夜を統べる黒き吸血鬼 (夜琥)
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夜を統べる黒き吸血鬼
目の前に広がるのは赤い水溜り。その上に倒れているのはこの世で一番大好きだった”モノたち”
それを理解した瞬間、わたしは目の前が真っ赤になった。狂気の奔流に身を任せて全てを壊した。形あるものも、そうでないものも、無差別に破壊する。
ただ、それでも悲しみを消えることはない。だから暴れた。目が潰されても、手足が千切れても、日光に身が焼かれようとも、朝夕関係なく暴れまわった。それで死んでも良いと思っていた。生きていたところでもうなにもないのだから。だけれど、誰もわたしを殺すことは出来なかった。吸血鬼の弱点である銀でさえも、四肢が千切れて回復し難くなるだけだった。日光を浴びたとしても、身が焼かれように痛いだけ。それも時間が経つに連れて慣れてしまった。
そんな生活に疲れてしまったわたしは、始まりの場所、”月桜館”に戻ってきた。蔦の伸び具合から屋敷をどれだけ空けていたかが分かる。屋敷はそこら中に無数の穴が空いており、かつてのわたしの狂気ぶりが伺える。中に入ると、そこだけ大きな災害があったかのような惨状が広がっていた。探索していると、薄汚れ、亀裂の入った玉座を見つけた。それだけが完全には壊れていなかった。わたしは玉座に腰を落とし、休息の為に目を閉じた。
◇◇◇◇
目を開ける。天井から降り注ぐ月明かりがわたしを照らす。辺りは暗闇に包まれており、虫の鳴き声が響き渡る。わたしは今後どうするかを考えた。これまではただ死ぬまで暴れ続けようと思っていた。だが、誰もわたしを殺すことは叶わなかった。ただ死ぬだけなら自決すればそれで済む話だろう。だけれど、そんな無為な死に方はしたくなかった。どうせ死ぬならこの世界を搔き回したかった。初めはこんなことを考えていたわけではない。一人の人間がわたしに生きる意味を問いを投げかけてきてから、考えるようになった。
そうだ。わたしを殺すことの出来る存在が居ないのならば、わたしが育てあげればいいんだ。そうすればわたしは満足して死ぬ事ができる。わたしは魔術や武術、薬術に加え、この世界に存在するあらゆる学術を貪欲に求めた。幸いにしてわたしは吸血鬼。いくらでも時間はある。
それから一人の人間を連れてきた。その人間はかつてわたしが殺した人間の子供だ。わたしに対する憎しみは並々ならないものがある。わたしはその子にわたしがこれまで身につけた全てを教え込んだ。人間は寿命が短い。わたしの教えを全て身につけるまでに死んでしまっては困る。だから不老の肉体に作り変えた。だが不死にはしなかった。死ぬことが出来ない苦しみはわたし自身がよく知っているから。
◇◇◇◇
そしてとうとうこの時がやってきた。まだまだわたしが教えられることはあるが、この子がそれを望めばすぐに身に付けられるように仕込んである。後は強敵との殺し合いの経験。手加減はしない。それで死んでしまったとしたら、ただの力不足。わたしの見る目がなかったということだ。
この子は強かった。これまでの誰よりも。腕が吹き飛ばされれば、治癒阻害の魔術を組み込み、身体能力を落とすために毒薬を用いたり。あらゆる手段を使ってわたしを封じ込めた。まさに完敗だ。でも、悪い気はしない。不思議と笑みが溢れてくる。狂気に身を任せていた時がバカらしくなるくらいに。
わたしの中には充足感で満たされていた。ああだから、そんな泣き顔を見せないでくれ。これは正真正銘の殺し合い。そんな油断していると殺されてしまう。わたしは最期の、命を削る大技でこの勝負を決めよう。さぁ、本気で来い。さもなくば、これまでの努力が無駄になるぞ。
◇◇◇◇
「あ・・・・あぁぁあぁ・・・・・!」
なんて声を出しやがる。この勝負はお前の勝ちだ。誇るといいさ。これまで誰にも成し遂げられなかった偉業を達成したのだから。わたしの大技は見事に相殺、そのエネルギーを吸収してカウンターを放ってきた。ああ、本当になんて良い日だ。こうして穏やかな気持ちになれるのは何時ぶりだろう。
「うそ・・・うそだ・・・・まだ・・・あ、回復魔法・・・・!」
もうかなり血を流した。いまこうして意識が保てているのが不思議なくらいだ。それに仇を前にしてそれはどうかと思うがな。こんな無駄なことに力を使うものではない。それを言おうとして、口から血が溢れ出てきた。
「まって・・・・まってよ・・・・死なないでよ・・・・まだ・・・・まだ何も返せてないんだよ・・・・」
声が遠く聞こえる。この子がなんて言っているかも、もう分からない。ああ、でもこの子に言わなきゃいけないことがあるんだ。わたしの勝手で、この子の生は狂ってしまった。わたしが関わらなければ幸せになることが出来たのに。
「・・・・・ありが・・・・・・とう・・・」
わたしを殺してくれて。あなたの生がこの先、幸多からんことを。
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