フランがシスコン過ぎて困っています。いや嬉しいですけどっ (かくてる)
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レミフラ恋仲編
1話 スカーレットの恋人


完全完結とか前作最終回で言っておいて、まだ続けるとかいう糞作者の鑑




この作品を読む前に目次から前作に飛んでいただけると飛んで喜びます。


この話からだと、ところどころ意味不明な事もありますが、レミフラのただのイチャイチャだけならこちらでも多分大丈夫です。


 最近は夜よりも昼の方が好きだ。夜に光る月も美しいものだが、何もかもを光輝かせてくれる太陽はもっと素晴らしい。それは何も空に浮いている太陽だけとは限らない。

 現に、今私の隣で添い寝していた太陽のように輝かしい少女が笑っているから。

 

「お姉様、おはよっ」

 

 彼女はフランドール・スカーレット。私、レミリア・スカーレットの実の妹だ。

 

「おはよう、フラン……」

「えへへっ、またお姉様の寝顔堪能しちゃった」

「飽きないものねぇ……」

「飽きないよ。だってお姉様の顔だよ? いつまでも見てられるもん……」

「……そう……んっ……」

 

 そう言って、私は目を閉じる。フランはそれを察したのか、「ふふっ」と小さく笑って顔を近づけた。そして、互いの唇が優しく触れる。

 

「ちゅ……朝は絶対にキスから始まるよねー」

「だって……フランとしたいんだもの……」

「はいはい、じゃあもっかいしよ?」

 

 この通り、フランは私の妹にして恋人である。

 女の子で、しかも実の妹と恋仲になれるのは全てを受け入れてくれる幻想郷だからこそだと思う。もちろん、私達が交際するのを反対した者がいなかった訳では無い。しかし、それを乗り越えて来たからこそ、私達の関係があるのだと思う。

 

 ひとしきり2人で楽しんだあとは、そのまま食堂へと向かう。これももう日課に近くなっている。

 

「おはようございます。お嬢様……フラン様」

 

 銀髪のメイド、十六夜咲夜が今日の朝食を持って食堂にいた。

 

「おはよー」

「おはよう、咲夜」

 

 私達はそれぞれ個々の席に座り、朝食を待つ。その間、私はフランと談話して時間を潰す。

 

「咲夜も、「フラン様」って呼ぶのだいぶ慣れたよね」

「最初の方は変な感覚だったけれど」

 

 私とフランが恋仲になってから、咲夜はフランのことを「妹様」と呼ばなくなった。というのも、フランが嫌がったらしい。

 フラン曰く、「いつまでもお姉様の妹じゃいやっ!」だそう。呼び方ひとつで変わるものなのかと疑問だったが、これが意外とフランには嬉しかったらしく、咲夜や美鈴に呼ばれる度にニコニコしていた。

 

「私は妹様の方がやっぱりしっくりするわね……」

「そぉ? 私は名前呼ばれる方が好きだからなぁ」

 

 確かに、言われてみれば名前を呼ばないのは少し他人行儀すぎるかもしれない。私は顎に手を当てて「ふむ……」と少し考える。

 

「私も、レミリア様にしてもらおうかしら」

「これ以上咲夜を困らせたら頭破裂しちゃいそうだね」

「あら、咲夜ってもしかして頭悪いのかしら?」

「馬鹿になさらないでくださいっ」

「おっと」

 

 少し怒りを混じえた咲夜が私達の前に朝食を置く。置いたあと少し頬を膨らませ、拗ねる咲夜は可愛らしかった。それを見た私達は「ふふっ」と笑ってしまう。

 

「ごめんなさいね咲夜……あなたの反応が可愛くて……」

「ね、お姉様、今日、久しぶりにこいしちゃんとさとりに会うんだけど、お姉様も来る?」

「あ、そういえば最近会ってないわね……行きましょうか」

 

 古明地姉妹は私とフランが恋人同士になることが出来た恩人だ。紅魔館の面子以外で深く関与したのはこの2人だろう。

 長い間フランとの2人きりの時間が多かったので、たまにはこいしやさとりと遊ぶのも悪くないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶり! 2人とも!」

 

 人里まで降りて、待ち合わせ場所でフランが笑顔で手を振った先には、緑銀髪と紫髪の少女が同じように手を振っていた。

 

「フランちゃん! レミリアちゃん! 久しぶりだねぇ」

「お久しぶりです。あまりお変わりないようで」

「ほんの2ヶ月だもの。大した時間じゃないわよ」

 

 2ヶ月もの間、お互いの予定を上手く合わせられなくて、会えない日々が続いた。

 しかし、地霊殿の仕事も紅魔館の仕事もちょうどひと段落ついたところで、こうしてまた会うことが出来た。

 

「地底はどう? また土地問題で揉めてるって噂聞いたわよ?」

「この頃は特に多いですね……最近は勇儀さんにも協力してもらって解決出来てはいるんですけど……それ以上に依頼が飛び込んでくるので、キリがないんですよ……」

 

 がっくりと肩を落とすさとり。地底は狭い割に人口が年々増えていっているので、やはりそういった揉め事は避けては通れないみたいだ。

 紅魔館の執務よりも大分辛そうだ。紅魔館は主に紅魔館管轄内の資金の出回りなどしか確認しないから、地霊殿に比べたらかなり楽な仕事だ。

 

「まぁ、今日は久しぶりのオフですし、息抜きしますよ」

「そーそー! とりあえずお腹空いたから何か食べようよ」

「まだ10時だけど……」

 

 お腹をさするこいしに少し驚くフラン。今日朝ごはん食べていないのだろうか。

 

「最近、こいしの食べる量が何故か格段に増えてですね……かなり太ったらしく、以前よりも……」

「わーわー! お姉ちゃん! なんで言うの?!」

「ふふっ、こいし、顔真っ赤よ?」

 

 フランは顔を真っ赤にして必死に止めに入るこいしを見て可愛いと思った私の手の甲をつねる。

 

「……悪かったわよ。フラン」

「むぅ……」

 

 以前、私がフランを悲しませてしまった時から、フランは不満があると私の手をつねる癖がついたようだ。フラン曰く「おしおきっ」だそう。可愛い。

 

「さて、どこに行きます?」

「人里ブラブラしましょう、久しぶりに来たし」

 

 フランの名案に私たち3人は頷く。新しい甘味処や雑貨屋も沢山できているはずだ。

 

「っと、早速新しいお店はっけーん!」

「……洒落た店ねぇ……」

 

 こいしが指さした先は恐らく雑貨屋だろう。装飾なども丁寧に施されていて一瞬入るのを躊躇う。

 店内は落ち着いた雰囲気で、ランタンが灯されていたりと、外見と似通ったものが見られた。

 

「……あっ、お姉様、これ綺麗!」

「……これは……ブレスレットね……」

 

 フランが私に見せてきたものは紫色の宝石が光るブレスレットだ。まるでフランの羽のような色鮮やかなものが、全て紫色の凝縮したようなもので、思わず魅入ってしまう。

 

「……綺麗……」

「でしょでしょ! でも、どうせ買うなら、お姉様に選んで欲しいな!」

「……私が払うわよ?」

「やーだっ、私のものだもん。お祝い事じゃない時は自分で買うよ」

「そう……」

 

 フランも大人になったものだ。以前まではあれもこれも買ってと言うわがまま星人だったくせに、今ではフランの方が気を遣っていて、少し申し訳なさが出てくるくらいだ。

 

「あ、これ…………」

 

 私は一際輝く七色のクリスタルがついたブレスレットを見つけ、手に取る。ライトに照らすと、太陽のように輝いていて、ずっと見ていたくなる。まるで、フランの羽根のような高貴で美しい雰囲気を醸し出している。

 

「ね、フラン。これつけてみてよ」

「うん、分かった」

 

 フランは少しニヤニヤしながらそれを着けた。私は少し距離を置いて、全身を見る。思わずニヤついてしまう口を抑え、気持ちを噛み締める。

 

「綺麗……可愛い……美しい……抱きたい……」

「なんか聞き捨てならない言葉が聞こえたけど」

「可愛いわフラン!」

 

 どうやら、フランよりも私の方がテンションが上がってしまったらしい。まさか、ブレスレット一つだけで、こんなにも可愛くなるとは思わなかった。

 

「ふふっ、お姉様がこんなにはしゃぐのも珍しいね。じゃ、次は私の番っ」

「え? 私は良いわよ……」

「だーめっ、私だけ満足してもつまらないもん」

「私はフランが笑ってくれれば満足なのだけど……」

「……どうしてそういうことサラッと言えちゃうのかなぁ……」

 

 顔を真っ赤にして、顔を隠すフラン。私はなんのことだか分からなくて首を傾げるが、後ろで古明地姉妹がクスクスと笑っているので、何となく気恥ずかしくなった。

 

「……さ、さて、お姉様は個人的にネックレスをつけて欲しいのよね」

「ネックレスねぇ……」

 

 オシャレに無頓着という訳では無いが、そこまで気を遣わない。それこそピアスやネックレスはあまり着けようとは思わない。咲夜はピアスを開けているが、何かと痛そうなので、あまりやりたくない。

 

「お姉様って、あんまり装飾品無いよね。これを機に何かつけようよ!」

「……そうねぇ……」

「そうですね。フランさんの言う通りです。レミリアさん可愛いからきっとなんでも似合いますよ?」

「か、可愛い……」

 

 さとりに何気なく言われたことに少し恥ずかしくなってしまう。

 

「さとり、お姉様口説いてるの?」

「そのつもりはありませんが……」

「お姉様は私のなんだからね!」

「では、力ずくで奪ってみせましょう」

「だ、ダメ! お姉様は渡さない!」

 

 さとりの冗談に怯えたのか私に抱きついて所有を主張するフラン。その必死さが余計に可愛さを引き立てていて、思わずキュンとしてしまった。

 

「ははっ、冗談ですよ。さて、選びますか」

「うぅ……」

「さーさー、選ぼーよフランちゃん」

 

 古明地姉妹に背中を叩かれ、頬を膨らませて拗ねるフラン。私は苦笑いをしながら、3人のやり取りを見ていた。

 

「おっ、これなんか似合いそう!」

 

 意外と早めに見つけたようだ。持ってきたのはコウモリの銀の羽根に紫色の宝石をはめたネックレスだ。意外と小さめで、目立つことはないとは思うが、とても美しい色だった。

 

「形もお姉様の羽根っぽいし、紫色だし。完璧じゃない?」

「……よく見つけたわね……綺麗……」

 

 このネックレスが綺麗なこと以上に、フランが選んでくれたということが何よりも嬉しかった。やはり恋人からの贈り物は特別なものだと改めて実感できた。

 

「じゃ、買いに行きましょ。フラン」

「はーい!」

 

 2人でレジへ歩いていくのを後ろから見守っていたさとりが口を開く。

 

「……随分仲良くなったわね。あの二人」

「ね! 前に紅魔館行った時はなんかぎこちなかったけど、今じゃ遠慮なくイチャイチャするんだね」

「……少し……羨ましいわ」

「およ? お姉ちゃんもついに恋に目覚めちゃったの……?」

 

 驚きながら茶化すようにニマニマするこいし。さとりはそれに動じず、微笑みながら口を開く。

 

「まだ相手がいないわよ。地霊殿の主に相応しい人がやってくるのを待つわ」

「もー、奥手なんだからぁ……」

「こいしもよ。切り替えて新しい恋もしてみてもいいんじゃない?」

 

 さとりの提案に首を振る。まだ、こいしの中にそんな気は全くと言っていいほど無かったのだ。

 

「まだ……いいかな、当分の間はフランちゃんの事を忘れられないしね」

 

 まだこいしの中にフランの存在は大きかったみたいで、フランを諦めたものの、やはりまだ想いはフランに向いているのだ。

 

「……そう…………まぁ、こいしらしくていいんじゃない?」

「わ、私らしいって何よ……」

「自分で考えなさい。さ、行くわよ」

「わ、待ってよー!」

 

 さとりは先に店の外に出ようとする。それを追うように、こいしは小走りでさとりや私達の後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は楽しかったわ」

「また遊ぼ!」

 

 私たちは手を繋いで古明地姉妹に手を振る。久しぶりに遊べたことからつい夜まで人里で過ごしてしまった。楽しいことはあっという間だと聞くが、これのことだろう。

 

「では、また」

「さとり、土地問題が厳しかったら、紅魔館にも協力させてちょうだい」

「え、でも、地底の方でもないのに……」

「いいのよ。またあなた達と遊びたいしね。それに、紅魔館は今暇なのよ。協力させなさい」

「……では、お言葉に甘えますね。ありがとうございます」

 

 ぺこりと頭を下げるさとり。これで、地霊殿の負担が少しでも減れば良いという私の考えだが、上手くいくかどうかは分からない。

 

「じゃ、またね!」

 

 手を振りながら、私達は紅魔館までの帰路をたどった。やはり、大切な友人と遊ぶことは何事にも変え難いものだと改めて感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンコンと木製の扉が軽快な音を立てる。

 

「はい」

「お姉様、私。入っていい?」

「いいわよ」

 

 ゆっくりと扉を開けたのは、寝巻き姿のフランだった。最近マイブームの編み物をしていたからか、時間をあまり気にしていなかった。時計を見ると、もう11時を回っていた。

 

「どうしたの?」

「今日、さとりやこいしちゃんと遊んだから、お姉様とイチャイチャ出来てない」

「……そういう事ね……来なさい」

 

 私は編み物を片付け、ベッドで両手を広げる。そこに、フランは吸い込まれるように私の懐に顔を埋めた。

 

「すぅぅ…………お姉様の匂いって、なんかフワフワしちゃうんだよね……」

「な、何それ……」

「なんか…………えっちな匂い」

 

 コツンと、軽いゲンコツを脳天に落とす。

 

「あいたっ」

「あなた……それをするための口実にしては雑すぎるわよ……」

「えっへへ……」

 

 最近、フランは無理やりそういう雰囲気を作ろうと、意味不明なことをたまに口走って自分で恥ずかしがってしまうことが多々ある。その度に頬を紅潮させるフランがとても愛おしかった。

 

「……今日は、フランが甘える番ね」

「わ、私がリードするの?」

「うん。だって、お姉様毎回私に任せてるじゃん。そろそろお姉様らしい所を見せて欲しいなぁって……」

「…わかったわ……」

 

 そう言って、私は優しく唇を重ねた。

 

「んっ……」

 

 優しく、だけども強く、離さないように。唇だけを使ったふんわりとしたソフトなキス。

 

「ふぅ……」

「お姉様ぁ……」

 

 フランはもう蕩けていた。息も荒くなり、上目遣いで見るその蕩けた目はどう見たって反則級だった。思わず、もう一度唇を塞ぎ、舌を入れる。

 

「ちゅぅ……じゅる……れろ……ふら……ん」

「んんっ……おねえ……しゃま……」

 

 1分ほどキスを続けた後、ようやく私達は唇を離した。お互いの舌からは銀色の糸が伸びて、私とフランの間に落ちる。

 

「あら……? フラン……ここ……もうこんなになってるわよ?」

「ま、毎回こうなの…」

「ふふっ……可愛いわね……」

「かくいうお姉様も…………その……染みてるよ?」

「えっ……あぁ……やっちゃった……」

 

 私は少しショックを受ける。以前にも同じことをして、洗濯物をしていた咲夜に赤面しながら怒られたことがあった。

 

「明日は私が洗濯物をするしかないわね……」

「じゃあ、じゃあもう服着たままでも変わらないよね……」

「そうね…………じゃあフラン。服脱いで……」

「お姉様……話聞いてた?」

「聞いてるわ。でも、私はフランの生身の体が見たいの。服なんて邪魔よ」

「……えっち……」

「フランに言われたくないわ」

 

 そう言っているうちに私はもう服を脱ぎ、下着姿になった。フランも不服そうだが、すぐに服を脱いだ。暗くてよく見えないが、毎回フランは赤面するので、飽きるなんて事は無いだろう。

 私はフランの上に覆いかぶさり、顔を近づける。すると、フランは何かに気づいたのか、私の首元に手を伸ばす。

 

「やっぱり……私の見立て通り……お姉様に似合う……」

「そりゃあ、フランが選んだんだもの。可愛くならないはずがないわ」

 

 今日、雑貨屋で買った紫色のネックレスだった。私はフランの右手に目をやる。すると同じように、フランもブレスレットを付けていた。

 

「……フランも……大人の女性って感じね」

「えへへ……今はあなたの妹だよ……」

「そうね……」

「じゃあ、エスコートよろしく……レミィ……」

「ええ……任せなさい……フランドール……」

 

 もう一度唇を合わせる。そのキスの間、私達は指を絡め、手を繋ぐ。

 

 このひとときが私にとって最大の幸せだ。




まぁ、ネタ切れ早そうだよね。


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2話 水浴び

ただのイチャイチャ小説じゃねぇか。


 私達は一度脱いだ服を着直していた。裸で行為をしていたので、暑さは感じなかったが、いざ行為を終えて我に帰るととんでもない暑さが飛び込んできた。着替え終えた私はベッドの上に寝転がる。同じくベッドの上で服を着ていたフランは私の背中を見る。

 

「お姉様ぁ……あっつい……」

「我慢しなさいフラン…………私も暑いから……」

「意味わかんないよぉ……」

 

 真夏日。太陽の下でも無いのに十分暑い。こんなの吸血鬼じゃなくても灰になってしまいそうだ。

 

「水浴びしたぁい……」

「……あなた吸血鬼よ? 流水なんか浴びたら……」

「分かってるけどさぁ……こう……なに? ばっしゃあんっ! って大胆に浴びたいよねぇ……」

「それくらいなら大丈夫だけど……私はパスね」

「ええぇ……」

 

 吸血鬼には弱点がある。太陽と流水の二つだ。太陽の光は吸血鬼を灰にするし、流水は皮膚を溶かす。どんな妖怪よりも恐ろしいものだ。

 

「太陽の光はパチェの魔法で何とかなるけど、流水は無理だって言ってたじゃない」

「うぅ……んもー! 汗がベトベトする! お風呂行ってくるね!」

「はいはい、行ってらっしゃい」

 

 私の自室。先程までフランと交わりあっていた場所。毎回ここでイチャついているのだが、そろそろ色んなことに挑戦したいと思う自分がいた。

 

「まぁ……別にこのままでも楽しいけど……」

 

 どうせなら、もっと色んな場所で、色んなことしたい。別にえっちなものじゃなくても、フランと二人で知らない世界に飛んでみたい。

 

「はぁ……早く帰ってこないかしら……」

 

 フランがこの部屋を出て数分、どうやら私はもうフラン一色に染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シュルシュル……

 服が肌と擦れる音だけが私の耳に入り込む。更衣室にいるのは私一人だけ。最近はお姉様と入ることが多く、一人でいることが珍しくなっていた。

 沸かされているお風呂のお湯を桶で掬って全身にお湯を流す。そして、足から肩まで全身が湯船に浸かる。

 

「ふぁあぁ……」

 

 我ながら情けない声が出てしまう。仕方がない。昨日はお姉様と捗りすぎてほとんど眠れなかったのだから、これくらいは勘弁して欲しい。

 

「…昨日も……気持ちよかったなぁ……」

 

 無論、昨日のお姉様との行為の事だ。二日に一度はああやって肌を重ねている、その度に幸せを感じられるのだからどれほど今の生活が充実しているかが分かる。

 

 数分後、シャワーを浴びて体をくまなく洗った後、私はお風呂から出る。真夏日とは思えない冷気が露わにしている私の素肌を刺激する。

 

「この後も汗をかくんだろうなぁ……」

 

「これだから夏は嫌いなんだよぅ」と呟きながら私はふとした疑問を浮かべる。

 

「流水がダメなのに、なんでシャワーとか湯船は大丈夫なんだろ?」

 

 矛盾している吸血鬼の体質に今更疑問を抱いた。495年間、何も考えないまま当たり前のようにお風呂に入っていた。

 

「…流水ってそもそもなんだろ?」

 

 …………哲学的な考えだ。しかし、答えは単純明快、「流れる水」の事だ。

 

「流れる……水…うーん…」

 

 流れる? 流れるって一体なんだろう。

 

「…………ああっ!!」

 

 電流が走ったようにすごい発見をした私は更衣室を出てお姉様の部屋の扉をバァンッと勢いよく開ける。

 

「お姉様ぁ!」

「どぅわぁあ!!?」

 

 お姉様がお姉様らしくない叫び声を上げた。どうやら机で本を読んでいたらしく、驚いたお姉様の膝と机が見事にマッチし、激痛を走らせていた。

 

「いったた…な、何よフラン……てかあなた裸よ!?」

 

 着替えずに飛び出してきてしまったため、服や下着も身につけていない。全身が露わになってしまっていた。お姉様の顔は湯気が出るほど熱くなっていた。

 

「ありゃ? お姉様顔赤いよ? 興奮した?」

「し、してないっ……から……早く服きて……」

 

 語尾が弱まるお姉様は両手で顔を隠して、出来るだけ私の身体を見ないようにしていたが、指と指の間が少しだけ開いていて、チラチラと私の身体を見ているのがわかった。

 いつもの服を着て、気を取り直す。

 

「コホン……お姉様! 私すごい発見しちゃったぁ!」

「……」

「その顔やめてよ……」

 

 お姉様は「どうせろくでもないことなんでしょうね……」と呆れるような眼差しを送ってくる。しかし、今回の発見はそんな目で見れるほどちんけなものじゃない。

 

「お姉様、私達って流水を浴びると皮膚が溶けて死ぬんだよね?」

「……さっきもそう言ったじゃない」

「じゃあ、どうして私達ってお風呂に入れるんだろうね」

「…………?」

 

 お姉様は私の言っていることが分からなかったらしく、首を傾げる。それどころか、顔をしかめて可哀想な目をしている。

 

「……だから、お風呂なのになんで皮膚が溶けないんだろうって話!」

「……まぁ、言われてみれば……」

「じゃあさ、皮膚が溶けるものってさ……」

 

 私はビッとお姉様を指さして、今世紀最大の発見を告げる。

 

「「流れてくる水」だけなんじゃない!?」

「…………流水の意味を説明しただけじゃないそれ?」

「…………まぁそうなんだけど……とにかく、流れない水なら大丈夫じゃないかなって」

「……プールとか?」

「そう!」

 

 流れなければ大丈夫なのだ。つまり、川なんかいくと溶け溶けになってしまうが、プールのようなただ水が張られている場所では吸血鬼でも大丈夫なのだ。

 

「ということで! 私穴場のところ知ってるから行こ!」

「い、今から!? 今日はゆっくり……」

「やーだ。まだまだ遊び足りないもん……」

「え、ええ……」

 

 私はお姉様の腕を掴んでこの部屋を出る。外はもうジワジワとセミが鳴いていて少し耳障りではあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり外も暑いねぇ……」

 

 私達はパチュリーに日光遮断の魔法をかけてもらい、外に出る。日光が射していなくても、充分暑い。下のコンクリートや空気が熱されていて、イライラが止まらない。

 

「これさ、レーヴァテインの方が熱いのかな」

「今レーヴァテイン出したらシャレにならないからやめなさい」

 

 確かに、今レーヴァテイン使ったら私達はもうこんがりと焼けてしまいそうだ。

 

「さてさて、こっから穴場まですぐだからさ、早く行こっ」

「ええ」

 

 歩くのは少々めんどくさいので、ひとっ飛びで行ってしまおう。どうせすぐなんだし。そして、数分でそこに着く。

 

「お姉様、ここ! ここ!」

「ここって……」

「あら? 知ってる?」

「ええ、フランとこいしが以前遊んでたところじゃない」

 

 そう、この泉は私とこいしちゃんが前に遊んだ時に偶然見つけた泉だ。水がとにかく冷たくて、天国のようなものだった。

 そして、ここで私は初めてこいしちゃんとキスをした。というのも、まだ私とお姉様とこいしちゃんの3人で三角関係を築いていた時だ。(前作6話参照)

 

「よく覚えてたね」

「ええ、だってこいしがフランの上に乗ってあんなあまーいキスをしてたんだもの」

「えっ、あれ、そこまで見てたの!?」

「ええ、見ないふりをしたけどね。あの時はこいしをフランに奪われてキレそうになったもの……」

「あ、あはは……」

 

 お姉様の「キレそうになった」は割とシャレにならない。幻想郷最強の妖怪として名高いレミリア・スカーレットの怒りはきっと地図を書き換えなきゃいけないくらいの破壊力だろうから。

 

「まぁ、とりあえず水着に着替えよ」

「そうね」

 

 私達は服を脱ぎ、水着に着替える。別に今の仲じゃ裸を見られることに抵抗はない…………はずだが、先程のように不意打ちで裸になられると、私もお姉様も緊張してしまう。

 

「……いつも思うのよね、フラン。あなた私よりも大きくない?」

「え? どこのこと?」

 

 お姉様は自分の胸を触りながら、私の胸と見比べる。

 

「だから……胸」

「胸? ああ、おっぱいね」

「そ、そこまで躊躇いもなく言われると、躊躇してた私がバカみたいじゃない……」

「そうかな? お姉様、何カップ?」

「な、なんで教えなきゃいけないのよ……フランから教えなさい」

「私はBだよ」

「…………」

 

 私は黄色の紐ビキニの上から自分の胸を揉む。しかし、少しふっくらしてるくらいで、咲夜や小悪魔のような柔らかさは持ち合わせていない。

 お姉様の顔が暗くなる。どうやら、お姉様は自分の地雷を私が踏んでしまったらしい。

 

「だ、大丈夫だよお姉様……胸の成長なんて人それぞれだからさ」

「で、でも……妹よりも小さいって……」

「だ、大丈夫だよ。ほら! お姉様にも私よりも優れてるところあるでしょ?」

「……例えば?」

 

 既に涙目のお姉様。やばい可愛い。

 私は必死に別のものを考える。

 

「えっと……し、身長とか……私、147センチなんだ! 前に測った時は小さくてびっくりしたよぉ……」

「……145……」

「あっ……」

 

 やばい、二度目の地雷だ。やってしまった。お姉様はどんどんいじけていく。紅魔館の主といえど、まだ幼い少女だ。

 

「身長も胸も負けてるなんて……」

「あ、あー……まぁ、カリスマ性はお姉様の方が上だよ」

「……ほんと?」

 

 あーもー。上目遣いやめて欲しいなぁ。何その「私の事襲いなさいよ」感。卑怯だよなぁ、襲っちゃっていいかなぁ。

 

「う、うん……さすが紅魔館の主だよね。尊敬するよ……」

「ま、まぁ、それほどでもないわっ」

 

 ちょろい。ちょろリア・スカーレットって名前にしようこれから。

 

「さ、入ろ入ろ!」

「そうね」

 

 私達は恐る恐る足先から浸かる。すると刺激が足先から伝わり、全身に冷気が染み渡る。

 

「ふぁあぁ……つめたぁい……」

「ほんと……つ、冷たいわね…………」

「お姉様? そんなにビビらなくても大丈夫なのに……」

 

 私はもう既に肩まで冷水に浸かっているが、お姉様はゆっくりと膝を曲げていた。ニヤリと不敵に笑った私はお姉様の肩を両手で掴み、思い切り下に押した。

 

「んひゃん!? ちょ、ちょっとフラン!」

「あはは! お姉様変な声出てたよ!」

 

 どうやら、お姉様も冷水に慣れたようだ。

 

「しかし、フランらしくないわね。こんな大発見するなんて」

「フランらしくないは余計かなぁ…………前にこいしちゃんと遊んだ時は不思議に思わなかったんだけど、そういえば変だなって思ってさ……」

「こいし……ねぇ……」

「な、何……」

 

 お姉様が睨みつけるように私を見ている。しばらくすると、お姉様は拗ね出して、そっぽを向いてしまった。

 

「お、お姉様?」

「別に悔しいなんて思ってないし、私が知らなくてこいしが知ってるのがムカつくなんて思ってないし、こんな所でイチャイチャしててイライラするなんて思ってないし、水着でキス出来るなんて羨ましいなんて思ってないし」

「そ、それ全部本心だよね……」

「違うし……」

 

 お姉様が拗ねるなんて珍しい。そう思った私は愛おしくなってお姉様を後ろか抱きしめた。

 

「ふ、フラン?」

「んぅーっ、お姉様が可愛い……」

「ちょ、やめてよ恥ずかしいから……」

「やだね、嫉妬するお姉様が可愛いのがいけないんだよ?」

「何よそれ……」

 

 口では文句を言いながらも、一切抵抗もしない、満更でもないようだ。

 

「じゃ、お姉様ともキスしよっか」

「い、今!?」

「うん、今」

 

 一度お姉様から離れ、目を見る。私はお姉様をずっと見つめていた。するとお姉様は恥ずかしくなったのか、目をそらす。

 

「い、いいけど……」

「けど?」

「……こいしとキスした時よりも凄いこと……して?」

「す、凄いこと?」

「うん……」

「何それ……」

 

 お姉様の言う「凄いこと」というのがよく分からない。というのも、お姉様と行為をする時以上のものを私は知らなかった。

 

「わ、分かんないんだけど……」

「んもー!」

「ちょ、お姉様…………わっ!?」

 

 お姉様はイライラが最高潮に達したのか、私を泉のサイドに押し倒す。石のひんやりした感触が私の背中に伝わる。

 そして、私の上に四つん這いで私を見つめるお姉様がいた。

 お姉様の髪は肌にへばりついていて、口にはしないが、とても綺麗だった。まつ毛から水滴が垂れ、私の頬が受け止める。

 

「こいしとも……こうやってキスしたんでしょ?」

「え、えと……」

 

 私はこいしちゃんとどうやってキスをしたかを思い出す。確かこんな感じだった。私が滑って転びそうになって、こいしちゃんが守ってくれた挙句にこういった体制になった。

 

「でも……こいしは唇を合わせるだけのキスを……したのよね?」

「う……うん……」

「じゃあ、私が舌を入れたキスをしたら、私の方が上よね?」

「え? どういう…………んむっ!?」

 

 私の返事を聞かずに、お姉様は私の唇を塞ぐ。そして、一瞬でお姉様の舌の侵入を許した。

 

「んっ……ちゅ……じゅるっ……れろ……」

「……おねえ…………さま……ちゅぅ……」

 

 唇を合わせるキスをしたり、舌を絡める濃厚なキスをしたり、交互に行うように長いキスをした。

 

「ちゅっ…………ぷはぁ……」

 

 ようやく口が離れる。私とお姉様の口の間には銀色の糸が重力に従って落ちる。そして、その唾液の糸は私の頬に落ちる。

 

「つめたっ……」

「あら……」

「…………んもー、拭き取らなきゃ」

「待って」

 

 お姉様はいつもよりも蕩けた顔で私を見ていた。いつもは私がリードしてるからか、お姉様のこんな顔は珍しい。

 

「……私が舐めとってあげる……」

「えっ……」

 

 あれなんかデジャヴ……。そう思う頃には、お姉様の舌が私の頬を這っていた。

 

「ひゃぁ……お姉様の舌……生ぬるい……」

「ふふっ…………フランのほっぺ柔らかいわね……れろ……」

 

 以前、こいしちゃんにも舐められたが、その時よりもなんか気持ちが良かった。お姉様の舌は頬だけでなく、耳まで伸びていた。

 

「やっ……そこは……ダメっ……」

「ふぅん……耳、弱いのねフラン。いい発見だわ……」

 

 そう言って、右耳を舐め始める。新しい感覚に、私はビクビクと身体を震わせてしまっていた。舌で舐めたり、時にはハムハムと甘噛みしたり。

 

「はぁ……はぁ……お姉様ぁ……」

「……今日は私の番よ?」

「……今日「も」の間違いだよ……」

「じゃあ……今日もよろしくね? フラン……」

「ぅん……」

 

 真夏日。水浴びすることも忘れ、イチャイチャしてた私は結局咲夜に見つかってこっぴどく怒られた。

 そして、最後は3人で楽しく水浴びをした。



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記憶消失編
3話 不可解だらけの午後


「あら? お客様?」

「紅魔館に来るなんて珍しいね。しかもちゃんと呼び鈴鳴らすし」

 

 屋上のバルコニーにて、私とフラン、そして咲夜は午後3時のティータイムを嗜んでいた。

 

「では、行ってまいります」

 

 咲夜は一礼し、この場から姿を消した。私達は気にせずに、紅茶をすする。

 

「ね、お姉様。今日はこいしちゃんと遊びに行ってきていい?」

「分かったわ。かくいう私もさとりに用があるのだけど」

「あ、そうなんだ。じゃあ、地霊殿まで一緒に行こ?」

「ええ」

 

 フランと恋仲にはなったが、束縛はしていない。フランだって、一人の時間や友人との一時を大事にしたいと思っていると思うし、私だって、霊夢やさとりとの仲は続けたい。

 

「お嬢様」

「あら、咲夜。おかえり」

「誰が来たの?」

「ご無沙汰しているわ。レミリア・スカーレット」

 

 咲夜の背後からひょこっと顔を出したのは、茶色の長髪、側頭部から生えている二本の長いツノ。

 

「鬼が紅魔館になんの用かしら?」

「いんや? 紅魔館には美味い酒があるって霊夢から聞いたもんだから、お邪魔しに来ただけさ」

「ねぇねぇ、この人誰? お姉様」

 

 どうやら、フランはこいつと知り合ってなかったみたいだ。

 

「ああ、こいつは……」

「どうも、伊吹萃香だ。同じ鬼同士、仲良くしよう。フランドール・スカーレットちゃん」

「……鬼?」

「ああ、鬼さ」

 

 ニヤリと笑う萃香。

 

「今は紅茶を楽しんでるのよ。酒を飲むなら夜にして頂戴」

「えぇー? つれないなぁお嬢様は。フランドールちゃんは?」

「私も、お姉様が紅茶を飲むなら私も紅茶飲む」

「おぉ、お姉ちゃん子だねぇ……」

「だって恋人だもん」

「そうかそうか、レミリアとは恋人……………………えっ」

 

 萃香の驚いた顔は珍しい。目に焼き付けておこう。

 

「えっ、恋び…………えっ?」

「あら萃香? どうしたの?」

「あっ……えと……ごめん。誰と誰が恋人?」

 

 まだ頭の整理がついてないのか、額に手を当てて難しい顔をする萃香。

 

「私と」

「レミリアと」

「この子」

「フランちゃん」

 

 自分自身を指さし、その後フランを指さす。

 

「……スカーレット姉妹は変わってるって霊夢から聞いてたけど……」

「ええ、随分変わってる姉妹ね」

「……さ、さすが幻想郷だなぁ……」

 

 感服するように呆れる萃香。

 

「っとまぁ、前置きはこのくらいにして、霊夢が呼んでたぞ、レミリア。なんか色々話があるらしいよ」

「……大事なことは先に言っておきなさい」

 

 紅茶をすすりながら萃香を睨む。こいつはいつまで経ってもマイペースで自由な奴だ。

 

「でもごめんなさいね。今はフランとのお茶を楽しんでるの。後にして」

「……幻想郷指折りの最強妖怪のレミリアが、博麗の巫女よりもお茶を優先するなんてね」

「当たり前よ。フランと一緒にいることはどんなものにも変えられないもの」

「お姉様……」

 

 キラキラとフランの目が輝いていた。少し臭いセリフを言ってしまったが、これは紛れもない本心だ。

 

「まぁ、急ぎじゃないんでね。今日中のどこかで博麗神社に来てくれよ。もちろん一人でな。割と重要な話らしいから」

 

 萃香は諦めたように伝言だけ残してどこかへ飛んでいってしまった。私は何事も無かったかのようにクッキーへ手を伸ばす。

 

「んふふー、お姉様から言質取っちゃったっ」

 

 フランは両手を頬に当ててくねくねしていた。

 

「「フランと一緒にいることはどんなものにも変えられないもの」…………きゃっ……」

「は、恥ずかしいからリピートはしないでちょうだい……」

 

 さすがに同じことを繰り返し言われるのは少々恥ずかしい。

 

「しかし……めんどくさいわねぇ……」

 

 めんどくさいというのは、言わずもがな、先程萃香が尋ねてきたものだ。恐らく妖怪と人間の間のいざこざの話だろう。

 私がこの幻想郷で力を付けてから、いつの間にか幻想郷の妖怪代表になってしまっていた。だから、何か亀裂が生じると霊夢に呼ばれるのは決まって私なのだ。

 

「ではお嬢様、私が代わりに行ってまいりましょうか?」

「いえ、私が行くわ。あの酒飲み鬼に重要な話って釘打たれたもの」

「ふぇえ……お姉様行っちゃうのぉ?」

「ごめんなさいねフラン、帰ったらお茶会の続きしましょ?」

 

 今にも泣きそうなフランの頭を撫でて、唇を重ねる。

 

「んっ…………お姉様……早く帰ってきてね」

「ええ、もちろん。早くフランに触りたいもの」

「…………えっち」

「お互い様よ」

 

 くるりと踵を返し、私は博麗神社へ飛んでいく。気だるさとフランに会いたい欲が絡まって何だかイライラしてきた。

 

 

 

 

 

「……早く終わらせられるかしら……」

 

 萃香曰く、重要な話なのだ。今後の幻想郷にも関係してくることならば、端的に済ませていい話題では無いはずだ。

 ため息混じりになりながらも、私は切り替えて博麗神社へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔館から中々の距離なのが、少々不満だ。霊夢が紅魔館に来ればいいのにと思う日は無いくらいだ。しかし、霊夢に紅魔館に来てとお願いしても、来るのは2週間後くらいになってしまうので、私が行った方が早いのだ。

 

 数十分で博麗神社に到着する。博麗神社へ続く山の階段前で地に降りる。というのは、博麗の巫女の特殊な結界で、博麗神社に直接奇襲がやってくる事の無いように、強力な妖怪でも通れない決壊が張ってあるのだ。

 

「……やっぱり長いわ……」

 

 その階段は毎日登るには相当の体力と根気が必要になるほどの長さ。幻想郷の中枢とも言える博麗神社が重要なのは分かるが、もう少し段数を減らしていいと思っているのは私だけではないだろう。

 登りきった私は鳥居をくぐって霊夢の元へ行く。

 

「霊夢。来たわよ」

「あら? レミリアの方からここにやってくるなんて珍しいわね?」

「…………は?」

 

 予想外すぎる返答に私は素っ頓狂な態度で返してしまう。

 

「……? ……何よ」

「え、霊夢……今なんて……」

「だから、あんたの方から博麗神社に来るの珍しいわねって……」

「え? 霊夢が私を呼んだんじゃないの?」

「はぁ? 呼んでないわよ」

 

 さも当然かのような返答をされ、私は更に戸惑いを見せる。

 

「萃香に霊夢から話があるって言われて来たのだけど……」

「萃香?」

「ええ、重要な話らしいからって……」

「聞いてないわよそんなの。話も何も……」

 

 どういうことだろうか。萃香か霊夢。どちらかが嘘をついているということか。しかし、どちらにも私に嘘をつくメリットが存在しない。

 

「……霊夢、嘘ついてる?」

「な、何よ急に……何でこんなとこで嘘つかなきゃならないのよ」

「…………」

 

 どうやら嘘はついていない。さとりでは無いが、私にも観察眼は持ち合わせている。嘘をついてるかついていないかの嘘発見器くらいの役目なら私でもこなせる。

 ということは萃香が嘘をついたのだろうか。いや、そもそも鬼は嘘が嫌いなはずだ。萃香や勇儀は特に嘘をつく生き物を嫌っているはずだ。恐らく、萃香も嘘をついていないのだろう。

 

「……まぁ、いいわ。急に来てごめんなさいね」

「…………萃香に会ったら言っておくから」

「助かるわ」

 

 私はさっさと博麗神社を後にした。早くフランに会いたい。ただ一心で飛び続けた。

 

 帰りは行きよりも五分ほど早く着いた。まだ日も暮れていないし時間はある。

 

「フラン……!」

 

 紅魔館の門に降り立った私は美鈴に話しかける。

 

「お嬢様、お帰りなさいませ。お話はもう住んだのですか? 随分お早いおかえりですが……」

「ええ、どうやら霊夢の勘違いだったそうよ」

「左様でございますか」

 

 それだけ言うと、門の扉はすぐに開いた。私は完全に開き切るのを待たずに門を通り抜け紅魔館内に入る。

 

「咲夜」

「はい、こちらに」

 

 背後に現れた咲夜。私は振り向きもせず口を開く。

 

「夕食は何時からかしら」

「19時半でございます。今から3時間15分後です」

「ありがとう。紅茶だけでいいから、後で私の部屋に持ってきてくれるかしら? 2人分」

「かしこまりました」

 

 一礼し、咲夜はこの場から消える。そして、私はもう一度歩き出す。

 3階まで上がり、自室の扉に手をかけ、開ける。

 

「……あ、フラン」

「…………」

 

 私のベッドの上に、フランがちょこんと座っていた。しかし、先程までのテンションなら「お姉様!!」と言って抱きついてくるのがルーティンなのだが、今日は何故だが、私をボーッと見つめていた。

 

「……フラン? どうしたの?」

「…………だ……」

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰…………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界が止まったのかと思った。フランのその言葉を聞いてから、自分の中で1時間くらい固まってしまったんじゃないかと思うくらい体が硬直していた。

 

「え……ちょ、ちょっと、何よその冗談」

「……いや……誰……来ないで……」

 

 いつものフランからは伺えないような怯えた態度。両腕を抱き、必死に私から距離を取ろうとしていた。

 

「……ふ、フラン…………やめてよ……そんな……」

 

 まさか、こんなことがあっていいのか。まだ私は信じ切れていない。いや、信じたくない。

 

「フランって……誰………………あなたは……誰なの……」

「何よ……それ……レミリアよ! あなたの姉! レミリア・スカーレットよ!」

 

 ついついムキになって大声で叫んでしまい、フランはビクッと身体を震わせた。

 

「……私の……姉……わ、たし……は……誰……なの……」

「…………そんな……」

 

 別に、こんなこと出来る奴なら幻想郷には多く存在している。別に記憶が奪われることは珍しくない。

 しかし、生まれてきてからの記憶を根こそぎ奪える魔法や技術を持ち合わせている妖怪なんて指折りだ。

 

「……自分の名前すら…………思い出せないの……」

「…………」

「あなたが何者なのかも……私のことを好いてくれているのも…………何もかも……思い出せないの?」

 

 コクリとフランが首を縦に振る。

 私はその場で膝をつく。

 何より、私のことを忘れられたのが大きなショックだった。今まで生きてきたどんな困難よりも辛い現実だった。

 

 今この場に私のことを愛してくれているフランドールはいない。

 

「ふ、らん……」

「………………ごめん、なさいっ……」

 

 頭を抱え、涙をこぼす。この辛い真実に、皮肉で残酷な現実に目を背けてしまいたくなった。

 

 




こっからシリアス編です。

イチャイチャはちょっとお預け?

恋愛ストーリーっぽくしたいと思います。
今回から、レミリアちゃんがフランちゃんの為に奮闘するストーリーとなります。


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4話 こいしの願い

「…………原因は……分からないわね」

「そんな……」

 

 フランの記憶が根こそぎ消失してから1時間半。永遠亭から永琳を呼び出してフランの診察を頼んだ。

 

「……私でも分からないほどの力で記憶を奪っているのよ。恐らく、幻想郷トップクラスね。それかもしくは、上書きされているか」

「師匠でも分からない症状なんて……」

「……現段階ではお手上げね」

 

 隣にいる鈴仙が驚きと焦燥が混じったような表情で永琳を見る。

 永琳は感服するような顔で椅子に座りカルテの上でペンを走らせる。私とその他のメンバーも集まり、心配そうにフランを見ていた。

 

「……とりあえず、分かったら連絡してちょうだい。霊夢にも、相談した方がいいと思うわ。異変の可能性も捨てきれない」

 

 カルテを書き終えた永琳はこの部屋を後にした。そして、次々と紅魔館メンバーがこの部屋から出ていった。

 

「お嬢様、私は晩御飯の準備をして参ります。お嬢様はフラン様の近くに……いてあげてください……」

 

 辛そうに顔を逸らす咲夜。この部屋から出ていく時、パチェも美鈴も小悪魔も、そして咲夜も、みんな辛そうで泣きそうだった。

 そう、今は妹の一大事にこんなにも心配してくれる家族がいる。吸血鬼ハンターに追われていた頃よりもずっとずっと恵まれている。今はそうポジティブに考えるしかなかった。

 

「……えと……何から何まで……すみません」

「……」

 

 フランらしくない敬語。畏まった態度。まるでパラレルワールドに来たみたいな感覚に陥る。

 

「……無理もないわ。記憶が無いんだもの。あなたが一番混乱するのも当たり前」

「…………ありがとうございます……」

 

 私はフランの頭に手を載せる。いつも撫でているフランの頭だが、今回ばかりはそんな心地良ささえ消えてしまっていた。

 

「えっと……レミリアさん……」

 

 ────レミリアさん。レミリアさん。

 頭の中で何度も反芻(はんすう)させられる呼び方。なんて他人行儀なんだろうか。

 しかし、今の私に「レミリアでいいわよ」と言える勇気がなかった。こんなにも混乱して、一番辛いのはフランのはずなのに、軽々しく馴れ合いを出来るはずもなかったんだ。

 

「……ええ」

 

 フランの頭から手を離し、後ろを向く。出来るだけ、今のフランとは離れてはいけない。記憶を奪った張本人がいつフラン自身を襲いに来てもおかしくない。

 しかし、今の私はフランと離れたくて仕方がないのだ。

 

「ねぇ、フラン」

「はい?」

 

 この気持ちを何も知らないフランに伝えたら、彼女はどんな反応をするのだろう。

 

「私達ね、恋人同士だったのよ」

「え……?」

「私達は実の姉妹であると同時に、一生添い遂げると誓い合った恋人なのよ」

「え……で、でも……」

 

 分かっていた。そんな反応をするのだろうとは思っていた。分かっていたのに、大きな槍が心に刺さったような痛みを伴った。

 

「……私達……姉妹……だったんですよね……?」

「……やっぱり、そんな反応をするのね」

「ご、ごめんなさい」

「別に怒ってる訳では無いわ。それが普通の反応よ」

 

 こんなに下手に出るフランも中々珍しいものだ。

 

「じゃあ、私も少し席を外すわね。何かあったら、呼んでちょうだい。一応監視はさせているけど、少しでも違和感を感じたなら、私でも他の人でも声をかけなさい」

「……はい」

「みんな、あなたの家族なのよ。あなたの事を大切だと思っているし、愛している。もちろん、私はあなたの事を家族としても一吸血鬼としても大好きよ」

「……はい、ありがとうございます……レミリアさん」

 

 本人に直接言うのは少し恥ずかしさも残る。フランも私もこの時は赤面していたのだろう。

 

 

 

 ドアノブを捻り、廊下に出る。そして、隣にある私の部屋に入るや否や、ドアに背中を付け、ズルズルと床に滑り落ちた。

 

「フラン……どうして……」

 

 涙が止まらなかった。もう、私を愛してくれるフランドールは存在しない。私の恋人は消えてしまったんだ。

 今いるのは妹としてのフラン。恋人のフランはその記憶に埋まっているのだ。

 

「うっ……あぁ……」

 

 嗚咽も涙も止まらない。悔しい、悲しい。

 私がフランと一緒にいなかったせいで、フランの記憶が消えてしまった。一番辛いのはフランなのに、何もしてやれない私が辛い。

 

「…………」

 

 もう、このままフランの記憶が無いままでも幸せなんじゃないか。私との恋愛の記憶が消え、こいしや他の人と真剣に恋愛してお付き合いして、結婚して子宝を授かって。

 

 フランもきっとそう望んでいたはずなんだ。私という存在が大きすぎたから。フランという存在が私の中で大きかったから。私はフランに恋してしまったんだ。

 

「だから……もう、いいや……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「泣いても何も始まらないよ。レミリアちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ……」

 

 顔を上げる。部屋の電気で目を細めてしまうが、この顔はよく見覚えがある。

 

「こ、いし……」

「やぁ、2週間ぶりくらいかな」

 

 こいしの顔は無表情だった。あんなにも笑顔を絶やさないこいしが真剣な顔でこちらを見ていた。

 慌てて涙を拭い、立ち上がる。

 

「ど、どうしたのかしら?」

「事情は咲夜さんから聞いたよ。フランちゃん、記憶が消えたんだってね」

「ええ……それも、生まれた時の記憶からね。名前も覚えてないのよ」

「それも聞いた。ねぇ、これからどうするの?」

「……ぇ……」

 

 こいしの予想外の質問に私は答えが出せなかった。

 

「これからって……」

「フランちゃんの事。もしかしてこのままって訳じゃないよね?」

 

 見え透いたように問うこいしはじっと私の目を覗いていた。その瞳の奥には少しだけ怒りを感じた。

 私はフランの記憶が消えた苦しさを感情に任せた。先程拭ったはずの涙もいつの間にかボロボロと零れ、拳を強く握り、叫ぶ。心にもない、誰も望んでいない事を口にしてしまう。私の中のネガティブな部分だけが先走ってしまう。

 

「……でもきっと、フランはこのままの方が幸せになる!」

「レミリアちゃん……」

「自分でも分かってる! 実の姉妹で恋人だなんて……世間から見ても、冷静に考えてもおかしいのよ!」

「…………」

 

 感情に任せれば任せるほど、負の感情が次々となだれ込んで来る。私はそれをせき止めることもせずに全て吐き出してしまった。

 

「きっとフランも、その場の勢いで私のことを好きになっただけなのよ! もしかしたら、私も勢いだけで……」

「そんなことないよ……」

「いいえ、きっとそうだわ。本当はフランは私の事を好きじゃな────」

 

 パァァン。

 気持ちのいい音が鳴り響いた。だが、叩かれてるのが私じゃなければの話だ。

 こいしの平手打ちが私の頬を捉えていた。ヒリヒリと痛む。

 

「……それ以上言ったら……許さないよ」

「こいし……」

 

 こいしの顔は怒りに満ち溢れていた。普段のこいしからは考えられない鬼の形相。

 

「レミリアちゃんの愛はそんなものだったのッ!?」

「……」

「レミリアちゃんは、本当はフランちゃんの事が好きじゃないって言うのッ!?」

「ち、違う! そんなんじゃ……」

 

 涙を流しているのは、私だけじゃなかった。こいしも同様に涙を流して必死に食らいついてくる。

 

「なら、どうしてそんなこと言うのよッ!? せっかく二人が結ばれて、幸せな生活が待ってたんじゃないのッ!?」

「そ、それは……」

 

 こいしは私の胸ぐらを掴み、壁に押し付ける。あまり強くない、振り払える力しか無かったが、今の私にそんなことできなかった。

 

「フランちゃんの事、そんな簡単に諦めちゃっていいのッ!?」

「……」

「フランちゃんは、色んな障害を乗り越えてまで、あんたに恋してた! 追いかけてた!」

 

 こいしの口調が段々と雑になっていた。

 ただ、口調が乱雑になっているだけなのに、こいしの言葉は私の心を貫いていた。

 

「それでもフランちゃんは、私の必死のアプローチにも振り向かないで、ただあんただけを見てたのに…………それなのに、あんたはそんな簡単にフランちゃんを見捨てるのッ!? あんたも本当はずっとフランちゃんに恋をしてたんでしょ!? なら、今の方が幸せなわけないじゃない!」

「違う! きっとフランは今の方が幸せになるはず……」

 

 

 

「あんたがフランちゃんの幸せを決めんじゃないわよ!!」

 

 

 

 フーッフーッと息が切れるほどこいしは叫んでいた。それを私は呆然と聞いたり、見苦しい言い訳を繰り返してた。

 

「…………今の方が幸せですってフランちゃんが言ったの?」

「……いいえ……」

「なら、今度はレミリアちゃんがフランちゃんを振り向かせる番でしょ?」

「……」

「きっと、フランちゃんも心の中であなたに期待してる」

 

 胸ぐらを掴む手の力が段々と緩んでいく。

 

「私だって……今のフランちゃんを私に惚れさせてやりたい」

「え、ええ……」

 

 そうだ。こいしは今でもフランの事が好きなんだ。

 

「でも、それはフランちゃんの本当の幸せなんかじゃない。きっと、フランちゃん自身もそれを感じる時が来る。でも……でもね……」

 

 顔を上げ、涙目で私の目をもう一度見る。緑銀の瞳が潤んでいてとても綺麗だった。

 

「フランちゃんの本当の幸せはレミリアちゃん(あなた)と一緒にいる時なんだよ」

「こいし…………」

「だから、今回は立場が逆になっただけで、振り出しに戻ったんだよ」

 

 振り出し。そう、私とフランの恋路がまたスタート地点に戻っただけだ。

 記憶が無くなったから、フランが変わってしまったから。そんな理由で私がフランに与える愛を止めてはいけないんだ。

 ずっとずっと、フランを好きでいる。家族として、そして、私が本気で惚れた一人の吸血鬼として。

 

「……だから、頑張れ。レミリアちゃん」

「………………ありがとう。こいし、あなたにはいつも助けられてばっかな気がするわ……フランも私も」

「えへへ、こいしお母さんって呼んでもいいんだよ?」

「さすがに勘弁して欲しいわ……」

 

 苦笑いをする。こいしの言葉には重みがある。彼女の経験値が高い訳でもないのに、どうしてか納得してしまいたくなるのは、どうしてだろうか。

 

「……じゃ、私は咲夜さんにお菓子でも貰ってくるよ。また晩御飯の時にでも話そーねー。あ、今日晩御飯頂いていくよー」

「そ、それはいいけど……フランに会っていかないの?」

「どうせ、晩御飯で会えるでしょ。それに今会っても混乱させちゃうだけだよ」

「そ、そう」

「じゃ、また後でねぇー」

 

 軽く手を振って、こいしはこの部屋を後にした。というか、こいしは一体どこから入ってきたのだろう。

 

「この部屋……一応結界張ってるのだけど……それも強めの……」

 

 さすが覚妖怪。結界をいとも簡単に破られるとは、少しゾッとした。

 

「…………」

 

 私は窓まで歩き、真っ暗になった空を見上げ、星を見る。

 きっと、ここからスタートなんだ。今の記憶のフランも、私に惚れさせてやる。

 

「覚悟しなさいね……フランっ……」

 

 そう思っていると、急にフランが愛おしくなった。前のフランに会うためにも、そして、今のフランも愛し抜くためにも、私は両頬を叩き、気合いを入れ直した。

 

「よしっ……」

 

 私は踵を帰し、フランの部屋へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、こんな所にいたのね、こいし」

「お姉ちゃん」

 

 レミリアちゃんの部屋を出て、古明地さとりこと、お姉ちゃんを探していると、ほんの数分で見つけることが出来た。

 

「…………」

「な、何?」

「あなた、また縁の下の力持ちしてたのね」

「な、何それ……」

 

 フッと微笑むお姉ちゃん。なんのことだか分からなかったが、お姉ちゃんはそのまま私の頭を撫でていた。

 

「ちょっ、な、何するの?」

「いいえ、こんなにも立派な妹がいてくれてお姉ちゃんは誇らしいなって思っただけよ」

「な、なによぅ……」

 

 お姉ちゃんは気づいていたらしい。いつもそうだ。心が読めないのに、顔なんかですぐに気づく。

 

「……やっぱり羨ましいな」

「あら? それなら私と恋人になる? 私は大歓迎なのだけど?」

「あはは……私達は姉妹でいよーよ」

 

 きっと、レミリアちゃんなら、今のフランちゃんすらも幸せにできる気がする。



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5話 食事

今回少し長いかも……。


「フラン、入るわよ」

「は、はい」

 

 やっぱり、いつものフランの声で敬語だと少しむず痒い。

 

「調子はどう? 何か思い出せそう?」

「いえ……やっぱりどこを見ても見覚えがない……ですね……」

「そう……」

 

 フランが自分の部屋に来たら何か、思い出せるんじゃないかと思ったが、フランの記憶障害はそう甘いものじゃないようだ。

 

「……ねぇ、フラン」

「はい?」

「あなたは、私の事……好き?」

 

 率直に聞く。記憶のないフランが、今私の事をどう思っているかを確認したかったからだ。

 

「……はい、好きです」

「それは、一人の女の子として?」

「…………はい、とは素直に言えません。まだ、私がレミリアさんとお付き合いをしていたというのにも、実感が湧きません」

「……そう……」

「申し訳ありません……私も努力はしているのですが……」

「いいのよ、あなたは頑張っている。それは私も知っているわ」

 

 そう、記憶を無くしてからフランは必死に記憶を取り戻そうと書物や自分の衣服などを漁っていたのを知っている。

 そんな彼女の努力を無駄にしないためにも一刻も早く記憶を奪った張本人を探さなければいけない。

 

「……今日ね、あなたの友達も来ているのよ」

「友達……ですか?」

「ええ、あなたの唯一無二の親友。今は外しているけど、晩御飯の時に会えるわよ」

 

 こいしの存在を伝えると、フランは嬉しそうに微笑んで真上に目線をやった。

 

「私にも…………友達がいたんですね……」

「……どうしてそんなに嬉しそうなの?」

「いえ、きっと私は幸せ者だったんだなって思って」

 

 ニコリと笑うその顔は記憶が無くなる前のフランとそっくりだ。まぁ、同一人物だからそっくりなのは当たり前だが、今の私には別の人に見えてしまう。

 

「……フランは自分で幸せを掴み取ったのよ。周りに甘やかされてじゃなくて、自分で努力して、幸せな日々を送っているの。だから今のあなたも、きっと報われる。いいえ、私が報わせてみせる。こんなにも、あなたは頑張っているんだもの」

「レミリアさん…………どうしてそこまで……」

 

 そんなこと、分かりきっている。きっと逆の立場でも、フランはきっとこう言ってると思うから。

 

「たった一人の姉妹だもの。それに、私が誰よりも愛しているのも、あなただからよ。フラン」

「…………っ」

「えっ? ちょ、泣かないでよ……フラン……」

「ごめ……なさい……ぇぐっ……」

 

 フランは目尻に涙を貯め、ダムが決壊したかのようにポロポロとこぼれ始め、嗚咽し始めた。

 何かまずいことを言ったのだろうか、私は慌ててフランの肩に手を触れる。

 

「だ、大丈夫……?」

「……ありがとうございます…………レミリアさん……」

「え……」

「私……こんなに愛されていたんですね……」

「ええ……愛しているわ……誰よりも……ね」

 

 

 

 

 

 フランの涙が止まる頃、フランの頭は私の肩に預けられていた。フランのサイドテールに触れるようにゆっくりと撫でる。

 

「ねぇ、フラン」

「はい?」

「……もう一度、恋人をやり直さない?」

「恋人……ですか……」

 

 今の私達は姉妹ではあれど、恋人同士では無い。だからこそ、記憶がない間はまた別のフランと恋人になりたい。そう思っているからだ。

 

「……」

「これは私のわがままだと思う。記憶が無くてただでさえ混乱しているのに、こんな事言うのもお門違いだって分かっているわ」

「……」

 

 フランは黙って私の話を聞いていた。表情は窺えないが、気にせず私は続けて口を開いた。

 

 

 

 

「でも、やっぱり私は、あなたの事が好き。愛してる。だから…………もう一度、私と……付き合ってくれませんか?」

 

 

 

 

「……ごめん、なさい」

「っ……」

「今の私には……レミリアさんを愛せる自信がありません。それに、今の私と付き合っても、いずれ消えてしまいます……」

 

 分かっていた。今のフランにそんな余裕が無いことは。でも、もしかしたらフランも受け入れてくれるなんて甘い考えをしていた。

 

「……まぁ、分かってはいたわ。だからこそ、今のフランにも私に惚れてくれないとね」

「ど、どうしてですか? 記憶が戻ったら、恐らく私の記憶は消えて、元のフランドールに戻るんですよ。そしたら無意味じゃ……」

「無意味なんかじゃないわ」

 

 そう、無意味なんかじゃない。例えフランの記憶が戻って、今のフランが消え去ったとしても。

 

「今のフランがいなくなっても、私の中には、もう今のフランも確かに存在してるのよ」

「レミリアさん……」

「それに、今のフランも私に惚れたら。どんな人格のフランも私にベタ惚れってことになるじゃない?」

「え、えー……」

「だから、今度は私がフランを虜にする番よ? 覚悟なさい」

「……は、はい。って、以前は私がレミリアさんを虜にしたんですか?!」

「ええ、そうよ。キスとか色々されて困ってたわ」

「う、うう……ごめんなさい」

「別に、今となってはいい思い出よ」

 

 そう、今のフランが消えても、私の心の中で彼女は存在し続ける。だから、「消える」なんてことはありえない。

 

「お嬢様、フラン様。ご夕食のお時間でございます。どうぞ食堂へ」

「ええ、行きましょ、フラン」

「はい」

 

 この部屋を出て、私達は食堂へと足を運んだ。フランより数歩後ろを歩く私は先程までのやり取りを思い出す。

 

(やっぱり……振られるっていうのはなかなかキツいわね……)

 

 分かっていたとしても、好きな人に振られるというのは胸が痛む。

 

(フランだって、以前は私にアプローチいっぱいしてくれたもの。今度は私の番よ)

 

 そう、私に拒絶されながらも、フランは諦めずに私を追いかけてくれた。多分、それがなかったら私は一生自分の気持ちに気づけなかったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、来た来た。フランちゃん、久しぶり!」

 

 食堂へ行くと、こいしとさとりがもう席に着いていた。フランはいきなり知らない人に自分の名を呼ばれて慌てていた。

 

「え、えっと……」

「っと、ごめんね。事情は聞いてるから、とりあえず座って」

 

 こいしも実は記憶が残ってるんじゃないかと思っていたんだろう。もしかしたら自分の名前を覚えていてくれるかもしれないという僅かな希望に縋った結果だろう。

 

「私は古明地こいし。で、あっちのピンクいのが古明地さとり」

「ピンクいは余計よ……古明地さとりです。よろしく」

「お、お二人はご姉妹なんですか?」

「そーだよ、私が妹であっちがお姉ちゃん」

 

 こいしはフランの記憶が無いことを気にせず、自己紹介を続けていく。先程、こいしと一悶着あってから、彼女も相当辛いはずなのに、無理していることが窺える。

 

「最初はね、フランちゃんから話しかけてくれたんだよ?」

「そ、そうなんですか?」

「私達は心を読む能力のせいで人から敬遠されてたの。それでね、幻想郷に来たら、何か変わるんじゃないかってそう思って、こっちにやってきたんだ」

 

 こいしは自分の過去を思い出すように、上を見上げる。そういえば、こいしとフランがどうやって出会ったのか私も知らない。いつの間にか、フランに友達が出来ていて驚いた事は覚えている。

 

「それでも、幻想郷でも私達は気味悪がられた。そんな時、フランちゃんだけは違ったの」

「私……だけ?」

「そう、最初はね、鬱陶しかったんだ。「暇だったら一緒に甘味処行こう」って、暇じゃないって言ってるのに無理矢理連れていかれた時は本気で怒りそうだったよ」

「ご、ごめんなさい」

 

 フランはまるで自分がしでかした事のように頭を下げる。まぁ、自分がしでかしたことだが、中身は別人だからって考えると頭ごちゃごちゃになっちゃいそう。

 

「あはは……でもね、フランちゃんは私の事を友達だと思ってくれてた。私の能力を見ても目を輝かせてくれた。フランちゃんしか知らない特別な場所を友達だからって言って見せてくれた。あの時は嬉しかったなぁ」

「その時からかしらね、こいしの表情が別人のように変わったのよ。そのおかげで、私も変わらなきゃって思えるようになったのよ」

「へぇー、フラン。そんな功績を残してたのね」

「わ、私ではありませんが……」

 

 フランは少し照れていた。そうだ、フランはこんな人達にも影響を与えていたんだ。姉ながら誇らしい。

 

「まだ忘れられないなぁ。その時からフランちゃんの存在はお姉ちゃんと同じくらい大きかったんだよ?」

「フランドールは……そんなことしてたんですね」

「ええ、素晴らしい子よ。あなたが妹で本当に良かったわ」

「まぁ、姉の方は赤い霧で太陽を隠そうとした極悪人だけどね」

 

 背後から声がする。ここにいる4人の声では無いことは確かだ。しかし、聞き覚えはあるし、つい最近聞いた気がする。

 

「れ、霊夢!」

「おいっす、レミリア。あら、あんた達も来てたのね」

 

 右手を上げて挨拶したのは紅白色の博麗の巫女、霊夢だった。

 そして、余った私の隣に座る。

 

「ていうか、極悪人じゃないわよ」

「極悪人よ。あの時は本気で殺してやろうかって思ったんだから」

「え、ええ……」

「れ、レミリアさん。この方は……」

「ああ、博麗霊夢。私の友人よ」

「……よろしく。フラン、あんた本当に記憶が無いのね」

 

 目を見張る霊夢にフランは少しクエスチョンマークを浮かべる。

 

「よ、よろしくお願いします……」

「とりあえず、事情を聞きたくて呼んだのよ。というのは表向きで、一緒にご飯でもどう? って誘っておいたの。少し前にね」

「そーいうこと、まぁ、色々フランの事も気になるけどね」

 

 元々この日は、霊夢と食事をする約束をしていた。いいタイミングだし、霊夢にも相談をする。

 

「ね、霊夢。フランの記憶に関して、あなたはどう思う?」

「そうね……」

 

 食事が来るまで、私は霊夢に問う。フランの記憶が消えた昨日、霊夢に呼ばれたと嘘をつかれた私は席を外してしまっていた。

 そうなれば、これが人為的な犯行だとしたら、犯人はおおよそ目星が付く。

 

「萃香が怪しいの。後、霊夢も」

「わ、私?」

「ええ。一応関与はしていた。霊夢と萃香がグルだって考えも捨てきれないもの」

「……私は知らないわ。本当に」

「さとり、どう?」

 

 私は対面にいるさとりに聞く。読心の能力を持つ彼女の前で嘘をついたら直ぐに分かってしまう。しかし、さとりは首を縦に振った。

 

「嘘は言ってないです。霊夢さんは関係ないでしょう」

「そう。疑ってごめんなさいね、霊夢」

「……いいえ、あなたは妥当な考えをしたまでよ」

「そうね……咲夜」

 

 私はこの場にいない咲夜の名を呼ぶ。しかし、咲夜はすぐに私の後ろに現れる。咲夜の耳は本当に妖怪並みだ。

 

「はい、お呼びですか」

「昨日、私が席を外した後、萃香は姿を現した?」

「いえ、あの後萃香はあれっきり姿を見せていません」

「……そう……ねえ、霊夢」

「ん?」

「萃香が嘘をついた事、ある?」

「それは無いわね。自信を持って言える。そもそも、萃香は嘘が一番嫌いなはずよ?」

「そう、よね……」

 

 謎が深まるばかりだ。いくら考えても答えは出てこない。そもそも、この記憶騒動に黒幕がいるかも怪しい。

 

「まぁまぁ! 今は沢山食べよ!」

 

 こいしがこの雰囲気を断ち切った。我に返った私が机を見ると、いつの間にか料理が並んでいた。どれも美味しそうだ。

 

「……そうね、今は食べましょうか」

「じゃ、いっただっきまーす!」

 

 こいしの合掌に私達も続く、そして、次々と料理を口に運んでいく。

 

「やっぱり咲夜さんの料理は美味しいですね」

「ええ、見事な味付けね。流石メイド長と言ったところかしら」

 

 さとり、霊夢が次々と咲夜の料理を褒めていく。従者が褒められるのは主として悪くない。

 

「私もこれくらい作ってみたいわね……」

「霊夢も料理出来るじゃない」

「そりゃ最低限の料理は出来るわよ。でも、ここまで美味しいのは出来ないわ」

「あ、霊夢のご飯も今度食べに行きたい!」

 

 こいしの名案にみんなが「おぉー」と感嘆の声を漏らす。当の本人は少し嫌そうな顔をしていた。

 

「いやいやいや、妖怪に料理を振舞ってるなんて人里にバレたら面倒だから……」

「でも、妖怪の館にご飯に来るのはいいんだ」

「それとこれとは話が別よ」

「どこが別なんだか……」

 

 やはり、大人数で食事をするというのは楽しいものだ。いつもフランと2人での食事だから、新鮮だ。

 毎回、咲夜達とも一緒に食べたいって言ってるのに、「お嬢様達とお食事をするのは恐れ多いので」と断るから大人数の食事もいいものだ。

 私はみんなと話しながらフランに視線をやる。ボーッと机を眺めながら次々とスプーンを口に運んでいく。

 

「? フラン、どうしたの?」

「あ、いえ。なんでもないです」

 

 不思議に思った私はフランに聞くが、はぐらかされてしまう。まぁ、急に初対面の人達とご飯なんて言われても混乱するのは当然だろう。

 そうして、1時間弱の食事を終え、全員が帰ろうとしていた。私とフランは玄関まで見送りに来ていた。

 

「フランちゃん」

「な、なんですか、こいしさん……」

 

 振り返り、こいしはフランの両肩に手を乗せる。そしてグイッと引き寄せた。

 その瞬間、こいしはフランの唇を塞ぎ、キスをした。

 

「んっ!?」

「ん〜〜〜っ……ちゅ…………えへへ……」

「こ、こいしさん!?」

「フランちゃん、元気出して。私は、いつまでもフランちゃんの味方だよ……」

「だからと言ってキスはないでしょう……恋人じゃあるまいし……」

「え? フランちゃん、私を恋人にしてくれるの?」

「え、ええ!?」

 

 フランはこいしに好意を抱かれていることを知らないから、こういう反応になるのだろう。

 軽々しくフランにキスをしたこいしを私はフランの後ろから睨みつける。

 

「こ〜い〜し〜っ!」

「げっ、正妻が怒っちゃった……じゃあまたね、フランちゃん、レミリアちゃん!」

 

 古明地姉妹と霊夢は私たちに手を振りながら、夜空へ消えていった。私は見えなくなるまで手を振っていた。フランはというと、俯いて自分の唇に触れていた。

 

「さ、フラン。戻りましょ、少し冷えたわ」

「…………」

「フラン?」

「は、はい!」

「…………そんなに、キスが気持ちよかった?」

「い、いえ……初めての感覚に少し驚いただけで……」

「そう……」

 

 私達は部屋に戻った。そして、別々にお風呂に入る。

 

「(……こうして一人で入るのも、久しぶりね……)」

 

 いつもフランと2人で背中を流しあったり、隣で湯船に浸かったり。たまに行為に発展しちゃうこともあるけど、色々思い出があるこのお風呂。それを一人で入るのもなかなか懐かしさを感じた。

 

「…………はぁ……」

 

 でもやっぱり一人はつまらない。かと言って、誰でもいいから二人で入りたい訳でもない。

 

「やっぱり……フランと一緒がいいわ……」

 

 何よりも辛い。フランがこの場にいないことが、実際に存在しているはずなのに、どうしても今のフランが手の届かない場所にいるみたいな感覚に陥る。

 フランの存在を確かめたい、フランの身体を感じたい。そう思う頃には私の頬に涙が伝っていた。

 

「……フラン……会いたいわ…………」

 

 また、「お姉様!」と呼んで欲しい。「レミィ」と呼んで欲しい。でも、今はそれが叶わない。

 わがままで、傲慢かもしれないけど、愛されたい。誰でもない、フランただ一人に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガチャ……

 

「あ、レミリアさん。お風呂お先しました」

「ええ……」

 

 風呂上がり。

 私はフランの部屋に来た。髪もまだ乾ききっていない。ぽたぽたと私の髪から水滴が落ちてくる。

 

「……レミリアさん?」

「…………」

 

 私はずっと俯いていた。今の顔をフランに見られたくない。

 

「……っ!」

「え、ちょ、レミリアさん? きゃあ!」

 

 ベッドに座っていたフランを、気づけば押し倒していた。

 今の私の顔は真っ赤で、泣きそうな顔をしているのだろう。鏡で見なくても分かるくらい。

 

「レミリア……さん……」

「ごめんねフラン。私、もう我慢できない」

「え、な、何が…………んっ……」

 

 フランが返事を言い切る前に、私はフランの唇を自分の唇で強く塞いでいた。



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6話 夜の部屋

タイトルがえちえちだけど多分えちえちないよ


「んっ……んんっ……」

 

 フランは私の服を掴み、必死に抵抗している。しかし、私はそれを離さない。フランの唇全てを感じる。舌は使わない、唇同士でただ重ねるだけ。

 

「ちゅ……ん……」

「れみ…………りあ……さん……」

 

 その他人行儀の呼び方も、遠慮しがちな目も、奪うようにキスを続ける。

 フランの髪はいい匂いがする。肌も白い。少し肌が荒れがちな私にとっては羨ましい。

 

「んっ……はぁ……」

「はぁ…………はぁ……れ、レミリアさん……なにを……?」

 

 ようやく唇を離した。私達、舌を使っていないのに、銀色の唾液の糸が伸びる。

 

「あなたは私のモノになるの」

「ぇ……」

 

 フランのか弱い声が吐息とともに漏れる。

 

「……こいしになんか奪わせない。あなたは私の恋人なの」

「で、でも私達は姉妹なん……んむっ!?」

 

 もう一度唇を重ねる。これは、ただ唇を重ねただけ、それでも、強く離さないように押し付ける。

 

「姉妹なんて関係ない。あなたは私のモノ。私はあなたのモノ。分かった?」

「わ、わかったので……1回離れてください……」

 

 顔をりんごのように赤くしたフランは顔を逸らして、私をどかそうとグイグイと押す。

 

「あと……髪、乾かしてください」

「あ」

 

 そういえば、まだ髪を乾かしていなかった。ポタポタと垂れる水滴はフランの頬に落ちて頬を伝っていた。

 

「ごめんなさいね、乾かしてくるわ」

「は、はい……」

 

 私は慌ててベッドから降りて、洗面所へ向かう。フランは起き上がると、自分の唇に触れて、

 

「……レミリアさん……あなたは……本当に私が好きなんですか?」

 

 そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 鈴虫の音が聞こえてくる。それ以外の音は遮断されているかのように聞こえない。

 レミリアさんが帰ってくるまでの時間、私はただ天井を見上げていた。

 

 

 ──私の体で何をしてるの? 

 

 

「ッ!?」

 

 突如、どこからか声が聞こえた。

 

 ──誰の許可を得て、私のお姉様とキスをしてるの? 

 

「だ、誰ですか!?」

 

 辺りを見渡すが、誰もいない。どこから声を出しているのかも分からない。だが、耳には確かに届いている。

 

 ──誰でもいいでしょう。今は私の質問に答えて。

 

「は、はい」

 

 とりあえず、言われるがままどこからか聞こえる声に応じることにした。

 

 ──あなた、私の体を使って何をする気? 

 

「ま、待ってください! 何の話ですか?」

 

 ──とぼけないで、私の体と入れ替えてまで、私のお姉様や家族に何をする気なのか聞いているの。

 

「な、何もしません!」

 

 ──じゃあどうして、私の体を奪ったの? 

 

「知りませんよ! というか、あなたは……フランドールなんですか……?」

 

 そう問いかけると同時に、ガチャリと扉が開く。レミリアさんが戻ってきたみたいだ。

 すると、どこからか聞こえた声も不満そうな声を上げた。

 

 ──ここまでみたいだね。いつかまた、こうして話す時には色々理解してちょうだいね。さよなら。

 

「えっ、ちょ、ちょっと! 待ってください!」

「ふ、フラン? どうしたの?」

 

 私が声のする方に手を伸ばすが、それは虚空を掴んだだけだった。ちょうどその時に帰ってきたレミリアさんに心配そうな目を向けられてしまった。

 

「い、いえ……ごめんなさい、なんでもないです」

「そう……」

 

 今のは誰だったのだろうか。

 もしかしたら、この体の持ち主かもしれない。確証はないが、言い方からしてその線が一番可能性がある。

 

(どうして体を奪ったの……か)

 

 その言葉は今の私の状況には、あまりにも的外れな発言だった。しかし、その言葉が嘘とも思えなかった。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 私が髪を乾かして部屋に帰ってから、何だかフランが上の空だ。

 怪しい、とまでは思わなかいが、何か思うところがあるのだろうか。

 

「フラン、どうしたの?」

「へっ? い、いえ。何でもないです」

「……そう。まぁ、無理してはいけないわ。今日はもう寝ましょう」

「はい……って、ええっ? レミリアさんはどこで……」

「ここで寝るわよ。あなたと一緒に」

 

 フランは顔を真っ赤に染めて後ずさる。その反応も何だか新鮮でついつい口角が上がってしまう。

 

「え、ええと……」

「安心しなさい。さっきみたいに無理やり襲ったりしないわよ。あれについては反省してるわ」

「そ、そうですか」

「じゃあ、早く寝ましょう」

「は、はい……」

 

 半ば諦めたようにため息をついてベッドに入ったフラン。それに続くように、私も同じベッドに身を潜めた。

 さすがに正面で向き合うのは私も恥ずかしい。なので、最初はお互い外側を向き合う。

 

「……本当に、何があったんでしょうね」

「ええ……心配になります……今、この時も本当のフランドールはどこにいるのか……」

「……安心したわ」

「え?」

 

 フランの言葉に私は心底安堵する。別の人格、というと聞こえが悪いからか、悪人のような性格が飛びててくるのかと思えば、こんな心優しい人格だったことに。

 

「……あなたのその優しさに……ね」

「は、はぁ……」

「……」

「あの、レミリアさん」

「何?」

 

 静寂が訪れたと思ったら、フランの方から声がかけられた。

 

「私は……記憶喪失じゃないかもしれないです」

「……え?」

 

 思いがけない言葉に私は思わず素の反応を見せてしまう。その場で目を見開く。

 

「き、記憶が戻ったっていうの?」

「違います。そうじゃなくて……」

 

 一度、フランの口が噤む。しかし、意を決したように一度深呼吸してから、口を開いた。

 

「……レミリアさんが髪を乾かしに行っている間、誰かの声が直接私に話しかけてきたんです」

「……誰かの……声?」

「はい。最初に「私の体で何をしているの?」と言われました」

「ッ!?」

 

 驚いた私は起き上がってフランの肩を掴む。

 

「それから! それからなんて言われたの!?」

「おっ、落ち着いてください。話しますから」

 

 フランに宥められて、私は自分のしている事にハッと気づいて、もう一度寝転がった。

 

「ごめんなさい。少し落ち着きがなかったわ」

「いえ……それでその後は……先程のキスのことを言われました」

「……あの場に居たと言うの?」

「はい、まるでその場でキスを見ていたかのような言い方でした」

 

 あの場には私とフランしかいなかった。それなのにその事を知っているということはどこかにいたのだろうか。

 

「いや、あの時感知したのはフランだけだった……」

 

 半径50メートルに生き物の反応は無かった。咲夜もパチェもみんな部屋は離れているからそれは確実だ。

 

「そして……「私の体で何をする気だ」と言われました」

「……元のフラン?」

「はい、そして「どうして私の体を奪ったのか」って問われて……」

「……奪った?」

 

 記憶喪失ならば「体を奪う」などと言われるはずがないのだ。それに本人であるフランがそういうのならば、それも間違いではないはず。

 

「……今のあなたがフランの体を奪ったというの……?」

「ち、違います! 奪ってなんかいません!」

「……フランはそう言ったのでしょう?」

「そうですけど……私はそんなことできません!」

 

 フランの必死な弁明に私は考える。それに、今のフランの眼差しに嘘の要素はひとつもない。

 

「……わかっているわ。今のあなたの性格からして、あのフランの体を奪うような肝は座っていないものね。それに、私はあなたを信じているから」

「レミリアさん……ありがとうございます」

「ええ」

 

 フランの謝罪に応じた後、私はもう一度顎に手を当てて考えた。

 

「……奪うということは……今のあなたの人格はフランのものじゃなくて……」

「今の私にも元の体があるかもしれない。そして……」

 

 フランも同じことを考えているだろう。

 

「今のフランはあなたの元の体に乗り移っている……」

「そういうことかもしれないですね……」

「じゃあどうやって私に語りかけて来れたんでしょうか……」

「…………」

 

 色々、仮説は立てられるが、今は夜だ。何を考えても他の人物に相談もできない。諦めた私は布団を被った。

 

「今考えても仕方ないわ。今日はもう寝て、明日また話し合いましょう?」

「そうですね…………レミリアさん」

「ん?」

 

 フランは私を見据えた。紅い瞳が薄暗い中で少しだけ光る。そして優しく微笑んだ。

 

「ありがとう……ございます」

「……」

 

 いつも言われる謝礼の言葉だが、この時だけは何故か重みを感じた。

 

「フランの為なら、私はなんだってする。大切な家族で、恋人なんだから」

「そうですか……じゃあ恋人になりましょう」

「え?」

 

 またまたフランの発言に私は言葉を返せなかった。そして、今のフランの頬は暗くてもわかるくらい真っ赤だった。

 視線を下に落としてモジモジと指を合わせていた。

 

「……正直、レミリアさんを恋愛的に見ることは出来ませんが……それでレミリアさんが活力になるのなら……って思ったんですけど……」

「そう……ありがとう、フラン。いつか、本気で惚れさせてあげるからね」

「……はい」

 

 今のフランは心優しくて人のために努力して、そして本気で人に感謝が出来る。理想的な妹だ。

 こんな妹がいたら、姉としてなんとも誇らしいのだろうか。胸を張って、「私の大切な妹よ」と言えるだろう。

 

 だが、それは「妹」だ。

 いつもベタベタ引っ付いてどこでもキスをせがんで、私が他の奴と話すだけでキレて、欲望のままに私を貪る。

 こいしという大切な親友の告白すらも断って、肉親である私にずっと想い続けて。

 正直、迷惑な妹だ。でも、私は大好きだ。

 どんなに問題を起こして、幻想郷から嫌われた妹でも、私はずっと味方になれる。

 これは「私の妹」だ。

 

 でも「(フランドール)」は誰よりも私を大切に思ってくれて、誰よりも心配してくれる。

 私の唯一の肉親だ。フランがいてくれたおかげで私は「姉」として、そして「(レミリア)」としてフランを愛せる。

 幸せのために私は妹もフランドールも救う。そう誓えたのは、フランドールという存在が私の中で大きいからだろう。



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7話 事情聴取

「考えられるのは、体と精神を丸々入れ替えられたってところかしら?」

 

 夜が明けて、朝食時に紅魔館メンバーを集めた。

 昨夜フランの元の人格から声をかけられたことに関して、一番最初に考え込んだのはパチュリーだった。

 

「そうなると、入れ替えられる能力を持つ者が黒幕ってこと?」

「ですがパチュリー様、入れ替えの能力を持つ妖怪や人間に知り合いはおりません」

 

 咲夜の言う通り、人の心にまで漬け込む入れ替え能力など強力過ぎて忘れられないはずだが、ここにいる全員は誰も心当たりがない。

 

「……パチェ、そういった魔法は?」

「ないわ。仮にあったとしても、入れ替える為にはその対象が必要なはずよ。つまり、媒体となるフランと今の人格のフランの元の体がないと発動しないわ」

「ふぅむ……」

 

 これは迷宮入りか……

 とそう思っていたが、おずおずと手を挙げたフランが少し萎縮しながら口を開いた。

 

「あの……能力は応用が出来ればその文字以上の事が出来ることってないんですか?」

「……? どういうこと?」

 

 ここにいた誰もがクエスチョンマークを浮かべる。フランは更に縮こまってしまったが、口ごもることはなかった。

 

「ええと……確かレミリアさんの能力は「運命を操る」でしたよね」

「ええ、運命が見えてしまうのは嫌だから最近は使わないようにしてるけど」

 

 日常生活で能力を使うのは極力控えてきた。以前までは能力を使って「今日霊夢が来る」とか「明日は大雨ね」とか予知していたが、最近は先が見えないということに楽しさを見つけてしまったのだ。

 

 明日は誰が紅魔館に来るのかな。明日は晴れるといいな。そう考えるのが心地よくなっていた。

 それっきり、運命を見るのはつまらないし、楽しくもないから使わないできた。

 

「例えば……えと……弾幕ゲームでしたっけ? それの時に相手がどういう軌道の弾幕を撃ってくるかとか、分かるんじゃないですか?」

「ええ……まぁ……霊夢や魔理沙とやった時はレベル高すぎて意味を成さなかったけどね……」

 

 霊夢や魔理沙との弾幕ゲームはもうやりたくない。そう思えるほどの強敵だった。

 弾幕ごっことか軽く言われているが、あれはもうただの戦闘だった気がする。

 

「それって未来予知……じゃないですか?」

「……まぁそう言えるわね……」

「……えっと……」

 

 思ったより反応が薄かったからか、フランは狼狽してキョロキョロと目を泳がせてしまった。

 しかし、言いたいことがまとまったのか「あっ」と閃いた顔をしてまた話を続けた。

 

「その能力の概念は「運命」だけを見れる。というものですが、レミリアさんはそれを超えて「未来」という概念そのものを超越したってこと……に……」

「?」

「……ああ、そういうこと」

 

 最後自信なさげだったのか、語尾がかなり弱くなったフラン。しかし、パチュリーだけは理解出来たようだ。さすがは図書館の主、頭の回転はかなり良かった。

 

「こっちのフランの方は頭がいいのね。感心するわ」

「え、えへへ……」

 

 パチュリーは感心したように微笑むと、フランの頭に手を乗せた。フランは頬を染めながら照れるように笑う。

 

「……」

 

 ずるい。私もフランのことを撫でたい。けど、撫でる口実がない。

 パチュリーを羨望の眼差しで睨んでいると、それに気づいたパチュリーは小馬鹿にするように笑った。

 

「あらあらレミィ。少し寛大になりなさい。束縛の強い女は嫌われるわよ」

「……うるさいわね。早く説明しなさいよ」

 

 図星をつかれて私は目を逸らす。そして、その話題から逃れるようにパチュリーに説明を促した。

 

「だから、能力を応用されてる可能性があるって事よ」

「応用?」

「そう、文字でははっきりしてないけど入れ替えるだけの能力を持ってる人例えば……入れ替えるだから……」

 

 パチュリーは顎に手を当てて考え始めた。入れ替えるという概念は無いが、入れ替えるという概念と似た言葉。

 

「……ひっくり返す……とか?」

「ひっくり返す能力……うーん……分かりませんね……」

 

 門番として、様々な交流をしている美鈴だが、そのような能力を持っている人物と面識どころか、噂も知らないようだ。

 

「まぁ他の表現でも考えてみて、それらしい能力なら色々うそうな気もする──」

「…………あぁあ!?」

「うわぁ!?」

「お、お嬢様!?」

「あっっつっ!?」

 

 唐突に叫んでしまう。そこにいた全員がビクゥっと体を跳ねさせた。

 パチュリーに至っては持っていた紅茶のマグカップをひっくり返して火傷をして、今まで聞いたことがないくらいの男勝りな口調で叫んでしまう。その後で私が全力で頭を下げた話は伏せておこう。

 そう、私だけは分かってしまった。この能力が誰によるものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、何も知らねぇよ?」

 

 紅魔館を出て、パチュリーと小悪魔以外の4人である人物を探しに来た。すると、思いの外あっという間に見つけてしまった。

 妖怪の山を歩いていた「ひっくり返す能力」の人物に出会う。開幕早々グングニルをぶち込むのは良くないので、とりあえず事情を聞くことにした。

 

「はぁ、本気で言ってるの?」

 

 何でもひっくり返す程度の能力を持つ天邪鬼、鬼人正邪と邂逅して問いただしたところ、答えは白だった。

 

「そもそもなんで私がこいつと見ず知らずのやつの人格をひっくり返すことになるんだ?」

「確かに……」

 

 そう言われてみればそうだ。明確な動機もない。

 

「そもそも私はレミリアとそこのメイド以外面識ないっての。レミリアに妹がいたことは知ってたが、会ったのは今日が初めてだぜ?」

 

 ぺこりとフランが頭を下げると「随分可愛らしい妹だな」と微笑む。フランは照れ笑いを浮かべていた。

 隣にあった三色団子を口に入れながらフランの頭を撫でると、よほど美味しかったのか口端が緩むのが見えた。

 

 なんでどいつもこいつもフランの頭を撫でたがるのか。確かにさっきパチュリーが言ったように寛大でいなければ紅魔館の主も務まらないし、威厳もないのだが、嫉妬くらいはさせてもらおう。

 

「……困ったわね」

「お嬢様。この天邪鬼では無いのですか?」

「そうみたい。さとりを呼んで心を読んでもらうのもいいけど、確かに動機もないし……それに、こいつ以外に入れ替えの能力を使えるやつなんて……」

「なぁレミリア」

 

 推理を続けていると、それを不思議に思った正邪から声をかけられた。

 

「何かしら?」

「今日は何もやることないし、手伝おうか?」

「……え?」

 

 輝針城異変を終え、お尋ね者としてその身を追われ続けた正邪は少名針妙丸という小人の協力もあって、幻想郷での生活、そして永住を認められたばかりである。

 そんな正邪は再び悪さや問題を起こすことなく、角が取れて丸くなったのだ。

 

「いやなに、お前とそこのメイドにも迷惑はかけてしまったからな」

 

 そう、この輝針城異変に駆り出されたのは紛れもない咲夜だったのだ。妖器を用いて、この異変を一から最後まで攻略してみせた。

 

「協力してくれるのはありがたいけど……」

「なんだよ? なんか不満か?」

「あんなに下衆野郎だったあんたがこんなにも物腰が柔らかくなるなんてね。それに、何かを企んでいそうで怖いわ」

 

 正邪と言えば、下衆なことでも有名だった。小人である針妙丸を騙し、利用した。打出の小槌のためとはいえ、さすがに腸が煮えくり返る思いになったのを覚えている。

 そのため、これも何かを丸め込もうとしているのではないか。また愚行をしてしまうのではないかという不安があった。

 しかし、正邪の返答は全くもって純粋なものだった。

 

「う、うるせぇな……また悪さして欲しいのか?」

「そんなことは誰も言ってないわ。そうね、よろしく、天邪鬼さん」

「おう」

 

 こうして、新しい協力相手が見つかったのはいい事だが、正邪が白である以上、この謎解きは白紙になったわけだ。

 

「フランの当ても外れたか……どうしようかしらね」

「とりあえず、昨日来た霊夢やさとりさん、こいしさんにもお話を伺ってみては? フラン様の昨日の用件もありますし」

「それがいいわね。咲夜、美鈴。三人を呼んできてもらえるかしら?」

 

 咲夜の提案に、私は乗った。

 

「かしこまりました」

「ああ、後、出来れば萃香も連れてきて」

「萃香さん……ですか?」

「ええ、フランが記憶を失くす前、最後にあった身内以外の人物って萃香でしょう?」

「分かりました。では、どこで落ち合いますか?」

「紅魔館でいいわ。バルコニーでお茶を出して待ってる」

 

 咲夜と美鈴はそれぞれの方向へ飛んで行った。それを見送るや否や、私は他の四人へ向き直る。

 

「さて、私達は紅魔館へ戻りましょう」

「了解です」

 

 歩を進め、開けた場所に出てから私達は飛んで紅魔館への帰路を辿った。

 

「なあ、レミリア」

「ん? 何?」

 

 飛んでいる最中に正邪が隣まで来て話しかけてきた。

 

「とりあえず、あんたの妹が記憶喪失になった経緯を教えて貰っていいか?」

「ああ、そうね」

 

 協力してくれる以上、話さない訳にはいかないだろう。

 そう思ってはいるのだが、赤の他人に軽々と「フランの記憶が消えた」というのは少々気が引ける。

 そう思って口を噤んでしまう。我ながら情けない。しかし、助け舟を出してくれたのは意外にも正邪だった。

 

「無理に全部話せとは言ってねぇよ。ただ、いつ、どこで記憶が無くなったとかだけでいいんだ」

「……そう、やっぱりあなた。別人みたいになったわね」

「まぁ、あの時の事はこれで水に流そうじゃねぇか」

「ええ」

 

 輝針城異変のことを思い出すとやはり違和感を覚える。あの時は咲夜に出動してもらったが、ここにいるのが咲夜なら鳥肌が立つほどでは無いだろうか。それくらい、正邪の変わりようには目を見張るものがあった。

 

 それから、私は話せることだけを正邪に話した。萃香が来てからおかしくなったこと、名前すらも思い出せない重症であること、それらを全て話した。

 

「……萃香……だっけ? その鬼」

「ええ、そうよ」

「確かその萃香って奴嘘が嫌いなことで有名だよな。それなのにお前が霊夢に呼ばれてるって嘘をついたんだ?」

「そこなのよね」

 

 多分、正邪も同じことを考えているのだろう。顎に手を当てて口を開いた。

 

「恐らく、萃香とやらに化けた何者か、だろうな」

「その線が一番可能性が高いわよね。化ける妖怪ならそこらに沢山いるだろうし」

「後は……そうだな、萃香が騙されたか。そのどっちかだな」

「……あの萃香が?」

 

 萃香といえば、とんでもない力の持ち主でもあり、最も嘘を嫌う人物でもある。

 それならば、嘘か本当かの見分けは絶対的につくはずだ。そうなれば、騙した相手はかなりの手練れか萃香の弱みを握って手中に収めたか。このどちらかだ。

 

「まぁ、詳しい話はまた後で……だ」

「そうね」

 

 話していたらあっという間に紅魔館に着いた。妖怪の山からは人里を挟んで反対方向なので、少し遠いが話していたらあっという間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあとりあえず人が集まったところで、色々話し合いを続けていくわね」

 

 全員が紅魔館に集まった時にはもうお昼時だった。

 咲夜に昼食を作らせている間、私、フラン、正邪、霊夢、さとり、こいし、萃香の七人で話を進めることにした。

 

「じゃあまず、萃香」

「なんだい? いきなりここに呼び出すということはやっぱり何かあったのかな」

「霊夢から聞いた大事な話ってなんだったの?」

 

 少し前に萃香からの伝言で博麗神社へ呼び出されたあの時、あれがきっかけと言っても過言ではないだろう。

 おそらく、萃香か霊夢のどちらかが黒。もしくはどちらかに化けた妖怪。

 これがはっきりするだけでもだいぶ進歩だと思っている。

 

「私は何も言われてないぞ? 神社で酒を飲んでたら霊夢が真剣なご様子で私に話しかけてくるからさ」

 

 そこから、萃香はその時のことをこと細かく説明してくれた。

 

 

 

 

 ────

 

 

 その日は暇を持て余した萃香だけが神社でお酒を飲んでいた。とくとくと瓢箪から流れるお酒が萃香の口の中を通っていく。

 

「萃香」

「おわっ、どうしたんだ霊夢」

 

 背後から現れた霊夢の姿に驚きつつ、その霊夢の顔を伺う。すると、そこには真剣な面持ちの霊夢がいた。

 

「幻想郷のバランスについての話を今からするの。レミリアと二人で」

「ほぉ」

「だから、今日はもう出てってくれないかしら」

 

 博麗の巫女という責務を果たすべく、時々こうしてレミリアと会議をしているのは知っていた萃香は二つ返事で首肯した。

 萃香とて、最初は人間も妖怪も下に見ていたが、今ではだいぶ角が取れて霊夢を信用するようになった。

 

「分かったよ。ついでにレミリアを呼んでこようか?」

「そうね。頼めるかしら」

「応よ」

 

 そう言って、萃香は霧散して姿を消した。

 萃香とレミリアはあまり仲がいいわけではなかった。

 鬼という種族に誇りを持っている萃香とレミリアには大きな価値観の違いもあった。

 しかし、初めて邂逅して戦闘した時から萃香もレミリアも互いに実力を高く評価していたのは事実だった。

 そんな萃香をわざわざ博麗神社から離した理由は霊夢は知っている。

 

 

 

 

「…………これでいいのかしら、紫」

 

 誰もいない空間で霊夢はそう呟いた。

 すると、霊夢の隣の空間が酷く歪み、切れ目を作り上げた。そして、そこから扉が開くように境界が生まれた。

 

「……いいわよ。ありがとう、霊夢」

「全く、萃香やレミリアに嘘をついてまで何がしたいのかしら」

 

 その境界からひょこっと顔を出した金髪の少女は扇子を口に当てて妖しく笑う。

 

「後でお礼はするわよ」

「それはありがたいけど、一体どうしてこんなことしたのよ?」

 

 霊夢のその質問に紫は少しだけ間をあけた。

 そして口を開く。

 

「償いよ」

 

 その言葉の意味を、霊夢は理解出来ずにいた。




こんな優しい正邪をわたしゃ知らん。


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8話 流れ込む謎

「……黙っててごめんなさい」

 

 霊夢は机越しに深く頭を下げた。

 

「……待ちなさい。霊夢、あなたが黒幕だと言うの?」

 

 怒りが少しずつ込み上げてきている私はトントンと指で机を叩きながら霊夢に問う。

 しかしその問いに霊夢は静かに首を横に振った。

 

「紫よ」

「……さとり」

「本当ですね。霊夢さん自身、紫さんに協力したってところですね」

「…………霊夢。あなたのような人がこんな事に加担するなんて思ってなかった。幻滅だわ」

「……」

「なんとか言ったらどうなの? 説明しなさいよ」

「……」

 

 霊夢を強く睨みつける。

 いつもなら「うるさいわね!」と反抗してくる霊夢もさすがに自分が悪いと思ったのか、黙り込んでいた。

 

「っ!」

「お嬢様っ?!」

「なんとか言えって言ってるの……ッ。本気で殺してあげましょうか?」

「……」

 

 ついに堪忍袋の緒が切れた私は霊夢の胸ぐらを掴んだ。

 異変解決を数々こなしてきた霊夢という大きな存在が、自分の大切な人を傷つけたのだ。

 それでもなお、黙りこくっている霊夢に更に怒りを募らせた私は右手を振り上げる。

 

「ッ!!」

「……落ち着いて、レミリアちゃん」

 

 冷めた声が私の怒りを鎮めた。

 真っ直ぐに霊夢を見つめるこいしの目は多少なりとも怒りはあれど、落ち着いていた。

 

「ねぇ、霊夢」

「……なにかしら」

「紫ちゃんがどうしてフランちゃんの人格を入れ替えたのか知ってるの?」

「…………いいえ、知らないわ。ただ、萃香にレミリアを紅魔館から外すようにお願いされただけ」

「……お姉ちゃん。どう?」

「本当のことね」

「……わかった。レミリアちゃん、とりあえず落ち着いて。霊夢だって悪気があってやったわけじゃないみたいだし」

 

 私はゆっくりと霊夢から手を離す。

 そして、自分の席に座り、自分の誤ちに気づく。

 

「……ごめんなさい霊夢。少し頭に血が上ってたわ」

「いいえ、別にいい」

「……そもそも、フランをいじくったのは誰なんだ?」

 

 正邪の真っ当な問いに誰も答えられなくなる。

 

 誰がフランに手を加えたのか。

 萃香や霊夢はこの時点で関与はしていても実際に犯行に及んだ訳では無い。

 

「……紫が動いているとなると、紫以外にも誰かいるはずなのよね」

「……霊夢さん。他に紫さんが言っていた情報はないんですか?」

 

 紅茶を啜っている霊夢にさとりが問いかける。

 霊夢は上を向いてしばし考え込むと、何かを思い出したように「あっ」と声を出した。

 

「そういえば、なんのためにって私が聞いたら「償い」って返してきたわあいつ」

「……償い?」

 

 予想の斜め上の回答に全員が戸惑った。ますます問題が迷宮入りしている。

 

「償い……か……」

「ということは、紫自身、何かの罪を犯してしまった……?」

「……これはなんだか、結構大事件な匂いがするな……」

 

 正邪が苦笑いをする。

 

「……次の参考人は紫……か」

 

 額に手を当てて、私はため息をつく。

 これ以上迷い込んでしまうと当人のフランに相当な負担が及んでしまうかもしれない。

 私個人としてはそれだけは絶対に避けたい。

 人格が入りこんだとはいえ「破壊」の能力を持っている。そのまま暴走してしまえば、絶対にフラン自身が抱え込んでしまう。

 そんなの、姉として許せるわけが無いのだ。

 

「とりあえず、明日紫に会いましょう。今日は集まってもらって悪かったわね」

「……私が紅魔館に来るように言っておくわ」

「ありがとう。霊夢」

 

 そう言って、全員が席を立ち、玄関へと歩いていった。

 

 

 

 

 玄関に着くや否や、フランが頭を下げた。

 

「皆さん。今日はお集まりいただき、ありがとうございました」

「……ああ、困ったことがあれば、いつでも言ってくれな。あんたんとこの姉には借りがあるし」

「私も霊夢に騙されたとはいえ、責任はあると思うし、最後まで協力するさ。全部終わったら酒でも飲もうぜ」

「ええ、レミリアには私も世話になってるしね。それに、私は完全に異変に加担してしまった側だからね。博麗の巫女として、異変解決には全力を尽くさせてもらうわ」

「レミリアさんとフランさんには感謝していますから、こいしもお世話になってますし」

「私はいつでもフランちゃんの力になるよ! あ、そのまま私に惚れちゃってもいいんだよ?」

 

 本当にありがたい。

 私の妹のためにここまで協力してくれるのは単純に嬉しい。そう思った私は思わず笑ってしまう。

 

「……あ、ありがとうね。みんな」

 

 礼を言う。

 私自身、ここまで素直にお礼の言葉が出てくるとは思わなかった。

 気恥ずかしくなった私は少しだけ頬を染めてそっぽを向いた。

 

「……フランちゃん、誇っていいと思うよ。こんなに優しいお姉ちゃんがいるんだから」

 

 優しく微笑んだこいしに、私はギョッとする。

 しかし、話しかけられたフランはこいしと同じくらい優しく笑いかけた。

 

「はい、優しいお姉さんで大好きです」

「ッ……」

「……はいはい、ご馳走様でしたー。じゃあ、またね」

 

 満足したのか、こいしや他の面々はにんまりと笑いながらそれぞれの帰路についた。

 それを見送った私とフランはお互い顔を赤くして黙ったままだった。

 

「……ふ、フラン。早くお部屋に戻りましょ?」

「は、はい。そう……ですね」

 

 気まずい。

 今までこんなに妹に対して気まずく感じたこともないし、距離を起きたくなる事も全くなかった。

 でも、それでも、たまらなくフランが愛おしい。

 

「……フラン。今日は一緒にお風呂入る?」

「えっ!? そ、それは恥ずかしいので無しです。なので……」

 

 すると、フランは更に顔を赤く染めて俯いた。前髪で顔全体が隠れているが、耳がかなり赤くなっていた。

 

「……き、今日も一緒に寝てくれますか?」

「……」

 

 その上目遣いはずるいと思う。

 こんな可愛い生物が私の妹なわけないだろうと電流のように私の頭の中で思考が張り巡らされる。

 

「……喜んで」

 

 瞬間、恥ずかしがっていた顔から一気に明るくなって笑う。その顔も割と反則な気がするわ。

 

「……じゃあ、冷えるから早く戻りましょ?」

「……はい!」

 

 そう言って、私達は照れながらも手を繋いで紅魔館へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 レミリアさんが現在、お風呂に入っている。

 私は風呂を終えて窓から外の空気を吸っていた。

 

(……私って……どんな人だったんだろう)

 

 私がフランドールの体を乗っ取ってしまってから今日で二日目。

 短いような長いような。

 フランドールという体に馴染んでくる頃になってきたが、度々疑問に思ってしまうのはそれだ。

 フランドールというこの少女がとても可愛らしくて、あんなにも友達がいて、とても人望が厚い人だったんだなと思える。

 

 そして何より、「姉」がいて。

 

「……あれ?」

 

 どうして、「姉」がいることを羨んでいるのだろう。

 無意識に感じたこの思考に私は疑問を抱く。多くの友達を持って、胸がいっぱいになった。

 でも、「姉」がいてくれたことで胸が満たされた。

 

 

 

 

 ──そういう事だったんだね。

 

「……ふ、フランさん……ですね」

 

 昨日の夜に聞いた幼くも可愛らしい声。

 きっとこの声の主がフランドールさんなんだろう。

 

 ──あなたの事、悪い人だと思ってた。

 

「は、はぁ……」

 

 ──ごめんね。そんな思いをしてたなんて。

 

「そんな思い?」

 

 悟ったような口ぶりのフランドールさんに私はオウム返しで聞いてしまう。

 

 ──そう。そんな思い

 

「な、なんですかそれ」

 

 ──それは、あなた自身が気づいて欲しい。それに、私の体はもう自由に使ってくれていいよ。

 

「は、え?」

 

 昨日とはほぼ正反対の事を言っているフランドールさんに私は更なる疑問が浮かんでしまう。

 

「ど、どうしてですか!? 昨日はあんなに追い出そうとしてたのに……」

 

 ──あなたの思いは、私と同じだから。

 

「……え?」

 

 ──……私はもう、全部分かった。紫が関与してることで、確信がついた。

 

「ほ、ほんとですか!?」

 

 フランドールさんはそのまま黙る。きっと、首肯しているということだろう。

 

「お、教えてください!」

 

 ──それはダメ。

 

「……え」

 

 予想外の返答に私は戸惑ってしまう。

 そして、フランドールさんは少しの間を開けて、優しく、ゆっくりと語りかけた。

 

 ──きっとそれを知ってしまったら、あなたが妹としての幸せを無くしてしまうから。

 

「妹……として……」

 

 ──あなたはまだみんなから愛されるべき。あなたが幸せになり続けてくれるなら、その体は好きなだけ使ってくれていい。

 

「……そう、ですか」

 

 今、フランさんからこれ以上のことを聞けないことを理解した私はこれ以上の詮索をやめた。

 

 ──あなたはまだ、幸せになれていない。だから、まだダメ。

 

 フランドールさんはまるでこの体を私に使って欲しいかと言わんばかりに強く言ってきた。

 

「……分かりました」

 

 ──幸せになってから…………消えなさいよ

 

「……ん? 最後なんて言いました?」

 

 ──いいや。なんでもない。そろそろお姉様が来るから、今日はここら辺で

 

「あ、はい。ありがとうございました。フランさん」

 

 ──うん。おやすい御用だよ。あ、それと……

 

「はい?」

 

 フランドールさんの表情はこちらからは見えないため、少しだけ恥ずかしがっているのか、ただ単に言い淀んでいるのか分からない。

 

 ──私のいるところはとてつもなく暇だからさ。夜はこうやって話し相手になってくれると嬉しいな。

 

「……はい! いいですよ」

 

 ──ありがとう。

 

 最後のお礼の言葉は間違いなく笑っていてくれたと思う。そう言えるくらい、優しい声音だった。

 そうして、フランさんからの声は一切聞こえなくなると同時に、扉が開いて、ネグリジェ姿のレミリアさんが入ってきた。

 

「さ、寝ましょ」

「あ、はい」

 

 灯りを消して、二人で一つのベッドで向き合って寝る。

 

 すると、暗闇の中で、レミリアさんは私の右手を優しく握ってきた。

 そして、それをレミリアさんの顔の前まで近づける。

 

「……ブレスレット。付けてくれてるのね……」

 

 そう、私の右手には、七色の小さな宝石が輝く美しいブレスレットを付けている。

 

「……これ、レミリアさんがプレゼントしてくれたものなんですね」

「……そうよ」

「……あぁ、だからか」

 

 私がブレスレットを外さないのには理由があった。今まではその理由がなぜだか分からなかったが、今確信に至った。

 

「……このブレスレットだけは大切にしたくて」

「……」

「きっと、レミリアさんがプレゼントしてくれたから。無意識に大切にしていたんですよ」

 

 すると、レミリアさんは少しだけ目を見開くがすぐに優しく微笑んでくれた。

 私は、その顔に大きく心臓が跳ねた。

 

「……ありがとう。フラン」

「……いいえ」

「私もね。このネックレス。フランがプレゼントしてくれたものだから、ずっと付けているのよね」

「へぇ……フランさんはセンスがいいんですね。とても似合ってます」

「ふふ、ありがとう……」

 

 私は優しくレミリアさんの首元に手を伸ばし、紫色の宝石が埋め込まれたネックレスを手のひらに乗せる。

 レミリアさんらしい、なんとも可愛らしく、なおかつ美しいネックレスなんだろうか。

 

「……素晴らしい姉妹だったんですね」

「……その姉妹にはあなたも入っているのよ」

「え……」

 

 レミリアさんは優しく私を抱き寄せてくれた。

 暖かくて柔らかい肌の感触がネグリジェを通してしっかり感じる。この心地良さは妹の特権かもしれない。

 

「……人が変わっても、あなたは私の妹。ずっとずっと……大好きよ」

「……レミリアさん……」

 

 ああ、そういう事なんだ。

 今、レミリアさんに抱き寄せられて、悶々と考えていたことが頭の中で点と点が線で繋がった。

 私も、レミリアさんの背中に手を伸ばし、更に体を密着させる。

 ああ、レミリアさんが好きだ。愛おしい。この感覚がとてつもなく嬉しくて、心地いい。

 

 私はずっと「姉」のような存在に甘えたかったんだ。

 

 

「ありがとう……お姉様」



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