狩人の頂 (ばるむんく)
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最前線(フロンティア)

MHFもサービス終了してしまったので、何かしらの形で私の記憶に残しておきたいと思い、この小説を書き始めました。

以前書いて、消してしまったフロンティアの小説から設定をそのまま引っ張って来ているのでもしかしたら、何処かで見たことがある、という人もいるかもしれません。

時系列としてはシーズン10ぐらいからスタートになっています。
私はG6から始めたので、実際の過去とは少し違う部分も多々あると思います。




「大型竜の捕獲個体が通るぞ! 道を開けてくれ!」

 

 タンジア──それは貿易商人ならば誰もが一度は行きたいと夢見る港である。扱われる物資の量は周辺地方では随一であり、訪れる商人や船員、釣り人、そしてモンスターを狩る数多くのハンターたちによって活気に満ち溢れている場所である。四方八方を海に囲まれた港に存在するタンジアギルドを中心に形成されているこの港町は、かつて伝説の黒龍を打ち倒すために拠点として使われたことが始まりであるとされる。現在はその圧倒的なまでの活気故に「船乗りのオアシス」とも呼ばれていた。

 そんなタンジアの港にはかなりの規模のハンターズギルドが存在している為に、竜の生態研究所も併設されている。故にハンターが捕獲したモンスターたちが運び込まれることも多いのだが、モンスターの大きさによっては大通りを進める以外に研究所に運ぶ術がない故に、人で溢れているタンジアの大通りが真っ二つに割れることも稀に見ることができる。最も、そこまで大きな個体が捕獲されることの方が珍しいことではあるが。

 

「あれは……何のモンスターなんだ?」

「さぁ? 私たち下位ハンターに狩猟が許可されてないのは確実ね」

 

 当然タンジアの大通りには行商人や船乗り以外にもハンターが歩いているのだが、こうして下位ハンターが自分では狩ることもできない大型モンスターを身近に感じることができる貴重な機会にも恵まれているので、かなりの人がモンスターの輸送は注目を集める一種の祭りの様な物である。

 

「お、()()()じゃないか! そいつは?」

「んー? あぁ、ブラキディオスだよ」

「新種の? 通りで見たこと無い訳だ」

 

 モンスターを運んでいる荷車に座っていた男に気付いた何人かのハンターが、名前を呼びながら手を振っていた。愛用のスラッシュアックスの刃毀れを確認していたジークは、名前を呼ばれた方向へと視線を向けていた。

 

「これが、ブラキディオスか……」

「こ、こんな姿をしてるのか」

「コイツが最近火山で暴れてアグナコトルを倒したっていう……おっかねぇな」

 

 ジークと他のハンターたちの会話から、周囲の行商人や下位、上位ハンターたちが運ばれている、最近火山で発見された『砕竜ブラキディオス』の捕獲個体を見つめていた。まだ発見されてからそれほど時間が経っていないが故に、その希少性に大通りの全員が視線を向けている中、ジークはブラキXの頭防具を横に置いたまま荷車から降りた。

 生態研究所から大慌てで飛び出してきた所員たちは、まるで子供の様に目を輝かせながらブラキディオスの甲殻を見つめていた。

 

「お待ちしてましたよジーク君! これが、G級個体のブラキディオスですね!」

「あぁ。俺は何度か会ったことがあったが、G級個体を捕獲したのは初めてだったな」

「はい! この日をずっと待ち望んでいたのです!」

 

 捕獲されたG級個体のブラキディオスという途轍もないほどに珍しいサンプルを前にして、興奮した様子の研究員に少しばかり引きながら、ジークはブラキディオスを研究所へと引き渡した。

 

「ジーク、明日あたり暇か?」

「いや、マスターに呼ばれてんだ。もしかしたら緊急の依頼かもしれないから、また後にしてくれ」

「へいへーい」

 

 また新たに現れたハンターたちに声をかけられたジークは、簡単に返しながらギルドマスターの待つ集会場に向かって歩き始めた。

 

 


 

 

「おう、よく来たなジーク」

「また昼間から飲んでんのか……エリナに吹き飛ばされても知らないからな?」

「まぁそう言うな」

 

 シー・タンジニャで飲んだくれているギルドマスターの姿に、ジークはため息を吐きながら適当な腹ごしらえの為に料理を頼んだ。大銅鑼を叩くことに対して並々ならぬ想いを持っているエリナに、以前酔った勢いで受付嬢であるキャシーに絡んで吹き飛ばされた過去があるギルドマスターは、ジークの言葉に苦笑しながらタンジアビールを豪快に飲んだ。

 

「ぷはぁ……」

「それで、俺に話ってなんだよ。また何かの依頼か?」

「依頼に近いと言えば近いな」

 

 妙に歯切れの悪いことを言うギルドマスターを、ジークは訝し気に眺めながら出されたタンジア鍋をつついていた。普段から酔っぱらってはセクハラしたり、ハンターに絡んだりしているギルドマスターの真面目な姿など、ジークはG級昇格試験の話をされた時と、煉黒龍撃退戦の時にしか見たことが無かった。だからこそ、それに並ぶ話を今から聞かされるのだと理解したジークは、タンジア鍋をつついていた箸を置いた。

 

「お前に、良いものをやろうと思ってな」

「良いもの?」

「あぁ。一部のハンターからしたら喉から手が出るほどのものだ」

 

 良いものと言われても、ジークはモンスターの素材以外に対する物欲が薄く、金を貰ったところで装備の新調や整備にしか使わないほどの徹底っぷりである。

 神妙な顔のまま内側の胸ポケットからギルドマスターが取り出した物は、一通の手紙だった。

 

「これは?」

「ドンドルマへの推薦状じゃ」

「……俺はドンドルマに行くつもりはないぞ?」

 

 世界の中心とも言っていい場所であるドンドルマには、当然タンジアに出回るクエストよりも危険度の高いクエストがあることは、ジークも理解していた。ドンドルマには最高峰のハンターたちが集い、大規模な街として機能していることも。それでも、ジークはタンジアを離れるつもりなど微塵もなかった。

 

「俺は別にここで生まれた訳でもないし、ハンターの頂を目指してみたいとも思っている。だからといって今いる仲間と別れてドンドルマのハンターになる気はない」

「アホ……それは大老殿に御座す大長老へと推薦する手紙じゃ。そして、内容はお前をドンドルマへと推薦するものではない」

 

 ドンドルマを統治する大長老へと宛てた物でありながら、ドンドルマへと送り出す手紙ではないと聞き、ジークは一層怪しそうにギルドマスターを見た。

 ギルドマスターは相も変わらず似合わない真面目な顔をしたままタンジア鍋を食しながらタンジアビールを一口飲んだ。

 

「それは、お前を()()()()()()()()()()()()()()()

「──何?」

 

 真剣な顔でジークを見ながら言うギルドマスターの言葉に、ジークは一瞬息を止めた。驚愕に目を見開かれたジークを、ギルドマスターはそれでも真摯に見つめていた。

 

「メゼ、ポルタ……ハンターの最高峰の?」

「そうじゃ。この大陸からドンドルマがある大陸を挟んで更に向こう側の大陸……フォンロン地方に存在するハンターズギルド」

「ハンターの最前線(フロンティア)、か」

「やはり知っておったか」

「当たり前だろ。ハンターの間では伝説とまでされる場所だぞ」

 

 メゼポルタとは、フォンロン地方に存在するバテュバトム樹海の北方に位置する地名であり、現在はメゼポルタギルドが中心となってドンドルマから完全に独立してクエストを捌いている場所である。何故メゼポルタが開拓地と言われたり、伝説とまでされているかと言うと、その危険性にあるからだった。

 

「メゼポルタと言えば、技術が途轍もない勢いで発展して、今では世界で最も技術力の進んだ場所とまで言われている所だろ?」

「あぁ……問題は、メゼポルタに回っているクエストの危険度。ドンドルマにいる世界最高峰のハンターたちと言われるギルドナイトですら討伐できないモンスターの依頼が出回る地。更にはその技術力の高さから、前人未到の自然へと分け入りながら進み、新種モンスターの発見を任されることも多い。故に最前線──当然メゼポルタに所属するハンターの強さは……ギルドナイトなど並ではないほどだ」

 

 普通に狩りをすれば古龍種すらも狩ることができる集団であるギルドナイトですら手に負えない、G級としてすら認定することが許されない危険なモンスターを狩ることのできるハンターが集団で所属するギルド。それがメゼポルタだった。

 

「最近だと文献にも載っていなかった新種()()()()()()()()()を発見し、討伐したのだってメゼポルタだった……そんな場所で俺が通用すると思うのか?」

 

 大巌龍ラヴィエンテは、その体長を正確に測ることすらできないほどの巨体を持ちながら、メゼポルタ近海に海底火山の噴火と共に現れた正にこの世の災厄。その存在をハンター三十二人がかりで討伐した話は、大陸一つを挟んだ遠くタンジアにまで届いていた。

 ジークの腕前は、はっきりと言ってしまえばタンジア最強だった。それ故に伝説の存在である煉黒龍の撃退戦でも最前線で戦っていたのだ。そんなジークですら、ハンターの最前線であるメゼポルタで戦えるかと言われたら誰もが首を捻るだろう。

 

「恐らく、良くてメゼポルタの上位ハンターってところだろうな」

「……だったら俺が行く必要なんて」

「じゃが、一年もメゼポルタでハンターをしておればお前はきっと最前線を走っていると確信しておる」

 

 まるで子供の成長を期待する父親の様な優しい光を瞳に浮かべながら見つめる姿に、ジークは戸惑うように視線を逸らした。

 

「今すぐに行けとは言わん。じゃが、お前さんはこんな狭い大陸で腐らせるには勿体なさすぎる」

「腐らせるって……まぁ、ハンターの頂を目指したくない訳ではないが……」

「なーにをうだうだ言ってんだよ!」

 

 ギルドマスターの言葉にいつまでも渋るような言葉ばかりを並べるジークは、いきなり背中を思い切り叩かれた。突然に何が起きたのかイマイチ理解できていななかったジークは、背後にいるであろう自分を叩いた人間の顔を見るために振り向くと、そこには数人のハンターが立っていた。

 

「え、何でお前ら……」

「シー・タンジニャで話してれば周囲には聞こえるもんだろ?」

「それを想定してギルドマスターはここで喋っているに決まっているでしょう……」

「ま、ちょっと早かったせいで話の腰を折った気がするが」

「気にするなマスター! タンジアビール後で奢るからよ」

 

 ジークが駆けだしだったころから交流のあるハンターや、G級になってから繋がりができたベテランのハンター。まだまだ新人で危なっかしくてついつい手伝ってしまったハンターや、共に死線をくぐり抜けてきたハンターもいた。

 

「お前がいなくなるのは寂しいけどな、それ以上にお前が活躍するのを期待してるんだよ」

「そもそも、貴方が黒龍を撃退した時からどんな形でも私たちよりも先のステージに進むことは予感していました」

 

 角竜ディアブロスの装備に身を包んだ屈強そうなハンターに思い切り肩を叩かれ、桜火竜リオレイア亜種の装備に身を包んだ清楚な女性に苦笑されながらも、ジークは全員にメゼポルタへと行くことを祝福されていた。

 

「でも、俺は……」

「……じゃあこうしよう。向こうで実力が通じなかったら帰ってくるといい。その時は、わしの目が狂っていたってことにしておく」

「そんなことない! アンタの目が間違っていることなんて──」

「だったら、お前がそれを証明して来てくれ」

「──……」

 

 朗らかに笑いながら言うギルドマスターに、ジークは言葉も出なかった。ここまでギルドマスターに信頼されて、同僚とも言えるハンターたちに祝福されて、タンジアでハンターを続けることが果たして本当に恩返しになるのか。そんな愚問、ジークは聞くまでもないと言わんばかりに目を閉じてから覚悟を決めた。

 

「分かったよ。アンタの目に狂いは無いって、証明してやる」

「そうかそうか……なら、祭りだ!」

「おぉ! ギルドマスター主催の祭りだぞ!」

「騒げ! 飲め呑め!」

 

 自らで踏み出す覚悟を決めたジークは、ギルドマスターの手に握られていた手紙を手に取った。次の瞬間に始まったギルドマスター主催の祭りは夜通し行われ、多くのハンターや船乗りがジークの門出を祝った。

 翌日、タンジアからメゼポルタへと向かうことになったジークは、別れを惜しむ仲間たちとギルドマスターたちに笑顔で手を振りながらシュレイド地方へと向かう船に乗り込んだ。いつか必ず、メゼポルタで得た名声を手にギルドマスターへと会いに行くことを誓って。

 

 


 

 

 メゼポルタが存在するフォンロン地方に行くには、タンジアの港が存在する大陸からはドンドルマの存在する巨大な大陸を横断する必要があった。

 タンジアから船で大陸へと向かったジークは、シュレイド地方に存在する最大の街ミナガルデを一つ目の中継地点とし、そのままシルトン丘陵の横を通り抜けて大陸中心に存在するドンドルマへと向かった。

 ドンドルマの大長老へとタンジアギルドマスターからの手紙を見せると、ドンドルマハンターズギルドがすぐにアプトノス二頭による荷車と護衛のハンターを用意し、それに乗ってジークは大陸東へと進んだ。ゴルドラ地方と北エルデ地方の合間を縫って大型モンスターに出会わないように荷車を進めながら、ジークはテロス密林から再び船によってフォンロン地方を目指した。

 

「結局……結構時間かかったな……特にゴルドラ地方がでかすぎる……」

 

 ジークは結局生まれた大陸から一度も出たことが無かったので、あそこまで広大な大陸を見たことが無かった。元々いた大陸ではどこまで大きくても所詮は砂の海であり、砂上船で適当に移動できてしまう以上あまり広大に感じることが無かったのだ。

 

「それで、ここを真っ直ぐ歩いて行けばメゼポルタハンターズギルドが取り仕切るメゼポルタ広場と、その周辺の露店が見えるっと」

 

 テロス密林からフォンロン地方まで送ってくれた船長に貰った地図を見ながら、ジークは鬱蒼と生い茂る樹海の中で舗装された道を歩いていた。装備も全てタンジアに置いてきたジークは、普段着のまま樹海を歩くことに少しばかり危機感を抱いていたが、偶にすれ違う行商人たちの様子を見てこの道にはモンスターが殆ど出没しないのだと理解した。

 

「おぉ……ドンドルマから大陸一つ離れているはずなのに、それなりには活気があるんだな」

 

 森が開けた先にひろがっていたメゼポルタの光景を見て、感心したようにジークは周囲を見渡していた。

 民家と思えるものが極端に少なく、どちらかと言うと商業の為に訪れた行商人たちが宿泊する為に建てられている様なものばかりであり、人間の営みの中心からは離れているのだと理解できる。立地の問題なのか、かなりの頻度で古龍種だったり他の大型モンスターだったりがメゼポルタへと向けてやってくることがあるので、人が定住しないのは当たり前のことだが。

 メゼポルタは危険も多く人が住むにはあまり適さない場所ではあるが、世界最高のハンターたちが揃う地であり、未開拓地への調査も多い故に、商業がとても盛んな場所である。

 

「人が滅茶苦茶多いって訳ではないが……職人が多いな」

 

 武器職人やら大工やらが沢山歩いている大通りを、ジークは真っ直ぐにメゼポルタ広場へと向かって歩いていた。

 しばらく歩けば人通りが少なくなっていくのと同時に、見たことも無い素材でできた装備を纏ったハンターなどが歩いている姿も見え始め、遂にメゼポルタハンターズギルドへとやってきたことを実感し始めてジークは緊張していた。

 人通りが完全にハンターメインになったところで、大きな装飾によって飾り付けられている入り口が見えていた。丁度人通りが多い昼間についたジークは、階段を上がってハンターたちが歩いているのを上から見ているだけで満足しそうな気持になっていた。

 

「こんにちは、メゼポルタ広場へようこそ」

「え……あ、すいません。前ばかり見ていて気が付きませんでした」

「ふふ、丁度柱の陰になっていますからね」

 

 ぼーっとハンターたちを眺めているジークは、横からいきなり声をかけられて肩を震わせてそちらへと振り返った。紫色を基調とした独特な服装をしている女性を見て、瞬間的にハンターズギルドの関係者なのだとジークは悟っていた。

 

「申し遅れました。私、広場の入り口で案内人をしています、エフィーと申します。分からないことがあったら何でも聞いてくださいね」

「は、はい」

 

 どうして何処の受付嬢も奇抜な格好をしているのだろう、と思いながらもエフィーの言葉に頷いたジークは、視界の端からこちらに向かって歩いてくる筋肉質な男が見えていた。その男性の姿を見て、エフィーはくすりと笑みを浮かべている。

 

「ようこそ、メゼポルタ広場へ。私は新人ハンターの研修の様なものを行っている教官だ。エフィー嬢、後は任せてもらっても?」

「はい。教官もお好きですね」

「まぁ、現役を引退した私の楽しみではあるな。マスターとも話し合って決めたことだ」

 

 エフィーと親しそうに話している筋肉質な年寄りな男は、どうやら新人ハンターに自分から声をかけてはハンターの心得を教えているらしい。どうやら正式な職員な訳ではないようだが、ギルドマスターの許可を得てハンターたちの世話をしている。現役時代はさぞ勇敢なハンターだったのだろうと推察できるほどの風格が漂っていた。

 

「では改めて、ようこそメゼポルタ広場へ。私のことは教官とでも呼んでくれたまえ」

「分かりました教官。俺の名前はジークです。それにしても、よく初めて来たってわかりましたね」

「はは、伊達にメゼポルタに住んでいる訳ではない。初めてここを訪れたハンターたちは、皆ここから広場を眺めているものだ」

 

 かなり豪快な性格なのか、大きな声で笑いながらも優しく語りかけるように喋る姿は、正しく教官の姿と言えるだろう。

 

「研修、と言ってもメゼポルタからハンターになるものは少ない。君も、佇まいを見ればわかるが……かなりやり手のようだ」

「はは……恐縮です」

 

 実際、ジークはどんなにリラックスしている時でもある程度の物事には反射できるほどには自然に調和している。その姿は、ハンターの名の通り自然に生きる『狩人』と言えるものだった。そんなジークの雰囲気を読み取った教官は、久しぶりに楽しみな新人が現れたことに期待していた。

 

「まずはギルドマスターへ挨拶と行こうか。取り敢えずはハンターIDを貰っておかないとな」

「ハンターID、ですか?」

「まぁ、個人証明と住所の為に存在する番号とでも思ってもらえばいい。メゼポルタは来るもの拒まず去る者追わず、の精神なのでな」

 

 暗に来るハンターもいるが、活躍できずにそのまま帰ってしまうハンターも多いと言われていると気が付いたジークは、改めて自分が狩りの最前線にやってきたことを理解した。

 

「ここメゼポルタで出回るクエストには勿論簡単な物もある。樹海へのちょっとした御遣いだったり、近場のテロス密林へ行ってファンゴを退治したり、とかな」

「やっぱり、近隣住民との関係は大事ですからね」

 

 近隣住民に目を向けないことにはまず始まらないのは何処のギルドでも同じことである。そもそも近隣の安全すら守れないハンターズギルドなど実力としても存在する価値など無いことは明白である。そんなハンターズギルドだが、メゼポルタ広場はそこまで近隣住民に目を向けている訳ではない。第一に、メゼポルタ広場周辺に危険なモンスターがあまり生息していないこと。第二に、メゼポルタ周辺地域はバトュバトム樹海の様に大きな背の植物に囲まれている以上人が住みにくいこと。第三に、そもそもドンドルマから遠く離れたフォンロン地方には商人以外が滅多に寄り付かないこと。故にメゼポルタハンターズギルドは近隣住民にそこまで気を配る必要もない。

 

「簡単な依頼だけではないのがこのメゼポルタなんだがな。ここメゼポルタがハンターの最前線(フロンティア)と呼ばれる理由は君も知っているだろう?」

「……はい。未開拓地への探索に加えて、通常のハンターが接触するのが極めて危険だと判断された新種のモンスターの調査や討伐。繁殖期に増えすぎたモンスターを減らす役割などを持っているのが、メゼポルタのハンターたち……新天地とも呼ばれる理由は一部の凄腕ハンターたちが行う未開拓地の探索が有名だからですね」

「そうだ」

 

 メゼポルタに生きるハンターの多くは、開拓済みの地にてモンスターを討伐することが多い。そこだけを見るとドンドルマだけでいいと思われてしまうが、問題は未開拓地の調査と新種モンスターの調査である。人が訪れたことも無い自然へ立ち入ることもある為、ハンターの最前線と呼ばれると同時に、人類の新天地とも呼ばれる。

 

「未開拓地への調査は勿論下位ハンターも上位ハンターも行うことが多い。凄腕ハンターと呼ばれる者たちは数が少ないからな。だが……新種のモンスターは何をしてくるか分からない。命を落とすハンターも少なくは、ない」

 

 メゼポルタがハンターたちの最高峰と言われながらも、強さを目指して向かうハンターが少ない理由は、単に生存率の問題だった。メゼポルタのハンターはいつだって死と隣り合わせでクエストに挑んでいる。それは通常のハンターも同じだが、その圧倒的なまでの生存率がハンターという職業がここまで大陸中に浸透している理由でもある。通常のハンターであれば生存率など気にせずに狩猟をできるだろうが、最前線と呼ばれるメゼポルタではそんな甘いことは言っていられないのが現状である。

 

「いずれ知ることなのではっきりと言っておくが……調査に出て一人も帰って来なかった、なんてことは良くあることだ。君も気を付けるといい」

「……」

 

 ハンターとはそう言う職業なのだ。メゼポルタに限ったことではないが、最前線で調査に向かうハンターに待ち受けているのは厳しい環境であったり、危険なモンスターであったりする。それでもハンターになろうとする者が後を絶えないのは、それだけハンターという職業が色々な面で魅力的だからなのだろう。

 

「辛気臭い話は置いておいて……ジーク、君は何処から来たのかね?」

「タンジアの港から来ました」

「ほう、タンジアとな。向こうの大陸から人が来るのは珍しいな……大陸一つ横断するのはさぞや疲れただろう」

「大変でしたね……ギルドマスターがドンドルマに推薦状を書いてなかったらどうなっていたことやら」

 

 実際、推薦状を書いてもらっていなかったらそもそもメゼポルタに来ていないということは置いておいても、歩いて大陸を横断しようとすれば当然一月以上は歩くことになるだろう。

 

「ギルドマスターからの直々の推薦でやってきたのだな」

「まぁ、そうですね。一応G級ハンターを名乗らせて貰っていましたから」

「ほう! 大陸にも一握りしか存在しないG級ハンターとはな。中々の逸材じゃあないか」

 

 ドンドルマを拠点にして動く多くのハンターたちの夢。それが、G級ハンターであった。ギルドナイトとはまた違った方向で狩人として完璧とまで言えるほどの実力を身に着けたハンターの最強格。通常のハンターを歯牙にもかけないほどの個体が現れた時に依頼が回ってくるというG級クエストを受けることが許される唯一の存在、それがG級ハンターである。教官の言葉通り、G級ハンターとして名乗ることができるハンターは、大陸でも一握りしか存在しない。

 

「その年でG級ハンターを名乗れるとは、さぞや大きな功績を残したに違いあるまい」

「そりゃあ……驕りじゃないですけど、一応G級ハンターとしての誇りはありますよ。でもメゼポルタで通用するかと言われたら、あまり自信ないんですけど」

「はははは! 心配するな。外でG級ハンターと名乗っていた者がメゼポルタで大成しなかったことを、吾輩は見たことが無いからな。やはりG級ハンターというのは、どんな環境でも実力を発揮するものなのだろうな」

 

 教官はジークの言葉を聞いて豪快に笑いながら、メゼポルタ広場の中心へと向かって歩いていた。

 

「マスター、新入りだ」

「ん? この時期に新入りか……いや、そろそろ繁殖期も終わり、温暖期も近い。いい時期と言えばいい時期じゃの」

 

 タンジアギルドマスターとどちらが小さいかと比べてしまいたくなるほど、小柄な老人に教官は声をかけていた。手元に持っていた本から目を上げたギルドマスターは、ジークの顔を数秒見つめてから朗らかな笑みを浮かべた。

 

「良い目をしておる……何処から来た」

「た、タンジアです。ジークと言います」

「ほうほう……タンジアから、とな。メゼポルタに来るハンターが年々減っておる中、遠路はるばるよく来たのう。ここでのハンター生活は他の場所とちと違うものになるだろうが……一人前になることを祈っておるよ」

「はい!」

 

 見た目からして、幾年もギルドマスターをやっていることは明確だった。故に、幾人もの新人がその才能を開花させずに帰らぬ人となった報告を聞いたことがあるのだろう。

 ギルドマスターの言う通り、メゼポルタを訪れるハンターは年々減っている傾向にある。理由は当然、危険度が年々更に高くなっているからだ。未発見だったモンスターが発見されるまでは構わないが、そのモンスターが特別危険とあっては常人ならば近寄ることすら忌避するだろう。故に開拓者としてやっていけないと自分で判断してメゼポルタを訪れるハンターが減っているのだ。

 そんな中で大陸一つを挟んで更に向こう側からわざわざやってきたとあっては、ギルドマスターも期待せざるを得ないと言ったところだろう。

 

「では、ハンターIDを発行しよう。と言っても、ただの数字の羅列じゃ。気にすることは無いがな」

「一応、その数字の羅列が君の部屋番号の様な扱いにもなるから、親しくなった者とはどんどん交換していくといい」

「わかりました」

 

 部屋番号と言われてもなんのことかはまだ理解できていないジークだが、そのうち分かるだろうと適当なことを考えながらもそのハンターIDを受け取った。

 

「ふむ。ではこれより君は正式なメゼポルタのハンターとなる。期待しているぞ、ジークよ」

「はい」

「よし、では私と一度狩りに出かけるとしよう」

「わ、わかりました」

 

 ハンターになる為の資格試験までの間に、教官と呼ばれるハンターにみっちりと叩き込まれた三年前よりも以前の研修時代を思い出しながら、ジークは教官の言葉に頷いた。

 

「では私はクエストの手続きをしてこよう。ジークはそこら辺のハンターとでも雑談しててくれ」

「はい……え?」

 

 そこら辺のハンターと雑談をしていろ、と言われてもジークにとって周囲のハンターたちは皆顔すら知らない人ばかりである。ハンターとして活動して幾ばくかの時が経ってから言われるならまだしも、新人としてやってきてすぐのハンターに言うことではないだろう。

 

「え、何々新人君?」

「君、って言うほど若い訳じゃないみたいだよ」

「いや、一応18なんですけどね」

「じゃあ大人びてるんだな」

 

 教官の言葉に反応した周囲のハンターが、ここぞとばかりにやってきてはジークを頭のてっぺんから足のつま先まで見ていた。いきなり数人のハンターに囲まれて話題にされる経験など無いジークは、つい年齢に関して反応すれば更に気に入ったとばかりに頷きながら先輩ハンターたちは楽しそうに頷いていた。

 

「ジークはこちらに来たばかりじゃ。あまり困らせるなよ」

「へー来たばっかりの頃は私もそれくらいの年齢だったかな」

「鯖読み過ぎだろ」

「何ですって!?」

 

 若そうな女性ハンターの言葉に反応するように、いかつい顔をした男性ハンターが呟けば、更にそれに反応して女性ハンターが反応して追いかけ回し始めた。いきなりの展開にジークは、困惑しながら周囲を見ていると、優しそうな顔をして近づいてくる男が見えた。

 

「まぁ、これから色々あると思うがよろしくな。俺の名前はネルバ、一応猟団の団長をやっている者だ」

「は、はい。ジークと言います」

「お、早速新人勧誘とは万年人不足の猟団は違うなー」

「万年って言うほど長い間猟団まだやってないだろ! と言うかお前はその人不足猟団の副団長だろうが!」

 

 猟団という言葉に聞き覚えの無いジークは、ネルバと名乗った男と副団長と言われた男のやり取りを苦笑しながら見ていることしかできなかった。

 

「ほうほう、随分と仲良くなれたな」

「仲良くなれた、と言えるんですかね……」

「会話すれば仲良くなったと言ってもいいだろう。顔も知らぬハンターたちと協力して生きていくことが求められる場所だからな」

「……よくよく考えればすごい場所ですよね」

 

 未だに騒いでいるハンターたちを見て、ジークは苦笑しながらもその居心地の良さを肌で感じていた。

 

「まぁ、ここまで雰囲気がいいことは最近では少なくなってしまったがな……」

「え?」

 

 何処か懐かしむような目で騒いでいるハンターたちを見ている教官の呟きを聞いていたジークは、疑問に思いながらもその悲しそうな顔を見て追及することもできずに黙ってしまった。

 

「よし、では早速一つクエストに行くとするか。幸い、テロス密林でイャンクックを狩ってほしいとの依頼があったのでな。イャンクックならば初心者の腕試しには丁度いいだろう」

「い、いゃんくっく、ですか?」

「……そう言えば新大陸の方にはいない、という話だったな。そこら辺も移動中に全て話してしまおう。行くぞ」

「は、はい!」

 

 突然聞いたことも無いモンスターの名前を出されて、ジークは目を点滅させていたが、初心者の腕試しには丁度いい、という言葉を聞いてそれほど大きくないモンスターなのだろうと理解していた。

 メゼポルタ広場から更に進んで荷車を待たせている方向へと一人で向かって行く教官の後を追うようにして、ジークは狩りへと赴くことになった。




MHFの用語とかの説明が多くなるので、どうしても文字数が嵩みますね。



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怪鳥(イャンクック)

 書くのが遅くて申し訳ないです


 メゼポルタから荷車によってフォンロン地方最大の港へと向かったジークと教官は、そのまま船に乗り込んでテロス密林へと向かっていた。

 

「それ、メゼポルタのハンターに支給されるルーキー装備だ」

「おわっ……結構いい材質なんですね」

「そのぐらいの装備など、メゼポルタではちょっと金を払えば買える」

 

 教官から投げ渡されたルーキー装備に触れた瞬間、柔らかさの中に感じる確かな防御性能を実感して、ジークは感嘆の息を漏らしていた。

 

「今から向かうのがテロス密林――まぁ密林と呼ばれる場所だ」

「メゼポルタに来る途中で寄りましたよ……と言うか、俺メゼポルタに来たばかりなのにすぐに密林に帰るって……」

「ハンターは移動が多いのは知っているだろう? 特に、メゼポルタがあるフォンロン地方で出回るクエストも基本はドンドルマを中心にした大陸になるから、あの港はハンターである限り使い続けることになると思え」

 

 フォンロン地方に位置するメゼポルタにあるクエストでも、結局は大陸を中心にして依頼がある以上フォンロン地方から出ないで済むのはバテュバトム樹海と古塔の調査程度だろう。

 

「基本はフォンロン地方南部に広がるバテュバトム樹海、大陸東部に位置するテロス密林、ゴルドラ地方北部に位置するフラヒヤ山脈、アルコリス地方に位置するシルクォーレの森とシルトン丘陵、ドンドルマ付近に広がるクルプティオス湿地帯、エルデ地方に位置するラティオ活火山、そして大陸西南部に位置するセクメーア砂漠。これらがドンドルマで扱われる大まかなクエストの行先だ」

 

 それぞれ樹海、密林、雪山、森丘、沼地、火山、砂漠と略称が付けられている場所は、大型のモンスターが跋扈する危険地帯である。やむを得ない場合以外は、ハンターですら避ける程モンスターの遭遇率が高いのが特徴の広大な自然地帯。それがドンドルマが管轄とする狩猟場である。

 

「それに加えて、メゼポルタ北部にある先史時代の遺跡である古塔にはドンドルマ管轄のハンターも立ち入ることが許されているが、それ以外にもメゼポルタで活動するハンターのみに立ち入ることが許可されている場所も幾つかある」

 

 ここまでは、ドンドルマで管轄される大陸の大勢のハンターが立ち入ること許されている狩猟場である。しかし、メゼポルタが新天地や最前線と呼ばれる理由は、メゼポルタハンターには特別な許可によって通常のハンターでは立ち入ることが禁止されている場所の調査が含まれているからだ。

 

「ゴルドラ地方に位置する峡谷、そして大陸南東部に位置する高地。この二つが今の所メゼポルタハンターが立ち入ることができた新天地だ。どちらも強力なモンスターが縄張りとしていることもあり、未だにドンドルマハンターは立ち入ることが許されていないのだ」

 

 数年前にようやく立ち入ることができた峡谷は『舞雷竜ベルキュロス』が縄張りとする場所であり、少し前に新種が生態系を築いていることが分かった高地では『蛮竜グレンゼブル』が頂点として君臨している。どちらも生態系の頂点に立っているモンスターが並ではないことが分かってからは、ドンドルマの調査団も近づくことができずにメゼポルタへと一任されている。

 

「これからもそういう場所は増えていくかもしれないんですか?」

「それは勿論そうだろう。人類が到達していない地域はまだまだ多い。その中には峡谷や高地のように、強大なモンスターが縄張りとしていればメゼポルタの管轄となる」

 

 人類が足を踏み入れたことのない場所は、大陸の中にも数多く存在している。熱砂の地帯であるセクメーア砂漠周辺も全てを知っている訳でもなく、ゴルドラ地方に至っては辛うじて足を踏み入れることができたのが峡谷程度である。

 

「だが、メゼポルタ管轄になることが特別に悪い訳ではない。峡谷では特殊な仙人掌や岩塩が特産であるし、高地にはその標高故に珍しい植物や菌類が特産とされている。危険も多いが、利点が無い訳ではないのだ」

「まぁ、そうですよね」

 

 そもそも利点が無ければ人々はその地に行くことも無いだろう。危険なモンスターが多く生息する場所とは、即ち自然が豊富な場所なのだ。

 

「と、まぁ長々と話してしまったが、君もいつか新しく発見された場所などに赴くこともあるだろう。その予習だと思いたまえ。君はタンジアのハンターだったということは、テロス密林も初めてなのだろう?」

「そうですね」

「後は、イャンクックの情報か……これは口で説明するよりも、王立古生物書士隊の資料でも読んだ方がいいだろう」

 

 タンジアでも普及している王立古生物書士隊の資料は、モンスターについて生態や行動までも細かく記されている資料である。金を払えば誰にでも買うことができる為、ハンターではない人でも資料を持っている人が少なくない。しかし、モンスターにつき一冊もの分厚い本を書き上げる書士隊はかなりの執念なのだろう。

 

「怪鳥、ですか……耳が発達して大きな音に弱い?」

「うむ。音爆弾を使えば簡単に眩暈を起こす程、聴覚が過敏なモンスターだ。頭があまり良くないから、音爆弾を投げられると怒り狂うのがデメリット、だな」

「まぁ、充分ですね」

 

 教官の言っていた通り危険度は低いモンスターらしく、ドンドルマ周辺ではハンターとして大成できるかどうかとしての登竜門としての役割を持っているモンスターらしいことが書かれていた。ジークはその文章を読んで、腕試しには丁度いいという言葉の意味を理解した。

 

「よし、では吾輩は武勇伝を聞きたい」

「え、俺のですか?」

「それ以外に誰がおる。船員の皆も聞きたそうにしているぞ」

 

 多くのハンターを乗せたことのある船員たちだからこそ、これから有名になるかもしれない新人ハンターの話を聞きたがっていた。

 

「あ、あはは……面白い話はあまりないと思いますが……」

 

 控えめに始めたジークの体験談は、教官も含めて多くの船員が聞きながらの食事会と化していった。

 

 


 

 

 ジークと教官はベースキャンプと名付けられる安全地帯に立っていた。小型の船で岸までやってきたジークと教官は、一応周囲にモンスターがいないことを確認してから、青いアイテムボックスの中にある支給品を確認していた。

 

「ん……ちょっとジメジメしてますね」

「テロス密林は年間を通して雨が降っている時期が長い。爆弾を使いたいと思っても、雨で使えないことも多いから気を付けろよ」

「あ、そうですね」

 

 ジークが活動していたタンジアでは水中のモンスター相手にも狩猟をする文化があるせいで、防水仕様のタル爆弾が普通だったのだが、ドンドルマ地域では一般的ではないと本の知識で持っていた。最も、ハンターになりたてのジークでは爆弾など持てるほどの財力も材料もないのだが。

 

「密林は初めてだろう。これがここの地図だ」

「上の方は結構……水が多いんですね」

「あぁ。ここら辺はガノトトスが現れることも多い」

「ガノトトスですか……確かに、好みそうな環境ですね」

 

 水竜ガノトトスが現れると聞いて、ジークは海の中で死闘を繰り広げたことを思い出して少しだけ苦い顔をしていた。水中で俊敏に動き回るガノトトスに苦戦した思い出しかないジークとしては、もう顔も見なくても済むかもしれないと思っていた相手ではあったのだ。

 

「イャンクックは……ここだな。この上が丁度陽が差し込む穴のある洞窟でな。その洞窟から出た場所にイャンクックは食事を求めてやってくることが多い」

「成程……」

「ここにいなかったら、恐らく洞窟の中でゆっくり睡眠でも取っているだろう。よし、行くぞ」

 

 モンスターの特性や習性までも把握している教官に心底感心しながら、ジークはアイアンランスを背負ってから迷いなく進む教官の背を追った。

 

「これを登るぞ」

「……え、この蔦をですか!?」

 

 見上げれば高度の限界は見えるものの、かなりの高さから植物の蔦が地面まで伸びていた。ハンターの様に身体を鍛えている人間ですら高すぎて登り切れるかどうか分からないような蔦を指さして、そのまま平然と登ろうとする教官にジークは大きな声をあげて驚いていた。

 

「元G級ハンターならば何度も経験したことがあるだろう」

「い、いやありますけど……この高さをですか」

「安心しろ。吾輩がハンターになって何十年経つが、未だに枯れる様子も千切れる様子もない。むしろ年々太くなっている気もする」

 

 勿論、ジークもハンターとして三年も生活していただけあり、無茶な壁登りも蔦登りも散々とやってきたが、この高さをまさかいきなり登らされると思っていなかった故に驚いて固まっていた。そんな風に驚いている間にも、教官は意味不明なことを言いながらもひょいひょい、と効果音が聞こえてきそうな程気軽に上に登っていた。

 

「た、確かに壁に根を張ってて簡単に千切れなさそうですけど……ハンター歴の違いかなぁ」

 

 なんの躊躇いもなく簡単に上へと登って行く教官に首を傾げながら、ジークも蔦を登り始めた。

 

「あ、結構丈夫だ。足も掛けやすいし」

 

 一度腕力で自分の身体を引っ張ってみても全く動じない蔦に驚きながら、ジークは全身の筋肉を使ってそれなりの速度で蔦を登り始めた。

 

「ふっ! 頂上だな」

「わ、止まらないでくださいよ教官」

「お、すまんな。ここまで早く登って来れるとは思っていなかったのでな」

 

 一足先に頂上まで登った教官は、自分の武器である片手剣の調子をもう一度狩りの前に確かめようとして、ジークがさっさと上がってきたことに驚いていた。幾人ものメゼポルタへとやってきたばかりのハンターと狩りに出掛けた教官であっても、初めて来るフィールドでここまで早く蔦を登ってくるハンターを見るのは初めてだった。

 

「よし、ここを抜ければイャンクックは恐らくいるだろう。その前に、狩りの直前で武器の様子は見ておけ。命取りになるぞ」

「狩りは事前の準備が大事、ですね」

「ははは! 育成学校で習う基礎だな」

 

 愉快そうに笑う教官につられてジークも微笑みを浮かべながら、アイアンランスを背中から降ろして槍の穂先を見ていた。実力のあるハンターは自分の武器にある極微小の刃毀れを目で見ると言われている。ジークも教官も砥石など取り出さずに目だけで刃毀れが無いことを確認して武器を背負いなおした。

 

「では早速イャンクック討伐と行くか」

「よろしくお願いします!」

 

 自分は今狩人として立っている以上に、教官から教えを乞う立場にいるんだと言い聞かせるように少し大きめな声でジークは決意を固めた。

 岩で囲まれた少し細い道を植物の蔓をどけながら歩いていると、少し開けた場所に出た。そのままの勢いで草を掻き分けて顔を出した瞬間に、教官とジークは同時に顔を草むらに引っ込めた。

 

「見えたか? あれが怪鳥イャンクックだ」

 

 もう一度音を立てないように草むらから視線を見せると、地面を穿りながら小さな虫を口にしている少し大きめの生物がいた。体色は薄い桃色で、小さな鱗と動きに合わせて揺れ動く柔らかめの外殻が見て取れた。翼膜は青く、小さめな尻尾が左右に動いていた。

 

「この距離でも少し大きな音を出せばイャンクックの聴覚は気付くだろう。一気に走って近寄った方がいいかもしれないな」

「音爆弾は持ってますか?」

「勿論だ。私が先に走って音爆弾を投げる。反対方向から回り込むようにして走り、脚を重点的に狙え」

「分かりました」

 

 地面に潜む虫を食べるのに夢中のイャンクックは、ジークと教官に気が付かずにそのまま別の場所で地面を啄み始めた。

 

「行くぞ!」

 

 イャンクックが頭の向きを教官とジークが潜む草むらへと向けた瞬間に、大きな声を出して同時に飛び出した。突然草むらから飛び出してきたハンター二人に対して、ほんの瞬きの間止まったイャンクックだったが、すぐに外敵だと判断して威嚇のための咆哮をあげた。

 真っ直ぐにイャンクックへと突っ込んでくる教官に視線を向けたイャンクックは、そのまま右脚を半歩後ろに下げて走り出す予備動作を見せると、教官はそれを狙ったかのように腰から音爆弾を投げた。

 

「っ!」

 

 放り投げられた音爆弾が地面に当たった瞬間、その衝撃で爆薬が反応して音爆弾が炸裂した。地面に着いたと同時に耳を塞いでいたジークは、そのままイャンクックへと向けた走っていた。

 唐突に足元で爆音を響かされたイャンクックは、その鋭敏な聴覚で大音量を拾ってしまい、方向感覚も分からなくなって千鳥足で数歩後方へと下がった。

 

「今っ!」

 

 背中からアイアンランスを左手で持ったジークは、そのままイャンクックの左脚に向かってその鋭利な穂先を突き立てた。太陽の光を反射する銀色の槍によって脚を抉られたイャンクックは、悲痛な声をあげながらも徐々に平衡感覚を取り戻し始めていた。

 

「まだまだ……」

「ぬんっ!」

 

 左脚を抉った槍を引いて再び前に突き出したジークは、的確にもう一度同じ部位を抉った。激痛にイャンクックがジークへと視線を向けた瞬間、教官は右手に構えていた盾で思い切りイャンクックの頭を叩いた。しなやかに鍛えられた筋肉から繰り出された、体重を乗せている鈍器による攻撃は頭に吸い込まれるようにして当たり、再びイャンクックの平衡感覚を僅かに奪った。

 

「畳みかけるぞ!」

「はい!」

 

 周囲の音が上手く聞こえていないのか、イャンクックは呻きながらも痛みを感じる方向にしか視線を向けていなかった。しかし、左右から同時に痛みを感じているイャンクックは、ジークに左脚を刺されれば左に視線を向け、教官によって右の翼を片手剣で斬りつけられれば右へと視線を向けていた。

 

 キュォォォ――ォォクアァァァ!

 

「ジーク! 下がれ!」

 

 先程まで右往左往としていたイャンクックの目が、しっかりとジークを捉えた瞬間に教官は後ろに跳躍しながらジークへと警告の言葉を投げていた。丁度ランスをイャンクック左翼の甲殻を貫いていた瞬間に、右方向から飛んできた尻尾に、ジークは反射的に盾を構えた。

 

「か、るいっ!」

 

 半回転もせずにその場でただ振っただけの尻尾を、盾で弾き飛ばしたジークはその勢いのまま槍の穂先を左脚の足首へと向けて突き刺した。攻撃したにも関わらず簡単に弾かれ、尚且つ手痛い反撃を意識の外から受けたイャンクックは、音爆弾を受けた時と同じような叫び声をあげてジークから逃げるように右に移動して、そのまま左脚の痛みに引っ張られるままに倒れた。

 

「よくやった!」

 

 盾で弾いて反撃まで行うとは全く思っていなかった教官だったが、イャンクックが地に倒れ伏すの見た瞬間に動き出していた。左手に持つ剣で容赦なく翼に傷を増やしていく教官を見て、ジークは態勢を立て直して数歩を踏み込んだ勢いのままイャンクックの耳の一部を貫いた。しかし、イャンクックもただやられるだけの生物ではない。すぐさま起き上がってすぐにバックステップをするように翼をはためかせてかなり後方まで下がった。大型モンスターの中でも小さい方の生物とは言え、登竜門と呼ばれるモンスターだけあり、翼をはためかせて下がるだけでジークと教官は風圧を受けて動けなくなっていた。

 

「くっ!」

「不味いっ横に飛べ!」

 

 怒り心頭と言った様子ですっかり興奮状態になっているイャンクックは、口から橙色の息を吐きながらジークの方へと視線を向けた。頭を引いたイャンクックがジークに向かって何かをしようとした瞬間、ジークは船の上で読んだ書士隊の情報を思い出して教官の言葉通りに横へと飛んだ。

 

 ギュォォ!

 

「ふっ!」

 

 頭を前に出すと同時に、イャンクックはその口から火炎の弾を吐きだした。火竜リオレウスの様に前方に勢いよく飛ぶブレスではないが、直撃すればルーキー装備のジークには致命傷になりかねない熱量だった。山なりに吐かれた火炎のブレスはそのまま地面に着弾して足元にあった草を焼いてしまっていた。人間が当たればひとたまりもないブレスを連続で放とうとするイャンクックを相手にどう動くか、教官はその様子を新人であるジークから見ようとして、視線を向けた。

 

「待て!?」

 

 新人のハンターならば初めての大型モンスターを相手におっかなびっくりになって、かなり慎重な立ち回りになる。熟練のハンターならばまずはブレスが収まるまで様子を冷静に見てから、攻勢に転じるだろう。そんな中でジークがとった手段は、ブレスをやたらめったらと吐き続けるイャンクックへと突っ込むことだった。余りにも無謀すぎるその行動に、教官は慌てて静止の声をかけた。

 

「ば、馬鹿な……見切っているのか!」

 

 降りかかるブレスをギリギリで避け、飛び散る火の粉を右手の盾で遮りながら、ジークはイャンクックの懐へと急速接近していた。初めて相対するモンスターであるはずのイャンクックに対して、余りにも常人離れした判断力と瞬発力を見せたジークに、教官は圧倒的なまでの狩りのセンスを感じて身震いしていた。

 

「これ程とはっ!」

 

 容易くブレスをくぐり抜けて、アイアンランスをイャンクックの嘴に突き立てたその時、真にG級ハンターと呼ばれる者の圧倒的なまでの実力を教官は理解した。

 口から火炎を迸らせて、再びブレスを吐こうとしてた嘴にランスを突き立てられたイャンクックは、その行き場を失った火炎を口内で暴発させて悲痛な叫びを上げながら後ろに倒れた。

 

「よし、もうひと踏ん張りだ!」

「教官! 頭をお願いします!」

 

 イャンクックの甲殻は、飛竜や古龍の大型モンスターに比べれば柔らかいと言えるが、それでも普通の刃物ではまず傷一つつけられないぐらいに硬い。しかし、身体の全てがその硬い甲殻で覆われている訳ではないのが、モンスターが自然に生きる生き物であることを示していた。ジークが言ったイャンクックの頭は、その甲殻に覆われていない比較的柔らかい部分であった。

 驚異的な実力の一端を示したジークの動きに合わせて、既に動き始めていた教官もまた、途方もない数の命のやり取りによって磨かれたセンスを感じさせる動きであった。天才とはいえ、ハンターとして狩りを初めてまだ数年のジークでは出すことのできない、荒々しさが極端まで削れた堅実な狩りは、年長者の賜物だった。

 

「うぉ!?」

 

 口内を派手に火傷してのたうち回っていたイャンクックの頭には教官が、甲殻が既に剥がされている足にはジークがそれぞれ張り付いて攻撃していたが、突如イャンクックは翼を羽ばたかせて上空へと逃れた。

 

「ならばっ!」

 

 上空へと逃げていったイャンクックをただ眺めることしかできないジークの横で、教官は懐から細長い何かを取り出した瞬間に、ジークは何を言われることも無く目を閉じた。ジークならば投げられた物を見てすぐに判断すると信頼して投げた教官は、自身もそのまま顔を手で覆って目を塞いだ。瞬間、爆発とも思えるほどの絶大な光が密林の一部を包み込んだ。効果は刹那であるが、その効果は見なくとも分かった。攻撃から逃れるために空へと飛んだイャンクックが叫び声をあげて地上に墜落した。

 

「閃光玉まで持ってきてたのか」

 

 教官が投げた物は閃光玉と呼ばれるアイテムだった。光蟲を閉じ込めた特殊な管を炸裂させて、絶命時に途轍もない光量を放つ光蟲の習性を利用した物である。投げられたと同時に破裂した閃光玉は、閉じ込められていた光蟲の大半を死滅させて巨大な光を生み出した。それは、空中を飛んでいたイャンクックの視界をも白く焼き切りそうな程強く刺激する。

 

 キュェ!

 

 猛攻撃を避けるために空中へと逃れたイャンクックの視界を容赦なく焼いた光蟲の光は、容易くその平衡感覚を奪い去って地上へと墜落させるものだった。大地を揺らしながらも地上へと落ちてきたイャンクックに、ジークと教官は再び攻撃を加え始めた。ジークがランスを突き出せばイャンクックの甲殻を剥がしながら鮮血を密林の大地へとまき散らし、教官が片手剣の盾でその頭を殴れば、充分な視界を確保していないイャンクックの視界を無造作に揺さぶる。

 

「これでっ!」

 

 何とか平衡感覚を取り戻したイャンクックはふらふらとした足取りではあるが立ち上がり、満足に見えない視界の中、殴られる方向を元に教官に向かって尻尾を振るが、当然の様にその進行をジークの盾が防ぎ、そのまま教官がイャンクックの身体の中で最も柔らかい耳に剣を突き立てた。

 

「終わり、か」

 

 今までの攻撃よりも更に大量の鮮血が耳から溢れ出たイャンクックは、血を失い過ぎたことによって遂にその身を大地に横たわらせ、命を散らした。小さな鳴き声を上げながらその命を終わらせる瞬間を、ジークと教官は見届けてから大きく息を吐いた。

 

「……いい動きだったぞ。これからが楽しみだ」

「そうですか。教官にそう言ってもらえて、良かったです」

 

 結果的にはかなり楽に怪鳥イャンクックの討伐に成功した二人は、互いの健闘を称え合うかのように握手をしてからその場に座り込んだ。

 一通り使えそうな素材をイャンクックの死骸から剥ぎ取ったジークは、何かを書き込んでいる教官に素材の選別が終わったことを告げた。

 

「さ、回収地点に行かんと行方不明扱いにされるからな」

「あはは……」

 

 クエストが終了したのならば回収地点に向かう。そうでなければ行方不明扱いになって大事になる可能性まで出てしまうので、なるべく早く回収地点に向かうことが推奨されているのがハンター生活だった。

 

 


 

 

 再びメゼポルタへと戻ってきたジークと教官は、二人して身体を伸ばしながらクエスト終了の達成感を味わいながら、ギルドマスターの元へと戻ってきた。

 

「ふむ、クエスト成功は聞いとるよ。見どころのある若者じゃったろう?」

「あぁ。あれは天才と呼ばれる類のハンターだ」

「え、何話してるんですか?」

 

 ジークに聞こえないように二人で何かを話しているギルドマスターと教官に、ちょっとびくびくしながら訊ねたジークに、教官はいつもの様に豪快に笑って適当に誤魔化した。

 

「よし、ではメゼポルタで生きるための色々を教えるとしよう」

「武具工房には先に話を付けてある。そこから行くといい」

「そうさせて貰おう。では武具工房と猟団、それからマイハウスだな」

「は、はい?」

 

 武具工房以外の聞き慣れない言葉に、ジークは言葉を傾げていたが、何となくそのまま頷いて教官の後ろをついていくことにした。

 広場の右の方向にある洞窟を抜けると、巨大な工房へと辿り着いた。

 

「す、すごい……」

 

 多くのハンターが工房の作業員と何やら話しながら素材を渡していたり、武器を渡してメンテナンスを頼んだりしている姿を見ながら、教官の後をついて行くと、一際大きな身体をした男性が待っていた。

 

「おぉ、待ってたぜ。そいつが新人か?」

「親方、待たせてすまん。取り敢えず一つ武器を見繕ってもらいたいと思ってな」

「おうおう、新人ハンターにはまず一つ武器をってのがうちの伝統だからな。坊主、何にする?」

 

 教官に親方と呼ばれた男は、力こぶを見せながらも槌を手から放しもせずにジークへと視線を向けた。

 

「じゃ、じゃあ太刀で」

「よし来た。また後で来れば完成品を渡してやる。どうせまだ案内の途中だったんだろ?」

「あぁ。そうさせてもらうとしよう……行くぞジーク」

「は、はい。これからお世話になります」

 

 頭を下げて工房から出たジークは、ずんずんと広場を進んでいく教官の背中を追いかけていた。階段を上がってそのまま何かの受付の様な場所まで歩いて行った教官は、立っていた男と話しながらジークを待っていた。

 

「こっちだジーク」

「ここは?」

「猟団に関係すること全てを管理している者だ」

「よろしく!」

 

 キョロキョロと周囲を見ながら現れたジークに、受付の男は元気のいい声で挨拶をしていたが、ジークには猟団という言葉の方が聞き慣れないものだった。

 

「猟団は聞き慣れないだろうが、このメゼポルタでは入っているのが普通のことなのだ」

「ギルドとは違うんですか?」

「うむ。ギルドはハンターならば誰でも所属している物だが、猟団は実は入らなくても生きていけるのだ」

「一応だぞ? 絶対に入りたまえよ?」

 

 教官の言葉に慌てて反応した男に、教官は苦笑しながらも頷いていた。

 

「このメゼポルタはハンター同士で協力することが重要なことは言ったはずだが、猟団はその一つだと思ってくれ」

「パーティー、みたいな?」

「それを大きくした感じだな。猟団長が猟団を立ち上げ、志を共にする者を誘ってギルドからその貢献度によって恩恵を受ける組織だ」

 

 猟団に入ることでハンター同士で協力しやすくすることが、元々の目的だった。現在では少しばかり形が変わってしまっているが、猟団に入らずに活動するハンターは一人として存在しない程のものとなっている。

 

「新人が人を集めて猟団を作ることも多いのだが、この厳しい世界ではあまり長続きしないのが現状でな……悲しいことだが、大きな猟団と呼べるものはそれほど多くない」

 

 受付の少しばかり悲しそうな顔を見て、本当に猟団を愛しているのだと理解したジークは、同時に猟団が長続きしない原因もすぐに理解できた。人間同士が何の問題もなく結束し合うことは難しく、人間関係で潰れる猟団も多いのだろう。

 

「しかも最近は、メゼポルタの二大猟団の仲が険悪でね……新しくできた猟団もどちらの派閥に着くかを決めなくては生きていけないとなれば、新たに猟団を作る新人も減ってしまう」

「二大猟団の仲が険悪?」

「あー……その話はまた後で吾輩がしよう」

 

 どこかバツの悪そうな顔をした教官は、猟団受付へと視線を向けた。それを受けて、受付も少しばかり悲しそうな顔で目を伏せてしまった。メゼポルタへとやってきたばかりのジークには分からないことが多いが、それでもこのメゼポルタで今人間関係のトラブルが発生し、それがギルド全体に嫌な雰囲気をまき散らしているのだと理解できた。

 

「そ、それで……新人の俺でも入れるんですか?」

「猟団に興味があるのかい! それはいいことだ! 猟団はとても素晴らしいものでね? 人との出会い、別れ、そして協力の日々……あぁ……その全てが詰まっているのだ!」

 

 暗いどころではない状態になっている空気を、何とか変えようと話題を出したジークに、受付は嬉々として飛びついた。いきなりテンションを上げて詰め寄られたジークは、身体を逸らして苦笑気味だった。

 

「すまんな。この男は猟団のことになると暑くなりすぎるのだ」

「い、いえ……愛があるのはいいことですよ」

 

 何事にも情熱を注げない人間は多数いる。そんな中でも何か一つに情熱を注げる人間と言うのは、どこまでも輝いていてとても素晴らしいものだ。

 

「まぁ、今はまだ猟団のことは考えなくていい。取り敢えずハンターとしてやっていける目途が立ってからの方が良いだろう」

「そうだろうなぁ……取り敢えず猟団! と言ってそのままメゼポルタを去っていった者もいる訳だし」

「じゃあもう少しギルドの信頼を得てからにしますね」

「そうしたまえ」

 

 猟団はメゼポルタでの狩りを助ける物ではあるが、そもそもメゼポルタで生きていけない者には用の無い物とも言える。メゼポルタで狩りのできない者は皆、ドンドルマへと帰って行ってしまうのだから。

 

「で、あの新人は見込みがあるのかね?」

「……あれは将来怪物と呼ばれる類の人間だ」

「そこまでか……将来は大猟団と同盟の団長だな」

「全く……お前は本当に猟団のことしか考えてないのか」

 

 ただただ猟団のことしか考えていない受付の男に対して、教官はため息を吐き、ジークは苦笑することしかできなかった。



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仲間(フレンド)

書くの遅すぎて本当に申し訳ないです。
なるべく投稿頻度を上げられるように頑張ります。

今回は説明多めで話殆ど進んでませんが、これからの展開に必ず必要になることなので。
とりあえずフォワード1の話までは流れが決まっているので、頑張ります。


「えーっと……マイハウスがこっちで、マイガーデンがこっち。マイトレが……」

「こっちの通路だ」

 

 ジークと教官は、猟団受付から移動してこれからずっと使い続けることになるであろう自宅付近へとやってきていた。メゼポルタ広場から少しだけ移動した洞窟から、分岐するように幾つかの道に分かれている場所でジークと教官は道を確認していた。

 

「マイガーデンとマイハウスはよく使うことになるから覚えておけ。特にマイハウスなどこのメゼポルタでハンターをやっている間はずっと住むことになるかもしれんのだからな」

「成程……住居は用意してくれるんですね」

 

 マイハウスの前までやってきたジークは、かなりの大きさの建物を下から眺めていた。集合住宅の様な形になっている石で作られたマイハウスは、三階建てでかなりの高さになっている。

 

「まだメゼポルタに来たばかりのお前は三階の部屋だな」

「来たばかりは?」

「言っていなかったな。マイハウスは三段階の部屋の広さがあるんだが、ハンターとしての実力が高ければ高いほどより広い部屋に住むことができるようになっている。一番下の階が『凄腕ハンター』と呼ばれている者たちが暮らしている場所だ」

 

 そう言われて、建物をよく見れば上に行けば行くほど部屋の扉の間隔が狭くなっているのが分かる。それは、上に行けば行くほど部屋が狭くなっていることを示している。反面一番下の扉の間隔はかなり広く、どれだけのスペースを一人一人に割いているかを指し示していた。

 

「まぁお前の実力ならばすぐに一番下まで行くだろう。因みに凄腕ハンターが一番下の階にいる理由は、クエストに行く頻度が上位、下位のハンターに比べて多いからだ」

「はは……狩りに行きやすいようにってことですね」

 

 教官の言葉に苦笑しているジークは、その言葉にとても聞き覚えがあった。なにせ自分がG級ハンターとしてタンジアで過ごしていた時、クエストに行く頻度が高いからという理由だけで一番下の階に住んでいたのだから。それと同じことをメゼポルタでは大勢のハンターが考えているのだろう。

 

「後は大衆酒場と交流酒場だが……これはまだ使う機会が無いかもしれんからいいか。必要になったらそこら辺のハンターに聞くといい」

「酒場ですか」

「簡単に言ってしまえば仲間内で集まる場所だな。そして、これでメゼポルタ広場の案内はほぼ終了だ」

 

 喋りながら階段を上がり、ジークが住む予定である部屋の前までやってきた。教官がポケットから鍵を取り出して、三つをジークに渡した。

 

「三つともこの部屋の鍵だ。紛失しないようにと三つ与えられるが、それ以降は作るのに金がかかるからな」

「はは……」

「もし心配なら、部屋の中にいる給仕ネコに一つ預けておくといいだろう」

「給仕ネコ、ですか?」

 

 苦笑しながら受け取った鍵を一つ一つ確認しているジークは、教官の口から出てきた給仕ネコという名前に首を傾げた。名前から察するに給仕をしてくれるアイルーのことなのだろうが。

 

「マイハウスで過ごしているハンター一人一人には必ず給仕ネコのアイルーが付くことになっている。そのハンターがマイハウスで過ごしている間はハンター専属として付いてくれる故に合鍵を渡すことが多い」

「成程」

 

 まさか下位ハンターにまで専属給仕を付けてくれるとは思っていなかったジークとしては、かなりの好待遇に頷いた。ここまで待遇を厚くしても年々新規のハンターが減っていると言うのだから、このメゼポルタでの生活がどれだけ辛いものかを示していた。

 

「ジーク……今のメゼポルタは、はっきりと言ってしまえば衰退し始めていると言っていい」

「え?」

 

 狩人たちが求める全てがあると思えるメゼポルタが、まさか衰退していると言われるとは全く思っていなかったジークは、教官の言葉に驚いていた。何処のギルドよりも優れた加工技術に、何処のギルドよりも高いハンターへの待遇に、ハンターならば誰もが求める膨大な名声。全てが揃っているこの地が衰退する理由が、ジークには理解できなかった。

 

「昨今新発見されるモンスターは、どれも普通のハンターでは手に負えないものが多い。それに比べて、実力が順調に育っているハンターは……お世辞にも多いとは言えないのだ」

 

 猟団受付も、教官も、ギルドマスターですらもハンターたちを見て時々寂しそうな顔をしているのをジークは見ていた。そしてそれが、何かしらの要因――はっきりと言ってしまえば、人間関係から来るものだと薄々理解していた。

 

「いずれ知ることだろうが今、メゼポルタは二つに割れている」

「……二大、猟団」

「そうだ。このメゼポルタで最も大きい派閥を持つ二つの猟団が険悪になり、それが広場全体に広がりつつある」

 

 人間関係によって崩壊しようとしている現状を、ジークは瞬間的に否定しようとして言葉に詰まった。

 

「理解しているだろうが、二大猟団の仲が険悪になった理由は……メゼポルタに回ってくる依頼の危険度が増したからだ」

 

 教官の言葉を聞いて、ジークは自分の頭に過った考えが正しい物だったのだと理解した。単純に、力を持つ二つの猟団に依頼が集中することによってギルドの評価が割れ、それによって二つの猟団に不和が発生し、ハンター間の連携が上手くいかずに依頼効率が著しく低下している。

 

「猟団の名前は『アイギス』と『カリバーン』だ。それぞれ凄腕のハンターが猟団長をやっている」

「アイギスとカリバーン、ですか……」

「もしかしたら君も、そのどちらかに所属する必要性が出てくるかもしれない。今のメゼポルタは、二つの派閥に所属しなければ、余りにも生きにくい環境なのだ」

 

 沈痛な面持ちでそう言う教官に、ジークは苦笑を一つ零した。

 

「大丈夫です。俺だって自分の身の振り方は考えていますから」

 

 笑うジークを見て、教官は安堵の息を一つしてから笑みを浮かべた。

 

「では、私が研修として付いていくことができるのはここまでだな。無論、誘われれば幾度でも狩りについていくこともできるがな」

「引退してるんじゃなかったんですか?」

「ふっ……老人の道楽だと思ってくれ」

 

 後ろを向いて歩き始めた教官は、手を挙げて道楽だと零してから去っていった。その背中にあるのは先程までの弱々しい年長者ではなく、歴戦のハンターが持つ風格が滲み出ているのを見て、ジークは本当に引退しているのかどうかを疑いながらも部屋に入った。

 

 


 

 

 ジークがメゼポルタにやってきてから数週間の時間が経ち、それなりの初心者用装備としてククボという装備を全身に纏ったジークは、あるハンターたちに呼ばれて交流酒場にやってきていた。ハンターたちが仲間内だけで交流する為に使うことの多いこの交流酒場には、既に数名のハンターの姿があった。

 

「お久しぶりです。ネルバさん」

「おう……名前覚えてくれたのか」

「そりゃあキャラが濃いですから」

 

 親方に作ってもらったイニティソードという銘の太刀を傍に立てかけて椅子に座ったジークは、正面に座っている男に挨拶をした。片手剣の盾を手に付けたまま手を挙げてジークに返事をしたネルバは、キャラが濃いという発言を聞いて苦笑しながらエールを口にした。

 

「それで、何か用ですか? 団員まで使って俺を呼び出して」

「まぁ単純なことだ。なぁ、スロア」

「用件だけで言えば単純だね」

 

 ネルバの言葉に返事をしながら隣に座った男は、双剣を背負ったまま持ってきたつまみを口にした。昼間からエールを口にしているネルバの為に持ってきたのだろうその姿に、ジークは笑みを浮かべた。

 

「単刀直入に言うと、だな……俺の猟団に入らねえか?」

「ネルバさんの、ですか。まだできたばかりなんでしたっけ?」

「そうそう。僕とネルバと、後マルクとエルスって言う双子姉妹と立ち上げたんだけどね」

 

 最初に会った時から勧誘の様なことを言われていたので、ジークはネルバに何を言われるのかは大体想像していた。単純に狩りに出掛けようと誘うのならば交流酒場に呼び出す必要性もなく、それこそマイハウスのポストに手紙を入れるだけでいいだろう。

 

「今、何人いるんですか?」

「今は十数人だな。後衛多めだけど」

 

 十数人いるという言葉に、ジークは少しばかり感心していた。ネルバとスロアの装備を見ても、メゼポルタ管轄のモンスターが余り分からないジークには実力を図ることができないが、持っている武器の刃を見るだけでジークは相手の大体の実力を理解できる。

 ジークが感心したのは、ネルバとスロアが上位の中でもまだ下の方の実力であろうことを理解していたからである。勿論、ジークよりも上に位置する実力ではあるが、それでも十人程度のメンバーを後から集めることができるのは、ネルバの人柄のお陰なのだろう。

 

「へぇ……では一番重要なことですけど……()()()()()()()()()()()?」

「……まぁ、知ってるよな」

 

 ジークが目を細めて口にした言葉にネルバはため息を吐き、スロアは肩を竦めて大袈裟な反応をしていた。猟団に勧誘された時は必ずこれを聞け、と猟団受付に聞かれていたが故に投げかけた言葉だったのだが、予想以上の反応にジークもメゼポルタの問題が根深い物であることを理解した。

 

「誰にも言うなよ? 俺たち『ロームルス』は……どちらにも所属していない」

「……は?」

 

 一瞬、ジークはネルバが質問の内容を理解できていないのではないかと勘違いをした。彼が聞いたどちらの所属なのかという質問は、今メゼポルタを二つに割っている『アイギス』を親とした同盟である『プレアデス』か『カリバーン』を親とした同盟である『円卓』のどちらに所属しているのかと言うものである。

 

「俺たちは盾にも剣にも所属してない」

 

 ネルバの言う盾と剣は『アイギス』と『カリバーン』の略称名みたいなものである。それぞれの団長が防御特化のランス使いと攻撃特化の大剣使いなことからつけられた名前である。

 二大派閥どちらにも所属していないということは、このメゼポルタにおいては全てを敵に回しているようなものである。

 

「……革命を起こす」

「革命?」

「かっこよく言ってるけど、簡単に言えば二つの猟団を仲直りさせようってことだよ」

 

 深刻そうな顔で革命だと口にするネルバに対して、スロアはあくまでもいつも通りの緩い顔のまま仲直りだと主張した。

 

「仲直りって……ダサい言い方するなよ」

「ダサくないでしょ。別に倒したい訳じゃないんだから」

「つまり『ロームルス』は第三勢力として『プレアデス』と『円卓』に割って入り、勢力の均衡を保つってことですか?」

「そういうことだね」

 

 ジークの分かりやすい纏め方にスロアが頷き、均衡を保つという言葉がかっこいいと思ったネルバもまた満足そうに頷いていた。

 

「無理ですよ」

「まぁだよね」

「おいおい! やる前から弱気になるなよ!」

 

 しかし、ジークとスロアはどちらかというと現実思考を持っているので、革命とやらを起こすことが『ロームルス』にはできないことを理解していた。ネルバはそれだけを信じて『ロームルス』を立ち上げているので、否定されてしまえば勢いよく立ち上がるのは当然だろう。

 

「だって相手は60の団員を持つ大猟団を親としている団員数180の同盟二つですよ? おまけにその同盟二つに付き従う形の同盟も数多く存在する訳ですし、実質的には片方の派閥でも1000を超えるんじゃないですか?」

「そうなんだよねぇ……普通に考えても自殺行為だし、僕たちみたいな小さな猟団じゃあギルドには見向きもされないから、影響力なんて夢のまた夢だよ」

「お前なぁ……だから今、人を集めて次の『狩人祭』に向けて頑張ってんだろ?」

「狩人祭?」

 

 団員数十人弱程度の弱小猟団ではメゼポルタへと強大な影響を及ぼす猟団二つに喧嘩を売るとなると、スロアの言う通り自殺行為でしかない。しかし、ネルバはそれでも全く諦めるつもりも無く『狩人祭』に向けてコツコツと人員を集めている最中なのだと言う。

 ジークはネルバの口から出てきた聞き慣れない単語に首を傾げていた。

 

「そっか、ジークは知らないよね。メゼポルタ広場では一年に一回『狩人祭』って言うお祭りが開かれるんだ」

「お祭りが、猟団に関係あるんですか?」

「めっちゃ大事」

 

 普通に祭りだと聞いてしまえば今の二大猟団の話など全く関係もなさそうなことだが、実際はかなり重要な話である。

 

「いいかい? 今、大陸は全体が温暖期なんだ」

「温かいってことですか?」

「そういうこと。君がこのメゼポルタにやってきた少し前に、丁度狩人祭は終わったんだ」

 

 それだけを聞くと、ジークは祭りの最中に来ればよかったと少しだけ後悔していた。誰だって祭りがやっている最中かやっていない時どちらに来たいかと言われれば、祭りがやっている時の方がいいと言うだろう。基本的に派手なことが好きなハンターは猶更である。

 

「そもそも狩人祭は繁殖期によって凶暴化、大発生するモンスターたちの数を調整する為に、メゼポルタのハンターが総出で狩りに出るんだ」

「あ、そうなんですね……メゼポルタのハンターがやっている数の調整って言うのは狩人祭のことだったのか……」

「そうそう。そして、その期間中にどれだけ依頼を消化できたかをハンターたちに競わせることで、依頼効率を上げる目的で始められたのが狩人祭なんだ」

 

 メゼポルタのハンターたちが総出で富と名誉を得る為に、数多くのモンスターを狩って自然を調整する。ドンドルマやタンジアで活動している普通のハンターたちからすれば途方もないことである。

 

「問題は、ハンターを個々人で管理することができない程、ギルドも忙しくなることだ」

「そりゃあ……そうですよね。大発生するってことはそれだけ受付の人も忙しくなる訳ですから」

 

 どれだけ有能な受付が二、三人いたとしても、数万と依頼が舞い込んでしまっては全てをさばき切ることなど不可能である。

 

「そこで考えられたのが、ハンターを個人ではなく猟団単位で参加させようとすること。猟団内のハンターたちは自分で数を集計して、猟団長に報告、そこから猟団長が団員全員分の数を集計してギルドに渡す。これが今の狩人祭の姿なんだ」

「成程……理にかなってますね」

「だろう?」

 

 そうなってくれば先程までの二大猟団の不和がメゼポルタに与える影響も、ネルバとスロアの言っていたどちらにも所属せずに均衡を保つという言葉の意味も理解できる。だが、それだけでは納得できないことも出てくる。

 

「それなら、二つの猟団が強いですねで終わりじゃないですか? いくら強いハンターが60人いる猟団が二つあっても全体の不和には繋がらないんじゃ……」

 

 そもそもハンターというのはどうしても我の強い者が多い。そもそもこの圧倒的な大自然の中鍛えられた武器と防具を持っているとはいえ、我が身一つで強大なモンスターに挑もうと言うのだからそれ程の個性がなければハンターとしてはやっていけないだろう。

 

「そこが問題なんだ」

 

 そんなジークの真っ当な疑問にいち早く頷いたのがネルバだった。

 

「個人を管理することができないから猟団単位にした。だがこのメゼポルタに猟団は幾つある? お前がさっき言ったが、メゼポルタでハンターをやっている奴はかなりの数いる。勿論実力で見れば凄腕クラスのハンターはそんな多くねぇ。だがな、俺たちでも猟団は作れる」

「……猟団の数が増えて、近年は猟団単位でも管理しきれなくなった、ですか?」

「そういうことだ」

 

 ネルバの肯定を受けてジークは天を仰いだ。ネルバとスロアがこれから何を説明してくれるのかを全て理解してしまったからだ。

 

「お前が想像した通り、狩人祭は「蒼竜組」と「紅竜組」の二つに猟団を分けて競わせるようになった」

「奇しくも、ギルドがメゼポルタを分断したということだね」

「……根深そうですね」

 

 そこから先は二人に言われなくとも、ジークは容易に想像できた。

 当時上位二つの猟団だった『アイギス』と『カリバーン』の影響力を考慮して必ず二つの猟団を紅竜と蒼竜で分けることにした結果、その二つの溝がどんどんと深くなっていったうえに、どちらかにつけば狩人祭に勝利してギルドからの報酬が貰えると下位の猟団がそれぞれの猟団に追従するようになって、いつしか狩人祭は『アイギス』傘下と『カリバーン』傘下の猟団による戦争状態にまで発展した。

 

「でも、それだとどちらかだけを打ち倒す話になりません?」

「そうだけどな? 二大猟団以外の巨大猟団が現れたとなればギルドもアイツらも無視できないだろ」

「要は二大勢力図を三大勢力図に変えて、あわよくば色んな猟団で入り乱れるメゼポルタにしようっていうこと」

 

 狩人祭は必ず二つにしか分かれない特性上、三つ目の巨大な猟団ができれば勢力図を混沌とすることができるだろう。そうなってくればどちらかにつかなければやっていけなかったという下位の猟団たちも独自の道を歩き始める可能性は十二分にあった。

 

「そう言う訳だから、俺らは絶賛人集め中。今は繁殖期終わりの温暖期だから、猶予はもう一年もないんだがな」

「温暖期に動きたいのは分かるんですけど、寒冷期はどうなるんですか? 狩人祭目当てのハンターたちもいるでしょう?」

「それがねぇ……寒冷期はメゼポルタの人口が減るんだよ。だから温暖期が一番人を集めやすいの」

 

 寒冷期にメゼポルタから人が減ると聞いて、ジークは首を傾げた。温暖期は日差しが強くなって原則としてセクメーア砂漠に立ち入ることが禁止になり、寒冷期は逆に猛吹雪によってフラヒヤ山脈付近への立ち入りが禁止となる。しかし、フォンロン地方に位置するメゼポルタ広場には季節は依頼以外では殆ど関係のない話であると思っていた。

 

「寒冷期は古龍種が活発に動き始める季節なんだ。だから下の方のハンターはどうしても数が少なくなっちゃってね」

「古龍種ですか」

 

 ジークはかつて遭遇した古龍種を思い出して少しだけ苦い顔をした。二つ名の通り煉獄より現れたのかと思う程の熱量と禍々しさ、圧倒的なまでの破壊力で瞬く間に幾つかの港を破壊して周辺海域を荒らしていた。タンジアでは異例の大人数による撃退作戦が実行され、その最前線で武器を振るって立ち向かった記憶。あれ程の巨体を持つ古龍も少なくはない。となれば誰だって寒冷期に不用意に狩りに出掛けたいとは思わないだろう。

 

「だから一番安全な温暖期を、ですか」

「そうそう。まぁ、テオ・テスカトルみたいな古龍種はこの温暖期が一番活発になるけど」

「後、リオレウスの気性が荒くなるな。若い奴の番探しの時期だし」

「……大変ですね」

「ハンターだからね」

 

 結局どの季節も何かしらのモンスターが頻出するのがこの大陸の特徴である。世界の人間はモンスターを脅威とみなし、自然との調和を保つ形でハンターたちはモンスターを狩る。

 

「それで、入ってくれるか?」

「……やめておきます」

「それは……どうして?」

 

 まさか新人に断られるとは思っていなかったネルバとスロアは、少し驚いた表情をしてから理由を聞いた。ここで仮にジークが、既に剣か盾の猟団に勧誘されていたりすると、それはとても面倒くさいことになる。

 

「相手はメゼポルタを代表とする二つの猟団を中心とした大同盟『プレアデス』と『円卓』ですよ?」

「……保守的な奴にはよく言われるよ」

 

 誰がどう見ても分の悪い賭けにしか見えないこの勧誘に乗ってくるのは、かなりの変人か余程博打好きでないと無理だろう。新人ハンターならば猶更である。この話を聞いて余計に入りたくないと言われたことも、ネルバとスロアは今までに何度も経験していた。

 

「だからです。そもそも『ロームルス』みたいな一つの猟団じゃ勝てないんですよ」

「耳が痛いよ」

「だから……俺は自分で新しい猟団を作ります」

「は?」

 

 勝てないと断言されてしまって、苦笑しているスロアは続くジークの言葉に呆けていた。

 

「俺の作る猟団がそれなりの大きさになったら、同盟を組みましょう」

「それって……」

「一つの猟団で勝てないなら、俺らも一つの同盟を作りましょう」

「ジークっ! お前って奴は!」

 

 不敵に笑みを浮かべるジークに、ネルバは感極まって勢いよく飛びついた。いきなり大柄の男が飛びついてきたことで反射的にそのハグを避けたジークは、目の前で手を差し出しているスロアと握手をした。

 

「ありがとう。これらも狩り仲間として、同じ目標を持つ者としてよろしく頼むよ」

「はい!」

「避けることねぇだろ」

「いえ、痛そうだったので」

 

 ネルバが頭を抑えながら立ち上がる姿を見て、ジークは苦笑していた。ジークの言葉に違いないと言って笑っているスロアを見て、二人も笑みを浮かべてから小さな宴会へと発展していった。

 

 


 

 

「と、言う訳で猟団を作りたいんですよ」

「ふむ……同盟を結ぶから、か。猟団受付をギルドから任されている以上ハンターたちには公平に接したいが、個人的には君たちを応援させてもらうよ」

「ありがとうございます」

 

 後日、猟団受付の元を訪れたジークは、粗方の経緯を説明して猟団を設立できないかを相談した。今の険悪な雰囲気になっているメゼポルタをなんとかしたいと言うジークに、賛成だと微笑む男にジークは猟団への愛を感じていた。

 

「全面的に賛成だし、君の実力を疑う訳ではないが……」

「猟団を作るのに必要な人数とか、ですか?」

「うむ。猟団は一人からでも作れるんだが……一ヶ月間誰も入団しなければ強制的に解散になってしまうんだ」

「そうなんですか……」

 

 ネルバたち『ロームルス』は初期から四人のメンバーが存在するのでそんな話はしていなかったが、ジークは身一つでタンジアから渡ってきたばかりである。当然、猟団に入ってくれそうな人の心当たりなど全く無い。

 

「一応作ってから人を勧誘するって方法もあるが、君はまだ下位ハンターだしね」

「人が集まりにくいですよね」

 

 当然、猟団長が強ければ強い程人は集まりやすい。それだけギルドから猟団への支援も多くなるのだから当然である。

 

「とりあえず、当面は依頼をこなして実力を付けながら、交友関係を広げるといい」

「分かりました。相談に乗ってくださってありがとうございます」

「なに、将来猟団長になる男の相談なら幾らでもいいさ」

 

 常に猟団のことを話す男に苦笑しながら、ジークは広場へと坂道を降りていった。

 ジークは現在新人ハンターであり、誰も見向きもしない程の実力しかない。ハンターIDを交換した相手も、ネルバとスロアだけである。時間が空いたら一緒に狩りに行こうと言われたが、上位ハンターである二人と狩りに行くには少しばかり実力が足りないだろう。

 

「と、なると本当に依頼を地道にこなしていくしかないか」

 

 まだまだこのメゼポルタに来てから数週間しか経っていないジークは、まだ見ぬモンスターたちにも出会っていない。

 一人で考え事をしながら受付までやってきたジークは、何か適当な依頼を受けようと考えていた。

 

「こんにちはユニスさん」

「ジーク、今日も一人ね」

「傷つくこと言わないでくださいよ」

 

 不愛想に見える程の無表情のまま喋るユニスだが、ジークは既に見慣れてしまった。他の新人ハンターよりもクエストに行く頻度が高いジークは、既にユニスから顔と名前を覚えられていた。

 

「今日は何にする?」

「いつも通り近隣の採取でもいいだけどなぁ……『樹海の眠鳥』って大型モンスターですか?」

「眠鳥ヒプノック。睡眠ガスを口から吐く鳥竜種」

 

 昨日まではなかった、メゼポルタ近隣のバトュバトム樹海にいるモンスターをターゲットとしたクエストを見て、その名前に首を傾げた。眠鳥ヒプノック、と聞いたことの無い名前にジークは少しだけ高揚感を覚えていた。自分があったことも無いモンスターと戦えるというのは、ジークにとって恐怖することにはならなかった。

 

「イャンクックっと同じ鳥竜種か……これにしようかな」

 

 大型の鳥竜種と言われても、ジークはタンジア周辺にいたクルペッコとイャンクックぐらいしか出会ったことが無い。基本的に中型が多い鳥竜種の大型は、どのモンスターも特徴的な進化を遂げている。

 

「じゃあバトュバトム樹海の眠鳥ヒプノックの狩猟。契約金は400z」

「大丈夫です」

 

 依頼の詳細を見せられて、ジークは契約内容を確認してサインをする。

 

「人は集める?」

「集まりますかね……」

「どうかしら。今は温暖期の初めで新人も多い」

「確かに」

 

 依頼書を掲示板に貼ってしまえば、その掲示板に貼られた契約書にサインして四人まで参加することができるのは、どこのギルドでも同じである。

 

「でも、貼らなくていいですかね」

「そう? でも一人参加してくれそう」

「え?」

「あ、あの」

 

 さっさと行ってさっさと帰ってこようと思っていたジークは、ユニスの言葉に反応して後ろを振り返ると、少し前の自分と同じルーキー装備に大剣背負ったハンターが立っていた。ジークよりも少し下の身長、少しだけ幼さを残す顔つきは、ジークにハンターなり立てだった自分を思い出させた。

 

「ヒプノックに行くんですよね?」

「そのつもりだな」

「同行してもよろしいですか?」

「勿論、全然いいよ」

「わぁ……ありがとうございます!」

 

 初心者だからなのか少し遠慮がちに言う新人ハンターに、ジークは早速交友関係を広げるチャンスだと考えていた。それも自分と同じ初心者となれば、まだまだどこの猟団にも属していないだろう。狩りで性格を見て気の合う奴だったら勧誘しようと考えてジークは笑った。

 

「俺はジーク。よろしくな」

「僕はウィルと言います! よろしくお願いします!」

 

 勢いよく頭を下げるウィルに、ジークは薄く微笑んでいた。




シーズン10を想定しているので本来、交流酒場はまだ存在しないのですがそこら辺は許してください

次話は当然ヒプノックです。


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眠鳥(ヒプノック)

今回は割と早く投稿できました。

この小説の目標であるMHFのオリジナルモンスターを全て書く、の第一歩であるヒプノックです。
因みに、オリジナルモンスターは極み個体、辿異種とラヴィエンテ三種類を含めて(ロロ、レイを一種扱いで)92種です。


「いやー……樹海は近くていいな」

「そうですね」

 

 アプトノスの引く荷車に乗りながら呑気に言うジークに、ウィルは苦笑していた。それでもしっかりと武器を手入れしていることから、自分よりも少しだけ先輩のハンターなのだろうと思った。

 

「ジークさんは何歳なんですか?」

「俺は今年18になるな。ハンター歴で言うと三年かな?」

「そうなんですか……僕はまだハンターなり立てで……今年16になります」

 

 自分よりも年下のハンターに今まであまり会ったことの無かったジークとしては、珍しい物を見たと言わんばかりに少しだけ驚いてからウィルを観察していた。ハンターとしては小柄で、ジークよりも頭一つ低い身長に背丈程もある大剣を持つアンバランスさに、不思議と危な気を感じない雰囲気を持つ。

 

「大剣はよく使うのか?」

「はい。僕は大剣とガンランスとヘヴィボウガンが得意ですかね。何故か重い武器の方がしっくりきて」

 

 少しだけ照れた様に笑うウィルに、ジークは成程と一人で納得した。小柄のまま大剣を背負っているのに違和感を覚えない理由は、その使い慣れている所作にあったのだろう。実際、大剣などの大型武器を使う場合は当然筋力があるに越したことは無いが、ハンターの技量次第ではいくらでも補うことができる。

 

「ジークさんは太刀ですか?」

「いや、俺は基本的になんでも使うよ」

「なんでも、ですか? すごいですね」

 

 ウィルの質問にさらっと答えたジークだが、ハンターにおいて得意武器が明確に存在しないハンターは大変珍しい。扱える武器が無いのではなく、全ての武器をそれなりに扱えるということがジークの異常性を表していた。

 

「ヒプノックなんて聞いたことも無いから、取り敢えず一番新しく作って貰った武器でいいかと思ってな」

 

 親方に作って貰った太刀であるイニティソードは、それなりの切れ味でモンスターの甲殻を易々と切り裂いてしまえる。これ程の武器を簡単に初心者ハンターであるジークに渡せると言うのだから、メゼポルタの技術は途方もない物である。

 

「ヒプノックの資料、僕持ってますよ」

「へぇ……王立古生物書士隊のモンスター資料か」

「はい。幸いにもヒプノックは結構目撃情報も多くて情報もばっちりです」

 

 ウィルが懐から取り出した小さめの冊子には、王立古生物書士隊が事細かに調べて書いたモンスターの資料集だった。幾つかのページをパラパラと捲っていくと、鳥竜種のカテゴリーの後ろの方にヒプノックの名前が記載されていた。

 

「えーっと……眠鳥ヒプノックは餌として摂取した眠魚やネムリ草の成分を吐きだして、相手を昏睡させるらしいです。基本的には臆病な性格で、外敵に対しても眠らせたまま放置して逃げることが多いそうです」

「へぇ……」

 

 それならばヒプノックにとって睡眠成分のあるガスはとても有用なのだろう。どんな外敵も眠らせてしまえば逃げきることは容易であるのだから。臆病な性格であるのならばそれ相応の戦い方が存在する。

 これから遭遇する、ジークにとっては未知のモンスターであるヒプノックの情報を見ながら、荷車はアプトノスに引かれて樹海の奥地まで入り込んでいく。

 

 


 

 

 雨がまばらに降っている中、ジークとウィルはヒプノックを狩るための準備を進めていた。相手は大型モンスターの中でもそこまで強くないと言っても、当然それなりの力を持っているモンスターなので、準備からして念入りにしているのだ。

 

「えーっと……支給品は半々で持っていくとして……」

 

 青の支給品ボックスから支給品を取り出したジークは、テント内の卓上へと適当に並べてからそれを半分に分けてから自分のポーチへと詰めていく。応急薬や携帯食料を詰めながら、地図を広げて樹海のどの辺りにヒプノックがいるのか考えていた。

 

「雨降ってるしこの大樹の中にいるかもしれないな。鳥竜種の生態とかは詳しくないけど、やっぱり雨の中動き回るものじゃないだろう」

「そうですね……樹海はいつも雨ですから、歩き回っていてもおかしくないですけど」

 

 ジークから手渡された支給品を片手に、ウィルはヒプノックの生態を思い返していた。基本的には縄張りで眠っていることが多いと書かれていたのを思い出して、樹海の何処までが縄張りなのかを地図で把握しようとしていた。

 

「行くぞ。自分の足で探したほうが早い」

「はい!」

 

 地図を眺めているウィルに対して、迷いなく歩き出したジーク。慌てて後ろをついていくように走りだしたウィルは、少しだけその行動力に疑問を持っていた。確信が持てない前に動きだすその行為は明らかに初心者ハンターのようだと内心で少し思いながらも、その力強い歩き方には歴戦のハンターのようなイメージを感じさせる。

 

「……ランポスか」

「何頭いますか?」

「二頭だけだ。片方任せる」

 

 背中の太刀に手をかけながらジークは草むらの中からいきなり飛び出した。突然飛び出したジークに驚きながら、ウィルも追随するように草むらから飛び出した。一番最初に飛び出したジークを認識した瞬間、二頭のランポスは威嚇を始めた。

 

「遅いな」

 

 二頭が威嚇を始めるのと同時に、不敵な笑みを浮かべながらジークは太刀を抜刀して手前のランポスへと刃を見せて軽く横に振ると、二頭のランポスはジークを警戒して一度後ろに飛ぶ。それを見て、もう一度笑みを浮かべたジークは急加速して手前のランポスを無視し、奥にいるもう一頭のランポスへ接近した。

 ウィルはジークがランポスの視線を集めているのだと一歩遅れてから気が付き、大剣を手に取って走る勢いのままジークに視線を奪われたまま背中を向けているランポスに振り下ろした。

 

「やぁ!」

 

 突然背後から大剣を振り下ろされて、ランポスはその身体に鋭い刃を受けて大量の血を周囲にまき散らしながら簡単に絶命した。予定通りランポスを倒すことができたウィルが少しだけ嬉しそうにジークに視線を向けると、既に太刀を納めて地図を見ていた。

 

「この先だな」

「あの穴の中ですか?」

 

 ジークが指差した方向に視線を向けると、大樹の根が割れて中に入れるようになっていた。当然大樹の中では雨がまばらにしか降っておらず、雨宿りをするにも最適な場所だった。

 

「よし……静かに行くぞ」

「はい」

 

 地図をしまって先頭を歩くジークに続き、ウィルも背丈ほどもある草を掻き分けながら樹海を進んでいく。

 

「っ」

「ジークさん?」

 

 草に溶け込むように少し姿勢を低くしながら歩いていたジークが、不意に息を呑んで止まった。背後を歩いていたウィルにはその行動が顕著に見えていたので、気になってジークの視線の先へと自分も目を向けると、立ったままいびきをして眠っている鳥の様な大型生物が見えた。人間と比べてもかなりの大きさがあることがある程度の距離があってもわかることと、鮮やかな体毛を見てあれが眠鳥ヒプノックであることを理解した。

 

「本当に寝てるんですね。なら今のうちに近づいてしまっていいですよね」

「待てウィル! そいつの眠りは――」

 

 寝ている相手に対して息を潜めているジークに首を傾げたウィルは、ジークの静止を無視して草むらから出てヒプノックに近づく。瞬間、目をパッチリと開けてウィルを視認した瞬間に甲高い鳴き声を上げた。

 

「――え?」

 

 次の瞬間、ヒプノックは持ち前の瞬発力で持って健脚で茫然としているウィルを蹴り飛ばそうとして、横から飛んできたペイントボールが頭に当たって怯み、僅かに狙いがずれてウィルのすぐ横にあった大樹の根を切り裂いた。

 

「ぼさっとするな!」

「ッ!? はい!」

 

 ハンターとなる為の教習所で幾度となく教官にどやされたことと同じ言葉をジークから言われて、ウィルは瞬間的に立ち直って武器を構えた。すぐ横に草むらから転がり出てきたジークが立ち、イニティソードを抜刀していた。

 

「気を付けろよ……こいつ、結構警戒心が高い」

 

 ジークはヒプノックが立ったまま寝ていた場所の周辺に散らばる虫の死骸を見ながら呟いた。散らばる虫の死骸は、ランゴスタやカンタロスと言った大型甲虫類のものであることからして、小さな物音に反応してその度に睡眠から覚醒して身体がバラバラになるまでつついて殺していたのだろう。

 ペイントボールの匂いが気になるのか、顔を必要以上に左右に振りながらもジークとウィルが立っている場所まで近づいてきた。

 

「気を引き締めろよウィル。狩人としてモンスターの前に立つ以上は、俺たちが食物連鎖においてあいつらより上でなければならないんだ」

「は、はい」

 

 少なくとも、現時点でジークたちの目の前に優雅に歩いているヒプノックには、自分が目の前の狩人に劣るなど全く感じてなどいないだろう。ヒプノックからしてみれば、ただ睡眠を脅かすランゴスタやカンタロスとなんら変わりはないのだ。

 それでも、ヒプノックは自分の縄張りに対して不用意に侵入する生物へは容赦はしない。臆病なのは外敵と縄張りの外で出会った時だけである。

 一際甲高い声で威嚇するように鳴いたヒプノックに、ジークとウィルは武器を持つ手が自然と強くなる。

 

「来るぞ!」

 

 ヒプノックの脚に力が加わったことを察したジークは、隣にいるウィルに警告を飛ばしながらも自分は前に走り出した。その動きに驚愕の表情を浮かべるウィルだったが、次の瞬間に小さく跳躍して嘴で啄まんとするヒプノックの動きを見切っているのか、ジークは的確にヒプノックの股下をくぐり抜けた。

 

「ウィル!」

「はい!」

 

 自らの股下をくぐられて嘴による攻撃も外したヒプノックは、狙っていたジークを視線で追いかけるように股下を覗き見た。隙だらけの今を絶対に逃すなと言わんばかりのジークの声に反応して、既にウィルはヒプノックの頭に狙いを定めていた。自分の体重を全て乗せるように振るわれたウィルの大剣は、後少しというところで気が付いたヒプノックが数歩後ろに下がったことで、狙いがずれて翼の先端部分を掠めただけだった。

 

「がら空きだ!」

 

 続けざまにカウンターの様にウィルに対して足を突き出そうとしたヒプノックは、背後から迫った鋭利な太刀の一閃を翼に受けて、橙色の羽根と共に血を散らした。突然の衝撃に悲痛な叫びを上げながら、反撃で即座に尻尾を振ってジークを攻撃したが、反射的に頭を下げたジークは頭防具の上部分を掠める感覚を得て、後ろに転がった。

 

「ふっ!」

「ナイスだ」

 

 一回転して距離を開けたジークに対して追撃の姿勢を見せたヒプノックだったが、振り下ろしたままの大剣を今度は振り上げるようにしてヒプノックの左足を足元から胴体まで切り上げた。大剣は本来振り下ろす為のものであり、その圧倒的な重量故に今のウィルの様な振るい方は全くと言っていいほど威力の出ない行動である。見る者が見れば、余りにもおざなりすぎるその動きは、ハンターが二人以上存在するときならば評価が一変する。

 ウィルの切り上げによって完全に態勢を崩したヒプノックに、瞬時に肉薄したジークは流麗な太刀筋で無傷な右足へと切り傷を生み出していく。

 

「ウィル、下がれ!」

 

 素人目に見ても、もう少しで完全に転倒するだろうとわかる程ふらついているヒプノックに、ジークは追撃を止めて再び下がり、ウィルは今度こそ頭に叩き込むことができるように大剣を構える。この時ウィルにジークの声は聞こえていたが、明らかなこのチャンスに自分が下がる理由はわからないと考えてウィルは大剣をもう一度上段で構えていた。

 

「やあぁぁ!」

「馬鹿野郎っ!」

 

 体重を込めて重力に従って振り下ろされた大剣を、足元がふらついているヒプノックに避けられるはずがないと確信していたウィルは、そのままジークの言葉を無視して勢いよく振り下ろそうとし、翼をはためかせて態勢を立て直したヒプノックが、後方に飛びながら睡眠ガスを吐き出した。

 

「なっ……ん、で……」

 

 ヒプノックが口から吐き出した睡眠成分が多分に含まれたブレスは、一瞬でウィルの意識を奪い去った。今度は一転してふらつくウィルの腹部に、ヒプノックの放った強烈な前蹴りがめり込んだ。

 いっそ綺麗なほどのくの字になって吹き飛ぶウィルを見て、ジークは舌打ちをした。ジークが今のヒプノックの動きを正確に見切れたのは、タンジアで数多くのモンスターと戦ってG級ハンターにまで上り詰めた過程で手に入れた観察眼と直観力であった。まだハンターになりたてのウィルにその判断をするには、圧倒的に戦闘経験が足りていなかった。そして、ウィルに足りないもう一つのことは、単純に狩るべきモンスターを自分と同じ生物だと見ることができていないことだとジークは思っていた。それがこんな悪い形で出るとはジークも思っていなかったので、少し焦るように太刀を振るってヒプノックの注意をこちらに向けさせる。

 

「こっちに来い! 俺ならお前の相手ぐらいしてやれるよ!」

 

 相方であるウィルを生かすために太刀でヒプノックの翼を傷つけ、的確にその攻撃を避けるジークは、大樹の根元で血反吐を吐きながら必死に立ち上がろうとするウィルを視界に収めた。意識があることを確認したジークはヒプノックの視界をふさぐように、太刀に付着した血を振りまいてから素早くウィルを抱えて大樹の外側へと飛び出した。

 

「しっかりしろ。応急薬でも飲んで息を整えろ」

「げほっ! は、はい」

 

 かなりの痛みを感じているのか、とても辛そうにしながら応急薬を一気に呷ったウィルは、徐々に落ち着きを取り戻しながらもジークへと視線を向けた。自分と同じくらい若いハンターであるジークならば、自分とそう動きに大差ないのではないだろうかと思っていたウィルだったが、結果はこの有様である。無様にもヒプノックに殺されかけたと言ってもいいウィルは、酷く自信を失くしていた。

 

「……なんで、あの時ヒプノックが態勢を立て直すと分かったんですか?」

「勘だ」

「え?」

「だから勘だって」

 

 呼吸を落ち着けようとしているウィルを横目に、イニティソードを丁寧に研いでいるジークは、投げやりにそう答えた。あまりにも意味の分からない回答に対して、ウィルは自分がからかわれているのではないかと思っていた。

 

「本当だよ。正確に言うとハンターをやってきた中で培った勘、だけどな」

「……ジークさんは、ハンターになってまだ三年ではないんですか?」

「そうだよ。だけどその間に俺は数多くのモンスターと戦ったし、新種のモンスターと戦うのだって初めてじゃない」

 

 ジークはかつての自分を思い出しながら笑って話していた。無茶無謀は今のウィルと大差なく、自分の知らないモンスターだろうと平然と突っ込んでいって死にかけ、引き際を見誤って死にかけ、仲間を助ける為にと飛び込んで死にかけた。思い返してみれば随分綱渡りな人生だった、と自分で振り返りながらウィルに向き合った。

 

「いいか? ヒプノックはモンスターだが俺らと同じ生物だ。考えて動くこともあるし、本能に任せて動くこともある」

「生物……」

「あいつはおとぎ話から飛び出した指向性のない怪物じゃない」

 

 ジークの言葉は不思議とウィルの中に簡単に入り込んできた。どうして自分がジークと比べて劣っていたのかを簡単に表していた言葉だったかもしれない。ウィルにとってヒプノックというモンスターは、依頼によって討伐するべき怪物になっていたのかもしれない。

 

「行けそうか?」

「……はい!」

 

 二重の意味で問うジークの言葉に、今度こそ強く頷いたウィルは大剣を背負って立ち上がった。自分が未熟なことを理解したのならば、次はそれを挽回する為に立ち上がるべきだと考えたウィルは、しばらくジークの動きから狩人としての能力を学ぼうと思っていた。

 

「ヒプノックは多分もう移動してるだろうから……ペイントボールの臭気を追っていこう」

 

 大樹の中を覗いて、ヒプノックがいないことを確認したジークは、少しだけ鼻を触ってから周囲の匂いを嗅ぐように鼻を動かした。ペイントの実が発する独特な匂いはジークの鼻にもよく匂うほどである。

 

「うっ……俺、ペイントの実の匂い好きじゃないんだよなぁ……」

「はは……多分モンスターもですよ」

 

 我慢できる程ではあるが、あまり好んで匂いを辿りたいと言うものではない。モンスターも嫌って水で洗い流す個体も存在するが、全く頓着しない個体も存在したりと様々である。

 

「よし……北の方にいるみたいだな」

「北の方ってことは……水場ですね」

「綺麗好きなんだろ」

 

 ヒプノックが顔にぶちまけられたペイントボールの匂いを取る為に水のある場所まで行ったのだろうと考えたジークは、そのまま匂いを嗅ぐのを止めて草木を掻き分けながら開けた湖がある北まで直進した。ヒプノックの縄張りに入ることを恐れているのか、道中はハンターを見かけても遠目に威嚇する程度ですぐに去っていってしまうランポスの群れがあったが、ジークとしてはすぐにヒプノックを追いかけたいところだったのでかえって有難いことだった。

 しばらく草木の間を抜けて歩いていると、少しだけ開けた場所が見えたのでジークとウィルは二人で姿勢を低くして草の間から前を見た。

 

「いたぞ」

「やっぱり顔を洗ってますね」

 

 身体につけられた傷が痛むのか、所々で小さな鳴き声を上げながら顔を思いきり水面に突っ込んで左右に振っていた。

 

「突っ込むぞ。今のあいつは警戒心が半端じゃないからな」

「下手に隠れても見つかるってことですか?」

 

 ジークは静かに頷いて太刀の柄へと手を伸ばした。

 特に何も言わずに草むらから飛び出したジークを見て、今度こそ自分で判断して見せろと言われていることに気が付いたウィルは、ジークが飛び出した草むらか少し移動してそのまま隠れていた。

 

「よぉ!」

 

 太刀を抜刀しながら走ってくるジークを見て、傷をつけられた相手であることを認識して、怒り狂ったかのように甲高い声を上げて膂力全開で突進し、ジークを轢き潰そうとするが当然ジークはそれを横に避けることで簡単に射程外へと逃れる。横への回避から流れるように太刀を突き出して、ウィルが刻んだ左足へと追撃するように差し込んだ。大量の血をまき散らしながら、ヒプノックは痛みを感じていないかのように的確にジークのいる位置へとブレスを吐き出す。

 

「はっ、死に至る眠りか」

 

 ヒプノックのブレスが引き起こす睡眠を、王立古生物書士隊の調査員は死に至る眠りと著していたが、前にウィルが受けた眠りからの前蹴りを見れば頷けることである。それこそが、ランポスたちがヒプノックの縄張りに入ることを躊躇する理由なのだろう。

 

「クソっ」

 

 余程太刀による攻撃を警戒しているのか、ジークが回避する度に新しいブレスを吐き出して決して近寄らせないように立ち回っていた。厄介極まりないこの動きは、いずれジークの体力が先に尽きてブレスを避けきれなくなることは目に見えていた。幾らハンターが超人の如く身体を鍛えているからと言って、無限に横へと飛び続けることができる訳ではないのだ。しかし、それはジークが一人で狩猟をしていればの話である。

 

「こっちを……見ろ!」

 

 ジークは横へと転がりながらウィルが隠れている少し高台になっている草むらの前までヒプノックを誘導していた。ジークが最後に笑みを浮かべながらヒプノックのブレスを避けた瞬間、ヒプノックの背後からウィルが飛び出した。突然背後から現れたウィルに対してヒプノックが即座に反応して振り向くが、ブレスを吐かれなくなったことで自由になったジークが最短距離で近づいてヒプノックの右足の付け根へと深く太刀を突き刺した。

 

「終わりだ」

 

 太刀を引き抜いてジークが一人で呟いた次の瞬間、ウィルの全体重と高台から落下する勢いを全て乗せた大剣の一振りがヒプノックの頭に直撃する。そのまま首筋を伝って身体を切り裂くように振り抜いたウィルは、今の一振りがヒプノックに対して絶命の一撃であることを理解していた。

 今までのどの攻撃よりも勢いよく血を噴き出して、地に倒れるヒプノックを見て、ウィルは大きく息を吐きだした。

 

「お疲れさん」

「は、はい」

 

 小さな悲鳴を少し上げてから、全く動かなくなったヒプノックを見下ろしながら、ジークは太刀を納刀していた。大剣で身体を支えて笑みを浮かべているウィルに、ジークは確かな才能を感じていた。

 

「じゃ、さっさと剥ぎ取って帰るぞ」

「そうですね」

 

 既に疲れ果てているウィルは、まだまだ余裕のありそうなジークを見てやはり見習わなければと思って気合を入れ、大剣をそのままに剥ぎ取り用のナイフをポーチから取り出した。

 

 


 

 

「んー……結構疲れたな」

「僕は死にかけましたけどね」

「よくあることだ」

 

 帰りの荷車に乗って樹海の奥地からメゼポルタ広場まで帰ってきたウィルは、見えてきたメゼポルタ広場を見て安堵の息を吐いていた。ジークは樹海から帰る間に短い睡眠をとって言葉とは裏腹に、既にクエストへ行く前と同じような顔をしていた。

 

「あ、一個忘れてた」

「なんですか?」

 

 荷物を全て持って荷車から降り、アプトノスを撫でていたジークは何かを唐突に思い出して、ウィルへと向き合った。

 

「お前、俺の作る猟団の副猟団長になってくれない?」

「……へ?」

 

 唐突な勧誘に、ウィルは固まっていた。自分が参考にしようとしていたハンターからまさか勧誘されるなんて全く思っていなかったウィルだったが、よく考えなくてもジークと行動を共にすることは自分のレベルアップにも繋がることだとすぐに気が付いて、ジークの手を即座に取った。

 

「入ります! やります!」

「おう。助かる……実はやりたいことがあってな。それはまた追々説明していくとして……猟団設立するか」

「はい!」

 

 かなり食い気味に反応してきたウィルに首を傾げながらも、仲間になってくれるならばそれはそれでいいかと適当に考えていたジークは、二人でクエスト終わりの姿のまま猟団受付へと向かった。

 猟団受付では相も変わらず猟団愛に溢れている男が誰かに熱弁しているのだろうかと思ったジークだったが、遠目から見て誰かに絡まれているのかタジタジだった。

 

「その、猟団に入らないと会えないんですか?」

「でも『アイギス』は猟団員も満員状態で入ることはできないけど……ハンターとしてなら広場でも会えるのではないかね?」

「どうしても『姉』に会いたいんです!」

 

 受付の男に必死に詰め寄る少女を見て、ジークは首を傾げながらも近づいた。

 

「姉に会いたいってどういうこと?」

「わっ!? す、すいません……受付の前で騒がしくしてしまって」

 

 後ろからジークに声をかけられて、少女はその長い金髪が激しく動く程早く頭を下げた。突然頭を下げられて、ジークもウィルも微妙な顔をしながらその少女の頭を見ていた。

 

「わ、私姉に会いにメゼポルタまで来たんです」

「へぇ……じゃあハンターじゃないんですか?」

「い、いえ。私も一応ハンターなんですけど、今日ここに来たばかりで……それで姉が『アイギス』って猟団の団長だって言うから……」

「『アイギス』の団長?」

 

 少女の言葉に一番最初に反応したのはジークだった。続いて、猟団受付の男は目を見開いてからその少女の顔をじっくりと見て一人で頷いていた。ウィルはまだこのメゼポルタで何が起きているのか理解できていないので、『アイギス』と言われても首を傾げていた。

 

「成程。何処かで見たような顔だと思ったら猟団長セティの妹だったのか」

「……無理を言ってしまってすいません……また出直してきます」

 

 会えないことを理解したのか、少女は落ち込みながらも何処かへと走って行ってしまった。その後ろ姿を見ていることしかできなかったジークは、少しだけポカンとしていたが、すぐに動き出して猟団受付の男にウィルを紹介し始めた。

 

「えっと……こいつが副団長やってくれるんで、猟団作ってもらってもいいですかね?」

「早速二人目を見つけたのか! 幸先がいいな」

「はい。気が合うと思ったので」

 

 ウィルが頭を下げると、とても嬉しそうな顔を浮かべながら猟団を設立する為の記入用紙を渡してきた。

 

「猟団名と猟団方針を記入して、猟団長の名前を頼む」

「猟団方針か……どうする?」

「初心者歓迎、とか?」

「それでいいか」

 

 副猟団長であるウィルに対して適当に聞けば、とてもまともな答えが返ってきたことにジークは少し感心しながらも『初心者歓迎』と猟団方針の欄に記入し、自分の名前であるジークを記入してそのまま猟団名で筆が止まった。

 

「猟団名、どうする?」

「……どうするって言われても、決めてなかったんですか?」

「いや、考えてはいたんだけどな……猟団を結成しようと考えたの今日なんだよ」

「そうだったんですか……それでも、ジークさんが考えてくださいよ。僕は貴方についていくと決めたんですから」

 

 実際、猟団名はその猟団を簡単に表すものといっても過言ではない。センスのない名前に成れば当然人は寄り付かないし、かっこいい名前にすればそれだけ人も集まると言うものである。

 ジークが結成しようとする猟団の副猟団長ではあるものの、ウィルとしては彼が直感的にいいと決めたものが第一だと考えていた。

 

「じゃあ『ニーベルング』で」

「何か元の名前があるんですか?」

「勘」

 

 ジークの言葉にウィルが苦笑を浮かべていた。ジークとしては『ロームルス』や『アイギス』や『カリバーン』の様なかっこいい名前がいいと考えてつけた名前なのだが、直観にしてはいい名前だと自画自賛をしていた。

 

「よし。これで猟団が設立できるんですか?」

「大丈夫だ。それと、ウィル君にも名前を書いてもらえば猟団員になれるぞ。本当は猟団長の承認などが必要なのだが、団長の推薦なら必要ないからな」

「じゃあ書きますね」

 

 書類の代わりに差し出された猟団員リストへとウィルが名前を書き、副団長として印をつける。猟団受付はジークに証明用の判子を渡し、副猟団長にも非常用の証明判子を渡して猟団の結成となる。

 

「うむ、猟団の設立を認めよう。これからも何か困ったらメゼポルタ猟団組合に相談するといい」

「ありがとうございます」

 

 受付から猟団に関する書類と猟団関連の説明書などを全て受け取って、ジークとウィルは二人で交流酒場へと向かって歩きだした。




次回も狩りに行くかも?
まだこの序盤はオリジナルモンスターは少ないですね。


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猟団(ギルド)

遅筆で読者の方には本当に申し訳ないです。


 猟団受付から受け取った書類を片手に持ちながら歩いているジークは、猟団長として守らなければならない色々な資料を流し見しているが、大体はハンターになる為に受ける試験の筆記とそこまで変わっていなかった。

 

「んー……そこまで面倒くさそうな規則はなさそうだな」

「基本的にハンターたちの自主性に任せるって感じなんですかね?」

「さぁな……取り敢えず交流酒場行こうか。待たせてる人がいるし」

 

 メゼポルタ広場に来てから一度も行ったこともない交流酒場に行くことになるウィルとしてはそれなりの緊張感を持っているのだが、ジークは『ロームルス』の猟団長であるネルバと副猟団長のスロアとはよく会っているので慣れたものである。

 

「知り合いですか?」

「話しただろ? 将来の同盟相手」

 

 ジークの言葉に、ウィルは一人で納得したように頷いていた。ジークが猟団を立ち上げた理由でもあり、将来的には同盟を結んで協力していく相手ともなれば失礼はできないとウィルは再び緊張し始めた。そんなウィルの様子には全く気が付かずに、ジークはずんずんと広場を進んで交流酒場へと足を踏み入れた。

 

「昨日ぶりですねネルバさん、スロアさん」

「おう。猟団は無事にできたみたいだな」

 

 交流酒場へと入って一番最初にジークが見つけたのは、見慣れた二人の飲んだくれハンターの姿であった。言葉をかければ、何故か猟団を設立させとを知られていることにジークは首を傾げたが、スロアが苦笑しながら手に持っている資料を指さしたことでジークも理解して苦笑した。

 

「まだ同盟を結ぶまでの規模ではありませんが、これから少しずつでも大きくしていくつもりですよ」

「頑張ってくれ。こっちも結構勧誘してるんだが……やっぱり『プレアデス』と『円卓』の名声が邪魔をしてくる」

「こればっかりは仕方ないですね」

 

 ネルバの言う『プレアデス』と『円卓』の名声が邪魔するとは、以前までの狩人祭における功績や団員たちの実力がメゼポルタに訪れたばかりの新人ハンターの耳には入っているのでそれ以外の有象無象には見向きもしない話である。

 

「まぁ大きなところに行った方が安心安全なのは間違いないんだけど……悔しい話だよね」

 

 エールを一口呷ってから、スロアはため息をと共にそっと零した。結局ギルドにも二大巨頭にも全く認識されてすらいない猟団になど誰も入りたがらないのが現実である。

 

「こっちが俺の猟団の副猟団長をやってくれるウィル。俺と同じような初心者ですけど、かなり動けますよ」

「へぇ……有能そうな参謀を味方につけたな」

 

 思い出したかのようにウィルを紹介するジークに、ネルバとスロアは興味津々といった様子でウィルの顔を覗き込んだ。いきなり先輩ハンター二人に顔を覗き込まれたウィルは冷や汗をかきながらも震える声で自己紹介をしていた。

 

「ふむ。これが団長の言っていた同盟相手か?」

「お、やっと来たか遅刻姉妹」

「誰が遅刻姉妹だ」

 

 ネルバの向かいに座っていたジークは、突然背後から肩を掴まれて声を頭上からかけられたことに異常なほど驚き、その手を振りほどいてから大袈裟に距離を取った。いきなり椅子から飛び退いたジークの姿にウィルが少し驚きながら首を横に傾けていたが、ジークとしては内心たまったものではない。

 

「どうした? そこまで驚かなくてもいいではないか」

 

 悪戯に成功した子供のように笑みを浮かべる女性と、その横で黙ったままジークに視線を向けるもう一人の女性を見て、ジークは顔が少しだけにやけるのが止められなかった。

 圧倒的な若さでタンジアにおいて、一握りの者にしか与えられなかったG級ハンターという称号を与えられたジークは、背後から寄ってくる生物の立てる物音に関してはとても敏感だった。にもかかわらず、二人の接近には全く気が付けなかったという事実は、目の前の二人が自分よりも優れた狩人であることをジークに理解させていた。それと同時に、後ろから声をかけた本人はジークが反応してから距離を取る速度と、飛び退いた距離間が今彼の背負っている片手剣の適性距離であることを見て目を白黒させていた。

 

「あんまり新人ハンターを脅かすなよ」

「新人? あれが?」

「そうだよ」

 

 ネルバの言葉に訝しげな表情をした後、沈黙を貫いていたもう片方の女性がジークの方へとチラリと視線を向けた。先程ジークが見せた咄嗟の対応能力は、既にベテランハンターの領域であり、ネルバの言う新人ハンターとは結び付くことができないからだった。

 

「驚かせたなジーク。こいつらが前に言った猟団設立時のメンバーのマルクとエルスだ」

「へぇ……よろしく少年」

「因みに双剣背負って五月蠅い方がマルクで、さっきからほとんど喋らずにお前と見つめ合ってるのがエルスな」

「見つめ合っている訳ではないんですけど……」

 

 何故かずっとジークの方へと視線を向けているエルスは、ウィルの方へと視線を向けてからもう一度ジークへと振り返った。

 

「エルス。よろしく」

「よ、よろしくお願いします……」

「取り敢えず、驚かせて悪かった。私はマルク……メゼポルタに来る前はそれなりにドンドルマを騒がせていたハンターだ」

 

 何処か尊大で役者のような喋り方をするマルクと、無口で表情の変わらないエルス。個性的な自己紹介をする双子は、見た目と違って性格は真反対のようである。マルクはすぐにネルバの隣に座り、料理を摘まんでいるが、エルスはずっとジークのことを見つめていた。

 片手剣に手をかけていたジークは、すぐにその手を降ろして再びウィルの隣に座り、水を一気に飲み干した。

 

「これで人はみんな揃ったね」

 

 スロアが笑顔のままそう言うと、マルクとエルス、そしてジークとウィルがスロアとネルバへと視線を向けた。

 

「そもそも何で俺たち呼ばれたのか聞いてませんでしたね」

「簡単に言うと、これからどうしていこうか互いの猟団の重役で話し合おうってことなんだけどね」

「重役って……そもそもウチは二人しかいませんけどね」

 

 こういう場ではいつもスロアが発言しているのか、ネルバもマルクもエルスも止めずにそのまま話を続けている姿を見ながら、ジークは隣で緊張から身体を固めているウィルに苦笑していた。

 

「ジークたちの……」

「『ニーベルング』ですか?」

「そう『ニーベルング』も俺らの『ロームルス』もまず足りないものは人手、そんでもってギルドの評価だ」

 

 スロアの言葉に頷きながら言うネルバは、紙にメモするように『ニーベルング』と『ロームルス』のメンバー構成とハンターランクを記していく。

 

「お前らがハンターランク11くらいだろ?」

「先日11になったばかりですね」

 

 そもそもジークたちが狩りに行ったヒプノックの狩猟条件はハンターランク11以上なので、彼らがハンターランク11以上であることは確定している。ハンターランクを11にするには公式狩猟試験を受ける必要があるのだが、相手は所詮ダイミョウザザミ一頭の討伐である。ジークはダイミョウザザミを狩猟して簡単に狩猟試験を突破し、既にランクを11に上げていた。

 

「んで、俺らが主力メンバーが50前後で、最近入った奴が30過ぎぐらいだな」

「……一応聞きますけど『円卓』と『プレアデス』は?」

「そりゃあ全員999で止まってるよ」

 

 ジークは内心で知ってたと思いながらも、二大猟団と呼ばれるハンターたちへの壁の高さを再確認した。そもそもジークたちがこのメゼポルタにやってくる前からやっているハンターたちだっているのだから、当然相手側の方が強いのなんてわかりきっていることではあった。

 

「当分の問題はハンターランクと人手ですかね」

「999までって言うと遠く聞こえるかもしれないけど、実際は100まであれば十分だけどね」

「スロアさん、その話はどういう意味ですか?」

 

 ウィルがハンターランクと同時に人手が全く足りないのだと頭を抱えて言うと、スロアが付け足すように言葉を重ねた。

 

「簡単な話、ハンターランク100以上のハンターはメゼポルタでは「凄腕ハンター」と呼称するんだ。そして、この凄腕ハンターっていうのがメゼポルタの中でもかなり数が少ない。今大体メゼポルタ全体のハンター数が二万弱って言われてて、そのうちの3000人程度が凄腕ハンターだって言われてるけど……」

「二万!? このメゼポルタだけでですか!?」

 

 スロアは簡単に言ったが、他のギルド出身からするとあり得ない程のハンター人口数であった。第一にメゼポルタ周辺に大きな都市などが存在しないのにも関わらずそれだけのハンターが存在すると言うこと。ドンドルマの周辺地域などは大きな街であったり、国力の大きな国などが存在しているが、メゼポルタ広場が存在しているフォンロン地方にはそもそも大きな街が存在しない。

 

「みんながみんなハンターって訳じゃないよ? あくまでハンターライセンスを持っている人だけ。外ではハンターだったけど、今では職人をやってる人なんかもいるし……メゼポルタに所属するハンターみんながマイハウス利用している訳でもないしね」

「そう、なんですか……」

 

 だとしても意味の分からない程膨大な数のハンターが在籍しているのは事実だろう。実際、メゼポルタ広場には常に誰かしらがいるのに、狩りから帰ってくるハンターも大量に存在しているのだからそれぐらいの数はいるのだろう。

 

「広場を経由せずに猟団部屋からクエストを受けたり、パローネキャラバンで移動したり、ここから少し離れたメゼポルタ管轄の別ギルドから出発したりって具合に、沢山あるし……一概にみんなメゼポルタにいるとは言えないんだ」

「そ、そんなメゼポルタを二分する猟団があるんですよね?」

 

 スロアの説明を聞いて改めて『プレアデス』と『円卓』の二大同盟の大きさに身震いしているウィルは、不安気にジークの方へと視線を向けた。モンスター被害の少ない村に生まれたウィルからすれば、これだけ大人数の人間が徒党を組んでいること事態が理解できないことであるのに、それを束ねる二つの同盟がどれだけの規模なのかなど想像することもできなかった。

 

「凄腕ハンターが3000人、その全てが派閥に所属しているとは言わねぇが、凄腕ハンター以上じゃないと奴らにとっても派閥の内にすら入ってない。正直、凄腕ハンターですらない俺ら程度じゃ勝ち目なんて最初からない」

「……凄腕ハンター、か」

 

 ネルバの言葉に、ジークは目を細めて難しそうな顔をしながら顎に触れていた。

 スロアとネルバの話を聞く限り、メゼポルタギルド周辺におけるハンターの全体数は大体二万程度でありながらも、実際に影響力を持って狩人祭などに深く関わることができるハンターはメゼポルタ広場全体で3000人程度。ただし、凄腕ハンターの殆どが現状『プレアデス』か『円卓』のどちらかに所属する形で派閥を形成している。

 ジークは二人から聞いた情報を頭の中で整理しながら、狩人祭の内容を思い出してネルバの方へと視線を向けた。

 

「狩人祭で無視できない存在になるって話ですけど、狩人祭は蒼竜と紅竜の二つに猟団を分けて競わせる訳ですけど……どちらか片方しか倒せないから意味が無いのではって……この話前もしましたね」

「その話を聞いて考えたんだけどよ……俺らの最終的な目標は『プレアデス』の後ろ盾を得て『円卓』をぶっ倒すことだと思ったんだ」

「『プレアデス』の後ろ盾?」

 

 ネルバの言葉に一番最初に反応したのはマルクだった。そもそも今の二大猟団を引っ掻き回してやろうと言われて『ロームルス』に参加したのだから、今のネルバの言葉は一種の裏切りに近い物でもあった。当然マルクのその反応も予想していたネルバは、焦ることも無くその場の全員を見た。

 

「狩人祭がメゼポルタを二つにしか分けない以上、どちらかの猟団は味方側になる」

「道理だな。しかしその二つの猟団どちらも倒すと言って私を勧誘した君が、それを言うのかい?」

「落ち着きなよ。ネルバの言いたいことは分った……つまりまだ話が通じやすい『プレアデス』と共に狩人祭に勝利した上で、その二つの同盟以上の戦果を残すってことだろう?」

 

 マルクの責めるような視線の中で説明するネルバの言葉を先にとって、スロアは情報を簡単に纏めた。

 

「どれだけやっても『円卓』と『プレアデス』に目を向けてもらわねえと勝負すらできないからな」

「成程な……それならば問題はない。早とちりをしてしまったよ」

「……マルクはいつもそう」

 

 エルスの言葉に肩を竦めながらマルクは形だけの謝罪をして、再びスロアとネルバに視線を向けた。

 

「じゃあ『プレアデス』のトップと話をしないといけませんね」

「おう……いや、そうだけど早くないか?」

「早い方がいいでしょう?」

「お前な……そもそも俺らみたいな下っ端ハンターがメゼポルタのトップハンターに会えるかよ」

「会えるあてならありますよ」

 

 簡単に言うジークにネルバは呆れながらため息を吐いたて、ジークのあてがあるという言葉にエルスとマルクとスロアと共に目を見開いて視線を向けた。隣で黙って話を聞いていたウィルも、いつの間にそんなあてができたのかと思いながら視線を向けると、ジークはウィルの肩を叩いた。

 

「さっきここに来る前に『アイギス』猟団長の妹と会ったんですよ」

「妹!?」

 

 当然と言えば当然だが、どれだけ有名なハンターになろうがそのプライベートまで知っている人間などそう多くはない。大猟団の団長と言っても、そもそもプライベートなど知る訳が無いのでネルバたちも妹がいるなど初耳である。

 

「なので『プレアデス』の件はこっちでやっておくので大丈夫ですよ」

「……そ、そうか」

「ふふ、やはり面白い奴だな」

 

 破天荒とも言えるジークの発言にネルバは戸惑いながらも頷き、マルクは楽しそうに笑いながらジークの肩を横から叩いていた。まるで酔っ払いのように絡んでくるマルクに対して、面倒くさそうな顔をしながら相手をするジークは、エルスの視線が自分に向いていることに気が付いた。

 

「……確かに、面白い」

「だろう? やはり双子で感性が似ているな!」

 

 エルスの言葉に機嫌をよくして喋るマルクだが、感性が同じだと言う発言にハンターとしての装備が二人で全く違うことから、ウィルとジーク、ネルバとスロアは内心で本当にそうなのだろうかと思いながらも絡まれたくないので黙っていた。

 

「ネルバ」

「団長と呼べ。なんだ?」

「私、この子の猟団に入る」

「んぐッ!? え、エルス?」

 

 機嫌よくエールを口にしたマルクは、続くエルスの言葉に咽ながら正気かと言わんばかりの視線を双子の姉に向ける。

 

「本気」

「……いや、俺は別にいいけどよ」

「はぁ!? なにを勝手に承認している髭!」

「髭!?」

 

 エルスの目を見て別に盾か剣に行かないならそれはそれで問題ないかと思いながら頷いたネルバに、マルクは勢いよく立ち上がって抗議した。抗議と言うにはあまりにも辛辣な言葉が口から出て気がするが、エルスはそんなことを無視してジークの横までやってきて手を取った。

 

「貴方の将来が気になるわ。是非連れて行って欲しいのだけれど」

「あ、え、えぇ……ウィル、どういうことなの?」

「さ、さぁ?」

 

 ジークからの縋るような視線に困惑しながらも、ウィルはエルスの言っていることの意味が半分程度なら理解できる気がしていた。共に狩りに出掛けた回数などヒプノックの一回しかなくとも、ウィルから見たジークは才能の塊であり、また仲間を鼓舞することのできる圧倒的なカリスマ性があるとも感じていた。だからこそウィルはジークから猟団に勧誘された時に即頷いて付いていくことにしたのだ。

 そんな将来性をエルスが感じ取ったのかどうかは知らないが、マルクが何か騒いでいるのを全く無視してジークを見つめているエルスに対して、先にジークが視線を逸らした。

 

「ひ、人手はあれば助かりますけど……ネルバさんたちは」

「大丈夫よ。『ロームルス』は私一人抜けた程度で瓦解する程ヤワじゃないわ」

「エルス! 本気か!?」

「さっきも言ったけど、本気」

 

 掴みかかるのではないかと思う程の勢いでエルスのもとまでやってきたマルクだが、いつも通り口数が少ないのに絶対に譲らないと言わんばかりのオーラを感じていた。彼女たちはハンターになった時からずっと二人で行動していたのだから、今更二人の道が分かたれるとはマルクも考えていなかった。

 

「どっちにしろ『ロームルス』と『ニーベルング』は同盟も結ぶからマルクとも狩りに行ける」

「そう言う問題じゃ……」

「私は自分の直感を信じてる」

「……あぁもう! 分かった! 姉さんはこうなると絶対に聞かないからな……しょうがない」

 

 全く意見など曲げるつもりが無いと堂々としているエルスに、マルクが頭を掻きむしってから大きなため息吐いて、ジークたちの前で初めてエルスのことを姉と呼んだ。双子として振舞っていても、彼女たちの中にはどこかしら姉妹としての基準があるらしく、拗ねるように顔を背けるマルクの頭をエルスが少しだけ微笑みながら撫でていた。

 

「全く……こっちから人が引き抜かれるとは思わなかったぞ」

「あはは……すいません」

「まぁ、一人ぐらいはそっちに知った奴がいれば関係も強固になるってもんだ。よろしく頼むぞ」

「相変わらずネルバは破天荒だな……」

「ジークさんは自由なんですから……」

 

 猟団長同士で握手しているのを見て、ウィルとスロアも視線をぶつけてから副猟団長同士なにかを感じ合ったのかネルバとジークよりもがっしりと手を掴み合っていた。

 

 


 

 

「何はともあれ、猟団員が三人になったことだし……そろそろ俺とウィルも上位に足を踏み入れる準備をしたいところだな」

「私はしばらく猟団移動の手続きで動けない。その間にそれなりに勧誘はしておくわ」

「ありがとうございます」

 

 新たに『ニーベルング』に移籍してくれたエルスとウィルと共に広場を歩いていたジークは、これからの活動方針を頭の中で考えていた。エルスの言葉を信じて新人ハンターの勧誘はしばらくエルスに任せ、早く上位ハンターになる必要があると考えていた。勧誘しようとするのが新人ハンターならば、自分と同じ下位の新人ハンターが猟団長の猟団に誘われても普通は誘いを断るものである。猟団員が強ければ強い程、自分がその猟団に入った時に得られる恩恵がでかいのだから当然とも言える。

 

「最悪次の狩人祭は見送ることになるな」

「寒冷期までにどれだけ『ニーベルング』と『ロームルス』が人を集められるか次第、ですね」

「集めた人も最低上位以上にはなって欲しいところ」

「本当に……時間がないな」

 

 未だ温暖期の始め程度でしかないが、これから古龍種が活発になる寒冷期前までになるべく多くのハンターを猟団に引き入れ、寒冷期に古龍種を撃退ないしは討伐することで『ニーベルング』と『ロームルス』が将来作る同盟へのギルドからの評価を上げよう、というのが今の所ジークが考えた最短の道である。

 

「よし。取り敢えず何か良い依頼がないか探しに行こうか、ウィル」

「わかりました! でも連戦はきついので出発は明日以降で」

「わかってるよ」

 

 ウィルの切実な言葉にジークは苦笑しながらエルスと別れ、クエストを管理しているユニスの元へと向かって行った。そんな二人の背中を見ながら、将来二つの猟団が組んだ時に出来上がる同盟を想像しながらエルスは猟団受付の方へと視線を向けて、金色の目立つ髪色を発見した。

 

「はぁ……忙しいのかな……」

 

 何か落ち込んでいるのか、受付の近くにあるベンチに腰かけて悲壮感漂う姿で項垂れている金髪を見て、エルスはなにかを思い出しそうになっていた。少し前に同じような色の金髪を見た気がする、と思いながらも新人ハンターらしき彼女の隣にエルスは腰かけた。

 

「悩み事?」

「え? あ、すいません……こんな目立つところで落ち込んでいて」

 

 突然隣に現れた美しい顔立ちの女性に驚きながら、金髪の少女は顔を上げてエルスと目を合わせた。

 

「その……私、姉に会いたくてこのメゼポルタに来たんです。でも、全然会えなくて……」

「そう」

「姉は……ただ笑顔で待っていてと言って故郷を出て……やっぱり嫌われたのかな」

 

 涙を堪えながら俯く少女に、エルスは何を言っているのかわからないという様な顔をしていた。突然過去を話されたことに関しては、自分から首を突っ込んだことなので特に何とも思ってはいないが、それでも何故か自分が嫌われているという少女のことを自分とは違う生物を見るように見てから一度息を吐いた。

 

「姉は、妹のことを嫌いになれないものよ」

「……貴女は、妹がいるんですか?」

「変な妹が、ね」

「ふふ……」

 

 自分の妹のことを変だと言うエルスに、少女は笑みを浮かべながら彼女の話を聞いてみようと思って顔を上げた。

 

「私たち姉妹は、元々ドンドルマでハンターをしていた。両親がハンターだったし、そうなることが普通だと思ってハンターになった」

「……生まれた時から」

「そうよ。でも、両親が年齢でハンターを引退してから、旅がしたくなって私がメゼポルタに行くと言ったら、妹もついてきた」

 

 エルスは過去のことを思い返しながら、少女に自分の話を続ける。メゼポルタへ行くと言った時に両親は受け入れてくれたのにも関わらず、マルクが最後まで反対して大喧嘩になったことを思い出しながらも、エルスは楽しかった過去を振り返る。

 

「正直、私は妹の方がハンターとして才能があると思っている。そんな妹が私と同じ道を歩もうなんて、正直気が狂うかと思ったわ」

 

 過去、エルスはハンターになる為の教習所で自分の双子の妹であるマルクとの才能の差に愕然としたことがある。マルクは昔から近接武器でモンスターの攻撃の合間をくぐり抜け、エルス自身はモンスターの動きが先読みできても身体がついてこなかった。当然教習所の周りの人間たちはマルクを褒め称え、エルスのことをマルクと比較して勝手に失望していた。基本的に感情が表にでないエルスだが、内心はかなり激情型なので怒り狂いもした。

 

「でもね……やっぱり妹のことは嫌いになれなかった」

 

 自身の劣等感の象徴とも言えるマルクなどエルスは嫌いで嫌いで仕方が無かったはずなのに、自分のことをいつまでも姉として慕い、頼りにしてくれるマルクのことを心の底から憎むことができなかった。

 

「いい? 姉と言うのは、妹が嫌いになれない存在なの。一人で諦める前に、ちゃんと向き合ってみなさい」

「……はい!」

 

 エルスは少女の頭を撫でながら少しだけ笑みを浮かべていた。少女は、エルスに優しく撫でられながら昔実の姉にもこうして撫でられたことを思い出して、さっきまでとは違う意味で涙を浮かべた。

 

「あ、あの……お名前を聞いてもいいですか?」

「エルスよ。今は……新しい猟団の人員勧誘中」

「そうなんですね……あの、私も……」

 

 見ず知らずの相手である自分に優しく、そして姉のように接してくれたエルスに対して少女は既に尊敬の念を抱いていた。エルスが新たに加わってくれる猟団員を探していると言う言葉に反応して、少女は恥ずかしがりながらなにかを決意していた。

 

「私も、エルスさんの猟団に加えていただけませんか?」

「……私は猟団長ではないから判断できない。けど、団長と合わせることはできるわ」

 

 お節介をかけた相手がまさか猟団に入ってくれるとは思っていなかったエルスは、驚きながらも人員確保の為に少女の言葉に頷いた。とは言え、副猟団長でもなければまだ『ロームルス』から移籍が完了した訳ではないので、エルス自身にはその権限がなかった。そして『ニーベルング』の猟団長と副猟団長は明日の狩りに備えて既に眠っているだろうことは明白だったので、しばらくは会えないと考えていた。

 

「猟団長がいつ帰ってくるか、それは私にもわからない。だから、しばらくは私と二人で行動しましょう」

「わぁ……はいっ!」

 

 エルスの言葉に笑顔で頷く金髪の少女は、エルスの前に立ってお辞儀をした。

 

「私、ティナと言います! これからよろしくお願いします、エルスさん!」

「そうね……期待してるわ。ティナ」

「はい! 期待に応えられるように頑張ります!」

 

 笑顔いっぱいで挨拶する彼女の姿を見て、一人目からかなりいい人材を勧誘したのではないだろうかと思いながら、エルスはティナの言葉に頷いた。




次回はジーク視点で狩りに行きます。
お相手は多分リオレイアですが……


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雌火竜(リオレイア)

2020年の2月に投稿を始めた小説なので、2月までには狩人祭完結までいきたいです。
サボらないように頑張ります。


 遠くの地平線から太陽が昇ってくる姿を見ながら、ジークは一人で早朝のメゼポルタ広場を眺めていた。クエストの受付場所から少し離れた高台に用意されたベンチに座り、広場でクエストを受けているハンターや、総合ショップなどにアイテムを搬入している業者などが広場を歩き回っている人たちを見ていた。当然昼や夜に比べて人は少ないが、それでもかなりの数の人間がこの時間から既に働き始めている姿こそ、この場所が栄えている証拠なのかもしれない。

 

「……やっぱりどのハンターも強そうだな」

 

 数多くのハンターが喋りながら歩いている。ジークは広場を歩くそれぞれのハンターたちが背負う武器や纏う防具の質を観察して呟いた。タンジアにいた時は自分も周囲からこう見られていたのだろうか、と思いながら眺めてジークは苦笑していた。しばらく高台からハンターの観察を続けていたジークは、横穴からものすごい眠そうな顔をしながら外に歩いてきた男を見て呆れていた。

 

「ふあぁ……おはようございます……」

「おはよう。もうちょっとシャキッとしろ」

「まだ暗いですよ……」

「もう日は昇りかけだ」

 

 とてつもなく眠そうな顔で挨拶するウィルに、ジークは苦笑しながら尻を弱めに叩いた。太陽が昇り初めて次第に明るくなっていくメゼポルタ広場には、ウィルと同じように活動し始めたハンターが多くなってきた。それこそウィルのように欠伸をしながら歩くハンターや、ジークのように完全に目が冴えているような顔で総合ショップの受付嬢と話しているハンターや、逆に今から寝る為に帰ってきたと身体で疲れを表現しているハンターなどがいた。

 

「よし、早めに準備していくか」

「そうですね……今日の相手は樹海じゃないくて密林ですし」

「移動の時間も含めて、陽が落ちる前にはメゼポルタに帰ってこよう」

「わかりました」

 

 ジークと共に朝の新鮮な空気を吸って大分目が冴えてきたのか、ウィルは眠っている間に凝り固まった身体を解すように腕を回しながらジークの言葉に頷いた。竜車で簡単に移動できる距離のバトュバトム樹海ではなく、船を使って大陸まで行かなければならないテロス密林での狩猟となれば、色々と用意する物もある。

 

「狩猟目標は……雌火竜(めすかりゅう)リオレイアだな」

「はい。僕は狩ったことないんですが……ジークさんはありますか?」

「そりゃあな」

 

 リオレイアと言えば世界的に見て広く分布している超有名な大型飛竜種である。リオレウスのつがいとして子育てをする雌の火竜であり、飛竜種の中でも特に翼が発達し、飛行能力が群を抜いているリオレウスを「空の王者」と呼称した時に、脚力が発達し、地上での狩りを多く行うことからリオレウスと対になる表現で「陸の女王」と呼称されることがある有名なモンスターである。大きな街に住んでいて、モンスターをあまり知らない人でも知っているリオレウスとリオレイア。その片割れともなればジークのようにG級ハンターを名乗っていたのならば幾度も相対したことがあるモンスターだ。

 

「棘の毒が厄介なんだよな」

「そうですね……リオレウスが爪に持っている毒を、リオレイアは尻尾に強力な毒を持っているんですよね。それを身体能力でもって空中で回転して外敵にぶつけたりする……聞いただけで恐ろしいですよ」

 

 メゼポルタに来る前は、モンスター被害の少ない小さな村で生まれ育ってハンターとなったウィルは、イャンクックのような中型種は狩ったことがあっても、リオレイアのような大型種などとは一度も遭遇したことが無いのだ。このメゼポルタに来てからもあまり大きなモンスターとは戦っていないので、今回がウィルの人生で初の大型モンスターの狩猟と言える。

 

「安心しろ。今回の個体は若い個体らしいから、そこまでの力は持ってない。ただ、村に近い所に縄張りの中心を持っているらしくてな……早めに狩っておかないと村が危ない」

「自然と人間の調和。ハンターの基本ですね」

「正直、人間の都合って言われたらそれまでだけどな」

 

 苦笑しながら言うジークに、ウィルも苦笑で返すことしかできなかった。

 

「よし。総合ショップ寄って解毒薬買ってからまた後で掲示板の前に集合な」

「はい! 今回も大剣で行きますけど……ジークさんはこの間作った」

「片手剣ね」

「わかりました」

 

 ジークの言葉に頷き、片手が盾で比較的自由に動き回れる片手剣がいるのならば、自分は安心して大剣を振りに行けると考えたウィルは、いつもよりも持ち物を少しだけ攻撃的にしようと考えていた。具体的に言えば、荷物の中からペイントボールを抜いて代わりに力の種でも持っていこうと思案している。そして、ジークも同様にウィルが大剣で狩りに行くのならばペイントボールや閃光玉などは自分が持っていくべきだと考えていた。頭の中で順調に狩りの準備を進めている二人は、マイハウスの前で一旦分かれてそのままそれぞれの準備を始めるのだった。

 

 


 

 

 広大な土地であるテロス密林の海岸線に広がる密林地帯を、雌火竜リオレイアは尋常ではない速度で走っていた。口から火炎を漏らしながら怒り狂ったような声を出して走る姿に、波打ち際で何かをつついていたヤオザミは慌てて砂の中に隠れ、ランポスは洞窟の中へと逃げ込み、逃げ遅れたランゴスタがその圧倒的な質量にぶつかって四肢を散らして無惨にも大地にばら撒かれた。木々を薙ぎ倒しながら走るリオレイアは、自分の前を走る人間を追いかけながら聞くだけで震えあがるような叫びをあげる。

 

「――ッ!? ウィルッ!」

 

 リオレイアの前を走っていた人間――ジークは、密林から抜け出して砂浜へと転がり出た。密林の木々の間を縫うように走っていたジークは、砂浜に出た途端に足を止めてリオレイアの方へと視線を向け、紙一重でリオレイアの足下をくぐり抜けた。陸の女王と称されるリオレイアの強靭な脚力によって巻き上げられた砂から、目を守るように腕で目元を隠したジークは、薄っすらた開けた目からリオレイアが想定通りに勢いを止めることができずに海辺へと滑っていき、用意されていた巨大な落とし穴に落ちた。ハンターが扱う落とし穴は、かなりの大仕掛けで設置するのにそれなりの時間を要するが、今回のように一人が陽動でもう一人が仕掛けるのならば絶大な効果をもたらす。リオレイアはウィルが予め仕掛けておいた落とし穴にジークが誘導する形で嵌り、砂浜に仕掛けられたこともあって暴れれば暴れるだけどんどん足を取られてしまう状態だった。

 討伐対象であるリオレイアが落とし穴に落ち、ジークの合図に反応するように木々の間から大剣を背負ったまま走り出したウィルは、重力に逆らうことなく自分の力と大地の力を合わせて縦に振り降ろし、リオレイアの翼についている毒を含んでいる棘を斬り飛ばした。

 

「よし!」

 

 棘を斬り飛ばされることは人間が想像するよりも痛みがあるのか、リオレイアは先程までの怒り狂った声ではなく、痛みに呻く様な少しだけ高い音を喉から出す。もうしばらくリオレイアが落とし穴から抜け出せないことを察したジークは、アイテムを持ち歩く為の袋から閃光玉を一つ取り出してから片手剣を抜刀してリオレイアに向かって走った。ジークが持つ、眠鳥の羽毛を軸に鉄鉱石、ドスランポスの爪で生産した『フェザーナイフ』をマカライト鉱石と砂竜の鱗と眠鳥の爪でより強固に磨き上げた『フェザーソード』は、リオレイアの背中の甲殻を難なく切り裂いて鮮血を周囲にまき散らした。柔らかい顔を傷つけるよりは出血が少ないが、それでも着実にリオレイアに傷を負わすことができる片手剣を見て、メゼポルタでずっと鍛冶をし続けているのだろう親方に感謝しながら、鋭くリオレイアの硬い鱗に沿って振るう。鱗に沿って刃を振るうことで、その硬い甲殻の下にある柔らかい筋肉の部分を直接斬りつけていた。

 

「ジークさん! そろそろ落とし穴の限界です!」

「思ったよりコイツがデカかったか……一旦離れろ!」

 

 ジークはこのテロス密林に着く前に、ウィルと相談して予めリオレイアを狩るうえでの手順を考えて来ていた。第一にリオレイアを発見したら今回依頼してきた村長がいる村とは反対方向の海辺の砂浜に落とし穴をウィルに仕掛けさせ、自分がリオレイアをそこまで誘導する。そして、ウィルには大剣で翼の部分にある棘をできるだけ斬り落としてもらって毒を受ける可能性を少しだけ減らすこと。それから狩りを始めることを事前にウィルに伝えていたジークだったが、若い個体と聞いていたリオレイアは思ったよりも大きく成長している影響で落とし穴に入っている時間が短かったことが誤算となっていた。砂浜の柔らかい砂の上に落とし穴を仕掛けることは、暴れる程に埋もれていく罠となるが、大型飛竜種であるリオレイアが暴れればそれだけの量の砂が掘ったはずの落とし穴に入っていくことでもある。

 ウィルはジークの言葉に従って大剣を背負い直してから急いでリオレイアから離れた。それと同時に、リオレイアは浅くなってきた砂に力を入れて踏み出しながら翼を広げて上空へと逃げた。

 

「飛竜種はやっぱり落とし穴が効きにくいか」

「ジークさん!」

 

 空に逃げたリオレイアの闘志は全く萎えず、むしろ小さな人間に傷つけられたことがプライドにさわったのか、怒りの咆哮を上げながらジーク目掛けて爪を立てて勢いよく着地した。分かり切った動きを今更受ける訳もなく、いきなり降ってきたことで生じた風圧すらも姿勢を低くして避け、低くなった姿勢から一気に足を使って左手に持ったフェザーソードをリオレイアの片目目掛けて振るう。目を守るように顔を背けたリオレイアの眉間に一文字の傷をつけた。

 

「おいおい。冗談だろ」

 

 顔を傷つけられた怒りのまま密林に向かって口を開いたリオレイアを見て、ジークはもう一撃を振るう為に踏み出していた足をそのまま、咄嗟に身体を横に転がして砂浜へと移動した。怒りの対象が移動したのを見て、リオレイアは首を動かして追いかけ、そのまま海に向かって火球を吐きだした。以前狩猟したイャンクックとは比べ物にならない威力の火球を放ったリオレイアに、ジークは苦笑していた。

 

「密林に放ったら大火事だろうが」

 

 自然との調和を目的として狩りをするハンターは、原則としてあまり自然を破壊する行為を自粛するように求められている。その為に海方向へと転がったジークだが、リオレイアが放った火球は海を蒸発させながら勢いよく浅瀬の海底に当たっていた。もしこんな火球が密林方向へと放たれて大火事にでもなっていたらと考えて、ジークは一回息を吐いた。

 

「ウィル、俺が援護するから思い切り大剣振ってけ」

「わかりました!」

「よし……行くぞ!」

 

 火球が海の中へと消えていったのを見送って近寄ってきたウィルは、閃光玉を片手に持ったままそう言うジークに頷き、背中の大剣へと手を伸ばした。

 リオレイアは二人集まっている人間を見て、傷つけられた怒りを思い出したのか勢いよく息を吸い込んでもう一度火球を海に向かって放った。火球を避けながらリオレイアに突撃するジークと、リオレイアから距離を取るように横へ移動を始めたウィルを見て、リオレイアは向かってくるジークに対して口を大きく開けてその牙で敵を噛み切ろうと動いた。

 

「動きが鈍重だなッ!」

 

 ジークはタンジアの港を中心に活動をしていた頃にも、雌火竜リオレイアを狩猟する機会は多かった。世界的に見ても広く分布している種なだけあって、大陸ごとに習性が若干違う部分もあるが、基本的な行動心理や筋肉の付き方などは同じ種族である。故に、ジークはリオレイアの強靭な顎による攻撃も紙一重で躱してから的確に顔へと切り傷をつけることができる。容易く反撃されたことに虚を突かれたのか、リオレイア顔の痛みに呻いて身体の動きを一瞬止めた。

 

「ウィル!」

 

 充分熟練のハンターと言えるジークがその隙を見逃すはずもなく、的確に指示を飛ばす声に反応してウィルは即座に大剣をリオレイアの尻尾に向かって振り降ろした。大型飛竜種の尾は当然がっしりとした筋肉とそれを守るように重なる甲殻と鱗によって守られているが、メゼポルタの鍛冶師たちが鍛え上げた大剣は、容易く大型飛竜種の甲殻を引き裂いて尻尾にざっくりと裂傷を与える。

 予想だにしていなかった反撃を受けて硬直していたリオレイアは、すぐに憎悪とも言える程の怒りを燃やした目をしたまま巨大な咆哮を一つあげてから、目の前にいるジークへと向かって全力で突進した。

 

「っ!?」

 

 突然の突進に対してジークは片手剣の盾を構えながら左手に持つ剣を逆手に持ち換え、リオレイアの突進の勢いをそのまま殺さないように顔に盾を当てて背中に滑り乗ってフェザーソードを背中の甲殻へと深々と突き刺した。

 

「す、すごい……」

 

 突進の勢いをそのまま利用して周囲に鮮血の雨を降らせるジークのその行動に、ウィルは大剣を背負い直して再び林の中に隠れながら驚愕していた。例え自分が片手剣を持ってリオレイアの前に立ったとしても、あんな風に臨機応変に戦えないだろうことは確実だと理解していた。

 

「うぉ!?」

「ジークさんっ!」

 

 突進したはずが背中に乗られて深い傷をつけられたリオレイアは、痛みに喘ぎながらも無理やり身体をねじって背中のジークを空中に放り出した。フェザーソードが背中に刺さったまま勢いよく空中に放り出されたジークは、目の前まで迫ってきている血に濡れた尻尾を見て咄嗟に盾で防御したが、モンスターの膂力によって紙屑のように海へと向かって吹き飛ばされた。

 

「なんとか時間を稼がないと」

 

 リオレイアの背中に刺さっているフェザーソードを見ながら、ウィルは大剣の柄へと手を伸ばしながらも息を殺していた。頼りにしていたジークが海へと放り出されたのなら、そこまで長い時間でなくともウィルは戻ってくるまでの間、一人で大型飛竜種であるリオレイアを相手にしなければならない。先日はヒプノック相手にも手間取っていたと言うのに、今はリオレイアの相手を一人でしなければならないことに苦笑しながらもジークから教わったことを復唱する。

 

「指向性の無い怪物なんかじゃ……ない!」

 

 背中の痛みにもがき続けているリオレイアの背後から大剣を振り下ろしたウィルだが、背後から近づいてくるウィルの姿見えていたのか、リオレイアはその巨体からは考えられない反射速度で大剣を避けて、大きく息を吸い込んだ。

 

「くそっ!?」

 

 大剣を持ったまま横に飛んだウィルの背後、先程まで立っていた場所にリオレイアの火球が吐き出され、海岸の砂を天高く巻き上げて爆発した。大地が抉れいているのを見ながらも、自分がしっかりリオレイアの動きを見極められていることに気が付いているウィルは、そのまま身体の余計な力を抜いてリオレイアへと大剣の切っ先を向けた。空から断続的に降り注ぐ砂にリオレイアが一瞬気を取られた瞬間に、ウィルは力強く一歩踏み込んで大剣の腹をジークがつけた切り傷へと叩きつけた。的確に傷つけられた部分を攻撃されて怯んだリオレイアは、もう一度息を吸い込んで砂浜の上に立つウィル目掛けて火球を放ち、小さな穴を作り出して空中に砂をまき散らす。

 

「ここだッ!」

 

 再度巻き上がった砂に紛れながら大剣を振るったウィルは、その刃の先がリオレイアの足を薄く切り裂いたのを見て顔を歪めた。

 

「あ、浅い!」

 

 巻き上げられた砂は確かにリオレイアの視線を狭めて、人間一人の身体を隠す程度の死角を生み出したが、同時にウィルの視界も狭められて遠近感を狂わされていた。なにより、ウィルはリオレイアの足を切り裂くために砂浜に大きく一歩を踏み込んだが、砂は彼が思っている以上にその踏み込みの威力を減衰させていた。

 足の痛みを感じてウィルの居場所を把握したリオレイアは、すぐさま頭を回転させてから、ウィルをその鋭い牙で噛み砕かんとして、海から上がってくる一人の人間とその手に握られている細長い筒の様な物を視界に収めた。

 

「やるよ」

 

 不敵な笑みを浮かべるびしょ濡れのジークが放った閃光玉は、ウィルの背後へと放たれて的確にリオレイアの瞳だけを焼いた。突然背後が光ったことに驚愕しながらも、ウィルは砂浜に切っ先を埋めていた大剣を持ちあげて今度こそリオレイアの足を切り裂いた。人間の膂力ではどう頑張ってもリオレイアの足を切断することなど不可能だが、狙うべき場所をしっかりと狙えば幾ら大型飛竜種だろうとその身体を支えきれずに倒れてしまう。

 

「返してもらうぞ」

「ここで決めます! はああぁぁッ!」

 

 緑色の巨体が倒れたのを見て同時に走り出したジークとウィルは、既にリオレイアが体力の限界を迎えていることに気が付いていた。ジークは背中が降りてきたことに感謝しながら刺さっているフェザーソードの柄を掴み、勢いよく横に移動させるように肉を切り裂き、ウィルは倒れたリオレイアの頭に最後の一撃を放つためにその場から上に飛んで自分の体重全てを乗せて大剣を振り下ろした。背中と顔面から同時に大量の血をまき散らしたリオレイアは、痛みにのたうち回った後に力なく小さく鳴いてからその巨体を大地に倒した。

 

「ふぅ……痛ってぇ……」

「大丈夫ですか?」

 

 生命活動を停止させたリオレイアを見ながら、ジークは海に吹き飛ばされた時に刺さったリオレイアの尾についていた棘を右肩から抜いた。かなりの量の血が流れ出るが、既に解毒はしてあるらしくジークは回復役を口にしながら止血する為に包帯を片手で丁寧に巻いていた。

 

「ウィルは成長したな。ヒプノックの時とは見違える程だ」

「あはは……まだまだ未熟ですよ」

 

 初の大型モンスターを討伐した以上に、ジークがいなくなった時間を一人で埋められたことがウィルにとってはなによりも自信となっていた。自分がジークに頼りきりなのではないだろうかと考えていたが、そうではないのだと自分の手で証明したことがウィルにとって重要なのだった。

 

「にしても……若い個体とか言ったのに結構戦い慣れてたな」

 

 リオレイアの死体を見つめながらそう言ったジークは、戦闘中のリオレイアの行動を思い出していた。確かに容易く誘導に引っかかって罠に落ちたり、予想だにしていなかった反撃を受けて硬直するなどの行動は若い個体ならではの行動だが、それ以上にジークを海に吹き飛ばした動きなど気になる部分も多かった。

 

「正直上位ハンターにやらせるぐらいではあった気がしたが……メゼポルタだとこんなもんなのかな」

 

 初めての大型モンスター討伐の実感が今更湧いてきたのか、跳ね回らん勢いで喜んで剥ぎ取り用のハンターナイフを腰から取り出しているウィルを見て、ジークは一人で苦笑していた。

 

 


 

 

 肩に受けた傷を治療しながらメゼポルタに帰ってきたジークたちは、まだ沈んでいない太陽を見て日暮れ前までに帰って来れたことに喜びながら広場を歩いていた。

 

「今帰ってきたの?」

「エルスさん?」

 

 右肩を回しながら歩いていたジークは後ろから突然声をかけられて振り向くと、そこには猟団員の一人であるエルスが立っていた。隣にはジークたちが先日見た少女が立っており、何故エルスがその少女と共にいるのか疑問に思った。

 

「立ち話もなんですし、取り敢えず猟団受付近くの机行きますか?」

「そうだな」

 

 エルスからなにか話があるのだろうと思ったジークは、ウィルの言葉に頷いてそのまま椅子に座ってエルスと少女に向かい合った。

 

「この子、私が勧誘した」

「勧誘? 仕事が早いですね、エルスさん」

 

 唐突に用件だけを伝えるエルスに苦笑しながらも、自分たちがリオレイアを狩りに行っている短い間にまさか早くも一人を勧誘してくると思っていなかったジークは苦笑しながらも頼もしく思っていた。エルスの性格上『ロームルス』時代にもあまり勧誘などしていなかったのだろうが、この『ニーベルング』に来てから早速働いてくれたことに感謝しながら、ジークは隣の少女に視線を向けた。

 

「俺が『ニーベルング』の猟団長ジークだ。こっちは副団長のウィル」

「は、はい! ティナと言います。よろしくお願いします!」

 

 緊張しながらそう言うティナに苦笑しながら、ジークは一番聞かなければならない話をどう聞こうかと考えていた。簡単な話、ジークとウィルの目の前にいるティナと言う少女は、猟団を結成する時に受付で『アイギス』の猟団長である姉に会いたいと言っていた少女と同一人物なのだ。そして、彼女こそがジークがネルバに言っていた『プレアデス』の後ろ盾が得られるかもしれない人物。エルスはそんな人材を知らないうちに猟団に引き入れていたのだ。

 

「あー……君は、姉に会いにメゼポルタに来たんだよね?」

「え? なんで知って――あっ! あの時の人!」

「やっぱりそうですよね」

「知り合い?」

 

 言いにくそうにしているジークの言葉に反応して首を傾げたティナは、すぐに目の前の人物二人のことを覚えていたらしくわかりやすく声を上げていた。ジークとティナの言葉に、ウィルは自分の気のせいではないと思って息を吐き、エルスは初対面だと思っていた相手が顔見知りなことを不思議そうにしていた。

 

「いや……ネルバさんに話した『プレアデス』の繋がりですよ」

「……そう。何処かで見たことある金髪だと思ったら【神盾】の妹だったのね」

「し、神盾ですか?」

 

 エルスの言葉に首を傾げたティナは、その言葉が意味するものが姉であることは理解できていたが優しかった姉とは結び付くことができずにいた。

 

「どんなモンスターの攻撃をも防ぐ鉄壁のランス使い。『カリバーン』の団長【魔剣】と対になるメゼポルタの双璧を成す狩人。それが貴女の探し求める『アイギス』の団長【神盾】セティよ」

「お姉ちゃん……」

 

 エルスの口から出てきた言葉は、ティナの想像していたよりも高みに位置する姉の姿だった。姉に会う為にこのメゼポルタまでやってきたと言っていた彼女にとっては、とても辛い道のりになっているのかもしれないと考えながら、ジークはティナへ視線を向けた。

 

「君がどうして俺の猟団に入りたいと思ったかは知らないけど、俺たちはいずれ『プレアデス』と『円卓』を超える。もしよければ――」

「――私この猟団に入ります!」

「へ?」

 

 真剣な表情のままティナを本格的に勧誘しようとしていたジークは、勢いよく立ち上がって宣言するティナに呆然としていた。ウィルもエルスも今の情報を聞けば彼女はもしかしたらハンターを辞めてしまう可能性すらあるのではないだろうかと考えていたので、ジークと同じように呆然とした表情のまま彼女を見ていた。

 

「お姉ちゃんが遠い所にいるなら追いついて振り向かせて見せます! よろしくお願いしますジークさん!」

「あ、あぁ……うん……よろしく?」

「……くっ……ぁははは……面白いことになったわね、団長」

 

 ハンターを辞めるまではいかなくとも、かなり悩むだろうと考えていたジークの期待を反対方向へと裏切ったティナは笑顔のままジークの手を握って上下に振っていた。ティナの言葉を最初に理解したエルスは珍しく感情を表に出して楽しそうに笑いながら、ジークを見つめていた。

 

「まぁ……彼女がいいって言うならいいんじゃないですか? 副猟団長も二人まで選べることですし」

 

 取り敢えず早く四人は確保した方がいいだろうと考えていたウィルも、何も考えずに賛成することにした。ジークも反対する訳ではないが、それなりに猟団に入ることに迷いがあってもいいのではないだろうかと思いながらも、ウィルもエルスも迷いなく入団したことを思い出して、小さく頷くことしかできなかった。




結構戦闘描写削ったんですけど、それでも結構多かったですね。
リオレイアなんてオリジナルモンスターでもないので、それなりしか書くつもりなかったんですけど……


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溶岩竜(ヴォルガノス)

今回はMHWにもいるヴォルガノスです。
一応Fオリジナルモンスターだったはずなんですけどね……


 ティナが猟団『ニーベルング』に加入した数日後、ジークとウィルは二人でラティオ活火山に来ていた。

 ラティオ活火山は温暖期に気温が高くなって立ち入れなくなるセクメーア砂漠と違い、年中通して入れる場所だが、活火山のエネルギーで常に気温が高い場所でもある。クーラードリンクを飲んでいないとまともに動くこともできない暑さの大地に、二人は降り立っていた。

 

「船旅も楽しいもんだな」

「結構疲れましたけどね、僕は」

 

 火山のベースキャンプに降り立ったジークは、雌火竜(めすかりゅう)リオレイアの素材から作られた大剣である『ジークリンデ』を背負っていた。ジークの後ろから降り立ったウィルは、同じく雌火竜リオレイアの素材から作られた片手剣であるプリンセスレイピアを片手に、地図を広げた。リオレイアを狩りに行った時とは入れ替わる形で武器を持つ二人だが、ウィルには思惑があってこうしていた。自分よりも優れたハンターであるジークの片手剣での狩りを見て、ウィルはその使い方から学べたことを実践しようとしていた。同時に、今回大剣を背負っている彼の動きから、今後大剣を使う時の参考にしようとも思っていた。

 

「今回の依頼対象は……溶岩竜(ようがんりゅう)ヴォルガノスだっけ?」

「はい。溶岩の中を水のように泳ぐ魚竜種のモンスターです」

 

 ジークたちが狩りの対象として選んだ、ラティオ活火山に生息するモンスターは、溶岩竜ヴォルガノス。ウィルの言葉通り、灼熱の溶岩を自由に泳ぎ回る生態がよくわかっていないモンスターである。魚竜種でありながら水ではなく溶岩で生活し、生息範囲が極端に狭いにもかかわらず、個体数が安定して見つかるという不思議さ故に検体としての調査討伐が、ギルドの研究所から出されていた。ヴォルガノス自体は人間の生活範囲に大きく被ることがないので、依頼主は基本的にギルドである。

 ギルド直属研究機関からのヴォルガノスの討伐依頼は、狩人祭に向けてギルド内での立場を上げたい『ニーベルング』としては、まさしく渡りに船だった。

 

「炎吐くんだよな」

「それは、まぁ……溶岩竜ですし」

「そっか……硬そうだなぁ」

 

 船の中で事前にヴォルガノスの情報を頭に入れていたジークは、ヴォルガノスの溶けた鉱石を身にまとうという習性に頭が痛そうだった。以前ジークがハンターとして生活していたタンジアで依頼が出回っていた、ウラガンキンに似ている習性故に彼は頭を抱えそうだった。

 

「取り敢えず溶岩の海みたいな場所まで移動するか」

「西方向ですね。了解しました」

 

 ウィルの持っていた地図を横から見て、ジークは支給品ボックスの中から必要なアイテムを取り出して、目的に向けて歩き始めた。ウィルもそれに追従するように、地図を懐にしまってからクーラードリンクを片手に取り出して移動を始めた。

 ラティオ活火山は、年中活動している火山なだけあってそこかしこに噴石が落ちてきている跡が残っている。通常の人間はまず立ち入ることのない場所だが、かなり歴史がある火山故か、そこら中から質の高い鉱石が大量に手に入る。下位ハンターが活動を許されている範囲だけでも、マカライト鉱石や鉄鉱石の様な基本的な鉱石から、燃石炭や大地の結晶といった下位ハンターにとっては貴重な鉱石まで豊富に存在している。まさしく金の宝庫とも言える狩猟場である。しかし、それ相応の危険が付きまとうのがこの火山という場所。多くの凶暴な大型モンスターや、劣悪とも言える環境がその鉱石採掘を難しくしている。

 しばらく火山の熱が届きにくい外を歩いていたジークとウィルだが、横へと火山の西側へと移動できる細い山道を見つけて、同時にクーラードリンクを飲んだ。一瞬、調合元であるにが虫の苦味を感じながらも、瓶一本全てを飲み切ったジークとウィルは、氷結晶から抽出された冷却成分によって身体が急速に冷え始めたのを感じて火山地帯へと足を踏み入れる。

 

「うっ……クーラードリンク飲んでてもすごい熱気だ」

「流石に、ここまでの量の溶岩ともなるとすごいですね……」

 

 ヴォルガノスが生息している領域にやってきた二人は、溶岩の海から発せられる熱気を浴びて、額に汗をじんわりと浮かばせていた。クーラードリンクを飲んでいるから汗を浮かべる程度で済んでいるが、飲んでいなければ人体が自然発火してもおかしくない程の温度である。

 汗を拭いながら、注意深く溶岩の海を見つめる二人だが、独特な光り方をする溶岩に目を当てられて、二人は同時に溶岩から目を逸らした。

 

「どこま橙色で目が痛い」

「本当ですね……でも、ヴォルガノスが見つかるのはこの辺だけなんですよね……どうにか出てくるのを待つしかないですかね」

 

 溶岩の海周辺の温度は、クーラードリンクを飲みながら汗を拭っている二人を見ればすぐに理解できる。このまま数分間待ち続けていたら、ジークとウィルはもう一本のクーラードリンクに手を出す必要性が出てくる。

 

「……移動しますか?」

「いや、あっちから来てくれたみたいだ」

 

 このまま無意味に待ち続けるよりは、見つからなかったとしても探し回った方が精神的にいいだろうと思ったウィルは、片手剣の盾を軽く叩いて洞窟の方向を指さすが、ジークは溶岩の海の中にヴォルガノスを確認していた。つられてウィルも海の方向へと視線を向けるが、特にヒレなどが出ている様子もない。

 

「溶岩の流れが微妙に変わった個所がある」

「流れ、ですか?」

「流れだ。ちょうど大型モンスター一頭ぐらいの変化だ」

 

 ジークの言っていることはウィルも理解できていたが、実際に溶岩の流れを見てその変化が見極められるかというと、まだ発見できていないことからもわかる通り、その変化を見つけるだけの技術がなかった。

 

「顔を出すと思うから、その時に音爆弾頼む」

「わ、わかりました」

 

 言われるまま音爆弾を腰から取り出したと同時に、ヴォルガノスの頭が溶岩の中らから飛び出した。本当にジークの言葉通りに現れたことに驚きながらも、ウィルは冷静にアイテムポーチから引き抜いた音爆弾をヴォルガノスの頭上に向かって全力で投げた。周囲を警戒しているのか、左右に頭を揺らしていたヴォルガノスは自身の頭上に向かって飛んできた音爆弾を見て、悠々と溶岩の中に潜るが、空中で破裂した音爆弾の大音量に鼓膜を揺らされて軽いパニック状態になって全身を溶岩から飛び出した。

 

「で、かくないか!?」

「な……なんなんですかあれ」

 

 溶岩から上空へと飛び上がったヴォルガノスの全長は、ジークとウィルが想像しているよりも遥かにデカかった。溶岩をまき散らしながらそのまま海へと落ちたヴォルガノスは、すぐさま溶岩から顔を出してジークとウィルを認識すると、突然の爆音を当てられたことに怒ったまま地上へと向かって飛び上がった。

 

「離れろ!」

「うわぁっ!?」

 

 溶岩の中から地面のある方向へと飛び出してきたヴォルガノスは、全身から溶岩を垂らしながら上下に跳ねてから、当然のように二本の足で立ち上がってから、足下へと向かって走ってくるジークを見下ろしていた。

 助走をつけて振り下ろされた大剣ジークリンデは、ヴォルガノスの覆っているマグマの甲殻を引き裂いて傷を与えた。そこまで大きくない傷でも、マグマで固められた外殻を引き裂けるのならば、いくらでも狩る方法はあると考え、ジークは笑みを浮かべた。自分よりも遥かに小さい生き物に傷つけられた怒りなのか、ジークのことを視界に収めたヴォルガノスは、その巨体をしならせて横タックルを繰り出した。

 

「うぉッ!?」

 

 恵まれた巨体から放たれたタックルを大剣の腹で受けたジークは、予想以上の衝撃に地面を滑るように後ろに移動させられた。タックルで相手を仕留められていないことを悟ったヴォルガノスは、口を開いて溶岩を吐こうとして、反対から迫っていたウィルのプリンセスレイピアに左足を傷つけられて大きく怯んだ。

 

「いい感じだなっ」

 

 怯んだヴォルガノスに追撃を重ねるウィルを見て、大分ハンターとして成長し始めているのを確認したジークは、ウィルから逃れるように地面を這いずり始めたヴォルガノスの頭に向かって大剣を振り下ろす。対して力を込めている訳ではないただの振り下ろしだが、痛みから逃れようとしていたヴォルガノスには効果絶大だった。逃げた先でも血をまき散らすことになったヴォルガノスは、ジークから逃げるように頭を上げて尻尾を振り回す。巨体から放たれる尻尾の膂力はそれなりの威力を持っているが、巨体故に胴体真下にまで尻尾が届かずに、ジークにはすんなりと避けられる。

 

「もう一発!」

「合わせます!」

 

 大剣を片手に持ったまま、ヴォルガノスの足下に潜り込んだジークは、その勢いのまま大剣を振り上げてヴォルガノスの腹へと浅い切り傷を作る。そのタイミングに合わせるように、足元へと潜り込んできたウィルはプリンセスレイピアを持って、先ほど自分が付けた傷と同じ場所へと刃を突き刺す。いくら溶岩の甲殻を持っているヴォルガノスと言えども、一度剥がされた甲殻の上から再び鋭利なものが突き刺されば、その巨体を支えるバランスは崩れる。

 

「上手くなったなっ!」

 

 的確にヴォルガノスの柔らかい部分を攻撃するウィルを見て、ジークは笑みを浮かべながら横になった巨体の腹めがけて大剣を強く振り下ろす。体重の全てをかけて、先ほど振り上げた時に傷つけた腹の部分へと向かって降ろされた剣先は、見事に腹の肉を切り裂いて大量の血しぶきを上げる。

 

「おっと」

「うわっ!?」

 

 痛みに悶えるヴォルガノスは、二人のハンターによる猛追から逃れるように巨体を横にしたまま上下に飛び跳ねる。ハンターの数倍ではきかない巨体をしならせて飛び跳ねれば、大地は地震のように揺れてまともに立っていられなくなる。大剣を地面にさして身体を支えるジークに対して、片手剣しか持っていないウィルは地面に尻餅をついていた。

 

「おいおい、直立に立たれると足にしか当たらなくなるんだがな」

「ジークさんっ!」

「わかってる」

 

 地面に突き刺していたジークリンデを引き抜いた勢いのまま振り抜くが、立ち上がって姿勢を高くしたヴォルガノスの腹を捉えることなく、虚空を刃が通り過ぎた。勢いのまま振りぬかれた大剣は、そのままジークの身体を後方へと引っ張る。

 腹から血を垂らしながらも立ち上がったヴォルガノスは、怒りを感じているのかわかりにくい顔のままジークの方へと顔を向けて口から火山弾のような岩を吐きだした。大剣の勢いをそのまま使って後方へと飛んだジークは、紙一重で岩の直撃を避け、装備の端に当たる灼熱の石に舌打ちをしてから大剣を背負い直す。

 

「ウィル、こいつの注意引いてくれ」

「どれくらい、ですかッ」

「五秒でいい」

「わ、わかりました」

 

 口から放たれた溶岩をジークが避けたのを見て、ヴォルガノスは身体で押し潰そうと地面を這いずって逃げる背中を向けるジークを追いかける。当然ヴォルガノスの巨体ならば走るジークよりも早く、徐々に距離が縮まって行く。

 

「やあッ!」

 

 追いつきそうなジークをそのまま轢き潰そうと迫るヴォルガノスは、顔の部分に突如横からぶつけられた石に気を取られて視線を向ける。溶岩の海へとやってくる前に拾っていた石を投げたウィルは、ヴォルガノスの視線を向けられて全力で突進を始めた。

 重量武器を普段から扱っているウィルだが、ハンター養成所にいる時はやはり片手剣を扱っていた。誰でも使いやすく、それでいて奥が深い武器である片手剣は、はっきり言ってしまえばウィルの得意武器ではない。それでも、ウィルはジークの動きから学んだ強さを生かす為に、わざと片手剣のまま重量武器のようにモンスターへと真正面からぶつかろうとしていた。

 左手の剣をちらつかせながら、心臓を守るように右手に盾を持って突進するウィルの姿は、ランス遣いの突進さながらである。自分よりも遥かに小さい生き物が突進してくることに、ヴォルガノスは取り乱すことも無く地面を這いずって轢き潰そうと向かう。

 

「充分だ」

「はいッ!」

 

 地面を這いずる為に身体を下げた瞬間、先程までヴォルガノスが追いかけていたジークは、無慈悲にジークリンデを尻尾へと向かって振り下ろす。全体重をかけた高威力の振り下ろしは、ヴォルガノスの尾の先を斬り飛ばした。予想していなかった方向からの攻撃に、ヴォルガノスは混乱状態のままジタバタと地面をのたうち回る。その隙を見逃す程、ウィルもジークも甘いハンターではない。

 悲鳴のような声をあげるヴォルガノスだが、前後をハンターに囲まれてまともに動くこともできずに、ひたすら一度傷つけられた部分を攻撃される。ジークは腹へとジークリンデを刺し、ウィルは眉間にプリンセスレイピアで小さな傷を付ける。返り血によって防具が赤くなっていくことも気にせずに、ジークはそのまま腹に刺した大剣を横へと振りぬく。

 

「また俺か」

 

 ひたすらに暴れてなんとな二人のハンターを遠ざけたヴォルガノスは、怒りの籠った瞳で魚竜種特有の高いような低いような声を上げながら、ジークへと向かってその恵まれた肉体で押し潰そうと飛び掛かろうと足に力を込める。いくら大剣を持っている屈強なハンターでも、これほどの巨体を持つモンスターに押し潰されることがあれば死体が残るかどうかも疑問な程である。しかし、ジークは対して回避の動作も取らずに大剣の切先を少し低めの位置に構える。

 

「けど、お前はもう終わりだよ」

 

 何かを喋っているジークへと向かって飛び上がろうとしたヴォルガノスは、足を滑らせてそのまま前方へと倒れこむ。痙攣する足を動かそうとして、ヴォルガノスは目の前にジークリンデの切先が構えられていることに気が付き、口から溶岩を吐こうとして、眉間にジークリンデを刺しこまれて大量の鮮血を火山の大地にまき散らす。灼熱の大地はヴォルガノスの血液をすぐに蒸発させていき、煙をあげていた。

 

「お前の身体には、とっくにプリンセスレイピアの毒が回ってる。眉間を斬られた後にジタバタと動き回るから毒が全身に回るのが早かったな」

 

 ヴォルガノスの全身に回っている毒は、ウィルが持っているプリンセスレイピアのもの。陸の女王と言われる飛竜種であるリオレイアの持つ、強力な致死性の猛毒である。人間が受ければ即死しかねない程の毒を受けて、ヴォルガノスは自分でも気が付かない間に身体が衰弱していた。

 

「これで本当に……終わりだ」

 

 眉間からジークリンデを引き抜いたジークは、そのまま生物共通の急所である首へと全身の筋肉を使って振り下ろす。眉間を貫いた時よりも多くの血が頸動脈から吹き出した後、ヴォルガノスはゆっくりと口を開いてジークを襲おうとして、そのまま大地に横たわった。

 

「中々根性あるな。首切られて噛みつこうなんて」

「大丈夫ですか?」

「大きな怪我はないさ。けど、最初に大剣で防御した時に……丁度防具の間に岩が刺さってな」

 

 大剣を突き刺したジークは、横たわっているヴォルガノスの死体の傍で背中に刺さっている岩の破片を引き抜いた。苦痛に顔を歪ませながら引き抜いたジークに、ウィルは急いで包帯を取り出して傷の処置をする。

 

「悪い」

「いえいえ。それにしても、ヴォルガノスってこんなに大きい物なんですね」

「魚竜種ってのは基本的にどいつもこいつもデカいもんだが……こいつは特別デカいな」

 

 応急薬を口にしながらヴォルガノスの死体を見上げて苦笑いするジークだが、当然始めて狩ったモンスターなので大きさの判別などできる訳ではない。

 

「でもモンスター図鑑には、大きくない個体はドンドルマでも狩猟許可がでるって書いてありました」

「じゃあデカいんだろうな。これはメゼポルタの依頼だった訳だし」

 

 包帯を剥ぎ取りナイフで切ったウィルは、最後にしっかりと先を縛って治療を終えてから、ジークと共にヴォルガノスの死体を見上げた。

 

「……これ、どうやって剥ぎ取るんですか?」

「……モンスター図鑑に載ってるだろ」

 

 先程までの戦いで全身いたる所に傷のあるヴォルガノスを見て、二人はしばらく呆然としてから、大人しくモンスター図鑑を見た。しかし、そこには『死してなおしばらくは溶岩の熱を持ち、更には大型モンスターの中でも圧倒的な巨大さを持つ故に、剥ぎ取ることがとても難しいモンスターである』と書かれているだけだったモンスター図鑑を見て、二人は同時にため息を吐くのだった。

 

 


 

 

「お帰りなさい」

「エルスさん?」

 

 早朝にラティオ活火山から帰ってきたジークとウィルは、凝り固まった身体を解すように肩を回しながらメゼポルタを歩いていると、ヘヴィボウガンを背負っているエルスと、弓を背負っているティナがクエストカウンターに立っていた。

 

「エルスさんたちも今帰りですか?」

「そうよ」

「初めて大陸の西の方まで行きました!」

 

 エルスたちも依頼達成の報告をしていたらしく、クエストカウンターのユニスは無表情ながらテキパキと書類をさばいて達成報告を受ける。

 興奮気味なティナの言葉に、ジークは二人が『シルフォーレの森とシルトン丘陵』――通称森丘へと向かっていたことを察した。森丘はドンドルマを中心とする大陸北西部に存在する、アルコリウス地方とシュレイド地方の境目にあり、飛竜の巣がある以外には大きなモンスターが出現することが少ない比較的平和な大地である。

 

「はい、クエストお疲れ様」

「ありがとうございます!」

 

 元気いっぱいのティナの甲高い声に、同時に眉をしかめたエルスのユニスの顔を見て、無表情で無口なところが似ているなと思いながら、ジークはヴォルガノス討伐の報告書を渡す。

 

「……あの子、どうだった?」

「え?」

「ヴォルガノスのこと……カワイイでしょう?」

「……え?」

 

 無表情で無口だとさっきまで考えていたユニスが、急に真剣な顔のまま「あの」ヴォルガノスを可愛かったという姿に、ジークは呆気に取られていた。

 

「あの愛らしい顔つき、近くで見られて羨ましいわ。いつか釣り上げてみたい」

「……そうです、か」

 

 本当に好きなのか、無表情ながらも熱の籠った言葉に気圧されながら、ジークは微妙な顔をしながら頷くことしかできなかった。もしかすると、ヴォルガノスを狩りに行ったハンター全員に行っているのだろうかと思ってエルスの方へと視線を向けると、ジークの思考を肯定するように頷いた。ジークは、何を考えているかイマイチ理解できない受付嬢だったユニスのことを、独特な感性を持っている人だと思って処理することに決めた。

 

「クエストお疲れ様」

「ありがとう」

「ほうほう……中々頑張っとるな」

「ま、マスター?」

 

 ヴォルガノス討伐依頼達成を確認した書類を手渡されたジークは、そのままユニスに背中を向けようとして、声をかけてきたギルドマスターの姿に驚いていた。

 手に握られているヴォルガノス討伐達成の書類を見て、ジークの身体にある傷を手当した痕である包帯を確認したギルドマスターは、一人で頷いた。

 

「お主……とウィルもじゃな。ちょっとわしの依頼を受けてみぬか?」

「ギルドマスターの依頼、だと?」

 

 ギルドマスターからの依頼と言われて、ジークとエルスは目を見開いていた。ハンターとして大きなギルドに所属したことが無かったウィルや、メゼポルタでハンターになったばかりのティナからすると、重役からの依頼なんて大変だな、程度にしか考えていなかったが、かつてタンジアでハンターをしていたジークと、ドンドルマでハンターをしていたエルスは、その言葉の意味を正しく理解していた。

 

「それはつまり、公式狩猟試験ってことか?」

「ほぉ……察しがいいの」

 

 ジークの口から出てきた公式狩猟試験という単語に、ウィルとティナは一層首を傾げるが、肯定するギルドマスターの顔は、いつも通りのほほんとしていた。

 

「あの……公式狩猟試験ってなんですか?」

「ギルドマスターが実力を認めた相手に発行するクエストの呼称」

「た、達成すると?」

「昇格するんだよ」

 

 緊張が見て取れる雰囲気の中、ウィルはおずおずと疑問を言葉にすると、クエストカウンターに立っているユニスがジークの代わりに答えた。ギルドマスターに実力を認められたということに内心で喜ぶウィルだが、発行したクエストが試験と言われていることに気が付き、そのままもう一度疑問を口にすると、今度はジークから答えが返ってきた。

 

「つ、つまり?」

「今からギルドマスターが指定するモンスターを狩ってきたら、俺らは晴れて上位ハンターって訳だ」

「え……えぇ!? た、大変じゃないですかッ!?」

「だからそう言ってるだろ」

 

 公式狩猟試験と呼ばれるのはドンドルマとメゼポルタでだけだが、ジークが所属していたタンジアハンターズギルドでも緊急クエストと言う名で使われていた手法である。実力を認めたハンターのランクよりも高いクエストを受けさせ、その依頼を達成することで充分上のランクでも通用すると証明した場合、そのハンターはランクを上げて更に上のクエストを受けられるようになる。

 

「それで? 何を狩れば証明になる」

「討伐対象は……()()()()()、とかかの?」

「エスピナス、ですって?」

 

 ギルドマスターの口から出てきたモンスターの名前に、エルスは眉を顰めた。

 

「エスピナスって……樹海の王者、ですか?」

「樹海の王者?」

 

 エスピナスの名前に反応したウィルは、声を震わせていた。ジークとしては、初めて聞く名前に首を傾げることしかできないが、ウィルとエルスの反応からしてかなりの実力を持つモンスターであることを理解した。

 

「最近、樹海の奥地から浅い所にやってきたエスピナスの若い個体が発見されてな……早いうちに対処しておかねば大変なことになるやもしれぬからな。故に、お前たちの上位昇格試験として頼もうと思う」

「上位昇格試験に相応しい相手か?」

「そうじゃな。お主らが下位ハンターの中でもっとも勢いがあるからだが……お主らがおらねば上位ハンターに頼む依頼じゃ」

「そうか……それが聞けただけで充分だ」

 

 ギルドマスターの言葉を聞いて、ジークは好戦的な笑みを浮かべていた。共に狩りに出掛けたことがあるウィルは、理性的で研ぎ澄まされた狩り技術の中にある荒々しさと同じ雰囲気を感じて息を呑んだ。

 

「傷を治してから狩りに行くといい」

「そうさせてもらうよ」

 

 ジークの表情を見て愉快そうに笑ったギルドマスターは、ゆったりとした歩調のまま定位置に戻っていった。

 三人の方へと振り向いたジークは、抑えきれない闘志を滾らせたままクエスト達成書をウィルに渡してから、背中の包帯に触れた。

 

「取り敢えず、俺とウィルはしばらく療養ですね。エルスさんはティナの付き添いですか?」

「そうね。筋はいいからしばらくはハンター稼業を慣らせるつもりよ。すぐに上位ハンターまで追いつかせるわ」

「え!? そ、そんな厳しいんですか!?」

「そうよ。狩人祭までに追いついてもらうわ」

「そ、そうですよね……」

 

 狩人祭に向けて『ニーベルング』が実績を求めていることを聞いているティナは、自分もジーク達に追いつかなければならないことを理解していた。とは言え、まだハンターになったばかりのティナに、すぐに追いつかなければならないと言うのも酷なことではある。

 

「上位ハンターになったら俺たちもティナの手伝いしますよ」

「そうね。私も一緒に動きたいけど、しばらくは色々とやることがあるわ」

 

 エルスの言葉に頷いたジークは、エルスのスパルタ宣言に涙目となっているティナを見て、大きく息を吐いてから笑顔を浮かべて頭を撫でた。

 

「あ、あの……」

「悪い。妹みたいだと思って」

「妹がいるんですか?」

「まぁ、ね」

 

 ティナの言葉に苦笑いをしながら、ジークはウィルと共にマイハウスに向かって歩き始めた。

 

「……今思ったんだが、凄腕ハンターってマイハウス住んでない人が多いよな」

「結構メゼポルタに永住する気で、広場から少し離れた場所にある職人街に家構える人が多いらしいですよ」

 

 早朝の時間だからなのか、マイハウスへと向かう道ですれ違うハンターは少ない。すれ違うハンターの装備を見てから、ジークは凄腕ハンターの人口の少なさ以上に、マイハウス付近で見る凄腕ハンターの少なさを気にしていた。しかし、ウィルの言葉に納得したジークは少しだけ感心していた。

 

「そうなんだ……俺も将来は自分の家買うのもありかな」

「因みに、家買ってる人は既婚者が多いらしいです」

「家買うのやめた」

 

 メゼポルタハンターズギルドに集うハンターたちの実力と、依頼難易度を気に入り始めているジークは、既にタンジアに帰ることなくメゼポルタでハンターとして生きていこうと考え始めていたので、これから少しずつ金を貯めてようと考えてから、ウィルの既婚者という言葉に家買う宣言を即撤回した。狩りに生きてきた彼には、女性ハンターの知り合いはいても、恋愛のような甘酸っぱい関係の相手は全くいない。

 

「はぁ……俺もそろそろ二十代だし、いい人探そうかな」

「ははは……」

 

 背中の包帯を撫でながら呟くジークに、ウィルは苦笑することしかできなかった。




次回は作中にある通りエスピナスです。


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棘竜(エスピナス)

 随分と難産でした……
 今月中に狩人祭……無理だよなぁ……



棘竜(いばらりゅう)エスピナスは、火竜リオレウスと同じく飛竜種に属するモンスターですが、他の大型モンスターと違って縄張りに入り込んだ外敵であろうとも基本的に襲い掛かることもないモンスター。硬い甲殻で身を守り、同じ場所でずっと身体を丸めながら近づいてきた草食種や甲虫種を食べるらしく、積極的な狩りも行わずにじっとしていることが多く、その身体の色が樹海では保護色となって発見が遅れたそうです」

「珍しい生態、とでも言えばいいか……とにかく大型モンスターらしくない奴だってのはわかった」

 

 アプトノスの引く竜車に乗りながら、ジークはモンスター図鑑に書かれている情報を何度も読み返しているウィルの言葉に苦笑しながらも頷いていた。狩猟スタイルがその場で最適解を判断するジークとは真逆とも言える、狩りが始まる前に全てを終わらせるが如く情報を大事にするウィルは、ジークの反応など気にせずに何度もエスピナスの説明文を読み込んでいた。

 上位昇格試験としてエスピナスの討伐を言い渡された二人は、ヴォルガノスとの戦いで受けた傷を癒してからすぐに樹海へと出立した。

 未知の強敵との戦闘に備えて、ヴォルガノスの素材から生み出された【ラヴァキャノン】を片手で撫でながら、ジークはいつもよりも張り詰めた雰囲気の樹海を見ていた。

 

「ウィル、手順は覚えてるな」

「ジークさんが突っ込んで、囮になっている間に僕が横から大剣で殴る、ですか? あれ作戦って呼んでいいんですか?」

「いいんだよ」

 

 モンスター図鑑から顔を上げたウィルは、少し呆れたような顔をしながらもジークの言葉に一応頷いていた。ヴォルガノス戦を経て、大剣の使い方を再び見直そうと思ったウィルは使い慣れている大剣【イニティブレイド】を背負ってきている。大剣が他の武器種に比べて攻撃性能が高いと言っても、ガンランスの防御性能と比べた場合はやはり囮役として適しているのは、ガンランスを背負っているジークの方だろう。

 

「でも、初めてのモンスターなんですよ?」

「誰だって初めてはあるだろ。無問題とは言わないが、それなりの覚悟はできてる」

「まぁ……そこまで言うならいいですけど」

 

 微妙に納得ができていないような声を出しながら、ウィルはエスピナスの項に書かれている文章を見てた息を吐いた。

 

「命の危機を感じると激昂し、突如として凶暴な側面を見せる。驚異的な身体能力で、陸の女王と恐れられるリオレイアよりも早く地面を走り、口からはリオレウスの様な火炎と共に神経性の毒と出血性の毒を同時に分泌して相手の命を奪う」

「ま、飛竜は飛竜ってことだな」

 

 文章を読みながら地獄の様な光景を思い浮かべたウィルに、ジークは片目を瞑って何とも言えない笑みを浮かべていた。

 

 


 

 

「到着だ。準備は終わってるよな?」

「大丈夫です……覚悟もできています」

 

 狩猟地であるしとしとと雨が降る樹海に降り立ったジークとウィルは、支給品ボックスの中に入れられているアイテムを取り出してからキャンプで地図を広げ、まず何処からエスピナスの探索をするかを話し合っていた。持ち込んだアイテムを入れている袋に、支給品を二人で分けてから必要なアイテムだけを袋に詰めてから、ジークは樹海の中心地である大樹の根元を指した。

 

「いるとしたらここだ。エスピナスは普段何もせずに寝てるんだろ? だったら雨の中わざわざ外で寝ていることも無いだろうしな」

「いなかったとしても中心ですし、そこから周辺を探せばいいですね」

「よし、行くぞ」

 

 大体の方針を決めたジークは、ラヴァキャノンを背負ってから重厚な盾を右手に持ってテントから外に出た。雨の勢いはそこまで強くはなくとも、地面に小さな流れができているのを見て雨がまだ長引くことを理解したジークは、地面のぬかるみに足を取られないように気を付けながら樹海を歩き始めた。

 普段はイーオスやランポス、ランゴスタ、大雷光虫が我が物顔で闊歩しているような開けた場所でも、雨に加えて樹海の王者が奥地から出てきたことが関係しているのか、数が極端に少なかった。

 

「警戒して出てきませんね」

「こっちには気が付いている癖にな。丁度いいが……無視していくぞ」

 

 受けた依頼は樹海の浅い部分に出てきたエスピナスの討伐であり、小型の討伐は他のハンターの仕事である。故にエスピナスを警戒して視線だけ送って小さな鳴き声を上げているイーオスなど、相手にする価値もなかった。

 草木を掻き分けるように樹海の中を歩き、根元の空洞に向かって伸びる坂道を確認してジークは後ろにいるウィルへと視線を向けた。無言で頷いたウィルに笑みを浮かべてから、ジークは盾を前に構えながら空洞に向かって滑るように入り込んだ。

 

「……寝てやがる」

「いましたね」

 

 ジークの予想通り雨避けにこの大樹へとやってきたのか、棘竜エスピナスはハンター二人が近づいていることなど全くお構いなしに身体を丸めて眠っていた。以前に樹海で討伐したヒプノックのように寝ているが、ヒプノックとは違い、エスピナスは本気で寝ている。今からジークが近寄って甲殻に蹴りを入れた所で眠りから覚めることなどないだろうことは明白だった。

 

「命の危険を感じたら起き上がって甲殻が柔らかくなる、だったか?」

「はい。その代わり、攻撃性を剥き出しにします」

「なら、コイツの出番だ」

 

 エスピナスの生態を聞いたジークは、背負っているラヴァキャノンを揺らしながらエスピナスへと充分に近づいた。中折れしていたガンランスの銃撃機構を起動し、自動的に弾を込めていく。寝ている状態のエスピナスの甲殻は硬く、恐らく今の武器で斬りかかったところで弾かれるだけだと理解していたジークは、ウィルを下がらせてガンランスを一人で構えた。

 

「さぁ……戦いの開幕砲としようか」

 

 右手の盾を地面に突き刺し、エスピナスの顔に槍先を向けたジークは全体重を前に掛けながらガンランスの特殊機構を起動させていく。槍先の一部が開き、甲高い音と共に機械仕掛けの槍は温度を高めながら青白い光を放ち始め、それに合わせてジークはすぐさま銃槍内の弾丸を全弾砲撃機能へと集中させた。周囲に空の薬莢をまき散らしながら青白い光は更に強くなり、次の瞬間に爆音と共にメゼポルタの技術が詰め込まれたガンランス最大威力の砲撃がエスピナスの顔に叩き込まれた。

 

「ぐッ!?」

 

 火竜のブレスを参考にガンランスに搭載された強力な砲撃である『竜撃砲』に全ての弾丸を詰め込むことで更に威力を上げた『爆竜轟砲』は、ガンランスの放てる最高火力だった。メゼポルタの職人によって改造されたガンランスのみが可能なその砲撃は使用者にも大きな反動を与え、ガンランス自体にも大きな傷を与える物であるが、その分威力は保障されている。それを証明するように、エスピナスは爆竜轟砲の衝撃で地面に刺した盾ごと後方へと地面に線を引きながら移動したジークを見て、怒りを露わにしていた。

 

「お目覚めだな」

 

 顔を中心に全身へと瞬く間に赤い血管が浮き上がって行くのを見て、ジークは地面から盾を抜いてエスピナスへと向けて身体を潜り込ませた。同時に、エスピナスは耳栓をしていても聞こえる程の咆哮を上げて、ジークへと紫色に燃える火球を口から放った。

 

「ジークさん!」

 

 咆哮を防ぐために盾を構えていたジークは、咆哮以上の衝撃を盾で受けながらも火球を耐えきっていた。しっかりと地面に足をつけ、盾越しにエスピナスと視線を合わせて不敵に笑みを浮かべてから、ガンランスを見た。爆竜轟砲によってガンランス内に溜まった熱を必死に排熱しているガンランスは、その槍先の部分も爆竜轟砲の熱によって微妙に形を変形させていた。

 

「ウィル! ちょっと時間稼いでくれ!」

「りょ、了解しました!」

 

 未だジークの方へと視線を向けているエスピナスはすぐさま突進の体制に入るが、ジーク盾で受けるつもりもなくガンランスを背中へと一旦背負ってからウィルの直線状へと向かって走り始めた。ジークを追いかけてそのまま突進を続けるエスピナスは、もう一人のハンター視界に確認してから目の前に投げられた物に視線を取られた。細長い独特な形状をしているそれは、破裂すると同時に極大の光を発生させてエスピナスの視界を白く塗りつぶした。

 

「今の内に!」

「助かる」

 

 ウィルの投げた閃光玉が効果的にエスピナスの視界を塞いだことを確認したジークは、その場から離れて地面に張り巡らされている根の中で身体の半分を隠せる場所へと身を屈め、懐から取り出した砥石で熱で若干変形したガンランスの切れ味を取り戻す。工房の職人たちに比べてしまえば児戯にも等しい応急処置ではあるが、ハンターたるもの自らの武器を飛ぶ術は持っていた。

 爆竜轟砲によって傷ついたガンランスを研いでいる間、エスピナスの注意を惹く役目を受けたウィルは閃光玉によって視界を奪われているエスピナスへと向かって大胆に踏み込み、事前に得たモンスターの情報から最も神経の集中している頭角へと向かって大剣を振り下ろした。神経が集中しているとは言え、モンスターの頭角なことには変わらないので表面に傷を付ける程度でしかないが、相応の痛みはあるらしく、エスピナスは怒りの籠った甲高い声で鳴いてから頭を振り回した。

 

「このくらいッ! やぁッ!」

 

 大剣に力を込めたままエスピナスの角を避けてから足の間に転がり込み、回転の力を利用したまま胸部へと大剣を振り上げた。角よりも柔らかい胸部の皮膚は、大剣であっさりと斬り裂くことができ、鮮血を地面にまき散らしながら痛みに喘いでエスピナスはたたらを踏んだ。

 エスピナスが怯んだ姿を遠目に見ながら、ジークは応急処置の完了したガンランスを背負って走り出した。エスピナスへと上手く反撃したウィルだが、閃光玉を受けて視界を奪われているエスピナスは、周囲へと無造作に尻尾と頭角を振り回して暴れている状態だったため、上手く足の間から逃れることができずに大剣を持ったまま迫りくる尻尾の棘に気を付けながら大剣を握っていた。

 大分回復してきたのか、しきりに頭を振って瞬きをしていたエスピナスは、近づいてくるジークと足の間で大剣を背負い直したウィル二人を視認してから、上半身を仰け反らせてジークへと向かって火球を放った。エスピナスが息を吸い込んだことを確認してすかさず盾を構えたジークは、そのまま自分の身を守りながらも前進を止めることが無い。

 ジークの動きを見て再び大剣の柄へと手を伸ばしたウィルは、火球を吐いた態勢のまま羽ばたいているエスピナスを見て、自らの降りかかるであろう死を直感的に理解した。

 

「ウィルっ!?」

 

 後方へと羽ばたきながら足元にいたウィルへと、エスピナスは容赦なく火球を放った。盾で自分の身を守るように前進していたジークは、ウィルがエスピナスの火球を受けたことに焦って走り出した。大きく後退したエスピナスは、ウィルへと近づくジークなどお構いなしに再び口から火球を吐きだす。毒性を含む紫色の火球は、再びウィルのいた場所を爆発させた。

 

「生きてるかっ!?」

「な、んとか……」

 

 巻き上げられた煙の中から大剣を地面に突き刺して火球を防いでいたウィルを見つけて、ジークは安堵の息を吐くと同時に、大剣で無茶に防御したせいで周囲を渦巻いている神経性の毒と出血性の毒を吸い込んだのだろうことを理解した。その証拠に、ウィルは大剣を地面に刺したまま足を痙攣させて口から吐血していた。

 

「解毒薬を飲め、身体の痺れが取れるまでは大剣から出てくるなよ」

「は、い」

 

 舌すらも痺れているのか上手く喋れないウィルを見て舌打ちをしてから、ジークは盾と銃槍を構えて突進してきているエスピナスを受け止めた。

 

「おいおい、どんな突進力だよっ!」

 

 ガンランスで完璧に受け止めたにもかかわらず、ジークを平然とかなりの距離押し込んだエスピナスは全く関係がないと言わんばかりにもう一度後ろに飛んでから再び突進の構えを見せた。幾つものモンスターの突進をランスやガンランスで受けてきたジークだが、彼の体感では砂漠に住まう暴君ディアブロスと同等かそれ以上の威力を腕で感じていた。

 

「くそっ! 防御してるだけじゃっ!? 埒が明かないか!」

 

 再び突進を受けたジークは、腕の痺れから考えて次突進を真正面から受ければ後ろのウィルが危険だと考えて、穂先の銃砲部分を起動させて拡散型の砲撃を顔に浴びせかけるが、エスピナスは全く関係無いと言わんばかりに尻尾を鞭のようにしならせてジークの盾を弾く。金属音と共にジークは唇を噛みしめ、砲撃を放った穂先をウィルが傷づけた頭角の傷へと向かって突き刺した。

 

「受けてみろ」

 

 頭角と言われるだけあってそれなりの硬度があるのは想定内だったジークは、穂先を刺したまま拡散砲撃を角へと集中するように放つ。凶器にして弱点とも言える部位を攻撃されたエスピナスは、痛みに一瞬怯んでから怒りのまま盾に頭角をぶつけてウィルのいる場所まで吹き飛ばした。

 

「ぐっ!? ウィル!」

「もう、だいじょうぶです!」

 

 丁度ウィルが地面に刺していた大剣の腹へと背中をぶつけたジークは、懐から取り出した生命の粉塵を頭上へと振りまいてから立ち上がった。呼吸によって吸引して麻痺していたウィルは、舌先がまだ痺れているのか滑舌が微妙になりながらも、大剣をしっかりと持ってジークの横へと並び立った。

 

「ようやく二人で行けるな……遅れるなよ?」

「まかせ、てくだ、さい……んっ……問題ないです」

「よし」

 

 身軽な動きができるように大剣を背中へと背負ったウィルは、一度咳払いしてから笑みを浮かべた。大分ハンターとして成長したと思いながら、ジークは再び盾を構えてウィルの前に立った。事前の作戦通り、ジークが囮となっている間にウィルが横から叩いて毒と神経が集中している角を叩き割る為に、ジークは盾を構えたまま走り出した。矮小な生物が生意気にも向かってくることに怒りを感じているのか、エスピナスは力の限り吼えてからジークを迎え撃つように右足で大きく踏み込んで角を振った。

 

「ぐぅッ……まだ、まだぁッ!」

 

 盾から聞こえてはいけないような金属がへこむ音を聞きながらも、ジークは両足で大地に踏ん張って避けれる尾と角を避けながらも、的確にガンランスの砲撃を角へと当てていた。エスピナスの全身についている赤色の棘からは、絶え間なく毒が流れ続けている。いくら堅牢な盾を持っていようとも、少しでも掠ってしまえばすぐに出血性の毒を受けることになる。

 

「おい、あんまり調子に乗るなよッ!」

「ふッ!」

 

 自慢の角で貫けない盾にもお構いなしに頭を左右に振り続けるエスピナスに、ジークは盾の表面に角を滑らせるように攻撃を逸らして矛先を地面へと向けた。勢いあまって地面に角を刺したエスピナスに、ジークは左側からガンランスを刺そうと左手を突き出し、右側からは隙を伺っていたウィルが走っていた勢いそのままに大剣を振り下ろした。左右から同時に衝撃を受けたエスピナスは、甲高い悲鳴を上げながら二人から距離を取るように飛び、そのまま大樹の壁に当たって墜落した。そんなエスピナスを無視しながら、ジークはガンランスの穂先に刺さっているエスピナスの角の先を見て、笑み浮かべていた。

 

「さて、こっからどう狩って行くか……踏ん張れよウィル」

「わかってますよ」

 

 痛みに悶え苦しんでいたエスピナスは、目で見て確認する必要すらなく激昂状態だと確信できる程の殺気を全身から放っていた。周囲を飛んでいたランゴスタや大雷光虫も慌てて逃げ出す様な仕草を見せ、大樹の外のイーオスたちも騒がしく鳴いている声が、空洞の内部にまで響いていた。

 

 


 

 

 巨大な爆発音と同時に、大樹の内部から外へと投げ出されるように転がり出てきたジークとウィルは、すぐに武器を構えて大樹の麓へと視線を向けた。

 

「クソったれが……とんでもないタフネスだ」

「そろそろ、解毒薬が底をつきそうです」

 

 のっそりとした動きでありながらも、激しい怒りを感じさせるような足音を立てながらエスピナスは大樹の内部から顔を出した。角を半ばから叩き折られ、爆竜轟砲の二度受け、全身の切り傷から血液を垂らしながらも、平然と両足で大地に立ちながら近づいてくる飛竜に、ジークは悪態をつくことしかできなかった。

 近づいてくるエスピナスを見ながら、腰に備え付けてある瓶入れに手を伸ばしたウィルは、解毒薬を並べていた場所にある瓶の数が既に一つになっていることに気が付いた。盾を持っているジークと違い、ウィルは長い戦闘の中で幾度かエスピナスの赤い棘を身体に掠らせていた。その回数が積み重なって、ウィルはポーチに備えていた解毒薬を九本飲み干す結果となった。

 

「爆竜轟砲もう一発撃っちまったからしばらく俺は戦力にならない。盾役ならできそうだが……」

「ありがとうございます……ならしばらくは僕が前に出ますよ」

 

 ガンランスを左右に振りながら解毒薬を三本ウィルに渡し、盾役となる為に立ち上がったジークの肩を掴んだウィルは、無言でガンランスを研いで早く帰ってきてくれと促した。

 

「……死ぬなよ」

「はい!」

 

 大樹から放り出されるように爆竜轟砲を放ったジークに怒りが向いていたエスピナスだが、真っ直ぐこちらへと向かってくるウィルの姿を見て振り下ろされる大剣を軽々と横に避けた。この狩猟中に幾度とぶつかり合った経験から、エスピナスは既にウィルとジークの攻撃を受けることは死へと直接繋がることと認識していた。しかし、今更大剣を外した程度で動揺する様な精神をしていないのはウィルも同じだった。

 

「まだまだ!」

 

 地面へと刺さった大剣の勢いそのまま、大剣を主軸に上方向へと飛んだウィルに、エスピナスは視線を奪われた。突然人間が飛び上がって硬直したエスピナスは、草むらで砥石を使っていたジークがにやけ顔のまま閃光玉を投げていることを認識した瞬間、再び閃光に目を焼かれた。苦悶の声を上げながら後退ったエスピナスに対して、羽を華麗に飛び越えたウィルは反転して手に持ったままの大剣を尻尾へと振り下ろした。

 

「ぐぅッ!?」

 

 自分の武器の一つである尾へと刃が食い込んだことに痛覚で気が付いたエスピナスは、すぐに自分の背後にいるハンターを突き放す為に尾を左右へと激しく振った。

 

「このッ、さっさと、切れろッ!」

 

 突然暴れだしたエスピナスによって、食い込んでいた刃が緩みかけるのを感じたウィルは、叩きつけられそうになった樹木の幹に上手く足をかけ、幹が軋む程の強さで蹴ってその勢いのままエスピナスの尻尾を半ばから切断した。

 

「うわぁぁぁぁぁ!?」

 

 痛烈な一撃を受けて切断された尻尾の痛みに悶えて苦しむエスピナスは、そのままやたらめったらに森の中を走り回って樹木へと身体をぶつけていた。

 大剣が食い込んでいた尻尾が切断されたことによって、空中で態勢を崩したウィルは地面にできた水溜まりへと思い切り突っ込み、尻尾と大剣はあらぬ方向へと飛んでいった。

 

「よくやった。無事か?」

「な、なんとか……」

 

 尻尾を切断する時に、エスピナスの棘が引っかかって無惨に破壊されたリオレイアの素材でできた肩当を見て若干肩を落としながらも、ジークから差し出された手を掴んで立ち上がった。

 ガンランスの整備を終えたジークは、切断されて地面に落ち、滲みだした血で水溜まりを赤く染めている尻尾を見ながら携帯食料をウィルに投げ渡した。

 

「次が最後になるぞ。あいつも流石にもう限界のはずだ」

「なんで、ですか?」

「戻ってきてないだろ」

 

 森を破壊しながら走っていった先には既にエスピナスの姿はなく、災害にでもあったかのような痕跡を残したままエスピナスはこの場所へと戻ってきてはいなかった。地面に大量の鮮血をまき散らしながらも水場の方へと進んでいく理由など、たった一つしかない。

 

「命をの危険を本気で感じたんだろう。あいつはもう俺たちに負けを認めたも同然だ」

「勝負から逃げた訳ですからね」

「そう言うことだ」

 

 エスピナスの様に樹海の王者に君臨している種族ならば、敗北の経験を持たないが故に何が何でも向かってくるのかとジークは思っていたが、そうではないらしい。

 

「恐らく、あの若いエスピナスは森の奥で縄張りを争って負けたんだろう。だから浅い所に出てきた……敗北には敏感って訳だ」

 

 尻尾を切断した場所を地図にメモしながら、ジークは破壊痕へと視線を向けた。

 

「けど、今度こそ負けたら命がないことは分ってるはずだ」

「死に物狂いで向かってくる、ですか?」

「わかってるなら大丈夫だ」

 

 回復薬を口にしながら大剣を拾ったウィルは、ジークの言葉に頷いてから破壊痕を辿ってエスピナスの元へと向かった。エスピナスとの数十分の死闘だけで随分と成長したと思いながらも、ジークはウィルの背中を追って歩き始めた。

 

 


 

 

 足を引きずりながら樹海の湖畔までやってきたエスピナスは、崩れ落ちるように地面に伏せた。樹海の奥地で他のエスピナスとの縄張り争いで敗北したまま、樹海の浅い所までやってきた若い個体であるこのエスピナスは、有体に言えば惨めな敗北者だった。挙句の果てに自分よりも遥かに小さい人間にここまで傷をつけられ、尻尾を切断され、角をへし折られた。既にこのエスピナスは敗北も同然の状況に置かれていた。だからこそ、エスピナスは怒りで立ち上がった。

 

「……目がマジだな」

 

 ゆっくりと背後から近づいてくる二人の人間を見て、エスピナスは今日一番の咆哮を叫ぶ。永遠の敗北者として人間にまで敗れるつもりは毛頭ない、と。

 

「じゃあ、狩らせてもらうぞ。これも自然の競争ってやつなんでな」

 

 口から紫炎を滾らせたエスピナスを見て、左右に同時に走り出したジークとウィルは死にかけのエスピナス相手にも油断なく距離を詰めていく。エスピナスは尻尾を切断したウィルへと向かって連続で火球を放つが、それらを全て紙一重で避けながらウィルは大剣を抜刀してエスピナスへと斬りかかった。単純な攻撃すら避けることのできなくなっているエスピナスは、ウィルの大剣を足に受けてよろめきながらも翼を左右に振ってウィルを遠ざけた。

 

「そろそろ逝け」

 

 ウィルへと向かって顎を開いて噛み切ろうとした瞬間、反対方向から放たれた砲撃によってエスピナスは転倒し、そのまま湖へと身体の半分を沈めた。すぐさま立ち上がってジークへと視線を向けたエスピナスは、盾を放り投げて飛んでいる姿を見て紫炎を吐こうとして力なく足を折り曲げた。

 

「もう、終わりだ」

 

 まともに立つ力もなくなったエスピナスに対して、ジークは折れた角にガンランスの穂先を刺し、無茶な態勢のまま爆竜轟砲を放った。湖の水を大量に吹き飛ばしながら放たれた最大の砲撃によって、エスピナスは真後ろに倒れ、ガンランス一本で体重を支えていたジークも反動によって陸へと吹き飛ばされた。

 

「じ、ジークさん!」

「いてぇ……大丈夫だ」

 

 地面をごろごろと転がってからなんとか立ち上がったジークは、爆竜轟砲を無茶に放ったことによって半ばから融解したラヴァキャノンを見て苦笑した。最後の砲撃によってエスピナスは、湖に半分沈みながら事切れた。水へと流れだした鮮血が湖を染めていくのを尻目に、ジークは空を見上げた。

 

「これで……やっと、上位か……」

「お疲れ様です」

 

 相も変わらず無茶苦茶な狩猟をするその姿に、ウィルは呆れて感想を言うことすらできなかった。だが、そんなウィルもジークの動きを真似て強くなろうとした結果、普通のハンターではやらないような奇抜な動きをしているのだが、ジークが気が付かないようにウィル本人もそんなことには気が付いていない。

 

 


 

 エスピナスの素材をなんとか回収し、破損した装備やら諸々全てを片付けたジークとウィルは、対して時間をかけずにメゼポルタへと戻ってきた。樹海からメゼポルタ広場が近いこともあるが、まるで二人が上位昇格試験を突破することなど分かり切っていると言わんばかりの行動に、二人は呆気に取られていた。

 

「ふむ。随分とボロボロだがエスピナスの狩猟、見事であったぞ」

「なんとか、って感じでしたけどね」

「上位昇格試験なんぞそんなものじゃ。では、これからジークとウィルを上位ハンターとして任命する。これからもメゼポルタギルドの為に奮闘することを期待する」

 

 満身創痍のまま樹海からメゼポルタへと戻ってきたジークとウィルは、痛む身体に鞭打ちながら報告書を書き上げてギルドマスターへと渡した結果、無事に上位昇格を認められた。ギルドマスターの少し嬉しそうな宣言を聞きながら、クエスト受付に立っていたユニスは、あのエスピナスは本来ならば上位昇格試験に使えない程強い個体だっただろうことを黙っていた。からくも上位に昇格したジークとウィルに、祝福の声をかけるハンターたちへと水を差す必要はないと考えていたからだった。それと同時に、あの二人にギルドマスターが期待を寄せていることを理解して、これからは少しばかり自分も気にしようと考えるのだった。



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呑竜(パリアプリア)

すっごい久しぶりの投稿になってしまいました。
読んでくれている方はそこまで多くないと思うのですが、待たせてしまった方々には申し訳ないです。


 エスピナス討伐の功績によって、ジークとウィルが上位ハンターへと昇格してから数週間が経った。温暖期も折り返しへと向かいつつある初夏、降りしきる雨の中、ジークは傘を片手にメゼポルタ広場でティナが帰ってくるのを待っていた。

 

「戻りました……」

「お疲れさん」

 

 疲れ切ったと、身体全体で表現するように歩くティナの姿に苦笑を浮かべながらも、ジークは労いの言葉をかけた。エルスにスパルタ教育でハンターとしての基礎を叩き込まれたティナは、姉と同じく狩人として天才とも呼べる才能を徐々に開花させ、その才能にギルドマスターが目を付け、人材不足を理由に異例の速度での上位昇格試験を課され、無事に達成して戻ってきた。

 

「どうだった?」

「凄く怖いモンスターでしたよ……目が合ったらすぐ威嚇してきましたし、すごい力で岩も粉々ですし」

 

 大陸南東部に位置する未開の大地である「高地」へと上位昇格試験に向かったティナは、そこで相対したモンスターである「蛮竜グレンゼブル」の姿を思い出して身震いをしていた。そんな身震いするほどのモンスターを一人で狩猟し、無事に上位へと昇格したのはティナ自身なのだが。

 

「取り敢えずギルドマスターに報告したら休んだ方がいいぞ」

「そうします」

 

 満身創痍と言える状態のティナを気遣ったジークは、そのまま後ろに振り向いて談笑しているエルスとネルバの元へと向かった。

 

「無事、上位に昇格したみたいだな」

「団員四人ですが、これで足並みは揃えられそうです」

「ふむ。団長が望むなら四人で行くのもやぶさかではないな」

 

 目指す場所が同じである『ロームルス』の猟団長ネルバと『ニーベルング』の猟団長ジークは定期的に話し合いの場を設けていた。『ロームルス』から『ニーベルング』へと渡ったエルスの仲介もあり、順調に話し合いも進んでいる二つの猟団だが、未だ戦力は整わない状態である。

 

「もう温暖期も折り返しってぐらいの季節だが、こっちも人が集まらねぇ……やっぱり剣と盾の影響力はでかいぞ」

「こっちも何人か勧誘して見てるんですけどね……」

 

 いずれ同盟を結ぶことになっている二つの猟団だが、合わせる力は互いに強い方がいいと考えている。しかし、現状のメゼポルタでは新人が新興の猟団に集まりにくいのもまた事実だった。

 

「いっそのこと凄腕になってから勧誘した方がいいんですかね」

「あー……凄腕になってから、か……確かに、寒冷期でも勧誘活動を続けるならいい考えかもしれないが」

 

 上位ハンターでは受けられない危険度の高いクエストを受けるハンターたちを、メゼポルタハンターズギルドでは便宜的に「凄腕ハンター」と呼称する。ドンドルマ管轄のハンターでは危険であると判断されるようなモンスターを討伐し、大陸に存在するG級ハンターやギルド直轄のエリート集団であるギルドナイトすらも上回る実力を持つ者もいるハンターたちであり、メゼポルタギルド最高戦力と言える。

 

「俺たちが凄腕になれば、メゼポルタの現状をどうにかしようとする行動を支持するハンターも出てくるはずです。味方は多ければ多い程いい」

「そうだな……どっちにしろ、しばらくは実績を示していかないといけないか」

「了解だ猟団長。なら引き続きティナの育成をしていこう」

「これからは俺たちもティナと一緒に行きますよ」

 

 才能を開花させて上位ハンターへと昇格したと言っても、まだまだ拙い部分があるティナは引き続きエルスが中心に教育し、ジークとウィルは同行しながらも共に装備を充実させる方針で話し合いは解散となった。

 

 


 

 

 数日後、エルスがマルクに呼び出されたことによって不在の時に、ジークはティナを連れてウィルの部屋に訪れていた。ウィルは自分の給仕ネコにお茶を淹れさせながら二人を椅子に座るように促してから、自分も椅子に座った。

 

「それで、どうかしたんですか?」

「ティナも上位に上がったし、そろそろ休養は終わりで俺たちも狩りに行くぞ」

「あー……そうですね」

 

 エスピナスを討伐して上位に昇格したウィルとジークは昇格後も止まることなく狩りを続けていたが、ティナが上位昇格試験を受けると聞いて、ティナの休養に合わせるようにして狩りを一旦止めていた。

 

「そこまで重要な依頼ではないが、面白そうなモンスターを見つけてな」

「面白そう、ですか?」

「ドンドルマギルドから流れてきた依頼だ」

「へー……中央からですか」

 

 ドンドルマハンターズギルドと言えばハンター稼業をする者だけでなく、大陸周辺で生活している全ての中心点に位置する最大規模のハンターズギルドである。大老殿を中心としたドンドルマには、大陸でも一掴みしか存在しないG級ハンターが数十人所属していると言われている。

 

「中央から来るなんて、よっぽど危険な依頼なんですか?」

「内容はドンドルマ、メゼポルタ間の物流が一部滞っているからその原因を討伐して欲しいって依頼だ」

「物流、ですか?」

 

 ジークの言葉にティナが首を傾げた。ドンドルマとメゼポルタが繋がる物流のラインは、ゴルドラ地方と呼ばれる乾燥した山岳地帯を抜けている。聳え立つ山々と乾燥して水も少ない地域である為、モンスターの数も少なく比較的安全に通ることができるラインである。

 

「どうやら近くの峡谷から特定の物資だけ好んで襲う傍迷惑な奴がいるらしい」

「峡谷ですか」

 

 そこまで聞いて、ウィルは初めてドンドルマからメゼポルタに依頼が回ってきた理由を理解した。峡谷と呼ばれる特殊環境での狩りが許可されているのは、メゼポルタハンターだけであり、たとえ危険性の少ないモンスターだったとしても、そもそも峡谷に踏み入ることができるのはメゼポルタハンターだけなのだ。

 

「上位ハンターに回ってきてはいるが、ギルド的にもかなり重要な依頼だ。ギルドからの評価を上げるにはこれ以上にいい依頼はない」

 

 ジークの言葉にウィルとティナは頷いた。いち早くギルドからの評価を得て、凄腕ハンターへと昇格しようとするジークたちにピッタリの依頼に、二人も若干緊張した面持ちをしていたが、その目には闘志が宿っていた。

 

呑竜(どんりゅう)パリアプリア……それが今回のターゲットだ」

 

 すっかりとハンターらしくなったウィルとティナの目を見て、ジークは不敵に笑みを浮かべていた。

 

 


 

 

 作戦会議の当日、早々にメゼポルタを発ったジークたち三人は、いつも通り船に乗ってメゼポルタ近辺の港からテロス密林付近へと降り立ち、そこからドンドルマとメゼポルタの交易路を通りながらゴルドラ地方の峡谷へと向かった。

 吹きすさぶ風の中、峡谷のベースキャンプ地として定められた安全地帯へとやってきた三人は、未知の大地に目を奪われていた。

 

「ここが……峡谷か」

「僕、結構高い所苦手なんですよね……」

 

 ベースキャンプから峡谷の谷間へと伸びていく岩でできた天然の橋から、谷底を眺めながらウィルは笑みを引き攣らせていた。

 

「元々海だった場所が隆起して年月を経って削られた姿、らしい」

「らしい、ですか」

 

 狩人としてウィルやティナよりも遥かに場数を踏んでいるジークだが、当然学者ではないので書物に書かれている程度のことしか知らない。

 谷底に流れる大河を見ながら苦笑を浮かべているウィル、初めての場所にやってきて周囲をつぶさに観察しているティナ、気候と足場を見ながら武器の手入れをしているジーク。三者全員が違うことをしながらも、既に討伐対象であるパリアプリアを狩りに行く心構えはできていた。

 

「さっさと終わらせるぞ」

「はい!」

「任せてください」

 

 上位昇格試験の相手であったエスピナスの素材で作られたハンマー『ローゼンファウスト』を背負ったジークは、二人を先導するように歩き始めた。エスピナスの頭部素材を使ってハンマーにしてしまうという斬新な武器ではあるが、強力な毒が滲みだす角をそのまま使う合理的な武器である。ウィルも同じくエスピナスの素材で作られた大剣『ローゼンテラー』を背負い、ティナも自らの上位昇格試験の相手であった蛮竜グレンゼブルの素材で作られた弓『怒髪弓【夜霧】』を手に歩き出した。

 

「確か鍾乳洞を中心に生活している、だったよな」

「そうですね。水気の多い所で生活し、とんでもない大食漢で常に何かを食べているそうです」

 

 ジークの言葉に、ウィルはギルドストアで購入した携帯用のモンスター図鑑を開いた。呑竜パリアプリアのページを開きながら言うウィルの言葉に、ジークは一瞬タンジアにクエストが回ってきていた恐暴竜を思い出した。

 

「どんなモンスターなんでしょうか……」

「所謂ティガレックス骨格って呼ばれる飛竜種だな」

「てぃが?」

「あー……四足歩行型の飛竜種で、翼が発達していない代わりに、前脚が発達した飛竜種だ」

 

 峡谷を歩きながらモンスターの骨格について話していたジークは、不意に立ち止まった。先頭を歩いていたジークが止まったことで、後ろの二人も首を傾げながらジークの隣まで近づいた。

 

「どうかしたんですか?」

「ウィル、それ以上前に出るな」

 

 ジークの視線の先へと歩こうとしたウィルは、その言葉を受けて立ち止まった。ヒプノック狩猟の時にジークの警告を無視して死にかけた経験があるウィルは、ジークのハンターとしてのセンスを信頼して止まった。ティナも語気を強くしたジークの言葉に唾を飲み込み、身体を強張らせた。

 その場で片膝をついたまま、ジークは鍾乳洞へと続く道を指差した。導かれるまま指し示す方向へと二人が視線を向けると、荷車の車輪と思われる木片と共に、何かを鍾乳洞まで引きずった跡が残っていた。

 

「襲われたのは……ハンター用の生肉を乗せた荷車、だったよな」

「クエストの説明文には、そう書かれていました」

「なら、鍾乳洞の中で食事中だろうな」

「な、なるほど」

 

 生態とクエストが依頼された理由から、パリアプリアが今どこでなにをしているのか大体の予測を立てたジークは、ウィルとティナを連れて慎重に歩き始めた。ハンターとして、ウィル以上に経験の足りないティナは、ジークの行動全てに感心していた。

 

「もう食事が終わってるかもしれないが……行くか」

 

 座り込んで地面に触れていたジークは、風が強い峡谷で引きずった跡が未だ消えていないことから、この跡ができたのはそこまで前ではないだろうと考えていた。既に襲われた荷車の中身は全て食べられているとしても、この峡谷にはパリアプリアの食事対象であるアプケロスが歩いている為、どちらにせよ食事中であろうと予測していたのだ。

 周囲を警戒してローゼンファウストの柄に手を伸ばしながら歩き始めたジークに続いて、ウィルとティナも背後を警戒しながらゆっくりと追いかけ始めた。

 

「一気に気温が低くなった……流石に鍾乳洞なだけはあるか」

「これほどの鍾乳洞が作られるなんて……どれ程の時間をかけたのでしょうか」

「どうだろうな」

 

 未だ開拓が満足にできていない大地である峡谷の幻想的な風景を見て、ティナは感嘆の息を漏らしていた。ウィルとティナが風景に目を奪われている間も、ジークは所々に転がっているモンスターの鱗や魚の骨を見て、ゆっくりとパリアプリアの住みかに近づいている確信を持っていた。警戒を最大限しながら歩いていたジークは、不意に何かを咀嚼する様な音が聞こえて足を止めた。岩陰から鍾乳洞の先を覗くと、予想よりも開けた場所に前脚の発展した飛竜種特有の骨格を見つけた。

 

「いたぞ。食事中だ」

 

 ジークの予測通り、アプケロスを真剣に貪っている飛竜を見て、ウィルとティナは唾を飲み込んだ。想像していたよりも更に大きく、魚としての特徴を身体に持ちながらも、発達した前脚でアプケロスの首元と尻尾を押さえつけていた。ぬめぬめとした体表が洞窟の隙間から入った光を反射し、つぶらな瞳と言える程綺麗で丸い目をもった四足歩行型飛竜種、呑竜パリアプリアはいた。

 

「俺がハンマーだから注意を惹き付ける。ウィルは側面から叩いてくれ」

「わかりました」

「ティナは必ず安全距離を保ちつつ弓で牽制。狙えるようなら顔を狙ってくれ」

「はい!」

 

 武器を構えながら二人に作戦を伝えたジークは、周囲からの邪魔が無さそうなことを確認してから岩陰から一歩前へと出た。

 

「……四足歩行型飛竜種は突進力が高い。引き際を見誤るなよ!」

 

 岩陰から身を出したにもかかわらず、全くこちらに気が付かずに食事を続けるパリアプリアを見て、最後の警告を二人にしてから、ジークは一人でパリアプリアの真正面へと走った。視界の端にいる程度は無視していたパリアプリアだが、食事の邪魔をしようとする相手には威嚇することも無く、独特な高いようにも低いようにも聞こえる声を発しながら大口を開けて噛みつこうとした。

 

「ハァっ!」

 

 噛みつきを紙一重で避けた勢いのまま、ハンマーを振り上げるようにしてパリアプリアの下顎にクリーンヒットさせたジークは、続けて叩きつけるように重力に引かれるままハンマーを頭へと振り下ろした。エスピナスの頭を殆どそのまま使って作られたローゼンファウストからは、エスピナスの持つ遅効性の毒が滲み出ており、打撃で傷つけた場所から相手の体内に毒を送り込む。だが、パリアプリアは二度の打撃をものともせず、発達した前脚で地面を蹴ってジークへと突進を始めた。

 

「うぉっ!?」

 

 重たいハンマーに引っ張られながらもなんとか横に転がったジークは、真っ直ぐ走っていった獲物を追いかけようと走りかけたことろで、パリアプリアが自らの重い体重を苦もなく反転させて再び突っ込んできたのを見てハンマーを背負い直して横に走って避けた。

 

「突進の推進力はそれほどでもない……が、体重があるから受けるときつそうだ」

 

 突進を避けられても無視してそのまま走り続け、先程まで食べていたアプケロスの残っていた身体を、口を地面に付けて岩盤を削りながら丸呑みにした姿を見て、ジークは苦笑いをすることしかできなかった。

 

「岩も敵も肉も関係なしってか」

 

 アプケロスの死体を完全に飲み込んだパリアプリアは、距離の離れた位置にいるジークを見据えてもう一度突進の構えを見せた。直線的で無計画にも見えるパリアプリアの突進だが、四足歩行型飛竜種の例に漏れずに左右の幅が広く、同骨格飛竜種の中でも平均的なサイズが大きく、岩盤を容易く削る程の推進力も発生している。おまけに重めの体重を簡単に、少しのジャンプで真反対へと方向転換する瞬発力を持つ。

 

「中々面倒くさそうなやつだな……」

 

 獲物を狙って突進を始めたパリアプリアの正面で、背負い直したハンマーを再び構えたジークは、パリアプリアの突進を狙って放たれた矢を見て笑みを浮かべた。突進中に横から飛んできた矢が首元に刺さったパリアプリアは、多少横にブレながらもお構いなしにジークへと突進を続けた。全く退く気の無いジーク相手に、アプケロスの死体を飲み込んだ時の様に、岩盤を下顎で削りながら突進していたパリアプリアは、死角から側面に回り込んでいたウィルの大剣に前脚を掬われ、それを把握していたジークによって頭全体を揺らすような両手持ち振り下ろしを頭に直撃させられた。

 

「うぉッ!?」

 

 完全に捉えた当たり確信していたジークだったが、体表のぬめぬめとした質感に衝撃を吸われ、頭の奥まで伝わり切っていないことを手応えで感じたジークは、すぐさまハンマーを振り上げてもう一度パリアプリアの頭に叩き込んだ。エスピナスの素材によって作り出されたローゼンファウストの棘が、そのままパリアプリアの頭に突き刺さるように叩き込まれ、痛みに喘ぐような声を上げながらその場でジタバタ暴れ始めた。

 

「いたッ!?」

「だ、大丈夫ですか?」

 

 突然ジタバタと暴れ始めたパリアプリアによって、ハンマーを持っていたジークはパリアプリアの前方によって吹き飛ばされ、側面から近づいていたウィルも前脚に身体ごと吹き飛ばされて弓を構えていたティナの隣まで転がされていた。装備を着込んでいたウィルとジークは大したことのない傷しか追っていないが、張り付いて動かさないようにしていたパリアプリアは、この隙に再び好き勝手に鍾乳洞内を走り回り始めた。

 

「ティナ、足止め頼む」

「わかりました!」

 

 応急薬を口にしながら立ち上がったジークは、すぐにティナへと指示を飛ばしてから、頭に傷を負いながらも突進する速度が全く変わらないパリアプリアへと視線を向けた。

 

「こいつ……毒が全く効いてないな」

「そ、そうなんですか?」

 

 突進を避けつつジークの隣までやってきたウィルは、隣から聞こえてきた呟きに反応した。ジークとウィルはエスピナスの素材からできている武器を背負っているが、パリアプリアの傷口に幾ら攻撃しても全く毒に対して反応もしなければ、動きが緩慢になっている様子も見られないことから、ジークはパリアプリアには毒の効き目がないと判断した。

 パリアプリアの分析をしていたジークを横目に、ティナはやたらめったらに走り続けているパリアプリアに目測を合わせて矢をつがえていた。ジークから指示された足止めに必要なことは、急所を撃ち抜くことではなく、目や足を撃って動きを止めることだと考えたティナは、パリアプリアが自身の方向へと顔を向けるのをひたすらに待っていた。

 

「ふぅ…………」

 

 モンスターの素材からできているハンターの弓は、強い張力から弾き出される矢がしっかりとモンスターの身体に刺さるようにできている。それ故に、初心者弓使いはまず弓の弦をしっかりと引き、それを維持するための筋力と持久力を鍛えさせられる。ティナはハンターとしてライセンスを取得してから一年も経過していない。にもかかわらず、パリアプリアが暴れ始めてから一度も構えを崩さずに弦を引き絞り続けていた。その圧倒的な集中力と、初心者ハンターとは思えない程の忍耐力を持って、ティナはパリアプリアが止まった一瞬の隙を見抜いて矢を放った。

 

「行くぞ」

「は、はい!」

 

 ジークはティナの目つきが変わった瞬間、パリアプリアの突進に対して挑発する様に真後ろに立ったままローゼンファウストを構えた。パリアプリアは数分間突進し続けるようなスタミナを持つモンスターだが、方向転換をする時に一瞬生み出される硬直こそが弱点だった。ジークの存在を感知したパリアプリアは、すぐさま身体を反転させ、ジークに突進しようと口を突き出し、同時にジークがハンマーを持ったまま走り始めた。

 

「行きます!」

 

 ジークより一拍遅れて走り始めたウィルは、自分が走り始めようとした瞬間に、声と共にパリアプリアの側面から飛んできた一矢が、パリアプリアの左目に刺さるのを視認した。パリアプリアは視界外から飛んできた矢に視界の半分を潰され、突進しようとしていた体勢からバランスを崩し、右方向へと倒れた。

 

「いいタイミングだ! ウィル!」

 

 パリアプリアが倒れるのを見て、ジークは笑みを浮かべながら背後のウィルへと声を飛ばし、自身も走り出していた勢いそのままにハンマーを頭に叩き込んだ。衝撃が洞窟内に伝わる程の力を込めたジーク渾身の一撃は、容易くパリアプリアの脳組織を揺らし、続くウィルの全体重をかけた大剣の振り下ろしに反応することすらできない。容赦なく振り下ろされた大剣の切っ先は、パリアプリアの体表を覆っているぬめぬめとした皮すらも切り裂き、鍾乳洞の地面へと鮮血をまき散らす。追撃するようにハンマーを構えたジークは、ティナへと一瞬視線を向けてから地面を横に転がり、遠心力そのままに左前脚の翼膜を棘で裂いた。

 

「畳み掛けろ!」

「はい!」

 

 突如視界の半分を奪われた挙句に脳を揺らされ、首を斬り裂かれ、翼膜すらも使えなくされたパリアプリアは、悲鳴を上げながら立ち上がろうとするが、地面へと突き立てた左前脚の爪を的確に矢で貫かれ、立ち上がることすらできなかった。立ち上がれないパリアプリアに容赦する気など無いハンターたちは、己の武器を振るい続けた。ジークとウィルは互いの位置を入れ替えるように移動し、頭にハンマーによる打撃を与え、筋肉の発達していない後ろ脚に大剣で裂傷を生み出す。筋肉を切り裂かれる痛みに身体を暴れさせようとするパリアプリアだが、一撃目とは反対方向から叩き込まれたハンマーの衝撃によって、既に上下左右すらも覚束ないほどのダメージを受けていた。

 

「ここで仕留めきります!」

 

 ジークの重い一撃によって動けなくなっているパリアプリアに、追撃をしかけるように皮膚を切り裂いたウィルは、すぐさま大剣を頭上へと持ち上げて体重と共に振り下ろす。ウィルは手が痺れるような感覚を味わいながらも、パリアプリアの胴体に大きな裂傷を生み出した。

 

「終わりだ」

 

 ウィルの作り出した傷から大量の血が吐き出されるのを横目に、ジークはゆっくりとハンマーを構え、渾身の力を込めてパリアプリアの顎へと打ち付けた。なにかを砕く様な音と共に、パリアプリアの苦痛に喘ぐような声は段々と小さくなっていき、そのまま力なく地面に身体を横たえた。

 

「腕が痺れたな」

「大丈夫ですか?」

「お、ありがとう」

 

 パリアプリアの顎の骨を砕いたジークは、ハンマーを地面に置いたまま右手を振っていたところ、後ろから近づいてきたティナが回復薬を差し出した。痺れの取れない右手を振りながら左手で回復薬を受け取ったジークは、ウィルへと視線を向けた。

 

「毒は効かなくても、エスピナスの素材でできた武器なら簡単に斬り裂けましたね」

「そりゃあそうだろう。パリアプリアは飛竜種でも最弱、なんて呼ばれるくらいだからな」

「そ、そうなんですね……」

 

 大剣の刃毀れしていないかを見ていたウィルの言葉に、ジークは苦笑いしながらも答えていたが、ティナのような弓使いにとっては走り回るだけでもとても厄介に感じていた。

 

「さて、さっさとメゼポルタ帰って反省会でもするか?」

「はい!」

「わかりました」

 

 ギルドの流通に迷惑をかけていたパリアプリア狩りを終えた三人は、ぬめぬめとした素材の解体に四苦八苦しながらも依頼を完了するのだった。

 

 


 

 

「団員増やし、ですか?」

「そう。そろそろ本格的に考えないといけないわ」

 

 パリアプリア討伐に成功し、メゼポルタ広場へと帰ってきたジークたちは休養を取ってから、一人で団員候補探しに励んでいたエルスと卓を囲んでいた。猟団『ニーベルング』としてそれなりに活動したことで与えられた猟団部屋の中でそれぞれの準備をしていた時、エルスが団員を増やす方法を考えようと切り出した。

 

「団員増やしかぁ……狙うなら初心者、ですかね?」

「そこら辺がいいだろうな。俺らだって初心者みたいなもんだし」

 

 昼飯を食べていたウィルは、フォークを片手に自分のような初心者ハンターを勧誘するのがいいのではないだろうかという考えを口にした。その案に対して真っ先に賛成の声を上げたのは、猟団受付から貰ったクエスト一覧をクエストボードに貼り付けていたジークだった。猟団部屋にはクエストボードが存在し、メゼポルタギルドが管轄している緊急性のそれほど高くないクエストの写しを、各猟団部屋のクエストボードに貼ることを義務付けている。そんな作業をこなしていたジークだが、ウィルの提案はしっかりと聞き入れていた。

 

「第一、俺らだってまだ上位ハンターなんだからな。いきなり次の狩人祭でひっくり返そうぜ! なんて言っても説得力がな」

 

 全てのクエストを貼り終えたジークは、机の上に置いておいたスライスサボテンを口にしてからウィルの隣に座った。

 

「私は姉を振り向かせる為に猟団に入りましたけど、損得を考えるならどちらかがいいですからね」

 

 メゼポルタギルドすらも真っ二つにするような連中が所属する二大猟団以外に入るなど、普通に考えればあり得ないことである。二つの猟団と敵対するメリットなどまず存在せず、どちらかの庇護下に入ることは大きなメリットとなる。

 

「『ロームルス』も勧誘にはかなり苦労してた。結局、奇人変人しか集まらないよ」

「そりゃあそうでしょうよ」

 

 そもそも二大猟団に入らない理由がないような状態で、尚且つ猟団長と副猟団長が変人の類なのだからそれも当然である、とジークは思っていた。自分たちも奇人変人の類ではないとは言い切れない所が悲しい所ではあるが、兎に角猟団員を勧誘することはかなり難しいことは確かだった。

 

「凄腕になれば、違うんでしょうか」

「そりゃあ……そうじゃないか?」

 

 ティナの呟きにジークは肯定しようとしたが、イマイチ実感を持てないのも事実だった。実際、上位ハンターの上はG級ハンターであるとのイメージが拭えないジークは、このメゼポルタギルドでいう所の凄腕ハンターとはどの程度を指すのかが理解しきれていない。その理由の一つに、大陸のG級ハンターと比べても、メゼポルタギルドの凄腕ハンターの数が圧倒的に多いという事実があった。

 

「そう言えば……凄腕ハンターってどんなモンスター狩ってるんですか?」

「そうね……剛種(ごうしゅ)、とかじゃないかしら?」

「剛種?」

「剛種っていうのは――」

 

 初めて聞く言葉に首を傾げたジークに対して説明をしようとしたその時、猟団部屋の入り口から誰かが布を捲って入ってきた音を聞き、四人が視線を向けると、そこにはギルドマスターがいた。

 

「おお、全員集合か?」

「マスター? どうかしたんですか?」

 

 本来ならばギルドマスターが直々に小さな猟団の猟団部屋に訪れることなど無い。故に四人は突然の訪問に驚いていた。

 

「なーに、新進気鋭のお主らに一つ頼みごとがあってじゃな」

「頼みごと? 内容は?」

 

 ギルドマスターから唐突な頼みごとを頼まれると言う事態に困惑しながらも、ジークがその内容の続きを促すと、ギルドマスターは一呼吸置いてから一つのクエスト依頼書を取り出した。

 

「フォンロン地方北部にある謎の古代文明によって建設されたと思わしき塔。その頂上に居座っておる竜の討伐じゃ」

 

 新たな狩猟地の開拓……それはメゼポルタギルドに所属するハンターの使命である。




パリアプリアは最弱の飛竜種なんて呼ばれるくらいに弱いので、サラッと流してしまえばいいかな、と思いつつ一年以上かかりました。

次回は塔の頂上を住みかにすることがあるモンスターですが、古龍ではありません。
次はなるべく早く投稿したいです。


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棘茶竜(エスピナス亜種)

と、言う訳で茶ナス戦です
唐突ですが、一応プロット通りに進んでます


 フォンロン地方の南部はバテュバトム樹海が大半を占めている。高温多湿の気候により、人が簡単に入ることもままならない鬱蒼とした森の光景は、メゼポルタハンターにとって日常的な風景である。そんなバテュバトム樹海の北部に位置するメゼポルタ広場、更にその北部には大きな建造物が天へと向かって聳え立っている。誰が作ったのか、どの時代に建てられたのか、何の目的で作られたのか、どのようにして作られたのか。その一切が不明のまま調査の成果も芳しくない謎の古代文明によって建てられた雲を貫くほど巨大な建造物は、いつしか『塔』と呼ばれるようになった。塔はメゼポルタ広場に近い場所にある故に、その調査の大部分をメゼポルタギルドが行っている。しかし何の進展も見られないのは、その謎すぎる文明故ではなく、住み着いているモンスターがどれも強大なことに起因する。と言うのも、塔は大型の古龍種となるモンスターがよく発見されるのだ。一匹で天災級の被害をもたらす存在であるはずの古龍種が、あり得ない程の頻度で発見されるのが塔の危険性を物語っている。

 塔の頂上に居座ったモンスターの狩猟を、ギルドマスター直々に依頼されたジークたちは、その続きを促すようにギルドマスターを椅子に座るように勧めた。

 

「すまんの」

「いえ。それで……塔の頂上に住むモンスター、とは?」

 

 椅子に腰かけたギルドマスターは、持っていた依頼書を四人に見えるように置いてから、パイプをふかした。四人は乗り出すようにその依頼書を見て、全員が驚くような顔をした。

 

「エスピナス、亜種?」

棘茶竜(きょくさりゅう)エスピナス亜種。お主らが上位昇格試験に狩猟したエスピナスの亜種じゃな」

「随分と、面倒くさいモンスターね」

 

 依頼書のモンスター名を見て、エルスは大きなため息を吐いてからギルドマスターの顔を見た。棘茶竜エスピナス亜種と言えば、危険度だけで言うのならば古龍級と言っても差し支えないモンスターである。エルスも討伐の経験がないモンスターではあるが、メゼポルタ広場に出回っている書士隊の編纂したモンスター図鑑を読む限り、上位ハンターに頼むようなモンスターではない。

 

「ふむ……お主らなら討伐できると考えての依頼じゃ」

「それにしても、随分と急に言うのね」

 

 エルスはギルドマスターのどこか飄々とした風の言葉に警戒心を露わにしていた。通常ならば上位ハンターにそうそう古龍種や古龍級のモンスター討伐など任されるものではない。塔の調査の為にエスピナス亜種が邪魔だったとしても、通常ならば凄腕ハンターに依頼する様な重要なものを、ギルドマスターがわざわざ零細猟団の猟団部屋まで直々に赴いていることに疑問を持っていたのだ。しかし、ジークは一人で笑みを浮かべていた。

 

「まぁ、いい機会じゃないですか?」

「いい機会?」

「どっちにしろ、俺たちはさっさと実績を作って凄腕ハンターになる必要がある。その過程に、ギルドマスターからの依頼がってもいいって話ですよ」

「それは……そうね」

 

 ギルドマスターのやっていることが怪しいの事実だが、とにかく早く凄腕ハンターになる必要があるジークたちには、今は依頼を選り好みしている余裕が無い。エルスもそのことは理解しているので、ジークの言葉には頷いた。

 

「ほっほっほ……当然、この依頼をクリアすればそれ相応の評価はさせてもらうぞ」

「約束してくださいよ。ギルドマスター」

「うむ。わしもその為にこの依頼を持ってきたのじゃからな」

 

 強く頷いたギルドマスターの言葉に笑みを深めたジークは、ティナとウィル、そしてエルスに視線を向けてから依頼書を手に取った。

 

「塔頂上でのエスピナス亜種の討伐、受けますよ」

「任せたぞ」

「せ、精一杯頑張ります」

「頑張りましょう!」

「……私も、できることはするわ」

 

 全員が頷いたのを確認したジークは、メゼポルタ広場にやってきてから初めてである四人での依頼に気分の高揚を抑えきれなかった。

 

 


 

 

 ギルドマスターからエスピナス亜種の依頼を受け、即日狩猟準備をしてメゼポルタ広場を出発したジークたちは、不自然なほど静かな塔を登り切り、頂上へと出る穴の外で装備の点検をしていた。

 

「まさかこんなに早くまたエスピナスとやり合うことになるとは思わなかったな」

「そうですね」

 

 周囲に気を配りながら支給品の分配と武器の点検をしていたジークの言葉に、共に原種のエスピナスを狩りに行ったウィルは苦笑を浮かべていた。

 

「エスピナスは危険なモンスター。だけど亜種はもっと危険よ」

「わかってます」

 

 エルスの言葉に頷いたジークは、今回エスピナス亜種と相対する為に背負ってきた武器を見た。ティナが上位昇格試験を受ける前にウィルと共に狩猟していた「轟竜(ごうりゅう)ティガレックス」の素材によって作成された双剣『轟爪【虎血】』は、岩すらもバターの様に両断する程の切れ味を持っていると言われて、工房の親方に渡された物である。ウィルもジークと共に狩猟したモンスターである、「雪獅子(ゆきじし)ドドブランゴ」の素材によって作成されたガンランス『ヘルファング』を背負っていた。

 

「私は準備万端です!」

「こっちも大丈夫」

 

 ティナは前回の狩りに使用していた『怒髪弓【夜霧】』を更に強化した『怒髪弓【氷雨】』を持ち、エルスは愛用武器であるヘヴィボウガンの中でも、エスピナス亜種の苦手とする水属性の弾丸である水冷弾が放てる武器『ガノスクリーム』を背負っていた。「水竜(すいりゅう)ガノトトス」の素材からできている重弩を、重さを感じさせな動きで持ち上げたエルスは、水冷弾をガノスクリームに装填し終わっていた。

 

「よし、行くか」

 

 全員が武器の点検を終えたことを見たジークは、轟爪【虎血】を両手に持ちながら、塔の頂上へと続く道に視線を向けた。

 

 


 

 

 謎の古代文明によって建設されたとされている塔は、雲の上までも続いていた。他の三人はどこか緊張しながらジークの後ろを歩いていたが、ジークはこの塔にやってくるのが初めてではない。かつてタンジアギルドでG級ハンターとして活動していた時、塔の中腹にある開けた場所で狩猟を経験したことがあるのだ。星の瞬く夜の中、無色の衣を纏って襲い来る月迅竜との死闘を思い出したジークは、口許に笑みを浮かべていた。今回狩猟するエスピナス亜種は、月迅竜にも劣らない程の危険生物。優れたハンターと言うのは得てして強敵を前にして高揚感を覚えるものである。

 

「さて、頂上まで来たが……予想通りだな」

「あはは……エスピナスですからね」

 

 塔の頂上へと警戒しながら登り切った四人の前に見えたのは、頂上広場中央で堂々と眠っているエスピナス亜種の姿だった。エスピナス種は、その硬い甲殻と全身に存在する毒の棘で、普段は全く周囲に気を配ることもなく眠っていることが多い、圧倒的捕食者の頂点に位置するが故の生態だが、ジークたちの目の前にいるエスピナス亜種においては、その異常性を強く感じさせる生態である。この「塔」という地には、エスピナス亜種の外にも強力なモンスターが集いやすい地である。それこそ、身一つで天災を巻き起こすような古龍種なども現れるのがこの「塔」の特異性と危険性を知らしめている。そんな天災すらも降りかかりかねない場所で、あろうことかエスピナス亜種はゆっくりと睡眠を取っているのだ。

 双剣の柄を強く握ったジークは、声を出さずに三人へと視線を送った。言葉を交わさないジークの視線の合図に三人は同時に頷くと、それぞれ武器を構えた。

 

「いきます!」

 

 エスピナス亜種の目の前に陣取ったウィルはヘルファングを構え、上位昇格試験時にジークがやったように、銃撃機構に装填されている爆発弾を全て起動させ、更に穂先の一部を開いて空気を急速に吸収する。ガンランス自体が悲鳴をあげるような熱を発しながら放たれた『爆竜轟砲』は、反動によってウィルを数歩分後ずさりさせる程の火力を見せ、眠気覚ましに爆竜轟砲を浴びせられたエスピナス亜種は、のっそりとした動きで、立ち上がりながらも怒りをその瞳に宿していた。

 体中に血管が浮き上がっていくの見たティナとエルスは、武器を構えてエスピナス亜種の頭へと狙いを定めた。瞬間、エスピナス亜種の爆発のような咆哮によって生じた風圧を受けてウィルは尻餅をつき、そのあまりにも大きい音にティナ、エルス、ジークは咄嗟に耳を塞いだ。茶色の甲殻に赤い模様が浮かび上がり、爆竜轟砲の爆炎の中からゆっくりと歩く姿に、ジークは汗を流していた。

 

「ウィル! 一回離脱しろ!」

「は、はい!」

 

 ウィルへと狙いを定めてゆっくりと前進していたエスピナス亜種に、ジークは轟爪【虎血】で視界を遮るように攻撃をしかけていた。爆竜轟砲は超強力な技ではあるが、内部に装填されている弾丸全てを消費し、ガンランスのランスとしての切れ味もその爆発による熱で急速に劣化させてしまう技である。ウィルには少しだけ戦線を離れて準備する時間が必要だと考えたジークは、エスピナス亜種に傷をつけることを目的とせず、かく乱するように武器を振るっていた。視界の外から現れたジークへと一瞬だけ視線を移動させたエスピナス亜種は、双剣による攻撃に対して、小さく頭を振ることで回避し、そのまま口から燃え滾る炎の塊を放った。

 

「っ!?」

 

 紙一重でブレスを避けたジークは、続く頭の角を小さく振るような攻撃を双剣でいなしてから懐へと入り込んだ。原種のエスピナスとの戦闘で、もっとも柔らかい部位は腹部であることを知っていたジークは、躊躇いなくエスピナス亜種の足下へと入り込んだ。無謀とも言える接近戦をしかけるジークだが、超接近戦を可能とする要因はもう一つある。

 

「ティナ、合わせて頂戴」

「はい!」

 

 事前の準備で水冷弾を装填していたエルスは、足下にいるジークを援護するようにガノスクリームを構えてから角に向かって的確に水冷弾を発射した。角の一部を削りながら飛んでいった水冷弾に反応したエスピナス亜種はすぐさまそちらに視線を向けるが、反対方向から翼の棘を狙って飛んできた矢に反応して翼を動かして弾いた。二人の遠距離ハンターに意識を向けた瞬間、腹部に向かってジークは双剣を突き立てていた。

 

「流石に四人相手にするのは、厳しいだろっ!」

「ティナ!」

「わかってます!」

 

 腹部に傷を与えた勢いのまま、エスピナス亜種の両足へと双剣を振りぬいたジークに合わせて、エルスとティナも両翼に向かって弾丸と矢を発射した。瞬間的に三方向から攻撃を受けたエスピナス亜種は、尾を振り回して矢と弾丸を弾き、一歩大きく退いてから腹の下にいたジークを噛み砕かんと牙を向けた。エスピナス亜種のかみつきを横に転がって避けたジークを援護するように、エルスは的確に頭付近へと水冷弾を放ち、ティナがエスピナス亜種の注意を惹き付けるように数歩近づいて足に向かって矢を放った。

 

「悪い!」

「交代します!」

 

 エルスとティナに援護の礼を口にしたジークは、後ろから聞こえてきたウィルの声に反応して一瞬視線を向けた瞬間、ゆっくりと上体を起き上がらせたエスピナス亜種の姿が視界に映った。先程までのかみつきや、弾丸を的確に弾き落すような動作に比べて極めて緩慢な動きをするエスピナス亜種だったが、四人の中でハンターとしての経験が豊富なエルスとジークは、一見すると隙だらけなエスピナス亜種の緩慢な動きに対して、確実な死の予兆を感じ取っていた。

 

「下がれッ!」

 

 ジークの声に乗っている焦燥感を理解したウィルは、すぐさまエスピナス亜種から距離を取るように地面を転がった。エルスも、ハンターとしての勘から来る警告に従ってヘヴィボウガンを背負い直して、エスピナス亜種から視線を外さずに離脱していた。ただ一人、ティナだけは状況がわからずにエスピナス亜種に向かって矢を構えていた。腹すらも相手に見せるほど上体を起こした姿に、チャンスであると考えての行動だった。

 

「くッ!」

「な、なんですか!?」

 

 双剣を鞘に納め、エスピナス亜種の足下から即座に離脱しようとしたジークは、ティナが状況を理解できていない姿を見て、すぐさまティナの方へと走った。急にエスピナス亜種との戦闘を放棄する様な行動をして、自分の方へと向かってくるジークの姿に困惑していたティナの視線の先で、エスピナス亜種は口元から紫色の炎を溢れさせていた。緩慢な動きで起こした上体を下に移動させる勢いのまま、翼をはためかせてエスピナス亜種が上に飛んだ瞬間、ジークはティナに飛びついて押し倒した。

 

「きゃぁっ!?」

「ぐっ!?」

 

 ティナは押し倒されたことに意識が動転していたが、視線はエスピナス亜種から移動していなかった。故にティナはエスピナス亜種が何をしているのかを全て見ていた。上に飛び上がった勢いのまま、真下にエスピナス亜種が炎を放った。初撃にジークに向かって放ったブレスの数倍は大きい炎塊は、塔の地面に着弾すると同時に、周囲全てを巻き込むような爆発を起こした。耳を抑えたくなるような程の大きな音と共に爆発したブレスの衝撃と熱は、ティナが先程まで立っていた場所まで瞬時に到達し、意思の上に生えていた苔を全て焼き尽くした。

 

「う、そ…………じ、ジークさんっ!」

 

 上体だけ起き上がったティナが見た景色は、まさしく地獄のような光景だった。何かが溶けるような音を立てながら石の上を炎が燃え盛り、周囲の気温が一気に上昇しているのを肌で感じていた。こんなブレスなどまともに受けていたら、身体を覆う装備ごと消し飛ばされていたことを理解したティナは、自分を庇ったジークを思い出して、未だティナの身体の上にいるジークを揺り動かした。

 

「だ、大丈夫だ……ちょっと意識が飛びかけてたけど、なんとか、生きてる」

「ごめんなさい! 私の為にっ」

「謝るのは、後だ」

 

 ティナによって揺り動かされたジークは、頭を抑えながら立ち上がり、エスピナス亜種の方へと視線を向けた。燃え盛る炎の中を平然とした顔で歩くエスピナス亜種に、ジークは苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 

「こいつは、確かに古龍級だな」

 

 タンジア時代に相対した火山の如き巨龍を思い出したジークは、ウィルとエルスが逃げていた方向へと視線を向けた。ウィルとエルスも爆発の範囲からは間一髪で逃げ切り、爆発の余波による熱も身を屈めてやり過ごしていた。ジークたちはエスピナス亜種の危険性を考えて、四人で包囲しながら誰か一人に集中的な攻撃ができないように動きを制限しながら狩猟を優位に進めようと、塔の頂上にやってくる前に作戦を立てていた。しかし、エスピナス亜種はジークたちの予想を遥かに超える怪物であった。包囲網を認識した瞬間に、エスピナス亜種は巨大な爆炎を吐いて全員を弾き飛ばすことに成功したのだ。

 

「っ!? ウィル!」

「ぐぅぅぅっ!?」

 

 エルス、ウィル、ジークとティナの三方向へと分断されたハンターたちを俯瞰しながら、エスピナス亜種は炎の中をゆっくりと歩いていたが、急加速してウィルの方へと突進を始めた。ゆったりとした動きからの緩急により、実際の速度よりも早く見えたウィルは咄嗟に盾を構えるが、途轍もない膂力から放たれた突進を受け止めきれずに後ろに転がされていた。

 

「だ、大丈夫です!」

「ジークっ! そっちに行った!」

「ティナ、右に飛べ」

 

 衝撃を受け止めきれなかったウィルだが、エスピナス亜種の体には一切触れることなく吹き飛ばされたことで、毒を受けることも無くすぐに立ち上がり、エスピナス亜種へと意識を向けることができた。追撃を警戒して盾をもう一度構えようとしたウィルの耳に聞こえてきたのは、ウィルを助けようとガノスクリームを構えていたエルスの切羽詰まった声だった。あろうことか、エスピナス亜種はその膂力によって無理やり突進方向を真反対へと切り替え、ジークとティナの方向へと地面を削るような勢いで走っていた。ジークたちが狩猟したパリアプリアが可愛く見えるほど突進と方向転換に舌を巻きながら、ジークはティナに冷静に声をかけた。

 

「来いよ」

「ジークさん!?」

 

 ジークの言葉に頷いたティナは、右方向へと転がるようにしてエスピナス亜種の進路上から外れた。しかし、ティナに逃げるように指示を出したジーク本人は、エスピナス亜種の突進に真正面から双剣を構えていた。互いに左右に飛ぶことによって難を逃れようとする提案だと思っていたティナは、驚愕の声をあげるが、遠くで見ていたエルスはジークの判断が最適解であることを理解していた。エスピナス亜種は真っ直ぐ突進しているように見えて、狙った獲物を感知して追いかけ続けているのだ。ジークがティナと同じように左に飛んでいればジークかティナ、どちらかの方へと曲がり、最悪命を落としていた。

 

「信じてますよ、エルスさん」

「任せなさい」

 

 決して聞こえるような声では喋っていないジークだが、その動きだけでジークの言いたいことを察知したエルスは、すぐさま水冷弾を装填してジークとエスピナス亜種の間に銃口を向けた。

 

「偏差射撃は、得意なのよ」

「今だ、なっ!」

 

 モンスターの動きを先読みすることが得意なエルスは、エスピナス亜種の突進速度を考慮してジークの目の前へ向かって水冷弾を放った。一見無駄撃ちの様に見える水冷弾は、ジークへと狙いを定めて突進していたエスピナス亜種の首筋へと当たり、突進速度を若干緩めることになった。その機会を逃すことなく、ジークはエスピナス亜種の突進進路上から移動しながら、岩をも容易く斬り裂く轟爪で傷をつけた。全身で風圧を感じながらもエスピナス亜種の首筋へと刃を走らせたジークの姿に、ティナとウィルは息を呑んでいた。予想外の反撃を受けたエスピナス亜種は、少し怯みながらもすぐさま頭を振り、強力な毒を含む角で外敵を貫こうとした。避けられるではないことを悟ったジークは、近づいてくる角が体に当たらないように双剣を重ねて防御した。当然、双剣程度では衝撃を防ぐこともできずに宙を舞うほど吹き飛ばされるが、双剣による防御には間に合っているので、直接的に傷はつけられていなかった。

 

「くっ!」

 

 ジークがエスピナス亜種の攻撃によってエルスの方向へと吹き飛ばされていくのを見て、ウィルは咄嗟にエルスとジークをエスピナス亜種から庇うように盾を構えた。ジークやエルスのような経験から来る予測を立てた行動ではなかったが、結果的にエスピナス亜種の次の攻撃であったブレスから二人を守ることに成功する。右手に構えた盾に再度大きな衝撃を受けたウィルだが、足に全ての力を込めてなんとか耐え抜いていた。

 

「助かった……ありがとうな、ウィル」

「いえ……無事で良かったです」

 

 咄嗟の判断だけで、角による攻撃の直撃を避けていることが見えていたのは、エスピナス亜種とジーク本人だけで、エルスたちにはジークが毒の角に刺されて吹き飛ばされたようにしか見えなかったのだ。

 

「大丈夫なの?」

「なんとか……ですけどね」

 

 エルスに支えられながら立ち上がったジークは、再び突進態勢に移行しているエスピナス亜種を見て笑った。メゼポルタ広場に来てからも危険な狩りなど幾多も乗り越えてきたジークだが、ここまで明確に死の予兆を感じ取った相手は久しぶりだったのだ。強敵を前にしてジークが笑うことは多いが、今日の笑みは一段と深く、味方であるはずのウィルとエルスも寒気を感じるほどの迫力があった。彼は若き天才としてタンジアギルドでも頼りにされていたが、こうした戦闘狂な面には誰も付いてこられなかった過去がある。

 

「ウィル、しっかりついてこいよ。エルスさんも、ティナのフォローしながらでいいからなるべく援護頼みます」

「わ、わかったわ」

「ジークさん!? 無謀ですよッ!」

 

 エルスの手を離れて立ち上がったジークは、轟爪に傷がないことを確認してからエスピナス亜種が突進を始める前に突っ込んだ。超広範囲のブレスを吐き、突進でガンランスすらも吹き飛ばすほどの膂力を発揮するエスピナス亜種。ウィルには突破口が見えていなかったが、ついてこいと言ったジークが走り始めたのもを見て無謀だと叫びながらもその背を追った。重量武器を持つウィルは当然ジークよりも遅く、エスピナス亜種が何を狙っているのかがよく見えていた。突進しようとしていたエスピナス亜種は、突如接近してきたジークに対してブレスを一つ吐いた。火竜(かりゅう)リオレウスの吐くブレスよりも巨大で、地面に着弾することも無く壁に激突するまで直進する速度を持つブレスを、ジークは放たれるより先に横に移動して避け、手に持つ双剣の刃を角に立てた。

 

「ウィル!」

「はい!」

 

 前の背中を必死に追っていたウィルは、ジークと同じ動きでブレスを避けてからガンランスをエスピナス亜種の目の前に突き付けて砲撃を行う。爆発によって視界を奪われ、大きな体を半歩後ろに退いてたじろいだ隙に、ジークは再び腹下へと潜り込んで双剣を振るう。単純ではあるが、確実にエスピナス亜種へとダメージを蓄積していく二人の動きを見逃さないように把握しながら、エルスは一度に装填できる限界数である三発の水冷弾を隙だらけの身体へと撃ちこみ、ティナの傍まで移動していた。

 

「弓を取りなさい。狩りは続いているのよ」

「は、はい」

 

 エルスの声をかけられて動き出したティナは、ジークに突き飛ばされて手放していた怒髪弓を手にし、矢に強撃ビンを取り付けて頭に向けて放った。広範囲ブレスによってエスピナス亜種が崩壊させた包囲網を、ジークの無謀とも言える突撃によって再度展開したハンターたちは、着実にエスピナス亜種の体に傷を増やしていた。包囲網を再び嫌っているエスピナス亜種だが、前と同じように広範囲ブレスを撃とうにも目の間に居座られているガンランスを扱うハンターを振り払えず、足元にいるハンターの姿も見えない。加えて位置を変えながら遠距離攻撃をするハンターの位置も正確に把握できず、尻尾と角を振って威嚇しながら突進の機会を窺うことしかできなかった。

 

「ブレスは正面から受け止めすぎるなよッ!」

「はいっ!」

 

 ガンランスを使っている関係上、もっとも危険な顔の前に居座っているウィルだが、足元から尻尾にかけてを移動しながら攻撃を続けているジークの指示を聞きながら動いていた。その中の指示の一つが、時折エスピナス亜種が口から放つ紫毒のブレスを盾で受けすぎないことだった。ウィルは受け続ければ衝撃によって隙ができると考えての忠告だと思っていたが、ジークは周囲全てを吹き飛ばす勢いの広範囲ブレスを放った時からそのブレスの特性に気が付いていた。原種のエスピナスが放つブレスが出血性の毒と神経を麻痺させる毒を混ぜた炎のブレスを吐いていたのに対して、エスピナス亜種が吐いているブレスは神経に作用する毒ではなく、重酸が混ざったブレスを放っているのだ。塔の材質がなにかなど全く知らないジークだが、広範囲ブレスによって焼かれた頂上の地面は、薄っすらとだが熱とは明らかに違う溶け方をしている石を発見していた。いくらモンスターの素材からできている堅牢な盾であろうと、連続で受けてしまえば熱と重酸によってすぐにへし曲げられてしまうだろうと推測を立てていたのだ。

 

「よし、このまま――」

 

 まともに動くこともできないエスピナス亜種を見て、このまま絶命まで持っていけると考えたジークだったが、振り回していた尻尾と角が先程から全く動いていないことに気が付き、ジークの思考が一瞬止まった次の瞬間。

 

「がっ!?」

「ぐぁっ!?」

「ジークさん!」

「ウィル!」

 

 力を溜めていた反発力によって生み出された角を盾で受けた、ウィルは重酸によって脆くなっていた部分を的確に攻撃されて金属部分をへし曲げられながら吹き飛ばされ壁に激突し、足下にいたジークは急に移動して方向転換したエスピナス亜種の口から放たれたブレスを受け、ウィルと同じように軽々と吹き飛ばされた。

 

「ぐ、ぅぅ」

 

 間一髪、盾での防御に成功していたウィルは、壁に激突した衝撃によって体中に痛みを感じてはいたが、なんとか秘薬を口に突っ込んだ。急速に体から痛みが引いていく感覚を思考の外へと追いやり、ウィルはボロボロになった盾を杖代わりに立ち上がって、ジークの方へと視線を向けると、そこには血を吐いて装備を溶解させられながらも立ち上がっていた。

 

「ジークさんっ!?」

「わるい、てぃな……ひやくくれ」

「は、はい!」

 

 出血毒と火傷によって呂律もまともに回らないジークは、ティナに秘薬を飲ませて貰いながらもエスピナス亜種から意識を逃がさず、双剣を手から放していなかった。

 張り付いていた厄介な相手を吹き飛ばしたエスピナス亜種は、二手に別れたハンターたちを見て近い方にいたウィルとエルスに向かって連続で三回のブレスを吐いた。重酸と出血毒の混合物である炎の塊を見て、ウィルはエルスを背中に庇うように動いてから盾を構えた。

 

「ぐぅっ……もう盾が持ちそうにありません。エルスさん……お願いします!」

「わかってるわ!」

 

 エスピナス亜種の度重なる突進とブレスを受け続けたヘルファングの盾は、既に軋むような音を立てながら熱を完全に防ぎきれていなかった。熱を完全には遮断できず、盾を構えている右手に軽めの火傷を負いながらも決して下がることのないウィルに応えるように、エルスはブレスが止まった瞬間を見計らって盾の背後から飛び出し、貫通弾を角に向かって撃ちこんだ。

 

「ティナ、ここだ」

「はい!」

 

 エルスが貫通弾を角から眉間に狙って撃ちこむと同時に、ジークはティナへと矢を放つように指示していた。秘薬を飲んだことによって命は繋ぎ止めたが、既に自分で突っ込むことはできないと判断したジークは双剣を放り投げ、エルスにあってティナに足りていない狩猟場全体の予測図を保管していた。ジークの判断に身を委ねて弓を引いたティナは、彼が見ている全体図の一端に触れた感覚があった。

 

「くっ、通り切らないか」

「エルスさん!」

 

 渾身の貫通弾を放ったエルスだが、三発の貫通弾はエスピナス亜種の強大な角を貫通することはできず、角の半ばで止まってしまった。それでも充分な痛みを感じたエスピナス亜種は、怒りの矛先をエルスへと向けて角を突き出し、突き刺さんとする勢いで突進を始めた。ウィルはエルスを守る為に盾を持って間に入ろうとするが、先程の攻撃によるダメージが抜けきっていなかった為に足をもつれさせてそのまま倒れた。

 

「撃て」

「えっ」

 

 エルスに命の危険が迫っているのえお、ティナは不思議と冷静な気分で見つめていた。それがジークに支えられているからなのか、放った矢が必ずジークの狙い通りに当たるのを確信していたのかはティナ本人にもわからなかった。結果的に、ティナの放った矢はジークの予測通りの場所に当たり、予測通りの結果をもたらした。

 目の前まで迫ったエスピナス亜種に死を確信したエルスは、最後の抵抗とばかりにガノスクリームを構えた。弾も装填されていないヘヴィボウガンで何ができるのか、と自分で思いながらもハンターの本能として武器を構えたエルスは、不意に意識の外から飛んできた一矢が、貫通弾の刺さっているエスピナス亜種の角へと当たり、角が耐えきれずに血と毒をまき散らしながら砕け散るのを見た。

 

「ウィル! 爆竜轟砲!」

「はいっ!」

 

 完全に意識の外から飛んできた矢に角を破壊されたエスピナス亜種は、大きな悲鳴を上げてエルスがいる方向から外れて塔の壁に激突して倒れた。その好機をエルスが見逃すはずもなく、すぐさまウィルに爆竜轟砲を撃てと指示を出してから、自分もポーチから徹甲榴弾を取り出して装填した。手に染みつく様な回数行ってきたヘヴィボウガンの装填即座に完了し、ウィルの爆竜轟砲よりも先に放った徹甲榴弾は、砕かれて上半分が無くなっている角に当たり、それとほぼ同時にウィルは爆竜轟砲を放った。エスピナス亜種を挟んで反対側にいるエルスに当たらないように、穂先を上空に向けながら放たれた爆竜轟砲は折られた角もろとも顔全てを巻き込んだ大爆発を起こし、エルスが差し込んだ徹甲榴弾を起爆させた。二重の爆発を頭に直撃させられたエスピナス亜種は、意識を朦朧とさせながら上体を起こして逃げようとしていた。

 

「はぁぁぁぁ!」

 

 そこに再び飛んできた矢が、双剣によって攻撃されていた腹の傷へと刺さり、大量の血を吹き出させた。誰がどう見ても致命傷となる一撃を受けて、ようやくエスピナス亜種は倒れた。立ち上がろうとする気力が残っていても、既に血も失い傷も受けたエスピナス亜種は、ゆっくりと目を閉じて絶命した。

 

「ジークさん……私、やりました!」

「あぁ、ナイスな、狙撃だった、ぞ……ティ……ナ」

「ジークさん!? 大丈夫ですか!?」

 

 ようやく倒れたエスピナス亜種の姿を遠目に見ながら、ジークはその場に倒れこんだ。秘薬によって傷は塞がりつつもあるが、失った血や消耗した体力が増える訳でもなく、ジークは安堵の息を吐きながら意識を失った。慌てたティナがジークを揺り動かそうとするが、呼吸をしっかりしている姿を見て意識を失っているだけだと理解してへたり込んだ。

 

「大丈夫、ですか?」

「は、はい」

 

 満身創痍な姿で近づいてきたウィルと、漢方薬を口にしながら回復薬を手渡してきたエルスに、ティナは気の抜けた様な返事をした。ウィルとしてもここまで疲弊して倒れてしまったジークを見るのは初めてなので、ティナと同じように少しだけ戸惑っていたが、エルスは強敵との狩猟を終えたハンターなど大抵こんなものだと考えていた。

 

「ジークが起きたらエスピナス亜種をできる限り解体しないといけないわね」

「解体、ですか?」

「そうよ。こんな塔の頂上まで気球が来れる訳ないでしょ」

 

 エルスの言葉は正しいことを言っているのだが、ティナとウィルはエスピナス亜種の大きな体へと視線を向けてため息を吐いた。




私は茶ナス、初見の時にすごい苦しんだモンスターでした
そもそも狩りに行く用事が殆どなくて、いきなり初見が奇種HCだったのが悪いんですが
おかげですごい苦手意識があります
GHCの茶ナスも大嫌いでした


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会合(ミーティング)

狩りなし回です


 苦戦しながらもなんとか棘茶竜エスピナス亜種を討伐したジークたちは、ひしゃげた防具や武器を抱えながらメゼポルタに帰還した。

 

「随分、苦戦した様じゃの」

「そりゃあ……そうですよ」

 

 死ぬ直前までいったジークは、エスピナス亜種を思い出しながらギルドマスターの言葉に苦笑していた。亜種と呼ばれるモンスターが原種よりも危険なことはジークも理解していたが、まさかあんなに強大な力を持つモンスターだとは思っていなかった。

 ジークの返答に笑みを浮かべているギルドマスターに、エルスが無表情のまま顔を近づけた。

 

「マスター」

「わかっておるよ」

 

 無表情のまま圧をかけてくるエルスに押されながらも、ギルドマスターはエルスの言いたいことを理解していた。エスピナス亜種を討伐すればそれ相応の評価をすると約束したギルドマスターだが、そもそもエスピナス亜種など上位ハンターに狩猟を依頼する様なモンスターではない。剛種ほどとはいかなくとも、凄腕ハンターが狩るようなモンスター並みの強さを持っているのは事実なのだ。

 

「評価は勿論させてもらうが……最近、気になる猟団があるな」

「気になる猟団?」

 

 エスピナス亜種狩猟において一番深い傷を負っていたジークだが、ギルドマスターの言葉に反応して猟団長として前に出た。

 

「なんでも派閥に所属しない大きめの猟団があるらしいな」

「それって……」

「老いぼれの独り言じゃよ」

 

 元々はメゼポルタギルドが生み出した亀裂とは言え、ギルドそのものがどこかの勢力に肩入れすれば当然軋轢より大きなものになり、取り返しのつかない事態になってしまう。その現状をなんとかしようとする『ロームルス』と『ニーベルング』はギルドとして好ましいものではあるが、ギルドマスターはあくまで独り言を装うように肩入れはしていない体を貫く。

 

「猟団名は?」

「ユニスよ……『ゴエティア』は相変わらず実力だけは一級品じゃの」

「……あれはもう少し協調性が必要」

「ほっほっほ……それは無理じゃろう」

 

 ギルドマスターはすっとぼけたように受付嬢のユニスに向かって猟団名を口にするが、ユニスには件の猟団に対して冷たい反応をしていた。

 

「……ありがとうございます」

「なんのことかわからんが礼はいらんよ。なにせ、エスピナス亜種の討伐を無理に受けて貰った恩があるからの」

 

 感謝の言葉に笑いながらジークたちから離れていくギルドマスターに、エルスは呆れた様な顔をしながらジークに視線を向けた。

 

「私も『ゴエティア』は名前と噂だけは聞いたことあるわ」

「そうなんですか? じゃあなんで……」

 

 ジークたちよりも前からメゼポルタ広場でハンターをしているエルスは、『剣』と『盾』どちらにも属していない猟団である『ゴエティア』のことも名前は知っていた。知っているのならば勧誘すればいいのに、と思って声を上げたウィルに、エルスは大きなため息を吐きながら首を振った。

 

「その『ゴエティア』は……面倒くさいハンターの集団なのよ。前々から問題ばかり起こしている猟団よ」

「え」

 

 エルスの言葉に情けない声を上げたジーク、ウィル、ティナは互いに顔を見合わせてから首を傾げた。

 

 


 

 

「お疲れ様です。ネルバさん」

「おう……エスピナス亜種、だったか?」

「はい。とんでもない物を狩らされましたよ」

 

 エスピナス亜種の激闘による疲労を癒す為、ジークたちは数日間の休養期間を設けた。他の三人が休養の為に部屋に籠っていたり、職人街に出て防具の修理などを頼んでいる間、ジークは『ロームルス』の猟団長であるネルバと会っていた。まだ同盟は結んでいないが、将来的に同盟になることが確定している仲であるため、定期的にジークとネルバは顔を合わせていたのだ。そんな定期集会の議題は、当然ギルドマスターから渡された情報だった。

 

「『ゴエティア』か……確かに悪い手じゃないとは思うぜ」

「そうですか」

「まぁな。主力メンバーは凄腕ハンターしかいない猟団だ」

 

 エルス同様、ネルバも『ゴエティア』の存在を知っていたことでジークはある程度の実力を持っていることを判断したが、まさか凄腕ハンターの集団だとは思いもしなかった。

 

「特に、猟団長は化物みたいなハンターだって話だ」

「化物?」

「腕利きのハンターってことだよ」

 

 優秀なハンターというのは得てして尊敬を集める物だが、化物と畏怖されるハンターは多くない。実力を畏怖されるハンターはよっぽどの実力者か、よっぽどの問題有ハンターである。

 

「メゼポルタにギルドナイトっていませんよね」

「あー……そっち系じゃないから安心しろ」

 

 ジークの口から出たギルドナイトという言葉に、ネルバは苦笑を浮かべていた。ギルドが直接的に組織するギルドナイトは、モンスターの討伐に関する腕は勿論のこと対ハンターとしての腕前も重要となる、言わば法の執行者だ。問題の有るハンターであるのならば通常はギルドナイトが裁くものだが、メゼポルタギルドにはギルドナイトが存在しない。単純に、犯罪率よりも死亡率の方が高いからである。

 ギルドナイトが関与する様な危険人物ではないと聞いたジークは、ならば何が問題なのだろうかと余計に首を捻るが、ネルバは大きなため息を吐いてから口を開いた。

 

「何て言うか……協調性のない奴らでな。実力だけは一級なんだがギルドの優先依頼はすっぽかすわ、戦闘狂のようにモンスターに向かって突っ込むわ、同じハンター相手にも喧嘩を売るわで、やりたい放題な訳だ」

「えぇ……」

 

 もはやそれはハンターですらないのでは、と思ったジークだが、ネルバは言葉を続ける。

 

「それでもあいつらが猟団として存続を許されているのは、猟団長と周辺の主力メンバーがまだまともだから。そして……あいつらがいなかったらメゼポルタ広場はとっくに崩壊してたからだ」

「崩壊、してた?」

 

 ネルバは話しにくそうにしながらも、ぽつぽつと『ゴエティア』について喋っていたが、『ゴエティア』がいなければメゼポルタ広場が崩壊していたという言葉に反応したジークに、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

 

「結構昔に、な……それこそ俺らがメゼポルタにやってきたばかりの頃の話だよ」

 

 数年前のことを思い出しながら、ネルバはため息を再び吐いた。

 

「メゼポルタ広場は立地的な条件なのか、はたまたなにかがあるのかは知らないが、モンスターに襲われやすい土地にあるんだよ」

「……ドンドルマみたいに、ですか?」

「似てるっちゃ似てるかな。でもドンドルマが襲われるのは通り道だからって理由が多いだろ」

 

 大陸の中心地であり、ハンターたちの本拠地にして聖地とも言えるドンドルマだが、多くの古龍モンスターが近くを通る危険地帯でもある。危険を隣り合わせにした方が発展すると言うのは、メゼポルタ広場も似たものではあった。

 

「メゼポルタはなんでモンスターに襲われるのかは謎なんだ。ドンドルマみたいに古龍だけじゃないしな」

「それで、『ゴエティア』がいなければ崩壊していた、と言うのは?」

「……数年前メゼポルタ広場の西部に位置する迎撃拠点まで古龍種が近づいてきたことがあってな。そいつはいとも容易くハンターたちを蹴散らして、迎撃拠点を好きなだけ破壊していきやがった。結構な人間が命を落とした事件だった」

「そんなことが……」

 

 通常、古龍種とは人間が真正面から相対することすらも無謀な存在である。大自然の脅威を龍の形に押し込めた存在とも言われるその力の前で、多くの人間が命を落とすのは珍しい話でもない。

 

「あの頃はまだ『カリバーン』も『アイギス』もそこまで強い力は持ってなかったからな。迎撃拠点を破壊されたらメゼポルタ、そしてその先にある街にまで被害がってところで出てきたのが『ゴエティア』だった」

 

 同時は凄腕ハンターという区分がまだなく、ただHR(ハンターランク)という数字だけがあった時代に現れたその古龍種相手に、今でいう上位ハンターが多く挑んで命を散らしていた。

 

「『ゴエティア』の連中は四人だけでその古龍変種……今でいう剛種に挑んで、撃退しやがったのさ」

 

 ドンドルマで存在が確認されていた古龍種と比べても、明らかに強すぎるそのモンスターをギルドは古龍変種と名付けた。後に古龍変種と同レベルの危険なモンスターでありながら、古龍種ではないモンスターが出現した時点で「剛種」に名前を変更されている。

 

「それがメゼポルタ崩壊の危機、ですか」

「そうさ……だから、ギルドとしてはあの連中を手放したくない。だけど、あの時の生き残りは『ゴエティア』を心のどこかで畏れてる……俺みたいにな」

 

 最後の言葉に驚いた顔をしたジークを見て、ネルバは苦笑を浮かべた。元々、ドンドルマで砦蟹(とりでがに)撃退戦に参加しながらも、ハンターとしてなにもできなかったことを嘆いてメゼポルタにやってきたというのに、その先ですらなにもできなかったネルバは、古龍種などの強大なモンスターが半ばトラウマになっているのだ。

 

「別に『ゴエティア』との同盟を蹴るって話じゃない。ただ、あいつらは気まぐれな狩りしかしない連中だからな……正直上手くいくかどうかはわからんぞ」

 

 ひとしきり話した後に、手元の水を一気に飲み干したネルバの顔をジークは見ていた。疲れた様な表情とどこか諦めの見える瞳を見て、ジークは立ち上がった。

 

「ネルバさん。『ゴエティア』との交渉、来てくれますよね?」

「そりゃあ……いくけどよ」

 

 同盟を結んでほしいと頼みに行くのに、まさか「トラウマになっているから会いたくない」などと言うこともできない猟団長は、嫌そうな顔をしながらも頷いた。温暖期の終わりである現在から、繁殖期である狩人祭までの間に寒冷期が挟まることを見越して、ジークはネルバのトラウマ脱却を考えていた。これから凄腕ハンターになり、二大猟団を脅かそうとする過程では、古龍種討伐は避けては通れない。古龍種と相対した経験もある自分が、どうにかしてやろうとジークは考えていた。

 

 


 

 

 ネルバと都合も合わせたジークは、副猟団長であるウィルとティナを連れて会談場所へと訪れていた。ジークは先に『ゴエティア』側へ手紙で連絡を取り、向こうの都合に合わせて話し合いをしたい趣旨を伝えてあった。指定された場所は当然、人目の少ない交流酒場であった。

 

「よう」

「ネルバさん。先に来ていたんですね」

「久しぶりー」

「スロアさん。お久しぶりです」

 

 交流酒場へとやってきたジークたちは、中央のテーブルで軽食をつまみながら飲み物を飲んでいるネルバに視線を向けた。ネルバの横には『ロームルス』副猟団長であるスロアともう一人、眼鏡をかけたジークの知らない女性が座っていた。

 

「初めまして。私は『ロームルス』副猟団長、メルクリウスと申します」

「おぉ……初めまして。『ニーベルング』猟団長のジークです」

 

 ネルバとスロアとは違い、とても物腰丁寧なメルクリウスの挨拶に、ジークは少しだけ感心していた。

 

「メルクリウスはしっかりしてるから、俺らの代わりに猟団運営してくれるんだよ」

「そうそう。僕ら、結構いい加減だから」

「見ればわかります」

「そうですね。ジークさんの見る目は正しいです」

 

 笑いながら発言している『ロームルス』猟団長と副猟団長の言葉に、ジークが呆れながら返答すると、それに便乗する形でメルクリウスの冷たい視線を言葉が突き刺さった。

 

「ま、まぁ座れ。『ゴエティア』の連中が来るまでもうちょい時間あるだろ」

「そうですね……ウィルとティナも」

「は、はい!」

「よろしくお願い、します」

 

 ネルバの言葉に従い、横に座ったジークに促されたウィルとティナは、何故か緊張した面持ちで椅子に座った。そんな三人を見て、メルクリウスは一瞬だけ目を細めた。

 

「随分と、若いですね」

「え? まぁ……メルクリウスさんも十分若いと思いますよ?」

「それは当然です。まだ20にもなっていませんので」

 

 眼鏡を押し上げながら応えるメルクリウスに、感心しながらジークはウィルとティナへと視線を向けた。

 

「えーっと……『ニーベルング』副猟団長のウィル、です」

「お、同じく『ニーベルング』副猟団長のティナです!」

「エルスを含めて四人なのか?」

「もう少しだけ増えましたよ。まだ十人にも満たないですけど」

 

 エスピナス亜種の討伐後、ネルバと話合ってから『ゴエティア』との話し合いができるようになる今日まで、ジークとエルスは猟団員集めに励んでいた。結果的には数人の新人ハンターと、猟団を探していた上位ハンター数人を勧誘することに成功していた。まだ十人にも満たない人数でしかないが、ようやく四人から人が増えただけでも進歩と言えた。

 

「俺らもそろそろ凄腕ハンターが……HR(ハンターランク)100が見えてくるところまできた。問題は昇格試験だな」

「やっぱりそこ、ですか」

 

 下位ハンターが上位ハンターになる為に必要なHRは30である。HRが30に達した、もしくはすぐにでも達するような状態になったハンターに対して、ギルドマスターから直接言い渡された昇格試験である「公式狩猟試験」をクリアすることで上位ハンターとなる。下位ハンターが上位ハンターになるのはそこまで難しくなく、凶悪なモンスターを狩猟することが多くない下位ハンターは、それなりの期間ハンターとして活動していれば誰しも上位ハンターになる。しかし、凄腕ハンターになるのはそう簡単な話ではない。

 

「HRが100近くなろうとも、凄腕ハンターとしてやっていけるだけの見込みがなければ、まず公式狩猟試験すら受けられない。それはメゼポルタギルドの定めた規則です」

「そうなんだよ……だから実績を考えてるんだろ?」

 

 軽食を口にしながら、メゼポルタギルドの規則を淡々と説明したメルクリウスの言葉に、ネルバは項垂れるように机に倒れ伏した。

 凄腕ハンターに最も必要な物はHRではなく変種、奇種、その先に位置する剛種を狩る実力である。理論上は、下位ハンターがチマチマとイャンクックの依頼だけを探して、こなし続けても上位ハンターにはなれるが、上位ハンターがイャンクックをチマチマと狩り続けてもメゼポルタギルドは腕を認めてはくれない。

 

「なにしろ古龍級危険生物の依頼が日常のように飛び込んでくるランクですから。そうそう凄腕ハンターには上げて貰えませんよ」

「やっぱり古龍級、か……」

「ネルバ……」

 

 ジークの言葉に物憂げな雰囲気で呟くネルバに、スロアは心配そうな顔をしていた。スロアはドンドルマにいた時からネルバと共に活動していたハンターである為、彼の過去も知っていた。ネルバの脳裏にはいつだって一度だけ相対した古龍変種の恐怖がこびりついているのだ。

 

「他人を呼んだにしては、随分と辛気臭い雰囲気だな」

「っ!?」

 

 突っ伏してたネルバがため息を吐いた瞬間、突然背後から声をかけてきた男に、全員が驚いていた。ネルバは即座に振り向き、そこにいた男の顔を見て硬直した。

 

「お前、は」

「俺のことを知ってるのか?」

「俺たちが待ってた『ゴエティア』の副猟団長、でしょう?」

 

 ネルバが固まったまま驚愕の表情をしている姿を見て、不敵な笑みを見せる男に対し、ジークは水を口にしてから静かに言った。初対面の相手にいきなり副猟団長だと断言された男は、先程までのどこか人を見定めるような雰囲気を消し、無表情のままジークの方へと視線を向けた。

 

「誰だお前?」

「それはこれからいくらでも知れることですよ。そちらの方と一緒に、話し合いの席に座ってくださるのなら、ね」

 

 見定めるような雰囲気を漂わせていた時とは違い、狩人としての威圧感と殺気を全開にする男だったが、ジークは小さく笑みを浮かべながら背後へと振り返った。

 

「重役出勤ですか。猟団長さん」

 

 ジークの言葉に全員が振り返った瞬間、男もまた面倒くさそうな表情のままジークと同じ方向へと視線を向けた。あれほどの殺気を放っていた男がそれを霧散させて振り向いた方向からは、男の放っていた押し潰すような威圧感とは違う、刺し貫くような鋭い存在感を放つ音が歩いてきていた。

 

「そこまで遅れてしまった自覚はないが……問題でもあったか?」

「いやいや」

 

 そもそも『ゴエティア』のハンターを呼び出したのはジークたちであるので、その猟団長たちが遅れてくること自体に文句を付けることは無かったが、ジークはその圧倒的な存在感に汗が頬を伝わるのを感じていた。

 

「さて、自己紹介しようか」

「おい、人を無視するな」

「うるさいな……静かにして」

「なんだと? そもそもお前が昼寝なんぞしているから悪いんだろうが」

「はぁ? 私にとって昼寝は必要なものなの」

「二人共、静かにしろ。それと自己紹介だ」

 

 ハンターとしての経験とでも言うべきか、ジークは初対面の人間でもじっくりと観察すれば所作や視線、表情だけでハンターのおおよその実力を理解できるという特技を持っている。

 

「私の名前はベレシス。この問題児たちをまとめる『ゴエティア』の猟団長だ」

「わたし……ヴィネア。副猟団長」

「……バアルだ。それと問題児は俺ではなくベレシス、お前本人だ」

 

 目の前に座るベレシスと名乗った女ハンターの実力は、ジークには見ただけでは底が理解できなかった。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことしかわからなかったのだ。

 

「なるほど、味方にすればこれほど心強いものはないな」

 

 ギルドマスター、エルス、ネルバの言葉を聞いてどんなハンターがやってくるのかと期待していたジークだが、目の前に現れたハンターはネルバのの言う通り、間違いなく凄腕(化物)だった。

 

「『ニーベルング』猟団長のジークです」

「副猟団長のウィルです」

「ふ、副猟団長のティナです」

 

 圧倒的な風格に気圧されないようにと意識しながら挨拶しているジークと、無意識的にジークの緊張感を悟ったウィルとティナが共に自己紹介という形で自らの名前を明かした。三人が自己紹介をしても、ベレシスは中心に座るジークにしか視線を向けていなかった。ベレシスは基本的に他人に対して興味を抱くことがなく、自分よりも実力で劣る人間の名前を覚えないが、目の前にいるジークからは目を離せずにいた。それと同時に、目の前の男が自分の実力を見抜いたうえで言葉を交わしている事実にも気が付いていた。

 

「……俺は」

「君の自己紹介、いらない……『ロームルス』でしょ?」

 

 ジークにばかり視線を向けるベレシスに、自分の存在を誇示するように名前を告げようとしたネルバを遮ったのは、ベレシスの横に気怠そうな顔で座っていたヴィネアだった。

 

「猟団長のネルバに、副猟団長のスロア……君は知らないな」

「副猟団長をしています。メルクリウスと申します」

「ふーん……君はあの時いなかった」

 

 ヴィネアの「あの時」という言葉に反応して、ネルバは露骨に表情が凍り付いた。ヴィネアの言葉にベレシスとバアルは訝し気にネルバたちを見るが、その顔に全く見覚えがないようだった。

 

「おい、誰だそれは」

「『ロームルス』は三年前に私たちが倒し損ねた『ヤツ』の防衛戦、生き残り」

「……あの時か」

 

 ヴィネアの言葉にようやくベレシスは当時のことを思い出した。弱いモンスターにも弱いハンターにも興味を示さないベレシスだが、三年前メゼポルタ広場を襲った事件のことは鮮明に覚えていた。

 

「防衛戦? あー……()()()()()()()()()の話か?」

「っ!」

「そう。あの時の、生き残り」

「そうか。それはすまなかったな」

 

 表情を凍り付かせていたネルバは、バアルの口から出てきたクシャルダオラの名前に体を震わせ、スロアは心配そうにネルバを見つめていた。三年前の防衛戦という言葉が理解できていなかったウィルとティナだが、剛種クシャルダオラの名前を聞いて驚愕に目を見開いていた。鋼龍(こうりゅう)クシャルダオラと言えば、ドンドルマ周辺の村の子供でも知っているような有名な古龍種である。もう一つの別名を風翔龍(ふうしょうりゅう)と言うクシャルダオラは、現れるだけで目の前が見えなくなるほどの暴風雨や、人どころか建物すらも容易く吹き飛ばす竜巻などを巻き起こす、まさしく天災としての側面を強く持つ古龍種である。ロックラックやタンジア管轄である大陸では姿が確認されていないが、ジークですら名前や特性を知っているほど代表的な古龍種だ。

 ヴィネアの生き残りという言葉を聞いて、ベレシスは申し訳なさそうな目をしてネルバとスロアに頭を下げた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今でも悔んでいるよ」

「は、はは……」

 

 どこまでも傲慢なベレシスの言葉に、ネルバの口からは渇いた笑いが出た。本来ならば古龍種であるはずのクシャルダオラ、その剛種のもたらした被害に対して被害を減らせていたはずとの発言自体が傲慢そのものであるが、ネルバは三年前にその目でしかと見ていたのだ。炎上していた迎撃拠点の中、剛種クシャルダオラに決定的な一撃を与えて撃退に追い込んだまま、涼しい顔をしていたベレシスの姿を。

 ジークはちらりと横目にネルバの顔を見て、彼はもうこの交渉においてなにもすることができないほど萎縮していることを察した。どうにかトラウマを越えて欲しいと考えていたジークだが、あの様子では当分無理だろうと冷たく考えていた。

 

「それで、手紙の件は本気なのか?」

「勿論……そうでなきゃこんな所まで来ませんよ」

「おいベレシス。俺たちはその手紙とやらを何も知らされていない……説明しろ」

 

 ネルバの様子など全く気にする素振りもなく、ベレシスはジーク方へと視線を向けた。話を勝手に進めようとするベレシスに抗議する形で、バアルが声をあげると、同調するようにヴィネアも横からベレシスの方へと視線を向けた。

 

「そうだったか? まぁ単純な話、私たち『ゴエティア』と、目の前にいる『ロームルス』『ニーベルング』と同盟を結ぼうと言う話だ」

「はぁ? なんで今更同盟なんだ……必要を感じねぇぞ」

「それは同感」

 

 ベレシス説明に異議があると言わんばかりに立ち上がったバアルを鬱陶しそうに見ながらも、ヴィネアは同意見だと言った。ここまで団内の意識がバラバラな猟団も存在するのかと思いながらも、ジークはベレシスが少しだけ同盟に対して前向きなことに意外だと思っていた。

 

「別に同盟を結んで不利益もないだろう?」

「お前はなにも考えてないのか? こんな格下と手を組んでこちらの評価が落ちるのはごめんだぞ?」

「わたしたちに味方はいらない」

「別に仲良し子吉をするのが目的な訳ではない。あくまで『プレアデス』と『円卓』に対抗するためだ……彼らが、な」

 

 ジークは、手紙野中には同盟を結んでほしいと提案することしか書いていなかった。その一文から全ての意図を容易く暴かれたことに内心舌打ちしながらも『ゴエティア』の動向を探っていた。

 

「『プレアデス』と『円卓』に対抗? つまり、俺らは後ろ盾に使われるってことか? 確かにアイツらは目障りになってきたが」

「……一理ある」

 

 ジークの予想とは反対に、バアルは忌々し気に呟いた。バアルという男を最初に見た時に、ジークは一番同盟に反対するならこの男であるとは思っていた。ただ、ジークが思っていたよりも『プレアデス』と『円卓』の巨大派閥は、実力派である『ゴエティア』にとっても目障りな存在であった。

 

「私は別にこの話受けてもいいと思っている」

「……条件は?」

「ジークさん?」

 

 なんだかんだ言って同盟を受け入れるような雰囲気に安堵の息を吐いた五人に対して、ジークは真剣な表情のままベレシスを見つめていた。ベレシスもまた、緊張が緩んだ五人に視線など向けず、自分を見つめるジークだけを見ていた。

 

「『ゴエティア』になんの得もない同盟、条件をつけますよね?」

「……面白い男だ。うちの猟団員たちよりも数段、な」

 

 無表情だったベレシスの顔に垣間見えた狂気に、ジークは頬を引き攣らせた。ネルバは『ゴエティア』の主力メンバーはまだまとま人間が多いと言っていたが、ベレシスの顔に一瞬だけ浮かんだ狂気は明らかにまともな人間ではなかった。

 

「凄腕だ」

「は?」

「凄腕ハンターになってから、また話を聞こう」

「……わかりました」

 

 ネルバたちの情けなく聞き返すような声の中、ジークはやはりその条件を突き付けられるか、と内心で苦虫を噛み潰したよう表情をしていた。ジークの内心など関係なく、ベレシスはそれだけ言い残して席を立ち上がった。

 

「君がここまで来るのを、待っているよ」

「狂人になるつもりは、ありませんね」

「ふふ……君は私と同族さ」

「勝手に話を進めて勝手に立ち上がるなッ!」

 

 去り際、ジークの肩に手を置いたベレシスは小さく呟いた。最早隠すつもりもないのか、顔を見なくとも分かるほどの狂気が込められた言葉を残してベレシスの後を追って『ゴエティア』の面々は去っていった。

 

「お前、最後なんか言われたのか?」

「……別に、大したことじゃないですよ」

 

 ネルバの恐る恐るといった態度に苦笑しながら、ジークは適当に誤魔化した。想像の遥か上を行くであろうと狩人としての実力。そして、久しく見ていなかった実力者特有のどこか狂った雰囲気を正面から浴びて、ジークは心の奥からせり上がってくる歓喜の感情を抑えるのに苦労していた。




次は狩り行きます
(多分)イャンガルルガです

ちなみに、今回初登場のベレシスさんも主人公のジーク君も本質は戦闘狂です


2022.5.20
話の展開を修正しました


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黒狼鳥(イャンガルルガ)

イャンガルルガ戦です。


 猟団『ゴエティア』との交渉から数日後、『ニーベルング』の猟団部屋には猟団員全員が集まっていた。実は勧誘してからも全員が同時に集まったことはない猟団だったのだが、新人ハンターの手伝いをしたついでに全員が集まる話になっていた。

 

「えー、猟団長のジークです。まずは入団ありがとうございます。色々立て込んで挨拶が遅れましたが、これから繁殖期の狩人祭を目指して頑張りましょう」

 

 ジークの緩い挨拶にそれぞれの反応を示しながらも、団員全員が頷いたのを見て、ウィルとティナは身が引き締まる思いを感じていた。二人は、自分よりも年上のハンターたちが、副猟団長である二人よりも下の立ち位置にいることがプレッシャーになっているのだった。そう言うことに関して言えば、ジークは実力主義的な思想を持っているので相談してもあまり参考になる意見は出てこない。それはエルスも同様のものであった。そもそもエルスは副猟団長の立場を嫌ってティナに押し付けたのだが。

 

「とりあえず何か質問ある人」

「はいはーい!」

「じゃあダルク」

 

 元気よく手を挙げた少女、ダルクに苦笑しながらジークは質問内容を促した。

 

「革命って『ニーベルング』と『ロームルス』だけでやるんですよね?」

「最近もう一つ同盟相手が見つかったところです。まだ同盟結んでくれるかはわからないけど、交渉中ってところです」

「ほぇー……猟団名はなんですか?」

「相手の名前は『ゴエティア』です。凄腕ハンターが束ねるギルドなので、知ってる人は知ってると思います」

「ありがとうございます!」

「はい。他に何か質問ありませんか?」

 

 猟団に入る事前の説明として、ジークたちは全員にメゼポルタの現状と打倒方法を話している。当然その話を聞いて『ニーベルング』の勧誘を断ったハンターも多くいたが、猟団部屋に集まっているメンバーたちは全員その話を聞いて入団している。

 ダルクの質問に答えたジークは、『ゴエティア』の名前を聞いた瞬間に目の色を変えた猟団員が何名かいるのを確認していた。ネルバのように恐怖に似た感情を出す者もいれば、ジークのように喜色満面の者もいた。どちらも三年前のメゼポルタ防衛戦で『ゴエティア』をみた者たちだろうことは明白だった。

 

「温暖期も残り一ヶ月ありません。寒冷期に入ると古龍種が活発になるそうなので、上位ハンターは下位ハンターの手伝い頻度を増やしてもらいます……あとなんかあったっけ?」

「砂漠と雪山の話ですよ」

「あー……寒冷期になるとフラヒヤ山脈には立ち入りできなくなるので、素材目当ての方はお早めに。逆に温暖期が終わるとセクメーア砂漠への立ち入りができるようになるので、昼の場合はクーラードリンク、夜の場合はホットドリンクを忘れずに……終わりかな?」

 

 ギルドからも通達されている情報だが、フラヒヤ山脈とセクメーア砂漠の立ち入りは温暖期と寒冷期で制限される。ドンドルマ所属のハンターも変わらないが、猟団内にはジークと同じくタンジア・ロックラック方面から来た人もいる為、一応の連絡をしていた。

 

「以上で集会は終わりです。一応、これからも集会は月に一度ぐらいやるつもりなので、今言った報告内容と一緒に日程は猟団部屋の掲示板に貼っておきます。狩りやらなにかしらの事情やらで参加できない人は事前に掲示板に記載してください。それじゃあ解散で」

 

 業務連絡を終えたジーク、ウィル、ティナは、それぞれ掲示板に必要な紙を貼り付けていた。

 

「団長、私も上位ハンターになったばっかりなんですけど、なにからやればいいですか?」

「別に好きな依頼でいいんじゃないか? 俺も気になる依頼適当にこなしてるだけだし」

 

 何故かジークのことを犬の様に慕っているダルクは、すぐさまジークの元へと近づき質問していた。下位ハンターだった頃にジークと狩りに行った時、ダルクは命を助けて貰った過去があるのだが、他人の命を救うような行動はジークにとってタンジア時代から数え切れないので、本人はすっかり忘れていた。加えて、メゼポルタ広場には数少ない同郷出身でもあるので、ダルクはジークのことを慕っているのだ。

 

「じゃあ適当にメンバー選んで上位モンスター狩ってます!」

「身の丈以上を選ぶなよ」

「はい!」

 

 元気よく返事をして走り去っていく背中を見て、同年齢ハンターのお転婆さに苦笑を浮かべていた。

 

「貼り付け終わりましたよ」

「なにを狩りに行きますか?」

 

 掲示板に猟団員名簿と集会の出席表、フラヒヤ山脈やセクメーア砂漠の注意事項などを貼り終えたウィルとティナはジークの元に集まり、猟団に配られている依頼書リスを広げた。

 

「……遠い場所が多いな」

 

 寒冷期が本格的に近づいてきたことで、依頼内容も入山できなくなるフラヒヤ山脈が普段よりも多く、他にも古龍種が活発になることを危惧して、今のうちに遠出を済ませておきたいと考えている商人たちの安全確保もあった。早急にHRを上げたいと考えるジークは、移動時間が長い場所の依頼を受け、一回の狩猟依頼に時間をかけることをしたくない考えがあった。

 

「丁度良く密林とか樹海の依頼があるといいんだが……」

「これがいいと思うわ」

 

 ジークの背後から一つのクエスト依頼書を落としたのはエルスだった。猟団長と副猟団長が出席することになっていた『ゴエティア』との話し合いの場にはいなかったが、ティナから大体の事情は聞いたエルスも、早急に凄腕にあがりたいと考えていた。

 

黒狼鳥(こくろうちょう)イャンガルルガ?」

「そうよ」

 

 エルスが三人の前に見せた依頼書は、黒狼鳥がテロス密林で暴れているので討伐して欲しいとの依頼だった。依頼主はメゼポルタギルドであり、成功すれば他の依頼よりも評価が上がりやすいのは誰の目にも明らかだった。問題は、ジークには全く馴染みのない名前のモンスターであることだったが、ウィルはすぐに思い至ったのか携帯用のモンスター図鑑を捲り、ジークにそのページを見せた。

 

「えーっと……遠目のシルエットがイャンクックに酷似している為、近年までイャンクックの亜種だと思われていた? しかも、遠目にイャンクックだと思ったから依頼したらイャンガルルガだったせいで重傷を負ったハンターがいる?」

 

 イャンガルルガの図鑑説明文を読んだジークは、なんだか面白そうな失敗談などが書かれているのを見て呆れていた。そもそもイャンクック亜種は青怪鳥(あおかいちょう)の名で知られているのにもかかわらず、姿が似ているというだけで亜種認定しているのだ。

 

「まぁ面白い話も載ってますけど、問題はイャンクックと比べて格段に危険な生物なことなんですよ」

「ふむ……確かに」

 

 ウィルに勧められるままもう少しイャンガルルガの説明文を読めば、自然にその脅威性が感じ取れた。

 

「相手がどんなモンスターであろうと戦いを挑み、知能も高くハンターが使用する罠を踏み壊すことがある、か……厄介なモンスターだな」

 

 ジークはイャンクックの討伐経験はあるが、イャンガルルガの説明を読む限り全くの別種だと言えるだろう。イャンクックよりも強力なブレスを吐き、しかも戦闘に特化した習性を持つ。常日頃から狩りをしているハンターが強いのと同じく、常日頃から戦闘に明け暮れているのであろうイャンガルルガの危険度が高いのは当然のことだった。

 

「ま、依頼場所も密林だしいいかもしれませんね」

「そう。それにジークはイャンガルルガとは戦ったことないだろうと思ってね」

「はは……」

 

 エスピナス亜種との戦闘や『ゴエティア』猟団長ベレシスとの会話を思い出して、ジークの戦闘狂な部分を考えたウィルは頬を引き攣らせていた。ウィルの表情に気が付きながら、全く無視して依頼書を手に取ったジークは、ティナとエルスに視線を向けた。

 

「じゃあ明日出発ということで、いいかな?」

「はい! 今回も頑張りますよ!」

「任せて。イャンガルルガの狩猟は得意なの」

「僕も行きますよ?」

 

 三人の反応を見て満足気に頷いたジークは、依頼書を手に取ったまま狩りの準備を進める為に解散の号令を下すのだった。

 

 


 

 

 イャンガルルガはテロス密林に居座ったまま周囲のモンスターに襲い掛かり続けているらしく、即刻の討伐を求められたジークたちは朝早くからメゼポルタ広場を出てテロス密林へと船で向かっていた。

 

「それにしても、雨ですか」

「前日までは晴れてたのに……」

 

 船内で外の景色を見ながら呟くウィルの言葉に、髪の手入れが大変になるのにと思っているティナは大きなため息を吐いた。一方、それなりの期間ハンターをやっている為、雨天狩猟後の髪の手入れにも慣れているエルスと、タンジアギルドでは海に潜ってモンスターと渡り合っていた過去のせいで、水に濡れることに全く抵抗のないジークは静かに空を眺めていた。

 

「いくらなんでも雨が強くないですか?」

「そうね……なんというか、妙なのよね」

 

 天気が急に変わったことにさほど違和感を覚えていないウィルとティナだが、エルスとジークは季節や前日の天気、密林近くの雲の動きなどから違和感を探していた。

 

「そもそも、いくら戦闘を好むイャンガルルガとはいえ、見境なくそこら中の草食竜に襲い掛かりますか?」

「……ないとは言い切れないけど、正直依頼内容からしてきな臭いのは事実ね」

 

 急に天気が崩れて雨が降りやすい密林での雨。自然界では戦闘狂として恐れられているイャンガルルガの暴れ具合。まるで全てが仕組まれているかのように真実を覆い隠す違和感に気付けと、ハンターの勘が囁いていた。

 

「用心するのに越したことは無いわ」

「そうですね!」

 

 エルスの呟きに反応したティナは元気よく返事をした。唐突に横から入ってきたティナに苦笑しながらジークはもう一度だけ日の光を遮断する分厚い雲を見上げた。

 

 


 

 

 密林に辿り着いたジークたちは、止むどころかどんどんと強くなる雨に降られながらも海沿いを歩いていた。エスピナス亜種の素材を使って生み出された太刀『カクトスフェーダー』を背負うジークは、イャンガルルガには毒が効きにくいことを承知していた。イャンガルルガは自身の尻尾から、リオレイアのように毒を分泌している。体内に毒を持つモンスターは総じて毒が効きにくいものだが、それを加味してもカクトスフェーダーの持つ圧倒的な切れ味は魅力的だった。エルスはエスピナス亜種に引き続き、イャンガルルガ弱点である水冷弾を放てる『ガノスクリーム』を、ティナも水属性を持つ『怒髪弓【氷雨】』を背負っていた。ウィルは前回のジークと同じ轟竜ティガレックスの素材で生み出された『轟大剣【王虎】』という大剣を持っていた。イャンガルルガが凶暴なモンスターだと聞いて得意な武器を選択した結果だった。

 

「一通り密林の外側は歩いたけど……見つからないわね」

「うーん……林の中で他のモンスターと戦っているかもしれませんよ」

 

 雨で視界が悪い中、安全性を考えて見通しのきく海岸沿い先に探索していた一行だったが、痕跡も雨で流れてしまっているのか中々イャンガルルガが見つからず、浜辺で立ち往生していた。エルスの言葉にイャンガルルガの生態を思い出したウィルは、鬱蒼とした林の方へと足を踏み入れた。

 

「うぅ……ただでさえ雨で視界が悪いのにこの森の中ですか」

「随分と苦労させられそうね」

 

 遠距離武器を持つティナは視界が悪いことを嘆きながら、エルスと共にウィルに続いて森の中に入り、落ちている枝葉を踏みながら、開けた場所を探しながら歩き始めた。雨の音に紛れるようなゆっくりとした進軍だったが、雨の中でもウィル、ティナ、エルスの足音聞き逃さなかったのは、一人と()()

 

「うわぁっ!?」

 

 無言で先頭を歩いていたウィルの首を掴んで後ろに引っ張り、エルスとティナのいる方向へと投げたのはジークだった。何事かと三人がジークの方へと視線を向ければ、樹々の中から飛び出してきた特徴的な体躯をしたモンスター。

 

「イャンガルルガ!?」

 

 黒狼鳥イャンガルルガはいつの間にか四人の元へと近寄ってきていたのだ。視界が悪いと感じていたのはハンターたちだけではなかったようで、尖った特徴的な耳をピクピクと動かしながら木の幹から顔を出したイャンガルルガは、カクトスフェーダーに手をかけているジークが視界に入った瞬間、耳を劈くような咆哮を放った。

 

「くっ!」

 

 メゼポルタで広く普及している耳栓はイャンガルルガの咆哮を軽減し、本来ならば耳を抑えて動けないような咆哮を防いでいた。それでも、樹々の間からいきなり現れたイャンガルルガに即座に対応するのは難しく、イャンガルルガが近づいてくる音を把握していたジーク以外は武器を取り出すのが一歩遅れた。その僅かな時間の隙に、イャンガルルガは既に交戦を始めていた。

 

「お前もかよッ!?」

 

 カクトスフェーダーを抜き、斬りつけようと間合いを詰めたジークに対いしてイャンガルルガは躊躇することなくブレスを吐いた。エスピナス亜種戦でもいきなりブレスを吐かれたジークは、エスピナス亜種にもそうしたように紙一重でブレスを避ける。ジークが避けたブレスはウィルたちの横を掠めて砂浜に着弾した。態勢を崩されたジークはカクトスフェーダーを一旦鞘に納め、前触れなく飛び掛かってきたイャンガルルガの嘴を転がりながら避け、続くブレスを反対に転がることで再び避けた。

 ジークが避けたブレスが明後日の方向へと飛んでいくのを見ながら、ウィルは柄に手を伸ばしながら駆け出し、ティナとエルスは射線の通る場所まで移動していた。

 

「はぁっ! ジークさん!」

「わかってる」

 

 このまま林の中で戦ってもティナとエルスの攻撃力が半減してしまうことを危惧したウィルは、ジークが立ち上がれる隙を作る為に大剣を振り下ろしてイャンガルルガへと牽制をしていた。軽い身のこなしで大剣を避けたイャンガルルガは、毒の分泌されている尻尾を一振りしてから飛びつく様な動作で二人に向かって突進した。それほど速くない突進とはいえ、周辺の樹木をへし折りながら走ってくる姿を見る限り、まともな防御もせずに受ければ軽い怪我では済まないだろう。

 

「ティナ! エルスさん!」

 

 ウィルは大剣を手に持ったまま横へと転がり、ジークは林を盾にしながら浜辺へと向かって走った。名前を呼ばれた二人は、すぐさまジークの意図を察してイャンガルルガを追いかけるように走り出し、大剣を背負い直したウィルも浜辺へと向かった。

 多少の樹々など全く気にせずに走り続けるイャンガルルガは、浜辺に出た瞬間にジークを見失って勢いのまま砂浜で急停止しようとして、そのまま滑り込んだ。ジークを探そうと首を動かした。イャンクックと同じように優れた聴覚を持つイャンガルルガは、林の中から三人が走って近づいてくる音を聞き取り、音のする方向へとブレスを吐こうとして、尻尾に走った痛みに反応して咆哮をあげながら翼を使って上に飛んだ。

 

「馬鹿でかい声出しやがって」

 

 耳栓をしていても肌を通して空気が震えているのが分かる程の咆哮を放つイャンガルルガに、顔を顰めながら少量の血が滴る太刀を手にしたジークが、いつのまにかイャンガルルガの背後にいた。急に消えたと思ったら急に現れたジークに傷つけられ、怒りの矛先を向けたイャンガルルガだが、空気を切り裂きながら飛んできた矢の音に反応して体を捻った。

 

「嘘ッ!?」

 

 まさか空中にいる状態で矢を躱されると思っていなかったティナは驚きの声をあげた。すぐさま標的をティナへと移し替えたイャンガルルガは、翼をはためかせてティナの元へと飛び、襲い掛かる直前に林の中から現れたウィルの大剣に反応して空中で急停止した。

 

「えっ? うわぁ!?」

 

 紙一重で大剣を避けたイャンガルルガは、そのまま体を縦に回転させて毒の棘が飛び出している尻尾を振り上げた。雌火竜リオレイアの行動に似た尻尾を使った攻撃に、大剣を外して硬直していたウィルは直撃を覚悟したが、エルスが冷静にウィルを背後に引っ張った。顔の前ギリギリを通って行く尻尾を見ながら後ろに倒れたウィルを横目に、ティナは後ろに向かって一歩下がってから再び弓を構えた。尻尾が空振りで終わったイャンガルルガは、そのまま地面に着地してからエルスに嘴を突き刺そうとして再びジークに尻尾を斬りつけられた。

 

「ウィル、今のうち」

「は、はい!」

「ティナも遠慮なく撃って」

「はい!」

 

 イャンガルルガは自分の体に傷を与えているのはジークであることを視認し、すぐさま怒りの声をあげて尻尾を左右に振った。毒を振りまく尻尾を見ても、ジークはとくに恐れることもなくそのまま懐に潜り込んだまま、尻尾のつけねへと太刀を振るった。

 

「硬いなッ!」

 

 弾かれることはなかったが、カクトスフェーダーの切れ味でも手に痺れが残る程の硬さに顔を顰めながら、ジークはイャンガルルガの股下から一転がりで脱出し、同時にイャンガルルガは再び上昇してから股下に向かって嘴を突き刺した。

 

「貰った!」

「いきます」

 

 転がって脱出したジークへと視線を向け、追撃しようとしたイャンガルルガにウィルとティナの攻撃が襲い掛かった。しかし、イャンガルルガという種族の戦闘能力と知能の高さは二人の予想を遥かに超えていた。最初に飛んできた矢を啄むように空中で粉砕し、飛び出してきたウィルの振り下ろしをジークのように紙一重で躱し、そのまま尻尾をウィルの横腹に叩き込んだ。更に飛んできた矢を、頭を振ることで避け、水冷弾を発射しようとガノスクリームを構えたエルスにブレスを吐いた。

 

「そんなっ!」

「んっ……少し厄介ね」

 

 明らかに戦い慣れているイャンガルルガの動きにやり辛さを感じながらも、エルスはしっかりブレスを避けてガノスクリームの銃口をイャンガルルガの頭に向けていた。

 地面に転がされていくウィルに、急いで解毒薬を飲ませようとしているティナへちらりと視線に向けながら、背後から襲い掛かってくるジークの太刀をイャンガルルガは身軽に避けた。エルスはその行動を読んで水冷弾を二発放つが、それも硬い翼に叩き落される。

 

「遅いっ!」

「貰ったわ」

 

 ジークに注意を向けながら三人をあしらっていたイャンガルルガだが、二発の水冷弾を弾くために注意を一瞬エルスへと向けた。その瞬間にジークは振り下ろした太刀をそのまま振り上げ、イャンガルルガの尻尾を狙った。尻尾を動かしてその攻撃を避けようとしたイャンガルルガだが、雨によって普段よりも更に状態が悪くなっている砂浜に足を取られ、三度尻尾を斬りつけられる。それと同時にエルスの放った三発目の水冷弾がイャンガルルガの耳の片方を貫通した。

 

「おっと」

「ジーク!」

 

 分が悪いと判断したイャンガルルガは、大きな咆哮をあげながら翼をはためかせて風圧を生み出した。大きな音と共に放たれた風圧に体を持っていかれそうになったジークは、太刀を砂浜に突き刺してその場に留まったが、ジークが態勢を立て直す前にイャンガルルガが着地し、そのままブレスを吐いた。

 

「ちっ!」

 

 太刀を手放して避けようとしたジークの前に、大剣を構えたウィルが立ち塞がった。ブレスを大剣の腹で受け止めたウィルは衝撃で滑るように後退したが、背中にジークが手を伸ばしたおかげですぐに止まった。

 

「大丈夫か?」

「なんとか、ですね」

 

 脂汗を浮かべながら笑顔を見せるウィルに苦笑しながら、ジークはカクトスフェーダーを抜いてウィルの背後から飛び出し、イャンガルルガへと向かって走り出した。向かってくる敵へとブレスを数発放つイャンガルルガだが、笑顔を浮かべながらジークはそれを全て避け、すれ違いざまに嘴へと太刀を振るってから尻尾に向けて前進し続けた。ジークを追いかけようと顔を背けた瞬間、イャンガルルガは背中に矢が数本刺さり、水冷弾が再び耳を貫通した。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!」

 

 弾丸と矢が飛んできた方向へと怒りの籠った視線を向けたイャンガルルガは、大きな音を立てて大剣を掲げるウィルが目の前に、弓とヘヴィボウガンを構えるハンターが二人視界に見えた。

 

「隙だらけだ」

 

 一瞬の硬直の後、ウィルの大剣を避けてから反撃に尻尾を振り上げようとした瞬間、イャンガルルガは激痛と共に尻尾を切断された。激痛に喘ぐような声をあげてたたらを踏んだ結果、イャンガルルガの目の前には避けられない大剣の一撃が見えていた。

 

「やぁぁぁぁ!」

 

 振り下ろされたウィルの大剣は、エルスが的確に撃ち抜いていた両耳の傷を抉り、二つの尖った耳を斬り飛ばした。途方もない痛みに甲高い声をあげるイャンガルルガに、ウィルは勢いのままその場で回転し、大剣をもう一振りして、嘴に大きな傷をつける。ウィルから逃げるように背後に向かって飛んだイャンガルルガだが、その隙を背後にいるハンターが見逃すはずもなく、振り上げられた太刀はイャンガルルガの翼膜を切り裂いて撃墜した。

 

「終わりよ」

 

 地に落とされたイャンガルルガの硬い甲殻を削り取るように、エルスの放った一発目の貫通弾が刺さり、二発目の貫通弾が甲殻で止まった一発目を押し、体外へと貫通させた。尻尾を切断され、耳を斬り飛ばされ、嘴を傷つけられ、翼膜を切り裂かれ、体には穴を開けられた。既に瀕死の状態であるイャンガルルガだが、その瞳は決して生を諦めてもいなければ、生き残る為に逃げようとも考えていなかった。

 

「知ってるよ。お前なら死ぬまで戦うだろうと思ってた」

 

 しかし、ジークはイャンガルルガの生態から考えて逃げることはあり得ないと確信していた。故に、痛みに苦しみ悶えている間に、ウィルとジーク、そしてティナは攻撃の準備を終えていた。立ち上がった瞬間、左足には矢が刺さり、ウィルとジークが挟み込むように武器を振り上げていた。イャンガルルガの声は暴風雨の音に飲まれ、次第に小さく消えていった。

 

 


 

 

 狩りを終えたジークたちは、各自失った体力を戻すために携帯食料を口にしていた。通常の狩りでも相応の体力を消耗するが、雨の中での狩りは普段以上に四人へと疲労感を与えていた。狩猟中は特に気になることはないが、狩猟を終えて立ち止まってしまえば、雨によって段々と体温を奪われていく。それを補う為に洞窟の入り口で雨宿りをしながら携帯食料を食べていた。

 

「この雨だと……ギルドの迎えも遅くなるかもしれませんね」

「勘弁してくれ」

 

 岩陰から空を見つめていたウィルの言葉に、ジークは大きなため息を吐いた。砥石を使ってカクトスフェーダーを研いでいたジークは、最低限の手入れだけを終えてからポーチの中身を確認した。幸いなことにイャンガルルガ相手にはそこまで消費していなかったが、それでも数本分の応急薬は狩猟後に使っていた。特にウィルの怪我は大きかったため、回復薬グレートまで使っている。

 

「それにしても……大分雨が強くなってきたわね」

「イャンガルルガ狩猟中にも強くなってたのに……どうしてこんなに強いんでしょうか」

 

 これ以上強くなることはないだろうと思っていたティナだったが、狩猟中にも狩猟後にもどんどんと雨脚が強まり、樹々が折れるのではないかと思うほどの風も吹き始めていた。体温を奪われないように岩陰で起こしていた火も、外から入ってくる風によって不安定に揺らめいている。

 

「……ギルドの迎えも、時間的にはもう来てもおかしくない頃だな」

「そうですね」

「少し外の様子を見てくる」

「私も行くわ」

 

 カクトスフェーダーを背負い直し、しっかりと背中に固定したジークが立ち上がり、岩陰から顔を出した。天候や狩猟場所によってギルドの迎えが来る時間は多少前後するが、基本的にはモンスター討伐を確認してから回収地点に向かってゆっくりとギルドの気球が迎えに来る。ジークたちが雨宿りしている洞窟は回収地点である海岸沿いが視界に入る場所にあるが、雨で視界が効きにくいと言え未だに気球が来ないことをジークは訝しんでいた。

 

「少し外に出るだけだから一人でも大丈夫ですよ」

「心配だから言ってるのよ。この雨はどう考えても異常だから、なにかあってからじゃ──」

 

 心配し過ぎだと苦笑するジークに対するエルスの反論は、最後まで続かなかった。暴風雨が樹々に打ち付けられる音が全てを打ち消していく中、空気を切り裂く様な咆哮が密林に響き渡った。聞くだけで鳥肌が立つような恐ろしい咆哮に、ジークたちは即座に武器を手に取った。

 

「ジーク」

「わかってます」

 

 イャンガルルガ狩猟前に話していた嫌な予感が当たってしまったジークとエルスは、すぐに荷物を整えて警戒を最大にしながら外へと出た。ウィルとティナもすぐに武器を背負い直してジークの背中を追うように岩陰から外へと出て、異常な程強くなっている暴風雨にバランスを崩しかけた。

 

「こ、こんな強い風初めてです!」

「目は閉じるなよ!」

 

 暴風雨でまともに声も通らない中、大声で互いの位置を把握しながら密林を進む四人は、前さへ見えない状態でも密林の回収地点へと指定されている場所までやってきたが、そこにあったのはなにかに墜落させられたのであろう気球の姿だった。

 

「っ!?」

 

 無残にも破壊されている気球を見て、すぐさま駆け付けた四人は気球の中にいたであろうギルドの人間を探した。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「誰か秘薬を!」

「や、やめろ……」

 

 気球内部へと入ったジークたちは、倒れているギルド職員であろう人間を見てすぐにポーチから秘薬を取り出して飲ませようとして、意識を取り戻したギルド職員に止められた。墜落した時にできたであろう傷から血を流しながらも秘薬を断る姿にジークは焦りを感じていたが、ギルド職員は自分の懐から回復薬グレートを取り出していた。

 

「秘薬は、取っておけ……」

「でもっ!」

「外に、なにか……いる」

「なにかって一体──」

 

 回復薬グレート一本では足りない程の傷を負っているのは明白であるのに、ギルド職員がジークの秘薬を断ったのは外にモンスターがいることを知っていたからだった。気球は巨大な弾丸に貫かれたように破壊されていたのをジークは見ていた。そんなことができるモンスターなどジークの記憶にはなく、もしいるのならばそのモンスターがどのようなものであるのかを知る必要があった。しかし、ジークの質問は再び密林に響き渡った空気を切り裂く様な咆哮によって遮られた。

 

「まちがい、ない……やつだ……」

「やつってなんなんですかッ!」

「きゃぁっ!?」

「くっ! エルスさん、この人を頼みます!」

「だめ、ジーク!」

 

 ジークへ警告しようとギルド職員が名前を口にしようとした瞬間、気球が傾くほどの突風が巻き起こり、その場にいた全員が床に転がされた。明らかになにかが近づいてきている足音を聞いたジークは、エルスに職員を預けて気球から飛び出し、顔を上げた先に黒い影があった。

 

「なんだ……こいつ」

 

 まともに立っていられないような暴風雨の中、悠然と気球に向かって歩いてくるその姿を見て、その圧倒的な存在感に対してジークは武器を抜けなかった。ハンターとしての本能ではなく、人間としての本能が目の前の生物に歯向かうことを良しとせず、今すぐに走って逃げるべきだと警鐘を鳴らしていた。

 

「ジーク、さん……」

「そんな……」

 

 ジークを追いかけて気球の外に出てきたウィルとティナも、嵐の中歩く黒銀色の龍の存在感に圧倒されていた。二人の背後からガノスクリームを構えながら飛び出してきたエルスは、一瞬その黒銀色の龍を見てからジークの隣に立った。

 

「ジーク、こいつは」

「今わかりましたよ。こいつが……クシャルダオラ、ですよね」

 

 進行方向に立ち塞がるようなハンター二人をようやく視界にいれた黒銀色の龍──クシャルダオラは、ゆっくりと足を開き、口から極大の咆哮を放った。天災の化身であるクシャルダオラは、道に落ちている小石を排除する為に牙を剥いた。




次回はクシャルダオラ戦です。


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鋼龍(クシャルダオラ)

 密林は異様な程静まり返り、小型のモンスター一匹すらも姿を見せていない。ただ暴風雨の音だけが響く密林の中、自然の猛威を龍の形とした存在が、ハンターたちの前に立ち塞がっていた。

 鋼龍(こうりゅう)クシャルダオラの咆哮と共に巻き起こった暴風に吹き飛ばされないよう、足に力を入れて耐えるジークとエルスは、続くクシャルダオラの飛び掛かりを辛うじて避けることに成功した。

 

「援護します!」

 

 クシャルダオラの存在に圧倒されていたティナだったが、ジークとエルスが攻撃を避けた姿を見て正気に戻り、弓を構えた。イャンガルルガとの戦闘で全ての強撃ビンを使い果たしていたティナだが、ビンがなくとも矢を放つことはできると考えていた。しかし、ティナが武器を向ける先にいるのは通常のモンスターではなく、生態系の頂点に君臨する古龍種である。

 

「そんなっ!?」

「ティナさん!」

 

 強く引き絞った弓から放たれた三本の矢は、真っ直ぐにティナの狙った頭部へと飛んでいき、クシャルダオラの巻き起こす風によって体に届く前に吹き飛ばされた。風の鎧を突破できなかった矢が周囲に落ちていくのを呆然と見ていたティナに向かって、クシャルダオラは口から風の塊を放った。咄嗟の判断でティナを押し倒したウィルの頭上を通り過ぎていったブレスは、横たわっていた気球の木造部分を容易く粉砕しながら消えていった。

 

「エルスさん!」

「わかってるわ」

 

 すぐにカクトスフェーダーを構えてクシャルダオラに突っ込んだジークは、クシャルダオラを中心に吹き荒れる激しい暴風に逆らいながらも刃を振り下ろした。エルスはジークを援護するように、目くらましの為にクシャルダオラへと散弾を放つが、当然の様に全てを風に吹き飛ばされた。エルスの攻撃など全く気にもしていなかったクシャルダオラは、ジークの攻撃をそのまま体で受けた。

 

「ッ!?」

 

 クシャルダオラに一太刀浴びせてから次の行動へと移ろうとしていたジークだったが、右脚へと振り下ろした太刀は鋼の体に一切の傷をつけることもなく、クシャルダオラは前脚をジークの脇腹へとめり込ませて風と共に吹き飛ばした。ジークが吹き飛ばされたのを見ていたエルスは、すぐにジークの元へと向かおうとした瞬間に、振り払われた尻尾を避ける為に地面へと這いつくばった。エルスの体を狙って振り払われた尻尾は、密林の大木数本を鋼の刀剣で切断する様に綺麗に真っ二つにしていた。

 

「はぁぁぁぁぁ!」

 

 ジークとエルスが一瞬であしらわれた姿を見て、ウィルは大剣を手にクシャルダオラへと突撃した。明らかに冷静さを欠いたウィルの突撃によって振り下ろされた大剣は、当然の様にクシャルダオラの体には傷一つ付けることはできなかった。自身を傷つけられない相手などまともにする気もなく、クシャルダオラは雑に尻尾を振り払い、大木と同じようにウィルの肉体を切断しようとした。

 

「伏せろ!」

「ッ!」

 

 死が目の間にまで迫っていたウィルは、横から飛んできた指示通りにその場で伏せた。自分の身だけを伏せたウィルは、ティガレックスの素材によって作られた轟大剣【王虎】を地面に横たえることもできなかった。ガリガリと武器を削るような不快音を立てながらも大剣は辛うじて折れることなく武器の形を保っていたが、尻尾の勢いに腕を持っていかれそうになっていたウィルは本能的に武器を手放した。形を保っていた轟大剣は、ウィルが手を放したことで、先程のジークと同じようにそのまま風に乗って吹き飛ばされた。

 

「こっちだ!」

「くっ!」

「まだまだッ!」

 

 クシャルダオラの近くと言う、最も風の強い場所にいることで倒れ伏したまま動けないウィルを狙う様に前脚をあげたクシャルダオラに対して、木をクッションにすることで大きな怪我を受けていなかったジークが飛び出し、エルスとティナはジークに合わせるように武器を構えた。普通に武器を振り回しても全く傷がつかないことを理解したジークは、比較的柔らかい部分を見極めていた。クシャルダオラが圧倒的な力を持っているとはいえ、全く傷がつけられないはずがないのだ。何故ならば、クシャルダオラは歴史上幾度か討伐された記録が存在するのである。撃退ではなく討伐された記録があると言うのならば、必ずどこか攻撃の通る部位が存在するとジークは考えていた。

 

「まさか実戦で試す時が来るとは……人生はわからないものね」

 

 ジークの考えとは関係なく、エルスはクシャルダオラに対抗するための手段は考え続けていた。三年前の剛種クシャルダオラ襲撃事件当時、エルスもネルバ、スロア、マルクと共にその防衛戦に加わっていたのだ。当時まだメゼポルタ広場では下位ハンターだったエルスたちは、バリスタ弾などでクシャルダオラ撃退に加わっていたが、一度だけバリスタ近くまでやってきたクシャルダオラと武器を構えて直接相対している。結果は言うまでもなく惨敗であり、翼をはためかせたことによって発生した竜巻一つで意識を失った。その時、エルスはいくつもの弾丸を放ったが、一つとしてクシャルダオラの肉体に届くことは無かった。しかし、クシャルダオラに対してガンナーが何もできないとは考えていなかった。何故ならば、剛種クシャルダオラを撃退した『ゴエティア』のメンバーの中には、ライトボウガンを扱っていたものがいたのだ。以来い、エルスはずっとガンナーでクシャルダオラに対抗する手段を考え続けていたが、それを実践で試す時が来たのだ。

 

「はぁッ!」

「…………」

 

 エルスの視界内ではティナが闇雲に矢を放っているが、風の鎧を貫くことは一向にできず、存在ごと無視され、虎視眈々と命を狙ってくるジークにばかり意識を向け、他の三人に等まるで興味すら見せていなかった。しかし、エルスは闇雲に放たれ続けるティナの矢を見て、ガノスクリームに貫通弾を装填して構えた。

 

「行動予測は……私の得意分野よ!」

 

 クシャルダオラの動きと肌で感じる風の感触、放たれたティナの矢が散らばる方向と角度、暴風から逃げるように立ち回るジークの動き。全てを見極めて銃口を向けたエルスは、一発目の貫通弾を放った。風に削られながら弾かれた貫通弾を見て、計算の誤差を修正したエルスは再び貫通弾を放つ。先程よりも奥へと食い込んだが、クシャルダオラが横に移動したことであえなく弾き飛ばされる。

 

「風はもっと速い……ならッ!」

 

 透明で見えない壁を突き崩そうとするエルスの動きを察知したジークは、クシャルダオラのブレスを避けながらある一つの法則に気が付いていた。ジークが命を狙う様に太刀を振るう瞬間、傷つかないはずのクシャルダオラが必ず避ける部分がある。そしてそこは、同時にもっとも危険でもっとも風の影響が薄い場所であることを、命をかけた攻防の中でジークは理解していた。

 

「ッ! エルスさん!」

 

 爪が胴体を掠る感覚に表情を歪めながらも、ジークはエルスの方へとクシャルダオラの顔を誘導していた。一説によると角で暴風雨を操っているとされているクシャルダオラは、角周辺の風の影響が薄い。ジークは短い攻防の中でそれに気が付き、幾度か角に向かって攻撃しようとしていたが、その度にクシャルダオラはブレスを吐いて顔に近づけないようにしている。傷一つつかないはずの体を持つクシャルダオラが避ける部分とは、すなわち攻撃されたくない部分だと言える。

 

「ッ……見えたわ。ジークの示した道!」

 

 ジークの誘導によってエルスの正面へと顔を移動したクシャルダオラは、ヘヴィボウガンを構えているエルスを見てブレスを吐こうと空気を吸い込んだ。風の結界の動きをある程度見切っていたエルスは、ジークによって与えられた角付近の弱さと、ブレスを吐く為の息を吸い込む動きを利用して、針に糸を通すような正確さでその空気の穴に向かって貫通弾を放った。三つの要因が重なった貫通弾は、風の鎧を貫いてクシャルダオラの頬を削った。全身鋼であるクシャルダオラにとって、貫通弾の一発程度は表皮が傷つく程度のものではあるが、本来風によって肉体まで届くはずのない弾丸が頬を掠めたことで、一瞬動きが止まった。その隙をジークが逃すはずもなく、姿勢を低くして風を突破したジークはカクトスフェーダーを角に向かって突き立てた。

 

「くそッ!」

 

 生物に武器を突き立てたとは思えないような鋼同士がぶつかり合う金属音が鳴り響き、ジークはクシャルダオラの動きを見てすぐさま頭を蹴り上げて後退した。ジークを振り落とす為に頭を振ろうとしたクシャルダオラは、察知したジークが逃げたことを理解して着地した方向へとブレスを吐こうと顔を向け、三度飛んできた貫通弾を体ごと避けた。

 

「頭でも駄目か……武器の方が負ける」

「ジーク、クシャルダオラの牽制は任せて」

「……頼みます」

 

 所々刃毀れしているカクトスフェーダーを見てため息を吐くジークだったが、背後から聞こえたエルスの声に静かに頷いて、ウィルとティナへと視線を向けた。クシャルダオラの注意が逸れている間に大剣を回収していたウィルは、ジークの視線に気が付き無事を知らせるように手を振り、ティナは自分の弓が全く通じないことに悔しさを滲ませながら頷いていた。

 

「いきます」

 

 ゆっくりと太刀を構えたジークに対して、クシャルダオラは警戒心を見せていた。弾丸が自身の風を突破し、傷つけられていないとはいえ角に刃を突き立てたのだ。生態系の頂点に君臨し、自然界に天敵など存在しないクシャルダオラにとっては十分な脅威であった。

 

「ふぅ……ッ!」

 

 息を吐いてから一気に加速したジークは、クシャルダオラの一挙手一投足を見逃さないように最大限の警戒をしていた。ジークが駆けだしたのを見てから、ウィルは大剣を構えてクシャルダオラの隙を窺い、エルスはジークとクシャルダオラの動きから再び風の動きを予測し始めていた。

 

「きます!」

 

 クシャルダオラがブレスを吐こうとしていることに気が付いたウィルは、すぐにジークへと知らせるように叫んだ。

 

「見えてる!」

「ここッ!」

 

 クシャルダオラの動き全てを見ていたジークも当然その行動は予測済みであり、ブレスが放たれる前に射線上から移動して危険を回避した。不可視の弾丸であるクシャルダオラのブレスを避けているジークだが、避けたブレスが横を通り過ぎるだけで防具に細かい傷が付き、体も風圧に吹き飛ばされそうになるほどの圧を感じていた。文字通り生物としての格が違うクシャルダオラだが、幾度も致命傷を避けるジークに対して徐々に本気を見せ始めていた。その証拠に、当初は揺れ動くだけで済んでいた密林の中にも風圧に耐え切れず、半ばからへし折られている木も存在していた。

 ジークがブレスを避けるのと同時に、エルスは再びガノスクリームの引き金を引いた。エルスの放った弾丸に反応して風を強めたクシャルダオラだが、放たれた弾丸は貫通弾よりも速く風を切り裂いてクシャルダオラの角へと到達し、起爆した。

 

「残念、徹甲榴弾よ」

 

 唐突に至近距離で爆発を受けたクシャルダオラは一瞬怯む様子を見せるが、すぐさま前方に風を集中して爆炎を消し飛ばした。爆炎によって視界を塞がれたクシャルダオラは、すぐにジークの位置を把握しようと先程まで走っていた場所へと視線を向けた。

 

「やぁぁぁぁぁぁ!」

 

 しかし、ジークを探していたクシャルダオラの視線の行きつく先にいたのは、渾身の力で大剣を振り下ろそうとするウィルだった。前脚を出してウィルの大剣を鋼の肉体で受け止めたクシャルダオラは、そのまま体に不釣り合いな程大きな翼をはためかせて空に飛んだ。

 

「うわぁッ!?」

「届かないッ」

 

 翼を羽ばたいた風圧だけでウィルを数歩後退させたクシャルダオラは、口から空気を吐きだした。空へと逃げるように動いたクシャルダオラを撃ち落とそうと徹甲榴弾を放ったエルスだが、ブレスに阻まれ、そのまま地面へと落ちていった。極限まで圧縮された空気の塊ではなく、薄く延ばされた空気のブレスは周囲の熱を一気に奪って地面を凍らせ、徹甲榴弾すらも起爆しない温度へと冷やされていた。今までとは全く違う性質のブレスを吐きだしたクシャルダオラに驚愕しながら、ウィルはなんとか氷のブレスを避けて態勢を立て直していた。

 

「頼むぞ」

「は、はい!」

 

 ウィルとエルスがクシャルダオラと相対している間、ジークはエルスの一度目の徹甲榴弾の爆発に紛れてティナの元へと走っていた。ティナにしかできないことを頼んだジークは、再び太刀を手にクシャルダオラの背後から飛び掛かった。

 

「狙うべき場所は……頭、だな」

 

 クシャルダオラの大きな翼にどれだけ刃を向けた所で、傷などつけられるはずがないと考えたジークは、やはり頭を狙うべきだと考えていた。空に浮いたまま、ウィルとエルスに向かってブレスを吐き続けているクシャルダオラの背後にいるジークは、揺れ動く尻尾に向かって太刀を横に振り切った。一振りで大木を切断する尻尾に、太刀の一振りなど効くはずもなく金属音を鳴らすだけの結果となった。

 

「ティナ!」

「はい!」

 

 尻尾に伝わった感触でジークの居場所を把握したクシャルダオラは、空中で器用に反転してそのままジークへと向かって氷点下の息吹を食らわせようとして、ティナが力いっぱい投げた閃光玉に目を焼かれた。いくら古龍種として自在に空を飛ぶクシャルダオラと言えども、唐突に目を焼かれてしまえば前後不覚に陥って落下するのは避けられなかった。大きさからは到底考えられないような体重を持つクシャルダオラは、地面に落下するだけで破壊された気球が傾くほどの振動を起こすが、あらかじめ予測していたジークは落下してきたクシャルダオラの頭に向かって太刀を振り下ろした。

 

「こいつで、どうだッ!」

 

 狙う場所はエルスが貫通弾で削り、徹甲榴弾で衝撃を与えた角の一部。振り下ろされた刃は的確に削られた角の一部へと当たるが、傷を与えるには少し足りない程度の硬度をクシャルダオラは有していた。しかし、前後不覚の状態で角に衝撃を受けたクシャルダオラは、傷を受けなくとも風を上手く操れずにもがいていた。

 

「もう一発!」

 

 幅広い面を攻撃できる振り下ろしでは有効的ではないと考えたジークは、カクトスフェーダーを縦に持って傷がついている部位へと一点集中で体重をかけて刺した。金属が傷つけ合う不協和音を響かせながら、ジークは全体重をかけてクシャルダオラの角を折ろうと力を込めた瞬間、甲高い音を立ててカクトスフェーダーが真っ二つに折れた。

 

「ぐぁッ」

「ジークさん!」

 

 唐突に武器が半ばからへし折られたジークは一瞬硬直し、その隙に視界が戻りつつあったクシャルダオラは爪を振ってジークを吹き飛ばした。防具が破壊されるような音と共に吹き飛んでいったジークを見て、悲痛な声を上げたティナに向かって、クシャルダオラはブレスを吐いた。

 

「させません!」

 

 すぐさまティナとクシャルダオラの間に割って入り、ブレスを大剣の腹で受け止めたウィルは、大きく後退しながらもなんとかブレスを防ぎきった。

 

「ウィル避けて!」

 

 反撃しようと顔を上げたウィルは、連続でクシャルダオラの口から吐かれた空気の塊を大剣の腹で受け止めるが、今度は踏ん張ることができずにそのまま森の中へと吹き飛ばされていった。エルスはウィルが飛ばされていくのを見て壊滅の危機を悟りながらも、最大威力の弾丸を込めてクシャルダオラへと向けて放つ。クシャルダオラが反転し、放たれた弾丸へと風がぶつけたが、弾丸はその場で三つに分裂し、そのまま連鎖爆発を起こした。衝撃を与えることで分散して爆発する拡散弾に対して、クシャルダオラは大したダメージにはならないと言わんばかりに無理やり爆炎を突破して、拡散弾の反動で動けないエルスをその圧倒的な体重で薙ぎ倒した。

 

「エルスさんっ!」

 

 血を吐きながら砂浜を転がされたエルスは、全身の骨が砕けるような痛みを感じ、立ち上がれなかった。人間よりも遥かに巨大な鋼の塊に追突されたエルスは、既に動ける状態ではなかった。ゆっくりとエルスへと近づくクシャルダオラは、横たわるエルスの息の根を完全に止めようと前脚を上げて、飛んできた矢に額の傷を削られた。

 

「させません……絶対にっ!」

 

 弓使いとしては無謀とも言えるほど接近して矢を放つティナの迫力に、クシャルダオラは無視できない存在だと認識して威嚇の咆哮をあげて風の鎧を纏った。

 

「矢が届かないっ! どうやれば……どうすればっ!?」

 

 暴風によって矢を阻んだクシャルダオラは、すぐにティナを惹き潰そうと突進した。助走も無しに即最高速を出したクシャルダオラは、数秒も経たずにティナの目の前まで接近し、ティナの頭上を越えてきたジークによって角を砕かれた。

 

「えっ?」

 

 全身から血を流し、明らかに瀕死の状態であるはずのジークは半ばから折れているカクトスフェーダーを片手にクシャルダオラの角をへし折ったのだ。狩りが始まってからずっとエルス、ジーク、ティナが削り、薄くなっていた角の一部分へと、ジークは太刀を突き刺していた。ジークが全体重をかけても傷つけられなかったクシャルダオラの甲殻を全員で削り、最後はクシャルダオラ自身の突進による衝撃を伝わらせることで、額に傷を与えた。

 

「ジークさん!」

 

 すぐに振り落とされたジークをティナが抱き留めるが、既に気を失っておりカクトスフェーダーもクシャルダオラの角に刺さったままだった。

 この狩りで初めて傷を受けたクシャルダオラは、角から伝わる痛みに苦しみ悶えながらも、ジークとティナを確実に殺そうと風を操ろうとしてバランスを崩した。ジークがクシャルダオラの角に突き刺したカクトスフェーダーは、猛毒を持つエスピナス亜種の素材によって生み出された武器であり、その刃にはエスピナス亜種の猛毒が滴っている。クシャルダオラにとって毒は、自身の風を操る器官衰弱させる唯一といってもいい弱点であった。風を操ることもままならなくなったクシャルダオラは、頭を振り回して刺さっていた太刀を振り落とし、翼をはためかせて上空へと飛んでいった。

 

「あ…………え?」

 

 ティナは視認範囲外までクシャルダオラが飛んでいった姿を見て、しばらく口を開けて呆けていたが、徐々に弱まる雨風を見て、クシャルダオラが去っていったことをようやく理解した。

 

「なんと……クシャルダオラを、撃退したのか」

 

 気球から出てきたギルド職員は、樹々が薙ぎ倒され空気のブレスによって抉られた砂浜を見て、クシャルダオラの脅威を確認しながらも、弱まって行く暴風雨に撃退されたことを理解した。

 

「ぬぅ……こりゃあいかん。嬢ちゃん! 気球の中にある回復薬をありったけ持ってきてくれ!」

「は、はい!」

 

 雨風が弱まったことで周囲を見渡せるようになったギルド職員は、倒れている三人のハンターを見て、急いで両手に持てる回復薬を手にしながら、ティナにもっと在庫を持ってくるように伝えた。密林を包んでいた暴風雨は既に消え、雲間から光が少しずつ見え始めていた。

 

 


 

 

 密林でのクシャルダオラ出現の知らせを受けたメゼポルタギルドは、すぐさま手の空いている凄腕ハンターを派遣し、密林に取り残されている数人のハンター救出に向かわせた。緊急事態故に派閥も関係なく人を助けるために派遣された凄腕ハンターたちは、密林に辿り着いた時にクシャルダオラが遠くへと去っていく姿を確認していた。嵐が収まり始めていく中手分けして救出していた凄腕ハンターたちが最後に発見したのが、無残に破壊されたメゼポルタギルドの気球と、クシャルダオラを撃退した上位ハンターたちだった。嵐が止まったことで全員が無事にメゼポルタへと帰還したが、クシャルダオラを撃退したパーティーは四人中三人が意識不明まで追い込まれていた。

 クシャルダオラが密林へと出現したことはメゼポルタギルド側の失態であったが、被害にあったハンターたちは誰も頭を下げるギルドマスターを責めることは無かった。それだけ、ハンターたちにとって古龍種とは突拍子もなく現れ、命を奪っていく理不尽な存在だという共通認識があった。謝罪巡りをしていたギルドマスターは、謝罪すべき最後のハンターのマイルームまで訪れていた。

 

「……無事か?」

「なんとか、ですね」

 

 包帯に巻かれながらベットで苦笑するジークに、ギルドマスターは大きなため息を吐いた。ジークはギルドマスターが個人的にではあるが、注目している若手ハンターである。ギルド側の落ち度で危険に晒してしまったことに対する罪悪感は強かった。

 

「親方から聞いた。武器をへし折られたそうじゃな」

「えぇ……鋼の肉体を傷つけるには足りませんでした」

「そうか……修理費はギルド側で出すことはもう決まっておる。安心して療養するといい」

「……ありがとうございます」

 

 笑みを見せるジークに再びため息を吐いたギルドマスターは、ベットの横に備え付けられていた椅子に腰かけた。

 

「お主は怪我に慣れておるな」

「まぁ……タンジアでは相当な無茶してましたから」

「そうか……」

 

 ジークが元タンジアのG級ハンターであることはギルドマスターも当然知っている。そして、大陸でG級ハンターと呼ばれるようになるまでどれだけの苦労があるかも、ギルドマスターという立場であるが故に察していた。

 

「よいか、ジークよ……敵わぬと思った時は素直に退くのじゃ。お主のような将来有望な若者を失うのは……一人の老人として辛い」

「あはは……気を付けます」

 

 ジークの返答に頷いたギルドマスターは、立ち上がってマイルームの扉の方へと視線を向けた。

 

「客人のようじゃな。ではな……怪我が治ったら一度顔を見せに来い」

「分かりました」

 

 扉を開けて部屋を出たギルドマスターは、びっくりとしたような顔をしているティナとすれ違った。ギルドマスターが去っていくのを見送ってから、おずおずと部屋に入ったティナは、ジークが苦笑しているのを見て横に座った。

 

「ありがとうございます。ジークさんの怪我はどうですか?」

「運が良かったニャ。複雑な骨折とかもないから、怪我自体はすぐ治りそうだニャ。多分……温暖期の終わりギリギリには治ってるニャ」

 

 飲み物を持ってきてくれた給仕ネコに礼を言いながら、ティナは怪我の状態を聞いた。幸いなことに受け身技術や防具性能のお陰で、ジークはそこまで時間をかけずに復帰できる状態だった。

 

「エルスさんとウィルは?」

 

 自分と同じように意識不明までダメージを受けてしまった二人を心配していたジークだが、ティナは苦笑を浮かべていた。

 

「ジークさんが一番重傷ですよ。ウィルさんは大剣を盾にブレスを防いだ衝撃だけで、エルスさんは突進を受けた時に骨が折れる感覚がした、とか自己申告してましたけど腕の骨にヒビ程度で済んでましたから、ジークさんより少し早く復帰できるそうです」

「そうか……」

 

 全員の無事を聞いて安堵の息を吐いたジークを見て、ティナはなにかを思い出したように手を叩いた。

 

「それより、ジークさんの防具……ククボ、ですよね?」

「あぁ……どうかしたのか?」

 

 ジークは下位ハンター時点で作成したククボ防具を素材で強固にしながら使用し続けていた。そもそもククボ装備が素材で強固にしやすい素材である為、上位ハンターまでならこれ一つでなんとかなる、とメゼポルタで有名な装備ではあるのだが、今回のクシャルダオラはその対象外だった。

 

「ボロボロになり過ぎてもう直せないって親方さんが言ってましたよ」

「そっか。大分お世話になったからな」

「あ、でも……なんか職人魂がーとか言って勝手に改造してましたけど」

「は?」

 

 武器とはまた違った相棒であったククボ装備に哀愁の念を感じていたジークだが、続くティナの言葉に疑問符が浮かび上がった。

 

「いや、直せないんじゃないの?」

「元の形には無理だって言ってましたけど――」

「――ジーク! できたぞ!」

 

 首を傾げるティナの言葉を遮ってマイルームに突撃してきたのは、丁度話題に出していたククボ装備を手にした親方だった。興奮気味にやってきた親方は、明らかに元の形へと修復したククボ装備を片手にジークのベットまで近づいてきた。

 

「親方? ククボはもう直らないって……」

「おう。クシャルダオラの衝撃を防ぐほどの性能はククボには無かったからな」

 

 ジークの言葉に頷きながらも、親方は手に持っていたククボ装備を高々と掲げ上げた。

 

「こいつはお前さんがボロボロにしたククボ装備に、お前さんが前に狩ってきたヒプノックとエスピナス亜種の素材を使った強化版ククボだ!」

「はぁ……え?」

「便宜上ククボFと呼ばせてもらうが、こいつならクシャルダオラの攻撃だって受けられるぜ! いやぁお前さんの装備が破壊されったって聞いてな……久方ぶりに職人魂に火が付いた!」

 

 勝手に装備を強化されたことにどう反応して良いのか分からないジークは、助けを求める視線をティナに向けたが、安全性が高まったことに大きく頷いている姿を見て、無駄なことを悟った。

 

「安心しな。金はギルドマスターが払って、素材は『ロームルス』の連中が提供してくれた」

「ネルバさんたちが……」

「そう言う訳だから、復帰して狩りに行ったら是非感想を聞かせてくれ!」

 

 最初から最後まで興奮気味だった親方は、ククボFと修復されたカクトスフェーダーを置いてマイルームから出ていった。急に静かになったマイルーム内で、ティナは苦笑しながら立ち上がった。

 

「じゃあ、怪我が治るまでは猟団長代理として、頑張りますね!」

「お、おぅ……頑張れ」

 

 目を輝かせて燃えているティナに押されながら、千客万来のマイルームにジークはどうしてこうなったのかとため息を吐いた。




古龍種は強いってことは書きたかったです


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金獅子①(ラージャン)

ラージャンですが、長くなったので(特に前半の狩りに関係ない部分が)分割しました


「マスター」

「ん? ジークか……もう動けるようになったのか?」

「結構、回復は早い体質でして」

「そうか」

 

 古龍クシャルダオラに遭遇し、大怪我を負いながら大した時間もかけずに復帰してきたジークに呆れ気味な表情を見せるギルドマスターは、手元にある依頼書を見た。

 

「それで、復帰したら顔を見せろってなにかあったんですか?」

「うむ……当初はお主がいつ復帰するのかを確認したかっただけじゃが、丁度いいところに来た」

「丁度いい?」

 

 ジークが首を傾げたのを見てから、ギルドマスターは持っていた依頼書を手渡した。

 

「お主に、公式狩猟試験を依頼しよう」

「それって……」

「凄腕ハンターへの、昇格試験じゃ」

 

 凄腕昇格の試験と聞いて、ジークはすぐさま渡された依頼書を確認した。そこに書かれているモンスターは金獅子(きんじし)ラージャンの変種であった。クシャルダオラを撃退した実力があるのならばすぐにでも凄腕ハンターに昇格させるべき、との意見がメゼポルタギルド内でも出たことで、上位昇格から大した時間もかけずに公式狩猟試験を受けさせることが決定したのだ。強力なモンスターも年々増え、凄腕ハンターの人手不足が叫ばれている中での期待の新星に、ギルドマスター以外の幹部たちも賛同的だったのが異例の速度での昇格理由である。

 

「死地を超えたばかりのお主に依頼するのもどうかと思ったが、凄腕昇格試験に相応しいモンスターと言えるじゃろう……今再び、四人で死地を超えて見せよ」

「……望むところです」

 

 ラージャンの名を見ても笑みを浮かべるジークに、ギルドマスターは大きく頷いた。本来ならばラージャン変種など凄腕ハンターの昇格試験に任せるモンスターではない。古龍級の危険生物とされるラージャン、その変種ともなればまさしく剛種に近しい能力を持つモンスターである。凄腕ハンターの中でも更に上位のハンターでなければ任せられないモンスターだが、ギルドマスターは不思議とジークたちに渡すべきだと思っていたのだ。

 

「死ぬなよ」

「わかってますよ」

 

 超危険生物ラージャンの存在は、ドンドルマ管轄地域のハンターならば誰でも知っている。古龍級危険生物の名は伊達ではないが、ジークとて古龍種であるクシャルダオラを撃退しているのだ。実力としてはもう凄腕ハンターと遜色ない。

 依頼書を片手に離れていくジークを見送りながら、受付嬢であるユニスからもう一つの依頼書を受け取った。

 

「さて、もう片方は……やはり『ロームルス』かの」

 

 もう一つの凄腕昇格試験の依頼書を片手に、ギルドマスターは繁殖期に行われる狩人祭のことを考えていた。

 

 


 

 

「こんにちはー」

「ジークさん!? もう動いていいんですか?」

「ダルクか……もう大丈夫だよ」

 

 猟団部屋へと顔を出したジークの姿に、ダルクは驚いたような声をあげてからすぐにジークの傍まで走り寄ってきた。本当に犬みたいだなと思いながらも、ジークは猟団部屋にいる数人に視線を向けた。まだ猟団として大きくないため仮設テントのような猟団部屋ではあるが、猟団を立ち上げた当初はいなかった猟団仲間が数人いた。

 

「団長、無事で良かったな」

「えぇ……まぁ、なんとかって感じですよ」

「よせよ。団長ならどしっと構えて、団員にはため口でいいだろ?」

「どうですかね? アキレスさんだけじゃないですか?」

 

 豪快に笑いながらジークの肩を叩く巨漢の男、アキレスはジークよりも長くメゼポルタにいるハンターである。以前は『円卓』に属する猟団に所属していたが、腑抜けた連中に飽き飽きしていたところをジークに勧誘された上位ハンターである。ジークの見立てでは、猟団員の中でも一番凄腕昇格が近い『ニーベルング』主力メンバーである。とはいえ、彼はパーティーでの狩りに慣れていないこともあり、今は主に上位昇格したばかりの猟団員や、下位の新人ハンターの手伝いをメインにしている。

 

「私も、ため口でいいと思うわ」

「エルスさん」

「久しぶり、でもないかしら」

 

 アキレスとダルクに囲まれているジークを助けに来たのは、ジークと同じように怪我を負っていたエルスだった。彼女はクシャルダオラの攻撃によって装備を破壊されたため、現在はエスピナス亜種の素材を使った防具を使用している。

 

「大丈夫ですかね」

「そんな小さなこと気にする奴はいねぇよ。革命を起こす、なんて肝っ玉のでけぇ猟団に入ってる奴はな!」

「私は元々、貴方の可能性が見たいから猟団に入った。今更敬語なんていらないわ」

「そうです……か」

 

 突然の敬語不要論にジークは少しばかり唸っていたが、猟団長という立場にいるのならばそれ相応の態度を見せるべきなのだろうと勝手に納得していた。

 

「よし、じゃあ敬語はなしにさせてもらうよ」

「それでいいわ」

「ジークさんの自然体、いいと思います!」

「おう」

 

 敬語を取り払ったジークの言葉に三人が頷き、なんとなく猟団としての結束感が生まれた。

 

「それはそうと、ウィルとティナはどこにいるのか知らないか?」

「副猟団長? えーっとね……」

「さっき二人でギルドの新しい依頼書を貰いに行くって言ってたな」

「そっか……エルスにも関係ある話なんだけどな」

「私?」

 

 ウィルとティナを待つためにとりあえずで椅子に座ったジークは、エルス机の上にギルドマスターから預かった依頼書を見せた。三人が覗き込んだ依頼書は、金獅子ラージャン変種の狩猟依頼書だった。

 

「ラージャンの、変種か!」

「らーじゃん? ってなんですか?」

「超危険な古龍級生物。破壊の権化なんて呼ばれることもあるわね」

「しかも変種ともなれば大陸のG級ハンターでも相手になるかどうか……嫌な相手だな?」

 

 ロックラックギルド出身のダルクは、ジークと同じくラージャンに対してそこまで詳しくないが、元ドンドルマハンターであるエルスとアキレスは、ラージャンについてよく知っていた。

 

「これがどうしたの?」

「凄腕ハンターの依頼書だろ? 変種なんてのは」

「……俺、エルス、ティナ、ウィルの凄腕昇格の公式狩猟試験相手だ」

「っ!?」

「本当かよ。随分な相手を選ばれたな」

 

 凄腕昇格の公式狩猟試験と聞いてエルスは息を呑み、アキレスは危険生物のクエストを公式狩猟試験に指定されたことに少し羨ましそうな反応を示していた。

 

「復帰していきなりきつい相手で大丈夫ですか?」

「あぁ……慣れてる」

 

 ダルクの心配する声に、ジークは端的に返した。G級ハンターとしてタンジアギルドで活躍していたジークは、無茶に無茶を重ねる程度のことは慣れていた。なにしろ大陸に限られた数しか存在しないG級ハンターは、危険なモンスターは兎に角全てを狩らせられるのだ。それが上位管轄モンスターであろうと、複数頭現れると基本的にG級ハンターが処理する。凄腕ハンターが繁殖期に大量発生した上位クラスのモンスターを狩人祭でひたすら狩猟するのと同じである。

 

「それで?」

「いや……出掛けるなら早い方がいいと思ってな。もうほぼ寒冷期だろ?」

「団長が動けない間にな」

 

 ジークが傷を癒す為に動けなかった間に大陸全体が冷え込み始め、フラヒヤ山脈でも吹雪が度々確認されるようになってきている。近々正式にフラヒヤ山脈周辺の閉山が宣言され、同時にセクメーア砂漠の気温がそれなりに落ち着きを見せて狩猟地として開放されるだろう。

 

「今凄腕になっておけば、寒冷期中に猟団員も集められる。古龍種が活発になると考えれば、無所属ハンターの多くがどこかしらの猟団に属したくなる季節だ」

「新人は減るが、そのぶん上位ハンターが増える、か……なるほど間違ってはねぇ」

 

 ジークの言葉にアキレスは頷いた。上位ハンターとして最高峰の実力を持っているアキレスだが、古龍種が活発になる中でも一人で狩りがしたいとは思えなかったからだ。

 

「それに、凄腕ハンターになれば『ゴエティア』も交渉の席に着いてくれる……寒冷期中に味方につければ、そのままの勢いで狩人祭までいける」

「……悪くないわ」

 

 エルスは元々『ロームルス』に所属していたこともあるので、所属している『ニーベルング』と合わせて大体の猟団員の人数と実力を把握していたが、このまま二つの猟団でけで『プレアデス』と『円卓』に対抗できるようになるのは数年後であると考えていた。しかし、剛種クシャルダオラをたった四人で退ける『ゴエティア』がいれば、話は別である。

 

「わかったわ。とりあえずウィルとティナを待ちましょう」

 

 何はともあれ当事者である残りの二人がこなければ話は進まない。ジークたちは二人が依頼を持って帰ってくるまで雑談と近況報告をしながら時間を潰していた。

 ジークが猟団部屋に現れてから一時間も経たないうちに、副猟団長二人はすぐに戻ってきた。凄腕ハンターが所属していない猟団であるため下位と上位のクエストだけを持って帰ってきた二人は、掲示板近くの机を囲んで喋っているジークたちをすぐに見つけた。

 

「ジークさん?」

「もう治ったんですか!?」

 

 ジークがいることに少し呆れ気味なウィルと、あれほどの傷がすぐに治ったことに驚愕しているティナを手招きした。

 

「どうしたんですか?」

「ついに凄腕昇格の依頼を貰ってな」

「本当ですか!?」

「本当だよ。クシャルダオラを撃退する実力があるなら申し分なしって評価らしい」

 

 新たな公式狩猟試験にウィルとティナは嬉しさを滲ませながら、ジークの持っていた依頼書を覗き込んで表情を強張らせた。ドンドルマ管轄地域で生きてきたウィルとティナは、ラージャンと言えば近寄ってはいけないモンスターの代表格である。そんな危険モンスターの変種ともなれば、どれほど危険なクエストかなど想像するのは容易かった。

 

「大丈夫なんですか?」

「そもそも、俺らはこれから変種奇種、剛種みたいなモンスターを狩っていかなきゃいけないんだ。ラージャンの変種だって今狩るか、後から狩るかの違いだけだろ」

「団長は豪快だな!」

 

 かなり無理のあるようなジークの言い分だが、アキレスは気に入ったようで大笑いしていた。だが、ジークの言っていることも全てが間違っている訳でもなく、メゼポルタでハンターとしてやっていこうと考えているのならば遅かれ早かれ、強力なモンスターや未開拓地域の調査に駆り出されるのだ。ラージャンの変種だからといって萎縮していては凄腕ハンターとしてはやっていけない。

 

「わたしは問題ないと思うわ」

「……はい。僕も覚悟を決めます」

「四人なら、倒せますよね!」

「あぁ。必ず成功させて見せる」

 

 力強く頷く四人を見てアキレスは楽しそうに笑い、ダルクはジークの不敵な横顔を見て、少しだけティナたちを羨ましく思っていた。

 

 


 

 

 灼熱の大地にやってきた四人は、クーラードリンクを手に持ちながらベースキャンプとなる海岸で机の上に地図を広げていた。

 

「ラージャンは基本的に火山の中でならどこでも活動できるらしいな……もしかしたら火口付近にいるかもしれない」

「まぁ、ラージャンはフラヒヤ山脈にも出現することがあるらしいですし、体温が一定で保たれる身体機能でも備わっているんじゃないですかね?」

「羨ましい限りだ」

 

 ハンターはラティオ活火山で活動を維持するには、氷結晶とにが虫を調合したクーラードリンクを飲まなければ歩いているだけで全身火傷になって焼死してしまう。遮熱性が高いモンスター素材で作られた装備を着込めば無事でいることもできるようだが、ジークたちの中にそんな防具を着込んでいる者はいない。

 

「でも、ラティオ活火山のラージャンは基本的に麓の洞窟にいることが多い」

「……あの洞窟の先ですよね」

 

 エルスの言葉を聞いて、ティナは奥から少しだけ赤い光が見える洞窟の入り口を見た。

 

「あそこはマグマが周囲を覆っているけど、歩ける地面は多いわ」

「それはラージャンも同じ、と」

「そうね」

 

 飛竜種に比べると少し大きさの小さいラージャンは、火口の洞窟内であろうと楽々と歩きまわる。当然マグマの中に飛び込むことなどできないが、洞窟内でマグマを飛び越えながら走るラージャンは、広い場所を狩りの場所とすることが多い。

 

「じゃあ行くか。いつまでも待ってられないしな」

「わかりました」

 

 ジークが地図を小さく折り畳み、四人全員が武器を手に立ち上がった。それぞれが今回の狩猟で自分の身を預ける武器を手にして、ラージャン討伐へと向かう。黒狼鳥の素材で生み出された片手剣『ツルギ【狼】』を手にしているジークは、クーラードリンクを飲み干してから三人の後から洞窟へと入った。

 ヘルファングの盾で体を半分隠しながら移動するウィルを先頭に、クシャルダオラに破壊されてしまったガノスクリームの代わりにボルペラビリントを背負っているエルス、ソニックボウⅤを持つティナ、そして最後尾にジーク。どこからラージャンが現れても対応できるように四人で四方を警戒するハンターたちは、熱気の籠る火山洞窟を進んでいた。

 

「……アプケロスの死骸?」

「ジークさん!」

 

 全員の最後尾を歩いていたジークは、地面から時折噴き出す火山ガスを避けながら周囲に視線を向けていたが、先程までなにもなかったはずの場所に、いつの間にか置かれている草食竜アプケロスの死骸を見て、警戒しながら視線を巡らそうとして、ティナに背後から突き飛ばされた。

 

「いつの間にっ!?」

「気を付けてウィル。真正面から防御すれば吹き飛ぶわよ」

「……わかりました」

 

 ティナに突き飛ばされた瞬間、先程までジークが立っていた地面に筋肉質で黒い毛に覆われた剛腕が突き刺さり、勢いよく火山ガスが噴き出した。すぐに態勢を整えたジークは、自分を突き飛ばしてバランスを崩したティナを引っ張りながら、突然現れた凶暴な外見を持つ大型モンスター……ラージャンに対して武器を構えた。前方を警戒していたウィルは即座に反転しガンランスを構えて様子を窺う姿勢を見せ、エルスの忠告を聞いて頷いた。

 

「不意を突かれたが、開戦だな」

 

 ティナが背後で立ち上がるのを感じながら、ジークは目の前の敵であるラージャンを見て冷や汗を流した。背後を取られた上に、初撃が洞窟の地面を叩き割るような威力だったのだ。ジークでなくとも冷や汗が止まらない状況で、むしろ武器を構えて立ち向かう姿勢を示しているだけジークの精神力は強いと言える。ジークはラージャンの瞳にある圧倒的な殺意と破壊衝動を見て、かつて相対した恐暴竜(きょうぼうりゅう)を彷彿とさせる本能的な恐怖を味わっていた。

 

「ふぅ……っ!」

 

 最初に動いたのはやはりラージャンだった。初撃を避けられて囲まれていることを理解しているラージャンだったが、そんなものは関係ないと言わんばかりに洞窟に響く雄叫びをあげてからジークへと殴り掛かった。牙獣種の中でも特に前脚が発達し、人間の様に敵を殴れるラージャンの攻撃に対し、ジークは冷静に余裕を持って躱してから、刃をラージャンの腕へと滑らせた。流麗な動きによるカウンターで繰り出されたジークの攻撃は、ラージャンの皮膚を問題なく斬り裂き、黒い毛が散るのと同時に血が噴き出す。しかし、ラージャンは痛みを感じていないかのようにその場でもう片方の拳を振り上げて地面を叩き割る。火山ガスが噴き出して視界が塞がれ、嗅覚に鋭い痛みが走るのと同時にジークはなんとか横に転がってガスの向こう側から飛んできたラージャンの三撃目を避け、一端距離を取った。

 

「ウィル、ジークが近距離戦闘しているから中距離から砲撃中心でお願い」

「わかりました」

「私はティナと一緒にラージャンの牽制ね」

 

 一瞬の攻防を見てジークに問題が無いことを理解したエルスは、すぐにウィルを突撃させてボルペラビリントに氷結弾を装填する。エルスの動きを見てティナはすぐに弓を構え、牽制の為に力を大して込めずにラージャンへと矢を放った。

 

「ナイス」

 

 放たれた矢を見て後ろに飛んだラージャンを追いかけて、ジークは走り出した。左手に逆手で持っていた剣を回転させながら近づくジークに、再び腕を振り上げたラージャンに、横からウィルの砲撃が浴びせられた。攻撃する為に二本の足で立っていたラージャンは、砲撃によってたたらを踏むように怯み、その隙にジークは攻撃範囲内まで接近していた。力任せに振られた腕の下をくぐり抜け、ジークはラージャンの腹に一筋の傷を与えてから再び危険域から離脱する為に横へと転がった。ラージャンは、再び飛んできた矢を無造作に振るった腕で粉々に粉砕し、ウィルとジークから距離を取る為に大きく洞窟内を跳躍した。

 

「おいおいッ!?」

 

 跳躍した勢いだけで天井に後ろ脚が当たったラージャンは、そのまま力いっぱい天井を蹴ってジークとウィルが立っていた場所へと弾丸の様に飛んできた。天井がラージャンの膂力によって一部崩落し、エルスとティナも動けない中、ラージャンは勢いのまま両腕をウィルとジークへと向けて着地した。周囲の地面に亀裂を生み出し、火山ガスどころかマグマすらも噴き出す威力の無茶苦茶な動きを二人はなんとか回避することに成功した。

 

「こんなのじゃいつ崩壊してもおかしくないですよ!」

「全くだ」

「援護するわ! 走って!」

 

 土煙とマグマでラージャンがよく見えていないジークとウィルは、ラージャンを挟んで向こう側から聞こえてきたエルスの声に反応して左右に走り出した。ラージャンを中心に背後にはエルスが、右方向にジーク、左方向にウィル、正面にティナが弓を構えている状況を生み出した。

 

「ティナ! くるわよッ!」

「は、はい!」

 

 すぐに氷結弾を三発放ったエルスは次弾装填しようとして、ラージャンが口を開いたのを確認し、ラージャンの正面にいるティナへと警告を飛ばした。氷結弾が一発だけラージャンに着弾するのと同時に、ラージャンの口から電撃が迸り、球体の形で雷撃が放たれ、ティナの横を通り抜けて洞窟の壁に消えた。

 

「こいつ、攻撃効いてるのかわからん」

 

 着弾した氷結弾はラージャンの片腕に霜を生み出しているが、軽くラージャンが腕を振るとその霜も飛び散り火山の熱気ですぐに蒸発していく。ウィルの砲撃による攻撃も、ジークの攻撃による裂傷にも大した反応も動きの鈍りも見せないラージャンに、ジークは心底面倒くさそうな顔をしていた。

 

「僕がいきます!」

「閃光投げるぞ!」

 

 ティナへと再び雷撃を放とうと口を開けたラージャンに、ウィルが盾を構えながら突撃した。左側から突撃してくるウィルへと視線すらも向けずに雷撃を放とうとするラージャンに、ジークは閃光玉を投げた。閃光玉による光を盾で防ぎながら接近したウィルは、視界を焼かれたラージャンの首筋を狙って穂先を突き刺そうと踏み込んだ。しかし、視界を焼かれたラージャンは少しだけ怯みながら、口に溜めていた雷撃を足元に放ちながら後方へと飛び上がった。

 

「くっ!」

「はぁ!」

 

 ラージャンの非生物的とも言える唐突な行動に驚愕しながらも、盾を構えていたウィルは雷撃をなんとか盾で防いだが、標的のラージャンは随分と離れてしまっていた。ラージャンの後方で狙いを定めていたエルスは、突然降ってきた巨体から離れる為に後方へと転がった。当然、目が上手く見えていないラージャンはエルスの動きなど見えていないが、ラージャンはその場で腕を振り回しながら高速で一回転した。大地を割るような膂力で行われた高速の回転によって生じた風圧に押されながらも、ジークはすぐにラージャンの頭部へと接近していた。見るからに硬そうな角を避けて頬へと片手剣を突き出したジークに対して、ラージャンは退くどころか前進した。

 

「なッ!? こい、つ!」

「ジークさん!?」

 

 頬に片手剣が突き刺さりながらもラージャンはぼやける視界の中、動き回るジークの体を的確に左腕で掴んだ。全身を掴まれたジークは必死に拘束から逃れようともがいていたが、凄まじい握力を持っているラージャンは、ジークを掴んだ手にそのまま力を込めていった。

 

「ぐぅッ!? こ、のッ」

 

 必死に抵抗しようとするジークだが、当然人間の膂力でラージャンの握力を跳ね返すことなどできずに、全身の骨が軋むような音を出してい。しかし、ラージャンもジークの纏っているククボF装備が想像以上に硬く、またジークが自分の胸を守るように突き出していた盾も思うように砕けずにいた。ラージャンがジークを握りつぶすのに手間取ったほんの一瞬の間に、ティナは神経毒を含む麻痺ビンを装填した矢をラージャンの顔に向かって放っていた。普段のラージャンならば空いている右手で矢を弾いたり俊敏に動き回って矢を避けていたが、閃光玉の影響が無くなっていなかったラージャンは飛来する矢が見えずにそのまま眉間に突き刺さった。

 

「が、はぁ……助かった」

 

 ハンターの扱う神経毒が大型モンスターの体全体に影響を及ぼすには、それなりの量を摂取させる必要がある。ティナは同時に三本の矢を放っているが、ラージャンがいかに大型モンスターの中でも体躯が小さくとも体全体に回るには量が足りない。しかし、神経毒自体が少量でも全く効いていない訳ではなく、眉間に刺さった神経毒は鈍痛としてラージャンに伝わり、ジークを開放させた。空中に放り出されたジークは、全身の痛みに耐えながらウィルと交代する様に入れ替わり、回復薬を口にした。

 

「いきます!」

 

 ジークを追いかけようと動いたラージャンの正面に立ったウィルは、背後から飛んできた氷結弾がラージャンの頭に着弾した瞬間に、同じ部位にガンランスを突き立て、続けざまに砲撃を放った。ドドブランゴの素材によって生み出されたヘルファングは、エルスの放った氷結弾に追い打ちをかけるように冷気武器から迸らせる。氷属性を嫌うラージャンはたまらず顔を振り回しながら距離を取るようにバックステップを小刻みに行ったが、移動先を予測していたティナとエルスの射撃を受けて態勢を崩して地面を転がった。

 

「はぁッ!」

「んぐっ……よし」

 

 追撃をかけるよう為に走り出したウィルの背中を見ながら、ジークは飲み干した回復薬の空き瓶を懐に仕舞ってから片手剣を抜刀して走り出した。装備重量の関係でウィルを追い抜いたジークは、立ち上がろうとしていたラージャンの尻尾へと片手剣を振るい、ジークに追いついたウィルは顔面へと容赦なく竜撃砲を放った。リオレウスのブレスを参考に作られたガンランスの必殺技を受けたラージャンは、流石に痛みを感じた様な声をあげながらも無理やり態勢を立て直してジークへと向かって剛腕を振るう。

 

「とっ!」

 

 ただ腕を振っただけの攻撃にジークが今更当たることも無く、地面を足で滑りながら片手剣を突き立ててラージャンの腕に切り傷を与える。痛みから腕を引っ込めたラージャンを追うように、ジークとウィルは踏み込んでから両方の後ろ脚へとそれぞれの武器を振るう。腕よりも筋肉の少ない後ろ脚はすんなりと武器が通り、地面へと鮮血をまき散らす。火山の熱によって血液が蒸発していくのを見ながら、ジークは更に筋繊維に沿って武器を縦方向へと走らせて傷を増やす。

 

「馬鹿力がっ!」

「ジークさん下がってください!」

 

 痛みに耐えかねたラージャンは、遠くから飛んでくる矢と弾丸を片腕で弾き、その場で飛び上がって重力に身を任せて両腕で地面を叩き割った。後ろ脚を傷つけられたことで最初ほどの跳躍力は見せなかったが、腕力と体重だけで易々と地面を叩き割るラージャンに、ジークは文句を言いながら、ウィルの警告通り後ろに下がって足元から噴き出すガスを避けた。ラージャンが破壊した数か所の地面からは絶え間なくマグマとガスが噴き出しているのを見て、このまま続けていると足場がどんどんと無くなっていくことを危惧したジークは、ラージャンをどうにか誘導して外へ出そうと考えていた。

 

「来いよラージャン! お前の相手、は……」

 

 ガスの中からゆっくりと出てきたラージャンの姿を見て、ジークの言葉は途中で小さくなっていき、最後まで続かなかった。四足でゆったりと近づいてくるラージャンの瞳は憤怒に染まり、黒かった体毛は徐々に色付いていく。

 

「これ、が」

「金獅子」

 

 体毛が逆立ち、ほのかに電気が弾けるような音を立てながら歩くラージャンは、正しく金色の暴君、破壊の申し子と言える姿をしていた。呆然とするジークとウィルを援護するようにエルスが再び氷結弾を放つと同時に、ラージャンは本能的な恐怖を呼び起こす恐ろしい叫び声をあげてから、背後から迫る弾丸を見ずに避けた。

 

「なんでッ!?」

「まずいッ!」

 

 怒りを解き放ったラージャンの常軌を逸する行動にエルスは驚愕し、ラージャンが口を開いた瞬間にエスピナス亜種の時と同様に、ハンターとしての本能がジークに死の足音を察知させていた。ジークを狙って開いた口から電撃音が鳴り響くと同時に、球体ではなく直線の形をした電撃の奔流が放たれた。地面を砕きながら放たれた雷撃は、容易く洞窟の壁を貫通して外への道を生み出した。

 

「これが、破壊の権化かっ!」

 

 ハンターから畏れられる古龍級の力を開放したラージャンは、怒りの雄叫びをあげながら目の前にいるハンターたちへと向かって腕を振り上げた。




当分先の話ですが、覇種なんかもきっと分割するはめになると思います


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金獅子②(ラージャン)

ラージャン後編です


 この日、ラティオ活火山では既に数回の揺れが発生していた。火山を爆発させるような大きなものではないが、洞窟の天井から細かい石が降ってくる程度の揺れが数回連続でラティオ活火山にて発生。火山に駐留していた古龍観測隊はその原因を既に知っており、本部報告用の日報に書き記していた。「ラージャン変種の攻撃により、ラティオ活火山の洞窟一部が破壊。雷撃によって大きな穴ができた」と。

 ラージャンの口から放たれる電撃から逃れながら動くジークは、既にボロボロとなった洞窟の新しくできてしまった穴から外へと飛び出した。追いかけるように飛びついてきたラージャンの体毛は金色に変色し、飛びついた勢いのまま外にあった岩を粉々に破壊。ゆっくりとジークへと向き直ってから、牙を見せた。

 

「ちっ……攻撃が当たらない」

 

 闘気を開放して一気に身体能力が上がったラージャンの動きはジークの想定よりも遥かに早く、隙だと狙って振るった片手剣はことごとく反応されて避けられていた。更に闘気によって上昇した身体能力は当然ながら腕力にも影響を及ぼし、腕を振るっただけで地面を抉り、殴り掛かれば岩を容易く粉砕する。雷撃能力も更に強くなり、闘気を織り交ぜて放たれる直線状のブレスは人間が受けていい威力をしていなかった。

 硬直状態のまま動けないジークなどお構いなしに、ラージャンは怒りのまま腕を振るう。今まで紙一重で避けていたラージャンの攻撃も、ジークは全力で回避していた。まるでクシャルダオラのブレスの様に、紙一重で避けるだけでは風圧で動けなくされる剛腕を警戒しての行動だった。

 

「ジークさん!」

 

 ジークとラージャンを追って洞窟から出てきたティナは、矢を構えてラージャンへと狙いを付けようとするが、ラージャンが破壊した岩の破片が飛来し、集中して狙いを付けられる状況ではなかった。しかし、狙いをつけられないことを言い訳にしてこのまま機会を窺い続けても、ジークが剛腕に捉えられるのは時間の問題だった。

 

「僕がいきます。正面から受けれはしませんが、注意を逸らす程度なら」

「……はい。ウィルさんお願いします」

「私に任せて頂戴。ウィルの安全は守って見せるわ」

「頼もしいです」

 

 後ろからやってきたウィルの言葉に、ティナは一瞬無謀だと言おうとしたが、それ以外に今のラージャンに対応することができないことを悟って頷いた。瓦礫を超えてやってきたエルスはウィルの作戦に頷いて、すぐに弾を装填した。エルスの準備が終わったのを見届けてから、ウィルは盾を構えずにラージャンへと向かって突撃した。ラージャンの膂力を考えて、正面から受け切ることなど不可能だと判断したウィルは、視界を塞ぐだけになる盾を構えずにランスでの一突きに狙いを定めていた。

 岩を破壊しながら迫るラージャンの攻撃を避け続けているジークは、一撃でも貰えば死が待っている攻防に体力切れを感じていたが、ウィルがラージャンの背後から迫ってきていることに気が付いて気合を入れ直した。

 

「くっ! このッ!」

 

 いつまでも避け続けるジークに怒りを溜まっていたラージャンは、無造作に両手を振り下ろして地面を吹き飛ばした。拳を中心に二つの小さな穴ができる中、なんとか避けることに成功したジークは反撃の為に前へと踏み出してから片手剣を振るおうとして、口から放たれた直線ブレスを間一髪で避けた。周囲の地形を変えながら放たれたブレスは、頭の動きに合わせて火山の空に一本の柱の様に上方向へと伸びてから消えていった。ブレスを避ける為に倒れこんだジークは、すぐに横たわったまま転がってラージャンの拳を避けたが、地面を叩き割る拳の衝撃で簡単に吹き飛ばされた。

 

「くそッ!」

「やぁぁぁぁぁぁ!」

 

 片手剣の盾を使ってなんとか受け身を取ったジークは、すぐに立ち上がって再び横へと転がる。容赦なく放たれる連続の拳を避けるジークだが、ラージャンが破壊した地面や壁から弾き出された岩の破片は、着実に小さな傷をジークの体に蓄積させていた。そんなジークを救うため、ウィルがラージャンの背後から近寄ってガンランスを突き出した。声を上げながら迫るウィルへと視線を向けたラージャンは、突き出されたガンランスを掴み、へし折ろうとして砲撃を顔に受けた。

 

「まだまだ!」

 

 連続で砲撃を放つウィルに、ラージャンは鬱陶しそうにしながら腕を振り上げた瞬間、ウィルを守るように飛んできた弾丸を腕で弾いた。

 

「貫通弾が弾かれた!?」

 

 エルスの放った貫通弾を平然と弾いたラージャンだが、全く傷がついていない訳ではない。腕から少しだけ垂れる血を見て、ラージャンは怒りを露わにして再びウィルを叩き潰そうと腕を振った。ガンランスの砲撃を放ち切ったウィルは、横から迫ってくるラージャンの腕を見てガンランスを手放して避けようとしたが、ジークがヘルファングを掴んでいた腕に攻撃したことで武器と共にウィルとジークは地面に倒れ込んで腕を避けた。

 

「くるぞッ!」

 

 腕を傷つけられ、ウィルを捉えた攻撃を繰り出すこともできなかったラージャンは、ティナの放った矢を避けながら雄叫びをあげて上に飛び、上空で体を丸めて回転し始めた。闘気を高めながら回転しているラージャンが電撃を纏った姿を見たジークは、すぐにウィルを立ち上がらせた。ラージャンの動きに反応できるように注意深く観察していたジークは、異変にすぐに気が付いた。

 

「まずい! ティナッ! エルスッ!」

「ッ!?」

 

 次の矢を準備しようとしていたティナはジークの叫び声を聞き、空中で回転していたラージャンが自分とエルスを狙っていることを悟った。同様に理解していたエルスもヘヴィボウガンを背負い直し、ティナと共に横へと全力で走った。回転速度が徐々に上がり、電撃を纏ったままエルスとティナがいる場所目掛けて落下してきたラージャンは、一際大きな咆哮を上げながら地面に激突した。

 

「きゃぁっ!?」

 

 今までのどの攻撃よりも強大な威力を持っていたラージャンの攻撃は、地面を粉砕して大きなクレーターを生み出した。落下した衝撃で飛び散った岩の塊を避けていたエルスとティナは、ラージャンが地面に激突した衝撃で隆起した地面に足を取られ、上空へと打ち上げられた。

 

「ぐぅ!」

「エル、スさん!」

 

 想像を絶するような威力によって隆起した地面の勢いは凄まじく、体の芯まで響く衝撃によってエルスとティナは空中で身動きが取れない程の怪我を受けていた。特に、ヘヴィボウガンを背負ってティナよりも動き出しが遅れたエルスは、喉をこみ上げてくる血を留めることができずに吐血していた。しばらく空を飛んでいた二人は、受け身を取ることもできずにそのまま地面へと叩きつけられて転がった。そんな二人へと狙いを定めたラージャンは、容赦なくとどめの一撃を放つために口を開いていた。

 

「くそッ!」

 

 重量武器であるガンランスを持つウィルでは間に合わないと判断したジークは、武器を抜刀しながら全力で走り出した。軽量級の武器を持っているとは言え、ハンターとして身を守る防具を身に着けながらも、凄まじい速度で駆けるジークの身体能力にウィルは驚愕していた。

 

「げほっ……」

「エルスさんっ! しっかりしてください!」

「間に合ってくれっ!」

 

 口の中に留まらず、顔の前にまで雷属性の塊が噴出し始めているラージャンを見て、ティナは立ち上がれなくなっているエルスを引っ張ろうとするが、自分自身も足に力が入らず、エルスを引っ張り上げることができなくなっていた。ジークは自身の限界を超えるような走りをしていたが、それでもラージャンの位置までは遠くとても間に合う距離ではなかった。しかし、その程度で仲間の命を諦めるつもりなどジークにはない。

 

「こいつで、どうだッ!」

 

 ハンターを消し飛ばすには充分すぎる雷撃を溜めていたラージャンは、それを口から解放しようとした瞬間に横から飛んできた片手剣の盾に気を取られた。ジークの投げた盾は、真っ直ぐ飛んで頬へとぶつかり、ラージャンの意識をジークへと向けさせた。この期に及んでまだ邪魔をしてくるジークに怒りを感じているラージャンは、標的をエルスたちからジークへと変えて、最大火力のブレスを放った。

 

「くっ!?」

「うわぁぁぁ!?」

 

 放たれたブレスを紙一重で避けたジークの背後で、ウィルはラージャンがジークを狙って拳の力で作り上げたクレーターの中へと非難して難を逃れた。真上すれすれを通って行くブレスに命が幾つあっても足りないと思うウィルだったが、狙われた当の本人はブレスが放たれる直前に横に避けていた。ラージャンは闘気によって体毛を変色させてから幾度も放ったブレスだが、ジークはラージャンがブレスを吐く直前、必ず自身がブレスの反動によってその場から移動しないように、足で体を支える予備動作があることを見抜いていた。エルスとティナを当初狙っていたブレスだが、ジークへと狙いを変えて顔の向きを変えた時に、もう一度だけその予備動作を行ってからラージャンはブレスを吐いたのだ。ジークはその予備動作を完璧に見切り、ラージャンがブレスの方向を変えられないタイミングで横に避けた。加えて、ラージャンの直線ブレスを強力な威力且つ圧倒的な速度だが、弱点としてブレスを放つとあまりの巨大さにラージャン自身の視界が塞がれる。つまり、ラージャンはジークが事前に横へと避けていることにすら気が付くのは避けられた後である。

 

「ティナ!」

「は、はい!」

 

 なんとかブレスを避けたジークは、ティナにエルスのことを頼んでからラージャンの剛腕を避けながら、下に落ちていた盾を回収した。迷いのない動きでラージャンの拳をすり抜け、頭の下を通り抜けていったジークに対して怒りを爆発させ、もう一度ブレスを吐こうと口を開いたラージャンだが、金色へと変色していた体毛の色が少しずつ黒色へと戻り、完全に元の姿に戻ってしまった。結果、口から放たれたブレスは直線的な形状ではなく、球体のゆったりとした威力の低いものへと変貌していた。

 

「こいつ、活動限界か」

 

 体毛が戻ったラージャンは、それでもお構いなしにジークの方へと拳を振り上げるが、明らかに狩猟開始直後の状態よりも動きが遅く、振り下ろされた拳の威力も低い。一振りでクレーターを容易く生み出していたラージャンの拳も、今では周囲の地面を少し揺らす程度である。

 ラージャンの体毛が変色する理由は諸説あげられているが、一番有力な物は身の内の闘気と呼ばれるエネルギーを開放しているという説だった。興奮状態になることで真の力を開放して、発電能力と身体能力を大幅に向上させるのだが、当然そのような行動がなんの危険もなくできる訳ではなく、闘気を開放するとエネルギーを著しく消費してしまう。ラージャンの肉体はその限界ギリギリを察知して、興奮状態を一気に冷めさせる防衛本能が存在しているのだ。ジークの目の前で、突然興奮状態ではなくなった理由は、防衛本能によるものなのだ。

 

「はぁ!」

 

 運動能力が低下しているのを見て、ジークは振るうだけで豪風を巻き起こしていた腕をかいくぐり、ラージャンへと片手剣を振るう。硬質化していた筋肉も軟化し、片手剣で傷をつけることが簡単になったことを確認して、ジークはラージャンの角へと盾を叩きつけた。斬撃ではなく打撃によって頭を攻撃されたラージャンは、直接的な痛み以上の鈍痛を受けて暴れ始めた。しかし、無理やりに身体能力をあげた反動で動きの鈍っているラージャンの攻撃を避けることは容易く、ジークには掠りもしない。

 

「もう大丈夫、ティナはジークの援護をしてあげて」

「……わかりました」

 

 ジークが一人でラージャンと渡り合っている間に、ティナはエルスに秘薬を飲ませた。ティナ自身も地面に叩きつけられた衝撃で全身が痛んでいたが、エルスの傷が酷かったため、ジークに言われたとおりにエルスを介抱していた。秘薬を飲んで大分落ち着いたエルスは、ジークが一人でラージャンと戦っているのを見て、ティナに援護するように言った。この狩猟中に立ち上がれるかどうかわからない自分よりも、今まさに決着を付けようとしているジークを助ける方が、結果的な生存率が上だと判断しての指示だった。ティナはちらりと、ラージャンの方へと視線を向けてから頷き、弓を手に取って走り出した。

 

「おっと」

 

 咆哮をあげながら全身で押し潰そうとするラージャンに対し、ジークは身軽な動きで攻撃を避け、無防備な脇腹に片手剣を押し当て、そのまま下半身へと向けて滑らせた。流れるような裂傷をつけられたラージャンは怒りの声をあげるが、疲弊状態にある体は言うことを聞かずに体毛が変色することはない。

 

「ふぅ……このままいければっと」

「援護します」

「助かるよ」

 

 腕を振ってもジークに当たることがないことを悟ったラージャンは、その場で回転しながら周囲全てに攻撃した。しかし、どれだけ広範囲を攻撃しても攻撃速度が遅くては意味が無く、ジークは簡単にラージャンの範囲から離脱して回復薬を口にした。ラージャンの命もそう長くないことを悟っているジークが、最後の休憩だと思いながら回復薬を口にしていると、いつの間にか横にティナが立っていた。少し痛むのか脇腹を抑えながらも、ティナは毅然とラージャンへと視線を向けて弓を構えた。ティナが弓で援護するのならば、もっと大胆に動くことができると判断したジークは、遠くから走ってきているウィルの姿に笑みを浮かべながら前に出た。

 

「さぁ……最後のひと踏ん張りだ!」

「はい!」

 

 ジークの掛け声に大きく頷き、ティナは矢を放った。同時に放たれた三本の矢に対して、ラージャンは横に避けるように小刻みなステップをした。既に駆けだしていたジークを視界に収めながら三本の矢全てを避けたラージャンは、そのまま四本の足を使ってジークの方へと全力疾走を始めた。人間では到底考えられない速度の走りだが、ジークはその動きに対してなんの対策を取ることも無く片手剣を構えていた。

 

「隙だらけです」

 

 ジークは全力で向かってくるラージャンに対して、単純に角を狙う様に剣を構えていた。当然、全力疾走している大型モンスターに対してなんの対策もなくそんなことをすれば、質量の大きなモンスターに轢かれて悲惨なことになってしまうが、先程までとは違いジークには頼りになる遠距離からの援護があった。ジークしか視界にないラージャンの疾走は、再び飛来した三本の矢によって止められることとなる。放たれた矢に反応しようとしたラージャンだが、先程よりも数段速く放たれた矢を全力疾走状態だったラージャンは避けきれず、三本全てが腕に刺さった。

 

「ふッ!」

「やぁ!」

 

 ラージャンの速度が緩んだ瞬間に、ジークは飛び上がって片角の根本へと片手剣を突き立てる。古龍の鱗すらも貫くとされるラージャンの角だが、頭部から生えている角に伝わる衝撃は脳神経まで響く。瞬間的に平衡感覚を失ったラージャンの突進は完全に停止。背後から迫っていたウィルのガンランスは的確に、その隙をついてラージャンの尾を貫いた。

 

「ウィル、とどめだ」

「はい!」

 

 頭を揺らされ、尾を貫かれたラージャンは完全に動きが止まった。その隙を逃さず、ジークは盾を思い切り眉間に叩き込むと同時に、ウィルに最後の攻撃を任せて直線状から逃れる。ガンランスを構えなおしたウィルは、再装填した砲撃弾全てを放出し、ヘルファングの冷却機能によって冷え切っていた銃身に熱を灯していく。特有の青い光と共に放たれた爆竜轟砲は、ラージャンの体全てを包み込んで大きな爆発を起こした。

 

「……終わりだな」

 

 爆竜轟砲を背後から受けたラージャンは、爆炎の中からゆっくりと歩いてジークの元へと向かう途中で、倒れ伏した。倒れた状態からもう一度立ち上がろうとしたラージャンだが、そこで完全に力が尽きてそのまま絶命した。火山の環境を大きく破壊し回ったラージャン変種が、ジークたちの手によって討伐された。

 

 


 

 

 ラージャンを討伐したジークたちは、すぐにメゼポルタ広場へと帰還した。ようやく凄腕という高みの一つへと到達したジークは、寒冷期にどうやって猟団を大きくしていこうとかと考えていた。約束通り凄腕ハンターへと昇格したジークは、第一に『ゴエティア』との同盟を結ぶことを考えていた。『ロームルス』と『ゴエティア』二つの猟団と連携しながら、開催まで半年を切っている狩人祭に向けて同盟、猟団の強化。そして、最も重要なことが『円卓』に対抗する為に『プレアデス』とはあらかじめ話し合っておかなければならない。狩人祭の性質上、二つの猟団を同時に倒すことができる訳ではないのだ。

 これからのことを考えていたジークは、船が大きく揺れるのを感じて窓の外を見た。見慣れた樹海が遠目に見える海岸に接岸した振動だと気が付いたジークは、どたどたと音を立てながら近づいてくる足音を聞いて、これからの行動案を記していた日記を閉じた。

 

「着きましたよ!」

「おう」

 

 甲板の上で外を眺めていたウィルが興奮したような声をだしながら扉を開けた姿に苦笑しながら、ジークは眠気眼を擦っているエルスとティナを横目にゆっくりと立ち上がった。

 

「ふぅ……エルデ地方は遠いな……セクメーア砂漠はもっと遠いって言うんだから、広い大陸だ」

 

 行きの時は感じなかった船旅の長さに感じ入りながら、甲板へと上がったジークは横に停泊していた大きな船へと視線を向けた。船の帆に大きく印されたマークはジークたちが乗っている船と同じものであり、メゼポルタギルド所属の船であることを示している。ハンターが長距離移動へ使用する大型の帆船は数隻存在するが、ジークの目を引いたのは船から降りているハンターたちの姿だった。

 

「ネルバさん?」

「ん? ジーク! お前らも今帰りか?」

「えぇ……遠くまで行ったんですか?」

「いや、俺らは狩りの帰りに、調査に出ていた奴らの船にたまたま乗せてもらっただけだよ」

 

 ネルバの言葉に納得しながら頷き、船から降りてくるギルド調査員と、装備と立ち振る舞いからして凄腕ハンターと思わしきハンターたちの姿を見ていた。メゼポルタギルドは未開拓地域の調査の為に、凄腕ハンターに協力を募って海を航海し続けることがある。今の所あまり調査の進捗は良くないようだが、潮の流れなどから考えて、フォンロン地方の南の方に大きな島がある仮説を元に動いているらしいことは、ジークもメゼポルタギルドのハンターとして知っていた。

 

「それにしても……ネルバさんは随分とやられましたね」

「まぁな……」

 

 再びネルバの方へと視線を向けたジークは、頭に巻いてある包帯を見て苦笑を浮かべた。ネルバたちが狩りから帰ってくる姿はジークも何度か見たことがあるが、ここまで露骨に怪我を負っている姿を見るのは初めてだった。とは言え、ハンターとしては見慣れた光景なので特に驚きもしないが、丁度同じタイミングで帰ってきたから喋りかけただけである。

 

「俺らは凄腕昇格試験を受けててな」

「え。ネルバさんたちもですか?」

「も? お前らもか?」

 

 凄腕昇格試験と聞いて反応したジークの言葉に引っかかりを感じたネルバは、まさか同じタイミングで凄腕昇格試験を受けさせられたのかと考え、ジークの背後で船から降りてきたエルスが包帯を体に巻いている姿を見て察した。

 

「姉さん!? 怪我は大丈夫なのか!?」

「マルク? どうして……あぁ、貴方達も」

「お久しぶりです、エルスさん」

「えぇ。元気そうねメルクリウス」

 

 船から降りたエルスの包帯を見て、マルクは血相を変えて姉であるマルスの元へと駆け寄った。姉に対して少し過保護で崇拝している節があるマルクだが、エルスは特に自分の怪我にもあまり大きな興味はなかった。命があれば大抵なんとかなると考えての思想だが、妹であるマルクはあまり気分がよくない。エルスは心配性なマルクをあしらいながら、久しぶりに出会ったメルクリウスと言葉を交わしていた。

 

「こ、こほん……エルスも無事そうで良かったよ」

「……別に姉さんでいいのよ?」

「そうはいかないんだよ」

 

 芝居がかった話し方をするマルクはエルスのことを名前で呼ぶのだが、ふとした時に素である「姉さん」呼びが口から出て来てしまう。物語の主人公の様に、ありとあらゆるモンスターに毅然と立ち向かい、多くの危険な大型モンスターを狩猟する。それをハンターとしての目標としているマルクにとって、芝居がかった喋り方は理想のハンターへの小さな一歩なのだが、現実主義な姉にはあまり伝わっていない。

 

「やぁウィル君とティナ君。君らも凄腕昇格試験だったのかい?」

「スロアさん……そうなんですよ!」

「あはは……死んでしまうかと思いましたけどね」

 

 勝手に盛り上がっているエルスとマルクを置いて、スロアは『ロームルス』副猟団長として『ニーベルング』の副猟団長二人へと挨拶をしていた。スロアの言葉に、興奮気味に頷くウィルと大変な思いをしたと体全体で語るように疲れた表情を浮かべるティナ。二人の正反対の反応に、スロアは笑みを浮かべていた。

 

「そんじゃあ……帰るか」

「ですね」

 

 船に積んであった積み荷なども全て降ろし終わったのを確認して、ネルバとジークは互いのパーティーメンバーへと声をかけるのだった。

 

 


 

 

「うむ。見事じゃ」

 

 それぞれに依頼していた凄腕昇格試験の成功報告を受けて、八人のハンターに対してギルドマスターは満足気に頷いていた。

 

「ジークたちはラージャンの変種、ネルバたちはティガレックスの変種、よくぞ格上の存在を打ち倒した。これで正式に、お主らは凄腕ハンターとなる」

「凄腕、ハンター」

 

 感慨深そうに呟くネルバに、ギルドマスターは力強く頷いた。ギルドマスターもネルバたち『ロームルス』のハンターたちが、喉から手が出るほどに欲していた称号であることも、理解していた。

 

「凄腕になったお主らには、ギルドからの優先依頼を受ける時もあるじゃろう。そして、基本的にお主らがこれから相手にするのは、変種、奇種そして……剛種(ごうしゅ)となる。常に格上の相手と対峙することになると思うが……くれぐれも気を付けるのじゃぞ」

「……はい」

 

 凄腕ハンターともなれば、メゼポルタギルドとしても自由に依頼を受けさせるほどの余裕が無くなる。凄腕ハンターは現在メゼポルタに3000人程度いると言われているが、変種・奇種・剛種の危険度を考えて四人行動が大原則となっているため、750パーティー存在するとされる。当然、人間である以上休息を挟まなければ行動できないことや、クエストだけではなく未開拓地域の調査なども含めると、まともにメゼポルタに残っているハンターは多くない。

 

「繁殖期の狩人祭では、最前線で連続狩猟を行ってもらうことにもなる」

「狩人祭……遂に、か」

 

 狩人祭が行われる繁殖期は危険度の高いモンスターの行動が活発ではなくなる。結果として若い個体や、繁殖しようとするモンスターが多くなり、放っておけば大陸がモンスターで溢れることになる。故に凄腕ハンターは狩人祭の期間中、上位相当のモンスターを高い頻度で狩ることになる。

 

「長々とすまんの。これは凄腕ハンターを証明するギルドバッチじゃ……では、これからも諸君らの狩りの腕前、期待している」

「はい」

「任せてくれ、爺さん」

 

 ギルドマスターの締めの言葉にジークは頷き、ネルバは笑顔を見せた。人手不足が嘆かれる中での新たな凄腕ハンターの誕生に、ギルドマスターも安堵の息を吐いていた。

 正式に凄腕ハンターとしてバッチを手に入れたジークたちは、メゼポルタ広場の上にある休憩スペースで机を囲んでいた。

 

「そんで、これからどうするよ」

「取り敢えずですが温暖期の終わりが近いので、季節の変わり目には狩りに出ず、猟団仲間の募集ですかね」

「凄腕ハンターになったし、僕らも人集めが捗りそうだ」

 

 狩人祭に向けて本格的に動くことがようやくできることに、少し興奮が抑えきれていないネルバの言葉に、ジークは冷静に人を集めて猟団を強化することを提案した。

 

「それから、寒冷期に入ったら積極的に依頼を受けるのもそうなんですが……猟団員の育成もしたいですね」

「あー……」

「少なくとも上位ハンターにはなって欲しい」

 

 繁殖期になればモンスターの数が多くなるのだが、実際にモンスター単体の危険度で見ると一番危険なのは寒冷期である。古龍種が活発になる時期に、外で堂々と活動できるモンスターは当然危険であり、そんな危険モンスターは殆どが凄腕ハンター管轄である。狩人祭で狩る必要のあるモンスターの多くは、上位相当の危険度である。故に猟団としては上位ハンターが多く鳴ればなるほど、狩人祭で有利に動けることになる。当然、凄腕ハンターであるに越したことは無いが。

 

「それじゃあ、俺ら八人を中心に二つの猟団の強化ってところか?」

「三つの猟団、ではないのか?」

「ッ!?」

 

 ジークの言葉をまとめたネルバの言葉に反応して割り込んできた女に、全員が驚愕の表情を浮かべ、接近に気が付いていたジークは笑みを浮かべた。

 

「どうも、ベレシスさん」

「本当に凄腕ハンターになったようだな……とても、面白い」

 

 ベレシスの表情は以前に会談した時とは全く違う、凶暴性を隠そうともしない獰猛な笑みだった。狩人としての本能を全開にしているベレシスの姿に、ネルバは唾を飲み込んだ。同じ凄腕ハンターになったはずなのに、未だ実力は天と地とであることを見ただけで理解できるほど、今のベレシスの雰囲気は圧倒的な強者のものだった。

 

「おい戦闘狂、話を拗らせるな」

「……すまないな。癖がでてしまった」

 

 ベレシスの背後から現れたバアルの呆れた様な声で、今にも武器を抜きそうな物騒な雰囲気をベレシスは抑えた。

 

「それで、どうしたんですか?」

「惚けんな、同盟の話だ……受けることにした」

 

 ジークの探るような言葉に舌打ちしながら、バアルは直球で結論から話し始める。面倒なことを嫌う性格であるバアルは、ジークたちのことを下に見ているのは事実だが、凄腕ハンターに昇格したある程度の実力は認めていた。同時に、目の前にいるジークが猟団長であるベレシスと同類であることも理解していた。

 

「同盟を受けてくれるんですか?」

「おう。ただ、うちの猟団長が我儘言って聞かなくてな」

 

 実力があるハンターとならば同盟を結ぶことにデメリットはない。バアルはそう考えて同盟に賛成の意見を示したのだが、猟団長であるベレシスは更なる条件を付けたいと言い始めたのだ。

 

「ジーク、だったな……私は強いものしか名前も覚えられない性格でね……モンスターにしろ、ハンターにしろ。君は強いだろう? 一度だけ共に狩りに行って欲しくてね」

「一緒に、ってことですか?」

「そうだ」

 

 雰囲気は抑えているが、目だけはいつまでも狩人として獲物を見定める目をしているベレシスは、ジークの言葉に頷いた。

 

「寒冷期になると、峡谷を騒がせるモンスターがいてね。それを狩りに行こう」

「……名前は?」

 

 名前を聞くことで同意を示したジークに笑みを深くしたベレシスは、寒冷期に現れれ鵜峡谷の騒がせ者の名前を口にした。

 

舞雷竜(ぶらいりゅう)ベルキュロスの剛種さ」




ようやく凄腕ハンターになりました。

次回はベルキュロスの予定です。


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舞雷竜(ベルキュロス)

「はぁ……なんでこんなことに……」

「まぁまぁ」

 

 季節が巡り、ドンドルマギルドから正式に大陸が寒冷期に突入したという宣言が出された。ラージャンとの死闘からそれなりの時間が経った頃、ティナは竜車に揺られながらため息を吐いていた。ことの発端は『ゴエティア』の猟団長であるベレシスの言葉である、一度だけ共に狩猟に出て欲しいというもの。ジークが誘われたものだが、ベレシスとバアル以外に人が必要だと言うことでジークが副猟団長であるティナを誘ったのだ。

 

「剛種も、一回体験してみないとわからないだろ?」

「それは……そうですけど」

 

 ベレシスたちと舞雷竜(ぶらいりゅう)ベルキュロスの狩猟へと赴くまでの間の時間、数体の変種モンスターをジークたちは狩猟していた。上位までとは比較にならない力を持っているモンスターたちに苦戦しながらも、ジークはベルキュロス狩猟に備えて装備を整えていた。変種・奇種の狩猟にもジークは少しずつ慣れ始めていたが、話に聞く剛種の力は想像することしかできていない。少なくとも、ネルバが一度戦闘しただけでトラウマになるようなクシャルダオラが剛種と呼ばれる程度がジークの認識である。

 

「そう緊張する必要はない。剛種と言えど生物だ……斬れば死ぬ」

「あ、あはは……」

 

 純白のクォーツFX装備を纏い、エール=ダオラを背負ったベレシスの言葉にティナはどんな反応をすればいいのか困っていた。一見するととてもそれっぽいことを言っているように聞こえるが、暴論極まりないことを言っている。

 

「……お前、ロックラック方面から来たのか?」

「え?」

 

 ベレシスとティナのやり取りを見て苦笑しながら、通常の武器とは全く違う特殊リーチ武器である氷の極超槍、バーシニャキオーンの手入れしていたジークに、ベレシスと同じく純白の装備であるガーネットFX装備を纏っているバアルが問いかけていた。ロックラックと言えば、ジークがG級ハンターをしていたタンジアの港の比較的近くに存在していた砂漠に位置するギルドである。バアルの問いかけは、ジークが向こう側の大陸がからやってきたのかを聞いていた。

 

「そうですね……タンジアでG級ハンターを名乗ってました」

「そうか……懐かしいな。俺も、ロックラックでハンターしてたことがある」

「本当ですか?」

 

 ロックラックやタンジア管轄の大陸出身のハンターがメゼポルタにいるのは珍しく、ジークも『ニーベルング』に所属しているダルクにしか同郷出身には会ったことが無かった。そんな珍しい同郷のハンターがまさか同盟を結ぼうとする相手であるとは思っていなかったがジークは、なんだか少し嬉しそうにしていた。

 

「なんで分かったんですか?」

「人に言っても伝わりにくいんだが、砥石の使い方が微妙に違う」

「そう、ですか? 意識したことはありませんが……」

「お前の研ぎ方は海に潜ることを想定した……言わば丁寧な研ぎ方だ」

 

 伝統的にロックラック、タンジア管轄のハンターは海に潜って大型モンスターと相対するのが一般的である。ドンドルマ管轄ハンターからすると理解不能な伝統だが、伝統として存在するその狩猟方法故に、バアル曰く砥石で武器を研ぐさいに研ぎ方が微妙に違うらしい。

 

「海で狩りをした後に、塩水で武器が錆びないように武器を研ぐんだよ。それが染みついてる」

「……確かに」

 

 タンジアでハンターとしての研修を終えているジークは、教官から必ず武器が錆びないように研げと教えられていた。ハンター生活の中で染みついた動作のため、気にしたことは全く無かったが、メゼポルタのハンターは切れ味が確保できればいいと考えて効率的な研ぎ方をする。

 

「どちらがいいって訳じゃねぇけどな」

 

 自身の武器である怒髪突剣【慕情】の研ぎ澄まされた刀身を見てから、バアルはジークに背を向けて離れていった。

 

「……同郷、か」

 

 ほとんど出会ったことのない同郷出身のハンターとの出会いは、ジークに過去のことを思い出させるには充分な出来事だった。

 

 


 

 

 峡谷へと降り立った四人は、吹き抜ける風から寒冷期特有の冷たさを感じていた。ジークたちが以前に峡谷へと訪れたのはパリアプリアを狩猟した温暖期の時である。以前来た時よりも気持ち植物の数が少ないことを感じながら、ずんずんと前を歩くベレシスを追いかけるようにジークとティナは歩き始めた。

 

「何処にいるのかわからんですか?」

「ベルキュロスは高い所にいる」

「大体、な」

 

 迷いなく進み続ける姿に問いかけたジークだったが、断言のようにベレシスは返答して、そのフォローをするようにバアルがため息を吐きながら情報を付け加えた。

 

「舞うように空を自由自在に飛び、雷を纏って峡谷の生態系の頂点に君臨する絶対的な飛竜種。だから舞雷竜……大体は空を飛びまわって上から獲物を探してる」

「そうですか……」

 

 ベルキュロスの情報がバアルの口から出てきたこと自体に感心していたジークは、改めて『ゴエティア』の主力メンバーである凄腕ハンターは、メゼポルタにいる他の凄腕ハンターとは格が違うことを理解した。情報戦はハンターの基礎だとしても、ウィルの様にモンスターの生態にまで興味を示して習性を把握しようとするハンターは多くない。粗暴そうな見た目と喋り方をしているバアルだが、中身はかなり頭の切れる参謀役であり、見た目は穏やかな美人なベレシスこそ、中身はただの血に飢えた戦闘狂である。ハンターとしてどちらが優秀かで言えば、人間としてはバアルの方が優秀だが、生物としてはベレシスの方が優秀である。

 

「峡谷の高台に開けた場所があってな……そこで待ってれば大体通りかかる」

「そこでベルキュロスを狩ると言う訳だ……楽しみだな」

「……そんなに強いんですか?」

「一応、古龍級生物であると判断されたから、剛種って枠に収まってる訳だ」

 

 強いモンスターにしか興味が無いと言っていたベレシスが、楽しみだと言っているモンスターなのだから危険生物だろうと考えていたが、バアルの口から出てきた古龍級生物との言葉にジークはため息を吐いた。

 

「古龍級生物……メゼポルタに来てから何回聞いたことか……」

「諦めろ。メゼポルタは古龍級生物の宝庫だ」

 

 ジークのぼやきにバアルは冷たく突き放す様でありながら、かつての自分を思い出すような同情を醸し出していた。

 峡谷の強風にあおられながら進んでいた一行は、洞窟を抜けた先にある高台へと辿り着いた。以前にジークたちがパリアプリアを狩猟した鍾乳洞の入り口が、下の方に小さく見える高台で、ベレシスとバアルは同時に上を向いた。

 

「……もう来たな」

「流石に反応が早い」

「え?」

 

 羽音など全くしないにもかかわらず、二人はベルキュロスがやってきたことを察している姿に、ティナは一人で困惑してジークの方へと視線を向けた。ジークはティナと同じように、ベルキュロスがどんな羽音を立ててやってくるのか気にしていたが、最初に耳に入ったのは空中で雷が弾ける音だった。二回目の雷の音は先程よりも大きく、ティナにも聞こえてすぐに空を見上げた。大きな翼を広げながら降下してくるモンスターの影に、ティナは目を見開いた。

 

「縄張りの侵入者には容赦ないからな、気を付けろよ」

「わかってますよ」

 

 雷の弾けるような音だけで、羽音を立てずに降下してくるベルキュロスを警戒しながら、ジークはバーシニャキオーンを構えた。通常のランスの二倍程度のリーチを誇るバーシニャキオーンは、空を飛び続けるベルキュロスには有効な武器だった。

 深い緑色をした外殻に、赤や緑の彩色豊かな鱗と燃えるような金色の鬣を持つ飛竜。大きな翼の後部から触手のような器官が生えている特殊な姿のベルキュロスに、ジークは未知への期待感と不安感が混ざった感情を味わっていた。

 降下しながらハンターたちへと視線を向けるベルキュロスは、小さな咆哮を上げながら体の発電器官を活性化させた。

 

「よし!」

 

 極長ランスによって先制攻撃を仕掛けようと動いたジークは、盾を構えながら上に向かってバーシニャキオーンを突き出した。距離的にはバーシニャキオーンの射程内であった攻撃は、空中でふわりと軽く上昇したベルキュロスの動きによって避けられ、代わりにベルキュロスは翼の後部から長く伸びる鉤爪を地面に叩きつけた。

 

「へっ!?」

「貰った」

 

 ベルキュロスの空中での動きに即座に反応したのは、やはり剛種との戦闘経験が多いベレシスとバアルだった。バアルは後退しながら弓を構えようとしていたティナを後ろに引っ張り、ギリギリで鉤爪を避けさせた。盾で鉤爪を防いだジークの視界の端から、ベレシスが太刀を構えて猛然と突進を始めていた。向かってくるベレシスを見て、叩きつけた鉤爪から地面を走るような雷をベルキュロスは放った。

 

「くっ!?」

 

 ハンターを狙いすますような走り方をする雷撃を、ジークはなんとか盾で受け止めてやり過ごしていたが、ベレシスは完全に見切ったように前方から来る雷撃を避けた後に、背後の死角から迫っていた雷撃を避けて、エール=ダオラを振るった。クシャルダオラ剛種の素材によって生み出されたエール=ダオラの凍てつく刀身は、綺麗にベルキュロスの副尾に切り傷を与えた。

 

「構えろ」

「は、はい!」

 

 ベレシスが無鉄砲に突っ込むのはいつものことなのか、バアルは特に気にした様子もなく片手剣を構えてから、ティナに弓を構えるように指示した。ベレシスの我儘によって狩猟に来たベルキュロスだが、バアルも危険性は理解していた。ライトボウガン、ヘヴィボウガン、そして弓を扱う所謂ガンナーと呼ばれるハンターは、リロードや矢の構えなどの邪魔にならないために近接武器を扱うハンターよりも防具が薄く作られている。剛種モンスターの攻撃ともなると、一撃受けるだけで致命傷となりかねないモンスターばかりであるため、ティナを守るようにバアルは動いていた。

 

「いいか? ベルキュロスは基本的に空を飛びながら行動するが、怒ると発電器官が活発になって地に足をつける。そうなれば動きはもっと機敏になるから、お前はその動きを見極めて動け。じゃねぇと死ぬぞ」

「わ、わかりました」

 

 思ったよりも親切に物を教えてくれる人だと思いながら、ティナはソニックボウⅦを構えてベルキュロスの動きを慎重に観察し始めた。

 

「こいつッ!」

「ほう……」

 

 追撃を加えようとするベレシスの動きを察知して再び上空へと逃れたベルキュロスに、ジークはバーシニャキオーンによる刺突を試みたが、ギリギリ届かない範囲でベルキュロスは滞空していた。一瞬でバーシニャキオーンの射程を見抜き、ベレシスの攻撃を避けるのと同時にジークの攻撃範囲から逃れていたのだ。

 

「来るぞ」

「わかって、ますっ!」

 

 ベルキュロスの知能の高さに驚きながらも、全身に雷を纏って降下しながらの突進を、ジークは盾で正面から受けた。常に滞空している関係なのか突進自体の威力はエスピナスの上位個体にも到底及ばないような衝撃だったが、全身に纏っている電撃が盾越しにジークの体に傷を与えていた。

 

「任せろ」

 

 歯を食いしばりながらベルキュロスの突進を耐え続けるジークの横から、ベレシスが駆け抜けた。太刀を手に持っているとは思えない速度で走るベレシスは、ベルキュロスの尾と副尾に向かってエール=ダオラを振り下ろした。ベレシスに回り込まれていることを察知したベルキュロスは、エール=ダオラが振り下ろされるのと同時に、鉤爪を振り回してベレシスを牽制しようとしたが、頭を少し振っただけでベレシスは全て避けた。

 

「はぁ!」

 

 ベルキュロスの注意がベレシスに向いた瞬間、ジークは構えていた盾を頭部へと叩きつけてから、バーシニャキオーンのリーチを利用して、ベレシスを攻撃しようと動いていた鉤爪の根本へと突き刺した。前方にいるはずのジークに体の後方を攻撃されたベルキュロスは、混乱しながら安全確保のために上空へと逃げた。

 

「撃て」

「はい!」

 

 バーシニャキオーンで追撃しようつするジークの先、ベルキュロスが上昇した場所へとティナの矢が放たれ、片方の副尾に突き刺さった。予想外の方向から攻撃を受けたベルキュロスは、空中で態勢を崩したが、圧倒的な飛行性能を持っているベルキュロスはその程度では落ちることも無く、飛んだままティナの方へと視線を向けた。

 

「こっからは俺らの仕事だな」

「が、頑張ってください」

「お前も援護しろよ」

 

 ベルキュロスの視線がティナへと向けられたのを確認して、バアルは挑発する様に片手剣を振り回した。スライドするように空中を移動するベルキュロスは、小さな羽ばたきだけでバアルの元まで辿り着き、両翼の鉤爪を振り回した。

 

「ふッ!」

 

 交互に繰り出される鉤爪を盾でいなし、剣で弾き、姿勢を低くして掻い潜る。ジークのような身軽な片手剣の使い方ではなく、定点から移動せずに攻撃を捌く姿はティナから見ても紙一重で成り立っていると感じる凄腕だった。鉤爪を振り回しているだけでは当たらないことを悟ったベルキュロスは、足をバアルに叩きつけるようにしながら雷撃を放った。

 

「悪いが、俺はお前の動きなんて見えてんだよ」

 

 叩きつけられた足から放たれた電撃が、地面に残り続けて周囲へと電流を迸らせていた。バアルはベルキュロスの行動を読み切り、足だけではなくその後の電撃まで避けていた。攻撃全てを避けられたベルキュロスは、すぐに追撃しようとして背後から迫ってきている二人のハンターを察知して、副尾と尾の三本を背後に叩きつけて雷撃を放った。

 

「おっと」

「このっ!」

「余所見か?」

 

 突如背後に放たれた雷撃球は地面を物凄い速度で地面を走り、ジークとベレシスを的確に狙っていたが、ベレシスは軽い動作で簡単に避け、ジークは盾を地面に突き刺して雷撃を受け止めた。背後に向かって攻撃を繰り出したのを見て、バアルはすかさず間合いを詰めて片手剣を振りぬいた。バアルが狙っていたのはベルキュロスの角。ベルキュロスの角は、生物を容易く焼き殺すような強力な電撃を操る繊細な器官であり、そこが傷つけば雷撃の威力も下がると考えての攻撃だった。当然、重要な器官であるということは、ベルキュロスも攻撃されることを嫌う器官でもあり、角へと傷をつけられたことでベルキュロスは三度上空へと逃げた。

 

「ふぅ……はぁ!」

 

 前後をハンターに挟まれたベルキュロスの動きを冷静に見ていたティナは、バアルの攻撃が角に当たるのと同時に弓を構え、上空へと逃げたのと同時に尾へと矢を放った。背後に攻撃する為に地面に叩きつけたのを見て、ティナはベルキュロスの尾は独特な形状から見て飛行能力と発電器官の性質を備えたものだと考えていた。尾に矢を刺されたベルキュロスは、ティナへと視線を向けて降下しようとしたところで、ジークがバーシニャキオーンを伸ばして鉤爪へと攻撃した。知能の高いベルキュロスが今更バーシニャキオーンの射程内に留まることはなかったが、ジークは防具を着込んだまま上へと思い切り飛んでバーシニャキオーンの射程を無理矢理伸ばしたのだ。

 

「ベレシスが興味を持つだけはある、か」

 

 破天荒に見えても、しっかりとした考えの元に行われているジークの動きは、モンスターの危険性を理解しながら真正面から突っ込んでいくベレシスと同じタイプのものである。よく言えばハンターとしての常識にとらわれない柔軟な攻撃であり、悪く言えば型にはまらない応用性の効かない危険な行動である。しかし、ハンターという職業は何処まで行っても結果論の世界であり、なんだかんだ苦戦しながらも初見のモンスターである剛種ベルキュロスの動きに対応している姿に、バアルもベレシスと同じくジークの実力を認め始めていた。

 

「これでっ!」

 

 着地したジークは、空中で予想外の攻撃を受けて怯んでいるベルキュロスに向かってもう一度追撃しようとして、金色の鬣が赤く染まっているのを見た。再び跳躍して繰り出した一撃をひらりと躱され、ベルキュロスは全身に強大なスパークを発生させながらベレシスとジークに狙いをつけていた。

 

「来るぞ!」

「ちっ!」

 

 ベルキュロスが怒った。それだけでベレシスとバアルの警戒度は最大まで上昇し、バアルはティナの方へ、ベレシスはジークとの距離を開けるように走り出した。ベレシスとジークがばらけた姿を見て、ベルキュロスは警戒すべき相手としてベレシスを狙いすまし、電撃を全身から発しながら急降下した。自身の体を地面に叩きつけるような速度で降下するベルキュロスの姿に、ジークとティナが呆気にとられた瞬間、ベルキュロスの足が地面に激突するのと同時に周囲に特大の稲妻を走らせて、峡谷の大地を破壊した。

 

「うぁ!?」

「きゃっ!?」

 

 急降下攻撃によって放たれた雷撃は、ベルキュロスから狙われていたベレシスが三人と距離を取っていたため、ジークにもギリギリ当たっていたなかったが、極大の閃光を生み出してジークとティナは思わずその光に目を閉じた。峡谷の大地を抉り取るようなその一撃は、ジークたちが戦ったラージャン変種の攻撃よりも明らかに強かった。その暴力的なベルキュロスの破壊痕を見て、ジークは肌が粟立った。

 

「いくぞ」

「え? べ、ベレシスさんは?」

「あいつは生きてるに決まってんだろ」

 

 ベルキュロスの圧倒的な攻撃力を見ても、全く気にすることなく走り出したバアルに対し、ジークはベレシスの安否を確認しようとしたが、バアルは特に興味もなさそうに適当な返答だけでベルキュロスに急接近していた。破壊痕に立ち、ベレシスを探していたベルキュロスは、背後から急速に近づいてくるバアルに気が付いて顔を向けた。バアルの後で躊躇いながら走り出したジークは、ベルキュロスがバアルの方へと視線を向けた瞬間に、ベルキュロスの背後から飛び出してきたベレシスを見て目を見開いた。

 

「今のは死ぬかと思ったなぁ!」

「戦闘狂が……」

 

 完全には避けきれなかったのか、血を流しながら楽しそうに笑うベレシスの姿にバアルは呆れてものも言えなかった。これが『ゴエティア』にとってはごく当たり前の狩猟風景であり、ベレシスにとってもっとも楽しい狩猟の時間だった。

 

「やはり剛種はいい! 最近は歯ごたえのあるモンスターも少なかったからな!」

 

 飛び出してきたベレシスの存在に動揺することも無く、ベルキュロスは全身からスパークを発生させてバアルとベレシスを自身から遠ざけ、地面を疾走する雷撃を口から吐き出した。走る雷撃を横に転がって避けたバアルは、雷撃を飛び越えながらエール=ダオラを振ってベルキュロスを攻撃するベレシスを援護するように、ベルキュロスがベレシスに集中しきれない状態を作り出していた。

 

「すごい……」

 

 ベレシスが突撃と紙一重の回避を続け、バアルがそれを援護するように動いているのを見て、ジークは自身の役割が中距離での一撃離脱であることを瞬時に悟り、すぐに実行していた。極長のリーチがあるバーシニャキオーンであれば、一撃離脱に余裕を持てると判断したジークは、ベルキュロスが振り向いた瞬間や、雷撃を放とうとした瞬間に副尾を攻撃していた。ベレシスを中心に、最初から計画されていたかのように鮮やかな動きを見せる三人のハンターに、遠距離から隙を窺って矢を放っていたティナは感嘆の声を漏らしていた。同時に、バアルの動きこそが『ニーベルング』の絶対的なリーダーであるジークを中心とする、自分たちの狩りに最適な動きであることを悟り、その技術を盗もうと必死で観察していた。

 

「下がれ!」

「はい!」

「はっははははぁ!」

 

 ジークは初見であるはずのベルキュロス相手に時に危ない攻撃を防御し、時に攻撃を見定めて避けることができていたのは、ハンターとしての天性の勘だけでなく、片手剣を持って攻撃しながら逐一指示を飛ばしているバアルがいたからである。司令塔として優秀な指示を出すバアルの言葉に合わせて動くことで、ジークは初見であるベルキュロスに上手く対応していた。バアルもまた、指示した言葉を的確に受け取り、指示した動きの最適解を見つけ出すジークの存在にいつも以上のやり易さを感じていた。バアルは大声で指示を出しているが、基本的にベレシスに関しては何も言っていない。そもそも何か言って聞く様な性格もしていなければ、こうして昂ったまま武器を振るっているベレシスに言葉など全く届かないからである。

 

「ここでっ!」

「む?」

 

 雷を纏わせた牙でベレシスを噛み砕こうと顔を振り上げたベルキュロスに対して、ジークは地面についた足を攻撃して、ベレシスの方へと振り向かせないようにした。ベルキュロスの動きが一瞬鈍った瞬間に、バアルが飛び出して雷を操る角へと攻撃し、怯んだ隙にベレシスはエール=ダオラを振りぬいて尻尾をばっさりと切断した。一瞬の攻防でベルキュロスの尻尾が飛んでいったことに驚きながら、ティナは矢を放った。

 

「ふむ……」

 

 後方から飛んできたティナの矢が体に刺さるが、ベルキュロスは尻尾を切断したベレシスに対して執拗な程に殺気を振りまいていた。剛種として峡谷の生態系に君臨していたであろうベルキュロスは、自身の体を傷つける者が許せなかったのだ。唐突にふわりと宙に浮いたベルキュロスは、追撃しようと近づいてきたジークとバアルを遠ざけるために体の近くでスパークを起こした。事前にその動きを察知したジークは、バアルの正面に移動して盾でスパークを防ぎ、盾を構えるジークの肩を蹴ってバアルはベルキュロスへと跳躍した。

 

「はぁッ!」

 

 スパークを乗り越えて飛んできたバアルに鬱陶しさを感じたのか、ベルキュロスは両翼の鉤爪を振り回しながら空中に雷球を生み出した。罠の様に空中に留まり続けるその雷球は、空気中の塵に対してベルキュロスの圧倒的な発電器官によって生み出された雷を纏わせたものである。突然空中に現れた雷球にバアルは驚いたような顔をしていたが、すぐに盾で無理やり雷球を防いでベルキュロスの角を切り裂いた。角が破壊されたことに怒り狂うベルキュロスは、その場で回転しながら上昇し、急降下して再び峡谷の大地を破壊した。誰かを狙うようなものではなかったが、その圧倒的な破壊力と雷撃範囲に多少の衝撃を空中で受けたバアルは、地面に盾を向けて無理やりな受け身を取ってすぐに立ち上がった。

 

「なるほどな……いい感じだぞバアル」

「なにが、だッ!」

 

 ジークとバアルの動きを見ていたベレシスは、ベルキュロスが切断された尻尾の断面とバアルが破壊した角から時折発生するスパークに気が付いていた。そして、そのスパークは今、ジークが貫通させた翼膜からも発生していた。

 

「ははは……行くぞバアル! 遅れるなよ!」

「ちッ!」

 

 回復薬を口にしたバアルの事情など全く考えもせずに、ベレシスは走り出した。ティナの放った矢と共に片翼をズタボロにしたジークは、舌打ちをしたい気分だった。リオレウスなどの飛竜種もそうなのだが、翼をズタボロにした程度では、飛行能力自体はあまり変わらなかったりするのだが、ベルキュロスは少し浮いた状態から落ちることも無い。古龍種なのではないかと思うほど謎の生態を見せるベルキュロスに、ジークは苦戦しながらもなんとか致命傷を避けて動いていた。鉤爪をなんとか防いだジークは、背後から装備を着込んだハンターとは思えない速度で走ってくるベレシスを見て、ジークは盾を前に突き出してベルキュロスの牙を防いだ。

 

「ジーク! 君が破壊した翼を追撃しろ!」

「ッ!」

「バアルは角だ!」

 

 ベルキュロスのブレスを防ぎながらベレシスの言葉に頷いたジークは、エール=ダオラが切断された尻尾の根本に追い打ちをかけるように振るわれた瞬間の隙に、バーシニャキオーンを突き出して翼を攻撃した。ベルキュロスの傷口からは血が出ると共に、雷撃による温度で急速に蒸発していく。自身の血液すらも蒸発させてしまうほどの雷撃に驚きながら、ベルキュロスの股下をくぐり抜けるバアルを守るようにジークは盾を構えた。

 

「すまん!」

 

 互いにベレシスの無茶振りによって動かされているようなものだが、バアルは自分を守るように動いたジークに礼を言いながら跳躍し、ベルキュロスの角へと盾を叩きつけて片手剣を横に振るい、地面に降り立った。後ろから見ていたティナは、三人がどのような意図で破壊した部位に追撃しているのかは理解できていなかったが、三人が動きやすいように牽制していた矢を、一番攻撃機会が少ないであろう角へと集中させた。

 

「まだまだ! もっとだ!」

「くそッ! 大分きついぞっ!?」

 

 振るわれる鉤爪を紙一重で避けながら尻尾の切断面に太刀を突き刺すベレシスに対して、攻撃が激しくなっていくベルキュロス相手に、ジークとバアルはギリギリのところで命を繋いでいる状態だった。振るわれる鉤爪は何回も体を掠め、放たれる雷撃を盾で受けても全てを防げる訳ではない。ティナも弓の撃ちすぎで指から血が出ていた。唯一元気なのは、何故か全てを避けきっているベレシスだけだった。

 

「我慢しろ!」

「マジかよッ!?」

 

 洒落にならないキツさに弱音を吐きたくなるジークとバアルだったが、破壊された部位に追撃を加えていると、次第に傷口から血液ではなく電流が流れ始めていることに気が付き始めていた。飛び出す鮮血よりも、ベルキュロスの発電器官が生み出す電撃の方が強くなっているのだ。

 

「実はやばいんじゃないのかっ!?」

「バアルさんっ!」

 

 四人に囲まれ執拗以上に傷口を抉られるベルキュロスも峡谷の絶対者としてのプライドを捨て、ただ生き残るために生物として必死の抵抗を見せていた。特大のスパークを体から発生させ、周囲を焼き尽くそうとするベルキュロスに、ジークはすぐさまバアルの前に出てスパークを全身で受け止める。盾から伝わってくる雷撃の痺れに歯を食いしばりながら耐えるジークの背後、ティナはありったけの力を込めて五本同時に矢を放った。既に指から流れる血によって足元に小さな血だまりができているティナだったが、決死の覚悟で放った五本の矢は翼に突き刺さり、一際大きな放電を発生させた。

 

「よし!」

 

 その放電を確認したベレシスは、再びベルキュロスに急接近してエール=ダオラを尻尾に向かって振るった。ティナが翼を攻撃した時と同様に、大きな放電が尻尾から発生すると同時に、バアルがジークの影から跳躍し、両手で片手剣を角へと突き刺した。片手剣を通して雷がバアルの腕に伝わり、バアルは咄嗟に片手剣を手放してしまった。角に刺さったままの怒髪突剣【慕情】を見て、ジークは取り返そうと動いたが、ベルキュロスが片手剣を手放して吹き飛ばされたバアルに向かって口から雷撃を放とうとしているのを見て、再びバアルの前に立った。

 

「くそッ!」

「よ、よせ」

 

 ラージャンのような雷撃を放たれたら盾で防ぎきれる自信など全く無かったが、ジークはなにがなんでも仲間を守らなければならないと考えて盾を構えた。自分を助けるためだけに、まさか死地に飛び込んでくるとは思っていなかったバアルは、ジークに逃げるように伝えようとしたが、まさに口から雷撃を放とうとしたベルキュロスは全身から大きな放電を放ってから、力なくその場に倒れこんだ。

 

「……は?」

「ふぅ……討伐成功だな」

 

 状況が理解できていないジーク、バアル、ティナの三名は、倒れ伏したベルキュロスを見て満足気な顔をしているベレシスに言葉が出なかった。




死んだ理由は次回書きます

普通にベルキュロスのギミックなので多分知っている人も多いと思いますが……


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同盟(アライアンス)

「期待以上の腕前だった。是非ともまた狩りに行きたいものだ」

「あ、あはは……」

「……行きたくないなら素直に言っとけ」

 

 ベルキュロスを狩猟してメゼポルタに帰ってきたジークたちは、四人で机を囲んで食事をしていた。ティナは指に包帯を巻いて疲れ果てた顔をしながら、チマチマと料理を摘まみ、ジークはベレシスの言葉に苦笑していた。初めての剛種討伐ということで、ジークも疲れ果ててはいたが、体の興奮状態がまだ納まりきっていないのかすぐに眠くなるような状態ではなかった。

 

「そ、そう言えば……なんでベルキュロスは死んだんですかね?」

「それは俺も聞きたかった。なにを知ってる?」

「ん? あー……あれは単純な話だ」

 

 レアオニオンを口にしながら、ベレシスはベルキュロスの最後を思い出して適当に頷いていた。ジークたちからはなにがなんだかわからないままベルキュロスが倒れたのだが、ベレシスにはしっかりとした理由があって倒れたのだと確信していた。

 

「ベルキュロスの発電器官は強力だ。それこそ、生物など一瞬で感電死させるほどに」

「だから?」

「ベルキュロス自身が、自分の電撃によって殺されたのさ」

 

 ベレシスの言葉にバアルは怪訝そうな顔をしていた。発電器官を持っているモンスターが自身の発電機能に殺されるなど、生物としての欠陥としか言いようがない。そんな生物が、峡谷の大地で生態系の頂点に立ち、剛種と呼ばれる程に強くなれるとは到底思えなかったからだ。

 

「勿論、ベルキュロスとて馬鹿ではない。副尾、角、尻尾……あらゆる器官で自身すらも焼き尽くす雷を緻密に制御していた。でなければ、全身からスパークを発生させ、ハンターを狙って地面を走る稲妻など放てまい」

「……つまり俺らがその制御器官を破壊したから、ベルキュロスは自身の雷で死んだっていいたのか?」

「言いたいのではない。紛れもない事実だ」

「……納得できるか微妙だが、正直説得力もあるっちゃある」

 

 バアルの感想に同意するようにジークは頷いた。ベルキュロスほどのモンスターが自身の雷でやられるとは思わないが、ハンターによって制御器官を破壊されたためにそうなったと言われれば、ギリギリ納得できる範囲である。かつてジークたちが相対した古龍種である、鋼龍クシャルダオラも自身の風を角で操っていた。

 

「自身の体すらも焼き尽くす雷か……末恐ろしい生態だな」

「ギルドもあまり把握していないだろうな。そもそもベルキュロスは剛種個体が多く発見されている危険なモンスターだ……上位ハンターで狩れる若い個体のベルキュロスなどそう多くはない」

 

 改めて剛種モンスターの脅威を確認したジークは、ベレシスとバアルの言葉に頷きながら飯を食べていた。ベルキュロスの生態について詳しく喋っている間にティナは既に疲れ果て、机に突っ伏して眠っていた。

 

「それはそれとして、ジーク。君の腕前は私が認めるだけのものだった……同盟、結ぼうじゃないか」

「ありがとうございます……同盟って親猟団と子猟団二つでしたよね?」

「面倒くさい……君が親猟団でいいだろう?」

「俺も賛成だ。こいつを中心に同盟などたまった物じゃねぇ」

 

 三つの猟団が同じ方針を目指して動くことができる同盟は、親猟団一つの下に子猟団が二つ存在する形になる。ジークたちが目指す狩人祭は猟団単位での参加だが、同盟下の猟団は全て同じ組の猟団となる為、実質的には大きな猟団を一つ作るようなものである。

 

「それにしても、目標は狩人祭だったか?」

「はい。そこで『プレアデス』と『円卓』を撃ち落とします」

「ふむ……あまり乗り気ではないな」

 

 狩人祭で実力を示すことで二大猟団によるメゼポルタ分裂を防ごうとするジークとネルバの目標に対して、ベレシスは少しだけげんなりとした顔をしていた。実力者との戦いを好むベレシスならば『プレアデス』と『円卓』との決戦には乗り気だと思っていたジークは、その反応に意外そうな顔をしていた。

 

「君は狩人祭の仕組みをあまり理解していないのか?」

「そりゃあそうだろ。今年きたばかりなんだからよ」

「仕組み、ですか?」

 

 猟団が「登録祭」と呼ばれる事前期間中に狩人祭受付にて猟団が参加する方針を示し、蒼竜組と紅竜組の二つに別れてモンスターを多く狩り、指定されたモンスターやクエストを達成した数に応じて「魂」と呼称されるポイントを受け取り、それを受付へと報告して加算していく「入魂祭」を経て、結果的に蒼竜組と紅竜組のどちらが多く入魂したかで競い合い、最終的に勝った組に所属していた猟団に報酬が与えられる「恩賞祭」で狩人祭は終わりである。

 

「お前の考えてる仕組みじゃなくて、入魂中のクエストとモンスターの方だ」

「はぁ……上位個体ばかり狩らされる祭りなどやる気が……」

「な、なるほど……」

 

 元々狩人祭は繁殖期に大量発生したモンスターを狩る為に、祭りと言う形式にすることで動員ハンターを増やそうとした経緯がある。大量発生するモンスターは基本的に下位個体や上位個体のそこまで強くないモンスターが中心であり、必然的に凄腕ハンターは上位個体の中でも危険度の高いモンスターを狩ることになる。剛種モンスターすらも楽しみながら狩る戦闘狂で強いモンスターを狩るのが楽しみなベレシスにとって、上位個体を散々狩ることになる狩人祭はあまり乗り気のするものではなかった。同時に、これほどの実力を持ちながらも今まで狩人祭に影響を及ぼしてこなかった理由もジークは察してしまった。

 

「この辺の話も含めて、後日ってことにしろ」

「後日?」

「同盟、結ぶんだろ? なら『ロームルス』の連中もいるだろうが」

 

 同盟に好意的な姿勢を示してくれたバアルの言葉に納得したジークは、一つ頷いた。

 

「ティナ、帰るよ」

「ん……はぃ……」

 

 完全に眠っているティナを背負ったジークは、バアルとベレシスに一度頭を下げてからマイルームまでティナを送り届けに歩き出した。ジークの後ろ姿が見えなくなってから、バアルはベレシスの方へと視線を向けた。

 

「……随分と気に入ったな」

「あれはセンスの塊だ……近い将来、このメゼポルタで最強のハンターとなる」

「それは……お前を超えて、か?」

 

 バアルも、ベルキュロス狩猟中に見せたジークの動きからはベレシスと同じように、凡人では追いつくことができない天性の才能は感じていた。だからと言って、ジークがそのままベレシスを超えるようなハンターになるとは断言できなかったが、ベレシス本人は当然だと言わんばかりに、ジークが近い将来に自分を超える存在だと考えていた。

 

「今はまだ卵だが、中身が出た時は大変だぞ?」

「……どんな化物が飛び出すやら」

 

 ベレシスの楽しそうな声に対して、バアルは呆れ気味にため息を吐くことしかできなかった。

 

 


 

 

 ベルキュロス討伐から数日後、交流酒場にて再び集まった三つの猟団の猟団長と副猟団長は、正式に同盟を結ぶために集まっていた。

 

「やぁジーク」

「スロアさん?」

 

 まだ全員が集まり切っていない中で、ジークに近づいてきたスロアは声の大きさを落とした。あまり他人に聞かれたくない話をしたがっていることを察したジークは、自然体のままスロアの隣に座った。

 

「ネルバは凄腕ハンターになって少し自信を取り戻してきたけど、まだまだトラウマって言えばいいかな? ベレシスさんたち『ゴエティア』や古龍種みたいな強大なモンスターには一歩引いてしまうんだ」

「……凄腕ハンターなら剛種も狩らされることになりますし、少し心配ですね」

「やっぱり? 剛種を狩りに行った君に少し感想を聞きたかったんだけど、今ので十分伝わったよ」

 

 根が真面目であるが故か、不器用なまでに自分を許せない所があるネルバを、スロアは心配していた。ベレシスや自分のようにとまでは行かなくとも、もう少し猟団長としてのふてぶてしさが必要なのではないかとジークは考えていた。古龍級のモンスターなど上位ハンターで狩猟することは無いが、凄腕ハンターともなれば変種・奇種の一部や、剛種などに分類される強力な個体が存在する。ネルバのモンスターに対する恐れは、ハンターとしては致命的なミスを引き起こしかねない危ういものだった。

 

「自分で乗り越えるしかねぇよ、そんなもんはな。他人がどうこうできる問題じゃねぇ」

「バアルさん……」

「……聞こえてた?」

「俺の耳がいいだけだ」

 

 ジークとスロアの会話に横から入ってきたのは『ゴエティア』副猟団長のバアルだった。バアル本人にも思う様なところがあるのか、ネルバの現状をなんとか助けようと考えているジークとスロアに対して、暗にではあるが触れない方がいいと口にした。

 

「……俺だって乗り越えた側だ。そういう壁にぶち当たる気持ちはわからんでもないがな」

「まぁ……順調な狩猟生活をしている人なんて限られてるか」

「あ、はは……」

「お前はそっち側だな」

 

 バアルとスロアのハンターとしての経験と過去の人脈からの言葉にジークが苦笑を浮かべていると、バアルはそんな反応を見て、彼がベレシスと同じく今までハンターとして一度も躓いたことのない天才型であることに気が付いて呆れ気味の表情を見せた。

 

「一度も躓いてない奴は脆いとは言うがお前もベレシスも、躓きもそもそも躓きだと考えたことがないんだろうな」

「……俺だって一応、恐ろしいと感じたモンスターはいますけど……やっぱりそれを倒してこそじゃないですか」

「それが天才だって言うんだよジーク君」

 

 タンジア時代に相対した、海をも沸騰させる黒き巨神を思い出すジークだったが、彼はそれすらも乗り越えたことがある。そもそも天才は壁を壁だと認識せずに乗り越える者が多く、バアルの言うような脆い天才は真の天才ではないのだろう。

 

「悪い! 待たせたか?」

「遅いですよネルバさん」

「まぁまぁ」

 

 交流酒場にやってきた最後の男であるネルバの登場に、すぐさま苦言を呈そうとするメルクリウスを落ち着かせるように声をかけたスロアは、ネルバを自分の隣に座らせた。九人全員が椅子に座ったことを確認して、ジークは一つ息を吐いた。

 

「同盟を結ぶことを決定したんですが、色々と決めごとがありますので集まって貰いました」

「親猟団とか方針とか、な」

 

 ジークの言葉に付け足したバアルの言葉に、ベレシス以外の六人が頷いた。

 

「そもそもこの同盟の目的は、メゼポルタにある二大同盟によるメゼポルタの勢力二分裂を防ぐためです。このままでは新規ハンターの参入の低下や、メゼポルタ全体でのクエスト消化の低下が懸念されます」

「ギルド職員みたいなこと言ってんな」

「……まぁ、簡単に言えばメゼポルタが衰退するので止めましょうって同盟です」

「ぶっちゃけた」

 

 丁寧に一つずつ解説していたジークの言葉に、余計な茶々をいれるバアルとウィルに睨みをきかせながら、ジークは猟団受付から貰ってきた同盟の結成申請書をメルクリウスとバアルに渡した。

 

「おい。何故私ではなくバアルなんだ」

「なんでメルクリウスなんだよ」

「お二人があまりにも猟団運営が下手くそだからです」

 

 ネルバとはメゼポルタにきてからずっとの仲であり、ベレシスとは共に狩りにいった相手である為、ジークは二人の性格は大体理解していたため、申請書は信頼できる二人に渡したのだ。

 

「俺は司会やってるからティナ頼む」

「わかりました」

 

 ジークは『ニーベルング』の申請書をティナに渡して、再び全員へと視線を向けた。

 

「とりあえず一つずつ決めていくとして……まず親猟団をどこにするか、ですね」

「ジークでよくないか?」

「私も賛成だな」

「うん。いいと思うよ」

「ではジークさんが率いる『ニーベルング』が親猟団でいいですね」

「え?」

 

 同盟を結ぶことで親猟団と子猟団ができる。その親猟団をどこの猟団が担うのかを話し合おうとしていたジークだが、ネルバ、ベレシス、スロア、メルクリウスの相次ぐ賛成意見でさっさと『ニーベルング』が親猟団にされた。なんの疑問もなく、ティナ、メルクリウス、バアルの三人が申請書の親猟団の欄に『ニーベルング』と書いているのを見て、ジークはなにがどうなっているのか理解できていなかった。

 

「なにを驚いてんだ……昨日ベレシス(こいつ)が面倒くさいから親猟団はお前でいいって言ってたろ」

「私も団長の面倒くさいに同意。同盟主の副猟団長なんて嫌」

 

 バアルとヴィネアの言葉に唖然としながら、ジークはティナとウィルの方へと視線を向けるが、二人はやる気満々の顔をしているのを見て、いつの間にか外堀を埋められて押し付けられていたことにジークは頭を抱えたくなっていた。

 

「……いいですよ。やればいいんでしょう!?」

「そうだよ」

「ようやく理解したようだな」

「クソッ! あんたたち覚えておけよ!」

 

 滅茶苦茶適当なことを言う猟団長二人に悪態を吐きながら、ジークはため息を一つ。気を取り直して、同盟としての方針を決める為に全員へと視線を向けた。

 

「えー……親猟団の猟団長としては、同盟の方針は育成で行きたいと思ってます」

「育成?」

「いや『ゴエティア』の内情は知りませんけど『ニーベルング』と『ロームルス』は今年から入団した若手や下位ハンターが多いので、狩人祭までに上位ハンターの数を増やしておきたいんですよね」

「つまり下位ハンターの手伝いか……」

 

 ジークの言葉にバアルは納得したように頷いた。狩人祭で優位になるのに必要なのは個々人の力ではなく、どれだけ上位以上のハンターを多く擁することができるか、である。繁殖期にはまず変種・奇種・剛種の討伐依頼などなく、ひたすら上位個体のモンスターを狩らされることになる。場合によっては、いちいちメゼポルタ広場に帰ることも無く、ドンドルマなどの近場の街で休憩とアイテム補給を行って連続の狩りをすることもある。狩人祭で凄腕個体を狩らされるのならばまだしも、上位個体ならば凄腕ハンターの数を揃える必要はない。無論、実力が高いのはそれだけで有利ではあるが。

 

「下位ハンターの手伝いってことは、しばらくは勧誘なし?」

「現状、メゼポルタ広場の人手不足が深刻である以上、下位から上位への昇格は比較的早く進むはずなので、ひたすら上位昇格の手伝いをしながら下位ハンターのや上位ハンターの勧誘を続けていく方針です」

 

 メゼポルタは現在も絶賛人手不足である。年々危険度が増していくモンスターたち相手に限界を感じたり、嫌気が差してきたハンターたちがメゼポルタの経験、実績を持ってドンドルマに出戻りや、ドンドルマ管轄の村専属ハンターに就職することが増えている。

 

「後輩の手伝いはいいのですが……やはり自分で昇格試験まで進んだ方が成長するのでは?」

「うーん……正直、その程度で着いてこられないのなら命が危ないのでメゼポルタはやめたほうがいいと思うんですよね」

「確かに」

 

 メルクリウスの言葉に、ジークは少しだけ言い辛そうにしながらもメゼポルタ広場の実情を口にした。実際、外で下位ハンターが限界のハンターがメゼポルタにやってきたからと言って、メゼポルタの下位クエストを全てクリアできる訳ではない。勿論、メゼポルタの下位クエストにもドスファンゴやドランポス、イャンクックのような初心者でも狩れるようなモンスターも存在するが、メゼポルタには下位クエストにもリオレウスやリオレイアの亜種などの上位ハンターレベルのモンスターもいくつか存在している。ドンドルマではまずありえない話だがメゼポルタは例外的に、上位相当のモンスターでも若い個体など力の弱い個体は下位ハンターでも狩ることができる。そこにはやはり人手不足という背景があるのだが。

 

「勿論、公式狩猟試験は自分たちで乗り越える必要があるので、完全に手伝いをする訳ではないですし、手伝っている最中にスパルタ教育で一切手を出さずに、口出しだけにするのもありだと思います」

「私は面倒くさい」

「お前には最初から期待してねぇ」

 

 ヴィネアの言葉にバアルが呆れ気味に反応した。ヴィネアには期待してないと言ったが、バアルがもっとも期待していないのはベレシスであった。ジークもベレシスの性格上絶対にそんなことはしないだろうと理解してたが、同盟全体の方針なので一応話しておいたのだ。

 

「当然ですが、上位ハンターの中でもう少しで凄腕ハンターになりそうって人の手伝いでも全然いいと思います。将来的な猟団の戦力にもなりますし、やっぱり凄腕ハンターの方が狩人祭は有利ですから」

「うちには多いな。上位ハンターで止まってる連中が」

「そうだったか?」

 

 バアルは『ゴエティア』内でも凄腕ハンターに上がり切れない上位ハンターたちを思い出していた。メゼポルタで上位ハンターとなると決してセンスが無い訳ではないが、いまいち流れに乗り切れないハンターたちが上位で燻っている。人手不足による凄腕昇格は、そういう燻っているハンターたちの救いとなるだろう。もっとも、実力が伴わなければ最悪命を落とすことにもなり得るが。

 

「こんなところですか?」

「同盟の名前を決めてない」

「名前、ですか」

 

 大まかな方針だけ伝えたジークはこれ以上議論することはないかと考えていたが、ヴィネアが手を挙げて同盟の名前が決まっていない問題を指摘した。

 

「……どうするんですか?」

「猟団の皆さんで意見を出し合うとか、ですか?」

「……猟団全員となると数が多すぎますし、まとまりがなくなるのでは?」

「ふむ……」

 

 ティナは全員で意見を出し合うことを提案するが、ウィルに現実的ではないと止められた。同盟の名前にそこまで興味がない猟団長三人は、適当に誰か名前を付けてくれないかと口に出さずに考えていた。

 

「まぁ……あまりいい意見がないならこっちで勝手につけますけど」

「いいんじゃないか? 親猟団の猟団長だしな」

「丸投げしないでください」

 

 名前にそこまで思い入れがある訳ではないジークからすれば、別に誰かが勝手に決めればいいと考えての発言だったが、ネルバはとりあえずジークに丸投げしようとしていた。ベレシスも『ゴエティア』という猟団名はバアルがつけた過去から分かる通り、猟団名や同盟の名前など興味もなかった。

 

「では……あ、そうだった」

「まだなにか?」

 

 一度目の集会としては十分な話し合いだったと思っていたメルクリウスは、ジークのなにかを言い忘れていたかのような言葉に首を傾げた。

 

「今回同盟を結ぶことになって、これからも長い付き合いになると思うので……折角なら交流会、みたいなことしませんか?」

「交流会って……集まって酒でも飲むのか?」

「まぁ、気が合えば狩りに行くって感じでいいんじゃないですか?」

 

 現在ジークたちが集まっている場所は交流酒場の名の通り、多くのハンターが集まって交流することができる広場ではあるのだが、集まる人々は当然のように全員ハンターであるため、クエストを交流酒場から直接受けられる。ギルドから委託されているアイルーたちが交流酒場には常駐し、クエスト依頼書のコピーからクエストを受けることができる。

 

「私は賛成だな。すぐさまジークとクエストに行くとしよう」

「行きませんよ。折角ならまだ知らない人たちと行きたいですから」

 

 実力を気に入ったベレシスの言葉を即座に否定したジークに、スロアとネルバは苦笑を浮かべていた。ネルバほどではないが、スロアもベレシスに対して苦手意識が強いのだ。

 

「と言う訳で、本日は解散ですね。交流会の日時は決まり次第皆さんに送るので……ネルバさんとベレシスさんは同盟を結ぶので猟団受付に来て下さいね」

「おう」

「わかった」

「……一応着いていきます。団長では不安ですので」

「俺も行こう」

「じゃあ、私も」

 

 ジークの解散の言葉を皮切りに、全員が肩の力を抜いた。同盟の申請書を持たせたネルバとベレシスに付いてくるように言うと、不安を感じたのかメルクリウス、バアルが付いてい来ると言い、流れでティナが付いてくることになった。

 交流酒場から出て真っ直ぐ猟団受付の方へと歩いていたジークたちは、メゼポルタ広場の入り口付近で険悪な雰囲気を醸し出している二つの集団に視線を向けた。

 

「あれは……」

「……あいつらが『プレアデス』と『円卓』だ」

「あれが?」

 

 数人で睨み合っている連中を見てネルバが呟いた。険悪な雰囲気であると聞いていたジークだが、メゼポルタ広場内で睨み合う程の仲の悪さとは思っていなかった。しかし、実際目の前で睨み合っている姿を見るとかなりの仲の悪さが理解できた。

 

「ん? お前は……」

「俺?」

「え? 団長?」

 

 荒い言葉を使っていたハンターたちの後ろにいた男がジークの存在に気が付き、視線を向けた。男はジークのことを知っているらしく、猟団員らしく男たちの声を無視してゆっくりとジークの方へと近づいてきた。

 

「お前は『ニーベルング』の猟団長、ジークだな」

「……確かに、俺はジークですけど」

「そうか。俺は『カリバーン』猟団長のエインだ」

 

 エインの名乗りを聞いて、ジークはちらりとネルバの方へと視線を向けた。ネルバは緊張した面持ちでジークの視線に応えて頷いた。

 

「そうですか……貴方があの『カリバーン』猟団長ですか」

「あの?」

「二大猟団ってことですよ」

「あぁ……成程な」

 

 メゼポルタ広場の二大猟団の片方である『カリバーン』ともなれば、メゼポルタ所属のハンターならば知っているが、当の本人であるエインとしてはどうでもいい話らしく、対した反応を示していなかった。

 

「それで、有名猟団長が何の用でしょうか」

「お前、最近凄腕ハンターになったらしいな。ギルドマスターが期待してたぞ……端的に言えば勧誘だ」

「勧誘?」

「『円卓』傘下にな」

「待てよ!」

 

 エインのまさかの勧誘にジークも驚いた顔をしていたが、返事をする前に『カリバーン』のハンターたちと睨み合っていたハンターがジークとエインの間に入った。

 

「『ニーベルング』の勧誘なら俺らもしようとしていた。君も『アイギス』に入らないか?」

「……貴方は?」

「俺は『アイギス』副猟団長のエーギル」

「こっちは『アイギス』ですか」

 

 どうやら『アイギス』と『カリバーン』は凄腕ハンターには全員声をかけているらしく、ジークに傘下に入れとの勧誘だった。何故『アイギス』と『カリバーン』が対立しているのかは知らないジークとしては、とてもはた迷惑行為なのだが、後ろで見守っていたベレシスは声を抑えて笑っていた。

 

「丁度いいじゃないか、ジーク」

「ベレシスさん?」

「……何の用だ戦闘狂」

 

 ジークの横から前に出てきたベレシスを見て、エインは苦虫を噛み潰したよう表情で戦闘狂と呼んだ。『カリバーン』の猟団長としてメゼポルタを二分しているエインだが、三年前のクシャルダオラの時に見たベレシスの姿は覚えていた。

 

「一度は勧誘した相手にその表情はどうなんだ?」

「黙れ」

「……あの時のこと、まだトラウマなのか」

「貴様っ!」

 

 ベレシスの言葉に怒りを抑えきれないエインは、ベレシスの胸倉を掴もうとして横から現れたバアルに腕を掴まれた。

 

「見苦しいぞ」

「お前たちのような戦闘狂に用はない!」

 

 バアルを睨みつけるエインを無視して、エーギルと名乗った『アイギス』の副猟団長は『ゴエティア』になど用はないとしてジークの方へと歩み寄った。

 

「こんな奴らとは縁を切れ……君のような将来有望なハンターは──」

「──おっと、うちの親猟団を勧誘しないでもらえるか?」

「……弱小猟団が」

 

 エーギルの邪魔をしに横から入ってきたのは、ネルバとメルクリウスだった。『ロームルス』どちらかというと『アイギス』のエーギルと因縁があるのか、エインになど興味も示さずにエーギルを睨みつけていた。エーギルの方も、弱小猟団と忌み嫌うような発言をして今にも飛び掛かりそうな目をしていた。

 

「勝手に争うのはいいですけど……一つだけ言っておきますよ」

 

 四つの猟団が睨み合っている仲、ジークは呆れたようなため息を吐いてからエインとエーギルへと挑発的な笑みを浮かべた。

 

「俺たち『ニーベルング』は『カリバーン』にも『アイギス』にも下りません。そして、俺たちは……あなた達の天下を終わらせるために同盟を結ぶことにした」

「……宣戦布告と、受け取るぞ?」

「どうぞご勝手に……狩人祭で引きずり落としてやる」

「上等だ」

 

 同盟相手である『ロームルス』と『ゴエティア』が二大猟団に対してこれだけの遺恨があるのならば、いっそのこと宣戦布告でもしてしまうと考えたジークは、エインとエーギルに対して挑戦状を叩きつけた。宣戦布告を聞いて、エインは格下に吼えられたことに対して不愉快そうに顔を歪め、エーギルは怒りにその表情を染めていた。

 

「後悔することになるぞッ!」

「おやめなさい」

 

 ネルバとメルクリウスを押しのけてジークに掴みかかろうとしたエーギルを止めたのは、凛とした女性の声だった。その声を聞いてエインは不快そうに舌打ちをし、エーギルは一瞬で動きを止め、ティナが肩を大きく震わせた。

 

「はぁ……このような諍い事は止めるようにと、何度も言ったはずでが」

「し、しかい!」

「言い訳は聞きません」

「申し訳、ありません……団長」

 

 ジークたちの背後から歩いてきた金髪の女性は、エインに一瞬視線を向けてからエーギルに対して氷のように冷たい視線を向けた。威圧感に押されたエーギルは、ジークから一歩離れて絞り出すように謝罪の言葉を吐いた。

 

「お姉、ちゃん……」

「……何故、貴女がここにいるのかしら?」

「お姉ちゃんを、追いかけて……」

「…………死ぬ前に村に帰りなさい」

「ッ!?」

 

 ティナは縋るように『アイギス』の猟団長であるセティに声をかけるが、帰ってきた返答は冷たく突き放すものだった。ショックでふらつくティナを片手で支えながら、ジークはセティに視線を向けた。

 

「先程の宣戦布告……確かに聞き届けました。狩人祭で決着を付けましょう。そこの貴方も」

「……いいだろう。受けてやる……撤収だ」

 

 セティの言葉を聞いたエインは、バアルの腕を振り払ってから猟団員の方へと歩きだした。エインの言葉を聞いて『カリバーン』の猟団員たちは慌てて猟団部屋の方へと歩いていった。

 

「あなた達も、メゼポルタ広場で諍い事は止めなさい」

「は、はい」

 

 セティに注意された『アイギス』の猟団員たちも、姿勢を正して猟団部屋の方へと消えていった。帰り際にエーギルはジークの方へと鋭い視線を向けていたが、ジークはティナを気に掛けて気が付いていなかった。セティは猟団員たちが解散したのを見て、歩いてきた方向へと戻っていった。メゼポルタ広場入り口で繰り広げられていた睨み合いが終わったことに、遠巻きに見ていたハンターたちが安堵に息を吐いていた。

 

「宣戦布告はできたな」

「全く……いきなり飛び出さないでくださいよ」

 

 ティナを支えながら、ジークは最初に喧嘩を売りに行ったベレシスに文句を言った。モンスターとの戦闘だけでなく、普段から喧嘩腰なベレシスにジークはため息を吐きたくなっていた。

 

「まぁ……丁度良かったのはそうなんですけどね」

 

 二大猟団と出会うことなどあまりないことではあるので、ジークとしてはベレシスの言った丁度いいと言う言葉はあながち間違いではなかった。

 

「メゼポルタ分裂の終末も近いといいな」

「そうであればよいのですが……」

 

 大きく息を吐いたネルバの言葉に、メルクリウスの希望的な言葉が乗っかった。ジークはネルバの終末という言葉を聞いて、笑みを浮かべた。

 

「俺たちが終わらせるんですよ……俺たち『ラグナロク(終末)』が」

 

 ジークの言葉にネルバは大きく頷いた。終末が訪れるのを待つのではなく、自分たちが終末そのものになり、神のようにメゼポルタに君臨する二つの猟団を地に堕とす。週末と言うピッタリな同盟の名前の決定に、方向性は違えど全員の意志が統一された瞬間だった。



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蒼火竜(リオレウス亜種)

 紆余曲折ありながらも同盟『ラグナロク』を結成したジークたちは、既にメゼポルタ広場では噂になりつつあった。噂の中心は二大猟団である『アイギス』と『カリバーン』に対して喧嘩を吹っかけた話と、今でも一部のハンターには恐れられている『ゴエティア』が遂に同盟を結んだことだった。

 メゼポルタ広場に噂が溢れていたが、ジークの顔などまだまだ全く知られていなかったこともあり、メゼポルタを堂々と歩いても誰にも止められることはなかった。ハンターたちの噂話に耳を傾けながら工房へと足を踏み入れた。工房特有の熱気を感じながら、多くのハンターの横を抜けてジークは親方の目の前にやってきた。

 

「おう……名前は大きく言わない方がいいか?」

「あはは……親方も知ってましたか」

「そりゃあこんだけ噂されてんだから知ってるだろうよ」

 

 親方の豪快な笑いにジークは苦笑いを浮かべていた。噂されることが悪いことではないと思っているが、二大猟団の影響はかなりあるため、宣戦布告した側からすると歩き辛い所ではあった。

 

「それより、頼んでいた物はできましたか?」

「そいつはバッチリよ。流石に俺が自分で叩かないといけない素材だったがな」

「剛種素材ですからね……」

「おうよ。にしても、ジークがメゼポルタに来たのも随分と最近な気がしてたが……もう剛種とはなぁ」

 

 感慨深そうに頷きながら、親方はジークの体型に合わせて作った舞雷竜ベルキュロスの素材によって生み出された防具セットを持ってきた。舞雷竜の素材によって生み出されたその防具は、見るだけで圧倒されるような存在感を放っていた。親方の言葉などジークには半分聞こえておらず、周囲のハンターもその装備を見て唖然としていた。

 

「持ってきな。こいつがベルFX装備だ」

「これが……ベルキュロスの……」

 

 見るだけであの激闘が思い出されるようなその見た目と迫力に押されながら、ジークはベルFX装備を見に纏った。青黒い甲殻によって生み出された装備を着こなし、最後に親方に渡された双剣をジークは手に取った。

 

「そいつは「真舞雷双【迦楼羅】」って銘だ。気を付けて持てよ」

 

 親方に注意を促されながら手に持ったジークの最初の感覚は、まるで稲妻をそのまま持ったかのような衝撃と熱量だった。幾度か瞬きをして、自分が確かに二刀一対の双剣を持っていることを確認してから、強く握り込んだ。明らかに今まで握ってきたどの武器よりも強大な力を秘めたその双剣を手にして、ジークは満面の笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます。これでまた戦えます」

「おう……頑張れよ」

 

 噂話でジークたちの目的を知っていた親方は、ジークの言葉に大きく頷いた。凄腕ハンターである『アイギス』や『カリバーン』の武器防具を用意しているのは当然親方だが、ジークも腕前だけ考えれば絶対に負けないと不思議な確信があった。

 

 


 

 

「遅かったな……装備を新調してきたのか」

「まぁ……これで、少しはいい所を見せられるかと思いまして」

 

 交流会をいつかやろうと言っていたジークたちだったが、流れで宣戦布告をした結果『ラグナロク』に所属する三つの猟団の猟団員がすぐに交流会をしようと言い出して、数日も経たないうちに交流会が開催されていた。やっていることは今までの二大猟団に対する鬱憤を今こそ晴らす時と言いながら酒を飲んだり、後で狩りを共に行こうと約束するなど、決起会と呼んだ方がいいのではと思いながらも、ジークはバアルに案内されるままに席に着いた。

 

「バアル、この方が?」

「そうだ」

「そうかい。初めまして、私は『ゴエティア』所属のハンターであるパイモンと申します」

「ご、ご丁寧にありがとうございます」

 

 バアルに座らされた席の目の前には、パイモンと名乗った男が座っていた。裏があるのではないかと疑うような薄ら笑いと浮かべながらの丁寧な言葉に、少し引き気味のジークを見て、バアルは安心させるようにジークの横に座った。

 

「こいつは馬鹿丁寧なだけで、どっちかと言えばベレシスと同類だ」

「おや酷い。あれ程無茶苦茶なことはしないと自負があるのですが」

「無茶苦茶はしないが、戦闘は楽しんでんだろ」

「それはもう」

「あはは……俺は『ニーベルング』猟団長のジークです」

 

 もしかしなくても『ゴエティア』にはヤバい奴しか所属していないだろうと思いながら、ジークは頭を下げた。

 

「バアルさん……この人が『ゴエティア』の?」

「あぁ……剛種クシャルダオラを撃退した時の最後の一人だ」

「懐かしい話ですね」

 

 バアルとそれなりに親交を深めていたジークは、以前から剛種クシャルダオラを撃退した当時のメンバーと話がしたいと言っていた。今回の交流会で会えると聞いていたジークは、バアルの案内を受けて座った先にいたパイモンがそうなのだろうと思っていた。バアルの口から出た剛種クシャルダオラの名前を聞いて、少し驚いたような顔をしてから、過去を懐かしむような声を出して剛種クシャルダオラを思い出しているパイモンをジークは見ていた。なんとなく剛種と戦っている時のベレシスと同じような表情をしているのを見て、バアルが言っていたベレシスの同類との発言に納得を持って頷いた。

 

「この交流会の目的は、結束力ですか?」

「まぁ、そんなところですね。純粋にどんなハンターがいるのかを知りたかったって言うのもありますけど」

「なるほど。確かに、面白いハンターが何人かいますね」

 

 ジークの言葉を聞いて、周囲を見渡したパイモンは数人のハンターに目をつけていた。まだ『ロームルス』と『ニーベルング』には凄腕ハンターが四人しか在籍していない。パイモンは凄腕ハンターだが、二つの猟団に所属する上位ハンターの数人に感じる所があったらしい。

 

「それはそうと……もう数パーティーがクエストに出ていきましたが、いいんですか?」

「はい。そもそも同盟内の仲を取り持つには共に狩りに行くのが一番早いと思いましたし」

「そうですか……なら、私は貴方と行きたいですね」

「あ、あはは……」

「お前も難儀だな」

 

 パイモンの数パーティーがクエストに出たと聞いて、ジークはある程度この交流会が成功していることを知り、安堵の息を吐いた。『ゴエティア』の主力メンバーであるパイモンにも気に入られるようなハンターが数人いることに驚きながら、ジークはそのまま席を立とうとした瞬間に、パイモンの目が見開かれていた。ベレシスと似たような性格のパイモンにも好かれていることにバアルは同情しながらも、助け舟を出すことも無くそのまま酒を飲んでいた。

 

「丁度行きたいクエストがありましてね……」

「行きたいクエストですか?」

「そうです。貴方も興味があるのでは、と思いまして」

 

 パイモンはこの交流会でメンバーを探してクエストに行くことを元々考えていたのか、机の下からクエストの依頼書を取り出してジークへと見せた。真ん中に描かれたモンスターのマークを見て、リオレウスの亜種個体であることを理解したジークは、依頼書を隅まで見た。

 

「リオレウス、奇種ですか」

「はい。リオレウス奇種の()()()()です」

「特異個体……凄腕ハンターに狩猟が許可される、あの?」

 

 凄腕ハンターになることで狩猟が許可されるようになる特異個体は、従来のモンスターとは行動パターンや習性が違ったり、強力なモンスターが多い。この特異個体という区分はかなり厄介で、下位個体のモンスターにも特異個体は存在するが、例え下位個体であっても特異個体であればそれは凄腕ハンターが狩らなければならない。凄腕ハンターの数が多くても人手が足りないのは特異個体が原因であったりする。下位ハンターは下位クエストを、上位ハンターは上位クエストをこなすが、凄腕ハンターは凄腕クエストだけで変種・奇種・剛種、そして未開拓地の開拓に加えて、下位、上位、凄腕の特異個体を狩猟する必要がある。

 

「そうです。私は蒼火竜(そうかりゅう)の特異個体が有していると言われる蒼火竜の皇鱗が欲しいのです」

「……HC(ハードコア)素材か」

「ハードコア?」

「特異個体のことだ」

 

 特異個体の狩猟クエストは、メゼポルタではHC(ハードコア)クエストと言われることがある。下位個体のモンスターにも特異個体が存在することから、クエスト区分とはまた別に付けられた名前である。

 

「特異個体のモンスターは通常のモンスターとは違う素材を身体に備えていることがある。パイモンが求めている蒼火竜の皇鱗もリオレウス奇種の特異個体だけが持つHC素材だ」

「確実に手に入る訳ではありませんが、その素材があれば私の装備が強化できるとのことでしたので」

「なるほど」

 

 特異個体モンスターは強大な力を持っているが、それを狩猟することができれば通常の個体とは違う強大な力を生み出す素材が手に入る。そうすればよりよい装備を手にすることができる。

 

「興味深いですね。私も是非参加させてもらいたいです」

「メルクリウスさん」

 

 リオレウス奇種の話をしていたジークたちの元へとメルクリウスがいつの間にかやってきていた。『ロームルス』副猟団長の登場にパイモンは楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

「どうぞどうぞ。人数は多い方がいいですから」

「そうですか……私も特異個体は未経験ですし、ジークさんとも一度狩りに出たいと思っていました」

「それは私もですね。是非貴方とは狩りに行きたい……団長の惚れた腕前が見たいのです」

 

 同じ言葉を言っているはずなのに、パイモンの言い方をジークは全く嬉しいと感じていなかった。メルクリウスは単純に短期間で急速にHRを伸ばしているジークのことが気になっていたが、パイモンはジークがどのような狩りをするのか、ベレシスと同じ方向性の興味を持っていた。

 

「なら私も行く」

「ヴィネア? お前がこんな所に来るとは珍しいな」

「余計なこと言うな。この男に興味がある」

 

 ハンターとしてはあまりにも背が小さいヴィネアの登場に、全員が驚いたような表情を浮かべていた。同じ猟団であるパイモンとバアルは、面倒くさがりで動きたがらないヴィネアが交流酒場までわざわざやってきたことに、ジークとメルクリウスは見た目の小ささからは考えられない重量であるはずのハンマーを背負っていたことに対してだった。古龍種であり幻獣(げんじゅう)とまで称されるキリンの剛種素材を使って生み出されたハンマーである幻雷鎚【雷電】を背負うヴィネアは、ジークの横に座って顔を近づけた。

 

「……君、想像以上に強いね」

「そうですか?」

「顔見ればわかる」

 

 勝手に納得したように頷くヴィネアに苦笑しながら、ジークはリオレウス奇種の討伐クエストの依頼書へと再び視線を向けた。

 

「これで丁度四人ですか」

「そうだね。では私の名前でクエストを受けておきますよ」

「お願いします」

 

 依頼書に四人が名前を書き込み、パイモンはその依頼書を持ったままクエスト管理をしているアイルーの方へと向かって歩いていった。遠くなっていくパイモンが背負っているライトボウガンである天狼砲【北斗】を見て、ジークも彼の強さを大まかに理解していた。

 

 


 

 

 ドンドルマから西側、比較的穏やかな生態をしているために新米ハンターが多く活動すると言われている森丘。正式な地名をシルクォーレの森とシルトン丘陵、二つを合わせて「森丘」と呼ばれる。シルクォーレの森には多くの小型モンスターが生息し、シルトン丘陵の頂上には火竜リオレウスの巣がある。

 ジークたちが狩猟することになっているリオレウス奇種の特異個体は、寒冷期になってから急に現れて森丘で縄張りを拡大しようとしているらしく、ドンドルマからメゼポルタ凄腕ハンターへの救援依頼だった。

 

「ふぅ……」

 

 双剣を背負いながら先頭を歩くジークは、始めてきた森丘の景色を観察しながらアプトノスの横を抜けて飛竜の巣を目指していた。ジークの後ろを歩くメルクリウスは弓用のビンを、現地調達したキノコを調合して作り、その後ろを欠伸しながらヴィネアが歩いていた。最後尾でニコニコと笑顔を浮かべながら歩くパイモンは、周辺にあるリオレウス奇種がつけたのであろう縄張り主張の後を見て大体の大きさを計算していた。

 

「こっちであってますよね」

「はい。この先は開けた場所です……飛竜が休んでいる場所でもありますが」

 

 森丘頂上に位置する飛竜の巣へと向かうルートは大きく分けて二つ存在する。片方は南側から断崖絶壁を登っていく道。大きなメリットとして、他のモンスターと遭遇する機会が極端に少なく、大型モンスターはおろか小型モンスターですら基本的には存在しない最短距離の道だが、デメリットとしては険しい崖を登る行為自体が大きく体力を消耗することである。飛竜の巣へと向かうハンターの目的など大型モンスターの狩猟程度だが、その大型モンスターの待つ場所へと赴くだけで体力を消耗してしまうのは致命的なデメリットである。もう片方の道は遠回りをして北側から比較的緩やかな段差を登っていく道。こちらはメリットとして悪路が少なく、体力を無駄に消耗することなく目的地である飛竜の巣へと迎える。デメリットとしては、遠回りであるために他のモンスターと接敵する機会が多く、遠回りで歩いている間に飛竜の巣からリオレウスが出て行ってしまい、二度手間になる可能性もある。ジークたちも例に漏れず、どちらの道を選んで飛竜の巣へと向かうのがいいかと話合った結果、リオレウス奇種の特異個体が相手ということで、体力の消耗を考えて北側から入ることを選択した。

 飛竜の巣へと入る洞窟の前にある広場へと足を踏み入れたジークたちは、そこに転がるアプトノスの死骸を見て警戒度を一気に上げた。

 

「血が流れてる……」

「まだ付近にいる可能性がありますね」

 

 警戒しながら一歩を踏み出したメルクリウス以外の三人が、即座に武器を構えた。反応が一歩遅れたメルクリウスは、三人が武器を構えたのを見て空を見渡し、急速接近してくる蒼色の巨体を見て顔を引き攣らせていた。

 

「こいつは……」

 

 凄腕ハンターを名乗っているハンターともなれば、火竜リオレウスとなど幾度も顔を合わせたことがあるハンターの方が多い。生息域が広くどの大陸でも生息し、多くのハンターが大型モンスターの代名詞として名前をあげるほど有名なモンスターであるリオレウスだが、亜種ともなれば出会ったことのないハンターも一定数いるだろう。

 

「思った通り、大きいですね」

 

 ジークは蒼火竜リオレウス亜種とはタンジア時代に相対したことがあるが、これほどの大きさのリオレウス亜種を見るのは初めてだった。加えて、ジークの記憶の中にあるリオレウス亜種とは少しばかり違う見た目をしていた。瞳は煌めく炎のような紅色に染まり、全身の棘や翼膜が赤色に染まり、尻尾の棘に至っては真紅と呼べるような色に変色していた。特異個体のモンスターは見た目からして通常個体とは違うと聞いていたジークも、初めて見た大型モンスターの特異個体に対して少しばかり緊張していた。

 ジークとメルクリウスがその大きさと特異個体の姿に戦慄している中、パイモンは一人で呟いていた。ここに来るまでに見てきたリオレウス奇種の痕跡から、目標としている個体がかなりの大きさであることを先に理解していたのだ。

 

「大丈夫。特異個体だろうが大きかろうが……叩けば死ぬ」

 

 謎の持論を展開しながらハンマーを片手で地面に向かって振り下ろしたヴィネアは、先程まで欠伸していたとは思えないような真剣な表情していた。パイモンの持論に納得した訳ではないが、ジークとメルクリウスも気を取り直して武器を構えた。滞空しながら四人のハンターを見下ろしていたリオレウス奇種は、大きく咆哮をあげて地面に降り立った。その目にはハンターが自らの命を害する物だという認識はなく、ただ拡大したはずの縄張りに侵入してきた生物を見て怒りを感じていただけだった。

 

「俺が先行します!」

 

 双剣を持ち、パーティーの中でもっとも自分が身軽だと判断したジークはメルクリウスとパイモンに背後を任せて先行した。ハンマーを持つヴィネアは武器の特性上、頭を狙うことが最高効率であることを考えて、ジークはエスピナス亜種の時にしたように懐に飛び込むつもりだった。

 

「うわっ!?」

 

 しかし、リオレウス奇種の次の行動はジークの予想だにしていなかった上空への飛翔だった。通常種のリオレウスとは比べ物にならない風圧をなんとか耐えたジークは、上空へと飛んだリオレウス奇種へと視線を向けたジークは、口から炎を滾らせる飛竜を見て咄嗟に横に避けた。ジークが避けるのとほぼ同時に、リオレウス奇種は口から火球を吐きだした。通常種のリオレウスと同様の火球攻撃だが、地面に着弾すると同時に火球は爆散しながら周囲にも破壊をまき散らしていた。

 

「閃光玉、投げるよ」

「っ! お願いします!」

 

 リオレウス奇種が空中から一方的に攻撃を仕掛けようとしていることを察したヴィネアは、アイテムポーチから閃光玉を取り出していた。空にいるリオレウス奇種を撃ち落とそうと照準を合わせていたパイモンは、少し不満気な顔をしていたが、ヴィネアは全く気にすることなく閃光玉を放り投げた。ヴィネアの小さな体躯からは考えられない速度でリオレウス奇種の目の前まで飛んでいった閃光玉は、そのまま炸裂して眩い閃光を生み出した。

 

「はぁッ!」

 

 閃光を受けて視界を潰されたリオレウス奇種は、空中でバランスを崩してそのまま地上に落下した。失墜した空の王者に、ジークはすぐさま双剣を手に飛び掛かった。先程放たれた火球の威力を見て、長期戦にするのは危険だと判断しての行動だった。地に叩きつけられた衝撃でもがいているリオレウス奇種だが、すぐに態勢を立て直してジークに襲い掛かることを警戒して、メルクリウスはフルフルボウⅥへと強撃ビンを装填していた。

 

「いくよ」

「全く……一方的な狩りは好きではないんですが、素材の為なら仕方ありませんね」

 

 ジークが真舞雷双【迦楼羅】を振るってリオレウス奇種の棘を斬り落としている間に、ヴィネアはリオレウス奇種の頭に向かって幻雷槌【雷電】を振り下ろした。頭にハンマーを当てた鈍い音と共に、幻雷槌【雷電】から放たれた幻獣キリンの雷は、リオレウス奇種の甲殻へと焦げ目をつけていた。ジークの振るう真舞雷双【迦楼羅】も、ベルキュロスの有していた自身すらも焼き尽くす雷はリオレウス奇種の甲殻を容易く焼き切り、血が蒸発する様な音と共にはじけていた。

 二人が武器を振るってリオレウス奇種へと傷を与えている姿を見て、文句を言いながらパイモンは貫通弾を装填していた。天狼砲【北斗】と名付けられたライトボウガンを撫でながら、パイモンはリオレウス奇種へと照準を合わせた。

 

「ッ!」

「おっと」

 

 なんとか大地を踏みしめて霞んだ視界のまま立ち上がったリオレウス奇種は、頭を叩くヴィネアに向かって一発だけ火球を放ち、背後で足元に接近して来ていたジークに対して尻尾を振るって動きを鈍らせた。振るわれる尻尾を器用に避けながら双剣を振るうジークと強撃ビンを装填したことで威力の増している弓矢を嫌ったリオレウス奇種は、再び空中へと飛翔して攻撃を躱した。

 

「大きな的ですねぇ!」

 

 リオレウス奇種の行動を予測していたパイモンは、地上に向かって爆裂する火球を吐こうとしているその無防備な羽に照準を合わせたままトリガーを引いた。瞬間、轟音と共に貫通弾が十発以上連続で発射された。多くのハンターが使用する一般的なライトボウガンに備わっている弾丸の連射機能である「速射」は、弾丸を連続で発射することでモンスターに効率よくダメージを与える機構だが、精々多くても四発が限度である。しかし、パイモンが放った貫通弾の速射は十発では効かない数であり、弾丸が列をなしてリオレウス奇種の羽を貫通していく姿に、ジークは目を見開いた。

 

「チャンス」

「は、はい!」

 

 火球を吐く前に翼膜を破壊されたリオレウス奇種は、空中で再びバランスを崩して地面に向かって墜落した。口に溜められていた火炎はリオレウス奇種が地面に激突すると同時に、リオレウス奇種の口内で爆発した。パイモンの常識を覆すような連射に驚愕しながらも、ヴィネアの言葉を聞いてジークはひとまず墜落したリオレウス奇種への追撃を優先した。

 

「まだまだ行きますよ!」

「ふぅ……はっ!」

 

 貫通弾を撃ち尽くし、再び天狼砲【北斗】へと貫通弾を装填しているパイモンのテンション高めの声を聞きながら、メルクリウスは精神を研ぎ澄ませてひたすらリオレウス奇種の急所となる首へ向かって矢を放ち続けていた。

 

「叩けば、死ぬッ!」

 

 独特な掛け声と共に両手ハンマーを持ったまま上に向かって跳躍し、勢いのままリオレウス奇種の頭にハンマーを振り下ろしたヴィネアを横目に、ジークは血管が集中しているであろう足首や翼の付け根を中心に双剣を振るっていた。ベルキュロスの素材から無尽蔵に生み出される電撃を手から感じながら、双剣をひたすらに振るうジークの姿は正しく鬼神と呼ばれる勢いだった。

 

「そらッ!」

 

 立ち上がろうとするリオレウス奇種の背中に対して、再び貫通弾で異常な連射を見せるパイモンは、完全に狩りを楽しむハンターの顔をしていた。リオレウス奇種は足元にいるジークを無視して、異常連射をするハンターと、急所を狙って遠距離から矢を放つハンターを狙い、大きく息を吸い込んだ。頭の前にいたヴィネアはその動作に気が付いてすぐにリオレウス奇種の頭の下をくぐり抜けて射線上から退避した。

 

「おっと、これはまずいですね」

「えッ!?」

 

 次なる貫通弾を装填しようとしていたパイモンは、リオレウス奇種は大きく息を吸い込んだ後にヴィネアが退避した姿を見て、横で次の一矢の為に精神を研ぎ澄ませていたメルクリウスの腕を引っ張った。二人が移動する姿を見ながら、リオレウス奇種はそのまま迸る火炎を口から放った。退避していたパイモンと引っ張られたメルクリウスの横を通り過ぎていった火球は岩に当たって弾け飛んだが、パイモンはメルクリウスを引っ張ったまま横に走り続けていた。

 

「ちょ、ちょっと!?」

「まだまだ来ますよッ!」

 

 一発でブレスが終わりだと思ったメルクリウスがパイモンに腕を離すように要求しようとした瞬間、リオレウス奇種は続けざまに二発、三発、四発とパイモンとメルクリウスを狙って首を移動させながらブレスを吐いた。周囲に途轍もない熱を振りまきながら直進するブレスに、メルクリウスは恐怖を感じながらもパイモンに連れられてそのまま走っていた。

 

「隙だらけ」

 

 五発目を放ってから再びメルクリウスとパイモンに狙いを定めて大きく息を吸い込もうとした瞬間、横から現れたヴィネアが身体ごと回転しながら勢いを付けて、リオレウス奇種の横面へとハンマーを叩き込んだ。雷が落ちたのかと言う程の轟音と共に打撃と雷撃を放つ幻雷槌【雷電】によって、リオレウス奇種はその巨体をよろめかせた。そこへ、稲妻を両手に持ったジークが駆けだしていた。

 

「ふッ!」

 

 真舞雷双【迦楼羅】はジークの想いに応えるように、その刀身から電撃を放ちながらリオレウス奇種の尻尾を切断した。尻尾を切断した勢いのまま、ジークはリオレウス奇種の顎下へと刃を走らせながら腹下へと移動し、大地を踏みしめている両足の筋繊維へと刃を通した。一瞬のできごとで尻尾を切断され、顎から腹へと切り傷を作られ、そのまま足の筋肉をずたずたに切り裂かれたリオレウス奇種は地面に倒れこんだ。

 

「行きますよ」

「はい!」

 

 ヴィネアとジークが作り出したリオレウス奇種の隙を見て、メルクリウスとパイモンは態勢を立て直して弓とライトボウガンを構えた。メルクリウスの放った矢はヴィネアが叩いていた頭へと的確に刺さり、連射される貫通弾は背中の甲殻を削りながらリオレウス奇種の肉を抉った。ようやく自分が狩られる側になっていることに気がついたリオレウス奇種は、大きな咆哮をあげてから逃げ出そうと上空へと飛翔しようと翼を大きく広げた。森丘の頂点としてあらゆる生物を追いやってきた自分が狩られる側になったリオレウス奇種は、まはや戦う気力などなく無様に逃げ出そうとしていたが、それを許すハンターはここにいなかった。

 

「逃がさない」

 

 上空へと飛び上がったリオレウス奇種は、自身の首に片手で掴まっているヴィネアを見て思考が止まった。次の瞬間、頭に再び轟雷と共に叩き込まれたハンマーによって前後不覚のままリオレウス奇種は地上に叩き落された。失墜していくリオレウス奇種から手を放し、重力に引かれるまま空中でハンマーを掲げたヴィネアは、容赦なく勢いのままリオレウス奇種の頭に向かって体重以上の勢いが加わったハンマーを振り下ろした。地面が揺れる程の衝撃にジークは驚きながらも、二つの稲妻を手にしてリオレウス奇種へと距離を詰めようとして、リオレウス奇種が既に息絶えていることに気が付いた。

 

「お疲れ」

「は、はい……」

「ヴィネア……まだですか」

 

 ベレシスとはまた違うハンターとして圧倒的と言える才能を見せたヴィネアに、ジークとメルクリウスはなんとも言えない気持ちになっていた。パイモンはヴィネアと狩りに行くのが当然初めてではないが、文句を言いたくて仕方が無いという顔をしていた。

 

「貴方が暴れまわると私の出番が無くなるじゃないですか」

「知らない……私は早く終わらせたい」

「それでは面白くないでしょう?」

「奇種の特異個体程度で面白くなること、ない」

「それは、そうですね」

 

 奇種の特異個体を程度、ですませる二人の強さにジークは頬を引き攣らせていたが、メルクリウスはお構いなくパイモンへと近づいていった。

 

「私もライトボウガンを使っているのですが、その連射はなんなんですか?」

「あれですか?」

 

 メルクリウスはリオレウス奇種が呆気なく倒れたことよりも、狩りの最中にパイモンが放っていた貫通弾の異常な連射の方が気になって仕方ない様子だった。メルクリウスの言葉を聞いて、パイモンは天狼砲【北斗】へと視線を向けた。

 

「あれは「超速射」と言って、剛種の素材を使うことでボウガンの耐久性を上げて、無理やり連射する機構ですよ」

 

 剛種ライトボウガンに備わっている超速射の説明を聞いて、ジークは豪胆に笑っている親方の顔が思い浮かんでいた。いかにも浪漫が好きそうな親方の作りそうな機構だと一人で納得しながら、地面に倒れ伏しているリオレウス奇種へと視線を向けた。本来ならば変種・奇種の特異個体など凄腕ハンターでも手こずるようなモンスターだが、今回ジークたちが狩猟したリオレウス奇種の特異個体は、生物として強すぎる故に自分の命を脅かす天敵の存在を認識できなかった。それが無ければもう少し苦戦していただろうと思いながら、ジークは改めて『ゴエティア』の主力メンバーは埒外の力を持っていると感じていた。




レウス亜種なんて本家にもいるので短くしました。


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砦蟹①(シェンガオレン)

 ゴエティアの副猟団長であるバアルの性格が、書いててなんか違うなぁと思ったので、11話の「会合」を変更しました。


 リオレウス奇種を討伐したジークたちがメゼポルタ広場に帰ってきてから数日後、ジークは猟団部屋で椅子に座って書類仕事をしていた。本来猟団ごとに存在する猟団部屋だが、同盟を結ぶと三つの猟団で一つの猟団部屋にすることができる決まりがあり、ジークは利便性を考えて『ラグナロク』は一つの猟団部屋を三つの猟団で使うことにした。

 

「お疲れ様です」

「あ……ありがとうございます」

 

 ジークは『ニーベルング』の猟団長と『ラグナロク』の代表として、所属しているハンターのクエスト達成による貢献度やそのハンターのHRなどを管理しなければならない。狩人祭の時に余計な手間をかけないための猟団単位の管理だが、猟団長は書類仕事までしなければならないのだ。

 猟団部屋で黙々と仕事をしていたジークに、お茶を用意してくれたのはメルクリウスだった。ネルバを強制的に椅子に縛り付けて『ロームルス』の書類仕事をさせたり、自分が書類仕事をしたりすることがあるメルクリウスは、猟団の管理がいかに大変なのかを知っていた。ジークはメルクリウスに一つ礼を言ってから、用意してくれたお茶を飲んで一息吐いた。

 

「特異個体はどうでしたか?」

「新鮮な体験でしたね。メルクリウスさんこそ、リオレウスにすごいブレス吐かれてましたけど」

「あれは思い出したくないですね」

 

 互いに初めて特異個体を狩猟しに行ったこともあり、リオレウス奇種の話題が口から出てきていた。メゼポルタに来るハンターというのは、個人差はあれどハンターという職業を楽しめる者だけである。冷静沈着そうなメルクリウスも、初めて出会うモンスターに対しては恐怖よりも好奇心が勝ってしまうのだ。

 

「俺はタンジア時代にリオレウス亜種は狩ったことがありましたが、かなり違いがありましたね」

「ドンドルマにいた頃は、恥ずかしながら下位ハンターどまりでしたので経験はありませんでしたが、通常種のリオレウスと比べるかなり変化がありました」

 

 メルクリウスの下位ハンター止まりという言葉に、ジークは意外そうな顔をしていた。メルクリウスはジークの表情を見て、彼が何を考えているのかを理解して苦笑を浮かべた。

 

「ドンドルマにいた時は、ランスを使っていたんです。モンスターの攻撃が怖くて」

「へぇー……逆に厳しくないですか?」

「はい。ランスは大きな盾を持っていますが、モンスターがそれほど接近してくると言うことですから」

 

 実際、メルクリウスのようにハンターなり立てでランスやガンランスを選択し、迫ってくるモンスターに恐怖してしまうハンターは少なくない。盾があれば命が守れるのと、眼前に迫るモンスターの恐怖は別物なのだ。

 

「そのまま下位ハンターで燻っていたんですが、メゼポルタの話を聞いて夢があると思ったのです。正直、無謀だと思いましたが……心機一転して遠距離武器を使ってみようと思ったらなんだか上手く行ってしまって」

「性格的な問題じゃないですか?」

 

 モンスターの恐怖にとりつかれるハンターは少なくないが、そうなったハンターの将来は大きく分けて二つである。一つは遠距離武器に鞍替えしたら上手くはまり、順調にハンター生活を続ける。もう一つは、二度とハンターとしては生きれなくなるかである。

 話を聞いていたジークは、メルクリウスは性格的にランスは無理だろうと考えていた。ランス使いに一番求められるのは筋力でも恐怖を克服する勇気でもなく、どんな状況でも揺るぎない精神力である。

 

「ジークさんからはそう見えますか?」

「はい。ヘヴィボウガンは重くて使えなかったって感じの人です」

「……よくご存知で」

 

 ライトボウガンや弓が使えるものが必ずともヘヴィボウガンが使える訳ではない。特に、ヘヴィボウガンは独特な重みから放たれる弾の反動が大きく、扱いを誤れば弾丸はあらぬ方向へと飛んでいき、自分も後ろにひっくり返ることになる。エルスのようにヘヴィボウガンを自在に操り、急所に向けて的確に放つようなハンターは正しく天才と呼ぶべき者である。

 

「楽しそうですね」

「パイモンさん。先日はどうも」

「久しぶりに、有意義な狩りだった」

「ヴィネアさんも、元気そうで」

 

 雑談していたジークとメルクリウスの元へとやってきたパイモンとヴィネアを見て、ジークは笑顔を浮かべた。色々と変な性格をしている者が多い『ゴエティア』のメンバーだが、一緒に狩りに行けばジークの中ではもう仲間である。

 リオレウス奇種の討伐しに行った四人で雑談を始めたジークたちの他にも、違う猟団のハンター同士が楽しそうに喋っている姿をジークは見ていた。先日の交流会が成功に終わったことに頷きながら、三人ともう少し喋ろうとしたジークは、猟団部屋に勢いよく飛び込んできたハンターに視線を向けた。

 

「ジークッ!」

「スロアさん?」

 

 肩で息をしながら飛び込んできたハンターは『ロームルス』副猟団長のスロアだった。あまり息を荒げることのない性格であるスロアのその姿に、メルクリウスは驚いた表情していた。

 

「はぁ、はぁ……大変なんだよ!」

「取り敢えず落ち着いてください。どうしたんですか?」

 

 取り乱しているスロアを落ち着かせようとしているジークを見て、周囲の同盟員たちもなにか行ったのかと視線を向けていた。

 ジークに言われたまま息を落ち着かせたスロアは、肩で息をしながらジークの肩を掴んだ。

 

「しぇ、シェンガオレンの撃退依頼が出てるんだ!」

「シェンガオレン? なんでドンドルマの問題がこっちに……」

 

 スロアの口にしたシェンガオレンはジークも知っていた。甲殻種ながら、老山龍(ろうざんりゅう)ラオシャンロンの頭骨を背負う程の巨体によって出現して歩くだけで被害をもたらす、まさに古龍級の生物と称されるに相応しい天災。ラオシャンロンと同じように、ドンドルマ付近に出現が確認された瞬間に多くのハンターが動員され、砦を使って防衛することになる異例のモンスターである。

 

「シェンガオレンだったらドンドルマでなんとかできるんじゃないんですか?」

「そ、それが……」

「そこからは私が説明します」

 

 慌てた様子のスロアの背後から現れたのは、白いローブのような服を着た男だった。明らかにハンターではない出で立ちの男だが、ジークはその姿を見ただけで彼が何者なのかに気が付いていた。

 

「古龍観測隊が出張るほどか?」

「はい」

 

 天災である古龍の被害を少しでも減らそうと、若き頃のドンドルマ大長老が招集した古龍占い師の集団を元とした、古龍種の生態系を解き明かそうとする研究施設である古龍観測所に所属する研究員こそが、古龍観測隊と呼ばれる。主な仕事は古龍種の出現予想と生態系の謎を突き止めることだが、近年は古龍種以外のモンスターにも手を伸ばしている。古龍観測所はドンドルマ所属の研究者たちのなかでもエリート中のエリートであり、基本的にはハンターの元へ訪れてなにかを依頼することなどない。そんな古龍観測隊の人間が、わざわざ猟団部屋までやってきて説明することがあるなど余程の緊急事態である。

 

「シェンガオレンに対し、ドンドルマは防衛線を幾つか展開して撃退戦を行いました。シェンガオレンが前回に確認されたのは三年前のことですが、その時はG級ハンターの力もあり、第一防衛線で楽に撃退することできたのです」

「……それで?」

「今回も防衛線を幾つか展開し、G級ハンターにも撃退戦を要請したのですが……」

 

 話だけを聞くとそこまで緊急事態でもなさそうだと思いながらも、言いづらそうに一度言葉を切る古龍観測隊の男に、ジークは続きを促した。

 

「予定到着時刻よりも大幅に早くシェンガオレンが防衛線に到達し、G級ハンターも呆気なく敗走しました」「どういうことだ?」

「……わ、我々が観測してきたシェンガオレンの常識を遥かに超えていました。今までのシェンガオレンとはまるで違う進行速度と凶暴性に、メゼポルタのハンターに救援要請が来たのです」

「……結構時間が無いな」

「そうなんです!」

 

 古龍観測隊の話を聞き終えたジークは、この話を聞いている時点でシェンガオレンがもう幾つかの防衛線を突破しているだろうことを理解していた。メゼポルタのハンターに救援が要請されるほどの事態ではあるのは理解できたが、ドンドルマからメゼポルタまで救援要請が来るほどのシェンガオレンの存在にジークはどうするべきかを考えていた。

 

「……ギルドマスターに聞きに行く」

「当然、私も行く」

 

 ジークは取り敢えずメゼポルタのギルドマスターに判断を仰ごうと考え、ヴィネアたちの方へと視線を向けた。メルクリウス、パイモン、ヴィネアはその視線に頷いて立ち上がった。現状『ラグナロク』の主力メンバーと言えるハンターは多くないが、シェンガオレン撃退戦には充分な戦力だろうとスロアも安堵の息を吐いた。

 

 


 

 

「俺たちに行かせてくれっ!」

「少し落ち着け」

「ふむ……」

 

 ジークがギルドマスターの元へと向かうと、そこには必死な顔をしているネルバの姿があった。ギルドマスターに向かって大きな声をあげているネルバを、後ろから落ち着かせようと肩に手を置いていたバアルは、ジークたちがこちらに向かってくるのに気が付いて視線を向けた。

 

「お前らも聞いたのか」

「まぁ……そうですね」

 

 バアルの言葉にジークは頷いたが、ネルバはジークの姿が目に入っていないらしくギルドマスターに詰め寄って声を荒げていた。

 

「今は『アイギス』も『カリバーン』もメゼポルタにいないんだろ!? なら俺たちでもいいじゃねぇか!」

「今のお主にシェンガオレンが撃退できるとは思えんな」

「なんで……俺はもう凄腕ハンターだぞ!」

「マスター」

「ぬ? ジークか」

 

 語気を強めるネルバにため息を吐いていたギルドマスターは、横から現れたジークに気が付いた。『ゴエティア』と『ロームルス』の主力メンバーと共に現れた姿を見て、ギルドマスターは一つ頷いた。

 

「ジークよ。お主らの同盟『ラグナロク』で、すぐに動ける凄腕ハンターは何人おる」

「……12人です」

「うむ……数としては十分、か」

 

 ギルドマスターは『ラグナロク』の主力メンバーの数を聞き、ジークに対して緊急クエストと書かれた依頼書を渡した。

 

「これは……」

「お主ら『ラグナロク』の主力メンバー12人に対して「剛種シェンガオレン」の撃退を命じる」

「剛種シェンガオレンだと?」

 

 ギルドマスターの言葉を聞いて真っ先に反応したのはバアルだった。ネルバを押しのけてギルドマスターの前までやってきたバアルは、ジークの持つ依頼書を見てからギルドマスターへと視線を向けた。

 

「シェンガオレンに剛種など聞いたこともないが」

「今回が初観測じゃな。通常のシェンガオレンから考えられない進行速度と凶暴性、そして刃が通らない程硬い外殻を有しているとの情報がある。くれぐれも気を付けるのじゃぞ」

「……了解しました。ネルバさん、さっさと準備しますよ」

「お、おぉ!」

 

 クエスト依頼書を受け取ったジークは、すぐにネルバの背中を叩いてから『ラグナロク』の主力メンバーを全員集めることから始めるつもりだった。ネルバが過去のことからシェンガオレンに拘っていることもジークは気が付いていたが、トラウマとも言える強大なモンスターに対する恐怖心を克服する絶好の機会かもしれないとジークは考えていた。バアルにベレシスの回収を頼み、ジークはマイハウスで休養しているウィル、ティナ、エルス、マルクの回収に向かった。

 

 


 

 

「シェンガオレンかぁ……絵本の中でしか見たことないですよ」

「俺なんて話しか聞いたことねぇよ」

 

 ウィルの呟きに対して、ジークが反応した。タンジア出身であるハンターはメゼポルタに来てからその存在を知る程度であり、そのスケールの大きさからあまり理解のし難いモンスターなのだが、まさかメゼポルタにきて一年で実物に遭遇することになるとはジークも考えていなかった。

 

「シェンガオレン相手に近接武器はキツイと思うけど、頑張って」

「それがなぁ……」

 

 話をしていた二人の所にやってきたエルスは、シェンガオレンの対策について助言の様で全く助言になっていない言葉を贈っていた。長く大きな四本の脚を使って歩くシェンガオレンに対して近接武器で近づくのは自殺行為である。その巨体を支えている四本の脚は動かすだけで大きな振動をもたらし、鉄よりも硬い脚にむやみやたらに攻撃したところでシェンガオレンは少しだけ嫌な素振りをするだけで特に対したダメージにもならない。ジークは別に遠距離武器が使えない訳ではないが、ガンナー用の装備を整えていなかったので、準備の時間を惜しんでリオレウス奇種の時と同様に真舞雷双【迦楼羅】を背負っていた。

 

「にしても、今回はそれなりの人数を動員したな」

「今まで存在なんて誰も考えてなかった剛種シェンガオレンですから……無理もないですけどね」

「ドンドルマのG級ハンターが撃退しきれなかったなんて相当な強さ。メゼポルタから私たち十二人を呼んでも足りるかどうか……」

 

 今回の剛種シェンガオレン撃退戦は、ドンドルマのハンターたちと協力しながらになる。ジークたちがメゼポルタからドンドルマに到着するまでどう頑張っても数日の時間がかかり、通常のシェンガオレンでは考えられない速度で進行している剛種シェンガオレンは見ているだけではその数日でドンドルマをめちゃくちゃにして去っていくだろう。現地のハンターたちは緊急招集され、命をかけた抵抗を続けて進行を遅らせている。

 

「でも、これなら予定よりよっぽど早く到着しそうだ」

「凄いですよね……パローネ=キャラバン」

 

 メゼポルタ外れの海岸に拠点を構えているパローネ=キャラバンは、アルバーロ三兄弟が取り仕切っているキャラバンである。常によりよい土地を求めて各地を放浪している彼らは古龍観測所よりも優れた飛行船技術を擁しており、現在はメゼポルタ広場に集まるハンターたちの規格外の戦闘能力を見込んでメゼポルタと協力している外部組織である。多くの未開拓地と謎のモンスターを調査したいメゼポルタと、より住みやすい土地を求め続けるパローネ=キャラバンは手を結び、メゼポルタギルドが拠点となる土地と資金援助、そしてメゼポルタに所属するハンターたちの力を借りるため、独自にクエストを作ることでギルドの様に依頼できる体制を作った。代わりに、パローネ=キャラバンの持つ飛行船技術や緊急事態での飛行船によるハンターの送り迎えをしてもらっている。

 剛種シェンガオレンの出現と危険性を考えたメゼポルタは、ジークたち『ラグナロク』の主力メンバーと十数人の上位ハンター、撃退戦に使うバリスタや大砲の弾などの物資を載せてドンドルマまで最速で向かわせるためにパローネ=キャラバンへの協力を要請していた。大巌竜(だいがんりゅう)ラヴィエンテの発見と討伐以降、あまりメゼポルタの緊急事態が起きていなかったこともあり、パローネ=キャラバンは二つ返事で了承して『ラグナロク』を乗せてドンドルマへと向かっていた。

 

「ウッス! シェンガオレン討伐のために急に、なんて大変っスね」

「オリオールさんこそ、いきなり出発で忙しかったんじゃないですか?」

「なーっはっはっ……その辺は慣れっこなので大丈夫っス」

 

 ジークの元へと近づいてきた男は、愉快そうに笑っていた。オリオール=アルバーロはパローネ=キャラバンを取り仕切るアルバーロ三兄弟の末の弟であり、パローネ=キャラバンの生命線である気球操縦士たちのトップである。気球の軌道が安定したため、部下たちに操縦を任せてジークの元へとやってきたのだ。

 

「パローネ=キャラバンはメゼポルタのハンターたちに普段から助けてもらってばっかりっスから、これくらいはへっちゃらっスよ」

「あはは……俺も時間ができたら航路クエスト受けますよ」

「そうしてもらえると助かるっス」

 

 パローネ=キャラバンの開拓に一番必要なのは航路の確保である。未開拓地をずんずんと進むにはモンスターの脅威は付き物であり、剛種なんかの危険なモンスターを狩猟することができるメゼポルタのハンターはパローネ=キャラバンからすれば救世主の様なものである。実際、メゼポルタに来る以前は全く開拓できなかった航路なども、凄腕ハンターの協力もあって開拓できるようになっている。

 

「ドンドルマまではそんなに時間かからないと思うっス」

「ありがとうございます。ドンドルマにはもう時間がないので」

「任せて欲しいっス!」

 

 元気な返事をしたままジークの元から離れていったオリオールを見送って、エルスとウィルへとジークは顔を向けた。

 

「思ったより早く付きそうだから、今の内の休んでおこう。到着したら即戦闘だ」

「わかってるわ」

「はい!」

 

 頷き合ったジークたちは、そのまま剛種シェンガオレンに備えて身体を休めることにした。単体で街を滅ぼすようなモンスターの剛種に、ジークは警戒しすぎはないだろうと考えながら意識を研ぎ澄ませていた。

 

 


 

 

「っ! メゼポルタのハンターたちが来たぞ!」

「や、やっとか……」

 

 ドンドルマの街外れに降り立ったパローネ=キャラバンの飛行船を見て、古龍観測隊が声をあげた。ドンドルマギルドの職員と思わしき人物が飛行船を見上げて安堵の息を吐いていた。

 ドンドルマには既に避難命令が出ており、街からは既に人気が遠のき、仮設されたハンター用のテントが幾つも見られた。広場に怪我人の姿も多く、ジークは剛種シェンガオレンの被害がかなりのものであることを理解した。

 

「お待ちしていました」

「ギルドナイトまで出てたのか……いや、当然か」

「はい。私たちもドンドルマを守る為に交戦したのですが……精々進行を遅らせる程度でした」

 

 ギルド直属のエリート集団であるギルドナイトの一人がジークたちを迎え入れたが、その身体には包帯が巻かれていた。ギルドナイトに所属するハンターはG級ハンターと比べても遜色ない実力を持ち、メゼポルタに来ても十分活躍できるような精鋭ばかりであるが、そのギルドナイトがここまで被害を受けているのだ。ジークの後ろから降りてきたハンターたちも、被害の大きさを理解して唖然としていた。

 

「今の詳しい状況は?」

「ドンドルマの砦群で防衛線を五つ築き、必死の抵抗線をしていますが……既に二つが突破されました」

「五つ目が突破されたら?」

「すぐに街が破壊されることはありません。五つ目の防衛線の後ろに最後の砦がありますが……それを突破されたらすぐにドンドルマ近郊の居住区です。避難は……人口的に到底間に合いません」

 

 想像以上に危険な状態であることを理解したジークは、ベレシスとネルバへと視線を向けた。すぐにでもシェンガオレンを撃退しなければ、ドンドルマに多大な被害が出てしまう。

 

「一刻を争う状況です。すぐに向かいましょう」

「そうだな」

「いや、私たちは四つ目の防衛線で準備を整える」

「ベレシスさん?」

 

 すぐにでも防衛線に加わろうとしていたジークを止めたのは、ベレシスの言葉だった。既に二つ目が突破され、現在三つ目の防衛線で戦闘が行われていると聞いていたベレシスは、自分たちが向かった頃には三つ目の防衛線は手遅れであると考えた。

 

「それがいいでしょう。第三防衛線には進行を遅らせるのではなく、少しでも攻撃するように伝令を飛ばしておきます」

「それでいいんですか?」

「……敵は想像以上の怪物です。結果的に街が守れるのならば、砦の一つ程度は問題ありません」

 

 剛種シェンガオレンと実際に相対したであろうギルドナイトの言葉に、ジークは何も言えなかった。ジークたちが凄腕ハンターとして剛種の討伐経験もあるとはいえ、G級ハンターやギルドナイトと実力の差が途轍もないかと言えばそうではない。メゼポルタの技術力によって生み出された装備は強力だが、ハンターとしての腕前はそこまで大きく違いはない。そんなギルドナイトがボロボロになってしまう様な相手に、満足な準備もなく挑むなど無謀であると、ベレシスもギルドナイトも言っていた。

 

「……わかりました。俺たちは第四防衛線から加わります」

「お願いします……今の進行速度から考えて、今日中には第四防衛線に来ると思います。アイテムの補給などはこちらで支援します」

「装備の点検は任せてほしいっス」

「はい」

 

 ドンドルマギルドが戦線維持用のアイテムを用意し、武器の整備はメゼポルタと共同で技術を開発しているパローネ=キャラバンが協力する。凄腕ハンターが万全の状態でシェンガオレンに挑めるようにと、メゼポルタとドンドルマのギルドマスターが連絡を取り合った結果だった。

 

 


 

 

 大地を揺らしながら歩き続けるシェンガオレンは、目の前にある邪魔な物体全てをその鋏で切り刻んでいた。鋼を容易く上回る硬度であり、頑強に作られた砦を一振りで真っ二つにする切れ味と体躯の大きさ、武具どころか人そのものや砦を溶かす強酸性の塊。どれをとっても人が立ち向かうにはあまりにも強大で、正しく天災と呼ぶべき存在である砦蟹シェンガオレンは、多くのハンターから攻撃を受けながらも平然と歩みを続けていた。

 

「くそッ!」

「大砲の弾が切れた! 補充頼む!」

 

 地上からバリスタや大砲を放ち、遠距離武器を持ったハンターが弾丸や矢などを撃ちこむが、シェンガオレンは反応する素振りも見せずに悠然とその脚を前へと動かし続ける。

 

「貫通弾が貫通しねぇ!」

「矢が弾かれたッ!?」

「おい! ギルドナイトから伝令が飛んできたぞッ!」

 

 どうすることもなくただ無駄だとわかりながら攻撃を繰り返すハンターたちの元へと、一羽の鳥が伝令書を持って飛来した。ギルドナイトからの伝令と聞いて、その場を指揮していたG級ハンターがその伝令書を急いで開封した。

 

「……メゼポルタのハンターが到着しただと? 数日はかかるって話じゃ……いや、今はそれどころじゃないか。遠方から援軍と支援物資が到着したらしい! 大砲の弾とバリスタ弾も使いきるつもりで戦え! 援軍がシェンガオレンを倒せるように少しでも攻撃を続けろ!」

「おぉ!」

「どのみち、俺たちには攻撃することしかできねぇんだ!」

 

 指揮官の言葉を聞いて一気に士気を上げたハンターたちは、一斉に砲撃を始めた。全く攻撃を気にしていなかったシェンガオレンだが、今まで進行を遅らせる為に放たれていた攻撃が全て、シェンガオレンを傷つけるためになり、物資不足も考えずに撃ち始めたことでようやく不快感を露わにする様にシェンガオレンは立ち止まって大砲が発射されている砦の一部へと目を動かした。

 

「ッ!? まずいッ! 逃げろぉぉぉッ!」

 

 シェンガオレンの動きが変わったことにすぐ気が付いたG級ハンターは、大きな声をあげて逃げるように指示を出した。全員がなにが起きたのかとシェンガオレンの方へと視線を向けると、鉄の壁すらも紙のように切り裂くシェンガオレンの爪が、砦に向かって振り下ろされた。

 

「うぉぉぉ!?」

 

 立っていられないほどの振動とともに、砦は巨人に刀で斬り裂かれたがごとく一刀両断にされて崩落した。今まで見向きもしていなかっただけで、シェンガオレンがその気になった瞬間に、ハンターたちは命を散らす儚いものでしかなかった。指揮官の指示によって被害は最小限に抑えられたが、怪我をして動けなくなったハンターも多く、G級ハンターはその場で武器を構えた。

 

「バリスタを撃ってる奴は全員怪我人を救助しろッ! 遠距離武器で攻撃してる奴は俺についてこい! シェンガオレンの視線を砦に向けさせるなッ!」

「了解ッ!」

 

 自らは太刀を手にしながらシェンガオレンへと接近するその姿を見て、全員が頷き合った。このまま自分たちが攻撃していてもシェンガオレンにとってはかすり傷にもなりはしないことなど理解していたが、それでも後続のハンターたちのためにも、ドンドルマから避難できていない人々のためにも引くことはできなかった。

 

 


 

 

「どうですか?」

 

 第四防衛線に急ピッチで物資を運びこむドンドルマギルドの人々を見ながら、ジークは砦の頂上で双眼鏡を使ってシェンガオレンを見ているであろうベレシスへと声をかけた。

 近接武器を背負っているジークやベレシスは、今回はシェンガオレンへと近づかずに現場指揮をしながらバリスタや大砲で援護する役回りだった。故に準備が少なく済んだ近接武器を持つハンターたちは、周囲の警戒と第三防衛線方面への注視をメインとしていた。

 

「……見えてきた。想像以上の進行速度だ」

「本当ですか!?」

 

 双眼鏡を持ちながら冷静に告げるベレシスの言葉に驚いたのは、たまたまその会話を聞いていたギルドナイトの一人だった。まだ物資を運び終わっていない状態でシェンガオレンの影が見えたと言うベレシスの言葉に、ギルドナイトは相当不味い状態だと慌て始めていたが、ジークはそこまで慌てていなかった。

 

「安心してください。あの人の視力がおかしいだけですので……俺には影も見えませんよ」

「そ、そうですか……しかし、姿を捉えられる人がいる程度には近づいているのですね」

「そうですね。第三防衛線のハンターたちは遅延行為をやめて、傷を与える方に注力してくれているらしいので、当然と言えば当然ですが……」

 

 ジークの言葉を聞いて少しだけ安心したような顔をしていたギルドナイトだが、G級ハンターですら撃退することができなかった未曾有の存在であるシェンガオレンの情報を聞きながら、慌てる様子もなく冷静に準備を進めるメゼポルタの凄腕ハンターに対して、単純な実力以外での質の違う恐怖感を味わっていた。

 

「ウィル、ティナ、エルスは俺とは別行動で頼む」

「了解しました」

 

 シェンガオレンと聞いて用意してあったヘヴィボウガンを準備していたウィルと、普段から遠距離武器を使っているティナとエルスは、ジークの言葉に頷いていた。ジークは近接武器を持っている関係上、バリスタや大砲を動かす『ラグナロク』所属の上位ハンターや、ドンドルマギルド所属のハンターたちの指揮をしなければならなかった。

 

「西側方面の設備設置完了だ」

「東側、そろそろ終わる」

「中央の撃竜槍はまだ装填が終わってねぇみたいだな」

 

 西側の指揮を担当することになったネルバ、東側の担当をすることになっているヴィネア、中央の様子を見ていたバアルの報告を受けて、ジークは着実にシェンガオレンへの対策が完了していることに安堵していた。

 

「よし……それほど長い時間をかけずにシェンガオレンはここに到達する。俺たちが三つの壁を抜かれればドンドルマは終わりだ! 気張っていけよ!」

 

 最高指揮官として拠点全員に聞こえる声で叫ぶジークに対して、全員が勢いよく返事をしていた。そこにメゼポルタやドンドルマといった区分はなく、ただ剛種シェンガオレンを撃退する為に作られた集団だけが存在していた。

 シェンガオレンが第三防衛線を突破した知らせが届いたのは、ほんの少し後の出来事だった。




唐突ですが剛種シェンガオレン戦です


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砦蟹②(シェンガオレン)

 爆発音のような衝撃と揺れによって砦全体が軋み始めた瞬間に、砦の外で偵察していたハンターたちが大きな声をあげた。

 

「シェ、シェンガオレンが来たぞぉッ!?」

「ば、馬鹿なッ! 一体どこからやってきたッ!?」

 

 第三防衛線を突破した連絡が届いてから、第四防衛線へと移動している間にその姿を消していたシェンガオレンが突如第四防衛線のすぐ近くに現れたのだ。いくら神出鬼没で生態すらよくわかっていないモンスターとはいえ、瞬間移動する様なモンスターがこの世にいるなど考えにくく、その巨体を何処に隠して何処から現れたのかわからない現状に、多くのハンターがうろたえていた。しかし、そのうろたえをいつまでも続けさせないのが現場指揮官としてのジークの働きだった。

 

「うろたえるな! いつか来ることは分っていたはずだ! 全員作戦通りに行動して、シェンガオレンを撃退しろ!」

 

 すぐに指示を飛ばしたジークの言葉に反応したのは『ラグナロク』の同盟員たちである、メゼポルタのハンターだった。各々決められた役割を果たす為に迅速な行動を始めたメゼポルタのハンターたちを見て、ギルドナイトが動き始め、それに追従するようにドンドルマのハンターたちも動き出した。シェンガオレンが突如現れたと言っても、砦が密集しているど真ん中に現れた訳でもないと考えていたジークは冷静に地図を広げてシェンガオレンが現れた地点にピンを刺した。

 

「どんな生態かもわかってないモンスターだ……何をしてきてもおかしくないが、まさか突然現れるとは」

「恐らくだが、あれは地中を進んでいたのだろう」

「地中を?」

 

 ジークの独り言を拾ったのは、ジークと同じく現場指揮を担当することになっていたベレシスだった。誰にもその巨体を見つかることなく移動する方法など存在しないと考えていたが、ベレシスの言う地中を移動する手段ならば、確かに見つかることなどそうそうない。

 

「ありえるな。甲殻種であることを考えると、ダイミョウザザミやショウグンギザミのように地中を移動している可能性もある」

「そうでもないと説明つかないですね」

 

 ベレシスに同意するバアルの言葉に、ジークは苦笑しながら頷いていた。地中を移動できるシェンガオレンが何故砦を破壊しながら地上を進むのかは理解できないが、人間に被害が出ないように撃退するのがハンターであるジークたちの役割である。

 

「正面の砦を突破されたら東に進行していくと思います。古龍観測隊からいただいた、過去のシェンガオレンとラオシャンロンの進行ルートからの推測ですが」

 

 シェンガオレンが背負っている頭骨の正体である老山龍(ろうざんりゅう)ラオシャンロンもまた、シェンガオレンと同じようにドンドルマ近郊を移動することで知られている。古龍観測隊ができたのは大老殿に座す大長老が若かりし頃であると言われ、数百年間の記録が積み重なっている。しかし、古龍観測隊から渡されたシェンガオレンとラオシャンロンの進行ルートを記録した情報はそこまで多くなかった。一説には寿命が千年を超えるとも言われるラオシャンロンが相手では、無理もないことではあるが。

 

「東に……やはり、進行方向はドンドルマの市街方面か」

「そう、なりますね」

 

 かつて栄華を極めた王国であるシュレイドの中心であるシュレイド城跡地から、ドンドルマ方面へと移動してくるシェンガオレンとラオシャンロンは、ドンドルマを超えて何処へ行こうとしているのかは誰にもわからない。しかし、その情報を得る頃にはドンドルマの市街値は地獄となっているであろう。

 

「予定通り、俺とベレシスさんは現場指揮をしながらシェンガオレンの様子見として、バアルさんはパイモンさんが率いてる遠距離部隊をお願いします」

「わかった」

 

 地図を畳んだジークは双剣を背負って、ベレシスと共にバリスタや大砲が備え付けられている高台まで移動した。姿は見えても砲台の射程圏内には未だに入ってこないシェンガオレンに、その場にいる全員が歯痒く思いながらも進行してくるその巨体を見つめていた。

 

「アキレス」

「ん? 団長か」

「物資の運び込みは終わったのか?」

「ここは拠点から近いからなんとかな……だが、後方はまだだ」

「そうか」

 

 正面砦にはひとまず物資を運び終えたことを確認したジークは、双眼鏡を持ってシェンガオレンを見つめているベレシスへと視線を向けた。

 

「どうですか?」

「……特に気にしている様子はないな。パイモンたちの姿も見えるが、攻めあぐねている」

 

 地上から弓、ライトボウガン、ヘヴィボウガンで攻撃しているパイモンたちの姿を見ていたベレシスは、地上からの攻撃をシェンガオレン自体があまり気にしていないことに気が付いていた。攻撃を避けられているのではなく、真正面から受けて特に気にされていないことにパイモンたちもどう攻めればいいかと攻めあぐねている姿がベレシスには見えていた。

 

「ここまで来るのにもう少し時間がかかる……なんとか踏ん張ってくれよ」

 

 元々、剛種シェンガオレンを人の担ぐ遠距離武器程度でなんとかできるとはジークも考えていない。そんなことができるのならば、既にG級ハンターたちが束になって撃退している。それができない強さがあるからこそ、剛種シェンガオレンはこうしてジークたちの目の前に存在しているのだ。

 ジークの立てた作戦は即興ではあるが、かつて果ての海で相対した獄炎の巨神との戦闘経験から考え出したものである。不死の心臓をも持っていたモンスターすらも退けた過去のあるジークは、シェンガオレンの一匹程度追い返せると考えていた。その為にも、地上部隊にはシェンガオレンをなるべく誘導してもらう必要があった。

 

 


 

 

「無理に攻撃しようとしないでください! 回避を最優先でッ!」

 

 シェンガオレンの足元で号令を飛ばしながら前線を駆けているパイモンは、頭上から降ってきた落石を避けながらライトボウガンを構えた。天狼砲【北斗】から反動を抑え込みながら貫通弾を超速射するパイモンは、皮膚に少しの傷を与える程度しかできないことに舌打ちしたい気分だった。パイモンがジークから受けた指示は、命を優先しながら東側から射撃を行うことだった。シュレイド地方からドンドルマへと向かって南東に移動しているシェンガオレンを真っ直ぐに移動させれば、そのまま第五防衛線を経由せずにドンドルマ市街地へと向かってしまう。それを防ぐ為に、パイモンたちは東側から射撃を行っていた。

 移動するだけで地を揺らし、周囲の崖から落石を発生させるシェンガオレンに苦労しながらも、パイモンは部隊率いてなんとかうまく行動していた。パイモンの背後に追従するのはティナ、ウィル、エルス、メルクリウス、そしてドンドルマのギルドナイトたちである。

 

「はぁッ!」

「助かります!」

「いえ、私たちにはこれくらいしかできませんから」

 

 ランスを持っていたギルドナイトが、ティナたちの方へと襲い掛かろうとしていたイーオスを貫いた。この砦近くにもモンスターが生息しているため、遠距離武器を持つハンターたちがシェンガオレンに集中できるように、ジークはランスを持っていたギルドナイトを数人護衛に付かせていた。射撃中やリロード中に降ってくる落石を防いだり、乱入してきたイーオスやランゴスタを撃退するのが護衛としてランスを持っているギルドナイトたちの役割だった。当然、遠距離武器を持っているギルドナイトのメンバーはパイモンたちと共にシェンガオレンに向かって射撃をしていた。最初こそパイモンの放つ超速射に驚愕していたギルドナイトのメンバーだが、それでもまともに傷がつかないシェンガオレンに対して抵抗を続けていた。

 

「こんな怪物、どうやって倒すんですかッ!?」

「それをジーク君が考えてくれているんでしょう!」

 

 ヘヴィボウガンを放ちながら叫ぶウィルの声に、パイモンが答えた。今回初確認された剛種のシェンガオレンは、パイモンたち『ゴエティア』の面々の想像をはるかに超えていた。多くの剛種を討伐してきた『ゴエティア』だが、超大型モンスターの剛種と遭遇するのは初めてである。本当に人間が挑みかかっていい生物なのか疑問に思ってしまうほどの巨体を前にしても、パイモンは作戦をたててなんとかすると言っていたジークをそれなりに信じていた。

 ジークがなんとかするという言葉にいち早く頷いたのはティナだった。彼女はジークのことを心から信頼しており、本当に彼ならばこの怪物すらも討伐できてしまうのではないかと考えていた。

 

「兎にも角にも、シェンガオレンを誘導しないとドンドルマが崩壊するのは確かです」

「……わかりました!」

 

 メルクリウスのドンドルマが崩壊するという言葉に息を呑んだウィルは、頭を振ってからもう一度自分の精神を奮い立たせていた。どれほど強大なモンスターが相手でも、少しでも傷が付けられるのならば必ず倒すことだってできるはずだと無理やり自分を納得させてから、ヘヴィボウガンをシェンガオレンへと向けた。ウィルが吹っ切れたのを横で見ていたエルスは、苦笑を浮かべてからジークたちがいるであろう砦方面へと視線を向けた。

 

「踏ん張りましょう。もう少しで砦の射程圏内に入るわ」

 

 エルスの目による正確な距離分析を信じたウィルとティナは大きく頷き、落石を避けながら再びシェンガオレンへと接近していった。

 

 


 

 

「バリスタの準備をしろ! そろそろ射程圏内だぞ!」

「……姉さんは大丈夫だろうか」

「大丈夫だと思うよ。だってエルスだし」

 

 シェンガオレンが進行する先、ジークたちがいる砦よりも手前にある高台にネルバ、マルク、スロアの姿があった。その場にいるハンターたちに準備を呼びかけながら、三人もバリスタの準備をしながら狙いをつけていた。

 

「マルク、エルスの心配してる暇があったらバリスタの弾もっと持ってきてくれ」

「まだ足りないのかい?」

「足りる訳ねぇだろ。シェンガオレンだぞ?」

 

 バリスタを触りながら姉の心配をしていたマルクに対して、ネルバは周囲を見てバリスタの弾を持ってくるように要求していた。壁には既に大量のバリスタが用意されているにもかかわらず、次のバリスタを要求するネルバに眉をひそめるマルクだったが、過去の撃退戦を思い出していたネルバは呆れた様な声を出していた。横から見ていたスロアはため息を吐きたい気分だったが、安易にため息を吐いてしまえばハンターの士気に少しでも関わるかもしれないと飲み込んだ。マルクはシェンガオレンのことを甘く見ていたし、ネルバはシェンガオレンに対するトラウマが強すぎてピリピリしていた。

 

「二人とも言い争ってないで準備してよ?」

「言い争ってはない」

「そうだ」

「その連携力を是非シェンガオレンに発揮して欲しいね」

 

 スロアの言葉にすぐ反応した二人は、顔を見合わせてからスロアの言う通りに準備を始めた。そうこうしているうちに、シェンガオレンは高台の有効射程まで近づいてきていた。

 

「狙いは頭骨とシェンガオレンの本体だ! 絶対爪は狙うなよ! 全員、撃てぇッ!」

 

 有効射程以上にバリスタは飛んでいくが、命中率がぐっと下がってしまうことを考えてネルバはしっかりと射程をマーキングして待機させていおいた。そのマーキングよりもこちら側にシェンガオレンの身体が入った瞬間に、ネルバは号令を飛ばした。一列に並べられたバリスタから無数の弾が発射され、シェンガオレンの頭骨に刺さる。背負っているだけの頭骨なので当然シェンガオレン本体に痛みがある訳でもないが、自身の弱点を隠す頭骨を攻撃されたシェンガオレンはそれを嫌がって脚を折り畳み始めた。

 

「手を休めるな! 弾が切れた奴は三人がかりで弾を補充して、交代しろ!」

 

 一人で発射して、一人で補充して、一人で再び発射するのではあまりにも非効率的かつ、集中力の部分でどうしても速度が落ちてしまうと考えたジークによって言いつけられている指示をそのまま出したネルバは、頭骨を狙ってバリスタを放っていた。鋼をも容易く斬り裂く爪にバリスタを当ていても大した傷にもならないのならば、攻撃されるのを嫌がる頭骨を狙った方がマシという考えでの攻撃だが、結果的にそれを嫌ったシェンガオレンは脚を折り畳んで身体部分を下げたことにより、地上部隊がその無防備な本体を狙うことできる。

 

「よし、地上部隊は本体を攻撃できているみたいだな」

「このままいけば撃退もなんとかできそうじゃない?」

 

 今まで全く嫌がる素振りも見せずに進行していると聞いていたネルバは、自分達の攻撃を嫌って地上部隊の集中砲火を受けているシェンガオレンを見て、ハンターとしての自信を取り戻そうとしていた。シェンガオレンと剛種クシャルダオラに砕かれたハンターとしての自信とプライドを取り戻すための戦いに、ネルバは興奮していた。ジークの常に冷静でいろとの指示をも忘れて。

 

「はっ?」

 

 シェンガオレンのその行動は突然だった。地上部隊が接近した瞬間に勢いよく爪を振り下ろし、そのまま体を回転させてネルバ達の方へと顔を向け、先ほどとは比べ物にならない進行速度で高台に接近していた。通常のシェンガオレンは幾ら攻撃されてもハンター個人のことを狙う個体は存在しないが、この剛種シェンガオレンはその常識を覆す行動をしていた。接近してくるシェンガオレンに対してその場にいる全員が恐怖を感じ、バリスタと大砲をむやみやたらに放った。

 

「ネルバッ! しっかりして!」

 

 物凄い速度で近づいてくるシェンガオレンを見て手が震えていたネルバは、スロアに肩を掴まれて我に返った。接近してくるシェンガオレンに対して我武者羅に攻撃を繰り返すハンターたちを見て、ようやくネルバはジークから言われたことを思い出した。

 

「全員、この高台から撤退だ!」

「なッ!? 今こそ絶好の攻撃機会だろう!」

「馬鹿野郎ッ! 死にたいのかッ!? まだ砦は後ろにある……今ここで死ぬ訳にはいかねぇだろうが!」

 

 撤退指示を出したネルバに掴みかかったドンドルマのハンターは、メゼポルタ所属のハンターならドンドルマの街が破壊されても気にしないと考えていた。余所者の力を借りること自体が不本意であり、命をかけてもドンドルマを守ると意気込んでいたにもかかわらずシェンガオレンに接近されただけで撤退指示を出すネルバに怒りがこみ上げていた。しかし、そんな命知らずの行動をしようとするハンターをネルバは殴り飛ばした。ハンターがもっとも優先するべきものは命である。依頼を達成するために自らの命をかけるのは三流のやることであり、優秀なハンターは長生きするハンターであるとハンター教習所で初めに習うことだ。ネルバはスロアに掴みかかられ、ジークの言葉を思い出したことでようやくそれを行動に移した。

 

「お前の考えているより剛種シェンガオレンは強力なモンスターだ。だがな、お前が考えている以上に……後方にいる俺らの仲間は強力だ……だからここは撤退だ。お前らの命は、最終防衛線にかけろ」

 

 ネルバの言葉に頷いたスロアとマルクは、即座に撤退の詳細指示を細部にまで飛ばした。運べるだけの物資を運びだし、残りの砲台や砲弾は放棄する考えだった。

 慌ただしく撤退を始める姿を遠くから眺めていたジークは、横のベレシスにハンドサインでそれを伝えた。シェンガオレンがネルバたちのいた高台へと向かって直進していることを知ったベレシスは、バリスタを構えていたギルドナイトの元へと近づいた。

 

「シェンガオレンがあの高台を攻撃したらあの倉庫を撃て」

「倉庫、ですか?」

「あぁ……ジークが色々と仕掛けてくれている」

 

 ベレシスの指令を受けてギルドナイトは首を傾げながらも、肉眼でシェンガオレンの動きを見ていた。しばらくすると、高台から大勢のハンターが脱出している姿が確認できた。シェンガオレンは足下のハンターたちには目もくれずに、高台に向かって大きく爪を振り上げていた。

 

「……パイモンさんたちなら大丈夫だろう。バアルさんにも状況を伝えておくか」

 

 今にもシェンガオレンが高台を破壊しようとしている中、ジークは手に持っていた信号弾を空に打ち上げた。それを見ていた後方のバアルは、ヴィネアへと視線を向けた。

 

「おい」

「見えた。一個目、突破されたみたい」

「らしいな……想定の二倍は早い」

 

 信号弾を確認したバアルは、シェンガオレンの移動速度をおおよそ把握したが、その巨体からは考えられない進行速度に頭を抱えたい気分だった。ただでさえ巨体ゆえに攻撃の効き目が薄いシェンガオレンの剛種個体であるというのに、進行速度から考えても通常のシェンガオレンよりも攻撃機会は半分以下である。ご丁寧に砦や高台を破壊しながら進んでいく関係上、背後から攻撃することも難しい。

 

「ジークが仕掛けた策で何とかなってくれればいいがな」

 

 第四防衛線の後ろにある第五防衛線、そして最終防衛線のことを考えると剛種シェンガオレンの体力をできるだけ削っておきたいが、相手は過去に一度も確認されたことのない剛種シェンガオレンである。どれだけ攻撃を加えれば倒せるのかも不明である。

 

「とりあえず砲撃準備」

「……そうだな」

 

 通常の大砲よりも飛距離を伸ばすように改造された大砲を横に並べた高台にいるバアルは、ハンターたちに大砲の弾を装填しておくように指示を飛ばした。

 全員が慌ただしく動き始めた直後、シェンガオレンは爪を振り下ろして高台を破壊した。紙屑の様に石組みの高台を破壊するシェンガオレンに誰もが息を飲みながらも、ベレシスの指示を受けていたギルドナイトは同時にシェンガオレンの足元にあった倉庫をバリスタで破壊した。倉庫はバリスタが着弾した瞬間に凄まじい轟音と共に巨大な爆発を起こした。突然背後で爆発が発生したネルバたちは必死に崩れてくる瓦礫を避けながら、ジークが仕掛けた策の一つが成功したことを祈っていた。

 

「い、今のは?」

「倉庫に大砲の弾と対巨龍爆弾を仕掛けておいた。無理言ってラオシャンロン用に保管してあった対巨龍爆弾を出して貰ったんだが……正解だったな」

 

 撃った本人であるギルドナイトも驚いた表情悪していたが、ジークは対巨龍爆弾の威力を見て感心していた。今までどんな攻撃を受けても不快感を露わにしていた程度だった剛種シェンガオレンが、爆発を受けて明確に怯んだ。

 

「あの高台を破壊できたってことは射程圏内だ。全員撃てッ!」

 

 対巨龍爆弾の衝撃と轟音を受けて動きの止まっていたシェンガオレンに対して、大砲とバリスタが雨のように降り注いだ。爆撃の豪雨の中でもシェンガオレンは動き続けていたが、対巨龍爆弾を受けた反動か動きが明らかに鈍っていた。シェンガオレンが集中砲火を浴びている中、破壊された高台から逃れてきたハンターたちは背後の爆発音を聞きながらジークたちが待っている砦まで到達していた。

 

「ジーク、シェンガオレンはどうだ?」

「……どうですかね。あまり効いているようにも見えませんが」

「そうか……どうやればあれを倒せるんだよ」

「倒す……倒す、ですか……」

 

 剛種シェンガオレンの存在は極めて危険である。大量のバリスタと大砲を受けても平然と動き続け、ドンドルマに保管されていた対巨龍爆弾をほぼ全てつぎ込んでも大きなダメージにはなっていない。動くだけで周囲を破壊し、一度その爪を振り下ろせば砦を真っ二つにする災害。しかし、その災害がドンドルマに向かっているから問題なのであり、シェンガオレンの存在自体が人間に及ぼす影響はさほど大きくないと言えるだろう。

 

「シェンガオレンを倒すのではなく、通るのは困難だと思わせれば撃退できるはずです。シェンガオレンだってただ歩いているだけで妨害されるのはストレスでしょうし」

「撃退って言ったって……あんな危険なモンスターを放置する訳にもいかないだろ?」

「別にいいじゃないですか。古龍種だって人間の街に近づかなければ討伐しないのと同じですよ」

 

 討伐に拘るのならばシェンガオレンの命を奪う為に、あの鋼鉄の身体を貫く方法が必要だが、撃退するだけなら現在の戦力だけでも十分可能だろうとジークは判断していた。そうと決まれば、必要なのはシェンガオレンの妨害である。

 

「全員シェンガオレンの殻を極力狙え! 甲殻種にとって生命線ともいえる甲殻を破壊すれば、シェンガオレンも逃げ出すはずだ!」

 

 ジークの言葉に全員が一瞬戸惑いを感じていたが、すぐに内容を理解してラオシャンロンの頭骨を狙い始めた。頭骨と言えども古龍種の骨である以上、破壊することは困難ではあるだろうが、このままシェンガオレンの命を奪うよりはよほど簡単だろうとジークは理解していた。事実、攻撃がラオシャンロンの頭骨に集中していることに気が付いたシェンガオレンは、爪を振り回して空中で幾つかの砲弾を迎撃していた。

 

「パイモンさんたちが背後から攻撃してくれれば……」

「シェンガオレンの攻撃を受けていただろう。無事でいても動けるかわからないだろう」

「……そうですね」

 

 シェンガオレンが高台を破壊する前に、地上で攻撃していたハンターたちに向かって爪を振るった姿をベレシスとジークは見ていた。その程度でパイモンたちが死ぬとは到底考えてはいないが、一振りで地面を抉り岩盤をひっくり返したその威力を見れば、しばらく動けなくなっていてもおかしくないとも思っていた。

 

 


 

 

「よい、しょっと……大丈夫ですか?」

「あ、あぁ……なんとかな」

 

 岩盤をひっくり返すような攻撃を受けて、隊列をずたずたにされたパイモンたちは、全員で瓦礫をどけながら怪我人の救護をしていた。パイモンが大きな瓦礫をどかし、瓦礫に足を取られていたギルドナイトのガンナーを助け出していた。シェンガオレンの一撃をなんとか直撃せずに全員が避けたが、怪我もなく動ける人員は多くなかった。

 

「いっ……」

「あ、これ回復薬です」

「ありがとうティナ」

 

 腕に怪我を負ったエルスは、ティナに渡された回復薬グレートを一口飲んでからため息を吐いた。利き腕である右手に傷を受けたエルスは、その時点で遊撃手としてヘヴィボウガンを持ってシェンガオレンの背後を追いかけるのは難しい状況になっていた。

 

「仕方ないですね……ティナさん、貴方と私だけでシェンガオレンを追います」

「えっ!?」

「危険すぎますよ!」

「到底賛成できません」

 

 全員の状態を確認したパイモンは、傷一つなく動けるティナと自分だけでシェンガオレンを追いかけていくことを決めたが、ウィルとメルクリウスからは反対意見が出ていた。しかし、ウィルは身体に傷を受けてはいないが、武器であるヘヴィボウガンが瓦礫の重みによって歪み、弾丸が発射できるコンディションではなかった。メルクリウスも怪我を負っていないが、何故かパイモンからは除かれた。

 

「シェンガオレンは露骨に進行速度を上げました。先程の爆発音から考えて、一つ目の高台は破壊されたと考えていいでしょう。怪我人を連れて行く訳にはいきませんし、当然怪我人はドンドルマに送り届けなければなりません……そう考えると、怪我のなくて武器も無事である私、ティナさん、そしてメルクリウスさんの誰かが護衛として付かなければいけないんですよ?」

「……それはわかりますが、二人だけで行くのは危険です」

 

 メルクリウスは自分が護衛として付かなければならない状況は理解していたが、あの攻撃を見た後に二人でシェンガオレンを追いかけることに難色を示していたのだ。

 

「大丈夫です。基本的にはシェンガオレンを背後から追いかけながら、ジークさんの策に従うだけですので。それに、少数で動けばシェンガオレンに狙われる可能性もぐっと低くなります」

「……私、行きます。行かせてください!」

 

 メルクリウスとパイモンの間に入ったのはティナだった。メルクリウスを説得するように強い言葉を吐くティナに、一番動揺していたのはそれを聞いていたエルスだった。ハンターにしては我が強くなく、基本的にはジークやエルスの指示を受けて動くことが多かったティナの自己主張を受けて、メルクリウスは大きなため息を吐いた。

 

「なにかあったらジークさんたちがいる方向に向かってこの信号弾を使うこと……それだけは約束してください」

「……はいっ!」

 

 メルクリウスの言葉を聞いて、ティナは自分の主張が通ったことを理解して笑顔で頷いた。まだなにか言いたげな雰囲気を醸し出しつつも、メルクリウスが認めたことでウィルはそれ以上口を挟もうとしなかった。どちらにせよ、シェンガオレンがこの第四防衛線のうちに倒せるとも思っていなかったからでもある。

 

「それは生きますよティナさん」

「はい……頑張ります」

「期待しています。なにせ、あのジークさんの補佐をする副猟団長なのですから、ね」

 

 知り合ってからそこまで時間が経過していないにもかかわらず、パイモンからジークに対する信頼を感じ取れる言葉を聞いて、ティナは自分がそのジークに対する信頼を背負っていることを自覚して背筋を伸ばした。

 

「お姉ちゃんに……追いつくんだッ!」

 

 見向きもされなかった過去を振り払い、ティナは決意を宿した目で砦へと進行するシェンガオレンへと視線を向けた。




まだまだ続きます


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砦蟹③(シェンガオレン)

 シェンガオレンが第四防衛線の中にある高台を一つ破壊してから数分が経過していた。殻を集中砲火されていることに気が付いた剛種シェンガオレンは、本体を砦の方へと向けて爪を左右に振るいながら進行していた。砲撃を迎撃しながらの進行となり、かなりゆっくりとした動きにはなっているが、シェンガオレン自体に与えることができる傷は確実に少なくなっていた。

 

「ここからどうするか……撃龍槍を直撃させないまず撃退なんてできないだろうが……」

 

 多くのハンターが撃退を信じて砲撃を繰り返しているが、ジークはこんな攻撃ではシェンガオレンには大した傷にもなっていなことは知っていた。対大型古龍決戦兵器である撃龍槍は、ラオシャンロンであろうと直撃すればただではすまない、まさしく切り札のようなものではあるが、一度放てば再装填までは十数分の時間を要する上に、撃龍槍自体を移動することも不可能であり射程もそれほど長くはない。一度外してしまえば第四防衛線内でもう一度当てることが不可能とも言える諸刃の剣である。

 

「防衛線の一番奥で撃龍槍を装填してもらってるが……果たして誘導できるかどうか。対巨龍爆弾も使いきったし、本当に決定打が無いな」

 

 爪を振りながら前進するシェンガオレンの姿に恐怖を抱くハンターもいるらしく、大砲も何発かが外れて地上で爆発していた。空中で迎撃される砲弾と外れる砲弾を見て、ジークはパイモンたちがなんとか追撃を仕掛けてくれることを祈ることしかできない。

 

「……ジーク、パイモンたちは無事だったようだ」

「あれは……パイモンさんとティナ、か?」

 

 瓦礫の後方から飛び出してきた二つの影を見て、ジークは双眼鏡を手に取った。天狼砲【北斗】を持ちながら走るパイモンの後ろを追走するのはティナだった。他のハンターたちの姿は見えないことに、ジークは怪我人が出たことを察していた。人数はだいぶ減っているが、背後からシェンガオレンを追撃する部隊が残っているのならばまだやることはある。ジークはバリスタと大砲の弾を運んでいたネルバたちの元へと近づいた。

 

「ネルバさん、撃龍槍を準備している中央奥へと行ってくれませんか?」

「いい、けどよ……ここは大丈夫なのか?」

「大丈夫です。数分後には瓦礫になってるかもしれませんけどね」

「おいおい……了解した。スロア! マルク! 出番だとよ」

 

 ジークの冗談かどうかわからない言葉に苦笑しながらも、ネルバは大砲の弾をギルドナイトに渡してからスロアとマルクを呼んだ。ネルバと同じく弾を運んでいたスロアとマルクは、ネルバからジークの指令内容を聞いて一瞬だけジークの方へと視線を向けてから頷いた。

 

「よし……撃龍槍の手伝いをすればいいんだな」

「いえ、撃龍槍の装填が終わったら信号弾を撃って欲しいんです。まぁ、手伝いもして欲しいですけど」

「わかった」

 

 撃龍槍の装填にはもうそこまで時間はかからないだろうことはジークもわかっていたが、シェンガオレン撃退に切り札と言える撃龍槍の取り扱いには慎重になりたかった。シェンガオレンに対して撃龍槍を確実に当てる為には、撃龍槍がある砦に向かって進行するようにシェンガオレンを誘導する必要がある。それには、シェンガオレンの注意を引くほどの人手が必要だった。

 

「頼みます」

「おう」

 

 返答をしてから砦を降りて行くネルバたちを見ながら、ジークはドンドルマにいる軽傷のハンターたちが一人でも多く戦場に復帰することを期待しながら、シェンガオレンの動向をつぶさに観察することが仕事になっていた。撃龍槍を当てたところで確実に撃退できるとは断言できない状況ではあったが、当てなけれなにも始まらない状況まで追い込まれているとも言えた。

 パイモンとティナがシェンガオレンの背後に追いつき、射撃を始めた姿を見てジークはバリスタ弾を手にしながらベレシスの方へと近づいていた。

 

「ベレシスさん、指揮を頼みます」

「何をする気か聞いてもいいか?」

 

 バリスタの弾だけを置いて指揮を頼もうとしているジークに対して、彼が何かをしようとしていることをベレシスは察していた。何をするかを言葉では聞いているベレシスだが、実際はジークが今から何をしようとしているのか既に察していた。

 

「少し、シェンガオレンに近づいて武器を振るおうと思いまして」

「ふふ……無謀と言わざるを得ないが、楽しそうではないか」

「指揮する人がいるのでベレシスさんがついてきては駄目ですよ」

「そう言うな……ガープ、お前にここの指揮を任せる」

「は?」

 

 ベレシスは近くでバリスタを撃っていた男の肩に手を置いて、一言だけ告げた。突然背後から猟団長に謎の言葉を告げられたガープは、一瞬ベレシスが何を言っているのか理解できていなかったが、言葉を何度も反芻してから顔を青褪めた。

 

「な、なに言ってるんですかッ!?」

「お前なら指揮には問題ない。私とジークは少し、あれと遊びに行ってくる」

「しかも突っ込むんですかっ!? 双剣と太刀でっ!?」

 

 何を言っているのかまるで意味がわからないとばかりに叫ぶガープだったが、ベレシスは既にジークについていってシェンガオレンと近接武器で戦うことを決めていた。ベレシスが実力派ハンターとして数多くのモンスターを狩ってきた実績があるといっても、シェンガオレンのような超巨大モンスターに近接武器で真っ向から斬りに行くのは初めてのことだった。故に、戦闘狂であるベレシスはもう止まらない。

 

「……ダルク、アキレス……ギルドナイトの人と一緒にここを頼む」

「……わかりました。ジークさんの命、必ず成し遂げて見せます!」

「おう、行ってこい……どっちにしろもう手詰まりだ」

 

 ガープ、ベレシスとは違い、あっさりジークの言葉に頷いた二人に団長である自分自身で苦笑しながらベレシスへと視線を向けた。視線の合ったベレシスはそのまま頷き、砦の梯子に向かって走り出した。

 

「ちょっと待ってくださいよぉぉぉぉぉ!?」

「諦めろ。あれがうちの団長と、それの同類だよ」

 

 悲痛な声で叫ぶガープの肩に手を置いて慰めるのは、他の『ゴエティア』所属のハンターであった。将来的には自分よりも団長に向いているようなハンターになる、と普段からベレシスに言われているガープだが、まさか剛種シェンガオレン撃退戦という命がけの舞台で団長代理を任せられるとは微塵も思っていなかった。ガープとは対照的に、勢いよくジークの言葉に頷いたダルクは自身の持つ片手剣を掲げた。

 

「我らの団長は私たちにこの場所を託し、シェンガオレンの元へと勇敢に立ち向かっていった! 必ずや我らが長の期待に応え、勝利をこの手に掴み取るのだ!」

 

 軍隊を指揮する将軍のようなダルクの激励に呼応したのは『ニーベルング』所属のハンターと、ドンドルマに所属するハンターたちであった。この短い間に、ジーク様々な手段を使ってドンドルマのハンターたちと絆を深めていた。それを引き継いだのは『ニーベルング』で最も団長ジークを崇拝しているハンターであるダルクだった。ダルクの激励に応えるように、ハンターたちは先程よりも目に見えて士気が上がっていた。バリスタで狙いを付ける者はより正確に、大砲を放つ者はジークとベレシスに当たらないように慎重にシェンガオレンへと砲撃を放っていた。

 

「嘘ぉ……で、でもこれなら……お前ら、団長が飛び出していったんだから踏ん張れよっ!」

 

 その場を任されたガープは、総指揮官とも言うべきジークが抜けることによる士気の低下を考えていたが、ダルクはジークたちが行った無謀な突撃を言い換えてハンターたちの士気向上へと誘導した。ジークとはまた違うカリスマ性を見せるダルクに頬を引き攣らせながら、ガープは『ゴエティア』所属のハンターたちへと指示を伝えていくのだった。

 

「……あいつらは何をやってるんだか」

「本当に」

 

 無茶苦茶な突撃を遠くから見ていたのはバアルとヴィネアだった。そろそろ射程にシェンガオレンが入ろうかという場所まで来ている中、砦を飛び出していったジークとベレシスの姿に二人は呆れた様な声を出していた。

 

「まぁ、あいつらならそうそうシェンガオレンに遅れなど取らないと思うが……」

「そこは問題じゃない」

「そりゃそうだ」

 

 例え近接武器でシェンガオレンに近づいていっても無事に帰ってくるであろうという信頼はあるが、指揮官として砦に立っていたはずの二人が飛び出して行ってしまうのは流石にどうなのだろうかとバアルも考えていた。どこまでいっても本質が戦闘狂であるジークとベレシスだが、本人たちに自覚は無いが砦の上に立って指示を出すだけの立場に飽き飽きしていたのもあるだろう。

 

「だがあいつらが飛び出していったってことは……シェンガオレンの進行が遅れるかもしれん」

「脚に攻撃……シェンガオレンもたまらない、かも」

 

 無茶苦茶で無謀なことをしている二人だが、片方はメゼポルタでも知らないハンターはいないとまで言われることがある攻撃力最強のベレシスであり、もう片方はバアルから見てもセンスと表現せざるを得ない天才的な攻防一体の動きを可能とするジークである。いくら剛種シェンガオレンとはいえ、脚に張り付かれて攻撃を受ければ動きも鈍ることは必然的に考えられることだった。

 良くも悪くも周囲に影響を及ぼしながら飛び出した二人は、頭上から降り注ぐ岩と砲弾の欠片を避けながら急速にシェンガオレンへと接近していた。

 

「っ!」

 

 声にならないジークの掛け声を起点に、ベレシスが抜け出した。抜刀しながらジークよりも早く駆けるベレシスはシェンガオレンの脚へと先制攻撃となる一太刀を浴びせた。抜き放たれたネブラレギナには生物を死へと容易く導く毒が仕込まれているが、シェンガオレンの巨体ではどれだけ攻撃しても毒が全身に回ることは無いだろうことは明白だった。しかし、ベレシスはシェンガオレンがある属性に対して過剰反応を見せることを知っていた。

 

「うわっ!?」

「おっと」

 

 ベレシスの一撃は大砲の爆発やバリスタ弾に比べてれば微々たる攻撃だったが、ネブラレギナに含まれている属性に敏感に反応したシェンガオレンは、攻撃された脚を振り上げて地面に叩きつけた。ベレシスが振るうネブラレギナは霞龍(かすみりゅう)オオナズチ、その剛種個体の素材によって鍛え上げられた太刀である。生物を容易く死に追いやる強烈な毒と共に、オオナズチの素材から滲み出る龍属性エネルギーが特徴的な武器である。ラオシャンロンの頭骨を背負っているが故なのか、シェンガオレンは自身へと振るわれる龍属性エネルギーを極端に嫌う性質を持っている。

 地面に脚が叩きつけられた衝撃で、ジークとベレシスは立っていることがやっとの振動を感じていたが、シェンガオレンが再び歩きだす前にジークが真舞雷双剣【迦楼羅】を振るった。岩をも切り裂く双剣は電撃を発しながらシェンガオレンの脚へと振るわれるが、ジークは自分の手に返ってくる感触に目を見開いた。

 

「硬いとかそういうレベルじゃないぞっ!?」

「来るぞっ!」

 

 振るい方によっては鉄すらも切り裂くであろう真舞雷双剣【迦楼羅】を持ってしても、シェンガオレンの脚にはまともな傷を与えることができなかった。貫通弾が貫通しないという話は聞いていたが、想定以上の硬さにジークは舌打ちしたい気分だった。そのままもう一度攻撃に移行しようとしていたジークは、ベレシスの警告と共に持ち上げられた脚が二人を踏みつけようと持ち上げられたことに気が付き、その場を離れた。

 

「上等だッ!」

 

 ドンドルマのハンターたちが地上から近づいて無傷だったと聞いていたが、ジークとベレシスの武器によってシェンガオレンが小さな切り傷を与えられていた。剛種の素材によって鍛え上げられた武器の威力は、剛種シェンガオレンの硬さすらも貫いたのだ。大砲とバリスタで援護してくれているハンターたちにちらりと視線を向けたジークは、一度頭を振ってからシェンガオレンの脚に向かって駆けた。

 

「ジークさんっ!? な、なんでここにっ!?」

「やはり、とても楽しい人ですね!」

 

 シェンガオレンの脚へと無謀としか言えない突撃をするジークとベレシスの姿に気が付いたのは、シェンガオレンを背後から追いながら矢を放っていたティナだった。砦に残って全体の指揮をしていたはずのジークが、双剣を持ってシェンガオレンに向かっていることはティナにはまるで理解できない状況だったが、パイモンはベレシスが共にいるのを見て笑っていた。

 

「ティナさん、二人を援護しますよ」

「は、はい!」

 

 立ち上がったシェンガオレン相手には頭骨まで攻撃が届かなかったパイモンとティナは、足下で駆ける二人を援護した方が有利になると判断していた。四本ある脚に対して代わる代わる二人で突撃を繰り返すジークとベレシスは、横から飛んできた矢と弾丸を見てパイモンとティナの援護だと即座に気が付いた。

 

「お願いしますっ!」

「任されよう」

 

 二人で同じ脚を攻撃していたジークは、足下にいるハンターが四人になったことでできた余裕を他の脚に向けるべきだと考え、シェンガオレンの下を走り抜け、ベレシスとは対角線上にある脚へと向かって双剣を突き立てた。生物に刃を突き立てているとは思えないような金属音にも似た衝突音を響かせながら、ジークはシェンガオレンの脚を責め立てていた。

 

「上から来ます!」

 

 ジークを援護するようにティナがパイモンから離れた瞬間、四本の脚を折り曲げてシェンガオレンの本体が降ってきた。足下にいるハンターを押し潰そうとするシェンガオレンの攻撃に気が付いたティナの声に従って、ジークは脚の外側へと向かって飛んで逃げた。

 

「いってぇ……」

「だ、大丈夫ですか?」

「あぁ……まだいける」

 

 着地を考えずにシェンガオレンの外側へと転がったジークは、身体に擦り傷を作りながらも立ち上がっていた。シェンガオレンが先程から脚への攻撃を過剰に気にしているのは、ベレシスが振るうネブラレギナの龍属性エネルギーのせいである。ジークが巻き込まれそうになった攻撃はベレシスに対して行われた物だが、ジークとしてはシェンガオレンの本体が降りてくるなら願ってもない状況だった。

 

「回り込んであいつの顔を攻撃してくれないか?」

「顔、ですか?」

「俺がその間に近づく」

「それって……」

「頼んだぞっ!」

 

 ティナにシェンガオレンの正面に回って本体の顔付近に向かって矢を放つように指示をした。ティナはその後にジークがいった近づくという言葉に疑問を挟もうとしたが、質問する前にジークはシェンガオレンに向かって走り出した。大砲がシェンガオレンへと着弾する爆発音と共に走るジークは、ベレシスの方へと爪を振り下ろすシェンガオレンの横を通り抜けた。

 

「っ!」

 

 ジークの突進はあまりにも危険な行動だったが、止める前に走り出したことでティナも援護するしか選択肢が無かった。とはいえ、脚をチマチマと攻撃していたところでシェンガオレンに痛手が与えられないことは事実である。走るジークを追いかけるティナは、シェンガオレンが再び脚を軋ませながら進行を始めたのを見て矢を引き絞る。

 

「いきますッ!」

 

 声を上げてからティナは矢を放った。真っ直ぐシェンガオレンの口付近へと飛んでいった矢は甲殻へと刺さるが血を流させるほどには届かず、シェンガオレンの視線だけがティナへと向けられた。

 

「貰った!」

 

 ティナに向かって爪を振り上げたシェンガオレンの横から抜け出したジークはシェンガオレンに向かって跳躍し、脚の付け根を蹴り上げて顔へと直接双剣を突き立てた。金属音と共に血が噴き出し、シェンガオレンが嫌がるように身体を震わせながら立ち上がった。

 

「くっそ……あんまり効いてないか」

「大丈夫ですかっ!?」

「大丈夫だ……ちょっとすっころんだ」

 

 シェンガオレンが身を捩った反動で地面を転がったジークだが、今度はしっかりと受け身を取りながら防具が一番分厚い部分で着地をしたおかげで怪我をしていなかった。心配するティナに大丈夫だと告げてから、ジークは再び立ち上がったシェンガオレンを見上げた。

 

「なんとか……なんとかしないとな」

 

 ダルクたちが一生懸命になって放っている大砲やバリスタも効果が無い訳ではないが、あまりにも強大すぎて効いているのかも微妙な状態である。気にしていないようにも見えるが、気にしているようにも見える反応を繰り返すシェンガオレンに、ジークは焦りを感じ始めていた。地面を転がったジークは、すぐはいごに砦が近づいていることに気が付いていた。数分もしないうちにシェンガオレンは砦を粉砕し、撃龍槍が待つ中央まで突破していくことは確実。しかし、希望も見えてきているのもまた事実だった。

 

「とりあえず……ベレシスさんを回収して砦の後方に下がろう。もうこの砦は突破される」

「……で、でも」

 

 砦が破壊されれば、地上にいるハンターたちも破壊に巻き込まれる可能性があるため、ジークは早めの撤退を決めていた。ジークに地上部隊を任されながらも、まともな傷も与えられていないことに歯がゆい思いをしているティナは、撤退の二文字を受け入れるのに少し時間がかかった。

 

「ティナッ!」

「っ……わかりました」

 

 立ち上がったシェンガオレンは、砦の上で動きながらこちらを攻撃しているハンターたちを発見して爪を振り回すのを止めた。大砲とバリスタをそのまま全身で受けることになるが、シェンガオレンはその攻撃を微々たるものだと判断して防御を止めたのだ。代わりに、爪を大きく振り上げて砦へと狙いを定めたまま歩きだす。まだシェンガオレンの爪は砦には届かないが、その姿だけで砦を防衛しているハンターたちに大きな恐怖を植え付ける。

 

「流石に限界ですね……」

「おう、野郎どもッ! 撤退の準備だッ!」

 

 砦の上でジークに変わって指揮を務めていたダルクは、シェンガオレンが接近してきている姿と、その姿を見て士気が目に見える程に下がっていることを判断して砦の放棄を決めた。ダルクの言葉に頷いたアキレスは砦の端まで聞こえるような声で撤退指示を出した。慌てた様に撤退準備を進めるハンターたちを横目に、アキレスはシェンガオレンに意識を向けていた。

 

「こいつ……本当にぶっ倒れる時がくるのかよ」

「それはジークさんたち『ラグナロク』の主力メンバーによりますね」

「……俺もさっさと凄腕ハンターになっておくんだったぜ」

「凄腕ハンターになっても『ゴエティア』の所のハンターたちみたいに、依頼に出ていてこの戦いに出られなかったかもしれませんけどね」

「違いねぇ」

 

 剛種シェンガオレンは強大なモンスターであり、大きな被害が考えられる中で凄腕ハンターがたったの12人しかいないのは、各地で寒冷期になって古龍種が活発に動き始めたことが大きかった。シェンガオレンもそれに呼応して動き出した可能性もあるが、どちらにせよメゼポルタが手薄になっていた中に舞い込んできた救援依頼に集団で対応できるのが『ラグナロク』だけだったのだ。

 

「さぁ、私たちも逃げますよ」

「おう」

 

 すぐ近くまでシェンガオレンが迫っている中、ハンター全員が撤退しきったことを確認したダルクとアキレスは最後の仕掛けを施してから砦を出た。次の砦へと向かって走っていく大勢のハンターたちの背中を追いかけようとダルクとアキレスが走り出した瞬間、シェンガオレンが爪で砦を切り裂いた。石組の高台だろうが、鉄も使われている砦だろうが容易く裂いてしまうシェンガオレンの爪が砦を破壊した瞬間、内部に仕掛けられていたありったけの大タル爆弾が爆発し、中に残してきた大砲の弾丸が誘爆する。

 

「きゃぁ!?」

 

 予想よりも早くシェンガオレンの攻撃が砦を破壊した影響で、安全な距離まで逃げられていなかったダルクとアキレスは上から降ってくる瓦礫をなんとか避けながら走っていた。大タル爆弾と大砲の弾が連続で爆発する衝撃を受けて、シェンガオレンもその脚を止めた。この日、二度目の巨大な爆発を受けたシェンガオレンは、ハンターたちが考えるよりもダメージを受けていた。

 

「もっと走れ!」

「これで精一杯ですっ!」

 

 自分よりも重装甲であるはずのアキレスがかなりの速度で走っている姿を見ながら、ダルクは力いっぱい走っていた。瓦礫が上から降ってくる中、その瓦礫が落ちてくる場所を的確に判断しながら走るダルクとアキレスを視認していたバアルは、大砲を準備していたハンターたちへと視線を向けた。

 

「装填してあるやつはシェンガオレンを一発だけ撃て。逃げてるハンターたちの助けになるはずだ」

 

 バアルの指示を受けて、弾が装填されていた半分程度の大砲が順に発射された。射程ギリギリではあったが、シェンガオレンの身体へと的確に撃ちこまれた大砲の衝撃によって、シェンガオレンは一瞬その歩みを止めた。その間にダルクとアキレスはとりあえずの安全地帯まで逃げきっていた。

 

「よし、全員装填開始だ。シェンガオレンの次の相手は俺たちだ」

「頑張れ」

 

 バアルの指示とヴィネアの声を聞いて、高台にいるハンターたちは自分達を奮い立たせるために大きく吼えた。ハンターたちは咆哮と共に急ピッチで装填作業を進め始めていた。筋肉自慢の大男たちが大砲の弾を片手ずつ持って運ぶ横で、ヴィネアは両手を使って大砲の弾を三つ運びながらシェンガオレンの動向を気にしていた。

 

「……団長とジーク、また突撃してる」

「放っておけ」

 

 ヴィネアの若干呆れた様な声に対してバアルはもはや諦めた様な顔で馬鹿は放っておけと言っていた。あれだけの攻撃を受けてもなおシェンガオレンに身一つで突撃していく姿は、正しく蛮勇と呼べるだろう。一般的な無茶無謀と言われる蛮勇と違う所は、二人共シェンガオレンの攻撃を一度も受けていないところである。

 

「ジーク!」

「はいッ!」

 

 バアルとヴィネアに呆れられていることなど露知らず、ジークとベレシスは二人でシェンガオレンの足下を走り回っていた。バアルの指示によって一発ずつ順番に発射される大砲の弾によって、シェンガオレンは先程よりも更に進行が遅くなっていた。絶え間なく飛んでくる砲弾の雨によって上手く進めないシェンガオレンの足下で、伸び伸びと走り回るジークとベレシスは、それぞれの武器を手に持ちながら超人的な動きを繰り返していた。

 

「し、支援が追い付きませんッ!」

「耐えてください!」

 

 砦を突破されたことでギアが一段階上昇したのか、ジークとベレシスの動きは先程よりも更に早くなっていた。ジークが双剣を振るってから違う脚に向かって走り出せば、その隙にベレシスが太刀を振るっているとは思えない速度で脚を斬りつける。二人の支援をしていたはずのパイモンとティナは、あまりに早く動き続けるジークとベレシスに対して支援が追い付いていない状態だった。高め合うように速度を増していく二人は、まさに鬼神の如き猛攻を加えていた。

 

「まだまだッ!」

 

 シェンガオレンの皮膚は極端に硬く、これほど二人で攻撃しても血が盛大に吹き出ることも無いが、攻撃を集中されていた一本の脚は既に赤く染まっていた。原理は分かっていないが、シェンガオレンは四本の脚を一定以上攻撃されてダメージが蓄積すると赤く変色していく。剛種シェンガオレンという異常な強さを持つ個体に対して、二人は短時間で一本の脚に対して必要以上の攻撃を加えたことになる。いくらシェンガオレンが大きく硬いモンスターと言えども、執拗に同じ部位を攻撃されてしまえばダメージが蓄積してしまう。

 

「はぁぁぁぁぁ!」

 

 入れ替わりながら同じ脚を攻撃するジークとベレシスに対して、シェンガオレンは無視しきれずに攻撃をしようとしていたが、バアルによって放たれる連続砲撃に妨害され続けていた。バアルもベレシスも決して狙って連携をしている訳ではなかったが、結果的に二人のやっていることが噛み合ってシェンガオレンは守りに入りながら進むことしかできなかった。

 

「砲撃の手を緩めるなッ! ここで大砲の弾を撃ち尽くせ!」

 

 バアルの指示一つに大きく吼えながら応えるドンドルマのハンターたちは、近づいてくるシェンガオレンの恐怖を振り払うように動き続けていた。ヴィネアやバアル、ジークやベレシスといった剛種シェンガオレンに対して全く恐怖を抱いていないようなハンターたちには一生理解できない気分だろうが、ドンドルマの一般ハンターたちは自分の後ろに通せばドンドルマが崩壊すると言う事実と、どれだけ砲撃を当ていても倒れる気配のない剛種シェンガオレンに底知れない恐怖を感じていた。

 

「……撃龍槍が必要、か」

 

 バアルはドンドルマハンターたちの恐怖は理解できないが、彼らが恐怖を抱きながら戦っていることには気が付いていた。そんな彼らを勇気づけるには、やはり撃龍槍を正面からシェンガオレンに当て、少しでも剛種シェンガオレンを倒せる希望を見せる必要があった。未だにシェンガオレンの脚に向かって攻撃を繰り返す二人へと視線を向けながら、バアルは大砲の装填を順次急がせていた。もうすぐこの戦いにおける勝敗がつくことを、バアルは予測していたのだった。




多分次で終わります


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砦蟹④(シェンガオレン)

 シェンガオレンが天から爪を振り下ろした。一瞬にして高台は破壊され、瓦礫が地面へと散乱していく様子を見ながら、バアルは走ってくるジークたち四人のハンターに気が付いた。

 

「早くしろ」

「無事だったか」

「当たり前だ」

 

 バアルとヴィネアは、ジーク、ベレシス、パイモン、ティナが自分たちへと追いつくことを待っていた。ジークたちが最初に指揮していた砦が破壊されてから数分後、バアルたちがいた高台も破壊されて、第四防衛線に残っているのは最後の砦だけである。しかも最後の砦はシェンガオレンの進行方向にあっても完全に道を塞いでる訳ではないため、シェンガオレンが破壊せずにそのまま通過する可能性の高い砦でもある。しかし、第四防衛線最後の砦にはハンター側にとって最後の切り札である撃龍槍が装填されていた。

 

「急ぐぞ」

「は、はいぃ……」

 

 ジークとベレシスに振り回されて疲労困憊状態のティナに憐れみを抱きながらも、バアルは四人に背を向けて最後の砦に向けた走り出した。

 ここまで多くの攻撃を受けてきたはずのシェンガオレンだが、歩みが止まることはなかった。一歩ずつ前へと進むシェンガオレンは、既に普通の大型モンスター程度ならば何体も討伐できる程の大砲の弾やバリスタを受けながらも進んでいるが、その歩みは少しずつゆっくりになっていた。

 

「このまま順調にいけば……撃龍槍で撃退ができるはずだ」

「…………本当ですか?」

「撃退できなきゃそれでドンドルマは終わりだ」

 

 ジークの言葉に疑問を抱いたのはティナだった。数え切れないほどの砲撃を受けながらも進み続け、自らの放つ弓もまともに効かず、ジークとベレシスの攻撃もあまり効果があるように見えなかったティナは、本当にこの怪物が倒れるのかに疑問を持っていた。誰も知らないだけで、この世には不死身の生物も存在するのではないかとティナは考えてしまっていたのだ。ジークもティナの不安と絶望感を理解していたが、必要以上に声をかけることはしなかった。それは将来的にはこんな理解の外に存在するモンスターを狩ることも多くなるだろうことを考えてのことだった。

 ただひたすらに走って最後の砦までやってきた六人のハンターたちは、必死の形相で兵器の装填を繰り返すハンターたちに鬼気迫るものを感じていた。

 

「ジークかッ!?」

「ネルバさん?」

「シェンガオレンがもうすぐこっちに来る……そろそろ何とかしねぇとやべぇんだよッ!」

 

 慌ただしく準備を進めるハンターたちの中で指示を出していたのはネルバだった。梯子を昇って砦にやってきたハンターの姿を見て、それがジークだと気が付いたネルバは焦った様な表情のままジークの元までやってきて危機感を煽っていたが、ジークはそれを少し冷めた目で見ていた。

 

「……落ち着いてください」

「この状況で落ち着いてられっかよッ!」

「それでも落ち着いてください。指揮官がそんなに慌てて何ができるって言うんですか」

「それはッ……でもこのままじゃドンドルマがっ!」

 

 ネルバの焦りの原因は彼のトラウマにあることをジークは見抜いていた。彼がドンドルマに所属していた頃、シェンガオレン撃退戦で何もできずにただシェンガオレン相手に恐怖を抱いた過去を、彼は知っていた。その過去が今でも彼をこうして追い立て続けている。

 

「まだ後ろには防衛線があります」

「防衛線があってもっ! どうなるかわからねぇだろっ!」

「ちょっと黙ってろ」

「っ!?」

 

 恐怖に縛り付けられていたネルバの声を遮ったのはバアルだった。聞くに堪えない弱音の連続に対して、バアルは呆れた様な表情のままネルバを押しのけて、周囲の声を飛ばしていたダルクへと近づいた。

 

「状況を端的に説明しろ」

「偉そうですね……まぁ、ジークさんが待っているからいいですけど。端的に説明がお望みなら端的に言います……撃龍槍の装填は完了しましたが、発射を指揮する人がいませんね」

「それはいい。ジークでも俺でも、やれる奴が必要な時にやる」

 

 バアルと違い、シェンガオレンに対して全く恐怖など抱いていないダルクはバアルが一番知りたいのであろう撃龍槍の装填状況を話した。

 

「あとは大砲とバリスタですが、大砲が一門だけ整備不良で動きませんが残りは全て正常に。弾は半分以上が装填済みで、追加の弾を運んでいる最中です。シェンガオレンが射程に踏み込む頃には全ての装填が完了した上で二発目にかかる時間も装填時間だけで済みます」

「そうか……わかった」

 

 まだ上位ハンターではあるが、的確な状況分岐と指揮能力を発揮するダルクに感心しながら、バアルはジークの方へと振り向いた。

 

「流石に最後は突っ込みませんよ。俺が撃龍槍を中心とした指揮系統を担当します」

「あぁ……俺は残り全てを担当しよう」

「……俺、は」

「頭を冷やせ」

 

 ジークとバアルの決定を聞いて、ネルバは縋るようにジークへと視線を向けるが、今のネルバでは戦力にならないどころか足を引っ張るだけだと考えて首を振った。バアルはシェンガオレンに対する恐怖心を少しでも克服するためにも頭を冷やせと言ったが、ネルバは自分が役に立たないと言われていることに気が付いて走り出した。

 

「ネルバッ!」

「放っておけ……克服できなきゃそれまでだ」

 

 丁度バリスタの弾を運んでいたスロアは、ネルバが走り出した瞬間にその場を目撃してすぐにネルバを追いかけようとするが、バアルにそれを阻まれた。それでも副猟団長として追いかけようと一瞬考えたが、今度はジークに視線で止められた。バアルもジークも、モンスターへの恐怖を克服できずに無理やり狩りに出て死んでいったハンターを何人も見て来ていたからこそ、彼が立ち上がれる最後の機会だと考えていた。

 

「最後の大勝負になると思います。全員気を引き締め直してください」

「了解だ」

「……わかったよ」

 

 ジークの言葉に無理やり頷いたスロアは、一瞬だけネルバが走っていった方向へと振り向いてから頭を振ってジークの背を追って歩きだした。

 焦燥感を砦全体に漂わせていたネルバに代わってやってきたジークとバアルは、全く動じることも無く冷静にハンターたちに指示を出していた。指揮官の冷静さを見て焦っていたハンターたちも次第に落ち着きを取り戻していき、順調にシェンガオレンを迎え撃つ準備が完成していた。

 

「放てッ!」

 

 シェンガオレンが射程へと踏み込んだ瞬間に、バアルはバリスタを一斉に発射させた。大砲より威力が下がる代わりに連射性と射程の優れているバリスタは、一斉にシェンガオレンへと降り注いだ。大部分が硬い装甲に弾き飛ばされているバリスタ弾だが、数百発と放たれる中で数十発程度がシェンガオレンへと効果的なダメージを与えてもいた。ハンター同様、もうなりふり構わずに進軍することしかできないシェンガオレンは、バリスタを迎撃することも無く顔の前で爪を交差させながら進行速度を上げていた。

 

「……想定以上にシェンガオレンは弱っている、のか?」

 

 シェンガオレンの行動に違和感を覚えたのは、攻撃指示を飛ばしながらシェンガオレンの行動をずっと観察していたバアルだった。二度の巨大な爆発を受けながらも進軍しているシェンガオレンには大した攻撃は効いていないと考えていたが、バリスタに反応していないのではなくリスク覚悟で突破しようとしている姿を見て、バアルは想像以上に弱っている可能性へと至った。

 

「撃龍槍一発でなんとか沈められる可能性があるって訳か……それなり余裕ができるか」

 

 バアルは自分の推測が合っている可能性も考えて行動を始めようとしていた。ラオシャンロンの頭骨を攻撃させていたバリスタ部隊にシェンガオレン本体を狙うように指示を出し、同様の指示を射程にやってくることを待っていた大砲部隊にも告げた。

 

「おい……名前は知らんがジークに伝言を頼む」

「ダルクです。伝言内容は?」

 

 せっせと働いていたダルクを捕まえて、バアルはジークへの伝言を頼もうとしていた。『ロームルス』と『ニーベルング』の凄腕ハンター八人の名前は覚えている。しかし、上位ハンターであるダルクの名前は覚えてなかったバアルは、詳細な報告をしていた女ハンターであることだけを覚えていた。いきなり名前を知らないが伝言と言われて青筋を立てたダルクだったが、ジークに対する伝言だと聞いてとりあえず話だけは聞いてやろうと考えた。

 

「シェンガオレンが想像以上にダメージを負っている可能性がある。撃龍槍を確実に身体に当てて欲しい」

「シェンガオレンが? わ、わかりました」

 

 怒りながらバアルの伝言を聞いていたダルクだったが、話された内容に彼女は目を見開きながらシェンガオレンへと視線を向けた。第四防衛線へと入って来た時からなにも変わっていないように見えたダルクだが、バアルはジークが信を置いているハンターであることは知っていたので、少し詰まりながらも了承の趣旨を伝えてジークの元へと向かって走った。

 撃龍槍の準備が完全に終了していることを確認していたジークは、動力部分への燃石炭の運び込みを手伝いながらも発射タイミングを考えていた。

 

「ジークさんっ!」

「ダルク?」

 

 燃石炭を運んでいたジークの元へと肩で息をしながら走ってきたのは、バアルが指揮する場所で大砲の整備を手伝っていたダルクだった。普段からあまり落ち着きのない方ではあるが、いざという時にはカリスマの片鱗を見せるダルクの焦ったような姿に、ジークはバアルたちの方で何かあったのかと考えた。

 

「ば、バアルさんがっ……シェンガオレンがっ……」

「落ち着け、ひとまず深呼吸だ。なにがあった?」

 

 息も絶え絶えになりながら報告をしようとするダルクをなんとか落ち着かせようとしたジークは、肩に手を置いて呼吸をさせ、ゆっくりとなにがあったのかを質問しようとしていた。ジークのお陰でなんとか呼吸がしっかりとできるようになったダルクは一度咳払いをしてからバアルの言伝を口にする。

 

「シェンガオレンが想像以上に弱っている可能性があるので撃龍槍を身体に当てて欲しい、と」

「……わかった。バアルさんがそう判断したってことは多分あってる」

 

 バアルの目を信じているジークは、剛種シェンガオレンが自分たちの想像以上に弱っていることを飲み込んだ。ジークの言葉を聞いて、彼がどれだけバアルというハンターを信頼しているのかを察したダルクは、少しだけ悔しそうな顔をしながらも、伝言を届けられたことに安堵していた。

 

「ダルクは持ち場に戻ってくれ。あとはこっちでなんとかする」

「は、はい!」

「無茶はするなよ?」

「っ! わかりましたっ!」

「…………本当か?」

 

 気をつかわれただけで嬉しそうにしながら全速力で走っていくダルクの背中を見ながら、ジークは呆れた様なため息を吐いてから撃龍槍の発射準備を進めている技術者たちとハンターたちへと視線を向ける。ドンドルマを守りたいといという気持ちで撃龍槍の準備をする彼らに応えなければと考えたジークは、シェンガオレンの身体に対して撃龍槍を確実に当てる為の作戦を考え始めた。

 ジークが撃龍槍の最終的な調整を済ませようとした時に、連続した爆発音が砦に響いた。シェンガオレンに対する攻撃に大砲が加わった音だと気が付いたジークは、撃龍槍を当てる為にシェンガオレンを監視していたハンターの元へとやってきた。

 

「どうなってる?」

「大砲が連続して命中して、シェンガオレンの進行が一時的に止まりました」

「止まった? やはりバアルさんの予測は……撃龍槍の射程に入りそうになったら知らせてくれ」

「了解です!」

 

 ギルドナイトの中でも新人らしい男はジークの言葉に背筋を伸ばして了解の意志を伝えた。新人と言えども、年齢で言えばギルドナイト所属の男の方が確実に上であるはずが、何故か上司に相対する時のような独特な緊張感から彼は綺麗に背筋を伸ばしていた。ジークはそんな姿に苦笑しながら、気負い過ぎるなと伝える為に肩を一度叩いてから撃龍槍の方へと戻っていった。

 ハンター全員が第四防衛線最後の砦に籠りシェンガオレンとの攻防を始めてから数分経過した頃、シェンガオレンは大きく動いた。バリスタと大砲をひたすら受けながら歩いていたが、いきなりその進行速度を上げた。突然の加速に防衛しているハンターたちに動揺が広がる中、バアルは冷静に指示を飛ばしてシェンガオレンへと攻撃を続けさせた。バアルの冷静さに連れらて動揺を落ち着かせたハンターたちは、すぐさまシェンガオレンを狙い撃ちにしていた。

 

「ジーク……俺にできることはないか?」

「ネルバさん?」

 

 遂に撃龍槍を起動する時が来るかもしれない、と緊張感を漂わせている撃龍槍の準備をしていた技術者やドンドルマのハンターたちを見ながら、その時を待っていたジークの元へとネルバがやってきた。声に対して視線を向けたジークは頭からずぶ濡れのネルバに驚いていたが、そのお陰か頭が冷えたことを理解した。

 

「随分と物理的に冷えましたね」

「俺は馬鹿だからな。頭冷やすってのはこれしか思いつかなかった」

「……馬鹿ですね」

「自分で馬鹿って言ったろ!」

 

 真面目な顔をして頭の悪いことを言っているネルバに、ジークは心底呆れた様な顔をしていた。普通の人間なら頭を冷やせと言われて、水を頭から被ることは無いだろう。ネルバにはそれくらいが丁度いいのかもしれないと思いながらも、やはり呆れることしかできなかった。

 

「できることですか……あり過ぎて困りますよ。あなたは『ロームルス』の猟団長なんですから」

「……そう、だな」

 

 ジークがどんなカリスマを持っていても、やはり『ロームルス』に所属している団員たちが一番信頼しているのは団長であるネルバなのだ。多くの団員がシェンガオレン撃退の為に奔走している中、やはりネルバの存在は『ロームルス』猟団員たちの精神的な支柱となる。

 

「しっかりしてください。あなたが撃退できなかったシェンガオレンは、目の前にいるシェンガオレンとは違うんですから」

「……わかってる」

「はい……じゃあ、これ運んでくれませんか?」

 

 決意を新たにしたネルバの目を見て、ジークは笑いながら燃石炭が限界まで積まれた木箱を見せた。かなりの重量なのが見てわかるほど燃石炭が詰められた木箱を笑顔で差し出されて、ネルバは頬を引き攣らせていた。

 

「ジークさんっ! シェンガオレンがそろそろ射程に到達します!」

「了解……ネルバさん、行きますよ!」

「俺は燃石炭抱えてんだよッ!」

 

 シェンガオレンの監視をしていたギルドナイトからの報告を聞いて、ジークは撃龍槍発射台の方へと向かって走り出した。撃龍槍は大掛かりな仕掛けで準備にそれなりの時間を要する兵器ではあるが、発射するにはレバー一つで動いてしまう。シェンガオレンの身体に当てる為にはかなりの接近を許さなければならないため、下手をすれば発射と同時に砦を破壊され、そのまま瓦礫の下に埋もれることもありない話ではない。撃龍槍がしっかりと当たり、尚且つ自分たちが死なない程度の距離を考えて撃龍槍は放たなければならない。かつてタンジアギルドに所属していた時も、超大型古龍種に対して撃龍槍を放った経験はジークにもあるが、シェンガオレンのような甲殻種に向かって撃龍槍を放つのは初めての経験である。

 

「当たってくれよ……」

 

 シェンガオレンの位置が見えやすいように、撃龍槍を発射するためのレバーは砦の一番上に備え付けられている。撃龍槍自体は砦の中腹から真っ直ぐに回転しながら飛び出していき、敵を刺し貫く。剛種シェンガオレンはジークの存在を認知しているのか左右に動かしていた爪を止めて、ゆっくりと上に向かって持ち上げた。あと数歩だけ近づいた状態でシェンガオレンが爪を勢いよく振り下ろせば、確実にジークの命は散っていくだろう。ネルバはその強大な姿を見ながら、シェンガオレンに対して全く物怖じしていないジークの背中に唾を飲み込んだ。

 

「ここだッ!」

「頼むっ!」

 

 シェンガオレンが爪を振り下ろす為に一歩踏み込んだ瞬間に、ジークはレバーを手前に向かって倒した。砦全体に張り巡らされた歯車が軋むような音を立てながら回転し始め、ハンターたちが全力で運んでいた燃石炭を燃やして生まれた出力で撃龍槍が押し出される。祈るような言葉を口にしたネルバに対して、ジークは勝ちを確信したような笑みを浮かべていた。超大型古龍種すらも無事では済まない撃龍槍が放たれた瞬間、シェンガオレンは爪を振り上げた状態のまま身体を咄嗟に反転させた。

 

「なにっ!?」

 

 撃龍槍が直撃する直前の行動に、その場にいた全ハンターが驚愕した。身体を反転させたシェンガオレンは、迫りくる撃龍槍を避けられないことを察してラオシャンロンの頭骨で受けたのだ。骨とは思えないような金属音を発しながら頭骨にぶつかった撃龍槍は、悲鳴を上げるように砦全体を揺らしていた。

 

「ジークの狙いは完璧だった……くそッ!」

 

 撃龍槍がラオシャンロンの頭骨とぶつかり合う光景を見ながら、バアルは舌打ちをした。ジークが撃龍槍を放ったタイミングはバアルから見ても完璧なものであったが、結果はシェンガオレンが咄嗟に反応して自身を守った形になっている。これ以上ない状態で放たれたはずの撃龍槍が、シェンガオレンの命を脅かすものになり切らなかったことに対して、バアルは歯噛みしていた。

 

「このままではっ!?」

「落ち着け……決着はついた」

 

 頼みの綱であった撃龍槍が防がれたのを見て、何としても剛種シェンガオレンを撃退する方法を考えなければならないと思考を巡らせようとしたバアルの肩を掴んだのは、楽しそうな笑みを浮かべているベレシスだった。剛種シェンガオレンの異常なまでの耐久力と、それに対抗するジークを楽しそうに見ているのだと考えたバアルは、今はそんなことをしている場合ではないと肩の手を振り払おうとした瞬間に、一際大きな音と共に砦が大きく揺れた。

 

「な、なんだと……」

 

 大きな音の原因を知る為に誰もがシェンガオレンの方へと視線を向けると、万全に整備して放ったはずの撃龍槍が半ばから折れて粉砕されていた。最後の切り札であったはずの撃龍槍が破壊されたことに、多くのハンターが絶望の表情を浮かべた。どんな手を使っても傷つけられなかったシェンガオレンの頭骨に対しても、きっと撃龍槍ならばと思っていたハンターたちの心と共に折れてしまった。しかし、撃龍槍が折れるのと同時に、ジークは笑みを浮かべた。

 

「なんとか、間に合った」

 

 バラバラに崩れて行く撃龍槍を横目に再び爪を振り上げたシェンガオレンは、その姿勢のまま固まった。破砕音と共に地面へと落ちていった撃龍槍と共に、白い破片がシェンガオレンから零れ落ちた。異変に気が付いたシェンガオレンはすぐさま爪を振り下ろそうとするが、砦を破壊する前に大きな音を立ててシェンガオレンが背負っていたラオシャンロンの頭骨が粉砕された。

 

「なんとっ!?」

「これはっ!」

 

 シェンガオレンの動きを見ていることしかできなかったギルドナイトや、ジークを信じて戦っていた『ラグナロク』のメンバーは、崩壊していくシェンガオレンの背負った頭骨を呆然と見つめていた。撃龍槍による攻撃は、失敗ではなく相打ちであった。無論、全ての頭骨が破壊された訳ではないが、巨大なラオシャンロンの頭骨のうち半分以上が崩れている。シェンガオレンは自身の背負う最強の盾が破壊されたことを察して、砦に頭骨を向けてそのまま後退し始めた。

 

「逃げる気、か?」

「撃退できた……やったぞぉッ!」

 

 自らの弱点を守るために背負っていたはずの頭骨を半分以上破壊されたシェンガオレンは、これ以上の進軍を危険だと判断して砦に背を向けたのだ。それは、ドンドルマに迫っていた滅亡の危機が終わったことを示している何よりの証拠である。

 

「うおおおおおおおッ!」

「やったッ!」

「い、生き残った……」

「これでドンドルマは……」

 

 ある者は勝利に叫び、ある者は撃退に喜び、ある者は生き残ったことに安堵し、ある者はドンドルマの危機が去ったことに笑みを浮かべていた。剛種シェンガオレン撃退戦は、こうして第四防衛線で終結を迎えたのだった。

 

 


 

 

 

「……あ、ジークさんっ!」

「ウィル……ただいま」

 

 武器を破壊されたウィル、腕に怪我を負ったエルス、撤退のために護衛としてついていたメルクリウス。先にドンドルマの中心広場に展開されている仮設キャンプへと戻っていた三人の元へとジークは顔を見せに来ていた。

 

「シェンガオレンは撃退できたって……」

「なんとか、な……背負っていた頭骨を破壊することで追い払えた」

「そうですか……」

 

 ジークたちが無事に帰ってきたことに安堵しているウィルに苦笑しながら、ジークはエルスに視線を向けた。

 

「腕の怪我は大丈夫か?」

「なんとか……そこまで大きな怪我じゃないわ」

 

 包帯を巻いている腕を振りながらエルスは小さく笑みを浮かべた。エルスは『ラグナロク』でも貴重な凄腕ハンターの一人であるため、怪我をしていたと帰り道にティナに知らされて心配していたが、本人は慣れているようで特に気にしていない様子だった。

 

「にしても……随分と無茶をしたなぁ……」

「撃龍槍壊しちゃいましたし」

「そうなんだよなぁ」

 

 シェンガオレン撃退戦でジークはいくつかの砦を使い捨てた挙句、撃龍槍を半ばから粉砕してしまった。元々シェンガオレンの身体に当てるつもりで放った撃龍槍だったが、シェンガオレンが咄嗟に身体を庇ったことでとんでもない硬度を誇っていたラオシャンロンの頭骨と激突させてしまったのだ。幸い、足下で戦っていたジークはシェンガオレンが背負う頭骨の幾つかの部位に傷を確認していたため、シェンガオレンが頭骨で受けた瞬間に自らの勝ちは確信していたが、撃龍槍が折れた時は流石に冷や汗を流していた。

 

「ジーク……」

「ネルバさん。お疲れ様です」

 

 疲れた様な顔をしたままジークの前に現れたのはネルバだった。左の頬だけ赤く染まっている顔を見て、ジークは誰かに叱責でもされたのかと思いながらも口にせずにいた。

 

「お前にも迷惑かけたな。悪かった」

「……トラウマは克服できましたか?」

「できてたら苦労してない……こんな頬を腫れさせてもない」

 

 そうだろうな、と頷きながらジークはネルバの頬に視線を向けた。ハンターがモンスターに恐怖を抱くことは少なくないが、それが狩りの最中にも現れるようになればそれは危険な状態である。幸い、ネルバは今回の剛種シェンガオレンなどの強力なモンスターにしかその恐怖症は出ていないが、かと言って放置し続ける訳にもいかない難しい問題だ。

 

「参考までにだが……ジークはああいったモンスターが、怖くねぇのか?」

「全く」

「そうかい」

 

 ネルバは自分の力が届かないモンスターが怖くて仕方がないのだが、ジークは剛種シェンガオレンに対しても特に恐怖など抱いていない。何なら、彼はどんなモンスターにも恐怖を抱かずに突撃していく命の短いハンターの動きをよくしている危険人物であるが、持ち前のセンスと第六感で大抵の危機を切り抜けている。そう言った意味でもベレシスとジークは同類と呼ぶべきハンター同士である。

 

「とりあえず……悪かったな」

「まぁ、謝罪は受け取っておきますよ」

「おう」

 

 ジークの言葉に頷いたネルバはそのまま背中を向けた。前途多難だと思いながらも、ジークは既に撃退したシェンガオレンの頭骨からできる武器や防具に興味が向いていた。勝ちに貪欲でありながら、勝利を振り返ることがないのがジークのハンター生活の基本的なルーティンなのだ。

 

 


 

 

「無事だったか」

「なんとか、ですけどね」

 

 最低限の補給だけ受け、パローネ=キャラバンの飛行船でメゼポルタに帰ってきた『ラグナロク』を出迎えたのはギルドマスターだった。くたびれた様なハンターたちがメゼポルタに帰ってきたことに安堵している横で、ジークはギルドマスターと話していた。

 

「撃退された剛種シェンガオレンは姿を消したようだ」

「そうですか……やっぱり神出鬼没のモンスターに対応するのは辛いですね」

「そう言うな……ドンドルマの危機は世界の危機に等しい」

 

 ハンターを統括するギルドだけでなく、人の生活圏や物流などあらゆる中心になっているドンドルマの危機は、誇張表現なしに人類の危機に等しいものである。ラオシャンロン、クシャルダオラ、シェンガオレンなどの襲撃を受けるドンドルマだが、一度も大きな被害が出たことが無いのは人類の絶対防衛線でもあるからなのだ。

 

「わしが古龍観測隊に交渉して、お主ら『ラグナロク』ために剛種シェンガオレンの素材を普段より多い配分で貰った。報奨金は危険度に比べて少ないかもしれんが、素材である程度我慢してくれ」

「充分ですよ」

 

 実際、メゼポルタの凄腕ハンターともなれば金は幾らでも稼ぐことができる。ハンターではない一般人からは考えられないほどの金を持っていることが多いハンターだが、メゼポルタに所属する凄腕ハンターは通常のハンターからも考えられない程の金を持っている。そんなメゼポルタの凄腕ハンターからすれば、金よりも素材が多い方が基本的には嬉しいのだ。

 

「ドンドルマからもかなり感謝された……有能なハンターを何人か送って欲しいと言ったら断られたがな」

「そりゃあ……そうでしょうね」

 

 自ら高みを求めてメゼポルタにやってくるハンターは意外なことにそれほど少なくないのだが、ドンドルマでG級ハンターをしているような人間は、逆にメゼポルタ広場のレベルを知っている故に訪れたくないものも多い。自分ではメゼポルタで通用しないとは口が裂けても言わないが、メゼポルタギルドに所属するハンターの生還率を考えればまずまともな人間は行きたいとは思わないだろう。それでもやってくるハンターたちこそイカれた戦闘集団であるメゼポルタの凄腕ハンターなのだ。

 

「人手不足も年々のことだ……お主の同盟からも新しい凄腕ハンターが多く現れることを期待しておるよ」

「そこは期待しておいてください。俺たち『ラグナロク』はメゼポルタの頂点まで駆け上がりますから」

「……そう遠くないじゃろうな」

 

 ギルドマスターは贔屓目抜きに、ジークたち『ラグナロク』が近いうちにメゼポルタの頂点にやってくると考えていた。『円卓』と『プレアデス』の二大構造で凝り固まったハンターたちからは感じられない、時代のうねりとも言える大きな熱量を『ラグナロク』所属のハンターたちから感じていたのだ。ギルドマスターは、ジーク率いる『ラグナロク』が必ずメゼポルタに対して革命の風を吹かせ、それが大きなうねりとなって狩人祭に訪れるであろう大きな波乱を楽しみにしていた。

 

「ほっほっほ……もしかしたら、しばらくメゼポルタ広場は安泰かもしれんの」

 

 メゼポルタに現れた超新星である『ラグナロク』トップであるジークの離れて行く背中を見ながら、ギルドマスターは独り呟いた。




ようやく終わりました。
討伐はできませんでしが、頭骨の素材で武器などを作れます。


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709航路①(キャラバンクエスト)

キャラバンクエストの709航路を書き切ったらさっさと狩人祭に入ろうと思っています。


 剛種シェンガオレンの撃退に成功し、メゼポルタ広場に帰ってきてからいつも以上に長い休養を取ったジークは、パローネ=キャラバンが拠点を立てているメゼポルタから少し離れた海岸まで来ていた。

 

「どうもキエルさん」

「おぉ! 確か……ジーク、だったかい?」

「名前を覚えて貰って光栄です」

「あっはっはっはっ! 人の名前を覚えるのは得意でね」

 

 飛行船のメンテナンスをしている横でキャラバンメンバーたちに大きな声で指示を出していた大柄の女性は、ジークの顔を見て愉快そうに笑みを浮かべた。まさか名前を覚えられているとは思っていなかったジークは、キエルに名前を呼ばれて驚いたような顔をしていたが、パローネ=キャラバンとして各地を回ってきたキエルは初対面の名前を覚えるのは慣れたものだった。

 キエル=アルバーロはアルバーロ三兄弟の長女であり、引きこもって研究ばかりをしている長男アシエル=アルバーロに代わってパローネの民をまとめる「カシラ」である。開放的な衣装を着ている姉御肌の若い女性だが統率力と判断能力はとても優れており、パローネの民やパローネ=キャラバンに協力するメゼポルタのハンターたちからも慕われているカリスマなカシラ、それがジークのキエル=アルバーロへの大まかな評価である。

 

「先日は助かりました」

「先日……シェンガオレンのことかい? そんなこと気にしないでいいのさ。アタシらだってアンタらには助けられてるんだ……お互い様ってやつさ」

「そう、ですか」

 

 豪快に笑いながら懐の深さを見せるキエルに、ジークは確かなカリスマ性を感じ取っていた。この女性ならば確かに後ろについていきたくなるだろうな、と思いながらジークは小さく笑みを浮かべた。

 

「それで? ただ礼を言いに来た訳じゃないだろう?」

「……どうして?」

「目を見ればわかる。アンタはアタシと話している最中も、ずっと狩人の目をしてたよ」

「あはは……そうですか」

 

 キエルは笑みを浮かべながらも優男のような言葉を発しながらも、凄腕ハンター特有のギラギラとしながらも静かに澄み切った目をしているジークに興味津々だった。カシラとして民をまとめているだけあり、キエルはジークと顔を合わせた瞬間から彼がなにか目的があってここにきているのだと理解していた。

 

「実は……詰まっている航路があると聞いて」

「あぁ……7()0()9()()()かい」

「そうです」

 

 ジークの詰まっている航路と聞いて、キエルはすぐに頭の中から航路の番号を弾き出した。700番台の航路はパローネ=キャラバンにとっても頭が痛くなるようなほどモンスターが多発する航路だが、その中でもジークが言う709航路は変種モンスターも複数出ている危険な航路だった。

 

「ヒルデのお嬢ちゃんから聞いたのかい?」

「世間話をしていたら、少し」

 

 キエルはジークが今まで航路クエストを受けたことが無いことを知っていた。パローネ=キャラバンとの関係が今まで薄かったジークが709航路を知っている理由は、メゼポルタ内でのキャラバンクエストを取り仕切っているギルド受付嬢のヒルデ以外にないだろうと考えていた。ヒルデは他の受付嬢たちと比べて年齢が低く、ジークとは近しい年齢であるため以前からなにかと会話することが多かったが、先日パローネ=キャラバンと協力して剛種シェンガオレンを撃退した話をした時に、ジークはヒルデに709航路にキエルが頭を悩ませていると教えてもらっていた。キエルはヒルデの太陽の様な明るい笑顔を頭に思い浮かべながら苦笑いを浮かべていた。

 

「確かに、709航路には苦労してるよ。『円卓』も『プレアデス』も各地の変種・奇種に忙しいみたいだし、主力メンバーに至っては古龍種を追いかけてるって話だ。流石に頼めないしね」

「その709航路……俺たちに受けさせて欲しいんです」

「アンタが?」

 

 キエルもジークが剛種シェンガオレンを撃退したことは知っているが、それは多くのハンターの力を借りてのことであり、ジーク本人の実力を正確に知っている訳ではない。凄腕ハンターであることを考えればそれなり以上の実力を持っていることは知っていても、彼がどこまで通用するかはまだ未知数だった。

 

「今回『ラグナロク』のメンバーはパローネ=キャラバンに多くの支援をしてもらいました。その恩返しに……と言うと少し変ですが、航路クエストを受けたいのです」

「それはいいけど……別に気負う必要はないんだよ? アンタらにした支援だって、元はメゼポルタギルドに援助してもらった物資さ」

 

 丁寧な言葉を重ねているジークだが、キエルは彼の目に灯っている火が消えていないことに気が付いていた。

 

「大丈夫です。単純に……俺が航路クエストに行ってみたいと言うのも、ありますから」

「……そっちが本音かい?」

「そうです」

「あははははっ! 気に入ったよジーク……いいだろう。詰まっている709航路、アンタら『ラグナロク』に依頼させてもらうよ」

 

 どれでけ取り繕ってもハンターとしての本能が見え隠れするジークを、キエルはとても気に入っていた。キエル自身も豪快な性格をしているが、ジークの己の欲望と好奇心に従おうとする態度が面白いと思っていた。

 

「しっかりと準備しな。709航路はかなりの遠出だよ」

「はい、失礼します」

 

 離れて行くジークの背中を見ながら、キエルは口に浮かんでいる笑みが消えていなかった。パローネ=キャラバンのカシラとして、多くの土地を巡ってきたキエルは、相応に多くの人間と触れあってきた過去があるが、ジークの様な人間と出会う機会はとても少なかった。穏やかさの中に荒々しさを兼ね備えた天性のハンターであるジークに、キエルは今まで見たことのあるハンターの中でも才能はピカイチだと確信していた。

 

「ギルドマスターが気にいる訳だ」

 

 以前からギルドマスターに何回か話を聞いていた『ニーベルング』の猟団長ジーク。実際にあってみて、キエルの中での評価は概ね固まりつつあった。

 

 


 

 

「と、言う訳で……709航路に行くことになった」

「……どういう訳だよ」

「自分が行きたいだけですよね……」

 

 猟団部屋に戻ってきたジークは、その場にいたバアルとティナに航路クエストを受けることを告げたが、ティナには呆れた様な顔をされ、バアルはもはや馬鹿を見るような目をしていた。バアルも航路クエストの700番台が上手く開拓できていない話は聞いていたが、そもそも『ゴエティア』が剛種ばかりを相手にしている猟団であり、パローネ=キャラバンとの関りはとても薄かった。ジークと同様に、航路クエストそのものに興味はあっても、いきなり行きたいからと言って出かける程ではなかった。

 

「一緒に来てくれる奴いないかなーって」

「それは……いるでしょうけど」

 

 メゼポルタのハンターは良くも悪くも皆好奇心旺盛な連中である。未だ開拓が上手くいっていない709航路に出たい奴と言われれば、多くのハンターが目を輝かせながら手を挙げるだろう。ティナもジークの突発的な考えに呆れてはいても、凄腕ハンターでも開拓が難しい709航路には興味があった。

 

「ベレシスさんは?」

「さっさと狩りに行った。シェンガオレンじゃ消化不良だったらしい」

「まぁ……気持ちは分かりますけど。タフですね」

「全くだ」

 

 剛種シェンガオレン戦でもあれだけの大立ち回りをしながら、基本は砦に籠って兵器を使った戦いだった為に消化不良だとしてすぐさま狩りにでかける体力はジークから見ても異常だった。

 

「パイモンは戦闘狂だが神経質な奴だからな。どうせ装備の手入れで引きこもってる」

「エルスさんは腕の怪我を早く治したいからしばらく休養するって言ってました」

「ウィルも破壊された武器の修復でしばらく出られないって言ってたな」

 

 現在『ラグナロク』に所属している凄腕ハンターの数は二十人に到達するかしないかである。元々凄腕ハンターだった『ゴエティア』のメンバーに加えて、『ニーベルング』と『ロームルス』の主力八人が現在の戦力である。その中の四人が既に出られない状態と聞いて、ジークは誰と共に709航路に行こうかと思案していた。

 

「ネルバさんたちでも誘うか」

「メルクリウスさんは猟団の仕事で忙しいって」

「ネルバさんが書類仕事できる訳ないし、どうせ暇でしょ」

 

 大分失礼なことを言っているジークだが、実際普段から『ロームルス』の書類を捌いているのはメルクリウスである。ネルバは大雑把な性格故に書類に向かず、スロアは不器用な所が多く猟団運営を任せるのは心もとないとしてメルクリウスが担っている。

 

「バアルさんとティナは?」

「……行きますよ」

「そうだな。俺も航路クエストには興味がある」

 

 やっぱり二人もメゼポルタのハンターだな、と他人事のように考えながらもジークは頷いてからネルバを探すために立ち上がった。剛種シェンガオレン戦でトラウマをほんの少しだけ克服したネルバを、とことん狩りに引っ張ってトラウマなど考えられないようにしてやろうともジークは考えていた。

 

「よし、ではそれぞれ準備して……二日後にパローネ=キャラバン集合で」

「わかった」

「わかりました!」

 

 


 

 

「あ、ネルバさん」

「おう」

 

 バアル、ティナと別れたジークは一人で工房まで来ていた。折角、ギルドマスターが交渉して剛種シェンガオレンの素材を多く手に入れたため、ジークはなにか作れる武器はないかと親方に頼んでいた。攻防に入って最初にジークが目を向けたのは、工房の人と話しているネルバだった。

 

「丁度ネルバさんに用事があったんですよ」

「そうなのか? 今はちょっと取り込み中だが」

「別に後でいいですよ」

「助かる」

 

 ジークとの会話を切り上げて、ネルバは再び工房の職人と話を再開させていた。ジークはそのまま工房を進み、職人たちに指示を出している親方の元までやってきた。

 

「おうジーク。シェンガオレンの素材、こいつは凄いものができたぜ」

「できた? 早くないですか?」

「ちょっと職人魂が疼いちまってな。俺が直々に作ったのよ!」

 

 テンションが高い親方の言葉にジークは驚いていた。武具工房の親方は基本的には部下の職人たちなどに指示を出しながら技術を伝え、ギルドから直接依頼されたものだけを作成するのが仕事である。しかし、剛種シェンガオレンの素材を持ち込んだのも、いい感じに装備を作って欲しいと依頼したのも今回はジーク個人であり、親方自らが武具を作るとは考えていなかった。それだけ剛種シェンガオレンの素材が親方の職人魂に火を点けたのか、或いは部下の職人たちには任せられない程の素材だったのか。

 

「基本的にラオシャンロンの頭骨が素材だったが、シェンガオレンの力も随分と残っていた。強酸で溶かされた跡とかもな」

「そう、なんですか?」

 

 剛種シェンガオレンの素材だと渡したジークは、実際はほぼラオシャンロンの素材だろうと考えていたが、職人である親方にははしっかりとシェンガオレンの素材に見えていたらしい。

 

「古龍種の汎用素材が多いが、骨は貴重な素材だ。撃退じゃ手に入らないしな」

「確かに」

「そんで、骨が多かったんで長物がいいだろうと考えて加工した結果が、これだ」

 

 親方が自信満々といった表情で持ってきたのは、無骨なデザインながら確かな強さを感じさせる通常よりもリーチの長い太刀だった。

 

「こいつの銘は「殻王獄刀【鋼】(かくおうごくとう こう)」だ」

 

 親方から渡された殻王獄刀【鋼】を手にしたジークは、通常の太刀よりも重みを感じていた。リーチが長いから重いのは当然とは言え、それ以上にジークは殻王獄刀【鋼】から剛種シェンガオレンの気配を強く感じ取っていた。黙って太刀を見つめるジークを見て、親方はしきりに頷いていた。ハンターの武器はハンターの手に渡って初めて完成する。親方は剛種シェンガオレンの素材によって生み出された殻王獄刀【鋼】が、ジークの手に渡った瞬間に生き返るのを感じた。

 

「上手く使ってやってくれ」

「はい……折角なので、次の狩りで使わせてもらいます」

「ほう……次は何にいくつもりだ?」

 

 凄腕ハンターになってからのジークは、危険度の高いモンスターを相手にすることが多く、持って帰ってくる素材も相応に価値が高い物が多くなっていた。ジークが持ち込む素材の多くを中堅に差し掛かったような職人たちが扱い、その技術を磨いていた。親方はジークが持ち帰ってくる素材を楽しみにしながらも、何を狩りに行くのが気になっていた。

 

「特定のモンスターではなく、709航路に行こうかと」

「709航路……パローネ=キャラバンか」

 

 ジークの示す709という数字が航路クエストを表しているのだと気が付いた親方は、感心したように頷いていた。メゼポルタのハンターですら手を焼くことが多い航路クエストの、9番目と言えばあまり詳しくない親方にもその困難さは理解できていた。

 

「パローネ=キャラバンには技術提供でも助けられてるからな。なんとか手伝ってやってくれ」

「勿論です。この殻王獄刀【鋼】も使わせてもらいます」

「使用感の感想も楽しみにしてるぜ」

 

 笑顔で手を振る親方に会釈しながら工房から出たジークは、殻王獄刀【鋼】をしっかりと背負いながら視線をあげて、そこにいたハンターと目が合った。

 

「ネルバさん?」

「……709航路に行くって本当か?」

「え、はい……」

 

 先に職人との会話を終わらせていたネルバは、ジークが親方から殻王獄刀【鋼】を手渡された後に口にした709航路に行くと言う言葉に反応していた。ジークは曖昧に頷きながらも何故か険しい顔をしているネルバに首を傾げていた。

 

「あの航路は変種モンスターが多く出現してる危険な航路だぞ」

「だからじゃないですか。危険を冒さなきゃギルドの評価なんて夢のまた夢ですよ」

「……それは」

 

 革命を起こすと言いながら安全第一の考え方をするネルバに、前からジークは矛盾を感じていた。安全第一を掲げてハンターをやることはジークも否定はしない。むしろ、安全第一にやっていないと簡単に死んでしまうのがハンターという職業であり、相手がどんなモンスターでも油断せずに全力でかかるのがハンターである。しかし、既にメゼポルタを支配している二大同盟に対して真っ向から革命を起こすとなると、危険を冒さなければならないことも承知のはずだった。

 

「……ネルバさん。一緒に行きませんか?」

「はぁ? 今の流れでなんで俺が709航路に行くと思うんだよ」

「いいんですか? 踏み出す勇気がなければ、貴方はそのままですよ」

「っ!?」

 

 ネルバの言っていることは至極真っ当なことである。危険だと知りながら709航路に突っ込むジークは、傍から見ればただの狂人でしかない。しかし、ジークはネルバをしっかりと見つめながら厳しい言葉をぶつけた。一瞬、怒りに支配されかけたネルバは拳を握りこんだが、ジークが言っていることは真実だった。剛種シェンガオレンと相対して、自分は凄腕ハンターになったはずなのに昔と同じく手も足も出なかった。結局、ネルバに足りないのは挑戦する勇気だったのだ。

 

「正直、俺は自分のことを無茶無謀をするタイプだと自覚しています。けど、貴方はしなさすぎる……そんな平凡なハンターではこの先、生きていけませんよ」

「……わかってるよ」

 

 ジークの言葉はメゼポルタの凄腕ハンターとしてでも同盟の仲間としてでもなく、元G級ハンターからの言葉だった。ネルバは過去、必死に足掻いても一生追いつけないのではないかと考えさせられたほどのハンターたちがドンドルマにはいた。ネルバは剛種クシャルダオラにあしらわれた時ではなく、シェンガオレンに何もできなかった時でもなく、そのG級ハンターたちに出会った時から及び腰が始まっていた。

 

「ネルバさんがトラウマを克服するために必要なのは力ではなく、未知に向かって走っていく無謀さですよ」

「そこは勇気じゃないのか?」

「なにもわからない、ただ危険だとわかっている場所に向かって行くことを人は勇気とは呼びませんよ」

「……違いねぇ」

 

 ツッコミに対して苦笑するジークの言葉に、ネルバは笑みを浮かべた。確かに、ジークが言っていることは無茶で無謀で蛮勇で、明らかに頭がおかしいとしか言いようのないことである。しかし、ネルバにとっては一歩を踏み出そうと思える言葉だった。

 

「俺も行こう。709航路……どんなモンスターが待ち受けているのか知らないが……俺の限界を試す時だ!」

「……これでメンバーは四人、ですね」

 

 ネルバの気合入れの言葉に、ジークは笑みを浮かべていた。

 

 


 

 

 それぞれ準備を終えた四人のハンターたちは、パローネ=キャラバンが停泊する海岸まで来ていた。キエルは目の前にいる四人のハンターが709航路を開拓してくれれば、いよいよ800番台の航路を開拓することもできるようになると期待を顔に出していた。

 

「よろしくお願いします」

「こっちこそ。709航路の開拓と露払い、頼んだよ」

 

 頭を下げる四人パーティー代表のジークに、キエルは逆の立場だろうと思いながらも彼がそういう性格の男であると知っているため深くは言わなかった。

 

「それにしても……秘伝防具持ちのメンバーとはね」

「……」

「知ってるよ。アンタ『ゴエティア』だろう?」

 

 キエルはジークの後ろで黙っているバアルに視線を向けた。純白の秘伝防具に身を包むバアルの姿に、キエルは多少の驚きを見せていたが、剛種シェンガオレン撃退へと向かうジークたちの中に数人秘伝防具持ちが混ざっていたことに気が付いていたため、彼が『ゴエティア』のハンターであることは知っていた。

 

「秘伝防具、か……」

「ジークみてぇに武器を多種類使う奴は厳しいかもな」

「そう、なんですか?」

「まぁな……秘伝防具ってのは一個の武器を極めた奴に与えられる免許皆伝みたいなもんだ。お前ぐらいの腕前なら、一武器種で特異個体を多く倒せば手に入るだろうがな」

 

 ネルバの言葉に頷きながらも、ジークはイマイチ理解しきれていなかった。そもそもまだ秘伝書と呼ばれるものをギルドマスターから貰っていないジークは、秘伝防具がなにかすらもあまり詳しくない。一つの武器種を極めた者に対して、その武器を使う上でもっとも動きやすいように親方が作り上げるらしいという噂話程度の情報しか知らなかった。

 

「メゼポルタに凄腕ハンターはそれなりの数がいるけど、秘伝防具を持っているハンターは二十人もいない」

「えっ……そうなんですか?」

「そうだよ。だから……バアルはこのメゼポルタでも上から数えて二十番以内にはいる」

 

 想像以上にバアルが凄かったことに今更気が付いたジークは、一瞬だけバアルの方へと視線を向けた。

 

「……なんだ」

「いえ、なんでも……」

「そんな凄かったんですね……知らなかったです」

 

 話を全く聞いていなかったバアルはジークとティナから向けられる視線に眉を顰めるが、二人は誤魔化すように笑顔を貼り付けた。ティナはパイモンとヴィネアも純白の秘伝防具を纏っていたことを思い出し、改めて『ゴエティア』がどれだけ優れたハンターの集まりなのかを再確認していた。

 

「準備できたっス!」

「よし……道案内はオリオールに任せてあるから、頑張るんだよ」

「は、はい!」

 

 飛行船の整備をしていたオリオールから、必要な物資を全て積み込み終えた報告を受けたキエルはジークに向かって激励を飛ばすが、ジークは純白の秘伝防具に圧倒された雰囲気のままギクシャクと頷いた。

 

「709航路はかなり危険だ……命が危ないと思ったらすぐに帰ってくるんだよ。航路の開拓よりも命の方が大事だからね」

「それは……わかってます」

「……本当かねぇ……お嬢ちゃん、アンタがしっかりと見ておきなよ?」

「はいっ!」

 

 剛種シェンガオレンから始まった短い付き合いしかないキエルだが、既にジークが危ないことをするハンターであると見抜いていた。命を天秤にかける狩りをしながら、驚異的な立ち回りで生き残っているハンターもキエルは知っているが、なるべくなら自分とギルドマスターが目を付けたハンターには長く現役でいて欲しいというのがキエルの想いでもあった。いきなり監視役に任命されたティナは、驚きながらも力強く頷いた。

 

「出発するか」

「航路クエスト……初めてだな」

「俺もだよ」

 

 バアルは必要な荷物を自分で背負いながら、ネルバの好奇心と不安が混ざったような言葉に苦笑しながら返した。ネルバは一瞬だけ『ゴエティア』が航路クエスト初めてと聞いて驚いたような表情をしたが、元々剛種なんかを優先的に狩っている戦闘集団であることを思い出して、一人で納得していた。

 

「行くっスよぉ! 第一目標地点は砂漠っス!」

 

 ハンターと乗組員が乗船したことを確認したオリオールは、勢いよく舵を切りながら飛行船を浮遊させ、パローネ=キャラバンの広場と繋いであったロープを外した。浮かび上がった飛行船の上で、ジークはテロス砂漠がある方角へと視線を向けた。

 

「さて……砂漠だったらしばらく時間はかかるから、もう少しゆっくりしていくか」

「そうだな」

 

 オリオールの言葉と共に発進した飛行船の上で、ジークは荷物を整理してから砂漠に到着するまでに十分な休息を取ろうと考えていた。第一目標地点が砂漠であることを考えれば、飛行船がいくら古龍観測所よりも秀でていてもメゼポルタからはやはり数日はかかってしまうものである。今までパローネ=キャラバンが開拓してきた幾つかの場所で補給を受けながらの飛行船の旅となれば、余計に時間もかかる。

 

「航路クエスト……どんなモンスターが待ち受けているんでしょうか」

「さぁな……厄介なモンスターが多いのは確かだけどな」

 

 航路クエストは飛行船で各地に移動しながらその場にいる危険なモンスターを狩って行く、行き当たりばったりに近いクエスト形態をしている。どのルートを通ってどのようにメゼポルタ広場に戻ってくるのかは事前に決まっているが、降り立った近場にいる危険なモンスターに臨機応変に対応するのが航路クエストについているハンターの役割である。

 

「砂漠の次は……」

「沼地を回って火山、そこから樹海に向かってメゼポルタに帰還するルートだ」

「……大陸を一周ですか」

 

 ドンドルマから南に位置する巨大な砂漠であるセクメーア砂漠の次には、ドンドルマ北西部に存在するクルプティオス湿地帯を通り、ラティオ活火山を通ってバトュバトム樹海経由でパローネ=キャラバンへと戻る。言葉にするだけで大陸を一周していることを察したジークは、この709航路の開拓が上手く進んでいない理由をなんとなく理解してしまった。

 

「しかし砂漠とはな……ジークは砂漠の経験が少ないだろう」

「確かに、あまり回数行ってないですね」

 

 バアルの言葉に、ジークは素直に頷いた。温暖期にメゼポルタにやってきたジークは、温暖期には立ち入り禁止区域になっているセクメーア砂漠に縁が無かった。初めて立ち入ることができるようになったのは、寒冷期に入ってからである。

 

「ちょっと色々と地形把握にいっただけで、あまり狩りもしていませんよ」

「だが、ロックラックの大砂漠と大して変わらん」

「あ、あはは……」

 

 ロックラックの大砂漠は基本的に流砂で構成されているだろ、と心の中でだけツッコミを入れたジークは、表面上では愛想笑いを浮かべていた。

 

「武器の手入れは念入りにしておけよ」

「勿論ですよ」

 

 バアルの忠告を聞いてジークは力強く頷いた。ハンターとして武器の手入れを怠ったことはないが、バアルに言われたことでより丁寧に武器を手入れしようとジークは考えた。なにせパーティーの四人全員が初めて出発する航路クエストであり、どんな予想外の事態が起こるかもわからなかったからだ。

 

「ティナ、アイテムボックスに使わないものは入れておくぞ」

「あ、はい……えーっと、これは調合すると……」

「……ふぅ」

 

 横で調合用素材などを数えながら並べているティナに一言声をかけてから、ジークは立ち上がって随分と遠ざかってしまった地面を見下ろしていた。横からジークに近づいてきたネルバは、ジークが地面を眺めていることに気が付き、笑顔のままジークの横に並んで水を差し出した。

 

「ありがとうございます」

「おう……飛行船とか気球の上から地面を見ると、結構楽しいよな」

「わかります?」

「そりゃあ俺は何時もやってるからな」

 

 特になにもないはずの地面をじっと眺めるジークの行為は、ネルバとしても共感できる行動だった。飛行船の上から眺めた所で、地上で起きている事象を事細かに観察できる程の視力は持っていないジークだが、色で区切られた地形の中で動く物体を見つけるのが好きで、彼はいつも飛行船の下を眺めていた。

 

「森か……ファンゴかな」

「いえ、ランポスでしょう。どうやら群れのようですし」

 

 飛行船の上から動く物体がなにかを予想する謎の会話を続けながら、ジークとネルバは水をちびちびと口にしていた。飛行船の高度がじょじょに上がってきたことによって、雲に遮られて地上が見辛くなるのと同時に、少しずつ気温が下がり始めていた。

 

「これから砂漠に行くってのに、空の上は寒いな」

「それはいつの時期も変わりませんよ」

 

 温暖期であろうと、飛行船の走る空はいつだって肌を刺すような寒さを感じてしまうものだ。砂漠に向かう為にクーラードリンクの準備をしているのに、周囲の気温はどんどんと下がっていく感覚だけはネルバとしてはあまり好きではなかった。

 

「……俺はやるぞ。なんとか一歩を踏み出して見せる」

「……頑張ってください」

 

 なんとなく空気を読みながら口数が少なかったジークに対して、ネルバは自分からトラウマを克服することについて触れた。危険だとわかりながら参加した航路クエストは、既に引き返すことが困難な場所まで来ていた。ネルバはそれを身体に感じさせるためにメゼポルタ方面へと視線を向けていた。

 

「709航路を成功させれば俺の何かが変わる、なんて簡単なことはない……それでも俺は、自分を変えてみせる」

 

 決意の言葉を改めてジークへと向けたネルバは、真剣な顔を破顔させてから離れていった。何故自分に対して宣言するのだろうかと思いながらも、ジークは立ち上がった。

 

「砂漠に着くまでは数日かかる予定っス。今の内に休んだ方がいいっスよ!」

 

 船の中心から聞こえてきたオリオールの声に反応したジークは、自分の背後に立てかけられた殻王獄刀【鋼】へと視線を向けてから、再び雲に阻まれて見通せない地上へと目を向けた。

 

「709航路は砂漠から始まる、か」

「最初は砂漠のオアシスで最近目撃情報の多いガノトトスの変種が相手っス。近隣の漁業関係にも被害が出ているらしいっス」

「ガノトトスか……楽しみだな」

 

 ジークはメゼポルタ時代に海の中に潜りながら相対した水竜(すいりゅう)ガノトトスの顔を思い浮かべていた。ドンドルマやメゼポルタでは海に潜って狩りをする文化は存在しないが、そもそも今回相対するガノトトスは変種である。ジークとしても何をしてくるのか予測できないモンスターであり、同時に楽しみでもあった。

 苦難の連続が待ち受けている709航路、その最初の目的であるガノトトス変種が潜む砂漠に向かって、パローネ=キャラバンの飛行船はオリオール=アルバーロの運転によって真っ直ぐに飛行していた。




実際の709航路は

ガノトトス変種 砂漠
ババコンガ変種 沼地
ヒプノック 樹海
グラビモス 火山
ディアブロス 砂漠
ドスファンゴ変種 沼地

の順番ですが、砂漠と沼地を行ったり来たりするのが不自然なので

ガノトトス変種 砂漠
ディアブロス 砂漠
ババコンガ変種 沼地
ドスファンゴ変種 沼地
グラビモス 火山
ヒプノック 樹海

の順番に勝手に変えます。


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709航路②(キャラバンクエスト) 水竜(ガノトトス)角竜(ディアブロス)

「そろそろ砂漠に到着するっス!」

「おぉ……やっと到着か」

 

 オリオールの言葉に反応してベットから立ち上がったネルバは、肩を回しながら全身から聞こえる骨の音に顔を顰めた。普段の移動手段に比べればパローネ=キャラバンの飛行船は、目的地であるセクメーア砂漠に到達する時間も早く、快適さも段違いに良いものである。それでも寝ているか武器と防具の整備しかやることがないというのは、ハンターとして意気込んだ直後に味わうには少し退屈だった。

 

「おうジーク……もう準備できてんのかよ」

「パローネ=キャラバンの飛行船が出せる速度は大体聞いていたので、いつ到着するかは計算してあったんですよ」

「……すごいな」

 

 ネルバははっきりと賞賛の言葉を口にした。ハンターとしてジークよりも先輩であることは確かだが、ジークは地形や天候、モンスターの生態や人間とモンスターを含めた生物の心理的な話、専門ではないとはいえ鍛冶にも精通しており、船を操縦することもできる。まさしくハンターとして生きて行くのに必要な技術を全て持っている万能の天才に見えていた。

 

「もう少しゆっくりしていてもいいと思いますよ。砂漠に着いてもすぐに狩りに出掛けられる訳じゃありませんから」

「……それでも、手伝いとかしたいだろ?」

「同感です」

 

 ここまで至れり尽くせりの設備が整った飛行船に乗せてもらいながら、ただ航路付近に現れたモンスターを狩るだけでは少しばかり居心地が悪かった。ネルバの言葉に頷いたジークは、ネルバと同じく寝起き姿のティナに声をかけるためにネルバから離れていった。

 

「ガノトトスの変種か……久しぶりの相手だ」

 

 ジークと同じく既に完璧な準備を終えているバアルの姿を見て、一瞬逃げようかと考えて足を部屋に向けようとしたネルバは、その足を踏みとどまらせてバアルへと向かい合った。

 

「……へぇ『ゴエティア』は剛種ばかりとやってるのかと思ってたぜ」

「お前は馬鹿か? そんな剛種ばかり現れたら堪ったもんじゃないだろ……偶にしか現れない危険生物だから剛種なんだよ」

「それもそうだな」

 

 至極当然な言葉に肩を竦めながらネルバは自分に割り当てられた部屋に入り、壁に立てかけられているライトボウガンへと目を向けた。片手剣、太刀、ライトボウガンを普段から扱うネルバは、ジークが太刀を背負い、秘伝防具を持つ片手剣使いのバアルがいることを知ってから709航路ではライトボウガンを背負うことを決めたのだ。幸い、ネルバがライトボウガンを背負うことでティナと二人で後衛ができ、ジークが太刀として中衛を担い、バアルが片手剣を振るって前衛に立つことができる状況になっていた。

 

「ふぅ……俺はやるぞ」

 

 この飛行船が移動している最中、何度も口にしていた自分へと言い聞かせる言葉を口から出しながら、ネルバはインナーへと着替えて防具を着込んだ。とある職人によって鍛えられたボウガンを元にしていると言われているライトボウガン「鉄火ガン」を持ち上げて、ネルバは部屋から出た。

 

「頑張りましょうねッ!」

「おう」

 

 丁度ネルバの部屋の前を通っていたティナと目が合ったネルバは、元気いっぱいの言葉に頷いてからジークとバアルが眼下の砂漠を見つめている外までやってきた。灼熱の砂漠が生み出す渇いた風を肌に感じながら、ネルバは一歩を踏み出した。

 

 


 

 

「暑い……クーラードリンクでもこれか」

「全くだ。何年ハンターをやってもこればかりは慣れん」

 

 飛行船が降りたち、簡易的なキャンプを作成したのを確認してから、ジークたち四人は砂漠の中心に存在する地下水脈へと至る道を目指して砂漠を横断していた。暑さに耐える為にクーラードリンクを飲んでいるハンターたちだが、クーラードリンクが保障してくれるのは命の危機を感じる程の厚さまでであり、どれだけクーラードリンクを飲んでいても砂漠を横断すれば汗も流れる。ジークの言葉に共感を示すバアルは、水を補給しながら地図を広げた。

 

「あともう少しで洞窟の入り口が見えるはずだ」

「そこから下っていけばいいんでしたよね」

「あぁ……だが地底湖は昼でも寒いからな。念のためにホットドリンクは用意しておいた」

「……抜け目ないのはいいんですが、今ホットドリンクを見せないでください」

 

 セクメーア砂漠の地下には大きな地底湖が存在している。どうやら外の海と繋がっているらしく、塩水でできているその地底湖の中には時折ガノトトスが出現することがある。砂漠の地下である地底湖周辺は薄暗く、常に湿気に満ちているのが特徴だが、それ以上に何の対策もせずに地底湖に足を踏み入れれば外との気温差で一気に風邪を引いてしまいそうになるほどに砂漠の地下は冷えていた。バアルはセクメーア砂漠などもそれなりに経験しているため、事前にクーラードリンクだけではなく、地底湖にガノトトスが逃げ込んだ時の為にホットドリンクも用意していたが、見るだけで暑苦しいと感じたジークに嫌がられていた。

 

「ガノトトスの討伐、か……正直オアシスのガノトトス程度じゃないですか?」

「パローネ=キャラバンとしては周辺環境の平定の為に、ガノトトスが邪魔だったんだろ。変種ともなればなおさらの話だ」

 

 いくら砂漠の通行ルートからは外れた場所にしか出てくることが無いとはいえ、変種のモンスターが近くにいるということがパローネ=キャラバンにとっては危険を意味していた。故に念のために討伐して欲しいとの依頼であった。

 

「この洞窟じゃねぇか?」

「そ、そうみたいです……涼しい」

「ジークさーん……あれ?」

 

 ジークとバアルがパローネ=キャラバンの思惑について喋っている間、先に進んでいたネルバとティナは地底湖へと通じる洞窟を発見していた。直射日光を浴びながら大きな砂漠を横断していたため、汗まみれだったティナは洞窟の日陰に入って大きく息を吸っていた。日光が遮られるだけでこれほど気温が変わるのかと思いながら、ジークたちの方へと視線を向けたティナは、歩いてくる二人のハンターの背後で砂煙が上がっていることに気が付いた。

 

「ジークさん、後ろのは……」

「後ろ?」

 

 遅れて洞窟までやってきたジークとバアルは、ティナの言葉を聞いてゆっくりと後ろを振り返るが、特に異常など見当たらなかった。変わらず地平線には陽炎が揺らめき、見渡す限りの不毛の大地だけだった。

 

「何もないぞ?」

「……あれ? おかしいですね……砂煙が上がってたんですど」

「ガレオスでもいたんじゃないか? それより、さっさとガノトトスの元へと行くぞ」

 

 首を傾げるティナに対して雑な返答をしたバアルは、念のためにと全員にホットドリンクを手渡した。見たくもない物を見せられたジークは、必要性を理解しながらも顔を顰めていたが、最終的には必要だろうと考えてアイテムポーチへとしまい込んでいた。

 

「ガノトトスは地底湖にいつもいるんですよね?」

「いや、外の川にも出没する。相当深いらしくてな」

「なるほど」

 

 ガノトトスは地底湖にしか出てこないものだと思っていたジークだが、砂漠にある川にも出現すると聞いて意外に思いながらも、その川が位置する場所はクーラードリンクも必要ない気温なのだろうと予測していた。そもそも体表が濡れていないとまともに活動することも難しいガノトトスが、川の近くとはいえ灼熱の砂漠の中に出てくるはずがないと考えていた。

 

「じゃあ行きますか」

 

 ジークの言葉に頷いたティナは、遠くに見えた砂煙を忘れる為に頭を左右に振ってから強く頷いて立ち上がった。灼熱の砂漠を横断した先でようやくお目当てのモンスターにである状況になり、全員が顔を引き締めていた。

 洞窟を進んでいく度に気温がどんどんと下がっていくのを肌で感じながら、ジークたちは砂で滑らないように進んでいた。しばらく歩けば足元の砂はなくなり、奥から地底湖によって冷却された風が運ばれてきていた。砂漠との気温差で身を震わせたジークは、バアルの言う通りホットドリンクでもなければやっていけないと思いながらも慎重にバアルの背中を追いかけるように歩いていた。

 

「これは……随分と大きな地底湖だな」

「さ、寒くなりました」

「ホットドリンク飲め」

 

 水の反射によって薄暗いながらも自然の美しさを感じさせる地底湖に到着したジーク、想像以上の広さに驚いていた。横で身体を震わせていたティナはバアルに渡されたホットドリンクに早くも口を付けていた。

 

「ここにガノトトスが……」

「いるはず、なんだが」

 

 ティナにつられるように全員がホットドリンクを口にしながら、ジークは地底湖の水面へと顔を覗かせた。砂漠の地底湖にある影響なのか途轍もない透明度の水に驚きながらも、その水から発せられる冷たい空気から逃れるために顔を上げようとした瞬間、巨大な影が上に向かって急上昇してくる姿を見た。

 

「まずっ!?」

「え? きゃっ!?」

 

 急上昇してくる影がなにかを察したジークは、横で洞窟の天井を眺めていたティナを抱きしめてから水辺から離れるように飛んだ。ジークの行動から全てを察したバアルとネルバは武器を構え、予想通りに水飛沫を上げながら飛び出してきた、予想以上に巨大な魚竜に唖然としていた。

 

「でかくないかッ!?」

「ジーク!」

 

 いくら変種とはいえ大きすぎると感じたネルバは、鉄火ガンを構えて装填されている貫通弾を放とうとしたが、周囲へと向けていた視線がネルバとバアルの方へと向いたのを認識した瞬間に横に飛んでいた。

 

「っ!?」

「くそったれッ! ジーク! なんとか態勢を立て直してくれっ!」

「わ、わかりました! ティナ、ネルバさんとバアルさんの救援頼む」

「はい! なんとかしてみせます!」

 

 反射で横に飛んだ場所へと水流ブレスが放たれ、間一髪でそれを避けた二人は、さっきまで立っていた場所が水圧によって綺麗に割れているのを見て言葉を失った。すぐに二回目の水流ブレスを口から放とうとしているガノトトスを見て、ネルバはジークとティナに自分たちが囮になっている間に態勢を立て直すことを求めていた。想像以上の大きさをもっていたガノトトスに面食らっていたジークは、ネルバの指示を聞いてティナに二人の救援を頼んでから、背負っていた殻王獄刀【鋼】を抜いてガノトトスの背後から急接近した。

 

「ここなら、見えてねぇだろっ!」

 

 バアルとネルバに視線が向いているガノトトスの脚に向かって、ジークは殻王獄刀【鋼】を振り下ろした。変種であるガノトトスの鱗は当然の様に鋼の如き硬度を持っていたが、ジークの持つ殻王獄刀【鋼】は鋼すらも容易く斬り裂く剛種シェンガオレンの武器である。少しの抵抗を感じながらも更に力を込めたジークに応えるように、殻王獄刀【鋼】はガノトトス変種の鱗を切り裂いた。

 

「やぁッ!」

 

 突然脚を斬りつけられたガノトトスはすぐに尾を振り回しながら背後へと振り向くが、その動きに合わせてジークは股下を抜けて再び背後に回り込んでいた。絶妙のタイミングでしか成し得ることができない技術だが、ジークはガノトトスと戦うが初めてではない為に可能な行動だった。振り向いた先にも敵がいないことを認識したガノトトスは、横から飛んでくる牽制用に放たれた矢を避けてからブレスを洞窟の壁に向かって放ち、そのまま首を身体ごと回転させた。

 

「ちっ! 頭を下げろッ!」

「うぉッ!?」

「わ、わかってますっ」

 

 身体を回転させて周囲を巻き込むブレスを放ったガノトトスだったが、その行動を読み切ったバアルが強制的にネルバの頭を抑え込み、ティナにしゃがむように叫んだ。少しの間を開けて、下げた頭の上をガノトトスの水流ブレスがもの凄い勢いで通り過ぎ、洞窟の壁に一文字の傷が出来上がっていた。しかし、足下にいたジークには全く関係もなく、ガノトトスが止まった瞬間に先程斬りつけた脚とは反対の脚に向かってシェンガオレンの脅威を振り下ろした。

 

「よしっ! 反撃に出る」

「お、おう!」

 

 回転した勢いが残った状態のまま脚を傷つけられたガノトトスは、勢いによってそのまま倒れこんだ。やたらめったらに水流ブレスを放っていたガノトトスが生み出した隙を見て、バアルとネルバは飛び出していた。霞龍の素材によって生み出された「ネブラボルヌス」を抜いたバアルは、ネルバを置き去りにする速度でガノトトスに接近して首筋の動脈に向かって毒の滲み出る片手剣を振り上げた瞬間、ガノトトスは釣られた魚のように勢いよくその場を跳ねまわった。

 

「くっそ!?」

 

 ガノトトスが急に暴れたせいで片手剣を振り上げていたバアルと、ガノトトスの転倒に巻き込まれないように移動していたジークは地面の揺れに膝を折った。そして、地面に膝をついたバアルとジークが立ち上がるよりも先にガノトトスは跳ねた勢いのまま立ち上がり、その巨体を折り曲げてバアルに向かって横タックルを繰り出した。

 

「ぐぁッ!?」

「バアルさんッ!」

「ちくしょうっ!」

「ね、ネルバさんっ! 前に出過ぎです!」

 

 辛うじてガノトトスと身体の間に盾を滑りこませたバアルだが、通常のガノトトスよりも遥かに大きな体躯を持つガノトトスのタックルを片手剣の盾ではまともに受け止めることもできず、成人男性であるバアルを簡単に洞窟の壁まで吹き飛ばした。仲間がやられたことで頭に血が昇ったネルバはライトボウガンを構えながら一歩前に出た。その一歩がガノトトスにとっては間合いに入る絶好の機会だった。

 

「食らいやがれッ!」

「下がれネルバさんっ!」

「っ!?」

 

 立ち上がったジークがガノトトスに異変に気が付き、ライトボウガンを構えた発射体勢に入っていたネルバに下がるように叫ぶが一拍遅く、ネルバがその攻撃に気が付いた時には、ガノトトスが身体を回転させたことによって近づいてくる尾びれに視界が埋まっていた。

 

「くそっ! 援護頼む!」

「は、はい!」

 

 一瞬でバアルとネルバが戦線から引き剥がされたことに危機感を覚えたジークは、ティナに援護を頼みながら再びガノトトスへと接近していった。遠くに飛ばされたバアルとネルバの所まで攻撃が届かないように、ジークは神経を使いながらガノトトスの尾びれを避けて下顎に向かって切り上げる。下から迫ってくる刃に素早く反応したガノトトスは、すぐに脚を限界まで伸ばして紙一重で太刀を避け、その勢いのままジークを押し潰そうと身体を地面に押し付けるように飛び跳ねた。

 

「やってくれる!」

 

 なんとかガノトトスの身体から逃れたジークは態勢を立て直すために太刀を下段で構えていた。本来ならば足下に入り込んで死角から攻撃を仕掛けたい場面であるが、また周囲にブレスをまき散らされてしまうと、この場にいるハンター全員のために牽制してくれているティナ、そして態勢を立て直しているバアル、ネルバにまで危険が及ぶと考えながら、自分自身もガノトトスの攻撃を紙一重で躱す行動は、普段無地蔵のスタミナで狩りを引っ張っているジークに大きな負担をもたらしていた。

 

「っ! くそ……キッツいなっ……」

 

 横タックル一つで簡単にハンターを弾き飛ばす膂力を目の間にしているジークは、攻撃が掠れば自分も戦線から無理やり剥がされてしまうと考えていた。もしそうなってしまった場合、弓を構えているティナが一人でガノトトスを相手にする時間ができてしまう。どれだけティナが優れた狩人だったとしても、変種のモンスター相手に弓を持って一人で応戦することは難しい。タンジアにいた時から数多くの武器を扱っていたジークは、遠距離武器が敵モンスターに接近される危険を理解していた。

 

「頼むティナッ!」

「はいっ!」

 

 ジークの声に反応したティナは、ガノトトスがネルバとバアルに注意を向けないように牽制するために放っていた矢を、ガノトトスの背びれに向けて放った。放射状に五つ同時に放たれた矢に意識を向けたガノトトスの隙を見てジークは力の限り上に跳躍し、ガノトトスの顔に向かって太刀を突き刺そうとしていた。

 

「はぁッ!」

「や、やった!」

 

 ジークが放った鋭い突きはガノトトスの下顎に突き刺さり、ティナの放った矢も五本のうち二本が貫通し鮮血をまき散らした。降り注ぐ血で視界を塞がれないように片手で振り払ったジークは、同時にガノトトスが頭を振ったことで顎に突き刺さっていた殻王獄刀【鋼】ごと地面に投げ出された。

 

「くぁっ!?」

 

 ギリギリ受け身を取ったジークはすぐに顔を上げてガノトトスへと視線を向けた。どんなモンスターにとっても急所になる首筋へと刃を突き立てたことは確かだが、それだけでモンスターが死ぬとも考えていないジークはすぐにガノトトスへの警戒を強めようとしていた。しかし、ガノトトスは痛みに喘ぎながら地底湖へと逃げていった。

 

「…………ふぅ……なんとかなった、か?」

「大丈夫ですか?」

「無事だ」

 

 太刀を杖代わりに立ち上がったジークは、ガノトトスに与えた傷が致命傷ではないことを知りながらも相手が逃げたのならば仲間の無事の方が優先だと考えて武器を納めた。

 

「おっと、元気ですね」

「直撃はしてないからな。逃げたならさっきも言った砂漠の方だろう」

 

 ネルバとバアルの元に行って安否を確認しようと振り向いた先には、既にバアルが立っていた。ガノトトスのタックルを盾で受け止めていたバアルは、衝撃から自分の身を完璧に守っていた。振動によって足元もおぼつかない状態から完璧なタイミングで盾を滑りこませる技術にジークは一人で感心していたが、ライトボウガンを背負っているせいで守りが薄いはずのネルバを心配して、飛ばされた方向へと視線を向けた。

 

「……無事、みたいですね」

「直撃していたからな。少し放っておけ」

 

 倒れた状態のまま腕を振っているネルバを見て、意識もしっかりあることを確認したジークは安堵の息を吐いた。ほんの短い攻防ではあったが、一瞬の判断ミスで戦線を一気に崩壊させられた事実だけがあった。

 

「あれほどまで巨大なガノトトスは初めて見た。砂漠限定かもしれんが、水中の生態系の頂点であることは違いない」

「そんなガノトトスが一目散に逃げますかね」

「さぁな……そこは俺も知らん」

 

 生態系の頂点であると言われてもおかしくない巨大さではあったが、少しの反撃を受けただけで逃げて行くその態度にどこか違和感を覚えていた。とは言え手傷を負わせているガノトトスをむざむざ見逃すつもりなどジークには全く無い。

 

「すぐに追撃しましょう」

「待て。水の中に逃げ込まれたままじゃどうしようも……」

「知らないんですか? ガノトトスは大きな音に弱いんですよ」

「……用意のいい奴だ」

 

 懐から音爆弾を取り出したジークを見て、バアルは驚いたような様子を見せてから呆れた様な笑みを見せた。

 

 


 

 

「よっと……暑い場所から寒い場所に行って、今度は適温ですか」

「文句言うな。クーラードリンクもホットドリンクも必要ない場所で狩りができるなら、それに越したことはない」

「確かに、ですね」

 

 急斜面の洞窟を登り切ったジークたちは、日陰になる場所と日が当たっている場所の半々になっている乾燥した広場にやってきていた。砂漠のように足場が全て砂になっている訳でもなく、草が生い茂っている訳でもない場所には、草食竜であるアプケロスの姿もあった。アプケロスは草食竜の中でも暑さに強く、ラティオ活火山にも生息している草食竜ではあるが、まさか砂漠のど真ん中にある日陰に集団で暮らしているとはジークも思っていなかった。

 

「こっちだ」

「……涼しい風ですね」

「地底湖から流れてくる川が熱を冷ましてるのか?」

 

 バアルが先行し、その後ろを歩くジークとティナは砂漠の中にいるとは思えない清涼さに首を傾げていたが、しばらくすると想像していたよりもかなり大きな川がそこには広がっていた。砂漠にある川と想像してまず小さなものを思い浮かべていたティナは、巨大なガノトトスが泳いでいてもなんら問題なさそうなほどの川幅に驚愕していた。ジークもガノトトスが生息できると聞いて想定していた川の数倍以上の規模に唖然としていたが、その川底にガノトトスが留まっているのを見つけてその深さを理解した。

 

「やはりここに逃げ込んでいたか」

「音爆弾を投げれば、ガノトトスは反応するでしょうけど……どこまで通用するか」

「問題はないと思うぞ」

 

 爆薬とモンスターの鳴き袋を使って作り出された音爆弾は、投げるだけで人間の鼓膜を破壊するのではないかと思うほどの音を発生させるハンター用のアイテムである。基本的に聴覚のいいモンスターや、高周波が苦手なモンスターに向けて使われるアイテムだが、どんなモンスターを相手にするのかわからない航路クエストで、持ってきて損は無いだろうとジークがポーチに詰めていた物である。

 

「さて、行きますよ!」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ」

「早くしてくださいよ」

 

 ジークが今すぐにも投げようとしているのを見て、ネルバはなるべく離れようとしていたが、その行動にティナとバアルも呆れていた。

 

「じゃあ投げますからね」

「お、おう!」

 

 ネルバの準備が整ったのを見届けたジークは大きく振りかぶって川の底に響くように音爆弾を投げた。勢いよく飛んだ音爆弾は空中で爆裂し、川の水面に大きな波紋を生み出すと同時に、ガノトトスは川全体に響き渡った音によって水面から飛び上がった。放たれた音爆弾の音に驚いたのはガノトトスだけではなく、周辺で草を食べていたアプケロスたちもその音に反応して慌てて逃げ出し始めていた。

 

「よーしっ! 今度こそ仕留めて――」

「――なっ!? ジークッ!」

 

 水の中から弾け飛んできたガノトトスが空中を飛んでいる姿を見て、嬉々としてライトボウガンを構えたネルバを視認しながら片手剣を抜刀しようとしたバアルは、地面を揺らしながら何かが向かって来ていることに気が付いた。バアルの切羽詰まった声にジークが振り向いた瞬間、ティナが弓を構えている背後から音爆弾の爆音につられて大型モンスターが地面から飛び出していた。

 

「嘘だろッ!?」

「えっ? きゃぁっ!?」

「ティナッ! 全員散開しろっ!」

 

 ガノトトスが水から飛び出し地面に打ち上げられるのと同時に、砂の中から二つの凶暴な角を持つ悪魔が姿を現していた。砂漠の保護色となる砂色の身体に、地面を抉るハンマー状の大きな尻尾。空を飛ぶことが可能な翼に、見る者全てを畏怖させる大きなねじれた二本の角。砂漠の暴君、角竜(かくりゅう)ディアブロスが音爆弾の音で飛び出した。すぐさまパーティー全員を散開させたジークは、歯噛みしながら砂漠の暴君と水辺の主を相手取る方法を巡らせる。

 

「バアルさんっ! ネルバさんと共にディアブロスの相手を頼みますっ! ティナは俺とガノトトスだ」

「は、はい!」

「ちっ! この状況ではやむを得んかッ!」

 

 強烈な音爆弾によって地上に引きずり出されたことに相当怒っているのか、黒い息を吐きながらディアブロスは既に直線状に転がっているガノトトスとネルバに狙いを付けていた。尻尾で地面を叩いてから後ろ脚に全ての力を込めた突進を始めたディアブロスは、恐ろしい速度で加速していき、音爆弾の衝撃から立ち直っていなかったガノトトスを弾き飛ばした。

 

「おわぁぁぁぁっ!?」

 

 体格では明らかに変種ガノトトスの方が上であるにもかかわらず、ディアブロスは簡単にガノトトスを弾き飛ばしてからその勢いのままネルバに狙いを付けて突進を続ける。自分が狙われていることに気が付いたネルバは必死になってディアブロスから逃れようとしていたが、ディアブロスは執念深く幾度も方向転換しながらネルバを追いかけていた。

 

「ティナ、一発ディアブロスに弓を放ってからガノトトスに向かってくれ」

「ネルバさんの救出ですか?」

「そうだ……それに、向こうにはバアルさんがいる。少し突進の勢いを落とせばなんとかなる」

 

 ティナに一つだけ指示を出してから、ジークは殻王獄刀【鋼】に手をかけながらガノトトスへ向かって走り出した。音爆弾で陸に打ち上げられ、更にディアブロスに突進で弾き飛ばされたガノトトスだが、当然の様に立ち上がって血走った目で走り回るディアブロスへと視線を向けた。

 

「ちっ! お前の相手は俺だろうが!」

 

 ディアブロスに向かって口を開いたガノトトスが何をしようとしているのか理解したジークは、すぐに太刀を大袈裟に振り回しながら接近する。しかし、ガノトトスはジークなど既に視界には入っておらず、そのまま岩をも容易く真っ二つにする水流ブレスを放った。

 

「ぐぁっ!?」

「っ! ネルバさんっ!」

「ここは俺に任せろ。お前はジークの方に行けっ!」

「は、はいっ!」

 

 ジークに言われた通りディアブロスに向かって牽制と目くらましを兼ねた矢を放とうとしたティナだが、横から急に飛んできた水流ブレスによって尻餅をついていた。ガノトトスの水流ブレスはディアブロスの横腹に当たり、硬い甲殻を削りながらディアブロスを突進の勢いのまま転倒させていた。ディアブロスの転倒とガノトトスブレスの衝撃によって吹き飛ばされるネルバを見て、助けようとしたティナはバアルに制止された。バアルの言葉に頷いたティナはすぐに弓を取ってガノトトスの方へと向かって走り出した。

 

「さて、大型モンスターが同じ場所に二頭いられると面倒なんでな……すぐに終わらせるっ!」

 

 ネブラボルヌスを抜き放ったバアルは転倒しているディアブロスに向かって加速した。

 水流ブレスを放ったガノトトスはすぐさまディアブロスに近づいて追撃しようとしたが、顎下にいたハンターが太刀を振り上げようとしている姿を視認して脚力を込めて一気に頭を上げた。

 

「中々勘がいいな……ならこいつでっ!」

 

 こちらを視認していないと踏んでの攻撃を器用に避けられたジークは、地面を蹴ってガノトトスの脚へと接近した。地底湖で与えた傷からはまだ僅かに血が滲んでいるのを確認したジークは、傷口に追撃するように太刀を横に振るった。上体を逸らす為に脚に力を入れていたガノトトスはその攻撃を避けることができず、ただ痛みに喘ぐように高い声を出すことしかできなかった。

 

「もう一撃っ!?」

 

 無防備なガノトトスに対してもう一度太刀を振るおうとしたジークだったが、ガノトトスの口が足下に向かって開いている姿を見て、咄嗟に太刀を手放して横に転がった。瞬間、ジークの防具を掠めるように水流ブレスが通り過ぎ、背後にあった岩の壁に大きな穴を生み出していた。

 

「くそッ!?」

「ジークさん!」

 

 避けるために殻王獄刀【鋼】を手放したジークは、武器を回収しようと手を伸ばそうとしてからガノトトスの身体が上から迫っていることに気が付いたが、ギリギリの所でティナの矢がガノトトス身体に刺さり、その動きを止めた。

 

「すまん……助かった」

「大丈夫ですよ。まだまだ行きますよ!」

「あ、あぁ!」

 

 ティナの勢いに押されながら、ジークは太刀をしっかりと握りしめてガノトトスと再び対峙した。



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709航路③(キャラバンクエスト) 水竜(ガノトトス)角竜(ディアブロス)

「っ! はぁッ!」

 

 殻王獄刀【鋼】を片手に、ジークは水竜ガノトトスの尾びれを避けながら股下へと潜り込んだ。すぐさま後ろに後退しながらジークを迎え撃とうとするガノトトスは、後方に飛ぼうとする直前に飛んでくる矢を身体で受けて怯んだ。

 

「いかせません……あなたはここで釘付けになってもらいます!」

 

 ジークを迎撃しようとした瞬間に行動を阻害するティナに対して、ガノトトスは牙を剥いた。下にいるであろうジークを巻き込みながらティナを迎撃するために、ガノトトスは脚を畳んで地面に腹をつけた。全身を水でコーディングするように覆っているガノトトスは、例え地面に腹をつけていてもそれが行動の邪魔になることは無く、逆にガノトトスは自身の潤いを利用して地面を水の中にいるかのようにうねってティナに向かって突進し始めた。

 

「一歩遅い」

 

 地面を削りながらその巨体を活かした攻撃を繰り出すガノトトスだったが、押し潰したと思っていたジークは既にガノトトスの横に移動しており、ガノトトスの這いずりの勢いを利用するように身体に太刀を突き刺した。殻王獄刀【鋼】は容易くガノトトスの鱗を砕き、痛みと共に血を迸らせる。地面を這いずっていたガノトトスは腹に太刀を刺された状態のまましばらく前に進んだことにより、裂傷は腹から尾びれ近くまで広がっていた。まき散らされる鮮血の量は、人間ならばとっくに死んでいてもおかしくない量であり、砂漠の渇いた地面すらも簡単には吸収しきれないほどの血液が流れていた。しかし、その程度でガノトトスは止まらず、すぐに立ち上がってから身体に刺さっている太刀と共にジークを放り投げる為に勢いよく横タックルを繰り出した。

 

「うぉッ!?」

「くっ! ジークさん、きゃっ!?」

 

 ガノトトスの思惑通り、刺さっている太刀と共に横に向かって飛んでいったジークに対してガノトトスは口を開けて水流ブレスを放った。行動を阻害しようと弓を引き絞っていたティナは、這いずりから逃れるために後ろを向いていた分、フォローに入るのが遅れて水流ブレスが発射された。ジークが咄嗟に盾にした岩を貫通した水流ブレスは、ガノトトスの首の動きに合わせてそのまま下に移動してから一気に右に向かって振り払われた。振り払われたブレスが自分の方へと向かっていることに気が付いたティナは、すぐに後ろに転がって岩をも切断する水流ブレスを紙一重で避けていた。

 

「仕切り直し、ですね……了解しました!」

 

 なんとかブレスを避けきったティナはチラッとジークが隠れていた、既に無残な方に破壊されている岩の方へと視線を向けると、そこからジークが顔を出してハンドサインでティナへと指示を送った。思ったよりも強く抵抗するガノトトスに対して、今のまま攻めていても埒が明かないと考えての仕切り直しに、ティナは頷いた。変種であるガノトトスが一筋縄ではいかないと判断して、時間稼ぎに行動を移行させるのだ。二人の仲間が、ディアブロスを先に倒してくれることを考えての行動に従って、ティナは弓を手にしながら走り出した。

 

 


 

 

「おわぁっ!?」

「はっ!」

 

 ガノトトスが水流ブレスを放っていることを視界の端で確認しながら、バアルはディアブロスの突進を受け流しながら片手剣を振るっていた。ジークとティナが相手をしているガノトトスが変種であるのに対して、バアルとネルバが相対しているディアブロスは上位個体相当の強さだった。それでも、砂漠の暴君と名高い双角の悪魔ディアブロスとあっては、バアルも慎重にならざるを得なかった。

 

「ネルバ、ほんの少しでいい……奴の突進を止めてくれ」

「止めるって言ったってよぉ……どうすればいい」

「ほんの少しでいい。徹甲榴弾でも拡散弾でも貫通弾でもいい。兎に角ほんの少しだけでもあいつの足を止めろ……話はそこからだ」

「……わかった」

「来るぞっ!」

 

 なんとかディアブロスの突進を直撃せずに回避し続けているネルバとバアルだったが、ただディアブロスに疲れが見えたり隙ができるのを待っているだけでは、下手をすればガノトトスを相手している二人が持たないと判断した。音爆弾によって聴覚を刺激されたことで怒り心頭のディアブロスを止めるには、片手剣を持つバアルではなく、ライトボウガンを持つネルバが最適だった。なんとか突進を止めるように頼んだバアルは、再び角をいからせながら突進を始めたディアブロスに対して、真正面から向かって行った。ただの自殺行為にしか見えないその暴挙に対して、ネルバは舌打ちしながら徹甲榴弾を装填してディアブロスの角目掛けて発射した。

 

「こいつでっどうだぁぁ!」

 

 ネルバの放った徹甲榴弾はバアルを追い越し、角の根元に突き刺さった。それを見届けたバアルは、片手剣を逆手に持って上に飛び上がった。同時に徹甲榴弾は起爆し、ディアブロスの動きが鈍った瞬間にバアルは徹甲榴弾が削った角へと向かって片手剣を突き刺した。

 

「ハァッ!」

 

 あまりにも人間離れをした動きにネルバが唖然としている中、勢いのままディアブロスを足蹴にして角に片手剣を刺したまま再び上に飛んだバアルは、落下する勢いのまま盾を片手剣に対して叩きつけ、ディアブロスの片角を無理矢理へし折った。

 

「なんて方法で折ってんだよッ!」

「使える方法はなんでもやれ。生き残りたかったらな」

 

 角をへし折ったまま地面に突き刺さった剣を拾いながら、バアルはネルバのいた場所まで後退した。あまりにも無茶苦茶な攻撃にネルバは抗議の声をあげるが、バアルはモンスターを狩る為ならばなんでも使い、なんでもやる現実主義者である。ネルバの言葉を鼻で笑ったバアルは、すぐにネブラボルヌスを構え直してディアブロスへと向かって走り出した。

 

「くそッ! 俺だってやってるやる……そのためについてきたんだよッ!」

 

 自分の考え方が硬く、バアルはのような考え方をするハンターがどんどん上に昇って行くのだろうことはネルバにも理解できていた。バアルとは少し違うが、ジークもモンスターを狩る為ならばなんでも利用する合理的な考え方をする。臨機応変に対応することが苦手なネルバは、ハンターとしての基礎的な動きを忠実に行う能力は存在しても、バアルやジークのように武器の使用方法としてギルドが提示している活用方法以外を咄嗟の判断で繰り出すことができない。故に、ジークやバアルのように狩場を自由自在に駆け回るハンターたちには一種の憧れを抱いていた。

 一人で叫ぶネルバを置いて、ディアブロスとバアルは既に次の行動に移っていた。角を破壊された反動をなんとか制御しながら、ディアブロスは怒りを超えて純粋な殺意を抱いた視線をバアルに向けていた。当然、モンスターの視線程度では怯みすらもしないバアルは、ネブラボルヌスから滴る毒をディアブロスに与える方法を考えていた。片手剣を揺らしながら走るバアルに殺意を向けながらも、ディアブロスはその場で地面を掘り返して地上から姿を消した。

 

「怒り心頭のディアブロスには音爆弾が効かない……なんとか振動と音で場所を把握しなければ……」

 

 砂塵をまき散らしながら地面を潜ったディアブロスに対して、バアルは舌打ちをしながらも冷静にディアブロスが地中を潜航する振動を足から感じ取っていた。正確な位置を把握できる程の行為ではないが、振動の大きさで大まかの位置を把握することは、バアルにとって造作もないことだった。

 

「ネルバッ! お前の右前方から飛び出してくるぞ!」

「お、おう! なんでも来いっ!」

 

 振動が止まったことを確認したバアルは、自身の左後ろ側、ネルバから見た右前方からディアブロスが飛び出してくることを忠告した。言われた通りの場所に向かってライトボウガンを構えたネルバは、その直後に砂塵を上げながら飛び上がったディアブロスに向かって徹甲榴弾を発射した。空中を飛びながらバアルの方へと向かって残っている片角を振り上げたディアブロスは、翼に刺さった徹甲榴弾を無視しながら地面に降り立つと同時に角を突き刺した。

 

「ちっ!」

 

 紙一重で避けようと横に動いたバアルは、ディアブロスの身体が横を通り抜ける瞬間に発生した風圧を受けながら、ディアブロスが再び巻き上げた砂塵から逃れるために盾を横に振った。動作通りに砂塵が横にずれていく中、バアルは微かに聞こえた甲高いモンスターの鳴き声に反応してその場で屈んだ。一見すると無意味な動作を行ったバアルだが、屈んだ瞬間にその頭上をガノトトスの水流ブレスが通り過ぎていった。巻き上げられた砂塵を薙ぎ払うように通り過ぎていった水流ブレスを見ながら、バアルはガノトトスの方へと視線を向けた。

 

「……さっさと終わらせるか」

 

 ティナとジークが少し離れた場所でガノトトスと戦っている姿を見たバアルだが、二人の動きが明らかに攻め手を欠いているのを理解していた。いくらジークであるとしても、変種ガノトトスを二人で攻略することは難しいのだろうと考え、バアルは目の前の怒り狂っているディアブロスを最短で沈黙させる方法を求めていた。

 

「もう一本の角を……いや、それではディアブロスの気勢を削ぐだけか。必要なのはディアブロスの命を確実に奪い去る方法……しかもなるべく早く、か」

「おい、大丈夫か?」

「問題ない。だが、さっさとディアブロスを片付けなければ、ジークとティナが危ない」

「そうか……わかった」

 

 翼に刺さった徹甲榴弾が爆発を起こしているのを見ながら、バアルはネブラボルヌスを構えた。剛種オオナズチの素材によって生み出された片手剣は、遅効性ではあるが確実に命を削る毒が滴っている。それをディアブロスの心臓に近い部分に差し込めば、自ずとディアブロスの命は短くなる。

 

「……お前、まだ徹甲榴弾はあるよな?」

「おうよ。必要になると思って結構持ってきたぜ」

「なら問題無いな。徹甲榴弾を頭に向かって撃て……どんな方法でもいいからアイツの目を俺から逸らせ」

「任せろ……そういうのは得意だ」

 

 ネルバの得意とする狩猟スタイルは誰かの補助となることである。それは自らの背中で人を引っ張っていくジークとは違い、周囲を立てることで集団を成り立たせるネルバ故の狩猟スタイルだった。それが理由なのか、ネルバは自分主体で動きたいと思いながらも最後は片手剣やライトボウガンといった人を支援することに特化した武器を得意としている。ネルバが頷いたのを見てから、バアルは再びディアブロスに向かって駆けだした。

 

「……チャンスはそれほど多くないはず。けど、俺は凄腕ハンターとして必ずなり上がって見せる……そのためにメゼポルタまで来たんだッ!」

 

 徹甲榴弾を装填したネルバは、丁寧に照準をディアブロスの頭に向けた。徹甲榴弾はその爆発の性質上、頭に上手く直撃させることでモンスターの脳を揺らし、その行動を制限したりハンマーで頭を殴った後のように一時的に気絶させることもできる。当然、徹甲榴弾を正確な場所に連続で刺しこむ必要がある。徹甲榴弾は反動も大きく、慣れていないハンターが放てば想定外の方向に飛んでいくブレ弾でもあるため、正確に頭に衝撃を与えることは上位のハンターでも難しいとされており、ネルバのようにメインで普段から使用している訳ではないハンターが狙ってできることではない。しかし、今のネルバは極限まで集中した状態であり、普段発揮できるパフォーマンスを超えた能力を発揮していた。結果的に、ネルバの放った四発の徹甲榴弾は、寸分たがわずディアブロスの眉間に突き刺さった。

 

「いいタイミングだッ!」

 

 バアルに向かって角を振り回しながら暴れていたディアブロスの眉間に、四つの徹甲榴弾が突き刺さったのを見て、バアルはネルバに対する評価を改めた。片手剣を専門としているバアルにとってライトボウガンは専門外の分野ではあったが、ほぼ同じ場所に四発の徹甲榴弾を撃ちこむ難しさは理解できていた。頭に突き刺さる徹甲榴弾を無視したまま突進しようと助走を付けたディアブロスは、四つ連続で爆裂した徹甲榴弾によって動きを止めた。

 

「霞龍の致死毒……受けてみろッ!」

 

 ディアブロスは徹甲榴弾の爆発で気絶することは無かったが、まったく予想外の方向から飛んできた爆発の衝撃によって、動きが完全に止まった。バアルは弾かれるように急加速し、ディアブロスの足下へと潜り込んでから、全身へと血液を巡らせるために存在する人間よりも巨大な心臓がある胸へと向かってネブラボルヌスを突き刺した。

 

「ちぃっ!? 浅いかっ!?」

 

 胸に突き刺さったネブラボルヌスからは十分な毒が溢れていたが、ディアブロスが咄嗟に身体を逸らしたことでバアルの突きの威力が半減されてしまい、心臓の近くにまで刃が達していなかった。それでも大量の血液を周囲にまき散らしながら苦しむディアブロスを見れば、バアルの攻撃がどれだけモンスターの命に迫った一撃なのかを理解できる。しかし、ガノトトス変種に苦戦しているジークたちを助けに行くためには、バアルとネルバは早急にディアブロスを倒す必要があった。命に迫るだけでは、ダメなのだ。

 

「ネルバッ!」

「おう! 任せろ!」

 

 ネブラボルヌスを引き抜き、ネルバへと力の限り叫んだバアルはそのまま足下から脱出し、今度は生物の血管の集まっている首へと向かって刃を向けた。同時に、バアルからの掛け声に反応してライトボウガンを構えたネルバは、すぐに貫通弾を装填してディアブロスへと向かって連射した。パイモンなどが扱う剛種の素材によって生み出されたライトボウガンのように、超速射を放つだけの機構は存在していないが、ネルバの持つライトボウガンも貫通弾の速射には対応していた。速射される貫通弾はディアブロスの外殻を削りながら全身に傷を刻んでいくが、痛みから回復したディアブロスはすぐさま尻尾を振りまわして砂煙を起こした。

 

「くそッ! これじゃあバアルの居場所が見えねぇぞ!」

「やってくれる……だが、お前の命は俺が握っている」

 

 唐突に巻き上がった砂塵に全身を隠したディアブロスを見て、ネルバは万が一にでもバアルに弾丸が当たることを恐れて連射することが極端に難しくなっていた。意図して起こしたことなのかは誰にもわからないが、バアルはネルバの攻め手が減ったことに舌打ちをしながらも、ディアブロスの首筋を既に捉えていた。剛種の素材によって生み出されたネブラボルヌスは、上位個体相当のディアブロスが有する外殻をバターのように切り裂き、鮮血を散らした。まき散らされる血の中に、ネブラボルヌスから滴るオオナズチの毒が混ざり、鈍い紫色へと変色していく様を見ながらもバアルは砂塵から抜け出した。

 

「今だ!」

「ふぅ……これで、ディアブロスは終わりだろう」

 

 正確な位置を掴めなかったバアルが砂塵から飛び出した瞬間に、誤射の可能性が消えたことによってネルバは再びディアブロスに向かって貫通弾を連射し始めた。砂塵の中から痛みに喘ぐような声を残して、ディアブロスは地面にその身を投げた。しばらくもがき苦しんでいた巨体は、ゆっくりと全身に回っている毒によってその動きを徐々に弱くしていき、そのままゆっくりと絶命していった。砂塵が晴れてその目でディアブロスの死を確認したバアルとネルバは、ジークとティナが戦っているガノトトスの方へと走り出した。

 

 


 

 

「避けろッ!」

「は、はい!」

 

 ジークの掛け声と共にしゃがんだティナは、頭上を水流ブレスが通り過ぎていくのを感じながら、矢筒から新しい矢を取り出していた。暴れまわるガノトトスの猛攻は激しく、ジークとティナの二人では攻め手を欠いていることを理解しながらも、ティナはジークの指示に従ってガノトトスへと攻撃を続けていた。

 既に何度も水流ブレスを避けられているガノトトスだが、自身が持つ最も殺傷能力の高い武器である水流ブレスを切り捨てることはできず、定期的にガノトトスはブレスを口から吐いていた。ジークとティナはガノトトスに対する攻め手が無かったが、かと言ってガノトトスが二人を追い詰めることができるかと言えば一概にそうとは言えなかった。優れた観察眼を持つティナと、天性の直感と才能で攻撃を最小限にいなすジークを相手に、ガノトトスもたった二人の人間を追い込めずにいた。

 

「……ディアブロスの方は片付いたのか?」

 

 ガノトトスの攻撃を掻い潜りながら、数回大きな音の鳴っていたバアルたちの方へと視線を向けたジークは、砂塵の中で横たわるディアブロスを視認した。ディアブロスが上位個体であったとしても、考えられない速度でバアルとネルバがディアブロスを仕留めたことになるが、秘伝防具を持つバアルの実力を考えれば十分現実的な範囲内だと内心で納得していた。ディアブロスを早めに片付けてくれたということは、自分たちがガノトトス相手にまともに攻めることができていないことも察しているだろうと考えたジークは、迫りくるガノトトスの牙を避けながら、ガノトトスの顔を踏み台にして首筋に向かって殻王獄刀【鋼】を振り下ろした。金属音と共に鱗が裂かれ、薄く血が滲んだのを確認してからジークはガノトトスの首から飛び降りた。

 

「先行する」

「バ、バアルさん!?」

「よし、俺たちで援護するぞ!」

「ネルバさんまで……ディアブロスは倒せたんですね!」

 

 無茶苦茶な動きをするジークに配慮しながら矢を構えていたティナは、後方から凄い速度で走り抜けていった純白のハンターを見て目を見開いた。ディアブロスを討伐した勢いのままガノトトスへと走っていくバアルに驚きながら、横に立ってライトボウガンを構えるネルバを見て二人がディアブロスを狩猟したことを確信した。こうなればガノトトス相手に四人のハンターを全て動員することもでき、この膠着状態も解消させる。狩猟の終わりが見えたことに希望を持ったティナは、先程よりも強く弓の弦を引き絞った。

 

「一回下がれ」

「それはバアルさんもでは? 討伐したまま来たの、見てましたよ」

「ディアブロスは上位個体で、ガノトトスは変種だ。お前の方が武器の消耗は大きい」

「…………わかりました」

 

 チラッと殻王獄刀【鋼】へと視線を向けたジークは、変種ガノトトスの硬い鱗を攻撃し続けた結果生まれた刃毀れを視認していた。ジークが先程与えた首筋への傷も、込めていた力に対して浅いものであることを理解していた。バアルに任せることに多少の抵抗を感じているジークだったが、実力的に考えてもバアルならば問題無いと結論を下して、ジークは後ろに下がった。ハンターとしての天性の才能はジークの方が上だが、経験や技術などを含めるとまだバアルの方に軍配が上がる。バアルとジークは、互いに実力を理解しているからの会話と交代だった。

 

「ティナ、ネルバさん……バアルさんの援護お願いします」

「おう!」

 

 ジークが後退していく姿を見送りながら、ティナは弓を構えた。ジークとは違った形で、人間離れした動きを見せるバアルに苦戦しながら、有効な場所を見極めて矢を放った。

 ジークと入れ替わりで突然現れ、剣を振るってくる相手に警戒心を示すガノトトスは、その巨体で押し潰そうとその場で軽く跳ねてから足を畳んだ。衝撃と共にバアルを弾こうと身体をくねらせようとしたガノトトスは、着地して地を揺らすのと同時に飛び上がっていたバアルの姿に一瞬硬直した。

 

「はぁッ!」

 

 跳躍したガノトトスに合わせて同じく跳躍したバアルは、ジークが与えた首筋の傷に向かってネブラボルヌスを突き刺した。鱗を削がれていた場所への攻撃は当然深く刺さり、ガノトトス痛みの余りにその場をのたうち回った。傷口にネブラボルヌスを突き刺す行為は単純に傷を広げるだけではなく、ディアブロスの命をじわじわと追い詰めたオオナズチの毒をガノトトスに撃ちこむ行為でもあった。同種でも類を見ないほどの巨体を持つ変種ガノトトスの全身に毒が回るには時間もかかり、致死量に到達するにも一撃だけでは足りないことはバアルも察していたが、それでも強力な毒であることには違いはない。痛みにのたうち回るガノトトスは、苦し紛れに口からブレスをやたらめったらに放った。

 

「今ですっ!」

「お、おう!」

 

 ガノトトスの不規則な動きに避難が頭に過ったネルバは、声を上げながら一気に距離を詰めるティナを見て、頭を振ってからその背中を追うように距離を詰めた。自分がジークたちについてきた目的のためにも、ネルバはここで消極的な選択をすることはできなかった。

 

「よし……」

 

 砥石を使って太刀の切れ味を回復させていたジークは、ガノトトスを狩るには充分なほど研いだ太刀を手に、立ち上がってガノトトスの方へと視線を向けた。痛みにのたうち回っているガノトトスに向かって接近していくティナとネルバを見て、バアルがなにかをやったのだと理解したジークは殻王獄刀【鋼】を背負って走り出した。砂の集まる地面の上を走っているとは思えない速度でガノトトスに接近するジークは、弓とライトボウガンを構える二人の射線に入らないように回り込んでいた。

 

「ジークさん……流石に早いですね」

「こいつも食らいやがれ!」

 

 バアルがネブラボルヌスによって毒を仕込んでいることを理解していたティナは、毒ビンを装填した矢をガノトトスの首筋に目掛けて放っていた。バアルの持つネブラボルヌスのように強力な致死性の高い猛毒ではないが、ないよりはマシと考えての行動だった。逆に、ネルバはバアルの動きなど考えずに余っている徹甲榴弾を全て発射していた。人間離れした動きを見せるバアルやジークのことを考えながら攻撃しても無駄だと考えたネルバは、着弾から爆発までタイムラグの存在する徹甲榴弾ならば、二人は見てからでも避けられるだろうとの判断である。

 

「好き勝手撃ちやがって……だが、悪くない」

「加わりますよ」

 

 ティナが冷静に毒矢を撃っているのに対して、ネルバが全く考えずに徹甲榴弾を放っている姿にバアルは若干呆れながらも、消極的な行動よりはよっぽどマシだと思って笑みを浮かべていた。暴れまわるガノトトスの尾びれから身体を逸らしたバアルの横を通り抜けたジークは、背中から太刀を抜刀して背びれの付け根に突き刺した。切れ味の回復した殻王獄刀【鋼】は、変種ガノトトスの鱗を容易く両断してに筋肉まで食い込んでいた。大量の出血と共に更に大きく暴れ始めたガノトトスに対して、バアル冷静にジークが傷つけた場所に狙いを定めていた。

 

「そろそろこいつの命を終わらせる」

「頼りにしてますよ!」

「任せろ……変種だろうが、剛種の毒から逃れることなどできん」

 

 暴れるガノトトスの背中を踏み台にしてバアルと立ち位置が入れ替わったジークは、太刀に付着している血液を振り払いながらバアルの止めに視線を向けていた。扱うハンターすらも蝕みかねない猛毒を振るうバアルは、ジークが傷つけた背びれの付け根を数回斬りつけた。飛び散る血液の中に混じる濃い紫色に、ジークは笑みを浮かべた。

 

「このまま押し切れ!」

「おう!」

「当然だ。お前はそのまま引っ込んでてもいいんだぞ?」

「誰が……俺もやりますよ」

 

 意気揚々と突撃してくるハンターたちに危機を感じ取ったガノトトスは、痛みを我慢するようにのたうち回るのを止めて、前方に向かって水流ブレスを放った。狙いを全く絞らずに放たれたブレスは、ジークたちには掠りもせずに地面に切断跡を残すだけであったが、ガノトトスは懲りずにそのまま水流を口から放ち続けていた。冷静に水流を避けながら太刀を振るうジークと、そもそもブレスが届かない足下で悠々と片手剣を振るうバアル。そんな二人を援護するように毒を垂らした矢を放つティナと、紙一重でブレスを避けながら貫通弾を速射するネルバ。既に、勝敗は決していた。

 

「……終わった?」

 

 しばらく続いた攻防の中、徐々に動きが鈍っていたガノトトスはゆっくりと倒れこんだ。数回痙攣した後に動くことのなくなったガノトトスを見て、ネルバは呆然と戦いが終わったことに口を開いていた。ディアブロスの乱入から始まってイレギュラーが溢れた狩りだったが、結果的にはジークとバアルの活躍もあって狩りに成功していた。

 

「ふぅ……すぐに人を呼ぼう」

 

 腰にぶら下げていた信号弾を上空に向かって発射したジークは、疲れた様子を見せずにディアブロスとガノトトスの解体を早めにしなければと考えながら太刀を納刀していた。バアルも同じく、特に疲れた様子もなく周囲へと視線を向けていた。

 

「素材はパローネ=キャラバンが買い取ってくれるんだったな?」

「そうらしいです。まぁ、キャラバンとして世界を巡る人たちは素材も沢山いるんでしょう」

「まぁ、妥当だな」

 

 これからのことを喋りながらディアブロスの死体へと歩いていく二人を見ながら、ティナは大きく息を吐いた。ティナは常人や、他の弓を扱うハンターよりもスタミナがある。しかし、一撃でも直撃すれば命にかかわるような変種相手に、集中して弓を引き続けているだけでかなりの体力を消耗していた。

 狩りを終えたばかりのはずなのに、全く疲れていないような姿を見せるジークとバアルの姿に唖然としていたネルバだが、ティナが大きく息を吐きながら膝に手をついているのを見て自身がハンターとして貧弱なのではなく、二人がメゼポルタのハンター中でもおかしいだけなのだと安堵の息を吐いた。




まだまだキャラバンクエストは続きます。


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709航路④(キャラバンクエスト) 桃毛獣(ババコンガ)大猪(ドスファンゴ)

 砂漠でガノトトス変種とディアブロスの狩猟を終えた四人は、パローネ=キャラバンの飛行船に戻って休息を取っていた。パローネ=キャラバンはガノトトス変種とディアブロスが討伐されて静かになった砂漠を探索しているらしく、飛行船にはオリオールしか船員が残っていなかった。

 

「お疲れっス。まさかディアブロスまで出てくるとは思ってなかったっスけど……やっぱりメゼポルタの凄腕ハンターは凄い!」

「まぁ、結構危なかったですけどね」

「紙一重で壊滅していたな……だが、こういう狩りも悪くない」

 

 709航路が幸先よく進んだことに喜んでいるオリオールの言葉を、ジークは苦笑で返した。実際、体力的にはそこまできつくない狩りであったとジークも考えていた。狩猟にかかった時間もそれほど長くなく、変種を討伐しに行ったとは思えない速度での討伐ではあったが、時間以上に危険が付き纏った狩りであった。改めて変種の危険性を認識したジークは、次から続く航路も気を引き締める必要があると頬を叩いた。逆に、普段から剛種や古龍種ばかり狩猟しているバアルは、狩場に他のモンスターが乱入してくることなど最近は経験になかった。剛種や古龍種は生態系の頂点であり、近づいてくるモンスターが存在しないからである。イレギュラーの挟まる狩りを久方ぶりにしたバアルは、ジークとは対照的に楽しそうに笑っていた。

 

「頼もしいっス! セクメーア砂漠の探索が終わったらクルプティオス湿地帯を予定してるっス。探索はパローネ=キャラバンの人員に任せて、ゆっくり休んでください」

「そうさせてももらうぜ……はぁ疲れた」

「あはは……」

 

 異常な体力を見せるジークたちとは違い、ネルバは身体を投げ出すようにベットに倒れこんだ。そもそも上位以上のモンスターである、変種や奇種との戦闘経験が少ないネルバは凄腕ハンターになってから狩りでは苦戦ばかりである。ネルバの腕が悪いのではなく、彼はまだ上位個体を凌駕するモンスターに慣れていないのだ。それはティナも同様ではあるが、彼女はジークたちと共に一度剛種ベルキュロスを狩猟している経験があり、強力なモンスターへの対応はティナの方が少し先輩だった。

 

「砂漠の特産品か……」

「十中八九鉱石だろう」

「あー……セクメーアパール、とか?」

「他にも色々な」

 

 パローネ=キャラバンはその飛行船技術と、世界を巡ってきた実績から貿易商としてもかなりの規模である。基本的にメゼポルタの付近でしか活動していないので、メゼポルタギルドに所属しているハンター以外に恩恵はないのだが、ドンドルマの方からパローネ=キャラバンの巨大で大量にある航路を頼って商人がやってくることもある。航路クエストによって開拓された航路はそういった貿易などに使われる。

 

「でもパローネ=キャラバンがメゼポルタにやってきてまだそれなりなんですよね?」

「あぁ……一年くらいのはずだ」

「あの……」

 

 水を片手に会話を続けるジークとバアルの元に、ティナがやってきた。猟団長として『ニーベルング』をまとめ、同盟の長としても活動しているジークが話していることに興味を持っていた。

 

「どうした?」

「えーっと……どうして、ジークさんはそんなにお強いんですか?」

「強い、か?」

「充分強い部類に入るだろう」

 

 ティナが二人の会話内容に興味を持っていたのも事実だが、今はティナから見てジークがなぜ圧倒的なまでの能力を有しているのかが気になって仕方がなかった。バアルのように年齢が離れているのならばティナも経験で納得できる領域だが、ジークは年齢も近く、メゼポルタにやってきた時期もそれほど変わりはない。にもかかわらずジークは猟団長にふさわしい強さを持ち、狩猟の最中でも咄嗟の判断でティナの危機を救うことも多い。

 

「ティナだって凄い才能だと思うけど、そういうのが欲しい言葉じゃないんだろ?」

「はい」

「うーん……でも、やっぱり経験じゃないか?」

「でも年齢は近いじゃないですか」

「どう取り繕っても場数の差だろう」

「でも……」

 

 どう説明すればいいのかわからない感覚的なことを聞かれているジークは、頭を捻りながら言葉を考えていたが、横で聞いていたバアルはティナの言葉を切り捨てた。場数の差とはすなわち経験の差であり、言っていることはジークと全く変わりなかった。

 

「ジークは15からハンターになってG級まで駆け上がった。そこにあるのは異常なまでのクエスト回数だろう……ギルドが評価するのはそこだからな」

「……私にはクエスト回数が足りない、と?」

「勿論それだけではないだろうが、一番大きいのはそこだ」

 

 メゼポルタでハンターになったティナにはわからない話だが、と付け加えたバアルは静かに水を飲んだ。ティナは姉であるセティを追いかけてメゼポルタでハンターになった過去があり、バアルの言う通りティナにはG級ハンターになるという感覚が全くわからなかった。区分としては上位ハンターの上であり、凄腕ハンターとなにも変わらないとも考えていた。

 

「メゼポルタと違って外のギルドは人手不足なことは殆どない。数年でG級ハンターになった奴なんざ、俺は聞いたことが無いな」

「……確かにG級ハンターで近い年齢は見かけたことないですね」

「当たり前だな。そもそもG級ハンターなんてのは、ベテランが名乗るものだ」

 

 ジークとバアルの言葉を聞いて、ティナはなんとなくG級ハンターというものの価値を理解し始めていた。メゼポルタの凄腕ハンターとは違い、G級ハンターは大陸に数百人単位でしか存在することのない、ギルドの最高峰である。

 

「早くジークに追いつきたいなら、兎に角多くの種類のモンスターと相対することだ」

「多くの、種類……」

「それが大きな経験になる……一朝一夕で身につくものじゃないのさ」

 

 先輩であり、ジークとは違う方向で狩人として規格外の能力を持つバアルの言葉はティナの心に沁み込んでいた。

 

「俺は実力だとか才能より、多種類の武器を自由自在に操る方が異常だと思うがな」

「手癖が悪いんですよ」

「手癖が悪いだけでそんなことができるなら、誰だって苦労してない」

 

 苦笑いを浮かべながら殻王獄刀【鋼】に触れるジークを見て、バアルは呆れた様な顔をしていた。秘伝防具を装備することができるほど片手剣を極めているバアルだが、ジークのように全ての武器を扱うハンターは見たことがなかった。メゼポルタのハンターは他のギルドのハンターに比べても複数種類の武器を扱う者が多い。実際、バアルは片手剣ばかりを使っているが、遠距離武器であるライトボウガンとヘヴィボウガンもそれなり以上で扱うことができる。しかし、ジークのように全ての武器種を自在に扱うことはできなかった。

 

「強く……なる」

「気負い過ぎるな……お前はまだハンターになったばかりだろう」

「……はい!」

 

 ハンターになって一年も経たずに凄腕ハンターになっているティナは、バアルから見ても異常な成長スピードである。本人の周りにいるのは誰もが先輩であり、全てが大きく見えているのだろうと察しながらも、いつかはジークに勝るとも劣らない化け物になるとバアルは確信していた。

 

 


 

 

「ふぅ……クルプティオス湿地帯は相変わらずジメジメしてんな」

「そりゃあ湿地帯ですからね」

「おい、道を外れるなよ。地面には人体に有毒な物質が染み出ている場所もあるんだぞ」

「わかってるよ」

 

 セクメーア砂漠の探索を終えたパローネ=キャラバンと共に、次の目的地であるクルプティオス湿地帯へとやってきたジークたちは、ぬかるんだ地面の上を歩きながら目的のモンスターを探していた。

 ドンドルマ北西部に広がるクルプティオス湿地帯はその地形の影響で年間を通して降雨量が非常に多く、日照時間も短い。昼間は年中雨が降っているような気候であり、地面からは毒素が浮き出てくることもあるが、雨が降っている間は雨水が毒素を薄めることで活動範囲が広がる。洞窟内は気温も低く、常に足元には水が溜まっている地形の影響なのか、フルフルのように寒冷地帯に生息する様なモンスターもいれば、鉱石を求めてなのかグラビモスも時折姿を現す不思議な狩猟場である。

 

「目標は?」

「ババコンガの変種とドスファンゴの変種。どっちも牙獣種ですね」

「牙獣種か……ババコンガとドスファンゴの食性から考えて、湿地帯の奥にある草木の多い場所にいる可能性が高いな」

 

 水の上に浮く蓮の葉に似た植物をどかしながら歩くバアルは、ジークから伝えられた狩猟対象を聞いて大まかな位置を予想していた。桃毛獣(ももげじゅう)ババコンガと大猪(おおいのしし)ドスファンゴはどちらも草食であり、基本的にはキノコを食べて生きている。変種であろうとも種族の食性は変わらず、両者共に主食がキノコであることを考えれば自然にどこを中心に生息しているのかが予測できる。それはモンスターの生態などにも精通していないと出てこない予想方法だが、バアルはメゼポルタで活動してきた経験からモンスターの食性などには詳しかった。

 

「ババコンガってあの……臭い奴、ですよね」

「あー……そうだったな」

「消臭玉はパローネ=キャラバンに貰ったはずだろう。なんとかなる」

「あの匂いが染み付いた状態だとまともにもの食えないからな」

 

 ババコンガは威嚇と同時に放屁する生態を持ち、その放屁は離れていても涙が流れる程の激臭である。また、縄張りを主張する為に糞を投げるような行為も行い、ババコンガはその激臭を扱うことで敵対するモンスターなどを撃退する。この激臭がかなりのもので、放屁に直撃すれば簡単には匂いが落ちずに泣く泣く装備を買い替えた者もいると言う。放屁も単純に威嚇や撃退のために放たれるのではなく、人を軽く吹き飛ばす程の風圧で放たれるため、直撃すると装備にこびりつく匂いと同時に、無防備に受けると簡単に骨が砕けてしまうこともある。そのため、ババコンガは「珍獣」と呼ばれてハンターに限らず多くの人間に嫌われ、その悪食もあって商人からは蛇蝎の如く嫌われている。

 

「嫌だなぁ……臭いの」

「文句言うな」

 

 ネルバの言葉に呆れた様な声を出すバアルだが、人間であれば誰だって糞を投げたり放屁で攻撃してくるモンスターは嫌である。声には出していないが、ジーク、ティナ、バアルもできれば狩りたくないモンスターであった。そう考えるハンターはかなり多く、ババコンガはどの大陸でも貿易路などに出現すれば討伐依頼がすぐに出されるが、狩りに行くハンターは多くない。

 

「ドスファンゴの変種ってどんな感じなんでしょうか」

「さぁ? でも、そこまで強くはないだろ」

 

 どう取り繕っても、ドスファンゴは初心者ハンターが挑むようなモンスターである。変種であろうともそこに変わりはなく、ババコンガとは違った意味でやる気のでないモンスターだった。初心者が対応するようなモンスターが相手であろうとも手を抜くつもりなど全く無いが、それでも心のどこかには慢心が生まれてしまうものである。

 

「文句言っても仕方ない……さっさと終わらせようか」

「そうだな……沼地のジメジメとした気候も不快だ」

 

 ババコンガの狩猟、ドスファンゴの狩猟、そして沼地での狩猟。全てがなんとなく嫌な気分になる組み合わせではあったが、709航路開拓のためには必要な手順である以上、依頼を受けたハンターであるジークたちはその依頼を完遂しなければならない。

 

「はぁ……ガノトトス変種が一番の強敵だったんじゃないかな……」

 

 709航路は開拓が進んでいないと聞いていたジークは、変種が三種類の時点でかなりの難易度であることは理解していても、既に剛種でもなければ苦戦することなどほぼないだろうとため息を吐いた。

 

 


 

 

 適度な会話を挟みながら沼地の奥へと向かっていたジークたちは、木々を掻き分けた先に広がる湿地帯の草原に出た。雨の中でもランゴスタが飛び、ぬかるんだ地面の下から背の高い草が群生する場所に辿り着いたジークは、奥で揺れる桃色の物体を視認していた。

 

「……バアルさん」

「いたな……ブルファンゴも数匹見える。ドスファンゴも近くにいるかもしれんな」

 

 鼻を揺らしながら歩く茶色の猪、ブルファンゴも数匹うろついている中でも目立つ桃色の毛の牙獣種を見て、ジークはため息交じりに太刀へと手を伸ばした。

 

「じゃあ作戦通り、俺とネルバさんが周囲の掃除。バアルさんとティナがババコンガの相手でいいですか?」

「それでいい。片手剣だとランゴスタも捉えにくいからな」

「わ、わかりました!」

「ドスファンゴが来たら俺たちの獲物、だな」

 

 草原に辿り着くまでに決めていた作戦を復唱したジークに、全員が頷いた。

 周囲を飛び回っているランゴスタは鋭い針を持ち、痛みこそ大型モンスターの攻撃に比べればそれほどでもないが、注入される神経に作用する麻痺毒を持つことである。刺されて注入されてしまえば、数秒は一歩も動くことができず、数分間は身体に痺れが残り続ける厄介な甲虫種である。ランゴスタが狩猟場にいれば、先に全滅させてしまうのがハンターの定石であり、安全確保のために教わる基本の戦術である。わざわざ手分けしてまでランゴスタを全滅する必要はないが、ジークたちはババコンガ変種との戦闘中にドスファンゴ変種が乱入してきた場合のことを考えて、周囲の安全確保とババコンガ討伐の二つにパーティーを分けた。

 

「じゃあ行きますよ!」

「おう!」

 

 ババコンガがジークたちとは反対の方向に顔を向けた瞬間に、背の高い草に隠れていた四人はそれぞれの方向に走り出した。最初に四人のハンターに気が付いたブルファンゴは、バアルが通りすがりにネブラボルヌスで喉を掻き切った。大量の出血と共に毒で即死したブルファンゴに反応して、周囲のランゴスタがざわめき立つが、バアルはそれを無視して真っ直ぐババコンガへと向かった。バアルの背中を見ながら、ジークは抜刀し、空を飛んでいたランゴスタへと向かって太刀を勢いよく振りぬいた。

 

「逃がすかっ!」

 

 目の前まで迫っていたジークに反応して空に逃げようとしたランゴスタは、通常の太刀よりもリーチの長い殻王獄刀【鋼】によって身体を真っ二つにされて砕け散る。同時に、ネルバは貫通弾で周囲のブルファンゴを狙い段取りよく絶命させていく。

 

「さぁ……さっさと終わらせる!」

 

 背後で立て続けに生物が絶命していることに気が付いたババコンガが振り返ると、既に目の前までバアルが迫っていた。威嚇の為に後ろ足だけで立ち上がりながら放屁しようとしたババコンガに対して、バアルは情け容赦なく腹を逆袈裟に切り裂いた。突然の奇襲で傷を負ったババコンガは、放屁することもできずに怯み、そのまま後ろに向かって大きく距離を取るように飛んだ。ババコンガのように後ろ足だけで立つことができる牙獣種が、身の危険を感じた時に行う退避動作に、バアルは笑みを浮かべた。

 

「もうお怒りか? よほど人間に奇襲されたことが気に入らんらしいな……草原のど真ん中で優雅にキノコを食っていた代償だと思え」

 

 一気に顔が真っ赤に変色していく姿を見て、ババコンガが興奮状態になっていることを察したバアルは不敵な笑みを浮かべながらも、迷うことなくババコンガとの距離を詰めた。興奮状態になったモンスター相手には慎重に行動する、というハンターの基礎的な行動とは真反対の行動だが、バアルにはそれを無視できるほど実力と判断能力故の行動であり、背後から飛んできている援護射撃に気が付いているからの行動でもあった。

 バアルとティナがババコンガとの戦闘を開始している間に、ジークとネルバはひたすらにランゴスタとブルファンゴの相手をしていた。ライトボウガンで狙いをつけ辛い、空を飛びまわっているランゴスタの相手をしているジークは、毒針から発射された腐食液を避けて身体を切り裂いた。

 

「次!」

 

 ランゴスタの素材はハンターの装備によく使われるものだが、ランゴスタの身体は脆く、ハンターの扱う武器で攻撃すれば殆ど使い物にならなくなってしまう。不規則な飛行をする生態に、腐食液や麻痺毒も相まって需要に対して供給の少ない素材だが、ジークはタンジアで似た様な甲虫種であるブナハブラの相手を幾度もしたことがあるため、ランゴスタの羽や甲殻をなるべく傷つけずに討伐することもできる。しかし、この状況ではランゴスタの素材などもはやどうでもよかった。

 

「よし! 次!」

「後ろ来てるぞ!」

「了解!」

 

 二匹のランゴスタをまとめて薙ぎ払ったジークが次のランゴスタに向かって走り出そうとした瞬間に、ブルファンゴを狩猟していたネルバの声に反応して背後へと振り向き様に太刀を振るった。高さが合わずにランゴスタには当たらなかったが、無防備だと思ったハンターに突然反撃されたランゴスタは上下左右へと不規則に飛び回って逃げた。

 

「くそ……あと数匹か」

「ブルファンゴもあと一匹だ!」

 

 ジークがランゴスタ狩りに苦心している間も、ネルバはブルファンゴに向かって貫通弾を放っていた。いくらブルファンゴが小型モンスターであり、大型モンスターに比べて生命力が低いと言っても、走り回る猪相手にボウガンの弾丸を当てるのは至難の業である。それでもネルバがブルファンゴに対して貫通弾を当てることができるのは、射程と連射性能のおかげであった。

 

「来たな……食らいやがれ!」

 

 周囲の仲間が全員やられたブルファンゴは、怒りのままネルバに向かって突進していた。小型モンスターと言っても人間一人を簡単に吹き飛ばし、命を奪うことができるモンスターには変わりない。ネルバは油断することもなく、一直線に向かってくるブルファンゴに対して引き金を引いた。速射機能によって発射された三発の貫通弾は、ブルファンゴの身体を穿ちその命を終わらせた。ようやく周囲のブルファンゴを片付けられたネルバは、ランゴスタの相手をしているジークの方へと視線を向けながら散弾を装填していた。

 

「散弾、撃つぞ!」

 

 その名の通り弾が散りながらモンスターを攻撃する散弾は、ハリの実の硬く鋭い性質を利用して敵を殺傷する。射程が短く、一ヶ所を狙って撃つことができない弾であるため、大型モンスターとの狩りではあまり使われない弾だが、ランゴスタのように周囲を飛び回って身体の脆いモンスターならば効果的に攻撃することができる。性質上、周囲にいる味方のハンターにまで弾が飛んでしまうこともあり、発射する前に叫ぶのは味方を撃つ可能性を減らす為である。もっとも、ハンターの身に纏っている防具ならば散弾に掠る程度ならば命の危険にもなりはしないが。

 

「砕け散りやがれ!」

「……そんなに当たってないですよ」

「射程外なんだよ!」

「はぁ……ネルバさんはなんでこう、肝心な時に上手くいかないんでしょうね」

「肝心な時ではねぇだろ!」

 

 ネルバが発射した散弾は一匹のランゴスタに手傷を負わせることはあったが、三匹狙って一匹にしか当たらなかった上に倒しきることもできなかった姿を見て、ジークは呆れた様な声で首を振っていた。散弾の射程把握はかなり難しく、ましてやランゴスタのような小さな相手を狙い撃ちするのはほぼ不可能な弾である。ハリの実を不規則に射出する弾であるため、毎回同じ場所に散弾の欠片が飛んで行く訳ではないのだ。

 ジークはネルバの格好付かない姿に呆れながらも、散弾を当てられて動きの鈍ったランゴスタをばっさりと斬り裂いた。

 

「終わらせますよ」

「わかってる!」

 

 残った二匹を片付ければランゴスタの相手は終わるため、ジークとネルバは最後の敵のために走り出した。散弾を放たれて不規則に逃げ回っていたランゴスタに対して、ジークが一匹を叩き斬り、もう一匹に対してネルバが散弾を放って絶命させた。ランゴスタ狩りが終わって一息ついたネルバは、すぐにババコンガと戦っているバアルたちの方へと視線を向け、貫通弾を装填して参戦しようとしていた。

 

「っ! 避けてください、ネルバさん!」

「へっ?」

 

 既に小型モンスター討伐からババコンガ討伐に意識が向いていたネルバは、ジークの警告に反応するのが遅れた。ジークの声に反応して周囲へと視線を向けようとしたネルバは、身体の横から突然伝わってきた衝撃と鈍い痛みによって意識を揺らされながら草原を無様に転がされた。

 

「な、なんだよ……」

「ネルバさん!」

 

 気合でなんとか衝撃から立ち直ろうとしたネルバは、すぐに起き上がろうとしていた。普段のネルバならばもう少し慎重に行動するのだが、この航路クエストに着いてきた時に決めていた普段よりも勇気をだそうとした結果がネルバに危機をもたらそうとしていた。

 

「こ、こいつはッ!」

 

 起き上がったネルバの視線の先には、大きな牙を二本携えた大きな猪だった。ネルバが先程まで狩っていたブルファンゴをそのまま大きくしたような姿でありながら、ブルファンゴよりも牙が大きく太く、頭部には群れの主であることを誇示するような白い鬣。間違いなく、ババコンガ変種と同時に狩猟対象となっているモンスター、ドスファンゴ変種だった。ネルバを横から転がしたドスファンゴは、相手がまだ起き上がってくる姿を見て再び突進を始めた。

 

「くそッ!」

 

 倒したと思っていた相手がまだ生きていることで突進し始めたドスファンゴに対して、ネルバはすぐに直線上から逃れようと動き出したが、横から追突された衝撃で足元がふらついて満足に動くことができなかった。対象がふらついて動けずにいることを確認して、更に加速したドスファンゴはそのままネルバの正面から突撃した。

 

「ぐぁッ!?」

「しっかりしてください、ネルバさん!」

 

 ドスファンゴの牙がネルバに向かって突き出される寸前に、ドスファンゴとネルバの間にジークが入った。殻王獄刀【鋼】を突き出すようにドスファンゴへと向けたジークに対して、ドスファンゴは回避することもなく牙を突き出した。剛種シェンガオレンの素材によって生み出されている殻王獄刀【鋼】は、ドスファンゴ変種の牙を受け止めることができたが、その突進力は確実にジークを押していた。ジークが無理矢理間に入ったことで、ネルバはジークの背中に押されてその場でひっくり返っていたが、後輩の叱責に対して頭を振ってその場から離れた。

 

「こ、のッ!」

 

 お構いなしに足を動かしていたドスファンゴを、ジークは全身で力を込めて押しのけようとしていたが、変種個体の膂力は凄まじく、ジークはすぐに諦めて身体を横に逸らした。牙と太刀が擦れ合う音を響かせながら、ドスファンゴは対象を無くした突進を止めた。

 

「全く……厄介な猪だ」

 

 ドンドルマ管轄の所属ハンターにとって、ドスファンゴというのはドスランポスに次いで狩りやすいモンスターとして有名である。群れでブルファンゴを率いて行動しているが、群れの数は雪獅子(ゆきじし)ドドブランゴほどではなく、ブルファンゴも突進する程度の攻撃手段しか持たない。大型モンスターの中でも比較的安全性が高いが行商人への被害は多く、大陸に存在する数も多く狩猟依頼は途絶えない。初心者御用達のモンスターだが、ジークの所属していたタンジア方面には生息していないモンスターでもあり、メゼポルタに来てから強力なモンスターを狩猟し続けていたジークには縁のないモンスターだった。故にドスファンゴの膂力に驚いた様子を見せながらも、ジークは一切の油断も見せずに太刀を構え直した。

 

「さぁ……来い」

 

 狙いをつけて突進しようとするドスファンゴに対して、ジークはゆっくりと刃を向けて迎撃の構えを見せた直後、バアルとティナが相手していたババコンガが沼地に響き渡るような大きさの咆哮を上げた。ババコンガの咆哮に反応したドスファンゴは、ジークから視線を外さずに鼻息を荒くしながら同様に唸り声を上げた。

 

「な、なんだ?」

「…………やってくれたな」

 

 ババコンガとドスファンゴの咆哮を聞きながら態勢を立て直していたネルバがジークへと近づいてきた。太刀を構えてドスファンゴを迎え撃とうとしていたジークは、ババコンガとドスファンゴの咆哮の仕草を見て、タンジアで何度も相手をしていたモンスターの動作とその行動を重ねて苦い顔をしていた。ジークに対してネルバがその表情の理由を問おうとした瞬間、周囲の茂みから幾つもの視線を感じたネルバはライトボウガンを構えながらその茂みへと視線を向けると、そこにはハンターたちを狙うように血走った目をしたモンスターが複数頭並んでいた。

 

「こ、これは……」

「奴らは群れのボスですよ……当然、ボスの危険には駆け付けてくる」

 

 茂みの中から顔を現したのは先程まで草原にいた数の倍ほどのブルファンゴと、地面を掘って地中から飛び出してきたコンガの群れだった。ババコンガとドスファンゴは、目の前のハンターは群れにとっても無視できない敵であると認識したのだ。全員が自分達の生存域を守る為に、鼻息を荒くしながらもゆっくりと取り囲むように近づいてきていた。群れを守るためにボスが呼び寄せた群れは、外敵を排除するまで止まることは無い。

 

「……結局、乱戦になってしまいましたね」

「しょうがねぇさ……全員蹴散らせばいい!」

「簡単に行けばいいですけど、ねッ!」

 

 ババコンガとドスファンゴの咆哮に反応して出てきた時点で、この大量のモンスターがジークたちに襲い掛かってくるのは確実だった。意図しない硬いで乱戦となってしまったことにため息を吐きたくなっているジークは、ネルバの適当な言葉に対して苦笑を浮かべながらも、ブルファンゴの群れの奥へと下がっていったドスファンゴに視線を向けながら、ブルファンゴを突破するために刃を向けて走り出した。



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709航路⑤(キャラバンクエスト) 桃毛獣(ババコンガ)大猪(ドスファンゴ)

「バアルさん!」

「わかってる! 面倒な奴らが大量に出てきたな……」

 

 ジークとネルバがドスファンゴとブルファンゴの乱戦に巻き込まれている中、バアルとティナもコンガの出現によってババコンガと乱戦になろうとしていた。ババコンガとドスファンゴの咆哮によって現れたコンガとブルファンゴの数はかなり多く、二人で相手するにはかなり厄介な状況へと変わっていた。ババコンガは怒り心頭で顔を赤く染めており、群れの長であるババコンガの怒りに同調するようにコンガたちも牙を見せて今にも襲い掛かろうと距離を詰めていた。

 

「……ティナ、お前はババコンガの相手を頼む。俺ができるだけ早くコンガを片付ける」

「わかりました……でも、精々近づけさせない程度が限界ですよ?」

「それでいい……ジークなら恐らく……」

 

 自分たちと同じくモンスターに囲まれているジークの方へと視線を向けたバアルは、彼が何を考えながらネルバと共にドスファンゴと戦っているのかをある程度理解していた。バアルのするべきことはコンガを全滅させることではなく、時間を稼ぐことにあった。

 

「いくぞ!」

「はい!」

 

 ティナが先制攻撃でババコンガに向かって矢を放った瞬間に、一番手前まで来ていたコンガがティナへと飛び掛かった。冷静に飛んでくるコンガへと片手剣を走らせたバアルが、そのまま身体を縦に切り裂き簡単に一匹を絶命させると、周囲で牙を見せていたコンガたちが一斉に接近した。ババコンガは放たれた矢を爪で弾くと、コンガの群れから一歩下がって自らの安全を確保しようとしていた。

 バアルたちがコンガたちとの戦闘を開始するのと同時に、ジークも先頭のブルファンゴを切り捨てると、ネルバに散弾を撃たせて開いた隙間へと向かって走り出した。

 

「こっちですネルバさん!」

「おう!」

「ドスファンゴとブルファンゴならッ!」

 

 包囲を簡単に抜け出そうとするジークとネルバに向かって、鼻息を荒くしながら突進を始めた複数頭のブルファンゴを尻目に、ジークはがむしゃらに走っていた。敵前逃亡はハンターの取れる選択肢の一つとしてハンターライセンスを取る時に学ぶが、ジークは一切逃げる気などなかった。ネルバを連れて走る先には、コンガの群れとの乱戦を繰り広げるバアルと、ババコンガへと向かって矢を放つティナがいた。

 

「バアルさん!」

「任せろ!」

 

 ジークはすれ違いざまにコンガを切り捨て、バアルはジークとネルバを追いかけて突進していたブルファンゴの頭に向かってネブラボルヌスを突き刺した。致死毒によって簡単に息絶えたブルファンゴを捨て、バアルはジーク、ネルバと背中合わせに立った。

 

「ネルバさんはティナの支援をお願いします。ブルファンゴとコンガは俺たちがやります」

「大丈夫なのかよ」

「問題ない。こうなれば後は早く片付けるだけだ」

「……お前たちの判断を信じるぞ!」

「お願いします」

 

 ネルバは納得しきれてはいなかったが、ジークとバアルが自分とは違い頭を働かせる狩りが上手いことを知っている。二人の判断を信じて、ネルバはジークとバアルがこじ開けた隙間から飛び出してティナの方へと向かった。

 

「全く……結局こうなるとはな」

「早く終わらせましょうか」

「了解だ!」

 

 ジークとネルバがコンガの群れに向かって走った結果、それを追いかけていたブルファンゴの群れはコンガの群れに突撃するこになった。元々、食性が似通っているババコンガ率いるコンガの群れと、ドスファンゴ率いるブルファンゴの群れは縄張り争いをする程ではなくとも、互いを意識している仲ではあった。乱戦に乗じてそれを混ぜることでコンガとブルファンゴの群れをぶつけようとジークは考え、バアルはそれを察知していた。結局は思惑通り、コンガとブルファンゴは互いを威嚇してハンターと三つ巴の戦況となりつつあった。

 最初に動いたバアルは、手前にいたコンガの首を掻き切るように片手剣を滑らせ、流れでそのままブルファンゴの胴体を切り裂いた。反応して飛び上がったコンガをジークが切り捨て、突進してきたブルファンゴをバアルが盾で受け止めてジークが首を刈る。一瞬の攻防で四匹の敵を下したジークとバアルは、再びコンガとブルファンゴの群れに向かって刃を向けた。

 

「くっ!?」

「ティナッ! 野郎ッ!」

 

 ジークとバアルが小型モンスターの殲滅をしている間に、ティナは一人でババコンガの相手をしていた。前方から素直に放たれる矢の半分程度が爪によって叩き落される中、遂に射程に踏み込んだババコンガは長く鋭利な爪で草原の草ごとティナを切り裂こうと薙ぎ払った。真正面からの攻撃を受けるほどティナも鈍重ではなかったが、腕の勢いで発生した風圧に目を閉じた瞬間に、ババコンガは自らの巨大な身体でティナを押し潰そうと上体を逸らしていた。それを阻止すべくライトボウガンを向けたネルバは、背後から突撃してきたドスファンゴを紙一重で躱してからババコンガへと向かって通常弾を放った。

 

「た、助かりました……けど」

「悪い、囲まれちまったな」

 

 ライトボウガンと弓を使用している二人は、もっとも安全であり最大火力を叩き込むことができる適性距離が存在する。放った矢がもっとも加速している地点であり、放たれた弾丸がもっとも威力の高い地点。どれだけ狩猟中にその距離を保ち続けるかが、遠距離武器を扱うハンターの技量に直結する。しかし、想定外の乱戦に巻き込まれたことで上手く距離を取ることのできていなかったティナは、ネルバに危機を救われる代わりに、背後のドスファンゴに接近を許してしまった。適性距離を取るにはどちらかに近づかなければならないという矛盾を抱えた戦況になってしまっていた。

 

「……ババコンガに集中しながら、ドスファンゴの攻撃を避けるしかない」

「……何故か、聞いても?」

「両方と対峙して、明らかにババコンガの方が格上で、ドスファンゴは基本的に突進しか能がない……つまり、ドスファンゴの突進を避けながらババコンガを攻撃する」

「やってみるしか、ないですね」

 

 ジークとはまた違う理由、メゼポルタで新米ハンターとして始めたティナはドスファンゴにあまり馴染みがない。直線的な突進しかしないことは知識として知っているが、果たしてババコンガを倒すまで避け続けることができるのかと不安が過っていた。ネルバはティナのそんな不安を感じ取って、苦笑いを浮かべた。

 

「大丈夫だ。ジークとバアルが戻ってくるまで、耐えるだけだ」

「……はい!」

 

 コンガとブルファンゴの群れを相手に戦い続ける二人が戻ってくるまで、その言葉を聞いてティナは覚悟を決めた。常にジークと狩りに出掛けていたティナは、彼の能力をよく知っていた。すぐに小型モンスターなど片付けて救援に来ることを信じて、ティナはババコンガに弓を向けた。

 二人で代わる代わるコンガとブルファンゴを切り捨てているバアルの顔には、楽し気な笑みが浮かんでいた。

 

「ふッ!」

「交代!」

「あぁ! なんだか楽しくなってきたなッ!」

「なに言ってッ、んですか!」

 

 突然変なことを言い始めたバアルに呆れた様な顔をしているジークは、遂にバアルがベレシスと同レベルになったのかと思っていたが、バアルは単純に連携して小型モンスターを薙ぎ倒している現状が楽しかった。他人の動きに合わせ、互いの死角を補いながらモンスターを討伐するジークは、バアルにとって最高にやり易く、安心して背中を預けられる相手だった。バアルのハンター人生で背中を預けられる様なハンターをあまり多くない中で、出会ってまでほんの少ししか経っていないジークが信頼できるハンターであることが、バアルにとっては嬉しかったのだ。

 

「お前にはッ! いるのか? こうやって背中を預けながら戦える仲間が!」

「……背中を預けるような仲間はバアルさんぐらいですよ」

「そうか」

 

 ジークはタンジアでG級ハンターまで駆け上がった最中でも、多くのハンターと交流しながら大成していった。その中には当然、先輩のハンターも後輩のハンターも同期のハンターも存在していた。教え導いてくれたハンターはいる。自分が助け、導いたハンターもいる。共に成功を笑い合った仲間のハンターもいる。しかし、ジークは狩猟人生の中でバアルのように実力を信頼しきって背中を預けた仲間は存在しなかった。

 

「突出した才能は人を孤独にするものだが、メゼポルタでは突出するまでにはならなかったか?」

「そうですね。ある意味、感謝してますよ……ハングリーで居続けられるんでッ!」

 

 会話しながらブルファンゴを切り捨てたジークは、その場でしゃがみ込んだ。バアルはしゃがみ込んがジークを踏み台にして飛び上がり、空中から襲い掛かろうとしていたコンガを切り捨て、着地地点で爪を振り上げていたコンガをジークが薙ぎ払った。

 

「これでッ!」

「最後!」

 

 同時に最後のブルファンゴとコンガを切った二人は、息を吐いてから笑みを浮かべた。モンスターとの狩猟で囲まれることなどまず有り得ないことなのだが、二人はそんな危機も楽しみながら切り抜けた。笑みを浮かべて肩の力を抜いたジークとバアルだが、ババコンガの咆哮を聞いて、すぐに気を引き締めてババコンガとドスファンゴへと向かって走り出した。

 

「……バアルさん、ドスファンゴから片付けますよ」

「二人がババコンガの相手をしているからか?」

「そうです。遠距離武器使いは背後が安全じゃないと、気が気じゃないですから」

「違いない」

 

 ジークの言葉に苦笑を見せ、加速して先行したバアルはネブラボルヌスを容赦なくドスファンゴの胴体へと振るった。突然背後からの攻撃を受けたドスファンゴは、まとわりつくバアルを振り払う為に頭についた牙を振りながら暴れていたが、バアルは既にその場から離れており、二本の牙の間から狙いすましたように太刀を突き入れたジークの攻撃によって、白い鬣が赤い血に染まった。

 

「ジークさん!?」

「は、早かったな」

 

 ドスファンゴの苦痛を耐えるような叫びを聞いて何が起きたのかと振り返ったティナとネルバは、小型モンスターの群れに囲まれていたはずのジークとバアルが、ドスファンゴに攻撃している姿を見て驚いていた。ババコンガもドスファンゴと協力していた訳ではないが、同じハンターと戦っていたモンスターが違うハンターによって傷つけられている姿を見て警戒心を上げていた。

 

「変種とはいえドスファンゴか……狩らせてもらう!」

 

 反撃に牙を振り回すドスファンゴだが、単調な動きを完全に見切っていたバアルはジークに牙を抑えさせて自身は首筋に向かって的確に片手剣を振るった。急所を狙われたドスファンゴは、なんとかバアルの攻撃を避けようとするが、牙に絡みつくように刺しこまれた太刀によって動きを制限されていたことにより、無防備な首にそのまま攻撃を許してしまった。ガノトトス変種やディアブロスも苦しんだネブラボルヌスの毒を受けたドスファンゴは、先程の様にハンターを退けるような動きではなく、苦しむように頭を振り始めた。

 

「これでドスファンゴは終わりだ」

「油断しないでくださいよ」

「そこまで馬鹿じゃないさ」

 

 ジークはネブラボルヌスの毒がどれほどの致死性を持つ毒かというのは、振るっているバアルに聞いていた。安易に触れてしまえばハンターも肌を焼かれ、身体の中に入れてしまえば下手をすれば命にかかわる危険な毒。ドスファンゴの体躯は人間とあまり変わらないことを考えれば、ドスファンゴにとっても致命的な毒になる。かと言ってバアルもそれだけで油断することはなく、ドスファンゴの動きが止まるまで手を緩めるつもりもなかった。

 

「毒でゆっくりと身体を焼かれていく前に、命を刈り取っておいてやる」

 

 毒で苦痛を感じながら死ぬまで放置するという残酷な選択をすることは、ハンターという職業上絶対にしてはいけない。そのことを理解しているバアルとジークは、暴れるドスファンゴの隙を見て、攻撃を差し込んでいく。段々と抵抗が小さくなっていくドスファンゴに、とどめの一撃を決めたのはジークだった。毒と出血によって動きが鈍り、致命的な隙を晒した瞬間に首に向かって太刀を突き刺した。刃先が貫通したことを手の感触で理解したジークは、草原に散らばる大量の血を横目に、ゆっくりと太刀を首から抜いた。

 

「ちょっと刃に血が付き過ぎましたね……一回研がないと刃毀れしそうです」

「研いでおけ……俺はすぐにババコンガの方に参戦してくる」

「お願いします」

 

 血を拭いながら懐から砥石を取り出したジークに頷いてから、バアルはネブラボルヌスが刃毀れしていないことを確認してからババコンガの方へと向かって走り出した。

 ジークたちがドスファンゴと戦っている間も、ネルバとティナはババコンガと戦い続けていた。しかし、ババコンガはティナとネルバが遠距離攻撃をする度に腹を大きく膨らませてそれを弾いていた。

 

「あの腹、何が仕込んであんだよ」

「別に何も仕込んでないと思いますけど……厄介ですね」

 

 貫通弾すらも弾かれたのを見て、ネルバは頬を引き攣らせていた。どうすれば弾丸を通らせることができるのかを考えながら、距離を詰めようとしてくるババコンガを牽制していた二人に対して、怒り心頭のまま顔を真っ赤にしていたババコンガは、唐突に尻の方に手を向けた。

 

「なにを……」

「げッ!? 逃げるぞ!」

 

 謎の動きを始めたババコンガに首を傾げたティナと、ババコンガのその動きになにか思い当るものがあるのかネルバは本気で嫌そうな顔をしてライトボウガンを背負った。唐突なネルバの行動とババコンガの謎の行動、どちらも理解できていないティナは弓を構えようとしてネルバに引っ張られた。

 

「な、なんですか?」

「糞を投げてくるつもりなんだよッ!」

「えぇ!?」

 

 ネルバからババコンガが何をしようとしているのかを聞いて、目を開いたティナがババコンガへと視線を向けると、そこには手に糞を持ったババコンガがこちらに向かって投げようとしている直前の姿だった。

 

「ひぇぇぇッ!?」

「おわぁッ!?」

 

 逃げ惑うハンター二人に向かって容赦なく糞を投げたババコンガは、ハンターに当たらなかったことを察して余計に怒り、今度は先程まで弾丸を弾いていた腹でハンターを押し潰す為に、その体躯の大きさからは考えられない程の跳躍を見せた。ジークが狩っていたランゴスタよりも更に高く跳躍しているババコンガを見て、目を剥いたティナは着地点を計算して弓を構えた。

 

「ここでッ!」

 

 ババコンガがネルバを狙って跳躍している姿を見て、計算して予測した着地点に向けて矢を放つために弓を構えたティナだが、着地したババコンガはその勢いのままもう一度跳躍した。

 

「そんなっ!?」

 

 着地のバウンドを腹の脂肪で吸収しながらもう一度跳躍したババコンガは、今度はティナに向かって飛んでいた。弓を構えていたティナは当然、ババコンガの跳躍には反応することができずに押し潰されるのを待つばかりだったが、横からバアルがティナを攫って行った。

 

「あ、ありがとうございます……ドスファンゴは?」

「もう倒した」

「えっ!? もうですか!?」

 

 なんてことはない風に言うバアルに驚愕の表情を浮かべたティナは、ドスファンゴが草原に横たわり、その傍でジークが太刀を研いでいる姿を見て事実として受け入れた。

 

「ババコンガ相手に手こずっているようだな」

「まぁ……矢も腹で弾かれちゃいますし」

「そうか。爪を狙え」

「え?」

 

 攻撃対象を見失ったババコンガは振り返ってバアルとティナを発見し、息を荒くしながらゆっくりと近づいてきていた。しかし、ティナはバアルが言った爪を狙えとの言葉に頭に疑問符が浮かんでいた。ババコンガ変種の爪はかなりの硬度であり、それこそハンターの防具もろとも人を切り裂いてしまえる程の硬さがある。そんな爪に対して矢を放ったところで、腹に向かって矢を放つのと同じ結果になるだけではないだろう。

 

「問題ない。爪の付け根を狙えばそれで終わる」

「終わるって……なにがですか?」

「この狩りが、だ」

 

 その言葉だけを残して、バアルはティナを置き去りにしてババコンガに向かって急加速した。突然向かってきたハンターに対して、ババコンガは爪を振り下ろすが、バアルはそれを冷静に見極めて右手の盾で逸らしながら片手剣を振るった。咄嗟に頭を屈めたババコンガのトサカだけを掠めたバアルの剣は、そのまま一周してババコンガの腹へと向けられた。

 

「確かに、こいつは硬いなッ!」

 

 頭を屈めたまま今度は大きく腹を前に突き出したババコンガは、狙い通りバアルのネブラボルヌスすらも弾いて見せた。バアルもネブラボルヌスの切れ味を過信している訳ではないが、それでも弾かれる事実に目を剥いた。強力な毒が仕込まれているネブラボルヌスは、小さな傷でも与えればそこから毒を流し込むことができるが、ババコンガの膨らんだ腹は硬く、表面に生えている毛を少し刈り取った程度しか傷らしいものを与えられていない。当然、毛を刈り取った程度では毒を流し込むこともできず、バアルは反撃として振り回される両爪から逃れるように後退した。

 

「通常のババコンガならこちらの攻撃に合わせて腹を膨らませることなんてないんだが……こいつが特別なのか、変種だからそんなことをするのか。どちらにせよ面倒くさいことだ」

「援護するぜぇ!」

「ネルバか」

「ババコンガから離れてろよッ!」

 

 バアルが後退したのを確認してから、ネルバはライトボウガンから非常に重い弾を発射した。反動も大きく、ブレも大きな弾丸だったがなんとか手元で修正しながら発射された弾丸は、ババコンガの膨らんだ腹に当たった。

 

「弾けろぉッ!」

 

 ババコンガの腹に弾かれた瞬間に弾が分裂し、再びババコンガの腹に当たると同時に大きな爆発を起こした。突然の爆発と痛みに驚いたババコンガは後退しながら転げ回っていた。

 

「拡散弾か」

「おうよ。弾かれるならそのまま爆発させればいいんじゃねぇかってな……そう何発も撃てないのが欠点だがよ」

「悪くない。ババコンガもどうやら、かなり頭にきたらしいな」

 

 しばらく転げ回っていたババコンガは、仰向けの状態で動きを止めて空を見上げて停止していたが、唐突に起き上がって大きな咆哮を上げながら放屁していた。怒りと威嚇のために放屁している姿を見て顔を顰めたバアルだが、拡散弾を見て大体の攻略法は編み出していた。

 

「待ちました?」

「そうでもない」

 

 バアルの元にゆっくりと近づいてきたのは、殻王獄刀【鋼】の整備が終わったジークと、爪を狙いながらもあまり隙がなくまだ矢を放てていなかったティナだった。四人のハンターが並んだ状態だが、ババコンガは気にすることも無く牙を見せたままハンターたちのほうへと全力で突進していた。

 

「取り敢えず、俺は斬れるところ斬るんで」

「それでいい……ババコンガに毒は効き目が薄いからな」

 

 普段から毒キノコを平然と食べているババコンガは、そもそもネブラボルヌスの致死性の毒にも耐性があるとバアルは考えていた。沼地に生息しているから毒が効かないと言う訳ではないが、沼地に生えている毒キノコを好んで食べているババコンガ相手に、毒で勝負するのは少し分が悪いだろうと考えていた。

 

「私は?」

「そのまま爪を攻撃すればいい」

「俺は?」

「何故お前らは俺に聞く……拡散弾と散弾だけは撃つなよ」

「それはわかってる」

 

 ティナとネルバに指示を求められて、バアルはそういった参謀的な役割は本来真っ先に突っ込んでいったジークの仕事だろうと思いながらため息吐いた。ボウガンの撃てる拡散弾と散弾はハンターを巻き込んでしまう可能性がある弾なので、協力してモンスターを狩っている場では使い辛い。そのことはネルバも理解していたが、バアルは念押しのために言ってからジークを援護する為にババコンガに向かって走り出した。

 

「ふっ! 鈍重な敵は慣れてるんでねッ!」

 

 ジークは一人、ババコンガの攻撃を紙一重で躱しながら太刀を振るって小さな傷を作っていた。こちらの攻撃に合わせて腹を膨らませ、それを盾にして攻撃を防ぐことは砥石で太刀を研ぎながら見ていた。ならば、とジークが考え出した戦法は実に単純であり、効果的な方法であった。ババコンガが攻撃している最中は腹を膨らませることができないのならば、こちらから攻撃するのではなく、ババコンガの攻撃にカウンターするように攻撃すればいい。危険の伴う作戦ではあったが、ジークはババコンガの攻撃を見切って反撃に成功していた。

 

「このまま押し切るッ!」

 

 ババコンガが勢いに押されてゆっくりと後退していることに気が付いていたジークは、攻撃の手を緩めずに猛攻を加えていた。遂に攻撃を捌き切ることが不可能だと悟ったババコンガは、再び腹を膨らませてジークの攻撃を防ごうとしたが、それを読んでいたジークは振るっていた太刀を腹の前で止め、膨らんだ腹から外れて爪の根元に向かって殻王獄刀【鋼】を突き刺した。

 

「あっ!?」

「ババコンガの爪を割ったのか!?」

 

 根元に大きな力を加えられたババコンガの左爪は、大きな音を立てながら粉々に砕け散った。刀身は薄く鋭いように加工されている殻王獄刀【鋼】だが、剛種シェンガオレンの力は変種のババコンガ程度では止められなかった。腹を膨らませて完全に攻撃を防ぎきったと慢心していたババコンガは、まさかの攻撃を受けて完全に慌てふためいていた。怒りで赤くしていた顔もジークの攻撃による痛みのせいで元の顔色に戻り、その瞳は既に敗北していた。

 

「肩を借りるぞ」

「どうぞっ!」

「右爪は私たちで破壊しましょう!」

「任せろ! 徹甲榴弾で吹っ飛ばしてやる!」

 

 ジークの肩を踏みながらババコンガの頭上を飛び越えたバアルは、前後でババコンガを挟み撃ちにしながらジークと共に武器を振るった。ジークとバアルがとどめを刺そうとする中、ティナとネルバももう片方の爪を狙ってそれぞれのできる攻撃を行った。徹甲榴弾が爪を傷つけ、ティナの放った渾身の一矢が根元から破壊する。バアルの振るったネブラボルヌスは生物の急所である首筋を捉え、ジークの太刀は無慈悲に膨らんでいない腹に突き刺さった。苦し気な声を上げながらも爪を振り上げようとしたババコンガだが、既に両爪はハンターに奪われ、腹に太刀を突き刺しているジークに対して攻撃することができなかった。

 

「これでっ!」

 

 最後の手段として、その体躯でジークを押し潰そうとしたババコンガは、ティナが放った矢が眉間に突き刺さったことでバランスを崩して後ろに倒れこんだ。

 

「し、死にましたよね?」

「これで生きてたら怖いぞ」

「安心しろ。もう死んでる」

 

 吐血しながらゆっくりと倒れこんだババコンガを尻目に、ジークは大きく息を吐きながら納刀した。変種にしては随分と簡単に狩れたような感覚があったティナは、ゲリョスのように死んだふりをしているのではないかと疑うように弓を構えたままババコンガの死体に近づき、ネルバは地面がぬかるんでいることもお構いなしに座り込んでいた。

 

「正直、それなりに苦労しましたね」

「そうか? お前はこの程度なら楽勝だと思っていたが」

「いやぁ……小型モンスターの群れを相手にするのは慣れていないので」

 

 バアルはジークの言葉を意外そうに聞きながらも、G級ハンターまで駆け上がる過程ではあまり小型モンスターを狩っていないのだろうと考えて一人で納得していた。

 

「それで、群れごと始末したから後処理には時間がかかるが……」

「まぁ、パローネ=キャラバンの人に手伝ってもらうしかないですよ。どうせパローネ=キャラバンの人たちもここら辺を散策するんですし、少しくらい手伝って貰っても問題ないと思いますよ?」

「まぁ、そうだな」

 

 頷いたバアルは腰にぶら下げていた狩猟対象が絶命したことを知らせる照明弾を上に向かって打ち上げた。沼地の雨の中でも燦々と煌めく照明弾はパローネ=キャラバンの飛行船にまで届き、すぐにパローネ=キャラバンの人員がやってくるだろう。

 

「さて、へし折ったババコンガ爪の回収と、小型モンスターの解体ぐらいはしておきますか」

「……仕方ない」

「ほら、座り込んでないでネルバさんもティナも手伝って」

「お、おう」

「わかりました……」

 

 ブルファンゴとコンガの解体程度ならば簡単にできるので、ネルバとティナも断る理由はない。しかし、解体する数が途方もなく多いことを除けば。実際、モンスターの死骸解体をにがてとしているハンターは多い。その最たる理由が、面倒くさいからであるのだが、タンジア時代は一人で狩りをすることが多かったジークは、その影響でモンスターの解体が得意だった。バアルも変種モンスター特有の汎用素材を解体するのには慣れていたが、ネルバとティナは未だにモンスターの解体が上達しない。

 

「ほらほら。早くしないと他のモンスターが近くまで来ちゃいますよ?」

「はぁ……」

 

 早くモンスターを解体して使える素材を確保したいジークは、ワクワクが抑えきれずに解体用のハンターナイフを手で器用に回転させていた。慣れているからと言って、積極的にモンスターを解体したい訳ではないバアルは大きなため息を吐きながらも、愛用の解体用ハンターナイフを取り出した。

 沼地の一部を牛耳っていた変種モンスターを群れの長とする二つのモンスター群が消滅したことで、沼地の生息域は今後大きく変わっていくことになるだろう。新たな危険なモンスターがババコンガ変種とドスファンゴ変種の元縄張りを奪いに来る前に、ハンターたちは後処理を終わらせ、パローネ=キャラバンの人員たちは沼地の散策をしなければならなかった。



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709航路⑥(キャラバンクエスト) 鎧竜(グラビモス)

「ババコンガ変種とドスファンゴ変種の討伐、お疲れ様っス」

「ありがとうございます」

 

 パローネ=キャラバンの飛行船まで戻ってきたジークは、笑顔で水を手渡してきたオリオールに感謝の言葉を述べながら水を一気に飲み干した。湿気の強い沼地での狩りでも、生死がギリギリのラインで狩りを続けているハンターは相応の体力を消耗するため、一気に水を飲み干すことができる。雨の中の狩りであったので、身体に熱はあまりこもっていないが、雨に打たれながら狩りをするのは想像以上にキツイものなのだ。

 

「後は火山を周って、樹海を少し散策したら終わりっスね」

「そうか……709航路も終わりか」

 

 多くの変種と戦うことになると覚悟して挑んでいた709航路だが、遂に折り返し地点まで到達していた。凄腕ハンターとしての腕前のお陰もあるが、危険度で考えてもかなりのペースで狩りを進めていた。

 

「長かったような短かったような……」

「いやー……パローネ=キャラバンとしては、それなりの期間開拓されていなかった航路が遂にって感じなので、悲願の達成っスよ」

 

 ハンターたちはなんとなくもっと死にかけることを考えていたが、パローネ=キャラバンは変種を数頭まとめて狩猟してくれるハンターに大助かりだった。と言うのも、パローネ=キャラバンの出している航路クエストを受けているメゼポルタのハンターは、大抵が上位ハンターまでなのだ。凄腕ハンターも参加してはいるが、やはり上位ハンターほど数も多くなく、手の空いているハンターも少ない凄腕ハンターは航路クエストに頻繁に参加することが難しい。ジークたちも剛種シェンガオレンを討伐した直後の空白期間を利用して、興味本位で航路クエストを受けているだけなのだ。

 

「ところで、沼地ってなんか特産品とかあるんですか?」

「色々あるっスよ? ゲリョスイショウとか……桃毛獣の秘玉とか!」

「秘玉?」

 

 先程までババコンガ変種と戦っていたジークは、桃毛獣の秘玉と聞いて顔を上げた。解体した時に特産品となるような素材は発見できなかったので、パローネ=キャラバンの人員がなにかしらの素材を見つけたのかと思って反応したが、オリオールは首を横に振った。

 

「今回のババコンガ変種からは桃毛獣の秘玉は見つからなかったス」

「そうか……」

「でもゲリョスイショウは欲しいっスね……」

 

 毒怪鳥(どくかいちょう)ゲリョスの名前を持つゲリョスイショウは、紫色に光り輝く巨大な水晶のことである。光り物を好み、ハンターのポーチから空きビンなどを盗んでいくことで知られるゲリョスを悩殺できるほどの輝きを持つ希少な鉱石である。沼地のごく限られた場所から採掘することができず、耐久性も脆く大きさも巨大である為、完全な状態で採掘されることが殆どない。単価は火山で採掘される希少な功績であるメテオテスカトルに並ぶ程であり、特産品としては十分な価値を持つ。

 

「まぁ特産品集めは俺たちの仕事じゃないので……ラティオ活火山に着くまでに武器の整備と、身体を休めないと……」

「そうっスね。ゆっくり休んでください! 付近にモンスターがいないことはうちのメンバーが確認してるんで!」

 

 各地を放浪するキャラバンの特性上、パローネ=キャラバンにも専属のハンターは所属している。ハンターライセンスを持って武器を船に持ち込み、飛行船の操舵をしながら現地では小型のモンスターなどを討伐して安全を確保する人員もいる。ジークたちのように専門のハンターではないので、上位相当の大型モンスター相手に勝てるかも怪しいような人も多いが、飛行船の周囲を確保する程度なら造作もない。

 オリオールとの話を終えて、簡易的に作られた鍛冶施設にやってきたジークは、そこにいる職人に武器を手渡してバアルたちが休んでいる部屋にまで戻ってきた。

 

「お疲れ」

「ありがとうございます……なんですかお疲れって」

 

 既に横になっているバアルからかけられたいたわりの言葉に、反射的に礼を言ったジークだが、直後に言葉の意味がわからずに首を捻った。モンスターの狩猟に対してお疲れと言われているのならば、バアルもジークと同じようにモンスターを狩っているため、お疲れと言われるのはおかしいだろう。

 

「いや、パーティーのリーダーとしてお前は頑張ってるだろう」

「あんなもの別に……そもそもバアルさんだって、ティナに指示出してたじゃないですか」

「あの程度なんぞ指示にもならん」

 

 適当なことを言いながらジークも自分の寝床に向かって飛び込み、枕に顔をうずめた。雨の中の狩りは、ジーク本人が思うよりも身体の体力を奪っていた。ゆっくりと降りてきたまぶたを意識しながら、逆らうことなく意識を落としたジークを見て、バアルは微笑みながら目を閉じた。

 

 


 

 

「ふぁ……」

「起きたか?」

「……眠いですけど」

 

 ゆっくりと眠っていたジークは、既に飛行船が空に浮かび上がっている感覚を全身で味わいながら大きな欠伸をしていた。

 

「クルプティオス湿地帯から一度ドンドルマを経由して補給。その後にラティオ活火山に行くらしい」

「あぁ……クルプティオス湿地帯とラティオ活火山はドンドルマを挟んで反対にありますからね」

 

 王立である古生物書士隊や、大長老の直轄である古龍観測隊を超える飛行船技術を持つパローネ=キャラバンと言えども、補給無しで大陸全てを周る程の万能性ではない。故に、パローネ=キャラバンはどのような航路クエストでも一度はドンドルマに立ち寄って補給を受ける必要がある。

 ドンドルマに降り立った飛行船の横で、ジークは身体をほぐしながらドンドルマの街並みを見ていた。メゼポルタとは比べ物にならないほどの規模の街であるドンドルマは世界の中心として存在する、国家とは無関係の都市である。大陸には多くの国が存在するが、ハンターズギルドはそのどれにも所属しない中立の団体であり、多くの国より権力を持つ途轍もない規模の団体である。それを統括するのがドンドルマにあるハンターズギルドであり、世界のハンターズギルドはドンドルマから派生した分家なのだ。

 

「シェンガオレンの時には人、いなかったからなぁ」

「私も、活気のあるドンドルマには初めて来ました」

 

 ジークと共に街に出掛けていたティナは、人の通りが多い街並みに驚きながらもジークの後ろをついてきていた。

 

「あ、ハチミツ」

「結構良質だな……店主、これくれ」

「はいよ!」

 

 大きな商店街を歩いていたジークとティナは、必要そうなものを物色しながら適時金を払って狩りの準備を進めていた。商店街に並ぶ商品はハンターがよく使う物や、日用品なども取り揃えてあり、商店街を一度見ているだけで全ての生活が成り立つような状態だった。

 

「……こうやって見ると、ハンターって高給取りであすよね」

「そりゃあな。命かけてモンスターと相対してるんだから、そんなもんだろ」

 

 ドンドルマの物価を見て呟くティナに、ジークは苦笑しながらも理由を語った。世界はモンスターで溢れ、人はモンスターの脅威から逃れながら生きている。本来なら逆らうのも馬鹿らしい強大なモンスターに立ち向かうハンターは、当然報酬として多額の金銭を貰う。ハンターが高給取りなのは、命をかけて大型モンスターと戦うという理由ともう一つ、そもそもなろうと思う人間が少ないからである。

 

「小型モンスターを狩ったり、モンスターの住みかで採取できる素材を取ってくるだけのハンターも世の中にはいるけどな……そんなのはごく少数だし、採取専門のハンターは報酬だってそこらの職業と変わらない」

 

 高給取りなハンターは、みんな等しく大型モンスターと戦うことが多い。G級ハンターや凄腕ハンターのように実力も実績もあり、際限なく金が手に入るようなハンターほど金に対する意識が薄くなっていく。多く持っているから頓着しないのではなく、実力のあるハンターは金よりも自身の名誉やギルドに対する貢献を気にする者が多いからである。

 

「小型モンスターを専門で狩るハンター……いるんですね」

「はは……お前はハンターなり立ての頃から大型モンスターばっかりだったな」

 

 メゼポルタハンターズギルドでハンターライセンスを取得したティナは、下位ハンターの頃から大型モンスターとばかり戦っていた。ジークたちと出会い『ニーベルング』に所属してからはそれがさらに加速して、すぐに上位ハンターに昇格してしまった。

 

「私にはよくわからない感覚です」

「そんなもんだろ。俺だってハンター以外の職業に従事したことなんてないからな。国の軍人なんかも、モンスターと戦うからそれなりに給料はいいらしいぞ?」

 

 ハンターをしている人間の大部分は、生涯ハンター以外の職業を経験しない。それを狩りの魔力に憑りつかれたと表現する人間もいるが、ハンターライセンスを取れる年齢からハンターをしていたジークは、ハンター以外の職業をしている人間の方が理解できなかった。メゼポルタに来るようなハンターなど大抵そんなものであり、ティナもいずれはそうなっていくだろうとジークは思っていた。

 

 


 

 

 ドンドルマでの補給を終えたパローネ=キャラバンはラティオ活火山へと降り立っていた。年中を通して暑すぎる気候のラティオ活火山は、人間からすれば資材の宝庫であると同時に死の世界でもある。対策もせずに足を踏み入れれば待っているのは無慈悲な熱による死か、生息する大型モンスターに襲われての死だけである。

 

「……もう暑い」

「文句言うな」

 

 海岸沿いに停泊している飛行船の上で既に暑いと訴えるジークに、バアルは呆れながらもクーラードリンクを手渡していた。火口の近辺や溶岩が流れている場所以外はクーラードリンク無しでも生きていくことはできるが、気温が高いか低いかで言えば間違いなく高い。

 

「えーっと……火山の標的は?」

鎧竜(よろいりゅう)グラビモスだ」

「グラビモスって、あのグラビモスですか?」

 

 角竜ディアブロスを矛とした場合の盾として知られる鎧竜グラビモス。ジークはタンジア時代にディアブロスと戦ったことはあっても、対になる存在であるグラビモスとは出会ったことがなかった。話には聞いたことがあり、どういう特徴のあるモンスターなのかは知っていても見たことも戦ったことのあるモンスターでもない。

 

「お前の考えてるグラビモスであってると思うぞ……厄介なモンスターだがな」

「火山の重鎮グラビモスは危険な相手っスけど、変種モンスターすら倒せるジークさんたちなら大丈夫っス!」

「頑張るよ」

 

 元々メゼポルタのハンターに対してかなり友好的で、実力を信頼しているオリオールだが、航路クエストで連続して変種を討伐するジークたちを見て更に期待を高めていた。期待を背負わされるのは慣れているジークとバアルは笑って流していたが、あまり経験の無いネルバとティナはオリオールに期待の言葉に顔を引き締めていた。

 

「それじゃあ行きますか……」

「そうだな」

 

 パローネ=キャラバンの準備も終わったのを確認して、ジークはゆっくりと立ち上がった。航路クエストの間ずっと無茶をさせている殻王獄刀【鋼】を労わるように一度撫でてから、バアルたちの方へと視線を向けた。準備完了していると視線で伝えてくるバアルを見て苦笑いを浮かべ、ネルバとティナの張り切った顔を見て頷いてから飛行船を出た。オリオールはハンターたちの背中を眺めながら、いっそ自分もハンターにでもなればよかったと思っていた。

 

 


 

 

 鎧竜グラビモスは火山の中枢に生息している大型の飛竜種である。飛竜種の中でも最大級の大きさに最重量級の体躯は、まさしく火山の重鎮。岩竜(がんりゅう)バサルモスが長い年月をかけて成長しきった姿が鎧竜グラビモスであり、両者は幼体と成体の関係にある。全身を岩のように硬い甲殻で覆い、生半可な攻撃は自分の方を傷つけてしまうと言われるほどの鎧を持つグラビモスは、砂漠の暴君ディアブロスと同じようにハンターたちから恐れられている。

 

「……グラビモスって鉱石食なんですよね?」

「らしいな。俺もモンスターの生態になんでも詳しい訳じゃないが、結構な頻度で相手をするから知っているだけだ」

 

 バアルの言葉を聞いて、ジークはタンジアが存在する大陸にある火山に生息していた鉱石食の大型モンスターを思い出していた。

 

「鎧竜グラビモス……どんな強大な敵なんでしょうか」

「滅茶苦茶戦い辛いモンスターだぞ」

 

 戦った経験のないティナは想像でグラビモスの姿をイメージしていたが、ネルバは過去に戦ったグラビモスのことを思い出して心底嫌そうな顔をしていた。

 ドンドルマの管轄範囲内で活動している上位ハンターは一度は戦ったことがあるような有名なモンスターだが、クエスト失敗率の高い非常に強力なモンスターでもある。個体数もそれなりの数はいるが、それ以上にグラビモスは討伐依頼の絶えないモンスターである。討伐依頼の絶えない理由は、その異常なまでの縄張り意識の高さにあった。幼体であるバサルモスは縄張りに外敵が侵入しても岩に擬態して素通りさせたり、その硬い身体で応戦することはあっても積極的に攻撃する方ではない。しかし、成体となったグラビモスは縄張りへの侵入者を目視した瞬間に攻撃してくる。

 

「グラビモスの縄張りまでもう少しらしいですよ」

「パローネ=キャラバンが事前にグラビモスの縄張りを調べていたのか」

「まぁ……危険なモンスターですし」

 

 縄張り意識の非常に強いグラビモスだが、見た目通り動きは鈍重で翼は飛べないように退化している。逃げようと思えば幾らでも逃げることができるほど動きは遅いが、グラビモスが鉱石食であるが故の危険性がそれを難しくさせている。火山性の鉱物を食べているグラビモスだが、燃石炭や紅蓮石のように爆発するような鉱石を好物としている。グラビモスは生き物の少ない火山で生きて行くために、鉱石類からエネルギーを得て生きているが、爆発性の鉱物を分解する過程でどうしても体内に非常に大きな熱エネルギーが籠ってしまう。基本的には下腹部から火山性のガスを放出することで体内の過剰なエネルギーを放出して生きているが、グラビモスはその過剰なエネルギーを外敵排除に利用することがあるのだ。それこそが、角竜ディアブロスの突進と対になる、鎧竜グラビモスの熱線ブレスである。体内に溜まった熱エネルギーを圧縮して口から熱線として吐き出すブレスは、直撃した火山の地形を容易く貫通する威力と温度を持ち、人間が真正面から受ければ人の形を保つことなど不可能な程の威力を持っている。

 

「グラビモスの正面に居座り続けるのは止めておけ。命が幾つあっても足りないぞ」

「わ、わかってる」

 

 バアルに忠告されているネルバは、グラビモスの放つ熱線の危険性を知っているからこそ激しく頷いていた。本来ならば今更言われるようなことではないと反応するネルバだが、グラビモスの熱線に関しては特に反論することも無く素直に頷いていた。いくらモンスターの素材を使った防具を着込んでいようと、グラビモスの熱線を真正面から受けて生きていられるはずがないのだ。

 岩のように硬い外殻、異常なまでの縄張り意識、鉱石食故の熱エネルギーを圧縮した必殺の熱線ブレス。グラビモスに天敵はいないと言われる理由は、生態を考えれば当然の結果だと言えるだろう。

 

「それにしても……暑いですね」

「火口に近づいてるからな……グラビモスはもっと奥に居座っているだろうがな」

 

 紅蓮石を主食にしている関係上、火口付近のもっとも暑い場所にグラビモスは縄張りを持っていることが多い。岩の様な外殻は硬いだけではなく熱伝導率が極めて低いため火口に近づこうが、例え溶岩の中に飛び込もうが平気な顔をしているグラビモスにとっては当然のことである。

 

「……いたな」

「そりゃあ当たり前ですよ」

 

 洞窟を抜けた先、開けた場所にある溶岩溜まりの付近で壁に顔を向けて鉱石を食べているグラビモスの姿があった。飛竜種の中でも最大級であるグラビモスの体躯にため息を吐きたい気分になりながらも、ジークは巨大な飛竜種との戦い方を頭の中で考えだしていた。

 

「まず、俺とバアルさんがあの外殻を何とかしないと、ネルバさんとティナは何もできない」

「あの見た目通りなら貫通弾は通らねぇよなぁ……」

「間違いなく通らない。熱伝導率が低いから徹甲榴弾の効き目も薄いはずだ」

「あぁ……マジでどうすんだよ」

 

 遠距離武器でグラビモスに対して出鱈目に攻撃したところでなんの効果も与えることは無い。近接武器で近づいて攻撃しようにも、並の武器ではまず弾かれてしまう。ハンター泣かせのモンスターだが、ジークは古龍種よりはマシと適当に考えていた。

 

「じゃあ取り敢えず突っ込んで、なんとか外殻を剥がしてみますよ」

「下腹部が狙い目だが、突っ込み過ぎると噴出する爆発性のガスに巻き込まれるから注意しろよ」

「了解です」

 

 対グラビモスの序盤戦はバアルとジークが突っ込んで攻撃を敢行する。シンプルではあるがそれ以外に選択肢のない状況にジークは苦笑しながらも、殻王獄刀【鋼】に手をかけた。

 

「こいつならグラビモスの外殻も切れそうだけどな」

「どうだかな」

 

 航路クエストの道のりで切れ味が途轍もないことを理解しているジークだが、初見の相手であるグラビモスに剛種シェンガオレンの素材でどこまで相手できるのか不安な面もあった。バアルは何度もグラビモスを狩った経験があるため、どの程度の武器ならばあの要塞の様な外殻を切り裂けるのかを理解できているが、剛種シェンガオレンという今まで見たことも聞いたこともない素材で組み上がっている、殻王獄刀【鋼】の切れ味がどの程度なのか理解しきれていなかった。

 

「出たとこ勝負の采配だけど、たまには悪くない!」

「俺は勘弁してほしいがな……」

 

 楽しそうに笑いながら駆けだしたジークの戦闘狂のような発言を聞いて、大きなため息を吐きながらジークを援護するようにすぐ背後を駆けていた。走るハンター二人の足音に気が付いたのか、紅蓮石を夢中で食べていたグラビモスがゆっくりと背後を振り返り、ジークとバアルを視界に収めた瞬間に目の色が変わった。

 

「くるぞ」

「えぇ」

 

 威嚇と牽制のために大きな咆哮を上げたグラビモスは、ハンターが威嚇などまったく気にしていないことを理解したのか、口を大きく開けて二人のハンターに狙いを定めた。緋色の光がグラビモスの口から漏れだした瞬間に、ジークとバアルはそれぞれ左右に別れてグラビモスの直線状から避けた。ハンター二人の素早い動きについていけていないグラビモスは、そのまま誰もいない自分の真正面に向かって全てを焼き尽くす熱線を放った。

 

「こ、これが……グラビモスのブレス」

「撃たれてるのは俺じゃないってのに、命の危険しか感じないぜ」

 

 火山性の耐熱に優れているはずの岩がドロドロに溶かされ、ブレスの放たれた場所からかなり離れているにもかかわらず余波を感じるほどの熱量。初めて見る鎧竜グラビモスの熱線ブレスに、ティナは息を呑んでいた。

 

「俺が先に出る」

「了解です」

 

 放たれた熱線ブレスに恐れおののいているティナとネルバに対して、狙われたはずのジークとバアルは特に反応することなくそのままグラビモスへと接近していった。熱線を避けられたグラビモスがどう動くのかを確認しておきたかったジークの思考を読み、グラビモスとの戦闘経験があるバアルが加速してネブラボルヌスを抜いた。

 

「こっちを見ろ!」

 

 ジークの方へと視線を向けようとしていたグラビモスの視界にわざと入り込み、バアルはネブラボルヌスを首筋に向かって振るった。バアルの接近を避けるような動きはできないグラビモスは、振るわれるネブラボルヌスを避けることなく熱線のために圧縮した熱エネルギーを下腹部から排出した。当然、バアルはその程度の反撃など受けることはなく、盾を構えながら後ろに下がってガス攻撃を避けた。

 

「……相変わらず硬いな。ネブラボルヌスでも無駄な所に攻撃すればこうか」

 

 グラビモスの攻撃を完璧に避けたバアルだが、思い切り振りぬいた反動で痺れた腕と外殻に多少傷が入っただけで血の一滴も出ていないグラビモスを見て表情を歪めていた。

 

「ここなら、どうだッ!」

 

 バアルの攻撃が不発に終わったことを大して問題視していなかったジークはすぐさま距離を詰め、無造作に振るわれた噛みつき攻撃を避けて下腹部に向かって殻王獄刀【鋼】を突き出した。岩の様な外殻とぶつかり金属音が鳴り響いた瞬間に、ジークの突き出した太刀はゆっくりとグラビモスの外殻を貫通して傷をつけた。鮮血が飛び散るような傷ではなかったが、ジークが抜いた太刀にはグラビモスの血が滴っていた。

 

「これでなんとか戦いにはなってくれそうだが……」

「まるで効いてないな。流石にここまでの巨体だと、有効的な攻撃もそう多くないか」

 

 腹部を攻撃されたはずのグラビモスは、多少の痛みを感じているだろうが動きに大した違いはなく、むしろ懐に一度入り込まれたことで怒りをジークに向けて、先程よりも動きが素早くなっていた。グラビモスの直線状に立って喋っている二人だが、グラビモスの放つ熱線ブレスのことを考えると自殺行為にも見える。しかし、ジークは事前にバアルからグラビモスの熱線ブレスがどのような原理で口から放たれているのかを聞いていたため、警戒心をそこまで持っていなかった。体内の熱エネルギーを可能な限り圧縮して放つ熱線ブレスだが、グラビモスとしても連発することは避けたい攻撃なのだ。

 

「じゃあ俺が下腹部の装甲をなんとか剥がしてみますよ」

「頼む……俺の毒もそれほど効かないだろうからな」

 

 グラビモスの幼体であるバサルモスが身体から猛毒を排出することからわかるように、グラビモスも火山性の毒ガスなどを体内に入れてしまってもそこまでの影響を受けない。当然、古龍種であるオオナズチの猛毒であるため全く効果がない訳ではないが、ガノトトスやディアブロス、ドスファンゴのように劇的な効果は見込めない。毒が効かない相手には、片手剣の特性上ジークの補助に回った方が効率的である。

 

「次のグラビモスの行動次第だが……」

「来ますよ」

 

 自身に武器を向ける縄張りを荒らす相手に対して、怒りを持って対応しているグラビモスは、小さく咆哮をしながら近づいてくる速度を徐々に上げていた。飛竜種最大重量級のグラビモスが自らの身体の大きさと重さを利用した突進をしようとしている姿を見て、ジークとバアルも走り出した。エスピナスの突進のように勢いや速度はないが、巨大な要塞が意思を持って人を押し潰そうとする姿は圧巻である。突進を避けるために左右に別れた二人を見て、自らの身体に傷をつけたジークを狙う為にゆっくりとジークの方向へと曲がりながら突進していた。

 

「しつこいな……思ったより持久力もありそうだ」

 

 複雑な岩場をひょいひょいと避けながら走るジークの後ろから、小さな岩を粉砕しながら突撃するグラビモスは、執拗にジークを追いかけていた。既にバアルのことは頭から抜けており、自分の脅かす相手であると認識したジークを狙っていたのだ。なんとか道を探しながら走っていたジークは、突然方向転換して横へと逸れたが、それなりの距離を走って速度のついていたグラビモスはその緩急についていくこともできずに溶岩の川へと沈んでいった。

 

「……羨ましいよ。全く」

 

 溶岩の中へと入っても全く関係ないグラビモスの耐熱性を見て、ジークは呆れた様な言葉を口にしてから、溶岩に沈むグラビモスの口が開いたことを確認して横に転がった。溶岩の中から熱線が飛び出してくる光景を見て、ジークは舌打ちしながらなんとかその熱線を避けて岩の上を転がっていた。溶岩の中からジークを狙ってブレスを吐いたグラビモスは、そのまま首を下に向けていきさっきまでジークとグラビモスが走っていた岩場をその温度で溶かしていた。

 

「まずいな……このままブレスを吐き続けられたら足場が無くなる可能性がある」

「場所を変えようにもグラビモスが縄張りから出るとは思えんぞ」

 

 ジークの呟きを拾ったのは左右に別れてからグラビモスの視界から消えていたバアルである。ちらりとネルバとティナへと視線を向けたジークは、二人が溶岩の中にいるグラビモスへと照準合わせているのを見て頷いた。現状では二人の放つ遠距離攻撃ではグラビモスに手傷を負わせることもできないが、それでもグラビモスの視線を散らすには有効だと考えていた。

 

「また来るぞ」

「溶岩に沈んでいた間に熱を放出する気ですかね」

「ついでに外敵排除もできる。一石二鳥だな」

「石じゃなくて熱線ですけどねッ!」

 

 溶岩からゆっくりと上がってきたグラビモスの身体はほんのりと赤く変色していた。溶岩の中に入っても生きていくことができるグラビモスだが、当然その分の熱量は身体の内側に溜められることになる。その熱量を排出しなければグラビモスは生きていけないため、外敵排除のために熱エネルギーを身体の外に放出する。再びグラビモスの口から熱線が放たれたのを確認してから、ジークとバアルはグラビモスへと向かって駆けだした。熱線の勢いに押されて首も振れないグラビモスは、ネルバが遠くから放った徹甲榴弾の爆発を受けながらも口から熱線を放ち続けていた。

 

「当然の様に無傷かよ」

「大丈夫です。今の役割は目を逸らすことですから」

「わかってるよ!」

 

 熱線の影に隠れて接近するジークとバアルへと向けられる視線を可能な限り遅らせる。有効打を放つことも考えることもできないネルバとティナに与えられた、現状での唯一の役割だった。遠距離から放たれる攻撃に煩わしさを感じながらも、傷にもならない攻撃に意識を向ける必要はないと考えたグラビモスは、視線に入り込んできたバアルに反応して身体を大きく逸らした。

 

「押し潰すつもりか?」

 

 懐に入り込もうとするバアルを撃退する為に上半身を逸らしたグラビモスだったが、視線から消えていたジークは既に懐に飛び込んでいる。

 

「これでもまだ、無反応でいられるかな」

 

 グラビモスの不意をついたジークは、殻王獄刀【鋼】によってつけられた刺し傷へと向かってもう一度太刀を突き出した。



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709航路⑦(キャラバンクエスト) 鎧竜(グラビモス)

ヒプノックは以前に書いているので書きません。

キャラバンクエストはグラビモスで終了です。


 生命の少ない灼熱の大地に、真っ直ぐ伸びる熱線が夜空に向かって放たれていた。飛行船でハンターたちの帰りを待っていたパローネ=キャラバンの面々にもその熱線が目視でき、ハンターたちが目標のモンスターと激しい戦いを繰り広げているのだと理解させた。

 

「おっと」

「大丈夫か?」

「なんとか無事ですよ」

 

 足元に溶岩が迫ってきていることに気が付いたジークは、逃れるために岩の上に移動した。少し離れた岩の上から声をかけてきたバアルに手を挙げながら無事を知らせたジークは、下腹部から血を垂れ流しながら怒り狂ったように口から熱線ブレスを吐くグラビモスへと視線を向けた。ジークの二度目の刺突攻撃は見事にグラビモスの外殻を貫通し、グラビモスに対して初めて有効な攻撃に成功した。そこまではよかったのだが、自身が傷つけられたことに怒り狂ったグラビモスは、手当たり次第に熱線ブレスを吐き続け、足場をどんどんと崩していった。熱線によって溶けた窪みに溶岩が流れ込み、着実に戦いにくくなっていく状況に焦りを感じているジークは、グラビモスへの攻撃を強めていたが下腹部への警戒度が高く有効な攻撃をできずにいた。

 

「ここまで怒ってるなら誘導も可能だと思うぞ」

「……やっぱり外まで誘導しますか」

「それしか狩り方がない。ここはあまりにも相手に分があり過ぎる」

 

 すぐ近くを溶岩が流れる地形でグラビモスと戦うのはあまりにも無謀だった。溶岩の流れをある程度堰き止めていた岩は既にグラビモスによって溶断され、足場は既に三分の一が溶岩に飲まれていた。グラビモスの放つ熱線ブレスはかなりの距離を撃ち抜き、遠距離攻撃をしていたティナとネルバも足場を失って射程外へと逃れていた。

 

「じゃあ俺が囮になるんで、危ない時はお願いします」

「了解した」

 

 現状、グラビモスに狙われているのはジークだけである。鎧である外殻を貫通して攻撃してきたジークに狙いを定めているグラビモスは、囮となって走り出したジークを追いかけるように動き出した。バアルは注意深くジークとグラビモスの動きを観察しながら、手だけでティナとネルバに後退の指示を出した。

 

「ネルバさん、後退します!」

「お、おう!」

 

 バアルのハンドサインが一瞬わからなかったネルバは、即座にハンドサインを理解したティナに半分引きずられるような形で洞窟の中に逃げ込んだ。ジークが囮として逃げていった方向とは反対だったが、辿り着く先は同じ開けた場所である。二人が離脱したことを確認したバアルはグラビモスの死角からひっそり近づきながら、ジークとグラビモスの攻防を見守っていた。

 ジークたちと別れたネルバとティナは、襲い掛かってくるイーオスの群れをいなしながら洞窟の外へと飛び出した。溶岩が近くを流れておらず、グラビモスが多少熱線ブレスを吐いたところで崩壊するような大きな崖も存在しない。しかもグラビモスの視線を切ることができる程度の小さな岩は無数にあり、明らかにハンターが有利な地形。先に辿り着いた二人は、すぐにジークとグラビモスが向かっていた洞窟へと繋がる道の出口にシビレ罠を仕掛け、事前に用意して置いた大タル爆弾Gを運び込んだ。

 

「ジークさんの指示ならこれで終わりですか?」

「おう。シビレ罠と大タル爆弾G……あとは岩場に隠れて二人が来るのを待つだけだ」

 

 事前にジークが地形を見て用意しておいたメモを確認する二人の元に、グラビモスの咆哮が響いた。洞窟内を反射して聞こえてきた音と共に何かが崩落する音が響くと、洞窟の出口からバアルとジークが飛び出した。シビレ罠と大タル爆弾Gが既に仕掛けられていることを確認したバアルは近くの岩の後ろに隠れ、ジークは罠を超えて洞窟の方に顔を向けたままその場で仁王立ちしていた。

 

「……そろそろ来るぞ」

「わかってる……頼むティナ」

「わ、私ですか? いいですけど……」

 

 岩を経由しながらネルバとティナの所までやってきたバアルは珍しく息を切らしていた。グラビモスからジークを守りながら洞窟内を全力疾走していたバアルは、流石に息を整える時間が必要だった。ジークも同じように息を切らせてはいたが、太刀を納刀することも無く罠を前にして微動だにせずにグラビモスを待っていた。グラビモスが罠にかかったらすぐに大タル爆弾を起動する必要があるのだが、重要な場面でミスショットをしてしまったらどうしようと考えたネルバは役割をティナに代わってもらうつもりだった。モンスターの急所に的確な狙撃ができるティナならば問題無いと考えたバアルは、余計な口を挟まずに水を飲みほしていた。

 

「きた!」

 

 しばらくじっと待っていたハンターたちの元に、グラビモスが洞窟の壁を破壊しながら走ってきていた。洞窟の外にジークの姿を見つけたグラビモスは目の色を変え、仁王立ちのまま動かないジークの姿を見て加速した。

 

「かかった!」

「ふぅ……ッ!」

 

 足下も見ずにジークへと向かって走っていたグラビモスは当然のように罠にかかり、発生した強力な電撃によって動きを止めた。シビレ罠が発する強力な電撃はモンスターの部位である麻痺袋から発生する神経毒に近い麻痺であり、強力な外殻を持つグラビモスの足すらも止めてしまえる。グラビモスが罠にかかった姿を見て、ティナは全力で引き絞っていた矢を放った。放たれた矢は真っ直ぐに飛んでいき、グラビモスの足元に置かれていた大タル爆弾G四つのうちの一つに着弾し、そのまま誘爆しながら大きな爆発を起こした。

 

「グラビモスにこの程度の爆発がきくかどうか……」

「効いてくれないと困りますよ」

 

 バアルの言葉にティナが苦笑しながら答えたが、溶岩の中に入っても平気な顔をしているような耐熱性を持つグラビモスに、大タル爆弾程度の爆発では効果がないのではないかとバアルは懸念していた。

 

「……元気、ではなさそうだな」

 

 すぐ近くで大タル爆弾の爆発を見ていたジークは、未だ太刀を納刀せずに油断なく構えていた。爆発の黒煙の中から白い鎧を纏った飛竜がゆっくりと出てきた姿に、ジークは満足そうな笑みを浮かべていた。グラビモスは大タル爆弾G四つを同時に受けても致命傷にはなり得ない。しかし、下腹部で爆発した大タル爆弾の爆風によって、鎧の一部が破損して零れ落ちていた。

 

「さて……これで鎧の一部は剥がした訳だが、グラビモスは当然もう怒りで前が見えないって感じか」

 

 下腹部の外殻が剥がれ落ち赤い筋肉から血液が滴り落ちているグラビモスだったが、既にそんなことは全く気にせずにただただ殺意だけを乗せた視線をハンターに向けていた。伝わってくる強烈な殺意に押された様子もないジークは、冷静に下腹部の鎧が禿げたのならばティナとネルバの攻撃が使えるようなったことしか考えていなかった。ジークの意識が自分へと向いていないことに気が付いたのか、グラビモスは大きな咆哮上げてから容赦なく熱線ブレスを吐きだした。

 

「おっと」

 

 思考を別の所に割きながらも全く警戒を緩めていなかったジークは前動作だけでグラビモスのブレスを避け、好機とばかりにグラビモスへと急接近した。基本的に鈍重な動きしかできないグラビモスは、ブレスを避けられた時点でジークの攻撃を防ぐ手立てなど全く存在しない。鎧が剥がされた下腹部に向かって太刀を滑らせたジークは、勢いのまま尻尾側に回り込んで根元に向かって殻王獄刀【鋼】を振るった。腹部からは大量の血液が噴き出し、口からブレスを吐きながら怯んだグラビモスに向かって、岩場から三人のハンターが飛び出した。

 

「こうなればこっちのもんだ!」

「ようやく反撃できます!」

「ジークの援護頼むぞ。俺も前に出る」

 

 ライトボウガンを構えるネルバ、弓を構えるティナ、そして片手剣を手に加速して接近するバアル。死角へと消えていったジークを含めて一気に敵が四人に増えたグラビモスは、連続して熱線ブレスを吐いて全てを焼き尽くそうとしたが、背後に回り込んでいたジークがそれを妨害するように再び下腹部に太刀を突き刺した。

 

「毒が効きにくいと言っても、全く効かん訳ではない!」

 

 ジークの攻撃によって再び怯んだグラビモスの腹下に入り込んだバアルは、全力でネブラボルヌスを振りぬいた。グラビモスの下腹部は巨大な身体を支える筋肉が詰まっているだけであり、重要な臓器も下腹部の近くには存在していないが、血管があるだけでネブラボルヌスの猛毒は身体に染み込んでいく。今や鉄壁の城砦に開いてしまった大きな穴になっている下腹部に続けざまに痛みを感じたグラビモスは、ジークに中断されて身体の中に留まっていた圧縮された熱エネルギーを下腹部から解放した。

 

「ちッ!?」

「バアルさん!」

 

 太刀を突き刺していたジークはすぐに異変に気が付いていたが、毒を仕込む為に深くまでグラビモスの腹下に入り込んでいたバアルは解放された熱エネルギーの影響を受けていた。圧縮されたことで殆ど爆発に近い解放を間近で受けたバアルは、肌が焼けるような感覚を味わいながらも咄嗟に盾を前に出したことで致命傷は逃れていた。バアルの撃退に成功したグラビモスだが、身体の違和感からなにかをされたのだと気が付き、再び体内の不純物を外に吐き出そうと熱エネルギーを放出していた。

 

「すまん、少し戦線離脱するぞ」

「そうしてください。なんとか俺が耐えてみますよ」

「あぁ……ネルバとティナもいる。無茶はするなよ」

 

 自分が抜ければ前衛で残るのはジークだけであり、太刀という武器の性質上ヒット&アウェイにはあまり向かない。盾もなければ双剣や片手剣のように軽く攻撃することもできず、かと言って大剣やガンランスのようにいざという時の必殺の一撃も存在しない。バアルが回復するまでにジークが耐えきれなければ、必然的に一度撤退する必要が出てくるのだ。

 

「わかってます……だからなるべく早く帰ってきてくださいね」

「ふっ……善処しよう」

 

 ジークの冗談とも本気とも取れる言葉に苦笑を浮かべたバアルは、懐から秘薬を取り出しながら近くの岩場に向かって走り出した。一人のハンターが離れて行く姿を見たグラビモスは、逃がさないと言わんばかりに口から熱線を吐こうとするが、接近して来ていたジークに気が付き足下に向かってブレスを放った。足下に放たれたグラビモスの熱線は、ジークに直撃することも無く地面を抉るだけで終わっていた。

 

「ふッ!」

「ネルバさん! ジークさんの援護ですよ!」

「わ、わかってる!」

 

 ジークがグラビモスの熱線を紙一重で躱しながら懐に入り込んでいく姿を見ながら、ティナは弓を構えながらライトボウガンに弾を詰めているネルバに声をかけた。グラビモスの視線が全てジークに向いている今こそ好機であると考えていたネルバも、ティナの言葉に反応しながら最大威力が出せるであろう貫通弾を装填していた。

 

「下腹部以外は攻撃は通らないですよね」

「そりゃそうだろ。なにせ下腹部以外は鎧のままだからな」

 

 上位個体相当のグラビモスですら、変種の素材から作られているティナとネルバの武器を弾く装甲をしている。遠距離武器との相性が絶望的に悪いとも言えるグラビモスだが、下腹部のように鎧が剥がれてしまえば硬い装甲に刃を通す必要のない遠距離武器の方が一気に有利になる。ジークも、一度鎧が剥がれてしまえば、グラビモス相手に有効なのは自分やバアルの武器ではなく、ティナとネルバの攻撃なのだと考えていた。

 グラビモスは懐から敵を追い出すためにガスを噴出させるが、噴出している時には既に逃れているジークは、ガスの届かない尻尾に向かって太刀を振り上げていた。飛竜種の中でも最大級の体躯をしているグラビモスの尻尾は当然高い位置に存在しているが、ジークの持つ殻王獄刀【鋼】は通常の太刀よりもリーチの長い特殊リーチ武器である。使いこなすには相当な腕が必要だが、使いこなせれば通常の武器よりも威力を発揮することができる。ジークは届きにくいはずのグラビモスの尻尾に向かって太刀を斬り上げることで特殊リーチ武器のメリットを活かしていた。

 

「今だ!」

「わかってます!」

 

 ジークに尻尾を攻撃されたグラビモスは、痛みを感じながらすぐにジークを追撃する為に重厚で太い尻尾を振り回しながら後ろに振り向いた。ジークは振り払われた尻尾を避けるために付け根の方向に一度移動してから、二人が下腹部を狙っている姿を見て足の下をすり抜けるように横に逃れた。瞬間、ティナとネルバの放った矢と弾丸がグラビモスを襲った。

 

「……流石にいい目してるな、ティナは」

 

 ネルバの貫通弾が下腹部の筋肉を削りながらグラビモスの頭方向へと流れて行くのを見ながら、ティナの放った矢はジークが先程からずっと傷つけていた尻尾の傷痕に刺さっていた。ネルバの判断はモンスターの弱点を狙うというハンターとして当然のものである。それでも、ジークが何をしたいのかを即座に理解してティナが目敏く援護射撃したことに彼は笑みを浮かべていた。傷口に刺さった矢のことを特に気にせず、下腹部に伝わった痛みだけに意識が向いていたグラビモスは、振り返った先に姿が見えなかったジークがなにかをしたのだと思って更に怒りを募らせ、腹から滴る血液など関係なしにガスを噴出させていた。

 

「ちッ! 耐熱性に優れすぎているってのも考え物だな……痛みなんてありもしないか」

 

 下腹部の鎧を剥がされ、剥き出しになった筋肉もかなりの攻撃を加えられて血が大量に零れ落ちていると言うのに、グラビモスは自身の傷など関係なく熱エネルギーを解放する。自分の放出した爆発性のガスが傷に影響したりしないものかと考えていたがジークだが、全くお構いなくガスを噴出し、熱線を口から吐き出しているのを見て考えを改めた。グラビモスの耐熱性の異常さを再認識したジークは、再び口から放たれようとしている熱線を見て苦笑を浮かべてから横に向かって走りだした。

 

「ジークさんのあの動き……私たちに視線を向けさせないため、ですか?」

「そうみたいだな。て、なると……今回のメイン火力は俺たち二人だ」

「わかりました……なんとかグラビモスを倒しましょう」

「おうよ!」

 

 ジークが視線を向けられ熱線ブレスの標的にされながらも、グラビモスの死角に入り込まずにティナとネルバとは反対方向に走っていく姿を見て、ティナは一人気合を入れた。ネルバもティナにつられて気合を入れ直し、再びグラビモスの下腹部を狙うために貫通弾を装填し始めていた。揺れ動く尻尾に視線を向けたティナは、麻痺ビンを懐から取り出した。

 

「これならもしかしたらグラビモスの動きを……よし!」

 

 シビレ罠に簡単にかかり、全身を麻痺させて動けなくなっていたグラビモスを思い出したティナは、ジークが尻尾を狙っていることも考慮して一度動きを止めさせるために麻痺ビンを用意していた。鏃に麻痺ビンの中に詰まっていた神経に作用する強力な麻痺毒をたっぷりと塗ったティナは、細心の注意を払いながら矢をつがえた。狙うべき場所は大量の血が滴り落ちている下腹部周辺。グラビモスほどの巨体では全身に麻痺毒が巡る時間の間に、ジークやバアルがなんとかしてグラビモスの命を絶ってしまうからもしれない。それでも、ティナは狩りを優位に進めるために息を吐いて下腹部へと狙いを定めて麻痺毒つきの矢を放った。

 

「当たった!」

「こっち見たッ!?」

 

 ジークへと向かって攻撃を続けるグラビモスの下腹部に、ティナの放った矢は刺さった。ジークやバアルに幾度も傷つけられた下腹部に刺さった矢では、今更反応することがないグラビモスだが、通常の矢ではなく麻痺毒の塗られている矢には感じることがあったのか、ジークを追いかけるのをピタリと止めてゆっくりとネルバとティナがいる方向へと振り返った。

 

「任せろ」

「バアルさん!」

 

 ネルバとティナに視線が向いたグラビモスはそのまま熱線ブレスを口から吐き出そうとしたが、斜め方向から走って近づいてくるバアルに視線を向け、そちらに熱線を解き放った。地面を溶かすような温度のブレスを横目に、バアルは急速にグラビモスへと接近して首にネブラボルヌスを振るった。大タル爆弾の爆風を受けたことによって下腹部の鎧は剥がれていたが、それと同時にグラビモスの全身にもダメージが及んでいた。その影響を見逃していなかったバアルの一振りは、グラビモスの首を守っていた鎧の綻びをついて大量の血を吹き出させた。

 

「す、すごい!」

「畳み掛けるぞ!」

 

 バアルの攻撃がグラビモスを大きく仰け反らせたことに驚愕していたティナは、隣で貫通弾を装填し終わっていたネルバの言葉に頷いてから、麻痺毒を塗りたくった矢を再び放った。ネルバの貫通弾はバアルが剥がした首を掠めて足に食い込んだ。鎧を着こんで動いているようなグラビモスだが、当然関節部分は折り曲げる為に鎧が薄く、速射した貫通弾が食い込んで傷をつけることができる。足の関節を狙われたグラビモスは、大きくバランスを崩しながら横に倒れ、首と下腹部にティナの放った麻痺毒の矢が同時に刺さった。

 

「バアルさん!」

 

 横倒しになった状態のまま、全身に回ったネブラボルヌスの猛毒とティナの使った麻痺毒の影響で動きが極端に鈍っているグラビモスに、追いついてきたジークはバアルへと声をかけながら太刀を抜刀した。ジークが尻尾に向かって力の限り太刀を振り下ろした姿を見て、バアルは下腹部を狙わずに首筋に片手剣を突き刺した。身体の深くに毒が染み込むように力いっぱい片手剣を突き刺したバアルは、背後から飛んでくる貫通弾と矢を見て笑みを深めた。

 

「ッ! 硬いが……ティナの矢をつかえばッ!」

 

 一方、尻尾に向かって太刀を振り下ろしたジークは、グラビモスの尻尾の太さと肉質の硬さに手が痺れるような感覚を味わっていたが、グラビモスの尻尾に刺さっている矢を尻尾の奥に叩き込むようにして太刀を振り下ろした。矢が半ばで折れると音と共に、尻尾から流れ出ている血の量が増えたのを確認して、尻尾の中心に存在する骨を断つために、ジークは殻王獄刀【鋼】の切れ味を信じて骨に太刀を突きこんだ。何かが折れるような音と共にジークの手に返ってきていた反動が減り、同時にグラビモスが飛び上がって前方に向かって飛んでいった。

 

「な、なに?」

「ジークかっ?」

 

 毒で動けないはずのグラビモスが突然飛び上がって壁に激突した姿を見て、尻尾を攻撃していたジークの方へと視線を向けたバアルは、ジークの足元に大量の血溜まりができ、その横に大きく太い尻尾が転がっているのを視認した。

 

「グラビモスの尻尾を斬り落としたのか……」

 

 壁に激突したグラビモスは痛みと尻尾を失ったことによるバランス感覚の喪失によって、フラフラと力なく立ち上がっていた。それでも瞳に怒りを灯しているのを見て、火山の重鎮は伊達ではないと苦笑を浮かべたジークは勢いのまま地面に突き刺さっていた太刀を抜き、べっとりと刀身にこびりついている血を振り払いながら立ち上がった。既にグラビモスの絶命は近い。グラビモスも、相対しているハンターたちもその事実に気が付いていたが、どちらも最後まで油断することなく命が終わるまでその攻防は続いた。

 

 


 

 

「……手こずりましたね」

「仕方ない。それが狩りだ」

 

 力なく地に横たわるグラビモスの横で、尻尾の状態を確認していたジークは大きく息を吐いた。上位個体と言っても火山の重鎮の異名通り、最後までハンターの命を脅かし続けた強敵。ブレスだけで地形を破壊し、ハンターを殺すことができる強力なモンスターの討伐に、流石のジークも疲労が顔に出ていた。

 

「あとは密林に帰って終わりか……」

「長旅でしたけど、なんとか成功しそうで良かったです」

 

 メゼポルタを出発してから既にかなりの日数が経過している。『ラグナロク』のメンバーには航路クエストに出るのでかなりの期間を開けてしまうことは伝えてあったが、『ロームルス』と『ニーベルング』の猟団長がこの場にいるのだからある程度の混乱はあるだろう。『ゴエティア』の猟団長であるベレシスは集団をまとめる才能に溢れているとは言い難いため、恐らくウィルかメルクリウスがまとめているだろうと信じながらも、ジークは少しだけ不安に思っていた。

 

「この位置なら海岸からも近くて、パローネ=キャラバンの人も早く来れそうですし……寝たい」

「解体はしていけよ」

 

 グラビモスを縄張りから引きずり出した場所は、比較的パローネ=キャラバンの飛行船が停泊していた海岸から近く、危険なモンスターもあまり出現しない場所である。狩猟したモンスターの死体を解体するのはハンターの仕事だが、ジークは囮や近接戦闘をしていただけあり普段以上に疲れていた。もしかすれば、航路クエストで飛行船の中でしか休めていない故のストレスもあったのかもしれない。普段の狩りでは決して見せないジークの疲労の色にバアルも苦笑を浮かべていた。

 しばらくしてやってきたパローネ=キャラバンの地質調査隊や、ハンターたちの回収にやってきた人員たちは、山のような巨体を横たわらせているグラビモスのすぐそばに落ちている、切断された尻尾を見て息を呑みながらもそれぞれの仕事にとりかかっていた。

 

「大丈夫ですか?」

「あぁ……疲れただけだ」

「そうですか。疲労回復用の飲み物です」

「ありがとう……」

 

 パローネ=キャラバンの中心であるアルバーロ三兄弟の長男である、アシエル=アルバーロの開発した疲労回復効果が高いという飲み物を渡された、ジークはその色に一瞬難色を示しながらも腹を決めて一気に飲み干した。

 

「あ、結構美味い」

「……この見た目で、ですか?」

 

 躊躇いが一瞬しかなかったジークに目を見開いていたティナだが、ジークの感想を聞いて嫌そうにしながらもなんとかチビチビと飲んでいた。アシエル=アルバーロの作った疲労回復用の飲み物と聞いて興味が湧いてきたジークは、飲み干した容器を眺めていた。

 パローネ=キャラバンをまとめる三兄弟の長男であり、研究者気質故にパローネ=キャラバンのカシラをキエル=アルバーロに任せ、自分は開発したいものを開発する男。古龍観測所よりも優れた飛行船技術は、研究者であり長男であるアシエル=アルバーロの頭脳あってのものである。

 

「……そう言えば、グラビモスの尻尾はもう粗方解体したんだが……こんなものが見つかった」

「そ、それはっ!?」

 

 疲労していた身体に鞭打ってグラビモスをなんとか解体していたジークは、尻尾を解体している最中に奇妙な物質を発見していた。淡い光を生み出しながらも美しい球体の形を保っている不思議な素材を手に、ジークはパローネ=キャラバンの調査隊のメンバーに見せた。驚きの声を上げた後にしばらく黙りながらジークの持っていた球体を見て、触った人は一人で頷いていた。

 

「これは間違いなく鎧竜の秘玉です。グラビモスの中でも生成されている個体は殆どいないと言われる貴重な素材ですよ」

「へぇー……天玉みたいなもんか」

「さ、流石に天玉ほどではないですよ」

 

 秘玉と呼ばれるそれが貴重な素材なのだと聞いて、ジークはG級モンスターの中でも限られた個体からしか見つからないと言われる天玉を思い浮かべたが、パローネ=キャラバンの調査隊員はジークの言葉に苦笑いを浮かべていた。天玉ほどではなくとも、限られた個体からしか採取できない素材と言うのは古今東西、高値で取引される。

 

「これ、装備の素材に使えるのか?」

「いやー……宝玉や天玉とは違って、それ自体に大きな力がある訳じゃないので、あまり使えないと思います」

「そうなのか。じゃあオリオールに売りつけるか」

「それがいいかと」

 

 ハンターとして生きているジークにとって、モンスターの素材で重要なのは貴重かどうかではなく、装備に使えるのか使えないのかである。聞けば、鎧竜の秘玉は大変貴重な素材であり、当然の様に高値で取引される素材ではあるものの、それはあくまでインテリアや装飾品としての価値しかない。となればジークにとっては無用の長物であり、火山の特産品を探しているパローネ=キャラバンに渡すのがいいだろうと考えたのだ。

 

「よし、じゃあグラビモスの残りの解体頼むな」

「はい。装備に使える貴重な素材が傷なしで手に入ったらお譲りしますよ」

「助かる」

 

 ただでさえ連続狩猟で身体を疲れさせている中、砂漠で狩猟したガノトトス変種にも劣らない巨体のグラビモスを完全に解体するのはジークとしても避けたいことだった。

 

「おーい、飛行船帰りましょうよ」

「そうするか……この場にいてもやることなどないしな」

「おっしゃ!」

「ふぅ……なんとか飲み終わりました……これ美味しくないですよ、やっぱり。ジークさんの味覚大丈夫ですか?」

 

 それぞれが自由な行動を取っていた三人に声をかけたジークは、ジークは、疲れ切った身体を解すように大きく動かしてから太刀を背負って飛行船に向かって歩き始めた。

 ラティオ活火山でかなり破天荒な狩りをした自覚があるジークは、初めて相対したグラビモスの弱点や危険な行動などを逐一記憶していた。飛行船に戻ればその特徴や相対した感想を全て自分の手記にまとめ、ギルドで購入したモンスター図鑑のページに挟み込む。これがジークの狩りを支える大事なことなのだ。狩場では誰にも理解できない天性の直感に従うことの多いジークだが、ギルドに戻れば勤勉な若者であった。




ようやくキャラバンクエストが終わりました。
これからパローネ大航祭やラヴィエンテなんかを書く時に必要になると思って書き始めたキャラバンクエストでしたが、ほぼ二月分になってしまいました。

次からはようやく狩人祭に入る予定なので、それが終わればシーズン10の話はおしまいになります。


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狩人祭①(フェス)

ようやく狩人祭まで来ました


 普段は人通りがそれほど多いと言えないメゼポルタ広場だが、今は職人もハンターも商人もメゼポルタ広場を歩いていた。人々の喧騒が聞こえるメゼポルタ広場と言うのも珍しいことであり、ジークもそんな喧騒の中でベンチに座っていた。

 

「もうすぐ狩人祭か……」

「やはり狩人祭が近づくと広場も活気が満ちてくるな」

「そうですね」

 

 軽食を口に運びながら忙しそうに動いている人々を眺めているジークとベレシスは、狩人祭前の休みだった。709航路を開拓する航路クエストを終えたジークたちはそのままの勢いで、凄腕ハンターを中心にして『ラグナロク』所属のハンターたちの底上げを実施した。最近になって『ラグナロク』に参加するために『ニーベルング』や『ロームルス』に所属したハンターを除けば、下位ハンターは殆ど存在せず、上位ハンターの上澄みにいたハンターたちも多くが凄腕ハンターへと昇格していた。そうこうしているうちに寒冷期も終わりが見えてきた時期、つまり狩人祭の開催が近くなった時期にジークとベレシスは休みを設けていたのだ。

 

「この狩人祭で我々の未来が決まることになるな……口だけの集団なのか、メゼポルタの頂点を掴む集団なのか」

「後者にしたいですね」

 

 ベレシスは『ラグナロク』を率いるジークの、ハンターとしての腕も集団のリーダーとしての手腕も気に入っていた。猟団長であるベレシスの性格故に、好き勝手に狩ることだけを目的にして活動していた『ゴエティア』を『ラグナロク』の参加猟団としてまとめ上げたのもジークなのだ。しかし、ベレシスから見ても相手は強大で無謀であると言える程の戦力差が存在する。

 

「正直どう思います?」

「さぁ? 全く勝てない訳でもないと思うぞ」

「意外ですね……無理って言うと思ってました」

「ふっ……知らないかもしれないが、無謀な宣戦布告を聞いていた中にも馬鹿はいたらしいからな」

「馬鹿?」

「じ、じーくさぁん!」

 

 ベレシスの言う馬鹿が誰なのか全く理解できないジークだったが、息を切らせながら走ってきたウィルへと視線を向けた。慌てた様子で走ってくるウィルの姿など見慣れたジークだが、今回は肩で息をしながらも顔は満面の笑みだった。

 

「今、ギルドマスターから聞いたんですけど……ジークさんが二大猟団に対決姿勢を示したのがメゼポルタ広場に伝わって、狩人祭で中立を宣言する猟団が増えてるらしいんです!」

「……普通のことじゃないか?」

 

 中立を宣言して狩人祭に参加するのは正直に言ってしまえば当たり前のことだとジークは考えていた。なにせ大きな猟団を巻き込んだ権力闘争の様なものであり、自分から首を突っ込んで痛い目を見てもメリットが存在しないのだ。ジークとしても最初から分かり切っていた結果であり『ラグナロク』に付かなかった猟団が多いという宣言だと思っていた。

 

「違いますよ!」

「なにが違うんだよ」

「なんと『プレアデス』と『円卓』の傘下だった同盟も宣言してるんです! しかもそれなりの数ですよ!」

「それは……確かに違うし喜ばしいことだな」

 

 ウィルの宣言を聞いて、ジークは一つ頷いた。同盟は三つの猟団までしか所属することができず、一つの猟団に入団できるハンターの数は六十人である。つまり一つの同盟が囲えるハンターの数は百八十が限界なのだが、同盟の傘下の同盟というものが今のメゼポルタでは横行していた。別に大きな繋がりがあるとか実益を兼ねた様なものではないが、大きな猟団三つを一つの同盟として、更に『プレアデス』や『円卓』の傘下と宣言することでその規模を大きくしている。『プレアデス』と『円卓』は実質的に多くの猟団を同盟に加入させているようなものなのだ。つまりウィルが喋っていた傘下の同盟が中立を宣言すると言うのは、実質的に二大猟団の傘下から離脱したことを宣言するものである。

 

「日頃の行いのお陰か……はたまた急成長する『ラグナロク』の行く末が見たいのか。兎に角、今の二大猟団に飽き飽きしていたのは私たちだけではなかったと言う訳だな」

「……こうなれば打ち崩す勝機はありますね」

「そうだな。この分裂は止まらないだろう」

 

 本当は二大猟団に属するのが嫌でも、狩人祭やその他メゼポルタでの猟団運営のことを考えてしまえばどちらかに属することで得られるメリットが大きすぎた。傘下と宣言するだけで一定以上の価値として見られ、その恩恵にあやかることができるのだ。しかし、今回『ラグナロク』という対抗馬が出てきたことで単純なメリットとして成り立たなくなってしまった。新興の同盟とは言えメゼポルタの中でも随一の実力派であった『ゴエティア』が所属した『ラグナロク』の台頭により、狩人祭は蒼竜組と紅竜組のどちらに転がるか分からなくなった。こうなれば嫌々所属していた同盟たちが離脱宣言をするのは当然だった。大きな組織を動かしているとはいえ所属しているのは全員がハンターなのだ。多少のリスクを背負ってでも冒険する文字通りの馬鹿が多くても不思議ではない。

 

「思ったよりも早く分裂が始まったようだが、当然吐いた唾は飲み込めない」

「飲み込むつもりもないですよ」

 

 二大猟団に亀裂ができたとはいえ、それはまだま小さいものである。あれだけ肥大化した猟団を崩すには蛮勇を振りかざすものや使命感に駆られる者だけが離反するだけでは足りず、もっと根本的な部分から突き崩す必要があった。

 

「とりあえず、これからのことまた考えなければいけませんね」

「明日にしておこう……折角の休みだろう?」

「そうですね」

 

 今すぐにでも猟団運営に走りそうなジークだったが、ベレシスのゆったりとした言葉に動きを止めて苦笑いを浮かべた。今の休みが終われば次からはもう狩人祭に向けて止まることなく突き進みことになり、今のようにゆっくりとした休みも取れなくなる。ウィルもそれがいいと言わんばかりに大きく頷いてから、ジークの隣に座った。

 

 


 

 

「と、言う訳で相手の戦力は大体半分の半分……四分の一ぐらいは離反したことになる」

「思ったより多く離反したな」

 

 翌日、猟団部屋に集まっていた『ラグナロク』の主力メンバーとなる凄腕ハンターたちは、ジークとウィルからの説明にそれぞれ違った反応を見せていた。バアルは興味深そうに頷き、ネルバは今までの行為がようやく実を結んだことに目尻から涙が溢れそうになり、ベレシスは不敵に笑っていた。

 

「四分の一が離反したとはいえ、相手はメゼポルタを牛耳っている巨大な同盟であることには変わりありません。幸いなことに、狩人祭のシステムの関係でどれだけ傘下が多くても相手にするのは親である『プレアデス』と『円卓』です」

「え? じゃあ離反しても意味ないんじゃ」

「狩人祭の勝敗にはあんまり意味はないな」

 

 ウィルの説明に真っ先に声を上げたのは『ニーベルング』で凄腕ハンターへと昇格したダルクだった。ウィルの説明通りならば傘下の同盟が離脱したところで二大猟団が率いる同盟との勝負にはなんの影響もない。

 

「勝って終わりな訳じゃない。これは俺たちを認めさせる戦いだ」

「そうですね……離反したということは、それだけ私たちのやりかたを支持する者が増えるということ。一概に離反した同盟全てがと言う訳ではありませんがね」

 

 アキレス、パイモンの補足を聞いて一応の納得を見せたダルクは、ジークとウィルに続きを促した。

 

「現状『ラグナロク』で活動している凄腕ハンターは四十人程度だ。狩人祭の大体の相手が上位個体であることを考えれば十分な戦力だが、向こうは百八十人ほぼ全てが凄腕ハンターで構成されている関係上、数で勝つのはほぼ不可能だ」

 

 凄腕ハンターの全員がトップであるエインやセティのように化物みたいな実力をしている訳ではないが、凄腕ハンターとして活動できる者は上位個体に後れを取ることは無い。そうなれば数で不利な状況である『ラグナロク』はやはり勝つことが難しいだろう。

 

「だから、功績で効率よく狙っていく」

「功績?」

「あぁ……狩人祭は繁殖期に増えるモンスターを狩る為のものだが、やっぱり厄介なモンスターだったり、数の多いモンスターを狩ればギルドの心証もいい」

 

 狩人祭の最中、モンスターの狩猟、討伐、捕獲及び卵の運搬などをすればそれに応じた「魂」と呼ばれるアイテムが貰える。それを一番多く集めた者が狩人祭での頂点になる。あくまでも狩人祭は蒼竜組と紅竜組の二つに分かれて行うものであり、仮に『ラグナロク』が一番多く入魂しても一人勝ちになることはないが、勝利した組にも貢献度というものが当然ある。それの頂点を狙えば、自ずと二つの同盟を打ち破ることができる。入魂するために必要な「魂」というアイテムが、事前に狩猟するモンスターの種類ごとに決まっているのだ。貰える「魂」が多く設定されたモンスターは、その狩人祭中に大量発生することが予見されているモンスターであり、討伐すればするほどギルドへの貢献度が高まるモンスターなのだ。

 

「今回俺たちが狙っていくモンスターはこれくらいだ」

 

 狩人祭への参加登録を行った際に、同盟や猟団の長は設定された「魂」の数を見ることができる。それをまとめ、狙いを定めたモンスターを抽出した資料をジークは全員に見えるように猟団部屋の壁に貼り付けた。

 

「基本的な狙い目はやっぱりリオレウスとリオレイアだ。繁殖期は若いリオレウスが多いし、リオレイアも気が立っているから依頼も多い」

「基本中の基本だが、変種なら効率も悪くない」

 

 狩人祭でいつも討伐対象としてあげられるのがリオレウスとリオレイアの夫婦である。ジークが言った通り、繁殖期には若いリオス科の夫婦が多く、リオス科の夫婦が住まう地域の周辺は危険な状態になるので討伐依頼が多くなる。

 

「あとはディアブロスの亜種とヒプノック繁殖期……亜種だな」

黒角竜(こっかくりゅう)ディアブロス亜種と蒼眠鳥(そうみんちょう)ヒプノック繁殖期……どっちも繁殖期にしか現れない」

 

 次にジークが上げたディアブロス亜種とヒプノック繁殖期は、どちらも繁殖期になったことで体色が変化した姿である。ディアブロス亜種は繁殖期の雌が変色し、ヒプノックは求愛行動の為に雌雄関係なく体毛の色が変化する。どちらも繁殖期の時期にしか現れることはないが、繁殖期のために気性が極端に荒くなっている時期でもあるために討伐依頼が多く出される。

 

「他には?」

「他は……フルフルが今年は多いみたいだな」

「フルフルかぁ……雪山か沼地ですよね……嫌だなぁ」

 

 繁殖期に多くなるモンスターはリオス科の飛竜種やディアブロス亜種とヒプノック繁殖期以外には、年毎に違ってくる。今年の繁殖期は雪山を中心にフルフルが多く出現する傾向にあるとギルドは判断し、既に多くの依頼の準備をしていた。

 

「最後なんだが……これは俺たち凄腕ハンターが相手しなきゃいけないな」

「最後は……アクラ・ヴァシム?」

「確かに厄介だな」

 

 ジークが最後に指を差した資料には尾晶蠍(びしょうかつ)アクラ・ヴァシムの姿があった。大発生期と大衰退期を繰り返す奇妙な姿をしている大型甲殻種のモンスターである。セクメーア砂漠を中心に生息を確認されているが、その凶暴性は同じ甲殻種の大型モンスターである火山の将軍、鎌蟹(かまがに)ショウグンギザミを遥かに超え、常に獲物をつけ狙うような生態故に高い危険度を誇るメゼポルタにしか狩猟許可の出ていないモンスター。近年になってから大発生期に入ったことが王立古生物書士隊によって公式に発表されたことで狩猟対象になったモンスターだが、やはり大発生期に入った影響なのか繁殖期にはかなりの数のアクラ・ヴァシムが狩猟対象に指定されるのだがその危険性は高く、上位個体相当であってもメゼポルタギルドは可能な限り凄腕ハンターに討伐を依頼している。

 

「メインで狙っていくモンスターはこんなもんだな」

「リオレウス、リオレイア、ディアブロス亜種、ヒプノック繁殖期、フルフル、アクラ・ヴァシム。面倒なのが何種類かいるが、大きな問題はないだろう」

 

 その場にいる『ラグナロク』の凄腕ハンターたちはバアルの強気な発言に頷いた。元々、狩人祭で二つの同盟を引きずり落とす為に『ラグナロク』に入ったハンターが多い。今更面倒なモンスターがいるからといって怖気づく様なハンターなどこの場にはいなかった。

 

「各自パーティーを組みながら目標のモンスターを狩る。上位のクエストに向かう時は同盟内の上位ハンターを二人程度連れて行ってくれ。勿論、三人連れて行って一人で面倒見れるならそれが理想的ではある。そこは自由にしてくれ」

「それでは今回の集会はこれで終わりです。各々、自分が狩ると決めたモンスターに対する準備は怠らないようにお願いします」

 

 狩人祭の間はなるべく多くのクエストをこなすために、メゼポルタ広場に帰ってくることなくドンドルマに仮拠点を置くハンターも多い。狩人祭が始まればこのように集会することもできなくなることを知っていたジークは、これが狩人祭前最後の集会であることを事前に通達していた。

 

「……ようやく戦争が始まったな」

「物騒なこと言わないでくださいよ……」

「でも、実際戦争ですよ?」

 

 ジークの呟きに嫌そうな顔をしたウィルだったが、ダルクは首を傾げながら二つの同盟に喧嘩を売る行為は既に戦争なのだと言っていた。ウィルも自分たちがやろうとしていることが革命というよりも戦争になっていることは理解していたが、ハンター同士で戦争など考えたくもなかった。

 

「そう気にするな。これが終わればメゼポルタだってもう少し生きやすくなる」

「……そうなるといいですね」

 

 近年、モンスターの危険度や『プレアデス』と『円卓』の亀裂によって人手不足が加速しているメゼポルタだが、ジークたち『ラグナロク』がその絶対性を崩せば、多くの猟団が大きな同盟の傘下にならずに生まれ、新米ハンターがゆっくりと育つことができる環境も出来上がるだろう。将来的なメゼポルタのことを考えるのならば、やはりメゼポルタ全てを支配しかねない大きな猟団など必要無いのだ。

 

「ま、勝った後のことを今から考えてもしょうがない。俺たちはできることをやるだけだ」

「その通りだな!」

「うるさい……もう少し声抑えて!」

 

 ジークの言葉に豪快に笑いながら同意したアキレスに対して、ダルクはいつも通り噛みつく様な言動をしていた。普段通りの猟団風景に目を細めたジークだが、椅子に座ったまま思い詰めた様な表情をしているティナに視線が向いた。

 

「……大丈夫か?」

「え? あ、あー……大丈夫です」

「そうは見えないけどな……姉のことか?」

「っ……はい」

 

 ため息を吐きながらティナの横に座ったジークは、何気なくティナの悩んでいることに触れた。ティナが思い詰めたような表情をしている理由などジークには最初から理解できていたのだ。ジークとベレシスが宣戦布告をした時、姉であるセティに冷たく突き放されたティナは、自分がメゼポルタでハンターをしていることが正しいのかどうかわからなくなっていた。

 

「姉は……お姉ちゃんはいつも私に優しかった。なのにあんな風に言うなんて……」

「……そうだな」

 

 実を言うと、ジークはティナの姉であるセティが何を思って妹を冷たく突き放したのかなどわかり切っていた。ジークはセティがティナに向けていた視線に含まれる熱を、ハンターとして活動している中で何回も見たことがあったのだ。しかし、今の段階でジークがそれを伝えていては意味がない。自分で気が付くか、相手が素直になるしか方法はない。

 

「ティナは姉を見返したいとかは思わないんだよな」

「そうですね……私は、ただお姉ちゃんが心配だっただけで……」

「……そうか」

 

 ジークは特に中身もない言葉をティナに投げかけていた。今のティナに必要なのは慰めの言葉でも姉の真意である答えを示すことでもなく、ただ自分の考えを整理する時間だった。

 

「すみません……こんなこと聞いてもらっちゃって」

「いいさ。どうせすぐに時間がなくなる」

 

 ティナがどれだけ思い悩もうが時間は待ってはくれない。狩人祭が始まってしまえば、ティナは『ラグナロク』の主力団員として各地に赴いてモンスターの狩猟することになる。

 

「悩み過ぎるなよ……答えは自分の近いところにあるかもしれないしな」

「そうします」

 

 立ち上がってひらひらと手を振りながら去っていくジークに、ティナは苦笑いを浮かべていた。性格通りに交友関係もさっぱりしているところがあるジークだが、面倒見の良さも性格通りと言える。ティナは彼が自分の悩みに対する答えを持っていることを薄々気が付きながら聞くことが無かった。

 

 


 

 

 登録祭が終わってすぐに入魂祭が始まろうとしている中、ジークは自身の装備を点検しながら猟団部屋で寛いでいた。変に緊張しても特に意味はなく、始まってしまえばひたすらモンスターを狩るだけだと軽めに考えているジークに対して、対面に座るダルクはカチコチに身体が固まっていた。

 

「……どうしたんだ?」

「い、いやー……その……ジークさんについていきたいなぁって」

 

 全身で緊張しているダルクは、机の上に置いてあるアクラ・ヴァシム変種の討伐依頼をちらちらと見ていた。アクラ・ヴァシム変種の討伐依頼書はジークが持ってきたものではなく、ベレシスが面白半分に置いていった者だが、それを目敏く見ていたダルクはジークに突撃していたのだ。

 

「確かにアクラ・ヴァシムの変種ともなれば狩人祭にはいいスタートダッシュになると思うが、本気で受ける気か?」

「はい!」

 

 ジークはアクラ・ヴァシム変種の討伐にあまり乗り気ではなかった。なにせ今まで出会ったのことのない初見のモンスターなのだ。それの変種をいきなり狩れと言われてもジークとしても厳しいと言わざるを得ない。しかもこの依頼書には続きがあり、それの部分が余計に簡単に承諾することを躊躇わせていた。

 

「……変種特異個体だぞ?」

「わ、わかってます!」

「初めての特異個体が変種でいいのか……」

「じ、ジークさんだってリオレウス奇種じゃないですか」

 

 依頼書の最後の一文には、アクラ・ヴァシム変種は特異個体と思われると記されていた。初見モンスターの変種個体の更に特異個体となれば行きたくないと考えるのも当然である。しかも狩人祭は序盤であり、急いで「魂」を集める必要もない。

 

「うぅ……ジークさんと一緒に狩りに行きたいんですぅ……」

「はぁ……わかったよ。メンバー集めとくから」

「いいんですかッ!? ありがとうございます!」

 

 目に見えて落ち込むダルクを見て、ジークは大きなため息を吐きながらもアクラ・ヴァシム変種特異個体の討伐依頼を引き受けることにした。普段から慕ってくれている仲間の期待には応えたいと考えて受けることを決めたジークだが、依頼書をもう一度読んでから大きくため息を吐いた。

 

「バアルさんもベレシスさんも狩人祭のためにドンドルマに行ったし、ネルバさんもスロアさんと上位ハンター引き連れて行くって言ってたし……誰がいるかなぁ……」

 

 狩人祭が始まった瞬間にクエストを受けられるように、主力メンバーの大半は既にメゼポルタ広場を離れていた。フラヒヤ山脈に狩りに行くハンターたちは近くのポッケ村へ、峡谷、テロス密林に狩りに行くハンターはジャンボ村へ、シルクォーレの森とシルトン丘陵に狩りに行くハンターはミナガルデへ、ラティオ活火山、クルプティオス湿地帯、セクメーア砂漠に狩りに行くハンターはドンドルマに向かっていた。メゼポルタ広場に残っているのはバテュバトム樹海を中心に狩りを進めようとするハンターと、猟団の運営や狩人祭の手続きなどで未だに狩りの準備が終わっていないジークと、それを待っていたダルクのようなハンターだけである。

 

「……ん? フルトさん?」

「あ、ジーク君……まだメゼポルタにいたんだね」

 

 頭を捻って残っているハンターを思い返していたジークは、猟団部屋に入ってきたハンターを見て、声をかけた。フルトは『ロームルス』に所属している寒冷期の間に昇格した凄腕ハンターの一人だった。狩猟笛をメインで扱う珍しいハンターだが、狩猟のセンスはピカイチの青年である。欠点を言えば少し臆病で人目を気にしがちなところがある程度だ。

 

「フルトさんは何か用事があったんですか?」

「い、いやー……そんなことはないんだけどね……僕は、その……人を誘うのが苦手、だから」

「あぁ……なるほど」

 

 凄腕ハンターは基本的に上位ハンターを連れて狩りに赴くのが『ラグナロク』の狩人祭での方針だが、人見知りで前に出ることが苦手なフルトとしては、年下の上位ハンターたちを誘うのが難しかったのだろう。

 

「丁度いいですね。一緒に狩りに行きませんか? アクラ・ヴァシムなんですが」

「う、うん……僕はアクラ・ヴァシムの狩猟経験があるから、なんとか役に立てると思う」

「ありがとうございます」

 

 なんとか人員を確保できたことに安堵の息を吐いたジークだが、なんとなく変種特異個体であることを伏せて伝えてしまったため少しの罪悪感があった。

 

「ふーん……変種特異個体」

「……ヴィネアさんはいつからいたんですか?」

「最初から」

 

 ジークがフルトに対する罪悪感で目を逸らした先で、ヴィネアが依頼書を片手に椅子に座っていた。ヴィネアがメゼポルタに残っていることはジークも知っていたが、まさか猟団部屋で休憩しているなど考えていもいなかった。しかし、面倒くさがり屋であるヴィネアがそんな簡単に狩りに行くはずもないことを考えればすぐにわかることではある。

 

「へ、変種特異個体……無理です無理です!」

「い、いけますよ!」

 

 既にダルクと約束して了承してしまったジークは引き下がることができずに、フルトに詰め寄った。まだ凄腕ハンターになって日が浅いフルトが、アクラ・ヴァシムのような危険なモンスターの変種特異個体を怖がるのはジークも理解できた。しかし、既にほとんどの凄腕ハンターがメゼポルタを出ていることを考えると、フルトを諦めて他のハンターをというのは考えにくかった。

 

「……うん。アクラ・ヴァシム程度なら変種特異個体でも大丈夫」

「そ、それはヴィネアさんだからですよぉ!」

「大丈夫ですよ。四人で行くんですから!」

「当然だよぉ!」

 

 はっきりと言えば軟弱な男であるフルトだが、ジークは彼を連れていかない選択肢が既にないので必死だった。凄腕ハンターの人数が足りないというのもあるが、フルトはその気弱さからは考えられないほどのセンスがあった。通常扱うのが難しいとされる狩猟笛を手足のように自在に動かすフルトのセンスは、全ての種類の武器を扱えるジークも驚愕するほどなのである。

 狩猟笛はその名の通り狩猟するための笛である。ハンマーよりも大きな鈍器として形作られた武器でありながら、空気を通す穴と音を響かせる空洞を作り出し、振り回す時に発生した風が穴を通ることによって特異な音色を響かせる。モンスターの素材によって生み出せる音は様々だが、狩人を鼓舞する旋律であることが共通している。ここまで聞くと仲間を鼓舞し、ハンマーと同じようにモンスターを叩くことができ、戦力にもなる強力な武器に聞こえるが、問題はその狩猟笛をまともに扱うことができるハンターが少ないという現実である。武器として振り回すだけなら誰にでもできるが、正しく音色を奏でる為には狩猟笛を振るタイミングや角度、力の調整や風の入る量の調節、ハンターを鼓舞する為に正しい楽譜に沿った旋律の順番に、武器ごとの穴に風を通してなる音の違い。大型モンスターとの狩猟との激しい攻防戦の中で並行して安定した旋律を奏でることができるハンターは殆どいない。加えて、楽器という特性上どうしてもハンマーよりも柄が長くなってしまうことで鈍器としても威力を出すのに力がいり、まともな思考をしているハンターならばまず選ばない武器種と言われている。

 

「フルトの狩猟笛を扱う技術がどうしても必要なんだ!」

「そ、それは嬉しいけど……」

 

 気弱な性格であまり自己主張をしないフルトだが、狩猟笛使うとしての誇りと自負はある程度は存在している。

 火力を重視するハンターからはあまり好く思われていないことがある狩猟笛だが、ジークはパーティーに一人いるだけでまるで環境が違うことを理解していた。

 

「ジークさん準備できました!」

「早すぎないかっ!?」

「久しぶりにジークさんと狩りに行けるんです! 張り切っちゃいますよ!」

 

 明らかに張り切った様子のダルクの登場に、フルトは既に断り切れない状況になっていることを理解してしまった。

 

「だ、大丈夫だ! アクラ・ヴァシム変種の特異個体を倒したらこれ以降はそんな強力なモンスターと戦うことは無いから」

「本当ですか!?」

「…………た、多分」

「やっぱりだめだぁっ!?」

 

 当然、ジークはモンスターの動きや生態を全て把握している訳ではないので、フルトの悲痛な声に対して断言して頷くことができなかった。ハンターとしては当たり前のことなのだが、まだ凄腕ハンターになったばかりのフルトとしては絶望的な言葉だった。

 

「大丈夫ですよフルトさん。普通の変種程度ならば死ぬことはありません!」

「そんなことないよ! 僕は凄腕昇格試験で大変な思いしたんだから!」

「あー……」

 

 フルトなどの『ロームルス』に所属している上位ハンターたちが凄腕昇格試験に選ばれた相手がグラビモスの奇種であったことを聞いていたジークは、フルトの切実な声になんとなく頷いてしまっていた。黒鎧竜(くろよろいりゅう)グラビモスの亜種の変種個体相当であるグラビモス奇種を想像して、ジークは苦笑い浮かべた。上位個体のグラビモスと戦ったジークとしても、あれの亜種の変種ともなればトラウマものだろうなと考えていた。

 

「大丈夫ですよ。私もリオレイア奇種でしたけどなんとかなりましたから。というかなんとかなったから今生きてるんですよね?」

「生きてる……うん、なんとか生きてる」

 

 ダルクのいうリオレイア奇種とは、桜火竜(おうかりゅう)と呼ばれるリオレイアの亜種、その変種相当である。凄腕昇格試験ともなれば誰もが危険なモンスターを狩猟しているハンターたちだが、フルトはその昇格試験の相手が恐ろしくしょうがなかった。それ以降変種モンスターを一度も狩猟していないフルトは、アクラ・ヴァシムの狩猟などいきたくなかった。何か一人で納得したように頷くヴィネアは、絶望したように項垂れるフルトを気にすることなく、珍しく高揚感を覚えていた。




ここから大体十話ぐらいは狩人祭の話で、シーズン10がようやく終わります


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狩人祭②(フェス) 尾晶蠍(アクラ・ヴァシム)

アクラ・ヴァシムです


「なんでこんなことに……」

「まぁまぁ、なんとかなりますよ!」

 

 広いセクメーア砂漠を歩くハンターたちの一人であるフルトは、大きなため息を吐いていた。まさか同盟の長であるジークに誘われてアクラ・ヴァシムの変種特異個体を狩らされることになるなど全く想像していなかったフルトは、今から出会うであろう強力なモンスターを思い浮かべてげんなりとしていた。フルトの暗い雰囲気とは反対に、ダルクはジークとともに狩りにでられることが嬉しくて仕方がなかった。凄腕ハンターとしての経歴は殆ど変わらないフルトとダルクだが、二人のテンションは全くの反対だった。

 

「アクラ・ヴァシム、広い場所にいる」

「そうなんですか?」

「身体に結晶を纏ったモンスター。尻尾の先に大きなのを付けてて、それだけ表に出して捕食してる」

 

 尾の水晶で獲物を引き寄せてその相手を捕食する。生物としてはとても合理的な捕食の仕方だが、そこら辺の生物と違うのはアクラ・ヴァシム自体が強力な生物であるため、獲物が誘引されることがなくとも自分で狩りができるという点である。

 

「アクラ・ヴァシム、砂漠中心の砂の下に陣取ってることが多い。暑いのがそこまで得意じゃないから夜にしかいないみたい」

「へぇ……甲殻種らしいと言えば甲殻種らしいか」

 

 砂の下に身体を埋めて水晶の先だけで獲物を誘引して捕食する。故にセクメーア砂漠で取れる素材を扱ったり、セクメーア砂漠を横断する様な商人たちの間には「地より出ずる水晶には近づくな」という教訓が存在している。これは安易に目先の利益に飛びついてしまうと後悔することになるという言葉で商人たちが使っているが、最初はアクラ・ヴァシムを指している言葉だったのだろう。大衰退期と大繁殖期を繰り返すアクラ・ヴァシムの生態を考えれば、過去の商人が残した警告が別に意味に捉えられることになる理由もわかる。

 

「アクラ・ヴァシムの出す体液に当たるのはだめ。あれは受けると身体が動かなくなる」

「麻痺毒ですか?」

「違う。体液がすぐに固まる」

 

 尻尾の先端から放たれるアクラ・ヴァシムの体液は空気と反応して即座に個体へと変質する。身体に浴びると関節どころか身体全体が結晶に覆われて動くこともできなくなり、そこをアクラ・ヴァシムは狙ってくる。水晶に近づいてきた獲物を拘束するために体液を噴射して動きを制限することもあるが、外敵に対して噴射することで動きを阻害して反撃の手段にも扱う。

 

「因みに、アクラ・ヴァシムの体液と血液は目まぐるしく色を変える」

「色が変わる?」

「そう。黄色の体液だったり、蒼色の体液だったりする。死ぬと体液の色変化が止まって、珍しい色だと高値でギルドが引き取ってくれる。染色に使いやすいみたい……変幻って言われる理由は体液が変わるから」

 

 ジークはヴィネアの語るアクラ・ヴァシムの生態に感心していた。アクラ・ヴァシムの特異な生態にも驚いていたが、ハンター業にあまり積極的ではないヴィネアがモンスターの生態に詳しいことにジークは驚いていた。ジークよりも長くメゼポルタでハンターをやっているからなのか、アクラ・ヴァシムにだけ興味があるのかはジークにもわからないが、これほどまでに生態を知っているハンターがいるならこの狩りも勝機はあるだろうと考えた。

 

「……いつまでやってんだ?」

「だってフルトさんがいじいじしてるから……私は楽しみなんですよ?」

 

 ヴィネアの語りを聞いていたジークだったが、後ろから聞こえてきた大きなため息の音に苦笑を浮かべながら振り返った。予想通り、絶望したようなフルトと元気にフルトを励まそうとしているダルクの姿があり、そろそろアクラ・ヴァシムも出てきそうな場所にやってきているのにいつまでもため息を吐いていることに半分呆れていた。

 

「僕、役に立てるかな……」

「大丈夫ですよ。俺とヴィネアさんで頑張るんで」

 

 剛種パリアプリアの素材で作られた大剣である「ドドン・ジェノサイド」を掲げながら笑うジークの横で、幻雷槌【雷電】に手をかけたヴィネアの視線の先には、砂漠のど真ん中にある不自然なほど大きな青い水晶があった。ヴィネアの雰囲気が変わったことを理解したジークは、すぐに振り返って淡く輝く水晶へと目を向けた。

 

「もしかしてあれが……」

「アクラ・ヴァシムの尻尾……やっぱり砂漠の中心にあった」

 

 砂漠のど真ん中に水晶があっても大体の生物は近づいてこないはずだが、怪しい水晶は全く動くことなくその場に堂々と存在していた。水晶に頼らなくても獲物を仕留めることができる自信の表れなのか、そもそも狩りをする気などなく身体を隠しているだけなのか判断がつかないほど、怪しくもありながら揺るがない水晶は、確かに何も知らない人間が見れば美しいと感じるほどの精巧さだった。

 

「私が様子見で水晶を叩く」

「え? 危なくないですか?」

「アクラ・ヴァシムの水晶はまず切れない。貴方の剣でも」

 

 剛種の素材で作られているだけあり、ドドン・ジェノサイドもかなりの切れ味を持っている。しかし、アクラ・ヴァシムの水晶には傷が少し付く程度であろうとヴィネアは予想していた。凄腕ハンターとしての歴がジークよりも長く、アクラ・ヴァシムとの戦闘経験悪あるヴィネアの言葉にジークは頷いた。

 

「フルトさん」

「うん……わかってる」

 

 アクラ・ヴァシム変種特異個体と戦うことをまだ恐れているが、凄腕ハンターまで昇格した実力は確かな物であり、狩猟対象であるアクラ・ヴァシムを見つけた瞬間に目の色が変わって既に狩猟笛を手にしていた。岩竜(がんりゅう)バサルモスの素材で作られ、凄腕昇格試験で狩猟したグラビモス奇種の素材で強化された狩猟笛「クレイターロック」を手に持ったフルトは、動きに緩急をつけながら音色を響かせた。

 

「すごい……こんな綺麗な狩猟笛の音、聞いたことないです」

「そうだな……俺も初めてだ」

 

 フルトの奏でる狩猟笛の音色にダルクとジークは聞き入っていた。岩竜の素材から生み出されたとは思えないほど透き通るような音色を響かせるフルトの腕に、ジークはどうやっても自分ではこんな音は出せないと感じていた。

 

「ありがと。みんな危険だから下がってて」

 

 狩猟笛の演奏が終わるのを待っていたヴィネアは、フルトの奏でた音にアクラ・ヴァシムの尻尾が少し反応していたことに気が付いていた。アクラ・ヴァシムも近くに狩るべき獲物がいることを把握しながらも、水晶に反応することを待っているのだ。ヴィネアはそれを知りながら幻雷槌【雷電】構え、水晶に向かって振り下ろした。水晶を叩き割るような音が響くと同時に、水晶の根元から黒い尻尾が飛び出し、先についている結晶を振り回して尻尾を攻撃した外敵を追い払うように、尻尾をしならせてハンマーのように扱っていた。水晶にハンマーを振り下ろしてから即座に後退したため、ヴィネアはアクラ・ヴァシムの攻撃に巻き込まれることがなかった。

 

「こ、これがアクラ・ヴァシム……」

「……思ってたよりでかいな」

 

 水晶と尻尾が地面の中に引っ込んだかと思えば、砂の中から本体が姿を現した。光沢のある黒い甲殻と二つの大きな鋏。金色の体毛を揺らしながら赤い四つの目でハンターを睨みつけるその姿は「砂漠の悪魔」と称されるアクラ・ヴァシムに違いなかった。

 

「来る」

 

 ほんの少しの間睨み合った両者、先に動き出したのはアクラ・ヴァシムだった。通常のモンスターのように咆哮威嚇する様なこともなく、淡々と大きな爪を右の爪を振り下ろした。爪を振り下ろしただけで巨大な砂塵が巻き上がる中、丁度良く巻き上げられた砂塵に隠れながらヴィネアは素早く距離を詰めて左の爪にこびりついている結晶へとハンマーを当てた。

 

「行くぞ!」

「はい!」

 

 不意の一撃で爪に付着していた結晶の一部が欠けたのを見送りながら、ヴィネアは冷静にアクラ・ヴァシムの太い尻尾をしゃがみ込んで避けた。アクラ・ヴァシムの攻撃からヴィネアの反撃までの速度に驚きながらも、ジークはいつでも大剣を抜けるように手を伸ばしながらダルクと共に走り出す。変種特異個体ともなれば放たれる殺気は尋常ではなくジークも冷や汗を流していたが、そんなもを全く気にせずに突っ込んでいったヴィネアの存在が逆にジークを冷静にさせていた。

 

「やぁっ!」

 

 大剣を背負うジークよりも先に飛び出したのは、双剣を背負うダルクだった。盾蟹(たてがに)ダイミョウザザミの変種素材によって鍛えられた「ザザミシザー」を両手に持ち、ヴィネアを狙って再び爪を振り下ろしたアクラ・ヴァシムの側面から近づいて脚を斬りつけた。

 

「か、硬いっ!?」

 

 ザザミシザーが弾かれることは無かったがアクラ・ヴァシムの肉を断つほど深く斬ることもできず、切り口からも薄い紫色の体液が少し流れる程度だった。しかし、アクラ・ヴァシムは少しの攻撃すらも許す気などなく、攻撃してきたダルクの方へと赤い目を向けてもう片方の爪を振り上げた。

 

「ダルク!」

「任せて」

 

 素早く後退しようとしたダルクだったが、アクラ・ヴァシムはハンターの動きに合わせて横に素早く移動してダルクに追いついた状態で爪を振り下ろした。避けることができないと悟ったダルクは双剣を交差させて身体への直撃を防ごうとしたが、間に入ったヴィネアのハンマーによって助けられた。

 

「はぁっ!」

 

 ダルクがハンマーを思い切り振り上げて爪の威力を相殺すると同時に、ジークが大剣をアクラ・ヴァシムの胴体に振り下ろした。金属音と共にジークはアクラ・ヴァシムの甲殻の硬さに顔を顰めた。まともに傷の入らないその硬さに対処法を考えようとしたジークだが、アクラ・ヴァシムが二人のハンターの攻撃を受けたことで獲物を狩る動きから外敵を撃退する動きに変わった。そのことにいち早く気が付いたヴィネアは、尻尾の動きを見ていた。つい先程までは獲物を仕留める為に振り回していた尻尾の先が、ハンターに狙いを定めて止まっていた。

 

「下がって!」

「っ!?」

 

 普段のヴィネアからは考えられない大きな声を聞いて、ジークとダルクは反射的に後ろに飛んだ。一瞬の間を置いて、ヴィネアが爪を振り払ってから頭へとハンマー叩き込んでから離脱する。同時に、アクラ・ヴァシムの尻尾の先にある水晶がヴィネアに狙いをつけて、透明な液体を噴射した。

 

「くっ!?」

「これが……アクラ・ヴァシムの体液か」

 

 右左に動きながらなんとか噴射された液体を避けたヴィネアは、なんとか難を逃れたが、体液が噴射された砂漠の地面には既に小さな結晶が沢山できあがっていた。空気と反応して即座に固まる性質の体液を噴射したということは、アクラ・ヴァシムはジークたちをただ黙って狩られる獲物ではないのだと認識したという事実にほかならない。赤い瞳をぎょろぎょろと動かしながら三方向に別れたハンターを観察していたアクラ・ヴァシムは、唐突にジークの方へと向かって走り出した。

 

「俺のところか……来るならこい」

「ぼ、僕も援護します」

 

 最初の攻防を後ろで見ていただけのフルトが、いつの間にかジークの背後に近寄っていた。変種モンスターが恐ろしいと思っていても、フルトは凄腕ハンターなのだ。

 

「頼みます!」

 

 狩猟笛使いに背後を守ってもらえると聞いたジークは、接近してくるアクラ・ヴァシムに対して強気に前進した。ヴィネアから聞いたアクラ・ヴァシムの特徴から考えて、最も警戒すべき攻撃は尻尾の先から放たれる相手を結晶で動けなくさせる体液だけである。一振りで砂漠を揺るがす爪の威力なども侮れるものではないが、それも体液の束縛効果があればこその産物。体液の危険性さえなければ並みのモンスターと変わらないと判断したジークは、アクラ・ヴァシムに強きに攻め込んだ。

 

「私たちも!」

「黙ってる訳ない」

 

 ジークの大剣がアクラ・ヴァシムの爪とぶつかる前に、ダルクとヴィネアが両方向から接近した。ジークが左の爪を抑えている間に、ヴィネアが右の爪を上からハンマーで叩きつけた。爪の上に付着していた結晶が一部剥がれ、同時にアクラ・ヴァシムが尻尾のヴィネアに向かって叩きつけるように動かす。ダルクは尻尾が右側に移動した隙に左斜め後ろ方向から近づいて尻尾の根元に双剣を突き立てた。

 

「硬い、けどッ!」

 

 ハンターの扱う武器の中で、双剣という武器の最も優れている部分は圧倒的な手数の多さである。武器に宿る属性の強さは片手剣には及ばず、斬撃の威力ならば太刀の方が明らかに強い。リーチは武器の中でも最も短く、一撃の重さもハンマーと比べてると一目瞭然の差である。それでも双剣が多くのハンターに利用される理由は、その身軽さと手数の多さをもって時にモンスターを圧倒することができるからである。加えて、双剣には鬼人化と呼ばれる特殊な集中状態で気力を開放することができる。具体的な理論は全く不明で、双剣を打ち鳴らすことで気分を高揚させているという説や、双剣を持っている時の独特なリズム感での特殊な呼吸によって能力が上昇しているという説などあるが真偽は定かではない。確信を持って言えることがあるとすれば、鬼人化状態の双剣つかいの火力は普段の倍以上に膨れ上がるということのみである。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 一撃ではアクラ・ヴァシムの甲殻に小さな傷しか与えられない双剣だが、鬼人化したダルクは恐ろしいほどの気迫で目にも止まらなぬ斬撃を繰り出し続けていた。一回で小さな傷ならば十回なら百回なら、アクラ・ヴァシムの甲殻を切り裂けるのか。その答えはアクラ・ヴァシムすらも知らない。故にアクラ・ヴァシムは、この場で最も危険なのは自分の尻尾の付け根を攻撃している女だと即座に判断した。

 

「まだまだッ!」

 

 アクラ・ヴァシムの目が自分の方へと向いていることに気が付きながらも、ダルクは双剣を振り続けていた。既に尻尾付け根の甲殻はボロボロに破壊されていたが、ダルクの手は止まることはない。アクラ・ヴァシムはダルクを攻撃するために右の爪を持ち上げようとしたが、ヴィネアがそれを受けから叩くことで抑え込み、左の爪を動かす前にジークが大剣を振り下ろした。

 

「フルトさん!」

「うん!」

 

 両方の爪が封じられた状況で、アクラ・ヴァシムは身体全体を使って密接しているハンター全てを弾き飛ばす為に脚に力を入れた。それを感じ取ったジークは、全体重を乗せて爪を抑えている状態のまま後ろにいたフルトの名前を呼んだ。ジークの背後で笛を揺らして音を奏でていたフルトは、ジークの叫びに反応してアクラ・ヴァシムへと一気に距離を詰め、クレイターロックを頭に叩き込んだ。狩猟笛はハンマーと同じように相手に打撃を与える武器であり、その衝撃によって頭に付着させていた結晶が一部割れた。しかし、アクラ・ヴァシムはフルトの一撃を受けても動きを止めることなく、尻尾を起点にしてその場で身体を回転させた。

 

「くっ!?」

「うわぁっ!?」

 

 爪を抑えていたジークとヴィネア、頭をこうげきするために張り付いていたフルト、そして鬼人化していた影響で反応しきれなかったダルク。全員がアクラ・ヴァシムの攻撃を受けて四方に吹き飛ばされた。爪と頭の結晶を一部剥がされたことに怒りを見せるアクラ・ヴァシムは、後ろ方向に飛んでいったダルクの方へと身体を向けて尻尾の先から体液を噴射した。

 

「きゃっ!? このっ!」

 

 鬼人化の影響で全身が悲鳴をあげるように身体が軋んでいるダルクは、間一髪で一度目の体液を避けたが、再び放たれた体液に左足を取られた。足にかかった体液が急速に固まっていく中、ダルクが動きを制限されたことを察したアクラ・ヴァシムは素早い動きでダルクの方へと接近していった。

 

「ダルク!」

「あわわわ」

 

 ダルクとは反対方向に飛ばされた三人のハンターは、仲間に危険が及んでいる中でも必死に走ることしかできなかった。フルトは完全に動転していてまともに狩りができる状態ではなく、ジークとヴィネアが全速力で走っていたが、それよりも早くアクラ・ヴァシムの爪がダルクに振るわれる。なんとか双剣で爪の直撃を防ごうとしたダルクだが、アクラ・ヴァシムの攻撃は一撃で砂漠の地面を揺らして抉るような威力であり、双剣を重ねて受け止めたところで止まるものではなかった。防御した双剣ごと身体にめり込んでいく爪を感じながら、ダルクは紙屑のように横に吹き飛ばされていく。斬撃の通りが悪いことを察していたジークが進路を変更してダルクを助けに行き、打撃の通りがいいことを知っていたヴィネアはアクラ・ヴァシムの足を止める為にダルクとアクラ・ヴァシムの間に立ち塞がった。

 

「しっかりしろダルクっ!」

「げほっ……だ、大丈夫、です……」

 

 装備の脇腹部分が大きく破損している代わりに、ダルクの肉体には衝撃しか伝わっていなかった。ダルクはアクラ・ヴァシムの攻撃を受ける際に、双剣を重ねて防御すると同時に爪が向かってくる方向とは反対に向かって飛んでいた。その程度ではアクラ・ヴァシムの攻撃の前には殆ど変わらないが、致命傷にはならずに済んだ理由の一つではあった。

 ダルクはジークから手渡された秘薬を口にしながら、ゆっくりと身体を起き上がらせた。

 

「だ、大丈夫なの?」

「なんとか、まだ行けます……ジークさんは、ヴィネアさんの援護を」

「わかってる。フルトさん、お願いします」

 

 吹き飛ばされた双剣を回収しながら近寄ってきたフルトにダルクのことを任せて、アクラ・ヴァシム相手に一人で戦っているヴィネアの元に走った。

 足を体液に取られただけであそこまでの攻撃を受けるモンスターであることを理解したジークは、アクラ・ヴァシムに対する警戒度を上げながら急速に接近していった。ヴィネアはハンマーでアクラ・ヴァシムの身体に付着している結晶を剥がしたいらしく、先程から爪と頭を中心にハンマーを振るっていた。

 

「ヴィネアさん!」

「っ! 任せる」

 

 ジークが声を上げるのと同時に、ヴィネアは丁度アクラ・ヴァシムの左爪に付着していた結晶を全て叩き割っていた。結晶で守られていたアクラ・ヴァシムの爪の甲殻を見て、ジークは尻尾や足と比べて甲殻の筋がくっきりと浮き出ていることに気が付く。筋が浮き出ているということは、爪の甲殻は他の部位に比べて甲殻が薄いということ。

 

「はッ!」

 

 振るわれた左爪を紙一重で避けたジークは、勢いのまま左爪の甲殻へと大剣を振り下ろした。ドドン・ジェノサイドの威力を持ってしても、アクラ・ヴァシムの甲殻や結晶には刃が通らないと思っていたジークだが、垣間見えた勝機を確かに手繰り寄せた一撃は、アクラ・ヴァシムを大きく傷つけた。甲殻を真っ二つにする勢いで刃が通ったことに、ジークは目を開きながらも、悲痛な叫びをあげるアクラ・ヴァシムを見て有効な一撃になったことを察した。

 

「体液が、変わった?」

 

 ジークは爪の甲殻を切り裂いて中の肉まで刃を届かせていたが、溢れ出してきた体液が先程までの無色に近い色から黄色に変色していることに気が付いた。同時に、ヴィネアの言っていたアクラ・ヴァシムの体液が変色することを思い出し、自分の一撃がアクラ・ヴァシムの体液を変色させるほどのものだったのだと考えた。

 

「ジーク、そのまま私が結晶を剥がした甲殻をお願い」

「わかりました……あいつは自分の弱点を結晶で覆ってた訳ですか」

「そういうことになる」

 

 大きく後退しながらも殺気を込めた視線を向けてくるアクラ・ヴァシム相手に、ヴィネアを前にしてジークはドドン・ジェノサイドを背負い直した。

 アクラ・ヴァシムの体液によって生み出される結晶は剣で切り裂くことができないほど直線的な攻撃には強い性質をしているが、打撃によって簡単に崩れる性質をもっていた。アクラ・ヴァシムがわざわざ打撃に弱い性質の結晶を頭と爪の甲殻に纏わせている理由だが、実は結晶の下に隠れている甲殻が直線的な斬撃に滅法弱く、逆に衝撃には強い性質をしているのだ。アクラ・ヴァシムは剣で甲殻を攻撃されることを嫌い、結晶覆うことで自分を守ろうとしていたが、ジークとヴィネアのように打撃と斬撃で使い分けられると両方の弱点を突かれてピンチに陥るのだ。

 

「来るよ」

「結晶は任せますよ!」

「じゃあ甲殻は任せる」

 

 既に左の爪では斬撃を受け止められないアクラ・ヴァシムは、尻尾でヴィネアとジークを迎え撃とうとしていた。しかし、弱点が明確になった敵に対してそこを重点的に攻め込まないほどジークもヴィネアも甘い狩人ではない。迫る尻尾を上に飛ぶことでジークは避け、空中でドドン・ジェノサイドの柄に手をかけて左爪へと狙いを絞った。大剣を左爪で受けることができないアクラ・ヴァシムは、咄嗟に右爪を盾にしてジークの攻撃を弾き飛ばした。同時に無防備になった頭に向かってハンマーが振り下ろされ、アクラ・ヴァシムは大きく怯む。

 

「もう一回」

 

 ヴィネアの言葉に頷いたジークは、再び左爪に向かって走り出した。頭を叩かれたアクラ・ヴァシムはふらふらと力のない動きをしていたが、ジークが砂を蹴る音を聞いて再び尻尾をしならせた。今度は縦に叩きつけるように尻尾を動かしたアクラ・ヴァシムに対して、ジークは抜刀することなくその場で横に回転して尻尾を避けてから尻尾を踏みつけて左爪へと向かって跳躍した。体液を噴射してジークの動きを止めたいアクラ・ヴァシムだが、今から体液を噴射したところでジークの大剣止めることはできない。苦肉の策としてアクラ・ヴァシムは再び右爪でドドン・ジェノサイドを防ぎ、ヴィネアによって頭を殴られる。

 

「隙だらけ」

「上手く行きましたね」

 

 二度のヴィネアの攻撃によって頭を守っていた結晶が引き剥がされたアクラ・ヴァシムは、今までのような余裕のある動きではなく、自分の命を脅かす相手から逃げるようにジークとヴィネアから距離を取った。攻撃を掻い潜り、身を守る為に付着させていた結晶を剥がして甲殻に傷をつける。アクラ・ヴァシムは砂漠において生態系の頂点に近い存在であり、他のモンスターの命を奪うことはあっても他のモンスターに命を狙われることはないのだ。そのアクラ・ヴァシムが今、自分よりも遥かに小さい生物に追い詰められている。警戒するには充分すぎる状況だった。

 

「すみません。私もまだまだいけます」

「ぼ、僕も頑張ります……微力ですけど」

「助かる。ダルクは俺と一緒に結晶が剥がれた甲殻狙いだ」

「はい!」

 

 アクラ・ヴァシムが少し弱気になっていることを察したジークは、一気に畳み掛けるつもりだった。ヴィネアが結晶を剥がした部分は刃が通りやすいことを考えれば、ジークとダルクが前に出ることは間違っていない。ヴィネアもそう思っていたが、弱気になっていたはずのアクラ・ヴァシムは目の色を変えて大きな咆哮を上げた。

 

「ッ!?」

 

 その咆哮を聞いただけでジークの本能は危険を知らせる警鐘が鳴り響いた。咄嗟に走る速度を緩めたジークの目の前には、既にアクラ・ヴァシムの爪があった。今までからは考えられない速度で動いたアクラ・ヴァシムの爪を紙一重で避けたジークは、迫る尻尾の結晶を大剣の腹で受けた。先程のダルクのように吹き飛ばされることはなかったが、一瞬で走ってきた距離の半分ほどを強制的に戻されたジークは、本能が叫ぶまま横に転がって上から降り注ぐ体液を避けた。

 

「フルトは後ろで隙を見てて。できそうなら演奏もお願い」

「わ、わかりました!」

 

 ジークが一瞬で三回の攻撃を防ぎ切った姿を見て、ヴィネアもアクラ・ヴァシムの様子が変わったことを察して走り出した。

 

「ダルク、上!」

「えッ!?」

 

 ジークが吹き飛ばされながらも体液を避けた瞬間を驚愕の表情で見ていたダルクは、ジークから飛んできた指示で我に返って後退した。同時に、アクラ・ヴァシムが降ってきたことに目を白黒とさせていたが、続く尻尾を地面に伏せることで避ける。ダルクの頭上を尻尾が通り過ぎるのと入れ替わりに、ヴィネアがダルクを飛び越えてハンマーを振り下ろしたが、アクラ・ヴァシムは左爪の甲殻で幻雷槌【雷電】を軽々と受け止めた。

 

「っ……急にやるようになった」

「ヴィネアさん一回仕切り直しましょう……今のこいつに無策で突っ込むのはまずい」

 

 弾き飛ばされる前に爪を蹴って後ろに飛んだヴィネアの着地点で、ダルクを片腕で起こしていたジークが一回下がることを提案した。結晶を割られたことで戦い方を大きく変えたアクラ・ヴァシムに対応するためには、ハンターたちも一度仕切り直す必要性がでてきたのだ。一端引いてしまえばいい流れも悪い流れも全て断ち切られてしまうため、その判断の是非はベテランハンターでも難しいことだが、ジークはあっさりと決断していた。ヴィネアはジークの天性の才能を信じて頷き、警戒したようにゆっくりと近づいてくるアクラ・ヴァシムへと視線を向けた。

 

「アクラ・ヴァシムに閃光玉はきかない」

「なら一回膠着に持っていきますか。ダルクは左側頼む」

「は、はい!」

 

 ダルクが頷くのと同時に、ジークとヴィネアは同時に砂を巻き上げるような強さで踏み込んだ。ダルクが呆気にとられるような速さでアクラ・ヴァシムに近づいた二人は、右爪に向かって同時に武器を振るう。右爪にはまだ結晶が多く付着していることもあり、アクラ・ヴァシムはジークの攻撃など最初から警戒していなかった。ヴィネアのハンマーに対応する為、アクラ・ヴァシムは尻尾を動かした。アクラ・ヴァシムの尻尾は太く、ハンマーによる打撃が通りにくい。故にアクラ・ヴァシムはヴィネアのハンマーを尻尾で受けようとしたが、左方向からいつの間にか接近していたダルクが左爪に双剣を突き刺した。痛みによって動きが鈍ったアクラ・ヴァシムの尻尾を掻い潜り、ヴィネアはハンマーを力の限り振るった。右爪の結晶が破壊され、怯む間もなくジークがドドン・ジェノサイドを右爪の甲殻へと突き刺し、蒼色の血液が噴水のように宙に吹き上がった。



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狩人祭③(フェス) 尾晶蠍(アクラ・ヴァシム)

「す、凄い!」

 

 アクラ・ヴァシムが大きなダメージを受けて転がって行くのを見ながら、フルトはジークとヴィネアの動きに感動していた。狩猟笛しか扱うことのできないフルトだが、彼も太刀や大剣などで華々しい活躍をしてみたいという思いがあった。狩人ならば誰でも一度は考える、モンスターの攻撃を軽やかに避けて反撃を繰り出す究極の狩りが目の前で行われたことに目を輝かせていた。

 

「あれ?」

 

 アクラ・ヴァシムが痛みにのたうち回っている間に追撃をするのだと思っていたフルトだったが、ジークたちはアクラ・ヴァシムがハンターから距離を取った瞬間に後退を始めた。武器が破損したりでもしたのかと顔を青褪めたフルトだが、すぐに近くまで寄ってきたジークたちの武器には変化がなかった。

 

「ど、どうしたんですか?」

「悪い……今は、ちょっときつい……」

 

 寒い砂漠の中でジークが吐いた大きな息は真っ白だった。遠くから見ていたフルトからすればアクラ・ヴァシムと三人の狩りはハンターたちに優勢な状況に見えていたが、実際はなにか一つでも噛み合っていなかったら全滅していたと確信できるほど危ない橋を渡っていた。

 

「ふぅ……アクラ・ヴァシムの動きが変わった。両方の爪を壊したから、今度は死に物狂いで向かってくる」

「でしょうね……流石にこのままじゃきついですね」

「そ、そうですね」

 

 三人のハンターは多少の違いはあっても、全員が肩で息をしていた。特にアクラ・ヴァシムの攻撃を双剣で受け止めて、応急処置だけをしてから再び戦っていたダルクの消耗は激しく、握力が低下したことで双剣もまともに握れない状況である。ジークとヴィネアは武器を持てない程の消耗ではなかったが、力の限り放った攻撃を尻尾や爪で何度も防がれていることもあり、狩りの序盤ほどの力を出せない。フルトは狩猟笛を奏でながらも隙を見て攻撃しようと何度も機を窺っていたが、アクラ・ヴァシムとジークたちの動きは、途中で狩猟笛を抱えて割り込めるような次元の攻防ではなかった。

 

「ダルクは少し休んだ方がいい」

「でもっ!」

「鬼人化も使ってまともに体力ないだろ」

「っ……すみません」

 

 まともに双剣が握れない状況でアクラ・ヴァシムと戦闘を再開すれば、ダルクの身が危ない。ジークはダルクのことを心配して彼女に休んでいろと言ったが、ジークの役に立ちたい一心で戦っていたダルクからは戦力外であることを通告されたような気分だった。ヴィネアもジークの言い方が少し悪いと思ってはいたが、ダルクが今のままでは役に立たないことが事実なので特に何も言わずに水分を補給していた。

 

「……代わりに僕が行きます」

「大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。僕だってジーク君の先輩ハンターです」

 

 フルトは年下の女の子が悔しそうに俯いている姿を見て、覚悟を決めたのだ。ジークはフルトのハンターとしての腕を全く疑っていない。今からフルトが前線に参加してくれることによる大きなメリットも理解していた。それでも狩猟笛という武器の特性から考えて、非常に強力なモンスターであるアクラ・ヴァシム変種と正面から戦えるのかと聞いていたのだが、フルトは一も二もなく頷く。

 

「いいと思う。フルトが加わってくれるなら私も大分楽ができる」

「……わかりました。じゃあ俺は頭狙いですか」

「そうなる」

 

 既に両爪と頭の結晶を破壊されているアクラ・ヴァシムは、斬撃に極端に弱くなっている。逆に言えば両爪と頭は既に打撃が通りにくいことになっているので、メインの火力がヴィネアからジークに変更されたことになる。この状況でダルクが動けなくなることは、パーティーの斬撃役が一人減るのだが、ジークもヴィネアもあまり気にしていなかった。なにせ、アクラ・ヴァシムの動きが変化して以降はジークもヴィネアもダルクも、まともに攻撃を与えられたのは右爪を破壊した時だけである。

 

「アクラ・ヴァシムももう待ってくれないみたいだし、行くか」

 

 ゆっくりと作戦を練りながら体力を回復したいと考えていたジークだったが、先程まで薄れていたアクラ・ヴァシムの殺気が濃厚になってきているのを感じ取って立ち上がった。痛みにのたうち回っていたアクラ・ヴァシムは動きを止めて、しっかりと四本の脚で立ち上がりながら、大きな爪を振り上げて咆哮をあげた。ジークたちもかなりの苦戦を強いられている状況だが、アクラ・ヴァシムも自分の身を守る結晶を三ヶ所破壊されたうえに甲殻を切り裂かれている。ハンターとアクラ・ヴァシムの状況は現状は五分であり、これからの行動次第とも言える。

 

「今度は私が囮。ジークとフルトは火力」

「頑張りますよ!」

「了解です……なんとか頭叩き斬ってやりますよ」

 

 ヴィネアの言葉にフルトとジークが頷いた瞬間に、アクラ・ヴァシムが動き出した。最初の頃に見せていた余裕など全て投げ捨て、一秒でも早く外敵を殺してやると言わんばかりの殺気を周囲にまき散らしながら砂を蹴ってハンターたちに接近して来ていた。囮役を引き受けたヴィネアが駆け出し、アクラ・ヴァシムと戦闘を始めると、ジークは機を窺うためにフルトの後方に控えた。

 

「行きます!」

 

 ヴィネアはアクラ・ヴァシムの攻撃を防ぎながらも、フルトが介入できるようにアクラ・ヴァシムの攻撃を誘導していた。全身の結晶を砕かれたことで打撃武器を持つヴィネアに対して臆することなく接近戦を仕掛けるアクラ・ヴァシムだが、誘導されて開いた左側の空白から突っ込んできたフルトに意識を取られて視線を向けた瞬間、ヴィネアが頭を思い切り叩いた。これまでの戦いでフルトが殆どアクラ・ヴァシムに攻撃を加えていなかったことが空白を生み出した。変種特異個体のアクラ・ヴァシムは通常のアクラ・ヴァシムよりも知能が高く、ハンターを顔で認識していたのだ。ヴィネアは打撃、ダルクは斬撃、そしてジークも斬撃である。しかし、フルトがアクラ・ヴァシムに攻撃を加えたのは一回のみであり、激しい攻防戦の中でフルトの存在を一瞬で思い出すことなどできなかった。

 

「一気にいくよ」

 

 空白を突かれて頭に重い一撃を受けたアクラ・ヴァシムだが頭の甲殻はハンマーの打撃を確実に防ぎ、眩暈を起こす程の衝撃にはなっていなかった。最早ヴィネアは敵にはならないと考えたアクラ・ヴァシムは、フルトの狩猟笛を爪で受け止め、それが打撃武器であることを認識してから尻尾を振るった。フルトへと尻尾が振り払われるのはまずいと考えたヴィネアは、ハンマーを構えてなんとか尻尾を受け止めようとしたが、勢いは止まらずにフルトと共に横に吹き飛ばされる。同時に、ジークが尻尾を飛び越えてドドン・ジェノサイドを振るったが、アクラ・ヴァシムはそれを爪で挟み込むことで防ぎきった。

 

「くそッ!?」

「ジークくんっ!?」

 

 ダメージの少なかったフルトがすぐに立ち上がってアクラ・ヴァシムの方へと視線を向けると、大剣を爪で挟み込まれて動けなくなっているジークがアクラ・ヴァシムと睨み合っていた。ジークは二つの爪によって大剣を封じられているが、アクラ・ヴァシムは三本目の武器とも言える尻尾が残っている。ここで大剣を手放せばアクラ・ヴァシムに決定的な一撃を与える術がなくなるため、ジークはどんな状況でも大剣を手放すことができない。今すぐにジークを助けなければ、とフルトとヴィネアが走りだそうとした瞬間に、アクラ・ヴァシムは尻尾の先から体液を二人の方向へと発射した。

 

「うわっ!?」

「くっ!?」

 

 地面に向かって放たれたアクラ・ヴァシムの体液は今までのように周囲にばら撒かれるのではなく、一点に集中して発射された。アクラ・ヴァシムはその一点集中発射を数回自分周囲に向かって行ってから、尻尾の先をゆっくりとジークに向けた。

 

「た、助けに行きましょう!」

「待って。今その体液が噴射された場所に近寄っちゃだめ」

「なんでですかッ!」

「よく見て」

 

 一刻も早くジークを助け出さなければいけないのはヴィネアもわかっていたが、アクラ・ヴァシムが発射した一点集中の体液は、地面に結晶を浮かび上がらせる程度ではなく、その場に大きな結晶を生み出していた。大きさはハンターの半分だが、カチカチと音を鳴らしながらゆっくりと成長している結晶を見て、フルトは息を呑んだ。

 

「こ、これは?」

「触れると爆発する。迂闊に近寄ると、怪我じゃすまない」

「そんなっ!?」

 

 ヴィネアの説明を聞いて、フルトは悲鳴に似た様な声を上げた。アクラ・ヴァシムはこの結晶を自分の周囲にばら撒いているのだから、近寄ってはだめとなるとジークを助け出すことが不可能になってしまうのだ。アクラ・ヴァシムがこれを狙って起こしたと言うのならば、ヴィネアが想定していたよりも知能は高いと言える。

 

「どうするんですか!」

「落ち着いて。ハンターは焦ったら終わり」

 

 フルトの焦った様な声に対して落ち着くように言ったヴィネアだが、彼女も内心はかなり焦っていた。チラッとジークの方へと視線を向ければ、彼は抑え込まれたはずの大剣を横に動かすことでアクラ・ヴァシムの爪に傷をつけて、不用意に動けないようにしていたが、そんなものは焼け石に水にしかならず、すぐにアクラ・ヴァシムは結晶の体液をジークに向かって噴射するだろう。身体の一部ならまだしも、全身にアクラ・ヴァシムの体液を浴びてしまえばまず間違いなく殺される。それだけの殺気と怒りが今のアクラ・ヴァシムからは放たれていた。

 

「自爆覚悟でジークを助けるしか、ない」

「ぼ、僕が」

「勿論、私が行くに決まってる。貴方より私の方が上」

 

 勇気を振り絞って自分が助けに行くと言おうとしたフルトは、ヴィネアに睨みつけられて言葉を失った。彼が振り絞ろうとした勇気はヴィネアからすればただの蛮勇であり、もっとも確率の高い方法は自分が行くことだった。

 

「フルト、君は私が助けた後のジークを頼む」

「で、でも今のアクラ・ヴァシムに打撃は……」

「大丈夫。どんなモンスターでも叩けば死ぬのは変わらない」

 

 冗談なのか本気なのかわからない言葉を残して、ヴィネアは地面から結晶がいくつも生える中走り出した。迷いなく直進していくヴィネアはハンマーを強く握り締め、アクラ・ヴァシムに向かって飛び掛かった。

 

「ヴィネアさんっ!?」

 

 フルトの言葉には一つ間違いが存在していた。今のアクラ・ヴァシムに打撃が効かないと言っていたが、打撃で破壊できる結晶はまだ存在している。ジークに狙いを定めて体液を噴射しようとしていた尻尾の先にある一番大きな結晶に向かって、ヴィネアはアクラ・ヴァシムの頭を踏み台にして飛んだ。突然の乱入者にアクラ・ヴァシムが迎撃しようとする前に振るったハンマーは、アクラ・ヴァシムの尻尾にある結晶を大きく破損させたが、同時に放たれようとしていた体液が結晶から溢れ出してヴィネアを襲った。

 

「くっ!? ヴィネアさん!」

 

 尻尾に与えられた衝撃によって爪の力が緩んだ隙に、すぐさま大剣を引き抜いたジークは、上空でアクラ・ヴァシムの体液を受けてしまったヴィネアを受け止める為に顔を空に向けていた。ジークの腕の中に落ちてきたヴィネアは身体の半分程を結晶が覆い、まだ大きくなろうと蠢いていた。

 

「だ、いじょうぶ……それより、アクラ・ヴァシムからはな、れる」

「わかりました!」

 

 アクラ・ヴァシムの周囲に展開されていた複数の結晶も人間ぐらいの大きさまで成長しており、ヴィネアは時間がないことを理解していた。ヴィネアを抱えたままジークはフルトの元へと向かって走り出したが、背後からアクラ・ヴァシムが物凄い勢いで追いかけてきていた。

 

「くそ! フルトさん!」

「ヴィネアさんが!? ど、どうすれば……」

 

 結晶に覆われそうになっているヴィネアを手渡し、ジークは一人でアクラ・ヴァシムと対面することになった。ほぼ仕留めた様な状態であるヴィネアを無視して、現在自分にとってもっとも危険であるジークを狙うアクラ・ヴァシムは、ヴィネアに破壊された尻尾の結晶を少しずつ育てていた。

 

「……フルトさん、ヴィネアさんの結晶は叩けばある程度取れると思います」

「だ、打撃に弱いから? でもちょっと無理やりじゃ」

 

 フルトがジークの案にあまり賛成できないと伝えようとした瞬間、周囲に展開されていた結晶の一つが爆発した。砂漠の地面を抉る程の爆発を立て続けに起こす結晶を見て、ジークはアクラ・ヴァシムの結晶がある程度の大きさになると爆発するのではないかと考えてヴィネアの方へと慌てて視線を向けた。

 

「む……かなり硬い。フルト、手伝って」

「わ、わかりました!」

 

 結晶の爆発をフルトも見ていたのか、青褪めたような表情でヴィネアに目を向けていた。体液を身体で被っただけで特に身体的なダメージを受けていなかったヴィネアは、自分の身体に付着している結晶を叩き割っていたが、成長スピードが想定よりも速いせいで手間取っていた。放置しておけば爆発するのを見ていたフルトは急いで手伝い始めた。

 

「おっと……こいつ、結構焦ってるな」

 

 ヴィネアに向けていた視線をアクラ・ヴァシムに戻すと同時に、振り下ろされた爪を避けたジークは、アクラ・ヴァシムが思ったよりも追い込まれていることに気が付いた。最初ほどの余裕を感じさせていないのも理由だが、度重なる攻撃を受けてアクラ・ヴァシムは既に弱い始めている。振り下ろされる爪の勢いを最初をほど感じなかったジークは、左爪を踏み台にして頭に大剣を振るう。

 

「やっぱ庇われるか」

 

 なんとか頭の甲殻を叩き割ろうと大剣を振るったが、アクラ・ヴァシムは捨て身の覚悟で右爪をドドン・ジェノサイドと頭の間に差し込んだ。斬撃を防げる状態ではない右爪からは当然大量の血液が飛び散るが、アクラ・ヴァシムは頭の甲殻を未だに破壊されずにいる。しかし、右爪を更に傷つけられたアクラ・ヴァシムは、ジークをなんとかしなければいつか必ず頭の甲殻を叩き割られることになる。

 

「ん?」

 

 ヴィネアに叩き割られたはずの尻尾の結晶がもう復活していることに気が付いたジークは、尻尾がハンターに狙いを定める訳でもなくゆらゆらと揺れている姿に違和感を覚えた。アクラ・ヴァシムが弱っているから尻尾の動きが安定していないのかと最初は考えたが、揺れている尻尾の先にある結晶がヴィネアに割られる前よりも大きくなっているのを見て半ば確信した。

 

「フルトさん! この場から離れろ!」

「え? でもヴィネアさんの結晶が……」

「ん……アクラ・ヴァシム、尻尾の結晶投げるつもり」

「えぇ!?」

 

 自分の結晶をなんとか半分程度割っていたヴィネアが、ジークの言葉に顔を上げてアクラ・ヴァシムへと視線を向けた。尻尾がゆらゆらと左右に揺れながら結晶が大きくなっていくのを見て、ヴィネアは冷静にアクラ・ヴァシムがなにをしようとしているのかを一瞬で見抜いた。尻尾の結晶を思い切りジークに向かって投げつけて爆発させるのだろうと頷き、この距離では自分たちも巻き込まれると冷静に呟くヴィネアにフルトは大慌てだった。

 

「ちっ!?」

 

 後ろではフルトが一人で大慌てしていることなど知らないジークは、尻尾の結晶をなにかしらの手段で爆発させるのだろうと考えて大剣でアクラ・ヴァシムを攻撃して止めようとしていたが、ゆらゆらと尻尾だけではなく全身を揺らして不規則に動くことでジークの大剣をひらりと躱していた。これ以上の追撃をすればアクラ・ヴァシムの尻尾の結晶が爆発した場合に直撃が免れないジークは、ドドン・ジェノサイドを背負い直してヴィネアを運んで逃げるためにアクラ・ヴァシムに背を向けた瞬間、アクラ・ヴァシムが爪を振り下ろした。

 

「くそッ!? 嫌がらせみたいことしやがって!」

 

 武器を納刀した途端に強気に前に出て爪を振り下ろすアクラ・ヴァシムに悪態を吐くジークは、もう一度ドドン・ジェノサイドを抜刀しようとしたが、大剣は抜刀から攻撃して納刀するまでの時間が他の武器よりもかかってしまう。今からそんな手順を踏んで大剣を抜刀したところで、アクラ・ヴァシムは再びふらふらと動いてジークの攻撃を避けるだろう。もう一度攻撃を避けられてしまえば、尻尾の結晶を避けることなどできない。ジークに残された選択肢は背後の危険を顧みずにひたすら逃げることだけであった。

 

「フルトさん!」

「う、うん! 今すぐ逃げよう!」

「私も、ちょっと走れるようになった」

 

 脚に付着していた結晶を粗方叩き割ることができたヴィネアは、上半身に付着している結晶がまだ爆発直前ではないことを確認してから立ち上がり、アクラ・ヴァシムから逃げるように走り出した。ジーク、ヴィネア、フルトが揃って逃げ出したのを見て、アクラ・ヴァシムは自分が何をしようとしているのかを見抜かれていることに気が付き、尻尾を揺らしたまま全速力でハンター三人を追いかけ始めた。

 

「どうするんですか!?」

「そのうち尻尾の結晶が待ちきれなくなって投げてくる。それを横に逃げて回避する」

「それで行きましょう」

「それでいいんですか!?」

 

 ハンターの身体能力と反射神経に頼り切ったような無理やりな作戦に、フルトが悲鳴のような声をあげていたが、ヴィネアとジークは真顔で頷き合っていた。走っている最中も結晶を叩いていたヴィネアは、背後のアクラ・ヴァシムが育てている結晶がそろそろ限界であることを見抜いていたのだ。

 

「そろそろ来るよ」

「わかりました……」

「え? ちょ、ちょっと待ってよ!」

「今!」

 

 ヴィネアの掛け声とほぼ同時に、アクラ・ヴァシムは上に大きく跳躍してから尻尾の先で育った大きな結晶を地面に向かって投げつけた。投げた方向はハンターたちが逃げて行った方向の予測変換地点だったが、ハンター三人は斜め後ろ方向へと自身の持てる最大の力で向かって飛んでいた。アクラ・ヴァシムが投げた結晶が地面に衝突すると今までの結晶爆発とは比べ物にならない規模の爆発が発生した。爆発した結晶の欠片から身を守る為に大剣を構えたジークは、欠片の一つが自分の頬に切り傷を残したことに苦笑を浮かべていた。

 

「勘弁してくれよ」

 

 尻尾の先にある結晶を放り投げたアクラ・ヴァシムは、地面に着地してからジークたちへとゆっくりと視線を向けた。結晶の爆発に巻き込まれずに立っているハンターを見て、アクラ・ヴァシムはゆっくりと爪を持ち上げて戦闘の姿勢を見せたのだ。ジークは先ほど投げたばかりの尻尾の結晶が、既に少しずつできあがっているのを見て大きなため息を吐いた。三人が避けるのに必死になっていた結晶の投げつけは、アクラ・ヴァシムにとってはそれほど大技という訳でもないらしい。

 

「もう一発撃たれる前に頭叩き割ってやる」

「…………お供します」

 

 ゆっくりと近寄ってくるアクラ・ヴァシムを見て大剣に手をかけたジークの横、ダルクが双剣を両手に並んだ。三人が危険な状況にある中でも体力の回復に努めていたダルクは、本調子とはいかなくてもまとも双剣を握って振るうことができる程度には回復していた。

 

「……ダルク、頭頼む」

「私が、ですか?」

 

 ダルクが近寄ってきていたことに全く気が付いていなかったジークは、甲殻を切り裂くことができる人員が一人増えたのならば他のやり方があると考え、ダルクに頭を任せることにした。双剣を持っていて身軽なダルクがアクラ・ヴァシムの攻撃を引きつけて、その隙にジークが最大の力でアクラ・ヴァシムの頭を叩き割るものだと持っていたダルクは首を傾げるが、ジークの視線をアクラ・ヴァシムの尻尾に向かっていた。

 

「あの厄介な尻尾。根元から両断してやる」

「で、できるんですか?」

「さぁ? でも、生えてる尻尾が絶対に切れないことなんてないだろ?」

「それは、どうなんでしょうか……」

 

 ジークの意味不明な理論に苦笑いのダルクだったが、ジークがやろうとしていることを否定するつもりは全くなかった。今までのアクラ・ヴァシムとの狩りで、最も障害になっていたのが体液を噴射し、ハンターを簡単に吹き飛ばすことができるあの尻尾であることは間違いないのだ。

 

「私が先行します」

「頼んだ」

 

 アクラ・ヴァシムの巨大な尻尾を切断することなど本当に可能なのか半信半疑なダルクだが、本当に切断に成功することがあれば、この狩猟は終わったも同然である。アクラ・ヴァシムの尻尾はかなりの大きさであり、体液を噴射したり外敵を薙ぎ払う為に扱う武器でもあるのだが、そんな重要な部位である尻尾を切断されれば、身体のバランスも崩れてまともに戦うこともできないだろう。散々苦しめられたアクラ・ヴァシムに引導を渡すことができるのか、ジークもそれほど自信はなかったが、ヴィネアが体液を受けて実質的に戦闘不能になっている状況を考えて、なるべく早くアクラ・ヴァシムの狩猟を終わらせたいと考えていた。

 

「やぁっ!」

 

 双剣を両手にアクラ・ヴァシムへと接近するダルクは、休んでいる間もジークたちとアクラ・ヴァシムの戦闘をずっと見ていた。そんな短時間でアクラ・ヴァシムの行動全てを見切ることなどダルクにはできなかったが、ある程度の動きを把握することができていた。爪を振り上げる前にダルクは横に移動して爪の可動域の外へと逃げ、アクラ・ヴァシムはそれを追いかける為に身体ごと横に回転させる。ダルクを追いかけて右に回転したアクラ・ヴァシムの死角にジークが走り込み、大剣を振るう。

 

「っ! ダメかッ!?」

「まだです!」

 

 力の限り振るわれたジークのドドン・ジェノサイドは、狩りの中盤にダルクが鬼人化して傷をつけていた尻尾の根本へと食い込んだが、切断できるほど深く切り込むことができなかった。想像以上に硬い尻尾に舌打ちしたい気分だったジークは、不協和音を奏でる大剣を一度引っ込めた。尻尾の切断が無理なのではないかと思ったジークの叫びに呼応するように、ダルクはアクラ・ヴァシムの爪を避けて頭の甲殻に双剣を二本突き刺した。

 

「割れてしまえぇッ!」

 

 アクラ・ヴァシムが守り続けていた頭の甲殻を、身軽な武器とは言えジークが尻尾を攻撃した際にできた隙に爪を避けることで肉薄したダルクは、突き刺した双剣の刃を外側に向けて力いっぱい押し込んだ。頭の甲殻が双剣によって押し広げられていく痛みに暴れ出したアクラ・ヴァシムは、ダルクを頭から弾き飛ばしたが、勢いが止まらずにそのまま横転した。

 

「ここが最後のチャンスか!」

 

 仰向けになったままもがいているアクラ・ヴァシムの頭からは紅色の鮮血がとめどなく流れていた。もがき苦しんでいるアクラ・ヴァシムはハンターの接近に対して迎撃行動をすることなどできず、ジークは容赦なく大剣を尻尾に叩きつけた。自身の体重と大剣の重さを利用した渾身の一撃を受けた尻尾は、大きな裂傷を生み出して紅色の血をまき散らしたが、切断するまでには至らない。ジークも一撃で切断できるなど全く思っていなかったため、そのままもう一撃を尻尾に向かって振り下ろす。

 

「はぁッ!」

「あっ!」

「うぉッ!?」

 

 二度目の渾身の一撃を受けたアクラ・ヴァシムの尻尾は、異音を奏でながら胴体と切り離された。大量の血液が上空に向かって噴射され、砂漠の地面へと雨になって落ちて行く中、アクラ・ヴァシムは尻尾を切断されたことでダルクが弾き飛ばされた方向と同じ方向へと吹き飛んでいった。尻尾が切断できた勢いで地面に倒れこんだジークは、すぐに立ち上がってアクラ・ヴァシムの方へと視線を向けると、ゆっくりと起き上がったアクラ・ヴァシムは、尻尾がなくなったことでふらふらと力のない足取りをしていた。

 

「終わりだ!」

「いきます!」

 

 視線を覚束ない状態でふらふらとしているアクラ・ヴァシムに引導を渡そうと近づいたジークは、突然横に向かって高速のタックルを繰り出したアクラ・ヴァシムに目を見開いて大剣でなんとか受け止めようとしてそのまま吹き飛ばされた。尻尾を切断されたことでバランスを失ったと同時に、身体が軽くなったアクラ・ヴァシムのタックルになんとか反応して大剣を盾代わりにしたジークは、地面を転がりながら自分が切断したアクラ・ヴァシムの尻尾に当たって止まった。

 

「ジークさんっ!? やぁぁぁッ!」

 

 ジークが弾き飛ばされたことで少しだけ動揺したダルクだったが、アクラ・ヴァシムが横タックルの勢いを殺すことができずにそのまま仰向けになってもがいている姿を見て、あれが最後の力だったことを悟り、接近したダルクは自分で破壊した頭の甲殻に向かってもう一度を突き刺した。再び大量の鮮血をまき散らしたアクラ・ヴァシムは、ダルクの攻撃を受けてもがいたあとに糸が切れた人形のように急に動かなくなった。

 

「……死にましたよ、ね?」

「多分死んだと思うぞ」

 

 最後の一撃を放ったはずのダルクは、アクラ・ヴァシムが狩猟中に見せて数々の意味不明な行動を思い返して、ゲリョスのように死んだふりをしているのではないかと疑っていたが、立ち上がりながら身体についた砂を落とすジークは苦笑しながら頷いた。

 体液の色が変化することから変幻の異名を持つアクラ・ヴァシムは、最期までジークたちにしっかりとした輪郭を捉えさせなかった。



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狩人祭④(フェス) 黒角竜(ディアブロス亜種)

 アクラ・ヴァシム変種の特異個体を狩猟したジークたちはセクメーア砂漠からドンドルマまで戻り、ドンドルマに開かれていた狩人祭中のみのメゼポルタギルドドンドルマ出張所でクエストをもう一つ受けた。狩人祭中ということもあり、メゼポルタの凄腕ハンターたちが多くドンドルマを歩いている光景に、ドンドルマのハンターたちも何事なのだろうかと気にしていたが、メゼポルタの詳細を知る者など多くはないので大した騒ぎにはなっていなかった。

 

「それにしても、このクエストはどうなんですか?」

「いいだろ? 砂漠の死神の討伐依頼はかなりいいぞ」

 

 ジークたちが受けたクエストはディアブロス亜種の討伐依頼だった。繁殖期ならばドンドルマでも普通に出回ってそうなクエストだが、ジークたちが受けたクエストは単純なディアブロス亜種の討伐依頼ではなかった。

 

「ドンドルマの上位ハンターがディアブロス亜種の討伐に失敗、ですか……」

「全くあり得ない訳じゃないだろうが、考えにくい話ではあるな」

 

 現在はドンドルマを中心にハンター稼業で生活する者が多い時代であり、ドンドルマのハンターは百万を優に超える程のハンターが在籍しているとすらも言われている。そんなハンターたちの多くは、生涯を下位ハンターで終える者の方が圧倒的に多い。命を落としたりするのではなく、単純に上位ハンターに昇格するのがとても難しいと世間での共通認識なのだ。ドンドルマでは、上位ハンターに昇格できた時点で名前の売れる実力派ハンターとして数えられる。

 ディアブロス亜種は繁殖期に甲殻が黒く変色した雌のディアブロスであり、生物学的には亜種ではないのだが、あまりにも危険度が高いことから便宜上亜種とすることで通常のディアブロスと分けているのだ。ディアブロス亜種は確かに危険なモンスターではあるが、上位ハンターが見誤って討伐に失敗して大怪我を負って帰ってきたという話に、ジークは違和感を覚えていた。

 

「取り敢えず、その討伐に失敗したっていうハンターの話を聞きに行くか」

「そうですね」

 

 ジークたちがアクラ・ヴァシムを狩猟していた頃とほぼ同じ時に失敗された依頼らしく、討伐に失敗したディアブロス亜種がどのような個体なのかの調査もまだ済んでいないらしく、依頼書には大きく詳細不明のスタンプが押されていた。ドンドルマに出張所を立てていることもあり、大老殿から横に流れてきた依頼らしく報酬の「魂」を通常よりも多く設定されていた。

 ダルクを伴って広場を歩いていたジークは、雑貨屋の前で雑談しているフルトとヴィネアに手を振った。

 

「よさそうな依頼あった?」

「狩人祭としてはとてもよさげな依頼ですよ。普段だったら絶対受けませんけど」

 

 ヴィネアの言葉に苦笑いを浮かべながら依頼書を手渡したジークは、雑貨屋に売られている音爆弾を見て金を取り出した。

 ヴィネアと共に横から依頼書を見ていたフルトは、詳細不明のスタンプを見て顔を青褪めさせていた。本来ならばハンターとしては下の下である詳細不明の危険な依頼なのだが、ヴィネアは報酬の「魂」の数を見て、ジークが受けた理由に頷いた。

 

「それで?」

「今からその失敗したハンターの人に話を聞きにいこうかと」

「そっか。じゃあ行こう」

「反対しないんですかぁッ!?」

 

 特になにか言う訳でもなく簡単に依頼を受けいれたヴィネアに、フルトが悲痛な声をあげていた。ダルクは苦笑しながらもジークが言うのならば、と全く話にならず、ヴィネアは報酬がいいのだから受けるに決まっているだろうと言わんばかりの顔をしていた。

 

「まぁ、アクラ・ヴァシムの変種特異個体だって狩れたんですから大丈夫ですよ」

「……不安しかない」

 

 絶望の表情を浮かべるフルトに明るく笑いながら告げるジークの方が、フルトにはディアブロス亜種よりもよっぽど死神に見えていた。

 

 


 

 

「確かに、俺がその依頼に失敗したハンターだ」

「そうですか。俺たちが調査と討伐を受けまして……少しでも情報があればいいなと」

 

 ドンドルマの病院で身体のあちこちに包帯を巻きながら、ベッドで横なっている強面のハンターに話を聞きに来ていた。ベッドの横には頭に包帯を巻きながらも入院している訳でもなさそうな女性のハンターが果物の皮を剥いていた。

 

「あの黒角竜(こっかくりゅう)に? 止めておきな……俺みたいになるぜ?」

 

 強面で渋い声をしているが、言葉からはジークたちを気づかうような優しいニュアンスを含ませるハンターに、ジークは笑顔のまま首を横に振った。

 

「ちょっと用事があって、このクエストを受けなきゃいけないんですよ」

「用事で受ける? 懲罰か?」

「違うわよ。貴方たちは多分、メゼポルタのハンターよね?」

「そうですね」

 

 無言で果物を剥いていた女性が呆れた様な声を上げた。入院している男のハンターは、女性の言葉に目を見開いてジークの身体を頭から足まで見つめた。ドンドルマで上位ハンターを名乗っているようなハンターでも、メゼポルタのハンターを見たことが無い、もしくは見ていても気づかなかったことも多いだろう。それでも、ドンドルマのハンターとしてメゼポルタの名前とそこに所属するハンターたちの腕前を知っているからこそ、女性の言葉を疑った。どう見ても自分より年下の男がメゼポルタのハンターだと言われてもしっくりと来ないのだろう。

 

「お前が?」

「どう見てもそうじゃない。武器も防具も見たことない素材だもの……貴方、メゼポルタの前は何処で?」

「海の向こうのタンジアでG級ハンターやってましたね」

「ほらね?」

「G級ハンター……か」

 

 男も元G級ハンターと名乗られれば話さない訳はなかった。多くのハンターが生涯下位ハンターで終わる世で、上位ハンターの更に上であるG級ハンターを名乗る者の影響力は凄まじいのだ。

 

「……ディアブロス亜種のクエストがあるって聞いたから、俺は砂漠なら近いからいいかと思って受けたんだ。そしたらあのディアブロス亜種と遭遇した。見た目が違うだけと割り切りながらも、やっぱりハンターの生存本能って言えばいいか……逃げなきゃやばいって頭の中で思いながら戦ってた」

 

 遭遇したディアブロス亜種のことを思い出しながら喋る男の手は震えていた。自信過剰な性格には見えない男だが、上位ハンターとしてのプライドはやはり存在したのだろう。狩猟依頼が失敗することはG級ハンターでもあることで、ハンターとしてなんら恥じることのないことだが、モンスターを前にして恐怖心に駆られてしまったことが彼のプライドを大きく傷つけていた。

 

「見た目の違いなんかはありましたか?」

「見た目……左の角が歪に大きくなってた。目が水色で……全体的に普通のディアブロス亜種より黒かった」

「黒い……」

「翼膜が灰色で、全体的に禍々しい感じだった。見た時にやばいと思ったんだが……背を向けられなかった。背を向けたら、殺されそうな気がして」

 

 その見た目と危険性から「死神」とまで称されるディアブロス亜種だが、男の遭遇したディアブロス亜種は見ただけで人を恐怖に陥れるほどの強さを持つらしいことがわかる。

 男の話を聞いたジークがちらりとヴィネアの方へと視線を向けると、小さくため息を吐きながら頷いた。

 

「ありがとうございます」

「だ、大丈夫なのか? 俺は見た目の話しかしてないが……G級ハンターとはいえ、あれと戦うのはまずいんじゃ……」

「問題ないですよ。そのために俺たちがいるんですから」

 

 自分の味わった痛みと恐怖を思い出した男は、自分よりもかなり若いであろうジークのことを本気で心配していた。上位ハンターとしての自負もあるだろう男が、完全に遭遇したディアブロス亜種をのことを恐れている。そのことにフルトが唾を飲み込んでいた。

 

「俺が出会ったのは……本物の死神なのか?」

「いえ、ディアブロス亜種ですよ」

「ならなんであんなに見た目が違うんだ……あれは、人が挑んでいいものなのか?」

 

 古龍種などに遭遇したハンターが、すぐにハンター生活から抜け出したくなると言う話をジークは聞いたことがあった。自然の猛威をそのままモンスターの形にしたような強力な古龍たちを前にして、人が戦っていいモンスターではないと感じてハンター生活を終える者たちである。男は今回のディアブロス亜種でそれを感じていた。このまま心が折れてしまってハンターを辞めるのか、それとも恐怖を乗り越えてハンターとして一皮むけるのか。彼はまさしくその境目にいた。

 

「貴方が遭遇したディアブロス亜種は、恐らく奇種特異個体でしょう」

「奇種? 特異個体? それってなにかしら……もしかしてメゼポルタでしか狩れないモンスター?」

 

 ジークの言葉に反応したのは傍にいた女性だった。私服姿の上からでもわかる鍛え抜かれた身体を見て、彼女がハンターであろうことに気が付いていたジークは、彼女の疑問の声に頷いた。

 

「詳しい説明は長くなるので言いませんが、奇種は上位個体よりも更に強い個体、特異個体は通常個体とは違う行動、違う習性、違う見た目をしている強力なモンスターのことです」

「へぇ……じゃあ下位の特異個体もいるんだ」

「いますけど、メゼポルタのハンターじゃないと狩猟の許可がでないですよ」

「そうなのね……やっぱりメゼポルタって面白そうだわ」

 

 女性の面白そうとの言葉に苦笑いを浮かべたジークは、男に向き合った。ディアブロス亜種相手に恐怖を感じ、背を向けることもまともに抗うこともできずに敗北した男は、沈んだ様子を見せていたが、ジークは笑みを浮かべていた。

 

「貴方の腕が足りないから失敗した訳ではありません。奇種特異個体は相応の装備がなければすぐにやられてしまうものなんです。だから安心してください」

「……そうか」

 

 ジークの言葉が気休めでしかないことは男も知っていた。彼は自分の力だけで上位ハンターにのし上がった実力派ハンターであるため、どうしても実力の差がはっきりと感じ取れてしまった。目の前にいる四人のハンター全員が自分よりも上であることを。

 

「……あんた、名前は?」

「俺ですか? ジークと言います……メゼポルタギルドの凄腕ハンターで、『ニーベルング』という猟団の猟団長をしています」

「そうか……俺はシーザー」

「私はアカナ。一応シーザーの妻よ」

 

 シーザーと名乗った男はジークが猟団長をやっていると聞いて、夫婦二人でしかハンターをしてこなかった自分の世界の狭さを感じて苦笑していた。同時に、シーザーは自分よりも年下でありながら実力はかなりの差があるであろう男が仕切る猟団が存在すると言うメゼポルタに、興味が湧いてきていた。

 

 


 

 

「奇種特異個体か……ギルドもしっかり把握してくれないと困るんだけどな」

「何事も完璧にはならない」

「そりゃあそうですけどね……」

 

 ジークはディアブロス亜種の情報を聞きだしたシーザーのことを少し気に入っていた。そっけないように見えてジークたちのことを本気で心配していた彼は、ハンターとしても珍しく優しい性格なのだろう。アカナと名乗っていたシーザーの相棒兼妻の彼女の尻に敷かれていそうなのも、ジークには面白そうに見えていた。

 

「それで、ディアブロス亜種はいつ狩りに行くの?」

「流石に奇種特異個体ともなれば準備も必要でしょうから……今夜ですね」

「矛盾してないですかッ!?」

 

 ヴィネアの言葉に少し考え込んだジークが出した答えに、背後にいたフルトが悲痛な声を上げていた。ジークとしては、そもそもアクラ・ヴァシムを狩りに来た装備でディアブロス亜種も行けると思い、ドンドルマならば物資も簡単に手に入ると考えていた。逆にフルトは、ジークの準備が必要だという言葉が一日くらいの時間が必要だと解釈していた。

 

「あんまり時間かけても意味ないですよ」

「私もそう思いますよ? フルトさん、諦めましょう!」

「ひぇ……」

 

 ジーク信奉者であるダルクは最初から反対する気などなく、ヴィネアはアクラ・ヴァシムならまだしもディアブロス亜種にそこまで大がかりな準備が必要無いことに賛同していた。周囲に味方がいないことを察したフルトは少し項垂れながらも、多数決を考えて頷いた。

 

「そんな無茶な行軍はしないので安心してくださいよ、フルトさん」

「うぅ……信じるからね?」

「勿論ですよ!」

 


 

 

「…………無茶な行軍だと思うんだけど」

「そうですか?」

「アクラ・ヴァシムに比べたらマシとか思ってない?」

「思ってますよ」

 

 ディアブロス亜種の対策をしっかりとした状態で、砂漠を横断することを考えてジークはドンドルマで砂塵を防ぎながら防寒対策にもなるマントを四つ購入していた。アクラ・ヴァシムの時と比べて無茶な行軍をしていないと言うジークに、フルトは大きなため息を吐いた。

 

「これもメゼポルタの未来のため、ですよ」

「それはそうなんだけど……」

 

 笑顔のまま言うダルクにフルトは曖昧に頷いた。『ロームルス』に所属しているフルトは、猟団長である

ネルバから革命の意思を聞いている。フルトも二大猟団によるメゼポルタの統治体制には思う所があるので『ロームルス』に所属しているのは確かだが、まさか凄腕ハンターになっただけで狩人祭がこんな大変なことになるとは思っていなかった。

 

「凄腕ハンターも狩人祭中は上位個体が多いって聞いたのに……」

「あぁ……それ、俺が言ってたな」

「そうだよね!? ジーク君がそうやって言ってたのに……アクラ・ヴァシムは変種だし、ディアブロス亜種は奇種だし、しかもどっちも特異個体だよ?」

 

 ジークも言っていた通り、凄腕ハンターだろうが狩人祭中は上位個体のモンスターを多く狩猟することになる。そもそも狩人祭は繁殖期に大量発生するモンスターの数を調整するために行われる催しであり、変種やら奇種やら剛種なんかはそう簡単に現れることがないので、そこまで多く狩ることにはならないのだ。そのはずなのにジークたちが変種と奇種を連続して狩猟している理由は、単純に運が悪いからとしか言いようがない。

 

「アクラ・ヴァシム変種特異個体は私が提案したんですけど……」

「狩人祭の貢献度的には丁度いい感じの依頼だったしな」

「……ディアブロス亜種もそうなんだよね」

「まぁ……緊急の依頼だって聞いたから、メゼポルタの職員に聞いたら普通より「魂」多めにしてくれるって言うから」

 

 狩人祭では上位個体を多く討伐することには間違いないが、狩人祭の優劣を決めるのはモンスターを一頭でも多く倒したかではなく、ギルドが判断して渡す「魂」を多く集めた方が勝つのだ。緊急性の高い依頼や危険度が高い依頼にはボーナスとして「魂」を多くつけられるので、メゼポルタの上位を狙う猟団は例外なく変種や奇種を狩る必要性が出てくるのだ。

 

「ん。この洞窟の向こう側に多分いる」

「ガノトトスがいた水辺の近くですか」

 

 先頭を歩いていたヴィネアが大きな洞窟の入り口を指差していた。そこは以前、ジークがキャラバンクエストでガノトトスを狩猟しに来た地底湖へと繋がる洞窟であり、反対側にはガノトトスが生息していた大きな川が存在する。

 

「ディアブロス亜種との戦闘経験は?」

「な、ないです」

「一応あります……」

「俺もありますね」

 

 洞窟へと踏み込んだヴィネアは、これから討伐するディアブロス亜種のことを思い浮かべながら背後の三人にディアブロス亜種との戦闘経験を聞いた。ダルクはディアブロス亜種と交戦したことは無かったが、フルトとジークはディアブロス亜種と戦ったことがある。

 

「まぁ当然ですけど奇種特異個体なんて戦ったことないですけど」

「当たり前。私も奇種は()ったことあるけど、特異個体なんてそうそうお目にかかれないから」

 

 ヴィネアの口からなんだか物騒な言葉が聞こえた気がしたが、三人は適当に聞き流していた。

 

「さて、ちゃんといるかな……いたな」

 

 洞窟を抜けた先に、ディアブロス奇種は確かにいた。通常のディアブロス亜種よりも身体も大きく、シーザーの証言通り片角が歪に成長し、尻尾や翼の突起が大きくなっている。漆黒如き身体の中に灰色の翼膜も美しく映えていたが、逆にそれはディアブロス奇種の歪さを際立たせている。

 

「じゃあやるけど……死なないでくださいよ?」

「誰に言ってるの」

「僕ですよね!」

「フルトはあんまり心配してない」

 

 戦いの邪魔になる外套を脱ぎ捨てた四人は、自分の武器を掲げた。フルトが狩猟笛の美しい音色を鳴らした瞬間に、ディアブロス奇種の視線がハンターたちの方へと向いた。元々縄張り意識の高いディアブロスの中でも、ディアブロス亜種は産卵期を控えていることもあって更に縄張り意識が高く凶暴になっている。自身の縄張りにいつの間にか侵入していたハンターを視認して、ディアブロス奇種は咆哮を夜の砂漠に轟かせる。

 

「いくぞ!」

 

 咆哮を皮切りにジーク、ヴィネア、ダルクが走り出した。ディアブロスとの戦いにおいて基本中の基本とも言われるのが、相手に肉薄することである。少しでも離れて逃げの姿勢を見せれば、ディアブロスは地の果てまでも突進しながら追いかけてくる。突進の威力も人間が真正面から受けていいものではないため、ディアブロスにはなるべく突進する回数を減らさせるために、狩猟中は誰かが張り付いて攻撃する必要があるのだ。

 ディアブロスとの戦いの基本である接近戦を仕掛けようとしたジークたちに対して、ディアブロス奇種は定石を嘲笑うかのように前触れもなく突進を始めた。

 

「くっ!?」

 

 なんとか直線状から退避した三人がディアブロス奇種の方へと視線を向けると、既に突進の前動作に入っていた。連続の往復突進を仕掛けてくるディアブロス奇種の運動能力に内心で舌打ちしながら、ジークは懐から閃光玉を取り出して投げた。ジークが閃光玉を投げた瞬間に全員が目を背けていたことで、閃光玉によって目を焼かれたのはディアブロス奇種だけだった。

 

「出鼻はちょっとくじかれたが、行くぞ!」

「はい!」

 

 視界を塞がれたディアブロス奇種に急接近した四人は、全身に攻撃を加えていた。ヴィネアはハンマーを頭に向かって叩き込み、ジークは尻尾に大剣を振り下ろす。ダルクは双剣で足を斬りつけ、フルトが腹に狩猟笛を叩きつける。目を焼かれた状態のままハンターに全身を攻撃されたディアブロス奇種は、通常のディアブロスとか桁違いの早さで閃光玉の光に適応して視界を取り戻し、怒りを滲ませていた。

 

「まずい、もう閃光切れた」

「早すぎじゃないですかッ!?」

 

 頭を狙っていたヴィネアがディアブロス奇種の行動にいち早く気が付き、近くにいたフルトに伝えた。もう一度だけ頭を狙ってハンマーを振り下ろそうとしたヴィネアは、肥大化した角で軽々とハンマーを受け止められたことで、先日狩ったばかりのアクラ・ヴァシム変種特異個体と大して変わらないほどの強さなのを察した。

 ハンターに縄張りを侵され、視界を潰された上で全身を殴られて事でディアブロス奇種の怒りは頂点まで到達しており、口から大きな咆哮をあげた。

 

「うわっ!?」

「ぐっ!?」

 

 轟竜(ごうりゅう)ティガレックスの咆哮のように、咆哮の音圧と風圧だけで四人のハンターを吹き飛ばしたディアブロス奇種は、角を狙って攻撃していたヴィネアに狙いを定めて角を振るった。咄嗟に身体能力にものを言わせたバク転で角を回避したヴィネアは、自分が立っていた地面に角でつけられた溝に視線を向けながら、ハンマーをしっかりと構えた。

 

「こいつ、手強い……フルトは下がって」

「ぼ、僕だって行けますよ!」

「違う。こいつは今、私しか見てない」

 

 フルトのことなど全く視界に入れず、角を攻撃していたヴィネアだけに殺意を向けるディアブロス奇種の姿に、フルトは唾を飲み込んだ。自分に向けられていないとわかっているのに、放たれる殺気だけで自分が嬲り殺しにされるのではないかと錯覚するほどの怒りと殺気。ディアブロスという種族にとってそれだけ角というものは大事な物なのだ。

 

「ダルク、次にディアブロスがヴィネアさんに攻撃したら背後から近寄って足を斬れ」

「……いいですけど、効きますかね?」

「後々に響いてくる。今は我慢の時だな」

 

 狩猟開始早々に我慢の時なのはどうかと思いながらも、ジークは目の前のディアブロス奇種が、自分の知るディアブロス亜種を遥かに超越した存在であることを感じ取っていた。ティガレックスのように咆哮だけでハンターを攻撃するモンスターなど、ジークは見たことも聞いたこともない。だからこそ、ジークはこの大陸に来てティガレックスのことを知り、その攻撃方法に苦笑いを浮かべたことがあるのだが、目の前のディアブロス奇種はそれと同じことを平然と行った。メゼポルタの非常識なところをまた一つ見つけてしまったジークは苦笑を浮かべながらも、内心楽しくて仕方がなかった。

 

「……速い」

 

 ハンマーを構えて反撃の機会を窺っていたヴィネアだが、特異個体ディアブロス奇種の動きはヴィネアの予想するよりも速く、突進の構えを見せてからヴィネアの元に辿り着くまでにまともに反撃する様な隙間はなかった。仕方がなく横に突進を避けたヴィネアが振り向いた時には、既にディアブロス奇種は身体の半分を地面に潜らせていた。

 

「後ろっ!」

「わかってる」

 

 ディアブロス奇種が砂中を高速で移動してヴィネアの背後を取ったことを叫んだジークに、ヴィネアはすぐに前に転がって背後へと視線を向ける。同時にディアブロス奇種が砂の中から勢いよく飛び出してヴィネアに角を向けるが、ヴィネアはそれをハンマーで迎え撃った。

 

「ヴィネアさんっ!?」

 

 ディアブロス奇種の速さも計算に入れてハンマーを完璧に角に当てるように振るったヴィネアだが、ディアブロス奇種はハンマーを打ち付けられてもびくともせず、逆にヴィネアを勢いのまま吹き飛ばした。ハンマーを手放しながら吹き飛んでいくヴィネアに、ダルクが名前を呼びながら走っていき、ジークはディアブロス奇種へと走り出した。ジークが走り出したのを見てからフルトも走り出し、ディアブロス奇種の尻尾の先へと向かって狩猟笛を振るうが、ディアブロスの尻尾は岩をも砕くハンマーの役割をしているため、狩猟笛は容易く弾かれた。

 

「はぁッ!」

 

 翼膜に向かって大剣を振るうが、ディアブロス奇種は身体をねじることで攻撃を避けてジークに向かって角を突き刺そうと頭を振った。咄嗟に大剣で角を受け止めたジークだが、その見た目からは考えられない怪力を持っているヴィネアですら止められなかった角を、ジークが簡単に受け止められる訳もなく、角を当てられた勢いだけで、後ろに滑るように押し戻されていた。

 

「くそッ!」

「だ、大丈夫ですかジークくん!?」

「押し戻されただけですから、問題はないんですが……どうしましょうかね、こいつ」

 

 怒りを表すように尻尾を地面に叩きつけながらジークとフルトを威嚇するディアブロス奇種に、ジークは苦笑いだった。パーティーの最大火力にして最前線で戦っていたヴィネアを簡単に吹き飛ばす力に、ジークでもギリギリ反応できるかどうか行動速度を持ち、それでいて産卵期のディアブロス特有の執念深さと気性の荒さを兼ね備えている凶暴なモンスター。ジークは内心で、上位ハンターがなにもできずに返り討ちにされて恐怖を味わった気持ちを理解して、少しだけシーザーを侮ってしまったことを心の中で謝っていた。

 

「さぁ、来ますよ!」

「う、うぅ……どうするのこんな怪物ぅ」

 

 威嚇で小さな咆哮を口から出しながら、足で砂を蹴って突進の前動作を見せるディアブロス奇種を相手に、ジークとフルトは武器を構えた。

 

「ヴィネアさん! しっかりしてください!」

「ん……意識はある」

「意識だけですか?」

「身体も問題ない。ハンマー手放してよかった」

 

 倒れ込んでいるヴィネアの下に駆け寄ったダルクの声に反応して、ヴィネアは簡単に起き上がった。ディアブロス奇種の攻撃を受け止めた瞬間に、抑え込める力じゃないと感じ取ったヴィネアは、攻撃の威力を幻雷槌『雷電』を上に投げるように手放すことで受け流して、自分の身体に伝わる力を最小限にしていた。それでも一人の人間が吹き飛ばされる程度の衝撃はあったが、剛種防具であるブリッツFを纏っていたので殆どダメージはなかった。

 

「それにしても、二回連続でこんな風に攻撃を受けるなんて……屈辱」

「そ、それは仕方ないんじゃないですか?」

 

 アクラ・ヴァシム変種特異個体とディアブロス奇種特異個体を相手にしているのに、対して大きな攻撃を受けている訳ではないジークの方が異常なのであり、ヴィネアのように大きな攻撃を受けてしまうくらいが普通なのだ。

 

「ジークさんは生き残ることに長けている人ですから」

「それには同意する……前衛がこんなところでお喋りしてたら駄目ね。そろそろ戻る」

「は、はい!」

 

 回復薬を一本だけ飲み干したヴィネアは、すぐに立ち上がって傍に転がっていた幻雷槌『雷電』を手にした。ダルクも、ジークに言われた通りに足を攻撃することができていない。ジークに指示されたことをできませんでしたで済ませるつもりなど、ダルクにはなかった。

 二人の女性ハンターが立ち上がっている一方で男性ハンター二人は、ディアブロス奇種の攻撃を紙一重で避けながらなんとか攻撃を当てていた。

 

「伏せろッ!」

「うわぁっ!?」

 

 角を紙一重で避けられ、突進を幾度もいなされたディアブロス奇種の怒りはどんどんと溜まっており、怒りが蓄積するのと比例するようにディアブロス奇種の動きがどんどんと速くなっていく。身体ごと回転するようにして振るわれた尻尾を避けたジークは、ディアブロス奇種の背後から近寄るヴィネアを視認した。

 

「チャンス」

 

 吹き飛ばして完全に仕留めたと思っていた敵が、いきなり背後から現れたことにディアブロス奇種の動きが鈍った隙に、ヴィネアは持ち前の怪力を発揮して、幻雷槌『雷電』をディアブロス奇種の角に叩き込んだ。




ディアブロス奇種特異個体です


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狩人祭⑤(フェス) 黒角竜(ディアブロス亜種)

 広大な夜の砂漠に巨大な咆哮が響くと、爆発の様な音と共に巨大な砂塵が上空に向かって巻き上げられた。砂塵の中から逃げるように飛び出した四つの人影は、背後を確認しながら砂漠の中を走っていた。

 

「はぁッ、はぁッ……」

「まだ来るぞッ!」

 

 洞窟の先にあった川の近くでの戦いは、ヴィネアに角へと一撃を叩き込まれたディアブロス奇種が怒り狂ったことで痛み分けに近い形になっていた。怒り狂って暴れ回るディアブロス奇種を手に負えないと判断したジークたちは一度、洞窟を挟んだ広い砂漠へと下がって態勢を立て直そうとしていた。しかし、広い砂漠に出て呼吸を整えていたハンターたちの立つ地面の下から、黒い砂漠の死神は唐突に現れたのだ。

 膝に手をついて荒い息をしているフルトに声を上げたジークは、砂塵の中から水色の瞳を輝かせながら飛び出してくるディアブロス奇種の姿を見ていた。ハンターたちとは比べ物にならない速度で飛び出してきたディアブロス奇種は、最後方にいたフルトに狙いを定めて走っていた。

 

「くぅ……もう限界ですぅ……」

「くそッ!?」

 

 膝が笑っているフルトは、まともにディアブロス奇種の突進を避けることができない状況になっていた。そのまま放置すれば、当然ディアブロス奇種の突進を正面から受け、大変なことになってしまうのは明白である。ジークはフルトを庇うように前に出て大剣を構えた。

 

「俺が受けるからフルトさんは逃げてください!」

「で、でも……」

「私もやるよ」

 

 ジークが大剣を構えたままフルトに逃げるように伝えた横から、ヴィネアがディアブロス奇種へと突っ込んでいった。それに続くようにダルクが走り出し、ディアブロス奇種は突然方向転換してきたハンターたちに動揺することもなく、真っ直ぐに突進していた。

 

「ぐぅッ!?」

「ジークくん!」

 

 大剣で無理やりディアブロス奇種の突進を受け止めたジークは、砂漠の砂の中に両足を突っ込んでなんとか踏ん張ろうとしていたが、そのままディアブロス奇種に押し続けられていた。大剣から伝わる衝撃も骨が砕けるのではないかというほどのものだったが、ジークの背中をフルトが支えることで、なんとか引きずられながらも立ったまま耐えていた。ジークとフルトがなんとか奇種の突進を受け止めたことで、ディアブロス奇種の速度が緩んだ隙に、横からヴィネアがハンマーを角へと向かって叩きつけた。

 

「うぉッ!?」

「うわぁッ!?」

 

 角にハンマーを叩きつけられたディアブロス奇種が、衝撃を受けて頭を咄嗟に振り上げたことで、ジークとフルトは少しの間だけ空中に打ち上げられたが、下が砂だったこともあり無傷で地面に着地していた。角を傷つけられることを酷く嫌うディアブロス奇種は、三度も角を攻撃したヴィネアに殺意の視線を向けたまま尻尾のハンマーを振り回した。

 

「単調……怒り過ぎ」

 

 驚異的な怪力を発揮して、砂漠の地面に跡が残るような跳躍をしたヴィネアは尻尾を上に避けて、空中で態勢を立て直しながらハンマーをディアブロス奇種の頭に叩き込んだ。二本の角の間にある眉間にハンマーを叩き込まれたディアブロス奇種は、威嚇する様なドスの利いた声ではなく、痛みから逃れるような甲高い声を上げながら後ろに倒れこんだ。倒れこんだ隙を逃さないように、ダルクが急接近して太い尻尾の先、ハンマーになっている部位の付け根へと双剣を突き立てた。ディアブロス奇種の狩りが始まって、初めての好機とも言える状況で、ダルクは咄嗟に相手の武器を奪う選択を選んだ。当然、双剣を突き立てた程度ではディアブロス奇種の尻尾は切断できないが、またとない好機にダルクが一撃で満足するつもりはなかった。

 

「追撃する」

「俺も行きます!」

「ぼ、僕も!」

 

 ダルクが双剣を続けて振るう間にジーク、ヴィネア、フルトがそれぞれの武器を手にしながらディアブロス奇種へと接近した。立ち上がろうとしていたディアブロス奇種の足にヴィネアがハンマーを叩き込んだことで、足をもつれさせて立ち上がれずにいた。同時に、ダルクとは逆方向からジークが尻尾に大剣を振り下ろし、フルトは狩猟笛で音色を奏でてから角へと向かって狩猟笛を当てていた。

 

「か、硬い!」

「でも折れば大分楽になる」

 

 角へと狩猟笛を当てていたフルトは、手に返ってくる感触からディアブロス奇種の角が想像以上に硬いことに驚いていたが、横からヴィネアが文字通り飛んできて、重力と体重を乗せてハンマーを短い方の右角へとハンマーを叩き込んだ。

 

「い、今……メキって……」

「折れそう」

 

 ハンマーを叩き込んだ瞬間に、ディアブロス奇種の角から異音がしたことに気が付いたフルトとヴィネアは、一瞬顔を見合わせてから二人同時に右角へと向かって武器を振り下ろした。フルトの狩猟笛が当たると同時に異音が再び鳴り、ヴィネアが下から打ち上げるようにハンマーを角へと当てると、根元から折れた右角が上に飛んでいった。

 

「痛いッ!?」

「な、なんだ?」

 

 角が吹き飛ぶと同時に、ディアブロス奇種が倒れ込んだままその場で暴れ回り始め、尻尾を攻撃していたジークとダルクはなにが起こったのか分からないまま暴れるディアブロス奇種の尻尾に当たって、地面に倒れこんだ。

 

「ヴィネアさんがなんかしたのか?」

「じ、ジークさん!」

 

 暴れると言うよりものたうち回るような動きを見せるディアブロス奇種を見て、頭の方でなにかしていたヴィネアとフルトがディアブロス奇種に影響を与えた結果なことはジークも理解していたが、ヴィネアとフルトがなにをしたのかは理解していなかった。ディアブロス奇種から少し離れて様子を見ていたジークの下に、ダルクが黒っぽいなにかを抱えて走ってきた。

 

「なんだそれ?」

「こ、これ……角ですよ!」

「…………折ったのか」

 

 太く大きく成長していた左角ではなく小さかった右角だが、ディアブロスの角がどのような硬度なのかをよく知っていたジークは、それをこの短時間でへし折ったヴィネアに頬を引き攣らせていた。のたうち回っていたディアブロス奇種がゆっくりと起き上がると、折れた角を持っているダルクとジークへと水色の瞳を向けた。

 

「なぁ……これ、濡れ衣じゃないか?」

「そう、ですね……」

 

 明らかに二人を狙って動き始めているディアブロス奇種に、ジークとダルクは呆然としていた。黒く大きな身体を立ち上がらせたディアブロス奇種は、怒りの咆哮を上げながら右足で地面を何度も引っかき、尻尾のハンマーを地面に叩きつけた。それはディアブロスが見せる威嚇行動であり、それを向けられた相手は次の瞬間には突進を受けている。立ち上がったディアブロス奇種の足の間から見える向こう側では、ヴィネアが肩を竦め、フルトが何度も頭を下げていた。

 

「仕方ない……やるぞ!」

「は、はい!」

 

 砂塵を巻き上げる程の咆哮を放ち、持ち前の瞬発力を発揮したディアブロス奇種は突進を初めて一瞬でジークとダルクの前まで接近していた。角をいからせながら突進するディアブロス奇種は、角を持ったまま横に逸れたダルクを追いかけるのは不可能だと判断し、大剣を構えるジーク一人に狙いを絞った。

 

「さぁ……来いッ!」

 

 ディアブロス奇種の突進に対して、大剣を盾にして受け止めるのではなく、ジークはタイミングを狙ってディアブロス奇種の頭に向かって大剣を振り下ろした。身体にディアブロス奇種の角が届かないギリギリの距離で振り下ろした大剣により、ジークは物凄い勢いで後ろに押されながらも、ディアブロス奇種の眉間に刃を食い込ませた。眉間に刃を突き立てられたディアブロス奇種は突進でジークを吹き飛ばそうとしていたが、ジークを押せば押す程眉間に刃が食い込むことに気が付き、足を止めて頭を横に振って残っている左角でジークを側面から攻撃した。

 

「おっと……やべ」

 

 急に突進が止まったことで一瞬の浮遊感と共に前に倒れ込みそうになっていたジークは、角が横から向かって来ていることに気が付いてそのまま前に倒れ込むことで攻撃を避けたが、頭を振った勢いのまま身体を半回転させたディアブロス奇種は、倒れ込んで動けないジークに向かって尻尾を叩きつけた。

 

「ぐッ!?」

 

 身体を横に転がすことで直撃は避けたが、大剣で防ぐこともできずに飛び散る砂と共にジークは横に吹き飛ばされていった。地面に横たわったままゴロゴロと転がされたジークは、頭から被った砂を振り払うように頭を左右に振りながら立ち上がる。ディアブロス奇種はその隙にもう一度突進をしてジークを始末しようとしていたが、横からダルクとヴィネアが突っ込んできていた。

 

「やぁッ!」

 

 距離が近かったことで、ヴィネアよりも先にディアブロス奇種の足下にまで到達したダルクは、ディアブロス奇種の軸足になっている左足を斬りつけた。砂漠の暴君ディアブロスとは言え、足を双剣で斬りつけられてなんの痛みも感じない訳ではないが、今のディアブロス奇種には立ち上がろうとするジークしか見えていなかった。ダルクの攻撃も無視して突進しようとしたディアブロス奇種の視界に、小柄な女ハンターの姿が入り込んだ。

 

「やぁ」

 

 やる気のなさそうな掛け声と共に、ハンマーを頭に叩き込まれたディアブロス奇種は、その衝撃を受けて自分の角を折ったハンターが大剣を持っている男ではなく、目の前にいる小柄な女のハンターであることを理解した。同時に、ディアブロス奇種は頭に受けて衝撃など忘れて歪な角を振り回した。

 

「よっと……貰うよ」

 

 空中にいてまともに身体が動かせないはずのヴィネアは、迫りくる角にハンマーを当てることで空中で態勢を変えて綺麗に着地し、角を振るったことでできた隙だらけなディアブロス奇種の下顎をハンマーで打ち上げた。あまりにも人間離れしたような動きにダルクとフルトが驚愕している中、いつの間にかジークがディアブロス奇種に接近していた。顎を打ち上げられて怯んだディアブロス奇種の腹に大剣を突き刺したジークは、その状態のまま尻尾に向かって走り出す。大剣を突き刺したまま尻尾に向かって走れば、当然のようにディアブロス奇種の皮膚が切り裂かれて大量の血が砂漠の地面にまき散らされる。

 

「じ、ジークさん!?」

「あ、大丈夫ですか?」

 

 全身をディアブロス奇種の血液で真っ赤にしながら尻尾の下から飛び出したジークは、折れた角を持たされているフルトの所までやってきた。フルトの前で急停止したジークは、呑気に挨拶する様なトーンでフルトに声をかけながら髪から滴っている血液を片手で振り払っていた。

 おおよそ人間のする動きではないことをしていたヴィネアと、誰もが目を離した一瞬の隙にディアブロス奇種に接近していたジークに、フルトは驚愕したまま動くことができなかった。自分に過剰な自信を持っている訳ではないフルトだが、凄腕ハンターとしての実力と少し小さいが確かにハンターとしてのプライドを持っていた。しかし、二人の動きはフルトには理解できるものではなかったのだ。ダルクも似た様な物であり、凄腕ハンターとしてジークに少しは実力が追い付いてきていると思っていた彼女は、アクラ・ヴァシムとディアブロス奇種との狩りの中で、まだまだジークの足元にも及んでいないことを突き付けられていた。

 

「おっと……元気だな」

 

 二人のハンターが改めてメゼポルタの壁の厚さを感じたことはお構いなく、ディアブロス奇種は大きな傷を負いながらも全く戦意も殺意も衰えることなく咆哮を上げた。ディアブロス奇種とて、全く攻撃が効いていない訳でも痛みを感じていない訳でもないが、ディアブロス奇種は既に精神が肉体を凌駕していた。痛みを感じるよりも、自分に害をなすハンターを殺すことの方が優先されているのだ。

 

「フルトさんは折れた角をどっか置いてきてください……流石に三人だけだとキツイと思うので」

「わ、わかってるよ!」

 

 ディアブロス奇種特異個体の折れた角は大変貴重な物であり、ハンターとしても捨て置くことができないのでヴィネアはフルトに角を預けていたのだが、ジークはディアブロス奇種の特異個体が想像以上に手強いことを考えて、一人でも戦力が増えることを重視していた。ハンターにとってもっとも大切なものは素材ではなく、命なのだ。

 ジークが血を拭いながら大剣を背負うと同時に、ディアブロス奇種は目の前にいたヴィネアに向かって左角を叩きつけるような動作を行う。簡単な角の動きなど当たるはずもないヴィネアは、軽々とその攻撃を避けながらも反撃はせずに冷静にディアブロス奇種の動きを観察していた。既にジークの攻撃に大した反応を示していない時点で、ディアブロス奇種は尻尾を切断されるような傷でなければ隙もできないことを理解していたヴィネアは、ディアブロス奇種の角にハンマーを叩きつけることができる隙をわざと見逃した。

 

「こいつでどうだ!」

 

 角を避けられたディアブロス奇種は、予想通りと言わんばかりに地面に角を突き刺したまま両足を思い切り踏み込んで、ヴィネアへと軽く突進を行った。軽く行われたと言っても、ディアブロス奇種の足の力を最大にして踏み込んだ突進は、短距離ではあったが故に角を振るった衝撃だけで砂漠の砂が巻き上がるような風圧を生み出していた。仮に真正面から受けていたら、防具を身に纏っていたとしても全身の骨が砕けるような痛みを味わっているであろう突進である。ヴィネアは角が折れたことでできるディアブロス奇種の右側の死角へ逃げ込むことで、難を逃れた。ディアブロス奇種がヴィネアにしか目を向けていない間に尻尾を切断してやろうと大剣を抜刀したジークだが、視線を後ろに向けることもなく半歩横に移動しながら尻尾を少し持ち上げることで攻撃を避けたディアブロス奇種に、ジークは苦笑いを浮かべた。

 

「ん? 無視されてるね」

「……避けやがった。奇種特異個体にもなると、後ろに目玉でもついてんのか?」

 

 苦笑しながらも悪態を吐くジークは、無造作に振り払われた尻尾を転がって避けながら腹の傷に向かって走り出していた。背後のジークが走り出した気配に気が付いたディアブロス奇種は、目の前で微動だにせずにハンマーを構えるヴィネアを無視して、左方向から走ってきていたダルクへと視線を向けた。

 

「気付かれたッ!? くッ!」

「っ!? 視界の妨害かよッ!?」

 

 ヴィネアとジークに警戒が向いている間ならば、気が付かれずに横に貼り付けると考えていたダルクは、ディアブロス奇種の頭が勢いよく自分の方に向けられたことに驚愕していたが、今更勢いを止めたところで何かできる訳ではないため、そのままディアブロス奇種へと向かって走り続けていた。ジークの攻撃を避けながら近づいてくる敵を排除しようとするディアブロス奇種は、足で砂を巻き上げて自分の腹の下にいるジークに目くらましをしてから、ダルクに向かって走り出した。

 

「……仕方ない」

 

 ディアブロス奇種は、ジークが一瞬とはいえ動きを止められ、ダルクは突進を避けることができない状況を作り出した。仲間を助ける為には、ヴィネアが動かなければいけない状況だった。ダルクを助けるために足に力を込めたヴィネアは、ダルクの背後から走って向かってくるフルトの姿を見て、飛ぶ方向をダルクとディアブロス奇種の間から、ディアブロス奇種の背中へと変更した。

 視界を妨害する砂煙から逃れたジークが目にした光景は、フルトがディアブロス奇種の角を狩猟笛で受け止め、ヴィネアが宙を舞いながら背中の甲殻にハンマーを叩きつける瞬間だった。状況をある程度理解したジークは、すぐさまディアブロス奇種に向かって走り出す。角を受け止められて背後から甲殻を叩かれた衝撃で、ディアブロス奇種はその場で少しふらついた。

 

「やぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 ジークが駆けだすよりも速く、ヴィネアのハンマーが当たった瞬間に走り出していたダルクは、角を受け止めているフルトの横から抜け出してディアブロス奇種の首筋に双剣を滑らせるように振るう。ハンター教習所の教官に習う双剣の基本的な型を繰り出すダルクの動きは流れる動作だった。ジークの扱う双剣は独自性の塊だが、ダルクの動きは基本の型に忠実な動きであり、その姿はまさしく流麗に舞い踊るかのようである。流れるような動作のまま双剣を振り、首筋にいくつかの切り傷をつけていくダルクだが、最後の一歩を踏み込んで致命傷を与えることはしなかった。今はまだフルトと鍔迫り合いのようにして動かなくなっているディアブロス奇種だが、少しでも深い傷を残せばすぐさま地面に潜るなりして、自分の命を脅かすハンターを攻撃するだろう。ダルクはディアブロス奇種が反応しないギリギリの傷を与え続けていた。

 

「俺も続くかっ!」

 

 ダルクが舞い踊るような動きを見せている中、ジークは振り払われる尻尾を避けながらディアブロス奇種に接近して大剣を抜刀した。度重なる攻撃で与えたディアブロス奇種の血液によって赤く染まっているドドン・ジェノサイドは、またしてもディアブロス奇種へと牙を剥いた。ダルクがディアブロス奇種を刺激しないギリギリを攻めているのを理解していたジークだが、背負う武器が大剣である彼はそんなせせこましい攻撃をすることなどできない。故に、彼が狙うのは一撃でもっとも大きなダメージを与えられる場所である。背中の甲殻を蹴って砂の上に着地したヴィネアを横目、ジークはずっと邪魔だと思っていた尻尾を切断する為に、根元に向かって大剣を振り上げた。本当に一撃で最も効果的な攻撃ができる場所は腹の下にジークがつけた傷痕だが、後ろからの攻撃に対する迎撃手段として使われている尻尾を切断すれば、ディアブロス奇種は大きく弱体化すると考えて尻尾を狙った。

 

「……私も、手伝う」

 

 尻尾を狙って振り上げられたドドン・ジェノサイドは、綺麗に尻尾の根本部分に刃を食い込ませていたが、振り上げるのは振り下ろすよりも当然威力が落ちるために尻尾を切断することはできない。ジークもそのことを理解していたが、何度か攻撃を繰り返せば切断できると無理やりなことを考えていた。ディアブロス奇種は尻尾に与えられた痛みを感じて尻尾を振り回そうとするが、意識が背後に向いた瞬間に角を抑えていたフルトが後ろに下がってディアブロス奇種のバランスを崩し、横から現れたヴィネアが再びディアブロス奇種の下顎を打ち上げる。

 

「うひゃぁッ!?」

「あ、ごめん」

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 首筋に向かって双剣を振るっていたダルクは、ヴィネアが最大の力で振り上げたハンマーの風圧を受けてその場に転がった。おおよそ人間の出せる力ではないことを肌で感じたダルクは、小さく謝るヴィネアの怪力に呆れたような表情のまま立ち上がった。顎を打ち上げられたディアブロス奇種は数歩だけ後ろに下がってから、再びヴィネアに殺意の全てを向けて角を揺らして串刺しにしようと足を進めようとしていた。

 

「はぁッ! まだまだッ!」

「準備完了。丁度いいタイミング」

 

 背後で一人大剣を振り回していたジークは、下顎を打ち上げられた反動で尻尾が地面付近まで迫ってきた時に、大剣を上から振り下ろしていた。ディアブロス奇種の太い尻尾の中心にある頑丈な骨まで刃が達していたドドン・ジェノサイドを抜いたジークは、抜いた反動を利用してもう一度最大の力で尻尾に大剣を振り下ろした。岩をも容易く切断することができるドドン・ジェノサイドは、ディアブロス奇種の頑丈な骨すらも切断して、見事に武器である尻尾を切り離すことに成功したのだ。尻尾を切断されたディアブロス奇種が痛みと衝撃で数歩だけ前にでた瞬間に、ヴィネアが砂塵を巻き上げる程の膂力に遠心力を加えたハンマーをディアブロス奇種の左角に叩き込んだ。

 

「え、えぇっ!?」

「おわぁっ!?」

 

 ディアブロス奇種が突然悲鳴を上げながら前に歩いたと思った瞬間に、ヴィネアが途轍もない膂力でハンマーをディアブロス奇種の角に叩きつけたと思ったら、歪に成長して大きくなっていた左の角が半ばから折れて天に舞った。月が照らす夜の砂漠に、折れた角がそのまま突き刺さった様子を見て唖然とするダルクとフルトは、ジークが尻尾を切断したことにすら気が付いていなかった。

 

「これでもう瀕死」

「流石にそろそろ終わらせたいな……」

 

 尻尾を切断され、残っていたもう片方の角もへし折られたディアブロス奇種は痛みで転げまわりながらハンターから距離を取っていた。咄嗟の判断で距離を取るディアブロス奇種の動きに舌を巻きながらも、ジークは既にディアブロス奇種との戦闘が九割は終わっていることに気が付いていた。両角をへし折られ、腹や首筋に大量の切り傷を与えられ、尻尾も切断されている。ディアブロス奇種は既に虫の息と言ってもいい。

 

「……すっごい威圧感出してないですか?」

「ん……全然やる気満々」

 

 誰がどう見ても瀕死の重傷を負っているはずのディアブロス奇種は、それでも二本の足でしっかりと大地を踏みしめながら、夜の砂漠に響く大きな叫びをあげた。今までで一番大きな咆哮を口から出しているディアブロス奇種に、ジークは呆れ半分敬意半分を示すように背筋を伸ばした。

 

「ディアブロス、最期の大暴れ……付き合ってやりますか」

「そうね」

「わ、わかりました……私も頑張ります」

「うぅ……なんで瀕死なのにこんな怖いの……」

 

 水色の瞳を揺らしながらも、砂漠の暴君としての威圧感を全く衰えさせる気配のないディアブロス奇種を前に、ジークとヴィネアは笑顔を浮かべたまま武器を構えた。黒い死神は、たとえ自分が瀕死であろうともハンターを前に一歩も退かない。それを証明するように、ジークたちが動くよりも先にディアブロス奇種が駆けだした。

 

 


 

 

「ふぅ……」

 

 力なく倒れ伏しているディアブロス奇種の横で、ジークはドドン・ジェノサイドを地面に置いて肩を回していた。アクラ・ヴァシム変種特異個体とディアブロス奇種特異個体の連戦は、ジークの身体にも大きな負担をかけていた。幾ら狩人祭だからと言っても、変種や奇種を連続して狩猟するものではないと考えながらも、やはり凄腕個体は戦っていても楽しいと思っていた。

 

「ジーク、次はどうするの?」

「そうですね……一回、メゼポルタに帰るのもありだと思います」

「めぼしい依頼が無かったら?」

「まぁ、そんなところです」

 

 満点の星空を見てはしゃいでいるダルクを横目に、ジークはヴィネアの言葉に頷いた。狩人祭の最中に、拠点を何度も移動させて狩りをするのは効率があまり良くない。しかし、アクラ・ヴァシム変種特異個体とディアブロス奇種特異個体を連続で狩猟したことで、狩人祭のスタートダッシュとしては十分な程の「魂」を獲得しているジークは、これを機に拠点を移動させてもいいかもしれないと考えていた。

 

「メゼポルタにもまだ面白そうな依頼があるかもしれませんし、そっちで色々考えてみますよ」

「そう。私は活動し慣れているから、しばらくドンドルマに残るつもり……実家もあるし」

「そういう人も多いですよね」

 

 ヴィネアのように、狩人祭の最中についでに実家に顔を見せたりするハンターを多い。多くのクエストをクリアしなければならない関係上、色々な拠点に分散して狩りをすることになる狩人祭中に、拠点近くに実家があるようなハンターは、住み慣れている実家で休養を取ることもある。ヴィネアのようにドンドルマに実家があるようなハンターも少なくない他、セクメーア砂漠、クルプティオス湿地帯、ラティオ活火山と三方向に行先のあるドンドルマは、狩人祭の最中でも人が集まる場所なのだ。

 

「フルトさんはどうします?」

「え? 僕は……ドンドルマで団長たちを探そうかな……ドンドルマに行くって聞いてたし」

 

 フルトが所属している『ロームルス』の猟団長、ネルバがドンドルマで活動していることはジークも把握していた。かつてドンドルマに永住するつもりで買った家が残っているらしく、ドンドルマではそこを拠点にして狩りをすると宣言していたので、ジークも覚えていた。

 

「ダルクは……」

「私はジークさんについていきますよ?」

「……そうか」

 

 ほぼ同い年であるはずのダルクが、自分の信奉者であることに未だ慣れていないジークは、笑顔のまま即答されてたことに一瞬詰まったが取り敢えず頷いておくことにした。ハンターの狩猟に置いて信頼関係というのはとても大事なものであるが、ここまで大きな感情の矢印を向けられた経験がジークにはないので困惑していた。

 それぞれ全員が行く場所を決めたことで、この四人パーティーは解散されることになる。とは言え、メゼポルタでは一度きりのパーティーなどなんら珍しいことではない。しかも、四人は同じ同盟に所属する仲間なのだからすぐにでもパーティーを組む機会があるので、全員が対して気にしていなかった。

 

「じゃあこれからの狩人祭の健闘を祈りますよ」

「任せて。バシバシモンスター倒すから」

「僕も微力ですけど……なんとか頑張って貢献してみます」

「任せてください! そもそも、この狩人祭の為にこの同盟に所属しているんですから!」

 

 ダルクの言葉に頷いたジークは、腰にぶら下げていた飲料水の入った瓶を取り出した。ジークがなにをしようとしているのか察した三人も、飲料水が入っている瓶を取り出し、全員が同時に瓶を前に突き出すことで、小さな音を鳴らした。

 

「乾杯」

「かんぱーい!」

 

 これまでの健闘を称え、これからの健闘を祈るジークの乾杯の音頭に合わせて、三人も水を口にした。本来ならば狩猟を終えた後に豪勢な食事をしながら酒でやるようなことなのだが、場所は夜の砂漠のど真ん中のため、水だけで行われていた。水だけでしか行われていない小さな宴だったが、狩りが終わったばかりの高揚感を乗せた宴は、ギルドの回収班がやってくるまで続いていた。




ディアブロス奇種終了です。

次は多分ヒプノック繁殖期になると思います。


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狩人祭⑥(フェス)

一話休憩

次こそヒプノック繁殖期書きます



「ふぅ……」

「お疲れ様です!」

「あぁ……対して疲れてもいないがな」

 

 クルプティオス湿地帯でショウグンギザミを狩猟していたベレシスは、倒れ伏したショウグンギザミに目もくれず、首を回していた。『ゴエティア』に所属している上位ハンターを三人ほど連れながら、上位個体のショウグンギザミを狩猟したベレシスは、心底つまらなさそうな顔をしていた。強敵と命を削り合うような戦いこそが至上であると考えるベレシスにとって、明らかに格下である上位個体のショウグンギザミなど毛ほども興味はなかった。それでも彼女が上位ハンターを連れてショウグンギザミを狩りに来ている理由は、単純に狩人祭に勝つためである。

 

「これならばジークとでも狩りに行けばよかったかもしれんな……あれは危険な依頼が舞い込んでくるタイプだからな」

 

 上位個体のモンスターを多く狩るのが狩人祭というものなのだが、ジークならば平然と変種やら奇種を狩っているであろうという確信がベレシスにはあった。狩人の中にもたまに、危険な依頼がいくつも舞い込み、それでも生き続けているハンターというのが存在する。ジークは間違いなくそれである。

 

「ベレシス団長……また一人で笑ってる」

「あの人、実力は確かだしカリスマもあって付いていきたいって思わせる人なんだけど……怖いんだよなぁ」

 

 洞窟の中で一人笑っているベレシスの横顔を見ながら『ゴエティア』のハンターたちは頷いていた。

 

「ハルファス、ショウグンギザミの解体は任せる」

「は、はい!」

 

 ベレシスと共にショウグンギザミの狩猟に来ている上、位ハンターの一人である女性のハルファスに、死体の解体を任せたベレシスは洞窟の壁に浮き上がっている結晶に触れながら、次の獲物をどうするか考えていた。

 

 


 

 

「はぁッ!」

「うわっ!?」

 

 溶岩の海の中から飛び出してきたヴォルガノスに向かって強烈な一撃を繰り出したバアルは、そのまま地面に着地してから、ちらりと撃ち落とされたヴォルガノスの方へと視線を向けた。何度か痙攣した後に絶命したヴォルガノスを見て、ついてきていた三人のハンターが安堵の息を吐いた。

 

「怪我はないか?」

「だ、大丈夫です……」

「そうか。今のうちに休んでおけ」

 

 片手剣を納刀したバアルは、ヴォルガノスの上位個体には目もくれず、溶岩の海へと視線を向けた。ドンドルマを中心としたラティオ活火山で、バアルは上位ハンターを三人連れてヴォルガノスを狩猟していた。本来ならばアクラ・ヴァシムやリオレウスなどを狩りに行きたいと思っていたバアルだが、ドンドルマで付いて来てくれる凄腕ハンターを探していた『ラグナロク』のハンターを見かけてついてきたのだ。

 

「ラーマ、だったか……次の狩猟の予定はあるのか?」

「え? あ……森丘のリオレイアとリオレウスのクエストがあって……」

「そうか。ならそれにしておこう……狩人祭で必要なのは依頼を達成する速度だからな」

 

 ラーマと呼ばれた『ニーベルング』所属のハンターは、バアルの言葉に頷いていた。

 ラーマは元々、ジークに勧誘される形で『ニーベルング』に所属することになったハンターだが、ヴォルガノスとの狩りでバアルの見せた荒々しくもありながら、美しさを垣間見せる片手剣技に惚れ込んでいた。

 

「俺もいつか、バアルさんのように片手剣を扱って見せます」

「……よくわからんが、やってみせろ」

 

 本当に何が言いたいのかわからないといった顔をしながらも、バアルはラーマの言葉に曖昧に頷いた。

 

 


 

 

「……マルク」

「任せてくれ姉さん!」

 

 強い吹雪が起きているフラヒヤ山脈の一角で、エルスがヘヴィボウガンから弾丸を放ちながら、横を走り抜けていったマルクに名前だけを呼びかける。それだけでエルスの意図を察知したマルクは、対面する金色の毛を揺らすラージャンへと急接近した。

 

「貰った!」

「流石に前に出過ぎ。ウルフ、支援してあげて」

「わかったよッ!」

 

 双剣を持ったまま意気揚々と急接近していったマルクに、エルスはため息を吐きながらランスを持つハンター、ウルフにマルクの援護を頼んだ。ウルフは『ニーベルング』に所属する男のハンターであり、ランスの扱いに長けている支援型のハンターである。『ニーベルング』に所属している上位ハンターの中で、次に凄腕ハンターになるだろうとジークが目星をつけているハンターであり、その実力は既に凄腕ハンターと大差はない。

 無謀にも急接近してきたマルクに対して、我武者羅に腕を振り回していたラージャンは、横から入ってきたウルフに攻撃を受け止められたことで生まれた隙に、マルクの双剣によって致命傷を受けた。叫び声を上げながら雪の上に倒れ伏したラージャンを前にして、マルクは完璧なキメ顔を見せていた。

 

「どうだ! これが凄腕ハンターの実力だ!」

「すごい、かしら?」

「何故疑問形なんだ!? 目を逸らすなディアナ!」

 

 マルクにディアナと呼ばれた女性ハンターは、マルクの言葉を完全に無視してウルフに軽く会釈してからラージャンの死体に近寄った。ディアナは『ロームルス』所属する上位ハンターだが、年齢がマルクよりも上なこともあり、マルクの調子に乗った言葉を軽く受け流していた。

 

「エルス、解体しますわよ!」

「ディアナさん、興奮しすぎよ」

 

 お調子者のマルクを軽く受け流したディアナだが、実はモンスターの死体を解体するのが大好きだという変わった女性であり、解体の話となるとエルスですらあまり近寄りたくないと思うようなハンターである。

 

「……誰か変わってくれ」

 

 当初はハンター業界の中でも美人として認識されるであろう女性ハンター三人とのパーティーと聞いて、狩りを楽しみにしていたウルフだが、実際は三人の個性が強く、しかも三人とも我が強く振り回されっぱなしである。男の夢であるハーレムパーティーを実現させると意気込んでいたウルフは、数度の狩りで既に精神的にボロボロだった。

 

 


 

 

「おわぁっ!?」

「ね、ネルバぁ!?」

「……なにしてるんですか?」

 

 シルクォーレの森とシルトン丘陵からなる森丘の崖を歩いていたネルバが、足を踏み外して落ちそうになっていた。咄嗟に手を伸ばしてネルバの手を掴み取ったスロアは、なんとかして顔を青褪めているネルバを引き上げようとしていた。横でその様子を見ていたメルクリウスは、大きなため息を吐きながら一人で進み始めた。

 

「がっはははは! まぁいいじゃぁないか……団長もたまには道を踏み外すものよ!」

「いつも踏み外していますけどね」

 

 メルクリウスは、自分の後ろで豪快に笑っているユピーの言葉に呆れていた。年齢も三十を超えるベテランハンターであるユピーは、メルクリウスが見上げるような巨漢の男だが、普段は気のいいただのおっさんである。

 

「大体、あの程度の段差を落ちた所で怪我をする訳でもありません」

「それはそうだ」

「あ、そっか」

「いてぇっ!? 急に手を離すな!」

 

 メルクリウスの言葉に納得したスロアは、ネルバから手を離した。ほんの少しだけ落下したネルバが、尻を擦りながら抗議の声を上げる。しかし、メルクリウスは心底呆れたようなため息を吐くだけだった。

 

「リオレイア変種、どこまで逃げたのやら」

「そうですね……麓の方まで逃げたのかもしれません。それか森に身を潜めているかと」

「厄介だな……森は狭いからな」

 

 四人は森丘で依頼を受けているがミナガルデではなく、ココット村を拠点にリオレウス変種の討伐に来ていたのだが、飛竜の巣で相対していたリオレウス変種は、ほんの少しの交戦で自らの危機を察知して早々に逃げて行ったのだ。飛竜の巣がシルトン丘陵の頂点にあるため、逃げていったリオレウス変種を追っている四人は、必然的に崖を最短距離で降りるか、遠回りをして安全に下山するかの選択肢を迫られた。狩人祭のクエスト効率を考えたパーティーのリーダーであるネルバに全員が納得する形で崖を降りている最中に、ネルバが足を踏み外して落ちた所である。

 

「にしても、森丘はいつも通りだねぇ……」

「そうだな。ここは昔から変わらん」

 

 スロアの言葉に頷いたユピーは、前を歩くメルクリウスが勢いよく下に飛び降りたのを見て笑みを浮かべ、我先にとスロアよりも早く飛び降りた。

 

「ゆっくりと蔦を頼りに降りるより効率的です」

「がっはははは! 確かにな!」

「えぇ……流石に怖いよ?」

「慣れてください」

「俺を置いて行くなぁっ!」

 

 崖の上でやかましいハンター四人に反応して、崖の下にいたブルファンゴたちが唸り声を上げていた。

 

 


 

 

「やぁッ!」

「ティナさん! そっちに行きました!」

「っ! 了解です!」

 

 太陽の照り付ける昼間の砂漠で、ティナが弓を片手に持ちながら躍動していた。目の前に迫るダイミョウザザミの爪を掻い潜り、的確に急所へと矢を放ったティナは、ウィルの言葉に反応して背後から近寄ってきていたもう一頭のダイミョウザザミの爪を避ける。

 

「はぁッ!」

 

 ガンランスの銃砲をダイミョウザザミへと向けたウィルが、装填された弾丸を発射する。ダイミョウザザミが背負っている、途轍もなく硬いモノブロスの頭骨を傷つけるような砲撃を受けて、ダイミョウザザミはその場で大きく上に跳躍した。

 

「後ろは任せなさい!」

「はい!」

 

 跳躍したダイミョウザザミに狙いをつけて矢を引き絞ったティナは、背後からの攻撃を、ランスを持つ女性に託して前にのみ意識を集中させた。ウィルを狙って落ちてくるだダイミョウザザミへ、落下してくる速度を考慮して放たれた矢は的確に顔面に突き刺さった。横から衝撃を受けた様に空中で吹き飛ばされたダイミョウザザミは、勢いよく砂塵を巻き上げながら墜落し、それを追撃する為にウィルが駆ける。

 

「甘い!」

「グローセさん、ありがとうございます!」

「蟹一匹程度なら問題ないわ。オルクス!」

「聞こえてるっ!」

 

 ティナへと当たりそうな攻撃を全て防いでいたグローセは、盾で爪を弾いたことで生まれた隙に突っ込むようにもう一人のハンターへと指示を出していた。太刀を両手に、グローセの指示よりも先に突っ込んでいたオルクスは、ダイミョウザザミの爪へと太刀を突き刺し、そのまま甲殻の一部を引き剥がすように横へと滑らせた。紫色に近いような甲殻種特有の血液が噴き出すと同時に、グローセが接近してダイミョウザザミの顔の下へとランスを突き刺した。深々と突き刺さったランスから血液が垂れ流しにされたまま、ダイミョウザザミが力なく砂漠に横たわるのを確認してから、グローセとオルクスはもう一匹のダイミョウザザミへと視線を向ける。

 

「こっちも終わりました!」

「流石、凄腕ハンターね」

「全くだ……大した腕だよ、二人ともな」

 

 自分よりも後輩であるはずのウィルとティナの実力に、感心したように呟くグローセの言葉に、オルクスは同意するように頷いていた。オルクスとグローセはティナとウィルよりも前からメゼポルタに所属していたが、上位ハンターで止まっている。それだけで二人の異常な程の成長率だとわかる。

 

「まぁ、私たちの猟団長はもっと化物だけれどね」

「ジーク、か……あれは時代に名前を残す傑物の器だろう」

 

 二人から見ても天才としか表すことができないウィルとティナ。その中心にいる人物はいつだって『ニーベルング』猟団長であるジークなのだ。メゼポルタの時代の中心とも言うべき場所にいる、ジークの存在にグローセは惚れ込んで『ニーベルング』に所属しているのだ。

 

「……さぁ、早く片付けて次の狩りに行きますわよ」

「そうするか」

「はい!」

「よーし! この調子でもっと狩りますよ!」

 

 ダイミョウザザミ二頭を狩猟した程度では止まれない。『ラグナロク』が相手をしている二つの猟団は人員の数も質も勝っているのだ。残るのは個々人の実力と根性くらいである。ティナとウィルは、ジークが率いる『ラグナロク』を勝たせるために気持ちを入れ替えて次のクエストを考えていた。

 

 


 

 

「うーん……やはり私の肌には合いませんね。弱い敵というものは」

「また始まったな……お前さんのそれはなんとかならんのか?」

「そうは言ってもですね……私は血沸き肉躍る戦いを求めるハンターなんですよ。ガープさん」

「そうかいそうかい」

 

 パイモンの言葉に辟易とした様子を見せる男の名はガープ。元はドンドルマでG級ハンターをしていたほどの実力者であり、年齢も四十を超えているというのに未だに超人的な動きをする『ゴエティア』の古参ハンターである。

 

「まぁ、貴方の様に気のいい老人を気取りながら、モンスター相手にはネチネチと狡猾な狩りをする人にはわからないかもしれませんが」

「変な言い回しをするな! 俺はただ安全策を取ってるだけだろう!」

 

 このガープという男、普段は気のいいオヤジであり、同じ猟団や同盟の仲間を家族同然に考える温かい性格をしているのだが、狩猟スタイルは一変して相手の嫌がることを続ける、陰湿とも言えるような狩りである。これは経験に裏打ちされた、仲間にも自分にも被害が少なくなるように狩る技術なのだが、どうみても嫌がらせにしか見えないような狩り方をすることから、共に狩りに行ったハンターからは、実は腹黒なのではないかと噂されている。本人はそのことは悲しくて仕方がないのだとか。

 

「しかし、このベルキュロスは大した敵ではなかった……ベルキュロスと聞いて少し期待したのですが」

「上位個体程度だろうな……凄腕ハンター四人で狩るような相手じゃあない」

「ですね」

 

 パイモンは峡谷に横たわるベルキュロスの死体へと目を向けた。ジャンボ村に滞在していたパイモンたちに、峡谷に出現したベルキュロスを速やかに討伐して欲しいと依頼が舞い込み、ベルキュロスと聞いてパイモンが興奮気味に頷いたことで峡谷に狩りに来ていたが、若い個体なのか力は上位程度でしかなく、がっかりすることになっていたのだ。

 

「おう。大体片付いたぜ」

「はぁ……周辺の片づけを人に任せる気が知れん」

 

 ベルキュロスの横で、大きなため息を吐きながら座り込んでいたパイモンの下に、二人のハンターが近寄ってきた。ベルキュロスを討伐したついでに、周辺の肉食小型モンスターの掃討をしていたゴエティアの凄腕ハンター二人である。

 

「すまんな。パイモンはやりたがらんからな」

「当然ですよ。弱い敵の掃討などごめんです」

「……て、訳だからよ。悪いな、アッシュ、ヴァサゴ」

「気にすんな、ガープのおっさん」

「はぁ……」

 

 アッシュとヴァサゴと呼ばれた二人は、対照的な反応を見せていた。歯を見せるような笑みで気にするなと口にするアッシュと、心底呆れた様なため息を吐くヴァサゴ。二人共『ゴエティア』の中で十指に入る実力者である。

 

「他の連中は上手くやってんだか」

「俺らの団長は心配いらんだろう。パイモンよりも厄介な戦闘狂であることを除けば」

 

 ベレシスなんて何をさせても生き残るとしか考えていないガープの、自分達の猟団長を差したとは思えない言葉に、三人とも同時に頷いた。その強さに惚れ込んで入団したというハンターは『ゴエティア』には多いが、主力団員として活躍しているパイモンたちの様なハンターは、流れでたまたま入団しただけである。

 

「……他の猟団のハンターは?」

「それもそこまで心配いらんと思うがな。特に『ニーベルング』の猟団長が率いる連中はな」

 

 ヴァサゴも『ゴエティア』のメンバーの心配などしていなかったが、彼は『ロームルス』と『ニーベルング』のハンターたちのことを気にしていた。同盟を結んでまた季節が一つ進んだ程度の時間しか経っていない現状では、あまり他の猟団のことも詳しくない者が多い。ヴァサゴの言葉に心配いらないと断言したのはガープだった。寒冷期の間に一度だけ、ジークと共に狩りに行ったことがあるガープだが、既に『ニーベルング』猟団長であるジークの実力を完全に認めていた。

 

「彼の腕は惚れ惚れしますよ。一緒に狩りに行けばわかります」

「そんなにか? かぁー……俺も剛種シェンガオレンとやり合いたかったぜ」

 

 常に強者との戦いを求めているパイモンは、ベレシスと同じで弱者にはあまり興味がない。そんな彼が腕に惚れ込んでいるとなれば、外れであることはまずないだろう。

 アッシュが剛種シェンガオレンの出現を聞いたのは、他の剛種を狩猟してメゼポルタに帰ってきた後である。始めて確認された剛種シェンガオレンの討伐に『ラグナロク』の凄腕ハンターが十二人向かったと聞いて、自分が気を逃したと気が付いた時にはそれなりに後悔していた。

 

「そのうちいくらでも狩りに行ける。あの男は時代の中心にいるような男だ」

「……面白い」

「ヴァサゴが興味を示すなんて珍しいな」

「私とて、興味の惹かれる者ぐらいいる」

 

 ヴァサゴの言葉に同意するように頷くパイモンに呆れながら、ガープは峡谷の空に視線を向けた。

 

 


 

 

「ふぅ……帰ってきたはいいけど、殆ど誰も残ってないな」

「本当ですね」

 

 ドンドルマからメゼポルタに戻ってきたジークとダルクは、最初に猟団部屋へと向かったが、そこには数人のハンターの姿があるだけで、殆どのハンターが各地に出払っていた。狩人祭としては正しい行動なのだが、ここまで人が少ない猟団部屋というのも珍しいことだったので、ジークは少しだけ寂しそうにしていた。

 

「誰か残ってないかなぁ……あ」

「ん? げっ」

「あ、ルーナ」

 

 猟団部屋を見渡して誰か残っていないかと呟いたジークの視界に、女のハンターが入り込んだ。視線が合って相手がジークだと理解した瞬間に、心底嫌そうな顔をした女に対してダルクが笑顔で声をかけた。

 

「なによ?」

「人がいないか探してたの!」

 

 ダルクに対して素っ気なさそうな返答をするルーナは、ロックラックギルドでダルクと組んでいた弓使いのハンターである。若くして上位ハンターへと昇格したルーナとダルクは、ロックラックギルド内でも天才であると持て囃され、数多くの依頼が舞い込んでハンターとして大成するはずだった。ルーナの目の前にいる男がいなければ。

 

「……あんたも一緒な訳?」

「そうなるな」

「絶対嫌だ!」

「なんでよぉ!」

 

 ジークのことを個人的な理由で嫌っているルーナだが、彼女は『ロームルス』に所属しているハンターである。嫌っていると言ってもなにかをされた訳でもなければ、ジークに嫌がらせをしようという悪意があった訳でもないことはルーナを理解しているので、突っかかっていくはない。しかし、ジークのせいで苦労をしたことがあるのも事実なので、喋りかけられると噛みつくのだ。

 

「……あぁ、なんかどっかで見たことあると思ってたんだけど、ロックラックのルーナか」

「はぁ!? あんた……今まで知らずにあたしと話してたの!?」

「うん」

 

 ジークとしては過去の話なのであまり深く思い出していなかったが、実は『ラグナロク』所属の凄腕ハンターの集会で顔を合わせるたびに、その顔に既視感を覚えてはいたのだ。当時のことを恨んではいなかったルーナだが、ジークのその態度に怒りで震えていた。

 

「あんたのせいでどんだけ苦労したと思ってるのよ!」

「いやぁ……すまん」

「ちょ、ちょっとルーナ。ジークさんだって悪意があった訳じゃないから」

 

 何故ルーナとダルクがジークによって迷惑を被った過去があるのかと言えば、単純な話、運が悪かっただけである。

 同じ大陸内で巨大な二つのギルドとして有名なロックラックとタンジアは、切磋琢磨するライバルなのだ。ロックラックのハンターが大きな功績を残せば、タンジアのハンターが負けじと功績を残す。そうやって二つのギルドは大きくなっていたのだが、ルーナとダルクがロックラックのハンターとして天才だと持て囃され始めた頃、タンジアではジークが異例の速度で昇級していた。結果的に、最初は天才だと持て囃されたルーナとダルクの噂は、同時期に現れて彗星の如き速さでG級ハンターまで駆け上がったジークに押しつぶされることになる。

 

「そもそも! こいつが()()()になにしたか覚えてんでしょ!?」

「まぁ……それはそうだけど」

「あの時? もしかしてジエン・モーラン亜種の話してる?」

「それ以外にないでしょ!」

 

 霊山龍(れいざんりゅう)ジエン・モーラン亜種は、ロックラックが中心に存在する大砂漠に現れる峯山龍(ほうざんりゅう)ジエン・モーランの亜種である。満月の夜にしかまともに姿を現さない貴重な古龍種なのだが、なによりもその背中にある霊水晶と呼ばれる素材を求めて、大陸中のハンターが集まるようなモンスターなのだ。

 大砂漠の中心に聳え立つロックラックのギルドとしては、ジエン・モーラン亜種の素材や、可能ならば討伐することで大きな名誉を得たいという思惑もあった。ただ、ジエン・モーラン亜種は原種とは一線を画す危険性を持つモンスターであるため、正面から戦うのはG級ハンターに限られていたのだ。そこでやってきのが、タンジアで名を上げていた若きG級ハンターであるジークだった。彼はふらっとパーティーにも加わらずに一人でやってきたかと思えば、超人的な活躍によってジエン・モーラン亜種の素材と討伐の名誉をかっさらっていってしまった。ジエン・モーラン亜種討伐戦で活躍することで、G級ハンターに昇格しようと画策していたルーナとダルクはジークによって気を逃し、G級ハンターになるのは遠い未来の話になってしまったことで、心機一転としてメゼポルタへとやってきたのだ。

 

「まぁ……あれは悪かったよ」

 

 ジークとしても、ジエン・モーラン亜種に関する話はロックラックのハンターたちに負い目を感じている事件である。なにせ、何十年と準備して今度こそはジエン・モーラン亜種を討伐するのだと張り切っていたものを、ライバルであるタンジアのハンターが横からかっさらっていったようなものである。いくらハンターが実力主義の世界であるとは言え、一攫千金を求めてやってくるハンターが多い中で、爆破属性の武器でなんの空気も読まずに、ジエン・モーラン亜種の牙を両方へし折ったことは反省していた。

 

「……わかってるわよ。ハンターなんて結局実力主義社会なんだから、あんたより活躍できなかったあたしらが悪いって」

「いや、そう言う訳じゃないだろ」

「そういうことなのよ。はぁ……」

 

 情緒不安定だな、と口にしたら烈火の如き怒りを向けられるだろうことを流石に察したジークは、大人しく口を噤んだ。ルーナもジークに対して色々と思う所があり、今回は噛みつくことになったが、自分の力が足りない理由をジークに押し付けていることは理解していた。今となっては過去の出来事であり、二人共メゼポルタの凄腕ハンターでしかないのだ。

 

「……で? なんで人が探してた訳?」

「狩人祭でしょ? なにかいい依頼がないかなーって探しに戻ってきたの」

「そう……なら丁度よかったわね」

 

 ダルクの言葉に納得したルーナは、懐から一枚の依頼書を取り出した。ルーナは元々狩人祭が始まった当初から、メゼポルタを拠点に塔とバテュバトム樹海をメインとしていた。上位個体のモンスター数頭狩猟していたルーナだが、何気なくクエスト一覧を眺めていた時にその依頼を見つけたのがつい数十分前の話である。

 

「……ヒプノック奇種、か」

「そ……あんたが言ってた評価の高いモンスターよ」

 

 ヒプノック繁殖期の変種相当であるヒプノック奇種ともなれば、ジークとダルクが狩猟してきたアクラ・ヴァシム変種特異個体やディアブロス奇種特異個体と並ぶような効率なのは間違いない。奇種である以上危険度は高いが、アクラ・ヴァシムとディアブロス亜種と比べれば、相対的に危険度は低いと言えるだろう。

 

「確かに、ヒプノック奇種なら効率もいいが……もう一人集まるか?」

「そこなのよねぇ……」

「誰かいないかな」

 

 効率のいいクエストが丁度手に入ったと言うルーナに賛同したジークとダルクだが、問題は奇種であるため、凄腕ハンターがもう一人は欲しいという点である。

 

「まぁ、俺も工房の方で新しい武器とか作ってもらいたいし、少しだけ時間を置こうか」

 

 メゼポルタに帰ってきてから、工房に一度だけ顔を出して素材を渡してきたジークは、強力な武器が手に入ってからの方がいいかと考えていた。変種アクラ・ヴァシムの結晶などから新しい武器が作れるかもしれない、と事前に聞いていたジークは、その武器を頼りにしていた。

 

「それがいいわね……ダルク、久しぶりに買い出しに行かないかしら? 回復薬の在庫が心許ないのよ」

「わかった。じゃあジークさん、人を見つけたら誘っておきますね!」

「頼む。あ、ルーナとダルクの必要な物も経費で出しておくから、猟団員用の素材をついでに買ってきておいてくれ」

「りょーかい」

 

 それだけ言い残して、ルーナとダルクは猟団部屋から出て行った。猟団部屋には、猟団員が全員使える共通のアイテムボックスが一つだけ存在している。万が一、必要なアイテムが足りなかった時などのために用意されているアイテムボックスだが、基本的には猟団員個々人が善意でアイテムを補充するか、今回のように猟団長や同盟の長が経費として金を後から払って入れておくためのボックスである。

 猟団部屋に残っている数人のハンターに声をかけながら、ジークは椅子に座ってヒプノック奇種の依頼書に目を向けた。

 

「……ヒプノックか」

「ヒプノックが求愛するために、体毛を鮮やかに変色させた姿。分類的には亜種ではなく同一個体だが、体毛を変色させた繁殖期のヒプノックは凶暴性が増し、気性が荒くなるため、ディアブロス亜種と同じように亜種区分に分類されている」

「ん?」

 

 ウィルと初めて狩りに行ったモンスターであるヒプノックの姿を思い出し、少しだけ懐かしさに浸っていたジークの耳に、ヒプノック繁殖期の詳細が聞こえてきた。落ち着いた男の声であることを認識したジークは、モンスターの生態に詳しいという点だけで誰かを察していた。

 

「ヒプノック繁殖期の特徴的な行動としては、肉眼でも視認できる程のフェロモンを発すること。これは、通常のヒプノックが口から吐く睡眠作用のあるブレスとは違い、一瞬でも吸い込めば人間がすぐに失神してしまう危険なフェロモン。失神する原因は特定されていないが、特徴的なピンク色のフェロモンを視認したらすぐに離れるべし」

「……詳しいですね、ベリアルさん」

 

 注意点まで添えてくれた相手に苦笑いを浮かべながら振り向いたジークは、背後に立っていた眼鏡をかけた男性と目を合わせる。ベリアルと呼ばれた男は薄く笑みを浮かべてから、手に持っている本を閉じた。

 

「久しぶりだね。狩人祭前の集会には来れなくて悪かった」

「いえいえ……ハンターは常に忙しいですから」

 

 狩人祭前の集会に来ていなかった『ゴエティア』所属の凄腕ハンターであるベリアルは、百人に聞けば百人が知的であると断言する様な優男の顔をしている。おまけに眼鏡をかけていて、モンスターの生態や大陸各地の環境にも詳しい、もはや研究員のようなハンターである。

 

「ヒプノック繁殖期、行くのかい?」

「そうです。集会では話したんですが、こいつは繁殖期になると依頼が増えますから」

「あぁ……一回の狩猟で得られるリターンが大きい、と」

「狩人祭の間は、ですけどね」

 

 ベリアルはジークの言葉に頷いた。ヒプノックが繁殖期の間だけ体毛を変色させる亜種は、気性が荒くなり、求愛のために縄張りから出ることが多い関係上、クエスト数はどうしても嵩んでいく。

 

「奇種ともなれば効率も十分だろう。悪くない選択だね」

「そうですかね」

「そうだとも。是非ともスタートダッシュに遅れた僕も連れて行ってほしいな」

「大歓迎ですよ」

「感謝するよ」

 

 パローネ=キャラバンの依頼を受けてメゼポルタを離れていたベリアルは、予想よりも長い間拘束されていたことで狩人祭に遅れてしまったのだ。いざメゼポルタに帰ってきてみれば既に狩人祭が始まり、猟団の主力メンバーも殆どが出掛けている状態であったため、誰かが帰ってくるまで休養していた。

 

「戦力になることは保障しよう」

「頼りにしてます」

 

 新たな『ラグナロク』の凄腕ハンター参戦に、ジークは笑顔を浮かべていた。




結構な数のキャラを書きました。

以前から考えてあったキャラの名前は粗方出たので、設定を読みやすく書き直してから、なんらかの手段で投稿したいと思っています。

後書きに一人ずつ書くか、全部まとめて設定として投稿します。


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狩人祭⑦(フェス) 蒼眠鳥(ヒプノック繁殖期)

「と、言う訳で……ベリアルさんがついて来てくれることになった」

「わぁ……ありがとうございます!」

「いやいや。僕も狩人祭に乗り遅れたからね……ジーク君が帰ってきてくれて好都合だったよ」

 

 翌日、ヒプノック奇種討伐依頼に同行することになったベリアルは、ダルクとルーナに挨拶を行っていた。面識が全く無いわけではないが、ジークと違って寒冷期後に凄腕ハンターに昇格しているダルクとルーナは、ジークほど『ラグナロク』の凄腕ハンターとの関りがある訳ではない。

 

「よろしく」

「そう……よろしく。あたしはルーナ」

「私はダルクです!」

 

 軽薄そうな笑みを浮かべているベリアルに、警戒心を抱きながらもルーナは彼が本物の実力あるハンターだと見抜いていた。立ち振る舞いや仕草から、自分よりも格上のハンターであることを理解したルーナは、胡散臭い笑みを抜きにして取り敢えず挨拶しておこうと考えた。相方であるダルクは、ジークが連れてきたハンターであることベリアルのことを最初から信じ切っている。

 

「ヒプノック繁殖期は、変色したことによって体毛の質が変化している。だから原種のヒプノックと違って熱に強い特性があるんだ」

「熱に、ですか」

 

 ジークが親方に頼んで作成してもらっているアクラ・ヴァシムの武器は、結晶液を使用している関係で神経性の麻痺毒を含んだ武器になる。熱に強い特性を持つと言われれば、それだけ火属性の武器を持っていき辛くなるが、ジークは最初からアクラ・ヴァシムの武器で行くことを決めていたので関係ないことだった。

 

「僕は普段からガンランスしか使わないから、今回は雷属性のガンランスを担いでいくよ」

「雷属性のガンランス、ですか?」

 

 ジークは『ゴエティア』に所属している凄腕ハンターたちの持つ、剛種武器が気になって仕方がない。ジークは多くの剛種モンスターを討伐したことがある訳ではないが、剛種ベルキュロスの双剣である真舞雷双【迦楼羅】の威力は理解していた。同じように、剛種モンスターの素材によって生み出された数々の武器は、他を圧倒する様な性能を持つ物ばかりであり、ジークは『ゴエティア』のハンターたちの持つ剛種武器を毎回見せて貰っている。

 

「僕が使う雷属性のガンランスは「真舞雷銃槍【朱雀】」だよ」

「舞雷……ってことは」

「剛種ベルキュロスの武器だね」

 

 ジークもベレシスたちと一度だけ狩りに行き、その素材で武器を作ったことがあるベルキュロスの武器と聞いて、少しだけ驚いていた。凄腕ハンターの持つ雷属性の剛種武器と言えば、幻獣キリンか舞雷竜ベルキュロスの武器が定番らしい。

 

蒼眠鳥(そうみんちょう)の体毛程度なら簡単に焼き切れそうだけどね」

「それは頼もしいですね」

「期待してくれて構わないよ」

 

 舞雷竜の名前を聞いて少しだけ驚いた様子を見せたルーナだが、未だにベリアル本人に対する警戒は緩めていなかった。軽薄そうな笑みを浮かべている人間に、あまりいい思い出がないらしいルーナの態度に対しても、ベリアルは特に何も言わなかった。

 

「まぁ、夜になったら狩りに行くか」

「なんで夜になったら、なんですか?」

 

 ルーナは警戒しているだけで、ベリアルのことを嫌っている訳ではないと理解しているジークは、二人の痛い沈黙など全く無視して、依頼書を手に取った。そこに反応したのはダルクである。ジークならばすぐにでも狩りに行こうと言うと思っていただけに、ジークの夜になったらという言葉に疑問符を浮かべていた。

 

「繁殖期のヒプノックは昼間は求愛に夢中で、基本的に複数頭がまとまって動いていることが多い。夜になればそれぞれの縄張りに帰って行くから、一頭のところを狙いやすいんだよ」

「だから夜なんですか?」

「そうさ。もしヒプノック繁殖期を複数頭狩りたいと思うほど迷惑に思っていても、誰も受けてくれないからねぇ……ヒプノック繁殖期の複数頭なんて」

 

 原種のヒプノックがあまり凶暴ではなく、小型モンスターに対しても睡眠ブレスを吐いてから、そのまま放置して逃げ出すような臆病な性格をしているため、繁殖期と言われてもイマイチ理解できない人間も多い。しかし、繁殖期のヒプノックは睡眠ブレスを吐いて相手が眠れば、確実に命を取りに来ると断言できる程気性が荒い。それに加えて、一呼吸するだけで人間を失神させるフェロモンを放つ。繁殖期のヒプノックは、原種から考えられないほどに凶暴になっているのだ。

 

「そう言う訳だ。夜までにしっかり準備しておいてくれよ?」

「わかりました!」

「そうするわ。あたしだって死にたくはないし」

 

 ダルクとルーナの返事を聞いてから、ジークは親方に頼んでおいた武器を取りに行くために、工房へと向かっていった。

 

 


 

 

 数時間後、夜のバテュバトム樹海を歩く四人のハンターは、狩猟対象であるヒプノック奇種探して歩き回っていた。

 

「夜の樹海は薄暗いわね……」

「大雷光虫がその辺にいるのは、少し怖いな」

「んー……ヒプノックも大樹の麓にいると思うけどな」

 

 松明を片手に進むジークの後ろを歩くダルク、ルーナ、ベリアルは、周囲を飛び回っている大雷光虫に視線を向けながら警戒していた。大雷光虫は雷光虫が突然変異を起こして巨大化し、それが群体となって集まった姿である。本来ならば雷光虫一匹の放つ電撃は人間を殺す程のものにはならないが、巨大化した雷光虫が寄り集まってできている大雷光虫は、何故か統率された動きで全ての個体が発電しながら群れで突進してくるため、人間ですら感電してしまうと麻痺して動けなくなってしまう程である。

 

「外回りで歩いてから、ヒプノックを探しましょうか」

「それがいいと思うわ」

 

 ルーナはジークの言葉に一番早く同意した。合理的な狩りを好むルーナは、個人的な過去の因縁などを抜けば、ジークと最も相性のいいハンターと言ってもいい。

 大雷光虫に見つからないように樹海を歩いているハンターたちは、すぐに大樹の空洞の中に入らず、外周を歩いてヒプノック奇種がいた痕跡を探していた。大雷光虫へと視線を向けて警戒しているダルク。一番前を歩いて安全を確保しているベリアル。そして、ルーナと共に最後方で今後の動きのことを話し合いながら歩くジーク。縦列に並びながら鬱蒼として視界が通りにくい樹海を歩くハンターたちは、草むらの揺れる音に全員が反応して武器を構えた。

 

「……ブルファンゴか、ランポスか」

「大雷光虫って可能性も……」

「警戒するに越したことはない」

 

 既に真舞雷銃槍【朱雀】を構えて警戒を続けているベリアルの視界に、草むらから飛び出してくるブルファンゴと大雷光虫が目に入った。一番近くにいたジークが、アクラ・ヴァシムの素材で作られたランスである「ヴァシムホーン」で、突進してきたブルファンゴを絶命させるのと同時に、背負っていた弓を構えていたルーナが大雷光虫の大部分を始末した。

 

「……フルフルボウか?」

「詳しいのね。て、あんたは武器なんでも使えるんだったわね」

 

 ジークはルーナが構えている弓を見て、それがフルフルの素材によって生み出されたフルフルボウであることを見抜いた。正確にはフルフル変種の素材を使って強化された「フルフルボウⅣ」である。武器からフルフルの不気味さが伝わってくるような見た目に感心していたジークは、武器を見せるためにこちらを向いていたルーナの背後から迫るモンスターに気が付いた。

 

「ちっ!?」

「きゃぁっ!?」

 

 悲鳴を上げながらジークに押し倒されたルーナは、すぐに顔を上げてさっきまで自分が立っていた場所を見ると、薄暗い樹海の中でも目に焼き付く様な色鮮やかな羽が見えた。月光を反射するように怪しく光るその羽色が、突然草むらから飛び出してきたことに驚いているベリアルとダルクは、すぐさま武器を構えてジークとルーナを救出するために動き出した。

 

「ジークさん!」

「っ、わかってる!」

 

 ルーナの上から飛び退いたジークは、すぐにランスを拾ってから極彩色の羽を持つヒプノック奇種に向かって突き出した。草むらから奇襲を仕掛けて失敗したヒプノック奇種は、右から迫るジークのランスと、左から迫るベリアルのガンランスを見て上に避けるために飛び上がる。同時に、奇襲を仕掛けられたショックから立ち直ったルーナが放った矢を、空中で器用に避けたヒプノック奇種は、そのまま低空飛行で見えづらい草むらの中から飛び出した。

 

「あいつ、いい動きするな」

「感心しないでよ!」

「これは思ったより強敵かな?」

 

 三方面からの連携攻撃を軽く避けられたジークは感心したように呟き、ルーナはそれに呆れ、ベリアルは冷静にヒプノック奇種の実力を見極めていた。ハンターたちの中で唯一攻撃していなかったダルクは、誰よりも早くヒプノック奇種に追走して双剣を構える。

 

「私も続きます!」

「ルーナ、ダルクの援護頼む」

「任せなさい。あの突撃娘の援護は慣れてるのよ!」

 

 ロックラック時代からダルクと組んでいたルーナは、すぐにモンスターに向かって突撃していくダルクの援護など慣れ親しんだものだった。ダルクはメゼポルタにやってきてから、ハンターとしての実力をメキメキと伸ばしているが、それはルーナも同じことである。向かってくるダルクを迎撃するように、睡眠ブレスを口から同時に複数吐いたヒプノック奇種に対して、ダルクはそれの間を掻い潜るように走り抜け、アクラ・ヴァシム変種の素材から生み出された双剣「ヴァシムセーバー」を振りぬいた。睡眠ブレスを避けられたことに、反応しきれていないヒプノック奇種が反射的に顔を逸らし、ダルクの攻撃をいなすと同時に、ルーナの狙いすましたような一射がヒプノック奇種の喉元へと突き刺さった。

 

「あ、あんまり効いてない?」

「ベリアルさん!」

「大丈夫」

 

 純白の秘伝防具に身を包むベリアルは、ガンランスの重みなど毛ほども感じていないかのような速度で加速していた。ガンランスを極めた者にのみ着ることが許される「サファイア」防具は、ガンランスを振るう者を絶対に邪魔しないように緻密な計算によって生み出されている。高速で駆けるベリアルは、それでもヒプノック奇種への追撃が間に合わないと考え、走りながらガンランスの穂先を自身の背中方向へと向ける。自分の背後に穂先を向けた状態のまま、ガンランスの内部を冷却する為に存在する排熱機関をフル稼働させて一気に空気を押し出したベリアルは、その勢いにのって急加速してヒプノック奇種へと接近した。

 

「遅い!」

 

 喉元に鋭い痛みを感じたヒプノック奇種は、その場から逃げようと翼をはためかせていたが、上に飛び立つ前にベリアルが接近していた。排熱を利用した加速でヒプノック奇種へと接近したベリアルは、真舞雷銃槍【朱雀】をヒプノック奇種の片方の翼に突き刺した。舞雷竜の荒々しさを彷彿とさせる真舞雷銃槍【朱雀】によって、ヒプノック奇種の傷口から蒸気が上がる。死してなお、素材から超高圧の電流を発生させるベルキュロスによって、ヒプノック奇種はその場に叩き落された。

 

「俺も前に出る」

「私の射線に入らないでよね」

「善処しよう」

 

 ベリアルがヒプノック奇種の翼にガンランスを突き刺した瞬間に、ジークは既に駆けだしていた。ルーナの軽口に適当に返しながら、ヒプノック奇種の命を狙ってジークは走る。攻撃を避けられたダルクは、ガンランスの砲撃の範囲を予測して、ベリアルの直線状に入らない場所を狙って双剣を持ったまま加速する。狙いは刃の通りやすい腹と足だけであった。

 ベリアルによって地面に叩き落されたヒプノック奇種は、前方から接近してくるジークと、背後を駆けるダルクに意識を向け、迎撃のために身体を揺する。身体を少し揺すったことで、身体から放出される肉眼で確認できる、ピンク色の胞子のようなものを見て、ベリアルは即座に砲撃を放った。

 

「これがっ!?」

「……あれがフェロモンか」

 

 ヒプノック奇種のすぐ背後を走っていたダルクは、身体から放出されたピンク色の煙を見て一気に飛び退いた。ランスを構えたまま、ヒプノック奇種へと向かって走っていたジークにも、そのピンク色が夜の中でもしっかりと視認できていた。ベリアルが放った砲撃によって、漏れ出していた少量のフェロモンが吹き飛ばされ、ベリアルはそのままヒプノック奇種へと追撃する為に一歩前に出た。大きな盾を持つガンランスという武器を扱うベリアルにとって、張り付いたも同然の距離から更に一歩踏み込んだモンスターへの近さこそが、最大の力を発揮できる領域である。

 

「覚悟してもらおうかな」

 

 更に近づいてきたベリアルに、ブレスやフェロモンでは迎撃が間に合わないと判断したヒプノック奇種は、首だけを前に出して嘴での攻撃を行った。咄嗟に出る一撃にしては狙いが正確で、速度も並みのモンスター以上である嘴による攻撃を、ベリアルはタイミングよく盾を前に出すことでいとも簡単に弾く。攻撃を防がれたことに一瞬気が付けなかったヒプノック奇種に対して、ベリアルは容赦なく顔に砲撃を放った。

 

「……えげつねぇな」

 

 ジークはヒプノック奇種の顔に向かって容赦なく砲撃を放つベリアルの狩りに苦笑いを浮かべていた。モンスターを傷つけることに忌避感がある訳でもないが、眉一つ動かすことなく相手の顔に向かって砲撃を放つベリアルは、正しく世間で認知されている『ゴエティア』のハンターだった。

 顔に砲撃を受けて混乱しているヒプノック奇種は、羽をばたつかせてフェロモンをばら撒き始めた。ベリアルに対しての攻撃が防がれ、追撃として砲撃を受けたヒプノック奇種は、このままベリアル相手にまともに戦えばただでは済まないと即座に判断したのだ。一呼吸するだけで失神する様な危険なフェロモンを、大量にまき散らされると、ベリアルがいくら優れたハンターであろうと退くことしかできない。今度は自分の前方に排熱噴射を行うことで後ろに移動してから、勢いを止める為にガンランスの装填を行った。

 

「はは……本当にすげぇ……尊敬しますよ。ベリアルさん」

「そうかい? 何に感心したかわからないけど……ありがとう」

 

 一つ一つの動作に全く無駄がなく、全てが効率的な動きをしているベリアルは、ジークが理想としているハンターの狩猟方法に近い。ジークとの違いは、ベリアルは効率のいい動きしかしていないが、動きを見るとガンランスの扱う上での基礎的な動作しか行っていない。ジークのように、自分が動きやすいように動く柔軟な狩りではなく、基本に忠実で自分の身に迫る危機をなるべく減らす堅実な狩り方である。

 フェロモンを発生させることでベリアルを遠ざけたヒプノック奇種は、甲高い鳴き声を上げながらベリアルを威嚇していた。

 

「……忘れてもらっちゃ困るんだけど、ね!」

 

 人を失神させるフェロモンを発生させることで、ハンターとの戦闘を振り出しに戻したと考えているヒプノック奇種の視界に、ルーナが放った矢が入る。なんとか身体を逸らすことで矢を避けたヒプノック奇種が顔をあげると、既にルーナは二の矢を放っていた。

 

「ナイス。やっぱり長年の相性ってのはあるもんなんだな」

 

 ヒプノック奇種が二の矢、三の矢を避けるために大きく動いたことで、周囲に散らされていたフェロモンの中からヒプノック奇種が飛び出す。接近できるようになったヒプノック奇種に対してジークとベリアルが動き出す前に、既にダルクがヒプノック奇種の背後を取っていた。突然背後から斬りつけられたヒプノック奇種は、燃えるような熱を感じながらも状況を打開するために尻尾を振り回した。

 

「今のうちに責め立てようか」

 

 不意打ち気味に放った初撃を完璧に避けられたベリアルは、ヒプノック奇種の強さを未だに警戒している。ジークも侮っている訳ではないが、最初ほどの緊張感を持って戦っている訳ではなかった。

 尻尾を振り回してダルクを遠ざけたヒプノック奇種に、ベリアルが急速接近してガンランスを突き出す。ベリアルに近づかれることを警戒しているヒプノック奇種は、身体を後ろに反らすことで槍を器用に避けた。無理やりな体勢で攻撃を避けた相手を的確に追撃するため、ルーナは首に向かって矢を放つ。

 

「ダルク!」

「はい!」

 

 再び喉に矢を受けて痛みに悶えるヒプノック奇種は、翼を大きくはためかせてフェロモンを発生させる。自分にとってなんの苦にもならない行為である、フェロモンを発生させるだけで敵を追い払うことができると学んだヒプノック奇種は、接近してくるベリアルとジークを警戒してフェロモンをまき散らした。

 

「もう、見飽きた」

 

 フェロモンによる防護壁を作り出した気になっているヒプノック奇種に対して、ベリアルは小さく呟くとフェロモンが届かない外からガンランスを構える。真舞雷銃槍【朱雀】の穂先から、青白い光が見えた瞬間にダルクはベリアルの直線状から外れるように動き出す。状況を理解できていないヒプノック奇種が金切り声を上げた瞬間に、爆竜轟砲がフェロモンを吹き飛ばして蒼眠鳥を包み込んだ。砲撃というよりもはや爆撃の様な衝撃をモンスターに与える爆竜轟砲を受けて、光に飲まれたヒプノック奇種は地面に横たわる。痛みに喘ぎながらなんとか立ち上がろうともがく中、ダルクとジークが挟み込むように接近してアクラ・ヴァシムの力を遺憾なく発揮する。

 

「はぁっ!」

 

 ヴァシムセーバーとヴァシムホーンが同時に傷を与えると、痛みと共に流れ込んでくる強烈な麻痺毒に抵抗するようにヒプノック奇種が暴れ始める。好機と見たルーナも、強撃ビンを装填して弓を構え、その流れのまま暴れるヒプノック奇種へと矢を放つ。喉、羽、腹、足へと矢が突き刺さっていく中、ジークは全く背後を見ずにヴァシムホーンを突き出す。なんだかんだと言いながら、ルーナならば人に当てることなくヒプノック奇種を追い詰めることができることを信じていた。

 

「ムカつくのよね……あんたに一方的に信頼を向けられるの。だからこそ、絶対に信頼は裏切らないわよ」

 

 ルーナも、ジークのことを認めているからこそ全く手加減などせずに遠慮なく矢を放っていた。ジークかルーナ、どちらかの動きが崩れれば、ルーナが放っている矢はヒプノック奇種ではなく、ハンターの誰かに接触することになるだろう。だが、ルーナとジークは全くそんなことを考えてなどいなかった。

 

「ジーク君は、人と無意識にでも協力できるタイプかぁ……団長とは違うハンターなんだね」

 

 ベレシスから自分の同類であると聞いていたベリアルは、戦闘を楽しむような部分は同じでも、本質的には大分違うハンターであることを、共に狩りに出ることで知った。無意識にでも人を引っ張て行くジークと、一人で突っ走りながら周囲がなんとかそれを助けようとするベレシス。やっていることは同じでも、方向性は反対だと言えるだろう。どちらが正しいハンターの在り方である、などというつまらないことはベリアルは考えていない。ただ、将来的に猟団として成功するのはベレシスよりもジークの方であろう。

 

「おっと……考え込んでる場合じゃないかな。僕も加勢しようか」

 

 ルーナと信頼関係が築けている訳でもないベリアルは、複数人狩猟の基本である、他人の射線に入らないことを意識しながらヒプノック奇種へと近づく。爆竜轟砲を撃ったことで、真舞雷銃槍【朱雀】が軋むような音を上げているが、ベリアルはそれを無視してヒプノック奇種へと向かって砲撃を放つ。

 矢を突き刺され、複数人に囲まれて窮地に陥っているヒプノック奇種は、原種同様逃げることを考えていた。繁殖期に気性が荒くなるとはいえ、ヒプノックという種族の本質は消えてなどいない。ヒプノックは命の危険を感じればどんな状況からも逃げ出そうとする大型モンスターなのだ。

 

「んっ!?」

「これはっ!?」

「ダルクッ!」

 

 ハンターの攻勢から逃れるために、フェロモンを染み込ませた羽をわざとダルクに攻撃させ、周囲に濃度を上げたフェロモンをまき散らす。即座に後ろに下がったジークとベリアルとは違い、直接攻撃してしまったダルクは、フェロモンが広がるのを見てから呼吸を止めようとしたが、判断が一瞬遅くすぐに気を失って倒れた。

 

「このっ! 絶対ダルクに手を出すんじゃないわよ!」

 

 すぐさまルーナが、ダルクから引き離すように矢を放つと、ヒプノック奇種は更にフェロモンを放ちながら倒れているダルクから距離を取った。その瞬間に、ジークとベリアルはヒプノック奇種がわざとルーナに矢を放たせたことに気が付く。ルーナがダルクからヒプノック奇種を遠ざけるために放った矢は的確に、ジークとベリアルの追撃を邪魔したのだ。

 

「あいつ、やっぱり頭いいな」

「手強いかい?」

「頭だけは、ですね」

 

 ヒプノック奇種の知能の高さを評価したジークは、身体能力に関しては理不尽さを感じるようなものではなかった。総合的に見て、ヒプノック奇種は原種よりも凶暴になり、ハンターに襲い掛かってくることは確かであるが、身体能力の向上などは見られず、危険度の高さは原種ヒプノックとの違いであるフェロモンに集約されている。

 ジークとベリアルが離れて行くヒプノック奇種を見ながら分析を続けている中、ルーナはダルクからヒプノック奇種が遠ざかったことに安堵の息を吐きつつ、自分の矢が二人の妨げになっていることにも気が付いていた。

 

「気にすんなー」

「……本当にムカつく!」

 

 ルーナの口から謝罪の声が出る前に、先読みするかのように許しの声がジークから飛んできた。呆気にとられたルーナは、ジークが自分の謝罪に関して言っているのだと気が付くと、眉間に皺ができるような表情で矢を構えた。ベリアルは二人に苦笑しながら、未だに意識が朦朧としているダルクを助け起こしていた。

 

「大丈夫かい?」

「あ……は、はい……」

「ダルク、頼みます」

「わかった……無茶はしないでね」

 

 フェロモンを少量しか吸っていなかったおかげで、比較的すぐに意識を取り戻しはしたが、やはり未だに意識を朦朧とさせていた。ダルクをベリアルに任せたジークは、ルーナが矢を放つと同時に駆けだす。ベリアル本人、ルーナの矢、囲まれることそのもの。ヒプノック奇種が警戒するものがどんどんと増えて行く狩りだが、ジークは初めて本気で走っていた。速度自体は、普段からガンランスを扱っているベリアルよりも遅いものだが、ジークの移動速度もランスを持っている者としては異常な速さであった。

 

「……あたしは絶対に喉狙いだからね。気を付けなさいよ」

 

 ジークには決して届かないような小声で矢を構えるルーナは、ヒプノック奇種へと走るジークの口元に笑みが浮かんだ気がした。まるでルーナの声が聞こえていて、彼女の指示に従うかのように真正面を避けて腹と羽を狙う姿に、ルーナは一瞬見惚れていた。

 

「て、なんであたしがあいつに見惚れなきゃいけないのよ!? 本当にムカつく!」

 

 言っていることはもはや八つ当たりの領域だが、ルーナの放つ矢はヒプノック奇種を的確に追い詰めていた。喉に二度も矢を受けているヒプノック奇種は、ルーナから飛んでくる矢にはとても敏感だった。基本的に生物の弱点である、頭と喉を狙って放たれる矢に対応しながら、ヒプノック奇種はジークと交戦するつもりだった。

 

「舐められたもんだな。ヒプノックの身体能力如き、モンスターの知恵如きで、俺と一対一ができるとでも?」

 

 ヒプノック奇種の誤算は、今までの戦闘からして一番脅威性が低いと判断していたジークが、ルーナの矢を気にしながら相手ができるハンターではなかったことである。喉に目掛けて飛んでくる矢を、顔を反らすことで避けたヒプノック奇種は、腹にヴァシムホーンを突き立てられる。痛みを感じてその場で回転すれば、当たるはずだった尻尾を盾で器用に逸らされ、嘴を傷つけられる。ジークの攻撃に警戒する為にルーナへの意識が粗末になれば、ジークはそれを狙ったかのようにルーナが攻撃しやすいように攻撃を盾で捌く。

 

「お前はもう、終わりだ」

 

 ヴァシムホーンを再び腹に突き刺されたヒプノック奇種は、怒りのままフェロモンをまき散らそうとして、そのまま動けなくなった。アクラ・ヴァシムの麻痺毒によって身体を自由に動かすことができなくなったヒプノック奇種は、ジークの言葉と共に放たれたルーナの矢が、眉間に突き刺さることで夜の樹海に血をまき散らして倒れこんだ。誰がどう見ても死んでいると思うほどの出血を見て、ジークは構えていたヴァシムホーンをおろした。

 

「そこまで狩りにくいモンスターって訳でもなかったな」

 

 最近はアクラ・ヴァシムやディアブロス奇種を相手にしていたせいか、ジークにとってヒプノック奇種は物足りない相手になっていた。フェロモンにだけ気を付ければ大したことはない相手に、ジークは大きく息を吐いた。

 

「お疲れ」

「……狩りの最中に三回はあんたにムカついたわ」

「本当に? 一種の才能だろ、俺」

 

 ムカつかれた理由がさっぱりわからないジークは、肩を竦めながらおどけていた。ルーナとしても自分が理不尽なことを言っている自覚はあったが、ジークのおどけるような態度に謝る選択肢はどこかに消し飛んだ。

 

「見事だったよ」

「殆どとどめ刺しただけでしたけどね」

「それで十分だよ」

「お、おつかれさまです……」

 

 最後の戦闘に参加していなかったベリアルとダルクは、対照的な顔をしていた。ジークの実力をしっかりと見極められたことに、満足そうな笑みを浮かべているベリアルと、途中でフェロモンを受けて離脱してしまった不甲斐ない自分を責めているダルク。ジークとしては、ダルクの落ち込むような理由も理解できるが、ハンターの狩りは水物である。刹那の判断ミスで命を落とすことなど珍しくないハンターの世界では、ダルクの行動は褒められたものではなかったかもしれないが、誰もが完璧な狩りなどできるものではない。

 

「ダルク、気にすんな!」

「は、はい!」

「……あんた、単純になったわねぇ」

 

 ジークの励ましの言葉一つで半分以上立ち直ったダルクに、ルーナは完全に呆れていた。



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狩人祭⑧(フェス) 白影(フルフル)

フルフルです

奇怪竜の名称はライズになってからなので、こちらは韋駄天なんかで使われていた白影を使っています

まぁ、そんなこと言ったらキリンのこと散々幻獣って書いてますけどね(言い訳するなら、フルフルの奇怪竜はライズ以前には影も形も存在しませんでしたが、キリンは昔から雷獣とか幻獣とか呼ばれてましたから)


「寒いわ……」

「雪山だしな」

 

 ダルク、ベリアル、ルーナと共にヒプノック奇種を狩猟したジークは、狩猟した翌日の朝にはメゼポルタ広場を出発していた。雪山でフルフルが数頭確認されたことを聞いて、すぐにフルフル狩猟のためにポッケ村へと向かっていた。

 普段はアプトノスが牽引している竜車だが、フラヒヤ山脈方面へと向かうハンターや行商人の中継地点で、寒さに強い草食種である、ポポが牽引する竜車に乗り換えていた。ジークの後ろで寒さに震えているのは、ジークと共にポッケ村に向かうことになったルーナだった。

 

「ダルクと残らなくてよかったのか?」

「いいの……あんたともじっくり話す時間、作りたかったし」

「……向こうにいた時はゆっくり話す機会なんてなかったからな」

 

 ルーナが一方的にジークのことを詳しく知っているだけで、ジークはルーナのことをロックラックに所属していた優秀な若いハンター程度のことしか知らなかった。ヒプノック奇種を狩猟しに行ったことで、ある程度互いのことを知ることができていたが、詳しいとはお世辞にも言えない。

 

「それに、あたしはフルフル変種の討伐経験があるもの」

「そうか……頼りにさせてもらうよ」

 

 優しく笑うジークを見て、ルーナはなんだから自分のペースを乱されるような感覚を味わっていた。

 

 


 

 

「んー……肌寒いけど、いい空気だな」

「山の空気ってなんでこんな美味しいのかしらね?」

「さぁ?」

 

 数日をかけてメゼポルタからポッケ村へとやってきたジークとルーナは、山の空気を肺に取り込みながら身体を解していた。

 雪山の麓に存在して年中雪の積もる、人が住むには少し過酷な土地だが、フラヒヤ山脈ならでは特産品などがドンドルマなどの都市部では需要が高いこともあり、経済的には困窮していない村である。ポッケ村に存在する集会所はギルドの出張所も兼ね備えられており、フラヒヤ山脈を中心としたクエストを受けるハンターたちが訪れることも珍しくない。

 

「やぁ、思ったより早かったね」

「どうも、マルクさん」

 

 マルクとエルスの姉妹が、ポッケ村を拠点にしてフラヒヤ山脈で狩猟を行っていることを知っていたジークは、メゼポルタから二人に向けて手紙を出していた。ただ向かうから力を貸してほしいことを書いただけであり、返事を待つつもりもなかったジークは、ヒプノック奇種を討伐した夜にそのまま手紙を出し、その翌朝にはルーナと共に出立していた。ポッケ村で温泉に入っていたマルクとエルスが、ジークからの手紙を受け取ったのはつい昨日のことであり、手紙が届いてからこんなに早くジークが到着するとは二人も思っていなかった。

 

「だ、団長……よかった……男だ」

「あー……ウルフ、何があったのかは大体理解したが、その安心の仕方が誤解を生むぞ」

 

 男である団長の姿を見て安堵の息を吐くウルフに、ジークは苦笑いを浮かべていた。ポッケ村に滞在している『ラグナロク』のハンターは、マルクは言うまでもなく、エルスもディアナも個性的な性格をしている。物静かで思慮深い面があると思えば、妙に頑固で譲らない部分は絶対に譲らないエルスと、自分は清楚ですと主張しながらモンスターの解体が好きでたまらない変態である。

 

「ジーク、フルフル変種の話を聞きに来たの?」

「そうなんだよ……やっぱりフルフル多いのか?」

「温暖期の依頼の数を一としたら十ある程度ですわ」

「めちゃくちゃ多いじゃないか……」

 

 ディアナの言葉にジークは頬をひきつらせていた。ただでさえ見た目の気持ち悪さから、狩猟を断るハンターすらもいると言われるフルフルが、繫殖期とはいえ普段の十倍も討伐依頼が出されていると聞けば、流石のジークもドン引きである。

 

「まぁいいか……俺たちはフルフル変種を狩りに行くけど、ディアナとウルフはどうする?」

 

 元々、フルフル変種を目標にしてポッケ村を目指していたジークとしては全く問題ない話なのだが、ディアナとウルフはまだ上位ハンターであるため、今回のフルフル変種討伐依頼には規則的についてくることができない。マルクとエルスに連れられて、ラージャンを始めとした上位モンスターを何頭か狩猟している二人が、どうするのか『ラグナロク』のトップとして気にしていた。

 

「俺はこの狩人祭中はポッケ村に残るつもりです。元々寒いところ出身なんで、肌に合ってるっていうか……」

「私もポッケ村でフルフル討伐を中心に活動しますわ。幸い、もうすぐポッケ村に『ラグナロク』のハンターが何人か来るようなので」

「そっか」

 

 ジークから見ても、ディアナとウルフの実力は既に凄腕ハンターでも問題ないレベルである。狩人祭が終われば、間違いなく二人は凄腕昇格試験に挑むことになるだろう。そんな未来の戦力である二人の答えに、実ジークは笑顔を見せた。

 

「じゃあ、ルーナ、エルス、マルクさん……狩りの準備といきましょうか」

「うむ! 私に任せたまえ!」

「はぁ……テンション高い」

 

 ジークの言葉に勢いよく返事をしたマルクを見て、ルーナは大きなため息を吐いた。

 

 


 

 

 ポッケ村の集会所には、仮設として作られたにしてはそれなりにしっかりとしたメゼポルタの出張所が存在した。ジークは当然知らないことだが、メゼポルタハンターズギルドの狩人祭は、既に開催回数がそれなりに嵩んでいる。故に、ドンドルマギルドの出張所である集会所がないココット村やジャンボ村などにも、狩人祭の時期である繫殖期全盛の時期になると、メゼポルタ出張所が仮設で作られる。

 

「あら? メゼポルタのハンターさんかしら~?」

「えぇ……まぁ」

 

 ポッケ村の集会所へと足を踏み入れたジークは、入り口近くで受付嬢となにか喋っていた竜人族の女性に話しかけられ、少し身構えた。彼女がこのポッケ村集会所のギルドマネージャーなのだろうと判断したジークは、曖昧に頷きながらマルクに視線を向けた。

 

「ん? あぁ……彼女はこの集会所を取り仕切っているドンドルマのギルドマネージャーだ。名前は知らないが」

「名前なんていいじゃない。それより、新しいメゼポルタのハンターさんが来たってことは……強いフルフルの討伐に行ってくれるのかしら~?」

「そういうこと」

 

 ギルドマネージャーは見慣れない男であるジークがマルク、エルスと集会所に入ってきたことで、彼がメゼポルタのハンターであると考えた。新しいメゼポルタのハンターがやってきたとなれば、彼らの目的が最近フラヒヤ山脈で大量に発生している中でも、特に強力な個体に関してだと推測した。ドンドルマからは、絶対にメゼポルタの凄腕ハンター以外に受けさせてはならないと、語気が強い知らせの来ているクエストを受けるハンターに、ギルドマネージャーは個人的に興味があった。

 

「まぁいいかしら。倒してくれるなら誰でも」

「……随分と適当な人だな」

「仕事はそれなりにできるらしいわ」

 

 なんだか緩い空気を作り出しているギルドマネージャーの言葉に、ジークは苦笑いを浮かべていた。彼が知っているギルドを取り仕切るギルドマスターは、遠い大陸であるタンジアにいる酒飲みでありながらも頼りになるギルドマスターと、メゼポルタにいる威厳あるギルドマスターであり、彼女の様な若い竜人族の女性がギルドマネージャーやギルドマスターといった重役についている姿を見たことが無かった。補足してくれたエルスの仕事はそれなりにできるとの言葉に、一応納得を示したジークは、メゼポルタのハンターが受けるクエストを取り扱っている受付嬢の元へと向かった。

 

「マルクさんにエルスさん。また狩猟ですか?」

「そう」

「狩猟対象はフルフルの変種だ」

「あー、あれですね。大量発生してる関係で報酬金が結構つり上がってますよ。その代わり、フルフルの取引価格が暴落気味ですけど」

 

 クエストの報酬金は個人や団体が依頼するものであれば、余程の事情が無い限り報酬金が変動するものは多くない。しかし、ハンターたちを束ねるギルドが直接出すモンスター狩猟依頼は、モンスター自体の危険度や、その討伐依頼がギルドから出された理由によって同じモンスターでも狩猟時期によって報酬金が変動する場合が多い。

 クエストの報酬金とは別に、討伐したモンスターの装備に使えない部位の素材などが市場価格としてギルドから提示される。この取引価格は、市場の需要と供給によって価格が変動する。今回フラヒヤ山脈に大量発生したフルフルのように、短期間で多くの素材が持ち込まれることがあれば、当然市場の取引価格はどんどんと下がっていく。下限は当然存在するが、フルフルの取引価格は通常時の半分以下に落ち込んでいた。

 

 

「あれ? フルフルは変種ですか? ウルフさんとディアナさんは上位ハンターでしたよね?」

「仲間がメゼポルタから来てくれたの」

「かなり心強い味方が来てくれたんだ。おかげでフルフルの変種にも憂いなく挑める、という訳さ」

 

 言われた通りフルフル変種の依頼を取り出してから、しばらくエルスとマルクについてきていたウルフとディアナが上位ハンターであることを思い出した受付嬢だが、二人の背後からジークとルーナが顔を出したことで納得していた。

 

「初めまして」

「どうも。俺はジークって言います」

「ジークさん、ですか……もしかして『ラグナロク』のトップの?」

「あはは……なんで知ってるんですか?」

 

 変種クエストを受注手続きをする為に、ジークのギルドカードを確認しようとした受付嬢は、名前を聞いて書類から顔を上げてジークの顔をマジマジと観察し始めた。まさか受付嬢にまで『ラグナロク』の頂点であることを認知されていると思っていなかったジークは、いきなり言い当てられたことに動揺していた。

 

「それは当然ですよ。ユニス先輩が言ってましたから」

「ユニスさん……」

 

 メゼポルタ広場で下位から凄腕まで、全てのクエスト受注手続きを一手に担っている受付嬢ユニスを思い浮かべて、ジークは苦笑いを浮かべた。どうやらジークの前にいる受付嬢はまだ若いらしく、メゼポルタの受付嬢の中でも若い方であるユニスのことを先輩と呼び慕っていた。

 

「フルフル変種の狩猟クエスト。参加者はエルスさん、マルクさん、ジークさんにルーナさんですね。受注いたしました!」

 

 受付嬢はハンターランクを確認する為に提示してもらった、ジークとルーナのギルドカードを返却しながら、フルフル変種が最後に確認されたフラヒヤ山脈の地点を告げた。山脈の中でも一際大きい山の山頂で目撃されたのが最後だと聞き、ジークは当たりを付けてその山を探索することにした。

 

「通常のフルフルと見た目に差異があるとの報告が届いてます。確認は十分に取れていませんが、特異個体の可能性がありますので、気を付けてください」

「特異個体か……わかりました」

 

 モンスターの特異個体を正確に把握するのは難しい。なにしろ危険すぎて無暗に近づくこともできず、多少の見た目の変化と言っても、通常種の個体差程度で済まされてしまう場合が多い。特異個体であることがわからずに、メゼポルタのハンターではないドンドルマのハンターが狩猟に行って、あまりの危険さに逃げ帰ってきたという報告も数多く見られる。

 特異個体というのはどんなモンスターでも厄介なものである。ジークとしては普段以上に警戒度を高める要素ではないが、普通の感性をしているハンターは特異個体というだけで狩猟を見送る場合もある。

 

「じゃあ行こうか」

「……特異個体って聞いても、全く動じないわね。そういうところは相変わらずよ」

「そうかな?」

 

 ルーナの言葉に笑顔のまま首を傾げるジークに、エルスは呆れた様なため息を吐いた。

 

 


 

 

「寒い……ポッケ村は暖かったんだ」

「そりゃあ山の麓だし。それに、ポッケ村は温泉も湧いてるからな」

 

 雪山を歩くルーナが、ホットドリンクを飲みながら寒そうにしているのを見て、ジークは笑っていた。既に山の中腹までやってきているジークたちは、横薙ぎの雪が降る中を歩いていた。知識のない人間が歩けば遭難しそうなほどの雪景色だが、ジークたちのようなハンターは必ず雪山を登る訓練をさせられている。ハンターをやるものは全員が常人以上に第六感が敏感であり、加えて方向感覚を簡単に失わないように常日頃から意識させられている。

 

「さて……フルフルは山頂で最後に見つかったらしいが……」

「さっき出会ったハンターたちが、洞窟で様子の違うフルフルを見たと言っていたな」

 

 受付嬢から教えられた最後の目撃情報を頼りに山を登っていたジークたちだが、先ほど偶然にも山を降りている、ジークたちが狙っているフルフルとは違うフルフルの討伐を終えたハンターたちに遭遇していた。ポッケ村を中心に活動している彼らの言葉によると、ジークたちが登っているこの山には中に大きな空洞があり、そこに通常種とは違うようなフルフルを見たとのことだった。

 

「まず間違いなくフルフル変種だろう。さぁ、我々の武勇を示そうではないか! いざ行かん!」

「……おー」

「無理に乗らなくていいわ」

 

 なんとなくテンションの高いマルクに、取り敢えず乗っておこうとしたジークを、エルスが首を振って止めた。これが砂漠や密林だったら絶対に暑苦しいと反応しているであろうルーナは、謎のテンションの高さに少しだけ感謝していたため、何も言わなかった。

 

「断崖絶壁じゃない……まさかこの蔦で上までとか言わないわよね?」

 

 テンションの高いマルクを先頭にしながら雪山を進んでいた一行は、その先で断崖絶壁にぶつかった。回り道をしようにも道がなく、行けそうな道はルーナの言う通り上から垂れ下がっている蔦だけだった。こんな吹雪の中で蔦を登ろうものなら、死を覚悟するようなことになるのは明白だったが、ジークが耳をすませていた。

 

「ここ、空洞があるんじゃないか?」

「どこよ」

「ここのことだよ」

 

 蔦の横に広がる雪の塊を指差すジークに、ルーナとマルクは首を傾げた。雪山を登っている最中に何度も見た、ただ頭がおかしいくらい積もっているだけの雪にしか見えないもの指差すジークに、疑問符を浮かべる二人だったが、ジークが声をかける前にエルスがヘヴィボウガンを構えた。

 

「貫通弾でも撃ってみる」

「そうしてくれ」

 

 積もっている雪に向かって平然と貫通弾を放ったエルスに、ルーナは目を点にしていたが、エルスが放った貫通弾は雪に飲み込まれて行って音など返ってくることも無いはずだった。

 

「……穴、ね」

「穴だな」

「穴があるわね」

「入り口か?」

 

 エルスが放った貫通弾は雪の塊を貫き、その向こうにある空洞へと消えていった。ルーナ、マルク、エルス、ジークの順番で感想を述べた後に、ルーナが弓を構えた。

 

「プロミネンスボウか」

「そうよ」

 

 火竜リオレウス変種の素材で作られた弓「プロミネンスボウⅣ」を構えたルーナは、火竜の熱が籠った矢を放つ。凄まじい蒸気を発生させながら雪を溶かした矢を連発するルーナを、ジークたちは黙って見ていた。

 

「ふっ!」

「……やばい、崩れるぞ」

 

 プロミネンスボウの火力で雪を溶かしていたルーナだが、人間が一人通れるぐらいの穴が開く頃には、山のように積もっていた雪が崩れ落ちそうになっていた。このまま崩れ落ちれば小さな雪崩が発生してしまう。小さな規模とは言え、雪崩を真正面から受ければ人間は簡単に死んでしまう。ハンターとてそれは例外ではない。

 

「取り敢えず、一回離れるか」

「っ!? なにか来るわ!」

 

 雪から距離を取ろうとジークが辺りを見回した瞬間、雪に向かって矢を向けていたルーナが、雪壁の向こうから聞こえてくる音に反応して矢を放った。同時に、巨大な雪の塊を破壊しながら白い身体をした大型の飛竜種が飛び出してくる。

 

「フルフル!?」

「おいおい……勘弁してくれよ。俺らの後ろは崖だぞ」

 

 洞窟の入り口から飛び出してきたフルフルを見て、ジークたちは自分たちが初手から追い込まれていることに冷や汗を流していた。受付嬢の情報通り、通常のフルフルよりも大きな体躯と異なる姿。ジークたちの目の間にいるのは、間違いなくフルフル変種特異個体だった。鼻を動かしてジークたちの正確な位置を把握したフルフル変種は、大きく口を開いたまま尻尾を雪に向かって突き刺した。

 

「ブレスが来るぞ!」

 

 マルクの言葉にいち早く反応したルーナは、フルフルのブレスが三方向へと伸びてくることを理解していた。急いでフルフル変種の前から移動したルーナは、弱点である火属性の矢を放った。粘液に覆われたブヨブヨとした皮膚を纏い、鱗や甲殻を全く持たないフルフルは、その粘液が熱に弱いために火属性の攻撃が有効だと言われている。

 フルフルがゆったりとした動きからブレスを吐いた。目の前にいるハンターのことを嗅覚で感じ取っているフルフルは、まだハンターたちのことを餌程度の認識しかしていなかった。ルーナが放った矢もフルフルが動いたせいで当たることはなかった。ただでさえ吹雪で視界が悪い中、雪の中で保護色のように認識し辛い身体である。しかも、フルフルは洞窟の中で吸盤上になっている尻尾や足を使って天井を這いまわる生態のため、目が完全に退化しきって嗅覚でのみ獲物を認識する。つまり、視界不良になる吹雪の中でも、フルフルにはハンター四人の位置がはっきりと認識できているのだ。

 

「おぉ!?」

「数が多いっ!?」

 

 フルフル変種の口から、人間の胴体ぐらいの大きさの電撃の塊が地面を這いながら真っ直ぐ飛び出した。特殊な形状のブレスに驚いたジークがブレスを一つ避けると、次のブレスがすぐ目の前に迫っていた。咄嗟に腕の力だけで自分の身体を浮かせたジークの下を通り抜けていったブレスの次に、再びブレスが放たれる。三方向へと放たれる雷のブレスを幾度も発射するフルフル変種に驚きながら、ジークはなんとかブレスの射線上から逃れた。ヘヴィボウガンを構えようとしていたエルスと、双剣を持って突っ込もうとしていたマルクもなんとかブレスを避けきっていた。

 

「おいおい。どんな発電量してんだ?」

 

 途方もないほどの電気を口から放っていながら、フルフル変種は平然と鼻を動かしていた。ブレスでは誰も仕留められなかったことに気が付いたフルフル変種は、大きく空気を吸い込んでから咆哮を放った。雪山に響くフルフル変種の咆哮は、フルフル自身が崩した雪の塊を吹き飛ばした。

 

「上等じゃない!」

「私は突っ込むぞ!」

 

 極大の咆哮による威嚇を受けて、ルーナとマルクが走り出した。それなりに血気盛んな性格をしている二人が走り出すことを予測していたのか、エルスは冷静にヘヴィボウガンを構えてジークの方へと視線を向けた。

 

「さて……俺はどうしようかね」

 

 エルスの視線に肩を竦めたジークだが、実はルーナとマルクの行動が正解なのだろうと考えていた。フルフルが口から放つ電撃は人間が真正面からなんの対策もせずに受ければ、身体がまともに言うことを聞かなくなるほどの電圧である。フルフルがブレスを吐く状況は、獲物が遠く離れた所にいる時だけであり、ブレスを吐かせないために接近するのはそれほど悪手とも言えない。

 

「はぁッ!」

 

 マルクは自らの双剣である「メルトコマンダー」を握りしめ、フルフル変種の身体へと振るう。フルフルの身体を覆うブヨブヨとした皮は、打撃に極端に強いが斬撃には弱い。マルクの振るった双剣は特に抵抗もなく、するりとフルフル変種の皮を切り裂いた。それに気分を良くしたマルクは、そのまま双剣をもう一度振りぬくと、今度はまるで金属を斬りつけたかのような感触が手に響いた。

 

「な、なんだぁっ!?」

「馬鹿! フルフルの尻尾は硬いのよ!」

 

 身体を斬りつけられたフルフル変種は、マルクの二度目の斬撃に合わせて身体を回転させて尻尾をぶつけた。基本的に身体全体が斬撃弱いフルフルの肉体だが、尻尾だけは例外としてなんの攻撃も通さないほどの硬度が存在する。弾かれはしなかったが、途轍もなく硬い部位を攻撃したことによって腕が痺れるような感覚を味わったマルクは、振り返ったフルフルの首が伸びてきたのを見て頬を引き攣らせた。

 

「いやぁっ!?」

「あぁもう!」

 

 生物としては本来あり得ないような首の動きに生理的な嫌悪感を隠せないマルクを助けるため、ルーナはフルフルを牽制するように矢を放った。首の関節を自ら外して首を伸ばしていたフルフル変種は、放たれたルーナの矢を嫌って首を元に戻すと、羽を使って空に飛んだ。

 

「狙い撃つわ」

 

 飛竜種らしく翼を使って空を飛んだフルフル変種だが、まだハンターたちのことは獲物と認識しているのか、地面すれすれの高度のまま旋回していた。ヘヴィボウガンを構えてタイミングを待っていたエルスは、フルフル変種が旋回する場所を狙って貫通弾を数発放った。飛竜種の中でも身体能力が秀でている訳ではないフルフルだが、変種である狩猟対象のフルフルは、空中で滞空しながらエルスが放った貫通弾を器用に避け、一発の被弾で済んでいた。同時に、口に電撃を溜めながら滞空を続け、その口を狩りが始まった瞬間から動いていなかったジークへと向けた。

 

「ん? 俺か?」

 

 フルフル変種が地面に着地すると同時に、口に溜めていた電撃ブレスを解放した。地面を這いなら一直線に向かってくるブレスを見て、ジークは笑みを浮かべてブレスに向かって走り出した。向かってくるブレスを飛び越えるように飛んだジークは、着地すると同時に背中に背負っていたランスを突き出したままフルフル変種へと向かって突っ込んだ。

 

「無茶苦茶な狩りするんだから!」

「くっ! 負けていられない!」

 

 勢いのままヴァシムホーンを胴体に突き刺さしたジークを見て、ルーナは無謀な男を支援するために矢を構え、マルクは一見すると無謀にしか思えないような行動をしていながら、攻撃を受けることも無くフルフルへと接近する技術に負けていられないといいながら双剣を構えた。

 胴体へヴァシムホーンを突き刺したジークは、通常の飛竜種と違い、筋肉や骨格の動きから相手の行動を把握できないフルフルに対し、どう攻撃していくのが効果的かと考えながら、伸ばされた首を盾で防ぎ、振り回される尻尾も姿勢を低くして避ける。物理的な攻撃が通用しないと悟ったフルフル変種は、尻尾の先を再び地面へと貼り付けて、身体の内にある発電器官を稼働させていく。人間が受ければ一瞬で身体の自由を奪われてしまうような電撃だが、フルフルはそのブヨブヨとした特殊な皮膚の影響もあって電撃などまるで感じずに放電することができる。

 

「放電するわよ! 下がるなさい!」

「おっと」

 

 矢と共に放たれたルーナの言葉で、ジークはフルフル変種から距離を取る為に槍を引いた。自身の身体だけ引いても、槍がフルフルの身体に突き刺さっていればジークへとあっという間に感電してしまう。人を簡単に殺せるような放電を始めたフルフル変種は、放電した瞬間にジークが傍にいないことと、ルーナとエルスの放つ遠距離攻撃が風を切って身体に突き刺さったことを感じとる。プロミネンスボウから伝わる火竜の熱と、ローゼンプリーマから放たれた火炎弾を受けて、フルフル変種は放電を半端なところで止めた。

 

「はぁッ!」

 

 姉の火炎弾でフルフル変種が絶対に怯むと、謎の確信を持っていたマルクは、フルフル変種が放電を止めるよりも先に走り出していた。結果的にジークよりも動き出しの早かったマルクは、一気にフルフル変種へと接近してメルトコマンダーを首筋に突き刺した。グラビモス変種の素材によって生み出された双剣は、熱と共に出血性の毒をフルフル変種の体内に流し込んでいく。変種特異個体ともなると毒に対する耐性も、並のモンスターよりも遥かに高いが、マルクの持っているメルトコマンダーもまた、変種の素材によって生み出された業物である。

 

「チャンス!」

「わかってる!」

 

 マルクが生物の急所である首筋に剣を突き立てた瞬間に、ジークはルーナとエルスに向かって叫んだ。すぐに矢を構えるルーナと、既に火炎弾を放っていたマルクの対応速度の違いは、マルクへと理解度の差である。ルーナがロックラックでずっと組んでいたダルクの動きを予測できるのと同じく、エルスは双子の妹であり、ドンドルマ時代にずっと組んでいたマルクの動きを完全に予測していたのだ。首を攻撃されたフルフル変種が放電をしようと動いた瞬間に、左足へと火炎弾が突き刺さり、一瞬遅れて火属性をまとった矢が翼に刺さる。

 

「流石だ、姉さん!」

 

 ルーナの矢は確実にフルフル変種へとダメージを与えていたが、エルスの放った火炎弾はフルフル変種にはそこまでのダメージになっていなかった。しかし、マルクはエルスが火炎弾を足に放ったことに笑みを浮かべたまま、双剣を首から抜いて迫りくる口を避け、雪を滑るように移動しながら火炎弾が刺さって軽い火傷になっている足へと双剣を振るった。

 

「俺も前に出る!」

「任せなさい!」

「……ジークの援護もしないとね」

 

 火炎弾を受け、間髪を容れずにメルトコマンダーによって足を斬りつけられたフルフル変種は、バランスを保てずにそのまま雪の上に倒れ込んだ。その隙を逃すつもりもないジークは、すぐさまランスを構えたまま走り出し、ジークの動きに合わせるようにルーナは弓を構えた。

 ジークたちの視界を阻害していた雪山の吹雪は、少しずつ弱まっていた。




(ところで、フルフルの奇怪竜ってゼルレウスの輝界竜と読み一緒ですよね)


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狩人祭⑨(フェス) 白影(フルフル)

「ここで畳み掛ける!」

「勿論だとも!」

 

 足を掬われて転倒させられたフルフルに、ジークとマルクが追撃を加えた。もがきながらハンターから逃れようとするフルフル変種は、続けざまに身体へと与えられる傷に悲鳴を上げていた。

 

「二人して勝手に動いてくれて! 援護するのだって簡単じゃないのよ!?」

 

 双剣を持つマルクが怒涛の連撃をしかけ、攻撃の合間にジークが前に出てランスを突き刺す。ジークとマルクは、示し合わせたかのように二人で前後に動きながら手数と威力を補っていた。縦横無尽に動き回る二人に当たらないように矢を放とうとするルーナは、通常のハンターからは考えられないような、アクロバティックな動きを見せる二人に文句を言いながらも、二人の動きを完全に見切って矢を連射していた。普通の弓使いのハンターならば、他のハンターがモンスターに肉薄していれば手数を減らしたり、近接武器を持つハンターが狙っていない部位を攻撃する。しかし、ルーナは二人の動きを頭に入れて、狩場に吹いている風の強さや方向などを瞬時に頭の中で計算することで、二人に当たらないようにしながらも矢を連射し続けることができていた。

 

「……才能かしら。正直、羨ましいわ」

 

 口からは文句ばかり出てくるルーナの、その圧倒的なまでの弓を扱うに長けている才能を目にして、ヘヴィボウガンを構えているエルスは苦笑を浮かべた。ジークとマルクも、ルーナとは違う方向に天性の才能を示している中、エルスは徹甲榴弾を装填して頭に狙いをつけていた。

 

「私にできるのは、皆が狩りやすくすることね」

 

 しっかりと頭に狙いをつけて放たれた徹甲榴弾は、弱まってきているとはいえ、雪山の吹雪をものともせずに真っ直ぐ頭に向かって飛んでいき、フルフル変種の頭に突き刺さった。数秒後に徹甲榴弾が爆発を起こし、フルフル変種は頭に衝撃を受ける。

 フルフル変種はなんとか立ち上がることに成功したが、左半身は既にハンター四人によってボロボロにされ、身体中から血液が垂れ流されていた。口から少量の電撃を発しながら、フルフル変種は大きな咆哮を上げた。それは、狩りの最初に行った餌に対する威嚇行為ではなく、外敵を殺す為に放たれた殺意の咆哮である。ここにきて、フルフル変種は嗅覚で感じ取った四人の人間が、自分に食べられる餌ではなく、自らの命を脅かしに来た外敵であることを認めたのだ。

 

「ビリビリ来るな……威圧感が変わった。マルクさん、突っ込み過ぎないでくださいよ」

「問題ない。突っ込んでも死ぬことはないからな」

「そういう話じゃないんですけど……ねッ!」

 

 マルクのよくわからない自身に苦笑いを浮かべながら、全身に電撃を纏って突進してきたフルフル変種を、横に転がることで避けたジークは、続けざまに伸ばされた首を盾で弾いた。頭を盾で弾かれた衝撃で動きが止まった瞬間に、フルフル変種の頭には再び徹甲榴弾が突き刺さる。同時に、マルクは徹甲榴弾の爆発範囲から逃れながら、双剣を胴体に振るった。

 

「流石姉妹。俺たちとは連携の上手さが段違いだな」

「誰があんたと連携なんかしてるのよ。あたしは自分のタイミングで撃ってるだけよ」

「それを連携って言うんだよ。頼むぞルーナ」

「き、気安く呼ぶな!」

 

 破天荒な動きだが、しっかりとした連携を行っている双子に感心したような顔をしているジークは、背後から近づいてきたルーナに信頼を向けながら、フルフル変種に向かって走り出した。ジークに信頼を向けられて顔を赤らめたルーナは、否定する様な言葉を吐きながらもフルフル変種へと向かって矢を放った。

 

「仲がいいのか?」

「俺としては仲良くしたいんですけどね」

「そうかい……なら、さっさとこいつを倒して女性の扱いに関して、レクチャーしてあげようじゃないか」

「……結構です」

 

 芝居がかったような言動を見せるマルクに、エルスは離れた距離から呆れた様なため息を吐いた。ジークも狩りの腕はそれなりに信用しているが、個人の相談相手としては全く信用していないマルクの言葉には素っ気ない返事をした。ジークの返答に少し不満気な顔をしたマルクだったが、フルフル変種が身体から電気を放出した瞬間に目つきを変えて、メルトコマンダーを強く握り直した。

 

「……なんだか放出量が上がっていないか?」

「気のせい、じゃなさそうですね。動きも早くなってますし……だいぶキレてますよ、これ」

 

 全身に青い血管が浮き出しているフルフル変種は、息を荒くしながら口からも身体からも電気を自然に放出していた。外敵と相対した状態のフルフルがどうなるかなど、詳細を知っている訳ではないジークだが、今のフルフルの見た目が普通ではないことはすぐに理解できた。

 身体から電気を放出しながらゆっくりと歩いていたフルフル変種は、前触れもなく口から電撃の塊をジークとマルクに向かって吐き出した。

 

「おっと」

「はぁ!」

 

 ジークは盾を前に構えながら後ろに下がり、マルクは双剣を手にしたままフルフル変種へと接近した。同時に、フルフル変種は全身から電撃を発しながら勢いよく地面を蹴ってマルクへと向かって加速した。フルフル変種の突進に咄嗟の反応しかできなかったマルクは、メルトコマンダーで自分を庇うように防御の態勢を取ったが、ランスの盾のようにはいかずに全身に伝わる電撃と共に後ろに吹き飛ばされた。

 

「ちょっ!? 大丈夫ですか!?」

 

 ランスを構え、フルフル変種へと踏み出そうとした瞬間に横を抜けていったマルクに、ジークは声をかけたが、そんなことはお構いなしにボディプレスをしてくるフルフル変種から逃れるため、ジークは横に転がる。受け身を取ると同時にランスを突き出したジークだが、フルフル変種が身体を捩ったことで首を掠めただけで終わり、フルフル変種は再び身体に電撃を纏った。

 

「くぅ……流石に、効くな……」

「馬鹿。見境なく突進するからよ」

「手厳しいな、姉さん」

 

 ヘヴィボウガンを構えていたエルスの隣まで転がってきたマルクに、ため息を吐きながら回復薬を差し出したエルスは、ジークとルーナがフルフル変種と一進一退を続けているのを見ていた。電撃のブレスを放てば予測していたようにジークがそれを避け、空いたスペースからルーナが矢を放つ。ジークがランスを突き出せば、フルフル変種は柔らかい身体を利用して無理やりな態勢で攻撃を避け、飛んでくる矢を噛み砕く。どちらも有効な一撃を繰り出せない状況になっているのを見て、エルスはスコープを覗き込んだまま引き金を引いた。

 

「っ! エルスさんか」

「チャンスよ!」

「わかってる!」

 

 ジークを襲おうとしていたフルフル変種の頭に、正確無比に突き刺さった徹甲榴弾を見て、ジークは背後からの援護であることにすぐに気が付き、地面に落ちていた槍を拾って接近した。

 首を伸ばした先で的確に徹甲榴弾を受けたフルフル変種は、一瞬の空白の後に起こった爆発を受けて、身体をよろめかせた。狩猟が始まってから幾度か受けた頭への爆発に、怒りを見せるフルフル変種だったが、その足取りはふらふらと覚束ないものだった。徹甲榴弾の爆発が与える衝撃は、ハンマーには遠く及ばないものの、モンスターの脳を揺さぶるには充分なものである。頭を揺さぶられたことで思考が安定しないフルフル変種は、嗅覚による索敵が一瞬止まった。その隙に、ジークとルーナは自らの位置を悟らせないように大きく場所を変えた。

 

「残念。外れだ!」

 

 頭を無理やり働かせたフルフル変種は、先程までジークとルーナが立っていた方向へとブレスを何度も放ったが、既にルーナとジークは全く別の方向にいる。ジークはフルフル変種の斜め後ろ方向から足の付け根へとランスを突き刺し、ルーナは背後から胴体と翼に矢を放つ。

 

「私も、まだやれるさ……」

「ならお願いするわ。ジークのこと」

「……複雑な気分だな。姉さんに人のことを頼まれると」

「そうかしら? でも仕方ないわ。私たちの大事な猟団長だもの」

 

 マルクの複雑そうな顔に対して、エルスは小さく笑みを浮かべながらも念を押した。割り切った様な頷いたマルクが駆けだすのを見て、エルスは妹に信頼を寄せられることに少しだけ爽やかな気分を味わいながらも、しっかりとフルフルに照準を合わせていた。

 

「お前の敵であるマルクはここだ! ここにいるぞッ!」

「……フルフルって聴覚はどうなんだ?」

「さぁ? それなりに良さそうに見えるけど」

 

 自分の存在を誇示するように叫びながら走るマルクを見て、ジークはフルフルが聴覚に優れているのかどうかを疑問に思った。視覚が失われていることは知っているが、聴覚を失ったとは聞いたことが無いルーナは、ジークの言葉に適当に返事をしながら、しっかりとマルクの方へと顔を向けたフルフル変種に狙いを定めて弓を構えた。

 尊敬している姉から、自分以外のことを信頼しているような言葉を聞かされ、なんだかモヤモヤとした気持ちを抱えながら走るマルクは、名乗りを聞いてしっかりと顔を向けたフルフル変種を前にして余計な思考を捨てて加速した。

 

「あそこからまだ速くなるのか……」

「……援護しにくいわね」

「俺に合わせて援護してくれ。そうすればマルクさんにも当たらない」

「わかったわ……あんたを信頼してる訳じゃないからね?」

「余計な一言さえ無ければなぁ」

「うっさい!」

 

 苦笑いを浮かべながら走り出したジークに強い言葉をぶつけながら、ルーナはしっかりとジークの動きだけを見ていた。とんでもない速度で無茶苦茶な動きをするマルクを援護するために、ルーナはジークの動きに集中していた。無茶苦茶な動きをしているマルクだが、それに対して的確な援護をしているエルスも含めて、ジークの動きを阻害する様な攻撃は行っていない。つまり、ジークの行動に合わせて最適な援護をすれば、ルーナは必然的にマルクを邪魔せずに済む。

 

「っ! やるな、ジーク!」

「そちらこそ、正直マルクさんの実力を過小評価してましたよ」

「そうか。なら正当な評価に改めるといい!」

 

 フルフル変種の放電を避けるために動いたジークとマルクは、同じ場所へと避けていた。横にやってきたマルクがジークへと楽しそうに声をかければ、苦笑と共にマルクを侮っていたという告白をする。二人が共に狩りに出たのはこれが初めてのことであり、ジークがマルクの実力を過小評価していたのも無理のない話である。なにせ、ジークが普段からエルスに聞かされるマルクの話は、失敗談が基本なのだから。マルクもそのことを理解していたので、挑戦的な笑みを浮かべていた。

 

「さぁ、あとひと押しだ!」

「あぁ!」

 

 既にフルフル変種は瀕死状態である。全身から血を流し、ルーナが放った矢が幾つも刺さっている。マルクとジークが与えた裂傷も数多く、エルスが放った貫通弾が貫いた部分も数か所あり、未だに動いて放電を続けていることの方が不思議なくらいの傷を負いながらも、フルフル変種は足を止めていなかった。近寄ってくるジークとマルクに向けてブレスを吐き、飛来してくる矢と弾丸を無視して、左右に別れたジークの方へと向かって飛び掛かる。

 

「んっ!?」

 

 飛び上がったフルフルを見上げたジークの顔、その横すれすれを飛んでいった矢が、空中にいたフルフル変種の下腹部に突き刺さった。空中でバランスを崩したフルフル変種は、そのままジークを飛び越えて雪の中に顔を突っ込みながら、全身から電気を放っていた。

 

「……終わりだな」

 

 雪の中でもがいているフルフルに、容赦なく降り注ぐ矢と弾丸を見ながら、ジークはヴァシムホーンを構えて、首に狙いを定めた。全身から放たれていた電撃が緩んだ瞬間に、ジークは一歩踏み込んでフルフル変種の首へとランスを突き出し、吹き上がった大量の鮮血が真っ白な雪を赤く染め上げた。

 

 


 

 

「フルフル変種特異個体の討伐、お疲れ様でした! いやー、変種特異個体なんて討伐してくれる人あんまりいないので、助かりましたよぉ。メゼポルタのハンターじゃないと駄目だーって上の人も言いますし、でも狩人祭ももう中盤なんてとっくに過ぎて、上の方の人たちはクエストが多いから、ってみんなドンドルマの方に行くじゃないですか!?」

「そう、ですね?」

「なのに変種特異個体なんて出てこられたらたまったもんじゃないですよ。ねぇ?」

「そうねぇ……でも、あなたたちが狩猟してくれて助かったわ~」

 

 フルフルの討伐を終えたジークたちは、ポッケ村へと帰還してテンションの高い受付嬢の言葉を聞いていた。メゼポルタ出張所に何故かいるポッケ村ギルドマネージャーも、受付嬢と一緒に頷いていた。仕事ができそうな見た目をしているのに、実はそこまでできる訳ではないという評判があるポッケ村のギルドマネージャーだが、おっとりとした天然系で受付嬢の言葉に適当に頷いているようにしかジークには見えなかった。

 

「……まぁ、よかったですね」

「適当に諦めるんじゃないわよ。あたしらだって忙しいのに」

「あ、ごめんなさい。ハンターさんに愚痴を言っても仕方ないですよね……でも、流石話題の『ラグナロク』親猟団の猟団長さんですね!」

「ど、どうも?」

 

 なにが流石なのかもわからずに報酬を受け取るジークに、ルーナは大きなため息を吐いた。

 受付嬢のテンションはおかしいが、彼女の言っていることは全て正しいことだった。メゼポルタのハンターたちも、狩人祭が終盤になろうかというこの時期になると、クエスト数が多いドンドルマの方へと集中していくことになる。狩人祭中、フォンロン地方へと移転する前にドンドルマ近郊で開かれていた、旧メゼポルタ広場を仮設で復活させて、メゼポルタ出張所として活用しているドンドルマには、多くのメゼポルタハンターが入り乱れており、この時期に限ればフォンロン地方のメゼポルタ広場よりもドンドルマの旧メゼポルタ広場の方が賑わっている。

 

「それで、これからジークさんたちはどうするんですか?」

「俺はミナガルデの方に行って、リオレウスとリオレイアの狩猟でも行こうと思ってたんですけどね……」

「あら。もう行っちゃうの~? もう少しゆっくりしていけばいいのに」

「あはは……そうも言ってられないんですよ」

 

 狩人祭もそろそろ終盤になろうかという状況で、ジークたち『ラグナロク』は狩人祭のランキングで上位に位置していた。上にはまだ幾つかの同盟があるが、一番上に位置している『円卓』と『プレアデス』に追いつくためには、更にスパートをかけて行かなければならない。紅竜組と蒼竜組の勝負は、単純に『プレアデス』と『ラグナロク』がいる蒼竜組が押している状況だが、同盟単体で見ると『円卓』と『プレアデス』はまだ『ラグナロク』よりも上にいた。

 

「あたしはメゼポルタに戻るわ。色々と狩りたいモンスターもいるし」

「マルクと私はポッケ村に残る」

「姉さんもいるし、ウルフとディアナも残っているからなぁ」

「そうか」

 

 ここで三人とは別れて、ジークは再び一人で違う場所へと向かうことになる。狩人祭中にはいくつかの拠点を経由しながら色々なモンスターを狩っているジークは、入魂数を個人で見ると最上位に位置している。

 

「大変ですねぇ……頑張ってください!」

「あ、あぁ……」

 

 フルフル変種特異個体を狩猟した分の「魂」を、計算し終えた受付嬢から用紙に記入してもらいながら、ジークは苦笑いを浮かべていた。

 

 


 

 

「ちっ……思ったよりやるじゃねぇか」

「ど、どうするんですか?」

「あ? なにもする必要はねぇよ。ただ、無視できる影響力じゃねぇのは確かだな」

 

 ドンドルマにあるハンター専用の客室で、狩人祭の中間結果が記された書類を見ながら呟く男と、周囲には少し焦った様な顔をしているハンターたち。彼らは『カリバーン』の名前を背負うハンターたちであり、同盟『円卓』のリーダーを務めるメゼポルタの双璧、その一角である。

 

「エイン、俺たちは特別なことはしなくていい、と?」

「どっちにしろ俺ら紅竜組の負けはほぼ確定みたいなもんだ。だが、同盟一つとしての貢献度で見れば問題はねぇ……はずだったんだがな」

「『ラグナロク』か……あの『ゴエティア』が入る同盟なんぞ、碌なもんじゃないと思ったんだがな」

 

 自身の副官の言葉に頷いた猟団長エインは、書類に書かれているメゼポルタ双璧のもう片方である『アイギス』へと目を向けた。

 

「ランスロット、狩りに出るぞ」

「また、か?」

「当たり前だ。あの女に負けてられっかよ」

 

 副官であるランスロットに声をかけながら大剣に手をかけたエインを見て、周囲のハンターたちは息を呑んだ。言葉は大人しいものだったが、エインの口には凶悪な笑みが浮かんでいた。

 

「……楽しそうだな」

「久しぶりに、あの女以外に歯ごたえのある連中が出てきたんだ。楽しくもなるさ」

「そうか」

 

 獰猛な笑みを浮かべる猟団長の姿に、猟団員は恐怖を覚える者と、逆に興奮している者の二通りに分けられていた。

 

「俺ら『円卓』が数だけで強いと思ってもらっちゃ困る。さくっとモンスターでも狩りに行くぞお前ら!」

「うぉー!」

「やっとか団長!」

 

 興奮が高まったハンターたちが、エインの言葉に呼応するように立ち上がって雄叫びを上げていた。まるで獣の群れが動くように、歯を剥き出しにして獰猛な顔を見せる猟団員たちを見て、ランスロットは苦笑いを浮かべていた。

 

 


 

 

「クソッ!? あの生意気な連中が私たちのすぐ下にいるだと!? 認められるか!」

「ひっ!? で、でも……メゼポルタの公式発表ですよ?」

「ふざけるなッ!」

「ひぃっ!?」

 

 メゼポルタの猟団部屋で、エーギルは報告に来ていた猟団員に怒鳴り散らしていた。団員が持ってきた中間発表の用紙には、愚かしくもメゼポルタの双璧であるどちらの猟団にも同時に喧嘩を売った『ラグナロク』の文字が、エーギルが所属している『プレアデス』のすぐ下にまで迫っていた。

 

「見苦しいことは止めなさい」

「団長! しかし!」

「二度は言いません」

「……申し訳ありません」

 

 怒り狂っていたエーギルを鎮めた『アイギス』猟団長であるセティは、ほっとしたような顔をしている団員から受け取った書類を見て、一瞬だけ顔を顰めた。普段から殆ど表情の変わらないセティの表情が動いたことに、周囲のハンターたちは驚いたような視線を向けるが、セティはそんなことなかったかのように視線を無視していた。

 

「ティナ、何故貴女が……」

 

 金髪を揺らしながら、セティは『ラグナロク』の文字をずっと見つめていた。彼女の妹であるティナが『ラグナロク』の親猟団である『ニーベルング』の副猟団長であるとセティが知ったのは、狩人祭が始まってからだった。宣戦布告してきた同盟の主力メンバーを調べておこうとした時に、その名前を副猟団長の欄に見つけてしまったのだ。

 

「……エーギル」

「なんでしょうか」

「各地に散った『プレアデス』の様子は?」

「順調に狩りを進めています。このままやっていれば蒼竜組は勝ち、同盟としてもトップに立てるかと」

「…………特別なことをしなければ、ですか」

 

 エーギルは敬愛するセティが統べる『プレアデス』に逆らった『ラグナロク』のことを、気に入らない生意気な同盟程度にしか考えていなかったが、セティはその脅威性を正しく認識していた。

 メゼポルタで双璧をなしている『円卓』と『プレアデス』には、上限である、80人程度の凄腕ハンターが所属している。加えて傘下の同盟も数多く存在し、その規模と組織力は小さな地方の小さなハンターズギルドをも超えるものとなっている。そんな二つの猟団に喧嘩を売った『ラグナロク』のことを、セティも当初は無謀な物だと思っていたが、狩人祭中にどんどんと頭角を現してくるハンターたちに脅威を感じ取っていた。

 

「明日には狩りにでます」

「せ、セティさんが直接、ですか? お言葉ですが、セティさんはもう狩猟に出なくとも勝てると……」

「本気で思っているのですか? この中間結果を見て?」

 

 セティの狩猟に出掛ける宣言に難色を示すエーギルに対して、セティは中間結果を見せた。同盟だけで見た場合には『円卓』と『プレアデス』が上二つに君臨していること以外、別に読み取ることがない。そう考えたのはエーギルだけではなく、その場にいた他の猟団員たちもそう考えていた。

 

「その考えではこの狩人祭、負けることになりますよ」

 

 その一言だけを残して猟団部屋から去っていくセティを、エーギルたちは呆然と見ていることしかできなかった。

 

 


 

 

「ふぅ……ミナガルデまでもう少しか……」

「ん? 我らが盟主じゃないか」

 

 リオレウスとリオレイアの二頭を目的として、ミナガルデまで移動する中間地点として立ち寄ったドンドルマで、ジークは声をかけられて振り返った先にいた女性の姿を見て苦笑いを浮かべた。

 

「どうも、ベレシスさん」

「狩人祭というのは、どうも退屈な狩りが多くて……な」

「あはは……上位相当のモンスターも多いですからね」

 

 ジークもヒプノック奇種からフルフル変種を倒し、そのままドンドルマまで向かって来ている前、ディアブロス奇種を討伐してからしばらくはドンドルマに留まって、多くのモンスターを狩っていた。同行していたヴィネアが欠伸するような戦闘ばかりだったが、かなりの「魂」を稼いだのも事実だった。

 

「これからどうするつもりだった? 暇なら是非とも狩りに付いて来てもらいたい所だが……移動中のようだな」

「このままミナガルデの方まで行こうかと。ネルバさんたちも森丘にいると聞きましたし」

「そうか。ならまた会おう」

「……案外さっぱりしてる人だよなぁ」

 

 ジークがミナガルデへと行くことを告げると、納得したような顔を見せるとすぐに踵を返して、旧メゼポルタ広場へと向かって歩いていった。ドライとも取れるような行動だったが、ジークにはさっぱりした人という風に見えていた。

 

「さて、さっさと行くか」

 

 標的としているリオレウスとリオレイアは変種かどうかもわかっていないらしく、すぐに行かなければ誰かに横から取られてしまうこともあり得る。ベレシスに語ったように、ネルバたち『ロームルス』の主力メンバーが、森丘を拠点にして動いていると聞いていたのも、理由の一つではあった。

 ジークから離れたベレシスは、少し残念そうな顔をしながらドンドルマの街を歩いていた。

 

「ふむ……森丘と言えば、最近新しいリオス夫妻が、ココット村近くに巣を作ってしまったと聞いたな……それ目当てか……」

「あ、ベレシスさん!」

「なんの用だ、ハルファス」

「なんの用だ、じゃないですよ……何処行ってたんですかぁ……」

 

 ドンドルマを走り回ってベレシスを探していたのか、肩で息をしながらベレシスに非難の目を向けるハルファスだったが、ベレシスはさっさと用件を話せと言わんばかりの、面倒くさそうな目をしていた。これ以上、彼女に何を言っても無駄だと判断したハルファスは、顔にかかっていた髪をかきあげながらベレシスに近づいた。

 

「沼地が急に立ち入り禁止になったんです。噂だとギルドナイトも調査に出た、とか」

「なに? ギルドナイトが?」

 

 周囲に聞こえないように小声で喋ったハルファスの言葉に、ベレシスは興味を向けた。クルプティオス湿地帯と言えば、ベレシスも最近狩りに行ったばかりの土地であり、立ち入り禁止になるような場所ではない。しかもドンドルマ直属のギルドナイトが出張るような状況となれば、密猟者でも出た可能性があると考えるのが妥当である。しかし、ベレシスの頭には違う考えが浮かんでいた。

 

「立ち入り禁止になった理由は説明されているのか?」

「そ、それが全く説明されていないんですよ。密猟者の処分とかだったら、多分説明しないんでしょうけど」

「……そんなものより、面白いものが出たんだろう」

「お、面白いものですか?」

 

 今や世界の中心として、もっとも栄えた街であるドンドルマ。そこに所属するハンターは、筋金入りのエリート集団ではあるが、そんな彼らでも狩ってはいけないモンスターが存在する。ベレシスが獰猛な笑みを浮かべた理由がわからないハルファスは、びくびくしながらベレシスの言う面白いものがなにかを聞いた。

 

「同じように砂漠が立ち入り禁止になった過去を私は知っている。あの時もなんの説明もなく、砂漠に立ち入ることだけが禁止されていたな。ドンドルマのハンターたちも密猟者が出たのではないかと大騒ぎになっていたが、その「原因」は私たちが狩猟して終わった」

 

 昔を懐かしむように遠くへと目を向けるベレシスの言葉を聞いて、ハルファスは息を呑んだ。過去を語るベレシスは大抵、今のように獰猛な笑みを浮かべるか、つまらなさそうに思い出しているかのどちらかである。そして、昔を思い出しながら笑みを浮かべている時は、総じて過去の狩猟を思い出している時だ。

 

「げ、原因を狩猟?」

「間違いない。古龍の剛種が出たと見るべきだろう」

「こ、古龍の剛種ッ!?」

 

 ベレシスが断言した古龍の剛種という言葉に、ハルファスは意識が遠のきそうだった。上位ハンターとして『ゴエティア』に所属しているハルファスだが、人外のような動きを見せる主力メンバーと違って、彼女は基本に忠実な模範的なハンターである。そんな彼女にとって、古龍の剛種というのは過去にメゼポルタ広場を壊滅寸前まで追いやった、クシャルダオラ剛種の話を知っている程度である。あれだけの凄腕ハンターが揃うメゼポルタ広場を、壊滅寸前まで追いやった過去の話を聞いた時から、ハルファスは絶対に古龍の剛種になど近寄らないと決めていた。

 

「ど、どうするんですかッ!?」

「ギルドナイトの調査が終了して、無事に帰還したらすぐに狩猟依頼が出る……帰還出来たら、な?」

「ひぃッ!?」

 

 何頭かの古龍の剛種とも戦ったことがあるベレシスは、ドンドルマ直属のギルドナイトとは言え、高い確率で全滅して帰ってくるだろうと予想していた。メゼポルタのハンターと比べて実力が足りないと言う訳ではなく、単純に剛種という存在に対する経験と理解が圧倒的に足りていないからである。

 

「ジーク……なるべく早く帰ってこい。楽しそうな狩りは全部私が持っていってしまうぞ?」

 

 ベレシスはさっき別れたばかりのジークを思い出し、一人で騒いでいるハルファスを無視して、好戦的な笑みを浮かべていた。




リオス夫妻は書きません
次は沼地に現れた古龍の剛種を狩りに行きます

次の狩りで狩人祭が終わります
長かった……


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狩人祭⑩(フェス)

 シルクォーレの森とシルトン丘陵からなる森丘で、二頭の火竜と戦っていたジークたちは、強大な火竜のブレスを避けながらその命を刈り取っていた。ヴァシムホーンを突き刺されたリオレウスは、大量の血を流しながら地面に倒れ込んだ。

 

「ふぅ……お疲れ様です。ネルバさん」

「おう……何度やってもリオレウスの圧力にはまいるな」

「空の王者ですからね」

 

 空の王者と恐れられるリオレウスを狩猟したジークたちは、近づいてくるメルクリウスとユピーに視線を向けた。

 

「リオレイアも終わったぜ」

「お疲れ様です。これでクエスト完了、ですね」

 

 二手に別れてリオレウス変種とリオレイア変種を分断し、各個撃破することで火竜討伐の負担を減らそうとしたジークたちの作戦は、結果的に上手くはまっていた。二頭の火竜を合流させることなく討伐することができた結果に、ジークは笑顔で頷いていた。

 ミナガルデでリオレイアとリオレイアの討伐が完了したことを報告したジークたちは、情報収集をしてくれていたスロアと合流して、五人でドンドルマへと戻ることになった。

 

「そろそろ狩人祭も終わりか……正直、俺たちがここまでできると思ってなかったぜ」

「信じてなかったんですか? 俺は最初から勝つつもりでしたけどね」

「俺はお前ほどハンターとして成功したことがねぇんだよ」

 

 元々、ドンドルマで活動していたハンターであったネルバは、ジークのようにG級ハンターになることもできずに、力不足を体感してメゼポルタにやってきたのだ。今では凄腕ハンターを名乗れるほどの実力を手に入れたが、それでもまだ自分の理想とする姿には追いつけていないネルバにとって、ひたすら前に進み続けるジークの存在は、眩しく見えるものだった。

 

「このまま勝てるといいのですが……」

「メゼポルタの双璧だって伊達で名乗ってる訳じゃあねぇからな」

 

 メルクリウスが不安そうな顔で呟いた言葉に、ユピーが同意していた。メゼポルタの現状が気に入らないハンターが入団している『ロームルス』だが、なんだかんだと言っても二大猟団の巨大さは理解していた。ユピーも二つの猟団から勧誘されたことがある程度の実力者だが、二つの同盟を率いる親猟団の猟団長は別格の実力を持っていることは知っていた。

 

「おっさんにこの連戦はキツイが、メゼポルタの未来のためと思えばな」

「おっさんっていう程の歳じゃないですよ、ユピーさん」

「そうかい? 三十は充分おっさんだと思うけどな」

 

 既に年齢が三十を超えているユピーにとって、狩人祭のように連続した狩猟が求められる状況はかなり身体に無理をさせていた。世の中には六十を超えてもハンターとして第一線で活躍するハンターもいるが、そんなことができるのは、長く現役を続けながらも致命的な怪我を一度たりとも受けたことがない、一握りの存在だけである。

 

「お話中悪いんだけど、ちょっとよくない噂を聞いたんだ」

「スロアさん? よくない噂って言うのは……猟団のことですか?」

 

 ドンドルマへと向かう竜車の上で談笑していた中、スロアが真面目な顔で集めた情報をまとめた資料を開いた。先程から談笑に加わることなく、真面目な顔で資料を眺めていたスロアを気にしていたジークは、彼の持ってきた情報に関して興味があった。

 ジークに情報をことを聞かれたスロアは、猟団のことではないと首を振って否定しながら、木箱を机代わりにして資料を見えるように置いた。

 

「ちょっと前にクルプティオス湿地帯が立ち入り禁止になったらしいんだ」

「沼地が? 立ち入り禁止ってなにがあった?」

「それをドンドルマの直轄であるギルドナイトが調査していたらしいんだ」

 

 ギルドナイトの名前を聞いて、ネルバとメルクリウスが身体を固くした。G級ハンターとは違う方面で優れた、ドンドルマ大老殿直轄のエリート組織であるギルドナイト。そのメンバーが調査に赴く様なこととなれば、考えられるのは密猟者が出たことぐらいである。

 

「でも、密猟者じゃないみたいなんだ。立ち入り禁止になった理由は明かされず、調査に出たギルドナイトもまだ帰ってきてないみたい」

「数日前に調査に出たギルドナイトが帰ってきていない? それってもう……」

 

 数日間でなんの成果も得られなかったとしても、報告一つせずに戻ってこないことなどあり得るはずがない。その時点で、ジークは調査に赴いたギルドナイトが既に死んでいるか、撤退することもできない状況に陥っているかのどちらかであると考えた。

 

「確かにきな臭い話だな」

「……ドンドルマに戻ったら最優先でその話、追ってみましょうか」

「そうだな」

 

 普通ではないことが狩人祭の最中に起きていると考えると、不謹慎ながらも解決すれば二つの猟団を出し抜くほどの功績に成り得るとジークは考えていた。

 

 


 

 

 竜車を少し早めに動かしてもらい、時間を短縮してドンドルマへと辿り着いたジークたちは、竜車から荷物を降ろしている間にも、ドンドルマのハンターたちから緊張したような表情を感じ取っていた。

 

「やはりなにかあったみたいですね。みんな緊張した顔つきです」

「あぁ……かなりやばい感じだな」

「ようやく帰ってきたか、ジーク」

 

 道行くハンターたちの表情からなにかを察していたジークは、突然後ろから声をかけられて肩を跳ねさせた。振り向いた先にいたのは、緊張した顔つきをしているドンドルマのハンターたちとは正反対の、とてもいい笑顔を浮かべている絶世の美女ベレシスだった。

 

「げッ!?」

「ど、どうも」

 

 見るだけで魅了されるような笑顔を浮かべている絶世の美女を前に、ネルバは顔を青褪め、ジークは頬を引き攣らせていた。ベレシスがいい笑顔浮かべている時など、碌なことがないのを知っているからである。

 

「クルプティオス湿地帯の話は聞いたか?」

「立ち入り禁止になったことだけは……」

「そうか。なら続きも話そう……酒場まで来い」

 

 笑顔を浮かべたまま踵を返したベレシスの背中を眺めていたジークは、ネルバと顔を見合わせた。ベレシスの性格ならば、周囲のことを気にせずにこの場で全てを話してしまいそうだと思っていたが、それをせずに人目の少ない酒場まで来いと言われたことに驚いていた。

 黙って見つめ合っていても話が進まないと考えたジークは、すぐにベレシスの背中を追いかけた。ドンドルマには幾つかの酒場があるが、ベレシスが入った酒場が裏通りにあり、人が滅多に入らなさそうな場所にあった。

 

「知られたくないことに使うには、持って来い場所だろう」

「バアルさん?」

 

 ベレシスを追いかけて入ったアングラな酒場には、既にバアルを含めて何人かの『ラグナロク』メンバーが集まっていた。酒場のマスターも気を利かせて、人数分の酒を用意すると店の奥に引っ込んでいった。

 

「それで、ベレシスからどこまで聞いた?」

「いえ、何も聞いていません」

「……今日は我慢できたのか」

 

 ジークよりもベレシスとの付き合いが長いはずのバアルでさえ、ジークと同じ反応をしたことに、ジークが苦笑いを浮かべていると、待ちきれないと言わんばかりにベレシスが立ち上がった。

 

「沼地に標的が出た。狩りに行くぞ」

「単純に言うとそうなんだがな……」

「狩りに? ギルドナイトが調査に出たと聞きましたが?」

 

 激しく興奮しているベレシスの言葉に、疑問符を浮かべたメルクリウスがバアルに向かって質問すると、ギルドナイトの名前を聞いてバアルが一つため息を吐いた。

 

「ドンドルマはギルドナイトを八人派遣して、クルプティオス湿地帯の調査に乗り出したらしいが、一人しか帰還していない」

「一人!? あとは……全員死んだのか?」

「えげつねぇな……あのギルドナイトだぞ?」

 

 元々ドンドルマに所属したハンターにとって、ギルドナイトとは神聖視されることもあるほどの実力派集団である。バアルの一人しか帰還していないという言葉を聞いて、ネルバとユピーが驚いたような声を出していた。自分の持っていた情報よりも更に深刻な事態になっていることに、スロアも息を呑み、ことの重大さを聞いたメルクリウスは呆然として言葉が出ない状態だった。

 

「……どうせ全員は死んでないんでしょう?」

「よくわかったな。帰ってきたギルドナイトの証言だと、出会い頭に一人が重傷を負わされたらしいが、それ以降は散り散りで消息不明だそうだ。ただ、襲ってきたモンスターは逃げる獲物を追わなかった」

「王の余裕って、やつですか?」

「慢心に近いな。だがそれだけの力を持っている」

 

 ジークはバアルが出してくれた今までの情報で、クルプティオス湿地帯が立ち入り禁止になるほどのモンスターが何者であるかを既に察していた。

 バアルは更に言葉を重ねていった。そもそもギルドナイトが調査をすることになった理由は、クルプティオス湿地帯に狩りに行っていたドンドルマのハンターが、狩猟中に討伐対象のモンスターごと爆破させられて死亡した事件が起きたことである。共に狩りに行っていた仲間がすぐに逃げ帰ってきたことで事件が発覚し、ドンドルマがギルドナイト派遣を決定させた。そして、派遣したはずのギルドナイトが帰還したのはまさかの一人だけであった。生き延びるために毒の沼地の中に潜んでいたらしく、全身を毒に侵されながらも帰還したギルドナイトが一般のハンターたちにも目撃されたことで、ドンドルマは一時騒然となっていた。

 

「出たモンスターは、なんなんだよ。そんなの普通じゃねぇぞ!?」

「普通ではないさ」

 

 事の経緯を聞かされたネルバは、震えた声で叫んでいた。大型モンスターと共にハンターの命が軽く消し飛ばされ、派遣されたはずの優秀なギルドナイトも一人しか帰還していない。普通のモンスターでは有り得ない被害の数であることに声を荒らげるネルバに対して、笑みを浮かべたままのベレシスが普通でないことを強調する。

 

「クルプティオス湿地帯に姿を現したのは炎王龍(えんおうりゅう)と名高い、テオ・テスカトル……その剛種だ」

「古龍の……剛種っ!?」

「テオ・テスカトル……」

 

 クルプティオス湿地帯に現れ、瞬く間にハンターたちへと被害を出したモンスターの名を聞いて、ジーク以外のネルバたちは驚愕に目を見開いた。古龍種の剛種が複数種類存在していることは、ネルバたちも知識として知っている。なにより『ゴエティア』のメンバーが、何頭かの古龍の剛種を狩猟した過去があることも、同じ同盟にいる以上話には聞いていた。それでも、自分たちにとって遠い世界の話であると思っていたモンスターの脅威が、間近まで迫っているという非現実感に誰もが付いてきていなかった。

 

「それ、狩れば狩人祭勝てますかね?」

「馬鹿ッ!? ジークっ、お前なに言ってるかわかってんのか!?」

「あぁ……勝てる。今からアクラ・ヴァシムの変種を狩りに行くことの十倍以上は約束してくれたよ……ギルドマスターがね」

「なら行きましょうか」

 

 テオ・テスカトル剛種を狩れば狩人祭に勝てる。それを聞いたジークは、迷うことなくテオ・テスカトル剛種を狩ることに賛成した。古龍の剛種であろうとも、全く迷うことなく頷いたジークに『ロームルス』のメンバーは、目を見開いていた。

 

「テオ・テスカトルの剛種だぞ!?」

「聞きましたよ?」

「なんでそんな簡単に頷いてんだよ!?」

「なんでって……勝てるからですよ、狩人祭に。それだけを目標に今までハンターをやってきたのでは?」

 

 ジークの言葉に、ネルバは言葉に詰まった。狩人祭で二つの猟団を超えて、メゼポルタ広場に革命を起こすと宣言したはずのネルバが、ジークの言葉に押されていた。

 テオ・テスカトル剛種が想像を絶するような、強力なモンスターであることなどジークも理解していた。それでも、僅差で『円卓』と『プレアデス』に負けている中で、取れる選択肢など存在しない。狩人祭に勝つためだけに活動してきた一年を考えれば、ジークは簡単に頷いていた。

 

「決まりだな。当然、私は行くぞ」

「俺も行きますよ」

「……俺は行かんぞ?」

「私には無理ですよ」

「うむぅ……装備が少し心許ないな」

 

 狩猟することが決まったのならば、早めにメンバーを集めてしまわないと、それこそ二つの猟団にテオ・テスカトル剛種を狩猟されてしまうだろう。現在の状況ではどちらかの猟団に、テオ・テスカトル剛種を狩られてしまえば『ラグナロク』は敗北を喫してしまう。

 強敵との戦いを望んでいたベレシスは、当然テオ・テスカトル剛種との戦いを望み、同盟親猟団の猟団長としての責任を果たさねばならないジークも、テオ・テスカトル剛種と戦うことを望んでいた。ジークに視線を向けられたバアルは、肩を竦めながら不参加を公言。メルクリウスとユピーも別々の理由で不参加。

 

「……解った。なら俺が行く」

「ね、ネルバ?」

「狩人祭に勝つためなんだ。ここで腹くくってやる!」

 

 かつてシェンガオレンとの戦いで心を折られ、クシャルダオラ剛種襲撃事件でハンターとしての自信を失った。それでも前向いて歩き続けながらも、再び相まみえたシェンガオレン剛種に、ハンターとしてのプライドを粉々に破壊され、既にネルバにはなにも残っていない。それでも、キャラバンクエストでジークやバアルを見て、一歩踏み出す勇気を貰っていたネルバ。自らが始めたはずの革命ならば、自らの手で終わらせるのが理想である。

 

「これで三人。あとは誰かいませんかね」

「う、うーん……流石に自信が」

 

 ネルバが参加すると聞いて、ジークはスロアが参加してくるかと思っていたが、やはり古龍の剛種というものにトラウマを持っているハンターは多いのか、誰もが一歩を踏み出せそうにない空気だった。

 

「あ、なら僕が行こうか?」

「……ベリアルか」

「なんですか、その久しぶりに顔を見たって反応は」

 

 手を挙げ辛い雰囲気の中、いつもの変わらない様子で手を挙げたベリアルに、ベレシスは視線を向けた。『ゴエティア』の中でも主力メンバーとして最高峰の腕前を持つベリアルだが、キャラバンクエストを受けていたりで、メゼポルタ広場を長期的に空けていることが多いため、ベレシスも会うこと自体が久しぶりだった。

 

「趣味でキャラバンクエスト受けてたら、狩人祭に乗り遅れたからね。最後ぐらい役に立ちたいんだ」

「ベリアルさん、頼みます」

「これで四人。明朝でいいな……早めに解決しておきたい」

「そうですね……横からクエスト掻っ攫われるかもしれませんし、クルプティオス湿地帯にいつまでも入れない状況はドンドルマのハンターも困るでしょうから」

 

 テオ・テスカトル剛種が現れ、それを狩りに行くと決まったにもかかわらず、いつもと変わらない調子で喋るジークの胆力に、ネルバは半分呆れながらもその頼もしさに笑っていた。

 

 


 

 

 夜、ドンドルマの市街を上から眺められる高台で風を浴びながら、ジークは一人で明日のことを考えていた。風を浴びながらテオ・テスカトル剛種の対策を頭で練っていたジークは、背後から近づいてきた足音に笑みを浮かべた。

 

「どうしたんですか? ネルバさん」

「おうジーク……悪かったな」

 

 ジークの隣に腰かけたネルバは、酒場のことを思い出してバツが悪そうな顔をしていた。

 

「なにがですか?」

「びびって前に出られてなかった俺に発破、かけてくれただろ?」

「……本当になんですか?」

 

 年下であり、ハンターとしても後輩であるはずのジークに発破をかけられたことに、ネルバは気恥ずかしさと申し訳なさを感じていたが、ジークにはなんのことかさっぱりわかっていなかった。

 

「俺に発破かけてくれたんじゃねぇのかよ……」

「してませんよ、そんなこと」

 

 ジークが喋った言葉に、自分で勝手に勇気を出しただけであることを知ったネルバは項垂れていたが、それでも充分だった。

 

「お前がガンっと言ってくれなかったら、俺はまたうじうじしてたと思う……だから、自覚が無かったとしてもありがとうよ」

「……まぁ、感謝してくれるって言うなら貰っておきますよ」

 

 ジークとしてはあの酒場でも普通のことしか発言していなかったが、ネルバにとっては勇気づけられる言葉になっていた。数多くの強大なモンスターとの戦いで失ったハンターとしてのプライドや、自信をとりもどすために、ネルバはテオ・テスカトル剛種へと挑むことを決めた。シェンガオレン剛種の時のように、もう二度と情けない姿を晒さないように。

 

「頼むぜジーク。俺にとってお前が頼りなんだからよ」

「なんですかそれ。テオ・テスカトル剛種との話なら、普通にベレシスさんを頼った方が安全ですよ」

「いや……あいつは安全じゃないだろ」

 

 停滞しているメゼポルタに革命を起こすと息巻いておきながら、ジークが来るまで実行に移そうともしなかった。ネルバは心のどこかで、狩人祭にあの巨大な猟団に勝つことなどできるはずないと思っていた。しかし、ジークという破天荒な英雄のような男が現れてから、メゼポルタに革命を起こす計画は一気に加速していった。それがネルバにとっていいことだったのか、悪いことだったのかは、革命が終わってからわかる話でしかない。

 

「兎に角、お前のお陰でここまで『円卓』と『プレアデス』を追い詰められたんだ……感謝してるぜ」

「追い詰めるんじゃなくて、勝つんですよ」

「……そうだな!」

 

 どうな状況であろうと目指す場所が変わらず、いつも強気で二つの同盟に勝つと断言するジークに、羨ましさを感じながらもネルバはその輝きに目を細めた。きっとジークはこの先、自分の考えているハンターとしての高みすらも、簡単に乗り越えて行ってしまうのだろうと考えたネルバは、呆れながらもその偉業を横で見ていたいと思ってしまった。

 

「こんな所で隠し事の相談か?」

「ベレシスさん?」

 

 高台の上で『ニーベルング』と『ロームルス』の猟団長が語っている中、髪を揺らしながら『ゴエティア』の猟団長が姿を現した。普段、狩猟時以外になにをしているのか見当もつかないベレシスの登場に、ジークもネルバも驚いていた。二人が驚いたような表情のまま固まっているのを見て、ベレシスは自分がどう思われているのかを理解した。

 

「私とて、常に戦闘を求めて生きている訳じゃない。こうしてなにもないところで精神を落ち着かせることだってある」

「そりゃあそうでしょうけど……」

「本当かよ……」

 

 狩猟中に化物染みた動きをするベレシスと言えども、同じ人間なのだから少し考えれば当たり前だとわかることなのだが、今まで『ゴエティア』のメンバーに聞いても、全くプライベートが分からなかったベレシスの一端が見えてしまったので、ジークは曖昧に頷くことしかできなかった。横で話を聞いていたネルバはそれすらも疑っていたが。

 

「……ジーク、君の手腕には惚れ惚れする」

「手腕、ですか? 俺、今回の狩人祭は前線で狩ってただけなんですけど」

「いやいや。あの目障りな同盟二つと比べて、私たちは凄腕ハンターの数が圧倒的に足りない中で、ここまで善戦できたのは君のカリスマと戦略のお陰だろう」

 

 何故かジークがベレシスに褒められるのは今に始まったことではないのだが、今回の話に関してはジークとしては全く身に覚えがなかった。

 

「私には猟団を率いる力はあっても、猟団をまとめる力はないのでな」

「それは俺も無理。ジークのそういうところは、俺も尊敬してるぜ……初めて会った時は生意気なガキだなとか思ってたけどな!」

「は、はぁ?」

 

 同盟の子猟団の猟団長二人から褒められて、ジークはなにがなんだかわからないうちに頷いていた。同時に、ジークの頭の中にある冷静な部分が、ベレシスとバアルの言っていることが正しいことであるのを理解していた。圧倒的なハンターとしての実力で猟団を率いるベレシスと、人との繋がりで猟団を率いるネルバには、一つの猟団を率いることができても、同盟を率いるには少し軋轢を生むやり方である。

 

「まぁ、狩人祭が始まる前に狩猟対象を明確にしてくれただけでありがたかったぜ? 今までの狩人祭はただ右往左往してたからな」

「私は今までの狩人祭は不参加だった故に、狩人祭というシステムをイマイチ理解していない」

「本当に肝心な所で適当な人たちですねぇ……」

 

 胸を張って今までの狩人祭を思い出している二人を見て、ジークは完全に呆れていた。以前までは人も練度もなにもかも足りなかったために、実績を積むこともできずに右往左往していた『ロームルス』と、もはやギルド直属の剛種討伐猟団と化していた『ゴエティア』は、狩人祭の勝利からは程遠い猟団ではあった。

 

「実際、狩人祭に参加しないからという理由で抜けていった猟団員もいたな。弱くて気にしていなかったが」

「ベレシスさんからすれば大体弱い人ですよね」

「そもそも俺の所は俺が弱いから入ってくれなかったしな……」

「ネルバさんは勧誘が下手くそなんですよ。口下手なエルスさんの方が上手いってどういうことなんですか……」

 

 ジークが率いている『ニーベルング』以外の『ラグナロク』参加猟団は二つとも一癖ある、不思議な猟団である。団長を筆頭に戦闘狂が集まるが故に、実力不足を痛感した者が自主的に退団していく、来る者は拒まず、去る者も追わない『ゴエティア』と、団長を筆頭に実力が物足りないと判断され、猟団員同士の仲がいいことすらも実力の伴わない馴れ合いとして嫌われることもある『ロームルス』である。

 

「私とこの男が協力するようになったのは、間に君がいるからだ」

「……協力してくれたことあったか、この女?」

 

 ベレシスの言葉に、ネルバは首を捻った。ジークも内心では、ベレシスは他人と協力していることはないだろうと思っていが、彼はベレシスを上手く扱うことで狩人祭を優位に進めていた自覚があるので、口にせずに黙っていた。

 

「君が震えて動けないような敵を、私がしっかりと打ち倒している。これは協力だろう?」

「お前が俺ことをどう思っているからは理解した。絶対明日の狩りで見返してやるからな」

「それは期待しておこう。なにせ相手はテオ・テスカトルの剛種だから……久しぶりに、私も本気で死にかけそうだ」

 

 死にかけそうだと言いながらも、楽しみで仕方がないという笑みを浮かべているベレシスに、ジークとネルバは引いていた。とは言え、強敵と戦うことが生き甲斐とまで公言するベレシスにとって、ここ数か月の狩人祭は些か刺激の少ない狩りだったのだろう。強敵と戦うこと自体は好きだが、ベレシスと違って命をかけることが楽しいとは思っていないジークにも、ベレシスの感性は理解されないものである。

 

「まぁ……折角ここまで、狩人祭の勝利目前まできたんですから。大きな怪我無く帰りたいですね」

「……確かにそうだな。強敵と死合うのも魅力的だが、勝利後の美酒というのも捨てがたい」

「しかもその勝利が、狩人祭の勝利ときた……酒は美味いだろうな……」

 

 三度の飯より戦闘が好きなベレシスや、ビビりで根が小心者なネルバも、派手な勝利後の宴は嫌いではなかった。祭り好きなハンターらしい意見を聞いて、ジークは苦笑いを浮かべながらも、メゼポルタに帰ってからの宴を想像していた。

 

 


 

 

「準備はできたか?」

「完璧ですよ」

「僕も問題ありません。それにしても、強力な剛種なんて久々ですねー」

「……心の準備が」

「締まらない男だね、ネルバ」

 

 朝の人通りが少ない時間帯に、ジークたちは準備を終えてドンドルマに集まっていた。いつでも狩りに行けると言わんばかりのオーラを、全身から放っていることで周囲のハンターから避けられているベレシスに苦笑しながら、ジークとベリアルが頷いた。ネルバはこのメンバーに混じって、テオ・テスカトルの剛種に挑むプレッシャーに、今更押し潰されそうなネルバに『ロームルス』のメンバーは呆れていた。

 

「ネルバさんは、あれはあれで独特なカリスマのある人ですよね」

「人を惹きつける人間ってのは色々と種類がいるもんなんだよ。ベレシスみたいな奴とかな」

 

 ジークが一見すると情けない猟団長と呆れる猟団員という構図であるにもかかわらず、誰一人としてネルバが猟団長であることを疑わない『ロームルス』のメンバーを見て、カリスマ性に感心していると、バアルがベレシスを指してカリスマの種類について口にした。

 

「……確かに」

「失敬な。私はしっかりと皆を導いているぞ?」

「お前のは無理やり引きずってんだよ」

 

 実力だけで猟団員を引っ張るベレシスのやり方もまた、それでついてくる人間がいるのならば一種のカリスマと言えるだろう。二大猟団の片側である『カリバーン』も、ベレシス率いる『ゴエティア』と同じように、猟団長であるエインがひたすら猟団員を引っ張っている構図である。ベレシスは引きずり、エインは背中で示しているという違いはあるが。

 

「世に言う一般的なカリスマはお前のことだと思うぞ」

「ジークはわかりやすいカリスマだな」

「そうですかね? 一般的なカリスマの感覚としては……そうですね」

 

 今となっては巨大になりつつある『ニーベルング』の猟団長であり、同盟『ラグナロク』の頂点であるジークの持つカリスマは、王道的なものであると言える。

 謙遜して自分にカリスマなんてないとは口が裂けても言えないジークは、自身の力をしっかりと認識していた。驕ることもなければ謙遜することもない。ジークは、ハンターとして身の丈に合った自信を持っていた。

 

「そろそろ行こうか。僕も待ちきれないよ」

「……もしかしてベリアルさんって」

「僕は戦闘狂じゃないからね。単純に、早く狩猟して狩人祭に勝つ瞬間が見たいだけさ」

 

 ベリアルの狩人祭に勝つ瞬間という言葉に、その場にいた『ラグナロク』のハンター全員が頷いた。長く続いたような感覚もある狩人祭も、このテオ・テスカトル剛種で最後である。そして、そのテオ・テスカトル剛種を狩猟できるかどうかで、ジークとネルバが掲げた狩人祭による革命の成否が分かれる。

 

「……行きましょうか。勝ちに」

「任せておけ。お前たちが立てなくなっても、私が一人で狩ってやる」

「この人本当にやりそうだなぁ……」

 

 狩人祭に勝つか負けるか、それを決めるための正真正銘最後の戦いに、ジークたちは挑むことになる。狩猟対象は、ドンドルマのギルドナイトを一瞬で壊滅させた炎王龍テオ・テスカトル剛種。狩人祭の最後には相応しすぎる相手だった。




次回はテオ・テスカトル剛種です


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狩人祭⑪(フェス) 炎王龍(テオ・テスカトル)

テオ・テスカトルの剛種です


 ドンドルマを出発してクルプティオス湿地帯のベースキャンプへと辿り着いたジークは、真剣な表情で沼地を見つめていた。普段はどこか飄々とした表情で狩りの準備をしているジークが、真面目な表情のまま沼地を見つめているのを見て、ネルバは首を傾げた。

 

「どうかしたのか?」

「……いえ、ネルバさんは感じませんか?」

「感じる? 確かに気温はいつもより高いなと思うけどな……」

 

 日中は殆ど常に雨が降っている状態になっているクルプティオス湿地帯だが、夜のクルプティオス湿地帯は雨が降っている方が稀である。その代わり、夜のクルプティオス湿地帯は濃霧が発生することが多い。また、地面に含まれている毒素は、日中は雨によって影響は抑えられているが、夜は雨が止まってしまう影響で毒沼を地面に形成している。毒沼の毒素は、ハンターだけでなく大型モンスターですらも足を踏み入れて長時間留まれば命にかかわるものである。

 日中は雨、夜には濃霧という気候の影響で多湿であるかわりに気温が上がらないクルプティオス湿地帯だったが、現在は湿度以上に温度を感じていた。ネルバはジークのいう感じるという言葉を、気温のことかと思って返事をした。

 

「気温の話ではない。確かに私も感じるぞ……テオ・テスカトルがこちらに殺気を放っている」

「テオ・テスカトル!? いや、まだベースキャンプに入ったばっかりだぞ!?」

「テオ・テスカトルは縄張り意識の非常に強いモンスターです。俺たちハンターが足を踏み入れたことくらい、既に気が付いていますよ」

 

 ジークの言葉に、ネルバは絶句していた。ネルバとて古龍級の生物と言われるシェンガオレン剛種や、かつてはまだ剛種とすら呼ばれていなかった、クシャルダオラ剛種とも相対したことがある。しかし、シェンガオレン剛種はそもそも古龍種ではなく甲殻種であり、クシャルダオラ剛種もネルバ個人など然程も気に掛けずに暴れていただけだったため、個人として古龍種に立ち向かうのはこれが初めてだった。

 

「ふむ。それにしても古龍の剛種はやはり凄まじいな……」

 

 周囲を見渡しながら、ベレシスは呟いた。古龍の剛種とも何度か戦ったことがあるベレシスだが、何度相対してもその生物としての圧倒的な力には感心せざるを得なかった。つい最近まで狩人祭で、クルプティオス湿地帯を中心に狩猟をしていたベレシスは、他の大型モンスターを狩りに来た時に感じる小型モンスターやモンスター以外の生物の存在を感じられなかった。

 

「湖にも魚がいない。鳥も鳴いていないし、虫一匹も飛んでいない……小型モンスターの気配も感じない」

「夜だから毒沼が出てると思ってたんですが……全部干上がってますね」

 

 テオ・テスカトル剛種との戦闘を前に、周囲の安全確保のために狩猟地近くの偵察を行っていたジークとベレシスは、テオ・テスカトルの影響で異様な静けさに満ちた沼地を歩いていた。普段ならば少し歩くだけでランゴスタやイーオス、ブルファンゴやコンガなどの小型モンスターと出会うことが多いのだが、今は存在の欠片も感じ取れなかった。

 

「おーい、ジーク君! 団長!」

「ベリアル?」

 

 洞窟方面を偵察していたはずのベリアルが、何故かジーク、ベレシス、ネルバの真正面から走ってくることに首を傾げながら、ベリアルの話を聞くために近づいた。

 

「洞窟の方には小型モンスターはいなかったんだけど、ギルドナイトの人が怪我して逃げ込んでたんだ」

「ギルドナイトが? 無事だったんですか……」

 

 ギルドナイト壊滅の報から既に数日が経過しているため、ジークはギルドナイトは全員死んでしまったものと思い込んでいたが、ベリアルの言葉を信用するのならばギルドナイトは生き残っていたことになる。三人がベリアルの誘導の元、共に洞窟の中へと入っていくと、ギルドナイトの正式装備であるギルドナイトGを纏った人間が三人洞窟の壁にもたれかかっていた。

 

「大丈夫ですか?」

「う……ハンター、か? 立ち入り禁止のはず、だが?」

 

 ギルドナイトが派遣される前から、既に立ち入り禁止になっていたはずのクルプティオス湿地帯に、ハンターがいることに驚く男は、傷を抑えながらも、ギルドナイトとして違法者疑いのあるハンターへと敵意の籠った視線を向けた。

 

「私たちは依頼を受け、テオ・テスカトル剛種を狩りに来たハンターだ」

「剛種……メゼポルタの凄腕ハンターかっ!?」

 

 ベレシスはギルドナイトの男を見下ろしながら、ギルドナイトを襲って壊滅させたモンスターの正体を口にした。ただ強力なテオ・テスカトルだと思っていたギルドナイトの男は、自分を襲ったテオ・テスカトルが剛種であることを聞き、それをギルドの依頼で狩猟に来たというハンターがメゼポルタのハンターであることを察して、身体から力を抜いて敵意を鎮めた。

 

「……俺たちの仲間は?」

「一人はドンドルマに報告に戻っていますが、残りの四人はまだ……」

「……そうか。俺たちも覚悟を持ってこの仕事をしている。気にするな」

 

 悩まし気な表情でギルドナイトに仲間ことを伝えたジークに対して、男は苦笑いを浮かべながらジークの気遣いに感謝していた。

 

「テオ・テスカトル剛種は俺たちが討伐します。だからもう少し待っていてください」

「頼む……あいつに屠られたハンターたちの、仲間の仇を」

「必ず」

 

 ハンターにとって、モンスターとの戦闘の末の死というのはありふれた話である。それでも自分たちの仲間や、同じギルドに所属しているハンターたちを殺された仇を取りたいと思うのは、人間として当たり前の感情であった。ギルドナイトの懇願に力強く頷いたジークは、立ち上がってからベレシスの方へと視線を向けた。

 

「……行きましょうか」

 

 ジークの目には絶対に狩ると言う意思が宿っていた。ベレシスはジークの瞳を見て楽しそうに笑みを浮かべ、ベリアルとネルバもジークの言葉に頷いた。

 

 


 

 

「……気温が上がってきたな」

「テオ・テスカトルが近い証拠、ですね」

「あんまり近寄り過ぎると駄目だからね? 僕、それで痛い目見たことあるから」

 

 洞窟を出て沼地の奥へと向かって歩いていたジークたちは、周囲の気温がどんどんと上がっていることに気が付いていた。まだ火山や砂漠のように肌を焼く様な温度ではないが、既に沼地としてはあり得ない程に気温が上昇していた。存在するだけでその一帯の環境を変化させる古龍種の力に、ジークたちは知らず識らずのうちに警戒度を上げていた。

 

「それにしても、ジーク君は情に厚いところがあるんだね」

「情に、ですか?」

「ギルドナイトに言ってたじゃないか。仇は取るって」

「あぁ……普通じゃないですか?」

 

 自分の狩猟対象であるモンスターが、人に対して大きな害をもたらしている時点で、ジークとしては当然の義憤であると思っていた。

 

「長くハンターをやっていると、そういうところが麻痺してくることもある。強大なモンスターも自然の一部……犠牲になったものは運が無かっただけだとな」

「……それもまた一側面ではあるでしょうね」

 

 ハンターがどれほど自然との調和を掲げて戦っていても、やっていることは人間のエゴにすぎない。むやみやたらにモンスターを狩ることは問題だが、ハンターとしてモンスターを狩ることを調和の名の下に正義とするのは、ジークとしては賛同できる意見ではなかった。

 

「所詮、俺たち人間も自然の一部ですよ」

「それでいい。余計なことを考える必要などありはしない」

 

 ハンターとして何が正しいのかなど考えるだけ無駄である。ジークとベレシスは元G級ハンターとして、そのことをよく理解していた。少なくとも、大自然の中では生き残った者こそが真の正義でしかない、弱肉強食の世界なのである。

 ハンターとしてのあり方を語りながら歩いていたジークたちは、沼地の奥から突然やってきた熱波に足を止めた。

 

「……これは、向かって来ているか?」

「どうやら、こっちが討伐する為に近寄っているのに気が付いたみたいですね」

「今のは最後の警告、かな?」

「まじかよ……怖すぎだろ」

 

 明らかに指向性のある熱波が送られてきたことに、ジークたちは足を止めていた。ここから先に一歩でも足を踏み出せば、テオ・テスカトルは容赦なく攻撃を加えてくるであろう。ジークは足を踏み入れる前に武器を抜いて状態を確認することにした。

 

「……いつでも戦えますよ」

「私もだ」

 

 ベレシスは、テオ・テスカトルに対抗する為に背負っていた「ドドン・トウ」を振るった。一振りするだけで周囲の気温が少し下がるほどの水気を帯びている、パリアプリア剛種の太刀に、ジークは感心していた。

 

「僕もいけるよ」

「おぅ……なんとかして見せる」

 

 ベリアルは「天狼銃槍【極光】」に弾丸をリロードしながら、排熱機構のチェックも終えていた。剛種のゴウガルフ素材から生み出されたそのガンランスは、存在するだけで白い冷気を漏れ出させるほどの力を持っていた。

 ネルバはいつかくる古龍種との戦いに備えて、前々から武器を準備していた。スロアやメルクリウスに意味はあるのかと散々言われ続けていたが、こうしてテオ・テスカトル剛種と相対することになり、用意していた武器を凄腕ハンターの得られる素材で強化してもらっていた。それが「裏封龍剣【絶一門】」であった。ベレシスやベリアルの持つ剛種武器と比べると各は落ちてしまうが、古龍の力を相殺することができると言われている龍属性を持つ武器に、ジークは驚いていた。

 

「じゃあ、行きますか」

 

 ジークは「怒髪大鎚【巨浪】」を背負い直してから、大きく一歩を踏み出した。テオ・テスカトルが最後の警告を放った熱波が届いた場所を簡単に跨いだジークは、そのまま勢いでずんずんと沼地の奥へと向かって歩き始めた。遠慮なく進み続けるジークの背中に唖然としているネルバを置いて、ベレシスとベリアルも特に臆することも無く、そのままテオ・テスカトルがいるであろう奥へと向かって歩き続けていた。

 

「お、俺も……危ねぇっ!」

「っ!?」

 

 ジークたちに追いつこうと前を向いた瞬間、ネルバの視界には森の中から炎を纏った赤い龍が映っていた。その姿を見ると同時に、咄嗟に叫んだネルバの声に反応して、ジークは横に転がった。ジークが横に転がるのを見てから、ベレシスは太刀を抜刀し、ベリアルはベレシスを守るように盾を構えながら前に立った。

 

「テオ・テスカトル、やはりこちらを視認していたようだな」

「……既に暑いですね」

 

 飛び出してきたテオ・テスカトルをジークが避け、現れたことで発生した先程とは比べ物にならない熱波を盾で受けているベリアルは、サファイア装備の下で汗を流していた。

 王と呼ばれる古龍種の佇まいとその存在感に、ネルバは圧倒されていた。燃える炎のようなモンスターであるリオレウスとは格が違う、正しく地上に現れた太陽の様な威圧感と存在感に、ジークも今までメゼポルタで狩ってきたモンスターの中で最も強いことがすぐに理解できた。

 

「来るぞ!」

 

 ハンター四人に囲まれる形になっているにもかかわらず、ゆっくりとハンターたちを見下ろしていたテオ・テスカトルは、おもむろに口を開いて息を吸い込んだ。同時にベリアルとベレシスが直線状から離れるように動き始め、テオ・テスカトルはそれを追いかけるように頭を動かし、ジークがその頭を横から狙った。

 

「今は近づくなジーク!」

「なっ!?」

 

 炎のブレスを吐くと予想して死角である横方面から頭を叩こうと近づいたジークを、ベレシスが止めた。少しの間を置いて、テオ・テスカトルの口から放たれた爆炎は狙われたベリアルの後ろにあった大木を数本、一瞬で焼き尽くした。盾を構えながら姿勢を低くして、ブレスをなんとか避けたベリアルは、お返しとばかりにテオ・テスカトルの顔面に向かって砲撃を放つが、テオ・テスカトルは特に気にする様子もなく前脚を振るった。

 

「ベリアルさん!?」

 

 避けきれなかったベリアルが前脚を盾で受け止めると、その勢いを殺しきることができずに後方へと吹き飛ばされていった。軽く前脚を振ったようにしかに見えなかった攻撃が、ベリアルのような実力のあるハンターを吹き飛ばす光景を見て、ネルバとジークは唖然としていた。

 

「このっ!」

 

 ベリアルを吹き飛ばしたテオ・テスカトルは、すぐさま方向転換してジークとベレシスへと顔を向けた。二人を同時にやらせる訳にはいかないと、ネルバは片手剣を抜刀したまま、盾を持っている右手で閃光玉を取り出してテオ・テスカトルの顔の前に放り投げた。ジークとベレシスはすぐさま顔を腕で覆い、瞬く光を防ぐ。テオ・テスカトルは閃光玉をもろに受け、視界を潰された。

 

「今のうちに!」

「わかっている。叩くぞ!」

 

 同時に武器を持って走り出したジークとベレシスは、ハンターが近づいてくる気配を感じて腕を振るうテオ・テスカトルへと接近した。ジークが頭にハンマーを叩き込み、ベレシスはテオ・テスカトルの頭に生えている角へと向かって太刀を振るう。テオ・テスカトルの角は、先程から放ち続けている熱波や、大木を一瞬で燃え尽きさせるほどの炎を操るための機能を持っていると言われている。そのため、テオ・テスカトルを狩猟する際に真っ先に狙うべきなのは、頭から後方に向かって伸びている王冠のような角であるとされている。

 

「こいつ……本当に効いてんのか?」

「……当たり所が悪かったか……傷一つ、ついていない」

 

 同時にテオ・テスカトルの顔に向かって攻撃したジークとベレシスは、顔面に攻撃を受けても大した反応を示さないテオ・テスカトルに困惑していた。大して攻撃の効果がないとは言え、王たるテオ・テスカトルに向かって攻撃を仕掛けたという行為が、既にテオ・テスカトルの機嫌を損ねるものだった。雄大な赤い翼をはためかせるテオ・テスカトルを、黙って見つめていたジークは、周囲に飛んでいた火の粉の色が変わっていることに気が付いた。

 

「これは……鱗粉?」

「塵粉か? だとするとマズいな」

「なにがマズいんですか?」

「テオ・テスカトルの放つ粉塵は、着火することで強大な爆発を起こすことができる」

 

 テオ・テスカトルが周囲にまき散らしている塵粉の正体は、身体の古くなった組織片である。身体から離れた組織片は、テオ・テスカトルが着火することで爆発を起こし、その衝撃はまともに人間が受け止められる様な威力ではない。

 閃光玉によって視界を塞がれているテオ・テスカトルは、周囲に塵粉をまき散らすことで、目が見えない状態でも敵を殺そうとしているのが、今の状態である。

 

「……それ、やばくないですか?」

「そうだな。受けたら死ぬかもな」

「えぇ……」

 

 死ぬかもしれないと言いながら、やはり笑っているベレシスに、ジークは一歩引きたくなっていた。その間にも翼を何度も揺らし、身体から大量の塵粉をまき散らしているテオ・テスカトルは、ハンターの気配が一切動かないことを訝しげに観察していた。視界を塞がれているため、ハンターの動きを正確に理解できている訳ではないが、それでもテオ・テスカトルには明確な敵意のないハンターの位置ですらも多少は把握できていた。今まで彼の前に現れたハンターたちは、皆一様に逃げ惑うか生を諦めていたが、目の間にいるハンター二人はテオ・テスカトルに臆することも無く、武器を構えたまま止まっていた。

 

「……そろそろか」

「はい」

 

 テオ・テスカトルとハンター二人が動きを止めた状態のまま、少しの時間が経過した。視界が回復してきたテオ・テスカトルは、前にいるジークとベレシスが気配の通りに全くなにもせずに、武器を抜刀した状態のまま止まっている姿を見て、警戒の色を強めた。

 本来、剛種であるテオ・テスカトルにとって襲ってくるハンターを殺すことは、縄張りを侵す他のモンスターを駆逐するよりも遥かに簡単な動作である。ブレスを吐けば炭化し、塵粉を爆発させれば消し飛ぶ、文字通りにゴミの様な存在でしかない。しかし、テオ・テスカトルは今、二人のハンターを目の前にして動けずにいた。古龍種としての誇りよりも生物としての本能が、目の前のハンターを甘く見ていると命を刈り取られると警告を発しているのだ。

 

「大丈夫か!?」

「……少しびっくりしただけだよ」

 

 ジークとベレシスがテオ・テスカトルと睨み合っている間、吹き飛ばされたベリアルの下へとネルバが大慌てで近寄っていた。茂みの中に頭から突っ込んでいたベリアルは、ネルバの姿を見て苦笑を浮かべながら平気だと応えたが、想像以上の威力で吹き飛ばされたことに関してはあまり大丈夫ではなかった。

 

「ガンランスの盾で防いで、あれだけ吹き飛ばされたのは始めてかな」

「俺だってあんな簡単に人が吹き飛ぶのを見たのは始めてだよ」

「そっか……でもあの二人なら……きっと狩れる」

 

 ベリアルは、最初の攻防の時点で既にテオ・テスカトルとまともに相対することを諦めていた。人間の膂力ではまともに戦える相手ではないのはいつものことだが、それ以上にテオ・テスカトルという存在にベリアルは圧倒されていた。秘伝防具を持ち、数多の剛種を屠ってきたベリアルから見ても、テオ・テスカトルの剛種は異常な強さを持っていた。

 ベリアルの言葉にネルバがテオ・テスカトルに視線を向けた瞬間、ジークとベレシスが立っていた周囲が一斉に爆発した。

 

「あれが、テオ・テスカトルか」

「……助太刀、行くよ」

「お、おう! 俺だってもう逃げてばっかりいられるかよ!」

 

 塵粉爆発によって周囲の木々や岩、自然環境が弾け飛んでいく中、ジークとベレシスは爆発を掻い潜って武器を振るっていた。テオ・テスカトルが歯を打ち鳴らした瞬間に出た、少量の炎に反応して爆発した塵粉を見切ったジークは、テオ・テスカトルに近づくように前に回避して頭に向かってハンマーを振り上げた。しかし、テオ・テスカトルはジークが振るったハンマーと同じように頭を動かすことで躱し、背後から襲い掛かってきたベレシスを空中に飛ぶことで回避した。

 

「反応するか……楽しませてくれる!」

「気を付けてくださいよッ!?」

 

 テオ・テスカトル剛種を目の前にしても楽しそうに戦っているベレシスに、ジークが心配そうな声を上げている中、テオ・テスカトルは自身の下にいる二人のハンターを焼き殺そうとブレスを真下に吐く。すぐさま真下から逃れるように移動したジークは、地面に叩きつけられる炎のブレスから感じる圧倒的な熱量に唖然としていた。

 

「やっぱり古龍種ってのは……どいつもこいつも!」

 

 地面を溶かす程の熱量を口から吐きながら、涼しい顔して地面に降り立つテオ・テスカトル剛種に、ジークは冷や汗をかいていた。テオ・テスカトルからすれば特別なことはなにもない、ただのブレスでしかないが、ジークのような普通の人間にとっては、ブレスだけで骨も残らずに消し炭にされてしまう。しかし、テオ・テスカトルにとってもブレスを簡単に避け、まだこちらに対して武器を向けてくるハンターも危険な相手として認識されていた。

 

「まだ来るぞ!」

 

 テオ・テスカトルの様子を見るためにハンマーを構えたジークの背後から、ベリアルの言葉が飛んできた。同時に、テオ・テスカトルがなんの前触れもなく突進を始めた。助走もなく唐突に最高速で走り始めたテオ・テスカトルは、横に逸れたジークを追いかけるよう曲がり始めた。

 

「はぁッ!」

 

 ジークが逃げる速度よりも速く走るテオ・テスカトルに対して、ベリアルが横から爆竜轟砲を放った。身体に爆竜轟砲を受けたテオ・テスカトルは、その衝撃を受けて一瞬よろけた後に、ベリアルとネルバのいる方向へと飛んだ。

 

「頭を借りるぞ」

「えっ!? いてぇ!?」

「空中で迎え撃つんですか!?」

 

 何故か背後から聞こえてきたベレシスの声に、ネルバが振り返る前にベレシスに頭を踏まれて悲鳴を上げた。ネルバの頭を踏んで上に飛んだベレシスは、空中のテオ・テスカトルに向かって太刀を突き出した。確実に片目に向かって突き出された太刀を、空中で翼を使って避けた。

 

「避けたッ!?」

「マジかよ……」

 

 ベレシスの人間離れした動きに対して、テオ・テスカトルも常識外れの動きで対応していた。勢いのままハンターたちの頭を飛び越えたテオ・テスカトルは、ネルバたちの背後に降り立つと同時に歯をかち合わせた。空中で塵粉が爆発し、その眩しい光でネルバとベリアルが目を閉じた。二人が目を閉じるのを確認してから、テオ・テスカトルは再び初速から最高速の突進を始めた。

 

「ちっ!?」

 

 ベリアルとネルバはまだテオ・テスカトルの動きが見えていないのを理解したジークは、ハンマーを持って、テオ・テスカトルの射線上に入った。突進するテオ・テスカトルの前に飛び出す行為は、あまりにも無謀なことだったが、ベレシスが間に合わない距離にいる現状ではジークが迎え撃つ以外の選択肢はなかった。

 

「はぁッ!」

 

 ジークが飛び出してきた姿を見ても、テオ・テスカトルは一切スピードを緩めずに走り続け、特になにかをすることもなくテオ・テスカトルという質量だけでジークを押し潰そうとしていた。タイミングよくハンマーを振り下ろそうと構えたジークは、テオ・テスカトルが目の前で横にステップすることで突進を止めたことに目を見開き、そのまま迫る尻尾を防御することもできずに脇腹に受けた。

 

「あぐっ!?」

「ジーク君!」

 

 テオ・テスカトルの尻尾は、ディアブロスやアクラ・ヴァシムのように武器として使うような形状をしていないが、古龍種の膂力で振るわれれば全てが人間にとっての脅威になり得る。ジークは沼地の地面を転がりながらも、なんとか態勢整えようと腕に力を入れて動きを止め、すぐさま回復薬グレートを口にした。テオ・テスカトルは横に転がっていったジークへと追撃を試みるが、ベリアルが踏み込んでガンランスを突き出したことで、テオ・テスカトルはジークへの追撃をあっさりと諦めた。

 

「このテオ・テスカトル、複数人のハンターを相手にするの、慣れてるね」

「幾度となく討伐依頼が出された、というところだろう。実際、ギルドナイトも壊滅しているしな」

「……とんでもないモンスターを狩りに来ちまったな」

「今更だな。怖気づいたなら逃げてもいいぞ? 今ならギルドナイトの保護という大義名分もある」

 

 転がっていったジークを庇うように立つベリアルと、太刀を手にしたまま立っているベレシス、テオ・テスカトルの圧倒的なまでの攻撃力と知性に上手く言葉も出ないネルバ。テオ・テスカトルは、今まで自分に向かってきたハンターとは違うことを察しながらも、敗北したことが無いという帝王の威厳によって退くこともなかった。

 

「優れた生物というのは、臆病と言われるほどの危機察知能力を持っている。自然の中で生きて行く中で、最も必要なのは力ではなく、自分の身に迫る危機をいち早く察知できる能力だ」

「……団長らしからない理論ですね」

「馬鹿を言うな。あくまで優れた生物の前提の力というだけだ……当然、その上で力が必要になる」

 

 ベレシスはこれまでのテオ・テスカトルの動きを全て思い返して、生物としての危機察知能力の高さを感じていた。空中で太刀を避け、突進の途中でハンマーを避ける。閃光玉で目を塞がれれば、視界に関係のない塵粉をばら撒いて相手を牽制する。どれも通常のテオ・テスカトルではあり得ない動きである。

 

「本当に久しぶりだ……ここまで敵とやり合えるのは」

「どうするんですか?」

「避けられない攻撃をするまでだ。私に続け!」

 

 テオ・テスカトルが威嚇をしながら塵粉を撒いている中、ベレシスは太刀を持ったままテオ・テスカトルへと向かって走り出した。塵粉を周囲にばら撒いている中を突っ込むなど、正気の沙汰ではない行為をしながら、自分に続けと言いながら走るベレシスに、ネルバは絶対に無理と首を振った。

 向かってくるベレシスを攻撃する為に歯を打ち鳴らしたテオ・テスカトルは、爆発の向こうから無傷で飛び出してきたベレシスに一瞬固まったが、すぐさま腕を振るってベレシスを迎撃した。

 

「温い! 避けられると思っていなかったか?」

 

 振るわれた腕を当然のように見もせずに頭を下げて避けたベレシスは、頭を下げた反発の力で上に飛んでテオ・テスカトルの顔に太刀を振るった。咄嗟に顔を横に逸らしたテオ・テスカトルは、頬に浅くない切り傷をつけられながらも、大きく後ろに飛んでベレシスの攻撃範囲から逃れた。

 

「ようやく一撃、だな」

「……今、どうやって爆発避けたんだ?」

「さぁ? 団長のやってることなんて二割も理解できないよ」

 

 塵粉爆発を何故か避けているベレシスに、ネルバは頭が追い付いていなかったが、ベリアルとてベレシスの行動を理解できる訳ではない。到底人間の動きとは思えない行動は『ゴエティア』の主力団員だろうと再現できるものではない。

 

「テオ・テスカトルの塵粉は、よく見ると色によって爆発する場所が異なるんですよ」

「ジーク……え、塵粉に違いなんてあったか?」

「あります……温度によって色が変わっているのかはわかりませんが、黄色に近ければ近いほど遠く、赤色に近ければ近いほど近くで爆発する。それさえわかれば避けられると思いますよ」

「…………お、おう!」

 

 吹き飛ばされていったはずのジークが、平気そうな顔をしたまま意味不明な塵粉の説明をしていることに、ベリアルとネルバ納得も理解もできていなかった。それでも受け入れることでしかテオ・テスカトルとは戦えないと前向きに考え、取り敢えず頷いていた。

 

「お怒りの様子だな……人間に傷をつけられたのは初めてか?」

 

 歯を剥き出しにした状態のまま、全身に炎を纏わせ始めたテオ・テスカトルを見て、ベレシスは笑みを浮かべた。

 立っているだけで周囲の草木を燃やす温度を纏いながら、帝王テオ・テスカトルは怒りの咆哮を上げた。その咆哮はクルプティオス湿地帯の全体に響き渡り、その声を聞いたものは全員が理解した。今まで牽制していた炎王が、自らに仇なす不敬者処刑するのだと。炎王の怒りは天をも焦がす炎となっていた。




かなり長くなりそうですが、多分シェンガオレンよりは短いです


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