今日もお店はお暇です。 (雪猫)
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001 - 島風とヴァージン・モヒート

「あついー」

 

 ドアベルが小気味良くも開け放たれた扉の向こうに、逆光になりながら立っていたのは、ここ最近でよく来るようになった島風だった。

 

「おや、どうしたんだい」

「てんしゅさーん、おみずちょうだいぃぃ」

 

 ふらふらと寄ってきて、カウンターの椅子に座りこむ。

 どうやら避暑としてここへ来たらしかった。

 

「ちょっと待ってなさい」

 

 厨房に入り、水よりもスポーツドリンクのようなものの方が良いだろうと、冷蔵庫から用意する。ついでに冷たいおしぼりも一緒に。

 

「はいどうぞ」

「ありがとー。うあーおしぼりがきもちいー」

 

 テーブルに突っ伏したままおしぼりで顔を拭う島風。

 なんだかこのまま溶けてスライムにでもなりそうだ。

 

「珍しいねこんな時間に。いつも朝か夕方だったろう?」

「んー、今日はお休みだったから町に遊びに来たんだけどね、すごく暑くて、ふらふら~っと」

「なるほど。熱中症とか気をつけなよ」

「うん。ま、艦娘が熱中症になるのか知らないけどね」

 

 スポーツドリングをぐびぐび飲みながら答える。

 確かに。今まで艦娘が熱中症で倒れたという話は聞いたことが無い。

 

「てんしゅー、ここって一応お店だよね」

「一応というか、れっきとしたお店だけれど」

「いつきても人がいないよね」

「まあ小さいお店だしね」

 

 ここはそんなに大きな店ではない。10人くらい入ればいっぱいになるだろう。年季もそれなりに入っていて、昼間はカフェ、夜はバーとして運営している、自分の城ともいえる場所だ。

 だがまぁ立地が悪いのか何が悪いのか知らないが、日に来る客と言えば、ここらに居を構える鎮守府の艦娘たちくらいなものだった。

 

「まぁ島風はこういうとこ好きだから、このままでいてほしいけどね」

「そうか、なら別にこのままでいいかな。でも島風はもっと騒がしい所の方が好きだと思ってたけど」

 

 鎮守府の元気代表と言えば、やはり島風が旗印だと多くの人が言うだろう。

 しかし、ここにいる島風は、わりと大人しい子であるイメージが強い。

 

「まぁねー。みんなで遊ぶのは好きだけど、たまにはのんびりしたい時ってあるじゃん? そういう時に、ここの、こういう落ち付いたBGMとか、てんしゅの顔とか見るといい感じになるんだよね」

「なんだいい感じって」

 

 でも自分の顔を見て安心してくれると言うのは、なんともこそばゆい感じだ。

 

「嬉しいことを言ってくれる君にはこれをプレゼントだ」

「おっ、なにくれるのー?」

 

 塩を撒いた皿の上でグラスを逆さまにして、縁に塩をつける。そして、グラスにミントと蜂蜜を入れ、少し潰してからサイダーを入れる。そして上からライムを絞って、お手軽ノンアルモヒートの出来上がりだ。

 夏だし、塩もあっていい感じだろう。

 

「はいどーぞ」

「ありがとー! ……ん、あーおいしー! 塩が案外いい感じだね!」

「さっぱりしていいだろう?」

「うん! これカクテルってやつだよね。なんて名前なの?」

 

 え、名前?

 なんだろう……。モヒートのノンアルだからヴァージン・モヒートだけど、グラスの縁に塩をつけるのはソルティ・ドッグだし、でもあれはあれでカクテルの名前だから……?

 

「……しいて言うなら、ソルティ・ヴァージン・モヒート? 違う名前があったら申し訳ないけど」

「そ、そる?」

「ソルティ・ヴァージン・モヒート。そもそもモヒートに塩を入れるパターンがあるから、厳密に言えばソルティってつける意味はないかもしれないけどね」

 

 そもそも思いつきで作ったものだし、カクテルなんて星の数ほど種類があるものだ。ちょっと入れるものを変えただけで名前が変わる、ある意味奥深い世界でもあるが。

 

「へー、いいねなんか、お客様に合わせてカクテルを作ったってことでしょ?」

「んんーそれはどうだろう。さっきも言ったけど、ただ単にモヒートの派生ってだけだから」

「それでも島風に合わせて作ってくれたんでしょ? えへへぇ、ありがとね!」

 

 島風の笑顔が眩しい。きらっきらしてる。

 でもまぁこんな顔してくれるんなら、またこんな時間を作ってあげたいと思ってしまう。これが父性か。

 

「さて、それじゃあそろそろ行くね! お勘定は?」

「ん? いいもの見せてくれたからお勘定はなしでいいよ」

「それじゃ悪いよー」

「カクテルは本業じゃないしね。作ったものだってメニューにもないものだし」

「……じゃあ、また今度来た時に何か考えてくるよ!」

 

 なにかとはなんだろう。でも楽しみにしておこう。

 

「じゃあまた!」

 

 来た時とは打って変わって元気に出ていく島風。やはり島風のイメージは夏の少女だ。元気であってほしいと思う。

 しかし、カクテルか……。来る人に合ったカクテルを提供するというのも面白いかもしれない。

 島風の喜んだ顔をふと思い出し、少し笑みがこぼれる。

 再び静かになった店内には穏やかな音楽が流れ、他にはグラスを拭く音が響いているばかりだった。



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002 - 山城とゴッドファーザー

「あのですね」

「はい」

「最近姉さまが提督と仲が良すぎるんです」

「はい」

「もっと私と仲良くして下さいよ!」

「姉さまが? 提督が?」

「姉さまが」

「はい」

 

 これで素面なのだから恐ろしい。

 

「ああ……不幸だわ……」

 

 いつものセリフに、少し微笑ましくなる。

 ……この艦娘、山城さんはあまり顔を見せない。来ても何か用事があって来るだけで、こうして愚痴を言いに来るのはそうあることではないのだ。

 つまり、相当溜まってたんだろう。ストレスが。

 そうでなければ、こんな夜更けにやってくるはずがないのだ。

 

「その提督と姉さま……扶桑さんは付き合っていたりするのかい?」

「いえ、それは聞いたことありません。付き合ってたら潰します」

 

 何を、とは聞かない。

 

「だとしたら難しいね。山城さんはどうして欲しい?」

「姉さまと2人で暮らしたい」

「……まあそれも1つかな」

 

 そう言うと、山城さんはカウンターに突っ伏してしまった。いつかの島風を思い出す光景だ。仕方ないとはいえ、姉が大好きなこの妹にしたら、大問題なのだろう。

 とはいえ、それを解決出来るほど人生経験豊富ってわけでもないしなぁ。自分に出来るのはこうして話を聞いて、飲み物を出してあげるくらいだ。

 

「どうせここまで来たんだ。何か飲むかい?」

「酒」

「えっ」

 

 反応が速すぎて、逆に聞きとれなかった。いや、まさか。

 

「酒ェ!」

「はい」

 

 聞き間違いじゃなかったか。

 ……さて、聞き間違いじゃなかったのなら、それはそれでなんだけど、何が欲しいのだろう。まさか本当にアルコールが欲しいだけではないだろう。

 

「島風に聞きましたよ、店主。その人に合ったドリンクをくれると。お任せします」

 

 おっと、これは責任重大だ。島風が言いふらすくらいだから、この前のは好評だったんだろう。それは何よりだ。

 さて、それじゃあ簡単なものを作りますか。

 確かこの辺に……あった、ディサローノ・アマレット。それとウイスキーは、まあなんでもいいか。ジョニーウォーカーのブラックラベルにしよう。

 これを、だいたい1:4で入れて、氷を浮かべればできあがり。

 

「はいどーぞ。簡単だけどね」

「……甘い香り……杏仁豆腐みたいですね」

 

 香りがそのままだからさすがに分かるか。

 

「これにはアマレットが入ってるからね。あれは杏のリキュールだから、香りはそのまま杏仁豆腐だよ」

「へぇ、……、うん、甘いわね」

「だろう」

「でもアルコールがきついわ……ソーダで割ってもらえます?」

「ああ。構わないよ」

 

 そのままグラスに移し替え、トニックを入れてステアして返す。

 

「ありがとう。……あ、すっきりする味になったわ」

「そうだろうね。でもそれなりに度数はあるから、あまり飲みすぎないようにね」

「確かに、これは飲みやすいですね」

「ある意味これもレディ・キラーかもねぇ」

 

 店内は落ち着いた音楽が流れ、外はもうすっかり夜の帳が下りた。

 ぼんやりと光る照明が、山城さんの輪郭を曖昧にさせる。

 山城さんは、正直かなり美人だ。自分でそれを理解していないというのと、姉にしか興味がないから見られてどうということを考えないのだろう。だから、美人なのにこういう幼さを見せられると、可愛いに変わる。基本的に美しいと可愛いは並び立つことはないのだが、それをこの女性は意識もせずに成し遂げているという事実に驚くばかりだ。

 

「ところで、なんでこのカクテルなんですか?」

「甘いからね。女性にはいいかなと」

「ああ、なるほどですね」

 

 少しの間、氷とグラスが奏でる音に耳を澄ませていたが、ふと気づいたようにこちらを見た。

 

「このカクテルの名前は?」

「んー、気を悪くしないでほしいんだけど、」

「はい」

「ゴッドファーザー」

「……凄い名前ですね」

 

 ゴッドファーザー。その由来はキリスト教における代夫ではなく、マフィア映画の方だ。

 使われるのは、舞台となったイタリア由来の、アマレットリキュール。

 

「これは映画由来のカクテルだけど、あれは家族愛もテーマにした映画なんだよ」

 

 ここで詳しく説明する気はないが、なかなか面白い映画だ。

 

「山城さんのそれも、家族愛と言えるものだろう。ただ、愛と依存をごちゃごちゃにしてはいけない。愛はお互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることだ」

「大層な言葉ですね。どこからの引用なんですか?」

「サン=テグジュペリという作家の言葉だよ」

 

 星の王子様の作者、と言った方が分かりやすいかもしれない。

 

「これといって、山城さんに含蓄ある言葉は提供できない。自分が提供できるのは足がかりとなりそうなものと、このカクテルくらいのものさ」

 

 今日も店内は静かで、やさしい照明に包まれている。

 少しの間グラスを眺めていた山城さんは、一度ぐるりとグラスを回すと一息に残りのカクテルを飲み干した。

 

「ふぅ、ごちそうさま」

「大丈夫かい?」

「大丈夫ですよ。それより、いい話を聞かせてもらいました。おかげでなにか答えが出そうです」

「さっきも言ったけど、そんな大層なことはしてないよ。山城さんが自分で解決しただけさ」

 

 そういうことにしておきますね。立ち上がった山城さんはほほ笑みとともにそう言い残し、夜の街に消えて行った。

 ふと視線を下げた先のカウンターに、少し多めのお金が置いてあった。

 こちらはただのサービスのつもりだったのに律儀だなぁと思いながらも、少し笑みが浮かぶ。これは、今度来た時になにかサービスしてあげないとなぁ。

 いつもよりちょっとだけ幸せな気持ちにさせてくれた山城さんは、どうやら自分にとっては幸運艦だったようだ。



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003 - 武蔵と獺祭

「いらっしゃい」

 

 今日もドアベルが乾いた音を立てる。

 夜が深くなり、そろそろ店を閉めようかと思っていたところだ。

 

「やあ、久しぶり。まだいけるか?」

「大丈夫だよ。今日はもう閉めようかと思っていたところだけどね」

「ん、そうなのか。日を改めようか?」

「いやいや、せっかくのお客様にそんなことはさせられないさ。ちょっと座って待っててくれ」

 

 そういうと、店を出てOPENの表示をくるりと裏返し、戻ってくる。

 

「なんだ、やはり閉めるのか」

「もうお客さんも来ないだろうし、表向きは閉めておくからゆっくりしていくといい」

「ほう、粋な計らいだな店主」

 

 微笑みだけで応えて、今日のお客と向き合う。

 

「さて、久しぶりだね武蔵さん。今日はどうする?」

「ふむ。島風から聞いた、と言えば伝わるか?」

 

 島風かー。そうなるとあのお客さんに合わせて出すドリンクのことだろうか。

 どれだけ広めたんだあの娘は。少しむずがゆくなり、後ろ頭を搔く。

 

「もしかして武蔵さんもソレかい?」

「まあそれもいいかとも思ったんだが、今日は飲みたいものにするよ」

「ん、それじゃあ注文は?」

 

 にやり、と武蔵さんが笑い、

 

「獺祭で」

 

 そう言った。

 

 ――獺祭(だっさい)

 山口県にある旭酒造から出される日本酒の名前だ。日本で最も有名な日本酒ブランドの一つだと言える。

 獺祭というのは『獺の祭』、つまり『カワウソのお祭り』という意味からきている。カワウソは獲った魚を岸に並べて置く習性があり、それが供物を捧げる儀式のように見えたことから、獺祭という言葉が出来たといわれている。ただ日本酒の獺祭は、蔵のある獺越(おそごえ)と掛けた名前らしい。

 

「獺祭か、いいね。どれにする?」

「んー、じゃあ50で」

「50……は、もう売ってないよ。今は45だね」

「おや、そうなのか。じゃあそれでいいよ」

 

 ……日本酒は米から作る酒だが、その米をどれだけ削るかで価値が変わってくる。その度合いを精米歩合というが、50なら50%削ったもの、30なら70%削ったもの、という意味になる。中心の方が雑味が無く一般的に美味しいとされているため、基本的に精米歩合の数値が下がれば下がるほど値段が高くなり、すっきりと美味しくなる。

 ちなみに獺祭は大きく分けて、45・39・23がある。

 

「ここには獺祭23も置いてあるけど、45でいいのかい?」

「ああ。私はすっきりとしたものより、コクがある方が好きだからな」

 

 というように、割と好みが分かれるのも一つの特徴と言えるだろう。

 ならば、と細長いグラスに入れて目の前に置いてやると、武蔵さんはすこし驚いたような顔をした。

 

「日本酒をグラスで出すのか」

「最近はそういうとこも多いよ。それに獺祭は香りがとてもいいからね。グラスの方がより楽しめるだろう」

 

 武蔵さんはグラスを傾けて香りを楽しむと、少しだけ口に運び、ゆっくりと微笑を浮かべた。

 

「今日はただお酒を楽しみに来ただけかい?」

「ん? それではだめだったか?」

 

 いや、とかぶりを振る。

 

「最近お悩み相談室の様相になっててね。もしかして、と思っただけだ」

「……なるほど、じゃあ私もなにか相談に乗ってもらおうかな」

「……いいけれど、大したことは言えないと思うよ」

 

 そうだなぁ、と武蔵は中空を見つめる。

 大した話はできないから、相談内容も大したものでなければいいのだけれど。

 

「獺祭で思い出したんだが……最近な、……鎮守府内で未確認生物がいたるところで報告されていてな」

「え、恐い話なの?」

「その姿がカワウソに酷似しているんだが、間違いなくカワウソじゃないんだ」

「え、獺祭のカワウソの話からそんな話になるの?」

「一体何なんだあれは」

「聞いてよ」

 

 青い顔でぶつぶつ言っている武蔵もなかなか恐いが、そのカワウソも恐すぎる。UMAってやつじゃないかそれ。

 

「……そのカワウソなんだがな、遭遇した艦娘からの報告によると、ボクカワウソ、と言いながら出現するらしい」

「恐いな」

「恐いだろう?」

「……」

「……」

「……」

「で、相談なんだがこれを解決してくれないか」

「嫌だよ」

 

 なんでボクカワウソと言いながら出現する不思議生物を相手にしなければならないのか。

 

「だよなぁ。どうしよう」

 

 そう言いながら片肘をついていじける武蔵さんはあまり見ないもので、少し笑ってしまった。

 それを見咎めた武蔵さんに文句を言われながら、今日も夜は更けていく。

 

 ちなみに後日、武蔵さんが息せき切って駆け込んできて、また未確認生物が、今度は海上に出たと言った。

 どんな感じのものだと問うたら、少し考え、こう言った。

 

「キリン改二」



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