楽しければいいのさ! (瀬崎禅)
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01 ほんのきっかけ

 僕、タイム・ランパードはホグワーツに通う至って普通の魔法使いだ。母はマグル、父は半純血。ちなみに父方の祖母の一族が純血の家系で、代々レイブンクローに組み分けされていたらしい。父もレイブンクローだった。母はマグルではあるがもしホグワーツに入学していたら間違いなくレイブンクローだったろう。魔法使いの生活には魔法が当たり前のように登場する。それもたくさん。そんな"常識"の違いに夫婦仲を悪くする事例は山ほど聞くが、母のようにむしろ魔法について寛容でひょっとしたらホグワーツの五年生よりも呪文や魔法史について詳しいだなんて話は一切聞かない。元々知識欲がすごかったらしく、それで両親は意気投合し結婚に至ったという。そんな両親の元に生まれ育てられた僕もレイブンクロー…というわけではなく、なぜかグリフィンドールに入ることになった。元々色々なことに寛容だった両親や祖父母たちはそれでも大喜びで「グリフィンドールばんざいパーティ」なんかを開いたりもした。

 血をなにも引き継いでいないように見える僕でも、ランパードなのだとわかることが二つあった。一つは読書好きなこと。祖母の館の書斎は素晴らしく、州立図書館も顔負けの蔵書(おまけにマグルの本も魔法の本もあるし、ホグワーツなら確実に禁書棚行きの本もある!)で、幼かった僕はここから本を持ち出して読むか箒に乗って近所の魔法使いの子供とクィデッチをするか悪戯をするかしか遊びを知らなかった。もう一つは呪文の才があること。これはもう確実だ。それもそのはず、父も祖父も魔法界で呪文の研究や開発を行う仕事をしているのだ。その仕事を幼い頃から間近で見て、直接教わってきた。それに、僕には父から譲り受けた古い呪文の本がある。今の英語と少し文法や単語が違うほど昔の本だが、読めないものではない。なんといっても、内容はそれこそ禁書レベルのものなのだ。もしダンブルドアに見つかりでもしたらその場で燃やされかねない。闇の魔術の租となる恐ろしい呪文やその効果、呪文の開発過程で生まれてしまったぞっとするような呪文と実験結果などがたくさん書かれている。もちろんそれだけでなく五歳の子どもが悪戯に使うような可愛いものもある。行間には父と思われる筆跡のメモが残されていて、僕はそっちの解読も進めた。ホグワーツに入学して一ヶ月の今日で、ちょうど半分まで読み解けたところだ。

 そして僕は今、つまり夜中の十二時に寮を抜け出して必要の部屋へと向かっている。なぜかって? 最強の呪文集──僕は父からもらった呪文の本をそう呼んでいた──に載っていた呪文を、どうしても試したかったから。なにがどうなるかわからない呪文を試すには必要の部屋はちょうどいい。自分以外には誰もいないし、的も敵も用意できる。いくら大きな音を出しても先生たちには気づかれない。最高だ。

 扉が現れるはずの壁の前でいつも通り念じる。危険な呪文の練習ができて、かつ安全な場所……。するとクリーム色の古い壁に、大きな扉が現れる。押し開けて中に入ると天井の高い、大広間のような部屋だった。なるほど。僕は杖を振り椅子と机を出して座った。

 最強の呪文集を開いてピンで留める。今回試す呪文は”イステダゥワ・ワハシュ”と”ファキャート・アルサバーン”の二つ。どちらも内容についてなにも書かれていない。ただ注意書きとして「外国語で開発された呪文のため発音は不正確」「むやみやたらに連発しないこと」とある。僕は一度注意書きを無視して水溶性の泡で顔を包んでそのまま湖に入ったことがある。もちろん泡はすぐに溶け僕は母に救出された。その経験から、どんなにばかばかしくても、どんなに不必要だと思われても絶対に注意書きには従うようにしていた。

「イステダゥワ・ワハシュ…ファキャート・アルサバーン…」

 その場で発音の練習をして立つ。打撃系の呪文かどうかすらわからないため、今回は的の用意もしない。かわりに足元にクッションを敷き詰めておいた。倒れても大丈夫なようにだ。

 深呼吸をして、杖の振り方を頭に描く。それから息を整えて唱えた。

「イステダゥワ・ワハシュ」

 風も吹かない。ただ天井の高い部屋に、僕の声が響いただけだ。なにも起こらなかった。苛立ちと不安を抑え込みながら待っても、ただ悠長に時を刻む時計の音が聞こえるだけだった。もう一度唱えて試してみたかったが、呪文集の注意書きは絶対だ。日をあけてまた試すことにする。机の上の呪文集に羽ペンで「また今度」と殴り書きした。

 ふぅ、と息を吐いて次の呪文を頭に思い描く。今度こそなにか起こってくれと願いながら杖を構えた。

「ファキャート・アルサバーン」

 ポン、ポポポポ。杖の先からファンシーな音を立てて飛び出たのはカラフルなしゃぼん玉だった。ミルキーパープルにミルキースカイ、半透明の黄色のもの。大小様々なしゃぼん玉が次々に飛び出しては消えていく。正直に言うと、拍子抜けした。なんと可愛らしいも可愛らしい呪文だことで。皮肉ったらしくつぶやきながら、いたずら用の呪文への応用方法を考えていた。

 結局、今回わざわざ夜中に寮を抜け出して試した呪文は僕にとってはほぼ無意味だった、というわけだ。カラフルしゃぼんの呪いは兄弟がいる者か新米ママパパにでも教えよう。

 必要の部屋から出て、息を殺して移動する。部屋は人数の関係でありがたいことに一人部屋になっている。だから、多分僕が寮から抜け出したことはばれていない。あとはここから誰にも会わずに寮まで戻るだけだ。

 廊下を早足で歩いているとき、フィルチとは違う足音が近づいてくるのが聞こえた。もう少しで寮なのに! 慌てて近くの抜け道に飛び込んで、様子を伺っているとどうやらただ事ではないらしい。

「ハグリットを!」

 マクゴナガル先生が誰かに指示を出した。おそらく指示を出されたであろう誰かが去っていく足音と入れ替えに、また誰かが歩いてきた。ゆったりとして、それなのに焦っているような不思議な足音だ。

「どうしますか? 生徒たちを起こして?」

 マクゴナガル先生だ。これに答えるのは──

「いいや、起こさなくともよかろう。ハグリッドを呼んで保護させて、それから職員会議をせねばならんのう……もう少しでぶどうパイを食べられる夢じゃったのだが」

 なんと、ダンブルドア校長先生だった。それにしても保護、とは。誰の保護だろうか? ハグリッドが必要とされているとなればむしろ鳥獣か? 思考を巡らせているうちに二人の先生はどこかに行ってしまったようだった。顔だけを出して誰もいないのを確認してすぐに寮に戻った。

 あれはなんだったのだろう。そんなことを考えていたがベッドの温もりに包まれるとすぐに眠りに落ちてしまった。

 

「遅刻だ!」

 ゆっくりと起床をして、窓の外を見てからの一言。一人しかいない自室の窓からは、ハッフルパフの女子生徒がマダム・フーチに箒の飛行術を習っている風景が見えた。しかしまだ太陽は低い位置にある。ということは一時間目が始まってからすぐだろう。まだ間に合う。飛び起きて今までにない速さで着替えを進める。セーターを着てネクタイを首に巻くところでカレンダーが目に入った。九月……今日は土曜日だ。土曜日。……休みである。

「遅刻じゃなかった!」

 なあんだ、とベッドにダイブする。ベッドサイドに放り出していた杖を手に取り適当に弄んでいた。

 そういえば先程自分は飛行術の指導を受けるハッフルパフ生を見たのではないか。クィディッチ選手ならいざ知らず、土曜日に先生から個人的に補習を受けるとは。それも飛行術で、だ。飛行術の授業は二年生までの必修科目で、在学中はもちろん卒業後も趣味や移動手段としてポピュラーなものである。そして比較的簡単だ。マグルうまれの者は苦手な場合が多いと聞くが、あのハッフルパフもそうなのだろうか。起き上がってもう一度外を見る。あーあ、ようやく上がった箒を今度は受け止めきれないでいる。あの様子なら一年生だろう。同級生とはいえ全員は知らないのだしハッフルパフにも魔法が極端な子がいたんだなぁ、とぼんやり考えた。僕は真逆だからなぁ…と考えているうちに十月も間近の秋の日差しに眠りに落ちてしまった。

 ドンドンと乱暴に扉を叩く音で目が覚める。日は高く上り時計も十二時すぎをさしている。

「もうなんだよ。誰だい?」

「フレッド」

「ジョージ」

 そっくりの声が二つ重なる。なるほど、あの双子か。

 シャツの上にパーカーを着て出る。危うく双子にぶつかるところだった。

「やぁタイム」

「おはようタイム」

「実は俺ら、君に似たようなものを感じていてね」

 ジョージの言葉に苦笑する。悪戯好きのことだろう。僕は目立ちたいだけだけれど、この双子はそこにエンターテイメント性を見出す。正直彼らのほうがよっぽどカリスマ的だ。

「それで、まぁ応援をしようと思って」

「応援? それだけ?」

 僕の言ったことを理解したのかフレッドが片眉を上げて笑う。

「来週の日曜、新作の発表をするんだろ? 俺らに手伝えることはないな」

「いいや、あるよ」

 僕がそう告げると二人ともにやっと笑った。

 僕の説明した作戦は至って簡単で単純明快。僕の新作発表を他寮に宣伝してほしい、そのために他寮の談話室に忍び込んでポスターを貼ってほしいというもの。二人は意外にもあっさりと頷いた。

 双子の宣伝効果は絶大だった。まずスリザリンの一年生の僕に対する態度が柔らかくなった。それからグリフィンドールの先輩たちからもこっそりと応援を受けた。パーシーからはきつく叱られたけれど。

 そうやってひっそりと校内中の注目を集めながら一週間はあっという間に過ぎた。特に今日、土曜日は朝から質問攻めにあったりで大変だった。実はポスターにはちょっとした呪文がかけられていて、今日になるまではある特定の時間帯にしか文字を写し出さないようになっていた。それが今日、朝から色々な人が読めるようになり大騒ぎになってしまっていたのだ。

「楽しみにしてるわ!」

「あぁ、ありがとう」

「ど派手にやってくれよ」

「うーん、頑張る」

 青いローブも遠慮がちに肩を叩いてきた。嬉しいけれど、正直ここまでになってしまうとまた別のことを心配しなければいけなくなってくる。

「ランパード?」

 顔を上げるとマクゴナガル先生が片眉を釣り上げて立っていた。



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