ありふれない騎士団で世界最強・リメイク (ムリエル・オルタ)
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リメイク版
プロローグ
恐らく前回の20話まではある程度の修正のみに留まり、基本は変わらないと思います。
ある男は願った。『聖槍十三騎士団の様になりたい』と。
神は叶えた『聖槍十三騎士団と
男は悲観に暮れた。『聖槍十三騎士団』になりたい訳ではなく、『聖槍十三騎士団』の様になりたかっただけなのだ。彼らの様に強く生き、願いの為ならどんなに犠牲を出しても止まらないその生きざまに男は憧れたのだ。断じて、
しかし、今更嘆いても何も変わらない。悲観に暮れようと状況が好転するわけでもない。男はこの能力と共に生きていかなければならないのだから。永遠に、永劫に、何度も繰り返しながら。死ぬことは許されない。転生させた神自身はそれを許さない。己が愉悦するためのものであるがために。
男は狂った。聖槍十三騎士団となってしまい、それぞれの理想、理念、願いが全て男の中に流れ込んでしまったからだ。聖槍十三騎士団団員各々に人格らしきものは男は感じなかった。ただ一人の神を除き男には感じることが出来なかった。
~~~
「………………………………一体コレが何回目だったか、何を目的にしていたのか…。あぁ、純粋なメルクリウスならば分かる事も混ざりものである私では分からない訳か」
とあるマンションから夜の月を見ながら彼は呟く。姿はかの聖槍十三騎士団に所属する中尉。ヴィルヘルム・エーレンブルグそのものだ。しかし、その顔に移るのは凶悪な形相ではなく何処か穏やかに何かを待つ老人のようだった。
手元に置いてあるミネラルウォーターを呷り、そのまま立ち上がりベランダに出る。
「まさか、私がメルクリウスと同じ願いを願うようになるなんてね。驚きだ。驚愕に値する。あぁ、私を終わらせてくれ
月光に照らされ浮かび上がった影が蠢いた気がした。その瞬間ヴィルヘルムの顔が本物のヴィルヘルムの様に凶悪な形相になった気がした。
~~~
「…………………朝か。この体だと明るいのは嫌いだ」
そう言いながらベットに置いてあるサングラスをかけ、時計を確認する。時間は6:30、少しゆったりしても良いだろう。ヴィルヘルムはもう一度ベットに潜り込んだ。現在の彼はヴィルヘルムとなっているので朝は極端に弱いのだ。そして、次に起きたときにヴィルヘルムは時計を見やり日傘とサングラスを用意して学校へと向かった。
ヴィルヘルムは日傘とサングラスをかけ、ゆったりと学校へと向かっていった。その途中でクラスメイトとなった南雲ハジメと出会った。
「よぉ、南雲。頼んだのは出来たか?」
「え、あ、エーレンブルグ君。おはよう。うん、出来てるよ現物は学校に行ってから渡すから」
ヴィルヘルムが呼びかけると南雲ハジメは振り向きお驚きながらあいさつした。それに対し、「あぁ、おおはよう」と返したヴィルヘルムは二人そろって話しながらゆったりと学校に向かったのだった。
「よぉ、キモオタ!また徹夜でゲームか?どうせエロゲでもしてたんだろ!」
「うわっ、キモ~。エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~」
教室に入るとハジメに対してそんな言葉が投げかけられた。そんな声をかけたのは毎度毎度懲りずにハジメを弄る筆頭格檜山大介とその取り巻きである斎藤良樹、近藤礼一、中野信治の計四名だった。彼らの言葉から分かる様にハジメはオタクである。だからと言って身だしなみが不潔だとか言動がちょっとアレって訳でもない。それこそ黙っていればありふれた普通の高校生だ。そんなハジメに彼らが突っかかる理由はただ一つ。
「南雲君おはよう!今日もギリギリだったね。もっと早く来ようよ」
白崎香織。学校の二大女神と名高い二人の内の一人である。彼女にしたいランキング、嫁にしたいランキング共に上位に位置している香織のスペックは高く、また、非常に面倒見がよく学年問わず頼られている事もあり絶大な人気を誇る。そんな彼女に構われているハジメは嫉妬の対象だった。因みに香織がハジメに接触するのはある取引が原因であったりする。
何度も言うが、白崎香織は面倒見がとても良い。学園の二大女神と呼ばれて名高いうちの一人でもあり、恋人にしたいランキング、嫁にしたいランキングの上位に常に位置し、その人気を今も上げている(重要)。最初に述べた通り白崎香織は面倒見が良く、色んな人間の面倒を見る。しかし、残念な事は白崎香織自身が自身の影響力を認識していないあるいは軽視している事だろう。現にハジメが嫉妬とその他諸々の殺人光線を受けているのに気が付いていない。ついでとばかりにヴィルヘルムの進行方向を妨げている事にも気が付いていなかった。香織は謝り道を譲る。ヴィルヘルムはその際にハジメの襟首を掴みついでとばかり連れて行った。背後から「エーレンブルグ君!?」と驚いている香織の声が聞こえたがヴィルヘルムはまるっと無視した。
席に座り、ハジメを手招きする。
「さて、南雲。例の物は用意できてんだろうな?」
「あ、うん。用意できているよ、はい」
そう言ってハジメは一つのUSBメモリをバックから取り出してヴィルヘルムに手渡した。ヴィルヘルムはそれを「わりぃな」と受け取りバックに入れ、そのままバックから茶色の封筒を取り出した。
「ほら、報酬だ。前後合わせて10丁度だ」
「…………………確かに。毎度ありってね」
その場でザっと中身を計算したハジメは笑みを浮かべヴィルヘルムにそう言った。
「しかし悪いなぁ。頼んでおいてなんだが徹夜したのか?」
「いや、徹夜とまではいかないよ。ちょっと手古摺ったのは確かだけどそれでも少しは寝れたよ」
「なら良いんだが」そう言ってヴィルヘルムは手の中でUSBメモリを弄ぶ。その眼には歓喜が写ってい誰の目から見ても明らかだ。暫く手の中で弄んだあと、ヴィルヘルムは嬉しそうにバックから袋をハジメに投げ渡した。
ハジメは慌てながらそれをキャッチするそこには可愛くディフォルメされた金髪の少女の人形があった。
「それとは別の報酬だ。お前からもらった図面をもとに暇だから作ったんだ。どうだ?似ているだろう?」
「似てるって、誰に?」
「マリィ」
「マリィ?…………………あぁ、確かに。可愛いね」
この時のやり取りを聞いて香織の瞳孔が縮み人一人殺せるような眼をして人形を凝視していたのに誰も気が付かなかったなんてことはなく、運悪く正面に立っていた天之河光輝が殺人光線の犠牲者となった。後にこの時のことを語り曰く「何故あそこで気が付かなかったのか過去の自分に小一時間問い詰めたい」と述べたそうだ。その後も裁縫能力の高いヴィルヘルムとその設計図を作ったらしいハジメの会話にクラス全体が聞き入っており、愛子先生が入ってきても誰一人返事をせず、涙目になっていたのは完全に余談である。
なんだかんだその後授業は始まり、何事もなく昼休憩に突入した。ヴィルヘルムとハジメはまた二人で集まってまた話し始めた。
「それでだ、今度新しい奴作るからよぉ作ってくれ」
「いや、そこだけ言われても分からな………………………いや、分かった。うん。いつも通りで良いね?前5の残り5の合計10でそれで今回はどれくらい?」
「あぁ、ざっと五十くらいか?それを二週間程度で頼んだわ」
「多ッ!?」
「だから報酬が高いんだよ」そう言いながらバックから紙袋に入ったドーナツを取り出す。それを頬張りながらまたバックから紙束を取り出しハジメに手渡す。そのバックは四次元ポケットかなにかだろうか。その紙束と睨めっこしながらウェダーinゼリーをハジメと細かい部分を訂正しながらドーナツを頬張るヴィルヘルム。ヴィルヘルムは口調はチンピラだが顔は美形であり下手なBLより質の悪い。腐女子が薄い本が厚くなると大興奮していたのは言うまでもない。
「エーレンブルグ君、南雲君。お昼ごはん?私も混ざっていいかな?」
「え、白崎さん!?」
「あ?まぁ、構わねぇよ」
「えぇ!?」
突然乱入してきた香織にハジメは驚きヴィルヘルムは少し眉を動かしたが何事もなく了承した。香織はヴィルヘルムの言葉にパァっと顔を輝かせ、近くの椅子を寄せ二人の傍に座った。香織は二人が話していたことに興味津々で何を話していたのかを聞いていた。その後三人はヴィルヘルムの作ったぬいぐるみの話に夢中になっていて気が付いていなかったが香織の背後では手を空中で彷徨わせている光輝が居た。その光景を見て八重樫雫と坂上龍太郎は香織を何処か微笑ましく見ながらかなり残念な状態な光輝を見て肩を震わせていた。龍太郎は取り合えず光輝の肩に手を置いて「ドンマイ」とだけ呟いていた。
その時、床に魔方陣が広がり辺りを光が包んだ。教室のドアを思いっきり開き愛子先生が「早く外に出て!」と言ったがすべてが遅かった。床に広がる魔方陣が一際激しく輝くと同時に教室内は何も見えなくなった。
そして、光が収まるとそこには何もなくあるのは生徒たちのカバンや勉強道具、弁当だけだった。
これより先は既知ではなく未知の世界。全てが未知であり、未体験。既に賽は投げられた。それがどう結果に影響を及ぼすかは神にも分からないことだ。
今回は前回から想っていたオリ主のヒロインの数調整等を念頭に置き、完結へ向けて頑張りたいですね。
…完結できると良いけど。
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異世界召喚
あ、今回は修正点は無いです(圧倒的コピペ)(作者だからOK)(それでいいのか)
あります(矛盾)
ヴィルヘルムは手に持った日傘を居合の様に構えた状態でふと周りが教室では無い事に気が付いた。周囲は大理石の様な物質で作られた建造物で、ヴィルヘルムの正面には金髪で中性的な人物の絵画があった。ヴィルヘルムはそれを見て少しばかり怒りがこみ上げたが、これまで感じていた既知感を感じない未知の現象に心を躍らせていた。
近くに居たハジメはこの時のヴィルヘルムの顔を見ていた。凶悪な形相で笑みを浮かべていたのだ。この時「笑みって本来威嚇らしいってテレビで見た気が…」と軽く現実逃避していたりする。
無駄に神々しい絵画と正反対の方向には両手を胸の前で組んだ人間の集団が居た。その先頭に居た人物はその中でも一際豪奢な装いの老人が立ち上がりこちらに笑みを向けて話し始めた。
「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申すもの。以後よろしくお願いし致しますぞ」
そう言ってイシュタル・ランゴバルドと名乗った老人は好々爺然とした笑みを浮かべた。そして、こんな場所では落ち着く事も出来ないだろうと言って長テーブルと椅子の置いてある此処とは違う広間に向かった。その道中、ヴィルヘルムは女神イシュタルを思い出し、同時に先程の爺を思い出し、少しばかり気分不良になっていた。
そこで全員が席に座ると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドが入ってきた。かつての日本のサブカルが生み出したメイドではない。正統派のヴィクトリアンメイドが出てきたのだ。と言っても、流石に世界が違うのか、それとも全く誰とも知れぬ者による変革か、部分部分にサブカルが混ざっているのでこの場合はヴィクトリアンメイド擬きと表したほうが正しい。
綺麗どころを集めている事もあり思春期真っ盛りの男子生徒はメイドたちを凝視していた。そして、そんな男子生徒たちを見る女子生徒の目は極寒の南極もかくやの冷たさを宿していた。そんな中、ヴィルヘルムだけ普通に紅茶を受け取り何か摘まめる物は無いか聞いているのは途轍もなくシュールだった。
「さて、あなた方に置かれましてはさぞ混乱されている事でしょう。一から説明させてい頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」
要約し、簡単にし、かみ砕きにかみ砕き、三行に纏めるとこうだ。
人族と魔族は戦争中で膠着状態。
魔族がいきなり従える事の出来ないはずの魔物を従えた所為で人族大ピンチ!
だから神様が勇者様(その他多数)を召喚した。召喚されたんだから助けて!
で、ある。つまるところ、身勝手な理由で召喚し挙句年端もいかない学生である彼らに戦争、人殺しを強要しているのだ。イシュタル曰く神より特殊な能力が授けられているらしいがだからと言ってこれまで殺人の「さ」の字も知らなかった人間にいきなり「戦争で敵を殺してくれ」等と言うのはおかしい。ヴィルヘルム以外は確実に精神を病む案件でしかない。平穏で平凡な世界からいきなり異世界に来て人殺しに忌避感を抱かないのはなろう系だけで、どうぞ。
「あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という救いを送ると。あなた方には是非その力を発揮し、エヒト様の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」
先ほどまでの好々爺然とした表情から一転して恍惚とした顔でそんな事を喋るイシュタル。一部の男子は爺の恍惚とした表情と言う誰も得しないものを見て顔を青くしていた。特に被害が大きかったのは丁度正面に居た檜山だったりするのだが、正直どうでも良い。
この世界の人族九割はこの聖教教会の信者であり、神託やら神の意志やらを何の疑いもせず寧ろ嬉々としてそれに従うこの世界の人間にハジメやヴィルヘルムは言い知れぬ嫌悪感を感じた。正確にはそう感じたのはハジメだけであり、ヴィルヘルムは既に違うことを考えていた。
それは元の世界では代用する事しか出来なかった事。
「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」
ぷりぷりと怒る愛子先生。彼女は今年二十五歳になる社会科の教師で非常に人気がある。百五十センチ程の低身長に童顔、ボブカットの髪を跳ねさせながら、生徒のためにとあくせく走り回る姿はなんとも微笑ましく、そのいつでも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さのギャップに庇護欲を掻き立てられる生徒は少なくない。
愛ちゃんと愛称で呼ばれ親しまれているのだが、本人はそう呼ばれると直ぐに怒る。なんでも威厳ある教師を目指しているのだとか。
今回も理不尽な召喚理由に怒り、ウガーと立ち上がったのだ。「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる……」と、場違いにほんわかした気持ちでイシュタルに食ってかかる愛子先生を眺めていた生徒達だったが、次のイシュタルの言葉に凍りついた。
「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」
等と言ったのだ。それにはヴィルヘルムを除く全員が凍り付いた。誰もが思っていたのだ。「どうせちゃんと帰れる」「帰る手段は存在する」と、イシュタルのその言葉はそれらの願いを望みを打ち砕くには十分な威力を持っていた。その言葉に落ち着きを取り戻しかけていた生徒たちは再び混乱し好き勝手にわめき始めた。暫く喚きに喚き、ヴィルヘルムが物理的に黙らせようか考えた瞬間とある
「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」
「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」
「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」
「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」
「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」
そう言って胸の前で拳を握り、宣言する光輝。無駄に決め顔なのが少しばかり腹立たしい。そしてそれは同時に逃げ道を作ってしまった。自身の選択で間違いを犯したくない
「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」
「龍太郎……」
「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」
「雫……」
「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」
「香織……」
光輝を中心とするグループがそう宣言すればもう止まらない。彼らに逃げる理由を与えてしまった。確固たる意志も持たず、ただ流されるように「光輝たちがそう言ったから」「この状況で反対したら周りからどう見られるか」等と考える事を放棄した彼らの
「ククク………………ハハハ……………………ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」
広間に響き渡る笑い声。その元を探せばすぐに見つかった。それはヴィルヘルム・エーレンブルグだったのだ。周りから不審な人物を見る様な目で見られながらひとしきり笑ったヴィルヘルムは目元の涙を拭いながら立ち上がり、喋り始めた。
「エーレンブルグ、何が可笑しい!?」
「いやいや、お前らはそろいもそろって莫迦と自己犠牲の精神の塊なんだなぁ?この世界の人達の為に人を殺そう!なんて元気よく宣言し、それに仲間外れにされたくないがために賛同するような奴らがリーダー格で、お前らはそんなリーダーの下でこの前まで銃に触れたこともなく殺人を行った事もなく死体を目にした事もないただの学生の分際で人類を助けるために人殺しをするとでも言うのか?お前らがやっているのは大日本帝国の神風特攻と同じなんだよ。選択肢がそれしかない?馬鹿を言え、それしかないから他者に流されて良い訳じゃねぇんだよ。それはただの戯言だ。てめぇらはそこらに居るペットか?動物か?いや、動物に失礼だったな。てめぇらは動物以下だ。自分で考えようとしない奴に生きてる価値はねぇ。無駄死にするだけだ」
「じゃあ、エーレンブルグはこの世界の人達を見捨てるって言うのか!?」
非難の声を上げたのは先ほどヴィルヘルムがバカにした「人殺しに行こうぜ!」宣言した光輝だった。その眼には義憤にも似つかない何とも言えない色が宿っていた。そんな光輝に対してため息を吐きながら話し始めるヴィルヘルム。
「てめぇはなんで自分の言葉がすべて正しいとでも思ってんだ?それともてめぇは降ってわいた様に貰った力で世界が救えるとでも思ってるのか?そんな事を言えるって事はてめぇはその力が無くても世界平和を行うために命を捧げられるんだよな?地球で何も力が無い非力な学生の時にてめぇは言えるのか?殺しあっても意味は無い、話し合おうやら皆同じ人なんだから分かり合えるって言いながら紛争地帯を歩けんのか?てめぇのその自信は一体どこから出てんだ?」
「話を逸らすな!俺はこの世界の人達を何故助けないのかって聞いてるんだ!」
「はぁ、話になんねぇな。まぁ、そんなの当たり前だろ?メリットが無い。俺はてめぇの様に損得勘定なしで人助けなんて出来ねぇからな。俺はお前らみたいな思い上がりのケツを拭ってやるほどお人好しじゃねぇ。ヒーローごっこは他所でやんな。俺はてめぇら程自殺願望があるわけでもねぇしそんなあほな理由で死ぬ気もねぇ。戦争すること自体は俺は賛成だがその時はてめぇらとは別行動させて貰うぞ」
この時ヴィルヘルムと光輝は完全に決別した。性善説を信じて疑わない光輝と現実主義の
ここは、本当に前作と殆ど変化ないんですよねぇ。強いて言えば行を変えたりしたくらい?
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聖槍十三騎士団
ヴィルヘルムを除く殆どの生徒は結局戦争参加を表明した。イシュタルはヴィルヘルムに対して一瞬だけ危険な目を向けたが他のクラスメイト達が居る手前直ぐに好々爺然とした表情で取り繕い王城へと向かった。その光景はヴィルヘルムの懸念を確信させるのに十分だった。天から舞い降りる神の使徒そしてそれに付き従う様に侍る聖教教会教皇。王城に行けば教皇を立って迎える王族たち。教皇が差し出した手に口付けをする国王は見るに堪えない。
この世界はあまりにも歪で異端だった。元の世界のキリスト教ですら内部で割れていたのだ。世界規模の信者が居る聖教教会が一枚岩に近いのはあまりにも歪過ぎた。そして、権力の大きさもである。一国の国王が教会の人間を立って出迎える。元の世界では考えられない光景だ。これでは聖教教会の方が国王より偉い事を証明していた。
そして晩餐会の時、ヴィルヘルムは他の人間の目を逃れる様にテラスへと出て行った。しかし、ヴィルヘルムは少しばかり急いでいたのか完全に周りから抜け出せず、数名ほどヴィルヘルムの不審な行動に首を傾げたりしていた。そして、その中でも三名はその後を追っていた。
テラスには夜風が程よく吹いており背後からは晩餐会の楽しそうな声が聞こえる。ヴィルヘルムはテラスの端、晩餐会の会場からの光すら届かない所まで移動すると胸を押さえだした。
「あぁー、この世界でちゃんと使えるか確認しねぇとな。だが、まともなの居ねぇしなぁ。仕方ねぇ、あいつ使うか。聖槍十三騎士団が十三席カール・クラフト、変換」
その言葉と同時にヴィルヘルムの体に変化が生じた。その姿は青みがかった長髪の美丈夫が現れた。彼の名をメルクリウス、カール・クラフトやカリオストロ等様々な偽名を使い世界を放浪する
「うむ、問題は無いようだ。それにしても…………素晴らしい。未知とはこれ程までに甘美なものだったとは。私も耄碌したものだ。取り合えずこの空気を時間軸から切り離してでも保存しておかねばなるまい。あぁ、それにしても久々に思ったよ終わって欲しくないと。さて、これで我が三千八百四十二番目の未知コレクションは新たな潤いを見せた。永劫回帰も彩られた、これで後六京回帰しても耐えられよう。いや、誇張し過ぎかな?うむ、半分の三京回帰は耐えられるだろう」
「あ、あのぉ?」
「あ…………」
メルクリウスは完全にトリップしていた。原点であるメルクリウスがニートであり屑であり宇宙規模の変態である様に、この体を使った場合彼も引っ張られ原点程でないにしろウザく変態チックになってしまうのだ。ついでとばかりにトリップも良くする。
メルクリウスが振り向けばそこにはドレスに身を包んだ一人の少女が居た。彼女の名はリリアーナ・ハイリヒ。この国の王女だった。メルクリウスは瞬間でその事を思い出し、笑みを浮かべながら礼をした。
「これはこれは王女様、私に何ようかな?」
「いえ、こちらに向かわれるのを見たので。それで、貴方は?神の使徒の一人ですね?」
「然り、聖槍十三騎士団第十三席カール・クラフトと言う。よろしくお願いするよ」
メルクリウスの言葉にリリアーナは首を傾げる。異世界から召喚された神の使徒たちはその世界では学生だったと聞かされた。しかし、今彼は何と言っただろう。騎士団、そう言った。
「申し訳ありませんが、そのような騎士団は存じません。それはどの様な?」
「ふむ、まぁ、私は本人ではない。問題ないだろうから回答しよう。私たち十三人で騎士団なのだよ。一人一人が一騎当千。聖槍に集いし十三人の魔人で構成された最低災厄最恐の集団ですよ。私はそこの副頭領とでも言いましょう。……………………おっと、お喋りが過ぎたようだ。私は退散するとしよう」
「え、まっ………………え?」
メルクリウスは好き勝手言った挙句リリアーナの横を通り過ぎる。すかさずリリアーナが追いすがろうとしたものの、すでにそこには人は居なかった。そして、リリアーナとメルクリウスの会話を聞いていた人物が二人。
~~~
晩餐会の翌日、座学と戦闘訓練が開始された。一度メルクリウスに変化していたが、クラスメイトと言う大衆が居る手前メルクリウスで最初から居るのは不味いと思い、ヴィルヘルムへと戻った。戦闘訓練や座学を行う前に全員が集められ、一人一枚銀色のプレートを渡された。騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。
何故騎士団長直々に説明するのかと聞くと、これから背中を合わせて戦うのだから、半端の者に預けることは出来ないだそうだ。それでいいのか騎士団長。最もメルド団長本人も、「むしろ面倒な雑事を副長(副団長のこと)に押し付ける理由ができて助かった!」と豪快に笑っていたくらいだから大丈夫なのだろう。もっとも、副長さんは大丈夫ではないかもしれないが。今頃ストレスで頭皮の心配か胃痛に悩まされている事だろう。
「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」
そう言いながら笑うメルド。余りにもフレンドリーすぎて少しばかり引いているクラスメイト達だが、メルドの「これから戦友になろうってのにいつまでも他人行儀に話せるか!」と言う言葉にクラスメイト達の緊張が少しばかり解れた様な気もした。
「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。『ステータスオープン』と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」
「アーティファクト?」
この世界特有の単語に光輝が疑問の声を上げた。
「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」
一部男子が先走り「ステータスオープン」と言い、メルドから「血を垂らすか、擦り付けて自分専用にしなければ出来ない」と苦笑い交じりに言われ赤面したりと和気藹々としながら遂に男子生徒念願のステータス提示が始まった。
少しばかり気後れしながら指に針を刺し、プクリと膨らんだ血をステータスプレートに擦り付ける。ヴィルヘルムもそれに習い、小さめに形成した針で自分を刺し、出てきた血をステータスプレートに塗る。すると火にあぶられて現れる文字の様に、ステータスプレートに文字が浮かび上がってきていた。
ヴィルヘルム・エーレンブルグ **歳 男 レベル:**
天職:聖槍十三騎士団(串刺し公)
筋力:9600
体力:8000
耐性:9250
敏捷:6300
魔力:5200
魔耐:7600
技能:ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ/櫻井戒(条件下のみ使用可)/ヴァレリア・トリファ/ヴィルヘルム・エーレンブルグ(使用中)/ベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼン/櫻井螢/イザーク・アイン・ゾーネンキント/氷室玲愛/ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン/ルサルカ・シュヴェーゲリン/エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ/ロート・シュピーネ/リザ・ブレンナー/ウォルフガング・シュライバー/カール・クラフト/■■■(使用不可)/言語理解
となっていた。日本に来て知ったサブカルであるゲームのステータス画面に似ていると思いながらそれを眺めていた。技能欄にある名前。全て知っている。分かっていた。一部は使用不可となっていたりしているのは現状のヴィルヘルムでは昇華出来ないからだろう。何が条件だろうか。そんな考察をしているとヴィルヘルムの目の前にメルドが来ていた。
「次はお前さんだ。お前さんは勇者や他の奴とは行動したくはないが戦争はすると聞いているが正気か?」
「正気も何も当たり前だろうが、てめぇは前線で新兵に背中預けれるのか?あいつらが言ってる事は所詮は綺麗事だ。朝いた戦友が昼には肉片に、この前まで帰る場所だったところが焼け野原に。そんなのがよくある戦争に行くんだ。あんな偶然手に入った力で世界を救うだなんだとほざく輩と一緒に居れるかよ」
そう言いながらメルドの差し出した手にステータスプレートを渡そうとしないヴィルヘルム。その行動にメルドは首を傾げながらヴィルヘルムに問うた。
「何故ステータスプレートを渡さない?」
「そんなの決まってんだろ。俺はテメェらとは別行動するって言ってんだ。場合によっちゃ共闘もあるかもしれねぇけどよ、だからって手の内を明かすのは違うだろ?」
「言っている事は最もだが、訓練にもそれぞれの個性を生かせるようにだな」
「だったら今ここで戦ってやろうか?ここに来る前と今の俺は
クラスメイトも興味津々で聞き耳を立てている。愛子先生も露骨ではないにしろ、気になっているようだった。しかし、話が思っていた方向と確実に違うため皆一様にギョッとした顔でメルドとヴィルヘルムを見ていた。
そこまで言ってヴィルヘルムは一度言葉を区切る。メルドやクラスメイト達はそれを固唾を飲んで見守る。その姿はさながら宝くじの当選番号を黙って聞いている人のようだった。って、言うかこいつら何やってるんだ。と、ヴィルヘルムは少しばかり困惑していたのは内緒である。そして、ヴィルヘルムは口を開いた。
「折角だ、ブチ殺しはしねぇがそれなりに本気で行ってやるよ」
その言葉と同時にヴィルヘルムの姿は変わり始めた、制服は黄金の粒子を全身に纏わせるかのように変化しその姿を現した。そして、そこに居たヴィルヘルムはかつて大戦の時に悪名を轟かせたナチスドイツを彷彿とさせる軍服を着ていた。その変化にクラスメイトは息をのみハジメは頭の片隅から出てきた「中二病」のTシャツを着ているミニハジメが「呼んだ?」と出てきていてそれどころではなかった。
「さあゃ殺ろうぜ。まさか、今更怖気づちまったなんてねぇよな?」
「しかし、まさか、こんなことが存在するとは……」
メルドは驚いたようにヴィルヘルムを見る。ヴィルヘルはそれに物おじせず、見つめ返す。そして、ヴィルヘルムは口を開いた。
「服装が変わったのが気になるのか?簡単だよ、コレはテメェらが言う魔法とかそういう部類のものだ。一々そんな事気にしてると禿げるぞ?」
「それは余計なお世話だ。戦争で人を殺す覚悟のある者の戦いと言うものを見せてもらおう。全員下がれ、此処からは俺と此奴の戦いだ」
メルドがそう言えばクラスメイト達は興味津々であるがこれから始まるのが殺し合いに近いものだと察して直ぐにその場を離れ始めた。一瞬止めに入ろうとした光輝は龍太郎と雫によって引き摺られながら下げられた。その姿はさながらドナドナされる子牛であり、哀愁を誘った。
「まずはテメェから来いよ。どっからでも魔法を撃っても良いぜ?先手は譲ってやる。そっちの方が分かりやすいだろ?」
「うむ、そう言われるとなぁ。困るんだが………………仕方がない。分かった、先手は貰うぞ。ぬんっ」
メルドは両手で剣を構え、真っすぐ下に振り下ろす。狙うはヴィルヘルムの脳天。ヴィルヘルムは反応せずすのまま棒立ちしている。メルドはギョッとして寸止めしようとした瞬間、かち上げられるようにメルドの剣は弾かれた。メルドがヴィルヘルムを見ればヴィルヘルムは白い手袋をはめた拳を丁度メルドの剣があった場所に振り上げていた。
「遅ぇな」
「ぬわっ!?」
その言葉と同時にヴィルヘルムは地面を蹴りメルドに迫る。速度はそのままにヴィルヘルムが繰り出した拳は真っすぐにメルドの持つ剣の横っ腹に殴りいれた。勢いよく繰り出された拳はメルドの持つ剣に吸い込まれるように向かって行きそのまま剣に当たり剣を粉々に砕け散りさせた。
「どうだ?まだやるか?やっても良いが、これ以上は手加減出来ねぇぜ?」
「いや、実力は把握した。馬鹿げた力だ、本当に惜しいな」
メルドは悔しそうにしながら剣を持っていた腕を振りながらそう言った。剣を砕かれた時の衝撃が大きく、未だ腕全体が痺れている様だった。
ヴィルヘルムはそんなメルドを一瞥するとそのままその場を後にした。背後から感じる目線を無視しながら。
少し馬鹿り、文章を付けたし前作との差別化を図りました。といっても、微々たるものですけどね。
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それぞれの思惑
部屋が寒くて少し手元が狂う…。対魔忍の馬鹿な姿を見てメンタル回復しなくちゃ…。
ヴィルヘルム・エーレンブルグ。父と姉との近親相姦の末に生まれた子供であり、アルビノと言う特異な体質もあって日光を嫌い夜を好む。父姉を殺し、夜の街で暴力に明け暮れ偶然出会ったシュライバーとの戦いでラインハルトと出会う。大まかに言えばそれが本来のヴィルヘルム・エーレンブルグだった。しかし、彼は聖槍十三騎士団そのもの。そして、その中には第四天・水銀の王も居る。つまり、何度も回帰しているのだ。
既に彼の願いは忘却の彼方。故に彼は自身はメルクリウス同様「マリィに
そして、このヴィルヘルムには原点との大きな違いがあるそれは聖遺物を持った状態でヘルガ・エーレンブルグを殺し、魂を回収している事。原点が聖遺物が無い状態でヘルガを殺している。そして、このヴィルヘルムはエレオノーレの時はやっぱり「心まで処女」を貫いたらしい。シュライバーの時はヒャッハー少な目であり理性的に触れられたら発狂するくらいだった。なによりシュライバーは
そして死ぬ。
永劫回帰(難易度インフェルノ)を繰り返し、ついに異世界にまで飛んで行ったヴィルヘルムは。
「ったく、この国クソだな。滅ぼすかぁ?俺の
城の中をある気ながら国に対して罵っていた。そして、この前から考えてたことを思い出し足を止めた。その顔は残忍でありかつてのナチスドイツで猛威を振るった串刺し公故の顔に見えた。因みに、メルドとの戦いから既に二日ほど経っていたりする。
「それにしても不愉快だなぁ?殺すか?星もろとも全部回帰させてやろうか?ぜってぇ楽だぜコレ。昔みたいにブチ殺すだけだがよぉ。いや、折角だからマリィにやらせるか?不敬か?」
そこまで言って表情はコロコロと変わる。そして、落ち着いた顔になりそのまま窓から飛び降りた。因みに三階からである。背後から素っ頓狂な声が聞こえたがヴィルヘルムは気にしない。些細な事を気にする程彼の精神は繊細ではなかったのだ。この時は。
所変わって修練場。多くのクラスメイトが互いに切磋琢磨し、日々ごっこ遊びに励んでいる。そんな中、異色のヴィルヘルムは周囲からの視線を集めていた。ヴィルヘルムだけでも異色だが今回はそれ以外にもある。それはヴィルヘルムの両手にある案山子。顔の部分には何処かの神父の似顔絵が無駄に上手く描かれている。
それを地面に差すとヴィルヘルムはある程度離れた場所で足を止めた。
「自分がヴァレリアの時は良いが、あのクソ神父を見てるとイラつくんだよなぁ」
そう言いながら地面を蹴るそこまで距離を取っていなかったこともあり直ぐに接近そのまま案山子に殴りかかる。案の定ともいえるが案山子は消し飛びはしないものの物凄い勢いで修練場の端まで飛んで行った。
「あー、前より手加減が苦手になってんな。このままだと遊び半分で人間のミンチ出来るぞ」
ヴィルヘルムの時に限らず彼は口がよく滑る。機密などは喋らないが普通人が隠しているであろう事すら簡単に喋る。ヒャッハーしたり、宇宙規模の変態にならなかった代償だったりするのだが、本人にその自覚は無い。
周りは「今なんて言った!?」と首が千切れるんじゃないかと思うレベルで振り向いていたりするのだがヴィルヘルムは気にも留めない。
「この後少し調べてぇし、ちょっとした運動だ。いけ好かねぇ野郎の武器だがこういう時に役に立つな。手加減道具にぴったりだ」
そう言ってヴィルヘルムはシュライバーの武器であるルガーP08のアーティラリーモデルとモーゼルC96を構え
その後もしばらくの間クラスメイトの悲鳴と発砲音は続いた。この時、ヴィルヘルムの頭の中にはこの世界で全能の神を謳う不敬者をどう殺すか考えられていた。未知の世界を楽しむためには要らない未知ゆえに最初から無かった事にしようか等と考えたりしていた。
~~~
「雫ちゃん」
「皆まで言わなくていいわ、エーレンブルグ君のことでしょう?」
ヴィルヘルムがシュライバーになりある意味ヒャッハーしている時、神の使徒として与えられた部屋に居る二人の少女が居た。レースのカーテンだけが閉められ室内は薄暗い。一人はベットに腰掛け、もう一人は逸れに向き合う様に椅子に座っている。ベットに座っているのが香織で、椅子に座っていたのが雫だった。
二人の話題は現在クラスメイト内での戦闘力がトップであり戦争参加に賛成しつつ一緒に行動しないと明言している。ヴィルヘルムの話題だった。彼女らはヴィルヘルムが晩餐会を抜け出し、テラスでカール・クラフトとなりリリアーナ王女と会っているのを見ていた。つまり、ヴィルヘルムが晩餐会を抜け出したのに気が付いたのは香織、雫、リリアーナとなる。
「私、すっごく見おぼえあるの。あのカール・クラフトって人」
「そうなの?でも、驚いたね」
そう、雫は覚えがあったのだ。それも、雫は小学生の時だ。香織はヴィルヘルムとしての彼を知っていた。
香織は子供とその祖母らしき人がチンピラ(断じてベイではない)に絡まれている所を止めに入ったハジメと共にいた
「「あの人老いてない?」」
そう、老いていないのだ。記憶にある姿は常に若々しく、今と殆ど変わらない。若く見える女性を美魔女と言うが男の場合はどうなのだろう?まぁ、いい。その話は今するべき物ではない。彼女たちが話すべきなのは………。
「「あの二人の攻略方法よね」だね」
その通りだ。香織は自身を邪な目で見ず、特別扱いもしない上に、心優しく他人の為になれるハジメを。雫は幼い頃居候していたメルクリウスに甘えていた事からそれが恋へと昇華された。香織の理由が薄い気もするが、乙女の心は複雑怪奇。時にどうでも良いような理由で惚れてしまうのである。ただ、普通それは直ぐ冷めるが香織の場合恋をできる様な環境に居なかった為反動で少しばかり面倒な事になっている。
「それにしても見た目が変わるなんてねー」
「メルド団長にも秘密にしていたしなにかあるのでしょう?勝手に言いふらさないようにね、香織」
「もー、大丈夫だよ!雫ちゃん!」
謎は深まるばかり、本筋を離れ既知から未知へを変わろうとしている。少女たちはどうすればいいのか頭を悩ませ、当の本人は既知から解放されヒャッハーと我が世の春を謳う。
ということで、香織のオリ主ハーレムフラグは無くなり、元鞘に戻りました。
正直言うと、やっぱりハジメと香織のCPの方が私の中で納得がいくというか、ハジメに回復役必要やんけ!ってなったりと、色々考えた結果なんですけどね。
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月下の出来事
それにしても、小中高は休校。大学は卒業式も中止だったりと、日本も混乱してますね。パンデミック迄秒読みとかやめて(やめて)
悪い方向に考えると気が滅入るし、いい方向に考えましょう。
小説書き放題!
うん…無理☆
結果だけ言えばヴィルヘルムの独立して動くことは認められなかった。聖教教会と王国からしてみればまだ育ち切っていない勇者の補助としてメルドの武器を一方的に破壊できるヴィルヘルムには抜けて欲しくないのだ。ヴィルヘルムも異世界の知識は皆無であり、渋々従っているが何か理由を付けて離脱しようとしている。
そして、そんなヴィルヘルムを他所に王国と聖教教会は勇者やその仲間のレベル上げのためにオルクス大迷宮へと向かおうとしていた。ヴィルヘルムもそれに同行することになっている。最初は拒否したが愛子先生や香織に雫、そして龍太郎等に頼まれ渋々一緒に行動することになっていた。
オルクス大迷宮、全百層からなると推定されている迷宮であり階層が下がれば下がる程強くなる魔物や魔物の生態など謎が多く殆ど謎に満ちている迷宮だ。そんな場所にまだ弱い勇者たちを連れて行くのにはヴィルヘルムははたはた疑問だったがなんでも階層ごとに魔物は居ても上には滅多に上がって来ない為安全であり、トラップ等もあるため訓練に最適という回答が返ってきた。
メルド率いる騎士団員複数名と共に、オルクス大迷宮へ挑戦する冒険者達のための宿場町ホルアドに到着した。今回は新兵訓練によく利用するようで王国直営の宿屋があり、そこに泊まる。その日は町に到着したのが遅かったためそのまま皆部屋で休む様にとメルドから言われ就寝時間まで思い思いに少ない休憩を楽しんでいた。
そんな中ヴィルヘルムは眠ることなく月明かり照らす庭に立っていた。眠れないと言う訳ではない。彼にとって夜こそが本来の居場所であり日光の出ている時こそが就寝時間なのだ。
「明日が戦闘訓練ねぇ…………。私としては新兵の御守りは勘弁なんですけどねぇ」
誰も居ない庭で普段通りのチンピラ風の口調では無く、私的な口調で独り言ちる。ヴィルヘルムに精神が寄せられているからと言っても元々の人間が居る状態ではあくまでもガワだけ似せている様なものだ。最も、ヴィルヘルムの人生を体験している彼をガワだけ似ている偽物を断ずることが出来るのかは謎であるが。
「この世界に来て現状どの体でも創造はしてませんから能力的にも全盛期とは言い難い。そもそも、ラインハルト卿を流出段階で戦う必要のある敵が居るのかそこが疑問ですし、とりあえずこの気色の悪い視線を殺すために一度
そう言いながら様々な格闘術を行うヴィルヘルム。CQC、マーシャルアーツ、システマ、多岐にわたる格闘術を行いながら考えは別の方向へと向いている。その考えが既知であろうとも考えずにはいられない。ラインハルトとして流出するか否か。そもそも、自身が覇道神なのかすら分からない。ヴィルヘルムが自覚するのは自身が世界の異物である事。自覚すれば寿命の概念が無くなり、まだ存命してようがしてまいが聖槍十三騎士団に
「取り合えず、ベイでの訓練はこれでいいでしょう。問題なく創造ができる人物…………汎用性は誰にも負けませんね、聖槍十三騎士団が五席櫻井螢、変換」
周囲に誰も居ないのを確認してヴィルヘルムは自らの技能を使う。体がヴィルヘルムから櫻井螢に変わる。その手に持っているのは聖遺物
「
自らを炎に変える。それがこの聖遺物
創造はそこまで長く持続することは出来ない。覇道型なら持って数分が良いところだ。最も、螢の創造は求道覇道と違い内に求めるものであり持続時間は数時間に及ぶ。だからと言って数時間ぶっ通しで行うのは余りにも非効率だ。明日は実地訓練が待っている事もあり螢は早々に創造を終わらせ、もう一度ヴィルヘルムに戻る。肩や首を回しながら一応寝る為に宛がわれた部屋に向かう。その途中でバッタリとネグリジェ姿の香織と会った。
「あ、ヴィルヘルム君。まだ起きてたの?」
「それはこっちのセリフだ。白崎はまだ寝てねぇのか?」
疑問に疑問で返され香織はつい笑みを浮かべる。ヴィルヘルムは怪訝そうな目で香織を見る。そして、歩いてきた方向を見た後に、ニヤニヤと笑いだした。
「それに、白崎の部屋は真逆だろう?……………夜這いか?」
「夜這い!?違うよ!?ただ、ちょっと不安な夢を見ちゃってね。その夢に出てきたのがクラスメイトだったから……こんな訳の分からない世界に来て知っている人を失うのは嫌だからね、ちょっと話をしてたの」
中身を多少ぼかしてはいるが香織の表情は不安そうだった。ヴィルヘルムはどうしたものかと頭を掻く。そこまで親しいつもりもない相手に慰められるのはどうなのだろうと思いつつ、此処で慰めなければ後々何かしら面倒事が起きそうな気もしていた。
「あー、なんだ。その不安が何か俺は知らねぇが安心しろよ。白崎が思っている事が起きねぇようにしてやるよ」
「そっか、ありがと。それと、おやすみなさい!」
ヴィルヘルムの言葉に香織は微笑を浮かべそのまま自室への道を歩いて行った。それを見ながらヴィルヘルムは明日は何か起きそうだと、面倒臭そうに欠伸した。
そしてその予感は的中してしまった。
書いてる人は同じなのに、あとがき欄のテンションが可笑しい?当たり前だろオラァン!
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訣別の時 前編
あ、そうだ。焼き鳥っておいしいですね。特に塩。
現在、ヴィルヘルム達はオルクス大迷宮の正面入口がある広場に集まっていた。ヴィルヘルムとしては薄暗い洞窟の様な入口を想像していたのだが、まるで博物館の入場ゲートのようなしっかりした入口があり、受付窓口まであった。制服を着た女性が笑顔で迷宮への出入りをチェックしている。なんでも、ここでステータスプレートをチェックし出入りを記録することで死亡者数を正確に把握するのだとか。戦争を控え、多大な死者を出さない措置だろう。ついこの間知ったステータス部分を隠す方法(メルクリウス製)を使い妥当なレベルまでステータスの表示を誤魔化した。
入口付近の広場には露店なども所狭しと並び建っており、それぞれの店の店主がしのぎを削っている。まるでお祭り騒ぎだ。その光景にヴィルヘルムとしてではなく螢や他の人物としての記憶が過り何処か微笑ましく感じた。
浅い階層の迷宮は良い稼ぎ場所として人気があるようで人も自然と集まる。馬鹿騒ぎした者が勢いで迷宮に挑み命を散らしたり、裏路地宜しく迷宮を犯罪の拠点とする人間も多くいたようで、戦争を控えながら国内に問題を抱えたくないと冒険者ギルドと協力して王国が設立したのだとか。入場ゲート脇の窓口でも素材の売買はしてくれるので、迷宮に潜る者は重宝しているらしい。だからと言って莫迦騒ぎする者はおり、その度にしょっ引かれていたりする。
縦横五メートル以上ある通路は明かりもないのに薄ぼんやり発光しており、松明や明かりの魔法具がなくてもある程度視認が可能だ。緑光石という特殊な鉱物が多数埋まっているらしく、オルクス大迷宮は、この巨大な緑光石の鉱脈を掘って出来ているらしい。
メルドを先頭に一行は隊列を組みながらゾロゾロと進む。しばらく何事もなく進んでいると広間に出た。ドーム状の大きな場所で天井の高さは七、八メートル位ありそうだった。全てが未知、クラスメイト達は周囲をキョロキョロと見ながら進んでいくと目の前に灰色の物体が躍り出てきた。メルドがそれを見て声を張り上げる。
「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」
ラットマンと言われた魔物は常人から見れば素早い動きで飛びかかってきた。灰色の体毛に赤黒い目が不気味に光る。ラットマンという名称に相応しく外見はねずみっぽいが……二足歩行で上半身がムキムキだった。八つに割れた腹筋と膨れあがった胸筋の部分だけ毛がない。まるで見せびらかすように。誰も得をしない何とも気色の悪い見た目にクラスメイト達の頬が引き攣る。
しかし、相手は低層の魔物。強力な力に振り回されつつもクラスメイト達はラットマンを難なく撃破。人型であったため、少しばかり顔が青い者を居るものの順調な滑り出しだった。
そして、進むこと数時間。クラスメイト達は一般的に一流扱いされる二十層に到達した。話は少しずれるが迷宮で最も怖いのは何だろうか。強い魔物?違う。呪いの武器?違う。そもそも前者は逃げ切れる場合もある。後者は確かに怖いがベクトルが違う。迷宮で真に恐れるのは愚かな仲間とトラップだ。この二つが合わされば恐ろしい事が起こる。それだけは念頭において欲しい。
「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ! 今日はこの二十階層で訓練して終了だ! 気合入れろ!」
メルドがそうクラスメイト達に注意するがクラスメイト達は話半分程度しか聞いてない。日常からいきなり非日常へ変わり、圧倒的な強さを持った為少しばかり慢心していた。自分たちなら大丈夫。自分たちは強いから…と。そんなクラスメイトをヴィルヘルムは冷めた目で見ていた。一行はズンズンと先へ進んでいく。途中、メルドが片手を開けてクラスメイト達の歩みを止めた。
「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」
その言葉の直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。どうやらカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。
「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」
メルドの声が響く。光輝達が相手をするようだ。飛びかかってきたロックマウントの豪腕を龍太郎が拳で弾き返す。光輝と雫が取り囲もうとするが、鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。膠着状態になり、攻める事も難しいと判断したロックマウントは後方に飛び大きく息を吸った。そして、
「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」
部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。
「ぐっ!?」
「うわっ!?」
「きゃあ!?」
突然の咆哮に光輝達は体勢を崩した。そして、それを見逃すロックマウントではない。すぐさま光輝達の背後、香織たちの居る場所に向かって自身と同サイズの岩を投擲した。すぐさま遊撃しようとするが岩の場所が悪い。それでもギリギリのところで間に合うかもしれないと思ったっ瞬間。ロックマウントが投げた岩がロックマウントになった。仕掛けとしては未だ岩に擬態していた。
「ヒイッ!?」
水泳選手が飛び込むような体制に近いものの、確実に違う。所謂ルパンダイブをかましたロックマウントに香織たち後方支援組が短く悲鳴を上げる。ロックマウントとの距離は遠くない。恐怖で目を瞑りそうになったその時。
「下らねぇ、もう少し硬くなってから出直せや」
その言葉と同時にヴィルヘルムが香織たちの前に立ちロックマウントの顔に向かって殴りかかった。ヴィルヘルムもそれなりの力で殴った所為なのかロックマウントの頭は見事にもげた。もう一度、もげた。聖遺物の使徒どうしで戦えばただの殴り愛等が起きるが、生憎相手は低層の魔物。ロックと石が名前にもあるがヴィルヘルムの前には豆腐だったらしい。ついでとばかりに残った首から下は風圧でミンチになっている。ゴムボールの様に飛んで行ったそれを見て数名のクラスメイトが顔を青くさせる。勇者は綺麗に虹を掛けていた。それを横目にヴィルヘルムが呆れた様に香織たちに向き直る。
「目を閉じるな、怖気づくな。テメェらの後ろにも仲間は居るんだ。守るつもりで此処に居るんだろうが」
「ご、ごめん」
「謝罪は要らねぇ、行動で示せや」
そう言ってまた離れていくヴィルヘルムその後姿を見ている少女が居たとか居なかったとか。そして、誰にも心配されなかった勇者は一人肩を落とし、龍太郎に慰められていた。その背は、哀愁が漂っていた。
俺は勇者が嫌いだからよぉ!徹底的にやってやるんだよぉ!
やり方可笑しいけどネ(´・ω・`)
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訣別の時 後編
ヴィルヘルムによってロックマウントは倒された。しかし、もう一体確実に残っている。そして、気色の悪い飛込をかましたロックマウントに香織たちは顔を青くしていた。そして、ここで空回りの義憤を燃やす莫迦が一人。
「貴様……よくも香織達を……許さない!」
どうやら気持ち悪さで青褪めているのを死の恐怖を感じたせいだと勘違いしたらしい。彼女達を怯えさせるなんて! と、なんとも微妙な点で怒りをあらわにする光輝。それに呼応してか彼の聖剣が輝き出す。何処からどう見ても広域攻撃用の輝きだ。だが、思い出してほしい。此処は迷宮、地下だ。そんな場所でそんなものを撃てば………。
「万翔羽ばたき、天へと至れ――〝天翔閃〟!」
「あっ、こら、馬鹿者!」
メルドの声を無視して、光輝は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした。
その瞬間、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放たれた。逃げ場などない。曲線を描く極太の輝く斬撃が僅かな抵抗も許さずロックマウントを消し飛ばし、更に奥の壁を破壊し尽くしてようやく止まった。
パラパラと部屋の壁から破片が落ちる。「ふぅ~」と息を吐きイケメンスマイルで香織達へ振り返った光輝。香織達を怯えさせた魔物は自分が倒した。もう大丈夫だ! と声を掛けようとして、笑顔で迫っていたメルド団長の拳骨を食らった。それもそうだろう、光輝がやった事は地下塹壕で手榴弾を爆発させたようなものなのだ。迷宮が頑丈だったからいいものの脆かったら此処に居る全員仲良く瓦礫の下で圧死だろう。それも、地味にステータスが高い所為で苦しみながら死ぬことになる可能性が高い。
「へぶぅ!?」
「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」
メルドからこっぴどく叱られている光輝を見ながらヴィルヘルムは周囲を警戒していた。ヴィルヘルムからしてみれば光輝の行動は予想の範囲内。大きな子供な為、その行動を予測するのは容易い。
光輝が怒られているのを目尻に捉えながらふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。
「……あれ、何かな? キラキラしてる……」
その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。
そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。
「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」
メルドはグランツ鉱石について簡単に説明した。グランツ鉱石は言わば宝石の原石みたいなものであり。特に何か効能があるわけではないものの、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれるらしい。求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ三に入るとか。
「素敵……」
香織が、メルドの簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとヴィルヘルムに視線を向けた。もっとも、雫と本人、それともう一人だけは気がついていたが……。
「だったら俺らで回収しようぜ!」
そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。香織に良いところを見せたいがための行動だった。それに慌てたのはメルドだ。
「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」
しかし、檜山は聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。
メルドは、止めようと檜山を追いかける。同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた。
「団長! トラップです!」
「ッ!?」
しかし、メルドも、騎士団員の警告も一歩遅かった。
檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。美味しい話には裏がある。世の常である。
魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現だ。
「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」
メルドの言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが……間に合わなかった。
部屋の中に光が満ち、クラスメイト達の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。クラスメイト達は空気が変わったのを感じた。次いで、ドスンという音と共に地面に叩きつけられた。
ヴィルヘルムはどうにか尻餅を着くことは無かったが体制を少し崩していた。周囲を見渡せばクラスメイトのほとんどは尻餅をついていたが、メルドや騎士団員達、光輝達など一部の前衛職の生徒は既に立ち上がって周囲の警戒をしている。
どうやら、先の魔法陣は転移させるものだったらしい。現代の魔法使いには不可能な事を平然とやってのけるのだから神代の魔法は規格外だ。一応言うが、ここに現代の魔術使いと言うか、魔法使いの魔女と変態は含まれていない。
ヴィルヘルム達が転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。
橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。ヴィルヘルム達はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。
それを確認したメルドが、険しい表情をしながら指示を飛ばした。
「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」
雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。それを冷静に見ながら動かないヴィルヘルム。この時ヴィルヘルムは此処に居れば面白い事が起きるとちょっとした啓示じみた直感を感じていた。
しかし、迷宮のトラップがこの程度で済むわけもなく、撤退は叶わなかった。階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現しからだ。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が……
その時、現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルドの呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。
「まさか……ベヒモス……なのか……」
橋の両サイドに現れた赤黒い光を放つ魔法陣。通路側の魔法陣は十メートル近くあり、階段側の魔法陣は一メートル位の大きさだが、その数がおびただしい。
小さな無数の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物トラウムソルジャーが溢れるように出現した。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数は、既に百体近くに上っており、尚、増え続けているようだ。
しかし、数百体のガイコツ戦士より、反対の通路側の方が面白そうだとヴィルヘルムは感じていた。
十メートル級の魔法陣からは体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物が出現したからだ。もっとも近い既存の生物に例えるならトリケラトプスだろうか。ただし、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っているという付加要素が付くが……。
メルドが呟いた『ベヒモス』という魔物は、大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げた。
「グルァァァァァアアアアア!!」
「ッ!?」
その咆哮で正気に戻ったのか、メルドが矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「アラン! 生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」
「待って下さい、メルドさん! 俺達もやります! あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺達も……」
「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ! ヤツは六十五階層の魔物。かつて、最強と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ! さっさと行け! 私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」
メルドの鬼気迫る表情に一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏み止まる光輝。大した正義感だ。しかし、それを発揮するタイミングでは無い事位自覚してもらいたいものである。
どうにか撤退させようと、再度メルドが苛立ちながら光輝に話そうとした瞬間、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の生徒達を全員轢殺してしまうだろう。
そうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。
「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず――〝聖絶〟!!」」」
二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。一回こっきり一分だけの防御であるが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現する。純白に輝く半球状の障壁がベヒモスの突進を防ぐ。
衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が粉砕される。橋全体が石造りにもかかわらず大きく揺れた。撤退中の生徒達から悲鳴が上がり、転倒する者が相次ぐ。
トラウムソルジャーは王宮の図書館にあった本によると三十八階層に現れる魔物だ。今までの魔物とは一線を画す戦闘能力を持っている。前方に立ちはだかる不気味な骸骨の魔物と、後ろから迫る恐ろしい気配に生徒達は半ばパニック状態だ。
隊列など無視して我先にと階段を目指してがむしゃらに進んでいく。騎士団員の一人、アランが必死にパニックを抑えようとするが、目前に迫る恐怖により耳を傾ける者はいない。
その内、一人の女子生徒が後ろから突き飛ばされ転倒してしまった。「うっ」と呻きながら顔を上げると、眼前で一体のトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。
「あ」
そんな一言と同時に彼女の頭部目掛けて剣が振り下ろされた。
死ぬ――女子生徒がそう感じた次の瞬間、トラウムソルジャーが砕け散った。トラウムソルジャーの後ろに居るのは拳を振りかぶった後のヴィルヘルム。普段付けているサングラスを外し、赤い目が爛々と輝いている。それこそ、一瞬見ただけなら新たな敵かと思うくらいには輝いていた。
そのまま女子生徒に歩み寄るヴィルヘルムは片手で女子生徒を片手で起こす。そしてそのまま荷物を抱える様に抱きかかえ始めた。
「え?」
状況がいまいち分かっていない女子生徒は驚きの声を上げている。ヴィルヘルムはそんな事お構いなしに走り出し、片っ端からトラウムソルジャーを粉砕していく。抱えられた女子生徒の悲鳴なんてヴィルヘルムには聞こえていないのだ。
退路を作ったヴィルヘルムは片手でトラウムソルジャーを粉砕しながら叫んだ。
「さっさと、隊列く見直してこっちにこい!パニックになって魔法を乱射するな!てめぇらは味方を殺したいのか!?」
そう言いながら、次々とトラウムソルジャーを粉砕しているヴィルヘルムの所にちょうどいいタイミングで光輝が走ってきた。
「皆!落ち着いてくれ!俺が来た!もう安心してくれ!」
「はっ、まるで三文芝居を見てる気分だ。だがまぁ、ちょうどいい」
そう言って光輝の横をヴィルヘルムはすり抜けメルドとハジメ、雫や香織が居る前線へ向かった。因みに、件の女子生徒は未だ抱えられている。ヴィルヘルムの動きがあまりにも激しすぎたが為に伸びているのだ。
「楽しいことしてんじゃねぇか。混ぜろよ!」
そう言いながらハジメに襲い掛かろうとしていたベヒモスの頭を蹴り上げる。下から蹴り上げられ体勢を崩したベヒモスの腹に拳を打ち込む。ベヒモスは砂埃を上げながら後ろに下がっていった。
「オラ、テメェらもさっさと下がれよ。指揮系統乱れてんだからさっさとしろ」
そう言いながら獰猛な笑みを浮かべベヒモスを見るヴィルヘルム。それに対して光輝より説得は難しいであろうし、そもそも自身で止めれないことが分かってしまったメルドは「すまない」と言って騎士と一緒に後方でトラウムソルジャーと戦っている光輝達に合流しに行った。その際、「自分たちは此処に残る!」と言った香織と雫はメルドとハジメの説得によって渋々メルド共に後方に下がった。ヴィルヘルムは女子生徒を持っている事を忘れている。というか、誰も突っ込まないの?既に混乱している戦場ではそんな些細な事は気にされていなかったのだ。
「なぁ、ハジメ。何か策があるのか?」
「うん、あるっちゃあるよ。ただ、それはただの足止めにしかならないし。希望的観測だから実際やったら無理な可能性の方が高いんだ」
そう言ってハジメから提示された作戦はハジメの『錬成』によってベヒモスの足元を固めベヒモスの動きを止めその後、後方のクラスメイト達によって魔法を撃ちあわよくば奈落の底に落とす作戦だった。ヴィルヘルム一人ならばベヒモスをこの場で殺そうとしただろうがここには負傷者と戦闘で疲労した者が多くいる。先ほどのパニック状態より幾分かマシになったとはいえ不安は残る。ヴィルヘルムはハジメの考えに賛成し、ハジメが錬成できる隙を作るためにベヒモスの前に躍り出た。
「さぁ、楽しませてくれよ……………デカブツゥ!」
「あ、ちょっと降ろしてぇぇぇぇ」
形成などしない。単純な身体能力のみでベヒモスに殴りかかる。並の人間ならば骨と肉片の散弾が出来上がる一撃を受けても両面が凹み血が吹き上げるだけ。異世界の魔物は元の世界の人間より硬い。その事実がヴィルヘルムをより一層楽しくさせる。ついでとばかりに目覚めた女子生徒の悲鳴が響く。
同じ様に拳で戦う龍太郎等及ばないレベルの打撃。一撃がベヒモスに入るごとに洞窟内を鈍い音が響かせる。
「エーレンブルグ君!」
「了解っと」
始めの合図に合わせてヴィルヘルムは下がる。それと同時に橋の上で怯んでいたベヒモスの脚に橋からハジメの錬成で作られた拘束具擬きが絡みつく。弱ったベヒモスではそれを直ぐに振りほどけずそのままその場で暴れる。それを横目にハジメとヴィルヘルムはメルドたちが居る場所まで走る。しかし、腐っても異世界最強の冒険者(当時)を倒した魔物。直ぐに拘束を振りほどきハジメとヴィルヘルムを追い始めた。
「前衛組! ソルジャーどもを寄せ付けるな! 後衛組は遠距離魔法準備!アイツらが離脱したら一斉攻撃で、あの化け物を足止めしろ!」
「あ、まだ持っていたな。すまねぇな。ま、安心しな、アイツは俺が殺してやるからよ」
ビリビリと腹の底まで響くような声に気を引き締め直す生徒達。中には階段の方向を未練に満ちた表情で見ている者もいる。無理もない。ついさっき死にかけたのだ。一秒でも早く安全を確保したいと思うのは当然だろう。しかし、メルドの「早くしろ!」という怒声に未練を断ち切るように戦場へと戻った。
ヴィルヘルムは、ようやく自身が女子生徒を抱えたままであることを思い出し、丁重に降ろして乱暴に頭を撫でるとそのまま前線へすっ飛んでいった。
魔法を放とうとしている後方組に檜山もいた。自分の仕出かした事とはいえ、本気で恐怖を感じていた檜山は、直ぐにでもこの場から逃げ出したかった。
しかし、ふと脳裏にあの日の情景が浮かび上がる。それは、迷宮に入る前日、ホルアドの町で宿泊していたときのこと。
緊張のせいか中々寝付けずにいた檜山は、トイレついでに外の風を浴びに行った。涼やかな風に気持ちが落ち着いたのを感じ部屋に戻ろうとしたのだが、その途中、ネグリジェ姿の香織を見かけたのだ。
初めて見る香織の姿に思わず物陰に隠れて息を詰めていると、香織は檜山に気がつかずに通り過ぎて行った。気になって後を追うと、香織は、とある部屋の前で立ち止まりノックをした。その扉から出てきたのは……ハジメだった。
檜山は頭が真っ白になった。檜山は香織に好意を持っている。しかし、自分とでは釣り合わないと思っており、光輝のような相手なら、所詮住む世界が違うと諦められた。
しかし、ハジメは違う。自分より劣った存在(檜山はそう思っている。って言うかそもそも勘違いしている)が香織の傍にいるのはおかしい。それなら自分でもいいじゃないか、と端から聞けば頭大丈夫? と言われそうな考えを檜山は割と本気で持っていた。
因みに、事の真相は予知夢の様なものを見たのもあるが異世界に来て最もヴィルヘルムに会っているであろうハジメに情報提供をしてもらうためである。これは召喚される前から行われており、ハジメが香織に初めて出会ったのは店員によってエロゲコーナーから雫共々締め出されたときである。これは酷い。
溜まっていた不満は、すでに憎悪にまで膨れ上がっていた。香織が見蕩れていたグランツ鉱石を手に入れようとしたのも、その気持ちが焦りとなってあらわれたからだろう。
その時のことを思い出した檜山は、ベヒモスを抑えるハジメとヴィルヘルムを見て、今も祈るようにハジメを案じる香織(檜山視点)を視界に捉え……ほの暗い笑みを浮かべた。
その頃、ハジメはベヒモスから全力で逃げていた。その横では涼しい顔で走るヴィルヘルムが居る。そんな中ヴィルヘルムはチラッと背後を見るまだベヒモスとの間はそれなりに明いている。前を見れば隊列を組んで詠唱の準備に入っているのがわかる。
ヴィルヘルムに負わされた怪我によってうまく追いつけず、怒りの咆哮を上げるベヒモス。ヴィルヘルムとハジメを追いかけようと四肢に力を溜めた。
だが、次の瞬間、あらゆる属性の攻撃魔法が殺到した。
夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、しっかりと足止めになっている。
すぐ頭上を致死性の魔法が次々と通っていく感覚は正直生きた心地がしないが、流石に
しかし、その直後、ハジメの表情は凍りつきヴィルヘルムは頬を引き攣らせた。
無数に飛び交う魔法の中で、二つの火球がクイッと軌道を僅かに曲げたのだ。
……ヴィルヘルムとハジメの方に向かって。
明らかに二人を狙い誘導されたものだ。
(意図的なFFか!?)
怒りや困惑、驚愕が一瞬で脳内を駆け巡り、ヴィルヘルムはは愕然とする。
咄嗟に踏ん張り、止まろうと地を滑るハジメを蹴りで退かしヴィルヘルムはの眼前に飛んできた火球を耐える。ハジメは火球をもろに受けはしなかったが着弾の衝撃波をモロに浴び、来た道を引き返すように吹き飛ぶ。爆風だけしか受けていないので内臓などへのダメージもないが、三半規管をやられ平衡感覚が狂ってしまった。
フラフラしながら少しでも前に進もうと立ち上がるが……。
ベヒモスも、いつまでも一方的にやられっぱなしではなかった。ハジメが立ち上がった直後、背後で咆哮が鳴り響く。思わず振り返ると三度目の赤熱化をしたベヒモスの眼光がしっかりハジメを捉えていた。それを見てヴィルヘルムはハジメの手を掴みメルドたちが居る方向に向かって投げる。
標的をハジメからヴィルヘルムへと変えたベヒモスは赤熱化した頭部を盾のようにかざしながらヴィルヘルムに向かって突進する!
迫り来るベヒモス、遠くで焦りの表情を浮かべ悲鳴と怒号を上げるクラスメイト達。
ヴィルヘルムはベヒモスの攻撃を難なく避ける。直後、怒りの全てを集束したような激烈な衝撃が橋全体を襲った。ベヒモスの攻撃で橋全体が震動する。着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が走る。メキメキと橋が悲鳴を上げる。
そして遂に……橋が崩壊を始めた。
度重なる強大な攻撃にさらされ続けた石造りの橋は、遂に耐久限度を超えたのだ。
「グウァアアア!?」
悲鳴を上げながら崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヒモス。しかし、引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。ベヒモスの断末魔が木霊する。
ヴィルヘルム流石にコレは不味いと撤退しようとする。しかし、ベヒモスからそこまで離れていなかったヴィルヘルムの足元も既に崩壊しておりジャンプして撤退するにも足場が不安定でどうしようもない。前方では確かに助けたはずのハジメがヴィルヘルムより先に奈落へ落ちている。それにヴィルヘルムは驚き一瞬固まってしまう。その瞬間に足場も完全崩壊し、ヴィルヘルムも奈落へと落ちる。崖から香織が手を伸ばしているように見えるがヴィルヘルムはそれどころでは無い。
一緒に落ちる瓦礫に飛びつき徐々に壁に向かう。先ほどはクラスメイトの手前躊躇したが流石にこの状態でヴィルヘルムも躊躇することは無かった。
「
異世界に来て初の形成。それは奈落への墜落を阻止するために使われた。ヴィルヘルムの体から無数の棘が生え棘は崖に深々と突き刺さった。ヴィルヘルムの落下もそれに伴い止まった。
「全く、やってくれるな。しかし、丁度いい理由付けにはなった。これで諸手を上げて王国から出ることが出来る。まぁ、その前にこの崖を登らなくちゃいけないが…」
ヴィルヘルムとしてではなく元の人間としての口調でそんな事を呟きながら上を見上げる。そこまで落ちていないとはいえ、落ちた場所からさす光が小さく見える。先に帰られて死亡報告でもされた場合は上から出ることが出来なくなる。それを考えたヴィルヘルムは早めに上に上がらねばならないと決意し、生やした棘を戻し、別の場所に手をやりそこでもう一度棘を生やし、登って行った。
崖を登りつ続けること数十分。どうにか登り切った。しかし、既にそこにメルドたちは居らず未だ湧き続けるトラウムソルジャーがヴィルヘルムに迫ってきているだけだった。
「………………邪魔だ。そこを退けぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
形成で生えた棘を使いトラウムソルジャーを倒しながら前へ進むそして暫く進むとメルドたちと合流することが出来た。それと同時に形成を辞め、穴が少しばかり開いた武装親衛隊の服のまま合流した。
「エーレンブルグ!?生きていたのか!」
「あんなので死ぬわけねーだろうが!さっさとここから帰ってきっちり事情を説明してもらうからな!」
驚くメルドに若干どころでは無いがキレ気味に叫ぶヴィルヘルム。その間も魔物を倒し、その戦いぶりはまさに鬼神のごとし。その戦いぶりにはメルド達すら引き、クラスメイトは絶対にケンカを売らないでおこうと心に誓うほどだった。
誰から見ても怒り心頭なヴィルヘルムの後ろ姿に落ちたけど大丈夫なのか、どうやって戻ってきたのか、疑問や心配等から声をかけようとした雫を躊躇わせた。因みに、光輝はヴィルヘルムの戦闘の余波で吹っ飛んでいる。
ヴィルヘルムはそんな事お構いなしに突き進み、心の中で絶対に問い詰め、それをダシに王国から出て行ってやると誓っていた。
今日中に何処までリメイクして更新できるかなぁ…。
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邂逅と決意
ヴィルヘルムが鬼神の如き快進撃を繰り返したおかげで帰りは早く、その日はホルアドに宿泊。翌日に朝一番の高速馬車によってメルド達は王国へとんぼ帰りすることとなった。
王国に着くとヴィルヘルムはすぐに王国上層部に対し、
不機嫌なヴィルヘルムに王国関係者やクラスメイトは恐ろしくて近づくことが出来ない。この時ばかりは、突撃少女香織が現れることを切に願った。しかし、とうの少女はハジメとヴィルヘルムが奈落に落ちた瞬間を見て錯乱その場でメルドにより意識を失わされてから一度も目を覚まさない。雫としては早く香織にヴィルヘルムの無事を報告したいが、ハジメは戻ってきていない。その事もあり素直に喜ぶことが出来ない状態で看病している。
光輝と龍太郎は目の前で助けられず寧ろ助けられてしまった事が悔しかったらしく昼夜訓練に明け暮れている。ヴィルヘルムは図書室と自室を行き来しつつ、たまに訓練場に現れ地面を荒らして帰って行く。整地に魔法を使わないといけない程の威力にクラスメイトは恐怖するばかりであり、助けられた女子生徒は不安そうにヴィルヘルムを見ていた。
メルドの土下座するような勢いでのもう一度オルクス大迷宮へ同行して欲しいと頼まれ日程も既に組まれており殆ど事後報告に近い状態であったため、ヴィルヘルムは渋々了承することになった。
そして王宮もに静まる真夜中。ヴィルヘルムは自室から出て来て
「誰が俺に撃ったのか分からねぇが、意図してコッチに撃ってきたのは間違いねぇ。そんなクソ野郎が居る場所に何時までも居るのも癪だが、こうするしか手がねぇからな」
そう現状に愚痴りながら廊下を歩き、大広間に出た。大広間はそれぞれ神の使徒として召喚されたクラスメイト達の部屋に繫がっており大広間は彼らが集まる場所となっている。今は夜中なので誰も居ないが。
明かりも最低限に留められ、その中で光るヴィルヘルムの赤い目はホラーが苦手な人間には失神モノだろう。ヴィルヘルムはそんな事気にもとめず大広間に付けられているベランダに出る。夜風が吹き少しばかり肌寒く感じるが武装親衛隊の服は厚手のため寒くはない。
「あぁ~、元の世界ならもっと暇をつぶせるモノがあったんだがなぁ」
軽く軟禁状態な現状では夜中に出歩いても何もすることがない。だからといって昼間に動くのはヴィルヘルムとしては辛い上に周りの目が鬱陶しい。一応は夜中であるために音を立てないようにベランダから出ながら城の内部図を頭に思い浮かべる。そして、近くに寝泊まりする場所がない中庭があったと思い出す。ヴィルヘルムはそこに向かって行った。
月明りが照らす中庭は異世界というフィルター越しで見ているせいかとても幻想的に見えた。ヴィルヘルムはその光景に内心少しばかり感動しながら自身の魂の一部を形にする。異世界に来る前から既に数えるのも億劫な程人間を殺し、その魂を回収したヴィルヘルム。その魂の一部を使いバイオリンを作り出す。
静かにヴァイオリンを構え、演奏を始めた。曲は『Rozen Vamp』本来様々な楽器を使って複数人で演奏するべき曲なので少しばかり寂しく感じたが、ヴィルヘルムはただの暇つぶしにそこまでしなくていいだろうと考え、そのまま観客の誰もいない演奏会は続く。
誰もいないと思われた中庭にヴィルヘルム自身以外の気配を感じ演奏を止め、そちらを向いた。そこには薄着で佇んでいるリリアーナだった。クラスメイトの誰かだと当たりをつけていたヴィルヘルムは予想が外れ、意外そうな顔をした。
「こんな夜中に何の御用でしょうか、王女サマ?」
「あ、いえ、眠れなくて此処に来たら丁度演奏していたものなので、お邪魔でしたか?」
「いえいえ、とんでもない」等と白々しく呟くヴィルヘルムはリリアーナを見る。リリアーナは優雅な足取りでヴィルヘルムの近くまで来ると興味深そうにヴィルヘルムの持っていたバイオリンを眺めた。
「それは私物ですか?でも、そんな物持ってませんでしたよね」
「あー、なんて言ったらいいんですかねぇ。魔法だとでも思っといてくれればいいですよ」
「魔法ですか」と、恐らく自身の覚えているであろう魔法の中にそんなものがあったかどうか思い出しているのだろう。ヴィルヘルムはそんなリリアーナを見ながらふと懐かしさを覚えた。昔、似たようなシチュレーションがあった気がする。それこそ、この狂気とすら言える既知感を感じるよりずっと昔。しかし、思い出せない。そんな思い出そうにも思い出せないなんとももどかしい感覚がヴィルヘルムを襲った。
ヴィルヘルムはその感覚から逃れる様にバイオリンの演奏を再開させた。その際、リリアーナへの目くばせをした。当のリリアーナは今から行われる演奏を心待ちにしているのかヴィルヘルムの視線に気が付いていなかった。ヴィルヘルムはそんなリリアーナを一瞥するともう一度演奏を始めた。それと同時にヴィルヘルムの頭にノイズの走った映像が流れた。
「ヴァイオリンなんか始めたんだー」
「そうだね、ベイの曲をヴァイオリンでやるっていいと思わない?」
「あー、確かに。まぁ、私はシュライバー派だけど」
「両方とも仲悪いじゃん」
「ホントにねー」
頭によぎったそれと同時に頭痛が起こる。それを表すかのようにヴィルヘルムの手元も狂い、ヴァイオリンは不協和音を出した。それに若干眉をひそめながら、ヴィルヘルムは考える。今頭によぎった会話は何だったのか。自身の記憶にないその会話にヴィルヘルムは心地よい、それこそぬるま湯に漬かる様な感覚を覚えた。ヴァイオリンを弾く手も止まり、聞いていたリリアーナも不思議そうにヴィルヘルムを見る。
「今日はおせぇですし、ここらでお開きにしましょうや。よい夢を~?」
「なんで疑問形なんですか…」
どうにもこれ以上弾く気にもなれなかったヴィルヘルムはそう言ってリリアーナから離れその場を後にした。その後姿をリリアーナは半目で見ながら、なぜか感じるデジャヴ間に首をかしげながら丁度来た眠気に身を任せるため、自室へと戻っていった。ヴィルヘルムの擦れた過去の願望はもう一度、彼を狂気へと落そうと迫っている。
また、とある一室では一人の少女がベットの中で悶々と悩んでいた。少女の名前は園部優花。ヴィルヘルムに抱えられながら振り回された被害者である。無事に帰ってこれたのは良かったが、もう一度出られるかと聞かれれば怖さで足がすくみ、無理であると言えるであろう。しかし、彼女にはとある悩みが生み出されていた。
「あの目、あの笑み…かっこよかったなぁ」
そう。彼女はこともあろうかヴィルヘルムに一目ぼれしたのだ。此処に第三者が居れば吊り橋効果だ、一時の迷いだと正気に戻すために奮闘するだろうが、残念ながらここには優花一人であり、突っ込みなしの状態だった。
結構雑な扱いをされていた筈なのにこの様な感情を抱いているのには訳がある。そもそも、助けた後優花は気絶しており次に目が覚めた時にはベヒモスを相手に自分を抱えながら善戦している所だった。
恐怖よりも、その強さを見せられた事による安心感。その後にガシガシと乱暴に撫でられたのが決め手となった。…決め手になってほしくなかった。
この戦闘時のヴィルヘルムはサングラスを外しており、その赤眼を真正面から見た優花はその目に魅了されていた。因みに言うが、ヴィルヘルムの目に魅了とかそんな便利な能力は無い。
つまり、完全に優花が一人で舞い上がっている訳である。そして、優花はヴィルヘルムのある部分を思い出し、身もだえし始めた。
「あぁ~!あの鋭い歯で首元を噛まれたら………控えめに言って最高ね」
現状の優花は控えめに言って最低である。もう、変態への道を全力で走り始めていると言っても過言ではない。ここに、一人の吸血鬼に魅了された哀れな少女が爆誕した。それは、誰も祝わず。後に、関係者全ての頭を抱えさせる事態へと発展したのだった。
あ、優花さんが変態枠に落ちてる気がする…。まぁ、普段常識人枠のキャラもこういったのも良いでしょ?(自己弁護)
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二人と一人
帝国から使者が来る前にもう一度オルクス大迷宮に行きたいと言ったメルドによってもう一度行くことになったヴィルヘルム達。ホルアドに向かう前日にヴィルヘルムはある人物と会っていた。
「それで、話って何ですか?ヴィルヘルム君?」
「あぁ、話ってのは俺が居なくなった後のことだ」
とある人物とは愛子先生であり、話す内容は今後の特にヴィルヘルムが抜けた後についてだった。ヴィルヘルムは一応同郷(この場合は同界なのだろうか)であるクラスメイト達が死ぬのは少しばかり目覚めが悪い。最も、彼自身は襲ってきた場合は殺そう等と考えているのだが。そもそも、本来ヴィルヘルムは差別意識が強く、日本人など”猿„と言いそうなものであるが、ここは中身が別物であるが故に口調こそ乱暴だがそこまででは無い。
ヴィルヘルムの切り出した話の内容に愛子先生の表情が強張る。ヴィルヘルムが抜ける事をその場で聞いてはいないものの、傍に居る神殿騎士達からそんな事があったと聞いていたのだ。愛子先生自身としてはここに残ってほしいが、クラスメイトに魔法を打たれたヴィルヘルムが頷くとは思えなかった。それに、ヴィルヘルムの纏う空気がそんな言葉を出させるのを躊躇わせた。
「居なくなった後の事…ですか」
「あぁ、あいつらの事だ。どうせゲーム感覚だったのが
そう言って近くを通りかかった侍女にどこか落ち着いて話せる場所はないかと聞き、案内させる。愛子先生は「あれ?あれれ?そんな人に聞かれちゃ不味い話なんですか!?」と狼狽えていた。顔には出さなかったが。
案内された部屋に二人で入り、案内した侍女に何か飲み物を持ってくるように頼んだ後、ヴィルヘルムはドアを閉め近くになった椅子に腰かけた。
「下手に聞かれて異端者にされると面倒だからな。で、だ。テメェはこれからどうするつもりだ?」
「どう、とは?」
ヴィルヘルムの言葉に首をかしげる愛子先生。彼女としてはヴィルヘルムの言葉を理解しようにも、どれに対しての事なのか分からなかった。これから各地を回り、愛子先生の天職である作農師として土壌改善など行うことなのか。それとも、勇者として祭り上げられた光輝の事とそれに伴う戦争のことなのか。他にも幾つもの考えが浮かんだがどうしてもヴィルヘルムの言いたいことが分からなかった。うんうんと唸っている愛子先生に言葉が足りない事に気が付いたヴィルヘルムは少し申し訳なさそうにしながら言い直した。
「言葉が足りなかったな、要はだ。この世界―—―」
「お飲み物をお持ちしました」
ヴィルヘルムが再度言おうとした瞬間ドアの向こうから先ほど案内させた侍女の声がした。その声にヴィルヘルムは舌打ちしながら向かい、飲み物を受け取る。ヴィルヘルムは侍女からお盆ごと貰い持ってきた。テーブルに飲み物を置き、もう一度座りなおす。そして、ヴィルヘルムは喋りだした。
「要は、この世界の人間を殺す覚悟とその後の生徒のケアをする手立てはあるんだろうな?戦争に向かった新兵はPTSD*1にかかるか勇猛と蛮勇を履き違えて戦死する。だが、それは嫌なんだろう?」
「当たり前です。教師として、生徒全員をもとの世界に連れて帰るつもりですから。それに、出来れば人殺しにはさせたく無いですからね」
ヴィルヘルムの言葉に強く返す愛子先生。しかし、そこには不安が見て取れた。そんな愛子先生の様子にヴィルヘルムは特に気にした様子もなく周りに注意を払っていた。この部屋の防音性能など最初から当てにはできない。建築様式が中世に近く、魔法という地球にはない技術によって作られているとしても信用できる訳ではない。故にヴィルヘルムは周囲に誰か居ないかを警戒していた。幸いにも近辺に人間の気配は無く、ヴィルヘルムも落ち着いてこの世界の人間には話せないことが話すことができると心の中で安堵した。
だからこそ、見落としていた。頭では理解していても体に染みついている行動は変えるのは難しい。
彼女にとってヴィルヘルムはヒーローであり、
「この世界は歪だ。あぁ…………いい加減この口調もやめだ。貴女も気が付いている筈ですよ。世界規模の宗教が一枚岩でいる歪さを」
「普通の喋り方、出来たんですか!?」
「………そこに注目しますか?」
会話内容は教会延いてはこの世界についてだった。彼女は予想が外れてホッとし、会話内容が気になるのかそのまま盗聴を続行した。呆れた様なヴィルヘルムの顔に愛子先生は頬を染めながら咳払いした。
「エーレンブルク君が普通に喋れたのも驚いたんですよ?それに、エーレンブルク君が言わんとしている事は分かります。この世界の歪さも。だからと言って今すぐ何かができる訳じゃありません。私は、各地を回って皆さんを帰らせる方法を探します。そして、自分の目で見て判断します」
「………………………………………強い人だ」
「いいえ、強いわけじゃないですよ。ただ、精一杯今できることをしようとしているだけです」
あれ、これ不味くない?と、少し焦る彼女。どうしよう、ここは戻って突撃をかませばいいのだろうか。でも流石に表向きの私の性格じゃ…。そんな事を彼女が考えているとヴィルヘルムが口を開いた。
「貴女はそのままでいて下さい。生徒達のために全身全霊で行動する、それは素晴らしい事だ。貴女だけは汚れてはならない。貴女はそのまま
「それは………どういう事ですか?それに、私以外ってエーレンブルク君はどうするつもりなんですか?」
「私はすでに汚れている。それに、私はこちらの世界で探さなければならないものがある」
その言葉に彼女も愛子先生も首を傾げた。ヴィルヘルムが言うような事柄が全く見当つかないからだ。彼女としては最も気になる彼の事を知りたいのだが、現状ではどうにも手が出しずらい。どうしたものかと考えているとヴィルヘルムが口を開いた。
「それは、一体どういう…………」
「気にしないで下さい。これは私の戯言のようなモノ…。…………………………………俺は、この王国を抜けて自由気ままに探し続けますんで、
そう言ってヴィルヘルムは立ち上がり、部屋を退出した。その後愛子先生が何かぼそりと呟いたように彼女はしたがそれより頭にあるのはどうやってヴィルヘルムに近づくか。そして、妙案を思いつき彼女は細く微笑んだ。
「他にどんな女が来たってかまわない。なんたってボクがヒロインなんだから!」
この時、ヴィルヘルムが言い知れぬ寒気に襲われたとか襲われなかったとか。
此処に関しては変更点はありません。と言うのも、変更点を思いつかなかったんですよねぇ。
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創造
最近はFGOのイベントとグラブルでの周回とやる事が目白押しです。忙しい忙しい。
オルクス攻略はハジメの死(仮定だが限りなく確定に近い)によって多くのクラスメイト達の心に深い傷を負わせ、半数以上を戦いから遠ざけさせた。明確な死を間近で感じたのだからしょうがない気もするが。
そんな彼らを王都に置いてヴィルヘルム達はオルクスに来ていた。理由は残った戦う覚悟のある者達のレベルを上げる事。人数が減り量の戦闘が出来なくなり質に切り替えただけの話だった。
そんな中ヴィルヘルムは気味が悪い程に機嫌がよかった。この迷宮攻略と帝国からの使者との謁見が終われば晴れて自由の身。そう思うとヴィルヘルムは嬉しくて仕方がなかった。心なしか、魔物の肉片が散弾の様に地面にめり込んでいる気もする。嬉しさの余りに加減が出来ていないようだった。ヴィルヘルムは目についた魔物は即座に倒すためそこから漏れた魔物のみ倒すので光輝達は不満そうであったがヴィルヘルムの気にする事ではなかった。
血濡れの拳を振り上げ魔物を殺しつくすその姿は正に悪鬼。そんな姿にクラスメイト達は戦慄し、恐怖した。そして、周りから恐れられているヴィルヘルムを見て心配する少女。ヴィルヘルムを見ながらこれからの事に笑みを浮かばす少女。その力が自身にあったらと苛立つ少年。こちらにその拳が来るのではないかと恐れる少年。それぞれの思惑や恐怖、苛立ち等の感情が混ざり合いその場は混沌としていた。
そしてそんなオルクス攻略も六日目となった。日に日に機嫌が良くなっていき魔物のスプラッタシーンも増え始めた頃、ヴィルヘルムを除くクラスメイト達の足を止めさせていた。原因はここが六十層であり、あの事故が起こった場所だからだろう。クラスメイト達の顔はみな同様に暗い。ヴィルヘルムは一人凶悪な笑みを浮かべながら橋を渡っているがそれにすら誰も何も言わない。ヴィルヘルムに気を割けるほど心に余裕が無いのだ。何とも言えない感情を浮かべながら谷底を見ているクラスメイトや足が震えているクラスメイトの姿が見える。
あの月夜の日にハジメを守るそう言ったにもかかわらず守れず、目の前で失った香織。それでも、逃避でも否定でもなく、自らの納得のため前へ進もうとする香織に、雫は親友として誇らしい気持ちで一杯だった。因みに、香織はハジメの生存を信じていた。理由は、…………………今は良いだろう。
だが、そんな空気を読まないのが勇者クオリティー。光輝の目には、眼下を見つめる香織の姿が、ハジメの死を思い出し嘆いているように映った。クラスメイトの死に、優しい香織は今も苦しんでいるのだと結論づけた。故に、思い込みというフィルターがかかり、谷底を見つめ目線を上げる香織の姿も無理しているようにしか見えない。
そして、香織がハジメが死んだなどと露程にも思っていない事を知らない光輝は、度々、香織にズレた慰めの言葉をかけてしまうのだ。そしてその言葉はヴィルヘルムを苛立たせる。
「香織……君の優しいところ俺は好きだ。でも、クラスメイトの死に、何時までも囚われていちゃいけない! 前へ進むんだ。きっと、南雲もそれを望んでる」
「ちょっと、光輝……」
「雫は黙っていてくれ! 例え厳しくても、幼馴染である俺が言わないといけないんだ。……香織、大丈夫だ。俺が傍にいる。俺は死んだりしない。もう誰も死なせはしない。香織を悲しませたりしないと約束するよ」
「はぁ~、何時もの暴走ね……香織……」
「あはは、大丈夫だよ、雫ちゃん。……えっと、光輝くんも言いたいことは分かったから大丈夫だよ」
「そうか、わかってくれたか!」
嬉しそうな光輝。その姿に苛立ったように舌打ちするヴィルヘルム。勝手に死人の思いを代弁する様な事は許されない。言いたい事は分かるが持論を他人に押し付けるな。そう思いながらヴィルヘルムは光輝の声が聞こえないように出来るだけ前に向かった。
後方では長い付き合い故に、光輝の思考パターンを何となく分かってしまう香織は、だからこそ何も言わず合わせるのだった。
ちなみに、完全に口説いているようにしか思えないセリフだが、本人は至って真面目に下心なく語っている。光輝の言動に慣れてしまっている雫と香織は普通にスルーしているが、他の女子生徒なら甘いマスクや雰囲気と相まって一発で落ちているだろう。
普通、イケメンで性格もよく文武両道とくれば、その幼馴染の女の子は惚れていそうなものだが、雫は小さい頃から実家の道場で大人の門下生と接していたこと、厳格な父親の影響、そして天性の洞察力で光輝の欠点とも言うべき正義感に気がついていたことから、それに振り回される事も多く幼馴染として以上の感情は抱いていなかった。その感情は
一行は特に問題もなく、遂に歴代最高到達階層である六十五層にたどり着いた。
「気を引き締めろ! ここのマップは不完全だ。何が起こるかわからんからな!」
付き添いのメルドの声が響く。光輝達は表情を引き締め未知の領域に足を踏み入れた。しばらく進んでいると、大きな広間に出た。何となく嫌な予感がする一同。
その予感は的中した。広間に侵入すると同時に、部屋の中央に魔法陣が浮かび上がったのだ。赤黒い脈動する直径十メートル程の魔法陣。それは、とても見覚えのある魔法陣だった。
「ま、まさか……アイツなのか!?」
光輝が額に冷や汗を浮かべながら叫ぶ。他のメンバーの表情にも緊張の色がはっきりと浮かんでいた。ヴィルヘルムは笑みを浮かべながら前に出た。
「マジかよ、アイツは死んだんじゃなかったのかよ!」
龍太郎も驚愕をあらわにして叫ぶ。それに応えたのは、険しい表情をしながらも冷静な声音のメルド団長だ。
「迷宮の魔物の発生原因は解明されていない。一度倒した魔物と何度も遭遇することも普通にある。気を引き締めろ! 退路の確保を忘れるな!」
いざと言う時、確実に逃げられるように、まず退路の確保を優先する指示を出すメルド。それに部下が即座に従う。だが、光輝がそれに不満そうに言葉を返した。
「メルドさん。俺達はもうあの時の俺達じゃありません。何倍も強くなったんだ! もう負けはしない! 必ず勝ってみせます!」
「へっ、その通りだぜ。何時までも負けっぱなしは性に合わねぇ。ここらでリベンジマッチだ!」
「テメェらはアイツは俺の獲物だ。俺が仕留める」
そう言って戦おうとした瞬間二人はヴィルヘルムによって止められた。二人はヴィルヘルムの言葉に驚き片方はヴィルヘルムの言葉に眉を顰め、もう片方は不機嫌になった。ヴィルヘルムはそんな二人の事なんぞ気にする気もないのかそのまま前に歩み出ながらメルドに一言言った。
「全力で防御でもしとけ、間違えて殺したら流石にワリィからな」
「は?いや、確かにヴィルヘルムの攻撃力だと何となく分かるが?それ程か?」
メルドは疑問に思ったが取り合えず、嫌な予感がしたので部下に命じ防御魔法の聖絶をいつでも発動できるようにしておいた。こうしてこうしてヴィルヘルム対ベヒモスの戦いが始まった。
「オラァッ!」
「ググウウウウウウウウウウ!?!?!?」
初手はヴィルヘルム。素早く懐に潜り、その腕から放たれた正拳突きは正確にベヒモスの首を捉えた。しかし、身長差の所為か深く当たっておらずそこまでのダメージを与えられていなかった。それを見てヴィルヘルムは舌打ちし、後方にバックステップで下がる。現状あまり手札を見せたくないヴィルヘルムはほかの姿に成ることが出来ない。故に肉弾戦を仕掛けたいがこの体での大型魔物との戦いは縛りがきつ過ぎる。故に、ヴィルヘルムは自身の切り札の一つを切ることにした。
足に力を籠め、ベヒモスに接近する。ベヒモスもその動きに反応して頭部の角で攻撃しようとしてくる。それを横にステップすることで避け、そのままの勢いでベヒモスに向かってジャンプしベヒモスの頭の側面に向かって蹴りを叩き込む。昏倒したのかそのまま動かなくなるベヒモス。後方でクラスメイト達が感嘆の声を上げるがヴィルヘルムはそんな事なぞ気にしない。
「この世界の化け物がどれだけ耐えれるか………。まずはテメェで試してやるよ!」
そう言いながら制服のネクタイを緩めるヴィルヘルム。その姿、その発言にクラスメイトもメルドも首を傾げた。そして、ヴィルヘルムはある詠唱を始めた。
「
ヴィルヘルムの詠唱が終わると共に洞窟の中は一層暗くなり、体感温度も心なしか下がった気もした。そして、彼らを驚かせたのはヴィルヘルムの体や地面から生える無数の赤い棘だった。
「エーレンブルク君!?」
香織の驚きと悲痛が混ざった声が洞窟内に響く。その声はヴィルヘルムに届いていなかった。そして、ヴィルヘルムのテンションは過去最高になりつつあった。熱く、そして冷たくヴィルヘルムは告げる。
「テメェの血も魂も全部俺に寄こせ。俺は腹が減ってんだよ」
「グバァゥッッッッッッッッッッ!?!?」
そう告げた瞬間ベヒモスの体を無数の棘が貫いた。最初は暴れていたベヒモスだが段々と動きがぎこちなくなり最後には動かなくなった。ベヒモスに刺さった棘から滴り落ちる血は棘に吸い込まれていく。そして数分経つと棘も消え去り突き上げられていたベヒモスの巨大重力に従い落下する。
ベヒモスの体が落ちたことによって起きた煙の中からヴィルヘルムが出てくる。その見た目は服は穴だらけになっておりその穴からヴィルヘルムの白い肌が見え隠れしている。その姿はこんな迷宮の中であり先ほどまで魔物を一方的に殺していた事を抜きにすれば酷く扇情的であった。場所とか色々抜きにすればだが…。
そんなヴィルヘルムの姿を確認した香織はすぐに駆け寄り体中隈なく怪我が無いか探し出した。そしてそんな香織の姿を認識してメルド達はやっと動き出した。そして口々にヴィルヘルムに質問した。それに対してのヴィルヘルムの答えは一つ、『オリジナル魔法』とそれだけだった。光輝達は取り合えず納得したがメルド達は納得できず、首を傾げてばかりだった。
メルドは先ほどの魔法(?)の威力を見てアレが王国全体に普及すれば魔人族にも勝てるかもしれないと思い、ヴィルヘルムに聞こうとしたがもしかしたらアレを此方に向けてくるかもしれないと思うと迂闊に行動できなかった。
こうして、王国側からは異端又は危険かもしれないという認識を与えられ、クラスメイトからは畏怖を受けたヴィルヘルムはそんな事知らぬとばかりに気持ちよく鼻歌を歌いながら迷宮を歩いていた。
正直、此処に関してはそこまでの手直しをしていません。ちょっと、文章プラスしたり、文章の段落を編集した程度です。
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帝国
ハジメがヒュドラとの死闘を制した末に力尽きて倒れた頃、ヴィルヘルムを含むクラスメイト一行は、一時迷宮攻略を中断しハイリヒ王国に戻っていた。
道順のわかっている今までの階層と異なり、完全な探索攻略であることから、その攻略速度は一気に落ちたこと、また、魔物の強さも一筋縄では行かなくなって来た事と帰りの日数を計算した為、メンバーの疲労が激しいことから一度中断して休養を取るべきという結論に至ったのだ。
もっとも、休養だけなら宿場町ホルアドでもよかった。王宮まで戻る必要があったのは、迎えが来たからである。何でも、ヘルシャー帝国から勇者一行に会いに使者が来るのだという。
何故、このタイミングなのか。
元々、エヒト神による神託がなされてから光輝達が召喚されるまでほとんど間がなかった。そのため、同盟国である帝国に知らせが行く前に勇者召喚が行われてしまい、召喚直後の顔合わせができなかったのだ。
もっとも、仮に勇者召喚の知らせがあっても帝国は動かなかったと考えられている。何故なら、帝国は三百年前にとある名を馳せた傭兵が建国した国であり、冒険者や傭兵の聖地とも言うべき完全実力主義の国だからである。
突然現れ、人間族を率いる勇者と言われても納得はできないだろう。聖教教会は帝国にもあり、帝国民も例外なく信徒であるが、王国民に比べれば信仰度は低い。大多数の民が傭兵か傭兵業からの成り上がり者で占められていることから信仰よりも実益を取りたがる者が多いのだ。もっとも、あくまでどちらかといえばという話であり、熱心な信者であることに変わりはないのだが。
そんな訳で、召喚されたばかりの頃の光輝達と顔合わせをしても軽んじられる可能性があった。もちろん、教会を前に、神の使徒に対してあからさまな態度は取らないだろうが。王国が顔合わせを引き伸ばすのを幸いに、帝国側、特に皇帝陛下は興味を持っていなかったので、今まで関わることがなかったのである。
しかし、今回のオルクス攻略で、歴史上の最高記録である六十五層が突破されたという事実をもって帝国側も光輝達に興味を持つに至った。帝国側から是非会ってみたいという知らせが来たのだ。王国側も聖教教会も、いい時期だと了承したのである。
その事を帰りの馬車でメルドから聞かされた一同は光輝は神妙な顔で何故か頷いており、他の面々は面倒ごとが起きそうな予感を感じた。そして、他の面々が面倒ごとを起こすであろう人物に目を向ける。その人物はこの迷宮攻略で異端の魔法を使ったヴィルヘルムである。何かと光輝と口論(光輝が一方的に言ってるように見える)をしているヴィルヘルムが今回も何かやらかしそうだと面々は戦々恐々していた。
馬車が王宮に入り、全員が降車すると王宮の方から一人の少年が駆けて来るのが見えた。十歳位の金髪碧眼の美少年である。光輝と似た雰囲気を持つが、ずっとやんちゃそうだ。その正体はハイリヒ王国王子ランデル・S・B・ハイリヒである。ランデルは、思わず犬耳とブンブンと振られた尻尾を幻視してしまいそうな雰囲気で駆け寄ってくると大声で叫んだ。
「香織! よく帰った! 待ちわびたぞ!」
もちろんこの場には、香織だけでなく他にも帰還を果たした生徒達が勢ぞろいしている。その中で、香織以外見えないという様子のランデルの態度を見ればどういう感情を持っているかは容易に想像つくだろう。
実は、召喚された翌日から、ランデルは香織に猛アプローチを掛けていた。と言っても、彼は十歳。香織から見れば小さい子に懐かれている程度の認識であり、その思いが実る気配は微塵もない。生来の面倒見の良さから、弟のようには可愛く思ってはいるようだが。それか、中型犬が遊んでほしくてじゃれついてきている認識なのかもしれない。
「ランデル殿下。お久しぶりです」
本当に生えているんじゃないかとすら思える尻尾をパタパタと振るのを幻視しながら微笑む香織。そんな香織の笑みに一瞬で顔を真っ赤にするランデルは、それでも精一杯男らしい表情を作って香織にアプローチをかける。しかし、その姿も小さい子供が背伸びしている様にしか見えず、
「ああ、本当に久しぶりだな。お前が迷宮に行ってる間は生きた心地がしなかったぞ。怪我はしてないか? 余がもっと強ければお前にこんなことさせないのに……」
ランデルは悔しそうに唇を噛む。香織としては守られるだけなどお断りなのだが、少年の微笑ましい心意気に思わず頬が緩む。
「お気づかい下さり有難うございます。ですが、私なら大丈夫ですよ? 自分で望んでやっていることですから」
「いや、香織に戦いは似合わない。そ、その、ほら、もっとこう安全な仕事もあるだろう?」
「安全な仕事ですか?」
ランデルの言葉に首を傾げる香織。ランデルの顔は更に赤みを増す。となりで面白そうに成り行きを見ている雫は察しがついて、少年の健気なアプローチに思わず苦笑いする。そしてチラリとヴィルヘルムを見てギョッとしていた。そんな雫を他所にランデルと香織の会話は続く。
「う、うむ。例えば、侍女とかどうだ? その、今なら余の専属にしてやってもいいぞ」
「侍女ですか? いえ、すみません。私は治癒師ですから……」
「な、なら医療院に入ればいい。迷宮なんて危険な場所や前線なんて行く必要ないだろう?」
医療院とは、国営の病院のことである。王宮の直ぐ傍にある。要するに、ランデル殿下は香織と離れるのが嫌なのだ。しかし、そんな少年の気持ちは鈍感な香織には届かない。
「いえ、前線でなければ直ぐに癒せませんから。心配して下さり有難うございます」
「うぅ」
ランデルは、どうあっても香織の気持ちを動かすことができないと悟り小さく唸る。そこへ空気を読まない厄介な善意の塊、勇者光輝がにこやかに参戦する。
「ランデル殿下、香織は俺の大切な幼馴染です。俺がいる限り、絶対に守り抜きますよ」
光輝としては、年下の少年を安心させるつもりで善意全開に言ったのだが、この場においては不適切な発言だった。香織に恋するランデルにはこう意訳される。『俺の女に手ぇ出してんじゃねぇよ。俺がいる限り香織は誰にも渡さねぇ! 絶対にな!』親しげに寄り添う勇者と治癒師。実に様になる絵である。ランデルは悔しげに表情を歪めると、不倶戴天の敵を見るようにキッと光輝を睨んだ。ランデルの中では二人は恋人のように見えているのである。そして、そんなランデルに笑いかける光輝を苦笑いしながら眺めていた。香織の肩を雫が叩いた。不思議に思いながら香織は雫の方を向く。
「香織、アレ…」
「え?何、雫ちゃ………………oh…」
ん。そう言い終わる前に香織は固まった。香織と雫の目線の先にはリリアーナと親しげ(?)に話しているヴィルヘルムの姿だった。基本誰に対しても不愛想であり二言目には暴言が出ることが多いヴィルヘルムが楽し気(フィルター越し)に話している。訓練以外では女の子の親しい人としてよくリリアーナと接している香織はリリアーナの鉄仮面ぶり(相手に内心を悟らせないとかそういう意味)を知っているので判断に困っているが、それでも表面上はとても親しげなので香織と雫そしてもう一名からしてみれば気が気ではなかった。そして、話題に上がった二人はというと…。
「それで、この帝国からの使者が来て終わりゃぁ俺はこの国から出て自由にしていいんだな?」
「えぇ、そういう事ですね。ですが、考え直してくれませんか?まだ光輝さん達もまだ此方に来たばかりです。お仲間が居なくなるのは流石に堪えるのでは?」
「そん時はそん時だ。あいつ等の心が弱かった。ただそれだけだ」
そう言って今もランデルと睨み合い(光輝的には見つめあい)をしている光輝を見るヴィルヘルム。その横顔は『あいつどっかで絶対致命的な間違えする(確信)』と雄弁に語っていた。そして、それを何となく察したと同時に自身の弟であるランデルの見事な空振りっぷりに微笑めばいいのかいい加減仲裁に入るべきか悩み始めるリリアーナ。その構図は初対面に近い二人とは思えなかった。それこそ、
「それにしても何故か貴方とは他人な気がしないんですよね。何処かでお会いしたことありませんか?」
「あぁ?召喚された俺がこっちの世界のお前と会うわけねぇだろ。…………でもまぁ、何故かお前に既知を感じているのは否定しねぇが」
そう言っているヴィルヘルムの目は(本人は否定するかもしれないが)何処か優し気な光がともっており、それはもう二人の空間みたいに見えなくもなかった。光輝とランデルに気を割きつつヴィルヘルムとリリアーナの会話も気になり其方を気にする雫は予想外の所から出てきたダークホース(?)に戦慄していた。その雰囲気は修羅もかくやと言うものであり、香織の胃は大いにダメージを受けたとか。
それから三日、遂に帝国の使者が訪れた。
現在、クラスメイト達、迷宮攻略に赴いたメンバーと王国の重鎮達、そしてイシュタル率いる司祭数人が謁見の間に勢ぞろいし、レッドカーペットの中央に帝国の使者が五人ほど立ったまま国王エリヒドと向かい合っていた。
「使者殿、よく参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」
「陛下、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします。して、どなたが勇者様なのでしょう?」
「うむ、まずは紹介させて頂こうか。光輝殿、前へ出てくれるか?」
「はい」
陛下と使者の定型的な挨拶のあと、早速、光輝達のお披露目となった。陛下に促され前にでる光輝。召喚された頃と違い、まだ二ヶ月程度しか経っていないのに随分と精悍な顔つきになっている。そんなキメ顔の光輝の後ろでは胡乱げなヴィルヘルムの姿があった。
ここにはいない、王宮の侍女や貴族の令嬢、居残り組の光輝ファンが見れば間違いなく熱い吐息を漏らしうっとり見蕩れているに違いない。光輝にアプローチをかけている令嬢方だけで既に二桁はいるのだが……彼女達のアプローチですら「親切で気さくな人達だなぁ」としか感じていない辺り、光輝の鈍感は極まっている。まさに鈍感系主人公を地で行っている。因みに、他の男子生徒のファンもいるが光輝に比べると人数は少ない。ついてに言うとヴィルヘルムは男性に人気だったりする(ホモとかソッチ系ではない)
荒々しく見える割には繊細に物を扱っていたり何だかんだと図書室に来ては静かに本を読んでいる姿や戦闘訓練中の騎士にちょっとしたアドバイスを言ったりする所が人気だったりする。
そして、光輝を筆頭に、次々と迷宮攻略のメンバーが紹介された。
「ほぅ、貴方が勇者様ですか。随分とお若いですな。失礼ですが、本当に六十五層を突破したので? 確か、あそこにはベヒモスという化物が出ると記憶しておりますが……」
使者は、光輝を観察するように見やると、イシュタルの手前露骨な態度は取らないものの、若干、疑わしそうな眼差しを向けた。使者の護衛の一人は、値踏みするように上から下までジロジロと眺めている。軸があるようで無い光輝を見定めるかのように。
その視線に居心地悪そうに身じろぎしながら、光輝が答える。
「えっと、ではお話しましょうか? どのように倒したかとか、あっ、六十六層のマップを見せるとかどうでしょう?」
光輝は信じてもらおうと色々提案するが使者はあっさり首を振りニヤッと不敵な笑みを浮かべた。
「いえ、お話は結構。それよりも手っ取り早い方法があります。私の護衛一人と模擬戦でもしてもらえませんか? それで、勇者殿の実力も一目瞭然でしょう」
「えっと、俺は構いませんが……」
光輝は若干戸惑ったようにエリヒド陛下を振り返る。エリヒド陛下は光輝の視線を受けてイシュタルに確認を取る。イシュタルは頷いた。神威をもって帝国に光輝を人間族のリーダーとして認めさせることは簡単だが、完全実力主義の帝国を早々に本心から認めさせるには、実際戦ってもらうのが手っ取り早いと判断したのだ。
ヴィルヘルムは既に帰りたくなっていた。そもそも、ただの顔合わせと聞かされていたにも拘らずこうやって長引く。この会場内でヴィルヘルムが欲する情報は殆どない。というか、全くない。眼前で光輝が甘ったれた事をしているがそんな事すらどうでも良く、頭の中で対戦相手の護衛をどう殺すか数通りパターンを考えていた。どれも、常人が出来るかと聞かれると「No」と言わざる負えないやり方だが。
そうこうしている内に使者との謁見は終わり、後は上層部のみでの会談でその日は終わった。後日、雫がガハルドに求婚されそれに光輝が噛み付く場面が置きたが概ね順調に会談などは終わった。
そして…
「じゃ、俺は行くわ」
「はい?」
ヴィルヘルムは王都を後にした。
~~
ハジメとヴィルヘルムの関係は実はそんなに長くない。ヴィルヘルムとハジメが出会ったのは中学生になる少し前。具体的に言うと、中学生になる直前ハジメの家の横にヴィルヘルムが
「隣に引っ越してきたヴィルヘルム・エーレンブルクってもんです。よろしく」
そう言ってうどんを持参してきたところから始まった。この時受け取ったのがハジメであり、内心「そこは引っ越し蕎麦じゃない?」などと思ったのもハジメである。
そこからヴィルヘルムとハジメの交流が始まった。ヴィルヘルムは表向きはドイツからきた中学生前の少年となっているヴィルヘルム(体型が大きいが、周りからは外国の男性はそんなもんなんだろうと思われていた)にハジメが日本での常識やら色々と教える。そうやっていく内に二人は仲良くなり、中学生になるとよく二人で買い物や遊びに行くほどになっていた。
仲が良くなってからある程度時が過ぎたある日、ヴィルヘルムはハジメにある依頼をした。それは、ぬいぐるみを作る際の立体図面の作成である。
ハジメに渡されたのは手書きでよく細かく書かれた絵であり、何方向からも書かれていた。題名はドイツ語で『黄昏の女神』や『怒りの日』、『永遠の刹那』と書かれており、当時から発症していた男性が一度は通る(偏見)道を通っていたので大変疼いた様だ。それはもう、色々と。
ハジメはヴィルヘルムに日本語を教え、ヴィルヘルムはハジメにドイツ語を教える。コレが後にハジメの主兵装『ドンナー』と『シュラーク』の命名に関係するのだが、この時の二人には知りえぬことである。
文字数が減りました。申し訳ない。変えの話を思い浮かなかったんじゃ…。
その分、内容が濃くなるように努力していく所存です…ハイ。
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交わる道 離れる道
steamでゲームかったりして、引きこもる準備をしようと思っています。引きこもりませんけど。
「じゃ、俺は行くわ」
「はい?」
一部の生徒はハジメの死によって引きこもっている為少なくなったクラスメイト達との食事の際にヴィルヘルムはそう口を開いた。
三日に及ぶ帝国との会議も終わり、クラスメイト達が和気藹々としている所に突如として落とされた一つの爆弾。皆手を止め、口を止め、一様に顔に「何故?」と書かれている。
「俺は俺でやるつもりなんでな。テメェらと一緒に居れば何時背後から撃たれるか分かったもんじゃねぇ」
「ッンだと、オラ!」
「お、おい、檜山!」
ヴィルヘルムの放った言葉に憤ったクラスメイトの一人である檜山が光輝の言葉を無視してヴィルヘルムとの距離を詰め、襟首を掴もうとする。が、それより先にヴィルヘルムによって首を掴まれ中吊りになった。
「どうした?まさか、テメェが俺に撃ってきたのか?」
「ガッ!?……違ッ…………俺じゃ……」
それを目にして周りも目を剥く。一部女子は短く悲鳴を上げる。それを一瞥しながらヴィルヘルムは檜山を投げ捨てる。投げ捨てられた拍子に背中を強くぶつけその場で咳込みながら蹲る檜山。それを一瞥もせずにどこかへ向かおうとしているヴィルヘルムに光輝が待ったをかけた。
「まっ、
「エーレンブルク、なんで檜山に暴力を振ったんだ!」
「あ?そりゃ、俺がやるより先にアッチがその気になったからだろ?」
何がおかしい?とでも言いたげなヴィルヘルムの態度に光輝はさらに機嫌が悪くなる。
「君は何でそんな穿った見方しかできないんだ!仲間だろう!」
「はぁ?少なくとも俺は背後からFFしてくる奴を仲間と認識した事ぁねぇぞ」
それだけ言うとヴィルヘルムは光輝の制止の声も聞かずその場を後にした。残ったのは、返り討ちにされ未だに復活できていない檜山と機嫌の悪い光輝。困惑気味の女子たちだった。愛子先生は護衛の騎士と少数の生徒を引き連れ村々を回っている。愛子先生が居れば何か変わったかもしれないが、所詮はたらればの話である。
クラスメイト達が驚きに固まっている中、ヴィルヘルムはそのままリリアーナと国王に後の事を頼み、王城を後にした。城下町で買い物をして、片手で買った物が入っている茶色い紙袋を持ち残った片手でこの世界でのリンゴモドキをかじりながら歩くヴィルヘルム。ドイツ軍の軍服もあって馴染んでいるのか目立っているのか判断し辛いところがあった。
ゆったりと城下町を歩き、外へ向かうヴィルヘルム。それを追う二つの物影、それは人混みから飛び出し、ヴィルヘルムの行く手を阻んだ。
「ねぇ、ちゃんと説明してくれるかしら?」
「そうだよ!いきなり、抜けられても困るよ!」
それは香織と雫だった。二人は困惑したような顔をしながら追求してきた。それにヴィルヘルムは溜息を吐きながら二人を見返す。行動力の塊の様な香織と付き添う雫は誰よりも早く回復して追いかけてくることはヴィルヘルムは何となく察していた。
「さっきも言っただろうが、背後から隙あらば命を狙ってくる。そんな奴が居る場所にいつまでも居るなんて精神異常者くらいだろうがよ。俺はごめんだね。それに、あの勇者とも気が合わねぇしな」
「だったら、私も…」
「テメェらが抜けたら本格的にこの異世界で死人が出んぞ。テメェらはあの勇者やら南谷らのストッパーになるのが今の最善だろ」
そう言ってヴィルヘルムは話すことは無いとでも言うように香織と雫の間をすり抜け人混みに紛れていった。最も、身長が高く服装も特徴的なため結構目立つのだが。
その後姿を二人は何も言うことが出来ず、立ち竦むしかなかった。ヴィルヘルムもある程度歩いてしまった為、既に見えなくなってしまった。そこで香織がつぶやいた。
「絶対追い付いて見せるわ…ねぇ、香織。手伝ってくれる?」
「もちろんだよ!雫ちゃん、私もハジメ君を助けに行かないといけないからね!」
雫の決意を宿した目を見つめ返しながら香織は力こぶを作って微笑みかける。それぞれの、想い人の為に願いの為に。決意を新たにした二人は、そのまま王城へと帰って行った。
香織と雫は決意を胸に王城に戻り、これまでより訓練に打ち込むようになった。その際、光輝がよく分からないご都合解釈を行い見事に株を暴落させたが、割愛しよう。
~~~
王都を囲む壁を守る衛兵にステータスプレートを見せ、そのまま外に出る。そしてある程度歩いた所でヴィルヘルムは足を止め、振り返る。そこには眼鏡とショートボブが特徴の中村恵里だった。
「テメェ………ンで着いてきやがる?」
「えっと、ね?その、王様に言われたから………」
戸惑いながらそう言う恵里にヴィルヘルムは鼻で笑い、睨みつける。
「そりゃダウト………だな。大方、誰にも言わずに着いてきたんだろ?それに、その気持ち悪りぃ喋り方で話すんじゃねぇ腐臭がしやがる」
「…………………腐臭だなんて酷いなぁ。ボクだって乙女なんだから、そんな酷いこと言われると傷つくよ」
ヴィルヘルムの言葉に自分自身で抱きしめながら答える恵里。その顔は恍惚としておりどことなく漂う変態臭にヴィルヘルムは頬を引きつらせる。そんなヴィルヘルムをお構いなしに恵里は喋る。
「まぁ、陳腐な嘘だしバレるよね。まっ、どうでもいいよ。ボクはヴィルに着いていくよ。拒否権とかないから。それに、もし置いていったらヴィルの名前で色々ある事ない事喋っちゃうかもしれないしね~?」
「さらっと脅すんじゃねぇよ。……………殺しても良いが、面倒だし来んなら来いよ」
ヴィルと愛称で呼ばれたことやサラッと脅してくる恵里に指摘する事すら面倒になったのかヴィルヘルムは諦める事にした。別に殺しても良いが、どこで誰が見ているか分からない現状で下手な手は打てず、断念することになった。
ヴィルヘルムが諦めた事を察したのか恵里は嬉しそうにヴィルヘルムの横に並び、歩き出す。ヴィルヘルムはそれを面倒くさそうに見ながら王都を後にした。この時、ヴィルヘルムの中ではヘルガが大絶叫していたのは蛇足となる。
ヴィルヘルムと恵里はその後オルクス大迷宮のあるホルエドへと向かうと、その日は宿を取り寝ることにした。部屋を二つ取るか一つ取るかでしょうもない良い争いが起きたが、他では特に問題なく進んだ。因みに、別々に部屋を取る事が出来ている。
ヴィルヘルムはこれからの事を考える。まずは恵里を自分ほどではなくとも、勇者である光輝を圧倒できる程度には強くすること。それには、最悪
計画という割には余りにも粗が多く、拙いものだが視線の正体も分かってない以上下手に動けないのが問題だ。ヴィルヘルムとしても、ここは慎重に期するのが最善だと判断したのだろう。それとも、そうする事で、未知を味わおうとしているのかもしれないが。
~~~
時間は遡り、場所は王都になる。ヴィルヘルムと別れた香織と雫は次に会った時こそ着いて行こうと二人で話し合いながら王城に帰ってきていた。するとそこでは慌ただしく走り回っている侍女や騎士達の姿があった。皆一様に焦っているような表情であたりを見回している。
香織と雫は顔を見合わせ、近くに居た侍女に話しかける事にした。
「あの、どうかしたんですか?」
「えっ!?あぁ、使徒様。えぇと、中村様の姿が見えず部屋に行くと『エーレンベルク君と旅に出ます』と書かれていまして、まだそう遠くに行ってないと思われるのでこうやって探しているのです」
そう言って「失礼します」と頭を下げ、侍女は何処かへ行ってしまった。それを見送りながら香織は「その手があったかぁ…」と呟いた。無理やり着いて行く。その方法もあったのに、躊躇してしまった自分に対してか、
雫の目からハイライトさんが出張していたからである。下手すると単身赴任の可能性があるが、それは香織の精神衛生上何としても阻止しなくてはいけないが、今はそれどころではない。
「し、雫ちゃん?」
「何かしら?香織」
「ヒエッ」
振り向いた雫はそれはもう万遍の笑みだった。10人が見れば10人が頬を赤く染めるであろう程の笑み。まぁ、ハイライトがゴッソリ消え去った目を見なければの話だが。いや既に、ハイライト以前に目がドロドロと濁っている。生まれてくる物語を間違えたのではないかと言わんばかりに濁っている。ついでに、スタンドの如く背後で修羅の幻影が刀を整備している様に見える。香織は泣きたくなった。もう幼児化して泣きわめきたかったが、此処でそんな事したら戻ってきた時意中の相手であるハジメにどんな目で見られてしまうのか恐ろしくて出来もしない。
どっかの黒い聖杯の人の様に黒い触手を出して辺りをぶち壊すんじゃないかと言うほどの瘴気を撒き散らし始めた雫に香織が決死の覚悟でどうにか落ち着かせようとしたその時、香織の背後から聞き覚えのある事が聞こえた。そして同時に、自分と雫の運の無さをこの世界の神であるエヒトに呪いたくなった。
「香織に雫、こんな所で何をしているんだ?あ、そういえば中村の事見なかったか?騎士の人達も探してるし、人に迷惑かけるなんて…………」
二人の前に現れたのは我らが勇者である光輝だった。挨拶もそこまでに、そう言って何処か呆れと怒りを滲ませる光輝は目の前が見えていなかったのだろうか。既にヴァイブレーション化し顔から冷や汗を滝の様に流している香織と
「エーレンベルクも勝手に出てくし、仲間の事を何だと思っているんだ!あんな奴が強いなんて俺は絶対に認めない。紛い物の力に俺たちは負ける訳がない!香織と雫も、俺と一緒に頑張っていこうな!」
「ソウネ」
「う、うん」
心の中で「今すぐ何処かへ行って!」と光輝に叫ぶ香織。心の中で絶叫しているので光輝に伝わる筈もなく、光輝はそれはもう眩しい程の笑顔を香織達に向ける。大惨事大戦でも起こるのではないかと戦々恐々している香織の方に雫は手をかける。ビクッと肩をはねさせた香織は恐る恐る雫の顔を見る。そこには、光輝とは別の意味で
「し、雫ちゃん?」
「なぁに、香織?別に怒ってなんかないわ?ただ、少しばかりね?エーレンベルク君が帰って来るまでに強くなっておかないといけない気がするのよね?」
「そ、そうね」
どうしてこうなった。そう言いたげな香織の顔を不思議そうな目で見る光輝。香織は既に色々放棄してこの場から逃げ出したくなった。本来、その立場は自分じゃないかなぁ…。と気を紛らわすように
その後、予定調和の様に再会の際にも一悶着あるのだがそれはまた別の話。
前回と違い、香織の立ち位置を雫に変え台詞の変更や小さい部分の変更などをしました。こういった、変更がこれからどういった部分に影響を与えるか楽しみにしていてください。
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とある眼鏡の地獄の訓練
香織が泣きそうになり、雫が修羅の波紋を獲得(大嘘)した翌日。ヴィルヘルムは日傘を差し、オルクス大迷宮の前に立っていた。横にはもはや荷物が本体になりつつあるフラフラとしながら立っている恵里が居た。
「さて、これで問題はねぇと思うが…。まぁ、そん時どうにかすっか」
「ねぇ、着いて行くのを認めてくれたのは嬉しいけど…。これ、なんか可笑しいんだけど?」
「あぁ?荷物持ち兼お前の衝撃クッションだろ。それ持ってねぇとテメェは下手すると死ぬぞ」
「死ぬの!?」と驚きの声を上げている恵里を無視し、ヴィルヘルムは恵里と自分の分のステータスプレート(ヴィルヘルム自身のは偽造済み)を受付に渡し、中に入る。その際、恵里の珍妙な格好に視線を集めたがヴィルヘルムは気にする事も無くそのまま進んでいった。
迷宮内に入るとヴィルヘルムは手当たり次第に魔物を瀕死にさせ、止めを恵里に行わせた。いうなればパワーレベリング*1であり、技術に関してはこの際度外視したものである。
現状、後衛職である恵里の筋力や敏捷は高くない。それを補うレベリングの方法として取られたのが大量の荷物を持った状態での迷宮での戦闘行動。それによって恵里のステータスは状態に適応するために筋力と敏捷を上げるだろうとヴィルヘルムは当たりを付けていた。サブカルに対しての知識はあるが余りにも長い時を繰り返している内に擦り切れ、朧気になっていた。その為、そこまで自信は無い。
「ねぇ、ちょっと気持ち悪くなってきたんだけど」
「そんなこと言ってねぇでさっさと殺せ。まだ人殺させてねぇだけマシだろうが」
ぶっきらぼうにそう言うヴィルヘルムに恵里は文句を言うのを諦め、黙々と魔物を殺し始めた。傍から見ると、巨大なリュックから手が生えているナニカがナイフで魔物を殺している様にしか見えない。その事を恵里が知らないのが唯一の救いなのかもしれない。
「さて、ここ等一帯の魔物は大体狩っただろうよ。他の奴の為にも少しは残してやった方が良いだろうしな」
「ヴィルにそんな気遣いが出来るなんていがーい」
「テメェ頭かち割るぞ?」
恵里が最後の魔物を倒したのを見てヴィルヘルムがそう呟き、恵里が茶化し睨まれる。一階層から続くこのやり取りも既に終わりが見えてきている。なんでも恵里のステータスの筋力や俊敏はそこまで上がってないのが判明したからである。それを意識してレベリングしたところで上がらない。それはつまり、天職と言う与えられた役割以外は
ついでに言ってしまえば、ヴィルヘルムと恵里が居る場所は檜山がトラップを発動させた場所だからだ。そこらにはまだ光輝が崩した洞窟の破片が散らばり、そこだけ大規模戦闘が起きた様な有様となっていた。そして勿論の事トラップも健在だった。
ナイフを片付け一息ついている恵里を目じりにヴィルヘルムはトラップへ近寄る。そして、躊躇う事無くトラップに触れた。ふとヴィルヘルムを見た恵里もギョッとしたような雰囲気を醸し出す。何度も言うが見た目はリュックのお化け状態なので雰囲気だけしか伝わらない。そして、魔法陣が広がる中、ヴィルヘルムはそのままトラップを引き抜いた。この様な力技は、常人ならば出来ない。だが、聖遺物の使徒であるヴィルヘルムは難なくできる。それが今後の犠牲者を出さない為なのか、好奇心というか、ちょっとしたストレス発散だったのかは当人にしか分からない。恐らく後者であろうが。
転移の魔法は難なく発動し、推定三十八層に到着する。それと同時に召喚される大量のトラウムソルジャー。何故か復活している橋に堂々と現れるベヒモス。その姿を見た瞬間恵里は小さく悲鳴を上げ、ヴィルヘルムの近くまで避難した。
「ヴィルなんて事してんのさ!?死ぬよ?本当にボク死ぬよ!?どうしろっていうのさ!?」
「あぁ?テメェは寄生させてたから技術はねぇだろうが、ステータス的にはあの時より圧倒出来てんだよ。問題ねぇから適当に骨の相手でもしてみろよ。危なかったらフォローしてやるから。その間にあのデカブツぶっ殺してくるしよ」
そう言ってヴィルヘルムは顎でベヒモスを指す。そして「いい加減いらねぇだろ」と、恵里のクッション兼持ち物のリュックを下ろさせた。動きやすくなった恵里は肩を回し、手に持ってる鈍器兼媒体の杖と先程から止めを刺すために使っているナイフを構えた。目は死んでいる。現状をシカタナイと諦めているようだ。
杖を遠心力を使い回転しながら殴る。それだけで恵里の近くに迫っていたトラウムソルジャーは吹き飛ばされた。ナイフはトラウムソルジャーに対して確実に効果は薄そうなのであくまでも攻撃を受け流すために使う。まだまだ隙が大きく大振りだがそれはこれから訓練すればいいだけの事。ヴィルヘルムは恵里から視線を外し、ベヒモスに向きなおる。
「さて、こっちも語り合おうぜデカブツゥ!」
獰猛な笑みを浮かべながらベヒモスに躍りかかるヴィルヘルム。ベヒモスも突進してきた。ヴィルヘルムは右拳で殴りかかる。ベヒモスの頭部と拳がぶつかり合い、本来鳴る筈のない様な音が響く。鈍く、腹に響くような殴打音は奈落にまで響いた。
ヴィルヘルムは聖槍十三騎士団のなかでは中核程度である。活動段階でも既に体は鋼の様に固く、常人が殴れば殴った本人が怪我を負う程だ。そんな体から放たれた拳は大型トラックが全速力で激突するのと同等と言っても良い。ベヒモスの頭部の鱗に罅が入る。ベヒモスは生物の本能的な部分で何かを察したのか後方に飛び、ヴィルヘルムの一撃を少しばかり逃がす。それでも完全に逃がしきれず、着地と同時にふらついてしまう。
「GUUUUUUUU………………!」
「へっ、面白れぇじゃねぇか。もっと遊ぼう……ぜっ!」
前回は創造で一撃だった為そこまで気にしなかったが、伊達に異世界最強の冒険者を屠った魔物ではないらしい。それとも、此処に現れたこのベヒモスだけが特別なのか。謎はあるがヴィルヘルムはそんな事を気にもせず、自身の闘争本能のままにベヒモスに攻撃を仕掛ける。
「ちょっとー!?余波でこっちまで被害出てるんだけど!?」石飛んでくるんだけど!?痛っ」
恵里の非難の声も聴かずヴィルヘルムはベヒモスへ身体能力に物を言わせたサマーソルトキックを放つ。ヴィルヘルムと同じタイミングでベヒモスが放った片翼でのスイングはヴィルヘルムに当たらず、そのまま隙を晒したベヒモスの振った後の片翼にヴィルヘルムのサマーソルトキックが当たり、翼は下向きのくの字で折れた。
「GUGYAAAAAAAAAAAA!?!?!?!?」
「やっぱ本能的な分面白くはねぇが、あいつ等よりは楽しめそうだ」
痛みで悶えるベヒモスに容赦なく追い打ちをかけるヴィルヘルム。そのまま右から殴りかかるかと思えば突然方向転換を行い左側からベヒモスの頭部へ攻撃を行った。狙った場所は目。当たらなかったとしても、脳震盪位狙えるだろうと繰り出された一撃だった。しかし、偶然か痛みに悶え動く頭はヴィルヘルムの狙いを逸らすことが出来た。しかし、目から攻撃が逸れただけでヴィルヘルムの拳はベヒモスの顎を粉砕した。
声にならない悲鳴を上げるベヒモス。その隙を見逃さず、そのままベヒモスの粉砕され、開けっ放しになった口内を狙い全力の一撃を放つ。表面がいくら硬かろうと内部は柔らかい。生物ならばそれはどんな見た目のモノにも適用される。ヴィルヘルムの放った一撃は外皮を残しベヒモスの内部をミンチにした。
少しばかり滾った戦いではあったものの、結局は獣であった為直線的でありフェイントも無く面白みに変えたのかヴィルヘルムは不満げに鼻を鳴らし、恵里の居る方向を見る。そして、面白いものを見るように目を細めた。
「だぁぁぁ!」
トラウムソルジャーの頭部のみを狙い杖から繰り出される突きは確実にトラウムソルジャーの頭を捉え粉砕していく。その間に近づいてきた別の一帯は足払いで倒し、足で頭部を踏み抜いていた。相手が魔物であり、骨であるからなのか容赦のない攻撃が次から次へと繰り出されていく。
しかし、半永久的に出続けるトラウムソルジャーのに対して恵里の体力は有限であり、次第に動きも鈍くなり始めた。流石に死なせるのは勿体ないと感じたヴィルヘルムは近くに置いてあったリュックを奈落に落とした後、恵里を助け出しそのまま迷宮を後にした。
上から見下ろしてくる粘着質な視線を感じながら、ヴィルヘルムは宿へと戻っていった。
「さぁって、このウゼってぇ目線もさっさと来ねぇかな…」
軌道修正が入り始めます。仕方ないネ。
グラブルガチャは相変わらず渋いものです。なんでガチャピンモードで二階回したら虹が出るんだよ…。まぁ、今回追加された仲間を小説のネタにするかは育成してからですね。
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禁じ手
と言っても、結末変更はこの次なんですけどね。
それにしても、グラブルにFGOにアズレンと最近は忙しく周回しています。レベル足りねぇなぁ…。
『失敗だ。この結末は失敗だ。やり直しを要求する』
長髪の男性が椅子に座り、理を流す。
『まただ、もう一度』
結末は常に変わらず、願いとは程遠い。
『何故だ!?なぜこうも失敗する!?
何度捻じ曲げようとも、何度回帰しようとも結末は変わらない。
『何度でも何度でもやろうではないか。永劫回帰那由他の果てまで、私の目的が達成するまで…』
ただ、願うだけ。自身が転生した最も足る理由。それを成就するため。その為ならば、何度介しても構わない。だから、………………
『幸せになってくれ……
ヴィルヘルムはそこで目を覚ました。朧気に思い出せるのは
思い出せそうで思い出せない。そんなモヤモヤした感情に苛立つヴィルヘルムは、計画していた
故に、如何するべきか。ヴィルヘルムは恵里の扱いの悪さに頭を悩ませる。いっその事連れて行ってしまおうかと考えるがそれは悪手であると理性で否定する。
暫く頭を悩ませていたが、此処でヴィルヘルムは思いついた。泥の様に眠らせればいいんだと。この世界に体罰と言う概念があれば確実にアウトなレベルで扱き上げれば疲れて眠るか、途中で気絶でもするだろう。そう考え、ヴィルヘルムは今日の予定を立てる。しかし、億の一分でもあり得ないが、仮に負けてしまった場合の事を考える。
必ずしもこの場所に戻って来る事が出来るとは考えていない。ならば、宿は今日で払っておくことにした。そして、ヴィルヘルムは少しばかりこれから行く場所への移動方法を考えた。聖槍十三騎士団の平団員ではまず目的の場所への移動など出来る筈がない。だからと言って大隊長で行けるかと言えば、やはりこれも無理としか言えない。
だとすると選択肢は二つになる。が、実質一つだ。ハイドリヒ卿で目的地に行くには手段がない。防御面で言えば無問題ではあるが…。
「躊躇う必要はない…………か。仕方ねぇ、聖槍十三騎士団が十三席カール・クラフト、変換」
召喚されて直ぐに試した能力。その際に試した人物に変わる。カール・クラフト(以下カール)は、変化した後恵里の部屋へと向かった。理由は簡単である。移動して、
「いつまで寝ているつもりだ?これより演目に不必要な物体を排除し、私の望んだ演目を行うというのに……。その惰性は一体何処から生まれているというのだ?」
「え!?誰!?……………………………………いや、本当に誰!?てか、どうなってるの!?」
突然部屋に入られた恵里は大混乱である。いきなり現れたかと思えば、罵倒が始まり正直着いて行けてなかった。そして、アレよアレと言う間に何故か簀巻きになっている恵里。
「では、準備も整った。自身を全知全能の神と驕る塵芥を文字通りこの世から消そうではないか」
「話を聞こうか!?ねぇ、誰!?ヴィル助けて!?」
カールに引きずられている恵里はジタバタと暴れながら助けを求める。カールは目もくれずに殴り込みを行おうとしたが、今後の行動にも一々こう騒がれても面倒なので、一度ヴィルヘルムに戻る事にした。
「はぁ………………聖槍十三騎士団が四席ヴィルヘルム・エーレンベルク変換。…………………ちょっとしたスキルみたいなもんだ。おっし、分かっただろ?行くぞ」
「何処へ!?」
「あぁ?ちょっくらこっちを盗撮している変態をぶち殺しに行くんだよ」
ヴィルヘルムの言葉に疑問符がマシンガンの様に噴き出るが、もう一度カール・クラフトになったヴィルヘルム(以降カール)は気にもせず、そのまま転移した。
~~~
カールとて、何故自身がこの様な行動に出ているのか曖昧だった。確かに、何処からかいつまでも此方を物の様に見る目線は少しばかり目障りではあったが、目くじらを立てる程でもなかった。にも拘らず、何故自身がこの様な行動をしているのか。
それは、一つに朝見た夢が原因ではないのか…と、カールは推察した。理由としては、あの内容さえ既に朧気でただひたすらに『この世界から自身を監視する存在の排除』そして
完璧な
それが余計にカールの記憶を霞ませる原因になっているが、それを如何にかする術などこの世界にもありはしない。あるいは、彼の錬成師ならば出来るかもしれないがそれは人間に作用するもの。神に、座にある覇道神に対して出来る筈がない。
カールは回想を行いながら、この世界であってこの世界ではない。言ってしまえば求道である黄昏の女神の流出に近い。自己で完結した世界。しかし、不安定であり流出と言うより創造に近い。道具と実力、魔力があれば人間でもこの世界に入る事は出来るだろう。
この異界を表すならば、殺風景。純真無垢と言えば聞こえはいいが、結局他者との関わりと断っている事に変わりはない。それとも、人形遊びに夢中なのだろうか。
「何者だ?何故此処に居る?」
「…こうも警戒しないとは、いやはや未知は侮れん。いや、これは相手が無能だっただけか?」
「貴様、我の問いに答えよ!何処から入ってきた!」
非実体の魂的存在がカールに対し、憤ったかのようにそうまくしたてる。が、カールはソレをまるで
「さて、塵。貴様は私の舞台には不必要だ。私の舞台で踊るのには相応しくも無く、舞台装置にするには不細工が過ぎる。故に……………………………失せろ」
そう吐き捨てたカールはおもむろに手を非実体の魂に向けた。
「聖槍十三騎士団が一席ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ変換。……………………………さぁ、私を楽しませてくれ」
「何っ?………………っ!?」
そう言ってラインハルトは微笑を浮かべた。それに対してたまったのもではないのが非実体の存在である。
そもそもな話、歪な信仰心しか集めていない。自身に向上心の無い、自称神と宇宙一つ破壊できる熱量を持つ覇道神とでマトモな戦いが起こるかと聞かれれば首を横に振るだろう。ついでに言ってしまえば、今のラインハルトは全力を出せる。第八スワスチカが解放され、三大隊長健在時と何ら変わらない能力を出すことが出来るのだ。
しかし、仮にも神を自称するだけあって
故に、
「
ラインハルトの口から紡がれたのは最強の聖遺物。
「なんだそれは…なんだんだそれは!?」
「私はそう悠長に待つつもりはない。卿は私たち目的には不必要だ。だが、そんな卿も私は
その言葉と同時にラインハルトは非実体…エヒトルジェの前から消えた。いや、消えたように見えた。
黄金の膝元に居た使徒とは違い、強者を知らなかったエヒトルジェの心情をゲームで例えると「オフラインでイキってたら知らない内にオンラインになってて、上位ランカーが前に居た時のプレイヤー」だろう。
「我を誰と心得る!?この世界の神!エヒトルジェエだぞ!」
「この世界の神にして、卿は余りにも力が無い。それに…………ふむ、これまで受けてきた攻撃とは少しばかり毛色が違うようだ。面白い」
エヒトより放たれた
「馬鹿にするではないわ!」
「ふむ、私を失望させないでくれ。もっと私に、
この世界の自称神と墓場の王の戦いは続いた。
その頃、そこら辺に打ち捨てられていた恵里は、未だに簀巻きにされてゴロゴロ転がっていた。と言うのも、恵里は後衛職であり筋力値は高くない。人外の筋力で結ばれた紐を引きちぎるのには余りにも足りない。もぞもぞと動く姿は毛虫のごとし…。余りにもみじめである。流石の恵里も涙目。
「うぅ…置いてくなんて酷いよ。いや、着いて行っても一瞬で消し飛びそうだけど」
実力差は理解してるが、そこは複雑な乙女心。察してほしいお年頃である。ウジウジモゾモゾしながらラインハルトへのちょっとした愚痴を言う恵里。そんな恵里に影が差した。
「?」
自身とラインハルト、そして
そこに居たのは、カール・クラフトにうり二つの容姿の男。違う点は髪が短く、首にマフラーをまいた現代風の服装である事。カールは騎士団の服を着ているので、見分けやすい。
「だ、誰?」
「いや、お前こそ誰だよ」
互いの間に何とも言えない沈黙が生まれる。恵里も謎の人物(仮称)も互いに目線を外さず、ジッと見続ける。そして、謎の人物が口を開いた。
「……………取り合えず、紐…解こうか?」
「あ、お願いします」
謎の人物の提案に恵里は即答した。早くこの状態を脱したい。考えるのはそれからだ。そう考えながら、恵里は紐を解いてもらうのを待った。すると、その男は紐を手でつかむと強引に引きちぎった。簀巻き状態から脱し、やっと立ち上がった恵里に対し、男はこう言った。
「取り合えず、藤井蓮だ。で、アンタの名前は?」
今回は純度100%のコピペになってしまった…。つ、次は違うから!…多分。
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仮初の最期
あ、緑のクローバーを付けたサイコパスって良くないですか?
それは戦いと言うには余りにも一方的であり、戯れと言うには余りにも過激だった。周辺は焼け焦げ、凍り付き、獣の死骸が其処ら彼処に散らばっている。その跡を辿れば、そこには魔槍を操るラインハルトに追いつめられるエヒトの姿があった。
「何故我が押される!?我は神!全知全能たる神だぞ!?」
「卿の狭い世界で世界を語るな」
炎、氷、土、風。あらゆる魔法がラインハルトに向かって放たれる。しかしそれは、到達するより先に軽く振られた槍によってかき消され砕かれる。ラインハルトの魂に干渉しようものなら、術式すらまともに作用しない。エヒトの行使する力は、ラインハルトの前では余りにも無力だった。
「何故効かぬ!?我は神!全知全能たるこの世界を治めし神ぞ!」
「ふむ、そう言われても困るな。卿の実力不足としか、私は言うことが出来ん」
そう言いながら肩を竦めるラインハルト。彼の手に握られた聖槍は未だ穂先は下に向けられ、攻撃を叩き落とす以外での使われ方をしていない。使えば直ぐに倒してしまえるから。そんな理由で聖槍は振るわれない。それを察したエヒトは屈辱の余りに愚行を犯した。それは、攻撃の手を緩め距離を取る事だった。
「そちらから来ないというなら、少しは攻撃しようではないか。精々私を楽しませてくれ」
「えぇい!不敬である!」
ラインハルトの言葉にエヒトは激昂し、攻撃を再度行おうとするが彼はその隙を逃す事無くエヒトへと接近する。その速度は誰よりも早く、誰も追いつけない宇宙速度での瞬時の移動は神域の環境を荒廃させ、見るも無残な姿へと変える。
「何故効かぬ!?何故倒れぬ!我が神で貴様は矮小な人間であろう!?」
「自己の乏しい物差しで人を図ろうとするからそうなるのだ。だが、それすら
子供の癇癪ともとれるエヒトの叫びにラインハルトは冷笑を浮かべながら答える。それすらエヒトを怒らすのに十分であり、エヒトは自ら作り上げた真神の使徒を多数呼び出し、ラインハルトへと差し向ける。
「奴を、奴を殺せ!奴は神敵である!」
「………………!」
「ふむ、神敵か。面白い、その
エヒトとラインハルトの間に肉壁の様に立ちふさがった真神の使徒は彼が告げた通り、全く持って無力だった。聖槍を振られれば消し飛ばされ、魔法を使おうとした瞬間貫かれる。その光景は
数分も経たない内にラインハルトとエヒトの間に居た真神の使徒は一人残らず彼の手で殺され、糧となった。その光景を見ている間にエヒトは新たな魔法を構築したのか、ラインハルトに対して巨大な有機物の塊を投げつけた。
それは即席で作られた真神の使徒モドキであり、ただ敵と認識した者を捕食することに特化したモノだった。それ故に恐怖を抱かず、ただ敵を捕食しようと大きく広げられた口で飲み込もうとする。そして飲み込もうとした瞬間、その巨大な図体に穴が開いた。
空いた穴から見えるのは特に構えもせず聖槍を前へ突き出したラインハルトの姿だった。その姿から察するに、その人外じみた(実際に人ではない)身体能力で突き出された聖槍はその能力も加味され、暫定神の使徒をいとも容易く貫いた。
そして、その壁を消し飛ばされれば残るは
「最後に何かいう事はあるか?」
「ハッ、貴様は確かに強い。だが、貴様の強さは我より歪であり壊れている。貴様が人間である限り誰にも受け入れられる事等無いと思え」
「…………知れた事。私の愛は破壊だ。とうに、真っ当な愛など抱いておらぬよ」
その言葉と同時にエヒトに向かって聖槍は突き刺され、その魂の質量、技術、記憶はラインハルトの糧となった。
~~~
その頃、蓮によって助け出された恵里は蓮から様々な事を聞かれ、それを素直に話していた。この世界の事、此処には知り合いに連れて来られただけなので分からないと。その知り合いもよく分からない光る物体を追ってしまって今いないとも。
「成程、いや。その行動力と俺が
「分離?何の話…ですか?」
一応見知らぬ相手なので猫を被っている恵里。それを一瞥して蓮はそのままもう一度何かを考え始めた。ボソボソと「記憶が………」や「精神……上………」と部分部分は聞き取れるものの詳細は全く聞こえない。
そこで、恵里は思い切って聞いてみる事にした。
「な、なんでこんな場所に居るんですか?」
「ん?いや、俺にもよく分からないんだよ。そこに居ない筈なのに、そこに居た。擦れ果てた願いを抱いたまま眠っていた筈なんだけどなぁ。どういう訳か、思い出してるし。肝心の方法は別になってるし……」
独白に近くなり始めた蓮の言葉に恵里は余計に混乱する。恵里はこの前まで二面性が特徴の腹黒いただの高校生だった。最初から全てが出来る天才肌でもない、日常を愛し壊すものに容赦ない訳でもない、生贄として再生し続ける訳でも無い、想い人の為に手を血濡れにした訳でもない、願いの為にそれ以外全てを犠牲にする覚悟をしている訳でも無い、ただの平凡な女子高校生だった。
そんな少女に膨大な知識がある訳が無い。あっても、それはちょっとした素人通しの暗躍の仕方だろう。
結局何を言っているのか全く分からず、ただ首を傾げる恵里だった。
そして、しばらくすると恵里を置いて行った張本人のラインハルトが戻ってきた。
「済まないな。少しばかり、遊び過ぎたようだ」
「いや、誰!?え、ヴィルってそんな七変化出来るの!?」
恵里はまた変化した姿に驚き、ラインハルトに突っ込みを入れる。そんなラインハルトは蓮に視線を固定していた。その目は見開かれ、驚いている事がよく分かった。
「ツァラトゥストラ………、成程。確かに、カールが居れば卿が居ても不思議ではないか」
「そう言うお前だって分かってる筈だ。つまり、
そう言った蓮は当たりを見回した。出入り口になる様な場所は見当たらない。360度見まわした後、蓮はある提案をした。
「なぁ、俺らでこの世界を回らないか?どうせ、俺達はそうなんだし」
「…………ふむ、良かろう。ツァラトゥストラ、卿と私。これで、守護者が揃った。今度こそ、失敗はしないだろう」
そう言って、ラインハルトは蓮の右手をチラリと見た。その目には慈愛とも似たなんとも表現し難い感情がその目に宿されていた。それに気が付いたのは視線を向けられた蓮とその内に住む女神のみである。
そして、ラインハルトは羽織っていたコートを翻しながら呟いた。
「さて、卿ら。空を堕とそうではないか」
~~~
ラインハルトが去り、誰も居なくなった神域に先程とは打って変わって弱弱しい光体が現れた。
「フン…所詮は人間。神たる我の魂が一個な訳があるまい」
不遜な態度でそう独り言ちる光体、またの名をエヒトルジェ。先程は、魂の本体をラインハルトによって奪われたが、心配性なエヒトはバックアップとして神域の至る所に自身のバックアップを置いていた。
しかし、バックアップは所詮その場しのぎのモノであり、出力はどうしても本体より劣る。その為、各地に忍ばせていたバックアップを一つに統合し今もう一度本体に近い出力の
「あの肉体。アレこそ神たる我にふさわしい。だが、今すぐに行けば今度こそどうなるか分からぬ…。屈辱だが、暫くはアルヴを通して魔人族を操るとするか…」
ブツブツと独り言を言いながら光体は何処かへと飛んでいった。はいそこ、基本受け答えが無いから独り言が増えたのはしょうがないだろ、ボッチとか言わない。
と言う訳で、エヒトは一応死にました。こうした方が、今後の主人公の発言と勇者の立ち振る舞いが書きやすいですからね。
話変わりますけど、最近ありふれ読んで思うんですけど、ハジメ君かなりヤクザチックだし人を選ぶのかもしれませんね。別に、主人公は正義であるべきとは言いませんけど、あそこまでいくと「あ…うん」みたな感じでどうも引き気味になります。元クラスメイトが死のうがどうでもいいとか、仲間以外は死んでどうぞみたいなのは面白くて好きですけど、どうもあの口調はいただけませんね。まぁ、個人の戯言なので聞き流してもらっても構いませんけど。
後、ふと思ったんですけどこのオリ主って確実にハジメ君と敵対しません?だって、ハジメ君って題名通り「世界最強」だと思ってますから、アフター見る限り慢心王見たいですよね。王様はアレはアレで良いんですけど、ハジメ君イキってるように見えちゃうし…。プロット見直すかぁ…。
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黄金と夢
今回も、九分九厘コピペだけど細部の変化があります。というか、此処は今後の重要(?)な伏線になってるから下手に変更できないってのが実情。
その日。空が堕ちた。それは、長く続いた神の遊戯が終わった事の象徴でもあったが、それを人間が魔族が知るのはまだまだ先であり、ただ亜人族を除く全ての種族が「神がお怒りになった」「世界の終わり」と大騒ぎを起こした。
この時、とある砂漠に一筋の光が降り注ぎ、その周辺の砂が吹き飛ばされ、硝子化し次いでとばかりに水が湧き出したのは蛇足となる。
「ふむ、やはり力を籠めなくて正解だったか。こうもあっさり貫くとは」
「いや、今のハイドリヒだからそうなったんだよ。全力だろ?100%の出力でやったら世界が終わるわ」
「言えてる」
砂漠に出来た池(湖と言っても過言ではない規模だが)を見ながらラインハルトがそう言うとジト目で蓮と恵里が文句を言った。ラインハルトはそれをサラリと無視し、そのまま周囲を見渡した。周囲は一面砂漠であり、何処にも人工的な建築物は見当たらない。つまり、今自分達が何処に居るのかすらよく分からない状態だった。言ってしまえば顔が真っ青になるレベルの危機的状況である。現に、この中で唯一の一般人である恵里はこれからの事を考え真っ青を通り越して土気色になり始めている。大方、食糧問題と水分について考えているに違いない。
「卿らが考えている事は理解している。夜までにこの砂漠を抜けるとしよう」
「そうはいってもどうするんだよ?俺とハイドリヒだけだったら問題は無いかもしれないけど、ここにはこの子も居るんだし」
そう言って蓮は恵里の方を見る。何度も言うが、恵里はここに来る前はただの一般人でありこちらに来てレベルと言う概念の元強くはなったが、だからと言って宇宙速度に耐えれる訳でも刹那に耐えれる程耐久性が上がった訳ではない。そんな事された日には形容しがたい肉の塊が一つ出来上がるだけだ。
時刻は推定では正午となる。この世界が元の世界と同じように日時計が適用されるかは分からないが。
そんな事を置いておいて、彼らからしてみれば移動方法の提案は急務だ。いくら水辺の近くに居るからといっても熱いものは熱い。少なくとも、恵里はその暑さに根を上げそうになっている。残りの二名に熱さが適用されるのかははたはた疑問だが。
しかし、そうなると本当にこの砂漠から抜ける手立てがない。この場にバイクでも呼び出せれば話は別だが、聖遺物のバイクはそのライダーが触れられると発狂するというデメリットを抱えているので論外だ。そこまで蓮が考えた後、非常識的な提案をしたラインハルトに目を向けそして、ギョッとした。なんと、ラインハルトはその手に聖槍を握り、創造の詠唱を始めたのだ。
「
詠唱を終えると現れたのが黄金の城。ヴェヴェルスブルク城。それがこの黄金の城の名前だ。全てがラインハルトによって吸収されたエリンヘリヤルによって形成され、その総数は100万はくだらない。ただ、その全てを全力で使えば数多もの宇宙を燃やし尽くすことが出来る。その事実を知れば、この城がどれ程のものなのか分かるというものだろう。
「では、行くとするか」
「へ?いや。ちょっ」
「こんな使い方ありなのか?」
この場に現れた黄金の城にラインハルトは恵里を抱えたまま乗り込む。この使用方法に蓮は首を傾げ、恵里は訳も分からず目を白黒させながら城の中へと消えていった。
「さて、このままでは移動も何もない。少しばかり揺れるやもしれん。そのことを留意しておくがいい」
それだけ、ラインハルトは言うと。恵里と蓮を置いてそのまま城の奥に消えていった。残された蓮と恵里はその後姿を見ながら別々の反応をしていた。
~~
天が堕ちてきた日。とある地方ではその日を神の降臨した日としている。その神は自らを至高天と名乗り。黄金に輝く巨大な骨の魔物に乗り、魔物を蹴散らしながらフューレンの方向へ去っていったとされる。世界的な一神教ではあるが、祈るだけで何の施しも寄こさない神より神秘的であり自分達に一時的にしろ御利益があった方を信仰するというのは無理もない話なのかもしれない。ポンポン女神が増えるのだからこの様な事は細事なのだろう。
もっとも、既に元凶たるエヒトルジェはその至高天によって一応ながら下され、吸収されているのだが、それは知らぬは極楽というものだろう。ただ、これを本来の道筋の人物が見れば「順番を考えろ」とジト目で言われる事間違いなしであろう。
~~
ハイリヒ王国、王城のとある一室で彼女は夢を見ていた。つい最近の様に感じて、それでいて遥か昔の様に感じる夢を。
『やっぱり、シュライバーには萌えが足りないんだよ!』
『いや、訳の分からない事を言わないでほしい。そもそも、あのゲームに萌え要素は皆無だ』
楽しくも、喪失感を感じるその夢は彼女ではない女性と顔も朧げな男性の会話だった。それを第三者として彼女は見ていた。男女共に顔には薄くもやがかかり、輪郭はハッキリしない。ただ、仲睦まじいことだけは察することが出来た。
そして、場面は変わり今度は血の海に沈む女性とその傍らで膝をつき唖然とする男性の姿があった。顔はもやがかかっているが、雰囲気で先程と同じ二人だろうと彼女は考えていた。考えている内に男性が口を開く。
『なんで、なんで僕を助けた………。君なんかより、僕が死んだ方が!』
『そ、んなこと…いわない…………で?』
男性の悲痛な叫びと、女性を中心に広がり続ける血の海から女性がもう長くない事は誰も目から見ても明らかだった。その光景に彼女は悲しみを覚えた。それと同時に、この光景への何とも言えない既知感に襲われた。しかし、その既知感はあまりにもおかしかった。見た事も無い石で出来た天に届く程高い塔が立ち並び、
『ごめん…………ね、………き………』
『そんな…………………あぁ、認めない!認めるか、こんな結末!なんで、なんで〇〇なんだぁ!』
世界を呪う様に、ただ泣き叫ぶ男性の声だけがその場に響いた。その声に、彼女は胸を締め付けられるような感情を抱かせる。そこで、夢から覚めた。
「今のは…夢?でも、どこか懐かしい様な…」
はっと目が覚めた彼女はそう呟いた所で自身が涙を流している事に気が付いた。どうして、泣いているのか、そもそも先程の夢は何だったのか。それは、未だに分からない。
よくよく考えると私のオリ主よく精神崩壊してないな…。
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帝国軍
コピペ100%だぁ:(;゙゚''ω゚''):
高速で動く黄金骸骨によってフューレンの付近まで来たラインハルト一行はこのままでは警戒されてしまうという蓮の提案により、数十キロ前から歩くことにした。道中魔物が出てきたが、聖槍の穂先を向けられ魂が耐え切れずそのまま蒸発した。
「ねぇ~、もう疲れた~」
「そう弱音を吐くな。この道中に路銀になるであろう素材は粗方取る事が出来た。町で無一文になるよりはマシだろう」
「まぁ、ハイドリヒが言う事は分からないでもないな。それでも、暑いものは暑い。さっさと行こうぜ」
そう言いながら口元までマフラーを上げた蓮を恵里はあり得ないものを見るような目で見た。確かに、この炎天下の砂漠の中でマフラーをするなんて正気の沙汰ではない。が、そもそも聖遺物の使徒が正気ではないのでノーカンである。
「さて、恵里よ。卿はアレに対して何か聞くことは無いのか?」
「アレ?…あぁ、さっきのお城っぽい骸骨の事?そりゃ、確かに気ににはなるけど、ベイだから大丈夫かなって思ってるから」
「ふむ、そういうものか」
ラインハルトの問いかけにそう答えた恵里を彼は暫く見つめ、視線を外し考え始めた。恵里には何を考えているのか全く分からなかったが、考えている事がこの場に適していない事は何となくだが、分かっていた。
物思いにふけるラインハルトを横目に蓮は溜息を付きながら辺りを見回した。その目は少しばかり険しく、同時にどうしようもないモノを見る様な目をしていた。恵里はその目線の先に何があるのだろうと、興味深げに見るとそこには麻に似た袋を被って砂に偽造しているつもりの複数の人間を発見した。
どう反応するのが正解なのか分からず、動きを止めた恵里と、大方此処に居る理由に当たりを付けた蓮は暫くその袋群を眺めていた。
暫くすると耐えきれなくなったのか、袋群は袋を脱ぎ捨てその姿を現した。その装いはそれぞれである者は武器だけを持ち、ある者は折れた直剣を、ある者は刃毀れの激しいシミターを。服装もバラバラで野盗であることが一目瞭然だった。
「…………………この俺達に気が付くとは…、テメェらかなりの手練れの様だな」
「待ってくれ、これで手練れと思われるのは流石に傷つく」
そう言った蓮に恵里は苦笑いした。蓮と恵里の間には先程のラインハルトの創造で作られた黄金骸骨事件の時に、謎のシンパシーを感じ親しくなっていた。別に恋心は感じていない。親近感と言えばいいだろう。そもそも、蓮には四人の美少女から想われているのだからこれ以上増えても困るというのもあるのだが。最近の主人公は四人以上から想われているのを見ると少ない方なのかもしれない。
稚拙な隠ぺいを見破った程度でそんな事を言われるのは心外だと不機嫌そうな蓮とアレ?これってもしかして襲われてる!?と今更ながら慌て始めた恵里、そして未だに物思いにふけるラインハルトと凸凹三人組と言う言葉が相応しい行動をしていた。
その状態を隙と判断したのか、はたまた自棄になったのかは分からないものの、野盗達は一斉にラインハルト達に襲い掛かってきた。その行動に蓮は構え、恵里は狼狽え始めた。この世界に
そもそも、ただの学生がいきなり召喚された挙句『敵を殺せ』と言われて簡単に首を縦に振る訳が無い。そこで振ることが出来るのは考え無しの愚か者か、殺人を愉しめる狂人、最初から覚悟が出来ている化け物くらいだろう。軍人ですら、少しばかり躊躇はする。
特殊な力を手に入れたから大丈夫と言うのはただの慢心であり、油断すれば簡単に死ぬ。
何処かに居る根拠のない自信を持つ勇者の様に楽観視をしない恵里はその場に立ち竦んでしまう。
「鬱陶しい」
「は?」
ラインハルトはそう一言呟くと手の甲で向かってきた野盗を
そんな彼が手加減抜きで繰り出した何気ない一振りは野党の頭蓋をいとも簡単に吹き飛ばした。カール・クラフトとであった当初の未覚醒のラインハルトでさえ、成人女性や男性を片手で簡単に吹き飛ばせるのだ。覇道神となってしまった彼のその腕力など察しの通りだろう。その結果を示すように砕け散った頭蓋から散った脳漿が砂を濡らす。
人として重要な部分である頭部を失った人間はそのまま暫くその場に立ち尽くした後、糸の切れた人形の様にその場に倒れ伏した。
そこからは早いモノだった。呆然とした野盗の隙を形成をすませた蓮が突き、次々とその首を切り落としていった。ラインハルトも恵里の近くに戻り、一応形だけの護衛モドキを行っていた。
その後野盗は数分もしない内に一人残らず死に、その屍を野に晒していた。周囲には死臭が漂い、慣れない者には吐き気を催させた。現に、唯一人殺しを経験していない恵里はその惨状に耐えきれず、嘔吐してしまっていた。
涙を浮かべ、襲ってくる吐き気と格闘する事数分。やっとのことで落ち着いた吐き気に安堵しながら、恵里はどうにか普段通りに接しようとぎこちなさげに笑みを浮かべた。
「ご、ごめんね?ちょっと、初めて人が死ぬのを目の前で見たから気が動転しちゃって」
「素直に人が死ぬのを見て気分が悪くなったというと良い。その程度、私は許容しよう。なにより、最初からそれに対して何の抵抗も無いのは人としては終わっている」
そう言ってどうにか自身をごまかそうとする恵里にラインハルトは冷たく言った。それがラインハルトの優しさなのか、それは分からないにしても、その言葉は確実に今の恵里の気持ちを軽くした。
そんな瞬間的に弛緩した空気に蓮が一つ、話題を出した。それは、ラインハルトの能力に関するものであり、今後の行動の為にはそれなりの重要度を持った内容だった。
「そういえば、ハイドリヒ。お前って殺した相手の技術とか使えるんだったよな?だったら、エヒトルジェって奴の能力とか使えるんじゃないのか?」
「成程、この世界に対する知識以外はさしたる興味も無かったが、そういわれると有用だろう。なにせ、この世界で神を自称していたのだからな」
神を自称することが出来る程のポテンシャルを秘めていたエヒトルジェを吸収したラインハルトはラスボスを超えて裏ボスなのではないだろうか。それも、強制負けイベ的な。本来の主人公がラインハルトと戦う事になったとして、果たして勝てるのか。
そんな言ったらキリがない妄想に等しいことは橋に置いておき、ラインハルトは吸収したエヒトルジェの能力から今有用なものを選別する。無駄に生きて、他社の人生を弄んでいただけあってかなり無駄な記憶があり整理に手間取ったが、無事に終わり、ラインハルトのちょっとした一工夫であるものが誕生した。
「さぁ、私の元に現れるがいい愛しの
その言葉と同時にラインハルトを中心として複数の魔法陣が現れた。魔法陣の色はラインハルトの髪の色を彷彿とさせる黄金の輝きを放っていた。それに一瞬魅入っていた蓮と恵里だが、自分の足元まで魔法陣が広がると流石に我に返り、急いで魔法陣の外に出た。
何千という魔法陣が同時に現れたかと思うと、そこから黒で統一された人間が現れた。それは、この世界にも前の世界にも既に存在しない筈の軍隊。強固な官僚主義の下統制された国家の純粋な暴力装置。党専用の別枠の軍隊。
「親衛隊…」
「正確には武装親衛隊だ。最も、それ以外の魂も使い兵器も作ってあるからな。これだけあれば、この世界で帝国の覇を唱えるのも容易い」
「冗談に聞こえない…」
ラインハルトの満足そうな声に恵里は頭を抱え始めた。文系少女であり、本は雑食。ハジメほどではないにしろ、ある程度ライトノベルを読んだことのある恵里としては現状此処に居る自分を除いた戦力で世界が獲れるのではないかと、白目をむきそうになっていた。
そんな三人の前に一人の軍人が出てきて、ラインハルトに対して敬礼をした。
「閣下!総勢6500名、一個師団集合完了しました!」
「ご苦労、大佐。では、総員トラックに搭乗した後出発する」
「
最敬礼した大佐と呼ばれた軍人を見送るとラインハルトも近くに止まってあったシュビムワーゲンに乗り込んだ。蓮と恵里も慌ててその後を追うと、先に乗っていたラインハルトから二つの袋が差し出された。
「これは?」
蓮が恵里と自分の分の疑問をラインハルトに問う。そんな蓮の背後ではそそくさに恵里が袋の中身を出した。
「軍服?」
「あぁ、卿とツァラトゥストラがその服では見分けるのも面倒だ。何より、管制射撃の際に軍服の有無で判断した際に誤射の可能性もある故にな。ツァラトゥストラは以前の階級から二階級特進で中尉になっている。まぁ、殆ど階級章は飾りだがな。恵里は、特尉だ。言ってしまえば、現場協力者が暫定的に与えられる階級だ。故にそこまで気にする必要はない」
そう言ってラインハルトは二人に乗るように促すと、運転手に出発するように指示を出した。Sd Kfz 6やⅢ号戦車を始めとする軍用車両が一斉に動き出す。その光景は壮観であり、強者の風格を醸し出していた。
「町に移動するだけなら、こんなに出さなくていいんじゃない?」
「しっ、俺も思ったけど言わなかったんだから」
シュビムワーゲンの後部座席でそんなやり取りが行われていた。ラインハルトもぐうの音も出ない正論だった為、何も言わなかった。
あくまでも聖槍十三騎士団になってしまった一般人(?)だからね、しょうがないネ。
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勇者と女神 王女の夢
なんだか、前作と同じ話数迄は間違い探しを投稿している気分。
王国にある修練場の一角で召喚された『神の使徒』の戦闘訓練が行われていた。その数は最初の頃の人数を大きく下回り、半数以下となっていた。理由としては、勇者を超えて現時点戦闘力最強と推定されていたヴィルヘルムの離脱。同時にヴィルヘルムを追って消えた恵里の存在が大きい。勇者パーティーにカウントされている女性陣全員の顔つきが暗くなるくらいにはダメージが大きかったのだろう。
因みに、言い出しっぺの勇者(笑)と
香織は雫がヴィルヘルムの事を気にしていることを気にしており、鈴は置手紙の内容からヴィルヘルムに着いて行ったであろう恵里の事を気にしていた。双方とも今すぐにでも追いかけ、探したいと感じていたが、リリアーナとメルドの説得により渋々、留まる事となった。能天気な我らが勇者様及び、脳みそ筋肉君は何も察していないようだ。
「やっぱり、刀じゃないからどうもしっくり来ないわね。でも、型を崩すのはなんか違うし…。一から作ってもらうにしても、私は刀の作り方なんて分からないのよね」
「雫ちゃん大丈夫?疲れたなら、ちょっと休もう?」
「あ、鈴も賛成~。さっきから、カオリンと魔法の練習しててもうクタクタだよ~」
手に持ったシミターを見ながら、そう嘆息する雫に心配そうに話しかける香織、そんな香織の背後から額から汗を流しながら笑みを向ける鈴は雫に休憩を提案していた。何故なら雫達は修練を始めてから既に三時間は過ぎており、これ以上はオーバーワークと判定が下るであろう程には自身の体を苛め抜いていた。
二人の言葉に雫も頷き、修練場の端に出来た日陰で火照った体を休める為に座り込む。人によってはまだまだ寒く感じる、気温だが三人の火照った体にはちょうど良かった。
「こんな所に居たのか、雫、香織」
「あ、光輝君」
近寄ってきた光輝に鈴が気が付く。光輝は簡素な皮鎧纏い、手には聖剣と同じくらいの大きさのある木剣を持っていた。その後ろには、同じく手にグローブをはめた龍太郎が居た。どうやら、今から修練を行うようだった。光輝は爽やかな笑みを浮かべながら、香織と雫を見る。
「香織も雫も、訓練を頑張ってるじゃないか。俺も負けられないな」
「まぁ、私達にもそれぞれ目的があるしね。こんな所で、立ち止まっている訳にはいかないのよ」
光輝の言葉に雫が鈴から手渡されたタオルで汗をぬぐいながら答える。その目には明確な意思が宿っており、何かを決意したように見えた。当然、対面の光輝も雫の変化を感じ取ったが、その決意の根源については自慢のご都合解釈をしていた。
「そうだな。仲間を見捨てた不真面目なエーレンブルクや、急にどこかに行ってしまった中村よりも強くなった。俺が皆を守る!」
主人公の様な台詞。それは、聞く人が聞けば頬を染めたりするだろう。しかし、此処に居るのは、幼馴染二人と一緒によくいる女友達。普段の光輝を知っているからこそ、苦笑いはすれど、ときめいたりはしなかった。なにより、彼の発言に出た二人の名前に三人は気落ちしてしまい、反応するどころでは無かった。その中でも、鈴が一番ひどい。その落ち込みようは、そこだけ冥界とかじゃないかと勘違いするほどに。
まぁ、残念な事に光輝がそのことに気付く事は無く。暫くの間、三人は光輝の性善説をもとにした決めつけと非現実的な話を聞く羽目になった。因みに、龍太郎は彼が話し始めて数分すると、立って寝始めた。
王都の一角でそんな事が起きていた同時刻、王城のとある一室に彼女は居た。
「あの夢は…、懐かしさ…?でも、見た事も、聞いたことも…」
「リリアーナ様?」
「っ!ごめんなさい、少し考え事を…」
彼女は、この国の王女であるリリアーナ・S・B・ハイリヒ。そんな彼女の顔は寝不足の為か、目元に隈をたたえていた。それでも、その可憐さを損なわないのは彼女の若さゆえか、それとも…。
そんな彼女の状態に心配する専属侍女のヘリーナは、それとなく理由を聞こうにも当の本人が常にこれなので聞き出せずモヤモヤしていた。と言っても、この症状が出始めたのは神の使徒二名が突然失踪した直後からなので、その神の使徒二名の内何方かが原因ではないかとヘリーナは睨んでいた。
「お体にはお気お付けください。この様なご時世です。リリアーナ様には健康で居て頂かないといけないのですから」
「えぇ、分かっています。ですが、どうもあの夢が引っかかるんです」
「あの夢…ですか?」
リリアーナの口から出た『あの夢』という言葉にヘリーナは首を傾げる。はて、先程迄の会話の中に夢の内容はあっただろうか、と。実際ない。そのことすら認識していないレベルでリリアーナはその夢の内容について考えていた。
そして、ヘリーナが入れた紅茶が冷めきってしまう程時間が経過したとき、リリアーナは口を開いた。
「ねぇ、ヘリーナ」
「はい、なんでしょう?」
「もし…。そう、もし、別の世界で誰かと結ばれて、また別の世界でその人と再会出来たらどうなんでしょう」
「それは…………」
リリアーナの言葉にヘリーナは詰まる。返答に困るのは事実だ。リリアーナが一体どういった意図でこの様な事を言っているのか分からない以上。この質問に対する最適解は現状、ヘリーナは持ち合わせていなかった。
しかし、主であるリリアーナの問いかけに従者たるヘリーナは答えねばならない。
「そう、ですね。それは、とてもロマンチックな事なのではないでしょうか」
「ロマンチック、ですか。………ふふ、そうですね。確かに、ロマンチックかもしれません。…ほんとに、ね」
ヘリーナの回答に笑うリリアーナは、そのままふと空を見上げた。その行為に何か意味があるのか、それは本人以外には分からない。ただ言えることは、その横顔は何かに焦がれる様な、なにか大切なものを見つけた様な、様々な感情が入り混じっていた。
思っていたほど、修正点が無くて困惑した今話です。
まぁ、コレなら連日投稿できる出来る。早めにオリジナル部分もかかなくちゃなぁ…。
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第八の迷宮
例にもれず、コピペです。前作既読者はスルーで問題はありません。
話は過去に遡ぼる。ハジメたちがオルクス大迷宮を攻略し、反逆者と呼ばれた七人の人物の内の一人であるオスカー・オルクスの拠点にあったオスカー本人の立体映像を見ていた時の事だった。
『これを見ている人物の中に、神代魔法だけでは強化できない人物も居る可能性があるから、片手間で聞いてほしい』
「じゃあ、聞かねぇわ」
そう言ってその場を離れようとしたハジメにユエが止まるように促す。正直、この世界がどうなろうと知ったことではない。そう思っていたハジメだったが、最愛のユエに止められたので渋々と元の位置に戻る。
『それは、他者の魂を糧にその身を神に近づける魔法だ。といっても、使っている人物は一人しか居なかったし、本人も別に神に反逆するつもりも無かったらしいから。恐らく、王国の何処かに入り口がある筈だ。彼…彼女?は、恐らくそこに居るだろうから、”オスカーが宜しくと言っていた”とでも言ってくれると嬉しいかな。…………………おや、
そこでオスカーによる立体映像の録画は終わった。ユエは王国のどこかにあると聞かされた大迷宮の神に近づける魔法について自分の持ち得る知識を総動員して、考える。その傍らでハジメは、最後に出てきたその仮定大迷宮の製作者であろう人物の名前。それは、ハジメもよく知る名前だった。サンジェルマン。その名は、
不老不死の錬金術師。簡単に言ってしまえば、サンジェルマンとはそれである。ダイヤモンドの傷を癒す方法を持ち、何年たっても姿を変えない。推定年齢は2000~4000歳で、その使用人も300年仕えている人物が居たといわれている。約1760年程の時に下女二人の腕の中で死亡したとされているが、その後も目撃情報があると、存在が摩訶不思議であり、後のライトノベル等でも扱われたりする人物だ。
それが異世界に居た。そう、
ただ、同名である可能性もある。そこまで期待はせず、当初の目的の七大迷宮攻略を主としてその迷宮は機会があれば行くことにした。
「そういや、ユエ」
「ん?なに、ハジメ」
思いついたようにハジメはユエに声をかけた。その声に振り向き、なんだろうと首を傾げるユエに愛しさが溢れそうになっているハジメは当初の目的を思い出し、首を振った後、問いかけた。
「他人の魂を糧にして強くなる魔法なんて知ってるか?」
「…………少なくとも私は知らない。300年前は既に主流じゃなかったのかも」
そこで、確かにとハジメは返事をした。ユエが封印される前既に反逆者達は全滅してからかなりの時間がたっていた。反逆者達と面識はあったものの、共に神に反逆しなかったこともあり、後にその名前が残っていないのも痛い。
「じゃあ、仕方ねぇな。さっさと、準備終わらせて迷宮も攻略して、元の世界に変えるぞ!」
「ん!」
ハジメがそう言って、拳を上に上げ、ユエもそれに倣い同じ動きをした。まぁ、その後、しばらくしっぽりねっとりイチャイチャを繰り返していたのでハジメが当初予定していた出発日から大いに遅れ、バグ兎と邂逅することになる。
名前の無い迷宮。それは、ハイリヒ王国王宮のちょうど真下に存在する。製作者の粋な計らいによって他者の記憶の中を彷徨い、経験する。たったそれだけの迷宮。しかし、それは難攻不落。仲間が強ければ強い程、その人物のエピソードは濃く、出会いと別れの物語は多くつづられる。
なにより、
魔女と吸血鬼
獅子と戦乙女
二人の太陽の御子
娼婦と死者
猟犬と狩人
蜘蛛と機械人形
そして、獣と刹那
それらを打破もしくは引かせることが出来たものに、獲得券は与えられる。しかし、それは只の権利。馴染むかは別の話であり、その度胸があるのかも分からないものである。
世界を塗り替え、自分の色に染める。他者の魂を燃料に、一騎当千の力を得る。人の道を外れ、器を昇華させる事によって更なる混沌とした狂気と力を手に入れる。リスクに見合った力。それを手に入れることが出来るかは、結局当人次第であるのだ。
そして、その魔術を手に入れる事が出来る最奥の広間には一人の男が座っている。その顔は朧気で誰にでも見えて誰にでも見えない。それでいて、存在感はある。なんとも不思議な状態だった。
「成程、この世界へ
第三天で数多に生まれた並行世界。その中の一つに、こんな世界があっても不思議ではありませんよね?
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フューレンにて
プロットの練り直しを(殴)
フューレンに大部隊での移動は町を騒然とさせた。しかも、その内の二人のみがプレートを持っており、その他は持っていないときて町の役人は頭痛を感じたらしい。しかし、それから数ヶ月経てば慣れたもので、大部隊と言うこともあり一度に落とす金の量も多く、街の住人は受け入れ始めていた。毎回大きな音を出す
そして、そんな彼らにも変化があった。
「えへへへへ…」
「ついに抱いたのか…」
フューレンのとある酒場の一角、そこにはヴィルヘルムとその腕に抱き着く恵里。それを反対側の席に座りながら呆れたように見る蓮と言った構図が出来上がっていた。先週の話になるが、これまで付かず離れずを繰り返していた恵里は意を決してヴィルヘルム、その時はラインハルトだったが、に告白。そのまま流れでベットイン。その手際は、きっと蓮以外見逃してしまったのではないだろうか。
そんな訳で、晴れて思いを告げることが出来た上に散らした恵里は幸せオーラを放っており、眉間に皴の寄ったヴィルヘルムと合わせると、なんとも言えない光景になっていた。
「なんかあれだな、両方一応軍服きてるから余計に違和感感じるよな」
「寿退役?」
「しねぇし、させねぇよ。テメェは有能だからな。御誂え向きの聖遺物でも今度探して入れてやるさ」
表情こそ何処か不機嫌そうだが、それでもこんなことを言うあたり彼女の事を気に入っているのかもしれない。そんな甘い様な雰囲気の中、酒場にヴィルヘルム達と同じ服装の男性が入ってきた。
「ヴィルヘルム中尉、例の件ですが…」
「あ?相手側から仕掛けて来なけりゃ、俺達は手は出す気がねぇが…出してきたか?」
男の言葉にヴィルヘルムがそう返すと、複雑そうに頷いた。その様子を見て、蓮とヴィルヘルムは苦虫を噛み潰したような顔をした。それもそのはず、一応この世界で有数の犯罪組織であるフリートホーフの本拠地が此処フューレンだからだ。既に国家保安部でも秘密警察でもなく、自国でも無いヴィルヘルム達からしてみればやりたいならお好きなようにどうぞ。と言うのが実情だったが、ついに此方側にちょっかいを掛けてきた。
ちょっかいを掛けられたにも拘らず、何もしないというのは親衛隊のプライドが許さない。故に、この時をもってして親衛隊によるフリートホーフ掃討作戦が開始された。
内容は単純明快であり、武装親衛隊が事前に調べ上げてあるフリートホーフのアジトを同時襲撃し、制圧するというもの。捕虜も人質も必要なく。周辺住民への配慮の為、毒ガスと言った化学兵器は原則禁止であり、使用するのは小型爆弾や手榴弾、突撃銃や散弾銃と言った銃火器のみとなっていた。
「さて、ここ最近は魔物しか狩ってないからって腕が鈍った言い訳に使うなよ。さて、今回は…聖槍十三騎士団が七席ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン、変換」
ヴィルヘルムがそう口ずさむと、姿が変わった。ヴィルヘルムより少しばかり身長が増し、少し癖のある黒髪に無精髭。熊を思わせる体躯の
マキナと他親衛隊はそれぞれ数か所に分かれ日が沈み、夜になると同時に奇襲する為別々に分かれた。
そして、夜になった。大抵の人間が寝に行っているような時間。武装親衛隊の黒を闇に紛れさせ、扉の前で数人が待機していた。
「各員、突撃準備」
「マガジン、安全装置、問題ありません」
「そうか。では…突撃!」
マキナの号令と同時に武装親衛隊が扉を蹴破り、中へ突入する。
「制圧完了!」
「ツーマンセルでの室内探索へ移れ、他の隊も次期に報告が来るだろう」
殺された人間の断末魔と金切り声を上げるMGの銃声を聞きながら、マキナはゆっくりと中へ入ってゆく。マキナが担当したのは最も規模の大きいオークション会場。此処では、非合法な手段で手に入れた奴隷が多く売り出され好事家達がこぞって買いたたく。その為に多くの奴隷を収容している。そして、ソレに比例して警備の人数、質も上がってくる。万が一の可能性もある為、重要拠点であるオークション会場はマキナ主導での制圧となった。最も、予想通り強者は居なかったのだが。
他の親衛隊によって脇に退けられた死体を一瞥しながら、マキナは奥へと進んでいく。檻に入れられた見目麗しい少女たちは皆一様に手足に枷を付けられ、瞳は澱んでいる。絶望と希望のない交ぜになった感情を宿し、マキナや親衛隊を見ている。
その姿は何処までも痛ましく、近代を生き抜いた彼らにはこの様な存在が許されるこの世界への疑念と恐怖心、そして総隊長たる
「此処に居る、奴隷たちの身元は?」
「それが、どうも身元を証明するものは足が付く可能性を考慮し、廃棄されたものだと思われます。他の隊員も探してはいますが、望み薄かと」
「そうか」
一言だけ返すと、隊員は敬礼をしてまた捜索へと戻っていった。それを眺めた後、マキナはもう一度檻を見つめる。大きな体躯のマキナに威圧感を感じたのか、数名がビクリと肩を震わせ、怯えたようにこちらを見ていた。
その目線に、気が付きマキナはぎこちなくではあるが笑顔を作り、出来るだけ穏やかに話しかけた。
「君たちは、解放される。家に帰ることが出来る。だから、安心してくれ。もう、怖がる必要はない」
努めて穏やかな声を出したが、そもそもマキナでこの様な行動をとること自体が稀であり慣れない作業だったが故に、逆に怖がらせてしまい、それを見て肩を落としてしまった。
「大尉殿、この奥に…」
「どうした?他にも拉致された民間人が居たのか?」
マキナの問いかけに隊員は頷き、先導した。そこにあったのは分厚い水槽に入れられた少女と言うよりかは幼女に分類されそうな幼い女の子だった。頭部にヒレの様なモノがあるのを確認して、海人族とか言っただろうか…と自身のここ最近調べた事柄を思い起こしながら、近づいてゆく。
「少し離れていろ」
「はっ!」
マキナは一言そう言うと、形成した拳で軽く、それこそコンと音が鳴る程度に叩いた。すると、分厚かった硝子の水槽はまるで最初からそこ無かったかのように消えうせ、中にあった水と幼女が流れ出した。突然の事で固まっている幼女をマキナは抱きかかえ、その姿を確認する。水色の髪に、幼いながらに整った容姿。将来は美人であることが約束されているその幼女はマキナを困惑気に見ているだけだった。
「…無事か?」
「ふみゅ!?う、うん……おじさん達、誰?」
幼女の疑問は最もである。と言うのも、全員が黒ずくめであり服装も統一されている。そんな姿見て「誰?」と思わないのは能天気かただの馬鹿だけだろう。
幼女のその問いにマキナは、少し間を置き答えた。それは、一言「助けに来た」。マキナとなっている状態の彼は原因は不明だが口数が極端に減る。それが、何故なのか。何度もやり直している当の本人も分からない。何より、どれ程の言葉を重ねても薄っぺらく感じる。そう、考えたのだ。これが、何処かの勇者ならば助けに来たんだ!これからは俺が守ってやる!くらいは言いそうではあるが、それは結局たらればの話。IFでしかない。
そして、そのマキナのたった一言に邪な感情を感じなかったのか、それとも安心したのか幼女は徐々に瞳が潤んでいき、遂に堰を切ったように泣き出した。どれ程の恐怖が彼女を襲ったかは分からない。だからこそ、マキナはただ背をさする事しかできず、他の隊員もただ見つめる事しかできなかった。
タイトルのみ変わってるだけだからね。仕方ないネ。
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事後処理
さて、ちょくちょくオリジナル要素を入れながら原作イベントをやっていきましょう。
マキナたちによってフリートホーフが壊滅し、ギルドは事後処理と事に至った経緯をマキナ達から事情聴取という形で聞くことになった。
帝国とは違う『帝国』軍人を名乗る一つの軍集団である彼らは、確実にフューレンでの地位を築き、同時にギルドや冒険者からは敬遠されていた。
ギルドを介さずに町へ貢献するなど、冒険者のお株を奪うことや軍人であると称し、横暴に振舞わないその姿勢も住民から慕われる理由となった。
そんな訳で、ギルドとしてはせめて自分達を仲介して貰いたい集団が行動を起こしたのだ。それが、どんな行動であれコレを機に形だけでも冒険者になってもらいその莫大な利益の一部を舐めたいと考えていた。
「これが、今回の騒動の顛末だ。何か、質問はあるか?」
「い、いや、説明も簡潔でとても分かりやすかった。ただ、それとは別で質問させていただきたい…一体その海人族の少女はどうしたんだ?」
ギルドの応接室で書記官と質問官に分かれ、事情聴取を行いそれらがすべて終了した最後に、質問官は声を絞り出すように、そう質問した。
対面には軍服に身を包んだマキナと恵里、背後に護衛の様に立つ蓮。そして、マキナの膝の上で安心しきった顔をしている幼女だった。渋面のマキナに幼女。何とも対照的なものである。
なにより、彼らを知っている人物が此処に居れば、確実にこの場の情報量の多さに一瞬フリーズすることは間違いなしだろう。
「この娘は、敵拠点で保護した。身寄りも無く、誘拐されこの場に来たと見なし我々の拠点に一時的だが住まわせている」
「この後、被害確認や資材確認をしたらこの町から出発しようと考えています。その道中でこの子を親の元に返せれば、と考えています」
マキナの言葉に恵里が補足の様に付け加える。彼らの行動理念は『未知を知る事』『果てなき戦争』である。永遠の闘争も心躍るが、何より未知を体験し
しかし、ソレを知るのはマキナ本人と蓮にハイドリヒに生み出された軍隊のみであり、外部協力者という位置づけの恵里は勿論このことを知らない。彼女の目的は『ヴィルヘルムと添い遂げる』である。その為に手段を選んでいないだけだ。
何も知らないが故に、自身の願望を燃料に動き続ける。此方に被害が無いので誰一人止める事は無いが、恵里は必要とあれば人を殺し、人の人生を生を冒涜する事にしら躊躇わない程に覚悟
その後、細やかな今後の予定とギルドを通しての依頼とする事の取り決め、その際の仮の冒険者としてのランク。有事の際の協力について等、後からやってきたギルド長が話をギルドにある通信設備を使い他のギルドに通していくということで合意し、その日はお開きとなった。終わればそれぞれ、かつての同僚に絡まれ酒場に突撃する姿や、近くの屋台で仲間と食べ歩きながら談笑したりと自由にその日を過ごした。マキナは自身が関係した人たちに向けて明日にでも次の町へ向かうことを告げ、礼を述べていた。選別として、お守りや食べ物などを両手いっぱいに貰いそのまま帰って恵里や蓮を驚かせた。
そして、翌日。何台も連なるトラックの荷台に兵士が完全武装で乗り込み、先頭と最後尾を走行車両が護衛する形で出発した。フューレンの住人は口々にありがとうと礼を言いながら手を振っていた。兵士たちもそれにこたえ、手を振っていた。
「それで、この後は何処へ向かう予定なの?」
「あぁ?あー、そうだな。ウルっつー町があるから其処行って飯とか色々食いてぇとは思うけどよ」
「ウルに何かあるのか?」
「話を聞く限り、日本の米に近いものがあるっぽいな。てめーら日本人には馴染み深いモンだろ?」
そう言いながら、ヴィルヘルムは膝に保護した海人族の幼女ミュウを乗せシュビムワーゲンの後部座席でフューレンで渡された簡易の地図を見ながらそう呟く。その姿に蓮は「この見た目でやられるとツンデレにしか見えないなぁ…」と口に出さずに思い、恵里は別にそこまで想ってはいないが、それでも久々に故郷の味が食べれるかもしれないと言う事に興奮を隠せずにいた。
道中は前回と違い、野盗などには襲われる事は無く群れから逸れたであろう魔物が襲ってくるのみにとどまった。数回の休憩を挟み、一行はその日の内に無事湖畔の町ウルにたどり着く事が出来た。ウルの町は湖畔の水を生かした街であり、米に似た穀物があるらしい。日本人二名はそのことにテンションが高く。到着し、各自散策をヴィルヘルムが命じると、息つく暇なくヴィルとミュウを伴って口コミでおいしい店を探して入るのだった。
「んで俺迄連れて来られなきゃならねーんだよ」
「別にいいじゃん、息抜き息抜き」
「いや~、此処は折角だし驕ってもらおうと思ってな」
「俺は財布じゃねーぞオラ」
そんな会話をしながら入店する。すると、直ぐに店員がやってきて人数を聞いてきた。蓮が代表して数を言うと、席へ案内されそこで今度冒険者の方々が北山脈に向かうが、それまでメニューにある特定の商品は出せないと説明を受け、商品の説明を受けながら三人はカレー風料理のニルシッシルと言うのを人数分頼み、料理が来るまでの間駄弁り始めた。
「それにしてもヴィルって日の下に出るの極端に嫌がるよね、なんで?」
「あ?そりゃ、俺がアルビノっつーやつだからだな。アイツと違って、態々外に出る気にもなんねーしな」
「アイツ…?」
「あー…」
ヴィルヘルムの言葉に恵里は首を傾げ、蓮は苦笑いした。どっかの腐れ外道によって此方側へ来てしまったヴィルの初恋ともいえる相手。そのエピソードを知っているのはこの二人だけだろう。流石に、ヴィルヘルムもこの話をそこまで長く話すつもりもないのか、一度咳ばらいをすると話題を変えた。
「おい、テメェでも使えそうな聖遺物の当てが出来たぞ。つっても、お前にその覚悟が「ある!」そうかい。ま、精々後悔しない様にすればいいんじゃねぇか?」
「で、ヴィルヘルムは一体何の聖遺物を選んだんだ?」
「あぁ、”ケリュケイオン”だ」
「はぁ!?」
ヴィルヘルムの言葉に蓮は驚きの余りに立ち上がってしまった。ケリュケイオンとは、伝令の神ヘルメスの持っていたとされる杖であり触れたものを眠らせる効果を持つと言われている物だ。神話と言う、ある意味創作の中の武具であるにも関わらず、出てきたことに蓮は驚きを禁じ得なかった。
「あぁ、つっても俺が伝承を元に作った紛い物だがな。失敗して何個か多元宇宙が駄目になっちまったがまぁ良いだろう」
「それは良くないと思うけど?」
そうしてしょうもない会話をしていた次の瞬間、個室として閉め切られていたカーテンが開けられそこには白髪に眼帯、義手の不審者がいた。ヴィルと不審者は暫く見つめ合い…ヴィルヘルムが最初に口を開いた。
「その魂の色。結構変わっちまってるが、南雲か?」
「そういうエーレンベルクは変わってないようだな」
「あ?俺が変る訳ねーだろうが。俺は何時まで経っても俺だ」
そう会話していると背後から愛子先生やその護衛、そして金髪の少女と兎人族の少女が顔を出してきた。それを見て、恵里は一言。
「取り合えず、食べながら話しませんか?」
「「…」」
ヴィルヘルムと蓮は「急に猫被った…」と驚きの表情を見せるのだった。
~~~
「じゃ、俺からだな。ヴィルヘルム・エーレンベルクだ、階級は中尉。ま、宜しく」
「じゃあ、知ってると思うけど。中村恵里です…一応特尉って事になってます」
「藤井蓮だ。階級は准「テメェは二階級特進で一応中尉だろうが」中尉だ。宜しく」
合流(?)したので店員に言い、場所を変え広い個室に変えると、ヴィルヘルム一行はそのまま自己紹介を始めた。三人の口から出てくる軍属の階級に愛子先生の頬は引きつり、クラスメイト達もどう反応すればいいのか困っていた。唯一同時ていない様に見えるハジメも目に見えて動揺しており、何故か銃に手が伸びていた。
「中尉とか特尉とか…一体どういうことですか!?それに、そちらの日本人の方は誰なんですか!?」
「確かにな、俺達以外に召喚されてなかったからな。どっから来たんだ?」
愛子先生が吠え、それに追随するようにハジメも質問した。すると、蓮は苦笑い気味に「気が付いたらかなぁ…」と言い、ヴィルヘルムは顔をしかめながら何も言わず、恵里も戸惑っている様な表情をしていた。
「俺達は帝国軍だ。元々、此奴は軍属だったし俺も軍属だ。この女に関しちゃ、俺達に関わる関係上。外部協力者としての階級の特尉にしてるってだけだな」
「帝国軍…貴様らヘルシャーの者か!?」
ヴィルヘルムがそう説明すると愛子先生の背後に立っていた男が物凄い剣幕でヴィルヘルムと蓮を睨んだ。大方、そのヘルシャー帝国とやらに神の使徒たる恵里を囲い込まれたと思っているのだろう。と、ヴィルヘルムは当たりを付けるが、何も言わない。しかし、ヴィルヘルムが言った”帝国軍”という言葉、そして服装から一つの答えにたどり着く。そして、同時にその答えが悪い冗談であることを愛子先生は願うのだった。
「もしかして、帝国って…ドイツ第三帝国、ナチス・ドイツの事を言っているんですか?」
「え!?」
「あぁ、そうだな。じゃ、正解した先生に答えてやるよ。俺は親衛隊所属ヴィルヘルム・エーレンベルク中尉だ」
愛子先生の言葉に驚く同行してきたクラスメイトの声、そしてそれを無視して言われるヴィルヘルムの本当の所属。それは、愛子先生の心に深く刺さり同時に混乱を起こした。ヴィルヘルムは自分の生徒であるならば、まだ高校生20代ですらないのだから、自分で勝手にそう言っているだけなんじゃないか。そう、希望的観測をした瞬間、それは瓦解した。突然、占められていたカーテンが開けられそこには一人の軍人が立っていた。その姿も、ナチ党時代のドイツ軍制服であった。
「
「そうだな。一時間後に拠点にしている宿に佐官以上を集めてくれ、今後の行動について話そう。御苦労、伍長」
「はっ!ジーク・ハイル!」
「ジーク・ハイル」
目の前で行われた一連の会話。置いてけぼりを喰らったハジメ一行と愛子先生一行はフリーズしていた。ハジメの連れであるユエとシアは伍長の言葉が何を言っているのか分からず、終始首を傾げていた。それは、教会騎士も同じだが、少なくとも未知の言語を喋る人間の上司がヴィルヘルムであることは理解できていた。
「ま、俺達は俺達で好き勝手にやらせてもらうぜ。テメェらみたいに戦争をおままごとか何かだと勘違いしている奴と居ると飯も不味くなる」
「なんだと!?」
ヴィルヘルムの言葉に反応したのは愛子先生の傍に居た騎士だった。その言葉に、愛子先生を侮辱したと受け取ったのだろう。今すぐにでも剣を抜きそうなほどの剣幕だった。だが、ヴィルヘルムはそれを気にすることなくゆっくりとした動作で腰のホルスターからP90を取り出し、騎士の眉間に突きつけた。すると、その行動にハジメはヴィルヘルムに自身の銃であるドンナーを突きつけた。
「南雲テメェ…どうやって銃を…いや錬成師だったか。自作か、ソレ」
「あぁ、そうだよ。それよりも、お前には色々聞きたいことがあるんだが?」
一触即発。誰かが引き金を引くか剣を抜けばこの場は一瞬で殺しあいの場になるのは三人を除いて誰もが予想できた。ヴィルヘルム一行は割と暢気に食べていたが。
「やめるの!」
「あぁ?………………ちっ、しゃあねぇな。おら、テメェら行くぞ」
「あぁ」
「あ、ち、ちょっと待ってよぉ」
ヴィルヘルムの膝の上に座っていたミュウがそう言うと興が削がれたのか、ヴィルヘルムは銃を元のホルスターに戻し、蓮と恵里を伴って店員に金を払うとその場を後にした。
雑談ではありますが、何故『ロンギヌスの槍』は神殺しの槍なんですかねぇ?槍で刺したのは、キリストを処刑したとき。その三日後に転生して神になったとされていますから、槍を刺した時点ではまだ『聖人』だと思うんですけど、不思議なものです。槍を刺した人間の目にキリストの血が入ると、その人間の悪かった目がみるみる治り、その後も様々な奇跡が起きたってエピソードがあるらしいですが、それを鑑みるに普通は『疑似的な不死性を与える槍』がしっくりくるんじゃないかなぁ…と。相手の血を得ればどんな傷でも回復できるとか…。神を殺してないのに、神殺しとか…HSDDかな?
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情報の擦り合わせと亀裂
私はありふれ好きなんですけど、どうもハジメの行動が苦手なんですよね。と言う訳で、この小説では敵対とまではいかないものの、バンドみたいに方向性の違いで少しばかり対立してもらいます。そもそも、奈落に落ちて強くなって帰ってきたら思いっきり周りを舐めてますからね。そりゃ、ヴィルの事も舐めますわ。
翌日。ギルドからの依頼で北山脈へ向かう為、小隊規模で集合したヴィルヘルム達の所に愛子先生一行とハジメ一行が合流してきた。ちなみに、ミュウは町に待機している部隊が責任をもって世話をしている。
「んだよ…」
「依頼を受けた冒険者ってのが俺達なんだよ。折角だし、お前らも来るだろう?」
「そうだが…俺達はテメェらとは違ぇんだが?」
傲岸不遜を貫くハジメにかつての姿を知るヴィルヘルムは頬を引きつらせながらどうにか撒こうと考えていた。しかし、ハジメと一緒に来た愛子先生の援護射撃(無自覚)によりこの後敢え無く撃沈し、愛子先生達も兵士と共にトラックの荷台に乗せてヴィルヘルムは調査へと向かうこととなった。
「それにしても、結構変わっちゃってたねぇ…」
「外側も、内側もな。ありゃ、食ってもそこまで旨そうな魂じゃねぇよ」
「前だったら、“何言ってるんだろう”で済ませたけど、僕も
トラックの先頭を走るシュビムワーゲンで恵里とヴィルヘルムはそんな事を話していた。今回は助手席に蓮が乗り、地図片手に目標ポイントへのナビゲートをしていた。そして、先程の恵里の言った言葉。“同じ”それは、永劫破壊をその身に宿したと言う事だ。それは、同時に現代社会に馴染む事が出来なくなってしまったと言う事だが、彼女からすればヴィルヘルムと同じ存在になれれば別に社会に溶け込めなくてもオールオッケーというヤツなのだろう。恋する乙女の覚悟は伊達ではないようだ。
まぁ、実際の恋する乙女が本当に人間から逸脱してでも添い遂げようとするのかは置いておいて。少なくとも彼女はその日の内に数十人の人間を殺した。永劫破壊の性質上、他者の魂を燃料として活動する。その為、何をするにもまずは人間を殺し、その魂を食さねばらならない。故に深夜に一度都市を囲う壁を飛び越え、ヴィルヘルムの常人離れした嗅覚と吸血鬼としての感覚を駆使し、周囲の野盗をその日の内に皆殺しにした。返り血に染まるヴィルヘルムと手にした聖遺物であるケリュケイオンを血で真っ赤に染め返り血を頭から浴びていた恵里はかなりのスプラッタな光景となっていた。
その行為によって少なくとも、聖遺物の使徒に相応しい攻撃力と防御力。聖遺物の扱いも未だ拙いが天職と併用してそれなりのものとなっていた。ヴィルヘルムとしては、もう少し習熟訓練をしたい所だったがクラスメイトとの遭遇や
此処で一度最初の会話。ヴィルヘルムと恵里の会話に戻り、何故ハジメの魂を「旨そうじゃない」といったかに言及すると、ハジメはもう
「ま、今の所はただ単にガラが悪くなっただけで実害もねぇし、どうでもいいけどな」
「まぁ、そうだね。あ、僕としては戦力補充をしたいと思うんだけど。適当な強さの魔物とか人間居たら殺して使役しても良い?」
「ある程度だぞ。あんま多いと、運ぶのは面倒だし生モノだと腐った時に臭ぇだろ」
恵里の言葉に嫌そうではあるが、拒否しないヴィルヘルム。何より、懸案事項が新鮮な死体だと腐ったら面倒というところなのが流石創造階位の使徒とも言える(偏見)
こうしょうもない会話をしている間に目的の場所に着いた。と言っても、目的地まで数キロ手前ではあるが。そこで車両から降りたヴィルヘルムと小隊は整列した。
「さて、確認だ。この先にはここ最近増えた魔物が多く生息していると予測される。故にここから先は
「「
「おい」
ヴィルヘルムの言葉にハジメが声を上げた。その手には既にドンナーが握られており、引き金にも指が置かれていた。
「これはどういうつもりだ?南雲」
「どうもこうもあるか。お前さっきなんて言った?生物兵器?毒ガスか?」
ハジメが言及したのはヴィルヘルムが口にした生物兵器という言葉。地球ではそれなりに交友があったが親友と言うには難しい距離間だった。そして、この世界にきて奈落に落ち豹変したハジメからしてみれば同郷のちょっと仲のいい奴程度だった。だからこそ、ユエやシアそしてギリギリ最後に守ると宣言した香織が彼の中で守るべき存在であり。ヴィルヘルムに関しては割と引き金は軽かった。
「あ?まぁ、毒ガスみたいなもんだよ。一瞬でここ等一帯を吹き飛ばすのには丁度いい。何より、それによって何が起こるのか俺はワクワクするね」
「エーレンベルクがここまで狂ってるとはな…。ユエに手を出してみろ。その脳天をぶち抜くからな?」
ハジメはあらん限りの殺気をヴィルヘルム一人に向ける。が、ヴィルヘルムはどこ吹く風であり寧ろ若干うざったそうにハジメを見ていた。愛子先生一行はこの状況に動くに動けず当事者でもないのに汗をダラダラ流していた。
「おい、恵里」
「え、なに?」
「飲ませろ。流石に腹が減った」
「あ、いいよ」
そんな外野を気にもせず、ヴィルヘルムは恵里に近づきそして差し出された首筋に噛みついた。息をのむ周囲の人間と呆れ半分に溜め息を吐く蓮。風が吹き、葉を揺らす音があるというのにヴィルヘルムの喉が鳴る音が嫌なほど聞こえた。一分もしない内に恵里がヴィルヘルムの肩をタップし始め、それに応ずるようにヴィルヘルムも首筋から離れた。離れた恵里の首筋には生々しい四つの小さな穴が開いていたが次の瞬間そこには何も無かったかのように穴がふさがった。
「飲み過ぎだよ」
「あ?別に良いだろ、最近つまみ食いもしてねぇしよ」
恵里に文句を言われ、不満げに首筋から離れるヴィルヘルム。口に付着した血を袖で乱暴に拭うと噛みついた恵里の首筋をポケットから出したハンカチでさっと拭いた。そこで、背後から警戒心と少しばかり敵意を感じた。
「何をしているんですか!?」
「あ?先生は知らねぇのか?吸血鬼の主食は血なんだよ」
ヴィルヘルムのその一言に先ほどとは別の意味で空気が凍った。特に、キツい視線を送ってくるのはハジメと共に行動する金髪美少女だった。しかし、その視線を放置してヴィルヘルムは三人と共にサクサク前へ進む。その背後を急いで追いかける愛子先生一行とゆっくりと面倒臭そうについて行くハジメ一行。
暫く先へ進むとヴィルヘルム達の歩みが止まった。ヴィルヘルムは頻りに周囲を見渡し、何かに気が付くとニヤリと笑い。蓮と恵里に呟く。
「此処で人間が死んだな。あと一人生きてるかもしれねぇな。だがこれは……臭いも薄いし、あんま期待できねぇか」
「相変わらずその軍用犬みたいな嗅覚してるな」
「吸血鬼になった恩恵だっけ?」
蓮が呆れ半分関心半分にそう呟くとそれに追随するように恵里も会話に混ざる。後ろに居る二グループはただの背景の一部になっていた。三人の世界、逆ハー等愛子先生一行を中心に呟かれているが総スルーされている。
「まぁ、その所為で流れる水と銀とか、吸血鬼の弱点とされるものが適用されるんだがな」
「で、突破できた奴は?」
「はぁ?居る訳ねぇだろ。人間ごときに殺されるような柔な鍛え方はしてねぇよ。つうか、それは恵里にも言えることだろうが」
「え、私?」
ヴィルヘルムは先に進みながら三人で雑談に興じていた。聞き耳を立てる背後の人物達の事は全く気にしていない。なにより、聴かれたところで直ぐに対策が出来るという訳じゃ無いからなのだがそれを知るのは彼らのみだ。
突然話題が自身に向いた恵里は猫をかぶった状態で驚いて見せた。ヴィルヘルムの話だったはずが突然此方に矛先が向けば誰だって驚くだろう。
「あぁ、テメェの使ってる所為異物は言っちまえばオリジナルに近い贋作だ。故に
「あの呪いは諸刃の剣超えてたもんな。使えば使うほど、体が腐ってゾンビになるってもう字面だけでヤバいのは分かる」
「えぇ…」
若干の自画自賛を入れながらそう言ったヴィルヘルムに思い出したのか苦い顔をする蓮。なんとも言えない顔になった恵里とその場は若干混沌とし始めたその時。背後から声をかけられた。
「この先の滝の裏側に俺たちが探している奴が居る。だから、こっからは俺らで行かせてもらうぞ」
「勝手にやってろ、俺たちはここ周辺の調査が任務だからな」
ハジメの言葉に素っ気なくそう返したヴィルヘルムはポケットから煙草を一本取り出すと咥え、火をつける。それを見た蓮が自分にもくれと言うと無言で渡し吸い始めた。
「こ、こらー!未成年が煙草なんて吸っちゃ駄目です!」
ハジメ一行不在の滝壺周辺に愛子先生の覇気の無い怒鳴り声が響いた。
今の恵里はまだシュピーネ以下です。活動までは出来ますが、それ以上はまだ無理です。だんだん上げていって、ドンドン頭のネジを外していきます(鋼の意思)
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吸血鬼と吸血鬼
サボり癖というより、休んでいた間も大学から課題の雨あられ、その提出に追われて疲れて寝落ちしたりしていたらこんなに間が開きました。すまない…。
出来れば、これからペースを上げていきたいとは思いますけど、まず無理でしょう(未来予知)実習がある学科の辛さよね…。
ガーガーと口五月蠅く「煙草を吸うのを止めなさい!」と抗議する愛子先生を無視したヴィルヘルムは、そのまま煙草を吸い続け紫煙をはき出した。
「これくらい良いだろうが。別に、そんな年でもねぇんだしよ」
「でも、エーレンブルグ君は私の生徒です!生徒の素行を正すのも先生の役目なんですから!」
「俺はアンタより確実に年上だがな」
「へ?」
ヴィルヘルムの言葉に驚きの声を上げる愛子先生。それを余所にヴィルヘルムは仲間である蓮と話し始めた。
「俺の年齢っていくつだ?」
「は?那由多だろ」
「全部統括すればだろうが。それに、それだったら前回はテメェの恋人役だったからな俺」
「その見た目でそれを言うな気持ち悪い。じゃあ、ギリギリ二桁か?」
「テメェはいつから俺と分離したのか分からねぇから何とも言えねぇが9000位じゃねぇか?」
「そんなに今回生きてんのかお前!?」
「今世は、腐れ水銀だったからなぁ…。どう言う訳か、こうやって他の奴にも変わることができるが、中身はずっと同じだぜ?」
「そういや、この前はラインハルトだったな…」
驚く蓮に対して、ヴィルヘルムはニヒルな笑みを浮かべながら短くなった煙草を投げ捨てた。またそれに噛みつく愛子先生であるが、ヴィルヘルムは何処吹く風。気にもとめない。そこに、一人の金髪美少女が現れた。まぁ、ヴィルヘルムの話を聞いていたユエなのだが。
「…質問がある」
「あ?なんだガキ」
「……さっき、自身を吸血鬼と言った。それは、本当?」
ヴィルヘルムのガキ発言にユエは一瞬頬をピクリとさせたが、ポーカーフェイスを維持してどうにか維持して問いかける。その目は、嘘偽りを許さないと雄弁に語っており、ここで煙に巻いてもまた何処かで追求されるであろう事が目に見えていた。
「あぁ、ホントだぜ。俺は、吸血鬼さ」
「でも、貴方みたいな吸血鬼、見たことがない」
「あ?それは、どう言う意味だ?」
ユエの言葉にヴィルヘルムはギロリと視線をやるが、彼女は気丈に見返す。その雰囲気はさながら王侯貴族のような威厳を醸し出していた。ユエ曰く、
日傘を差しながら、天を仰ぐヴィルヘルム。その背後に立っていた恵里と蓮はその背に哀愁を感じたとか。気を取り直して、ヴィルヘルムはユエから目を離しハジメが向かった方向を見やった。その目は、なんの感慨も浮かばせずただそこに存在するものを認識しているだけのようだった。
「俺とテメェは違う。俺は俺だ。それになんの間違いもねぇ…」
「そう…」
遠くを見つめながらヴィルヘルムはユエに向かって話す。それは、独白にも近いなにか。自分自身に言い聞かせるかのように、紡がれたその言葉にどれ程の思いが込められているのだろうか。それは、ここに居るヴィルヘルム以外に推し量ることは出来ない。
しばらくの間沈黙がその場を支配した。そこから数分も経たないうちにハジメが向かった方向から、乾いた破裂音が響いてきた。
一本の矢のように飛び出していったユエを筆頭に、それぞれが発砲音の聞こえた方向へ向かう。永劫破壊を持った者達は、勿論のこと全員を置き去りにしていった。協調性は何処に行ったのだろうか。聖遺物所有者は頭のネジが何本抜けているのだろうか。いや、全部か。
ヴィルヘルム達からしてみれば、数秒。他の面々からしてみれば、まぁそれなりの距離を走り抜けると。規模の大きい滝壺に到着した。そしてそこには、黒龍と対峙するハジメの姿があった。対峙するハジメ以外の反応は、ユエとシアは共に戦おうとし、ヴィルヘルム達は悠長に「ドラゴンだぁ…」「ドラッヘかぁ…」と眺め、学生組は黒龍の強大さ迫力に完全に帯び腰になっていた。彼らが、一番普通の反応である。
そして、これまた一時間もしないうちに決着は付いた。黒龍の肛門に巨大なパイルバンガーが突き刺さるという結末をもって…。
これには、不謹慎ながら笑う愛子先生と、既にその場で腹を抱えて笑う学生達。地面を転げ回りながら、爆笑するヴィルヘルムと蓮…そして顔を背けてクスクスと笑う恵里。この時、未知の快感が襲ったとT氏は語る。開いてはいけない扉は、だいたい
結論から言うと、新しい業深い
「おい、テメェらは町行って適当に事情説明してこいよ。俺は愉しむからよぉ」
「いや、一度戻った方が…」
「そうだぞ、俺たちも別に直ぐに殺したいって思ってるわけじゃないんだから」
ヴィルヘルムがそう言いながら魔物がいた方向に向かってハンドルを切ろうとして助手席に座っていた蓮に無理矢理戻される。舌打ちしながら渋々と町へ向かうヴィルヘルム。前方を走る
「そういやぁ…」
「どうした、ヴィルヘルム」
「あ?いや、ザミエルがこういう場合一番使えるなぁ…と思ってなぁ」
「成る程、それは一理あるな」
「ザミエルって?」
「大砲を聖遺物にしてるおっかねぇ騎士だよ」
シュビムワーゲンの車内ではそんなことが話されていたが、それを他のメンバーが知ることは無かった。そもそも、ヴィルヘルムが吸血鬼であると告白した時点で二人を覗いて学生組は近寄ろうともしなかったが。
その後、特に何も起こること無く町に着き学生組は今から襲来する魔物の軍勢を知らせに、ハジメ達は束の間の休息を、ヴィルヘルム達は暇を持て余していた。
「さて、俺たちはどうしたものか…」
「聖槍十三騎士団が九席エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ、変換」
「いきなり!?」
蓮が切り出した瞬間、ヴィルヘルムは口ずさみ体を
ヴィルヘルムから容姿は一気に変わり、性別は女性に体長もヴィルヘルム時よりかは低くはなったもののそれでも高く、赤い炎を連想させる髪は簡素にポニーテール。顔の半分を覆う火傷の跡は痛々しく、同時に勇ましさを感じさせる。
「さぁ、やるぞツァラトゥストラ。閣下への手土産として焼き払う」
「いやいやいや」
「待って待って待って」
ザミエルへと変わり、意気揚々と戦いに向かおうとする彼女(?)に蓮と恵里は待ったをかけた。特に、始めて性別が変化するのを見た恵里の驚きぶりは誰から見ても面白いものであろう。本人は、至って真面目であり面白くも無いだろうが。
自身を制止させた二人をまるでゴミを見るような目で見ながら、ザミエルは口を開くと同時に手が出ていた。
「つべこべ言わずにさっさと来い中尉、特尉。敵は待たないぞ、それでも軍人か!」
「元軍人で~す」
「一般人です」
「……さっさと行くぞ!」
理不尽にそのまま連れ去られた蓮と恵里。休憩場所だった宿から出てズンズンと進み、危険だからと止めようとする門番を眼光で黙らせ外に出る。
暫く聖遺物の使徒の身体能力を駆使した早歩きをして辿り着いたのは少しばかり盛り上がった丘。そこから一望できるのは、
「随分と密集しているな。散開して各個撃破も出来ないほどの密集具合だ。相手は素人か?」
「多分学生かなぁ?ま、本職の軍人から見てみれば粗だらけかも知れないけど、大方『たくさん集めて、一気にぶつければ勝てる!』とでも思ってるんじゃ無い?」
「ほう、それは甘く見られたものだな…!」
どう猛な笑みを浮かべながら群れを見るザミエルに二人そろって顔を引きつらせる。彼彼女らが思うのはただ一つ『早く来い、
今回は文字数が少なめ。リハビリも兼ねています。此処から増やしていくから、ユルシテ。
ドM戦はカット。だって、ヴィルヘルム達は参戦する予定がないから。現状、様子見兼観察ですから。気分は、死の天使。あそこまでヤベー奴に出来る気はしないけどね。文才がほしい。
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