のび太、吸血鬼少女に懐かれる (松雨)
しおりを挟む
のび太、吸血鬼少女に懐かれる
「「えぇ!? 吸血鬼に襲われたぁ!?」」
「そう。と言っても襲われたのは僕じゃなくて、うちのパパの知り合い……近所の人なんだけど」
とある夏休みの日、スネ夫の呼び出しによってジャイアンとのび太の2人は空き地に集まっていた。何でも『驚くような話があるから来てくれ』と、自らフランスの高級菓子を持参してまで2人の家まで訪ねていったのだ。そこまで必死になって聞かせたい話とは一体何なのだろうと、気になったのび太とジャイアンは、貰ったお菓子を頬張りながらスネ夫の話に乗る事に決めたのだった。
「俺たちが驚くような話があるって言うから来てみれば……そんな見え透いた嘘通用しねぇぞ、スネ夫。この前だってお前のついた嘘のせいで恥かいたばかりだってのを忘れたのか?」
「嘘じゃないって! なんならパパに頼んでその人を近い――」
「なら近い内と言わずに明日連れて来い。出来なかったら……分かるよな?」
「そんな無茶苦茶な……!」
どんな驚くような話が聞けるのかと思っていたら、吸血鬼が出たと言う誰も信じる人など、ファンタジー世界の住人でもない限りはいないであろう、突拍子もないような話であった。それに対してジャイアンは、前にスネ夫の嘘に騙されて恥をかいた経験があったため、また嘘で俺に恥をかかせようとしてるんだろうと思い、激怒していた。
今にもスネ夫を殴ろうと構えを取っているジャイアンを見ていたのび太は、何とか怒りを静めてもらおうと勇気を振り絞って会話の中に割り込んだ。むしゃくしゃしているから殴らせろと言われて殴られた経験があるが故に、自分まで巻き添えになっては堪らないと咄嗟に判断したからだ。
「まあまあ、フランスの高級菓子を箱ごと貰ったんだし、せめて話だけでも聞いてあげようよ、ジャイアン。スネ夫がわざわざここまでしてくれたんだから」
「……それもそうか。よし、スネ夫! 御託は良いからさっさと全部話せ」
「ふぅ……助かったよ、のび太。さて、話すけど……」
フランスの高級菓子を持ってきた甲斐があり、のび太の説得が成功した。ひとまず殴られる運命から逃れられたスネ夫はホッと一息つくと、吸血鬼に襲われたと言う知り合いの話をし始めた。
曰く、スネ夫の知り合いはその日いつも通り、会社の同僚と共に居酒屋での飲み会に日付が変わるまで参加していたらしい。当然それで酔っぱらうも、家が近かった事もあったため少しふらついてはいたものの、歩きで帰路につく事に決めた。
しかし、その道中で『女の子』に声をかけられて、不思議に思って振り向いてみるとそこには……背中から宝石をぶら下げた翼を生やした10歳かそれ以下の女の子が居て驚いたと、本人から聞いたとの事だ。
明らかに人間のようで、人間とは異なる容姿の少女に対する恐怖と、得体の知れないプレッシャーを感じたその知り合いは逃げようとしたが、自分の意思に反して身体が縛られたかのように動けなくなると同時に、少女の方から少しずつ近づいてきたらしい。
「で、その女の子が『貴方の血を頂戴』って言って飛びかかってきて、首筋を少しの間舐めた後に噛みついてきて血を吸われたと。よくもまあ、そんな嘘をスラスラと……」
「だから嘘じゃないって――」
「証拠がないだろ? そもそもお前にはついこの間嘘をつかれ、そのお陰で恥をかいたばかり……だから信用出来ねぇんだよ」
「……」
そうして最後まで話終える前に、ジャイアンがスネ夫に食いついた。やはり以前に嘘に騙され恥をかいた経験があった故に、信用していないみたいだ。信じてもらえなかったスネ夫はガックリ肩を落としていたが、ファンタジー世界や伝承上の存在である吸血鬼が出たと、誰が言ってもほぼ誰も信じないだろう。その上嘘で誰かを騙すような人が言ったとあれば尚更信じない。また誰かを騙すために嘘をついていると思われるのがオチだ。
「……とは言ったものの、美味いフランスの高級菓子を箱ごと貰ったからな。ソイツに免じて今回は信じてやる事にするか」
「ジャイアン……」
「ただし、もしこれが嘘だったら次こそは許さねえ。ギッタギタにしてやるから覚悟しておけ……よし、のび太! お前、ドラえもんにでも頼んでひみつ道具で調べてもらってきてくれ」
「えぇ……うん。まあ、分かったよ。頼んではみるけど、期待はしないでね」
しかし、フランスの高級菓子を箱でもらった事がスネ夫にとって良い方に作用し、今回は半分くらいは信じてもらえる事になったようだ。ただ、その真偽によってはスネ夫が殴られる事には変わらない上に、嘘か真か確かめるのはのび太とこの場に居ないドラえもんと言う事が勝手に決まってしまった。
のび太やこの場に居ないドラえもんにとっては災難ではあるが、彼自身スネ夫の話をあながち嘘とも思い切れないのと、逆らったらえらい目にあろう事を理解していると言う2つの理由があるため、ジャイアンによる
―――――――――――――――――――――――――――――
「……吸血鬼が出た?」
「うん。スネ夫の知り合いがさ、夜中に『吸血鬼の女の子』に襲われて血を吸われたって。そうスネ夫が必死になって、わざわざフランスの高級菓子を箱ごとね……」
「うーん……のび太君。吸血鬼なんて物語とかゲームとかに登場する空想上の存在だし、現実に存在するなんてあり得ないよ。それこそもしもボックスで幻想世界にでもするかしない限りはね。僕が思うに、スネ夫かその知り合いの人が嘘をついているか何かを勘違いしているんじゃないかな?」
「まあ、それは何となく理解しているけど……でもね」
スネ夫たちと別れ、家へと戻ってきたのび太。早速、おやつのどら焼きを食べながらのんびりと過ごしていたドラえもんに、聞いた話を一字一句そのまま話して伝えていた。案の定信じてなどいないようで、のび太に対して吸血鬼なんてそれこそ空想上の存在であり、現実の地球世界には存在しないと諭すようにして言った。
今までスネ夫に何回も騙されてきた経験があり、今回も騙されている可能性があるのは百も承知なのび太ではあったが、それでも何かが引っ掛かって仕方ないらしく、ドラえもんに対して更にこう続けた。
「僕はね、今回のスネ夫の話は……本当だと何故かそう思えて仕方ないんだ。根拠はないけど」
「……のび太君がそこまで言うなら、一応調べてみる? 期待はあまりしない方が良いとは思うけど」
「本当!? ありがとう、ドラえもん!」
その結果、そこまで言うなら仕方ないと言った感じで調べる事を決め、ドラえもんはとあるひみつ道具をポケットから取り出した。
「それって◯×占いだよね」
「うん。質問の仕方さえ間違えなければ、君の望む答えを出してくれると思うよ」
◯×占いと言う、質問した事が本当か嘘か、物が本物か偽物かを判別してくれるひみつ道具だ。本当か本物であれば◯が空中に浮かび、嘘か偽物であれば×が浮かんで、質問に答えてくれる。ただし、言葉の奥に潜む意味までは読み取れない性質故に、質問の仕方が悪ければ答えが正確に出てこない事があるため、注意が必要である。
「さてと……『スネ夫の言っていた、スネ夫の知り合いが近所で宝石をぶら下げた翼の、吸血鬼の女の子に襲われて血を吸われたと言うのは事実か?』」
そう言ってのび太が質問を投げ掛けると、◯の方が浮かんだ。少なくとも、これでスネ夫の話に信憑性が出て来た事になる。
それを見たのび太は更に、◯×占いに対して『なら、その吸血鬼の女の子は今、この町のどこかに居るか』と言う質問を投げ掛けたが、それに対しては×が浮かんだ。つまり、ひみつ道具の結果だけを見ればスネ夫の話は本当だが、その吸血鬼の女の子は今はもうこの町には居ないと言う事である。
「ドラえもん。一応聞くけどこのひみつ道具、故障してないよね?」
「勿論、この間点検に出したばかりだからね。それにしても、本当だったなんて驚いたよ。まあ、この町には居ないみたいだし……襲われるのを気にする必要はないんじゃないかな?」
「うん、確かにそうだね。ありがとう、ドラえもん」
「どういたしまして。さてと……僕はそろそろ猫の集会の時間だから、出掛けてくるね」
まさか本当に居るなんて答えが出てくるなんて思ってもいなかったのび太は、思わずこの◯×占いのどこかが故障しているのではないのかと疑い、ドラえもんにそう聞いた。それに対して、点検に出したばかりだから故障はしていないとドラえもんは答え、◯×占いが導き出した結果や、襲われたスネ夫の知り合いが死んだりしていない事から特段気にする必要はないと言う結論を出した。のび太もそれに納得して、これにて調査は終了となった。
「そうだ、ジャイアンにこの事を伝えに行かなきゃ。ちゃんとした証拠はないけど、ドラえもんのひみつ道具が出した結果だし大丈夫だよね?」
そうして、ドラえもんが部屋の窓からタケコプターを付けて猫の集会所へと出掛けていったところで、のび太はこの結果を伝えるためにスペアポケットを勝手に借りて持って、ジャイアンの家へと向かうために出掛ける事に決め、準備をして家を出た。
「うーん……」
道中、のび太はこの結果をジャイアンに伝える事によってスネ夫が殴られる事態と、自分が巻き添えを食らう回避出来る事にホッと一安心すると同時に、ある事を懸念していた。それは、ジャイアンがひみつ道具による結果を聞いて、その吸血鬼を探しに行こうと言い出す可能性である。
確かにのび太自身もイメージとはまるで違う、吸血鬼の女の子が一体どんな姿をしているのかは気にはなっている。しかし、いくら容姿が女の子だとしても吸血鬼。いくらドラえもんのひみつ道具があったとしても……どう言った性格なのか、睨まれたら動けなくなる以外に何か特殊な力を持っているのか、その存在について何も分かっていない内に接触するのは、やはり怖いようだ。
まあ、どうであれこの結果だけはジャイアンに伝えなければと思い、色々考え事をしながら歩いていると……突き当たりから日傘を差し、明らかに日本人ではない見た目と格好をした女の子が、キョロキョロ辺りを物珍しそうに見回しながら1人で歩いて来るのをのび太は見かけた。こんな所に外国の人、それも女の子が1人で歩いているなんて珍しいなと思いつつ、横を通り過ぎようとした時に視線が合った。
その際、のび太は女の子の顔を見て一瞬驚いた。何故なら、スネ夫の知り合いを襲ったと言う、吸血鬼の女の子の容姿に極めて酷似……と言うか同じとしか思えなかったからだ。しかし、1番の特徴である宝石がぶら下がった翼が見当たらなかったのと、吸血鬼がそもそも昼間に出歩くなんてあり得ないと思っていたため、偶然似ているだけだろうとのび太は判断した。
「ねえ、何で私を見てたの? そんなに物珍しいの?」
「えっと、ごめん! 思わず僕の友達が言ってた『吸血鬼の女の子』にそっくりだったからつい……」
すると、急にその女の子が
「そっか」
自分が見られていた理由をのび太から聞いた女の子は、少しだけ驚いたような顔を見せるも、特に気にしていない様子であった。それを見たのび太は胸を撫で下ろし、ジャイアンの家へ再び歩みを進めようとした。
「私、フランドール・スカーレットって言うの。貴方は?」
瞬間、その女の子が唐突に自己紹介をし始め、のび太にも名前の紹介を求めた事で歩みが再び止められた。出会ってから1分も経っていないのにこの展開となり、のび太の理解は追い付いていなかったため、どう考えても当たり前の事をうっかり聞いてしまった。
「え……僕?」
「そうよ。ここに居るの、私と貴方しかいないでしょ?」
「あ、そうだよね。ごめん……僕は『野比のび太』って言うんだ」
「野比のび太……じゃあ、呼ぶときはのび太で良い?」
「うん。僕の友達もそんな感じで呼ぶからね。それで、君の事は何て呼べば良いのかな?」
「フランで良いよ。私のお姉様も、人間の友達も、みんなそうやって呼ぶから」
当然、フランと名乗る女の子からそう突っ込まれてしまったのび太は、思わず顔が赤くなってしまうが気を取り直し、自分も自己紹介をフランに対してやった。
「これで、のび太と私はお友達……かな?」
「うん。これでもう、僕とフランはお友達だよ」
「そっか……ごめんね、突然こんな事言って。お詫びにこれあげる!」
そう言ってフランがのび太に対して渡してきたのは、何だか不思議な力を感じる、綺麗な紅い宝石であった。見るからに高そうな物を出会って3分も経たないような女の子からもらったのび太は、いくらなんでも不味いと思い、返そうとした。
「こんな高そうな宝石もらえないよ……」
「良いのいいの! 手に入れようと思えば手に入るから。だから受け取ってよ!」
「……あ、そうなんだね。分かった。ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ、またねー!」
しかし、フランにとって紅い宝石は手に入りやすいものらしく、遠慮して返そうとしているのび太は、半ば押し付けられるような形でもらった。そこまで言われては逆に返すのは失礼だと思ったらしく、受け取った紅い宝石をスペアポケットに大事にしまい、お礼を言った後、フランが遠くに立ち去るまで見送ってから改めてジャイアンの家へと歩み始めた。
「一体、何だったんだろう? うーん……分からないなぁ。まあ、良いや」
色々疑問点は残るが、考えていても答えは出てこない。そのため、今日のこの事についてのび太は考えるのをいったんやめる事にした。
そうして歩いている内にジャイアンの家へ到着したのび太は、家のチャイムを押し、出てきたジャイアンにスネ夫の話の真偽を伝える。
「なるほどな。ひみつ道具で調べたら、スネ夫の話は真実だった事が分かったと」
「うん。吸血鬼の女の子は実在するから、スネ夫の話は本当だよ。ただ、この町にはもう居ないみたい」
「そうか。もし居るのが本当で、この町に居たら探してやろうと思ったが、居ないんじゃ
すると、ジャイアンはスネ夫の話が真実であったと分かるや否や、吸血鬼の女の子を探すつもりであった事を明かした。この町には居ない事を聞き、ドラえもんたちを誘っていない事もあって今すぐ探す事自体は諦めたようだが、いずれは探し当ててやろうと意気込んでいた。
「それに俺の予定もあるしな。まあ、行く時はまたスネ夫やしずかちゃんも誘ってからお前の家に行くから、その時はよろしく頼むぞ!」
「また勝手に決めて……」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、何も言ってないよ。それよりも、僕はもうそろそろ帰るね」
「ああ、またな」
勝手に話を進め、断れば断ったで威圧してくるジャイアンに対して小さい声で文句を言いつつ、のび太はその場を後にした。ドラえもんのひみつ道具に対する信頼は凄まじく、自分の言葉で伝えるだけで済んだため、スペアポケットを持ってくる意味がほぼなかったなと、そう独り言を言いながら自分の家へと帰っていった。
「お帰り、のび太君……スペアポケット勝手に借りてったら駄目だろう? 何も変な事はしてないよね?」
「ごめん、ドラえもん。もちろん変な事はしてないよ。せいぜい、もらったこの宝石を入れる入れ物に使ったくらいさ。本当は普通に持ってくとかさ張る、◯×占いを使うために持ってったんだけどね」
「なら良いけど……それは誰からもらったの? 何て言うか表し難い、不思議な力を感じるけど」
「えっと、実は……」
そうして家の2階に上がっていくと、猫の集会から帰ってきていたドラえもんに、スペアポケットを勝手に借りていった事を咎められたのび太は軽く謝り、決して変な事には使っていないのと、もらった紅い宝石を入れる入れ物に使った事を説明した。
案の定、不思議な力を放つ紅い宝石が気になったらしいドラえもんは、それを誰にもらったのかと質問を投げ掛け、のび太はその質問に対して、不思議な日傘を差した少女『フランドール・スカーレット』と出会った経緯を交えて説明をした。
「それはまた、不思議な出会いだったね。もしかしたら、そのフランって女の子がスネ夫の言っていた吸血鬼なのかも。いや、だとしたら日傘を差していたとは言え、太陽が照りつける昼間に出歩くなんて……」
「うん。他にも色々疑問に思う事があるけど考えてたらキリがないし、取り敢えずこの事は一旦おいておいた方が良いかもよ、ドラえもん」
「……確かに、そうだねのび太君」
のび太からの説明を聞いたドラえもんは、もしかしたら吸血鬼の女の子の正体はフランなのではないかとの推測を立てた。しかし、仮にそうだとしたら吸血鬼が昼間に出歩くとは到底考えにくい。ただ、容姿がほぼ同じと言う事実もあるため考えがまとまらず、結論は出せなかったようだ。
その後、キリがないのでこの事を考えるのは止め、始まったばかりの夏休みを謳歌する事に2人は決めた。
―――――――――――――――――――――――――――――
「あぁぁぁ……夏休みの宿題が多すぎるし、難しい! ドラえも~ん、コンピューターペンシル出してぇ~」
「駄目。宿題は自分の力でやらないと。それに、そんなもの使わなくても珍しく半分以上終わってるし、このまま頑張れば終わるよ。のび太君」
「えぇ……」
あれから1週間、のび太は大量に出された夏休みの宿題の処理に取りかかっていた。いつもなら直前まで後回しにしていたのだが、今年は何故かやる気が出たらしく、時間を潰す勢いで必死に宿題を処理している。
ただ、量が多すぎるのと慣れない事をしているせいで集中力が持たない事が原因で、3日前から本格的にやっていても終わっていない。まあ、去年以前の酷すぎた時に比べれば、正誤はともかくとして宿題の処理速度も集中力も格段に上がっているため、このペースで行けば夏休み中には終わるだろう。
「本当、去年以前とは比べ物にならないくらい君は集中して頑張ってるよね。何で3日前から急にやる気が出てきたのかは分からないけど、今の君は凄く無理をしてるように見えるから、やる気あるのは良いけど少しは休まないと」
「うん。じゃあ、そろそろ休憩しようかな」
あまりののび太の変わりように、ドラえもんが『勉強しろ』ではなく、『少しは勉強やめて休め』と言う程である。のび太自身、かなり無理をしている感覚があったため、ドラえもんの忠告を素直に受け入れて、勉強を中断して休む事に決めた。
そうしてのび太は、用意されていたお茶やお菓子類をドラえもんと一緒に食べながら休んでいると、部屋の扉が開いて母親が入ってきた。お使いでも頼まれるのかと思っていると、予想もしていなかった内容の言葉を聞かされ、驚く事となった。
「のび太、あなたのお友達って人が訪ねて来てるけど……」
「僕の友達? スネ夫とかじゃなくて?」
「ええ。金髪で綺麗な紅い瞳、確か……フランちゃんて名乗ってたわね。家の前で『ここかな……ここかな?』って言いながらウロウロしてたのを見かけて声をかけたら、のび太はここに住んでるのかって聞いてきて、私が住んでるって言ったら満面の笑みで『遊びに来ました』って……」
「……!?」
何故なら1週間前に不思議な出会い方をして知り合い、いきなり友達になったフランが、家の場所を教えてもいないのに自分の家を探り当てたからだ。スネ夫やジャイアン、しずかちゃんと言った友達に聞いたのかとものび太は考えたが、近所の子ではないフランがその3人を知っている訳がないため、その線は消えた。
まだ1回、それも数分程度しか話した事のないフランに、何故か家に遊びに来られる程懐かれていたその事実にのび太は意味が分からず困惑し、ドラえもんも不思議に思っていた。しかし、何はともあれせっかく遊びに来てくれて、理由もないのに断るのも悪いと思ったのび太は、母親にこうお願いをした。
「ねえママ、その子を家に上げても良いかな?」
「良いわよ。呼んでくるわね」
結果、母親からの許可をもらったため、フランを家に上げる事となった。そうしてのび太待っていると、ドタドタと足音をたてながらフランが部屋に入ってきて……
「のび太! 遊びに来たよー!」
「ちょっ……危なかった……」
「あ……ごめんね」
元気よく飛び付いてきたが、来るのを待ち構えていた事が功を奏し、上手く受け止める事が出来た。のび太自身は地面に押し付けられる形となってしまったが、フランが痛い思いをせずに済んだので良しとした。
「ドラえもん、この子が僕の言ってたフランって言う友達になった子なんだ」
「なるほど……こんにちは。のび太君の親友で、ドラえもんって言うんだ」
「耳のない喋る青い猫さんなんて初めて見たなぁ。どうやって話し声聞いてるんだろ……まあ良いや。よろしくね、ドラえもん! 私の事はフランって呼んでね! のび太の親友なら、きっと良い人……あれ? どうして泣いてるの? 私もしかして変な事言ったのかな……?」
そうしてドラえもんにフランを紹介し、紹介されたフランはドラえもんに挨拶した後に自己紹介を軽くやった。すると、ドラえもんが少しだけ涙ぐみ、それを見たフランが何か変な事を言ってしまったのではと、少しだけ焦っていた。
「大丈夫だよ、フラン。ドラえもん、初対面の人に猫だって分かってもらえて嬉しいだけだから」
「へぇ。ちなみに、ドラえもんってなんて呼ばれる事が多いの?」
「青い狸。ドラえもん、そう呼ばれたくないのに初対面の人に結構呼ばれては怒ったりしてるから」
「狸……どこをどう見たらそう見えるのかな? まあ、ドラえもんには狸って言わないように気を付けるね」
ただ、その焦りは詳しく説明を聞いた事により綺麗に解消され、ドラえもんに対して『青い狸』と言うのは禁句であると分かったフランは、絶対に言わないように気を付けると誓った。
その後、フランの言葉に感動していたドラえもんが普通に戻り、落ち着いたところでのび太がどうやってここを探り当てたのかを質問した。すると、机の上に置いてあった紅い宝石を指差したので、ドラえもんはもしかしてレーダーみたいな物を仕込んでいたのかと、少しだけ強めの口調で問いかけていた。しかし、当の本人はレーダーを知らないらしく、首を傾げるばかりであった。
「ごめんなさい……その宝石、実はね」
そうしてフランが今にも泣きそうな顔をしながら言い、背中辺りから綺麗な宝石をぶら下げた翼を現した光景を見たのび太はかなり驚いた。何故なら、フランのその姿はスネ夫の父親の知り合いを襲った、吸血鬼の女の子そのものであったからだ。
「翼に付いてる宝石なの。私自身の力が込められてるから、そこから発せられる力を感じ取ってここを探り当てたんだ。それと、実は私って人間じゃなくて、吸血鬼。黙っててごめんね。後、スネ夫って言うのは誰か分からないけど、その人の知り合いの血を吸った吸血鬼の女の子、多分それも私だと思う」
「そうだったんだね……じゃあ、僕に話しかけたのは血を吸うため――」
突然の事にのび太は驚いていると、更に実は吸血鬼でしたと言う告白をフランから受けた。この子がスネ夫の言っていた吸血鬼の女の子だったのかとぼやきつつ、自分に近づいて来たのも血を吸うためだったのかと聞いた時、急にフランが涙ぐみ、大声を上げて否定した。
「違う! のび太に近づいたのはそんな目的じゃない!」
フランはそう言った後、押し黙ったのび太たちをよそに、近づいて来た理由を説明し始めた。曰く、かなり前に幻想郷と言う場所からこの町に迷い込み、いつ帰れるか分からない状況の中で、ずっと1人でひっそり過ごしていて不安だった時にのび太を見て、何故かは不明だが言い表し難い安心感が得られた事で、一緒に居たいと思ったかららしい。
ただ、こっそり後をつけていきなり押し掛けると、その計画が台無しになるためまずは友達にならないとと思い、あの日のやり取りを画策して実行したとの事。それで上手く行ったから、少し期間を開けて紅い宝石の放出される魔力と妖力頼りに家に来て、今は何とか一緒に居れるように頑張って交渉をする段階だと、のび太はフランから聞いた。
「何故かは分からないけどのび太を見て、何て言うか……まるでお姉様の側に居るみたいな安心感を得れたの。私のやった事は確かに良くなかったのは事実、本当にごめんなさい。それに、のび太の言った通りお腹は空いてたけど、それよりも一緒に居たいって気持ちの方が大きかったんだよ? だからお願い! のび太からは血を吸わないように頑張るから、普通の食事で耐えてみせるから、帰れるまで一緒に居させてよ……」
上目遣いで涙を流しながら頼み込んで来ているフランを見て、持ち前の優しさと親切心を発揮したのび太は、どうにかならないかドラえもんに相談した。しかし、住む場所と普通の食事であればひみつ道具で容易に解決出来るが、人の血はどうにもならない。本人は耐えてみせるからと言っているが、吸血鬼と言う種族故にいつまで持つかは不透明である。
仮にフランが欲に耐えきれなくなった時に、真っ先に危ない目にあうのはのび太である。いくら謎に好かれているとは言え、吸血鬼としての本能にそれが勝てるとは、のび太もドラえもんも思っていないが……
「フラン、君を一緒に居させる事にするよ」
「本当……? えへへ、良かったぁ~」
色々な可能性を2人で議論して考えた結果、ある意味家に置いておいた方が安全かも知れないと言う考えにたどり着いたらしく、フランはのび太の家に居る事が決まった。
しかし、このままの姿でずっと家に居られると説明が面倒臭いため、ある条件を提示した。それは『かべがみハウス』と言う、垂直の壁に貼りつける事によってどこでも住居に出来る、優れたひみつ道具の中で夕方から朝まで過ごすと言うものであった。
最初はこんな絵の中に入るなんて出来るわけないと言っていたフランも、促されて入ってみた瞬間、まさかあの絵の中にこんな広い空間があるとは思わなかったようで、はしゃいでいた。
ただ、のび太はおろか自分以外誰も居ない空間であるため、フランにとっては昔の嫌な思い出を想起させたらしい。時間が経たないうちに出てきて、昔の閉じ込められて引きこもっていたあの時みたいで嫌になったと言ってきた。快適ではあったらしいが。
その後、何を思ったかいきなり
「のび太のお母様、動物嫌いなのね……分かった!」
すると、フランはのび太とドラえもんにそう言った後、自分の身体を散らすようにして消し……
『身体を霧に分解したの! 蝙蝠よりも少し負担が大きいし、時間も少しかかるけど……これなら見えないし、良いでしょ?』
何処からか響く声でそう言ってきた。吸血鬼って何でもありなんだなとのび太は感心し、ドラえもんは確かにこれなら良いかなと言い、フランの希望を大方叶える事に決めたようだ。ただ、隠れられるとは言え、夕方以降に話し声を聞きつけてまだ居るのかと部屋にいちいち来られては面倒なので、その時は極力話し声を小さくするなどのいくつかルールをのび太たちは相談して決めた。
こうしてのび太とドラえもんの、吸血鬼少女フランとのいつまで続くか分からない共同生活が始まる事となった。
ここまで読んで頂き感謝です!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
のび太、吸血鬼少女に懐かれる(後編)
「この日傘邪魔くさいなぁ。でも、ないと外歩けないし……ああ、もう!」
フランが家で一緒に生活する事が決まった後、彼女の強い希望もあり、のび太は自分の暮らす町の案内をしていた。最初は普通に日傘を差しながらのび太と一緒に楽しく町歩きをしていたフランであったが、時間が経つにつれて何故か気分が乗らなくなってしまっているらしい。口数が減ったり、転がっている石を見つけて拾っては砕き、たまに落ちているアルミ缶を握り潰して遊び始めていた。
家を出た時の楽しそうな様子とはうって変わったフランにのび太が衝撃を受けつつ、どうしたのかと聞いた。どうやら彼女曰く、持ってきた日傘がある理由から
それを聞いたのび太はある理由と言うのが気になりながら『テキオー灯』と言う、あらゆる環境に対して無敵になれるひみつ道具を使用し、今から1日は日傘が不必要になった事を伝えた。最初はただ光を浴びただけでそんな事が起こるはずがないと半信半疑であったフランであったが、実際に促されて恐る恐る日傘を畳んで日光を全身に浴びてみて、何も起こらないのを確認した。
すると、フランは先程までのイライラしていた時とはまるで正反対の、見た目相応の子供のようにはしゃぎ始める。
「アハハ! 凄い凄い! 日光を直に浴びても全然平気なんて、こんなにも嬉しい事は始めてだよ! えっと、のび太の持ってるそれ本当に凄いよね。何て言うの?」
「テキオー灯だよ。これから出る光を浴びれば誰でも灼熱の砂漠に極寒の山々、水中に暗闇、ありとあらゆる環境に耐えられるようになるんだ。フランの場合は晴れの日だけじゃなくて雨の日だって傘要らずになるけど、24時間しか効果がないからそこは気をつけないと駄目だからね」
楽しそうにしていたと思えばいつの間にか気分が沈んでいて、そうかと思えばまた満面の笑みを浮かべて楽しそうにはしゃぐフランを見たのび太は『つまらなそうにしたり楽しそうにしたり、怒ったり喜んだり、随分忙しい子だなぁ』と思いながら、ひみつ道具の効能の説明をした。
「外の世界ってこんな物があるなんて、本当凄いなぁ……あ、のび太!」
「どうしたの、フラン?」
「やっと邪魔な日傘も差さなくて済むようになったし、手を繋いでよ! ほら!」
「なるほど。日傘が邪魔くさいって言ってたのはそう言う……良いよ。はい」
「ウフフ……お姉様と一緒ね! でも、のび太は男の子だから……もし言うなら、お兄様だね!」
テキオー灯についての説明を聞き、効能に感心したフラン。すると、彼女はのび太に対して手を繋ぐ事を要求した。どうやら、日傘を邪魔に思っていたのはのび太と手を繋ぎたかったが、自分との背丈の差と日傘の大きさからそれが達成出来なかったせいであるようだ。それなら僕に日傘を持ってと頼めば良かったのではとのび太が言うと、それだと貴方の腕が疲れちゃうから嫌だったとフランから聞いて、そう言う事かと納得していた。
「お兄様……フランって何歳だったっけ?」
「500歳だよ」
「凄いね。でもそれなら僕は11歳だし、どっちかって言ったら兄じゃなくて弟じゃないかな?」
「ううん、お兄様で良いの! 言ったでしょ? のび太と居ると、お姉様と一緒に居るみたいな感じがするって。だから、種族とか年齢とか関係ないよ!」
「雰囲気の問題って訳なんだね」
「うん! だから、これからのび太の事は『のび太お兄様』か『お兄様』って呼ぶね!」
そうして会話が続いていく内に、フランがのび太の事をお兄様だと言ったのを聞いた。年齢的に呼ぶなら自分は弟なのではないかと言うと、お姉様と居る時みたいな雰囲気がするからのび太はお兄様で良いとの返事が帰って来た。
で、これからは呼び方を変え、外でも中でものび太の事をお兄様と呼ぶと宣言したフラン。それを聞き、家の中では良いとして外でそれは良からぬ誤解を招いたり、自分の親友たちはともかくクラスメートと出会った場合に変に絡んでくると面倒臭いので、今まで通りに呼んで欲しいとのび太は言った。すると、フランが変に絡んでくる奴は
「お願い、そう呼ばせて。どうしてもダメなの……?」
「……分かった。良いよ」
「やったぁ! ありがとうね、
今にも泣きそうに見えたフランにそう頼み込まれてお人好しの性格が発動したのと、頼み込んできた時に謎の圧力を感じたのが合わさったようで、のび太は断りきれずにお兄様呼びを了承した。それで喜ぶ様子を見て、喜んでくれるなら良いやと呟きつつ、町案内を再開した。
「ここ、1度は見たはずの景色なんだけどなぁ……のび太お兄様と居ると、初めて来た感じがしてワクワクしてきたよ!」
「僕の下手くそな案内でも、心から楽しんでくれてるみたいで良かったよ、フラン」
「お兄様と一緒なら、私はそれだけで十分だからね。案内が下手とかどうかは気にならないよ。と言うか、そんなに下手くそだとは思わないけどなぁ」
そうして河原の野球場で野球をやっている集団を見ながら会話をしていると、フランがいつの間にか手に持っていた何かをのび太に見せて、これは何かと問いかけていた。
「ねえ、これって何?」
「ああ、これはね……野球って言うスポーツに使う道具の1つで、まあ遊びって解釈してもらえれば大丈夫かな。ほら、あの広い場所に僕とは違う服を着た人が沢山居るでしょ?」
「へぇ~。のび太お兄様はあの遊びは得意なの?」
「あはは……残念ながら下手くそなんだよね。皆に怒られてばかりでさ……」
野球についての説明を聞いたフランは、のび太自身はその遊びは得意なのかと疑問に思ったらしく、そう問いかけていた。しかし、のび太は野球はもとよりスポーツ全般が苦手である。だから、フランの質問に対しても当然の如く、下手くそで皆に怒られてばかりであると苦笑いしながら答えた。
「そっか……まあ、それだけが出来ないからって気にする必要はないと思うよ」
「えっとね……実はそれだけじゃなくて、他のスポーツも人より下手くそなんだ。勉強だって、他を放り出して死に物狂いでやってようやく人と同じだし、忘れ物に至っては気をつけてさえする始末……」
そんな様子を見たためか、フランはたかが遊びの1つ位下手くそであっても落ち込んだりして気にする必要なんてないと思うと言い、のび太を励ました。ただ、当の本人は野球などのスポーツだけが苦手なのではなく、勉強も人より出来ないと実感しているし、他の部分でも劣っていると分かっている。
だからか、のび太は野球だけではなく他のスポーツも勉強も人より出来ない事を、励ましの言葉をかけてくれたフランに対して話し始めた。全て黙って聞いたフランは、不味い事を聞いちゃってごめんと謝りながら、この雰囲気を打破するためにある質問を投げ掛けた。
「……じゃあ、のび太お兄様には得意なこと何かないの?」
何でも良いから、他人に誇れるような得意な事はないのかと言う質問である。
「いや、あるよ」
「どんな事なの?」
「あやとりって言う、スポーツとは全く違う遊び。それと射撃かな。この2つなら僕でも自信をもって
それを聞いたのび太は、自分自身絶対に他人には負けないと豪語出来るレベルまで達している、2つの特技についてフランに話した。それは、『あやとり』と『銃を使った射撃』である。
特に銃を使った射撃に関しては凄まじく、必死に練習した訳でもないのに的当ては当然の如く全弾命中レベルの腕前である。宇宙空間を航行するSLに乗っていた際にそこを襲撃してきた敵に対してないよりマシの信号弾を初弾で命中させ、果ては本職の殺し屋にすら勝利してしまう経験すらある。
『銃』の種類は基本問わず、扱った事のないはずの実弾入りの拳銃を使ってですら非常に高い命中率を叩き出すため、もし仮に生まれた時代が西部開拓時代のアメリカであれば、向かう所敵なしのガンマンとして名を残していただろうとまで言われるレベルだ。
「凄い自信だね、お兄様。なら、私に見せてよ!」
「うん。あやとりなら今すぐ見せれるけど、射撃は――」
自分の特技を自信に満ちた表情をしながら言うのを見て、フランはそこまで言うならきっと凄いのだろうと思ったみたいで、今すぐ見せてとのび太にせがんでいた。
ここまで凄く見たそうにして特技を見せてくれと言われた事はなかったのび太は、思わず顔に嬉しさを滲ませながら場所の問題で見せられない射撃に代わり、どこでも見せられるあやとりを見せようと、また懲りずに借りてきたスペアポケットからあやとり用の紐を出そうとした。
「あの、すみませーん! そのボール、返してもらえませんか?」
「ん? もしかして、これ貴方たちの?」
「はい、そうです!」
「ごめんねー! 返すよ!」
すると、下で野球をしていた内の1人がボールを返してくれと声を掛けてきた。そう言われたフランは立ち上がると、そのボールを声を掛けてきた人めがけて……のび太目線で凄く速い球を投げた。グローブを構え、フランの投げた豪速球を受け取った人はまさかこんな速い球を見た目10歳前後の女の子が投げて来るとは思っていなかったらしく、バランスを崩して尻餅をついてしまった。周りもなんだか少し騒がしくなってきている。
「あれ……? ねえ、のび太お兄様。私、なんか変な事した? 固まったり騒いでるんだけど」
「多分ね、フランがあんなに速い球を投げたのに驚いてるんだよ」
普通に投げて返したはずなのに何故か皆の様子がおかしい事に疑問を持ったフランが、のび太に自分が何かやらかしてしまったのかと問いかけた。それに対して、最低でもプロの野球選手と同等かそれ以上の豪速球をフランが投げた事に驚いてるのではないかとの予想を立てて、のび太がそう伝えた。
ただ、本人はこれでもうっかりボールを握り潰さず、かつ人間にも
「そうなの?
「あれでも凄く手加減したって、本気で投げたら一体……」
「うーん……あの柔らかいボールならバラバラにはならないだろうけど、多分あの人が吹き飛んじゃうかな……試しにやってみる?」
「……いやいや、やらなくて良いからね!?」
「あ、そう? 分かった!」
「……吸血鬼って、やっぱり怖いや」
そうして、のび太とフランはたまたま通りかかった人が思わず聞き耳を立ててしまうほどの明らかに次元の違う物騒な会話をしながら立ち上がり、この場を後にした。
「ねえ、次はどこ行くの?」
「僕の友達で、ジャイアンって言う人の家に行こうと思ってるんだけど……実はね」
野球場を立ち去ってから推定2時間、商店街を見て回ったり食べ物を買って食べたりしながら町歩きを楽しんでいた2人は、ジャイアンの家へと向かっていた。ジャイアンが吸血鬼の女の子に会いたがっていた事を思い出し、フランがその吸血鬼の女の子である事を教えるためである。
道中、のび太はフランにその事を伝えて君が吸血鬼である事を教えても問題ないかと聞いた。もし仮に嫌だと言ったら、家に行くのは行くが、フランが吸血鬼だと言うのは嘘をついてでも隠し通し、たまたま知り合った『友達』だとだけ紹介だけして立ち去るつもりだとも伝えた。
「変わってるんだね、そのジャイアンって。吸血鬼にただ会いたいなんて人間、今まで生きてきた中で初めてだよ。殺したがって襲ってくる人間なら495年位前から沢山居たけどね。て言うか、のび太お兄様もドラえもんも、私が吸血鬼だって知っても対して驚かなかったよね。どうしてなの?」
「あはは……ジャイアンもそうだけど僕たちって今まで沢山の場所を冒険して、沢山の人と出会って、沢山の経験を積んできたから耐性が付いてるんだ。まあ、だからと言って出会って全く驚かない訳じゃないし、恐怖を抱かない訳じゃないけどね」
「ふーん……あ、別にのび太お兄様の友達だし、私の事を教えるのは別に良いよ」
すると、のび太の友達なら別に構わないと思っているらしく、フランはそう言った。そこから噂が漏れ出る事になっても構わないとも言っていたのを聞いたため、お礼をしっかり言ってジャイアンの家に歩みを進めていく。
その後もお互いの事についてより詳しく話し込み、途中でフランが過去の話をしている時に悪気もなく言った、特にグロテスクな部分を聞いた時にのび太の気分が悪くなってしまったのを見て、彼女がそれについて大げさに泣きながら謝り、それを宥めるなどの出来事はあったものの、概ね楽しげな雰囲気を保てていた。
そうして話ながら歩き、目的地であるジャイアンの家の前についたのび太は、チャイムを押してその場で待っていると……出てきたのはジャイアンではなく、その母親であった。
「こんにちは。えっと……武君居ますか?」
「はい、こんにちは。武ならここにはいないよ。確か、スネ夫の家に遊びに行ってくるって言ってたから、用事があるならそこに行けば多分居るはずさ」
「そうですか、ありがとうございました」
ジャイアンの母親曰く、スネ夫の家に遊びに行ったらしく、だからここには居ないと言われた。そう言う事ならしょうがないと、応対してくれたお礼を言ってこの場を後にし、のび太とフランの2人はスネ夫の家へと向かった。
「ねえ、『たけし』君って誰なの? 『ジャイアン』じゃなかったっけ?」
「ああ、ごめん。説明してなかったね。実は『ジャイアン』はあだ名で、本当は『たけし』って名前なんだよ」
「そうなんだ……レミリアお姉様がパチュリーに『レミィ』って呼ばれるような感じって事なのかな?」
「まあ、そんな感じだね。パチュリーって人が誰か分からないけど」
「えっと、パチュリーって言うのはね……」
道中、ジャイアンの本名が武だと知らないフランにのび太が説明したり、紅魔館の住人についてフランがのび太に解説したりと言ったやり取りを互いにしながらのんびり歩いていると、一際目立つ大きな庭を持つスネ夫の家の前に到着した。そして、同じくチャイムを押してから出てくるまで待つ。
「ちょっと小さな紅魔館みたいなお家だね。ここみたいに池はないけど、庭の賑やかさは私の館が勝ってるかな」
「ここより大きいんだ……」
「うん。それに、館の中は咲夜の『時間を操る程度の能力』の応用のお陰で見掛けよりも広いんだよ! のび太お兄様にも見せてあげたいなぁ」
「咲夜って確か、フランの館のメイドさんだっけ? まるでひみつ道具が人になったみたいな能力を持ってるなんて驚いたよ」
楽しげな会話を2人はしながら待っていると、扉が開いて中からスネ夫が出てきた。
「のび太か。どうした――」
「ねえ、貴方はのび太お兄様のお友達?」
「……え? あ、まあそうだけど……君は?」
「フランドール・スカーレットって言うの。フランって呼んでね! 後、私ものび太お兄様のお友達だよ!」
「分かった。それと、僕は骨川スネ夫。呼び捨てでスネ夫って呼んでよ」
「うん、分かった! よろしくね、スネ夫!」
スネ夫が出てきて何かを言おうとした瞬間にフランが言葉を遮り、のび太の友達かどうかを問いかけた。突然隣に居た、見知らぬ日本語ペラペラの外国人の女の子にしか見えないフランにいきなり聞かれて驚いたのか、一瞬だけ間が空いた。しかし、スネ夫はすぐに気を取り直して自己紹介を始め、握手を交わした。
自己紹介を終えた後にスネ夫はのび太たちを側に呼び寄せると、こんな可愛い日本語ペラペラの外国人の子といつの間に、しかもお兄様と呼ばれるまでの仲になったのかと聞いてきた。やはり、そんな気配のなかったのび太にいきなり出来た事に驚いているようであった。
元々その事について根掘り葉掘り聞かれるのを想定していたのび太はフランの事について、スネ夫の知り合いを襲った吸血鬼の女の子である事も含めて全て説明した。その後、スネ夫がフランに対して本当なのかどうかを質問すると、彼女は隠していた翼を現し、更に蝙蝠への変身や吸血鬼特有の牙と言った身体的特徴を見せたり軽い力比べ等を行い、本当に吸血鬼であると証明をしてみせた。
「おぉ……特徴も同じだし、パパの知り合いが吸血鬼の女の子に襲われたってのも、これで事実だったってジャイアンに証明出来る!! のび太、フラン。是非上がってくれ!」
「分かった。フラン、行くよ」
「はーい!」
こうしてテンションの上がったスネ夫に家へと招かれ、リビングに誘導されると、そこには美味しそうなお菓子を頬張りながらのんびり過ごしていたジャイアンが居た。のび太から前もって◯×占いによる、吸血鬼の女の子は実在すると言う結果を聞いていたため、フランの存在自体にはそれほど驚かなかったものの、この町に居た事には驚いていた。
「よう、のび太。その子が例の『吸血鬼の女の子』か?」
「うん、まあね」
「ひみつ道具はこの町には居ないって言ってたらしいが、一体どうやって見つけたんだ?」
「偶然だよ。この間、ジャイアンの家に向かってた途中でね」
「マジか、俺ん家の近所じゃねえかよ。しっかし、女の子とは聞いてたが……随分イメージとは違うな」
「でしょ? 僕も最初は本当にビックリしたよ」
そうしてある程度のやり取りを交わした後、会話が少し途切れたタイミングでフランが自己紹介をジャイアンに対して始めた。
「貴方がのび太お兄様のお友達のジャイアン? 私は吸血鬼のフランドール・スカーレットって言うの。フランって呼んでね!」
「おう! よろしくな、フラン。それにしてものび太、お前いつの間にフランに兄ちゃんって呼ばれる位に懐かれてんだ?」
スネ夫の時と同じような自己紹介をフランが行った後、ジャイアンがのび太にいつの間にお兄様呼ばわりされる位に懐かれているのかと聞いた。それに対し、のび太はフランから聞いた事を覚えている限り話した。
「のび太と居ると『お姉様と一緒に居るみたいで落ち着く』か。フランの姉ちゃんがどんな姿か知らないが、種族も性別も違うのにどうしてなんだ?」
「ジャイアン。でも考えてみれば、のび太ってそう言う人以外の存在に懐かれやすい節があるから、あながち不思議でもないかも知れない。ピー助とか、キー坊とか……」
のび太が人ではない存在から懐かれやすいと言う話の後、フランが幻想郷や紅魔館の話をしてのび太とジャイアンとスネ夫が真面目に聞いたり、試しに軽く力比べをしてみたり、ちょっとした魔法を実際に見せてもらったりしながら楽しく過ごしていた。
途中、用事のために出掛けてたらしいスネ夫の母親が帰って来て、いきなり居た魔法によって大量に召喚された蝙蝠の大群に衝撃を受けてパニックになると言ったトラブルが起こったりした。しかし、すぐさま召喚解除したため大した事にはならず、夕方までひみつ道具を駆使した遊び等を全員で楽しんだ。
「今まで生きてきて断トツで楽しかったよ! 幻想郷だとこんなに娯楽ないし……人里の人間も、妖怪も、一部を除いた妖精も皆私を心のどこかで怖がってて、遊んだりしてもなんか違う感じがしてた。でも、ここに居る皆は私が吸血鬼だと知った後でも何も変わる事なく接してくれて嬉しかった。ありがとう、改めて言うね……楽しかったよ!」
夕方になって帰る時間になった時、玄関でフランが心から自分と楽しく遊んでくれた皆に対して感謝の言葉を述べた。大好きな姉や館の仲間たちや友達と呼べる存在は居るものの、娯楽に乏しい幻想郷では考えられない刺激的な遊びを経験出来た事と、吸血鬼であると知っても怖がらずに対等に接してくれた人が増えたのが余程楽しくて嬉しかったようだ。
「まあ、ここに居る俺らはそれ以上に怖い経験してるし、何よりフランの容姿が女の子で、そこらに居る普通の子供みたいに明るく元気な性格なのが大きいよな」
「確かに、それはあるね。もしもここに居るのがとんでもない見た目の化け物とか吸血鬼のイメージそのものだったら、絶対に腰を抜かしていただろうからね……僕たちも新鮮な体験をさせてもらって感謝してるよ、フラン。ありがとう」
「うん! じゃあ帰るね! バイバーイ!」
フランの感謝に対してジャイアンとスネ夫も感謝の言葉を述べた。その後、のび太とフランは手を繋ぎ、楽しく話をしながらのび太の家へと帰っていった。
そうして家に戻った後は2階の部屋で、町歩きで起こった事を楽しげに話すフランを、一緒に居たのび太はもとよりドラえもんも微笑ましく思いつつお茶を飲んだりお菓子を食べながら過ごし、楽しい気分のままにこの1日を終えた。
―――――――――――――――――――――――――――――
「フランが居なくなった!? どう言う事なの、ドラえもん」
「ほら、この手紙を見て。理由が全部書いてあるから」
「手紙……?」
フランがのび太の家で暮らすようになってから丁度3週間、楽しい夏休みもそろそろ終わりが見えてきた頃、突然彼女がドラえもんに手紙を託して行き先も告げずに去っていってしまうと言う出来事が起こっていた。
ドラえもん曰く、のび太には自分が去ってから少し経つまで秘密にしておいてくれと厳命されていたらしい。何故そこまでフランが言って去って行ったのかが気になったのび太は、ドラえもんが持っていた手紙を奪い取り、開いて中身を一字一句見逃さないようにして読み始めた。
『ごめんなさい。今まで約束を守って
その内容は、吸血衝動に耐えられなくなりそうだったから出ていったと言うものであった。少し紙が水滴か何かで湿っている事から、泣きながら書いたであろう事が安易に予想がついた。
「道理で最近、たまにフランの僕を見る目が獲物を狙う捕食者のそれになってた訳だったんだね。僕との約束を守って……辛かったんだろうなぁ」
「うん。グルメテーブル掛けでひたすらトマトジュースを飲んだり食べ物を食べたりする時があって不思議に思ってたけど、衝動を紛らわすためだったみたい。君に言わなかったのは、手紙にはなかった『お兄様ならきっと……私が血が欲しくて辛いって言ったら身を呈しそうな程優しいから』って理由もあるらしいよ」
ドラえもんが言った、手紙にも書いていなかったフランが自分に何も言わずに去っていったもう1つの理由を聞いたとき、のび太は何も言えなかった。何故なら、本当にそう思っていたからだ。
何気に初めて出会って1ヵ月近く、一緒に暮らし始めて3週間経っていて、フランものび太の性格を一通り把握していたようだ。
「フラン、僕の身を案じて……嬉しいけど、でも無茶だよ……! 吸血鬼って血がなければ死んじゃうんでしょ? そんなに辛ければ言って欲しかった……友達が苦しむ姿を見てて何も出来ずにいる方がよっぽど辛い! ドラえもん。悪いけど僕、フランを探しに行ってくる!」
「のび太君――」
一通り、フランが居なくなった経緯を聞いたのび太は彼女の予想通り、自分の身を呈してまで辛さから救おうとしていた。止めようとしたドラえもんを『驚時機』を使って回避し、外へと急いだ。
「待っててね、フラン。君を絶対に死なせはしないから!」
外へと飛び出したのび太は最初に空き地を隅々まで探した後、路地裏やジャイアンたちの家、野球場や学校近辺を同様に探し回った。しかし、どこに行っても痕跡すら見つからず、周りの人に聞いても全く情報がない。さてどうしようかと悩んだその時、裏山はまだ探していなかった事を思い出し、体力の事を考えずに急いで向かった。
「はぁ……はぁ……最後はここか。裏山、大変だぞ……」
裏山へと到着したのび太はまず、皆で遊ぶ時に通る道を重点的に探しつつ、全神経を集中させて僅かな異変も見逃さないように気を付けていた。しかし、いくら何度も訪れている場所であっても1人で探すには裏山はあまりにも広すぎたため、3時間探しても全く見つかる気配がなかった。
登り始めてからのび太は◯×占いを一定時間ごとに使っているが、裏山に居るかと言う問いに対し、その全てで◯が浮かんでいる事は不幸中の幸いと言った所だろう。
そうして更に1時間が過ぎ、裏山の頂上に到着した時……巨大な千年杉の木の根元で寄りかかっていたフランを、のび太は遂に発見する事が出来た。
「え……お兄様どうして……どうして来ちゃったの!? 来ないでよ! 私の書いた手紙、見なかったの――」
「見たよ、全部ね。ドラえもんからも色々聞いたよ」
「じゃあ何で……! 今でも私、血が欲しくて欲しくて堪らないのを我慢してるんだよ? あのままのび太お兄様の側に居たら……殺してしまいそうなのが怖いの!」
杉の木の根元に近づいて行くと、それに気づいたフランが唖然とした後、のび太を強く拒絶した。手紙にも書いてあった通り、せっかく出会ったお姉様と居るような安心感を与えてくれる、大切なお友達であるのび太を、本能のままに殺してしまう事を極度に恐れているためらしい。
「……フランが僕に約束した事を頑張って守ってるのは凄いよ。他の人を襲わなくなったのも。でもね、君は吸血鬼。それで死んじゃったら僕だけじゃなくて、館で帰りを待ってる人たちも悲しいだろうから……無理をしないで、約束も気にしなくて良いから、僕の血を飲んでよ。ね?」
しかし、それを聞いてさえのび太はフランの身を心配し、自分の血を差し出そうと少しずつ近づく。そんな彼を見て、フランは少しずつ吸血の欲求を満たしたい方に心が動き始めたらしく、少しだけ息を荒くしながらのび太の方に歩いていく。
「のび太お兄様、私もうそろそろ限界だよ……今なら間に合うから、早く考え直して、逃げて……」
「……僕は本気だよ、フラン。君が死んじゃうのを選ぶ位なら、少し血を差し出すくらいの気持ちはあるから」
「でも……少しで済まないかも――」
「きっと君なら大丈夫だって信じてるから……フラン。さあ、おいで!」
「っ! はぁ……のび太お兄様……」
吸血の欲求で心が埋まりつつあるフランではあったが、それでもまだのび太の身を案じる理性は残っているらしく、今なら間に合うから早く逃げろと涙を流しながら説得をしている。ただ、それでものび太の意思は固く、むしろ両手を広げて歓迎し始めた。
その行為によって理性の鎖がほどかれたフラン。のび太の方へと飛びつくようにして抱きつき、本能に導かれるようにして首筋に顔を近づけ、吸血の際に痛みを感じないようにするために噛みつく部分をそこそこ時間をかけて舐めた後、噛みついて吸血を始めた。
ほんの少しずつ、幸せそうかつ恍惚の表情をしながら味わうようにして血を吸っているフラン。理性の鎖がほどかれ、欲求が大きく優勢を勝ち取っていようと、のび太は殺すまいと思う理性が少し残っているのだろうか。
「……ふぅ」
血を吸われているのび太の方は多少の脱力感と快感を感じてはいるが、この程度なら日常生活でも経験しなくはないため、特に何もする事はなかった。むしろ、もっと強烈な痛みを伴うものだと思っていたため、拍子抜けしてしまったらしい。
それから時間にしてほんの数十秒が経った頃、フランがのび太の首筋から口を離してからすぐ、噛んだ場所に手を当てて何かを唱える。すると、のび太についた噛み傷が完全に治ったのでどうやら、食事を満足に終える事が出来たらしい。
「はぁ……はぁ……えへへ……お兄様、少し休もう? 何だか疲れちゃった……」
「うん、そうだね」
その後、フランは快楽による疲労で、のび太は吸血された影響を考慮して千年杉の根元に寄りかかって休む事に決めた。今更誰かに見られてないか気にはなったのび太であったが、仮にこの光景を見られて、これを皆に言いふらしたとしても、ひみつ道具で何とかするから良いやと思う事にしたようだ。
「そう言えば、吸血されたら僕も吸血鬼になったりするのかな?」
「ならないよ。人間を吸血鬼にするのって、結構面倒だし。それに、ただ吸うだけでそうなるのだったら……私速攻でお兄様から飛んで逃げてたし」
「なるほど……それにしても、フランが本当に元気になって良かったよ」
「うん。これものび太お兄様のお陰だよ、ありがとうね!」
そんなやり取りをのび太とフランが交わし、和やかな雰囲気になっていた時、突如目の前の空間が裂け、中の目玉が浮かんでいる非常に不気味な空間からが1人出てきたのをのび太は見た。見た目は不思議な格好をした外国人女性だが、そこから感じ取れる謎のプレッシャー等から、否が応でもフランと同様に人ではない事はのび太は理解した。
「やっと見つけたと思ったら、随分お楽しみだったみたいね。もう済んだかしら? フランドール」
「うん!」
どうやら、フランはその女性とは顔見知りのようだ。仲いいかどうかは不明だが、少なくとも敵ではないことだけは良く分かった。ただ、それでも名前だけは聞いておこうと思ったのび太は、目の前の女性に誰なのかと問いかけた。
「えっと……誰ですか?」
「申し遅れましたわ。私、八雲紫と言って『幻想郷』からフランドールを連れ戻しに来た者です。今までこの子の面倒を見て頂き、感謝していますわ」
「あ、いえいえ。自分の意思だったので、気にしないで下さい紫さん。それと、僕は野比のび太と言います」
すると、その女性はのび太に八雲紫と名乗り、フランを幻想郷に連れ戻しに来たと目的を告げた。のび太もそれに倣って自己紹介をして、ある程度の会話を交わした。そして、ようやく故郷に戻れると聞いたフランが、目に見えて元気になっていったのを見て、のび太は心から良かったと祝福したと同時にもう会えなくなるかと思い、寂しくなるなと言葉を漏らした。
「ねえ、紫! のび太お兄様を幻想郷に招待出来ない?」
「……今は無理よ。諦めて頂戴」
「じゃあ、もう会えなくなるの……?」
のび太のその言葉を聞いたフランが、紫にそうお願いをしてみた。しかし、あえなく却下されてしまい、もう会えなくなるのかと露骨に落ち込んでしまう。
「まあ、私の都合の良い時なら特別に許可するわ」
「やったぁ!」
ただ、それを見て心を動かされたからかどうかは不明だが、少なくとも会えなくなると言う事はないようで、フランはそれを聞いて再び元気を取り戻す。
「のび太お兄様、じゃあね! バイバーイ!」
「うん。またね、フラン」
そうして別れの挨拶を交わした後、フランは紫と共に謎の不気味な空間に入っていき、それをのび太は手を振りながら、見えなくなるまで見送った。
「……寂しくなるなぁ」
フランと紫の2人が居なくなった後、そう独り言を呟き、のび太は裏山を後にした。
ここまで読んで頂き感謝です! お気に入り登録と評価をしてくれた方、ありがとうございます!
目次 感想へのリンク しおりを挟む