常識を犠牲にして大日本帝国を特殊召喚 (スカツド)
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第一話 上げろ!汚え花火を

中央暦1639年3月22日午前―――

 

 この妙ちきりん(死語)な異世界に日本国が転移してから早くも二ヶ月余りの日々が過ぎようとしていた。

 その間にクワ・トイネ公国が遂げた変化はそれ以前の数千年、いや数万年に匹敵するものだったかも知れない。まあ、この国の詳しい歴史なんて知る由もないのでこれと言って特に根拠は無いんだけれど。

 とにもかくにも日本はクワ・トイネ公国から大量の食料を。クイラ王国からは膨大な石油資源を確保することに成功した。

 それと引き換えに提供されたのは高速道路網と鉄道路線という近代国家にとって必要不可欠な物流インフラだ。

 こんな物をタダ同然で作ってもらえるなんてラッキーだなあと両国の人々は思っているのだろうか。だが、世の中にタダより高い物はない。この巧妙にして狡猾な罠はかつての帝国主義時代にイギリスやフランスが仕掛けた物と全く同じなのだ。

 こうやって彼らはいつの間にか人間で言うところの循環器を丸ごと他国に握られてしまっている。しかし根が能天気な国民性ゆえなのだろうか。誰一人としてそれに気が付く者はいないようだった。

 

 

 

クワトイネ産業奨励館

 

「富田林さん。申し訳ございませんが約束分の食料を日本国へ輸出することが難しくなってきました」

 

 でっぷりと太った赤ら顔の男は開口一番に衝撃的な事実を口にした。

 

「いったい何があったんでしょうか、農務次官殿? 貴国には国家間の約束事を破るという事の重大性が本当に理解出来ているのでしょうか?」

「約束を破るだなんて人聞きの悪いことを言わないで頂きたい。外的要因によって約束を守ることが難しくなっていると申し上げているのですよ」

「破ると守らないという言葉の違いはこの際どうでもよろしい。ただ、我々は五千万トンの食料を必要としており、貴方方にはそれを供出する義務があるということです。もし一グラムでも足りなければ貴国にとって悲劇的な結果になる。これだけは忘れないで頂きたい」

 

 四井物産クワ・トイネ支店長の富田林は精一杯にドスを効かせて凄む。凄んだつもりだったのだが…… そのあまりに芝居がかった口調に自分で受けてしまい盛大に吹き出してしまった。

 

「あは、あはははは。うふふふふ。はあはあ…… んで、農務次官殿。何でまたそんなことになったんですかな? 理由をお聞かせ下さい。でないと交渉も始まりませんよ。まさか値上げして欲しいとか言い出すんじゃないでしょうね?」

「いやいや、そんな話ではありません。実は西のロウリア国境が騒がしくなってきておりましてな。どうやら物凄い数の兵を集めておるようなのです。いよいよ戦が近いのやも知れませんぞ」

「戦? 戦争ってことですか? 今までずっと平和だったのに突然ですか? しかも日本と交易が始まって二ヶ月で急に? それってもしかして日本が原因だったりするんですかねえ」

「それはどうでしょうなあ。ロウリアの亜人嫌いは昔から変わりません。もし日本が転移してこなくても、いずれは戦になっておったことでしょう」

 

 ムーギ農務次官がまるで他人事みたいに気楽に言って退ける。その口調には緊張感の欠片も感じられない。

 もしかして農務次官はすでに解決の目処を立てているのだろうか。富田林は言葉のジャブを放つ。

 

「しかしながらそういったお話でしたら政府にして頂いた方がよろしいのでは? それともアレですかな? 我々日本人に早く逃げろとおっしゃりたいのですか?」

「そうではありません、富田林殿。既に我らも外務省の方々と散々お話をさせて頂きました。ですが日本国は憲法によって紛争解決の手段としての武力を放棄しておるそうな。軍事的な行動を行うためには日本国民が直接的な被害を受ける必要があると言われてしまいました」

「そ、そうですか。まあ、今の日本政府ならそんな塩対応をしても不思議ではありませんな。とは言え、クワトイネからの食料供給が滞れば一千万人単位の餓死者が出ても不思議はない。政治家連中はその先の選挙のこととか考えていないんでしょうかねえ。まあ、そんなことはこの際どうでも宜しい。分かりました。この件は私が預かりましょう。本社と相談の上、可及的速やかに善処いたします。宜しいですか、ムーギ農務次官殿。自分を信じないで頂きたい。私を信じて下さい。貴殿を信じる私を信じて下さい!」

 

 富田林は荷物を纏めると逃げるようにその場を立ち去る。後に残された農務次官は口をぽか~んと開けたまま呆けていた。

 

 

 

 

 

中央歴1639年3月末―――――――――――

クワトイネ公国 西部国境から二十キロ東にあるギムの町

 

 三月の下旬に始まった疎開作戦はおよそ一週間で賑やかだった街をゴーストタウンへと変えていた。

 騎士団長のモイジはその様子をまるで大昔のことのように思い出す。

 

 日本から急遽集められたバスやトラックは休む暇もなくピストン輸送で人や物を運び出した。

 食料、貴重品、家財道具、植木、ペット、エトセトラエトセトラ。わずかでも価値のあると思われる物がことごとく持ち去られた街はさながら集団強盗に遭ったようだ。

 入れ替わるようにやってきた少人数の男たちは街の更に西にある荒野に色々な物を設置して行く。

 

「精が出ますな、日本のお方。ところでこれは如何なる物ですかな?」

「ああ、モイジさん。これは害獣駆除用の罠ですよ。電気柵、トラバサミ、スプリングガン、エトセトラエトセトラ……」

「日本国には憲法があるので武力行使はできないと伺っておりますぞ。斯様な物を使って宜しいのかな?」

「それなら心配は無用ですよ。うちの社の幹部連中がロビー活動に勤しんだお陰でロウリアの奴らは人間ではない。そもそもこの世界は地球じゃない。だから日本の法律は関係ないって政府に認めさせたんです。だからこんな物騒な物も使いたい放題ってわけですよ」

 

 そんな話をしながらも日本人の若者たちは絶対に混ぜてはいけない洗剤を大量に巨大なタンクへと流し込んだ。井戸に遅効性の毒薬を流し込んでいる者もいる。

 別の男たちは見るからに割れやすそうな壺や瓶にガソリンを注いで回る。かと思えば鉱山用の発破やアンホ爆薬を街中の至る所に設置している者もいた。

 

「これってなんだか大草原の小さな家の最終回みたいになりそうですね。怖い怖い」

「そ、そんな物ですかな」

 

 若者の言葉にモイジは曖昧な笑みで返すことしかできなかった。

 

 

 

中央歴1639年4月11日午後―――――――――――

 

 ドローンの撮影する画像をモニター越しに見つめていた騎士団長のモイジは小さくため息をついた。

 

「ロウリアからの返信はないのかな?」

 

 モイジが魔力通信士の顔色を遠慮がちに伺う。若い男は振り返ることもなくぶっきらぼうに返した。

 

「こっらからの通信が届いていないはずはありません。ですが今のところは何の音沙汰もないですね」

「あのなあ、お若いの。もしかしてプレストークボタンを押しっぱなしにしてたりはしないないよな?」

「そ、そんなはずありませんよ。そんなはずは…… って、押してた~!」

「ちょ、おま…… もしかして今の会話が全部向こうに聞こえてたのかな。だったらちょっと格好悪いぞ。穴があったら埋めたいなあ」

 

 そんなお馬鹿なやり取りをしている間にもロウリア軍の先遣隊はどんどん近付いてくるのであった。

 

 

 

中央歴1639年4月12日早朝―――――――――

 

 まだ朝も暗いうちから唐突に国境付近で赤い煙が舞い上がった。ほぼ同時に魔信から大声が上がる。

 

「ロウリアと思しきワイバーンが多数、ギムへ飛行中。数万の歩兵も接近中。これより監視部隊は現地点を放棄します」

 

 空を飛んでくるのはロウリア王国東方討伐軍先遣隊の飛龍第一次攻撃隊で間違いない。その数はなんと七十五騎にも達する。

 

「ロ、ロウリアの飛龍で空の色が見えない! 飛龍が一分に、空が九分! 飛龍が一分に空が九分だ!」

「それって言うほど凄くないんじゃね?」

「そ、そうかも知れんな。そうじゃないかも知らんけど」

 

 強力な日本の助っ人がいるお陰だろうか。クワトイネの兵たちには緊張感の欠片も見えない。にやけた顔の男たちがあちこちで軽口を叩き合っている。

 

「富田林殿、91式携帯地対空誘導弾とやらの力。当てにしておりますぞ」

 

 薄ら笑いを浮かべたモイジが上目遣いで擦り寄ってくる。富田林は両手の平で距離を取りながら一歩後ずさった。

 

「いやいや、モイジ殿。アレは一発五千万円もするんですぞ。おいそれとは使えません。いざと言うときのとっておきですよ、とっておき。あんな翼の生えたトカゲ如きに使ったら勿体無いお化けがでますから。んじゃあ、枚方くん。頼んだよ」

「アイアイサ~!」

 

 ズラりと並んだモニタの前に座った青二才が無駄にハイテンションで返事を返す。貧相な顔にはジョン・レノンみたいな丸眼鏡が悲しいほど似合っていない。どちらかと言えば東条英機の丸眼鏡みたいだなあ。富田林は吹き出しそうになったが空気を読んで我慢した。

 

「行け、我が忠勇なる下僕たちよ! ポチっとな」

 

 枚方と呼ばれた半病人みたいに青白い顔の男がエンターキーを押すと周囲から蜂の羽音の様な大きな音が大量に立ち上る。だが、数秒後には音が小さくなっていった。と同時に正面の大型モニターに無数の点が表示される。

 

「アレが全てドローンとか申す飛行機械ですか。然れどあのような物で飛龍が倒せるとは思えぬのだが」

「モイジ殿がそう思われるならそうなんでしょうな。モイジ殿の中ではね」

「う、うぅ~ん……」

 

 日本製のチャチなドローン飛行隊は勇猛果敢というか自暴自棄というか。人が乗っていないのを良いことにロウリア飛龍へ突っ込んで行く。

 ドローンの制御は地上に設置された複数のカメラ映像と機体に搭載されたカメラの映像を元に一機一機をコンピュータが行っている。だが、標的の飛龍に十分近付いた後はドローン側で個別に自立飛行する仕掛けだ。

 飛龍の速度は二百数十キロに達する。対するドローンの最高速度は百キロ足らず。もし後ろから追跡するなら絶対に追いつける速さではない。しかし正面から迎え撃つなら十分すぎる速さなのだ。

 

 

 

 「火炎弾の空間制圧射撃を実施するぞ」

 

 ロウリア飛龍隊の指揮官アルデバランの指示によりワイバーンたちが口を開く。

 その瞬間、あちこちで爆破音と共に黒煙が上がった。

 

 

 

「汚え花火だ……」

「はなび? それは如何なる物ですかな?」

「ああ、モイジ殿。花火っていうのはアレですな、アレ。玉屋~! 鍵屋~! とかいうやつですよ」

「そ、そうですか。まあ、これで空の心配はしないで済みそうですな。良かった良かった」

「とにもかくにも一機二十万円のドローン百機で二千万円。発破やカメラ、その他諸々を入れても一発の91式携帯地対空誘導弾より安いんだから助かったよ。枚方さまさまだな」

 

 富田林は上機嫌な顔で枚方の肩を軽く揉み解していた。

 

 

 

 上空支援を失ってもロウリア歩兵隊の足は止まらなかった。って言うか止められなかった。

 それというのも通信手段が無いせいなのだ。重く大きな魔信機は高価なため前線部隊にまで行き渡っていない。第二次世界大戦初期のソ連戦車みたいな物なんだろう。

 歩兵と重装歩兵の合わせて二万五千は右も左も分からないままギムの街へと雪崩れ込む。

 下町のプレス工場で作られた撒菱(まきびし)がロウリア兵の安っぽいサンダルを突き破って足裏に程良い刺激を与える。トラバサミに膝下を挟まれた兵は激痛で歩みを止める。電気柵で痺れた兵も身動きが取れなくなる。そういった雑多な兵を後続部隊が文字通り踏み潰して進んで行った。

 

 三十分ほど後、ギムの街はロウリア先遣隊ですし詰め状態になっていた。いや、芋の子を洗うよう? 満員電車のよう? とにもかくにも混雑でごった返していた。

 

 

 

「モイジ殿、モイジ殿? どこに行ったんだ、あのおっさん。まあ良いや、枚方くん。やっておしまい!」

「あらほらさっさ~! ぽちっとな!」

 

 またもやエンターキーが押された。

 何でもかんでも同じボタンで済むんだな。富田林は心の中で突っ込むが決して口には出さない。

 次の瞬間、モニターに映ったギムの街が炎に包まれる。

 

「汚え花火パート2だな……」

「ですよねぇ~!」

「んじゃ、撤収! お疲れさんでしたぁ~!」

 

 富田林、枚方、モイジ、エトセトラエトセトラ、その他大勢を乗せた日産のマイクロバスは東に向かって走り去った。

 

 

 

中央歴1639年4月22日

クワトイネ公国 政治部会

 

 西部国境の町ギムはロウリア軍の手に落ちた。って言うか、灰燼と帰した。

 奇跡的と言うか必然的と言うべきなのか、クワトイネ側の犠牲者は作業中の事故で軽傷を負った者だけで済んだのが不幸中の幸いだ。

 だが、街を一つ失ったこと自体は政治的失点と言える。会議は初っ端から重苦しい雰囲気に包まれていた。

 

「んで? 状況はどうなっておるのじゃ?」

 

 首相カナタが偉そうに顎をしゃくると刺すように鋭い視線を向けてくる。

 自分では何もしない奴が偉そうに。軍務卿はふてぶてしい顔で首相を睨み返すと忌々し気に吐き捨てた。

 

「今現在、ギムより西はロウリア勢力圏と考えられます。敵戦力は先遣隊およそ一万。日本の行ったドローンによる夜間偵察によれば総兵力は五十万に届くか届かぬかといったところかと」

「敵先遣隊は二万五千と聞いていたが?」

「大半は焼け死んだと思われます。日本のガソリンとか申す油はそれはそれは良く燃えましてな。偵察ドローンによれば骨も残っておらなんだそうにございます」

「左様か。ならば良い」

 

 首相カナタは軍務卿から手渡された写真をチラリと見やる。

 

「今後の動きはどう考えておる? ギムの街を取り返せるのか?」

「いえ、四井物産クワ・トイネ支店長の富田林殿が申されるには何もしないのが一番だそうにございます」

「何もせぬ? 街を一つ奪われて何もせぬのが良いとな。それは如何なる道理じゃ?」

「富田林殿によれば五十万もの兵は存在自体が堪えられない程の重荷になるはずとのことにございます。五十万の兵は一日に百五十万食の飯を食い、糞尿を垂れ流します。洗濯、風呂、散髪、エトセトラエトセトラ。どれもこれも大事にございましょう。それに何か楽しげなことがなければ兵どもの不満は溜まる一方。よってロウリアはギムの街を越えて東へ東へ攻め進むしかありませぬ」

「な、何じゃと! わざわざ敵を領内へ攻め込ませよと申すか!」

 

 軍務卿からの想定外の答えに首相カナタの声が思わず裏返る。だが、軍務卿は少しも動ぜず話を続ける。

 

「富田林殿の申されるには此度のロウリアはナポレオンのロシア遠征とやらと同じような物だとか。鉄道もトラック輸送も無いのに五十万もの兵站が維持できるはずがない。兵站警察が黙っていないそうにございます」

「へ、へいたんけいさつじゃと? それは何者じゃ?」

「フィクションにとって何よりも恐ろしい者だそうな。とにもかくにも日本製の罠やドローン。それとガソリンさえあればロウリア兵の歩みは赤子が這い這いするより遅いことでしょう。奴らの兵糧が尽きるのを待つだけの簡単なお仕事にございます」

「うぅ~ん、左様であるか。ならばいま少し様子を見ると致そうか」

 

 首相カナタはぼんやりとした表情で天井を見ながら首を傾ける。だが、次の瞬間はっとした表情で姿勢を正した。

 

「いやいやいや、忘れておったぞ! 先ほど誰かが四千隻を超える大艦隊がロウリアの港を出たと申しておらなんだか?」

「そもそもそれは真の話なのでしょうか? 四千となれば縦横に六十三、四隻の船が並ぶことになりますぞ。船の大きさが三十メートル、間隔を三十メートル空けるとすれば縦に四キロ、横に三キロにもなるのです。そんな艦隊を如何にして操るつもりなのでしょうか」

「し、知らんがな~! 誰かが見たって言ってるんだからしょうがないだろ! それとも何か? 四千隻のロウリア艦隊なんて嘘っぱちなのか? お前はそう言い切れるのか? ちくしょ~めぇ!」

 

 目をギラギラさせた首相カナタは腕をグルグル振り回しながら口角泡を飛ばす。

 うわぁ~、不潔だなあ。軍務卿は思わず身を捩って回避した。

 それほど広くもない会議室を沈黙が支配し、淀んだ空気が漂う。

 

 その時、不思議なことが起こった! じゃなかった、歴史が動いた!

 ドアが勢い良く開くと若い男が息を切らせて駆け込んできたのだ。

 

「いった何の騒ぎだ? 重要な軍議の最中であるぞ」

「良い、儂の使いの者じゃ。して、日本の大使は何と言うて来た?」

「そ、それが…… 全文を読み上げます。日本国政府はクワトイネ国の都市ギムにおいて発生した大火災に対して心よりのお悔やみとお見舞いを申し上げます。本火災の規模の大きさに鑑み、特例として以下の支援を行いますので心ばかりの品ではありますがどうぞご遠慮なくお受け取り下さりませ。水槽付消防ポンプ車一台、はしご付消防ポンプ車一台、屈折はしご付消防ポンプ車一台、化学消防ポンプ車一台、ABC粉末消火器10型百本……」

「もうよい……」

「は? 何と申されました、首相?」

「もうよいと申したのじゃ。天は、天は我々を見放した……」

 

 頭を抱えた首相カナタがおでこをテーブルにぶつける。ゴツンという音がやけに大きく会議室に響き渡った。

 



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第二話 死ぬにはもってこいの日

中央歴1639年4月25日 マイハーク港

 

 ロウリア王国の四千隻からなる大艦隊が向かってくるという情報にマイハーク港は殺気立っていた。

 この国家存亡の危機に際してクワトイネ公国海軍第二艦隊は総力を上げて迎え討たんと準備に余念がない。ないはずだったのだが……

 艦船の数は小型の補助艦艇を加えたところでたったの五十隻。一対八十って凄いよなあ。

 提督パンカーレはまるで他人事のようにぼぉ~っと海を眺めて佇んでいた。

 

「なんとも壮観な眺めだな。そう思わんか? な? な? な?」

「もしかして私に言ってるんですか? だけども敵は四千隻って聞きましたよ。それって縦横に六十隻以上ですよね? 正面戦力的にはこっちの五十隻とそんなに変わらないかも知れませんね」

「ただし、こっちは倒しても倒しても後ろに新たな敵がいるんだけどな。鮫の歯みたいに次から次へと新しいのが出てくるんだぞ。やってられんわぁ~!」

 

 真面目に相手をするのが馬鹿らしいと思ったんだろうか。副官は返事もせずにどこかへ行ってしまった。

 と思いきや、捨てる神あれば拾う神あり。紙切れを手にした若い側近、ブルーアイが息を切らせて駆けてくる。

 

「提督、提督! 海軍本部より魔信が届きましたよ」

「読んでくれるかな」

「えぇ~っと、どれどれ…… 本日夕刻、四井海運に所属せる貨物船一隻がマイハーク沖合いに到着せんとす。彼の船は我が海軍に先んじてロウリア艦隊に対する攻撃を敢行せしめんがため、観戦武官一名を彼の船に搭乗させるように命ず。以上です」

「わぁ~い、船が一隻だって~! とっても頼もしいなぁ~! って、何じゃそりゃぁ~~~?! たったの一隻だと?! しかも貨物船?! わけがわからないよ……」

 

 パンカーレ提督はプロ顔負けの見事なノリ突っ込みを披露する。だが、ブルーアイの採点は厳しい。提督の体を張ったノリ突っ込みを華麗にスルーすると糞真面目な顔をしながら紙片をくるりと回して提督の眼前に翳した。

 

「間違いありません。まあ、これが敵の謀略でニセの魔信って可能性も無くは無いですけど」

「それか炙り出しか何かになってるんじゃないのか? 炎で熱したら一が百になるとかさ。やってみ? 騙されたと思ってさ」

「いやいや、そんなわけが無いでしょうに。って、ほんまやん。百ってなりましたよ」

「え、えぇ~っ! マジかいな、冗談で言ったのに」

「冗談ですよ。そんなん出るわけありませんやん」

 

 ブルーアイの顔が急に真剣な表情に戻る。慌てて提督も空気を読んで真面目な顔を作った。

 

「しっかしやる気はあんのかね、連中は…… それも観戦武官だと? たったの一隻しか出さないなんて観戦武官を人身御供か何かと勘違いしてるんじゃなかろうな? いったい何が目的なのか理解に苦しむぞ」

「連中だって馬鹿じゃないんですから何かしら目的があるんじゃないですかね? 船を一隻沈められ、クワトイネの観戦武官が死ぬことがメリットになる何かがあると思いますよ。そうじゃなかったら…… さぱ~り分かりませんな。とにもかくにもその役目、私にお任せ頂けませんか?」

「え、えぇ~っ! 死ぬかも知れんっていま言ったよな? 言わなかったっけ? 言ったような気がするんだけどなぁ……」

「私は剣術にだけは覚えがあります。恐らくクワトイネでも一二を争うか三番、四番くらいには。ひょっとすると五番目くらいかも知れませんけど。そんなわけで生存戦略を考えれば私は適任でしょう。それにギムの街を丸焼けにした日本の事です。ひょっとすると信じられないような奇策が飛び出すかも知れませんよ」

「そ、そうなのかな? そうとは思えんのだけど。まあ、どうしても行きたいって言うんなら止めはせんよ。そのかわり自己責任で頼むぞ」

「ははぁ~」

 

 

 

「オラ、こんなおおきな船は初めて見たゾ。ワクワクすっぞ!」

 

 数時間後。マイハーク沖に現れた巨大な船を目にしたブルーアイは腰を抜かさんがばかりに驚いていた。まあ、抜かしてはいなかったんだけれども。

 いったいどのくらいの大きさなんだろうか。あまりにも大きくて目測が付かない。付近に対比できるような物がないのでスケール感が沸かない。

 初めて日本と遭遇した第一海軍が二百メートルの船を見たって話は耳にはしていた。していたのだが…… 大きすぎるやろ~!

 待つこと暫し。聞いたこともない妙な音を立てて小さな船がとんでもない速さで近付いてくる。あれは全力疾走する馬よりも早いんじゃなかろうか。ブルーアイがそんなことを考えている間にも小舟は岸壁にピタリと寄せると急に静かになった。

 

「お待たせいたしましたかな? 商船四井の交野と申します。以後お見知りおきのほどを」

 

 三十代後半から四十代前半と思しき男が長方形の紙切れを両手で持って差し出しながら頭を下げた。

 ブルーアイも同じように頭を下げながら紙切れを受け取る。だが、何が書いてあるのかさぱ~り分からない。と思いきや、裏返して見るとクワトイネの文字が書かれていた。

 いや、書いてあるのでは無いな。まるで測ったようにきっちりとした等間隔で奇妙に細かい文字が並んでいる。これが噂に聞いた名刺という物なんだろうか。

 

「交野殿、これはいったい何なのでしょうか? 見たところ……」

「ブルーアイさん。すみませんが取り敢えず乗って頂けますか。お話ならば移動中にいくらでも時間がありますので」

「ああ、これは申し訳ないことをした。さあ、出して頂いて結構ですぞ」

 

 小舟は来た時と同じくらいの速さで沖の巨大船へ向かって走り出した。

 

 

 

 一同はエレベーターで六階まで上がった後、えっちらおっちら階段を登る。

 

「安全対策でエレベーターはブリッジに直結していないんですよ。ご不便をおかけして申し訳ないですな」

「いやいや、このエレベーターと申す仕掛けには驚きました」

 

 ブリッジに案内されたブルーアイは船乗り達の出迎えを受けた。

 

「船長の箕面と申します。大船に乗ったつもりでお寛ぎ下さい。十五万トンくらいの」

「十五万トンと申されましたか? 余りにも大きすぎて私には良く分かりません。いったいどれくらいの大きさなのでしょう?」

「ああ、お国では排水量や積載量を使わないんですかな? この船は全長三百メートル、幅五十メートルといったところです。プロダクトタンカーとしては大型の部類ですね。 カテゴリー的にはLRⅡ型 (Large Range 2) という八万~十六万重量トンの船に属します」

「そ、そうですか。これだけ大きければ兵もさぞや多く乗っておるのでしょうね。その代わりトイレとか大変ではありませぬか?」

 

 気になるのはそこかよ~! 船長は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべると立板に水のように流暢に喋り出した。

 

「いやいや、この船の乗員は二十三名ですよ。船長の私、機関長、航海士が三人、機関士が三人、甲板部員が六人、機関部員が六人、事務部員が三人。合計二十三人です。通信長は航海士が兼務しております」

「こ、こんなに大きな船をたったの二十三人で動かしておられるのですか! これは驚きました」

「もちろん三交代制ですよ。航海士と甲板部員の三班編成が四時間交替で当直します。まずは一等航海士と甲板部員が朝四時から八時と夕方四時から八時までブリッジに詰めます。二等航海士達は夜の零時から四時と昼の十二時から四時まで。三等航海士達は朝と夜の八時から十二時といった感じですな。昔は機関士達も機関室で当直していたんですけど最近のエンジンは自動運転ですから常時エンジンを監視したりはしません。もちろんトラブルが起これば真夜中だろうと叩き起こされますけどね。それと事務部員の三人っていうのは料理を作る人です。長い船旅では食事だけが楽しみですからね。とにもかくにも、乗組員は僅か二十三人。しかも夜に起きているのは当直の二人だけなんですよ。とっても寂しいんですよ」

「そ、そうなんですか…… って、そんなんで戦が出来るんですか? 相手は四千四百隻の大艦隊ですよ!」

「どうどう、餅付いて下さい。ブルーアイさん。もろちん…… じゃなかった、もちろん戦闘チームは別口で用意してあります。安心して下さい。後でご紹介しますから」

 

 

 

 富田林と枚方に両脇を抱えられたブルーアイはエリア51で捕らえられた宇宙人のようにブリッジを後にした。

 娯楽室のような部屋に連れて行かれたブルーアイはまたもや驚愕する。

 船内が明るいだと!

 

「何か燃やしているのですか?」

「火気厳禁ですよ。このプロダクトタンカーはガソリン満載なんですから。それはそうとロウリアの艦隊? でしたっけ? アレはここから西に五百キロほどの所にいるようですね。五ノットくらいで接近中らしいです。明朝に接触できるよう船足を調整して行く予定です。何かご質問はありませんか?」

「ほ、本当にこの船だけで四千四百隻の大艦隊を相手にされるおつもりでしょうか? 勝算はあるのでしょうな?」

 

 駆け引きは一切無しで単刀直入に問い掛ける。って言うか、さっきからそれが気になって気になってしょうがないのだ。

 この船は鉄船らしいから火矢やバリスタを弾き返せるかも知れん。それに舷側が恐ろしく高い。まるで城壁のような高さだ。長い梯子でもなければ乗り移ることすら難しいだろう。とは言え、たった一隻で四千四百隻を相手に出来るものだろうか。いや、出来まい。反語的表現!

 ブルーアイは心の中でガッツポーズ(死語)を作る。

 

 だが、富田林から返ってきた答えは意外なものだった。

 

「ブルーアイさん。貴方にアメリカインディアンのことわざを一つ教えて上げましょう。それは『今日は死ぬのに一番いい日だ』って言葉です。いつ死んでも後悔することのないように。そう思って一日一日を大切に生きて下さい」

「え、えぇ~っ!」

 

 次の瞬間、富田林と枚方が堪え切れないと言った顔で吹き出す。ブルーアイは狐に摘まれたような顔で口をぽか~んと開けることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 翌朝、まだ陽も暗いうちからブルーアイは目が覚めてしまった。

 顔を洗って歯を磨き…… って、水が使い放題だと! 海の上では水は貴重じゃないのか! 

 

「いやいや、ブルーアイさん。やっぱり水は貴重品ですよ。とは言え、潜水艦みたいに三分間のシャワーが週三日だけなんてことはないですけどね。それはそうと、もうすぐロウリア海軍とやらが見えてきますよ。食堂に行きましょう」

 

 富田林に連れられて通された部屋はさほど広くもなかった。壁に掛かった大きな板には魔写と思しき動く映像が写っている。細長い机の上にも小さいが同じように動く魔写が何枚も置かれている。その前では枚方と助手らしき若い男が忙しげに手を動かしていた。

 正面の巨大な板に写っているのは青い大海原の上をゆらゆら漂っている帆船だ。映像がずぅ~っと引いて行くと周囲にも似たような船が等間隔で並んでいる。一隻一隻が豆粒のように小さくなっても画面一杯に船が犇めく。

 

「このソフトによれば四千四百十二隻だそうですよ。確かめる気にもなりませんけど」

「まあ、そんなもんなんじゃないのかな。取り敢えず途中で二手に別れたとか別働隊がいるとかは無さそうだな。んじゃ、やりますか」

「ところで警告とかしなくても良いんですかね?」

「もしかしてアレか? 『ロウリア艦隊に告ぐ。ただちに降伏せよ。馬鹿めと言ってやれ。はっ? 馬鹿めだ!』みたいな?」

 

 富田林は沖田艦長になりきってモノマネを披露する。枚方にはヤヤウケといった感じだ。

 

「あはは、意外と似てましたよ。八十五点ってとこですかね」

「案外と厳しいな。それはともかく降伏勧告なんて要らんだろ。だってあいつらはクワトイネの農作物を荒らす害獣って扱いなんだもん。下手に降伏されても扱いに困るぞ」

「いやいや、絶対に降伏しませんって。するわけが無いでしょう」

「分からんぞ。冗談で降伏するって言われたらどうすんだ? 降伏しろって言った手前、攻撃できなくなっちゃうじゃんかよ」

「うぅ~ん…… じゃあこうしましょうよ。無線で降伏勧告しましょう。向こうには聞こえていないはずですもん」

「はいはい、分かったよ。やりゃあ良いんだろ、やりゃあ。いまやろうと思ったのに言うんだもんなぁ~」

 

 そんなお馬鹿な遣り取りをしている間にも枚方と助手は手を休めない。タンカーの甲板上からは無数のドローン飛行隊が発艦して行く。

 その主役は前回に使ったような小型ドローンでは無い。クワトイネで種子散布や物資輸送に使おうとして持ち込んでいた特大ドローンを全て掻き集めていたのだ。

 ペイロードは驚くべきことに二百キロ。最高速度は時速百二十キロ。航続距離は六百キロにも達する化け物だ。

 もちろん全機がそんな大型機では無い。ペイロード数十キロの中型機も多数が一定間隔を開けて行儀良く飛び立って行く。

 

「電波法とか煩いこと言う輩が居ないって良いよなあ」

「これって何機くらい同時に制御できるんだ?」

「千機くらいは余裕なはずですよ。2017年に中国企業が千機のドローンを飛ばしたって記録がギネスに載ってるそうですね。その技術を使っているんだとか」

「ふ、ふぅ~ん」

 

 ぽか~んと口を開けて呆けるブルーアイを無視して作戦は進んで行く。

 モニターの中ではドローンに気付いたロウリア兵たちが盛んに弓を射掛けている。だが、高速で飛び回るドローンたちには擦りもしない。待つこと暫し。大艦隊の外周に位置する船に万編なく液体が振り掛けられるのを待って火が放たれた。

 燃え盛る業火に炙られて哀れなロウリア兵が次々と海に飛び込んで行く。

 

「怖っ! なんだかウィッカーマンみたいだな」

「それってニコラス・ケイジ主演の変てこな映画ですよね。2006年のラジー賞で五部門にノミネートされたけど一つも取れなかったんでしたっけ」

「いやいや、酷い映画ほど沢山受賞するんだぞ。取れて無いってことはマシだったってことなんじゃね?」

 

 そんなお馬鹿な話をしている間にも炎は一段と燃え盛る。ファイヤーストームを形成していよいよ手が付けられない状態になってしまった。海の上だから延焼の心配が無いのが不幸中の幸いだ。

 と思いきや、好事魔多し。水平線の向こうからゴマ粒みたいな飛行物体が次々と現れる。

 

「警報! 警報! 方位二百六十五、距離四十。数は…… いっぱい!」

「お前は二より大きい数を沢山って言う原始人かよ! さっきのソフトは使えんのか?」

「今やってますってば。いまやろうとおもったのに言うんだもんなぁ~! って、出た! 三百五十くらいですかね。たぶんですけどアレはワイバーンとかいう奴じゃないですか?」

 

 緊張感の欠片も無い口調で枚方が答える。途端にブルーアイが血相を変えて食い付いてきた。

 

「ワ、ワ、ワイバーンですと! と、と、富田林殿! 如何なさるおつもりで?! ワイバーンは一騎落とすだけでも至難の技。それが三百五十ですぞ! いったいぜんたいどうすれバインダ~~~!!!」

「餅付け、ブルーアイさん。慌てない慌てない。一休み一休み。枚方くん、例の奴は大丈夫だよね?」

「富田林さんがそう思うんなら大丈夫なんじゃないっすか? 富田林さんの中ではね」

 

 人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべながら枚方は馬鹿の一つ覚えのようにエンターキーを押す。って言うか、こいつって本当に仕事してるんだろうか。ボタンを押すだけなら俺にもできるんじゃね? ブルーアイの脳裏に微かな疑念が浮かんだ。

 

 だが、ワイバーン部隊に突如として悲劇が襲いかかる。それまでみるみる近付いて来ていたワイバーンたちの編隊が突如として乱れ始めたのだ。

 フラフラと蛇行し始める者。回れ右して引き返そうとする者。高度を落として海に突っ込む者。エトセトラエトセトラ。

 みんなちがってみんないい。金子みすゞの理解者がこんなにもいただなんて嬉しいなあ。富田林は柄にもなく感動を禁じ得ない。

 

「富田林殿、これはいったいどういうことでしょうか? 何が起こっているのか教えては下さらぬか?」

「お尻になりたい…… じゃなかった、お知りになりたいですか? どうしても知りたいって言うんなら、教えてあげないこともないですぞ?」

「いや、そこまで知りたいってほどでも無いですかな。どうしても教えたいってことなら聞かないでもないですけど」

「そ、そうですか…… アレはアレですよ。工業用のキロワット級レーザーをカメラと連動させて照射しているんです。ここは異世界だし奴らは人間じゃない。だから特定通常兵器使用禁止制限条約で禁止されている失明をもたらすレーザー兵器も使いたい放題ってわけですな」

 

 

 

 いきなりのレーザー照射で大半のワイバーンは状況も理解できぬ間に視力を失った。

 運良く明後日の方向を見ていた僅かなワイバーンは数十騎しか残っていない。

 それでも残存部隊はパニックになることなく果敢にプロダクトタンカーへと接近する。

 

 彼らが今まさに船に襲い掛かろうとした瞬間、空中で幾つもの爆発が起こった。

 背景に溶け込むよう明るい空色に塗装された自爆ドローンの体当たり攻撃を受けたのだ。

 ワイバーンは次第に数を失いながらもプロダクトタンカーへと更に詰め寄る。

 なんとか火炎弾の射程に辿り着くころには僅か十数機騎にまで減っていた。

 

 ようやく巡ってきた反撃の機会に竜騎士たちは心を奮い立たせる。ワイバーンの口中に火球が形成されていく。

 だが、火炎弾を放とうとした瞬間にプロダクトタンカーのあちこちから轟音と共に小さな光が煌めいた。

 

 

 

「アレは何ですか、富田林殿」

 

 あんたはどちて坊やかよ! 富田林は内心で毒づくが決して顔には出さない。にっこり微笑むとタブレットに画像を表示させた。

 

「害獣駆除にご協力を頂いている猟友会の方々ですよ。今回は鳥獣被害防止特措法の例外規定でキャリバー50”の対物ライフルを使っていただいております。ワイバーンは頑丈だって聞いていたので心配していましたが何とかなっているようですね」

「で、ですが火炎弾が何発も当たっているようですよ。早く消さねば」

「心配いりません。自動消化装置がありますから」

 

 モニターに目を見やればポンプで組み上げられた海水が船全体を水浸しにしている様子が見て取れた。

 ブリッジは大丈夫なのだろうか。いや、分厚いシャッターで覆われているから問題は無さそうだ。

 そこからは退屈な時間が続いた。無尽蔵に汲み上げられる海水の前で火炎弾は無力に等しい。

 猟友会の人達は一匹三万円の報奨金を着々と稼いで行く。ちなみに弾代は四井商事の負担だ。

 最後の一騎が海に落ちたのは午前九時を少し回ったころだった。静かな海には無数の漂流物が浮かんでいた。

 

 

 

「もしかして生存者とかいるのかな?」

「こんな状況で生きてる奴がいたら怖いわ! そんなのがいたら異能生存体じゃろ」

「わはははは……」

 

 一同が大爆笑し、ブルーアイも釣られて愛想笑いを浮かべる。一つの海戦が終わった。

 



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第三話 ノックは無用

ロウリア王国 ワイバーン本陣

 

 敵艦見ユ! の報を受けた三百五十騎が攻撃へ飛び立ってから三時間が経過する。

 もうすぐお昼ご飯なんだけどなあ。先に食べちゃったらあいつら怒るだろうか。怒るんだろうなあ。

 だけど折角の美味しいご飯が冷めちゃったら不味くなるしなあ。

 司令部をそんな重苦しい雰囲気が支配していた。

 

 どうして通信が届かないんだろう? もしかして別の所で食べてるんじゃなかろうな。段々と司令部要員たちの顔が殺気立ってくる。

 

 「もう先に食べちゃおうか?」

 

 司令官に意見できる奴などいない。

 

 「……昼食は十二時丁度に食べると食堂に伝えろ」

 

 司令官は決断を下す。

 

 

 

 ワイバーンたちは夕食の時間になっても帰ってこなかった。

 

 

 

 

 

中央歴1639年4月30日 クワトイネ公国 政治部会 

 

「以上がロデニウス大陸沖大海戦の戦果報告になります」

 

 重要参考人として呼び出された観戦武官ブルーアイはドヤ顔で顎をしゃくると報告を終えた。

 

 ちなみに『~になります』という言い方はコンビニ敬語とかバイト敬語とか言われて間違っているように言われることが多い。だが、辞書によると『~になります』という表現には『~に相当する』という意味もある。だからこの場合は間違っているとは言えないのだ。

 

 政治部会のお歴々は黙ったまま配られた資料を穴の開くほど見つめている。

 

「うぅ~ん…… すると何だ? 日本の船はただの一隻でロウリア艦隊四千四百隻を焼き払い、ワイバーン三百五十騎を退け、ついでに船には何の損害も無かったと言いたいのか? 死傷者なしって書いてあるけど誰も死ななかったと申すか!? 我が艦隊の出る幕は無かったと……」

「たったいま、そう言いましたよね? もしかして私の話は難しかったですか?」

 

 ブルーアイは人を小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。だが、政治局員には皮肉が通じなかったらしい。眉を釣り上げると不快そうに舌打ちした。

 

「そんな馬鹿げた話が信じれれるか! ここは神聖なる政治部会だぞ。嘘も方便…… じゃなかった、嘘も大概にしたまえ!」

 

 ちなみに『嘘も方便』の方便というのはお国言葉という意味ではない。本来は仏教用語で『仏様が衆生を教え導くために使う便宜的な方法」という意味なのだ。

 

「外務卿! そもそも連中には必要最低限度の戦力しか無いんじゃなかったのか?」

 

 どっかの馬鹿が野次を飛ばす。速記者は律儀にそれを書き留めている。

 

 本当ならばロウリアの攻勢を凌げたんだからラッキーな話だ。国の滅亡がちょっとだけでも伸びたんだから嬉しくないはずがない。だが、スケールが極端過ぎて素直に喜ぶことができないのだ。

 

 小さくため息をついた首相カナタが口を開く。

 

「どっちにしろ海からの侵攻は撃退できた。まだ何隻かは残ってるかも知らんけどな。だけどこんだけコテンパンにやられたら当分は再起不能だろう。船は作れても船員の養成には時間が掛かるもん。んで? 陸の方はどんな感じだ、軍務卿」

「偵察によればロウリア王国はギム周辺に陣地を構築しているようです。艦隊が壊滅した以上、彼らには地上部隊による侵攻しか選択肢がありません。ですが、時が経てば経つほど兵糧が苦しくなる。時間は我々の味方です」

 

 軍務卿は言葉を区切ると勿体ぶった表情で全員の顔をぐるりと見回した。

 

「四井の動向についてですが四井商事とやらが首都クワ・トイネから西へ三十キロにあるダイタル平野に縦横三キロ四方の借地権を求めてきております」

「ギムと首都の間だと? 陣地か何かを築くつもりじゃなかろうな?」

「それが…… 富田林支店長の話によればレジャーランドを建設したいとの話です。首都近郊には遊戯施設が無いからビジネスチャンスだとか何とか」

「な、な、何じゃと?! 敵が砦を築いておる目と鼻の先に遊戯施設じゃと? 気は確かなのか?」

 

 椅子からズッコケそうになった首相カナタがテーブルに肘を付いて体勢を立て直す。

 軍務卿は手元の書類にチラリと目をやるとぶっきらぼうに答えた。

 

「地価が下がっている今がチャンスだと申しておられました。如何致しましょうか?」

「あの辺りは人っ子一人おらぬ原野で土地も痩せておったか…… 宜しい、外務卿。四井商事にレジャーランド建設の許可を与えよ。ロデニウスで一番の見事なるレジャーランドを作って見せよと伝えるのじゃ」

 

 

 

 この戦時下に不謹慎な。政治部会内にはそんな反発もあった。

 だが、四井の力が無ければロウリアに対抗できない。それに三キロ四方のレジャーランドってどんなんだろう。本音を言えば誰もが楽しみで楽しみでしょうがないのだ。

 そんなわけで日本の要請を断る理由は特に無い。数日後、そこに四井商事が一大レジャーランドを建設することになった。

 

 

 

 

 

ロウリア王国 王都 ジン・ハーク ハーク城

 

 第三十四代ロウリア王国、大王、ハーク・ロウリア三十四世はベッドの中で頭を抱えていた。

 この歳にもなっておねしょをしてしまうとは情けない。寝る前に水を飲みすぎたのが敗因だろうか。

 いやいや、敗因の分析はどうでも良い。それよりも『今そこにある危機』を何とかしなければ。

 ドライヤーを借りてきて乾かすか? でも、そんな物を何に使うんですかとか聞かれたら何て答えよう。だったら先に頭でも洗うか? いやいや、朝シャンだなんてJKじゃあるまいし。

 しょうがない、ベッドで水を飲んでいて溢しちゃったってことにしよう。水、水、水…… そんな物ないやん! どうすれバインダ~! 

 大王の心の中の絶叫は誰の耳に届くこともなかった。

 

 

 

 

 

第三文明圏 列強国 パーパルディア皇国 

 

 辛気臭い部屋の中、光の精霊だかなんだかの力でガラス玉がオレンジ色にぼんやり光る。壁に映った影は二つ。膝を突き合わせるように近い距離で男たちは国家の趨勢に纏わる話で盛り上がっていた。

 

「四井? 聞いたことも無い名前だな……」

「ロデニウス大陸の北東にある島国です。っていうか、そこにある総合商社だそうです」

「いやいや、そんなん報告書を見たら分かるけどさ。ちょっと前までそんな所に島なんてあったっけ? なかったような気がするんだけどなあ。そもそもロデニウスから千キロくらいなら誰も気が付かないなんてあり得るか? あり得んだろ?」

「あの辺りは海流も風も酷いから船の難所とか何とか。誰だって近寄りたくもないんでしょう」

「とは言え、ロウリア王国の四千四百隻を焼き払うとは。なんぼなんでも非現実的じゃないのかな?」

「所詮は木造船。火を着けたら良く燃えるんじゃありませんか? 火矢に使う油とか満載してたのかも知れませんし」

「それにしても燃えすぎだろ! 四千四百隻だぞ。防火体勢に不備があったんじゃないのか?」

「消防検査とか無かったんでしょうかねえ。あったとしても無視してたのかも知れませんし。しょっちゅう火災報知器が鳴るからってスイッチを切っちゃうような人っているでしょう?」

「うぅ~ん、どうしようもないな。とにもかくにも今回の海戦の報告書は荒唐無稽に過ぎる。こんなのを提出して馬鹿かと思われたら嫌だし。真偽が確認されるまで陛下への報告は無期延期だ」

「御意」

 

 

 

 

 

城塞都市エジェイから西に十数キロの地点

 

 ロデニウス沖大海戦…… って言うか、大虐殺の一件は厳重に秘匿されていた。

 なぜならば前線兵士の士気が下がるからなんだとか。そんな取り越し苦労を他所に一部高級幹部たちは噂話に花を咲かせていた。

 

「何か変だと思わんか? 俺たちは何と戦っているんだ? 分からん、さぱ~り分からんぞ。それに威力偵察に出たホーク騎士団第十五騎馬隊の連中は何処へ行っちまったんだ?」

「ここではないどこか。じゃないですかね?」

 

 東部諸侯団のリーダー的ポジションに立つジューンフィルア伯爵が吐き捨てるように相槌を打つ。

 

「そうはいうがな。魔力探知に何の反応も無かったぞ。高威力魔法を使わずに百の騎兵が消えたんだぞ」

「んじゃあ何だって言うんだよ? 聞けば何でも答えが返ってくると思うな! 大人は質問に答えたりせん!」

「何だって良いじゃありませんか。魔法で殺されようと剣で殺されようと死ぬ時は一緒ですし」

「いやいや、全然全く違いますから。私はどうせ死ぬなら苦しまずに死にたいんですけど」

「そりゃそうだな。俺も馬鹿なことを言った。許せ」

「は、はあ……」

 

 ロウリア王国東部諸侯団クワトイネ先遣隊の兵約二万は東へと進軍を開始した。

 

 

 

城塞都市エジェイ

 

 この城塞都市にはクワトイネ公国軍西部方面師団が三万人ほど駐屯していた。名目上は一応クワトイネの主力ということになっている。

 

 将軍ノウの考えではロウリア軍にはこの城塞都市エジェイを落とすことはできない。なぜならば二十五メートルもの高さの防壁が全周囲にあるのだから。

 空中から攻められたどうするって? そのために精鋭のワイバーンだって五十騎もいるのだ。

 まさに難攻不落の永久堡塁。こんな物を攻めさせられるなんて罰ゲームでも嫌だなあ。そんなことを考えていると背後から声が掛かった。

 

 「ノウ将軍、四井の方々が来られました」

 

 司令部から協力せよと言われたからには協力だけはする。だけども正直を言うと自国に土足で踏み込んで来た連中のことが気にいらないのだ。

 

 我が物顔で領空侵犯して力を誇示してからの接触。嘘みたいな話だが四千四百隻のロウリア大艦隊をただの一隻で壊滅させたとか。

 

 そうは言っても陸戦は数が勝負だ。ところが先日、四井商事が連れて来たのは四井建設とかいう作業着を着た百名弱の兵力だ。って言うか、そもそも連中は兵なのか? 人足や人夫にしか見えんのだけれども。

 

 連中はエジェイから東に五キロほど離れた所にプレハブとかいう粗末な小屋を建てて生活している。

 司令部が許可を出したそうだが自国領内に外国軍? そもそも奴らは本当に軍人なのか? とにもかくにもそんな連中がのさばっているのが不快で不快でしょうがない。

 

 百名という数だって伝え聞く日本の総人口一億二千万と比べるとあり得ないほど少ない兵力だ。そもそも奴らは兵なんだろうか?

 

 とにもかくにもクワトイネを守るのは自分たちだ。奴らに出番が巡ってくることがあるだろうか? いや、無い。反語的表現! ノウ将軍はドヤ顔を浮かべた。

 

 

 

 コンコンコンコン。ドアが四回ノックされた。

 ちなみにノックに関する国際マナーでは正式なノックは四回とされている。ただし、日本では四回はちょっとしつこいと思われるので三回で済ますことが多い。

 二回ノックは失礼とされる。トイレで『空いてますか』みたいな意味で使われるからだ。

 

「どうぞお入り下さい。どうぞどうぞ、ささささ」

 

 将軍ノウは立ち上がると満面の笑みを浮かべて彼らを迎え入れる。

 将軍ともあろう者、内心でどんなに不快だろうとそれを顔に出さない位の分別は持ち合わせているのだ。

 

「失礼いたします」

 

 ぺこぺこと頭を下げながら四人の男が部屋に入ってくる。

 

「四井物産クワ・トイネ支店長の富田林です」

「四井商事の枚方です」

「四井建設の放出(はなてん)です」

「四井不動産の喜連瓜破(きれうりわり)です」

 

 

 男たちは次から次へと長方形の紙切れを差し出す。ノウ将軍も頭を下げながらそれを受け取った。

 四井グループの男たちは着の身着のままというか多種多様というかバラエティに富んだ服装をしていらっしゃる。自分が着ている気品溢れる衣装とは大違いだ。

 

 スーツとかいう服を来てネクタイとかいう細長い布切れを首に巻いた富田林。

 地味なシャツの上にやたらとポケットが沢山付いたベストを羽織った枚方。

 のっぺりした厚手の作業服を着た放出。

 動きやすそうでカジュアルっぽい喜連瓜破。

 

 みんなちがってみんないい!(by 金子みすゞ)

 

「これはこれは遠い所を良う参られましたな。某はクワトイネ公国西部方面師団将軍ノウと申します。此度の援軍、有難き幸せに存じます。感謝の言葉もございません」

 

 ノウ将軍は慇懃無礼が嫌味にならないギリギリの線を突いて行く。

 

「富田林殿、ロウリア軍は今にもエジェイへ攻め寄せて来るに違いありますまい。然れども見てもお解かりでしょう。エジェイの守りは絶対に破れません。百万の兵を持っても抜く事は叶いませぬでしょうな」

 

 ノウはまるで縦板に水のように続ける。いや、盾板だったっけ?

 

「我が国はロウリアに侵略を受けました。しかし、今が反撃の狼煙を上げる時でしょう。我々は正に振り下ろされんとする正義の(へっつい)…… じゃなかった、鉄槌。クワトイネからの反撃を担う尖兵として立ち向かう所存です。四井の兵はあなた方が建設中の遊戯施設から出ることなく後方支援をお願いしたい。ロウリア軍の相手は我らにお任せ下さい」

「こ、広報支援? あぁ~あ、広告宣伝のことですか。ばっちこ~いですぞ。面白いCMを作ってガンガン流しますから期待していて下さい」

「ご理解頂けて何よりです」

 

 四井の面々が退室する。ノウは思う。五キロも後方で支援しろって言ったのは皮肉なのだ。そんなに遠くから何か出来るのか。何も出来ない。要するに何もしないでねって意味なのだ。

 連中にはプライドってものは無いんだろうか? 無いんだろうなあ。まあ、どっちでも良いんだけれど。ノウは脳内から四井のことを追い払った。

 

 

 

 一方、四井の面々も口々に好き勝手を言っていた。

 

「ノウって面白い名前ですね」

「007にドクターノウっていたよな」

「笑い話なんですけど、それを『医者は要らない』って訳した奴がいましてね」

「なんじゃそりゃ。ノースモーキングを『私は横綱ではありません』みたいな?」

「あはははは……」

 

 

 

 

 

 ロウリア王国東部諸侯団クワトイネ先遣隊の兵二万はさながら無人の荒野を行くが如く城塞都市エジェイの西へと進撃していた。まあ、本当に無人の荒野だったんだけれども。

 

 あと三キロも進めばエジェイが見えてくるはずだ。はずなのだが…… 道に迷ってしまった!

 取り敢えずジューンフィルアたちはそこで野営することにする。だって他にどうしようもないんだもん。

 何だかとっても嫌な予感がしてならない。でもまあ何とかなるだろう。明日は必ずやってくるんだし。ジューンフィルアは軽く頭を振って不安感を追い払った。

 

 

 

 

 

 ノウは焦っていた。二万ものロウリア兵がエジェイの西方五キロに突如として現れたのだ。

 規模から判断して先遣隊で間違いない。そうじゃなかったら何なんだって話だ。

 問題はどうするかだな。世間では攻撃は最大の防御なんて言う人もいる。だったら防御は最大の攻撃か? そんなわけないだろ~!

 ならば籠城か? 籠城がええのんか? とは言え四井の連中に大見得を切った手前、何もせんわけにも行かんだろう。

 こうなったらもうワイバーンでも飛ばすか? だけどもあいつらは着陸時が無防備になる。そこを敵ワイバーンに狙われたら一巻の終わりだ。詰んだな。もう万策尽きちまったぞ。

 

 いっそのこと回顧録でも書こうかとノウが苦悩していると突如として伝令兵が駆け寄って来た。

 

「四井から連絡が入りました。エジェイから西方五キロの土地を不法占拠しているのはロウリアの害獣で間違いないか? もしロウリアであるなら遊戯施設建設のために駆除を行ってよろしいか? 駆除にクワトイネを巻き込んだら厄介なのでロウリア害獣から半径二キロ以内にクワトイネ軍がいないことを確認して欲しい。だそうです」

「あれだけ建設現場から出るなって念押ししたのに…… 結局は手柄が欲しいなんて見下げ果てた奴らだな。とは言え、四井の連中がいったい何をやらかすのかな。ここは一つお手並み拝見と洒落込もうじゃないか。みんな特等席へレッツラゴーだ!」

「御意!」

 

 皆は城壁に登って遠くの荒野を望む。だが、そこには見渡す限りの砂漠が広がっているだけだった。

 



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第四話 気分はいつも五月晴れ

 とっても良く晴れた五月晴れ(さつきばれ)の空の下……

 

 いやいや、本来の五月晴れ(さつきばれ)というのは陰暦五月の梅雨の時期に見られる晴れ間のことらしい。これを誤解して新暦五月の晴れという意味に使う人が多いそうな。中には国語辞典にまで間違って掲載されているというから世も末だ。

 ちなみに『ごがつばれ』って読む場合には新暦五月の晴れを表す正しい言葉だったりもする。

 それと五月半ばに大陸から流れてきた高気圧のお陰で晴れた天気が続くことも『さつきばれ』と言うことがあるというからややこしい。

 

 とにもかくにも、そんな抜けるような青空を見上げながら四井物産クワ・トイネ支店長の富田林は今日も今日とてとりとめのない妄想に現実逃避していた。

 

 

 

 

 

 そこから五キロほど西に行った小高い丘の上、ジューンフィルアは配下の兵二万を虚ろな目でぼぉ~っと眺めていた。

 

 何が面白くて駝鳥(だちょう)を飼うのだ…… じゃなかった、兵士なんてやってるんだろう。

 もう戦が始まって一月近くになるというのにやったことと言えば何だ? ギムの街で二万近くの兵が焼き殺され、遺体の埋葬が済んだと思えば砂漠の中を行軍。砂まみれの粗食に耐え、節水節水また節水で歯も碌に磨けない。お陰で兵たちのモチベーションは下がる一方だ。

 

 どうやらクワトイネ軍はエジェイに籠城する気らしい。まあ、あんな強固な城壁があれば立て籠もるのは定石中の定石だ。わざわざ打って出るなんてそれこそ馬鹿のすることだろう。

 偵察によればワイバーンが五十騎ほど確認されている。決戦に備えて温存しているのだろうか。実は全部が張りぼてのダミーだったりしてな。そもそもエジェイに駐屯しているように見える数万の兵だって案山子かも知れん。やはり威力偵察してみるべきだったんだろうか。分からん、さぱ~り分からん。

 もしかして俺は指揮官に向いていなのかも知れないな。そうだ! この戦が終わったら転職しよう。何が良いかなあ……

 

 そんな馬鹿げた事を考えている間にも気が付くと日はとっぷりと暮れていた。

 と思いきや、東の空から騒々しい音が聞こえてくる。まるで布団を激しく叩くような音が非常な速さでひたすら単調に繰り返す。

 

 ジューンフィルアには知る由もないことだがこの音はヘリコプターのメインロータのブレードによって圧縮された空気が次のブレードに叩かれる音なんだそうな。だからテールローターをダクテッド・ファンにしようがノーターにしようが関係無いんだそうな。

 

「な、何じゃこりゃぁ!」

「新種の龍か? 龍なのか?」

 

 音は明らかに頭上から聞こえる。だけども辺りはもう真っ暗なので姿は見えない。こんな暗闇の中ではワイバーンを上げることも出来ない。

 完全に詰んだな…… ジューンフィルアは早くも諦めの境地に達した。

 突如として上空から刺激臭のする液体が降って来る。何故だか知らんが死が間近に迫っていることだけは直感できた。だけどもいったい何が原因で死ぬんだろう? 分からん、さぱ~り分からん。

 

「ゲホゲホ、喉が…… 喉が痛い!」

「目がぁ! 目がぁぁぁ!」

 

 二万のロウリア兵たちがバタバタと倒れて行く。その中の誰一人として自分たちを死に追いやった物が混ぜるな危険の漂白剤と洗剤であることに気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 翌朝、ノウ将軍は眼前の光景を見て頭を抱えていた。

 日が暮れた後、西の方がやけに騒がしいと思っていたのだ。四井の連中が何かやっているかとは思っていたが、まさかこんなことになっているとは。

 二万人もの死体をどうやって片付けたら良いんだろう。そもそも近付いても大丈夫なんだろうか。見るからに健康に悪そうなんですけど。勘弁して欲しいぞまったくもう。

 

「これが、こんなものが…… 四井の戦い方だということなのか……」

 

 クワトイネの兵は誰一人としてロウリア軍と戦っていない。お陰で戦死者もいない。

 これって本当ならばラッキーなことなんだろうな。頭では分かっている。分かってはいるのだが…… 何か知らんけどムカつくぅ~~~! ノウ将軍は暫しの間、駄々っ子のように手足をバタバタさせて泣き喚いた。

 

 

 

 

 

クワ・トイネ公国政治部会

 

「えぇ~っと…… これで四井とロウリア軍エジェイ西方の戦いの報告を終わります。お粗末さまでした」

 

 パチパチパチ…… 疎らな拍手が止むと軍務卿が首をゴキゴキいわせながら口を開いた。

 

「するとなんだ? 誰一人として日本の高威力魔法を見ていないのか? 味方の兵三万の目の前で行われたというのに? 二万の兵を殺した魔法の正体はいったい何なんだ?」

「はい、誠に残念ながらさぱ~り分かりません。ただ、四井の連中は工事現場から一歩も出ていないと頑なに言い張っております」

「お前は何を言っているんだ? 四井の工事現場とロウリアの陣地までは何キロも離れているんじゃなかったっけ? 離れていたと思うんだけどなあ。違ったっけ?」

「いや、私も直接見たわけじゃありませんし。って言うか、誰も見ていないからこそこんな話になってるんでしょう? 違いますか?」

 

 売り言葉に買い言葉? 途端に会議が紛糾し始める。慌てて首相カナタが手を振って制した。

 

「悪いんだけどちょっと手元の資料を見てくれるかな?」

 

 日本製の少し厚目の上質紙…… これは110kgくらいのコート紙だろうか。そんなリーフレットが議員連中に配られる。

 ちなみにリーフレットというのは一枚の紙を二つ折りや三つ折りにした物だ。一方、パンフレットというのは一枚の紙に限らず何枚もの紙を綴じて作られた物だ。

 

「対ロウリア絶対防衛圏構想!?」

「四井建設は我が国とロウリアの国境に沿ってフェンスとやらを敷設したいとの由。蟻の子一匹通さぬ構えを作ると申しております。併せて完全自動のセントリーガンや指向性地雷、高圧電流柵、エトセトラエトセトラ。沿岸部にもカプセルに魚雷を封入したキャプター機雷を大量に敷設いたします。ちなみに費用は全額、四井が負担するそうな。その代わりに食料価格の値下げを要求されました」

 

 ざわ…… ざわ…… 然程は広くもない会議室内が福本伸行の手書き文字で埋め尽くされる。

 

「ま、まあ別にどうでも良いんじゃないのかな? どうせ誰も住んでいない所だし」

「いやいやいや、自国の国境警備を他国の民間企業に委託するというのは……」

「とは言え、今のままだと確実に我が国は滅亡だぞ…… 今回だけは四井に頼らざるを得ないんじゃないのかな? どうじゃろ? な? な? な?」

「しょうがないなぁ~」

 

 首相カナタは両の手の平を肩の高さで広げて首を竦める。その仕草を見て一同がどっと笑った。

 

「だけども長い長い国境線に柵を敷き詰めるだなんて出来るのかなあ。そんな途轍もないこと、とても上手く行くとは思えんのだけれど」

「まあ、失敗しても実害は無いんだし。ダメ元でやってみようじゃないか。もし何かあっても責任を取るのは俺たちじゃないしな」

 

 政治部会は何となく、なし崩し的に四井の絶対防衛圏構想を通過させた。

 

 

 

 

 

ギム東方 二十キロ地点

 

 ロウリア王国クワトイネ征伐隊東部諸侯団たちは苛立っていた。

 

「先遣隊との連絡は未だにつかないのか? いったいどゆこと?」

 

 副将アデムが通信技師の頭を張り飛ばす。

 

「アデム様、それってパワハラですよ」

「いやいや、セクハラやマタハラと違ってパワハラは『業務の適正な範囲』で指導することを認めているんだぞ。俺はお前の成長を期待しているんだ」

 

 先遣隊からの連絡がぱったりと途絶えたのは昨日のことだ。

 二万もの大軍が突如として姿を消す。そんなことありなんだろうか。あんまり聞いたことないんだけどなあ。通信技師は記憶を辿るがさぱ~り重い打線!

 

「偵察隊の方はどんな感じかな?」

「そろそろ先遣隊がいるはずの場所に到着するはずです。まあ、いないとは思うんですけどね」

 

 

 

ロウリア王国クワトイネ征伐隊東部諸侯団所属、ワイバーン小隊 竜騎士ムーラ

 

「この辺りだと思うんだけどなあ。ん~? 違ったかな~?」

 

 エジェイ周辺の空の上、偵察隊の十二騎は少しずつ角度をずらして扇型のエリアを索敵していた。ムーラの割当はその中でも先遣隊がいるはずの場所だ。ミッドウェイ海戦に例えると利根四号機みたいな感じだろうか? いや、全然違うな。今のは忘れてくれ。ムーラは頭を振って脳内から利根四号機を追払う。

 

 空は今日も五月晴れ(さつきばれ)? 五月晴れ(ごがつばれ)? どっちがどっちだったっけ? 分からん、さぱ~り分からん。何だかもう帰りたくなってきたぞ。もうこのまま帰っちまおうかな。何も見つかりませんでしたって報告すれば済む話だし。

 よし! そうしよう。ムーラはくるりと踵を返すと今来た方向へ帰って行った。

 

 

 

「なんだったんでしょうね、今のは?」

「さあなあ…… まあ、無益な殺生をしなくて済んだんだから良いんじゃね?」

「いやいや、僕らの仕事は害獣駆除でしょうに。一匹で三万円なんですからね」

「まあ、こんな日もあるさ。ところで釣果が無いことを坊主っていう理由を知ってるか? 坊主頭には毛がないのから『もう毛がない』が転じて『儲けがない』って説があるらしいな。と思いきや『魚っ気がない』とか『食い気がない』で坊主と言うって説もあるぞ」

「本当ですか、それ?」

「あたぼうよぉ! こちとら嘘と坊主の頭は結ったことが無いんだぞ。あはははは……」

「……」

 

 今日もエジェイの街は平和だった。

 

 

 

 

 

ロウリア王国東部諸侯団

 

 副将アデムは例によってイライラしていた。このままだとストレスで禿げちゃいそうだ。もういっそスキンヘッドにしようかな。散髪代とか浮きそうだし。そんな馬鹿なことを考えていると不意に背後から声が掛けられた。

 

「どうなっているのですかぁ!」

「うわぁ! びっくりしたなあ、もう。脅かさないでくれよん。心臓がびくっとしたぞ」

「ああ、すいません。いるとは思わなかったもので」

「済まんなあ、存在感が薄くて。そのせいで頭も薄くなりそうだよ」

 

 部下たちは冷や汗を掻く。十二騎の偵察隊は全く何も発見することが出来なかったのだ。

 

「現在調査中でして……」

「どんな方法で調査してるのかな? 具体的に教えて欲しいんだけど?」

「……」

 

 途端に場がお通夜のように静まり返る。

 将軍パンドールは小さくため息をつくとポツリポツリと話し始めた。

 

「まあ、考えてもしょうがないや。小さな事からコツコツやって行こうよ。千里の道も一歩からって言うもんな」

「ワイバーン五十騎を常時直衛に上げます。非番の者はローテーションを組んでギムの竜舎で休ませましょう。スクランブルが掛かれば直ぐにでも出撃させられる体制です」

「ご、五十だと? なんぼなんでも多くないか?」

「いやいや、二万の兵が迷子になるなんて前代未聞の珍事ですよ。ひょっとすると天変地異の前触れかも知れません。我々になにかあったら困っちゃいますよ。主に我々が」

「そ、そうかも知れんな。そうじゃ無いかも知れんけど……」

 

 言語明瞭、意味不明瞭。今日も今日とて将軍パンドールは自分でも何を言っているのかわけが分からない。

 だが、下手な考え休むに似たり。パンドールの妄想は強制終了させられる。

 ワイバーンがバタバタと羽音を立てて兵舎のすぐ脇に緊急着陸したのだ。

 

「ほ、報告! 緊急報告にございます!」

「うわぁ、びっくりしたなあ! いったい何があったんだよ?」

「ギ、ギムの西で国境線が封鎖されています。等間隔で鉄の杭が打たれ棘の付いた太い針金が何重にも張り巡らされておるような。それが南北に何キロも伸びていて、大きな音を立てる鉄の塊が先へ先へと伸ばしておりました。近付こうとすると一キロ以上も離れた所から目に見えぬ礫を飛ばしてくるようで仲間が何騎もやられました。我々は…… 我々は本国と孤立しつつあります!」

「……」

 

 将軍パンドールは頭を抱えて小さく唸ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

数日後――――――

ロウリア王国首都 ジン・ハーク ハーク城

 

 六年くらいの歳月、列強の支援、土下座外交、エトセトラエトセトラ。艱難辛苦を乗り越えてやっとこさっとこ実現させたロデニウス大陸統一戦争。

 今やらないでいつやると言うのだ。今でしょ! 

 余裕のよっちゃんで勝つるはずだったのに。勝つるはずだったのに…… 

 

 それが二井だか四井だか言う何処の馬の骨とも分からんゴロツキの参戦で保有している軍事力の大半と連絡も取れなくなってしまった。あいつらいったい何処でどうしているんだろう。元気でいてくれたら良いんだけどなあ。

 

 当初、交易を行おうと訪れた二井だか四井だかの担当営業を丁重に扱っとけば良かったなあ。後悔先に立たずんば虎子を得ずとはこのことか。まあ、そんな諺は無いんだけれど。

 

 味方の軍勢は大損害を被ったというのに二井だか四井だかの人間は一人も死んでいないんじゃなかろうか。いや、もしかして案外と大損害を与えているのかも知らんけど。

 うん、そうだ。きっとそうに違いない。何だか知らんけどそんな気がしてきたぞ。ハーク・ロウリアは考えるのを止めた。

 



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第五話 一発だけなら誤射かもしれない

グラ・バルカス帝国(通称第八帝国)情報局

 

 ずらりと並んだ通信機からピコピコピーとかいう音が絶え間なく鳴り響く。ここに一日閉じ込められてたら頭が変になっちまうぞ。罰ゲームでも真っ平御免の助だな。黒い制服の男は忌々しげに顔を顰める。

 

「閣下、ロデニウス大陸から新しい報告書が届きましたよ」

「何か面白いニュースはあるのかな?」

「えぇ~っと…… ロウリア王国がクワ・トイネ公国とクイラ王国へ攻め込んだ件は四井とかいう日本の民間企業の妨害により頓挫したようですね。ロウリアは海軍の全てと陸軍の大半を失い、にっちもさっちもどうにもポメラニアン…… じゃなかった、ヨークシャテリア? プードル?」

「お、お前は何を言ってるのだ?!」

 

 普段ならば報告なんか適当に聞き流しているだけのちゃらんぽらん野郎の癖に。今日に限って閣下と呼ばれた男は珍しく真面目に話を聞いている。黒い制服の男はちょっとイラっとしたが鋼の精神力で何とかそれを抑え込んだ。

 

「ブックメーカーの見立てではロウリアの圧勝でロデニウス大陸は統一されちまうんじゃなかったっけかな? 確かオッズは1.2倍くらいだったような気がするんだけれど。もしかして俺の掛け金は……」

「そもそも日本という国は賭けの対象にすら上がっていませんでした。なので掛け金は全額払い戻しになるそうですよ」

「よ、良かったぁ~! スカンピンになるかと心配で心臓が止まりそうになったぞ。ほら、触ってみ。まだドキドキしてるだろ」

「いやいや、閣下。止まったらドキドキしないんじゃないですか?」

「お前は阿呆か! 本当に止まったら死んじゃうじゃんかよ!」

「あはははは……」

「うふふふぅ……」

 

 情報部には今日も笑いが満ち溢れているのであった。どっとはらい。

 

 

 

 

 

パーパルディア皇国第三外務局

 

 皇宮からちょっと離れた所に外務省は建っている。そしてその建物の中でも、さらに隅っこの方にある第三外務局。そこを人々は人材の墓場と呼んで心の底から蔑んでいた。

 簡単に言えば第一外務局は超スーパーエリート。第二外務局は普通のエリート。

 対して第三外務局はいわゆる落ちこぼれエリートなのだ。

 

 例えるならば東大卒業生は毎年毎年三千人ほど発生している。だが、その全員が全員揃って社会で大活躍しているってわけでもない。ニートになったりつまんない犯罪に手を出したりする半端者だっていないことはない。

 ここ第三外務局の局員はそういった頭は良いけど人間性に問題を抱えた人物の吹き溜まりだったのだ。

 

「えぇ~っと、あの計画はどうなっていたっけかな?」

「アレですか? アレはアレですよ、アレ。ほれ…… もうすぐ皇国監査軍東洋艦隊二十二隻がフェン王国を懲罰するために出撃するみたいですね」

「上手く行くのかなあ。上手くいったら良いんだけど。って言うか、上手く行かなかったら困っちゃうぞ。主に俺たちが」

「ですよねぇ~」

 

 

 

 皇帝の国土をちょこっとだけでも広げるために第三外務局では日夜、涙ぐましい努力を繰り広げている。今回、フェン王国の南部から二十キロ四方の土地を買収するよう求めたのもその一環だ。

 その土地は保安林だか耕作放棄地だか知らんけど遊休地なので何の役にも立ってはいないらしい。代わりに帝国は貴重な技術供与を行おうというのだ。だが、フェン王国はどこからどう見たってメリットしかないこの提案をこともあろうに断ってきたのだ。

 そこで代案として出されたのは同土地を四百九十八年に渡って租借したいというプランだ。ところがフェン王国は返事すら返してこない。っていうか『宛所に尋ねあたりません』というスタンプが押されて返送されてきたのだ。

 

『列強国の顔を潰された!!!』

 

 第三外務局の判断は結果的に間違っていた。何故ならば本当に宛名が間違っていたのだ。

 しかし、そんなことに気付かない慌てん坊の局長カイオスは軽はずみにも監査軍東洋艦隊の派遣を決定してしまったのだった。どっとはらい。

 

 

 

 

 

「どうしても局長が無理だというのなら課長でも良いのだが? 君のような下っ端じゃ話にならん。権限を持った者に目通りを願いたい」

 

 四井商事で対パーパルディアの営業担当をしている天下茶屋は三ヶ月も前から窓口で足止めされていた。

 

「もうちょっとだけ待って下さいな。番号札の順で手続きしていますので…… ただし、内容によって順番が前後することもあります。ご理解とご協力をお願いします。とは言え、貴方たちの要求内容を見たところ…… 結構ハードルが高いですなあ……」

「ハードル? それって障害物競争のですか? アレでしたら国際陸連の規定で男子110メートルが106.7センチ、同400メートルが91.4センチ、女子100メートルが83.8センチ、同400メートルが76.2センチ決まっているのですが? もしかして貴国では中学女子100メートルの76.2センチとか男子ジュニア110mの99.1センチのを使っているとか?」

 

 天下茶屋はスマホでハードルに関する規定を調べて即答する。港に停泊させている母艦に臨時基地局があるので電波が届いているのだ。

 

「いやいや、ハードルと言ったのは言葉の綾? 物の例え? 閃いた! 比喩表現! そう、比喩表現ですよ。とにもかくにも貴方方…… 四井の技術の特許権を帝国で認めろと申されておられるので……」

「それが何でしょうか? まさかとは思いますが帝国(笑)とやらは特許権という概念すらないくらい未開なんでしょうか?」

「はぁ? 我が国は列強なんですけど?」

「れ、れ、列強ですと? 帆船や馬車しか無いこの国が列強? ひょっとしてここは映画村か何かだったりするんですか?」

「えいがむら? それが何かは知りませんが貴国はどんだけ田舎から出て来たんですか? なんぼ文明圏外から来たって国際常識くらい勉強してから来て下さいな」

 

 広角泡を飛ばしながら窓口係は語気を荒げる。天下茶屋は身を捩って唾液を避けた。

 

「?」

「良いですかな? この世界において我が国が国際特許を相互承認している国は四カ国のみです。つまりは列強国だけなんですよ。列強国でもない、ましてや文明圏にすら属していない国際常識も理解できていない貴国が、特許権を認めろなどと列強国の如き要求をするとは…… とにもかくにも二週間あれば課長のスケジュールにも空きが出ます。ですからそれまで待って下さいな。とは言え、個人的感想としては結構ハードルが高いような気がしますよ」

「そんだけ高いんなら下を潜った方が早いかも知れませんね。まあ、ハードルを潜ったらルール違反で失格なんですけど。とにもかくにも二週間後にまた来ますよ。ただし、その頃にはあんたは八つ裂きになってるだろうけどな……」

 

 意味不明な捨て台詞を残して天下茶屋はその場を後にする。

 だが、この二週間がパーパルディア皇国にとって致命的な二週間になるだろうとは。この時点でそれに気付く者は誰一人としていなかった。

 

 

 

 

 

第三文明圏列強パーパルディア皇国から東方に二百十キロ フェン王国

 

 南北に百五十キロ、東西が六十キロほどの勾玉を逆さにしたような島が海に浮かぶ。って言うか、勾玉に上下なんてあったんだ。知らなかったぞ。勉強になるなあ。

 ちなみに言うまでもないが実際に浮かんでいるわけでは無い。そんなひょっこりひょうたん島みたいな島があったら怖いわ!

 いやいや、南米アンデスのチチカカ湖にはトトラとか言う葦を重ね合わせた浮島が沢山浮かんでるって聞いたことあるんだけどなあ。世界ふしぎ発見とかで見たような気がするぞ。

 それはそうと第三文明って雑誌があるよなあ。読んだことは無いんだけれども。

 そうそう、第三帝国っていうのもあったっけ。ナチスドイツのことだよな。そう言えば……

 

 大日本帝国海軍、防空巡洋艦摩耶のCICに引き篭った艦長の羽曳野は一人で物思いに耽っていた。

 

「艦長、まもなく首都アマノキ沖に着きますよ。どうしますか?」

「アマノキ側の指示に従ってくれ。ただし座礁には注意してくれよ」

「しっかし、国交も結ばないうちから空母打撃群を親善訪問させろとはなあ。剣王シハンって奴は何を考えてるんだ? しかも標的を用意するから敵に見立てて攻撃してくれだなんてさ。軍事同盟すら結んでいない国がいったい何を言い出すんだろうなあ」

「まあ、貴重なビジネスチャンスではあるんですけどね」

 

 みなが軍服を着ているCICの中、一人だけスーツにネクタイというスタイルの男が相槌を打った。

 四井造船から派遣された八尾と言う中年男だ。神経質そうな口元を歪めると艦長の目を見ながら言葉を続ける。

 

「ここは地球では無いから武器輸出三原則は関係無い。二十一世紀の技術で作られた物ならばリバースエンジリアリングの可能性も皆無。バンバン売ってガッポガッポと儲けましょうや。とにもかくにも海軍さんは標的を破壊するだけの簡単なお仕事です。お手数ですが宜しくお願いいたしますよ」

「礼には及びません。仕事ですから」

「それってシン・ゴジラで國村隼さんの言ったセリフですよね?」

「お? 分かりましたか。嬉しいなあ」

 

 そんな馬鹿な遣り取りをしている間にも空母打撃群はアマノキ沖合に停泊した。

 

 

 

 

 

 城から港を見下ろしていた剣王シハンは暫しの間、呆然としていた。

 

「アレが日本の戦船なのか? 何だか知らんけどめったやたらと大きいんですけど。前から後ろまで行くのにどれくらい掛かるんだろうな」

「ガハラ神国から噂では聞いておりましたが、まさかここまで大きいとは。アレが鉄で出来ておるのですぞ。材料の鉄だけでも幾らくらい掛かるんでしょうな」

「あんだけ大きいと中で迷子になるかもしれませんぞ。がはははは……」

 

 騎士長マグレブも何でも良いから面白い事を言わねばと頭を撚る。しかしなにもおもいつかなかった!

 

「某も幾度かパーパルディア皇国へ物見遊山へ行った事があります。ですが、こんなに大きな船を見るのは初めてです。すっごく大きいです!」

「君は騎士長なんだろ? もうちょっとマシな感想は無いのかね? 子供じゃあるまいし」

「ぷぅ~くすくす」

 

 剣王シハンを始め、綺羅星の如く居並ぶお歴々に笑われたマグレブは穴があったら埋めたい気分だった。

 

 

 

 

 

 フェン王国の幹部連中が見下ろす先には大日本帝国海軍の軍艦が八隻浮かんでいた。

 

 いやいや、厳密に言えば違うのだ。大日本帝国海軍の艦艇類別標準によれば軍艦というのは戦艦や巡洋艦など主要艦艇だけを指すそうな。つまり駆逐艦や潜水艦は軍艦では無い。

 見分け方は簡単だ。艦首に菊花紋章が付いてるかどうかで判断できる。

 ちなみに軍艦じゃない奴は何て呼べば良いのかって? それは艦艇って言えば良いのだ。

 

 そして今現在、アマノキ沖に展開しているのは軽空母一隻、防空巡洋艦二隻、防空駆逐艦三隻、補給艦一隻、測量艦一隻。つまりは軍艦三隻、艦艇五隻が停泊していたのだった。

 

 

 

 

 

「剣王、もうすぐこちらが用意した廃船(ハルク)を日本の軍艦が攻撃しますぞ」

 

 軍艦が攻撃するって言うからには防空巡洋艦二隻のどちらかが攻撃するんだろう。だけど二隻いるからどっちが攻撃するのかまでは分からない。一同の視線が二隻の大型艦の間を行ったり来たりする。

 

 ちなみにこのイベントの言い出しっぺは他ならぬ剣王シハンその人だ。一国の王ともあろう者が四井の担当営業を相手に直談判したお陰で実現することになったんだそうな。

 

『オラに…… オラに日本の力を見せてくれ!』

 

 そんな風に言ったとか、言わなかったとか。嘘か本当かは知らんけど。

 とにもかくにも、その答えが今まさに得られようとしていた。

 

 日本艦隊からずっと西の沖合にフェン王国が用意した廃船が四隻、等間隔で仲良く並んでいる。

 距離は艦隊から二キロといったところだろうか。剣王シハンはゴテゴテと派手な装飾で彩られた望遠鏡を顰めっ面で覗き込む。

 どうやら向かって右側にある防空巡洋艦とかいう軍艦が一隻だけで攻撃を行うようだ。

 甲板上に無数に並んだ四角い蓋の一つがパカッと開くとオレンジの炎が吹き出す。直後に白くて細長い棒状の物体が白煙と共に勢い良く真上に飛び出した。

 

「うぉ~!」

 

 観客席から一斉に大きな歓声が上がる。ほぼ同時に何かが吹き出すような大きな音が聞こえて来た。剣王も思わず身を乗り出してしまう。

 開いたままの蓋からは一秒ほどの間隔で次々と棒が飛び出す。合わせて四本が飛び出したところで蓋が静かに閉まった。と思いきや、隣の蓋が開いて同じように四本の棒が飛び出す。続いてその隣。それが終わればまた隣。更にその隣……

 いったいいつまで続くんだろう。もう飽きてきたんですけど。剣王が望遠鏡から目を離した丁度その時、攻撃は終わった。

 

 だが、標的のボロ船は依然としてそこに浮かんでいる。さっきの棒切れはいったいどこに飛んでいったんだろう? その問いに答えられる者はどこにもいなかった。

 

 

 

 

 

「あれはいったい何だったんだろな? 見た感じ、標的には何の変わりもないみたいだけれど」

「一発として掠りもしていないぞ。『当たらなければどうということはない』とは正にこのことだな」

「いやいや、あの四井のやったことだぞ。普通に浮いてるように見えるけど『お前はもう沈んでいる!』みたいなことがあるのかも知れんぞ。助かったと思ったら実はやられてたっていうのはフィクションで良くある展開じゃん」

「そうかも知れんな。そうじゃないかも知らんけど」

 

 だが、待てど暮せど廃船には何の動きもなかった。

 

 

 

 

 

 ここで時計の針を五分ほど巻き戻してみよう。

 

 防空巡洋艦摩耶のCICは喧々諤々(けんけんがくがく)の様相を呈していた。

 ちなみに喧々諤々という言葉は本来は誤用らしい。喧々囂々(けんけんごうごう)って言葉と侃々諤々(かんかんがくがく)っていう四字熟語が入り混じってしまった物らしいのだ。

 しかし間違った使い方が世間に広まってしまい、遂には広辞苑にすら『喧々囂々と侃々諤々とが混交して出来た語』として掲載されるありさまなのだ。

 

 切っ掛けとなったは摩耶のレーダーに映った未確認飛行物体だったっけ。艦長の羽曳野は他人事のように思い出す。

 

 

 

「電探に感あり! 方位二六五、距離四十海里、高度千二百フィート、速度百九十ノット。真っ直ぐにこちらへ向かって来ます。数は…… およそ二十」

「ほぼ真西だな。それがフェンの連中が言ってた標的だろう。間違いない」

「ところで手前にあるボロ船は何なんだろうな。凄い邪魔なんですけど」

「アレは関係無いだろ。だって防空巡洋艦のデモンストレーションなんだもん。対空兵器を見たいに決まってるさ」

「念のために確認しますね。もし間違えたら大変ですから」

 

 心配性な副長の指示で魔信を使ってフェン側に問い合わせがなされる。

 回答を待つ間に羽曳野艦長は無駄薀蓄を傾ける。

 

「リムパックでA-6イントルーダーを撃墜した夕霧を覚えているか。アレは完全なヒューマンエラーだったっけ。ちょっと気を付けてれば防げた事故だったんだ。あんな目には遭うのは真っ平ご免だからな。それにしてもアレは凄い事件だったなあ」

「その前年にもF-15僚機撃墜事故なんてのがありましたね。アレもヒューマンエラーでしたっけ。どっちも死人が出なかったのが不幸中の幸いでしたよ」

「確認が取れました。標的は本艦から見て真西で間違いなそうです」

 

 CIC内の雰囲気が急速に盛り上がってくる。だって実弾を撃つ機会なんて滅多に無いことなんだもん。みんな本音を言えば楽しみで楽しみでしょうがないのだ。

 

「さて、そうなるとどうやって的を始末するかだな。全部SM-2で落とすか?」

「いやいや、相手は低空を二百ノットで飛ぶ標的機なんですよ。そんなことしたら勿体無いお化けが出ちゃいますって。SM-2で四機、ESSMで四機、SeaRamで四機、五インチ砲で四機、CIWSで四機で良いんじゃないですかね」

「ちょっと待てよ。なんぼ標的機でも真っ直ぐ向かってくる奴をCIWSの射程まで近付けたら怖いだろ。って言うか、剣王様とやらのリクエストは『オラに力を見せてくれ!』なんだぞ。全力を見せた方が良いに決まってるじゃん。同時に四機しか対処できないって思われちまうぞ。全部SM-2に一票!」

「そんなことありませ~ん。ミサイルだけじゃなくて砲熕兵器だってアピールした方が良いに決まってますぅ~」

「その案自体を否定する気はありませんよ。だけども撃墜数で均等割りっていうのは頂けませんね。コストが釣り合いません。SM-2とESSMで一機ずつ。SeaRamで二機、五インチとCIWSで八機ずつぐらいで良いんじゃありませんか」

「だ~か~らぁ~~! CIWSの射程まで八機も近付けたら怖いって。それにCIWSが安いっていうのは偏見だぞ。あいつのタングステン弾は一発八万円もするんだもん。それに万一、撃ち漏らしたらどうすんだよ! お前が責任取ってくれんのかよ?」

 

 一同の関心は標的をどうやって撃ち落とすかに集中している。完全に思考ロックが掛かった状態だ。一度こうなってしまうと実はアレは標的では無いなどという考えが入り込む余地は無い。

 それはそうと、どんどん議論がヒートアップして収集がつかなくなりそうだ。ちょっとでも場の空気を和ませようと羽曳野艦長はおどけた調子で割って入った。

 

「そもそもこの議論に意味はあるのかな? って言うか、決定権は誰にあるんだろ?」

「そ、そりゃあ艦隊司令じゃないですか?」

「いやいや、艦の運用に関わることは艦長が決めて下さいな」

「ちょ、おまっ…… 今回の軍祭参加は四井さんが勝手に決めて強引に軍に捩じ込んで来たことでしょう? 四井さんが責任を取って下さいよ」

「そんな馬鹿な話がありますか。何で一民間人に過ぎない私がそんなこと決めなきゃらなんのです。って言うか、今回の弾薬代っていったい誰が負担するんでしょうねえ?」

「そ、そりゃあ…… 分からん、さぱ~り分からん」

 

 全員がキョロキョロとお互いの顔を見合わせる。今や摩耶のCICは責任者不在の状況となっていた。通常ならばこんなこと絶対にあり得ないだろう。

 しかし他国の軍祭、四井の案件、剣王シハンのリクエスト、エトセトラエトセトラ。様々な要因が絡んで何が何だか訳の分からないことになっていたのだ。

 それまで議論に加わらずぼぉ~っとレーダー画面を見つめていた男が急に振り返る。

 

「標的、二十五海里まで接近。まだ結論は出ないんですか?」

「何だかもう、どうでも良くなって来たぞ。ESSMで全部落とそう。最悪でも始末書を一枚書きゃ済む話だろう? 時間が勿体無いよ」

「はい、決定! そんじゃESSM、うちぃ~かた始め!」

「ESSM、うちぃ~かた始め! ぽっちっとな」

 

 丸メガネの男は勿体ぶった手付きでエンターキーを押した。

 

 

 

 

 

 数分後、防空巡洋艦摩耶のCICに集う面々は満ち足りた気分で佇んでいた。

 

『標的を撃つ時はね…… 誰にも邪魔されず自由でなんというか…… 救われてなきゃあダメなんだ…… 独りで静かで豊かで……』

 

 羽曳野艦長は心の中でひとりごちてにんまりとする。

 その時、魔信から声が聞こえてきた。

 

「聞こえますか…… 聞こえますか…… 日本のみなさん…… フェン王国騎士長マグレブです…… いま私はあなたの心に直接呼びかけています…… 貴方がたの攻撃は標的の廃船に…… 当たらなかったのでしょうか?」

「ひょ、標的の廃船だってぇ~っ? アレってもしかするともしかして…… 標的ってあっちの方だったのかよぉ~~~っ!!!」 

 

 羽曳野艦長の絶叫がそれほど広くもないCICに響き渡る。全員が全員、面白いように視線を泳がせた。だけどもグズグズしちゃおれんぞ。羽曳野艦長は魔信機のマイクを奪い取ると引き攣った顔で話し掛ける。

 

「マ、マ、マグレブ殿…… こちらは防空巡洋艦摩耶の艦長羽曳野です。残念ながら本艦は技術的なトラブルにより標的の破壊に失敗しました。ご期待に沿う事が出来ず遺憾の極みです。今後、このようなご迷惑をお掛けすることがないよう内部のチェック体制を改めるとともに乗員一同細心の注意を払い任務に取り組む所存です。何卒、ご容赦賜りますようお願い申し上げます。それでは失礼いたします」

 

 羽曳野艦長はスイッチを切ると一同を振り返る。

 

「ずらかるぞ! 急げ急げ急げ! Hurry up! Be quick!」

 

 大日本帝国海軍の空母打撃群はフェン王国の首都アマノキから脱兎の如く逃げ出した。

 



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第六話 東洋艦隊の悲劇

 パーパルディア皇国の皇国監査軍東洋艦隊所属に所属するワイバーンロード部隊の精鋭二十騎はフェン王国に懲罰的攻撃を加えるため東へ向かっていた。

 詳しい事は知らんけど、とにかく飛んで行って手当たり次第に火を付けてこいと言われ…… 火を点けて? 火を着けて? 火を灯けて? 分からん、さぱ~り分からん。竜騎士レクマイアは頭を振って混乱した思考をリセットする。

 とにもかくにも栄光ある皇国監査軍が放火魔みたいな真似をさせられるとは世も末だな。これはもう転職先を探した方が良いかも知れんぞ。ワイバーンロードの飛行士免許を持ってるんだから民間の郵便事業者なんかに再就職が……

 その瞬間、竜騎士レクマイアの人生は唐突に終わりを告げた。

 

 

 

 

 

パーパルディア皇国 皇国監査軍東洋艦隊

 

 提督ポクトアールは甲板に出て東の空をぼぉ~っと見詰めて佇んでいた。その姿は会社をリストラされたことを家族に打ち明けられずに公園のベンチで時間を潰す中年サラリーマンを彷彿させる。

 

 現在位置はフェン王国から西方へ百キロほどの地点。速度は十五ノットだから…… 三時間半ってところだろうか。

 合ってる? 計算合ってるのかなあ? 間違ってたら格好悪いなあ。そんなことを考えていると急に背後から声が掛かった。

 

「竜騎士隊との通信が途絶しました」

「またかよぉ~! あいつら真面目に仕事する気あんのか?」

 

 魔信士からの報告に提督ポクトアールは泣きたくなった。糸の切れた凧じゃあるまいし。いったいあいつらどこで油を売っているんだ。道草を食うにしても海の上だぞ。奴らが着水できるとも思えんし。わけがわからないよ……

 何だかとっても嫌な予感がするなあ。だけどもこれって第三外務局長カイオスから命令されたことなんだっけ。ちゃんとやらないと後で何を言われるかわからんぞ。

 

 皇国監査軍東洋艦隊の二十二隻は風神の涙が発する風を帆に受けて東へ東へとひた走る。

 大海原を進むこと暫し。水平線の向こうに何かが見えてきた。

 

「艦影と思しきものを見ゆ! 当方に接近しつつあり!」

「なんじゃありゃ?! どでかいぞ。フェン王国にあんなのあったっけかなあ」

 

 小さな島くらいありそうな物が海の上を移動しているように見える。まさか目の錯覚か? もしかして老眼が始まっちまったのかも知れんな。今度、眼科検診でも受けた方が良いんだろうか。

 いやいや、どう見ても動いてるんですけど。怖っ! 何だか知らんけど怖っ!

 

「総員、戦闘配置に着け! これは訓練では無い! これは訓練では無い!」

 

 副長の絶叫で提督ポクトアールはようやく我に返る。副長がいて良かったなあ。副長さまさまだぞ。今度お礼を言わなくっちゃ。

 そんな馬鹿な事を考えている間にも小島のような巨大船はどんどん近付いてくる。信じがたいことだけれど常識外のスピードが出ているようだ。もしかして三十ノットくらい出てるんじゃなかろうな。

 

「ぶつかるぞぉ~! 避けろぉ~! 避けろぉ~!」

 

 誰かの叫び声が聞こえる。だけどもどっちに? こっちは二十二隻の艦隊なのだ。バラバラに動いたら滅茶苦茶になっちまうぞ。どうすれバインダ~!

 

 直後に提督ポクトアールの乗った戦列艦は超巨大船とオフセット衝突する。文字通りに木っ端微塵となった元戦列艦は海洋ゴミとなって波間に漂った。

 

 

 

 

 

 時間を遡ること数分前。大日本帝国海軍に所属する防空巡洋艦摩耶の羽曳野艦長はレーダーからの報告に困惑していた。

 

「前方に二十二隻の艦影、十五ノットで真っ直ぐ向かって来ます」

「もしかしてさっきの標的機…… じゃなかった、正体不明の飛行物体の関係者かなあ。やっぱりちゃんと謝った方が良いんだろうか。桜の木を切ったワシントンみたいにさ」

「あの話はフィクションなんですけどね」

「えぇ~っ! そうなの? 俺、本気にしてたんだけどなあ」

 

 純真な子供の夢を壊された羽曳野艦長は頭を殴られたような衝撃に思わずへたりこむ。だが、追い打ちを掛けるように副長が話しかけてきた。

 

「如何されます、艦長? このままでは衝突しちゃいますよ」

「ちょっとだけ待っててくれ。いま対応策を鋭意検討中だ」

「分かりましたよ。だけど、早くして下さいね。相対速度四十五ノットなんですから」

「そんなん言われんでも分かってるって。お前は俺のお母さんかよ! とにもかくにもどうするかだな。標的の特徴をハッキリ伝えなかったフェン側の責任ってことでどうじゃろ? だけどここにいない奴に責任を押し付けるのって欠席裁判みたいで卑怯かな? とは言え、責任を取らされるのだけは絶対に勘弁して欲しいぞ。だって俺はこれっぽっちも悪くないんだもん」

「言っときますけど私も悪くないですからね。そもそも私は部外者で何の決定権も無いんですから」

 

 四井造船から派遣された八尾が顎をしゃくり上げながら吐き捨てるように呟いた。

 いやいや、ESSMで全部撃墜しろって言ったのはあんただろ~! 羽曳野は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。卑屈な笑みを浮かべながら上目遣いに顔色を伺う。

 

「今は犯人探しをしている時じゃないだろ? まずは『今そこにある危機』を何とかするべき時だぞ。前方の艦影ってのはどんな感じなんだ?」

「ちっぽけな木造船みたいですよ」

「北朝鮮の漁船みたいな奴なのかな。この際だからついでに蹴散らしちまうか?」

「我々から見てアレは西にありますよね? だったらアレもてっきり標的だと思ったって言い訳がギリギリ成り立ちますよ。始末しちゃいましょう。撃沈に一票!」

「私も賛成です。死人に口無し。事故の際、目撃者を消すのは基本中の基本ですよ」

 

 どこの基本だよ~! 羽曳野は口まで出掛かった言葉を飲み込む。せっかく意見が纏まり掛けているんだ。わざわざ波風を立てることも無いだろう。

 集団での意思決定は責任感が分散されるから危険な選択肢を取りやすくなるんだそうな。リスキーシフトと呼ばれるこの現象を羽曳野は身を持って実感して……

 

 その時、不思議なことが起こった。艦全体を物凄い衝撃が襲ったのだ。

 

「何だ? 何が起こった? もしかして地震か? 海の上なのに?」

「先ほどの粗末な木造船と衝突した模様です」

 

 副長がまるで他人事のように報告する。まあ、本当に他人事なんだけれども。

 いやいや、当事者だろ! 羽曳野は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。

 

「あの、その…… 何で黙ってたんだよ!」

「だって艦長、ちょっと待てって言ったじゃないですか。だから待ってたんですよ」

「お前は臨機応変って言葉を知らんのか! これじゃあまるでハンフリー・ボガード主演の『戦艦バウンティ号の叛乱』みたいじゃんかよ!」

「それを言うなら『ケイン号の叛乱』でしょう? とにもかくにも、結果オーライじゃないですか。木造船は全部沈んじゃったみたいですよ」

「そ、そだねぇ~!」

 

 真面目に考えるのが馬鹿らしくなった羽曳野は考えるのを止めた。

 

 

 

 日本国とパーパルディア皇国の初の海難事故は日本側の圧勝? で終わった。

 パーパルディア艦隊には生存者は一人もおらず、パーパルディア史上唯一の生存者のいない海戦? となった。

 

 

 

 

 

フェン王国 首都アマノキ

 

 話はちょこっとだけ遡る。

 せっかく用意した廃船(ハルク)に傷の一つも付けることなく風のように走り去った大日本帝国空母打撃群。その体たらくを見た各国武官は放心状態となっていた。

 

「な、何だったんだ…… あの連中は?!」

「いったい何をしに来たんだろうな。よっぽど暇だったんだろうか」

「に、日本国…… 恐ろしい国!」

 

 みんな、ガラスで出来た仮面を被った人たちのように白目を剥いて口元を引き攣らせている。

 

「それにしても火を噴いて飛んで行った棒切れはどこに行っちまったんだろうな」

「今ごろになって戻って来たら怖いなあ」

「いやいや、流石にそんなことはないだろう」

 

 文明圏外国の武官連中は自分たちの理解を越えた巨大艦に呆れ返ると同時に、あんなのに関わり合いになりたくないなあと考え始めていた。

 もしかしたらあの国と関わるととんでもない目に合わされるかも知れん。命が幾つあっても足りんぞ。

 フェン王国の軍際に来たんだからフェンと友好関係にあるんじゃなかろうな。

 だったらフェン王国とも適度に距離を置いた方が良いかも分からんな。あの国と親密になったら酷い目に遭うかも知れんぞ。ひょとしたらひょっとして……

 

 後にフェン軍祭の珍事件と言われたアクシデントの後、日本は急激に他国からよそよそしい態度を取られることになった。

 

 

 

 

 

パーパルディア皇国 第三外務局

 

 報告を読んだ局長カイオスは椅子からずっこけそうになった。

 そもそもの切っ掛けはフェン王国が皇国の用地買収を断ったせいだったかなあ。

 四百九十八年間の借地権っていう代替案すら断られた。実際には宛先不明で郵便物が返送されただけなんだけれども。

 

「フェン王国は皇国を舐めてるのかしらん?」

 

 自分達のミスを棚に上げて第三外務局内の一同は怒り狂った。

 ヤクザは舐められたら仕舞いじゃ! どっかの誰かがそんな事を言ってたっけ。カイオスは記憶を辿る。だけど誰の言葉だったのかはさぱ~り重い打線!

 とにもかくにも何とかしなくちゃならんのだ。

 

 そんなこんなでパーパルディア皇国第三外務局所属の皇国監査軍東洋艦隊二十二隻&二個ワイバーンロード部隊はフェン王国に向かった。向かったのだが……

 誰一人として帰って来なかった。これって無断欠勤になるんだけどなあ。こんなのを放置していたら第三外務局全体の士気に関わるぞ。無断欠勤は懲戒解雇の対象になるのだ。

 

 第三外務局に激震走る! って言うか、どうやって上に報告書を出せバインダ~!

 そうだ、見なかった事にしよう! カイオスは目の前の報告書をシュレッダーに放り込んだ。

 

 

 

 

 

パーパルディア皇国第三外務局

 

「申し訳ないが今日も課長と会う事は出来ません」

 

 窓口の木っ端役人は四井商事で対パーパルディア営業担当をしている天下茶屋に悪びれもせずに告げた。

 二週間前にちゃんとアポを取っていたにも関わらず今日も課長に面会することができないということらしい。

 

「やっぱりねえ。君たち野蛮人に約束なんて守れるはずがないと思っていたんだよ。本当を言うと期待なんてこれっぽっちもしてなかったのさ」

「悪いとは思っているんですよ。実はとんでもないことが起こりましてねえ。貴国だって大災害や大事故が起こったら偉い人の予定がドタキャンされるでしょう? 本当に済まんこってすたい。とにもかくにも予定は未定であり決定では無いのです。またのご来訪を心よりお待ちしております。お帰りはあちらからどうぞ」

 

 取り付く島も無いとはこのことか。だが、天下茶屋はこれっぽっちも悔しそうな素振りを見せない。

 それに比べて隣りに並んだ若い男は渋い顔だ。財布から紙幣を数枚取り出すと押し付けるように手渡した。

 受け取った天下茶屋は満面の笑みを浮かべると口を開く。

 

「また俺の勝ちだったな。毎度おおきに! んで? 次回は面会出来るかな? お前、どっちに賭けるよ?」

「次回はありませんよ。今回が最終回です。先生の次回作に期待しましょう」

 

 そんな話をしながらも二人は建物内のあちこちに目立たないよう注意しながらタバコ箱くらいの小さな物体を仕掛けて行く。

 

 数日後、パーパルディア皇国第三外務局は原因不明の火災で全焼した。

 帝国消防局の徹底的な調査にも関わらず出火原因は不明のままに終わる。

 火災保険には未加入だったため、外務局は再建費用を捻出することができない。

 仕方がないので第三外務局は郊外の廃工場を改装して臨時庁舎とする羽目になった。

 

 

 

 

 

パーパルディア皇国第三外務局臨時庁舎

 

「なんだと!? また二階のトイレが詰まっただと。今週だけで何度目だよ」

 

 外務局の上級職員が下っ端の事務員を怒鳴りつける声が狭い室内に轟き響く。

 俺に言われても知らんがなぁ~! 事務員は内心の怒りを押さえつつ卑屈な笑みを浮かべた。

 

「この建物は全体的に配管が古いみたいなんですよ。一度、総取っ替えしてもらった方が良いんじゃないですかね。チマチマやってても切りがありませんよ」

「そうは言うがな。そんな予算どこから出ると思ってんだよ。私が魔法の壺を持っていてトイレ修理代が湧き出てくるとでも思っているのか? って言うか、そもそも俺たちはこの建物に永住するわけじゃないんだぞ。来年くらいには引っ越ししたいんだよ」

「だったら今年一杯は詰まったトイレで我慢しろっていうんですか。そんなの不衛生ですよ。夏になったらどうすんですか」

「いやいや、俺に言われても知らんがなぁ~!」

 

 トイレ以外にもあちこちでガタが来た建物は業務運営に重大な支障を及ぼしていた。

 

 

 

 

 

「我が国から差し出す奴隷を去年の二倍にしとうございます」

 

 どっかの小国の大使が人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべながら答える。

 

「いや、あの、その…… そんなに一遍に出されてもうちで提供できる技術供与のネタがもうあんまり無いんですれど。何せ今は予算不足なんでねえ」

 

 皇国外務局は旧式な技術を文明圏外国にちょっとずつちょっとずつ提供しては生計を立てていた。ただし、その知的財産権の大半は民間企業が管理する物だったりする。そのための代価は外務局が現金で一旦は建て替えなければならない。だが、それに要する手元資金が底を突きつつあったのだ。

 本業では黒字なのに手元資金がショートして倒産の危機に陥るとは何たる不覚。

 それにしても銀行の奴らには腹が立つなあ。よく銀行のことを『晴れた日に傘を貸して、雨の日に取り返しにくる』だなんて言うけれど、まさか本当だったとは。困った時に役に立たないどころか、足を引っ張るんだからたちが悪い。いつか見返してやれたら良いんだけれど。でも、このままだとこっちが長く持ちそうもない。

 

 トーパ王国の大使が下卑た愛想笑いを浮かべながら揉み手をする。

 

「何でしたらうちで用立ててあげてもよござんすよ。金利は年七パーセントで如何でげしょ?」

 

 今までのトーパ王国からは考えられない景気の良い話だ。

 大使はこちらの反応を上目遣いで観察しながら言葉を続けた。

 

「俺は、俺達はガンダム…… じゃなかった、あの四井と取引をしているのですよ」

 

 まるでゲイバーのママみたいな気色の悪い笑みを浮かべて大使は締めくくった。

 いやいやいや、決してLGBTを差別しているわじゃないんだからね。

 窓口勤務員のライタは誰に聞かれたわけでもないのに必死になって心の中で弁解した。

 

 フェン軍祭の失態で日本国の評判は一時は地の底にまで落ちた。だが、四井グループの総力を上げた地道な営業活動が功を奏して勢いを急速に盛り返していたのだった。

 

 

 

 

 

第三外務局 二階食堂

 

 お昼休みの憩いの一時、職員たちは思い思いに選んだ料理を美味そうに食べている。

 窓口勤務員のライタは隅っこの席で自分で作った弁当を食べていた。先日の火災からこっち、働き方改革の名を借りたあからさまな残業規制で懐具合が寂しいのだ。

 ちなみにここの食堂は持ち込みが許されていた。ただし、利用できるのは第三外務局の関係者だけに限られている。もちろん食堂の店員はいい顔をしないんだけれども。

 

 それはともかくライタはこの窓際からの見晴らしが気に入っていた。なぜならば建物の隙間からほんのちょっとだけ港が見える。そこへ出入りする異国の船が楽しみでしょうがないのだ。

 蛮族の物と思しき双胴船(カタマラン)、地球のヴァイキング船に似た平底船、屋形船みたいに屋根の付いた船、エトセトラエトセトラ。みんな違ってみんないい!

 

 ライタから少し離れたテーブルでは職員たちが食事をしながら楽しそうに談笑している。

 食べながら話をするなんて行儀悪いなあ。躾の厳しい家庭で育てられたライタは内心ではそう思っていたがみんなに嫌われたくないから黙って聞き耳を立てていた。

 

「最近、蛮国連中の景気がやたらと良くないか?」

「確かに。ここ一月くらい凄い羽振りが良いよな。俺なんてジュース奢ってもらったよ」

「ちょっと前まではビビってこっちの言いなりだったのになあ。昨日なんか『うちは四井と取引があるんすよ」とかドヤ顔で言われちゃったぞ。たかがシオス王国の分際で」

「な、何だってぇ~! 俺もトーパ王国大使が似たような事を言ってたぞ。トーパなんて技術提供を倍にしてくれとか言い出す始末だ。なんでかって言うといま言ってた『四井』と取引しているってことだ。四井なんて聞いたことあるか?」

 

 口の中に食べ物を一杯頬張った男が興奮気味に捲し立てる。飛び出す唾液を見た周囲の男たちがそれとなく微妙に距離を取った。

 

「身共には分からぬ、さぱ~り分からんぞ!」

「拙者は聞いたことがござらぬな」

「儂も同じじゃ」

「某も存じあげませぬ」

「アッ~~~!!」

 

 窓口勤務員のライタが驚いたような叫び声を上げた。

 食堂に集う全員が全員、迷惑そうな視線をを向けてくる。ライタは卑屈な笑みを浮かべながらペコペコと頭を下げた。

 



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第七話 一番じゃなきゃ駄目ですか?

神聖ミリシアル帝国

 

 港町カルトアルパスのとある安酒場。そこに集う酔っ払い商人たちは情報交換と言う名目の噂話に興じていた。

 関取の出来損ないみたいな体型に白い髭。サンタの紛い物みたいなおっさんが大阪のおばちゃんみたいに大げさな身振り手振りを交えて話し始める。

 

「しかしまあなんですなぁ~ 近々で面白かった話と言うたらやっぱ第二文明圏の列強レイフォルが第八帝国とかいう聞いたこともあらへん国にこてんぱんにされた事かしらん。誰でもええから詳しい話を知っている奴はおまへんか?」

 

 戸愚呂を巻いたうんこみたいな帽子を被った末成り瓢箪みたいに貧弱なおっさんがやたらと小さな声で呟くように話し出す。

 

「第八帝国ちゅうのんは渾名みたいなもんやな。ほんまはグラ・バルカス帝国とかいうんやで。ワイはレイフォルの首都レイフォリアで香辛料を商とったんやけんども……」

 

 中略……

 

「そういうたら東の方にロウリア王国ってあったやろ?」

「おう、第三文明圏外の蛮国やな? あんなん人数だけの原始人どもやんなあ?」

「そうそう、それそれ。たまたまワイが交易に行ったころ、そいつらが隣国クワ・トイネ公国へ戦を吹っかけてたんだよ。亜人を皆殺しにするとか言ってな」

「ふ、ふぅ~ん。流石は原始人やな。やることがエグいで」

「ところがぎっちょん! クワトイネの更に東にある日本とかいう国の四井って連中が現れた。お陰で前にも進めなきゃ後ろに下がることもできなくなっちまったんだとさ。四千四百隻の大艦隊や三百五十騎のワイバーンもどこでどうしているのか行方不明らしい」

「それってホンマに四井とかいう奴らのせいなんか? ロウリアの連中が不甲斐ないだけなんちゃうやろか?」

「そうかも知れんな。そうじゃないかも知らんけど」

「まあ、なんぼグラ・バルカス帝国やら四井やらが強うても神聖ミリシアル帝国には敵わへんで。やっぱ歴史と伝統が違いまんがな。昨日、今日に現れたぽっと出の国が敵うほど帝国っちゅう商売は甘うないんやで。奴らは絶対に帝国に勝てまへんな。絶対ニダ! 中央世界は永久に不滅です! そうは言うても古の魔帝が復活したら別やけどな(笑)」

 

 酔っ払いどもの乱痴気騒ぎは明け方まで続くのだった。

 

 

 

 

 

第二文明圏 自称最強国 列強国ムー 統合統括軍 情報通信事業部 第二統合情報通信部 情報分析課 技術情報分析室 工学情報分析班

 

 工学情報分析班班長にして第一級情報分析官兼官邸連絡係兼広報担当のマイラスはレイフォリア襲撃の際に魔写されたグラ・バルカス帝国の超弩級戦艦グレードアトラスターの写真を分析しながら脂汗をかいていた。

 

 ちなみにここは世界各国から掻き集められた雑多な情報を分析という名目で興味本位に嗅ぎ回るという役に立ってるんだか立っていないんだかさぱ~り分からない部署なのだ。

 全世界から集まってきた根も葉もない噂話や流言飛語、胡散臭い儲け話、嘘くさいフェイクニュース、エトセトラエトセトラ。そんなゴミみたいな情報の中からちょっとでも役に立ちそうな話を見つけようと昼夜を分かたず涙ぐましい努力。見ように寄っては無駄な努力を重ねているのだ。

 

 軍人からは蔑まれ、政治家からは馬鹿にされ、他部門の役人からは嫌われ、一般市民には税金泥棒と石を投げられる体たらく。

 そんなわけで情報分析官はたいていの場合は身分を隠して活動している。もちろん防諜対策なんて立派な理由ではない。世間体が悪いとか、子供が学校で虐められるとかいった切実な理由によるものなのだ。

 

「こりゃあちょっとばかし不味いかも知れんな……」

 

 もしかしてもしかするとグラ・バルカス帝国はムーよりも優れた科学技術を持っているんじゃなかろうか?

 だけども正常化バイアスの権化みたいなお偉いさん方は絶対に信じないんだろうなあ。

『ビビってんじゃねえよ!』とか『馬鹿も休み休みに言えよ!』とか言われるに決まってる。

 狼少年とか預言者カサンドラみたいに思われるのは勘弁して欲しいなあ。

 

 とは言え、グラ・バルカスの戦艦に関する噂話を総合すると全長がムーの最新鋭戦艦ラ・カサミの倍以上もあるって話なのだ。嘘か本当かは知らんけど。

 アレの排水量は一万五千トン。長さが二倍ってことは体積は三乗に比例するから八倍の十二万トン? マジかよ! 計算を間違えていないよな? このサイズでこの重さって浮かぶのか? 沈んじまわないかな?

 

 そうか、閃いた! 軽合金で出来てるんじゃね? 鉄の比重7.9に対してアルミの比重は2.7だ。重さを三分の一にできるから四万トンくらいで作れるかも知れんぞ。

 別名、電気の缶詰とも言われるアルミ地金の価格は鉄よりもずっと高価だ。だけども、同一体積なら重量は三分の一で済む。航空機内の電線なんかにも銅より軽いって理由で使われているくらいだし。

 問題は防御力だな。同一重量で比較すれば確実に防御力が落ちるはずだ。ってことはグラ・バルカス戦艦の防御力は思ったほど強くはないかも知れんぞ。うん、そうだ。そうに違いない。グラ・バルカス恐るるに足らず!

 

 マイラスは心の中でガッツポーズ(死語)を作った。

 

 

 

 ついでにムーから離れ過ぎているので直接は関係無さそうな国の写真が何枚かある。

 遥か東の文明圏外国家ロウリア王国vsクワ・トイネ公国の因縁の対決。予想屋の見立てではロウリア圧勝で一致していた。だが、大金星を上げた四井とかいう会社に所属する船とのことだ。

 

 魔写した奴の話が本当だとすれば商船四井の『プリンセスダイヤモンド』とかいう変テコな名前の船なんだとか。

 

「うぅ~ん……  分からん、さぱ~り分からん!」

 

 まず船体はやたらめったらデカいのに武装を搭載していない。

 これでどうやったら四千四百隻の大艦隊を迎え撃ち、三百五十騎のワイバーンを撃退できるんだろう。皆目見当が付かない。

 

 大砲を買うお金が無いんだろうか。だけども一門も無いなんてどんだけ貧乏なんだよ。いやいや、だったらこんな巨大な船が作れんだろうに。

 そもそもこの巨体の中には何が詰まってるんだろう。もしかして無駄に大きいだけで中身は空っぽのハリボテだったりしてな。

 独活の大木。大男総身に知恵が回り兼ね。想像したマイラスは思わず吹き出してしまった。

 

「ぷぅ~、くすくす。わけが分からないよ……」

 

 技術士官マイラスは考えるのを止めた。

 

 

 

 

 

アルタラス王国 王都ル・ブリアス

 

 フィルアデス大陸から南に二百キロほど離れた島国、アルタラス。日本の本州くらいの面積に千五百万もの人が住むそこそこ大きな国だ。文明圏外としてはそこそこ豊かな生活水準らしい。

 気候温暖、風光明媚、世界幸福度ランキングとか調査すれば結構上位にきそうな国だ。

 だが、王城の自室に籠もった国王ターラ十四世は頭を抱えて唸り声を上げていた。

 

「これって正気(マジ)かよ?」

 

 目を通した外交文章には思わず首を捻りたくなるような事が列挙されている。

 

「一難さってまた一難、ぶっちゃけありえないな……」

 

『以下パーパルディア皇国を甲とする

 以下アルタラス王国を乙とする

 

1.乙は乙内最大の魔石鉱山を甲に献上すること。

2.乙は乙王女ルミエスを奴隷として甲へ差し出すこと。

 

 以上二点を二週間以内に実行すること』

 

 そして、最後に記載された一文

 

『納期限までに納めないと延滞金が徴収されます。

  延滞金は期別ごとに次の式で計算します。

  延滞金額=金額×延滞日数×延滞金の割合(年利)÷365

 (うるう年でも365日で計算します)』

 

 

 

 そもそもアルタラス王国最大の魔石鉱山っていうのはどこを指してるんだろう?

 何となく魔石鉱山シルウトラスの事を言ってるような気がせんでも無い。

 とは言え、最大っていう言葉の定義はどうなってるんだ?

 つまり、年間の産出量で見るのか埋蔵量で見るのかってことだ。

 

 仮に埋蔵量で比較するとしても『現在の市場価格』で技術的・経済的に掘り出すことが可能な埋蔵総量から既生産分を引いた経済可採埋蔵量のことを言っているんだろうか。

 あるいは既生産分を含めた究極可採埋蔵量の事を言ってるんだろうか。それとも経済総埋蔵量のことかも知れんぞ。分からん。この文面だけではさぱ~り分からん。

 

 もしかしてこれって謎掛け何じゃなかろうか。実は鉱山のことなんてどうでも良かったりしてな。我々が解釈に頭を悩ます様子をどこかから覗き見して笑ってるのかも知れんぞ。

 そう考えたら急に腹が立ってきたなあ。これって明らかにアルタラス王国を怒らせるためだけの文面じゃんかよ! どう考えても初めから戦争に持ち込もうとしているようにしか見えないんですけど!

 

 流石に瞬間湯沸かし器(死語)の二つ名は伊達では無いらしい。アルタラス王国の国王ターラ十四世はたったこれだけの理由で大国パールディアとの開戦を決意したのであった。

 

 

 

 

 

パーパルディア皇国第三外務局 アルタラス王国 王都ル・ブリアス支所 ブリアス出張所

 

「待っていたぞ、アルタラス国王!」

 

 パーパルディア皇国第三外務局アルタラス担当大使ブリガスは然程は広くも無い応接室で肘掛けの付いた椅子にちょこんと腰掛けてターラ十四世を待っていた。

 

 王は大使の眼前まで詰め寄ると軽く顎をしゃくって上から見下ろす。

 こういう時、立たされていると思うと腹が立つけれど、高い所から見下ろしていると思えば優越感が沸いてこないこともない。要は気の持ちようなのだ。

 

『コップの水がもう半分しかない』って考えるんじゃなく『まだ半分も残っている』って考えよう、とか言うアレだ。元ネタはP・F・ドラッカーの説いたコップの水理論から来ているらしい。

 だが、最近では『自己防衛の思考は実際の効率をアップさせる』とか言って悲観的に物事を見る事を勧めている人も多いような。

 そう言えば京セラの稲盛さんも言ってたぞ。『楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する』とか何とか。

 

 国王ターラ十四世がそんなとりとめの無いことを考えているうちにもブリガス大使の話は終わっていた。

 でっぷり太ったおっちゃんは小首を傾げて返事を待っている。だけどもちゃんと話を聞いていなかったなんて正直に言い辛いなあ。馬鹿だと思われたら格好悪いし。

 

「それで? 我が国最大の鉱山というのは魔石鉱山シルウトラスのことでしょうか?」

「そ、そうなんじゃないのかな? そうじゃないかも知らんけど? だけどもそれが何か? 他に鉱山はあるだろう。それとも何か? 皇帝ルディアス様の意思に逆らおうとでもいうのんか?」

「いやいや、一位と二位じゃ大違いでしょうに。アルタラスで一番の鉱山である理由は何があるんでしょうか? 二位じゃダメなんでしょうか?」

「ならん!!!!」

 

 額に青筋を立てたブリガス大使が唾を飛ばして絶叫する。ターラ十四世は体を捩って紙一重のところで回避した。

 

 実際問題、ブリガスの言い分にも一理あるといえばある。たとえばゼネラル・エレクトリックの最高経営責任者(CEO)に就任したジャック・ウェルチはシェアが一位か二位が取れるビジネス分野のみを存続の条件としたそうな。この方針は大当たりし彼は『二十世紀最高の経営者』と称賛を得た。経営資源の選択と集中は企業経営に取って死活問題なのだ。とは言え、経営を引き継いだジェフ・イメルトは事業の取捨選択に失敗してしまったようだ。業界ではGEがITTと同じ轍を踏むのではないかともっぱらの噂になっているのだそうな。

 

「これはルディアス様の御意思なのですか?」

「ああ、そうだ! 何だその反抗的な態度は! 皇国大使の俺の意思は即ちルディアス様の御意思だ! 上官の命令は朕の命令と心得よって言うだろ? お前は軍人勅諭を知らんのか?」

「知るわけないやろが! って言うか、お前はいったいどこ帝国の軍人なんだよ?」

「貴様ぁ~! これ以上、陛下を愚弄いたすなら刀の錆にしてくれるぞ!」

「いやいや、遠慮しときますよ。って言うか、ステンレスの刀を使えば錆びないと思いますけど?」

 

 売り言葉に買い言葉。超低レベルの言い争いはどんどんボルテージが上がって行く。

 とうとう我慢の限界に達したターラ十四世は黙って後ろを向く。

 

「だるまさんが転んだ!」

 

 超早口で捲し立てたターラ十四世がぱっと振り向く。ブリガスは石像の様に固まっている。

 

 ターラ十四世は再びくるりと向きを返ると今度は振り返ることもなくブリアス出張所を立ち去った。

 

 

 

 

 

ル・ブリアス王城

 

「あのデブ大使をパーパルディア皇国へ強制送還しろ! ペルソナ・ノン・グラータに指定して再入国も禁止だ! ただし要請文に関しては検討する時間を欲しいから回答期限の延長をお願いしてくれ。土下座外交と言われようとこれだけは何とかせねばならん」

 

 国王は駄々っ子のように喚き散らす。彼は瞬間湯沸かし器(死語)ではあるが熱しやすく冷めやすい性格でもあるのだ。

 

「直ちに動員令を発令。予備役を緊急召集せよ。それと…… 王国の金融資産ポートフォリオを見直せ。軍需関連と金に集中投資だ。あとは…… 足の速い船を二隻用意して水と保存食を積んでおけ。あと、トイレットペーパーもな。二枚重ねの奴だぞ」

 

 たとえ頭に血が上がろうと国王は決してリスク管理を忘れない。自分と王女が別々に逃げれば助かる確率だって二倍だし。

 

「いいえ、お父様。倍ではありませんわ。RAとRBをそれぞれのシステムの信頼度とした場合、並列システムの信頼度を計算する計算式はR=1-(1-RA)(1-RB)になるのです」

「つまり儂とお前が逃げられる確率が五分五分だとすれば二人のうちどちらか一人でも逃げられる確率は七十五パーセントというわけじゃな」

「そのかわり二人とも逃げられる確率は二十五パーセンしかありませんが」

「まあ、無事に逃げ果せるかいなかはどれだけ早めに見切りを付けるかが鍵じゃがな。とは言え、あまり早くに逃げ出すと兵の士気が下がって勝てる戦も勝てなくなるし。タイミングが肝要じゃ」

 

 国王と王女は互いに相手の顔色を伺いながら腹の中を探る。

 

「ルミエス、裏切るなよ?」

「父上こそ信用して宜しいのですね?」

 

 お互いに疑心暗鬼となった二人は猜疑心を隠そうともしない。こんなんで戦に勝てるんだろうか。側近達も不安げに顔を見合わせている。

 そんな微妙な空気を敏感に感じ取った国王は薄ら笑いを浮かべて口を開く。

 

「案ずるな。逃げる時はお前たちも一緒じゃ。決して置き去りになどせぬから安堵して励むが良いぞ」

 

 これ以上の士気低下は致命的影響を生じかねない。国王は平気で嘘を吐く。

 全ては王国の利益を最優先にした結果なのだ。諸君らの犠牲は決して無駄にしないぞ。迷える側近たちの魂よ安らかに眠りたまえ。国王は沈み行く夕陽を見詰めながら心の中で合掌した。

 



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第八話 宣戦布告

パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

 第三文明圏でたった一つだけの列強国(笑)パーパルディア皇国に君臨する皇帝ルディアスは普段は皇都の中心に建つ皇宮で生活している。約三万平米の敷地に舞踏会場、音楽堂、美術館、接見室、図書館、コンビニ、郵便局、土産物売り場、エトセトラエトセトラ。何でもかんでも揃った一大テーマパークの如き巨大施設だ。 部屋数はスイートが二十、来客用寝室五十、スタッフ用寝室二百、事務室百、浴室八十、エトセトラエトセトラ。全てを合わせた部屋数はなんと八百を超えているそうな。

 だが、金ピカでケバケバしい装飾は成金趣味その物と言った感じで上品さの欠片もない。

 スケールだけは立派だが繊細さや自然との調和といった感覚が一切感じられない庭園は金をドブに捨てた方がマシかも知れん。

 一見すると豪華絢爛に見える宮殿の内装も専門家が良く見ると手抜き工事の塊なのが丸分かりだ。

 この皇宮に一度でも来たことのある各国大使や国王はみんな影で囁きあっている。

 

「下品で醜悪で不快」

「税金の無駄使い」

「三馬鹿査定のナンバーワン」

 

 エストシラント時計台やエストシラント橋と並ぶパーパルディアの三大がっかりスポットと呼ばれているとかいないとか。

 そうは言っても皇都エストシラントはスケールという観点だけから見れば間違いなく第三文明圏では最大規模の都市の一つではあるだろう。まあ、東京、横浜、大阪、名古屋、札幌市の次くらいなんだけれども。

 

 

 

 皇宮から突如として呼び出しを食らった第三外務局局長カイオスは半泣きで平伏していた。

 

「苦しゅうない、面を上げい」

「ははぁ~!」

 

 ほんのちょっとだけ額を上げ、上目遣いで顔色を伺う。視線の先にはゴテゴテしたデコレーションが隙間のないほど施された座り辛そうな椅子に若い男がちょこんと納まっていた。偉そうにふんぞり返った皇帝ルディアスその人である。

 

「フェン王国を懲罰するため監査軍を派遣したそうじゃな。予は何も聞いておらぬが?」

「ははっ! 監査軍派遣の報告が遅れた件については謹んでお詫び申し上げます。このような事態が二度と起こらぬよう社内でのチェック体制を再点検して……」

「こんのぉ、はなんたれぶりがい~!」

 

 その時、ふしぎなことがおこった。異世界言語の変換トラブルなんだろうか。どういうわけだかルディアスの言葉は大分方言に変換されてしまったのだ。

 

「……」

 

 何と返したら良いんだろう。カイオスは曖昧な愛想笑いを浮かべて小首を傾げる。だが、その対応は返って怒りの炎に油を注いだだけだった。

 

「予は別に仲間外れにされたから機嫌を悪くしてるんじゃないんだからね。別に悔しくなんてないんだもん。じゃあ何で怒ってると思う? わっかるかなぁ~? わっかんねぇ~だろぉ~なぁ~」

「も、申し訳次第もございません。恐れ入りますが宜しければご教授下さりませ」

「知りたいか? どうしても知りたいって言うんなら教えてやらんこともないぞ。それはだなあ。ドゥルルルル~ ジャン! それは敗北した事でしたぁ~! どうよ、参ったか?」

 

 カイオスは全身にびっしょり汗をかいていた。こんな時、どんな顔すれば良いんだろう。分からん、さぱ~り分からん。

 笑えば良いと思うよ! その瞬間、まるで誰かが耳元で囁いたような声が聞こえてきた。空耳だとは分かっているが今はこれに乗っかろう。カイオスは満面の笑みを浮かべる。

 その表情に満足したんだろうか。ルディアスも少しだけ機嫌を直したようだ。小さくため息をつくとぽつりぽつりと話はじめた。

 

「んで、やったのはどいつだ? なんぼなんでもフェン王国じゃないよな?」

「流石にそれだけは無いかと思われます。ただ、懸命の捜索にも関わらず未だに何の手がかりも得られておりません。事故調査委員会が不眠不休の努力を続けております故、どうか今しばらくの時間を賜りとう存じます」

「うぅ~ん、何にも解らんということか」

 

 皇帝の顔が失望感で一杯になる。

 

「なんぼ二線級の集まりとは言え、曲がりなりにも軍事組織だよな。それが艦隊丸ごと行方不明だなんて前代未聞もいいところだぞ。一日も早い原因究明を期待しておる。頼むよ本当に」

「ははぁ~っ!」

 

 これにて一件落着。そんな雰囲気が場に漂い始める。

 話を蒸し返されたくないカイオスはこのチャンスを見逃さない。何食わぬ顔で話題を急転回させた。

 

「ことろで皇帝陛下、こんな知らせが入っておりますが」

「んん~、どんな話かな?」

「アルタラス王国の魔石鉱山の件ですがわけの分からんことを申して参りました。最大の鉱山の定義を具体的に提示して欲しいとのことにございます。経済可採埋蔵量なのか究極可採埋蔵量なのか。はたまた経済総埋蔵量なのかが分からんそうで」

「……?」

 

 顔中を疑問符で一杯にしたに皇帝ルディアスが言葉に詰まる。

 その間抜けな表情を見たカイオスは吹き出しそうになったが空気を読んで必死に我慢した。我慢したのだが……

 あっという間に限界を突破して思わず吹き出してしまった。

 

「ぷぅ~、くすくす。うふふふふ、うわはははは」

「何じゃ? 何がそんなに可笑しいのじゃ?」

「あは、あはははは。うへへへへ。いや、何でもございません。あはははは。ただ…… ただ、笑いが止まらなくなってしまったのでございます。うはははは。申しわけ…… えへへへへ。ございません。うふふふふ」

「もう良い、下がれ」

「かしこまり…… あはははは。ました。うふふふふ。えへへへへ。わはははは……」

 

 完全に笑いの壺に入ってしまったカイオスは腹筋が痛くてしょうがない。半分くらい窒息しそうになりながらも皇帝の前から這々の体で逃げ出すように立ち去った。

 

 

 

 カイオスの笑い声が聞こえなくなるのを待ってルディアスは吐き捨てるように呟いた。

 

「あいつは駄目だな。アルタラス王国討伐に監査軍は使わん。って言うか、使えん。正規軍を使わにゃらなんな。皇軍は準備出来ているのかな?」

「……」

 

 皇帝に声を掛けられた軍服男は上の空といった風情だ。

 

「もしもし? もしも~し、どしたん? Can you hear me?」

「へぁ? な、何ですかな? ちゃんと聞いてましたよ。アレでしたらアレですよ。ちゃんとやってますからご安心下さりませ。Don't miss it!」

「そ、そうか…… それを聞いて安堵したよ。んじゃ、後の事は頼んだぞ。って言うか、返す返すアルタラス王国のこと頼み申し候 ……」

 

 突如としてルディアスは弱々しい声で呟く。そして目をウルウルさせながら軍服男の手を力なく握り締めた。その様子はまるで死を間際にした秀吉さながらだ。しかし、そんなルディアスの心情なんてさぱ~り理解していない軍服男は首を傾げるのみだ。

 

「御意!」

 

 取り敢えず返事だけでも威勢良くしておけば誤魔化せるだろう。軍服男は内心の戸惑いを一切顔に出さなかった。

 

 この日、自称列強国(笑)パーパルディア皇国はアルタラス王国に宣戦布告を行った。

 

 

 

 

 

アルタラス王国 王都ル・ブリアスの王城

 

 国王ターラ十四世は王女ルミエスと話し込んでいた。

 

「なあなあルミエスさんよ。王都脱出のタイミングとかはちゃんと考えてるのかなあ?」

 

 王は内心の不安を懸命に隠しながら探りを入れる。

 

「タイミング? 戦いも始まらない内からそんな事を考えてるのですか。父上も意外とお甘いようで……」

「いやいや、この世で一番肝心なのはアレだろ、アレ。素敵なタイミングじゃんかよ。坂本九もそんなこと言ってたような気がするんだけどなあ。違ったかな?」

「そうだとしても今そのタイミングが分かるわけもないでしょうに。高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応するしかありませんわ、お父様」

「そ、それって要するに行き当たりばったりということじゃないのかなあ。そんな気がしてしょうがないんだけどなあ……」

 

 モゴモゴと口の中で愚痴る国王ターラ十四世のことを周りのみんなは公然と無視していた。

 

 

 

 

 

アルタラス王国の首都から東へ百キロほど離れた洋上

 

 フェン王国の軍祭を辛くも脱出した大日本帝国空母打撃群は西南西へと大海原を進んでいた。

 幸いなことに二十二隻の木造船との衝突事故による損傷は無視できるほど軽微だ。数千トンから二万トンの鋼鉄製軍艦と数十メートルの木造船では強度というものが段違いらしい。

 

 一行が目指しているのは九州から三千キロほど西南西にあるという本州サイズの島国だ。って言うか、そもそもフェン軍祭に立ち寄ったのは寄り道に過ぎなかったのだ。

 その主な目的は調査と交易とされている。もちろん偵察機を使った航空偵察は事前に済んでいた。だけども実際に現地に足を運んで原住民と交流を持たなければ分からない実情だってあるだろう。そしてもし可能ならば積極的に交易を行いたいのだ。主に四井グループが。

 

 ちなみに異世界転移から半年も経ったというのに日本国政府は未だに彼らを人間としては認めていない。そもそもここは地球では無いから日本の法律も国際法も守る必要は無いという理屈を強弁している。

 食料や石油資源獲得のため、クワトイネやクイラと国交を結んだのは緊急避難的な超法規的措置にすぎない。それ以外の地域や団体を国家として認める気も外交を行う気もさらさら無いというのだ。

 だって、遵法精神や道徳観念の全く無いロウリアみたいな連中がウヨウヨしているかも知れないんだもん。こっちだけが法や道徳に縛られるなんて罰ゲームでも真っ平御免の助なのだ。

 

 とは言え、商売を行わなければ国内が深刻な不況に陥ってしまうだろう。

 そこで企画されたのが砲艦外交ならぬ砲艦商売だ。政府に強力なパイプを持つ四井グループと新世界で覇権を握りたい海軍はがっちりと手を結ぶ。まさに世紀の一大プロジェクトが立ち上がった。立ち上がろうとしていたのだが…… 早くも障害にぶつかりつつあった。

 

 

 

 

 

 パーパルディア皇国 第三外務局 アルタラス担当大使ブリガスを乗せた粗末な木造船は逃げ出すようにアルタラスを後にしていた。

 ペルソナ・ノン・グラーラの指定を食らって国外退去を命じられてしまったのだ。

 何たる屈辱。倍にして返さねば気が済まんぞ。ブリガスはさっきからムカついてムカついてしょうがない。

 こっちは挑発して先に手を出させようとしてわざとやっているんだ。それを本気で怒ることないじゃないかよ。ブリガスは手前勝手な屁理屈を口の中でブツブツ愚痴り続けていた。

 

「ブリガス大使、まもなく外洋に出ますよ。船が揺れますのでお気をつけ下さいませ」

「ああ、もうこんな所まできたのか。流石は風神の涙だな。だけどもスピードの出し過ぎにだけはくれぐれも注意してくれよ」

「ご安心下さい。こんな辺鄙な所を通る船なんて滅多に…… うぁわ! 回避! 回避!」

 

 小島の影から現れた巨大な船影に船長は咄嗟に反応する。反応したつもりだったのだが…… 全然間に合わなかった。

 

 

 

 

 

 大日本帝国空母打撃群の軽空母天保山で艦長をやっている中百舌鳥(なかもず)は死んだ魚の様な目をしてぼぉ~っと大海原を眺めていた。だって暇で暇でしょうがないんだもん。

 人手不足だか何だか知らんけどAIの導入によって高度に省力化されたお陰でやることが無くなってしまったぞ。そのせいでやる気も一緒に無くなっちまった。AIの普及によって人間の仕事が奪われるとかいう専門家の予想は本当のことだったなあ。昔から『専門家の予想は猿にも劣る』なんて馬鹿にしてたけど、それって本当は猿のことを馬鹿にしていたのかも知れん。動物愛護団体から抗議がくるのも止む終えんぞ。そう言えば聞いた話だと……

 

 その瞬間、小さな衝撃と異音が艦全体に響き渡った。とりとめのない妄想に現実逃避していた中百舌鳥の思考が一瞬で現実に引き戻される。

 

「今の音は何だ? 直ちに原因を調べて報告せよ!」

「三日ほど前にも同じ音を聞いた気がしませんか、艦長? フェン沖で」

「そ、そう言えばそんなことがあったっけ……」

 

 中百舌鳥は三日前の出来事をぼんやりと思い出す。八隻の艦船によって編成された空母打撃群はフェン沖で謎の木造船二十二隻と正面衝突したのだ。その悉くは一瞬で海洋ゴミへと変わってしまったんだけれど。

 その悲劇からたったの三日で同じことをやってしまうとは情けない。もしかして俺に…… 俺たちに学習能力は無いんだろうか? きっと無いんだろうなあ…… まあ、反省だけなら猿でも出来るっていうし。いやいや、今のは猿を馬鹿にしたわけじゃないんだぞ。中百舌鳥は誰に聞かれたわけでも無いのに心の中で必死に弁解した。

 

 

 

 

 

アルタラス王国首都 ル・ブリアスから真北に四十キロの海岸

 

 国王ターラ十四世と王女ルミエスはパーパルディア船沈没の第一報を聞いた直後に国家非常事態を宣言。直ちに現場へと急行していた。

 既に対パーパルディア戦は決定事項だ。だが、戦を仕掛けるならばまずは使者を立て口上を述べるべきであろう。腐海一の剣士ユパ・ミラルダもそんなことを言っていたっけ。

 それなのに、こともあろうか大使を乗せた船が見たことも聞いたことも無い国の巨大船と衝突して沈んでしまうとは。

 もしかしてこれってビジネスチャンス…… じゃなかった、普通のチャンスじゃね? ターラ十四世とルミエスの灰色の脳細胞が邪悪な思考でフル回転する。

 

「「この謎の巨大船をパーパルディアと戦わせよう!」」

 

 普段はとっても仲が悪い二人の声が珍しくハモる。悪意で一杯の笑顔を浮かべた二人の権力者。その様子は周囲の側近たちから見ると頼もしくもあり、恐ろしくもあった。

 

 

 

 

 

 空母打撃群は沖合に停泊すると少人数を上陸させた。海岸から少し内陸に入った平地に大急ぎで特大の天幕を張る。バドミントンくらいなら出来そうな広い空間に折り畳みテーブルとパイプ椅子が並べられた。

 王様と王女様の分だけは肘掛けが付いているちょっと立派な奴だ。しかもご丁寧なことに座布団まで敷かれている。

 

「アルタラス王国、ターラ十四世陛下、並びにルミエス王女殿下のおな~り~!」

 

 ギリギリ準備が間に合ったタイミングでアルタラス側の従者が先触れを告げる。

 大日本帝国空母打撃群の艦隊司令を務める岸和田少将、四井物産の富田林支店長、四井商事の高槻部長は弾かれたように立ち上がると深々と頭を下げた。

 たとえ人間扱いすらしていない野蛮な原始人どもとは言え、仮にも相手は国家元首を自称しているのだ。第一印象を良くしておいても損は無いだろう。

 お礼とお辞儀はタダなのだ。使わんと勿体ない。

 

「面を上げよ!」

 

 鷹揚な態度で従者が告げる。自分が偉いわけでもないのに威張り散らしやがって。虎の威を借る狐とは正にこのことだな。岸和田は心の中で苦虫を噛み潰す。

 

 日本側代表者が恐る恐るといった風に顔を上げる。そこにはゴテゴテと金ピカで飾り立てた衣装に身を包んだしょぼくれた爺さんが立っていた。それとは対照的なのが隣の女だろう。ケバケバしい厚化粧はまるで水商売でもしているかのようだ。

 

 いい女なのにファッションセンスが壊滅的だな。まるで安酒場の姉ちゃんみたいだぞ。

 四井物産の富田林は心の中で嘲り笑うが決して顔には出さない。

 

 だが、隣では四井商事の高槻が鼻の下を伸ばしている。

 こいつ、こんな女が好みなのかよ。まあ、他人の趣味に口出しするのは野暮って物か。今は何も言うまい。富田林は眼前の二人に意識を戻した。

 

「して、日本の方々よ。我が偉大なるアルタラス王国へ来訪せられたるは何故じゃ? 直答を許す」

 

 ようやく王が声を発する。その顔は不安と期待で半分半分といった感じだ。

 暫しの沈黙が訪れる。富田林に脇腹を突っ付かれた岸和田は愛想笑いで時間を稼ぎながら事前に用意してきた原稿をポケットから取り出す。

 

「えぇ~っと…… その前に一言宜しいでしょうか? 先ほど発生した海難事故に遭われた犠牲者、並びにご遺族の方々に日本国政府を代表して深く哀悼の意を捧げます。ただし! この事故は貴国の船舶が注意義務を怠っていたために発生したものであることをご留意いただきたい」

 

 突然のアポ無しの訪問に対し、わざわざ国王と王女が雁首揃えて出張ってくるなんてどう考えても異常だ。これは海難事故にいちゃもんを付けに来たと考えるのが妥当だろう。

 岸和田は軽くジャブを打つつもりで先制パンチをお見舞いする。何せ攻撃は最大の防御なのだ。

 

 しかし、一国の国王ともあろうお方はよりにもよってミルコ・クロコップのような台詞で反撃してきた。

 

「は、はぁ? お前は何を言っているんだ?」

 

 その眼光の鋭さはまるで格闘家さながらだ。もしかしてこのおっちゃん武道の心得とかあるのかも知れん。

 だけどもここは一歩も引くことのできない状況だろう。岸和田は(ふんどし)を締め直す。まあ、実際はそんな物を締めていないんだけれども。

 いやいや、パンツは履いてますよ。ちゃんと。岸和田は誰に聞かれたわけでもないのに心の中で必死に言い訳した。

 

 どうやらアルタラスの蛮族どもはこの不幸な海難事故を日本から賠償金をせしめる絶好の機会と捉えているらしい。岸和田の灰色の脳細胞が高速回転を始める。

 これって例えるならば幕末に坂本龍馬の海援隊が運航していた『いろは丸』が紀州藩の明光丸と起こした衝突事故みたいなものかも知れんぞ。

 あの事件で龍馬はガラクタしか積んでいなかったことをひた隠しにして紀州藩に莫大な賠償金を吹っかけた。そして一月にも及ぶ交渉の末、積荷代と称して相賠償金八万三千五百二十六両百九十八文をまんまとせしめたのだ。

 

 テレビの歴史番組で見た話によると竜馬は紀州藩が海上衝突予防規則に無知なのを良いことに相手に責任を擦り付けたんだそうな。実際にはいろは丸が面舵を取って回避しなければならなかったらしい。そもそも明光丸は黙って直進してるだけで何の責任も無かったんだとか。それにいろは丸は夜間なのに無灯火だったという説もある。だけど、ドライブレコーダーも無い時代にそれを後から証明するのは不可能というものだ。

 結果的にいろは丸は沈んでしまい、明光丸だけが生き残った。これだと事情に通じていない者が傍から見れば明光丸が一方的に悪いように見えても致し方ない。

 

 要するにこれって完全に詐欺事件じゃんかよ! まるで当たり屋の所業だな。海外旅行なんかだと特に気をつけなきゃならん奴だ。それにしても保険が無いって悲しいなあ。そうだ、閃いた!

 

「富田林さん、高槻さん。お二人は四井海上火災にお知り合いはいらっしゃいませんか?」

「勿論、沢山おりますよ。もしかして火災保険にご興味がおありですか?」

「いやいや、いま必要とされているのは船舶の保険ですよ。ターラ十四世陛下、ルミエス王女殿下。残念ながら日本国としては今回の海難事故に対する補償は出来かねます。ですが、今後このような悲劇を二度と繰り返してはなりません。我々にはそのための知識と技術があります。いかがでしょう? 私たちにそのお手伝いをさせては頂けませんでしょうか?」

 

 岸和田はこれ以上は無いというくらいのドヤ顔で両手を広げる。

 だが、国王と王女から返ってきたのはさぱ~り分からんという愛想笑いだった。

 



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第九話 撃て!動く標的を

撃て!動く標的を

 

アルタラス王国首都 ル・ブリアスから真北に四十キロの海岸

 

 国王ターラ十四世とルミエス王女を相手に大日本帝国空母打撃群の艦隊司令を務める岸和田少将が行ったプレゼンテーションは大不発に終わった。

 慣れないこと何かやるもんじゃねえな。所詮、俺は軍人だ。商売人の真似なんてできるわけも無い。岸和田は暫しの間、自己嫌悪に陥る。

 

 だが、捨てる神あれば拾う神あり。惨状を見かねた四井物産の富田林支店長と四井商事の高槻部長が咄嗟にフォローを入れてくれたのだ。

 

「岸和田さん。需要が無いところに価値は存在しませんよ。ちゃんとユーザーニーズを把握して……」

「ちょっと待って下さいな、富田林さん。需要が無いところにこそ需要があるとも言いますよ。裸足の国で靴を売る例え話をご存知ですよね?」

「いやいや、あの話のビジネスマンは三流も良いところでしょう。事前調査も無しにいきなり現地入りするのはお話だからまあしょうがない。だけど、誰も靴を履いていないから売れるに違いないだなんて阿呆みたいな報告をされたら上は困っちゃいますよ。だって誰も靴を履いていない原因を何にも分析していないんですもん。需要が無いのか? それとも供給が無いのか? あるいは需要はあるけど購買力が無いのか? もしかしたら宗教的な理由かも知れんし、ファッションとして裸足の方が格好良いなんて変わった価値観かも分からない。そこまで調べてからちゃんと需要予測を立てることができてやっと二流。一流ビジネスマンと呼ばれたいのならば…… 例えば現地人の購買力が無いのなら現金収入を得られる機会を提供するとか、現地の産物なり鉱物資源なりとの交易を……」

 

 駄目だこいつら、早くなんとかしないと……

 フォローしてくれるのかと思ったら突然わけの分からん話を始めやがったぞ。ここは国王と王女の面前なんですけど?

 軽空母天保山の艦長中百舌鳥(なかもず)は心の中で苦虫を噛み潰す。

 艦隊司令の岸和田はと言えばさっきから虚ろな目をして何かブツブツ言ってるし。どうすれバインダ~!

 潜在需要を掘り起こすためには…… 閃いた! 本人に直接聞けば良いんだ!

 

「失礼、私は軽空母天保山の艦長をしておる中百舌鳥大佐です。畏れながら国王陛下と王女殿下にお伺い致します。何か今、欲しい物とかありますか? それかやって欲しい事とか? コストとか労力とか抜きにして何でもありだとしたらどうします?」

「……?」

「これはブレインストーミングっていう思考法なんですよ。まあ、騙されたと思って何でも言って見て下さいな。どうぞどうぞ、ほれほれ」

「そ、そうさのう。儂は……」

「私は日本国の力が見たいわ。日本国の力を見せては頂けないかしら?」

 

 こいつらもかよ~! 野蛮人っていう奴らは本当に力こそ全てなんだな。『力が正義ではない、正義が力だ!』とかいう理論というかナニをナニしてるんじゃなかろうな。まあ、それならそれで別に良いんだけどさ。中百舌鳥は考えるのを止めた。

 

「んで、何をぶっ壊せば良いんですか? 国王陛下、王女殿下」

 

 

 

 

 

 三十分後、防空巡洋艦摩耶のCICに戻った岸和田はぼぉ~っと呆けていた。中百舌鳥の馬鹿が勝手な事を言ったお陰でフェン王国に続いてパフォーマンスと言うかデモンストレーションと言うか実弾演習を披露する羽目になっちまったのだ。

 岸和田の存在を無視するかのように艦長と副長は和気藹々と話をしている。

 

「そんで、副長。標的の数は三百以上だってさ。全て撃破しろってオーダーだ」

「それって本当に標的機なんでしょうね? フェンの時みたいな伝達ミスは真っ平ご免の助ですよ」

「いやいや、今回の標的は木造船舶だ。くれぐれも間違えんでくれよ。ただし、確変からフィーバーに突入すると百機ほどの標的機が現れるかも知れんそうだ。もし出たら絶対に一機も逃すな。とにもかくにも北東から来る奴は全て撃破して問題無い。って言うか、撃破しなくちゃならん」

「え、えぇ~っ! さ、三百ですと。ハープーンはそんなに積んで無いですよね。いったいどうすんすか?」

 

 大口をあんぐりと開けた副長が目を剥いて驚く。

 なんぼ何でもびっくりし過ぎだろ。中百舌鳥は思わず吹き出しそうになったが空気を読んで何とか我慢した。

 

「あのなあ、相手は粗末な木造船なんだぞ。んなもん使ったら勿体無いお化けが出るわ。五インチ砲で十分お釣りがくるぞ」

「それだとしても三百は多いですね。五艦で六十ずつとしても即応弾では足りませんよ。ゴールキーパーも使いましょうか? うちの艦隊のアレは対小型船舶にも使える奴ですから」

「いやいや、標的の足はとっても遅いそうだ。距離を取り直して補充する余裕くらいあるだろう。CIWSは標的機が現れた時のために温存する。それで良いですよね、司令?」

「はいはい、好きな様にやってくれ。儂ゃもう知らんよ……」

 

 

 

 

 

 天気晴朗なれど波高し。とっても良い天気の五月晴れの空の下。パーパルディア皇国軍に所属する艦隊三百二十四隻は意気揚々と南西方向へ進んでいた。

 大砲を山ほど載せた戦列艦やワイバーンをぎっしり詰め込んだ竜母、雑多な物をたっぷり積んだ揚陸艦、エトセトラエトセトラ。みんな違ってみんないい。

 質はともかくとして量に関してだけは大した物だろう。

 

 将軍シウスは船縁にもたれ掛かってぼぉ~っと海を見詰めていた。

 

「もしもし、もしもし将軍。起きてますか? もうちょっとでアルタラス王国軍ワイバーンの戦闘行動半径なんですけど?」

 

 ちょっと遠慮がちに顔色を伺いながら副官が声を掛けてきた。

 せっかくの憩いの一時を邪魔された将軍シウスはイラっと来る。だけどこいつもこれが仕事なんだろう。内心の不快感を抑え込んで卑屈な笑みを浮かべた。

 

「まだ来ないのかなあ。ちょっとでも反応があったらすぐに直援騎を上げるんだぞ。って言うか、もう上げておいた方が良いかも知れんぞ。いざという時にバタバタ慌てんで済むんじゃね?」

「そうかも知れませんね。そうじゃないかも知れませんけど」

 

 副官は人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべると逃げる去るようにその場を後にした。

 

 そのとき、ふしぎなことがおこった! 十二隻しか無い虎の子の竜母の飛行甲板で大きな爆炎が吹き上がったのだ。事故か事件か? 分からん、さぱ~り分からん。

 毎秒二、三回の割合で起こる爆発はほんの数秒で皇国自慢の竜母を全滅させる。続けて爆発は他の雑多な艦に移って行く。何が? 何が起こっているんだ。わけがわからないよ……

 

 将軍シウスの絶叫は辺り一体を覆い尽くす轟音で掻き消され、誰の耳にも届かなかった。

 

 

 

 

 艦隊司令の岸和田は相も変わらずぼぉ~っと呆けていた。

 

 さっき立てたスケジュールの通りに巡洋艦二隻と駆逐艦三隻は五インチ砲の砲弾を標的へ次々と叩きこむ。

 五隻合わせた発射速度は毎秒二、三発にも達する。その轟音はまるで機関砲のようだ。

 距離は十キロ以上離れているが標的の船足は遅い。百発百中で命中する多目的榴弾はほぼ一撃で粗末な木造船を沈めて行く。

 話に聞いていた標的機はいまだに姿を現さない。もしかして確率が辛めに設定されているんだろうか。

 

「だけども司令、何で遠くの的から先に撃てって言ったんですか? 勝手に近付いてくるんだから近くの奴から撃った方が良いと思うんですけど」

「ああ、アレか。アレはヨーク軍曹っていう映画で主演のゲーリー・クーパーが言ってたんだよ。遠くの奴から先に撃てってな」

「それはやっぱアレですか? 『絶対に敵を逃さないぞ!』みたいな?」

「そんな感じだな。獲物はみんな前しか見てないから後ろの奴から仕留めれば逃さずに済むみたいなことを言ってた気がするぞ。本当を言うとあんまり良く覚えていないんだけどさ」

「そうは言っても相手は標的なんですけどね」

「訓練で汗を流しておけば実戦で血を流さんで済む。とか何とか言うだろ。まあ、騙されたと思ってやって見てくれよ」

「誰も嫌だなんて言ってませんよ。ただ、変だなあと思ったから聞いてみただけですから」

 

 そんな阿呆な理由で貴重な竜母を真っ先に潰されたとは。パーパルディア皇軍の連中は最後の最後までその事に気付く事は無かった。

 

 

 

 

 

 戦いとも言えない一方的な虐殺は僅か数分で終わった。

 また詰まらぬ物を撃ってしまったな。十キロほど先に漂う大量の海洋ゴミを見詰めながら岸和田は相も変わらずぼぉ~っと呆けていた。

 いやいや、こんなんじゃ駄目だろ。世の中に不満があるなら自分を変えろ。それが嫌なら耳と目を閉じ、口をつぐんで孤独に暮らせ。それも嫌なら…… 閃いた!

 

「富田林さん、高槻さん。ちょっと思いついたんですけど聞いてもらえますか? 近年、海洋ゴミが問題になっていますよね。一説によると2050年には海の魚よりゴミの方が多くなっているんだとか。でも、私は一人の海の男としてそんなことは許しておけません。今こそクリーンアース計画を発動する時です。今やらんでいつやると言うのだ? 今でしょ!」

「いやいや、岸和田さん。ここは地球じゃないですから。とは言え、あのゴミを放ったらかしにはできませんな。回収して使えるものは建築材に、それ以外は燃料用にでもリサイクルしてやれば……」

 

 防空巡洋艦摩耶のCICでは早くも事後処理に関する話し合いが始まる。だが、言い出しっぺの岸和田はまたもや蚊帳の外に置かれてしまった。

 どうしてみんな俺の話を聞いてくれないんだろう。本当に艦隊司令というのは孤独な仕事だ。何だかもうどうでも良くなってきたぞ。勝手にどっか行っちゃおうかしらん。

 いやいや、司令官が勝手にいなくなっちゃ駄目だろ! 誰も突っ込んでくれないので岸和田は自分で自分に突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 軽空母天保山から呼び寄せたオスプレイは一同を乗せると南へ向けて飛び立った。

 

 国王ターラ十四世の怖がりようは見ているだけで笑ってしまうほどだ。まるで迷子のキツネリスみたいだな。岸和田は心の中であざけり笑うが決して顔には出さない。

 それとは対照的にルミエス王女は小さな窓にべったり顔を押し付けて大はしゃぎしている。まるで幼稚園児みたいなその表情は興味津々といった感じだ。

 

「はやいはやい! ワイバーンよりずっとはやい!!!」

 

 この糞ビッチめ。岸和田は心の中で苦虫を噛み潰すが決して顔には出さない。

 とにもかくにもミッションはコンプリートできた。あとは野となれ山となれ…… じゃなかった、本来の商売の話を無事に纏められれば万々歳だ。

 これ以上、国王や王女が変な事を言い出しませんように。岸和田は心の中で神様にお願いした。

 

 

 

 先ほどの海岸から南へ四十キロの距離を十分足らずで飛行したオスプレイはアルタラス王国の王都ル・ブリアスへと到着する。

 王の従者が事前に魔信で連絡を入れていてくれたお陰でパニックにはなっていないようだ。

 だが、王宮に集う無数の人々は揃いも揃って大きな異音を発する謎の飛行物体を注視している。

 オスプレイは地上からの指示に従って王宮正面の広場に着陸した。

 

 

 

 一同は豪華な調度品で埋め尽くされた貴賓室らしきだだっ広い部屋に案内される。

 岸和田や富田林、高槻らが何から話そうかと顔を見合わせた。機先を制するようにルミエス王女がまずは口火を切る。

 

「岸和田殿、先ほどの見事な戦い振り。私は感服いたしました」

「た、戦い?」

「いえいえ、演習でしたね。真の戦かと見紛うばかりの迫力に、思わず言い間違えてしまいました。あれだけの的を一つも外さぬとは。日本の兵は皆、さぞかし手練の集まりでなのしょうね」

 

 ルミエス王女は少しも慌てずにっこり笑って言い直す。ぼんくら揃いの日本の面々は美女の微笑みにコロッと騙されてしまい何の疑問も抱かなかった。

 

「礼には及びません。仕事ですから」

 

 まるで一同を代表するかのように岸和田が屈託のない笑みを浮かべる。

 この國村隼さんの物真似って自衛隊で流行ってんのかな。富田林は笑いそうになるのを必死で我慢した。

 

「時に国王陛下、王女殿下。我が四井グループは貴国に対して……」

「岸和田閣下、貴殿は英雄です。大変な功績だわ。是非とも我が国と国交…… いえ、同盟を結んではいただけませんでしょうか。アルタラス、四井のどちらかが他国と戦になった折は相互に手を結んで戦うのです。ねえ、お父様。良いでしょう? 岸和田閣下も良い考えだとは思われませんか。ねぇ、ねぇ、ねぇ?」

 

 こともあろうかルミエス王女はつかつかと近付いてそっと優しく手を握る。真正面からじっと目を見詰められた岸和田は思わず目を反らしてしまった。

 見かねた高槻が助け舟を出す。出したつもりだったのだが…… 何と言ったら良いのか分からなかった。

 

「ケネディ大統領は申された。『貴方の国が貴方のために何ができるかをではなく、貴方が貴方の国のために何ができるのか問うてほしい』と。ぶっちゃけた話、我が国を守るために貴国はいったい何が出来るんでしょうか?」

「そ、それはその…… 魔石! 魔石があります! それもその…… いっぱい!」

「ああ、例の魔力を持った石ですな。どれくらいあるんですか? もしお差し支えなければ産出量、種類、品質、エトセトラエトセトラ。詳しく聞かせていただきたい。そうそう、一番大事な経済可採埋蔵量や究極可採埋蔵量。それと経済総埋蔵量を教えてはくれませんか?」

「うわぁ~! またもやそれかよ~! もう埋蔵量の話は沢山だ! いい加減にしてくれよん!」

「どうどう、お父様落ち着いて。もう怖くないですからね。怖くない怖くない。一休み一休み」

 

 そっと背中を擦られた国王がだんだんと大人しくなる。

 

『不思議な力じゃ……』

 

 ちょっと草臥れてきた富田林はユパ様みたいな月並みな感想を漏らすと考えるのを止めた。

 

 

 

 

 

 それからの数時間は双方に取って実りある時間と言えた。一同は熱意を持って様々なことを話し合う。

 

 まずは日本とアルタラスの間に防共協定が結ばれた。もちろん正式な物では無い。そもそも日本はクイラとクワトイネ以外を国家承認していない。するつもりすら無いのだ。

 だからこの防共協定モドキは実際には四井グループが信用保証をする企業間の契約みたいな物といえた。

 

 続いて魔石に関連する様々な取り決めが定められる。

 ヒアリングの結果、アルタラスの国家収入の大半は魔石関連ビジネスで支えられていることが分かった。

 期限付きの魔石採掘権の交付、道具のレンタル、そして魔石取引税。この三本柱だ。

 その中でも特に道具のレンタルは割の良いビジネスらしい。

 そう言えばカリフォルニアのゴールドラッシュでも確実に利益を上げていたのはレンタル業者だったそうな。

 とにもかくにも四井鉱業や四井金属、四井化成といったグループ企業からエンジニアの派遣が決まった。行く行くはアルタラスに魔石精錬所を建設するという壮大な計画だ。

 

 海軍からの要望としては滑走路。もし可能ならば海軍航空基地の建設が打診された。

 すでにアルタラスに空港らしき物があることは写真偵察によって判明している。

 王女の話によればそれはムーという国がアルタラスから土地を借りて建設したとのことだ。

 ムーに作らせたんなら四井にも作らせてもらえるんじゃね? 迅速かつ確実に防共協定を履行するためには航空機の往来が不可欠だ。

 これは四井建設の仕事だろうか。早速にも建設予定地が決められる。

 

 そんな話をしていると遠慮がちなノックの後、従者の声がした。聞けば夕飯の支度が出来たとの話だ。何だかとっても有意義な会合だったなあ。少なくとも日本側の参加者はそう信じていた。

 



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第十話 技術士官マイラスの憂鬱

アルタラス王国首都 帝都ル・ブリアス ブリアス区 ブリアス町 1ー1

 

 王宮内のゲストルームで大日本帝国空母打撃群の艦隊司令を務める岸和田少将は目を覚ました。

 何だか知らんけど酷い頭痛がするなあ。もしかして昨晩、飲み過ぎちゃったんだろうか。記憶を辿ろうとしたのだが…… さぱ~り重い打線!

 

 コンコンコンコン。ドアがノックされる。国際ルールの四回ノックだ。どうやら訪問者はマナーを良くご存知な方らしい。

 

「どうぞ。開いてますよ」

「失礼いたします。岸和田閣下」

 

 扉を開けて中に入って来たのは誰あろう、ルミエス王女その人であった。

 何故にこんな朝っぱらから王女が部屋に訪ねて来るんだ? 岸和田は一瞬、呆気に取られる。

 だが、腐っても軍人の端くれだ。なけなしの精神力を振り絞って平静を取り戻そうとした。したのだが……

 ルミエス王女がズカズカと部屋に入り込んで来たお陰でパニックになってしまった!

 

「岸和田閣下。昨夜の約束、よもやお忘れではございませんね?」

「や、約束ですと? いや、あの、その…… もちろんですよ。私は記憶力には些か自信がありましてな。例えば…… ルミエス女王殿下、今から言う三つの言葉を覚えて下さりませ。桜、猫、電車。良いですか。桜、猫、電車ですよ」

「さくら? ねこ? でんしゃ? それは如何なる物で…… いやいや! そんな事、今はどうでも良いのです。昨夜の約束を守っていただきたく参じました。今すぐ! Hurry up! Be quick!」

 

 突如として大声を出すと王女は胸の谷間から折り畳んだ紙切れを取り出した。それを素早く広げると借金の証文でも突き付けるかのように岸和田の眼前に晒す。その顔にはまるで『勝訴!』と書いてあるかのようだ。

 だが、残念ながら日本語では無いので岸和田には一文字も読めなかった。

 

「どうどう、王女殿下。分かっておりますから。日本人嘘吐かない! って言うか、今やろうと思ったのに言うんだもんなぁ~!」

「では、早速にもお願いいたします。時は一刻を争うのです。朝御飯を食べたらちゃちゃっと片付けて下さいまし。パーパルディア皇国を」

「What's?」

 

 呆気に取られて思わず声が裏返ってしまう。半笑いを浮かべたルミエス女王に見詰められた岸和田は蛇に睨まれた蛙の気分だった。

 

 

 

 

 

大東洋諸国会議 本館一階 大会議室

 

 普段と違った事件や事故、冠婚葬祭、その他のくらしにまつわるありとあらゆる出来事が起きた際に臨時で開催する会合が開かれていた。参加するしないは自由だが、欠席すると酒の肴にされてしまうというそれはそれは恐ろしい会合だ。

 

 もともとの始まりは文明圏外の蛮族たちの飲み会だった。なので自称列強(笑)のパーパルディアなど第三文明圏の連中は出席しても話が合わないと言って出てこない。

 

 会合は野蛮人の宴会みたいな物なので殴り合いや殺し合いが絶えない粗野でワイルド。およそ文明とは無縁の血なまぐさい物だ。

 これまでの会合ではもっぱらパーパルディアの悪口で終始していた。だが、今回だけは例外中の例外だった。

 話題の主は超新星の如く突如出現した新興国家『日本』の四井グループに関してだ。

 

「ロウリアが破れたようだな……」

 

 マオ王国の代表が『はい、先生!』といった感じで挙手する。

 

「ククク…… 奴は蛮族四天王の中でも最弱……」

 

 決してそんなことは無い。ロウリアの軍事力は蛮族としては上から数えた方が早いくらいだ。しかしマジレス禁止といった空気が場を支配している。

 渋々といった顔のトーパ王国が話の続きを引き受ける。

 

「日本如きに破れるとは我ら蛮族の面汚しよ……」

 

 会議室の気温が一気に氷点下まで下がったかのような緊張感に包まれる中、シオス王国が敢えて火中の栗を拾いに行った。

 

「我々の考えは…… ト、トーパ王国と同じ考えです!」

 

 会議室に集う全員が盛大にズッコケる。

 何か言わなきゃ。何でも良いから気の気の利いた事を言って場を盛り上げなきゃ。

 しかしなにもおもいつかなかった!

 

「世界が…… 変わるかも知れませんな。変わらんかも知らんけど」

「まあ、どっちでも良かろう。どうせ他人事じゃし」

「そうそう、飲もう飲もう!」

 

 会議は踊る、されど進まず。って言うか、これって会議だったのか? ただの飲み会だと思ってたんですけど。

 トーパ王国大使は考えるのを止めた。

 

 その時、ふしぎなことがおこった! って言うか、ドアが勢い良く開いて血相を変えた若者が飛び込んできた。

 

「何じゃ、騒がしい。如何いたした?」

「大ニュースです、大ニュース! パーパルディア皇国の皇都エストシラントが焼き討ちに遭ったそうな。皇宮は瓦礫の山となり皇帝ルディアス以下の主だった皇族は生死不明。海軍基地も徹底的に破壊され軍の司令部も壊滅とのことです」

「や、やったのはどこのどいつだ? パーパルディアは第三文明圏でも最強……」

「どっかの誰かにやられるとは最強の面汚しよ……」

 

 お前らは同じことしか言えんのかよ。トーパ王国大使は心の中で嘲り笑うが決して顔には出さなかった

 

 

 

 

 

第二文明圏 列強国 ム―

 

 天気はピーカン。雲一つ無い五月晴れ。視程は三十キロといったところだろうか。

 外務省から急な呼び出しを食らった技術士官マイラスはアイナンク空軍基地へ急いでいた。

 何でまた空軍基地なんかに? 俺、何か悪いことしたっけかなあ。マイラスは自分の胸に手を当てて考える。だけど、さぱ~り心当たりが無いんですけど。

 迎えに来てくれた運転手付きの車に乗せられたマイラスはアイナンク空軍基地に辿り着く。

 ゲートで簡単な手荷物検査を受けて基地内に入る。手渡された来客用名札を胸に付けて廊下を歩くと控え室で待たされる。

 何でも良いから雑誌か何か持ってくれば良かったなあ。窓の無い部屋には退屈凌ぎをする物が何一つとして無い。退屈で退屈で死にそうなんですけど。せめて窓があれば飛行機が見れるのに。

 そんなことをマイラスが考えているとノックもせずにドアが開いた。

 

「うわぁ! びくりした……」

 

 入口を見やれば簡素な軍服を着た若い男が立っていた。階級章は少尉だろうか。

 後ろにはもう一人、外交官と思しき礼服を着た中年男性がくっついている。

 

「こちらは技術士官のマイラス君。若いけど腕は確かです。確か第一種総合技将だったっけかな?」

「いやいや、お褒めに預かり光栄です。んで、私で何かお役に立てることでも?」

 

 内心ドキドキのマイラスは卑屈な笑みを浮かべながら外交官の顔色を伺う。

 

「わざわざ来てもらったのは外でもない。謎の国の技術水準を調べてもらいたい」

「それってグラ・バルカス帝国の事ですよねえ? 私も前から気になってたんですよ」

「ちゃうちゃう、ちゃいまんがな。それが見たことも聞いたことも無い国なんだな。今朝、突如として東の海から八隻もの艦隊がやって来たんだ。海軍の臨検に大人しく従ってくれたんだけれども話を聞くと四井とかいう会社の営業が乗っていた。ムーと交易を行いたいそうだ。ウチと取引したいって所は珍しくも何ともないんだけど。連中が乗り付けた船が凄かったんだ」

「それってもしかして、もしかすると?」

「帆船でもなければ魔導船でもない。でも自力航行していた。ってことは機械動力ってことになるよな?」

「ですよねぇ~!」

 

 マイラスは卑屈な愛想笑いを崩さない。スマイルスマイル。笑顔さえ浮かべていれば世の中の大抵の事は上手く行くのだ。

 

「それでだな。ムーの技術を自慢してやろうとアイナンク空軍基地に呼びつけてやったんだよ。そしたら何て言ってきたと思うよ? どの滑走路に降りたら良いかって聞いて来やがった。んで、みんなでwktkして待ってたらなんとびっくり飛行機械で飛んで来たんだ」

「アッ~!」

 

 驚愕の余り、マイラスは変な声が出てしまった。おっちゃんは気にせずに話を進める。

 

「空軍機が誘導に飛んだんだが向こうは時速五百キロくらい出てたんで始めは全然追いつけなかったらしい。まあ、結局は向こうがこっちに合わせてゆっくり飛んでくれたらしいんだけどな。もし空戦したとして勝てるかって空軍の奴に聞いたら何て言ったと思う。追いつけない奴に勝てるわけが無いって言いやがった。ついでにそいつは戦闘機じゃなくて輸送機らしいんだ」

「ふ、ふぅ~ん。凄いですねえ」

 

 段々と馬鹿らしくなってきたマイラスは適当な返事をする。

 もしかして今日はエイプリルフールか何かだったっけ? こいつら俺で遊んでいるのと違うか? 今にも『ドッキリ大成功!』とか書いた看板を持った奴が入ってきたりして。

 

「しかもそいつの構造がムーの航空機械とは比べて明らかに異なっているんだ。いや、大雑把な原理は同じなんだろうけどエンジンナセルって言うのかな。あのプロペラが付いた奴。それとプロペラがやたらめったら大きかったぞ。んで、君にわざわざお出ましいただいたって寸法さ」

「……」

「そんな顔しなさんな。ちゃちゃっと行ってぱぱっと見てくるだけの簡単なお仕事さ」

「はいはい、分かりましたよ。見れば良いんでしょう、見れば。今、見ようと思ったのに言うんだもんなぁ~」

「んじゃあシクヨロ(死語)ね。東の駐機場に停めてあるよ。ぱっと見でどれだか分かるからまずは行ってみ」

 

 人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべると外交官は脱兎のように逃げ去った。

 

 

 

 途中で車に轢かれそうになりながらもマイラスは東の駐機場とやらを訪れていた。訪れていたのだが…… わけがわからないよ。

 

 エンジン二つにプロペラ二枚。そこまでは分かる。だが、外交官も言ってたようにプロペラがとにかくバカでかいのだ。あんなに大きいと地面に当たっちまうじゃんかよ。苦し紛れなんだろうか。エンジンごと四十五度ほど上を向いている。

 その発想はなかったわって感じだ。プロペラをもうちょっと小さく作れば済む話なのに馬鹿だなあ。未開人の考えることは分からん。

 

 それにしても、すごく大きいです! こんだけ大きいプロペラがあれば時速五百キロ出たというのも本当かも知れん。ってことは我が軍の戦闘機マリンのプロペラもこれくらい大きくすれば良いんじゃね。いやいや、こいつは双発機だからこんな荒業が使えるんだ。単発機では絶対に無理だぞ。そもそも単発機でこんな巨大プロペラを回したらカウンタートルクがとんでもない事になりそうだし。

 完全に詰んだな。マイラスは考えるのを止めた。

 

 

 

 

 

 wktk気分のマイラスは足取りも軽やかに応接室を訪れた。

 

 自力で飛行機械を作ったのは大した根性だ。しかも、あんな馬鹿げた構造で時速五百キロを達成するとは。もしマトモな設計でアレを作り直したら時速六百キロや七百キロくらい出るのかも知れん。ならば技術協力というか技術指導というか。何かそんな感じの手助けをしてやるのも悪くないかも知れんな。

 ムーの進んだ科学技術のほんの一欠片でも与えてやれば涙を流して喜ぶかも知れん。ありがた迷惑だって喜ばんかも知らんけど。

 とにもかくにもムーの技術は世界イチィィィィ~! 出来んことな無ィィィィ~! マイラスはナチス式敬礼をしながら絶叫する。

 

「さてさて、今日はいったいどんな出会いがあることでしょう……」

 

 他人事みたいな事を呟きながらマイラスはドアをノックした。もちろん四回だ。

 

「どうぞ、開いてますよ」

「ちょ、おまっ。富田林さん。トイレじゃないんだから」

「いやいや、高槻さん。トイレで開いてますって返事が返って来たら怖いですやん」

「「ですよねぇ~!」」

 

 二人の声がハモった。何か知らんけど仲のお宜しいことで。仲良きことは美しき哉。

 マイラスは中の様子を伺いながら扉をコソ泥みたいにそっと静かに開ける。

 男が二人、ソファーに向かい合って座っていた。

 

 何で向かい合って座ってるんだよ! 俺はどっちかの隣に座らんといかんのか? 軽くパニックになったマイラスは酸欠みたいに息を荒げる。

 

「ああ、始めまして。四井物産の富田林です。どうぞ宜しく」

「この度はお世話になります。四井商事の高槻です」

 

 愛想笑いを浮かべた二人の男は頭をペコペコ下げながら小さな長方形の紙切れを差し出す。マイラスも釣られて引き攣った笑みを浮かべた。

 

「こちらこそお手柔らかに。では、参りましょうか。Let's go together!」

 

 どっちに座ったら良いのか判断に迷ったマイラスは座らないという選択肢を選んだ。

 

 

 

 取り敢えずマイラスは戦闘機が格納されている掩体壕に四井の社員を案内する。カマボコみたいな形をした鉄筋コンクリート製の掩体壕にはムーの最新鋭戦闘機マリンが駐機してあった。

 真っ白に塗られた胴体に群青のストライプが一本、前から後ろまで塗られている。

 

 新幹線0系みたいだなあ。富田林は心の中で思ったが口には出さなかった。

 ちなみにあのカラーリングはハイライトっていう煙草のパッケージを見て思いついたってチコちゃんが言ってたっけ。高槻もそんなことを思い出したが決して口には出さない。

 

 来客があると分かっていたからだろうか。やたらと綺麗に磨き上げられている。

 そう言えば、戦前の日本軍では気合を入れて磨きすぎて塗装が禿げたなんて話を聞いたことがあるなあ。もしかして軽量化のために塗装が薄かったのかも知らんけど。そう言えば戦後しばらくは軍用機も民間機もジュラルミン製の機体を無塗装で使っていた時期があったっけ。それで思い出したけど……

 

 とりとめのない考えに富田林が陥りそうになった刹那、マイラスが口を開いた。

 

「これはムーが誇る最新鋭戦闘機マリンです。貴方がたの国で言うところの鉄龍? 我が国ではより優雅に航空機と呼んでおりますがね」

「日本では飛行機と呼ぶことの方が多いですかね。まあ航空機でも通じますけど。ですよねえ、高槻さん」

 

 富田林に同意を求められた高槻は軽く頷いて返した。

 それにしてもこのマイラスという男、さっきからやたらとマウントを取ってくるなあ。適当にお世辞でも言っといた方が良いんだろうか。富田林は揉み手をしながら上目遣いで顔色を伺う。

 

「それはそうと複葉機って格好良いですよね。何だかカプリコン・1に出てきた奴に似ていませんか、高槻さん?」

「ああ、テリー・サバラスが操縦していた農薬散布機でしたっけ。二機のヘリを相手に大立ち回りを演じて勝っちゃうんですよね。あれは痛快だったなあ」

「それにしても複葉機とは珍しい物を見せていただきました。私はいま猛烈に感動してるんですよ。何せ実物を見るのは初めてでして。ちょっとだけ触ってみても良いですか?」

「えぇ~っ! 日本には複葉機は無いんですか! もしかして単葉機しか無いとか?」

 

 マイラスが血相を変えて食い付いて来たので富田林は何だかとっても嬉しくなった。

 

「いやいや、昔はフォッカーDr.Iみたいな三葉機だってありましたよ。だけども流石に今では完全な絶滅危惧種ですね。とは言え、複葉機だってまだまだ需要はあるらしいです。現代でも省スペース性とかロール特性なんかのメリットからスポーツ機とか農業機、ウルトラライトプレーンなんかで必要とされているって書いてありますもん。マイラスさん。私を信じないで下さい。私が信じるWikipediaを信じて下さい!」

「そ、そうですか。それを聞いて安心しましたよ。ところでこの機体の最高速度は三百八十キロです。あなた方の航空機はいったいどれくらいの速度が出るんでしょうね。良かったら教えていただけませんか?」

「えぇ~っと…… Wikipediaによると史上最速の複葉機はフィアットCR.42の試作機が時速五百二十キロを出したって書いてありますね」

「な、なんと! 五百二十キロですと! す、すごくはやいです!」

「いやいや、全然大したことないでしょう? 私らの乗ってきたオスプレイですら五百六十五キロ出るんですよ。タダの輸送機の分際にも関わらず」

「アッ~! びっくらこいた……」

 

 マイラスが暫しの間、フリーズしてしまった。

 いや、予想どおり自己修復中か。そうでなければ単独兵器として役に立たんな。

 

「し、しかし輸送機と申されましたか。では戦闘機なんかはもっと早いんでしょうねえ?」

「そりゃあそうでしょう。輸送機より遅い戦闘機なんて悲し過ぎますよ。まあ、ミサイルキャリアーとして割り切れば最高速度なんてどうでも良いのかも知れませんけど。とにもかくにも大抵のジェット戦闘機は超音速が出せますね。って言うか最近五十年くらいで超音速が出せないジェット戦闘機なんてハリアーみたいに特殊な機種しかないんじゃありませんか。とは言え、実際に超音速を出すことなんて滅多に無いらしいですけど」

「ジェット? それはもしや神聖ミリシアル帝国の天の浮舟の如き物でしょうか? まさか四井ではアレを実用化しているのですか? 教えて下さい、富田林さん、高槻さん。お願いします! 四つん這いになれば教えて貰えませんか? アッ~!」

 

 必死の形相で袖に縋り付いてくるマイラスを富田林は迷惑そうに押し返す。

 

「いやいや、マイラスさん。何が嫌いかより何が好きかで自分を語って下さいな。ムーはレシプロエンジンにさぞかし強い拘りがあるんでしょう? だからこそ未だにこんな物を使い続けているんですよね。そ、そうだ! 私達の世界のレシプロエンジン速度記録を教えてあげましょう。F8Fベアキャットに四千馬力のエンジンを積んだレーサー『Rare Bear』っていうのが八百五十キロを出したんですよ。これは超低空での記録だから空気の薄い上空を飛べばもっと出たはずだと言われていますね。あるいはターボプロップ機だとTu-95の九百五十キロなんて記録もありますよ。良いですかマイラスさん。自分を信じるな! マイラスさんを信じるレシプロ機を信じろ! 頑張れ、頑張れ、出来る、出来る、やれば絶対出来る!」

 

 何だかもう面倒臭くなって来た富田林は最後は精神論で押し切った。

 

 

 

 マイラスは四井の営業二人を空港の外へ案内しようとした。しようとしたのだが……

 ムーの誇る自動車を見た四井コンビはなぜだか全力で遠慮したいと言い出した。じゃあどうやって移動するんだ? そう問いかけるマイラスは嫌な予感しかしない。

 

 四井コンビはオスプレイと称した輸送機の中へと入って行く。待つこと暫し、突如として機体後部に大きな口が開いて下向きに戸板が動き出した。中から姿を現したのは…… なんとびっくり自動車だ!

 

「と、富田林さん、高槻さん! 四井では自動車も作っているのですか? いやいや、これは驚きました」

「あの、その…… 残念ながら四井グループでは乗用車は作っておりません。これはズズギのワーゴンRという軽四です。見かけは小さいけれど中は意外と広いでしょう?」

「そ、そうですね。どうやったらこれだけの車内スペースが確保できるのかさぱ~り分かりません。よっぽどエンジンがコンパクトなんですか?」

「うぅ~ん、三気筒って割と珍しいエンジンですかね? あと、こいつはハイブリッド車なんで助手席の下にリチウムイオン電池が入ってるんですよ。だからJC08モード燃費が33.4km/Lも行くんです。エコカー減税も使えてお得ですよ」

「まあ、四井で作ってる車じゃないんですけどね」

 

 小さくため息をついた高槻は肩の高さで両の手のひらを掲げた。

 マイラスはさっきから気になっていた事を尋ねる。

 

「ところで日本にはこのような車がどれくらい走っているんでしょうか?」

「この車ですか? これは阪急電車とコラボした特別仕様車でしてね。だから車体の色が小豆色をしてるんです。このモデルは確か数十台しか作られていない限定生産車なはずですよ」

「そ、そうなんですか。そんな貴重な車を運んで来てくれたとは光栄の至りです。ありがとうございました」

 

 わけがわからないよ…… マイラスは本格的に疲れ果てていた。

 ガラガラに空いた道路を通って指定されたホテルへ向かう。

 カーナビは使えるはずがない。代わりにマイラスがここを右とかそこを左とか言ってくれた。だが、ナビゲーターとしての腕はイマイチ。って言うか、イマニかイマサンくらいだろうか。ホテルに着いたころには富田林の方が疲れ果てていた。

 

「明日はムーの歴史や海軍の見学をしていただきます。本日はお疲れさまでした。ゆっくり休んで下さいね」

「それがですね、マイラスさん。申し訳ないのですが四井としてはムーと交易できそうな物が何一つ見当たらないようなんですよ。何泊もしては宿代が無駄なだけなので朝食をいただいたらそのまま船へ帰らせてもらおうかと。せっかく良くして下さったのに済みません」

 

 口をあんぐりと開けたマイラスは呆けることしかできなかった。

 



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第十一話 技術士官マイラスの冒険

パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

 第三外務局は今日も今日とて開店休業状態で閑古鳥が鳴いていた。

 ちなみに閑古鳥というのはカッコウの別名だ。その鳴き声はあたかも人を呼ぶかのように聞こえるらしい。そんな理由で大昔は呼子鳥(よぶこどり)と呼ばれていたとかいないとか。転じて、非常に静かで物寂しい状態を表す成句になったそうな。

 俳句だと夏の季語とされている。なぜならば初夏の六月くらいに飛んで来るからなんだとか。

 

 その原因はいまさら言うまでも無いだろう。全てはつい先日に起こった大爆発のせいなのだ。皇宮が何の前触れもなく突如として大爆発したかと思えば続いて官庁街、警察署、裁判所、ショッピングセンター、競馬場、公共職業安定所、エトセトラエトセトラ…… 皇都の重要施設が次々に大音響と共に木っ端微塵に吹き飛んでしてしまった。

 ほぼ同時に軍も徹底的に破壊され尽くしたそうだ。軍港にいた全ての艦艇は沈み、陸海空軍の基地、滑走路、ワイバーン飼育場、エトセトラエトセトラ…… 何一つとして原型すら留めていない。

 第一、第二外務局でも庁舎内にいて生き残った者は誰一人としていない。

 それに対して郊外に引っ越ししていた第三外務局が助かったのは正に奇跡だろう。

 

 噂話によると皇宮では一足早い戦勝パーティーが行われていたらしい。そこに皇族や政府幹部、軍首脳が一人残らずと言って良いほど出席していたんだそうな。嬉しそうに出ていった第三外務局長カイオスもそれっきり帰ってこない。

 

 それにしてもあの爆発はいったい何だったんだろう。地方から応援に来た消防隊が中心になって今も懸命に原因を調べているのだが、いまだに何一つさぱ~り分からない。

 政府関連施設や陸海空軍の基地などがピンポイントに破壊されている。ということは確固たる意思を持って重要施設を狙った攻撃なんだろうか。だけども誰がいったい何の目的で? 謎は深まるばかりだ。

 やっぱ犯人はパーパルディアに恨みを持つ奴なんだろうか? そんな奴には心当たりが多すぎて絞り込むのが大変だぞ。とは言え、こんな攻撃が出来る奴はかなり絞られるかも知れん。

 一番怪しいのはアルタラス王国じゃなかろうか。だってタイミングが良すぎるんだもん。何せ宣戦布告を行い、大艦隊を派遣した直後だったもんなあ。とは言え、アルタラスにそんな力があるんだろうか。どう考えても無さそうな気がするんだけどなあ……

 分からん! さぱ~り分からん! 第三外務局窓口勤務員ライタは考えるのを止めた。

 

 

 

 

 

 つれない態度を取る四井の岸和田と高槻におべっかを使い、泣き落としを試み、最後には土下座までする。恥も外聞も無く頼み込んだ結果、ムーの技術士官マイラスと戦術士官ラッサンはお情けで日本への訪問を認めてもらった。

 

 防空巡洋艦摩耶に便乗させてもらい、アルタラスへ。そこで船を降りると空路でひとっ飛びだ。

 日本の航空機は早かった。半端なく速かった。時速千キロくらい出ているんじゃなかろうか。それに信じられないくらいの高度を飛んだ。高度一万メートルくらいまで上がっていたかも知れん。

 さらに驚いたのは機内が快適だったことだ。一万メートル上空って死ぬほど寒いし空気が薄いんじゃなかったっけ? それがちっとも苦しくなければ寒くも無いのだ。いったいどんな仕掛けなんだろう。謎は深まるばかりだ。

 もっとも驚かされたのは航空機の中で食事が出てきたことだ。しかも作りたてのように暖かな! この航空機の中には調理場があって料理人が乗っているのか? 何故に航空機にそんな物を載せなければならないのだ? わけがわからないよ……

 

 料理を運んで来てくれた若くて美しい女性に聞いてみる。彼女は満面の笑みを浮かべながらも答えをはぐらかす。

 

「企業秘密です(笑)」

 

 通路を挟んで隣に座った中年男性が笑いながら茶々を入れてきた。

 

「高度に発達した科学は魔法と区別が付かないんですよ」

「ま、ま、魔法ですと?! もしかして日本は魔法と科学が交差しているんですか?」

「あぁ~、そんなラノベがありましたね。アニメ化もされた有名作品ですよ」

「ラノベ? アニメ? 申し訳ないがもっと詳しく教えていただいても宜しいですか? お願いします。そのラノベとアニメに関して何でも良いから教えて下さい。四つん這いになれば教えてもらるんですか? アッ~!」

 

 へ、変な奴に声を掛けちまったなあ。四井生命の寝屋川は心の底から後悔していた。

 でもまあ、良いか。ちょうど退屈していたところだし。袖振り合うも多少(・・)の縁って言うもんな。

 寝屋川は考えるのを止めた。

 

 ちなみに『多少の縁』は間違いで正しくは『多生の縁』だ。ここ試験に出るから覚えとけよ。

 成層圏を飛ぶ旅客機の中で偶然出会った三人はアニメ談義で大いに盛り上がった。

 

 

 

 

 成田に着いた二人は成田エクスプレスで東京へ向かう。特例としてムーから持ち込んだ金塊を日本円に替えて貰った二人は五十万円ほどの現金を手に入れた。

 案内人の日本人に頼み込んで秋葉原へ連れて行ってもらうとアニ()イトを目指す。目指そうと思ったのだが…… はぐれてしまった!

 

 見渡す限りの人、人、人。木が三つで森って漢字があるけれど人が三つの漢字は無いなあ。女三人寄れば姦しいとは言うけれど。マイラスは覚えたての日本語知識を総動員する。

 だが、その知識は間違っていた。人を三つ集めた漢字は存在するのだ。Unicodeの4F17。残念ながらJISコードは無いのでここに書くことはできない。音読みでギン、ゴン、シュウ。訓読みなら『おおい』と読み、人が集まった様子を指すとのことだ。

 

 とにもかくにも何たる人の多さだろう。お祭りか何かやっているんだろうか? 生まれて初めて上京した田舎者みたいなことを考えながらもムーの二人組はアニ()イトを見付けると飛び込む。

 どうやら店内の人たちは二人のことをアニオタ外国人としか思っていないようだ。山ほどDVDを買い込んでも変な目で見られることはなかった。

 

 大きな紙袋一杯に戦利品を詰め込んだ二人はマンガ喫茶を見付けて飛び込む。身分証明書の提示を求められた時はちょっとばかり焦る。だが、案内人が発行してくれた特例の外国人登録証が役に立った。

 店内の膨大な蔵書にも驚きを禁じ得ない。規模で言えばオタハイトの図書館の方がずっと凄いだろう。だが、ここに並べられた蔵書の数々は……

 いやいや、今はDVDの鑑賞が先だろう。ムーの技術士官マイラスは戦術士官ラッサンとペアシートに並んで座る。とあるアニメのDVDをPCのドライブにセットすると再生が始まった。

 

 

 

 数時間後、二人は日本の持つ底力を犇々と感じていた。音楽、映像、ストーリー。そのどれを取ってもムーで作られた映画とは別次元だ。これが二次元の魔力という物なんだろうか。

 これだけの技術力、それに演出センスを身に付けることが出来れば第八帝国とやらも恐れるに足らずだ。

 

「マイラスさんよ? 日本ってどうじゃろ?」

「どうじゃろって言われてもなあ。感性が違い過ぎて俺には良う分からん。ツンデレって言ったっけ? いったいアレのどこが良いんだ?」

「いやいや、ツンデレは最高じゃろ? アレの良さが分からんのか? うぅ~ん、お前とは趣味が合わん!」

「それはこっちのセリフだよ!」

 

 二人は重い溜め息をつくと暫しの間、黙り込んだ。

 

「だけどもラッサン。俺たちは大きな収穫を得たぞ」

「そりゃあ何じゃらほい?」

「アニメの可能性。その目指すべき先が見えた。たとえば顔や体は動かさずに口だけを動かす口パク。一秒当たりの動画枚数を八枚に減らした三コマ撮り。似たようなシーンでセル画を使い回すバンクシステム。これまで考えられなかったほどアニメの大幅なコストダウンが可能だ。日本との交流によって我が国はいつの日か神聖ミリシアル帝国にすら追いつけるかも知れんぞ」

「だったら、だったら第八帝国には?」

「分からん。さぱ~り分からん。第八帝国は妙な所が多すぎる。ムーと同様の科学サイドらしい。だが、我々より五十年は進んだアニメ技術を持っている可能性がある。それに技術は日進月歩だ。向こうだって進歩してるんだから正直言って追いつけるかどうか。特にCGとやらに関しては未だにその原理すら分からんのだからなあ」

「あ、そう……」

 

 ラッサンに目を見やればその視線はモニターのちょっとエッチなシーンに釘付けになっている。

 ひ、人が真面目に話してやったのに全然聞いて無かったのかよ! マイラスは考えるのを止めると自分もモニターへと意識を戻した。

 

 

 

 

 

 翌朝、ムーの凸凹コンビは日本国の案内人によって無事に保護された。

 ファミレスで朝食をとると二人は大きなワゴン車に乗せられる。一同は首都高六号線を通って北東へと向かう。

 

「日本のお方、すみませんがお聞きして宜しいですか? ハンドルから手を話しても大丈夫なんでしょうか?」

「ああ、こいつは自動運転車ですからね。何とかなるんじゃないですか? たぶんですけど」

「た、たぶんですか……」

「まあ、人間なんて死ぬ時は死ぬんです。マイラスさん? でしたっけ? 機械を信じちゃいけません。機械を信じる自分を信じて下さいな。それに『今日は死ぬには良い日』ですよ」

 

 そう言うと案内人は人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべる。マイラスとラッサンは卑屈な愛想笑いを浮かべることしかできなかった。

 

 一時間ほど後に辿り着いたのは大きな空港だった。案内人の言うには茨城空港という地方空港らしい。大日本帝国空軍の百里基地も併設されているそうだ。時々、大小の航空機が離発着をしている。

 

「始めまして、レシプロ機保存会の梅田です」

 

 出迎えてくれた初老の男が軽く頭を下げる。日本人には珍しく名刺を差し出してはこない。と思いきや手に持った紙袋から不思議な匂いのする細長い藁の包みを取り出した。

 

「名刺代わりにどうぞ。水戸の特産品、藁苞(わらづと)納豆です」

「これはこれはご丁寧にどうも」

「こちらこそ手ぶらですみません」

「いやいや、お気になさらずに。本当につまらない物ですから」

 

 そんな遣り取りをしながら空港ロビーを歩いて行く。だけども一体どこへ? 二人は不安げに辺りを見回す。それに気付いた梅田が声を上げた。

 

「今からご案内するのは格納庫です。そこでぜひ見てもらいたい物がありましてね。お二人のお話は富田林さんから伺っていますよ」

「ああ、富田林さんのお知り合いだったんですね」

「そうそう、まだ詳しい自己紹介がまだでしたっけ。まあ、実物を見てもらった方が早いんですけれど」

 

 一同はスタッフ専用の通路を通って格納庫らしき場所へ移動して行く。眩しいライトが点けられると異形の航空機が姿を現した。

 

「う、梅田さん! これはいったい……」

「人類の作り出した究極の汎用人型…… じゃなかった、何だろ? とにかくその初号機、我々レシプロ機保存会の最後の切り札です」

「このプロペラはいったいどうなっているんですか? 羽は何枚? どっち向きに回るんです? どうして曲がって付いてるんでしょうか?」

「どうどう、餅付いて下さい。マイラスさん、これは二重反転プロペラですよ。超極太で後退角の付いた八枝のペラが前後で反対方向に回るんです」

 

 暫しの間、首を傾げていたマイラスは急にはっと目を見開くと手を打ち鳴らした。ラッサンも直ぐに同じ考えに思い当たったようだ。二人で顔を見合わせて軽く頷く。

 

「そ、そうか! それでカウンタートルクが相殺できるんですね。素晴らしい、梅田さん! 大変な功績だ、貴男は英雄ですよ。バンバンカチカチ…… アラ?」

「それにこのエンジンも凄いんですよ。アメリカの片田舎の工場倉庫で眠っていたライカミングR-7750を発掘したんです。水冷星型九気筒四列、合計三十六気筒の化け物エンジン。本来なら五千馬力なんですがターボを最新式に換装、ニトロも取り付けて瞬間的に一万馬力を絞り出しました。高度四万フィートで時速千キロが目標です。さらに可能ならば急降下中に音速の突破を目指します」

「…… ですが、梅田さん。これを我々に見せてくれた目的は何ですか?」

「実は我々も手元不如意でしてね。転移以来の不景気でスポンサーが付かずに困っているんです。この機体、ムーで飛ばしてみたいと思いませんか? もし、開発資金の一部でも負担していただけるのならば世界一の名誉をお譲りいたしますよ。我々保存会としては飛ばすことさえ出来ればどこの空だって同じです。全ての道はローマに通じ、空は繋がっているんですから」

 

 梅田は顎をしゃくるといいこと言ったというドヤ顔を決める。マイラスは発作的にその綺麗な顔をふっ飛ばしてやりたくなったが空気を読んで必死に我慢する。

 いやいや、冷静に考えればこれはムーにとってまたとないチャンスなんじゃね? それとも破滅の罠か?

 分からん、さぱ~り分からん。マイラスは考えるのを止めた。

 

「分かりました、梅田さん。何としてもムーの財務省と会計監査局、それと軍の経理課を説得してみせます。奇跡は起きます! 起こして見せます!」

「期待しておりますよ、マイラスさん」

 

 固い握手を交わす二人の男をラッサンは他人事みたいにぼぉ~っと眺めていた。まあ、本当に他人事なんだけれども。

 

 

 

 

 

神聖ミリシアル帝国 帝都ルーンポリス

 

 どういうわけだか情報局は見たこともなほど閑散としていた。

 本来のこの国は情報の付加価値というものを重視している。情報を収集して分析、そして適切な価格で販売する。いわゆる付加価値再販業を生業としているのだ。

 だが、近年になってプライバシーだの個人情報保護だのが急に厳しくなり売上が伸び悩んでいた。

 

『情報を制する者は世界を制す!』

 

 壁にデカデカと掲げられたスローガンが虚しい。

 

 そこで最近は少しでも状況を打開しようと海外の面白い情報を集めては国内のマスコミに売り込もうと躍起になっているそうな。

 

 その過程で手に入った情報というのが中々の傑作だ。

 

 一つは近ごろ西の彼方に彗星の如く登場した第八帝国グラ・バルカス。詳しい状況は不明だがパガンダ王国とかいう小国を叩き潰し、返す刀でレイフォルを滅ぼしたそうな。

 

 情報局長アルネウスがゴソゴソとファイルを漁りながら部下に話しかける。

 

「なあなあ、グラ・バルカスの面白いニュースはないのかな?」

「うぅ~ん…… これといったものは無いですねえ。何せいまだにどこにあるのかすら分からん変な国ですもん。そもそも本当にそんな国があるんでしょうかね? ドッキリ大成功! とか看板を持った奴が出てきたらどうします?」

「それはそれで面白いニュースになるんじゃね? むしろその方がウケるかも分からんぞ」

 

 情報局長アルネウスは他人事みたいに気軽に言ってのける。まあ、本当に他人事なんだけれども。

 

 そんなことよりもずっと変テコなニュースがあるのだ。

 第二文明圏のムーにおいて近ごろ飛行機械が音速を突破したとか何とか。

 

「垂直に急降下しながらの話ですけどね。しかも直後に機体は空中分解したそうです。パイロットが無事だったのは奇跡ですよ」

「だけどもそれは音速突破なんて無茶をやったからだろ? 水平飛行だったら安定して八百キロ出せたって話だぞ。そもそもムーのマリンは四百キロにすら届かなかったはずだ。突然なにがあったんだろな」

「それがどうやら第三文明圏の東端にある四井とかいう国…… じゃなかった会社の協力によるものらしいのです」

「もしその話が本当だったら四井とやらの技術力は神聖ミリシアル帝国を凌駕するんじゃね? そんなの困っちゃうぞ」

 

 何とも信じがたい話ではある。だが、機体が分解だとかパイロットが辛くも生還とかいうエピソードはこのニュースに一定の真実味を持たせている。

 

 しかも過日、パーパルディア皇国がアルタラス王国に宣戦を布告した途端に手酷い反撃を食らったんだとか。皇都エストシラントや工業都市デュロが壊滅的打撃を受け、国家指導部も全滅したそうな。

 それを裏で手を引いたのが四井と関わりのある日本という国だという噂も幾つか耳に入っている。ならば飛行機械開発に手を貸したとかいう話も現実性を帯びてくる。

 

「もっと四井の情報を収集しろ。金に糸目は付けん!」

 

 神聖ミリシアル帝国の情報局長アルネウスは部下に指図する。彼は何から何まで人任せ。自分では縦の物を横にもしないような怠け者だったのだ。

 

 

 

 

 

日本国 海軍省

 

「なあなあ、パーパルディアの件って今はどうなっているのかな?」

「確か主な港湾の機雷封鎖が完了していたはずですよ。たぶんですけど。彼らの技術では水圧機雷の掃海は不可能です。ワイバーンとやらの航続距離ではアルタラスを攻撃することもできません。あとは放置が吉でしょうね」

「随分と地味な戦いだなあ。まあ、現代戦では大手柄を上げて立身出世みたいなのとは無縁だしな。安上がりでリスクも少ないから別に良いんだけどさ」

「そうそう、安いが一番ですよ。ロウリアの連中だって国境線を封鎖した途端、急に大人しくなっちまったでしょう? あいつらいまごろ、どこで何をしてるんでしょうねえ」

「アッ~! 完全に忘れてたぞ。本当にどうなってるんだろな? 取り敢えず偵察機を飛ばしてみ」

「アイアイサ~!」

 

 

 

 後日、偵察機が撮影した画像が報告書と共に送られて来た。

 そこには数十万のロウリア兵が封鎖された国境を突破しようと必死の戦いを繰り広げている様子が写っていた。

 何だか知らんけど半年ほど放ったらかしにしていた炊飯器の蓋を開けた気分だなあ。

 

「み、見なかったことにしよう……」

 

 情報分析官は報告書をシュレッダーに放り込んだ。

 



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第十二話 技術士官マイラスの挑戦

 アルタラスで採掘された大量の魔石の取り扱いに四井鉱業は頭を悩ませていた。

 こんな物を掘り出していったい何に使うんだよ? 需要と供給が明らかにミスマッチしてるんですけど?

 対策チームは連日の様にブレインストーミングを行ってアイディアを捻り出す。捻り出そうとしていたのだが…… なにも思いつかなかった!

 

 だが、救いの主は意外な所から現れる。『魔石は運気を上昇させる』だとか『裏鬼門に置けば開運に繋がる』とかいった噂がネットで広がったのだ。

 一旦需要に火が着くと人々はパニックの様に魔石に群がった。それはまるでトイレットペーパーを欲しがる群衆を彷彿させる。

 

「なんだかオランダのチューリップバブルを見ているみたいですね」

「チューリップバブル? 何ですかそれは?」

 

 富田林の言葉に四井鉱業の天王寺は問い返した。だって、何だか知らんけどとっても聞いて欲しそうな顔をしていたんだもん。

 

「よくぞ聞いてくれました。知らざあ言って聞かせやしょう。それは1637年のオランダで起こった奇跡みたいな出来事なんですよ」

「四百年ほど前の話ですか。って言うか1637年っていうと日本だと島原の乱が起こった年ですよね。四万人の一揆勢が過酷な年貢の取り立てに耐えかねて反乱を起こしたんでしたっけ? 結果として徳川幕府は所謂、鎖国体制を取ることを……」

「どうどう、天王寺さん。餅ついて下さいな。あなたの島原の乱に対する熱い熱意は伝わりましたから。とにもかくにも大航海時代も真っ盛りのオランダでは海外から珍しい物産が入って来るようになっていたんですね。中でもチューリップは人々の興味を引いたそうな。初めは花が好きな金持ちの趣味だったんです。珍しい物は千フロリン。家族四人が四年は食って行けるくらいの値で取引されていたそうな」

「それって今で言うと数百万円? 一千万円には届かないくらいですかな? 球根一個にそんな大金、馬鹿じゃないですかね」

 

 話の方向性を図りかねたと行った顔の天王寺が小首を傾げる。

 鈍い奴だなあ。富田林は心の中で苦虫を噛み潰すが決して顔には出さない。

 

「ここからが面白い所なんですよ。最初に買っていたのは本当に花が好きな人だったんです。だけど儲けになると分かった途端、目端の効く商人も競う様に買い始めたんですな。ついには一つの球根と大邸宅を交換する奴まで現れたんだとか」

「ヨハネによる福音書に出てくる真珠の商人みたいですね。全財産と交換したとかいう」

「いやいや、それってマタイによる福音書でしょう。まあ、そんなわけで仕舞には農民や職人なんかも球根の取引に手を出すわけですな。それで……」

「それって大暴落のサインですね。ジョン・F・ケネディ大統領の父親、ジョセフ・P・ケネディと靴磨きの少年のエピソードを思い出しますよ。こんな奴まで株に手を出してるならバブルも終わりだなって思ったケネディはとっとと手仕舞いしたんだとか」

 

 ドヤ顔で顎をしゃくる天王寺を見ていると富田林はムカついてしょうがない。話のオチを先に言うだなんてマナー違反も良い所じゃないかよ。

 って言うか、話はまだ半分くらいなんですけど。取り敢えず先を進めよう。

 

「大事なのはオチじゃなくて過程ですよ、天王寺さん。球根が取引出来るのは冬の間だけでしょう? そこで考え出されたのが先物取引なんですよ」

「先物取引ってそんな昔からあったんですか! へえ! へえ! へえ! ですよ」

「Wikipediaによるとベルギーのアントワープに商品取引所が開設されたのは1531年だそうですね。ただしこれは現物の先渡取引です。将来の売買を約束していただけなんですね。なんとびっくり、現物を伴わない本当の意味での先物取引は江戸時代初期の大阪で始まった『つめかえし』っていうのが元祖なんですよ」

「へえ! へえ! へえ! 富田林さん。それを本にでも書いたらどうですか?」

 

 天王寺が人を小馬鹿にした様な薄ら笑いを浮かべる。

 富田林は本気で殺意が湧いてきたが強靭な精神力で持って強引に抑え込んだ。

 

「全部Wikipediaの受け売りですから。それはともかく先物取引では現金も現物の球根も要らないんですね。『来年の四月に千フロリンで球根を売る』みたいな手形を少額の内金で売買できちゃうんですから。もちろん証拠金は必要なんですけど。それか不動産とかを担保にしても良いですよ。そんな感じで球根の需要は増える一方。値段も天井知らずに急上昇しちゃいます。そうなると本当に花が好きだった人は馬鹿らしくて手を出さなくなっちゃうわけですね」

「ゴルフ会員権が一億円とかしてた時代と同じですか。本当にゴルフをしたい人はそんな物に手を出しませんもん」

「Exactly! 流石は天王寺さん、理解が早い。ですが終わりは突然にやって参りました。そんな馬鹿みたいに高い球根を欲しがる者が誰一人としていなくなっちゃんですよ。手形は不渡りになって三千人を超える人が破産したそうな。悲嘆に暮れる奴、夜逃げする奴、裁判所に訴える奴、エトセトラエトセトラ。みんな違ってみんないい。とにかく散々な大騒ぎの末、手形は無かったことにされちまいましたとさ。要領が良い一握りの奴が大儲けし、それなりの人数が無一文になりました。めでたしめでたし」

 

 いい加減に面倒臭くなってきた富田林は話を一方的に打ち切る。

 天王寺は口をぽかぁ~んと開けて呆けることしか出来なかった。

 

 

 

 東京商品取引所で始まった魔石の先物売買は空前の活況を見せた。魔石価格は連日に渡って最高値を更新し、日々の取引額も国家予算に匹敵するほどだ。

 だが、歴史は繰り返す。猫も杓子も皆が揃って魔石の売買に手を出すようになって数ヶ月の後、大暴落が起こる。

 最高値の少し手前で空売りを仕掛けた富田林と天王寺はそこそこ纏まった額の現金を手にすることが出来た。

 

 

 

 

 

 ムーの最南部にある高原地帯は今日もピーカンの晴天だった。地球で例えるならソルトレークやウユニ塩湖みたいに殺風景で荒涼とした大地がどこまでも果てしなく続いている。

 ジリジリと照りつける太陽は乾いた地面を熱し、遠くの地平がゆらゆらと陽炎の様に揺れていた。

 戦術士官ラッサンはアニ()イトで買った佐天さんのマイクロファイバーミニタオルで額の汗を拭いながら大きなため息をつく。

 

「相も変わらず今日もクソ暑いなあ。いったい何度くらいまで上がるんだろう」

「予報では四十度らしいぞ。ギリギリ行けそうだな」

 

 技術士官マイラスはアニ()イトで買った婚后さんの扇子をパタパタ言わせながら風を扇ぐ。

 

「うぅ~ん、本当にギリギリか。しっかっし、何だなあ。こんなに超近代的な機械を飛ばそうって言うのにお天気と相談しなきゃならんとは。日本の連中なら天気なんて気にせずにいつでも好きな時に音速の倍以上で飛べるんだろ?」

「日本と比べてもしょうがないぞ。だってムーの技術は百年近く遅れてるんだもん。そう言えば富田林さんが言ってたな。初期のジェットエンジンは夏と冬で最高速度が数十キロは違ったんだとさ。どうやら耐熱合金が未熟だったせいらしいな」

「ふ、ふぅ~ん。まあ、他所は他所、うちはうちだ。俺たちはレシプロエンジンで限界を目指す。今はただ、目の前の事に集中しよう」

 

 大きな音のサイレンが鳴るとスタッフたちが慌ただしく動き出す。平べったい天幕の中から大勢の人たちの手で異形の航空機が押し出されて来た。

 人類の作り出した究極の汎用人形…… じゃなかった、レシプロエンジン最速機スーパーマリンだ。

 

 初号機の空中分解から僅か三ヶ月。レシプロ機保存会の梅田が持って来たのは初号機とは似ても似つかない不思議な形の航空機だった。お前はドラえも()かよ! いったいどんな手品を使ったんだろう。謎は深まるばかりだ。

 

 胴体を白と青のツートンカラーに塗り分けたそれは遠目に見れば何となくマリンに似ていなくもない。だが、良く見てみれば実態は似ても似つかぬ不可思議な形をしていた。

 機首から少し下がった辺りに浅い角度で後退翼が生えている。薄い翼の先の方へと目をやれば今度は後ろに向かって翼が延びて行く。そして最終的には機体の後部に繋がっているのだ。

 こういう風に後退翼と前進翼が翼端で結合した形式をジョイント・ウィングというらしい。

 真上から平面形を見れば前後の翼が菱形になっているはずだ。ただし、横から見れば前翼より後翼の方が随分と高く取り付けられている。

 

 梅田の話によればこの形式の利点は軽量な割に高い強度が実現できるとのことだ。

 翼根と翼端の両方が結合しているから通常の片持ち翼よりずっと頑丈らしい。

 だが、それにしても変テコな形だなあ。って言うかあのおっさん、本当は面白がってるだけだったりして。

 世界最速レシプロ機が複葉機だったら面白いじゃん。笑いながらそんなことを言っていたことをマイラスは思い出す。

 

「マイラスさん、ラッサンさん。こちらにいらしたんですね。さっき気温が四十度を超えました。何とか決行できそうですよ」

「ああ、梅田さん。ですけど本当に上手く行くんでしょうかねえ。私はオーバーヒートが心配でしょうがないですよ」

「多分、大丈夫なんじゃないですかね。それにもし失敗しても『今日は死ぬには良い日だ』ですよ。Don't Worry!」

 

 梅田が人を小馬鹿にした様な薄ら笑いを浮かべる。マイラスはイラっと来たが鋼の精神力で持ってそれを抑え込んだ。

 

 プロペラによって推進力を得ている航空機が速度を上げるためにはプロペラの回転数を上げなければならない。だがプロペラの先端速度が音速に近付くと部分的に衝撃波が発生する。って言うか、パワーの一部が衝撃波を作るために奪われる? 詳しい原理は知らんけど、そんな感じで抵抗が急増して効率が極端に悪化するんだそうな。

 初号機の失敗を糧にして弐号機は高空性能はすっぱりと諦めた。ターボチャージャーを廃して推力式単排気管に換装してしまったのだ。

 空気が薄い方が空気抵抗が少ないから速度が出るはずだって? いやいや、ちゃんと考えに考えた結果なのだ。

 音速というのは気温が低いほど遅くなる。ジェット機が飛行する対流圏上部や成層圏下部だと音速は時速千八十キロくらいだそうな。とは言え、いちいち計算するのが面倒なので高度一万一千メートル以上の高空では時速千六十二キロで計算しちゃう場合が多いんだけれど。

 とにもかくにも気温の低い上空では音速その物が低くなってしまうのだ。だからプロペラ先端は時速千キロそこそこくらいまでしか回せない。そうなると航空機の出せるスピードは八掛けが精々なので八百キロくらいになってしまう。その結果、Rare Bearの八百五十キロにすら届かないという予想外の結果に終わってしまった。

 

 

 

 そこで梅田が放った取って置きの奇策が今回の熱々大作戦だ。気温四十度における音速は時速千二百七十八キロ。八掛けの時速千二十二キロくらいなら出るかも知れん。出ないかも知らんけど。

 レシプロエンジンとは思えない轟音を立てて弐号機こと、スーパーマリンが上昇して行く。マイラスは考えるのを止めた。

 

 

 

 

 

 結果から言えば弐号機は時速千キロの壁を突破した。突破したのだが…… 予想通り壊れてしまった!

 まあ、みんな薄々はそうなるだろうなあと思っていたので誰も驚くことは無かったのが不幸中の幸いだ。いや、幸いなのか? 分からん、さぱ~り分からん。マイラスは頭を振って思考をリセットする。

 原因は言うまでもなくオーバーヒートだった。気温が四十度もある所で定格出力五千馬力の空冷エンジンをニトロで無理矢理に一万馬力までブン回したのだ。壊れない方がどうかしている。

 もしかして開発の方向性を間違ったんだろうか。やり直すにしても、どこをどう改めれば良いんだろうか。そもそもやり直す必要はあるんだろうか。水平飛行で時速千キロを出すという目標は達成が出来た。この上、何を望むと言うのだ。もしかして発展的解消をするべき時なのかも知れんなあ。

 マイラスが弐号機こと、スーパーマリンの残骸をぼぉ~っと眺めていると不意に背後から声が掛けられた。

 

「こんなところにいたんですね、マイラスさん。参号機に関してちょっと耳寄りなお話があるんですけど。ご興味はおありですかな?」

「ああ、梅田さん。って…… さ、さ、参号機ですと?! 弐号機がこんなになった途端に参号機の話ですか? さすがは日本のお方、仕事が早いですねえ。とは言え、次はいったい何を目指すんでしょうか? 私には時速千キロの次の目標がさぱ~り思いつかないんですけれども」

「そりゃあ言うまでもありません。やっぱ音速でしょうな。それも急降下では無く、水平飛行での超音速を目指します」

「はぁ~っ? そんなん無理に決まってますやん。プロペラで衝撃波が発生したら効率はガタ落ちするって言ったのは梅田さんじゃないですか。馬鹿みたいにパワーを掛けて無理矢理に回したって空回りするだけでしょう? 超音速なんて夢のまた夢です。Wikipediaにもそう書いてありましたよ」

 

 マイラスにとってWikipediaは神聖にして犯すべからざる絶対の真理なのだ。それを疑うなんてとんでもない!

 だが、梅田は例に寄って例の如く人を小馬鹿にした様な薄ら笑いを浮かべる。ポケットからスマホを取り出すと写真を表示した。

 

「これを見て下さいな、マイラスさん。衝撃波っていうのはこんな風に空気が圧縮されて発生するんですよ。プロペラが回せなくなるのはこの造波抵抗が原因なんですね。これを何とか出来ないか? そう考えた私たちはパルスレーザーの利用を思い付きました。高出力レーザーを間欠的に照射して低密度場を形成。衝撃波と逆位相で相殺してやれば抵抗を激減することが出来るんです」

「レ、レーザーですと…… 何だかSFみたいに途方も無いお話の様に聞こえますなあ。実現性のあるお話なんでしょうね?」

「実験室レベルでは既に成功しているんですよ。原理自体は至ってシンプルそのものですから。衝撃波の上流にパルスレーザーを当てて密度の低い泡を発生させるだけの簡単なお仕事なんですもん。密度勾配と圧力勾配がある流体には渦度が発生しますよね? 所謂、バロクリニック効果と言う奴ですな。相互干渉で変形した衝撃波はこの渦によって抵抗が大きく低減されるんです」

「あ、あのう…… 申し訳ないですけどもうちょっとだけ分かりやすく説明していただけませんでしょうか?」

「うぅ~ん、重要なのは衝撃波の前と後で圧力勾配が生じていることなんですよ。だからレーザーで加熱してやれば局所的に密度の低い所が作れるじゃないですか? すると周りの空気と密度の勾配が出来ますよね? ここまでは分かりますか?」

 

 分からん、さぱ~り分からん。だけど馬鹿だと思われたら嫌だなあ。

 安っぽいプライドを刺激されたマイラスは余裕の笑みを浮かべると軽く頷いて先を促した。

 

「要するに…… 衝撃波が密度の低い泡とぶつかる時、バロクリニック効果で軸対称に生じた渦度の前側にドーナツ状の渦の輪っかができるんですね。だからレーザーの発振周波数を大きくして…… って言っても80kHzくらいなんですけど。そいつを繰返して密度の低い泡と衝撃波を相互干渉させると沢山の渦輪が前の方に滞留するんですよ。ほら、この写真みたいにね。そうするとまるで前方に円錐でもあるみたいに気流が変わって衝撃波の形がコントロールできちゃうんですよ。嘘みたいな話でしょう?」

「……」

「もしもし、マイラスさん。聞いてますか?」

「へぁ? あ、ああ。聞いてますよ。ちゃんと聞いてますとも。とにもかくにもそのレーザーとやらで衝撃波を無理矢理にコントロール出来るわけですか。これは面白くなってきましたね」

「それじゃあ話を進めて良いですね? 世界初のレシプロエンジン超音速飛行の栄冠がムーの頭上に輝く日は近いですよ」

 

 梅田はスマホでどこかに電話を掛けながら足早に立ち去った。

 や、安請け合いしちゃったけど良かったんだろうか? まあ、結果さえ出せば軍や財務省だって文句は言わんだろう。マイラスは頭を軽く振って漠然とした不安感を追い払った。

 



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第十三話 技術士官マイラスの栄光

 参号機が南部高原に搬入されたのは弐号機の惨事から僅か一ヶ月後の事だった。

 なんぼなんでも早すぎるんじゃね? これって弐号機が失敗する前から作っていたとしか考えられないんですけど。マイラスの胸中に微かな疑念が浮かんでは消えて行く。

 

 だが、巨大なトレーラーから姿を現した参号機を見た途端、そんな些事はどうでも良くなってしまった。

 

 なんて格好の良い航空機なんだろう! 主翼は弐号機と同じで後退翼と前進翼が翼端で結合したジョイント・ウィングだ。ただし、後退角が少し強めになっている。音速突破を前提としている証拠だな。

 エンジンは機体の前後に二個も搭載しているらしい。所謂、串型配置って奴だ。そして二重反転プロペラも前後に付いている。

 

「どうです、マイラスさん。ドルニエDo335プファイルにちょっとだけ似てると思いませんか?」

「さ、さあ。どうなんでしょうねえ。ところで前のペラと後ろのペラが全く違った形をしているのは何故なんですか?」

「前のペラは超音速用に、後ろのペラは亜音速用に最適化してあるんですよ」

「ふ、ふぅ~ん。だけどもこれってもしもパラシュートで脱出しようと思っても後ろのプロペラでミンチになっちゃわないですか?」

「そのための射出座席です。ほれ、この通り。超音速で風防を開けて外に飛び出すなんて無理ゲーも良い所ですもん」

「そ、そうなんですか。まあ、使わずに済むことを祈るとしましょうか」

 

 

 

 その日から一週間、テストパイロットの訓練が繰り返された。

 これまで以上に特異な構造の参号機、ことハイパーマリンの飛行特性は操縦士を散々に苦しめる。だが、初号機と弐号機の惨事を生き残った優秀なテストパイロットはその困難な任務を見事に達成してくれた。

 

 

 

 ムー最南部の高原地帯は今日も今日とて相も変わらずピーカンの晴天だ。例に寄ってクソ暑いけれど空気がとっても乾燥しているし強い風も吹いている。それだけが唯一の救いと言えるだろう。

 マイラスは参号機ハイパーマリンの周りをぐるりと回りながら各部を点検していた。まあ、本職の整備士が既にちゃんとやってくれているので心配は無いんだけれども。

 早く飛ばしたいなあ。マイラスが飛行実験をwktkしながら待っていると見知った顔が現れた。

 

「今日も暑い中、ご苦労さんです。マイラスさん」

「ああ、梅田さん。おや? そちらの方々はどちらさんですか?」

「お二人はグラ・バルカスとミリシアルの新聞記者さんだそうです。前々から我々の飛行機に興味がお有りだったんだとか。実は私も遠くの方から見ていらしたのが気になってはいたんですよ。それで失礼とは思ったんですがお声をお掛けした次第です。見学してもらっても良いですよね?」

「え、えぇ~っ! 見学ですか?」

 

 これってもしかしてスパイなんじゃね? マイラスの脳裏に疑念が浮かぶ。

 って言うか疑いの余地無く百パーセントのスパイだろうが! 重要な軍事機密が見られちゃうじゃんかよ!

 どうすれバインダ~? 思わずパニックで呼吸が荒くなる。

 

「どうしたんですか、マイラスさん? どうせ明日には新聞に載るんですよ。ちょっとくらい早く情報解禁したってバチは当たらんでしょうに」

「えぇ~っ! そ、そうなんですかね? 梅田さん?」

「そりゃそうでしょう? もしかして世界記録を作っておきながら秘密にでもする気だったんですか。そんな馬鹿な話はありませんよ。だって秘密にしたら世界記録にならないじゃないですか?」

「で、ですけど梅田さん。我が国にも軍事機密の保護って概念があるんですけどねえ……」

「マイラスさん、悪いことは言いません。こういうのは積極的に宣伝した方が絶対に良いんですって。ナチスドイツはMe209の世界記録を大々的に宣伝したでしょう? アメリカだってストリークイーグルにどんだけ入れ込んだことか。世界一のタイトルを保持するっていうのはそれだけ凄いことなんですよ」

 

 そんな風に言われるとマイラスも面と向かって反論する気がなくなってくる。って言うか、真面目に相手にするのが馬鹿らしくなってきた。

 まあ、チラっと見られたくらいでこの超ハイテク機の秘密が漏れるわけが無い。って言うか、最も近くで見ているはずのマイラスですら参号機はブラックボックスの塊にしか見えないのだ。

 

 確か初号機はアルミニウム合金で作らていたんだっけ。アレの五千馬力のエンジンは凄かったなあ。亜酸化窒素の噴射装置も原理だけは理解できた。マグネシウム製のターボチャージャーも今のムーに作ることは出来ないが仕組みくらいなら分からんことは無い。

 

 弐号機はチタニウム合金とやらで出来ていたらしい。あんなに希少で加工の難しい素材で航空機を作るだなんて正気を疑うぞ。とは言えムーにだって時間と予算を際限なく投じれば作れん事は無いだろう。何十年掛かるか分からんけどな。

 

 だが、参号機。お前だけは分からん。さぱ~り分からん! 炭素繊維強化プラスチック複合材(CFRP)ですと? 何じゃそりゃ!

 レーザーで衝撃波を制御する技術に至っては言葉の意味すら良く分からん。

 こんな物、ちょっとやそっと見られたくらいで真似されるはずが無い。それが出来るんなら今ごろムーは苦労しとらんわ! 心の中で絶叫するが決して顔には出さない。

 マイラスがふと我に返ると…… うわぁ!

 

「ちょ、おま! 梅田さん、何やってんすか! ちょっとちょっと!」

「あぁ、お二人にコックピットをお見せしているんですよ。いかがですかな、グラスコックピットって面白いでしょう? タッチパネルを操作するだけで見たい情報が何でも見れるんですからね」

「ですけどこの操縦席、随分と視界が悪いようですね。いくら高速化を目指しているからと言って、ここまで視野が狭いと離着陸にすら不自由しそうですが」

 

 コックピットに座らせてもらっていた男が疑問を口にした。黒服にサングラスという見るからに怪しさ大爆発な格好の奴だ。確かグラ・バルカスの関係者だったような。

 だが、梅田には警戒心というものが一欠片も無いらしい。得意気な顔をするとゴーグルの様な装置を男の頭に被せた。

 

「それはこの、一個が四千八百万円もするヘッド(H)マウント(M)ディスプレイ(D)がすべて解決してくれますよ。いいですか? ほら、周りが見えるでしょう? 頭を動かして見て下さいな。これを通せば足元や真後ろだって見えるんですよ。レーダーや暗視装置とも連動しているんで暗闇や雲の中でも無問題。月の無い夜だろうが濃霧が掛かろうが離着陸に何の支障もありません」

「し、信じられん! これは一体どういった技術が使われているんですか?」

「さ、さあ。私も原理までは良く知りません。だけど仕組みが分からんでも使う分には困らんでしょう? 高度に発達した科学は魔法と区別が付かないんですから」

「ま、ま、魔法ですと?! これは魔法を利用しておるのですかな? この様な魔法は我が国にも存在しておらぬのですが?」

 

 血相を変えたミリシアルのスパイらしき男が声を荒げる。

 だが、梅田は顔色一つ変えずに人を小馬鹿にした様な薄ら笑いを浮かべた。

 

「これがハイパーマリンの仕様なんです。我々は一番美しいものを作った。これは私が考えたデザインです。使い勝手についていろいろ言う人もいるかもしれない。たが、それは操縦するパイロットがこの仕様に合わせてもらうしかない。コックピットはこれ以上は大きくしたくない。機体ももこれ以上大きくしたくなかった。視界の狭さも狙ったもの。それが仕様。これは私が作った物でこういう仕様にしている。明確な意志を持っているのであって間違ったわけではない。世界で一番美しい航空機を作ったと思う。著名建築家が書いた図面に対して門の位置がおかしいと難癖つける人はいない。それと同じことなんです!」

 

 梅田は話しているうちに段々と興奮してしまった。途中からは腕をグルグル振り回し、まるで絶叫するような勢いになってしまう。

 グラ・バルカスとミリシアルのスパイはドン引きの表情だ。目線を合わせない様に俯き、怯えたように小さく震えている。

 まるで『ヒトラー ~最期の12日間~』の名場面だな。若干、冷静さを取り戻した梅田は我に返ると心の中で苦笑した。

 

「さあ、気を取り直してテスト飛行を始めましょう!  Let's go together!」

 

 その場を取り仕切るように梅田が宣言する。責任者って俺じゃなかったのかなあ。まあ、いいか。その代わり失敗した時の責任は取ってもらおう。マイラスは考えるのを止めた。

 

 

 

 一度目のテストは高度一万メートルを飛行し、あっさり時速千キロを達成した。

 気象観測機からのデータによると気温は氷点下五十五度。音速は時速千六十七キロとのことだ。

 もう完全に遷音速と言えるスピードなので機体や翼のあちこちで衝撃波が発生しているはずだ。だが、パイロットからは異常振動などの報告は無い。特異な形状の翼のお陰なんだろうか。翼端失速とか補助翼の効きが悪いとかいった心配も無さそうだ。

 

 燃料補給と入念な点検を行った後、二度目のテストを行う。高度は一万二千まで上げた。

 観測機のデータでは氷点下五十七度。音速は時速千六十二キロだ。

 

「現在、時速九百キロ。これより加速に入ります」

「くれぐれも無理はしないでくれ。ご安全に!」

 

 パイロットとの短い遣り取りの後、参号機の速度がジリジリと上がって行く。

 

「九百二十、九百五十、九百八十、千を超えました!」

「おぉ!」

 

 グラ・バルカスとミリシアルのスパイが小さな歓声を上げる。だけれど千キロならさっきのテストで突破してるんですけど。って言うか、弐号機の段階で超えているんだ。今さら驚くような事では無いんじゃ…… 

 って! 何でスパイをコントロールルームにまで入れちまったんだよ?!

 だが、二人のスパイの間に立った梅田は一緒になってモニターを注視している。今から出て行ってくれとは言い辛い雰囲気だ。まあ、どうでも良いか。マイラスは考えるのを止め……

 

「「「うわぁ~っ!」」」

 

 マイラスの思考が耳が劈く歓声で中断された。モニターに目を見やれば……

 

「現在、時速千百キロ。まだまだ加速します。先ほどよりむしろ抵抗が減少した模様です。千百百五十キロ、千百百八十キロ、千二百キロ……」

「もう良い、加速中止! テスト終了だ」

「た、助けて下さい! げ、減速できません! マ、マイラス少佐! 助けて下さ~い!」

 

 数瞬の後、鼓膜が破れるかと思うほどの轟音がコントロールルームに響き渡る。音速突破による衝撃波が地上にまで届いたのだ。

 マイラスは引き攣った顔で何度か目を瞬くと瞑目した。

 

「ク、クラウン…… ハイパーマリンには超音速から減速する性能はない。だが、お前の死は無駄ではないぞ……」

「あのテストパイロットはクラウンって名前だったんですか? それとマイラスさんって少佐だったんですね」

「梅田さん、マジレス禁止です。機体は無事ですよ。テレメトリーの信号を見て下さいな」

「じゃ、じゃあ今のはなんだったんですか?」

「知らないんですか? 第五話『大気圏突入』ごっこですよ。もし音速突破に成功したらやってくれってパイロットに頼んでおいたんですよ」

「そ、そうなんですか……」

 

 開いた口が塞がらんわ。こんなんだからアニオタは嫌われるんだ。

 真面目に考えるのが馬鹿らしくなった梅田は考えるのを止めた。

 

 

 

 随伴機や地上からの観測データを突き合わせた結果、記録された最高速度は千二百八十キロであることが確認された。氷点下五十七度における音速は千六十二キロなのでマッハ1.2ということになる。これはぐうの音も出ないほど文句なしの超音速飛行だ。

 

「それじゃあ皆さん。このニュースをなるべく大きく扱って下さいね。期待していますよ」

「え、えぇ。航空機が音速を突破するなんて歴史的瞬間に立ち会えた事を誇りに思います。必ずやグラ・バルカスの人たちに伝えます」

「私も心の底から感動しております。グラ・バルカスだのミリシアルだのといった小さな事は忘れて人類の偉大な一歩を祝いましょう」

「そうそう、これは飛行データをまとめた資料です。記事を書く時の参考にして下さい。あと、メアドも渡しておきますね。何か必要なことがあれば遠慮なくメールしてもらって結構です。今日はわざわざ取材して下さってありがとうございました」

 

 梅田は参号機のリーフレットを四井商事の社封筒に入れて二人のスパイに手渡した。

 頭を深々と下げ、彼らの姿が見えなくなるまで見送る。

 

「明日の朝刊が楽しみですねえ。マイラスさん」

「そうですねえ、梅田さん。今夜は祝勝会をやりましょう。とことん付き合ってもらいますよ」

「もちろんですよ。ちなみに割り勘ですよね?」

「いやいや、そんなケチ臭いこと言わんで下さいな。経費で落としますんで」

 

 その日、二人は近くの街まで繰り出すと前後不覚になるまで飲み明かした。

 俺たちの名前はムーの航空史に…… いやいや、世界史に刻まれるぞ。マイラスはwktkしながら床に就く。就いたのだが…… wktkし過ぎて眠れないんですけど!

 しょうがない、飲み直そう。マイラスが眠りに就けたのは明け方も近くなったころだった。

 



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第十四話 技術士官マイラスよ永遠に

グラ・バルカス帝国 情報局

 

 例に寄って例の如く、意味不明に並んだ通信機らしき機械からピコピコピーとかいう音が絶え間なく鳴り響いていた。もしかしてこの騒音には何の意味も無かったりしてな。雰囲気を出すためだけに適当な音を鳴らしてたらびっくりだぞ。馬鹿げた想像をした黒い制服の男は吹き出しそうになったが空気を読んで我慢する。

 

「閣下、大ニュースですよ、大ニュース。ムーに関する最新情報が届きました」

「どしたん? 猫が卵でも産んだのか?」

「いやいや、話の腰を折らんで下さいな。ムーの最新鋭戦闘機ハイパーマリンが音速を突破したんだそうですよ。スーパーマリンの時速千キロ突破からたったの三ヶ月で大したもんですよねえ」

「マジかよ! いやいや、音速だったら半年ほど前に突破していなかったっけ? 突破したような気がしたような、しなかったような……」

 

 今ひとつ自信が持てないなあ。もし勘違いだったら格好が悪いし。

 仮に間違っていても冗談だったと言い逃れ出来るように。そう考えた情報局長は曖昧な笑みを浮かべながら言葉尻を濁らせる。

 それを察した情報技官ナグアノはさり気なく助け舟を出した。

 

「ああ、アレですか。アレは急降下…… っていうか、垂直降下しながらの記録なんですよ。あんな物、機体強度があって空気抵抗が少なければ誰にだって出せるんです。ですけど今回の記録は水平飛行中なんですよ。だから正真正銘の超音速飛行なんです。凄い快挙だと思いませんか? 思いますよね? ね? ね? ね?」

「お、おう…… とは言え、俄には信じ難い話だなあ。客観的な証拠というか根拠というか…… 何でも良いから証明する物的な資料はないもんじゃろか?」

「十一キロも上空を飛んでいるとは思えないほどの大きな音が地上にまで届いたそうです。まるで大砲かと思うくらい凄く大きな。これは絶対に衝撃波の音に違いありません」

「だからそれを証明する物はあるのかって聞いてるんだよ! 動画でも見せてもらえたら信じないこともないんだけどなあ……」

「だったら…… だったらこのmicroSDカードを見て下さいな。動画や飛行データが詳細に記録されてるって言ってましたよ。四井の梅田っていう男の話だと機体やエンジンに関する資料も入れてくれてるはずです。これの中身を解析して技術を取り入れることが出来れば我がグラ・バルカスの航空機の性能は画期的に向上するはずです。microSDカードという名前からしてマイクロフィルムの一種に違いありません」

「よろしい、すぐに解析に回せ。期待しているぞ」

 

 microSDカードは直ちに先端科学研究所に持ち込まれる。だが、グラ・バルカス最高レベルの光学顕微鏡を持ってしても何一つとして役に立つ情報は得られなかった。

 

 

 

 

 

神聖ミリシアル帝国 帝都ルーンポリス

 

 情報局長アルネウスは部下から受け取った報告書に目を通していた。

 

「それで? これがその梅田とか言う男からもらったパンフレットなんだな?」

「いいえ、違います。アルネウス局長。これは一枚の紙を折り畳んで作られていますのでリーフレットと言うそうですよ。パンフレットというのは二枚以上の紙を綴じた物だそうな」

 

 気になるのはそこかよ~! アルネウスは心の中で絶叫するが決して顔には出さない。

 

「んで? このリーフレットに載っている航空機械は例に寄って日本の四井が絡んでるんだな? 真偽の程はどうなんだ? 音速を超えたって話は信用出来る話なのか?」

「間違いありません。ただ……」

「ただ? ただ何だよ? 言いたい事があるんなら早く言えよ。勿体ぶるな!」

 

 情報局員ライドルカはすぅ~っと息を吸い込むと限界ギリギリの超スピードで話し出した。

 

「別に遠慮なんてしていませんから。そのそも砲弾や銃弾など音速を超えて飛ぶ物体は存在するんです。だから飛行機械が音速を超えたからって何の不思議もありません。そもそも……」

「ストップ、ストップ、ストォ~ップ! 速くじゃないよ、早くって言ったんだ。もうちょっとゆっくり喋ってくれるかな?」

 

 血相を変えた情報局長アルネウスは腕を振り回して制止した。

 話の腰を折られたライドルカはちょっとイラっとしたが必死になって平静さを装う。

 上目遣いで顔色を伺うと不敵な笑みを浮かべた。

 

「そ、そうですか。ではゆっくり喋りますね。これくらいで良いですか? 四井の梅田という男の話によれば音速を突破すること自体はいとも容易いそうなんですよ。たとえば気球で三万九千メートルまで上がってから飛び降りた男が音速の1.24倍を記録したんだとか。笑っちゃいますよね? ただ普通に飛び降りただけで超音速だなんて。あはははは……」

「そうか、気球か! よし、直ちに気球の開発に着手するよう軍に進言するぞ。この分野でムーや日本とやらに遅れを取るわけには行かん。我々ミリシアル帝国は世界一ィィィィィ! 出来んことは無ィィィィィ! 気球競争においても常に優位に立たねばならんのだ!」

 

 拳を振り回しながら情報局長アルネウスは声を荒げる。こんな風に意味も無く怒鳴り散らすとストレス解消になるなあ。

 

 周りの者は堪ったもんじゃないんですけどね。情報局員ライドルカは心の中で苦虫を噛み潰した。

 

 

 

 

 

 翌朝、オタハイト新報に目を通したマイラスは愕然としていた。

 目を皿のようにして地方欄の隅々までチェックしたというのに三面記事どころかベタ記事にすら載っていないとは。

 

「私の…… 私たちのハイパーマリンが新聞にこれっぽっちも載っていないんですけど……」

「ですよねぇ~! やっぱ軍事機密って奴ですか? まあ、日本では超大々的に報道さているはずですよ。だから私は別にどうでも良いんですけどね」

「そ、そう言われたらそうですね。私だって別に困るわけじゃないし。とは言え、この数ヶ月の努力が報われないって言うのはつまんないなあ。何とかなりませんか、梅田さん?」

「よくぞ聞いてくれました! 実は四号機の当てがあるんですよ。ご興味はお有りですかな?」

 

 やっぱり出たよぉ~! 予想していたとは言え、マイラスは驚きを禁じ得ない。

 ちょっとばかり、って言うか何だか急にムカついて来たぞ。だけども、今は好奇心が先走って興奮を抑えることが出来ない。

 

「四号機、ウルトラマリンはマッハ二を目指します。参号機では超音速と亜音速でプロペラを使い分けてましたよね? でも四号機では超音速専用のプロペラを装備します。それに水平尾翼も全動式にしちゃいま……」

「ちょっと待って下さいな、梅田さん。ウルトラっていうのはスーパーより上、ハイパーより下じゃなかったでしたっけ?」

 

 気になるのはそこかよぉ~! 梅田は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。出さなかったつもりだったのだが…… マイラスの人を小馬鹿にした様な薄ら笑いを見ると思わずイラっと来てしまった。 

 

「いやいや、スーパーもハイパーも元々は同じ単語が起源だったそうですよ。辞書的には『above』ってことだから本来の意味は同じなんです。まあ、実際の使われ方は明らかにスーパー<ハイパーなんですけどね。んで、ウルトラは何だって言うと辞書的には『beyond』ってことらしいんです。aboveは『上にある』くらいの意味ですけどbeyondは『境界線の遥か向こう側』みたいな意味だから凄いのレベルが全く違うんですよ。これはもう別次元。スーパーやハイパーが高校野球内の優劣の話だとするとウルトラっていうのは高校野球と大リーグを比べるくらいの差? みたいな感じですかな」

「そ、そうですか。ならウルトラマリンでも良い…… ちょっと待ったぁ! ウルトラマリンって言うのはラピスラズリを磨り潰した無機顔料じゃないですか? そんな名前の戦闘機は如何な物でしょうかな?」

 

 マイラスは心底から忌々しそうに顔を歪める。ギョロっとした目で睨み付けられた梅田は反射的に愛想笑いを浮かべた。

 

「き、気になるのはそこですか? じゃ、じゃあ…… この際、アルティメットマリンとでもしておきましょうか? そんなことよりマイラスさん。マッハ二なんて出るわけがない。そんな風に思ってはいませんか? 普通はそう思いますよねえ? でしょでしょ? 思うって言って下さいな。ね? ね? ね?」

「そ、そこまで言うんなら思うかも知れませんね。んで? 出せるんですか? マッハ二が? これで出ないなんて言ったら流石の私もズッコケますからね」

「さあ、どうでしょうねえ? ところで、音の壁の正体はご存知ですよね? その正体は遷音速で飛行する機体の一部で発生した超音速の気流が亜音速に減速する際の衝撃波なんです」

「それを造波抵抗って呼んでるわけですよね? それと、衝撃波の後には正の圧力勾配が発生するから境界層が剥離するとか何とか」

 

 言葉の意味は良く分からんがマイラスも適当な相槌を打った。だって馬鹿だと思われたくはないんだもん。とにもかくにも知っている単語を総動員して精一杯の見栄を張る。

 

「では、そのまま速度を上げて行くと衝撃波はどうなると思いますか? 実は不思議なことに衝撃波の造波抗力は遷音速域が最も大きくなるんですよ。その抗力係数は遷音速域の直前と比べて三倍にもなるんだそうな。ですが超音速域に入ると抗力係数は急速に減じてマッハ二を超えると高亜音速と然程は変わらないんだとか」

「それってどういうことでしょう? 音速で飛ぶより音速の二倍で飛ぶ方が抵抗が少ないってことですか? そんな馬鹿な!」

「まあ、亜音速用に設計された翼平面形や翼型で超音速を出すと揚力は極端に小さくなるし、抗力も激増しますけどね。無理にマッハ二を出すと衝撃波の影響とかで揚力は半分くらいになっちまうんだそうな。だから揚抗比だけ見た場合、超音速飛行しても燃費は変わらないんですね。だからと言って、超音速巡航の効率だけを追い求めると離着陸が死ぬほど難しくなっちまう。そこで我々レシプロ機保存会は高い金を払ってスパコンをレンタル、数値流体力学(CFD)を駆使して……」

 

 この辺りでマイラスの集中力が途切れた。馬の耳に念仏。馬耳東風。

 気が付くと梅田の姿は見えなくなっている。そう言えば去り際に何か大事なことを言っていた様な、いなかった様な。さぱ~り重い打線! どうすれバインダ~! マイラスは考えるのを止めた。

 

 

 

 

 

 一ヶ月後、四号機ことアルティメットマリンがムー南部の高原に搬入された。

 もはやマイラスは毒を食らわば皿までといった気分だ。『一人殺すも二人殺すも同じだ』とか言う殺人犯もこんな気持ちなんだろうか。

 そう言えば、一人の死は悲劇だが百万人の死は統計上の数字に過ぎないんだっけ。

 

 どうせ四号機ことアルティメットマリンの次には伍号機ことインフィニットマリンだか何だかが控えているに違いない。

 そのうちマッハ十五を目指すスーパーウルトラハイパーミラクルエキセントリックワンダーマイティーアルティメットマリンとか出て来るんだろうか。出て来るんだろうなあ。

 そんな取り留めのない事を考えているうちにも四号機は高度一万二千メートルにおいてマッハ二をあっさり記録していた。

 不思議なことにマイラスの心には何の感慨も沸いて来ない。むしろ失敗すれば面白いのにと思っていたほどだった。

 

 

 

 その後もマリンシリーズは折に触れては作られ続けた。

 正月には『おせちマリン』が。節分には『恵方巻きマリン』が恵方に向かって飛ぶ。三月には『お雛様マリン』が登場するといった塩梅だ。

 土用のマリン、残暑見舞いマリン、お月見マリン、ハロウィンマリン、サンタクロースの格好をしたクリスマス限定マリン、エトセトラエトセトラ……

 流石に作りすぎてしまったんだろうか。ピークが早ければ飽きられるのも早い。

 マッハ十五で大気圏突破を目指す二十八号機こと、スーパーウルトラハイパーミラクルエキセントリックワンダーマイティーアルティメットマリンが作られる頃には売上はピーク時の十分の一を割っていた。

 いやいや、売上ってなんだよ? マイラスは心の中でノリ突っ込みをかました。

 

 

 

 ちょっと疲れた顔で現れた梅田は寂しげな笑みを浮かべると震える声で告げた。 

 

「マイラスさん。残念ながら先ほどの会議でマリンシリーズの打ち切りが決まりましたよ」

「やはりそうですか。まあ、覚悟はしていましたけどね。どんな物にも始まりがあれば終わりがある。今はただ、憂愁の美を飾りましょう」

「そうですね。人々の記憶にマリンシリーズの恐怖を永遠に刻み付けてやりましょう。そうだ! ラストフライトは私とマイラスさんが乗りませんか? せっかくの複座型なんだし。それがいい、それがいい!」

「わ、私と梅田さんが乗るですって? だけど私も梅田さんも航空機の操縦なんて出来ませんよね?」

「大丈夫、大丈夫。優秀な自動操縦装置を信用して下さいな。そもそも有人機だっていうアリバイ作りのためだけに人を乗せてたんですから。操縦席に座ってるのがチンパンジーだろうがライカ犬だろうが無問題ですよ」

「そ、そうですか……」

 

 馬鹿にされている様な気がしないでもない。だが、最後くらいは自分たちで乗ってみるのも良いかも知れんな。マイラスはスーパーウルトラハイパーミラクルエキセントリックワンダーマイティーアルティメットマリンへの搭乗を決意した。

 

 

 

 

 

 左右に結合したレシプロエンジンブースターのパワーを借りて二十八号機こと、スーパーウルトラハイパーミラクルエキセントリックワンダーマイティーアルティメットマリンは離陸する。

 高度二万メートルまで上昇した所でブースターを分離した。そこでメインエンジンに点火だ。

 普通のスクラムジェットエンジンは水素を燃料としている。だが、この二十八号機ではエンジン熱でもって燃料のケロシンを改質。生成したメタンを極超音速の空気と混合燃焼させている。その際、エンジンの冷却も同時に行ってしまうお得な設計なのだ。

 

 ちなみにこのエンジンの吸気制御の一部に取り付けられた可動部品が目にも止まらぬ速さで往復運動を行っているらしい。

 レシプロという言葉はレシプロケーティングの略称だそうな。エンジンの一部にでも往復運動する部分があればレシプロだと言い張れんことはないだろう。そんなアリバイ作りのためだけに組み込まれた部品なのだ。

 

 そんなこんなでレシプロエンジン複葉機の二十八号機、ことスーパーウルトラハイパーミラクルエキセントリックワンダーマイティーアルティメットマリンはマッハ十五まで一気に加速すると高度百キロを越えて宇宙空間へ飛び出した。

 だが、燃料を使い果たした二十八号機こと、スーパーウルトラ…… 以下略に大気圏を突破する能力は無かった。って、そんな馬鹿な話があるか!

 

「マイラスさん。あなただけでも脱出して下さい」

「いやいや、どこにどう脱出しろっていうんですか?」

「ですよねぇ~!」

 

 そのふざけた顔をふっ飛ばしてやろうか? マイラスはムカついてしょうがない。

 だが、このタイミングにもってこいの名セリフがあるぞ。

 

「梅田さん、君はどこに落ちたい?」

「……」

 

 この男、とことん骨の髄までオタク根性に染まってやがるな。梅田は心の中で苦虫を噛み潰した。

 

 

 

 ムーのどこかの片田舎。二階建て民家の物干し台で姉弟が夜空を見上げている。

 まだ幼さを残した男の子が一点を指差しながら叫び声を上げた。

 

「アッ~! ながれ星!」

「何をお願いしたの?」

「射程距離四百のプラズマライフルだ」

「まあ、呆れた」

「じゃあお姉ちゃんは?」

「世界に戦争がなくなりますように…… 世界中の人が平和で仲良く暮らせますようにって祈ったわ」

 

 

 

 

「って、何でやねん!」

 

 マイラスが目を覚ますと窓の外は既に明るくなっていた。

 

「よ、よりにもよって夢オチかよ…… ラノベで夢オチはタブーじゃなかったっけかな? マンガの神様、手塚治虫が『マンガの描き方』でそんな事を書いてたような気が……」

「いやいや、マイラスさん。手塚治虫はそんな事は言ってませんよ。何でもかんでも夢オチにしちゃ駄目だって言ってるだけですよ。別に夢オチその物を否定していたりはしませんから。自信を持って夢オチを使って良いんですよ」

「そ、そうですか。それを聞いて安心しましたよ」

「それじゃあ行きましょうか。五十八号機こと、スーパーウルトラハイパーミラクルファンタスティックロマンチックエキセントリックアルティメットインフィニット……」

「え、えぇ~っ!」

 

 それほど広くもない部屋の中にマイラスの絶叫が響き渡った。

 



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第十五話 私は戦艦が好きだ!

 パーパルディア皇国が事実上の活動停止に追い込まれてから約一年の歳月が流れる。

 神聖ミリシアル帝国の港町カルトアルパスには先進十一ヵ国会議に参加するために世界各国の軍艦が次々と訪れていた。

 

「第一文明圏、トルキア王国軍様御一行。いらっしゃいました。戦列艦七、使節船一、合わせて八隻になりま~す!」

「いらっしゃいませ~! 第一文明圏エリアへご案内して下さ~い!」

 

 港湾管理責任者ブロンズはひたすら愛想を振りまく。オーバーリアクション気味に手を振り回しては頭を深々と下げる。

 

「続いて第一文明圏、アガルタ法国様御一行。お着きになりました。魔法船団六、民間船二」

「お待ちしておりました~! ご相席お願いしま~す!」

 

 とにもかくにも決して笑顔をだけは絶やさない。それが彼の処世術なんだからしょうがない。

 笑顔とお辞儀はタダなのだ。使わんと勿体ない。

 

 それにしてもどいつもこいつも代わり映えせんなあ。

 暗い闇の底で二年もの間、先進十一ヵ国会議を待ち続けてきたブロンズにはただの軍艦ではもはや足りない!!!

 軍艦! 軍艦! 軍艦!

 

 我々は満身の力をこめて今まさに振り下ろさんとする軍艦だ!

 情け容赦のない糞の様な軍艦を望むか? 鉄風雷火の限りを尽くし 三千世界の鴉を殺す嵐の様な軍艦を望むか?

 

 よろしいならば大戦艦だ! 一心不乱の大戦艦だ!

 

「もしもここに第零式魔導艦隊があったらなぁ~ 世界中のどんな軍艦だってガラクタみたいに見えるはずなのに」

 

 普段は港町カルトアルパス近所の基地を有している第零式魔導艦隊は今日に限って留守だ。なぜならば軍艦でごった返すお祭りの日にはいつもここを逃げ出すかのように西方群島へ訓練に行っちまうんだもん。

 

 とにもかくにも軍艦フェチっていうかマニアっていうか三度の飯より軍艦が大好き? って言うか、軍艦だけでご飯が三杯は行ける港湾管理者ブロンズはwktkが止まらない。

 

 そんな彼が今年の参加国の中で最も注目しているのは第八帝国ことグラ・バルカス帝国。

 ついでにムーに航空機の技術提供を行ったとかいう噂が独り歩きしている四井…… じゃなかった、日本だ。

 

 なんでも風の噂によればパーパルディアが参加辞退、っていうか行きたくても行けないって泣き付いたんだそうな。それにムーがやたらと強く推薦したもんで日本の参加が決まったというのがもっぱらの噂だ。

 

 とにもかくにも、この二カ国は初参加なので事前情報が全く無い。予想屋の見立てもバラバラで誰を信用したら良いのか分からん状態だ。

 高まる一方の期待と不安でブロンズは胸が押し潰されそうになって来る。

 

 その時ふしぎなことがおこった! じゃなかった、歴史が動いた!

 不意に監視員たちが狼狽えたように大声を上げる。

 水平線から姿を現した船が想像を絶する巨大さだったからだ。まだ数十キロも離れているというのにあの大きさだと! 近付いたらどうなっちまうんだろう?

 凄く大きいです! しかも速いです! ブロンズは開いた口が塞がらない。

 

「グラ・バルカス帝国様、戦艦一隻。おいでになりました~!」

「お一人様でしたらカウンターの方にお願いいたしま~す!」

 

 グラ・バルカス帝国が満を持して派遣した最大の戦艦グレードアトラスター。

 

 全長は263.4メートル。実はコンパクトに作るための工夫が凝らされている。例えばバルバスバウがなければ三メートルは長くなっていたかも知れないんだとか。

 だが、そんなことを知る由もないブロンズはあまりの巨大さに目眩がしそうだ。

 全幅はパナマ運河を通ることができない38.9メートルもある。

 満載排水量は72,800トンだ。

 艦本式タービン四基四軸の出力は十五万馬力にも達する。

 

「なんちゅうどでかい砲を積んではるんや!」

 

 思わずお国言葉が出てしまう。

 そのあまりの大きさのせいで隣近所の戦列艦や魔法船団が超精巧なミニチュアに見えてしまいそうだ。

 港湾関係者たちは全員が全員、ただただ圧倒されるしかない。

 

「ブロンズ所長、次のお客様が来られました!」

 

 部下に言われてブロンズは巨大戦艦から視線を外して振り返る。だが、視界に入って来た物はといえば…… 巨大戦艦、巨大戦艦、巨大戦艦、巨大戦艦。わけがわからないよ……

 

「な、なんじゃこりゃあ!!!」

「日本国様御一行、参られました! 戦艦四隻、空母一隻、巡洋艦四隻、他一隻、計十隻になります!」

「阿呆かぁ~! こんな大艦隊、いったいどこに案内すれば良いんだよぉ~! 入港許可は二隻まで。他は外洋で停泊するようにお伝えしろ!」

 

 ブロンズは部下に当たり散らしながらも双眼鏡を覗いて日本の戦艦を観察する。

 

「日本国の巨大戦艦は…… どこからどう見てもグラ・バルカス戦艦にくりそつ(死語)だぞ。まさか劣化コピーじゃなかろうな。とは言え、同型艦が四隻とは恐れいったぞ。それにコピーが本家を上回ることだって良くある話だし。よくよく観察すると細部がちょっとずつ違っているぞ。みんなちがってみんないい。これはこれで興味深いな……」

 

 大きな声で独り言を言いながら双眼鏡で舐め回すように戦艦を見ているその姿は変質者そのものだった。

 

 

 

 

 

 当初、日本国政府は先進十一ヵ国会議にこのような大艦隊を派遣する予定は毛頭無かった。

 そもそも参加するつもりすらなかった。なぜならば日本は未だにクイラとクワトイネ以外を国家承認していないばかりか人間とすら認めていなかったのだ。

 しかし、パーパルディアがまさかの参加断念。さらにはムーに泣き落としで懇願された結果、嫌々ながら参加することになったのだ。

 

 それでも政府は当初、派遣艦は巡洋艦か駆逐艦が数隻もあれば十分だろうと考えていた。

 ところが偵察衛星からの報告が事態を急変させる。それはグラ・バルカス帝国が大和にくりそつ(死語)な戦艦を保持しているという偵察写真だった。

 しかもどうやらグラ・バルカス帝国はその巨大戦艦を先進十一ヵ国会議に派遣するつもりらしい。

 

 この情報をいち早く察知したのは独自の情報網を持つ大和型戦艦保存会だった。会長の豊中元総理は政界へのコネを総動員する。そしてなんとびっくり、動態保存されていた大和型戦艦四隻を親善航海の名目で派遣艦隊に随伴させることを認めさせたのだ。

 

 かつて、大和型戦艦たちは実戦において何度か地上目標に対する艦砲射撃を行った。だが、本来の目的とされた敵戦艦との砲撃戦を行う機会は一度も経験したことがない。そして高額の維持費が問題視されて二十世紀の終わりに除籍となっていた。

 その後は熱心な愛好家たちが立ち上げた保存会に払い下げられる。活動資金をクラウドファンディング等で集めては全国でイベントを開いて回る日々を送っていたのだ。

 

 

 

「よっしゃよっしゃ、ええ感じやで。グラ・バルカスのグレードアトラスターとか言うたかな? アレはホンマに大和とくりそつ(死語)やな。ええか、バンバン撮っとけよ。ウチらの大和と一緒に並んだ絵を抑えとくんや」

「わかってます、わかってます。まかせておいて下さいな」

 

 何でも仕切りたがる豊中元総理はテレビカメラマンの仕事にまで口を出していた。みんなは揃ってあからさまに迷惑そうな態度を取る。だが、他者への共感能力に問題でも抱えているんだろうか。元総理は全く気にする様子が無い。

 

「会議の後にでもグラ・バルカスに頼み込んで並走する所を撮らせてもらえんかなあ。もし出来るなら艦内の様子も撮らせて欲しいし。あと、四十六センチ砲を斉射してもらえんもんじゃろかなあ? うわぁ~! wktkが止まらんぞぉ~!」

「どうどう、元総理。餅付いて下さいな」

「えぇ~っ! 逆に何でお前はそんなに落ち着いてられるんだ? 大和型戦艦が四隻揃い踏みしてるだけでも凄いのに五隻目がいるんだぞ。これが興奮せずにいられるかってんだよ!」

 

 大はしゃぎする元総理を乗せた大和はカルトアルパス港に静かに停泊した。

 

 

 

神聖ミリシアル帝国 港町カルトアルパス 帝国文化会館 一階大会議室

 

 四井物産の富田林、四井商事の枚方、四井建設の放出(はなてん)、四井不動産の喜連瓜破(きれうりわり)、エトセトラエトセトラ…… 

 日本国外務省が頑として出席を拒んだため、四井グループにお鉢が回ってきたのだ。

 

 一同は入り口でもらったチケットの番号を見て銘々の座席をチェックする。

 良かった! 四井グループだけでちゃんと一纏まりの席を確保してくれていた。一人だけ離れた席とか当たったら最悪だもん。

 いったんロビーへ出ると物販コーナーを一巡りしてお土産を買い込む。

 紙袋一杯の戦利品を抱えた一同は自販機で飲み物を買い、ベンチで雑談しながら時間を潰す。

 入口でもらったリーフレットに目を通しながら富田林が口を開いた。

 

「もうすぐ始まるこの会議っていったい何を決めるんだろうな?」

「事前に何のテーマも決めない会議なんて聞いたことも無いですよ」

「もしかしてアレかな。ブレインストーミング的な何かをやるのかも知れませんよ」

「でも近年はブレインストーミングは役に立たないっていうのが定説みたいですよ。批判厳禁だと碌なアイディアが出ないんだとか」

「「ですよねぇ~~~!!!」」

 

 思わず全員の声がハモった。一同は周囲の目も憚らず一頻り大笑いする。

 暫しの後、静寂が戻るのを見計らったかのように変テコな格好をした三人の男たちが近付いてきた。

 

「アガルタ法国外交庁のマギと申します。四井のみなさんでしょうか?」

「いいえ、ケフィアです」

「け、けひあ?」

 

 唖然とするマギを放置して四井の面々は会議室へ戻る。

 

「良かったんですかね? 富田林さん」

「かめへんかめへん。あんなんいちいち相手にしとったら……」

 

 その時、ふしぎなことがおこった。天井のスピーカーからアナウンスが流れたのだ。

 

「ご来場の皆様、本日は先進十一ヵ国会議にご来場いただき誠にありがとうございます。開会に先立ちましてご出席の皆様にお願い申し上げます。お席でのご飲食はご遠慮下さい。 また、全館禁煙となっております。魔信やアラーム付時計等は他のご出席者様のご迷惑となりますので必ずお切り下さるようご理解とご協力をお願いいたします。また、許可のない魔写撮影、録音、録画は固くお断りいたします。まもなく開会でございます。ホワイエにおいでの出席者様はお席についてお待ち下さい」

「ホワイエって何ですか? 富田林さん?」

「ロビーのことだろ。確かフランス語で暖炉とか団欒って意味だぞ。しかし何でまたフランス語なんだ? 異世界の言語変換システムのバグかも知れんな」

「会議の先行きが心配になって来ましたね」

 

 一同は先ほど確認した席へと戻る。幸いなことに席に知らない人が座っていたりはしない。新幹線で何度かそんな目に遭ったことのある富田林はほっと安堵の胸を撫で降ろす。

 豪華絢爛に飾り付けられた椅子は見栄えは立派だが座り心地はイマイチだ。一同は念のために用意していた座布団を敷いた。

 

「お待たせいたしました、只今より先進十一ヵ国会議を開催いたします」

 

 会議室内に女性の声で開会を告げるアナウンスが流れる。

 その瞬間、会場に集う全員が一斉に盛大な拍手を始めた。

 何だかコミケみたいだなあ。富田林は吹き出しそうになったが空気を読んで我慢する。

 郷に入っては郷に従え。四井の面々も薄ら笑いを浮かべながらおざなりな拍手をした。

 

 

 

 議長の指名によりエモール王国が発言する。

 

「空間の占いの結果を発表します。古の魔法帝国ラヴァーナル帝国は今後三十年以内に七十~八十パーセントの確率で復活し、前回を大きく上回る被害が想定されています」

「な、なんじゃそりゃあ~!」

「前回よりも酷いんじゃね?」

「予報が的中すれば経済に与える影響は計り知れないぞ」

「うひょひょひょひょ! げはははは! いひひひひ! ぎゃはははは!」

 

 騒然とする会場の隅っこから突如として下品な笑い声が聞こえてくる。

 声の主はと目を見やれば二十代前半から後半、あるいは三十代前半から後半、もしくはそれ以上の女。女性の年齢は分かりにくいのだ。特に化粧が濃い場合は。

 とにもかくにもそんな女が大口を開けて豪快に笑いながらパチパチと手を叩いていた。

 いくら楽しいからってそこまではしたない笑い方をしなくても良いのになあ。そこそこ美人さんだというのに実に勿体無い。

 

 会議室内の全員が全員、ドン引きの顔をしているのに気付いた女は不意に真顔に戻ると口を開いた。

 

「失敬失敬、私はグラ・バルカス帝国外務省、東部方面異界担当課長のシエリアだ。魔帝とやらは知らんけど、そんな昔話を真面目に怖がるだなんて君らは子供か! ちょっとばかしびっくこいたぞ。占いの結果を世界首脳会議で議論するだなんて正気を疑うな」

「いやいや、占いって言葉のイメージに引っ張られてはいかんぞ。予知魔法とか予言魔法って言い換えれば随分とそれっぽく聞こえるだろう?」

「そもそも魔法だなんてお前たちはそんな御伽話を本気で信じているのか? 話にならん!」

「話にならんのはこっちだ! 貴様はこの天井の照明が何で光ってるのか知らんのか? 空調だってそうだろ。この世界は全部が全部、魔法で回ってるんだぞ。現実を直視出来ていないのは貴様らの方だろが!」

 

 真面目な議論かと思っていたらいつの間にか子供の言い争いへとレベルが下がって行く。

 

「ち~が~い~ま~す~~~! 高度に発達した科学は魔法と区別が付かないんです~! あんたらのいう魔法だって原理を解明すれば絶対に何らかの科学的な現象のはずなんです~!」

「いやいや、だったら予知魔法や予言魔法だって何らかの科学だろうが。お前の方こそ言ってることが矛盾してるじゃんかよぉ~!」

「いやいや……」

「そんなことは……」

 

 これはもう駄目かも分からんな。四井の面々は適当な理由を付けて中座しようかと互いに顔を見合わせる。

 だが、それより一瞬早くグラ・バルカス帝国の女外交官シエリアがヒステリックに怒鳴り散らした。

 

「黙らっしゃい! そもそも我がグラ・バルカスは話し合いに来たわけじゃない。全世界へ宣言するなら丁度良い機会だと思っただけだ。グラ・バルカス帝国は帝王グラルークスの御名において宣言する。我らに降伏せよ。お前達を我々と同化する。お前達の文明は我々の一部となる。抵抗は無意味だ!」

「こ、幸福?」

「いやいや、降伏だ。降参、お手上げ、負けましたってことだ。どうだ、この場で降伏しようという殊勝な国は無いのか? 最初に降伏した国にはいろいろとお得なインセンティブが付与されるぞ? さあさあ、今なら早い者勝ちだぞ?」

 

 一瞬の沈黙。と思いきや意外と長い沈黙の後に会場がざわつく。

 

「お得だと言ってるけど美味い話には裏があるっていうよな?」

「綺麗な薔薇には棘があるみたいな例えだよな」

「一番じゃなきゃ駄目ですか? 二番じゃ駄目なんでしょうか?」

 

 突拍子も無いシエリアの言葉に一同はどう反応すれば良いのか意見が纏まらない。

 不規則発言が飛び交い速記者がパニックになりかけた。

 

「思った通りか。まあ、私も初めての営業がそんなに簡単に行くはずがないと覚悟はしていたんだ。それに戦わずして降伏されても興醒めだしな。ちなみに帝王様はのんびり屋さんだぞ。一戦交えた後でも全然オーケーだから降伏したくなったらいつでも連絡して下さい。二十四時間三百六十五日、オペレーターが受け付けております」

 

 グラ・バルカス帝国の連中は立ち上がると中座しようとする。

 

 だが、その時ふしぎなことがおこった。じゃなかった、歴史が動いた。

 豊中元総理が突如立ち上がると許可も得ずに発言したのだ。

 

「ちょっと待った、グラ・バルカス帝国のお方々! 今の発言を宣戦布告と受け取って宜しいか?」

「そう受け取ってもらって結構だ。諸君らの戦艦も大きさだけは我が国に引けを取らぬようだが見掛け倒しでないことを祈っているよ。クックックッ……」

「だったら、今この瞬間にあなた方の戦艦を砲撃しても何の問題も無いわけですね。それを聞いて安心しました。では今すぐにやりますんでちょっくら待ってて下さいね」

 

 豊中元総理はスマホを取り出すとタッチパネルを操作する。

 

「あぁ~っ、もしもし。儂や儂。豊中や。オーケーが出たで。今すぐやってくれ……」

「ちょ、おま…… 少しだけ待ってもらって良いかな。何せ我々がまだ乗ってませんから。グラ・バルカスが負けることなどあり得んが、この場所が戦火に巻き込まれたら困っちゃうでしょ? 主に我々が。ね? ね? ね?」

「そ、それもそうかも知れんな。それにこんな至近距離で撃ち合ったら一瞬で決着が付いて面白く無いし。だったらこういうのはどうじゃろう。お互いに相手の姿が見えなくなるまで距離を取ってから開戦。これで如何かな?」

「そ、そうか。こちらもそれで不満は無いぞ」

 

 弱みを見せるわけには行かん。シエリアは内心の動揺を必死に抑えながらも平静を装う。

 一方でノリノリの豊中元総理は大はしゃぎで詳細を詰めて行く。

 

「ルールはデスマッチ。リングアウトも反則も無しで宜しいか? 降伏や捕虜も無しですぞ。まあ、逃げるのは勝手ですが後ろから撃つのも自由ってことで」

「う、うむ。依存はないぞ」

「では、互いにベストを尽くして良い戦闘を!」

「よ、良い戦闘を……」

 

 予想外の展開にシエリアは引き攣った笑顔を浮かべると逃げ去る様に会議室を後にした。

 四井の面々もそそくさとその場を後にする。

 

「しまったぁ~! 座布団を忘れてきたぞ。取って来るから先に行っててくれ」

 

 富田林はあたふたしながら駆け戻って行った。

 

 

 

 

 

 神聖ミリシアル帝国の南部にある港町カルトアルパスの東西から南北方向に細長い半島が伸びている。その距離は六十キロにも達する。最大幅は十四キロほどの細長い小さな内海というか大きな湾というか。とにもかくにもそんな地形だ。

 

 グラ・バルカス帝国が誇る巨大戦艦グレードアトラスターは脱兎の如く港から逃げ去る。後を追うように戦艦大和も錨を上げた。

 

 

 

 

 

 同時刻、神聖ミリシアル帝国の西方群島において訓練中だった神聖ミリシアル帝国の第零式魔導艦隊を悲劇が襲った。

 突如として現れた謎の集団からの攻撃を受け、一方的にボコられたのだ。

 

 

 

 報告を受けた神聖ミリシアル帝国は侃侃諤諤だか喧喧囂囂だか分からないが物凄い議論の

末に開催地を東のカン・ブラウンへ移すことを決定した。

 

 だが、やる気満々の日本国に刺激を受けた各国艦隊も何となく戦わざるを得ないという状況になってくる。

 なにせ集団での意思決定は責任感が分散されるから危険な選択肢を選びやすくなるのだ。この現象をリスキーシフトと呼ぶそうな。

 

 

 

 一方そのころ戦艦大和のCICでは豊中元総理があっちこっちに電話を掛けまくっていた。

 

「ああ、儂や儂。聞いてくれ。大和型戦艦四隻が同型艦とマジバトルやど。どや? おもろいやろ? あぁ~? 何やと? 時間をきっちり決めろやと。いやいや、それは無理やで。これから大砲を撃ち合うのに十九時から初めまひょとか決めへんやろ? そんなん無理やで」

「大体で結構ですよ。何時に始まるかも分からん物を中継し続けられないでしょう? こっちは四隻で挟み撃ちに出来るんですから適当に距離を取って時間を稼げばある程度の調整は難しくないはずですよ。こっちのゴールデンタイムにやって下さいな。そっちでは朝だから映像的にもベストですし」

「うぅ~ん、あと十六時間以上もあるぞ。どうやって時間を潰そう」

「いやいや、こっちは今から放送枠を取ったり告知したり。中継やアナウンサーの手配とかもあるから大忙しですよ。じゃあ頼みましたよ。しくよろ~(死語)」

 

 電話を終えた豊中に岸和田は遠慮がちに話しかける。 

 

「だけども元総理。撃ち合いなんかして大丈夫なんでしょうか? 貴重な大和や同型艦を傷付ける恐れがありますよ。保存会の人達に怒られないっすかねえ」

「そのことならば心配には及ばんよ。戦艦は戦ってこと華、負けて沈めば泥。たとえ轟沈されようとも、それが戦によるものならば本望というもんだ」

「そんなもんですかねえ。私なんかにはさぱ~り理解できん世界ですよ」

「ジェイムズ・F・ダニガンの本にこんな話があるぞ。1906年から1945年の間に全世界で建造された戦艦は百七十隻にも上る。その費用は二十一世紀の貨幣価値に換算すると三千億ドルにも達するそうな。だけども戦艦同士が砲撃戦をする機会は全くと言って良いほど起こらなかった。二度の世界大戦やその他の戦いで沈んだ戦艦は五十五隻。そのうち戦艦に沈められたのは五隻だけだったんだ。他は何だと思う? 二割弱は事故で沈んだ。潜水艦や魚雷艇とかに一割ほど。残りの四割は航空機の攻撃によるものだ」

「つまりその…… 元総理は航空機による攻撃を警戒しておられるのですか?」

「いやいや、お前は人の話をちゃんと聞いてたのか? 俺は活躍の機会を得られなかった大和型戦艦に一花咲かせてやりたいだけなんだよ。これまで大金を投じて動態保存してきたのもこんな日を夢見ていたからなんだ。いいか? このショーだけは絶対に成功させねばならん。絶対ニダ!」

 

 豊中元総理はスマホを取り出すと新たな相手に電話を掛けた。

 



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最終話(嘘) 最後の戦い

 グラ・バルカス帝国が誇る巨大戦艦グレードアトラスターの艦長ラクスタルは憤慨していた。

 会議から戻って来た外務省のシエリア課長とかいう偉そうな女は艦を直ぐに湾外へ出せと命令しやがった。しかも日本の戦艦が視界から消えた所でUターンして戦闘に突入せよとのことだ。

 

 いやいや、軍人なんだから命令とあれば戦闘は厭わない。帝国を後にした時から、って言うか軍人となったその日から戦闘任務をwktkして待っていたのだ。本来ならば楽しみでしょうがないところだろう。

 だけどもどうして外務省の女課長ごときに命令されなきゃならんのだろう。いつから軍は外務省の下部組織になったんだ? そもそも命令一元性の原則に反するじゃないか。もし消防署長や税務署長に命令されたら聞かにゃならんのか? 保健所や裁判所の命令だったら? 何で外務省だけが特別扱いされなきゃいかんのだろう? そもそもこの命令に法律的有効性ってあるんだろうか? 後になって違法行為だって言われたらどうしよう。分からん、さぱ~り分からん!

 

「ラクスタル艦長! 大変です、前方二十海里。湾の入り口を敵と思しき艦隊が塞いでいます。

戦艦三、巡洋艦三、駆逐艦二。強行突破されますか?」

 

 パニックになりかけた艦長は副長の声で我に返る。

 

「ちょっと待て。あの三隻の戦艦はグレードアトラスターと同じくらいの大きさがあるぞ。単艦での突破は危険が危な過ぎるな。沖合に待機している空母艦隊に支援を要請しようよ。って言うか、お願いしてくれ。それもなるべくなら丁重にな」

「了解いたしました」

 

 ラクスタル艦長は考えるのを止めた。

 

 

 

 

 

 停める場所が無いと言われてカルトアルパス入港を断られた大和型戦艦三隻は港から南に六十キロ行った海峡出口に停泊していた。

 大和型二番艦武蔵、三番艦尾張、四番艦紀伊の三隻だ。

 

「艦長、五十海里ほど南から航空機が多数北上して来ます。数は…… 約二百です」

「何で今まで気付かなかったんだ?」

 

 大和型戦艦保存会副会長の淀川は四番艦紀伊の艦長という肩書を任されていた。もちろん本物の軍人ではない。だが、保存会の会員規約でそれ相応の待遇と権限が与えられている。

 

「たった今、空母から発艦させたとかじゃないですかね?」

「だったら何でその空母が発見できんのだ?」

「いくら水平線が遠いといっても五十海里離れてたら本艦のレーダーには映りませんよ。ヘリを上げておけば良かったですね」

 

 人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべながら答えて来るのは保存会若手の鶴橋という男だ。

 

「んじゃ今からでもヘリを上げてくれ。敵艦隊の位置が不明じゃ戦いようがないからな」

「アイアイサ~! って、それよりも航空機はどうすんですか? 二百ですよ、二百。もしかしたら大半は雷撃機かも知れないですよ」

「そんじゃ撃ち落とすか? 戦艦同士の対決は明朝まで待てって言われてる。だけどもそれ以外に手を出すなとは聞いてないし。とは言え二百とは参ったな。一発一億のESSMを使ったら二百億も掛かっちまうじゃんかよ」

 

 口を尖らせた淀川は不満そうにボヤく。

 

 ちなみに大和型戦艦は1980年代の近代化改修の折、対空兵装が徹底的に強化されていた。

 さらに今回は四井重工のご好意でSAMやSSMをVLSに満載してもらっている。ただし、使った分は後で精算する富山の薬売り方式なのだ。

 この戦闘をテレビ中継する放送権料やDVD・ブルーレイの販売収益などでそれなりの収入が期待出来る。とは言え、二百億も使ったら絶対に赤字だ。何とかせにゃならんぞ。

 

 淀川は頭を抱えて小さく唸る。だがその瞬間、通信士が振り向く嬉しそうに口を開いた。

 

「防空巡洋艦生駒から入電です。『航空機の対処は我らに任せて大和型戦艦は敵戦艦との戦闘に注力されたし。とある大和型戦艦ファンより』とのことです」

「ラッキー! 海軍さんがやってくれるんなら大助かりだぞ。やっぱファンは大切にせんといかんな。ちゃんと礼を言っといてくれよ」

「了解!」

 

 直後、少し離れた所に停泊していた防空巡洋艦と防空駆逐艦から二百発のESSMが発射された。二分足らずでレーダーから全ての反応が消える。

 続いて十数発のハープーンが発射され空母、巡洋艦、駆逐艦が葬られた。

 

 

 

 

 

 ラクスタル艦長は前方の艦隊から打ち上がる花火の様な光をぼぉ~っと見詰めていた。

 何だか知らんけどとっても綺麗だなあ。

 

 暫くすると副長が遠慮がちに声を掛けてきた。

 

「艦長、空母艦隊との通信が突如として途絶えました! 直前に二百の航空隊もレーダーから消えています。最後の通信が切れる直前には爆発音や悲鳴が聞こえたとのことです。何やら予想外の事態が起こっているのではないでしょうか?」

「あるいは『ドッキリ大成功』みたいな展開かも知れんけどな。いずれにせよこのまま前進するのは危険が危ない。反転してカルトアルパスに残った戦艦一隻を相手にするのが吉じゃなかろうか?」

「ですよねぇ~ まずは一対一で敵戦艦を葬るべきです。ついでに港町を火の海にしちゃいましょう。敵の混乱さえ突ければ外洋へ脱出するチャンスも生じるかも知れんし」

「そんじゃあ回頭してくれるかなぁ~? カルトアルパスに戻るぞぉ~!」

「アイアイサ~!」

 

 ぐるりと艦首を巡らすとグレードアトラスターはたったいま来たカルトアルパスへ向かって全速で進む。

 一時間足らずで敵戦艦が見えて来るだろう。見えて来るはずだったのだが…… いないんですけどぉ~!

 

「いったいどこに行ったんだ、あの戦艦は? まさか怖気づいて逃げたんじゃなかろうな? あんなに戦いたがっていた癖に。あのやる気は嘘だったのかよ。俺はいったい誰を信じたら良いんだ? もうすぐ日が暮れるぞ。レーダーはどうなってる?」

「それが先ほどから全く何も映りません。この星に特有の電磁波か何かがアレをアレしてるのかも知れません。知らんけど」

「うぅ~ん、照明弾や探照灯を使うとこっちの位置が先にバレちまうからなあ。こうなったら地道に目で探すしか無いのか。参ったぞ。取り敢えず手の開いてる奴を見張りに立ててくれ。敵艦を見つけた奴には賞金を出すぞ」

「分かりました。みんな張り切りますよ」

 

 グレードアトラスターは日本の戦艦を探して湾内を当てもなくグルグルと放浪する。だが、幅十四キロで奥行き六十キロの湾内のどこを探しても見付けることはできない。

 それもそのはず、戦艦大和はレーダーでグレードアトラスターの位置を正確に把握して逃げ回っていたのだった。

 

 

 

 

 

 翌日の早朝、寝ぼけ眼を擦っていたラクスタル艦長はけたたましい叫び声に驚かされた。

 

「敵戦艦発見、後方二十海里! 空母一隻と共にこちらへ向かって三十ノットで航行中」

「海峡入口を封鎖していた艦隊の姿が見えんぞ。脱出するチャンスではないのか?」

「罠かもしれません。下手をすると囲まれてタコ殴りされますよ。やはりタイマンで一隻沈めてからの方が宜しくありませんか?」

「分からん、さぱ~り分からん。だが、逃げ回っていた奴が急に姿を現したんだ。こっちの方がよっぽど罠っぽいぞ。どのみち外洋に出なければ国にも帰れんし。だったら損害を受けていない今のうちがベストだろう。このまま湾外に出ろ」

「了解!」

 

 グレードアトラスターも二十七ノットまで加速して一気に海峡を抜ける。外洋に出ても昨日の艦隊が待ち伏せしていたりはしない。

 良かったぁ~! ラクスタル艦長はほっと安堵の胸を撫で下ろす。

 副長も半笑いを浮かべながら話しかけて来た。

 

「艦長、どうやら無事に外洋に出られましたね。でも、ここからどうすんですか?」

「このまま逃げ回ってばかりじゃ任務が達成できん。あのシエリアとかいう女に舐められっぱなしなのも腹が立つしな。最低でも一発は当ててやらにゃあ気が済まんぞ。んで、敵戦艦との距離は…… アレ?」

「艦長。何か知らんけど敵さん、めったやたらと凄い勢いで逃げて行きますよ」

 

 艦橋の端っこまで行って双眼鏡を覗くと猛スピードで東へ向かって疾走する敵戦艦の後ろ姿が小さく見えた。

 

「ほ、本当だ…… あいつらいったい何がしたいんだ? シエリア課長の言ってた話だと向こうから吹っかけて来たんだよな?」

「もしかしてアレじゃないすか、アレ。釣り野伏せ? 逃げると見せかけて追っかけて行ったら敵艦隊が総出で待ち伏せてるとかかも知れませんよ。そんな嫌な予感がするんですけど?」

「俺はもう何だかどうでも良くなってきたぞ。ぶっちゃけ寝不足で意識が朦朧として来たんですけど? 戦わずに済むんならそれに越したことないじゃんかよ」

「そ、それもそうっすね。それに向こうは三十ノット出てるんだから全力で逃げられたら絶対に追いつけませんし。諦めるなら早い方が良いですよ」

「んじゃ尻尾を巻いて逃げるといたしますか。ずらかるぞぉ~!」

 

 西を目指してグレードアトラスターはひた走る。あっという間に日本の戦艦との距離が広がった。三十分もしない内に六十キロ以上も距離が開いてしまう。

 赤道一周が十万キロもあるこの惑星では水平線が遠い。それでも六十キロも離れてしまうと敵艦の船体部分は水平線の下に隠れてしまった。艦橋の一部が見えるのみだ。

 その時、ふしぎなことがおこった! 艦橋後部の見張り員から叫び声が上がる。

 

「敵艦発砲! 巨大な爆炎が見えました」

「な、なんだってぇ~っ? 既に六十キロ以上も離れているんだぞ」

「前方でもほぼ同時に幾つもの光が見えました。もしや昨晩の敵戦艦ではありますまいか?」

「だけども六十キロだぞ。届くわけがないだろ? もし届いても奇跡でも起こらん限り当たるはずが無い!」

「万が一ということもあります。念のため回避行動を取りましょう」

「そ、それもそうだな。面舵一杯!」

 

 操舵手が舵輪を回す。だが大和型戦艦の追従性は非常に悪い。転舵しても実際に艦首が振れ出すのに九十秒も掛かるのだ。間に合うのか? こんなんで間に合うんだろうか? 間に合わなかったら困るなあ。だけども六十キロだぞ。仮に届いたとしても初弾が命中なんて絶対に無い。絶対ニダ!

 ラクスタルは自分に言い聞かせるように心の中で絶叫した。

 

 

 

 

 

 戦艦尾張の艦長箕面はCICでテレビモニターに映る映像を眺めながらお茶を飲んでいた。

 戦艦大和の豊中元総理から連絡があったのはついさっきの事だ。間もなくテレビ中継が始まる。圧倒的な遠距離から先制攻撃を掛けるからタイミングを合わせてくれとのオーダーだった。

 

 いくら二十一世紀の技術を持ってしても六十キロ離れた二十七ノットの目標に命中させるのは至難の技だろう。って言うか、目標がランダムに回避行動を取るとなれば運を天に任せるしかない。だけどもそれじゃあテレビ映えしない。そんな理由から今回、大和型戦艦保存会会長の豊中元総理は清水の舞台から飛び降りたつもりで取って置きのスマート砲弾の使用を決断した。

 

 重さ二トンを超える四十六センチ劣化ウラン弾が秒速千メートル近い初速で砲口を飛び出す。

 大和型戦艦が搭載している四十六センチ砲は三連装三基の九門だ。砲弾は相互の干渉を避けるための発砲遅延装置の働きで0.3秒ほどのズレを持って発射される。三連装の左右が先で真ん中が後だ。

 他の三隻もほぼ同時に斉射を行ったことがテレビ画面の中で見て取れる。着弾が同時になるように絶妙のタイミング調整がなされているはずだ。

 発射された三十六発の砲弾は一定の距離を飛翔した後、低下した弾速をロケットアシストで補う。弾道の頂点を越えた砲弾が下降に入り標的をセンサーが捉える。誘導フィンが砲弾の進路を目標に向けた。目標の真上に近付いた所で弾道が急激に真下に曲がる。加えてロケットアシストが駄目押しとばかりと砲弾を再加速した。

 

 

 

 四十六センチ砲弾は音速の二倍ほどの速度でグレードアトラスターに垂直に近い角度で命中した。砲弾の半数命中界(CEP)は僅か数メートルしかない。船体に万編無く当たるように割り振ったりしていなかったため砲弾は全て艦橋付近に集中した。

 

 大和型戦艦の前と後ろの砲塔を結ぶ船体中心線から左右へ一メートルの所にはバーチカルキールが設けられている。そしてその真上に船体中心縦隔壁が設置されていた。

 三十六発の劣化ウラン弾は艦橋を原型を留めぬほどに破壊する。五百ミリの装甲板に護られた防御指揮所を突き破り艦底にまで達した。

 ズタズタにされたキールではとてもではないが船体を支えられない。グレードアトラスターは七万トンを超える自らの重さに中央でポッキリ折れるとみるみる内に沈んで行った。

 

 

 

 

 

 副調整室に籠もって中継映像を見ていたテレビプロデューサーの玉造は開いた口が塞がらなかった。

 

「ちょ、おま…… あいつらは阿呆かぁ~っ! 放送が始まって三分しか経ってないんですけどぉ? 取り敢えずCM入れろ、CM! 轟沈する瞬間の映像は色んな方向から撮れてるよな? 水中ドローン撮影は上手く行ってたか? それじゃあCM開けはリプレイ映像で時間を繋げてくれ。その間に豊中元総理のインタビューの準備をするんだ。急げ、急げ、急げ!」

 

 その後の放送はまるで1ラウンドKOのボクシング中継のようだった。

 だが、視聴率は思っていたよりは悪くはなかった。もちろん、それほど良くもなかった。

 

 

 

 

 

 この戦いにおけるグラ・バルカス帝国側の生存者は一人もいなかった。

 だが、大和型戦艦保存会が動画配信を行ったためグラ・バルカス艦隊の最後は全世界の耳目に晒されることとなる。

 一部からは日本国のやり過ぎだとか弱い者虐め格好悪いとかいった批判も見られた。しかしレイフォルに置ける残虐行為が問題視されてグラ・バルカス帝国を擁護する者も非常に少なかった。

 やがてムーと神聖ミリシアル帝国が手を組んだグラ・バルカス帝国ネガティブキャンペーンが功を奏す。

 全ての列強国が参加した多国籍軍によるグラ・バルカス殲滅戦が展開されたのだ。

 

 この戦いにおいて大和型戦艦四隻は再び活躍の機会を与えられる。砲身命数が尽きるまで四十六センチ砲弾を撃ちまくったのだ。

 建造当初の大和の砲身命数は二百発程度だったと言われている。だが、その後の冶金工学の発達やトリプルベース火薬の登場。また、装薬への緩燃剤や焼食抑制剤、消炎剤の添加によって千数百発にまで延びていた。

 そのうえ、陸上砲撃に際しては通常の半分の弱装薬や通常の三分の一の減装薬を使う。この場合、砲齢計算は四分の一とか十六分の一で換算するのだ。

 そんなわけで大和型戦艦四隻に搭載されていた三十六門のそれぞれから一万発以上が発射された。

 

 およそ一週間に渡って隙間なく砲弾を叩き込まれた首都ラグナはあらゆる建物が爆破解体されてしまった。それどころか地面という地面が徹底的に掘り返さてしまう。その風景はさながらクレーターだらけの月面みたいだったそうな。

 

 

 

 

 

 日本へ凱旋した大和型戦艦は全国を巡って各地で熱烈歓迎を受けた。その後も暫くの間、日本中が戦艦ブームで沸騰する。

 だが、人の噂も七十五日。熱しやすく冷めやすい日本人はあっという間に大和たちの活躍を忘れてしまった。

 

 

 

 郷里の大阪に戻った豊中元総理は冬の大阪湾をぼぉ~っと見詰めながら誰に言うともなく呟いていた。

 

「あのグレードアトラスターが最後の一隻だとは思えない。もし人類が愚かな戦争を続けて行うならば、あのグレードアトラスターの同類がまた世界のどこかへ現れてくるかもしれない……」

 

 その言葉は誰の耳に届くこともなく、風に乗って消えて行った。

 




 尻切れトンボみたいな終わりでスミマセン。
 まあ、原作継続中の二次小説なんて綺麗に終われるわけないですもんね。

 とは言え、この終わり方は自分でも不完全燃焼なので先進十一ヶ国会議の辺りからのやり直しを書かせていただきます。
 15話と16話は原作でもあったボツ編って扱いでお願いいたします。


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第17話 再びカルトアルパスへ

前回の終わりがあまりにも酷かったのでリメイク版と言うか書き直しというか……
十一ヶ国会議スタートで違う世界線の話を書かせていただきます。
こっちは帝国海軍ではなく海上自衛隊なので大和型戦艦は出てきません。
護衛艦とかの艦名もひらがな、階級も大佐じゃなくて一佐とかになります。


グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ 皇宮一階 大会議室

 

「只今より帝前会議を開会いたします」

 

 殺風景でだだっ広い会議室に女性の声が響いた。

 パチパチパチパチ……

 参加者全員がコミケみたいに拍手をする。

 拍手が収まるのを待って帝王グラルークスが口を開いた。

 

「カイザル、ミレケネス。もうすぐ先進十一ヵ国会議だよな? 用意とかはちゃんと出来てんのか? ギリギリになってから慌てても知らんぞ」

「え、えぇっと、皇帝陛下。大丈夫です。多分ですけど……」

 

 イマイチ自信が無さそうに二人は口籠る。

 こいつはフォローが必要か? モポール外務省長官が助け舟を出した。

 

「皇帝陛下。もし、此度の作戦が上手く行けば全世界は再びラピュタ…… じゃなかった、我らの元にひれ伏すことになるでしょう」

「再び?」

「マジレス禁止です!」

 

 モポール外務省長官はピシャリと言い切る。

 だが、皇帝陛下はイマイチ納得が行かない顔だ。ちょっと不安げな顔で小首を傾げる。

 

「まさかとは思うけど神聖ミリシアル帝国とやらに負けはせんだろうな? 世界ナンバーワンの名を欲しいままにしてるって聞いたぞ?」

「いやいや、向こうの世界基準ではそうなんでしょう。向こうのね。ですけど我々とは住む世界が違うんですよ。なんせ異世界ですから」

「う、うぅ~ん…… しょうがないなぁ~ それじゃあ本案を承認するよ。くれぐれも宜しく頼んだからね」

「御意!」

「帝前会議を閉会いたします」

 

 女性のアナウンスが流れ、一同は再び盛大な拍手を行った。

 

 

 

 

 

神聖ミリシアル帝国 港町カルトアルパス

 

「第一文明圏、トルキア王国軍様御一行が到着されました! 戦列艦七、使節船一、合計八隻になりまぁ~す」

「第一文明圏エリアへご案内~!」

 

 続々と入港する船が適当に割り振られて行く。

 

「第一文明圏、アガルタ法国様御一行がお着きです。魔法船団六、民間船二、合計八隻になりまぁ~す」

「こちらにお名前をお書きのうえ少しだけお待ち下さいませ~!」

 

 港湾の管理責任者ブロンズは先進十一ヵ国会議が好きだ。先進十一ヵ国会議が好きだ。先進十一ヵ国会議が大好きだ!

 

 世界中の国と地域が参加者の護送を言い訳にして最新鋭の軍艦を派遣する。もしかして本当は新兵器を見せびらかしたいだけなんじゃないのかな? とにもかくにも世界中の軍艦が一同に会する二年に一度の絶好の機会なのだ。

 軍事マニア? っていうか軍艦フェチのブロンズにとってこのイベントは趣味と実益を兼ねた天職とも言えた。

 

「もしここに第零式魔導艦隊がいたらなあ。きっと世界中の軍艦だって粗末に見えたのに」

 

 普段、カルトアルパスから遠くない基地に第零式魔導艦隊は駐留している。だが、この会議の期間中だけは訓練を名目にどこかへ逃げるように出かけている。何でかはまでは知らんけど。

 

 それはともかくブロンズはwktkが止まらない。

 なぜならば参加国中に注目している国が二つもあるのだ。

 

 一つはレイフォルを瞬殺したというグラ・バルカス帝国。

 いま一つは第三文明圏の列強国パーパルディア皇国を屈服させた日本国。

 どういった艦隊がやって来るんだろうか。ブロンズのwktkは最高潮に達する。

 

 その時、ふしぎなことがおこった! じゃなかった、歴史が動いた! 監視員に電流走る……!

 常識外の巨大さ。まるで島みたいな船が水平線から姿を現すしたのだ。

 当たり前だが船は接近に従って徐々に大きさを増す。大丈夫なのかよ、この大きさは。座礁したら笑っちゃうんですけど。

 

「グラ・バルカス帝国様御一行…… じゃなかった、戦艦一隻のお一人様です」

「あ、あぁ…… 一番手前にお願いしまぁ~す!」

 

 その場にいる全員が全員、口をあんぐりと開けて呆けている。

 

「どんだけ大きな大砲を積んでるんだろうなあ」

 

 ブロンズはショーウィンドウのトランペットを眺める少年の様に羨望の眼差しで戦艦を見つめる。

 

「もしもし、ブロンズ所長。もしもし、もしも~し! ブロンズ所長ってば!」

 

 第八帝国の戦艦に夢中になっていたブロンズの意識が現実に引き戻される。

 

「へぁ?」

「へぁ? じゃないですよ。仕事して下さいな、仕事を。日本国のご到着ですよ。巡洋艦七、空母一、民間船二、合計十隻ご到着です!」

 

 ブロンズは双眼鏡を覗く。

 こいつは大きい船だなあ。明らかにグラ・バルカス戦艦より大きい。

 特に大きなのが三百メートルはありそうな船だ。この形状はタンカーだろうか。

 空母もグラ・バルカス戦艦と遜色ないほどの大きさに見える。

 その他の船もミリシアル基準で見れば巨大と言っても差し支えないだろう。とは言え……

 大砲ちっちゃ! 豆鉄砲もいいところだな。しかも一隻に一門しか積んでいない。

 もしかして日本って貧乏なのかなあ? だったら船の数を減らしてでも一隻当たりの大砲を増やせば良いのに。わけがわからないよ……

 

「アレ? あの変わった形をした船は何じゃらほい?」

「本当だ! アレも一緒に動いてるんだから船なんでしょうねえ」

 

 真っ黒で光沢の無い円筒形の船体。先っぽは丸く、後ろは艦尾に向かって斜めに下がっている。最後尾にはV字型に羽根の様な物も見える。だけれど空中にヒレを出しても意味無いじゃん。ブロンズは心の中で突っ込んだ。

 直径は十メートル、長さは八十メートルくらいだろうか。船体の真ん中より少し前方寄りに真っ直ぐに立ち上がった部分がある。高さは五メートルくらい、前後方向は十メートルくらいだろうか。上には細い棒の様な物が何本か立っている。

 

「分からん、さぱ~り分からん。何なんだろな、あの船は」

 

 港湾管理者ブロンズは暫しの間、謎の真っ黒な船を観察していた。だが、いくら観察してもその船の正体には見当も付かなかった。

 

 

 

 

 

 先進十一ヵ国会議に際してどういった艦船を参加させれば良いのか。日本国政府は大いに迷った。迷って迷って迷いまくった。

 対パーパルディアでは初見で舐められたお陰で出さなくても良い犠牲を双方が払うことになった。

 同じ失敗を繰り返す奴は馬鹿だ。絶対に失敗を繰り返さない。絶対にだ!

 羮に懲りて膾を吹く。何事にも極端から極端に振れるのが日本人の数少ない美点の一つなんだろう。多分。

 

 そんな時に入って来たニュースがグラ・バルカスという国の蛮行だった。

 ムーを経由して届いた情報を整理すると…… 平和で豊かな微笑みの国。地上最後の楽園とも言われるパガンダ王国に突如としてグラ・バルカスが襲来したんだそうな。連中はパガンダの王族にとっても無礼極まりないことをしたらしい。その結果、無礼討ちだか不敬罪だかで殺されたんだとか。悪は滅びた。めでたしめでたし。

 

 と思いきや、話はそこで終わらなかった。

 逆ギレしたグラ・バルカスはこともあろうにパガンダを滅ぼしちまったのだ。

 あのソクラテスも言ってるぞ。『悪法も法なり』って。

 いくら不満があるからと言って他国が正規の司法手続きに沿って下した判決を軍事力で覆そうだなんておよそ文明国のやることではない。

 

 これって生麦事件やアヘン戦争と全く同じ構図じゃないか! 新聞やテレビ等のマスコミに加えてネット界隈までもを巻き込んで国内世論は沸騰する。

 まるで『江戸の敵を長崎で討つ』といった感じでグラ・バルカス討伐を望む声が日本中を覆い尽くすのに然ほどの時間は掛からなかった。どっとはらい。

 

 

 

 そんなこんなで政府は空前絶後とも言える大艦隊を送り出すことになった。

 

 F-35Bを十二機積んだヘリコプター搭載護衛艦、イージス艦、護衛艦、補給艦、潜水艦、エトセトラエトセトラ。

 カルトアルパスに護衛隊群が一個群。それとは別に湾の外にも護衛隊群が一個群待機している。

 潜水艦も港に一隻、湾内に一隻、湾外に二隻という大盤振る舞いだ。

 こんなんで本国の守りは大丈夫なんだろうか。ちょっと…… いや、本気で心配になるレベルだ。

 とは言えパーパルディアが無力化された今、日本の周辺に差し迫った脅威は存在しない。いざとなれば陸自と空自に頑張ってもらおうということになった。

 

 実は偵察衛星でグラ・バルカスの不穏な動きは判明している。そのため、今回の派遣部隊は完全に準戦闘体勢と言っても良い状況であった。

 

 

 

 

 

ムーの空母 トウエンの艦橋

 

「あの大きいのを何て呼んでるんだって? 日本の連中は」

 

 ムスッとした顔で艦隊司令のブレンダスが艦長のマシガに話しかけた。

 

「確かヘリコプター搭載護衛艦ですね。実際には超音速飛行が可能な短距離離陸・垂直着陸戦闘機(STOVL)を十二機積んでいるそうですけれど」

「そんな物が空母じゃ無いなんて屁理屈も良いところだな。酷い欺瞞じゃないか」

「日本人は直接的な表現を避け、間接的な表現を好むんだそうですよ。たとえば早く帰って欲しい客に『ぶぶ漬けでもどうどすか?』とか言うそうですね」

「ぶぶづけ? なんじゃそりゃ。やっぱり日本人の考えておることはさぱ~り分からんな」

 

 ブレンダスは不機嫌そうに口元を歪めると小さくため息をつく。

 抑えて抑えてといった風に両手を動かすとマシガ艦長は宥める様に口を開いた。

 

「マリン改の最高速度が時速六百キロにまで向上したのは全て日本のお陰なんですよ。間違っても日本の…… 特に四井の人たちの前でそんな事を言わんで下さいね」

「それくらいのことは分かっておるわ。だがなあ、何でアレがヘリコプター搭載護衛艦なんだ? それだけはさぱ~り分からんぞ」

「日本という国は一事が万事そういう国なんだからしょうがないでしょう! メロンパンにメロンが入ってますか? チキンラーメンにひよこは入っていないでしょう? カニカマにカニは入っていない。サンタさんの正体はお父さん。それと一緒なんです!」

「……」

 

 とうとう逆切れしたマシガ艦長は早口で一息に捲し立てる。その勢いに気圧されたブレンダスは一段と不機嫌そうな顔になると黙り込んでしまった。

 

 

 

 

 

 ヘリコプター搭載護衛艦ひよりの艦橋で艦長席にちょこんと座った門真一佐は窓の外をぼぉ~っと眺めていた。

 ちなみに艦名の『ひより』は宮城県にある日本一低い日和山から取られたそうな。

 その標高はたったの三メートル。それまで日本一を誇っていた大阪の天保山を上回る? 下回る? とにもかくにも日本一低い山なのだ。そんな船の艦長になれた俺は幸せ者だなあ。もし天保山だったら……

 

「どこからどう見ても大和にくりそつ(死語)ですね!」

「うわぁ! びっくりしたなあ、もう……」

 

 急に背後から掛けられた声に門真艦長は心臓が止まりそうになる。

 血走った目で振り向くと副長の鶴見三佐が双眼鏡でグラ・バルカスの戦艦を食い入るように見詰めていた。

 

「そ、そうかなあ? だけど細かい所は結構違うみたいだぞ。高射機関砲…… じゃなかった、旧軍では二十五ミリでも高角機銃って言うんだっけ? あの戦艦の奴はボフォースの四十ミリみたいに大きいじゃん。それにレーダーとかは同時代の英米艦に似てる感じだし」

「ムー経由で入った情報によればあいつの五インチ砲にはVT信管が使われているかも知れんそうですね。技本の連中が言うには電子工学に関しては二十世紀半ばレベルだそうな。音響追尾式魚雷や核兵器を保有している可能性すらあるようです」

「とは言え七十年の技術力の差は如何ともし難いだろうな。ミサイルに関しては初歩的な物すら持ってなさそうだし。仮に核兵器を持っていたとしても巨大爆撃機が亜音速で飛んで来るんなら大した脅威にはならん」

「ですけど腐っても戦艦ですよ。あいつはハープーンでは沈められんでしょうね。まあ、射程五十キロの長魚雷を艦底で起爆させればイチコロですけど」

 

 人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべながら鶴見副長が鼻を鳴らす。

 門真艦長は思わずイラっとしたが強靭な精神力で平静を装う。

 

「そ、そうだよな。巨大戦艦など恐れるに足らん。だってあれが本当に役に立つんなら現代でも生き残ってるはずなんだもん。むしろ我々にとって最大の脅威は物量の方だ。だって、偵察衛星によると奴らの作戦艦艇は千隻を超えているらしいんだもん。これって第二次世界大戦時の米軍に匹敵しているそうだぞ。ちなみに戦時下のアメリカは艦艇を千百隻ほど建造し、航空機も二十二万機くらい生産したんだとさ。ついでに言うと商船も五千隻以上作ったそうな。ミサイルや魚雷が一発一億円だとしてこれに対処しようとしたらいくら掛かると思う? ミサイルは百発百中じゃない。それに敵がいつ何処にくるのか前もって分かるわけじゃない。だから余裕を持って対処するには何倍もの量が必要になる。仮に百万発用意するとしたら百兆円も掛かるんだぞ、百兆円!」

「どうどう、艦長。落ち着いて下さいな。そんだけ大量生産したら単価だって下がるんじゃありませんか? きっと半額とか三分の一くらいに出来ると思いますよ。って言うか、出来たら良いですねえ」

「いやいや、半額でも五十兆円だぞ。それに敵だって馬鹿じゃないんだ。安価で粗末な航空機やボートを大量生産するかも知れんぞ。って言うか、絶対にそうするな。間違い無い!」

「ご安心下さい、艦長。そのために我々がいるんです」

「うわぁ! びっくりしたなあ、もう……」

 

 またもや背後から掛けられた声に門真艦長は椅子からずっこけそうになる。

 引き攣った顔で振り返ると視線の先にはひょろっとした中年男性が立っていた。巨大なポケットがたくさん付いた青っぽい作業服の胸には井桁の中に横線が四本入ったシンボルマークが刺繍されている。

 

「ああ、天満さんじゃないですか。あんまり驚かさないで下さいな」

「失敬失敬、艦長がゴルゴ13みたいに神経過敏だとは思いませんでした。それはともかく、あれがグラ・バルカスの戦艦ですか。見れば見るほど大和にくりそつ(死語)ですね」

「その話はもう沢山ですよ。それより天満さん。四井ならアレを何とか出来るんですね? 信用しても良いんですか?」

「戦艦大和の建造費は当時の価格で一億数千万円。現在の価格に換算すれば千数百億円にもなります。一発一億円の魚雷を使っても十分にペイできるでしょう。ただし、魚雷のキャリアーたる潜水艦が七百億円くらいするし維持費も馬鹿になりませんけどね」

 

 そこで天満は一旦言葉を区切ると艦長と副長の顔を交互に伺った。

 二人の男は互いに顔を見合わせた後に軽く頷いて先を促す。

 同意が得られたと判断した天満は話を続ける。

 

「それより問題なのは戦闘機や雷撃機でしょう。連中の戦闘機は零戦にくりそつ(死語)だそうな。零戦の価格は昭和十五年に六万六千円、昭和十八年に五万五千円したらしいですね。これは機体だけの価格ですからエンジンやプロペラ、車輪、武装、装備品、エトセトラエトセトラを含めたら倍くらいになるでしょう。現在の価値に換算すると数億円。一発一億円のミサイルと単純比較すればお得に見えるかも知れません。でも、イージス艦は千五百億円もします。それに維持費だって糞高い。そんなわけで信頼性や確実性を多少は犠牲にしつつも画期的にコストダウンを図った対空兵器が要求されたのです」

「そ、そうですね……」

「彼らの装備は極めて粗末で原始的。この戦いは所謂、低強度紛争…… と言うレベルにすら当たりません。害虫や害獣の駆除に高価なハイテク兵器を使いますか? 使うわけがない。反語的表現! 今回の戦いでは我社はそれを証明してご覧に入れましょう。特等席に座ってご覧下さい」

「……」

 

 お呼びでない? お呼びでないね? こりゃまった失礼いたしました!

 天満は心の中で絶叫するとヘリコプター搭載護衛艦ひよりの艦橋を後にした。

 



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第18話 深く静かに潜航せよ

 ヘリコプター護衛艦ひよりを逃げ去るように後にした四井アーマメントシステムズの天満はイージス艦まやへと転がり込んだ。艦長の羽曳野や副長の生駒はとっても暇そうだ。こいつらなら無駄話の相手になってくれるかも知れん。

 さっき空母の連中を相手にしたオリエンテーション…… じゃなかった、プレゼンテーションの反応は最低最悪だったっけ。それに比べるとこいつらは同じ話をしているにも関わらず反応はそこまで悪くない。興味津々とまでは行かないが退屈そうにもしていない気がする。

 やはり空母の関係者に航空機をディスったのは失敗ったんだろうか。今度からは気を付けよう。天満は海よりも深く反省した。

 

「とにもかくにもグラ・バルカスの航空機は単価二、三億の安物です。何せ無線機くらいしか電子装備を積んでいませんからね。こんな安物を撃ち落とすにはSM-2では絶対に採算が取れません。落とせば落とすほど赤字ですよ。ESSMなら採算割れだけは避けられるかも知れません。ですが積極的に使うほどでもないでしょう。SeeRAMやCIWSなら黒字が見込めるでしょうね」

「とは言えCIWSの交戦距離まで近付けたくはないですな。だって連中は二キロくらいで雷撃を行うんでしょう? CIWSならアウトレンジで落とせんことはないでしょうが余裕がなさすぎます。一、二機ならともかく、十機くらい同時に突っ込ん来たら詰みますよ」

「それにCIWSって言うほど安上がりでもないですしね。一発八万円の弾を十発撃てば八十万円ですけど二キロ以上での散布界を考えるともっとばら撒かなきゃ当たりそうもないですね。そこで射程がそこそこ長くて圧倒的に安上がりな対空兵器が必要とされたわけですよ」

 

 ドヤ顔を作った天満は窓外に目を向ける。視線の遥か先には商船四井のプロダクトタンカー、プリンセスダイヤモンドが停泊していた。

 

 

 

 

 

 グラ・バルカス帝国が誇る巨大戦艦グレードアトラスターの艦長ラクスタルは昼戦艦橋の自席にちょこんと座っていた。

 目の前には日本とか言う国の艦隊がずらりと並んでいる。

 大きな空母を中心に巡洋艦、駆逐艦、補給艦、エトセトラエトセトラ。みんなちがってみんないい。

 うちはグレードアトラスターだけの一人ぼっちだ。あんな風に仲間がいればきっと楽しいんだろうなあ。そんな馬鹿な事を考えていると背後から急に声を掛けられた。

 

「艦長、あの端っこの船を見て下さいな。アレって潜水艦ですよねえ?」

「うわぁ! びっくりしたなあもう。なんだ、副長か。いるんならいるって言ってくれよ。んで、何だって? 潜水艦だと? どれどれ…… 本当だ! どう考えても水上艦艇にしては不自然な形だもんな。まあ、潜水艦にしても随分と不思議な形だけどさ」

「何だか魚雷をそのまま大きくしたみたいな形ですね。アレだと水上航行時の造波抵抗が酷いことになりそうですよ」

「多分だけど水中航行時のことしか考えていないんじゃないのかなあ。きっと近海で待ち伏せ攻撃を仕掛けるために特化した沿岸型潜水艦なんだろう。それを見せびらかすためだけにこんな遠洋航海させるだなんて乗組員はお気の毒さまだな」

 

 ラクスタル艦長は皮肉っぽい口調で吐き捨てた。副長も人を小馬鹿にした様な薄ら笑いを浮かべている。

 

「そもそも潜水艦というのは隠れる事に値打ちがあるんですよ。見付かった瞬間に価値は大暴落じゃないですか。日本って本当に馬鹿ですねえ。ぷぅ~、くすくす」

「とは言え、本艦単独では対潜能力が全くないぞ。駆逐艦を連れて来なかったのは失敗だったかも知れんなあ」

「いやいや、戦いはいきなり始まるわけではありません。戦闘開始のタイミングはこっちの都合で決められるんですよ。向こうが奇襲を仕掛けて来るはずは絶対にないんですからね」

「そ、それもそうだな。もし今、魚雷攻撃なんて仕掛けられたら俺たちは一巻の終わりなんだもん」

 

 二人は顔を見合わせると不都合な現実から目を反らせた。

 

 

 

 

 

 先進十一ヵ国会議はのっけから波乱の幕開けとなった。

 エモール王国の竜人が発言しているのを遮るように突如として大笑いが巻き起こったのだ。

 

「うぷぷぷぷ…… キィ~ヒャヒャヒャヒャヒャ! あぁ~げゃげゃげゃげゃ! ぴょぴょぴょぴょぴょ! ブヒ、ブヒ、ブヒヒヒヒ!」

 

 笑い声だけでも十分に下品だが、ときどき豚みたいに鳴らす鼻の音が異様さに拍車を掛けている。

 あまりに非常識な声の主に全員が珍獣を見るような目を向けた。視線の先では豪快に笑いながらおばちゃんみたいにパチパチと手を叩く女が鎮座ましましている。その不可思議な仕草はまるで玩具のチンパンジーみたいだ。

 細めた目から僅かに覗く瞳は妖怪みたいでとっても気持ちが悪い。

 大きく開いた口からは歯茎までもが剥き出しだ。口を開けた時に歯茎が三ミリ以上見えるのをガミースマイルというらしい。ロナウジーニョは手術で治したんだそうな。

 

 顔に目を向けて見れば化粧がこれまた酷い具合だ。

 ボリューム感あり過ぎの付けマツゲが微妙にズレている。たっぷり乗せたマスカラもダマになってプラプラしている。

 ぶ厚く塗りたくったファンデーションにはシワが入り、微妙にテカテカと輝く。

 口紅を塗った後に食事でもしたんだろうか。ちょっと手直しする手間を惜しんだだけでこんなに酷い事になるという悪い見本みたいだ。

 素材はそこそこなのにこんな大惨事になっちまうなんて。随分と勿体ない話だなあ。

 会議出席者は揃いも揃ってドン引きの表情だ。みんなが思わず同情する様な視線を注ぐ。

 

 ようやくそれに気付いたんだろうか。女は急に我に返った様に真顔に戻った。

 

「失敬失敬。グラ・バルカス帝国外務省のシエリアです。どうぞよろしく。しかしまあ、何ですなあ。魔帝ですか? 何やよう分からんけど昔話を本気で怖がるって子供ですか? わけが分からないんですけど?」

「いやいや、昔話いうてもちゃんとした史実ですから。過去に実在した凶暴な奴らがもう一回やって来るっていう話なんですから。刑務所から出所した犯罪者が復讐しにやって来るみたいな物ですやん」

「しかしその根拠が占いって? もう少し信憑性のある話は出来ないのかな?」

「要するにグラ・バルカスは占いっていう語感が気に入らないのか? だったら予知魔法とか予言魔法とい言い換えても良いんですけど?」

「そ、そういう問題なのかなあ? 大事なのはその占いだか予言だかが当たるかどうかだと思うんですけど?」

 

 紛糾する会議を尻目に日本の面々はヒソヒソ話に興じていた。

 

「さっさと宣戦布告すれば良いのになあ。あの姉ちゃん」

「本当ですね。言うことだけ言ってとっとと帰ってくれたら良いのに」

 

 偵察衛星からの情報でグラ・バルカスが大艦隊をこの地に展開していることは分かっている。それに暗号解読により彼らがこの会議で宣戦布告に等しい宣言をすることもバレバレなのだ。

 事情を知っている者から見ればこの会議自体が茶番だとしか思えない。

 

 そうこうする間に議論は一段落したらしい。ムーの大使がドヤ顔で立ち上がると一同を代表するように宣言した。

 

「温厚で優しいパガンダ王国とレイフォルを滅ぼした蛮行は許しがたい! 我が国はグラ・バルカス帝国が両国から無条件で即時撤退することを断固として要求する!」

「そうだそうだ! グラ・バルカス帝国はパガンダとレイフォルに対して謝罪と賠償をせよ! これ以上、第二文明圏の平和を脅かすというなら我が神聖ミリシアル帝国はムーと共同で軍事介入せざるを得ないぞ!」

 

 神聖ミリシアル帝国が話に乗っかって来た。

 これはもしかして事前に二国間の合意とかあったんだろうか。

 他の参加国はグラ・バルカス帝国のケバい厚化粧外交官シエリアを注目する。

 

「え、えぇ~っと…… 勘違いさせていたら申し訳ないのだが今回、我がグラ・バルカス帝国がこの会議に出席したのは皆と話し合うためではない。全世界の国々に我々の意向を伝えて回る手間を省こうと思っての事なのだ。グラ・バルカス帝国の偉大なる帝王グラルークス陛下の御名において宣言する。我が国に服従せよ。グラ・バルカス帝国へ従う国には平和と繁栄が保証されるぞ。騙されたと思って試しに一ヶ月だけでも忠誠を誓っては如何かな? 初月無料だから一ヶ月だけ試して解約してもらっても全然結構だ。どうだ? 我がグラ・バルカスに従うという国はおらぬか? 幸運の女神には前髪しか生えていないと言うぞ」

 

 ざわ…… ざわ…… 福本伸行の手書き文字が背景に浮かび上がっては消えて行く。

 それって大五郎とかどちて坊やみたいな髪型なんだろうか。そんな女神は嫌だなあ。日本人たちは顔を顰める。

 

「でも、一ヶ月後に解約するのを忘れてたら困るしなあ」

「だったら申し込んで直ぐに解約してもらっても結構ですよ」

「それってグラ・バルカスに何のメリットがあるんですか?」

「いやいや、解約前提ってわけでは無いんですよ。できるなら一ヶ月間、思う存分に体験してもらいたいんですけどね。とにかく体験してみて下さいな。絶対に損はさせませんから」

 

 何だか携帯を契約する時のオプション加入みたいな話だなあ。こんな馬鹿な話をしていないで早く本題に行けよ。日本人たちはイライラしながらも辛抱強く待つ。

 待つこと暫し。ようやく話が一段落したようだ。女外交官シエリアが話を纏めに掛かった。

 

「やっぱり、いま従おうという国はいませんか。そりゃそうですよね。だが、帝王様はのんびり屋さんだぞ。後からでも結構だ。何かを始めるのに遅すぎるということはない。レイフォル出張所は二十四時間三百六十五日営業中だからいつでも連絡して下さい。お待ちしています」

 

 グラ・バルカス帝国の面々はぺこぺこと頭を下げると先進十一ヵ国会議を中座した。

 

 

 

 

 

 グレードアトラスターはカルトアルパスの港を逃げる様に立ち去る。

 まるでそれを追跡するが如く、日本の艦隊からも一隻の船が動き出した。

 日本の誇る最新鋭潜水艦『きょうりゅう』だ。

 

「いったい何処の馬鹿なんだろな。『きょうりゅう』なんてふざけた名前を付けた奴は。いくら『りゅう』縛りだからって付けて良い名前と駄目な名前の区別くらい付かないものかねえ?」

「そうっすか、艦長? 私は良い名前だと思いますよ」

「お前がどう思おうとお前の勝手だよ。だけど俺はこんな名前は絶対に認めんぞ。初対面の相手に『潜水艦きょうりゅうの艦長です』なんて自己紹介するのは真っ平御免の介なんだ」

「艦長、何が嫌いかより何が好きかで自分を語って下さいよ」

「嫌いな物は嫌いなんだからしょうがないだろ! きょうりゅうなんて名前は大嫌いだ!」

 

 潜水艦きょうりゅうは三十数ノットまで加速すると一気にグレードアトラスターを追い掛ける。

 この最新鋭潜水艦は全固体電池を搭載しているので極短時間なら三十ノット以上を出す事ができるのだ。

 まるで威嚇するかのように潜望鏡を向けながら潜水艦きょうりゅうはグレードアトラスターを一息に抜き去る。わざわざ真正面に回り込んだ所で深く静かに潜航した。

 

 

 

 グレードアトラスターの艦橋で艦長ラクスタルと副長は自分の目で見た物が信じられなかった。

 

「な、何だったんだ? 今のは」

「あの潜水艦、三十ノット以上は出ていましたね。信じられません」

「だけどもいったい何が目的なんだろう。我々を殺る気だったらわざわざ手の内を晒さんだろ? もしかして俺たちに恐れをなして逃げて行ったのかも知れんな。そうじゃ無いかも知らんけど」

「まあ、考えた所でどうにもなりませんよ。もし奴らにその気があれば今ごろ私たちは海の藻屑ですもん。『今日は死ぬには良い日だ』とでも思っておきましょうや」

「そうだな。どうもならんことを考えても時間の無駄だ。楽しい事だけ考えようか。あはははは……」

 

 さほど広くも無い昼戦艦橋はお通夜みたいに暗い雰囲気に包まれていた。

 

 

 

 

 

 その頃、自称世界最強の神聖ミリシアル帝国ご自慢の第零式魔導艦隊は遥か西方の群島で訓練を行っていた。だが、突如として乱入したグラ・バルカス帝国の機動部隊にボコボコにされてしまう。

 

 

 

 グラ・バルカス帝国の帝国監査軍で艦隊司令をやっているアルテミスはほっと胸を撫で降ろす。

 

「自称世界最強って聞いてたから心配してたけど思ってたより余裕だったな」

「戦艦を沈められた時はちょっぴりヒヤッとしましたけどね。最初から雷撃機を出してれば完全試合も夢じゃなかったかも知れませんよ」

「まあ、それは言ってもしょうが無いよ。そういう縛りプレイだったんだもん。さあ、気持ちを切り替えるぞ。次はカルトアルパスの港にいる船を残らず沈めるんだ。えいえいおぉ~!」

「お、おぉ~……」

 

 艦橋内に集う面々がイマイチやる気のない声を上げる。

 こんなんで大丈夫なのかよ。アルテミスは漠然とこみ上げてくる不安感を無理矢理に押し殺した。

 



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第19話 プリンセスダイヤモンドよ永遠に

 カルトアルパス港を出港した日本の護衛隊群は十数キロ沖合を南西方向へ向かって進んで行く。

 イージス艦まやの艦長羽曳野は例に寄ってぼぉ~っと海を見詰めていた。

 雲一つない青空の遠くの方を海鳥がのんびりと飛んでいる。どこからどう見ても平穏そのものといった風景だ。

 ずっと西方の群島では第零式魔導艦隊が壊滅したそうな。だが、ここカルトアルパス沖は未だに平和そのものだ。

 と思いきや、突如として魔信機から大きな声が流れて来た。

 

「グラ・バルカス帝国と思しき航空機が南西方向より接近中! 距離七十海里、速度二百ノット、高度一万フィート、数およそ二百」

「うわぁ! びっくりしたなあ、もう……」

 

 椅子からずっこけそうになった羽曳野は苦虫を噛み潰したような顔で魔信機を睨みつける。

 

「接敵まで三十分ってところですね、艦長」

 

 ちょっと離れた所に立っている四井アーマメントシステムズの天満が話し掛けてきた。

 

「お手並み拝見ですな、天満さん。期待しておりますよ」

「いやいや、今回の当社のシステムはどれもテスト段階です。どこまでお役に立てることやら。撃ち漏らした奴の処理はよろしくお願い致しますよ」

「それは安心して任せて下さい。もしやられたら困るのはこっちですから」

 

 二人がそんな話をしている間にも商船四井が手配したプロダクトタンカー『プリンセスダイヤモンド』の甲板上では甲板員が忙しなく働いていた。

 長さ二百メートル以上、幅五十メートルもある広大な甲板上には二メートルほどの間隔で二十列ものレールが並んでいる。

 船の後ろの方にある作業小屋では得体の知れない装置が単調な動きをリズミカルに繰り返す。船内から迫り上がってくるB2爆撃機のミニチュアの様な物が次々とレールの端にセットされているようだ。

 暫くするとミニチュア機が一斉に飛び立ち始めた。二十列もあるレールから数秒と開けずに次々と飛び出す様はまるで鳥の大群みたいだ。

 

 黙っていると間が持たないなあ。羽曳野艦長は天満の方をチラリと見やってから口を開いた。

 

「アレって幾らくらいするんですかねえ?」

「よくぞ聞いてくれました。あの固定翼ドローンはドイツの会社が作っていた物をパクった…… 参考にした物でしてね。いやいや、ちゃんとライセンス契約を得ようとはしたんですけど異世界転移のせいで連絡が取れなくなっちゃったんで仕方なしに勝手に真似させてもらったんですよ。もし連絡さえ取れたら正当な対価をお支払いする用意はあるんです。信じて下さいな」

「言い訳は結構ですよ。別に非難する気も無いですから。んで? お幾ら万円なんですか?」

「知りたいですか? どうしても知りたいって言うんなら教えてあげないこともないですよ。ちなみにあいつの最高速度はなんと百五十キロですよ。六キロもの荷物を積んで風速二十メートルの強風にも耐え、百キロもの距離を飛べるんです。僻地へ医薬品なんかを運ぶために開発されたそうですね。それが人殺しの道具になるとは皮肉な物ですな」

 

 天満は両の手のひらを肩の高さで広げると首を竦めた。

 

 こいつ、もしかして俺の忍耐力を試そうとしてわざと焦らしてるんじゃなかろうな? 羽曳野艦長の脳裏に微かな疑念が浮かぶ。

 とは言え、本当の事を言うとドローンのことなどこれっぽっちも興味は無い。間が持たないから時間潰しの雑談を振っただけなのだ。

 そんな羽曳野の本心を知ってか知らずか、天満は話を続けた。

 

「ドイツ製のオリジナルは一機が千二百万円もしたんですよ。お高いですよねえ? でも我々のは使い捨てでも良いんですから。下町の工場で射出形成で作って貰った機体が約二十万円くらいですね。一次リチウム電池、モーター、プロペラ、センサー、コントローラー、カメラ、無線機、エトセトラエトセトラ。全部合わせると百万円くらいですかね」

「武装…… って言うか、弾頭? 敵にはどうやってダメージを与えるんでしょうか?」

「コストダウンのため、あり物で誤魔化しました。搭載しているのは八十一ミリ迫撃砲弾なんですよ。そいつに九二式VT信管を無理矢理にくっつけました。それぞれ十万円くらいはしますかね。それよりもVT信管の安全装置を仕様変更するのに手間が掛かりましたよ。オリジナルは発射時のGや砲弾の回転数で解除される仕組みでしたからね。これを外部からの電気信号でOFF・ON出来るように改修するのに一千万円ほど掛かりました。千発生産すれば一発当たり一万円で転嫁できます。そんなわけで一機当たり百二十万円くらいになりますかねえ」

 

 これ以上は無いといったドヤ顔で天満は胸を張った。

 だけど実際にそれをやったのは四井のエンジニアさんじゃないのかなあ。羽曳野艦長は喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 

「うぅ~ん。ミサイルの八十分の一ってところですか。随分と安く抑えましたね」

「そりゃあ、レーダーすら積んでいないんですからね。IFFも無いから敵味方の区別も付かないですし。まあ、この自爆ドローンが想定している敵の雷撃機は魚雷を投下するために低空を真っ直ぐ進んで来ます。もし衝突を回避しようと思ったら魚雷攻撃は諦めざるを得ない。すると撃墜は出来なくとも雷撃自体は阻止出来た事になる。そういう風に割り切った仕様なんですよ」

「ふ、ふぅ~ん。上手く行ったら良いですね。期待してますよ」

「って言うか、上手く行かなかったら困っちゃいますよ。主に我々が」

 

 

 

 プロダクトタンカー『プリンセスダイヤモンド』の甲板上に設置された8Kカメラが撮影した映像をそこそこハイスペックなPCが処理する。約百機の自爆ドローン第一波は適当に散開して敵編隊に向かって行く。

 ドローンは一機一機が個別に誘導されているわけではない。そんなイージス艦みたいなシステムが安価に実現できるはずもない。適当に敵の密度の高い所に集団ごと向かわせて自立飛行で体当たりさせるだけなのだ。

 そもそも百発百中なんて期待すらされていない。撃ち漏らした敵は後続部隊に対処させる。一方で体当たりに失敗した機体はそのまま進んで敵の第二波に向かわせる。その程度の低スペック機なんだからしょうがない。

 

「天満さん。レーダーは積んでいないって言ってましたね。霧や夜の時はどうするんですか?」

「羽曳野艦長。私をからかってるんですか? 第二次世界大戦レベルの敵が霧の中や夜間に雷撃を仕掛けて来ますかねえ? まあ、万一の時は皆さんの高価な近代兵器に頼るしかありません。これはそういう割り切った仕様の兵器なんですから」

「……」

 

 何か知らんけどムカつく言い方する奴だなあ。羽曳野艦長は黙って唇を噛む事しか出来なかった。

 

 

 

 万一に備えて皆で揃ってCICへと降りる。大きなモニターには超望遠で撮られた映像が映っていた。零戦五二型みたいな戦闘機、九九式艦爆みたいな雷撃機、九七式艦攻みたいな攻撃機。みんな旧日本海軍機にくりそつ(死語)だ。

 権利関係とか大丈夫なんだろうか。後で揉めなきゃ良いけれど。天満は他人事ながら気になってしょうがない。

 

 相対速度五百キロほどで近付いて行くグラ・バルカス雷撃隊と自爆ドローンは二十分ほど掛かって接触した。護衛隊群からの距離は五十キロと言った所だ。

 モニターの中で小さな爆発が次々と起こった。

 

「「「汚え花火だ!!!」」」

 

 全員が口々に吐き捨てる。もうちょっと綺麗に出来ない物かなあ。たとえば総火演の富士山型曳下射撃みたいな感じでさ。

 それか、いろんな金属を混ぜれば炎色反応が楽しめるんじゃね? たとえば銅だったら青緑、ナトリウムなら黄色、カルシウムはオレンジ色だ。花火で定番の様に使われているのは深い赤の紅色を出すストロンチウム、青緑の銅、黄のナトリウム、黄緑のバリウムあたりだろうか。

 よし、次の会議で提案して見よう。天満は心の中のメモ帳に書き込んだ。

 

 敵は数十機の編隊に分かれているらしい。ひい、ふう、みい…… 指折り数えてみるが半分近くの敵は撃ち漏らしたらしい。だが、このくらいは想定内だ。第二波、第三話が情け容赦なく敵を撃破して行く。

 

「敵は回避行動を取っていないようですね。もしかして向こうからは見えていなんですか? 天満さん」

「半透明で乳白色の機体を内部からLED照明で照らしていましてね。背景と溶け込むように明るさや色をリアルタイムで変化させてるんですよ。いわばカメレオンみたいな感じです。このアイディアは第二次世界大戦中にイギリス軍が実用化していたそうですね。Uボート狩りで猛威を振るったんだとか。ちなみに特許権はとっくに切れています。だからタダで真似できるんですよ」 

「ふ、ふぅ~ん。どうやら我々の出番は無さそうですね」

「高価なミサイルが節約できるんです。良かったじゃないですか」

「……」

 

 ちょっと艦長が不機嫌そうにしている。敏感に空気を察した副長が咄嗟にフォローを入れた。

 

「どうやら敵は壊滅したようですね。逃げ帰って行く奴もいますけど」

「たぶん戦闘機でしょうね。雷撃隊が壊滅した段階で作戦失敗は確定ですから」

「自爆ドローンの命中率は五分五分といったところですかね。まあ、デビュー戦にしては上々ですよ。ちなみにミサイルと比べた場合、こいつには大きなメリットがあるんですよ。何だと思います? どうしても知りたいって言うんなら教えてあげないこともないですよ?」

「…… うわぁ~い、知りたいなぁ~ これで満足ですか?」

 

 不承不承といった顔の副長が棒読みで答えてくれた。

 

「ミサイルは外れたらお仕舞いでしょう? でも、敵に命中しなかったドローンは回収することが出来るんですよ。バッテリーだけ交換すれば再利用が可能なんです。だから若干多めに発射しても無駄にはならないんですよね」

「ふ、ふぅ~ん」

 

 帰還して来た自爆ドローンがプロダクトタンカー『プリンセスダイヤモンド』の甲板に次々と着艦する。高度に自動化された回収装置が全く人手を介さずに艦内へと収納して……

 その瞬間、船の前方で小さな爆炎が上がった。次々と連鎖的に爆発が起こる。数秒後、耳を劈くような轟音がイージス艦まやのCICにまで届いた。

 

 一同が揃って呆然とするなか、一足早く立ち直った天満が両手をポンと打ち鳴らす。

 

「やっぱりねえ、あんな危険な爆発物を回収するのはリスクが高すぎると思っていたんですよ。失敗、失敗。さあ、気持ちを切り替えて次に行きましょう」

「天満さん、あの船は大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫なんじゃないですかね? たぶんですけど。自動消化装置は正常に作動しているみたいですから放っといても構わんでしょう。って言うか、我々に手伝えることも無さそうですし」

「そ、そうなんですか? まあ、天満さんがそう思うんならそうなんでしょう。天満さんの中ではね……」

 

 黒煙を上げ続けるプリンセスダイヤモンドを放置して護衛隊群は海峡内を南西方向へ向かって進んだ。

 



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第20話 やってみよう!なんでも実験

 不幸な事故で脱落したプリンセスダイヤモンドを放置して護衛隊群は突き進む。海峡を南西方向へ抜けるとそのまま外洋へと向かった。

 あいつら元気にしてるんだろうか。元気にしていたら良いなあ。思い出の中のプリンセスダイヤモンドは紅蓮の炎と真っ黒な煙を上げて燃え続けている。

 

 だが、一寸先は闇。油断すれば自分たちだっていつ同じ目に遭うか分からん。イージス艦まやのCICにもピリピリした空気が張り詰める。

 こんなお通夜みたいな雰囲気は嫌だなあ。艦長の羽曳野は居心地が悪くて悪くてしょうがない。何か冗談でも言って場を和ませた方が良いんだろうか。でも、滑ったら最悪だしなあ。

 

 しかし、下手な考え休むに似たり。全く何も思いつかない。と思いきや、意外な所から救いの神が現れた。

 水平線の向こうから一隻の巨大戦艦が小型艦を三隻伴って颯爽と現れたのだ。まあ、レーダーにはさっきから映っていたんだけれども。

 

「例の大和モドキと駆逐艦が三隻。単縦陣で真っ直ぐ向かって来ます。距離四十海里。速度二七ノット」

「敵さん、殺る気なんですかねえ?」

 

 副長が小首を傾げながら呟く。言葉とは裏腹に満面の笑顔はwktkを隠そうともしていない。

 

「雷撃隊が撃退されちまったから仕方なく突っ込んで来たんだろうな。対空兵器には負けたが砲戦では無敵だ。とか何とか考えてるんじゃね? お誂え向きですね、天満さん」

「そうですねえ。良い感じのテスト環境ですよ」

「んじゃ、予定通りに。三十三海里まで近付いたら左十六点逐次回頭。両舷第一戦速で頼む」

「了解しました」

 

 数分の後、艦隊はぐるりと反転する。船足は一番遅いタンカーに合わせるしかない。その速度は十八ノットだ。

 プリンセスダイヤモンドの姉妹船、プリンセスエメラルドの巡航速度は十六ノットしか出ない。だが、荷が空に近い状態なので十八ノットを無理矢理に絞り出しているのだ。

 

 

 

 

 

 グレードアトラスターの昼戦艦橋で艦長席にちょこんと座ったラクスタルは双眼鏡を覗いていた。

 

「距離三十三海里で敵艦隊が反転したぞ。逃げるつもりか? でも、湾内に戻ったら行き止まりなんだけどなあ」

「もしかして潜水艦が待ち伏せしている所までおびき寄せるつもりではないでしょうか? 釣り野伏せって奴ですよ」

「う、うぅ~ん。駆逐艦を先行させた方が良いのかな? いざとなったら奴らに盾になってもらえるしさ」

「いやいやいや、無茶苦茶を言いますね艦長。でもナイスアイディアですよ。やりましょう。しかし連中は何で十八ノットしか出さないないんでしょうね? いや、出せないのか? まあ、お陰で直ぐに追いつけそうですけど」

 

 駆逐艦は三十五ノットまで一気に加速してグレードアトラスターの前に出る。出ようとしたのだが……

 突如として先頭を行く駆逐艦の煙突から轟音と共に爆炎が吹き出した。少し遅れて物凄い量の蒸気がそこらじゅうから吹き出すとみるみる船足が落ちてしまう。

 五秒ほど後、二隻目の煙突でも爆発が起こる。こちらは一隻目より運が悪かったらしい。大爆発を起こすと真っ二つになって沈んでしまった。

 三隻目は一隻目とほぼ同様だ。いや、少しだけ重傷だったらしい。瞬時に機関が停止してしまった。

 

 

 

 

 

「たかが駆逐艦とは言え一発ではなかなか沈みませんね。まあ、ほとんど無力化は出来たみたいですけど」

「あとで時間があれば二発目を撃ち込んで様子を見てみましょう。それより先に大和モドキを片付けちゃわなきゃいけませんから。住吉君、目標変更だ。ガンガン行ってくれ!」

「アイアイサ~!」

 

 プリンセスエメラルドの甲板上に据え置かれた二両の19式装輪自走155mmりゅう弾砲が仰角を微調整する。二両はそれぞれ最初の一分に十発、以後毎分四発ほどの速さでロケット補助推進弾(RAP)を次々と発射した。

 

「しっかし、よくもまあ六十キロも先の目標に当たるもんですねえ」

「そりゃあ一発五百万円もするスマート砲弾ですからね。今のは赤外線センサーを使ってるタイプですよ」

「ご、ご、五百万円ですと! 普通の砲弾なら十万円くらいなんでしょう?」

「それは砲弾だけの値段ですよね? 発射薬や信管だってそれぞれ数万円はするんですよ。合計したら二十万円くらいじゃないですか。だけど、通常砲弾だと最大射程に近い距離で回避行動を取られたら命中率は一パーセントもありません。って言うか、揺れる船の上から砲安定装置の付いていない榴弾砲を撃って船に当たる確率なんて宝くじレベルですよ。そもそも四十六センチ砲の射程内で撃ち合うなんて真っ平ご免の介でしょう?」

 

 天満の説明に反論の余地もない羽曳野艦長は禿同といった顔で頷くしかない。

 待つこと二分。偵察ドローンの望遠レンズが捉えた敵戦艦の煙突から爆炎が上がり始める。

 

「命中ですね。でも全く効いていないみたいですよ」

「そりゃそうでしょう。大和の煙路防御は厚さ三百八十ミリの装甲板に百八十ミリの穴を蜂の巣状に開けた物を装甲甲板の高さに設けているんですから。たかが百五十五ミリ榴弾なんて蚊に刺されたみたいなものでしょうね」

「それじゃあ何の意味があるんですか? このテストには?」

「人間は何匹くらいの蚊に刺されたら死ぬんでしょうね? これはそういう実験ですよ」

 

 

 

 

 

 それからおよそ十分の間に百発ほどの百五十五ミリ榴弾がグレードアトラスターの煙突に命中した。だが、三百八十ミリの装甲板は伊達ではない。傷一つ付かないとまでは行かないが大きなダメージは発生していなかった。

 とは言え、無傷というわけにも行かない。煙突本体が大きく破損してあちこちから煙が漏れ出している。

 それに蜂の巣状に開けられた直径百八十ミリの穴を運良く…… グレードアトラスターにとっては運悪く通り抜けた砲弾も数発あったのだ。

 とは言え、煙突の真下がボイラーになっているわけでもない。多方向から集められてきた煙路が集合しているだけなのだ。偶々そこに到達することが出来た百五十五ミリ榴弾は高温の煙が通るパイプをズタズタに引き裂いた。引き裂いたのだが…… 別にどうということもなかった。

 

 

 

 艦長ラクスタルはイライラしながら双眼鏡を覗いていた。

 

「もう百発くらい命中弾を受けているはずだぞ? 豆鉄砲が一門だと馬鹿にしてたけど機関砲かよってくらい無茶苦茶に撃って来るよな。もしかしてあの巨体の中には弾がぎっしり詰まってるのかも知れんぞ」

「一発一発が弱ければ脅威にはなり得ません、艦長。駆逐艦を前に出したのは失敗でしたが貴重な戦訓が得られました。戦艦を前にして戦えば彼らは雑魚ですよ」

「しかしなあ、いくら豆鉄砲だからって何百発も食らったら今に行動に支障が出るはずだぞ。例えば煙突の中が砲弾の破片で塞がったらどうするよ? 何とかこっちからの反撃は出来ないのかなあ」

 

 艦長の口から弱気な意見が漏れ出す。こんなのを兵に聞かれたら士気が下がるぞ。副長は苦虫を噛み潰しながらも景気の良い話で誤魔化す。

 

「我々は相対速度九ノットで追い付きつつあります。五十五分後には四十二キロにまで接近できますから四十六センチ砲の射程に入るでしょう。それまでの辛抱です。物凄い反撃を食らわせてやりましょう」

「あのなあ、四十二キロで撃って当たるわけが無いだろうに」

「見た感じでは敵艦の装甲は非常に薄いかと思われます。対空弾を撃ち込んでやれば少なからぬ損害が与えられるはずです。しかも、敵艦はカルトアルパスの港内に追い詰められています。三十分もあれば二十キロまで接近出来ますからこちらの砲撃も当たるようになるでしょう。時間は我々の味方ですよ、艦長」

 

 副長はそう言うと人を小馬鹿にした様な薄ら笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

 イージス艦まやのCICでも羽曳野艦長と副長は同じ話題で盛り上がっていた。

 

「あと五十五分くらいで敵の射程に入りますよ。そうなると不味いんじゃありませんかね、艦長」

「って副長が言ってますよ、天満さん。時間内に何とかなりそうですか?」

「分かるわけありません。分からないからこそ実験してるんじゃありませんか。だけど百五十五ミリ榴弾の重さは四十キロ以上あるんですよ。既に百発撃ち込んだってことは四トン近いの鉄の破片が煙突の中に散らばってるはずでしょう? 残り五十五分間、同じ事をやれば二十二トン。今あるのと合わせて二十六トンを煙突に放り込めるってことなんです。これで排煙を完全にシャットアウトできれば……」

 

 天満は冗談とも本気とも付かない様な口ぶりで話を続ける。

 これはもう駄目かも分からんな。まあ、完全に他人事なんだけれども。

 取り敢えず保身の策は取っておこう。羽曳野艦長はちょっと引き攣った笑みを浮かべながら話に割り込んだ。

 

「あの、その…… 天満さん。そんな馬鹿なテストのために一発五百万円のスマート砲弾を六百五十発も使おうって言うんですか? それって三十二億五千万円も掛かるんですけど? ちょっと費用対効果が悪すぎるんじゃないでしょうか? それに成功するって決まったわけでもあるまいし。よくもこんな馬鹿なテストに承認がおりましたね? 正気を疑いますよ」

「どうどう、艦長。餅付いて下さいな。大和型戦艦の建造費は現代の貨幣価値に換算すると千数百億円以上なんですよ。もしも三十数億で行動不能に出来るなら安い物じゃありませんか? あなた方ならハープーンとかで同じ事が出来ますか?」

「対艦ミサイルでは難しいでしょうね。でも潜水艦の長魚雷なら一発で……」

「それだと沈んじゃうでしょうが! アレは七万トンの鉄の塊なんですよ。キロ十五円としてもクズ鉄だけでも十億円の価値があるんですから。浮かべたまま無力化。それが絶対条件なんです!」

「そ、そうなんですか。まあ、上手く行ったら良いですねえ……」

 

 羽曳野艦長はモニターに映った敵戦艦を見詰めながら想像の翼を広げる。

 グラ・バルカスとかいう敵国の連中はどんな思いを持ってこの地に来ているんだろうか。

 愛する祖国や大切な家族を守るため? 戦場で手柄を立てて立身出世するため? 命懸けの戦いにスリルや興奮を求めて? みんな違ってみんないい。

 だが、どうだ。この四井アーマメントシステムズの天満という男は。目の前にいる巨大戦艦を敵だとすら認識していない。リサイクル可能な屑鉄としか見ていないんだとか。

 チャーチルは近代兵器の登場によって『戦争からきらめきと魔術的な美が奪い取られてしまった』って言ったんだっけ。だが、この男がやろうとしていることは戦争でも殺戮でもない。ただのスクラップとリサイクルなのだ。

 良かったなあ。自分がグラ・バルカスの軍人じゃなくて。羽曳野艦長はほっと安堵の胸を撫で下ろした。

 

 

 

 さっきはあんな威勢の良い事を言った天満であったがちょっと考え直した結果、作戦を少しだけ練り直す事にした。

 

 まずは砲弾をレーザー誘導タイプに変更する。照準は偵察のために飛ばしている大型ドローンからのレーザー照射で行えるのだ。

 煙突を狙うのを止めにして缶室吸気口を潰して行く。それから艦橋周辺に林立するレーダーや通信のアンテナを片付けた。

 イージス艦が強烈なECMを掛けてくれてはいる。だが、一応は念のためだ。

 

 お次は艦橋その物と光学照準器、そして本命の対空砲だ。ずらりと並んだ対空砲をプチプチを潰すように一つひとつ丁寧に始末して行く。

 対空戦闘能力さえ奪えば大型ドローンで爆発物を砲身に直接取り付けるといった方法で戦闘能力を奪う事も可能だろう。

 続いて主砲の付け根辺りを重点的に狙う。大砲の腔圧が最も高いのは根本のはずだ。その辺りを傷付けることが出来れば砲を使用不可能に出来るかも知れない。あるいは砲塔基部の旋回機構が損傷する事もあり得る。そうそう、砲塔に付いている光学照準器も忘れずに壊さなきゃならん。

 

 二十分ほど掛かって二百発ほど撃ち込んで見る。だが、見事なまでに手応えが感じられない。

 効いてるんだろうか。それとも効いていないんだろうか。それが問題だ。

 天満はリア王になったつもりで苦悶の表情を浮かべる。

 

『それはハムレットだよ!』

 

 羽曳野艦長は心の中で激しく突っ込むが空気を読んで口には出さなかった。

 

 

 

 

 

 艦橋に砲弾が降り注ぎ始めたタイミングで艦長ラクスタルたちは瞬時に重要防御区画(バイタルパート)への退避を決意した。

 なぜ今まで狙ってこなかったのかは分からない。だが、百発百中で煙突を狙える奴らなのだ。数分後には艦橋が蜂の巣になっているのは間違いない。艦橋の防御力は貧弱そのものだ。なにせ大きな窓ガラスがあるんだもん。

 取るものも取り敢えず昼戦艦橋直下にある作戦室への階段をダッシュで駆け下りる。艦長、副長、シエリア、航海長、通信長が乗り込むと定員五人のエレベーターは一杯になった。

 後の連中は幹部だろうが士官だろうが外のラッタルを降りてもらうしかない。

 甲板へと降下するエレベーターを不規則な振動が襲う。聞こえてくる爆音からして砲撃が続いていると見て間違いない。下に降りて頭上を見上げると艦橋は既に原型を留めていなかった。エレベーターが途中で止まらなかったのは正に奇跡だろう。

 

 ラッタルを降りた連中はどうなったんだろう? どうやら一人も生きてはいないらしい。

 だけど、逃げるのがあと数秒ほど遅かったら全員死んでたかも分からん。本当に運が良かったなあ…… って本当に運が良かったのか? 今の状況で?

 主砲射撃指揮所、防空指揮所、測距所、第一艦橋(昼戦艦橋)、第二艦橋(夜戦艦橋)、後部電探室、高射指揮所、予備指揮所、エトセトラエトセトラ…… み~んなぶっ壊れちまったぞ。

 豆鉄砲だと馬鹿にしてたけど非装甲部分に対しては強烈な破壊力があったんだなあ。

 

 取り敢えず一同は第二艦橋の下にある司令塔へ這う這うの体で避難した。ここなら厚さ五百ミリのVH装甲鋼板が護ってくれる。

 司令塔の中は操舵室、防御指揮所、主砲司令塔射撃所の三区画に分かれている。航海長は操舵室へ入って行く。艦長ラクスタルたちは防御指揮所の入り口を潜った。

 砲戦をするつもりなんだから初めからここにいれば良かったな。後悔先に立たずとはこの事だぞ。いまさら反省しても手遅れも良い所だ。

 

 艦長ラクスタルは偶然にも防御指揮所にいた僅かなスタッフたちから報告を聞く。

 

「煙路と缶室吸気口を徹底的にやられましたが缶室本体の損傷は軽微の模様。二十五ノットを維持しております。ただ……」

「ただ何だ? 悪い話か?」

「ご存知とは思いますがレーダーと十五メートル測距儀は無論のこと砲塔測距儀まで全損しております。艦橋に登れないため二十キロ程度に接近しないことには敵の姿を見ることすらできなくなりました。いかがなされますか?」

「……」

 

 だ、誰か代わりに指揮を執ってくれる奴はいないかな? 艦長ラクスタルはきょろきょろと周りを見回す。

 だが、目が合いそうになった途端に副長は素早くそっぽを向いてしまう。その顔は人を小馬鹿にした様な薄ら笑いを浮かべていた。

 



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第21話 天満博士の異常な愛情

 イージス艦まやのCICを陰鬱で淀んだ空気が満たしていた。

 切っ掛けは十分ほど前に四井アーマメントシステムズの天満が指示を変更したことに遡る。

 プリンセスエメラルドの甲板上に据え置かれた二両の19式装輪自走155mmりゅう弾砲は目標をグラ・バルカス戦艦の艦橋周辺へと変更した。

 次々と放たれる砲弾はスマートで格好良かった艦橋を瓦礫の山へと変えて行く。ぎゅうぎゅうに詰め込む様に配置された対空砲群も今や見る影もない。

 だが、グラ・バルカス戦艦は僅かに速度を落としつつも悠然と向かって来る。決して退くつもりは無いようだ。

 艦首を真っ直ぐこちらに向けて相対速度七ノットで徐々に徐々に近付いて来る。

 

「なぜだ! なぜ止まらない? 奴は不死身なのか?」

 

 半ば悲鳴の様な天満の声が狭苦しいCICに響き渡る。

 ほとんど効き目の無い百五十五ミリ榴弾をひたすら撃ち続ける姿はカイジで沼を攻略しようと無駄な努力をするギャンブラーを彷彿させる。

 

 もしかしてこの人、何かレスして欲しいのかなあ。何となく心の声を感じ取った羽曳野艦長は恐る恐る声を掛けた。

 

「やっぱ第二次世界大戦っぽい戦艦に百五十五ミリ砲では威力不足なんでしょうかねえ。ネットで読んだ話だと扶桑型戦艦の場合は十四センチ砲弾百十六発で廃艦にできるって書いてありましたよ。でも扶桑と大和じゃ防御力が段違いですからねえ。少なくともバイタルパートは絶対に抜けませんよ。どうせ狙うんなら主砲より前か後ろをチクチクやった方が良かったんじゃないですか?」

「え、えぇ~っ! 何で今ごろそんなこと言うんですか? だったらもっと早くに教えてくれたら良かったのに……」

「いやいや、最初の方で言いませんでしたっけ? って言うか、言わんでも分かりますやん。普通に考えたら」

「どうしましょう? もう、二百発も撃っちゃいましたよ。これって十億円くらいですかねえ? こんだけやって何もデーターが得られなかったら会社に大損害を与えたってことになっちゃうんですけど……」

 

 さっきまでの威勢はどこへやら。天満が借りてきた猫の様に? 違うな、そもそも誰が猫なんて借りて来るんだろう。いやいや、レンタルペットって商売は普通にあるんじゃなかったっけかな?

 妄想世界に逃避しかけた羽曳野艦長を天満の絶叫が現実に引き戻した。

 

「助けて下さい! 助けて下さい! 助けて下さ~い!」

「いやいや、天満さん。そんな大声を出さんでもちゃんと聞こえてますから。要は意味のあるデータさえ取れれば良いってことですよねえ? だったら百五十五ミリ榴弾では戦艦の無力化は不可能っていうデータにだって価値はあるんじゃないですか? アルカリ電池の開発で一万回失敗した時、発明王エジソンは言ったそうですよ。『私は失敗したんではない。一万通りの上手く行かない方法を見つけたんだ』ってね。天満さんも上司に言ってやれば良いんです。戦艦は百五十五ミリ榴弾では無力化出来ないことを証明したってね」

「十億円も使ってですか? うちの上司はそんなに甘く無いんですけど……」

 

 土気色をしていた天満の顔色が一段と暗くなった。こういう色を何色って言うんだろうなあ。

 それはそうと、別に十億円が個人の借金になるわけでもないんだろうに。親方日の丸の羽曳野艦長には社畜の苦労なんてこれっぽっちも分からない。分かりたくもない。そんなんだから気軽に言ってのける。

 

「だったら今からでも何とかする方法を見付けるしかありませんね。まだ時間は四十五分も残っているんですよ。下手な考え休むに似たり。ブレインストーミングだと思ってやってみましょうよ。ね? ね? ね?」

「う、うぅ~ん。しょうがないなあ。例えば…… 例えば水中弾ってありますよね。目標より手前に落ちた砲弾が水中を進んで喫水線下に命中するって奴ですよ。すると水圧のお陰で空中で爆発するより大きな破壊効果を上げるとか何とか。いま使ってる砲弾は精密誘導が可能ですから艦尾を狙ってスクリューや舵をピンポイントで破壊することは出来ませんかね?」

「そんなん無理に決まってますよ。水中弾っていうのは徹甲弾ですもん。榴弾が海に落ちたらその瞬間に爆発しちゃいますって」

「だったらもう、だったらもう…… 核兵器! 核兵器を使っちゃいましょう。機会があれば使っても良いって許可は得てあります。戦艦長門を沈めたクロスロード作戦みたいに我々の核爆弾がグラ・バルカス戦艦に効果があるかどうか試すんですよ。本当の事を言うと後で別働隊の戦艦に試すつもりだったんです。順番が逆になっちゃいますけど先に片付けちゃいましょう」

「か、核兵器ですか……」

 

 いきなり飛び出したたパワーワードに羽曳野艦長や副長はドン引きしていた。

 

 

 

 

 

 グレードアトラスターの艦長ラクスタルは五百ミリの装甲板に護られた防御指揮所に引き籠もって震えていた。

 既にレーダーや十五メートル測距儀はおろか、砲塔測距儀まで失われている。今や砲戦は非常に困難…… って言うか、不可能に近い状態だ。だけども、一発の砲弾も撃たずに撤退なんて許されるんだろうか。

 たぶん許されないんだろうなあ。少なくとも俺だったら許さんな。そうだ、閃いた! 距離も方位も分からんけれど取り敢えず適当に撃っちまったらどうだろう? 無駄弾でも何でも良い。撃ったっていう実績が大事なんじゃなかろうか。

 艦長ラクスタルはそんな馬鹿げた考えで気を紛らわせる。そんな事でもしていないと恐怖で気が変になりそうだ。

 

 そのときふしぎなことがおこった! ずっと黙んまりだった無線機が突如として音を発したのだ。

 つい先ほどまでどことも連絡を取ることが出来なかったというのに。電波状況が急に改善したんだろうか? だが、その喜びは聞こえて来た声に無残にも打ち砕かれてしまった。

 

「あぁ~っ、あぁ~っ。テステス、ただいまマイクのテスト中。聞こえますか…… 聞こえますか…… 私はいま…… あなたの心に直接話しかけています……」

 

 言葉は分かる。だが、その内容がさぱ~り理解出来ない。防御指揮所の面々はお互いに顔を見合わせて首を傾げるのみだ。

 そんな一同の気を知ってか知らずか、声の主は一方的に話を続ける。

 

「私は四井アーマメントシステムズの天満です。グラ・バルカス戦艦に告げる。直ちに撤退せよ。ここで手を引いてくれねば我が方は核兵器を使用する用意がある!」

「か、かくへいきだと! なんだそりゃ?」

 

 艦長ラクスタルは咄嗟に問い掛ける。だが、通信は返事をすることなく一方的に切られてしまった。

 防御指揮所に集う面々は思い思いに意見を口にし始める。

 

「あんな言い方するっていうことは、いま撃って来ている砲弾より凄いんじゃないでしょうかね?」

「だけどそんな物があるのならどうして始めから使わんのだ?」

「きっと値段が凄く高くて躊躇してたんじゃないですか?」

「そうは言うがな、大佐。敵はすでに六十キロも遠くから百発百中の砲弾を二百発も撃って来ているんだぞ。それを今更になって違う砲弾を使うのはどういう理由なんだろう。始めから使えば良かったんじゃないのか?」

「単に射程が短かったんじゃないですかねえ」

「だったら何で急に警告して来たんだ? 今までは黙って撃って来たのにさ。やはりなるべくなら使いたくない理由があるんじゃね?」

 

 皆の話を一通り聞いた後、シエリアが口を挟んで来た。

 

「いずれにしろ戦わずして撤退などという選択肢は無い。帝王陛下の命令は朕の命令と心得よ! 軍人勅諭にあるだろう」

「そ、そうですね……」

 

 軍人勅諭って何だろう。艦長ラクスタルは気になって気になってしょうがない。だけども馬鹿だと思われたら困るので澄ました顔で知ったかぶりをした。

 いやいや、いま重要なのはそんなことではない。重要なのは敵がわざわざ通告して来た『かくへいき』の正体だろう。そして、何より重要なのは撤退した方が良いのかどうかだ。

 

「私も前進するべきだと考える。もし撤退するとしても『かくへいき』なる物の正体を確認しなければ上に提出する報告書が書けん。だって『敵が何か知らんけど凄い物を使うぞって脅して来たから撤退しました』なんて言えるか? 本物の馬鹿だと思われちまうぞ」

「それは『思われちまう』じゃなくて正真正銘の本物の馬鹿ですよ。行きましょう。最低でも『かくへいき』に関する情報を持ち帰ればギリギリ何とか世間体が立ちますもん」

「よし、全員一致だな。このまま前進し、敵が『かくへいき』を使った途端に一目散で逃げ帰る。航海長、宜しく頼む」

「アイアイサ~!」

 

 それまで黙って話を聞いていた航海長はここぞとばかりに大声を張り上げた。

 

 

 

 

 

 

 イージス艦まやのCICは先ほどとは打って変わって和気藹々とした明るい雰囲気に包まれていた。

 羽曳野艦長は一番気になる事を真正面から質問する。

 

「四井では核兵器を開発していたんですか? 一民間企業の分際で?」

「いやいや、核兵器と言ったのは言葉の綾ですよ。正しくは核分裂発破と呼んで下さいな。建前上は鉱山開発や大規模土木工事での使用を目的としています。なので四井鉱山や四井土建が管理しているんです。まあ、実態はお察し下さいってことですけど。目的外使用になりますが害獣駆除での使用もちゃんと認められていますから」

「し、しかし核兵器…… 核分裂発破? よくもまあ、そんな物を民間企業で開発することが出来ましたね。ウランとかプルトニウムはいったいどこから? まさか自前じゃないですよね? 兵器級プルトニウムを作ろうと思ったら重水炉か黒鉛炉を作る所から始めなきゃなりませんよ。何年前から作ってたんですか? まさか転移前から作ってたんじゃないでしょうね?」

「5MWe、熱出力が20~30MWの黒鉛型原子炉を建設中です。しかし完成は一年以上先ですね。1MW当たり日産一グラムほどのプルトニウム239の生産を目指しています。稼働率八十パーセントなら年間七、八キロは生産が出来るでしょう。プルトニウム239の臨界量は十六キロと言われていますが中性子反射材やタンパーを用いてやれば少ない量で核爆弾を製造可能です。最新技術を使えば一発二キロくらいだそうな。そんなわけで二年後には三、四発の核爆弾が製造可能だと言われていますよ」

 

 全然ダメじゃん。羽曳野艦長は苦虫を噛み潰した様な顔で天満を睨みつけた。

 だが、目の前の痩せすぎた中年男は薄ら笑いを浮かべている。四井マークが刺繍されたポケットからスマホを取り出すと何だか良く分からん画像を表示させた。

 

「あはははは、そんな顔しないで下さいな。実は動燃が始末に困っていたMOX燃料を格安で譲ってくれたんですよ」

「で、ですけど核爆弾を作るためにはプルトニウム239が九十三パーセント以上の兵器級プルトニウムが必要じゃなかったでしたっけ? 燃料級、原子炉級ですらないMOX級で核爆弾なんて作れるわけがないでしょうに。自発核分裂による過早爆発、放射線、発熱、エトセトラエトセトラ。簡単に作れるとは思えんのですけど?」

 

 途中から話に割り込んできた副長が早口で捲し立てる。

 こいつ、もしかして核兵器オタクなんだろうか。羽曳野艦長は副長の意外な一面に驚きを禁じ得ない。

 

「四井アーマメントシステムズの技術は世界一ィィィィ~! 出来んことは無ィィィィ~! ですからね。みんな過早爆発、過早爆発って言いますけどそれって結局は爆発ですやん。過早爆発するから爆弾は作れないだなんて矛盾してません? ぶっちゃけ過早爆発でも威力は一、二キロトンくらいにはなるんですよ。そして解決方法なら幾らでもあるんです。爆縮レンズの精度を向上させたり爆薬の威力を増して爆縮速度を向上させることで改善可能です。そして実はもっと簡単な解決策があるんですよ」

「まさか重水素と三重水素の核融合反応を利用したブースト型核分裂とか言いませんよね?」

 

 せっかく盛り上げようとしていた矢先に話の腰を複雑骨折されたぞ。天満は忌々しげに鼻を鳴らすと副長を睨みつけた。

 

「素晴らしい! こうも簡単に正解されるとは思ってもいませんでしたよ。ファットマンみたいなベリリウムとポロニウムの中性子点火器では過早爆発は避けられません。ですがD-Tコアさえあれば無問題なんですね。残る問題は……」

「プルトニウム240の臨界量は八十キロくらいですよね? 反射材やタンパーを使っても四十キロくらいでしょう。そうなると核弾頭の小型軽量化はとっても困難ですよ。それに自発核分裂による発熱量だって数百ワットに達するはずです。排熱設計をきちんとやらないと非常に危険ですね。だってプルトニウムの周囲は火薬で囲まれているんですもん。そうなると……」

「うわぁ~~~っ! 何であんたは私の言いたい事を先に先に言っちゃうんですか? 私が…… 私が核爆弾の事を一番愛しているんだぁ~~~っ!」

 

 狭っ苦しいCICに天満の絶叫が響き渡る。

 騒々しい奴だなあ。一同は顔を顰めて聞き流した。

 



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第22話 煌めけ!核の炎

 グレードアトラスターの艦長ラクスタルは相も変わらず五百ミリの装甲板に護られた防御指揮所に立て籠もって震えていた。

 先ほどの無線の直後から砲撃は止んでいる。だけども『かくへいき』とやらはいったい何なんだろう。

 とにもかくにも敵がそれを使ったら速攻でUターンして逃げ帰る。たったそれだけの簡単なお仕事だ。問題はそれまで生きていられるかどうかなんだけれども。

 小首を傾げた女外交官シエリアが一同を代表するように口を開いた。

 

「やはりその『かくへいき』とやらは『かく』の兵器なんだろうか?」

「恐らくはそうでしょうな。『か』の『くへいき』や『かくへ』の『いき』とは考え難いでしょう」

「大穴で『かくへい』の『き』って線はありませんか?」

「本命はやはり『かく』の『へいき』だな。んで、対抗が『か』の『くへいき』だ。単穴は『かくへ』の『いき』で大穴は『か』の『くへいき』かな。さあ、張った張った!」

 

 ラクスタルは艦長の権限でもって胴元を買って出た。

 

「オッズはどうなってるんですか?」

「それは皆が何にどれだけ賭けるか次第だよ」

「うぅ~ん…… ここは一つ、大穴を狙ってみるかな?」

「って言うか、これって賭けが成立するんですかねえ。皆さんは何に賭けるんですか?」

「俺はやっぱ本命だな」

「私は単穴を選ばせてもらおう」

「んじゃ残り福ってことで私は対抗でお願いします」

 

 そんなこんなで今日もグレードアトラスターは和気藹々とした空気に包まれていたのであった。

 

 

 

 

 

 イージス艦まやのCICでは四井アーマメントシステムズの天満が慌ただしく無線で指示を飛ばしていた。

 プリンセスエメラルドの甲板上に置かれていた二両の19式装輪自走155mmりゅう弾砲は既に隅っこの方に引っ込んでいる。

 代わりに引っ張り出された超大型ドローンにはコンテナから大きな荷物が遠隔操作で搭載された。何せプルトニウム240の自発核分裂は半端無いのだ。放射線の危険が危ない。

 

 双眼鏡から目を離した羽曳野艦長はゆっくり振り返ると口を開いた。

 

「天満さん。あれがその核兵器…… じゃなかった、核分裂発破? でしたっけ? 意外と大きいですね。さぞかしお高いんでしょう?」

「それが案外と安く作れたんですよ。何せ動燃が持て余してたプルトニウム240をタダ同然で買い叩けましたからね。と思いきや、意外と反射材のベリリウムの方が高く付きました。転移前まではキロ百万円でお釣りが来たんですよ。ところがアメリカと中国に頼り切っていたせいで物凄い値上がりしてましてね。百発作ったんですけど単価は安いフェラーリが買えるくらいでしたよ。早くこの世界でベリリウム鉱山を探さないと先々が大変そうです」

「ふ、ふぅ~ん。重さはどれくらいですか? プルトニウムって随分と重いんでしょう?」

「反射材とタンパーを使っても臨界量が四十キロですからね。それと電気ストーブに匹敵する自発核分裂の発熱を冷やすためにペルチェ素子とヒートパイプやヒートシンク、空冷ファンも付けなきゃなりません。高性能火薬もたっぷりと使っていますしね。全部を引っ包めて二百キロにもなりましたよ」

「それをあのドローンで運ぶんですか? って言うか随分と大きなドローンですね。人が乗れそうですよ」

「普通に乗れますね。ノルウェー製のペイロードが二百二十五キロもあるドローンですから。滞空時間は四十五分。一千万円以上もするので使い捨てには出来ませんけど。さて、そろそろ発進しますよ」

 

 重そうな核爆弾…… じゃなかった、核分裂発破を搭載した超大型ドローンがプリンセスエメラルドの甲板からよたよたと発進する。グラ・バルカス戦艦に向かって飛んで行くドローンの背中は重き荷を背負いて遠き道を行くが如しといった感じだった。

 

 

 

 

 

「前方より航空機が接近して来ます! 随分と奇妙な形をしています。大きさが分かりませんので距離、高度、速度ともに不明!」

 

 狭苦しいグレードアトラスターの防御指揮所に対空見張り員の声が響き渡る。

 艦長ラクスタルは見張り員に代わってもらうと備え付けの十五センチ双眼鏡を覗き込んだ。

 

「うぅ~ん…… もしかしてあれが『かくへいき』なんだろうか。たぶんそうなんだろうな」

「撃ち落としてはいかがでしょう」

「距離も分からんのにか? しかし何もせんわけにもいかんぞ。電波妨害を受けているとは言え、近接信管が作動する可能性はあるな。適当に角度を変えながら対空砲弾を撃ってみろ」

「了解!」

 

 待つこと暫し。四十六センチ砲が次々と発射された。だが、近接信管は作動せず砲弾は虚しく海へと落下する。

 敵機はあっという間に高度を落とすと海面に同化して見えなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 イージス艦まやのCICでモニターを見詰めていた天満は思わず椅子からズッコケそうになった。

 まさか敵戦艦が主砲を撃って来るとは思ってもいなかったからだ。

 慌ててドローンの高度を落とすと匍匐飛行させる。幸いなことに四十六センチ砲弾は掠りもしなかった。

 不必要なリスクを冒す必要なんて全く無かったなあ。最初からこうして置けば良かったぞ。無事に済んで本当にラッキーだった。

 グラ・バルカス戦艦までの距離は五十五キロほどだ。二十五ノットで向かってくる戦艦に向かってドローンは時速百五十キロで飛行する。所要時間は? 何だか小学生の算数みたいだぞ。

 えぇ~っと…… 十七分くらいなのか? 違ってたら格好悪いなあ。そんなことを天満が考えている間にもドローンは目標地点に辿り着いた。

 

「核分裂発破の分離成功。ドローンを退避させます」

「了解。全速で帰還させてくれ」

 

 問題はどの程度の距離で起爆させるかだな。天満は小首を傾げて考え込む。って言うか、飛んでいる間に考えておけば良かったなあ。後悔するが時すでに遅しだ。

 確かクロスロード作戦の時、重巡プリンツオイゲンの位置は空中爆発のエイブル実験が千百百十四ヤード、水中爆発のベイカー実験が千九百九十ヤードだったらしい。

 二十一キロトンの核爆発を受けてその距離で沈まなかったんだ。大和モドキのグラ・バルカス戦艦がそれ以上の防御力を持っているのは間違いない。って言うか、クロスロード実験の結果として得られたのは核兵器で艦船を撃沈するのは困難という結論だったのだ。

 もしかしてこの実験、やらなくても良かったんじゃね? 例に寄って例の如く、後悔するが後の祭りだなあ。なんだかもう、どうでも良くなってきたぞ。

 

「距離千メートル!」

 

 無線からの声に天満の意識が現実に引き戻された。

 

「ぽちっとな!」

 

 天満は反射的にエンターキーを押してしまう。しかしなにも起こらなかった!

 

 

 

 

 

「さっきの敵機はいったい何だったんだろな?」

「もしかしてアレが『かくへいき』だったのかも知れませんよ」

「だとしたら『かくへいき』恐れるに足らずだな。対空砲弾に恐れをなして逃げ帰るとは思いもしなかったぞ」

 

 狭苦しいグレードアトラスターの防御指揮所は先ほどとは打って変わって明るい雰囲気に包まれていた。あんな物にビビっていたとは我ながらちょっと…… 物凄く恥ずかしいぞ。皆の顔にも笑顔が戻ってくる。

 それはそうとアレが『かくへいき』だったとすれば用事は済んだんじゃね? もう帰っても良いんじゃなかろうか。誰が言い出すともなく一同の間にそんな空気が漂い始めて……

 その時ふしぎなことがおこった。前方海上に何かが浮いているぞ。アレが、アレこそが『かくへいき』なんじゃね? だったら近付くのは危険が危ない!

 

「避けろ、避けろ、避けろ!」

「面舵? 取舵? どっちにですか?」

「そんなんどっちでも良いから~!」

 

 だが、グレードアトラスターの転舵後の追従性は非常に悪い。舵を切っても九十秒も空走してしまうのだ。それに回頭すると急激に速度が落ちてしまうらしい。

 そんなわけで可哀想な巨大戦艦は『かくへいき』に向かって一直線に進んで行った。

 

 

 

 

 

 一方そのころイージス艦まやのCICは蜂の巣を突いた様な騒ぎになっていた。

 まあ、普通はそんな馬鹿な事をする奴はいないんだろうけれども。ホームセンターで合成ピレスロイド系の蜂専用殺虫剤を使うことを強くお勧めする。

 

 四井アーマメントシステムズの天満は貧乏ゆすりをしながらうめき声を上げた。

 

「このままでは核兵器…… じゃなかった、核分裂発破が敵に鹵獲されていまいますよ。もしアレを解析されてコピーでもされたら大変なことになっちまう! 羽曳野艦長、何とかなりませんか?」

「そ、そうは言われましてもねえ。五十五キロも離れてるんですよ。天満さんこそさっきの百五十五ミリ榴弾砲を使ったら良いんじゃないですか?」

「アレはもう片付けちゃったんですよ。今から引っ張り出してセッティングしようと思ったら五分は掛かちゃいます。取り敢えずSSM-2でも撃ち込んでもらえませんか? 時間稼ぎくらいにはなるでしょう」

「いやいや、SSM-2だってあそこまで届くのに三分くらい掛かりますよ。それに、そんなことに一億円のミサイルは使えません。貴重な血税なんですから。だったら、だったらもう……」

 

 羽曳野艦長は頭をフル回転させて無い知恵を絞る。しかしなにもおもいつかなかった!

 保身の事で頭が一杯の天満も灰色の脳細胞にオーバーブーストを掛ける。

 

「た、確か潜水艦がいましたよね? あいつは今どこにいるんでしょう? 近くにいるんなら魚雷で沈めてもらえませんか?」

「潜水艦の位置は我々にも分かりません。それに指揮系統が違うので直接連絡を取ることもできません」

「いやいやいや、どこにいるかも分からんのですか? まさか、すぐそばに潜航しているなんてことはないでしょうね? それって危ないですやん!」

「ほ、本当だ……」

 

 

 

 CICに集う連中がそんな馬鹿げた遣り取りをしている間にも不発に終わった核分裂発破の内部では異変が起こっていた。

 そもそも爆発が起こらなかった原因はプルトニウム240の自発核分裂が原因だったのだ。発生した大量の放射線と熱を受けた電子装置は早い段階で死んでいた。更に排熱が追いつかなかった結果、ファンまでもが死亡してしまう。そのために内部に籠もった熱で火薬の温度はどんどん上昇して行き…… 遂には勝手に爆発してしまった!

 無論その爆発はナノセカンド単位で設定された理想的な爆発からは程遠い。だが、コアの中心に置かれた二グラムの重水素と三グラムの三重水素によって補われる。核融合によって発生した大量の高速中性子が過早爆発で飛び散ろうとするプルトニウム240原子核に衝突して核分裂を起こしてくれるのだ。結果的にこの失敗核爆発は二十キロトンほどの核出力を放出した。

 

 

 

 イージス艦まやのCICにあるモニターに眩いばかりに煌めく光が映った。

 天満は思わず目を反らす。失明する恐れがあるかも知れん。いやいや、モニターに映ってるだけだから心配は無いか。

 数瞬の後、それに気が付いた天満はモニターに視線を戻す。画面の中ではゆっくりとキノコ雲が立ち上って行く所であった。

 

「やったぁ~!」

 

 面倒事を一気に解決してくれた核爆発に感謝の念を込めて天満は絶叫する。

 

「成功ですね。本当におめでとうございます」

「いやいや、良かったですね。肝を冷やしましたよ」

「しかしこれで何が原因だったのかさぱ~り分からなくなりましたね」

「とは言え、もしアレを不発弾として回収しようとしていたら今ごろどうなっていたか分かりませんよ」

 

 CICに集う多幸感に包まれた面々たちの脳内からは潜水艦きょうりゅうのことは綺麗さっぱ忘れ去られていた。

 

 

 

 

 

 グレードアトラスターから東に五キロほど離れた所で潜水艦きょうりゅうは死んだふりのように無音潜航していた。

 核爆発から三秒ほど後、水測員が顔を顰めた。音が水中伝わる速度は秒速千五百メートルくらいなのだ。

 

「な、何だったんでしょうね。今のは?」

「分からん、さぱ~り分からん」

「な、な、なんじゃありゃ~ぁ! キ、キノコ雲だぞ! 面舵いっぱい、急げ~!」

 

 潜望鏡を覗いていた艦長が絶叫する。

 

「面舵いっぱい、急げ~!」

 

 潜水艦きょうりゅうは死に物狂いで逃げ出した。

 

 

 

 

 

「こちら神聖ミリシアル帝国、南方地方隊旗艦アルミス。日本国戦艦、聞こえるか? 応答を乞う。日本国戦艦、応答を乞う」

 

 イージス艦まやのCICに置かれた魔信から突如として声が流れて来た。

 全員からの視線を一身に集めた艦長の羽曳野は渋々といった顔でマイクを受け取る。

 

「え、えぇ~っと…… イージス艦まや艦長の羽曳野です。何か御用でしょうかな?」

「たった今、そちらの方角で非常に大きな爆……」

「そ、そ、そのことならご心配にはお呼びません。アレはアレですな。アレですよ…… グラ、グラ・バスカル…… じゃなかった、グラ・バルカス戦艦が突然に大爆発したんですね。何だか知らんけど急にバァ~って感じでですよ。信じられますか? いやあ、凄かったなあ~」

 

 羽曳野は相手の言葉を遮るように割って入ると一息に捲し立てた。

 だが、ミリシアル帝国を名乗る通信はへこたれない。淡々とした口調で話を続けて来る。

 

「当方の魔導師が先ほどの爆発は古の魔法帝国のコア魔法ではないかと疑いを持っているのだ。間近で見ておられた日本国の方々から話を聞きたい。手間を取らせて済まないが少し時間をいただけないだろうか?」

 

 まるで拝み倒すが如くに天満が両手をこすり合わせながらウィンクしている。

 その顔を見た羽曳野は苦虫を噛み潰した様な顔で魔信に向き直った。

 

「えぇ~っとですねえ、申し訳ありませんが我々はグラ・バルカスの残存艦隊を片付けに行かねばなりません。用が済んだら必ず戻って参りますので後にしていただいても宜しいか? 何だったら人質というわけではありませんがプリンセスダイヤモンドというタンカーを置いて行きましょうか?」

「いやいや、それならば致し方ないな。武運長久を祈る」

 

 羽曳野は魔信が確実に切れたのをしっかりと確認してから口を開いた。

 

「何をグズグズしてるんだ? とっととずらかるぞ。急げ、急げ、急げ!」

 

 護衛隊群は脱兎の如く逃げ出す。

 言うまでもない事だが足の遅いプリンセスエメラルドは置き去りにされた。

 



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第23話 敵の艦隊を叩け

 カルトアルパスから南に六十キロ。海峡出口から外洋に出た護衛隊群は進路を西へと向けた。

 グラ・バルカス艦隊を叩いて見せる。神聖ミリシアル帝国の連中にそんな大見得を切った手前、戦う振りだけでもしておかなければならん。

 言ってみればアリバイ作りのためだけに行動している様なものなのだ。

 

 艦長の羽曳野は人を小馬鹿にした様な笑みを浮かべると四井アーマメントシステムズの天満に話し掛けた。

 

「天満さん。とうとうプリンセスダイヤモンドに続いてプリンセスエメラルドまで失ってしまいましたね。これからどうするつもりなんですか?」

「いやいやいや! 失ってない、失ってない。失っていませんから。ちょいとばかし船足を落としてやれば直ぐに追い付いてきますって。それよりアレはどうなってますかな? アレですよアレ。ほら、グラ・バルカスの残存艦隊はどこで何をしているんでしょうね?」

「えぇ~っと…… 方位二百六十五度、距離六十五海里、数は三十隻ほどですな。二十六ノットくらいで真っ直ぐ向かって来ていますよ」

「さっきは航空機を二百機ほど出して来ましたから正規空母なら最低でも三隻ですね。まあ、雷撃機は壊滅しているんでしょうけれど。それとミリシアルからの情報によれば最低でも戦艦一隻、重巡二隻、軽巡二、駆逐艦四が確認されているそうですよ」

 

 羽曳野艦長の情報を生駒副長が補足する。補足したのだが…… さぱ~り分からんのですけど!

 

「正体不明の艦艇が二十隻以上もいるわけですか? もうちょっと詳しい事が分かりませんかねえ?」

「ヘリからの映像を見た感じでは四隻目の空母がいるようですよ。戦艦は二隻、重巡と軽巡の見分けは付きませんがそれっぽいのがひい、ふう、みい…… 十隻くらい? 残りは駆逐艦でしょうか。十四隻ほどいますね。影になってたらもう何隻かいるかも知れませんけど」

「奴らにも重巡と軽巡の区別なんてあるんですかね? あれってロンドン軍縮条約の産物でしょう? もしかして駆逐艦も一等や二等に別れてるのかも知れませんよ」

 

 気になるのはそこかよ~! 艦長と副長が繰り広げるピントのズレた会話に天満は呆れるばかりだ。だが、こうしてはおれん。手のひらを交差させてTの字を作ると話に割り込んだ。

 

「艦長、すぐにSSM-2で空母を攻撃しちゃいましょう。また雷撃機がきたらミサイルが勿体ないですもん。艦載機が発艦する前に空母を無力化しなくちゃなりません」

「そうですね。一隻に五発ずつくらい撃っときましょうか?」

「ちょっと待って下さいな。別に沈めたいわけじゃないんですから。二発で十分ですよ」

 

 天満はブレードランナーの名セリフをさり気なく混ぜ込む事に成功する。

 だが、羽曳野艦長と生駒副長は拾ってくれなかった。

 

「だったら間を取って四発でどうじゃろう?」

「いやいや、二と五の間は四じゃありませんから」

「ならば三発で良いんじゃね? それか、二発、三発、四発、五発と撃ち分けるか?」

 

 駄目だこいつら、早く何とかしないと…… 天満は自分の事を棚に上げて頭を抱え込む。

 だが、捨てる神あれば拾う神あり。突如として魔信から…… いや、普通の通信機から声が聞こえて来たのだ。

 

「こちらプリンセスダイヤモンド。ようやく消火が完了しました。これより現場に復帰します」

「おお、守口君! 良かった、生きてたんだね。てっきり死んだかと思っていたよ」

「天満さん、勝手に殺さんで下さいな。カタパルトは右側の十レーンが使用可能です。さっきのリベンジマッチと行きましょうよ」

「そうだな。やられたらやり返す、倍返しだ!」

 

 言うに事欠いてリベンジだと! お前らが勝手に事故ったんだろうに。羽曳野艦長は心の中で嘲笑うが決して顔には出さない。

 そうこうしている間に通信を終えた四井アーマメントシステムズの天満が振り返った。

 

「羽曳野艦長、そんなわけです。少し船足を落としてもらえますか。プリンセスダイヤモンドとプリンセスエメラルドを合流させましょう」

「良かった良かった。これでようやく本来の姿に戻れましたね。もしかして当初の計画通りにテストが行えるんじゃないですか?」

「それもそうですね。だったらこのさい空母…… じゃなかったヘリコプター搭載護衛艦ひよりからF-35Bを上げてLJDAMで空母を無力化してもらいましょうよ。その方が安上がりですし」

 

 実際にはそう単純な話でもない。ミサイルより爆弾が安いというのは確かな事実だ。しかし戦闘機を飛ばすのには結構な手間暇とコストが掛かるのだ。特にF-35Bは複雑な構造が災いして整備性が非常に悪い。飛行コストが高い事で有名なF-22よりかはマシだけれども。それに万一にも事故られたら百億円もの大損害になる。

 だが、天満は不都合な現実から目を反らせる。羽曳野艦長や生駒副長はそれに気付く。しかし武士の情けと言う奴だろうか。敢えて黙ってスルーしてくれた。

 

 外部ハードポイントに二千ポンドLJDAMを二発ずつぶら下げたF-35Bが四機、スキージャンプで次々と発艦して行く。F-35Bの胴体内兵器倉は狭いから二千ポンドの奴は入らないのだ。

 重そうに爆弾を抱えた機体が上昇して行く。双眼鏡から目を離した天満が口を開いた。

 

「偵察衛星から得られた情報を元に当社が行った分析ではグラ・バルカスの作戦艦艇数は第二次世界大戦末のアメリカを上回る可能性があるようです。そうすると戦艦が二十隻以上、正規空母は三十隻くらい、護衛空母というか軽空母というか…… とにかくそんな奴が百隻弱と思われます。重巡洋艦と軽巡洋艦の区別が良く分かりませんが合わせて百隻と少々、駆逐艦も八百隻を超えるでしょう」

「自衛隊でもそれに近い想定をしています。とにもかくにも膨大な数ですね。特に空母の多さが厄介な事この上ないですよ」

「仮に正規空母が八十機、護衛空母が三十機の艦載機を乗せていたとしたら合わせて五千四百機を相手にしなけりゃなりません。実際の戦争でも例えば1944年10月10日の沖縄空襲では米軍の延べ出撃機数は千三百九十六機にも達しています。こんなのを真面目に相手をしていたら何千億円掛かるか知れません」

「そこで発艦前に空母を無力化する。当たり前過ぎて面白みには欠けますが堅実な作戦ですね。後は敵空母の防御力がこちらの想定を上回るのか、あるいは下回るか。それが問題ですが」

「不沈空母みたいに頑丈なのか。はたまた大鳳や信濃みたいにあっけなく沈んじまうのか。皆さん、どっちに賭けますか? さあ、張った張った!」

 

 例に寄って例の如く、イージス艦まやのCICでは賭場が始まってしまった。

 

 

 

 僅か十分ほどでF-35Bは敵艦隊まで十五海里の距離に近付く。大きな爆弾を外部ハードポイントに搭載しているのでステルス性は大きく損なわれているはずだ。だが、ひよりが強力なECMを掛けてくれているので敵のレーダーには映っていない。いないはずだったのだが…… 敵空母から艦載機が発艦を始めた!

 

 どうやら敵の見張員の能力を過小評価していたらしい。って言うか、レーダーが使えなくなったら誰だって死に物狂いで対空監視を強化するだろう。そんな事に気付かないとは焼きが回ったな。後悔するが例に寄って後の祭りだ。

 とは言え、F-35Bは一万メートル以上を飛行している。十分掛かっても六千メートルまでしか上昇できない零戦モドキに何が出来るわけでもなかった。

 

 投下されたLJDAMは空中を滑るように滑空する。まあ、だからこそ滑空って言うんだけれども。

 そう言えば、滑腔砲の事を間違えて滑空砲って言っちゃう人って結構多いよなあ。

 腹腔鏡(ふくくうきょう)みたいに腔を『くう』って読むことがあるから勘違いする人が出たんだろう。ただ、滑腔を『かっくう』とは読まないってWikipediaにもはっきり書いてあるん……

 その瞬間、モニターに映った敵空母群に次々と巨大な火柱が上がった。

 例に寄って例の如く、妄想世界に現実逃避していた天満の意識が一気に現実に引き戻される。

 

 爆弾か魚雷に誘爆でもしたんだろうか。大爆発と共に真っ二つになって沈む空母。

 徐々に傾いたかと思ったらくるりと転覆する空母。

 航空燃料にでも引火したらしく地獄の業火の様に火達磨になる空母。

 ゆっくりと普通に沈んで行く空母。

 みんな違ってみんないい。いやいやいや、あかんやん!

 

「な、なんちゅう脆い船じゃ……」

 

 天満は映画のナウシカでミトが言った名セリフを力なく口にするのが精一杯だ。

 あまりの落ち込み様に羽曳野艦長が気を使って声を掛けて来てくれた。

 

「こんなんじゃテストになりませんな。千ポンド爆弾にしておけば良かったですね。次からはそうしましょう」

「今ごろになってそんな事を言わんで下さいよ、羽曳野艦長。貴重なサンプルを無駄にしてしまったじゃないですか!」

「まあまあまあ。機嫌を治して下さいな、天満さん。グラ・バルカス空母に二千ポンド爆弾は過剰だった。そういうデーターが取れたんです。胸を張って良いですよ」

「他人事だと思って……」

 

 そんな馬鹿な話をしている間にもグラ・バルカス艦隊が近付いて来る。四隻の空母を瞬殺されたというのに彼らに撤退の二文字は無いらしい。

 一旦は輪形陣を解いたと思ったらすぐに二隻の戦艦を中心とした輪形陣を組み直した。

 助かったぁ~! 逃げられたらどうしようかと冷や冷やしていた天満はほっと安堵の胸を撫で下ろす。

 

 プリンセスエメラルドの甲板上では二両の19式装輪自走155mmりゅう弾砲が引っ張り出されてスタンバイする。

 天満は念には念を入れて全ての艦が五十キロ以内に入るまで攻撃を加えなかった。

 

「それじゃあ住吉君、予定通り頼むよ。まずは遠い順に駆逐艦に一発ずつ。それが済んだら軽巡に三発、重巡に五発。最後に二隻の戦艦が沈黙するまで撃ちまくるんだ。さあ、ガンガン行ってくれ!」

「アイアイサ~!」

 

 一分弱で駆逐艦が壊滅する。巡洋艦を始末するには四分ほど掛かった。二門の155mmりゅう弾砲が競うように二隻の戦艦に砲弾を撃ち込み続ける。

 この期に及んでも戦艦は撤退する気が無いようだ。これは戦艦の耐久度テストのリベンジが出来るかも分からんな。天満は一人でほくそ笑む。

 

 その時、ふしぎなことがおこった。レーダーが北東から近付く飛行編隊を捉えたのだ。

 

「方位五十五、距離六十海里、高度二千フィート、二百五十ノット、数は三十機ほど。グラ・バルカス艦隊…… って言うか、戦艦二隻に向かっていると思われます」

「グラ・バルカスの援軍でしょうか? どうして突如として現れたんですかね?」

「半島の稜線を超えて来たんですよ。湾内に敵の空母がいるはずがありません。速度から考えてもムーのマリン改でしょうね。接触まで二十分くらいです」

 

 頼まれもしないというのに生駒副長が解説役を買って出てくれた。天満は軽く頷いて謝意を示す。

 だが、悪い知らせは重なる物だ。レーダー員は振り返りもせず、ぶっきらぼうに続けた。

 

「それと東方海上からミリシアルと思しき艦隊が三十ノットで接近中です。約二十隻。こちらも半島の影になっていた様ですね」

「うぅ~ん、戦艦は連中に譲りますか。あいつらだって手柄が欲しいでしょうし」

「そうですね。どうせ榴弾砲で戦艦は沈められません。かと言って、あんな危なっかしい核兵器を使う気にもなりません。住吉君、レーダー、測距儀、対空兵器を潰してくれるかな。止めはムーとミリシアルに譲ることになったんだ」

「そ、そうですか。まあ、ちょうど飽きて来たところだったんで助かりましたよ」

 

 約十五分の間に百五十発ほどの榴弾を叩き込まれた二隻の戦艦は若干スピードを落としながらも東へ東へと進んで来る。一体、何が彼らを突き動かしているんだろうか。謎は深まるばかりだ。

 砲撃が止んで暫しの静寂が訪れた。入れ替わる様に現れたムーの戦闘機は緩降下で時速六百五十キロくらいまで加速するとグラ・バルカス戦艦を後ろから追い越す。

 まずは様子見という事なんだろうか。銃撃も爆撃も加えない。更にもう一機が艦橋を掠めるように追い越して行く。グラ・バルカス戦艦は沈黙を続けている。

 どうやら完全に対空戦闘能力を喪失しているらしい。ムー戦闘機はそう判断したんだろうか。それまでよりずっと低空低速で近付くと大きな爆弾状の物体を投下した。

 煙突付近に落下した物体はナパーム弾の類だったようだ。激しい炎を上げて燃え上がる。

 

「そうか、その手があったか!」

 

 お茶を飲みながらCICのモニターに映る映像を眺めていた天満は思わず大声を出してしまった。

 お茶請けのかりんとうを口に放り込みながら羽曳野艦長も相槌を打つ。

 

「焼夷弾やナパーム弾なんて今どきの軍隊は使いませんもんね。盲点でしたよ。アレならコストも安いですしね。ガソリンに増粘剤と界面活性剤を混ぜただけなんでしたっけ?」

「そうですね。外側はあり物で十分でしょう。誘導はLJDAMを使えば良いんですし」

 

 そんな話をしている間にも二隻の戦艦は完全に炎に包まれてしまった。あれでは中の人は蒸し焼きだろうな。万一、熱に耐えられても酸欠になりそうだし。どうせ死ぬにしてもあんな死に方だけは勘弁して欲しいよなあ。

 羽曳野艦長がそんな事を考えていると東方からようやくミリシアル艦隊が姿を現す。

 ほぼ同時に魔信から声が聞こえて来た。

 

「日本艦隊の健闘を称える。後は我が艦隊に任せて高みの見物でもされるが宜しかろう」

 

 ミリシアル艦隊は火達磨になったグラ・バルカス戦艦に情け容赦なく砲弾を撃ち込む。

 だが、余りにも強い火勢でもはや命中しているのかどうかすら良く分からない。

 

 もう誰の目から見ても戦闘は終わっているんですけれど。これぞ見事なまでの死体蹴りだな。

 天満は心の中で嘲り笑う。だが、空気を読んで口には出さなかった。

 



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第24話 終わりの始まり

 日本へ帰った四井アーマメントシステムズの天満は報告書を書かされた上で戒告処分を受けた。

 本当ならもっと重い処分が下っても不思議ではない所だ。だが、それをやってしまうと上の人にも処分を下さざるを得ないんだそうな。

 

 一方で護衛隊群の面々には特にこれといった賞罰は無かった。まあ、何も悪いことをしていないんだから当然の事なんだけれども。

 ただ、全員に海上警備等手当として日額二千円が支給されたそうだ。

 さらにフォーク海峡周辺でグラ・バルカス艦隊を相手にした一日だけは特例として害獣駆除手当の二万四千円が加算されたんだとか。

 

 

 

 四井鉱山や四井土建が管理していた核分裂発破は安全性に問題ありとして全てが回収された。

 だが、徹底的な調査にも関わらず不発と暴発の根本的な原因は解明することが出来ない。調査委員会は放射線シールドと放熱対策を対処療法的に強化してお茶を濁した。

 

 この発破は非常に強力だが使用する所をミリシアルやムーに見られると古の魔法帝国のコア魔法だと誤解される恐れがある。

 別にミリシアルやムーにどう思われた所で痛くも痒くも無い。だが、世間体を気にした四井鉱山や四井土建は後始末を四井アーマメントシステムズに押し付けてしまった。

 

 面倒ごとを嫌ったのは四井アーマメントシステムズも同じ事だ。散々無い知恵を絞った挙げ句、丸っきり別物に作り変える事でお茶を濁す事にする。

 マタイによる福音書九章十四-十七節にもある『新しいぶどう酒は新しい革袋に』という奴だ。

 重水素化リチウムを燃料としたセカンダリーと共に重金属容器の中に格納。タンパー・プッシャー蒸発圧力法による核融合発破へと作り直すことに決める。

 この改造により核出力は一メガトン程度に向上することが期待された。

 

 

 

 

 

 フォーク海峡海戦…… と言うのも烏滸(おこ)がましい一方的虐殺から一週間ほど後のある日の午後。

 ムーの駐日大使ユウヒの元を四井アーマメントシステムズの天満は訪問していた。

 一人だけだと心細いのでお供に子分の住吉と守口を従えている。

 

 大使ユウヒの方も一人では不安だったんだろうか。マイラスとラッサンを伴っていた。

 二人はたまたま休暇で東京に来ていた所を運悪く捕まってしまったそうだ。

 受け取った名刺に目をやりながらユウヒは言葉のジャブを打つ。

 

「始めまして天満さん。カルトアルパスでのご活躍、お噂は伺っておりますよ」

「そ、それって良い噂ですか。それとも悪い噂でしょうか?」

「両方ですね。ですがあくまで噂ですから。実際には何があったんでしょう。詳しく教えていただけませんでしょうか?」

「まあまあ、済んだ事は水に流しましょうや。覆水盆に返らずって言うでしょう? ムーでは言わないんですか?」

「こぼれた水はまた汲めばいい。それだけですよ」

 

 横から話に割り込んで来たマイラスが良い事を言ったという風にドヤ顔で顎をしゃくった。

 ラッサンも禿同という顔で激しく頷いている。

 だが、ユウヒと天満はガン無視を決め込む。もちろん『トップをねらえ!』ネタであることは理解した上でだ。

 

「貴重なお時間を無駄にしては申し訳がありません。早速ですが本題に入らせていただきます。ムーさんはレイフォルからグラ・バルカスを一匹残らず駆逐したくはありませんか。あんな奴らと国境を接していては気が静まらんでしょう?」

「無論、我々としても様々な対策を考えております。もしかして日本国…… 四井さんもお手伝いしていただけるんでしょうか?」

「手伝いというよりは一括請負契約させていただきたいのです。あの規模の勢力に対して軍事作戦で決着を付けようとした場合、どれくらいの費用が掛かるとお思いですか? 失礼ながらムーさんの空軍力だけではレイフォルの地上戦力を片付けるのは非常に困難かと思われます。とは言え、万単位の地上部隊を動かせば莫大な費用が掛かるでしょう。我々の試算では日本円換算で一千億円以上は掛かると想定しています。ムーさんはどのようにお見積もりで?」

「私は軍人ではありませんので詳細な数字は持っておりません。ですが、四井さんならそれを安く上げられるというのですか?」

 

 営業担当と聞いてある程度は覚悟していたのだが思わぬ方向へ話が進むぞ。大使ユウヒは何とか話に付いて行こうと頭をフル回転させる。

 一方の天満は予定通りの話を淡々と進めるだけだ。タブレットに表示させた資料を大使ユウヒに向けると立て板に水の様に話し始めた。

 

「先日、カルトアルパスでグラ・バルカスがコア魔法を使用したのはご存知でしょうか? アレに対抗するには我々も同様な兵器…… じゃない、爆発物? 何かそんなのが必要ですよね? だって向こうが使ってるんだからこっちも対抗しないと一方的にやられちゃうじゃありませんか。ね? ね? ね?」

「しかし日本は…… 四井さんは魔法と無縁だと聞いておりました。コア魔法ってそんなに簡単に真似が出来るような代物だったんですか? 初見からたったの一週間で作れるような物とは思いも寄りませんでしたよ」

「いやいや、アレをそっくり真似るわけではありません。似たような物と申し上げましたでしょう? それにまだ完成はしておりません。もちろん目処は付いておりますけどね」

「それで? そのコア魔法モドキを使えばレイフォルからグラ・バルカスを駆逐することが出来るんでしょうか。出来るとしても空軍や陸軍を使うより安上がりにですよ」

 

 大使ユウヒは魔法に関しても技術に関しても専門外だ。マイラスとラッサンのコンビもコア魔法に匹敵する爆発物なんて見当も付かない。だが、馬鹿だと思われるのが嫌なので黙って話を聞いていた。

 

「結論から申し上げましょう。日本円で百億円相当をお支払いいただければ一週間でレイフォルからグラ・バルカスを駆逐してご覧にいれます。我々の作った核融合発破を用いてグラ・バルカスの基地を焼きます。ただし、一匹残らずとは参りません。たまたま離れた所にいた奴は取り逃がすかも知れませんのでそれはご容赦下さい」

「日本円で百億円ですか…… 安い金額ではありませんな」

「駆逐艦一隻といった額ですかな? しかし近代戦では一個師団を一日動かしただけでその程度の費用は発生するでしょう。ましてやグラ・バルカスを相手に戦えば装備や人員にも大きな損害が発生するはずです。金で方が付くならその方がよっぽど良いと思いますけどねえ」

 

 卑屈な笑みを浮かべた天満は上目遣いでユウヒの顔色を伺う。

 暫しの沈黙の後、小さくため息をついた大使は両の手のひらを肩の高さで掲げた。

 

「うぅ~ん。いずれにしろ私の一存で決定できる話ではありませんね。本国と相談の上で回答させていただきます」

「分かりました。良い返事をお待ちしておりますよ。ああ、それともう一つお願いがあります。もし決行となった場合、ムーで一番西の端に三百トンの航空機が離着陸可能な四千メートル級滑走路を一つ作っていただけますか」

「分かりました。なるべく急いでお返事いたしますので楽しみにお待ち下さい」

 

 

 

 ムー大使館を出た天満は小さくため息をつく。住吉と守口が口々に声を掛けて来た。

 

「上手く行ってくれたら良いですねえ」

「もしこれが駄目だったら別の作戦を考えなきゃいけませんよ」

「どうやるにしてもムーの協力は必要不可欠だしな。だってグラ・バルカスが遠すぎるんだもん」

「ですよねえ。タンカーの艦隊を送って空爆なんて四井だけじゃ絶対に無理ですし。ドローンの航続距離なんてたかが知れていますもん」

「まあ、多少の値引きに応じてでも滑走路だけは作らせてもらいたいな。滑走路建設はムー側にもメリットがあるはずだ。最悪、こっちが建設費を負担してでも作らせてもらおう」

 

 三人はその足で四井建設へ向かうと細かな打ち合わせを進めた。

 

 

 

 

 

 帝都ラグナのとある会議室で東方艦隊司令長官カイザルは特務軍だか監察軍だかの女司令長官ミレケネスと密談をしていた。

 人を小馬鹿にした様な薄ら笑いを浮かべながらミレケネスが口を開く。

 

「クックックッ、東方艦隊が破れたようだな。奴はグラ・バルカス四艦隊の中でも一番の小物……」

「野蛮人共に返り討ちにあってしまうとは情けない…… って、いやいやいや! あんたも作戦には散々と口出しして来ただろうに。いまさら他人事みたいに言うなよなぁ~っ!」

 

 カイザルは激しいノリ突っ込みをかました。その様子にミレケネスは手を叩いて喜び、大口を開けて笑う。暫しの間、二人は我を忘れて大笑いする。散々に大笑いした後、不意に真顔に戻った。

 

「んで、ミレケネスさんよ。東方艦隊は本当に破れたのかな? その二日前にはミリシアルの最強艦隊を一方的にボコったんじゃなかったのか?」

「現時点では行方不明としか言えんな。通信が途絶える直前までは異常な兆候は全く無かったそうだ。事件と事故の両面から調査中だが情報が少なすぎる。ただ……」

「ただ何だ? 何か知っているなら包み隠さずに教えてくれるかな?」

「ミリシアルが全世界に向けて流しているニュース番組によれば東方艦隊を全滅させたと主張しているそうだ。戦艦、巡洋艦、駆逐艦を合わせて五隻鹵獲。残りは沈んだと言っておる。捕虜は千人ほどだったらしい」

 

 どうやってプリントしたものだろうか。ミレケネスは写真を何枚か取り出すと机の上に並べた。

 

「空母四隻を含めて二十隻以上も沈めただと? 馬鹿も休み休みに言え。奴らにそんなことが出来るわけが無いぞ。それに戦艦は四隻もいたんだ。捕虜千人は少な過ぎるだろう。海戦でそこまで死傷者が出るはずがない」

「戦艦は二隻拿捕されたが二隻とも全焼していた。写真を見てみろ。これでは生存は絶望的だろうな」

「戦艦を丸焼きにでもしたと言うのか? いったいどうやって? 奴らの言う魔法とやらにはそんな力があると言うのか? 信じ難い話だな」

「とにもかくにも捕虜と艦艇の返還要求を行わねばならん。レイフォル地区と連絡を取って…… いや、私が直接出向いて状況を視察しよう」

「何だか嫌な予感がする。くれぐれも気を付けてくれ」

 

 これがカイザルの最後のセリフになるとは。神ならぬ身のミレケネスには知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 ムーから正式な受注を受けた四井建設は昼夜を分かたぬ三交代の突貫工事で既存の空港を拡張する。

 僅か半月で立派な滑走路を完成させた四井建設の手際の良さにはムーの誰もが驚きを隠せなかった。

 

 ボーイング737-700を一ヶ月間契約でレンタルする。返却時に現状復帰するのを条件に特別改造を施させていただいた。

 下げたくもない頭を下げてミリシアルの空港を燃料補給に使わせていただく許可も得た。

 

「良くもまあ民間機にこんな事をさせようだなんて思いつきましたねえ」

「どうってことないよ。ボーイング747なんてスペースシャトルを背負って飛んだんだ。アレに比べたら些細な改造だろ」

 

 レンタル料金は一億円近く掛かった。整備費も同じくらい掛かるはずだ。

 パイロットも交代要員や予備を含めて四名を用意したため人件費も一千万円以上掛かった。

 燃料費も安くはなかった。二十六キロリットルの燃料を満タンに入れると三百万円も掛かるのだ。

 

 五月晴れの良い天気の朝、ボーイング737-700の特別改造機は二発の核融合発破を重そうに抱えて飛び立った。

 マッハ0.78で飛んでレイフォル国境のバルクスル基地を目指すと高度一万一千メートルから核融合発破を投下する。

 一発目は設計に重大な問題があったらしく百キロトン程度の核出力しか発揮する事が出来なかった。

 

「設計出力は一メガトンでしたよね?」

「うぅ~ん、もしかして大失敗なのかな?」

 

 残念ながら四井アーマメントシステムズの面々にはWikipediaで読んだ以上の知識は無い。

 どこをどう直せば良いのかもさぱ~り分からないのだ。仕方がないので技術者たちは適当に部材の厚みやスチレン重合体の配合を変えた物を作った。

 

 それらを一日に二発のペースでレイフォル内にあるグラ・バルカス基地に適当に投下する。

 五百キロトン、二百キロトン、一メガトン、三百キロトン、八百キロトン…… みんな違ってみんないい!

 

 理由はさぱ~り分からないがテストした中で最大の威力を発揮した一メガトンをベストと判断して残りの核融合発破は改修された。

 

 

 

 

 

グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ 帝王府

 

 お通夜の様に重苦しい雰囲気の会議室。

 その場に集うのは帝王府長官カーツ、帝国軍幹部、外務省幹部、エトセトラエトセトラ……

 東方艦隊司令長官カイザルは手に持った報告書の内容を棒読みしていた。

 

「先週からあらゆる手段を講じてレイフォルとの通信を試みておりますが全て失敗に終わっております。偵察や連絡に出した航空機、艦船も全て消息不明。真に残念ではありますがレイフォルは既に敵の手に落ちた可能性が高いのではないかと思われます」

「それで? グラ・カバル皇太子殿下の消息に関して何か情報は無いのか?」

「一切の情報がありません。ただ……」

 

 外務省事務次官のパルゲールが遠慮がちに口を挟んできた。

 帝王府長官カーツは藁にも縋る思いで身を乗り出す。

 

「ただ何だ? 何でも良い、どんな小さな事でも良いから報告しろ」

「昔から頼りが無いのは良い便りと申します。『無沙汰』という言葉も同じ意味です。知らせが何もないのは無事だからってことなんですよ」

「……」

「それにほら、可愛い子には旅をさせよって言いますでしょう? あと、獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすとも言いますし。若い時の苦労は買ってでもせよですよ」

「……」

 

 会議出席者のほぼ全員がグラ・カバル皇太子殿下の生存は絶望的だと考えていた。

 問題は誰がそれを皇帝グラルークスに報告するかだな。

 帝王府長官カーツは会議出席者全員の顔を見回す。だが、みんなそろって俯いたりそっぽを向いて視線を合わせてくれなかった。

 



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最終話(本当) 終わり良ければ全てよし

 レイフォル内のグラ・バルカス基地を壊滅させたスタッフ一同にムー政府から感謝状が贈られた。

 

「こ、これだけ…… これだけなんですか?」

「はぁっ?」

「に、二階級特進だけで…… じゃなかった、感謝状一枚だけでお終いなんですか?」

「いやいや、日本円で百億円相当をお支払いしたはずでは?」

 

 ムーの厚生大臣が口をぽかぁ~んと開けて呆ける。

 天満は心の中で『マジレス禁止~!』と絶叫するが決して顔には出さない。

 

「で、ですよねぇ~! いかがでしたか、我々の手際は? もしムーさんさえよろしければこのままグラ・バルカス本土の駆除も進めてご覧に入れますが。もう百億お支払いいただければ二ヶ月で一匹残らず駆逐して差し上げますよ」

「完全な駆除なんて可能なんですか? グラ・バルカスの人口って一億くらいと聞いていましたが?」

「大陸全土を徹底的に熱処理しちゃいましょう。駆除完了から五年以内に再発生した場合は無償で対応いたします。再駆除はもちろん、それに関連する損害も保証させていただきます」

「分かりました。よろしくお願いいたします」

 

 

 

 今回の駆除対象地域は遠くて広い。機種をボーイング787-9に変更して二機に増やす。二ヶ月間契約のレンタル料金は四億円を超えた。整備費もほぼ同額だ。もちろん前回と同様の特別改造も施す。

 パイロットも前回の倍の八名が必要なので二千万円以上掛かった。

 だが、最も高く付くのは燃料費だろう。百三十キロリットルの燃料を満タンに入れると千五百万円も掛かるのだ。こればっかりはどうにもならん。これでも燃費が良い方だと言うのだから参ってしまう。

 

 まずは目障りなイネルティアとパガンダを潰す。こちらの滑走路を攻撃されては堪らんからだ。

 それが終わるとようやく待ちに待ったグラ・バルカス本土の駆除作戦が開始された。

 787-9の特別改造機は一万六千キロ近い長大な航続距離を活かしてグラ・バルカスの全域を行動範囲に収めている。連日のように飛行しては一日二発のペースで着々と核融合発破を投下して行く。

 まずはグラ・バルカス東部にある空軍基地を叩いた。続いてレーダーサイト、基地司令部、海軍基地、陸軍基地、物資の集積所、エトセトラエトセトラ……

 

 グラ・バルカスの戦闘機は少しでも高空性能を確保しようと防弾装備を外してまで軽量化しているようだ。それどころか機銃や弾丸の搭載数まで減らすという涙ぐましい努力をしているらしい。

 そんな戦闘機たちがよたよたと一万三千メートルまで三十分以上も掛けて上がってくる様には感動を禁じ得ない。

 だが、マッハ0.85で飛ぶ787-9は三十分で四百五十キロも遠くへ行ってしまうのだ。そんな物が迎撃出来るわけもなかった。

 日を追うごとにグラ・バルカス航空機の活動は低下して行った。

 

 

 

 

 

グラ・バルカス帝国 山岳地帯に作られた帝王府地下壕

 

 お通夜の様に重苦しい雰囲気の会議室。

 その場に集うのはカーツの死亡により帝王府長官に繰り上がったオルダイカ、外務省幹部がまとめて死んだため繰り上がった外務省事務次官ダラス、軍幹部が壊滅したため佐官クラスのモブ軍人、数少ない政府関係者としてギーニ・マリクス国会議員、エトセトラエトセトラ……

 オルダイカは伝令兵が命懸けで届けてくれた手書きメモを読み上げた。

 

「依然として我が方からの呼びかけに対する反応は一切ありません。我々は既に海軍と空軍の全て、陸軍の九割を失っております。また、これまで軍事力を狙っていた敵の攻撃は先日から民間人をターゲットに移しているように思われます」

「それはつまり我々を根絶やしにするつもりなのか? ただの一人も生かして残さず殲滅するとでもいうのか?」

「かもしれませんね。とにもかくにも向こうからコンタクトを取る意志は全く無い様です」

「これが、こんな物が戦争だと言うのか……」

 

 名もないモブ佐官が悔しそうに唇を噛みしめた。震えるほど強く握りしめた拳の甲が白くなっている。

 

「それが大佐、そうでもないみたいなんですよ」

「何だ? 言ってみろ?」

「まだ無線が使えた頃に傍受した話なんですが、敵は我々を害獣として駆除していると言っていたんですよ。その時はそれを比喩的表現か何かだと思っていました。ですが、今から考えるとアレは本気だったのかも知れませんね」

「そ、それが事実だとすれば和平や降伏はありえんと言うことか? 本当に帝国は…… グラ・バルカス人民は一人残らず殺されるだと! そんな馬鹿な事があって堪るか!」

 

 目を血走らせたオルダイカが血を吐く様に喚き散らした。 

 だが、外務省事務次官ダラスは気の抜けた顔で呟く。

 

「しょうがないですよ、我々だってパガンダやレイフォルで同じ事をやったんですもん。我々は連中を野蛮人だと侮って滅ぼした。その時に気付いておけば良かったんですよ。だったら我々のことを野蛮人だと見なすくらい高度な科学や文明を持った奴がいても不思議では無いってことにね」

「しかし…… だったら今からでも何とかならんのか? 我々が益虫であることを彼らに提示できれば駆除を止めてもらえるかも分からんぞ。我々の技術や知識は無価値でも人的資源や歴史的価値はあるのでは? あるいは音楽、文学といった芸術的価値だって……」

「長官、あなたは途中までゴキブリ退治を進めたところで急に彼らを助けたくなったりしますか? しないでしょう?」

「……」

 

 まるでお通夜みたいだと思っていた会議が実はグラ・バルカス帝国の生前葬だったとは。

 その事に気付いた一同は何だか開き直った気分だ。残された僅かな時間を家族や友人と過ごそう。あらゆる任務や責任から開放された彼らの顔はとっても晴れやかだった。

 

 

 

 

 

 四井がレンタルした787-9は週休一日で毎日二発の一メガトン核融合発破を投下して行った。

 始めのうちこそキノコ雲が格好良いなあとか害獣を何匹くらい駆除したんだろうかといった話題でスタッフたちは盛り上がる。だが、いつしかそれも日常のルーチンワークとなってしまう。

 

「天満さん。俺、何だかグラ・バルカスの連中が可哀想に思えてきましたよ。どうして犬や猫は可愛がってもらえるのに奴らは害獣扱いされて殺されなきゃならないんでしょうね?」

「それは考えてもしょうがないよ、住吉君。駆除してくれって言うのがお客さんの注文なんだもん」

「だったらもしムーが日本人を駆除しろって注文したらどうするんです? まさか日本に核爆弾…… じゃなかった、核融合発破を落とすんですか?」

「いやいや、そんなわけ無いやん。その時はムーに落とす事になるだろうな」

「ですよねぇ~!」

 

 二人は一頻り大笑いすると仕事に戻って行った。

 

 

 

 三ヶ月の駆除作業を終えた後、天満の元に燃料代として八億円の請求書が届いた。

 その他にも機体の改造と現状復帰に三億円。

 百発の核分裂発破の製造原価が三十億円。核融合への改造費が二十億円。運搬費、管理費、保険代、地上スタッフの人件費、エトセトラエトセトラ…… 合計八十億円だと!

 まあ、ムーから二百億円も払ってもらえたんだから大儲けなんだけどな。天満はほっと安堵の胸を撫で下ろした。

 

 

 

 グラ・バルカス駆除の成功により四井アーマメントシステムズは害獣駆除事業を分社化して四井クリーンという新会社を立ち上げた。

 天満は営業部長に抜擢された。されたのだが…… 仕事が全然無かった!

 

 古の魔法帝国のコア魔法モドキを百連発させ、僅か三ヶ月でレイフォル、イネルティア、パガンダ、グラ・バルカス帝国を滅ぼした。って言うか、草木一本生えない死の荒野に変えたしまったのだ。

 日本…… 恐ろしい国! って言うか、四井に逆らったら危険が危ない。世界中を見回しても四井に逆らおうという気骨のある国はそうそういないのだ。

 

 

 

 後から考えてみれば四井は厄介払いしたかっただけなのかも知れんなあ。窓際の席に座った天満は例に寄ってぼぉ~っと遠くの空に浮かぶ雲を眺めていた。

 

「相も変わらず暇だなあ。営業に回ってもどいつもこいつも俺たちの顔を見た途端にお願いだから帰って下さいって懇切丁寧に頼んで来るしさ。これってもしかしてグラ・バルカスの呪いか何かかも知れんぞ。そうだ! お祓い? ご供養? 何かそんなのをしたら良いかも分からんな。守口君、どう思うよ?」

「お祓いって言うのは故人の遺品とか住んでた場所に行うものですね。この場合、ご供養の方が良いんじゃないですか。もうすぐグラ・バルカス駆除から一年ですし。一周忌法要とかやってみてはどうでしょう。きっと四井クリーンのイメージアップにも繋がりますよ」

「よし、善は急げだ。早速進めてくれるかなぁ~?」

「いいともぉ~!」

 

 小人閑居して不善をなす。暇人どもにはこれと言って他にする事もない。そのお陰もあって話はトントン拍子で進んで行った。

 

 

 

 五月晴れの空の下、高野山奥の院に四井クリーンの関係者が集う。

 織田信長や明智光秀といった名だたる戦国武将の墓が並ぶその先。脇道へ進んで行くと二百メートルほどの石畳の両側にコーヒーカップの形をした墓石、ヤクルト、福助、ロケットの墓石、エトセトラエトセトラ…… みんな違ってみんないい!

 その中でも一際目を引くのは日本シロアリ対策協会が建てたシロアリの墓だ。一寸の虫にも五分の魂。こういう風に小さな虫たちの魂も供養してやった方が寝覚めも良いだろう。

 

 今回、四井クリーンが選んだのは奥の院の更に奥だった。高級な黒御影石を使った奉賛五輪塔を石材屋さんに作っていただく。標準的な広さの墓地に普通のデザインの五輪塔を建てると必要な料金は二千万円ほどだった。

 荘厳な空気の漂う中にお坊さんの読経が流れ、線香の煙がたなびく。

 

「グラ・バルカスの皆さん安らかに。今度生まれ変わって来る時は人間に生まれてこれたら良いですね」

「七度人として生まれ変わり、朝敵を誅して国に報いて下さいね」

「どっちかといえば私は貝になりたいですね」

「だったら私は猫に生まれ変わりたいですね。凄く珍しい雄の三毛猫を希望します」

 

 何か知らんけど趣旨が変わってるんじゃないのかなあ。天満はちょっと気になったが空気を読んでスルーした。

 

 

 

 一周忌法要の数ヶ月後、開店休業状態だった四井クリーンに久々に良いニュースが飛び込んできた。もしかして早くもご利益があったんだろうか。

 

「天満部長、待ちに待った駆除の仕事が入ったので行って参ります」

「ああ、アニュンリール皇国の駆除だっけ? 住吉君と守口君、ようやく取れた大口の仕事なんだ。くれぐれも粗相の無いようにね。だけど、本当に僕が出なくても良いのかな?」

「いや、あの、その…… 部長がいない方が話がまとまりそうですから……」

「そ、そうなんだ。まあ、必要があればいつでも遠慮なく言ってくれるかな」

 

 人を小馬鹿にした様な薄ら笑いを浮かべた二人組は風の如く足早に逃げ去った。

 

 

 

 

 

 アニュンリール皇国の駆除から一年弱。四井クリーンは相も変わらず開店休業状態だった。

 いまさら日本に…… 四井に逆らおうという奴などこの世界にいるだろうか? いるはずがない! 反語的表現!

 だが、ミリシアルなど幾つかの国々は古の魔法帝国復活を本気で恐れている。そういった連中が基金を作って活動を支援してくれるお陰もあってどうにかこうにか活動を維持してこれたのだ。

 五千億円を要した黒鉛型原子炉建設費の半分はこれらの国々に転換社債を引き受けてもらうことで賄った。残り半分は国から補助金を出してもらう。

 ようやく生産された八キログラムのプルトニウム239で四発の核兵器が生産されたのは更に半年ほど先だった。

 

「やっとですね。古の魔法帝国復活まで最長で二十二年ですか? 最大で八十八発生産できたとしても…… 一発当たりに直すと五十七億円ですよ。材料費や核廃棄物の処理費用、人件費、エトセトラエトセトラ。いろいろ含めると一発百億円近くになりますか」

「しょうがないよ。アメリカが安価に核兵器を作れたのは大量生産によるコストダウンの結果なんだからな。一から原発を作ったのに八十八発しか作れなければ割高にもなるさ」

「かと言って何万発も作ったって使い道がないですしね。単価が安くなる代わりに毎年毎年何千億円も掛かったんじゃ本末転倒ですから」

「それで? 運搬手段はどうするんだ。弾道ミサイルとかは使えそうなのかな?」

「絶対に無理です、あんなコスパの悪い代物。値段も高けりゃ維持費も馬鹿になりませんから。大赤字も良いところですよ」

「だからって民間機を使うわけにもいかんだろ? 古の魔法帝国ってグラ・バルカスより遥かに高度な兵器を持っているはずなんだもん」

「そこは安心して下さい。とっても安上がりな方法を考えてありますんで」

 

 そう言うと守口は人を小馬鹿にした様な薄ら笑いを浮かべた。

 

 

 

 それから二十年ほどの間、四井クリーンは本当に害獣と害虫駆除くらいしか仕事が無かった。

 シロアリを駆除したり蜂の巣を取り除いたり。時には猪や鹿、猿といった動物の駆除も行った。それどころか雪国では除雪作業もやっている。ハウスクリーニングにも進出しようと計画しているくらいなのだ。

 外来種の蟻が大量発生した時は本当に大変だったなあ。グラ・バルカスなんかより十倍は苦労したぞ。

 それはそうと古の魔法帝国なんて本当に復活するんだろうか。あれだけ大騒ぎして嘘っぱちだったらびっくりだぞ。想像した天満は思わず吹き出してしまった。

 もしかしてこのまま何事も無く定年が来ちまったりしてな。遠くに浮かんだ雲をぼぉ~っと眺めていると……

 

「た、大変です社長! 大変ですよ!」

「どないしたん、住吉部長。猫が卵でも産んだのか?」

「話の腰を折らんで下さいな。古の魔法帝国でしたっけ? 例の変な国が復活しそうなんですよ。さっきエモール王国の人が電話で知らせてくれました」

「本当かね、それは? またまた、古の魔法帝国詐欺じゃないだろうね?」

「今度こそ本当みたいです。たぶんですけど」

 

 こいつ信用して大丈夫かよ。天満は心の中では疑いつつも取り敢えずは対応を進めるよう指示する。

 待つこと暫し、静止衛星からの映像が入ってきた。

 

「ほぼ事前の予想通りみたいですね。二割ほどが食われたみたいですけど」

「逆に言うと八割は生き残ったわけだ。では予定通り全艦突撃せよ。ポチッとな!」

 

 天満は自らエンターキーを押す。この役目だけは人には譲れん。これが俺の生き甲斐なんだからしょうがない。

 

 四井クリーンではあらかじめ古の魔法帝国の出現地点を予想して中古の無人貨物船を大量に配備していた。それぞれの船には百メガトンを超える超大型核兵器が搭載されている。

 現代ではこのような超大型核兵器は完全に時代遅れの骨董品だろう。なぜならば爆発力を大きくしてもエネルギーの大半は上空に抜けてしまうので加害半径はそれほど大きくはならない。それよりも小型の核兵器を沢山ばら撒いた方が効率的なのだ。

 そんな事は百も承知なのだが核融合反応の点火に使用するプルトニウムが百発分しか用意できなかったんだからしょうがない。

 ちなみに技術的な改善によりプルトニウムの臨界量は1.5キロにまで改善している。

 それはさておき運搬手段に航空機やミサイルを諦めた代わりにサイズや重さに関する制約がなくなったことも大きい。プルトニウムに比べれば重水素やリチウムは安い物なのだ。

 

「魔法帝国とやらからの反撃は?」

「今の所は特にありません。やっぱ、降伏勧告とかはしないんですよね?」

「核融合発破の製造には一兆円近く掛かってるんだぞ。もし降伏されても代金の回収が出来ないと困っちゃうだろ? だからと言って魔法帝国とやらに請求も出来んしな」

「ですよねぇ~!」

「んじゃ、ポチッとな!」

 

 例に寄って何でも同じボタンで済んでしまう。って言うか、このボタンを押すのもこれが最後なんだろうか。そう思うと何だか寂しいな。よし、たくさん押しておこう。ポチポチポチポチポチっとな!

 

 八十発の百メガトン核融合発破が古の魔法帝国を取り囲む様に一斉に爆発した。発破の周囲は分厚いコバルト59で覆われている。それを核融合反応で発生した中性子によって半減期が約五年三ヶ月のコバルト60を変えてしまおうと言うのだ。

 

 かつて古の魔法帝国があった土地はこの後、数十年間に渡ってγ線の飛び交う不毛の荒野となった。

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

「いやいや、住吉君に守口君。最後の最後でとっても良い思い出が出来たよ。ありがとうな」

「こちらこそ今まで本当にお世話になりました。後の事は安心して任せて下さいね」

「当てにしているよ。とは言え、ここは異世界なんだ。あの魔法帝国が最後の一匹だとは思えない。もし水爆実験が続けて行われるとしたら、あの魔法帝国の同類がまた世界のどこかへ現れてくるかもしれないんだよ」

「そ、そうかも知れませんね。そうじゃないかも知らんけど」

「まあ、大丈夫でしょう。すでにギガトン級の核融合発破が完成間近ですし。今度の奴は純粋水爆ですからプルトニウムも不要なんですよ。お陰で画期的なコストダウン出来ること間違いありませんから。サイズはちょっとだけ大きくなりますけどね」

 

 ドヤ顔を浮かべた住吉と守口が自慢げに顎をしゃくる。

 こりゃあ第二、第三の魔法帝国は確実だな。天満は心の中で小さくため息をついた。

 

 完




 語り残した事は多いがひとまずここで物語を終ることにする。
 この後、天満はムーにとどまりムーの人々と共に生きた。
 彼は住吉や守口の定年後、はじめて日本へ帰ったとある年代記は記している。
 またある伝承は彼がやがてミリシアルの人の元へ去ったとも伝えている。
 帰還した富田林はやがて四井グループ中興の祖と称えられるにいたるが、生涯副社長にとどまり決して社長には就任しなかった。
 以来、四井は社長を持たぬ会社になったという……


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