鬼提督は今日も艦娘らを泣かす《完結》 (室賀小史郎)
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泣いても意味はない

新しく艦これで小説をスタートさせます♪
投稿頻度は遅いですが、楽しんでもらえるように頑張ります!


 

「おい、今月の戦果表見たか?」

「ああ、また同じだったな」

「ていうか、相変わらずあそこの鬼さん1位だったよな」

 

 ここは海軍・泊地総合部の休憩室。

 泊地総合部とは各泊地に設置されており、その泊地にある各鎮守府を取り纏める組織であり、通称『なんでも屋』と呼ばれている。

 大本営からのお達しをここから各鎮守府へ伝えたり、各鎮守府の状況把握や艦娘の建造など幅広いことを担当している重要なところだ。

 

 憲法改正により頭が良ければ誰でも入れる組織ではなく、最低5年間の前線指揮経験がないと入れない。

 エリート中のエリート集団であるが、皆が共に下積みを経ているため縦社会ながらもそこまで厳しくなく、いい意味で話が分かる者たちが集まっている。

 

 しかし先程からその総合部官たちはとある提督の話題ばかり。

 エリート中のエリートの彼らですら一目も二目も置いている存在……それが話題の『鬼提督』なのだ。

 

「5年したらすぐこっちに入るかと思ったら、本人はマジでそのまま現場主義貫くっぽいな」

「あんなの来たら俺たちソッコーお払い箱じゃん。俺たちより有能なんだからさ」

「それでいてボンボンでもある……羨ましい限りだねぇ」

 

 話題の提督は有能である。

 戦果は常に泊地のトップであり、会議の場でも常に有効な策や案を提示してくる。

 前線にその様な者がいるのは大変喜ばしいことではあるのだが……

 

「でもそいつのとこの艦娘らが可哀想だな」

「トップを維持するためにな……可哀想に」

「俺は彼女たちが辛そうにしてるのは見たくないなぁ。だからこっちに来たってのもあるけど」

 

 ……何かとその提督は黒い噂が多かった。

 有能なだけに結果への努力は惜しまない。よってその提督の下に集う艦娘たちは酷使されているだろうと、多くの者が思っていた。でないと5年連続戦果トップなどという偉業は果たせていないだろうと……。

 

「でもあの鬼のところでは轟沈どころか、異動願いとかも一切届いてこないのが不思議だよな」

「査察でも一切問題無いもんな、あそこ」

「どうせ何かしらで縛り付けてるんだろ。そういうのが出来ちまう人間だ」

 

 そう、その提督は政府にすら大きなパイプを持つ有力者。よって艦娘は当然ながら、その提督に意見出来るのは限られてくるのだ。

 だから―――

 

『艦娘の子たちが無事だといいな』

 

 ―――今日も彼らは鬼の下にいる艦娘たちの身を案じるのだ。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇

 

「…………俺は深い悲しみを感じている」

 

 閉めたカーテンの隙間から微かに光が溢れるだけで、薄気味悪いくらいの静か過ぎる薄暗い部屋に、男の野太い声が響く。

 デカい黒革のソファーに腰掛ける男からテーブルを挟んだ向かい側には、四人の艦娘たちが床の上で正座し、今にも零れ落ちそうな涙を溜めて男のことを見つめていた。

 

「い、妹たちは悪くありませんっ! 司令っ! 悪いのはこの秋月なんですっ! ですから、妹たちのことはどうか……!」

 

 正座しているのはあの秋月型姉妹の面々。

 秋月が妹たちを庇おうとなんとか発言するも、

 

「くどいぞ、秋月。この期に及んで尚言い訳とは見苦しい」

 

 男……鬼月 仁(おにづき じん)提督は一蹴する。

 

 提督も叱りたくはない。

 しかし罰を与えなくてはいけない、もう二度と同じ過ちを繰り返さないよう徹底的に。

 加えて言えば、下の者の悪行を目上の者が目を瞑ることこそ規律が乱れてしまうのである。

 

 するとそこへ部屋のドアをノックする音が響いた。

 秋月たちは揃って肩を大きく震わせ、表情を強張らせるが、提督は気にすることもなくすぐに入室を許可する。

 

「失礼します」

 

 入ってきたのは鬼月提督の秘書艦・高雄。

 提督の秘書艦であり、この鎮守府の艦隊旗艦である。

 そんな高雄が手にしているお盆には、熱く焼かれた鉄板がその熱さを物語るかのように静かに唸っていた。

 

 それを目視するや否や、秋月たちの表情はどんどん生気を失っていく。

 

 テーブルに高雄がお盆ごと鉄板を置くと、提督は音も立てずに立ち上がり、ソファーの後ろにある大きな箱から何かを取り出した。

 暗くてそれが何なのかは分からない。

 しかし秋月たちはそれが何なのか分かってしまった。

 

 それも当然だ。何しろ着任した初日から、秋月たちは提督にそれをやられたのだから、嫌でも脳髄に刻み込まれている。

 

「お、お止めください、司令!」

「照月たちが悪かったからっ!」

「もう二度とあのような失態は晒しません!」

「約束する! だから頼む! それだけは!」

 

 秋月、照月、涼月、初月と悲鳴に近い叫び声をあげて提督に懇願する。

 それも当然だ。初日のあの仕打ちで体がその味を覚え、ちょっとやそっとしたモノではイケない体になってしまった。だが、やっとその味を忘れ掛けて来た頃に提督に呼ばれたのだから。

 しかし提督の手は止まる気配を一切見せようとしない。

 

 姉妹はとうとう腹の底から体全体がガタガタと震え出した。

 当然のことだ。何しろ初日に受けた仕打ちの時より、明らかにブツがデカくなっており、それは大きな影となって見えている。

 だから姉妹はイヤイヤと激しく頭を振って、提督に許してもらえるよう訴えた。

 

 しかし、そうしている間にその時の準備を終えた提督を目の当たりにし、秋月たちは揃って息を呑んだ―――

 

 

 

 

 

 もうダメだ

 

 

 

 

 

 ―――と。

 

「お前たちにこれから罰を与える……刮目せよ! 瞬きすらも忘れて己らの純粋な眼でコレを見つめるのだ!」

 

 その提督の声と共に、暗闇からじゅわ~っと何かが焼ける音が響き始める。

 それは肉だ。それもただの肉ではない。最高級のシャトーブリアンだ。

 シャトーブリアン……それは希少価値が高く、究極の赤身や幻の部位ともいわれている。

 お値段の相場は1枚150gで10,000から16,000円程。ブランド牛の中には、なんと60,000円を超える超高級品もあり、今回は提督の財力でそんな高級ブランド牛のシャトーブリアンを使用しているのだ。

 しかも焼き始めたと同時に高雄が探照灯で肉を照らし、眩い光景をその目に嫌と言う程焼き付けてくる。

 

「あ……あぁ……」

「やめて……やめてよっ、提督っ」

 

 ダムが決壊したように止めどなくその綺麗な目から涙を流し、提督と肉を交互に睨む秋月と照月。

 しかし提督は「お前たちが悪い」とだけ返して、見せ付けるようにしながら焼いた肉を裏返す。

 裏返すことでいい塩梅の焼き目の付いた肉で秋月たちの視覚を刺激し、牛肉特有の香りが余計に広がり彼女たちの嗅覚を容赦なく殴ってくる。

 追い打ちとして提督はこれ見よがしに肉へトリュフ塩をふぁさ〜っと高い位置から掛けた。

 すると秋月たちの腹の虫までも一斉に大号泣をし始め、秋月たちはとうとうその神々しい程の肉に視線が外せなくなった。

 

「提督……もう、止めてくださいませっ」

「見損なったぞ、お前……僕たちにこんなことをして……」

 

 ボロボロと涙を流す涼月と今にもシャトーブリアンを射抜かんばかりに涙しながら睨む初月(言葉は提督に向けているらしい)。

 それでも提督は何も躊躇わない。躊躇わないばかりか、高雄へ目で合図を送ると―――

 

「はい、提督。こちらに」

 

 ―――高雄が何処にしまってあったのか大容量サイズのおひつを取り出し、その中には薄暗くても分かるくらい輝く銀シャリが敷き詰められている。

 これもこの肉に合うように提督が厳選し、ブレンドした最高級のブレンド米。提督が用意したのは2kgだけであるが、これだけで4万円程する。当然これも提督が使い道が無いまま貯まっていくだけのポケットマネーで買ったものだ。

 

 それを相撲取りが使うような大きな大きな丼に敷き詰め、その上にシャトーブリアンを嫌と言う程乗せていく。

 仕上げに千切りにした細ネギをフワッと乗せる。しかもその横には飽きさせないように提督が自ら編み出した、自家製醤油ダレも添えてあった。

 

 ドンッと四人の目の前にシャトーブリアンのエベレスト山が聳え立つと―――

 

「もう二度と身勝手に節制し、貧相な食生活はしないと誓え」

 

 ―――提督は眼光鋭く秋月たちに迫った。

 

 そう、元はと言えば秋月たちがこのところ提督との約束を違え、少しでも食費を節約した生活で鎮守府の出費を抑えようとし、朝昼晩と沢庵一切れ+小ぶりな握り飯一個という食生活を送っていたと報告を受けたことで、提督が罰しているのだ。

 着任当初も秋月たちは変に遠慮していたので、提督は初日の夕飯に豚とろ丼を振る舞って先の約束を交わしたのだ。

 提督は姿形が変わっても、国のために戦う彼女たちこそ、遠慮なくたらふく美味い飯を食って欲しいと思っている。だからこそ秋月たちには口を酸っぱくして食堂でも私生活でも食に対して貪欲になれと言い、時には命令もしてきた……が、彼女たちの食生活は貧しさが癖になっていて変われなかった。

 なので辛いが提督も心をその名の通り鬼にして、うんと贅沢をさせるという罰を与えているのだ。

 

「し、司令……ダメですっ、こんなのっ!」

「そ、そうだよ! こんなの食べたら……」

「もう、後戻り出来なくなってしまいますっ!」

「頼む提督! もう沢庵(1枚の1/4切れ)と握り飯1個(普通の茶碗の半分)なんてしないっ!」

 

「その手の言い訳は聞き飽きた。観念しろ。それにお前たちの目はその丼に奪われているではないか」

 

 提督の言葉にぐうの音も出ない秋月たち。

 彼女たちも分かっている。これは絶対に美味しいと……食べたら味を思い出すだけで丼飯が食えるような体になってしまうと……。

 だからこそ秋月たちは抗う。贅沢は敵だとずっとそう思ってきたのだかr―――

 

「卑しいお前たちを呼び起こさせるために特別だ……この烏骨鶏の温玉と最高品質の白ごまもトッピングするとしよう」

 

『いただきますっ!!!!』

 

 ―――"たまの"贅沢は味方だった。提督は神だった。秋月たちはもう何も恐れることはない。

 ただただ美味しい、とその丼を貪り食うことだけに集中した。

 

「ふふふっ、食べるのはいいけどよく噛んでね」

「どんどん焼くからおかわりも最低一度はするように」

『ふぁいっ!』

「味はどうだ?」

『おいひいでふ!』

訳)美味しいです!

 

 提督は嬉しかった。嬉しかったと同時に貰い泣きをしてしまった。

 何しろこの『美味しい!』という改心の一言を引き出すために1か月も任務の合間をぬって様々な市場へ足繁く通ったのだから。

 その結果がこの笑顔なのだ。提督としてはお釣りが返ってくる程に嬉しいことである。

 

「あのような食生活では溜まっていくストレスの発散は出来ない。お前たち艦娘はただでさえ常にストレス過多になりがちなのだからな」

『もぐもぐもぐもぐもぐもぐ……』

「肉の脂肪にはアナンダマイドという幸せホルモンが含まれている。だからこそお前たちには罰として、こうして肉を食わせてるんだ」

『もぐもぐもぐもぐもぐもぐっ!』

「お前たちにとって遠慮というのは敵と同じだ。遠慮なく美味いものを食べ、幸せホルモンをこれでもかと補給して、お前たちには明日もいつものように笑って……そして遠慮なんてしないでほしい」

『ふぁいっ!』

 

 しかし提督は涙を拭く。罰を与えるのに慈悲は無用なのだ。

 

「先程から俺は待っているんだが、お前たちの口からはおかわりの『お』の字も聞こえてこない……いつまでチンタラ食ってる気だ?」

「お、おかわりください! 出来れば今度はタレの方で! あ、温玉も出来れば!」

「照月もっ! タレ多めの大盛りでっ! 温玉付きがいい!」

「す、涼月は……お肉多めがいいです……タレで! 温玉トッピングも!」

「僕もタレで、どっちも多めがいいっ! 欲張りトッピングもだ!」

 

 秋月たちが空になった丼を高雄に渡すと、高雄は「はいはい」と目を細めて銀シャリを盛り、提督は焼いたシャトーブリアンやトッピングそれぞれのご要望通りに盛り付ける。

 それでも罰は罰だ。

 

「それとこの日より1か月間。お前たちは俺が用意した食事を朝昼晩食うことだ。お残しも許さん。おかわりも最低一度を申し付ける」

 

『ふぉんなっ!』

訳)そんなっ!

 

「罰なのだから当然だろう。人も艦娘も慣れる。習慣化する。お前たちの食生活は俺が徹底的に更生してやる。覚悟することだ。これは決定事項なのだからな」

『もぐもぐもぐもぐっ』

「何をぼさっと食っているんだ! そんな食いっぷりでは俺オススメのジャージー牛乳から作った濃厚ソフトクリームカッコベルギーチョコレートソース添えにありつけないぞ!」

『ふぁいっ!!!!』

訳)はいっ!!!!

 

 秋月たちは泣きながら食べられるだけを食べた。

 美味しかった。ただただ美味しかった。

 そして提督の意向にもう二度と背いたりしないと、締めのソフトクリームに誓い、ペロリと平らげた。

 

 ―――――――――

 

「食ったな……どうだった?」

「美味しかったです……!」

「もう美味しいご飯がないと頑張れないよ!」

「はしたないですが、もう次のお食事が待ち遠しいです」

「毎回の食事では必ず茶碗三杯は食べてみせるさ」

「……それは重畳だ。今の気持ちを決して忘れるなよ。お前たちは国のために戦い、国民を守る盾だ。なのにその大切な盾が痩せ細っていては意味がないのだからなっ! 肝に銘じておけっ!」

『はいっ!!!!』

 

 提督は四人の力一杯の返事に小さく、それでいて満足そうに頷くと、また高雄へ目配せする。

 高雄は「はい」と返事をして、秋月たちそれぞれの首に掛け札を垂らした。

 その掛け札には―――

 

『私は提督との約束を破り

 貧相な食生活をしました』

 

 ―――と書かれてあった。

 

「これから1か月、任務、訓練外では必ずその掛け札をするように。そうすれば問答無用で他の皆からおやつや惣菜を押し付けられ、間宮たちからは問答無用で無料ジャンボパフェを食わされる。今のお前たちには相応しい格好だろう」

 

 怖いくらいの笑顔で提督が秋月たちを順番に頭や頬を犬の顔でも撫でるかのようにして撫でると、秋月たちはその涙で濡らす瞳の奥にハートマークを浮かべ、口元にチョコレートソースを付けたままだらしなく頷く。

 

 ―――――――――

 

 秋月たちが去り、気配も遠退いた。

 提督は執務室のカーテンを開け、窓を開け放ち、換気をする。

 と同時に擦ったマッチでパイプの葉に火をつけた。

 

「…………また俺は彼女たちを泣かせてしまった。つくづく俺という人間は人を泣かせる天才らしい」

 

 もう嫌だ……と、デスクに置いてある赤いステゴサウルスのぬいぐるみへ(名前はゴンサレスくんで全長60センチ)静かにひとりごちた鬼。

 これは提督が小学2年生の時に母親からのクリスマスプレゼントされた物で、これがないと落ち着かないらしい。出張時にも専用バッグに入れて連れて行く。

 

 ただ彼は知らない……というか、気付いていない。

 自分がどれだけ鎮守府に所属している艦娘たちに慕われ、愛されているかを。

 

「提督、そんなことありませんわ。秋月ちゃんたち、とても喜んでいたではありませんか」

 

 高雄が微笑み、優しい言葉をかけるが鬼は『違う』と首を横に振る。

 

「それは俺にではない。食材が美味しかった、それだけだ。俺は無理矢理彼女たちに飯を食うように命令した鬼なのだからな。高雄、お前くらいだ……私のことをそういう風に言ってくれるのは」

 

 窓の外を向いたまま、提督は高雄へ言葉を返した。

 高雄はそんな提督に苦笑する。何故にこうも自分を卑下した考えになるのか、と。

 しかし提督は兵学校時代から陰口を叩かれてきた……だからこそそういう考えをするようになってしまった。

 だから高雄はこれまで通り、鎮守府のみんなで提督に素直な気持ちをぶつけようと思うのだった。

 

 こうして提督は艦娘たちを泣かせ、自責の念に勝手に苛まれ、艦娘たちに慕われてることを知らずに艦娘たちと接するのだ―――。




読んで頂き本当にありがとうございました!


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うちは俗に言う"ブラック"なんだそうで……

高雄視点です。

思いついたので早速アップしました♪


 

 私のお慕いする鬼月提督には酷い噂が囁かれている。

 でも確かにその通りなのかもしれません。

 

 その1

『トップを維持するために提督は艦娘たちに厳しいノルマを日々申し付けている』

 

「敵の輸送船団の殲滅が今回の主な任務だ。だがついでに護衛に就いている空母群も屠ってこい。今向かえば丁度良くあの海域は天気が荒れて視界が悪くなるからな。しかしその海域には潜水艦も確認されているため、編成は旗艦を五十鈴に命ずる――」

 

「いいわ、任せなさい♪」

 

「その相棒役に阿武隈――」

 

「は、はい、いつでも準備OKです」

 

「随伴艦として初霜――」

 

「お任せください!」

 

「潮――」

 

「が、頑張りますっ」

 

「陽炎――」

 

「腕が鳴るわ♪」

 

「霞――」

 

「出てやろうじゃない」

 

「いつも告げているが、逃げ帰ってくることは許さん。まして俺の指揮下で轟沈なんてものもさせん。しかしそれは何も難しいことではない。いつものようにお前たちが凱旋してくればいいだけのことだ。俺はいつまでもお前たちの凱旋を鎮守府で待っている」

 

『はっ!』

 

 提督の言葉に彼女たちは涙を流しながらも、力強い敬礼と瞳を返した。

 皆がそれだけ提督のことを信頼し、必ず帰って来れると確信しているから。

 その証拠にみんなして願掛けやおまじないみたいに、提督にほんのひと時だけハグをして順に執務室から退室していく。

 

 普段から落ち着いているのに、この時だけは鼻歌まで歌って上機嫌の五十鈴ちゃん。

 火照った頬を両手で押さえつつ、ニヤケ顔の阿武隈ちゃん。

 やる気と提督への愛に使命感を燃え上がらせる初霜ちゃん。

 2日ぶりに提督とハグが出来たことが嬉し過ぎてデレデレしちゃってる潮ちゃん。

 帰ったら妹たちに自慢してやろ♪と嬉しそうに笑って零す陽炎ちゃん。

 クズクズクズと照れ隠ししつつも、その涙で濡れた瞳にハートマークを浮かべてキラキラしてる霞ちゃん。

 

 みんな提督のために日々の過酷な生きて戻るというノルマをこなすのである。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 その2

『パワハラなんかも日常茶飯事で、艦娘たちはいつも涙を流しているに違いない』

 

「お前たちの代わりなんてうちにはいくらでもいるんだ。さっさと有給使って自堕落な休暇を過ごせっ、馬鹿者共が!」

 

「で、でも若葉はまだ働けるぞっ」

「ふ、吹雪も大丈夫です!」

「朝潮もです! 有給なんていりません!」

「雷になんでも頼っていいのよ、司令官!」

 

「ふざけたことをほざくな! なんのために駆逐艦の数を揃えていると思っている! 一番辛い任務が重なるお前たちが一番休みやすいようにしてるのが分からんのか!」

 

 提督の一喝に有給休暇命令を言い渡されるためだけに呼び出された四人は泣き出します。

 それでも提督のハラスメントは止まりません。

 

「若葉、あとで長官官舎にこいつらとがん首並べて来るんだ! そうしたらコーラとポテチをキメながらスマ〇ラ大会だからなっ! スプ〇大会でも昼寝大会でもなんでもいいっ! 他に暇してる奴らも集めて来るんだ、分かったか!?」

「わ、分かった……♡」

 

 若葉ちゃんは早速提督による愛の先制魚雷でメンタルをやられます。その証拠にお目々がハートですもの。

 

「吹雪と朝潮、お前たちはその時俺の膝上に乗れ! こうでもしないとお前らは『物分りのいいお姉ちゃん』が板についてしまっていて雛鳥のように甘えることも出来ないのだからな!」

『は、はいぃ……♡』

 

 吹雪ちゃんと朝潮ちゃんも揃って目をハートにして陥落ですわ。あの愛の急降下爆撃に何人の子たちが沈んだか。

 

「そして雷! そんなに尽くしたいのであればお前は俺の背中に張り付いていろ! 毛布の代わりをお前にさせてやる! 光栄に思うがいい!」

「いやぁん、司令官ったらぁ、だ・い・た・ん♡」

 

 当然、雷ちゃんも堕ちます。なんたって大好きな提督の肉布団命令ですもの。暫くみんなに自慢してしまう程の名誉ですわ。

 

 それに今日の執務はほぼ終わっているという提督の有能さも相まって、みんな提督には文句も言えないのです。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 その3

『プライベートなんてあってないようなもの。特にあの鬼の前では』

 

「お前らはここで何をしている?」

「え、それは、今日から艦隊の皆さんに提供する艦娘焼き(人形焼きの艦娘版)を作るためです」

「早く焼き始めないと皆さんの休憩時間に間に合いませんから」

「ふざけるな!」

『っ』

 

 提督の一喝に間宮さんも伊良湖さんも萎縮しました。

 

「お前たち明け方まで試行錯誤していて碌に寝ていないだろうが! 俺が代わりに用意してやるから、お前たちは大人しく宿舎で寝ていろ!」

「しかし火加減や配分が!」

「そうです! これは伊良湖たちでないと!」

「俺を見くびるのもいい加減にしろ! お前たちの行動なんて全て把握済みだ! 加えて既に中に入れるつぶあん、こしあん、うぐいすあん! ついでにカスタードクリームとチョコクリームも用意してきた! だからさっさと寝ろ! それで遅くまで手伝ってくれた秋津洲、瑞穂、速吸、神威を安心させてやれ! それが今のお前たちの任務だ!」

『提督……♡』

 

 はい、泣き出しました。そして堕ちました。こんな愛の絨毯爆撃に耐えられる艦娘なんていませんから。

 見てください、あの間宮さんと伊良湖さんの目。完全にメス堕ちしてます。鬼の圧倒的な(愛の)力の前に堕とされたメスのニオイがプンプンしてます。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 その4

『鬼のことだから艦娘たちひとりひとりの個人情報まで網羅して、弱みを握っている』(在籍艦娘数200人超え)

 

「今日はお前の大切な日だな。これをやる」

 

「え、あの……提督、今日は私、祥鳳の進水日でも戦没日でもありませんよ?」

「提督〜、祥鳳のこと忘れちゃったの? いくら提督でも瑞鳳怒るよ?」

 

「戯けたことを吐かすな。今日はお前が航空母艦として生まれ変わった大切な竣工日だろう。自分のことも把握出来ていないのか?」

 

「提督……♡」

「わぁ……♡」

 

 まさに祥鳳さんからトゥンクという音が聞こえました。攻撃範囲が広くて瑞鳳さんにも被弾してますけどね。

 

「さっさと受け取れ」

「はい、ありがとうございます!」

「たかだか牡丹を模したかんざしぐらいで大袈裟な奴だ」

 

 何ヶ月も前から知り合いの職人さんに頼んでいたのを私は知っています。一つうん万円もするみたいです。本人は貯まるだけの金を減らすいい機会だとか言い訳していました。

 

「あの、こんな高価なものを二つも頂いてよろしいのですか?」

「もう一つは瑞鳳にだ。勘違いするな」

「どうして、私の分まで?」

「そんなことも分からないのか、嘆かわしい」

『???』

「たった二人だけの姉妹なのだろう。お揃いの品くらい持っておけ。お前たちの髪に似合う物をわざわざ選んで来たんだからな」

『っ♡』

 

 堕ちました。また堕ちましたよ。本当に撃墜王も真っ青な弾幕ですよ。提督の愛の対空砲火の前に彼女たちの艦載機がことごとく。

 終いには泣き出してたくさんの涙と笑顔を残して、二人は仲良く手を繋いで執務室をあとにしました。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 その5

『鬼であるからして、失敗したら全て艦娘たちに責任を押し付けているだろう』

 

「榛名、MVPを取れました! 提督のお陰です!」

「見事な采配でした、司令。比叡は司令のお陰で凱旋出来ましたっ!」

 

 榛名さんと比叡さんは別々で旗艦として出撃し、揃ってMVPを獲得。

 当然、二人は提督に最大限の感謝を伝えたのですが、

 

「俺のせいにするな。全てはお前たちが頑張った結果だろうが……お前たちに限らず、誰もがすぐに俺のお陰だなんだと言ってくるが、お前たちはそれ程なまでに自信が欠落しているのか?」

 

 そんな言葉は鬼の提督に響きません。

 

「提督……♡」

「司令……♡」

 

 なので榛名さんもあの比叡さんでさえ、自信を持てと激励という愛の三式弾の前に涙して目をハートにさせます。

 

「お前たちはどれだけ俺を心配させれば気が済むんだ? お前たちは誇り高き金剛型戦艦だろう!? 違うのか!」

『違いませんっ!♡』

「なら結果はお前たちの成果だろう!」

『はいっ!♡』

 

 嗚呼、どうしてこうも提督は鬼なのでしょうか。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 かく言う私自身も……。

 

 ◇いつもの夕方◇

 

「む、もう定時か……高雄、命令だ。本日はもう上がれ」

「はい、お疲れ様でした」

「うむ。俺は無能だから残業しなくてはならん。すまんな命令で。しかしそうでもしないと素直に上がり難いだろう」

「いいえ、そんなことありませんわ♡」

 

 どんなに仕事が押していても、鬼は他人を寄せ付けない。

 いつも遅くまで残り、艦娘たちには英気を養うように命令を下す。

 

 鬼だ。

 

 ◇いつもの朝方◇

 

「おはようございます、提督。本日もよろしくお願いします」

「まだ〇七〇〇前だぞ! いつも言っているのに、どうしてそうもこんな早くから執務室に来るんだ! 掃除が終わる〇八三〇過ぎに来い!」

「執務室のお掃除なら私も……提督の秘書艦ですし」

「お前の手を借りずとも手伝いなら妖精さんたちだけで事足りる! 邪魔だし、お前は綺麗なんだから無駄なダイエットなんかせずに食堂で好きなキャラメルマキアートでも飲んでこい! それとも今日は少し気温が高いからバニラクリームフラペチーノでもいいだろうな!」

「…………分かりました♡」

 

 朝になって少しでも手伝おうとしても、鬼は他人を寄せ付けない。

 邪魔と言いつつ、相手を褒め、好みまで的確に攻めてくる。

 

 まさに鬼だ。

 

 そんな鬼のような提督だからこそ―――

 

「ヘイ、テイトク! 今日もバーニングラブデスヨー!♡ 朝一のモーニングティーをご馳走しマース!♡」

「て、提督が倒れて嫌でも休めるように、私と扶桑姉様が不幸を移してあげますっ♡ べ、別に姉様と提督を不幸サンドにしたいだけで、姉妹で提督を二人占めするためじゃありませんからっ♡」

「不束者ですが、山城共々末永く侍らせて頂きますね♡」

「提督、共に瑞雲の調整をしてくれる約束だったよな?♡ 忘れてたら承知しないぞ?♡」

「日向とも約束してたの〜? 提督ぅ、二人っきりって約束したのに〜! 提督の意地悪ぅ♡」

 

 戦艦たちに好かれ―――

 

「提督、やりました。ご褒美に3分間のハグカッコキツめと頭ナデナデを要求します……私の顔に何か付いていて?」

「やだやだやだぁ! 提督と一緒にランチ食べたいのぉ! いいでしょ提督ぅ!」

「提督さん、加賀さんには及ばなかったけど、私だって頑張ったんだから、ハグの2分くらいしてもいいんじゃない?」

「ふ、不幸にも転んでしまったので、この大鳳にいたいのいたいの飛んでけってしてください♡」

「今度いい酒手に入れっからさぁ、そん時はこの隼鷹さんとの時間を作れよ?♡」

「ち、千歳お姉が提督提督ってうるさいから、今度部屋に来てよね!♡ 提督が間違いを犯さないように千代田もその時は監視に付いてくからっ!♡」

 

 空母たちに好かれ―――

 

「新しいハーブティーが手に入りましたの。よって午後はこの熊野とのティータイムを過ごす時間を差し上げますわ♡」

「利根姉さんと演習で大車輪の活躍が出来ました♡ ですのでそのティータイム時には利根姉さんが背中で筑摩はお膝を貸してくださいね♡」

「し、司令官さん、羽黒も射撃訓練で最高記録が出たので……えっと、手を繋いでお散歩してくださいっ♡」

「提督!♡ この足柄特製のカツ丼を今度食べさせてあげるわ!♡ そして私とケッ―妙高に拳で沈められる―」

「司令官、また青葉に独占インタビューさせてください♡ 皆さん司令官のことを知りたがってますから♡ 勿論、その時は青葉と衣笠がサービスします♡」

 

 重巡洋艦たちに好かれ―――

 

「司令官、今度一緒にランニングしようよ!♡ 五十鈴たちも提督と走りたがってるもん!♡ ね、約束♡」

「北上さんがあなたとお昼寝したいんですって。だから都合のつく日は私に連絡してください。女には色々と準備があるんです!♡」

「提督〜、今度天龍ちゃんと下着買いに街に行くから〜、ボディガードとして付いて来てねぇ♡ 天龍ちゃんも提督が来ないと行かないって駄々捏ねちゃうからぁ♡」

「提督、そろそろこの香取と鹿島の復習が必要な頃合いではないかしら?♡ 基礎固めは万全でないと♡ 鹿島と共にお声がかかるのを心よりお待ちしていますね♡」

 

 様々な巡洋艦たちに好かれ―――

 

「司令官さん、電も司令官さんとゲームしたいのですぅ♡」

「しれぇ!♡ 雪風、また沈みませんでした!♡ ご褒美に一緒に寝てください!♡」

「このク……ソ格好いい提督っ、いつも頑張ってる褒美として今度この曙の抱きまくらになれる権利をあげるから都合のいい日にあたしらの部屋に来なさい!♡」

「提督おっそーい! そんなんじゃ島風の提督でいられないよー! そんなのやだからもっと頑張ってー!♡」

「司令官って可愛いよね!♡」

 

 駆逐艦たちに好かれ―――

 

「司令、択捉とお菓子作りしてください♡ 将来のために!♡」

「しむしゅしゅしゅ〜、司令、今度クナたちと遊園地行ってくるから、お土産期待しててください♡ (お土産は占守たちでしゅ……なんちゃって♡)」

「提督! 大東と日振で肩たたきしてやるよ!♡ 何ならお風呂でもマッサージしてやろうか?♡」

「御蔵はもう提督じゃないと頑張れません。ですので、ちょっとだけ抱っこしてください♡」

 

 海防艦たちに好かれ―――

 

「提督っ! イムヤのこと嫌いになったの!? そうじゃないならもっと出撃させてよ! 提督のために頑張るから!♡」

「提督〜、ゴーヤもろーちゃんみたいに抱っこしてほしいでち♡ 出来ればお風呂の中でもお布団の中でも♡」

「提督が好きって言ってくれたから、ニムの煮っころがし食べて♡」

「この前は酔ってキスしてごめんね〜♡ イヨちゃん、好きな人の前だとキス魔になっちゃうみたいでさ〜♡」

 

 潜水艦たちに好かれ―――

 

「アトミラール、コーヒーを入れたんだ。このグラーフ特製のとびきり苦いブラックだ。飲んでくれ♡」

「優秀過ぎるのも困ったものね。このビスマルクの隣に立つに相応しいことを誇りなさい♡」

「姉さんがいつも世話になってるわ。助かってる。だからそのお礼にローマの特別なピッツァをご馳走させて♡」

「ザラ姉様に隠れてワインいつもご馳走様ぁ♡ 今夜はそのお礼に私が美味しいパスタご馳走しますぅ♡」

「んふふ、いつも遊んでくれてありがと♡ 今夜はグレカーレちゃんが抱きまくらになってあげてもいいよー♡」

「リシュリューの愛を込めたフレンチ、堪能したくない?♡」

「ゴト、あなたとケッコンしたいなぁ♡ ねね、今度一緒に二人の脱いだやつをお洗濯しない?♡」

「ダーリン! 今夜こそジャーヴィスとジェーナスを両手に抱えて寝てよね! もう1か月も我慢してるんだから!♡」

「余はアドミラルだから真の力を発揮している……だからいつまでも余の隣にいてくれ♡」

「ハァイ、提督♡ サラ、今日も可愛いですか?♡ 提督のためだけに可愛く進化してるんですよ♡」

「どうしていつも私の先手を行くのよ! 有能過ぎてこのコロラドが遅れを取るだなんて……しっかりと責任取りなさいよね!♡」

「もう、このアトランタを放っておくとか意味分かんない。あなたのせいで夜の楽しいこと(徹夜ゲーム)覚えちゃったんだから、責任取って♡」

 

 海外の艦娘たちに好かれ―――

 

「提督、高雄ばかりずるいわ♡ 愛宕にも甘えてぇ♡」

「提督よぉ、ゴンサレスくんもいいけどよぉ、摩耶様のことも抱っこしていいんだぞ?♡」

「司令官さん、今晩はこの鳥海にディナーを作らせてください♡ あ、勿論そのまま私たちのお部屋でお泊まりコースですから♡」

 

 ―――私の妹たちにも好かれています。

 

 そう、他人が言う鬼とは鬼であっても、愛をばら撒く狂愛な鬼なのです。

 みんながその鬼を慕い、愛し、それでいて―――

 

「…………俺はまた今日も多くの艦娘たちを泣かせてしまった。なのにみんな健気に俺に話し掛けてくれる……より大切にしなくては!」

 

 ―――鬼は見当違いなことばかり並べています。

 

 うちがブラックだと言うなら言えばいい。

 私たちはこんなにも上官に愛してもらえる職場を離れる気は無いのだから。

 みんな好きでここにいるのだから、それは自由でしょう。

 だから、他人も自由にうちを好きに言えばいい。

 無論、何と言われようが私たちは鬼がいるここを死ぬ気で守りますので―――。




読んで頂き本当にありがとうございました!

あれ? 投稿遅いはずなんじゃないの?
と思ったそこのあなた!
ごめんね(´・ω・`)
ポンと浮かんじゃったの。


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鬼の強大な力

まだ序盤しか書いてないのにお気に入り登録者数が400超えててビビってます((((;゚Д゚))))

でも、変わらず私は私が書きたいように書きます!
面白いと思ってもらえるように、無理しないで頑張ります(*´ω`*)


 

「…………俺はお前たちに深い悲しみを感じている」

 

 時刻は有に零時を回っている。

 真っ暗な部屋の中、男、鬼月提督は重々しく、目の前に寝間着のまま正座して頭を垂れる三人の艦娘たちへ告げた。

 

「申し訳、ございません……」

「ごめんなさい……」

「ごめんなさい、提督……」

 

 神通が畳に額をつけたまま謝ると、姉の川内も妹の那珂も口々に謝罪する。

 そんな三人を見て、鬼は小さく息を吐いた。

 

「謝るくらいならば、初めからしなければ良かったのではないか?」

 

 鬼の冷たい正論に川内たちは口をつぐむ。何も言い返せないからだ。

 

「……まあそんなことはこの際どうでもいい。言って聞かないのであれば身体に直接叩き込めばいいだけのことだ」

 

 暗い部屋の中で鬼の顔にニヤリと白い下弦の月が浮かぶ。

 その刹那、ゾクリと川内たちの背筋に電気が走るような感覚がした。

 

「も、もうしない! もうしないから! 提督、ごめんなさい! だから許して!」

「な、那珂ちゃんも! もうしないって約束するから!」

 

 だからそれだけは、どうかそれだけは、と続けたかったが―――

 

「先に約束を破った者共が言えた立場ではないだろう?」

 

 ―――鬼は決して耳を貸さなかった。

 

「大丈夫だ。お前たちがどんなに叫ぼうが、どんなに喚こうが……この部屋にいる限り外には一切漏れないし聞こえない。安心してその身に教え込んでやる。二度と忘れられないようにな」

 

 鬼はそれを聞く誰もの背筋が凍りつくような冷たい言葉で、川内たちを殴りつける。

 慈悲などない。そもそも約束を破った者に罰を与えるだけなのだ。そこにどうして慈悲なんて優しいものを持ち合わす必要があるのか。

 そもそも―――

 

 

 

 

 

 鬼に慈悲などない

 

 

 

 

 ―――のだから。

 

「嫌……嫌ぁ! ごめんなさい、提督!」

「ごめんばばいっ、ごめんばばいっ!」

「……っ……うっ……!」

 

 もう自分たちの訴えは届かない。

 しかしそう確信しても川内たちは尚も助けを乞う。

 怖い微笑みを目の当たりにし、川内たちはその瞳から大粒の涙を流し始める。那珂に至っては泣き過ぎて呂律も回っていない。

 

 嫌だ……もうあんなのは嫌だ

 どうしてこうなる前に止められなかったのか

 どうして同じ過ちを繰り返してしまったのか

 

 今になって自分たちの愚かさを猛省する川内たちだったが―――

 

「では始めるぞ……お前たちがまた愚かな行動に走らぬよう、しっかりと脳髄に再び刻み込んでやるっ!」

 

 ―――残酷にも鬼は準備を終えて、罰を与える。

 

 鬼はゆらりと先ずは姉妹の長である川内の前まで歩み寄った。

 川内は腹の底からガタガタと震え出すが、身体が言うことを聞かずに逃げたくても逃げられない。

 迫りくる大きな鬼の手を拒もうと払ってはみたものの、力ない抵抗に何の意味もなかった。

 手首を取られ、胸ぐらを捕まれ、そして―――

 

「……泣け……川内っ!」

 

 ―――鬼は怖いくらいの笑顔で、川内を苦しい程に両腕で締め上げ、そう告げる。

 

「うっ……うあぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 途端に川内は堰を切ったように泣き叫んだ。

 それを鬼は受け止め、更に川内の顔を己の硬い胸に押し付ける。

 もっと泣け……と。

 

 艦娘とは個体差はあれど、その全員が前世……つまり自身が艦だった頃の記憶を持ったまま生まれてくる。

 そのお陰と言うのは皮肉かもしれないが、艦娘たちの記憶によって正しい大東亜戦争当時の現場のエピソードがいくつも紐解かれ、謎のままだった事柄や誤った歴史観を正すことが出来た。

 しかし、誰しも轟沈……自分が死ぬ瞬間を憶えているというのは、想像を絶するものである。

 

 己の中に流れ込む冷たい海水

 己の体に撃ち込まれた砲弾や爆弾

 その時の痛みや艦内が引き裂かれる感覚

 己の体が内から爆発する感覚

 乗組員たちの悲痛な叫び声

 

 その全てが記憶として、脳裏に刻み込まれているのだ。

 

 それに加えて、乗組員たちの決死のやり取りや作業の様子、平時の穏やかな話し声や笑い声、自分に向けてくれた優しさや真心も全て……しっかりと憶えている。

 

 自分が沈み行く瞬間、出せたのであれば、喉から血が出るくらい―――

 

『早く退艦して!』

『一人でも多く生き延びて!』

『一緒になんて思わないで!』

『ちゃんと家族の元へ帰ってあげて!』

 

 ―――と叫びたかった。

 しかし出来なかった。

 

 その当時の自分は、ただ操られるだけの(くろがね)だったのだから。

 

「えぅっ……えぐっ……私ぃ……私は……っ……あの人たちをっ……!」

 

 ―――救えなかった

 

「忘れるな。決して忘れてはいけない、尊き武士たちだ」

「でも……でもぉ……!」

 

 ―――思い出すと胸が張り裂けそう

 ―――こんなに憶えてるのに

 ―――こんなに温かい気持ちもあるのに

 

「でもではない! お前が英霊たちを忘れた時が、本当にその英霊たちが死ぬ時だ!」

 

 鬼はまた川内の顔を苦しい程に力づくで己の胸に収める。

 自分が本当に鬼のような人ではないモノであったなら、彼女たちの辛い記憶だけを消してやりたい。しかし自分に出来ることは、こうして溜まった情を吐露させてやることだけだ。

 

 川内、神通、那珂……姉妹だからこそ姉妹のこうしたフラッシュバックがきっかけで三人が同時にして、当時の自分の記憶が脳裏に浮かぶ。敏感な者だと仲間のそうしたことでも機微に察して、己の過去がフラッシュバックしてしまう。

 耐えられる者もいる。受け入れ、そして泣く者もいる。

 ただ心が綺麗過ぎる艦娘たちのその多くは、当時何も出来なかった自分に責任を感じて、負の念に取り込まれてしまうのだ。

 艦娘たちの心が綺麗な理由は純粋な愛国心を持って生まれてくるからであり、その愛国心の理由は『国を守るために産まれた軍艦』だからだ。

 

 よって鬼はもしも負の念に包まれそうになった時、昼夜問わず自分の所へ来いと艦娘たちに言ってきた。

 なのに今回川内たちは、普段から多忙な提督に頼るのはいけないと、隠れて宿舎の部屋で固まってすすり泣いて、耐えていた。

 しかしそうしていれば壁が薄い宿舎では筒抜け。よって隣の部屋にいる艦娘たちから報告を受けた鬼が、高雄に断りを入れて乙女たちの部屋に上がり込み、三人纏めて毛布に包み、己のみがいる静かなこの長官官舎へと連行したのだ。

 

 最初から自分を頼って来てさえいれば、何もこんなことはしなかった。

 落ち着くまで頭を撫で、過ごし慣れたあの部屋で一晩中看てやれたのだ。

 なのに川内たちが鬼を拒んだために、提督はこのような強攻策を取るしかなくなってしまった。

 

 抱きしめ、声をかけ、存分に泣かせる。

 長女が落ち着けば、次は次女、そして三女、と誰も余程のことでもない限り訪れることのない部屋で泣かせるのだ。

 

 ―――――――――

 

 あれからどれだけ時間が経ったかは、窓の外が教えてくれた。

 カーテンの隙間から見える空は白みはじめている。

 

「…………また提督に迷惑掛けちゃった」

「全くだ。次もこうならまた容赦はせんぞ」

「しないよ……絶対」

 

「申し訳ございませんでした、本当に……」

「謝るのであれば次からは俺の元へ来い、馬鹿者が」

「はい、分かりました」

 

「那珂ちゃん、今度は我慢しない……」

「端から我慢する必要はないと言っていただろう」

「うん……えへへ♪」

 

 一晩中泣いた川内たち。

 泣き腫らした赤い目の奥にはハートマークを浮かべ、川内は提督の背中に抱きつくようにもたれ、神通は提督の左肩に自身の頭を預けるように身を寄せ、那珂はあぐらをかく提督を真正面からうつ伏せになって腰に手を回して甘えながら足をパタつかせている。

 こうなるから……鬼から離れたくなくなるから、川内たちは頼るに頼れなかったのかもしれない。

 しかし鬼の強大な(愛の)力の前には、自分たちの意思なんてものは植物プランクトン並みに非力であった。

 

「……提督は私たちを甘やかす天才ですね♡」

 

 神通は提督の左腕に己の両手を絡めてつぶやく。

 しかし鬼の口からは―――

 

「甘やかしてなどいない。罰を与えた、それだけだ」

 

 ―――厳しい言葉だけが返ってきた。

 

 それでもその厳しい言葉は神通の胸をまた温かくさせ、自分に言ったはずではないのに川内も那珂も胸の奥がトクンと甘く揺れた。

 

「お前たちに罰は与えたが、これが初めてではないからな。よって前回よりも重い罰を科すぞ」

『え♡』

 

 鬼の追加の罰に思わず声が(期待で)上擦る三姉妹。

 

「これより1週間。俺は毎晩お前たちの部屋でお前たちが眠りに就くまで監視する」

 

「え、ダメだよ、そんなの!」

(そんなことしたらもっと提督のこと好きになっちゃうじゃん♡)

「駄目とはこちらの台詞だ、馬鹿者。それに拒否権はない」

 

「待ってください提督、今回は姉さんの言う通りです! それに提督の睡眠時間を私たちが削る訳には……」

(ダメです……1週間もだなんて、愛しさが今以上に募ってしまいます♡)

「既に散々削っておいて阿呆吐かすな」

 

「で、でもでも! 那珂ちゃんたちはもう大丈夫だ……しそれにほら、他の子も那珂ちゃんたちみたいになっちゃうかもだし!」

(もう提督がいないと生きていけない体になっちゃってるのに……余計に提督依存症になっちゃうぅ♡)

「その時は纏めて面倒を見る。そんなことも出来ぬ奴に提督なんて務まらんのだからな」

 

 んあぁぁぁぁぁ! ケッコンして♡

 

 鬼の前に三姉妹は揃って悶え苦しんだ。

 鬼は怖い。怖いくらい愛をばら撒いて、その荒れた地にハートマークしか生まれぬ地に変えてしまう。

 愛の化身とは提督だった。

 

 

 

 

 

 こんなにも愛されてしまったら

 

 

 

 

 

 こんなにも甘い蜜を吸わされたら

 

 

 

 

 

 元の生活になんて戻れない。

 そう川内たちは乙女の勘が空襲警報を鳴らした。

 キュン……トクン……トゥンク……と、提督の愛の爆撃機が総攻撃を仕掛けてくる。

 そう―――

 

 

 

 

 

 鬼からは逃げられない

 

 

 

 

 ―――のだ。

 

「お前たちは……俺のことより己と国のことだけを案じろ。お前たちが俺のことをどう思おうが、俺にとってお前たちは大切な存在なのだからな」

『っ!!!!?♡』

 

 やられた。完膚なきまでに蹂躙されてしまった。圧倒的な(愛の)力で。

 ゴツゴツした優しい手で順に撫でられ、那珂に至っては顎クイまでされて……三姉妹は愛の絨毯爆撃にその身を焦がす。

 もうゴール(提督を愛)してもいいよね? 愛が心という器に注がれ、その器から溢れ出た愛は、注いでくれた本人に返すのが普通なのだから。

 

「提督、朝ご飯作ってあげようか?♡」

(これくらいさせてくれないと今夜にでも夜戦(意味深)仕掛けちゃうからね♡)

「お言葉には甘えよう。冷蔵庫に甘鮭の切り身があるから、それを使え」

「はぁい♡」

(甘鮭かぁ……今の私だったら砂糖まぶしたみたいに甘く感じちゃうんだろうなぁ♡)

 

 川内はそう考えながら、ルンルン気分で官舎の台所へと向かう。

 

「では、神通は僭越ながら提督のワイシャツにアイロン掛けさせてください♡」

(私が触れた服を提督が着てくださる……この上ない誉れです♡ それを断るなんて提督ならしませんよね?♡)

「それはありがたい。何しろよれたワイシャツを着ていると、皆に怒られて脱げと言われるからな」

「ふふっ、ではその任、承りさせて頂きますね♡」

(やった♡ 襟元にこっそり口づけしちゃいましょう♡ そうすれば今日はずっと、神通が提督の首筋を独り占めです♡)

 

 神通はニコニコしてスキップでもし出しそうな勢いで提督の衣装部屋へと向かった。

 

「那珂ちゃんだけ余ったぁ……提督ぅ、何か命令してぇ♡」

(どうせ提督は何もないって言うに決まってるから、お姉ちゃんたちが戻ってくるまで那珂ちゃんが提督独り占め♡)

「なら自分たちの部屋に戻って制服を取ってこい」

「んにゃあ!?」

「? 制服がないと困るだろ。お前も川内たちも」

「はぁい……取ってきまぁす」

「ああ、気をつけてな」

「っ♡」

 

 那珂は最初こそ不満たらたらだったが、最終的に提督から飼い主が愛犬の顔をワシャワシャするように撫でられたので、一番被害が大きかったという。

 

 ―――――――――

 

「夜戦パイセンたちばっかりズルい!」

「そうだぜ! 司令と一晩中一緒とか!」

「しかも1週間も添い寝付きなんて!」

「本当はこうなるって分かってて黙ってたんじゃないんですかぁ?」

「次からは提督の手を煩わせてはいけませんよ?」

 

 執務室の窓の外から、川内たちへの非難の声が聞こえてくる。

 事情が事情なので、非難と言ってもみんなほぼ嫉妬して口撃しているのみ。現に仲間たちから集中砲火を浴びている川内たちの表情はキラキラのツヤツヤだ。

 だから余計にみんなは羨ましくて、自分もされたくて、わーきゃーと文句を言う。

 でも、言われれば言われるだけ、川内たちの優越感は増していく。それだけみんなが想っている相手を、自分たちは一晩中独占し且つ罰として1週間も添い寝(そこまでは言ってない)してもらえるのだから。

 

 しかし―――

 

「はぁ〜〜…………ゴンサレスくん、俺は駄目な提督だ。また艦娘たちを泣かせてしまったぁ。でも仕方ないじゃないか、嗚呼でもしないとみんないい子だから我慢してしまうんだ」

 

 ―――鬼はそんなことも知らずに、ぬいぐるみを抱えて泣き言を吐かす。

 高雄はこんな状況は既に慣れた。でもこんな提督を独り占め出来てこの上ない幸福感があるが、提督はみんなの提督なのでこの様子は高雄の戦闘用ライブカメラで食堂のスクリーンに垂れ流されている。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

『みんな辛い過去を持っている……それを受け止めて、日々をあんなに明るく過ごしている。いい子どころの話ではない。なのに俺に出来ることなんて側にいることしか出来ないじゃないか……こんな低能……いや無能提督なのに、なんてみんな健気なんだぁ。もっと大切にしないといけないじゃないかぁ。なのに泣かせてばっかりの自分が嫌になる……ゴンサレスくぅん』

 

 鬼は決して涙を流さない。でもぬいぐるみを抱きかかえて泣き言は垂れる。

 当然、このことが筒抜けだなんて思ってもいないし、艦娘がここまで強かとは考えてすらいない。

 

「提督って本当に可愛いですね……ね、武蔵もそう思うでしょ?」

「可愛いを通り越して尊いんだが……いかん、鼻血が……」

 

「陸奥よ、私は初めて生まれ変わったら提督のあのぬいぐるみになりたいと思ったよ」

「いやいや、長門姉さん。前から言ってたじゃない。気持ちは凄く分かるけど」

 

「空母として運用してくれるだけでも嬉しいのに、こんなにも愛されてしまうと涙が出るのよね……」

「分かります、雲龍姉様。天城たちは本当に恵まれた艦娘ですね」

「あ〜あ、こんなに愛されたらこっちだって頑張るしかないじゃんね……へへへ♡」

 

「アトミラールさん……可愛い、尊い……いっぱいしゅき♡」

「プリンツさん、語彙力低下してますよ……まあ、気持ちはとても理解出来ますけど……ね、ガリィ?」

「ああ、うん……ぬいぐるみじゃなくてアタシらを抱けばいいのになぁ、ったく♡」

 

「姉貴、そんなに釘付けになってるなら直接見に行くかい?」

「な、何言ってるのよ、松風っ! 執務の邪魔になっちゃうでしょ!?」

「しかし、朝風さんと旗風さんは向かってしまわれましたよ?」

「そうなの!? 止めなきゃ!」

「という名目で会いに行くんだね……OK、姉妹みんなで行こうじゃないか♪ 僕も彼に会いたい♡」

「うるさ〜いっ」

 

 まさに食堂は提督観賞会でみんなして鬼への愛を募らせている。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

「提督、(無駄な)懺悔中大変申し訳ありませんが、赤城さんから戦闘海域に入るとの報告がありましたよ」

「…(キリッ)…うむ、回線を繋げ」

 

 こうして鬼は自責の念は横に置いて艦娘たちを勝利へと導くのであった―――。




鬼提督の強大な(抱擁)力ってことで!←

読んで頂き本当にありがとうございました!


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鬼は父性の塊なのかもしれない

鬼要素少なめ。


 

 艦娘というこの世に現れし新たなる存在。

 それは現代兵器が通用しない深海棲艦の侵略にただその身を削られ続けていただけの人類にとって、生きる希望を再び呼び起こさせてくれた。

 艦娘のお陰で生業を取り戻せた者、海外旅行などの復活に世界の貿易再開。

 これだけでどれだけの人々を救っただろう。

 

 現在は各国に艦娘がいるが、その艤装等の技術は日本が最先端であり、各国は日本の協力がない限り独自の艤装は作れない。

 最新艤装は日本が、そして言い方は悪いが型落ちした艤装を各国に提供し、各国はそれを基礎に自国の艦娘に合わせた艤装を開発する。

 こうすることで各国との交渉が円滑になるのだ……と言っても、外交は政府や役人の仕事だ。

 

 ただ艦娘がその姿形が人間そっくりなことで、艦娘と提督……即ち艦娘と人間との間に愛情が芽生える事象が増えた。

 艦娘は人の姿ではあるが、人間とは圧倒的な違いがあり、その間に人の子を宿らせることは叶わない。

 そもそも艦娘は決まった資源と配分で妖精たちの力を借りて人の姿をして生まれてくることもあり、子孫を遺すという機能がないのである。

 だから月経によって体調不良もなく、入渠することで身体の傷が綺麗に消えるのだ。

 

 不快極まりない話ではあるが、艦娘は決して妊娠しないからと売春紛いなことをさせていた下衆な提督らもいたくらいだ。

 今ではそうしたことに対する法律が作られ、そういうことをしていた提督たちは罪を問われ、最悪の場合は死刑もあり得、抜け道もない程の徹底ぶりで艦娘の人権は守られている。

 

 大本営はだからこそ『ケッコンカッコカリ』を推奨した。

 本当にお互いに手を携え、真に相手を尊ぶことが出来る者たちこそ、国を守る盾として誰からも尊敬されると考えたからだ。

 艦娘の多くはカッコカリを望む。それだけ自分を育ててくれた者とならば、どうしたってそこに愛があるからだ。

 それに愛の形は人それぞれ。

 本当の結婚を望む艦娘もいるにはいるが、それは互いの強い気持ちが必要である。

 

 何しろ結婚をするならば、自身は艦娘を引退し、もう艦娘としての機能を除去する解体作業を行う必要があるからだ。

 そうしないとどんなに愛していても、その者との子はその身に宿らない。

 だから艦娘たちにとってカッコカリが理想的な形なのだ。

 

「あぁ……ケッコンしたい〜」

「ケッコンしてぇ……」

 

 なので鬼月提督が長を務める鎮守府の全員が、提督とのケッコンカッコカリを望んでいる。

 望んではいるのだが―――

 

「でも提督は絶対プロポーズカッコカリなんてしてくれませんよ……」

「私たちがどんなに愛していても、どんなにそれを伝えても、あの爽やかスマイルで『俺に気を遣うな』って言うだけだもの……」

 

 ―――あの自己評価が地獄並みに厳しくて低い提督がそんなことをしてくれるとは、誰も思っていない。

 何せ任務報酬のケッコンカッコカリの指輪を、あの鬼は『俺みたいな人間には必要ない』と言って大本営へ送り返してしまったのだから。

 これだけで当時着任していた全艦娘が1か月程涙で枕を濡らすことになったのは言うまでもない。

 

「提督の勘違いっていつまで続くのかな?」

「いつまでだろうなぁ……」

「小学生の頃から現在進行形で陰口叩かれてたら、あれだけ斜に構えちゃうのも仕方ないよね」

「陰口叩いてる奴全員深海棲艦の餌にしてぇよ、マジで」

「ホントそれ! みんな提督がどれだけ苦労して生きてるか知らないから言えるんだよ!」

 

 艦娘宿舎の談話室で激しい提トークを先程から繰り広げているのは、天龍・鈴谷・赤城・衣笠の四人。

 皆例に漏れず、提督を愛している。

 鈴谷と衣笠に至っては水着着用(提督指定のスクール水着)で提督の背中を流してやったりする程の押し掛け勢だ。

 

 因みに押し掛け勢とはLOVE勢の発展系であり、その名の通り押し掛け女房のように愛情表現する者たちのことを指す。

 加えて押し掛け勢の他に―――

 

 良妻勢

 常に提督の三歩後ろを歩き、慎ましやかで、提督のことを引き立てサポートするグループ

 

 愛娘勢

 駆逐艦や海防艦に多く、パパっ子娘みたいに提督に甘えることで愛情表現するグループ

 

 愛犬勢

 押し掛け勢や愛娘勢に酷似しているグループだが、最大の特徴は提督に対して陰口を叩く者たちへ半端ない攻撃性を見せるグループのこと

 

 愛猫勢

 主に感情を素直に出せない艦娘たちのことを指し、一度愛猫スイッチが入ると暫く提督から離れないグループ

 

 鬼嫁勢

 言葉だけなら誤解されるが、これは提督をひたすらに甘やかそうとする提督を鬼のように可愛がるグループ

 

 ―――と、鬼月提督の鎮守府では6グループのLOVE勢に分けられている。

 各グループの長は―――

 

 押し掛け勢

 大和

 推して参りますの如く、甲斐甲斐しく手料理を振る舞ったり、自分の部屋にご招待したりする

 

 良妻勢

 間宮

 唯一艦隊で初めて提督の胃袋を鷲掴みに出来たダークホースであり、提督にとって間宮の作るどら焼きは依存症レベルで大好物※決してアレなクスリは入ってない

 

 愛娘勢

 電

 提督の初期艦にして提督の胸キュンポイントを熟知しているナンバーワンの愛娘であるため、愛娘勢皆の憧れ

 

 愛犬勢

 時津風

 夕立のように押せ押せではなく、時雨のように控えめ過ぎず、提督に構ってもらう能力に長けた天才子犬

 

 愛猫勢

 響

 薄い感情の中に確かにある提督への絶対愛と構いたくさせるスキルは唯一無二

 

 鬼嫁勢

 金剛

 誰よりも自分に厳しい提督を鬼可愛がる絶対嫁勢は他の追随を許さない

 

 ―――と、このようなことになっている。

 勿論、提督は知る由もない……というか、こんなに愛されているとは思ってもいない。

 

「まあでも、提督は提督ですからね。私たちの愛は感じてはくれてますので、そこはいいかと」

「確かになぁ。提督って来る者は拒まねぇし、好きだぜって伝えると笑顔は見せてくれるもんな」

 

 対人恐怖症や女性恐怖症といったことにはなっていない提督。

 だから艦娘たちとのコミュニケーションも大きな問題はないのだが、肝心の提督は『みんな気遣いの出来る天使たち』という評価であり、その評価は今も尚誰も覆せていない。

 なのでケッコンカッコカリがしたくても、艦娘たちから果敢に逆プロポーズしても、誰もがケッコンカッコカリの指輪を嵌めていないのだ。

 所属している艦娘のみんながその練度の上限一杯になっている。

 そう、みんな条件は満たし親愛度マックスの上でいつでもウェルカムなのに鬼は決して動かないのだ。

 艦娘たちの間では―――

 

 告白しても疾く振られること風の如く

 告白しても静かに振られること林の如く

 告白しても返り討ちにあうこと火の如く

 告白しても動かざること山の如し

 

 ―――等と妙な謂れ文句があるくらいである。

 

「あ、そういえばさぁ、衣っち聞いたよ〜」

「え、何何? 衣笠さんの何を聞いたの?」

「この前青っち(青葉のこと)と提督に取材した時、褒めてもらって泣いちゃったんでしょ〜?」

「うぇぇぇっ!? なんでそれを……って青葉でしょ!」

 

 衣笠の言葉に鈴谷は正解と言う意味でケラケラと笑う。

 よって衣笠は大きくため息を吐いて頭を抱えた。

 何故なら―――

 

「どうしてんな余計なことしてんだよ!」

「どうしてそんな余計なことしてるんですか!」

 

 ―――天龍と赤城の二人に怒られるからだ。

 この二人だけではない。鎮守府にいる艦娘たち全員が提督の前で泣くことはご法度なのだ。

 何故なら自分たちが泣くと心が綺麗過ぎる鬼が悲しみ、またケッコンカッコカリへの道程が遠く険しく自分たちを退かせる結果になるから。

 

 二人から物凄い剣幕で詰め寄られた衣笠。

 そんな衣笠を鈴谷はニヤニヤして眺めている。

 何故なら鈴谷は衣笠がどうして泣いたのかは青葉から教えてもらっていないからだ。

 

 毎日鎮守府では艦隊に所属する誰かが、必ずと言っていい程提督に泣かされる。

 それは即ち、提督……あの鬼の愛の絨毯爆撃にやられたことを意味する。

 つまり幸せなことは共有しないと不公平だということで、何をされて嬉しくて泣いたのかを今話せということだ。

 

「だ、だってしょうがないじゃん! その時お昼だったから、提督にお弁当作っていったの! そしたら―――」

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『提督っ、衣笠さんたちでお弁当用意したから食べてよ!♡』

『勿論、青葉もお手伝いしましたよ♡ 前に褒めてくれた肉じゃがコロッケもありますから、遠慮なくどうぞ!♡』

 

 私と青葉がちょっと多く作り過ぎちゃった重箱を提督に渡したの。

 提督は驚いた様子だったけど、私たちにお礼を言って食べてくれた。

 

 私も青葉も間宮さんや大和さんたちみたいに凝った物は作れない。

 だけど、提督の笑顔を想像して……提督に喜んで欲しくて、そんな気持ちをいっぱい込めたの。

 そうしたら、提督ってば―――

 

『お前たちは本当に気配り上手で、俺には勿体無い艦娘だ。しかし配り過ぎている。だから今度俺にお前たちの飯を作らせろ。配り過ぎた分はしっかりと補充しないとな』

 

 ―――なんて言って、頭をナデナデしてくれたんだよ!? 泣くしかないじゃん! 嬉しいんだもん! 青葉だってボロボロ泣いてそのあとの写真全部ブレブレだったんだから!

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

「そんなことが……うぅっ」

「くぅ〜、聞いてるこっちまで泣けてくるぜ! ぐすっ」

「鈴谷も〜……ホント提督ってズルいよ〜、ぐすん」

 

 衣笠の話を聞いた三人はハンカチやちり紙で溢れる涙を拭っている。

 話していて衣笠も泣いてはいるが、四人共に―――

 

『嗚呼、なんて自分たちは幸せ者なんだろう』

 

 ―――としか感じていない。

 

「はぁ〜、しっかし、これでまた遠退いたなぁ」

「ご、ごめ〜ん……」

「衣笠さんが謝る必要はありませんよ。私だってきっとその場に一緒にいたら泣いてましたから」

「そーそー。ん〜、でも提督ってどれだけ鈴谷たちが愛したら、鈴谷たちの愛を分かってくれるのかなぁ?」

 

 鈴谷の疑問に誰もが口を閉ざす。

 何しろあの圧倒的な鬼の(愛の)力を上回る愛を自分たちが示すことが出来るのか分からないからだ。

 

「わっかんねぇなぁ。だって提督のヤツ、オレと龍田が一緒に風呂入ってても何の反応もないんだぜ? 寧ろ嬉しそうに今日は訓練のどこが良かったとか、あの雷撃は素晴らしかったとか……めちゃくちゃ褒めちぎってきて、龍田なんていつも泣きながら目をハートにしてるかんな」

「分かります。私も加賀さんや飛龍さんたちと突撃しましたが、全く無反応でした。タオルもしてない、そのままの姿を見せていたのに……無反応どころか『お前たちにはいつもあらゆる場面で世話になっている。俺は頼れる部下に恵まれ過ぎだな』なんて言われたら、泣くに決まってます!」

 

 その時の提督の父性溢れる対応に赤城はガックリと肩を落とし、あの時かけられた優しく信頼を寄せてくれる提督の想いに思い出し泣きする。

 

 受け入れてくれるのは凄く嬉しいが、現に提督の入浴時に突撃する艦娘があとを立たなかったので、今では提督専用の風呂のみ混浴扱いだ。

 提督との入浴権は大規模作戦並みに苛烈な争いであるが、提督は風呂が好きで1日に必ず朝と夜に入るので順番待ちをしていても意外とすぐに機会が回ってくる。

 因みに順番抽選会は大晦日の夜に行われ、会場となる地下広場(空襲を受けた際の避難場所で空調設備完備の上、埠頭底に設置した水力発電によって電気の供給も問題無い。飲水や食料の備蓄も豊富で、トイレやシャワー室その他備品も徹底完備された広場)は阿鼻叫喚と化す。

 因みに提督は毎年その様子を目の当たりにしているが、自分との入浴順を決めているとは露とも知らず『みんなのいいストレス発散』としか考えていない。

 そう、提督にとって艦娘たちはみんな自分の可愛い我が子のような存在でしかないのだ。

 

「不能って訳でもないし、あっちの気がある訳でもねぇ……でもよぉ、一応こっちも女なんだからさぁ、ちょっとくらい反応してくれてもいいだろうがよぉ」

「だよねぇ。提督ってば私と青葉でピッタリくっついても1パオーンも反応しないんだもん」

 

 項垂れる天龍に衣笠がため息混じりに言うと、赤城も鈴谷も『1パオーン?』と謎の単位に首を傾げた。

 

「1パオーンってのは、衣笠さんたち第六戦隊みんなで使ってる単位だよ♪ えっとね、小指を下にして手を広げて、最大が親指の5パオーン。つまり提督の子提督がパオーンって興奮してくれたら、そのそそり具合で5パオーンから0パオーンって表すの♪」

 

 でも提督ってば一度も反応してくれてないんだぁ……と肩を落として言う衣笠。

 

「鈴谷は前に提督を起こしに行った時はパオーンしてたかなぁ。朝の生理現象だから特にこれと言って驚かなかったけど、不能じゃないのは確かなんだよね〜」

「え、マジかよ。衣笠的に言えば何パオーンだったんだ?」

「布団掛けてからもっこりしてるなぁくらいしか分かんないよっ。流石に布団めくってまで確認する程鈴谷変態じゃないもん!」

「もっこり具合とかあんじゃんかよ! ほら、ここにタオルあるからどんくらいか手でやってみてくれよ!」

 

 好きな相手のことなら何でも知りたい。

 グイグイ来る天龍に鈴谷は渋々タオルを手に掛けて表してみた。

 

「…………こんくらい?」

「衣笠、これ何パオーンなんだ?」

「う〜ん……伝説の5パオーンかな」

 

 な、なんだてぇぇぇぇぇ!!!?

 

 その場にいる全員に衝撃が走る。

 でもそれと同時に子提督もやる時はやれるという希望が湧いた。これは彼女たちにとって吉報であった。

 

 何しろ―――

 

 

 

 

 

 提督はひとりでおっき出来る

 

 

 

 

 

 ―――と明確に分かったのだから。

 

 ただその状態に持っていくことは難関海域の最深部に到達するよりも難しいだろうし、そこまで指し示してくれる羅針盤妖精さんもいない。

 かと言って強行手段に出たらこれまで築き上げてきた提督との信頼が崩れ去る。

 結局はみんな提督から手を出されない限りはお手上げなのだ。

 

「くっそ〜……提督とケッコンしてぇよぉ……」

「衣笠さんもした〜い……」

「素直に私たちの愛を受け取ってくれまで根気強く伝えるしかありませんね」

「だよね〜……てか伝わったら伝わったで、私絶対泣くんだけど〜!」

 

 鈴谷がそう言うと、他の三人も揃って『号泣もの』と賛同した。

 

 ◇◇◇その頃◇◇◇

 

「っくしゅ、はくちゅっ、はくちゅんっ……ぬぅ、くしゃみが……体調管理はしっかりしているはずだが、今夜は何もなければ早く寝よう」

(相変わらず可愛いくしゃみ……)

 

 提督は執務室で三度くしゃみを連発した。

 当然、この様子も食堂にだだ漏れで、見ていた者たちはその外見に似合わぬ可愛いくしゃみに身悶えている。

 

(三回は惚れられ……合ってますね、ふふふ)

「提督、風邪予防にココアでもご用意しましょうか?」

「む、ありがたい。マシュマロも入れてくれ」

「分かりました。三個ですね」

「あぁ、頼む」

 

 そこに執務机にある内線が響いた。

 

「どうした?」

『提督ですか? 間宮ですが、提督がくしゃみをしていた気がしたので、今からそちらまで風邪予防として柚子を使ったチーズケーキを持っていきます』

「……要らん。それよりお前は少しは自分のことを労れ」

『……ううっ』

「な、泣くな! 分かった、食べる! 食べるから道中気を付けて来るんだぞ!?」

『ぐすっ……はいっ、お任せください♡』

 

 鬼は女の涙に弱い。自分が相手を問い質したりする場面では泣いても容赦しないが、平時に泣かれると鬼まで悲しくなってしまうのだ。

 ただ間宮は提督の優しい気遣いに感動して泣いただけなのだが……。

 

 こうして鬼は今日も何も知らず、そして鬼のように艦娘たちを泣かせるのだ―――。




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鬼は女子どもも泣かす

新キャラ登場です♪


 

 あるところに美しく強いお姫様がいました。

 そのお姫様は、ある日、大きな鬼に恋をしました。

 

 その鬼は悪さをすると、多くの人たちから恐れられていました。

 

 しかしそのお姫様だけは、その鬼が優しい鬼だと知っていました。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇

 

 コツ……コツ……

 

 ヒールの音が静かに鳴り響く廊下。

 その主は女性の提督。階級は大佐だ。

 

 歳は27で、ヒールを除いた身長は165センチと女性にしては高身長。

 目尻が少しつり上がった一重で黒い瞳が少々上にある三白眼。それでいて雪のように白い肌と鮮やかな桜色をした唇。

 日本女性特有のきめ細かい真っ直ぐな黒髪を胸下くらいまで伸ばし、眉毛が隠れるくらいの前髪を左へ流して、バックは少し低い位置で一纏めにしているポニーテール。その質感を表すように天使の輪も煌めいている。

 

「おい、見ろよあれ」

「おっ、姫様じゃん。相変わらず美人だなぁ」

「胸はアレだけど、本当に美人だよな。その上有能」

「なのにまだ独身とか勿体ねえー」

「ならお前がアタックしてこいよ。骨は拾わんがな」

 

 彼女が歩けば、多くの男はその者に目を奪われ、彼女の話題で盛り上がってしまう。

 しかし―――

 

「……ゴチャゴチャと人のことを好き勝手言わないでくださいませんこと? するならば本人に聞こえないところでしてくださらないかしら? 控えめに言って不快、ですわ」

 

 ―――この女性……豊島沙羅(とよしま さら)は酷く苛烈な大和撫子であった。

 

 豊島沙羅の実家、豊島家は艦娘の艤装開発・研究を担う技術系の長的存在であり、父と沙羅の兄は開発部のトップとその補佐だ。

 父と兄は揃って機械馬鹿。母はそんな父と息子に呆れつつ、いつもたおやか。そんな愛する家族を守るために、愛娘は軍服に袖を通す。

 

 軍部でもかなりの地位を誇る豊島家。

 そんな御家のご息女で且つ軍に入った異質な存在であるため、常に彼女は好奇の目を向けられるのが嫌だった。

 中にはいいとこのご令嬢でありながらわざわざ危険な職に就いた彼女を嘲笑う者もいた。

 だからこそ、彼女は余人がそんな言葉を吐けぬよう苛烈な女として身を固めている。

 

『す、すみません……』

 

 彼女の凛とした一喝に下世話な話をしていた男たちは揃って萎縮し、謝罪した。

 そんな男たちに沙羅は微かに礼を返し、小さく鼻を鳴らしてまた歩を進める。

 

 ―――

 

 沙羅は本日、泊地総合部で月一で開かれる方針会議に出席。

 方針会議と言っても、大規模作戦の発令が上からない限りは『いつものように』任務を全うするのみで、やる意味はほぼここの泊地にある鎮守府の長たちが交流を深めるためだけの会議である。

 因みに対象は全鎮守府ではなく、区画で分けられた鎮守府の提督たちが集まるので大きなリスクはない。加えて同行している各提督たちの秘書艦たちは別室で待機中。

 

「また鬼と姫様のワンツーだとよ」

「凄いわよね……」

「どっちも凄いが、あの鬼には敵わんだろ」

「そーそー。なんたってあのお姫様に大差でトップだしー」

 

 談話室では各鎮守府の長たちが思い思いの話をしている。

 だが話題は泊地の戦果1位鬼月提督と2位の豊島提督のことばかり。

 加えて鬼月が不在(喫煙室に出向き)中であるため、彼らは揃って鬼月を鬼と呼んでいる。

 

 沙羅はそれが嫌だった。

 彼は鬼ではない。鬼であったとしても、とても心が綺麗で優しい鬼なのだから。

 

「少しよろしいかしら?」

 

 沙羅が話をする者たちの輪に入ると、彼らはぎょっとする。何を言われるのかと。

 

「ど、どうしました、豊島さん?」

「先程から嫌でも私の耳に入ってきて不快極まりないのですが、あなた方は鬼だ鬼だと、鬼月様のことを鬼呼ばわりしていますが、鬼月様のことを何故その様に仰るのかしら? それも当人がいない時に限って」

「そ、そりゃあ、豊島さんもあの人のお噂は聞いているでしょう?」

「火のないところに煙は立たないって言うし……トップを維持するのは簡単ではないよね?」

「艦娘を酷使する他、この結果はあり得ないわよ」

 

 沙羅は軽く頭痛がした。こいつらは本気で言っているのか、と。

 

「鬼月様はその様なことしませんわ。現にあなた方も鬼月様の艦娘たちを演習等で目にしているはず。彼女たちに疲労の色はありませんよね? 彼は私たち泊地第一区の……いえ、泊地の一番の武士であり功労者です。それを何の裏取りもしていない噂だけで鬼だなんて……。私から見ればあなた方の方が鬼だと思いますわ」

 

 彼女の言葉の意味が分からず、彼らは揃って首を傾げる。

 それに沙羅は余計に頭痛が増した。

 

「ですから、根も葉もない単なる噂だけで、鬼月様のことを全て把握していないのに、先入観だけであれこれ並べているあなた方こそ鬼に相応しいと、私は申していますの」

 

「そ、それは……」

「でも、そうじゃないと……なぁ?」

「えぇ、あの戦果はとても……」

「俺らじゃ出せそうもないし……」

 

「それは一重にあなた方の艦隊の練度が低いからではありませんこと? ちゃんと常日頃から他所との演習はお組みになっていて? 遠征は行っていて? 適材適所で艦隊編成を変えていて? 状況に応じて陣形を指示していて? ましてや戦艦と正規空母にばかり頼っていらっしゃったりは……していませんよね?」

 

 彼らは沙羅の言葉に何も言い返せない。その通りだったからだ。

 

「たかが演習、たかが遠征……小さなことをコツコツと出来ない人間の下に強い艦娘が集うなんて、それこそあり得ませんわ」

 

「でも、みんな艦娘の人数が限られて――」

 

「――限られた人数の中で最良の采配を行うのが我々提督の務めですわ。そんな初歩であることもお忘れになられましたの? その様にご自覚が欠落していては、守れる国民も守れませんわ。私たちは国のために艦娘と力を合わせて脅威に立ち向かわねばいけませんのに」

 

 沙羅の言葉に誰もが口をつぐむ。

 自分たちが鬼と呼ぶ提督はここにいる誰もが何度か演習をしたことがあるが、勝っても負けても艦娘たちに言うことは『今のを忘れるな』だけであった。

 社交辞令でお茶でもと誘えば、『お気遣いなく』と涼しく返してきていた。

 

 艦隊の育成のやり方は人それぞれであるが、自分たちが勝手に決めつけていた鬼は弛まぬ努力をしていたのだと、分かった。

 

「私は鬼月様は大変優秀な提督だと思います。でないと、この私を差し置いてトップなんて取れませんもの」

 

 誰かに何かで目に見える形で負けるのは沙羅も悔しい。

 彼女はこれまでやってきた稽古事などの発表会で負けたことなどなかったのだ。

 しかし鬼月提督は沙羅が努力をすればする程、それ以上の努力を重ねて更に差を広げてくる。

 悔しい……でもその大きな背中を追い掛けるのは、嬉しい。

 そう、豊島沙羅は鬼月仁という男を心から尊敬し、そしてそれはいつしか恋慕に変わっていたのだ。

 

 ―――――――――

 

「っとに、あったまに来ますわ! どうして誰も鬼月様のことを鬼だと仰るのかしら! あんなに素敵な殿方ですのに、理解に苦しみますわ!」

「提督、お気持ちは分かりますが往来の場ですよ」

 

 会議後の親睦会がお開きとなり、沙羅は秘書艦・高雄と共にバス停までの道程を歩いていた。

 泊地総合部から直接タクシーは出ているが、沙羅は自分の鎮守府にいる艦娘たちのためにお土産のお菓子を買うため、繁華街のバスを利用しているのだ。

 

 泊地総合部は大きな敷地を有す軍事情報管理基地。そこには多くの金や人材が集まるため、その周りには自然と人や物が集まってくる。

 ここの街は今や泊地内で一番栄え、一番安全な街だ。

 

「高雄、アイスクリーム食べたいっ!」

「では、いつものところですね」

 

 駄々っ子のように言う沙羅に高雄はそれをなだめる姉のように優しく微笑んで、行きつけのアイスクリーム屋へと向かった。

 

 ―――

 

 沙羅行きつけのアイスクリーム屋。

 そこは本当にただのアイスクリーム屋であり、公園の一角に停まっているアイスクリームの移動販売車である。

 種類も何処ぞのチェーン店みたいに豊富ではなく、あるのはバニラとチョコレートとストロベリーの3種のみ。

 しかしそれだけでも人がいれば自然と甘味は売れる上、トッピングの方は豊富である。

 

「提督、買ってきましたよ」

「ありがとう、高雄♪」

 

 高雄から自分のアイスクリームが入ったカップを受け取り、二人はすぐ近くのベンチに座る。

 

「高雄もちゃんと遠慮せずに食べたいのを選んだ?」

「はい。提督の奢りですので、チョコレートアイスにホワイトチョコチップトッピングのダブルチョコシロップ掛けにしました」

「本当にあなたはチョコが好きね。ニキビには注意するのよ?」

「はい♪」

 

 二人して束の間の穏やかなオフを甘い物と共に優雅に過ごしていると、

 

「ママー、はやくアイスー!」

「はいはい、ちゃんと買ってあげるから」

 

 アイスクリーム屋に一組の母娘がアイスを求めにやってくる。

 そのまだ幼い少女の泣き腫らした目と露わになっている腕に貼られたガーゼを見るに、きっと予防接種か何かを頑張ったご褒美なのだろう。

 

 沙羅はその微笑ましい光景に思わず目を細めた。

 こうしてあの母娘が笑えているのも、艦娘や自分たち……更には父や兄、多くの人たちが毎日頑張っているから見れる尊き日常の一コマだからだ。

 

「アイスー、アイスー♪」

「ちゃんと前を見なさい」

 

 アイスを買ってもらってご機嫌の少女。

 しかし―――

 

 ドンッ

 

 ―――前方不注意で少女は何者かとぶつかってしまった。

 そのぶつかってしまった者は―――

 

「…………」

 

 ―――あの鬼である。

 

 母親もその娘も軍服を着ていても分かる筋骨隆々で眼帯をした大男を前に表情を強張らせていた。

 加えて少女がぶつかったせいで、鬼のズボンの太ももら辺にストロベリーアイスがベッタリと付いてしまったのだから。

 母親はすぐに娘を守るように抱きかかえて謝った。娘もアイスがダメになって悲しいやら、いきなり大きな男が目の前に現れて怖いやらで大粒の涙を流して泣き叫ぶ。

 しかし鬼はゆっくりと母娘の元へと歩を進める。

 

「っ」

 

 沙羅の高雄はすぐに動こうとしたが、それを沙羅が即座に視線で高雄を制した。

 何故なら―――

 

「とても美味しそうなアイスクリームだったので、おじさんのズボンが食べてしまった。申し訳ない」

 

 ―――鬼は鬼でも、その鬼は何よりも優しい鬼なのだから。

 

「へ……?」

「ふぇ……?」

 

 母娘揃って首を傾げる。

 それも当然だ。真っ白なズボンを汚したのに、わざわざ少女と同じ目線になるよう膝を折ってユーモアたっぷりのフォローをしてきたのだから。

 

「店主、この母娘にアイス全種とスペシャルトッピングを特大カップで。代金はこちらが持つ」

 

 鬼がそう注文すると、店主は笑顔で大きなカップにアイスクリームを全種類乗せる。そこへウサギの形やクマの形をしたチョコレートをトッピングし、カラースプレーで更にトッピング。終いにそこへスプーン代わりの大きなワッフルコーンを乗せた。

 

「今度はお母さんの言うことを聞いて、前を見て歩くんだよ? でないとまた他の人のズボンに食べられてしまうからね」

「…………あいっ! おいたん、ありがとー!」

「お礼を言えるなんて君は偉いね。きっとお父さんとお母さんが素晴らしいからだね。とても出来たお子さんですね」

「へ!? い、いえ、うちは特別なことは何も! あ、あの、こちらが悪かったのに何から何までありがとうございました!」

 

 鬼月提督の対応に母親はとても恐縮したが、娘の方は早くも提督へ懐き、何度も何度も「ありがとー!」「おいたんおっきーかっこいー!」と言っている。

 

「お母さんと仲良く食べるんだよ?」

「……あい」

 

 大きな手で、しかし優しい手つきで提督が少女の頭を一、二度撫でると少女は幼いながらも乙女の表情になってもじもじしながら返事をしていた。

 

 母娘が何度も何度もお辞儀をして去っていくと、

 

(今ですわね)

 

 頃合いを見計らっていた沙羅がスッと立ち上がる。

 

 ―――

 

「提督、とりあえずズボンに付いたアイスクリームを落としましょうか」

「そうだな」

 

「鬼月様っ」

 

 ズボンの汚れを取ろうと提督が高雄と話した直後、沙羅は声をかけた。

 

「おお、豊島提督。奇遇ですな、どうしました?」

「失礼ですが、先程の一部始終を見ていました。よろしければ、こちらをお使いくださいまし」

 

 沙羅は桜色のハンカチを半ば強引に提督の手に握らせる。

 すぐに断ろうと思っていた提督だったが、その上品な笑顔の後ろにいる黒い何かに圧されて断れなかった。

 

「……かたじけない」

「いえいえ♪」

 

 受け取ってもらえて上機嫌に返す沙羅。

 その心は―――

 

(ゥオッシャー! さり気なく仁様へハンカチを渡せましたわ! でも触れた雄々しき指先が既に素敵過ぎて私の全細胞が勝利のラッパを鳴らしていますわぁぁぁぁぁっ!)

 

 ―――既に凱旋パレード状態だった。

 

 ―――――――――

 

「お借りしたハンカチは後日洗って返させてもらいます」

「はい。でしたら、次の演習の際に受け取りに伺わせて頂きますわ」

「いや、そういうことならばこちらから伺わせて頂きたい」

「では、その際に♪ お誘いを心待ちにしていますわ♪」

 

 またも半ば強引に提督をベンチへ誘った沙羅。

 沙羅の高雄は提督とその高雄に謝ったが、二人は笑顔を返してくれた。

 

「それにしても、じ……鬼月様は相変わらずお優しいですわね」

「優しくはないですよ。自分がちゃんと注意していなかったがためにあの少女にぶつかり、泣かしてしまった……情けない限りです」

「まあ! そんなにご自分を卑下してはいけませんわ! 私が見る限り、母娘共々去り際はとてもいい笑顔でしたもの!」

「それはアイスクリームのお陰かと。あそこのスペシャルトッピングは裏メニューですので」

「なるほどなるほど……」

(つまり仁様はそれ程まであのアイスクリーム屋さんに通い詰めていらっしゃるのね。また『I♡仁様ノート』に付け加える事柄が増えましたわ♡)

 

 ああ言えばこう言う提督と、惚れている男性を褒めつつちゃっかりとその者の情報収集もする沙羅。

 そう沙羅は提督の前限定で狡猾な肉食女子になるのである。

 この両者に提督の高雄も沙羅の高雄も揃って苦笑いした。

 

(私たちも知り合って結構ーちゃんと知り合ったのは1か月前ー経ちますし、そろそろもう一歩近い関係を願ってもいい頃合いですよね?)

 

「あの、鬼月様」

「はい?」

「私たち、知り合って結構経ちますでしょう?」

「……まあ、そうですね?」

(俺と初めて挨拶したのがいつもの方針会議から3年以上は経っているからな)

 

「で、ですので……その……お友達になりませんか? 年上の殿方、それも先輩である鬼月様にこんなお願いするのは分不相応なことですが……」

「……自分なんかとですか?」

「もう、私は鬼月様だから申していますのよ?」

「そうですか……では、改めてよろしく」

「はい♪ あ、どうせなら私のことは沙羅と呼び捨てになってくださいませんか? お友達ですし♪」

「え」

「いけませんか?」

 

 ここぞとばかりに攻め立てる沙羅の波状急降下爆撃に提督は思わずたじろぐ。

 何しろ見目麗しい令嬢が子犬のように目をウルウルとさせて上目遣いで迫ってきているのだから。

 

「…………では、沙羅提督と」

「はい、仁様っ♡」

(きゃあぁぁぁぁ!♡ 提督付けではあるけれど、これでまた一歩お近付きになれましたわ!♡)

 

「え、じ、仁様?」

「私にそう呼ばれるのは、お嫌ですか?」

「い、いえ……」

「ではいいのですね! 仁様、仁様ぁ!♡」

(はぁ、幸せ過ぎてお腹減って来ちゃった!)

 

「仁様、お友達記念にアイスクリーム食べませんか? 勿論、この豊島沙羅がご馳走致しますわ!」

「…………頂こうかな」

 

 イケイケドンドンの沙羅を前に断れない提督。

 しかし提督も友達が出来たのは久しぶりだったので、心の中では温かさを感じていた。

 一方、沙羅の高雄は今夜の夕食はカロリー控えめにしようと心に決めるのだった。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 それはまだ豊島提督が鬼に惚れる前のこと。

 豊島提督は鬼の戦果に少しでも近付こうと日夜自分の艦娘たちと努力していた。

 鬼と何度か顔を合わせたことはあるが、会釈程度。

 その頃の豊島提督はライバル視しかしてなかった。

 

 しかし今のようになったのは1か月前のとあることがきっかけだった。

 

 その日も方針会議に出席していた。

 つまらなかった。

 誰しも口を開けば鬼と姫の話ばかり。

 嫉妬と憶測だけの与太話にうんざりし、豊島提督はさっさとその場から立ち去った。

 

 そしていつものように繁華街を高雄と歩いていると、公園の一角で自分の大好物であるアイスクリームの移動販売車が停まっているのを見つけたので、高雄と足を踏み入れた。

 

 そこで鬼と遭遇したのだ。

 

『おや、豊島提督、でしたよね? あなたもアイスクリームを?』

『え、ええ、まあ……』

 

 鬼のくせにアイスクリームを……しかも自分と秘書艦まで被るこの鬼との遭遇に豊島提督は内心ため息を吐いた。

 

『よろしければお隣どうぞ』

『え、ええ、ありがとうございます。失礼致しますわ』

 

 あちらの方が先に座っていたのに、わざわざ立ち上がって自分を座らせてくれる紳士な対応に豊島提督は驚く。

 そして噂なんて本当にくだらないと思った。

 

『豊島提督はバニラがお好きなのですか?』

『……はい』

 

 別に隠す必要もないので素直に返すと、鬼がやたらと嬉しそうに目を輝かせてきた。

 

『自分もバニラアイスが好きなんですよ。ここのはそのままでも十分美味しいですが、より美味しいトッピングがあるので試してはどうですかな?』

『…………どういうものかしら?』

 

 食欲に負け、好奇心のままに訊いてみた豊島提督。

 すると鬼は豊島提督のバニラアイスを一度預かり、再び店主の元へと向かった。

 鬼が戻ると―――

 

『…………これは?』

『オリーブオイルです。そして別添えで塩を。こちらはお好みですね』

 

 ―――自分の知らない食べ方を促してきたのだ。

 

 豊島提督はバニラアイスにそんなことをしたことはない。寧ろそんなことをするのはバニラアイスへ対する冒涜で、全世界のバニラアイスファンに謝れと一喝しそうになった。

 しかし目上の者から勧められた手前、試さずに避けるのは豊島家の恥。

 だから一口食べて、口に合わなければあとは適当な理由を付けてその場を去る算段だったのだが―――

 

『…………美味しい』

 

 ―――美味しかったのだ。

 これまで食べてきたどんな高級バニラアイスよりも、たかだかオリーブオイルとほんの一匙にも満たない塩のみなのに。

 驚いた豊島提督が鬼へ感謝を告げようと視線を移すと―――

 

『美味しいですよね。俺、(このトッピングが)好きなんです』

 

 ―――何とも言い難い優しく少年のような真っ直ぐな笑顔と、耳に心地良い低音甘ボイスに豊島提督は堕ちた。

 

 まさに初恋に堕ちた瞬間だった。

 初恋は実らないとよく言われるが、豊島家は違う。

 代々豊島家の人間の初恋は激しく情熱的らしく、母も父(婿養子)が初恋の相手であり、兄も初恋の相手を嫁にした。

 過去には初恋が実らなかった代もいるにはいるが、それでも大恋愛をしている。

 

 衝撃だった。

 男なんて女の象徴的な箇所にばかり興味がある生き物だと思っていた。

 現に豊島提督も男の目を引く美貌を持っていたので、男たちの視線を総なめにしていたのだ。

 その上、お姫様等と変な通り名を付けられる始末。

 豊島提督は仕方のないことだが、やはりそういう男性は困ると思っていた。

 

 それがどうだ?

 鬼だ、鬼畜だ、と囁かれていた者は邪な気持ちが一切感じられない大和紳士。

 

 だからこそ、この日からこの鬼の元へ嫁ぎたいと姫は強く強く願った。

 幸い鬼を狙う酔狂な者はいないし、自分は家を出ても許される身であったから余計に。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

「仁様ぁ♡ やはりバニラアイスのトッピングはこれですよねぇ?♡」

「うん、これに限りますな」

「……敬語」

「こ、これだなっ」

「はい♡」

 

 沙羅はこの瞬間とても幸せを感じている。

 愛する夫(予定)と頼れるダブル高雄との団欒が。

 今では秘書艦・高雄がお揃いなのも提督夫婦らしくて嬉しい感情しかないのだ。

 だからこの今ある幸せに―――

 

「…………ぐすっ」

「っ!?」

 

 ―――沙羅は思わず涙が溢れる。

 突然泣き出した沙羅に提督が驚いたのは言うまでもない。

 

「ど、どうした!?」

「いえ、お構いなく……これは私が(涙)脆いだけですから」

「…………」

「お顔を洗ってきますね。少々お待ちを」

 

 そう言ってそそくさと沙羅がその場を離れると、

 

「……なんて最低なんだ俺はっ!!」

 

 鬼は強い後悔の念に苛まれる。

 

「て、提督!?」

「あ、あの、うちの提督のことは気にしないでくださいっ。あの人いつも(鬼月提督のこと限定で)ああなのでっ」

「いいんだ……こんなむさ苦しい男とあんなにも美しい女性がアイスを食べるだなんて社交辞令が過ぎている上に、後輩に奢らせる先輩なんて最低過ぎる。それに年齢的に私も加齢臭が酷くなっている。バニラの香りに混じる加齢臭だなんて嗅いでいたら泣きたくもなるだろう!」

「どこまでネガティブなんですか!?」

「うちの提督はそんなことは決して思ってませんからっ!」

 

 高雄たちの決死のフォローも提督には無意味だ。

 何しろ自分に好意が向けられているなんて微塵も感じ取れない人間なのだから。

 

「今の内にお暇しよう。きっと彼女もそう思っているはずだ。折角出来た新しい友をこれ以上苦しめることは許されないっ」

「…………提督がごめんなさい」

「いえ、お察しします」

 

 こうして提督は自分の高雄を連れて足早に公園を去り、帰り道で自分のところの艦娘たちに日頃の苦労のねぎらいに美味しいと評判のケーキを大量に買って鎮守府へと帰ったとさ。

 

 ―――

 

「只今戻りました……仁様? 私の仁様は何処へ!?」

「……お帰りになりました」

「どうして……これからあわよくば男女の仲になって結婚の日取りも決めようと思っていましたのに……」

「……大切な段階をマッハのスピードで駆け上がるんですね。えっと、何でも、早く自分のところの艦娘たちに会いたくなったのだそうです(嘘)」

「まあ、なんて心優しいのかしら……ス・テ・キ♡ ぽっ♡」

「口で"ぽっ"とか言う人いませんよ、普通。私たちもこれを食べ終えたら帰りましょう。皆さん提督の帰りを待ってますよ」

「そうね。旦那様(予定)がそれだけ愛する艦娘ですもの。妻(予定)である私も同じく愛さなければ!」

「ソーデスネー」

「ああっ、此度も本当に仁様は素敵で、ときめきが止まりませんでしたわっ!」

「ゴイスーゴイスー」

 

 沙羅の高雄はもうツッコミ疲れながら、このあとの沙羅の妄想は聞き流しつつ帰るのだった―――。




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鬼の娘になるまで

電ちゃん視点です。


 

 暁型駆逐艦・四番艦・電

 

 それが電です。

 

 これまで多くの電が建造されていて、初めて司令官(提督)になられる方へ寄贈される初期艦の一人なのです。

 みんな同じ姿形をしていても、寄贈された先の生活環境等で細かい性格が違ってきます。

 

 私はどんな司令官さんに選んでもらえるのだろう。

 出来れば優しい人がいいのです。

 電は駆逐艦でも軍艦なので、甘えたことは言えませんけど。

 

 そしてついにその時がやってきました。

 電の司令官さんは鬼月さんという方で、元特殊部隊の方らしく、軍人の中の軍人らしいです。

 片目を失っても頑張ってお国のために尽くそうとしている方だそうです。

 その見た目や資料から厳しい人なのだろうと思いましたが、立派な方の初めての艦娘になれるというのは嬉しいことでした。

 

 ―――――――――

 

 でも―――

 

「電です……よろしく、お願いします」

 

「ああ、これからよろしく頼む」

 

 ―――最初の挨拶はこれで終わりました。

 というかとっても怖いのです。睨まれてるのです。

 やっぱり駆逐艦の小娘が最初にやって来るのは嫌なのですね。

 で、でも電は挫けないのです! 先ずは初期艦としてのお役目を果たさないと!

 

「……あ、あの、では先ず電たち、艦娘についてのご説明を―――」

 

「要らん、不要だ。そんなことはこの役職に就くと決まった時点で既に把握した。加えて鎮守府の機能や各所の説明も既に頭に入っているから必要ない」

 

「そ、そうですか……」

 

 初期艦としての役目すら必要とされてないのです!

 電なんかでごめんなさいなのです!

 実直な吹雪ちゃんや叢雲ちゃん、または場の空気を和ませてくれる五月雨ちゃんか漣ちゃんの方が良かったと思います!

 

 でも、初期艦はあくまでもその人の選択制。その中から電を選んでくれたのはこの司令官さんなのです。

 どうして電を選んでくれたのかな……?

 

「いつまでそこに突っ立っている気だ?」

 

「あ、あぅ、えっと……何かお手伝いすることはありませんか?」

 

「今日は俺も着任したばかりで、本格的に任務の通達が来るのは明日以降だ。今日は何もない」

 

「……で、ですよね」

 

 うぅっ、どうしたらいいのです!?

 工廠の機能とか各所の施設も知ってるのなら、電はもう要らない娘なのです!

 

「もし暇しているなら、長官官舎にこれから来てもらおうか」

 

「へ?」

 

 な、何をするのです?

 も、もしかして暇だからって着任早々電を司令官さんのお部屋でズマズマしちゃうのです?

 怖過ぎるのです! 嫌なのです! 会った初日からだなんて間違ってるのです!

 でも拒んでしまったりしたら、きっと今ここでズマズマしちゃうのです! それならちゃんとお布団の上でされた方がまだマシなのです!

 

 ―――――――――

 

 うぅっ、とうとう着いちゃったのです。

 そういう司令官さんが稀にいることは知ってましたが、まさか自分がそんな司令官さんの下へ寄贈されるだなんて……。

 怖いよぉ……。

 

「何をしている。さっさと入ってこい」

「あ、はい……」

 

 は、入っちゃったのです……もう逃げられません。

 司令官さん、出来れば優しくしてください。

 電は司令官さんが満足するまで大人しくしてますから……あ、一応それらしく声は出した方がいいのかな?

 でもその前に―――

 

「あ、あの司令官さん……」

「……どうした?」

「司令官さんは(これまでお相手を頼んだ人数)いくつなのです?」

 

 ―――こういうのは確認しておかないと。でないと上の方に通報出来ないのです。

 

「? 29(歳)だが、それがどうかしたのか?」

「っ……い、いえっ! もっと低いかと思ったので!」

「???」

 

 にににに、29人もヤッてきたのです!?

 てっきり2、3人だと思ってましたけど、常習犯なのです! 敢えて格好良く言えばレジェンドなのです!

 あ、でもそれならもたつかずに手際良く(レ〇プ)してくれるかもなのです?

 

「正確に言えば、明日で30(歳)になる」

「!!!!?」

 

 そ、そうですよね。電を入れたら30(人目)ですよね。

 あぅぅ、嫌なのです。百歩譲って、そういうことをするのは司令官さんも男性なので手近な異性で済ませようとしても仕方ないのですが、強引に今からしなくても、もっと仲良くなってからなら電だって……。

※駆逐艦などの見た目が幼い艦娘にそうした行為をするのはどうかと思われるかもしれないが、艦娘は進水日から現代まで普通の人間と同じ年齢換算なので、しても法律上問題はない。本人たちの合意の上でというのが前提条件であるが……。

 

「では早速手を貸してもらうぞ」

「は、はいっ、なのですっ」

 

 初めてですけど頑張る―――

 

「そこに積まれたダンボール箱を1つずつ開封してくれ。中は俺の私物と生活用品や生活雑貨だ」

「ふぇ?」

 

 ―――のです?

 

「長いこと寮暮らしだったから私物は少ないんだがな。にいに(兄)とねえね(姉)が寮を出るなら、あれもこれもとわざわざこちらに送ってきたんだ」

 

 な、何なのです、(大変失礼ですけど)この可愛い生き物は。

 にいにって何なのです?

 ねえねって何なのです?

 こんな怖い人が言うには可愛過ぎる単語なのです。

 

 はっ! というより、勝手にそうだろうと決めつけてごめんなさいなのです! 司令官さんはとっても可愛い人なのです! もう二度とこんな失礼な妄想はしません!

 

 ―――――――――

 

 荷解きが終わると、私はすっかり司令官さんの虜になってしまっていました。

 だって私物の殆どがぬいぐるみさんだったのです。

 お顔が怖くて乱暴する人ではなく、ぬいぐるみが大好きな可愛い人だったのです。

 中でもステゴサウルスの『ゴンサレスくん』は一番丁寧にダンボール箱に入れられてました。ぬいぐるみ自体がふわもこなのに、ふわもこタオルで更に包んであったのです。失礼ですけど可愛いと思っちゃいました。電の胸がズマズマされちゃったのです。

 

「とても助かった。着任早々、こんなことを手伝わせて悪かったな」

「いえ、そんなことないのです♪ 司令官さんのことを知れるいい機会になったのです!」

「そうか……まあ長い付き合いになる。改めてこれからもよろしく頼むぞ、電」

「はいっ♪」

 

 ―――――――――

 

 司令官さんが着任して早1か月。

 艦隊は人数だけは増えましたが、その6人中6人が駆逐艦でした。

 司令官さんは『親の七光り』と周りの方々から呼ばれていて、戦艦や空母または重巡洋艦と軽巡洋艦の着任許可を求めても―――

 

『現状で十分だと判断する』

 

 ―――だけしか言われませんでした。

 

 おかしいとみんなで思いましたが、司令官さんは「なら今のままで結果を出す他ない」とだけ言って、電たちの練度や連携を徹底的に鍛えてくれました。

 

 辛かったです。本当に、辛かったんです―――

 

 

 

 

 

 鬼月司令官さんを悪く言われるのが

 

 

 

 

 

 ―――心の底から。

 

 電たちは死ぬ気で、時には泣きながら、司令官さんを信じて強くなりました。

 周りの方々は鬼だ鬼畜だと散々なことを言います。

 厳しいけど、とても優しい……そしてとっても可愛い鬼さんなのに、それを知らないアホたちが多いですから。

 

 それに司令官さんだから、駆逐艦だけの編成で敵空母群を殲滅することが出来たんだと思います。

 

 自分のお金を投げ打って資材を用意してくれました。

 自分のお金を投げ打って食料も用意してくれました。

 

 贅沢なんて出来ない状況なのに、司令官さんはいつも自分のお金で電たちに我慢することを許してはくれませんでした。

 

 そんな方を

   そんな素敵な方を

 

 悪く言う人たちは心から大嫌いなのです。

 

 ―――――――――

 

 電たちが敵空母群を殲滅したことで、泊地総合部に招かれました。

 何でもその戦果に勲章を頂けるとのことです。

 司令官さんを先頭に、みんなで誇らしい気持ちで総合部の部長さんが待つ部長室へ向かいます。

 

 でも―――

 

「(おい、あれだろ、鬼ってのは?)」

「(可哀想にな、駆逐艦だけで敵に突撃させたらしい)」

「(血も涙もねぇよ、マジで)」

「(あれ、何人目なんだろうな?)」

「(おいバカ、聞こえるように言うなよ!)」

 

 ―――電たちを見る人々は口々に電たちを哀れみ、司令官さんを見る人々は聞こえないように悪口を叩くだけでした。

 ふざけるなと、本気で言いたかった。

 

 そもそも総合部の方が電たちだけでなんとかしろとしか言わず、司令官さんは電たちが轟沈しないように徹底的に鍛えてくれたんです。

 酷いのはどっちなのですか。変な嫉妬で司令官さんを苦しめて、変な噂だけで司令官さんを悪者にして。

 

 司令官さんがどれだけ電たちのために身を切って、血と涙を流してくれたのか―――

 

 

 

 

 

 本当の鬼はお前たちだろうが

 

 

 

 

 

 ―――本当に嫌になります。

 

 ―――

 

「鬼月君、此度は本当に良くやってくれた。心から勲章を贈らせてもらうよ」

 

「ありがとうございます」

 

「そして本当にすまなかった。僕の力が足りないばかりに、君の要望は全て僕のところに来る前に潰されていたんだ。言い訳に過ぎないが、本当に今後は徹底させるから」

 

「いえ、自分には頼れる仲間がいましたから」

 

 この方は司令官さんとは前に同じ特殊部隊にいたそうです。

 だから唯一、ここでは本当の司令官さんを知っている有能なお方なのです。

 

「これだけの戦果をあげたなら、もう誰も君に迷惑は掛けない。これからはちゃんと僕のところまで君の要望が通るだろう。もし途中で潰したりしたら、今度こそは僕の権限でその者の立場を無くすよ」

 

「自分はそういうことを望んでいません」

 

「知ってるよ。だから君はこれまで通りでいい。君は僕の恩人で、今でも最高の戦友だ。そんな戦友を守るのに何も同じ戦場に立たなくても、やり方は色々あるだろう?」

 

「………………」

 

「そういう訳で、早速3日後には君の鎮守府へ金剛型戦艦を四隻、正規空母の赤城と加賀、軽空母の鳳翔と龍驤、高雄型重巡洋艦の四隻、天龍型軽巡洋艦二隻と川内型軽巡洋艦三隻を送るよ」

 

「それは……」

 

「多いかな? でも通常はこれくらいの戦力を持ってないと、あの海域は突破出来ないんだよ。みんな君みたいに有能で資金力がある提督じゃないからね。とりあえず急に大人数になるけど、君なら大丈夫だよね?」

 

「ええ、3日あれば受け入れる準備も整えられますので、問題ありません」

 

「駆逐艦と潜水艦、それに海防艦なんかも揃えて欲しかったら気兼ねなく申請してほしい」

 

「その際はよろしくお願いします」

 

 ―――

 

 大変なのです。司令官さんが認められて嬉しいですけど、大変なのです。

 艦隊が大きくなるのはいいことなのですが、電たちの役目がなくなっちゃうのです。

 これは緊急会議をする必要があるのです。

 

 ということで電は鎮守府に帰ってきてから、不知火ちゃん、白雪ちゃん、潮ちゃん、綾波ちゃん、水無月ちゃんを会議室に呼んで緊急会議なのです。

 

「どうします?」

「どうしますと言われても……不知火は司令の判断に任せます」

「私も不知火ちゃんと同じ意見かな。それに新しく戦艦の人たちが着任しても、私たちの練度は早々抜けないと思うし……」

「確かに白雪の言う通りですね。綾波たちはもう練度88で、改二になれる人はなっちゃってますから」

「そ、それに提督は艦娘が増えたからって、私たちを蔑ろにする人じゃないよ」

「だよね! 現に総合部から帰る途中にこれからも頑張ろうって言ってくれたし、パフェとか色々ご褒美くれたし!」

 

 みんな甘いのです。食べてきたバケツパフェよりも甘いのです。

 

「そうではなくてですね、電は今後も司令官さんとお話ししたいんです! 皆さんは違うのです?」

 

 そう言うとみんなは揃って『お話ししたい』と言いました。

 

「……いっそのこと娘になりたいのです」

「ならなっちゃう?」

「水無月ちゃんどういうこと?」

「だから、司令官の娘に水無月たちがなるの」

「具体的にはどうやって?」

「そんなの自称だよ。ほらLOVE勢って言うのも他の人が勝手に名付けた敬称? みたいなものだし、娘勢がいたって何も問題ないんじゃないかと思って。そもそも水無月たちが自称するのは自由でしょ?」

 

 水無月ちゃん天才なのです。

 これなら娘として司令官さんのお側にいても許されるのです!

 

「じゃあそういうことで行きましょうか♪」

「うん。やっぱり娘壱号は電ちゃんだよね」

「では不知火が二番目に着任したので、弐号を頂きます」

「そういう順番なら私が参号♪」

「わ、私が肆号……えへへ」

「綾波は伍号ですね。零号じゃないのがちょっと残念です」

「えへへ、なら水無月が陸号♪」

 

 ◇◇◇それから現在◇◇◇

 

 こうして司令官さんの愛娘勢が誕生しました。

 今ではその人数も増えましたが、最初に集いし六人は初期メンバーということで―――

 

「ドーター1(わん)、今日はどうしますか?」

「ドーター2(つー)、今日はいきなり背中に抱きついちゃう作戦なのです!」

 

 ―――ドーター(娘)という英語をミスターやミスみたいな敬称として、そのあとにナンバーを付けてます。

 因みにドーター1が電で、2が不知火ちゃん、3が白雪ちゃんで4が潮ちゃん、5の綾波ちゃんに6の水無月ちゃんなのです!

 みんなには悪いですけど、電たちは司令官さんにいつでも無条件で引っ付いていい上に、可愛がってもらえるのです♪

 今もみんなで司令官さんに逆プロポーズする計画を練ってます。娘なのに逆プロポーズってのも変かもしれませんけど、それくらい好きなんです!

 

「こちらドーター3(すりー)。目標を発見したよ。中庭で喫煙中」

「こちらドーター4(ふぉー)。いつでもいいよ」

「こちらドーター5(ふぁいぶ)、1命令を」

「こちらドーター6。早く抱きつこうよ、我慢出来ない!」

 

「かかれ! なのです!」

 

『お覚悟〜!』

 

「おい、六人同時に引っ付いてくるとは卑怯ではないか?」

 

「えへへ、隙だらけの司令官さんが悪いのです〜♪」

『そーだそーだ♪』

 

「…………全くお前たちは、あの頃から何も変わってないな」

 

 司令官さんは苦笑いして灰皿にパイプの灰を捨てて、パイプケースに仕舞ってから電たちの方を向きました。

 

 でもその言葉はそっくりそのままお返しするのです。

 だって司令官さんもあの頃から変わらず、優しい鬼さんですから♪

 

「司令官司令官っ」

「どうした、水無月?」

「水無月たちとケッコンしよっ♡」

「……そういうのは本当にいい相手が現れたら、申し込め。俺なんかじゃ、泣くはめになるからな」

「え〜、司令官だから言ってるのにぃ!」

「何度言おうが無駄だ。俺はお前たちの幸せを一番に考えてる。なら俺とケッコンしないことが最善だ」

 

 司令官さん分かってないのです。電たちは別に『将来パパのお嫁さんになるぅ!』なんてノリのお話はしてないんですから。

 

「司令、どうして不知火たちの愛を受け取ってはくれないのですか? 何か不知火たちに落ち度でも?」

「落ち度なんてない。ただ俺はお前たちを悲しませたくないだけだ」

 

 ご自分がケッコンカッコカリをすることで、そのケッコン相手が周りから偏った目で見られる。それが司令官さんと電たちを隔てているもの。

 こうなってしまったのは司令官さんに嫉妬して、あることないこと言ってるアホ野郎共がいるからです。

 

「私たちは、司令官と同じで周りのことなんて気にしませんよ」

「白雪ちゃんの言う通りです。潮は、提督だからケッコンしたいんですっ」

「私もですよ。司令官は綾波たちにたくさんの愛情を注いでくれました。だから綾波たちの愛も受け取ってください」

「なのです。鎮守府のみんなが司令官さんとケッコンしたいと思ってます!」

「その気持ちだけで十分だ。何もケッコンカッコカリだけが絆の証じゃないだろう。お前たちと俺だけの確かな絆があれば、それでいい。例え俺が死んだとしても、お前たちとの絆は絶たれないのだからな」

 

 あぁ、これです。この優し過ぎる愛の言葉が電たちを容赦なく襲うのです。

 こんなに想われたら、こんなに大切にされたら、人間でも艦娘でも欲張りになっちゃうのです。

 

「司令官さん……ぐすっ」

 

 司令官さんを困らせたくない。けれど電たちはこの涙を止められません。

 大好きなんです。とってもとっても大好きなんです。

 だからケッコンしたいんです。

 

「…………すまないな。泣かせてばかりで」

「ううん、司令官は悪くないよ。水無月たちが勝手に泣いちゃってるだけ……っ」

「そうです……それに例えどんなに泣かされようとも、不知火たちは決して司令を嫌いになりません」

「……ああ、ありがとう」

 

 司令官さんはそう言うと、電たちを抱きしめてくれました。

 それはとても嬉しいんですけど、またダメでした。

 また逆プロポーズ大作戦が失敗なのです。

 むぅ!

 

「どれ、泣かせたお詫びとしては悪いが、何か食堂でおやつでも作ってやろう。今日は間宮たちが休暇だからな。何かリクエストはあるか?」

「不知火はあの時食べたホットケーキがいいです」

「私も」

「潮も」

「私も♪」

「水無月も♪」

「電もです!」

「お前たちは……よし、なら他にも暇してる者も集めてこい。ホットケーキバイキングを堪能させてやる」

『わぁい♡』

 

 笑って、泣いて、また笑って……こうして電たちはまた司令官さんに愛を募らせるのです。

 絶対に諦めない。だって電たちはそんな司令官さんに鍛え上げられた自慢の駆逐艦部隊なのですから♪―――




読んで頂き本当にありがとうございました!


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鬼大満足

※お知らせ
前からやってみたいことをするため、暫くお休みします。
ご了承お願いします。


 

「…………何を呆けている。そんな暇があるなら早く手をこちらに出せ」

 

「くっ……」

「…………」

「ひでぇよ、司令……」

 

 駆逐艦初風・磯風・嵐の三人は鬼の監視下に置かれていた。

 逃げることは決して許されない……いや、"逃げたくても逃げられない"が彼女たちの状況を最も正確に指した表現だろう。

 今まさに耐え難い苦痛を与えられている真っ最中―――

 

「周りを見ろ。お前たちの痴態を皆が見ているだろう?」

 

 ―――鬼はわざわざ集まったギャラリーを三人に意識させるように言う。

 戒めなのか、はたまた辱めるためなのか……。

 

「見るな! そんな目で磯風たちを見ないでくれっ!」

「提督、もういいでしょ!? 許して! もうしないから!」

「頼むよ! もう痛いのは嫌だぁ!」

 

 三人共に悲痛な叫びをあげるが、鬼は一切手加減しない。

 

「ふんっ、何を今更……それよりもこれ以上痛い思いをしたくないなら、お前らが取るべき行動が何なのか分かっているだろう?」

 

 やられる……。

 もう自分たちは引き返せないところにまで来てしまったのか……。

 そう三人が遅くもやっと思い知り、歯を食いしばって、瞼を強く閉じて天を仰ぐと―――

 

「だから包丁を手にしている時によそ見をするなと、あれ程忠告したんだ。馬鹿者共が」

 

 ―――鬼の一声と共に消毒液を染み込ませた綿が切り傷を優しく撫でた。

 

「くっ……うぅっ」

「痛いが我慢しろ。これくらい。女の子だろ」

 

 初風は歯を食いしばり、痛みに耐える。

 傷口の消毒が終わると、提督は切り傷に事前にカットしておいたガーゼをあて、手際良く自着性の包帯を巻いてやった。

 初風への処置が終われば―――

 

「痛がるお前たちの気持ちは理解するがな……」

「いっ……つぅ……」

 

「そもそもよそ見なんてしなければ、こうはならなかったんだ」

「いててててっ!」

 

 ―――磯風、嵐と順番に治療した提督。

 三人への処置が終わった提督は改めて三人の前に置いてあった椅子に座り直し、肩を落としてその場で正座する三人を眺めた。

 

「……何か申し開きたいことはあるか?」

 

 提督の問いに三人は揃って首を横に振る。

 そもそもは自分たちが提督に見惚れて集中を切らし、揃いも揃って仲良く同時に包丁で指を切ったのが悪かったのだ。

 しかし三人が提督に見惚れるのも無理はない。

 

 提督はいつも忙しい。

 それはこの鎮守府にいる誰もが知っていることだ。

 その上で提督は限られた自由時間の中で、艦娘たちとのコミュニケーションを優先してくれる。

 だから多くの艦娘たちは、出来るだけ自分たちのことは自分たちでやろうと思っているのだ。

 最初は初風たちもそうしようと、本日姉妹で予定しているお茶会に出すためのお菓子を作ろうとしていた。しかし出来なかった。何度やっても食材をただ無駄にするだけだった。

 何しろ『ダークマターに愛されし闇錬金術師"磯風"』がいるのだから。

 

 なので提督に頼んだのだ―――

 

 

 

 

 

 アップルパイの作り方を

 

 

 

 

 

 ―――この鬼に。

 

 三人でお願いをしに行くと鬼は『次からはもっと早く呼べ。食材が無駄になるだろう』と言葉は冷たいが、代わりに温かい笑みを見せて艦娘たちが暮らすこの宿舎の厨房まで来てくれた。

 しかしいざ作り始めたところで、三人はリンゴの皮剥きをしていて、ジッと自分たちのことを(心配そうに)睨む鬼の眼差しが嬉しくて……今に至る。

 

「……リンゴの皮すらも碌に剥けないのか。嘆かわしい」

 

「仰る通りで……」

「面目ない……」

「ごめん、司令……」

 

「しかし何もリンゴは必ずしも包丁で皮を剥くなんてルールはない。こんなこともあろうかとこれを買っておいた」

 

 準備の良過ぎる鬼。しかし鬼からしたら、こうした事故が減る方が最優先なのだ。

 

 鬼がずっと手にしていた手提げ袋(恐竜たちの可愛いキャラクターがプリントされたヤツ)から取り出したのは、リンゴの皮剥き器。

 それもリンゴだけではなく、オレンジやキウイフルーツ、スイカにパイナップルと幅広い果物の皮が剥けるお高い物だ。

 

「苦手なら苦手なりに頭を使って、剥ける手段を模索することだ。五つ買っておいたから、全て宿舎に寄贈する」

 

 ピーラーでもいいんじゃ……と思っても言わないのが優しさであり、こういうものの方が楽しんで使えると鬼は思っている。

 すると―――

 

「……提督……」

「……ありがとう、司令」

「ありがとう……」

 

 ―――三人は揃って涙を流す。当然のことながら、提督たちを見守っていた他の皆もその鬼の心遣いに涙を流したが、鬼は決して怯まない。

 リンゴの皮剥き終わることがゴールではないからだ。

 

「これでさっさと皮を剥け」

 

『……はいっ!』

 

 初風たちが涙を拭って勇ましく声を揃えると、鬼はしっかりと頷いて責務を果たすのだった。

 因みに、提督と厨房に立つ風景を集まった者たちは羨ましそうに見ていることを鬼は知らない。

 

 ―――――――――

 

 時はおやつタイムの一五〇〇。

 提督が定めた小休憩であり、任務以外では全員が休憩時間に入るのだ。

 陽炎たちはいつもこの時間は姉妹みんなで過ごす。

 何故なら訓練や任務は姉妹バラバラで編成されるため、こうした休憩時間にしか集まれないからだ。

 

 因みに陽炎たちがいる場所は艦娘宿舎の談話室で、談話室は最大で60人が寝れるだけの広さがある和室である。

 

 これまであった駆逐隊や戦隊は提督も勿論その重要性を知っているが、それは大規模作戦時や艦隊編成指定命令があった際に重要なのであって、平時では敢えてどの艦娘たちも姉妹バラバラで編成するようにしていた。

 こうすることで、どの艦娘と組ませても等しく連携が取れるようにしている。

 

 なので陽炎たちはいつも姉妹の絆をこういう時間に育むのだ。

 しかし―――

 

 

 

 

 

『…………どういうこと?』

 

 

 

 

 

 ―――今日は姉妹揃ってハモってしまうくらい、自分たちが置かれている状況が理解出来ずに、表情を強張らせていた。

 

 何故表情が強張っているのか……それはあの『ダークマターに愛されし闇魔法少女"磯風"』が自信満々で自作のお菓子を運んできたからだ。

 これは大変宜しくない―――陽炎たちの本能が緊急避難警報をウーウーと鳴らし、普段自分たちが装備している艤装の妖精たちすら忽然とその姿を消した。いつもであればこの時間を心待ちにしているはずなのに、だ。

 

(初風と嵐はどうしたのよ!? 今回はあの二人を監視役として派遣したはずでしょ!?)

(試食の時点で犠牲になったのかと不知火は思うぬい……)

(いや、二人が付いててそんなんなるぅ?)

(でも磯風さんなら有り得ますよ……私も二度程やられましたし)

 

 陽炎・不知火・黒潮・親潮の四人は目だけでそんな会話をするが、その間にも磯風は胸を張って鼻息荒く自分たちのいるテーブルへ真っ直ぐに向かってくる。

 

(ね、ねぇ、みんな胃薬持ってきた?)

(ゆゆゆゆ雪風はははは、いいいいいそかじぇしゃんをしんじじじじじ)

(雪風っ、落ち着いて! 回避する方法はまだあるよ!)

(でも、あがいな顔をしとる磯風になんて言えばええの?)

 

 天津風・雪風・時津風・浦風も目だけの会話でどうやって最悪の状況を回避しようかと大規模作戦中並に思案する。

 しかしとうとう磯風がテーブルに到達し、目の前にその料理を乗せた大きな大きなお盆ドドンッと置いた。

 

(カバードームのせいで中に何が用意されているのか分からない!)

(エチケットバケツ持ってくるんだった……)

(嵐……あなた一人だけを逝かせはしないっ)

(あ、なんか急にお腹痛くなってきたかも)

(萩っち現実逃避しないでっ!)

(原稿あるって言って逃げたい。これぞまさにデンジャーゾーン)

(お、おう……)

 

 浜風・谷風・野分・萩風・秋雲……そして姉妹ぐるみの付き合いである島風は既にこれから始まる破滅への輪舞曲にその身を震わせている。

 

 これは何かの間違いだ

 早過ぎるエイプリルフールだ

 あ、そもそも午後って嘘ついちゃダメなんじゃね?

 Oh

 

 一斉にガックリと項垂れる陽炎たち。

 しかし、天は彼女たちを見放していなかった―――

 

 

 

 

 

 

「ちゃんと集まっているようだな」

 

 

 

 

 

 

 ―――声の主、鬼(神)の登場によって陽炎たちの瞳にまた光が戻る。更にその両隣には初風と嵐の姿もあったので、姉妹たちは心の中で勝利のラッパを高らかに鳴り響かせた。

 

「え、司令?」

「もしかして、司令が……?」

 

 ワナワナとしながら陽炎と不知火が訊ねれば―――

 

「三人から要請を受けた。よって此度のお前たちのおやつは俺が監修した物だ」

 

 ―――鬼は涼しい顔で言い放つ。

 

 その言葉に陽炎たちは歓喜した。

 天は我らに味方せり。

 本日一番の吉報であった。

 

「司令が手伝ってくれたの!?♡ わぁい、ありがとう司令!♡ 大好きーーーっ!♡」

 

 いの一番に時津風は提督の胸に飛び込み、感謝と愛を告げる。

 それでも鬼は時津風を受け止めて「大袈裟な奴だ」とクールに返すだけ。

 しかしこれは全く大袈裟ではない。それは初風たちの瞳の奥に宿るハートマークが物語っている。

 きっと手取り足取り鬼から(愛で)蹂躙(指導)されたに違いない。そうでなければあんなメスの顔は出来ないだろう。

 現に初風と……あの嵐すら提督の左右の腕に両手を絡めて身を寄せつつ、ずっと頬擦りばかりしているのだから。

 

「磯風、全貌を陽炎たちに見せてやれ。今回のは会心の出来なのだろう?」

 

「あぁ、今見せるぞっ」

 

 パカッとシルバーのカバードームを磯風が持ち上げると、甘い砂糖の香りとこんがりと焼けた小麦の香りとリンゴの香りが絶妙なハーモニーを奏で始める。

 黄金の如き輝きを放つアップルパイ……まるで本物の金塊のように陽炎たちには見えた。

 よってその見ただけで美味しいと分かるアップルパイを前に、陽炎たちははしたなくも口からよだれを垂らし、消えていた妖精たちも戻ってきた。

 

「切り分けてやれ」

 

 提督が静かに磯風へ命じると、磯風はパイを均等に姉妹と島風の分とに切り分け、妖精たちの分は別で初風が敢えて切り分けずにドンとそのまま集まった妖精たちの中央に置く。こうした方が妖精たちに好評だからだ。

 まだ熱々のアップルパイが眼前に来ると、みんなして鼻息荒く、またゴクリと生唾を呑み込んでは喉を鳴らす。

 

「これだけではない」

 

 提督の言葉に陽炎たちがハッと我に返って提督の方へ目をやると―――

 

 

 

 

 

「これもあるぞ」

 

 

 

 

 

 ―――鬼はどろりとした物をそれぞれのアップルパイの上に垂らしてきた。

 

 これは提督が三人の料理監督をしている傍らで作ったリンゴの皮と芯を材料としたリンゴのジュレである。

 材料は皮と芯(3個分)に加えて砂糖120gに水500mlとそこにレモン果汁1個分。

 リンゴの皮と種を除いた芯を鍋に入れ水を加えて強火で熱して沸騰したら弱火で30分煮たあと、ザルで濾す。この時に汁が濁らないよう皮と芯はしぼらないのがポイントだ。

 因みにリンゴの種には青酸配糖体と呼ばれる物質が含まれており、そのひとつがアミグダリンで、腸内細菌によってシアン化物に変わる。このシアン化物は、人を死に至らしめることもあるが、リンゴ1個分の種では、少し気分が悪くなる程度のシアン化物さえも生成されない。

 またモモやアンズ、サクランボ、ウメ、ビワなどにも、アミグダリンが含まれる。

 

 なので提督は種を除いた上で調理をし、その煮汁に砂糖とレモン汁を加え中火で5〜10分煮詰め、煮沸消毒したビンに入れて完成。冷蔵保存も可能である。

 

『はわわわわ……♡』

 

 追いソースならぬ追い愛情を鬼から注ぎ込まれた陽炎たちは、恍惚な表情を浮かべ、まだ口にもしていないというのにその瞳にハートマークを浮かべていた。

 鬼からは逃げられない。いや、寧ろ永遠に捕まえて離さないでください……と、ここに所属する誰もがそう思う瞬間だ。

 

「何をしている。さっと食え」

 

 鬼が号令を掛けると、陽炎たちはお行儀良く両手の皺を合わせて『頂きます!』と声を揃える。

 そうやってからはすぐにフォークを手にしてアップルパイを口に運んだ。

 はふはふ、と吐息を漏らしては『あぁ……♡』と艶めかしく喘ぐ。

 美味しいなんてありきたりな言葉しか浮かばない。

 本当ならば、もっともっとこのアップルパイを評する言葉を並べたいのに……ただただ陽炎たちの口からは『美味しい!』としか出て来なかった。

 

 それでも初風たちや提督は満足げな表情をして胸を張った。

 美味しい……ただその言葉だけで、初風たちのこれまでの苦労が報われる。

 可愛い恐竜のキャラクターが散りばめられたエプロンをする提督に見惚れて指を切ったり、後ろから抱きしめられるようにして両手を押さえつけられてパイ生地作りの指導を受けたり、これにより耳元で話し掛けられたことで耳に提督の吐息と低音優甘ボイスを聞かせられたり、カスタードクリームの味見として提督が自分の指に付けたクリームをあーんしてもらったり……などなど、初風たちは思い出すだけで鬼の(主夫)スキルにその身を震わせた。

 本当に怖かった……何しろ今まで以上に鬼の(愛)力に溺れてしまうと感じたから。

 そしてそれは現実となり、初風たちはもう鬼の(愛)力に溺れ、もう二度と抜け出せないと実感した。

 

「うむ、皆いい顔をしている。良かったな、初風、磯風、嵐」

「それもこれも提督のお陰よ……ありがとう♡」

「こんなにも喜ばれたのは司令のお陰だ。感謝するぞ、磯風の司令♡」

「俺は指南しかしてない。勝手に俺の手柄にするな」

「ふふふ♡」

「分かった♡」

 

「次やる時はまた頼んじまうと思うけど、頼むな♡」

「気にするな。これくらいのことで遠慮なんてされたら、俺の方から出向く」

「へへ、サンキュ♡」

 

 ああ、自分たちはなんて幸せな艦娘人生を謳歌しているのだろう。

 初風たちだけでなく、話を聞いていた誰もが同じことを思った。

 

「そんなことよりお前たちも食え。冷めてしまう」

「そうね……当然、提督も食べていくわよね?」

「寧ろ食べてくれ司令。そのために司令の分も用意してあるんだ」

「まさか自分だけ食べずに戻ろうなんてことはしねぇよなぁ?」

「ふっ……そういうところは用意周到なのか」

 

 だが、折角の厚意は頂こう―――と、提督が適当な場所に座る。

 するとあぐらをかいたことで出来たスペースに時津風が即座にするりと鎮座した。

 

「えへへぇ、ここはあたしの場所〜♡ ね、司令?♡」

「相変わらず犬猫みたいなことを……」

 

 そうは言いつつも、提督は時津風の頭を軽く撫でる。

 これこそが時津風の強さだ。

 

「提督さん、良かったらうちが食べさせたいんだけど……ええ?」

 

 更には良妻勢の浦風も攻め時を逃さずに提督へ侍る。

 因みにこう訪ねることで、提督の優しさにつけ込み高確率で断れなくするのだ。

 

「……好きにするといい」

「えへへ、それじゃあ……あーん♡」

「んっ……うん、いい味だ」

 

 鬼(格好いい)スマイルに陽炎たちの脳は蕩ける。

 その証拠に陽炎たちはキラ付けもしていないのにキラキラし、キラキラだけでなくハートマークも舞っていた。

 

「あ〜、いいねいいね〜、捗るわ〜♡」

 

 秋雲は早速そんな提督の姿をいつも持ち歩いているスケッチブックに素描していく。

 因みに秋雲が年に一度実費で出版している提督のイラスト集は一瞬で売り切れ、毎回部数を増やしている。

 

「……秋雲、お前また徹夜したのか?」

 

「へ……なんで?」

 

「目の下に青いクマがある」

 

「…………はい、イラスト制作が捗って」

 

「やるなとは言わないが、ちゃんと寝ろ。ほら、こっちに来い……時津風、少しずれてくれるか?」

 

 提督の要請に時津風は「あーい」と太ももに移動し、秋雲はもう片方の太ももに頭を乗せて仰向けになる。

 すると提督は慣れた手付きでマッサージをする。

 先ずはリンパマッサージ……指で耳の前後を挟み、円を描くように押す。

 そして次に鎖骨マッサージ……こめかみのあたりから鎖骨を撫でるように押す。

 最後に四白マッサージ……瞳から親指の太さくらいの真下に行った部分を優しく押す。

 

「ふぁ〜……提督に蹂躙されるぅ」

「馬鹿なことを言うな」

「はぁい……きもちいい〜♪」

 

 ご満悦の秋雲を見て、提督は微笑んだ。

 当然、そんな提督を見逃さない陽炎たちは更にLOVEを募らせ、親潮や天津風、野分、萩風といった者たちは募らせたLOVEが涙となって溢れ出た。

 しかしそれは悟られないようにちゃんとハンカチで拭き取る。

 

「今日は早く寝るように」

「あ〜い♡」

「遅いようなら罰するからな」

「き、気を付けます……♡」

 

 そんなこんなで鬼はこれでもかと己の力(愛)を振り撒き、また艦娘たちを虜にするのであった―――。




◆※前書きでのことはエイプリルフールの嘘です※◆
前からエイプリルフールにこういう冗談をやってみたかったんですよ(^^)
驚かせてごめんなさい。
お詫びに明日も更新しますので、許してください!

此度も読んで頂き本当にありがとうございました!


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鬼は査察官も泣かす

査察官(被害者)視点です。


 

 艦娘は守るべき、尊き存在だ。

 彼女たちがいるから、今の世界がある。

 だからこそ―――

 

 

 

 

 彼女たちを泣かす鬼にはご退場願う

 

 

 

 

 ―――今日の査察でな。

 

 私の名は近藤 陸羽(こんどう むう)。

 学生の頃からのあだ名は鉄兜。個人的には格好良くて気に入っているが、何故か周りのみんなは笑う。理由は知らないが、みんなが笑顔になるのはいいことだ。

 61歳厄年で既婚者。妻を愛して40年、娘と息子を可愛がって25年と22年、家族のために日々仕事をする極々普通の父親だ。

 私自身も期間は短いながら元は提督であり、数年前から総合部に移って泊地にいるあらゆる艦娘を守っている。

 

 そして今日はこの泊地で悪名高い鬼がいる鎮守府の査察日だ。

 

 査察は毎回担当者が変わる。でないと癒着等の不正が発生するからだ。

 かと言って、国に宣誓して入隊する我々軍人がその宣誓を違えることなど本来あり得ない。

 

 だが、艦娘を泣かせているという噂の絶えないその鬼こそ、我々の敵である。

 共に査察に行く同じ総合部所属の後輩君(28歳の女性)はずっと怯えきっているし、前に鬼の元へ査察へ行った者たちも口々に『あれは泣くしかない』とまで証言していた。

 どんなに狡猾で圧力で弱い者を捻り潰すスペシャリストだろうと、私は屈しない!

 

「出迎えご苦労。楽にしていい」

 

「はっ! 本日はよろしくお願いします!」

 

 見た目は確かにそっち系に思えるくらい怖いが実にいい挨拶だ。駆け出しの頃を思い出す。

 こんなにも模範的な姿勢と気持ちのいい挨拶が出来る奴が鬼とは……全く人は恐ろしい。まあ見た目相応ということだろうね。怖い怖い。

 

「では早速我々は我々の任務を遂行させてもらう。君は我々のことなど気にせず、いつものように任務を遂行させてくれ。必要な場合はこちらから尋ねる」

「はっ! 了解しましたっ!」

 

 クッ……先程からこの鬼からは好感しか湧かぬ。

 しかしそんなのも今の内だ。

 どうせ艦娘たちに尋ねればお前の悪行は全て白日の下に晒されるのだからな!

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 私は後輩君と共に先ずは基本的なことから始めた。

 査察と言うと難しく思われがちだが、鎮守府への査察は―――

 

 艦娘たちの体調管理等はどのようにしているか

 多々あるハラスメント行為に及んでいないか

 不正が行われていないか

 

 ―――を我々が直に見て判断する。まあ他にもあるが重要なのはこれくらいだ。隠していたとしても、査察した我々が要請すればより大規模な査察が行われる。

 

 しかし仮にも泊地随一の頭の切れる悪者だ。設備管理も艦娘たちの体調管理も徹底していて非の打ち所がない。

 そもそも艦娘に対して有給休暇があるとは聞いたこともない。年がら年中、いつ敵が攻めてくるかも分からないこのご時世で、もし艦娘たち全員が同時に有給休暇を使ったらどうするんだ?

 そんなことを許していたら敵に攻撃してくださいと言うようなものだ。

 

「査察官殿、お疲れ様です。どうですか、うちの鎮守府は?」

 

 彼女は……鬼の秘書艦の高雄君か。

 日頃こんな真面目で美しい艦娘を侍らせ、無理難題を吹っ掛けては罰等といってあんなことやこんなことをしているとは……早く助け出さねば。

 でもその前にこの有給休暇について意見を聞きたい。

 

「君は鬼月君の秘書艦だったね。どうだい、君から見てここ独自のこの有給休暇というものは?」

 

 きっと最悪のケースを想定しているに違いない。

 彼女たちにも休息は必要だが、彼女たちの使命は国を守ることなのだから。

 

「そうですね……巷で聞く『休みたくても休めない』ということがないので、みんな安心して有給を使う場合は申請してます。寧ろ『休みたくないのに休ませられる』ってところでしょうか」

「は?」

「他所ではどうなのか知りませんが、私たちの鎮守府は提督がああなので仕事一筋になりがちなんです。でも提督が無理矢理にでも有給休暇を取らせてくれるので、私たちは戦争はしていても精神的健康を保っています」

「…………」

「提督があまりにも有能でみんなして提督のために役に立ちたい。しかし提督は私たちが働き過ぎると怒るんです。自分のことを棚に上げて……提督みたいな方にこそ有給休暇制度を導入してもらいたいくらいですよ」

「……全員が有給休暇を使った場合のこととかは考えないのかい?」

「提督が弛まず仕事をしているのに休めるとでも?」

 

 そうか。鬼は自分が働いているんだから、お前たちも働けとそういう無言の圧力を―――

 

「なのに私たちには隙あらば休め休めと……査察官殿からも言ってください。あなたは働き過ぎだと。査察官殿に言われれば、あの提督だって多少は休むはずです! なのにこれまで来てくださる方々は一言も言ってくださらなくて……」

 

 ―――掛けていない、だと!?

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 どういうことだ?

 自分は無能だからこそやるべき仕事が山積みなのに、艦娘たちがそれを無理に補佐しようとしてくるから命令して休ませてる……だと!?

 

 鬼月君に高雄君から言われたことをそのまま言ってみたら、そんな答えが返ってきた……。

 おかしい! 鬼どころかお釈迦様並みの慈悲深さとイエス様並みの謙虚さじゃないかっ! ブッダも泣いて拍手するんじゃないか!?

 

 いや、そう決めつけるのは早計だ。

 何しろ高雄君は鬼に最も弱みを握られている艦娘。

 いくらでも口裏を合わせる時間はあるし、素直に言い出せないはずだ。

 

 となると―――

 

「ここがいいだろう」

 

 ―――食堂が一番だな。

 

 食堂はみんなが利用する。

 ここでは基本的に仲間たちしかない。

 よって提督がいなければ愚痴りたい放題だ。

 私も提督をしていた頃、私がいるのに周りから色々と私に対する愚痴が聞こえてきたものだ。

 悲しかったが、同時に改善点も得られたから気にしたことはないがな。

 

「お疲れ様です。食堂を任されています、間宮です」

「同じく伊良湖です。とりあえず間宮羊羹と伊良湖最中と冷たいお茶をどうぞ!」

「ありがとう、頂くよ」

 

 後輩君もこれにはとても喜んで甘味を堪能している。

 私も彼女たちの気遣いに感謝だ。

 

「では早速なんだが、率直に君たちから見て鬼月君の評価はどのようなものかな? 勿論彼の耳には絶対に入れないと誓おう」

 

「提督の評価……ですか?」

「……う〜ん……」

 

 勇気が必要だよな。だが、君たちは孤立無援ではない! 君たちの勇気を私が絶対に無意味なものにさせないぞ!

 

『鬼……ですかね』

「っ……鬼とは?」

 

 良くぞ言ってくれた! さぁ、奴の悪行を全て我々に教えてくれ!

 

「提督ってお料理がとてもお上手なんです」

「?」

「そうなんですよ! それにこの前なんて自分のお金で神鷹ちゃんに神戸牛買ったんです!」

「???」

「それも一頭丸々。あ、勿論加工された物ですが、500万円もしたとか」

「?????」

「でも一人だけ贔屓するのは良くないって、結局五頭分も買っちゃって、みんなに牛丼(それぞれの部位で分けた贅沢なやつ)やらビーフシチューやら肉じゃがやらを夜なべして作って振る舞っちゃったんです!」

「………………」

「それが美味しいのなんの……みんなして泣きながら食べましたよ。足りないなら自分の貯金はまだまだ余裕があるから、明日も買ってくるぞとか言い出したんです! 鬼じゃありませんか!? 私たちの胃袋を鷲掴みにして! どこまで惚れさせる気なんですかね!!?」

「査察官さんたちも鬼だと思いますよね!?」

「…………鬼でしゅ(裏声)」

「査察官殿からも言ってください! 私たちのお仕事を奪わないでくださいって! そして所属してる全艦娘とケッコンカッコカリしてくださいって!」

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 あれれぇ、おぉ〜かぁ〜しぃ〜ぞぉ〜?

 私はちゃんと鬼の悪行を尋ねたはずが、間宮君たちからは寧ろ鬼の善行と惚気しか聞かされなかったぞ〜?

 

 ケッコンカッコカリしてあげないの?って聞いたら、自分のような人間が彼女たちをあの指輪で縛るのは良くないって……いや、君めっちゃ愛されてるよ? だって後半甘味の味しなくなったもん。

 本当に噂はただの噂で、彼はいい提督なのかもしれない。

 

 いやいや待て待て、陸羽。

 落ち着け、陸羽。

 よし、落ち着いた。偉いぞ陸羽。

 

 施設内はきっと鬼の監視下にあるんだ。だからきっと彼女たちは鬼をヨイショしたに違いない。

 なんて可哀想なんだ……でも必ず私が助け出してあげるよ!

 

 ということは、各施設内での聞き込みはダメだな。

 外でしよう。

 外で彼女たちに何の足枷もない状態で聞き出そう。

 

 お、体よく埠頭に駆逐艦がいるな。

 駆逐艦は脆いために軽視されがちだ。きっと鬼は戦闘では使えないからと駆逐艦にあんなことやこんなことをしているに違いない。

 同じ日本人として、同じ男として、女と見れば跪かせようとする人間は許せないからな!

 

「君たち、ちょっといいかな?」

「おお、査察官殿。妾たちに何用かえ?」

「お仕事、お疲れ様です」

 

 おお、あの扱い難い艦娘ランク上位(個人的)に入る初春君と満潮君か。

 きっと彼女たちならあの鬼の嫌なところをこれでもかと私に言いつけてくれるに違いない!

 にしても、ここの二人はとても態度がいいな。私が提督をしていた頃にいた二人は挨拶だけして、あとはすぐに引っ込んでしまう感じだったからなぁ。上が違えば、艦娘たちも違うようだ。実に新鮮だ。

 でもこれも鬼が怖いからだろう。可哀想に……。

 

「(ねぇ、なんか哀れまれてる気がするんだけど?)」

「(大方、噂を鵜呑みしている阿呆じゃ。流すが吉え?)」

 

「ちょっと質問があってね。君たちから見て、鬼月君はどういう提督かな? 勿論、ここでの話は彼には言わないし、盗聴器等の心配も無用だよ」

 

 さぁ言ってくれ! 存分に奴の不満をぶち撒けるんだ!

 

「どういうねぇ……そりゃあ、私だって最初は何コイツって思ってたけど、いい司令官よ。すっごく」

「そうじゃのぅ。妾が大破したせいで任務が失敗した時は、何も言わずに一晩中妾のことを抱きしめてくれていた。何でも『お前が生きていることを確かめたい』とか言っておったわ……ほほほほほ♡」

 

「はひふへほ?」

 

「司令官ってそうなのよね。私たちが落ち込んでるといつもそう。私たちは私たちで不甲斐ないって思ってるのに、向こうは呼吸していてくれるだけで嬉しいなんて真面目に言うんだもん」

「愛されているとは、まさにこのこと。よって妾たちはあやつを憎く思ったことはない。強いて言えばケッコンカッコカリをしてくれぬことくらいじゃよ」

 

「…………ケッコンしたいの?(裏声)」

 

「したいでしょ、普通。こんなに愛情深く接してもらってるのに、ケッコンしたくない艦娘なんていないと思うけど?」

「そうじゃのぅ。なのにあやつは妾たちが湯浴みを共にしても、褥を共にしても、これっぽっちも妾たちを襲ってはくれぬ。そこにだけは不満はあるぞえ?」

 

「な、なんだって!!!? 君たち、それは本当なのか!!!?」

 

「ここにいる艦娘ならみんなしてるわよ?」

「あやつの愛情は底知れぬ。故に鬼じゃ……愛の鬼と書いて愛鬼(あいき)かのぅ♡」

 

 これは確かな証言だ!

 大丈夫だよ、君たち。もうそんなことを強要されることは今日から無くなるから!

 

「因みに君たちはそのことについてどう思う?」

 

「そのこと?」

 

「だからほら、風呂とか、一緒に寝るとか」

 

「ああ、それね。そんなの嬉しいに決まってるじゃない」

 

「…………嬉しいにょ?(裏声)」

 

「あやつは全く手を出さぬがな。こちらとしてはいつでも抱けと申しておるにもかかわらず、じゃ」

 

「…………抱かれたいにょ?(裏声)」

 

「だからここにいる艦娘はみんなそう思ってるわよ。みんな司令官のこと好きだもの」

「左様。好きな時に有給休暇はくれる、こちらの話や妹たちの面倒も見てくれる、料理の腕もある、まさに有能とはこのことじゃ」

 

「…………」

 

「そんなに心配なら青葉さんのとこにでも行けば? 青葉さんが鎮守府中にある監視カメラの責任者だから」

「ただし、青葉めに迂闊なことは言わぬ方が良いぞ?」

 

「分かった。ありがとう」

 

「(満潮、どちらに賭けるかの?)」

「(青葉さんがキレるに羊羹1本)」

「(なぬっ!? それでは賭けにならぬではないか!)」

「(普通に一緒に食べればいいだけじゃない……)」

「(それもそうじゃのぅ♪)」

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 おかしい。

 おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい!

 

 何なんだ!? ただの聖人君子なんだが!?

 話が違う! どこが鬼だ!

 聖母マリアやエロースやカーマも思わず頬を赤らめるくらいに愛情の権化みたいな人間じゃないか!

 

 おいコラ待てコラ陸羽コラ。

 早計は良くない。私は此度の査察官。ここの状況を見るのが任務だ。

 青葉君ならきっと包み隠さず吐露してくれるだろう。

 

「査察官殿、お疲れ様です!」

「お疲れ様です。こちらで何をご覧になられたいのでしょうか?」

 

 出迎えてくれたのは青葉君に加えて大天使と名高い古鷹君か。

 どこの古鷹君も優しいなぁ。癒やされるなぁ。私が提督の頃にいた古鷹君はシスコンだったのか、何かにつけては妹の加古君と一緒にいたがったが、ここの古鷹君は違うようだ。

 十艦十色だなぁ。

 

「ここでは鎮守府中の至るところにある監視カメラの映像が見れるんだね?」

「はい。敷地内ならどこにでも、トイレにもお風呂にもあります。皆さんそれには了承済みですし、視覚的に計算して皆さんの裸体等は撮影されません。鎮守府内に不審なことが起きないことが大切ですからね。それに何分皆さん、青葉も含めてアレ(提督大好き)ですから、しっかりと24時間監視してますよ。間違いは起こらないと思いますが、念のため。勿論どんな小さな声も拾えます」

「なるほど。因みに過去の映像はあるかな?」

「提督のご命令でこれを導入した3年前から今まで全ての記録が保存してあります」

「なら今から1か月間前の鬼月君の寝室の映像を出してもらえるかな?」

「……何故ですか?」

「念のためさ」

 

 流石に仲間が酷いことをされている映像は見せたくないんだろうね。でも大丈夫だよ。それを証拠に鬼を牢獄に閉じ込めてあげるから!

 

「少々お待ちください」

「ああ、待ってるよ」

 

「(落ち着いてね、青葉。アホにこっちからまともに付き合う必要ないから)」

「(青葉は落ち着いてますよ、古鷹。ただ青葉たちの司令官をただの噂で鬼扱いし、それには飽き足らずそういうことをしてると決めつけてるど畜生に青葉がいちいち腹を立てるという非効率なことする訳ないじゃないですか)」

「(あはは……)」

 

「メインモニターに出します」

「ああ」

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 おお、ここが鬼のねぐらか。やけに枕元に置いてある恐竜のぬいぐるみが多い気がするが、あれだなあれ……ぬいぐるみで気を逸らさせて『お前が抱き枕になるんだよ!』みたいな展開に持っていくということだな!

 てか後輩君。今キュンってしただろ。あれ、君こういうのがタイプ? この前私みたいな人が好みとか言ってなかった? いやまあギャップっていいよね。私の妻も普段優しいのにキャバクラ帰りは暫く口きいてくれないし。

 まあ、そもそも私には家族がいるから好まれても困るんだけど―――

 

『ほら、これが欲しかったんだろ!? さっさと咥え込めっ!』

 

 ―――おお、まさにそれじゃないか!

 これは―――

 

『提督、止めてよ!』

『そうよ! こんな時間にこんな大っきいヴァイスヴルスト食べたら太るじゃない!』

 

 ―――ちゃんと美味しい方のソーセージかよぉぉぉぉっ!

 む、後輩君。なんか露骨にホッとしたね? そういうシチュじゃなくて良かったってことだよね? 決して鬼がロリコンじゃなかったからホッとしてる訳じゃないよね!?

 

『どんなに食っても艦娘は太らん! 日々それ以上のカロリーを消費しているんだからな! そもそも食べたいのに我慢していたお前たちが悪い! これは罰なんだ!』

『こんなに立派なの見たことないよ……』

『当然だ。父の知り合いのドイツ人に個人的に頼んで作ってもらった物だからな。お前たちだけに与える罰にはいいだろう。ほら、焼いた匂いがそそるだろう!?』

『クッ……イヤッ!』

『俺は我慢される方がもっと不快だ! お前たちはドイツ艦ではあるが、今は俺の大切な艦娘だ!』

『提督……♡』

『ズルいわ……♡』

 

 うわぁ、レーベ君もマックス君も美味そうに食べてる……てか、ソーセージ咥えてる外国美少女っていいなぁ……じゃなくて! そうじゃないくて!

 あれ、後輩君? いきなり乙女ポーズなんかしてどうしたの? あ、君も食べたいってこと? しょうがないなぁ、帰りにドイツ料理のお店にでも連れて行くかぁ。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

『提督、ろーちゃんとせっくすしよ♡』

『またお前か。分かった分かったしてやる』

 

 おお! 今度こそ! 今度こそそうだろ!

 何も知らない艦娘を粗雑に使い、使いに使い古して、ボロ雑巾のように捨てる瞬間を―――

 

『えへへ〜、提督のお布団温か〜い♡』

『二人で入ってれば嫌でも温かいだろうさ』

『ん〜、提督好き〜♡』

『そうか』

『うん! あ、好き♡ 好き好き♡ 好き〜♡』

『うるさい。早く寝ろ』

『は〜い♡』

 

 ―――寧ろ歳の離れた血の繋がってない良識人の兄と欲望に忠実な妹みたいなシチュじゃないかぁぁぁぁあ!!!!

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

「あ、因みにろーちゃんは日本語がまだ不自由で、せっくすイコール寝ることだと思ってます。司令官も青葉たちも最初はその都度訂正していたんですが、一般の方々に我々の会話は聞かれることもないのでもういいかなとなってます。でもそのご様子だと問題有りみたいですね。今後は徹底して訂正します」

「………………うん」

 

 1か月間、鬼は艦娘たちに酷いことをするどころか、実の娘や妹のように接していた。

 私ならきっと何回かは欲望に負けていたと思う。

 そうか、彼は確かに鬼だ―――

 

 

 

 

 精神力が

 

 

 

 

 ―――鬼なのだ。

 

 そうかそうか、つまりそういうことだったんだね。

 私としたことが早計だった訳だ。

 みんながみんな彼のような鬼(の精神力)になってほしいところだ。

 これは是非とも帰ったら提案してみよう!

 誤解をしてきた私なりの罪滅ぼしだ!

 くぅ、涙で前が見えない!

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

「君は素晴らしい提督だ! 何も問題は無かった! これからもこの調子で頼むよ!」

「はっ! ありがとうございますっ!」

 

 うんうん、我が国の未来は明るい。

 こんなにも素晴らしい御仁が最前線にいるのだからね。

 あれ、後輩君。なんか連絡先交換してない? 私が前に連絡先交換しようと申し出たら機械音痴でスマホは持ってないって言ってたのに。

 まあ細かいところはどうでもいいね! 早速帰って提案しよう!

 

 後日―――

 

「おい、鬼のところに査察行った人。また懐柔されたっぽいな」

「あんだけ泣きながら鬼を絶賛してればなぁ。でも提案内容は悪くなかった」

「鬼を見てきたからこその、あの提案なんだろうな。きっと本人の良心がそうさせたんだろうよ」

 

『鬼は査察官をも泣かすのか〜……』

 

 より鬼への脅威は増したとさ―――。




読んで頂き本当にありがとうございました!


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鬼の恐ろしさは国境をも越える

 

 外は大嵐。

 横殴りの豪雨と強風が吹き荒れ、まだ昼間だというのに室内は明かりを付けないと薄暗い。

 そんな薄暗い部屋の中―――

 

「…………俺はお前たちに失望した」

 

 ―――鬼は椅子に腰掛け、足を組み、目の前で正座をさせる艦娘たちに冷たい言葉を浴びせる。

 

「………………っ」

「ぐっ…………」

「………………」

 

 鬼の口から出した言葉に、コロラド・ガングート・ビスマルクの三人は苦々しい表情を浮かべるが、鬼の表情はピクリともしない。

 

「……反省したのだろうな?」

 

 静かに述べる鬼に三人は揃って鬼から顔を背ける。

 それには屈しないとばかりに。

 

「貴様らは懲りていないのか? 何度も言うが、貴様らが俺の目を盗むことなど出来ない」

 

「くっ……まさかこんなことになるだなんてね」

「だから私はガングートは足手まといだって言ったのよ」

「何も言い返せんな」

 

 鬼の目の前にいるというのに、尚も無駄口を叩く三人。

 当然それを良しとしない鬼は「誰がお喋りを楽しめと言った?」と眼光鋭く言い放つ。

 その恐ろしさに三人共姿勢を正すと、鬼は深いため息を吐いて三人の背後に控えていた高雄・サラトガ・プリンツに目配せした。

 

「分かりました。皆さん、恨まないでくださいね」

「コロラド、ソーリー……」

「今回は流石に庇えません」

 

「な、何をする気!?」

「止めなさい、オイゲン! アトミラール、命令を取り下げて!」

「貴様! これはもうしないと言っただろっ!?」

 

「先に約束を違えた者の言葉とは思えんな」

 

 高雄たちはコロラドたちがどんなに喚こうが、暴れようが、鬼に従って彼女たちを柱にロープを使って括り付けていく。

 勿論、コロラドたちも抵抗はした……が、高雄たちだけでなく多くの艦娘たちに押さえつけられてしまってはなすすべがない。

 みんな口々に「ごめん」、「すまない」と謝罪する。

 コロラドたちは括り付けられていく間、もう自分たちはダメなのだとハッキリ分かってしまった。

 それからは何の抵抗もする気は起きなかった。

 

「……どうしてこうなったのか、今なら理解出来るな?」

 

 鬼の問いにコロラドたちは尚も顔を背ける。

 なので―――

 

「……そうか。ならばいい。お前たちはそこで見ていろ」

 

「アトミラール!」

「なんてことを!」

「お前の血は何色だ!」

 

「さぁ、みんな。こんな不届き者共は無視してバイキングを楽しもう」

 

『はぁい♪』

 

 ―――鬼はもう気にせず、室内の灯りを煌々とつけてバイキング形式のランチパーティ開始を宣言した。

 

 

 

 今日は大嵐のため、出撃等は一切中止。

 なので急に時間が出来てしまった提督が日頃から頑張る艦娘たちのために、手料理を間宮たちと作っていた。

 しかし気が付いたら、作り過ぎたとは言い難い量の料理を作っていたのだ。

 

 因みに鎮守府本館・ドック・格納庫・艦娘宿舎・食堂は緊急時の脱出路として地下通路が繋がれており、悪天候でも難なく集合出来る。

 

 今回作ったのは大鍋にカレー、クリームシチュー、コーンポタージュ、シチー。

 また肉じゃが(肉は牛)、おでん(変わり種で焼売とたこ焼き)、ポトフ、様々な魚の煮付けや豚の角煮と牛の角煮といった煮込み料理。

 唐揚げ、フライドポテト、ローストチキン、麻婆豆腐、麻婆春雨、回鍋肉、甘いだし巻き玉子、スコッチエッグ、ロースカツ、ヒレカツ、味噌カツ。

 様々な種類のピザやデザート。

 サラダにはポテトサラダからコブサラダ、海藻サラダ、シーザーサラダ、コールスローサラダ、カプレーゼ。

 そしてご飯、パン、蕎麦、うどんからナンまで様々な主食が用意されている。

 

 どうしてこんなに作ってしまったのか……それは間宮たちが提督と厨房に立てることが嬉し過ぎて、その喜びと愛を爆発させた結果だ。

 間宮・伊良湖・瑞穂・鳳翔・秋津洲……鎮守府の厨房戦隊メシ(作るの)ウマイ(ン)ジャーたちの暴走により、こんなにもラインナップが増えてしまった。

 加えて朝の戦隊モノで良くある追加キャラみたいに、龍鳳とイタリアまでもが参加したことで余計に増えた。

 因みに今回の食材費用の方は全て提督のポケットマネーから出すのだとか。

 

 調理器具も提督が圧力鍋やらスチームケース、コンパクトフライヤー等の便利器具のお陰で、これだけ作っても調理時間はかなり短いものとなった。

 ただ量が量なだけに4時間は掛かった。

 

「うわっ、何このピザ! 美味しい!」

「提督が揚げてくれた唐揚げも美味しい〜♪」

「大嵐なのは嫌だけど、こんな素敵なバイキングパーティになったのはすっごく嬉しい!」

 

 みんな口々に料理を褒め、気に入った料理を好きなだけ皿に取っては頬張る。

 そんな仲間たちをコロラドたちは涙を浮かべながら睨んでいた。

 

 そもそも、コロラドたちがどうして罰を受けているのかというと―――

 

「つまみ食いは重罪だ。身をもって己が犯した罪の重さを思い知るといい」

 

 ―――こういうことだ。

 

 ◆◆◆つい1時間程前◆◆◆

 

『実に暇だ。何やら暇潰しはないのか、ドイツ戦艦』

『勝手に私の部屋に押し掛けてきて、私の大好きな胡麻煎餅を貪りながら何を言うの? 沈めるわよ?』

『まあまあ、ビスマルク。ガングートはこういう性格だから気にしたら負けよ』

 

 暇を持て余したガングートは談話室へ向かう途中で、コロラドと遭遇し、コロラドの有無を許さずに拉致り、たまたま目についたビスマルクの部屋にドカドカと上がった上で傍若無人な振る舞いをしていた。

 ここの艦娘宿舎は巨大なアパートみたいなもので、姉妹艦が着任していない者は基本的に一人部屋となる。

 一見寂しそうに思われるかもしれないが、艦娘たち自身が気軽にどの部屋でも行き来するため、寧ろ騒がしいのだ。

 なのでどうしてもプライベートな時間が欲しい場合にのみ、部屋の内鍵を掛けたり、表に掛札を掛けるなりする必要がある。

 

『私も慣れたいけど、どうしても生理的に無理なのよ、コイツの態度が!』

『胡麻煎餅くらいでガタガタ言うな。一袋くらい食われてもまた買えばいい話だろう?』

『このソ連の糞ったれが……』

 

 ワナワナと憤るビスマルクは噴火寸前。

 なのでコロラドはすかさず『そういえばね!』と話題を逸らした。

 

『地下通路の方からいい匂いがしてるのよ』

 

 コロラドが出した話題にグルメなビスマルクもガングートも目をギラリと輝かせて食いついてくる。

 それを確認したコロラドは内心ホッとして続けた。

 

『それで気になるから確認しに行こうと思ったら、ガングートに強制連行されたのよ』

『それはすまなんだ。ならばそうだと言ってくれれば―――』

『―――言う前に私の手を掴んでシベリア送りだって言ったのは誰よ?』

『ほう、シベリアか。懐かしいなぁ。あそこは極寒の地でな、それはそれは―――』

『―――ああ、もうっ! 話が進まないんだけど!?』

 

 どこまでも陰りを見せないガングート節に今度はコロラドが奇声をあげ、ビスマルクの方から『まあまあ』と宥められてしまう。

 

『ならば行ってみるか』

『は?』

『何処へ?』

『だから地下通路だ。匂いの原因を確かめに行こうじゃないか。あわよくばその先で美味いものが食えるかもしれんだろう?』

 

 私利私欲に溺れ、じゅるりとよだれを啜るガングート。

 そんな馬鹿ングートに二人は苦笑いするしかなかった。

 

 ―――

 

『あれは提督だな』

『そうね、紛うことなきアトミラールだわ』

『相変わらず可愛いエプロン付けてるわね。というか、アドミラルを凝視しつつ寸分違わず食材切ってるマミーヤたちが怖過ぎるわ』

 

 匂いを辿って行き着いた先は食堂。

 地下通路の出入り口の扉を微かに開けて中を確認する三人。因みに三人はガングートを一番下にビスマルク、コロラドの順で団子みたいにしている。

 

『あやつが料理とは、今日は何か特別な日なのか?』

『ゴンサレスくんの誕生日とか?』

『いや、ただ単に暇を持て余した末の料理なんじゃないの?』

 

 提督は趣味とまでは言わないながらも、料理の腕は立つ。それも料理のスキルを磨いておいて損はないからと両親に言われて、幼い頃から経験を積み上げてきたからだ。

 そのお陰で特殊部隊時代はレーションが苦手だという隊員たちのために、調達した食材で美味しい料理を振る舞って隊員たちの胃袋を鷲掴みにするという鬼な所業も成し遂げている。

 

『ではあれはいずれ我々が食してもいいことになるな』

『あれだけあればね……』

『まあ楽しみね♪』

 

 兎にも角にも自分たちの提督は優しい。よってあの料理の数々は昼間にみんなで頂くことになるだろう。

 コロラドたちは揃って頬が緩んだ。何を隠そうコロラドたちも提督にガッチリと胃袋を鬼ホールドロックされてしまっているのだから。

 楽しみだ……実に実に楽しみだ。

 その時の三人はそう思っていただけだったが―――

 

『提督、下ごしらえが終わりました♡』

『ありがとう、間宮。なら早速カレーコロッケを揚げるとしよう』

 

 ―――その料理名を聞いた瞬間、三人は目の色を変えた。

 

 カレーコロッケ……これだけ聞けば普通のカレーコロッケを誰もが想像するだろう。

 しかし提督のカレーコロッケは敢えて評するならば『鬼』である。

 何しろカレーコロッケの中に茹でたウズラの卵が中央に入っており、その黄身がカレーコロッケのカレーと絶妙にマッチして酒のつまみにもご飯のおかずにもパンに挟んでもいい代物だ。

 提督の手料理はどれも美味しい。しかしこの三人はその中でもカレーコロッケをこよなく愛している。

 そもそもカレーコロッケに限らず、コロッケ自体が海外では珍しいのだ。

 よって初めて食べた時のあの感動が今もコロラドたちのハートを掴んで離さないのである。

 

 ◇◇◇そして今に至る◇◇◇

 

 そう、愚かにもコロラドたちは揚げたてのカレーコロッケに目がくらみ、つまみ食いしてしまったのだ。

 当然、提督に即バレしたことで三人は揃って磔獄門の刑に処されている。

 

「ごめんなさいっ……本当にごめんなさいっ!」

「心から反省してるわ! だからアトミラール、私たちにご慈悲を!」

「二度とあんな愚行に及ばないと誓う! だからどうか!」

 

 涙を流して必死に許しを乞うコロラドたち。

 しかし鬼は残酷で―――

 

「一人3個までという制限のもとで人数分揚げたんだ。なのにお前がそれを狂わせた。この罪の重さが、意味が分かるな?」

 

 ―――慈悲など持ち合わせていないのだ。因みにコロラドたちは2個ずつつまみ食いしたし、これが初犯ではない。過去に3度もつまみ食いをしているのだ。

 

 提督の言葉に三人は揃って視線を下ろし、口を噤む。

 食べてしまった当初は幸せだったが、悪魔に魂を売ったのだからこの結果も当然なのだと。

 

「やっと静かになったな。おい、始めろ」

 

 落としていた視線を三人が再び持ち上げると―――

 

「恨まないでね、バッキングブロンコ(コロラドの愛称)……」

「アトミラールには逆らえん、ビスマルク……」

「それ相応の罰は受けてもらうよ?」

 

 ―――今度はアイオワ・グラーフ・響の三人が目の前に並び立つ―――

 

 

 

 

 

 カレーコロッケを見せつけるように

 

 

 

 

 

 ―――それぞれの眼前でつまみ上げて。

 

 三人はその光景を見て嘘だと叫びたかった。

 いや、頭の中では分かっていた。それだけの罪を犯したのだから。

 しかし心がそれを是としなかった。

 なので三人は腹の底から言葉にならない言葉で叫んだ。

 

 でも―――

 

「ん〜、デリシャス♪」

「んむ、実に美味……極上とはこのことだ」

「んっ、いい味だ。流石私たちの司令官だね」

 

 ―――元々の自分たちの取り分だったカレーコロッケはアイオワたちの胃に収まってしまった。

 

 泣いた。各国を代表する戦艦の乙女たちが、カレーコロッケを戦友や妹分たちに食われて泣き叫んだ。

 周りも『お気の毒様』としか三人に送れず、カレーコロッケを目の前で食べられたことには可哀想で同情もするが、そもそも提督の愛に泥を塗ったコロラドたちには同情する余地もない。

 泣いて泣いて、己らが犯した罪を嘆くがいい……というのが全員の意見だった。

 

「うっ……ひっく……ごべんばばいっ!」

「もうじまぜん! もうじまぜんがらぁっ!」

「許して……っ、ください……ううっ」

 

「…………」

 

 泣きながら許しを乞うコロラドたちと、それを冷たく見つめる鬼。

 しかし―――

 

 

 

 

 

「もう二度としないと誓えるな?」

 

 

 

 

 

 ―――鬼は鬼でも優しい鬼が三人の目の前にいる。

 

 その言葉にコロラドたちは一心不乱に首を縦に振った。

 

「しないっ! もう二度としないわ! 神に……アドミラルに誓う!」

「私だって誓うわ!」

「このガングートもだ! 二度とあんな真似はせん!」

 

 三人の叫ぶような誓いの言葉を聞き、鬼はわざとらしく大きなため息を吐いてみせる。

 

「ロープを解いてやれ。この三人もバイキングパーティに参加させる」

 

 高雄にそう言うと、高雄は「はい♪」と満面の笑みで三人を縛るロープを緩めていった。

 そんな光景を見て、みんなも『提督は優しいなぁ♡』と胸がキュンキュンする。

 当然のことながら鬼はそんなことも知らないが……。

 

「解けましたよ」

「ありがとう、高雄」

「感謝するわ」

「感謝するぞ」

「いえいえ」

 

 高雄にお礼を言い、次いですぐに提督にも改めて頭を下げる三人。

 すると提督は黙ったままそれを受け入れ、また響たちに目配せした。

 

 響たちが三人の前に来ると、その手に持った皿にはあのカレーコロッケが1つずつ神々しく鎮座している。

 それを見た途端、三人は驚いて目を見開き、提督を凝視した。

 

「俺の計算違いでたまたま3個余りが生じた。食うといい」

 

『え』

 

「なんだ、要らないのか?」

 

「頂くわ!」

「頂きます!」

「頂こう!」

 

 コロラドたちはすぐにそう返して、響たちからそれぞれ余りのカレーコロッケを受け取った。

 時間が経っているのに、コロッケは未だ衣のサクサク感が見ただけで健在だと分かる。

 普通ならナイフやフォーク、お箸で食べる方が手を汚さないが、提督は『コロッケは手で食べた方が味わい深い』と言うので、ここの艦娘たちはコロッケだけは基本的に手掴みで食べるのだ。

 コロラドはソース、ビスマルクはシンプルに塩、ガングートはソース&マヨネーズ……それぞれお好みの調味料を掛けて、パクッとそれを頬張った。

 

 サクッとした歯応え、かと思えばすぐにカレーの風味を宿したホクッとしているのにしっとりとしたじゃがいもの餡が存在感を主張し、そこへウズラの卵が自分こそが主役だとメインを張ってくる。

 まだ中が温かい、優しい鬼の味は美味しいのに塩味が強い気がした。

 

「よく噛んで食うように」

 

 提督はそれだけ告げると、三人に背を向けて他の艦娘たちの中に紛れていく。「なんでもっと食わないんだ! 美人なんだからもっと食え!」などと謎な理論をぶつけながら……。

 

 そんな提督を見つめつつ、三人は早くもカレーコロッケを完食した。

 

「……美味しかった……」

「ええ、実に美味しかったわね」

「……実は私の夢はわんこカレーコロッケをすることなんだ」

 

 最後のガングートの謎告白にその場にいる全員がポカン顔になったが、響がすぐに切り替えて話題を振る。

 

「本当に三人共、司令官に感謝するんだよ? 三人が食べたカレーコロッケは元々司令官の分なんだからね?」

 

 響の言葉に三人は揃って驚愕した。

 しかしすぐに理解した。

 何しろ鬼はどこまでも優しい鬼なのだから。

 

「つまみ食いは良くないけれど、食べたいのに食べられないのは可哀想だからってアドミラルが自分のを三人に譲ったのよ?」

「アトミラールは自分よりも私たち艦娘を優先するからな」

 

 続けてきたアイオワとグラーフの言葉にコロラドたちはまた涙を流す。そしてもう二度とつまみ食いはしないと改めて誓った。

 

「さぁさ、三人共。後悔しているのならば、バイキングパーティを楽しんでください。そうでないと提督がより悲しみますよ」

 

 高雄が手を軽く叩いて促すと、コロラドたちは涙を拭い、胸を張って料理が並ぶテーブルへと歩を進める。

 その背中には『鬼LOVE』と書いてあるように高雄たちには見えたとか―――。




読んで頂き本当にありがとうございました!


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醜さと美しさ

前半は胸糞悪い話ですので、ご注意を。


 

 所詮は余所者。

 

 我らの国の為になんて思ってもいない。

 

 だったら最初から死線に送る。

 

 その方が我が国の艦娘は死なずに済む。

 

 精々道連れを多く引き連れて逝け。

 

 我々はそんな君たちに敬意を払おう。

 

 

 

 不遇だった海外艦たちが常日頃から耳にする言葉だった。

 

 艦娘が世に出て数年が経った頃、日本以外の国でも艦娘が建造されるようになった。

 各国が日本と交渉して艦娘建造技術を教わった結果である。

 

 その上で彼らは日本と協力関係を維持するために、自国の艦娘を派兵することにした。派兵と言ってもこれといった期限や制限は無く、深海棲艦を打ち破ることが出来たら祖国に帰ってこれるというもの。派兵された先での規律に従うが、本人が申請して受諾されれば祖国復帰も可能で、同じく申請すれば日本へ帰化することも可能だ。

 

 世界に先駆けて日本へ派兵したのはドイツで、次いでイタリア。今ではイギリス、アメリカ、フランス等といった様々な国が日本へ派兵している。

 

 最初の頃は良かった。

 海外艦というだけで何か特別なことをしてくれると、誰もが期待していたからだ。

 自国だけでなく、海外独自の艦娘の技術を目の当たりにするのはとても新鮮で、そこに大きな期待が集まった。

 

 だが、現実はそんな甘い物語ではない。

 近代兵器時代は世界最強とされていたアメリカ軍。

 それが深海棲艦の侵略によって一方的に嬲られ、蹂躙されたことで人類は世界の終わりだと思った。

 そこに日本が立ち上がる。

 深海棲艦に対抗し得る艦娘を誕生させたのだ。

 どうして日本が初なのかは分からない。

 しかし敗戦国の中でも神掛かり的な発展を成し得た日本だからこそ、艦娘が生まれたのだろうと世界中の誰もが思った。

 

 この時から、世界は日本と協力関係を築こうと躍起になり、日本が世界の中心になる。

 元々日本人は奥ゆかしい。よって政府や軍部は世界と協力していくことを国際会議の場で力強く誓った。

 

 だからこそ、海外の艦娘たちにとって日本は素晴らしい手本であり、尊敬する国であった。

 

 しかし、どんなに日本人が素晴らしくても、その中にはどうしようもない人間がいる。

 全世界の人々の中にどうしようもない人間が数パーセント必ずいるというのは、もう世界共通認識である。

 よって一括に日本人と言っても、その誰もが親切な日本人ではないということ。

 

 

 人はそれなりの地位を持つと、それが当たり前になって驕り高ぶる人が出てくる。

 それはある意味仕方ないことかもしれない。

 しかしそんな人間の下にいる者たちからすればたまったものではないのだ。

 

 この時代の提督は必ず艦娘を管理・指揮するという、着任してすぐに優秀な部下を持つ上の立場になる。

 素晴らしい提督たちも多くいるが、人間のクズとも言える提督もいてしまうのが人間なのだ。

 

 よって、海外艦という珍しい毛色をした艦娘たちはそうした者たちから目の敵にされた。

 愛国心を理由に自国艦娘を庇い、海外艦を酷使する。自国の艦娘がその不遇を正そうとすれば問答無用で解体する。

 仮に海外艦が轟沈しても建造するのはその祖国であるため、自国の資材を必要としない。

 しかも戦時下であるから艦娘が死ぬのは日常茶飯事であるため、特攻まがいな命令をしても怪しまれない。

 それでいて海外艦とその祖国の通信網も把握・遮断・操作してしまえば、いくらでも言い逃れは可能。

 そういった頭がいい無能な癌細胞がいるのは、大本営も頭を悩ましていた。

 

 なので大本営は政府と共にそれまで宙ぶらりんだった艦娘の尊厳や主権を確固たる物とし、それは同盟国の艦娘たちにも同様に与えることで、癌細胞を摘出することに成功したのだ。

 巧妙に隠しているつもりであっても、所詮は無能たち。叩けば埃が嫌でも出る。

 外交において自分たちがどれだけ自国に不利益を出したのか、どれだけの海外の艦娘を不幸にしたのか……彼らは今も檻の中で猛省し、二度と出れぬ外のことを毎晩夢見ているだろう……眠れていれば。

 

 一方でそれまで不遇だった艦娘たちは大本営が保護し、体調が回復してから受け入れさせてほしいという提督がいる鎮守府へ譲渡されていった。

 

 ―――――――――

 

 鬼月提督が指揮する艦隊内にもそうした不遇から保護され、鎮守府へ譲渡された艦娘がいる。

 それは―――

 

「はうう、アドミラル今日もかっこよかったなぁ……♡」

「ええ、本当に最高よね……ほぅ♡」

 

 ―――ガンビア・ベイ(以降ガンビー)とジェーナスだ。

 

 今でこそ彼女たちは艦娘宿舎の談話室でほのぼのと過ごしているが、過去に彼女たちは聞くに耐え難い虐待を受けてきた。

 

 ―――

 

 ガンビーの場合、本人の元々ある素質であるが、慣れない異国の地では良く迷子になっていた。

 彼女が元いた鎮守府では、そうしたことのないように彼女を軟禁状態にしていたのだ。

 外に出れるのは出撃と食事の時のみ。食事は不遇の疑いを避けるためで、出撃も脆いという理由でそこそこの海域へ単騎出撃ばかり。

 そこにいた提督は着任して彼女が初のアメリカ艦だったこともあり、期待していた。

 しかしアメリカ艦とはいえ、練度も低い。なのに過剰な期待を持って、彼女を激戦海域へ放り込み、故に彼女は大破した。

 よってその提督は彼女に深く失望を抱いたのだ。

 勝手に期待し、勝手に見限る。

 使えない。同盟国への敬意が足りない。

 会う度に何かしら文句を付け、お情けと体のいい言葉を選びながら好き勝手に体を使われる。

 結果として彼女は心を深く閉ざしてしまった。

 

 ―――

 

 ジェーナスはその提督にとって待ち焦がれた艦娘だった。

 彼女の艦時代の功績が彼に感銘を与え、仲間たちと力を合わせて勝ち取った着任許可だった。

 なのに彼はジェーナスの性能の低さに落胆した。

 しかしそれは彼女のせいではない。十分に彼女を艦娘として育てていないのだから。

 そのことを棚に上げて、無能と化した彼は彼女をいらない子扱いした。仲間たちは彼女を守った。しかしそれに付ける薬はない。

 無駄だから出撃するな。無駄だから訓練もするな。無駄だから残飯処理でもしてろ。無駄な君の仕事はこれくらいだ。

 何かにつけて無駄無駄と言い、物のように口や体にアレを押し付けてくる彼をジェーナスは嫌い、自分の思っていた日本人は低俗な民族だったと心を閉ざした。

 

 ―――――――――

 

 それが今は本来あるべき彼女たちの姿に戻っている。

 その理由は簡単だ。

 鬼月提督が彼女たちを普通の艦娘として接したから。

 

 ◆◆◆ガンビーの場合◆◆◆

 

『………………』

 

 初の顔合わせ、ガンビーは恐怖のあまり一言も発せなかった。

 大本営ではとても良くしてくれた。本国へ帰ってもいいと言われたが、大本営で関わった人々が温かくて恩返ししたいとガンビーは日本に留まることにしたのだ。

 

 そして譲渡された先が鬼月提督のところだった。

 

 怖かった。また何か失敗する度に腹や背中を木刀で殴られるかと思うと、声が出なかったのだ。

 しかし既にやらかした。上官に挨拶をしないイコール殴られる。

 だからガンビーは黙ったまま近付いてくる鬼月提督から目を背け、腹に力を入れたが―――

 

『……ぼく、ゴンサレス。君のお名前は?(裏声)』

 

 ―――聞こえて来たのはなんとも可愛らしい声だった。

 

 驚いてガンビーが瞼を開けると、その眼前に愛らしいステゴサウルスのぬいぐるみが迫っているではないか。

 もしかしなくとも先程の声の主は―――

 

『ぼく、ゴンサレスだよ。君のお名前は? ぼくのご主人が知りたがってるの。教えてあげてー♪(裏声)』

 

 ―――ぬいぐるみの後ろにいる怖い顔の優しい鬼だった。

 

 ガンビーは思わず笑ってしまった。すると鬼も満足そうに鼻を鳴らす。

 

『……いい笑顔だ』

『はっ、ご、ごめんなさいっ! 笑ってごめんなさいっ!』

『……大丈夫だよ。ご主人は君の笑顔が見れて喜んでるんだよ♪(裏声)』

『……へ?』

『ご主人、怖い顔だからみんな最初は怯えるの。だから怯えてる時はぼくが代わりにお話するんだ♪(裏声)』

『…………』

 

 ガンビーは夢だと思った。

 こんなにも優しい提督がいるのだと、こんなにも心が綺麗な提督が自分の上官になるのだと……夢でないとあり得ない。

 なのでガンビーはすぐに右の踵で、左のつま先を踏んだ。

 

『イタッ』

『何をしているんだ?』

『え、あの、その……はう』

『俺が今日から君の提督で鬼月仁だ。こいつはゴンサレスくん。俺の一番のぬいぐるみだ。モフるのは自由だが、あげないからな?』

『あはは、変なの……あ、ごめんなさいっ』

『ゴンサレスくんは変じゃない! 可愛い!』

『ええっ!? えと、はい、可愛いです!』

『そうだろう! ゴンサレスくんは可愛い!』

『とっても可愛いねっ!』

『ふむ、お前は見所があるな。今から10分間のゴンサレスくん抱っこ権限を与える』

『え』

『……いらない、とでも?』

 

 明らかにしゅんと眉尻を下げる鬼を見て、ガンビーは思わず大型犬がぺたんと耳を倒してしょげてる姿とダブり、慌てて『い、いえ!』と両手を振った。

 

『ではゴンサレスくんを抱っこしてそこのソファーに移れ。ゴンサレスくんを落とさないように』

『イエッサー!』

 

 それから鬼は10分以上もガンビーのこれからのことを親切丁寧に話してくれた。

 鎮守府内のルール、慣れるまでは必ず誰かと行動すること、訓練のこと、装備のこと、そして―――

 

『何かあったら必ず俺に言うこと』

 

 ―――を何度も何度も、優しい声色で告げてくれるのだった。

 

(日本人ってこんなに温かいんだ……)

 

 ◆◆◆ジェーナスの場合◆◆◆

 

 鬼月提督のところへやってきたジェーナス。

 彼女は保護され、日本人への失望感はあの頃よりはマシになっていた。

 しかしいかに大本営の人間たちがいい日本人でも、嫌な日本人がいることが分かってしまった。

 だからジェーナスは祖国復帰を希望していたが、世話になった大本営の者から『私の戦友を助けてはくれないか?』と直接頼まれた。

 ならばとジェーナスは1年間だけという約束で、やってきたのだ。

 

『私はジェーナス。あなたが私に相応しい提督かどうか判断してから、ここに留まるか決めるわ』

『……そうか。わざわざ、留まってくれて感謝する。駆逐艦は何人いても足りないから、頼りにさせてもらう』

 

 駆逐艦は何人いても足りない……その言葉にジェーナスは内心憤怒する。

 どれだけの駆逐艦を犠牲にしているのかと、そう思ったのだ。

 しかもここにはジャーヴィスも女王陛下の妹君も頼れる騎士もいる。

 彼女たちを救えるのは自分しかいない……そう思っていた。

 

『ジェーナス、早速だが遠征任務に就いてもらう』

『へ?』

 

 初めてのことにジェーナスは戸惑った声をあげてしまった。

 それもそのはずで、ジェーナスは来日してから一度だって遠征任務に就いたことなどない。出撃も片手で数える程しか経験がない。無駄だと切り捨てられ、もう二度と会うことのない男のベッドの上で待機するのが通常だったからだ。

 

『ジェーナスの練度なら問題ない任務だ。駆逐艦たちだけでこなせる任務だが、艦隊の皆を支える重要な任務である。頼むぞ』

 

 ジェーナスは知らなかった。

 ちゃんと艦娘として扱われることが、こんなにも幸せなことだとは知らなかったのだ。

 

 それからのジェーナスは1か月もしない内に鎮守府に留まることを決め、正式に譲渡されるとこになった。

 しかし不安なことは何もない。

 

(私の大好きな日本人がいる鎮守府だもん!)

 

 ◇◇◇現在の二人◇◇◇

 

「んへへへ〜、アドミラルに今日、敷地内で迷子になって怒られちゃったぁ♡」

「何それ、私なんて遠征帰りなのに補給してすぐに砲撃訓練参加させられちゃったんだからねぇ〜?♡」

 

 二人はとても幸せだった。

 二人にとって忙しい……つまり艦娘本来の『次』があるのは、本当に幸せなことであった。

 

 今でもたまにこれは夢なのではと思うことがある。

 失敗することも、叱られることも、落胆されることも、沢山あるのに―――

 

 

 

 

 

 次が必ずある

 

 

 

 

 

 ―――だけで、希望が湧いてくる。

 

 ただ贅沢を言うと、

 

「でも明日は有給取らないといけないんだよねぇ」

「あ、それ私もよ。有給なんていらないって言ってるのに」

 

 鬼が自分たちの自由を奪ってくることだ。

 

 ガンビーたちだけでなく、鎮守府にいる全艦娘が提督と共に働くことを望んでいる。

 自分たちが頑張れば、それだけ提督に恩返しが出来る上に総合部での彼の評判も改善するだろうと思ってのことだ。

 しかし鬼はそれを良しとしない。必ず一定日数ごとに有給休暇命令を出してくる。

 当然この命令に対して彼女たちの拒否権もあるにはあるが、拒否すると次回の休暇時に休ませられる日数が増えるのだ。それは彼女たちにとって嬉しくないことこの上ない。彼女たちは一分一秒でも長く、鬼に貢献したいのだから。

 

 過去に雷と若葉、那智などが愚かにも有給休暇命令を再三に渡って拒否した。その結果彼女たちの態度に静かなる怒りをぶつけた鬼は、彼女たちに2か月間のバカンス休暇を強制的に取らせ、皆その時はそれはもう朝昼晩と泣き通したという。

 

 だからガンビーもジェーナスも嫌々ではあるが、有給を取ると決めていた。

 

「はぁ、有給休暇中だとアドミラルの近くに行けないよぅ……」

「行っても何してるんだって言われて追い返されちゃうもんねぇ」

 

 二人は悩んだ。

 すると―――

 

「ならこの神州丸が一計を案じようか?」

 

 ―――助けがやってきた。

 

 実はこの神州丸も異動組であるが、彼女は元の提督が寿退役するので異動してきた艦娘だ。

 出撃回数こそ少ないが、不遇な目には遭わず、寧ろ鬼の元に来て鬼のあまりにも酷い自己犠牲精神のせいで母親のように甘やかそうというママ属性に目覚めてしまっている。

 

「あ、太もも丸だ」

「太ももパイセン、ちっす」

「太もも言うなっ! 制服が元々こうなんだっ!」

 

 ガンビーとジェーナスのジョークに神州丸は顔を真っ赤にしてプイッとそっぽを向いた。しかし二人からすれば、神州丸のその反応が可愛過ぎてニヤニヤが止まらない。

 

「……もういい。明日は神州丸と他の仲間たちだけ提督殿と遊ぶことにするから」

「え」

「ちょ、待てよ!」

 

 ジェーナスが去ろうとする神州丸の服の裾を掴んで止めると、神州丸は「何か?」と涼しい笑顔を向ける。

 

「ごめんなさいっ! 謝るから私たちも仲間に入れて!」

「ご、ごめんね、神州丸ぅ」

 

 謝るジェーナスとガンビーを見て、神州丸は肩を竦めて小さく息を吐いた。

 

「最初からそうすれば良かったんだ。全く」

『ソーリー……』

「まあいい。それでは明日の正午、中庭に集合。雨の場合は地下広場だ」

 

 それだけ言うと神州丸は二人の元から去り、ガンビーたちは首を傾げながらも言われた通りに行動するのだった。

 

 ―――次の日―――

 

 正午、中庭にて、暇を持て余す艦娘たちは提督と共に外で昼食会を開いている。

 発案者は高雄で、これなら提督も問題なく参加出来、やむを得ず有給休暇中の艦娘たちが提督と過ごせる時間が作れるのだ。

 因みに今回の献立は様々なサンドイッチとクラムチャウダー、マカロニサラダ。デザートに旬のカットフルーツである。

 

「提督、ジェーナスが食べさせてあげたい! いいでしょ!?」

「わ、私もあーんってしたいな……なんて♡」

「皆がするならば、この神州丸もいいよな提督殿?♡」

「……好きにしてくれ」

 

 提督が折れるようにみんなからの申し出を了承すると、集まったみんなはまるで勝利の雄叫びのように歓喜した。

 しかし提督としては胃のキャパシティもあるので、一人一口までと制限を付けた。でないと一人で計34個もサンドイッチを食べなくてはいけないからだ。

 

「えへへ、みんなのお願いを聞いてくれてありがと♡ 提督大好きよ♡」

「わ、私もアドミラルのこと、だいしゅきれふ♡」

「言うまでもないが、敢えて言おう。この神州丸も提督殿を愛していると♡」

 

 三人が提督へのLOVEを告げると、他の面々も次々にLOVEを告げてくる。

 鬼はそれに「うるさいぞ」とは言いながら、優しい眼差しを艦娘たちに向けるのだった

 よってその尊さに艦娘たちは涙を流し、鬼は大変狼狽することになったとさ―――。




読んで頂き本当にありがとうございました!


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強さとは

提督の味方登場!

前半は作者の持論が多く含まれます。
ご了承ください。


 

 今の世の男女とは平等とはとても言い難い。

 特に海軍に置いては、それが顕著として表れている。

 

 平等……それはとても美しく尊き響きではあるが、ただ平等と言ってもそれを聞く人によってその感覚が大きく異なるのだ。

 

 女のくせに

 男のくせに

 

 一度は聞いたことや言われたこともあるだろう。

 しかし男には男の。女には女の。持っている役割があるのだ。

 

 男の役割というのは家族を守り、養うこと。

 一方で女の役割は子を宿し、子を産み、子を育てること。

 

 比べてはいけないかもしれないが、どう考えてもこの場合は女の方が男よりも辛く険しい日々になる。

 現代においてお産後にその母が死去するということは減ったが、昔から女性というのは命を懸けて、次の命を産んできた。

 当たり前のようでいて、これがどれだけのことなのか……どれだけの男性が理解出来るだろう。

 

 よって女子どもを守ることが力のある男性の役割という訳だ。

 

 それが現代の人間……特に今の海軍ではどうだろう。

 何故艦娘は皆同じく女性なのだろうか。

 どうして艦娘と同じ特質特性を持った艦息は生まれないのだろうか。

 

 立場こそ提督の方が艦娘よりも上だ。

 しかし今では女性の中でも提督になる人がそれなりの人数が出てきて、これまで男社会だった軍の中で台頭してきている上に非常に優秀である。

 

 極めつけは艦娘への接し方だ。

 全員がそうだと言いたい訳でない。だが、艦娘への暴力的行動や威圧的言動をするのは圧倒的に男性の提督たちの方が多い。子育て経験者や元々面倒見のいい性格の男性提督の場合はまた違ってくるが、誰もが子育てを経験するのは難しいのが現実だ。

 それに引き換え女性の提督は生まれ持っての母性本能で艦娘には基本優しい。これも全員がそうではないが、男性に比べると艦娘に対する暴力行為は女性の方が圧倒的に少ないのだ。加えて子育て経験のある女性提督になれば、艦娘たちの轟沈率は格段に低く、大本営もそれだけで安心して艦娘たちを任せられる。

 

 そう、現代において海軍の男性の立場はとてもとても弱くなったのだ。

 深海棲艦が現れる前の世界であれば、男は命を懸けて家族や国のために働けた。

 今でも軍人だけでなく多くの男性たちは家族のために死にものぐるいで働いているが、軍の外から提督を見たらどう映るだろうか。

 

 命を懸けて家族や国のために死んでもいいと誓って軍に入るも、今の戦争で命を散らすのは圧倒的に艦娘たちである。

 だからこそ海軍……海の男は艦娘に敬意を払い、彼女たちの尊き命の火が消えるのを守る必要があるのだ。

 それが今の海軍の男が出来る、最大限の使命である。

 

 男性はこれまで力で女子どもを守ってきたが、これからは頭脳や普段からの行いで女性たちを守る必要があると考える。

 艦娘がいてこその今の世界秩序があるのだから、艦娘を大切にして、無駄に必要ないプライドを守っている愚かな提督たちには即刻今の職を辞退させた方が国益になるだろう。

 

 ―――――――――

 

「……君のこの論文は本当にいい論文だ。でも流石にこれは上に出せないよ。僕はこの論文に賛同するが、お偉方の中には羽虫程度のプライドを今も大切にしている方々が多い。現に艦娘がいてこそ、世界が破滅せずに済んでいるんだけどねぇ。それは自分たちが艦娘を管理して共に歩んでいるからだ、と平気で言えてしまう神経を持っている」

 

 泊地総合部部長・藤堂忠勝(とうどう ただかつ)は応接室のテーブルを挟んで向かい側に座る、個人的理由でこの場に呼んだ鬼月提督へ苦笑いして告げる。

 

 藤堂は歳が38で2つ年下の妻を持ち、小学生の双子の娘も持っている。低くくも渋い通る声と年齢を感じさせない甘いマスクが魅力的な高身長の男だ。

 長めのスポーツ刈りでありながら、軍人にしては細めな体付き。彼も元特殊部隊の人間で当時は副隊長であり鬼月提督とはその頃はバディを組んでいた相棒である。

 中距離戦や接近戦は鬼月が。長距離戦は藤堂が。そして二人して頭の回転が早いこともあり、日本軍人の誰もが認めた二人組である。ただ彼らの功績を知る者は極少数。(そもそも特殊部隊の能力や記録は軍でも上層部の高い身分の者しか知らないのだ)

 因みに非公式ではあるが、訓練の延長戦みたいな感覚で藤堂がM107セミオート式スナイパーライフルで約2100メートル先の標的に当てたという記録もある。※M107セミオート式スナイパーライフルの射程距離は凡そ2000メートルとされている。

 また過去に世界各国の軍隊代表を集めて行う競技会のバディ部門(アスレチックコース競技と爆弾処理競技)で三年連続優勝し、殿堂入りした程だ。

 

 そんな藤堂が鬼月を呼んだのにはこの度鬼月が提出した論文のこともあるが、それは二人きりになる口実でしかない。

 本題というのは―――

 

「君の悪い噂が一向に消える気配がない。これは意図的にこちら側の人間が君に悪意を持って広めているとしか考えられないんだ。または君たち一族を目の敵にしている上層部の屑か政界の屑だろう」

 

 ―――鬼月にまつわる悪しき噂のことだ。

 

 藤堂はこれまで何度も鬼月のために噂の出処を調べた。

 しかし彼の頭脳や人的ネットワークを持ってしても、主犯を押さえられない。

 

「……噂なぞ、俺はどうでもいい。ガキの頃から俺の両親が元軍人ということであれやこれや言われて来たし、にいにやねえねと違って俺は愛想が無いのも自覚している。だから俺自身が己の行いに恥じぬよう生きてればそれでいいと思ってる」

 

 鬼月が普段と変わりなく言って退ける。

 それでも藤堂はその目に明らかな怒りを見せていた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 鬼月が特殊部隊に入った頃。

 藤堂も同じく特殊部隊に入った。

 入った当初、鬼月は寡黙過ぎて本人はそのつもりではなくても、あまり人を寄せ付けない雰囲気をしていた。

 同時期に入った誼で何かと組まされることが多かった藤堂だったが、寝食を共にしていて彼が普通の……いや、いい意味で少々変わった男だと分かって普通に話をするような仲になれた。

 

 寡黙さが鬼月の長所だが、それは同時に短所にもなる。

 周りからどんな話を振られても、鬼月本人は笑顔を見せずに受け答えするだけで、何を考えているのか分かりにくい彼を周りは遠ざけるようになった。

 しかし藤堂がいた。

 藤堂は鬼月にちゃんと断った上で、周りの者たちに鬼月がどんな人間なのか説明したのだ。

 趣味は煙草とぬいぐるみ。好きなことはぬいぐるみと寝ること。嫌いなことは自分と関わりがなくても誰かが死ぬこと。特技は可愛い裏声が出せることと、料理が出来ること。

 

 それを伝えたら鬼月の周りに人が集まるようになった。

 鬼月本人も元々面倒見のいい人間で、年上にも年下にも好かれる……いや、末っ子特性なのかなんだか構いたくなる素質を持っていたので、たちまち彼は輪の中心人物になってしまったのだ。

 

 藤堂はそれが嬉しかった。

 何より彼がとても良い人間なのだと、周りが分かってくれたことが。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 だからこそ、今のこの状況を藤堂は打破したくて歯痒く思っている。

 なのに当の本人は相変わらず。

 

「俺はな、藤堂……いや、ただかっちゃん。お前みたいにちゃんと俺を分かってくれている人間がいるだけで、周りなんてどうでもいいんだよ」

 

 ただかっちゃん……それは鬼月が藤堂に付けたあだ名だ。

 

「それは大変嬉しく思う。でも仁が……共に死線を潜り抜けてきた兄弟が悪く言われているのは心地良くないんだ」

「現に俺は艦娘たちを泣かしていることは事実であるから特に反論は出来ないし、それを改善しようと努力してる」

「…………絶対別な意味で泣かしてるだろ? 僕は仁に頼まれても絶対に騙されてやらないぞ。なんたってこっちは仁の尻拭いを幾度となくやらされてきたんだから」

「そう、だったのか?」

「そうだよ。仁はアホだからな。どアホだよどアホ」

「それは……すまなかった。遅いかもしれないが何かお詫びを……」

「いらない。それにお礼されてももう手遅れだ」

「そ、そうか……」

 

 しょんぼりと肩を落とす鬼月。

 そんな鬼月を見ながら、藤堂は『これが艦娘たちを日々泣かす悪鬼だなんてねぇ』と思いながら苦笑い。そしていつの間にか肩書きなんて忘れて口調も素に戻っていた。

 

 ―――

 

 鬼月の尻拭い。

 それは彼が超が付く鈍感人間であったから。

 特殊部隊の中には当然女性隊員もいる。そして特殊部隊と言えど、他の部隊の隊員たちや同盟国の軍人たちとも特殊部隊というのことを隠して交流を持つ機会が幾度もあった。

 鬼月は第一印象こそ万年マイナススターターであるが、第一印象がマイナスの場合はあとは勝手に点数が加算されていくのみ。

 よって第一印象が最悪であればあるだけ鬼月という男は女を魅了する鬼となる。

 

 第一印象が最悪だったのに、話してみたら気さく。

 第一印象が最悪だったのに、たまに見せる笑顔の破壊力。

 第一印象が最悪だったのに、顔とは裏腹の優しい声と言葉選び。

 中には睨まれたい、叩かれたい、罵られたいと願う者までいた。

 

 その無自覚撃墜王の無双は計り知れず、関わった女性軍人だけでなく海外の女性軍人までも落とされていたくらいだ。

 なのに本人は無自覚であるため、どんなにアプローチを掛けられていてもびくともしなかった。

 そこでアドバイザーとして女性たちは鬼月を誰よりも知る相棒の藤堂に詰め寄ったのだ。

 何が好きか、好みのタイプや女性の理想像を根掘り葉掘り……その時の藤堂の心労は察しの通りで、藤堂が知っている彼の情報を女性たちに提供しても、鬼月が無自覚に斬り捨てるため、女性たちは藤堂に文句を言いに殺到した。

 しかし鬼月の心を動かす女性が現れなかったことは仕方ないのこと。当時の鬼月も今の鬼月とそう対して変わっていないが、色恋よりも国防第一の人間だったのだから。

 今も当然国防第一人間ではあるが、艦娘……つまり異性と常に接するようになったことで、少しばかり乙女心を理解するようにはなっている。

 

 ―――

 

 なので以前よりも鬼月は笑顔を見せることが増えた。

 藤堂もこれには驚いたが、同時に鬼月の進歩を称え、艦娘たちの存在に感謝した。

 加えて艦娘たちの……異性からの好意に少しだけでも気付き始めた点に関して、藤堂は無神論者であるのに神様に感謝したいと神社と教会に出向き多額の寄付金を納めて来た程だ。

 

 しかし話を戻して、戦友の……兄弟の悪しき噂が払拭されないというのは藤堂としては頂けない。

 藤堂にとって鬼月は戦友であり、血肉を分けてないが兄弟であり、命の危機から救ってくれた恩人である。

 命の危機から救ってくれたというのは、深海棲艦からの空爆から救い出してくれたことだ。

 藤堂がいたポイントは深海棲艦の爆撃機が爆弾を落としていくポイントから離れていて安全圏だったのだが、鬼月がやってきて問答無用で離脱。その直後、そのポイントに爆弾が降ってきた。

 鬼月がいたポイントからは敵爆撃機が隊列を組む中、一部が不規則に爆弾を落としていたのに気が付いたからだ。

 故に命の恩人。そんな鬼月が悪く言われている状況は腸が煮えくり返る思いであり、今も収まっていない。

 

「何にしても、仁が悪く言われている環境下は僕にとって好ましくない。職場環境が悪い中で仕事をするのは辛いでしょ?」

「まあ、それは確かにそうだな」

「そうだろう? あの頃と比べたら今は雲泥の差だけど、こんなにも酷い中で仕事してたらその内禿そうだよ僕」

「ただかっちゃんの一族は禿げないんじゃなかったか? 前にスキンヘッドの先輩に嫌味を込めて言ってただろ」

「そんなの嫌味を言うために出たデマだよ。でも父方の遺伝子が強ければ禿げないから完全なデマじゃないよ。でも母方の遺伝子も当然入ってるからどう転ぶか分からないんだよね」

 

 ケラケラと笑って返してくる藤堂に、鬼月は相変わらずだなと笑った。

 

「とにかく、仁の噂の出処を徹底的に探る。これまでは仁とも交流のあった人物たちにも頼んでいたけど、ここからは僕一人でやろうと思うんだ。総合部の何処に潜んでいるのか、または上層部や政界に潜んでいるのかを第一課題としてね」

「ただかっちゃん、あまり無理はするな」

「仁には言われたくないね。誰だったかなぁ。ある任務で見張り番を僕に内緒で徹夜して行ってた奴は?」

 

 鬼月は藤堂のその言葉にばつが悪そうに顔を背ける。

 

「僕の記憶が正しければ『お』から始まって『ん』で終わる人間だったんだけどねー?」

「お、オニオンじゃないか?」

「いつの間に野菜でも特殊部隊に入れるようになったんだい? それともオニオンなんていうコードネーム? ギャグにしてもセンスが無いよ。鬼月仁君?」

「…………知らない。俺じゃない」

「同姓同名は確かにあるかもしれないけど、仁が二人もいたら僕は過労で死ぬ自信があるよ。君の無茶に付き合うのが二倍に増えるんだからね」

「…………知らない。俺じゃない」

「とにかく、だ。この件についてはこっちに任せろ。それと仁。君の鎮守府では今の僕とのやり取りは君の艦娘であっても話すなよ。どこまであっちが網を広げてるのか分からないんだから」

「分かった」

「ん、じゃあそういうことで。あ、あと論文は公には没にするけど上層部にいる理解者には渡しておく」

「ああ」

 

 話すべきことは終わった。

 しかし藤堂は久々の鬼月との時間をまだ終わらせたくなかった。

 なので藤堂は冷めきった緑茶で喉を潤しつつ、

 

「そう言えば、仁はまだ身を固める気はないのかな?」

 

 今最も気になる話題を振ってみる。

 近頃、後輩の女性提督……総合部でも人気の高い"お姫様"と仲がいいと耳したから。

 

「唐突だな……俺は結婚なんかしないぞ」

「どうして? 結婚はいいぞ。守るべき存在があると男ってのはよりやる気が湧く」

「ただかっちゃんを見てれば分かるさ。でも俺はただかっちゃんみたいに器用な人間じゃないし、相手が苦労すると分かってるのに縛りたくない。あれもこれもと自分の両手で抱えられないんだ」

 

 藤堂は鬼月の言葉に『変わらないなぁ』と苦笑いする。

 

 軍人が結婚するのは悪いことじゃない。しかし軍人を伴侶にする側はそれ相応の覚悟がいるのだ。

 それが特殊部隊の隊員が相手となれば余計に。

 

 特殊部隊は基本的に極秘任務を黙々と遂行する。

 家族でも妻でも子どもでもその内容は話せない。

 そもそも特殊部隊の隊員は親兄弟にすら、自分が特殊部隊の隊員と言ってはいけないのだ。

 常に家族に最愛の人に嘘をつき続けることが必須となる。

 でないと家族に危険が及ぶのだ。そしてもし所属がバレでもすれば、本人は国のために家族を捨てなくてはならない。

 家族と国を天秤に掛け、究極の選択を迫られる……しかしそれは国のためにと誓って入隊した時点で選択肢は決まっているのである。

 

 藤堂もそれが辛かった。そして藤堂の妻はそれ以上に辛かっただろう。しかし妻は夫が何か隠していると感じても、気付いていない振りをしていてくれた。

 何ヶ月留守にしていても、知らぬ間に傷だらけで帰って来ても、不安な妊娠期間中も、大変な出産時も産後も子育て中も……側にいて支えてくれなかった夫を、何かあれば家族を切り捨てることも厭わない夫を今も……神の御前で愛を誓い合ったあの頃よりも愛している。

 これは決して簡単なことではない。現にいくら国のために働いていると言っても、肝心な時に支えてくれない相手とは結婚した意味がないと感じる人は多いのだ。

 しかし藤堂の妻は結婚すると決意する前から肝が座っていた。そして国のためにその身がどんな危険に晒されようともこなす夫を尊敬し、誇りに思っていたのだ。

 だからこそ藤堂は妻と子どもたちを溺愛し、妻と子どもたちも彼を愛している。

 

「……確かに、僕の奥さんみたいな人はそういないだろうね。子を産んでも美しく、優しく、強い……まさに彼女は天が遣わした女神で、娘たちは天使だよ」

「これまで何度も聞いた」

「結婚が難しいのは知ってるけど、今ならケッコンカッコカリくらいはしてもいいんじゃないの? 愛がどんなに温かいものか味わってみたら、今度は本格的に結婚したくなるかもよ?」

「……俺には考えられない」

「そっか。しかし残念だね。仁みたいに良い男は家庭を持って幸せになって欲しいんだけど」

「俺は今でも十分幸せだ。これ以上幸せになりたいだなんて思ったら罰が当たるだろう」

「それを決めるのは仁じゃないよ」

「……知っている。でもこれでいいんだ、俺は」

「分かった……でも僕は君に結婚してもらうことを諦めないよ。何なら僕の娘のどっちかを将来のお嫁さんに―――」

「鬼畜ロリコンという異名を増やしたいならやってみろ」

「やだ、そうなりそうで怖い」

 

 そして二人して何の含みもなく、ただただあの頃と同じく笑い合った。

 

 話が終わると鬼月はすぐに連れて来た秘書艦の高雄と共に総合部をあとにしていった。

 藤堂はそんな兄弟を見送り、友として彼に出来ることを精一杯やろうと誓うのだった

 しかし年齢を重ねたせいか、藤堂は兄弟に何もしてやれていない自分が悔しくて、つい涙を零していた―――。




読んで頂き本当にありがとうございました!


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良妻たちの憂鬱

胸糞悪い話が出てきます。ご注意を。


 

「お休みなんていらないわ……」

「休暇なんてあり得ないです。過休で死にそう」

 

 穏やかに晴れる昼下がり。

 艦娘宿舎の外からは任務や訓練に向かう艦娘たちの声が聞こえ、それだけで鎮守府の雰囲気は変わらず最高だと言える。

 

 しかし艦娘宿舎の談話室の一角はそれとは真逆で、まるでお通夜のよう。

 集まる皆の表情は揃って暗く、幾度となくため息のオーケストラを奏でていて、不幸を好む悪霊や悪魔が嬉々としてやって来そうな雰囲気だ。

 

 みんなして囲むテーブルに両肘を突き、組んだ両手を額に当て、一人……また一人とため息の輪唱が始まる。

 それもそのはず。彼女たちは本日有給休暇中だからだ。

 普通の社会人ならば、有給休暇は有意義なものとなるだろう。

 しかしここの艦娘たちにとってはその正反対。心から慕う提督に尽くせず、ただただ出来るだけ早く時間が過ぎ去ることを願うのみだ。

 

「有給休暇反対ってことでストライキでもする?」

 

 そこにストライキ大国のフランスの戦艦リシュリューが提案するが―――

 

「有給休暇のストライキって何するんです?」

「提督の命令を無視して働き続けるってことか?」

「そんなことしたら地獄のバカンス休暇待ったなしでしょうね」

 

 ―――早速その提案は切り捨てられる。

 

 この場に集まっているのは、間宮・伊良湖・グラーフ・リシュリュー・瑞穂で、彼女たちは良妻勢の面々だ。

 

 おこがましく思いながらも、仕事に励む最愛の提督を支えることを誓い合った仲間たちが集うグループ。

 なので周りからはその立ち振る舞いが良妻と言われ、まとめてそう呼ばれている。

 

 それなのに今は有給休暇命令で提督を支えられないという不幸に直面中。

 それ以外の命令ならば嬉々として従うが、どうしてもこれだけは未だに受け入れ難い。

 

「まあ、そうよね。あーあ。あの人ったら自分のこと棚に上げて、私たちを大切にし過ぎなのよね」

 

 リシュリューが肩を竦めてぬるくなった緑茶を啜ると、他の面々もそうだと言わんばかりに頷いて見せる。

 

「お昼に提督へお弁当はご用意させて頂きましたが、それだけですものね」

「お夕飯まで時間がありますし、つい先程もおやつとして私の最中と間宮さんの羊羹を渡して来てしまいましたからね」

 

 間宮、伊良湖と言い終われば揃ってまたため息を吐いた。

 有給休暇でさえなければ、今頃は食堂で夕食に向けて提督の笑顔を思い浮かべながら献立を考えたり、提督がおかわりしてくれることを祈りながら仕込みをしたり、美味かったと言われるように調理をしたりと、充実した時間を過ごしているはずだった。

 なのに有給休暇という忌々しいもののせいで、その時間を奪われたのだ。

 拒否は可能と言っても、あとあとデカいツケを払わされる。だから手っ取り早く済む方法が大人しく有給休暇を過ごすことなのだが、提督のために働けない時間なぞ彼女たちには不要としか言いようがない。

 因みに今の食堂は間宮たちと同じく良妻勢の鳳翔・龍鳳・翔鶴・瑞鶴・浦風・夕雲が厨に立ってくれている。

 

「…………私、こんな時間を過ごすためにお仕えしてきた訳ではないのに」

「間宮さん、みんな同じですよ」

「そうだ。しかしながらアトミラールの気持ちを無碍にするも、この身が裂ける程に痛む……結局は大人しくするしか我々に手段はないんだ」

 

 間宮のつぶやきに瑞穂は同情し、グラーフが仕方ないと言い聞かせる。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 それはまだ間宮が建造されて間もない頃だった。

 間宮はすぐに要請を受けて、今とは違う別の鎮守府へ着任した。

 

 気難しそうな中年男性の提督が仕切る鎮守府で、艦娘の人数もそこそこ多く、忙しくも充実した日々を送っていた。

 

 しかし間宮は提督が自分の料理をあまり食べてくれていないことだけが引っ掛かっていたのだ。

 

 艦娘のみんなは提供する料理や甘味を美味しそうに食べ、笑顔をくれる。

 なのに提督はたま食堂に来るだけで、味に関して訊ねても特にこれといった感想もなかった。

 間宮は何か自分の料理にいけないことがあったのでは、と考えて更に精進した。

 

 しかし、どんなに他の艦娘たちから美味しいと言われようが、提督が食堂に足を運ぶことは余計に減り続けたのだ。

 

 だったら、と間宮は提督にお弁当を作って執務室へと出向くことにした。

 提督という職務は大変忙しい。食堂を利用したくても利用出来なのかもしれない。

 ならば日頃のお礼にこれくらいは当然だろう、と間宮は思ったのだ。

 

 ―――

 

 妖精たちに厨房を任せて、執務室に前までやって来た間宮。

 同じ鎮守府にいるのに、初めての顔合わせ以来しっかりと顔を合わせていない。

 身嗜みは大丈夫だろうか、と前髪や服装を気にしたあとでドアをノックしようとその時だった―――

 

『全くもって使えん艦娘を着任させてしまった』

 

 ―――ドアの向こうから、ハッキリとそんな提督の声が聞こえ、間宮はその手を止める。

 

 この鎮守府の規模は中規模程で、壁やドアがあっても薄いために中の話し声は聞こえてくるのだ。

 秘書艦を務める艦娘はそんな提督を諌めている。

 

『みんなが美味い飯を食えるのは別にいい。でもな、美味い飯を食ってれば戦争に勝てる訳じゃないんだ。食費だって馬鹿にならん。こちらが求めているのは美味い飯だけじゃないんだよ』

 

 その言葉に間宮はショックで目を見開いた。

 まさかそんな風に思われているとは考えてすらいなかったからだ。

 

『間宮、だっけか? 俺があの艦娘を着任させたのは食費をいかに節約して、そこそこの物を提供するくらいで、食堂を回してくれるかを期待してたんだ。戦闘能力は皆無なのは知ってたから、そういう面で期待してた。なのに実際はどうだ? 日に日に食費は増すし、勝手に甘味といった贅沢もさせる。そんな余裕はないのに、だ』

 

 確かにそうだ。間宮は着任した際に提督から言われていた。

 

《贅沢は出来ないが、我々を助けると思って事にあたってほしい》

 

 しかし間宮は提督の意図とは真反対な行動を取ってしまっていたのだ。

 そもそもこの男がちゃんと説明してさえいればこんなことにはならなかったが、こういう人間程自分の非を認めない。

 

 秘書艦も変わらず提督を諌めてはいる。しかし提督は何を言われても間宮が悪いと言うばかりで、寧ろ対抗するように間宮を非難するばかり。

 

『俺が食堂を利用してない時点で意図くらい察せるだろうが』

 

『資金繰りで食堂どころじゃなかったんだ、こっちは』

 

『騙された気分なのはこっちだ』

 

 間宮は悲しかった。良かれと思ってやって来た努力が全て意味の無いことだったから。

 思わず涙が溢れたが、泣いている場合ではい。

 失った信頼を取り戻さないといけないのだ。

 

 間宮は持ってきた弁当を執務室のドアの側に置き、早足で食堂へと戻るのだった。

 

 ―――――――――

 

 それから間宮は食堂の方針をガラリと転換させ、節約料理にした。

 提督はその方針にそれはもう喜んでくれた。

 しかし節約していると、提督は更に予算を削減し、間宮はその都度頭を抱えることになる。

 提督は食費を削減して資材や戦うための必需品を揃えた。

 そんな生活が半年続き、とうとう大きなツケが回ってくることになる。

 艦娘たちの体調不良だ。

 

 艦娘は人間であって人間とはかけ離れた存在。

 当然燃料さえあれば動けるし戦えるが、燃料だけでは人間としての活動に必要な栄養素は取れない。だから補給とは別で普通の人間と同じように食事が必要なのだ。

 

 しかしそれを分かろうとしない提督は、自分のことを棚に上げて間宮を責めた。

 責めた挙げ句、除名処分を言い渡して大本営へ送り返してしまったのである。解体すると艦娘たちからうるさく言われるのを嫌がったのだ。

 

 ―――

 

 大本営に戻った間宮は心に負った深い傷のせいで、毎晩悪夢を見た。

 自分の料理を食べる誰もが朽ち果てていき、揃って間宮に『お前のせいで』と言ってくる辛い夢を。

 

 間宮を除名にしたことを不審に思った大本営は総合部へ査察の徹底を言い渡し、査察の結果で査問会議に呼び、間宮を返した経緯を事細かに吐かせたあとで、その提督は懲戒免職まではされなかったが処分となって、提督の座を降ろされ、大本営直轄の更生機関(下働き)へ転属となった。

 

 そんな間宮に転機が訪れたのは、間宮が大本営の厨で本来の仕事が出来るようになってきた頃。

 その頃もまだ悪夢は毎晩のように見ていたが、間宮本人もその状況に慣れてしまっていた。

 

 転機というのは、不遇に遭った艦娘を受け入れる制度が試験的に始まったこと。

 そこで間宮は今の鬼月提督のいる鎮守府へと着任することになる。

 

 ―――――――――

 

 見た目は怖い人だと思った。しかし声色や態度が優しく、彼に言われた初の命令が―――

 

『君の料理で艦娘たちを笑顔にしてほしい』

 

 ―――だった。

 

 当然、間宮は同じ過ちが起こらないよう、食費等の話も確認した。

 すると鬼月提督は淡々と―――

 

『食費は大事だ。どれだけ掛かってもいい。何なら今日はお前が着任したお祝いに知人に頼んで松阪牛の一頭でも用意させよう』

 

 ―――なんて言い出す始末。

 

 間宮は夢かと思った。

 しかし夢でもこんなに心地のいい夢なら夢のままでいいと思えた。あんな悪夢の中にいるより、こちらの方がいい、と。

 

 その日から間宮は何も気にすることなく自慢の料理の腕を振るえるようになり、あれだけ酷かった悪夢もいつの間にか見なくなっていたという。

 

 ―――――――――

 

 間宮が鬼月提督の鎮守府に着任して一ヶ月が経った頃、ある異変に気が付いた。

 

 鬼月提督のあまりにも適当過ぎる自己管理に。

 

 提督は元は特殊部隊の隊長をするまでの精鋭軍人であり、普通の人と比べてしまうと鉄人に見える。

 普通に考えて仮眠を挟んでいるとはいえ、ちゃんとした睡眠を取らないまま連日連夜あの仕事をしているのだ。

 しかし提督本人にとってはこれくらいは出来て当然、と澄ました顔で言い、加えて自分は頑丈な人間だなどと言ってくる始末。

 確かに前線にいれば寝る暇なんてないだろう。そんな状況下にいた提督だからこその理屈なのだろうが、間宮としてはいつ倒れてしまうか心配で堪らなかった。

 

 一方で提督は艦娘には口酸っぱく休めと言う。

 自分みたいな人間になってほしくないから。

 自分みたいな人間を増やしたくないから。

 

 だが、間宮にとっては提督の健康も守りたい。

 提督はきちんと朝昼晩と決まった時間に食堂へ来てくれる。それは嬉しい。

 しかしいざ作戦が始まれば、基本的に食堂へは来ないのだ。

 高雄の証言によれば、執務に加えて今後の資材計算から資材運用計算などなど細かく思案しているんだとか。

 なのでその際の専らの食事はすぐに食べられる健康食品や生野菜だという。

 

 栄養面は問題ないだろうが、間宮としては頂けない。

 間宮は食事を通じて艦娘たちや提督の体の健康と精神の健康を保つことが任務なのだから。

 普段聖母や女神のような間宮でさえ、提督が書類を捌きながら生のキャベツを乱暴に千切って食べていたのを見た際は顔を真っ赤に染めて般若なんて可愛く見えるくらいの形相で注意した程だ。

 

 生のままでも食べられるし、新鮮な野菜は生のままでも美味しい。

 だが、間宮の腕にはそれをもっと美味しくする方法がいくらでもあるのだ。

 

 だから―――

 

『提督、あなたがどんなに忙しい時でも、ちゃんと私が片手でも食べられる美味しい料理を作ります。ですから食事はしっかりと食べてください。もし食べてくれなかったら泣きます』

 

 ―――間宮はこうすることにした。

 

 誰にでも優しいのに、自分には人一倍……いや人千倍厳しい鬼。

 こんなにも心配させる悪い提督はこの人しかいないだろう。

 よって間宮は献身的に提督を支えようと誓ったのだ。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 そして今ではそんな間宮の誓いに感銘を受けた艦娘たちが集い、良妻勢と呼ばれるグループになってしまった。

 それでも間宮は止めない……止められないのだ。

 自分の本来の仕事をさせてくれる、世界一愛する鬼のために。

 

「はぁ……提督のためにお料理したい」

「私もです」

「瑞穂は耳かきをして差し上げたいです」

「私はアトミラールのためにコーヒーを淹れてやりたい」

「私は……アミラルに私の体を使って身も心もスッキリさせてあげたいわね」

 

 最後のリシュリューの言葉に間宮たちは鋭く殺意の籠もった視線を向ける。

 なのでリシュリューは内心やれやれと肩を竦めて「冗談よ」と、すぐに言葉を撤回した。

 今の面子の前でならこれくらいの冗談は流してもらえるが、他のLOVE勢の耳に入れば暫く提督へ接近することは暫く叶わなくなってしまう。

 

「まあ、何にしてもやることがないのは変わらないわ。だから青葉からこんなものを借りてきたの」

『…………!!?』

 

 リシュリューがテーブルの上に置いたブツ。

 それが何なのか分かった途端、間宮たちの目はこぼれ落ちるくらいに開かれた。

 

「ど、どうして……?」

「ど、どうしたんですか、これ!?」

「青葉さん……貴女って艦娘は……っ」

「それは今はどうでもいいだろう。しかしこれは……」

「良い物よね♪」

 

 青葉がリシュリューに貸したブツ。

 それは―――

 

 

 

 

 

 鬼月のスマイル写真集

 

 

 

 

 

 ―――の幻の第一号であった。

 

 提督の微笑みや笑みの写真が濃縮された写真集……通称『鬼スマ』はこれまで青葉の監修の元、第七号まで出されている。

 写真集とは言えペラペラな安い素材ではなく、青葉が実費で選りすぐんだ素材での分厚い写真集である。

 そのためコストパフォーマンスが悪く、発行部数も50部のみでかなりの希少さだ。

 発売すると青葉が発表すれば秒で……いやコンマの世界で完売する代物であるが、購入者が貸し出すこともあり、借りた者は決して汚さぬように扱うためみんながみんな順番さえ守れば拝見出来る。

 

 しかし第一号は違うのだ。

 第一号はその言葉通り、鬼スマの第一号写真集。

 当時は青葉が着任して半年ということで、着任していた艦娘の数も50人未満であり青葉も蓄えが今程無かった。

 なので第一号は10部しか発売されていない。故に幻の写真集なのである。

 第一号を持っている艦娘たちの名は知られており、その十人は皆から『鬼スマ10(てん)』と呼ばれていたりする。

 因みに青葉は発売している本元であるため原画を全て持っているため『鬼スマ神(しん)』と呼ばれている。

 加えて鬼スマ10の面々は電、不知火、白雪、潮、綾波、水無月、龍驤、愛宕、金剛、龍田である。

 

「あ、青葉さんは何て?」

「え、皆さんで楽しんでくださいって。有給休暇は辛いでしょうから少しでも慰めになれば、とも言っていたわ」

 

 間宮の質問にリシュリューがありのままを答えると、間宮たちは揃って『今夜の青葉にお夜食として伊勢海老のフライを揚げよう!』と気持ちを込めた。

 そしていざ鬼スマの幻第一号を拝見したが―――

 

「…………尊い」と間宮

「……しゅきぃ♡」と伊良湖

「守りたいこの笑顔……」とグラーフ

「…………素敵♡」と瑞穂

「抱いてほしいわ」とリシュリュー

 

 ―――1ページ目から陥落し、語彙力の著しい低下という症状が見えるのだった。

 因みに1ページ目は野良猫(三毛)を抱っこして満面の笑みをしている鬼であったそうな。

 

 ―――その頃、執務室―――

 

「…………高雄」

「はい、提督。どうしました?」

「間宮たちが昼と先程、料理と甘味をくれただろ? そのお礼に夕飯は俺が馳走しようと思うのだ―――」

「―――間宮さんたちが泣いてもいいなら、どうぞ御随意に」

「…………泣くのか? 手料理は結構馳走させているはずなんだが……」

「彼女たちも(提督に)弱いですからね」

「そうなのか。まあ感情が豊かだということだろう」

 

 違う、そうじゃない、と高雄は思った。

 間宮たちに特別に手料理を振る舞うと、提督を愛してやまない彼女たちが愛が募って泣くのだ。なのに提督は嬉しくて泣くのか、と解釈したのである。変な勘違いになっていないだけマシだろう。

 それにしてもとてつもなくセーフに近いアウトである。ファールボールかと思ったのにホームラン判定をされるようなものだ。

 

「提督は気にすることなく、どっしりと構えていれば大丈夫ですよ。それこそ有給休暇命令なんて無くせばいいかと」

「それは良くない。常日頃から頑張ってくれるお前たちには出来るだけ休んでほしいんだ」

「……了解しました」

 

 こうして鬼は今日も知らず知らずの内に艦娘たちを泣かせていることに気が付かないのであった―――。




それぞれある鬼提督LOVE勢グループはメンバーが定まってません。みんなが個々でそう名乗ってたり、良妻勢みたいに賛同して集まったりしてるという設定です。
なのでグループ名簿とかも無いので今後載せる予定はありませんので、ご理解ください。
ただ言えるのは、どのグループにも属してないLOVE勢も多々居ますし、属してないから仲が悪いなんてこともありません。加えてグループ同士での対立もライバル視もありません。
全ては鬼さんを愛し、鬼さんに尽くすのみで、みんな仲良しです。

各LOVE勢のグループ名簿はあるのか、とメッセージでご質問を頂きましたので、こちらにも私なりの答えを書いておこうかと(^^)

読んで頂き本当にありがとうございました!


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姫は追う

沙羅提督視点です。


 

 今日は快晴。絶好の逢瀬日和―――

 

「本日は手合わせありがとう。沙羅提督」

「こちらこそ、いい演習でした。負けたのは悔しいですが、最後の最後まで諦めなかったあの子たちを私は誇りに思います」

 

 ―――ではなく演習日和、ですわ。

 

 

 本日、私は愛しの旦那様(予定)である仁様と演習訓練を行いました。

 お互い何かしらの制限は無く、お互いに練度を上げたい艦娘を編成しました。

 それは運命なのか、どちらも水雷戦隊編成であり、それはもう白熱しました。

 やはり仁様の艦隊指揮は素晴らしい。

 同航戦、逆航戦、T字戦と三度お手合わせ頂き、中でもT字戦……丁字戦法を想定した演習は勉強になりました。

 

 丁字戦法は本来、砲艦同士の海戦術の一つ。なので水雷戦隊ですが、魚雷は禁止で行いましたの。

 丁字戦法とは敵艦隊の進行方向をさえぎるような形で自艦隊を配し、全火力を敵艦隊の先頭艦に集中できるようにして敵艦隊の各個撃破を図る戦術ですわ。

 くじ引きによって私の方が有利な方を譲って頂きましたが、結果は惨敗。

 仁様の艦娘たちの的確な連携と砲撃でこちらの方が狙いたい放題みたいでした。

 一番狙われる旗艦である名取さんなんて回避行動が素晴らしく、中破判定すらもらっていませんでしたもの。

 私も自分の艦娘たちともっと精進しなくては、と強く思います。

 

 そんなことを私が考えていると、

 

「……沙羅提督、このあと少々時間をもらえないか?」

 

 なんといつもはすぐに帰ってしまわれる仁様からお誘いを受けました!

 嬉しくて泣きそうになりましたが、なんとかヒールでつま先を踏んで耐えました!

 

「沙羅提督?」

「はっ、いえ、大丈夫ですわっ。何なら明日の朝まで予定を開けます!」

「いや、そこまで長居はしない。お互い任務があるだろう」

「そ、そうですわね、ほんの冗談ですわ……おほほほ」

「はは、沙羅提督はお茶目な人なんだな」

 

 はぁぁっ、じ、じじ、仁様が、笑ってますわっ!

 な、ななな、なんて尊い笑顔なのかしら!?

 嗚呼、出来ることならば、今後はそのような笑顔は私にだけ向けてほしいものですわ。無理ですけれど。

 

「で、では、応接室に御案内しますねっ。高雄、艦隊のみんなに補給を。それから暫くは待機するように全艦へ告げて頂戴。あ、仁様の艦娘の方々は食堂へ御案内を。そして何か甘い物を」

「了解しました」

「部下のことまでありがとう」

「いえいえ、大切な(旦那様の)艦娘ですからっ!」

 

 ―――――――――

 

 私は早速仁様を鎮守府本館の応接室に御案内しました。

 

 ただ仁様が、男である自分が女性と応接室と言えど二人きりなのは良くないと言うことで、秘書艦の高雄さんもと仰られ、この空間には仁様と仁様の高雄さん、そして私の三人がいます。

 演習艦隊の編成に入ってなくても秘書艦は必ず記録係として同行するのが基本。その間、どこの鎮守府も大淀さんが留守を預かってくれます。

 

 嗚呼、でも、仁様はなんて紳士的なのかしら。

 こんな嫁の行き損ないとも言える歳の私を、レディとして扱ってくださって……ときめき過ぎてドキがムネムネしてしまいますわぁぁぁぁぁ!

 

「わざわざ時間を作って頂き感謝する」

「いえいえ、お気になさらないでくださいまし。それで、どのような御用向きなのですか?」

 

 おっといけないいけない。仁様のご用事を心して聞かなくては。

 もしかして交際の申し出だったり?

 それとも婚約の申し出だったりするかしら!?

 はい、この豊島沙羅は姓を鬼月と改め、余生を鬼月沙羅とし、仁様のことを健やかなる時も病める時も、富める時も貧しい時も、この身が朽ち果てようとも朽ち果てたあとも妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますわっ!

 

「この前貸してもらったハンカチを返そうと思ってね。ちゃんとアイロンもした。それと遅ればせながら、その時のお礼として菓子折りを。高雄」

「はい、こちらがその品です」

 

 丁寧にアイロン掛けされた私のハンカチを仁様がそっと手渡し、仁様のお声に高雄さんは返事をすると手に提げていた大きな風呂敷を広げました。

 

「これは?」

「これは私の馴染みの店のクッキーだ。バターとチョコ、マーブルの三種を今回は用意した。そちらの艦娘たちと食べてほしい」

「まあ、何だかこんなに頂いて……申し訳ないですわ」

「気にしないでくれ。淑女のハンカチを汚してしまったお詫びだ」

「まあ、仁様ったら……」

 

 は、鼻血が出そう!

 向かい合っているとは言えどテーブルを挟んでいるのに、何なのこの渋いダンディなイケメン光線!

 私の心をジャーマンスープレックスホールドしてゴングが鳴り響いてますわ!

 メーデー! メーデー! 助けて高雄ぉぉぉぉぉっ!

 

「豊島提督、お顔が真っ赤ですけど?」

「あ、あらあら、ありがとうございます、高雄さん。でもご心配には及ばなくてよ……おほほほ」

 

 流石は仁様の高雄さん。おっぱいの付いたイケメンですわ。

 ほわぁぁぁぁぁっ、仁様まで心配そうに私を見つめていますっ! これ以上は鼻から仁様へのLOVEがががががっ!

 

「失礼致します。遅くなりましたが、お茶を用意して参りました」

 

 高雄ぉぉぉぉぉっ! グッドタイミングよぉぉぉぉぉっ!

 

「あ、いや、そこまでは。自分たちももう鎮守府へ戻る」

 

 えぇぇぇぇぇ! 待って仁様ぁ! もう少し! もう少しでいいんです! お茶していて行ってくださいまし!

 

「提督、せっかくのご厚意を無碍にしてはいけませんよ。それにこんなにすぐでは、あの子たちも休めないのでは?」

「む、それもそうだな……ではお言葉に甘えて」

 

 ナイスアシストですわ、仁様の高雄さぁぁぁぁぁんっ! 帰りに貴女には私が愛飲しているブランドの紅茶の茶葉を贈らせて頂きますわぁぁぁぁぁっ!

 

「(提督、今の内にお顔と頭をリセットしてください。鬼月提督は気が付いてませんけど、表情がスロットマシンみたいに変わり過ぎです)」

 

 高雄にそう耳打ちされて、私はすんっと表情を戻しました。危なかったですわ。私、どうしても仁様の前だとただの乙女になってしまう。はぁ、恋って難しいですのね。

 

「ところで提督、こちらのお菓子は?」

「あ、ああそうでした。高雄、こちらのお菓子は仁様からのお気持ちよ。あとでみんなに配ってあげて」

「それはそれは、ありがとうございます鬼月提督」

「いや、大したものじゃない。そう気を遣わないでくれ」

 

 ふふふ、なんて控えめなお方なのかしら。はぁ、もう好き。

 

「(提督、早く紅茶を飲んでください。その方が鬼月提督も口をつけやすくなるかと)」

 

 ふと高雄にまた耳打ちされた私は、急いで高雄が淹れてくれたお茶を口に含みました。

 そういうことは決してありませんが、こちらが先に口にすることで相手に毒は入っていないと安心させることが出来ます。まあカップに毒が塗られている場合もありますし、そもそも私が仁様に毒を盛るなんて火星人に攫われるくらいあり得ないことですから。

 

 紅茶を飲み込み、私が「どうぞ」と勧めると、仁様も高雄さんも一礼して飲んでくださいました。

 嗚呼、紅茶を飲んでいるだけですのにどうしてこうも絵になるのかしら。カップを持っているだけでも素敵ですわ。今この瞬間だけ私はあのティーカップの持ち手になりたい。いえ、ティーカップの縁になりたいですわ。

 

「どうですか? 高雄には私が厳しく紅茶の淹れ方は指導したので、間違いはないかと思うのですけれど……」

「ああ、いい香りといい味わいだ」

 

 仁様の言葉に私がホッとする横で、高雄は「ありがとうございます」と軽く頭を下げる。

 

「すまない。自分はこうしたことに疎いんだ。気遣いが上手い男ならここで気の利いた言葉でも出るんだろうが……」

「ふふふ、気にしないでくださいまし。ちゃんと心からのお言葉だと受け取りました」

「はは、これではどちらが先輩か分からないな。本当に沙羅提督は立派な方だ」

「っ……も、もう、仁様ったら♡」

 

 い、いけない。仁様からナチュラルに褒めてもらえて頬が緩む。こんなだらしない顔を仁様にお見せする訳には……豊島家の恥ですわ!

 

「そ、それにしても不思議ですわね」

「何がかな?」

「ええと、ほら、今この場に高雄が二人並んでいらっしゃるでしょう? ですのに、私の高雄は私の高雄。仁様の高雄さんは仁様の高雄さんとはっきり違いが分かりますから、不思議だな、と」

「あぁ、なるほど。確かにそうだ。艦娘とは本当に不思議な存在だな」

「ええ、深海棲艦に対抗出来る唯一の存在。そしてみんな誇り高く、尊き存在です」

「うむ。彼女たちがいるから、今の世界がある。本当に称賛されるべきなのは彼女たちだ」

 

 仁様の言う通りですわ。傍から見れば、私たち提督が艦娘たちを指揮していて偉く、そして海戦に勝てば私たち提督に称賛の声が集まります。

 しかしそれは全て艦娘たちが頑張った結果。それをまとめている提督が代わりに受け取っているに過ぎない。

 ですのに、たまに私たち提督の中にはそれをまるで当然かのように受け取り、偉くなった気になる輩がいます。

 私はそんな方に言いたい。ならあなた一人で深海棲艦に立ち向かっていけますか、と。すると全員が首を横に振るか聞こえなかった振りをするでしょうね。

 確かに艦娘を指揮して、その指揮によって海戦に勝つのは素晴らしいです。けれど謙虚さを失ってはいけないわ。私たちは艦娘がいてくれるから、提督として過ごせているのですから。

 

 そういう点で言いますと、やはり仁様は理想の提督だと思います。本当に私の目標ですわ。

 常に策を考え、出来るだけ艦娘が傷付かないようにし、彼女たちと同じ目線で同じ目標を見、慈しみ、心を通わせ、時には厳しくする。

 簡単にやっているようでいて、誰でもすぐに同じことは出来ないでしょう。現に私も日々精進している最中ですもの。

 

「仁様は今の役職に就く前は特殊部隊の隊長をなさっていらしたとお聞きしました」

「ああ、そうだ」

「やはり、お辛い任務が多かったのでしょうか?」

「……そう、だな……戦友を失ったことも一度や二度ではない」

「申し訳ございません。私ったらつい……」

「いや、気にしないでほしい。確かに戦友を失うというのは辛い。しかし自分の心に今も彼らは生きている。俺は少なくともそう思い、彼らと共に今も生きている」

 

 力強い言葉と眼差しに私は自分の軽率さを恥ずかしく思います。仁様のことは何でも知りたい。でも流石に先程のはデリカシーの欠けた質問でした。

 ですのに、だと言うのに、仁様はこんなにも真っ直ぐにお答えくださって……本当に自分が情けないですわ。

 仲間を失う辛さはちゃんと知っていたはずですのに……。

 

「私も……仁様のお気持ちが分かります。私も経験がありますから」

「……そうか……」

「はい。私の場合は今は伏せさせて頂きますが、艦娘でした。私の未熟さが招いた結果で、彼女を死に追いやった……ですが、仁様と同じく、私の心に彼女は生きています」

「そうか。ならいつか、沙羅提督がいいと思った時には、彼女のために献花させてほしい。同じ志を持った尊いその者のために」

「……ええ、いつの日か。彼女もきっと喜んでくださいますわ」

 

 はぁ、私ったら、本当になんてことをしてしまったのかしら。

 せっかくのお茶の席をお通夜みたいな沈んだものにしてしまったわ。いえ、彼女が悪いのではなく、完璧に私の責任ですわ。

 

 でも、仁様……本当にありがとうございます。

 私は先程のお言葉だけで、救われた気持ちになりましたわ。

 

「まあ、なんだ。これは俺の自己満足みたいなものだが、我々がその戦友たちのことを忘れないことが大切なんだと思う。人々に忘れ去られることこそが本当にその者が無くなるんだと思うんだ」

「仁様……」

「自分を責めるのもいい。現に俺はいつもあの時こうしていたらと考え、あの時出来なかったことを今に活かしている。全ては戦友が教えてくれているんだよ」

「…………」

「でも責めてるだけじゃいけない。そんなことをしても戦友は還ってこないからな。責め続けて、いざ自分がそうなって向こうで戦友に会えたとしたら、戦友たちは俺を殴るだろう。だから君も胸を張って会えるように、また笑って会えるように、前を向いていてほしい」

「仁様ぁ……っ」

 

 あら、目の前が霞んで見えますわ。どうして。私は笑顔で仁様にお礼をお伝えしたいのに。

 

「……すまない。泣かせたい訳じゃなかったんだ。君が既に前を見ているのも分かっていた。だが、どうしてもお節介を焼きたくなったんだ。君の友人として、先輩として、ね」

 

 ええ、ええ。分かっていますわ。現に仁様の声色はずっと優しくて、私を励ましてくださっていましたもの。

 ちゃんと伝わっていますわ。

 

「…………では、そろそろお暇させてもらうよ。本当にすまなかった。そして美味しいお茶をありがとう」

 

 はい、私こそ本当にありがとうございました。

 仁様、心からお慕いしています。

 

「本日はありがとうございました」

「いや、こちらこそ。見送りは結構だ。君は沙羅提督の側にいてやってくれ」

「お心遣い感謝します」

 

 ああ、お待ちになって、仁様。

 お見送りしたいのです。

 

 けれど、私の体は言うことを聞きません。

 心も頭も、こんなにもすっきりしていますのに、今は仁様の背中が遠い。

 私はまだまだあの方の隣に立つ資格も、覚悟もないのだと、そう思い知らされました。

 

 ―――――――――

 

 仁様は艦隊の方々と仲良く去って行ったと、見送りを代わりにしてくれた漣から聞きました。

 漣は私の意を汲んで、高雄さんに紅茶の茶葉もこっそりと渡しておいたと言われ、視界が霞んだままに漣を抱きしめました。

 現に今もですが。

 

「ご主人様、泣かないでくださいよ。ハグしてくれるなら笑顔がいいです」

「ごめんなさい……ごめんなさい……っ」

「……それは()に言わないでください」

「ええ、そうね……」

 

 抱きしめていた漣からそっと離れた私。

 そして軍服の上着の胸ポケットにいつも大切にしている写真を取り出すと、そこには私と()が笑顔で写っています。

 

「貴女を決して忘れないわ、漣……ごめんなさい」

 

「提督……」

「ご主人様……」

 

「……まだまだ私は未熟者で、貴女はそちらで『相変わらずですね』なんて笑っているのでしょう。その通りだわ」

 

 写真に写る、笑顔の彼女に私は語り続けました。

 

「でもね、私。好きな人が出来たのよ? とても素敵な方で、とても尊き方なの。貴女はそちらで私を見ていてバレバレなのは知ってるわ。きっとそっちに行ったらからかってくるのもお見通しよ」

 

「だからね、()。私、そっちに行くまでにからかわれないくらいの女になるわ。それで向こうで貴女が私のことを自慢出来るような、そんな人間になるの。そうすれば、そっちに行っても私をからかうことは流石の貴女でも出来ないでしょう?」

 

「っ……()。貴女に会いたい……っ、会って謝って、っ、お礼を、言い、たいな……うぅっ。でもね、まだこのままじゃ、ダメなの。だからもう少しっ……もう少しだけ、っ、待ってて、頂戴ね」

 

「貴女は私の初めての艦娘よ、ずっとずっと……私は貴女を忘れない。あの人がそう教えてくれたの。私の大好きな、大好きな人が。その時また笑って、私のお話を聞いてね」

 

 彼女に話すと、なんだかすっきりした気がしました。

 嗚呼、目が痛い。頬も痛い。泣いて、笑って。

 

 私が彼女を胸ポケットに戻すと、

 

「提督、大好きです」

「漣もご主人様のことが大大大好きですよ!」

 

 高雄と漣の二人が私に抱きついてきました。

 ふふ、私は本当に恵まれていますわ。

 それなのに悲劇のヒロイン振っていたらあの子に笑われちゃう。

 

「ええ、私も二人のことが……艦隊のみんなが大好きよ」

「はい」

「えへへ、知ってま〜す♪」

「あ、でも一番は仁様だからねっ!? 勘違いしちゃダメよ!? みんなのことは家族としてなんだからね!?」

「分かってますよ、提督。というか、言われなくても知ってますし」

「寧ろ変なツンデレ見ると萎えますわ〜」

「ちょっと!?」

 

 私が怒ると二人は笑って逃げ出しました。

 だから私も笑って追い掛けます。

 待っててね、漣。

 待っていてくださいね、仁様。

 

 私は誰にも恥じない女になりますから。

 

 あ、しまった。

 仁様に婚姻届のサインと判子を頂くのを忘れてましたわ―――。




読んで頂き本当にありがとうございました!


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愛を欲し、愛を得た

胸糞悪い話が出てきます。
ご注意ください。


 

「…………俺は深い悲しみを感じている」

 

 穏やかな昼下がり。

 しかしそんな陽気とは裏腹に執務室は鬼月が絶対零度のオーラを放ち、一人の艦娘を見つめていた。

 

 執務机を挟み、提督に向かって正座して赤絨毯に額を擦り付けるようにして涙ながらに許しを乞うのは―――

 

「謝るくらいならば、あんなことをしなければ良かったのではないか……時津風?」

 

 ―――あの時津風だ。

 

 時津風は提督LOVE勢でも愛犬勢と呼ばれるグループの長。

 故に鬼月には絶対的な忠誠と愛を誓っている。

 

 そんな彼女がどんな罪を犯してしまったのかだが、それは暴力だ。

 時津風が力を振るってしまった相手はつい先程までこの鎮守府に演習艦隊を率いてやってきていた男性提督で、鬼月と歳も近くて温和な性格の者。

 そんな彼にどうして時津風が暴力行為に走ったのか……それは彼が良く耳に入る鬼月の謂れのない悪しき噂について訊ねたからだ。訊ねた理由も直接本人と言葉を交わして強い違和感を感じたからで、決して鬼月を悪く言うつもりは無かった。

 

 しかし時津風は『お前はあたしたちの司令がその噂でどれだけ傷付いてるのか知ってる上で訊いてるのか!?』と怒号を浴びせ、その提督の腹に膝蹴りをかました。

 膝蹴りをもろに食らった提督は血こそ吐いていないが、吐瀉物を撒き散らして気絶してしまう。

 当然、鬼月は彼を即座に医務室へ運び、手厚く治療し、手厚い謝罪と詫びの品を彼だけでなく彼の艦娘たちにまで施した。

 幸い彼は事を荒立てる気は無く、寧ろ『無神経な質問をしてすまなかった』と謝り、時津風への罰則や鬼月に対して責任問題にすることはしたくないと言い、最後は鬼月と笑顔で握手まで交わした程だ。

 

 その提督との話はそれで無事に終わった。

 しかし鬼月と時津風の話はこれからである。

 

「お前が俺のことを思って行動してくれたのは提督冥利に尽きる。しかしやり過ぎだ。どうしてお前は俺のことになるとそう血の気が増す?」

 

「司令のことを愛してるからっ」

 

 面を上げ、曇りない眼で、真っ直ぐに言い返す時津風に、鬼月は思わず目眩がした。

 そもそも時津風がこのようになってしまった要因は自分のせいでもあるのだから。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 それは鬼月が提督となって2年が過ぎた頃のことだ。

 

 ある日、鬼月の元に藤堂から指令書が届いた。

 

『艦娘に対して有無を言わさず体を提供させている屑がいるから、決定的な証拠が欲しい。

 僕や総合部の人間、加えて軍警が動くとバレる。それくらいの警戒網を屑は屑なりに整えてしまったから、不本意ながら悪名高い君が出向き、証拠を押さえて欲しい。

 そうすれば君の悪評も少しは減ると思うんだ。

 決行日時は任せる。連絡さえしてもらえれば、こちらもこちらで動けるようにしておくから。

 辛いだろうけど、頼む兄弟』

 

 10年以上交流を持つ親友とも言える兄弟からのお願いに鬼月は即座に行動を開始するため、指令書と共に送られてきたUSBメモリを読み込み、相手の居所等の詳しい情報を頭に叩き込んだ。

 

 ―――

 

 その日の深夜、鬼月は藤堂と連携を取るのに必要な装備品を身に着け、作戦決行の旨を個人電話で告げたあとで、一人でその屑がいる鎮守府の側の繁華街へとやってきた。

 繁華街ということで深夜でも営業している店が多くある。しかし営業している店が多くても、妙に人の数が少ない。治安が悪いとは貰った情報には無かったが、治安がいいとも知らされてはいなかった。

 多分、ここに住む人々も何処か安心出来ない雰囲気を察知しているのだろう。

 そんな大通りの明かりから逃げるように情報にあった小道へと入る。野良猫すらもいない小綺麗過ぎる薄暗い路地を進んで行くと、場違いなくらい豪華なホテルがそびえ立っていた。

 

 どういう意図でこんな何処ぞの遊園地にある洋風のお城みたいな外観に至ったのか不明だが、システムは好きな部屋を選ぶだけで特に怪しくはない。

 しかし軍警が入手した合言葉の「自分は"提督"だ」と顔も見えない作りのフロントに告げれば、小窓が開く。

 そこに身分証明書として軍隊手帳と前金として100万をキャッシュで入れると、今度はタブレット端末がスッと出された。

 画面には艦娘の写真のみがいくつも映し出され、その各写真の下には『可』と『不可』の文字が浮かんでいた。多分すぐに相手が出来るかどうかのことだろう。加えて『従順』や『反抗的』、『無反応』、『脆弱』等のその艦娘の性格か何かを表す文字もある。

 鬼月は腸が煮えくり返る思いを抑えながら、一番状態が悪そうな艦娘の写真をタップした。

 するとやっと部屋鍵を渡され(その際軍隊手帳も返ってきた)、加えて何やら怪しい注射器セットまで渡され、鬼月は息を呑む。

 

 重要な証拠品として監視カメラの死角でそれらを鞄に仕舞い、部屋に入った。

 内装は普通のビジネスホテルとそう変わらない。しかし異質なのは粗末な簡易ベッドの上に艦娘が衣一つない姿且つ、大の字で寝かされていることだ。加えて両手両足はそのベッドの各足に鎖で繋がれ、口には鉄の口枷ががっちりとされており、身動きを取ることも話すことも困難な状態にしている。

 ベッドのサイドテーブルにはご丁寧に説明書があった。

 

 艦娘だから何をしても壊れない。

 どんなにしても孕まない。

 壊れてもバケツ一つですぐに新品になる。

 どこかを切断する以外なら何をしても結構。

 暴れないように必ず始めに渡された注射を打つ。

 それを敢えて打たないのはそちらの勝手。

 しかしどうなってもこちらは責任は取らない。

 

 鬼月は読んでいるだけで吐き気がし、冷静になれと歯を食いしばる。

 説明書だろうと握り潰したいのを何とか堪えた。

 

 そして提督はベッドに寝かされている艦娘に目をやった。

 金属の首輪をされて皮膚はただれ、首輪の側面に付けられたタグプレートには『ときつかぜ』と雑に彫られてある。

 眠ってはいるが首元には何やら注射針を刺したであろう痕がいくつもあり、真新しい痕もあったので薬で強制的に眠らされているのだと推察した。

 

 鬼月は時津風本人には申し訳無いが、証拠として現場写真を胸章に仕込んだ隠しカメラに収めていく。

 それだけで時間はあっと言う間に過ぎ、フロントからの電話が鳴った。

 出ればもう時間だと言われ、何もしてないのにいいのかとも言われた。これだけで何処かから監視していることも分かった。

 当然、この会話は制服の襟に仕込んだ特殊マイクで藤堂らにも聞こえており、鬼月は次の段階に入った。

 

『俺はこいつが気に入った。いくらで譲ってもらえるか、上に掛け合ってくれないか?』

《その必要はない。一律5本と決まってる》

 

 5本……つまり500万で艦娘が買えるということ。

 追加説明によれば、渡した薬の定期購入が必須だという。つまり継続的にこちらでも私腹を肥やしているのも分かった。

 一般の高所得者でも買えてしまうかもしれないが、そこまで屑もアホではない。すぐに足が付いてしまうので、合言葉はその筋の提督にしか告げられないのだ。

 しかもそうなればそうしたアホは性癖等の弱みを握られて下手なことは出来なくなる。見せた軍隊手帳も既に細かくコピーされていることだろう。

 ただ同じく黒幕である屑も艦娘でこんなことをしていると弱みを握られることになるが、相手が同じ提督であれば艦娘を譲渡しても怪しまれない上に、同じ毛色の提督なのだから発覚することもないということ。こういう時ばかりは頭が回る。

 加えてフロント陣は屑の息の掛かった一般的な屑であり、相互依存で成り立っている経営だ。

 

 鬼月はますます気分が悪くなったが、今は目の前の艦娘を救うことに集中することにした。

 フロントへ繋がるエレベーター式の搬入口に現金500万(事前情報から1000万キャッシュで用意していた)と後払い金の100万を入れる。すると今度はベッドに繋がれている枷らを外すための鍵と追加の睡眠薬だろう薬とその艦娘が入るくらいの布袋が運ばれてきた。

 鬼月は当然それらも鞄に仕舞い、時津風の口枷を外し、部屋にあったバスタオルで彼女を優しく包み、人目を避けるように足早に現場をあとにする。

 あとのことは藤堂たちに任せれば屑らやこの忌々しいホテルは消える。

 

『…………だれ?』

 

 抱えている時津風が目を覚まし、拙い呂律でなんとか声を出して鬼月に訊ねた。

 鬼月は安心させるように、怖がらせないように、敢えて笑顔は作らず、ただ優しい声色で―――

 

『屑じゃない提督だ』

 

 ―――とだけ告げる。

 すると時津風は微かに口端を上げて、また瞼を閉じるのだった。

 

 ―――

 

 結果から言えば潜入任務は成功。

 屑は更なる屑らも道連れに、最終的に軍人だけで100人近い屑山となり、一同がん首揃えて大本営直轄の一度入れば死んでも出れない楽しい監獄ツアーへ強制ご招待となった。因みに一般的な屑らも同様。

 

 これによって鬼月の評価もある程度は回復するはず、と藤堂は言っていた。

 しかし当の鬼月はと言えば、そんなことどうでも良かった。

 何故なら引き取った時津風のことしか頭に無かったから。

 

 大本営や総合部に返すという手段もあったが、何しろこの頃の時津風は非常に情緒不安定で鬼月以外はいくら姉妹艦の陽炎たちでも近付くことが出来ない状態であった。

 何故鬼月なら大丈夫なのか。それは時津風が本能的に彼が自分をあの地獄から救い出してくれた恩人だと分かっていたからだろう。

 なので事情聴取や経過観察の際は必ず鬼月が同席し、そうすれば怖がってはいてもかなり落ち着いていた。

 

 鬼月は潜入任務を終えてから即座に鎮守府へと戻り、到着後すぐに時津風をドックへ搬送し、ドック妖精たちの奮闘によって怪しい薬の後遺症や依存症もない綺麗な身体に戻ることは出来た。

 

 しかし艦娘も人間。心や記憶に残った傷は決して治らないのだ。

 当初は舌を噛んで自殺しようとも時津風は考えていたが、その頃は既に前例があったために強制的にあの薬を投与されてそんなことも出来ないようにさせられていたという。

 それはまさに生き地獄で想像を絶するものだ。

 起きていても意識が常に朦朧とし、眠らされている間に知らない相手に己の体を趣くままに蹂躙され、嬲られ続ける日々だったのだから。

 よって時津風は鎮守府に来て暫くの間は目を覚ましたと同時に混乱して暴れ回り、奇声をあげ、泣き叫び、疲れて電池が切れた玩具のように眠るを繰り返していた。

 時津風の混乱が自傷行為に走るなどといった酷いものに発展すると、急いで鬼月が駆け付け、そんな鬼月にだけは甘え、その結果依存するようになってしまった。

 

 物に怯え、音に怯え、人に怯え、唯一怯えないのは地獄から助け出してくれた鬼月のみ。

 

 ドック妖精に診せるにも、看護妖精が世話をするにも一苦労の一言に尽きる。

 

 近付けば泣き叫んで怯えて、会話もままならず、食事すらとらない。泣きながら気絶するように眠り、漸く静かになれば整えられる有様。

 鬼月が視界に入る場所にいれば、かなり落ち着いていたのが幸いだった。

 

 時が経って、漸く先ずは姉妹艦である陽炎たちを受け入れるようになったが……それでもかなり限られた数と言える。

 それでいて本人も何とか他の艦娘たちとも話が出来るようになろうと努力はするが、我慢して神経をすり減らす傾向にあった。

 ただでさえ弱っているのにやせ我慢をする……それを見分けることが出来たのが、一番側にいた鬼月だった。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 今はそれも落ち着き、今の時津風として普通の艦娘として遠征に出撃にと活躍している。

 しかし一度鬼月のことを悪く言う者の声を聞けば、本日のように意図など関係無しに暴走するのだ。

 

「時津風」

 

「何……?」

 

「無闇に暴力行為に走るな。どうしようもない屑にはそれでもいいかもしれないが、相手を選べ」

 

「……ごめんなさい」

 

 どういう理由で時津風が暴走するのか鬼月も理解している。

 なので今回は止められなかった自分にも責任がある。

 本来の時津風はやんちゃで、人懐っこい。しかしあのことが原因で、この時津風は人見知りが激しく、同じ艦娘でも新顔となると馴染むまでに相当な時間を必要とする上、無理をすると高熱で寝込む。

 それでも鬼月は時津風が幸せならば、とある程度は自分との接触は黙認していた。

 今でこそ自分だけの艦娘宿舎の部屋で寝泊まりしているが、引き取って出歩けるようになった頃は暫くの間鬼月の長官官舎で寝泊まりしていた。

 頻繁ではないが時津風は今でもあの頃の夢を見てしまう。そして見て目が覚めると泣き叫ぶので、他の艦娘たちから鬼月へ出動要請が来る。

 

 そうした日々の中でも鬼月は時津風が笑って生きていてくれるのが嬉しい。

 しかし衝動的になっては彼女にとっての立場が危ぶまれる。

 それが鬼月が一番心配しているところだ。

 

「……やはり次からお前は演習艦隊には入れない」

 

「え」

 

「勘違いするな。お前の存在を隠すとか邪魔に思っての選択ではない。お前はちゃんと冷静になれば反省する。でもその度にお前自身が傷付いているのを、俺は見ていられない」

 

 鬼月はそう言いながら時津風の元まで歩み寄り、時津風の涙を自身の手袋で拭いてから、彼女の頭に頬を寄せるようにして抱きしめる。

 大切に、とても大切に時津風を抱き寄せ、何度も何度も分かってくれと言うように彼女の後頭部を撫でた。

 自分の立場が危うくなるのであれば挽回すればいいだけのこと。しかし艦娘となれば話は違ってくる。人に手をあげてしまう艦娘がいるとなれば、その艦娘だけでなく艦娘の存在自体が国民にとって不安材料となるから。

 

「……ごめんなさい、司令……」

「謝らなくていい。全ては愚かな人間たちのせいだ」

「司令は同じ人間でもいい人間だよ。今のあたしがあるのは司令が助けてくれたからだもん」

「時津風……」

「司令も悲しそうな顔してる。本当にごめんなさい。司令がそんな顔してるの、あたし見たくない」

「本当にお前はいい子だ」

「えへへ……♪」

 

 再び鬼月が時津風の頭に頬を寄せるように抱き込むと、時津風はくすぐっそうに身じろぎしながらも幸せに満ちた声を漏らす。

 そこへ―――

 

「失礼します。提督、言われたものをお持ちしました」

 

 ―――高雄がやってきた。

 

 その高雄の手には何やらリュックのようなものがあり、顔だけ高雄へ向けた時津風はそれが何なのか分からなかった。

 

「ああ、ありがとう。さて、時津風。お前に罰を与える」

「首輪するの?」

「俺をあの屑と同じにするな」

 

 じゃああれで何するの?と時津風が小首を傾げると、鬼月は時津風から離れて上着を脱ぎ捨て、高雄からリュックらしきものを受け取り、前掛けのようにしてバンドを肩に掛け、腰にも固定用ベルトを巻いた。

 そして時津風の両脇に手を入れて抱き上げ、高雄が広げて出来ているそのリュックのスペースに入れる。

 そう、これは鬼月が特注で明石に作ってもらった抱っこリュック(おんぶも可)なのだ。

 流石に赤ちゃん用だとキャパオーバーなので、時津風くらいの体格の艦娘が入るように設計してある。

 因みに試作品段階では提督自らテストとして電を乗せていたそうで、電はそれはもう大変喜んでいたとか。

 

「ええ、赤ちゃんみたい……」

「俺の言うことが聞けないのだから赤子同然だろう?」

「うっ……まあ、確かに……」

 

 恥ずかしそうに顔を伏せる時津風だが、高雄が容赦無く「大きな赤ちゃんですね♪」と言えば時津風は更に顔を赤く染めて、それは耳まで達していた。

 

「これから定時までお前を晒し刑にする。嫌なら次からもっと冷静に対処するように」

「え〜」

「赤ちゃんは口答えしない」

「ば、ばぶ〜……」

「赤ちゃんみたいに語彙力まで低下させる必要はない」

「地味に難しいんだけどぉ……」

「罰だからな」

 

 ぶっちゃけてしまえば傍から見ると何とも言えない絵面だ。

 されているのがもしも睦月型の面々だったり、海防艦の面々だったりすればまだ微笑ましく見れたかもしれない。

 しかしいくら陽炎型姉妹の中で幼く見える方の時津風でも、小学校高学年を抱っこリュックに入れて歩く父親はいない。

 幸いなのは提督の身長が高いのでいかがわしい体勢には見えない点だろう。

 

「じゃあ今から鎮守府内一周の散歩ツアーに行くぞ」

「ええ!!?」

「そうでもしないと罰にならないだろう?」

「で、でもさ、人目が……」

「人目を気にせず暴走したのはどこの赤ちゃんだ?」

「……ぴぇっ……あたし、です」

「なら異論は無いな」

 

 こうして提督はそのままの状態で執務室を出た。

 当然、サポートとして高雄もその後ろを付いていく。

 

 ―――――――――

 

「司令、みんなめっちゃ見てる……」

「俺も見られている」

「それはそうだろうけど……あたしに向けられてる視線がたまに痛いんだけど……」

「罪人の宿命だな」

 

 提督は分かっていない。時津風に向けられている痛い程の視線が嫉妬と羨望から来ていることを。

 特に時津風より体格が小さい者たちなんかは『ずるい』、『されたい』、『そこ変われ』という目で時津風を見ている。

 高雄もこうなることが分かってはいたが、提督がやると聞かなかったので苦笑いだ。

 因みに高雄も高雄で今の時津風が羨ましく、あれくらい密着して抱っこされたいと何度か夢に見ていたりする。

 

「あー! 時津風何されてるの! ズルーい!」

「うわぁ、何これ。提督、時津風が終わったらアタシとのわっちにもしてよ!」

「こ、こら舞風っ」

 

 途中、食堂近くで島風と舞風が立ちはだかってきた。

 野分が止めるが、二人は提督が頷くまで退かないぞと腕を組んで仁王立ちしている。

 しかし止めている野分もチラチラと提督と時津風を見ているため、本音のところでは自分もされたいらしい。

 

 この三人も愛犬勢。

 そもそも愛犬勢は時津風が提督にべったりだったのが悔しくて羨ましくて、時津風と競うようにべったりしてきた艦娘たちが集まり、『提督が困るからみんなでシェアしよう』と妥協し合って生まれたLOVE勢グループである。

 中には提督を守りたいという忠誠心から入った者たちもいるが、今ではその忠誠心よりも愛情の方が上回っており足音だけで提督の機嫌が分かってしまうんだとか。

 

「これは時津風の罰だ。お前たちに与えることはない。お前たちは皆いい子たちなのだから、この意味が分かるだろう?」

 

 提督がそう訊ねると、島風も舞風も照れたようにもじもじしながら、桜色に染まった頬を緩めて頷く。

 野分も野分で自分に対しての言葉ではないと理解していながら、『いい子』というフレーズに反応して頬を綻ばせていた。

 

「分かったなら退いてくれ。まだ刑の執行中だ」

「はぁい。なら提督、今度駆けっこしよ!」

「まあいいだろう。明日、予定をあけておく」

「やったー!♡」

 

「ええ、島風だけー? あたしとはー? あたしとのわっちとでダンスレッスンしようよ! ダンスなら執務の合間の軽い運動にもなるよ!」

「舞風っ」

「分かった分かった。なら明後日の午後にしてくれ」

「やったー!♡ 提督大好きー!♡」

「い、いいのですか、司令?」

「艦娘とのコミュニケーションも俺の仕事の内だ。それにこうして誘ってくれているのに断るのも失礼だろう。何なら那珂とかも呼んで、みんなでやれば楽しい時間となる」

「司令……♡」

 

 まさに今野分の胸からトゥンクという文字が浮かんでいることだろう。

 その証拠に野分の瞳は溢れんばかりに涙を溜めているのだから。

 

「さて、では我々は行くぞ」

「はーい!」

「時姉赤ちゃーん、またねー♪」

「姉さん、しっかりお勤めしてくださいね」

「うるさいやいっ!」

「こら、赤子が口答えするな」

「は、はぁい……」

 

 こうして時津風はその後も提督に赤ちゃんのように扱われ、敷地内をしっかりと練り歩き、周りから色々な感情をぶつけられるのだった。

 ただ、時津風は無闇にカッとならないようにちゃんと反省したという―――。




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押し掛け申す

 

 分厚い雲に覆われ、思わず憂鬱になりそうな天気。

 それでも提督や艦娘たちは変わらず己の職務を全うしている。

 

 天気は微妙であるが、波は穏やか。

 加えて本日は遠征が主な任務内容である。

 出撃任務は鎮守府近海の警備程度しかなく、これから演習の申し出もないため、提督は書類の山を黙々と捌いていた。

 

「提督、そろそろ一息入れてはどうですか?」

「そうにゃ。昼休みからずっと書類とにらめっこしてるにゃ」

「立ち上がってストレッチもした方がいいと思うわ〜」

 

 そんな提督に休憩を促したのは、本日有給休暇で秘書艦任務から外されている高雄に代わって1日秘書艦に就いた大和・多摩・龍田の三人だ。

 基本的に秘書艦は高雄のみ。それは提督が高雄を頼りにしているのもあるが、実は高雄を艦隊旗艦に置く前は秘書艦というポジションは日替り制だった。

 しかしそうなると必然的に誰もがやりたいと手を挙げ、誰がこの前何時間務めた。自分は数時間しか務められなかったなどの押し問答が勃発してしまったのだ。

 なので提督は艦隊旗艦の経験も有り、初顔合わせ時に自分を怖がらなかった高雄に頼んだ。加えて彼女はいつも冷静で、意見を求めればその都度いい意見をくれることも秘書艦に置いた理由である。

 

 ただいくら秘書艦であっても高雄にだって休息は必要。(本人は毎回要らないと駄々をこねるが)

 そして高雄が休んでいる時は、手の空いている押し掛け勢にそのお鉢が回ってくる。

 何故かと言われたら、押し掛け勢……読んで字の如く、彼女たちが他の追随を許さないから。

 他の艦娘たちからの不満は出ないのか、という疑問があるかもしれない。

 しかし平和なもので―――

 

 高雄が休む

 ↓

 じゃあ私たち押し掛け勢の出番ね!

 ↓

 押し掛け勢ってすげぇ

 

 ―――ということでみんなが納得してしまう。

 だって押し掛け勢だもん……でまるっと収まるのだ。

 

 それは押し掛け勢が提督のために貢献したい艦娘の集まりであるからというのも強い。

 他のグループも根本的な所は同じだが、それぞれ役割があり、押し掛け勢はサポート役的ポジション。

 同じサポート役的ポジションには良妻勢もいるが、それは提督の体調管理等の私生活面サポートで、押し掛け勢は仕事面でのサポート役だ。

 よって押し掛け女房のように突然やってきてあれもこれもと世話を焼いてくれるのである。

 

「ではそうしよう……大和―――」

「―――冷たいお茶ですね」

 

 提督が何を求めているか分かっている大和の答えに、提督は頷いてソファーに移る。

 しかしソファーに腰掛ける前に龍田が「はい、屈伸〜♪」と手を叩き、提督は素直に屈伸を行う。

 そのあとも龍田の掛け声に合わせてアキレス腱を伸ばしたり、背筋を伸ばしたり、肩を回したりと軽い運動を行っていく。

 

 そしてそれを終えた提督がソファーに腰掛ければ、すかさず多摩が提督の膝上にゴンサレスくんを装備させる。

 すると提督はそんな多摩の気遣いに感謝を述べて、彼女の頭と顎の下を優しく撫でるのだ。

 

「どうぞ。お茶請けに間宮さんたちからザッハトルテを頂きましたので、どうぞ」

「…………ワンホールは流石に無理があるぞ。お前たちも手伝ってくれ」

「にゃあ、食べるにゃ」

「私も頂くわぁ」

「取皿とフォークを持って参りますねっ」

 

 高雄の代わりとはいえ、三人の機嫌はすこぶる良い。

 何しろ今日のところは愛する提督を三人占め出来ている上に、このように穏やかな休憩時間を過ごせるからだ。

 こんな時間がずっと続いて欲しい、と大和たちは思う。

 しかし続くことはないと分かっているから、今の時間を噛み締めるように過ごしているのだ。

 

「提督、私と一緒にケーキ切り分けましょう?」

「何故一緒になんだ?」

「結婚式ごっこ……なんちゃって♪」

「女子の憧れというやつか。俺がお相手でいいなら付き合ってやろう」

「やった♡」

 

 龍田は嬉しそうに声を零すと、提督がケーキナイフを握る手にそっと自分の手を重ねる。

 彼女はそれだけでとても心が踊った。なのにチラリと視線を上げてみると、提督は涼しい顔のまま。

 自分ばかり舞い上がっていて悔しく思った龍田は、いたずら心から切り分けようとした瞬間に提督の手の甲を二本の指で軽く擦った。

 すると提督は肩をピクリと動かし、それがナイフに伝って断片が汚く崩れたものになってしまう。

 提督は「おい」といたずらをした龍田を睨むが、龍田は嬉しそうに笑みを深めるばかり。

 大和も多摩もそんな龍田に『上手いことやるなぁ』と尊敬の眼差しを送っていた。

 

「断片が崩れただろ」

「私し〜らない」

「いたずらっ子だな、相変わらず」

「知らな〜い」

 

 提督はやれやれと肩をすくめ、気を取り直して残りのも切っていく。流石にもう一度いたずらをすると怒られてしまうので、今度は龍田も大人しく提督の手に自身の手を添えているだけにした。

 

「では提督、この大和が推して参ります! お口を開けてください!」

「…………」

 

 開ける必要性が皆無ではあったが、大和の眼力に負けて提督は大人しく口を開ける。

 すると大和が一口大のザッハトルテを丁寧に運んでくれた。

 

 チョコはビターで生地も甘さ控えめ。しかし添えられた生クリームが加わることで丁度良い甘さになる。

 鼻から抜けるカカオの香りも、隠し味のコーヒーの香りも、心を落ち着かせてくれた。

 

「美味い……また腕を上げたようだ」

「間宮さんたちがそれを聞いたら喜びますね」

「夕飯の際に直接伝えることにする」

「泣かれないようにしてくださいね」

「……どうすれば彼女たちは泣かないんだ?」

 

 真剣に質問する提督に大和は「さぁ?」といたずらっぽく返す。

 提督は更に頭を悩ますが―――

 

「提督、多摩に食べさせて欲しいにゃ」

 

 ―――多摩が制服の袖を引っ張り、おねだりしたことでそれ以上悩む時間は取れなかった。

 多摩はクールに見えて甘えん坊。提督としては彼女が素直に自分のして欲しいことを要求してくれることが嬉しいので、すぐに多摩へザッハトルテを甲斐甲斐しく食べさせてやる。

 

「んまんま……にゃあ、おいひいにゃ〜」

「そうだな。もう一口どうだ?」

「んにゃ〜♪」

「よしよし、どんどん食え」

 

 素直に口を開けて待機する多摩。

 提督も提督でそんな多摩が愛らしいので、つい甘やかし過ぎてしまう。

 因みにこの多摩の甘えスキルの高さは愛娘勢に尊敬されており、密かに師匠と敬われていたりする。

 

「提督〜、私も甘やかして欲しいわ〜?」

「天龍がいないと途端に甘えん坊になるな、お前は」

「天龍ちゃんが甘えん坊だからねぇ。だから私は提督に甘えることにしてるの」

「まあ好きにしろ」

 

 提督が投げやりに返すと龍田は提督の膝上からゴンサレスくんを取り上げ、代わりに自身がそこに座る。

 因みにゴンサレスくんは大和が預かり、モフられている。

 

 龍田は姉の天龍をとても大切にしているが、龍田と同じように天龍を大切にしてくれる提督を愛しているのだ。

 だからこそ、今だけは提督にその身を預け、蕩けた笑みを浮かべて提督の胸板に頬擦りしている。

 

 多摩も負けじと口を開けておねだりするので提督は片手は多摩のために、もう片方の手は龍田が落ちないように腰を抱き、何だかんだ甲斐甲斐しくしていた。

 大和はそんな提督を見つめ、目をより細める。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 戦艦大和……その名を知らない者は日本軍人の中でいないだろう。

 当時世界一の戦艦であり、現代でもその評価は高い。

 

 それは艦娘になった今でも変わらず、大和の誇りであった。

 

 しかし前の大和は本当の意味で誇りを失い掛けていた。

 

 大和は建造元、泊地総合部で自分の着任許可が下りる日を心待ちにしていた。

 総合部で建造された艦娘は建造されたその日の内に引き渡されるのではなく、今の世界の情勢説明と自分が着任する予定の鎮守府の状況説明をじっくりと1週間掛けて行われる。

 

 あの頃は守れずに沈んでしまった身……けれど今度こそは、と大和はやる気に燃えていた。

 

 なのに―――

 

『お〜、あれが大和か〜。俺提督時代に着任させられなかったな〜』

『別にいいんじゃないか? 俺は着任させることは出来たけど、使ってた感じは小破だけで長時間ドック入り確定だし、資材はスポンジ並みに吸うからな。ぶっちゃけ扱いが難しかった。かと言って練度上げないといけないからめっちゃ悩んだよ』

『へぇ、演習にしても資材は必要だしな。俺は美人だから出撃させられないなぁ。大破とかさせるの悪いし』

『中にはそういう奴もいるぞ? 俺はせっかく着任させたからたまに編成に入れてたけど、資材ない時は待機させてたわ』

 

 ―――そのふと聞こえてきた総合部員たちの話し声に大和の誇りにヒビが入ってしまう。

 

 本当にそれは何気ない会話だった。

 悪意は無く、率直な大和への使用感を話していたものだ。

 それでもその時、大和の胸に……脳に……心にその会話は深く突き刺さってしまった。

 

 確かに大和は妹の武蔵も含め、扱いが難しい。

 艦隊決戦の大一番で出すのが普通だ。

 大和もそうなれば全身全霊を懸けて戦う。

 

 でも本当にそうなのだろうか

 

 大和はついそんな疑問を抱くようになった。

 自分が出なくても長門型や金剛型、扶桑型に伊勢型などなど大和に火力は劣るが優秀な戦艦は多くいる。

 なのに自分の出番なんてあるのだろうか。

 着任してもコレクションとして、自分は何もさせてもらえないかもしれない。

 

 その芽は時折聞こえてくる悪意無き会話という水を得て芽を出し、すくすくと成長していった。

 

 ―――――――――

 

 大和がそんな不安を持ってやってきたのが、鬼月提督の鎮守府だ。

 ここに着任すると判明した途端、総合部員たちの態度が優しくなり、書類には書いてなかった鬼月の情報を沢山教えてくれた。

 中には着任を無かったことにしようか、と善意で提案してくれる人もいた。

 大和は何が何だか分からなくなってしまったが、艦娘として生まれた以上、やるべきことはやりたいと着任したのだ。

 

 初めての鬼月との対面は呆気ないものだった。

 互いに自己紹介し、鬼月からは『先ずはここでの生活に慣れてもらう』と言われたからだ。

 でも向こうで聞いていた限り、悪い人ではなさそうだとも思った。気になる点と言えば、ぬいぐるみがデスクに置いてあったことくらい。

 

 ―――

 

 その後の敷地内案内は先に着任していた妹の武蔵が丁寧にしてくれた。

 夜には歓迎会も開かれて、大和も笑顔を見せていた。

 

 それでも大和の不安は解消されなかった。

 歓迎されているのは分かってる。

 提督が向こうで聞いていた人物とは違うのも、今では分かった。

 

 でも根本的なところは解消されていない―――

 

 

 

 

 

 自分を使ってくれるのか

 

 

 

 

 

 ―――はこの日だけでは分からないのだ。

 

 ―――

 

 次の日から大和は訓練に参加することを命じられる。

 早速演習艦隊の編成に組み込まれ、旗艦も任せてもらった。

 

 でも大和の中で鬼月提督がどういう提督のかは分からないまま。

 前評判とは違うと分かっただけで、自分を使ってくれるのかが大和の最大の焦点だったのだから。

 

 ―――――――――

 

 そして大和の不安はとうとう花を咲かせる。

 何故なら着任して一ヶ月経つのに、出撃任務には呼ばれることがなかったから。

 

 だから日々の訓練も身に入らず、提督に注意を受けることが増え、更に不安や不満を募らせた。

 武蔵からは『提督はそんな人間じゃないから安心しろ』と背中を叩かれたが、しっかりと不安の花が満開になっていた大和に武蔵の声は響かなかった。

 

 ―――

 

 そんなある日、大和はいつものように演習から戻ったあとで提督から呼び出された。

 

 自分でもここのところの体たらくは自覚している。

 きっと見限られ、解体宣告か良くて除隊処分だろう、と大和は思った。

 でも大和は清々しい気分だった。

 使ってもらえない自分に誇りなんてなかったから。

 

 執務室に大和が入ると、そこには武蔵に加えて矢矧、涼月、磯風、浜風、雪風、朝霜、初霜、霞らが揃っていた。

 大和が硬直していると、高雄が声をかけて早く入室するよう促してくる。

 武蔵たちに倣って霞の左隣に立って姿勢を正すと―――

 

『今まで良く訓練をこなしてくれた。今から大和を旗艦にしてある海域に出撃してもらう』

 

 ―――なんと待ちに待った出撃命令だった。

 

 大和は夢かと思った……しかし周りから『旗艦、頼りにしてるよ』なんて言われたら、嫌でも冷めきった胸が熱くなっていくのを感じる。

 

『大和の練度が目標に達するまでこの海域は迎撃だけに留めてきた。

 しかし大和の練度も目標に到達したとなれば、やることは決まっている。

 頼んだぞ、大和。お前の力を深海棲艦たちに見せつけてやれ。

 この作戦の要は大和……お前だ。

 燃料や弾薬の心配なんてするな。

 敵さんに世界最強の日本海軍らしく大盤振る舞いといこう』

 

 その言葉がどれ程のものだったか、大和は今でも忘れない……忘れられない。

 作戦説明を聞いているのに、どうしても涙が堪えきれなかった。

 当然、提督は『遅くなってすまなかった』と謝り、他の面々も『遅い!』と提督を軽く小突いていた。

 

 嗚呼、自分は使ってもらえる

 今生では使命を全う出来るのだ

 

 そう思うと、大和の不安という花は綺麗に枯れ落ち、本来あるべき誇りという大輪の菊が花開くのだった。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 大和が提督に対しての接し方を変えたのはそれからだ。

 作戦成功を祝したパーティでは他を圧倒して提督の傍らに侍り、その後も提督が困っていれば必ず参上し、特に理由が無くても適当な理由を付けて甲斐甲斐しく色々と世話を焼くようになった。

 

 それもこれも誤解していた罪滅ぼしとこれからもあなたの艦娘であると強く誓ったからだ。

 大和と同じように提督のことを誤解し、結果評価を改めたのは彼女一人だけではなく、この場にいる多摩と龍田は勿論、他にも多くの艦娘がいる。

 提督がこの調子なので誤解を呼び、真実として圧倒的な信頼を寄せてくれていると分かったら、みんな大和みたいに提督を甲斐甲斐しく支えるようになっていたという。

 だからそんな大和たちの様子を周りは押し掛け女房みたいだと評し、彼女らを纏めて押し掛け勢と呼ぶようになった。

 ただ彼女たちの急激な態度の変化に戸惑う提督を除いて……。

 

「(はぁ、ケッコンカッコカリしたいなぁ……)」

 

 ずっと三人のじゃれ合いを眺めていた大和がしみじみと、提督の耳には聞こえないように己の欲望を零す。

 すると当然、聞こえている多摩も龍田も大和にチラリと視線をやり、自分たちも同じ気持ちだと言う意味で苦笑いした。

 

 艦娘は聴覚も優れているので成り立つ会話である。

 提督も並外れた聴覚を持ってはいるが、それは戦場に立っていた頃に比べたらかなり落ちているので大和の声は聞こえなかった。

 

「提督、執務を再開する前に工廠へ行きませんか? 午後一に頼んでおいた艤装開発が終わっているかと」

 

 提督がお茶休憩を終えようかと龍田を優しく抱きかかえて立たせたのを見て、大和はそう告げる。

 そうすれば提督は―――

 

「そうだな。では工廠の方へ行ってこよう。留守を頼む」

 

 ―――効率がいいと判断してそのまま工廠へと向かって行くのだ。

 共に大和たちも行きたいが、ここは我慢。

 何故なら今日はずっと自分たちが提督を独占していたので、この移動時間くらいは他のみんなに譲るのだ。

 それに留守番中に書類の準備をしておけば、提督もスムーズに執務を再開出来て、定時に上がれれば共に食堂へ行ける可能性がぐんと上がる。

 目先のことよりもその先まで見据えるのが、大和たち押し掛け勢。

 

 そもそも―――

 

『提督! どっか行くの!?』

『あたしも一緒に行くぅ!』

『有給で暇だからいいよね?』

『お散歩も休暇の内よねぇ?』

 

 ―――提督が執務室から出れば、本日有給休暇の者たちがその機会を狙っている。

 まるで最推し、神推しのアイドルやバンドマンを出待ちするファンみたいに、彼女たちが待機しているのだ。

 因みにこの出待ちは妖精たちの立ち会いで公正なじゃんけんで決まっており、勝者と敗者はまさに天国と地獄みたいな構図となる。

 

『お前たちは相変わらずいい耳をしている。同行くらいは許可しよう』

 

 提督の優しい声のあと、すぐに艦娘たちの黄色い声が響き、それは賑やかに遠くなっていった。

 

「提督は相変わらず皆さんから愛されていますね」

 

 大和がしみじみとつぶやけば、残った龍田と多摩が同意するようにしみじみと頷く。

 

「提督は愛情をたっぷり注いでくれるからねぇ」

「愛を貰ったら返すのが普通にゃ」

「そうですね……では、大和たちも提督のために準備しちゃいましょう」

 

 こうして大和たちは完璧に提督の補佐をし、提督は晴れて定時で仕事を終えられた。

 なので目論見通り、大和たちは提督と共に夕飯まで過ごせ、幸せな1日を過ごせたそうな―――。




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何も言えない

 

 艦娘とは常にその命を落とす危険と隣り合わせの生活をしている。

 今の時代において、艦娘しか深海棲艦に対抗し得る力がないからだ。

 

 1日に多い少ない問わず、艦娘の命の火は消えている。

 戦争をしているのだからそれも当然だろう。

 

 だからこそ、世の提督たちは今日を生きて還ってきた艦娘たちを讃える。

 讃え方は人それぞれだろう。

 

 功績を仲間たちの前で読み上げたり、

 功績に対して報奨を与えたり、

 贅沢品を贈ったり、

 休暇を与えたり、

 

 様々な方法や手段があるのだ。

 

 そして鬼月提督の讃え方というのは―――

 

「俺はお前たちを誇りに思う」

 

 ―――皆が集まる食堂の食事の席で静かにこっそりと本日の功労者たちに心を配る。

 ただしこっそりだと思っているのは提督本人だけで、食堂のみんなの耳はしっかりと提督の声をキャッチしている。

 大々的に讃える場合もあるが、それは基本的に大規模作戦終了後。加えて大規模作戦は所属する艦娘全員が功労者となるため、提督が勝利パーティの開幕の言葉で彼女たちを讃えるというもの。

 よって普段の出撃任務ではこうした静かな讃え方なのだ。

 

 しかしこれは艦娘たちにとっては嬉しいことこの上ない。

 食事の席を共に出来、加えてしっかりと自分の名と功績を面と向かって讃えてもらえるのだから。

 

「旗艦として、いい指揮だった。誇りに思うよ、愛宕」

「うふふ、提督にそう言ってもらえて嬉しいわぁ」

 

 今回、艦隊旗艦を任されたのは愛宕。

 艦隊指揮も提督の指示通りに遂行し、加えて敵空母も撃破した。

 提督に褒められ、愛宕はいつもの笑みより甘えた笑みを零している。それだけ提督に褒められたのは愛宕にとってこの上ない誉れだろう。

 

「相変わらずいい雷撃だった。誇らしいぞ、北上」

「まあ提督のために磨いた技術だからねぇ♪」

 

 先制雷撃と最後の雷撃で敵を沈めた北上。

 相方の大井が有給で出撃が出来ない中でも大車輪の活躍をした。

 よって褒められ、北上は最高の笑顔をし、それを隣のテーブルから見る球磨たちも誇らしそう。

 

「制空権を相手に取らせなかったのは流石だな。誇らしい限りだ、龍驤、鳳翔」

「軽空母だからって舐められたらあかんからなぁ」

「訓練の成果を発揮出来たかと」

 

 今回どの海戦でもこの二人の航空隊に敵航空隊は歯が立たなかった。

 鳳翔と龍驤は古参の軽空母であり、提督の指示は熟知している。

 故に航空隊も旧型とは言えどんな敵にも負ける気はなく、いつも自信に満ちている。

 しかしながら提督から褒められれば、鳳翔と龍驤は当然だが、その彼女たちの航空隊員妖精たちも揃って破顔。

 それだけ提督の言葉は心に響くのだ。

 

「イタリアとローマはスナイパーさながらの的確な砲撃だった。俺の元にこんなに優秀な艦娘がいるのは誇らしい」

「Grazie♪ これからも提督のためにこの力を振るうから、期待してて!」

「姉さんとこのローマがいれば、敵は苦しまずに海へ還れるわ」

 

 ワインを片手に微笑む二人のイタリア美女。

 彼女たちも彼のために日々己を厳しく鍛え、本日の功労者となった。

 二人で一つの獲物を狡猾に沈め、そのコンビネーションは舌を巻く。

 しかし惚れた相手に褒められれば、彼女たちもただの恋する乙女になる。

 

 鬼月提督は褒める時は褒めるし、叱る時は叱る。

 それは普通ではあるが、意外と部下を素直に褒められる上官というのは少ない。

 部下が浮つくのを抑えるため、または己の威厳のため、理由は様々。

 しかし鬼月提督は艦娘たちを褒めて伸ばしてきた。

 自分を過小評価しがちな提督ではあるが、艦娘たちが自分と同じようになってほしくはない。だからこそ褒める時はこのようにしっかりと褒めるのだが―――

 

「本当に誇らしい。そして尊い。これからも俺に、日本に力を貸してくれ」

 

 ―――愛の絨毯爆撃を食らっては、艦娘たちは目から涙が込み上げてくる。

 

 嬉しい。ただただ嬉しい。

 この人の力になれたのも、この人に褒められることも、全て。

 故に彼女たちは皆揃って、嬉し涙を流す。

 

 鬼月提督が自分たちの涙でぎょっとし、そうさせてしまったことへの罪悪感が募るが、どうにも止められない。

 愛し、慕い、この人のためならどんな命令も、どんな願いも叶えようと心に誓っている艦娘たち。

 だからこそ、そんな彼からの温かい言葉はどんな報奨よりも嬉しいものである。

 

「……泣かないでくれ」

 

 困ったように鬼月提督が零すと、すかさず脇に控えていた高雄が「泣かせてあげてください」と声をかけた。

 高雄も、他の艦娘たちもみんな、『提督から褒められたら泣くしかない』と思っているのだ。

 現にこうした場でこれまで泣かなかった艦娘はいない。

 なので鬼月提督はこういうことはやめようと思ったが、高雄をはじめ全艦娘たちが『やめないで!』と訴えたので今も行っている。

 しかし鬼月提督としては彼女たちの涙が嬉し涙だと分かっていても、彼女たちの泣き顔を見るのは心苦しい。鬼月提督は常々艦娘たちにこそ笑顔溢れる時間を過ごしてほしい、と願い続けているから。

 

「……まあ、そのなんだ、とりあえず涙を拭いて、飯にしようじゃないか。食べながらお前たちの話を聞かせてくれ」

 

 彼がなんとかそう言って促すと、愛宕たちは涙を拭い、代わりに笑みを零す。

 それを確認すると高雄も摩耶と鳥海が待つテーブルへ行き、食堂はいつもの風景に戻った。

 

 ――――

 

 食堂の献立は毎回間宮たちが考えに考え抜いて、バランスも良く、美味しく食べられる物ばかり。しかし金曜日のカレーだけは絶対に譲らない。

 たまに提督が突拍子もなく料理を振る舞ったりすることもあるが、基本は間宮たちが決めている。

 しかし出撃した艦娘たちには特別に慰労の意味も込めて、鬼月提督がその者の望む料理を一品用意するのだ。

 それは好きなおかずでもデザートでもなんでもいいのだが、艦娘たちの要望はいつも一つで―――

 

 

 

 

 

 鬼月特製玉子焼き

 

 

 

 

 

 ―――これ一択なのである。

 

 なので今回も愛宕たちのテーブルの上にはその玉子焼きが堂々とセンターに鎮座していた。

 

「やっぱり頑張ったご褒美は玉子焼きよねぇ」

「この絶妙な味わいが痺れるねぇ」

「どうしてもこの味は出せないんですよね」

「おふくろの味というか、司令官の味やな!」

「不思議とワインにも合うのよね」

「これがあるのとないのとではモチベーションが違ってくるもの」

 

 愛宕をはじめ、みんなは鬼月提督の玉子焼きに舌鼓を打つ。

 特にこれと言って特別な製法を用いている訳ではない。

 それぞれの要望に合わせての甘い玉子焼きも、出汁の玉子焼きも、チーズを巻いた玉子焼きも、入れるものは別でもどれも作り方は一緒だ。

 しかし艦娘たちはいつもこの鬼月提督が作る玉子焼きを欲する。

 

「お前たちだけでなく、みんな玉子焼きが好きだな。俺は提督を引退したら玉子焼き専門業者になれそうなくらい毎日玉子焼きを焼いている気がする」

「引退なんて縁起でもない!」

「そうよ。笑えない冗談はやめて」

 

 鬼月提督の軽口に即座にイタリアとローマが返すと、他の面々も、加えて食堂にいる誰もが真剣な眼差しで頷くので鬼月提督はすぐに謝った。

 仮に鬼月提督が引退なんてほのめかしたら、彼女たちはその日の夜に必ず彼の寝室に愛の突撃作戦を仕掛けるだろう。

 

「まあ冗談はさて置き、何故みんな俺の玉子焼きを望むんだ?」

 

 素朴な疑問を鬼月提督が投げると―――

 

『優しい味がするから』

 

 ―――愛宕たちは声を揃えてそう返した。

 

 彼の玉子焼き……それはここの艦娘たちにとってのソウルフードだ。

 何故なら鬼月提督自身は気が付いてないが、着任後の歓迎会で必ず玉子焼きが出され、その味の虜になるから。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 それはまだ鎮守府に電たち駆逐艦しかいなかった頃の話。

 

 再三着任要請をしてもその願いを蹴られ、鬼月提督は途方に暮れた。

 しかし下を向いていても何も見えない。

 特殊部隊にいた頃も下を向いても、必ず次には前を向くことを大切にしてきた提督だからこそ、あの苦境でも電たちを指揮出来た。

 

 艦隊の規模が小さいために任務達成の報酬は微々たるもの。

 だから鬼月提督はその報酬は艦娘たちの強化や施設のために使い、食費や光熱費は自分の蓄えから惜しげも無く出した。幸い借金することはなかったが、もし借金するようになっても彼はそうするつもりでいた。それくらい艦娘には不自由をさせたくなかった。

 不自由を強いるのは無能の証だ、と彼は考えていたから。

 

 料理が出来ることも幸いし、食卓は常に賑やかだった。

 しかし鬼月提督も人間。失敗するこもある。

 その日、彼は食材の在庫認識が曖昧だったために夕飯が質素なものとなってしまった。

 いつもは食事だけは満足な物にしてあげようと心掛けてきた鬼月提督は、先ず電たちに謝った。

 用意出来たのはワカメの味噌汁と玉子焼きと白菜の漬物、そして白飯のみ。

 しかしそんな鬼月提督に電たちは『いつもありがとうございます』と笑顔で言う。

 

 電たちも鬼月提督が自分の蓄えから自分たちの食費を賄ってくれていることを知っていた。

 執務に加えて、本来提督がやらなくてもいいことまで率先してやってくれている。

 そんな彼にお礼の言葉以外に何を言えというのだ。

 

 そして食べた玉子焼きが心の底から美味しく感じ、みんなして嬉し涙を流して食べた。

 彼の優しさをこれでもかと卵に巻いてあるような、そんな玉子焼きだったから。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 その日から電たちが玉子焼きをリクエストするようになり、着任した艦娘たちの歓迎会では必ず出てくる鬼月提督の玉子焼きを電たちが勧めるので、みんなその最初の一口で玉子焼きの虜になる。

 だから鬼月提督の玉子焼きは唯一無二のご馳走なのだ。

 

「優しい味か……まあお前たちには常に優しさを持って接しようと心掛けているからな。だからなのかもしれないな」

 

 納得したようにつぶやき、微笑む鬼。

 当然、その広範囲爆撃に愛宕たちはその身を焦がした。

 

(何なのもう! 素敵過ぎる!)と愛宕

(やば、鼻血でそう……)と北上

(ケッコンしてぇ)と龍驤

(守りたいこの笑顔)と鳳翔

(アモーレ!)とイタリア

(…………しゅきぃ♡)とローマ

 

 みんながみんなその胸に鬼月提督への愛を募らせる。

 加えてローマの眼鏡が爆散したので、鬼月提督は別の意味でぎょっとした。

 因みに食堂にいる全艦娘がほわ〜んと鬼月提督への愛で胸を温かくさせたのは言うまでもない。

 

 ―――――――――

 

 温かな食卓が幕を閉じ、艦娘たちは夜間巡回警備任務に就く者たち以外宿舎へと引き上げる。

 巡回チーム2種類あり、1つは鎮守府近海海域の警備なのだが、もう1つは鎮守府敷地内の巡回チームだ。

 鬼月提督は各巡回チームに指示を出し、明日の予定確認と準備のために執務室へ戻った。

 

 執務室に入って最小限の明かりを付ける。それから資料を入れておく棚とは真反対の壁には、艦娘たちとの写真が所狭しと額縁に入れて飾られており、鬼月提督はそれを見て微かに口端を上げた。

 

 椅子に腰掛け、愛用のパイプに葉を入れ、マッチで火をつける。

 そこで鬼月提督は背後の窓を開けた。開けないと高雄から小言を言われてしまうからだ。

 

 月は見えないが、綺麗な星空が広がり、鬼月提督はそんな空に向かって―――

 

「今日も誰も欠けなかった。良かった……」

 

 ―――静かに独りごつ。

 

 特殊部隊で任務にあたっていた頃は、毎回部隊の誰かが犠牲になっていた。

 その場で果てなくとも、また一緒に日の光を見ることが叶わず、痛みに苦しみながら死んでいく戦友もいた。

 誰しも親しい人を亡くすというのは経験することではあるが、何度経験してもその辛さは慣れるものではない。

 だからこその先程の彼の言葉に、どれだけの安堵感が含まれているのか簡単に想像出来るだろう。

 

 艦娘も完璧ではない。

 人間と同じく死ぬ時は死ぬ。

 そうさせないのが、『提督』という役職の役目だ。

 鬼月提督はこの立場に就くと決めた瞬間から、そう心に誓った。

 

「おぉ、そうだった……」

 

 大切なことを思い出した鬼月提督は執務机に向き直し、左側に並ぶ二段目の引き出しを開ける。

 そこには1冊だけのノートブックが入っていた。

 どこにでもあるダブルワイヤーのリング綴じ式の横書きノート。

 その表紙には小さく『褒めるノート』と黒のボールペンで書かれている。

 

 鬼月提督はノートを開くと、最後に書き込んだページを開く。

 最後に書き込んだ場所から、行を一列空け、今日の日付を書き込み―――

 

「……今日も艦娘たちを泣かせてしまったが、最後はみんな笑顔だった。笑顔で1日を終えた、偉い」

 

 ―――そう書き綴った。

 

 これは鬼月提督が幼い頃から行っている日課。

 必ず1日の最後に自分を褒めること……それが褒めるノートだ。

 

 鬼月提督は小さい頃から自己評価が低く、何をするにも消極的だった。

 それに見かねた父親から―――

 

『お前が完璧じゃないのと同じで、みんな完璧じゃない。

 だから自分を卑下するよりも、自分で自分を褒めなさい。

 自分を好きになりなさい。

 自分の弱点を知るのはいいことだが、それも含めてお前なんだから。

 お父さんもお母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんもみんな……お前のことが大好きだ。

 だからお前も自分を好きになりなさい』

 

 ―――そう言われ、その日からこのようにノートへ書くことにしたのだ。

 最初はこれに何の意味があるのか理解出来ず、書くことすら忘れることもあった。

 それでも尊敬する父との約束を違えぬよう、書き綴り、習慣にした。

 

 いい大人になった今でも書いていて何の意味があるのかは分からない。

 でもどんなに嫌なことがあっても、悲しいことがあっても、最後はこうして自分をどんな些細なことでもいいから褒めることで腐らずにいられた。

 これを教えてくれた父を鬼月提督は今でも……いや、あの頃よりも尊敬しているし、誇りに思っている。父以外の家族も同様だ。

 そんな素晴らしい家族の中に自分もいる。それが鬼月提督の自慢であり、不屈の精神の源でもある。

 

「よし……」

 

 書き終え、ノートを引き出しに戻した。

 そして明日の予定確認を始めようと日程表を広げた時、扉がノックされる。

 ノックに返事をすると、高雄が入ってきた。

 

「どうかしたのか?」

「いつもの差し入れですわ」

 

 高雄はそう答えると、持っていた手提げ袋を見せて笑う。

 

「……お前たちは俺を糖尿病にでもしたいのか?」

 

 手提げ袋の中身を彼は知っている。

 中は夕飯時に褒めた艦娘たちがお礼にと用意した軽いお菓子だ。褒めたお礼と言うのも変な感じかもしれない。それでも艦娘たちは慕う提督に何かお返ししないといられないのだ。

 高雄は高雄で持って行けば鬼月提督が何だかんだ言っても結局は受け取って、食べてくれることを知っている。この優しい鬼が人の厚意を無碍にすることなんてないのだから。

 

「いいえ、皆さん提督にしてもらったことへのお礼をしているだけですよ」

「大袈裟だな、相変わらず」

「ご褒美があると人は頑張れるでしょう? 例えば提督も、次の任務を達成出来た暁に特大ゴンサレスくんを貰えるとなったら?」

「死ぬ気でやる。特大ゴンサレスくんのために」

「みんなもそれと同じです。だから提督は素直にお礼を受け取ればいいだけです」

「…………慣れないんだよ、こういうの」

 

 受け取り、微かに苦笑いする鬼月提督。

 

「慣れなくていいのでは? その方が毎回のお礼がより嬉しく感じると思いますし」

「前向きなのか後ろ向きなのか……」

「どっちでもいいです。それより提督は遅くならないでくださいね?」

「分かっている。見回り組にとやかく言われるのも困るからな」

 

 肩をすくめながら冗談めいて言う鬼月提督を、高雄は笑う。

 すると彼が笑みを浮かべたまま手招きしてきた。

 高雄が素直に鬼月提督の顔へ耳を寄せると―――

 

「お前のことも誇りに思う。いつも秘書艦をこなしてくれてありがとう」

 

 ―――そっと耳元に優しい言葉をかける。

 落ち着く低音ボイスが高雄の鼓膜をそっと撫で、それだけで高雄の頬はかぁーっと桜色に染まった。

 

「な、なんですか、急に?」

「いつも思っていることを言葉にしただけだ。こういうことは言える内に言うべきだろう?」

「……もう♡」

 

 鬼月提督の不意打ちに高雄はこれでもかと愛を募らせる。

 これも鬼月提督と高雄が築いてきた信頼関係のお陰。

 だから高雄も―――

 

「私も提督を誇りに思っていますわ♡」

 

 ―――そっくりそのままお返した。

 鬼月提督は僅かに目を見開いたが、すぐに笑顔に戻り、「こいつ」と高雄の頬を軽く突くのだった。

 

 そんな二人を星空が優しく見守っていた―――。




鬼の愛には何も言えなくなる!ってことで(^^)

読んで頂き本当にありがとうございました!


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その猫は鬼の膝がお好き

 

「響っ! いい加減にしなさいっ! 司令官の邪魔をしたらダメじゃないのっ!」

「暁姉さん、うるさい」

「誰のせいで暁がこんなに声を張り上げてるのよーっ!」

 

 時刻は昼前。場所は執務室。

 執務中であり、普段の執務室ならばとても静かだ。

 

 しかし現在、暁が妹の響を叱っている。

 何故ならその響が執務中だというのに、提督をソファーテーブルの方へと追いやり、膝枕をさせているからだ。

 

 響のこの行動は珍しいが、今回が初めてのことではない。

 加えて膝枕以外はこれといった要求がないので、提督もそれくらいはと毎回しており、その都度暁が突撃してくるのだ。

 

「暁、いいんだ。響には苦手な長時間遠征の任に就いてもらった。それに対する報復がこれくらいの我が儘なら可愛いものだ」

 

 提督はそれとなく暁をなだめるが、響を擁護していることには変わりなく、余計に火に油を注ぐ。

 

「司令官が響をそうやって甘やかすからこの癖が直らないのよ!? 私の大切な妹が堕落したレディになったらどうしてくれるの!? 私たち姉妹共々ケッコンしてくれるっていうの!?」

 

 暁の言葉に提督はどう返せばいいのか分からず言葉を詰まらせる。

 彼女も大好きな提督に声を荒げたくはない。

 しかし大切な妹のことだからこそ、譲れないものがあるのだ。

 一方、元凶の響は気にせず提督のお腹に頬擦りして止める気0である。

 

「まあまあ、暁ちゃん。響ちゃんがこうなるのは長時間遠征のあとだけだから、大目に見てあげて」

 

 高雄が穏やかに言うと、暁も理解はすると口をつぐんだ。

 それでも暁としては妹が提督に甘えるのも、提督に迷惑を掛けるのも良しとしない。建前は姉として妹を注意しているが、高雄から見れば暁も響のように甘えたいから噛み付いているように見える。

 なので―――

 

「提督はそれくらいで執務をする手が止まるお方じゃないわ。何なら暁ちゃんも膝枕で休んだらどう? 丁度片方の右膝が空いてるし」

 

 ―――それとなく暁に勧めてみた。

 

 するとどうだろう。暁は「そんな!」、「でも!」とあれこれ一人で押し問答を始め、結局は磁石のように提督の膝に吸い寄せられて膝枕をしてもらった。

 

「……なんだ、暁も甘えたかったのか」

「そ、そんなことないし!」

「お前も長時間遠征ご苦労だった。こんな膝枕でいいなら存分に堪能してくれ」

「みんなに言い触らしたらプンスカ(怒るの意)だからね!? もし言い触らしたら1時間も司令官とは口利いてあげないから!」

 

 1時間"しか"なんだ、と響や高雄は内心思ったが、提督は真面目に「しないと誓う」と言ったので、暁は鼻を鳴らして提督の膝枕を堪能。そしてすぐに夢の中へと旅立った。

 

「……暁は本当に頑固だね」

「お前がそれを言うのか?」

「私はいつも自分に正直に行動してるよ」

「そういうところも見方を変えれば頑固と言う」

「屁理屈は好きじゃないな。それともそう言って私をイジメるのが司令官の趣味だったりする? 司令官にならそうされても私は嬉しいけど」

「勝手にそういう趣味だと確定しないでくれ」

「ああ、そうだね。司令官は私たちを泣かすのが趣味だもんね」

「……今現在イジメられているのは俺の方だと思うんだが?」

「好きな人程イジメたくなるから、私」

「困った奴だ」

 

 提督はそう言うが、響はそんな提督が大好きだ。

 困ったと言いながら、それでもこうして側に置いてくれるのだから。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 響が今のようになったのには経緯がある。

 元々この響という艦娘は個性が強い方だった。

 艦娘は姿形が同じでも、個々で細かな性格の違いがある。

 この響も同じで、彼女の場合の性格上、彼女の信念はとても強かった。

 それは今生で"名誉ある死"を渇望していたのである。

 

 渇望していた理由は―――

 

 もう残されるのは嫌だから

 

 ―――という強い思いからだ。

 

 艦時代、響は暁型駆逐艦の中で唯一大東亜戦争を生き抜いた。

 不死鳥なんて呼ばれていたが艦娘の響からすればそれは自分は死に損ないに過ぎず、沈んでいれば賠償艦として異国の海へ渡ることも無かったのだから。

 皮肉にもそこで『Верный』なんて言う名前を与えられた。言葉の意味は『信頼出来る』ということだったが、響からすれば最も信頼出来ない国からそんな名前を貰っても嬉しくなかった。何せ向こうは最初から日本を裏切るつもりで動いていたのだから。

 

 しかしあの国での思い出はそう悪くはない。

 でも響の中で二度と同じ経験はしたくないことだ。

 艦娘になって生き残って、もし深海棲艦に負けてしまったなら……。

 

 だから艦娘になったなら、戦って死ぬことを選ぶ。

 そのために響はいつも自分の死に場所を求めて、練度を上げ、激戦海域に自分を出すように提督へ願い出た。

 

 響の願いに提督は若干の違和感を感じたが、そのやる気を削ぐのは良くない、と次の海戦での連合艦隊編成に響を入れることを決断する。

 しかしその海戦で提督の違和感は最悪の状態で現れた。

 

 海戦の内容からすれば辛勝。誰一人も轟沈者は出なかったが、提督としては内容が内容だけに素直に喜べなかった。

 理由は響が大破しても、後退せずに前衛に居座ったことだ。

 提督が支援艦隊を追加で派遣させたことで響を守ることが出来たが、響本人は生き残ったということに眉をひそめるばかりだった。

 響の日頃の訓練での気迫は凄まじく、提督もやる気がある艦娘だと感心していた。

 だが、どうやらその響のやる気はいい意味ではないとこの海戦でハッキリとしたのだ。

 

 ―――

 

 提督は響にどう伝えたら良いものか、と頭を悩ましながらドックへと向かう。

 ここの鎮守府では大破者は傷の修復が終わっても、今度は病室のベッドに移って3日間は安静に過ごさなくてはならない。

 提督は過去の経験から響のようなタイプの人間を何人も見てきた。だからこそちゃんと彼女の気持ちを聞いた上で、自分の考えを伝えようと思っていた。

 

『―――! ――――――!!』

 

 響が入った病室の近くまで来ると、中から何やら声が聞こえてくる。

 何を言っているのかまでは分からないが、提督はその声が響の声だということは分かった。

 だから提督は努めて平静を装いながら病室へ入った。中では安静にするよう看護妖精たちが響をベッドに寝かそうとし、響はそんな妖精たちに『やめて!』と激しく訴えていたのだ。

 

『どうした。安静にしていろ、響』

『司令官!? 良かった、来てくれたんだね! 早く私を次の戦闘に出させてほしいんだ!』

『安静という言葉を知っているか?』

『今は平時じゃない! 戦時下にあるんだ! 私が出ないと―――』

『―――仲間が死に、己が死ねない……か?』

 

 静かに核心を突くと、響は目を開く。

 そして次には提督に対して射抜んばかりの鋭い眼をやった。

 

『分かっているなら、そうさせてほしいね。司令官は前線を知るいい指揮官でもある。なら、私の気持ちも分かるよね?』

『理解はするが、今のお前は信用出来ない。俺の命令を言ってみろ』

『あの海域にいる深海棲艦らを滅ぼすこと』

『それは前半だ。後半はどうした?』

『…………生きてここへ戻ること……』

 

 苦々しく答える響。唇を噛み、掴んでいる掛け布団もこれでもかと握り締め、"生き残る"ということへの拒否反応が露見する。

 そんな響に提督は問うた。

 

『お前の艦時代のことは把握している。同じ気持ちにはなれないが、理解はしている。だから敢えて問おう。お前はあの時感じたことを今の姉妹たちに味わわせたいか? 残される側のあの何とも言えない気持ちを』

 

 提督の問いに響は何も言えず、ただ視線を下にする。

 

 でも……そうなったとしても、生き残りたくない。

 それが響の気持ちだった。

 

『生き残るより、敵を倒して死んだ方がマシだよ』

 

 提督はその言葉を聞いて、何かを我慢するように己の両手を力強く握り締めた。

 

『それに司令官みたいな人間が生き残るのと、私みたいに代わりがいくらでもいる駆逐艦が生き残るのとでは訳が違うよ。司令官の命と私の命……同じ命でもその価値は違う』

 

 提督の手に生温かい感覚が滲むように広がる。力を入れ過ぎているせいでいつの間にか手の平に爪が食い込み、そこから手袋越しに出血したのだ。

 でも提督は堪える―――

 

『司令官や姉妹、国民のためなら、私は喜んで命を捧げるよ! だから私に名誉ある死を―――』

 

 ―――しかしとうとう、

 

『―――黙れ』

 

 提督の中でその糸がプツンと音を立てて千切れた。

 

 普段の提督からは珍しく、低く強い言葉に響は息を呑み、黙り込む。

 一方、提督はそんな響のすぐ側で同じ目線になるよう床に膝を突き、出来るだけ優しく響の両肩を掴んだ。

 

『俺の目を見ろ』

 

 伏せていた目を響がまた提督へ戻すと、力強い独眼が自分のことを潰さんばかりに見つめてくる。

 

『……お前の意見は確かに理解する。司令塔が消えればそこの部隊は終わりだからな』

 

 でもな―――と提督は続けた。

 

『お前の死がどれ程味方や俺に精神的苦痛を与えるのか知った上での先の言葉だったのか? 残されるのが嫌なら、そうならないように強くなれ。誰一人として仲間を見捨てない。それが我々海軍だろう』

 

 過去に提督も仲間を犠牲にして生き延びた経験がある。見捨てないと言いながら、見捨てるしかなかったという現実がどれ程辛かったか。提督はその身で、肌で感じてきた。

 

『ただの人間である俺は超人になれない。救えたはずの仲間を救えなかった。だから今のように生きている。生きて、お前たち艦娘の力を借りて救える命を救っている。お前は艦娘だ。強くなれば、俺が望んだ強さが手に入るんだぞ。それが出来るのに、お前は強くなって死のうとしてるんだ。名誉ある死を望んでいるばかりに!』

 

 自分の気持ちを言葉にしていく内に、提督の手に力が籠もる。

 しかしそれは響に確信を与えるのに十分だった。

 

 司令官は苦しんでた。

 自分と同じ。

 でも自分とは違って死を選択しなかった。

 何故―――

 

『名誉ある死よりも泥臭く生き残ることを選べ。

 己が死ぬことでその先救えたはずの命を救えない数がどれ程のものか考えてみろ。

 戦えない体になったとしても、俺はお前がそう望まない限り解体なんてしない。

 戦えなくなっても意識があるのならば、その戦闘経験から味方にいくらでも学ばせることが出来る優秀な教官になれる。

 そうすればもっとこの危機から国や戦場に赴く仲間を救える確率を増やせるんだ。

 どうだ、それでも名誉ある死を選ぶか?』

 

 ―――それが全てだった。

 司令官は分かっていて、敢えて苦しい方を選んでいた。

 国のために、死んでいった仲間たちのために。

 

 響は痛感すると、今までの自分の選択が楽な方だったことを思い知る。

 そう、自分は名誉ある死を望みながら、辛いことから逃げていたのだ、と。

 

『しれい、かん……わたしは……』

 

 強くなりたい! 貴方のような強い人に!

 

『自分の命を自分で勝手に値踏みするな。俺はそういう奴が大嫌いなんだ。俺も、お前も、仲間たちも、失えば二度と同じ人間は生まれない。せいぜい似てる人間が出てくるくらいだ。現に同じ響でもこんな偏屈な響なんてお前だけだろうが』

『……っ……うんっ』

『生き残れ、響。あの大戦の終わりみたいな結果になんてさせない。そのために今を俺や艦隊の仲間たちと往生際悪く足掻こうじゃないか』

 

 提督の言葉の一言一言が響の中で復唱され、言葉が身体に染み渡る程に、それは涙となって溢れ出る。

 涙で前が霞んでいるが、決してその目を提督の目から逸らさない。

 

『…………かな?』

『ん?』

『なれる、かな? 私にも……司令官みたいな強い人に』

『なれるさ。現にお前はそうなりたいと強く願っているんだからな』

『……っ……うぁぁぁぁぁっ!』

 

 その言葉に響は一瞬止まり、すぐに感情を爆発させた。

 嬉しかったのだ。てっきり人間と艦娘では違うなんて言われると思っていたから。

 でも違った。ハッキリなれると即座に言ってくれた。

 だから響は我慢出来なかった。妖精たちがいるのに、感情を押し殺せなかった。

 

 だが、そんな響を提督は優しく抱き寄せ、妖精たちも優しく微笑んで見守っている。

 もうこの子は大丈夫、と妖精たちは思ったのだ。

 

(また俺は艦娘をこんなにも泣かせてしまった……)

 

 明後日の方向に思いを馳せる提督を除いて……。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 それからだ。響が今のようになったのは。

 訓練もそれまで以上に励み、あれだけ嫌がっていた改二改装もし、名を改めても弛まぬ努力を続けた。

 因みに名は改めたが、書類上のみであとはこれまで通り響で通している。やはり響という名が己の誇りだからだ。

 

 ただその一方で、長時間遠征を酷く嫌がるようになった。

 その理由はただ1つ。提督と離れ離れになる時間が長いからだ。

 流石に時津風みたいに四六時中くっついて過ごすようなことはしない。しかし提督とは出来るだけ近い位置にいたい。だから長くその場から離れてしまう長時間の遠征任務は大嫌いになった。

 

 しかしそれも提督に頼まれれば選択肢はイエスしかない。

 よってその反動は今のようにして現れる。

 

「姉さんは相変わらずもったいないね。もっとこの司令官の膝枕を堪能した方が得策なのに」

 

 太ももに頬を擦り寄せ、とろんとした笑顔でつぶやく響。

 そんな響に提督は「お前も寝ろ」と言った。

 

「司令官は酷い人だね。私の楽しみを奪うだなんて」

「俺は疲れているお前を気遣ってのことだ」

「私は好きな時に寝るから」

 

 それだけ言うと響は提督の邪魔にならないよう口を閉ざし、鼻歌交じりに大好きな提督の太ももに顔を埋めるのだった。

 

 長時間遠征のあとの響はいつもこうだ。

 普段はあまり積極的に触れ合おうとはしない。

 しかし一度スイッチが入ると思う存分甘える。

 それはまるで猫のよう。いつも遠くから愛する人を観察し、スイッチが入ったら擦り寄る。

 だからそんな彼女を他の艦娘たちは猫みたいだと言った。

 そんな響に『どうして普段はクールなのに、素直に甘えられるの?』と感情表現が苦手な艦娘たちが集まり、教えを乞うようになり、それを皆は愛猫勢と評した。

 因みに今眠っている暁も愛猫勢だったりする。

 

 響からすれば普段は提督が自分と離れていても同じ鎮守府の敷地内にいるだけで嬉しい。

 しかし遠征になればその図が保てなくなる。だから帰ったらその時間を埋めるように甘えてるだけ。

 たったそれだけのことだが、それが出来ない艦娘もいるのでとあることをいつも教えている。

 とあることとは―――

 

 

 

 

 

 何処でもいいから触れること

 

 

 

 

 

 ―――である。

 

 好きと素直に言えない。

 であるならば、相手に自分から触れることで態度はそうでなくても『嫌っていない』と示せるのだ。

 現に提督へキツく当たってしまいがちな満潮や曙なんかは、かなりの頻度で口では文句を言いながら提督の手を握ったり、背中を軽く叩いたり出来ている。これにより提督も『嫌われてない』と安心している節がある。

 因みに霰や加賀、雲龍といった響同様のクール系の艦娘たちも響の教えにより提督との良好な関係を築けているので、まさに彼女たちにとって響は恩師だ。

 

「……高雄」

「はい、提督。こちらに」

「ありがとう」

「いえいえ」

 

 頭上では提督と高雄が絶妙なコンビネーションで書類を捌いている。

 響はこの光景をこの位置から眺めるのが好きだ。

 自分が愛する光景が今もちゃんと続いている、と実感出来るから。

 

 でも―――

 

「司令官、左手が書類を押さえてるだけでとてもとても暇そうだね。私の頭を撫でることでその暇を無くしてあげるよ」

 

 ―――ちょっと邪魔するのも忘れない。手を伸ばせばそこに愛する人の手があるのだから。

 

「5分と保たないな」

「いいから撫でなよ。撫でたいでしょ? ゴンサレスくんはあっちにいるからね」

「素直に撫でて欲しいと言え」

「私は感じたままを言ってる」

「偏屈者め」

 

 そうは言いながら「これでいいか」と撫でてくれる提督に―――

 

「そうそう、始めからそうすればいいんだ♡」

 

 ―――響は本当に嬉しそうに目を細めてその手に身を委ねる。

 

(司令官の手はどうしてこうも眠気を誘うんだろう? ズルいな……)

 

 すぐに寝息を立てる響。

 そんな彼女を提督も高雄も可笑しそうに声を出さずに笑った。

 高雄はすぐに暁と同じように響にもブランケットを掛けてやり、提督は提督で交互に膝上で眠る大きな白猫と黒猫の頭を撫でてやりながら、執務室に彼女たちの妹である茶色の猫たちが突撃してくるまで甘やかすのだった―――。




おまけ

雷「暁姉と響姉はここに居るわね!」
電「電たちは短時間でしたけど、三回も遠征に行ったのです!」

鬼「ああ、ご苦労だった。ならば二人が起きたら―――」

雷電『待てないわ(のです)!』

鬼「わ、分かった……暁、響、起きろ」

暁「雷ぃ、暁は長女なのぉ、あと5分は寝る権利があるわぁ……むにゃ」
響「……起きたけど、私もここ(膝枕)を譲る気はないよ」

鬼「…………」

雷「あっそ。じゃあいいわ」

鬼「ほっ」

雷「司令官の右腕に抱きつけばいいだけだもの♪」

鬼「ぽ?」

電「左腕は電なのですぅ♪」

鬼「ぽぽ?」

高雄「……猫ちゃんたちが飽きるまで執務は止めましょうか。急ぎのものはありませんし、切もいいですから」

鬼「……分かった」

響「私たちに愛されて幸せだね、司令官?」
鬼「そういうことにしておくよ」
雷「そんなんじゃダメよ! もっと私たちの愛を分かってくれないと!」
鬼「十分伝わっている」
電「じゃあケッコンカッコカリするのです!」
鬼「それとこれとは話が別だ」
響雷電『ちっ』
鬼「暁は静かでいい子だなぁ(スルースキル発動)」
響「……まあ、司令官がこうなのは今に始まったことじゃないしね。前に比べたらマシになってるし根気強く行こう」
雷「いつか絶対にケッコン指輪を買いたくさせるんだから!」
電「高価な指輪じゃなくて700円の指輪で十分なのです♪」

鬼(本当にどうして俺みたいなやつをみんなしてこんなにも好いてくれるんだ? いつも泣かせてばかりの最低男だというのに……)
高雄(なんて思ってるんでしょうね……)

◇◇◇◇◇◇

読んで頂き本当にありがとうございました!


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豊島一族

沙羅提督視点です。


 

 艦娘を率いる提督である私は常に鎮守府にいなくてはいけません。

 そうでないと敵の強襲や夜襲に対応が出来ないからです。

 

 でも私も他の提督の方々も人間であり、休息は必要。

 よって本日、私は休暇を頂いて実家に戻ってきました。

 留守中、鎮守府の方は艦娘の皆さんがそれぞれローテーションしながら警備しています。それ以外は彼女たちも休暇となりますので、各々羽を伸ばしていると思いますわ。

 私の実家も鎮守府からそう遠くはありませんので何かあればすぐに帰ることが出来ますし、連絡もすぐ付くようになっています。

 

 ただ今回は別の問題があります。

 それは―――

 

「どうだね、沙羅より五つ程年上ではあるが、周りからの評価も高く、私から見ても彼はとても良い人物だと思うんだが?」

 

 ―――お父様からの縁談攻撃ですわ。

 

 昼に実家へ戻ってきて、両親と共に穏やかなランチを過ごしたあとで私に合わせて、家に仕事を持ち帰ってきたお父様は私を書斎に呼んでお見合い写真を渡してきました。別にこれが初めてではないので驚きませんでしたし、縁談のことだとも察しが付いていましたもの。だってお父様が家にいれば御手洗い以外側を離れようとしないお母様がこの場にいませんから。

 お母様は私に『私と同じように貴女も貴女の好きなように生きなさい』と一貫して言ってくださっていて、お父様のようにお見合いのお話を断れずに持ってくることは過去に一度もありませんの。お母様は和服の似合う大和撫子で、過去に複数の男性らから言い寄られ、また親からいくつもの縁談を勧められてきて、そのせいで縁談のお話をする時の空気が嫌になったそうです。

 

 ただ、お父様も無理矢理に私を結婚させようとは思ってません。豊島家は軍の中でもかなりの権力がありますから、そんな家と結び付きを作りたいと思う家もあるのです。

 お母様はお淑やかですが、肝が座っていますので縁談を持ち込まれても即座に口調は穏やかなままキッパリとお断りするのですが、お父様は元から揉め事を嫌うので私に一度話してから、というスタンスを取っているのです。

 でも今回はお父様から見ても私に勧めたい方がいたご様子。まあ誰を出されても私の心は決まってますが―――

 

「私もこの方は存じています。総合部の方で何度かお会いしましたから」

「おぉ、なら―――」

「―――ですが、私はこんなポンコツと残りの人生を共に歩みたくはありませんわ」

 

 ―――そもそもお父様に紹介された方は生理的に無理ですわ。

 

 私が言ったようにお父様が勧めてらした私のお見合い相手は、私と同じ提督で何度か総合部でお会いしました。はじめの印象は温厚で人が良さそうだとは思いましたわ。

 向こうはその際に何故か私に惚れ込んだらしいのですが、一方で私の好感度はハッキリ言って0です。寧ろマイナスと言ってもいいかと。

 何せ顔を合わせた全ての機会で仁様を『君が優しいのは分かるが、鬼の相手はしなくてもいいじゃないか』等と言ってきやがりましたからね。私その都度しっかり『鬼月様は鬼ではありません。噂なんて信じずにご自分の目で鬼月様を見られては?』と反論していましたのに。

 

「……そうか。すまないね、また何も父親らしいことが出来ないで」

「あら、私はそんなこと思ったことありませんわ」

「それは沙羅が割り切ることが出来る頭の良い子だからだ」

「でも、お父様は私が無理をしないでと言うまで、朝までには必ず帰って来てくださいました。そして必ず朝食を共に過ごしてくれました。私はそんなお父様みたいな家族を思いやることの出来る方と結婚したいですわ」

 

 私が感じてきたままの言葉を返すと、お父様は急いで書斎から出て行かれました。

 お怒りになられたということではなく―――

 

『お前ー! 沙羅を産んでくれて、あんなに心優しく育ててくれてありがとう! 愛しているぞー!』

『もう、あなた。沙羅に聞こえてしまいますよ?』

 

 ―――泣き顔を娘の私に見られたくないだけです。

 まあお二人の会話は筒抜けですし、お母様も聞こえてしまうと言いながらお父様に抱きつかれたことで声が弾んでいます。本当にどうしようもなく愛らしい両親ですわ。

 

 ―――

 

 あれから目を真っ赤にしてお戻りになったお父様からお見合いの件は断る旨を聞き、お話は終わりました。

 しかし今度はお母様もご一緒でしたので、今度は私から両親へお話があります。

 

「お父様、お母様。お話したいことがあります」

 

 私の言葉にお父様は涙ぐみながら「なんだ?」と言い、お母様は何かを悟っているかのように微笑みを返してきました。

 だから―――

 

「私、運命の人を見つけました」

 

 ―――素直に胸を張って伝えることが出来ました。

 

 私が両親を真っ直ぐに見てそう言うと、お父様はまた書斎から出て行かれます。お母様はというとお父様のあとを追うかと思ったのですが、そのまま私の前に鎮座していました。

 

「貴女にもようやっと見つかったのね。母として寂しく思う反面、喜ばしい限りよ」

「ありがとうございます、お母様。その方は―――」

「―――貴女が決めたのだから、確かな方なのよね? そこらにいるゴミ屑に惚れるような娘に育てた覚えはないもの」

「まあ、お母様ったら、ふふふっ。ええ、確かに……仁様は本当に素敵な方ですわ」

「あら、もう親しい仲なのね? 流石私の娘。それで、婚約の日取りはいつ頃?」

「………………」

「沙羅?」

 

 全く婚約の『こ』の字も出していませんわ。そもそも私の気持ちを仁様にお伝えすらしていません!

 

「…………沙羅、貴女まさか……」

「…………はい、そのまさか、です……」

 

 私が申し訳無く思いながらそう返すと、お母様は小さくため息を吐かれました。

 ああ、このため息は呆れられていますわ。

 

「そういうところはあの人(父)譲りなのね。ヘタレの子はやはりヘタレなのね。私のこれまでの努力は何だったのかしら」

「……で、ですが、ちゃんとお友達にはなれました」

「でもどうせあとのことは妄想が先走ってるだけで、進展していないのよね? 思いにふけ、肝心なところはおざなり……そういうところはとことんあの人とそっくりだもの貴女」

「うぐ……」

「でも多少は私の気があるのも事実。でないとお友達になんてなれなかったでしょ」

「………………」

「私の言いたいことは分かってるわね?」

「……『必ずもぎ取れ』ですよね?」

 

 私が答えるとお母様は満足そうに笑みを零します。良かったですわ。ここで間違えていたら余計に呆れられていました。

 

「好きだと思ったらとことんその方を好きになり、相手に自分の愛が世界一だと思い知らせなさい。恋敵がいるなら全力で徹底的に敵を叩き潰す。いないならとことん愛の海に溺れさせなさい」

 

 ふふふ……と笑うお母様の背後が黒と桃色でカオスに見えますわ。

 私はそれになんとか笑みを返すだけにします。お母様の思いは理解しますが、やはり私は仁様と一歩ずつ距離を縮めたいですから。

 

 そこへ書斎の扉がガチャリと響きました。

 

「やぁ、沙羅。久しぶり。父さんが廊下の隅で泣き崩れてるのはやっぱり、沙羅のせいか?」

「沙羅さん、お久しぶりです」

 

 現れたのはお兄様とお義姉様でした。

 お兄様たちは今も両親と共に住んでいますし、お兄様に至っては同じ職場にいるお父様から今回私が帰ってくることを聞いているのも当たり前なのですが、ご夫婦揃ってとは思いませんでしたわ。

 

「お兄様、お義姉様、お久しぶりですわ。お父様は……まあ多分私のせいかと」

 

 挨拶をしつつ、苦笑いでお兄様の質問に答えるとお兄様は「ほぉ」と顎に手をやり、お義姉様は「まあ!」と両手を合わせて少女のように表情を輝かせます。

 

「では沙羅さんにもとうとう!? ああ素敵! 沙羅さんは提督という過酷な職をしているんですから、そういう方こそ幸せになるべきだわ! 結婚式の衣装はドレスにするか着物にするか……どちらにしても一緒に仕立てに行きましょうね!」

 

 相変わらずお義姉様は気が早いというか……色恋に目が無いですですわね。恋愛小説の巨匠とまで言われている作家だからなのかしら?

 いえ、ただ単にいつも私がお義姉様の惚気話を聞いていたから、聞ける側になれることが嬉しいとか? まあ仁様は世界一ですから惚気対決で負ける気はしませんけど。

 でもですね―――

 

「それがこの子ったら、まだ婚約の日取りも取り付けてないのよ」

 

 ―――お母様の言う通りですわ。トホホ……。

 すると途端にお義姉様はしょんぼりしてしまわれましたわ。まるで玩具を没収された小型犬のように。

 お兄様に至っては「なぁんだ」とつまらなさそう。悪かったですわね! お父様譲りのヘタレな妹で!

 

「何にしても、沙羅にもようやくそういう人が見つかったのなら幸いだろう。これで周りから妹を紹介しろとせっつかれなくなって、研究に専念出来る」

「ご迷惑をお掛けしました……」

「全くだ。中学から今までずっと沙羅に惚れる奴らは先ず兄であるこちらに接触してくるからな」

 

 すっごくいい笑顔ですが、その笑顔も黒いですわお兄様。そんなにもご迷惑をお掛けしていたのですね……。

 

「まあまあ、いいじゃないの。貴方だってそんな妹が可愛いから率先してゴミ屑は掃いて捨てて来たのですから」

「母さん、沙羅のいる前で止めてよ。それじゃまるで僕がシスコンみたいじゃないか」

『あら、違うの?』

 

 お母様とお義姉様が声を揃えるとお兄様は「シスコンではないけど、妹を可愛がってはいますよ」とだけ素っ気無く返してお父様の元へと行かれました。

 シスコンでツンデレなお兄様? 何それ可愛い。

 そんなお兄様をお母様は可笑しそうに手で口元を隠しながら笑って見送り、お義姉様は「可愛い♪」とつぶやきながらあとを追って行かれました。

 

 一方、私はというと、そんな家族がとても愛おしく、心の奥が温かくなっていましたわ。

 

 ―――――――――

 

 お父様が立ち直り、書斎でお仕事をするとのことで、私は書斎をあとにします。

 しかしすぐにお母様から声が掛かり、私はお母様のお仕事の部屋へと連れられました。

 

 お母様は表向きは専業主婦ですが、実は日本でも限られた要人しか知らない諜報機関『花』の長なのです。

 

 諜報機関『花』とは、一代目豊島家当主が当初は国にも内密で作り上げた組織。

 豊島家は江戸後期から代々国防機関の一翼を担い、深海棲艦の出現まで兵器の開発や改良、改修、修復等を行ってきました。

 その一方、輸出した自国の兵器が悪用されないように、悪用した者が言い逃れ出来ないように徹底的にウォッチしたのです。

 大東亜戦争中に当時の豊島家当主は国難とあって限られた要人にのみ花の存在を教え、敵の情報を纏めた資料を政府にも大本営にも提出しました。しかしそれは高学歴エリートたちには不服だったようで、活用されることはありませんでした。

 敗戦後、花を知る要人たちの中で裏切り者が出ましたが、日本人を甘く見ていたアメリカがそんな優秀な諜報機関があるのはおかしいと一蹴してバレずに済んだようです。

 そして今に至るまで花は陰の存在でも今日まで活躍しているということですわ。

 

 組織が出来上がった当時は主に人を遣って諜報活動をしていましたが、今ではインターネットの発達に伴ってネットを使った諜報活動もしており、ハイテク化されています。

 深海棲艦が現れた今では、艤装の違法転売や艤装システムが他国へ流出または漏洩するを防ぐための徹底監視を大本営からお願いされる形で引き受けていますわね。案外屑な提督がいる現実が悲しいですが……。

 

 さて、この花を受け継ぐのは豊島家の後継者のみ。豊島家は昔から男女関係無く家督を継いでおり、花の存在は親族でも知られていません。

 なのに何故後継者ではない私が花を知っているのか……それはお母様が『貴女も後継者になる場合があるから』と教えてもらえたのです。

 私がまだ幼かった頃はお兄様が前線に立つような軍人になると聞かなかったので、そうなるといつ死んでもおかしくないということで私も後継者候補となり、お兄様と共に諜報活動の内容や指揮のやり方を習ってきたのです。

 今では私は正式に後継者候補から外されたのですが、口外なんてする気も無いということで幽閉されずに済んでいます。そもそも口外しても国益に繋がりませんからね。

 

「ここならゆっくりと話が出来るわ」

 

 正面側に取り付けられた大きなコンピューター画面を囲むように、その周りには無数の小型画面がひしめき合う異質な部屋。

 私としては懐かしい部屋です。

 

「お母様、お話とはなんでしょうか?」

「あら母親に対して惚けるつもり? 貴女のお相手の話以外に何があるというの?」

 

 上質なソファーの背もたれに身を預けながら言うお母様に、私は思わず目を見開いた。

 まさか仁様に何か……私でも見逃していた点があるとでも?

 でもお母様は小さく笑みを作り、「心配しなくてもいいわ」と言うので心底ホッとしました。

 

「元特殊部隊の隊長であるから彼が提督になってから一定期間だけこちらが監視をしていたけれど、それだけよ。特殊部隊は国家機密情報を持っているから、元とは言っても怪しい行動や怪しい人間関係の構築をしないか監視するのが義務なの」

 

 貴女も知っているわね、と付け加えるお母様に私は静かに頷き、お母様の言葉を待ちます。

 

「その結果、彼は花の長である私から見ても安全な人物だと判断して、監視は予定通りに止めたわ。安全な人間を監視を続けてもこちらも費用の無駄だから」

「仁様は立派な方ですもの」

「そうね。ただ……」

「ただ?」

「この私の網も容易く潜り抜けられる者が彼を監視しているわ」

 

 お母様の言葉に私は聞き間違いかと思ってしまいました。

 だって仁様が何者かに監視されているだなんて……。

 

「ごめんなさい。不安にさせてしまって。でも知っていた方がいいでしょう?」

「はい。ありがとうございます。それで、仁様を監視している人物の目的は何なのでしょうか?」

「それが分からないのよ。どんな網を張ってもすり抜けられるし、どんな餌にも引っ掛からないから」

 

 あのお母様がここまで手こずるだなんて。相手は只者ではないでしょう。もしかしたら仁様が特殊部隊で指揮していた頃に敵対した敵国の誰かだったり、知能の高い深海棲艦がサイバー攻撃をする可能性もありますわ。

 

「仁様本人が心から平穏を望んでいますのに……」

 

 許せない。平和をこよなく愛している仁様を監視するその者が。

 

「最悪のケースを考えるよう教えてきたのは私ではあるけれど、今のところそういった類が相手ではないでしょう」

 

 私の考えていることが分かるかのように言うお母様に、私は思わず疑問の目を返してしまいました。

 

「隠れるのは上手いけれど、食べかすは残す時があるのよ。その食べかすは全て国内サーバーから見つかってる。つまりは日本人よ」

 

 なるほど。深海棲艦の出現によって在日外国人の殆どは帰化か帰国しました。加えて仁様をどんな経歴があるのか知るのは要人のみで、そもそも国防軍に入れるのは純粋な日本人のみ。(帰化の場合、その一世と二世は入れないが帰化三世から入軍資格が与えられる)

 あ、因みに花の諜報部員は世界各国にいて多国籍です。現地人じゃないと仕入れられない情報もあるので。

 

「では仁様の敵は……」

「日本の軍人か政府機関の人間ということよ」

「……どうして仁様を……」

「それは分からないわ。でも彼を元特殊部隊の人間だと知り得る人間は限られてくるし、数も多くない」

「お母様―――」

「―――大丈夫よ。数人にまで絞り込んで、もう既に監視させてるから」

「ありがとうございます」

 

 良かった……これで少しでも早く仁様に平和な時間が訪れて欲しいです。自分の手で仁様に出来ることが無いのが虚しいところですが。

 

「それにしても、まさか貴女が選んだ人がその御仁だったとはね。彼には悪いけれど、何から何まで調べ尽くしてあるわよ?」

「……複雑ですわ」

「娘だからとその全てを見せてはあげられないけれど、アドバイスくらいはしてあげられるわよ?」

「…………す、好きな女性の好みを……」

「しっかりしている人に好意的だから、貴女も彼の守備範囲内でしょう。整理整頓が苦手でもそれくらいは許容範囲内でしょうし」

「……ぬふふ……」

「その不気味に笑うのはおよし」

「はっ、こほん……失礼しましたわ」

 

 だって仁様の好みのタイプに私も入っているとなれば喜ぶしかないではありませんか! ああ、お母様に憧れて清く正しく、生きてきた甲斐がありますわ!

 

「でゅふふふ……」

「はあ、普段ならば鈴の音のように美しい笑い声なのに、困った娘ね……」

 

 お母様が嘆かわしく私を見ていたことも私は気にせず、より仁様のタイプに合うように努力しようと思いを馳せるのでした。

 あとは何があっても仁様を信じて、一番の味方であろうと誓いましたわ。

 

 それからの私はお義姉様とお茶の席を過ごし、ディナーはお兄様夫婦もご一緒に過ごし、充実した休暇を過ごしました―――。




読んで頂き本当にありがとうございました!


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鬼は不在時でも艦娘らを泣かす

鬼月提督は外出中。


 

「提督……提督がいないと力が出ません」

「早く帰って来てください……司令」

 

 鎮守府の正門前に立って待ち人である鬼月提督を呼ぶのは、榛名と霧島の双子姉妹。

 しかしこの場にいるのは彼女たちだけではない。

 姉妹以外にも多くの艦娘たちが集い、皆共に涙を流している。

 

 それは何故かというと―――

 

「方針会議なんて今の時代はテレビ会議にすればいいのに……」

 

 ―――提督は本日、総合部で開かれる方針会議に出席するため鎮守府を立って行ったあとだからだ。

 

 提督本人はまさか毎回笑顔で送り出してくれる艦娘たちが、こんなにも泣きながら自分の帰りを待っているなんて思っていないだろう。

 でも提督がいないと彼女たちはいつもこんな具合だ。

 

 鬼月提督の不在時、残された彼女たちは鎮守府近海のパトロール任務と基礎訓練しか役目を与えてもらっていない。

 遠征は行われているが鎮守府に残る全員が遠征任務に就けないし、提督がいない間の鎮守府を守るのも残された彼女たちの役目だ。

 しかし彼女たちは常々提督の役に立ちたいと強く強く思っている。

 

 パトロール隊に名を連ねることが出来た艦娘たちは既に意気揚々と近海へ向かった。

 提督の役に立てる、と皆の表情は誇らしかった。

 ただこれも遠征と同じく全員が就ける訳ではない。

 だからこそやることのない艦娘たちは制服の袖やハンカチを涙で濡らすのだ。

 

 その中パトロール隊は交代制なのでお鉢が回ってくる艦娘たちはまだ救いがある。

 救いすら無いのは本日が有給休暇である上、鎮守府に提督がいないという不幸としか言えない状況下にいる艦娘たちだ。

 

 それが今正門で泣き、立ち尽くす榛名たちだ。

 榛名は地べたに両膝を突き、お天道様に向かって両手を合わせ、提督の速やかな帰還を願う。

 そんな榛名に倣うように他の面々もお天道様へ願っていた。傍から見ればちょっとおかしなオカルト教団みたいだが、幸い鎮守府付近は軍の管理下であるため辺りに近隣住民がいるということはない。

 

「榛名、それにみんなも、泣いていても司令は戻られません。なんとか己を奮い立たせましょう」

 

 ただ一人、泣いていても冷静な霧島が声をかけると、皆渋々といった具合で力無く立ち上がる。

 

「……提督にもう会えない……」

「そんなのやだぁ……」

「うぅ、提督に会いたい」

 

 ヒューストン、ルイージ・トレッリ改め伊504のごーちゃん、そして日進はまだハンカチで溢れてくる涙を拭っていた。

 鬼月提督と別れてまだほんの数分。だというのにこの有様だ。彼女たちからすれば『もう数分も提督が鎮守府から離れている』という由々しき事態。それだけ彼が艦娘たちから愛されている証拠だろう。

 もしも鬼月提督が誰にも何も言わずに鎮守府を出れば、ここの艦娘たちが血眼で捜索隊を編成して街に繰り出すか、提督が帰るまで延々と泣き尽くすだろう。

 

「はいはい、泣きたいのは私だって同じよ。でも泣いていても状況は変わらないわ」

「榛名たちは提督が留守の間を守るんです」

 

 霧島となんとか持ち直した榛名の言葉にヒューストンたちは涙を拭きながら、やっとの思いで頷いた。

 するとそこへ―――

 

「あ、皆さーん!」

「泣いてる暇はありませんよ」

 

 ―――明石と香取が大手を振ってやってくる。

 霧島と榛名はこうなると分かっていたから比較的すぐに立ち直ることが出来た。

 何故なら―――

 

「提督鬼LOVE講演会を始めますよ!」

「空いている皆さんはもう食堂に集まってますから」

 

 ―――こういうことだ。

 

 明石たちが言う『提督鬼LOVE講演会』……それは暇を持て余した艦娘たちが食堂に集まり、その都度講演者を務める艦娘と鬼月提督の思い出話を聞き、提督の素晴らしさを再認識するための催し物だ。

 なので提督がいないこの時にしか出来ない。

 

 ―――――――――

 

 食堂に到着すると既に多くの艦娘たちが着席しており、講演者が出てくる厨房口の方を向いていた。

 ヒューストンたちは運が良かったと言うのも変だが、これまで参加する機会が無かったので実は今回が初めての参加となる。

 よって今はどんな話が聞けるのか、わくわくしていた。

 

 すると厨房口から二人の艦娘が出てくる。

 今回、講演するのは天龍とまるゆのようだ。

 因みに講演者は毎回香取と鹿島が引くくじ引きによって決まる。

 

 二人の登場に観客たちは拍手を送った。

 天龍は古参の艦娘であるため鬼月提督との思い出は多い。一方でまるゆは今回初めて講演者という側に立つため、みんなはまるゆが鬼月提督とどのようなエピソードを話してくれるのか楽しみだった。

 だからヒューストンたちは期待で目を輝かせた。

 

 二人がみんなに向かって一礼したあとで用意された椅子に座ると、観客たちをゆっくりと見回す。

 

「おう、天龍だ。提督との話のネタは多いが、今回はちょっとオレ自身も恥ずかしいネタを話そうと思う。だからあまり言い触らすなよ?」

 

 その挨拶に観客たちは笑い交じりに拍手を送った。

 拍手が徐々に小さくなっていくと、今度はまるゆが緊張気味に口を開く。

 

「ま、まるゆです。こんにちは。まるゆは初めてなので、天龍さんみたいに上手に話せないかもしれません。でもでも、まるゆにとってはとても素敵な思い出なので、是非皆さんに聞いて欲しいです!」

 

 まるゆの挨拶が終わるとみんなは温かい拍手をまるゆへ送った。

 そして拍手が終わると、とうとう始まる。

 天龍がゆっくりとその口を開いた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 他の奴らから聞いてるかもしれねぇが、オレって粋がってたくせに提督の覇気で押し黙ったんだ。

 着任して、提督に軽巡だからって舐められないように意気揚々と他のみんなと執務室で待つ提督に顔合わせに行った時にさ。

 いやぁ、マジでヤバかったかんな。執務机の前に提督が堂々と直立不動でオレらのこと待ってたんだ。

 手は後ろで組んで、オレらが整列するのをただ黙って見てたんだけどよ……その視線がめちゃめちゃ怖かったんだよ!

 だから殆どの奴らがビビってた。ブレなかったのは金剛と赤城、加賀、それと高雄と妙高だな。金剛なんて元々があんな性格だからあの視線に惚れたっぽい。

 

 とまあ、マジで『フフ、怖いか?』なんて冗談言える空気じゃなかったんだよ。明らかに提督の方が怖かったしな!

 んで、そのあとめっちゃ龍田のやつに『いつものイキリムーブどうしたのぉ?』って煽られた。

 

 顔合わせが終わったら歓迎会してくれたし、電らがめちゃめちゃ勧めてくる玉子焼きもすっげー美味かったんだよなぁ。

 んで『提督って料理の才能あるじゃねぇか!』って言ったら、鼻で笑って―――

 

『その笑顔が見れて嬉しく思う』

 

 ―――なんて言われたんだよ!

 それがもうチョーカッコ良かったんだよ!

 分かるか? 初っ端でめっちゃ怖かったのに、小さく笑う大人の魅力っつうか……いぶし銀っつうか。

 だから『あ、なんかここで上手くやっていけそうだな』って本当に思えたんだ。

 

 それは次の日になってすぐに確信に変わった。

 だってオレに『死ぬまで戦う時は今じゃないからな』って出撃する際に必ず耳打ちしてきたんだよ。

 最初は龍田のやつが余計な気ぃ回して提督に言ったのかと思ったけど、提督が事前にオレらがどんな艦娘なのか調べてたらしい。

 でもオレも素直じゃねぇからさ。死ぬまで戦わせてくれって思ったんだ。

 そしたらさ―――

 

『お前のその心意気は買っている。ならばその心意気を生きたまま仲間たちに見せてやれ。そうすることで自然と士気が上がるものだ』

 

 ―――って言ってくれたんだよ。

 敵わねえなぁってつくづく思った。んで、先に着任してた電たちに負けないように練度を上げて、ずっとみんなと提督の下にいれるように頑張ろうって誓ったんだ。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

「とまあ、今回はこんな感じだな。おい、神通笑うな。お前が初めて大破した時に提督からお姫様抱っこで運ばれて乙女乙女してたの知ってんだかな?」

 

 天龍のリークに神通が悲鳴のような声をあげると、食堂は笑い声に包まれる。

 神通と天龍はあの時から今でも自己訓練を共にする戦友。なのでこれも仲間同士の戯れである。

 

 一方でヒューストンたちは天龍から聞かせてもらった提督とのエピソードが温かくて胸がポカポカした。

 

 続いて話すのはまるゆ。

 明らかに緊張しているまるゆではあるが、みんなから『自分のタイミングで』と優しい言葉をもらえて、深呼吸してからゆっくりと思い出すように語り出す。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 皆さんもご存知の通り、まるゆは陸軍出身です。

 今は前と違って陸軍も海軍も仲良しなので、まるゆは戦闘も潜水も得意じゃないけどこうして海軍の皆さんと共に戦わせてもらえてます。

 戦うと言ってもまるゆは囮役なんですが、それをとても誇りに思ってます!

 それはなんと言っても鬼月隊長がまるゆを褒めてくれるからなんです!

 

 着任したばかりのまるゆは戦闘力も無くて……実はこの鎮守府に着任する前に二つの鎮守府に着任し、除隊されていました。

 それもこれもまるゆが弱かったからなんです。

 ここでも失望されたり、信頼を失うのが怖かった。

 でもでも、鬼月隊長は―――

 

『これから俺はお前に一番辛い任務を与えることになる。だが、沈めたりはしない。艦隊みんなのためにお前の力を貸してほしい』

 

 ―――って言ってくれたんです!

 

 まるゆはそれが嬉しくて……思わず泣いちゃいました。

 あとあと、隊長ってまるゆが呼ぶと前の部隊の頃を思い出すって優しく笑ってくれます。えへへ。

 

 それから囮役になって、何度も何度も中破大破しました。

 でも鬼月隊長はすぐに直してくれるし、大破したらお休みをくれますし、また次の機会をくれるんです。

 まるゆが囮役になった作戦でご一緒した艦娘の方々からはまるゆのお陰でMVP取れたよって感謝されて……弱いのに隊長のお陰で皆さんのお役に立てて、誇りを持ってここにいられるんだと思います。

 

 それに、あの……鬼月隊長は良く肩車とか高い高いをしてくれて、それがまるゆは本当に嬉しいんです。鬼月隊長にとってまるゆは娘みたいな感覚なのかもしれませんけど、まるゆはそんな鬼月隊長のことが世界で一番大好きなんです。

 優しいのに、ちょっぴり怖くて、甘やかしてくれて……こんなに素敵な方の艦隊にいられることがこの上ない喜びなんです!

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

「…………あう、自分で言ってて恥ずかしくなってきちゃいました……なんだか皆さんの前で鬼月隊長に告白してるみたいになっちゃった」

 

 自分の話を終えたあとで恥ずかしそうに桜色に染まる両頬を手で押さえるまるゆ。

 しかし聞いていたみんなはそんな彼女に今日一番の拍手を送った。

 

 まるゆが着任してから、鎮守府では必ずまるゆと組んで鎮守府近海へ出撃する。

 鎮守府近海は敵駆逐艦が現れるため、着任したばかりの艦娘にとってはいい実戦になるのだ。

 そこにまるゆがいることでまるゆが敵のヘイトを集め、新人の艦娘は攻撃に専念出来る。

 今この場にいる多くの艦娘たちも実はまるゆのお陰で実戦経験値を得た。なので彼女たちにとってまるゆは危険な任務を黙々と遂行する大先輩である。

 鎮守府に所属する艦娘たち全員に『もっとも艦隊に貢献している艦娘は誰か?』というアンケートを青葉が実施した際、まるゆ本人以外が『まるゆ』と回答した程だ。因みにまるゆ本人の回答は『まるゆ以外の皆さん』という謙虚の塊みたいな回答だったとか。

 

 よってまるゆのことを艦娘たちは心から尊敬していて、まるゆもまるゆで艦娘たちを尊敬しているという理想的な関係なのである。

 

 艦娘たちの中にはMVPを取れた際に鬼月提督から手渡されるMVPメダルを贈られた際に『自分の初めてのMVPはまるゆのお陰だから』とまるゆに渡す者もいるくらいだ。MVPメダルとは提督がこのために特注している500円玉サイズのチタン製シルバーメダルで、表にはMVPと日時が彫られ、裏には『鬼月艦隊』という文字が浮かんでいる。

 まるゆもまるゆでそれにはとても恐縮してしまっているが、結局まるゆが折れる形でいつも押し切られて渡されてしまい、部屋の壁には貰ったMVPメダルが飾られた額縁がいくつも飾られている。因みにメダルの下にはちゃんと譲ってくれた艦娘の名前も書いてある。

 

 でも実はちゃんとまるゆにも鬼月提督から毎月の最終日にMVPメダルが贈られていたりする。

 囮役を引き受けるまるゆに贈るそのメダルはみんなに贈るメダルと同じ素材とカラーだが、ふた周り大きなサイズなのだ。それだけ鬼月提督もまるゆの働きに感謝していることが分かるし、まるゆもそれを誇りに思っている。

 

 まるゆのエピソードは短いものではあったが、その中に込められた鬼月提督への想いに聞いていたみんなは温かい気持ちで胸がいっぱいになった。

 

「はぁ、素敵なお話が聞けたわ……」

 

 ヒューストンがほぅとしながら零すと、ごーちゃんも日進もうんうん頷く。

 

「講演はこれで終わりだけど、これからが本番よ」

「これからは集まったみんなで提督と自分だけのお話の交換会をするんですよ」

 

 霧島と榛名が三人へそう言うと、三人はつい自分たちが持つ鬼月提督とのエピソードを思い出して破顔した。

 それを見て榛名たちは『これはいい話が聞けそう』と揃ってニンマリとしてしまう。

 しかしそれはこの場にいる全員が同じ気持ちであるため、誰も注意する者はいないのだ。

 

 ―――――――――

 

 それから時は過ぎて、日も傾き、夕方となった。

 鎮守府から最寄りのバス停に着いたバスから降りた鬼月提督は今回も両手に大量の手提げ袋を下げている。

 今回は最近繁華街で流行っているカスタードクリームが入った饅頭をお土産に買った。

 提督の隣に立つ高雄も手提げ袋をいくつか下げているが、手には秘書艦特権で鬼月提督から買って貰ったキャラメル生クリームどら焼きを持ち、ハムスターのようにモヒモヒしている。

 

「美味いか?」

「ごくん……はい、とっても」

「高雄はどら焼きに目がないからな。俺も見つけた瞬間、高雄なら買ってほしいとねだってくると思ったんだ」

「どら焼きって美味しいじゃないですか……」

「ああ、お前が食べてるところを見てるとつくづくそう思うよ」

「…………もう♡」

 

 照れ隠しに高雄はまたどら焼きを頬張った。好きなキャラメルソースと生クリームがどら焼きの皮に絶妙に合い、口の中を幸せにしてくれる。しかし隣から優しい視線を感じながらだと、その甘さもつい薄れてしまう。好きな男性から見つめられているのだから仕方ないのかもしれない。

 

「それにしても、今日も沙羅提督は優しかったな。本当に不思議な女性だ」

「ふふふ、良かったですね。提督」

「良かったのか?」

「嬉しくありませんか?」

「……この気持ちは……多分嬉しい、と思う」

「ならばそれでいいではありませんか。私、豊島提督好きですよ。真っ直ぐな方で」

(下心もだだ漏れで見ていて飽きません。言いませんけど)

「そうか……彼女はいい人間だ。そんな彼女と友人になれたのは喜ばしいよ」

 

 小さく口の端を上げて言う鬼月提督を見た高雄は『豊島提督頑張ってください!』と心からエールを送った。

 

 ―――

 

 雑談しつつ鎮守府へ向かって歩き、高雄がどら焼きの最後の一口を食べ終えたところで鎮守府の方角から『愛国行進曲』を歌う艦娘たちの歌声が聞こえてきた。

 

「あいつらはまた……」

「ふふふ、提督の帰還が嬉しいんですよ」

 

 鬼月提督はやれやれと肩をすくませるも、表情は笑っている。

 毎回外出から帰る際には出迎えてくれる艦娘たちが、この歌を歌う。何故なら鬼月提督が好きな歌で、実は提督本人は気付いてないが調子がいい時は毎回口ずさんでいるのだ。

 だから艦娘たちは鬼月提督をこの歌で出迎える。

 そうすれば提督もそれに応えるように歌って帰ってくるのだ。

 

 歌いながら鬼月提督が鎮守府の正門を潜ると、歌は一段と大きくなり、歌いながら待っていた娘勢たちが提督へ抱きつき、提督はもみくちゃにされる。

 でもこれがこの鎮守府の日常。その中には拙い日本語でも一生懸命歌うヒューストンとごーちゃんもいて、日進に至ってはハンカチで大粒の涙を拭いていたという―――。




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その愛は

新キャラ登場!


 

 あるところに素敵な聖女様がいました。

 聖女様は周りの人々にとても愛され、多くの愛を一心に受けて、美しく成長しました。

 

 しかし、その聖女様は少し変わっていて―――

 

 好きになった人を独り占めすること

 

 ―――が、本当の愛だと思っているのです。

 

 ―――――――――

 

「部長、私本日は旦那と約束がありますので、お先に上がらせて頂きます」

 

「ああ、今朝言ったことか。旦那さんとの記念日なんだってね? 楽しんでくるといいよ」

 

「ええ、ありがとうございます。それではお先に失礼します」

 

 洗練された美しい敬礼を決め、泊地総合部の執務室をあとにするこの女性。

 名は間島愛奈(ましま あいな)と言い、総合部の副部長の座に就いている。

 

 彼女の実家である間島家は戦前からある軍家。

 母親は嫁いでいる身で一般人であるが、直系の父親は現役の陸軍中将。三人兄妹の末っ子で、長男は陸軍で次男が空軍にそれぞれ入隊している。

 兄二人が入隊した一方で、愛奈は両親からも兄たちからも軍人にならなくていいと言われ続けてきた。

 

 しかし元々お国のため軍人になる気でいた愛奈は今の時代では最も過酷な海軍に入隊。

 そこで彼女は運命の相手とも言える相手と出会い、海軍でも最も危険な任務を請け負う特殊部隊に入り、艦娘が誕生するまでの厳しい間を見事に生き抜いた。

 

 その功績もあって、今の地位にいる。

 

 年齢31、身長は162センチで女性らしい曲線美を描く体は若々しい色香に満ち、死線を潜り抜けて来たのにもかかわらず傷跡も無い白い肌は輝いて見える。

 藍色掛かったミディアムヘアの黒髪。前髪を姫カットで整えたその髪は彼女が動く度に豊かに波打つ。

 ブラックオニキスを埋め込んだかのような神秘的な瞳を持つ豪奢な煌めきを放っている垂れ目なアーモンドアイ。

 

 その見た目から総合部でナンバーワンの美貌を持ち、誰にでも優しく微笑み、気さくに声をかけるそんな彼女を周りの人々は「聖女」と呼ぶ。

 

 ―――――――――

 

 そんな彼女ではあるが―――

 

「ただいま、あなた」

 

 ―――普通とは掛け離れた素顔があった。

 

 自分が暮らすマンションに帰ってきた愛奈。

 声をかけながらリビングへ行くが、そこには誰もいない。

 あるのは広いリビングなのに二人用の丸テーブルに二人掛けのソファー、テーブルの上には二つのPC画面と一つのキーボードととても寂しい。

 しかし―――

 

 

 

 

 

 

 壁や天井に所狭しと貼り付けられた写真

 

 

 

 

 

 

 ―――を見る限り、この空間は狂気的だ。

 

「今あなたの好きな私のビーフシチューを作ってあげますからね」

 

 無数の写真に話し掛ける愛奈は、それがまるで本当に話しかけているかのように「ええ、ええ」、「待っててください」と時折華やいだ返事をする。

 

「もう、そんなに名前を呼んで欲しいんですか? 恥ずかしいです……それくらいあなたのことを私は愛してるいるんですからね?」

 

「あっ、いじけないでください―――

 

 仁

 

 ―――きゃっ、何度呼んでも恥ずかしいですっ」

 

 愛奈の言う旦那とは、この『写真に写る鬼月仁』のことであった。

 

 ―――――――――

 

 愛奈は元特殊部隊の諜報担当隊員。過去に深海棲艦の通信妨害や通信内容の解読等を成功させた功績を持つ凄腕の諜報員。

 そして鬼月とは諜報員であっても同じ部隊の隊員として戦地に立った仲だ。

 

 愛奈は海軍特殊部隊に入隊する資格を認められた天才。他にも彼女と同じく入隊している女性隊員や既に入隊していた女性隊員もいるが、彼女の場合は身体能力も合格点の上、何よりも優れていた暗号解析部門とハッキング部門で期待されていた。

 期待の新人として入った彼女の面倒を良く見たのが当時特殊部隊の隊長鬼月で、彼は隊長として積極的に日頃からコミュニケーションを取り、他のメンバーたちとも打ち解けやすくさせ、そのお陰で彼女は部隊に馴染めることが出来た。

 

 そして彼女も参加した戦地下での任務。

 愛奈はそこで失敗した。空爆範囲外だと計算し、構えていた場所が深海棲艦の無差別空爆によって空爆範囲になったのだ。

 これまで何度も危険な任務を遂行し、生還してきた。何万回も繰り返したシュミレーションと同じ手順を踏んだ。

 しかし通常が意味を持たないのが、戦場である。

 

 愛奈は死を覚悟した。

 しかし後悔は一切無かった。

 お国のために死ねることが誇らしかったからだ。

 

 でもその覚悟は要らぬ覚悟に終わった。

 空爆が始まったと同時に愛菜の上に重くて硬い何かが覆い被さったのだ。そのお陰で大事には至らなかった。

 閉じていた瞼を開けると、装甲カバーを手にして自身を守るように覆い被さって、右眼からどろっとした赤黒い血を流す鬼月がいた。装甲カバーとは空爆等から身を守るために開発されたカバーであるが、一度空爆を受ければ使い物にならなくなる。しかし当時の考えでは無いよりは良いだろうというのが精一杯だった。

 

 逆光で表情はハッキリと見えなかったが、彼の顔には下弦の白い月が浮かんでいて―――

 

『この状況下で良く動いてくれた。しかし最後の最後で諦めるのは減点だ』

 

 ―――鬼月は優しく愛奈を抱き上げて、危険区域から脱出するのだった。

 

 ―――――――――

 

 その時から、愛奈にとって鬼月隊長は旦那になった。

 彼女の脳内の中でだが……。

 作戦は失敗し、これにより壊滅的な被害を受けたことでその作戦を最後に部隊は解散し、それと入れ替わるようにして艦娘の登場によって海軍はガラリと体制が変わったのだ。

 

 退役という選択肢もあったが、愛奈は退役しなかった。

 旦那が自分は必ず軍に留まる、と聞いていたからだ。

 

 ただ詰めが甘かった。

 この時の鬼月は前線指揮経験豊富ということで出来たばかりの泊地総合部に、これまでの功績もあって部長として起用されることが確定されていた。それを知っていた愛奈はこれまで通り鬼月と共にありたいと総合部に入ったのだが、当の鬼月が現場主義を貫いて部長就任を拒否したのだ。

 よって彼は艦娘を指揮する提督として軍に留まり、愛奈は同じ軍でも総合部に移って愛する旦那との時間が無くなってしまった。

 

 でも考え方によってはこれで良かったと愛奈は思っている。

 何故ならデスクワークが圧倒的に増えたことで、愛する人を見守り、自分なりに彼を守れるようになったからだ。

 入隊前より鍛え上げられたハッキング技術で旦那の鎮守府の防犯カメラ等と、自身のパソコン画面を常時繋げ、単身赴任中の旦那との時間共有を実現させる。

 これで夫婦最大の危機を免れたのだ。

 

「〜♪ 〜〜♪」

 

 鼻歌交じりにビーフシチューを作る愛奈。

 時折、そこら中にある鬼月の写真に目をやり、微笑む彼女は絵に描いた聖女のような可憐さがある。

 しかし―――

 

「最近、妙にあなたを評価する人が増えてきたんですよね。困っちゃいます。あなたの良さは私だけが知ってればいいのに、ね?」

 

 ―――微笑む聖女の眼は全く笑っていなかった。

 

 鬼月の鎮守府にいる艦娘たちが彼を慕い愛すことは、愛奈としては一向に構わない。寧ろあれだけ素敵な男性を慕わない方がおかしいからだ。

 それに艦娘がどんなに愛したところで彼とは結ばれない……仮染めの契りしか結べない。

 それが分かっているから、愛奈は彼に蝶のふりをする蝿が群がるのを静観している。いや、寧ろ自分の方が優位なので高みの見物に近い心境だろう。

 

 しかし相手が艦娘以外の人間ならば排除しなくてはならない。

 男性であろうと、彼の素晴らしさを知れば周りに話してしまい、生物学的上人間とされる害虫が彼に群がってくる。愛菜にとっては鬼月と自分以外は大差無い生物としてしか見ていない。

 なのに彼に群がるのが生物学的上人間のメスであるなんてことは以ての外だ。

 

 だから愛奈は旦那を魔の手たちから守るために、色んな手段を用いた。

 艦娘着任の願いを裏から手を回して揉み消したり、艦娘が日々泣かされている等と自分の手を汚さず、ただどこかから耳にしたと総合部員たちややってくる提督たちに囁いてみたり……あることないことをバレない程度にでっち上げて旦那に変な虫が付かないようにしていたのだ。

 

「うん、大丈夫ですよあなた。私はあなたを信じてます。あなたに必要なのは私だけですし、私に必要なのもあなただけですから」

 

 こうして愛奈と旦那の愛は"今宵も深まる"のだった。

 

 ―――

 ―――

 ―――

 

 次の日。

 今日は月に一度の定例会議。

 当然、愛奈にとって旦那と会える機会だ。

 会議が終われば、鬼月は必ず喫煙ルームに向かう。彼の趣味は喫煙だから。

 

「お久し振りです、隊長♡」

 

「む……おお、間島。相変わらず元気そうだな」

 

 偶然を装って喫煙ルームに入る愛奈に、鬼月は何の疑いも抱かずに戦友として言葉を返す。それに恐れられている鬼月がいる今ならば、わざわざこの場に入って来る輩もいない。

 こうしてたまに会える戦友に会えるのは鬼月としても嬉しいのだ。彼はそういう人間なのである。

 しなやかな長いコンパスでするするっと鬼月の隣にやってきて座る愛奈に、鬼月は戦友に向ける親しみ深い笑みで迎えた。

 因みに愛奈は部隊にいた頃の癖で未だに鬼月のことを"隊長"と呼び、鬼月ははじめの内はもう立場が違うからと改めさせようとしたが、本人が一向に直そうとしないので二人の時限定ということで諦めている。

 

「隊長は相変わらず凛々しいですね。あ、火をお借りしてもいいでしょうか?」

「マッチでいいか?」

「私もマッチ派なので大丈夫です」

 

 鬼月からマッチ箱を受け取る際、わざと相手の指に触れ合うよう受け取る愛奈。

 そしてこういう時のためだけに吸う煙草の入った専用のケースを胸ポケットから取り出して、彼と同じマッチで点火した。

 

「ありがとうございました」

「マッチの一本くらいで気にするな」

「隊長は相変わらずパイプなんですね。部隊の頃は私と同じように同じ銘柄の煙草だったのに……」

「今はあの頃と状況が違うからな。喫煙は俺にとって唯一の趣味だ。あの頃より時間に余裕があるから、気長に味わえるパイプに切り替えただけの話だ」

「パイプって、そんなにいいんですか?」

「個人的にはそうだな。銘柄にもよるが味もいいし、紙煙草と比べて吸える時間も長い……何より、灰が落ちる心配もないから行儀は悪いが執務中でも作業しながら喫煙出来る」

「なるほど〜」

「それにパイプは肺喫煙じゃなくて、口腔喫煙だからな。吸えなくてイライラするといったことも以前より軽くなった。これでも紙煙草の頃より頻繁に吸わなくなったんだ」

「それなら私もパイプにしようかなぁ?」

 

 愛奈は嬉しかった。久々の夫婦(妄想)の会話……それがこんなにも弾むことが、思わず涙が出る程に。

 鬼月はそんな愛奈の涙に一瞬ギョッしたが、愛奈が「煙が目に……心配ありません」と言うので安堵した。

 

「……まあ、好きにするといい。ただし手入れの手間や紙煙草よりもヤニが歯に付きやすいというデメリットがあるのも忘れるなよ?」

「あ〜、やっぱりそうなっちゃいますよねぇ」

「間島は折角綺麗な白い歯をしているからな。それに俺みたいにヘビースモーカーでもない。なら紙煙草で十分だと思うぞ?」

「なら今のままにしまぁす♡」

 

 そう言いつつ、愛奈が甘えるように頭を軽くコツンと鬼月の肩に乗せる。対する鬼月は小さく微笑んで頷きを返すのだった。

 

 ―――

 

 切りよく一本を吸い終わった間島は断腸の思いで喫煙ルームをあとにする。

 しかしあれ以上一緒にいたら色々と溢れてしまうので、愛奈にとっては致し方ない選択だった。

 

(ふぅ、危なかった……もう少し一緒にいたら下着を替えなきゃいけなくなるところだったわ)

 

(あ〜、それにしてもやっぱり私の旦那様は素敵! どうしてあんなにも素敵なの? どうしてあんなにも絵になるの? 本当に私がちゃんと守ってあげないと、旦那様が危ないわね)

 

 募らせる愛によって少々度が過ぎる妄想が頭に駆け巡る愛奈であるが、顔は外行きモードなのでキリッとしている。

 なのでそんな愛奈をすれ違う者たちは男女問わず、その美しさに視線を奪われていた。

 

 しかし―――

 

 

 

 

 

「仁様、探しましたわ!」

「お、おぉ……沙羅提督」

 

 

 

 

 

 ―――視界の端で信じ難いことが繰り広げられていたことで、愛奈の外行きの仮面はガラガラと音を立てて崩れ落ちる。

 

 

 

 なんだ、あれは?

 

 

 

 なんで、そこにいる?

 

 

 

 そこは、お前の場所ではない

 

 

 

 そこは、自分の場所だ

 

 

 

 お前は、誰なんだ?

 

 

 

 視界の先にいるソレから目を離さず、己が拳を強く強く握り、皮膚が白く染まる。

 幸い爪は伸ばしていないので血は出てないが、伸びていれば確実に手のひらから出血していたと思わせるくらいに、愛奈の握り具合は強かった。

 

 しかし未だ、ソレは自分の旦那(妄想)の隣に卑しくも陣取り、さり気なく二の腕や肩をねっとりとした気色の悪い手つきで撫でている。

 愛奈は思わず吐き気がした。それでもソレを脳裏に焼き付けるように映し続ける―――

 

 

 

 

 

 人のモノに手をつける害虫は排除対象

 

 

 

 

 

 ―――ソレの顔を決して忘れないようにするためだ。

 

「仁様、どうせ談話室に戻ってもすることはいつもの無駄なお喋りですし、私たちは私たちでいつもの所へ参りましょう?」

 

 何を言っているんだ、アレは?

 いつもの所とはどこだ?

 何故ソレはそんなことを言っている?

 

 お願い、断って!

 

「そうか……しかし、無駄とは言い過ぎだ。他の鎮守府の提督との情報交換も大切だ」

 

 そうだ。そもそもお前みたいなヤツといるだけで穢れる。

 

「そうなのですね……ですが、あの人たちったら話す内容が偏ってて、聞いてると滅入ってしまいますの」

 

 猫をどれだけ……何匹被っているんだ、アイツは?

 しかし妻(妄想)である自分の目は誤魔化せない。

 

「それは難儀だな……分かった。だが、それを口実にするのは今回だけだと約束してくれ」

「はい、仁様っ」

 

 ちょ、なんなの、アイツ!?

 優しいのをいいことに私だけが絡める権利のある隊長の腕になんてことを!?

 よし……決めた。

 

 そうと決めた瞬間、愛奈は体を翻して鬼月たちがあとにした談話室へと向かうのだった。

 

 ―――――――――

 

 一方、沙羅は愛しの鬼月と共にいつもの公園へと向かって歩いていた。

 その後ろには二人の秘書艦である高雄たちもいるが、沙羅の高雄はやれやれと嘆き気味でこめかみに手を当て、鬼月の高雄は苦笑いしか出来ないでいる。

 何故なら―――

 

「……何故そんなに身を寄せてくる?」

「お友達ですから! 私、特に仲のいいお友達とはこうして歩くんですの!」

 

 ―――沙羅の猛アピールを目の当たりにしているからだ。

 

 距離が近い……傍から見ればそれは美女と野獣のようでいて、熟年した仲睦まじいカップルに見える。

 現にすれ違う人々や遠目に見える人々はそんなカップルを生温かく見ている。

 

「しかしだな……未婚の女性が異性にこうも身を寄せるのは宜しくないだろう」

「あら、仁様ったら純粋なのですね?」

「……それは、見目麗しき女性がこちらに身を寄せているんだからな。意識しない方がおかしいだろう。俺だって男だからな」

「〜〜〜っ」

 

 恥ずかしいような、照れたような、そんな風に僅かに視線を泳がせて言う鬼月の仕草に沙羅のハートはドックンドックンとときめきの銅鑼を鳴らした。

 鬼月の高雄も主のこの反応には驚いたが、いい傾向なので沙羅に心から軍艦マーチを送りたい気分になった。

 

 しかし沙羅は攻めたいのをぐっと堪えて鬼月の腕から離れた。ここで無理に攻めても、余計に警戒心を高めてしまうと思ったからだ。

 

「ごめんなさい、仁様とこうして歩けるのが嬉しくて、舞い上がってしまいました」

「……いや、こちらこそすまない」

 

 沙羅は良かったと心の中で安堵する。やはりあのまま攻めていれば距離を置かれてしまっていただろうと思えたから。

 友人関係となってもう1か月。おまけにこの前は演習で前に貸したハンカチだけでなく、鬼月からお詫びのお菓子と鬼月には内緒でこっそりと彼の高雄からも手紙まで貰った。

 手紙には『提督のために応援しています』と書かれていたので、沙羅からすれば100万の兵を……それ以上の援軍を得たに等しい。

 現に今もチラリとその高雄へ視線をやれば、正しい判断だと言うように頷きを返してくれている。

 

「……仁様」

「何かな?」

「私、仁様をもっと知りたいです」

「…………そんなに面白い人間ではない」

「それでも知りたいのですっ」

 

 感極まり思いの外大声になってしまった沙羅の顔はほんのりと赤く染まっていて、鬼月はあっけにとられていた。

 しかしすぐに小さく笑い―――

 

「本当に変わったお嬢様だ」

 

 ―――沙羅の左手をそっと握る。

 

「仁様……」

「貴女が思っている程、俺はいい人間ではない」

「自分のところの艦娘にあれだけ好かれているのに、ですか?」

「彼女たちに決して憎く思われていないとは自負はしている。だが、俺は彼女たちを良く泣かす」

「涙を流す理由を聞いたことは?」

「…………怖くて、訊けない。俺はもう人に嫌われるのは嫌なんだ」

 

 そこまで聞いた沙羅はそれ以上を今は聞かないことにした。

 だから―――

 

「では、交換日記をしませんか?」

 

 ―――ゆっくりと事を進めることにする。

 

「交換日記……?」

「はい。どんな些細なことでも構いません。週に数回は演習を組む機会がありますから、その際に交換するように致しましょう」

「……それで君がいいと言うのであれば」

「いいから提案してるんです。では、早速私たちの交換日記のためのノートを買いに行きましょう、仁様!」

 

 沙羅は満面の笑みを浮かべてそう言い、鬼月の手を両手で包み込んだ。

 すると鬼月は小さく頷き、沙羅に手を引かれるがままに付いていくのだった。

 当然、その後ろには二人の高雄が新しい一歩を歩み始めた主たちを微笑ましく見つめ、静かに付いていった―――。




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鬼は鬼を呼ぶ

 

 今日の鎮守府は怖いくらいに静まり返っている。

 いつもは出撃準備や遠征準備等々で艦娘たちの大きな声が響く時間帯であるにも関わらず、外には明石の酒保に向かう者たちや工廠へ装備整備に行く者たちの雑談が聞こえてくる程度。

 

 一体全体この鎮守府に何が起こってしまったのか。

 

 それは―――

 

 

 

 

 

「ヘーイ、テートク! 大人しくワタシの膝枕で寝っ転がるのデース!」

「寝ながら食べやすいように、ゴトがサンドイッチ作って来たから、食べて食べて♪」

「司令官のお腹が冷えないように、イムヤがタオルケット掛けてあげるわっ!」

「しおんは他の皆さんと提督のお洗濯を済ませてきますね」

 

 

 

 

 

 ―――あの鬼月提督がやっと有給休暇を過ごすからである。

 

 彼は特殊部隊にいたこともあって休暇が無くても、睡眠時間さえ取れれば働き続けることに慣れている。

 特殊部隊の頃、自分の有給休暇は家庭がある同僚や先輩後輩の誰かに譲っていたくらいだ。

 しかし今は人に譲るという裏技が出来ない上に、元同僚で現上官の藤堂から直々に『たまには有給休暇を使え』と直々に言われたので渋々その1日を消化中。

 それでもまだまだ有給休暇が残っているため、提督はこれから暫くの間は3日に1日は有給休暇を過ごしてさっさと消化しようと考えている。

 

 鬼月提督が有給休暇を使うのは艦娘たちも大賛成。

 それは自分たちも休めるからではなく、日頃から働き過ぎの提督が休もうとしていることが嬉しいからだ。それに最近は顔色も優れなかったので、本当に彼が有給休暇を使ってくれたことが嬉しい。

 因みに有給休暇中は任務を請け負わないので、艦娘たちは提督が定めたローテーションで鎮守府近海のパトロールと海上訓練を行う。

 

 そして鬼月提督が有給休暇ならば必ず馳せ参じるのが、金剛を頭とする『鬼嫁勢』である。

 鬼嫁勢は文字だけ読むとそのように捉えてしまいがちであるが、実のところは鬼月提督を鬼のように可愛がる嫁カッコガンボウの集まり。

 もっと簡単な言い方をしてしまえば、金剛の下に集いし提督を甘やかし隊である。

 

 今も鬼月提督が住まう本館横にある小さな長官官舎に金剛、ゴトランド、伊168(以降イムヤ)が甘やかしにやって来て、伊400(以降しおん)に至っては他の鬼嫁仲間たちと家事を提督に有無を言わさずに引き受けている。

 栄養管理は良妻勢。補佐は押し掛け勢。そしてその他家事は鬼嫁勢と役割分担がしっかりとしてあるので、正妻戦争みたいなことは勃発しない。勃発しても最愛の人が悲しむだけだと彼女たちは分かっているのだ。

 

「…………毎回思うんだがな。ここまでしてくれなくてもいいんだぞ、お前たち」

「オゥ、では毎回同じことを返しマスガ、テイトクは黙ってワタシたちに甘えてればいいんデスヨ〜」

「有給休暇中なのにデスクに向かおうとしていた司令官が悪いんだからね?」

「有給休暇中って仕事しちゃダメなんだよ?」

「いや、明日からの準備をしようと―――」

『―――それは大和たちが高雄とやるから気にしなくてもいいの』

 

 三人に声を揃えて威圧されると、流石の鬼月提督も押し黙る他ない。それだけ彼女たちの意思は固いのだ。

 提督が観念するかのように金剛の膝枕を受け入れ、ゴトランドからサンドイッチを食べさせてもらった。

 まるでハーレムを構築した王侯貴族のような朝食を過ごしたあと、ゴトランドはイムヤと共に官舎内の掃除に向かった。

 

 残った金剛は鬼月提督が起き上がれないようにそっと肩に手をやり、空いている手では彼の口元をハンカチで優しく拭いてやったあとで頭を何度も何度も撫でている。勿論、仰向けの提督の胸元にはゴンサレスくんが鎮座。

 鬼月提督はいくら言っても止めてくれないので、今では『申し訳無い』と思いながら受け入れることにしていた。何しろ拒否すると泣かれてしまうのだ。彼に残された選択肢なんて受け入れる他に無い。

 

「テイトクが有給休暇を使うのはいつ振りデ〜ス? 大分長いこと使っていなかったようナ〜?」

「…………約半年振りだな」

「ワォ! 大変デス!」

「全くだ。有給休暇の使用期限が無期限になったせいで、俺はこれから有給休暇を何とかして消費する策を模索しないといけない」

「ノンノン、大変の意味がワタシと違いマース。ワタシの大変はテイトクが休んで無さ過ぎという大変なんだヨ!」

「……俺は別に有給休暇を使わなくても―――」

「人間は休まないと死にマス! テイトクが死んだら、ワタシだけじゃなくて、ここの艦娘みんながあと追い自害するヨ!」

「それはよくないぞ!」

「デショー? ならテイトクは少しでも休むことを覚えること。ワタシたちのテイトクに代わりはいないんデス」

 

 金剛の言葉に鬼月提督はハッキリしない頷きを返し、それを誤魔化すようにゴンサレスくんのモフモフなお腹で顔を覆った。

 そんな提督を金剛は聖母のように目を細め、声を出さずに笑って見つめる。

 あの頃から何も変わらぬ愛しい人を―――

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 金剛という艦娘は個人差はあれど、どの金剛も提督を好いている。

 その理由は諸説あるが、ここの金剛に限って言えば、理由は当時の日本海軍が大東亜戦争時に使用した唯一の外国製日本戦艦であり、多くの活躍の場を与えてくれたからだ。

 艦時代の最期の記憶は乗組員たちが金剛の被害状況を楽観視していたこともあり約1300人と多くの犠牲者と共に海に沈んだことであるが、それは艦娘になった今では教訓として心に刻んでいる。

 

 鬼月提督と初めて顔を合わせた瞬間から金剛は彼の纏う高潔な軍人オーラにほの字になった訳だが、それはあくまでも憧れに近い感情が多い。

 実際に本格的に惚れ込んだのには、とある決定的なことがあった。

 

 それは金剛が着任して半年を過ぎた頃のこと―――

 

『ワタシが観艦式の旗艦、デスか?』

 

 ―――出撃して入渠と補給を終えたあとで執務室に呼び出され、いきなり鬼月提督から直々に告げられた金剛は思わず聞き返してしまった。

 

 観艦式……それは自衛隊の頃で言えば自衛隊の精強さをアピールすることと、国際親善や防衛交流を促進すること、また国民に自衛隊に対する理解を深めてもらうことを目的として行う大きな行事であった。

 しかし自衛隊改め、国防軍とし、艦娘と伴に戦うようになった今の観艦式をやる理由の大きな目的は、国民に艦娘がどんな存在であるかを知ってもらうことである。

 昔の観艦式にはかなりの費用を要したが艦娘であればそれはかなり抑えられ、大きな鎮守府であれば半年に一度。小さな規模の鎮守府でも年に一度か二度は行うことが出来るようになったので、より艦娘が国民にとって身近な存在として認識されるのだ。

 また観艦式を催すことで国防軍の公式グッズや大本営監修の艦娘大全集(軍艦図鑑みたいな物)、また艦娘たちお手製のお菓子やそこの艦隊独自の記念メダルが販売されるため、そういった売上も軍にとってはいい資金源になっている。

 

 ただ鬼月提督がいる鎮守府ではこれまで観艦式が出来なかった。

 何しろ観艦式をする程の予算も艦隊の規模も無かったからだ。

 しかし新しく着任した面々が揃ったとなれば観艦式を行うことが出来る。

 鬼月艦隊が発足して記念すべき第一回目の観艦式。その第一回目の旗艦に金剛が選ばれたということだ。

 

 金剛としてはとても嬉しく名誉なことであったが、同時にどうして自分なのかという疑問も湧いた。

 何故なら金剛自身、艦時代の中で観艦式は先導艦を務めたことはあるものの、御召艦経験が無かった。

 今の時代の観艦式において御召艦という役目こそは無いが、それでも旗艦に選ばれた艦娘はその艦隊の代表として隊列の先頭を任される。ならば金剛の妹たちの中にそうした経験者がいるのだから、妹たちに頼んだ方が恙無く終えられるのでは、と金剛は思ったのだ。

 なので金剛は思ったままを鬼月提督に投げる。しかし提督は呆れたようにこんな言葉を返してきた―――

 

『お前程艦隊のことを考え、行動してきた人物を旗艦に据える以外に適任者はいないが?』

 

 ―――その言葉に金剛は胸をいい意味で締め付けられた。

 

 先に着任していた駆逐艦たちより練度は低いが、自分は戦艦である。それも世界にその名を馳せた金剛型の一番艦。長女として、戦艦として、艦隊の仲間たちを思って思ったことは全てぼかすことなく言葉にしてコミュニケーションを取ってきた。

 周りと意見が合わなかったこともあったが、ちゃんと相手の意見も汲んで都度連携を高めてきた。

 金剛が徹底してそうしてきたのは一重に『日本が負けないこと』を強く強く意識していたから。

 

 負けては何の意味も無くなってしまう。

 それを艦娘として生を受けて、戦後の日本の歩みを学んで痛感した。

 だからこそ今度はやれることをとことんやる。

 そう徹底してきたのだ。

 

 それを―――

 

 

 

 

 

 提督が評価してくれた

 

 

 

 

 

 ―――ただの自分だけの思いを提督は理解していた上で、高く評価してくれていた。

 金剛はそれがとても嬉しく、やる気が更に湧いた。

 

『お前が旗艦に相応しいからこうして計画している。お前がいてくれたから、俺の艦隊は更に更に強くなったと実感している。俺たちが守るべき国民のみんなに、地域住民のみんなに、自慢させてくれ……俺の艦娘たちを、金剛という存在を』

 

 もうダメだった。

 その言葉に金剛は目から溢れる涙を押し留めておくことが出来なかった。

 卑怯だ。そんなことを言われて、喜ばない艦娘はいない。

 だから金剛は泣きながら、何度も何度も鬼月提督に向かって頷いた。

 

 ワタシを自慢して

 ワタシは貴方の艦娘

 これからも

 貴方の自慢のワタシでいられるように

 その愛の錨で繋いでいて

 

 ―――――――――

 

 観艦式の当日。

 鬼月艦隊発足後初となる観艦式は小規模なので事前告知をしたのみであったが、近隣住民だけでなくミリタリーファンたちが全国各地から訪れて、急遽近くの駐屯地に応援を頼む程だった。

 艦隊発足後はどこの鎮守府でも半年以内に観艦式を行っているのに対して鬼月艦隊の場合は違ったので、そんな艦隊の観艦式を観たいと多くの人々が押し寄せたのだ。

 陸軍が快く鬼月提督の要請を受け入れ、しかも打ち合わせも何もしていないのに陸軍の戦車隊と歩兵隊が鎮守府の正門から中庭まで一糸乱れぬ行進を披露し、そのまま戦車展示まで行われたことで来場者たちは大きな歓声をあげた。

 これも鬼月提督の強力なコネクションによるものだが、当の本人は至って謙虚に陸軍の代表者へ礼を示していた。

 

 そして始まった観艦式では金剛を先頭に随伴艦として妹の比叡・榛名・霧島が埠頭の海を優雅に滑り、人々は盛大な拍手と歓声をあげる。

 

『こんなに多くの方々に受け入れられて嬉しいデス♪』

 

 金剛が人々に手を振りながら思わずそう零すと、比叡たちは揃って笑みを浮かべた。

 自分たちの自慢の姉がこんなにも大歓声を受けていることが、とても嬉しかったのだ。

 

 しかし次の瞬間、金剛は零れんばかりに目を見開いた。

 何しろ埠頭脇を陣取っていた妖精音楽隊が―――

 

 

 

 

 

 軍艦行進曲

 

 

 

 

 

 ―――を高らかに演奏し始めたからだ。

 

 これは鬼月提督が金剛たちに内緒で用意したサプライズ。

 桟橋に待機していた川内型と妙高型、鳳翔、赤城が金剛たちの列に加わり、大行列を組んで行進曲に合われて行進する。

 埠頭に集まる来場者たちの中には曲に合わせて歌う者も現れ、それは大合唱へと変わった。

 

 しかしこれで終わる程、鬼は甘くない。

 更なる追い打ちとして曲の間奏中に金剛へ礼砲として11発の空砲を電たち駆逐隊に指示して打ち上げさせたのだ。

 11発は准将や代将司令官に対して行われている数だが、鬼月提督にとって金剛はそれくらい艦隊に貢献してくれていると言う意味で行った。

 

 曲が終わると同時に今度は加賀と龍驤の航空隊らによって快晴の青空に白・黒・赤・茶のスモークで直線を引く。

 白黒赤は金剛の制服に使われているカラーであるが、茶は彼女の髪の色を表していた。

 

 金剛を先頭に桟橋に上がった艦娘たち。

 それを待ち構えていた鬼月提督は敬礼したまま微動だにせず、ただただ自分の艦娘たちを温かく見守っていた。

 

 全員が桟橋に上がるのを待つ間、金剛は彼を睨んだ。

 こんなの聞いてない、と。

 しかし鬼月提督は澄ました顔のままで悪びれる素振りもない上に、悪戯っぽく隻眼でウィンクをして見せてきた。

 金剛はその愛の三式弾の餌食になったのだ。提督本人はお茶目にやり過ごしたつもりだっただろうが、向けた相手が悪かった。元々好感度が上限一杯だったのに、その上限を突破させてしまったのだから。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 それから金剛はことある毎に鬼月提督を甘やかそうと行動するようになった。

 はじめは比叡が一番『司令はいい方ですが、お姉さまがそこまですることないですよ!』と止めに入っていたのだが、比叡本人も日頃提督と接していく中で態度が軟化して今では『金剛お姉さまの次は私ですからね、司令!?』とケッコンカッコカリを求めてくる始末。

 全ては鬼による所業のせいとしか言いようがないが、金剛を含めた多くの提督甘やかし勢を周りは『鬼嫁勢』と呼ぶようになった。

 類は友を呼ぶとは言うが、まさか鬼が鬼甘やかしてくる嫁を呼ぶとは誰も思わなかっただろう。

 しかし現に鬼月提督は金剛の膝枕によって鬼甘やかされている最中だ。

 

「……脚が痺れたりしてないか?」

「まだ始まって数十分デス。そもそも艦娘であるワタシはそんなに軟じゃないデスヨー。太ももは柔らかいデスガ!」

「しかしだな……こういうのは慣れないんだ。せめていつも通りに過ごさせて欲しい」

「いつも通りとは?」

「…………戦術思案をしたり―――」

「ノォォォォォ! オコトワリデースッ!」

 

 頭上で言葉だけでなく、両腕をクロスさせてバツマークを大袈裟に見せてくる金剛に提督は思わずため息を吐いた。

 気遣いの心は嬉しいが、有給休暇の度にこうなるかと思うと困るからだ。

 

「分かった。なら仕事関連のことは一切しないと誓う。だから膝枕の刑を解いてくれ」

「刑じゃないデス! テイトクを甘やかしてるんデス!」

「それがむず痒いんだ。俺はもういい大人なんだから」

「大人でもこういうことを望んでいる人は大勢イマス!」

「俺はその大勢の中に入ってない」

 

 ああ言えばこう言う金剛に提督はどうしたらいいものかと思案する。

 すると丁度良く壁掛け時計が一一〇〇を告げる鐘を鳴らしたので、提督はティンと閃いた。

 

「金剛、お前リンゴ好きだよな?」

「? 大好きデスけど?」

「実はリンゴが沢山余っていると、昨晩に間宮から報告があったんだ」

「?????」

 

 それが何か?と言うように提督へ視線をやる金剛。

 鬼はそこでにやりと笑った。

 その理由は―――

 

「今、それで閃いたんだが、焼きリンゴを作ろうと思うんだ。これから一緒に作らないか?」

 

 ―――膝枕から逃げる術を見つけたからだ。

 

 何を隠そう、金剛は鬼月印の焼きリンゴが大好物。

 よって―――

 

「グッドアイディア! テイトクと共同作業デス!」

 

 ―――金剛は爛々に目を輝かせて快諾する。

 提督は金剛は焼きリンゴが大好物だからこれだけ興奮していると思っているが、金剛は提督と一緒に厨房に立てることが嬉しいので興奮しているのだ。

 

 鬼月印の焼きリンゴは少し変わっている。

 一個のリンゴを八等分にして、種を取ったら半分は皮を剥いて、もう半分は皮を残す。

 それを一口大の大きさに切ったあとで弱火にかけた鍋に入れて、バターではなく少し多めのオリーブオイルで煮詰めるようにして炒める。

 リンゴの色が変わってきたらそこにシナモンパウダーを好みで入れ、シナモンの香りを染み込ませるように煮詰めていく。

 リンゴが飴色になったところで火を止め、今度は春巻きの皮を用意してそこに先程焼いたリンゴを皮で包むように巻いて、皮がパリパリになるようにフライパンで焼く。

 それを皿に盛り付け、マスカルポーネチーズを乗せて食べる。

 春巻きの皮が無くてもそのまま食べても美味しいし、トーストに乗せても相性がいい。

 

 これが鬼月印の焼きリンゴ。砂糖を使わず、爽やかなリンゴのみの甘さとシナモンの香り、そこにマスカルポーネチーズの濃厚な旨味が重なって多くの艦娘たちを虜にしているのだ。

 人数分に行き渡った上で余りが生じれば、それはジャンケン戦争へと発展する。運が悪いからとジャンケンが嫌いな一部の艦娘たちも毎回参戦する大戦争へと発展するが、実に平和的である。

 

「では行こうか。今から行って作れば昼に間に合うだろう」

「了解ネー!」

 

 そう返事をすると金剛は提督を横抱きして食堂へと走った。

 提督は「興奮し過ぎだろ!?」と金剛を注意したが、鬼嫁勢の長にその声が届かなかったのは言うまでもない―――。




読んで頂き本当にありがとうございました!


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ひとつの望み

憎めないアイツが再登場!


 

「どうして証拠が無いんだっ!!!!」

 

 真夜中の総合部執務室。

 そこで総合部部長の藤堂はただ一人、怒号のような声をあげてデスクに拳を叩き込む。

 

 その理由はと言うと―――

 

「どうして仁の悪評が加速しているんだ! 誰が何のために仁を貶めている!?」

 

 ―――戦友で兄弟の仁へ対する悪評がここのところ急加速しているからだ。

 

 聞こえてくる悪評は前の比ではなく、現在の悪評は鬼月提督がとある女性提督の弱みを握って好き放題している、とのことらしい。

 そんなこと、兄弟に限ってあるはずがない。どんな時でも女性へ最大限の尊敬を表している仁がそんなことをしているだなんて。

 

 藤堂自ら噂の出処を探ってはみたものの、根本的な部分に辿り着けない。

 そもそも噂話というものは最初はそこまで酷くなくても、人伝に巡れば巡る程に何重にも尾ひれが付く。人の口に戸は立てられないのだ。

 加えて仁へ対する総合部員たちの評価は元から酷いものだったので、今回のことで火に油を注ぐような事態になってしまっている。

 

 中には『証拠を集めて軍法会議に掛けましょう!』と言い出す者たちまで現れているが、そうするにしても証拠が無いので糾弾派はそのカードを切れない。そもそも根拠も証拠も無い、と査察官たちが強く表明しているのだ。なので表立って大事にはなっていない。

 しかし表立っていないだけで総合部員の多くは鬼月提督へ懐疑的……いや、既にもう罪人扱いしている。

 現に提督本人へ直接問い詰める者まで現れてしまっており、対して問い詰められる意味が分からない仁は『俺はやってない』の一辺倒。本当にやっていないのだから仁は毅然と否定しているのだが、そうした彼の態度が罪を認めようとしていないと取られて余計に溝が広がるという悪循環だ。

 そんな中、藤堂を含めた少数派の擁護派は何とかして噂の出処を探っているのだが、何も見つからない状態。

 

「……僕は兄弟の無実を証明してやることさえ出来ないのか……」

 

 上がってきた此度の件に関する調査結果を握り締め、手詰まりに力無く肩を落とす藤堂。

 人が外面だけでないのは藤堂も知っている。しかし仁は外面もその中も仁でしかない。噂にあるような非道な人間性が無いのは藤堂自身が良く知っている。

 それを周りに言っても、周りは信じてはくれない。

 それだけ自分に人望が無いのかと思ってしまいそうになるが、藤堂にとって問題はそこではないのだ。信じてしまう程、噂の根源がそれなりの人物だということである。

 

「…………何も出来ないのか、僕は……仁のために何も……」

 

 この無力さに思わず自分が情けなく思い、藤堂はつい自分で自分を嘲笑った。

 正直なところ、流石の仁も謂れのない非難の声に困惑と悲しみで心を蝕まれている様子が見て取れるようになってきた。

 何より藤堂のところに直接、鬼月提督の下にいる大淀が『提督が辛そうで見ていられない』と電話で艦娘たちの総意を告げてきている。

 藤堂はそんな彼女たちの悲痛な叫びと親友の苦しみを取り除くことが出来ずに、有給休暇使用命令を出すのみに留まってしまっていることに、歯痒いなんて生温い思いをしているのだ。

 

 そこへノックも無しに執務室の扉が静かに開く音がした。

 藤堂が扉の方へ視線をやると―――

 

「勤務時間外だからノック無しで失礼するよ。藤堂部長」

 

 ―――査察官で擁護派の近藤陸羽が入ってくる。

 

 全査察官をまとめているのは言うまでもなくこの近藤であり、査察官たちはみんな仁の擁護派だ。

 それもこれも査察で彼の鎮守府を訪れて、彼の人間性に皆が『鬼は鬼でも優しい鬼だ』と分かり、査察官たちの中では鬼月提督の評価は高くなるばかり。

 

「これは近藤さん。お疲れ様です。何か見つかりましたか?」

「……すまないね。そういういい報せを持ってきた訳じゃないんだ」

「…………そうですか」

 

 近藤は軍の中でも大ベテラン。そんな彼と彼がまとめ上げる査察官たちが調べても、何も見つけられない。

 見るからに落胆する藤堂を見て、近藤は申し訳なさそうにしながらも「あることを提案しにきたんだ」と言った。

 藤堂はその言葉に首を傾げる。

 すると近藤は『戸締まりをして、黙って付いて来なさい』とジェスチャーで伝えて、藤堂を総合部の敷地外へと連れ出した。

 

 ―――――――――

 

 近藤に付いて行き、辿り着いたのは住宅地でも総合部に近い位置にあるの小さな小さな民家。

 中に入るよう促され、藤堂は中に入る。

 一応、近藤が裏切って自分を排除しようとしている可能性も考慮し、藤堂は念のためいつも左足首に仕込んであるハンドガンをいつでも引き抜けるようにしておいた。

 

 しかし通された部屋には二人の男が、しかも良く知っている顔の男たちが部屋に不釣り合いな一人掛けソファーにそれぞれ腰掛けていたので、藤堂は驚きのあまり思わず姿勢を正して敬礼してしまう。

 待っていた男たちは―――

 

「君が仁の親友、藤堂君か」

「いつも弟が世話になっているね」

 

 ―――仁の父親とその兄。現国防省の深海棲艦対抗本部参謀総長である鬼月義仁(おにづき よしひと)と現国防省副大臣の鬼月義(おにづき ただし)であった。歳は義仁が62で義が39。

 

 藤堂が恐縮する中、近藤は義仁に「連れて来ましたよ」と気さくに言う。

 その光景を藤堂が不思議に思っていると、近藤が「実は参謀総長殿は私の先輩なんだ」とさらっと告げてきたので藤堂は余計に驚いた。

 

「私とそこの鉄兜は若い頃に同じ部隊所属でね。濃密な時間を共にした仲間だ。それで今回のことで相談をされ、職権濫用になるスレスレのところで手助けをしようかとこうしてやってきたんだ」

 

 義仁自らが説明すると、藤堂はやっとの思いで頷きを返す。

 

「あなたは弟のために凄く尽力してくれていると聞きました。なので直接自分たちが動くことは出来ませんが、手助けは出来ると思って」

 

 続いて義が気さくに言えば、藤堂は更に姿勢を正した。

 

 仁本人から写真や話で家族のことは良く知っている。いつか会えたらと思ってはいたが、いざ目の前にしてみるとその圧倒的なオーラに萎縮してしまった。

 しかしそんな藤堂を気にすることもなく、近藤が「それで何かいい手段があるんですか?」と義仁に訊ねた。

 

「ああ、一つだけある。とは言っても、本当にあちらがやってくれるかはこちらの誠意次第だろう」

「お願いします。もうこちらとしては手段が無いに等しいんです」

 

 近藤がまるで自分のことのように懇願する。それを見て藤堂も我に返り、近藤に倣うようにして頭を下げた。

 

「お願いも何も、自分たちも仁のために何かしたくてこうして参じた次第です。もし当てが外れたとしても、必ず何かしら仁のためになることを約束しますよ」

 

 義の言葉に近藤も藤堂も思わず安堵のため息を漏らす。

 この人たちが直接動くことはなくても、出来る限りこちらに協力してくれるとあれば心強い。それに参謀総長殿ともなれば色んなところにパイプがあるはずで、それはこれまでの調査力よりも強力な物と言える。

 

「今夜は君たちにそのことでこうして来てもらった。我々はこれから家に戻り次第、すぐに先方に電話で交渉のテーブルについてもらえるか尋ねる。もしそこで先方が乗ってくれなかった場合は秘密裏に我が家でその手のプロたちと連絡を取り、彼らに動いてもらうようにする」

「それだと大本営の方に発覚した時、先輩へ責任問題が……」

「責任なんてこの役職に就いた時点で重々承知している。なぁに、表に出てど派手にドンパチする訳じゃないんだ。昔やっていたように裏で見つからないように、気が付いた時には全てが終わっていた状態にしておけばいいだけのことだろう。これまでの話を聞く限り相手は深海棲艦との戦争の混乱に乗じたテロリストでないのは明らかだ。ならば今回の件は鉄兜のとこだけの内輪もめで、私の息子を標的としたもの……私の身内に手を出した浅はかさを相手には知らしめるべきだろう?」

「……先輩って本当に変わりませんね。敵になると怖い怖い」

「味方には優しいはずだ。あれはお前が女々しかったからだ」

「忘れてください。そもそもあの頃は勝負が既についていて、自分が未練たらたらでいただけですから」

「お前も相変わらずだな。まあとにかくだ、あとはこちらでも出来ることをしていく。そちらはこれまでと変わらず動いてほしい。変に動きを変えると敵が警戒するからな」

 

 義仁は藤堂たちにそう言うと、義と共に民家をあとにした。

 二人が去ったあとで、藤堂はやっと力が抜けて畳の上に膝を突く。

 それを見て近藤はくつくつと笑い、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して藤堂へ手渡した。

 

「あ、ありがとうございます」

「君には伝えておくけど、この民家は私が個人的に買った家でね。ほら、仕事が立て込んでる時とか妻に閉め出された時なんかはここで寝泊まりしてるんだよ。だからここに先輩たちを連れてきて、君を呼んだって訳さ」

「本当に寿命が縮みましたよ……」

 

 水を飲み、落ち着いた藤堂は長く息を吐く。

 近藤は近藤で「大袈裟な」と笑った。

 

 ―――

 

 その後、近藤たちは部屋を移し、居間でちゃぶ台を囲んで今後のことについて話をする。

 

「これは私の長年の勘なんだけどね。恐らく悪評を流している人物はあの総合部内にいると思うんだ」

「それは僕も同感ですね」

 

 実際、二人は仁の悪評がどこまで流れているのか調べ、それは泊地外には及んでいないことまでは分かった。

 現に泊地外にいる同僚や知人たちに鬼月提督のことを尋ねてみると、みんな口を揃えて『素晴らしい提督だ』と返してきた。寧ろ泊地外にその名が知れ渡る名将とされているのに、泊地内での評価だけが最低になっているとなれば内部にいるのが濃厚である。

 

「だから私は思うんだ。この件について中立的な立場に徹している連中の中にいそうだと」

「その根拠は?」

「糾弾側と擁護側、どちらの人間とも接せれるし、どちらも味方を増やそうとしてるから、その手の話を振れば勝手に色々と話すだろう? 糾弾側は噂で操られていて、みんな性根がいいものだから鬼月君を正したいと理由を言う。一方で擁護側としてはこれまでの調査結果を踏まえて擁護する理由を述べる……すると自然と両陣営のことが分かるんだよ」

「なるほど……確かに仰ることは分かります」

「私もそうだが、誰かの前でぼやいたり愚痴を零したりしたことあるだろう? また盗聴器がどこかにあって会話は逐一知られているとか」

「ええ、そうですね」

 

 藤堂はそう答えつつ、次からは徹底しようと決めた。

 しかし―――

 

「でも私たちはこれまで通りでいいんだ。じゃないと敵にこちらの目論見がバレるからね」

 

 ―――近藤の言葉で一気に熱が冷めていく。

 結局のところ、今の自分に何も出来ることが無いからだ。

 

「やるせない気持ちは私にも良く分かる。でも先輩はこうすると決めたら必ずそうする人だから、今は堪えよう」

「……分かりました。何せ、近藤さんですら恐れる人ですもんね」

 

 冗談で藤堂がそう言えば、近藤は飲んでいた水を噴き出しそうになるのを何とか堪えた。

 

「忘れてくれよ」

「いやぁ、無理ですよ。総合部じゃ大先輩の近藤さんが、あんなにヘコヘコしてるのは」

「……先輩とは恋敵って程じゃないけど、ちょっとあってね」

「仁のお母さんを近藤さんと参謀総長殿が取り合ったんですか?」

「抉るねぇ……まあ有り体に言えばそうなんだけど、実は私は既に振られてて、でも諦めきれなくてしつこく口説いてたんだよ」

「そうしたら参謀総長殿に叩き潰されたんですか?」

「君優しい顔して深く抉るねぇ……そうだよ。でもさ、私だって既にあの二人が婚約していたなんて知らなかったんだ」

「振られた時に『私にはもう婚約者がいるから』とか言われたんじゃないんですか?」

「…………現実逃避してたんだにょ」

 

 大ベテランが急にこんにゃくみたいにスローモーションでちゃぶ台へ突っ伏すと、藤堂は流石に笑えなかった。

 近藤はとても気のいい人間だ。故に総合部の査察官たちから慕われ、藤堂自身も近藤という先輩を父みたいに頼りにしている。

 なのに近藤は性格が真っ直ぐ過ぎて、たまに曲解やアクロバット思考をしがちなのだ。若き日の頃ならばその頻度も高いだろう。

 

「でも良かったよ。先輩とサバイバルナイフのみの近接決闘して秒殺されて、地べたで薄れ行く意識の中で当時の想い人から『あんたみたいなねちっこい男、大嫌いよ!』って言葉の死体蹴り食らわされて、そこで私の初恋は終わり、馴染みのクラブで身慰みするようになって、今の妻と出会ったんだ」

「そうなんですね……」

(ほぼ同情でお付き合いがスタートしたみたいな感じかな?)

「妻の方からのプロポーズでね。何でも『私がいないとこの人死んじゃう』と思ったらしい。本当に女神だよね。私は運が良かった。あの時先輩たちにボロ雑巾のようにされなかったら、今の妻と家庭を持ててなかったのだから」

「そ、そうですね……」

(確かに女神的なんだろうけど、そんなに嬉しそうに言われても反応に困るんだが……)

 

 それから藤堂は小一時間程、近藤から妻の自慢話を聞くはめになった。

 結局のところ自分は仁に対して今は何もしてやることは出来ないが、これからも変わらず彼を支えようと決意を新たにすることが出来た。

 

 ―――――――――

 

 藤堂が決意を新たにしていた頃。

 仁の父と兄は自宅にある義仁の書斎で、とある人物とテレビ通話を介して会談していた。

 会談と言っても向こう側……義仁と義が頼んでいる相手はただ黙って二人が協力を望む理由を聞いている。

 

 二人は必死だ。

 退役している身とは言え、今でも国のために国防省の参謀総長として深海棲艦からの魔の手を何とか退けようとしている義仁も―――

 そんな父の背中を見て、軍人にはならなかったがこれまで培ってきたノウハウで若くして副大臣を務める義も―――

 

「お願いします。息子を……息子を苦しめる主犯をどうか!」

「弟をどうか助けてくださいっ!」

 

 ―――ただ息子を思う父親と弟を思う兄として土下座する勢いで電話の向こうの人物へ頭を下げる。

 すると相手は何も言わずにそのままテレビ電話の通話を切ってしまった。

 個人的過ぎる願いには応えられない……つまりはそういうことかと二人は天井を見つめる。

 仕方がない。端から駄目元で臨んだことだ。それに他にも探せば手があるはず。こんなことで諦める程、この男たちは優等生ではないのだ。

 

「仕方ない。お母さんと桜を呼んでくれ。二人のコネクションも必要だ」

「外国からは流石に手出しは出来ないよ、父さん」

「内政干渉だからな。でもそうじゃない。お母さんたちの友達に天才ハッカーかコンピューターの天才がいないか当たってみようかと思ってな。こちらが目を瞑り、表沙汰にしなければ局地的なハッキングくらい外交問題にはならんだろう」

「まあ、それくらいなら……」

 

 かなりの大問題発言ではあるが、それだけ二人は焦っている。因みに仁の母、八重は義仁と同い年で外務の大臣政務官。そして姉の桜は37歳にして外務省の大臣秘書官だ。

 

 義仁や義がどうしてここまで急いでいるのかと言えば、それは仁のことが大切なのもあるが、この二人が何としてでも守りたい仁は家族一繊細な人物であるからだ。

 

 父と母は政界にも軍にも頼られるその手の界隈では超が付く有名人。

 兄と姉はそんな両親に倣って育った超エリート。

 その中で一番周囲から目の敵にされた弱い存在、末の弟……それが仁なのだ。

 

 仁自身、大抵のことは周りから抜きん出ていた人間だった。そして当の本人はいつも謙虚で控えめなのであった。

 しかしそれがいけなかった。

 

 どうせ優秀な家族に教わっている

 どうせ優秀な家庭教師を雇ってる

 どうせ優秀なコーチが付いている

 どうせ……

 

 このように本人が控えめな性格であったことが災いして、多々ある鬼月家への嫉妬を不本意ながら集めてしまっていたのだ。

 君なら出来て当然だよね、僕らとは違うもんね、と常に同世代たちから圧力とも取れる煽りを受け、出来なかったら祭りのように騒ぎ立て、出来たら出来たでつまらないと言わんばかりにこれまで通り距離を置かれる。

 そしてそんな同世代の親世代連中は常に自分の子どもと彼を比べて、出来がいい彼を褒める……なので当然ヘイトが彼に集まっていくのだ。

 だから他人の目や思考に敏感になり、しかし家族の恥にならないように、と仁はこれまで生きてきた。

 

 そんな彼がまた狙われている。

 家族で一番優しくて、一番危険な仕事に就いて、一番国と家族のためを思って生きている仁が。

 軍人になって彼が本当に心を許せる友人たちを得、そんな友人たちが彼を守ろうとしているのは知っている。

 だが家族だって彼を守りたい。寧ろ家族だからこそ守らねばならない。彼がいつも家族を守ってきてくれたのに、ここで動かないのは家族じゃない。息子に、弟に顔向け出来ないのだ。

 

 だから二人は何とかして知恵を出そうとしていた。

 

「父さん、ケータイが鳴ってるけど」

「こんな時に……誰だ、メールなんて―――っ」

「父さん?」

 

 義仁が息を呑んだことを不思議に思った義が問い掛けると、今度は義仁が豪快に笑い出したので義は驚いて肩を震わせる。

 何故笑い出したのかと言うと―――

 

「動き出しよったわ、()()()()()が!」

 

 ―――二人の切り札からのメールだったからだ。

 

 義もそれを聞いて思わずにんまり笑顔が出てしまう。

 でも仕方がない。

 これで必ず弟が救われるのだから―――。




読んで頂き本当にありがとうございました!

お知らせ
近藤さんの経歴を少し変えました。
なので『鬼は査察官も泣かす』の内容を一部変更しました。
近藤さんは長年提督をしていた感じにしてたのですが、それだとおかしくなることに気が付いたので、提督をしていた期間を数年間にしました。
総合部に移れたのは艦隊指揮経験だけでなく、軍人として任務に就いていた期間も含まれるので移れる条件は提督をしてなくても満たしていた、ということで。

よろしくお願いします。


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鬼の気まぐれ

 

 鎮守府の朝は早い。

 しかし鬼月提督が本日も有り余る有給休暇を消化するため、鎮守府の朝はとても穏やかである。

 

 だというのに今日は少々賑やかな声が鎮守府中に響いていた。

 何故なら提督が時間を有効活用したい、と思い日頃泣かせてしまうことが多い艦娘たちへのお詫びとして彼女たちの髪を整えてあげよう、と考えて前の日に希望者は長官官舎へ来るように知らせておいたからだ。

 

 提督は己を過小評価している。

 よって来る者は少ないだろうと思っていた。

 しかし―――

 

「まさか全員来るとは思わなんだ……」

 

 ―――結果は全艦娘が早朝から官舎前に並んでいた。

 一番最初に並んでいたのはまさかの艦隊屈指のダウナー娘こと初雪であり、夜更かしゲームも我慢して早寝した結果だったという。因みに二番は寝ずにやってきた若葉で、三番は運良く早く目が覚めた雪風だった。

 その光景はまるで何かの祭りのようで青葉と衣笠は明日の新聞の一面に載せるために初雪たちへインタビューしたり、その光景を写真撮影したりしていて、明石はワゴンに乗せた飲み物を並んでる者たちに配り、間宮と伊良湖は朝食としておにぎりやサンドイッチを配り歩いていた程。当然彼女たちもやることを終えると提督に髪を整えてもらった。

 

 よって提督は朝六時から四時間掛けて艦娘たちの髪を丁寧に櫛で梳いたり、結ったり、編んだりと普段とは違う忙しい朝を過ごし、彼女たちの世話を焼くことになったのだ。

 今は最後の高雄型姉妹の番で、鳥海の髪を櫛で丁寧に梳いているところ。

 

「司令官さんは自覚が足りないんですよ。私たちは司令官さんのことこんなに大好きなのに〜」

 

 先の提督の吐露した本音に鳥海が口を尖らせて告げるが、提督は提督で「しかし本当に全員来るとは想像してなかったぞ」と苦笑い。

 しかし仕方ない。ここにいる艦娘はみんな提督LOVEなのだから。そんな想いを寄せる相手が髪を整えてくれるというのなら、何を差し置いてでも馳せ参じるのが戦に身を投じる乙女である。

 

「大体よ〜、お前いっつもネガティブに捉え過ぎなんだよ。そういうのウザいって、マジで」

 

 摩耶の歯に衣着せぬ物言いに提督は「うぐっ」と怯んだ。

 透かさず愛宕が「こ〜ら、摩耶ちゃん」と嗜めたが、それは言葉遣いであって摩耶の言ったことには何も言わなかった。

 

「……どうしてお前たちはそんなにも俺のことを、その……慕ってくれるんだ? 日頃からあれだけ泣かしているというのに……」

「確かに私たちは全員、提督に一度は必ず泣かされてるわね〜」

「でもその殆どは嬉し涙です。司令官さんから頂く安心感や真心による涙ですよ」

 

 愛宕、鳥海と言葉を返すと、提督は「そうなのか」とつぶやくように言う。

 

「つか、美容師でもないどうでもいい男にアタシらが髪触らせる訳ねぇだろ。みんな提督のことが好きで、そんな提督がわざわざアタシらのこと考えてしてくれるって言うからみんな早朝から並んだんだぜ?」

「摩耶の言う通りです。現に皆さん、提督に髪を整えてもらえたら喜んでいたでしょう?」

「…………確かにそうだ」

 

 摩耶と高雄に言われ、思い返し、納得する提督。

 更に今目の前では証拠とばかりに椅子へ座らせて髪を梳かれている鳥海が艦娘たちの中でも大人びている方なのに、嬉しそうに鼻歌を歌いながらお行儀は良くないが両足をピコピコと揺らしている。

 なので提督はホッと安堵の息を吐くのだった。当然、その様子を見て高雄も愛宕も摩耶も肩を竦ませるが、今に始まったことでもないので何も言わなかった。

 

 ―――

 

 鳥海の番が終わると今度は摩耶が「次はアタシな♪」と椅子に座る。

 摩耶は男勝りな艦娘であるが、性根のとこはやはり女の子。何故なら髪の手入れが鳥海よりも行き届いているのが一目瞭然だったからだ。

 

「摩耶は髪の手入れは良くするのか?」

 

 櫛を入れるとすんなり通る髪を見て提督が訊ねると、摩耶はどこか勝ち誇ったように笑い声を漏らす。

 

「へへっ、まあな♪ 短いから手入れしやすいってのもあるけどさ、やっぱちゃんと提督って分かってくれるじゃんか。だから毎回欠かさずやってんだぜ?」

「お前は口調や仕草が少々乱暴なだけで、ちゃんとした乙女だからな。良く恋愛小説読んで泣いているのを見れば、分かってくる」

「うるせー。感動したら泣くだろ、フツー」

「だから乙女なんだなってつくづく思うんだよ」

「へへ、そっか」

 

 自分が姉たちや妹のように女らしくないのは摩耶も理解している。しかし提督がちゃんとそんな自分にも紳士的に接してくれるから、摩耶は性格や口調は直せなくても身嗜みくらいはしっかりしようと自ずと注意するようになった。これでも着任当初はミニスカートなのに胡座を掻いたり、椅子に座って脚を閉じなかったりしていたが、その都度提督からやんわりと注意されてきたことで、今ではそんなこともしなくなっている。

 

「なあなあ、リクエストしてもいいか?」

「どうした?」

「手櫛でやってくんね? アタシ直毛だから手櫛の方が早く済むんだ」

「手入れなのだから櫛の方がいいだろう?」

「ったく、1から10まで言わねぇと通じねぇのな、お前って。提督に手櫛されたいって言ってんだよ。好きな人に自慢の髪をもっと触って欲しいから」

「……おい」

「んだよ。別にやましいことじゃねぇじゃん。今すぐ抱いてくれっていうリクエストと髪をめちゃくちゃに愛してくれっていうリクエストならどっちがハードル低いよ?」

「言い方っ」

「逃げんな」

「……手櫛をさせてもらうぞ」

「ちぇ、抱いてくんねぇのかよ」

 

 ブーブーと文句を言う摩耶だが、提督は聞こえない振りをして摩耶の髪にそっと指を入れた。

 

「あっ」

「すまん、痛かったか?」

「い、いや別に……ゾクッてした、だけ」

「? 風邪か?」

「……お前ってホントそうだよなぁ。まあ前からだけどさ」

「?????」

 

 困惑する提督だが、摩耶も高雄たちも可笑しそうに笑う。

 実は摩耶は髪の毛が感じやすい。厳密には髪の毛に神経は無いので毛根の下にある神経が刺激されているのだが、摩耶はそこが敏感なのだ。

 なので大好きな提督に手櫛されることでつい声を漏らしてしまった。なのに提督はそんなことも露知らず、相変わらずの鬼節をかます。これはもう高雄たちからすれば笑うしかないのだ。あまりにも愛おしくて。

 

 ―――

 

 提督から丁寧に手櫛で解された摩耶は夢見心地でソファーへ移ると、へにゃへにゃと腰を下ろして天井を見上げる。

 ぽやぁとしながら「最高だったぜ……」とつぶやく程に。

 提督はそんな摩耶に首を傾げたが、愛宕が「お願いするわね♪」と椅子に座ったので気を取り直した。

 

「私ちょっと癖っ毛なのよねぇ。だからゆっくり、愛情深くしてね?」

「言い方が気になるが、善処する」

「痛くしちゃイヤよ?」

「善処する」

「でも初めては痛いのよね?」

「何の話だ」

「何の話だと思う〜?」

 

 クスクスと笑いながら愛宕が訊ねると、提督は「知らん」と返しながら癖っ毛の艦娘のために今回用意した椿油を使って髪を引っ掛けないように慎重に通していく。

 

「あら、良い香り。これ提督も使ってるの?」

「式典とかに出席する場合は身嗜みとして使ってはいるが、普段からは使わんな。グリースは普段から愛用している」

「提督はオールバックだものね〜。今は普通に前髪流してるけど、普段とのギャップがあっていいわ♪」

「そうか?」

「ええ♪」

 

 愛宕が満面の笑みで返せば、高雄にも鳥海にも『今の髪型も素敵ですよ』と言われ提督は照れ隠しに咳払いした。

 しかし、そんな仕草も高雄たちからすれば可愛らしいことこの上ない。

 よって余計に笑みを深められてしまった。

 

「まあ、俺なんかのことはどうでもいい。この椿油が気に入ったなら明石に入荷するよう頼んでおくぞ」

「ならお願いするわ〜♪」

 

 愛宕が嬉しそうに頷いて返す。それに提督も頷いて、愛宕の愛のあるからかいを受け流しながら彼女の髪を整えるのだった。

 

 ―――

 

「すまんな、遅くなって」

「いえ、最後の方があとも支えてませんからゆっくりお相手してくれるじゃないですか。打算によるものなのでお気遣いなく」

「相変わらずハッキリと言うな」

 

 最後に高雄の番になったが、提督と高雄は普段と変わらぬやり取りを始める。

 高雄は着任した当初から提督に物怖じせず接してきた、提督として嬉しい存在。

 秘書艦に任命して共に過ごす時間が特に長くなった二人の様子は、愛宕たちから見れば熟年夫婦の様だ。

 

「全員ともなると時間が掛かるが、皆が嬉しそうにしてくれるのは俺も気分がいい」

「それは良かったです。でも、有給休暇の度にしないようにしてくださいね?」

「何故だ?」

 

 まさに次の有給休暇でもやろうと考えていた提督が釘を刺してきた高雄に問う。

 

「有給休暇の意味が無くなるからですよ。毎回毎回何時間もだなんて。私たちは嬉しい反面、提督がちゃんと休まれてないことを気にし、して欲しいけれど行かないようになりますよ」

 

 高雄から返ってきた返答に提督は「むぅ」と呻る。自分は疲れてないからいいじゃないか、と言い返したいのは山々だが言ったところで聞き入れてもらえらないことが明白。だから高雄の頭皮をマッサージするついでに抗議として手のスナップを少々強めにした。

 

「ひゃぁ、提督、何をするんですか!?」

 

 抗議する高雄だが頭が揺れているせいで、まるで宇宙人のモノマネみたいに声が震えてしまっている。

 よって提督が「宇宙人タカーオ」と言い出し、愛宕たちは盛大にお腹を抱えて笑った。

 高雄は猛抗議するも、やはり何を言っても声が強制的に震えるので寧ろ笑いを誘うばかり。提督も面白くなって、終いには高雄の顎を手で振動させて遊び出す。

 

「あうあうあうあうあうっ!?」

 

「あっはっはっ、高雄姉がオットセイになった〜!」

「高雄姉さん、お手手叩いてください♪」

「高雄〜、最高よ〜♪」

「たまにはこんなのもいいもんだな」

 

 笑い過ぎてひいひい言う摩耶、変な指示をし出す鳥海、スマホで動画撮影する愛宕、そしてとてもご機嫌な鬼。

 でもやられている高雄はそれ以上大人しくされるがままではおらず、椅子から立ち上がって逃げてしまった。

 

「もうっ、みんなしてっ。バカめ、と言って差し上げますわっ!」

 

 そう言い、両頬に食べ物を詰め込んだハムスターのようにしてプイッとそっぽを向く高雄。

 愛宕たちからすれば普段の凛々しい姉の女児のような可愛い抗議に微笑ましくなるが、提督だけは「いや、すまなかった」とちゃんと謝罪した。

 

「やー、ですっ。私で遊んだ方の謝罪なんて受け入れられませんっ」

 

「お詫びに好きなだけどら焼きを奢るぞ」

 

「……それで許すのは未来から来た猫型ロボットくらいです」

 

「何種類でも好きなだけ、だぞ?」

 

「…………キャラメルフラペチーノも追加で手を打ちましょう」

 

「ではそれで」

 

 交渉が成立(?)すると高雄は気を取り直して椅子に座り直す。

 愛宕たちからすれば『姉がチョロ過ぎて心配』と言ったところだが、ここの高雄は鬼月提督にしか付いて行かない賢い子である。

 

「ふぅ、提督が急に少年になってしまったから髪がぐちゃぐちゃです」

「すまんすまん。きっちり整えてやる」

「そうでないと困ります」

 

 男はいつまで経っても少年の心を忘れない……それは大変いいことであるかもしれないが、高雄としてはやられっ放しは軍艦としての心が良しとしない。

 なので―――

 

「私たちに悪戯するのはまだいいですが、豊島提督にはしないでくださいね?」

 

 ―――最近出来た提督のウィークポイントを的確に狙い撃つ。

 

「しないさ。そもそもどうしてそこで沙羅提督が出てくる?」

「だって提督が今一番気になる女性ですよね?」

「……否定はしない」

 

 ひゅっと微かに息を呑んだ提督に高雄はにやっとした。あの鬼がこんなにも可愛い反応をするのだから、お姫様効果は絶大と言えよう。

 愛宕たちもこの提督の反応には『おぉ』と内心感心し、やっと提督にも想い人が出来たのか、と嬉しくなった。

 

「提督〜、豊島提督のどこが好きなの〜?」

「二人の馴れ初め話はよ」

「想いは告げないといけませんよ、司令官さん」

 

 故に愛宕も摩耶も鳥海もそれぞれ口を開く。

 

「や、優しいところと、屈託ない笑顔だ」

「ぱんぱかぱーん♪」

 

「馴れ初めを話す程のことはない」

「ちぇ……まあいいや。今度その豊島提督が演習でこっちに来たら聞くからよ」

 

「想いと言われても、自分でもまだ気持ちの整理がつかんのだ」

「時間なんて掛けても、こういうことは進展しないと思いますよ?」

 

 律義に答える提督も提督だが、特に鳥海の返しには流石の提督も困惑の色を見せた。

 提督も恋愛経験は少なからずある。そして確かに自分の心が彼女の方へ向いている自覚もあった。

 でもこれが友愛なのか、恋愛なのか、いまいちハッキリ出来ていないのも事実。

 彼女との交換日記で彼女に対して好感度は確かに高くなっている。自分とは正反対でいつも己に自信を持ち、凛としている彼女をとても尊敬し、自分よりも年下なのに憧れだ。

 

 提督も鳥海の言いたいことは分かっている。

 時間を掛けたところで自分から何か行動しないと物事は良い方にも悪い方にも動かないのだから。

 しかしだからといって、自分がどう行動したらいいのかも分からない。

 

「……自分でも本当にどうしたいのか分からないんだ。色んな感情がごちゃごちゃとして」

「提督はネガティブですからね」

「『俺といると迷惑を掛けてしまう』……とか思ってそうよね〜」

「…………」

「迷惑なんて人間生きてるだけで掛けてるもんだろ。それより提督が豊島提督とどうなりたいとか、豊島提督が提督をどう思ってるのかの方が大切だとアタシは思うけど?」

「……どうなりたい、か……」

「今は悩んでいいと思います。でもあまり長い期間はおすすめしません。今は戦時中。提督は直接前線に赴くことはありませんが、どうなるかなんて誰にも分かりませんから」

「確かにそうだ」

 

 高雄たちに言われ、提督はうーんと顎に手をあてて呻る。

 一方、高雄たちは『提督(司令官さん)らしい』と苦笑いした。

 しかし応援こそすれ、決して悩ませたい訳ではない。

 寧ろ豊島提督であれば自分たちは安心して彼を任せられる。提督みたいな人間こそ幸せになってほしいから。ならばあれだけ提督へ好意剥き出しで、でもちゃんと引くべきとこは引ける彼女が上手いこと提督と愛を育んでくれるだろう。

 それに豊島提督とは高雄だけでなく愛宕たちも何度か話したことがあり、ガッチガチのお堅いお嬢様ではなくかなりエッジの効いたお嬢様だと知っている。取り繕う人間より、ちゃんと素の自分を出してくれる人間の方が一緒にいて心地良い。

 

「私たちは提督の幸せを願っています。提督が私たちの幸せをいつも願ってくれているように」

「だから自分から幸せを手放すような決断だけはしないでね。もしそんな決断をしたら提督の頭をぱんぱかぱーんってしちゃうから!」

「愛宕姉が言うと怖ぇ……まあ、提督も自分の幸せをたまには考えろよ。常日頃、人のことばかり考えてんだからさ」

「摩耶の言う通りですよ。これまでずっと人のために行動してきたんですから、自分のことを考えても文句を言う人なんていませんよ」

 

「…………ありがとうな、お前たち」

 

 高雄たちひとりひとりから温かい言葉を掛けてもらい、提督は今日一番の笑みを浮かべた。

 それからは提督もどこか吹っ切れたようで、張り切って高雄の髪を整え、夜は夜で中庭に艦娘も妖精も全員呼び出してバーベキューパーティをゲリラで開催するのだった―――。




読んで頂き本当にありがとうございました!


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聖女の失脚

 

「今、何と仰りました?」

 

 とても静かな総合部の会談室。

 そこに沙羅提督の低い声が地を這うように通る。

 

「私の旦那様に近付くな、と言ったの。貴女耳が悪いの?」

 

 対してにこやかな声の主、愛菜は聖女のような笑みを絶やさず沙羅提督へ返した。

 

 今この場にはこの二人しかいない。

 何故なら愛菜が沙羅提督を総合部副部長の権限で呼び出したから。

 それも秘書艦の同行はいらないと通告してだ。通常ならば提督らは誰しも秘書艦を護衛という役目もあって連れて行く必要があるのだが、上官である者にそう言われれば沙羅提督は従う他ない。

 

 立ったままで真っ向から睨み合う両者。方や険しく目を細め、方や微笑む。何とも言えない異質な雰囲気だ。

 

「耳は良い方です。しかし、聞き捨てならないことを仰られた気がしましたのでその確認を、と」

「あら、そういうこと。まあ、そうよね。好意を抱いている殿方にもう愛する妻がいるだなんて一度言われただけでは理解出来ないわよね?」

「…………」

「貴女が浅ましくも恋慕を抱く相手、鬼月仁隊長は、私の旦那様なの。だからこれ以上あの人に近寄らないで。正直に言って目障りなのよ、貴女」

 

 沙羅提督は愛菜から開口一番に言われたことを、また言われた。

 それが何度も何度も頭の中で復唱されるが、心が違うと否定する。

 

 そもそも、だ。あの人に妻なんていない。それは誰もが知っていること。ならば何故この女はそんなことを言っているのか、沙羅提督は困惑した。

 旦那様だと言いながら、彼女の苗字は『鬼月』ではない。仮に自分でも知り得ない事情がこの女と彼の間にあったとしても、彼の行動や彼とのやり取りに一切この女の影は見えない上に、他の女の影すら見えないのだ。

 だと言うのに、この女の目は真実を語る者の目をしている。

 

「顔色が悪いけど、気分でも悪い? でもね、旦那様に害虫がベッタリと張り付いてるのを目撃した私の方が、貴女の数億倍気分が悪いのよ。分かる?」

 

 愛菜は沙羅提督と一定の距離を保ちながら、穏やかな口調で捲し立てた。そうするのも相手の目が死んでいないからである。

 しかし言葉とは便利な物で、直接手を下さなくても相手を追い詰めることが出来るのだ。

 攻撃は最大の防御。向こうが反撃する勢いまで奪える。

 

「分かったなら金輪際旦那様に近寄らないでね。旦那様にとって貴女は他人。私は妻。ほら、場違いなのは誰? 誰がどう見ても、どう聞いても、貴女よね? 貴女は人の旦那を掠め取ろうとしてる害虫。私はそんな害虫を駆除しようとする妻。ここまで言われれば流石の貴女でも理解出来たでしょう? 優秀なお姫様」

 

 俯き、わなわなと震える沙羅提督。

 対して愛菜は嬉々として言葉を並べる。

 自分の最愛の相手に纏わり付く不快な害虫にとどめを刺すはいつだって気持ちが良いものだから。

 

 しかし―――

 

 

 

 

 

「聖女とまで呼ばれる副部長様は、とてもお寂しい方なのですね」

 

 

 

 

 

 ―――害虫から言われた言葉に愛菜の笑顔はガラガラと音立てて崩れさる。

 

 おかしい。これまでの相手はこれまでの言葉で泣き崩れたり、絶望感に打ちひしがれてきた。

 なのにどういうことだ。害虫は忌々しくも未だに己が脚で直立し、憎々しくも哀れんだ目をこちらに向けてくる。

 

 愛菜の頭の中で憎しみからの言葉が列挙する中、沙羅提督は雫が優しく落ちるかの如く言葉を紡いでいった。

 

「私、貴女様を尊敬していましたの。同じ女性でありながら男社会の軍の中で凛々しく振る舞う貴女様を……」

 

「でも、そんな気持ちも無くなりましたわ。貴女様はお寂しい方。何が原因で貴女様がそのような方になってしまったのかは存じ上げません」

 

「ですので同じ土俵に立つ気はありませんわ。そして貴女様のお言葉に従う必要もありませんわね。私が愛する仁様に貴女様という伴侶がいるという事実が有りませんから」

 

 沙羅提督の言葉を無機質な目をした無表情で聞いていた愛菜。凛と澄まし、相手を見据える沙羅提督。

 すると突然、愛菜は口元を手で押さえて優雅に笑い出した。

 

 ―――――――――

 

「…………これはどういうことだ?」

 

 その頃、総合部の正門前では鬼月提督が総合部員たちに取り囲まれていた。

 鬼月提督はこの日、総合部の方から一人で来るように言われて馳せ参じた訳だが、到着した途端に待ち構えていた彼らに囲まれて困惑の表情を浮かべている。

 

 彼らは簡単に言ってしまうと愛菜に唆された者たち。

 愛菜の話だけを真実とすれば『豊島提督は鬼月提督に弱みを握られて嬲られている』のだ。

 そんな可哀想な彼女を愛菜が呼び出して今は面談中であり、同じく呼び出した鬼月提督はその面談が終わり次第その罪を問われる。

 

 だから彼らは罪人を取り囲んで逃げ出さないようにした。まだ罪が確定していないためその身柄は拘束出来ないが、もしも相手が逃げようとすれば捕縛することが可能になる。武器を用いてでも。

 

「自分の胸に手を当てて考えるんだな」

「どうせ艦娘の子たちにも同じようなことしてたんでしょ!」

 

 男と女の部員がそう口にすれば、周りも「そうだ!」「この人でなし!」と声をあげた。

 鬼月提督は何のことを問い詰められているか分からなかった。

 それもそのはずで、本当に鬼月提督本人は何もしていないのだから彼の反応は真っ当である。

 

 でも取り囲んでいる者たちの目は、今にも自分に飛び掛かろうとしているように殺気立っているのだ。

 

 鬼月提督は訳が分からず、謂われ無いことを責められながらその場に立ち尽くすしかなかった。

 

 ―――――――――

 

 愛菜が笑い出した。

 沙羅提督はそれを見て相手がおかしくなったのかと思ったが―――

 

「寂しいのは貴女よ。本当に寂しいのは、ね」

 

 ―――不意に無機質な黒い眼差しが喉元に迫る。

 

 まるで鋭利な刃物が突き付けられたかのように、沙羅提督の手足の先はサッと血の気が引いた。

 明らかに怯みを見せる害虫に愛菜は可笑しくて可笑しくて、またつい笑みが零れそうになったがもっといいことがあるからと我慢する。

 それは―――

 

 

 

 

 

「だって旦那様は、害虫じゃなくて、私を選ぶから」

 

 

 

 

 

 ―――害虫が絶望色に染まる時が待っているから。

 

「……どういう意味ですの?」

「言葉の通りよ。私の旦那様だもの。害虫なんか選ぶはずないでしょう?」

「いい加減嫌になってきましたわね。害虫呼ばわりされるのは」

「あら、害虫を害虫と言ってどうして気に障るの?」

「……話してしても埒が明きませんわね」

 

 話が全く通じない愛菜を前に思わずため息が零れる沙羅提督。

 そしてふと視線を窓の外にやれば、最愛の相手が何故か取り囲まれている光景が目に入ったことで目を見開いた。

 

 その顔を見た瞬間、愛菜は『ああ、可笑しい』と今日一番の聖女の笑みが浮かぶ。

 

「あれはどういうことですのっ!?」

「私の旦那様だもの。皆さん、他の害虫が付かないようにガードしてくれているの」

「そんなのあの状況から見て有り得ませんわ!」

「そう。まあいいわ。話はこれで終わり。貴女は二度と私の旦那様に近寄らないでね」

 

 愛菜はそう言うが、沙羅提督は何も言わずに鬼月提督の元へと急いだ。

 それを見送り、愛菜も優雅に旦那の元へと向かうのだった。

 

 ―――――――――

 

「これはどういうことですのっ!?」

 

 鬼月提督の元へとやってきた沙羅提督。

 声を荒げる彼女を周りはまるで鬼から庇うようにしながら「大丈夫」「もう怖くないよ」と言うが、当の本人は掛けられる言葉の意味が分からない。

 しかしここで喚けば余計に混乱するのは明らか。なので沙羅提督はゆっくりと深呼吸をした後、改めて口を開く。

 

「皆さん、お待ちください。何がどうなっているんですか?」

 

 それでも周りの総合部員たちの言葉は変わらない。

 聞いているだけで、考えるだけで、沙羅提督は目が回りそうになった。

 

「どうしたもこうしたも、私がお呼びしたのよ。ね、隊長?」

 

 そこへ遅れて愛菜が優雅にやってくる。

 鬼月提督も沙羅提督も状況がよく分からないでいる中、愛菜は鬼月提督のすぐ目の前まで歩を進めた。

 

「隊長、とりあえず私と共に来てください。ここではあまり話せないことですので」

「……分かった」

 

 愛菜の言葉に従う鬼月提督を、周りは嘲笑う。

 もう終わりだ、と。

 

 しかし―――

 

「仁様っ!」

 

 ―――沙羅提督だけは違う。

 

 周りの総合部員たちを押し退け、鬼月提督の元へと掛け、その腕にしっかりと抱きついた。

 そう。大抵の人間ならば、この場面で動けない。でも沙羅提督は違うのだ。

 これが愛菜が唯一見誤ったことである。

 

 そして一つのミスは取り返しが付かないように、これまで愛菜が築いてきた緻密な網に大穴を開けた。

 

「沙羅、提督……」

「仁様はこの人に付いて行かなくていいのです!」

 

 沙羅提督の叫びに鬼月提督は勿論、その場にいる全員が驚愕する。

 鬼月提督は本当に意味が分からない、と目を見開くが、総合部員たちに至っては「どういうことだ?」「洗脳?」などとざわつき始めた。

 愛菜に至っては未だ何とか聖女の笑みを張り付けている。

 

 しかし―――

 

 

 

 

 

「全くもって、豊島提督の言う通りだ」

 

 

 

 

 

 ―――颯爽と門を潜ってきた藤堂の言葉に、愛菜の笑みは再びガラガラと音を立てて崩れ落ちた。

 何故なら藤堂は今日、大本営の会議に出席のため総合部を留守にしているはずだからだ。

 

「…………藤堂部長、どうしたんですか? というより、会議はどうしました?」

 

 声が震えそうになるのを何とか堪えて言葉を発する愛菜。

 対して藤堂は鬼月提督たちを愛菜から庇うように背に隠し―――

 

「会議なんて今日は無いよ。君を欺くために大本営の方にもひと芝居してもらったんだ。部長をしているとあちらにもコネは出来るからね」

 

 ―――ニヤリと口端を上げて返した。

 

 すると愛菜は自身の頭を掻き毟り始める。

 

 違う違う違う違う。予定と違う。こんなの違う。

 運命なのに。私たちは運命で結ばれているのに。

 

 ブツブツと零しながら、あれだけ綺麗だと言われた髪はあられもなく乱れ、宝石のようだと言われた目は血走っていた。

 

「間島、どうした!?」

 

 鬼月提督は彼女の異変に駆け寄ろうとしたが、藤堂と沙羅提督がそれをさせない。

 どういうことだ、と鬼月提督が藤堂を睨めば、藤堂は静かに……それでも声はちゃんと周りの者たちにも届くように言った。

 

「仁、残念だけど、君の悪評を流していたのは彼女なんだよ。理由は彼女が君に惚れていて、何者でも君の側に近付かせないようにするためだ」

 

「な、んだと……!?」

 

 驚愕する鬼月提督。当然、沙羅提督も周りにいる総合部員たちもあまりのことに言葉が出ない。

 それでも藤堂は元部隊の先輩として、総合部の部長として淡々と言葉にしていく。

 

「最初は些細なことを部員たちに触れ回る。すると悲しいかな、あれよあれよと尾ひれが付いて酷い悪評になっていく。これは仁の能力に嫉妬している者たちのせいもあるんだけどね。ただ、言葉だけで確たる証拠は残らない」

 

「でも明らかな工作活動の証拠はいくつも出てきた。着任当初の仁のいる鎮守府へ艦娘を着任させない工作の跡や仁の鎮守府を監視していた痕跡。今頃は()()()が契約中のマンションに警察が家宅捜索している頃だろうね」

 

「今回の一件は彼女の仁に対するストーカー行為ということで反逆罪に問われないから軍法会議にはならない。でも罪は罪だ。間島にはちゃんとその罪を償ってもらう」

 

 藤堂はまだ続けるが、当の愛菜の耳から藤堂の声は遠ざかっていく。

 目は光を失い、縋るように愛する人へ視線を移すが、合った愛する人の目はとても悲しい色を見せていた。

 そうさせたのは自分。痛い程分かったが、心がそうじゃないと叫んだ。

 次の瞬間、愛菜は地を蹴り、地に両手をつき、靴の前底に仕込んだナイフを沙羅提督の首元目掛けて素早く振り下ろす。

 

「ひっ!?」

 

「止めるんだ!」

 

 藤堂が叫ぶが既に愛菜はモーションに入っていて止めることは不可能。

 しかし―――

 

 

 

 

 

「動くな、間島……」

 

 

 

 

 

 ―――鬼月提督が愛菜よりも素早く沙羅提督の前に出てその攻撃を阻止していた。

 マルーンの眼帯がはらりと地に落ちる。

 過去の傷で失った右眼は開いていないが、その傷痕すらも自分を睨んでいるようで、愛菜はやっと観念した。

 

 ―――――――――

 

 それから愛菜はやってきた警察官らに連行され、藤堂は部員たちへの説明を近藤に任せて今度こそ大本営へ報告へ向かった。

 

 鬼月提督と沙羅提督は警察に同行し、鬼月の場合はストーカー被害者ということで事の経緯を詳しく説明され、沙羅の場合はまた違う被害者ということで事情聴取されたのであった。

 

 二人が警察署から出てくると、辺りはすっかり真っ暗になっていた。

 

「……沙羅提督。俺のせいで危ない目に遭わせてしまいすまなかった」

「いえ、そんなこと……仁様のお陰で私は何ともありませんでしたから」

 

 バス停までの道程をゆっくりと肩を並べて歩きながら、二人はポツポツと会話する。何とも言えない雰囲気ではあるが、それを沙羅提督の腹の虫がぶち壊した。

 くぅ、とハッキリ聞こえてきた場違いな音に鬼月提督は不意を突かれキョトン顔。対して沙羅提督は耳まで真っ赤になってしまう。

 

「あぁ……良かったらお互い、自分の鎮守府に戻る前に、飯でもどうだ?」

「い、いいですわね……では、私がよく行くレストランが近くにありますから、そこでいいですか? 予約無しでも席があればすぐに通されますので」

「ああ、いいとも」

 

 こうして二人はまた歩き出した。

 しかし二人は小さくではあるが、共に笑っている。

 お互い、自分の鎮守府には既に遅くなると連絡を入れてあるので緊急事態でもない限りは問題無い。

 

「沙羅提督」

「はい?」

「あの時、俺が孤立している時、庇ってくれてありがとう。とても嬉しかった」

「仁様……」

 

 ふと言われた感謝に沙羅提督は今度はその頬を桜色に染める。

 すると二人の雰囲気は今度は全く別のものへと変わった。

 

「私の方こそ、守って頂きありがとうございました。その眼帯の方は私がお礼とお詫びを込めてプレゼントします」

「それは……いや、ありがたく頂くよ。楽しみにしている」

「はいっ」

 

 沙羅提督は明るく返事をすると、勢いのまま鬼月提督の左腕に抱きつく。

 

「沙羅提督……」

「もう離れたくありませんわ、仁様」

「……いや―――」

 

 思わず拒否の言葉を言い掛けた鬼月提督。しかし沙羅提督と目が合ったことでその言葉を飲み込んだ。

 自分の望みと彼女の望み……それは一緒なのだから拒否するのはおかしい、と。

 

「―――俺も、離れてほしくない」

「…………ほんとう、ですか?」

 

 鬼月提督の言葉に沙羅提督は思わず呆けたように返してしまう。

 しかししっかりと鬼月提督が頷くのを見て、今度は目の前が霞んでしまった。

 

「……また俺は泣かせてしまったみたいだな」

「泣いているんですの、私? こんなに嬉しいのに?」

「泣いている。泣かせた俺が言うのもなんだが、とても幸せそうに微笑んでいるのに、泣いている」

「夢みたいですもの……っ」

「夢で終わらせる程、俺は気障な男じゃない。きっと夢じゃなかったと後悔させる」

「ふふふっ、後悔なんてしませんし、そんな後悔ならしていいですわ。もしも夢だったらそれこそ喉が枯れるまで泣きます」

「……いいんだな、俺で?」

「今私とても気分がいいですから、今ここで嬉しさのまま叫んでもいいですわ」

「止めてくれ、恥ずかしい」

 

 優しく手を振り解き、肩を抱き寄せた鬼月提督の行動に沙羅提督はうっとりしながら彼の腰に手を回す。

 

「しませんわ……今は私たちだけの世界を私自らぶち壊すなんて真似は」

「そうしてくれ。沙羅提督……じゃない、沙羅」

「はい、仁様」

「……君が好きだ」

「私も仁様が大好きですわっ」

 

 こうして二人は夜の街中に肩寄せ合ったまま消えていくのだった―――。




読んで頂き本当にありがとうございました!


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鬼提督は今日も艦娘らを嬉し泣きさせる

 

 愛菜との一件があってから早1ヶ月が経過した。

 実刑判決が出た間島愛菜はこれまでの功績により不名誉除隊とまではいかなったものの、私欲で泊地を混乱に陥れたとして除名処分となった。加えて鬼月仁への接近禁止命令が出された。

 鬼月は可愛がっていた後輩がしてきたことに大変悲しんだが、自身の鈍感な部分も今回の一因であるため深く後悔した。

 しかし恋人の沙羅や彼の艦娘たちと、多くの味方がいたことで鬼月も後悔ばかりではなく今は前を向く。

 

 当然、総合部副部長であった愛菜が除名ということでその座は空席となる。大本営としては元から総合部部長の座に推していた鬼月に白羽の矢を立てたが、こちらも当然の如く首を縦に振ることがなかった。

 かと言って他に条件を満たせる者がいないのも事実。それだけ鬼月仁という男は唯一無二の軍人として、大本営側から頼られる存在となっている。

 なので大本営は特例措置として鬼月提督の意見を汲み、鎮守府でこれまで通り提督として艦隊を指揮すると共に、名前だけでも副部長の座に就くよう命じた。

 鬼月提督本人はかなり渋ったが、藤堂をはじめとする多くの協力者のあと押しでその任を承ることにした。

 これにはこれまで鬼月提督を不当に評価していた者たちの贖罪意識もあり、自分たちが全面バックアップするからと藤堂に嘆願書を提出したことで今の体制が成立したのである。

 彼ら糾弾派は愛菜の失脚後、真実を知ったことで自分らの過ちを認めて鬼月提督に頭を下げた。藤堂からすればそれすらも生ぬるいと思ったが、被害に遭った鬼月提督本人が『誤解が解けただけで十分だ』と言うのでこれ以上を求めることがなかったのだ。

 ただし鬼月提督を拘束しようとした者たちは無期限の謹慎処分。これは本人たちが藤堂に申し出た次第で、謹慎明けはしっかりと是々非々で物事を見ることだろう。

 

 そうした事柄もかなり重大な出来事であるが、鬼月提督にはもう一つ重大な事柄があった。

 それは恋人、豊島沙羅との婚約である。

 恋人となってからあまり日を置かずという、かなり急な沙羅提督からの求婚の申し出であったため鬼月提督も困惑したが、沙羅提督が恋人になったその日から着実に外堀を埋め、あとは彼が頷いてサインと印をするだけまでに仕上げてしまったことで実現したスピード婚だ。

 

 そして今日はそんな沙羅提督が自分たちの結婚式の日取りやこれから自分たちの艦隊のことを話し合うついでに、鬼月提督の鎮守府まで演習へ出向いて来ている。

 

「…………どういうことだ、これは?」

 

 なのにそんな彼女を連れてやってきた明石の酒保で、鬼月提督は今目の前の光景に絶賛困惑中。

 

「あらまあ、早いですわね」

 

 対して沙羅提督はいつも通りの澄まし顔。いや澄ましているというよりは知っていた風である。

 そもそも何故明石の酒保へ二人がやってきたのか、といえば鬼月提督が此度の茶菓子を切らしていて買いに行くと言い、沙羅提督は片時も離れたくないからと付いてきたということだ。

 因みに二人の後ろに控えている二人の秘書艦高雄らの表情は、笑っている。

 鬼月提督の高雄はしたり顔で、沙羅提督の高雄はにんまり顔。

 

 何がこんなにも鬼月提督を困惑させているのか。

 それはいつも明石が構えるカウンターレジのその隣に―――

 

 

 

 

 

 大量のケッコンカッコカリ指輪

 

 

 

 

 

 ―――が陳列されていたからだ。

 

 鬼月提督自身、誰かにケッコンカッコカリの指輪を渡そう等とは考えていない。

 そもそもケッコンカッコカリの指輪は明石に予約を入れ、明石が大本営へ申請し、大本営から届けられるといった流れで酒保に届くのだ。

 それが今、目の前にある。しかも大量に。

 

「あ、提督! いらっしゃいませ! 豊島提督……ではないですね。ええと、沙羅提督もようこそ!」

 

 鬼月提督が呆けている最中、レジ奥の倉庫から出て来た明石。

 しかもその手にするカゴにはまたも大量の指輪の箱が入っている。

 

「…………明石よ、これを説明してくれるか?」

 

「え、私何かしました?」

 

「現在進行でな。それは一体何のために仕入れた?」

 

「それって……ああ、ケッコンカッコカリの指輪ですね! 大丈夫です! ちゃんとここにいる艦娘全員分有りますからっ!」

 

 も、勿論私、明石との分も……でへへ―――なんて明石は頬を桜色に染めて、照れたように両手でその頬を押さえた。

 違う、そうじゃない。と鬼月提督はこめかみを押さえたが―――

 

「私から明石さんに頼んでおいたんですよ、仁様」

 

 ―――沙羅提督の言葉に目を見開く。どういうことだ、と。

 

「そんなに見つめないでくださいまし。照れてしまいますわ……ふぅ」

「いや、そういうことではない。説明してくれないか? 出来れば分かりやすく」

「そうですわね。仁様、私ともこうして特別な縁を結ばれたのですから、今度は彼女たちとも縁を結んであげて欲しいのです」

 

 真っ直ぐに目を見て言う沙羅提督に鬼月提督は「しかしだな……」と歯切れの悪い言葉を零す。

 しかし沙羅提督も彼がこうした反応をするのは把握済。そもそもケッコンカッコカリは普通ならば提督側が艦娘に贈ろうと強く望むものだが、ここはその逆で艦娘たちがこの鬼月提督とケッコンカッコカリをしたがっている。

 よって艦娘たちは話し合い、全員一致で高雄がその代表として沙羅提督に相談したのだ。その結果がこの大量のケッコンカッコカリの指輪である。

 

「仁様の艦隊の子たちはみんなして私に、縋る思いで相談されました。みんな、仁様と特別な縁を結びたい……そう強く願っていますの。でしたら私が出来ることは段取りを整えてあげることですわ」

 

 ふふんと得意気に鼻を鳴らす沙羅提督。

 対して鬼月提督は「ああ、もう……」と天を仰ぐ。

 

「提督、沙羅提督は悪くありません。これは私たち、提督の艦娘たち全員で考え、行動した結果なんです」

「高雄……」

「愛しているんです。私も、艦隊の皆さんも、鬼月提督のことを……愛しているんです、心から」

「…………」

「沙羅提督という素晴らしい奥様をお迎えする提督なのですから、もう私たちの好意を断ることなんて出来ませんよね?」

「……本気なんだな?」

 

 鬼月提督の問いに彼の高雄はハッキリと頷いて返した。

 すると明石は大粒の涙を流してその場に崩れ落ちる。

 鬼月提督はすかさず駆け寄って「嫌なら断っていい」と言ったが、明石は違うと頭を振った。

 

「仁様、人は嬉しくても泣くのですよ?」

 

 そっと寄り添ってきた沙羅提督の言葉に鬼月提督は「そう、だが……」と、まだ明石の涙が嬉し涙だと信じ切れない。

 しかし―――

 

 

 

 

 

 ドドドドドドドドドドドド!

 

 

 

 

 

 ―――地響きと共に鬼月提督の不安は海の水平線へと吹っ飛んだ。

 

『私たちはあなたを愛していますーっ!』

 

 酒保の前に勢揃いした鬼月艦隊の艦娘たち。

 皆その目から涙を流しているが、彼女たちの表情は今の快晴の青空のように澄み切っている。

 どうして知れ渡ったのか鬼月提督は分からない。

 高雄の戦闘用ライブカメラが今この瞬間さえも捉えていることなんて知らないから。

 

「お前たち……」

 

「提督、皆さん、提督を愛しています。ですから、私たちとケッコンカッコカリをしてください」

 

 高雄のとどめの一言に鬼月提督はまた天を仰ぐ。

 しかしまた彼女たちへ戻した瞳に、もう困惑の色は無く、強い決意の色があった。

 

 その日、鬼月提督の艦娘たち全員が涙で頬を濡らし、眩い笑顔を浮かべていた。

 

 ―――――――――

 

 所変わり、鬼月家邸宅の来客室。

 そこには当主鬼月義仁とその妻八重、そして諜報機関"花"の長が優雅に茶を飲んでいる。

 

「まさかそちらの娘さんとうちの息子が懇ろだったとは……だからあの時花が動いたということですかな?」

 

 義仁の言葉に花の長は口端を上げて「ええ」とだけ答えた。

 

「それにしても仁も隅に置けないわね。ストーカーされるくらいモテるだなんて」

 

 対して八重は呑気なことを言う。しかし仮にも此度の一件で仁の身に何かしらあったのなら、この母はその相手にどんな手を使ってでも報復しただろう。穏やかな人は一度怒らせると手に負えないのだ。

 

「八重、そういう言い方はよせ。仁の気持ちを考えろ」

「それもそうね。でも仁はもう大丈夫よ。この前の婚約報告の際は幸せそうだったじゃない」

「そうだな……本当に沙羅さんには感謝しかない。豊島殿、これからもよろしく頼みます」

 

「花は大体的には動かしませんが、二人の安全は影が常に確保していきます。いずれ産まれる二人の子の安全もまた同じように」

 

「お互い、孫の顔を見れる日が待ち遠しいですな」

「二人には頑張ってもらわないとね。義のとこも桜のとこも一人しか授からなかったから、仁にはその分頑張ってもらわないと! ああ、今度こそおばあちゃまって呼ばせるわ!」

「いや、頑張るのは主に嫁さんである沙羅さんの方じゃないか? 男の方が言うのもアレだが、出産は大変だろう?」

 

「その点はご心配無く。うちの娘は安産体型であり、子どもが大好きですから一人で満足する子ではありませんから、きっと三、四人は産むかと」

 

 長の言葉に義仁は苦笑いしか返せなかったが、妻八重は「あらあらまあまあ!」と嬉しそうに声をあげる。

 その後は義仁をよそに女性二人の女にしか分からない会話でその場は大盛り上がりしたそうな。

 

 ―――――――――

 

 また所変わり、某所刑務所内の面会室。

 

「本当に馬鹿なことをしたな、愛菜」

 

「……ごめんなさい。お父さん」

 

 愛菜の目の前にいるのは、愛菜の父。

 愛菜の此度の一件はそこまで大事にはならなかったものの、軍内部では今もこの話題で持ち切りだ。

 加えて身内が罪を犯して実刑判決を食らったことで、父も愛菜の兄たちも今後昇進は難しいだろう。加えて長年国に忠義を尽くしてきた間島家から今回の騒動が出たことも大きい。しかし極端な言い方をすれば間島愛菜の信頼が無くなっただけ。愛菜は既に一人の軍人として一人の足で立っていたこともあり、父や兄たちに今回の騒動の責任追及も無かったので、個人の信頼をまた得ていけば何の問題も無い。

 

 ただ父は実の娘……それも会う時間が少ない中でも愛情深く接してきたはずの娘が罪を犯したことが悲しかった。

 父親として自分は何を間違えてしまったのか、それは神のみぞ知る。

 幸い間島家は家族崩壊にはならず、皆がこれから愛菜が愛菜なりの幸せを手にすることが出来るようサポートしようと一致団結した。

 

「どんなになってもお前は俺の子だ。いつものように呼べ」

 

「……父ちゃん」

 

「母ちゃんも兄ちゃんたちも、お前の帰りを待っている。勿論、父ちゃんもだ」

 

「うん……」

 

「幸い今回の件は軍内部までしか知れていない。だから今度は違う夢を見つけろ。時間ならたっぷりあるんだからな。それとくれぐれも自暴自棄になるなよ。お前を俺たち家族は死ぬまで愛してる」

 

「うん……っ」

 

「やり直そう。人は生きている限り何度でもやり直せるんだ」

 

 愛菜は父のその言葉に泣き崩れる。

 今はその肩を抱きしめてやることも出来ないが、父はそんな娘をしっかりと目に焼き付けた。

 今度は娘にこんな思いはさせまい、と。

 

 愛菜は愛がとても素晴らしい物だと思っている。

 ただ愛がどこから来て、どのように作用し、どうやって育んでいくのか分からなかった。

 彼女が欲しいと言えば、家族の誰もがそれを与えた。

 自分が笑っていれば、周りはいつも幸せなんだと思った。

 そうした小さな勘違いの積み重ねが、今回の過ちに繋がったのだろう。

 

 彼女は未だ鬼月への想いが残ってはいるが、もうこの想いはどうすることも出来ない。

 愛菜自ら彼の縁を断ち切ってしまったから。

 故に彼女はこれからの人生で、今度は家族と共に幸せというものを探していくことだろう。

 

 ◇◇◇それから半年後◇◇◇

 

 鬼月仁。彼は元海軍特殊部隊隊長にして泊地総合部副部長兼提督である。

 彼がいる鎮守府は泊地で一番の艦隊規模と戦力を誇り、日本だけでなく世界にその名を轟かせる。

 あれから新たに着任した艦娘たちを除いた既存の艦娘たちが彼とのケッコンカッコカリによって元々高かった戦力を更に高めたからだ。

 加えて鬼月仁と豊島沙羅の結婚により元豊島艦隊がそっくりそのまま彼の鎮守府に統合され、今は鬼月夫人艦隊となって名を連ねている。

 つまり一つの鎮守府に二人の優秀な提督と鉄壁の艦隊が二つもいるということ。

 

 強くて優しい鬼と美しく聡明な姫がいる鎮守府。

 泊地で最も強大で屈強な艦隊が守護するこの地域は世界で一番安全な場所とまで呼ばれ、そんな泊地にある街は日本で一番栄えているのだ。

 

「全艦整列っ!」

 

 そんな鎮守府の大広場に鬼の声が響く。

 今日は日本で……世界で一番最強とされる艦隊の観艦式なのだ。

 陸軍からも空軍からも応援が来ており、まるで街全体がお祭りの様。

 

「今日はお前たちの晴れ舞台だ! その勇姿を来場してくれた方々に見せつけてやれ!」

 

『はいっ!』

 

「お前たちは俺の自慢だ! そんなお前たちを多くの方々に自慢出来て俺は嬉しい! 俺と共に最高の観艦式にしよう!」

 

『はいっ!!!!!』

 

 鬼の号令に艦娘たちの声が天高くまで響く。

 響いたのはいいが、既に艦娘たちの多くは鬼の言葉が嬉し過ぎて泣いている。

 

 しかし鬼はもう彼女たちの涙を見ても狼狽えない。何故なら彼女たちの涙の理由を知っているから。

 鬼の号令を合図として空に始まりを知らせる花火が上がり、地上では陸軍の戦車隊による街から鎮守府までの大行進、空中では空軍の航空部隊による青いキャンパスに赤と白のスモークが放射状に引かれながら観艦式が始まった。

 

 全艦が持ち場に戻るのを鬼は黙って見送る。

 

「あなた」

 

「ああ、沙羅。どうした? 何か不備でもあったか?」

 

「そうじゃありませんわ。ただ、もう私たちも持ち場に戻りましょう。来賓の方々をお待たせするのも悪いですから」

 

「……行かないと駄目か?」

 

「ダメに決まってます。私たちが結婚し、私たちの艦娘が統合され、初めての観艦式なんですから」

 

「……結婚式のように冷やかされるのが目に見えているのに、行かないといけないのか」

 

「あら、あなたは涼しい顔をしていればいいのですわ。せっかく皆さんがこの熱を冷やかしてくれるのですから」

 

「俺はそこまで図太くなれん」

 

「でも周りはそう思いませんわ。あなたが誰よりも繊細なお人柄だというのは、妻である私とここにいる艦娘たちだけが知っていることですから」

 

「助けてくれるか?」

 

「夜に期待してくれ、と仰って頂けたら♪」

 

「……今夜、期待しててくれ」

 

「うふふふっ、朝までコースだなんて素敵ですわ♪」

 

「そこまで言ってないっ!」

 

「酷いですわあなた。男に二言があるだなんて……」

 

「ああもう、俺は沙羅には弱いんだ。勝てる気がしないぞ」

 

「あら、私もあなたには弱いんです……お揃いですわね♪」

 

 鬼を尻に敷く屈強なお姫様。

 お姫様の尻に敷かれながらも、心優しく誰よりも強い鬼。

 この二人がいる限り、深海棲艦との戦時中でも日本国民は平和を謳歌することが叶うだろう―――完




駆け足になりましたが、今回でこの作品は最終回です!
もともとグダらないように今作は長くしないようにと思ってまして、今回で最終回としました。

提督が艦娘とではなく、女性の提督と結ばれるのは前から書いてみたかったので今回のラストはこんな具合になりました。
でも艦娘たちともケッコンカッコカリしてるからハーレムエンドだな、と言われればそうなんですけどね^^;

ともあれ、これにてこの作品は閉幕です!
この作品をここまで読んでくれた方々
楽しみにしてくれた方々
評価をしてくれた方々
お気に入り登録してくれた方々
誤字脱字を報告してくれた方々
多くの方々に感謝します。

こうして完結出来たのは読んでくれる皆様方のお陰であります故、感謝の言葉しかありません。

新作の方はまた性懲りも無く艦これの二次創作を予定しております。
ただまだ何も初めてないなので、いつ公開するか決まってません。
それは決まり次第活動報告とTwitterにてお知らせします。

もし機会があればまた私の作品を読んで頂けると幸いです!

あとがきが長くなりましたが、読んで頂き本当に本当にありがとうございました!


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番外編
鬼と姫の結婚式


遅くなりましたが、明けましておめでとうございます!
新年一発目は鬼提督シリーズの番外編を一話ずつ、計五話ほど更新します♪


 

 本日は晴天なり。

 雲一つなく、そよ風が吹いて海の波も穏やか。

 

 この天候に恵まれた日に、鬼月仁と豊島沙羅の結婚式が執り行われる。

 会場は彼ららしく鎮守府。鬼月提督の鎮守府であり、結婚後は沙羅がここの長官官舎へと移り住むのだ。

 

 招待客は互いの親族と友人たち。勿論、互いの艦娘たちもいる。

 しかし艦娘たちの場合は会場警備と近海警備、それ以外にも会場設営や食事の提供とやることが盛りだくさんだ。

 それでも彼女たちの表情は明るい。誰一人として暗い顔を浮かべる者がいない。寧ろこんなめでたい日に役目があることが誇らしく、既に多くの艦娘たちは目頭を熱くさせている。

 

 中でも大役を貰った者たちは戦場にいる時よりも浮足立っていた。

 

「沙羅提督、とてもお綺麗です」

「ありがとう、高雄」

 

 沙羅はこの度めでたく提督の座を寿引退した。

 ただ本格的な引退ではなく今後は鬼月提督の補佐提督となるので、みんなは変わらず「沙羅提督」と呼ぶし、しっかりと名前は軍の名簿にある。そもそも鬼月夫人艦隊の提督なのだから。お偉方としても沙羅は非常に優秀な人材であるため、こういう形で残ってくれるのならありがたいと感謝したくらい。

 当の沙羅に至っては「寿」と言いたかったが故に寿引退と言い出しただけである。

 

「鈴谷と衣笠でバッチリメイクしたからねー! めっちゃキレイだよ、提督っ!」

「ふふ、本当にありがとう」

 

 新婦、沙羅に割り当てられた控室(本館の一階予備室)では沙羅の元にいた艦娘たちが彼女のメイクアップを担当していた。

 沙羅は両肩を露出させたスレンダーなドレス。そのドレスの膝下あたりから、人魚の尾ひれのように広がったシルエットのマーメイドラインの純白ウェディングドレスを着用。これは仁が特注で贈った物。ドレスアップは沙羅の元にいたウォースパイトと隼鷹が担当した。

 自慢の黒髪は沙羅の妙高が結上げ、シニヨンスタイルに。

 メイクアップは沙羅の衣笠と鈴谷が担当し、最後に赤い紅を引いてより艶やかなものへと。

 最後に総監督である元秘書艦高雄が肩に掛かるまでのベールを纏わせ、沙羅の準備は完了した。

 しかし――

 

「あ、あのご、ごすずん……ご主人様……漣、緊張がガチヤバのヤバ子はんなんですがががが……」

「い、電も緊張で転けちゃいそうなのです……」

 

 ――沙羅の漣と仁の電は血の気が引いて生きている心地がしていない。

 

 二人はフラワーガールとリングガールを担当するため、結婚式に相応しい純白のドレスを着用している。

 因みにフラワーガールは新婦とその父親がバージンロードを歩く前に花びらを撒く子どもで、リングガールは指輪の交換の時に使う指輪をリングピローに乗せて運んでくれる子どもだ。

 普段からしないメイクと沙羅と揃えたドレス。しかしあくまでも主役は沙羅であるので、スカート部分は膝下丈の可愛らしい仕上がりになっている。

 

「ふふふ、漣も電さんもとても愛らしいわ。緊張しないで、いつも通りで大丈夫よ」

 

 沙羅がニッコリと笑みを浮かべて二人の緊張を解きほぐすように言葉をかけるが、実はビビリな漣と元々引っ込み思案の電にとっては無理な話であった。

 

 今回の結婚式は鎮守府の埠頭前広場が会場で、桟橋に台を設置し、そこで新郎新婦が大海原を前に愛を誓い合う。

 バージンロードの長さは20メートル。これは沙羅の歩幅掛ける年齢で出した数値。

 そもそもこのバージンロードとは和製英語であり英語ではウェディング・アイル(wedding aisle)と言う。そのまま訳せば結婚通路という意味で、何だか味気ない感じもすることからバージンロードと呼ぶようになった。

 このアイルの始まりは魔除けの意味があり、幸せそうな花嫁に悪魔が嫉妬し、さらってしまうという言い伝えから、その花嫁を守るために清めをしたり、布を敷いたりして、その上を歩かせたことが由来である。

 バージンロードを歩く意味については花嫁の生まれてから今までの人生を表している。

 今回の場合スタートラインは「誕生」、そこから一歩一歩、それまでの人生を思い返しながら歩き、新郎のいる長いバージンロードの終点は、未来が始まる転換点。

 退場する時にはそこから新しい人生が始まるという意味が込められている。

 

 そのバージンロードに漣と電は最初に花びらを撒くのであるが、緊張が最大限であるため不安がっている。

 因みにバージンロードを花嫁が歩く際にドレスの裾を持つトレーンガールは沙羅の朧、曙、潮が担当。花嫁が来ることを知らせるフラッグガールは仁の暁、響、雷が担当する。

 

「二人共、ちょっとこっちへいらっしゃい」

 

 沙羅の手招きに二人が素直に側へ寄ると、沙羅は椅子に腰掛けたまま、二人をそっと両手の中に収めた。

 

「聞こえるかしら、私の胸の鼓動が……」

「凄く早いですね」

「なのです……」

「何度もリハーサルをしたけれど、本番になってこの様なのよ? だから二人が護衛して。私を仁様のところまで」

 

 そのお願いに、二人は先程までの緊張感が吹っ飛んだ。駆逐艦魂に火がついたのだ。

 結果、二人は見事にフラワーガールの任務を勤め上げることとなった。勿論、リングガールも完璧に。

 

 ――――――

 

 結婚式のメインである新郎新婦の誓い、指輪交換、誓いのキス、そして新郎新婦がバージンロードを歩く。

 参列した者たちからの大きな拍手と祝いの声、そして藤堂が連れてきた艦隊からの祝砲。

 ブーケトスで大乱闘ブーケトスシスターズを披露した両陣営の艦娘たち。(怪我人0でブーケは藤堂の双子の娘たちの手に)

 

 結婚式のあとはみんな食堂へ移動して食事会。

 お色直しを経て鬼月夫婦は各テーブルを回って挨拶をし、最後の最後まで来てくれた人たちをもてなした。ただ沙羅の父と仁の父と兄は大号泣で新郎新婦を盛大に困らせた。

 

 参列者たちが鎮守府をあとにしてから、艦娘たちが片付けをしてくれるとのことで夫婦はやっと一息つく。

 やってきたのは桟橋。結婚式が終わってすぐに台は片付けられているが、月が浮かぶ海が幻想的に夫婦を出迎えてくれていた。

 

「……本当に結婚したんだな。こう言っては何だが、本当にあっと言う間だった」

「一生の思い出、とはこういうことを言うのでしょうね」

 

 自然と肩と肩が触れ合う夫婦。

 

「沙羅」

「はい、仁様」

「愛している」

「……今日はたくさん言ってくださいますね。いつもは私からお願いしないと言ってくださらないのに」

「む……いつもは言わないだけで、あの日からずっと沙羅のことは愛している」

 

 いつになく拗ねた表情で言う仁を見て、沙羅は胸の奥がキューンと悲鳴をあげた。

 本当に自分がこの人の妻になったのだ、と今の表情を見てやっと実感が湧いてきたから。

 

「……私、幸せですわ」

「何を言う」

「へ?」

「これで終わりじゃない。これからもっと幸せになるんだ。二人で……」

 

 駄目だった。夫への愛は例え夫であっても誰にも負けていないと自負していたが、相手が悪過ぎた。

 鬼の愛がこんなにも強大なことに、沙羅は今更になって思い知る。

 思い知って、このまま死んでもいいとすら脳裏に浮かび、すぐにそれは駄目だと頭を振った。

 

 そうやって何やら百面相する姫を鬼は愛おしく眺め、目で堪能したあとで自分の胸の中にそっと仕舞い込んでしまう。

 

「仁様、お化粧が制服についてしまいますわ……」

「構うもんか。それより今の沙羅を独り占めすることの方が大切だ」

「……仁様ぁ、耳元でそんなことを囁かないで……」

「こんな時だからこそだ。普段からあれだけ沙羅にいいようにされているんだからな。仕返しはしないと気が済まない」

「こんな素敵な仕返しでしたら是非とも毎日……」

「……それは無理だ」

「もう、いけずですわねっ」

 

 変なところで一歩退いてしまう鬼。そんな鬼の頬に姫は真っ赤な月を刻み込む。

 

「ふふ……鬼さんに仕返しされるよう、私がこれからもたくさん攻めて差し上げますわ!」

「本当に頼もしいお姫様だよ……」

 

 そして鬼と姫は艦娘たちが呼びに来るまで身を寄せ合い、愛を語り合うのだった――。




ということで最初はやはり甘い物語からスタートです!

読んで頂き本当にありがとうございました!


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鬼月夫人の優雅なティータイム

 

「さぁさ、皆様、日頃の任務に訓練と本当にお疲れ様。皆様は常に気を張っていないといけないお立場ではありますが、この時間に限っては何も気にすることなく、ごゆるりとお過ごしくださいましね」

 

 そう言って食堂のすぐ横にあるテラス席で艦娘たちに挨拶するのは、あの鬼月仁提督と結婚し、その妻となった豊島沙羅……改め鬼月沙羅である。

 沙羅は鎮守府内で仁の次に権限を持つ第二提督。

 寿引退なんて言葉だけで、二つの大きな艦隊が一つに統合されたことで生じるはずの混乱も事前に沙羅が周到に準備していたのもあって、何から何までスムーズに事が運んでいる。

 

 結婚した当初は共に生活するための準備等もあってそちらの業務は休んでいたものの、結婚して半年となって観艦式も終えてしまえば、落ち着いて今では休暇の艦娘たちをもてなすまでの余裕が生まれているのだ。

 

 沙羅は結婚する前から仁の下にいる艦娘たちから、ここの鎮守府の仕組みを細かく聞いていた。

 中でも驚き、同時に感嘆したのが有給休暇制度。そしてその制度に対して艦娘たちが死んだ魚のような目をして迎えることだ。

 

 沙羅も有給休暇はとても嬉しかった。しかしここの艦娘たちは仁に尽くせない有給休暇が大の苦手。寧ろ苦手どころか大嫌いに分類される。

 その理由が理由なので沙羅も気持ちは理解するが、夫である仁の考えも理解していた。

 ならばと沙羅が始めたのが有給休暇で打ち上げられた魚の如く干からびる彼女たちを助ける、『有給休暇を楽しくさせる作戦』だ。

 具体的に何をするかと言うと――

 

「では、仁様の良いところを今回も列挙致しましょう!」

 

 ――鬼月仁の礼賛である。

 ここはどこの共産圏なのか?と思われる人もいるだろう。しかし安心してほしい。ここはちゃんとした民主主義国家日本である。

 ただ彼女たちをまとめる長、鬼月仁があまりにも慕われているために起こっている局地的な現象なのだ。

 

 それに沙羅のこの提案によって有給休暇を恨めしく思っていた艦娘たちも、有給休暇中のこの時だけは目に光りが戻るので成功していると言われれば成功している。

 

「はいはいはいっ! でもその前に罪人に罰を与える方が先だと思いますっ!」

 

 そんな中、いち早く挙手して訴えたのは仁の時津風。

 時津風が言う罪人とは――

 

『…………何卒、寛大な処置を……』

 

 ――先程から地べたへ揃って正座し、また揃って『私は鬼月提督を悲しませました』と書かれたプラカードを首から下げている両陣営の秋雲こと……アーティスト・アキグモーズである。

 秋雲らがどんなことをして仁を泣かせてしまったかというと、簡単に言えば趣味に没頭し過ぎて寝る間も惜しみ、倒れたせい。

 彼女らの趣味は絵や漫画を描くこと。最近では沙羅のところから来た艦娘たちも仁の虜となり、加えて秋雲も二名に増えたことで創作意欲が倍になり、前にも増して彼女らの作品を待ち望む者が多い。

 それ故に創作活動に割く時間が増し、本人たちも筆が乗っているのあって徹夜を七日間もしてしまった。

 

 無理が祟って二人が倒れると、仁はそれはもう後悔の念に苛まれ涙を流した。

 全ては部下の健康管理を怠った自分の責任だ、と。秋雲らを含めた全員が仁のせいではないと訴えたことで、彼も少し気持ちを持ち直したものの、近頃は徹底的に健康管理をするようになったため、故に有給休暇が増えた。その上この二人に至っては罰として一ヶ月間夫婦と一緒に寝ることが義務付けられている。

 そう、あの地獄の有給休暇が秋雲らの失態により増え、それなのに当の罪人らは天国にいるかのような扱いなのだ。これを罪と言わず何と言う。ここの艦娘たちにとって、今の秋雲らは最愛の鬼を泣かせ憎き有給休暇を増やしそんな鬼夫婦と同じオフトゥンで寝る大罪人なのである。

 それに加えて倒れたことで仁から蝶よ花よの如く付きっきりで看病された秋雲らは、みんなからの嫉妬の対象なのだ。

 

「…………そうねぇ」

 

 沙羅は地べたへ額を付けて沙汰を待つ秋雲らをじっくりと眺める。

 実のところ沙羅は特に秋雲らへ罰を与えようなんて全く考えていない。既に仁があの手この手で秋雲に世話を焼くことで秋雲らは狼狽し、とろとろに甘やかされたせいである意味鬼からの罰は受けたのだ。それに鬼からの許しが出ないと創作活動の復帰が出来ない。

 甘やかされ、その上趣味を没収され、仲間たちからは嫉妬され、秋雲らはそれはそれはもう脳髄にまで今回自分がやらかした罪を分かっている。

 ただ沙羅としては夫を悲しませた点にだけは罰を与えようと思い至り、口を開いた。

 

「……では二人共、私の膝の上に乗りなさい」

 

 唐突なことに全員が揃って首を傾げる。

 それでも沙羅から「早く言う通りになさい」と言われれば、秋雲らは従う他ない。

 言われた通りに秋雲らが沙羅の左右の膝上へ横抱きになる形で座ると――

 

「(仁様ってね、実は――――)」

『っ!!!!!?』

 

 ――秋雲にだけ聞こえるように、濃厚な夫婦の営みを聞かせ始めたのだ。

 秋雲らもその行為そのものは知っていても未経験。その上創作活動で自身たちが手掛ける漫画は純愛物語や正義が悪を討つといった王道な内容。

 よって沙羅から聞かされるその濃厚な甘い夜の話に、秋雲らは脳内が蕩け、顔や耳、指の先やらつま先まで全身が真っ赤になってしまった。

 何せ逐一「(自分に置き換えて想像してご覧なさい)」なんて言われるせいで、秋雲らの脳内は鬼との激甘ファンタジー夜戦が繰り広げられるのだから……。

 

『〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!』

 

 そしてとうとうオーバーヒートして気絶してしまった。

 沙羅はそんな秋雲らをクスクスと可笑しそうに眺め、すぐさまドック妖精たちを呼んで二人をドックへと搬送させるのだった。

 

「こんなところかしら。皆様、これで秋雲さんたちを許してくださいましね」

 

 淑やかに沙羅がそう告げれば、誰も文句無く『はーい』と揃った声が返ってくる。

 内容は分からないが、あの二人があんなことになったのだからそれはもう凄い罰だろう、とみんな考えたからだ。

 

「では皆様、当初の話題に戻しますわよ」

 

 パチンと手を叩いて沙羅がそう言えば、今度はみんな嬉々として仁の礼賛を始める。

 こうして今日の有給休暇という地獄にひと時の安寧が訪れるのであった。

 

 ――――――――

 

 その一方で――

 

「…………沙羅たちはまたあんな訳の分からんことをしているのか……」

 

 ――たまたま工廠に用があった仁は、その帰りに自身を礼賛する集いに出くわして、その恥ずかしさに耐えられずに両手で顔を覆ってその場に膝を突いてしゃがみ込んでいた。

 

(提督のこんなお姿はレアね……かわいい♪)

(シャッター音がしないカメラを青葉から借りといて正解だったな!)

(沙羅さんと結婚して提督がかわいくなった気がするわね♪)

 

 その横で秘書艦の高雄と手伝いの利根と妙高はホクホク気分になるのだった――――。

 




今日も鎮守府は平和です♪

読んで頂き本当にありがとうございました!


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鬼月夫人の憂鬱な一日

 

 本日、仁は有給休暇を取った。

 理由は至極簡単なことで、大切なお客人が居るから。

 そのお客人とは――

 

「仁くん、また大きいの釣れたね! すっごーい! 釣り上手ー!」

「仁ちゃん、釣りって見ててもこんなに面白いんだね。私知らなかった」

 

 ――藤堂の双子の愛娘ある。

 

 実は藤堂が昨日の夜になって仁に娘たちのことを頼んで来たのだ。

 今日、藤堂は妻との大切な結婚記念日。本当なら娘たちも連れて日帰りで遊園地に行くはずだったのが、娘たちが夫婦水入らずで過ごしてほしいと考え、滅多に言わないわがままを言って仁の鎮守府まで連れてきてもらったのだ。

 仁も最初は藤堂のお願いに驚いたが、双子ちゃんたちがそう言い出した理由を聞かされたら頷く他ない。

 

 それに何だかんだ言いながら鎮守府へ双子を送ってきた藤堂夫妻は双子を預けると、恋人時代に戻ったかのように、自分らの周りに花びらを撒き散らしながら遊園地へと向かった。

 

 双子の名前は千冬(ちふゆ)と美冬(みふゆ)。

 二人は一卵性双生児で二人共に右目の目尻に母親譲りの涙ボクロがある。小学生五年生で小学生ながら母親譲りの大変整った目鼻立ちと、父親譲りの運動神経と頭脳を持っているため、近所でも学校でも大変評判の良い姉妹。

 千冬は天真爛漫で姉としての自覚が強く、誰に対してもお姉ちゃんスタイル。故に仁のこともくん付け。左側に結ったサイドポニーに赤いリボンがトレードマーク。

 美冬は少々物静かで好きなことをすると周りが見えなくなるタイプ。ぬいぐるみが好きで、故に同じくぬいぐるみ好きな仁のこともちゃん付け。右側に結ったサイドポニーに白いリボンがトレードマーク。

 

「まあ、うちの埠頭は結構深いからな。それなりに大きな魚もいるんだ」

 

 仁の説明に双子は揃って頷き、また釣り糸を垂らす仁の体にピッタリとくっついて海面を楽しそうに眺める。

 双子がここまで懐いているのは仁が感覚的に自分たちを識別してくれる存在というのが大きい。

 

 千冬も美冬も幼い頃から良くどっちがどっちなのか周りから間違えられてきた。

 本人たちが悪戯でわざとトレードマークを交換したりして、相手が困っているのを面白がっていた。

 そんな時にたまたま軍関係者とその家族のみの集まりで仁に会い、仁が即座に二人を『千冬は千冬。美冬は美冬』と見抜いたことでそれをきっかけに懐いたのだ。

 

 実を言うと双子の初恋は仁だったりする。

 小学生になってからは流石に無理な恋だと分かったし、仁本人も結婚をしたので諦めていはいるが、それでも双子からしたら両親を除けば一番好きな人物であることには変わらない。

 だから両親の結婚記念日に両親を二人っきりにしてあげようと思ったのは二人の本心だが、その間大好きな人のところにいたいとわがままを言ったのも紛れもない本心なのだ。

 

 遠目からそれを見る艦娘たちは『ああ、提督と沙羅さんの間に子どもが生まれたら、こんな日々が来るのか』とほっこりしつつ、ほんのちょっぴり嫉妬心に駆られているが、

 

「……………………」

 

 仁の妻である沙羅に至っては死んだ魚のような目をして、旦那と旦那の体に擦り寄っていい気になっている小さな女狐らを穴が開くほど眺めている。

 

 沙羅も沙羅で頭では双子が子どもで、純粋に旦那に懐いているとは理解しているのだ。

 しかし女の勘が双子は仁を異性として見ていると警報を鳴らしているのである。

 

「……沙羅提督、そんなお顔していないであちらへ行けばよろしいのでは?」

 

 そう沙羅へ言うのは、沙羅の秘書艦の高雄。今も高雄は沙羅が仁の側を離れる際には必ず行動を共にしているのだ。

 

「いや、でも……小学生に嫉妬心全開で仁様に侍るだなんて心の狭いところを見せるのは良くないでしょう?」

「いやいや、そもそも嫉妬するのが間違いですよ。沙羅提督は文字通り鬼月提督の妻で、あの子たちはお客様です」

「そ、それはぁ、そうなんだけどぉ……ぐっふっふっ」

 

 妻であることを強調され、思わず笑みが零れる沙羅。

 高雄はそんな前と何も変わりない主に苦笑いしつつ、「笑ってないで行ってください」と沙羅の背中を押した。

 

 ――――――

 

「じ、仁様っ!」

 

「おお、沙羅。来たのか」

 

 沙羅は仁のために家事をこなす。それが終わって来てくれたと思った仁は妻にだけ見せるくしゃっとした笑顔で妻を迎える。今日は仁が有給休暇を取ったのもあって、沙羅も有給休暇を利用しているのだ。

 本来ならその大好きな夫の広い胸に飛び込むところだが、

 

「私たちを見破れなかった奥さんだ!」

「私たちを間違えた奥さんだぁ」

 

 いざ双子を目の前にすると、沙羅の表情はついぎこちないものになってしまう。

 実は今朝、出会い頭に双子から入れ替わりの悪戯を受け、『やっぱりちゃんと私たちを分かってくれるのは、お父さんお母さん以外に仁くん(ちゃん)しかいないね』なんて言われてしまったのだ。

 沙羅はその先制パンチがあとを引いており、双子は双子で沙羅のリアクションが可笑しくて『新しい玩具を見つけた☆』と思っている。

 

「沙羅、気にするな。二人はこうやって人をからかうのが好きなんだ」

「え、えぇ……理解しておりますわ」

 

「でも仁くんは最初から私たちのことちゃんと見抜いてたよね!」

「やっぱり仁ちゃんは特別な人なんだよ」

 

 双子は『ねー!』と言いながら仁を挟み込むようにして抱きついて、沙羅の方へ『ふふん』とドヤ顔を見せた。

 すると当然沙羅はカチンと来る。しかしここで張り合っては淑女が……鬼月夫人の名が廃る。

 よって沙羅はそれをなんとかすれすれで回避し、

 

「仁様ぁ」

 

 膝を突いて愛する旦那の背中に抱きつき、両手を仁の胸元へと滑り込ませた。

 

「お、おいおい、どうしたんだ? 子どものいる前だぞ……」

「いいではありませんか。私たち夫婦の仲ですもの。何も隠す必要はありませんわ」

 

 明らかに動揺の色を見せる仁に対し、沙羅はそう言って頬と頬を擦り合わせる。

 これには流石の悪戯ツインズも不意を突かれ、揃ってあんぐりと口を開けてしまった。

 しかしそれもすぐに閉じ、次の瞬間には新しい悪戯に移行する。

 

「仁くんと奥さんはラブラブなのね! いいなぁ! 私も仁くんとラブラブするぅ!」

「仁ちゃんは素敵な人だもんね。ラブラブしないと損するわ」

 

 双子はそう言って沙羅の両手をスムーズに退かし、仁の胸板へ頬擦りを始めた。

 仁は無邪気に子どもが戯れていると微笑むが、邪気ありありの行動を見る沙羅は内心大慌て。

 

「お、お二方? 仁様は私の旦那様なんですわよ? ですから、ら、らら、ラブラブなんて出来ませんわよ?」

 

 沙羅がそう言えば、双子は声を揃えて『えー』と不満の声を出す。

 しかし、

 

「すまないな、二人共。沙羅はこう見えてヤキモチ焼きなんだ。だから変にからかわないでほしい」

 

 ちゃんと双子の思惑が理解出来ている仁は違った。

 悪戯が通用しないと分かれば、双子は素直に『はーい』と返事をして膝上から退かないながらも仁から少し距離を置く。

 それを確認したあとで仁は沙羅の頬へ軽く口づけを落とした。

 

「ふぇっ、じ、仁様!?」

「俺は沙羅だけを愛している。だから不安がらずに俺の側にいてくれ。もっと俺に愛されている自覚を持ってくれ」

「…………仁様ぁ!」

 

 双子は瞳をハートマークにしてだらしない顔になる沙羅を見てこう思った――

 

 仁くん(ちゃん)の愛が鬼級だ

 

 ――と。

 

 双子はそんな二人の仲睦まじい様子に微笑み、しかしながら両親が迎えに来る時まで沙羅に悪戯をして楽しんだという――。




今日も鬼月夫婦艦隊の鎮守府は平和です♪

読んで頂き本当にありがとうございました!


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鬼に嫌われ薬は効くのか?

 

 仁はとても混乱している。

 

「仁様! どうして私だけを見てくださらないのですか!? もう私のことなんて飽きてしまわれたのですか!? 酷いですわ仁様! そんな仁様なんて嫌いですわ!」

 

 仁はとても混乱している。

 

「提督、酷いです。私たちよりもそんなに書類の方が好きなんですか? 書類にばかり目を向ける提督なんて嫌いです」

「なのです……やっぱり司令官さんなんて嫌いなのです!」

 

 仁はとてもとても混乱している。

 

 ◆

 

 それはほんの数時間前のこと。

 今日は月に一度の健康診断で、仁は医務室でいつものように明石から検査を受けた。

 しかしそこで明石の手違いによって廃棄するはずの「異臭薬」……通称"嫌われ薬"を渡され、飲んでしまったのだ。

 これは明石が趣味でやっている研究の副産物。飲んだ者が異臭を放ち、臭い訳ではないがそれがホルモンに作用して異性が拒否反応を示すようになるんだとか。

 

 明石本人も即座に謝ったが、その態度は――

 

『すみませんでした提督! 本当に嫌い!』

 

 ――まるで意味が分からないものとなっていた。

 

 明石がこの調子なので補佐をしている妖精たちが明石のレポートを見せてくれたことで、仁も状況は大体把握した。

 幸い明石がすぐに気が付いてほんの一口飲んだだけであるため、効果は夕方には切れるとのことだ。

 仁はそれまでひたすら執務室で仕事をしようと決めた。もう前みたいになるのは嫌だったから。

 

 ◇

 

 それで今に至る。

 

 しかし仁はどうしてこうなったのか理解が追い付いていない。

 先程から『酷い』、『嫌い』と言ってくる最愛の妻や艦娘たちだが、口ではそう言いながら沙羅に至っては膝上を占拠して首筋や胸元を撫でてくるし、高雄も電も言葉は刺々しいが先程からの態度は『構ってちゃん』にしか見えないからだ。

 そして今日はいつにも増してわざわざ艦娘たちが執務室に乗り込んできて、わざわざ絡んでくる。

 口では嫌いだ何だと言いながら、行動に関してはスキンシップが激しい。

 例えば金剛が嫌いと言いながら前からハグし、それを見た比叡が何してるんだと怒号を飛ばして背中からハグして頬擦りしてくる。

 そうしたことの永遠ループを経てやっと嵐が収まったかと思えば、こうして秘書艦と秘書艦補佐と妻が突撃してきたのだ。

 

「いや、そんなことを言われてもだな……」

「言い訳なんて男らしくないですわっ!」

「そうですよ! 提督は黙ってください! 空気が汚れます!」

「司令官さんは黙って電たちを見てればいいのです! 嫌いですけれど、見られてない方がもっと嫌なのです!」

 

 支離滅裂な言動に仁はどうしたらいいのか分からず、とりあえず言われた通りに電と視線を合わせる。

 すると電は嫌そうに眉をひそめながら視線を絡み合わせてくるではないか。仁もこれがどんな状況なのかさっぱりである。

 

「仁様? あなたの妻が側にいるのに浮気ですか?」

「ハーレムの中だからって調子に乗ってますね?」

 

 しかし妻と高雄からの口撃も間髪無くやってきた。

 埒が明かない、と仁は高雄と電には優しく頭を撫で、二人がふにゃっとなったところで執務室から閉め出し、そのあとで沙羅には十分に濃厚なキスをして腰砕けにしてから隣の仮眠室へ寝かし付けた。

 自分の行動を後ろめたく思いながらも、執務室に繋がる通路という通路を施錠し、仁はやっと静かになった執務室で書類の山を片付けるのだった。

 

 ――――――

 

 それから夕方になる。

 仁は今日のノルマを終えて一息つくと、何やら地響きがした。

 地震かと思えば、その地鳴りは執務室へと近付いて来ている。

 仁は、まさか自分のことが嫌いになり過ぎて艦娘たちが突撃してきたのか?――と考えた。

 妖精が見せてくれた資料には終盤になるとホルモンへ与える影響が大きくなるとあったのだ。

 仁は急いで窓からの逃亡を図ったが、窓の外には既には多くの艦娘たちがいて、退路が塞がれている。

 

 どうしようか、と考えているととうとう執務室のドアがこじ開けられた。

 こじ開けたのは妻である沙羅だ。それも彼女が一番得意としている回し蹴りで。

 

「…………仁様」

 

「ど、どうした?」

 

 沙羅は顔を伏せているので表情が分からない。

 しかし声が震えている上、嫌悪の色が無いことで仁は内心心底安堵した。

 

 すると沙羅が物凄いスピードで懐へ入ってくる。

 仁は思わずヒヤリとした。今もし何らかの武器で襲われたら回避出来ないからだ。

 しかし沙羅は手に何も持っていなかった。

 では何故懐へ入り込んで来たかと言えば――

 

「仁様っ、仁様っ、仁様ぁぁぁぁぁ! 私、今日はどうかしていたんです! ですから離婚しないでくださいましぃぃぃぃぃっ!」

 

 ――懺悔のためである。

 沙羅が大泣きしながら謝れば、執務室になだれ込んできた艦娘たちも、窓の外にいる艦娘たちも、全員が『ごめんなさい』、『大好きです』と叫んでいた。

 しかも窓の外にいる艦娘たちの輪を良く見れば、明石がまるで十字架に張り付けにされたイエス・キリストのように運ばれているではないか。

 明石が今回の元凶だとみんなが分かり、明石を大罪人としてしょっ引いて来たのだ。

 それは大好きな提督に対して心にもないことを言わせた罪。それと一部の艦娘……俗に言うツンデレの子たちが激しいスキンシップに及んでしまったことへの行き場のない憤りを明石へぶつけるため。

 

「…………本当に今日は変な一日だ」

 

 そう言って仁が夕日を見ると、夕日は満面の笑みでこちらを見ていた。

 

 結局のところ仁は妻や艦娘たちのことをすぐに許し、明石も当然許された。

 ただ、贖罪意識からか艦娘たちのスキンシップや好意の寄せ方がこの日よりも過激になり、妻沙羅に至っては四六時中キスをしてくるという……仁にとってはそちらの方が何倍も神経をすり減らすこととなった。

 因みにこの状態は一ヶ月も続いたという――。




結論、鬼は無敵である。

読んで頂き本当にありがとうございました!


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鬼の子は天使

番外編最後です!


 

 仁と沙羅が結婚して数年の時が過ぎた。

 夫婦の間には五歳と三歳の男の子二人が誕生し、子どもたちは両親の愛に加え、両祖父母からの愛やそれぞれの伯父伯母らからの愛、そして鎮守府にいる艦娘たちからの愛を注がれて元気に育っている。

 上の子である仁人(よしと)は幼いながらもしっかり者で、下の子良仁(りょうじ)は甘えん坊で引っ込み思案だが何事も一生懸命な子だ。

 男兄弟なのでケンカもするがそのあとでちゃんと仲直りするし、そもそもケンカというケンカは滅多にない。

 いつも兄弟仲良く一緒に行動し、そんな子どもたちのお目付け艦になった仁の電と沙羅の漣がいつも兄弟をサポートしている。

 

「電姉ちゃん、早く早くっ」

「まっ、待ってほしいのですぅ!」

 

「漣お姉ちゃんも」

「急がなくても大丈夫ですよぉ!」

 

 しかし今に至っては電たちが兄弟にそれぞれ手を引かれて、食堂横のテラスへと連れて行かている有様。

 何故かと言えば――

 

「母ちゃん!」

「お母さん」

 

「あら、そんなに息を切らせてどうしたの?」

 

 ――母、沙羅のためである。

 

 沙羅はもうすぐ、仁との第三子を出産予定。予定日はまだもう少し先だが、息子たちは息子たちなりに仕事で母の側にいられない父の代わりに自分たちが母の側にいようと必死なのだ。

 二人はまだまだ子どもではあるが、仁人は既に軍人を目指して仁の母(お祖母ちゃん)を家庭教師に呼んで勉強に励んでおり、良仁は音楽に興味を持ったので沙羅の義姉からピアノを習っている。

 今日の午前中は二人して習い事であったため、それが終わってすぐに母のところへ走ってきたのだ。

 

「ちゃんとお祖母様と伯母様にお礼しましたか?」

『うんっ』

「うんではなくて?」

「はいっ!」

「はい」

「よろしい」

 

 ちゃんと返事が出来た息子たちの頭を沙羅は優しく撫でる。

 すると息子たちは揃って笑みを零した。性格は全く違うが、笑顔はそっくり。

 

「お婆ちゃんを置いてくなんて酷い孫だねぇ」

「まあまあ、それだけ母親のことを心配していたんですよ」

 

 そこへ遅れて仁の母と沙羅の義姉が追い付いてくる。

 こちらもこちらでいつも子どもたちを見たあとで沙羅の様子を見るのだ。沙羅にとってはどちらも母親の先輩。こうして顔を合わせるだけでも沙羅にとってはとても安心なのだ。

 

「いつも息子たちがお世話になっていますわ。高雄、お茶の用意をお願い」

 

「はい、すぐに」

 

「俺も手伝うよ、母ちゃんの高雄さん!」

「僕もお手伝いする」

「電もなのです」

「漣もやりますですよー」

 

 ――――――

 

 すぐに高雄たちが用意をすれば、あとはみんなで穏やかなティータイム。

 息子たちは沙羅の両脇を陣取り、大きくなったお腹を撫でたり、耳をあてて音を聞いたりしている。

 

「今度は女の子だったわよね?」

 

 義母の問いに沙羅が「はい」と返事をすると、義姉がすぐに「名前は決まりましたか?」と訊ねてきた。

 

「仁様と決めました。椿、と」

「いい名前ね」

「沙羅さんも花の名前ですものね」

 

 二人がニッコリと穏やかに笑って返すと、沙羅はとても嬉しそうにお腹を撫でる。

 そうすればすぐに息子たちが「椿!」「椿ちゃん」と産まれてくる妹を呼んだ。

 

「あら、動きましたわ。椿もお兄ちゃんたちに会いたいのね」

「元気でいいわ。でも辛くなったらすぐに言うんだよ?」

「そうです。旦那さんが側にいるとはいえ、任務があればすぐには動けませんから」

「お心遣いありがとうございます」

「母ちゃん、俺たちもいるぞ!」

「僕たちも頼って」

「ええ、ありがとう、二人共……」

 

 いつも掛けてくれる言葉ではあるが、沙羅は何度聞いても涙が出そうになるくらい嬉しい。

 沙羅は女性で言えば遅い出産である。出産することが可能な年齢であっても、その年齢によってリスクは上がっていくのだ。

 それが沙羅にとって不安だった。どんな状態であれ、産まれた子どもには最大限の愛情を注ぐつもりであったし、夫も同じ気持ちだった。

 でも母親として健康に産んであげたい……その思いがとても強かった。

 今もその気持ちはあるが、産まれた仁人も良仁も健康そのもので、お腹の子の椿も健康である。夫も任務が終われば家族を愛し、尽くしてくれる。

 

 だから沙羅は心の底から幸福感を感じ、お腹の子に「早く貴女のお顔を見せて」と囁くのだった。

 

 ――――――

 

 神様というのは時に本当に人々のことを見ているのかと、思わせる時がある。

 それは年中無休で国のために働く仁が、大きな作戦を終えて作戦の事後処理も終えた休暇中。

 仁が息子たちとお産のために入院中の沙羅のところへ見舞いに行こうとした時、産気付いたと病院の方から連絡があったのだ。

 予定日を過ぎていたのもあり、今回はそうだろうと仁は高雄に鎮守府の留守を任せ、安全運転を心掛けながら息子たちと共に病院へ向かった。

 

 病院に着くと、すぐに看護師から説明を受けた。

 今回も沙羅は帝王切開での出産となる。三度目ともなるとそれなりにリスクが大きくなるが、沙羅の状態が非常に良かったので医師の方が驚いたくらい。

 

「父ちゃん……母ちゃん、大丈夫だよな?」

「………………」

 

 待合室で沙羅の手術が終わるのを待っている間、仁人はそのことばかり訊き、一方で良仁は不安そうに仁の右腕にしがみついていた。

 仁は「お母さんは大丈夫だ」と笑顔で言い、息子たちが安心するようにずっと背中を撫でる。

 ここの病院は帝王切開中に旦那さんが立ち会うことは可能だが、それは沙羅の方が仁に遠慮してほしいと言うので立ち会いはしない。

 理由としては弱ってる自分を見せたくないのと、仁の不安を煽りたくないから。

 

 ――――

 

 暫くすると、無事に元気な女の子を出産したことが看護師によって知らされ、仁は息子たちを両手に抱えて急ぎ足で手術室へと向かった。

 

「おめでとうございます。母子、共に元気ですよ」

「……ありがとうございます」

 

 今回で三度目となる担当医がにこやかに言うと、仁は目頭を熱くさせて礼を言う。すると息子たちもそれに倣って医師に礼を言った。

 

 そして沙羅が抱いている、椿と仁たちは初対面する。

 

「……ああ、この子が、椿か。沙羅……」

「はい、私たちの三人目の宝ですわ」

「椿、お兄ちゃんだぞー」

「僕もお兄ちゃんだよ……」

 

 椿はまだ瞼を閉じてはいるが、声のする度に首を動かしている。

 

「お父さんだよ、椿。俺たちのところへ来てくれてありがとう」

 

 仁が涙を堪えてそう言えば、椿はそっと仁の方へと手を伸ばした。

 そんな椿に仁はもう堪えられんとばかりに大粒の涙を零し、息子たちを下ろして、伸ばされたその手を優しく握る。

 

「……本当に、ありがとう。産まれて来てくれて、ありがとう……!」

 

 それからすぐに椿は看護師の手によって退室した。

 仁も退室を促されたが、

 

「沙羅、本当にお疲れ様。愛している……」

 

 最後に沙羅へ声をかけ、その頬にそっと口づけを落とす。

 

「私もですわ、仁様」

 

 鬼月仁は家族と日本を守ろう、とまたこの日、深く誓うのであった――。




ということで、最後の最後はこういうラストで締めくくることにしました!

番外編も最後まで読んで頂き、本当に本当にありがとうございました!

※お知らせ
3月1日に活動報告にて新連載のお知らせをしたいと思います。
気が向いたら覗いてくださると幸いです!


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