ACE COMBAT For beautiful sea For dirty sky (タクネモ・シグレ)
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プロローグ『プロイェクト990』

プロイェクト990

鯨の王

海の大帝

共産圏の黒い悪魔

リヴァイアサン

 

私達の家

帰るべき“艦”

またの名を、『有翼の一角獣』

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ACE COMBAT

For beautiful sea

For dirty sky

 

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10年。

10年経った。

世界を巻き込み、本当の意味で、世界を震撼させた戦争から。

 

父は日本で産まれた。その後父は、生まれて間もないロシア連邦に移り住み、モスクワで日本語教師をしながら、家族を持った。母は、私とアオイを産んだ後、若くして亡くなったと聞いてる。父は、男手ひとつで私とアオイを育て上げた。

けど、それからは特に不幸も無く、幸せに暮らしてた。

20歳になった私達姉妹は、軍に入った。2023年のことだ。選んだのは海軍。それも、海軍航空隊を選んだ。理由は特に無い。強いて上げるなら、アオイが興味を持ったから。ただ、それだけだった。

それからは訓練に訓練を重ねる日々。ただ、下手な部隊に配備されて死ぬのも、生まれついた性差なんかで送られる場所を決められるのも嫌だったから、訓練は懸命にやった。その甲斐があったのか、正規部隊配備前の試験では、2番目の成績だった。因みに、1番はアオイ。昔から何でも出来る娘だったから、特に驚きはしなかった。

間もなく、私達が配備されたのは第279艦載戦闘航空連隊。重航空巡洋艦「アドミラル・クズネツォフ」で活動する、実戦部隊だ。2016年にシリア内戦で実戦デビューも果たしている。運が良かった。

私達の使っていた機体はSu-33。大型制空戦闘機Su-27の艦載機型だ。運動性と武装搭載量に優れる機体でもある。

この後もひたすら訓練。でも、頼れる先輩、支えあえる仲間と共に乗り越えてきた。

その間にも、世界情勢は動き続ける。2024年11月21日。ロシアで主要各国首脳が会談を行い、第二次新戦略兵器削減条約が締結された。これは、ICBMとSLBMの双方を本格的に削減させていく条約で、世界の可及的平和を目指した物だった。一部の国の反発こそあったものの、この条約は無事に発行された。

ところが、その1ヶ月後に、アメリカとロシアは貿易摩擦によって関係が悪化。理由は、まさかの大豆。バイオ燃料の普及に伴い、中国・ロシア両国で大豆の需要が高まり、その価値が急上昇した。それに対しアメリカが、ありもしないイチャモン付けて輸出規制をかけたのだ。両国とも関係回復を目指し会談を続けたが、意見がぶつかり合ったまま。

そんな2025年1月。私達の部隊に移動命令が来た。目的地はノヤブリスク空港。

まさか、この時の任務が、世界を震撼させる大戦争の始まりになるとは。



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第1話『始まりの輝』

俺達が飛行場に着くと、すぐに召集がかかった。こんな時間にブリーフィング?と怪しみながら指定された部屋に入る。偉そうな爺さんと、痩せ眼鏡。

「集まったかね?私は、西部軍管区司令のアンドレイ・ヴァレリーヴィッチ大将だ。早速だが、任務を伝える。ミハイル君、頼む。」

あ、あの爺さん、本当に偉かった。

隣の痩せ眼鏡も口を開く。

「はい。えー、本作戦は軍事衛星破壊任務である。作戦名は『オペレーション ゼロブレイク』。第279艦載戦闘航空連隊第2中隊各機は衛星攻撃ミサイルを装備し、明日0600に本飛行場を出撃。目標の衛星への攻撃を・・・」

「目標の衛星ってのは、どこのですかい?」

うちの隊長が、皆が一番知りたかった事を聞いてくれた。

「・・・その事については、答えられない。」

1つ分かったこと。うちのじゃ、無い。

「まぁミハイル君。任務を遂行するのは彼らだ。教えても良かろう。」

「し、しかし、機密上の問題が・・・」

「彼らは皆、この飛行場に居る。外部に漏れる心配は無いよ。」

あら以外。この偉い爺さんは下っ端に優しい人だったか。

「分かりました・・・攻撃目標はアメリカ合衆国の軍事偵察衛星である。」

室内に衝撃が走る。

何?アメリカだと!?

「驚いただろうが本当だ。我々は、アメリカ合衆国との戦争に入る。」

「おいおい!世界滅んじまうぜ!良いのかよ!」

タドコローマ・エノコトスキー少尉が食って掛かる。無理もないが・・・

「静粛に!皆が狼狽える気持ちも分かるが、これは我が国の存続に関わる事なのだ。ウラジーミル大統領の決断だ。」

「異論はありません。」

声が挙がる。この柔らかい声は・・・アオイ・コトノハ上級准尉。

「私は、この国の為なら何とだって戦ってみせます。」

同年代の中に、ここまでの覚悟を持った奴が居るとは思いもしなかった。凄い奴だ。

「ありがとう。君のような兵士を、ロシアは今、欲している。」

偉い爺さんが、彼女の手を固く握る。

彼女も、握り返す。

微笑みながら。

しかし、二人の目は・・・どちらも笑ってはいないように見えた。

 

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『Opening war』

4.January.2025 06:00

Russian Federation Noyabrsk Airport

63.181906,75.274660

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いよいよだ。

格納庫へ向け、隊の仲間達と共に歩く。

皆が皆、不安と緊張の混じった顔で談笑しながら歩く。こんな時ほど口数が増えるのは、人間の本能なのだろうか?

自機の前へ行く。

スマートな機首、その脇に装備されたカナード翼、薄く大きな主翼、それらを滑らかに繋ぐブレンデッド・ウィング・ボディー・・・

何時見ても美しい。

Su-33。

俺の愛機。

俺達の機体。

コックピットに乗り込み、エンジンを回し始める。各種機器のチェック、動翼の動作確認、エンジンが正常に稼働してるか確認。全ての項目を確認し、隊長に報告する。

「こちら『SKOPA9』、出撃準備完了。」

《了解した、『SKOPA9』。》

これでよし。あとは、命令を待つばかり。

《よーし、各機準備完了したな?こちら『SKOPA隊』、これよりタキシングに入る!》

相変わらず、威勢の良い人だ。

《了解、『SKOPA』隊。こちらは、AWACS『BOOBIES』。貴隊の管制にあたる。》

《了解、『BOOBIES』。よろしく頼む。》

彼が俺達の新しい管制官か。冷静な声。頼りになりそうだ。

タキシングを開始する。

機体がゆっくりと動きだす。

その間にも、先にタキシングしていた機体が、次々離陸していく。

《うぅ~、いつもより緊張する~。》

《お姉ちゃん、ホントはそんなに緊張して無いでしょ?》

《流石に緊張するわよ~。》

相変わらず、コトノハ姉妹は仲が良いようだ。

《二人とも集中して。隊長も何か言ってください。》

「大丈夫だよ。俺は2人の腕を知ってる。ミスなんかしないさ。」

《そういう意味じゃないんですが・・・はぁ・・・。》

ユヅルは相変わらず真面目。いい奴なんだが、少し堅いんだよなぁ。

俺の率いる第4小隊は4機編成。1番機兼小隊長の俺、2番機のアカネ准尉、3番機アオイ上級准尉、4番機のユヅル准尉。この4人で小隊を組んで、早半年。まさか、実戦に出ることになろうとは・・・。

「こちら『SKOPA9』、離陸準備完了。離陸許可を求む。」

滑走路手前まで来た。今回はいつもと違い、巨大な対衛星ミサイルを積んでいる。搭載しているのは、本来、地上車輛から発射される対衛星ミサイルPL-19を、航空機から発射できるように改造したPL-19Tだ。空中発射型ということもあり、小型化・軽量化がなされているものの、それでも重いことに変わりはない。その事に留意しながらの離陸だ。

・・・何故、上はMig-31を持つ部隊にやらせなかったのだろう?

《了解、『SKOPA9』。離陸を許可。Удачи。》

許可が下りた。いよいよ離陸だ。

スロットルを上げる。機体が徐々に加速する。が、やはりいつもより加速が悪い。更にスロットルを上げ、無理矢理上げる。艦上機として開発されたSu-33は低速域での安定性により優れている。上げられる筈だ。

速度が上がっていく。同時に、滑走路の端が迫ってくる。駄目か?と一瞬思ってしまう。が、なんとか適正速度ギリギリで浮き上がった。

《隊長。フラフラしてますけど、大丈夫ですか?》

ユヅルが心配そうに聞いてくる。

「大丈夫だ。ただ、滑走距離が微妙だな。フラップとスロットル、全開で上がれ。」

不安を解消させつつ、アドバイスをするのも、小隊長としての重要な役割だ。

 

10分後、離陸した16機のSu-33は4つの小隊に別れ、それぞれの目標に向かい上昇を開始する。

『SKOPA9』ことヨシュア・ケン・チャパエフ上級准尉率いる第279艦載戦闘航空連隊第2中隊第4小隊も、事前に指定されていた座標から対衛星ミサイルを発射すべく、ほぼ垂直に上昇していく。

さらに数10分。限界高度まで来た第4小隊は、その腹部に抱えた巨大なミサイルを発射する。彼らの役割はここまでだ。他の小隊も順調に作戦を進めていく。この後に起こる混乱も知らずに・・・。

 

《こちら、第1小隊。任務終了、これより帰投する。》

第1小隊から通信が入る。どうやら、作戦は上手くいったようだ。

「了解、第1小隊。こちらに誘導する・・・待て。第1小隊!後方よりボギー!機数10!急速に近付く!」

《何!?どこだ・・・見つけた。全機、後方よりボギー!ブレイク!》

一瞬、通信が途絶える。

「誰か、状況を報告せよ!」

《クソッ!隊長が!隊長がやられた!》

《2番機、後方に敵機!ブレイク!》

《クソッ!来るな!来るな!!》

《2番機被弾!撃墜された!》

《4番機!正面!》

《なっ!?》

《クソッ!4番機!正面からもろにミサイルを!》

途絶える通信。再び声が聞こえることは無い。

レーダー上から、第1小隊の光が消えた。

 

[同時刻:アメリカ合衆国・首都ワシントンD.C.]

「・・・やられたか。」

「はい。」

我が国の保有する偵察衛星がやられた。宣戦布告から30分。綿密な計画の上、か。

「今回の攻撃、どいつが動いたか調べとけ。」

「了解。」

だが、まだだ。我々は既に、ロシアの各航空部隊の動きを“人の目で”監視し続けている。この“目”がある限り、我々は負けないはず・・・

「レーダーに感あり!高速の飛翔体近付く!ミサイルです!」

「何!?」

馬鹿な!何故、首都を直接だと!?

「発射地点の特定急げ!MDはどうした!?」

「陸軍PAC-3部隊が迎撃中!」

「発射地点、特定できました!これは・・・」

次の瞬間、空が眩い光を放った。

 

[5分後:ロシア連邦・ノヤブリスク空港]

任務を終え、飛行場に帰る。既に滑走路には、他小隊の先輩達が居ることだろう。進入コースがずれた俺達は、必然的に作戦の遂行が少し遅れた。作戦に狂いが出るほどでは無かったが、結果として、帰還が遅れた。きっと、怒られる。そんなことを考えていた。

《隊長、様子が変です。》

ユヅルが声をかけてくる。

「変って言うと?」

《飛行場に、帰還機が居ません!》

「何!?」

飛行場に目を落とす。確かに1機も味方が居ない。先輩達は!?

《こちら『BOOBIES』。よく戻った第4小隊。》

AWACSの声も重い。

「AWACS、何があった?」

《とりあえず、着陸してくれ。君たちの“艦長”が説明してくれる。》

艦長も来ているのか。

間違いなく、何かが起きた。

何か、悪い事が。



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第2話『海上航空戦力撃滅』

[2025.12.31:大西洋・アメリカ合衆国沖]

《方位330!ミサイル4!来るぞ!》

《クソッ!ブレイク!ブレイク!》

《駄目!間に合わない!》

嘘だ。

何で、何でアイツがここに?

あり得ない。

こんな形で会うことになるなんて。

「艦長!『AKULA2』、『AKULA5』被弾!『AKULA5』ロスト!」

殺ったのか?

あの裏切り者が。

あの男が。

《よぉ姉貴、戦う理由は見つかったか?》

実の弟が。

私の大切なものを、奪った。

《こちら『AKULA1』!指示を乞う!》

・・・許さない。絶対に!

「艦長より『AKULA1』・・・奴を、殺せ!」

 

[2025.1.4:ノルウェー]

《ニュース速報です。本日、ロシア連邦がアメリカ合衆国に宣戦布告しました。同時に、ロシア空軍部隊によるアメリカ軍の軍事衛星に対する攻撃が行われました。また、アメリカ合衆国首都ワシントンD.C.へのSLBM、潜水艦発射弾道ミサイルによる攻撃が行われました。この攻撃は阻止されたものの、アメリカ合衆国のバイデン大統領は「我々は、核を用いた攻撃という選択を選んだ彼らを許さない。強力な報復を行う。」としている一方、ロシア連邦のイヴァノフ大統領は攻撃を否定しています。繰り返します。本日、ロシア連邦とアメリカ合衆国は戦争状態に入りました。》

「始まったか・・・なぁ、アレックス。世界は滅びてしまうのかな?」

『アメリカ合衆国が核戦力を用いる確率は31%、ロシア連邦が核戦力を用いる確率は8%。』

「じゃあ大丈夫かな。」

『ロシア連邦が近日中に動き出す確率は89%。』

「ま、見守ろうじゃないか。謎は生まれてしまっているが、まだ汚れてはいないのだから。」

 

[2025.1.10:ロシア連邦・セヴェロモルスク港]

「あなた達も知っての通り、第279艦載戦闘航空連隊は窮地に立たされているわ。」

俺達の艦長ことリューカリ・ショイグ大佐が話を切り出す。

ここは、ロシア海軍重航空巡洋艦「アドミラル・クズネツォフ」内のブリーフィングルーム。本来であれば、32人の優秀なパイロットのひしめく狭い部屋の筈なのだが・・・

「まさか、生き残ったのがあなた達だけとはねぇ・・・」

半分、諦めのような溜め息を溢す艦長。無理もない。我らロシア海軍北方艦隊第279艦載戦闘航空連隊の残存機は僅か4機になってしまったのだから。

「国内にスパイがいて、私達の動向が漏れていた可能性は?」

アカネが声を上げる。今、俺達が知りたいのは2つ。“何故、先輩達は全滅したのか”と“今後、俺達はどうなるのか”だ。

「ハッキリ言うわ。無い。ロシア国内のスパイは既に戦前からマークされていた。彼らは、私達が漏らすことを許した情報しか掴んでいない。」

諜報活動をここまで知り得るのは、元国防大臣の娘だからだろうか?

・・・いや、流石にそれは無いか。

「更に、仲間を墜とした敵機は、アメリカ軍機では無い可能性があるらしいの。」

何?アメリカじゃない?

「どういう事です?」

アオイが突っ込んで聞く。

「彼らが撃墜された空域はロシア北方沖合。でも、その時間帯、その周辺にアメリカの空母は居なかった。」

そうなると・・・

「じゃあ、一体誰が・・・」

「分からない。ワシントンD.C.へのSLBM攻撃も含めて、不可解な点が多すぎるわ。アメリカの衛星の配置や攻撃可能地点への到達予想時刻、これらの情報も、どこから入手したのか辿れなくなったらしいの。」

マジか。よくそんな情報を信じて攻撃をやったもんだ。うちはそこまで逼迫してるのか?

「でも、あなた達に時間はあげられない。新たな任務が北方艦隊司令部から下された。」

今までザワついていた皆が静かになる。“新たな任務”という言葉で、反射的に注意を向ける。

「北方艦隊全艦に対して集結命令が下されたわ。場所はノルウェー海。」

艦隊規模での集結命令。今度は艦隊戦か?アメリカ海軍に抵抗できる力がロシア海軍にあるかは兎も角、空母所属の航空隊としては本分だ。

「私達はそこで“囮”となり、敵空母打撃群を誘き寄せる。」

成る程成る程。

・・・は?囮!?

「ちょ!?マジ!?」

「囮ですか!?」

「虎の子の北方艦隊を!?」

一斉に動揺する俺達。だが、艦長は平然としている。まるで「私達は貧乏クジを引かされた訳ではない」と言いたげな顔だ。

「安心して。勝算はあるし、ただの囮じゃない。私達、北方艦隊の任務は敵空母打撃群の艦載機を引き付け、敵部隊上空をガラ空きにし、敵の注意をこちらに向けること。」

別働隊がいるのか。いや、しかし・・・

「流石に厳しすぎないですか?」

そう、余りにも無理がある。

空母打撃群と言えば、アメリカの軍事力の象徴だ。おまけに実戦経験も豊富。

「大丈夫よ。敵には既に“北方艦隊の航空戦力は全滅した”って情報が流されている。相手はフル装備の対艦攻撃部隊くらいでしょう。そんな鈍足なやつらに空と海から対空ミサイルを浴びせ続ける。」

また凄い作戦だ。誰がこんなのを思い付くんだろう?

「それで、どうやって空母打撃群を叩くんです?」

そう、そこだ。

航空機が尽きても、奴等の防空網を突破して、空母を沈めるのは厳しい。

「ふふっ、それはね・・・」

 

「ねぇ、ちゃんと話聞いてた?」

ブリーフィング終了後、俺は艦長に呼び止められた。

「聞いてた。何で?」

まるで俺が人の話を聞いていないみたいに質問してきた。

「・・・脚、見てたでしょ。」

あーっと、これは・・・

「それは、その・・・」

「まーだ昔の女に未練があるわけ?もう吹っ切れなさい。」

バレるものなのか。敵わないな。

「分かったよ。もう見ない。」

「別に、そういう訳じゃ・・・」

あぁ、調子が狂う。どうすりゃ良いんだ?

「それはそうと、しくじらないでよ?」

彼女が話題を反らしてくれた。

有り難や、有り難や。

「心配するな。そっちこそ簡単に沈むなよ?俺達の帰る場所が無くなる。」

互いに釘を刺しておこう。このくらいが、今はベストだろう。

 

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『Air Force Annihilation Strategy』

15.January.2025 13:00

Norwegian Sea

65.621825,0.763972

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「“鷹”から報告!『まだ“狩人”は家の中。』!」

「“鷹”を引き続き索敵に専念させて!彼らが作戦の肝よ!」

「“獅子”より指令!『“鷲”は“森守り”を徹底。“豹”は“鷲”を導け。各“猛獣”は“新たな牙”の牙研ぎを済ませよ。』!」

「P-700Zの最終確認よ!急いで!」

「了解!」

今のところ、敵からの攻撃は無い。でも敵は、確実に、こっちに来てるだろう。

アメリカ海軍の空対艦ミサイルはAGM-84Lだろうと予想されている。もっとも有名かつよく見かけるASM。所謂、ハープーンだ。射程は約300㎞。

対して、こちらの艦対空ミサイルで最も射程の長い48N6Eでも、せいぜい120㎞。

これでは敵に一方的に攻撃を受ける。

では、どうするか。

もっと射程の長いミサイルを準備すれば良い。

その発想から、短期間での実用化を目指し、追加試作型の搭載まで漕ぎ着けたのがP-700Z長距離艦対空ミサイル。これは、P-700艦対艦ミサイルに対空ミサイル用シーカーと空中炸裂弾頭を無理矢理搭載し、艦載レーダーで誘導するお粗末にも程がある物。

だが、ここまで不利な状況下では、こんなものでも有り難く思える。

この“新たな牙”と“鷹”・・・Ka-31早期警戒機の長距離索敵網を使えば敵のスタンドオフ攻撃は防げる筈だ。

「“鷹”より報告!『“狩人”の“猟犬”を見つけた。数、8匹。』!」

来た。予想より数は少ないか。

「“鷲”に連絡!『“鷲”は舞い降りる。』!」

 

「了解。『SKOPA9』より各機、迎撃戦に以降する。俺に続け。」

《了解!》

さて、いよいよだ。

敵は見つけた。

迎撃体制もバッチリ。

出来ることは全てやった。

これからもだ。

出来ることを積み重ねる。

それだけだ。

《正面、ボギー8!綺麗に並んでるよ!》

レーダーに映る複数の光。

1、2、3、4・・・8個。

敵の攻撃隊。ここで止めなければ、艦隊がやられてしまう。

「“傘”の調子はどうだ?」

《あと90秒で閉じてしまうとのこと。》

極少数となってしまった航空隊を出来るだけ有効に使うべく用意された“傘”・・・情報収集艦「タヴリヤ」のECMによって敵レーダーを短時間だが、ダウンさせることが出来る。更に、俺達の乗機には特別に電波吸収塗料が塗られている為、もう少しだけ、敵に探知されるのを遅らせることが出来る。この短時間を活かすのだ。

《“寅”より報告!『“猛獣”が“新たな牙”を抜いた。噛み付くまで60秒。』!》

《敵機との距離、70㎞を切った!》

「各機、中距離AAMを発射!撃ちまくれ!」

今回搭載してきたR-27ET1空対空ミサイルは、赤外線ホーミング誘導方式の中距離空対空ミサイルだ。Su-33はセミアクティブ誘導方式のR-27AEも運用可能だが、敵のレーダー警戒装置にバレるのを防ぐ為、こっちを持ってきた。

対艦ミサイル改造の長距離艦対空ミサイル、俺達4機から放たれる中距離AAM、おまけで近距離格闘戦・・・三重の迎撃によって敵航空機を撃滅する。

第279艦載戦闘航空連隊第2中隊第4小隊の全機が、一斉にミサイルを発射する。中間誘導が必要な為、各機1発ずつの発射だが、問題はないだろう。

《注意!後方よりミサイル接近!味方の長距離SAMです!》

俺達の編隊の下を、高速で追い抜いていく複数のミサイル。今回の為に無理矢理持ってきた長距離SAMらしい。これには、期待したい。

《第1弾、間もなく着弾します!》

ユヅルの声で目の前に意識を戻す。さてさて、戦果は?

・・・ハズレたか?

あ、ハズレた。

「こっちはハズレだ。皆は?」

《こっちもハズレ~!何で~!》

《私は・・・ビンゴ!今当たりました!》

《こっちはハズレです!》

命中率1/4・・・酷いな。R-77が欲しくなる。

「各機、次弾発射!まだ機会はある!」

落ち込んでいる暇は無し。すぐに次のミサイルだ。

《まもなくSAMが着弾!》

レーダーを覗き込む。

《5、4、3、2・・・今!》

・・・どうなった?

レーダーを覗き込む。敵マーカーの数は変わらない。ハズレか?

《隊長!“傘”より『“新たな牙”は“猟犬”を傷付けた。』とのこと!》

撃墜まではいかなかったが損傷はさせた、と言うことか。

「よーし全機!この流れを崩すな!」

俺達も流れに乗るんだ。そう、鼓舞しようとした時だった。

突然鳴るアラーム。レーダー警戒装置に反応が。何故?

《後方、ミサイル!》

《ブレイク!回避して!》

考えるより先に体が動く。

操縦桿を引き、機体が急激に機動する。

体にかかる強烈なG。

一瞬見えたのは4つの機影。

一瞬混線した声は・・・

《As I guessed・・・Allright boys let's start the party. Send these fackers to their mama in hell ! 》

 

先に仕掛けたのは、第8空母打撃群の空母「ハリー・S・トルーマン」所属第1空母航空団第137電子攻撃飛行隊第1小隊のEA-18Gだった。自身の存在を悟られぬよう電子妨害をしつつ、第279艦載戦闘航空連隊第2中隊第4小隊の後ろに回り込みAIM-120とAIM-9Xを立て続けに発射したのだ。しかし、攻撃を受けた彼らの腕も決して悪くは無い。攻撃を察知するやいなや即座に回避機動をとり、ミサイルを振り切ろうとする。その回避機動は彼らからエネルギーを奪っていく。回避に成功した彼らに、EA-18G小隊が無慈悲に攻撃を仕掛ける。上後方から降下し、十分なエネルギーを蓄えた状態で。

普通、ここで勝敗は決している。エネルギー差が開きすぎているのだから。だが、そのエネルギー差から来たほんの少しの油断が、“勝つ側”たる彼らを地獄に叩き落とす結果を招いた。

回りくどい言い方をすれば、Su-27系列の機体にポストストール領域での機動を許してしまった。

一言で言うと、“相手が悪かった”。

 

「食い付いてきた・・・FCSリミッター解除準備!お前ら!覚悟を決めろ!」

敵機は真後ろ。

自機の速度は低速。

エネルギー差は絶望的。

だが、まだだ。

まだ巻き返せる。

襲ってきたのが機銃を装備していないEA-18Gで良かった。

“これ”で、巻き返す!

《了解!》

《覚悟は出来てる!》

《さぁ、エアショーの始まりだよ!》

220ノット。

まだ速い。機体を安定させつつ速度を落としたいが、そんな悠長な事をしている暇はない。シザース気味に機動して無理矢理速度を落とす。

200ノット。

かなり速度が落ちてきたが、まだだ。更に速度を落とす。

190ノット。

こっちも相手も、飛んでいるだけで精一杯。

189ノット。

それでも食らいついてくる。相手のパイロット達も並々ならぬ腕前だ。

188ノット。

そろそろか。水平飛行に移る。

187ノット。

左側サイドコンソール一番手前の摘みを上げ、FCSのリミッターを解除する。

186ノット。

警報が鳴り続ける。不安定になった機体が震動する。

185ノット。

本能の訴える恐怖に耐え、時を待つ。

184ノット。

生き残るために、自身を危険に晒す。

183ノット。

あと少し。

182ノット。

もう少し。

181ノット。

・・・今だ!

僅かな躊躇いも無く操縦桿を目一杯手前に引き倒す。操縦桿がシートの縁にぶつかり、カン!と乾いた金属音を立てる。直後、凄まじい風切音と共に機首が持ち上がる。一瞬、時間が止まったように見える。刹那、背後から前面へ、轟音が走っていく。

コブラ。

かの有名なスホーイ社のテストパイロット、ビクター・プガチョフが世に送り出した失速機動。微妙なセットアップと、傷1つ無い完璧な機体が必要な機動故、戦場での使用は、ほぼ不可能と言われているが・・・そんなの状況に寄りけりだ。

何秒経っただろう。機首が水平に戻る。すると目の前には・・・横に2つ並んだジェットエンジンの炎の光。待望の光景だ。

半ば反射的に機銃を発射する。敵機から火花が上がり、金属片が落ちる。30㎜機銃の直撃を受けた敵機は、エンジンから黒煙を吹きながら、バランスを崩し、降下していく。追撃を。そうも思ったが、すぐに止めた。今優先すべきは、小隊の安否確認。

「各機、状況報告!」

・・・返答が、無い。

「状況報告!」

《こちら『SKOPA10』、大丈夫だよ~。》

《こちら『SKOPA11』、私も大丈夫です。少し危なかったですが・・・》

《こちら『SKOPA12』、もうこんな戦術は御免ですよ!隊長!》

良かった。皆無事なようだ。

「皆、お相手さんは?」

次、敵の状況確認。

《現在確認中です・・・来ました。2機が撤退中。あと2機は墜ちたみたいです。》

2機撃墜、か。戦果だけで見れば少ないが、双方の被撃墜機比は0:2。十分だろう。

「全機、集結しろ。警戒に戻る。」

まだ戦闘は終わっていない。艦隊防空に注力せねば。ここは一先ず集まって、さっきまでいた空域に・・・

《全機警戒、ミサイル!方位210!たくさん来ます!》

またか!敵の位置は!?そう思い、レーダーに目を落とす。

・・・居ない。

ミサイルは映っているのに、肝心の発射母機が、居ない!

《嘘!?敵機は!?》

《まさか故障!?》

「それは無い!ミサイルも、さっきの敵機も映ってる!」

《じゃあ、何で!?》

答えは、ただ1つ。

「F-35だ!ステルス機だよ!」

マジで何も映らない。

これが世代の差か。

関心してる場合じゃない。

飛んでくるのは無数のミサイル。

恐らくAIM-120。

気を抜けば、確実に墜とされる!

「各機、全力で回避機動!」

そして、俺達には任務がある。

「“鷲”より“寅”!『狩人は鰐を飼う』!」

 

この時、攻撃に参加していたのは海兵隊所属のF-35Cだった。本作戦に参加していた第二、第八空母打撃群ではF-35Cの配備が進んでいなかったために、急遽増援として派遣されていたのだ。

彼らは「ロシア艦隊に航空機が居る」と交戦していたF/A-18部隊からのデータリンクで知るや否や、AIM-120での遠距離攻撃を行った。この攻撃は失敗したが、彼らが対艦ミサイル発射位置に辿り着くのに十分な時間を稼いだ。

旗艦「ピョートル・ヴェリーキイ」指揮下のロシア北方艦隊も艦隊防空SAM、個艦防空SAM、CIWSをフルに使い、死に物狂いの対空戦闘を行うが、飛来するミサイルの数が多過ぎる。濃密な弾幕を潜り抜けたミサイルは、災厄となって、北方艦隊に降り注ぐ。

最初に被弾したのはスラヴァ級巡洋艦「マールシャル・ウスチーノフ」だった。1発のミサイルが船体中央部に吸い込まれるや、猛烈な光を放つ。上部構造物をも傷付ける爆発に、現代艦が耐え得る筈が無い。被弾口からは既に浸水が始まっているのだろう。白い蒸気が立ち上り、吃水がドンドン下がっていく。

次に被弾したのは、アドミラル・ウシャコフ級巡洋艦「アドミラル・ナヒーモフ」だった。CIWSの弾幕の隙間を縫い近付いてきたミサイルが3発、ほぼ同時に命中する。その内の1発が、本艦で最も危険な場所・・・艦前方VLSに命中してしまった。VLSのミサイル庫内に飛び込んだミサイルは、その場で爆発すると、周りのミサイルを巻き込み巨大な光の暴力となって襲いかかった。こうなってしまえば、もう助けることは出来ない。

巡洋艦3隻の内2隻を失うという多大な損害を被った北方艦隊。だが、ロシア軍もやられっぱなしではない。

本作戦の主役が・・・ロシアの陸上基地から発進した、対艦ミサイル装備のSu-57部隊がアメリカ軍第2、第8空母打撃群に襲いかかる。虎の子の北方艦隊を囮とした本作戦の主役こそが、彼らだ。ステルス機たるSu-57を用いた対艦攻撃部隊は、北方艦隊に気を取られていたアメリカ艦隊に気付かれる事無く、ミサイル発射位置まで近付く事が出来た。

先に被弾したのは第2空母打撃群旗艦「ジョージ・H・W・ブッシュ」だ。レーダー手が気付いた時にはCIWSの迎撃範囲にまで入り込まれていた。船体後部に命中したミサイルは、周辺の電気系統を傷付け、空母としての能力を奪っていく。

次に被弾した第8空母打撃群旗艦「ハリー・S・トルーマン」だ。艦首と艦中央部にミサイルが命中する。中央部への被弾は格納庫の損傷に留まったが、艦首に命中したミサイルは飛行甲板を内部から破壊し、吃水付近をも傷付け、浸水と速力の低下をもたらした。

この2隻が、既に戦闘不能な事は、誰の目にも明らかだった。

 

「クソォ!ロシア人どもめ!」

CIC内に怒号が響く。

今、普段は穏和な艦長が、怒りを露にしながら震えている。

艦長だけでは無い。

空母を守る筈の俺達だったが、成すすべなく肝心の空母を傷つけられてしまった。

「殺す!ブチ殺してやる!ロシア人!!」

皆、気持ちは一緒だ。

北方艦隊を。

あの、アドミラル・クズネツォフを。

ロシア人を。

殺してやる。

絶対に!

 

[2年前:アメリカ合衆国]

7歳の少年に、あの姿は刺激が強すぎたのだろう。

誰もが忘れた、あの“鯨”に、今も尚魅せられている僕が居る。

『プロイェクト990』。

ミリタリー系の雑誌に載っていたその名前と姿は、魅力があり過ぎたのだ。

「次!1023番!入れ!」

いよいよ、僕の番。

覚悟は固めた。

いざ、“殺人鬼になるための面接”へ・・・。



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第3話『終わりの為の始まり』

この世の地獄。

こんな言葉、悲劇を誇張する為の文句だと思っていた。

違う。

確かに存在するんだ。

あれは、私達が戦闘を終え、母艦に帰る途中。

被弾し、沈みゆく味方艦が見えた。

船体は大きく傾き、周囲の海には脱出した乗員が何かを叫びながら浮いている。

ここまでなら、まだ普通だろう。だが、決定的に違っていたのは、周囲の海が文字通りの火の海と化していたこと。艦から漏れ出た重油に火災炎が引火したのだろう。沈む艦から命からがら脱出した乗員は、その火の海の中に飛び込む形となった。

何に引火していたのだろう?

服か、髪か、まさか肌に?

もう考えたくもない。

上空を、ジェットエンジンの轟音を轟かせながら飛ぶ私達には、彼らの最期の顔は見えなかったし、何を叫んでいるのかは聞こえなかった。

でも、これだけははっきり言える。

あれは、人間の死に方ではない。

 

[32時間後]

「さぁ、始めましょうか。」

心なしか暗い声で始まったブリーフィング。

「先の戦いで我が方は大きな損害を被った。」

無理もない。

貴重な巡洋艦を2隻、大勢の乗員と共に失ってしまった。共同で作戦を展開していた基地航空隊にも被害が出ている。

「でも、ここで立ち止まる訳にはいかない。」

そう、立ち止まる訳にはいかないのだ。多大な犠牲の上に掴み取った「敵2個空母打撃群の撃破・後退」。この一瞬の隙をつくのだ。

「北方艦隊指令部からの新たな命令よ。敵拠点に殴り込みをかける!」

いよいよか。そう、感じる。

「目標はノーフォーク海軍基地!北方艦隊の動ける艦から選りすぐりの艦隊を編成、対地ミサイルの一斉射でもって同基地の軍港機能を叩きのめす!」

「攻撃はそれで良いとして、そこまでは?またF-35が出て来るのは疑いありませんよ。」

誰よりも冷静な面持ちで、アオイが意見する。

「・・・その点については問題ないわ。対F-35戦の秘策がある。次の洋上補給で最新鋭索敵ポッドの先行生産型を受領する。あくまで国内での実験の結果だけど、あまりにも悪い状況でも無い限り、これまでの2倍の探知距離を得られる。」

最新鋭の索敵ポッド?聞いたこと無いが・・・先行生産型と言うより、追加試作型かもしれない。

「相手がこちらの探知距離外からの攻撃に徹した時は?一方的にやられかねません。」

いつにも増して、畳み掛けるなぁ。

「腹案がある。信頼性や有効性は確約は出来ないけど・・・」

「無いよりはマシ、ですね。」

「えぇ。」

確かに。あんな化け物相手だ。無いよりは遥かにマシ。

「それと、もう1つ。あなたたちには艦隊位置の欺瞞をしてほしいの。」

艦隊位置の欺瞞?戦闘機だけで?

「可能なのか?」

「えぇ。発艦後、各機は低速・低空で飛行。指定ポイント01に到達後、加速しつつ上昇して発艦を装う。」

成る程、その手があったか。こちらに航空機がいる、という相手の認識を逆手にとる訳だ。

「その後、あなたたちは敵航空戦力を引き付けて。その間に艦隊は全速力でノーフォークに接近する。その後は、全力で離脱よ。」

かなり無理のある作戦。だが・・・やれなくはない。

「ドック内に退避しているであろう敵艦は気にしなくて良いわ。別働隊による攻撃が同時進行する。」

何も心配はない訳だ。

「質問は、もう無いわね・・・さぁ、やるわよ!敵は精鋭!数は無数!任務はほぼカミカゼ!それでも、出し惜しみはない!これで勝って、私たちの底力、見せつけるわよ!」

 

[翌日:重航空巡洋艦『アドミラル・クズネツォフ』艦内]

「艦長を、ですか?」

《そうだ。》

とても、軍上層部の人間が言うとは思えない台詞だ。

《目的を達する為なら、多少軍規を犯しても構わん。》

ここまで言うとは・・・。

艦長こと、リューカリ大佐とは軍学校での同期だ。互いに切磋琢磨し合い、二人揃って『アドミラル・クズネツォフ』に配置となった。彼女が艦長、俺が副長として・・・。

「1つだけ、聞かせてください。」

一番、気になることを。

「何故、そこまで?」

《必要なのだよ。詳しく言えないのは惜しいがね。》

必要が、そうさせる。軍ではよくあることだ。

《無理は承知だ。だが、それでも頼むぞ。何としても・・・》

やりようはある、か。

《彼女だけは、生還させろ。》

 

[3日後:アメリカ合衆国上空]

赤子が泣いている。

俺の、斜め前の席。

どうにか泣き止ませようとする女に、回りをキョロキョロと申し訳なさそうな顔で見回す男。

成る程。親か。

回りの人間は気にしていない風を装って、親たちに気を配っている。ごく当たり前の、日常とも言える風景。

俺も、気にしない素振りで、手鏡を見る。

日常、か。

脆いものだ。

鏡に写り混む、後ろの席の男が軽く頷く。

そっと立ちあがり、バッグを持って機首へと歩みを進める。

バッグに手を突っ込み、目当てのものを抜き出しながら、心で呟く。

“国”の為に。

 

──────────────────

『Life-threatening invasion』

20.January.2025 10:00

Norfolk

36.571539,-74.261290

──────────────────

 

「毎度思うが、そろそろ換え時ですよねぇ。」

「何がです?」

俺の機体の機付長、セルゲイ・エンカゲンナーが溜息を含んだ声で言う。

「この機体ですよ。コイツで何時間飛んでます?スペアの方もカツカツだし。」

「次の作戦の頃には換わってるだろうさ。」

「次の作戦、ねぇ。」

その一言に込められているのは呆れか、諦めか。俺には分からない。

「そんなことより、整備は大丈夫だろうな?」

愛機に乗り込みながら問いかける。

「適当に済ませときましたよ。」

悪戯っ子のような笑みで返す機付長。

「こんな時まで、いい加減な整備かよ。」

苦笑いで返す、いつものやり取り。

《発艦作業開始。手空きの甲板作業員は退避せよ。》

「それでは、御武運を。俺達のこと、しっかり守ってくださいね!」

発艦作業開始の合図と共に離れていく機付長。

甲板上で小走りで動き回る人達。

いつも見ていた光景。訓練でも、実戦でも、この時だけは変わらない。

《『SKOPA9』、タキシングを開始せよ。》

最後かも、しれないな。

おっと、いけない。

出撃前にそんなこと考えちゃ駄目だ。

皆で帰るんだ、祖国に。

「了解。『SKOPA9』、タキシングを開始する。」

スロットルを少し上げ、機体をゆっくり前進させる。一旦、艦尾側まで機体を持っていき、エンジンを馴れさせる。

いつもより、気持ち念入りに。

《 『SKOPA9』、甲板誘導員の指示に従い発艦位置へ移動せよ。『SKOPA10』はタキシング準備。》

「了解・・・『SKOPA』隊各機、今回は搭載限界上限状態での発艦だ。気を付けて上げろよ。」

《分かってる。》

《私たち、れっきとした空母艦載機隊だよ。》

《流石にそんなヘマはしませんよ。》

「確かに、それもそうだったな。」

皆の調子も問題なさそうだ。

いける。

勝てるぞ。今回も。

「車輪止め、よし!」

「発艦位置への移動完了!」

「ミサイルの安全ピン、忘れるなよ!」

「ブラスト・ディフレクター展開、急げ!」

甲板作業員による最終確認。

発艦作業も、いよいよ最終段階。

「主翼展開、よし。計器類、異常なし。」

この作戦で全てが決まる。

「フラップ、発艦位置まで展開・・・アフターバーナー点火。『SKOPA9』より「クズネツォフ」、これより発艦する!」

自分への鼓舞も含め、力強く報告した。

 

「行ったわね。」

ここは空母「アドミラル・クズネツォフ」のCIC。艦外は当然、見えない。

けれど、たった今飛び立ったであろう4機のSu-33はバッチリ、レーダーで捉えている。

私は、きっと帰れない。

いや、“帰らない”の方が正しい。

前回に引き続き、今回の作戦も立案したのは私。それも、前回とは違い今回は僚艦6隻を道連れにするような作戦。この期に及んで、生き残りたいなどとは思わない。それに、この艦が生き残れるとも思えない。

でも、それで良い。

例え艦隊が全滅しようとも、攻撃が成功すれば、敵はロシア本国への攻撃の手段が大きく削がれる。既に我が国の潜水艦部隊は、総力を上げてインド洋と南大西洋を封鎖しており、冬の今、北極海は移動し辛い。そして、大西洋艦隊の基地であるノーフォークを叩けば、敵に残される攻撃手段は弾道ミサイルのみ。でも、もし先に使ったら?国際社会からの批難はおろか、自国民から批難されるだろう。それは恐れる筈だ。

つまり、この作戦さえ成功すれば、一気に講和に持ち込める可能性がある。その為にこれまでの大量の出血に耐えてきたのだ。

開戦劈頭の監視衛星群の破壊も、空母打撃群との死闘も、全ては今日の為。

「艦長!各艦、配置につきました!」

「本国より入電!『漁師は銛を持ち漁に出掛けた。』!」

なればこそ!

「空母「アドミラル・クズネツォフ」艦長より全艦へ!艦隊司令官の事前の通達に従い、本作戦の指揮は私が執る!全艦、最大戦速!これより、SSM(艦対地ミサイル)射程圏内にノーフォーク海軍基地を捉えるべく前進する!」

必ず、勝つ!

「これより、『ロシアの騎馬兵』作戦を開始する!」



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第4話『物語の分かれ道-茜』

「何度も言わせないでくれ。僕らはもう、戦場には出ない。何ドル出されてもな。」

目の前でコーヒーを淹れつつ、男は言う。

「ですが、我々としても貴方を頼る他無く・・・」

「自分達の手を汚したくないからだろ。」

・・・言いたいことを言う人だ。こういう人ほど、扱いが難しい。

だが、我々には秘策がある。

「話は変わりますが、今回の標的はリューカリ・ショイグ大佐のようです。」

一瞬、彼の動きが止まる。

やはりな。姉との間に確執があるようだ。

「彼女は確か・・・今、「アドミラル・クズネツォフ」の艦長をしておられる。先のノルウェー沖海戦の見事な戦術、小官には、頭の凝り固まった年寄りの物とは思えませんがね。」

「・・・何が言いたい。」

食い付いてきた。ここぞとばかりに耳打ちする。

「したいのではありませんか?“復讐”を。そうでしょう、ユイ・ショイグ様。」

戦闘機乗り特有の眼光で睨んでくる。

おぉ、怖い怖い。

「1つ目、二度とその名前で呼ぶな。挑発にも限度はある。そして・・・」

彼の視線が動く。

我々も自然とそれを追う。

視線の向かう先は・・・テレビ。

映っているのは・・・炎。

火事か?

いや、あれは・・・

「2つ目、その“優秀な戦術家”様がいらしたようだぞ。」

 

[1時間前:アメリカ合衆国]

「それで、現在確認できている機数は?」

「現在確認できているだけでも4機。ですが、予測ではもっと増えるとのこと。」

「そうか。うむ・・・。」

事態が判明したのは15分前。合衆国上空を飛行していたサウスウエスト航空1401便からコード7500・・・「我、ハイジャックを受ける」を表すコードが入った。

即座に我々、北アメリカ航空宇宙防衛司令部に迎撃指示が飛ぶのは普通。だが、更に多くの機体から同時多発的に7500が出されたのだ。その数、現在確認できているだけでも4つ。同時多発的に4機の旅客機がハイジャックされる。これではまるで、9.11の再来ではないか。

「続報です!」

新たな報告を抱えて司令部に飛び込んできた部下の叫びとも言える声で思考を一旦切る。

「新たに2機、ハイジャックされた機体が判明しました!犯人により途絶されるまでの通信から、犯人が機内に銃を持ち込んでいる可能性もある模様!」

最悪のパターンだ。相手さんは6機もの旅客機を占拠していたらしい。

しかも、銃まで持ち込んで。

9.11以来、機内への持ち込み物検査は強化されていたハズ・・・何故だ。

「ハイジャックされた機体の予想標的は分かるか?」

次に調べるのは相手の標的。航空機のハイジャックだ。何かしらの“標的”が存在するだろう。

「それぞれがバラバラに動いています。予想標的はニューヨーク、ワシントンD.C.、ヒューストン、フィラデルフィア、リッチモンド、マンチェスターです。」

「そんなにか・・・」

標的として挙げられた地名は大都市ばかり。もし、対応に失敗すれば・・・その被害の甚大さは想像に難しくない。

「CAP機を迎撃に向かわせろ。燃料切れに備えて空中給油機も準備するんだ。それから、各飛行場に迎撃体制への移行を命じろ。最寄の航空基地から追加の迎撃機を発進させるんだ。」

最悪のケースに備えねば。

「了解です。」

何としても止めねば。

9.11の再来など起こさせない。

「ノーフォーク基地より連絡!」

突如聞こえる叫び。このタイミングで?嫌な予感しかしない。

だが、それは私の予感のさらに上をいくものだった。

「艦載機と思われる機体をノーフォーク沖に発見!ロシア軍です!襲撃です!」

 

[ノーフォーク沖海域]

「 『SKOPA9』よりクズネツォフ。発艦欺瞞完了。作戦通り、指定ポイント02へ向かう。」

《了解『SKOPA9』。作戦は第二段階へ移行する。》

始まりを告げる無線。

ロシアの運命を決定付ける戦闘の。

「各機、戦闘体制に移行!一気に高度を上げる!」

《了解!》

皆の戦意も十分。今回も上手く立ち回れれば・・・。

《クズネツォフより『SKOPA9』!不明機1グループ、アプローチ!方位283、距離220nm、高度20000ft!》

「何!?艦隊位置を欺瞞したばかりだぞ!」

まさか、バレていたのか?

いや、それはあり得ない。

その証拠に、ここまで何事もなく接近できていたではないか。

それとも、情報漏洩か?

作戦自体が外部に漏れていたのか?

その可能性も薄い。

もし、作戦が漏れていたなら、既に攻撃を受けていてもおかしくない。

《クズネツォフより『SKOPA9』!探知距離から敵は非ステルス機と推定!迎撃に当たれ!作戦は第二案へ移行した!》

非ステルス機だと?

こちらの戦闘機

一体どうなってる?

「・・・了解した。各機、続け!」

今は、考えている暇はない。

 

後世の歴史家曰く「最も当事者達の思い通りに行かなかった作戦」は、この瞬間から始まっていた。

確かに、アメリカ軍はロシア艦隊を未だに捕捉しておらず、欺瞞は成功していた。しかし、それはあくまで“ノーフォーク基地に対してのみ”であった。別の基地からCAP(戦闘空中哨戒)機として活動していたF-16に“たまたま”捕捉されたのである。当然、北方艦隊でもF-16を見つけ、攻撃隊と判断し迎撃を開始。しかし、当のF-16は対空兵装のみの機体であった。

ノーフォーク周辺に居た者達は皆、混乱した。敵に見つかったからには先を急ぎたい北方艦隊、まさかの敵に遭遇してしまったCAP機、CAP機を攻撃機と伝えられ急いで艦隊に戻る『SKOPA』隊、ロシア艦隊迎撃の準備を始めるノーフォーク基地、ハイジャック犯と敵国艦隊の両方を相手取らなくてはならなくなった北アメリカ航空宇宙防衛司令部・・・結局、混乱が収まらぬまま戦闘の火蓋は切って落とされる。

 

《AWACS『Cherubim』より『Warrior01』、ボギー1グループ、参照点より方位090、距離200nm、高度22000ft、ボギーは敵戦闘機と推定。会敵は450秒後。》

「ボギー1グループ、参照点より方位090、200nm、22000ft、会敵は450秒後、了解した。01より各機、交戦用意。」

“ノルウェー沖で暴れまわった連中”。

そんな印象が、どうしても先行してしまう。

ノルウェー沖海戦で奴らと交戦し、乗機が損傷しつつも帰還した第2空母打撃群所属第137電子攻撃飛行隊の男が言っていた。

「奴らイカれてやがる。実戦でコブラを使ってきた。しかも4機全部が、だ。」

実戦でコブラを使う連中。

だが、成功させている。

敵機を墜としている。

その事実だけで十分だ。

「連中はイカれていて、しかも強い。確実に脅威だ。お前ら、気を抜くなよ!」

《了解!》

部下に警戒を促しつつ、鼓舞する。

今回の迎撃戦に参加したのはF-35Aの2個小隊。

合計8機のステルス機で攻撃を行う。

相手が並程度の連中ならば、相当の優位が保てていただろう。

その優位は当然、帰還率に直結し、部下の帰還の可能性を上げる。

だが、今回は果たして、何機を還すことができるだろう?

《AWACS『Cherubim』より『Warrior01』、エネミー1グループ、参照点より方位090、距離27nm、高度22000ft、ウェポンズ・フリー!》

攻撃許可が下される。

命のやり取り、その始まりを告げる一声。

「了解!『Warrior01』エンゲージ!Fox3!」

ミサイル発射のコールと共に引き金を引き、AIM-120を2発発射する。

同様の動きをする機体は4機。

まず、1個小隊が携行するミサイルの半分を発射し、後退する。

第1射の到達後、もう片方の小隊がミサイルの半分を発射する。

そして第2射の到達を確認・・・といった感じに攻撃をする。

こうすれば、4回に渡る波状攻撃を行うことができ、その間に増援なり対艦攻撃隊なりの準備ができると言う訳だ。

本当ならもっと多くの機体が攻撃に参加できるはずなのだが、何故か待機させられた連中がいる。

何かあったのかもしれないが、俺たち下っ端に伝わるはずがない。

と、そんなことを考えている場合ではない。敵もミサイルを発射しているだろう。ミサイル警報装置に注意を払いつつ、敵に背中を向けて遠ざかって・・・。

「・・・変だな。」

敵機が後退しない。

普通、ヘッドオンでミサイルを撃ち合う時は、自身がミサイルを発射した後に敵に背を向け、ミサイル回避を目論んで遠ざかるはずである。なのにこの敵は、自らミサイルに向かってくる。これではまるで、脳みそが入ってないみたいじゃ・・・。

次の瞬間、機内に鳴り響くアラート。

「何!?どこから!?」

止まりかける心臓。血の気が引くのが分かった。

「各機、ブレイク!ブレイク!」

部下に指示を飛ばす。

次の瞬間、これまで経験したことのない衝撃が機体を襲う。

モニターを見れば、この機体がもう長くは飛べないことが一目瞭然だった。

「っ!?イジェクト!イジェクト!!」

脱出レバーを引き、シートごと射出される。

機体の破片と共に落下する。

パラシュートが開き、周囲の様子が見れるようになる。

周りにもパラシュートが見える。

俺は理解した。

これが、恐怖か。

 

《敵機に命中!目標は炎上しつつ落下中!》

《こっちも1機やった!》

「こっちもやったぞ!」

大成功。呆れるほどに上手くいった。

前回の作戦同様に情報収集艦「タヴリヤ」によるECMで自機の位置を隠す。

今回はそれだけではない。艦隊上空に俺たちの位置を欺瞞するためのUAVを配置した。

これが、あいつの言っていた対F-35戦術の“腹案”。

こちらの機体数が相手にバレているからこそ効く戦術だ。

結果は上々。上からの攻撃に無警戒な敵に対して完全な奇襲に成功した。

残った敵機は1機。このまま食いたいところだが・・・。

《4エネミー、アプローチ!方位060!》

いち早く知らせてくれたのはユヅルだった。

「ブレイク!」

お陰で敵が攻撃する前に回避行動がとれた。

そういえば、さっき攻撃に失敗したのはユヅルだったか?

もしかしたら、攻撃後の後方警戒に注力していたのかもしれない。

「感謝、しないとな。」

《何です?》

「いや、何でもない。」

思わず、声に出てしまった。

意識を目の前の戦闘に戻す。

こちらが反転してきたのを確認したのだろう。敵機が慌てて反転する。

だが、手遅れだ。

敵はこちらに近付き過ぎた。

この距離ならば詰められる。

近距離格闘戦ならフランカーは負けなしだ。

「各機、確実に追い詰めろ!F-35の最強神話を崩してやれ!」

 

「上手くいったようね。」

予想以上の成果。

これなら、敵の空襲は乗り切れそうだ。

「別動隊より入電!『指定ポイントに到着。そちらの攻撃開始に合わせる。』とのこと!」

別動隊・・・Kh-47M2「キンジャ―ル」を搭載した20機のTu-22M3Mが、待機ポイントに到着した旨、連絡が届いた。これで、基地内にいる敵空母群を葬り去ることができるはず。

「あちらさんも、上手くいきそうですね。」

副長が安堵の声を漏らす。

「えぇ。何とか順調に進んでるわね。」

予想より速く敵に見つかってしまった事以外、順調に進んでいる。

「艦長!『SKOPA』隊が敵戦闘機隊の排除に成功した模様!」

「情報収集艦「タヴリヤ」より報告!『複数の機影が我が艦隊に接近中。およそ、1個中隊規模。恐らく、敵対艦攻撃隊。』とのこと!」

来たか、敵の攻撃隊。

1個中隊で攻めてきているとのことだが、全部が対艦攻撃兵装ではないだろう。制空権奪取が失敗した時に備えて、こちらの艦載機の妨害と対艦攻撃を同時に行う為に半分程度は対空戦闘兵装を搭載しているはずだ。

確かに、こちらの戦闘機は4機。その戦術も取れなくはない。少なくとも、私が敵の指揮官ならそうする。我が軍の頭の凝り固まった指揮官たちならば思いついただろうか?

「艦長、いかがいたしましょうか?」

おっと、危ない。

こんなことを考えている暇など無いのだ。

「そうね・・・『SKOPA』隊を艦隊に接近中の敵攻撃隊に差し向けて。それと、艦隊全艦に通達。『接近中の敵攻撃隊に対し艦対空ミサイルを一斉射。その後、最大戦速へと加速、最終ポイントへ向かい駆け抜けろ。』!」

 

[アメリカ合衆国:北アメリカ航空宇宙防衛司令部]

「ノーフォーク基地より報告!『敵艦隊、更に接近。至急、救援ないし予備機出撃の許可を乞う。』!」

「キャノン空軍基地より報告!『特殊作戦実行部隊が最後の目標を補足。追跡に入る。』!」

「捉えたか!」

遂に待望の報告が届いた。

キャノン空軍基地の部隊が目標のハイジャック機を捉えたようだ。

これで、報告されたハイジャック機を全て捉えた事になる。

「ノーフォーク基地に連絡!『予備機の出撃を許可。敵艦隊迎撃に全力を尽くせ。』!」

戦闘開始から大分遅れてしまったが・・・今こそ、巻き返しの時だ。

「全特殊作戦実行部隊へ連絡!『これより、オペレーション『ヘッド・ハンティング』を開始する。』!」

 

この時、北アメリカ航空宇宙防衛司令部が採った作戦は奇天烈極まりないものであった。

各地の空軍基地から発進した特殊作戦実行部隊・・・2機の戦闘機と1機のC-17「グローブマスターⅢ」で構成された変則的な部隊がハイジャックされた航空機を取り囲む。

1機の戦闘機がハイジャック機後方に展開し不測の事態に備え、もう1機が旅客機の横に付きC-17を誘導する。そして、後部扉を開けたままのC-17がハイジャック機の前方を飛ぶ。当然、コックピット内でパイロットを脅して指示を出していたハイジャック犯は混乱し、恐怖し、そして興奮した。だが、彼らが暴れだす前に作戦は進行し、状況は変わり続ける。突然、ハイジャック機に犯人に投降を呼びかける無線が流れる。ハイジャック犯がそちらに注意を奪われる中、前方を飛行するC-17の貨物室では載せられている貨物の隙間からコックピットを狙う2人の兵士が自らの銃の引き金を引く。犯人は、それに気づくこともなく射殺された。

これが、彼らの作戦。後部扉があり、できる限り速度も速い輸送機を用いて、空中でコックピット内のハイジャック犯を狙撃するというものであった。

各地で散らばって発生したハイジャック機に対しても同様の作戦が展開される。1機、また1機とハイジャック犯が射殺され、旅客機が解放されていく。だが、最後の1機・・・サウスウエスト航空1401便だけは上手くいかなかった。2人目の射殺に失敗したのである。

混乱しきった犯人がコックピット内で銃を乱射する。

すぐに狙撃兵が第2射を放つ。

犯人は死んだ。

だが、旅客機が急に降下を始めた。

どうやら、パイロットが犯人の銃乱射で殺され、死体が操縦輪にもたれ掛かってしまったようだ。

離着陸時には5点式にシートベルトを締めるが、飛行中は上2つのベルトを外す習慣が最悪の結果をもたらしてしまった。

更に角度をつけ、高度を下げる旅客機。

絶叫する乗客。

泣き叫ぶ赤子。

それらが一体となったまま、1401便は下に広がる大地に吸い込まれていった。

 

[同時刻:バークスデール空軍基地上空]

《アメリカン8492、滑走路33への着陸を許可する。》

「滑走路33への着陸を許可、アメリカン8492。」

金属同士がぶつかり合う乾いた音が、後ろから小さく聞こえる。

多分、CAが懸命にドアを破ろうとしているのだろう。

悲しいかな。そのドアは並の成人男性でも破るのは難しい。

正面を見据える。

隣には頭から血を流し、ぐったりとしている機長。

「・・・先に死ねて良かった筈ですよ。」

別に嫌いじゃなかった。人としては。

だが、背に腹は代えられない。

飛行場への着陸態勢をとる。

奴の言っていた通り、黒っぽい色の旅客機のような形をした機体が複数、並んでいる。

B-52H戦略爆撃機・・・アメリカの核戦力の一角を担う“最強の力”のひとつだ。

エンジントラブルを装い、ここまで来た甲斐があった。

機体の進路を調整する。

無線から飛び込んでくる、管制官の慌てた声。

後ろから微かに悲鳴が聞こえる・・・気がする。

角度、よし。

進路そのまま。

“国”の為、心の祖国の為、ロシアの為に。

命と引き換えに、目の前の“力”を、破壊する。

 

[同時刻:ノーフォーク沖海域]

一方、北方艦隊の作戦もほぼ同時に最終段階に入っていた。

艦隊から発射された多数の艦対空ミサイルとSu-33による迎撃戦闘によって、アメリカ軍攻撃隊は艦隊の手前で足止めを食らっていた。

その隙を衝いて、北方艦隊は最大戦速で突き進んでゆく。

途中、『SKOPA』隊の妨害を無理やり突破した極少数のF/A-18の攻撃を受け、情報収集艦「タヴリヤ」が被弾・損傷し、落伍した。

しかし、それでも、艦隊が足を止めることは無い。

ノーフォーク海軍基地をP-700長距離対艦ミサイルの射程550km以内に捉えるべく、進み続けた。

 

「最終ポイントまでの残り時間は?」

「あと120!」

やっと、ここまで来た。

「VLSは?」

「3度目のチェックもクリア!いつでもいけます!」

武装もよし。

「目標の選定は?」

「GLONASSによる目標指示を確認!誘導用意よし!」

あとは、タイミングを合わせるだけ。

「最終ポイントまで、あと60!」

来たか。

「別動隊に連絡!『攻撃を開始せよ。』!」

「了解!攻撃開始を指示します!」

「全艦へ!『対艦ミサイル、攻撃用意。』!」

「了解!垂直発射型長距離対艦ミサイル、攻撃準備始め!」

火の厄災を、我らの敵に!

「射線方向、クリア!」

「攻撃、用意よーし!」

「最終ポイントへ到達!」

「別動隊より連絡!『ALBM発射、飛翔中。』!」

「各艦、全弾発射せよ!」

「撃て!」

 

北方艦隊から放たれた合計32発のP-700長距離艦対艦ミサイルと、Tu-22M3Mから放たれた20発のKh-47M2空中発射型短距離弾道ミサイルは同時にノーフォークに殺到した。P-700は周辺のイージス艦や地上配備型迎撃システム等の迎撃を受け、空母まで辿り着けずに墜ちるものが多かった。

だが、ロシアが満を持して投入してきたKh-47M2は通常の弾道ミサイルと異なり、進路を変更することができる為、迎撃が困難だ。加えて、アメリカ軍は衛星を失っていたこともあって発見が大幅に遅れ、ほぼ抵抗を受けぬまま着弾した。

定期整備のためにドック入りしていた「ドワイト・D・アイゼンハワー」と「ジョージ・ワシントン」、システムと装備の改修を行うため停泊していた「エイブラハム・リンカーン」と「ジェラルド・R・フォード」の艦上に複数の閃光が走る。殆どの艦が飛行甲板を大きく傷つけられ、火の手が上がる。更に、「ジョージ・ワシントン」を狙ったミサイルの内の1つがドック内部に着弾した。艦底部が損傷したこともさることながら、原子力空母を整備・修理可能な数少ないドックの1つが損傷したことは、アメリカ海軍の空母運用能力に少なからぬ影響を与えたのは間違いない。

立ち昇る4条の黒煙は、墓標としては細すぎたが、流血としては十分な量であった。

 

《どうなったの?成功したの?》

《お姉ちゃん落ち着いて。》

「 『SKOPA9』よりクズネツォフ、状況を教えてくれ。」

空を飛んでいるとは言え、500kmも離れた場所の爆発は流石に見えない。

皆、固唾を呑んで母艦からの応答を待つ。

《クズネツォフより『SKOPA9』、衛星による観測で攻撃の成功を確認した!作戦は第三段階に移行する!》

「了解!各機、警戒!」

思わず声が上擦る。

ここまでの犠牲と努力が報われた瞬間だ。

これで、大西洋にいたアメリカ軍の空母は、全てが行動不能になったことになる。

あとは、全力で逃げるだけ。

逃げるのも大変だろうが、攻め込む時よりはずっと楽だ。

・・・そのはずだった。

《 『SKOPA10』よりクズネツォフ!不明機1グループ!そちらより方位315、距離150nm、高度100ft!IFFへの応答なし!》

「何だと!?」

150nmだと?

こちらの艦載レーダーの索敵範囲の内側じゃないか。

「・・・低空侵攻か。」

低空飛行をすれば水平線に隠れることができ、被発見距離を短くできる。

《 『SKOPA11』よりクズネツォフ!不明機1グループ!そちらへの方位225、距離150nm、高度100ft!IFFへの応答なし!》

2方向からの同時攻撃。

明らかに、対艦攻撃攻撃を企図する動きだ。

《クズネツォフより各編隊、最寄りの目標の迎撃へ向かえ!》

そして、敵の航空機搭載対艦ミサイルはAGM-84L「ハープーン」と見て間違いない。最大射程は120nm程度。

つまり・・・。

《目標、距離120nm付近で反転!ミサイルを発射したものと推測!》

 

やはり、来たか。

「数は!?」

《 『SKOPA10』よりクズネツォフ!敵ミサイル9個補足!》

《 『SKOPA11』よりクズネツォフ!こちらでは10個補足しています!》

覚悟はしていたが・・・。

「迎撃戦、用意!」

「クズネツォフよりヴェリーキイ、S-300発射始め!」

「クズネツォフより各機、距離を取りつつ、ミサイルを補足を続け、データリンクでこちらに情報を共有し続けろ!」

僚艦のピョートル・ヴェリーキイから艦隊防空ミサイルのS-300が発射される。

我が艦隊で最長の射程を持つ対空ミサイルだ。

ここで全部墜ちてくれれば、この後が楽になる。

だが・・・。

《敵ミサイルの一部が迎撃を突破!》

「艦長!こちらのレーダーでも捉えました!4発ずつ、どちらも距離25nm、高度50ft!」

駄目か。

「全艦、短SAM及びCIWSによる迎撃準備!加えて、ECM及びチャフによる欺瞞用意!クズネツォフ、チャバネンコ、レーフチェンコは方位315の目標、ヴェリーキイ、ハルラーモフ、セヴェロモルスクは方位225の目標を迎撃せよ!」

ここまで近づかれてしまった以上、仕方がない。

個艦防空ミサイルSA-N-9、AK-630とコールチクの2種類のCIWSに頼るしかない。

「間もなく、短SAM射程圏内に入ります!」

「短SAMの射程に捉え次第、迎撃開始!」

「回避運動!取舵一杯!ECM、チャフによる妨害開始!」

敵ミサイルが短SAMの射程圏内まで迫り、迎撃が始まる。

戦況モニターに発射したミサイルが映し出され真っ直ぐ敵ミサイルへと向かって行く。

「敵ミサイル撃墜!残り6!」

「敵ミサイルの進路特定!全部こっちに来てます!」

やはり、本艦を狙ってきたか。

開戦以来、常に脅威として存在していた。

是が非でも沈めたいのだろう。

「更に2つ撃墜!残り4!」

あと、半分。

クズネツォフが急転舵している影響で、床が右に傾いている。

出来る事はやっている。

祈るしかない。

「1つ撃墜!残り3!」

「敵ミサイル、輪形陣外縁を突破!」

「CIWS、迎撃開始!」

外の光景は、凄まじいものだろう。

こちらに向かってくるミサイルに対して、何条もの銃弾の雨が浴びせられているはずだ。

「もう1つ撃墜!残り2!」

頼む。

「撃墜!残り1!」

頼む!

「敵ミサイル、至近!」

駄目か!

「総員、衝撃に備え!」

直後、強烈な揺れがCDCを襲った。

「っ!?」

そこにいた全員が声にならない叫びをあげる。

「被害報告!急げ!」

何処だ、何処に被弾した。

場所によっては、最悪の事態すら招きかねない。

「艦首飛行甲板に被弾!火災発生!」

「電気系統に損傷!予備に切り替えます!」

「ダメージコントロール!消火班を向かわせて!」

「艦首スキージャンプ、及びVLSに深刻なダメージ!」

予想以上に事態は深刻だ。

「着艦に支障は?」

一番気がかりなことを確認する。

「応急修理で何とか可能とのこと!」

良かった。

少なくとも、上にいる彼らは帰ってこれる。

だが、艦首をやられたとなると発艦は不可能だ。

ロシア海軍は唯一の空母を失ったも同然の状態になってしまった。

ならば猶更、これ以上被害を拡大させるわけにはいかない。

「航行に支障は?」

「大丈夫そうです!」

「よろしい。艦隊全艦へ!予定通り最大戦速で現海域を離脱、撤退する!」

まずは、一刻も早く、敵の攻撃圏内から離脱しなければ。

「別方向からミサイル!方位357!距離20nm!」

その一言で、一気に血の気が引くのを感じた。

別方向だと!?

「迎撃を!」

しかも、さっきより近い。

水上レーダーにも、対空レーダーにも反応は無く、艦載機からの報告も無し。

つまり、今攻撃してきた敵は・・・。

《ダメージコントロールよりCDC!電気系統の損傷により艦首兵装の使用不能!》

こんな時に!

艦首側の武装が使えないという事は、4基のCIWSが使えないという事だ。

艦の防空能力は大幅に低下した訳だ。

「取舵!進路125に転舵!艦中央・後方のCIWSを使用して・・・」

「おい!『SKOPA9』!何をしている!」

『SKOPA9』?

ケンが、何を?

 

「このままじゃ全員やられちまう!」

無茶は承知の上。

《こちらレーフチェンコ!被弾した!》

だが、やるしかない。

ミサイルは使えないだろうが、機銃ならば。

《よせ!ミサイルに追突するぞ!》

そんなことは百も承知。

だが、今生きている味方だけでも救いたい。

《チャバネンコ被弾!》

敵ミサイルの進路に自機の進路を合わせ、機銃のトリガーを引く。

機銃の残弾を表す数字が高速で減っていく。

頼む!

「当たれ!」

弾切れと同時に遠くに火花が見えた。

すぐさま機体を傾け、回避する。

機首に隠れた母艦の方から眩い光が放たれた。

「やったか!?」

《 『SKOPA11』より『SKOPA9』!敵ミサイルの撃墜を確認!》

「了解、『SKOPA11』。」

やったか・・・。

何とかなるもんだ。

《ハルラーモフ被弾!通信途絶!》

《セヴェロモルスク被弾、いや轟沈!弾薬庫に誘爆したものと思われます!》

《ヴェリーキイ、被弾した!》

無線から流れる悲鳴じみた報告。

他の艦は防ぎきれなかったか。

ふと、海面が目に入る。

立ち昇る6条の煙。

5つは今被弾した5隻の味方艦のもの。

もう1つは母艦のもの。

艦首から煙を上げながら、ジグザグに運動する俺たちの母艦。

あの運動は、確か・・・。

次の瞬間、巨大な水柱が巨艦を持ち上げた。

 

床が左に傾いている。

その角度は、急転舵の時よりも大きい。

できる事はやった。

艦隊の位置を欺瞞し、来襲する敵機に対応し続け、攻撃も成功させた。

最後の攻撃も潜水艦のものと見抜き、回避に専念した。

運が悪かったのか?

いや、元よりカミカゼじみた作戦だったのだ。

むしろ、撤退開始まで無傷だったことの方が奇跡だったかもしれない。

「あなたも早く、退艦しなさい。」

後ろに立つ副長に声をかける。

「でしたら、貴方も来てください、艦長。もう持ちませんよ。」

「この艦の艦長である以上、部下の脱出を促し、最後の1人が退艦するまで見届ける義務が私にはある。」

乗員全員の脱出を見届ける事。

それだけは、艦長になった時から心に決めていた。

別に、自ら進んで死ぬつもりはない。

が、1人でも多くの乗員を救えるのなら、自身を危険に晒しても構わない。

幸いにも、艦内放送と艦内の状況を示すモニターはまだ生きている。

浸水した区画と通路を見て、移動可能なルートを慎重に見極め、艦内に伝える。

自分でも不思議な程、冷静だ。

命の危機が、確実に迫っているだろうに。

「・・・お気持ちは分かります。が、貴方には確実に生き残ってもらわねばなりません。ご無礼をお許しください。」

副長が呟く。

「あなた、一体なにを・・・。」

 

「まさか、こんな使い方になるとはな。」

昔、娘に護身用に持たせていたスタンガン。

使う相手は、暴漢ではなく艦長になってしまった。

「さて、と。」

彼女を誰かに預けねば。

出来るのなら、自分の足で彼女を脱出させるべきだろう。

だが、俺の足には、この艦がドックの中で火災を起こした時に負った傷がある。

正直、彼女を背負って脱出できる自信が無い。

こんなことになると知っていたら、あの時に除隊して、足腰に自信のある後任者に任せていたが・・・。

目に飛び込んできた1人の下士官。

見覚えのある顔だ。

確か、食堂で・・・思い出した。

「おい、トゥムギーナ上等兵曹!」

「はい!」

「彼女を頼めるか?」

そう言いながら、艦長を託す。

「あの、中佐は・・・。」

「俺はいい。さぁ、早く脱出したまえ。」

そう言われ、走り出した彼女の背中を見送る。

「さて・・・。」

そろそろ、この艦も限界だろう。

出来る限り急いで、脱出せねばな。

 

[3日後:アメリカ合衆国ノースアイランド海軍航空基地]

《3日前に発生したノーフォーク港への襲撃により、海軍は空母4隻が行動不能となり大西洋における稼働空母が0となっていまいました。死者・行方不明者は500人を超え、今なお行方不明者の捜索が続いています。また、ほぼ同時刻に発生した民間旅客機同時ハイジャック事件に関しては、犯人グループは親ロシア派アメリカ人であったことが判明していましたが、彼らの携帯の記録や銃器の機内への持ち込み方などから、背後に大規模な組織が存在すると見て、警察は調査を進めています。これに関連して、犯人たちの身元や思想に影響された主戦派・反戦派の両デモ隊による小規模な衝突が各地で頻発しており・・・》

《リー上等空兵。緊急のブリーフィングを行う。30分後にいつもの場所に集合せよ。》

「30分後にブリーフィングルーム、了解しました。」

何事だろうか。

母艦への移動か、次の作戦が決まったか。

・・・まさか、副長の気まぐれで呼ばれたわけではなかろうし。

まぁ何にせよ、集合命令だ。

深呼吸で心を整えて・・・。

「・・・よし!」

鑑に写る自分を鼓舞する。

「頑張れよ、アルファード・リー!」



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