「救えないわね」
客にりんごを売るかどうかを迷いながら、交渉を続けている。そんな八百屋の物陰で、パーカーのフードをかぶった少女は町並みを見ながら呟いた。
人も少なく、歩いている人物がいても、とてもくらい顔をしていることが見受けられる。
街自体は整備も行き届いてないどころか、治安すらも悪かった。
そう、この街は圧政により苦しんでいるのだ。この街を統べる者は、民達を下に敷くことで安定を手に入れているのだ。
この八百屋は、そんな安定しない中で、食べ物を売るか悩むのは、自分が食べられるかすら怪しいからだ。
「だから、私に依頼が来たのかしらね」
少女は、観念してりんごを売った店主を見た後、軽く跳躍で建物の上に立った。
「圧政者の暗殺。ね。魔法少女が地に堕ちたものだわ。魔法少女になった経緯がアレな私が言うのもなんだけど」
魔法少女。それは希望を与える存在で、女の子ならば誰もが夢見るだろう。
だが、現実はどうなのか? それを知るのが、彼女だった。何も綺麗なことばかりじゃない。だからこそ、こうして悪態をつくのかもしれない。
「……魔法少女がこんな仕事をするなんて、誰が予想したかしら。……まぁ、良いわ。やるしかないのだから」
愚痴を吐くことは簡単だ。けど、愚痴を吐く暇があるのなら、きっちり仕事をこなすしかない。少女はそのまま剣を取り出した。
その柄に刻まれた名前は、Alice・Moonlight。少女……アリスは、魔法少女と呼ばれる仕事を今日もこなすために、この寂れた街がほとんどの国に、やってきたのだった。
「それじゃあ城に行きましょうか。……仕事は早々と終わらせましょう」
■■■
「王子。それではこの様に進めさせてもらいますね」
「……分かった」
国の中心にある城で、一般人のような服を着た第一王子は、意思のこもらない声で相槌を打つ。こんな返事ばかりになったのは、いつからだろうか。反すれば死ぬ、操り人形と成り下がったのは。
父親の国王が死んだ時から、彼は孤独を感じ続けていた。それだけではなく、国の老中達は彼を思うようにすれば、何時までも自分達だけは平和と、思い込んでいた。
「けれど、今日でそれも終わりだ」
魔法少女に依頼を託したのは、彼自身だ。彼自身が死を望み、老中達の排除も考えて、魔法少女に委ねるのだ。
自分で動いていない。と言われれば、そうかもしれないと彼は納得している。
でも、こうするしか無かったのだ。自分には、老中達を殺す手段も無ければ、懐柔する手段もない。八方塞がりなのだ。
そして、彼は城が騒がしくなってきたことに気づいた。耳をすませば、老中が慌てる声が聞こえる。
「あぁ、遂に来たか」
__この瞬間を待っていた。そう。ここまで来たならば、後少しだ__
彼は。第一王子は理解する。魔法少女がやってきたのだ。次々と、老中が切られたであろう。或いは焼き殺された。また或いは。そんな断末魔を聞きながら、近付く足音に耳を澄ませ、そして彼の居る部屋の扉は、ついに開かれた。
「見つけたわ。第一王子……っ!?」
「待っていたよ、魔法少女。アリス・ムーンライト」
扉を開けた、魔法少女。アリスはとても驚いた。自分と変わらない姿の少年は、容姿は端麗な王子ながらに、煌びやかなものを着ているわけではなく、あまり街の人と変わらないような服を着ている事。
それだけではない。この王子の事を、アリスは知っていたのだ。
「アレク。貴方、どうして……」
「そうか、気づいてしまったか」
アレク。それは王子の名前だ。そして、アリスにも名乗った名前である。
アリスは驚きから言葉が隠せない。その理由は、幼少期まで遡らねばならない。
■■■
アリスには、それはとてもとても仲の良い、優しい少年が居た。名前はアレク。
彼は、毎年夏になる度に、アリスの過ごした街にやってきていた。
「ほら、アリス。こっちだよ!」
「待ってよ、アレク! 砂浜は走りづらいよぉ!」
アリスが幼少期に住んでいた街は、海の見える綺麗な港町だった。
その景色と美味しい海産物から、その街は別荘地としても有名で、アレクもそこに観光しに来ていたのだ。
アレクの父親は、アリスの両親と仲もよく、毎年会う度にアレクとアリスは同じ家に泊まっていた。
そのアレクの父親が一国の王ということは、アリスは知ることは無かった。アリスの両親ですら、知らなかっただろう。
「アレク。本当に足が早かったりするんだから……」
「あはは。鍛えてるからさ」
だが、二人にとっては、そんな事はどうでも良かった。幸せな日々が、そこにはあった。
「あらあら、またアレクと一緒に寝てるわね」
「この夏しか見られませんからな」
アレクとアリスの両親の仲もよく、二人はいつしか結婚するのではないか。という話も出ていた。
だが、ある夏の事である。その時を境に、アレクがこの港町にやって来ることは無かった。
「アレク……」
アリスはアレクを待ち続けた。だが、待てども待てども沈む夕日を眺めるだけに終わる。
どうしてなんだろう。そんな疑問がアリスの中から消えなかった。
”そして、ある日の事である。”
「お母さんと、お父さんが……?」
突然の訃報だった。アリスの両親が亡くなったのである。原因は、強盗が二人に襲いかかったという事だ。
その日、アリスは憎しみを覚えた。昨日まで待っていたアレクの事が、頭から抜ける程に。
そして、アリスは魔法少女になる事を決意する。復讐の為だ。
「……許さないわ」
名も知らぬ強盗に復讐を遂げる為に、必死に魔法の練習をする。独学ながらに、魔法薬の作り方まで徹底した。
そこまで彼女を駆り立てる復讐は、何時しかアレクの事を思い出さないほどに埋め尽くしていた。
「……見つけた」
その果てに、彼女はその強盗を見つけ出し、それはとても痛め付けた。その先にあったのは喪失感だった。
それからなのかもしれない。彼女は、魔法少女として仕事を受けながらも、空白の時間を過ごすようになった。
「……私、何やってるんだろう」
最初は、魔法少女ということから、イメージアップのような仕事は舞い込む。人は、魔法というものに魅了されていて、彼女の行った復讐を知らずに、頼み込んでいた。
それでも、ある時にたまたま暴漢を魔法で吹き飛ばすということをしてから、荒事を頼まれるようになる。
「……また、こんな仕事」
そして、何時しか魔法少女としての魔法は、暗殺に使わされるようになっていった。
元々復讐に使うために覚えた魔法。綺麗なものじゃないなんて事は、知っていた。けど、こんな生き方をするのなら。魔法少女というのはならなくて良かったのかもしれない。
「アレクに会えたらなぁ」
ふと、彼女は思い出して呟いた。だが、それは叶うことのない願い。アリスは、どうにも寂しそうな顔をしながらも仕事を続けていた。
だからこそ、こんな運命は受け入れられないのかもしれない。そう、そのアレクは王子として、目の前にたっているのだから。
■■■
一方アレクの成長過程も、良いものとは言えなかった。アリスのいる街に来なくなったその年。彼の父親は病床に倒れ、死を迎えていたのだ。
「お父様。そんな、どうして……」
誰もが国王の死を悲しんだ。通夜は数日にわたり行われて、アレクは父のように良い国王になる。そう決めたのだ。が。
「アレク様は、まだ幼い。我々が政治をさせていただきます」
「っ、なん、で?」
老中はまだ若きアレクを利用しようと、反対すれば殺すというような体制を作り出す。
老中達は、日に日に国を枯渇させていくような政策を進めた。その理由は貴族や、一部上流階級が私欲を満たすため。
数々の思惑が絡み、そうしてアレクは傀儡へと変わっていく事になる。
それから、アレクは時折自傷行為に至ることもあったが、国の顔という名目。また、もしもの時は罪を擦り付けるため。アレクは生かされた。
「……アリス」
そんな時だ。ふと、幼馴染みのことを思い出したアレクは、秘密裏にアリスが今何をしているか調べた。そして、魔法少女であることを突き止めた彼は、依頼を送った。
それが、自分の名前を隠して出したもの。王と老中の暗殺。……つまりは、そういう事だった。
「僕は、アリスなら希望を託せる」
嘗て豊かだった、前国王の父親と歩いた街を。今は荒れたこの街を見ながら、彼は呟いた。来るであろう幼馴染みのことを待ちながら。
■■■
「アレク。そんな、貴方がどうして?」
「アリスへの依頼は、僕がした。……この腐った城を綺麗にしてほしかったから。あとをアリスに任せて、ね」
第一王子であるアレクは、国の状態に負い目を感じていた。だからこそ、親しかったアリスに委ねよう。そう考えた上での行動だった。
だが、アリスはそれを理解できない。したくない。仲の良かったアレクを殺すだなんて。会いたかった人を。なんで。
それを口に出す前に、アレクは遠いものを見る目をしながらも、街を指さした。
「この街はとても荒れている。今まで老中が、僕を操ることで一部だけが富を持つように仕向けたからだ。先代国王……お父様が、愛したこの街を、このように荒れさせるのは、僕はとても不本意だった」
「……」
「僕はね、僕自身にこの街を立て直す力があるとは、到底思えない。だから、昔から頭のよかったアリスに頼みたいんだ」
「アレク」
と、ここに来てアリスは何を思ったかアレクの名前を呼ぶ。その次の瞬間。
__パァン!__
「!?」
かわいた音が響く。アレクの頬を、アリスが叩いたことに、数秒してからアレクは気づいた。
「……アレク」
「あ、アリス?」
そこからゆっくりと、アリスはアレクを抱きしめる。どういう事か分からずに、あたふたと慌てるアレクは、昔から変わらない暖かな温もりに、素直に身を委ねることは出来なかった。
だが。だが、である。アリスはそれでもアレクを受け入れた。その事をアレクが理解した後には、アリスはアレクから離れる。
「アレク。これは革命よ。貴方の起こした革命」
「革命? ……僕はそんな大層なことは」
「してるわ」
アレクの言葉を遮ったアリスは、一息ついてから武器である刀を取り出した。
刀と言っても日本刀のようなものではなく、曲刀と呼ばれるようなものだが、それはともかくとして。アリスは扉に向き直る。そして、アレクをかばう立ち位置に立った。
「安心して。私が守るから」
「そ、そんな。どうして?」
アレクにそれを聞かれれば、彼女は答えることはひとつしかない。
「アレクが大好きだからに決まってるじゃない」
「……!」
そこから兵士が部屋になだれ込んできた。だが、アレクを庇う位置にアリスが居ることに、首を傾げる。そこで、兵たちは初めてアレクの服装に気付いた。
仕事の時に見る、豪華絢爛な服装でない、庶民の着るような、よれた服。
子供らしさの中に宿る、強い意志をその時兵たちは感じ取ったことにより、武器を下ろしてしまった。
「……第一王子。これはいったい」
さて、そこまで言われれば。アリスの啖呵を聞いては。アレクはもう迷わないことに決めた。
「彼女はアリス・ムーンライト。私アレク・フルクライトの命に従ってくれた。私を傀儡と操り、庶民達から金を巻き上げ、国を貶めた老中達からこの国を救うために、彼女はここへ来たのだ」
「傀儡に? ……まさか」
兵士達の間では、有名な噂があった。王子のアレクは国民から搾取する悪い王だ。と老中達は言いふらす。
だが、そんな老中たちも厳しく、兵士達を酷使する。だが、アレクは酷使された兵に、甘いものを差し出したと聞く。
そんな噂は広まる中で、老中は噂を広めた兵士を罰した。おかしな話だとは思っていた。
もし老中が、王子に罪を擦り付けるために全て行ったなら? その時は全て、納得することが出来る。
「……分かりました。王子を信じましょう。いえ、信じるしかありません。生き残った老中は、私達に全てを任せ、逃げ出そうとしているのです」
皮肉にも、老中は自分の行動で首を絞めた。兵士達は王子とアリスの味方をする。革命は、始まった。
「行くぞ! 悪事を働くは老中! 討ち取れ!」
「はっ!」
「……アレク」
アリスの驚いた表情を見て、アレクはくすりと笑った。幼少の頃のような表情で、アリスを撫でる。してやったり。とでも言いたげだ。
「アリスだけに、いい格好はさせられなくなったのさ。だから、僕もね」
「……バカ、最初からそうしなさいよ」
そんな会話をしている中、老中を討ち取った。そんな声が響く。逃がさないように、確実に一人ずつ手にかけているのだろう。城の中は騒がしいままだ。
そして、暫くしていると全員討ち取ったと聞こえてくる。この革命は成し遂げられた。
「アリス」
「なに? アレク……んっ!?」
ふと、名前を呼ばれたアリスはアレクに問いかけ直す。すると、アレクはいきなりアリスにキスをした。
それにより、熟れたリンゴのように真っ赤な顔となったアリスを優しく撫でると、彼はアリスの顔を見ながら真剣な瞳で告げた。
「アリス。君を僕の王妃として迎えたい」
「な、なっ!?」
もはやアリスは今、まともに考えることは出来ないだろう。だが、それでいい。と今度はアレクから抱きしめる。
「これから、一緒に国を作っていこう。いいよね?」
「バカ。バカバカバカ! ……断れるわけ、ないじゃない」
素直じゃないアリスに、アレクは、王でありながらも騎士のように。暖かな笑みを見せて頭を撫でた。
「来てくれてありがとう。アリス」
「私の街には来なかったのに、よく言うわ」
「それは言わないお話って事で」
二人はそんな和やかな会話をする。こんな時間は、とても久しぶりかもしれない。
まるで太陽の木漏れ日のように、暖かな雰囲気に包まれながらも、二人は微笑んだ。
そして、翌日である。アレクは早速行動に起こした。城の前に人々を集めて、昨日までとは違う、煌びやかな服を着て。
アリスは傍らにいながらも、ゆっくりとアレクの手を握る。安堵するために、だ。
そして、その時。後に伝わる演説が、今ここで開かれるのだ。
「民の皆。久しく顔を見られなかったが、こうして、また顔を見ることが出来ること。嬉しく思う」
「私はこれまで、老中に縛られ、束縛され、民の皆を助けることが出来なかった」
「だが、この度妃となる、アリスと共に革命は成された。故に!」
「この国を再び豊かにする。私はそう誓おう!」
誰もが、その声を聞いて涙を流した。国の中にはとある噂が蔓延していたからだ。
王子は拘束された。今は何者かが、国を動かしている。という至極単純な噂だった。
だが、その噂を信じる理由はある。前国王と共にアレクを見た者達ならば、誰もが知っているのだ。アレクがこの国を愛していることを。
「良かった。生きていて……」
「王子が生きていた! 生きていたぞ!」
「私たちの希望はまだあったのね!」
アリスはその様を目に焼き付ける。昨日までとはまるで違う、希望の彩を。
アレクはそのアリスの手をぎゅっと強く握る。そして、抱き寄せた。
__そう、この王国は、ここから再び始まるのである__
数年前に書いたものが掘り起こされたので、改行だけ直して投稿しました。
評判良かったら、この話をベースになにか連載物を考えます。
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