに戦いに来たんだ!!」

 

「怪童…。」

 

「ほう…貴方の教え子の一人ですか…随分と先生思いの良い子じゃありませんか…。」

 

ザクロは助太刀に入った怪童に対して、重力弾を放った。

 

(クソッ!速すぎる!!間に合うか!?)

 

怪童は迫り来る重力弾を躱そうと動くが間に合わず、直撃は免れぬものであった。

 

だがそこに、恩師の橘茜が身を挺して怪童を庇い、重力弾をまともに喰らってしまったのであった。

 

「…せ…先生……」

 

怪童を止める為に戦場へと向かって走った人志も、その様を見てしまった。

 

「怪童……茜先生……嘘だ…嘘だと言ってくれ…!!」

 

涙を流しながら、人志は怪童と橘茜の元へ走って、必死に恩師の名を叫んでいた。

 

そんな中、瀕死の重傷を負った橘茜は、人志と怪童に最期の言葉を残そうとしていた。

 

「ひ…人…志…怪…童…。私…から…貴方達…二人への…約束…です…。」

 

「茜先生…!!もう喋らないでください…!!」

 

「まずは…人…志…、貴方の人生にはこれから…数多くの苦難と…戦いが待ち構えている事でしょう…。けれど…貴方は…一人じゃない…。陽菜や怪童…共に戦ってくれる仲間を見つけて…強く…生きてください…。」

 

「茜先生…!!」

 

「次に…怪童…、貴方は…決して弱くない…。貴方はいつも…自分以外の誰かの事を大切に思い…何より、妖怪達から人々を守る戦士の子として…その責務を最期まで全うしようと…日々必死に努力している…。それが出来てるだけで…貴方は誰よりも立派で強い子なんです…。だからどうか…自分を必要以上に責めないでください…。出来る事なら…その身体に刻まれているたくさんの傷を少しでも和らげれるように…人志や陽菜…子供達と一緒に…生きてください…。貴方は…独りじゃないんですから…。」

 

教え子二人に最期の言葉を残した後、橘茜はこの世を去った。

 

「やっと死にましたか…まあ、人間の中では私達を相手にした割には保った方ですね…。バサラ様、これで邪魔者はいなくなりました…早急に陽菜とかいう小娘の身柄を取り押さえます。」

 

「ああ」

 

橘茜の死を嘲笑うバサラとザクロに対し、人志は怒りを露わにした。

 

「お前ら…!!」

 

だがそれ以上に、怪童はもっと激しい怒りと悲しみの表情を露わにしていた。

 

己の弱さのせいで大切な恩師が死んだ事と、母親を妖怪達に陵辱され殺された幼少の頃からまるで成長していない自分自身を、怪童は激しく恨んでいた。

 

「怪童…お前…」

 

そして怪童は、眼前にいる強大な仇敵二人を前に溢れんばかりの殺気と覇気を放った。

 

人の身で妖怪・鬼・吸血鬼をも凌ぐ程のとてつもない殺気と覇気を放つ独りの少年を前に、バサラとザクロは一瞬驚きの表情を隠せずにいた。

 

(何だ…この餓鬼は…!?)

 

「凄まじい殺気が出たから何かと思えば…さっきそこの女に庇われた餓鬼じゃないですか…。どうやら、余程私に殺されたいようですね。」

 

「待てザクロ!その餓鬼を甘く見るな!」

 

ザクロはバサラの警告を無視して、怪童に接近し頭部に拳を喰らわせた。

 

大妖怪の右腕クラスの妖怪達の攻撃は、霊能力者の少数精鋭部隊「守天豪傑」でも一発一発全てが即死に至る程の威力…だが、怪童はそんなザクロの攻撃を防ぐ事なく難なく受け止め、そして鋭く睨んだ。

 

鋭く鈍く光る眼光に、ザクロは一瞬怖気付き怪童から距離を取った。

 

(な…何なんだこの小僧は…!!?本当に人間なのか…!!?)

 

怪童は咆哮を上げながら、ザクロに攻めて行った。

 

それに対しザクロは、超重力で怪童を圧し潰そうとした。

 

妖怪の中でも強靭な肉体を持つ鬼や、再生能力を持つ吸血鬼でもザクロの超重力をまともに喰らえば只では済まず圧し潰されてしまう…だが、怪童は人の身でありながらザクロの超重力を耐え、どんどん押し通していく。

 

身体中の骨がバキバキに折れながらも、眼前の敵を屠り去る為に一歩ずつ前進していく怪童を見て、ザクロは恐怖で震えていた。

 

「馬鹿な…ありえない!!」

 

そうこうしている内に、怪童は雄叫びを上げながら超重力を打ち破り、ザクロに接近していった。

 

ザクロは恐怖で取り乱し、怪童に重力弾を連発していった。

 

怪童はそれすら容易に耐え抜き、一瞬でザクロの懐に入り込み、鳩尾に拳を叩き込んだ。

 

怪力無双を誇る鬼の腕力をも上回る怪童の拳をまともに受けて、ザクロは吹っ飛ばされながら血反吐を吐き散らした。

 

右腕のザクロを吹っ飛ばした怪童は、大妖怪のバサラを次の標的に移し、狂ったように果敢に攻めて行った。

 

一方その頃、人志に子供達と一緒に待っていろと言われた陽菜は、人志と怪童、恩師の橘茜の事が気がかりになっていた。

 

(人志…怪童…茜先生…)

 

陽菜だけでなく、下の子供達も恩師や年長者の人志と怪童の事が心配になっていた。

 

自分達を守る為に戦っている恩師や人志と怪童を放っておけず、子供達は戦場へと向かって行った。

 

「ちょ、ちょっと待って皆!危ないから私と一緒にここに避難して!!」

 

陽菜はそんな子供達に注意しても言う事を聞いてもらえず、一人残されてしまう。

 

子供達を引き止める為に、陽菜は後を追う事にした。

 

そんな中、大妖怪バサラと怪童の戦いは熾烈を極めていた。

 

だが、先のザクロとの戦闘でボロボロになっている怪童は徐々に疲弊していき、次第に追い詰められていた。

 

「どうした?もう終わりか?まあ、人の子の分際でザクロをあそこまで追い詰めたのはお前が初めてだ…そんなお前に敬意を表し、この俺が直々に手を下してやろう。」

 

そう言い放ったバサラは、怪童の首を落とす為に手刀を振り下ろそうとした。

 

だがそこに、子供達と陽菜が駆けつけて来た。

 

「な…!?陽菜!!それにお前らも…!?何でここに来たんだ!!!」

 

陽菜と子供達は今現在のこの戦況と、人志の傍で死に倒れている恩師の姿を見て唖然としていた。

 

「そ…そんな…茜先生が…!!」

 

「ほう…恩師やこの餓鬼二人の身を案じてここに戻って来たという訳か…。手間が省けたな。」

 

バサラは笑みを浮かべて、陽菜の身柄を瞬時に奪い取った。

 

「陽菜!!」

 

「礼を言うぞ餓鬼共…お前らのおかげで、俺の野望が予定より早く叶うんだからな…。」

 

「陽菜を返せ!!」

 

バサラから陽菜を奪い返す為に、人志は動き始めた。

 

そんな人志に続き、下の子供達も陽菜を奪い返す為に一斉に向かって行った。

 

「フッ…馬鹿共が…」

 

バサラは自身の風の能力で、人志と子供達を完膚なきまでに捩じ切った。

 

「人志!!!皆!!!あ……ああ…あ……」

 

自分を助ける為に向かって行った人志や子供達が、バサラの手によって無惨にやられた姿を見て、陽菜は涙と震えが止まらずにいた。

 

「…人志…お前ら…ぐっ…」

 

ザクロやバサラとの戦いで、怪童も既に限界に達しており起き上がれなくなっていた。

 

「そんな…怪童まで…」

 

「これで邪魔者は完全にいなくなった…さあ小娘、俺の野望成就の為に…お前の内に秘めたその力を利用させてもらうぞ。」

 

恩師の橘茜や人志、怪童、子供達がバサラとザクロの手によって死んでいく様を見て、陽菜は涙を流しながら叫んだ。

 

「いやああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

悲しみで叫び出したその時、異変が起こった。

 

バサラの能力によってボロボロにやられた人志と怪童が再び立ち上がった。

 

二人は意識を失いながらも、人志は生命エネルギーを放出し自身の肉体に纏い、怪童は両手に強大な能力を有してバサラに向かって行った。

 

陽菜の妖怪の始祖の能力の影響を受けて、人志と怪童は能力者として目覚めて覚醒したのである。

 

(さっき俺にボロ雑巾にされた餓鬼と、ザクロを追い詰めた餓鬼が再び息を吹き返しやがった…!!この小娘の能力か!!)

 

人志と怪童は、陽菜を助ける為に今一度バサラに戦いを挑んだ。

 

能力者として目覚めた二人の力は、バサラの想像を絶するものであった。

 

「今より多少は強くなっただろうが、所詮俺の敵じゃねえ…。」

 

だが、それでも大妖怪であるバサラとの力の差は埋められず、全てを捻じ切る暴風によって二人は倒されてしまう。

 

「人志!!怪童!!」

 

邪魔者を排除し、今度こそ陽菜の身柄を押さえようとするバサラの前に、ある人物が現れそれを阻止した。

 

その人物とは、霊能力者の少数精鋭部隊「守天豪傑」の最後の生き残りであり、橘茜の同期でもある伊達恭次郎であった。

 

「伊達恭次郎…てめえか…!!」

 

伊達は瞬時にバサラから陽菜の身柄を取り戻し、戦闘態勢に入っていった。

 

だが、バサラは伊達を前にして分が悪いと判断し、血反吐を吐いて苦しんでいるザクロを連れて撤退した。

 

その後、伊達は生き残った3人を長寿館に連れて行き、医療スタッフに緊急治療を施させた。

 

それからしばらくして、人志と陽菜は病室から目覚めて傷の治りも万全ではあったのだが、生き残った3人の中で怪童が最も重傷であり、カモミール襲撃から数ヶ月経った今でも回復の兆しがまるでない極めて危険な状態であった。

 

それからまた数ヶ月後、人志と陽菜は怪童の回復をただ待って祈る事しか出来ずにいた。

 

そんな二人の元に、医療スタッフの一人が血相を変えて報告してきた。

 

何と、集中治療室で治療を受けていた怪童が忽然と姿を消してしまったのであった。

 

二人は急いで、怪童の行方を追った。

 

そんな中、人志は無意識に自身の能力で怪童の生命エネルギーの流れを感知して、正確に後を追って行った。

 

辿り着いた先には、そこはかつて養護施設「カモミール」があった場所で、今は数多の墓標が立てられており、その墓標の上で怪童が独り立ち尽くしていた。

 

人志はそんな怪童を見て、随分前に見た夢に出てきた傷だらけの大男と重なって見えた。

 

「お前…怪童…なのか…?」

 

「…よう…人志…陽菜…。」

 

「このたくさんのお墓…貴方が立てたの…?」

 

「…ああ…そうだ…。」

 

「…お前何馬鹿な事やってんだよ…!今医療スタッフの人からお前が消えたって報告があったから…俺達必死になってお前を探したんだぞ…!!それに、お前まだ完治してねえんだろ…?早く俺達と一緒に長寿館に帰ってしっかり治さねえと駄目だろうがよ…!!」

 

人志が怪童の手を握って、長寿館に連れて帰ろうとしたその時、怪童が人志の手を振り解いた。

 

「…怪童!お前いい加減に…!!」

 

「俺が殺した…」

 

「えっ…?」

 

「…俺の弱さが…先生を…子供達を…殺したんだ…」

 

「き…急に何を言い出すの怪童…?」

 

「あの時…先生と子供達が死んだのは…紛れもなく俺自身の弱さのせいだ…。俺にもっと…強さがあれば…力があれば…。」

 

カモミール襲撃の件で自責の念に駆られている怪童を見て、人志は彼の胸ぐらを掴んで言葉を投げかけた。

 

「何でそうなるんだよ!!あの時は…茜先生ですら勝てなかった大妖怪とその右腕が相手で、俺達はまだガキだったからどうする事も出来なかったんだ…!!お前一人のせいじゃねえ!!!」

 

「…なあ、人志…覚えているか…?かつてこの場所で…俺達三人で夜空の星を見上げながら、それぞれの目標を語り合った事を…。あの時、俺はお前ら二人に何て言ってた?」

 

「……それは……」

 

「『もう二度と、俺の目の前で大切なもの達をこれ以上奪わせないよう、戦士として戦い守り通してみせる』ってよ…。口では大層な事を言ってた割に、この様だ…。結局俺は、あの時から何も成長してなかったんだよ…。俺は、戦士の出来損ないだ…。」

 

「違う…!!」

 

「何も違わないさ…。だからこそ、俺はここに再び戻って…俺の弱さのせいで死んでいった先生や子供達の墓を立てたんだ…。だがそれだけじゃない…俺がここに来た理由は、もう一つある…。」

 

「…何だ…?」

 

「この世から、妖怪を一人残らず喰い尽くす…その誓いを立てにここに来た…。」

 

「怪童…どうして…」

 

「簡単な話だ…今一度己の責務をきっちり果たす為に、俺は今ここで変わらなきゃいけないんだ…。戦士として…そして、"怪童“として…な。」

 

自分を必要以上に責め続けている怪童の言葉を聞いて、人志は激しい怒りを露わにした。

 

「…ふざけるのもいい加減にしろよお前…!!それ以上何か言ってみろ!!ぶん殴ってでもお前を連れて帰る!!!」

 

それに対し怪童は、人志に鈍い眼光を向けて返事をした。

 

「やってみろよ…やれるものなら…。」

 

人志は怪童を正気に戻す為に果敢に戦いを挑んだ。

 

だが、二人の力の差は火を見るよりも明らかで、人志の攻撃は怪童にはほぼ効いていない。

 

「どうした…?ぶん殴ってでも俺を連れて帰るんだろう?」

 

「くっ…クソっ…!!」

 

人志は怪童に何度も拳を叩き込んだが、全く効いておらず寧ろ殴る度にどんどん自分の拳が赤く腫れて痛むばかりであった。

 

「そういえば…俺とお前は今まで一度たりとて本気でぶつかり合った事がなかったな…。何でかわかるか?」

 

人志にじっくり攻めさせた後、遂に怪童は人志の鳩尾に拳を叩き込んだ。

 

「ぐっ…ぐはっ…!!」

 

「お前と俺とじゃ…戦いにならないからだよ…。」

 

「人志!!!」

 

怪童に鳩尾を殴られた人志は、血反吐を吐き散らしながら倒れ込み苦しみもがいていた。

 

「怪童やめて!!人志を傷つけないで!!」

 

陽菜は必死に怪童を言葉で引き止めようとしたが、怪童は聞く耳を持たず倒れている人志に追い討ちを仕掛ける。

 

怪童は人志の頭部を思い切り踏んで身動きを取れなくして、右腕を掴んで強く引っ張り出した。

 

引っ張られる毎に徐々に骨がバキバキに折れて、肉はブチブチと音を立てながら千切れかけていた。

 

それから間も無く、人志の右腕は怪童の手によって引き千切られてしまった。

 

「ぎゃあああああああああああ!!!!ああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

右腕を引き千切られた痛みで、人志は悲鳴をあげながらのたうち回っていた。

 

二人の戦いを見て、陽菜は涙を流しながら怪童を止める為に向かって行った。

 

「怪童!!!もうやめてえええええ!!!!」

 

だがそこに、伊達恭次郎が怪童を黒雷で攻撃し割って入り、人志を助けた。

 

「伊達さん…!!」

 

「怪童…やはりお前は生かしちゃいけねえ存在だ…ここで仕留めさせてもらう…!!」

 

伊達の黒雷をまともに受けても、怪童は平気な素振りで耐え、人志達の前から姿を消した。

 

「クソッ!逃したか…!!」

 

「伊達さん!!人志を早く!!このままじゃ…!!」

 

「ああ、わかっている…!!」

 

怪童を取り逃した伊達は、右腕を引き千切られ危篤状態となっている人志を早急に治療する為に長寿館に戻った。

 

それから数ヶ月後、人志は病室にて目を覚ました。

 

右腕を失った事、何より怪童を止められなかった事に強いショックを受けながらも、人志は陽菜に顔を見せた。

 

その後二人は、恩師の橘茜や子供達の魂が眠っているカモミール跡地へと足を運んだ。

 

数多の墓標を前にして、人志はもう戻らないカモミールでの大切な日々や思い出を振り返り歯噛みし、陽菜は自分の内に秘めた能力のせいで大切な人達を失った事で自分を責めて涙を流した。

 

人志はそんな泣きじゃくれている陽菜の涙を片手で優しく拭き、ある誓いを立てた。

 

「茜先生や子供達を失ったのは…決してお前のせいなんかじゃない…あの時、俺が怪童をしっかり引き止めて皆で避難していれば…こんな事にはならなかった…。俺がもっとしっかりしていれば…あいつが自分を必要以上に責めて、一人で全部背負う事はなかった…!!」

 

「人志…」

 

「だから俺は今日ここに誓う…!!もうこれ以上大切なものを失わせないように…あいつを連れ戻して、三人で一緒に生きて行けるようにする為に…俺は戦う!!!」

 

陽菜や死んだ皆の墓標の前で決意した人志はその後、伊達に師事した。

 

それから3年余りの月日が流れ、人志は修行の成果も相まって生命エネルギーの性質変化を習得し、これまで以上に自身の能力を開花させた。

 

修行を終え、人志は陽菜と共に怪童を探す旅に出かける前に、伊達は人志に警告がてらある言葉を投げかけた

 

「いいか人志、お前一人が全てを背負ってその身を犠牲にするくらいで守れる程、この世は甘くねえ…。その事はわかっているよな?」

 

「はい…分かっています…。」

 

「あいつのようにはくれぐれもなるなよ…。あいつの在り方は、人の領分を外れちまっている…。言いたい事は言った…気をつけて行ってこい。」

 

「はい!3年間、お世話になりました!」

 

伊達に頭を下げて礼を言った後、人志は左手で陽菜の手を握り、共に怪童を探す為に旅立った。

 

大切な人を最後まで守り通し、かつての親友を救い出す…。

 

人志の戦いの幕は今…切って落とされた…。



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第30話 日常

カモミール跡地にて墓参りを終えた人志と陽菜は長寿館に帰ると、樹や愛菜が迎えに来た。

 

「人志さん、陽菜さん、お帰りなさい!」

 

「ああ、ただいま。」

 

「二人して何処に行ってたの?」

 

「え?ああ、うん…ちょっとね…。」

 

「人志さん、身体の方はもう大丈夫なんですか?」

 

「ああ、問題ない。」

 

「そうですか、良かったです。あとそれと人志さん、ちょっと今話したい事があるんですけどいいですか?」

 

「ん?ああ、いいぞ。」

 

人志は樹の話を聞く為に館内へと場所を変えた。

 

「話って何だ?」

 

「自分の話になってしまうんですが…前回陽菜さんを奪還しに妖魔帝国本部に攻め入った時、和真という僕の親友と再会したんです…。和真は幼少の頃、妖怪にいじめられていた僕を助けてくれて、僕に霊能力者の道に行くきっかけを作ってくれた霊能力者で恩人でもある男だったんです…。だけどある日、暴れ回っている一人の凶悪な妖怪の捕縛任務を二人で務めた時に僕が足を引っ張ったせいで返り討ちに遭って、和真がその妖怪に能力を買われて攫われてしまったんです…。そして、本部で再会した時は…もうかつての和真の面影はなく、敵の手にかかって妖怪にされてしまったんです…。人間から妖怪にされた者は、どんな方法を用いても元の人間に戻ることはできない…。いつかもう一度和真と対峙した時に、僕は敵としてあいつを倒す事が出来るのだろうかと心の中で迷いが生まれてしまって、もうどうすればいいのかわからないんです…。」

 

妖怪にされてしまったかつての親友である和真をどうすればいいのか、樹は人志に悩みを打ち明けた。

 

それに対し人志は、己の過去の話を交えて樹に助言をした。

 

「俺にも、お前と同じように一人の親友がいた…。そいつは妖怪達から人間を守る戦士の子として生まれ、今でもそいつは戦い続けている…たとえ己の身体と心がボロボロに傷尽き果てようとな…。」

 

「人志さん…それって…」

 

「樹…お前はいつの日かその和真という親友と命を懸けて戦う事になるだろう…。だが、くれぐれも自分を責めるような真似はするなよ…。己を必要以上に責め続けて壊れてしまった人間を、俺は痛い程知っている…。」

 

「人志さん…」

 

「俺から言える事はここまでだ。ごめんな、あまり良い助言が出来なくて…。」

 

「いえ!こんな僕なんかの話に付き合ってくれて、あまつさえ助言をしていただき本当に感謝しています!人志さん、今日はゆっくり休んでください!」

 

「ああ、お前も無理はするなよ。」

 

樹と話を済ませた後、人志は自室に戻ってゆっくり休んだ。

 

そして翌日の午前、朝食を済ませた後伊達は人志・樹・愛菜・凍哉の4人を地下5階の特別訓練場に呼び、前とは違う訓練形式を提案した。

 

それは、凍哉一人に対し人志・樹・愛菜の3人という形で実戦訓練をするというものであった。

 

「今回は伊達さんは相手してくれないんですか?」

 

「お前らの成長を促す場合、俺よりもこいつの方が適任だと判断したからだ。はっきり言ってこいつは俺より強い…お前ら、一瞬で伸されねえように今まで以上に気を引き締めてかかれよ。」

 

そう言い放った伊達は、訓練場を後にした。

 

人志・樹・愛菜の3人は、陽菜奪還の際に伊達を相手にした訓練と同じように連携を取って凍哉に攻め入った。

 

まず樹が血で大木を錬成し、それを愛菜が触れて硬度・強度・大きさを倍以上に強化させて凍哉に放った。

 

凍哉はすかさず凍結させ塵にするが、人志が雷の性質変化で瞬時に背後を取り炎に性質変化させて一撃を喰らわせた。

 

かに見えたが、人志が攻撃したのは凍哉が作り出した氷の虚像であり、本物の彼は瞬時に人志の頭上に現れ重い一撃を喰らわせようとするが、人志は片腕でぎりぎりで防ぎ弾き返した。

 

人志の助力をする為に、樹は大樹で凍哉を拘束し身動きを封じた。

 

この機に乗じて愛菜は人志に触れて身体能力の全てを倍以上に強化させ、人志は更に炎の性質変化の上乗せで凍哉に攻め入った。

 

だが、凍哉は拘束を解き、人志の炎ごと一瞬で凍らせて他の2人も一瞬で凍結させた。

 

「このまま戦いを続けるなら、俺はお前達を容赦なく塵にするが…どうする?」

 

凍哉の言葉を聞いて、3人はそれが脅しではない事を悟り、降参した。

 

「参った…降参だ…。」

 

凍哉は3人の凍結を解除し、訓練は一度中止し休憩した。

 

「本当に死ぬかと思いました…」

 

「ホントにね…今回の訓練であんたが味方で本当に良かったって心の底から思ったよ!もし敵だったらあたし達とっくに塵にされて死んでたよ!」

 

「ああ…愛菜の言う通りだ。凍哉、お前は本当に凄い奴だよ。」

 

「それはそうと樹、お前は少し血を使いすぎだ…。お前の能力はサポート面でとても重宝する…サポーターとしてここぞという時に仲間の役に立てるように能力を使いこなさなければ、ただ貧血を起こして逆に仲間の足を引っ張ることになってしまう…。」

 

「…それは自分でも自覚しているんですけど、でも血を媒介にしないと木を錬成出来ないし…」

 

「なら媒介を変えればいい。例えば人志や俺のように自身のエネルギーを媒介にして炎や氷、お前でいう木を錬成すれば血を媒介にするよりもリスクを抑えられるし、効率よく戦える。つまり、エネルギーを媒介にして物質を錬成する事が今のお前の課題だ。やり方は人志に教わるといい。」

 

「わ…分かりました!ありがとうございます!!」

 

「愛菜、お前の倍に強化させる能力は仲間の補助にも使える良い能力だが、その能力を仲間の強化に使うより、もっと自己の強化に使って自分から積極的に攻めるべきだ。お前は鬼の血を引いているのだから。」

 

「でもさ、あたしこれでも自分なりに精一杯やってる方なんだよね…。倍に強化させるのにも限度があるし、人志の炎みたいにはいかないし…。」

 

「何故人と比べる必要がある?」

 

「え?」

 

「人志は人志、お前はお前だ。その能力とお前の中の鬼の力は、お前にのみ許された特権だ。己の中に眠っている怪力無双の鬼の力を、存分に発揮してみせろ…そうすればお前は今まで以上に何百倍にも何千倍にも強くなれる。」

 

「…ありがとう凍哉…。何となく、分かった…!!」

 

「最後に人志、お前の生命エネルギーを操る能力は完成されている。仲間の回復、敵の感知、そして炎と雷の性質変化を兼ねた戦闘スタイルはとても優れた物だ。お前に言う事は、何もない…。」

 

「いやないんかい!!」

 

「ただ一つ言える事があるなら…『あの力』はもう使うな…。」

 

「…気炎万丈の事か…。」

 

「俺からは以上だ…。ぐっ…!!」

 

3人に強くなる為のアドバイスを言い終わった後、凍哉は急に苦しみだした。

 

ヒスイに付けられた首の噛み跡が能力を行使した事によって効果が発動し、徐々に凍哉の身体を侵食していっているのを見て、3人は心配をかけた。

 

「凍哉!大丈夫か!?」

 

「凍哉さん!!」

 

「ぐっ…!!ううっ…!!」

 

「超越者・ヒスイ…その首の噛み跡はそいつに付けられた物か…。」

 

「…気にするな…これしきの事、問題ない…」

 

無理して平気な素振りを見せる凍哉に、人志はこう言った。

 

「凍哉、何でも一人で抱え込もうとするなよ…俺達が付いている。お前はもう、独りじゃないんだからな…。」

 

「…ああ…ありがとう、皆…。」

 

仲間達に感謝した後、凍哉は訓練場を後にした。

 

凍哉がいなくなった後も、3人は正午まで訓練を続けた。

 

各々昼食を済ませた後、愛菜の提案でお互いに気晴らしと親睦を深める為に、人志・陽菜・樹・愛菜・凍哉の5人で卓球を行おうとした。

 

皆が卓球を楽しむ中、凍哉は一人楽しんでいる様子をただ見ていた。

 

「ちょっと凍哉!そこでぼさっと見てないであんたも参加する!今の内に楽しい思い出作っておかないとさ!」

 

愛菜に参加するよう言われ、凍哉は皆と一緒に卓球を楽しんだ。

 

卓球で汗を流した後、温泉に入って今日一日の疲れを取った。

 

その後、食卓を囲んで夕飯を済ませた後、陽菜の提案で集合写真を撮る事にした。

 

皆が集まって写真を撮る準備に取り掛かる中、凍哉だけそっぽを向いていた。

 

「ちょっと凍哉!これから皆で一緒に写真撮るんだから早くこっちに来なよ!」

 

「いや、俺はいい…。」

 

人志・樹・愛菜の3人は、集合写真を撮る為に凍哉を強制的に引き連れた。

 

「ちょっ…待て!やめろお前ら…!」

 

「はいはい文句言わないの!」

 

人志・陽菜・樹・愛菜・凍哉・伊達・愛菜の兄弟達で集合し、凍哉は恥ずかしながらも皆と一緒に写真を撮った。

 

日が暮れて束の間の日常を存分に楽しんだ人志達は、静かに床に就いた。

 

皆が寝静まる頃、凍哉は一人長寿館の外に出て思いふけっていた。

 

凍哉は、今日一日人志や皆と共に平穏な日常を過ごして、かつての故郷“氷華の里”で家族や同胞達と幸せに暮らしていた日々と、仲間達と共に戦い過ごした日々を重ねていた。

 

仇敵・ヒスイに全てを奪われた事を思い出しながら彼女に付けられた首の嚙み跡に手を置き、もう二度と奪わせはしないと心に強く誓った凍哉は、ヒスイとの因縁に決着を着けるべく仲間達の元から出ていく事を決心する。

 

そんな時、人志と陽菜が中々寝付けず外の空気を吸いに行こうと外出し、一人立ち尽くしている凍哉にばったり会った。

 

「凍哉…?どうしたんだよ、そんな所でぼーっと立ってて。」

 

「人志、陽菜…皆には悪いが、俺はここを出ていく…。」

 

「…出ていくって…まさか…」

 

「そうだ、ヒスイと決着を着けに行く…。決して付いて行こうなんて考えるな…これは、俺の手で終わらせなければならない戦いなんだ…。もう二度と…これ以上奴に奪わせないようにな…。」

 

「待て!行くな凍哉!!今日の午前の訓練で言っただろう!?一人で抱え込もうとせず、俺達に相談しろ!!お前はもう独りじゃない!俺達が付いている!!だから…!!」

 

必死に引き止めようとする人志に、凍哉は陰りのある笑みでこう言った。

 

「大丈夫…全てを終わらせて、必ずここに戻ってくるから…。」

 

凍哉の陰りのある笑みを見て、陽菜の中で転生前の過去の記憶が徐々に蘇り、選定で彼と初めて会った時と同じように頭にノイズが生じた。

 

「ううっ…!!」

 

「おい陽菜!大丈夫か!?」

 

頭にノイズが生じて苦しんでいる陽菜を人志が心配している最中に、凍哉は二人の前から姿を消した。

 

一方その頃、凍哉から全てを奪った仇敵・ヒスイは屋敷の中で数々の人間や妖怪達を貪り終えて、窓を見て凍哉が自分の元へ向かってくる事を予感して妖しい笑みを浮かべて胸を高鳴らせていた。

 

「嗚呼…私だけの愛しい凍哉くん…。早く私の元に来て、私を存分に満たしてちょうだい…。」



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氷華の里編
第31話 氷華の里


人志達に別れを告げた凍哉は、仇敵・ヒスイとの決着を着ける為に動き出した。

 

けもの道を進む中、突然凍哉の前に二人の男が立ちはだかった。

 

一人は烈火という赤髪の男で、もう一人はシュウという青髪の男であり、二人とも大妖怪相当の実力者である。

 

「こいつか?氷華の一族の末裔ってのは。」

 

「ああ、短い銀髪に白の着物を着ている眼を閉じた少年…間違いない。」

 

「…お前ら、ヒスイが仕向けた刺客か…。」

 

「フッ、察しがいいな…俺の名はシュウ。そしてこいつが烈火だ。」

 

「目的は俺の身柄の捕縛か…もしくは…」

 

刹那、シュウの隣にいた烈火が姿を消し、凍哉の背後に回り炎を纏った拳で攻撃した。

 

「てめえの命だ!!」

 

烈火の拳による攻撃を直撃したかに見えたが、それは残像であり凍哉はいつの間にか烈火の背後を取っていた。

 

烈火は驚きながらも、すぐさま凍哉と距離を置いた。

 

「チッ!流石は氷華の一族の末裔…そう簡単に獲らせはしねえってか?」

 

「悪いが、お前らに構っている暇はない…。」

 

そう言い放つと、凍哉は烈火に標的を絞り一瞬で距離を詰める。

 

「なっ!?」

 

「まずはお前から始末させてもらう…。」

 

相手の懐に入り、凍哉は掌底で烈火を上空へと打ち上げた。

 

烈火は間一髪で凍哉の掌底を防ぎ、ダメージを軽減した。

 

「ぐっ!!」

 

猛攻は止まる事を知らず、凍哉は一瞬で跳躍して烈火にラッシュを叩き込んだ。

 

(くそっ!!速えし重えっ!!まだ氷の力を使ってねえのに何て強さだ…!!これは俺も本気で行かなきゃならねえな…!!)

 

凍哉のラッシュを全て捌き切った後、烈火は自身の獄炎の力を解放した。

 

その獄炎は、人志の炎の性質変化の極致「気炎万丈」と同等以上のものであり、流石の凍哉も防戦を強いられた。

 

「オオオオオッッッ!!」

 

咆哮を上げながら、烈火は獄炎の龍を四方に召喚し相手に放った。

 

その火力は辺りの森林を全て焼き尽くす程凄まじく、烈火は己の勝利を確信した。

 

が、しかし、凍哉は冷気で自身にバリアを張っており、獄炎を防ぎ切ったのであった。

 

「…マジかよこいつ…!!」

 

烈火は凍哉の恐るべき強さに震えながらも、凍哉はすぐさま距離を詰めて烈火の身体に触れて氷漬けにし塵にした。

 

「次はお前だ…。」

 

凍哉は次の標的をシュウに捉え、シュウも臨戦態勢に入った。

 

「流石だな…あの烈火を相手に無傷で倒すとは…。だが、俺の場合はそうはいかんぞ!!」

 

そう言い放つと同時に、シュウは他を圧倒するほど凄まじい速度で凍哉を翻弄した。

 

「この速度についてこられるかな!!」

 

音速の数百倍の速度を誇るシュウの速さに、凍哉は身動き一つ取れずにいた。

 

「獲った!!」

 

シュウは凍哉の頭上に現れ、踵落としを繰り出した。

 

だが攻撃は当たらず、凍哉の姿はいつの間にか消えていた。

 

「な…何!?何処に行った!?」

 

辺りを見渡すも、凍哉はシュウの頭上の空にいた。

 

大気中の空気を凍らせて足場にしているのである。

 

「確かにお前の速さは中々のものだが、スピード自慢をするにはまだまだ甘いな…。」

 

「な…何だと…!?」

 

そして次の瞬間、凍哉はシュウに接近し鳩尾に拳を叩き込み吹っ飛ばした。

 

「ぐはっ!!」

 

拳で吹っ飛ばした後、凍哉は間髪入れずに無数の氷剣を生成し、シュウに一斉掃射し串刺しにした。

 

烈火とシュウ、大妖怪相当の実力者2人をほぼ無傷で倒してのけた凍哉。

 

だが、刺客はもう一人いた。

 

3人目の刺客は、気配を完全に遮断し姿を透明化させているトランスという名の妖怪であった。

 

トランスは、烈火とシュウを倒し油断している凍哉に向けてスナイパーライフルを向け、今まさに凶弾を放たんとしていた。

 

その時、凍哉はトランスのいる方角へ雪華の眼を開眼した。

 

凍哉の雪華の眼は、視界に映ったありとあらゆる物質を凍らせ塵にする能力に加え、千里眼・透視能力を併せ持っており、たとえ透明になろうと障害物を盾にしようとそれを無視して凍らせ塵にする事が出来る。

 

トランスは凍哉の雪華の眼の真価を見誤り、華のように凍らされ塵と化し、氷の花びらとなって舞い散った。

 

「ぐっ…!!」

 

能力を行使した事によって、ヒスイに付けられた首の噛み跡が疼いてどんどん侵食されていくも、凍哉はヒスイの元へと先を急いだ。

 

だがそこに、一匹の蝙蝠が凍哉の前に突然現れた。

 

(…ヒスイが使役している蝙蝠か…。)

 

蝙蝠は、まるで道しるべを示すように凍哉をある場所まで案内しようとしていた。

 

凍哉はその蝙蝠に従って先へと進んだ。

 

その進んだ先に、凍哉は信じられない光景を目の当たりにした。

 

「…馬鹿な……そんなはずは…!!」

 

進んだ先には、かつてヒスイによって滅ぼされたはずの故郷“氷華の里”があった。

 

「…俺の故郷はもう既に…あいつの手によって…!!」

 

驚きと恐怖で震えている凍哉の背後に、一つの魔の手が忍び寄った。

 

「ごきげんよう、凍哉くん…会いたかったわ…。」

 

仇敵・ヒスイが、妖しい笑みを浮かべて音を立てずに凍哉を後ろから抱擁した。

 

「貴方に会いたくて会いたくて…じっとしていられなかったの…。さあ、私と一緒に…二人だけの時間を目一杯過ごしましょう…。」

 

甘い吐息と言葉をかけながら、ヒスイは自身が付けた首の噛み跡を愛撫しようとしていた。

 

だが、凍哉は恐怖で震えながらもそれを激しく拒絶し、彼女から距離を取った。

 

「…お前に滅ぼされた故郷が何故今になって元通りになっているのかは謎だが…今こそ、お前との因縁に決着をつける…!!これ以上お前に奪わせないように…俺は、俺の信じられる者の為に戦う…!!」

 

「嗚呼、いい…実に美しいわ…その眼、その心…。やはり貴方は、“氷華”の生き写し…。」

 

凍哉は雪華の眼を開眼し、不倶戴天の宿敵・ヒスイに全力で挑みに行った。

 

一方、凍哉に別れを告げられた人志と陽菜は、樹や愛菜、伊達に報告した。

 

「そうか…凍哉の奴、そのヒスイって奴からあたし達を守る為に独りで…。こうしちゃいられない!なあ人志!急いで凍哉を助けに行こう!!」

 

「ああ…そうしたいのは山々だが、凍哉が何処へ行ったのかわからない現状、闇雲に探し回っても体力を無駄に消費するだけだ…。手分けして情報を集めよう!」

 

各々が凍哉捜索へと行動を開始した。

 

外に出た瞬間、人志達の頭上に突如暗雲が垂れ込めた。

 

否、それは暗雲というより禍々しい程の血のような赤と全てを包み込むような闇が入り混じる異様な空となっていた。

 

「何だ…これは…!?」

 

皆が青ざめる中、突然蝙蝠の群れが人志達の前に姿を現した。

 

そして、蝙蝠の群れが一人の女性へと形作る。

 

「まさか…!!」

 

凍哉の宿敵・ヒスイが、妖しい笑みを浮かべて人志達の前へ堂々と姿を現した。

 

「ごきげんよう。守天豪傑の伊達恭次郎さんに、半人半鬼の愛菜ちゃん、霊能力者の樹くん、妖怪の始祖の陽菜ちゃん…。そして、凍哉くんの一番のお友達の人志くん…。」

 

「…何しに来た…?」

 

「フフフ…そんなに警戒しないで…。あ・い・さ・つ。ほんの挨拶に来ただけなのよ…。」

 

「挨拶にしては、ちとドス黒すぎるんじゃねえのか?“超越者”のヒスイさんよ…。」

 

「凍哉くんの居場所知ってるけど、私が教えてあげましょうか?」

 

「何…!?」

 

「“氷華の里” かつての凍哉くんの故郷、そこに凍哉くんはいるわ…。」

 

「じゃあ、その“氷華の里”に行けば凍哉さんに会えるって事なのか!?」

 

「ええ、そうよ。」

 

「…何故、敵であるお前が俺達にわざわざ凍哉の居場所を教える…?一体何を企んでいるんだ…!?そして、凍哉の首の嚙み跡…あいつに何をした…!?」

 

「さあ?何でしょう?」

 

人志達を挑発するヒスイ。

 

そこに、始祖の力に目覚めた陽菜が眼を朱く光らせ、ヒスイに向かっていった。

 

「凍哉は、決して貴方には渡さない…もうこれ以上、貴方やあの男に大切なものを壊させはしない…。私達は、貴方に絶対に敗けない…!!」

 

「陽菜…お前…!!」

 

朱い眼光を発しながら、陽菜はヒスイに宣戦布告をした。

 

それに対しヒスイは、余裕の笑みを浮かべて人志達の前から姿を消し、空が正常に戻った。

 

「さて、奴の口から凍哉は“氷華の里”にいる事は分かったが…問題はその場所が何処にあるのか…」

 

人志達は凍哉の故郷“氷華の里”に向かおうにも、何処にあるのか見当もつかずにいた。

 

だが突然、陽菜の頭にノイズが生じ、急に苦しみだした。

 

「陽菜!!大丈夫か!?」

 

「陽菜さん!!」

 

「陽菜ちゃん!!」

 

「…私の事は大丈夫…。それに、思い出したの…凍哉の故郷“氷華の里”を…!!」

 

「何!?」

 

始祖の力に目覚め、突然のノイズに苦しみながらも、陽菜は転生前の記憶を着実に取り戻してきた。

 

「何処にあるんだ!?その“氷華の里”は!?」

 

「人志…皆…私の身体に触れて…。」

 

「え、えぇ!?そ、そんな事…!?」

 

「…分かった…触れればいいんだな…?」

 

「うん、あまり変なところは触ってほしくないけど…。」

 

「ちょ、ちょちょちょちょ…陽菜さん!!?」

 

「樹、うるさい!あと、あんた何で顔真っ赤にしてんの?」

 

人志達は、陽菜に言われた通りに彼女に触れた。

 

「皆、しっかり捕まって!!」

 

陽菜は、妖怪の始祖の能力を用いて凍哉の生命エネルギーを感知し、彼の故郷である“氷華の里”にワープし到着した。

 

そこはまさに白銀の世界で、華の形をした雪が美しく舞い散り、辺りには煌びやかな氷の花畑があり、かまくらのような家が複数あった。

 

「何でだろう…雪が降ってて氷もあるのに、全然寒くない…。」

 

人志達は、美しく異様な光景に目を奪われながらも、凍哉捜索と打倒ヒスイに向けて動き出した。



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第32話 ”超越者” ヒスイ

陽菜の始祖の力により人志達は凍哉の故郷“氷華の里”に到着し、凍哉捜索へと行動を開始した。

 

「にしても不思議だなあ…雪が降ってて氷もそこら中あるのに全然寒さを感じない…どうなってんだこれ…。」

 

「お前ら、そんな事よりまず先に考えなきゃならねえ事が何なのか…分かってんだろうな?」

 

「…あのヒスイをどうやって倒すか…ですね…。」

 

「そうだ。奴はこれまで俺達が戦った敵達とは比べ物にならない程の化け物だ…。妖怪の中でも最上級種族“吸血鬼”であり、吸血鬼の弱点である太陽を克服し底無しの再生能力を持つ…羅刹一座の大妖怪共を遥かに凌ぐ化け物だ…。」

 

「…マジかよ…!!」

 

「そんな無敵の化身のような奴を相手に…僕達はどうすればいいんですか…!?」

 

「確かにヒスイは無敵の化身のような化け物だ…はっきり言って、正攻法で奴を倒せる能力者は一人たりとて存在しねえ…。だが、一つだけ打開策がある…。俺の能力“黒雷”は妖怪や鬼が持つ回復能力、吸血鬼の持つ再生能力を阻害する事が出来る…。いくら底無しの再生能力を持とうと、吸血鬼である以上奴も例外じゃねえ…。」

 

「何だ…じゃあ伊達さんがあいつ倒せば全部丸く収まるって事じゃん!」

 

「いや、そんなに簡単に上手くいくような相手じゃねえ…。下手すりゃ俺達が全滅する可能性だって充分にあり得る話だ…そこで、お前らには俺に協力してもらう…。」

 

「協力って、僕達どうすればいいんですか?」

 

「簡単な話だ…樹、愛菜、お前ら2人で出来るだけ奴の注意を引け。充分に引き付けたら、俺の“雷神演武”の最高速度と最高火力で奴を塵一つ残さず完全に消滅させる。いいな?」

 

「はい!分かりました!」

 

「おう!」

 

「人志、お前は始祖である陽菜を戦闘に巻き込ませないよう護衛に徹し、凍哉を探し出せ。それともう一つ、お前は決して戦おうとするな…たとえ俺達の身に何が起ころうとな…。」

 

「…それは何故です…?」

 

「妖魔帝国本部でのオニタケやバサラとの戦いで、お前は生命を削りすぎた…はっきり言って今のお前は戦いの場に出るにはあまりにも足手纏いなんだよ…。」

 

伊達の人志に対する言葉を聞いて、愛菜は怒りを露にし伊達の胸ぐらを掴んだ。

 

「人志が足手纏いだと…!!お前今の言葉もう一遍言ってみろ!!ぶっ飛ばすぞ!!」

 

「愛菜さん!!落ち着いてください!!」

 

怒る愛菜を樹が制止する中、人志は伊達の胸ぐらを掴んでいる愛菜の手を優しく掴んで放した。

 

「いいんだ…愛菜…。自分の限界は自分が一番分かっている…今回は陽菜の護衛と凍哉捜索に力を入れる事にするよ。俺の為に怒ってくれてありがとう…。」

 

「人志…」

 

「それでいいですよね?伊達さん。」

 

「…ああ…。」

 

対ヒスイの作戦を練った後、人志達は先に進んだ。

 

しばらく先に進むと、そこには道中にあった花畑とは比べ物にならない程の広大な氷の花畑があった。

 

そして、その花畑に一人の女性が立っていた。

 

「ヒスイ…!!」

 

「あら、随分とお早い到着ね。ようこそ…氷華の里へ。」

 

凍哉を探し出す為に来た人志達に対し、ヒスイは妖しい笑みを浮かべる。

 

「凍哉を何処へやった…?」

 

「フフフ…やっぱり知りたい…?知りたいわよねえ?いいわ、健気な貴方達の為に特別に教えてあげる…」

 

ヒスイは胸に手を当てながら、笑みを浮かべて凍哉の居場所を吐いた。

 

「凍哉君は、ここよ…。」

 

「何…!?」

 

挑発とも取れるようなメッセージに人志は疑心暗鬼を抱く中、伊達は樹と愛菜と共に臨戦態勢を取り、ヒスイに挑みに行く。

 

「樹!愛菜!事前に伝えた作戦を実行するぞ!」

 

「はい!!」

 

「おう!!」

 

「人志!この場は俺達に任せてお前は陽菜を連れて凍哉を一刻も早く探し出せ!お前の能力なら、奴を探し出すくらいわけねえだろう!」

 

「はい!分かりました!行くぞ陽菜!」

 

「うん!」

 

人志は伊達に指示された通りに生命エネルギーの感知範囲を広げ、凍哉捜索を開始した。

 

そして、樹と愛菜はヒスイの注意を引く為に二人で連携を取ろうとしていた。

 

「愛菜さん!」

 

「ああ!」

 

まず初めに、樹は自身の生命エネルギーを木に性質変化させ、大樹を錬成しヒスイを拘束した。

 

前日の合同訓練の凍哉の助言や、人志に生命エネルギーの性質変化のコツを学んだ事を思い出し、それを実行した。

 

(よし!成功した!!)

 

それに続き、愛菜は己の中に眠っている鬼の力を引き出し、角を光らせ全ての身体能力を倍以上に強化させ、怒涛のラッシュをヒスイに繰り出した。

 

「ウオオオオオオオオッッッ!!!!」

 

鬼の力を全面的に引き出した怒涛のラッシュを喰らいながらも、ヒスイは底無しの再生能力を以て余裕の笑みを浮かべながら感心していた。

 

「中々いい連携ね…。」

 

(マジかよこいつ…!!こんだけ攻撃しても一瞬で再生してやがる!!)

 

ヒスイの驚異の再生能力に驚愕する愛菜。

 

「余裕でいられるのもそこまでだぜ…。」

 

突如空一面が雷雲を覆い次々と落雷が降ってきた。

 

そして次の瞬間、雷雲から黒い雷の麒麟が轟音と共に姿を現し伊達の頭上に降りかかり、それを吸収して急激にパワーアップした。

 

「“雷神演武”」

 

黒雷の極致“雷神演武”を発動した伊達は、次々と回避不能の落雷をヒスイに降らせながら音速の数千倍という最高速度で連続攻撃を繰り出し彼女を圧倒した。

 

「何て速さだ…!!いや、速さだけじゃない…攻撃も滅茶苦茶激しくて火力も凄まじい…!!」

 

「凄え…!!あれじゃ反撃を取る余裕がない…!!やっちまえ伊達さん!!」

 

最高速度で動き回り、ヒスイの底無しの再生能力を阻害して再生出来なくさせた伊達は、最高火力を以てとどめを刺そうとした。

 

「これで終わりだ…

黒雷大神!!」

 

雷鳴と共に漆黒の雷の麒麟が如く突進し、ヒスイをこの世から塵一つ残さず消滅させる事に成功した。

 

樹と愛菜は自分達の勝利を確信して、大歓喜した。

 

「や…やった…!倒した…倒したぞ…!!」

 

「勝ったんだ…あたし達勝ったんだよあの化け物に!!ナイス伊達さん!!」

 

一方その頃、人志は陽菜を連れて凍哉捜索へと里中を探し回っている時に、陽菜は人志の手を強く握り足を止めた。

 

「どうした?陽菜」

 

「人志…皆の所に戻ろう…何か…とても嫌な予感がする…!!」

 

「何だと…!?」

 

陽菜の予感は的中し、伊達の“雷神演武”による圧倒的な速度と火力、そして黒雷による再生阻害で塵一つ残さず消滅させたはずのヒスイが、まるで何事もなかったかのように再び伊達達の前に姿を現した。

 

「素晴らしい…これが噂に名高い伊達恭次郎の黒雷…堪能させてもらったわ…フフフ…。」

 

「そ…そんな…!!何で…何でだ…!!伊達さんの黒雷による再生阻害と“雷神演武”で完全に消し去ったはずなのに…何でだ!!」

 

「確かに、私はそこの御仁の能力によって一度完全に消え去ったわ…。だけど、私は再びこの世に姿を現した…私の“真の能力”によって…ね。」

 

「“真の能力”だと…!?何だよそれ…!?」

 

「そう…私の無限の再生能力はあくまで私の吸血鬼としての基本能力にすぎない…真に私の有する能力、その名は“完全耐性”。ありとあらゆる攻撃・能力を一度喰らえばその時点で100%の耐性を得る事が出来る能力…持ち前の底無しの再生能力ととても相性の良い物でしょう?」

 

ヒスイの口から真の能力を知った樹と愛菜は、深い絶望へ陥ってしまった。

 

「そんな……こんな奴…勝てっこない…!!」

 

深く絶望し膝を落とす樹と愛菜に、伊達は逃げるよう指示した。

 

「お前ら…俺を置いてここから逃げろ…」

 

「な…!?あんたは!?あんたはどうするつもりなんだよ!?あたし達だけ逃げろってのか!!?」

 

「ぐずぐずするんじゃねえ早く逃げろ!!ここで死にてえのか!!!」

 

急いで逃げるよう強く指示する伊達の背後をヒスイは一瞬で獲った。

 

「逃げるなんてもったいないわ…もっと私と戯れましょう…。」

 

「クソッ…!!」

 

「伊達さん!!!」

 

ところが、伊達の命を獲ろうとするヒスイに炎による攻撃が命中した。

 

人志と陽菜が、伊達達の危機に馳せ参じた。

 

「人志さん!!!」

 

「人志!!!それに陽菜ちゃん!!!どうしてここに!?」

 

「馬鹿野郎!!何故戻ってきた!!?」

 

「陽菜…どうやらお前の予感通りのようだ…あと少し来るのが遅かったら、全滅は免れなかった…。」

 

仲間達の為に助けに戻ってきた人志を見て、ヒスイは好感を持ち笑っていた。

 

「自分の身を顧みず仲間の為に行動するその精神…流石、凍哉君の凍てついた心を溶かしただけの事はあるわね…敬意に値するわ…。」

 

「人志さん!!気を付けてください!!そいつは底無しの再生能力だけじゃなく、一度喰らった攻撃や能力の完全耐性を得る事が出来る!!今さっき伊達さんの黒雷の攻撃を受けて完全な耐性を得てしまったんだ!!」

 

「…なるほど…」

 

樹の口からヒスイの能力を聞かされた人志は、彼女を相手にどう戦えばいいかわからずにいた。

 

だがそこに、陽菜は人志にある一つの策を出そうとしていた。

 

「人志!私に作戦がある!ちょっと耳を貸して!」

 

「…ああ!」

 

人志は陽菜に言われた通りに耳を貸し、彼女の策を一通り聞いた。

 

「…本当に行けるのか?それで…」

 

「分からない…でも、今はやるしかない…!!」

 

作戦を練り終わった人志と陽菜は、ヒスイに戦いを挑んだ。

 

「待て!行くな人志!!陽菜!!」

 

「威勢のいい子達ね…そういう子は好きよ…。」

 

向かっていく二人の少年と少女に対し、ヒスイは全てを溶かし尽くす黒い炎を放った。

 

それに対抗する為に、人志は訓練で新たに開発した新技を披露した。

 

それは、炎の性質変化の極致“気炎万丈”の代用として炎と雷二つの性質変化を併せ持つ“火雷”という名の技であった。

 

真紅の炎雷を纏いながら、人志は眼前の黒い炎をかき消し、ヒスイに突進し喰らわせた。

 

「“火雷”!!」

 

「速い…威力も中々の物ね…。だけど、バサラ君を倒したあの力には遠く及ばないわ…。」

 

“火雷”でヒスイを怯ませ隙を作り出した後、陽菜は眼を朱く光らせ始祖の力を解放し、ヒスイの動きを止めた。

 

「凍哉を返してもらうわ!!」

 

そう言い放つと同時に、陽菜はヒスイの腹部を手で貫いた。

 

「何のつもりなの…?陽菜ちゃん…。」

 

「人志!私に捕まって!!」

 

「ああ!!」

 

人志は陽菜に言われた通りに捕まり、陽菜は始祖の力を解放し眩い光を発した。

 

眩い光が消えると、人志と陽菜は突然姿を消した。

 

「な…何だ…!?一体何が起こったんだ…!?」

 

皆が戸惑う中、人志と陽菜はヒスイの胎内に潜入していた。

 

陽菜の策とは、人志にヒスイの隙を作らせ、その隙を陽菜が突き始祖の力を使い彼女の胎内に潜入し、中にいるであろう凍哉を探し出し連れ戻す事であった。

 

「作戦は、とりあえず成功したか…。それにしても陽菜、何故凍哉がヒスイの身体の中にいると確信したんだ…?」

 

「あの時、氷の花畑でヒスイが私達の前に現れたあの時…あいつの身体に少し異変を感じたの…。あいつの中の始祖の力は元は私の力だから、容易に感じ取る事が出来た…そしたら、あいつの中に氷のように冷たい力を感じたの…それで確信したわ…。」

 

「…なるほど…それで凍哉がヒスイの胎内にいる事を察知して作戦を実行したってわけか…。でかしたぞ、陽菜。」

 

「ううん、人志の協力がなかったらこの作戦は実行出来なかったわ…。それより先を急ぎましょう…凍哉が奴に完全に侵食される前に…。」



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第33話 絶望の中の淡い光

始祖の力を使い、ヒスイの胎内に潜入する事に成功した人志と陽菜は、凍哉救出の為先を急ぐ。

 

空気が重くドロドロの胎内の道を進んでいく中、人志は陽菜にある事を語りかけた。

 

「なあ陽菜…昨日、凍哉が俺達二人に別れを告げた事…覚えているか?」

 

「え…?覚えているけど…どうしたの急に…」

 

「あいつは…幼少の頃、あのヒスイという怪物に大切な故郷と家族を全て壊された…。俺達二人と同じように…」

 

「……」

 

「あいつは…自分の大切なものをこれ以上奪わせないように、全ての因縁に決着を着ける為に、俺達に別れを告げて一人で行ってしまった…。その時俺は思ったんだ…あいつは、怪童によく似ている…って。」

 

「…!!」

 

凍哉と怪童は似ているという言葉を人志の口から聞いた陽菜は、その事について自分にも心当たりがある事を吐露した。

 

「…私も…凍哉の事について心当たりがあるの…。あの時、彼が私達に別れを告げた時のあの表情…陰りを帯びた笑顔だった…。」

 

「それがどうかしたのか…?」

 

「凍哉のあの陰りを帯びた笑顔…何故か既視感があるように思えた…随分前にも、あの表情を見た事があるような…」

 

「それは…お前の妖怪の始祖の力と何か繋がりがあるという事か…?」

 

「…それはまだわからない…でも、今はその事を確かめる為にも…凍哉を助けなきゃ…!」

 

「ああ…。」

 

二人が凍哉を助け出す為に進む一方で、ヒスイと対立する伊達・樹・愛菜の三人は、絶望的とまで言える力の差を見せつけられていた。

 

そんな中、伊達は樹と愛菜に命令をした。

 

「樹、愛菜…今から俺が黒雷でこいつの注意を引く…その隙に、お前ら二人だけでも逃げろ…これは命令だ…。」

 

「…それは出来ません…人志さんや陽菜さん、それに凍哉さんを置いて逃げてしまったら…奴に勝つ手段が完全に無くなってしまう…!それに、仮にもしこの場から逃げる事に成功出来たとしても…すぐに奴に追いつかれて殺られてしまう事は目に見えてます…僕は何としてもここで奴を倒し、陽菜さんの奪われた始祖の力と凍哉さんを取り戻す事が最優先事項だと思います…!!」

 

「あたしも同感!あんなクソイカレ女にやられっぱなしで終わるのは、死んでも嫌だからね!!」

 

「…馬鹿共が…後悔するんじゃねえぞ…。」

 

二人の確かな成長を感じた伊達は、悪態を吐きながらも三人で眼前の強敵に立ち向かう姿勢を取った。

 

ヒスイは、そんな三人をまるで嘲笑うかのように笑みをこぼした。

 

「フフフ…これだけの力の差を見せつけても、まだ私に勝つ事を諦めないだなんて…いい…実にいいわ…やはり戯れは、こうでなくちゃ…。」

 

そう言い放つとヒスイは、自身の能力で発現させた黒い炎を伊達達に放った。

 

伊達は黒雷による超スピードで回避し、樹は木の防御壁を錬成して防御するが、愛菜は自身の身体能力の全てを倍に強化し、鬼の力を発現させながら黒い炎を拳でかき消そうとした。

 

「よせ!!その炎に触れるな!!」

 

伊達は愛菜に迫りくる黒い炎を黒雷でかき消し、間一髪で愛菜を助けた。

 

「伊達さん!?何であたしを…!?」

 

「あの黒い炎には絶対に触れるな…これは直感だが、あれに指一本でも触れたら確実に死ぬ危険性がある…!」

 

伊達に初見で黒い炎の危険性を見破られたヒスイは、気分が高揚し数えきれない程の黒い炎を発現させ、続けて伊達達に放った。

 

伊達は黒雷の極致“雷神演武”を発動し、樹と愛菜を守る為に次々と襲い掛かる黒い炎の弾幕をかき消していった。

 

だが、消し損ねてしまった二つの黒い炎が今まさに樹と愛菜に襲い掛かろうとしていた。

 

「やべえ…!!こっちに来た!!」

 

「大丈夫ですよ愛菜さん。こんなもの…僕の能力なら防ぐ事は造作もない!!」

 

樹は自身の生命エネルギーを高めて木に性質変化し、巨大な木の防御壁を錬成して防いだ。

 

かに見えたが、二つの黒い炎は巨大な木の壁を貫通してきた。

 

「な…何だと!!?」

 

黒い炎が迫り、樹と愛菜は絶体絶命の窮地に立たされるが、伊達が雷神演武による超スピードで急ぎ炎を雷でかき消さんとしていた。

 

だが、炎は一つしかかき消せず、残った炎を伊達は樹と愛菜を庇う為に己の身を犠牲にして焼かれてしまった。

 

「…そ…そんな…!!伊達さん…!!嘘だろ…嘘だと言ってくれよ!!」

 

「伊達さーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!」

 

樹と愛菜は、自分達二人の為に犠牲になった伊達に対して悲痛の叫びを上げる中、人志と陽菜は胎内の道道を進み続けた先に、遂に凍哉を見つけ出した。

 

「見つけたぞ!凍哉だ!!」

 

「うん!あとは私の力を使ってここから脱出するだけ!!」

 

二人は触手に捕らわれて眠っている凍哉を救出する為、彼の元に向かって走った。

 

だがそこに、ヒスイの分身体が胎内の血肉から出現し、人志と陽菜の前に立ちはだかった。

 

「ヒスイ…!!」

 

「凍哉君の居場所を看破した上に、私の中に土足で踏み入るとは…大したものね陽菜ちゃん…流石は妖怪の始祖…と言うべきかしら?フフフ…。」

 

「お前…凍哉をどうするつもりだ…?お前の目的は一体何なんだ…?」

 

「あら?まだ言ってなかったかしら?フフフ…いいわ、この際だから教えてあげる…私の目的は、陽菜ちゃんの中にまだ残っている始祖の力を根こそぎ奪う事…そして、凍哉君の心と体を完全に支配し…私だけの物にする事よ…。」

 

「…!!」

 

「…ふざけてんのか…!?」

 

「いいえ、私は至って真面目よ…私は凍哉君が欲しい…彼の誰よりも強く美しい力、性、血肉、臓物、骨…全てを余す事なく喰らい尽くしてやりたい程、私は凍哉君を愛しているの…。」

 

人志と陽菜は、ヒスイの真の目的と凍哉に対する激しく歪んだ狂気とも言える程の愛を聞いて、恐怖で身震いしながらも反発し、臨戦態勢を取った。

 

「…ヒスイ…どうやらお前とは会話にすらならねえようだな…。」

 

戦う姿勢を見せる人志と陽菜に対し、ヒスイの分身体は嘲笑いながら触手に捕らわれている凍哉の元に近づき、彼に口付けをした。

 

舌を絡ませながら凍哉に口付けをしているヒスイに、人志は怒りの矛先を向けて突っ走っていった。

 

「何をしやがる貴様ァァ!!」

 

炎を身に纏いながらヒスイに向かっていくも、胎内の肉壁から出現した触手によって、人志は身動きを封じられてしまう。

 

「人志!!」

 

それに続き、陽菜も触手に捕まってしまった。

 

「陽菜!!クソッ…放しやがれ!!」

 

二人が一切の身動きも取れない中、ヒスイは凍哉への口付けを終えていた。

 

「さあ…目覚めなさい…“私の凍哉君”…。」

 

ヒスイに口付けをされた凍哉は、彼女の言う通りに目を覚まし、縛っていた触手を凍てつかせ塵にし解放した。

 

凍哉の目覚めと共に、人志と陽菜を縛った触手も消え失せた。

 

そして、ヒスイによって目覚められ髪や着物、雪華の眼の色が黒く染まり変わり果てた凍哉を見て、人志と陽菜は絶句した。

 

「凍哉…お前…!!」

 

絶句している最中、凍哉は漆黒の氷で人志と陽菜に突如として襲い掛かった。

 

人志は陽菜を抱いて、雷の性質変化の超スピードで間一髪で躱した。

 

「陽菜!怪我はないか!?」

 

「うん…ちょっとビリビリするけど…」

 

「凍哉!!俺だ!!人志だ!!分からねえのか!?」

 

「無駄よ…どんなに叫んでも、今の彼の心には響かない…何故なら、たった今凍哉君は私の物になったのだから…。」

 

洗脳された凍哉の目を覚ます為に必死に凍哉の名を叫ぶ人志を、ヒスイは嘲笑いながらも人志にある提案をした。

 

「人志君…今の貴方じゃ凍哉君には勝てない…。本当に凍哉君の目を覚ましたいのなら…バサラ君を倒したあの力…“気炎万丈”を使いなさい…。」

 

「!?何故お前が、“気炎万丈”の事を知っている…!?」

 

ヒスイに自身の炎の性質変化の極致“気炎万丈”をいつの間に知られている事に驚愕する人志。

 

だが、驚いているも束の間、凍哉は人志に怒涛の勢いで襲い掛かる。

 

圧倒的な力の差に、人志は防戦一方を強いられつつあった。

 

(クソッ…!!このままじゃ凍哉を取り戻すばかりか、最悪全滅してしまう可能性がある…!!この状況を打開するには、やるしかない!!)

 

絶望的な状況を切り開く為、人志は“気炎万丈”を発動しようとする。

 

だがそれに対し、陽菜はやめるよう強く言った。

 

「やめて人志!!その力を使ったら、凍哉も貴方も無事じゃ済まなくなる!!」

 

「じゃあどうすればいい!?このままじゃ俺もお前も凍哉も、伊達さん達もみんな死んでしまうんだぞ!!」

 

「私の力で、凍哉の目を覚まさせてみせる!!」

 

陽菜は内に眠る始祖の力で、凍哉の洗脳を解こうとする。

 

だが、そんな陽菜を触手達が次々と襲い掛かり、再び拘束されるだけでなく徐々にエネルギーを吸収されてしまう。

 

「ぐっ…ああっ…アァ…」

 

「陽菜!!」

 

「駄目よ陽菜ちゃん…せっかく盛り上がっているところに水を差しちゃあ…フフフ…アハハハハハ!!」

 

凍哉を洗脳され、陽菜を拘束されてしまい、絶望の底に叩き落されてしまった人志。

 

そんな状況を何としても打開し凍哉と陽菜を救い出す為に、人志は己の生命を犠牲にして“気炎万丈”を発動しようと全エネルギーを高めて放出した。

 

「ハアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」

 

「フフフ…いいわよ人志君…その短く儚い生命を凍哉君の為に散らしなさい…。」

 

凍哉と陽菜を救う為に必死になっている人志をヒスイが嘲笑う中、凍哉に異変が起きた。

 

ヒスイによる口付けで洗脳され黒く染まっている中で、凍哉は僅かながらも意識を持っていた。

 

そして、自分の為に残り少ない生命を燃やそうとする人志に、凍哉は涙を流しながら心の中で叫んだ。

 

(やめてくれ…もうこれ以上、俺から大切な人達を奪うのは…!!やめてくれ…!!やめてくれ…!!!)

 

「…!!凍哉…!!」

 

凍哉がまだ完全に洗脳されていない事に人志は全員助かる可能性を見出し、諦めずに凍哉の目を覚まさせようとした。

 

「凍哉!!俺の事が分かるか!?」

 

「…ひ…人…志…陽菜と…共に…逃げろ…俺の…“眼”から…」

 

「!!」

 

人志は凍哉から“眼”というワードを聞いて、今すぐに陽菜を縛っている触手を炎で焼き切り、彼の“眼”の映らない所に避難した。

 

その様子を見て、ヒスイは怪しいと感じていた。

 

(おかしい…凍哉君の洗脳は完了した筈なのに、何故か涙を流した…まさか…!!)

 

「やれ!!凍哉!!!」

 

凍哉はヒスイの分身体に向かって、黒く染まった雪華の眼を開眼し凍らせ塵にしようとした。

 

だが、まだヒスイによる洗脳が完全に解ききれなかった為、雪華の眼の力が引き出せなかった。

 

「フフフ…凍哉君…貴方の身を取り巻く全ての黒は、この私を象徴する色…私の色を全て払拭しない限り、貴方は私の洗脳から解放される事はないわ…最も、洗脳を解く事自体無理な話なんだけどね。」

 

「そ、そんな…凍哉…!!」

 

「さあ、“私の凍哉君”…私と凍哉君二人の時間の邪魔をする悪い子達を塵にしなさい…。」

 

ヒスイは更なる洗脳で凍哉を支配するべく、彼に再び口付けをしようとした。

 

だがその時、黒く染まった雪華の眼が突如覚醒し白く染まり、胎内のどす黒い空間とヒスイの分身体を凍てつかせ塵にした。

 

すると、さっきまでドロドロで気味の悪い胎内空間が、辺り一面美しい氷の華となっていた。

 

「な…何だ…。!?一体、何が起こったんだ…!?それに、凍哉は…!?」

 

突如空間が変わり、凍哉の姿が消えた事に人志と陽菜は驚愕しながらも、二人は凍哉を探そうとした。

 

そして、そんな二人の前に、凍哉と同じ雪華の眼を持つ白銀の少女が現れた。

 

「…凍哉…!?いや、姿こそ似ているが…凍哉じゃない!!お前は、誰だ!!」

 

眼前の見知らぬ少女に警戒心を持つ人志。

 

だが、陽菜はその少女を見た瞬間、人間として転生する前の始祖の記憶の全てを取り戻し、涙を流しながら少女の名を口にした。

 

「氷華…!!何故、貴方が…!!!」



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第34話 氷華

突如、人志と陽菜の前に姿を現した白銀の少女。

 

陽菜は、その少女の名と人間界に転生する前の妖怪の始祖としての記憶をまるで走馬灯のように蘇らせ、涙を流して少女の名を口にした。

 

「氷華…!!」

 

「陽菜…!知っているのか…こいつの事を…。」

 

「ええ…私はこの娘をよく知っている…!この娘の名は氷華…。眼に雪の華を宿し、私と私の中の力を護る為にその命を散らした…誰よりも気高く、美しき守護者…!!」

 

「凍哉と同じ雪華の眼…そして、始祖の守護者…。話を聞かせてくれないか?陽菜…。氷華の一族や妖怪の始祖の事…そして、氷華という少女の事も…。」

 

「ええ…全てを話すわ…。」

 

陽菜は人志に言われた通りに、事の顛末を話した。

 

遥か昔、かつてこの世の全ての魔を討ち祓う退魔の一族がいた。

 

一族の名は「氷室家」…絶対零度の領域とも言える冷気と氷の力を持って、数多の魑魅魍魎を凍てつかせ塵にしてきた。

 

だがある日、その氷室家の中で眼に雪の華を宿し人の領分を外れた力を持つ子供が生まれてきた。

 

その子の性は女性であり、氷室家に生まれてくる子供は本来全て男性である。

 

氷室家の人間達は皆、生まれてきた女の子に対し忌避と恐怖を抱き、忌み嫌っていた。

 

お腹を痛めて産んだ母親さえも…。

 

一族の者達は、まだ生まれたばかりの赤ん坊の強大すぎる力を恐れ、異界へと追放した。

 

赤ん坊が追放された世界は魔界…そこは妖怪・鬼・吸血鬼達が血肉に飢え日々争う、正しく魔の世界であった。

 

赤ん坊はある妖怪の一団に拾われ、どんなものも全て凍てつかせ塵にするその悪魔のような力から“氷魔”と名付けられた。

 

氷魔は妖怪達の下ですくすく育ち、四歳~十歳の時分に妖怪同士の戦いの日々に明け暮れていた。

 

だが、妖怪や鬼、吸血鬼をも圧倒する氷魔の力に妖怪達は恐れをなし、彼女の周りには誰もいなくなっていた。

 

白銀の少女は、当てもなくただ魔界中を放浪しながら休む暇もなく戦いに明け暮れていた。

 

それから二年の月日が流れ、疲弊し放浪する氷魔の前にある戦いが勃発していた。

 

魔界を統治する妖怪の始祖の力を奪おうとする者達と、それを守護する妖怪達の激戦であった。

 

無関係の少女はその激戦に巻き込まれ、休む暇も与えてくれない魔の世界に遣り場のない怒りを双方の勢力にぶつけた。

 

少女はその力を解放し自分以外の全ての者を華のように凍てつかせ塵にし、無数の氷の花びらを舞い散らせた。

 

だが、日々の戦いによる疲労困憊で少女は倒れてしまう。

 

しばらくして目が覚めると、そこは見知らぬ天井と部屋があり、少女の傍らには長い茶髪をした一人の美しい女性がいた。

 

「目が覚めたようね…。」

 

「…ここは何処…?貴方は…誰…?」

 

「ここは私の宮殿内。そして、私はこの魔界と…魔界に生きる全ての妖怪達を統べる始祖…。」

 

「…私をここに運んだのは…貴方…?」

 

「ええ…。それと、ごめんなさい…私達の戦いに、本来無関係である貴方をこんな形で巻き込んでしまって…本当にごめんなさい…。人間の貴方には、この地で生きていくのはあまりにも過酷…。お詫びに、貴方を魔界から元いた世界に帰して差し上げます…。」

 

「…いや…私には帰る場所も、生きる世界も初めから何もない…。私は退魔の家系「氷室家」の忌み子として生まれ落ちた者…。妖怪達にも恐れられたこんな私を人間扱いしてくれたのは…貴方が初めてよ…。ありがとう…この世界を統べる神様…貴方に救われた事…忘れないわ…。」

 

白銀の少女は恩人に感謝の意を伝えその場を立ち去った。

 

始祖は自分の元から去っていく少女の背中に、悲しみにも勝る美しさと儚さを見た。

 

それから時は流れ、突如始祖の本丸である宮殿にある者の襲撃を受けた。

 

その者は、吸血鬼ヒスイ。妖怪・鬼・吸血鬼の更なる次元へと到達する為多数の眷属の軍勢を率いて、意志を具現化させる始祖の能力を奪いに来たのである。

 

守護者達は始祖を護る為迎え撃つも、ヒスイの吸血鬼の枠をはみ出た強さに為す術もなく殺られてしまい、ヒスイは始祖の喉元に迫る。

 

絶体絶命の危機に陥る始祖…そんな時、突如空が真っ白になり、華の形をした雪の結晶が降ってきた。

 

白銀の少女が始祖に助けてもらった恩義に報いる為、馳せ参じた。

 

「貴方は…!!」

 

ヒスイの眷属達は邪魔者を排除する為少女に向かったが、少女はその華奢な身体からは想像もつかない程の圧倒的な膂力と体術を以て、眷属達を一人残らず屠った。

 

「へえ…中々やるじゃない、役立たずの守護者達とは違って…これは楽しめそうね…。」

 

ヒスイは、全てを溶かし尽くす無数の黒い炎を少女に向かって放った。

 

それに対し、少女は今まで閉ざしてきた真の力を解放した。

 

その眼に映るありとあらゆるものを華のように凍てつかせ塵にする“雪華の眼”を以てして、無数の黒い炎とヒスイを凍らせ塵にし、無数の氷の花びらを舞い散らせた。

 

始祖とその守護者達は少女の凛とした佇まいやその強さ、美しさを見て感銘を受けながらも、始祖は少女に近づき問いかけた。

 

「何故、私を助けてくれたの…?」

 

「…理由は二つ。一つは、人間にも妖怪にも恐れられ忌み嫌われたこの私に安らぎを与えてくれた貴方の恩義に報いる為…。もう一つは、退魔の一族の子として生まれ落ちた私の使命を果たす為…。」

 

少女は始祖の問いかけに答えその場を去ろうとするが、始祖はまだ聞いていない少女の名を聞き出した。

 

「待って!最後に一つだけ、聞きたい事があるの…貴方の名は、何ていうの…?」

 

「…氷魔。」

 

「そう…氷魔っていうの…。けれど、その名は今の貴方には似つかわしくない…!」

 

「え…?」

 

「“氷華” 決して枯れる事のない強く美しい氷の華…。私は貴方の事をそう呼ぶわ…!」

 

“氷魔”から“氷華”へと改名され、己の存在を初めて認められた白銀の少女はその名をとても気に入り、涙を流し優しく微笑みながら始祖に感謝した。

 

そして氷華は始祖の下に付き、始祖の力と御身を護る守護者としての道を選んだ。

 

それから三年の月日が流れ、15歳になった氷華は守護者としての役割やその圧倒的な力を遺憾なく発揮している中、その陰ではある者が密かに暗躍していた。

 

その者とは、人間界の最高指導者である後藤博文であった。

 

後藤は、氷華の雪華の眼によって凍らされ塵にされたヒスイのほんの僅かな肉片を自身の研究室に持ち運び、培養槽にて時間をかけてヒスイの肉体を復元させ蘇生させた。

 

全ての人間や妖怪・鬼・吸血鬼を超越した究極生物を創り、新時代を創生する為に。

 

そして、後藤の手によって死地から蘇ったヒスイは死を乗り越えた事により、底無しの再生能力と“完全耐性”という能力を得て覚醒し、氷華に復讐を決意する。

 

その後間もなく、後藤とヒスイは始祖の能力を根こそぎ奪うべく、宮殿に襲撃してきた。

 

氷華は始祖を護るべく迎え撃つが、底無しの再生能力と雪華の眼の完全耐性を得たヒスイの手によって瀕死の重傷を負ってしまう。

 

そして始祖の喉元に後藤の魔の手が襲い掛かり、次第に能力を奪われつつあった。

 

守護者達もほぼ全滅し絶体絶命の危機の中、氷華は始祖を護る為に後藤の手を凍らせ塵にした。

 

「氷華…!!」

 

「…大…丈夫…貴方の事は…私が護る…たとえ何が起ころうと…私が…必ず……」

 

氷華は己の死期を悟り、優しげに微笑みながら残された最後の力と生命エネルギーを始祖に捧げた。

 

その結果、始祖の被害は能力を後藤やヒスイに半分奪われた程度に済み、全ての記憶を失うかわりに“陽菜”という一人の人間の少女として人間界に転生した。

 

後藤は始祖の能力の全てを奪う事に失敗し、何より氷華の思いがけない行動に激しく苛立ちながら魔界を去っていった。

 

ヒスイは氷華の始祖を護るという強い意志と、命を賭した行動に畏敬の念と氷華への激しく歪んだ愛情を抱き、涙を流しながら後藤の後を追った。

 

始祖がいなくなり魔界の均衡が保てなくなり滅びゆく中、残された守護者達は氷華の死を悼み、その力と遺志を受け継ぐ形で氷華の遺体を残さず喰い尽くした。

 

そして、氷華の力と遺志を継承した守護者達は「氷華の一族」として始祖の行方を追う為、魔界から人間界へと降りた。

 

その後、氷華の一族は氷華の里という拠点を造り、子を産み育み繁栄させていった。

 

だが、子供は女の子しか生まれてこず、氷華の最大の能力である雪華の眼を継承出来た者は一人として現れなかった。

 

しばらくして、突如一族に突然変異を持って生まれた男の子が誕生した。

 

その子の名は“凍哉”…氷華の一族の中でただ一人氷華の最大の能力である雪華の眼を継承した選ばれし者である。

 

一族は凍哉を最後の希望として扱い、他の子供達よりも優先して大切に育てていった。

 

だが年月が経ち、ヒスイが雪華の眼を継承した凍哉の存在を炙り出す為氷華の里を襲撃し、凍哉以外の一族の者と里を黒い炎で全て溶かし尽くした。

 

そしてただ一人生き残った凍哉は、ヒスイへの恐怖を復讐心に塗り替え、選定にて人志達に出会うまで孤独に戦い続けてきた。

 

人志に氷華や氷華の一族、始祖の全てを語った陽菜。

 

全て語られた後、氷華は優しげに微笑みながら二人に最後の言葉を贈った。

 

「私の魂を受け継いだ者が…必ず貴方を護り通し、この戦いに勝利をもたらしてくれる…。だから、もうそんな悲しい顔をしないで…。そして、人志…これからもどうか陽菜と凍哉を支えてあげて…。」

 

「…ああ。」

 

二人に最後の言葉を贈り氷華が姿を消した後、人志と陽菜は眩い光に包まれた。

 

そしていつの間にか、人志と陽菜は樹と愛菜達の元に戻り、ヒスイから凍哉を取り戻すことに成功した。

 

「人志さん!!陽菜さん!!」

 

「よかった…!!凍哉も無事で!!」

 

「お前らも無事で何よりだ…。…!!」

 

樹と愛菜とお互い無事である事を確認した最中、人志はヒスイの黒い炎によって焼かれた伊達の焼死体に気付き、急いで生命エネルギーを譲渡して回復させようとした。

 

「…すみません…人志さん…僕達が足を引っ張ったせいで、伊達さんが……」

 

「…駄目だ…心臓の鼓動が完全に停止している…。伊達さん…!!」

 

皆が伊達の死を悼む中、凍哉は立ち上がりヒスイに再び立ち向かおうとしていた。

 

だが、人志は凍哉の腕を強く握り、凍哉の行動を制止した。

 

「何処に行くんだよ…」

 

「…決まっている…あいつとの全ての因縁に決着を着けるんだ…もうこれ以上、俺の大切な者達を奪わせないように…!!だから…」

 

一人で全てを抱え込んで戦おうとする凍哉に対し、人志はさっきまで掴んだ腕を一旦放してから拳を強く握りしめて思い切り凍哉の顔を殴った。

 

「ぐっ…!!何のつもりだ…人志…!?」

 

「…俺も陽菜も…大切な居場所と、先生と、仲間達を奪われた…。殺された者達の仇を取りたい…それは残された者の心境として当然の事だ…。だからこそ、お前の復讐心は痛い程分かる…。けどな、だからといって…何でもかんでも一人で全てを抱え込んで、全ての因縁に決着を着けるなんてことは…自分自身の身と心を滅ぼすだけで、絶対に間違っている…!!お前はもう…一人なんかじゃねえ…!!俺達にも、お前の傷みを分けてくれよ…凍哉!!」

 

「人志…!!」

 

一人で苦しんでいる凍哉の心を救う為に、人志は涙を堪えて必死の思いで言葉にした。

 

そして、人志は倒れている凍哉に手を差し伸べた。

 

「一緒に戦わせてくれ…凍哉!!」

 

凍哉は、人志の言葉と思いを受け止めて人志の手を握り立ち上がり、四人に呼び掛けた。

 

「人志…陽菜…樹…愛菜…まだ戦えるか…?」

 

「ああ!当然だ!!」

 

「何としてもここで決着を着けましょう!!」

 

「ぜってえぶちのめす!!」

 

「伊達さんや氷華の犠牲を無駄にしない為にも、私達は何としてもこの戦いに勝たなきゃいけない!!いや、絶対に勝つ!!」

 

激しい闘志を燃やす五人を前に、ヒスイは余裕の笑みを浮かべながら両手に黒い炎を出し、始めて臨戦態勢を取った。

 

「嗚呼…素敵…素敵よ…貴方達…その揺るぎない闘志…意志…!!さあ来なさい!!激しく戯れましょう!!もっと私を楽しませて頂戴!!!」



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第35話 完成

昔々、あるところに一人の人間の少女がいた。

 

その少女には両親はおらず、物心ついた時からとある屋敷の領主に買われ奴隷として仕えられていた。

 

その人の肉欲を満たす玩具として、少女はずっとこき使われてきた。

 

ところがある日の夜、数ある妖怪の中でも最上級に位置する種族・吸血鬼達の襲撃を受け、使用人達や領主は生き血を一滴残らず吸われ、吸血鬼と化してしまった。

 

血みどろになった屋敷の風景に吸血鬼と化し自我を失った屋敷の者達を前に、唯一生き残った少女は生まれて初めて恐怖という物に対面しひたすら逃げ惑っていた。

 

だが、逃げた先に吸血鬼の大群を率いる主導者と出くわし、逃げ場を完全に失った少女は吸血鬼達に生き血を一滴残らず吸い尽くされてしまった。

 

屋敷は完全に崩壊し、生存者も誰一人いなくなったと誰もが確信したその時、一人の少女が吸血鬼と化しゆっくりと立ち上がった。

 

そして、少女は股を濡らしながら同族である吸血鬼に馬乗りになって襲い掛かり、狂ったように口を愛撫しながら腰を振った。

 

吸血鬼は少女の中に精を余す事なく全てぶちまけ、口による愛撫で生を全て吸い尽くされ抜け殻と化してしまい、他の吸血鬼達はそれを見て少女に拭い去る事の出来ない恐怖を抱き始めた。

 

満たされない少女は渇きを、疼きを、あらゆる欲求を満たさんが為に吸血鬼達に襲い掛かり、一人残らず全てを吸い尽くした。

 

そして少女は、永遠に満たされない欲求を満たし続けるが為にあらゆるものを奪っては壊し吸い尽くしていき、遂には吸血鬼の弱点である太陽や流水を完全に克服していった。

 

やがて少女は、数多の妖怪・鬼・吸血鬼達から“超越者”と呼ばれ恐れられるようになった。

 

凍哉を奪還し、奪われた始祖の力を取り戻す為に闘志を燃やす人志達を前に、ヒスイは気分が高揚し妖しい笑みを見せ、喘ぐような吐息を発し腹を抱えながら怪しい行動を取った。

 

「ハア…ハア…ンッ…ハッ…ンアアアッ…!!」

 

すると、ヒスイは腹を膨らませ子を孕み、たくさんの赤ん坊をその場で出産した。

 

ヒスイの子宮から生まれ出た赤ん坊達は、常軌を逸した大きさをしており、吸血鬼のように鋭い歯牙を持って無邪気に不気味に笑っていた。

 

「気味の悪い空間の次はでかい赤ん坊か…とことん趣味の悪い奴だな…凍哉がトラウマになるのも頷ける…。」

 

「さあ!私の可愛い子供達!思う存分楽しんできなさい!!」

 

赤ん坊達は、母親であるヒスイの命令通りに鋭い歯牙を剝き出しながら人志達に襲い掛かってきた。

 

「来るぞ!」

 

応戦する人志達。

 

だが、赤ん坊達はヒスイの血を引いている故に底無しの再生能力と完全耐性を持っており、応戦する人志達の攻撃・能力を喰らいながらも再生して耐性を得ていき、苦戦してしまう。

 

「クソッ…!!あの親にしてこの子ありという事か…!!」

 

防戦一方に強いられる人志達に、凍哉は一つのメッセージを伝える。

 

「俺の視界に映るな…。」

 

その言葉を聞いた人志達は瞬時に凍哉の後ろに回り、凍哉は雪華の眼を開眼し赤ん坊達を凍らせ塵にし、無数の氷の花びらを舞い散らせた。

 

「流石だな、凍哉。」

 

「た、助かった…。」

 

「相変わらずあんたの眼の能力は壊れてるね…敵じゃなくてよかったって心の底から改めて思うよ。」

 

「まだ安心するには早いぞ…。」

 

凍哉が安堵する人志達に注意すると、ヒスイは無数の赤ん坊の軍勢を産み出し再び襲撃にかかった。

 

「まだあんなものを産み出せるのか…!?」

 

「人志、陽菜、樹、愛菜…お前達は先に行ってヒスイに向かえ…。俺はこいつらを一人残らず塵にする…。」

 

「凍哉…無茶だ…!いくらお前でもあれだけの数をたった一人で…!!」

 

「あの赤ん坊達はヒスイの無限の再生能力と完全耐性を引き継いでいる…半端な攻撃や能力では無理だ…。だが俺なら、奴らの能力の機能を全て停止させて塵にする事が出来る…。だからこの場は俺に任せてくれ…そして、お前達に迷惑をかけた償いをさせてくれ…。」

 

「凍哉…。」

 

「そんなの絶対ダメ!!」

 

「陽菜…!」

 

「貴方の雪華の眼…確かにとてつもなく強力だけど、何回も連発してしまえばいずれはその反動で失明してしまう…。貴方の力はここで潰えさせてはいけない!!それに、そうやって自分から独りになろうとしないで!!私からしてみればそっちの方が大迷惑!!」

 

「…!!」

 

「確かに陽菜ちゃんの言う通りだよ!あたし達、付き合いはそんなに長くないけど今までこうして力を合わせてどんな壁をもぶち破って来たんだ!今回だって、きっとやっていける!!だから凍哉、いつまでもそうやって一人で抱え込むなよ!あたし達が付いてるからさ!!」

 

「愛菜…」

 

「僕も愛菜さんと同意見です!」

 

「そういう事だ凍哉…この戦いは、お前だけの戦いじゃない…俺達で乗り越えなければならない戦いなんだ…!!」

 

仲間達の言葉に熱い思いを感じ取った凍哉は、深く頷き返事をした。

 

「ありがとう…皆!!」

 

凍哉の返事を聞いた人志達は笑顔で応えて、皆で力を合わせて眼前の無数の赤ん坊の軍勢に立ち向かっていった。

 

まず最初に陽菜が始祖の力で赤ん坊達の再生と耐性を弱体化させ、人志は炎と雷二つの性質変化を併せ持つ“火雷”を繰り出し、樹は生命エネルギーを媒介に巨大な大木を錬成しそれを愛菜が触れて強度と硬度を強化させて振り回し、最後は凍哉の雪華の眼で敵を全て凍てつかせ塵にするという連携を見せた。

 

「よっしゃ!!あとはあのイカレ女をぶっ飛ばすだけだ!!」

 

残すところあとヒスイのみとなった戦況で、ヒスイは不敵の笑みを見せながら数多の黒い炎を発現させ放った。

 

「まずい!!来るぞ!!」

 

だが、黒い炎は身構える人志達を通り過ぎて行った。

 

妖怪の始祖であり、その力で能力を弱体化させる陽菜の存在を消す為に、ヒスイは人志達ではなく陽菜に標的を定めた。

 

「まずは一人、悪く思わないでね?陽菜ちゃん…。フフフ…」

 

「陽菜!!!」

 

「陽菜さん!!!」

 

「陽菜ちゃん!!!」

 

「クッ…!!間に合わない!!」

 

絶体絶命の刹那、突如数多の黒い炎が雷鳴轟く漆黒の雷によって全てかき消されてしまった。

 

「これは…黒雷…!!まさか…!?」

 

守天豪傑最後の一人 伊達恭次郎が、重傷を負いながらも奇跡の復活を遂げて陽菜を窮地から救ったのである。

 

「伊達さん!!」

 

ヒスイは少し驚きながらも、あの時黒い炎に被弾する前に全身に黒雷を帯電させ致命傷を負わないよう防御していた伊達の状態を見て感心しクスリと笑った。

 

「流石は元守天豪傑屈指の霊能力者…簡単には死なないわね…。」

 

人志は伊達が生きていた事を知った途端、早急に生命エネルギーを譲渡し伊達を回復させようとするが、伊達は人志の手を止めて指示をした。

 

「やめろ人志!そのエネルギーは奴を仕留める事だけに使え…無駄な事に労力を注ぐな!」

 

「伊達さん…!でもそんな状態じゃ…!!」

 

「何度も同じことを言わせるんじゃねえ…俺を誰だと思ってやがる…てめえらガキ共とは潜った修羅場の数が違うんだよ…さっさと行け…。」

 

「伊達さん…分かりました…。無理はしないでくださいよ…?」

 

人志に先を行かせた伊達は、過去に長寿館の慰霊碑の前で生前の橘茜との最後の会話のやり取りをした事を思い出した。

 

「恭次郎…随分見ない間にやつれていますが元気ですか…?ちゃんとご飯食べて眠れていますか…?」

 

「親戚の婆かてめえは…業務中だってのに連絡もなしに来やがって…。それで、何しに来たんだ?くだらねえ世間話なら聞かねえぞ…。」

 

「恭次郎…私からの最後のお願いです…。」

 

「あ?」

 

「私が死んだ後、子供達をよろしくお願いします…。」

 

「急に何を言い出すかと思いきやガキ共のお守りだと…てめえも遂に焼きが回ったか?」

 

「私は今日まで、先の戦争で親を亡くした孤児達を救い育ててきました…。ですが、私にはもう死期が迫ってきています…根拠はありませんが、私には分かるんです…自分がどのような最期を遂げるのかが…。」

 

「…橘…お前何を言って…」

 

「私からは以上です…。業務中だというのに私との時間を取ってくれてありがとうございます…それでは、さようなら…恭次郎…。」

 

過去の戦友との約束を胸に、伊達は最後まで人志達を護る為に死力を尽くす意志を持って戦う。

 

戦況が激化していく中、樹は己の生命エネルギーで木の種を錬成しそれをどさくさに紛れてヒスイに当て、鋭利な木々による防御不可の内部攻撃を繰り出した。

 

(よし!決まった!!)

 

それに続いて愛菜も身体能力の全てを倍以上に強化させ、更に己の中に眠っている鬼の力を全て引き出した渾身の一撃を以てヒスイを叩き潰した。

 

「いい加減にくたばれよ…この…クソイカレ女があああああああああああ!!!」

 

二人の強い殺意を込められた攻撃を喰らいながらも、ヒスイは瞬く間に再生し高揚し狂ったように笑っていた。

 

「アハハハハハハハハッ!!!いいわ貴方達!!本当に素晴らしいわ!!!だけどこんなんじゃまだまだ全然足りない!!もっとよ!!もっと私と一緒に楽しく激しく戯れましょう!!!心ゆくまで!!!命果てるその時まで!!!!」

 

「クソッ…!!ここまでやってもまだ殺せないのか…!!」

 

「こいつどうやったら死ぬんだよ!!」

 

ヒスイの底無しの再生能力と完全耐性の前に、樹と愛菜は改めて激しい絶望を感じてしまう。

 

「まだ諦めるには早いわ!!」

 

そこに、陽菜が頭に血を流しながらも始祖の力でヒスイの再生能力と完全耐性を限界まで弱体化させようと試みる。

 

「陽菜!!無茶をするな!!!」

 

「…私の事は大丈夫よ人志…それよりも、早くヒスイを…!!」

 

「…分かった!!行くぞ凍哉!!」

 

「ああ…!!」

 

陽菜を信じ、凍哉と共にヒスイ打倒を目指すべく行動する人志。

 

だが、ヒスイは自身の能力の全てを弱体化させる陽菜を邪魔だと感じ、人志と凍哉よりも陽菜を優先して黒い炎で焼き殺そうとするも、伊達の黒雷によって阻まれてしまう。

 

「フフフ…よく頑張るわね…。」

 

「こちとら腐れ縁の女にめんどくせえ仕事を頼まれてんだ…これ以上余計な仕事を増やすんじゃねえよ…!!」

 

伊達の必死の行動に続き、人志と凍哉も動き出した。

 

凍哉は無数の氷剣を生成しヒスイに向かって放ち、人志は気炎万丈にも劣らない程の激しい炎で燃やし尽くそうとした。

 

「嗚呼…凍哉君…素敵…見事なまでの攻撃だわ…。」

 

「まだ終わりじゃねえ…凍哉!!」

 

猛攻は止まる事を知らず、人志と凍哉はヒスイを挟み撃ちして攻めていった。

 

「オオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

「これで…終わらせる!!!」

 

炎と氷、相反する二つの力をヒスイの肉体に激しくぶつけ合い、跡形もなく完全に消し去った。

 

「や…やった…やったんだ…!遂にヒスイを倒したんだ!!」

 

「やっと終わった……あたし達の…勝ちだああ!!!」

 

「人志…樹さん…愛菜ちゃん…凍哉…伊達さん…よかった…みんな無事で…!!」

 

死力を尽くした仲間達は勝利に喜び、人志も凍哉と勝利を喜び合う為に固い握手を交そうとする。

 

「凍哉…やったな!」

 

「ああ…それと、すまない…お前達には、本当に迷惑をかけてしまった…。」

 

「おいおい、今頃何言ってんだよ…これはお前だけの戦いじゃないって言っただろ?」

 

「…ああ…そうだな…。」

 

人志は優しい笑顔で凍哉に接し、凍哉もそれに応えるように硬い表情を解き、人志と握手しようとする。

 

だがその時、突然槍状の黒い炎が凍哉の心臓を貫き、凍哉は吐血し倒れた。

 

「ぐっ…!?がはっ…」

 

「…凍哉…!?凍哉!!!」

 

“超越者”ヒスイは、まだ生きていた。

 

「嗚呼…良い…凄く良かったわ…貴方達の攻撃…。」

 

「そ…そんな…そんな事が…ああ…あああ…」

 

ヒスイの底無しの再生と生命力に絶望の深淵に叩き落された人志達は、一人ずつ、一人ずつとヒスイの手によって薙ぎ倒されてしまう。

 

そして、ヒスイは陽菜の喉元に手が届く程の距離にまで近づき、残った始祖の能力を全て奪おうとする。

 

「人志…凍哉…みんな……」

 

「そんなに怖がらなくてもいいのよ陽菜ちゃん…事が済んだ後は、私は凍哉君と共に…永遠に生き続けるのだから…。フフフフフ…アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」

 

ヒスイに全てを奪われそうになり深く絶望し恐怖に震える陽菜に、一つの小さな炎が守らんとする。

 

「…人…志…」

 

「あら、人志君じゃない…。よくもまあそんなボロボロな身体で私の前に立てたわね…そんな状態になってまで、陽菜ちゃんを守る為に必死に立ち上がるだなんて…素敵…素敵ね…。」

 

満身創痍になりながらも陽菜を守る為に懸命にヒスイに立ち向かおうとする人志に、陽菜は涙を流しながら止めるよう言った。

 

「人志…ダメ…私に構わず早く逃げて…!このままじゃ…このままじゃ…本当に死んでしまう…!!だからお願い…!!早く逃げて!!!!」

 

「……それは無理な話だ…。」

 

「…え…?」

 

「ここで逃げちまったら…俺は…死んだ茜先生や子供達…そして樹や愛菜…みんなに合わせる顔がなくなっちまう…。そんで何より、誓ったからな…俺自身の生き様に…。」

 

「…人志…」

 

「フフフ…素晴らしい心構えね…。でも、陽菜ちゃんだけを守っていいのかしら?貴方のお友達や師匠、それに凍哉君はもはや虫の息よ?彼らは助けてやれないの?それとも、人一人を守るのが精一杯なのかしら?」

 

「確かに…俺は大勢の人間を守れる程強くはない…万人を守るヒーローでも、巨悪を倒す正義の味方でも何でもない…片腕を失くしたちっぽけな人間だからな…。

けどな、俺の手の届く範囲の者達は…何が何でも最後まで守り通す…!!どんなに傷尽き果てようともな…!!

俺は戦い続ける…!!この生命の炎が燃え尽きるその時まで!!!」

 

そう言い放った人志は片手で己の胸を貫き心臓を握り、咆哮を上げながら己の生命とその身を極限まで燃やし尽くさんとしていた。

 

「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」

 

ヒスイは人志の行動を見て、かつて妖魔帝国本部にて“鬼神”ヒノマルとの戦いで見せた怪童のあの奇行と重なりデジャヴを感じた。

 

そして瞬く間に、人志から凄まじい巨大な炎がそびえ立ち天を覆い尽くした。

 

「人志…!!」

 

陽菜はそびえ立つ巨大な炎を見て、妖魔帝国本部にて人志がバサラと単独で戦った時のあの光景と重なるように見えた。

 

そして、天をも覆い尽くす凄まじい炎が消えた直後、人志は変わり果てた姿と化した。

 

黒髪が逆立ち己の手で貫いた心臓に位置する胸と片腕が黒く焼き焦げ、バサラと対峙した気炎万丈とは激しく異なる姿となっていた。

 

「…人…志…!!」

 

「……何なの…その姿は…!?」

 

あまりに変わり果てた姿となった人志を見て、陽菜だけでなくヒスイも驚愕していた。

 

そんな事を横目に、人志は掌から太陽のような炎の塊を陽菜や凍哉、傷付き果て倒れた仲間達に与え、生命エネルギーを譲渡し回復させ致命傷を避けた。

 

「…この燃えるような生命エネルギーは…人志さん…!?」

 

「…何とか助かったけど…あれ、本当に人志なのか…?何だか…まるで別人のような…」

 

樹や愛菜だけでなく、凍哉と伊達も変わり果てた人志の姿を見て少なからず驚いていた。

 

「陽菜…樹…愛菜…凍哉…伊達さん…俺から離れてくれ…。

俺の事は大丈夫…すぐに終わらせる…。」

 

「…人志…!?」

 

人志は陽菜や仲間達に離れろと警告し、たった一人でヒスイと戦おうとする。

 

「随分変わり果てた姿にはなっているけれど、それで私に勝てると高を括っているのかしら…?

だとしたら、本当に残念としか言えないわ…。」

 

ヒスイは人志の異変に気付きながらも無数の赤ん坊の軍勢を召喚し、人志だけでなく全てを吞み込んで一気に戦いを終わらせようとする。

 

「戯れはここまで…充分楽しめたわ…さようなら…フフフフ…。」

 

「このままじゃまずい!!人志をこっちまで避難させろ!!俺の眼で奴らを…ぐっ…!!」

 

「凍哉さん!!駄目だ…あれだけ雪華の眼の力を使ったんだ…もう限界だ…!!」

 

「人志!!早く逃げて!!!人志!!!!」

 

絶体絶命の危機に、人志は顔色一つ変えずに陽菜達にある言葉を投げかけた。

 

「大丈夫。」

 

そして、人志は黒く焼き焦げた片腕を上げて真紅の炎で燃やし、焔の剣を顕現させゆっくりと振り下ろした。

 

「気炎万丈“焔威”」

 

焔の剣が振り下ろしたと同時に、一瞬で無数の赤ん坊の軍勢が跡形もなく焼き殺され、ヒスイも片腕を斬り裂かれた。

 

「嘘だろ…!!?」

 

たったの一撃でヒスイを圧倒する人志の焔に、陽菜達は驚愕する。

 

(何…!?一体…何が起こったというの…!?熱い…熱い熱い熱い熱いッ…!!)

 

己の命を賭し、遂に炎の性質変化の極致“気炎万丈”を完成させた人志の一撃を喰らい、底無しの再生能力と完全耐性を持ってしてもヒスイは耐性を得られず、斬り裂かれた片腕は再生出来ずにいた。

 

「貴方…一体、何者なの…!!?」

 

人志はヒスイの問いかけに、何の躊躇いもなく黒く鈍い眼光を発しながらこう答えた。

 

「お前を殺す者だ…。」



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第36話 散華

幼少の頃、養護施設カモミールにて人志は一人自主練を行っていた。

 

一番の親友であり、目標でもある怪童に追いつく為に。

 

そこに、人志の恩師である橘茜が彼にこう説いた。

 

「決してその道を歩んではいけない」と。

 

大切な人や戦友達を守る為己の命を極限に燃やし、有らぬ姿と化した人志。

 

傷だらけになりながらも眼を黒く鈍く光らせ敵を睨んでいる人志の姿に、陽菜は怪童と重ねて涙を流した。

 

「ハア…ハア…なるほど…確かに、この力は私の喉元に届きうるわ…。けれど、それまで貴方の命は持つかしら…?今こうしている間にも、貴方の命は刻一刻と終わりを迎え始めている…そんな状態で、この私を本気で殺せると思ってるのかしら?フフフ…。」

 

完成させた気炎万丈の一撃をまともに喰らい深手を負いながらも、ヒスイは余裕の笑みを崩さずにいた。

 

「あの一撃を喰らっても、まだ再生できるのか…!?」

 

「いや、よく見てみろ…斬り落とされた腕が再生できていない…恐らく耐性も得られていない所から、あいつの一撃は間違いなく効いている…。問題は、このまま押し切る事が出来るかどうかだ…。」

 

「人志…」

 

仲間達が人志の状態を見て気がかりに感じている最中、ヒスイは目にも映らぬ圧倒的な速度で人志の背後に回り攻撃した。

 

人志はそれをすかさず防御し、続く怒涛の連撃を捌き続ける。

 

「速え…!!それに、まるで人が変わったかのように急に激しくなりやがった…!!」

 

伊達の雷神演武と同等の速度で襲い掛かるヒスイに対し、人志は防戦一方になり次第にヒスイの猛攻に耐えかねる。

 

それを好機と見たヒスイは、拳に全てを溶かし尽くす黒い炎を纏わせ、人志に最後の止めを刺そうとした。

 

「よく頑張ったけどこれまでのようね!さようなら!人志君!!」

 

黒い炎を纏わせた拳を人志に直撃させ、勝利を確信したヒスイ。

 

だが、それを人志は片手で難なく受け止めた。

 

己の勝利を確信した最高の一撃を簡単に受け止められたヒスイは、驚愕と動揺を隠せずにいた。

 

「そんな…!!?」

 

「何をそんなに驚いているんだ…?俺がお前の炎を止めた事が、そんなに信じられないのか…?それとも、自分の目の前で自分の信じられない事が起こった事に対して恐怖を感じているのか…?」

 

動揺するも束の間、人志はヒスイの拳を離さず強く握りしめながら焔で燃やし尽くさんとしていた。

 

「ンアアッッ!!」

 

ヒスイは拳を焼かれながらも、危険を悟りすぐさま別空間へと瞬間移動し逃げた。

 

「な…!?消えた!?」

 

別空間に避難したヒスイは欠損した腕の修復と、気炎万丈の完全耐性を得る為にゆっくりと時間をかけていた。

 

「あいつ何処に消えた!?」

 

「いや、消えたんじゃない…逃げたんだ…奴の能力で、別空間にな…。恐らく、人志に斬り落とされた腕の修復と気炎万丈の耐性を得る為に…。」

 

「そんな…じゃあ、僕達に出来る事はもう…」

 

「諦めるにはまだ早いぞ樹…。」

 

「え…?」

 

「逃げたんなら無理矢理にでも引きずり出せばいい…。」

 

そう言い放った人志は、自身の掌から太陽のような焔の塊を作り出し、それを虚空へと放った。

 

すると、虚空に放たれた焔の塊はヒスイのいる別空間へと発現し、まるで焔自体が意志を持っているかのようにヒスイを追跡しその身を燃やし尽くさんとした。

 

「アアアアアアッッ!!!こ…この焔は人志君の…!!何故こんな所に!!?」

 

焔に耐えかねたヒスイは別空間から元いた空間へと移動し、人志達の前に姿を現した。

 

「マジかよ…本当に引きずり出しやがった…!!」

 

人志の焔を受け続けてかつてない程の重傷を負ったヒスイに、人志は黒く鈍い眼光を発しながら言い放った。

 

「あの時お前は俺にこう言ったよな?そんな状態で自分を殺せるのかと…はっきり言ってやるよ

お前を殺すには、この状態で十分だ…。」

 

「人志……!!」

 

「たとえこの生命が燃え尽き果てようとも…俺はお前を必ずここで殺す…そして、陽菜や凍哉、大勢の者達を苦しませた報いを今ここで受けさせてやる…。」

 

人志の言葉から只ならぬ決意と殺意を感じ取ったヒスイは、激しく慄きながらもただやられっぱなしではいられず反撃に出た。

 

無数の黒い炎を発現させ人志に一斉に放つも、人志は黒い炎を全て受け止め逆に己の焔へと変換しヒスイに跳ね返した。

 

「こんなもの…!!」

 

ヒスイは無数の焔を捌き切るも、その隙を突かれる形で背後から人志に胸を拳で貫かれた。

 

「ガハッ!!」

 

「気炎万丈“業火焔滅葬”」

 

天をも衝く程の巨大な炎柱が立ち気炎万丈の圧倒的な火力で焼き尽くされながら、ヒスイは悲鳴を上げた。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」

 

ヒスイを焼き尽くし、今度こそ勝利を掴み取ったと確信する陽菜と仲間達。

 

だがヒスイはまだ生きており、焼き尽くされたその身を再生しようと必死に生にしがみ付いていた。

 

「あいつ、あんだけやってもまだ再生するのかよ!?」

 

人志は完全なる止めを刺す為に、ヒスイの元へと近づいた。

 

「ハア…ハア…まだよ…まだ私は終わらないわ…」

 

「これで終わらせてやる…

気炎万丈“焔天―――」

 

人志が最後の止めを刺そうとしたその時、気炎万丈による身体の負荷が人志に降りかかり吐血し倒れ込んでしまう。

 

「グフッ…!!」

 

「人志!!!」

 

それを好機と見たヒスイは、身体を再生しながら始祖の力を根こそぎ奪う為に陽菜の元へと近づいてきた。

 

樹や愛菜、仲間達がそれを阻止しようと動くもヒスイとの圧倒的な力の差で全て捻じ伏せられ、遂に陽菜の喉元へと接近した。

 

「フフフフ…人志君、確かに貴方の気炎万丈は私を殺しかねない程の凄まじい物だったわ…けれど残念…その前に限界が来てしまったわね…最後の最後で己の限界を超えられずに倒れ伏してしまう貴方は、やはり紛れもなく人間…所詮その程度よ…。」

 

「グッ…逃げ…ろ…陽菜……!!」

 

「人志…樹さん…愛菜ちゃん…伊達さん…」

 

「さようなら、陽菜ちゃん…いや、妖怪の始祖よ!!」

 

始祖の力を奪い尽くす為に、ヒスイは陽菜を手刀で貫き殺そうとした。

 

だがその刹那、ヒスイの魔の手から陽菜を庇った者がいた。

 

「と…凍哉君…!!」

 

「凍哉…!!」

 

陽菜を庇い手刀で貫かれ吐血しながらも、凍哉はヒスイの手を決して離さないようにと強く握りしめた。

 

「凍哉君!!何をしているの!?そこを退きなさい!!!」

 

「…断る…!!」

 

「凍哉……!!」

 

「ヒスイ…お前は、俺の闇だ…」

 

「凍哉君…何を言って…!?」

 

「俺の闇は…俺自身の手で祓う…!!」

 

「待って!!凍哉!!!」

 

陽菜の制止を振り切りヒスイとのこれまでの因縁に決着を着ける為に、凍哉は雪華の眼を開眼し己の力の全てを解放しヒスイを凍てつかせた。

 

無数の氷の華に包まれて、ヒスイは嬉し涙を流しながら凍哉の姿を氷華と重ねて満足したような表情で塵となって消滅した。

 

「嗚呼…貴方は、どこまで私を魅せてくれるの…

氷華…やはり貴方は、とても美しい……。」

 

氷華の里に無数の氷の花びらが舞い散る中、ヒスイとの死闘は幕を閉じ、ヒスイに奪われた始祖の力は陽菜の元へと戻った。

 

だが、陽菜を庇い身体を手刀で貫かれながらも全ての力を余さず解放した凍哉には、死が刻一刻と近づいていた。

 

「凍哉!!!」

 

倒れ込む凍哉の元に、人志や陽菜達は急いで駆けつけ、樹は凍哉の傷を修復する為に必死になって治療を施そうとした。

 

「死なないでください凍哉さん!!僕達にはまだ、貴方の力が必要なんです!!!」

 

「…やめろ樹…無駄な労力を注ぐな…もう俺は助からない…全ての力を奴にぶつけたからな……。」

 

「そんな…凍哉…!!」

 

もうすぐそこまで近づきつつある凍哉の死に直面した樹と愛菜は、涙を流さずにはいられなかった。

 

樹や愛菜だけでなく、人志と陽菜も涙を流さずにはいられなかった。

 

「凍哉…すまない…!!俺がしっかり奴に止めを刺せていれば…!!!」

 

「…人志…お前が悔やむ事はない…これは元を辿れば、俺が決着を着けなければならない事だったんだ…お前は何も悪くない…。」

 

死にゆく凍哉に、人志は己の中に残っている僅かな生命エネルギーを彼に譲渡しようとするも、陽菜に制止された。

 

「手を離してくれ陽菜!!このままじゃ凍哉は…!!」

 

「それをやったら貴方も死んでしまうのよ!!!」

 

「!!」

 

陽菜は大粒の涙を流しながら叫び、人志の決死の行動を止めた。

 

「…ありがとう…陽菜…人志を止めてくれて……」

 

「凍哉……」

 

死期がすぐそこまで迫る中、凍哉は人志の手を握り残された最後の生命エネルギーを譲渡し、仲間達に最後の言葉を遺した。

 

「…人志…陽菜…樹…愛菜…伊達…今日まで…こんな俺を友として…仲間として大切にしてくれて…ありがとう……

お前達と共に戦い過ごした日々は…短いながらも俺にとっては、掛け替えのない大切な思い出となった……本当にありがとう……。

そして人志…陽菜と、この世界を頼む……。」

 

「……ああ…!!」

 

人志の返事を聞いた凍哉は、優しく微笑みながら雪の華となって散り安らかに逝った。

 

凍哉の死に嘆くも束の間、傷付き疲れ果てた人志達にヒスイの眷属達が襲い掛かる。

 

「こいつら…ヒスイの…!!」

 

ヒスイとの死闘で余力がない人志達に絶体絶命の危機が迫る。

 

そんな時、伊達は人志達を逃がす為に一人で眷属達に立ち向かった。

 

「伊達さん!!無茶だ!!こんな数をたった一人で!!」

 

人志の必死の呼びかけを無視して、伊達は不敵な笑みを浮かべながら人志達に捨て台詞を吐く。

 

「餓鬼共が…てめえらとは踏んだ場数が違うんだよ…」

 

「伊達さん!!!」

 

「みんな!!私に捕まって!!!」

 

人志達は伊達を残して陽菜に捕まり、氷華の里から長寿館へとワープした。

 

ヒスイとの激闘で凍哉と伊達を失い、悲しみに明け暮れる人志達。

 

肉体的にも精神的にも傷付き疲れ果てた人志達を、愛菜の兄妹や長寿館の医療班が迎え入れすぐに治療を施そうとする。

 

だが、そんな人志達に愛菜の兄妹から一つの情報を聞かされる。

 

“妖怪殺し”怪童が死んだという情報を…。



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第37話 怪物と怪物

氷華の里にてヒスイとの死闘を制した人志達は、凍哉と伊達を失った悲しみに明け暮れながらも陽菜の始祖の力で長寿館にワープし帰還を果たした。

 

肉体と精神が疲弊しきった人志達を、愛菜の兄妹や旅館の医療スタッフが迎えようとするも、人志達は愛菜の兄妹から“妖怪殺し”怪童の訃報を知らされた。

 

「嘘だ…怪童が死んだなんて…嘘に決まっている…!!」

 

「信じられないかもしれないけど、本当なんだよ人志兄ちゃん!今ニュースでもSNSでも“妖怪殺し”が死んだって話題になってるんだよ!!」

 

愛菜の兄妹の一人である蓮は、スマホを取り出して人志達に怪童が死んだという情報を見せた。

 

陽菜は、蓮にその情報の出処は何処か聞き出した。

 

「蓮君、その情報は何処から出てきたの?」

 

「えっと…ちょっと待っててね…あれ、どうやってやるんだっけ…?」

 

「もう、蓮!私に貸して!」

 

スマホの扱いに不慣れな蓮を見かねて、姉の千尋が強引に取ってスマホを操作する。

 

「あっ、あった!『2022年〇月×日午後14時12分、妖怪社会を震撼させている“妖怪殺し”怪童が死亡したという情報が出ました。そして、かつて人間と妖怪を共存させる為に導いた最高指導者である後藤博文氏が今日生存していた事が明らかになりました。後藤博文氏は、羅刹一座の壊滅と“妖怪殺し”怪童による甚大な被害の埋め合わせと、“妖怪殺し”を信仰する暴徒達を鎮圧し、この国の真の平和と安寧を実現させるよう鋭意努力しますと述べています。』」

 

その情報を聞いた人志達は、かつて妖魔帝国本部の陽菜を奪還する戦いで怪童がたった一人で始祖の能力によって強化された妖怪の軍勢達との戦いの後、後藤の手によって殺されたのだと悟った。

 

「後藤が今になって公の場に出たという事は…怪童は…あの後、後藤に殺された……?」

 

「…そんな…怪童……!」

 

ヒスイとの死闘を終え衝撃の事実を知った人志と樹と愛菜は酷く驚愕し、陽菜は凍哉と伊達を失った直後に被さるように悲しみ泣き崩れた。

 

時は、凍哉が人志と陽菜に別れを告げ、一人でヒスイの元へ向かっていった所まで遡る。

 

妖魔帝国本部にて妖怪の始祖の力で強化された妖怪・鬼・吸血鬼の軍勢を怪童がたった一人で殲滅した後力尽き倒れ、後藤やヒスイの手によってアジトに捕縛されていた。

 

怪童は後藤の能力による特殊な鎖で柱に拘束され、まるで息絶えたかのように眠っていた。

 

「どう?後藤君…怪童君の様子は?」

 

「ああ…さっきまであんなに暴走していたとは思えないほどに、ぐっすりと眠っているよ…まるで子供のようだ…事実彼はまだ齢16の子供だがね…。」

 

「フフフ…本当ね…あの鬼神と言われるヒノマル君をも殺してのけるほどの怪物っぷり…惚れ惚れするわ…。」

 

「まあそれはそれとして、ヒスイ…氷華の一族の末裔の始末はどうした?」

 

「まだだけど?」

 

「早く息の根を止めておけよ。私の計画を遂行する上で彼の存在は私にとって最大の障害となりうる…。あの時、あの小娘の存在さえなければ…私の理想は今よりもっと早く叶ったはずなのに…思い出すだけで腹が立ってくるよ…。」

 

凍哉や氷華に対する恨み節を言う後藤。

 

そんな後藤に、ヒスイは槍状の黒い炎で突き刺そうとし、後藤はそれを紙一重で回避した。

 

「急に何をするんだヒスイ…危ないじゃないか…。」

 

「私の前で氷華の事を軽々しく口にしないで…。殺すわよ?」

 

凍哉と氷華への恨み節を言った後藤に対し、ヒスイは真っ黒に淀んだ瞳を見開きながらとてつもない殺意を放つ。

 

そんなヒスイに対し、後藤は内心イラつきながらも気持ちを整理し謝罪する。

 

「…ああ…すまなかったよ…私が悪かった…以後気を付けるよ…。」

 

後藤がヒスイに謝罪し場を丸く収めた後、和真が後藤に怪童の処分を科すよう強くせがむ。

 

「後藤様!一刻も早く怪童に止めを!この怪物の生命力はゴキブリ以上です!いつ我々に襲い掛かってくるか分かったものじゃありません!」

 

「…それもそうだな…。」

 

和真の要請を受け、後藤は怪童の息の根を止めようとするも、ヒスイは妖しい笑みを浮かべながらある提案をする。

 

「ねえ、一つ提案があるんだけどいい?」

 

「何だね?」

 

「私の血を怪童君に分け与えて吸血鬼にして、こちらの勢力に加えるっていうのはどう?」

 

「ヒ、ヒスイ様!?何を言って…!?」

 

「だって、戦力は多いに越した事はないでしょう?これから私が物にする凍哉君に加えて怪童君のような強者をこちら側に引き入れたら、もう勝ったも同然じゃない?」

 

「…なるほど…確かに言えてるな…。」

 

「それに、確かめてみたいの…。“妖怪殺し”という稀代の怪物が、“超越者”たる私の血にどう適応するのか…。」

 

ヒスイは好奇心を抑えられず、人差し指を伸ばし気絶している怪童の肉体に突き刺し、体内の血管から吸血鬼の血液を大量に注入した。

 

すると怪童は目覚め、ヒスイの血で吸血鬼になりつつあった。

 

だが、怪童の人間を守る戦士としての本能がヒスイの血を激しく拒絶し、呻き声を上げながら全身に激しく力を込めた。

 

そして遂に鎖から解き放たれ、怪童はヒスイの吸血鬼の血に自力で打ち勝ち復活した。

 

「な…な…何なんだよこいつ…!!?」

 

鎖から解き放たれた怪物に、和真を含め大妖怪相当の実力者である後藤の部下達は激しく戦慄するも、ヒスイは自身の血を唯一拒んで退けた怪童に激しく驚愕し、頬を赤く染めて股を濡らしながら好意を寄せる。

 

「…素晴らしい…!!素晴らしいわ…!!!吸血鬼にならずに…人間のまま維持してのけるだなんて!!!」

 

眠りから目覚めた怪童は、己に血を与え吸血鬼にしようとしたヒスイに対し、対象を無力化し空間ごと削り取る能力と空間打突の併せ技で削り取ろうとする。

 

それに対しヒスイは、細胞分裂して怪童の必殺の一撃を難なく回避してのけた。

 

「寝起きにいきなり襲い掛かってくるなんて…随分精力旺盛なのね…。」

 

「あの時言ったはずだ…ヒノマルを殺した後、次はお前だとな…。」

 

余裕の笑みを浮かべるヒスイと、迷いのない剝き出しの殺意を見せる怪童。

 

そんな二人の衝突を避けるべく、後藤は割って入った。

 

「ヒスイ…君には氷華の一族の末裔と妖怪の始祖を葬る大事な仕事を任せている…。私としても君にはここで無駄な戦いをしてほしくないのだよ…。」

 

ヒスイは少し残念がりながらも、後藤に言われた通りに矛を収めた。

 

「ごめんなさいね怪童君…お互いお楽しみはお預けという事で…ね♡」

 

凍哉と陽菜の始祖の力を奪う為に、ヒスイは無数の蝙蝠と化し怪童の前から姿を消そうとするも、怪童はそれを許さず追撃を仕掛けるも後藤によって阻止された。

 

「怪童…すまないが彼女はあれでも忙しい身でね…その代わりとしては何だが、私が君の相手になってあげようか…。」

 

怪童を挑発する後藤に、和真や部下達が加勢しようとする。

 

「後藤様の手を煩わせるわけにはいきません!ここは俺達が!!」

 

「よしなさい…大妖怪クラスの君らが束になったところで今の彼にはかすり傷一つ負わせる事すら出来はしない…。」

 

部下達の加勢を制止した後藤に、怪童は拳を強く握りしめながらとてつもない殺気を放つ。

 

「全員でかかってこいよ…本気で俺を殺すつもりならな…。」

 

怪童のとてつもない殺気と覇気に和真と部下達は激しく戦慄しながらも、後藤は全く余裕の表情を崩さずにいた。

 

「まあそう焦らずとも、今から君と私の戦いにうってつけの舞台を用意するよ。」

 

そう言い放った後藤は指を鳴らし、アジトの殺伐とした空間をある場所に塗り替えた。

 

それはかつて、人志・陽菜・怪童が育った養護施設カモミールがあった場所であり、今となってはバサラの手によって死んでいった恩師と子供達の墓標である。

 

「始祖の能力は、願望・意志を具現化させる事が出来る…空間を自分好みに塗り替える事くらいわけないさ…。どうだい?まさに君にはうってつけの戦いの舞台じゃないか!君の弱さのせいで死んでしまった恩師と多くの子供達の魂が眠っているこの墓場で、君は私の手によって惨たらしい死を迎えるのだからね!」

 

殺伐としたアジトからカモミール跡地へと空間を塗り替えた後藤は、今までの戦いで傷付き果てた怪童に精神攻撃をし始める。

 

だが、怪童はそれを物ともせずに言葉を投げかける。

 

「下らん…今更こんなハリボテの空間を用意したところで何になる…ここはもう、俺には過ぎた場所だ…。」

 

「そうかい…まあ、私も今更昔話に耽る暇はないからね…じゃあ、死んでもらうよ。」

 

後藤は、自身の霊力と始祖の妖力をブレンドさせたエネルギーの塊を創り出し、怪童に放った。

 

放たれた霊力と妖力のエネルギー弾を、怪童は右手の能力で触れて完全に無力化し空間ごと削り取り、左手の能力で後藤に跳ね返そうとしたその時、怪童の右手に異変が生じる。

 

右手で触れて無力化させたはずのエネルギー弾が何故か無力化出来ず、怪童はダメージを負ってしまう。

 

「何故だ?って顔をしているね…教えてあげよう…さっき君に放ったエネルギーの塊は、君の厄介な右手の能力を封じる為に編み出した特殊なものでね…君の右手、もう使い物にならないよ。」

 

後藤の始祖の力によって、右手の能力を完全に封印されてしまった怪童は、表情一つ変えずにいた。

 

「それがどうした?」

 

すると、怪童は左手を後藤に向けて構え始めた。

 

左腕全体の筋肉が盛り上がり、まるで風船のように膨れ上がったその時、怪童の左手の掌から物凄い勢いで血肉が放出された。

 

怪童が今まで削り取って来た数えきれない程の妖怪・鬼・吸血鬼達の血と肉と骨が、強大なエネルギー砲のようになって後藤に放たれた。

 

後藤はそれを紙一重に回避し、怪童の底知れぬ能力と強さを改めて再認識した。

 

「やはり君は、始祖に次ぐ程の凄まじい力を持っている…それ故に惜しいよ…そんな力を持っていながら、妖怪達から人々を守る為などと下らない使命と責務に踊らされているだなんて…。一体何だって君はそこまで身を挺してまで下らない人間共の為に戦うのかね?君にとって人間は、己の命をも投げ捨ててまで守る程の価値があるのかね?」

 

怪童は後藤の問答を無視し、戦戦兢兢でヒノマルを喰い殺して奪った能力「空間打突」で後藤を圧倒的な攻撃力と破壊力で殺そうとする。

 

防御・回避共に不可能の必中必殺の能力に、後藤は為す術がないように見えたその時、後藤は不敵な笑みを浮かべてある能力を発動した。

 

ありとあらゆる能力の効果を遮断する「次元障壁」という能力を以てして、怪童の空間打突を無効にした。

 

「残念だったね…君の能力は、私には届かないよ…。」

 

右手の能力を封印され空間打突をも無効にされた怪童は、それでも諦めずに闘志を燃やし後藤に体術による猛攻を仕掛けた。

 

「やはりそう来るか…。」

 

後藤は余裕の笑みを浮かべながら、怪童の攻撃を捌いていく。

 

後藤と怪童の体術による一進一退の激しい攻防が続く中、怪童は中段蹴りによるフェイントを織り交ぜながら上段蹴りを素早く仕掛けた。

 

上段蹴りは見事に後藤の頭部を直撃し、後藤は頭に血を流しながら崩れ落ちるように体幹を崩した。

 

勝機を見出した怪童は、倒れ込んだ後藤に拳によるとどめの一撃を喰らわせた。

 

拳は後藤の身体を貫き、戦いは怪童の勝利と思えたその時、後藤はまるで己の勝利を確信したかのように不気味に笑っていた。

 

「怪童…やはり君は素晴らしい逸材だ…何千年何万年経っても、君のような者は今後生まれてはこないだろう…だから、本当に残念でならないよ…。」

 

そう言い放った後藤は、あらゆる物理攻撃を跳ね返す「衝撃反転」という能力を発動し、怪童のとどめの一撃をそっくりそのまま跳ね返した。

 

怪童は己自身の拳の一撃によって身体に風穴を開けられ、意識を失くし戦闘不能状態となってしまった。

 

後藤は始祖の能力を使って身体を再生させ、倒れ込んだ怪童にゆっくりと近づいていく。

 

そして、後藤は怪童の首を掴んで持ち上げながら、怪童の脳を破壊し最後のとどめを刺した。

 

稀代の怪物“妖怪殺し”怪童は、今この瞬間息絶えた。



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第38話 怪童

後藤の能力「衝撃反転」によって攻撃を跳ね返され、脳を破壊されて息絶えてしまった怪童。

 

怪物同士の死闘は、後藤に軍配が上がった。

 

後藤の勝利に部下達は歓喜し、和真は後藤に駆け寄っていった。

 

「あの怪物を難なく殺してのけるとは…流石は後藤様です!!」

 

「和真…難なくとは彼に失礼だよ…こうなる事になるであろうと、彼の事は何から何までとことん対策してきたからね…。触れた対象を完全に無力化し空間ごと削り取る右手に、防御・回避共に不可能の空間打突…そして、極め付けは全妖怪の頂点に立つ大妖怪達をも上回る程の身体能力…どれも規格外のもので、正直彼を早めに始末出来てホッとしているよ…。後はヒスイが氷華の一族の末裔と人志達を始末し始祖の能力を根こそぎ奪ってくれたら、私の計画を妨げる要素は全て無くなる…。」

 

己の理想が叶う時がもうすぐそこまで迫っているという感覚を覚えた後藤は、邪悪な笑みを零しそうになりながらも必死に噛み殺そうとしていた。

 

そんな中、後藤に脳を破壊されて死亡した怪童は、魂となって今までの自分の人生を走馬灯のように振り返っていた。

 

「お前はどんな恐ろしい怪物が襲い掛かってきても必ず打ち勝つ強い子供になるんだ…お前はこの世で唯一無二の戦士“怪童”なのだからな…。」

 

「……はい…母さん……。」

 

「嫌っ!!嫌ああっ!!怪童!!見てないで助けろ!!!私が何の為にお前を育てたと思っている!!!怪童ォォッ!!!!」

 

「…何でだよ…何で立ち向かわなかったんだよ…!!何で見捨てたんだよ…!!!何の為に今まで鍛錬をしてきたんだよ!!!母さんは…俺を強くする為に今まで鍛えてくれたのに…!!俺を立派な戦士にする為に育ててくれたのに…!!!何で俺は…その思いに応えられねえんだよ…!!!」

 

幼少期の怪童は、弱い自分自身を呪い血眼になって泣き叫びながら妖怪達と孤独に戦い、己の肉体と精神を極限にまで追い込み続けた。

 

2年の月日が流れ、6歳になった怪童は野良妖怪達が彷徨う森の中で一人の少女と出会う。

 

ボロボロになりながらも野良妖怪達に襲われているその少女を怪童は救い、少女にこう問いかけた。

 

「…お前…親はどうした…?」

 

「…お母さんとお父さんは…妖怪に殺された…今は、私だけ……。」

 

涙を流しながら虚ろな目で答える少女に、怪童は手を差し伸べながらある言葉を投げかける。

 

「俺についてこい…戦士として、命に代えても俺がお前を守り通す…。」

 

少年の迷いのない黒い眼に惹かれながら、少女は差し伸べられた手を掴み、共に森から出ようと行動した。

 

腹を空かせて次々と襲い掛かってくる野良妖怪達に、怪童は少女を守る為満身創痍になりながらも薙ぎ倒していく。

 

「もうやめて!!そんなボロボロな身体でそれ以上戦ったら…本当に死んじゃう!!私の事はもういいから!!!」

 

「…化け物共が何人束になってかかろうが…恐るるに足らん…!!俺は…怪童だ!!!!」

 

それからしばらくして、遂に森の出口が見えた矢先に怪童は限界を迎え倒れ込んでしまう。

 

少女は、意識を失くした少年を背負い涙を流しながら必死に周りに助けを呼び掛けた。

 

「怪童!!お願い死なないで!!!誰か…誰かいませんか!!!いたら返事を…返事をしてください!!!私の事はいいから…この人を…この人を助けてください!!!」

 

必死に呼びかけるも現実は虚しく、野良妖怪達が少女の声に釣られて囲む。

 

よだれを垂らしながら、一斉に少年と少女を喰い殺そうと襲い掛かる妖怪達。

 

そんな絶体絶命の危機に、一人の女性が群がる妖怪達を一太刀で全て斬り捨てる。

 

その女性は、少数精鋭の霊能力者集団「守天豪傑」の生き残りの一人で、養護施設「カモミール」の設立者の橘茜であった。

 

「妖怪達は全て斬り捨てました…もう大丈夫ですよ…。」

 

「あ…貴方は…!?」

 

「私の名前は橘茜、通りすがりのしがない霊能力者です。」

 

「茜先生、見た所こいつが一番重傷です。しかも完全に意識を失くしてます。急いでカモミールまで運びましょう。」

 

「ええ、そうですね人志。安心してくださいお嬢さん、私達がこれから貴方とその男の子を安全な場所まで連れて行ってあげます。もう怯えなくても大丈夫ですよ。」

 

少女は、橘茜と名乗るその女性の言葉を受けて安堵し眠りにつき、橘茜と人志は傷つき疲れ果てた少年と少女を負ぶって養護施設「カモミール」へと向かった。

 

そして数日後、カモミールの療養室にて怪童は目を覚ました。

 

するとそこに、怪童の寝床の傍らに少女の姿があった。

 

「…お前…無事だったのか…怪我はないか…?」

 

「うん…ありがとう、怪童…こんな私を助けてくれて…。」

 

「…戦士として、当然の事をしたまでだ…。」

 

お互い無事である事に安堵する二人。

 

そして、少女は少年に自分の名を口にした。

 

「私の名前…陽菜っていうの…。」

 

「…そうか…いい名前だな…。」

 

それが、陽菜との出会いだった。

 

するとそこに、この施設の設立者である橘茜が療養室のドアを開けて怪童の安否を確認してきた。

 

「おや、目を覚ましたようですね。身体の具合はどうですか?」

 

「…いえ、俺は何ともありません…それに、こんな見ず知らずの俺や陽菜を助けていただきありがとうございます…。」

 

「いえいえ、子供達の未来を守る施設の設立者として当然の事をしたまでです。あっ、そういえば自己紹介がまだでしたね!私の名前は…」

 

「橘茜…少数精鋭の霊能力者集団「守天豪傑」の生き残りの一人…。」

 

「あら、バレちゃいましたか!いやあ、有名というのも考え物ですねえ!」

 

「昔、母から守天豪傑についてよく聞かされました…俺を戦士として、守天豪傑の者達をも遥かに上回るように強くなれと…耳に胼胝ができるほど言い聞かされました…。」

 

「…そうですか…。」

 

橘茜との会話を済ませた怪童は、寝床から起き上がり療養室から出ようとする。

 

だがそれを、橘茜が呼び止める。

 

「何処へ行く気ですか?」

 

「…俺は戦士の母から生まれた男です…。妖怪達から人間を守るという責務を全うする為に、俺はこんな所で休んでいる訳にはいかないんです…!!」

 

怪童は戦士としての責務を果たす為、まだ癒えてない傷だらけの背中を陽菜と橘茜に見せてカモミールから去ろうとする。

 

「そうですか…貴方がそこまで言うのなら、私も無理には止めません…。ですが、今の貴方では戦士の責務を果たすどころか、己の身一つすら守れずに犬死にすると思います。」

 

自分の弱さを指摘された怪童は、橘茜の方へと振り向き睨んだ。

 

「まずはここで傷付き果てた心と身体を癒す…戦士の責務を果たすのは、それからでも遅くはないと思いますよ?」

 

橘茜に指摘され冷静になった怪童は、陽菜と共にカモミールで暮らすことになった。

 

それから数ヶ月後、カモミールの屋外にて怪童は己の弱さと過去のトラウマを克服する為に日々懸命に自己鍛錬に勤しむ。

 

そんな怪童に、一人の少年が距離を縮める。

 

「お前、怪童っていうんだっけ?陽菜って子から聞いてきたんだけど…。」

 

「…俺に何の用だ…?」

 

「俺に体術を教えてくれ!」

 

「…は?何で俺なんかに…」

 

「いや、大した理由はないんだけど…さっきの身体の動かし方とか見てて凄くかっこよかったし…俺もあんな風になりたいなって思ってさ、だからお前に直接師事しようと思った。」

 

怪童は見ず知らずの同年代の少年に初めて自分の事を認められて、胸の内で少し自分が救われたと感じた。

 

そして、怪童は照れ隠しで少年に背を向けて去ろうとする。

 

「…勝手にしろ…。」

 

「…?って事はOKって事か?ありがとな怪童!ああそれと、俺の名前は人志!人に志って書いて人志だ!よろしくな!」

 

少年の名を聞いた瞬間、怪童は足を止めて複雑な心情を抱いた。

 

(人志…人の志と書いて人志…俺と正反対の名だ…。)

 

それが、人志との出会いであった。

 

それからカモミールで橘茜の下で授業や身を護る術を学んだり、人志に体術を教えたり、春のお花見や夏の西瓜割りや花火大会、冬のクリスマスパーティーなど施設内の行事にも参加したり、カモミールの皆と集合写真を撮ったりと、少しずつ怪童の心体の傷は癒えていった。

 

そして11歳の時分、怪童は相も変わらず満月の夜の桜の木の下で汗水流して自己鍛錬に勤しんでいた。

 

そんな怪童に、陽菜は水のペットボトルとタオルを手に持って怪童を労わろうとする。

 

「怪童!そろそろ休憩しないと…!」

 

「…陽菜…悪いな…。」

 

「ううん…私は、同じ施設の仲間として当然の事をしたまでだから…。」

 

怪童は陽菜から渡されたタオルで汗を拭き、水のペットボトルを余すことなく全て飲み干した。

 

その後しばらく沈黙が続いた後、陽菜が怪童を心配するように話しかけた。

 

「怪童…身体の方はどう?何ともない?」

 

「…別に、俺は何ともないが…どうしたんだ急に…?」

 

「あ、いや、その…大した理由はないんだけど…貴方の事が心配で…あの時、貴方に助けてもらった恩があるから…。」

 

「…そうか…ありがとうな、陽菜…。」

 

「ううん…どういたしまして。」

 

しばらく二人の時間が進む中、怪童は陽菜にこう問いかけた。

 

「なあ陽菜…」

 

「ん…?」

 

「お前にとって俺はどういう存在だ…?」

 

「…え…?ど、どうしたの急に…?」

 

「俺は今まで、妖怪から人間を守る戦士として…“怪童”として生きるように…母から徹底的に叩き込まれた…。そうして今まで己を追い込んできた結果、俺は群れ為す妖怪共に化け物扱いされて、子供達にも怖がられてきた…。俺は、自分がちゃんと戦士としての責務を全うできているのか…“怪童”として生きていけているのかどうか…そう突き詰めている内に、自分自身が分からなくなってきたんだ…。」

 

「怪童…」

 

「教えてくれ、陽菜…お前にとって俺は何だ…?」

 

怪童にそう問いかけられた陽菜は、怪童の今までの心労を察して手を優しく握りながら答えた。

 

「怪童…貴方は誰よりも自分の行いに責任を持てる強い人で、誰よりも人の痛みを理解できる優しい人で、誰よりも自分自身を許せずにいる悲しい人…。」

 

「…陽菜…」

 

「貴方は決して化け物なんかじゃない…貴方は怪童…私の命の恩人で、私にとってかけがえのない大切な人です…。」

 

陽菜は頬を赤らめて涙ぐみながら怪童に自分の想いを伝えるも、感情を堪え切れず涙を流してしまう。

 

「あ、ああ…ごめんなさい…何か、急に涙が出てきちゃって…」

 

ポロポロと涙が零れていき、感情を抑制する為に自分の手で拭い去ろうとする陽菜に、怪童は優しく抱きしめる。

 

「…ありがとう…陽菜…こんな俺を、大切に想ってくれて…。」

 

「…怪童……!」

 

「約束する…俺はこの先どんな敵が襲い掛かってきても、絶対に打ち勝つくらい強くなってみせる…。もう二度と、誰も殺させはしない…もう二度と、誰も悲しませはしない…。お前がずっと笑顔でいられるように、強くなってみせる…俺のこの生命に代えても…必ず…!!」

 

怪童は陽菜の想いに応えるように、陽菜との間に、そして己自身に鉄の誓いを立てて生きようと決意する。

 

誓いの言葉を受けた陽菜は、涙を流しながら怪童に笑顔を見せて答えた。

 

「…うん…!!約束だよ…怪童…!!」

 

満月の夜、桜の木の下で小さな花達が咲き誇る中、二人の少年と少女は約束を誓い合った。

 

そんな中、人志が気分転換に外の空気を吸う為に偶然通りかかり、抱きしめ合っている二人を茶化すように絡んできた。

 

「おやあ?何やらお二人さん、結構熱い感じになってるみたいですね~。もしかして、このままキスにまで発展したりして?」

 

笑いながら茶化してくる人志に、陽菜は顔を激しく赤らめて強く否定する。

 

「ちょっ!?人志!!ちちち、違うの!!これはその…色々と事情があって…」

 

必死になっている陽菜に、人志は面白がって更に茶々を入れる。

 

「ふ~ん、どういう事情があったのかな?誰にも言わないから俺に教えてみなよ。」

 

余計な茶々を入れられ、恥ずかしがって絶句する陽菜。

 

そんな陽菜に、怪童は笑いながらある提案をする。

 

「あーあ、雰囲気ぶち壊されちまったな…なあ陽菜?」

 

「え?」

 

「ムカつくからあいつシメようぜ?」

 

「…うん…!!」

 

怪童の提案に陽菜は笑顔いっぱいで答えて、二人で人志をシメる為に追いかけまわした。

 

「この野郎!人がせっかくいい雰囲気になっていたのに水差してきやがって!」

 

「ちょちょっ!?やめろ怪童!お前がかけるプロレス技はマジでシャレになんねえって…ぐええ!!?」

 

「そうだそうだ!私のも喰らえ!」

 

「ちょっ!?ブハハハハハハ!!おい!やめろ陽菜!!プロレス技かけられながらのくすぐりはマジで死ぬ!!死ぬって!!!ハハハハハハハハ!!」

 

満月の夜、三人の少年少女は疲れ果てるまでじゃれ合い笑い合った。

 

そして12歳の時分、陽菜の内に秘めたる妖怪の始祖の能力を狙って羅刹一座の大妖怪バサラとその右腕のザクロの急襲を受ける。

 

恩師の橘茜と下の子供達、そして人志と陽菜を守る為に戦ったが力及ばず敗れ、恩師と子供達と大切な場所であるカモミールを全て壊されてしまい、伊達恭次郎の介入により三人は辛くも命は助かった。

 

だが、怪童は生き残った三人の中で最も重傷を患い意識不明の状態になっており、数ヶ月間集中治療室にて治療を受けていた。

 

そんな中、怪童は夢を見ていた。

 

人志や陽菜と三人で海や山に行き、様々な国々を旅して回る夢を見ていた。

 

カモミール襲撃の前夜に、三人で話し合っていた事が夢という形となって出てきたのである。

 

そして夢は最悪な結末となり、バサラの全てを捻じ切る暴風によって人志と陽菜がバラバラになって殺されてしまう。

 

絶望的な如何ともしがたい力の差を見せられ、怪童は血だまりとなった地面にバラバラに転がった人志と陽菜の死体を見下ろして涙を流しながら膝を突く。

 

「人志……!!陽菜……!!」

 

バサラは深く絶望している怪童の頭を掴み、精神を壊すように耳元で囁く。

 

「お前が弱いからこうなるんだよ。」

 

悪意ある言葉を耳元で囁かれ頭を握り潰されたと同時に、怪童は夢から覚め意識を取り戻した。

 

「俺が…俺が…弱いせいで…先生も…子供達も…皆…皆……」

 

そして、怪童は何も守れなかった自分自身の弱さを激しく呪い、目から涙を流すように血を流した。

 

そんな中、怪童の脳裏には人志と陽菜がいた。

 

「……人志……陽菜……」

 

怪童はまだ重傷にも関わらず病床から起き上がり、陽菜の始祖の能力の影響を受けて強化され手に入れた空間ごと削り取る右手の能力で壁を削り取り外に出た。

 

怪童は一歩ずつ一歩ずつ血の跡を残しながら歩み、恩師の橘茜と子供達の死体が転がっているカモミール跡地まで足を運んだ。

 

怪童は自分の弱さで大切な者達を殺したという罪を自覚しながら恩師と子供達の死体を一人で全て埋め、計六十七基の墓標を建てた。

 

そして、自らの手で建てた墓標の前に怪童は鉄則を立てる。

 

「人志……。陽菜……。俺が…殺させない…一人残らず…殺し尽くす…。」

 

その後、人志と陽菜が怪童を病室まで連れ戻す為に駆けつけに来たが、怪童はそれを拒否する。

 

人志は意地でも連れ戻す為に怪童と戦おうとするも、怪童には届かず惨敗してしまう。

 

そして、怪童は人志に「どんなに頑張っても自分には到底敵わない」という絶望的な力の差を思い知らせる為、自分を追わせない為に人志の右腕を引き千切った。

 

救援に来た伊達の黒雷を喰らいながらも耐え陽菜の涙の叫びにも応えず、怪童は傷だらけの背中を見せてカモミール跡地を去った。

 

やがて怪童はその右手で数多の妖怪・鬼・吸血鬼達の屍の山を築き上げ、遂には大妖怪をも殺せる程の力を持つ怪物以上の怪物となり、“妖怪殺し”として妖怪達が支配するこの世界に君臨する事となった。

 

そして、怪童との死闘を制し勝利の美酒に酔いしれる後藤の前に異変が生じる。

 

脳を破壊されて息絶えたはずの怪童が、ゆっくりと起き上がりその黒い眼で後藤とその部下達を激しく睨み付けた。

 

「そ…そんな馬鹿な…!!?」

 

後藤の部下達が恐怖に慄く次の瞬間、後藤は目にも映らぬ速さで怪童に顔面を蹴り飛ばされた。

 

「後藤様!!?」

 

後藤を蹴りで吹っ飛ばした怪童は、そのまま超スピードで一気に駆け抜けて続けて拳のラッシュを叩き込もうとした。

 

「ぐっ…!!忘れたのかい怪童?私には衝撃反転があるという事を…!!」

 

来る拳の連撃に備えて、後藤は不敵な笑みを浮かべてあらゆる物理攻撃を跳ね返す能力「衝撃反転」を発動しようとする。

 

拳が後藤の肉体に衝突した瞬間、衝撃反転の効果が発動しダメージを跳ね返せると確信したその時、何故か怪童にダメージは跳ね返らず後藤は会心の一撃をもろに喰らった。

 

「ごはあっ!!?な…何故だ…ありえない…!!力が強すぎて…反転でき…」

 

怪童の肉体は、既に後藤の手によって死んでいる。

 

だが、戦士として・怪童としての責務を果たすという信念と、人志と陽菜を殺させないという執念が、死に果てた肉体を突き動かしていた。

 

後藤に会心の一撃を喰らわせた後、怪童はすぐさま拳の連撃を喰らわせ蹴りで上空まで吹き飛ばした。

 

猛攻は止まる事を知らず、怪童は続けてヒノマルから奪った空間全体に拳の衝撃を発生させる能力「空間打突」で、更に後藤に追い打ちをかけようとする。

 

(まずい!!アレが来る…!!)

 

防御・回避共に不可能の空間打突を恐れ、後藤はあらゆる能力の効果を遮断する「次元障壁」で防ごうとする。

 

だが、怪童の空間打突は後藤の次元障壁をも破壊し、決定打のダメージを与えた。

 

(ば…馬鹿な…!!!こんな事…絶対に…絶対にあり得ない!!!脳を破壊して完全に息の根を止めたはずなのに!!!何故戦える!!?何がこいつをここまで突き動かしている!!?)

 

怪童は攻撃の手を一切緩めず、必殺必中の空間打突を連続で発動し後藤を完全に亡き者にしようと、咆哮を上げながらひたすら攻撃し続けた。

 

怪童の空間打突を連続で喰らい、後藤の肉体はもはや原型を留めていなかった。

 

ボロ雑巾のように地面に横たわっている後藤に、怪童はゆっくりと歩み寄り見下ろしながら拳を握りしめてこう言い放つ。

 

「俺は戦い続ける…あいつらの命を奪おうとする者共を…一人残らず殺し尽くすまで…」

 

一点の曇りもない剝き出しの殺意を表す黒い眼に、後藤は不気味に笑いながら怪童に賞賛の言葉を贈る。

 

「フ…フフフフフ…素晴らしい…たった一つの執念のみで完全に死した己の肉体をここまで突き動かす事が出来るなんて…一体誰が想像できよう…!!怪童…やはり君は紛れもなく、怪物だ…!!!」

 

後藤に完全なる止めを刺す為に、怪童は血が滲む程強く握りしめた拳を振り下ろそうとした。

 

「後藤様!!!」

 

振り下ろされる拳に、和真を初め後藤の部下達が死を覚悟して後藤を救援しようと動き出した次の瞬間、突如後藤と怪童の間に眩い光が生じた。

 

「な…何だ!!?」

 

刺すように激しい光が両者を包み込み、和真達はあまりの眩さに手をかざし目を瞑る。

 

眩い光が収まった後、目を開けた和真達は信じられない光景を見た。

 

それは、さっきまでボロ雑巾のように地面に横たわっていた後藤が元の状態に戻り、怪童の姿は突如光と共に消え去ったのであった。

 

「ご…後藤様…これは一体…!?」

 

「フフフフフ…和真…どうやら私は成功したようだ…」

 

「せ…成功…!?」

 

「ああ…怪童に殺されるあの瞬間、私は大きな博打に出たのだよ…始祖の能力を使い、怪童の肉体を吸収し能力までも奪い取るという博打にね…。始祖の能力は基本何でも出来るが怪童は始祖の能力の影響を受けて強化された能力者且つ、能力の影響を受けているから始祖の力に耐性があるのだよ…彼のみならず、人志にもね…。失敗すればそのまま彼の執念によって殺される…あれは本当に一か八かの賭けだったよ…。だが、今こうして私は立っている…私はあの怪物に勝利したのだ…!!!」

 

怪童の肉体と全ての能力を吸収し、後藤は歓喜の高笑いを上げた。

 

その後、後藤は妖怪や鬼・吸血鬼をも超越した究極の生命体を造り、まだ見ぬ新世界を創設するという計画の為に、自ら公の場に出て人間や妖怪達を先導しようと行動した。

 

そして今現在、ヒスイとの死闘を制した人志達は“妖怪殺し”怪童の訃報を知らされる事となった。



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第39話 最後の休日

“妖怪殺し”怪童が死んだという情報を聞かされ、更に後藤博文が遂に公の場に出て本格的に動き出した事を知った人志達は、来る最後の戦いを予感しながら各々治療を受けた。

 

数日後、戦いの傷を癒した人志は外に出て数時間自己鍛錬をした後、瞑想に耽りこれまでの死闘の数々を振り返っていた。

 

魔都東京にてバサラの右腕ザクロとの戦い、選定にて絵札の四銃士や凍哉との戦い、伊達の元での修行と妖魔帝国本部にて羅刹一座の大妖怪オニタケとバサラとの激闘、そして氷華の里にて“超越者”ヒスイとの死闘を経て、人志は成長し格段に強くなった。

 

だが数々の死闘を積み重ねた結果、人志の身体は傷尽き果て気炎万丈のリスクによって寿命が大幅に削られ、挙句の果てにはヒスイとの死闘で戦友である凍哉と実戦の師である伊達恭次郎を失ってしまったという現実を、人志は噛み締めながら重く受け止めた。

 

そんな中、人志の元に樹が心配して駆けつけて来た。

 

「人志さん…具合はどうですか?」

 

「俺の方は大丈夫だ…そっちはどうだ?」

 

「ああ、はい、僕は大丈夫です…陽菜さんや愛菜さんの体調の方も問題ありません。」

 

「そうか…それはよかった…。」

 

「あの、それと人志さん…」

 

「何だ…?」

 

「次で最後になりますね…僕達の戦い…。」

 

「…そうだな…。それと、俺の寿命ももうあと僅かしか残されていない…ざっと見積もって、あと十数日ってところか…。」

 

人志の口から余命があと僅かしか残されていない事を聞かされた樹は、表情を曇らせた。

 

その時、樹の表情が曇ったと同時に天候も曇り始め、二人の頭上に雨が降り注ぐ。

 

「…邪魔くせえな…樹、俺から離れていろ。」

 

「え…?ひ、人志さん…?」

 

「いいから離れていろ…なるべく遠くにな…。」

 

人志は樹に自分から離れるよう指示し、雨雲を睨み付けながら己の生命エネルギーを極限にまで高め、炎に性質変化させて頭上の雨雲に向けて放った。

 

すると、雨雲が跡形もなく焼き尽くされ晴天の空となり日の光が差す中、樹は人志の圧倒的な生命エネルギーの炎に驚きを隠せずにいた。

 

(凄い…気炎万丈を使ってもいないのにこの火力…!!僕の見立てが間違っていなければ、今の人志さんは素の状態で大妖怪クラスをも上回る程に強くなっている…!!)

 

樹が驚愕の表情を露わにする中、人志は一点の曇りもない眼差しを樹に向けながら笑顔で話した。

 

「樹、愛菜を呼んできてくれ…いつもの場所で最後の戦いに向けて、三人で合同訓練だ。」

 

「は、はい!」

 

樹は人志に言われた通りに愛菜を呼んで、長寿館の地下5階の訓練場にて最後の仕上げとして合同訓練を開始した。

 

数時間後、三人は一通りの訓練を終え休憩に入るも、愛菜が人志に話しかけに来る。

 

「あのさ、人志…この後時間ある?場所を変えてちょっと二人で話したい事があってさ…。」

 

「ああ、いいぞ。」

 

二人は地下5階の訓練場からエレベーターで1階に上った後、人志は深刻な表情をしている愛菜に気を懸けながらも話をしようとする。

 

「話って何だ?」

 

「…ああ…話ってのはその…あんたの余命についての話がしたくて、ここに呼んだんだ…。」

 

話を始めた途端に愛菜は一旦黙り込み、悲しい気持ちで胸がいっぱいになりながらも自分の想いに正直になろうと決意し話を続ける。

 

そんな中、陽菜はたまたま二人が話している所を見かけ、物陰に隠れて二人の話を聞こうとしていた。

 

「あんたの能力、他の人から生命エネルギーを貰って寿命を延ばす事は出来るか?」

 

「愛菜…お前…」

 

「あたしの寿命の半分をあんたにあげるから!!あたしは鬼の血を引いているから、鬼と同じように何百年何千年と生きられるから寿命の半分くらいどうって事ない…。それと、あたしはね人志…あんたの事が好きだ…仲間として、人間としてあんたの事を誇らしく思っている…だから、あんたには長生きしてほしいんだよ…!!!」

 

必死に涙を堪えながら自分への想いを真っ直ぐに伝えた愛菜に対し、人志は歩み寄って肩に手を置きながら優しい笑みで応えた。

 

「ありがとう、愛菜…。俺も愛菜の事、仲間として、鬼の血を引く人間として好きだ…。それと愛菜には申し訳ないけど、俺は人の命を奪ってまで長生きしたいとは思わない。俺が始めた戦いだから、俺の手で決着を着けたいんだ…だから、お前の命はお前の未来の為に使ってくれ。

ありがとうな、愛菜…じゃあな。」

 

話は終わり、人志は愛菜の反対方向へと行き外に出た後、愛菜は感情が堪え切れなくなり大粒の涙を流しながらその場に立ち尽くした。

 

物陰から二人の話の一部始終を聞いた陽菜も、表情を曇らせて重い現実を受け止めていた。

 

訓練と愛菜との話を終えて、外に出て座り込んで風に吹かれている人志。

 

そんな人志の元に、陽菜が駆けつけて来た。

 

「陽菜…。」

 

「人志…身体の方はどう?」

 

「ハハハ、それ樹にも同じこと聞かれたよ。今日はやけに人から心配されるなあ。」

 

誤魔化して笑っている人志の傍らに、陽菜は体育座りで座る。

 

「少しの間、貴方の傍にいてもいい?」

 

「ああ…。」

 

それから少し時は流れ、風に吹かれながらも人志は陽菜に語り掛ける。

 

「風が冷たいな…」

 

「うん…4月とは思えないくらい酷く冷たい…」

 

「俺は…お前や樹、愛菜に支えられたおかげで…凍哉や伊達さんに助けられたおかげで、生き延びる事が出来た…。あの時、俺がしっかりヒスイに止めを刺せていたら…凍哉と伊達さんを失わずに済んだと思うと、やっぱり俺ってまだまだだなって思っちまうな…なんて、こんな事言ったら茜先生や伊達さんにどやされちまうな…ハハ…。

16年…取るに足らない16年の人生だけど、人間は大切な何かを失って苦しみながらも前に進んで生きていく生き物なんだって事を…俺は今日まで色んな人達に支えられて生きてきて学ばされた…。茜先生や伊達さん、凍哉も大切な何かを失ってどれほど苦しい思いをしても、その歩みを止めなかった…無論、あいつも同じように…。」

 

これまでの自分の人生の体験と持論を語る人志に、陽菜はかつての想い人を重ねながら語り掛ける。

 

「私も…貴方や樹さんや愛菜ちゃん達に助けられて、今日まで生かされてきた…。あの時、私が始祖の力をちゃんと使いこなせていれば…凍哉を死なせる事も…貴方に右腕と寿命の大半を失わせる事も…あの人に余計な重荷と傷を背負わせる事もなかったのに…どうして私だけが…何の傷も背負っていないんだろう……」

 

大切な人達を失い自分の不甲斐なさに表情を曇らせて涙を流している陽菜に、人志は片手で優しく頭を撫でる。

 

「傷ならもう背負っているよ…。

大丈夫、俺は死なない…お前を最後まで守り通すまでは…。」

 

人志が悲しむ陽菜を慰めている頃、愛菜は気持ちを切り替えて樹のいる地下5階の訓練場に戻っていた。

 

「愛菜さん!」

 

「よっ!樹!まだ訓練してるなんて感心感心!」

 

「愛菜さん…人志さんとどんな話をしていたんですか?」

 

「え?ああ、休憩がてらのちょっとした他愛ない話だよ!さあ、あたしも頑張んなきゃ!後藤の野郎をぶっ飛ばして、千尋達や皆とまたわいわい笑い合えるようにね!」

 

愛菜は悲しい気持ちを胸の内にしまい込んで樹に笑顔を見せた後、そのまま鍛錬に励んでいった。

 

樹はそんな愛菜の心情を察して、何も言わず最後の決戦に向けて自己鍛錬に励んだ。

 

(ヒスイとの戦いで凍哉さんと伊達さんを失って、人志さん達は精神的にも肉体的にも消耗しきっている…今度こそ僕が成果を出さなければ…!!そして和真…お前との決着も…。)

 

一方、怪童との死闘を制し力の全てを吸収した後藤は、戦いの傷が癒えるのを座して待ちながら計画の最終段階へと臨んでいた。

 

そんな中、配下の和真が後藤の下に近づいて問いかけてきた。

 

「後藤様…」

 

「何だい?」

 

「怪童は、何故人間の身でありながら大妖怪をも超越する程の領域に達したのでしょうか?いくら始祖の能力の影響を受けて覚醒した能力者とはいえ、あの強さはあまりにもおかしすぎます…」

 

「それはね和真…彼は幼少の頃から己の弱さをひたすら呪い追い込み続け休むことなく妖怪達と戦い続けてきた結果、妖怪・鬼・吸血鬼といった人に仇なすあらゆる怪物達に対する強力な特攻と耐性という独自の力を身に着けたからだよ…。

ヒノマルの空間打突を耐えられたのも、ヒスイに吸血鬼の血を大量に分け与えられて人のままでいられたのもそれが要因だろう…名は体を表すとはよくぞ言ったものだ…。」

 

「…もう一つ聞きたい事が、もし怪童がヒスイ様とやり合っていたら…戦いはどうなっていたでしょうか…?」

 

「ほお、面白い質問だね…。そうだね…怪童の全てを無力化し空間ごと削り取る右手と空間打突の併せ技は、いくら底無しの再生能力と完全耐性を併せ持つヒスイでも無傷では済まないだろうね…だが、彼女は私が追い求めている『あらゆる生物を超越した完全なる生物』に最も近い存在だ…。戦えば負けるはずはないにせよ、私以上の苦戦を強いられる事にはなるだろうね…。

正直、彼女を失った事は私としてもかなりの損害だし、本当に惜しい者を亡くしたと残念に思っているよ…。」

 

「…最後にお聞きしたい事が…妖怪の始祖とは、一体どういう存在なのですか…?」

 

「今日の君はやたら質問してくるね…だが、いいだろう…教えてあげよう…妖怪の始祖とは、人間や妖怪・鬼・吸血鬼などのこの世に存在するありとあらゆる生物を生み出した命の起源であり、人間達が暮らし生きていける環境『人間界』と、妖怪達が暮らし生きていける環境『魔界』を創造し分け隔てたと同時にこの世に均衡をもたらした…まさしく神と呼んでも差し支えない絶対なる存在だ…。」

 

和真の三つの質問に全て答え終わった時、後藤の傷は完全に治癒し座から降りて配下達を率いて最後の決戦を仕掛けようと動き出した。

 

「さあ、行こうか…新しい世界と命の創造の為に…。」

 

一日後、魔都東京では羅刹一座の壊滅と“妖怪殺し”怪童の死亡、そして突如として表の舞台に再び降り立ったかつての最高指導者である後藤博文の存在により、人々と妖怪達は刻一刻と妖怪社会の崩壊を感じながら混乱していた。

 

そんな中、突如後藤一派が魔都東京に降り立ち始祖の能力によって強化された妖怪の軍勢と大妖怪クラスの配下達を引き連れて、宣戦布告もなしに急襲を仕掛けてきた。

 

圧倒的な戦力差に怯みながらも、妖怪殺し対策本部長の若茶を始め霊能力者と妖怪達はすぐさま戦闘態勢に入って応戦する。

 

そして、人志・陽菜・樹・愛菜の現存戦力4人も決死の覚悟を決め、後藤を食い止め全てを終わらせるべく最後の決戦の地に赴く。

 

「行くぞ…全てを終わらせる為に…。」



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最終章
第40話 最終戦争


始祖の能力で強化した妖怪の軍勢と大妖怪クラスの配下達を引き連れて突如として魔都東京に降り立ち、宣戦布告もなしに急襲を仕掛けた後藤。

 

東京が戦場と化し人々や妖怪達が悲鳴を上げながら蹂躙されていく中、妖怪殺し対策本部長の若茶は部下の霊能力者達に人々と妖怪達を早急に避難させて外敵から守る為の大結界を張らせるよう指示し、後藤一派との戦闘に赴く。

 

「迅速な対応だ…流石は狛犬といったところか…。」

 

「後藤氏!これは一体どういうつもりですか!?突然罪もない人々や妖怪達を襲うだなんて、何が目的なんですか!!?」

 

「ふむ…目的ね…いいだろう、教えてあげよう…。これから来る新しい世界の創造と命の誕生の為に、君らにはその礎になってもらう…偉大なるこの始祖の力でね…。」

 

若茶含め霊能力者・妖怪達を見下しながら邪悪な笑みを見せる後藤。

 

己の理想の為に無関係の人々と妖怪達の命を踏み躙る後藤に対し、若茶は激しい怒りを露わにし部下達の士気を上げるよう立ち向かった。

 

「皆…あれはもう私達の知るかつての後藤博文ではない…総員戦闘準備!!これ以上の犠牲と悲しみを生まない為にも、我々はあの悪魔を何としてでも食い止めなければいかん!!!」

 

若茶は部下達に指令を下し、霊能力者・妖怪達は雄叫びを上げながら眼前の敵の軍勢に立ち向かっていった。

 

それに対し、後藤は妖怪の軍勢と配下達より前に出て不吉な笑みを浮かべながら右手を上げた。

 

後藤の様子を見て悪寒を感じた若茶は、その場で部下達に即刻伏せるよう必死に指示した。

 

「伏せろオオオオオオオオオオオッッッ!!!」

 

若茶の必死の叫びも束の間、後藤は右手を広げて横に振り向かってくる霊能力者・妖怪達の大半とビル群を空間ごと削り取って塵殺してのけた。

 

「“妖怪殺し”怪童の全てを無力化させ空間ごと削り取る能力と、“鬼神”ヒノマルの防御・回避不可能の空間打突…この力の組み合わせは最高だ…ククク…。」

 

怪童を吸収した後藤の圧倒的な強さに戦慄する若茶と部下達。

 

恐怖で怯ませた事をいい事に、後藤の始祖の能力で強化された妖怪の軍勢は若茶率いる霊能力者・妖怪連合をひたすらに蹂躙していく。

 

部下の霊能力者と妖怪達が悲鳴を上げながら無惨に殺されていく中、若茶は単騎で妖怪の軍勢を次々と薙ぎ倒していきながら防戦する。

 

だが、妖怪達の勢いは止まる事を知らず若茶達の防衛ラインを通り越して、恐怖し逃げ惑う人々や妖怪達に向けて殺意を放ちながら襲い掛かった。

 

「なっ!?しまった!!」

 

妖怪の軍勢の魔の手が差し掛かる中、若茶は急いで助けに向かうも間に合わない事を悟ってしまう。

 

(駄目だ!!間に合わない!!!)

 

人々や妖怪達に魔の手が差し掛かり喰い殺されそうになったその瞬間、突如放たれた一つの焔が襲い掛かる妖怪達を骨まで跡形もなく焼き尽くした。

 

「き…君達は…!?」

 

隻腕の能力者 人志と、霊能力者 樹、半人半鬼 愛菜、そして妖怪の始祖 陽菜が魔都東京の戦地に降り立った。

 

「来たか…妖怪の始祖…そして、怪童と同じ始祖の恩恵を受けし能力者よ…。」

 

「樹!無事だったか!選定の頃から連絡がなかったから心配してたんだぞ!!」

 

「若茶本部長、ご心配をおかけしてすみません…。ですが、今は再会を喜んでいる場合ではありません…これ以上死者を出さない為にも一刻も早く後藤を殺さなければなりません…。」

 

「あいつらはあたし達が何とかするから、早く他の人達を安全な所に避難させてやって!いきなりやってきて差し出がましいのは百も承知だけどさ!」

 

「…分かった…君達も無茶はするんじゃないぞ…。」

 

若茶は愛菜に言われた通りに、後藤一派を人志達に任せて部下達を率いて人々と妖怪達の命を守る為に動いた。

 

「本部長…本当にあの子達に任せて大丈夫なのでしょうか?」

 

「確かに、彼らはまだ子供だ…だが、彼らならあの悪魔を止める事が出来るかもしれない…私は樹以外の子達の事をあまり知らないが、何故かそう確信したんだ…。」

 

若茶が人志達を信じて戦場を任せた後、後藤は妖怪の軍勢に人志達を喰い殺すよう命令し動かせた。

 

襲い掛かる妖怪の軍勢に、人志は顔色一つ変えずに掌から焔を放出し骨すら残さず焼き尽くす。

 

「邪魔だ…。」

 

妖怪達は続けて樹に襲い掛かるも樹は自身の生命エネルギーの性質を木に変化させ、刃物のように鋭利な木々で妖怪達を串刺しにした。

 

愛菜も人志や樹に続く形で鬼の力を解放し身体能力の全てを倍以上に強化させて、体術で妖怪達を屠っていく。

 

人志・樹・愛菜の三人の実力に慄いた妖怪達は、一番弱いであろう陽菜を次の標的に変える。

 

意気揚々と襲い掛かる妖怪達を前に、陽菜は眼を朱く光らせてこう言い放つ。

 

「退きなさい」

 

すると、妖怪達は陽菜のたった一言で地平の彼方まで吹っ飛んでいった。

 

後藤はその様子を見て、人志達がヒスイを倒した事によって奪われた始祖の能力が陽菜の元に戻っている事を確信する。

 

(ヒスイから奪い返した事によって徐々に全盛期の力を取り戻しつつある…だが、それもゆくゆくは私が根こそぎ奪い尽くす…。)

 

不敵な笑みを浮かべながら、後藤は和真を始めとした大妖怪クラスの配下四名に命令を下す。

 

「和真 耶雲…君らは人志の始末と始祖の奪取を。

快楽天 サガは、適当に残りの二人の相手をしなさい。」

 

後藤の命令通りに和真と耶雲は人志と陽菜の元に向かい、快楽天とサガは樹と愛菜の元に向かう。

 

一方、若茶は部下達と共に人々や妖怪達を外敵から護る大結界の中に入れて避難させていた。

 

順調に都民を避難させていく中で、若茶は身に覚えのある妖気を感じた。

 

「この妖気…まさか…!!」

 

若茶は現場を部下達に任せてその妖気を発している者のもとへ向かった。

 

始祖の能力で強化された妖怪の軍勢を着々と殲滅していく人志と陽菜。

 

二人を前に、後藤の配下である和真と耶雲が立ちはだかる。

 

(こいつら…後藤の手下か…)

 

「人志!来るわ!」

 

和真と耶雲が襲い掛かりすぐさま臨戦態勢に入る人志と陽菜。

 

互いに衝突しそうになったその時、若茶が和真と耶雲の前に立ち塞がる。

 

「貴方は…!?」

 

「人志君、陽菜ちゃん…突然で申し訳ないがこいつらは私に任せてくれないか…?この者共は、どうしても私自らの手で始末を着けなければならないのだ…。」

 

和真と耶雲を睨み付ける若茶を見て只ならぬ因縁を感じた人志と陽菜は、若茶の言葉に従って先を急いだ。

 

「わかりました…行こう、陽菜。」

 

「うん…。」

 

二人が先へ行った後、若茶は和真に向かって睨み付けながら語り掛ける。

 

「和真…生きていたか…」

 

「若茶本部長…しばらくですね…確か俺が耶雲の捕獲任務の時に攫われたのが12の頃だから…大体2年振りくらいですかね。」

 

「…妖怪にされたのか…」

 

「ええ…俺の隣にいる耶雲の手によってね…おかげで前とは比べ物にならないほど強くなりましたよ…無様なもんでしょ?」

 

「耶雲…貴様…!!」

 

自分の教え子である和真を妖怪にした耶雲を激しく睨む若茶。

 

そんな若茶を前にしても、耶雲は余裕そうに邪悪な笑みを浮かべた。

 

耶雲は数ある大妖怪の中でも際立って凶悪で、人間だけでなく妖怪や鬼・吸血鬼までも手にかける指名手配中の極悪非道の犯罪者である。

 

若茶は拳を握りしめながら激しい怒りに燃え、強大な妖気を発しながら和真と耶雲に向かっていった。

 

大妖怪クラスの和真と耶雲二人に対し、若茶は純粋な体術のみで互角以上に立ち回る。

 

互いの体術による攻防が続く最中、若茶は耶雲のコンマ数秒の僅かな隙を見出し後ろ蹴りで崩壊寸前のビルに叩きつけた。

 

耶雲が吹っ飛ばされビルが崩壊していくのを余所見していた和真は、若茶にその隙を狩られる形で頭部にハイキックをもろに喰らい倒れてしまう。

 

狛犬としての強さを遺憾なく発揮した若茶は、かつての教え子である和真に最後のとどめを指すべく首を絞めようとする。

 

首を絞めて骨を折ろうとする刹那、和真や樹と共に汗水流して鍛錬に勤しんでいた過去の思い出が若茶の脳裏に流れ込んできた。

 

涙を流しかつての教え子を殺す事に躊躇いを見せた若茶に対して、和真は自身の妖気を水に性質変化し鋭利な水の刃で若茶の腹に容赦なく突き刺した。

 

「昔の事を思い出したんですか?随分見ない間に甘くなりましたね…若茶本部長…。」

 

「ぐっ…がはっ…和…真…」

 

吐血し苦しむ若茶に更なる追撃をする形で、耶雲は自身の能力で妖気を消費し対象である若茶に手をかざし空間ごと捻じ曲げようとする。

 

「ぐあああああっっっ!!!」

 

「さようなら…若茶本部長…。」

 

耶雲の能力により、若茶の身体中の骨がバキバキという骨折音と共にへし折られていく。

 

(和真…私はお前に何もしてやれないのか…)

 

絶体絶命の危機。

 

だがそこに、和真と耶雲に向けてナイフよりも鋭利な木々が襲い掛かり耶雲の空間を捻じ曲げる能力が解除される形となり、若茶は間一髪で助かった。

 

「この木…まさか…!!」

 

霊能力者 樹が、若茶の危機に馳せ参じた。

 

「い…樹……!」

 

「樹…てめえ…!!」

 

邪魔立てする樹を睨み付ける和真。

 

そんな和真をよそに樹は若茶に霊力を与えて最低限出来る治療を施し、若茶の周囲に木の防御結界を張った。

 

「樹…!」

 

「若茶本部長…後は僕に任せてください…和真と耶雲は、僕が殺します。」

 

「な…!何を馬鹿な事を言っている!!相手は大妖怪クラス二人なんだぞ!?君では荷が重すぎる!!」

 

「大丈夫です…すぐに終わらせますよ…。」

 

樹の氷のように冷徹で黒い眼を見て、若茶は黙り込んだ。

 

迷いのない視線を向ける樹に対し、和真はある提案を持ちかける。

 

「なあ樹…怪童が後藤様に殺された事はもう知ってるだろ?」

 

「それがどうした?」

 

「今の後藤様は怪童の全能力を吸収し尽くしている…氷華の一族の末裔を失ったお前らじゃどう頑張っても勝てはしない…。だからよ樹…お前だけでも俺らの側に付け…新しい世界は、もう目の前まで迫っているんだ…。」

 

「……断る。」

 

「…そうか…じゃあ死ね。」

 

和真の勧誘に何の迷いもなく拒否する樹。

 

それに対し、和真は猛スピードで接近し手刀に水を纏わせ水圧カッターのようにして樹の胴体を真っ二つに斬り裂こうとする。

 

だが、樹は難なく回避しすぐさま拳によるカウンターを和真の顔面に喰らわせた。

 

「ぐあっ!!」

 

樹のカウンターに耶雲は驚きを隠せずにいた。

 

(こいつ…いつの間に近接の弱点を克服しやがった!?)

 

和真にカウンターを喰らわせた後、樹の脳裏に幼少の頃の記憶が流れ込んできた。

 

「おいお前、怪我はねえか?」

 

「え、う、うん…大丈夫…」

 

「そっか!ならよかった!」

 

「…君の名前は…?」

 

「俺?俺は和真!霊能力者だ!お前は?」

 

「…僕は樹…みんなからはよく、ウドの樹って言われているんだ…」

 

幼少の頃、妖怪達に虐められた自分を救い手を差し伸べてくれたかつての親友の姿を思い出し、樹は涙を流しながら黒く鋭い眼で和真を睨み付けてこう言い放った。

 

「僕を虐めから救って道を示してくれたあのかっこいいヒーローは…共に同じ道を歩んできたあの親友は…もういないんだ…!!!」

 

和真と耶雲 樹の二対一の死闘が、今幕を開けようとしていた。



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第41話 決別

今から4年前、妖怪達に虐げられた所を和真(10)に救われた樹(10)は、その後霊能力者になるべく両親に打ち明け独学で霊能力を勉強し、2年の月日を経て試験を通過し霊能力者の訓練施設にて彼と再会した。

「お前はあの時の…確か、樹だったよな?」

「う、うん!名前、覚えててくれたんだね…」

「ここに来たって事は…お前霊能力者になったのか!」

「うん、僕…君みたいになりたくてここに来たんだ…。」

「そっか!じゃあこれからよろしくな樹!」

和真は笑顔で樹に手を差し出し、二人は握手を交わした。

 

樹は過去の和真との再会を思い出しながら、妖怪と化した和真と彼を人間から妖怪に仕立て上げた大妖怪 耶雲を真っ直ぐに睨み付けた。

そんな樹を前に、和真と耶雲は見下しながら嘲笑った。

「俺達を殺す…?お前がか…?フフフ…ハハハハハ!お前自分の立場分かってんのか?二体一だぜ?」

「若茶よ…その目でしかと見届けるがいい…お前の教え子が無様に死ぬところをな…。」

樹の作り出した木の結界に守られながらも、若茶は樹と和真 耶雲の死闘を見届ける事しか出来なかった。

そして、樹は生命エネルギーを媒介に木刀を錬成し黒い目で眼前の敵二人を睨みながらゆっくりと歩いていく。

それに反応するように和真と耶雲も臨戦態勢に移りゆっくりと歩いていった。

そして次の瞬間、両者は一瞬で高速に動き回り火花を散らしながら激しくぶつかり合っていた。

和真と耶雲の連撃に木刀で攻防戦を繰り広げるが、徐々に二人の猛攻に圧されていく。

(二体一は…流石にきついか…。)

激しい攻防戦が続く中、和真が自身の能力で手に水圧カッターを纏わせて樹の木刀を粉々に粉砕し、間髪入れずにとどめを刺そうとする。

「死ね!!!」

だが、樹は粉砕された木刀の破片を操って一斉に和真に放ち目潰しをし、致命の一撃を回避する事に成功する。

「ぐっ…!くだらねえ真似を…!!」

思わぬ反撃を喰らった和真をよそに、耶雲は樹に向かって手をかざし空間ごと捻じ曲げようと能力を発動する。

それに対し、樹は自身の生命エネルギーを媒介に木の三重防御壁を作り出し耶雲の能力を防ぐ。

「へっ、そんなチンケな壁…すぐに破壊してやるよ!」

耶雲は余裕の笑みを浮かべながら三重の防御壁を一枚ずつ、一枚ずつと空間ごと捻じ曲げて破壊していく。

「さあ、壁がどんどん無くなっていくよ!どうするよ木偶の棒君!!」

そして最後の防御壁を捻じ曲げ破壊した時、樹の姿は何故かいなくなっていた。

「いねえ!?何処に消えやがった!?」

突如姿を消した樹を探す為に周りを見渡す耶雲。

樹の反撃によって失明した和真は自身の妖力で目の回復を施し視力を取り戻した後、耶雲の背後に人影を視認しそれを彼に伝えた。

「耶雲!!後ろだ!!」

耶雲が和真に言われた通りに後ろを振り向くと、そこには掌から刃物のように鋭利な木々を生やして今まさに耶雲の脳天に致命の一撃を与えんとしている樹の姿があった。

耶雲はすかさず両手で頭部をガードし、致命傷を免れた。

「チッ、木偶の棒のくせに…やるじゃねえか…単身で俺らに向かってくるだけの実力はあるって事か…。」

「言っただろう、お前らは僕が殺すと…」

迷いの無い黒い目で見つめる樹に、和真は不敵な笑みを見せる。

「樹、認めてやるよ…お前は強い…あの頃とは比較にならない程にな…だが所詮俺らに勝つ事は出来ねえよ!」

そう言い放った次の瞬間、和真は自身の能力で樹の周囲に球状の水を発現させて包み込んだ。

「ぐっ…ガボッ…」

樹はすぐさま脱出しようと試みるが、水面に触れた瞬間弾かれてしまった。

「無駄だ!!これは一度包み込まれたら絶対に脱出出来ねえ水の牢獄だ!!」

脱出不可能の水の牢獄に苦しめられる樹。

そこに和真と耶雲は容赦なく追い討ちを仕掛ける。

「おっとまだくたばるんじゃねえぞ!溺死なんてしょぼい死に方はさせねえ!耶雲!!」

「へっ、あいよ。」

和真の呼びかけに応えるべく、耶雲は水の牢獄に囚われている樹に手をかざし、空間ごと捻じ曲げようとした。

耶雲の能力により樹は血を吐きながら身体中の骨をバキボキに圧し折られ空間ごと捻じ曲げられ、その姿は原型を留めておらず息絶えてしまった。

「樹ィィィィィィッッ!!!」

悲痛の叫びを上げる若茶に、和真はゆっくりと歩き出していく。

「この連携技は本来、人志という隻腕の男を殺す為に編み出したものだったが…まあこれで俺達の邪魔をする輩は若茶本部長、貴方で最後だ…。」

和真は水の水圧カッターを手に纏わせて若茶を守る木の結界を破壊し、若茶を殺そうと動き出す。

「貴方を殺した後、俺達は後藤様の命令通り人志と妖怪の始祖を始末する…。さあ、今度こそ永遠にさよならですよ若茶本部長…。」

水圧カッターによる最後のとどめが振り下ろされるその刹那、突如和真に巨大な木の柱が飛んでいき吹き飛ばされた。

「な…何!!?」

「木の柱!?まさか!!?」

辺りを見渡して警戒する耶雲。

そこに激しい戦闘によってボロボロとなったビルの物陰から樹が耶雲と和真の前に姿を現した。

「な…い…樹…!?てめえは耶雲の能力によってズタボロにされたはず…!!なのに何で五体満足で生きていやがる!!?」

「知りたいか?僕が生きている理由を…答えはこれだ…。」

そう言い出すと樹はポケットから空になった輸血パックを取り出した。

「輸血パック…!?」

「そうだ…僕が耶雲の攻撃から防ぐ為に木の三重防御壁を創り出したあの時、僕はこの輸血パックの血を使って僕そっくりの木偶人形を錬成したんだ…。そして入れ替わった…。お前達に対抗する為に前日に用意したんだ…。」

「そうか…それを実行する為にあの時和真の目を失明させたのか…抜け目のねえ奴だ…。」

「ケッ!たかが木偶人形如きで勝ち誇った気になりやがって…!そんなもんは寿命がほんの少し伸びただけで俺らとてめえとの戦力差は変わりゃしねえんだよ!!」

「確かに、僕一人の実力じゃ大妖怪クラスのお前ら二人には敵わない…それは僕自身がよく分かっている…。だから僕は時間稼ぎをしたんだ…こいつを完成させる為にな…。」

そう言い放った樹は、冷静な表情を崩さずに足下に指を指した。

樹の指を指す方へ目を向けた和真と耶雲は、血で書き記された龍の形をした召喚陣を見て驚愕した。

「何だ、それは…!?」

「こ…これは霊能力における高等技術の召喚術!?樹…てめえこれを完成させる為に…!!」

「仕込む時間は山ほどあった…お前らは僕に時間を与えすぎた…。見せてやる!これがお前らを打ち倒す為に編み出した僕の最大の切り札だ!!」

そう叫びながら樹は自身の血で書き記した龍の召喚陣に手を当てた。

すると血の召喚陣は赤く光り出し地響きが鳴り、そこから数頭の龍の形を模した樹海が降誕した。

「樹霊龍流乱舞!!!」

樹の手によって召喚された数頭の木龍は、咆哮を上げながら和真と耶雲を噛み殺そうと暴れ出した。

「クソッ…!!樹の野郎…いつの間に召喚術を身に着けやがって…!!」

「ハッ!たかが木偶細工の龍如き、全部捻じ曲げて仕舞いだ!!」

耶雲は余裕の表情を崩さずに、樹が召喚した木龍達に手をかざし空間ごと捻じ曲げて粉々に破壊した。

「ハハハッ!おい和真見ろよ!!こんなもんが俺達を殺す為に編み出した切り札だとよ!!笑っちまうくらい弱いぜ!!!」

木龍を全て粉々に破壊し高らかに笑う耶雲。

だが次の瞬間、粉々に破壊された木の破片が放たれ、油断した耶雲の肉体に突き刺さった。

「な…何だこれは…!?破片が勝手に…!!?」

突き刺さった木の破片は耶雲の血を吸い取って成長し、鋭利な木々となって内部から穿たれた。

「耶雲ッッ!!」

突然の耶雲の死に驚愕する和真をよそに、粉々に破壊された木の破片は集まり再び数頭の木龍となって自己修復した。

「あとはお前を殺して終わりだ…和真…。」

木龍達は次の標的を和真に捉え咆哮を上げながら襲い掛かる。

和真は樹霊龍流乱舞の能力を見て、耶雲の二の舞になる事を恐れて木龍達を壊さずに攻撃を回避し捌きながら立ち回る。

(この木龍共を破壊したらさっきのように木の破片が襲い掛かってきて耶雲のように内部から突き破られて殺られる…しかも吸血鬼のように自前で再生能力も持ってやがる…!!くそったれが!!樹の野郎…面倒な物を隠し持ちやがって!!)

和真は襲い掛かってくる木龍達を自身の水の能力でどんどん受け流していき、必死に突破口を見出そうとしていた。

(俺はこんな所で死ぬわけにはいかねえ…!!こんな所で死んじまったら俺は一体…何の為に…)

木龍達を捌いていく和真の脳裏に、かつて人間だった頃の記憶が流れ始めた。

 

耶雲という人間のみならず同族である妖怪や鬼・吸血鬼をも手に掛ける凶悪な殺戮者を捕える為に、数多の霊能力者や妖怪達、そして親友である樹と共に和真は危険な任務に当たっていた。

だが、空間を捻じ曲げる能力を持つ耶雲の手によって多くの仲間達が身体を空間ごと無惨に捻じ曲げられ、部隊は壊滅してしまった。

辛くも生き残った樹と和真は二人だけになっても諦めずに耶雲に立ち向かい、手刀による水圧カッターで彼の顔に掠り傷一つ負わせるも、大妖怪クラスの実力者相手に勝てるわけもなく惨敗してしまい重傷を負ってしまう。

耶雲は自分に掠り傷を負わせた和真の水を自在に操る霊能力を気に入り彼を攫って行った。

「…か…和真……」

「…樹……」

樹と和真は重傷を負いながらも互いに名前を呼び手を伸ばすも、耶雲の手によって引き離されてしまった。

その後、和真は耶雲と共に後藤のアジトまで連れて行かれた。

「後藤様、ただいま帰還しました。」

「やあ耶雲。ご無沙汰じゃないか…それにどうしたんだい?そんな人間の少年を連れて来て。」

(な…あの人は…最高指導者の後藤博文…!?何故だ…!?後藤博文はとうの昔に妖怪の手によって殺されたはず…!!)

「このガキは自身の霊力を水に変えてそれを自在に操ったり水の形を変化させる事が出来る霊能力を持っています…。そこでちょっとした提案なんですが…後藤様、貴方様の持つ妖怪の始祖の力でこいつを妖怪化させてみるってのはどうでしょう?まぐれとはいえ齢12の人間のガキにしてこの俺の顔に掠り傷を負わせてのけたんです…利用価値は充分おありだと思うのですが、いかがでしょうか?」

「ほお、それは面白そうだね…。いいだろう!君の要望に応え、私の力で妖怪化させてあげよう。」

後藤は耶雲の提案に乗り、邪気を含んだ笑顔で和真に近づいて行った。

するとそこに、蝙蝠の大群が現れた。

蝙蝠の大群は徐々に一人の女性へと姿を変えていった。

その女性は、バサラが率いる大妖怪7人の組織「羅刹一座」の一人であり、吸血鬼を超越した吸血鬼 超越者の異名で恐れられているヒスイであった。

ヒスイが後藤のアジトに姿を現した時、耶雲はすぐさま首を垂れて跪いた。

「ヒ、ヒスイ様!」

(ヒ…ヒスイだと…!!?)

「フフフ…ご機嫌よう、後藤君に耶雲君。あら?誰かしらその子」

「耶雲が連れて来た霊能力者の少年だよ。その子の水の霊能力で耶雲の顔に掠り傷を付けたというわけで彼が気に入ってこの子を私の始祖の力で妖怪化させようと私に提案してきてね…今まさにその最中だったんだよ…。」

「まあ!私がちょっと留守をしてる間にそんな楽しそうな事やってたなんて!ねえ後藤君、私にやらせて!私の血でその子を吸血鬼にしたいわ!」

「駄目だよヒスイ…吸血鬼を超越した君の血は人間には到底適応出来ずに死に至ってしまう…ましてや人間の子供だからね…。だから私がやる事にするよ。」

「えぇ~…がっかり…。」

落胆するヒスイをよそに、後藤は和真を妖怪化させる為に彼に近づいていく。

「ふ…ふざけんな!!てめえらの好き勝手させてたまるか!!」

和真は手刀に水圧を纏わせて後藤に抵抗するが、まるで歯が立たず後藤に人差し指で首を刺され、首の頸動脈から妖怪の血を投与されてしまった。

「が…!!あ…あぁ…」

血を投与された後、和真は意識を失いかけながらも踏ん張って後藤の指を水圧カッターで切り、後藤のアジトからすぐさま脱出した。

「あっ…逃げられた…!どうする後藤君?あの子連れ戻す?」

「いや、その必要はない…じきにまたここに戻ってくるさ…。」

後藤のアジトから辛くも脱出した和真は、血を投与され妖怪化が進行していきながら森の中を彷徨っていた。

妖怪になった事で人間を喰いたいという飢餓に苦しみながら森の中の様々な動物達を襲って喰いながら森を抜けようと動いていた。

そして森を抜け魔都東京のビル群を見た和真は、急いで自分が所属している妖怪殺し対策本部に向かう為、魔都東京を目指した。

その後、和真は魔都東京の妖怪殺し対策本部に帰還し仲間達の元に戻って来た。

だが、妖怪化され重度の飢餓状態に陥ってしまい姿も変わり果てた和真を霊能力者と妖怪達はかつての仲間と認識出来ず、逆に和真を急いで殺そうとしていた。

何故なら妖怪は重度の飢餓状態に陥ると、同族である妖怪でも見境無しに攻撃し喰い殺そうとする習性があるからである。

和真は、何故自分が仲間達に攻撃されるのか訳が分からず魔都東京から命辛々逃げ延びるが、逃げる途中で意識を無くし倒れてしまう。

 

意識を無くし目を覚ますと、和真は何故か自宅にいた。

「…ここは…俺の家…?」

和真は何故自分がいつの間に自宅にいるのか訳が分からずにいた。

そこに、和真の父と母が和真を出迎えに来た。

「おう和真、お帰り!今日も一日お疲れ様!」

「と…父さん…!母さん…!」

「お腹空いたでしょ?もうご飯出来てるわよ!さあ!一緒に食べましょ!!」

母は和真の手を引いて食卓に行った。

「今晩はあんたの大好きなステーキよ!」

食卓には家族三人分の白米とステーキと野菜と味噌汁が用意されてあった。

「父さん、母さん…俺……」

「ん?どうしたの和真?お腹空いてないの?」

「…ああ、いや…何でもない…それじゃ、いただきます!」

和真は家族の顔と温かい食事を見て安心しきったようにステーキをナイフで切って口に入れた。

「美味い…やっぱり母さんが作ったステーキは美味いな…!!」

「そうでしょ!美味しくて当たり前よ!だって

”私達の”ステーキなんだもん」

「…え…?」

母の言葉に疑問を感じた和真。

すると突然、和真の目に映っている家の空間と両親と食卓が全く別のものに塗り替えられた。

和真は夢を見ていた。家族との食事の夢を…。

 

そして夢から覚めると、さっきまで見た家の空間は後藤の殺伐としたアジトの空間になり、和真は実の両親の人肉を喰っていた事に気付いた。

「おはよう、そしてお帰り和真君…どうだい?初めて喰った人間の味は?」

和真が霊能力者と妖怪達から命辛々逃げて意識を無くし倒れた後、後藤は妖怪の始祖の力を使って和真とその両親をアジトに転送し、和真に家族の幻覚を見せて両親を喰わせるように後藤はそう仕向けたのだ。

(フッ…後藤様、えげつねえ事しやがる…。)

後藤の邪悪さに耶雲は内心恐れ入りながらも笑みを浮かべる。

「そ…そんな…父さん…母さん…ああ…あ…うぶっ…!!」

和真は、実の両親の肉を喰った罪悪感に苛まれながら激しく嘔吐した。

喰った両親の血肉が吐瀉物となりビチャビチャと音を立てて吐く和真の姿を見て、ヒスイは頬を染めて股を濡らしながら自慰をしていた。

「嗚呼、いい…凄くいいわ…。」

吐き終わった和真は、実の両親を自分に喰わせた後藤や耶雲を激しく睨み付けた。

「てめえら…!!ぜってえ許さねえ…!!殺す…!!ぶっ殺してやる!!!」

和真は後藤と耶雲に向かって反抗したが、力及ばず返り討ちに遭ってしまう。

それだけじゃ収まらず、和真が幻覚を見せられている間耶雲は大量の食料である人間を攫って用意し、それを妖怪になったばかりの和真に見せた。

人間の甘美な血肉の味を知ってしまった和真は、妖怪の本能に抗えず怯え切ってしまっている人間達を前にしても構わず全て喰い殺してしまった。

(ああ…ようやく分かった…もう俺は…人間じゃねえんだ…。)

そうして和真は、完全に屈服して後藤の配下になった。

 

木龍達を捌く中、過去を全て思い返した和真は樹の「樹霊龍流乱舞」に対抗する為の最大の技を繰り出そうとする。

「樹!!」

「!?」

「お前の樹霊龍流乱舞、確かにすげえ技だ…だが、俺がこれからてめえにお見舞いする技はもっとすげえ…今からそれを見せてやるよ…!!」

そう言った和真は、地面を思い切り蹴って高く上空に上がり、自身の妖気を極限にまで高めて放出した。

すると放出された妖気は水となり、魔都東京全体を覆い尽くす程の巨大な津波と化した。

「これが俺の最大にして最強の技、ポセイドンだ!!てめえのちんけな木龍如き、この魔都東京ごとぶっ潰してやる!!!」

ポセイドンを目の当たりにした樹は、かつて和真と共に訓練場で鍛錬に励んでいた頃をふと思い出した。

 

都内某日、東京ドーム並に広い訓練場全体を水で覆い尽くす程の和真の霊能力の技を見て、樹は驚愕していた。

「凄い…!!こんなに広い訓練場を全部水でいっぱいにするなんて…!!」

「だろ!!俺はこの技をポセイドンって付けてるんだ!!」

「ポセイドン?ポセイドンってあのギリシャ神話の!?」

「そうだ!!俺はこの技を最高に磨き上げて完成させて、この妖怪社会を終わらせてやるんだ!!」

「えっ…!?妖怪社会を…終わらせる…!?」

「ああ…!人間と妖怪の全面戦争が終わって妖怪達による能力主義の社会になった今、俺やお前のような能力を持つ人間は妖怪達に飼われてある程度の生活を保障されるが、能力を持たない人間は豚や牛や鶏のように出荷されて妖怪達の食料にされる…現に人肉を取り扱ってる料理屋があるくらいだ…。俺は今のこの世の中が気に食わない…大多数の人間が人権も尊厳も全部剥奪されて、妖怪達に家畜みてえに扱われるこの世の中が…!!だから俺はどの妖怪よりも強くなって、妖怪が支配する社会から元の人間の社会を取り戻すんだ!!それが俺の夢だ!!」

「…和真……!」

「あっ、今の俺の発言何も聞かなかった事にしてくれよな!他の奴らにバレちまったら見せしめに殺されちまうからよ…」

「…うん、分かった!何も聞かなかった事にする…あとそれと、和真!」

「あ?どうした?」

「僕…応援する…和真の夢…応援する…!いや、僕もその夢を実現させる為に一緒に戦う…!!」

「樹…お前…!」

和真の夢に感化された樹。

そんな樹に対して、和真は初めて自分の夢が他人に認められた事に嬉しさを覚え、涙を流した。

「…ありがとうよ…樹…」

「絶対に叶えよう和真!僕達の手で!!」

こうして二人は握手を交し誓い合った。

能力至上主義の妖怪社会を変える為に、食料にされ虐げられる弱い人々を救う為に。

そうして二人は夢を叶える為に鍛錬に勤しんだ。

 

だが運命の悪戯が今、こうして二人を対立させた。

一度人間から妖怪になってしまった者は、どんな方法や能力を用いても元の人間に戻る事は出来ない。

その事を重々承知している樹は、妖怪と化し敵の手に墜ちてしまったかつての親友である和真との決別をする為に、木龍達を操って全身全霊にて親友の名を叫び攻撃した。

「和真アアアアアアアアアアアアッッ!!!」

その叫びに呼応するが如く、和真も唯一の友の名を叫んだ。

「樹イイイイイイイイイイイイイッッ!!!」

都市を覆い尽くす巨大な津波と木龍達は激しくぶつかり合った。

木龍達は咆哮を上げながら巨大津波に荒々しく抗うように上っていった。

ポセイドンという名の登龍門をくぐり抜け天を登った後、木龍の歯牙は術者である和真を捕えて胴体を嚙み千切った。

和真の胴体が泣き別れになった事により、ポセイドンという名の巨大津波は消え去り、樹の召喚した木龍達も姿を消した。

死闘を制した樹は、上半身だけになった和真の元へとゆっくりと歩み寄った。

「和真……」

瀕死の和真は己に歩み寄る樹に対して懇願した。

「…樹……終わらせてくれ……お前の…手で…俺を…終わらせてくれ…頼む……」

親友の最後の頼みを聞いた樹は、それに応える為に彼の脳天に鋭利な木の釘を突き刺して終わらせた。

樹の木の結界から抜け出した若茶は、かつての教え子であった和真の遺体に歩み寄り、泣き崩れた。

「和真……!!和真…ッッ!!」

「若茶本部長…急ぎましょう…これ以上の犠牲者を出さない為にも…今の僕達には泣き崩れている暇なんてありません…後藤博文を殺して、この戦争を終わらせる為に…!!」

大妖怪 耶雲と和真を倒して退けた樹は、湧き上がる悲しみと怒りの感情を抑える為に血が滲み出るほど下唇を噛み締めて動き出した。

戦争を、悲しみの連鎖を終わらせる為に。

 

一方その頃、都内番外地にて後藤一派の襲撃を受けて家族を殺された人間の子供と妖怪の子供が泣きながら逃げおおせていた。

そこに、大妖怪であり後藤の配下の一人である快楽天が子供達の前に現れ、捕食しようとした。

子供達が捕まり喰い殺されそうになった所に、愛菜の拳が快楽天の脳天に命中し吹っ飛ばし、笑顔で子供達に向けてこう言い放った。

「ここはあたしに任せて、さっさと逃げな!」

子供達は愛菜の言葉に安心して言う通りに逃げた。

愛菜の拳を喰らった快楽天は、頭に血を流しながらも狂気を含んだ笑顔で愛菜と相対する。

「良い…実に良いよ今の君のパンチ…すっっっっっっっっごく気持ちよかったああああッッ!!」

(…何だ…こいつ……。)



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第42話 人鬼

都内番外地にて後藤の配下の一人である快楽天と相対した愛菜。

愛菜の拳を頭部に喰らい血を流しながらも快楽天は不気味な笑顔で愛菜に話しかけた。

「ねえ、君名前何ていうの?」

「…愛菜。」

「そうか…愛菜ちゃんか…見た目に相応しい可愛い名前だね…。あ、そうだ!僕の方からも自己紹介しなきゃ…僕の名前は快楽天。よろしくね愛菜ちゃん!」

「敵によろしくされる筋合いなんてないよ!あんたの選択肢は二つ!ここであたしにぶちのめされるか、しっぽ撒いて逃げるか…好きな方を選びな!!」

眼前の敵を睨み付けながら拳を握りしめて戦闘態勢を取る愛菜。

そんな愛菜に対して、快楽天は妖気を消費して頭部のダメージを回復させ止血し、狂気じみた笑顔を見せながら戦闘態勢に移った。

「良い…実に良いよ…その強気な姿勢…凄くそそられるよ…今すぐ滅茶苦茶にしてやりたいッ!!!」

そう言い放つと同時に、快楽天は愛菜に向かって一直線に走り拳を振り下ろした。

それに対して、愛菜は快楽天の拳を紙一重で避けて快楽天の顎にめがけて能力で倍に強化した左フックのカウンターを喰らわせた。

顎をもろに殴られた快楽天は脳震盪に陥り倒れかけるも、愛菜は追撃の手を緩めずに崩れ落ちる姿勢を利用して駄目押しの右アッパーを喰らわせ、快楽天を空高くまで吹っ飛ばした。

戦いは愛菜の優勢かと思われた。

だが、愛菜の攻撃を受けてダメージを負っているはずの快楽天は不気味な笑みを浮かべながら地面に着地した。

それだけではなく、愛菜に喰らったダメージを瞬く間に回復させていた。

「んんんんんんんッ!!気持ちいいッ!!君のパンチ…凄く気持ちいいッッ!!あまりに気持ちよすぎて、射精してしまいそうだよおオォッッ!!」

(倍に強化した拳を喰らわせてもろに脳天揺らしてやった…なのにこいつ平然としてやがる…いや、平然というよりも何故か顔赤くして勝手に気持ちよくなってやがる…何なんだこいつ…!!)

快楽天の異常な能力に、愛菜は不気味に感じながらも攻撃の手を緩めずにダッシュで一瞬に距離を詰めて快楽天の水月に倍に強化した右拳を喰らわさせた。

吐血し前のめりになって苦しむ快楽天に、愛菜は容赦なく頭を掴んで顔面に膝蹴りを数十発打ち込み、最後は頭部に右後ろ回し蹴りをヒットさせた。

だが、それでも快楽天は倒れなかった。

いくら攻撃をしても死なず、頬を赤く染めて不気味な笑みを見せる快楽天に愛菜はヒスイと重ねた。

(いくらぶん殴っても死なないこの感覚…あのクソイカレ女と同じだ…!!)

「嗚呼…もういい…充分堪能したよ…だから今度は、僕が君を苦しめる番だッッ!!」

そう言い放った快楽天は傷を回復させた後、瞬く間に愛菜との距離を詰めて鳩尾に拳を放たんとしていた。

(速いッ!!ガードが間に合わないッッ!!)

快楽天の速さに防御が間に合わないと察知した愛菜は、負傷覚悟で自身の腹筋を倍に強化して拳を受けた。

「がはっ!!」

快楽天の拳をもろに喰らった愛菜は、血を吐きながら後ろの建物まで吹っ飛ばされた。

衝突により崩れ落ちる建物を前に、快楽天は己の拳を見つめて笑っていた。

「フフフフ…やっぱり僕の能力は最高だ…この能力さえあれば、僕は誰が相手だろうと蹂躙出来るッッ!!!」

建物の瓦礫から脱出した愛菜は、快楽天の台詞を聞いて彼がどんな能力を有しているのか感づき始めた。

「…あんたの能力、ダメージを受ければ受けるほど自分の身体能力をパワーアップするもんだろ…おまけに痛みを快楽に変えて回復もしやがる…!」

「ほう…僕の能力にそこまで気付くなんて良い勘してるね愛菜ちゃん…。その通り…僕の能力は妖気によるあらゆるダメージを快楽に変換し、身体能力を大幅に上昇させる事が出来る!同族同士の戦いなら僕はあのバサラ様やヒノマル様が相手だろうと勝てるッ!マナちゃん、君は見た所半人半鬼だねえ。つまり君が鬼の血を引いている限り、君は僕を絶対殺せはしないッッ!!」

そう言った後、快楽天は続いて愛菜に攻撃を仕掛けに行った。

快楽天の息をもつかせぬ猛攻に、愛菜は防戦一方に追い込まれていく。

愛菜は己の身体能力を倍に強化して快楽天の拳を捌き続けるも、次第に速く強くなっていく快楽天の攻撃にやがて反応出来なくなっていき、遂には突きの連打を喰らってしまう。

血を流し苦悶の表情を見せる愛菜に、快楽天は頬を赤く染めて股間を膨らませながら容赦なく攻撃し続けた。

「嗚呼ッッ!!良いッッ!!非常に良いよッッ!!苦痛に悶えるその顔!堪らないよ愛菜ちゃんッッ!!!」

突きの連打を喰らわせた後、快楽天は最後の一撃に鳩尾に後ろ回し蹴りを喰らわせて愛菜を吹っ飛ばした。

そして地面に倒れ込んだ愛菜に、快楽天は馬乗りになって吐息を吐きながら愛菜の局部に触れようとしていた。

「ハア…ハア…ハア…愛菜ちゃん…血を流して無様に倒れているその姿、凄く可愛いよ…ハア…ハア…駄目だ、もう我慢できない…今すぐ君を犯したい…!!」

局部に触れようとした次の瞬間、愛菜は快楽天の手を右手の握力で握り潰して起き上がりざまに顔面に頭突きを喰らわせた。

「ブハアッッ!!」

愛菜の思わぬ反撃を喰らった快楽天は、鼻血を垂らしながらもそれでも不気味な笑みを絶やさなかった。

「あれだけの攻撃を受けてまだ戦えるのか…流石は鬼の血を引いているだけはある…けどね愛菜ちゃん、君がどんなに頑張ったところでこの僕には絶対に勝てない…君の攻撃は全部僕の能力で吸収されてしまうからね。」

「ああ…確かに、このままじゃあたしはあんたを一生ぶちのめせない…今のままじゃね…。」

「んん?何だいその言い方は?まるで何か切り札を持っているような言い方だけど…?」

「ああ、そうだよ!見せてやるよ…あたしのとっておきの切り札を…!とは言っても、昨日今日で編み出したばっかのやつだから成功するかどうか分からないけどね!!」

そう言い出すと、愛菜は両手を出して掌を広げた。

すると愛菜の左手の掌には青色のエネルギーの丸い塊が、右手の掌には赤色のエネルギーの丸い塊が出現し、愛菜は両手の掌で作り出した二つのエネルギーをかけ合わせた。

青と赤が混ざり紫色になった球状のエネルギーの塊を、愛菜は自身の胸に手を当てて身体の中に取り入れた。

すると、愛菜は稲妻を発しながら紫色のオーラを身に纏い、快楽天の猛攻によって負傷した傷も圧倒的な速度で回復した。

「よし!一発成功!!」

「な…何だいそれは…!?」

愛菜の突然の変貌に驚愕する快楽天。

そんな快楽天をよそに、愛菜は瞬時に距離を詰めて水月に右ストレートを叩き込んだ。

「ゴバアッ!!?」

快楽天は愛菜の速さに対応出来ず、拳による直撃を受けて吐血し苦しんだ。

「な…何故…何故痛みを吸収出来ない…!?痛いよ…苦しいよおッ…!」

「やっぱり…妖気によるダメージは吸収出来ても、霊気によるダメージは吸収出来ないみたいだね。」

「れ…霊気…!?」

「そう!さっきあたしがあんたの前でやって見せた行為は、自分の中の霊気と妖気をエネルギーの塊に出してブレンドさせて、それを自分の身体の中に取り入れて強化させた。つまり、今のあたしの状態は妖怪達が持つ妖気と霊能力者達が持つ霊気を併せ持った、あたしだけの境地…。そう、名付けるなら…

人鬼(じんき)」

愛菜がこの新たな境地に至った要因は、最終決戦前日にある。

 

後藤一派との最終決戦前日、長寿館の地下5階の訓練場にて愛菜は樹に教えを乞いていた。

「樹、あんたにちょっと頼みがあるんだけどいいかな?」

「はい、何でしょうか?」

「あたしに、霊能力を教えてくれないかな?」

「えっ、れ、霊能力!?何で今になってそんな…?」

「あたし達、ヒスイとの戦いを乗り越えてこれから後藤との最後の戦いに出向く訳じゃん?それであたし思ったんだ…今のままじゃ、あたしはこの先の戦いで仲間達の足を引っ張ってしまう事になるって。だからさ、頼む。あたしに霊能力を教えてくれ…!」

「…愛菜さんが今より強くなりたいという思いは伝わりました…。ですが、たった数日で簡単に習得出来るほど霊能力は甘くありません…それに、教える側の僕はとても人に物を教えられるほどの技量はありません…ただの付け焼き刃になってしまいます…。」

「それなら大丈夫!あたしに一つ考えがあってね」

「考え…?一体どんな…?」

「知っているとは思うけど、あたしは人と鬼の混血児。それでさ、ふと思いついたんだ…あたしの中の鬼の力と妖怪達に対抗できる人の力である霊気を掛け合わせたら、どうなるんだろうって…。」

「それってつまり、妖気と霊気、相反する二つのエネルギーを自分の中で融合させるという事ですか…!?」

「そういうこと!成功するかどうかはわかんないけど、やってみる価値あるとは思わない?」

「確かに…霊能力の十八番である結界術や退魔術を今から習得するよりも、その方が少なくとも現段階よりは強さが増すかもしれませんね…。よし、分かりました!今すぐに実践してみましょう!僕も出来る限り協力します!!」

「うん!ありがと、樹!そんじゃあ、いっちょやってみようじゃない!!」

そうして愛菜は、樹の援助の下霊能力を習得しようとした。

何度も試行錯誤を繰り返した結果、愛菜は左手の掌に青色の霊気のエネルギーを、右手の掌に赤色の妖気のエネルギーを作り出し、それらを掛け合わせて自身の肉体に取り込み飛躍的にパワーアップさせる事に成功した。

「おお…何て凄まじいオーラなんだ…!!いける…これならいけますよ!愛菜さん!!」

「ああ!」

 

これまでの戦闘経験と鍛錬によって到達した愛菜の新たな境地 人鬼(じんき)。

妖怪・鬼・吸血鬼達にとって天敵である霊能力者の持つ霊気によってダメージを受けた快楽天は、さっきまで愉悦に浸っていた表情が一転して怒りの表情を愛菜に見せた。

「痛い…痛い痛い痛い痛い痛い痛いッッ!!こんなの…こんなの全然気持ちよくないッッ!!」

それに対し、愛菜は冷静さを喪失させる為に快楽天に挑発の言葉を吐く。

「どうした?さっきまであたしの攻撃を受けて気持ち良くなってた変態が、まるで人が変わったかのように正常になったねえ。女のたった一発のパンチ如きで痛がりやがって…男の癖に情けないったらありゃしないよ!」

愛菜の挑発を耳にした快楽天は、額に血管を浮き出しながら激昂し一直線に走って愛菜に拳を突きだそうとした。

「うるさい!!うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいッッ!!お前のような半人半鬼の出来損ないの女は、大人しくこの僕にぶち犯されていればいいんだあアアッッッ!!!」

快楽天の突きだしてきた左拳を、愛菜は冷静に左手で容易に掴んで握り潰した。

快楽天は諦めず、もう片方の右拳を愛菜に打ち込むがこれもキャッチされて握り潰された。

「グウゥッッ!!」

「ねえ、あんた能力で痛みを快楽に変える事が出来るんだよね?そんなに痛みが欲しけりゃくれてやるよ!とびきりのをさあ!!」

そう言い放つと同時に、愛菜は自身の脚力を倍に強化させて快楽天の金的を本気で蹴り上げた。

「ぎゃああああああああああああああああああああああッッ!!!」

愛菜に睾丸を潰された快楽天は、股間を血で濡らしその激痛により甲高い悲鳴を上げながら倒れ込んだ。

苦痛に悶えのたうち回る快楽天に、愛菜は最後のとどめを刺す為顔面にめがけて倍に強化した右拳を叩き込もうとした。

「これで終わりだよッ!!」

愛菜の拳によって勝負が決する瞬間、快楽天は最後の悪あがきで愛菜の目にめがけて目から体液を飛ばした。

「ウッ!!」

「ハアッ…ハアッ…た…ただでやられるもんか…!今、君の目に致死性の猛毒の体液を放った…。最後まで隠し持った…僕の第二の能力であり、とっておきの切り札だ…!まもなく君は身体中に毒が駆け巡り死ぬ!最後のとどめを刺せない無念をもって僕以上の苦しみを味わいながら死んでいけ!!ハハハハハハハハッ!!」

愛菜に致死性の猛毒の体液を放ち、快楽天は邪悪な笑みを見せながら自分の勝利を確信した。

だが、愛菜は猛毒に苦しむ素振りを見せずに拳を快楽天の顔面に叩き込んだ。

「…な…何故だッ…何故死なないッ…!?」

愛菜の倍に強化された右拳を顔面に直撃し、快楽天は息絶えた。

愛菜は過去の妖魔帝国本部にて羅刹一座の大妖怪の一人 オロチの猛毒を喰らい解毒した故に、自然と毒の耐性を得ていたのである。

「ヘッ…とんだ変態野郎だったぜ…。さてと、さっさと後藤の野郎をぶちのめしに行くか!」

快楽天との激闘を制した愛菜は、後藤の配下の妖怪・鬼・吸血鬼達をなぎ倒しながら先へと進んだ。

 

一方その頃、人志と陽菜は群がる敵達を退けながら後藤の元へと進んでいた。

だが、人志と陽菜を前に一人の刺客が立ちはだかった。

「お前か…あのバサラを倒した隻腕のガキってのは…。」

「…誰だお前は…?」

「俺の名はサガ。後藤様の命により、お前と妖怪の始祖を始末しに来た!」



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第43話 望まぬ邂逅

次々と襲い掛かる妖怪達を退けながら後藤の元へと進む人志と陽菜。

そんな二人を前に、突如一人の刺客が立ちはだかる。

「お前か…あのバサラを倒した隻腕のガキってのは…。」

「…誰だお前は…?」

「俺の名はサガ。後藤様の命により、お前と妖怪の始祖を始末しに来た!バサラとは幾度も殺し合いをしてきた間柄…所謂ライバルってわけだ…。」

「バサラのライバルだと…?」

「せっかくの機会だ…あのバサラを倒してのけたお前の実力、見せてもらうぜ!」

人志の実力を見定める為、喜々として臨戦態勢に入るサガ。

それに対して、陽菜は眼を朱く光らせて人志の前に出てサガを迎え撃とうとしていた。

「陽菜…!」

「人志…貴方が戦う必要はない…こいつは私が殺す…。」

「フッ…いきなり始祖様のお出ましかよ…ゾクゾクするぜ…!」

妖怪の始祖と大妖怪が衝突しそうになったその時、人志は陽菜の前に手を差し出して制止した。

「人志…!」

「陽菜、すまねえけどこいつは俺にやらせてくれ。あのバサラのライバルとあっちゃ、俺も黙っちゃいられねえからな…。」

サガを真っ直ぐ睨み付けながら陽菜の前に出る人志。

そんな人志に対し、サガは嬉々とした表情で臨戦態勢に入った。

「いいねえ、そう来なくちゃ!」

二人の戦いの火蓋が切られ、人志は構えてサガの出方を見ていた。

一方、サガは余裕の表情を見せながら路上に転がる石を拾いそれを人志に投げ付けた。

(投石か…見切れねえ速さじゃねえな…。)

人志はサガの投石を難なく回避した。

だが回避した直後、何の変哲もない石が突如光って爆発した。

「ハハハッ!まずは初段命中ッ!」

「人志!!」

サガの爆弾投石に命中したと思われたその時、爆発後の煙幕から人志は姿を現した。

人志は石が光って爆発する瞬間、咄嗟に自身の生命エネルギーをバリアのように身に纏い防御していた。

「チッ、ガードしてやがったか…。」

「人志!!無事でよかった…。」

人志の無事を確認し安堵する陽菜。

爆弾投石から生命エネルギーのバリアを纏い防御した人志は、サガの能力を推理する。

(奴は今、路上に転がっている石を拾って俺に投げ付けた…そして投げ付けた石は俺が回避したと同時に爆発した…間違いない…奴は触れた物を爆弾に変えられる能力者だ…その気になりゃ人も爆弾に変える事が出来る…接近戦は避けた方がいいな…。)

人志はサガの能力を触れた物を爆弾に変えるものと判断し、冷静に距離を取りながら戦おうとする。

人志の様子を見て、サガは自分の能力への対策と見て行動パターンを変えようとした。

すると、サガは素早く人志に急接近して肉弾戦を仕掛けた。

触れられたら爆弾に変えられ爆殺される事を悟った人志は、サガの体術を回避し続ける。

「どうした?俺の能力に怖気づいて攻められねえのか!?」

猛攻を仕掛けるサガは、人志の脚めがけてローキックを繰り出し体勢を崩す。

人志の体勢を崩すことに成功したサガは、人志に直接触れて爆殺しようと手を伸ばす。

「人志!危ない!!」

サガの手が人志の身体に触れそうになる瞬間、人志は片手でサガの腕を掴み合気で力の流れを変えてサガを回転させて転ばせて地面に激突させた後、すかさず顔面を蹴った。

「す…凄い…!」

人志の格闘技術を見て、驚きの表情を隠せずにいる陽菜。

「こりゃたまげたぜ…実戦の場でほぼ使われないであろう合気を、まさかこんなガキが使ってくるとはよ…。」

人志に合気で翻弄され顔面を蹴られたサガは、垂れた鼻血を舌で舐めて嬉々とした表情を見せながら立ち上がった。

「バサラのライバルと自称した割には大したことねえな。はっきり言ってお前からはバサラ以上の強さを感じ取れねえ。」

「ヘッ、言ってくれるじゃねえか小僧…燃えてきたぜ…久しぶりに本気を出すとするか…!!」

人志の挑発を受けたサガは、嬉々とした表情を保ちながら強大な妖気を放出した。

すると、周囲に放出されたサガの妖気の物質が爆弾と化し広範囲を爆発させた。

人志は生命エネルギーをバリアのように身体に纏って防御し、その場で居合わせた陽菜も妖気のバリアを身体に纏って防御した。

「陽菜!大丈夫か!?」

「大丈夫!」

陽菜の安否を確認し、無事を確認できた人志は安堵する。

「妖気の物質化か…。」

「その通り!俺の能力は触れた物を爆弾にするだけではなく、俺自身の妖気の物質を爆弾に変える事が出来る!これでお前らを木っ端微塵に消し飛ばしてやるよ!!」

自身の能力の本領を発揮したサガは、莫大な妖気を放出し大量の爆弾を次々と作り出し人志に放った。

襲い掛かる無数の爆弾から、人志は雷の性質変化のスピードで縦横無尽に駆け回って回避した。

次々と爆発が起きる中、人志はサガの背後に一瞬で回って電流を放って麻痺させた。

そして、人志は雷から炎へと性質を変化させて拳に炎を纏わせてサガの胴を貫いた。

「やった!」

陽菜は人志の勝利を確信した。

だが、人志の拳がサガの胴を貫いた瞬間、サガの身体が光って大爆発した。

「えっ!?」

突然の出来事に驚きを隠せずにいる陽菜をよそに、さっき人志と共に爆発したはずのサガが姿を現した。

「どういう事!?貴方はさっき人志を巻き込んで爆発したはず…!?」

「ああ、ありゃ俺が作り出した爆弾人形さ。さあ、次はあんたが死ぬ番だぜ?妖怪の始祖様。」

サガは陽菜を始末する為にゆっくりと歩み寄り、陽菜は向かってくる敵を前に眼を朱く光らせて臨戦態勢に入った。

二人が衝突しそうになった次の瞬間、天を衝くほどの炎の柱が激しく燃え盛った。

「爆弾人形を作って瞬時に入れ替わるとは、随分器用じゃねえか…。」

「何ッ!?」

「人志…!!」

巨大な炎の生命エネルギーを纏いながら、人志は陽菜とサガの前に姿を現した。

「俺の爆弾を喰らっておいて、何故生きているッ!?」

「簡単な事だ。お前が爆弾人形を使って俺を爆殺しようとした瞬間、俺はすぐさま生命エネルギーのバリアを展開させて爆発のダメージを軽減していたのさ…ちょいとダメージは受けちまったけどな。」

「…フッ…俺の爆弾を容易くガードするとは、流石はあのバサラを倒してのけただけはある…だが次もそう上手く行くとは思うなよ!!」

サガは予想外の出来事に動揺しながらも、次の手を打つべく妖気を放出し新しい爆弾を作り出して人志を始末しようとする。

だが、それに対し人志は敵が攻撃を仕掛ける直前に炎の生命エネルギーを剣のように手刀に纏わせ、間合いが離れているサガの腹に炎の剣を伸ばし突き刺した。

「ガハッッ!!」

「お前の能力は確かに強いと思う。だけど、あいつのライバルを名乗る程のものじゃねえ。戦った俺だから分かる…お前は、バサラの強さを何も分かっちゃいねえ…。」

そう言い放った人志は、腹に突き刺した炎の生命エネルギーの剣を上に斬り上げてサガを真っ二つに斬殺した。

サガとの戦いを見届けた陽菜は、すぐに人志の元へ駆けつけてエネルギーを譲渡し傷を回復させようとした。

「人志、大丈夫?」

「心配すんな。こんなもん掠り傷の内にも入らねえ…でも、ありがとうよ…陽菜。」

自分の身を心配してくれる陽菜に、人志は優しい笑顔を見せて答えた。

「うん…。」

それを受け止めた陽菜は、安心して笑った。

「さあ、さっさと後藤をぶっ潰しに行こうぜ。」

「ええ、そうね。」

人志と陽菜はこれまでの戦いや因縁に決着を着ける為に、全ての黒幕である後藤博文を倒す為に先へ進もうとした。

その時、突然人志の身体に異変が生じ姿勢が崩れた。

「ッッ!?」

「人志?どうしたの!?」

「今…俺の身体の中で、何か冷たい感覚が芽生えた…まるで、氷のような…」

「氷…!?大丈夫なの!?」

「いや、どうってことねえ…進もう。」

身体に異変を感じながらも、人志と陽菜は先へと進んだ。

崩壊したビル群を進む中、二人は遂に全ての元凶である後藤博文の元へ辿り着いた。

「やあ、しばらくだったね人志…そして妖怪の始祖よ…。最初に私の元へ辿り着くのは君達二人だろうと予想していたよ。」

「後藤博文…!!」

見下しながら余裕の笑みを見せる後藤に対し、陽菜は眼を朱く光らせて怒りを露わにし、人志は怒りを抑えて後藤にある問いを投げる。

「怪童を殺して能力を奪ったな?」

「おっ、察しがいいね。そう、君達が氷華の里でヒスイと戦っている間…私は怪童と戦い勝利し、彼の全能力を根こそぎ奪ったのさ。もちろん、相手が相手だったから一筋縄じゃいかなかったけどね…。」

後藤の口から怪童を殺した事実を聞き出した人志は、激しく燃え盛る炎の生命エネルギーを纏い静かに怒った。

「そうか…分かった…お前が怪童を殺した…その事実だけ聞ければいい…今すぐケリを着けてやる…。」

そう言い放った人志は、凄まじい速度で後藤の元へ接近し炎を纏わせた拳で攻撃しようとした。

だがその瞬間、突如黒いローブを身に纏った謎の刺客が人志の前に立ち塞がり刀を振った。

人志は刺客の斬撃を上体をそらして間一髪で躱し、頬に掠り傷を負ったがすぐさま後ろに下がって距離を取った。

「フフフ…惜しい惜しい、あともう少しで当たるところだったのに。」

「チッ!もう一人刺客がいやがったかッ!!」

「人志!来るわ!!」

刺客は目まぐるしい速さで人志に接近し刀を振る。

人志は刺客の刀による猛攻と凄まじいスピードに、防戦一方を強いられた。

(クソッ!速えッ!!斬撃が速すぎて躱すのが精一杯だ!!何者だこいつは!?)

次々と襲い掛かる斬撃。

防戦一方の事態を打開するべく、人志は新しい戦闘形態を使う。

その名も火雷(ほのいかづち)。

炎と雷、二つの性質を掛け合わせた高い火力と速度を併せ持つ人志の新たな戦闘形態。

燃え盛る炎の如くほとばしる赤い稲妻を発しながら、人志は雷の速度を超えて襲い掛かる斬撃を躱しながら刺客の鳩尾に強烈な拳の一撃を喰らわせた。

「火雷・雷火閃(らいかせん)!!」

真紅の雷の拳は、確実に刺客の腹を貫き吹っ飛ばした。

吹っ飛ばされた刺客は、高層ビルに衝突し崩壊するビルの瓦礫の下敷きになった。

「さあ、次はお前の番だ…後藤!」

後藤に向けて指を指す人志。

だが、後藤は余裕の表情を全く崩さずにいた。

その後間もなく、刺客はビルの瓦礫の下敷きから勢いよく脱出し一瞬で人志の前に再び立ち塞がった。

雷火閃(らいかせん)で貫かれた刺客の腹は瞬く間に再生し、人志は刺客のその再生力に驚愕した。

(再生能力を麻痺させる効果を持つ火雷の一撃を喰らってもまだ再生出来るとは……!!)

「火雷(ほのいかづち)、初めてお目にかかるものだ…素晴らしい。だが、その程度じゃ彼女を殺すには及ばないな…。」

「彼女だと…!?」

「フフフ…今にわかるさ。さあ、顔を見せてあげるといい。感動の再会だ!」

黒いコートに身を包んだ刺客は、後藤の命令に従い片手でフードを上げて素顔を見せた。

「…な…そ…そんな…!!」

刺客の正体は人志のかつての恩師であり、人志・陽菜・怪童のような戦災孤児達に養護施設「カモミール」という居場所を与え教え導いた女性。

橘茜その人だった。

「…茜…先生…!!」

「そ…そんな…どうして…!!」

死んだはずのかつての恩師である橘茜との四年振りの邂逅に、人志と陽菜は動揺していた。

「フフフフ…何をそんなに動揺しているんだ…?カモミール襲撃事件から四年振りの感動の再会だよ?」

「…これは一体…どういう事だ…何故…何故茜先生が生きている…!?何故お前に付き従っているんだッッ!!?」

「あの襲撃事件から君の親友である怪童が橘茜や子供達の墓標を建てた後、私は橘茜の遺体の一部を掘り出し彼女の細胞を私のバイオ技術で増殖させて肉体を復元させ、始祖の力で彼女の魂を肉体に宿らせて蘇生させたのさ…少数精鋭の霊能力者集団、守天豪傑の橘茜…つまり全盛期の彼女をね。私はかつては人間側の最高指導者であったが、本業は科学者でね…死人を蘇らせるのなんざ私にとっては朝飯前さ。そして、私の命令に忠実に従うよう彼女の脳にインプットさせた…謀反を起こされては堪らんからね。」

「後藤…貴様アアアアッッ!!!」

人志は怒りを露わにして拳を強く握り締めて、恩師である橘茜の遺体を好き放題利用した後藤に突っ込んで行った。

だが無情にも人志の行く先に橘茜が立ちはだかり、橘茜は予め仕組まれた後藤の命令に従い、誰の邪魔も入らないように一対一の状況に持ち込む為人志を蹴りで遠くまで吹っ飛ばした。

「グアァッッ!!」

「人志ッッ!!」

「せっかくの感動の再会なんだ。存分に味わうといいよ。私もこれで何の気兼ねもなく始祖の相手が出来る…フフフ…やはり自分の思い通りに事が運ぶのは楽しいなあ!清々しい気分になる!」

「…貴様…!!」

陽菜は怒りを露わにし、後藤は嬉々とした表情を見せて二人の死闘が火蓋を切った。

後藤と出くわした地点から一気に遠ざかった人志と橘茜。

荒廃したビル群の道々に人と妖怪の食い散らかされた死体が転がっている中、人志は望まぬ死闘を余儀なくされた。

「私の蹴りをまともに喰らってまだ戦えるとは…強くなりましたね…人志…。」

「…茜先生…お願いします…そこを退いてください…!!俺はすぐに…後藤を殺さなきゃいけないんです…!!」

「…」

「退いてくれ!!茜先生ッッ!!!」

教え子の悲痛の叫びは師に届かず、師は無情にもその凶刃と殺意の黒い眼をかつての教え子に向けて言い放つ。

「言葉は無粋…この先へ進みたくば、私を殺してみせなさい…。」



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第44話 彼岸渡り

荒廃したビル群、そして人間と妖怪の喰い散らかされた死体が転がっている道路の上で、人志はかつての恩師である橘茜に悲痛の叫びを上げるも師には届かず死闘を余儀なくされた。

「クソッ!やるしか…ねえのか…!」

人志は戸惑いながらも橘茜との戦いに応じる為、構えを取った。

対する橘茜は、人志の方へ足音立てずにゆっくりと歩み寄る。

そして次の瞬間、橘茜は一瞬で人志の懐に入り刀を振った。

(速いッ!!)

人志は突然の緩急をつけたスピードに驚きながら、橘茜の横斬りを跳躍して紙一重で避ける。

そして、人志は躱しざまに左足刀に生命エネルギーを纏わせて蹴り技によるカウンターを橘茜の胴体めがけて放った。

だが、橘茜は片手で足刀蹴りをキャッチしてビルめがけて人志を思い切り投げ飛ばした。

投げ飛ばされた人志はビル外壁に足を着けて着地させて、膝をバネにビル外壁を蹴って橘茜に向かって跳び、右足刀に炎の生命エネルギーを纏って強化させ再び蹴り技を繰り出した。

橘茜はそれに対して刀による斬撃で迎え撃つ。

橘茜の刀と人志の炎の足刀の衝突で火花が激しく飛び散るも、人志は競り負けて吹っ飛ばされ地面に倒れ伏した。

幸い人志の足は生命エネルギーを纏って強化されている為、多少の出血はあるものの切断は免れた。

生命エネルギーを身体に循環させ足の止血をした後、人志はすぐさま立ち上がり構えて橘茜にもう一度呼びかける。

「茜先生…頼むからそこを退いてください…!!俺は…先生を殺してまで先へ進みたくないッ!!」

かつて戦災孤児だった己に居場所と名前を与え生き方を教えてくれた恩師に、人志は再び魂の叫びを上げる。

「さっきも言ったはずですよ…私を殺さない限り、この先へは進めない…。人志…残念ながら貴方の情は私には届かない…何故なら私は、あの男に生かされた死人だから…。」

人志の叫びは戦場に虚しく響き、橘茜はどす黒い殺気を放ちながら一瞬で接近し凶刃を振り下ろした。

 

その頃、陽菜は全ての元凶である後藤博文と対峙していた。

「せっかくの機会だ。君がどれほど始祖の能力を取り戻せたかどうか…試してみよう。」

後藤は不敵な笑みを浮かべながら、ポケットから胎児のような小さい肉塊を三つ取り出しそれを投げた。

すると肉塊は胎児から赤子へ、赤子から幼児へ、幼児から少年へ、少年から青年へ、青年から大人へと凄まじい速度で成長し、遂には禍々しく強大な妖気を放つ妖怪と化した。

「私の能力を用いた妖怪の生命の強制成長…」

「ご名答。そして今私が創り出した三体の妖怪は、それぞれ大妖怪クラスの力を有している。今の君が私と殺り合うに相応しいかどうか、これで確かめさせてもらうよ。」

三体の大妖怪は、凄まじい咆哮を上げながら陽菜に襲い掛かる。

第一の妖怪は口から凄まじい妖気をまるで破壊光線のように放ち攻撃した。

陽菜はそれに対し始祖の力を駆使し、空間を面で捉えて手で掴み破壊光線の軌道を受け流し相手に跳ね返した。

続けて第二の妖怪も身体能力の全てを倍に強化し、鬼のような怒涛の猛攻で陽菜に急接近し向かっていった。

(愛菜ちゃんと同じタイプの能力…!!)

振り下ろされる拳の連打に陽菜は瞬間移動で距離を取りながらやり過ごすも、続く第三の妖怪に遠隔で血と妖気を吸い取られて動きが鈍くなり、第二の妖怪の拳を腹にまともに喰らってしまう。

だがその時、陽菜は始祖の能力を用いて第二の妖怪の拳による衝撃を第三の妖怪に肩代わりさせ、そして第二の妖怪を掌から衝撃波を発生させて吹っ飛ばした。

「三体の大妖怪を相手に善戦とはやるねえ…腐っても妖怪の始祖なだけはある。だが、この三体が大妖怪をも上回る強さならどうかな?」

そう言い放った後藤は、始祖の能力で三体の大妖怪をより強大で禍々しい妖気を放つ化け物へと成長させた。

「さあこいつらをどうする?妖怪の始祖よ」

三体の大妖怪は激しい咆哮を上げながら陽菜に襲い掛かるも、陽菜はその場から一歩も動かずに目を閉じ立ち尽くしていた。

そして次の瞬間、陽菜は朱い眼を開眼し静かに言い放った。

「往ね」

その一言を発した後、三体の大妖怪は一瞬でミンチとなってそこら中のビルの壁面に飛び散った。

それだけではなく、後藤も陽菜の始祖の力の余波で頭に血を流しており、少なからずダメージを受けていた。

「ヒスイを倒して力を奪い返したとはいえまだ万全に至ってはいない…それなのにこれほどの力を有しているとは…ククク、末恐ろしいねえ…。」

陽菜の力に驚きながらも後藤は不敵な笑みを浮かべる。

そんな後藤に対して、陽菜は怒りを露わにしそれを言葉に乗せる。

「人志は今…お前のせいで望まぬ戦いを余儀なくされている…。この場でお前の息の根を止めた後、私の力で茜先生を正気に戻させる!もうこれ以上、人志に辛い思いはさせない!!」

「クククク…果たしてそう上手くいくかな?」

 

一方、後藤が差し向けた大妖怪クラスの刺客との戦いを制した樹と愛菜は、数多の妖怪達をなぎ倒していく中で合流した。

「樹!」

「愛菜さん!ご無事で何よりです!」

「うん、あんたもね!」

「急ぎましょう!後藤の刺客を倒した今、あとは後藤の首を獲るだけです!!そうすればこの戦いは終わる!!」

「おう!!」

妖怪達を倒しながら、樹と愛菜は打倒後藤を目指し先へ進んでいった。

そんな中、突如大きな爆発音が東京中に鳴り響いた。

「何だ!?」

そして爆風と共に人志が樹と愛菜の元に吹っ飛ばされ、二人は足を止めた。

「人志さん!?」

「人志!!何であんたが…!?」

「樹…愛菜…俺から離れろ…!」

「え…?」

人志が樹と愛菜にそう言った次の瞬間、橘茜が後を追って上空から現れ激しい衝突音と共に地面に降り立った。

「な…何だあいつ…!?」

「…あの人は橘茜…。少数精鋭の霊能力者集団 守天豪傑の一人で、俺の恩師だった人だ…。」

「そ…そんな…ありえない…!!橘茜は、4年前のバサラによるカモミール襲撃の時に死んだ人間のはずなのに!!それが何で今ここに…!?」

不測の事態に見舞われる樹と愛菜。

そんな二人をよそに、橘茜は禍々しいオーラを放ちながら人志達に歩み寄る。

「人志、あたし達も加勢する!!」

「やめろ!お前達じゃ荷が重すぎる!今の茜先生は生前の全盛期の頃と同じ…いやそれ以上の力を有している…俺の見立てが間違っていなけりゃ、大妖怪のレベルなんて遥かに超えている…俺が今相手にしているのはそんな化け物だ…!!」

「な…何だって!?」

「で…でも、だからと言ってそんな化け物じみた奴をあんた一人で相手にする事こそ荷が重いってもんだろ!!あたし達も協力する!!一人で戦うより三人で共闘すれば絶対勝機はあるよ!!その為に今まで合同訓練してきたんだろ!?」

「愛菜さんの言う通りですよ!人志さん!相手が大妖怪より遥かに強い奴なら尚更です!ここは僕達三人で戦いましょう!!」

度重なる不測の事態が必ず生じる事戦場において、樹と愛菜は人志に正論を言い放つ。

だが、人志は樹と愛菜の言葉を耳にした上で二人にこう言った。

「今…俺の目の前にいる茜先生は4年前バサラの襲撃を受けて殺された後、後藤に死体を掘り起こされて無理矢理蘇生させられて駒のように利用されているんだ…教え子である俺や陽菜を殺すよう脳に命令をインプットされてな…。」

「な……!!」

「いわばあいつの手によって無理矢理生かされている死人…ゾンビみてえなもんなんだ…だからもう、俺の言葉は先生には決して届かねえ…。お前らの言う事は事実正しい…俺一人が戦うよりも三人で共闘した方が確実に戦いやすいし勝算はあるだろう…。だけど、それを抜きにしても…俺は先生の刀の切っ先をお前らに向けさせたくねえ…!!

これは…俺の戦いだ…!!」

「人志……!!」

「この道の先に陽菜が後藤と戦っている…お前らは陽菜の加勢に行ってくれ。この場は俺が制する…茜先生は…俺が殺す…!!」

怒りと悲しみが入り混じったような感情を露わにしながら、人志は決意した。

人志の覚悟と決意を目にした樹と愛菜は、何も言わずに先へと進んだ。

だが、橘茜が二人の行く道に阻む。

「このままおめおめと行かせるとでも?」

刀を片手に橘茜は袈裟斬りで二人諸共斬り殺そうとするが、人志が一瞬で接近し刀を振る直前の手を掴んで制止した。

「言ったはずだぜ…切っ先は向けさせねえってな!!」

二人を先に行かせる事に成功した人志は、橘茜の手を掴んだまま合気で力の流れを変えて橘茜の身体を回転させ、すかさず後ろ回し蹴りで鳩尾を捉えて吹っ飛ばした。

だが、橘茜は人志の蹴りを鳩尾にまともに喰らってなお平気な表情を見せた。

「驚きましたよ…私が墓で眠っている間に、いつの間にか合気を習得できるほど器用になっていたとは…。」

「伊達さんに三年間みっちりしごかれたおかげでね…。けどまだこんなもんじゃないですよ…修行の成果は!!」

そう啖呵を切った人志は、今度は自分から積極的に橘茜を攻めて行った。

橘茜は距離を詰め寄る人志に斬撃を繰り出すも、人志は回避しながら間合いを詰めていく。

身を翻しながら斬撃を避け続け、橘茜の懐に入った人志は拳に炎を纏わせるが、橘茜は瞬時に人志の後ろに回り込み背中に刺突を繰り出そうとする。

「これで終わりです。」

だが、人志は橘茜が自分の背後に回って間合いを測って斬撃を繰り出す事を予想して拳から手刀に変えて炎の剣を纏わせ、振り向き様に高く跳躍して空中で回転させ遠心力を利用して刀に炎の剣をぶつけてへし折った。

「何ッ!?」

「まだまだアァッ!!」

刀を折った人志は、続けざまに火雷(ほのいかづち)状態になり橘茜に技を畳み掛けに行った。

「火雷・雷火閃(らいかせん)!!」

赤い稲妻を纏わせた拳を橘茜の鳩尾に喰らわせ吹っ飛ばした後、雷の如く猛スピードで走って続けて技を繰り出した。

「火雷・炎雷旋刃脚(えんらいせんじんきゃく)!!」

足に赤い稲妻を纏わせて旋風のように回転しながら強烈な蹴りを橘茜の頭部に喰らわせて更に吹っ飛ばし、ビルの壁面に叩きつけた。

ビルの壁面に叩きつけられた橘茜は、凄まじい衝撃と共に崩壊するビルの瓦礫の下敷きになった。

「やっとこさ…ダメージを与えられた…」

火雷の強烈な拳と蹴りを橘茜の鳩尾と脳天に喰らわせた人志は、確かな手応えを感じていた。

が、この程度で終わる程橘茜は脆い相手ではなかった。

崩壊したビルの瓦礫が瞬く間に妖気の放出で塵となり、頭に血を流しながらも橘茜はすぐさま人志の眼前に降り立った。

「まあ、そりゃそうだよな…」

人志は確かな手応えを感じながらも、大妖怪を超越した強さを持つ橘茜に何も疑問を抱かなかった。

橘茜は妖気を消費して頭部のダメージを治癒して止血しながらも、かつての教え子の目まぐるしい成長を感じ取って言葉に出した。

「素晴らしい…あんなに幼くて弱くて無垢だった貴方が、今やこれほどの実力者にまで成長していたとは…嬉しいです…。

人志…今の貴方なら、私の本気を受け止められる…。」

「何だと…!?」

そう言った橘茜は、人志の目の前で自らの手で胸を突き破り心臓を抜き取った。

「な…何のつもりだッ!?」

人志が橘茜の突然の奇行を目にして動揺するも束の間、橘茜の掌の上にある心臓は鼓動を打ちながら次第に形を変えていった。

そして、心臓は一振りの刀へと形作った。

その刀はさっきの刀とは打って変わって長くなり、刀身が血のように濃い赤色に染まっていた。

「…心臓が…刀に変わった…!!?」

「これが私の奥の手…彼岸渡り

この刀に斬られた者は一人の例外も無く死に至る…私の命で創り出した究極の一刀…

命を以て命を殺す能力(ちから)」

「そ…そんなの無茶苦茶だ!!いくら後藤に蘇生されたからといって何で心臓を抜き取っているにも関わらず生命活動を維持出来るんだ!?ありえねえだろ!!」

「そう言えば貴方にはまだ伝えていなかったですね…私が普通の人間ではない事を。」

「何…!!」

「生前…後藤博文の死によって勃発した人間と妖怪の全面戦争の時代…私は当時の霊能力者御三家の一つ 橘家に改造手術を施され、対大妖怪を目的に体内に妖怪の細胞を埋め込まれた

いわば改造人間です。」

「な……!!」

「体内に妖怪の細胞を埋め込まれた事により私は人間でありながら妖怪達が操る妖気を使用でき膂力も強化され、肉体・臓器の損傷の際は吸血鬼のように再生が可能となりました。なので心臓が抜かれようが脳を破壊されようが何も問題ではないのです。

さて、話はこれで終わりです。」

橘茜は自分の過去の一部を人志に話した後、莫大な妖気を放出して彼岸渡りを構えた。

それを見た人志は、かつて妖魔帝国本部にてバサラとの死闘を思い出しながら驚愕していた。

(…分かってはいたけどやっぱりとんでもねえ…!!あいつ以上の凄え妖気だ…!!)

大地を震わせ天にまで達する妖気を放出しながら、橘茜は目にも映らぬ速度で人志に真っ直ぐ斬りかかって来た。

(さっきとは桁違いの速さ!!)

橘茜の縦斬りに対し、人志はすぐさま火雷(ほのいかずち)で横に素早く回避した。

が、回避したも束の間振り下ろされた彼岸渡りは地面と衝突した直後、文字通り大地を割った。

「な…何つう威力だよ…!!」

「余所見をしている場合ですか?」

橘茜は続けて横斬りを人志の胴体に向けて放ち、人志はそれをバク転で回避した。

掠っただけでも死に繋がる彼岸渡りの一太刀を恐れた人志は、手刀に炎の剣を纏わせて刀をへし折った時のように炎の剣を振り下ろし彼岸渡りの刀身をへし折ろうとした。

だが、炎の剣を刀身に衝突させても彼岸渡りは破壊されるどころか全くビクともせず逆に炎の剣が消滅してしまった。

「な…何ッ!?」

「言ったでしょう?この刀は命を以て命を殺す刀。命の源である生命エネルギーを殺す事など造作もありません。」

彼岸渡りの能力で人志の生命エネルギーで創り出した炎の剣を殺した橘茜は、虚を突いて人志の胴を斬ろうとした。

「しまった!!」

一太刀入れば死は免れないという絶体絶命の危機に陥り、為す術がない人志。

ところがその時、突如人志の前に氷の壁が立ち橘茜の彼岸渡りを防いだ。

「こ…氷!?何で俺の前に氷が…!?」

「人志…これも貴方の力ですか?」

「違う!!これは俺の力じゃない!!この力…まるで…!!」

突如として己の危機を救った氷の力に、人志は白銀の少年が脳裏に浮かんだ。

動揺している人志に対し、橘茜はある言葉を投げかける。

「人志…本気になって下さい…。」

「え…?」

「陽菜を守り通す為、怪童を食い止める為に数多の死線を潜り抜けて来た貴方の力は断じてこの程度ではないはず…

全身全霊をかけて向かってきなさい!!私を殺すのではないのですか!?」

橘茜は人志に全力を出すよう、黒い眼差しで強く促した。

そう促された人志は、かつて橘茜との過去を回想していた。

家も親も名も無い自分を拾って居場所と名を与えてくれた日の事、授業に毎回寝坊で遅刻し陽菜に起こされてクスクス笑われた日の事、稽古をつけてもらった事、春の桜の花見や夏の花火大会や秋のハロウィンや冬のクリスマスパーティで仲間達と一緒に存分に楽しんだ事。

綺麗な思い出を思い出した後、人志は今の残酷な現実をしっかりと受け止め炎の生命エネルギーを極限にまで高め放出し身を包み、眼前に立ちはだかる敵を殺す為構えを取って決意の言葉を静かに言った。

「ありがとうございます…茜先生。

今、やっと決意しました…!!」



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第45話 手向け

かつて人間側の最高指導者の後藤博文の死により人間と妖怪の全面戦争が勃発した頃、戦争によって親を亡くした人間の戦災孤児達が橘という一つの家に集められた。

橘家は伊達家・後藤家と同じ霊能力者御三家の一つで、表向きは戦争によって妖怪達に家族や家を奪われた孤児達に霊能力や体術を教え、孤児達の未来を守る児童養護施設を営んでいた。

だが、橘家が子供達を引き取った本当の目的はバサラやヒノマルのような恐ろしく強い大妖怪達に対抗する為に、人体実験で妖怪の細胞を子供達の身体に埋め込んで妖怪達の武器である妖気を使う改造人間を造り上げる事だった。

数百人の孤児達は、実験の最中で妖怪の細胞に耐えられず死んでいった。

そしてその中で、茜というたった一人の少女だけが妖怪の細胞に適応できた。

橘家の人間達は、実験の成功に大いに喜びながら茜を橘家に正式に迎え入れた。

こうして橘茜という改造人間が誕生した。

改造人間として生まれ変わった橘茜は、伊達恭次郎と同じ少数精鋭の霊能力者集団“守天豪傑”として戦場に赴き、単独で数多の妖怪・鬼・吸血鬼達をその手で屠り、その戦場の有様はまさに死屍累々だった。

改造人間の利点は、妖怪達の力の源である妖気を使えるだけでなく鬼の怪力と耐久力や吸血鬼の再生能力が持てる事。

そして更には橘茜が死地を潜り抜けるほどに妖怪細胞が活性化し大妖怪以上の妖気と力が備わるようになり、バサラやヒノマル達大妖怪は人間側の中で彼女を特別視していた。

初めは人間側も橘茜という改造人間の誕生で戦況は優勢に傾くと思われていたが、それが誤りだったと人間側は確信した。

“超越者”ヒスイの存在である。

吸血鬼の弱点を全て克服し、更に底無しの再生能力を持つヒスイの存在を目の当たりにした人間達は、深い絶望の淵に立たされていた。

橘茜はそんな不死身の怪物に対抗する為、一つの能力を発現させた。

己の心臓を手で抜き取り心臓を一振りの刀に具現化させ、その一刀を携えて数多の妖怪達を橘茜は一人残らず撫で斬りにしていった。

その刀に斬られた者はどんな生物であろうと必ず死に至り、死体の刀痕からは彼岸花が咲き誇り、その戦場の有様は美しくも残酷であった。

大妖怪クラスの猛者達をひたすら斬り殺す橘茜を見た妖怪達は、まるで彼岸咲き誇る戦地を渡り歩きながら敵を次々と殺していく様から彼女を恐れて“彼岸渡り”と呼んだ。

だが、橘茜の奮闘も虚しく共に守天豪傑として戦ってきた伊達恭次郎を除く仲間達は戦死しバサラ率いる大妖怪達の圧倒的な勢力に圧し潰され、戦況を覆す事無く御三家も壊滅し遂には敗戦を喫した。

バサラ達が戦争に勝利し妖怪が人間に代わって世を動かす時代となった後、橘茜は何も務めを果たせなかった失意から人間の喰い散らかされた死体が転がる戦場跡をフラフラと歩いていた。

するとその先に、一人の戦災孤児がいた。

その孤児は飢えを凌ぐために転がっている死体の肉を喰らい続け、今日まで生き延びていた。

橘茜はその有様を見て、かつて戦災孤児だった自分と重ねて涙を浮かべて胸の内に思いを馳せる。

(もう二度とこの子や実験で殺されていったあの子供達のような戦争の犠牲者を出させてはいけない…!!)

そう心の中で叫んだ橘茜は、名も無き戦災孤児に手を差し伸べて救い出し、都市から離れた丘に一つの児童養護施設を建てた。

それから橘茜は手当たり次第に戦災孤児達をその手で救い出していき、孤児達に教養と護身術を教えていった。

そうして橘茜は、能力主義・実力主義の妖怪社会において数少ない児童養護施設「カモミール」の創設者となり、子供達から茜先生と呼ばれ慕われていった。

 

そして現在、かつて名前の無かった隻腕の少年が己に名前と居場所を与えてくれたかつての恩師を苦しみから救い出す為に戦おうとしていた。

「しっかり見ていてくださいよ茜先生…これが俺の全力だ!!」

そう言い放った人志は片手で自身の胸を突き破り、心臓を強く握り極限にまで生命を燃やした。

「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

人志の叫びと共に血のように真っ赤で巨大な炎が彼を包み込み、炎柱が天まで達し天をも燃やし尽くさんとしていた。

そして、人志の肉体を包み込んでいた天にまで達する巨大な炎はまるで何事も無かったかのように一瞬で消えた。

己が身を焼き尽くさんとしていた炎は少年の黒く焼き焦げた片腕に収まり、黒髪が逆立ち心臓に位置する胸に穴が開き、一切の迷いのない黒い眼で人志は橘茜を睨み付けた。

「気炎万丈…これが俺の炎の極致です…。」

橘茜は、人志の変わり果てた姿とこれまでにない程の強敵に相まみえた事に、激しく動揺しながらも感激していた。

「これが…貴方の全力…素晴らしい…よもやここまでに…!!」

「茜先生…感激しているところ悪いけど時間がねえんだ…この状態はあまり長く維持出来ねえ…早いとこ決着付けようぜ…。」

「…ええ、そうですね。決着を付けましょう…!!」

人志は黒く焼き焦げた片腕を燃やして焔の剣を顕現させ、手刀を作って上に上げる。

対する橘茜も、凄まじい妖気を発しながら人志と同じように片手上段の構えを取った。

そして互いが同じ構えを取り、互いが己が剣を同時に振り下ろした。

「気炎万丈“焔威”!!」

互いの剣が振り下ろされたと同時に、凄まじい衝撃音と共に巨大な縦状の斬撃が飛びぶつかり合った。

都市ごと消滅しかねないほどの斬撃同士が激しくぶつかり合うも、人志の焔が橘茜の斬撃を上回り燃やし尽くし、橘茜の片腕を切断した。

橘茜は人志に斬り落とされた片腕の再生を試みるも、気炎万丈の効果により再生出来ずに僅かながらも苦悶の表情が垣間見えた。

(彼岸渡りの斬撃が押し負けた…!!いや、それよりも人志に斬り落とされた腕が再生出来ない!!恭次郎の黒雷と同じように、人志の気炎万丈にも再生を阻害する能力があるのか…!!)

人志の気炎万丈の能力を肌で感じ取った橘茜は、斬り落とされた腕から彼岸渡りをすぐに手に取り凄まじいスピードで人志の懐に入り込み直接斬り殺そうとするも、人志は攻撃が形になる前にすぐさま橘茜の鳩尾に右足刀蹴りを放ち吹っ飛ばした。

「ガフッ!?」

橘茜は吐血して次々とビル群を破壊しながら吹っ飛ばされ、人志は続けざまに巨大な縦状の焔の斬撃を飛ばした。

橘茜はすぐに横に回避し、呼吸を整えて反撃の体勢を取り猛スピードで人志に接近し刀を振って振って振りまくった。

人志は、掠っただけでも死に直結する彼岸渡りの斬撃の嵐を完璧に回避し続け、橘茜の鳩尾に風穴を開けるべく拳を突きだした。

橘茜は突きだされた拳を回避した後足払いをして人志の体勢を崩し、その隙を突く形で胴体を真っ二つに斬るべく刀を横薙ぎに振った。

襲い来る斬撃を前に、人志は体勢を崩され後ろに倒れそうになりながらも、身体を自力で前に出して斬撃より早く橘茜の額に勢いよく頭突きをして反撃した。

頭突きによる思わぬ反撃を喰らって倒れた橘茜は、すぐさま立ち上がった。

「体勢を崩されて絶体絶命の危機の最中に死を恐れずに頭突きを繰り出してくるとは…フフフ…全く見上げた根性です。」

「ああでもしねえと茜先生を出し抜けねえからな…」

互いに全力の限りを出して戦う師弟。

だがそんな師弟の死闘も終わりを迎えようとしていた。

「そろそろ終わりにしようぜ…茜先生。」

「ええ…私もそのつもりです。」

弟子はこの一撃に全てを懸ける思いを黒く焼き焦げた拳に乗せ、師は透き通る刃のように一切の雑念を捨てて赤く染まった一刀を構える。

互いが構えを取り集中する最中、緊張によって生じた人志の汗が徐々に頬を伝って地面にポツンと落ちた瞬間、互いが一直線に動き出し拳と刃が交差した。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

6年前

草木も眠る丑三つ時、橘茜は寝室の様子を伺い寝床で眠っている子供達の様子を見ていた。

寝言を言う子供や寝返りを打つ子供を様子を見ながら橘茜は安堵するも、一つの寝床だけ空いていた。

人志の寝床だけ空いている事を目撃した橘茜は、子供達を起こさないように静かに寝室を出て人志を探すべく施設の中をくまなく捜索した。

(施設中を探してもいない…とすれば)

橘茜は、外に出て丘の周りを探しに行った。

すると、大きな木の下で何度も木に向かって殴っている人志の姿があった。

「人志!!」

「茜先生…」

橘茜は走って人志の元へ行き、手を掴んで木を殴るのを止めさせた。

何度も木に打ち込んだ人志の手は皮膚が剥がれ血だらけでボロボロになっており、それを見た橘茜は人志に向かって真剣に叱った。

「こんな夜更けに何をやってるんですか!!こんなに手が酷くなるまで打ち込んで…!!」

「先生…俺は…」

「いいから来なさい!!すぐに傷の手当てをしますから!!」

橘茜は、人志の手が痛まないように手首を優しく掴んですぐに施設内に戻ろうとした。

だが、人志は反抗して橘茜の手を振り解いて下を向いたまま立ち止まった。

「人志…貴方まだ…!!」

「先生…俺分からねえ…何をすれば、みんなと同じになれるか分からねえんだよ…。」

人志は傷ついた拳を握りながら大粒の涙を流して橘茜に訴えかけた。

涙顔で苦しんでいる教え子を見て、師は教え子の涙を指で拭って叱る姿勢から寄り添う姿勢へと変えた。

「人志…ひとまず帰りましょう。話は全部聞いてあげますから…。」

師は教え子の手を優しく握り、施設の中へと帰った。

施設内の医務室にて、橘茜は傷ついた人志の片手を消毒して薬を塗って治療を施していた。

「痛てててッ!」

「これだけ自分の手を自分で傷めつけたんですから痛くて当然です!全く…怪童に劣らず本当に世話の焼ける子ですね。」

「ご…ごめんなさい…」

人志は申し訳なさそうな表情で橘茜に謝り、橘茜は人志の片手の消毒と薬塗りを終えた後包帯を巻いた。

「はい、次は左手ですね!」

もう片方の手も同じように治療を施した。

「はい、終わりです!」

「あ…ありがとうございます…茜先生。」

人志の両手の治療を済ませた後、橘茜は少しの時間を置いて人志に聞いた。

「どうですか?落ち着きましたか?」

「…はい。」

「人志、先に言っておきますが私は貴方を叱ったり怒鳴りつけるような事は一切しません。何でこんな夜更けに自分で自分を傷付けるような事をしたのか、ゆっくりでいいので私に話してください。」

「……はい。」

人志は、橘茜に言われた通りに一呼吸置いてゆっくり話し始めた。

「俺が4つの頃に茜先生に拾われてカモミールで暮らす事になってから、もう6年も経ったのかな…10歳になって、他の奴らとそこそこ仲が良くなって美味い飯食えてふかふかの布団で寝れて楽しいけど…でも陽菜や怪童みたいな友達はあんまいなくて、他の奴らは俺と違って両親との思い出があって将来の夢もあってみんな活き活きしてるけど、俺には親の顔とか思い出とか一切ねえし将来の夢もねえ…茜先生にもらった人志っていう名前以外、俺には何もねえ…。

そんな自分が虚しくなっちまって…どうすりゃみんなみてえになれるのか自分なりに考えて…考えた結果、俺は怪童の真似をして自分を追い詰めようとした…。あいつみてえに努力して自分を追い詰め続けりゃ何か答えが見つかるかもしれねえって思って、それであんな事してた…茜先生に叱られる前からずっと…。

けど、ただ苦しいだけで何にも分からなかった…。

茜先生、やっぱり俺って何処かおかしいのかな…?どうすればみんなみたいに普通になれるかな…?」

大粒の涙をぽたぽたと零しながら、人志は橘茜に今の気持ちを伝えた。

両手と心に苦痛を抱えて苦悶の表情を浮かべる教え子に対して、師は包帯で巻かれた傷だらけの手に優しく触れて答えた。

「私もかつては戦災孤児で、貴方のように両親の顔も憶えていなくて物心ついた時には孤独でした。その後、橘家という霊能力者の家に養子として引き取られて訓練を受けて戦場に駆り出されました。それから紆余曲折を経て恭次郎を含めた数少ない戦友達が出来て、最初は少しトラブルがあったのですがその人達と共に戦い共に語り合って…今となっては私と恭次郎以外亡くなってしまいましたがとても良い思い出でした。

貴方はまだ幼くて何も知らない子供で、将来の目標や夢がある周りの子供達と自分を比べるから自分に対して劣等感を感じてしまっているんです…。当たり前です。だって貴方はまだ何も始まってすらいないんだから。」

「…始まってすら…いない…?」

「そう。だから貴方は何もおかしくなんかないし、無理に周りの子供達に合わせなくていい。初めの内は人を手本にして真似てもいい…人に頼ってもいい…けれど貴方がいずれ大人に成長していく過程で何かを決断しなきゃいけなくなる時、いつまでも人に頼ってばかりいては何も変わりません…。貴方が自分に誇りを持てるように…自分の意志を持てるように…これからの人生で色んな事を学んで、色んな物を見て、色んな人達と会って、経験を積み重ねていきなさい。」

少年は恩師の導きの言葉に感銘を受けて、傷んだ心が和らいだような温かい感覚を覚えて涙を止めた。

「…茜先生も、そうやって生きてきたんですか…?」

「ええ…。」

少年は気付かされた。この苦しみは自分だけじゃないという事を。

そう気付いた後、少年は助言を与えてくれた恩師の前でこう言った。

「茜先生、俺決めた…。俺、強くなる!今よりも強くなってでかくなって、陽菜と怪童とみんなを助けられるような人間になる!そんでもって俺を助けて拾ってくれたあの時の茜先生みてえに、今度は俺が茜先生を助ける!!」

少年は堂々と恩師の前で誓いの言葉を言い放ち、師は少年の言葉を聞いた上で少年に指摘をする。

「人志…胸を張って自分の目標を決めるのは大変素晴らしい事ですが、その前にまずはこれから寝坊や居眠りをせずに私の授業にちゃんと参加する事と箸の正しい持ち方をいい加減覚えるべきですね。」

「ウッ…そ、そんなもん言われなくてもやりゃあ出来るし!!」

「え~ホントかなあ~?フフフ。」

少年はダメ出しをされて恥ずかしさで顔を真っ赤にして反発し、師は教え子をからかって笑った。

その後、少年は胸の内に抱えていた悩みが解消された安心と疲れからかウトウトし始めて前に倒れるように眠った。

「おっと!」

師は倒れそうになった少年を抱いて、少年は師の胸の中でスース―と寝息を立てながら眠った。

「もう…本当に手が焼ける子ですね…。」

師は呆れて笑うも、教え子を抱き抱えて寝室へ行き寝床に寝かせた。

(楽しみですね…この子が将来どんな人間に育つのか…)

橘茜は人志の安らかな寝顔を見て、心中で教え子の将来を楽しみに思いながら微笑んだ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

互いの全身全霊を懸けた一撃は交差され、人志は向かってくる凶刃を躱しざまに橘茜の胴に拳を当てて貫いた。

「茜先生、受け取ってくれ…これが俺の手向けだ…」

後藤博文の手によって生きた屍と化した橘茜に、人志は手向けとして確実に止めを刺そうとした。

「気炎万丈“業火焔滅葬”!!」

拳で貫いた相手を塵一つ残さずに燃やし尽くす絶技を以て、人志は橘茜を燃やし尽くそうとした。

天をも衝く程の巨大な炎柱が立ち、橘茜は身体を燃やされながら人志の頬に優しく手を添えて言った。

「立派になりましたね…人志。貴方は私の自慢の教え子です。」

生きた屍は生前の変わらぬ優しい笑顔をかつての教え子に見せながら、骨も残らず焼き尽くされた。

(嗚呼…よかった…意志の強い子に育ってくれて…)

かつての恩師との望まぬ死闘を制して、人志は爪が皮膚を食い込んで血が滲み出るほどに拳を握り締めてその場で立ち尽くしていた。

しばらくして、人志は全ての元凶である後藤博文を倒すべく先を急いだ。

一般市民と妖怪達の喰い散らかされた死体が転がるひび割れた道路をひたすら走る中、人志は路地裏にて妖怪の子供が後藤の配下の妖怪に襲われている所を目撃した。

(子供が襲われてる…だが、今の俺には一刻も早く後藤をぶっ潰す事が最優先だ…。)

人志は、元凶の後藤博文を倒す事を優先し先へ急いだ。

妖怪の孤児は、頭に血を流して目の前の迫りくる死にただ怯える事しか出来ずにいた。

妖怪は悪意に満ちた笑顔でよだれを垂らしながら孤児を喰い殺そうと勢いよく動き出した。

だがそこに、炎の拳が妖怪の鳩尾を確実に捉え貫いた。

孤児の目には、歴戦の傷をその背中に背負い血のように色の濃い炎を纏った隻腕の男が映った。

人志は振り向きざまに身に纏った炎を消すと、孤児に手をかざして自身の生命エネルギーを分け与えて傷を治した。

「立てるか?」

人志は救いの手を差し伸べるも、妖怪の孤児は不信感からか距離を取って人志に敵対心を見せた。

「近づくな!!てめえも…てめえも俺を殺すんだろ!?後藤博文や妖怪殺しみてえに、俺の家族だけじゃ飽き足らず俺も残さず殺すんだろ!?」

「落ち着けよ、俺はお前を殺す気なんて毛頭ねえ。」

「嘘だ!!妖怪を助ける人間なんて、この世にいる訳がねえ!!妖怪は人間の敵なんだぞ!!敵を助けるような馬鹿な真似する奴なんてこの世に存在する訳ねえだろうが!!」

後藤博文の手によって家族を理不尽に殺された妖怪の孤児は、怒りと悲しみに満ちた表情で目の前の隻腕の男に訴えかけた。

「…俺もよ、昔に家族と同じぐれえ大切な人達を妖怪に殺されてな…。他の妖怪達も、俺の家族や居場所を奪った奴らと同じ冷酷で残忍な奴ばかりなんだろうなって…そう思いながら今日まで生きて来た…。けどよ、そういう奴ばかりじゃねえんだって色んな奴と会って気付かされた…。

半分鬼の血を引いてるけど家族を守る為に必死になって戦ってる気が強くて優しい奴もいた…

氷みてえに冷徹で感情を表に出さねえけど、本当は誰よりも大切なものを理不尽に奪われる痛みと悲しみを背負った奴もいた…

冷酷で残忍で力を振るって奪う事を良しとする悪党にも会ったけど、そいつは誰よりも大妖怪としての自分の強さに誇りを持って頂点に君臨し続けようと必死に生きていた…

それで俺は思ったんだ…妖怪にも色んな奴がいるってな…。」

穏やかな表情で人志は己の体験談を孤児に話すが、孤児はそれでも信じられずに敵対心を見せる。

「…それがどうしたってんだよ…てめえに俺を殺す理由がなくても、俺にはてめえを殺す理由がある!!今の俺にはもう憎しみしかねえんだ…それ以外何も残ってねえんだよ!!」

怒りと悲しみの涙で顔をぐちゃぐちゃにして、孤児は拳に妖気を纏わせて人志に殴りかかっていった。

人志は妖気を纏った拳を避けて、拳によるカウンターを腹に喰らわせ孤児を悶絶させた。

「ぐええっ!!げほっげほっ!!」

腹を抱えて地面にうずくまる孤児に人志は生命エネルギーを分け与えて痛みを和らげた後、孤児の胸ぐらを掴んで真剣な眼差しで言った。

「何度も言わせるんじゃねえよ…俺はお前を殺す気なんて微塵もねえ。せっかく拾った命を無駄にするんじゃねえよ。」

孤児は人志の厳しい目を見て恐怖を感じ、敵意を完全に無くした。

それを見た人志は掴んだ胸ぐらを優しく放した後、孤児の手を引っ張って路地裏から街道に出た。

「…お、おい…ど…どうするつもりなんだよ…」

街道に出た後、人志は生命エネルギーで自身の視力を強化して遠くを見た。

「ここを真っ直ぐ進めば避難所がある…辺りの後藤の妖怪達も俺の仲間が全部倒したから安全だ。あとはどうするかはお前次第だ。」

孤児に道を教えた後人志は先へ進もうとするも、孤児は人志に対して複雑な感情を抱き声を震わせながら言い放った。

「…何なんだよ…お前は一体何なんだよ!?」

「片腕を無くしただけのちっぽけな人間だ。」

ボロボロの背中を見せて、人志は孤児の目の前から姿を消した。

 

人志と橘茜が死闘を繰り広げていた頃、陽菜と樹と愛菜は後藤博文との死闘に臨んでいた。

怪童の能力とヒノマルの能力を駆使する後藤博文に三人は苦戦していた。

苦戦しながらも後藤博文に喰らいつく三人のもとに、遂に人志が到着した。

「人志!!」

「人志さん!!」

「人志!!」

人志の到着に三人は喜ぶが、人志は目を黒く鋭く光らせながら三人の前へ歩き、三人はそんな人志の表情を見て三人は唖然としていた。

「ククク…遅かったじゃないか人志君。どうだったかね?かつての恩師をその手にかけた感想は…是非聞かせてもらいたいねえ。」

後藤博文は悪意に満ちた笑みを浮かべながら、人志の心を折ろうとする。

「案ずることはない。君はその残り少ない命を燃やして、大切な人を守る為に犠牲となって死んでいくのだから…ククク。」

「後藤…貴様!!」

陽菜は後藤博文に対して強く睨み怒った。

樹と愛菜も睨み後藤博文に攻めかかろうとするも、人志は片手で三人を遮った。

「お前らは手出すな…俺が行く…。」

「人志…」

三人を制止させた後、人志は後藤博文のもとへゆっくりと歩を進め、後藤博文は余裕の笑みを浮かべていた。

「よお」

「!」

「随分嬉しそうに笑ってんじゃねえか。何かいいことでもあったのかよ?」

人志は後藤博文にそう問いかけた次の瞬間、一瞬で間合いに入って炎を纏わせた拳を顔面に喰らわせた。

「グバアッ!!」

後藤博文は人志の拳をもろに喰らい、顔面が焼けて潰れてビルの壁面に叩きつけられ瓦礫の下敷きになった。

後藤博文を一発でダウンさせた人志に、陽菜と樹と愛菜は驚愕を受けた。

「後藤…てめえは一つ勘違いをしている。

俺は犠牲になる為に戦ってるんじゃねえ。

二度と負けたくねえから戦ってるんだよ。」

過去に大切な居場所と大切な人達と右腕を失った少年は、こう悟った。

負けるという事は、奪われるという事を。

丘に立つ墓たちの前で誓った。もう二度と負けないと。

その誓いを胸に抱いて、隻腕の少年は今最後の戦いに身を投じた。



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第46話 託されし者

後藤博文の顔面に一撃を通した人志。

圧倒的な拳の威力に陽菜と樹と愛菜は驚愕するも、先の橘茜との戦いで疲弊している人志を思い、三人は人志の加勢に行こうとした。

「人志!私達も戦う!!」

だが人志は、そんな陽菜の言葉を耳にしてもなお共闘を拒否した。

「お前らには悪いけどよ…こいつだけは俺がこの手でぶっ潰さねえと気が済まねえんだ…。」

人志は、死んだ恩師の命と尊厳を弄ばれた怒りで静かに燃えていた。

愛菜は、人志の哀愁漂う背中を見て胸を詰まらせながらも必死に言い放った。

「人志!あたしは、あんたとあの人との事なんてあんまり知らないし…今のあんたに何て言ってあげたらいいのか分からないけど………

とにかく一人で抱え込もうとすんな!!あたし達がいるから!!」

樹も続いて、人志を呼び止める為に言い放った。

「人志さん!!この戦いは人志さん一人だけでどうこう出来るものじゃありません!!無茶はしないでください!!」

必死に呼びかける仲間達に、人志は振り向きざまに微笑みを見せて言った。

「頼む…俺に戦わせてくれ…」

陽菜達は人志の悲しみを含んだ微笑みを見て言葉が詰まり、人志はただ一人後藤博文との死闘に足を運んだ。

(こんな…こんな時なのに、私はまたこうやってただ黙って見る事しか出来ないの……?)

陽菜は、疲弊している人志に何も出来ず何もしてやれない自分の非力さに歯嚙みした。

人志の拳に吹っ飛ばされた後藤博文は、瓦礫の下敷きから抜け出し原型を留めないほどぐちゃぐちゃになった顔面を再生させた後、不敵な笑みを浮かべて人志に話しかける。

「クククク…凄まじいな…まだこれほどの膂力を出せるとは…たまげたよ…」

「死んだ茜先生の肉体をゾンビみてえに利用して俺に気炎万丈を使わせるようけしかけたんだろう?」

「ククク…正解だよ。君みたいな施設育ちで世間知らずの子供にも考える頭があるとは驚きだね。」

後藤博文は不敵な笑みを浮かべながら、地面を強く蹴って人志に急接近し右手を振り上げた。

人志は次々と襲い掛かる右手を回避し続ける。

「存分に喜ぶといい!!君の憧れの親友の右手にかかりその短い生涯を終える事を!!」

後藤博文は奪った怪童の右手の能力を意気揚々と利用し、人志を空間ごと削り取って殺そうとする。

だが、人志はそんな後藤博文の猛攻を難なく回避し更に貫手によるカウンターで後藤博文の喉を突いた。

「ガハッ!!」

喉を突かれ呼吸困難になった後藤博文に、人志は更に喉に足刀蹴りを喰らわせた。

「~~~ッッ!!」

吐血し息が出来ないほどもがき苦しむ後藤博文。

「怪童の拳はよお、鬼の拳よりも重いんだぜ?

てめえみてえな能力にかまけるクズなんざに扱える代物じゃねえんだよ」

怒りを拳に乗せて、人志は炎を纏わせた拳を後藤博文の頭部めがけて打ち込み吹っ飛ばした。

怪童の能力を奪いパワーアップした後藤博文を難なく圧倒する人志に、樹と愛菜は驚愕していた。

「す…凄い…!!人志さん、前にもまして更に強くなっている…!!」

「ああ…氷華の里であのクソイカレ女をボコボコにぶちのめしてたあの時を彷彿させるくらい凄え勢いだ…!!」

樹と愛菜が人志の強さに驚く傍ら、陽菜だけは連戦に次ぐ連戦で疲弊していってる人志を見て胸に手を当てて見ていた。

頭蓋骨を粉砕され夥しい出血をしながらも、後藤博文はゆっくり立ち上がりながら笑っていた。

「フ…フフフ…素晴らしい…素晴らしいよ…パワー・スピード・テクニック…どれも至高のレベルに達している…。

間違いない…今の君は怪童と同じ領域に近づきつつある…!!」

「解せねえな…何で怪童はてめえみてえな能力にかまけてばかりの半端者に負けたのか…」

「勘違いしてもらっては困るな…私は勝ったのではない…偶々運命が私に味方してくれただけの事だ。現に私は今この場に立ってはいるが、私の実力ではあの怪物には何度やっても勝てはしない…あの底知れぬ執念を前にしてはとてもとても…」

後藤博文は、怪童と戦った時の記憶を思い出しながら頭部に手を当てて治癒を施した。

「だからこそ、私には分かるんだよ人志君。君は怪童には及ばない事がね。」

「あぁ…?」

「かつての親友に腕を持っていかれ隻腕という重い身体的ハンデを背負いながらも、君は数々の猛者達を相手に戦い見事勝利してみせた。

君は確かに強くなった…この上なくね。だが、君には致命的な弱点がある…。」

「弱点だと…?」

「今からそれを教えてあげるよ…。」

そう言った後、後藤博文は自信の笑みを浮かべてポケットから胎児のような小さな肉塊を三つ取り出しそれを投げた。

放り投げられた胎児達はあっという間に大人へと成長していき、禍々しい妖怪の姿に変貌した。

「あれは私の時にやったのと同じもの…!!人志、気を付けて!!そいつらは一人一人が大妖怪と同じ強さを持っているわ!!」

後藤博文が創り出した三体の大妖怪との戦闘を経験している陽菜は、人志にその事を伝えた。

「なるほどな…でも、問題ねえ」

人志は炎を身に纏いながら、自信を持って三体の大妖怪に向かっていった。

大妖怪の一体が拳を突きだすも、人志はそれを難なく回避して炎を纏わせた拳を喰らわせ吹っ飛ばした。

だが続く二体の大妖怪が休む暇もなく人志に襲い掛かり、人志は捌こうにも捌き切れずに拳を喰らいビルの壁面に叩きつけられた。

「人志!!」

「まず弱点その① 君は一対一の戦いに慣れすぎている。故に多対一の戦いとなると隻腕というハンデも相まってさっきみたいに簡単に攻撃を貰ってしまうんだよ。」

壁面に叩きつけられ埋まってしまった人志は、自力で抜け出すも三体の大妖怪が容赦なく人志に襲い掛かる。

人志は三体の猛攻に防戦一方を強いられてしまいジワジワと追い詰められていく戦況に、樹と愛菜は黙って見過ごせず加勢に動こうとする。

「駄目だ!あれじゃ人志さんが攻めようにも攻められない!!」

「もう我慢できない!樹、加勢に行くぞ!!」

「手え出すな!!」

「!?」

人志は加勢に動こうとする樹と愛菜にそう言った後、生命エネルギーの雷の性質変化で三体の大妖怪に電流を流し込み麻痺させる。

「雷の性質変化!その手があったか!!」

電流を浴びせて麻痺させ動けなくさせた後、人志はすかさず炎の性質変化で炎の剣を生成し片手に持つ。

「てめえら…邪魔だあ!!」

咆哮を上げながら炎の剣による斬撃で三体の大妖怪を一刀両断し灰すら残さずに燃やし尽くした。

「誰が一対一の戦いに慣れすぎてるって…?次はてめえの番だぞクソ野郎…」

三体の大妖怪を一掃した人志は、後藤博文のもとへと歩を進めていった。

その瞬間、ドクンッと心臓の鼓動が鳴り人志の身体に異変が生じた。

「ガハッ!!」

吐血して地面に片膝をつく人志に、後藤博文は人志の身体に何が起きたのか淡々と説明する。

「連戦に次ぐ連戦、気炎万丈による肉体への反動で体力は既に消耗しきっている…。無理もない…元より君の能力は命の源である生命エネルギーを燃やし創意工夫をするもの…己の命を燃やせば燃やすほど肉体は傷つき寿命はどんどん削られていく…長期戦には不向きな能力…それが君の第二の弱点だ…。」

吐血し苦しみながらも人志は見下している後藤博文に対し啖呵を切り、片膝に拳を叩きつけて奮い立たせる。

「ヘッ…そんな事は分かってるんだよ…一々言われなくたって、俺の至らねえ所は俺自身が一番よく分かってる…けどよ、そんな至らねえばかりの俺でもよ…てめえをぶっ潰す事ぐれえは出来るんだぜ…!!」

ゆっくりと立ち上がった人志は、拳を握り締めてそのまま後藤博文に向かっていった。

吐血しながら打撃を繰り出す人志を見て、陽菜達は痺れを切らした。

「ダメ…もうこれ以上は…!!」

「人志さんはもう限界だ…!!僕達も行きましょう!!」

「おう!!」

痺れを切らした陽菜達は、人志の加勢に向かうべく動き出した。

それを見た後藤博文は、悪意に満ちた笑顔で人志に言った。

「これは丁度いい…君の三つ目の弱点を教えてあげられる絶好の機会だ。」

「何だと…!?」

後藤博文は左人差し指を陽菜に向けて、指先から水鉄砲のように血の塊を飛ばした。

目にも映らぬほどの速さで飛ばされた血の塊は真っ直ぐに陽菜に目掛けて飛んでいき、樹と愛菜は反応出来ずにいた。

「陽菜さん!!」

「陽菜ちゃん!!」

陽菜の方へ振り向く二人。だが時すでに遅しで血の塊は陽菜に直撃したかに思われた。

しかし、人志が陽菜を庇った。咄嗟に雷の性質変化によるスピードで陽菜の前に立ち高速で飛んできた血の塊を片手で受け止めたのである。

だが片手で受け止めた際血しぶきが人志の右目に当たり、人志は右目を失明してしまった。

「人志!!」

「ほう…あの速さに追いつけるとは…音速で飛ばしたつもりなんだがね…」

「人志!!貴方、目が…!!」

「大丈夫だ、陽菜…これくらいどうってことねえ…今更片目失明したところでへこたれるかってんだよ…!!」

片目を失明してもなお、人志は闘志を燃やし後藤博文に立ち向かおうとしていた。

「待って人志!その前に私の力で貴方の目を治すから!!」

「へっ!んなもん必要ねえよ!このまま奴をぶっつ――――――」

刹那、人志の身体に異変が生じた。

動きが完全に停止し、そのまま前のめりに倒れ込んでしまった。

「人志…?」

陽菜と樹と愛菜は、一体何が起きたのか訳が分からずに立ち尽くしていた。

そこに、後藤博文は嗤いながら人志の身に何が起こったのか説明しようとした。

「フフフ…何が起きたのかさっぱり分からないって顔をしているね君達…答えはこれさ」

そう言った後、後藤博文は左手の掌を三人に見せた。

「左手…?」

「怪童の左手の能力を使ったのさ

右手で空間ごと削り取って来た妖怪達の血を、左手で水鉄砲のように勢いよく噴射した…妖怪の血は人間の身体にとってそのまま死に直結するほどの有害物質だからね

もうあとは分かるだろ?彼はもう死んだんだ」

後藤博文から発せられた人志の死。倒れたまま心臓の鼓動も呼吸の音も一切しない人志の遺体。

茫然と立ち尽くす陽菜と樹。だが、愛菜はただ一人人志の死を信用せず人志の遺体に近づき話しかける。

「へ…へへへ…な…何が妖怪の血は有害物質だよ…そんなもんでこいつが死ぬわけないじゃん…

な…なあ人志!お前はこんなもんで倒れるほどやわじゃないだろ!?今までどんな化け物が相手だって勝ってきたじゃんか!なあ!」

愛菜は人志の死を頑なに信じず、声を震わせながらもいつものように勝ち気で明るく振る舞った。

「あ…あたしは騙されないからな!心臓の音さえ聞いちゃえば一発で分かるもんね!ほらドクンドクンって…」

愛菜は前のめりで倒れている人志の死体を仰向けに変えて、胸に耳を当てて心臓の鼓動音を聞こうとした。

死んだなんて嘘っぱちだ…そう思いながら人志の胸に耳を当てた。

だが、音は鳴らなかった。

「ひ…人志…駄目だ…逝くな…人志…」

現実を突きつけられた愛菜は、声を震わせ涙を流しながら叫んだ。

「ウワアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

愛菜が悲痛の叫びを発している最中、後藤博文は邪悪な笑みを浮かべながら言った。

「そう悲しむ必要はないよ…すぐに会えるんだから…

ああそれと、人志君の三つ目の弱点…いわば最大の弱点を言い忘れてしまったね…

君だよ陽菜。君という存在が人志君を奮い立たせる要因であり、重い足枷になってるんだ。

君がいるから彼は死んだんだよ。」

後藤博文は嘲笑いながらそう言い放った。

嘲り笑う後藤博文に対して愛菜は激しい怒りと憎しみをぶつける為に、身体能力を倍以上に強化させて突っ込んで行った。

「よくも…よくも人志を!!殺す!!絶対ぶっ殺してやる!!!」

樹も続く形で、眉間にしわを寄せて睨み付けながら複数の鋭利な木の枝を放った。

人志の仇を討つべく、樹と愛菜は後藤博文に立ち向かう。

だが陽菜は人志を死なせた罪悪感と喪失感に打ちひしがれ、人志の死体にゆっくりと歩み寄った後膝から崩れ落ちた。

「私のせいで…私のせいで…人志が死んだ…私が人志の弱点だった…」

陽菜は虚ろになった人志の顔を涙で濡らして声を震わせながらそう言った後、そばに散らばった窓ガラスの破片を拾った。

そして後悔と自責の念に駆られて精神が乱れてしまった陽菜は、手に持った窓ガラスの破片で自分の頭を刺した。

「死ね…死ね…死ね…!!死ね…!!死ね!!

お前のせいで!!お前のせいで死んだんだぞ!!

死んで詫びろ!!今ここで!!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!死ね!!」

破片が脳に達するほど刺し続けた。死に直結するほどの夥しい血が流れた。

だが皮肉な事に、妖怪の始祖の再生能力が陽菜の死を許さなかった。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

後藤博文の思い通りに事が運び樹と愛菜が苦しい戦いを強いられていた頃、一つの魂が戦場を彷徨っていた。

「…何だ…?俺は今…どうなっているんだ…?」

亡霊は、自分の現状を全く把握出来ずに困惑していた。

困惑しながらも辺りを見渡し、激しい怒りと憎しみに任せて後藤博文に挑む樹と愛菜の姿と、精神が壊れ虚ろになった陽菜の姿と己の果てた肉体を見て、亡霊は状況をやっと飲み込めた。

「樹…愛菜…陽菜…!!

俺は…死んだのか…!!」

状況を把握した人志は、命果ててしまった己の遺体に向かって必死に叫んだ。

「おい!!何寝てんだよ起きねえかこの野郎!!お前が起きなきゃ誰があいつを倒すんだ!!早く起きろ!!」

後藤博文を倒すという使命感を胸に抱きながら、人志は透けた拳で己の遺体を殴って目を覚まさせようとしていた。

「起きろこのクソ野郎!!てめえが死んだせいで樹と愛菜は苦しんでるんだぞ!!てめえが死んだせいで陽菜を悲しませてしまっているんだぞ!!分かったらさっさと起きて戦わねえかコラ!!おい!!!」

だがどんなに殴ってもどんなに叫んでも、抜け殻は抜け殻のままだった。

「…頼む…もう一度起きてくれ…このままじゃ俺は…死んでも死にきれねえんだよ……」

何一つとして打開できない状況を前にして、人志の魂は涙を流し絶望に打ちひしがれていた。

「…駄目だ…もう…どうする事も出来ねえ…すまねえ…陽菜…樹…愛菜…

俺は…無力だ…」

魂が完全に折れた人志は、徐々に幽体が下から消えていくのをただ静かに待っていた。

だがその時、突如人志の背後から冷たい風が吹き始め、冷たい風と共に空間が塗り替えられた。

「な…何だ…!?」

凍えるような冷たい風と共に空間は白銀の世界へと変わり、人志の足下から氷の華が咲き誇った。

そして足下から咲いた氷の華は次第に咲き乱れて、見渡す限りの氷の花畑が出来た。

「何だ…一体何がどうなってるんだ…!?」

突然起こった事象に、人志は驚き困惑していた。

すると、人志の背後から静かな足音が聞こえて来た。

「誰だ!!」

人志は、足音のする方へ振り向いた。

振り向いたその先には、人志がよく知っている一人の少年の姿があった。

「お…お前…!!」

銀色の短い髪、白く透き通る肌、白い着物、そして眼の奥に雪の華を宿した少年。

「凍哉…!!な…何でお前が…!!」

氷華の里でのヒスイとの死闘で死んでいった凍哉と再会した人志は、複雑な感情を胸に抱き愕然としていた。

すると凍哉は、愕然として立ち尽くしている人志の方へゆっくりと歩み寄って話しかけた。

「人志…落ち着いてよく聞くんだ…お前は後藤の手にかかって死んだ…だが、完全に死んだ訳ではない…ほんの微かだがあの時俺が死の間際にお前に託したものが、お前の命を繋ぎ止めたんだ…」

「死の間際に託したもの…?」

凍哉の言葉を聞いた人志は、ヒスイとの戦いに決着を着けた後、死にゆく凍哉に手を握られて何かを託された感覚を思い出した。

「あの時か…!!じゃあ、茜先生と戦った時のあの氷の壁も…!!」

「ああ…」

「お前が…守ってくれていたのか…」

人志は知らず知らずの内に友に助けられていたという事実を知り、胸が熱くなっていた。

だがそれ以上に、人志は後藤博文に不覚を取って死んでしまった自分への自責の念が勝っていた。

「すまねえ…俺のせいで…俺が不覚を取って死んじまったばかりに…陽菜に自分を責めさせるような真似をさせちまった…!!てめえの感情を優先して、樹と愛菜の助力を無碍にしちまった…!!お前との約束も…守れなかった…!!

全部…全部俺のせいだ…!!」

人志は自責の念に駆られ膝から崩れ落ち、地面に拳を何度も叩きつけながら涙を流していた。

それに対し、凍哉は膝をついて人志の涙を指で拭い取って話しかけた。

「俺は…お前に救われた…」

「え…?」

「ヒスイに家族と同胞達を殺され、故郷を炎で燃やされたあの日…俺は激しい怒りと憎しみに呑まれた…。炎は、俺にとって憎しみと恐怖の象徴だった…。

それ以来俺は、憎しみを糧に生き…ただ敵を殺す為だけに戦ってきた…お前に出会うまでは…。

お前と初めて戦った時、お前には怒りや殺意を全く感じなかった…俺と同じように大切な者達を殺された傷みを負っているはずなのに…。

お前に敗れた時、お前の口から聞いたあの言葉を聞いて俺は気付かされた…こいつは、二度と負けない為に戦っているんだと…大切な人を守り通す為に力を磨いているんだと…。

だからどんなに恐ろしい怪物に打ちのめされようとも…どんなに絶望的な状況に陥っても…絶対に負けない為に生命の炎を燃やして喰らいつく…

お前の炎は…俺には眩しく見えた…」

「凍哉…」

「生きろ人志…お前はこんな所で死んでいいような男じゃない

お前は…俺の光だ」

人志の傷付き果てた心を癒すように、凍哉は優しい顔をして言葉を交えた。

その後、凍哉は人志の手を握って立ち上がらせ、潰れた片眼に手を当てた。

潰れた片眼に手を当てられた人志は、ほとばしる程の強大なエネルギーが血流と共に全身を駆け巡り、潰れた片眼が元に戻った。

「さあ行ってこい…友たちがお前の帰りを待っている…」

そして、凍哉は拳を人志の胸に当ててこう言い放った。

「これからは…俺がお前の眼となろう…」

そう言った後、凍哉は舞い散る氷の花びらと共に人志の目の前から姿を消した。

「ありがとう…凍哉…

行ってくる」

凍哉に意志と力を託された人志は、氷の花畑を背に道なき道を前へ前へと進んだ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…と、心臓の鼓動音が響き渡った。

そして、赤き炎と白き冷気が入り混じった凄まじいエネルギーが天を衝き、隻腕の少年は再び立ち上がった。

「人志…!!」

「人志さん!!」

「人志!!」

殺したはずの敵が蘇ってきた出来事に後藤博文は驚くも、それよりももっと信じられない事が後藤博文の目の前に起きた。

「馬鹿な…!!何故…何故君がその眼を…!!」

氷華の一族…ひいては凍哉の最大の能力、雪華の眼が人志の片眼に宿っていた。

「まだ死ぬわけにはいかねえな…てめえをぶっ潰すまではな…」

友から託された意志と眼(ちから)。

生命の炎と雪の華を宿した眼と共に、隻腕の少年は拳を握り締めた。



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