このすばらしきアギト候補生に祝福を! (***)
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壱章 始まりの街、アクセル
断章 螺旋の果てに待つもの


螺旋の中で輪は廻る。

光の中の煌めきは、廻り巡り煌めきを増す。

しかし小さな螺旋はいつしか崩れながら輝きを戻し、大きな螺旋の輪となって再び廻り続ける。



 

 

 

 オリエンスと呼ばれるこの世界では、太古の昔より戦争が繰り返されてきた。

 人に大いなる力をもたらすクリスタルを巡り、争っていたのだ。

 

 

 西方の国、白虎が持つクリスタルは機械なる物を生み出し、それを動かす力を。

 

 

 東方の国、蒼龍が持つクリスタルは世界に蔓延るモンスターを使役する力を。

 

 

 北方の国、玄武が持つクリスタルは人の体を強靭に作り変える力を。

 

 

 南方の国、朱雀が持つクリスタルは人が魔法というものを使えるようにする力を。

 

 

 オリエンスはこの四つの国に分かれ、それぞれが自国の持つクリスタルの力を利用して争ってきた。

 

『全てのクリスタルを保有することが出来れば、世界を制覇出来る』

 各国の支配者は、そんな野望の為に、1000年にも亘る戦争に明け暮れてきた。

 

 

 

 朱雀の首都(ペリシティリウム)、魔導院に所属する青年、マキナ・クナギリはそんな世界で生きてきた。

 いずれ訪れるフィニス(終末)から世界を救うアギト(救世主)を目指す、と喧伝されているアギト候補生として。その中でも優秀な者が集まる0組(クラスゼロ)の一員として。

 

 

 

 強靭な肉体を用いる玄武との戦いに勝利した。

 

 

 魔物を使役する蒼龍との戦いに勝利した。

 

 

 機械を操る白虎との戦いに勝利した。

 

 

 なのに──

 

 

 

 

(何が……いけなかったんだ……? どうすれば……良かったんだ……)

 

 

 マキナの辺りには()()()()()()()()()()()()()、しかし服装を見るに同じ0組に所属してたであろうアギト候補生の亡骸が転がっている。

 オリエンスではごく一般的な現象、死の忘却。人々が思い出に逃げこまないように死者の記憶を消去する、クリスタルの慈悲。

 

(俺は何も失いたく無かった……大切な人を守りたかった……!)

 

 朱雀が三国に勝利し、世界を統一した直後に何の前触れもなく訪れたフィニス。それと同時に出現したルルサスの戦士なる怪物。そしてそれを率いる審判者。

 

(もう……何も思い出せない……)

 

 何とか仲間と共に審判者を倒したマキナ。しかしそのために払った代償はあまりにも大きかった。

 

 ルルサスの戦士からの侵略を食い止めるため死んでいった朱雀の魔導士(軍人)

 

 敵の本拠地である「万魔殿」にいき、審判者を倒そうとした0組含めたアギト候補生達。

 

 

 多くの人と協力し、共に戦った。そのはずなのに何も思い出せないと言うことは、もう皆死んでしまったのだろう。

 その事実に打ちひしがれ、呆然としていると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……不可視世界の扉が開いた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 急にそんな声が聞こえてきた。はっと顔を上げると、魔導院の魔法局局長にして0組を作り上げた、アレシア・アルラシアが立っていた。

 

「貴方がアギトになった、と言う事なのかしら。……長かったわね。九十一億五千八百ニ十三万七千四百八十六巡も繰り返すなんて。そう思わない、マキナ・クナギリ」

 

 

 誰に対しても冷酷な態度を続ける彼女が、喜びの感情らしき物を含めた声で聞いてくる。

 

 

 何故彼女がここにいるのか。アギトになった、とはどういう事なのか。アギト候補生というのはあくまでもその様な存在を目指し日々戦うという、一種のプロパガンダではなかったのか。繰り返す、とはどういう意味なのか。

 次々と疑問を思い浮かべるとそれを読み取ったかのように答えてくる。

 

「この世界は無限に廻る螺旋の様に、幾度となく繰り返されてきたのよ。アギトを誕生させるため、私が作り上げたオリエンスという舞台は」

 

「な……に……?」

 

 耳を疑うマキナの前で、彼女は言葉を続ける。

 

「それぞれの巡の歴史は違ったけど、結末はいつも同じだった。フィニスによって世界が滅ぶ。それを私はずっと見続けてきたの」

 

 その言葉を聞いた瞬間、マキナの脳裏に記憶が流れ込んでくる。今生の記憶でなく、何度も繰り返してきた、過去の巡の記憶が。

 

 

 

 ──ある巡では2組(クラスセカンド)に所属し、他の候補生と共に審判者に立ち向かい

 

 ──ある巡では白虎のルシとして戦い抜き、自らの手で大切な人を殺め

 

 ──ある巡では戦場で力尽き、ノーウィンタグ(認識票)が回収される事も無く忘れ去られた存在となった。

 

 

 果てしない螺旋の中で繰り返されてきた、死の記憶。その全てが瞬時に蘇り、マキナは言葉を失った。

 

「そしてようやくアギトが誕生した」

 

「アギト……?」

 

 彼女の語る真実を何とか受け止め、なんとか口を開くマキナ。

 

「そう、アギト。オリエンスという繰り返す世界で鍛え上げられた存在。世界が統一されると訪れるフィニスの刻を乗り越える事のできる存在。そして──」

 

 

「不可視世界の扉を開き、そこにいる神を殺す事のできる存在。私の……私達『神』の目的を成し遂げることのできる存在」

 

 

 彼女から語られた、アギトという存在。そして、1000年にも亘る戦争に明け暮れて来た本当の理由。つまり──

 

「俺達は……そのアギトになる為に……戦争を続けていたのか……?!」

 

 

「ええ。クリスタルという存在を与え、人間が争うよう仕向けるのは簡単なことだったわ。まあ、争わせて鍛え上げても、さっき言った通り結末はいつも同じだったわ。フィニスの刻を乗り越えられる存在はいなかった」

 

 だけど、と言葉を区切る。

 

 

「ようやくフィニスの刻を乗り越えられる存在が誕生した。マキナ・クナギリ。貴方のことよ」

 

 アギト? 俺が? 神の目的を成し遂げられる存在? 

 

「ふざけるな! 俺達は、アンタの駒になる為に生きてきた訳じゃない!」

 

 叫ぶ。辺りを見渡す。もう名前を思い出せないアギト候補生の亡骸が転がっている。だけど、確かに憶えている。朱雀が世界を統一し、平和になった後の世界で何がしたいか、語り合った日々を。夢を語り合った日々を。

 

 そんな世界を目指し、戦ってきた筈なのに──

 

「うおおおおおおおおおお!」

 

 気がついたら、武器──ボルトレイピアを握りしめ、切りかかっていた。そんな運命を認めない。認めたくない。

 

「……哀れね」

 

 しかし武器が当たる瞬間、まるで巨人にでも取り押さえられたかの様な力がマキナを襲う。

 

「ぐっ…………!」

 

 万魔殿の大理石で出来た床に押さえつけられるマキナ。あまりの威力に意識を失いそうになる。

 

「アギト、マキナ・クナギリ。不可視世界へと渡り──」

 

 体が痛む。それでも、立ち上がろうとし、ふと腕を見ると謎の紋章が浮かび上がっている。

 

「不可視世界の神を殺してきなさい」

 

 腕に浮かび上がった紋章を気にせず、何とか立ち上がったマキナ。しかしその瞬間、凄まじい勢いで後方へ引っ張られ──

 

「うわあああああああああ!」

 

 

 ──とうとう意識を失う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なあ、俺達と同じ奴が来たみたいだぜ」

 

 ──野営地で男と女が会話する。ここはアレシアの言う不可視世界とは全く異なるある世界。

 

「うん……。だけど私達とは少し違う気がする……」

 

 人々が争い続けるわけでも無く、面白可笑しく毎日を過ごす。そんな世界。

 

 

「……俺達みたいな棄てられた『座』じゃ無いってことか」

 

「そうみたい……」

 

「そんじゃ、どんな奴だかその面拝みにいきますか」

 

 そう言って二人が立ち上がろうとすると──

 

「…………きゃ!」

 何かに躓いたのか、女が声を上げる。

 

「大丈夫か、ティス」

 

 女──ティスは男の手を借りながら立ち上がる。

 

「うん……大丈夫だよ、ジョーカー」

 

 男──ジョーカーはティスを立ち上がらせると、そこから撤収するため、手早く荷物を纏める。この世界に来た自分達と同じで、しかし少し違う者に会うために。

 

 

 




そして、新たな輪が生まれ落ちる。螺旋より零れ落ちた歯車を加えて。

新たな輪は廻り始める。それは悲しき輪か、微笑みの輪か、それとも……。



無名の書 最終節


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消えゆく者の灯火に

風花雪月やってたら遅れました


 魔導院の中庭、その一角に存在する墓地にマキナは立っていた。何時からここに居たのだろうか。どうしてここにいるのだろうか。

 

 

「──誰もここに埋められている人の事は覚えてないんだろ? どうして、わざわざ石碑を造るんだ?」

 

 ふと、何時かの0組の誰かが放った言葉が何処からか聞こえてくる。

 

「この世界で生きてる以上、私達は亡くなった人のことは忘れてしまう。だから、お墓を作る意味は無いのかも知れない」

 

 

「でもせめて、親しかった人達の事は石碑を残してでも覚えておきたいんだ。その人達が平和のために戦い、生きた証として」

 

 

 また何処からか声が聞こえてくる。そう答えたのは一体誰だっただろうか。何とか頭を働かせるも思い出す事が出来ない。

 

 

「だから──―」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから、燃えるゴミ(入信書)をポストに入れるのは止めろっつってんだろ!」

 

 

 男の怒声によって目を覚ます。ふらつきながらも辺りを見渡せばそこは魔導院の墓地では無く、見たことの無い街並みが広がっていた。

 

(さっきのは夢か……。ところでここは一体……オレは確か……)

 

 どうして見知らぬ街に立っているのか。少しずつ記憶の糸を辿っていくマキナ。

 

(そうだ、確か不可視世界とかいう所に飛ばされたんだったな……)

 

 さらに見渡すと先程聞こえてきた怒声を放っている男の姿と、青を基調とする服を着ている男が言い争いをしている光景が映ってきた。

 

「な、なんて事を言いますか!これはアクシズ教に入信できる上、アクア様の素晴らしい加護を得られるという超激レアアイテムなのですよ!」

 

「町のゴミ箱に溢れてるモンが超激レアアイテムな訳あるか!」

 

 やいのやいのと騒ぎ合ってる二人。そして騒ぎが聞こえるやいなや、その周辺から離れてく通行人。誰も二人を止めようとする素振りを見せないどころか、あまり関わりたくないのか足早に去っていく。

 

(止めるべき……なのか?)

 

 普通に考えたら誰かが仲裁に入るか、駐在している軍人でも呼ぶべきなのだろうが辺りの反応を見るに、自分も同じくその場を離れるべきなのか迷うマキナ。

 

「あー!もうイイです!私みたいな心清らかで徳を積んでて人間として成熟している私が、薄汚くて乞食で童貞で粗チ●野郎で心の狭い奴を相手にした私がバカでした! カー、ペッ!」

「テメエぶち殺すぞおおおおおお!」

 

 二度目の男の怒声が響き渡る。そしてそれを言われた男はサボテンダーもかくやと、凄まじい速さで逃げ去っていく。その後怒声を放った男はようやく災害が過ぎ去ったと言わんばかりの素振りをし、ごく自然に自らの日常へと戻っていく。

 これがこの世界では当たり前の事なのだろうか。マキナは困惑しながらも、とりあえず今自分が置かれている状況を一旦纏めるため、そしてここがどんな街かを知るため街の散策を始める。

 

 

 

 

 

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 この街──アクセルを言葉で表すなら、平和。ただその一言に尽きるだろう。先程みたいな争いはあるものの、少なくともオリエンスの様に人種間に存在する溝の様なものは感じられなかった。

 玄武の人間みたく強靭な肉体を持つ者もいれば蒼龍の人間みたく小柄な者も存在する。はたまた長身で耳の長い、オリエンスには存在しない人種の者もいた。そしてその誰もがいがみ合う事無く、違いを認め合い過ごしている。

 

 この世界の平和さは散策の途中に見つけた、誰もが利用可能な図書館の中で今まさに読んでいる歴史書からもそれは伺うことが出来た。人同士、小競り合いをすることはあれど戦争をするほどの大きな争いは殆ど起こらないらしい。他にも図書館で様々な本を読んでいるといくつか目を引く事が書かれていた。

 その中の一つが魔法についての記述だ。この世界ではクリスタルから力を与えられなくても『冒険者カード』なる物と『スキルポイント』なる物があり、なおかつ才能さえあ大体の魔法は使うことができるようになるとのこと。

 それともう一つ、ニホンジンなる異世界から来る人間が存在するらしい。何でもそのニホンジン全員が例外なく『転生特典』なる力を持っているとのこと。と言うことはそのニホンジンなる人間は自分と同じく、アレシアの様な神によって誕生させられたアギトなのだろうか?

 また言語はオリエンスのそれとは違かったが本の文字などは普通に読むことが出来た。アギトになったからだろうか。そう思い図書館を後にすると──

 

 

 

 

 

「よお!アンタこの街じゃ見ない顔だけど、冒険者になりに来た新入りか?」

 

 後ろから剣を装備した、恐らくマキナと同じ位の年齢だと思われる男から声を掛けられる。

 

 冒険者とは、冒険者ギルドという所に所属しそのギルドに掲載されている依頼をこなし金銭を得る者の事だ。勿論違うので否定する。

「いや、オレは別に冒険者になり来たわけじゃない。オレは……」

 何と答えるか迷うマキナ。異世界から飛ばされてきた、と答えても通用するだろうか。

「……ほーう。訳ありって奴か」

 間違っても無いのでそうだ、と短く答える。すると辺りをきょろきょろと確認し誰も居ないことを確かめると、

 

「……なあ、俺の頼みを聞いてくれないか?」

 

「……は?」

 てっきりどうして答えられないか聞かれると思い身構えていたが、実際は名前も知らぬ男から唐突に頼み事をされるマキナ。

「頼む!このとおりだ!この街の人間には頼めない事なんだ!勿論礼もする!」

「あ、ああ……」

 今にも土下座せんとする男の勢いに押され、依頼を了解してしまう。

「本当か?!いやーこの街って小せえからなかなか余所から人が入ってこないし、街の人には頼めないしで困ってた所なんだよなー!」

「……なんで街の人に頼まないんだ?」

「頼みたいところなんだがよ、オレが依頼を出したってことを街の人間にバレねえ様にしたいんだ。バレたらぜってえ皆からかってくるからな」

「……そんなに秘密にしておきたい依頼なのか?」

「あったりまえよ!これが皆にバレたら……うう……」

 急に泣き出しそうになる男。

「わ、分かった分かった。オレに出来る限りのことなら何でも協力するよ」

「助かるぜ!俺は剣士のエンラだ!」

 調子のイイヤツだな、と苦笑しながらも自分の名前を答える。

「オレはマキナ、マキナ・クナギリだ」

 

 

 

 

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 酒場が併設された、冒険者ギルドなる場所にたどり着くマキナ。料理を運ぶウェイター、依頼を受けようとする冒険者、その依頼について詳細な説明をするギルドの職員等多くの人で賑わいを見せている。

 

(さて、目的の人は……)

 

 そんな中、マキナは先程エンラから依頼された内容を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

「……つまり、街の人にばれずに受付嬢のルナって人とエンラがデート出来るように手引しろって事か?」

「違う違う!デートじゃ無くて単に会って話がしたいだけで──―」

 

 あーだこーだと話を聞かされるマキナ。秘密にしておきたい依頼の中身とは自分がルナをデートに誘う姿を街の人に見られるのが恥ずかしいので、エンラの代わりに上手いこと誘って来てくれというものだった。

 

「全く……そんなこと位わざわざ他所の人間に頼まなくても自分でなんとかできるだろ?」

「何とか出来たら苦労しねえよ!!!」

 魂の叫びを上げるエンラ。本人の弁によると顔を見つめるだけで動悸がするため誘う以前に会うことが出来ないらしい。

「そもそも、エンラ。アンタが恋愛なんてしても心の傷を負うだけだから止めといたほうが賢明だと思うぞ」

「俺がモテないとでも言いたいのかよ?!その通りだけども!」

「いやそうじゃなくてだな……」

 

 ──アギト候補生は学生という身分である。しかし日々増す戦乱の激しさにより学徒出陣が行われ、戦場に立つ兵士でもあった。当然学生同士、恋愛といった交流をする余裕なんてものは無い。

 また戦場に立つと言うことは日々命の危険に晒されるという事を意味する。明日には死んでしまい誰からも忘れ去られる存在となるかもしれない可能性を常に纏ってる候補生は、そもそも大切な存在を作らないのが普通なのだ。

 

 この世界ではオリエンスとは違い死の忘却は起こらないらしいが、だからこそだろう。先程剣士と名乗ったエンラはどう見ても戦い慣れてる様には見えない。オリエンスの各地で現れる害獣、レッサークァールを一匹殺せるかすら怪しい。

 もしルナという人物と上手いこと良好な関係が築けたとしても冒険者である以上、明日も生きているという保証は無い筈だ。自分と親しい関係の人間が亡くなったと知ればそのルナという人物はどう思うだろうか。死者が自分の記憶の中に居座られる恐怖は案外大きいものなのだ。マキナのような言葉が出るのもむべなるかな。

 そんなマキナの考えを露知らず、自分がモテないと遠回しに言われたと憤るエンラ。

 

 

 

 

「と!に!か!く!何としてでもルナさんに二人っきりで会えるよう手筈を整えてくれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで冒険者ギルドにやってきたマキナ。とりあえず、エンラから教えてもらった情報を元にルナを探してみるマキナだったが、何処を見渡してみてもそれに一致する人物を見つけることが出来ない。

 受付の奥にでもいるのだろうか。そう思い受付の方へ進もうとすると、マキナの足に何かを引っかけようとする輩がいることに気付く。

「ヒヒ、冒険者ギルドにようこそ新入り……チッ!」

 気付いている以上、当然そんなものに引っかかる訳などない。そのまま無視して奥へ進もうとすると──

 

「オイ、なに無視してんだよ!」

 

 椅子から立ち上がる金髪の男。何かおかしなことでもしたのだろうか。もしかしたら引っかからなければ無作法である、というようなマナーでもあるのかも知れない。図書館で冒険者ギルドについてもっと読み込むべきだったか。そう思い後悔しているマキナに金髪の男は引っかからなかったせいなのか、それとも酒を飲んでたせいなのか顔を赤くして近づいてくる。

 

「ちょっとダスト!なに喧嘩ふっかけてんの!ごめんなさい、この人最近アクシズ教の人に美人局にあっちゃって……」

「あの人にメロメロだったもんな〜ダスト」

「うるせえぞリーン、キース!俺はなあ、ただ新入りに冒険者ギルドの何たるかを教えようとしてんだよ!」

 

 ダストと呼ばれた男の顔をよく見ると涙の跡が残っている。どうやらただ憂さ晴らしがしたかっただけらしい。酒場には人が集まる事が宿命付けられていると同時に面倒な酔っぱらいが存在する事も宿命付けられているのだろうか。そんな酔っぱらいにわざわざ反応する理由もない。そう思い無視を決め込むマキナだったが、

 

「……なあ、そこを通してくれないか」

 ダストは一緒にいたリーン、キースの声に反応しながらもちゃっかりマキナの進む方向へ立ち塞がっていた。

「ヤなこった!どいて欲しけりゃ一発俺に殴らせろ!」

「ダストサイテー」

「流石に無いわ〜」

「だからうるせえぞ!リーン、キース!」

 新入りに冒険者ギルドの何たるかを教えるとは何だったのか。最早ただのいびりだ。

 

「どうせコイツは、本当の命のやり取りってヤツを知らないでやって来た──」

 

 罵倒とも挑発ともとれる発言をするダスト。そんな物は無視して、ダストが立ち塞がっている道を迂回して受付へと向かうマキナ。ダストの様な言葉は敵から何度も浴びせられた事があるので特段何かを感じるわけでもない。酒の酔いが本格的にまわりだしたのか、迂回している事に気が付かず口を動かすダスト。

 

「──そもそも最近の新入りは気概って奴が足んねえんだよ!どうせ今まで間抜け面でモンスターと戦った事のないクソ見てえな仲間とチャンバラごっこしかして来なかった──」

 

 

「アンタに何が判る」

 

 

 仲間への侮辱を聞いた瞬間、手に出現させたボルトレイピアを目にも止まらぬ速さでダストの喉元に突きつけるマキナ。

「な、何だよ……まさかこの俺様とやるつもりかあ?!」

 辺りに剣呑な雰囲気が漂う。それを察した酒場にいた冒険者達は次々と二人の周りに近づいてくる。

 

「なんだなんだ喧嘩か?」

「あの新入り、ダストの挑発に乗らなきゃいいものを……」

「お前どっちに賭ける?」

「ダスト以外ねえだろ!」

「やれーやっちまえダストー!」

 

 数分も経たぬ内に集まった野次馬に囲まれるマキナとダスト。そのまま膠着状態が続き、いよいよ周りからの物騒な掛け声が最高潮に達したその時。

 

「何やってんだい!ここでの喧嘩は罰金(ペナルティ)だよ!」

 

 ギルド職員の声が響き渡る。

「……チッ、命拾いしたな」

 そのまま同行者を置いてギルドから出ていくダスト。

「もうダスト!ちゃんと一言くらい──ああ、もうどっか行っちゃった……。あの、本当にごめんなさい。アイツ気に入らない事があるとすぐ、新入りにあんな感じで当たっちゃうの」

「しかもついこの間まで惚れ込んでた相手がまさかのアクシズ教で美人局だって気付いて大泣きした後だったからな〜」

 申し訳無さそうに話かけてくるリーンと、先程と変わらず軽い調子で話かけてくるキース。

 

「……別に、アンタが謝らなくてもいいよ。先に手を出したのは俺だし」

「ありがとう。そう言ってくれると助かるな。アイツあんな性格してるから、毎日大変で大変で……」

「アンタも色々苦労してるんだな……」

 性格に難がある人間が起こす問題の尻拭いが大変なのはどこも同じらしい。

「そういや、さっきの武器はどこにいったんだ?いつの間にか無くなってるけど」

「ん?邪魔だから魔法で仕舞ってるだけだぞ?」

 こんなふうに、と武器を出現させたり消滅させたりするマキナ。

「そんな感じに出し入れ出来るんだ〜……いや納得しかけたけどなに当然の事みたいに言ってんの?!」

「おいリーン、あんな魔法あるならクエストに行くとき俺達にも使ってくれよな〜」

「俺達に「も」って何よ!幾ら魔法でも普通にあんな事出来ないからね?!」

「チッ!使えねえなこのペチャパイ!……つうかさっきの動きといい、アンタもしかして別の街から来た凄腕な冒険者だったりとかするのか?」

 どうやらこの世界では魔法による武器の出し入れはイレギュラーな事らしい。オリエンスでは魔力が優れていないアギト候補生でも使える初歩的な魔法であるというのに。

 新たに知ったこの世界の常識に戸惑いながら、ペチャパイと言う発言に怒ったリーンにボコボコにされてるキースに答える。

「いや、オレは冒険者じゃ無いよ。ここにはルナって人に用があって来たんだ」

 それを聞いたリーンはキースを殴る手を止めてマキナに答える。

「ルナさん? ルナさんなら──」

 

 

「ルナ嬢の依頼、達成してきたぞ。……キースに何があった」

 

 

 そう言い二人のいるテーブルに座る、重厚そうな鎧と盾を装備した大柄な男。

「あ、お帰りテイラー。ナニモナカッタヨ」

 リーンの無言の圧に押されてか、テイラーと呼ばれた男は無残な姿のキースについて深く追求することなくそうか、と簡単に流し興味をマキナに向ける。

 

「……街じゃ見ない顔だが新入りか?」

「別に冒険者になりに来た訳じゃ無いけど、まあそうだな。オレはマキナ、マキナ・クナギリだ。よろしくな」

 そう自分の名前を名乗るマキナ。それを聞いたテイラー達も同じく名乗る。

「俺はクルセイダーのテイラーだ。よろしくな」

「紹介が遅れちゃったけど私はウィザードのリーン!ヨロシクね!」

「クソ、この物理ウィザード……俺はアーチャーのキースだ。以後よろしく」

 

 

 その後、どこ出身だとか趣味はなんだ、自分の経歴等と根掘り葉掘り聞かれたマキナ。それは単純に興味があるというだけでなく、冒険者になりに来たわけではないと話したせいだろう。この街は小さいため新しく人が入ってくる事は珍しく、それこそ来るのは冒険者になりに来た新入り位だ、とはテイラーの弁。

 因みに出身について聞かれたときは、遠い異国に住んでいたが追放されたためあちこちを放浪してここにたどり着いたと言っておいた。別に間違ってはない。

 

 そんなマキナの自己紹介もそこそこに、先程起きた事をテイラーに話すリーンとキース。それを聞いたテイラーはマキナに謝罪する。

「ウチの仲間がアンタに迷惑をかけたようだな。本当に申し訳無い」

「別にいいよ、もうリーンが代わりに謝ってくれたし。それよりルナって人がどこにいるか、知ってたら教えてくれないか」

 自己紹介をしている際に受付の奥を覗いてみたものの、そこに居たのは酒場で提供する料理を作るコックしかいなかった。

 

「ルナさんは何でも調子が悪いとかで最近来てないんだよね〜。それで動けないルナさんが出した、身の回りの世話をやってくれっていう依頼をテイラーがこなしている間にダストが酒を飲みたいって駄々こねるからここにいたんだよね〜」

 

(最近来てないのを知らずにエンラはオレに頼んで来たのか……)

 目を合わせると動悸がするとか言っていたからギルドでも会わないようにしていたのかも知れない。しかしどうしたものか。ギルドに居ると思っているエンラは何処にルナがいるか知らないだろう。マキナが困った様子でいるのを察してかテイラーは口を開く。

「ルナ嬢に何か用があんのか?よかったら何処に住んでるのか教えてやるが」

「教えてくれるのは有り難いが簡単にそんな事教えて大丈夫なのか?」

 

 テイラーは先程ルナの身の回りの世話をしていたと言っていたがそれは依頼を出したからであり、そしてその依頼を受ける冒険者と言う立場だったからだ。ただの一般人でしかないマキナにそう教えていい物では無い筈だ。

 そう思っていたマキナだったがテイラーは苦笑しながら口を開く。

「大丈夫さ。仲間が侮辱される事に怒る様な奴が、そう悪事に手を出す訳がねえからな」

 そういってここからルナの家までの地図を書き渡してくれるテイラー。

「ありがとう、テイラー」

 感謝の言葉を伝え、取り敢えずエンラに会ってこれからどうするのか聞く事にするマキナ。そうして冒険者ギルドを出ようとすると、

「「「ようこそ、駆け出しの街アクセルへ!!!」」」

 酒場にいる人達全員からそんな声が掛けられる。新入りである、ただそれだけのマキナに全員が声をかけるという事に暖かさを感じながら冒険者ギルドを後にする。

 

 

 ここは始まりの街、アクセル。駆け出し達が集まる街。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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