狩人は四方世界の夢を見る (赤い月の魔物)
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1話 狩りの夜は終わらない

貴方方の目覚めが有意なものでありますように


匂い立つ。―ああ、実に匂い立つ。

 

人の形をしていながら既に人で無くなった存在から肉を引きちぎるようにノコギリ鉈を抜いた。

 

足元には沢山の死体。どれもこれも瞳は蕩け、体からは凡そ人の物とは思えない体毛に覆われ、腕の長さが違う物もいる。

 

いくら狩っても無くならない。夥しい獣の数。ちぎれた臓物。噴き出た鮮血。

 

どこもかしこも獣ばかりだ。みんなどうせそうなるのだろう。

 

ああ、神父よ。教会の強き狩人よ。貴方が言っていた事は正しかった。

 

夜明けを迎え、意志を継ぎ、人の進化たる幼年期のはじまりを迎えても尚あの夜が明ける事はなかった。

 

力無き人々の悲鳴、獣の唸り声。狂人共の笑い声。

 

ああ、まったくもって嫌気がさす。

 

今一度眠ろう。夢へと帰ろう。

 

夜は明けない。まだ悪夢は続いている。まだ見ぬ悪夢がある。

 

俺は、それを狩らねばならん。

 

俺は狩人だ。無慈悲で、血に酔っていて、未だに夢を見続けている。

 

 

 

 

「お帰りなさい。狩人様」

 

 

 

 

彼女が座り込んでいた足元には新たな墓石が立っていた。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

「ふぅ…」

 

辺境の街にある神殿…その中でも心優しい神様とされる地母神の神殿に一人の少女がいた。彼女は孤児で齢は十四。明日に十五歳を迎え道を選ばねばならない。そのまま神殿で神官として仕えるか。神殿を出て世の中を生きていくのか。彼女は未だ幼いながらも、熱心な地母神の信者だった。神殿で物心がついた頃からは地母神の教えを守り、毎日の祈りも欠かせない。そんな彼女は神官長から任された雑用をこなし一息ついていた。

 

(いよいよ明日です…!)

 

明日を迎えれば自分は十五になる。神官や司祭として神殿で生きる事も良いのだろうが、それ以上に彼女には外の世界へ出て、冒険者の役に立ちたいという願いがあった。およそ五年前であったか。神殿を治療所として開放した時に多くの傷ついた冒険者達が運びこまれてきた事があった。なんでも大掛かりな依頼だったのだとか。あの時は今以上に何もできずに多くの人のお手伝いで手一杯だったのを覚えている。そんな時に自分でも何かしてやれないかと思い続けてずっと今日まで生きてきた。

 

神官としては既に二つの奇跡を授かっている身としては尚更だった。彼女は熱心な信者でありながら優秀な神官だった。才能に恵まれていたと言ってもいい。彼女は神殿で生きるよりも外の世界で多くの人を助けたいと思っていた。心優しい少女ならそれは当たり前だろう。

 

「あ…」

 

ふと赤みがかった空を見る。もう既に日は沈みはじめ、綺麗な夕焼けの空が街を照らしている。彼女は神殿から見た景色を胸に焼き付けて、神殿の中へと戻っていった。

 

「今日は疲れたでしょう。夕食の時間には呼びますからゆっくり休みなさい」

 

「はい、ありがとうございます。神官長様」

 

自室へと戻り質素ながらも柔らかいベッドへと身を投げる。

 

明日からどうしようか。どんな出会いがあるだろうか。

 

そんな事を考えているうちに意識がまどろみ始める。寝るにはまだ早いが神官長も夕食には呼ぶと言っていたのを思い出し彼女はそのまま睡魔に負け眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

「ん…ぅん…」

 

眠りに落ちた女神官が意識を戻すと体に違和感を感じた。どうやら少し眠るはずが熟睡してしまったらしい。寝ぼけ眼で周囲を見るとすっかり暗くなっていた。

すっかり寝過ごしてしまったと彼女が意識をハッキリさせ―

 

 

体を起こそうとして自身の異変に気づいた。

 

「えっ…!?な、なんで…!?」

 

自身の体が動かない。というより動けないという方が正しかった。何しろ今の彼女は椅子に手足を縛り付けられて一切の身動きが取れない状態になっていた。幾重にも重なるように手足は縄で括りつけられ、簡単には外れそうにない。仮に今の女神官が力の限り身を捩り、暴れたとしても華奢な彼女では外すことも出来ないだろう。椅子は見たところ木製のようだがまるで地面に打ち付けられているかのように微動だにしなかった。

 

慌てて周囲を見渡してここがどこなのかを確かめようとするも辛うじてわかるのはここがどこかの牢であるということ。そして自分はそこへ囚われたという事だった。

 

「だ、誰か!いませんか!?」

 

周囲に助けを求めてみるも声は返ってこない。暗い牢にむなしく声が響いただけだった。

 

何故、どうして?分からない。自分が何をしたというのか。まさか人攫いにでもあったのだろうか?だとすれば神殿の皆は?助けは来るのか?未だに外の世界を知らぬ彼女は一気に不安が押し寄せ恐怖に押しつぶされそうになった。

 

そして薄暗い空間に目が慣れてくると自分の他にも囚われた人がいるのがわかる。自分も含めて五人。どうやら皆同じ姿勢で一列に並べられているようで、周囲を見ると自分が一番右にいるようだった。

 

隣にいる人に声をかけようとして女神官は異常に気づいた。暗くて表情を伺う事は出来ないが、何やらぶつぶつと呟いている。

 

「あ、あの…大丈夫ですか…?」

 

それでも自分の安否より相手の安否を気遣うあたり彼女は優しかった。それが相手に届くかどうかは別だが。

 

しかし返事は返ってこない。先程から変わらず何か呟いている。どうやら彼女の声は届いていないようだった。

 

どうにかして脱出しないといけないが抜け出そうと体を動かしてみようとするも椅子がギシりと音を立てるばかりで身動きは取れなかった。

 

自分の信じる地母神に祈りを捧げるにしても自分が授かったのは癒しと光の奇跡だけ。例え使えたとしてもこの状況を打破する事は出来ないだろう。つまり自分は来るかも分からない助けをただ待つことしか出来なかった。

 

(地母神様…どうか、ご加護を…!)

 

その声はもう届かないのだが。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

意識が戻る。もう随分と慣れたものだ。夢から目覚め、夢へと帰り、また目覚める。幾度も繰り返し、獣を狩る。狩人とはそういうものだ。

 

まずは現状…もとい場所の確認をする。ここはどこだろうか?パッと見たところでは隠し街に雰囲気は近い。しかし冒涜的な街並みでは無く至って普通の家屋が並んでいる。なんとも平和な街並みだ。勿論人の気配がしない事を除けばの話だが。

 

(今宵は随分と匂い立つ…まぁ多くを狩るだけだ。普段と何も変わるまい)

 

重苦しい空気が蔓延し、外には血の匂いが溢れている。まぁここがどこでも関係はない。例えいるのが獣で無いにしてもそれは狩人の前では等しく獲物に他ならない。気色悪いナメクジだろうと、同胞であろうと襲い来るならそれは等しく狩りの対象である。

 

さぁ狩りを始めよう。

 

獣狩りの夜は再び訪れたのだ。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

あれからどれ程の時間がたったのか。女神官は暗い牢の中でただ目を閉じて静かに祈りを捧げていた。手足を拘束され身動き一つ取れない状態だったがこうでもしないと今すぐにでも恐怖で押しつぶされてしまいそうだったのだ。それに先程からだろうか?遠いところから雄叫びのような、叫び声のような音が聞こえている。ただ獣が吠えているような音も混じっているようで助けがきたという訳でもないようだったが。もうこのままずっと…と思いかけていたところで不意に目の前の牢の扉が開いた。

 

「っ!?」

 

ゆっくりと開く牢の扉を見て即座に助けを求めようとするが中へ入ってきた存在を認識すると同時に女神官は絶望した。

 

何故ならばそれは明らかにまともな存在とは思えなかったからだ。

 

まず目を引いたのは全身をすっぽりと覆う黒いボロ布、そしてそこから伸びる骨ばった手足。段々と近づいてきたそれは大きく背を曲げており顔を覆う布から見える口元を見る限りでは痩せ衰えた老婆のような、そんな存在だった。極め付けに手には何やらスプーンのような形状をした鉤爪のような物を持っていた。

 

少なくとも目の前の存在が自分達を助けようとしているわけではない事を女神官は一目で察した。しかし牢が開いた以上は好機でもあった。どうにか抜け出す算段を考えているうちに目の前の老婆らしき存在は自分のいる位置とは反対へと歩いていく。やがて左端の人物の前にたどり着くとその人物を顔を掴み

 

 

持っていた鉤爪のようなもので目玉を抉り出したのだ。

 

 

「ひっ…!?」

 

 

「ぎっああぁああぁぁあ!!あああああああああああ!!!」

 

先程までは声もあげなかった人物から聞くに耐えない悍ましい悲鳴が上がる。そして悲鳴に混じりグジュグジュ、ブチりという何かが千切れる音と共に夥しい量の血が噴き出ていた。生きたまま抵抗することも出来ずに左端の人物は両目の眼球を抉りだされていたのだ。その恐ろしい光景から目を逸らすものの声だけは遮断することが出来ずダイレクトに鼓膜に悲鳴が響き渡る。

 

「い、いと慈悲、深き…」

 

震える声音で信仰する神の名前を言おうとするも次の人物からの悲鳴が上がる。そこで女神官はハッとした。目の前の老婆…もといこの怪物は順番に目玉を抉りさながら処刑しているのだと。突然に目の前に現れた死の恐怖に思わず涙が溢れ顔を濡らす。

 

必死に暴れて拘束を解こうとするもやはり縄は緩む気配を見せず椅子も微動だにしない。そうこうしている間にも老婆の怪物による処刑は進み自分のすぐ隣まで来ていた。

 

「い、嫌…!誰か…!」

 

歯がカチカチと鳴り震えが止まらず下半身が生暖かくなるのを感じたがそんなことを気にしている暇すらもなかった。

 

そしてついに隣の人物が両目を抉り取られ動かなくなると老婆の怪物がこちらを向きゆっくりと歩いて目の前まで来た。

 

「だ、誰か!!助けてください!!誰か!!」

 

顔を涙で濡らし恥も外見も無く女神官は力の限り叫んだ。それが今目前に迫った死に対する唯一の抵抗だった。しかし女神官の叫びも虚しく老婆の怪物は空いている方の手で女神官の頭部を掴もうとする。

 

「い、嫌…嫌…!」

 

これから自分は前の人達と同じように目玉を抉られて死ぬのだろう。犠牲になった人達の叫び声が耳にこびり付いて離れない。思わず彼女は目を閉じた。少しでも現実から目を逸らしこれが悪い夢だと思うように。

 

 

 

「………?」

 

しかし、いつまでたっても女神官が目玉を抉られることは無かった。

 

老婆の怪物は目の前で大きく姿勢を崩したように倒れ込んでいた。そして直後にビクンと体を痙攣させると背中から鮮血を噴き出して倒れ込む。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ーー!!!」

 

甲高い声を上げて老婆の怪物はピクリとも動かなくなった。

 

「あ…ああ……」

 

状況の整理が追いついていない女神官の前に明かりがついた。

目の前には老婆の怪物と違い、至って普通の人が立っていた。その全身が血塗れで無ければもっと安心感を抱けたのだろうが。

 

まず目の前の人物を見て特徴的なのは鴉を模したであろう外套。黒い羽根は闇に紛れるようにありその顔は口元から鼻までもすっぽりとマスクで覆い、頭には枯れた羽根を模した帽子を被っている。松明を持っている左手には鈍く輝きを放つ手甲を身につけて足には煤けたブーツを履いている。

 

右手には西洋のサーベルのような剣を携え腰には小さなランタンを提げていた。僅かに露出している目元は片方が髪で隠れ右目だけがこちらを見据えていた。体格や目元を見る限りでは男のようだが…

 

「…ふむ。理性を失った獣とイカれた聖職者ばかりかと思ったがそうでもないようだ」

 

突如目の前の男が口を開いた。彼は味方なのだろうか。敵ではなさそうではあるものの今の自分では抵抗することすら出来ない。よしんば出来たとしても物の数秒で殺されてしまうだろうが。

 

「あ、あの…」

 

「口は利けるようだな。その前に…お前は誰だ?」

 

恐る恐る口を開くと目の前の男は姿勢を変えぬまま女神官を問いただした。

 

「わ、私は地母神様に仕える神官です。気がついたらここにいて…ここがどこかも分からない状態で…」

 

「…………」

 

フンと鼻を鳴らす音がマスク越しに暗闇に静かに響く。何かおかしな事を言っただろうか?今の彼ならば女神官を殺す事など容易い。右手の剣を刺すか、松明を押しつければ良いのだから。ビクビクと怯え、様子を伺っていると男が口を開いた。

 

「その、じぼしんとやらが何かは知らんがどうやらお前はまだまともらしい。ならさっさとここから出ることだ。ここはお前のような奴がいるところじゃない」

 

地母神様を、知らない…?そしてここから出るということはどういうことなのだろうか。自分のような者がいてはいけないとはどういう意味なのだろうか?突然の事に理解が追いつかず女神官は目を白黒させた。

 

「まぁいい。大人しくしていろ」

 

そういうと男は右手の剣を持ち替えると柄頭に着いた短刀を取り外し女神官を縛り付けていた縄を切った。キツく縛られていた為か手足が少し痛むが四肢の拘束が解かれると自由になると女神官は立ち上がってお礼を言った。

 

「あ、あの、ありがとうございます。えっと貴方は…?」

 

それとなく彼が何者なのかを聞いてみる。彼も冒険者なのだろうか?

 

 

 

 

「…狩人だ。名前は無い。何とでも呼べばいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い一夜のしかし小さな悪夢の中で二人は出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんかダクソのクロスオーバー書いてる途中に何故か急に閃いたんだ…ホント唐突にティンときちまったんだ。これも啓蒙ってやつだ間違いねぇ


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2話 見慣れた景色

どうにもならんよ・・・

君はもう、悪夢にいるのだから・・・


「狩・・・人・・・?」

 

狩人と名乗った目の前の男を見ながら女神官は呟いた。しかし女神官が思うような狩人とは想像とは余りにもかけ離れていた。全身の殆どを覆い露出を極限まで抑えた装束。右手に持っている持ち手の側にも短い刃が付いた変わった形状のサーベル。そして腰にぶら下げている鉄の筒のような物など凡そ女神官が知識として知っている狩人とは全然違ったのだ。彼女の中では弓など持ち森の獣を狩って食糧を得たり、害獣の駆除などをする者達だと思っていたのだが目の前の人物はとてもそうには見えなかった。

 

「運が良かったな。人攫いにあったのならそのまま儀式の生贄に捧げられてもおかしくなかったがお前はそこに転がっている怪物の材料にされそうなだけだったというわけだ」

 

淡々と彼が自身の身に起こりえる事だった事をさも当たり前のように述べた。視線を向けた先に横たわる老婆のような怪物。そして自分と同じように椅子に拘束され、目玉を抉り取られ生き絶えた人達。自分も狩人と名乗った彼が後一歩遅ければ同じ運命を辿っただろう事は想像に難くない。目前にまで迫った死を思い出し再び恐怖に身が竦むが気丈にも狩人に視線を向け声を絞り出した。

 

「あの、これは一体・・・?」

 

女神官の視線の先を狩人は一瞥すると怪物の事と察したのかすぐに答えた。

 

「俺も名前は知らん、気にした事もない。ただこうして生きた人間の目玉を集める連中としか言えんな」

 

「ひ、人の目を・・・どうしてそんな事を・・・!?」

 

「さぁな。だが神々の墓を暴く為に使った事は俺にもある。あまり役には立たなかったが」

 

「そ、そんな・・・」

 

想像も付かない悍ましい所業に女神官は顔を青ざめる。しかも目の前の男が人間の目玉を使って神の墓を暴いただのなんだのと言っていたが此方は女神官には理解が及ばなかった。そもそも神の墓など暴けるものなのか?その先に何があるのかなどは今の彼女には想像など望むべくもなかった。

 

「まぁ死んだ連中の事を考えても仕方が無い。俺は行く」

 

「えっ・・・?」

 

そうして踵を返してこの場から狩人は立ち去ろうとする。女神官はその背中に咄嗟に声を掛けた。

 

「あ、あの!」

 

「今度は何だ?」

 

不機嫌な様子で此方を振り返る狩人の瞳にたじろぐがここで怯むわけには行かない。彼の様子からして置いていくつもりだったのだろうがこんな所に置いて行かれようものならまたああいった怪物が現れたら今度こそ終わりだ。今の非力な彼女は怪物と戦うどころか自身の身を守ることすら出来ないのだ。それにここがどこであれ元いた場所へ帰る為にもこんなところで待ちぼうけになるわけには行かなかった。

 

「わ、私も行きます!」

 

「・・・・・・・・・」

 

不機嫌そうな顔が一転今度は呆れたような表情になる。何か気に障るような事を言っただろうかと考えていると狩人が口を開いた。

 

「・・・それは付いて来るという意味か?」

 

「は、はい。そうですけど・・・」

 

狩人は目を閉じてマスク越しにも分かる溜息を吐いた。

 

「何が出来る。少なくとも自分の身を守れんようでは連れていけん。俺は守ってやれるような戦いは出来んぞ」

 

「っ・・・奇跡が使えます。けど・・・」

 

現状女神官には杖が無かった。一日に三回使える奇跡も杖が無ければ使えない。祈りを届ける触媒が無ければ奇跡も意味を成さないのだ。

 

「なんだ。その奇跡とやらが役に立たんのか?」

 

「そうじゃなくて・・・その、杖が無いんです。奇跡を使う為の・・・」

 

「杖・・・これの事か?」

 

唐突に狩人はどこから取り出したのか女神官に向けて何かを放り投げた。咄嗟に小さな身体で受け止めるようにしてそれを受け取るとやや汚れてしまってはいたものの紛れもなく自分が使っていた地母神の神官が持つ杖だった。

 

「これを、どこで?」

 

「ここに来る道すがら落ちていた物だ。まだ真新しさが残っていた物だからと拾っただけだが・・・」

 

杖をぎゅうと握り締め息を吐く。少なくともこれで何も出来ない訳では無くなった。とは言っても問題は肝心の奇跡が役に立つかどうかなのだが。

 

「まぁいい。それで何が出来るんだ」

 

「え、と私が使えるのは《小癒(ヒール)》と《聖光(ホーリーライト)》が使えます。回数は一日三回まで、です」

 

「・・・少ないな。どんな効果なんだ」

 

「《小癒(ヒール)》は傷を癒す奇跡で《聖光(ホーリーライト)》はアンデッドを祓う光を放つ奇跡・・・です」

 

質問に答える中女神官は疑問を感じた。最初に地母神の事に関しても知らないようだったし奇跡についても知らないようだった。奇跡はともかくとして世間知らずでも一般的な五柱の神々については知っていると思うのだが地母神の事を知らないとなると他の神々についても知らなそうであった。

 

「・・・それで身を守れるのか?どうも直接戦えそうには見えんが」

 

「直接は・・・その・・・ダメかもしれません。で、でも私に出来る事なら何だってしますから!だから・・・!」

 

実際に彼からすれば女神官を連れていく理由など無いだろう。だがそれでもまだ成人もしていないうちに死ぬつもりも女神官にはなかった。

 

「―――分かった、好きにしろ。ただし最低限自衛の術は覚えてもらう。いいな」

 

「!は、はい!頑張ります!」

 

なんとか了承の言葉を貰うと女神官はパァと明るい表情を浮かべ頭を下げた。人知れず狩人が再び溜息を吐いたが女神官には聞こえなかった。

 

「取り敢えずこれを飲め。これが飲めんようなら置いていくぞ」

 

そう言って狩人は女神官に小さな小瓶を手渡した。手のひらサイズの小さな瓶は中身が見える透明な物で中には黒ずんだ液体で満たされておりコルクで栓がされていた。何かの薬物か何かだろうか。かすかに鼻につく不快な香りも相まってこの手の知識が無くとも明らかに良くない(ヤバい)物であることは女神官にも分かった。

 

「あ、あのこれは・・・?」

 

「どうした、早く飲め。置いていくぞ」

 

「わ、分かりました!飲みます!飲みますから!」

 

謎の液体の正体を尋ねるが催促されただけで答えは得られなかった。どちらにせよ置いていかれたら堪らないので栓を抜くと中からは濃厚な香りが広がる。女神官はその()()に覚えがあった。

 

(こ、この匂い・・・これって・・・!?)

 

ゴクりと喉がなる。()()を飲めと言うのだろうか。この男は。恐ろしい者を見る目になっていた女神官が狩人を見ると変わらず目線で早くしろと言っていた。

意を決してぐいと女神官は一気に瓶の中身を煽った。同時に口の中にドロりとした温かな―血の香りが広がり、一気に不快感が身体を支配した。口に含みはしたものの全てを飲み込むことは出来ず、思わず床に突っ伏して吐き出してしまった。

 

「―ッ!!うっ・・・げほッ!ごほっ!っう、おぇえぇぇ・・・!」

 

咳き込みながらも吐き出す量を限界まで抑えた女神官は上出来だろう。本来ならまともな人間が飲む物ではないのだから気を保っているだけでも十分だった。口元を拭いながら顔を上げると何の気なしに此方を見つめる狩人の姿があった。

 

「・・・まぁ初めて口にしたにしては及第点だ。だが戦闘中に吐き出すな、死ぬぞ」

 

もうちょっと何か掛ける言葉があってもいいのではないかと女神官は目で抗議するが流されてしまった。まだ冒険者の道を歩んでもいないのに得たいの知れない血液を飲まされるとは思わなかったがどうやらこれでようやく同行の許可は得られたようだった。

 

「一先ずこれを持て。明かりは多い方がいい」

 

そう言って狩人は松明を女神官に渡すと空いた左手に腰にぶら下げていた鉄の筒のような物(獣狩りの短銃)を取った。いつの間に持ち替えたのか先ほどまでサーベル(落葉)を持っていた右手には鋸の刃が付いた鉈のような物(ノコギリ鉈)を持っていた。

 

「行くぞ。遅れるな」

 

「げほッ・・・は、はい!」

 

先程の血の匂いがする液体(鎮静剤)の影響でむせてしまったが精一杯の返事をして女神官は狩人の後ろをついて行き―

 

一度だけ自分が居た場所を振り返って目を伏せると再び歩きだした。

 

 

 

~~~

 

 

 

 

狩人は困惑していた。

 

正直な所を言えば余計な事をしたと思っている。嘗ても人と話すことはあったが避難場所を教えれば勝手に移動してくれたり扉越しに話して協力関係を結んだりした程度で直接同行すると言った人は始めてだったからだ。別次元の狩人と協力することはあったが同じ次元で協力もとい共に行動したのは精々鴉羽の女狩人と共闘した時くらいだった。彼女は腕利きで良かったがこの少女はどうだろうか?じぼしんとやらの神官だと言うが正直な所戦うどころか己の身を守ることすら出来なそうだ。手に持った杖で戦う事が出来るなら話は別だがこの華奢な体格を見るに獣と戦わせれば瞬殺されるだろう。それこそ初めて獣に相対し素手で殴りかかった己のように。

 

まぁいい。最低限身を守る術、もとい時間を稼げるだけの事を教えてそれで死ぬようならそれで構うまい。元より狩人にまともな奴などいようはずも無い。それは自分とて例外では無かった。獣達からすれば極上の餌が転がっているように見えるであろうし人攫い共からすれば絶好の贄だろう。

 

・・・どうしたものか。別に死んだところで何もない。見知らぬ少女が一人死んだところで何も思わなかったではないか。それは変わらない。長い夜の中でいつしか獣を狩っているつもりが上位者という神殺しに、同胞を殺す狩人狩りになっていたのも昔の話だ。今更・・・

 

『君はただ獣を狩れば良い。狩人とはそういうものだよ。直に慣れる・・・』

 

今は亡き助言者の言葉が脳裏に浮かんだ。獣、獣だ。

 

俺は狩人だ。無慈悲で血に酔っている狩人だ。

 

例え見慣れぬ悪夢でもそれは所詮一夜の出来事に過ぎない。

 

なのに何故だ。妙に、脳が、震える。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

あたりは暗く、女神官が持つ松明と狩人が腰に付けている小さなランタンの明かりをもってしても周囲は暗闇に飲まれている。歩きながらも先ほど狩人がいきなり自分が飲まされた液体を飲みだしたのを後ろから見ていたが平然としていた。やはり何かの劇薬の類では無かったのかと想像をするがすぐに振り払った。血の匂いがする薬物など元が何であったかなど考えたくもなかった。

 

唐突に狩人が止まり左手を女神官の前にだした。それに従って止まり彼の行く先に視線を移すと暗闇で何かが蠢いてるのが女神官にも見てとれた。すでに血の匂いがあたりを支配しており気分を害してもおかしくはないのだが先の件もあってかそこまで不快感は押し寄せてこなかった。目を凝らして奥に蠢く物を見るとそれは四つん這いになって地面に這いつくばり何かを貪っているようで全身が黒い体毛に覆われていた。遠目で見てもかなり大きくあれが立ち上がれば女神官の身の丈など優に超えるだろう。

 

(まさか、人狼(ウェアウルフ)・・・!?)

 

声を上げそうになるが咄嗟に手で口を塞いで押し殺す。狩人が歩いて近づいて行くのを見て不安が押し寄せるが指示通りにじっとする。そしてその後音もなく忍びよっていたはずの狩人に人狼のような獣(罹患者の獣)が気づいたのか振り向いた。

 

「―ッチ・・・

 

狩人は小さく舌打ちをすると滑るように素早く距離を詰めると右手の鉈のような物を振り獣を引き裂いた。血が噴き出しあたりに飛び散るが返り血を浴びるのもお構いなしに狩人は得物を振るって獣を皮膚を引き裂いていく。そして獣は悍ましい外見をしながらも何も出来ずに地に伏した。狩人が周囲を見渡して手招きをしたのでそれに従ってついて行く。近づくにつれて強くなる血と臓物の匂い。皮膚を裂かれ肉を抉られた獣は従来の見た目も相まってより醜悪な外見を惜しげなく晒していた。

 

「・・・これが獣だ。すさまじい膂力と生命力。そして時に妙に賢しく襲い来る化物だ」

 

「獣・・・」

 

こうして近くで見ると明らかにその見た目の異常さに気づく。四肢は明らかに長くその太さから強靭であろうことは安易に想像出来る。開き切った瞳孔は蕩けてもはや理性など残していないことは明らかだ。全身を覆う黒い体毛も柔らかな物ではなくその身を守る鎧のようになっているようで、自身が立ち向かった所で容易く殺されてしまうだろう。

 

「しかし・・・」

 

「ふぇ!?あの・・・」

 

唐突に狩人が女神官に顔を近づける。顔から身体のあたりまでを撫でるように頭を動かすと何やら匂いを嗅いでいるようだった。

 

「・・・やはりか。鎮静剤を飲ませた程度では意味などなかったか」

 

「あの・・・何が・・・?」

 

疑問を問うとその答えは直ぐに返ってきた。最も顔は此方を向いていなかったが。

 

「匂いだ。真新しい衣服、血の匂いの染み付いていない身体。奴等が気づくわけだ」

 

自身から変な匂いでも出ていたのかと腕の匂いを嗅ぐが特に何も匂わなかった。それこそが今回は問題だったのだがそれを今の彼女が知らぬのは無理もないだろう。狩人は倒れ伏した獣の死体から臓物を腕で抜き取るとそれを女神官の前に差し出す。

 

「え・・・あ、あの・・・これは・・・」

 

「衣服に軽く染みこませて匂いをつけろ。自分でやらんなら俺が塗り付けてやる」

 

思わず後ずさった女神官の表情は絶望に染まった顔をしていた。女神官が一歩下がる度に狩人が一歩前に出る。トンと壁に背があたるとその表情はより怯えと恐怖を増していく。臓物の血を擦りつけるというのもそうだったが狩人が血塗れというのもあってその相乗効果は大きかった。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

一先ず外へ出るのが先決だと言われて狩人の後をついて行くが女神官の瞳からは早くも光が消えていた。真新しい神官服は所々が赤く染まり、全身からは血の匂いを撒き散らしている。必死の抵抗も虚しく血を塗りたくられたが死なない為には仕方が無かった。割り切れるかどうかはともかくとして。

 

そしてここまで歩いて来て周囲を見渡すと目に付く所がおかしい事に気付く。鉄格子が迷路の壁のようになっているこの場所は見れば見るほどおかしく、牢のようになっている所は少なくまるで鉄格子で作られた迷路のようだった。所々で死体を貪るあの人狼のような獣がいたが匂いを消した事によってか否か気づかれる事も無く狩人が次々と葬っていった。反撃の余地も無く一方的に殺していく様子はまさしく『狩り』であった。先を進み続けると光が見えてきた。どうやら自分は大分奥に囚われていたようだった。

 

「外だ。これから先外にいる連中に決して声を掛けるな。誰であれ獣狩りの夜にまともな奴はいない。命が惜しいなら指示に従え」

 

「!は、はいっ」

 

「よし、行くぞ」

 

連れられて女神官が目にした光景は―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――自分が住んでいたはずの辺境の街その物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




薄汚れた錫杖

悪夢の中で見つけた錫杖。少し汚れてはいるもののまだ新しい物。
丈夫な素材で作られているが特に仕掛けなども無く獣狩りには適さないだろう。かつては熱心な信徒が祈りを捧げるのに用いたのかもしれないが獣狩りの夜にそんな者はいないだろう。

悪夢に救いを求めたところで応える神はいないのだから。



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3話 悪い夢

(・・・床に落ちている紙片に何かが書かれている)

見たまえ!青ざめた血の空だ!






「えっ・・・!?こ、ここって・・・!?」

 

目の前に広がる光景に女神官は驚愕した。それもそのはず自分が人攫いにあってどこか遠くにいるのかと思っていたら自分の住んでいた街だったのだから驚くのも無理はなかった。だがそれ以上に驚くべきは街の様子だ。月で照らされたとはいえ夜にしては明るいのはその街の住人達が原因だった。

 

住民と思しき者達は皆一様に松明や斧などを持ち武装しておりその身体からは先の獣の特徴と同じ黒い体毛が生えてきており、片側の腕が倍近い長さになっている。さらに辺りに広がる臓物や血の匂い。周囲を見渡せば死体がチラホラと見える。かつて女神官が見慣れていた平和で活気に満ち溢れていた辺境の街の面影はもはや見る影も無かった。

 

「知っているのか?」

 

狩人が顔だけを向けて女神官に問いかける。知っているどころの話ではない。孤児であった自分が拾われ育った街なのだから。凄惨な光景に思わず目を背けたくなるが女神官は震える声で狩人に答えた。

 

「ここ・・・私が、住んでいた街です。それがどうしてこんな・・・」

 

ただでさえ顔色が悪かった女神官の顔が見る見るうちに青ざめていく。実際彼女はすでに気が気でなかった。神殿の皆は?神官長様は?無事なのだろうか?周囲の建物を見ても明かりがついている建物は何一つ見当たらなかった。

 

「ほう・・・」

 

そんな女神官の心境は知らずに狩人はまるで興味深いとでもいうような声を出した。だがその表情…もとい目元は都合が良いと言うような目をしていた。女神官から松明を取り上げると変わらず淡々とした声で声を掛ける。

 

「街でおかしなところを見つけたらすぐに言え」

 

「っ・・・・・・はい。わかり、ました・・・」

 

現実に引き戻された女神官は絞り出すように震える声で答えた。顔にはすでに生気が無くなりその姿はまるで心が死んでしまっているようだったが狩人は気にした様子もなかった。。

 

「一先ず大通りは避けて行くぞ。数が多すぎる。奴らの声である程度の音は誤魔化せるがなるべく音は立てないようにしろ」

 

「はい・・・」

 

狩人に連れられるまま路地裏から路地裏へ路上を横ぎるようにして場所を移していく。そうして少し広い場所に出たところで見覚えのある建物が現れた。

 

「あっ・・・!」

 

「どうした?」

 

一瞬言っていいものか迷ったが女神官は先にある建物を指差しながら言った。

 

「あの建物・・・地母神様の、私が住んでいた神殿です」

 

「・・・・・・・・・」

 

言われて狩人はその建物をじっと見つめている。少し上の方を見つめているが何かあったのだろうか?女神官が首を傾げていると狩人が口を開いた。

 

「概ね中の様子を見たいのだろう?」

 

「えっ!?と、その・・・」

 

自分の考えを見透かされて思わず驚いた声がでてしまう。即座に口を手で抑えるが今は大丈夫なようだった。狩人は呆れた様子だったが周囲を見渡すと再び女神官の方へと顔を向けた。

 

「一つ言っておくがこの世には見てはならない、知らなければ良かった事など山ほどある。お前は今からそれを見ようとしている事に気づいているか?」

 

「それってどういう・・・」

 

「そのままの意味だ。・・・おそらくお前が望むものは無いぞ」

 

「・・・それでも、です。それでも気になるんです。・・・お願いします」

 

ペコリと綺麗なお辞儀をする女神官を見て狩人の目は変わらなかったが心なしかどこか憐れんでいるように見えた。勿論今の彼女にその表情は見えなかったが。

 

「あそこへ行くにはあの扉の前の群衆を倒す必要があるが・・・見ろ」

 

狩人が指差す咆哮を見るとそこには斧と松明を持った者、長い鋤を持った者、そして何やら長い鉄の筒を持った者。そしてそこに控える二匹の犬が見えた。

 

「投擲は出来るな?大雑把で良い、これを壁に叩きつけろ。そうすればあの犬共を誘い出す事が出来るはずだ。誘い出したらこれを投げて燃やせ」

 

狩人は二つの瓶を女神官に手渡した。片方は何やら赤い液体の入った酒瓶のような物。もう片方は布で栓をされたアルコールの匂いがする物だった。片方はよく分からなかったがもう片方は恐らく燃やせと言った事から火炎瓶だろう。・・・いきなりの実戦に手が震える。弱気になっていたのもあって自然と口から不安が零れた。

 

「大丈夫でしょうか・・・」

 

「出来なければ死ぬだけだ。腹を括れ」

 

無神経な物言いにむっとなるが女神官はぐっとこらえた。経験も何も無い自分ではどちらにせよ従う他無いのだ。身を潜めてギリギリまで近づくと狩人が後ろに手を翳す。

 

「・・・ここが限界だな。良いか、教えた通りにやれ。犬を始末したら即座に隠れろ」

 

「っはい・・・!」

 

「よし。好きなタイミングで投げろ」

 

そう言うと狩人は屈んだ姿勢で鋸のような鉈(ノコギリ鉈)を構えた。それを見た女神官はギュっと口を結んで遠目の壁目掛けて赤い液体の入った酒瓶を投げた。

パリーンと瓶が割れる音と共に犬がそちらを振り向き一目散に駆け出し壁に染み付いた液体に一心不乱に群がっている。そこ目掛けて女神官は火炎瓶を力の限り投げ込んだ。瓶が地面に落ちて割れると共にごうと炎が燃え盛り群がっていた犬は二匹共炎に包まれ燃え尽きた。安堵する間も無く咄嗟に近くの木箱の影に身を潜める。それと同時に狩人が飛び出した。狩人が真っ先に向かったのは鉄の筒のような物を持った群衆だった。狩人に気づいた群衆が鉄の筒を構えるがすでに遅く、腕を切り落とされそのまま返す刃で首を落とされた。残った二人の群衆も斧と鋤を持って狩人に振りかぶるが狩人の左手に持った鉄の筒(散弾銃)から無数の弾丸が飛び出した。得物を振りかぶった所に強い衝撃が合わさり大きく群衆が姿勢を崩す。片方の群衆を遠心力を生かした鉈を振るう事で首を跳ね飛ばし素早くもう片方の群衆に接近すると得物を手放し腕を勢いよく振りかぶると群衆の腹部に腕を突き刺し引き裂くように腕を振るった。

 

(!?ッ)

 

夥しい量の血が噴き出し臓物が散らばる光景を見て思わず女神官は口元を抑えたが、ここに来る前に狩人に言われた事を思い出し留まった。戻りかけた中身を必死に抑え込むようにうずくまる。

 

「―っ・・・ぐ・・・ぅぇ・・・」

 

「早いうちに慣れておけ。毎回吐いていたら持たんぞ」

 

「ぅ・・・はい・・・」

 

鉈を回収した狩人がすでに側に来ていた。もうすでに持たなそうなのだが深呼吸をしてどうにか落ち着かせると杖を支えにして立ち上がる。

 

「先に言っておくが後悔するなよ。ここに行くと言ったのはお前だからな」

 

「はい・・・。分かっています」

 

「・・・ならいい。行くぞ」

 

コンコン、と狩人が神殿の扉を叩く。反応は無い。もう一度狩人が同じように扉を叩く。同じように反応は無かった。狩人がドアノブに手を掛けると鍵は掛かっていないようだった。

 

「・・・本当に良いんだな?」

 

「はい。・・・私は、大丈夫ですから」

 

そう言うと狩人はそれ以上何も言わなかった。扉を開けると中からは強く鼻腔をくすぐる匂いが漂い、窓から僅かに月明かりが差し込んで神殿の中を照らしていた。だがやはり中は暗くいつの間にか狩人が松明を二本取り出して片方を女神官に手渡す。二本分の松明の明かりが内部を照らし目が明るさに慣れてくると―

 

中は酷い有様だった。

 

神殿の床は血の色で赤く染まり、まるで絵の具が飛び散ったようだ。そして真っ赤に染まった血の床に無造作に倒れている人達。・・・そのどれもが女神官と同じ白を基調にした布地に青と黄色で彩られた神官服を着ていた。女神官の頭が真っ白になる。狩人は言っていた。後悔はするなと。望むものは無いと。分かってはいた。だがそれでもあんな絶望的な光景を見ても尚微かな希望に縋った。そしてそれは見事に砕かれたのだ。

 

「ぁ・・・ぃ・・・いや・・・こんな・・・」

 

その目に涙を溜めながらふらふらと覚束無い足取りで奥に足を運んでいく女神官に狩人は黙って付いて行く。その目はやはりというか冷め切っていた。

 

「誰か・・・誰でもいいですから・・・一言で良いんです・・・返事を、してください・・・」

 

か細い声で絞り出すように今にも泣き出しそうな声で女神官は辺りを見渡す。しかしその声に応える者は誰もいなかった。かすれて震えた小さな声が神殿の中に小さく木霊しただけだった。そんな中女神官は一人の死体を見て足を止める。うつ伏せになって倒れており顔は分からないが日焼けした葡萄のような褐色の肌、波打った黒い髪。それは女神官が姉のように慕っていた人物であった。活発で明るく、きびきび仕事をこなす太陽のような女性だったのだがそれもすでに物言わぬ屍と化していた。

 

「ぅ、ああ・・・うぁあぁぁあぁぁぁぁ!!」

 

慕っていた人物の屍を目の前にしてついに女神官は膝から崩れ落ちた。両手で顔を覆い恥も外見もなく涙を流し泣きじゃくった。予想は出来たはずだ。警告はされていたのに心のどこかでそれを受け入れられずにいた。その事実は未だ十五に満たない少女には余りにも重すぎた。昨日まで共に過ごしていた人物が皆死んでいたのだ。少女の心を折るには十分だった。何かの間違いだ。これは何かの悪い夢なのではないかと思おうとするもここまで体験がすでに夢で無いことなど知っているが故にそれは酷く女神官の心に突き刺さった。

 

「おい」

 

「ぅ・・・ぐすっ・・・ぁぁ・・・」

 

そんな事を知らんとばかりに狩人は声を掛ける。女神官は未だに泣き続けている。それを尻目に狩人は小さく舌打ちすると一人奥へと向かった。

 

 

 

~~~

 

 

 

泣き崩れた女神官を放置して狩人は神殿の中を探索する。血に酔い、悪夢を巡り、狩りに生きた者に慰める手段は持ち合わせていなかった。情けない事だがどちらにせよあの様子では何を言っても届かないだろう。死体が着ていた衣服を見る限り仲間か同僚の類だろうと狩人は当たりをつけた。だがまだ人として死ねただけ狩人は良いと思っていた。人が獣に身を墜として殺しあうよりは遥かにマシだろう。そして人が獣に墜ちるうえで何よりも聖職者こそが恐ろしい獣になるのだから。しかし実際生きている人間が他にもいれば情報が手に入ったのだがこれでは望むべくも無い。・・・あの神官の娘にどう見えているのかは分からないがすでに空には()()()()()()()()()。実際街の建物の屋根や壁には上位者の眷属(アメンドーズ共)がそこかしこにいた。しかし青ざめた血の夜は終わったはずだ。あの時『月の魔物』は己自身の手によって狩られたのだから。

 

―悪夢は巡り、そして終わらないものだろう!

 

ああ、そうだったな。狂人め。簡単な話だった。

 

獣狩りの夜が何度も訪れるならそれは悪夢とて同じ事。同じように巡っているだけか。つまりこの悪夢を形作った畜生がいるということだ。せっかくの堪らぬ狩りの夜だと思ったのに気色悪いナメクジ共を狩らねばならんことに嫌気が刺すが獣がいないわけでも無し。狩人の口の端が僅かに吊り上がる。くだらん上位者共め。今の自分は貴様等と同じ土俵にいるのだ。決して生きて還れるとは思わぬ事だ。そこに形があり肉を裂く事が出来るなら殺せぬ道理などあるものか。―まずは・・・

 

「――――」

 

自らの獣性が高まって狂気に落ちかけたところで慣れた手つきで狩人は鎮静剤を煽った。

いくら幼年期を迎えたからと言って所詮その身は人の物だ。油断すれば獣に墜ちてしまう。自分は狩人である。狩人とは狩る側であって決して狩られる側では断じてない。一先ずあの泣きじゃくっている神官の娘をどうにかしよう。心折れて生きる気力を失ったのならおいていけばいい。あの様子ならもう既に抜け殻にでもなっていそうな物だが。

 

そうして狩人は女神官の元へと戻った。しかしこの後狩人の予想は大きく裏切られるのだがそれを狩人は知る由もなかった。

 

 

 

~~~

 

 

 

コツコツと歩く音が近づいてくるのに気づいて女神官はようやく我に返った。と言っても一頻り泣きじゃくった後はその場に座り込んで糸が切れた人形のようにぐったりとしていたのだが。目元を袖でぐしぐしと拭うと足音の方へと顔を向ける。

 

「・・・すでに抜け殻のようになっているかと思ったがそうでも無かったか」

 

「す、すみません。私、その・・・わかっていた、はずなのに・・・」

 

つい先ほどまではそうだったのだがどうにか隠して弱々しくも女神官は謝罪の言葉を述べて狩人の方を見る。相変わらず目元しか見えないがその瞳は心無しか驚いているように見えた。

 

「まだそんな顔が出来るなら大丈夫そうだな。行くぞ・・・何かあれば言え」

 

「・・・はい」

 

無遠慮な言葉。しかしぶっきらぼうに言い放たれた言葉の割には出会ったばかりのような棘がなかったような気がした。気を使ってくれたのだろうか?・・・だが自分の身体が血に汚れているのを見て思い留まった。最初の件(血の匂いのする液体)の事もあって女神官は未だに目の前の狩人という男がどんな人物なのか分からなかった。いきなりあんな物を飲ませたりするし臓物を体に擦りつけろなどとも言うし本人も言っていたがまともな人物ではないのだろう。だが・・・

 

「無駄にするな。こいつらがお前の仲間や同僚だったのなら・・・その死を、先人の死を無駄にするな」

 

神殿の入口の前で振り返った狩人が言う。こう言った言葉を掛けてくれるあたり悪い人では無いのかもしれないと女神官は思い始めてもいた。その言葉に後ろを振り返って共に過ごした皆の亡骸を見る。

 

「・・・はい。大丈夫です。もう、私は大丈夫ですから」

 

「・・・ならいい。行くぞ」

 

そうして扉を開けて外へ狩人が出るのを見るともう一度だけ振り返った。

 

(―必ず。必ず戻ってきますから。だから―)

 

どうか・・・見守っていてください。決して声には出さず心の中でそう言って狩人の後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―その背を天井から見つめている者がいたが女神官がそれに気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんか朝見たら日刊7位とかに一時的に載ってました。やっぱ皆啓蒙高めるの好きなんすねぇ。2話を投下した時点でお気にいりが300近く増えていたのにもビビリました。具体的に言うんと投稿主の発狂ゲージが上がります。

ダクソの方の作品でもそうですが誤字脱字報告ありがとうございます。同じ読みの漢字があると結構ミスり易いのは私の癖です。


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4話 異なる景色



アメンドーズ、アメンドーズ…

憐れなる落とし子に慈悲を…

イーヒッヒッヒ…ハーハッハッハッハ!!


外に出ると狩人が待っていた。置いていってもおかしくはない筈なのだが彼はそこにいた。まともではないと本人は言っていたがこうして待っているあたりそうでもないのかもしれないと女神官は一人思った。例の液体(鎮静剤)の件は置いておいて。

 

「これから先は連中と交戦する機会が増える。これを持て」

 

狩人が腰に下げている物と同じ鉄の筒のような物を投げ渡した。落とさないように両手で受け止めるとそこにはずっしりとした金属の重みがあった。

 

「ずっと気にはなっていたんですけど・・・これは何ですか?」

 

「銃だ。火薬の力で弾丸を飛ばす武器だ。多くの狩人は皆仕掛け武器と銃を持ち獣を狩ってきた」

 

「武器、ですか・・・でも・・・あっ」

 

「どうした」

 

武器と聞いて思わず自分の信仰する地母神の戒律を思い出した。地母神の信徒は基本武装することを良しとしない。自衛をすること以上の戦闘は忌避するし過度な武装は当然ながら肌を覆い隠す事も良い顔をされない。「守り、癒し、救え」の三つを教えを原則としている以上それらを余りにも破ろう物なら最悪授かった奇跡を剥奪される可能性だってあり得る。

 

「その、地母神様の・・・えっと私が信仰している神様の教えでは過度な武装はしてはいけないんです」

 

「それがどうした」

 

「えっ?」

 

しかしそんな自らの不安を狩人はバッサリと一言で切り捨てた。この間一寸の間も無く即答である。思わず女神官も目を丸くしてしまった。

 

「お前も見ただろう。この街の有様を。そしてついさっきにこの神殿の中も。あの有様を見てまだ神様とやらが助けてくれると信じているのか?」

 

「っ・・・それは・・・」

 

「手を合わせて祈るのは勝手だがここではそんな事をしても誰も助けてはくれない。この街の惨状を見た以上それが分からないような阿呆ではないだろう?」

 

「で、ですが!」

 

「くだらん意地を張るのは勝手だがそれが原因で死にそうになっても知らんぞ。言ったはずだ、自衛の手段は覚えて貰うと」

 

「く、くだらないって・・・」

 

「自身の身を守る事すらその神様とやらが許さんなら信仰などやめてしまえ。神頼みなど何の役にも立たん」

 

自身の信仰した神を否定され女神官は顔を顰める。まぁ元々献身的に奉仕することが習わしの宗派なので仕方ないのだが・・・その点目の前の狩人を見れば自分の地母神の信仰を真っ向から否定するような姿をしていると言っても過言では無いだろう。肌をくまなく覆い隠し、両手に武器を持ち、彼の言動を見るに他者への献身など皆無だろう。

 

「っ・・・分かりました。で、でもホントに最小限です。身を守るくらいの・・・」

 

「何も俺のように着込んで武装しろと言っているわけじゃない。それにその身体付きでは狩装束など着れんだろうしな」

 

「―っ」

 

上から下へ撫でるようにその視線を動かすのを見て思わず女神官は顔を赤らめ自身の身体を両手で抱いた。まだ、まだ成長期はあるはずだと自分に言い聞かせながら狩人を力いっぱい睨んだ。まだ十四なんだから仕方ないじゃないですか。と誰にいうわけでもなく女神官は言葉を飲み込んだ。

 

「そんな顔が出来るなら平気だな。・・・これがそれに込める弾だ」

 

狩人がそういって渡してきたのは先端が尖った銀色の小さな芯のような物で所々赤い色が混じっている。

 

「水銀弾だ。鉛の弾は獣には殆ど役に立たないから専用の弾を使う。一先ずそれで身を守れるはずだ」

 

「あの使い方とかは・・・」

 

「銃身を倒して弾を込めろ。あとは相手目掛けて引き金を引け。撃つときは指差すように撃て。殺せなくてもいい。音と衝撃で怯ませるだけで十分だ」

 

「でも、それじゃ・・・」

 

「あとは当たり前だが弾に限りがある。無駄に撃つなよ。無くなっても補充はできるがそれも無限にできるわけじゃない。やばい時にだけ使え」

 

「・・・分かりました」

 

一通り使い方を教わると女神官は受け取った短銃を左手に持つと右手に錫杖を持った。松明はどうするのかと聞こうとしたが聞く前に狩人が答えた。

 

「外なら松明はいらん。どちらにせよこの街から出るには―」

 

そう言って狩人が後ろへ振り返る。その先を女神官も釣られて見た。

 

「・・・悪夢の元凶を潰さねばな」

 

そう言って歩き出した狩人の後をついて行く。

 

空には綺麗な白い月が輝いていた。

街は血で染まっているのに月はいつもと変わらなかった。

 

一つしか無いことを除けば。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

女神官をつれて歩き出した狩人は先ほどと同じように路地裏を通って群衆や獣の目を逃れるように動いていた。自衛手段を与えたがそれでもこの少女を戦力として数えるのは無謀だろう。渡した短銃は強化もしていない新品の豆撃ちのような状態だがそれでもそこから放たれる水銀の弾丸は連中を怯ませるには十分だろう。自身の血質が優れていれば威力の不足はどうにかなったがそれも刺銃剣(レイテルパラッシュ)が使える程度の血質では望むべくもなかった。しかし無いものねだりをしても仕方が無い。過酷な運命を乗り越え血に優れぬ体質ながらもそれを補えるだけの神秘に見えた。気の狂う旅路ではあったが得るものは確かにあったのだ。

 

・・・多くの人間は出会っても最後には死んだ。正気を保っている者は死んだ。

 

ある男は言った。獣ではなく人を狩っているのだと。

 

ある男は言った。人は皆獣なんだと。

 

ならば上位者達を狩り続けた己は何になる?4本の『3本目』を得た自分はなんだと言うのか。・・・答えはない。得るはずの答えはあの夜に消えた。そして未だに人のフリをしている。だがそれでも・・・

 

人々の為に怪異を狩った狩人が人殺しなどと・・・憐れではないか。俺たち狩人が・・・だからこそ我々は狩り続ける。終わらないと分かっていても何度も訪れると分かっていても夜が来る度狩りに出るのだ。

 

そういえばこの少女は神官と言っていたか。神官ということは聖職者の類。つまり彼女もかの教区長(エミーリア)のように悍ましい獣になる可能性があるという事だ。まぁ見たところよそ者である以上その兆候は無さそうだが・・・そういえばヤーナムで出会った者達から受けた血の施し。ああ、実に甘美な血だった。この少女は血の聖女では無いのかもしれないがさぞその血は美味なのだろう。

 

・・・そこまで思い至って、懐から鎮静剤を取り出し再び煽った。自分はいつからこんなにも気狂いになったのだろうか。一人の時ならともかくこの少女の前で全身から血を噴き出す事態は避けねばならない。あとで夢に戻ってカレル文字を刻みなおそうか。

 

「あ、あの大丈夫ですか・・・?」

 

後ろから件の少女の心配そうな声が上がる。振り返ると少し怯えたような表情ではあるもののこちらを気遣っているのが伺える。振り返り努めて何でもないように答える。

 

「・・・心配はいらない。自分の身を守る事だけ考えていろ」

 

そう言うと少女は何か言いたそうな顔をしたがすぐに押し黙った。・・・彼女が心優しい性格をしているのは振る舞いや言動を見るだけで分かる。だがそれ故に危険だ。ヤーナムなら真っ先に死ぬタイプであろう。・・・だがどうしてか、彼女を見ていると助ける事ができなかったリボンの少女を思い出すのだ。無残にも人食い豚に食い殺された何の罪もない少女を。

 

――――――――。

 

自分も決してまともではない。だがそれでも。

 

この少女を悪夢から覚ましてやることくらいは、出来るはずだ。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

狩人が再びあの液体を飲んだのを見て思わず心配になって声を掛けた女神官であったが心配はいらないと言われて押し黙る。・・・だがその背はどこか何かに耐えているような気がした。何か自分ができることは無いだろうか。元より冒険者の役に立とうと思いその道を志したのだ。たとえ狩人がまともな人物では無くとも自分は彼に助けられたのだ。ならば助けられっぱなしでいるわけにはいかなかった。

 

(何かしてあげられないでしょうか・・・何か私に・・・)「わぷっ!?」

 

そうして物思いに耽っていると狩人が急に立ち止まりぶつかってしまう。どうしたのかと思い狩人の顔を伺うが狩人は何かを考え込んでいるようだった。

 

「・・・チッ。眷属(アメンボ)が・・・」

 

何やらボソりと悪態を吐いているようだった。内容は女神官にも聞こえていたのだがアメンボと聞いて女神官は首をかしげた。アメンボというとよく池の上などにいる虫のことなのだが違うのだろうか?それとも狩人の言うアメンボは何か別の事を指しているのか女神官は頭の上に?を浮かべているが狩人はそしらぬ顔で前を指さした。

 

「あそこを見ろ。扉が開いている建物があるのが見えるか?」

 

その方向を見ると大きな建物があり目を凝らして見れば扉の横にはADVENTURE'S GUILD(冒険者ギルド)と書かれていた。

 

「あ、あそこって・・・!」

 

自分が成人して行こうとした場所に思わず息を飲む。本来なら人の往来で賑わっているであろう場所もすっかり人の気は無く・・・いやあるにはあるがギルドの前は群衆で溢れかえっていた。人が皆一様に集まっておりあそこに何かがあるのだろうか?

 

「何やら冒険者ギルドというところらしいが・・・それは今はどうでもいい。足に自信はあるか?」

 

「・・・ないです」

 

「・・・・・・・・・」

 

「し、仕方無いじゃないですか!昨日までずっと神殿で暮らしていたのに・・・」

 

半眼になって此方を見る狩人に女神官は抗議した。昨日まで神殿暮らしの戦いとは無縁だった神官に運動神経を期待されても困るというものだ。さすがに鈍足とまではいかないと思いたいが長距離を走り続けるのは厳しいだろう。狩人は何やら考え込んでいる。群衆の数は遠目で見ても三十はくだらない。近くに身を隠す遮蔽物も無く真っ向から挑むのは無謀だろう。戦いに関してはドがつくほどの素人である女神官でさえこう思うのだから狩人もそれは分かっているだろう。どうにか無事に済む方法を

 

「仕方無い。突っ込むぞ」

 

「・・・え?」

 

考える間も無く狩人は言い放った。女神官は何を言ったのか理解出来なかった。突っ込む?あの群れに?何を言っているのだろうかこの人は。一拍おいて狩人に女神官は青ざめた顔で抗議した。

 

「む、無茶ですよ!いくらなんでもあの数は危険です!」

 

「別に連中を相手取る必要は無い。ようはあの建物に入れれば良い」

 

「建物に入ればって・・・その後はどうするんですか?」

 

「入ってくる奴は殺す。・・・必要はなさそうだがな」

 

「どういう事ですか?必要はないって・・・それじゃ・・・」

 

狩人の言っている事がよく分からず不安を募らせるが狩人は淡々と言葉を述べる。

 

「心配するな。別にお前を囮にしたりするわけじゃない。ちょっとした力押しをするだけだ・・・行くぞ」

 

「え?力押しって・・・ひゃぁ!?」

 

そう言うと狩人は女神官を左肩にひょいと担ぐようと素早く飛び出した。いくら華奢で小柄とは言え人一人の重さを抱えてこの群れを突っ切るなど正気だろうかとそんな事を考えている自分がいた。狩人に気づいた群衆達が手に持つ農具や武器の類を振りかぶって追いかけてくるがそこまで足の早い者はいなかった。・・・正直なところ女神官でも十分に逃げ切れる速さではあった。今更言ってももう遅いのだが。

 

そして半ばまで来たところで空が光った。正確に言うと冒険者ギルドの壁の上方が光ったのだ。思わず女神官がそちらを見るが何もない。気のせいかと思ったが次の瞬間に光った場所から眩い光が迸った。

 

―ビィィィィィィ!

 

「!?」

 

耳に障る音と共に光が地面をなぞると光がなぞった場所が爆発した。眩しい光の爆発に思わず目を瞑り、口から悲鳴が出そうになるがぐっとこらえた。その光が地面を次々と地面をなぞり爆発を引き起こすなか狩人はその中と群衆の間とを滑るように走り抜けて行く。そして爆発に巻き込まれた群衆は蒸発し文字通り塵と化した。群衆を振り切り扉を体当たりで開け放つとすぐに地面に女神官を放り捨てた。

 

「あッ、う・・・」

 

全身に衝撃が伝わり痛みが広がるが痛みをこらえてどうにか起き上がると狩人が入口から迫り来る群衆と対峙していた。大ぶりの攻撃をひょいと躱すと手に持った鋸刃のついた鉈で切り裂いて行く。

 

「・・・意外と上手く行くものだ」

 

狩人はなんとなく呟いたのであろうが女神官は聞き逃さなかった。どうやら半ば博打に近い策だったようで思わず女神官は声をあげた。

 

「もしかして半ば賭けだったんですか!?」

 

「お前を連れている以上どうしても行動が制限される。目を離せばどうなるか分からんし何よりお前が奴に狙い撃ちされる可能性もあったしそこかしこにいる連中に()()()()()()()可能性もあったからな」

 

「そういえばさっきの光はなんだったんでしょうか?それに狩人さんが言っていたのって・・・」

 

「忘れろ。前にも言ったが知らなければ良いもの、見なければ良いものがある。それを知ろうとするなど愚か者の所業だ」

 

「・・・あの、もう少しこう、教えてくれても良いじゃないですか。全部とは言わずとも少しくらい・・・」

 

そう言うと狩人は少し迷ったように黙り込んだがすぐに口を開いた。

 

「簡単に言えば見えない化物だ。それがあの光を放っていた。これで良いか?」

 

「・・・納得は行きませんが分かりました。でも狩人さんには見えているんですか?その言い方だと見えているような・・・」

 

「見える。・・・別に見たくて連中が見えるわけでは無いが」

 

そう言った狩人は溜息を吐いた。まるでもう見飽きたとでも言うような反応だった。相変わらず謎の多い人物ではあったがあそこで女神官を置いていくという選択肢を取らなかったあたりそこまで悪い人物ではないのだと思うようにもなった。実際彼にとっては女神官を連れるメリットはないのだから。すると狩人は何かに気づいたようで歩いていく。慌ててその後をついていくと何やら床から何やらランタンのような物が生えていた。灯りは点っていないがいくらなんでも床から直接生えているようなランタンがあるのは明らかに不自然だった。

 

「なんでしょうこれ・・・?ランタン?みたいですけど・・・」

 

「ん?これは見えるのか?」

 

「え?普通に見えていますけど・・・」

 

「・・・よく分からんな・・・まぁいい、見えているなら好都合だ」

 

何が好都合なのかと思っている内に狩人が明かりに向かって指を鳴らすとランタンに灯りが点った。菫色とでも言うべき薄い紫色の灯りは不思議ではあったがどこか安心させるような何かがあった。

 

「手をかざしてみろ」

 

「?えっと、こうですか?」

 

しゃがみこんで言われた通りに右手を前にかざすとだんだんと視界が暗くなって意識が薄れていく。しかし気づいたときにはもう遅く女神官の意識は落ちた。

 

 

 

誰もいなくなったその場には灯りだけが残っていた。

 

 

 

 

 

 




狩人「(聖職者の少女の血か・・・)」
女神官「(なんだか悪寒が・・・)」

女神官ちゃん、君最初になんでもするって(ry


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5話 夢の中で夢を見る

過去、多くの狩人様がこの悪夢を訪れました

ここにある墓石は、すべて彼らの…名残です

もう、ずっと前の話ばかりに思えますが




「ん・・・んん・・・あれ・・・私は・・・」

 

朧げながらも意識を取り戻した女神官は薄らとその瞳を開けて起き上がる。自分は確かさっきまで辺境の街にいて・・・何かが光ってその後・・・そこまで思い至ってガバりと立ち上がって周囲を見渡した。周囲には白い花が咲き乱れその花に囲まれるように墓石のようなものが連なり、正面には石造りの階段がありその先には小さな建物が大樹の下にひっそりと佇んでいた。そして階段の下で何やら誰かが座り込んでいた。恐る恐る女神官が近づくとその人物は眠っていた。スースーと寝息をたてていてその横顔はまるでこの世の人物とは思えない美しさを持っていた。こげ茶の長いスカートにそこから生える革のブーツ。手には花模様をあしらった手袋をし、上にも複雑な模様をあしらったケープのような物を羽織っている。頭は帽子を浅めに被りその隙間からは灰のような髪が顔を出している。しかしその手をよく見ると人には有り得ない物が女神官の目に映った。

 

それは決して人には無い球状の関節だった。よく見るとその肌も雪のように白く不自然な艶を放ち、凡そ人肌とは思えない質感が感じられた。それを見て女神官は一つの疑問を抱いた。

 

「これは・・・人形・・・?」

 

思わず呟いた女神官の声は誰の耳に入るとも言えない小さな物だったが聞こえたのか目の前の・・・人形?らしき物が目を開け動き出した。それはこちらに気づくと驚いたような表情を浮かべると立ち上がり佇まいを直すと口を開いた。

 

「ああ、すみません。少し眠ってしまっていました。初めまして。小さなお客様。私は人形。この夢で狩人様のお世話をしている者です」

 

「え?あ、は、はい!初めまして!私はえっと・・・」

 

「ふふふ。大丈夫ですよ。貴方の事は狩人様より伺っていますから」

 

「え?狩人さんが・・・」

 

「はい。何でも『変な奴』を拾った。とおっしゃっていました」

 

「へ、変なって・・・」

 

貴方にだけは言われたく無いです。なんて言おうとしたが当の本人がいないので言葉を飲み込んだ。

そして自然と会話をしてしまったがどうやら目の前の人・・・もとい人形は喋る事ができるようだった。魔力が込められた何かなのだろうかと疑問を抱きつつも何よりその身長に驚かされる。自分は確かに小柄な方かもしれないがそれでも目の前の人形は一般的な女性と比較してもかなりの身長だ。下手な男性よりも大きいかもしれない。マジマジと見つめていると人形が首をかしげていた。

 

「?どうかなさいましたか?」

 

「い、いえ!何でもないです!」

 

ブンブンと手を振る女神官を見て人形はクスりと笑って見せた。その顔に思わず見惚れてしまうが即座に現実へと引き戻された。

 

「気付いたか。特に変わりはないようだな」

 

階段の上から狩人が歩いてきた。血塗れだった服装は真新しい綺麗な物になっており武器も持っていなかった。

 

「は、はい。あの、ここは・・・?」

 

周囲を見渡しながら女神官はこの場所について尋ねる。さっき目の前の人形は夢と言っていたが・・・

 

「ここは狩人の夢だ。本来なら血の医療を受けて狩人になったものが見る夢だが・・・」

 

夢?自分は夢を見ているのか?つまりこれは起きたら忘れる出来事だと?その言葉を聞いて上手く理解出来なかった女神官は自分の頬をつねって見るが痛みを生じただけで目の前の光景が消えることはなかった。

 

「・・・夢の中に身体ごと入っていると思え。どういう理屈か知らんがお前もこの夢を見ているならここを拠点替わりに使えるからな」

 

いまいち要領の得ない内容に納得がいかないが少なくともここにいるうちは安全なようだった。ならばどこかでゆっくり―

 

「だが、その前に必要な物を揃えるぞ。最低限の物をな」

 

狩人が歩いた先には何やら大きな水盆がありその中からは様々な物を持った小人のような者達が上半身だけを出して手を叩いていた。しかしその顔はどれも目や口と思しき場所が空洞になっていたり、片方の目が何かで肥大して潰れていたりしたりなどと控えめに言っても醜悪な外見だった。真っ白で骨ばった身体や腕もその不気味さを助長している。

 

「ひっ・・・!?あ、あの!この小さなのは・・・?」

 

「ここの夢で狩りの道具を売ってくれる使者達だ。言葉は分からんが中々愛らしいだろう?他にもこの夢の中には大勢いる」

 

「そ、そうでしょうか・・・?それに大勢いるって・・・」

 

外見は醜悪だがよくよく見ればその仕草には外見に似合わない愛くるしさが見えなくもないが・・・それでも女神官には手放しで可愛いと言えるような感性はまだ無かった。狩人が何やら水盆の使者達と取引をしているとローブの裾が引っ張られているような感触を感じ下に視線を向けるとそこには三匹の使者が何やら手招きをしていた。

 

「ひゃ・・・!あっ・・・ご、ごめんなさい!えっと・・・?」

 

驚いてしまったことに言葉が通じるのか分からないが一先ず謝ると手招きしている使者達の前にしゃがみ込む。使者達は何やら女神官に身振り手振りをすると地面に潜り込んで何かを取り出すとそれを女神官に差し出した。

 

「え、えっと・・・これは?」

 

一先ず差し出された物を受け取るとそれは長い紐と一緒になっている小さめの鞄といくつかの留め具がついたベルトだった。確かに今の状態では何かを持つにしてもしまうことも出来ないし、銃と杖を持てば両手がふさがってしまうのでありがたいのだが・・・

 

「あの・・・気持ちは嬉しいんですが、その、私はお金とか無いので・・・」

 

「気にするな。貰っておけ」

 

水盆の使者との売買が終わったのか狩人が話しかけてきた。

 

「俺も最初に来たときは使者から武器をもらったものだ」

 

「で、ですが・・・」

 

他者へ献身的にな奉仕をする事を習わしとしている神官の自分としては貰いっぱなしではいけないと思ったのだ。しかし女神官は現在金銭の類など持ち合わせていない。ようは対価として支払える物が無いのだ。

 

「それにこいつらは金ではなく遺志を糧にする。どの道お前には払えん。・・・どうしても言うならその無駄に嵩張る杖でもくれてやったらどうだ?」

 

「そ、それは駄目です!せっかく神官長様から頂いたのに・・・!」

 

「冗談だ。あとはそうだな・・・装飾の類か。帽子にリボン、包帯・・・何故か使者達はそういった物を好むからな」

 

「あ・・・それでしたら・・・」

 

女神官は帽子を取って自分の後頭部で結んでいた青いリボンを解くとそれを使者に向けて差し出した。

 

「その、よろしければこれ、とか・・・」

 

使者達はリボンを受け取るとまじまじと眺めた後それを上に掲げて女神官に向けて両手を上に広げた。

 

bezf3qodec4d9hq@ーd@94a7yee7zq@u!」

 

「・・・喜んでいるようだぞ」

 

「そ・・・そうなんですか・・・?」

 

そう言って貰った鞄を肩からかけ法衣の下にベルトを付けると短銃を腰の左側の留め具へとぶら下げた。

 

「武装が駄目なのならそう言った類の物なら平気だろう。あとこいつは絶対に持っておけ」

 

「?いったい何・・・うっ・・・」

 

そう言って狩人が渡して来たのは最初に飲まされたあの液体と何かの白い丸薬だった。夢の中だと言うのにすでに微かに漂っている血の匂いがあの出来事を思い出させる。白い丸薬の方は初めて見るがこれも何かの薬だろうか?

 

「鎮静剤と毒消しだ。悪夢の中を歩き回るならこの二つは持っておけ」

 

「これって鎮静剤なんですか!?どう見たって何かの血ですよね!?」

 

「・・・?そう言えば言っていなかったか。元は神秘の研究者共が飲んでいた物だそうだ。濃厚な人血の類は気の乱れを鎮めてくれると。気分は最悪になるがな」

 

「じ、人血・・・!?私そんなものを飲まされたんですか!?」

 

「血の匂いに慣れるには最適だっただろう?これから嫌というくらいついてまわるんだ。敵前で吐かれてもまずかったからな」

 

しれっと明かされた事実に女神官が抗議の声を上げるが狩人は何食わぬ顔で言い放った。もしかすると冒険者になってもこの匂いがついてまわると思うと己の選んだ道に不安を募らせるがそれを女神官は頭を振って振り払った。

 

(い、いえ大丈夫です!私は多くの冒険者さんのお役に立つって決めたんです!)

 

「どうした。急に頭を振りだして。やはりもう一度鎮静剤を飲んだほうが・・・」

 

「嫌ですよ!なんで何とも無いのに血生臭い物飲まなくちゃいけないんですか!」

 

「お前の気が触れたと思ったんだが・・・」

 

「私は至って普通です!狩人さんに言われたくありません!」

 

「まるで俺が普通では無いみたいな言い方だな」

 

「普通の人は人の血を平気な顔して飲んだりしないです!」

 

「大丈夫だ。すぐにお前も慣れる」

 

「慣れたくないです!私の話聞いてましたか!?」

 

そんなやり取りを見ていた人形は笑っていた。女神官は知らないだろうが人形はずっと狩人の世話をしてきたがその狩人がここまで口を開いたのは久しぶりだったのだ。最初こそ色々と会話をしたものの最初の狩人(ゲールマン)亡き後は淡々とした会話を一言二言交わすだけでここまで賑やかな会話をすることは無かった。それに・・・あの日の夜明け以降凡そ人らしく無くなった狩人が嘗ての姿に少しだけ戻った気がしたのだ。痴話喧嘩のような会話をしている二人に人形は話しかける。

 

「お二人はとても仲がよろしいのですね」

 

「「どこがだ(ですか!?)」」

 

まったく同じタイミングで言い放った二人を見てまたも人形はクスりと笑う。これも一夜の一時の出来事に過ぎないがそれが狩人の少しばかりの癒しになれば良いなと思ったのだ。

 

「・・・まぁいい。これだけ元気が有り余っているなら出発しても良さそうだな」

 

「あ、そう言えばここからどうやって出るんですか?見たところ出口らしきところは・・・」

 

「確かこっちの方に・・・あれだ」

 

狩人は離れたところにある墓石に近寄っていくとその前にしゃがみこんだ。白い丸薬と血生臭い・・・もとい鎮静剤を鞄に押し込むと狩人の後ろをついて行く。

 

「ここに来る前の事は覚えているな?同じように手を翳せ」

 

「・・・はい」

 

女神官が手を翳すと前と同じように再び意識が薄れ始め今度は先ほどと違ってすぐにその意識は落ちその姿を消した。狩人もそれに続いて手を翳し同じように消える。二人が「目覚め」たのを見届けると人形は普段とは少し違う言葉ですでにいない二人を送り出した。

 

「いってらっしゃい。狩人様。小さな神官様。あなた方の目覚めが有意なものでありますように」

 

 

 

~~~

 

 

 

「う・・・ぅん・・・」

 

「起きたか」

 

意識がハッキリせずまどろんでいた女神官であったが狩人の言葉で目をこすりながらも開けた。周先ほどと同じでギルドの広間で目覚めたようだった。相変わらず周囲は暗く窓からは月明かりが差し込んでいるくらいで・・・あとは前は気にしている余裕が無かったがこの建物内も人の死体で溢れている事だった。狩人はと言うと女神官のいる灯りの近くに胡座をかいて座っており月明かりに照らされて微かに青い瞳が此方を見つめていた。

 

(一応待っていてくれたんですね)

 

そんな事を思ったが口には出さなかった。おそらく口にすれば「置いていっても良かったのか」等と言われるだろうと簡単に想像出来たからだった。まだそんなに長い時間を一緒にいたわけではないがそれでもこのくらいは分かるようになった。

 

「お前が寝ている間に周囲を探索してみたがここの受付の奥に鍵があった。番号からおそらくは部屋の鍵なのだろうが一つだけ無い鍵があった」

 

「その鍵は・・・?」

 

「あそこの鍵だ」

 

狩人が指差した方向を見ると丁度裏口にあたる場所の扉だった。だが何やら扉の周りに白い霧のような物が見える。明らかに異様な雰囲気を放っているのがすぐに分かる。

 

「あそこだけ明らかに変、ですね。霧のような物も掛かっていますし・・・」

 

「ああ。あの奥に何かいるのは間違いない。鍵を持ち去った奴がいるのか一先ずこの建物を探る。やばいと思ったら銃を抜けるようにはしておけ」

 

その言葉に女神官は頷くと周囲の倒れ伏す人々を一瞥して両手を合わせて祈った。

 

「お優しい事だ」

 

「せめて、このくらいはしてあげたいんです。・・・私もこうなっていたかもしれませんから・・・」

 

「気休めにはなるだろうさ。だがこいつらの最大の幸運は人のまま死ねたことだ。・・・外の連中のように正気を失って化物になって殺し合うよりかは・・・遥かにマシだ」

 

そういった狩人の言葉には悔しさのような後悔の念が篭ったような感じがした。だがその事を聞く事は今の女神官には出来なかった。そして女神官は今の言葉で狩人に対する印象で一つだけ分かった事があった。狩人は確かにまともではないのかもしれないが決して悪人ではないということだ。まともではないが。

 

『守り、癒し、救え』

 

今の自分では誰かを守る事は出来ないし、救う事も難しいだろう。彼女にできるのは目に見える傷を癒す事だけだ。それでも・・・

 

それでも、こんな自分でも何か出来るはずだと。

 

自分は目の前の彼に助けられたのだ。ならば今度は自分がその恩を返すべきだ。

 

「そろそろ行くぞ」

 

「・・・はい」

 

どうしてかその背中は少し悲しげに見えた。

 

そうして歩き出してすぐ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ra~ra~~ra~rara~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「声・・・?」

 

「・・・この歌・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




少女の青リボン

とある神を信仰する心優しい少女が身につけていたリボン
鮮やかな青い色をしたリボンは可憐な美しい少女にこそ映えるものだろう


女神官ちゃん人形ちゃんとお話。

あれ?


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6話 狂声




ああ…ああ…聞こえてきたわ、あの音が。私を導く声が





「・・・この歌・・・」

 

階段を上がり上の階層に行こうとした矢先に微かに聞こえた声は二人の耳に確かに入った。それによって狩人の足が止まり何事かと女神官も顔色を伺う。マスクで隠れて相変わらず表情は読みにくいがその目は細まり険しい表情になっていることが伺える。

 

「なんでしょうこの声・・・歌なのですか?」

 

「・・・良いか。鎮静剤をすぐ飲めるようにしておけ。なんなら松明の変わりに握り締めていても構わない」

 

「え、それって・・・」

 

「何度も言うがこの世には見ては行けないものがある。・・・いやこの場合は『いる』か」

 

「それとさっきの歌に何か関係が?」

 

「『奴』の場合は特にタチが悪い。常に耳を澄ませろ。あの声が大きく聞こえるようになったらとにかくどこか身を隠せる場所を探せ」

 

早口で捲し立てる狩人を見て女神官は杖を握る手に力を入れ気を引き締めた。

 

「よし―行くぞ」

 

深呼吸した狩人がそう言って歩き出すのに合わせて後ろをついて行く。・・・先ほどの声が聞こえなくなった。遠くへ行ったのだろうか?

 

「・・・聞こえなくなりましたね」

 

「聞こえなくなっている時が一番危ない。・・・どこにいるか分からないんだからな」

 

・・・ギルドの二階廊下を歩くが道端に冒険者らしき死体が倒れているばかりで何も見つからない。しかし冒険者ギルドの中でもベテランの冒険者でも・・・あの獣達には勝てなかったのだろうか?その疑問を女神官は狩人に聞いた。

 

「この人達は・・・その、獣に勝てなかったんでしょうか。こんなに沢山いたのに・・・」

 

そう言うと狩人は周囲を見渡してから手近にある死体の前にしゃがみ込むと何かをしているようだった。

 

「勝てなくは無いかもしれん。獣とて生き物だ。血を流させたり首を飛ばせば殺せるわけだしな。だが・・・この死体を見てみろ」

 

「?何か・・・」

 

言われるがままに死体を見てみる。特におかしなところは見当たらない・・・と思いきやマジマジと見続けると違和感があることに気付く。体のそこかしこが血で汚れているにも関わらず不思議な事に外傷が見当たらない。衣服はどこも切り裂かれたりしておらず肌に傷があるわけでもない。その代わりなのか目に鼻や口、耳といった場所から血が噴き出したような跡があった。

 

「この人・・・傷がない・・・?」

 

「『奴』を見たんだろう。そしてそれが脳の限界を超えて発狂した」

 

「そんな・・・どうしようもないんですか?見るだけでその、狂ってしまうなんて・・・」

 

「如何に屈強な戦士だとしても超常ならざる力の前には何も出来ん。『奴』を見て自ら発狂したのか『奴』の視界に入ってしまったのかは不明だが・・・」

 

「え?・・・待ってください。見られても駄目なんですか!?」

 

狩人から何気なく告げられた言葉に顔を青くする女神官。それでは本当にどうしようもないではないか。この銃だって視界が塞がってしまえば狙いをつけることもできないのだ。

 

「というか本来なら見られるのが不味い。俺もどういう理屈か知らんが奴らに見られていると身体の内側から傷を負う」

 

「そ、それじゃあどうすることも出来ないじゃないですか!出会ったら逃げるしかないんじゃ・・・あっ」

 

そこまで言って女神官は狩人が言っていた事を思い出した。この世に見てはいけないものがあると自分達が到底叶わない存在が身近にいることに恐怖し体が震える。

 

「一応対処出来ない訳じゃない。『奴』に見られてもすぐに傷を負うわけじゃないし殺られる前に殺れば奴の視線も効果を無くす。問題なのは見た人間自身の問題だ」

 

「狩人さんは・・・その、大丈夫なんですか?見ても・・・」

 

不安げな表情で女神官が狩人に尋ねた。もし狩人が発狂して襲いかかってこようものなら・・・そうでなくても彼がここまで警戒するのだから相当な強敵であることが伺える。自らよりも遥かに大きい人狼(罹患者の獣)を容易く狩っていたのに今回の敵にはこうまで念入りに警戒するあたりかなり厄介であるようだった。

 

()()()()()()()()からな。だが奴から見られるのは話が別だ。長時間見られると普通に死ねる」

 

言外に大丈夫という狩人の言葉に女神官は違和感を感じた。・・・死ねる?それではまるで何度か死んだような言い方ではないか。それにそれを飽きるくらい見たというのはどういうことなのだろうか?仮に死んだなら目の前にいる狩人は何なのか?

 

「―っ」

 

そこまで考えて女神官はふるふると頭を振った。聞きたい事は沢山あるが一先ず置いておいておくことにした。目の前の変な狩人についてはいずれ聞くことにしよう。忘れていなければ、の話だけども。

 

「行くぞ。警戒は常に怠るな。気を抜いていいのは安全な場所だけだ」

 

「はいっ・・・!」

 

そうして再び部屋を片っ端から鍵を使って開けていく狩人。部屋の中はもぬけの殻だったり、先ほど同じような死体があったり時には中に人狼(罹患者の獣)がいたりしたがそれらは狩人が扉を開けるなり飛び込んで狩っていった。何度か銃を放って姿勢が崩れたところにあの内蔵を引きちぎるようなことをやっていたがすでに吐かなくなったあたり女神官は大したものだろう。決して良い気分にはならないが。

 

「ここもハズレか・・・次で二階の部屋は見終わる。次は―」

 

そこまで言い切ったあたりで狩人が言葉を発するのを止めた。何かあったのかと女神官も首を傾げるがその答えはすぐにやってきた。

 

ra―ra―rara―ra―♪」

 

「!隠れろ!場所が無いなら目を閉じろ!」

 

「え?え!?あの!」

 

しかし狩人が部屋を飛び出すのに釣られて女神官は()()()()()()()()()()。そして狩人が走った先にあるものを―彼女は()()()()()()()()

 

ra―ra―rara―ra―

 

無機質で言葉にするには難しい声を発していたのは・・・この世のものとは思えない者だった。全身から漂う血と臓物の匂いと返り血なのか赤黒く染まった服。そしてミイラと見まごうばかりのやせ細った身体。腕もここまでに見た群衆達と同じように不自然なくらい長くその腕はだらりと垂れ下がっている。そして何よりも最も目を引いたのは頭部が()()()()()()()場所だ。それはグネグネと蠢く―いくつもの目玉がついた巨大な脳味噌だった。その下には更に元ある腕より長い腕がついていたがそんな物よりもその頭部に目がいくだろう。

 

体が動かない―いや動けない。あれは―あれはあってはならないモノだ。あんなモノがこの世に存在していいはずがない。そこには生物の垣根を超えた冒涜的な存在が唯々在った。声が出ない。出せるわけもない。喉がつまり、息が詰まり、脳が理解することを拒んで体の震えが留まらずにひたすら警報を発している。今すぐに目を離さなければならないのに女神官にはそれが出来なかった。

 

「あ、あ、あぁ、あ・・・!」

 

「チッ・・・!」

 

狩人が走り出しその化物へ距離を詰める。見るに堪えない冒涜的な存在を前にして彼は臆することなく立ち向かう。女神官の方を見ていたせいで反応が僅かに遅れたが頭部から生えた長い腕で近寄ってきた獲物へと掴みかかるが狩人はそれをすり抜けるように躱すと鉈を変形させ醜悪な頭部目掛けて振り下ろした。

 

Gyaaaaaaaaa――――!!」

 

この世のモノと思えない声を出しながら化物は後ろへと崩れ落ちるように倒れ、霧のように消えた。その一部始終を見ていた女神官だったが今の彼女には頭に入ってこなかった。地面に座り込み身体を小刻みに震わせ瞳孔を大きく開き明らかに今見たモノに対する()()を感じていたからだ。

 

「早く飲め!」

 

「ひ・・・いや・・・あぁ・・・ぁ・・・!」

 

しかし女神官に言葉が届いていないのか彼女は怯えた表情で杖を握り締めながら掠れた声を上げるだけで一向に動く様子がない。それを見た狩人は自身の懐から鎮静剤を取り出すと彼女の頭を掴んで無理やり飲ませた。・・・濃厚な血の香りが広がっていきそれに伴い彼女の瞳にも理性の光が戻って―同時に大きくむせた。

 

「んぐ・・・!?ゲホッ!・・・うぇ・・・」

 

「隠れるか目を閉じろと言っただろう。何をやっているんだ」

 

「ぅ・・・ぐ・・・ごめんなさい・・・あの・・・さっきのが・・・?」

 

「ああ、そうだ。だがあまり思い出すな。勝手に気が触れられても困る」

 

そう言いながら狩人も鎮静剤を飲んでいた。先の化物の血や強引に口に流し込まれた鎮静剤で吐き気を催しながらも女神官は立ち上がった。・・・彼が飲ませなければ自分もここまでに見た人達のように全身から血を噴き出していたのだろうかと思うとぞっとする。短時間、それもほんの僅かに見ただけであれだったのだ。直に間近で見てしまった人達がどうなったかなど考えたくもなかった。・・・だんだんと落ち着いてきたがそれに伴い口内から感じる血の匂いで気分が悪くなった。

 

「ぅぷ・・・」

 

「一度戻るか?」

 

「いえ・・・大丈夫、です・・・」

 

「無理はするなよ」

 

相変わらず遠慮のない無愛想な言葉遣いで言い放つがその言葉には微かに・・・本当に微かだがこちらに対する気遣いが感じられた。気のせいかもしれないが。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

危なかった。先の状況を端的に表すならこの一言に尽きるだろう。彼女は気づいていないようだったが彼女の方へ振り返った際に体からは奴等に見られたときに生じる血の槍のような物が突き出ていた。あれは数本なら痛みを感じる事もないが何本も突き出ると急激に痛みを伴い傷を負う。まぁそれ以上に彼女が発狂しなかった事の方が驚きではあった。まぁまだ彼女は啓蒙が低いのだろう。そうでなければ聖職者といった人間はすぐに発狂する。無駄に頭がいいのも考えものだ。

 

二階の最後の部屋を手分けして探索している傍ら少女を見る。華奢な体躯。およそ血に塗れる戦いなど経験したことのなさそうな白い神官服。所々が血で汚れても尚輝きを放つ金色の髪。最初に見たときは付いてきたところですぐに心折れるか音を上げるだろうと思っていたのだが教養もあったようで精神的にも強かった。普通親しい人間全員の死体など見ようものならその時点で心折れ発狂してもおかしくはない。しかしこの少女は立ち上がった。前を向いてこの悪夢の中を生き残ろうとしている。ふと視線に気づいたのか少女がこちらを向いて小首を傾げている。

 

「あの・・・どうかしましたか?」

 

「いや、なんでもない」

 

少女が顔を元の方へ戻すと狩人は窓の外を見た。空には赤い月が浮かび禍々しい雰囲気を晒し出している。そして嘗ては人が賑わい活気のあったであろう美しい街並みも正気を失った群衆と獣で溢れ、家屋には何匹もの大小様々な上位者の眷属(アメンドーズ)達が張り付いていた。連中も数え切れないくらい狩ったが実に弱い奴等だった。そこらをうろつく発狂脳味噌(ほおずき)の方が遥かに厄介だ。何度奴等に喰われ夢を見たか。酷いときは奴等がいないにも関わらず目覚めた瞬間に体から血が噴き出したものだ。

 

今のところ(ほおずき)の声は聞こえてこない。・・・だが自分には微かにしかしハッキリと()()()()()()()が聞こえていた。

 

いるのだ。ここにも悪夢の元凶とも言える赤子が。かの悪夢の赤子(メルゴー)が何らかの理由で復活したのか、新たな赤子なのかは分からないが自身はそれを狩らねばならない。この悪夢が何故生まれたのか、などと考えるのは二の次だ。

 

己は狩人だ。狩人はただ獣を狩り・・・上位者(ナメクジども)を狩り・・・悪夢を終わらせるのだ。

 

さもなければ夜明けは訪れない。嘗ての夜(青ざめた血の夜)と同じように。

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

(狩人さん・・・?)

 

先ほど視線を感じ振り返って何かあるかと聞いてみれば即座になんでもないと言われ再び部屋の探索をするが何もなさそうと思い狩人に声を掛けてみようとすると狩人は窓の外をじっと眺めていた。それに釣られるように女神官も窓の外へ視線を向けるが月明かりで照らされた街並み以外特に何かがあるわけでもなかった。

 

(狩人さんには・・・何が見えているんでしょう・・・?)

 

少し前に狩人が話していたが彼には自分に見えない何かが見えているようで度々言葉の端にそれを感じさせるのだがその事に対して聞いても「知らない方がいい」と言葉を濁されてしまうばかり。まぁつい先程まで気が触れそうになって(発狂しかけて)しまったのだが・・・

 

狩人は多くを語らない。こちらの身を案じてのことなのだろうがそれでも気になってしまうものだ。

 

(いつか、話してくれるのでしょうか・・・?)

 

そんな事を考えていると狩人が此方に視線を戻し声を掛けた。

 

「次に行くぞ。三階だ」

 

「!はいっ」

 

そう言って部屋を後にする狩人に続いて自分も部屋を後にした。今は前に進む他ない。過ぎたものはもう帰ってはこないのだから・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

voeeeeeee...

 

 

 

 

 

 

 

 




ここではギリ発狂しなかった女神官ちゃん。良かったね!

尚啓蒙は高まった模様。<●>


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