最期の旅路の果てに (夕闇)
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――()った

 

 

 吸血牙装を武器として展開し、怪物のような見た目の鋭く尖った大きな爪でクイーンと呼ばれる女の身体を突き刺した。

 

 青い血液が周囲に飛び散る。

 

 すると、怪物共に抗うため被験体となり、果てに暴走したこの女は死を目前にして正気にでもなったのか、憂いを帯びた瞳を灯し何かを語り掛けようとしてくる。

 

 垂れ下がった手を動かし、私の顔に触れようとするが、私はこの女の意思を否定する。頬への接触を中断させ、心臓を抉りだし、荒れ果て巨大な裂け目がある谷底へ廃棄した。

 

 握り潰したかはわからない。クイーンが発する高濃度の瘴気に中てられ、自身も堕鬼化する最中の行動だった。

 

 心臓を抉り取り、クイーンを仲間の下へ蹴り飛ばすとほどなくして石化し始め、荒れた軍事施設に不釣り合いな一つの美しいレリーフとなった。無常に押し蹴る私へ悲痛な表情を向けたが、私としては何をしでかすか判断つかないのだ。もうすでに物言わぬ彫像になってしまったが、悪いとは思っている。……反省はしないが。

 

 これで化け物を倒すはずの第1世代は討伐された。私が人間の生を終える原因となった化け物達が国の周りでうろついているが、内部の問題が終わり、外部対応へシフトするだろう。

 

 

「――ぐぅっ、こふっ……」

 

 

 体が爆ぜるような、業火に炙られるような、不思議と力が湧きたつような、叫びたくなるほどの悲鳴を飲み込む。すると、それが代償だというように吐血した。自身の自慢の髪と同じで鮮やかな赤だ。

 

 瘴気から守るマスクを失ったとはいえ、ここまで進行するとは流石はクイーンといったところか。喉も酷く渇く。

 

 クイーン討伐の中心となったグレゴリオ・シルヴァと短いながらも共に戦ったパートナーのジャック・ラザフォード達の無念そうな視線が私を貫く。

 

 最期に残す言葉は特にない。残された手紙から家族は蘇ることなく他界したのだと理解している。だが、一言くらいと、「後の事は頼みます」と二人に言葉を置き、残った冥血を消費して、戦友が名付けてくれたラストジャーニーを発動する。

 

 言葉通り、ここが最期の旅になるとは皮肉なものだ。

 

 クイーンの瘴気のせいか、あるいは最期の命を消費しているからだろうか。普段より増幅された力は全身からオーラに似た赤い粒子を放ち地響きを起こす。

 

 手持ちの武器は無い。クイーンの心臓と一緒で、すでに谷底の闇の中だ。

 

 そして、私は腕を振りかぶり、素手で胸を突き刺し、己の心臓を破壊する。これにより、自身の甦りはありえない。

 

 胸に埋まった片腕を伝い、おびただしい量の血が滴り落ちる。

 

 視界がぼやけ、思考が混濁していく。次第に気が遠くなり、足元が崩壊したかのような感覚を覚えつつも、ついに意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――』

 

 

 誰かが私に語り掛けてくる。

 

 

『――――』

 

 

 誰かが薄まった意思の私を呼び起こそうとしてくる。

 

 

『――――――おはよう』

 

 

 その挨拶と共に、霞がかったおぼろげな意思が一気に集約し、意識が鮮明となり、目覚めた。

 

 気が付くと私は身体を丸め、羊水のような何かに浸かっていた。軽いパニック状態になり、慌てて辺りを探る。

 

 

(これは……繭の中かしら……?)

 

 

 ぶよぶよした触感が手に伝わる。

 

 一旦、冷静になると水中にも関わらず明るいことに気づく。さらには呼吸も苦しくない。繭らしき物体を強く押すと内側から容易に破れそうだと、感覚で理解した。

 

 外の気配はわからず、留まるか破るかの選択ぐらい。外界の様子を察知できないゆえに、私は繭を慎重に破ることにした。

 

 羊水が外へ零れ落ち、私は繭から顔を出す。

 

 すると待っていたのは、荒れて寂れた教会の内部だった。壁には大きな窓のステンドグラスが嵌め込まれており、床には均一に並んだ席もある。他に、座席を見下ろしているので、自身は高い位置にいると思われた。

 

 動物などの気配も感じられない。私は濡れた身体で繭から脱出した。

 

 小山から下り、自身が何に捕らわれていたか確認しようと振り返る。

 

 

「何よ、これ……」

 

 

 思わず口に出さずにはいられなかった。私が繭に包まれていた場所は巨大な白い大木が生え、沢山の赤い実が実り、その下には巨木の養分になったであろう人類を追い詰めた巨大な化け物が下敷きになっていたのだ。

 

 ぼけた頭の中を回転させる。久々に考えを巡らしたように緩やかに働く。

 

 

(確か、そう、VAJRA(ヴァジュラ)という種類の怪物だったはず……)

 

 

 私の家族を破滅に導いた化け物であり、第一世代が国内から撃退した敵対種だ。何故こいつがここにいるのか理解が追いつかない。ただ、微弱な生命力を察知できた。どうやら、生かさず殺さず、この巨木の養分にされ続けているようだった。

 

 それでも、敵の出現に私はヴァジュラから離れ、距離を置く。丸腰どころか、全裸なのだ。無用な戦いは避けるべきである。

 

 幸いにして、血を欲する渇きはない。私は内部を探索することにした。何故なら、目の前のヴァジュラが破壊したらしき教会の出入口は白い巨木が根を張り、各出入口を封鎖している。上に跳んで窓ガラスや脆い壁を破壊すればいいのであろうが、自身の名誉のためにも全裸での活動はなるべく避けたかった。

 

 それからして、シーツやら果物ナイフやらを入手した。残念ながら衣類はない。持ち出されている。

 

 その後、間もなくして、身だしなみ鏡の前に立った私は再び驚愕することなった。

 

 

 

 

 鏡の前に立つ女性は自分のものではない。自身が殺したはずのクイーンが目を見開き、私を見つめている様が映っていたのだ。

 

 

 




END 

たぶんここらで満足した方が区切りもよく幸せ。


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 結論から言ってしまえば、私の肉体が他人の姿になったのか、もしくは他人の肉体を乗っ取ったのかは不明だった。自分がクイーンと刺し違えてからの記憶がとんでいる上に、この村には人一人もいなく、こうなった過程の情報を得ようがなかったからだ。憶測からくる仮説ぐらいがやっとである。

 

 それとこの村は廃村だった。人間や吸血鬼の影すらなく、破壊されたもしくは埃の積もった建屋ばかり。食べ物なんかは腐っているというよりは風化して長らく手付かずであった。

 

 山岳地帯にあるこの村は緑が数えるほどで過酷な環境だ。本当は森林豊かな山だったかもしれない。何せ人類を追い詰める化け物は、堕鬼と違って何でも喰らうのだし。

 

 私は一度村から出て、傾斜のある山岳を登り、下界を見渡す。視界には、人が暮らしていないと断言できるひび割れた大地が広がっていた。私の実家のあった地域とも、国にも無い、記憶に残っていない景観だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 代わりに化け物がちらほら見えた。こちらに気づいていないか、それとも縄張りがあるのか察知されないのは僥倖であった。

 

 

(本当に私は何処にいるのかしらね。皆目、見当もつかないわ……)

 

 

 堕鬼はおらず、化け物はいる。素直に受け取るなら、つまりは私は国外にいるのだろう。ため息が出そうだ。

 

 見知らぬ地域。見知らぬ国。身体のこともあるのに悩みの種ばかりが増える。一先ず、『クイーンだ!殺せ!』とならないのは救いだろう。と、前向きに捉えて自分を慰め、私はナイフ片手に村へ戻った。

 

 ちなみに、衣類はしっかり着ている。シーツをワンピース風にしたのだけれど、それなりに身体を動かしても問題なかった。まさか冥血を消費して小さな針を造り、裁縫をしようとする日がこようとは思いもしなかったが。

 

 それから、長髪であった髪を切った。もしもこれが敬愛する母の面影のある自分の身体なら絶対に髪を切りはしない。しかし、今は思い入れの無いどころか、暴走状態だったとはいえ少なくなった国民を殺戮した女の姿だ。そのままの容姿でうろつくなどリスキーな行動はしたくなく、バッサリと切った。

 

 バッサリと切って、切断された髪の毛が消失してゆく様と短くなった髪が急速に同じ長さに再生されるのを見て、育毛に悩んでいたあの家の男爵ならどの程度金額を出すだろうかと現実逃避もした。

 

 何はともあれ、この廃村での情報はある程度出切ったように思える。私は教会に戻った。

 

 

「難儀ね……。家々を漁る行為もそうだけど、実をもぎ取って丸齧りしようだなんてはしたない行儀、お母様が見ていたら卒倒しそう」

 

 

 強い人ではなかったけれど、優しく清楚で人に好かれていた。大好きな人を思い浮かべてほんのり心が温かくなるが、それも過ぎると寂しさから郷愁の念に囚われる。もう戻れない日常だから尚更に。

 

 白い巨木からもぎ取った赤い実を片手に教会の長椅子に腰を掛けた。次に、実を小さく齧ると舌に血の味が広がった。どうやら食べれるようだ。

 

 ほら食べろよとばかりに実っていたので一つ頂戴して口にしたが、美味である。これなら、目前にいる死にかけの化け物から採血して摂取しても口直しができそうだ。

 

 更には、食べている内に、この林檎ほどの実は身体に必要な血と同価値であると体感で理解した。毒を懸念していたが、これは幸いだ。

 

 気分も上向きになってきたので、嫌な事はさっさと終わらせてしまう。冥血を消費して、力を付与したナイフで化け物を傷つける。摂取した血液は獣臭が酷く美味しくもなかった。摂取効率も悪いと体が訴え、量でカバーするしかなさそうである。

 

 

(それにしても、ヤドリギだったかしら? 何なのかしらね、これ。明らかにサイズが大きすぎるし、赤い実も実ってなかったし。クイーンの血で活性化させて周囲の瘴気を浄化する話だったけれども、こんな能力があるなんて聞いたことがないわ。

 ん~……似ているだけで別物なの? ………………あーもう、考えてもさっぱりね。でも、生存に必須な血液が手に入るのだから助かったかな。これ一つで一週間は持ちそう。輸血パックよりずっといいわね)

 

 

 ヴァジュラの生き血は体感で1日。今後を考えるなら、なんとかして巨大なヤドリギを維持するべきだ。

 

 堕鬼以前、化け物達に荒らされる地球は動植物が急速に減少し、はたまた絶滅していった。資源の少ない世界で生きるのに、この巨木の維持は今後生きる上で死活問題になりそうだ。

 

 巨木を維持する方法は丁寧にも養分とされているヴァジュラがいるのだから察しはつく。辺りに生息する化け物を狩ってここまで運搬すればよいと思われる。

 

 碌な装備はないが、エンチャントナイフはさっくり通用した。殺すことはできなくもない。何よりも、廃村を探索している間にこのヴァジュラの生命力は弱り、死期が近いように思える。私も自発的に動かなければ緩やかな死が待っている予感があった。

 

 

(狙うとするなら孤立した一匹かしらね)

 

 

 死にたくはないが、試すだけ試してみよう。

 

 

 

 

 



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 白い面の顔を持つ、二足歩行の小型恐竜にも似たオーガテイルは精神的に疲弊していた。それは一匹の相方も同様である。

 

 彼らは元々群れで行動していた。弱肉強食かつ資源の少ない世界だ。仲間と協力して大型の獲物を仕留めたりすれば大量の餌にありつけ、物体を捕食することで即座に肉体を修復できる彼等は、備蓄があった方が生存率が高まる。最悪、共食いで命を繋いだりもできるのだ。

 

 だというのに、今や二匹だけだ。仲間割れでも強敵が現れたわけでもない。始まりは新たな新天地を目指す最中。先行して偵察に出た仲間が忽然と姿を消したことがキッカケだった。

 

 最初は何処かのグループの縄張りに侵入したかと思われた。強敵の存在を予感し、群れのリーダーが自身らを引き連れ、自ら前に出て出陣する。けれども、敵の気配はなく、残り少ない荷物の番を任せていた仲間が消えてしまった。現場には微かな血の臭いが残っていただけだった。

 

 そこから一匹、また一匹と消えてく。

 

 あるときは一番後列にいた仲間が。あるときは窪みの中に落ちた仲間が。見えぬ敵に狂乱し、何処かへ突っ込んでいった仲間も帰ってくることはなかった。

 

 そしてついには群れを率いていたリーダーすら消えた。

 

 捕食されたかどうかもわからない。この広大な荒野に多少の建物のみが存在する場所で、戦闘音すらなくどう連れ去ったのか判別つかなかった。

 

 不明というのがこんなにも恐ろしいものだと知らなかった。今までの世界は目に映り、知覚するのがすべてであった。強敵であれ、雑魚であれ、相対し戦うわかりやすい世界だ。

 

 

「GAUUU……」

 

 

 不安な気持ちを和らげようと喉を鳴らす。何となく狩りをして唯々諾々とリーダーに従っていた。けれども、本能的に生きるのではなく、頭が熱っぽくなるほどに考えて生存の道を開こうとする意志が必要だ。

 

 しかし今日はもう寝よう。相方が敵に備えて番をしてくれる。起きれば自分の番だ。寝る時に睡眠を取らず、寝坊しただなんて相方が可哀相である。

 

 そうして、オーガテイルは眠りについた。

 

 朝、まどろみの中目覚めると相方がいないのに気づいた。

 

 体の芯が冷え、意識が一気に覚醒し、体内の脈が早鳴りする。周囲を見渡してもひらけた視界には何もない――いや、正確にはごく一部の極一辺だけ赤く彩られている。わかりたくはないが、番をしているはずの相方の形に似ていた。

 

 行くのは止めろと警鐘が鳴る。だが、もし生きていたら? そう思うと確認せずにはいられなかった。

 

 地面が赤く彩られた場所に近づくと、半分に分割された相方が死体となってそこにいた。嗅ぎ慣れたはずの生臭さが嫌悪感を掻き立てる。目は抉られ、コアは露出していた。

 

 コアには白い棘が刺さり、それが原因なのか今にも活動が停止しそうに弱弱しく明滅している。オーガテイルは極限状態によって感覚が急激に上昇し、そのまま放っておくと消滅するのではないかという直感が働いた。

 

 慌てて仲間のコアから突き刺された棘を口に咥えて引き抜く。オーガテイルは相方にもう大丈夫だと訴えかけた。

 

 けれども、無常にもコアの活動は停止してしまう。色彩が濁り、形が崩れ、砂のように崩壊した。粒子となって霧散するのではなく、存在を世界に吸われてかのように崩壊したのだ。

 

 オーガテイルは潜在意識的に相方が蘇ることはないと肌で理解する。僅かな希望すら摘む理不尽にオーガテイルは慟哭した。敵がいるかもしれないとわかっていても、感情を発露せずにはいられなかった。

 

 そして、愚かさの代償だろう。オーガテイルの視界が突如として傾むき、意識が希薄となっていく。闇の中に沈もうとする最期の瞬間、相方の死体の半分から直立で二足歩行する脆弱なはずの生き物の姿を捉えた。

 

 そいつは薄く笑みを浮かべており、その様は捕食者に相応しく、オーガテイルにとってまさにバケモノであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は手にした黒鉄の剣に付着した血液を吸わせる。

 

 

(化け物の群れを一通り狩れたけれど、想像以上に仲間意識が強かったわね……)

 

 

 荒野に生息する一つの集団を全滅させただけなので、化け物達の感情を利用して狩るのを常套手段にするのは危ういかもしれない。

 

 

(そういった意味では軽薄な行動だったかしらね。体は血で汚れるし、化け物の一匹を完全に壊してしまったし)

 

 

 赤くてらてらと濡れた白い髪が肌に張り付き不快感。とはいえ、潜伏の一つに利用できるとわかったのは収穫だ。教会に迫っていた群れも狩れたことだし、満足とする。

 

 それから私は、血の臭いに釣られて他の群れと出会う前に、化け物の切断面を焼いて止血し廃村へ持ち運んだ。

 

 帰還後、化け物を運搬する私は教会の出入口に立つ。すると、扉が自動的に開き、中に入れば扉が勝手に閉まって白い根が覆う。餌を持ってきたことで共存できる者と判断されたか、何度目かの化け物の運搬でこうなったのだ。

 

 私は持ち帰った活動停止状態の化け物をヤドリギの根に置く。幾度も繰り返されているので今更驚きはしない。根が化け物を絡め取り、これまで持ち込んだ彼の仲間と同様、仲良く取り込まれた。

 

 魂が摩耗してもなお、養分とされ続ける過酷な運命の化け物達には感謝だ。おかげで私は自身の命を紡いでいけるのだから。ヤドリギの赤い実も増え、当面はこれで凌いでいけそうだ。

 

 その後、身体の疲れを癒すため、教会内の端で滾々と湧き出る水で水浴びと軽い洗濯をし、身も心もさっぱりすると心地良い気分で寝室に向かった。

 

 

 

 




黒鉄の剣:錬血した血武器。Q.U.E.E.N.討伐時期ではあくまでも急造品。吸血機構がついてるだけの簡素な武器。これでクイーンへ止めを刺すくらいなら、吸血牙装の方が威力も攻撃面積においても優秀である。


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 日が照らす日中、馴染みのあった大部屋の天蓋付きのベッドにて目覚めた。今は無き自室が夢であることを教えてくれる。しかも、着ている衣類がシーツの白い色から血を啜って変色した黒紫色のワンピースなのだから尚更に、現実と異なる場所だと教えてくれた。

 

 戦いに明け暮れた日々の中、見なくなって久しい夢見だ。私はセンチメンタルな気分でベッドから抜け出す。靴もないので素足で廊下へ踊り出る。

 

 豪邸に相応しい長々とした廊下に、かくれんぼで遊べるほどの幾多の部屋。そこらに飾られた棚などを横切り、物々に触れ、寂しさを覚えては気の向くままに歩みを進める。

 

 そうして、大広間に辿り着くと目の前に現れた人物にふわふわと酩酊した夢心地は吹き飛んだ。

 

 クイーンがいる。私が殺した姿と何ら変わらぬ、病院の検査服の格好でのクイーンがそこにいた。

 

 

――殺すわ

 

 

 感情が底冷えし、反射的にクイーンを殺そうと体が反応する。生身であろうが構わない。呆けた顔のあの女の首を即座に圧し折るのだ。

 

 血武器のロスタイムを嫌い、クイーンが行動を起こす前に相手の懐に入った私は、この女の顔を掴み、勢いを利用して捻り折った。太く硬い物の折れる鈍い音が大広間に響く。確かな手ごたえがこの手に伝わる。

 

 けれども、同時に自身の首からもクイーンと同様の音が自身の体から鳴る。何故?と疑問を思う間もなく、私は意識が暗転した。

 

 次に目覚めるとクイーンが私を組み敷いていた。意味がわからない。体に力を込めて抜け出そうとするも、相手の力と拮抗する。

 

 

『恐い、恐い、恐いっ! 暴走してないから! ちゃんとお喋りできるから! すぐに殺そうとするのはやめて!!』

 

「…………えっ?」

 

 

 涙目で必死に訴える彼女に、今度は私が呆ける番だった。

 

 あれから落ち着きを取り戻した私は向かい合い彼女に説明を求めた。

 

曰く、この世界は私の心の中。精神世界だということ。姿も本来の私自身となっており、指摘され鏡を見せられてようやく気づいた。

曰く、彼女の暴走は也を潜めたが記憶はないこと。私の攻撃が原因で記憶の大部分を破壊されたらしい。

曰く、彼女の身体の一部が私の身体に寄生していること。それにより蘇ったが本来の私の姿は変質し、彼女と成ったようだ。

 

 

「で、いつ頃私の中から出ていくの? 暴走聖女様」

 

『あ、優しい人だって思ってくれるんだね』

 

 

 人の嫌味を無視して、なぜピンポイントで聞こえのいい部分だけ拾い上げ、喜ぶのか。

 

 

「……記憶が破壊されて人格まで変化したのかしら? 聞いた話では献身的で落ち着きのある女性と聞いていたのだけれど」

 

 

 幾たびも殺したせいか頭でも緩くなったのだろうか、そういえば雰囲気も幼い気もする。

 

 

『昔の私は知らないよ。今のわたしはあなたの記憶の大半でできているんだから』

 

「えぇ、待って待って、流石にそれは……暴走していた原因とか多少覚えていることがあるのではないかしら?」

 

『あなたの記憶にあったおじさんから知ったんだよ』

 

「あーね、もういいわ、この話はやめましょう」

 

 

 手を軽く叩いて会話を切る。追求したって話してくれそうにもないのだし。

 

 私が話を切るほどの嫌な相手は、その道の権威があり、それなりの情報を得ている者ではあった。が、人を実験動物へと企む男のことはあまり思い出したくない。プライドと貞操を捧げるか、戦争に身を投じるか。私は後者を選んだ。

 

 形骸した家名でも多少の威厳を示せたのに通用しない相手に狙われるとは難儀なことである。口は災いの元、種の超越に共感したことが失敗だった。

 

 同じ女性ゆえに気持ちがわかるのか、彼女は同じ話をそれ以上口にすることはなかった。

 

 しかし困ったことに、彼女の言葉を素直に受け取るならば情報はないない尽くしだ。ここへ辿り着いた過程すら判明しなかったのだから。

 

 

「ねぇ、貴女。現実にあった白い巨木や貴女の身体について知っていることがあるなら教えて欲しいのだけれど」

 

『クルス』

 

「クルス?」

 

『私の名前』

 

「ああ、名前は覚えていたのね。了解よ、クルス」

 

 

 クルスはうんと言って嬉しそうに笑う。クルスは自身の名前を教えるだけで満足しなかったらしく、私の名前を要求する。

 

 

『ねぇ、あなたのお名前は?』

 

「名前、名前ね。いいわよ、私の名前は――名前は…………名前は…………?」

 

 

 不味い。名前が浮かばない。吸血鬼は死ぬ度に記憶が欠落する。ついには自分の名前すら失ってしまったか。よくよく思考を巡らせば家名すらも思い出せなかった。

 

 拠点に帰還したなら、こういったときの為の日記に記録していたのだが、何処ともわからない場所にいるとなってはどうしようもない。

 

 

『やっぱり思い出せないんだね』

 

「……そうね、不本意だけれど」

 

『いい名前があるよ!』

 

 

 そんな、新鮮な野菜が入ったよ。的な感覚で言われても少しも嬉しくないのだけれど。

 

 

『イオとか「駄目よ」……むー!』

 

 

 何故だかわからないが、仮名であっても私が名乗ってよいものではない気もする。あと、頬を膨れさせた面もよして欲しい。似合わないと言わないが、彼女は決して子供ではないのだから。

 

 その後は、レダ、キュレーネ、テーベ、テミストとギリシアで登場するの建造物や都市、人物名称が挙がった。よほどギリシア神話が好きなのだろう。

 

 

『エリザベート』

 

「血の伯爵夫人ね。血の湯浴みやアイアンメイデンが有名よね」

 

『カーミラ』

 

「物書きが創作した吸血鬼ね。……ちょっと気になるかも。そうね、言いやすく、Rを取ってしまいましょうか」

 

『カーミウ?』

 

「違う違う、牛っぽい響きにしてどうするのよ。スペルも間違ってるし、人の胸を見て言わないで」

 

 

 身体的特徴いじりは時として戦争になるのだし。少なくとも彼女に悪意はなさそうだが。

 

 

『なら、カミラ?』

 

「全くもう……仮名だし、それでお願い。神話の呼称は嫌いでないけれど、自分の通名とするには少々抵抗があるのよね」

 

『……』

 

「……?」

 

 

 クルスが黙り熟考する。何かに思いを巡らしているようで、記憶に引っかかることでもあったのだろうか。

 

 

『カミラ』

 

「ええ」

 

『カミラカミラカミラ』

 

「何? 一体なんなのよ?」

 

『ナイショ』

 

 

 何なのだろう、この大人のなりをした子供は。全く訳がわからない。きっと私は憤慨してもいいはずだ。しかし、会話にならなくなるので自重する。それと、クルスが浮きだっているのが見て取れた。彼女は目の前の女に容赦なく殺害されたことを忘れてないだろうか。献身的な彼女のイメージがガラガラと音を立てて崩れていく。

 

 ともあれ、終始機嫌のいいクルスと話し合いを進め、私はこの日からカミラと名乗って生きることとなった。

 

 

 

 



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「アイツに後の事を託されたというに、俺等は事後処理も満足にできねぇのかよっ!」

 

 

 ジャックは現状のもどかしさに研究室の机を激しく叩く。

 

 

「落ち着くのだ、ジャック。ここ等が我々の限界であり実状は変わらん。現実を受け入れ、決して自暴自棄になるな」

 

「わかっている、ああ、わかっているさ。けどな、下の連中がいないんだ、八つ当たりくらいさせてくれ」

 

 

 研究室にはジャックとシルヴァ、それからクイーンの亡骸の3人がいた。

 

 ジャックは綺麗に2等分された半身だけのクイーンの遺体を睨みつけ、頭を抱える。一方シルヴァは娘クルスの亡骸を痛まし気な瞳で一瞥した。

 

 クイーンを討伐してから約1ヶ月。溶鉱炉、電気分解に機械での破砕やレーザーカッターによる切断。どれもがクイーンの亡骸を完全に消失させるのに至っていない。

 

 

「……クイーンの死体の半分が未だに見つからねえし、周囲を探索したって何処かへ潜んだ痕跡すらねえ。この事を軍全体に周知させた方がいいんじゃないのか? 情報が少しでも欲しい」

 

「むぅ、誰かの口から漏れることを考えればな……住民を不安にさせたくないんだが、しかし検討はしよう」

 

 

 シルヴァは疲れ気味な声音で回答する。シルヴァとて、満足に事態が解決しない現状に不満がある。クイーンを討伐しても状況は好転せず、問題ばかりが増えている。もどかしさと焦燥感を抱き、心身ともに疲弊する一方だった。

 

 最期の旅路の果てに自決した彼女は地形を変化させるほどの力を放出し、クイーンの亡骸を半分割って消えていってしまった。

 

 幾ら蘇る吸血鬼(レヴナント)といえど、心臓を破壊してしまえば霧散した肉体は再生することはない。ゆえに谷底へ沈んだ彼女を発見することはありえない。

 

 だが、だからこそだろう。心臓を失った体に何処かへ消えたクイーンの半身。はっきりとこの二つが(うつつ)から消え去ったと断定できない今が、得もいえず不安にさせてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 精神世界にて。

 

 

 

 

 

『カミラの手料理が食べてみたいな』

 

「は?」

 

『ご、ごめんね? 吸血鬼は輸血パックで十分で、病院生活だったからできたての料理が食べてみたいなって』

 

「お母様に教わったからできるわ。でも、ここは夢で、現実世界は材料だってないじゃない。仮にできたとして、味ってあるのかしらね」

 

『ないけど、雰囲気だけでも味わいたいなって……駄目かな?』

 

「……赤の他人、ましてや同性の上目遣いなんて腹が立つのだけれど」

 

『当たりが強ぎない?』

 

「貴女、私に対して友達のように振る舞っているけれど、ほぼ初対面のようだって忘れてない? 殺し合いはしてても、会話なんて今回が初めてなのよ?」

 

『食べたいなー、仲良くしたいなー』

 

「はぁ……、ヤドリギの件でお世話になってるし作るわよ。だから床でゴロゴロ転がるのは止めなさい。はしたない」

 

『わぁーい、食材用意するね』

 

「まるで子供……難儀ね」

 

 

 




Q.下のおまけっぽい話は何?
A.1000文字以下だと投稿できない。


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 日が昇って落ちる回数を15回数えた私は今の暮らしに見切りをつけることにした。

 

 大崩壊の日に現れた化け物は拳銃であれば十五発、剣であれば一撃でコアに到達し倒せる相手だ。あれから進化しているようで多少強靭な肉体となっているようだが、問題はそれではない。

 

 ヤドリギも内なるクルスの仕業であるので、問題はそれでもない。

 

 答えは単純。この廃村は娯楽と情報が無さ過ぎた。周辺を探っても同様である。住処を移す必要性を感じたのだ。

 

 隠居生活ならばいいだろう。クルスと精神世界で対話し、例えそれがイマジナリーフレンドだったとしても孤独ではない。惰性に生き、静かに滅びを待つのも生き方の一つだ。

 

 しかし私は、世界の都合でなく、自分の都合で生活したい。生きていくのに変化が欲しかった。欲望があるからこそ文化は発展する。停滞する物語なんてつまらない。私は我侭だ。

 

 ゆえにこの廃村から出て行くことに決めた。

 

 けれども、私の中から別な意見が、質素な生活でもよいという気持ちが湧き上がる。クルスだ。クルスと私は感覚共有をしており、精神世界でクルスを傷つければ私も傷つく。現実世界で私が落ち込めばクルスも落ち込む気分を味わう。なんとも厄介な関係となっている。

 

 私は内から訴えてくるクルスの感情を抑え込み、荷物をまとめる。化け物の皮で作製した鞄に、数少ない荷物と赤い実をありったけ詰め込んだ。

 

 クルスは私の意志が揺らがない判断したらしく、諦めた念を私に向けた。だが今度はヤドリギの所へ行ってと訴えてくる。何かあるのだろうが、顔を掴んでこちらを向けとばかりに干渉できるこの状態はなかなかに大変だ。

 

 私は鞄を携え、クルスのお願い通りヤドリギの前に立った。以前より成長した白い巨木はもはや教会の内部で収まらないほどに巨大で太い。

 

 その巨大なヤドリギが私に白い葉で包んだ物を差し出してきた。受け取ると、中身は種だった。

 

 

(あら、これってヤドリギの種よね)

 

 

 そうだよと内なるクルスが言うてくる。なるほど確かにこれは次の拠点で活用できる必需品だ。……幾ばくかは私の推察というフィルターがかかっているので断定できないが、野宿した際にクルスから詳しい話を聞いて確定してしまおう。

 

 種も鞄にしまうと、次の新天地を目指して、半月ほどお世話になった教会から出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 精神世界にて。

 

 

 

「ねぇ、私の家の前で何をやっているのかしら?」

 

『雪のお家』

 

「……」

 

『うわっ、今すっごく呆れてた! 罰としてカミラも手伝ってくださーい!』

 

「……」

 

『あの、死ねばいいのにとか罵倒しないで欲しいな。気持ち、ダイレクトに伝わるから……』

 

「……そうね、クルスの落ち込んだ気持ちも伝わってきてるわよ」

 

『じゃ、じゃあ、手伝ってくれるよね? ねっ?』

 

「……難儀だわ」

 

 

 

 

 



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 ヤドリギの実を道中1つ食べた。食べ残しの大地を移動し、新しい拠点を見つけるまではと、大型の化け物や数のいる大多数の戦闘を回避して道を迂回した。

 

 一つ気がかりなのが、化け物を発見するたび、内なるクルスがやたらあれ等を滅殺したがったことだ。衝動を抑えるのに一苦労である。対化け物兵器と考えるなら素晴らしい感情の発露だが、未知なことばかりなので致命傷を負う可能性のある行動は極力避けて欲しい。

 

 その変わり、クルスの鬱憤解消のため少数や中型以下の化け物達の戦闘は苛烈になってしまったが……。

 

 野宿の際、仮眠したので精神世界にてクルスに抗議する。クルスの言い分では、どうにも感情的なもので彼女の考えとは違うそうだ。今までの生活でも感じていたが、聖女然としたクルスのイメージが取り返しのつかないほどボロボロである。今更か。

 

 寒冷地域ゆえ肌寒かったし、道中で新たな問題が発生したものの、一つの方向から外れず、なるたけ真っ直ぐ突き進んだ結果、荒れ果てた大都市に辿り着いた。

 

 遮蔽物でほどほどに体を休ませた後、まずは一目見てから考えようと街の探索を開始した。幾つもの半壊したビル群や押し潰された居住地、吹き飛ばされた建物があった。人類対化け物の大きな戦闘があったのだろう。

 

 他にも、ちらほらと化け物の存在を確認した。今までの道中に比べて、化け物が散開気味というかまとまって行動していない。少数の化け物がそれぞれの区域を縄張りにしている感じだ。

 

 それから以前の教会に似た良い環境があったのでその場所にヤドリギを植え、道中回収したコアも添える。次に化け物共を半殺しにし、拠点まで運搬してヤドリギの種の養分とした。

 

 かなり広い街ゆえに化け物共を狩りつくすことはなかったが、それでも拠点周囲の危険はあらかた排除した。内なるクルスもむふー、と満足気である。

 

 化け物を養分としたヤドリギは瞬く間に成長し、立派な白い巨木となる。以前クルスから聞いた話だが、彼女がヤドリギに指示を飛ばして治水したり、防犯の役目や生活環境を整えたりするそうだ。なので今日はヤドリギの傍にて体を横たえ、休むことにした。

 

 翌日、起床すると水が湧いていた。サバイバルにおいて木の少ない土壌は水の入手が難しい。当初、教会内で水が湧いていることに疑問であったが、クルスのおかげであったのだ。

 

 私は湧き水を浴びてからほどほどに身なりを整えると、ヤドリギに荷物を預け、お手製の革鞄一つで街へ繰り出した。

 

 文明の残骸だけあって、ブラシや香油、衣類など様々な道具や消耗品が残っていた。年数が経っているものの、それでも喜ばしいことだ。

 

 けれど、私が想定していたより物資が豊富だった。逃げる際、もしくは大崩壊の日以降も大量に荷物を持ち出す人物はいなかったのだろうか。建物の倒壊も大型のヴァジュラや小型の化け物が暴れたというより、更に巨躯を誇る生物が暴れたとも見て取れる。特にレーザーや高熱で焼き溶けた箇所が、別な存在を予感させた。

 

 ともあれ、物資の回収や街のマッピングに努めることにする。

 

 新聞やパンフレット、雑誌などを閲覧するに私のいる場所がドイツ寄りのロシアだと判明。眩暈がしそうだった。私の住んでいた地域から遠く離れている。化け物が跋扈する世界で気軽に行こうと思う距離ではなかった。

 

 その他に、時計も生きている物があり、クイーンを討伐してからおおよそ2カ月ないしは3カ月は超えないと思われた。意外と時間経過が少ない。それはどうでもいいとしても、この姿であるし、戦友はいれどあの殺伐としていた世界にて私を繋ぎ止めるものもない。確固たる信念もない今、あの場所への帰還は目指さなくてもよいだろう。

 

 

(種の超越に共感したせいで面倒な男もいるのだし、薄れた興味が再燃されても困るわね)

 

 

 周りに止められると思われるが、きっと裏で手段を選ばないマッドサイエンティストだと肌身感じている。なんやかんや言っても研究こそが生き甲斐なのだと。陰謀巡らす貴族生まれだ。箱入り娘でもなかったし、この見解が間違っているとも思わない。

 

 故郷へ帰らないと決別した私は、数日かけて拠点に荷物を運搬したり、カジュアルな服装に着替えて化け物の情報がないか探索した。

 

 僅かに残っていた記録から化け物の幾つかの聞き慣れた呼称と、彼らを総括して呼ばれる名称が判明する。

 

 

(第一世代の吸血鬼の時期ではなかった総称、ARAGAMI。何とも、東欧らしくないわね。北欧の響きにも似てないし……んんん~……呼称は化け物にしましょ、これが暗号的に使われでもしていたら面倒事だし)

 

 

 少なくとも、警察署内の人間が通名していることは確かだ。それと、今の私のように署内を荒らした人物も呼称しているかもしれない。

 

 デスクの上に書類を置く。すると、巨大な気配が肌を刺す。一つの方向から強い存在が街に近づいているのを感じた。内なるクルスもはやくはやくと騒いでいる。

 

 私は警察署を飛び出し、一足で屋上へと跳躍。屋上を飛び移っては移動し、より高い建造物から眼下を見下ろした。

 

 大きな気配は、その山のような巨体で大都市の端を破壊しながら侵入。小型のアラガミを捕食しながら街の中央を、よりにもよって私の拠点を目指して移動していた。

 

 

「負ける戦いはしない主義なの……なんて言える状況でないのは確かね。クイーンの時もそうだったけれど、ハードな人生だわ」

 

 

 思わず愚痴が零れる。内なるクルスもヤドリギがーと危機感を煽ってきた。どうにも吸血鬼として目覚めてから世界が私に優しくない。

 

 だからといって、いじけていても問題解決にはならない。弛緩した頭を切り替え、私は黒鉄の剣を錬血し、街で破壊活動を行う足の遅い巨体の化け物を討伐することに決めた。

 

 

 

 



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(サポートを任せるわ)

 

 

 内なるクルスに戦闘支援を要請する。駆逐するぞーと俄然殺る気の感情が返ってきた。ほんわかしているのに中身はスプラッタ、ギャップが酷い。本能的な衝動らしいが強烈な破壊感情は私も引っ張られてしまうし、今にも獲物を喰らわんとする外見は可愛い獰猛な猟犬を落ち着かせるのに苦労する。

 

 とはいえ、頼もしいのも事実。敵対勢力に甘くするよりずっといい。建造物の合間を移動する私に相手は気づかず、こちらはいつでも強襲を掛けられる。敵に近接するまで残り約二〇〇〇メートル。クルスの棘による絨毯攻撃が戦闘開始の合図となった。

 

 疲弊していないクイーンのフルスペックにより、人間大ほどの大きさのある膨大な数の鋭利な棘が触手の塊のような化け物を中心に一帯を襲う。不意に現れた攻撃に対応しきれなかったのだろう。巨大な化け物はオーガテイルを捕食するのに夢中で奇襲が成功。相当の数の棘が化け物に突き刺さった。

 

 周囲の建物がクルスの射撃により倒壊する。だが、相手は山のごとく巨体を持つ。人間や吸血鬼、はたまたビルを削り倒す威力でも、さほど問題ないようだ。

 

 けれど、それでいい。私はクルスが放った棘に紛れて相手に接近できたのだから。

 

 地面に突き刺さった棘の間を縫うように駆け、私の居場所を把握していない化け物の懐へと飛び込み、直のクイーンの血により優れた武器となった黒鉄の剣にエンチャントを施し、より刀身が長く、赤いオーラを纏った剣をクルスが棘で負傷させた部位へと振るった。

 

 一瞬の眩い赤い光が衝撃音と共に一帯を照らす。

 

 威力は高く、大きくざっくりと裂かれた切断面から、鉄砲水のごとく血液が噴出し、雨を降らす。それが確かな致命傷を与えたのだと教えてくれた。かくいう私も、化け物の出血でずぶ濡れだ。

 

 化け物も、ここまでの一撃での深手は初めてなのだろう。周囲を振動させるほどの絶叫を轟かせ、小石や砂を巻き上げる。

 

 しかし、それは明確な隙だ。私は追撃を行い、跳躍して返す手で剣を振るい、化け物の頭部を切り落とす。止めにクルスが巨大な黒い審判の棘を地表から出現させて、化け物を突き殺した。見栄えのよくないオブジェクトの完成である。

 

 私は隆起した超巨大な棘とそれに突き刺さった巨躯を見上げる。巨大な触手の塊のような化け物は苦痛を全身で訴え、しばらく蠢いていたが、次第に活動が弱まり、沈黙した。

 

 

(一当たりして相手の攻撃手段を探る予定だったのだけれど、思いのほか決まったわね。クルスもありがとう、お疲れ様)

 

 

 内なるクルスにお礼を伝えると、照れる感情が返ってくる。素直な私の気持ちがクルスへ直接に伝わるので、どうにも恥ずかしくなるそうだ。とはいえ、偽りのない感情なので享受して欲しい。

 

 戦闘も終わったので刺し殺した化け物を下ろしてもらい、山のような化け物を解体してコアを剥離した。流石にあの攻撃でコアの損傷は免れず、だいぶ傷を負っている。コアは今日中にヤドリギの養分にできるが、骸の方は運搬に日数が必要そうだ。

 

 この化け物、今回は簡単に討伐できたが、積極的に喧嘩を売りたくはない相手である。レーザーを放とうとした挙動が見られたし、大都市での遠距離戦はご免こうむりたい。街が滅茶苦茶になる。侮っていいはずもない強敵だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハンニバル。バハムートなどの竜人に似た――けれど翼のない――白い巨体のアラガミは怒り狂っていた。いずれ捕食する強敵が、好敵手が、友が何者かに滅ぼされたのだ。証拠はない。だが、足の遅い山のようなアイツがどこを探しても姿を見かけないのは異常であった。

 

 アイツとは初めて会ってから今まで、痛み分けの戦いで終わっている。互いに競い合い、肉体のフィジカルや体の動きが鍛えられる日常はそこらの有象無象に倒されることはない。

 

 時折、アイツとの戦いの後の疲弊を狙って、矮小な小さき者共が襲い来ることもあるのも確かだ。だけれど、一度、アイツと共闘し小さき者共の巣で暴れまわったはずだ。それがまた再燃したのだろうか。

 

 しかし、小さき者共の拠点を観察したが、怯えるばかりで何もしてこなかった。不満の募る日々だ。

 

 今日も、小さき者共とは違う、小型の獲物を捕食し腹を満たす。すると、一つの事を思い出した。小中大の全種を狩りすぎて獲物が逃げて狩りづらくなったと話していたことだ。もしかすると昔の狩場を覗きにいくかもとも言っていた。

 

 俺はアイツの痕跡を追って、住み慣れた場所から離れた。

 

 日が昇って降りてを繰り返し、ようやくアイツの最後の残滓を見つけた。それはだいぶ前に小さき者共が逃げ出した棲み処だ。ここで足取りが途絶えているのだからアイツはここにいるだろう。期待に胸が膨らむ。

 

 けれど、違和感を覚えた。あまりにも静かだ。小型の気配もない。アイツが食べ過ぎたのだろうか。沈黙が無人の住処に横たわっている。

 

 俺は僅かな痕跡を頼りにアイツを探す。1日をここで過ごし、気配を確認した。アイツは小さき者共の巣にいたのだ。

 

 だが、一つおかしいことがある。巣は俺より大きいが、アイツはこれに入るほど小さくはない。それと、なぜか体がこの巣の触れるのを嫌悪している。嫌な予感がした。

 

 俺は頭を振り、何を躊躇しているのだと己を叱咤する。口から炎を吐き、巣を破壊した。が、一部が壊れただけで白い物が覆っている。攻撃の相性が悪いと思い、炎から火球へと攻撃を変える。幾度も爆破し、爪でダメージを蓄積させる。まるでアイツの体のようで厄介だが、どうにか壊れた。

 

 そして俺は地獄を目視する。

 

 数えるのも馬鹿らしいほどの小型や中型が白い物に絡めとられている。白い物は胎動し、破壊された部分を自己修復しようと哀れな者どもを啜っていた。生かさず殺さず永遠と。

 

 憐れな者共の眼が一斉に俺を穿つ。生気のない、けれども必死な形相に思わずたじろいでしまう。

 

 これを創り上げた奴はなんなのだろうか。こいつ等の悲鳴が聞こえないのだろうか。今まで喰らった奴らに生まれて初めて、殺してくれ殺してくれと視線で訴えられる。自然の摂理と間逆な情に、生理的な吐き気を覚えた。

 

 それから俺はある気配に気づき、見つけていけないものを目にしてしまった。

 

 

――おい、嘘だろう?

 

 

 アイツがいる。元の大きさに比べれば小さな球体のアイツが絶対逃さないようにと何重にも白い物が巻きついている。あんなにも強かった好敵手が、友が地獄の中に取り込まれていた。

 

 

――俺との勝負がまだだろ? ……なのに何でそこにいるんだよ……。

 

 

 頭の中が真っ白になり、しばらくその場から動けなかった。目が熱い。湿った何かが瞳から零れた。

 

 どのくらいの時間が経過したか、ようやく正気に戻った俺はアイツとこいつらを助けようと行動を起こす。呆然としている間に白い物が修復を終え閉じてしまったが、再び抉じ開ければいい話だ。

 

 白い物に攻撃しようとした矢先、殺気を感じ、その場から飛びのく。幾つもの太い棘が上空から地面に突き刺さった。

 

 しかし、殺気の主は現れない。

 

 今すぐ殺気の主の喉笛を噛み千切ってやりたい怒りに身が蝕まれる。けれど相手はアイツ等を苦しめているバケモノだ。俺でも遂に成し遂げられなかったアイツを倒しきったバケモノだ。敗北はアイツ等の仲間入りを意味する戦いだ。体が自然と震える。

 

 バケモノが今も様子を見て、虎視眈々と狙っていると推測できる。

 

 

……。

 

…………。

 

………………。

 

 

 考えて、考えて、考えて……俺は最低なこと行動に移ることにした。きっと少し前の俺ならば侮蔑をするだろう。それほどまでに目にした地獄が俺の価値観を変質させた。

 

 俺は猛然とその場から駆け出し離れた。

 

 全てを置き去りにして逃げ出す。後ろを振り向かず一目散に。みっともない姿に自分を嘲け笑う。臆病者だ。だが、バケモノに勝つために対策を講じなくては。アレの仲間入りだけはどうしても嫌だった。

 

 バケモノもまさか俺が全力で逃げ出すとは思わなかったのだろう。追っ手来ることはなく、無事に魔の手から逃れた。

 

 

 

 




Q.ハンニバルの登場早くない?
A.格好良いから


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【挿絵表示】

 

 

 白い竜人に拠点が攻撃される前、私は街から離れ、廃村をカモフラージュとして生活する人間らとコンタクトを取っていた。もちろん、目の特徴が異質すぎるので黒いミラーのゴーグルを装着している。服装も軽装でなく、スチームパンクを意識した格好だ。

 

 初めは彼らに取り囲まれ物々しい雰囲気であった。相手も私と同様、ゴーグルで目元や顔下を布で半分覆ったりして素顔を隠している。女一人に銃器を持ち取り囲むとは、市民ゲリラや暴力集団を彷彿とさせ、どうにも真っ当な集団でないように思えた。

 

 拘束されはしないが、背中に散弾銃を突きつけられ、荷物も取り上げられた。今の私は丸腰だ。説得をしてゴーグルだけ外させはしなかったが。

 

 簡素な部屋にリーダー風の青年が一人、左右には同年齢の男と女が一人ずつ私を囲む。彼等との会話を一通り終えると、勧誘され、しかし私はその話を断った。

 

 

「お話は理解しました。けれども、お断りさせていただきます。私には一人旅の方が性に合っていますので」

 

「まぁ、そう言うなって。化け物共が暴れるに暴れて工事が遅々として進まない”ハイブ”って言うコロニーが一部開放されるそうなんだ。これでようやく食料の生産が安定して、避難済みの上級国民だけじゃなく、俺等にもまともな配給が回ってくる。

 それでも外部居住区の受入れが飽和状態で定員オーバーなんだが、どうにかチケットを手に入れてな、もう野ネズミのような怯える日から解放されって訳だ。野盗の生活からおさらばなんだよ。

 だけどな、俺等の仲間でもないアンタを連れてってうっかり口を滑らされると周りの印象が怖いだろ? なぁに、仲間には女もいる。ただ、俺等と一緒に家族としてハイブに受け入れてもらうだけさ」

 

「こうして会話できて嬉しくはありますが、再度お断りします」

 

 

 群れるのが嫌いという訳ではない。下手に人の輪に加わってしまうと食料の調達が難しそうなのだ。それにクルスと議論を重ねた上で判断したい。何故か人との交流を嫌がっている。廃村でもそうだったが、何かトラウマがあるのかもしれない。憂鬱状態が続くのは、私の精神衛生面でも良くないのだし。

 

 交流を持つなら、ハイブへ向かう彼らより、身分証明が難しそうな村や町が良いだろう。幸いにして、化け物が進行していない安全地帯があるというのだ。

 

 ゆえに、彼らとはここでお別れだろう。彼らはハイブへと数日の内に移動するとのことである。

 

 

「だったら一人で歩いて行くんだな、ハイブの場所も教えねぇ。ARAGAMI共の進行を食い止めて無事な街や村はあるが、アンタが乗ってきたバイクも回収させてもらうぜ。命だけは取らないんだから安いよなぁ?」

 

「優しいのね」

 

 

 一向に承諾しない私に、リーダー風の青年は強情な女だと呆れた。

 

 その後は、リーダー風の青年が仲間を呼んで来たときと同様、背中に銃を突きつけられ、村の外へと生身一つで追い出された。

 

 帰り道は少々億劫だ。例え、訓練された人間でも、次の町や村まで辿り着くのに徒歩で数日の日数を必要とする。普通に死ぬ距離はある。今の身体スペックならば、走って今日中に帰宅できるが、背中に突き刺さる監視の目がある。監視網を抜けるまで我慢だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カミラが村から離れる際、外で待機していた仲間の一人にカミラの監視を任せた3人は、引き続き会話を再開する。先に口を開いたのは左右で囲んでいた若い男であった。

 

 

「やーい、フられてやんのー。なっさけね~」

 

「んだよ、うるせえなぁ……っ」

 

「ねぇ、無理矢理仲間にできなかったの? あの人死んじゃうよ?」

 

 

 若い女がカミラの身を心配する。

 

 

「はー、無理に決まってるだろ、あんな不遜な女。下手すりゃ、直接手を下さないといけねぇし、ここにきて仲間に余計な被害を出したくねぇよ」

 

「もし、あの人がどうにもできなくなって戻ってきたら助けられないかな……?」

 

「ないな! ……いや、涙目になんなよ。あの女は戻ってこないって意味だ。自尊心が高そうな奴だ、道半ばで死ぬだろうよ。そうやって優しいことばっかしてると、また怪我するぞ。刺された傷、完全に治ってないんだろ?」

 

「そうそう。絶対俺等には頭下げねーよって態度が滲み出てたわ。血統書の犬が野生に帰りましたって感じ、お高くとまってるよな。だから気にすんなって」

 

「う、うん……」

 

 

 若い女は指摘されると、小さく呟き俯くばかりで反論することはなかった。

 

 アラガミの被害を受けていない安全な村や街は確かに存在している。けれど、輸入が限られ、人の受入れが飽和し物資が不足する今日(こんにち)、その日を生きるために人間同士の奪い合いがあるのも確かだった。

 

 

 

 



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10

 

 

 

 敵を喰らう武器「神機(じんき)」を振るい、アラガミを倒す専門のハンター”神機使い”。それらを束ねるフェンリルという組織。そのフェンリルに所属し、ロシアハイブにて派遣された男性士官は防衛任務に就いていた。

 

 男性士官はハイブを囲う外壁の屋上から、外部居住区へ移り住むための手続きをしている国民を見下ろす。かなりの行列である。違反者も見られ、連行されてりもしていた。

 

 ちなみに、ああいった手続きの条件を満たしてない者の一部はハイブの周りでテントを張り、僅かにでも助かろうとするのだが山のごとく巨体を持つ”ウロヴォロス”と”ハンニバル”が共闘し駆逐してしまった。そのため、今では滅多に見かけない。ただ、わざと見殺しにしたのではないかとの意見もあり、勝手に住み着いたのだからという言い訳は難しく、対価を貰って仕事している以上、人命だとかで世間から責められ叩かれる。

 

 

「人類の生存可能域も減っていってるし、国が力を合わせて殲滅作戦でもしてくれるといいんだが……はぁ……」

 

「お前は暗い顔ばっかだな」

 

 

 落ち込んだ気分でいると、ハイブに派遣された軍の軍人に肩を叩かれる。神機使いより五つ年上だ。

 

 男性士官は振り向くと、投げられた珈琲缶を片手で受け取る。

 

 

「おっと、これは准尉殿、お疲れ様です」

 

「おう、お疲れさん。お前に朗報持ってきたぜ」

 

「はぁ、朗報ですか」

 

「気の抜けた返事だな。OUROBOROS(ウロヴォロス)が消え、ARAGAMIの個体数が減っているっていうに」

 

「おぉ、本当ですか!」

 

「本当だよ。今日だって小型の襲撃なかっただろ? おかげ様でほぼ休みがない状態から解放されたもんだ」

 

「はー、軍の方で何かされたんですか?」

 

「いや、ARAGAMI……というよりかはHANNIBAL(ハンニバル)の動きが変わったんだ。他を屈服させて仲間を集めている感じだ。とんでもなく脅威だが動きが鈍い。しかも、増えると思えば減っているときもある。こっちは困惑気味だよ。微妙な顔をすんな。散開した奴等が防御力の低い場所を襲うことが減るんだ、壊滅する村や町を思えば悪いことばかりじゃない」

 

「当然、原因は――「知らん」ですよね」

 

「かなりの集団だからとミサイルの発射が決定し射出された――が、迎撃された。やはりMAIDEN種は厄介だな。ああも撃ち落とされては容易に手が出せん。かといって広範囲高威力の核の使用は上級国民が許してくれないしな。せっかくARAGAMI共から距離が離れているんだ。ちっとの影響くらい許容しろって話だわ」

 

「未だに手を(こまね)いて見ることしかできないってことですか……」

 

「OUROBOROSがまだ健在だったらハイブを襲った経緯もあって撃てたんだろうが、消えちまったからなぁ。外で頑張ってる神機使いと軍の奮闘に期待って感じだ」

 

「あ、後、各国との足並みは揃いそうですか?」

 

「そりゃお前、俺のわかることじゃねぇよ」

 

「連合軍、早くARAGAMI共を殲滅してくれ……」

 

「まぁ、気持ちはわかるわ」

 

 

 会話が途切れると准尉は煙草に火をつけ、吸い、吹かす。安全を求めて国民がハイブに集っている。眼前に広がる光景は決して良いとはいえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 留守中に拠点を襲われ、白い竜人の化け物を取り逃がした私は、より安全地帯を求めて拠点を地下へと移した。と、言ってもヤドリギに関して私のできることは少ない。主にクルスが頑張った。

 

 そして今は就寝し、精神世界にてクルスの要望を叶えている最中。私のできない行為を補佐してくれる彼女へ、お礼の気持ちとその謝礼である。

 

 

「はい、できたわ。三つ編みよ。貴女の髪、長いからいじりがいがあるわね」

 

『次これやって』

 

「夜会巻きね、わかったわ」

 

 

 クルスにヘアスタイルのカタログを見せられ、次の髪型を指定される。現実世界で閲覧した雑誌はこうして精神世界にももたらされる。編むのに時間がかかった髪だけれど、私自身もいじるのが好きなので、特に意に介さず三つ編みを解いた。

 

 今は無き実家であるクルス好みに魔改造された部屋にて、私はクルスの髪をいじる。ご機嫌メーターが上限突破し、津波のような感情を私にぶつけてきた。世話する私も純粋な喜びを教えられれば気持ちがいい。

 

 

『ねぇ、カミラ』

 

「何かしら」

 

『カミラって許婚がいたんだよね』

 

「そうね、時代錯誤だっていって無くなった家もあるけれど、私の家にはあったわね」

 

『もしも、その人が生きていたら結婚とかしたい?』

 

「大崩壊がなければ結婚していたでしょうけれど、家がなくなった今はどうかしら……再興する気もないし、会ってみないとわからないわね」

 

『ふーん?』

 

 

 嫉妬。クルスから話しておいて、機嫌が悪くなっていくのがわかった。友達を取られるみたいで嫌なのだろうか。

 

 

「でもそうね、恋愛をするにしても今は駄目ね」

 

『駄目なんだ』

 

「喜ばないの、せめて言葉の感情くらい抑えなさい」

 

『だって、駄目だったし』

 

「それは今の私が貴女の姿だからよ。他人の女の姿なのに好きになりました、なんて言われても複雑すぎるじゃない」

 

『じゃあ、ずっと駄目だねー』

 

「ふぅ……もう……。なら、クルスはどうなのよ」

 

 

 人々のために犠牲になってしまったとはいえ、研究にトラブルなく順調であれば、いずれは再びルームメイトと一緒に学生生活を送れただろう。容姿に優れているのだし、彼女を放置する異性はそういないはずだ。

 

 

『わたし?』

 

「そう」

 

『昔のことなんて知らないし、今で満足だよ』

 

 

 どうにもクルスは過去のことを否定し続ける。そこに違和感があるのは確かだが、追求を恐れている感情もあるし、クルスと不仲になっても良いことはない。私は言葉を飲み込み、クルスの髪をいじり続けた。

 

 

 

 



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11

 

 

 

 アラガミを率いるハンニバル。突然変異したと思われるこの固体は非常に警戒心が強い。単騎のミッションにて神機使いをハンニバルの棲みつく街へと偵察に出した。だけれど、2名とも遂に帰ってくることはなかった。

 

 そして今回、ハンニバルの規模把握ならびに、統率個体の討伐を目的とした神機使いが複数人投入されることとなる。4名でチームを組み、これに足止めやかく乱として軍人10名の小隊が付属。全員がロシア人だ。

 

 しかし、彼等は街の序盤の戦いでハンニバルに罠を仕掛けられた。

 

 街へ踏み込み、3体のオーガテイルを駆逐しようとした矢先、一匹が逃げ出す。チームプレーで殿をする2体を倒し、逃げたアラガミが仲間を呼ぶのを防ぐため、一番身軽な者がそれを追った。

 

 そこまでは良かった。

 

 オーガテイルはひび割れた道路の真ん中で逃げるのを止め、反転し、オーガテイルが咆哮をあげる。瞬く間に、窓から飛び出してきたオーガテイルの群れに一人の神機使いは取り囲まれた。

 

 待ち伏せだった。

 

 仲間を救出しようと、アラガミの囲いをこじ開けようする神機使い達。けれど、建物の上から飛び降りてきたヴァジュラに妨害され、また舗装された路上前の、足場の悪い岩だらけの地面が落盤し、ひとつの巨大な窪みへと落下した。

 

 穴は深く、壁は強固に塗り固められている。神機使いの身体能力であっても跳び登れそうにもない。かといって横穴を開けられず、小隊の手助けがなければ脱出は困難だ。

 

 悪いことに、穴の中には一緒に落ちたヴァジュラもいる。加えて、穴の周りを囲むようにシユウも現れ、瓦礫を投げつけたり、球体にした波動を撃ち込んだりと苦戦を強いられた。

 

 小隊は彼等を助けなければならないが、サリエルがエネルギー弾にて小隊の行く手を阻み、口に神機を咥えた一際体の大きい2体のオーガテイルが弾の嵐を駆け抜け、小隊を切り刻んでいく。

 

 一人、また一人と倒れる人類側。先陣を切った神機使いがオーガテイルの群れの包囲を突破した。落盤した穴から仲間が叫ぶ、逃げろという一声で、一人の神機使いは苦渋な想いを抱えアラガミの包囲網から抜け出す。

 

 一人だけ生き残った神機使いは傷を負った体でほうほうのていで街を脱出。こうして逃れたのに、無茶をして誰一体追ってこないことに策に嵌められたのだと悔し涙が流れる。

 

 神機使いは街から離れたところで待機している装甲車に辿り着き、絶望することになった。

 

 資料で目を通したハンニバルが、脱出手段を破壊し、待ち構えていたのだから。傷らしい傷もない。1対1の、圧倒的に不利な戦いだ。

 

 神機使いは己の死を覚悟し、雄たけびを上げ、ハンニバルに挑む。さながら、一人の勇者のような光景。けれど、神機使いが最後に見たのは自身を焼き尽くす炎だった。

 

 こうして、神機使い達はハンニバルに敗れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハンニバルは棲み処に戻ると、ザイゴートから被害を確認する。倒された下僕は殺した小さき者共より少ない。だが、特有の腕輪と武器を持つ小さき者だけを対象にすると倒された小型の数は相手より超える。

 

 とはいえ、頭を捻った甲斐があり、本来倒されてばかりの小型でも自分達を有利な戦況へと導けるとわかった。それは他の小さき者共の戦いでも、大型個体の戦いでも変わらない。

 

 新らしい武器が手に入ったのもいい。適応する個体を探すため、暴走する下僕を相当数屠ってしまったが、それを乗り越えれば新たな強さが手に入る。

 

 GURURUと喉を鳴らす。

 

 ハンニバルは現在下僕を率いる身である。自分の立場を狙っている馬鹿共もいるし、下僕同士の仲が険悪だったりと、それらを抑えるためにも己が強くあらねばならない。しかし、自由に一匹で生きているより、安心感があるのも確かだった。

 

 今なら、遠いあの地にいたバケモノがここに現れたとしても大丈夫なような気がした。

 

 

 



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12

 

 

 

 近頃の私はヤドリギをより成長させるべく、化け物達を駆逐する勢いで狩っていた。少なくとも、私の留守中に白い竜人を撃退できる力は欲しい。今後身軽な一人旅をし、見聞を広めるつもりなのだし。

 

 もしも列車を使ったとして陸路でロシアを横断するなら、休憩を挟んで1週間。走行距離は約1万キロ。各地に滞在する以上、相当な期間、私は大都市に戻ってこない。

 

 化け物達の遺体の収集については、長く根を伸ばせるようになったヤドリギが回収してくれる。ヤドリギに化け物を与えれば与えるほど成長し、地中深くに根の範囲が拡大していった。今では小国ならば優に跨ぐ長さだ。

 

 そして今回。好みの恰好を身に纏い、化け物の気配がぎっしりと詰まった、遠くにある一つの街へと侵入。逃げれぬ、かつ人に見つからぬよう、透明な霧の牢を展開する。最近クルスが開発した錬血の一つだ。

 

 電波を遮り、光の屈折により不可視になる効果と近づく者はたちまち激しい恐怖と痛みに襲われ消滅する代物である。なお、激しい戦闘での制御が難しいゆえに、素直にクルスを頼り、操作を預けた。

 

 幾度かそこらにいる個体に戦闘を仕掛けてみたものの、中にいる化け物は異質だった。さながら軍隊のように練度が高く、小細工を仕掛けてくる。おとりに、待ち伏せ、毒ガス部屋、落とし穴に粘着トラップまで。化け物の中に人間が憑依でもしたのかと疑うほど。昔の私なら数にも押され、とうに疲弊し死んでいた。

 

 現在では馬鹿げた耐性に身体能力。罠に困ったら建物ごと倒壊させてしまえと頭の悪い行為。どちらが物事を考え、思考を巡らしているかと思えば化け物の方である。

 

 戦略を純粋な暴力の戦術で踏み潰す私に、相手も業を煮やしたらしく、遂に総力戦となった。

 

 口に神機を咥えた一際体の大きい2体のオーガテイルや群れ。ヴァジュラを白くして女神像の顔を持った大型や獅子の頭を持った巨躯の青白い鳥人など、見知らぬ生物もおり、さながら雁首を並べた化け物の博覧会だった。

 

 一番後ろには白い竜人。サイズが以前の奴より大きいことと、多少見た目が違っていることから、私達の拠点を襲った化け物と異なるかもしれない。

 

 道中討伐したこともあって、数にして66。多いか少ないかは個人によるだろうが、とにかく威圧感がある。あれから私だって能力面が強化されているが、これは骨が折れそうだ。

 

 危機感を持つ私とは逆に、内なるクルスはうわあと無邪気に喜ぶ。お菓子の家に踏み込んだヘンゼルとグレーテルのような興奮だ。おもちゃのようにあれ等をねだられた。

 

 戦って不味そうなら撤退も視野に入れて、今は――

 

 

「みんなここで死ぬのよ」

 

 

 こいつ等を倒すことに専念しよう。

 

 私は赤く胎動する黒鉄の剣を握り締め、一歩踏み出し、音を置き去りにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は俺の目にした者が信じられなかった。バケモノは小さき者共と同じ姿をしていたからだ。しかし、バケモノの身に蠢くナニカが、小さき者共と異なる存在だと教えてくれる。腕輪や武器の特徴ではなく、バケモノの中に邪悪なナニカが潜んでいるのだ。

 

 少し前、バケモノが来ていたのは肌で感じていた。何せ、突如街を覆う何かがあのバケモノと酷似した気配を放っていたから。無視しろという方が無理だ。

 

 その見えない何かも、下僕が確認したところ、触れた部分から分解され消えた。捕食による肉の修復も呪いのように困難で、切断面からより深く切り取ることでようやく回復した。つまりは、地上に逃げ道がないということだ。

 

 そして、今。俺の試みを突破し、バケモノが下僕達と戦っている。

 

 一刀一殺。赤い軌跡を残して、群れが真っ二つに切り裂かれ、地に沈んでいく。

 

 武器を咥えた奴は刃を交えて一撃を凌いだが、体ごと弾き飛ばされ、振るう2撃目で胴が上下に泣別れとなった。

 

 手が翼となっている雄鳥の人型は防御の構えをしたのに、真っ向面から斜めに切り捨てられ、ズズズと上半身がずれては、直立した下半身から血が噴出する。

 

 四肢を地に着けた大型の獣は地面を落盤させる時と同様、己の自重でバケモノを押しつぶそうと飛び掛りはした。が、左右に分かたれ、バケモノを避けるかのように落下して地面を揺らすだけに至る。

 

 大きな蝶のような雌型はエネルギー弾を差し込もうとする。けれど、跳躍して避けられ、バケモノが武器を投擲し、飛来したそれが蝶の雌型へと突き刺さって爆発。内側から肉塊が四散した。

 

 女の顔を持った大型の獣が氷と冷気を操り、巨大な氷柱を上空から自由落下するバケモノへ突き刺そうとする。だが、バケモノが片腕に赤い光を纏い、その片手からかつてライバルと同じ超巨大なレーザーで氷柱ごと呑み込み、地面を抉っては、女の顔を持った獣は下半身を消失させた。一応は生きている。生かされたというべきか。

 

 俺の群れの中で、俺を含め3番目に強い奴がああも容易に倒されるとは……。ぞれぞれの強さに壁があるとはいえ、流石にこれは……。俺が強くなっているように、バケモノも成長していた。

 

 

――俺はまた逃げるのか……?

 

 

 いいや、プライドはあの時に捨てたはずだ。群れに、家族のような情があったとしても非情になれ。

 

 

――戦略的撤退だ……!

 

 

 念には念を入れて地下から地上に向けて掘った抜け道が二つある。それを誰にも使われてない以上、逃げ延びることができるはず……!

 

 俺は2番目に強い、獅子の顔を持った鳥人へ現場を任せる。覚悟をした顔を見せてくれた。すまない。今後どうなるか予想はつくというのに、その事を言わず俺はまた罪を重ねる。その後、頭に大きな目玉を乗せた雌型を抱え、足の速いわずかな数を連れてバケモノに背を向けた。

 

 全力疾走をしてあの場から離れると、後を任せた鳥人の雄叫びが聞こえた。

 

 地下へ潜って、舗装した巨大な地下通路を走る。しかし、途中で俺達の足は止まってしまった。見えない何かが地下通路まで届いてしまっている。ただ、放出される力は地上より薄いように思えた。

 

 俺は意を決して、透明な何かへ飛び込む。体を分解されるような苦痛や、痛みから湧き上がる恐怖が増幅されるおぞましさ。下僕達の悲鳴を耳にしながら、どうにか突破した。

 

 しかし、後続に続くわずかな下僕も死に絶え、残ったのは俺と俺が抱き抱えた頭に大きな目玉を乗せた雌型の一匹のみだった。

 

 

 

 




シユウ:手が翼となっている雄鳥の人型

ヴァジュラ:四肢を地に着けた大型の獣。

サリエル:大きな蝶のような雌型。

プリティヴィ・マータ:ヴァジュラを白くして女神像の顔を持った大型。女の顔を持った大型の獣。

セメクトの寒冷Ver:獅子の頭を持った巨躯の青白い鳥人。2番目に強い、獅子の顔を持った鳥人。

ザイゴート:頭に大きな目玉を乗せた雌型。


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13

 

 

 

 時間というのは長いようで短かったりする。廃村から都市へ移住して1年以上が経過した。再び白い竜人は取り逃がしてしまったけれど、あれよりも小さい、それこそ最初に見た竜人を回収したのでよしとする。

 

 その後、ヤドリギの完成度に満足した私は長い間お世話になった大都市から出発した。

 

 それからかなり日数を掛け、ハイブという人間のコロニーを発見する。が、新たな移民は受け付けておらず、中に入れない状況であった。立ち寄りであっても、難民に同情して外部居住区者が匿ってしまうそうだ。あまりにも多い違反者とそれよるトラブルが増加したこともあり、許可書を持つ者以外立ち入り禁止となってしまっていた。

 

 しかしながら、ただ追い返すだけではなく、化け物が極力いない安全地域を教えて貰えた。私は世界の情勢を知るため、ハイブを後にする。そうして、各村や町を巡った。移動や情報収集、血涙を回収に本拠点に戻ったり、中継地点の選別だったりでさらに時を刻ませた。

 

 どうにもロシアはARAGAMIが優勢で、一時姿を消した白い竜人HANNIBALが率いる軍団、人類はそいつに惨敗続きのようだ。私が回収した他にも、HANNIBALがいるらしい。

 

 ただ、現在最も気になっているのはフェンリルという組織だった。

 

 

(神機使いの存在も気になるわね)

 

 

 大きな武器に片腕に大きな腕輪。彼等が暴走した際には、彼等がそれぞれ使用していた武器でしか倒せないという噂も耳にし、なかなか難儀な存在だと認識した。しかし、デメリットに関しては吸血鬼よりマシかもしれない。

 

 本日辺境の村でお世話になる家の椅子に腰掛ける。

 

 吸血鬼と違って血を必要としないのにも関わらず、身体面において人間より一段進んだ者達。蘇生はできないようだが、目をつけられると厄介そうだ。

 

 

(吸血鬼、人間、神機使い、ARAGAMI。さて、私達のスタンスはどうしようかしら)

 

 

 吸血鬼は伝記的な存在とされている。少なくとも、ロシアには認知されていない。ARAGAMIを食物の頂点から蹴落とし、人間が君臨した際、何が不都合かと考えれば嫌な想像しか浮かばない。

 

 知り合いであれば良心に期待するが、その他大勢。厄介者は隔離もしくは排除した方が事は簡単。民主主義とは数の少ない意見が負ける。

 

 

(化け物が頂にいる間に条約を結んでくれるといいのだけれど……)

 

 

 人間との交流をしている間に更に時間は進み、クイーンを討伐してから2年以上が経過している。故郷が外交していたとして、吸血鬼の存在が噂に立ってもいない。伝聞の早い時代だと加味すれば、悪いケースもありえた。今はまだ他者に正体を知られる訳にはいかないだろう。

 

 クルスだって、人間と交流を始めてからというもの眠ってしまっている。精神奥深くに引っ込んでしまい、私からクルスに会いに行っても健やかな寝顔を見せるだけだ。

 

 

「カルラ、考え事?」

 

 

 服の裾をひっぱり、私の偽名で呼んだのは、この家の子供アリサだ。両親に似て白銀の髪がとても綺麗な女の子である。

 

 

「ボーっとしていただけよ」

 

「目の辺りを包帯で巻いてるからわかり難い」

 

「目に頼らない生活をしているからね」

 

「遊ぼ?」

 

「いいわよ」

 

 

 アリサの嬉しそうな声。私の手を掴んでは引っ張る。小難しい考えは後にして子供と遊ぶことにした。

 

 

 

 




胎動する黒鉄の剣:錬血した血武器。黒い刀身には呪いめいた血の技工が施されている。ヤドリギを介して幾多のアラガミを喰らった結果、堅牢な守りをも崩す刃となった。


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14

 

 

 

 バケモノに半永久的に囚われたアイツから逃げ出し、率いていた群れすら一度捨てた俺は脅迫概念にも等しい想いから強くなった。かつて街にいた群れは約一〇〇匹。なら、それ以上に下僕を増やし、かつ小さき者共に数を知られないよう活動を続けた。

 

 何せ、小さき者共が撃ってくる、超遠距離の強力な爆発物は危険だ。今は対処できているが、下僕にした奴からそれよりも強い存在のことを聞いたのだ。撃たない理由は俺達が小さき者共の近くにいるからだと思っている。小さき者共は、俺達が奴等の巣で暴れ、大勢の弱い奴がいる時はほぼ撃ってこないからだ。

 

 数を見せつけるにしても時期尚早だ。目視するのも難しいほど高くいる、空をぶんぶんと飛ぶ物体に、現在、体改良している下僕の攻撃をそいつにぶち当てるまでは秘密にしておきたい。頭に大きい目玉を乗せた雌型に相談したところ、そう納得してくれた。

 

 頭に大きい目玉を乗せた雌型は今では情報の報告だけではなく、下僕達の意見を集め考え、俺の相談にのる役ともなった。体は小さくなり戦闘能力が落ちてしまったものの、隠密行動に優れ、素早く俺のもとに情報の提供ができる雌型は貴重である。何よりも、あのバケモノを目視し、肌で感じ、生き残ったのだからかけがえのない存在でもあった。

 

 俺は下僕を着実に増やし、強くし、棲み処を幾つもにも分けた。大きな規模になれば、バケモノに遭遇する回数も増えるだろうと高を括っていた。だけども、不思議とバケモノは俺達の前に現われなかった。

 

 空を飛ぶ物体を専門に目視させている奴に、針による射出試験の結果、空高い物体を撃破できるだろうと判定が出た。ただし、日が落ちて昇るのを1回として1発だ。数の少ない大型個体であり、その1発を撃てば、小型にすら負ける時もある大型だ。調整をし、運用を間違えないようにしなければ。

 

 それと、小さき者共にも他のグループの奴等にも負けることのない俺の群れは、連勝を重ねるごとに弛緩した空気が漂いはじめた。一番下の下僕達はそれで構わないが、側近達も同様であるのは些か不味い。一度、久方ぶりにバケモノの棲み処を見せるのもいいかもしれない。できるなら、アイツを救出できればいいが……。

 

 俺は13の精鋭を選別し、あのバケモノの地へと連れて行く。

 

 そして俺達はバケモノの巣を遠くの小山から一望した。巣は己の指より小さい。

 

 簡単な話だ。俺達はバケモノの巣にさえ近づけないほど、危険な土地だと察知したのだ。あちらこちらが地雷原。命を失いだけならいいが、そうはならないだろう。

 

 耳を澄ませば、土地全体から湧き上がる絶叫。コアを持つ者ならわかるだろう。怨嗟の嘆きが永遠と絶え間なく、風に潜んでいる。永らく耳にしていなかったアイツ等の声が聞こえる。

 

 

――わかってはいたさ、俺がお前達を助けれないことは……ああ、クソッタレッ……!

 

 

 ある種の諦めに似た達観が、静寂に隠れた不協和音の地獄に冷静さを保ってくれる。

 

 だが、それは長年心に抱え続けた俺だけであって、精鋭達は駄目だった。

 

 泣く奴、自失呆然とする奴、情緒不安定に笑う奴に絶望する奴。それぞれが、違った表情を見せてくれた。だが、激情した奴がよろしくない具合だ。白い巨躯を持った人型の雄蝶だ。

 

 俺の静止に従うことなく、俺の腕を振り切っては浮遊して苦悶の地へと侵入した。

 

 地中から突如、巨木のような白い棘のある触手が現われ、白い雄蝶を絡め取ろうとする。他の側近が助けに行こうとしたが、俺は炎を吹いて、一喝。黙って見守らせた。

 

 もう間に合わないのだ。

 

 白い雄蝶は光の壁を展開したが、その巨体より更に巨大な触手に多少抵抗しただけで破壊され捕らわれる。毒の鱗粉を撒き、エネルギー弾など遠距離攻撃を駆使する。けれども、次々と出現する触手により、体を傷つけられ、巻き付き、地中へと引きずり込まれ沈んでいった。

 

 盛り上がった土は触手共が整え、均等にし、その姿を消す。

 

 しばらくすると、白い雄蝶の悲鳴が地中から響いてきた。次第にその声も遠くなっていく。もう奴は、アイツと一緒に地獄の仲間入りだろう。仲間想いの奴だったが仕方がない。

 

 他の精鋭達は、行動を起こしたそうだったが動かない。雄蝶に起こった身の出来事を見て、助けに行く奴は愚か者だ。少なくとも、命の使い時はここではない。

 

 俺は、頭に大きい目玉を乗せた雌型との境遇をゆっくりと語った。

 

 話終えた後、精鋭達はまだ見ぬバケモノを恐れた。当然俺だって怖いからよくわかる。同時に、幾匹かはバケモノと戦いたくないという表情をする。効果がありすぎた。

 

 

――もう、この土地から離れた方がいいかもしれないな。

 

 

 最終的には頭に大きい目玉を乗せた雌型と相談した上で判断を下すだろうが。

 

 ひとまず、新たな新天地の意見を募集すると、あのバケモノが周囲をうろつくだけで近づけなかった建物があるそうだ。そいつが話すには、体の中に邪悪なナニカが潜んでいるのは理解していたが、小さき者の姿をしていたから情けなくて誰にも言えなかったらしい。

 

 俺が特徴を尋ねるとバケモノと一致した。

 

 そこは小さき者共が壁を築き大集団で集まる土地。かつてアイツと俺が暴れた地でもある。小さい希望が俺達を照らす。互いの顔に余裕が出てきたのがわかった。

 

 現在は巣が完成したようで強固な壁が周囲を覆っている。きっと何かあるのだろう。加えて、バケモノの巣からどこよりも離れているのがいい。どうせ負けても死ぬだけだ。名誉の死でもある。永遠の苦痛よりずっとマシだ。

 

 俺達はその地を奪うことにした。

 

 

――もっといいのは、空を飛び、広大な海を超えて新天地を目指すことだ。俺に翼があればな……。

 

 

 少し背中が熱い。

 

 

 

 



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15

 

 

 

 人々が安全を求めて集うロシア最大のハイブ。人命優先のため、最低限のみ揃ったフェンリル施設の執務室にて一人の男性が入室する。

 

 

「支部長、人員の集まりどうですか?」

 

「ダイゴ君、君か。まぁ、難航しているね、権力者の方々は血生臭い現場を自分の子供に強いるのは嫌うしさ。加えて、派遣された身だと自由勝手できないときた。こんな時世で、まだまだ軍の権威が強いのも厄介だね。それと君、支部長はまだ未定だよ」

 

 

 書類作業の手をとめてダイゴを迎え入れた男は、謙虚を装いつつも、将来の支部長と言われて頬が緩まっている。ハイブの事情もあり、派遣というスタンスにより、フェンリルロシア支部の完成は程遠いが、未来を思うと嬉しさが湧き上がるのだろう。

 

 

「ヨハネス氏からはそう伺っておりますが」

 

「ははっ、嬉しい事に目を掛けて貰ってるからねぇ。そちらの検査はどうだい?」

 

「膨大な数のカルテや各個人の検査書類など手に入りましたから、具合のいい適正者を発見次第といったところでしょうか」

 

「なるほど、それはとても良いことだ。ハイブは分母が多いけれど、適正のある子がゴッドイーターを目指すとは限らないからねぇ」

 

 

 そうですね、と大車ダイゴは未来の支部長に同意する。ダイゴの活動地域はハイブに及ばす、近隣の街や辺境の村と多岐に渡っていた。

 

 

「ああ、それと、丁度良さそうな子がいたら主従医をしたいと思っております。色々と試したいこともありますので」

 

 

 その話題を聞くと、支部長と呼ばれた男は声の音量を下げて、小声で話す。

 

 

「うーん……ヨハネス氏の機嫌を損なうような悪いことはしないでくれよ?」

 

 

 話している最中に、普段より室内が明るくなる。

 

 

「……おおっ? 窓から光が。何だ、あれは?」

 

「火球――っ!?」

 

 

 窓の外から強烈な光が差し込む。安全であるはずの土地で、爆発と熱放射を浴びた二人は、一部の建物ごと塵芥と化し、それ以上言葉を紡ぐことはなかった。

 

 突如上空から降り注ぐ火球の雨に各地で爆発が発生、ハイブ内が騒然とした。空にいる敵の姿を追えば、白い巨躯に背に大きな翼を生やしたハンニバルが制空権を奪い、滑空している。ドラゴン、白き竜といって差し支えのない造形だった。

 

 ハンニバルが上空でハイブ全体を揺らすほどの咆哮を轟かすと、彼の率いる精鋭や下僕達がハイブの近くの地中から穴を開けては現れ、一斉にハイブを目指して突き進んだ。

 

 壁に到着まで約10分、人類側の迎撃態勢はまだ整っていない。

 

 

「くそ、アイツは第1種接触禁忌種HANNIBALじゃねぇか! また進化したのか! いい加減にしてくれよっ!!?」

 

「准尉、さっさと戦車に乗るんだ! あのバケモノを撃ち落とさんと被害が拡大する一方だぞ!!」

 

Да-с(ダース)!!!」

 

 

 神機使いもまた、無線でグループ通話を行いながら一つの集合場所へと駆ける。

 

 

「最悪の事態だ。進化し、制空権を奪取したHANNIBALが攻撃を仕掛けてきた。現在の高度は約1800メートル。今まで戦ってきた戦闘データーを鑑みて、遠距離神機であっても有効射程距離外。当たっても豆鉄砲程度。頭がいいARAGAMIと言われるだけあって、空を飛ぼうとするヘリは集中狙いで即撃墜される。つまり俺達があのARAGAMIにできることはない。まずは地上から攻めてくる奴等を抑えるぞ!」

 

 

 女の神機使いが、通話越しに眉をひそめた。

 

 

「で、向かってくる数は?」

 

「それぞれ3方向から大中小合わせておおよそ1000体。加えて、接触禁忌種12体だ。こっちは俺達4人の神機使いと国軍、それから各地に散らばった仲間に救援要請を送っている。心して、それこそ死ぬ気で臨んでくれ」

 

 

 女の神機使いが建物を横切り、全力で走りながらも怒鳴る。

 

 

「12も!? 馬っ鹿じゃないの!? どれだけ隠れ潜んでいたのよ!!?」

「いや、禁忌種はグループ単位でも難しいですからね!? っていうか、ARAGAMIが1000!?」

「は? ……は? 禁忌種討伐ノルマが一人当たり3……? VAJRA(ヴァジュラ)相手に4人で戦うボク達で?」

 

 

 グループ通話に、男女の悲鳴が一斉に入り乱れた。

 

 

「予測では禁忌種は最大でも3体だったんだがな、大外れだったようだ。ARAGAMI殲滅作戦の前段階のおかげで軍隊の質こそ揃ってる。ニホンジンの神機使い達がまだこちらに着任していないのが残念だったがな。まぁ、手柄は立て放題だ」

 

「立てる以前の問題よ!」

 

「それでも俺達がやらなくちゃいけない。なぁに、一方向の敵を潰せば、味方も到着するだろ」

 

 

 このグループでも大型1体ですら苦戦する時もある。近隣に散らばった仲間を合わせても、禁忌種2体が限度。単体でも街を廃墟にできる禁忌種はそれほどまでに強敵だ。

 

 絶望的でしかない会話の中、爆音と共に建物と地面が大きく揺れた。住民の阿鼻叫喚の声が響く。

 

 人々の悲痛の声を耳に、全員がハイブの出入り口の一ヶ所に集結した。

 

 

「よぉし、全員揃ったな、お前達ぃ!! 敵を全力でぶっ潰すぞ!!!」

 

 

 他の3人も、それぞれやけっぱちな声で気合を入れる。

 

 逃げることなどできない。地下を含め、大都市ほどの面積を有するハイブ、彼等の肩には総勢約100万人の国民の命がかかっているのだから。

 

 

 

 




霧の牢獄:クルスが創造した錬血。透明な霧によって外の世界からも見えなくなり、断絶された隔絶の地となる。


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16

 

 

 

 戦車、もしくは移動式ミサイル発射台搭載車両に乗り込み、急速接近するアラガミ達を迎え撃つため出撃。次々と鋼鉄車両が外に出て、ハイブの壁を背に、攻撃を開始した。

 

 

「前面に出た、通常よりもデカいVAJRAやSHIYUなどが邪魔で、他のARAGAMIに当てきれん! MAIDEN種を背に乗せた奴等もいるんだぞ! もっと砲弾を寄越してくれ!!」

 

「馬鹿いえ! 前面に出た奴等が一定の負傷をすると交代で後ろに下がって補給しているのがわからないのかっ!? 回復する奴等を狙い撃ちして倒しきらんと直ぐに復帰するぞ!!!」

 

「それよりも、禁忌種をどうにか――うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 間隔を開けた3台の戦車が超強力な火炎放射を浴び、砲弾ごと呑み込まれ、熱の過負荷により車体耐えきれず、不完全に溶けては、爆破または中が熱されて死んでいく。

 

 ラーヴァナと呼ばれる赤い外殻に覆われた4足歩行のアラガミが、最前線に飛び出し、蟹のような大口径の砲塔が備わった両腕のハサミから、火炎の噴射を浴びさせたのだ。

 

 他にも、生きる機械・テスカトリポカとポセイドンによるミサイルの応酬や、ラーヴァナに続き、ゼウスによる特殊な直射型エネルギー砲撃によってミサイルを搭載した鉄鋼車両が貫かれ、燃え上がる。次には爆ぜて鉄くずを撒き散らした。

 

 外壁に出た軍隊は、禁忌種の攻勢やメイデン種に対空でミサイルを落とされたりと、アラガミを追い返すほどの決定打は与えられず、猛然と距離を詰められるばかりで苦戦を強いられていた。

 

 神機使い達も外壁の外で、アラガミの群れに飛び込み、壮絶な戦いを繰り広げている。

 

 前面を走る巨大なアラガミ達には無視されたものの、後続しているアラガミが相手だった。

 

 グループで巨大な猿人のような体躯のコンゴウを2体、連携する5体目のオーガテイルを女の神機使いが撃破する。

 

 

「これで7体目! 討伐記録更新続きじゃない! もうどっかに帰ってよっ!!」

 

 

 女神機使いの悲鳴を耳に、リーダーがとある状況に気づく。

 

 

「待て……囲まれた!? この誘い込み、OGRETAIL(オーガテイル)は罠だったか! 中型ばかりが俺達を囲んでいるな!!」

 

「こいつ等、私達をここに足止めをしてすり潰すつもり!? どうにか突破しないと!!」

「壁が厚い上に、普通のARAGAMIより強いです! 無理に突破すると分断されて各個撃破されるかもしれません!」

「うっ……、離れた所からMAIDENがボク達を狙ってる……囲いから逃がさないつもりだ……!」

 

 

 馬に騎乗するようにオーガテイルの背に跨った、特殊なメイデンが針を構えて狙っていた。

 

 リーダーは先ほどから大粒の汗を流し、浅く噛みちぎられた脇腹から出血が止まらない。体も痺れてきている。グループの仲間も結構な傷を負っている。もう撤退するべきだが……。

 

 

「悔しいが、ちょっと頭を捻られるだけで何倍も厄介だな!」

 

 

 他の仲間の救援はまだこない。

 

 最も悲惨なのは、空中の自由に飛び交うハンニバルがいるハイブの中だ。高角砲の弾がばら撒かれ、戦車の砲が轟く中、死傷者は膨大な数であり、魔女の釜の底のような有様だった。

 

 

「目標の撃墜はまだかっ! 推測被害が5万人超えたぞっ!!」

 

「駄目です! 対象は希望観測でも軽傷であり、今しばらくかかると思われます!!」

 

「なら住民の誘導はっ!?」

 

「四方八方で外へ逃げようにも、我々が建造した壁があり散開できません! 地下へ避難誘導を行っております!!」

 

「国外からの援軍はどうなっている!?」

 

「駄目です! 戦闘機、通信繋がりません!! 信号もロストしました!!」

 

「首相の脱出の準備は!?」

 

「だ、大統領とそのご家族は亡くなられました……!」

 

「ちくしょうっ! 何もかも滅茶苦茶か!!」

 

「奮戦します!!」

 

 

 国外からの空軍救援も、それ専用に調整され各地に配置されたアラガミ達によって屠られている。ハンニバルの猛攻を抑えることのできる者は、少なくともこの場にはいなかった。

 

 

 

 



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17

 

 

 

 ロシアのハイブが陥落寸前だとして、各国は緊急会議を開いた。

 

 

「今しがた、ハイブが落ちました。奮闘はしたようですが、止まるに至らなかったようです」

 

「ロシア第3ハイブが陥落しただと!? 揺り籠は別としても、ハイブは人類の守護者となる場所だぞ! それが落とされた!?? ロシアは一体何をしているんだ!!!」

 

「ふむ、推定死者は9割超。ほぼ完成に近いハイブが破られたと。完成したハイブの外壁ですら時折ARAGAMIに破られることを考えれば、各地の国民の不安が高まりから治安悪化は避けられませんな」

 

「殲滅作戦を前にして、ARAGAMIにハイブが占領されるとは前代未聞な……また各国の足並みが揃わないせいだとまた叩かれてしまいます」

 

「皆さん、静粛に。こうして緊急モニター会議をしたのは他でもありません、ロシア第3ハイブをどうするかということです。不幸なことに今回の襲撃でロシアの首相も亡くなわれてしまいました。確かに、ほぼ全滅なのは間違いありませんが、それでも僅かな住民が動くこともできずに立て篭っているということです」

 

「滅却処理すら許されませんね」

 

「言葉を慎みなさい、不謹慎ですよ」

 

「そうですね、失礼しました。ですが、誰が救援に向かうというのです? 今ハイブを占領しているのは、ロシアの中で最強と名高いHANNIBAL。彼等率いるARAGAMI軍団ですが……首魁は現在、空を飛ぶんでしたね?」

 

「まぁ、こうも危険種が集団結束していると、救援を送ったとしても悪戯に被害が出るだけでしょうね」

 

「では、静観でもしますか?」

 

「いやいや、それよりもロシアにいる有力者から何か無いんですか?」

 

「早く事態を収束して欲しいと」

 

「ふふっ、失礼。変な笑いが出ました……うーん、フェンリルにでも任せますか?」

 

「足りなくないか? あのHANNIBAL限っては知略で人間の罠にかけるARAGAMIだぞ。軍団も練度が高い上にその下ですら多少の知恵も回る。空戦対策ができたとしても、神機使いがいなくならないか?」

 

「やはり、滅却処理しかないのでは……?」

 

「いや、だからそれは最終手段でしょう」

 

 

 モニター越しに各国が集う会議の進捗は硬直するばかりである。デメリットばかりが目立つ今回の件。誰もが責任を持ちたくないのだ。容易に失敗が想像できるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハイブが陥落した不幸は周辺地域にも広まった。辺境の村にも。

 

 

「ねぇ、お母さん。どこ行くの?」

 

 

 夜遅く、慌ただしく荷物をまとめる両親へ子供が問う。

 

 

「あらあら、アリサ起きたのね。今、お父さんと避難する準備を始めているの。明日になったら迎えの人達がきて、お家とさよならしないといけないから」

 

「えー、カルラと会えなくなっちゃうよ」

 

 

 怪我してカミラに貼って貰った絆創膏に触れる。

 

 

「大丈夫よ、きっとカルラさんも避難しているだろうから。さ、明日は疲れちゃう日だからもう寝なさい? いい子でしょ?」

 

「んん……わかった」

 

 

 アリサは母に言われて、寝ぼけ眼で自室へ戻っていく。

 

 

「ふぅ、まさかハイブまでARAGAMIに占領されてしまうなんて……どこも安全な場所はないのね」

 

 

 アリサの母は未来に不安しかなく、自然とため息がでた。

 

 

 

 



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18

 

 

 

 辺境の村に数日滞在した後、アリサとその両親に別れを惜しまれつつ、村から出発した。それと、辺境の村から結構離れた場所に、男の顔を持った黒いヴァジュラが森の熊さんこんにちはと偶然出くわしたので、私は死ねと挨拶をし、剥離したコアに道中の付き添いをしてもらうことにした。なお、遺体は森に還って頂いている。

 

 まったく、比較的安全とはなんだったのか。周囲の村々を滅ぼしてもお釣りがくる強さ。とんだ辺鄙(へんぴ)な場所へ出没したものだ。

 

 その後、ハイブが陥落したという情報を得た私は、地域住民と避難することなく、ハイブへ向かった。危険は承知である。他人の不幸で申し訳ないが、貴重な資料やらを入手できる絶好の機会なのだし。

 

 徒労に終わるかもしれないが、この世界で吸血鬼として自由を謳歌するならばやる価値はあるように思える。人間側に私という肉体素材を一切渡さず、得られるものがあるならそれで良い。

 

 私は敵に察知されない程度にハイブ周辺に待機し、冥血を消費してカモフラージュを自身に付与する。BOR寄生体因子をクルスが弄って開発した能力だ。

 

 イカの色素胞の仕組みを取り入れたと笑顔でのたまっていた。その頃が少し懐かしい。けれども、体臭まで誤魔化しきれないので素早く行動しなければ。

 

 

(グチャグチャだこと、酷い有様。竜が空を飛び回っているし、悪魔の居城のようね)

 

 

 以前立ち入れなかったハイブ。中はあちらこちら人間の死体で一杯だった。人間側は頑張ったようだが、多数のアラガミの姿を確認できる。ただ、一つ良いことに、焼けた鉄の臭いや死体の臭いにより私を感知しづらくなったはずだ。

 

 

(軍事施設、神機使いの拠点は何処かしら……運が巡ってくれるといいのだけれど)

 

 

 倒壊した建物、化け物達が漁っている現場、地下施設と大都市並みの広さだけあって遅々として探索が進まない。

 

 

(またハズレ、同じ結果ばかりね)

 

 

 クルスのサポート無き今、それらしき建物を発見するまで時間を要した。

 

 建物を発見後は、屋内に侵入する。一部焼け焦げ欠落しているが、防衛拠点のような建物はなかなかに広い。オーガテイル等の小型のアラガミも徘徊しており、一筋縄ではいかなそうだ。

 

 

(電力がまだ生きてるのよね……まずは監視カメラを落とさないと)

 

 

 私は引き続きカモフラージュを維持して、人間の死体を漁るアラガミを避け監視室を探しだした。カメラのシステムをシャットダウンさせては、記録が残らないようメモリー媒体を破壊する。それからは、出会うアラガミを意気揚々と始末した。

 

 閉じた扉は化け物のしでかした所業と思わせるため、素手を吸血牙装のオウガ型に変貌させて破壊。己の影に冥血を伸ばして影を拡げ、地面から狼のようなハウンズ型を出現させてはアラガミや人間の遺体を貪らせ、取り込み、処理をする。

 

 今や私は吸血牙装備なくとも、それに酷似した攻撃方法ができるようになっていた。ハウンズ型を介して、身体にもたらされた人間の血液は甘味である。元人間だけあって、私の好みは新鮮な人の血なのだろう。クイーン討伐時期に好きではなかった輸血パックも、今では好物の一つだ。

 

 

(だからって、狩らないけどね……獣ではないのだし。でも、実際首を差し出されたら喜ぶかも……)

 

 

 牙を伸ばして吸血もできる。人間の感覚もだいぶ薄れた。伝奇のごとく、吸血鬼(レブナント)から立派な吸血鬼(ヴァンパイア)へと着実に成っている。

 

 閑話休題。今はまだ、アラガミ蔓延る敵地だ。余計な雑念を捨て、次へ向かう。有益な情報がありそうな事務所を見つけたが、パスワードがいる。個人の荷物や職員の死体から手掛かりを見つけなければ。

 

 武器施設の扉の前に到着すると、破られた防壁に人の残骸が散乱していた。外に残って戦ったか、避難が間に合わなかったか。なんにせよ、化け物の食べ残しは他より酷い。

 

 中から人の気配もする。化け物も当然いる。

 

 

(広いフロアね、訓練場も兼ねているのかしら。とりあえず、お食事中の化け物をおびき寄せないと)

 

 

 私は人の残骸を拾い上げると、武器施設にたむろする化け物達の前に投げる。相手は私に気づいたようで追いかけて来た。一旦武器施設から引き離す。

 

 ほとんどの化け物はこうして襲い掛かってくれる。けれども、時折、戦わずに逃げる個体もいるので、それが一番厄介だ。

 

 再び戻ると、人の気配を探って歩き、少しずつ濃くなる新鮮な血の匂いにまだ生きていると確信を持って距離を縮める。

 

 私はクローゼットのような武器入れの前に立った。見たこともない武器が扉の前に散乱しているので、非常にわかりやすい。

 

 扉に軽く力を入れると、抵抗された。

 

 

Open(オープン) Sesame(セサミ)

 

「ひぃ……っ」

 

 

 中で充満していた血の匂いも開放される。腕に怪我をした若い女が中に隠れていた。これは私が血の匂いに敏感なだけなので、大きな怪我ではない。

 

 

「あ、あぁっ……! 良かった、人だぁ……!」

 

 

 目尻に涙を溜め、感激する若い女。何か既視感がある。私は若い女を見定め、覚えのある血の匂いを頼りに、記憶の片隅にありそうな過去を掘り起こす。

 

 

「あ、あの……! 救助に来てくれた方ですよね……っ!?」

 

「……また会ったわね。2年ぶりかしら?」

 

「へ……?」

 

 

 若い女は何のことかよくわからなそうな、きょとんとした顔をする。

 

 思い出した。この若い女は野盗の腰巾着のような女だったはずだ。きっちりと制服を着こなしている。ここの職員になっていたか。

 

 若い女はしばらくの間ぼんやりとし、そして理解したらしく、顔を真っ青にして震えあがった。2年前と恰好も違うのによくわかったものだ。記憶力が良くて助かる。

 

 優秀な彼女に、私は微笑んだ。

 

 

 

 




Q.野盗の女の登場時期って?
A.9話。


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19

 

 

 

 武器入れに隠れた女の名前はアルシュといい、将来設立する神機使いの達の支部にて事務員となったそうだ。競争率は高かったそうだが、努力したらしい。記憶力だけでなく、優秀な部類の人間であった。

 

 まず私は彼女に首輪を付けることにした。文字通りに。錬血で創造した首輪をかっちりと嵌める。

 

 

「えっ、……えっ? 突然何ですか? というか、何処から出したんですか?」

 

「細かいことはいいじゃない。事務員なんでしょ、貴女。この建物の資料をひっくり返すのを手伝いなさい」

 

「で、でも、守秘義務とかあって……い、痛っ」

 

 

 彼女の小指を掴む。

 

 

「昔のことをネチネチと言うのもどうかと思うのだけれど、生身一つで放り出されて大変だったのよね。寒冷地域で野宿も一苦労。目の調子も見ての通り悪化してしまってね……ところで、この細い指をへし折ったら私の留飲って下がるのかしら? ねぇ、どう思う?」

 

 

 普通に嘘も混ぜてお喋り。笑顔は攻撃の表情だというのは誰が言ったか。目元は包帯で覆っているので口元くらいしか見えないだろうけれど。

 

 

「や、優しい人だった――い、痛い痛い痛いっ! お、折れる! 指が折れちゃいます! 手伝いますから止めて下さいぃ!!」

 

「そう、素直でよろしい」

 

 

 アルシュの指から手を離すと、彼女は涙目で痛んだ指を擦る。余計な動きをしたなら本当に折れていたのだから、素直に痛かったのだろう。

 

 暴力で従えるとは最低な部類だけれど、以前の仕返しとして許容してもらおう。

 

 

「死にたくなかったらしっかり働いてね。その首輪爆発するから、アルシュの首くらい簡単に吹き飛ぶわよ」

 

「ふ、ふええ……」

 

 

 私は怯えるアルシュを連れ出し、食べ物を漁ってから事務所へ向かった。

 

 事務内のパスワードを解除させ、資料を閲覧する。上司の情報などは、荒らした荷物から彼女に分析させた。優秀というのは本物で、アルシュが知る上司の性格と彼女の持つ知識から上司の資料を得るまでに至った。

 

 ついでに、医務室や武器施設も漁る。出来る限りデーターを起こさせ、私に提出させた。難題ばかり押し付けたので、精神的にも摩耗したようだ。頭から煙が出ている。

 

 

「素敵。下手したらシステムトラップでデータごと消えるかもしれなかったのに、想像以上の成果だわ。事務員の能力を越えているわね。きっと、エンジニアとしてもやっていけるわよ」

 

「そしたら、カル君に会える時間減っちゃうから……」

 

 

 知らない男の名前を出されてもわからない。おそらくは野盗の頃の仲間だろう。

 

 

「ふぅん? まぁ、いいわ。食料を現地調達したこれでも食べて休んでなさい」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 持ってきた食料を机の上に広げると、アルシュは少し信じられないというような目で見てくる。食料を独占するとでも思っていたのだろうか。脱出の際に栄養不足から行動できなくなることを懸念して、わざわざ食料を回収しに寄り道したというに。逆に満腹になられても困ってしまうが。

 

 けれど、気にしたって何か変わる訳でもないので、私はアルシュの反応を気にせず、タブレットからデーターを呼び出し確認を行う。

 

 膨大な数の資料を捌くのに時間を要したが、面白いことが判明した。また、まとめた資料を閲覧させるため、私はアルシュに声を掛ける。

 

 

「……う、うん? おはようございます……」

 

「寝ていたの? 化け物のいる渦中なのに豪胆ね」

 

「ご、ごめんなさい。人がいると安心しちゃって」

 

「別に責めている訳ではないわよ。資料のこれ、見てみなさい。詳しいことまで目を通してはいないんでしょう?」

 

「は、はい……! 少々、時間を下さい!」

 

 

 断片的なデーターをまとめたものを閲覧する彼女は、途中で体が固まる。内容を理解したくないのか、何度も同じ資料を読み返す。

 

 それもそのはず、神機使いを統括する組織を立ち上げた一人が、地球を呑み込むほどの巨大なアラガミを創り、終末補食という地球の環境をリセットする計画を立てていたのだから。当然、計画の成就のあかつきには多くの人間が死ぬだろう。

 

 

「……あ、総括の名前もある」

 

「総括?」

 

「えっと、ここでフェンリルの人員を統括している人です。将来の支部長とも言われていました」

 

「そう、なら、選民思想的な”アーク計画”の信憑性は高いのね。こんなデータを残しているなんて、ダイゴという人物はヨハネスと何かしらの確執があったのかしら?」

 

「ど、どうしよう。カル君も私達も死んじゃう……」

 

「そのフェンリル全員がグルだったら、もう完成してるかも」

 

「ううう……」

 

「ヨハネスという人物に加担するにせよ、反抗するにせよ、まずはここから生きて出ないとね」

 

 

 体力回復のため食事をさせたものの、アルシュを気絶させて荷物ごと外に運んだ方が面倒ごとがなさそうだ。

 

 

「じゃ、じゃあ荷物をまとめちゃいますね!」

 

「私も手伝うわ……いえ、その前に隠れましょ。何かが近づいている気がする」

 

 

 複数ある電子機器や床に散らばった資料を整理している隙に彼女を気絶させようと思っていたのに間が悪い。

 

 

(いいえ、気配をやり過ごしてからアシュルを運べばいいもの。もう寝かせてしまいましょう)

 

 

 余計な行動をされる前に。

 

 

 ピロピロピロピロピロ♪

 

 

 私から大音量の電子音が鳴った。アルシュから奪った携帯だ。

 

 

(……最悪)

 

 

 私は彼女から手荷物を回収したが携帯の中身まで見ていない。つまり、そういうことだ。私がアルシュから手荷物を奪う間、アルシュが何か弄る暇もなかったはずだ。携帯の設定はそのままである。少し前ならARAGAMIに気づかれ、胃袋へ直行だろう。

 

 余計なことをしでかした気配の主が、私達のいる部屋へと入ってくる。扉を開いて現れたのは、片腕に大きな腕輪と大剣を肩にのせた神機使いの男だった。アルシュのボーイフレンドだろうか。

 

 

「アルシュ、無事か!」

 

「カル君!」

 

 

 二人は駆け寄り抱き合う。一体、彼らに何を見せられているのだろう。虚無感が私を襲った。

 

 

 

 



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20

 

 

 

 カルという人物はアルシュの仲間で、私を勧誘した賊のリーダーである。見ない間に神機使いになっているとは思いもよらぬことだった。

 

 貴重な情報を手にいれたのだし、この地の用は達した。彼女は彼に任せることにする。私はアルシュの首輪を解除し、それを手にした。携帯は返す。

 

 

「アルシュ、貴女の手にある情報はどう扱おうが自由だけれど、ほんの少しだけ期待しているわね」

 

「あ、ありがとう。それから、えっと、貴女は…………どこ行くの?」

 

 

 名前を聞きたそうにしていたが、私は答えない。

 

 

「貴女の首に付いていたこれを爆破するのよ。そこのカルが言うには救援部隊も全滅したそうじゃない。少しでも化け物共を攪乱(かくらん)しないとね」

 

「はぁ!? お前、そんな危ない物をアルシュに装着させたのか!!」

 

「――止まれ。その刃を私に向けるなら、ここで爆発させるわ。音を聞きつけた化け物が大群でやってくるでしょうし、大事なアルシュも無事では済まないわよ?」

 

 

 神機を突きつけようとしたカルに、首輪をチラつかせて脅しで行動を遮る。カルは不快に顔を歪めた。馬鹿な行動をしないでくれて助かる。無用な殺生をするつもりはない。

 

 

「カル……」

 

「ちっ、わかったよ」

 

 

 アルシュが縋るような目をすると、カルは怒りを引っ込める。無用の戦闘がなくて一安心。そして、ここで彼らとはお別れである。私はさっさと彼らの前から立ち去った。

 

 自身の力を晒してまで彼らを助ける気は私にはない。せいぜい、助力としてハイブ内の一部を派手に爆破するくらいだ。運が味方すれば二人はアラガミの巣窟から逃れられるだろう。

 

 私は一定の時間が経過してから一つの建築物を連鎖的に爆破させ、化け物達の注目を集めると、カモフラージュで姿を消し、化け物の手に落ちたハイブから立ち去った。

 

 さて、ヨハネスは対アラガミ研究の科学者として有名だ。同期のペイラー・榊博士と意見が食い違うことも。このロシアまで名声が轟いている。長い移動時間を承知で村や町を巡って正解だった。対立する者に情報をリークするのもいいだろう。

 

 しかしだ。

 

 しかし、そんなことは二の次かもしれない。よりにもよって、”ノヴァ”という地球を脅かす生物を知ってしまった。空飛ぶ竜の対決は面倒事しかないので避けたが、ノヴァの存在をクルスは許さないだろう。舞台の場所もわかっている。彼女の意識が浮上してきたら、苦労するに違いない。

 

 

 

……。

 

 

 

…………。

 

 

 

………………少し迷ってる。

 

 

 

………………………………………。

 

 

 

 いや、もういいか。クルスの渇望を満たしてよいかもしれない。私も望んでしまった。

 

 

 

 



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21

 

 

 

 地下世界。私はクルスが創り上げた箱庭の庭園にて、化け物達の血が流れる湖で贅沢な水浴びをする。粘度はなく、水となんら変わりはしない。赤を彩るように小さく咲く白花の天然香料も加わって、良い香りだ。

 

 肌に触れ、地肌に吸われるイノチが、活力と得も言えぬ快感をもたらしてくれる。

 

 沢山のイノチから創造された湖。今もなお、半死半生の化け物達の血脈から血潮を啜り上げて成る場所。当たり前に使っている私。命を弄んでいるつもりはない。

 

 化け物の、彼らの不幸のおかげで私は快適である。だが、この光景を見て一般人はどう思うだろうか。そう自問自答をすると、やはり私は昔に比べて変質している。

 

 

(全ては環境に適応した結果なのでしょうね)

 

 

 私は水浴びをほどほどに済ませ、肌のはりや潤いに満足する。それから、着替えて自室に戻り、精神世界と同じ天蓋付きのベッドにて横になった。

 

 私はクルスを起こす。

 

 

『あの、起こすなら優しくして欲しかったんだけど……息を止めさせて起こすとかって、酷くない?』

 

 

 私達は座ることなく、クルスが一度死んだ大広間で彼女と対面する。彼女は文句を言いながらも、表情は緊張しているようにも、恐れているようにも見えた。

 

 

「寝たふりを1年以上も続けるクルスが悪いのよ」

 

『えっ、気づいてたの? それで放置し続けるカミラもすごいよ』

 

「毎回欠かさず顔を出しに来てたでしょ、満足しなさい」

 

『……はーい、で何するの?』

 

「ごっこ遊びみたいなものよ」

 

『探偵とか?』

 

「審問官ごっこよ、当事者さん」

 

『あ、カミラに似合いそう。でも、それをわたしが受けないといけないのはちょっと嫌かも』

 

「なら、今後口を利かないわ」

 

 

 ノヴァとの戦いは苛烈になるはずだ。守る側からすれば、私達は人類の希望を破壊しに来る化け物。ここで腹に一物を抱えて命のやり取りをする気はない。

 

 解決するまで、長期戦を見据えている。

 

 

『うぅ、本気だ……』

 

「お互い感情だけはわかるものね」

 

『横暴です!』

 

「素直に打たれなさい」

 

『ドメスティックバイオレンス!』

 

「片頬だけじゃなく、あるもの全て寄越しなさい。心も尊厳も身体も全部よ」

 

『キリストもびっくりだよ! 冷酷すぎる!!』

 

「で、そろそろ聞く気になった?」

 

『わかるよね』

 

「はぁ……」

 

 

 どうしても喋らないというなら黙るまで。私が滅ぶまで感情で訴えてくればいい。

 

 

『ごめんなさい』

 

「質問に答えてね」

 

『はい』

 

「素直に答えてくれると嬉しいわ。嫌いになんてならないし、他人に殺されそうになったら私が殺してあげるから」

 

『ほんと?』

 

「ニヤつき、気持ち悪い」

 

 

 可愛いという人もいるかもしれないけれど、イラっとした。不愉快。

 

 

『あの、結構傷ついたんだけど……』

 

「普段言わないんだけれど、感情のままに話してるからね」

 

『うん、だから余計に』

 

「どうでもいい。質問いくわよ。はい、か、いいえ、で答えてね」

 

 

 たぶん長くなるので、淡々と答えて欲しい。

 

 

『なんだかなー……』

 

「私はクルスです」

 

『はい』

 

「他人の記憶が見れます」

 

『はい』

 

「ヤドリギを操れます」

 

『はい……って、何なの、この質問?』

 

「クルスの質問は受け付けてないわよ」

 

『むぅ……』

 

 

 次は対象を変える。

 

 

「カミラが好きです」

 

『はい』

 

「カミラにお世話をして貰うのが好きです」

 

『はい』

 

「カミラに出会えて良かった」

 

『はい』

 

「カミラが大好きです」

 

『あっ、これ恥ずかしい。普段思ってるのと、人に言わされるって感覚が全然違う……』

 

「林檎みたいに真っ赤ね」

 

『……あぅぅー、うぅぅぅ~~。感情が伝わってるのに、カミラは淡々とし過ぎー』

 

「波が落ち着くまで待つわ」

 

 

 

――

 

―――

 

 

 ……まさか、体感時間で1日待つとは思わなかった。今はクルスに膝枕をして頬の筋肉を解している。

 

 

『ご迷惑をお掛けしました……ほっぺた攣る……そこ、きもち~……もっとー』

 

「いいのよ、私が始めたことなんだから。でも、余裕が戻ってきたようね。立ちなさい」

 

『厳しいなぁ』

 

「ほら、しゃんと立ちなさい」

 

『う~、カミラってお世話をしてくれる時と普段の性格が別人みたいに違う……物腰の柔らかさとか』

 

「お母様を手本としているもの、別人であってしかるべきだわ」

 

『お母さん大好きっ子ー』

 

「もちろん好きよ」

 

『自信満々だね……わたしには言ってくれないのに』

 

「なら、そこまで好きになるよう努力して」

 

『色々やってるんだけどなー、やっぱり厳しい……』

 

 

 子供のように拗ねるクルス。今回の話が終わったら、私達の間に横たわる、隠れたわだかまりが解消されることを願ってる。

 

 

 

 



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22

 

 

 

 今までは優しい質問だったが、今回からはキツイ。さて、どうなるだろうか。

 

 

『お手柔らかにお願いします』

 

「はい、か、いいえでね」

 

『はい』

 

「始めるわ」

 

 

 正直、予想もつかない。

 

 

「貴女はクルスが嫌い」

 

『……』

 

「貴女はクルスが嫌い」

 

『……あの』

 

「貴女はクルスが嫌い」

 

 

 ここは譲らない。

 

 

「……」

 

『……はい』

 

「貴女はクルスに否定された」

 

『……はい』

 

「貴女はクルスに捨てられた」

 

『違う、わたしの方から捨てた』

 

「別回答も受け付けていないわ。はい、か、いいえよ」

 

『……はい』

 

「貴女は思うがままに力を振るった」

 

『はい』

 

「貴女は貴女を生み出したキッカケとなったARAGAMIが嫌いだ」

 

『はい』

 

「貴女は貴女を生み出した人間が嫌いだ」

 

『はいっ!』

 

「クルスを除いた吸血鬼が嫌いだ」

 

『……カミラは好きだよ』

 

「まぁ、こんなものかしら。自由に発言してもいいわよ」

 

 

 異端な審問官ごっこは終わり。村や町を巡った時、クルスは出てくることはなかった。存在ごと海の底へ沈めたかのように。嫌悪の感情を抑えきれないとわかっていたのだろう。

 

 決定打はハイブでの出来事だ。決めつけではあるが、力を持ったお人好しが誰も助けないで静観をするとは思えない。私と口論さえなく、沈んでいた。愛他心の強い女性なら、無理してでも目覚めていたように思う。けれども、その素振りさえない。

 

 沢山の人間が死んでいるのに、その事が伝わっているはずなのに。悲しみに歪むことなく、クルスは微笑を浮かべ、健やかに寝ていただけだった。

 

 

『やっぱり、綻びはでちゃうかぁ。でも、カミラはアレの事を神聖視しすぎだと思うよ』

 

「アレ呼ばわり、ね……隠すのに諦めがついたのね」

 

『そうだね』

 

 

 彼女の波が、奔流が、私を叩きつけ蝕もうとする。

 

 

「よく私の方へ乗り換えたわね。私は貴女を殺すことばかり考えていた女よ」

 

『んー、カミラの自決がきれいな姿だったから。アレを否定したのも最高だね!』

 

「悪趣味ね。自滅特攻で他者に責められたり、悲しまれたりされたことはあったけれど、自殺そのものを褒める人は初めてだわ」

 

『……嫌いにならないの?』

 

 

 

 嫌いになってどうしろというのだろう。私の性格は知っているだろうに。

 

 

「私の言葉を忘れたのかしら。嫌いになっていたら、ハイブにいる化け物共にこの身を差し出していたわ。そんなことよりも、エイジス島の襲撃でも引っ込むのは許さないから」

 

『わたし、とってもとーっても悩んだのにあっさりだね……手加減とかやだよ?』

 

 

「あるもの全てを完膚なきまでに叩き潰して更地にするわ。下手な希望が残っても嫌だもの」

 

『わたし、楽しくなっちゃうけど、否定はしないでね』

 

 

「楽しくなってもいいけれど、実りある遊びをしてね。わざと取り逃しなんてしたら殺すわよ」

 

『いいなぁ……やっぱり、カミラは好きだよ』

 

 

 

 彼女は仮面を捨ててあるがままを見せつける。それは、人の皮を被ったイキモノだった。

 

 

「無邪気ね。それと純粋な破壊衝動」

 

 

 これを友や身の回り、人々を救いたいと願う心優しい者へぶつけてしまえば、シルヴァの娘だって化け物呼ばわりする。サイコキラーと善人は互いに理性で線引きできても、感情的に分かり合えない。大方、攻撃的な思想を共有しようと心を侵蝕したのだろう。しかし、それを否定された。幾ら言葉を重ねても、正直な想いは伝わってしまうのだから。

 

 きっと、彼女の何一つを否定せず、そのままを受け入れなければならない。難儀な子だ。

 

 私はクルスに近づき、顔をよく見せてと頬に触れる。

 

 

「ほんと、とても怖くて、だけど綺麗で、おぞましいほどに素敵な笑顔だわ」

 

 

 少しくすぐったそう。

 

 ハイブの情報が違っていてもそれでいい。彼女を私の中から逃がさないための口実なのだから。こんな手の掛かる子供を他人に預ける気もない。

 

 私は私の意志により沢山の人間を屠る。躊躇しないし止まらない。その時、彼女は子供のように声を上げて笑うだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうよね、Q.U.E.E.N.
            

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Q.クルスとクイーンの違いがわからない。
A.ゲームをプレイした際、精神世界のチュートリアルクルスと暴走クルスの外見特徴より。特に4話で内面の指摘を示唆したつもりです。アラガミ達の邪悪なナニカも同様。


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23

 

 

 

 エイジス島。それは海に囲まれた島。アラガミの脅威から人類を守るために、全人類を収容する島である。人類を全てを受け入れるゆえに、その建築の時間も膨大に必要とする。現在の夢の狭間であり、人々の希望を一身に受ける存在だ。

 

 それこそ、水面下で残酷な計画が進行している――などとは、捻くれた者や悲観主義者だけが空気を読まずに妨害する。そういった風潮が普通なくらいにエイジス計画は信じられていた。

 

 いずれは全人類の揺り籠となる存在。アラガミに荒らされ、計画が頓挫してはならぬのだ。人類が追い詰められている間際にありえない話だが、テロリストに対する軍事設備も充実していた。

 

 そのエイジス島の研究所。名誉ある職に就き、未来を夢見る善良な若い男性研究員は、青空の下にてひと時の休憩を入れる。

 

 

「あ゛ー、身体痛てー。デスクワークはどうしても腰が痛くなるよなー」

 

「お、博士君、休憩かい?」

 

 

 この島の防衛任務に就いている女性の神機使いだ。エイジス島周辺にアラガミが依然として発生するため配備されている。

 

 

「あ、隊長さん。どうですか、仕事の調子は」

 

「そこそこかな。極東は激戦区だって言われてるだけあって仕事が尽きないね。知ってるでしょ、世界ではオウガテイルを一人で狩れて一人前。そんな中、こっちはヴァジュラ一匹単独で狩れて一人前なんだから」

 

「なるほど、まだまだエイジス島専任任務が続きそうですね」

 

「あたしがしばらくここにいて嬉しいでしょー?」

 

「それはもちろん。隊長さんが頑張ってくれているおかげで、僕達研究職員も安心して仕事ができますし!」

 

 

 男性研究員は爽やかな笑みで女性神機使いに返答した。媚びることのない姿勢は彼女の好意に気づいてなさそうである。

 

 女性神機使いは少々飽きれ気味。わざわざ休日を合わせて一緒に出掛けたりしているのに、鈍いと言える。女性神機使いはそろそろ次のステップへと望んでいるのだ。

 

 けれども、日常的な穏やかな時間に女性神機使いは肌を刺す嫌な気配を感じた。彼女はこの直感に何度も助けられている。女性神機使いは上空を仰ぎ見る。

 

 青空全体を覆い隠すほどに白いモノが一面に広がっていた。数が膨大過ぎて、日の光を遮っている。女性神機使いは冷や汗を垂らした。

 

 

「隊長、どうしたんですか、空を見て。おー、雲が凄いことになってる。よく気がつきましたね」

 

「呑気な事を言ってないで逃げるっ!」

 

 

 空が地上に落ちてくる。

 

 二人は建物の中へ逃げる暇もなかった。

 

 だが、その建物とて無事ではない。バケツをひっくり返したかのように降り注ぐ白い棘は、汗水垂らし造られた建築物を一切合切を貫き、あるいは削り、破砕する。

 

 その猛攻は島全体を鳴らす警報すら破壊した。ゲリラ豪雨よりも長い継続は大地を揺らし続け、瞬く間にして人々の苦労を無に帰す。

 

 無事なのは地下にいた者くらいだろう。女性神機使いは武器を盾にして二人の身を守り、更には男性研究員が彼女に覆いかぶさってもなお、女性神機使いまで凶刃が届き、武器ごと肉片に変え、二人の命を刈り取った。

 

 エイジス島に刺さった白い粛清の棘が砕け散る。結晶の粒子となって舞い散ったあと、地上に残されたものは巨人が全てを叩き潰したように、粉々になった瓦礫とミンチになった人間の残骸だけが残った。

 

 くすんだ色と鮮やかな赤ばかりとなった島。欲望のままに従い、残虐な力を行使した者は、遠目から望んだ光景に狂乱し喜び謳う。

 

 

≪死んだ、死んだ、沢山死んだよ。わたしを利用する嫌いな人間達が沢山死んだぁ!≫

 

「頭の中がキンキンするわ。まぁ、好きなようにしていいから、発散するだけ発散しなさい」

 

 

 海上に立つカミラはクルスが生み出した光景を見て、静かに語る。カミラはクルスが暴れる度に彼女の募り募った憎しみが、少しずつ薄れていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 舞台は地上から地下へ。

 

 地上には何も残っていない。クルスの遊びの後片付けで、私は霧の牢獄を展開。それを収縮させ、地上に残るあらゆるものを消失させた。

 

 私は海抜を超えない程度に地表を(なら)したのち、クルスに外へ続く出入口全てを封鎖して貰う。

 

 ネズミ一匹も逃がさないようにしたあと、車両すら通行できる長く広い通路を歩く。この地下の何処かにノヴァを育成している筈だ。

 

 正体バレなど気にせず手当たり次第に堂々と探す。固く封鎖された扉など、通行の障害はクルスにレーザーを放たせることで取り除く。ユゴニオ弾性限界を超えて赤々と赤熱する通路を進んでいった。

 

 普通の広い通路を進んでいくと、横の扉から男の神機使いが飛び出し、私に視線で憎しみを叩きつける。

 

 

≪カミラに譲るね♪≫

 

 

 クルスの音符すら聞こえそうな上機嫌の声音。私が彼女を殺した時とは違い、戦いの最中でも憎悪が生まれることはないようだ。

 

 

「死ね、バケモノっ!」

 

 

 男の咆哮。

 

 私は錬血し、胎動する黒鉄の剣を創造する。もう以前とは違い、タイムロスはない。片手で剣を振るい、神機使いのバスターブレードを受け止めた。

 

 男がバスターブレードを押し通そうとし、私を殺そうとする。鍔迫り合いとなり、男は鬼の形相をし、カタカタと刃を震わせていた。余程力を入れているのだとわかる。奇襲から即殺したかったのだろう。

 

 同時に女の神機使いが天井を破壊して、別方向からショートソードを突き立てて強襲してきた。私は男の腹に膝蹴りをして距離を離し、剣を薙ぎ男の首を斬り落とす。初めての生の人殺しだ。

 

 空いた手で刃を掴んでは女の神機使いを壁に叩きつけた。すぐさま男を殺した方向から銃弾が飛んでくる。

 

 私は返す手で剣を投擲。銃弾を弾き、飛来した黒鉄の剣が射撃手の胸に命中する。私は剣が射撃手の体を貫通する前に爆破し、身体を内側から四散させ、焼死させた。

 

 壁に叩きつけられ床に落下した女の神機使いが、体勢を立て直し復帰しようとするので、追い打ちで蹴りを放ち、靴底で女の頭をトマトのように蹴り潰す。ビクリッ、と女の身体が一瞬跳ねる。僅かな時間の攻防だが、3人の神機使いを死に追いやった。

 

 

≪久しぶりの対人相手だけど全然腕衰えてないね! ほんとに容赦ない!≫

 

 

 私はクルスの賞賛を受けつつ、武装を解除し、先へ進む。すると、先ほど男が奇襲をかけてきた扉から4人目の神機使いの少女が突進してきた。タイミングを計っていたのだろう、涙で顔が濡れている。

 

 けれど、刃は私に届くことなく、少女は部屋に押し飛ばされる。冥血を消費して衝撃波を浴びせたのだ。コンゴウという化け物が使用する空気を振動させる攻撃と同様のもの。

 

 通路には幾つもの監視カメラがある。食事の姿を他者に見せつける趣味はない。私は挑みかかってくる少女を室内で捕え、少女の口を塞ぎ首筋に牙を突き立てては、その血を喰らい尽くした。

 

 好物を摂取し、身体が震える。新鮮な少女の血を手に入れ身体が歓喜しているのがわかった。私は少女の干乾びた死体を錬血で火葬し、口の端に付着した血液を手の甲で拭う。

 

 

≪艶ぽーい、カミラって吸血鬼以外の何者でもないね!≫

 

「今更よ」

 

 

 私は蘇った吸血鬼なのだから。

 

 

 

 



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24

 

 

 

 あらゆる障害を潰し、または探しては処理し、私は化け物が飼われている巨大な区画に到着した。区画の中央には天井に逆さまで胸から下を埋め込んだような女神像が鎮座している。

 

 ノヴァは育成途中らしく、地球を呑み込むには足りないように思える。しかし、今まで見たどの化け物よりも巨躯を誇り、クイーンと殺し合いをした時のような強者の気配を滲ませていた。

 

 

「まぁ、強そう」

 

《むむっ、わたしの方が強いよ!》

 

 

「張り合わないの」

 

 

 昔の彼女とノヴァを比較したことで対抗心をくすぐったようだ。

 

 そんな話をしていても、ノヴァに反応はない。待っていても同様、抜け殻のようだった。なんというか、全体的に確固たる意思を感じない。生きただけの屍だ。

 

 

「幾ら強大な存在であっても、中身がなければただの人形よね。拍子抜けしたかも」

 

《でも、アレを見てるとなんかムカつく》

 

 

「既視感? 私はこの化け物と相対するのは初めてよ。クルスを討伐する時期に現れたこともないし、その当時に現存していたら二重に騒ぎになっていたわ」

 

 

 私はクルスと会話しながらノヴァに近づく。これだけの化け物だ。ヤドリギの養分としてもさぞ素晴らしい効果を得るだろう。それを、私もコアも無傷で手に入るのだから喜ばしいことだ。

 

 とはいえ距離を置いて、クルスに粛清の棘を飛ばすよう指示する。空中に棘が出現し、ノヴァを襲撃した。

 

 鋭い一撃がノヴァに突き刺さり、出血する。致命傷でもなく軽い傷だ。ノヴァのコアを綺麗に剥離するための解体作業なので、体の強度を確認したのだ。

 

 しかし、ノヴァに命が吹き込まれたかのように両目を開き、咆哮。活動を始めた。 

 

 

「あらやだ、中身がないのは擬態だったのね」

 

 

 化け物の瞳は意思の強い優しい信念を持った存在を感じさせた。まるで善良な人間が憑依したようだ。

 

 次に気になること。クルスの驚きを露わにした感情が私に伝わった。そして、一瞬の内に感情が沸騰して、激しい憎悪をノヴァに叩きつける。

 

 

《カミラ、アレがいる! あの化け物の中にアレがいるよ! 自害できないくせに、お友達にわたしを殺そうとしてもらうとか絶対に許さない! 殺してやるんだからぁ!!!》

 

 

 

 アレ。シルヴァの娘がここにいる筈も、その死体がノヴァに加わるとも思えない。クイーンを討伐した際、後の事を託したのだ。シルヴァとジャックが人格者だと信じている。他の可能性を考えるとするなら、シルヴァの娘に似た愛他的な人物なのだろう。

 

 

「直接壊すのは私の役目よ。クルスは今まで通りサポートに回って、全てを私に委ねなさい」

 

《カミラだけずーるーいーっ!!》

 

 

 言い方は可愛いかもしれないが、増悪と破壊衝動の濁流が私を押し流そうとする。それでも、主導権を奪わず、こちらの言う事を聞くのだから昔よりは成長しているのかもしれない。

 

 

「止めを刺すのは譲るわよ。もちろん、遠隔攻撃でそのまま仕留められそうなら始末していいから」

 

《ほんとにほんと? 可哀相だからやっぱなしーは駄目だからね!》

 

 

 

 話している間にも、ノヴァの両目から飛んでくる光線を避ける。

 

 

「手加減無用な戦いをしたじゃない。ここに来るまで、神機使いを除いても何人の人間を殺したと思っているの? 他人の影と重ねられるのは不愉快だわ」

 

《……そうだったね! ――カミラだーい好きーっ!!》

 

 

 

 天井に張り付いていたノヴァの髪が半ばから折れ、その切断面から大小様々のミサイルが飛び出し、襲い掛かってくる。私は冥血を消費して最大威力の衝撃波で迎え撃ち、一斉ミサイルを軋ませた。

 

 私とノヴァの間に一〇〇を超える爆裂が横一面に発生する。

 

 

「ああ、もうっ! こっちの会話より向こうに集中して! お喋りの方が楽しくなってどうするのよ!」

 

 

 ノヴァは私達を倒そうと必死になっているのに、その私達がお喋りに興じてどうしろというのか。そもそも殺したいんじゃなかったのか。頭の中が殺したいコールからラブコールに切り替っている。

 

 私は真剣に戦っているのに、リフレインする大好きという甘い声。この戦闘に空しさすら覚えた。

 

《本気の本気、すごーく本気なのにー!》

 

「私も本気で戦っているの! クルスを待っているせいで防戦一方よ!」

 

 

 衝撃波では抑えきれないレーザーを中心にノヴァが怒涛な攻撃を繰り出した。その中に、ノヴァの髪が触手となって襲い来る。私は広大な室内を縦横無尽に駆けて回避を行い、逃れられぬ攻めは胎動する黒鉄の剣に力を集約させて、オーラ斬りをし強引に突破。

 

 赤い軌跡を残して全ての触手を切り落とし、私は片腕に赤い燐光を纏わせ、片手から巨大なレーザーを放っては、ノヴァの光線にぶつけて相殺した。

 

 (がわ)だけ見れば、白熱した殺し合いだろう。

 

 そんな中なのに、クルスは必死に私を如何に好きかを語りにくる。私は一体どうすればいいのだろうか。次に答えなければ、ノヴァを殺ってしまおう。

 

《ごめんねー?》

 

「何て呑気な声!?」

 

 

 クルスに緊張感がまるで感じない。私が負けるわけがないと信じているのは嬉しいが、これでは真剣に戦っている相手に失礼だ。

 

 ノヴァは触手による攻撃手段を失うと、天井から巨大な片腕を生やし、上に振り上げては拳を振るう。

 

 これは迎え撃てるかわからない。巨大な剛腕に私は回避を選択する。振り上げた拳が床に叩きつけられる。直撃はまぬがれたものの、私の真横に風圧が発生。床は大きな地響きを起こし、崩れ、地形の形を変えた。

 

 

「くっ……!?」

 

 

 油断していた訳ではないけれど、床の鋼鉄板がひび割れて沈み、それがトラップのような効果を持ち、一瞬だけ移動が緩まってしまう。ノヴァの両眼から光線が放たれ、私は跳躍してその場から離れる。だが、足に光線が被弾。肌が焼け、煙が立った。

 

 肌が軽く焦げて出血はある。しかし、行動は弱まる程度ではない。再生力もあり、瞬時に回復する。

 

 けれど、クルスが爆発した。

 

 

《よくもカミラを……殺してやるっ!!!》

 

 

 とうとうクルスが殺る気になった。しかし、私は頭痛を覚えた。本気になるまでのタイムラグが酷い。必死に戦っている者達を観戦して楽しいとか、そういった愉悦や気楽さはあるがこれは違う。こんな頭の痛くなる戦い、生まれて初めてだ。

 

 

 

 

 



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25

 

 

 

 私の気配が変わったことを察したのか、ノヴァは天井に潜った。壁を伝って、捕食の音が響いてくる。どうやら、エイジス島の地下に残った残骸を掻き集めているようだ。

 

 わざわざ敵に塩を送るつもりはない。私はクルスに最大出力の砲撃を要請。シユウの波動砲に似た球体が私の目の前に出現する。けれど、これは赤い。

 

 私は腕に赤い燐光を纏わせ、両手に力の溢れた塊を創造、クルスの力に合わせる。球体に更なる力が加わり、巨大な大きさとなった。

 

 球体は暴風を巻き起こし、赤い電流を放ち、床や壁に亀裂を入れ、鋼材を捲り上げ、私の周囲の小石を浮き上げては砕け散らす。

 

 

《臨界点超えた! いつでも撃てるよ!》

 

 

 私はクルスの言葉を合図に球体を真上に掬い上げ、天井に向けて発射する。

 

 唸りを上げながら突き進む赤い球体は、天井に触れると赤い閃光を発し、光を真横に伸ばす。次の瞬間、轟音を発すると共に、大地が空へ吹き飛んだ。

 

 強い突風が私を叩き、大量の土砂が遥か彼方、空を舞う。その中に、捕食中のノヴァの姿を確認した。

 

 標的を捕捉したとクルスから言われ、私は追撃を指示。地表から審判の棘が射出されて、幾つも棘がノヴァに突き刺さる。

 

 

《殺った!》

 

「まだ殺ってない!」

 

 

 サリエルのように浮遊するのもいいが、速度が欲しい。私はクルスに宙へ棘を出現させ、それを足場に自由落下を始めるノヴァのもとへ一気に駆け抜けた。

 

 棘の足場を頼りに青空の中にてノヴァと対峙する。ボロボロの女神像となったノヴァではあったが、負けないという意思の瞳を返された。私は剣にエンチャントを施し、赤いオーラ切りで一刀両断を行う。

 

 ノヴァは一本の豪腕で己の身を守ったが、脆くなった体だ。腕ごと二等分に分割されて地上へ落下した。

 

 何もない地上。巨大な空洞の真横で、ノヴァは砂埃を巻き上げながら地面へ転がる。私はというと、浮遊で落下の勢いを殺し地上へ足を着けた。

 

 二等分にされてもなお、ノヴァは死にきれないと足掻く。すると、次第に肉体が溶け、地面に広がっては小山を作った。気色の悪い肉塊の山、そこから肌の白すぎる中型のアラガミが出現する。赤い服に、薄青いヴェール。ヴェールは頭から足の先まで覆っていっていた。

 

 

《うっ、第二形態!? わたしだってここまでしつこくないよーっ!!》

 

(ふぅ、女神像の次は聖母マリアね。無事な部分を集めて体を密にした、というところかしら)

 

 

 人間の倍ほどある聖母マリア風のアラガミが、手に持った十字架を掲げると、ノヴァの溶けた残骸から13の青白い水晶が飛び出す。それらが各自展開しては、それぞれから多彩な色の細いレーザーを放ってきた。しかも、追ってくる追尾性能付き。

 

 もちろん、回避する。けれど、私の足よりレーザーの方が速い。当たり前だが。

 

 私は逃げている途中でカモフラージュで一旦姿を消す。けれども、追尾が途切れず当てられた。被弾はしたが、クルスの防壁が私を守る。

 

 

《大丈夫?》

 

(視覚以外でもこちらの居場所を特定できるらしいわね、何とも厄介。一気に距離を詰めるから、あとはよろしく)

 

《任せて》

 

 

 脳内で会話し、突撃。何をされるかわからないが、速攻する。昔と違い、高速戦闘を可能とする体だ。難なく白兵戦に持ち込み、17回切り刻んだ。遅れて痛みが襲ってきたのだろう、ノヴァは甲高い絶叫を響かせる。

 

 とはいえ、硬い。

 

 ノヴァを血達磨にさせ、深い傷を与えたものの、切断まで至らない。この間にも、クルスが敵の水晶を狙い撃ちにし、一つずつレーザーの発射台を除去しては、色とりどりの敵の攻撃も防ぐ。

 

 

 KYAAAAAAA……!!!

 

 

 金響くような高らかな声でノヴァがノックバックの衝撃波を放つ。血潮を撒き散らしながらも、距離を取ろうとしてきた。けれど、クルスが私とノヴァの間に棘を出現させ、ノックバックを阻害する。

 

 私は棘が自壊するのに合わせ、ノヴァの左胸に剣を突き刺し、後ろに退却。そして剣を爆破。ノヴァは心臓部分から肩にかけて大きく抉れ、煙を上げた。

 

 しぶとくも、ノヴァは生命活動を停止していない。クルスが審判の棘で突き殺そうとしたが、ダメージの負った体でも浮遊して避けた。

 

 

《むぅ、心臓部分を破壊されてるのに頑丈すぎー! でも、オールレンジ兵器は全部壊したよ!》

 

(ありがとう。あと、ノヴァのコアの位置はわかる?)

 

《ごめんね、最初の戦いで察知してるって知られたっぽい。上手く隠してるね》

 

(了解よ。次は霧の牢獄をお願いするわ。合わせて追撃する)

 

《いえっさー!》

 

 

 以心伝心のような脳内会話は一瞬で済むから本当に助かる。

 

 霧の牢獄はノヴァ中心に広がり、爆速で縮んでいく。私は半径のドームの収縮速度に合わせて移動を開始。ノヴァは不可視の霧の攻撃に危機感を覚えたのだろう。光の壁を展開した。

 

 霧の牢獄がノヴァの光の壁に触れる。けれど、いずれは世界を呑み込む化け物。光の壁で霧の牢獄を耐え切った。

 

 しかし、光の壁は亀裂が至る所に入っている。再びノヴァに近接した私は、片腕を吸血牙装オウガ型に変質させると、一呼吸入れて、気合一閃。光の壁を破壊してはノヴァの子宮へと突き刺した。

 

 

――捕えた

 

 

 そう確かな手ごたえが片手に伝わる。下半身を貫き、赤い血液が周囲に飛び散る。今までより一層苦しみ悶え、悲鳴を轟かせるノヴァ。

 

 

《カミラ、大当たり!》

 

(聖母マリアはイエス・キリストを産んだの。だからもしかしてと思ったけれど、とんでもない所へ隠してくれたわね)

 

 

 私はノヴァの子宮からコア引き摺り出し、クルスが粛清の棘を叩き込んだ。

 

 すると、遂にノヴァは諦めた瞳を湛えた。それから、意思の強い優しい女性は申し訳なさそうに片腕だけとなった手を何処かへと伸ばすと、だらりと下がりようやく活動を停止する。

 

 一先ず、奇蹟を起こされても厄介なので、剣を創造し体を分割にしておく。

 

 戦いは終わった。シルヴァの娘にノヴァに宿った名も知らぬ人物。どうにも私は心優しい人物を殺す数奇な運命にあるようだ。

 

 

《カミラにはわたしがいるじゃない!》

 

 

 たまには感傷に浸り、ナイーブな気分を味わいたいのに騒がしいのがきた。意識を切り替えよう。

 

 

「エイジス計画も、アーク計画も、ノヴァも全てが終わったわね。これで晴れて、人間の天敵ね」

 

 

 ノヴァから離れ、辺りを見渡せばほぼ何もない更地である。半日足らずでこれだ。前日に来ていた者がいるとするなら度肝を抜かれるだろう。

 

 

《少し寂しい?》

 

「流石にね。証拠を転送されていたら、戦いの日々よ。安息が遠のきそう……」

 

 

 クルスは≪そっちなんだ≫と言葉を漏らす。

 

 

《でも大丈夫! あれを使うから!》

 

 

 クルスの視線が分割されて小山になったノヴァに注がれた。

 

 

「あれって、ノヴァを?」

 

《そう!》

 

「なら、良きにはからいなさい」

 

 

 クルスが私に、私の創造した剣をノヴァ突き刺してとお願いをしてくる。辛うじて形の保ったコアはどうするかと聞くと粉々にされた。必要ないならそれでいい。何が起こるかわかりもしないが、私はクルスの言う通りに行動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カミラの血で創造された剣がノヴァに突き刺さる。でも、まだ足りない。次は流血に直接触れてとお願いする。カミラは嫌そうにすることもなく、ノヴァの血潮に触れた。これで準備はできたかな?

 

 思えば、カミラと共に生活する前は嫌なことばかりだった。でも、もうどうでもいいし、思い出したくもない。わたしにはカミラがいるのだし。

 

 カミラが集めてくれた沢山の化け物達を食べて強くなったから、あとは強い個体の媒体さえあれば十分。カミラの手を通して、わたし達の血をノヴァに送る。もぞり、と、ノヴァの体が蠢いて膨らんだ。カミラの体力を持っていっちゃったから少し辛そう。ごめんね、ヤドリギって種がないと疲れちゃうんだ。

 

 でも、今回はヤドリギにはしない。沢山の花を咲かせるの。前はちょっとしかできなかったけど、カミラのこと大好きになった今なら自信がある。

 

 わたしのプレゼント、喜んでくれるといいな……。今の世界はカミラに優しくないもんね。

 

 カミラの笑顔を思うと、酔いしれるような気分になって、自然と頬が緩まる。

 

 そして、ノヴァが咲いた。大きくのびやかに拡がった沢山の赤い花は、地上を埋め尽くして海に浸かり、空洞ができた地下まで潜る。

 

 赤い花の一枚一枚の花びらがまばゆい輝きを覆ってる。それは光の粒子の鱗粉で、世界へ根ずかせる種子なんだ。幻想的な光景にカミラが微笑んでる。でも、終わりじゃないよ。

 

 わたしは光の粒を舞い上がらせる。輝きの流れになって、空へと運び去られて、青い空を真っ赤に染めていく。

 

 輝く命は旅を始める。最期の旅路の果てに、わたしの喜びが、きっと世界を染め上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしを受け入れてくれた、貴女に……この惑星(せかい)をあげます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピローグ

 

 

 

 その日、青い地球は赤い惑星へと変貌した。

 

 人間は死に絶え、もしくは吸血鬼と化し、アラガミは白い巨木へと変わり、森と成り果てる。

 

 かつて食物連鎖の頂点だった人間も、現在君臨するアラガミも絶滅した。今、頂きに鎮座するのは吸血鬼だ。

 

 それを成した初めの発生源はエイジス島からである。人間を守るべく存在する島は、世界中の人間を死に絶えさせた島となった。

 

 

 

 

 

誰しも望んだアラガミのいない世界は、人間のいない世界だった。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヨハネス・フォン・シックザールは執務室にて失意のどん底に沈んでいる。

 

 

「ノヴァ……私の妻を、アイーシャを殺され、何もかもを滅茶苦茶にされて、残ったのが血を啜る人の世界とは……。せめてもの救いはアラガミのいない世界かね? ……ふっ、何とも馬鹿げた話じゃないか」

 

 

 扉がノックされ、ヨハネスの許可と共に、人が入ってくる。

 

 ペイラー・榊。ヨハネスの旧友であり、今は表面上の付き合いをしている元友人だ。

 

 

「君か」

 

「体調はどうかな?」

 

「すこぶる良好だ。嫌なくらいにね」

 

「ほとんどの人類が吸血鬼化に耐えられなかった。今は喜ぼうよ」

 

「はぁ、要件があって来たんじゃないのか?」

 

「3年かけて、エイジス島でリンドウ君達が頑張って発掘してくれたデーターの解析が終わったよ」

 

「そうか」

 

「おやおや、覇気がないね。君らしくもない」

 

「それでどうだったのだ?」

 

 

 ヨハネスは語気を多少荒げた。

 

 

「これは酷いね」

 

「実に興味深いとは言わないのか? 君らしくもない」

 

「いやはや、言葉を返されてしまったね。けど、本当に酷いものだよ。その力も人間性も」

 

「まるで少数精鋭が広さを誇るエイジス島をあそこまで破壊し尽くしたと言いたげだね」

 

「少数というか、一人だよ。単騎だ。二十歳前後の女性なんだけど、人間にどれだけの恨みがあるのかと、問いたくなるほどに、人も物も破壊していったからね」

 

 

 ヨハネスはペイラーが静かな怒りを灯しているの感じた。

 

 

「人間か、人のなりをした特異点のアラガミか。それとも吸血鬼か」

 

「吸血鬼なんじゃないかな。人類というものを人間から吸血鬼に置き換えてしまったんだし。それで彼女を追うかい?」

 

「追ってどうするんだというのかね? もし、刺激して敵対関係になってでもすれば最悪だろう。今は、1万を下回り推定4472人までに減ってしまった人類の、吸血鬼達の復興が最優先だ」

 

「……そうだね、そうだったね。全く、その通りだよ。私達にはやることが山のようにある」

 

 

 二人は自然とため息をついた。

 

 文明の残骸は掃いて捨てるほど残っている。生存したのはなにも大人だけではないのだ。子供もいる。それぞれが職の割り振りをしたとしても、人手が全くと言っていいほど足りていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は赤い空の下、エイジス島から遠く離れた国で復興作業の手伝いをしている。

 

 

(各地の復旧、間に合ってないんですってね)

 

≪頑張ったからねー、人間に追われない安息の日々だよー≫

 

(そうね、住みやすくなったわ)

 

 

 脳内で誰とも聞かれることのない会話をしながら、切り終わった野菜をアリサの母に渡す。今でも、私は相変わらず人前では目を晒していない。今回も包帯を巻いていた。

 

 

「できたわ」

 

「カルラさんが料理上手で助かるわ~。血だけで食べなくていいっていっても、やっぱりみんな食事が好きだから」

 

 

 私は炊事係だった。

 

 

「ええ、わかるわ。私も手間のかかる子がいるもの」

 

≪それ、わたしのこと?≫

 

「離れ離れになったのよね? いつか会えるといいわね」

 

「そうね」

 

 

 アリサの母とクルスの返答をまとめる。

 

 

(でも、随分いい子になったわ。こうして人と話をしていても平気になったもの)

 

≪えへー、そうでしょー?≫

 

 

 

 頭の中で会話しながら他者との言葉のやり取りは大変だけれど、クルスがそこにいるだけで素直に嬉しかった。ちなみにアリサはここにはいない。医学生のお姉さんと仲良くなって、そちらで勉強しながら仕事に励んでいる。

 

 平穏の日々だ。アラガミはいないし、人間に吸血鬼だからと排斥される可能性もない。クルスによれば、血は人間のときと同じ食事さえしていれば、ヤドリギに頼らず他人同士の吸血でこと足りるそうだ。生殖行為でつくった赤子も血を啜る鬼となる。

 

 

「吸血鬼達の楽園よね」

 

 

 血滴る屍によってクルスが創り上げた世界。私は今、とても満足している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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