ドラクエは5か6までしかしていません (send)
しおりを挟む

迷子になった

 

 黄昏ていても始まらないのは理解している。……しているのだろうか? 混乱しているだけで黄昏ているのとは少し違う。と、自分の行動を無意味に解釈しようとしているので、混乱しているのだけは確かなのだが現状は理解していない気がする。

 『どうする?』とか『どうしたらいい?』とか、『ここどこだよ』とか、『何が起きた?』とか浮かんでは答えを得ぬまま散っていく思考を眺め見ている部分でようやく理性を保ち、いきなり走り出すとか叫ぶとか泣くという行為を抑え込んでいる。気がする。

 

「……やばいよなぁこれって」

 

 呟いて内心を吐露してみるものの、ともすれば感情のままに動いてしまいそうだ。ひとまずそうならないよう落ち着こうと『地面』に腰を降ろす。『アスファルト』ではなく『地面』に。

 ここが公園とか、そういう場所であるのなら何ら問題は無い。だが私の視界には切れ目の見えない森が広がっている。山、ではないと思う。勾配が感じられないので平地に近い地形で木が密集しているのは、所謂森なのだと思う。

 

「で?」

 

 どうしろと?

 

 いや、誰を責めるとかそういう話ではなく、仕事帰りのこの装備でこの森を抜けられるのかとか、そもそも土地勘が無いところで動いていいのかとか、でも動かないと単純な誘拐では無いっぽいこの現状では餓死するのではないかとか、そういう考えがあるわけで。歩くにしてもパンプスの踵が取れて苦労しそうだし。

 そう、このパンプスを側溝の穴にひっかけなければこんな状況にも陥っていなかっただろう。元々踵が高い靴は嫌いだったが、これでさらに嫌いになる事は間違いない。

 がさがさと鞄の中を漁って、持ち物を確認しながら内心毒づくが、毒づいたところでどうにもなりそうにない現実にちょっと泣きそう。

 鞄の中にあったのは財布に定期、携帯(電波なし)、手帳にペン、ハンカチ、バランス栄養食、折り畳み傘。

 

「水が無いか……」

 

 手帳に差しているのとは別の、内ポケットにいつも入れている安物のボールペンを取って立ち上がる。北も南も東も西もわからない。わかったところでどっちへ行けばいいのかわからない。何でこんなところにいきなり突っ立っていたのかもわからない。

 

「だけど進まないと、コレはやばいもんなぁ」

 

 死にたくはない。何もわからない恐怖に笑いそうになる己を奮い立たせ、木の幹に傷を付けながら進んだ。

 片方の踵が取れて歩きづらいので途中でもう片方も叩き折った。裸足にはならない。こんなところで足を怪我をする行為など取れない。手当てするものも無いのだ。歩きづらいがとにかく進む。

 木の隙間から見える空は青く、まだ日は陰っていない。そういえば夜だった筈なのに何で昼なんだろう。まぁそんな事はどうでもいいかとさらに進む。

 一向に変わらない景色に嫌になりながら日が沈むまで歩いた。休憩は挟めない。休憩したら進めなくなるという予感があった。実際そうだろう。一度座り込んだら疲れで眠って気力がなくなる。気力があるうちじゃないと無理だ。

 

「…努力はむくわ…れるって……限ら、れた…はな…しだ、よねぇ」

 

 体力の限り進んでみたが木の切れ目は見えなかった。暗くなって月明かりの中だからちゃんとはわからないが、もう足が動かない。

 その場に膝から崩れ、なんとか近くの木の根もとに這っていったが限界だった。なんだか全部どうでも良くなって身体を丸めてそこで意識が途切れた。

 それでも寒さのせいか意識がとぎれとぎれに戻って、何でなんだろうと朧に考える。その考えも纏まらず浅い眠りに落ちて、また寒さで意識が浮かんでまさに悪夢だった。

 顔に何かがあたっても虫だったら嫌だなとか思っても振り払う気力も無くて放置した。そうしたら今度は肩を掴まれて、これにはさすがに目を開けた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 案ずるような声に目だけで探れば、オレンジのバンダナをした青年が見えた。不覚にも、涙が出た。喉がからからで水が勿体ないとか考える馬鹿な自分も居て、笑いも出てきてもうわけがわからない。

 

「怪我を?」

 

 いきなり泣きだした女相手に、冷静な対応を取ってくれる青年に感謝しながら頑張って横に首を振る。見た所十代の若い青年を困らしたくはない。ただの歩き疲れ、疲労なのだと伝えようとしたが口の中が張り付いていてうまく声が出せなかった。青年はそれもわかったのか、腰から筒っぽいものを取り出すと身体を起こしてくれて飲ませてくれた。

 

「ありがとう、ございます」

「旅の方ですか?」

 

 声が出せてちょっと落ち着いた。青年の支えを辞退して木にもたれ掛り首を振って、はたと困った。旅なんて恰好いいものをした事はないし、仕事帰りに旅行へ出かけた覚えも無いので旅行客ではない。では、何と言う?

 

「その……所謂、迷子といいますか……」

 

 真っ正直に『ちょっと帰り道で足を側溝に取られて気付いたら森の中に居ました』とか意味不明だ。私なら頭を疑う。……言えない。関わり合いになりたくないと思われそうで言えない。

 

「迷子? どこから来られたんです?」

「えーと……」

 

 あっち? と、来た道を示す。

 

「あちらは山で、その向こうは荒地と聞いてますが……街か人里があるんですか? 何と言う街ですか?」

「……東京の北の方で」

 

 これだけ木があるなら、多分ここって東京でも西の方だよなぁとか思いながら言ったら、きょとんとされた。

 

「とうきょ?」

「東京」

 

 聞き返されたので反射的に言いなおしたら腕を組まれ悩まれた。

 

「すみません。ちょっと僕にはわからないです。とりあえずトロデーンに来れば地図もありますから大丈夫ですよ」

「あ、そうなんですか」

 

 とろでーん、というお店? に行けばいいのだろう。人里に出れば地図以前に電話が使えるので、とりあえず同僚に連絡出来る。今日一日無断欠勤した事になるから、絶対にそれはやっとかないとまずい。

 

「立てますか?」

「はい、多分大丈夫」

 

 手を借りて立ち上がってみたが、足はがくがくしていた。

 

「………あの」

「平気ですからどうぞ」

 

 私の前にしゃがんで背を向けてくれた青年に私は逡巡し、好意に甘える事にした。

 

「すみません、お世話をかけます」

 

 おんぶしてもらい、鞄まで持ってもらってしまった。だが他に手が無い。東京を知らない人がいるとは驚きだったが、それだけ閉鎖的な土地柄だとすれば東京からはかなり離れているだろう。そんなところでこんなコンディションでは、遠慮なんかしている余裕は無い。社会に出てまだ一年だが、図太くならなければやっていけないというぐらいの事には気付いた。

 

「あ、お名前は何て言われるんですか? 僕はエイトと言います」

 

 えいと。英都? 衛斗? なんかカッコいい名前だ。

 

「律です」

 

 名前を言われたので名前を返す。

 

「リツさんは魔法使いの方ですか?」

「いやいや、ないない。何言ってるんですか」

 

 私、女ですよ。男じゃないですよ。三十歳でも無いですよ。まさかこの好青年がそんな話を振ってくるとは思わず即行で突っ込んでしまったですよ。

 

「え? でも素手のように見えましたが……」

「……まぁ素手ですね」

 

 そりゃ手袋はしてない。山菜取りに入ったわけでもないから軍手もない。

 

「格闘家の方でしたか」

「いやいやいや。それも無いですから」

 

 何だこの青年、格闘好きなのか?

 

「そうなんですか? じゃあ一人でよくご無事でしたね」

「無事というか……この有様ですけどね」

「迷われたなら仕方ないですよ。それより魔物に襲われていたら危なかったですから」

 

 ……まもの?

 

「まものって、この辺りはどんなものが?」

 

 そんな奇怪なものがこの場所にはいるのだろうか。野犬とか? 野犬が魔物だったら廚二病を患っていると思うが。

 

「この辺りはベロニャーゴとかデビルパピヨン、ブルホーク、どろにんぎょうとかが出ますよ」

 

 私ものっからないと駄目なのだろうか? あんまり得意じゃないんだけど。でも現在進行形で世話になってる事を鑑みると無視するのも躊躇われる。

 

「そうなんですか? スライムとかだったら楽なのに。どろにんぎょうだと魔法使う人は嫌でしょうね」

「そうですね。不思議なおどりをされるとやっかいです」

 

 そうかそうか。この好青年は大層ドラクエが好きなんだろう。ちょっとはやってたから話には乗れるぞ。

 

「リツさんは詳しいんですね」

「そんな事ないですよ。べろ……とか、そちらは聞いた事無いですから」

 

 ドラクエは5か6までしかしてないので、新しいものを言われてもそれは無理だ。なので出来れば5から前で言ってくれるとありがたい。でもどうだろう? 青年は若いからリアルタイムではやってはないだろうから……携帯でやった事があるかどうかといったところだろうか。

 

「そうなんですか? リツさんのところにはどんな魔物がいるんです?」

「私のところですか?」

 

 いません。と正直に言う空気ではないのでドラクエの定番魔物を思い出す。

 

「そうですね……ドラキーとか、ホイミスライムとか、アルミラージとかでしょうか。たまにメタルスライムが出たり」

「メタルスライムが出るなんて珍しいところですね」

「逃げちゃいますけど」

 

 そう言うと青年は笑い、私も笑った。

 なんだそういう事か。他愛も無い会話で緊張を崩してくれようとしてくれてたのか。廚二病なんて思って悪かった。

 

「もう少し距離がありますから寝てもらっていいですよ。魔物が出たら起こしてしまうと思いますけど」

 

 ちょっと冗談を交えて言ってくれた青年に私は苦笑してお礼を言った。頑張っているものの、くっついているので暖かくって疲れも重なってすごく眠い。悪い人ではなさそうだからという思いで私は目を閉じた。

 




2014.05.05 誤字修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お城についた

 

「リツさん」

 

 声を掛けられ、私は目を覚ました。まだ歩いている揺れがあって寝ぼけ眼で前を見るとオレンジの頭。

 

「トロデーンにつきましたよ」

 

 オレンジの頭から視線を横に移動させると、見事なお城が見えた。

 見事な……お城が、見えた。目を瞬かせても、お城に見えた。

 

「………とろでーん?」

「そうですよ。僕はトロデーンの兵士なんです」

「兵士?」

「はい」

 

 どんどんお城に、そしてその裾に広がっていると思われる街に近づいていく。

 

「あ、え、えっと、降ります。歩きます。ありがとうございます」

「大丈夫ですか?」

 

 ゆっくりと地面に降ろされて、ふらつきながら自分の足で立つ。

 頭の中では『落ち着け』を連呼した。

 

「こっちに兵士の詰所がありますから、そこで地図を確認しましょう。あ、それとも先に宿で休まれますか?」

「いえ、詰所の方で。場所を確認させてください」

 

 我ながら固い声が出た。ふらつく私を見兼ねて手を取って支えてくれる青年についていく形で、私は私の知る街ではない街へと足を向けた。

 

「おいエイト、その嬢ちゃんは?」

 

 入口のところでいきなり呼び止められ、足を止めると甲冑に身を包んだ男が近づいてきていた。

 

「バイアーさん。南の森で迷われていたんです。詰所の地図で場所を確認しようと思うんですけど、大丈夫ですよね?」

「そうなのか?」

 

 男に顔を覗きこまれたが、ぐっと我慢して肯定する。

 

「はい。この歳になって迷うというのも情けない話ではありますが彼の言う通りです」

「そうか。それは大変だったな。エイト、詰所にアミダばあさんのパイがあるから」

「ほんと? やった、じゃあ僕ももらうね」

「先に飲み物と一緒にこのお嬢ちゃんに出してやれよ」

「わかってるって」

 

 頭をこずかれた青年はじゃれるように笑ってから、私を手招いた。そのまま街に入って横にある建物に入ると、くつろいでいる甲冑姿の男達の視線を浴びた。

 

「あれ? お前今日は非番じゃなかったっけ?」

「ちょっとね。奥の部屋を使わせてもらうから」

「そっちの嬢ちゃんは? こんなとこに連れ込む気か?」

「この人は南の森で迷われてたの。失礼だよ」

「へいへい」

 

 野次を聞き流す青年が、こちらを見てすまなそうに笑った。私も気にしていないと小さく笑う。余裕が無くても笑うくらいは出来る。物々しい装備をした男相手に顔が引き攣りかけたけど。

 

「どうぞ、座っててください」

 

 小部屋のようなところに入ると、作りのしっかりした今時見かけない木の椅子をすすめられ、大人しく座る。目の前には簡素なこれまた木のテーブル。でも、こちらもしっかりとした作り。アンティークとしてはちょっと無骨だが、それなりに味はある。

 

「おまたせしました」

 

 濡れた布巾? を手渡され、かぼちゃパイっぽいものが乗った木の皿とフォーク、薄茶の飲み物っぽいものが入った木のコップを置かれた。湯気が立っているから暖かそうだ。

 青年も同じものを自分の前に置いて、それから壁に何かをひっかけた。と思ったら地図のようだ。

 

「暖かいうちに食べてください。説明しますから」

「ありがとうございます。いただきます」

 

 礼を言って飲み物を一口。紅茶っぽいけどもっと香ばしい。まぁそれは何でもいい。パイのようなものもかぼちゃではなかったが、甘味があって本当においしい。それもまぁ、ありがたいが今は重要ではない。

 

「トロデーンはこの地図でいうとこの辺りです。僕がリツさんを見つけたのはこの辺りで、この道筋でトロデーンに来たんです」

 

 私はじっくりと地図とやらを見た。

 

「……これより大きな、もっと広域な地図はありますか?」

 

 欲を言えば測量法できちんと取られた地図を見たい。

 

「大きいものですか? すみません、これが一番大きな地図で……と言いますか、これは世界地図なんですが」

 

 これが世界地図? 先程青年が教えてくれた私の発見場所からここまでの距離と、歩いた時間を考えるとこの地図は世界地図と言うにはかなり小さい。少なくとも朝方に青年と出会って太陽が中天を過ぎるごろにはここへと着いている事からして、長くて五時間か六時間。青年が相当な健脚で休み無しだとしても、三十キロから四十キロ程度。東京から横浜プラスちょいぐらいの距離だ。それを世界地図と言われても俄かには信じがたい。

 ただ、青年の顔を見れば冗談の類でやっているわけじゃないことはわかる。そもそも始めに気付くべきだった。青年の服装は見かけないものだ。甲冑なんて、もっての他だ。

 

「どこだここ……」

 

 思わず出た言葉に、青年が首を傾げた。

 

「この地図は見たことが無いんじゃないでしょうか。もっと各地方ごとの地図を見慣れていたら、どこかわからないかもしれません」

「いえ、そうでは……」

 

 言いかけた時、フォークを取り落した。コップを持ってなくて良かったとか思う前に身体が横に傾いだ。だが身体が動かずそのまま床に倒れた。

 

「大丈夫ですか!?」

「おい、どうした?」

 

 青年と甲冑の男の声を遠くに感じながら、視界が黒に塗りつぶされプッツリと意識が切れた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目が覚めた

 

「おや、目が覚めたかい」

 

 木の天井を眺めていると横から声を掛けられた。

 横を見ようと思うが身体が動かず、眉間に皺が寄る。

 

「あぁ動かなくていいよ。お前さん、魔法使いだろう? 魔力を使い果たして倒れたんだよ。倒れたのが街の中で良かったね」

 

 声からして年配の女性だと想像していると皺の入った顔が視界に入った。灰色のフードを被った年配の女性は、大変失礼だが第一印象は魔女。

 

「わたしゃアミダ。薬師だよ。お前さんはリツだね?」

 

 魔女じゃなくて、くすしだった。まぁ魔女だって薬を作るイメージがあるからあながち間違ってはないと自己満足してから声が出せない事に気付いた。

 ちょっと考えてから瞬きを間隔を開けて二度ずつ繰り返ししていると、年配の女性は笑った。

 

「わかったわかった。瞬き二つは合っているということだね?」

 

 二度、瞬き。

 

「エイトには魔法使いではないと言ったそうだね?」

 

 二度、瞬き。

 

「お前さんは僧侶かい?」

 

 一度、瞬き。

 

「だろうね。あの恰好で僧侶とは思わないよ。今まで魔法を使った事はあるかい?」

 

 一度、瞬き。

 

「無いのかい……それでこの症状というのはねぇ……暴発でもしたのかね?」

 

 一度、瞬き。

 

「違う。いや、わからない、かい?」

 

 二度、瞬き。

 

「まぁ魔法使いでなけりゃわかるわけもないね。今身体が動かないだろ? それはね、魔力を持った人間特有の症状なんだよ。持っている魔力を完全に使い切ると身体を動かせなくなるんだ。お前さんが連れてこられた時、お前さんに魔力は感じられなかった。怪我もしておらんし、ここまで歩いてきたというなら病気でもない。そうなったら、魔力を使い切ったんじゃないかと思ったんだよ。こうして目を覚ましたお前さんからは魔力を感じるからね、たぶん当たりだ」

 

 一度、瞬き。

 

「わからない、かい」

 

 二度、瞬き。

 

「もう少し眠れば起きられるようになるだろうさ。そうしたら話もできる」

 

 二度、瞬きをして私は目を閉じた。

 

 考えた所で身動きどころか会話すら出来ない状態では仕方が無い。それより休ませてくれる場所がある事にほっとした。詰所で見せられた地図で理解したが、ここは私の生活圏とはかなり離れた場所だ。距離の問題ではなく、いろいろな意味で。そんな場所で日本円が使えるとは思えなかったし、カードなんて論外だろうと思った。無一文状態でどうしようかと真面目に考えていたところでいきなり身体が動かなくなったので、予定を立てる事も出来ずに運に全てを託す事となったが、結果はバンバンザイ。放り出されなくて良かった。街の外に転がされてたら詰んでた事間違いなし。

 

「よくお眠り」

 

 後押しする言葉に、私はもう一度眠りに落ちた。

 だが思ったようにはいかないのが世の常。もう一度目を覚ましても私の身体はうんともすんとも言わなかった。かろうじて液体を飲み込める程度で、年配の女性が言うにはさらに二日眠り込んだところでやっと起き上がれた。

 起き上がれてすぐお手洗いに行った。魔力などというものが回復したというより、単純に女としての何かを守るために身体が動いたような気がしないでもない。鬼気迫る勢いで放った第一声が「お手洗い貸してください」だったものだから、年配の女性も呆れていた。それでも一人では歩けず、年配の女性に支えてもらうという情けない有様なのには変わらない。

 ベッドにもう一度横になって、枕元に年配の女性が座りやっと話をする態勢となった。

 

「それで、具合はどうだい?」

「おかげさまで。何とか動けそうです。ありがとうございます」

「礼ならエイトにするんだね。ここまで来れなきゃお前さんは魔物の餌だったろうよ」

「はい。えいとさんにも感謝しています」

「魔法は本当に使った事が無いんだね?」

 

 男だとか三十歳だとか、そういう話じゃない。こんな年配の女性が魔法使いの話を持ち出すというのはそれはそれで怖いが、そっちの魔法使いじゃないのは分かっているので落ち着いて答えられる。

 

「生まれてこのかた、一度もありません」

「エイトとここまで来た時には歩いていたと聞いてるしねぇ……ただ、今のお前さんからは魔力を感じるのは確かだね。三日も寝てそれだけしか動けないって事はよっぽど大きいのか、回復がよっぽど遅いのかどっちかかね」

「アミダさんは魔法を使われるんですか?」

「ちょっとだけだよ。メラとヒャドだけさ。薬を作る時に重宝するからね」

 

 ……ドラクエか? ドラクエなのか?

 

「ホイミとかは」

「薬師だよ? 適性がありゃ僧侶でもやってるよ」

 

 ドラクエか。……どうするんだこれ。自宅までの道のりがこれ程遠いと感じたのは初めてだ。次点は財布の中百円で定期切れてた時だ。五時間歩いて帰った。後で同僚に話したらタクシーで家まで帰ってそこで待ってもらって払えば良かったのに、と言われた。全くその通りだった。ここでその手は使えない。

 

「お前さん、とうきょとかいう所から来たそうだね。どこだいそれは」

「……どこなんでしょう」

 

 答えがあるなら私が聞きたい。

 

「えいとさんに地図を見せてもらったんです。世界地図を」

「それで?」

「わかりませんでした。私が居た場所がどこなのか」

 

 年配の女性は溜息をついて曲がった腰をいっそう丸めた。

 

「まぁあやつらは甘いからね。普通はそんな重要なもの見せないよ。地図なんてよそ者に見せるようなもんじゃないって事は、お前さん、ちゃんと覚えときな」

 

 そうなのか。

 

「はい」

「このトロデーンの南は山脈が横たわっている。開通しているのは南西の洞窟一つだけどね、魔物が多い。あとは東のトラペッタだけど、お前さんはそっちから来た様子じゃない。

 エイトはお前さんを連れてきた後、見つけた場所に戻ったそうだ」

「え?」

「お前さんがどちらから来たのか、何かわからないか探したんだろうね」

 

 おお、なんていい子なんだろう。

 

「それで木の幹に印があるのを見つけたそうだ。それを辿ってみたが、途中で無くなっていたと言っておった。場所は山脈に近い森の中だね。

 その印をつけたのはお前さんかい?」

「はい」

「印が途中からなのは何でだい?」

「そこからつけたからです」

 

 年配の女性は眉間に皺を寄せた。

 

「おっしゃっている意味はわかります。うまく説明出来ず申し訳ないのですが、私は突然その場所に立っていたんです。思うに、バシルーラか何か受けたせいじゃないかと思うんです」

「バシルーラ? なんだってそんなものを」

「私にもわかりません。可能性の話で本当にバシルーラなのかもわかりませんし……すみませんが、私の持ち物はここにありますか?」

 

 ひょっとすると詰所の方で管理されているかもしれない。

 

「あぁ、あるよ」

「見て貰ったらわかると思いますが、ここでお世話になったお礼になるようなものがありません」

「はあ?」

「本当に図々しいとは思いますが、まともに動けるようになるまでもうしばらくお世話になる事は出来ないでしょうか? 動けるようになったら働いて返させて頂きますので。どうかお願いします」

 

 よっこいせと起き上がり、正座して頭を下げる。

 

「……頭を上げな」

 

 頭を上げると、手を取られてじっと見られた。

 

「お前さんが元いたところでどういう立場にあったのかは知らないからね、何をさせても文句を言うんじゃないよ」

「はい。ありがとうございます」

「いいからもう寝るんだよ。早く動けるようになって働いてもらうからね」

「はい」

 

 ちょっと笑ってしまったら、睨まれた。

 いやぁどうなることかと思ったが、いい人に出会えて本当に良かった。問題は山積しているが、一先ず餓死の可能性が低くなった事に安堵して寝た。

 安心したのが良かったのか翌朝にはしゃっきりと目が覚めてばっちり起き上がれた。昨日までの重い身体はどこへやら、すごく軽くてスキップしそうなぐらいだ。

 

「アミダさん、おはようございます」

「………なんなんだろうね、お前さんは」

「何をさせてもらったらいいですか?」

「………そこの野菜を切って鍋にいれとくれ」

「はい」

 

 籠の中に用意されていた野菜を手に取る。

 

「大きさとか切り方とか、適当でも大丈夫ですか?」

「いいよ。あんまり大きくなきゃね」

 

 ごろごろでは無し、と頭に入れて芋っぽい野菜とかの皮をナイフでむいていく。ちょっとナイフが果物ナイフみたいな感じで包丁とは違うので感覚が違うが、二個目ではもう慣れた。鼻歌は自重して黙々と野菜をむいて切って鍋に入れる。

 

「アミダさん、水はどのくらい入れます?」

「ひたるぐらいだよ。水瓶はそこ」

「わかりました」

 

 水を汲んで鍋に入れ、あとは火にかけるのかなと振り向こうとしたら、アミダさんは横に来て竈を示した。了解と鍋を置くと、今度は指を一つ立てて竈に向け、

 

「メラ」

 

 小さな火が飛び、積んであった木に着火。景気よく燃え始めた。

 

「珍しいのかい?」

「はい。私の周りでは魔法を使う人は居ませんでした」

「そりゃ辺鄙なとこだね」

「そうかもしれません。他にする事はありますか?」

「そうだね……そこの鍋を取って水を入れて火に掛けるんだよ」

 

 一つ上の棚にあった大きな鍋を取って水を入れ、よっこいしょと火にかける。

 

「向こうの外に盥があるから取っておいで」

 

 はぁい、と外に出て立てかけてあった木の桶のような盥を取って戻ると隣の寝ていた部屋に置くよう言われ、部屋から戻れば井戸からその盥に水を汲むよう言われた。木桶を持って五回程繰り返したら、沸騰した鍋のお湯を入れるよう言われそうする。と、新しく水を入れてまた火にかけるよう言われ、出来たと思ったら布を渡された。

 

「湯をつかって身支度するんだよ」

「あ……ありがとうございます」

「お前が自分で用意したんだよ。いいからさっさとおし」

「はい」

 

 わーいと隣の部屋に行き、アミダさんが着せてくれたのだろう貫頭衣をすぽっと脱いで、はたと止まる。お湯を目の前に素っ裸で悩むのもあれなので、思ったままに先に頭を洗う。シャンプーとかないが、とりあえずホコリとかよごれとか流す。それから盥の中に体育座りになって布を濡らし、ごしごしと身体を擦る。

 

「入るよ」

「はい」

 

 アミダさんが服を持って来てくれたので、布を絞って身体を拭いてそれに着替える。脱いだ服をたたみ部屋を出るとテーブルに野菜のスープとパンが用意されていた。

 

「アミダさん、この服はどこで洗濯したらいいですか? あと、お湯の始末を教えていただけますか?」

「後で教えるから、先にご飯にするよ」

「はい」

 

 指さされた籠に洗濯物を置いて椅子に座る。アミダさんと向かい合わせで、何やら食前のお祈りとかあるかなと見ていると何も言わず食事が始まった。ちょっと拍子抜けしてこっそり手を合わせてスプーンを手に取り野菜スープを口にする。おいしい。塩気はちゃんとしている。

 

「お前はわかりやすいねぇ」

「え?」

「口に合ったんならいいよ」

「はぁ」

 

 ご飯を食べると力も湧いてくるようで、後片付けもちゃっちゃと済ませた。湯を捨てるのもベッドに使っていたシーツも合わせて洗濯するのも問題ない。川まで行く事もなく、井戸で水を汲んで手を動かすだけなので、ちょっと疲れる程度だ。絞るのは大変だったが、近所のおばさんに手伝ってもらってしまい私自身はあんまり苦労しなかった。どうもここの人は人懐っこいというか、よそ者に対する排他的な性質というものを持ち合わせていないようだ。単純にそれだけではない様子もあるが、何にしてもありがたい。

 シーツを物干し竿ならぬ物干しロープにひっかけて止めていると、家からアミダさんが出てきた。

 

「それが済んだらこっちへおいで」

「はーい」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

火が出た

 

 籠を持って家の中に入るとアミダさんがテーブルの上に本を置いていた。

 

「これを読んでみな」

 

 置かれた本を手に取る。基本的に本は好きだ。読めれば。

 

「……どうしたんだい」

「読めないみたいです」

「やっぱりかい?」

「やっぱり?」

 

 顔を上げると、手帳を出された。

 

「あ、手帳」

「それはお前さんのだろう? 中を見させてもらったけど、何を書いているのか読めなかったからね。お前さんとこの文字かい?」

「はい。文字体系が違うみたいですね」

 

 だろうなと思っていたが、そう答えて本を返す。

 

「それはあげるよ。しかし言葉が通じて良かったよ」

「えぇ、ほんとに。言葉が通じなかったら泣いてましたね」

「どうだか」

「え。どうだかって、さすがに困りますし不安にもなりますよ」

「ほんとかねぇ」

「ほんとですって」

 

 口を尖らせたら手帳で頭を叩かれた。

 

「不細工な顔してるんじゃないよ。ただでさえのっぺりしてるんだから」

 

 ぐさっときた。彫の浅い私にその言葉はきついんですが。

 

「アミダさん、これ貰うのはいいんですが飾るだけになっちゃいそうです」

「何言ってるんだい。文字を覚えろって言ってるんだよ」

「……」

「何を考えてるんだい。わたしが教えるって言ってるんだよ」

「あぁ」

 

 納得したら、もう一度手帳で叩かれた。痛い。

 しかしよかった。文字だけ見て覚えろと言われたのかと思った。

 

「ほら、やるよ」

「さっそく?」

「さっそくも何も、お前にはメラとヒャドぐらい覚えてもらうからね」

「え?」

「え。じゃないよ、早くお座り」

「はい」

 

 反射的に返事して座ってしまった。貰ったのは魔法についての指導書で、それで文字も魔法を覚えてしまえというのがアミダさんの言。いきなり始まったアミダさんによる講義はなんだかわかるようなわからないような。魔法というものが科学的なものであればわかりやすかったかもしれないが、身体の中にある暖かい光がとか言われてもさっぱりポン。

 二日三日とやっているうちに文字はちょっとずつだが覚えていけている。魔法を放つために必要な魔力の構築陣だとかも覚えていけている。でも、発動しない。アミダさんに壊滅的だと太鼓判を押された。使えたらどんな感じなんだろうとは思うが、使えても使えなくてもいいとぶっちゃけ思っている。帰る手段として使えるわけではないだろうし。

 

「でもなぁ……このままやっかいになるわけにもいかないよなぁ」

 

 何とかして職を見つけて自立して、それからやっと帰る手段を探す事が出来るようになるだろう。道のりは長い。

 

「どうしたんです?」

「んー……ん?」

 

 洗濯をした帰り道、気付けば隣にあの好青年が居た。

 

「エイトさん!」

「こんにちは。久しぶり、ですね。元気になられたようで良かったです」

「はい、そのせつは本当にお世話になりました。お礼も出来ず申し訳ありません」

 

 頭を下げると慌てたような気配がした。

 

「あ、ちょっ、頭を上げてください、お願いします!」

 

 あげたら焦った顔と、近所のおばさんがこっちを見てる様子が見えた。なので、笑っておばさんたちに手を振って置く。おばさんたちは何でもないと思ったのか振りかえしてくれた。優しい。

 

「あ~……本当に大丈夫そうですね……」

 

 私とおばさんの遣り取りを見てか、好青年は苦笑を浮かべた。

 

「はい。みなさんに良くしていただいています。エイトさんも私がどこから来ていたのか調べようとしてくださったんですよね。ありがとうございました」

「あ、いや僕は結局手がかりを見つけられなかったので……」

「それでもお心遣い、嬉しく思います」

「えっと……どういたしまして?」

 

 照れた好青年というのもいいな。こう、素直な様が見ていていい。

 

「これからどうするんですか? アミダさんに聞きましたけど、ここで暮らすんですか?」

「えーと、それはまだ決めかねています。ともかく一人立ちできるようにならないとアミダさんに恩返しも出来ませんから、それが出来てから考えようかと。あ、エイトさんにも」

「ぼ、僕はいいですよ」

 

 手を振る好青年に、私もいやいやと手を振る。

 

「こんなに良くしていただいているのは、エイトさんが連れて来てくれたからだと思うんです。エイトさんが連れてきた人物だからという前提で見て貰えているように感じますから。皆さんに信頼されているんですね。さすが兵士さん」

「いや……その…」

 

 いやぁいいねいいね、その反応。最近の若いもんはこういう素直な反応をしてくれないからつまらないんだよ。素直はお得なのに勿体ない。

 

「……元気そうで良かったです。不安になってないかとか心配でしたから」

「あはは。一応不安はありますけどね?」

 

 いつ帰れるんだろうとか、帰れるんだろうかとか、帰れても職を失って無いかとか、それどころか遅くなって死亡宣告とかされてたら笑うしかないとか。考え出したら本気で落ち込むと思うから、生活基盤がしっかりするまでは考えない様にしている。

 

「でも、まぁこうして元気にさせてもらっていますから。不安だーって叫んで走ってもしょうがないかなって。それよりみなさんと井戸端会議してた方が有意義だし楽しいので、そんなところです」

「そうなんですか……」

「気になる事があるんですか? 不審人物の自覚はあるので、私の事でお困りでしたらなんなりと言ってください。大概の事は協力させてもらいます」

 

 この場所の法律がどうなっているのかは、まだ理解していないが兵士が存在しているのなら上に立つ人間がいるのだろう。ドラクエベースなら、王様とか。そういう人が旅人一人に対して興味を持ったり意識を向けたりする事はないだろうが、万が一絶対的な権力を持った相手に無理難題を言われるような気配があったらさっさと逃げる。

 

「いえ、そうじゃないんです」

 

 好青年は弱く笑って首を振った。

 あんまりしつこいのも悪いので引き下がり、そこで別れたがどうも気になる。そういう時は井戸端ネットワークと思ったが、根掘り葉掘り噂話が上乗せされたものはちょっとなぁと思ってアミダさんに直球で聞く事にした。

 

「アミダさん、エイトさんってお城の兵士さんなんですよね?」

「それがどうしたんだい」

「なんだか悩んでいてるというか、私を見て表情が暗いというか、微妙というか」

「お前変な事したんだろ」

「してないですよ。なんでですか」

「自分の胸に手を当てて考えてごらん」

「当てました。わかりません」

 

 単語メモ帳と化した手帳でスパンと叩かれた。これももう慣れた。慣れた自分がちょっと哀しい。

 

「あれだね、エイトは孤児なんだよ。だから身よりのないよそ者のお前に自分と近いものを感じているんじゃないかい」

「それじゃないですか。何で叩くんですか」

「お前の魔法が進歩しないからだよ。叩けば少しは進むかと思ってね」

 

 いつの時代のテレビだ。

 

「で、今日は何か感じ取れたかい?」

「……どうでしょう?」

「駄目だねこりゃ」

「すみません」

「いいさ、わたしゃ気長だからね」

「アミダさんが私の魔力を操って魔法を出したり出来ないですか?」

「はあ?」

「無理ですか? ほら、私は『何』が魔力なのか全然わからないのが問題なので、それがちょっとでもわかれば進むかなぁと思いまして」

「そんな話聞いた事も無いけどねぇ……やってみるかい?」

「はい!」

 

 ガタンと立ち上がったらお尻を叩かれた。はしたない、らしい。

 

「ついておいで」

 

 飛んでついていく。どうやら思ったよりも私は魔法に興味があるみたいだ。

 街の隅っこにある家の裏に出ると、アミダさんは私の後ろに回って背中に手を当て右手を取った。

 

「出来るかねぇ……」

「お願いしますよ」

 

 はぁとアミダさんは溜息をついて、私の手を前へと向けた。

 

「いくよ」

 

 その声に、半眼になって集中する。何度もやってもらえないだろうから、真剣に。

 ふわりと私の指先に火の玉が生まれた。ちょっと待て。暖かい光など感じなかったぞ。真剣に感じなかった。

 

「メラ」

 

 アミダさんの声で火の玉は石壁へと飛んで行き、当たって消えた。

 

「どうだい」

「………」

「……駄目かい」

「いえ……ちょっと待ってください。すみませんが、もう一度お願いできますか?」

 

 火を出す時に暖かい光がどうのこうのはわからない。だが、別に感じた事がある。

 

「やれやれ」

 

 アミダさんは外した手をもう一度当てて、同じように火の玉を出して飛ばした。

 

「……ちょっとやってみます」

 

 アミダさんに離れてもらい、私は半眼のまま試してみる。

 すると思った通り火の玉が指先に生まれ『メラ』というワードと共に飛んで行った。

 

「……出来たね」

「……出来ました」

「……コツは掴んだかい?」

「…………なんとなく?」

 

 溜息をつかれた。

 いやいやいや、大進歩でしょ。火が出たんですよ。火が。何もないところから。魔法みたいでしょ。いや魔法ですけどさ。ちょっと興奮しちゃってるんですよ。メラですけどさ。

 家に帰っていくアミダさんを追いかける。

 

「アミダさーん、たぶん掴みましたから」

「たぶんだろ」

「でも出来ましたよ」

「まぐれかもね」

「ええ? もっかいやりましょうか?」

「火種はもうあるからいらないよ」

「じゃあ明日から私が竈の火をつけますね」

 

 いきようようと言うと、アミダさんの溜息が大きくなった。

 いいじゃないですか、メラ一つで喜んだって。

 




ご感想ありがとうございます。
返信は諸事情で出来ませんが、励みにさせてもらっています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

茨に襲われた

 

 少し余裕が出てきたところで、井戸端ネットワークから情報を仕入れた。それから判断するに、使われている魔法や魔物の存在と言った世界観はドラクエで間違いが無いようだ。

 この場所、というかトロデーンという国にも王があり治世を敷いている。ただ私が知っているドラクエのどれにも当てはまらない。好青年から教えてもらった魔物の名前も聞き覚えが無い事から、私の知らない5か6以降の作品なのかもしれない。はたまた、世界観が同じで全くの別物という可能性もある。

 どちらにせよ、ベースがドラクエっぽいという事だけわかればいい。この世界の事情にはノータッチだ。大事など私にどうのこうの出来る筈も無いし関わる事もないだろう。

 それはいいとして、いずれ帰る方法を探すために動かなければならないなと思いを馳せた時に気が付いた。魔法そのもので帰る事は出来ないだろうと予想していたから本腰を上げていなかったが、考えてみれば外を歩くにも自衛手段が必要だ。好青年の話では、外には魔物がいるとの事なので。まだ実物を見ていないので実感は無く、イメージも全くつかないが自衛手段はせいすいだけというのは怖い。なので魔法は頑張らないといけないと真剣に頑張った。真剣に頑張って、ヒャド、ギラ、バギ、イオ、ホイミ、キアリーまで出来るようになった。キアリーだけは習得方法があれだったので出来るようになって喜ばしい半分、情けなさ半分。まさか食あたりにキアリーが効くとか思わなかった。アミダさんに食い意地張り過ぎだと大笑いされたので腹が立ってキアリー連呼したら出来たとか。

 ちょっと気になるのは、キアリー連呼して出来た事でアミダさんが怖い顔をして「他人に魔力を使わせた事は絶対に言うな」と言われた事。どういう事かと聞いても答えてもらえなかったので、理由は不明。何度か聞いてみても言葉を濁されて、とにかく言うなとだけしか言ってくれなかった。

 気になる事はおいといて、ホイミとキアリーが出来るので僧侶見習いにでもならないかとお誘いがあり、それで生計を立てるのもいいかもと思った。医療系ってどこでも需要があるので。だが、僧侶見習いとなると教会に所属する事になるみたいで、今のように自由には出来ないとの事。ここは一つ闇医者を目指すところだなと、話を聞いてすっぱり断った。後で考えていた事をアミダさんに言ったら食あたりをおこした時並みに笑われた。どうもツボがわからない。

 

「んー……なんか、空気重いな」

 

 洗濯ものをいつものように家の裏に干して、こきこきと肩を鳴らす。

 空は気持ちよく晴れているが、どうもこう身体にまとわりつくような空気があるというかすっきりしない。一降り来るのだろうかと思いながら家に入ろうとしたときだった。

 いきなり空が陰ったかと思ったら、ぞわっと全身に鳥肌が立った。

 何事かと空を見上げると城から緑の細長い物体が飛び出したのが見えてぎょっとした。なんとその物体は太さを増して街に伸び、あっという間に街の隅っこにあるここまで手を伸ばしてきた。

 反射的に私が放ったのは、メラでもギラでもバギでもイオでもなく、シャナク。『何でシャナク?』とか『アホか自分』とか『使った事ないだろ』とかそんな事を考える余裕もなく、一心不乱にシャナクを口にし続けた。

 シャナクの効果か、そもそもそうなのか植物の茨のように見える物体は私を避けるように伸びた。街から上がっていた悲鳴が徐々に聞こえなくなっても、シャナクをひたすら口にし続けた。何度口にしたかもわからないぐらい口にして、周りの茨が完全に動きを止めた所でやっとその場に座り込んでまともに息をする事が出来た。

 荒くなった息を整え茨に触れないように家に戻ると、まるでお伽噺のように茨に囚われたアミダさんが居た。

 

「アミダさん?」

 

 アミダさんは椅子から立ち上がったところを茨に絡め取られたようだった。膝から落ちた籠が足元にあり選別していたのであろう薬草が散乱していた。

 

「……ドラクエベースじゃないの? 何で眠り姫みたいになってんの」

 

 触れると、暖かい。

 

「……シャナク」

 

 先程から唱え続けていた魔法を使ってみる。けれど何の変化も無かった。シャナクを失敗しているのか、シャナクは効かないのかどちらかわからない。暖かいから生きているような気がするが、こんな状態で無事とは言えない。

 この謎の症状を引き起こしたのが先程の物体、茨のような植物だとすると被害は街中に広がっている可能性がある。それどころか、無事な人が居るか……

 

「落ち着け」

 

 声に出し自分を落ち着けてから、家を出て街の人を確認する。道行く人はみんな同じ状態だった。勝手ながら家に入って見ても、どこにも無事な人がいない。兵士の詰所も、同じ。

 

「城は?」

 

 走って城に行ったが、今まで入った事はなく一瞬躊躇した。だが緊急事態だと頭を振って入った。予想通り、嬉しくない事に茨と同化した人ばかりしか見当たらない。これはやばい。ほんとにやばい。

 

「しっかりしろよ?」

 

 自分に言い聞かせ、熱くなる目頭を強く瞑る事で耐える。

 一つ一つ部屋を確かめて、だけど誰一人として無事な人が見当たらなくてそろそろと顔がひきつってきた。

 

「リツさん!?」

 

 そんな時に人の声が聞こえて、しかも知った声が聞こえて、張りつめていたものが危うく切れそうになった。

 

「エイトさん、良かった!」

「他に無事な人は居る!?」

 

 駆け寄ってきた兵士姿のエイトさんに首を振る。

 

「街にはたぶん一人も。ちゃんと一軒一軒見たつもりだけど、動転してたから確信を持って言えない。ここは今途中まで見たけど……」

「どこまで見て回った!?」

「一階の右端から順番に。二階はまだそこの部屋まで」

「一緒に来て、何があるかわからないから!」

「はい!」

 

 エイトさんと駆け足で部屋を開けまわる。茨が邪魔をするところは私のメラで焼き払い、メラで駄目なところはその場で成功したメラミで焼き払った。二階にも無事な人は居ない。三階も。四階らしい階段の前で一瞬エイトさんは躊躇ったが、私がそうだったように吹っ切るように頭をふって階段を駆け上がった。私もそれについていく。

 だけど階段から降りてくる何かを見て、足が止まった。エイトさんの足も止まり、腰に履いた剣に手を掛けた。

 

「おおエイトか!」

 

 それは小さな緑の物体Xで、もう一つは白馬。

 小さな緑の物体Xはエイトさんに駆け寄るが、エイトさんは戸惑ったように剣から手を離せないでいる。

 

「え、あの……もしや、陛下であらせられますか?」

「他の何に見えるというんじゃ!」

 

 ご立腹の様子な物体X。何に近いと言われたらナメック星人と即答するぐらいの緑色をしている。私は怖いので一歩二歩とそうっと気付かれないように下がった。

 

「ん? そっちの娘はなんじゃ」

「ええと……それより姫様はどちらに」

「そうじゃ! わしの可愛いミーティアをこのような姿にしおって!」

 

 緑の物体Xは白馬に手を伸ばし、白馬も首を下げてその手を受け入れていた。

 

「……姫、様?」

「そうなんじゃ! おのれドルマゲスめ!」

 

 地団太を踏む物体Xの前に、エイトさんは剣から手を外して膝をついた。

 

「申し上げます。城内、および城下において正体不明の茨が蔓延り、無事な者は私およびここに居るリツのみと思われます」

「なに!?」

 

 物体Xは慌てた様子で階段を駆け下りて行った。白馬もそれにつづき、脇に退いていた私はエイトさんに肩を叩かれるまで固まっていた。

 

「リツさん」

「っ、はい。行きます」

「リツさん」

「はい、大丈夫です。驚きましたけど……さっきの方って、トロデーンの国王陛下という事ですよね? ああいう御姿だとは思いませんでしたけど、姫様も。御姿はどうあれ、一人にするのはまずいでしょうから急ぎましょう」

 

 重要人物をこの状況で放置はまずい。エイトさんは兵士なのだから足をひっぱるわけにはいかない。重ねて大丈夫ですと言うと、エイトさんは微妙な顔をしながらも何も言わず階下へ走った。それを追って私も降りると窓に駆け寄り唖然としている物体Xと白馬が居た。食い入るように城下を見る姿はまるで人のようで……そう思った時、綺麗な少女と、いささか不気味で小柄な男性の姿が重なって見えた。あれ? と思って目を擦っても、消えない。

 

「陛下……姫様……」

 

 エイトさんがそっと声を掛けると、肩を震わせていた男性が振り返った。そこにはまごうことなき怒りが見て取れて、この国の王で間違いないのだろうと思えた。

 

「エイト。お前とそこの娘以外、茨に囚われているのか」

「おそらく。リツが見て回った限りでは城下には一人も。私とリツとで城を見ましたが、そちらも居ませんでした」

「うぬぬ……」

 

 しばらく王は唸っていたが、決然と顔を上げて言い放った。

 

「ドルマゲスを追う。用意をせよ」

「追う……?」

「そうじゃ。ここに封印してあった杖をドルマゲスとかいう道化が奪っていきおった。この茨もわしとミーティアの姿がこのようなものになったのも、そやつがやった事」

「道化…ですか?」

 

 私は戸惑っているエイトさんの袖を引いた。

 

「リツさん?」

「すみません。発言の許可をいただけないですか?」

 

 このまま無言でいたら放って置かれるかもしれない。それは困る。

 え? という顔をしたエイトさんとは違い、王は私を見て頷いた。

 

「かまわん。どうした」

「どるまげす、という道化を追うという方針である事は解りました。確認したいのは陛下、並びに姫様も同行されるのかという点です」

「当然わしも追うに決まっておろう」

 

 そうだろうなと思ってはいた。エイトさんもここに二人を残す事は出来ないだろう。せめて安全で信頼のおける相手に預けるでもしないと、原因というか犯人らしい道化を追いかける事も出来ない。

 

「そなたもだぞ」

「あ、はい。同行させていただきます」

 

 シャナクが駄目なら私の手に余る。こうなったら対応できる誰かに助力を得なければならない。土地勘が無いまま一人で動くより、同行させてもらった方が私としてもありがたいが、王の方から言ってもらえるとは思わなかった。

 

「うむ。ここをこのままにして離れるのは耐えがたいが、仕方あるまい。ドルマゲスを叩けばみな元に戻ってくれるはずじゃ」

「それでは準備をしますのでお待ちいただけますか? なるべく不便が無いよう心がけますが、持てる荷物が限られると思いますのでそこはご容赦いただけますようお願い致します」

「なんじゃ荷ならエイト、馬車を用意するのじゃ」

「あの、ですが陛下、馬も茨に囚われていますので……」

「なんということじゃ……」

 

 三度呻いた王の横で、白馬のお姫様がいなないた。重なって見える少女は自分を指さしている。だが、男二人はくみ取れないのかどうしたのかと問い返すばかり。首を振る少女が可哀そうになって来て、遠慮がちに聞いてみた。

 

「姫様が馬車を引かれる。そうおっしゃられていますか?」

「なんと!」

「ええ?」

 

 白馬に重なる少女は何度も首を縦に振って肯定してくれたが、男二人が煮え切らない。

 

「現実問題、長旅をされるのなら馬車に荷を置いて移動するのが楽だと思いますよ。車輪などの整備もしないといけないかもしれませんが、野宿を何度もする事を考えておくなら荷物は増えますから。荷物を抱えたまま魔物と戦うのも大変でしょうし」

 

 私の援護に男二人は唸ってしまった。

 

「姫様は本当にそれでよろしいのですか?」

 

 少女に尋ねると、真剣な顔で何度も頷かれた。それからまだ唸っている男二人の間に入って有無を言わせない目で王を見詰めると、男二人は負けたようだ。

 エイトさんが馬車を用意して、私が他の荷物を城から見繕う事になった。

 ぶっちゃけ、キャンプぐらいしか野宿に近い経験をした事がないから何を用意したらいいのか分からないのだが、役に立ちますよアピールをするためにさも知ってる風に言っちゃったから仕方が無い。集めるだけ集めてエイトさんにも聞こう。

 ばたばたと荷物を用意している間に日は暮れて行き、私は城の竈を使わせてもらって簡単に食事を作った。私の料理なんか食べさせていいのか非常に迷うが、他に居ないのだから我慢してくれと願い出した。そしたら王もいい人なのか、特に文句も言わず食べてくれた。少女の方は何度も迷うように干し草を口にしていたので葉物野菜に薄く引き延ばしたドレッシングをかけて食べてもらった。こちらの方がまだ抵抗が無いみたいで食べてくれた。

 出立は翌朝となり、一生来る事は無いと思っていた城の一室で休む事となった。姫様と一緒に。

 隣の部屋は王とエイトさん。何かあったら大声を出せと言われた。警戒はもっともだし、私としては同じ部屋でもいいのだが流石に『姫』と同じ部屋はまずいらしい。姫様を気にしていたので頑張って護衛すると部屋を整えている時に耳打ちしたらほっとした顔をされた。

 部屋に入ろうとしたところを呼び止められると「ありがとう」と耳打ちを返された。大物二人がいるところで言うに言えなかったのかと、私は苦笑して手を振って部屋に入った。

 アミダさんの家とは違う高い天井の部屋は、茨が無ければさぞや綺麗な部屋だろう。この状態でもアンティークっぽくてそれはそれで味があるなと私は思うが、元々の姿を知っている姫様にはそんなの関係ないわけで、さらに自身は馬に変えられるというとんでもない状況で心穏やかに寛ぐなど到底無理だろう。そこへ見知らぬ私がご一緒するなど、気が重い。

 

「ええと、姫様とは同じ部屋で非常に恐縮ではありますが、一応魔法を数種類扱っていますので、護衛の足しにはなるかと思っております。不敬が何かも判っていない平民ですのでご不快がございましたら、ご指摘くださいませ」

 

 腰を落として、少女よりも頭を低くして言うと慌てた様子で駆け寄られ首を横に振られた。随分とフレンドリーな姫様だ。

 

「あ、はい、わかりました。お傍に居る事をお許しいただきありがとうございます。では休みましょう。明日は慣れない事をしますからね」

 

 少女は頷き、絨毯の上に足をたたんだ。私はベッドから掛布だけ取って姫様の前に座り、掛布を被る。少女のきょとんとした顔に、ちょっと安心した。

 

「姫様に近い方が護衛しやすいのです」

 

 姫様は現状に悲観するだけの少女では無いようだ。ヒステリックにもなっていない。

 単に受け止めきれず飽和状態なのかもしれないが、とりあえず今は休めそうなのでそれでいい。とにかく、明日から頑張ろう。そう思ってもろもろの不安には蓋をした。




2014.05.05 誤字修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

男がついてきた

 

 出発前にエイトさんと荷物を点検してから、事前に役割を決めるため出来る事を話した。

 私が魔法を使えるようになったのはアミダさん経由で聞いていたようで、だから私がメラとか使っても驚いてはいなかったらしい。

 初級ではあるが攻撃から回復まで使えることに心強いとまで言われたが、頼むからあてにしないで欲しいと懇願した。年下に情けないとは思っても、私は一度としてこの目で魔物を見ていないのだ。足がすくめばそれだけで戦列は乱れ邪魔以外のなにものでもなくなる。

 真剣にお願いした私に、エイトさんは少しだけばつの悪そうな顔で大丈夫と言った。どうやら単なるリップサービスだったみたいで、真に受けた私は非常に恥ずかしい。紛らわすように戦闘以外は頑張りますと言えば純粋スマイルでお願いしますと言われた。ほんと、好青年だ。何とかお荷物になることだけは避けねば。

 内緒話を終えて王と姫様のところへ戻り、いざ出発。先頭はエイトさんで御者は小柄な王。姫様は馬車をひき、殿は私。エイトさんは兵士姿ではなく出会った時の服装で、私も城から拝借したマントを普段着の上に羽織っている。装備としては『たびびとのふく』だろうか? 普段着だから『ぬののふく』程度である可能性も否定できない。武器になりそうなものも持った方がいいのだろうかと悩み、その辺にあった脱穀用と思われる木の棒を持ってきた。刃物が付いているものだと間違って王や姫様、エイトさんに当てた時が怖い。エイトさんはいつもの剣。名前をつけるとすると『兵士の剣』だろう。見事に攻撃力に格差が現れている。まぁ木の棒を手にしたものの魔物を殴れるとも思えないので攻撃力に格差があろうとあんまり関係はない。びくびくしながら握りしめるという用途ぐらいしか思いつかないし。

 お城を出てからおっかなびっくり歩いていたが、せいすいを撒きまくったおかげか魔物が出てくる事はなく、お昼には行き先のトラペッタという街に繋がる橋が見えてきた。

 

「止まれぃっ!」

 

 いきなり野太い声がして馬車が止まったのでなんだなんだと思ったら、見るからに柄の悪そうな男が橋の中程で道を塞いでいた。頭にはとげとげした帽子? 兜? を装着し、毛皮で作ったベスト? のようなものの下には腹巻、じゃなくて腰帯? をしており、だぼっとしたズボンをはいた風体はこの世界に疎い私でも十分危険人物と判別できる。

 

「やいやいお前ら! 誰の許しを得てこの橋をわたってんだ?」

 

 手にしているでっかい斧をドンと居座っている橋に叩きつける男は、行動から察するに追剥とか山賊とかそういう類のような気がする。びびりまくって馬車の影からそっとエイトさんを窺ってみるが、エイトさんは平然としている。

 あ、王が御者台に居る。姫様も。避難させた方が良くは無いか? それともエイトさんに近い方が安全? どっちだ??

 

「許しもへったくれもあるか!! この辺りはまだ、わがトロデーン国の領地じゃわい!」

 

 考えてたら王が啖呵切った。なんだかトロデーンで話していた時とは、ちょっと雰囲気が違う。短絡的というか攻撃性が上がっているというか。少なくとも城下を見ていたあの姿とは違うし、私の食事を文句もなく食べてくれていた姿とも違う。ここへ来るまで姫様同様ヒステリーを起こす事も、私やエイトさんに八つ当たりをする事もなく落ち着いているように見えたが、実際はかなりのストレスがあるんじゃないだろうか。考えてみれば人があんな姿にされたら混乱して喚き散らしても不思議じゃない。

 

「はあー? なんだと? おいおいおっさん。お前気色悪い姿して王様気取りか? 笑わせらあ」

 

 王の変わりように悩んでいたら男が突っかかってきた。突っかかってきたのにはヒヤリとするが、しかしこの男の人すごいな。王を見てナメック星人と言わずおっさんと表するというのは、なかなか許容量が大きい。

 

「うぬぬぬ……ええいっ! 痛いところを遠慮なしに突きよって! そういうお前こそ何ものじゃっ!!」

 

 痛いところって、意外と王も冷静だ。苛々していそうではあるけど、自分を客観的に見てそれを受け入れられているところはすごい。

 

「……オレか? 聞かれて名乗るもおこがましいが、この名を聞いて震え上がるなよ」

 

 じゃあ言わないでください。という私の願いも虚しく男は斧をぶんぶん振り回してそれっぽい口上を言い立てた。

 

「天下にとどろく山賊ヤンガスさまの名はこの辺りにもちったあ知れわたってるだろう!!」

「な…なにっ!? ヤンガス……じゃと!?」

 

 驚愕する王に、慌ててエイトさんを見たらきょとんとしていた。さっきから黙っているのは王の言葉を遮らないためだろうか?

 

「へっ! 観念したらおとなしく通行料を置いていきな。命だけは助けてやるぜ」

 

 たぶん恰好良く決めたところなのだろう。男はドヤ顏をしていた。

 それを崩したのは王の爆笑。そりゃもう見事にぶわはははとお笑いになった。

 

「おろか者め! そんな名前、聞いたこともないわい! さんざんかっこつけよってアホウか?」

 

 見事にこき下ろす言葉に男の顏が凄い事になっていった。これはまずい。

 

「てめえっ! 人がおとなしくしてりゃあ調子に乗りやがって!! そういうことならこのオレさまの実力をその目に刻み付けてやるぜっ!!」

 

 ものすごい跳躍を見せ、男は王ではなくエイトさんに斧を振り下ろす。

 

「っ!」

 

 反射的に飛び出したが、エイトさんはあっさりとかわして近づいた私に大丈夫と小さく囁いた。

 口を挟まなかったのはどうにかする自信があったからなのだと、ようやく気付いた。見た目優しそうだから無意識に荒事に慣れていないのではないかという考えを持っていたようだ。あなどっていたのが恥ずかしいやら申し訳ないやら。

 

「どふぉうっ!!」

 

 ほっとしていたら、橋に斧を深く差して取れないでいた男が変な声を上げた。見れば橋板が壊れて男が落ち掛けている。

 

「エイト今じゃ! 一気に橋をわたってしまうぞ!!」

 

 王の声に一番に反応したのは姫様で次にエイトさん。私は引っ張られなければ板が抜けている部分を飛び越えるなんて真似出来なかった。

 走って渡り終えるとエイトさんはすぐに振り向き臨戦態勢を取った。ちゃんと兵士なんだなと感じていると橋が耐えきれずロープが切れた。

 

「あ」

「のわあああっ!!!」

 

 橋板にぶら下がっていた男が叫びながら落ちた。かなりの高さがあったから無事ではないだろう。想像してぞっとした。

 

「自業自得というやつじゃな。世に悪の栄えたためしはなしとは、昔の人はうまいこと言ったもんじゃわい。さあ先を急ごうエイト。おうおうミーティアや、怖い思いをさせてすまなかったね」

 

 後ろで王が言うが、ちょっとその言葉も私には怖かった。悪人だろうと善人だろうと、目の前で起きた事は私には事故に分類される。助けるべきだったかどうかは別として、事故を見た衝撃があって直ぐには動けなかった。だけど王はお構いなしに先に行こうとしているし、姫様は少し気にしながらも王に従っていた。

 

「エイトさん?」

 

 エイトさんはおもむろにしゃがみ込むと、垂れているロープを引っ張り始めた。

 そろそろと崖に近づいて下を覗くと、あの男がロープにしがみついていた。

 

「な…何をしとるんじゃエイト!! お前、まさか……! あやつめはわしらを襲った相手じゃぞ! それを助けるというのか!?」

 

 私達が動かない事に気づいたらしい王が御者台から降りて駆け寄ってきた。私も王の意見に半分同意で、半分は迷っていた。

 

「特に何かをされたわけではありませんから」

 

 エイトさんはそう言って、絶対であるはずの王の言葉をやんわりと拒絶した。その言葉に私はなるほどと納得。

 

「バイキルト。スカラ」

 

 こっそり補助魔法をエイトさんに掛けて姫様のそばへ下がる。

 

「このまま気付かなかった振りで通過してもきっと神さまもお許しくださる……ああっ!!」

 

 とうとうエイトさんは男を引き上げた。さすがに横幅のある男を引き上げるのは大変だったのか肩で息をしているが、男の方も転がって息をしていた。

 

「た…助かった……。ぜ…絶対…死んだと思ったぜ……」

 

 心底といった様子でこぼす男に王がゆっくりと近づいた。

 

「やれやれ、なんたることじゃ。ヤンガスとか言ったな。エイトの慈悲をありがたく受け入れさっさとわしらの前から消えるんじゃ」

 

 暴言や刃物を向けた事を無かったことにする。そういう意味の事を王は言った。普通、国主ともなれば先程のような狼藉を働いた者は問答無用で牢屋行きだと思う。この世界の価値観なら、余計にそうだろう。捕まえる兵士がエイトさんしかいない現状ではその手間も惜しいのかもしれないが、それでも咎めなしに見逃すというのは緩い。

 この王は、王としてよりも個人としてトロデーンの人に慕われていたのかもしれない。

 

「じょ…じょーだんじゃねえぜっ!!」

 

 恩情を知ってか知らずか、男はいきり立った。

 

「むっ? まだ怖い思いが足りんらしいな。よかろう。かくなる上はわしが相手じゃっ!」

 

 は?

 

 自ら構えを見せる王に、さっきまですごい人だなーと思っていた感情がすぽんとどっかいった。

 駄目でしょ上の人が前にでちゃと思ったが、エイトさんが傍にいるのでとりあえず傍観。胸の前で手を組みハラハラしている姫様の首を撫でるとこちらを向いたので、大丈夫ですという意味で小さく笑っておく。

 聡い姫様はそれで通じたようで、心配そうな顔をしていたが小さく笑い返してくれた。

 

「エイトさん! いやっ! エイトの兄貴っ!! アッシは兄貴の寛大な心に心底感服いたしやしたでげすっ!! 今日から兄貴と呼ばせてくだせえっ!」

 

 姫様といちゃいちゃしていたら男がエイトさんに土下座していた。

 何でその流れになったんだろう。あれだろうか。私はぐだぐだ考えてしまったが、ここの人はもっとこう感性で突発的に動く人が多いのだろうか。

 

「こ…こりゃ、待たんかっ!!」

 

 王が二人の間に割り込む。それはまるで無視されて憤慨する子供のようだ。先程の相手をしよう発言も合わせて考えると、偉い人だからという理由で私は変なフィルターをかけていたらしい。

 

「エイトはわしの家臣じゃぞ! わしらの子分になりたいのなら頼む相手がちがうじゃろーがっ!」

 

 そういう問題なのか。というか、そのなりの男を家臣にしてもいいと思っているのか。

 

「うるせえぞおっさんっ!! お前になんか頼んでねえ! アッシはエイトの兄貴の子分になるんでえっ!!」

 

 エイトさん、平然としているようで微妙に顔が引き攣っている。

 

「な…なんじゃとっ! お前だって見た目は相当おっさんじゃろうがっ!! お前にだけは言われたくないわいっ!!」

 

 ………。

 

 私は姫様を見た。姫様は困ったように笑っていた。もはやそこに心配という名の儚げなエッセンスは存在していなかった。

 そうか。王はこんな感じの人なのか。

 

「ちょっと待ってくれますか?」

 

 王と男の本格的ないがみ合いが発生しようとしたところをエイトさんがようやく止めた。

 

「ヤンガスさん」

「ヤンガスでいいでげす! いや、ヤンガスと呼んでくだせえ!」

 

 熱い男、ヤンガス。そう呼ぼう。エイトさんの子分になりたいという言葉にどんな思惑があるかは知らないが、とりあえず見ている分には熱い男だ。

 

「……ヤンガス、僕らは目的があって移動しているんだ」

 

 心なしかエイトさん、引いている。

 

「そうでげすか? どこへ行くんでげす?」

「どこと場所が決まっているわけじゃなくて、ドルマゲスという道化師を追っているんだ。だから僕の子分になりたいと言われても困るんだ」

「それならアッシも兄貴についていきやす!」

「……」

 

 いや、こっちを見られても無理ですから。

 無理無理と手を振ったら『だよね』という顔で王に視線を移すエイトさん。王は即行で却下した。

 

「ヤンガス、とにかく僕らは先に行かなくちゃいけないから」

「わかっているでげす! さあいきやしょう!」

「いや、あの」

「こっちでげすか!? こっちでげすね!?」

「えっと、そうだけど」

「さあいくでげす!」

「……」

 

 えーと……どんまい。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

原因を考えてみた

 エイトさんの横にならんで嬉しげに進む熱い男、ヤンガス。すまないとも思わないが、私にはついていけないテンションだ。ぶつぶつと文句を言っている王に声を掛けて御者台に戻ってもらい、姫様の横に並んでエイトさんとヤンガスという男を追いかける形でついていく。

 なし崩し的にヤンガスという男が同行しているが、警戒はした方がいいだろう。お城から持ってきた荷物の中には換金用の物もある。それを盗られたりしたら事だ。

 

「はぁ……どうしてこうなったんじゃ」

「まぁエイトさんですから」

 

 私も助けられた一人。なのでヤンガスさんの事をどうのこうの言える立場ではないか。

 

「個人的に言わせて頂きますと、目の前で落ちていく人を見ずに済んでほっとしています」

「……そうかもしれんが、しかしのぉ」

「まさか同行するとは思いませんからねぇ」

 

 溜息をつく王に苦笑して同意すれば、そうなんじゃとさらに溜息をつかれた。

 

「でもエイトさんは強いんじゃないですか? あのヤンガスという男が何かしようとしても大丈夫ですよ」

「まぁわしには及ばんが、めきめきと力を付けているようじゃな。しかしあやつは幼い頃より抜けているところがあるんじゃ」

「そうなのですか?」

 

 王は大きく頷き、姫様も同意するようにこちらを見て頷いた。

 

「エイトさんは昔から兵士をされていたんですね」

 

 今でも若いのに一体何歳から兵士をしているのだろう。

 

「あぁいや、エイトには親がおらんのだ。トロデーンの近くで拾われてのぉ……それでわしが親代わりをしているんじゃ」

「そうだったのですか」

 

 王が親代わり。とんでもないなエイトさん。だからやんわり拒絶する事を言えたり、お偉いさんを前にして極度に緊張したりとかそういう様子が無いわけだ。兵士の中でも王に接する機会が多い人なのかと思っていたが、それよりもっとすごかった。

 

「お主は魔法が使えるそうじゃな」

「あ、はい。まだ習いたてでとても戦闘では役に立たないでしょうが、癒しの魔法ならなんとかお役に立てるかと」

「おぬしのような者が居てくれて良かったわい」

「恐れいります」

「うむ。わしを敬う精神といい、姫の付き人としては申し分ないわい」

 

 うんうんと頷いている王の前で、姫様が申し訳なさそうな顔をしていた。王は自分に正直というかオブラートに包まないというか明瞭な発言をしてくれるが、こちらの姫様は姫という立場の人としては驚く程腰が低い。知り合いに皇族王族なんて居る筈もないので、どういうタイプが一般的なのかは判らないが個人的に付き合う相手として文句の付けどころが無い。

 

「わしはともかくミーティアがこのような姿にされ、そばについていた者もみな茨に……そういえばお主、よく無事であったな」

「茨は私を避けて行きましたので」

「なんじゃと?」

「昔聞いた解呪の魔法を口にしたのです。ただ、それが成功して効果があったのかは不明です。茨の動きが止まった後、お世話になっている家主の方に同じ魔法を使いましたが駄目でしたので」

「なんと! 何という魔法なんじゃ?」

「シャナクです。呪われた武具を装備した時にその呪いを解くという効果があります」

 

 メラやヒャドが同じ効果なら、シャナクも同じ効果だろう。

 

「シャナク……のう姫や、聞いた事があるかい?」

 

 姫様はしばらく思い出そうとしている様子だったが、やがて首を横に振った。

 

「私は最近トロデーンに来ましたので、こちらでは使われない魔法かもしれませんね」

 

 シャナクはかなり後半に覚える魔法だったと記憶している。街中で魔法は見かけなかったし、平和そうなトロデーンではそこまでの使い手がいないのかもしれない。

 

「お主、トロデーンの者では無かったのか」

「はい。迷子になっていたところをエイトさんに助けて頂きました。もう一月ほどは経ちましょうか」

「難儀であったところにこの騒ぎとは……すまんな」

 

 とんでもないと私は手を振り首を振る。

 姫様を腰が低いと評したが、王も率直なだけで根本的にいい人に違いはないみたいだ。ヤンガスさんと衝突するのは、ヤンガスさんが王を相手にしようとしないからだろう。

 

「足手まといなのに同行させていただき感謝しております。宜しければ、何があったのかお聞かせ願えないでしょうか。私でも何か手立てがないか考えられるかもしれません」

「おぅおぅいいとも」

 

 王は気さくに言って、何があったのか教えてくれた。

 

 数日前からドルマゲスという名の道化師が城に来ては奇術を見せて見せ物料を得ていたらしい。時折そういうものが現れるのでさして気にもせず適当に相手をしていたがあの日、城の最上階へと続く兵士が眠りこけているのを通り掛かった王が発見。不審に思い居合わせた姫様と共に最上階へと行ってみると、トロデーンで古くから封印されていた杖にドルマゲスが手を伸ばしているところだった。

 ドルマゲスは王の制止を振りきり杖を手にすると、その威力を確かめるべく王に向かって杖の力を解き放った。姫様はそれを庇う形で共に姿を変えられ、気が付けばトロデーンは茨に捕らわれてしまっていた。

 

 ところどころドルマゲスとの死闘を演じたらしい描写があったが、要約するとこんなところだろう。

 鍵は『杖』のようだ。ドラクエ系で杖と言えば、道具としても使える様々な種類のものがある。覚えている限りでは、『まどうしの杖』『てんばつの杖』『まふうじの杖』『マグマの杖』『しゅくふくの杖』『ふっかつの杖』『ドラゴンの杖』『へんげの杖』。

 変化の杖? 確かにあれなら姿を変える事は出来る。だけど一昼夜も姿を変えたまま維持出来るものではなかった気がする。茨の事も説明がつかない。

 

「陛下。意見をお聞きしたいのですが、陛下や姫様の御姿を変えたのもトロデーンを覆う茨も同じ力だと思われますか?」

「おそらくそうであろう。あの杖は世に解き放ってはならぬと伝えられるものなのじゃ。あれだけの事を道化師一人の力で出来るとは思えん」

 

 じゃあ変化の杖ではない。あれはどちらかというと潜入用アイテムだ。茨に変化。まったく関連性が無くて困る。強いてあげればどちらも呪いっぽいという点ぐらい。呪いの杖という名前だったりして。……使われた方じゃなくて使う方が呪われそうな名前だ。装備したらあの不気味な音楽が鳴りそう。

 

「あ」

 

 セーブデータが消えた時の音が脳内で甦った瞬間、とある事を思い出した。ドラクエで必ずお世話になるのは教会と王様。途中で王様がセーブしてくれなくなったが、教会はずっと復活や毒の治療、呪いの解呪をしてくれている。

 

「陛下、教会の神父さんに呪いを解いてもらうよう頼めないでしょうか」

「……いや、それは出来ん」

「え?」

 

 苦い顏で否定され、私は思わず聞き返してしまった。

 

「城下で無事だったのはお主だけであろう。教会の者もみな茨に捕らわれてしまったのなら、教会の力では対抗出来んという事じゃ」

「あ……そうか……そうですね。浅慮でした。申し訳ありません」

「よいよい。お主は一生懸命考えてくれておるのであろう。それで十分じゃ。それよりエイトに声を掛けてくれるか? 少し姫を休ませてやりたいんじゃ」

「承知致しました」

 

 姫様はまだ大丈夫そうだけど、王が疲れたのかもしれない。ずっと固い御者台に座って揺られているのでさぞかしお尻も痛いだろう。クッションか何か用意すべきだった。

 

「エイトさん」

 

 少し先を行く二人に小走りで追いつき、エイトさんに声を掛ける。

 

「どうしました?」

「少し休憩をと陛下が」

「あ……そうですね。ヤンガス、僕らは休憩するけど」

「がってん承知でげす!」

 

 みなまで言わせず、ヤンガスという男は「この辺りなんてどうでげすか?」とエイトさんに聞いていた。

 

「リツさん、申し訳ないけどもう少し陛下と姫様をお願いします」

「姫様は大丈夫ですけど、陛下はちょっとどうなるか。あの方が居ると多分衝突しますよ?」

「だと思いますけど……彼も根っからの悪人という風でも無いからなぁ……」

 

 困り顏のエイトさんの肩をポンポンと叩く。

 

「なるようになれという言葉もあります。何かあれば私も力の限り陛下と姫様をお守りしますから。あんまりあてにならないかもしれませんが」

 

 笑って言えば、エイトさんも少し肩の力が抜けた顔で苦笑した。

 

「助かります」

「じゃあ陛下と姫様をお連れしますね」

 

 陛下と姫様のところへ戻り、道沿いにある林の中の開けた場所へと移動する。案の定というか、御者台から降りた陛下と男は睨み合いを始めてしまった。

 エイトさんは最早気にした様子もなく姫様に繋いでいた馬車を外し「お疲れではないですか?」と声を掛けている。姫様の方も慣れたのか地味な言い合いを始めた二人を華麗にスルーしてエイトさんに大丈夫と首を振っている。

 どうしようかなぁと考えていると、姫様からの視線をやけに感じてひょこひょこと近づいてみる。すると視線を私から林の方へと向ける。

 なんだろうと首を傾げかけたところで、わかった。

 

「エイトさん、突然ですが私、お花摘みに行ってきます」

「え? 花?」

「でも魔物が怖いので姫様も一緒に来ていただきたいと思います」

「それなら僕が」

「お花摘みは男子禁制です」

「え?」

「男子禁制です」

「……はぁ」

 

 いまいち呑み込めていないエイトさんだったが、私の断固とした物言いに下がってくれた。本当は姫様を連れて行くとか言われたら下がっちゃいけないところだ。だけど隣で姫様がしきりに頷いて同意してくれているので何も言えない模様。

 

「ではそういう事で。姫様、お手数をおかけしますが宜しくお願い致します」

 

 姫様と並んで林の中へと入っていく。

 私はその辺の木の枝を折って小さなメラで軽く燃やした。上がった煙で風向きを確認。

 

「姫様、こちらなら風下です。距離も離れていますから大丈夫でしょう。近づくものは私が燃やしてしまいますから安心してください」

 

 自信は無いが自信たっぷりに請け負っておく。

 姫様は強張った顔をしたまま、小さく頷いて私から離れ木々の影に入っていった。

 

「……っていうか、私も野宿の間は同じ問題を抱えてるよな。風呂も食事も我慢できるとしても、生理現象はなぁ……」

 

 公衆トイレがある日本が懐かしい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

冷汗かいた

 

「おお! あれにおったか!? 姫! ミーティア姫!」

 

 姫様ときゃっきゃうふふと帰り道で見つけた花を髪に飾り合いっこして戻ったら変なテンションで王が駆け寄ってきた。たぶん、ヤンガスさんと衝突してエイトさんが傍観していたのだろう。相手にしてもらえないというのは王様をしていればそうそう経験しない事だろうから、仕方ない。

 

「申し訳ありません、私の我儘に付き合っていただいたのです」

 

 視線を王に合わせて頭を下げると「よい」と小さな声で止められた。

 

「エイトから話は聞いておる。これからも姫の事を頼むぞ」

 

 王は『お花摘み』がなんたるかを知っているようだ。でもって私が姫様を連れて行った理由も理解している。これは話が早くて助かる。

 

「こっちにはスライムが出てきたんですけど、そちらは魔物は出ませんでしたか?」

「はい、大丈夫でした」

 

 エイトさんは姫様のたてがみに飾った花を見て苦笑を浮かべていた。まだ理解していない様子を見ると、抜けていると言った陛下や姫様の言葉はある程度信憑性がありそうだ。

 

「さて、馬姫さまもおもどりだし……日が暮れぬうちにそろそろ出発したほうがいいでがすよ」

 

 うん? 王はヤンガスさんとどんな話をしたのかな? 馬姫ってなんだ、馬姫って。私の目には綺麗な白馬と一緒に、黒髪で大きな目の美少女と言って差し支えない少女が見えるのだ。この子を指して馬姫だと?

 

「リツさん、姫様の事と王様の事はこのまま曖昧にしておきましょう。トロデーンの王族がこんな状態だとこちらから吹聴する必要はありません」

 

 エイトさんに耳打ちされ、私は言葉を飲み込んだ。

 

「わかりました。かなり聞き捨てならない物言いでしたが、わかりました。他国に知られてはまずいのは当然でしたね」

「……いつの間にか姫様と仲良くなっていますよね」

「女同士ですから。それに姫様はかなり気質の穏やかな優しい方なので衝突する方が難しいですよ?」

「それは確かに。でもちょっと臆病なところがあるからこんなに早く慣れるなんて思わなくて」

 

 臆病? 馬にされてあんまり動じない姫様が? エイトさん。あなた何かフィルター掛かった目で姫様見てません? いや、私の方にフィルター掛かってるのかもしれないけど。

 

「兄貴~」

「エイト、リツ、何をしておる」

 

 前の方からヤンガスさんと王の声がして、あわてて私とエイトさんは馬車を追いかけた。

 空はだんだんと茜色に染まってきており、確かにゆっくりしすぎたようだ。

 

「あれ? エイトさん、ポケットに何か入れてます?」

 

 馬車の後方に下がろうとしたとき、エイトさんのポケットが動いたように見えた。

 

「あぁそれは」

 

 エイトさんはポケットを広げて私に見せてくれた。そこには、丸まっているネズミ……と、重なるように体育座りをして身体を縮込めているおじいさんの姿が見えた。

 

「トーポって言うんです」

「……トーポさんって言うんですか」

 

 えっと……どう反応したらいいんだ? そりゃネズミ姿だけど、その人ご老体だよな? ご老体をポケットに入れとくとか扱い雑過ぎやしないか? 実はエイトさんもトロデーンがあんな事になって、一人で王や姫様の面倒見るはめになって、おまけに熱い男までついてきてテンパってる?

 

「あの、エイトさん……トーポさん、ポケットでは窮屈なのではないでしょうか」

「そうかな? トーポは自分からポケットに入るんだけど……」

 

 ええ? 大丈夫かこのご老体。王や姫様と違って脳があまりにも小さくなりすぎて人格が維持出来ないとかそういう事になってないか?

 じっと二人で覗き込んでいたせいか、丸まっていたトーポさんは視線を上げてこちらを見た。

 

「トーポさん大丈夫ですか? その姿勢は腰が辛くはありませんか? その姿なら荷台に乗って頂いても全く問題ありませんよ」

 

 心配になって言ったら、くわっと目をかっぴらかれた。目じりが裂けるんじゃないかというぐらいに開かれたものだからめちゃくちゃ怖かった。思わず身を引いてしまうぐらいには怖かった。そしたらトーポさんはポケットから飛び出して素早い動きで私の肩に乗り移って来た。

 何だどうした健康体である事をアピールしたいのかと思っていると、腕に降りて来て目の前で両腕を交差された。つまり、バッテン。

 ……何がバツなんだ? そもそもこれってバツって意味でいいのか?

 

「珍しい。トーポが僕以外に懐くなんて」

「え?」

「僕が小さい時から飼ってるんですけど、僕以外にはあんまり懐かないんです。チーズとか貰える人には懐くみたいなんですけど、いきなりこんな風に懐くなんてなくて。リツさんって動物に好かれるんですね」

「……」

 

 よし、ちょっと落ち着こう。文脈からして、エイトさんはこのトーポさんを『動物』と見ているんだな? そして私にはこのトーポさんが人に見えるわけで、件のトーポさんは私の腕の上で大きくバッテンを作っているというわけで……

 

「いやぁ……猫とかには餌をやれば懐かれはしましたが、ネズミに懐かれるとは思いませんでした」

 

 黙ってろ。そういう事だな? トーポさんとやら。よくわからないがそういう事でいいんだな? マル? 合ってる? よし。

 通常サイズの目に戻りほっと胸を撫で下ろす。

 

「そういや嬢ちゃんは兄貴の子分でげすか?」

 

 ヤンガスさんがエイトさんではなく私に話を振ってきた。

 慌てて手を振るエイトさんの手を、即座に掴んで止める。あ、トーポさん落ちた。すいません。でも華麗な着地ですね、お見事です。そして大丈夫なら肩でも頭でもどこでも勝手によじ登っていてください。

 一瞬逸れた意識をヤンガスさんへと戻し、営業スマイル。

 

「そのようなものです。みなさんの食事()()のお世話をさせてもらっています」

「へー」

「違う違う、リツさんは僕らに着いてきてくれているだけだから。僕が出来ない事をやってもらってるんだよ」

「その歳で女が着いてくるなんてさすがでげす」

「いや違うから」

 

 ヤンガスさんはちゃんと誤解してくれた。立場的に似た者同士ではあるけれど、警戒をしないでいい相手ではない。エイトさんには悪いが、私の防波堤となってもらおう。

 必死にただの知り合いだと説明するエイトさんだったが、ヤンガスさんは私がエイトさんの女だという前提で話を聞いてしまっている。よしよし。これでいい。

 私は満足して馬車の後方に下がり、道の先にあるトラペッタという町が見えないかと背を伸ばした。

 

 ん?

 

 背を伸ばすまでも無くトラペッタの町並みは見えたが、煙も一緒に見えた。煮炊きの白い煙ではなく、何かが焼ける黒い煙だ。煙の量は大火事のような規模ではないが、これは気になる。エイトさんの横に戻り、声を掛ける。

 

「エイトさん、あれ」

「え? あ……火事、かな?」

 

 そう言うと、耳を澄ませるように目を細めた。

 

「大丈夫みたい。騒いでいる様子も無いから、消されたんだと思います」

「そうですか」

 

 物資はさして減っていないが、物価やどの程度まで物が手に入るのか見ておきたかったので良かった。

 ほっとしてまた後ろに戻り、ついていく。最初にまいたせいすいがまだ有効なのか魔物はその後も姿を現す事無く無事にトラペッタの前まで行く事が出来た。トロデーンはお城だったから街を囲うように壁があり門があるのは違和感を覚えなかったが、ただの町にすら同じように壁が存在しているのにはちょっとした違和感と共に、魔物の脅威が本当にあるという事を実感させられる。

 町に入り石畳のある通りを進んでいくと、あからさまな視線を感じた。何人か集まって王を指さしたりしているのであの姿が警戒させてしまっているのだろうという事は見て取れたが、良くない反応にちょっと悩む。そのまま奥へと進むと、焼け落ちた家屋があった。まだ完全に消火されていなくて、小さな火が燻りそこから煙が出ているようだ。町の人は平然としているが、最後までちゃんと消しとけよと思いこっそりヒャドで消火。

 

「ふむ。着いたようじゃな。わしの記憶に間違いがなければ確かこの町のはずじゃ。この町のどこかに、マスター・ライラスとよばれる人物が住んでいるはずじゃ」

「ちょっと待ってくれよおっさん! アッシらが追っていたのはドルマゲスってヤツじゃなかったでがすか!?」

 

 御者台から飛び降りた王に、ヤンガスさんが喧嘩腰に聞き返す。

 私も誰かわからずとエイトさんを見ると「ドルマゲスに魔法を教えた人みたい」とこっそり教えてくれた。

 

「そうじゃ! 憎きはドルマゲス! わしらをこのような姿に変えたとんでもない性悪魔法使いじゃ! いったいあやつめはどこに姿をくらませてしまったのか!? いっこくも早くあやつめを探し出しこのいまいましい呪いを解かねばならん。でなければあまりにもミーティア姫がふびんじゃ」

 

 そりゃそうだ。王もその姿で苦労するだろうが、姫様はしゃべる事すら出来ない。

 

「せっかくサザンビーク国の王子と婚儀も決まったというに……。ド、ドルマゲスのやつめっ!」

 

 え? 婚約してたの?

 驚いて姫様を見たら複雑そうな顔で頷いてくれた。そうか、この歳で婚約か……普通なのかもしれないけど。

 

「相手と会った事はあるんですか?」

 

 微妙な反応だったので尋ねてみると、首を横に振られた。俗に言う『親が決めた相手』か。いい人ならいいけど。というか、トロデーンって姫様しか跡継ぎいないんじゃなかったっけ? 相手を婿に貰うのかな。という事は二番目の王子とか? ひねくれてなきゃいいけど。

 

「エイト、さっそくじゃがライラスなる人物を探し出してきてくれぬか? ライラスこそがドルマゲスに魔法を教えたといわれる人物。ライラスなる者に聞けばあるいはドルマゲスの足取りがつかめるかもしれん……。というわけで頼んだぞ、わしはここで休んでいる」

 

 姫に寄り添い一息つく態勢に入った王に、エイトさんは「わかりました」と言ってヤンガスさんを連れ町に消えた。さて、私もだ。

 

「陛下、物資補給のため暫くお傍を離れますがよろしいでしょうか」

 

 若干町の人の反応が気になるのであんまり離れたくはないが、この先の事も考えれば調べておく必要がある。

 

「おぉ行ってまいれ」

「はい、失礼致します」

 

 許可を貰ったので馬車からお金と、換金用の小ぶりな貴金属を二つ程持ち町に繰り出す。

 さあどこから見て回ろうかと一度階段上の壁上に昇り、町を見回す。そこから見える限りではお店は露店ぐらいしかない。階段上の区画は建物が密集していて何があるのかわからない。

 

「露店に行くか」

 

 階段を降りた先にある露店に行き、頭にターバンを巻いた露天商にこんにちわと声を掛けながら品物をざっと見る。うん、道具屋だ。

 

「いらっしゃいお嬢ちゃん。お使いかい?」

「お嬢ちゃんという程の歳ではありませんが、お使いというのはある程度合っています」

 

 苦笑して言えば、露天商の男は頭を掻いて「そりゃ悪かった」と笑った。

 

「娘さんは何が要り用だい?」

「見ての通り旅をしているので日持ちのする食糧を探しています」

「あぁそれならとなりだよ。薬草は要らないかい?」

 

 薬草は道中見つけては採取してたりする。アミダさんのお手伝いでどれが薬草になるのか、毒消草になるのか、満月草になるのか見分けはつくようになった。

 

「薬草は足りてますが、キメラの翼を一つ。それと貴金属を扱うお店はこの町にありますか?」

「まいど。貴金属ならうちで見てるよ。ただ娘さんのような相手に売れるようなもんじゃないねぇ」

 

 キメラの翼を渡してもらいながら、しぶるような様子の露天商にどういう事かと聞き返す。

 

「小娘には売れないと?」

「いや! 反対だよ! 娘さん、あんたいいとこのお嬢さんだろう? そんな相手に売れるようないいものは無いって言ってるんだよ。うちにあるのは町娘相手に売るようなちょっとしたものなんだ」

「そうでしたか。私は気にしませんから少し見せていただけませんか?」

「パッとしないよ?」

「いいですから」

 

 しぶしぶ、露天商は布を広げて見せてくれた。色々なデザインで工夫されているが、基本的には木製の枠に小さな宝石の欠片を嵌め込んだようなものが主流だ。トロデーンから持ってきた貴金属はほとんど銀製であったり金製であったりするので、比較するには難しいかもしれない。

 

「これ、おいくらですか?」

 

 一番意匠が細かく、はめ込まれた石も大きなものを指さす。

 

「二百ゴールドだよ」

 

 普通に暮らしていればちょっとお金を溜めれば何とか買えるかなというぐらいだ。

 

「ありがとうございます。十分です」

「だから言っただろう。お嬢さん向きじゃないって」

 

 ちょっと拗ねたように言われたので、ごめんなさいと謝り隣の露店へ移動。こちらの様子を見ていたらしい小太りの店主は日持ちしそうなものを出してくれていた。一つ一つ値段を聞き、頭の中で普通の食材の値段と比較、ついでに薬草などの価格とも比較してみた。

 

「店主さん。ちょっと高くないですか?」

「そんな事は無いよ。こんなもんだ」

 

 ほう。こんなものか。

 

「そうですか? では結構です」

「あぁちょっと!」

 

 さっさと背を向けたら呼び止められた。

 

「なんでしょう?」

「わかったよ。ちょっとはまけますよ」

 

 苦い顏をした店主に私は暫し考え、聞いてみる事にした。

 

「店主さん。これの価格は適正価格だったのですか? それとも私が世間知らずに見えたから足元を見たんでしょうか?」

「……別に足元を見たってんじゃないけど」

 

 言葉を濁した店主に待て待てと手を振る。

 

「怒っているわけじゃないんです。単に単価と手間賃を足した結果とここの価格を比較して利益率が高いと思ったんです。これ、一袋で九十ゴールドぐらいの利益がありますよね?」

「………」

「薬草だと作成元の薬師以外なら一つ一ゴールドか二ゴールドです。少ないように思いますが、薬草は旅人でなくとも買いますから数で利益を稼げます。でもこういう日持ちするものは旅人とか限られた人にしか売れないんじゃないかと思うんです。だから個数も少なく、利益を上げるならそれなりにお金を取らないとやっていられない。トラペッタは旅人が多いようにも見えませんから、それでこの価格なのかと。でも呼び止めてまでまけようとしたのはそうでは無かったという事なのか。そこがわからなくて聞いたんです。今後の事もありますから、出来れば正確な価格情報を掴んでおきたいんです」

「………」

 

 目の前の店主は黙り込んでしまった。

 

「あんたの負けだよ。ちゃんと教えてやりなよ」

 

 隣の店主が笑い混じりに声を掛けると、ようやく目の前の店主は復活してくれた。

 

「……あぁもう! そうだよ! ちょっと足元を見たさ! けどな、それだって売れる時に取れる相手から取るってのが商人なんだよ!」

「では普段は百三十あたりですか?」

「そのとおりだよ!」

 

 やけくそのように店主は答えてくれた。かなり商売の邪魔をしたと思うのでもっと怒られるかと思ったけど、ちゃんと相手をしてくれるあたり真面目な商人かもしれない。

 

「ありがとうございます。お嬢さん価格では購入できませんが、普段の価格であれば購入させていただきますが、どうでしょう?」

「良くないと言うわけないだろう! ほら、さっさともってけ!」

 

 出された干し肉の袋は、目測だけどおまけしてくれている。

 

「ありがとうございます」

 

 お代を渡して次は建物が密集しているあたりを見て回ろうかなと、また階段を上る。茜色だった空は早くも群青色へと姿を変えてきているので早くしないといろいろ閉まってしまう。

 階段を上りきったところで、どちらから行こうかなと考えていると目の前をバタバタと人が走り過ぎて行った。その妙に慌てた様子に何があったのだろうと思っていると『魔物が町の中に』というフレーズが聞こえてきた。

 

「……嫌な予感」

 

 昇ったばかりの階段を駆け下りて、王と姫が休んでいるところまで走っていくと人だかりが出来ていた。しかもあろうことか王に向けて石まで投げている。それを姫がかばうように前に出て嘶いたので一時的に納まったが、すぐに再開されるのは目に見えていた。

 内心『ぎゃー』と叫んでいたが、動揺するなと自分に言い聞かせて人ごみをかき分ける。

 

「すみませーん。ちょっとどいてくださーい。はいはいごめんなさいね。ちょっと通してねー」

 

 声を張り上げて人ごみを抜けて、姫様と王の前に出る。

 

「驚かせてしまってすみません。こちらの方、私の叔父様なのですけど変な薬を飲まされてしまって、こんな姿にされているんです。元は普通の人なんですよ。初めて見る人は驚いてしまうからフードを被るようにって言っていたんですけど、その方が不審者だろうと叔父様に言われてしまいまして、だからこうやって自分から姿を見せているわけなんですけど……驚きますよね?」

 

 人畜無害の笑顔を張り付けて首を傾げて見せる。うぅ、辛い。十代の頃ならいざ知らず、働き出してからこんな演技をするはめになるとは。

 

「ほ、ほんとうか?」

 

 警戒心ばりばりの様子で聞き返す筋肉マッチョの男に、私は苦笑して王を抱えて見せた。

 

「もし叔父様が魔物なら、今頃みなさん反撃にあっていますよ。ね、叔父様?」

「う、うむ」

 

 王は空気を読んでくれた。一番空気読まないであろう王が、空気を読んだ事に私は神に感謝した。

 

「リツさん!」

「あぁエイトさん。ちょうどいいところに。叔父様は普通の人ですよね?」

 

 ダメ押しとばかりに駆け寄ってきたエイトさんに王を見せて首を傾げる。こうなったらやけくそだ。私は十代。私は十代。十代は黒歴史を残す時代。だからいいんだ。

 

「え? あ、はい。もちろん。人ですよ」

 

 エイトさんの同意に、集まった人々はいささか不満そうだったが害は無いと判断してくれたのか一人二人と解散してくれた。

 

「……冷汗かいた」

「それはこちらです」

 

 王を地面に降ろして零すと、エイトさんも疲れた顔で額を抑えていた。

 

「陛下、咄嗟の事とはいえ無礼を働き申し訳ありませんでした」

「いやお主のおかげで助かったのじゃ。うむ。今後もわしはお主の叔父で、薬のせいでこうなってしまったと言った方が良いじゃろうな」

「ではそのようにさせて頂きますね」

 

 気さくな王のおかげで話はさっくりまとまったが、エイトさんの表情は優れない。そういえばヤンガスさんが見えないが撒いたのだろうか。

 

「エイトさん、ヤンガスさんは?」

「あっちの柱の影です。今自分が出たら余計に怪しまれるからって」

「おぉ、何気にヤンガスさん自分の事をわかってるんだ」

「リツさん……」

 

 おぉ、これは失言。ぽろっと本音が零れてしまった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

空回った

 

「陛下、一旦宿を取りますか?」

「そうじゃな……姫も休ませてやりたい」

「承知しました。エイトさん、少しここで待っていてもらえますか?」

 

 一歩エイトさんに近づき、声を潜める。

 

「先に宿に根回しをします。いきなり行ってまた騒ぎになると困るので」

 

 エイトさんははっとしたような顔をして、小さく頷いた。

 それを確認して私はダッシュ。宿は町に入った扉近くにあったのを覚えている。手持ちのお金と人数、その他経費が掛かる事も予想して足りるか計算しながら宿の印である看板を見つけて中へと入った。

 カウンターの向こうにいる宿の主人らしき男性に近づくと、宿帳のように見える紙束に羽ペンを走らせていた手を止めてこちらを向いた。

 

「いらっしゃい。外で何か騒ぎがあったようだね」

「ええ、私の叔父様の人相があんまり良くなくて町のみなさんを驚かせてしまったんです。すぐに説明して理解してもらったんですけどね、私は叔父様の顏に慣れていたからみなさんの反応に驚いちゃいました」

「ははは。そんなにすごいのかい?」

 

 朗らかに笑う主人に私は大げさに頷いて見せる。

 

「そりゃもう。魔物と間違われましたから」

「そいつは気の毒に。魔物と間違われるなんてよっぽどだねぇ」

「ああ見えて可愛いところもあるんですけどね。っと、すいません馬車付きで四人泊まりたいんですけど大丈夫ですか?」

「あぁ馬車は裏に止めてくれ。部屋は二人部屋二部屋でいいかい? 一部屋七ゴールドで干し草は四ゴールドだ」

「はい。それで結構です」

「食事はどうする?」

「おいくらですか? あと部屋で食べる事は出来ますか?」

「夕食と朝食付きで一人三ゴールドだ。部屋に持っていくぐらいは出来るよ」

「ではそれでお願いします」

「じゃあここに名前を書いてくれ」

 

 羽ペンを渡され、アミダさんに散々教わった『リツ』という文字を書く。

 

「前払いだけどいいかい?」

「はい、どうぞ」

 

 カウンターに置いたお金を主人はさっと数えてカウンターの向こうに仕舞った。

 

「確かにお代は頂いたよ。これが部屋の割符だから無くさないように」

 

 手渡された木の札には、部屋の号数のようなものだろう絵柄が描かれていた。二つ渡された札のそれぞれに違う絵があるので、たぶんドアにも同じように絵が描かれているのだと思われる。

 

「みんなを呼んできます。あ、叔父様もですけど、もう一人人相悪い人が居ますからびっくりしないでくださいね」

 

 パチンと片目を瞑って言ったら主人は笑って「客商売していればそんなの気にしてなんかいられないよ」と言ってくれた。私のライフはかなり削られたが、これだけ前振りしてればいざ本番でびびって腰抜かすとかはしないだろう。客商売をしている宿の主人というプライドぐらいはある筈だ。

 そう信じてエイトさんや姫様、あと王を待たせている広場へダッシュ。待ちくたびれた様子の王を御者台へと戻し、ヤンガスさんを呼んでぞろぞろと宿へ移動する。

 宿の前で王をエイトさんに押し付け割符を渡す。部屋に食事を運んでもらうように頼んである事を伝え、私は姫様を宿の裏へと案内した。

 王より姫様の方が優先順位が高くなっている気がするが、気の所為だ。気の所為じゃなくても王は不満があれば口に出来るのだからちょっとくらい放置しても罰はあたるまい。

 姫様を簡単な屋根しかない馬止めのところまで連れて行き、少し待っていてくださいと言って宿から桶と水を借りる。借りる時にちらっと様子を伺ったが、宿の主人は少し動揺しているだけで営業に支障は出ていないようだった。なんとかセーフのようだ。

 よしよしと胸を撫で下ろして姫様のところへと戻る。正直くったくたでご飯もいいから寝てしまいたいという気持ちもあるが、まだ幼さの残る姫様を思うと放置は出来ない。ここはふんばろうと自分に言い聞かせて。手頃の石を探してメラで焼いて桶に入れていく。

 

「ちゃんとしたものが無くてすみません。今はこれで我慢してくださいね」

 

 姫様の顏を濡らした布で拭き、たてがみを一つ一つ解いて汚れを落とし乾かして元のように編んでいく。馬用のブラシがあったらもっと楽だが、トロデーンを出る時には私もエイトさんもそこまで頭が回っていなかった。

 とりあえず綺麗になってもらったところで干し草がいいか、葉物野菜がいいか聞いてみると、干し草を選択された。どうやら少しでも慣れたいらしい。そうなれば私の仕事も減るが、それを気にして慣れたいというのなら複雑だ。まだ若いのに、それもお姫様なのに、干し草に慣れないといけないと思わせてしまうのが申し訳ない。

 気持ちの上ではいろいろ思いはするが、私の独力ではいかんともしがたいのも現実。謝罪は内心だけに留めて姫様の傍を離れ覚えていた絵柄の部屋を探してノックをするとエイトさんが顔を出した。

 

「リツさん。ちょうど食事が来ていますよ」

「陛下もそちらですか?」

「はい。みんなこっちです。食事もこっちに集めてもらいました」

「じゃあお邪魔しますね」

 

 部屋に招き入れられると、隣の部屋から持ってきたのであろう椅子で狭い部屋が埋まっていた。二人部屋でベッドが二つもありゃこうなるかと笑いながら椅子につくと、珍しくヤンガスさんと陛下がいがみあっていない事に気付いた。どうしたのかと隣に座ったエイトさんに視線を向けると苦笑して教えてくれた。

 

「陛下がね、人を見た目だけで判断するのはなさけないって。人は外見じゃないって言ったら、ヤンガスが同意して」

「あぁなるほど」

 

 宿の主人にもう一人人相の悪い人がいると言ったのは黙っておこう。

 

「ときにエイト。マスター・ライラスじゃが見つけることができたかの?」

 

 気持ちを切り替えたらしい王がエイトさんに尋ねた。そういえば、そもそもこの町に来たのはそれが目的だったなと思い出してエイトさんを見るとちょっと言いづらそうな顔をしていた。

 

「いえ……それが、マスター・ライラスは亡くなられていました」

「なんと!! すでに亡くなっていたじゃとっ!?」

 

 唸りだした王に、もうちょい声のトーンを落としてくれとどうやって伝えようか悩む。直球に言ってもいいような気もするが逆に反発されても嫌なので穏便に行きたい。

 しまったな、他に客がいるのかどうか調べておけば良かった。私達だけなら多少騒いでも目を瞑って貰えるだろうけど。

 

「ふむ。亡くなってしまったものはしかたがないの」

 

 悩んでいるうちにあっさりと王のボルテージは下がった。相変わらず起伏の激しい人だ。無駄に悩んでいる自分があほらしくなってくる。

 

「もともとわれらが追っているのはわしと姫をこのような姿に変えた憎きドルマゲスじゃ! マスター・ライラスに聞けばヤツの事が何かわかるやも知れぬとそう思ったのじゃが……やはりドルマゲスの行方はわしらが自力で探すしかないようじゃな」

 

 私以外はほとんど食事を終えているようなので、私も片付けが早く済むようにさっさと口に物を詰めていく。料理自体はパンを主食とした野菜のスープでアミダさんのとこで食べたものとそう変わらない。だけど何故だかアミダさんのご飯の方がおいしかったような気がした。

 

「そういえばリツ、部屋は二つしか取っておらんのか?」

「はい? あぁ、はい。私は姫様のところに居ますから。陛下が一部屋お使いください」

 

 言ったら『え?』という顔で見られた。全員に。

 ちょっと待てそこの二人。王にエイトさん、あんたら姫様知ってるだろ。人であった頃の姫様を知ってるくせに一人だけ外で眠らせるのを容認する気か? 馬の姿といっても知らない所でしかも外で夜を明かすとか怖いだろ。私は恐かったぞ。まともな思考能力無くても怖かったぞ。

 

「い、いや。それは僕がやらなくちゃいけない事かな……と」

 

 睨んでいたらしい私にどもりながらエイトさんが言った。が、却下。『やらなくちゃいけない』と考えてるような小童にその役目を譲る気にはなれない。

 

「城で同じ部屋に居られないと言ったのはどこのどなたでしたっけ?」

「うっ……」

「こ、これこれ喧嘩をするでない。姫の事はわしにまかせよ。お主も休まなければ身体が持たぬぞ」

 

 何と王に諌められてしまった。一気に頭が冷えて、ばつの悪さに視線を逸らしてしまう。

 

「姫の事を考えてくれるのは嬉しいがの、それで仲間内でいがみ合っては姫は喜ばん」

 

 うんうんとヤンガスさんまで頷いている。

 ぐうの音も出ない程正論なので、私はこっそり溜息をついて頭を下げた。

 

「すみません……ムキになってしまいました」

「わかってくれればよいよい。ではわしは姫の所へいくかの」

 

 あー……空回りした気がする。情けない。

 そりゃ私より王やエイトさんの方が付き合いが長いのだから、彼らの意見は聞いてしかるべきだった。

 

「な、なんじゃお主は」

 

 エイトさんにもちゃんと謝ろうとした時、ドアを開けた陛下が驚いた声を上げた。誰が反応するよりも早くエイトさんが椅子を蹴立てて立ち上がり王を引いて下がらせた。

 

「あ……あの、その、すいません急に。ノックをしようとしたらドアが開いてしまって」

 

 ドアの前に立っていたのは姫様と同じぐらいの少女だった。エイトさんの動きに逆に驚いて言葉が出ないような様子だ。エイトさんも危害を加えるような相手ではないとわかったようだが、見知らぬ相手なのかどうしていいか戸惑っている。

 

「どうされたんです?」

 

 妙な硬直状態になってしまったので口を挟むと、ほっとしたように少女が口を開いた。

 

「実はあなた方にお願いがあってこうして駆け付けて来ました」

 

 エイトさんの後ろで王とヤンガスが顔を見合わせた。

 

「お嬢さん、あんたこのわしを見てもこわくないのかね?」

 

 静かに聞いた王に、少女は胸の前で手を組み目を閉じた。

 

「夢を見ました……人でも魔物でもない者がやがてこの町をおとずれる……その者がそなたの願いをかなえるであろう……と」

 

 電波系か。と、一瞬思ったがこの世界だと夢見も占いも立派な力の一つかもしれないと考えを改める。それにしてもド直球に失礼な事を言う少女だ。

 

「人でも魔物でもない? それはわしのことか?」

「あっごめんなさい」

 

 少女相手に怒鳴る事は出来なかったようで、やんわりと言った王に漸く自分の発言内容に気付いた少女は謝った。ヤンガスさんは王を見て笑っているが、王はそれ以上少女に文句を言う気にはならなかったのか溜息をついて肩を落とした。

 

「まあよいわ。見れば我が娘ミーティアと同じような年頃。そなたわしらのことを夢に見たと申すか? よくわからぬ話じゃが……」

「あ、申し遅れました。私は占い師ルイネロの娘、ユリマです。どうか私の家に来てくれませんか? くわしい話はそこで。町の奥の井戸の前が私の家です。待ってますからきっと来てくださいね!」

 

 いい逃げをする形で少女は行ってしまった。

 私はとりあえず立ち上がり、開けっ放しになっていたドアを閉めた。

 

「……じゃあ寝ましょうか」

「「「ええ!?」」」

 

 何故かまた否定的な反応を返されてしまった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

話相手ができた

10

 

「えーと、ですね。先ほどの少女は頼みごとがあるにも関わらずその内容を言いませんでした。内容が言えないのは場合によってはあり得る事ですから良しとしても、家に来てほしいと思うのなら案内するのが礼儀ではないかと。それと、陛下の姿が町の人に不安を与えてしまうかもしれないという事を気にしているなら、失礼です」

 

 というか、舐めている。それは不気味な王と自分が関わっていると見られたくないからという思いの表れではないのか。いくら子供だからといって自分の思いだけを通そうとするような行為は……私もしてたのか……そうか、私もしてたんだなぁ……

 内心凹んだが表には出さず毅然とした態度を貫く。少女は少女、私は私だ。むろん、私への批判は正面から受けよう。さあ来いとばかりに微妙な顔をしている三名を見詰める。

 

「そ、そりゃそうでげすが……」

 

 一番に口を開いたのはヤンガスさん。それを受けて王も頷いた。

 

「う、うむ……しかしの、見ればミーティアと同じ年頃の娘じゃ。わしを見ても怖がっておらんかったし、ここはひとつあの娘のためにひと肌ぬいでやろうではないか?」

 

 怖がってたら頼みごと聞いてくれないので、演技かもしれないという事も含めて言ったつもりだったんだが。

 うーん……まぁ王がいいなら私が止める理由が無い。このメンバーの主導権はあくまでも王だ。

 

「陛下がそうおっしゃられるなら、私としては異論ございません」

「で、ではエイト。行って話を聞いてまいれ。わしは姫のところにおるからな」

「わかりました」

「あっしも行きやす。どんな話か気になりやすからね」

「リツさんは休んでいてください」

「そうじゃ。お主は休んでおれ」

 

 じゃあ私は王と一緒に姫様のとこに居ようかと思ったらエイトさんと王に口を挟む間も与えられずストップを掛けられた。よっぽどさっきの事が気になったんだろう。二人の表情から察するに、私が無理をしているんじゃないかとかそんな事を心配しているようだ。

 今後は二人の様子も見ながら動こう。こう気遣われるのは慣れないというか、はっきり言って苦手だ。アミダさんのドエスな発言が恋しい。

 王を見送りヤンガスさんが部屋を出て、エイトさんも見送ろうとしたら腕を掴まれて手のひらを上にされた。そこにぴょんと、ご老体であるトーポさんが飛び乗った。

 

「一応用心です。トーポはチーズを食べたら火を吹きますから」

「…火?」

「僕らが戻るまでドアには鍵を掛けて開けないように」

「はぁ」

 

 ネズミが火を吹くという点はスルーでいいのか? それともこの世界のネズミは火を吹くのか? まぁ電気ネズミがいるんだから火吹きネズミがいたって不思議じゃない。のか? ここってドラクエベースだよな??

 私が混乱している内にエイトさんは行ってしまい、謝りそこねた事に気付いた時にはがっくりと肩を落とした。

 

「あー……なさけない」

「そんな事は無いと思うがの」

「いやぁ年下の若い子にまで心配されるのはちょっと無いですよ」

「年下? お前さんは年上なのか?」

「たぶん年上ですよ。エイトさんは十代後半でしょ?」

「十八じゃな」

「ほらやっぱり。私二十三ですもん」

「二十三? なるほどの、どうりで見た目に反して大人びていると思ったわい」

「見た目って……」

 

 ……? 私、誰と会話してるんだ?

 ぎぎぃと首を巡らせると、膝をついている私の横にちょこんとしゃがみ込んだ人間形態のトーポさんが居た。

 

「……トーポ、さん?」

「そうじゃよ」

「………ドルマゲスの呪いは?」

「わしは自分で変化しておるんじゃ」

 

 こめかみに指を当てる。トントンと指で叩いて呑み込めない情報を一個ずつ頭に入れ、整理をかける。

 

「トーポさんは、自分でネズミの姿になっていた。呪いは関係ない。そういう事ですか」

「そうじゃよ。お前さんはわしの姿が見えておったな」

「あぁ……ポケットの中でミニマムサイズのトーポさんが膝かかえて身体丸めている姿を見た時はエイトさんの神経を疑いました」

「あの時はあせったわい。よく言わずにいてくれたな」

「いやぁ……なんとなく」

 

 恐かったので。というのは黙っておく。

 

「して、お前さんは何者じゃ?」

「と、言いますと?」

 

 むしろその問いは私が聞きたいのだが。ネズミに化けるご老体。しかもチーズを食べると火を吹くとの事。

 

「お前さん、人とは違う気配をしておる」

「奇遇ですね。私もトーポさんは人とは違う存在ではないかと思っていました」

 

 ピクリとトーポさんの尖った耳が動いた。

 

「いや、しかし……お前さんのそれは竜神族のそれではない……」

 

 りゅうじん? りゅうじんって言ったら、竜人? ドラクエなら竜に纏わるものが多いからたぶん竜人だろう。

 

「竜でしたか。なるほど、それで火を吹くと」

「お前さん、驚かんのか?」

 

 ……。

 

「えぇ!? 竜なんですか!?」

「わざとらしいわい」

 

 ダメだしされた。

 

「お前さんは竜神族では無いようじゃな」

「違いますね。竜とかいう生命力強そうな遺伝子は有していません」

「生命力か……そうじゃな。お前さんの力は不思議じゃ」

「はぁ。不思議なんですか。あ、すいません椅子に座りましょうか」

 

 床に膝をついたままだったので立ち上がり、トーポさんに椅子を勧めて自分も座る。テーブルの上には食器が残っていたので簡単に纏めてとりあえず端に置いておく。

 

「普通、力が大きければその力を感じる事が出来る者は多少なりとも威圧されるものじゃ。しかしお前さんにはそれを感じない」

 

 感じるって言われてもなぁ……何でここの人は感覚重視なんだ。もっとこう十段階評価とかで言ってくれないだろうか。

 

「そう言われましても私にはさっぱりなのですが、そうなんですか」

「あの呪いの力を跳ね除けたのじゃろう? あの力を跳ね除けられる程の力を持っているというだけで十分強いと言える」

 

 あれって跳ね除けたのだろうか? その辺、どうして大丈夫だったのか本当のところは私にもわからないので何とも言えない。

 

「まぁ私の事はともかく、トーポさんがこうして人の姿を取られたのには何か話したい事があってじゃないですか?」

「む……そうだの。わしの事はこのまま黙っていて欲しいんじゃ」

「エイトさんは小さい頃からトーポさんを飼っていると言われていましたね」

「そうじゃ。ずっと見守っておる」

 

 うーん……って事は、エイトさんってその竜人とかの関係者かな。なんか重要人物っぽい気がしないでもない。

 

「黙っている事は構いませんが、時々こうしてお話ししてくれませんか?」

「わしとか?」

「はい」

「そんな事でいいなら構わんが……」

 

 怪訝そうなトーポさんに私はてへへと笑って誤魔化す。

 私の周りに居る人はエイトさんに王に姫様にヤンガスさん。エイトさんは恩人で、王と姫様は敬う人もしくは気に掛ける人。ヤンガスさんは警戒対象。

 思ったよりも気が休まっていないのに、先ほど気付いた。

 

「それにしても竜か……竜王とか懐かしいなぁ」

 

 リアルタイムではないが、ドラクエ3から始めて次の時代の1をやった時に竜の女王が残した卵から生まれた相手がラスボスと知って、なんか悲しかった。女王の気持ちが届かないかと何度も思った。1には裏ボスなんて居なくて、どうあっても倒すしか(ストーリー)は無くて子供心にもやるせなかった。

 

「お前さん……竜神王を知っておるのか?」

「竜人王? えーと……神竜とかマスタードラゴンの事ですか?」

「しんりゅう? ますたー?」

「……」

「……」

「……違うみたいですね」

「……そのようじゃな」

 

 ドラクエ1、2、3、4、5ではない事はこれで確定だろう。竜の名のつく人が竜王とかマスタードラゴンとか知らないというのは考えにくい。神竜はかなり辺鄙なとこに居るから知らない可能性もあるが。

 ……最後の砦は6か。ほぼ違うとは思うけど。

 

「そういえば、竜人の中に勇者と呼ばれる人っていますか?」

 

 今まで気にもしなかったが、この世界に魔王が居たら高確率で竜人の中から勇者が現れそうだ。ドラクエ4、5は確か竜の血が入った天空の民が親だったと思う。……だったよな?

 

「勇者? はて……試練に向かう者がそう呼ばれる事もあったかもしれんが……それがどうかしたのか?」

「いえ、心当たりがなければそれに越した事はありません」

 

 心の底から関わりたく無いので。

 あんな超人達の近くでうろちょろしてたら踏みつぶされてあっさり終わる。そんな人生は嫌だ。個人的には姫様という可愛い子を前にしてきゃっきゃうふふとしていたい。

 

「お前さんの言うしんりゅうとか、ますたーとか言うのは何なんじゃ?」

「えー……しんりゅうは神の竜で……いや竜の神? まぁ竜の形をしたバトルジャンキーな神様です」

「ば、ばと?」

「戦い好きという事です。戦って勝ったら楽しませてくれた礼だと言って願い事を叶えてくれるんですよ。願い事は選択肢を三つ出されるんですけど、チョイスはちょっと常人では計り知れない基準がありますね」

「ほー願い事を。どんなものなんじゃ?」

「賭博か父親の命かエロ本です」

「………聞き間違いかの」

「マスタードラゴンの方はですね。あれは多分人と人になった竜の間に生まれた竜人ですね」

 

 トーポさんの戸惑いをさらっと流して次に進む。ドラクエ3で追加された裏ボスの神竜はいったい全体何を考えてエロ本を選択肢に入れたのだろう。

 

「な、なんじゃと!?」

「うわっ」

 

 遠い目をしてたらトーポさんがいきなり立ち上がって身を乗り出してきた。

 

「そのますたードラゴンとかいう者は人と竜の間の子なのか!?」

「は、はぁ。まぁ正確には人になった竜と、人の間に生まれた竜の神様です」

 

 人になった竜という点に関しては諸説あるのでこれと断定は出来ないが、たぶんバーバラは竜を祖に持つんじゃないかなぁと私は思う。もう少し突っ込めば、夢の世界の住人であり竜の血が入ったバーバラと、現実世界の住人である人間の主人公との間に生まれたという、なんともドラマチックな背景を持つ竜神様だ。全部推測であって確証はないけど。

 いやぁ思い出そうとすれば結構思い出せるものだ。

 

「人になった竜じゃと?」

「人でない存在の中にも人になりたいと願う者が居て、その願いを聞き届けたものが居るという話です。私が聞いた話では、ホイミスライムが人間になりたくて、精霊がその願いを聞き届けて実際人間になったみたいですよ。誓約はあったみたいですが」

「精霊……」

 

 そう言えばルビスの名前を聞かない。それに精霊という単語も聞かない。逆に女神という単語は耳にしたが、それがルビスなのだろうか。

 

「その……人と一緒になった竜は、責められなかったのか?」

「責められる? いえ、それは無かったと思いますよ。見た目人ですし、周りも人だと思っていたでしょうから。もし竜だと知っていたとしても変わらなかったと思いますけどね。竜だからとか人だからとか、そういう区切りは無いですから」

 

 仲間になったら仲間以外の何者でもなかったからなぁと想いを馳せていると、トーポさんは力なく椅子に座った。

 

「……お前さんも、そう思うか?」

「はい?」

「竜と人に区切りは無いと、そう思うか?」

「種族的な違いはあるでしょうけど、価値観が違うのは同じ人でもあり得ますから、そういう意味での区切りは無いと思います」

 

 トーポさんは溜息をついて項垂れてしまった。

 

「……トーポさん?」

 

 声を掛けた瞬間、ポンと軽い音がしてテーブルにネズミ姿のトーポさんが現れた。と、同時にドアがノックされ、エイトさんの声がした。

 トーポさん、耳が長いだけあって耳がいいですね。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

模索してみた

11

 

「おかえりなさい」

 

 エイトさんは部屋に入ると疲れたような顔をして私とトーポさんを見比べた。

 

「何をしていたんです?」

「何って、お留守番?」

 

 トーポさんに視線を移して「ね?」と聞けば、知らんぷりをするようにトーポさんはエイトさんに走って行った。さすが幼い頃から見守ってきただけの事はある。ネズミのふりがうまい。

 

「鍵はちゃんと掛けてくださいね」

「あ」

 

 そういえば掛けていなかった。

 

「リツさんってしっかりしているようで、どこか忘れっぽいですよね」

「はは。完璧な人なんて居ませんよ。と、抵抗しておきます。お話はちゃんと出来ました?」

「一応お願いの内容は聞きました。水晶玉を探して欲しいそうです」

「町の南、大きな滝の下の洞窟に水晶が眠っているとか言ってやしたね」

 

 エイトさんに続いて部屋に戻ったヤンガスさんがベッドに倒れ込みながら言った。

 

「父親が高名な占い師だったそうですが、水晶玉がただのガラス玉になってから占いが当たらなくなったそうです。それで元のようになって欲しくて水晶玉を」

「はぁ、占いですか」

 

 私はタロット占いぐらいしか知らないから水晶玉で占うと言われてもピンとこない。でも、この世界ならそういうのも十分実用の力として認知されているだろう。夢見しかり水晶玉しかり。実に不思議な世界だ。

 

「その高名な占い師という方の名前、エイトさんはご存知でした?」

「いえ、僕はあまりそういうのには詳しくないので。ひょっとすると陛下はご存知だったのかもしれません。先程報告したらドルマゲスの行方を占ってもらえるかもしれないから水晶玉を探そうと言われました」

「そうでげすか? あのおっさんはただユリマって子が親孝行だとか言って勢いだけで手伝えって言ってたように思うでげすがねぇ」

「ヤンガス」

 

 なるほど。たぶん、実際の反応としてはヤンガスさんの内容が近いのだろう。結果としてはエイトさんの内容でも間違っていないというだけで。

 

「じゃあ明日はその滝の下の洞くつに行くんですね」

「その事なんですが、洞くつに行くのは僕とヤンガスだけにしようと思っているんです」

「大丈夫ですか? 日帰り出来る距離にあるならいいんですけど」

 

 私は戦闘では足手まとい。陛下も同様だが姫様だけは馬車をひいているので、物資の運搬という意味で大きな意味を持つ。薬草だとかどくけし草だとか手当に必要なものも、食糧も手持ち以外は全部馬車だ。

 

「聞いた感じでは行って帰るぐらいなら日帰りで出来そうでした。洞くつで探す時間を考えると戻りは遅くなるかもしれませんが、その程度なら大丈夫です」

「……頼ってばかりで申し訳ありませんがエイトさん頼りなので無茶だけはしないでください」

 

 本当に。この青年に何かあれば、詰む。

 

「大丈夫でげすよ! 兄貴にはアッシがついてやす!」

 

 それは不安要素なんだが。と思ってエイトさんを見れば、それも含めて大丈夫と言うように頷いてくれた。こんなに頼もしい十八が居ていいのだろうか。私が十八の頃は親の庇護下にある自覚もなく自由に馬鹿をやっていた。買い食いしたり自転車で坂道をどれだけ早く上れるか競争したり。そういえばこの世界の成人って何歳からなんだろう。後でトーポさんにでも聞こう。トーポさんなら多少おかしな事を聞いても吹聴しないだろう。

 

「ヤンガスさんも気を付けてください」

 

 半ば上の空でヤンガスさんにも声を掛けたら、何故か感動したような顔のヤンガスさんが出来上がった。感動に至るまでの変化を注目していたわけではないので、何事かとまたエイトさんを見れば苦笑して首を振られた。『気にするな』か? それならそれでいいが。

 

「宿の方に水を貰ってきますから、疲れてなければ汚れを取ってから寝てください。ヤンガスさん、着替えはありますか?」

「これがアッシの一張羅でげす」

 

 自慢して言わないでくれ。ステテコパンツが似合いそうな男だなとか一瞬思ってしまったじゃないか。

 

「では着替えを用意しますので、お嫌でなければそちらに着替えてください」

 

 食器を持って部屋を出ようとするとエイトさんも付いてきて、そういえば彼の着替えも馬車かと思い出した。宿の厨房に食器を返してから姫様の所へ行く。馬車の荷台からそれぞれ服を取り出したのだが、その際陛下に頭ごなしに部屋で休むよう言ったではないかと怒られ凹んだ。姫様とエイトさんがとりなしてくれたけど、思いの押し付けは良くないと身を持って痛感した。

 水はエイトさんが私の分も運んでくれたので楽だった。ドアの前で邪魔になるからと受け持っていた服を返すついでに着替えた服は外出している間に洗っておく事を告げておく。勝手にやると怒る人もいるので、ここは重要だ。

 エイトさんは戸惑っていたようだが、トロデーンでもアミダさんに来た客の世話をしていたと言ったら諦めたのかお願いしますと言われた。客と言っても女性で年配の方だったのだが言わなきゃばれない。言い回しというのは面白いものだ。

 一人部屋へと入り、今度は鍵を掛ける。

 

「寝てしまいたい……。いかんいかん」

 

 ベッドの誘惑に耐え、なんとか身体を拭いて着替えストレッチをしてから長い一日の終わりを迎えた。が、恐るべきことに次に目を開けたら朝だった。私はのび太か。

 しかもエイトさんとヤンガスさんはすでに出発しており、陛下も姫様も朝食は食べ終わって、あとは私だけという状況。皆さまの優しさが辛い。

 お店の人に謝りながら朝食をいただき、宿泊日数を延長する手続きを取ってから洗濯。晴れていて実に気持ちのいい洗濯日和だ。鼻歌混じりに洗濯していたらついて来ていた姫様に笑われた。まぁ音痴なのでしょうがない。宿の裏にロープを張らせてもらい、洗濯物を干す。これが終わればお昼の用意をする時間まで暇だ。

 となればアレかなと思って、馬車の荷台から本をひっぱり出し軒下でぺらぺらと捲る。時々、カンカンと荷台から音がしているのは王が工作をしている音だろう。大事そうに特徴的な形をしている釜を抱えていたので、たぶんそれだ。いつかそれでご飯作れと言われたらどうしよう。なかなか先鋭的な形の釜なので確信を持って言える。使いづらい。

 姫様止めてくれるかなぁと考えている時、ふとある魔法を思い出した。出来るだろうかと手を握ったり開いたりしてみる。他の魔法と同じ要領でいいなら出来そうな気はする。

 

「………モシャス」

 

 ぼふんと煙に包まれて、ぐんと視界が高くなった。煙はすぐに消え、私は自分の身体を見ようとして人との視界の違いに内心『うおっ』と、口からは「ぶるる」と声が出た。

 やってみてから思ったが、魔物になってたらかなりやばかった。幸いにも馬なので狙った通りの結果になって良かった。ぎこちなく歩いて姫様に近づき、さっきからこっちを凝視していた姫様に「こんにちわ」と声を掛けてみる。

 

「ぶるる」

「ぶるるる」

 

 姫様は戸惑いつつも返事をしてくれた。馬同士なら話が出来ないかと思ってやってみたのだが、姫様も私も馬語を知らないので無理のようだ。聞き耳頭巾とかあればなぁと思わずにはいられない。

 しばらくするとモシャスの効力が切れて元の姿に戻った。

 

「馬同士なら会話出来るかもしれないと思ったんですけど……難しいですね」

 

 残念そうな姫様を見ると、どうにか出来ないものだろうかと考えてしまう。いつのまにか腕を組んで一点を見詰めていたようで、姫様に肩を押されて我に返った。

 姫様は気にしないというように首を振ってくれたが、諦めきれない。

 

「……モシャスって、そういえば仲間全体に掛かってたっけ?」

 

 記憶がはっきりしないが、仲間四人が全く同じ絵姿になっていたような覚えがある。私は改めて姫様を見た。

 私が馬になるんじゃなくて、姫様が人に変化すればいいのではないか? ドラクエ4でも冒頭で幼馴染が勇者の姿に変化したではないか。ドラクエ4と同じなら変える姿は狙える。私の目の前には透き通っているが、姫様の人形態と思われる姿がある。

 

「姫様。出来るかどうかわからないのですが、先ほど私が馬に化けた魔法を姫様に掛けてもいいでしょうか?」

 

 姫様は首を傾げてから、頷いてくれた。

 私はしっかりと姫様の姿を見詰め、魔法を唱えた。

 

「モシャス」

 

 ぼふんと煙が舞い、薄れた後に見えたのは変わらぬ馬の姿。

 モシャスはきちんと出来ていたと思う。馬にしてしまったというわけでもない。なら考えられる事は一つ。

 

「申し訳ありません。私の力が足りないようです」

 

 姿を変える呪いに姿を変える魔法。同じ効果を持つ力が反発したんじゃないかと思う。こちらの力が強ければ打ち勝つかもしれないが、シャナクが効かない時点で負けているのは証明されたようなものだ。

 あまりよく判っていなかったらしい姫様は気にした様子はなかった。ぬか喜びをさせていたら申し訳なかったので、それで良かった。

 昼食を宿の人にお願いして追加で出してもらい三人で食べて、王はまた工作に戻り私は寛ぐ姫様の横で本を捲る作業に戻った。

 エイトさん達が戻ってきたのはもう夜も更けた夜中の事だった。やけにボロボロだったのですぐさま怪我は無いのか調べさせて貰ったが、エイトさんもホイミを使えたようで治しながら戻ったらしい。目立った怪我は無かった。

 

「洞くつの魔物が大変だったんですか?」

 

 残しておいてもらった夕食を温めなおして並べながら聞けば、二人そろって違うと首を振られた。

 

「町を出たところからすごかったんです」

「ひっきりなしに魔物があらわれやしたね」

「ここに来るまでは全然出なかったのに休む間もないぐらいだったから、洞くつに行くにも時間が掛かって」

「洞くつの中も中に居た魔物を全部倒したんじゃないかってぐらい倒したでげすよ」

「水晶玉は見つけられたから良かったけど」

「最後のあいつは強かったでげすからね」

 

 交互に話してくれたが、せいすいは使わなかったんだろうか。

 

「エイトさん、せいすいは持って行かれました?」

「使ってなければ戻るのが明日になっていたと思います」

 

 使ってなおそうだったのか。今後が不安だ。

 

「明日、僕とヤンガスとでユリマさんに水晶玉を渡してきます。その時にドルマゲスの事も確認してみますね」

「あぁその事ですけど、私も一緒に行っていいですか?」

「リツさんも?」

 

 王は姫様の傍に居るので、そちらと一緒でもいいが私も確認したい事がある。

 

「行かない方がいいですか?」

「いえ、それは問題ないと思いますが気になる事があるんですか?」

「もし占ってもらえるなら、という程度の事です。あまりお気に無さらず。そうそう、着替えですけど天気が良かったので乾いてます。そこに置いてますから」

 

 ベッドの上に置いた畳んだ服を指さして、また洗濯物は出しておいてくださいと伝えドアを閉めた。

 占いをしてもらえればいいが。ついでにその占いが本当に当たるものであればいいが。

 

「そこを疑ってたら全部が全部雲を掴む話になっちゃうもんなぁ」

 

 千里の道も一歩から。眉唾だろうと当たって砕けろだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

少し真面目に話した

12

 

「エイトさん。着替えたら服を持ってきてもらえます?」

「あ…はい、わかりました」

 

 自分の部屋に戻る手前で気づいてドア越しに声を掛けると間延びした返事が返ってきた。これはかなり疲れてる。明日は起きるのが遅いかもしれないなと思いながら寝る支度をした後、寝かけているエイトさんから服を回収してベッドに入る。

 そして目が覚めたらまたしても朝だった。起きた瞬間にベッドを飛び降り日の高さを確認。力が抜けた。二日連続の寝坊は阻止出来たようだ。まだ日は登りかけだ。

 アミダさんに貰った櫛で髪をとかし、軽く身支度を整えてから洗濯物を持って宿の外に出る。早朝の空気はひんやりしていてちょっと身震い。裏に回って王と姫様を起こさないよう粉石鹸を取って水場に行く。洗っていると、何をどうしてそうなったのか分からないが袖がざっくり切れているところを見付けた。しばしそれを眺め、そっと破かないように洗う。針と糸はあるから後で縫えるけど人の身はそうはいかない。血はついてなかったが、その可能性に鉛を飲み込んだような心地になる。ホイミがあろうと感じる痛みは無かった事には出来ない。それに魔法で全て癒せるとも限らないだろう。

 

「怖いな」

 

 一人呟く。それが虚しいというか、空っ風が吹くというか妙に寒く感じる。いつもはおばさん達と話しながら洗っていたせいだろう。昨日は姫様が居てくれたのもある。

 何も考えないようにして手早く洗濯を終わらせ宿の裏へ戻ると、洗濯をしている間に姫様は目を覚ましたらしく姿が見えなかった。たぶん花摘みかなと思って干していると、昨日探しておいた人目に触れない茂みから現れた。今日も干し草でいいのか確認して新しいものを運び、残りの洗濯物も干してしまう。

 私も朝食にしようかと思って荷台を見ると、王は寝ているようだったので起こさずそのままにしておく。低血圧には見えないが無理に起こす事もない。

 

「おはようございます」

「あぁおはよう! 今日は早いね!」

 

 宿の厨房を覗くと、顔見知りになったおかみさんが朝ごはんを作っているところだった。パンを焼くいい匂いがする。

 

「四人分、部屋に持って行くかい?」

「まだ起きてないかも。ちょっと見てきます」

「はいよ」

 

 肝っ玉かあさん風の元気なおかみさんを見て身体の奥に居座る鉛が少し解けるのを感じながらエイトさん達の部屋に行く。ドアの前で声を掛けてみるが反応は無かった。

 

「やっぱり起きてないです。お昼近くになるかもしれません」

「そうかい。じゃああんたはここで食べるかい?」

「いいですか?」

「いいよいいよ。むさ苦しい男どもより可愛い子の方が華やぐってもんだ」

 

 おかみさんに焼き立てのパンと熱々のスープを貰って、厨房の隅っこで食べる。たぶん十代に見られているのだろうが思い込みに水は差さない。小っちゃい子扱いしてもらった方が今はお得だ。厨房の中から様子を眺めていると一人身っぽい男の人がぱらぱら来て、朝食を食べたりテイクアウトのサンドイッチを持って行ったりしている。昨日私達しか宿に泊まっていない事を聞いたのだが、それにしては作る朝食の量が多いなと思っていたら食堂も兼ねているようだ。いや旅人が少ないのだから、どちらかというと食堂の方が本業なのかもしれない。

 食べ終わる頃に王がひょっこり姿を見せたので、おかみさんに言って王の食事も貰い一緒に隅っこで食べてもらった。部屋に戻っても良かったが、王が厨房の方が姫様に近いからと言うので全面的に支援した形だ。王の王様業についての能力は不明だが、父親としては……そういえば母親はどうしたのだろう? 井戸端会議でも王妃についての話は一つも出なかった。

 

「陛下。姫様は王妃様に似ておられるのですか?」

「ん? そうじゃな……姫は王妃の若い頃にそっくりじゃ。わしの気品も受け継いでおって立派に成長してくれたわい。それなのに……」

 

 こそっと聞いたら、ぶつぶつとドルマゲスに対する恨みつらみを零す王。王妃について何も言及が無いところを見ると亡くなられているか、はたまた事情があるのか。どちらにせよそれ以上つっこんで聞く事は難しいと見切りをつけて相槌を打っておく。

 朝食を終えてすぐに王は姫様の所へと戻っていき、私は暇なのでおかみさんの手伝いをした。洗いものならまかせてくださいとばかりに腕まくりをして、お昼の仕込みも手伝ったらいい子いい子と頭を撫でられて果物まで貰ってしまった。しかも起きてきたエイトさんに目撃された。

 

「……リツさんってどこでも生きていけそうですね」

 

 ちょっと待て、さすがに魔物がうようよしているところでは生きていく自信が無い。

 

「エイトさん、それは違います。人が住めるという大前提が必要です」

 

 カウンター越しに温めなおした朝食を出しながら言えば肩を落とされた。

 

「そういう回答になる時点でどこでも生きていけると言っているようなものなんですけど……すっかり宿の人みたいになっちゃってるし……」

「二三日泊まるなら人間関係良好な方がいろいろと利便を図ってもらえるでしょう?」

 

 打算ですと明言したら複雑そうな笑みを浮かべられた。

 

「昨日、ヤンガスに着替えを出したじゃないですか」

「出しましたね。小さかったですか?」

 

 唐突に話を持ち出したエイトさんに首を傾げれば、違うと首を振られた。

 

「ヤンガスがね、すごく感激していたんです。人間扱いされたって」

「………」

「リツさんにとっては、それも打算ですか?」

 

 真剣な表情のエイトさんに私は少し考えて本音を話す事にした。

 

「私はヤンガスさんを信用していません。それは今後も、余程の事が無ければ変わる事は無いでしょう。ですがそれと私のヤンガスさんに対する態度は別の話です。ヤンガスさんが私や陛下、姫様に対して直接的な暴力を働く素振りを見せれば対応を考えますが、そうでないのなら普通に世話ぐらい焼きます」

 

 だって気になるじゃないか。匂いとか。それに一緒に動いていて一人だけ宿の軒下とかに居座られてみろ、どんだけ非人道的な人種なんだとこっちが思われてしまうじゃないか。

 

「そんな事をすれば僕が対応しますから、リツさんがそこまで考えないでください」

 

 リスク管理するなとは、そりゃまた無理な事をおっしゃる。

 真面目に言っているようなので反論はせず曖昧に笑っておくが。

 

「でも良かった。もし打算だったら、ヤンガス落ち込むと思うから」

 

 曖昧に笑っておく。曖昧に。

 

「そのヤンガスさんは?」

「まだ寝ています。昨日、滝壺で現れた相手がすごく強くて無理をさせてしまいましたから」

「水晶玉を持って行くのは昼過ぎかもしれませんね」

 

 と、言っていたら件のヤンガスさんがあくびをしながらやってきた。

 

「おはようございます、ヤンガスさん」

「お、おはようでげす」

 

 ヤンガスさんは微妙に言い難そうに言ってエイトさんの横に座る。挨拶をする習慣があんまり無いのだろう。と、思っていたらエイトさんには普通にあいさつしていた。何だ、何が違うんだ。

 

「嬢ちゃんは何でそこにいるんでげす?」

 

 朝食なのか昼食なのかわからないものを出すと聞かれ、なるほどと納得した。微妙な反応は私が厨房側に居たせいらしい。

 

「暇だったのでお手伝いしていたんです。昨日は寝坊してしまいましたから」

「あぁ。嬢ちゃんはいい子でげすね、兄貴」

「え? あ、うん」

「きっといい嫁さんになるでげすよ。さすが兄貴のこれでげすね!」

 

 エイトさんは咽た。ヤンガスさんは慌ててエイトさんの背中をさすっているが、私は笑顔で礼を言っておく。

 うむ。我ながら見事な防波堤が完成している。

 

「リ、リツさん……いい加減それ、違うって言ってくださいよ」

 

 涙目で言わなくてもいいじゃないか。多少傷つくぞ。

 まぁ、ぶっちゃけヤンガスさんがエイトさんにくっついている狙いも判ってきているので誤解を解いてもいいかなとは思っている。

 ヤンガスさんの狙いはおそらく(これ)。人相悪い二十後半から三十前半の男(元山賊)が職につく事は難しい。一般人の私だって職に困っていたのだからそうに決まっている。

 でもなぁ……そうだと動機まで私と被るんだよなぁ。片や安全狙いで、片や食狙い。そして向こうの方が魔物と戦えるというこの世界においては多大なアドバンテージを持っている。

 

「リツさん?」

「なんでもないです。ちょっと保持資格を羅列して満足しかけた自分が情けなくなっただけです」

 

 ここで役に立たないあちらの資格を持ち出したって意味が無い。そりゃ頑張って資格取ったが、だからといって意味ないものを思い返して満足していては話にならない。

 

「スライムとかで慣れるべきか?」

 

 でも実物スライムがどっろどろしていたらどうしよう。どう殴ったらいいのかわからない。あのデフォルメされた姿でもそれはそれで殴りにくい。

 

「ちょ、リツさん? 何を考えてるんです?」

「そうでがす。嬢ちゃんは後ろにいれば兄貴が守ってくれやすよ」

 

 エイトさんはそういう人だからいいとして。この男、自分の優位性を自覚してやがる。そして私の立場の弱さを巧みについて来やがった。守ってくれるだと? 即ちお荷物だと?

 頭では私がエイトさんの女と誤解されるように言った事も、お荷物だという事もわかっている。だがしかし、故に、断固として、ここで負けてはならぬとカンが告げている。女は愛嬌? ふっ笑わせる。古来より女の方が生き残る力が強いと言われているのだ。いいだろう。その喧嘩買ってやる。

 と、己を鼓舞してみたものの洗濯物の惨状が頭から離れない。

 まずはスライムから行こう。そこから行こう。いきなり大物はやめよう。

 

「こうやっていろいろしてくれてますし、それに回復魔法があるじゃないですか。その時はお願いします」

 

 エイトさんの言葉に、雷に打たれたような衝撃を受けた。

 魔法……忘れてた。いや、忘れていたわけではないがメラは火種という頭になっていて、ヒャドも粗熱を取る材料という括りで魔物に対して使うものという認識が薄かった。

 遠距離から魔法をぶっ放して接近される前にやってしまえば何とかなりそうな気がしてきた。

 

「……何を考えているんですか」

「え?」

「何もしなくていいですから。怪我されたら僕が陛下に怒られますから」

「はい?」

 

 何で王が?

 

「リツさんはトロデーンの人ですから」

「あぁ、陛下にはトロデーン出身ではない事は話しましたよ。だから大丈夫です」

「大丈夫って……そうだとしても、ほんとに止めてくださいね?」

 

 重ねて言われ、とりあえずは頷いておく。わかりましたとも、わかりませんとも言わずに。

 迷惑を掛けない範囲であれば自己責任の範疇だろう。ちょっと怖いが夜中にでも頑張ってみればいい。が、エイトさんが微妙な視線を送って来ているので計画実行の際は要注意だ。いっそラリホーでも覚えて眠らせてやろうかとか思ったが、さすがにそこまでやったら何かあった時が問題か。

 うやむやの内に二人の食事が終わり、ヤンガスさんが部屋から一抱えありそうな袋を持ってきた。中を見せてもらうと見事にでかい水晶玉だった。

 王に一声掛けて三人で少女の家へと向かうが、少女の家は階段上の密集した区画にあり、しかも判り難いところだった。よく見つけたなと思って聞いたら、二回程家を間違えたらしい。

 

「そろそろ戻る頃と思っていたぞ。どうやら……ユリマに頼まれた品を見つけてきたようだな。くさってもこのルイネロ、そのぐらいのことはわかるわい。この玉がただのガラス玉でもな……」

 

 ドアを開けるなりそう言い放ったのはもじゃもじゃ頭の男だった。少女はどこ行った。

 




目が腫れたため休養していました。
また、これから仕事が佳境に入るため不定期更新となる可能性が非常に高いです。
申し訳ありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

諦めた

13

 

「しかしお主もたいがいのおせっかいだのう。だが無駄なことよ。いくら本物の水晶を持ってきてもまた捨てるのみ!」

 

 啖呵切ったもじゃもじゃ頭の男を前に、私は後ろからエイトさんにぼそっと聞いた。

 

「エイトさん。話が見えないんですが」

「いや僕もいきなりでちょっと」

 

 エイトさんも戸惑っていた。

 

「おいおいおっさん、滝壺に捨てるってんじゃねえよな? あたると古傷がひらいちまうんだから止めろよ?」

 

 なんとヤンガスさんは判ったようで言い返している。

 

「なに? 滝壺には捨てるな? あたると今度は古傷がひらくだと? わけがわからんぞ!」

 

 いきなりドラマ調で語り始めた電波おっちゃんに対して、ちゃんと返したというのにわけがわからないと切り捨てられてしまっている。これはヤンガスさん、怒ってもいいと思う。

 

「まあよいわ。いいかよく聞けよ。わしがどうして水晶を捨てたか……その理由はユリマも知らんことだ。ましてやあんたらなど……」

 

 立ち上がったもじゃもじゃ頭の男はこちらに近づいてきた。

 

「その水晶玉をよこせ! 今度は二度と拾ってこれぬよう粉々にくだいてくれる!」

「やめて! やめて、お父さん!」

 

 奥からあの時の少女が駆け出して来た。奥に居たのか。

 

「私もう知ってるから! ずっと前から私……なぜ水晶を捨てたのか知ってたから。私……」

「……ユリマ、お前……。じゃあ自分の本当の親のことを?」

 

 衝撃を受けたようなもじゃ()に、少女は目を伏せゆるく頷いた。

 

「うん……。でも私はお父さんのせいで両親が死んだなんて思ってないよ」

「どうしてだ? ユリマ? そこまで知っていながらどうしてそう思う? このわしを恨んでも……」

 

 もじゃ()の言葉を遮るように少女は強く首を振る。

 

「ううんお父さんはただ占いをしただけだもん。私は知らないけど、お父さんの占いってとってもすごかったんでしょ。だからどこに逃げたのかわからなかった私の両親の居場所もあっさりと当ててしまったんだよね」

「………………」

 

 天を仰ぐもじゃ()

 

「あの頃わしに占えないものなどないと思っていた……。わしの名は世界中に鳴り響きわしは有頂天じゃったよ。占えることはかたっぱしから占ったもんじゃ。自分のことばかり考えて頼んでくる連中が善人か悪人かそんなことすら考えなかった……」

「もういいの。もういいのよ。だってお父さんはひとりぼっちになった赤ちゃんの私を育ててくれたじゃない。私見てみたいな。高名だった頃の自信に満ちたお父さんを。どんなことでも占えたお父さんを」

「……ユリマ……」

 

 だれかー。誰かこの空気をなんとかしてくれー。

 というか、よくもまあ他人が居る中でそこまで話せたものだ。詳細不明だが、昔々凄腕占い師のもじゃ()は来る者拒まずで占いまくり、少女の両親を死においやる一端を担ってしまった。それを後悔し、占いを止めて少女を育ててきた。そういう事だろう。

 ヤンガスさんハンカチ取り出して鼻かんでるし……ハンカチ持ってるとか何気にこの人女子力高いよな。

 とりあえず私としては空気が空気なのでエイトさんとヤンガスさんの袖を掴んで一旦外へと避難。

 

「………」

「………」

「………ぐずっ」

 

 ヤンガスさん、まだもらい泣きしてるよ。

 私はエイトさんと顔を見合わせて苦笑い。はてさて、どうしたものか。

 

「出直します?」

「そうですね。今はちょっと取り込み中みたいですから」

 

 提案するとエイトさんは頷いた。他に選択肢が無いから仕方が無い。

 

「そういえば剣はどうされたんですか?」

 

 ふと気付けば、トロデーンを出立した時に持っていた筈の剣が無い。ヤンガスさんの方は斧を橋で落とした後、木の棒をいくつか拾っているのを見かけたのでそれを使っているのだろう。

 エイトさんは恥ずかしそうに、それと申し訳なさそうに頬を掻いた。

 

「折ってしまいました」

「折った?」

「あれだけ魔物に会えばしかたがないでげす」

 

 使い過ぎて耐久値を超えたって事か?

 

「まさか帰りは素手だったんですか?」

「いえ、一応折れても使えますから」

 

 ヤンガスさんを見る。ヤンガスさんは黙って首を振っている。キツイという事だ。

 

「……武器を売っているところはここにありますか?」

「ありやす。あっしも変えたほうがいいって言ったんでげすが……」

 

 ちらっとエイトさんを伺うヤンガスさん。

 なるほど、エイトさんは異なる意見なのか。

 

「折れた剣の代わりはあるんですか?」

「いえ……そういうわけではないんですけど」

「では変えませんか?」

 

 エイトさんは腕を組み悩んでいるようだったが、やがて組んでいた腕を解いた。

 

「ちょっといいですか?」

 

 腕を引かれヤンガスさんから離れるエイトさん。

 えらく堂々とした内緒話だなと思いながらついていくと、振り向いたエイトさんは深刻な顔をしていた。

 

「宿代どうしてます?」

「払いましたよ? 前払いでしたので」

「え?」

「え?」

 

 私の言葉にエイトさんが驚き、エイトさんが驚いた事に私は驚く。互いに腕を組み視線を落とした。

 

「ちょっと確認しましょう」

「そうしましょう」

 

 エイトさんの提案に一も二もなく頷く。

 

「宿代はどこから出したんです?」

「トロデーンの台所にありました食材代と思われる袋です。計千六百七十ゴールドありました。使用許可は陛下に頂いています」

「……台所」

「厨房と言った方が正確ですか?」

「いえ、いいです。大丈夫です。確か換金用にいくつか貴金属もありましたよね?」

「はい。今のところ換金はしていません。どれぐらい移動が必要なのかもわからないので別の資金源を考えています」

「資金源?」

「アミダさんの手伝いをしていたので普通の薬草、毒消草、満月草なら卸せます」

「作れるんですか?」

「アミダさんみたいに効果を高めた特薬草とかは作れません。上薬草までなら何とか」

「……十分です。そっか……リツさんも考えてたのか」

「エイトさんも資金繰りを?」

「ええまぁ。魔物を倒せばゴールドが手に入りますから」

「ゴールド……ほんとに出るのか」

「え?」

「いえいえ。それで魔物を倒してどれぐらい稼げます?」

「移動するだけなら敢えてお金を稼がなくても大丈夫じゃないかと思ってます。一日で六百ゴールドは稼げましたから」

「おお。魔物を倒す方が効率良さそうですね」

「リツさん……」

「無理や無茶はしませんよ。とりあえず懐事情はこれでお互いに把握出来たと思いますが、武器はどうします?」

「………買います」

 

 結論が出たので、ヤンガスさんのところへと戻る。

 

「武器を買う事になりました」

「さすが姉御でやすね!」

 

 ……姉御って。

 エイトさんを見たら笑いを堪えていた。その笑いはあれか? 誤解を解かないお前が悪いというやつか?

 

「……ヤンガスさん。あのですね、私はエイトさんの追っかけでも無ければエイトさんのこれでもありません。ですから姉御はやめてください」

「照れなくてもいいでげすよ!」

「照れではなく、事実です」

「わかってやすよ!」

「わかっていなさそうだから言ってるんです」

「大丈夫でげす! 姉御ならお似合いでげす!」

 

 エイトさんが後ろを向いて必死に笑いを堪えているのが横目に見えた。こいつ……

 

「……わかりました。細かい事はもういいです。でも一つだけ『姉御』は止めてください」

「え? いやでも兄貴の姉御でげすから……」

「止めてください。止めてくれなければ今後ヤンガスさんの食事から肉を抜きます」

「え!? わ、わかりやしたでげす!」

 

 ふっ。さすが食狙い。

 

「でもそしたら何て呼べばいいんでげす?」

「嬢ちゃんでもリツでも呼びやすいもので」

「うーん……兄貴の姉御を嬢ちゃん……いやでもリツとも……じゃあリツ嬢さんと呼ばせてもらうでげす」

 

 ……もういいよそれで。エイトさんも笑い堪えてないで早く武器屋に行きますよ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

占ってもらった

14

 

 ヤンガスさんに頼んで武器屋に連れて行ってもらったが、そこでブーメランがいいか銅の剣がいいかでエイトさんは悩み店の主人と話し込んでしまった。

 暇なのでヤンガスさんも武器は大丈夫なのかと聞けば、『おおきづち』から大木槌を手に入れたようでそれ以上のものはここには置いてなさそうだと言われた。現地調達するとは、なんて懐に優しい男なんだ。

 

 

「お待たせしました」

 

 やっとこさエイトさんが決めた武器はブーメランだった。確かに私の記憶にもブーメランは武器に分類されていたとある。いつから導入されたのかははっきりしないが、ドラクエ5の子供時代に愛用していたような……。ゲームなら全体攻撃出来て便利な武器だと思ったが、いざ実物を見るとどうやってこれで全体攻撃を実現しているのか謎でしかない。一体にあたればそこで減速して落ちるんじゃないのだろうか。

 じーっと大振りのブーメランを見ていると、ぼやぁっとしたものがブーメランに纏わりついているような気がした。瞬きすると消えるが、またじーっと見ているとぼやぁっとしたものが見えてくる。何なんだと思って目を凝らすと見たことがあるような構築陣が浮かんでいた。

 ……ルーラ……っぽい? うーん。投擲者に戻るよう魔法がかけられていたりするのだろうか。ルーラはドラクエ5だと失われた魔法と言われていた。なのに子供の武器にその派系が使用されているというのは……謎だ。

 

「良かった。まだこちらでしたか」

 

 武器屋を出た所で声を掛けられ、見ればあの少女が駆け寄って来るところだった。

 

「気づいたら皆さんが居なくなっていたから探しちゃいました。お父さんが皆さんにお礼が言いたいって言ってるので来てもらえますか?」

 

 こちらとしても用はあるので否はない。少女に着いていく形で戻ると、もじゃ男が水晶玉を前に神妙な顔をして座っていた。

 

「その………まあ………なんだ。とにかく、おぬしらには礼を言わねばならん。おぬしらの持ち帰った水晶もほれ、このようにおさまるところにおさまったぞ」

 

 気恥ずかしげに礼を言うもじゃ男。ではなく、名前はなんだっけ。

 

「こうやって真剣に占うのは何年ぶりかのう……。これもおぬしらのおかげだ」

 

 誤魔化すように占い師の男が水晶玉に手をかざした途端、いきなり水晶玉が光った。

 

「こ、これはどうしたことかっ!? 見えるぞ! 見えるぞ! 道化師のような男が南の関所を破っていったらしい!」

 

 不思議現象に誰もが身構えた中、一人だけ何かのスイッチが入ってしまったようだ。パフォーマンスを始めたようにしか見えないが一体何を占おうとしたのだろう。

 

「むむ! むむむむ!ヤツこそがマスター・ライラスを手にかけた犯人じゃ! むむ! むむむむ!! こ、こいつはたしか……」

 

 固唾をのんで見守る空気の中『む』が多い人だなと思いつつ、ひょいと水晶玉を覗きこんでみるが何も見えない。占いの内容はマスター・ライラスの死因についてだとかだろうが、やけに詳細だ。犯人が居るにしても南方の方角に居るとか、白い服を着ているとか、もっと占いとか遠視とかでありそうな曖昧な表現ではないところがすごい。本当に見えているのなら。

 

「いや……だいぶ感じが違っているがその昔ライラスの弟子であった……ド! ドルマゲス!」

「ドルマゲス!?」

 

 ヤンガスさんが大声を出してエイトさんの腕を引いた。

 

「あ、兄貴! ドルマゲスっていや兄貴とトロデのおっさんが追っていた性悪魔法使いの名前じゃ!?」

「う、うん」

「んで、その先は? もっとくわしくわからねえのかっ?」

「くわしくか……。ちょっと待っておれ」

 

 身を乗り出すヤンガスさんに、占い師の男は逆に落ち着いた様子で姿勢を正した。

 

「ん? これは………。この水晶は確かに昔わしが持っていたものに違いないがここにちいさなキズのようなものがあるぞ。ふむ。相当かたい物にぶつけてしまったようだな」

 

 知らんがな。この人、性格は少女といい勝負かもしれない。

 

「ん? その傷の横に小さな文字で落書きがあるぞ……。なになに……あほうじゃと!? だ、だれがあほうじゃっ!? いったいどこの馬鹿がこんなことを!」

「ち、ちがうでがすよっ! アッシがもっとくわしくって言うのはそんなことじゃなくて……あ、兄貴~!」

 

 我慢しきれなくなったヤンガスさんがエイトさんに泣きついた。

 

「ふむ。なにやら事情がありそうだな。聞かせてくれるか?」

「えっと……」

 

 エイトさんがこっちを見てきたが、パス。水晶玉を取って来てほしいとお願いされたのはエイトさんで、持ってきたのもエイトさん。感謝されているのもそうだし、むろん今質問されているのもそうだ。私は金魚のフンでしかない。

 

「僕たちはある理由でドルマゲスを探しているんですが、どこを探せばいいのかもわからなくて。師匠であるマスター・ライラスという方なら何かを知っているんじゃないかと思っていたんですが」

「なるほど。おぬしたちはドルマゲスの手がかりをもとめてマスター・ライラスをたずねてきたと。そしてそのライラスはすでに亡くなっていたというわけじゃな……。しかしわしの占いではそのドルマゲスこそがライラスを手に掛けた犯人じゃ!」

 

 いやだから、改めて言わなくてもちゃんと聞いてるよ。

 

「自分を知る人物を消したかったのか? それともほかに理由があったのか? そこまではわからんがとにかくドルマゲスは関所を破り南にむかったようだ。南にはリーザスというちいさな村がある。と、わしがわかるのはここまでじゃ」

「方角だけでも分かれば追いかける事が出来ます。助かりました」

 

 折り目正しく腰を折って礼をしたエイトさんに、占い師の男は視線を明後日の方へと向けた。

 

「とにかくおぬしたちには世話になった。気を付けてゆくのだぞ」

 

 相当恥ずかしいらしい。早口で言ってさっさと行ってくれとこちらを見もせず手を振っている。その後ろで少女が口元を抑えて笑いを堪え、ぺこりと頭を下げた。

 まぁ、この少女にしてこの親ありというか……ちょっとゴーイングマイウェイなところがあるか、いい親子なんだろう。……最近実家帰って無かったなぁ……

 二人に見送られ、宿へ戻る道すがらそんな事を考えていて我に返った。

 

「エイトさん、すみませんが先に宿へ戻っていてもらえますか?」

「どうしたんです?」

「ちょっと忘れ物です。すぐに戻りますので」

「付き合いますよ?」

「いえ、出来れば馬車の準備をしていてもらいたいんです。たぶん陛下はすぐに出立したいと言われると思うので」

「あー…確かに。わかりました」

 

 エイトさんとヤンガスさんを穏便に宿へとやって、今来た道を急いで戻った。

 先程出て来たばかりのドアを叩いて開けると、驚いた顔の占い師の男が居た。

 そりゃまぁさっき見送ったばかりの相手が来れば誰でもそうなるか。

 

「おぬしはさっきの。どうした?」

 

 少女の姿は無く、一人水晶玉の前に座る男に私は近づいた。

 

「探して欲しいものが二つあるんです。お願い出来ますか?」

「探しもの? かまわんが……何を探しているのだ」

「一つは呪いを解く力を持つものです」

「呪いだと? おぬし呪われているのか」

「私ではありません。私の身近な人が呪いにかかってしまったんです」

 

 ドルマゲス本人に解かせる事が出来るなら、それが一番確実かもしれない。だが、素直に解くだろうか? おどしたところで解くだろうか? 次善策は備えてしかるべきだ。

 

「呪いを解くものか……」

 

 占い師の男は水晶玉に手を翳した。あの時のように激しく輝く事は無かったが、柔らかな輝きを放った水晶玉は中にうっすらと風景を映し出した。

 

「……森の中の泉が見えるな」

「ですね。水が虹色のように光って見えますが、そういう泉って多くはないですよね?」

「わしは聞いた事がないな」

「ではこの付近ではなさそうですね」

 

 となると、先々で情報を集めるしかない。

 

「おぬし……見えたのか?」

「はい?」

「水晶玉に映しだされた光景が見えたのかと聞いているのだ」

「はい。それが?」

 

 占い師の男はポカンとした顔をしたかと思うと、急に笑い始めた。

 

「面白いと思っておったが、なんと他人の占いを見る事が出来るとは……」

「覗き見は駄目でしたか。申し訳ありません」

「いや駄目というわけではない。見れるものでもないからな」

 

 ?

 

「おぬしには占いの素質があるようだ。もしかするとあの若者もそうかもしれんな」

「若者っていうと、エイトさん?」

「水晶玉が無くとも、顔を見ればその日の運勢ぐらいはわかるのだ。だがあの若者もおぬしもそれが見えなんだ。時折、そういう者がいるのだがその大抵が同業者というわけだ」

「はぁ」

「それでも他人の占い道具で内容まで見えるのは余程の事だぞ。誰かに師事でもしているのか?」

「していたら占いをお願いしたりしませんよ」

「……そういえばそうだったな」

 

 こほんと占い師の男は咳払いをして誤魔化そうとしていた。

 こちらも長々と話す予定ではないので素知らぬふりしてさっさと話を進める。

 

「もう一つは私の家………いいえ、私はどこへ行けば家に帰ることが出来るのか、見てもらえますか?」

「おぬし記憶でも無くしたのか」

「違います。単に帰り道がわからないんです」

 

 残念な子を見る目で見られた。そうなるのも判るけど、もうちょっと顔に出すのは控えて欲しい。

 

「地図なら宿屋が確か持っていた筈だ。それを見せてもらいなさい」

「それでわかるなら苦労しません。私はバシルーラでこの地方に飛ばされてきたんです。元居た場所がどこなのか地図を見ても判らなかったんです。だから……」

「わかったわかった。占ってやるから泣くな」

「泣いてません」

「わかったから」

 

 いや本当に泣いてないって。こっちを見ても無いのに何で泣いてるとか言うんだこの人。

 ひょっとして脳内で何かドラマが出来上がっていたりするのだろうか? バシルーラで飛ばされたというくだりで絶体絶命の危機を何とか脱したが、何処かもわからぬ場所で彷徨う事になったとか。

 あれだけ人前でドラマを繰り広げた人だ。思い込んだら一直線の人なのかもしれない。少女とこの人で互いに一直線。すれ違ったら激しくすれ違いそうな二人だ。今は噛みあったようだが、それまではずっとすれ違いっぱなしだったのかもしれない。

 

「影。大きな鳥の影が見える」

 

 あぁ占ってくれてた。

 水晶玉を覗くと、大地を疾走する鳥の影が見えた。

 

「………あの。影だけ見えるんですけど」

「………影しかないようだ」

 

 なんだそれは。

 

「い、いや、よく見ろ! この影はやたらと大きい!」

 

 ……で?

 

「こんなに大きな鳥はそうそういまい!」

 

 そうだろうか? ドラクエだったら『ごくらくちょう』とか、こんぐらいの大きさにならないか?

 

「と、とにかく。わしにわかるのはここまでだ」

 

 言い切られてしまった。そう言われてしまったらこう返すしかないじゃないか。

 

「ありがとうございました」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

子供があらわれた

15

 

 占い代は要らないと言われ、宿へと戻ると馬車の用意をしているエイトさんが見えた。

 

「戻りました。遅くなってすみません」

「おかえりなさい。大丈夫ですよ、まだ準備している途中ですから」

「良かった。手伝うことがありそうですね」

 

 姫様にも「戻りました」と声をかけてエイトさんとハーネスを調整しながら取り付ける。教わってまだ間もないが、少しは慣れてきた。

 それにしても、虹の泉とか見つけられるだろうか? 世界地図はあるがかなりアバウトな感じだった。前人未到の地でも想像で書かれていそうな気がする。もし誰も行った事が無い場所だとすると聞いて回っても情報が得られないかも知れない。何も無いという結果よりはいいが、あれだけの映像で見つけ出すというのもなかなか苦労しそうだ。

 

「リツさん?」

「……え? あぁ、すみません」

 

 いつの間にか手が止まっていたようだ。

 

「何を占ってもらったんです?」

 

 小さく聞かれ、私は目を瞬かせた。まさかエイトさんにばれるとは思っていなくてちょっと驚いた。意外と聡いじゃないか。

 

「元居た場所のことですか?」

 

 どことなく不安げに聞かれた。何でそんな反応をするんだろうと考えて、何となく理由に思い至った。なので、苦笑して首を振った。

 

「呪いを解くものが無いか聞いたんです。ドルマゲスを見つけてもうまくいくとは限らないでしょう?」

「……そうか。そうですね」

 

 一瞬きょとんという顔をした後、なるほどそうかと呟くエイトさん。

 

「虹色に輝く泉がそうみたいです。占い師の方もご存知ないようでしたからこの付近には無いと思うんですけどね」

「うーん。僕も聞いたことが無いですね」

「確実な手段かどうかわかりませんから、こっそり探しましょう」

「そうですね」

 

 頷いたエイトさんの表情(かお)に、先ほどの不安そうな影は無かった。

 安全面では完全にお荷物だが、それでも私の存在がエイトさんの精神的負担を軽減するというのなら喜んでその役目を担おう。頼りになる十八歳だが、頼られてばかりでは彼も疲れるだろう。当初から呪いを解くまではと考えていたので私としては全く問題無い。どうせ鳥の影なんて見分ける自信なんて無いし。

 準備を調えると王が元気よく出発を宣言し、町を出た。鼻歌まで歌っているのはあれだろう。宿屋のおかみさんがサービスで昼食にサンドイッチを持たせてくれたからだろう。人扱いされて本当に嬉しそうだ。ありあわせで作ったクッションの座り心地も悪くなさそうだ。

 

「……出ないでげすね」

 

 よかったよかったとしみじみ感慨にふけっていると、ヤンガスさんがキョロキョロと回りを見ながらエイトさんに言った。そういえばエイトさんもやけに警戒している。

 

「あ」

 

 そうだ。そうだった。魔物がわんさか出るんだった。

 

「リツさん、せいすいならまいてます」

 

 慌ててせいすいを取ろうとしたら前の方に居るエイトさんから声が掛かった。いや良かった。先にまいてくれていたか。

 

「昨日はそれでもひっきりなしに出て来て大変だったんでげすが……」

「しかし一向に現れんぞ?」

 

 王の言葉にエイトさんとヤンガスさんは首を捻った。

 

「ヤンガスの言う通り、昨日は絶え間なくと言っていいくらい襲撃があったんです。……ちょっと変ですね」

「エイトがそう言うのならそうだったのじゃろうが……まぁ良いではないか、出ないにこした事は無い」

 

 全くだ。対峙しなければと思う反面、未だに怖いという気持ちの方が強い私としては有り難い。

 南の関所とやらに行く途中で小休憩を挟んでおかみさんのサンドイッチをいただく。食パンのサンドイッチではなくて、フランスパンのようなものに切れ込みを入れて肉や野菜を挟んだがっつりしたものだ。歯ごたえもあってちょっと顎が疲れるがこれはこれでおいしい。よく噛まないといけないから、それで満腹中枢が刺激されて男の人でも食べたという気になるのかもしれない。満足そうな顔のヤンガスさんを見ているとそんな気がしてくる。

 一方姫様はおそるおそる草を食んでいたが、意外とおいしいと感じたのか途中から抵抗なく食んでいた。そのまま野生に帰られても王が可哀想なので、もらった果物を食後に切って食べてもらう。草よりはやっぱりこっちの方がおいしいようで、にこにこしていた。改めて思うが、この姫様は相当精神力がある。やはり一国の跡継ぎともなればどんな時でも泰然としていなければならないのだろうか。見た目は美少女にしか見えないのに、そんな厳しい教育を受けていたのかと思うと自分とは違う人なんだなぁと思えてくる。こんなに可愛いのに。

 ぼうっと姫様を見ていると姫様に顔を寄せられた。『どうしたの?』と問われているようだ。

 

「いえ、私も無駄に年だけ重ねているわけにはいかないなと」

 

 首を傾げられた。前後の脈絡無く言ったから姫様からは意味不明だろう。

 

「姫様をしっかりお守り出来るよう頑張ろうと思っていた。という事です」

 

 本意半分に留めて伝えると『無理はだめ』というような顔をされた。

 こういう反応を見るとトロデーンの気風だなと思う。城下町で暮らしていた時も穏やかな場所だとは思っていたが、上がこういう性格なら下も人情で動く人が多いのも頷ける。

 ただ、それが良いか悪いかの判断は別として国としてはちょっと心配だ。王を持たない国の人間が考える程度の事なのだが、上に立つ者は周りを身代わりにしてでも生き残らなければならないのではないか。と、思う。

 見た感じ国を国として形成している要素は民と共に、象徴とも言える王の存在が大きい。私には馴染の無かった感覚だから王を讃える(そういう)光景を不思議な思いで見ていたが、つまりそれはそういう事なのだと思う。王も姫様も、トロデーンの民の拠り所だ。

 まぁそんな事を私の口から言うというのもおかしな話だし、余計なお世話にしかならないので言う気はなく、王や姫様が無茶しないかこっちが見ておく必要があるなと注意事項に追加するだけだ。

 昼食の休憩を終えて関所まで行くと、木製の柵が黒く焦げて破られていた。炎系の魔法で無理矢理突破したというところだろう。

 

「こ、これをドルマゲスがやったというのか……? 何と言う恐るべき力じゃ……」

 

 戦慄したかのように言う王の横から、エイトさんがこっちに視線を寄越してくるのでパタパタ手を振る。わりと柵が太いからメラミじゃ無理だ。三発ぐらい連続でぶち当てればこうなるかもしれないが。

 

「奴に追いついたところで果たしてこれだけの力の持ち主をどうすることができよう……?」

 

 弱気とも取れる王の発言に、エイトさんはこちらを見て意味深に笑う。いやいや魔法使えても実戦はまだ無理だし、破壊活動なんてしないから。

 

「はっ! いかんいかん。弱気は禁物じゃ。わしらは何としてでもドルマゲスを捕らえねばならんのじゃ」

 

 気を取り直して姫様に進むよう声を掛ける王。

 

「ドルマゲスの野郎、閉じた関所をぶっこわして進むとはえげつねえことをしやがる」

 

 エイトさんの横で何やらヤンガスさんも言っているが、そちらも橋を壊した張本人。私から見るとどちらかというと橋を落す方がえげつないと思う。本人も落ちかけたので狙ったわけではないだろうが。

 

「どれだけ強いか知らねえがアッシはこういう強引なやり方は好かねえでげすよ。やっぱり兄貴の敵はアッシの敵でがすね。今それを確信したでげすよ!」

 

 強引なやり方ねぇ。

 エイトさんは微妙な顔で笑っている。微妙な顔になっているのは私が微妙な思いで見ているのに気付いているからだろう。エイトさんはもう橋での出来事を気にした様子は無い。

 私が気にし過ぎなのだろうか。だがああいう出会いをしてあっさりと信用出来る程強い精神を持ってはいない。私だけなら騙されようが利用されようが私だけの問題なので気楽なものだが、王や姫様、エイトさんも行動を共にしているとあっては不測の事態を考慮に入れようと思考を巡らせてしまう。侮っているつもりは無いが、エイトさんや姫様はまだ子供だ。子供を守るのは大人の役目だ。……実に頼りない大人だが。

 トラペッタを昼に出たので途中で夕暮れとなり、野宿をするか進むかで迷ったが王の意向で進む事になった。この先に村があると宿屋のおかみさんに聞いていたので多少無理してもなんとかなるだろうと特に異論なく同意。姫様も馬車を引く事に慣れたのか当初程疲れた様子は見られない。

 日が暮れて月明かりが道を照らし出してきたが随分と明るい。月が大きく感じるのは気のせいなのか事実そうなのか。望遠鏡とかで月を見たらどう見えるのだろうか? 私の知る月面と同じような感じか、はたまた全く別の顔を見せるのか。ちょっと見てみたい気もする。

 そんなどうでもいい事を考えているうちに村の姿が見えてきた。石の壁ではなく木で作られた壁で囲われた、牧歌的な村だ。結局、どうでもいい事を考える暇があるくらい魔物は現れなかった。始終気を張っていたエイトさんが一番疲労の度合が強い気がする。

 

「陛下、あのリーザス村でドルマゲスが目撃されたか確かめませんか? 有力な手がかりを掴めるかもしれません」

「ん? おぉそうじゃな!」

「ではひとまず宿があるか確認してきます。あのアーチのあたりでお待ちください」

「うむ」

 

 村の門の前にある木で組まれた素朴なアーチで待ってもらい、村に入る。入口の門の上には不思議な形の風車が取り付けられており、そこから見える店の屋根も赤と青でペイントされ、いかにも民族調という様相だ。トラペッタよりも時間の流れがゆっくりしていそうな雰囲気漂う村に、ひょっとして宿無いかもなぁと思いながらきょろきょろしていると、子供が一人駆け寄ってきた。

 

「待てっ!! お前何者だ!」

 

 バイキングのような兜をかぶった男の子は唐突に誰何してきた。

 

「はい?」

「いーや、わかってるぞ。こんな時にこの村に来るってことはお前らも盗賊団の一味だな! マルク! こいつらサーベルト兄ちゃんのカタキだ! 成敗するぞ!」

「がってんポルク!」

 

 子供がもう一人駆け寄ってきた。こっちは鍋を逆さまにしてかぶっている。手にしているのは私も愛用している脱穀用と思われる木の棒。バイキングの兜をかぶっている方は背丈に不釣り合いな剣を背負っているところからして、わんぱく坊主一号二号なのだと思うのだが『仇』というのが引っかかった。

 

「いざじんじょうに勝負っ!!」

 

 背中の剣に手を掛けて、気合だけは十分に勝負を挑んできたのだが……少年よ、たぶん君はその剣を抜けないのではないか? 君の腕の長さと背中に背負った剣の長さは、どう見ても剣の方が長い。エイトさんみたいに器用に鞘を滑らして抜くという特技でも持ってないと宝の持ち腐れだ。鍋をかぶった方はちょっとびくびくしているので、バイキング頭の方に引っ張られているのは容易に想像ついた。が、どうしよう。鉄拳制裁加えてもいいのだろうか。そもそもなんで突っかかられているのかよく判らない。時間が時間というのも判るが、それだけでここまで敵意を向けられるものなのだろうか。その前に子供がこんな時間に外を出歩いていていいのか。

 

「こ…これ! お前たち! ちょっと待たんかい!!」

 

 とりあえず怪我はしたくないからスカラでも使っておこうかと身構えた時、年配の女性が子供たちの後ろから急ぎ足でやってきた。

 

「よく見んかい、この早とちりめが! この方は旅のお方じゃろが!」

 

 年配の女性はそう言うと、容赦なく子供にげんこつを落した。

 

「いってぇ!!」

「ふえ~ん!!」

 

 片方痛がり、片方泣いた。しかしこの女性、鍋を殴っても全く痛がる素振りを見せないとは手練れか。

 




2014.03.01 脱字修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔物を見学した

16

 

「お前たち。ゼシカお嬢さまから頼まれごとをしとったんじゃろう。まったくフラフラしよってからに」

「あ、いけね。そうだった」

「ほれほれ。ゼシカお嬢さまからお叱りをもらう前にさっさと行かんか!」

「ふわぁーい」

 

 年配の女性に言われて素直に掛けていく子供達。

 

「すみませんね旅の方」

「あぁいえいえ」

 

 こちらに向き直られたので反射的に大丈夫ですと受け答える。

 

「あの子たちも悪い子たちじゃないんだけど……」

「あの、夜なんですけどあの子達大丈夫ですか?」

「今は言っても聞かんからな……」

 

 溜息をつく年配の女性。『仇』と言っていたので何か事情があるのだろう。大人が見ているのならあの子達も大丈夫であろうし、人様の事に無暗に首を突っ込むのも失礼なのでここらで撤退しよう。

 

「後ろはお連れさんですかい?」

「後ろ?」

 

 見ればエイトさんがこちらに走って来ていた。その後ろには村に入ったところに王と姫様、ヤンガスさんの姿も見える。子供達に捕まってしまったので時間を取られてはいるが、待っていられなくなる程経ってはいないと思う。何かあった?

 

「どうしたんです?」

「魔物が」

 

 エイトさんは小声で小さく言った。

 

「村の中には」

「入ってきてはいません。村に使われている守りが有効なんだと思います」

 

 セーフ。魔物連れて入ったら袋叩きどころじゃないだろう。

 

「まぁゆっくりしていってくだされ」

 

 エイトさんと小声で話していたら放置してしまった年配の女性が立ち去りそうになったので慌てて聞く。

 

「あ、すいません宿はありますか?」

「宿なら」

 

 年配の女性が指さした方、村の中を流れる小川の先に宿の看板をぶら下げている民家が見えた。

 女性に礼を言って取り急ぎ宿を取る。ふくよかなおかみさんが夜中だというのに嫌な顔せず対応してくれたので、王の事も例の設定で通して早々に落ち着く事が出来た。ただ小さな村の宿なので部屋などなく、所謂相部屋状態で全員同じところで休むのだが……私はそっとベッドから抜け出し宿を出た。

 音を立てないよう宿を出て夜空を見上げると、大きな月の姿。視線を地表に戻すとさすがに深夜という時間帯だけあって人の姿は無い。

 

 行きますか。

 

 懐にはお守りのようにキメラの翼がある。木の棒を握りしめて村の入り口まで行き深呼吸を一つ。覚悟を決めて足を前に出した。

 

「………」

 

 だが、まぁそんないきなり魔物が現れるというわけでもない。ちょっとふらつかないと会えないだろう。

 

「………………」

 

 ふらふらふらふら。草原を歩き回ってみるのだが一向に出会わない。もしやせいすいの効果が残っているのか? と、思ったがエイトさんが魔物が現れたと言っていたから効果は切れているだろう。あったとしても完全ではない筈だ。

 

「………おかしいな」

 

 体感にして一時間程歩いてもスライム一匹たりとて出会わなかった。

 

「お前さんはほんに不思議じゃな」

「っ……あぁもうトーポさん、居るなら居ると言ってくださいよ」

 

 いきなり後ろから声を掛けられたので本気でびっくりした。

 トーポさんはひょいひょいと私に並び、面白そうにあたりを見回してひげを撫でている。

 

「恐れをなして逃げているというわけではないようじゃ。むしろその逆じゃな」

「逆?」

「逆じゃ。寝ておる」

「………魔物が?」

 

 生物であるなら寝るかもしれないが、夜行性の魔物は居ないのだろうか?

 

「そうじゃ。安らかに休んでおる。これでは襲ってくる事はないじゃろうな」

「……居るには居るんですね」

「そうじゃが、お前さん休んでおる魔物をどうするんじゃ?」

 

 ぼこります。とは、言う自信が無かった。

 

「………見学しようかと」

「見学?」

「その……一度も魔物を見たことが無いので。知識としては知っているんですが、実際に見たことが無いと、いざというときに困るかもしれないと思いまして」

「一度も無いのか?」

「はい」

「まるで聖域のような所にお前さんは居たんじゃな」

 

 聖域。なんて似合わない響きだろう。思わず笑いそうになった。

 

「見るだけなら大丈夫じゃろう。こっちじゃ」

 

 トーポさんは軽く言って丘を下り始めた。ご老体だが、足腰は丈夫そうだ。竜人だから普通の人とはスペック自体が違うのかもしれない。

 

「そういえばトーポさん、成人って何歳からなんですか?」

「成人? 確かこちらでは十五からじゃったと思うがどうしたんじゃ?」

「いえ、私の居たところと違ったら対応が変わって来ると思ったので。下手に子ども扱いして気分を害してしまうのは悪いですし」

 

 ほぉとトーポさんは興味ありそうな顔をこちらに向けてきた。

 

「ちなみに私のところで成人は二十歳です。十五だった時代もありますけどね」

「二十か。こことは随分と違うの」

「そうですね……感覚が違うのでどういう反応をしたらいいのか時々迷います」

「迷う? どうしてじゃ」

「どうして……うーん。どう言いましょうか。例えばある地域ではチーズが神の食べ物だとします」

「神じゃと?」

「例え話です。例え話」

 

 だからそこまで食いつかないでください。

 

「その地域ではチーズは神様が食べるものであって人が食べるものではない。けれどそれを知らずそこでチーズを食べてしまうと」

「なるほど、異端か」

 

 話が早くて助かります。見かけによらずトーポさんは回転の早い人だ。

 

「しかしお前さんは竜も人も区切りは無いと言ったな」

「そりゃ考えは考えであって目に見えるものじゃないですから。言動に現れて初めて人は認識出来るので、わざわざ面倒になりそうな事を口にはしませんよ。子供が夜中に出歩いていて大丈夫かとか、その程度の事なら言いはしますが、子供が武器を持っている事について指摘はしません。ここでそれは普通なんでしょう?」

 

 トーポさんは足を止めた。視線の先には、でっかいキノコと羽飾りのついた赤い帽子をかぶった狐っぽいものが丸まっていた。

 

「『おばけきのこ』と『サーベルきつね』じゃよ」

 

 おばけきのこ。確かにかさの部分が赤く斑点模様になっている。起き上がってくれたら顏がありそうだ。……生で見るとすごいな、これ。

 

「お前さんの言う通り、子供でも武器は手にする。過ぎたものは大人が取り上げるじゃろうが、武器を手にすること自体を咎める事はしないじゃろう。

 ふむ。お前さんの考えを表に出すと厄介そうだの」

「全部が全部ってわけじゃないですけどね」

 

 苦笑して言うと、ちょいちょいとトーポさんがしゃがむように手招いた。なんだろうと思ってしゃがむと、頭を撫でられた。

 

「お前さんだけが気張る事はない。『大人』ならわしがおる」

「………はい」

 

 少しだけ目頭が熱くなった。トーポさんの素性は判らないが、それでもエイトさんと同じで優しい人だ。顔を上げると穏やかに笑っているトーポさんが居て実に気恥ずかしい。

 

「トーポさんは魔物と戦う時に参加されているんですか?」

「ちょこちょことな。昨日は魔物が多くて久々に動いたわい」

「……その魔物が多い、というのはコレと何か関係があるんでしょうか」

 

 目で丸まっている魔物を示すと、トーポさんは難しい顔をした。

 

「おそらくそうじゃろうな。お前さんが居るとこうして休んでおるが、居なくなった途端活発になっておった」

「え………」

 

 それ、まずくないか? 私が通ったところは魔物が活性化するとか、どんな疫病神だ。

 

「そう心配せずとも一日かそこらで元に戻っておる」

「ならまぁ……」

 

 大丈夫。か? いや、それでも十分迷惑な気が。

 

「お前さんは何もしておらんのじゃろ?」

「ないですないです。全く何も」

 

 強いて言えばせいすいまくぐらい。でもせいすいで活性化する魔物って……居るのか? 居たらそこら中で活性化してるか。普通にせいすいって使われてるもんな。

 

「まぁ……わしも何となくじゃが、お前さんの傍におるとそういう気が無くなるような気がするんじゃ」

「戦う気が失せるという事ですか?」

「戦うというか……争う気にならんというか……」

 

 そんな変な特技を覚えたつもりは無いのだが。

 二人でうーんと唸っていると、不意にひょこりとキノコが起き上がった。すぐに二人して警戒したが、キノコはぼーっとした後こちらを見て首を傾げるような仕草をした。ちなみに顏の部分がめちゃくちゃ怖い。実際のキノコに顔をつけてはいけないと心底思った。垂れ下がった舌に歪んだ目とかホラー過ぎる。仕草が『首を傾げる』という可愛げのありそうな代物でも、こいつがやるとおどろおどろしい。

 

「む」

 

 キノコはやおらポテポテと近づいてきた。トーポさんは警戒を解かないがこちらから仕掛ける事はせず様子見をしている。私もそれにならって見ていると、どんどん近づいてきてとうとう私の前までやってきた。

 

「………」

「………」

「………」

 

 二人と一匹の間に、沈黙が流れた。

 何だこの間はこの空気はと内心戸惑っていると、キノコはまた首を傾げるような仕草をした。うむ。間近で見るとさらに怖い。

 

「リツ」

「はい」

「お前さんに懐いたようなんじゃが」

「はい!?」

 

 驚いて声を上げたら目の前のキノコがびくっと身体を震わせておずおずとこちらを伺うような様子を見せた。

 

「ほれ、お前さんに反応しておる。敵意も無いようじゃから懐いたんじゃろう。あちらもだな」

「え?」

 

 あっちと指さされた先には、赤魔導師っぽいなと思った狐がぼやーとした顔でトテトテとこちらに近づいてきていた。

 目の前にはこちらを見上げるホラーキノコ(おばけきのこ)。あちらには眠気眼の赤魔導師狐(なんとかキツネ)

 

「に」

「に?」

「逃げましょう」

 

 もし仮に、本当に懐いているのだとしても養う甲斐性なんてこれっぽっちも持っていない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

また寝坊した

17

 

「逃げなくてもいいんじゃないかの?」

「いえ、逃げ、ます!」

 

 全力ダッシュ中に平然と声を掛けてくるトーポさんに全力で意思表示。後ろから『まってー』とばかりにポテポテ、トテトテ追いかけてくるキノコと狐に顏が引き攣っているのが見てわからないのかとばかりに、全力表示。

 たぶん、おそらくだが、反応的に『魔物使い』なのだと思う。思うのだが、魔物使いは一度戦って起き上がるところから仲間になるかならないか決まるのではなかったか? しかもこんな風に追いかけてくるとか無いのではないか? この際、そんな疑問はどうでもいいが、とにかく追いかけてこないで欲しい。『いいえ』ならば大人しく立去って……

 

「どうした?」

 

 急に足を止めた私に、トーポさんも足を止めてくれた。

 

「トーポさん。対話を試みてみますので、サポートをお願いします」

「対話?」

 

 そう、対話だ。完全に失念していたが、魔物が仲間になる場合は倒した後に起き上がってきて仲間になりたそうにしているというような表示が出て『はい』を選択すると仲間になる。『いいえ』を選択すると大人しく帰っていくのだ。つまり、対話出来る可能性がある!

 追いついたキノコと狐と対峙し、私は息を吸った。

 

「申し訳ありませんが、私にはあなたがたを養う力が無いのでついてこられては困ります。元居た住処に戻っていただけませんか?」

 

 こちらに合わせて足を止めたキノコと狐はそろって首を傾げた。

 

「元居た場所。ねぐらです」

 

 あっちだろ。と、来た方を指さすとキノコと狐はそちらを見て、また首を傾げた。

 くそ。こいつらかしこさが高くないのか? いや諦めるな。かしこさがほとんど無い魔物でも『いいえ』を選択すれば帰ったではないか。

 

「ほら、あちらでしょう? 私についてきてもいい事なんてありません」

 

 キノコと狐は私に近づくと、足元に蹲り丸まってしまった。

 まぁわかってはいた。ゲームとこことは同じようであって同じではない。二者択一の選択肢で進む世界ではないのだから、こういう事にもなろうというものだ。

 

「……どうするかのぉ」

「どうするも何も放置するしかありませんね」

「お前さんはそれでいいのか?」

「魔物を連れて村には戻れません。エイトさんもさすがに驚くでしょう」

「そうじゃが……こんなに寛いでいる魔物を見るのは初めてでの……引き離すのはちと可哀そうかもしれんなと思うて」

 

 丸まる魔物をしみじみと観察するトーポさん。

 キノコの方はビジュアル的にきついが、狐の方はまぁ大丈夫だ。だけど魔物には変わりないので来てもらってはお互いに苦労する。

 

「一緒に居た方が可哀そうな事になります。人の反応を見る限り、魔物は排除するという対象に見られる事が多いようですから」

「……お前さんは魔物の事をどう思っているんじゃ?」

 

 しゃがんで観察していたトーポさんが顔をこちらに向けた。

 

「魔物は魔物だと思っていますが……?」

「………なるほど」

 

 それ以外に何があるのだろうと思っていると、納得された。

 

「あのヤンガスという者と同じか」

 

 ヤンガスさんを引き合いに出されて、ようやく質問の意図に思い至った。

 

「そういう意味でしたか。……そうですね、何もされなければ特に敵対する相手ではないかな、と思っています」

 

 怖いとは思うが殲滅しなければならない相手だとも思っていない。言って見れば野犬と同じようなものだ。

 

「何かしてきた時の対応は手厳しそうじゃな」

 

 笑って言われ、私は大真面目に頷いた。

 

「命かかってますから」

「お前さんは単純明快だの」

 

 ははは。それ、良く言われます。

 

「じゃあ帰りますか」

「ん?」

 

 立ち上がったトーポさんに、せーので走ってもらうように言って懐からキメラの翼を取り出す。疑問顔だったトーポさんもキメラの翼を見て何をするのかわかったらしく、笑いながら付き合ってくれた。

 魔物から一時的に離れたところで素早くキメラの翼を投げると、ふわりと身体が浮き上がり一瞬にしてリーザス村の入り口へと舞い戻った。トーポさんとしっかり手を繋いでいたので、まだましだったがかなり怖かった。地面に激突するんじゃないかと思った。

 

「………大丈夫か?」

「……すみません。ちょっと腰が抜けそうになって」

 

 へたり込んでしまったが、完全に腰が抜けたわけではないのですぐに立ち上がる。あまりぐずぐずして休む時間を削るのも得策ではない。トーポさんはネズミ姿に戻り、私も宿に戻ってそっとベッドにもぐりこんだ。

 寝るまで魔物の事についてどうエイトさんに話そうかといろいろ考えていたが、起きてみるとすっからかんのベッドが三つあり、またやってしまったと呻くはめになった。

 

「お連れさんはすぐに戻るから休んでいてくれって言ってたよ」

 

 ちょっと早い昼食をいただきながら、おかみさんから言伝を承るが気分はどん底だ。三日ぐらいなら徹夜出来ると思っていたのに、こちらに来てからというもの全く自分の体力に自信が持てなくなった。

 エイトさん達は何かの用事で外に出ているのだろうが、大丈夫だろうか……トーポさんが居るので大丈夫だと思うが、魔物がわんさか出てたりしないだろうか?

 

「おかみさん、お風呂ってありますか?」

「あるにはあるけど水を汲むのが大変でねぇ」

 

 別料金になると言われたので、設備だけ貸してもらえないかと聞いたら割安で貸してもらえる事になった。宿とは違う小屋のような建物がそれで、十日に一度ぐらいの割合で村全員が共同で使用しているらしい。見たら結構大きいので、そりゃ水を汲むのは大変だなと納得した。おかみさんが本当に一人で大丈夫かと聞いてくるのでもちろんと頷く。薪もそう要らないと言えばますます心配そうな顔をされてしまったが、こちらには秘策がある。ただのメラとヒャドだけど。

 お風呂のタイプはお湯を沸かす釜と風呂桶が別になっているもので、沸かしたお湯を水を張った風呂桶に入れて調整する仕組みとなっている。とりあえず、釜の方を水で一杯にして、風呂桶の方は四分の一ぐらいの水を入れておく。

 あとは釜の下でメラを持続させる。『メラ』というキーワードを言わなければ炎を滞留させる事が可能なので薪要らず。最初は炎の温度が低くて時間が掛かりアミダさんに無駄の一言を突き付けられたが、高温にする術を身に着けてからはため息交じりに黙認されるまでに至った。

 釜を傷つけないよう温度に気を付けながらそうしているとぐつぐつと沸いてきたので風呂桶の方に流しながらヒャドで氷という名の水を追加してどんどこお湯を作っては風呂桶に流すを繰り返す。確実に風呂桶の方は人が入れる温度では無いがそれでいい。一時間程そうして風呂桶の方に回って見ると予想通り湯気がもうもうと立ち上っていた。よしよしと一人頷き熱そうな湯にさらにヒャドで細かな氷を落す。こちらも最初は大きな氷の塊になってしまい、粗熱を取る材料としては大き過ぎるので手で砕いていた。それが面倒になって最初から細かい氷は作れないのかと試行錯誤を繰り返す内に構築陣のある部分を変えれば調整出来る事に気付いた。今ではグラスに入れるサイズから樽のサイズまで自由自在だ。

 

「あ、お前こんなとこで何やってんだ?」

 

 もう少しお湯が要るかなと思って釜の前で炎を出していると、昨日突っかかってきたバイキング頭のわんぱく坊主が後ろに居た。

 

「お風呂を沸かしてるの」

「風呂? 何で?」

「みんなで入ろうと思って」

「はあ? あ、お前それ魔法でやってんのか?」

「あぁうん。薪要らずだからいいでしょ~」

 

 経済的だとアピールしたら、何故か呆れ顔をされた。

 

「お前馬鹿だろ。そんな事してたらすぐにまりょくが無くなるぞ。ゼシカ姉ちゃんだってメラを十回ぐらい使ったらきついって言ってたんだ」

「………」

 

 そういえばこの状態って、魔力の消費どうなっているんだろ?

 魔法を使う時の要領で無意識にやってたからよくわからない。……たぶん消費されてる? けどあの時みたいに倒れた事なんて無いしな……

 

「お前が魔法使いなら一緒に行ってもらえば良かった」

「ん?」

「ゼシカ姉ちゃんが一人で塔に行っちゃったんだよ! それであの兄ちゃんを塔に連れていったんだけど魔物が多くて……」

「え……」

 

 ちょ……ちょっと待て。その『ゼシカ姉ちゃん』とやらは、魔物が活発になっているところを一人で行かれたと申すのか?

 

「うわっ! きゅ、急に立ち上がるなよ! びっくりするだろ!」

「少年、塔はどこに?」

「はあ? 行ってもお前には開けられないぞ」

「開かなければ開ければいいんだ」

「はあ!? お前何言ってんだよ!」

「『ゼシカ姉ちゃん』が心配だからエイトさんに見て来て欲しいって言ったんでしょ?」

「そ、そうだけど!」

「魔物が多かったんでしょ?」

「そ、そうだけど……」

「じゃあ塔の場所を教えて?」

「……あっちの方角だよ……俺が連れてってやるよ」

「それはしなくていい」

「なんでだよ! 扉が開けられないって言っただろ!?」

「開かなければ開ければいいと言ったでしょ? 大丈夫。開けられない扉なんて無いから」

 

 微笑んで言ったら、わんぱく坊主は押し黙った。

 

「悪いけど、釜を見ててくれる? 沸騰してるから誰かが怪我しないように」

「え……わ、わかったよ」

 

 よしよしと頭を撫でて踵を返す。

 走りながらピオリムを重ね掛けして速度を増す。王も姫様も姿が見えなかった。だから全員で行ったのだと思う。でも向かった先が塔だと姫様は入れない。馬車も外に置く事になる。エイトさんとヤンガスさんのどちらか残ったとしても守りながら戦うというのは大変だろう。『ゼシカ姉ちゃん』の方は一人。どちらも危ない。

 スカラで体力増えないだろうかと片っ端から支援魔法を使いながら塔まで走りとおすと、入口のところに姫様と王、ヤンガスさんの姿が見えた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

今後の事を検討した

18

 

「リツ!?」

「リツ嬢さん!?」

「ヤ…ン、ガスさん……エイト、さ、んは?」

「兄貴は塔に行きやしたでげすが……何でリツ嬢さんが来たんでげす!? 魔物が出て危ないでげすよ!?」

 

 ぜーはー肩で息をする私に駆け寄る王とヤンガスさんを手で制して辺りを見回す。走ってくる間、魔物には会わなかった。今もその姿は見当たらない。昨夜と同じ現象が起きているのなら寝ているのだろう。

 

「ヤンガスさん、魔物、今……出てないですよね?」

 

 どうにかこうにか息を整えて聞くと、ヤンガスさんは「あ」と言ってきょろきょろと辺りを見回した。

 

「そういえば魔物が出なくなっておるな」

「そういや……さっきまで出てたのに」

 

 それなら昨夜の現象がまた起きていると踏んで大丈夫だろう。問題は私とヤンガスさん、どちらがエイトさんを追いかけるか、又はその『ゼシカ姉ちゃん』を探すかだが……

 

「ヤンガスさん、エイトさんを追ってください」

「だめでげすよ! アッシは兄貴にここに居るように言われたんでげす!」

「それは魔物から陛下と姫様をお守りするためでしょう? その役目は私が引き受けます」

 

 守りながら戦うのは普通に戦うより大変だ。ここまで王と姫様を守っていたというのなら残しても守ってくれるだろうが、安全という意味では私が残った方が固い。それにヤンガスさんの方が足が早いだろう。というか、無理やり走ったせいで足が痙攣している。

 蔦が這う遺跡のような建物は、三階か四階、そのぐらいの高さがある。この足では進むのに時間が掛かってしまう。

 

「いやいや駄目でげす! リツ嬢さんにそんな事――」

 

 うだうだ言うヤンガスさんの足元にメラを投げつける。

 極小サイズだが、私が火力を持っている事は理解していただけただろう。ヤンガスさんの顏がぎょっとしたまま固まっている。

 

「理由は後で説明しますが、ここは私で十分です。エイトさんを追ってください」

「だ、だけど」

「言っておきますが、一瞬でヤンガスさんを黒炭にする魔法も知っています」

「い!? ……い、行ってくるでげす!」

「エイトさんに何か言われたら私が行けと言ったと言ってください」

「わ、わかったでげす!」

 

 たったか扉まで走って行ったヤンガスさんは、しゃがみこむと扉の底に手をかけて上に持ち上げたところを潜って入っていった。

 なるほど。開けられないってそういう事か。知らなかったらアバカム試した後にメラミで突破していた可能性がある。

 

「く、黒炭はちょっとやり過ぎじゃないか?」

「こけおどしです。知ってるだけで使った事はありませんよ」

 

 びくびくしていた王に笑って言ったら、がっくり肩を落とされた。

 

「まったくお主は……ここまで走って来たのか?」

「はい。村の子供に聞いて急いで来ました。魔物が多くて大変だったのではないですか?」

「そうなんじゃ、次から次へと魔物が現れてな……ここであの子供らはキメラの翼で帰したんじゃが……」

 

 だったらその時、王も姫様も一緒に帰ってて欲しかった。そうすればエイトさんとヤンガスさんは自由に動けただろうに。

 

「ゆっくり休んでおれば良かったのにお主はせわしないな」

「これはもう性分ですから」

 

 危険と気付いて放置しておけるほど呑気にはなれない。

 

「魔物には会わなんだか?」

「はい。大丈夫でした」

「わしらの時は大変じゃったが、お主は運がいいようじゃな」

「……みたいですね」

 

 がさごそと馬車の荷台に置いていた飲み物を取り出して、王にも要るか聞いてカップにそそぎ二人で休憩。足がとうとう攣った。あと土踏まずが痛い。

 

「暇じゃの……」

 

 ほのぼのとお茶を飲んでいると、ポツリと陛下が呟いた。今までの言動から見るに、基本的に動くかしゃべるか考えていないとそわそわするのだろうと思われる。職業病的なものなのかもしれないなと思いながら、疑問に思っていた事を聞いてみる。

 

「陛下、ゼシカという方はどなたかのお知り合いですか?」

「ん? いや、あの辺りの名士であるアルバート家の娘でな。兄が先日この塔で殺されたと言うて仇を討ちに一人で来ているらしいんじゃ」

 

 名士なら恩を売って置いて損は無いか。エイトさんや王はそういう事を考えて動いたわけではないだろうが、今の状況では支援してもらえる相手は喉から手が出る程欲しい。王と姫様を預かってくれるとかになれば最高だ。

 それにしても仇を一人で討つと言って行動する少女というのはアグレッシブの一言では済ませられない行動力だ。時代劇なら有り得そうな展開だが、現実に考えると度胸があるどころの話ではない。

 

「魔物が出んのぉ」

「そうですね」

 

 王は何度もそう言っては塔を見上げていた。

 これは中に入るかもしれないなと危惧していたら、予想通り「遅いから見てくる」と言って止めるのも聞かずに行ってしまった。

 ほんともう落ち着きの無い人だ。姫様を放置するわけにもいかず溜息をついて待っていると、姫様が横に座って「ごめんね」という顔をしてきた。いや、姫様は全く悪くないですよ。意思表示も難しいだろうし王の言葉に真っ向逆らうのも心情的に出来ないだろうし。

 姫様と並んで座って待っている内に危うく寝かけ、姫様に肩を押されて我に返るとエイトさんが王とヤンガスさんと一緒に出てくるところだった。

 

「リツさん……」

「言いたい事はあるかと思いますが、ちょっと先に話をさせてもらっていいですか?」

 

 何で来るんだという顔をしたエイトさんに、私は待ったをかけて王や姫様、ヤンガスさんから距離を取った。

 

「どうしたんです」

 

 怪訝そうなエイトさんに、どう説明するか決めていなかった事を思い出して言葉に詰まった。そしたらエイトさんのポケットからトーポさんが飛び出して肩に乗ってきた。励まされているようだ。

 まぁ魔物を活性化させる人間なんて鬱陶しい以外のなにものでも無いので、ここでお別れという可能性もあると考えては居た。それを怖がって詰まった部分もあるが、大丈夫。そうなったらそうなったで虹色の泉を探すだけ。しんどいだろうが、覚悟は決まっている。

 

「あのですね、魔物が多かったと思うんですが……どうもそれ、私の影響っぽいんです」

「………どういう事です?」

 

 眉を潜めるエイトさん。

 

「理屈はわからないんですけど、私の近くに居る魔物は寝てしまうんです。離れると目覚めて活発になるみたいで……だからトラペッタの町で魔物が多かったとか、リーザス村の前で魔物が出たとか、それってたぶんそういう事が関係していたのだろうと」

「いつ気付いたんです」

「ええと昨日の夜に」

「夜?」

 

 潜められた眉が顰められた。

 

「夜に村の外に出たんですか」

「いろいろと私も思うところがあって、魔物に慣れようと思ったんです」

「戦う必要は無いって言ったじゃないですか」

 

 些か語気を強めて言われた。前に釘を刺された事もあってちょっと腰が引ける。

 

「確かに私も戦えない、戦力外だと考えて欲しいとお願いしたんですが……でも外に出てみて、それでは駄目だなと……その、エイトさんを信用していないわけではないんですよ。そういうわけじゃなくて、いざという時の用心というか自衛すら出来ないのは問題だと感じていたわけで、言っても心配されるだけだと思ったので強硬手段に出たというか」

「もうわかりましたから……」

 

 しどろもどろ言い訳していると呆れられてしまった。大人の威厳皆無だ。

 

「すみません。勝手な事して」

 

 言わずに夜中出歩いたのは悪いと思ったのでそれについては観念して謝る。

 

「僕もリツさんの気持ちを聞かなかったので。無理させてごめんなさい」

「い、いえいえいえ。エイトさんが謝る事なんてありませんから。本当、すみません勝手な事して。もうしませんから。今度はちゃんと話しますから」

 

 エイトさんが良い人過ぎる。慌てて頭を下げたらトーポさんが落ちかけて慌てて頭を上げる。そしたらエイトさんに笑われて、もう何をやってるんだかと私も笑わざるを得なかった。

 

「ゼシカさんという方は見つかったんですか?」

「あぁはい。見つかったんですけど、今は一人にしてほしいと言われて」

「大丈夫ですか? 魔物が多いと思うんですけど」

「あの場所は大丈夫だと思います。村の守りと同じようなものが使われているみたいだから」

「へぇ……」

 

 でも帰りが一人というのはあんまり良くない。

 

「じゃあエイトさんは皆さんと村に戻ってください」

「は?」

「ほら、魔物が活発になってしまうので。大変だとは思いますが女性を一人にするよりはいいかなと」

「……リツさんは?」

「私は魔物が寝てしまうので」

「でもそれって絶対というわけじゃないですよね?」

「そうなったら全力の魔法を叩きこみます。駄目ならキメラの翼で離脱します」

 

 エイトさんは額を抑えて溜息をついた。あれ? 逃げるって誰でも取る常套手段じゃないのか?

 腕を組み悩み始めたエイトさんにまじで戸惑う。そんなにおかしな事を言ったんだろうか。そもそも、私はまだ一緒に行動していていいのだろうか? 何も言及されていないのだが……よくわからない。

 

「えーと、あの、エイトさん? 一応私メラミ使えますし、イオも使えますから遠距離なら大丈夫ですよ。あとピオリム使えば距離取れますから。たぶんバイキルトでゼシカさんという方を抱えて逃げれると思いますし」

 

 とりあえず護衛出来るぐらいの力があると言ってみる。

 

「………」

「え、えーと……火力不足ならイオラとか習得した方がいいですか? 音が煩そうだから試した事は無かったんですけど」

「………リツさんって、何気なくすごい事を言いますよね」

 

 どの辺の事だ。出来れば具体的に指摘してくれないだろうか。

 

「判りました。でも無理はしないでください。ゼシカさんは魔物に慣れているようだったから大丈夫だと思いますけど、リツさんは慣れていないんですからね?」

 

 なんと、私の方が心配されてしまっている。まぁ一度も魔物と戦った事が無いのだからそれもそうかもしれない。考えてみれば出会ったばかりのエイトさんにおんぶしてもらってトロデーンまで連れて行ってもらったのだ。そんな相手が残りますと言っても信用出来るだろうか。私は出来ない。

 ……凹む。

 

 くいくいと髪をひっぱられ、トーポさんが肩から腕に降りてきた。

 

「トーポはリツさんと居るの?」

 

 エイトさんが問いかけると、トーポさんはとぼけた様子で首を傾げ再び私の肩へと戻ってきた。

 

「トーポはリツさんが気に入ったみたいですね」

「ははは……」

 

 トーポさんにも心配されてるよ。

 

「じゃあ戻りますけど、本当に無理しないでくださいね」

「大丈夫ですよ。無理する気は全くありませんから」

 

 エイトさん達を見送り、何気に心配そうに何度もこちらを振り返るヤンガスさんになんとなく手を振り、ようやく一人になる。

 ぼふんと音と煙がして現れたトーポさんに即行で頭を下げた。

 

「お付き合いさせてしまい申し訳ありません」

「構わんよ。大変なのはお前さんよりエイト達の方じゃろうがな」

 

 笑って首を横に振るトーポさんに和んで塔へと向き直る。

 

「あの娘ならこっちじゃよ」

「あぁそうか。トーポさんはゼシカさんという方に会っているんですね」

 

 トーポさんに案内してもらって塔の中を進む。トーポさんの話では途中から魔物の動きが鈍くなったようで、どうやらそれが私が塔に着いた頃と前後するようだった。そうすると影響範囲はなかなか大きそうだ。

 

「この上じゃよ」

 

 階段の下からそっと上を伺うと、女性の像の傍らで蹲っている赤い髪の少女が見えた。

 

「あそこにある像が亡くなった兄の魂を一時受け入れていたようじゃ。自分を殺した相手の姿を見せてくれたよ」

「殺した相手……山賊か盗賊か、そんな事を村の人は言っていましたね」

 

 階段下に戻りトーポさんと小声で話す。

 

「いや、相手は変な恰好をした魔術師じゃった。あれがドルマゲスじゃろう」

「…………そう、でしたか」

「あやつは狂っておるように見えた。常人ではないじゃろうな」

 

 人を殺す相手を私はあまり常人とは思えないが、そういう意味合いでトーポさんが常人と言ったわけではないだろう。ここの世界の人であるトーポさんが狂っていると評するぐらいなのだから、私からしてみれば正しく狂人である可能性が高い。

 そんな相手が王や姫様、アミダさんやトロデーンのみんなを元に戻してくれる可能性なんて限りなく低いんじゃないかと思えてくる。

 

「あの娘も可哀そうにな……随分と兄を慕っていたようじゃ」

「……兄ですか」

「お前さんにも兄弟が居るのか?」

「居ます。上に二人。兄が」

「ではお前さんの事を心配しているじゃろうな」

 

 それはどうだろう。全く心配していないとは思いたくないが、同じ程度に呆れているか怒っているか、どちらかの気がする。まぁそれはどっちでもいいが。

 

「……どっちだろう」

「何がじゃ?」

「あぁいえ……その、私が居ると魔物が活発になってしまうという話で、このままエイトさん達と一緒に居てもいいのだろうかと」

「構わんじゃろう。エイトはそのつもりのようじゃったぞ」

「なんとなくそうじゃないかなとは感じていましたが……どうしたものか」

 

 普通に魔物が出てくるよりは一緒に居て出ない方がいいかもしれないし、活発になった魔物に襲われるよりはそうではない方がいいかもしれないし。

 

「あの国の王と姫の護衛に徹すればよいじゃろ。そうすればエイトも安心して動ける」

「それは考えていたんですけど……理想を言えば私が王と姫様の面倒をどこか落ち着けるところで見て、エイトさんが自由に動けるようにするのがいいかなって。

 でも王は一ヶ所にじっとしていられるようなタイプじゃないみたいなので無理だろうなと。そうすると一緒に動く事になって、行く先々で現地の人に迷惑を掛けてしまうんじゃないかと……」

「相変わらず考え込んでおるのぅ」

「性分でして……」

「お前さんが望んでしているわけではあるまい。そこまで責任を感じる必要は無いと思うがの」

「被害が出れば動機の有無に関わらず結果で判断されるものですよ。たぶん。

 悩んでいても私の選択は一緒に居るという事以外無いのは判っているので、そうなった時はすっぱり見捨ててもらわないといけないなと、その覚悟を付けている途中です」

「単純明快故に難儀な性格というわけか」

 

 難儀というか、そうやって可能性を立てて構えていないと簡単に潰れてしまう。メンタルが強くない人間のせめてもの抵抗というヤツだ。

 物思いにふけっていると、隣に腰かけていたトーポさんがぼふんとネズミに姿を変えた。それに気づいて後ろを振り向くと、赤い髪をツインテールにした少女が階段から降りてくるところだった。

 

「あら、あなたは……」

「こんにちは。村の子供たちに『ゼシカ姉ちゃん』が心配と言われて様子を見に来た者です」

「ええ? さっきの人達だけじゃなかったの? もうポルクにマルクったら」

「ゼシカさんが心配だったからですよ。あまり責めないであげてください。それと、今さらですがゼシカさんで合っていますか? 私は旅の者でリツと申します」

「そうよ。あなた一人でここまで来たの?」

「えぇまぁ。少しばかり魔法が使えますので」

「ふーん。魔法が使えるんだ」

 

 赤髪少女に正面からガン見された。

 なかなか発育がよろしい少女で、自己主張激しい胸を前にして泣いている自分が居る。

 

「でも今は魔物が多いみたいだから危ないわよ?」

「幸い魔物には会いませんでした」

「そうなの? 変ね。まぁいいわ、ついてらっしゃい。村までなら送ってあげる」

 

 送るつもりが送られる立場になってしまったが、結果は変わらないので問題はない。さっさと少女についていく。

 

「女で旅するのって大変じゃない? しかもその歳で」

「そうですね。一人では大変だったと思いますが、連れが居ますから何とかなっています」

「なんだ一人じゃなかったのね」

「ゼシカさんも一人で外を歩かれるのは危険ではないですか?」

「平気よ。私もちょっとだけど魔法が使えるの」

 

 ふふんと自慢げに胸を張られるが、止めてくれないだろうか。コンプレックスを刺激されて泣いている自分が泣きを超えて全力逃走しかねない。

 

「そうでしたか」

「あなたも使えるのよね」

「まぁ……教えてくださった方には諦めかけられましたが」

 

 昔のテレビと同じ矯正方法まで取られたし。

 

「難しいものね」

「感覚でものを言われるのですが、どうにも私はそれが判らなくて魔力自体も掴めなかったんです」

「そうなの? わたしは制御の方が難しいんだけど」

「制御はまぁ……慣れれば」

 

 慣れるというか実のところ、どの魔法も魔力の蛇口を解放すると、望んだ魔法が勝手に発動してしまうので制御も何もあったもんじゃない。一度そうやって使った魔法なら構築陣を身体が覚えているので形をいじったり調整したりしてみるが、それでも使う時は蛇口を解放するだけ。制御のせの字も無い。

 アミダさんには、本来魔法は構築陣を魔力で描く事で発動するもので、それを制御と呼び習得する上で一番難しいところだと教わった。そう考えると私の魔法はやり方が違う気がしないでもない。

 

「そうよね。慣れの問題なのよね………兄さんもわたしの好きなようにしろって言ってくれたし」

 

 何やら横で少女が不穏な事を言い始めた。

 

「どうせ反対されるだろうけど……」

 

 親子喧嘩のフラグか? それとも対村か? とりあえず私は何も聞かなかった事にしよう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真面目に話した

19

 

 日も暮れた暗い草原を少女と二人で歩き、リーザス村へと戻るとわんぱく坊主の片割れ、鍋頭の子供が駆け寄ってきた。

 

「ゼシカ姉ちゃん!」

「マルク」

「もうすっげー心配したんだよ!」

「ごめんごめん。心配かけちゃったわね」

 

 しゃがんで子供の頭を撫でる少女はいいお姉さんの表情だ。見た目からきつそうな印象を受けるが、子供に対する態度を見ると気が強いだけで優しい子なのだろう。

 

「そうだ、ゼシカ姉ちゃんも風呂入らないか? そっちの人にってポルクがお湯を沸かしてたんだ」

「お風呂?」

 

 あ。そういえばあの子に押し付けてた。

 少女の視線に笑って頬をかく。

 

「宿のおかみさんに言って設備だけ貸してもらったんです。お湯を沸かしているところでゼシカさんの話を聞いて、そのまま飛んで出て来てしまったんですけど……その後沸かしてくれてたの?」

「うん! ポルクと一緒に!」

 

 えっへんと胸を張るわんぱく坊主に苦笑が漏れる。これだけ自信満々に胸を張れるというのは周りの大人が大らかなのだろう。いい村だ。

 

「ゼシカさん、どうですか?」

「そうねぇ……じゃあ入っちゃおうかな。まだ家に戻る気分じゃないし」

「では行きましょう」

 

 と、言ってからエイトさん達の事を思い出して足が止まった。

 

「あの兄ちゃん達ならもう入ってるぞ。お前が「みんなで入る」って言ってたからってもう一個の方も沸かしたんだ」

「え? もう一個あったの?」

 

 なんと。それならば最初から二つ……用意してないか。どうせ女は私一人だから先に入ってもらってただろう。という事はのんびり入れるという事だ。これはうれしいかもしれない。

 

「知らなかったのか? ついでだからって村のみんなも入ってるぞ」

 

 ……イモ洗い状態かもしれないな。あまり期待はしないでおこう。

 

 トーポさんは宿に戻ってもらって、子供の先導で村の隅にある小屋に行くと確かに人が何人か見えた。見える人はシスターやおかみさんや年配の女性など、女の人ばかりで男の姿は無い。聞けば村の反対にあるとの事。覗き防止の為らしい。沸かす側からすれば面倒な作りだ。

 宿のおかみさんに少女ともどもタオルを借りて小屋の中に入る。ちょっと浴場を覗くとさっき出てきたシスターが最後だったのか誰もいなかった。ラッキー。

 服を脱いで寒い寒いとお湯をかぶりさっさと頭と身体を洗ってしまう。トリートメントが無いから髪が傷むかと思っていたが、なんちゃってシャンプーを使っているせいかそこまで酷い事にはなっていない。こちらに来て伸びた髪を纏めて細い木の棒で止め、湯船につかって、ほぅと息を吐く。湯船につかるのはいつぶりだろう。

 少女も遅れて湯船に入って来ると同じように息を吐いていた。湯船とは万国共通のリラクゼーションなのだろう。

 

「あら? あなた背中に模様があるの?」

「へ?」

 

 弛緩しきっていたところ、腕を引かれ後ろを向かされた。

 

「ほらここ」

「うひゃひゃ」

 

 いきなり背中を指で撫でられて変な声が出た。

 

「ここに羽みたいな模様があるの」

「ちょ、ちょっとくすぐったい……」

「くっきり羽の形になってるわ」

 

 話を聞けよ。くすぐったいんだって。

 身を捩って少女に向き直ると、興味津々と書かれた顔があった。

 

「ねえ、それ何なの? あなた人間?」

「人間ですよ。というか背中にそんな模様があるんですか?」

「知らなかったの?」

 

 知らない知らない。背中に地図なんて持ってたっけ?

 

「すごくくっきりしてるの。白いから本当に羽みたいよ?」

「はぁ……そうなんですか」

 

 ちらっと浴場を見るが鏡のようなものは無い。湯船は揺らいでいてよく見えない。……まぁいいか。別に跡があろうがなかろうが死にはしないだろう。顔とか手とか見えるところに無いなら見苦しくもないだろう。

 

「そういえばあなたの顔立ちってめずらしいわね」

「そうですねぇ。師匠には『のっぺりしている』とよく言われました」

「のっぺりって……酷いわね」

「あながち外れてもいないのが辛いところです」

「辛いって……ふふ。全然そうは見えないわよ?」

 

 笑う少女があんまりにも可愛いので、ちょっとふくれっ面になってみる。そしたら益々笑われた。軽やかな笑い声が響いて、その響きに十代っていいなと何となく思った。

 のぼせない程度に温まり、少女とわかれて宿に戻るとエイトさんが待ち構えていた。魔王並みの威圧感を漂わせて。

 頭の中で勇者の挑戦が鳴り響いたが、全く勝てる気がしない。……ふざけてないで真面目に話さないとまずいな。

 

「只今戻りました」

「おかえりなさい」

 

 やべえ。声が平坦だ。表情も無い。

 

「リツさん」

「はい」

 

 怒っているのか何なのかも判らないので、全神経を集中させ即座に返事する。

 

「リツさんはどうしてついて来てくれるんですか?」

「……はい?」

「リツさんなら一人でもどこでも行けそうじゃないですか。トロデーンに拘らなかったら旅する必要なんてないじゃないですか」

「え……いや、それはまぁ」

「旅をするにしても僕らを気にしなければもっと早く動けるんじゃ――」

「ちょ、ちょっと待って」

 

 だんだん早口になっていくエイトさんを慌てて止める。無表情だと思ったのは、単に感情を出さないように固めていただけだったようだ。今はもう強張っているようにしか見えない。トラペッタでもこの兆候は見られたが、何がそれをここまで顕わにさせたのか……

 宿には王もヤンガスさんも居ないので、この状態のエイトさんを見られるという心配が無くてほっとしたが、とにかく早急に何とかしないと駄目だろう。

 

「ルーラ、使えるんじゃないんですか?」

「ルーラ? 一応、使えるとは思いますけど」

「じゃあどうして故郷に戻らないんです」

 

 えーと……

 

「戻らないっていうか……戻れないんです。アミダさんがキメラの翼をくれたんですけど、駄目でした。どこにも飛べませんでした」

 

 だから魔法(ルーラ)は駄目だと思って調べようと思わなかったのだ。一番可能性が高いと思ったのがルーラだったから。

 『え?』という顔のエイトさんに苦笑して、情けない事実を明かす。

 

「迷子なんです。本当に正真正銘の。どの方角にあるのかも、それどころかこの世界にあるのかどうかもわからないところが、私の故郷です。どうやって戻ったらいいのか皆目見当がつかないので、こうしてエイトさんにくっついて情報でも集めようかなんて都合のいい事を考えています。

 もちろんアミダさん達を元に戻したいと思っていますから、協力させてもらえるなら一緒に居たいと思っています。駄目なら一人で元に戻す方法を探そうと考えています。まだまだ慣れない事が多いし魔物は怖いですけど」

「慣れないって……何でも出来るじゃないですか……」

 

 エイトさんの腕を引いてベッドに座ってもらい、自分も向かいのベッドに座る。

 

「どの辺りが何でも出来るように見えました?」

「だって……陛下と話す時の口調とか、ミーティア姫とすぐに打ち解けたり、町の人に囲まれた時だってみんなを落ち着けて、魔法だって回復魔法も攻撃魔法も使えて、イオラも使えるんでしょ? イオラが使えたら城の魔法使いと同じぐらいなんですよ?」

「他には?」

「他……お金も薬草が作れるから稼げて……宿の人ともすぐに親しそうにして……いつも笑ってて……本当に魔物まで寝てしまうなら、戦う必要なんてないって……思って………僕が…僕は足手まといなんじゃないかって……」

 

 酷く苦しげに最後の言葉をエイトさんは吐いた。

 いろいろと思う事はあるが、それは後だ。

 

「私は二十三歳です。エイトさんより五歳年上です。

 なので、五歳分の虚勢を張っています。ほら、年下の子に侮られるのって悔しいじゃないですか。弱味を握られたら負けたって思いません?」

「負けって……そういう問題じゃ」

「ないですよね。判ってます。勝ち負けなんて子供じみた発想です。

 でもそうでもしないと自分の立ち位置が判らないんです。自分に価値があると見せなければ立って居られないんです」

 

 笑いながら、根性で身体が震えそうになるのを堪える。

 エイトさんに要らないと言われたら一人だ。先の見えない不安を直視しなければならず、覚悟はしたが結構しんどい。

 我ながら寄生しているなとは思っていた。でも正直なところそれも有りだと思っていた。互いに有益ならばそれでいいではないかと。

 

「本当に情けない話なんですけどね……価値が無いと必要ないって思われるんじゃないかって、一人になっちゃうんじゃないかって、それが怖いんですよね。でもまぁ……」

 

 エイトさんが自分をそんな風に思ってしまう原因が私にあるのなら覚悟は決めねばなるまい。

 

「私はぐっ!」

 

 覚悟を決めて話そうと思ったら腹に衝撃を受けた。しかも鳩尾。抉られるようなそれに息が詰まって一瞬意識が飛びかけた。

 

「トーポ!? 何やってるんだ!」

 

 鳩尾抑えてベッドに転がりせき込んでいると慌てた感じのエイトさんに背中をさすられた。いや、うん、痛いのは腹であって咳は副産物なんだけどね。

 それにしてもトーポさん、いきなり何するんだ。昇天させる気か。と思ったら目の前にトーポさんのちっちゃな後ろ姿が見えて、エイトさんに向かって火を吐いた。エイトさんは仰け反ってそれをかわしたが、ちょっと前髪が焦げている。

 

「と、とーぽさん」

 

 キレのあるボディブローをかましてくれたトーポさんをとりあえず鷲掴み。『何するんじゃ』的な顔をされたが、それはこっちのセリフだ。火事にする気ですか。

 

「……話を戻しますが」

「いえ、いいです」

 

 はぁと息を吐き出してエイトさんは床に座り込んでしまった。じたばた暴れていたトーポさんがそれを見て大人しくなったので手を離すと、ぴょんと床に飛び降りてエイトさんの膝に乗った。

 

「あー……やだな」

 

 片手で顔を覆うエイトさん。

 

「リツさんがあっけらかんとしてるからそんな事を考えてるって思わなくて……リツさんの気持ちも考えないといけないって判ってたんですけど……ごめんなさい」

「いえ、それは全然大丈夫ですけど……むしろ能天気ですみませんというか……」

「この先どうなるのか判らなかったから、リツさんが魔物に襲われないって聞いて一人でも平気なんだって思ったら急に不安になってしまって……」

 

 エイトさんは顔を覆っていた手を外すとこちらを見た。

 トラペッタの町で見たような不安そうな顔では無い。どこか吹っ切れたような顔だ。

 

「リツさん。一人じゃ大変なのでこれからも一緒に来てくれますか?」

 

 恥ずかしげな顔と共に言われたが、この子は理解しているだろうか。

 そのセリフは一歩間違えれば大きな誤解を生むのだが。

 

「やっかいな体質? を持っていますが、それでもいいと言ってくださるなら喜んで一緒に行きます」

「よかった……」

 

 えへへと笑うエイトさんに、こちらも笑みがこぼれる。

 

「ところでエイトさん。さっきの言葉ってプロポーズみたいですね」

 

 笑っていたエイトさんの顔が固まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

久しぶりに海を見た

20

 

 頭が意味を処理出来ていないのか、やや間が空いてからみるみる赤くなった。何か言おうとしているが、口はぱくぱくしているだけで音を伴っていない。

 まさに鯉。見ていて非常に面白いが、あんまり意地悪するのも可愛そうなのでここらでやめにしよう。

 

「判ってますよ。エイトさんは抜けているところがあるって陛下から聞いてますから」

「……え」

「姫様も同意されてましたよ」

「え!?」

「お二人とも理解されているからいいものの、気を付けないと誤解されますよ? 特に姫様。あんなに可愛い子はちょっと居ませんよ。婚約されてるみたいですけど、エイトさんも狙ってるんじゃないんですか?」

「ええ!?? いや、僕はそんな……身分だって違うから」

「でも陛下はエイトさんの親代わりですよね?」

 

 後見人と言った方が正しいかもしれないが、王を後見に持つという事はトロデーンでは相当な地位を得ていると言っていいんじゃないだろうか。

 

「それは公にはしていないので……」

「王位継承権の事があるからでしょう? 姫様と一緒になるなら関係ないと思うんですよね。トロデーンが自国だけで立って居られないならともかく、安定しているなら他国の人間を入れなくてもいいんじゃないかなぁなんて」

「いや……ほんと、もう勘弁してください。さっきの事は謝りますから」

 

 流石に国の事なので無責任過ぎると思って最後はぼかしたが、弱り果てたエイトさんの様子にこれはちょっとやってしまったかもしれないと思った。

 姫様の様子を見ていると、エイトさんの事をかなり気に入っている感じがする。エイトさんも仕事だから守っているという風ではないから、もしかするともしかするかも。自覚が無いだけで自覚してしまえばそうなるかもしれない。既に婚約までしているというのなら覆そうとすると国同士の問題に発展する。

 エイトさんならそういう事に気付くだろうからトロデーンとしては大丈夫かもしれないが、エイトさんの気持ち的には大丈夫ではないだろう。

 まぁ今の段階ではっきりした事は言えないので要らぬ心配かもしれないが、今後不用意な言葉を吐くのは止めよう。

 

「すみません。でもちょっと面白かったです」

「もう……」

 

 ふて腐れるエイトさんに笑い、腹の痛みも引いたのでよいしょと立ち上がる。トーポさんがこちらを見上げているので大丈夫と腹を軽く叩いて見せる。瀬戸際で遮ってくれたのには感謝だ。

 姫様の様子を見てくると言って外に出て馬小屋に行くと、姫様はすぐに気づいて立ち上がった。

 

「お休み中でしたか。すみません」

 

 そう言うと姫様は少し下がって足をたたんだ。招かれているようなので遠慮なくそこへ行って、近くにあった小さな台を寄せて座る。

 

「いろいろと考えていたんですが、合図を決めてはどうかと思って相談に来たんです」

 

 姫様はコテンと首を傾げた。いやぁやっぱり可愛いなこの子。……いやいや見とれている場合ではない。

 

「地面を三度踏むと休憩にするとか、そういう事を決められないかと思いまして。どうでしょう?」

 

 姫様はぱちくりと目を瞬かせてから、私の言いたい事を理解してくれたのか、大きく頷いた。ならばと私も必須と思われる合図を提案する。あんまり複雑にするとお互いに覚えていられないので本当に必要最低限の、怪我・痛い、水・食事、花摘みの三つだけ。他にもあげれば限りがないがとりあえず今はこれを覚える。最初の二つはエイトさんと王にも後で伝えておくとして、花詰みは乙女の秘密だ。

 決める事を決めてあとは馬用のブラシでブラッシング。気持ちよさそうにしている姫様を見ながら、先程の事を思い返した。エイトさんに姫様の事を持ち出した事もだが、それ以前に不安にさせるような言動をしていた事は大いに反省。なかなかうまくいかないものだ。

 宿へと戻ると既にヤンガスさんは鼾をかいていた。王の姿は見えないので、たぶん入れ違いで姫様のところへ行ったのだろう。エイトさんは布団を頭までかぶっているので寝ているのかまだ寝ていないのか判断に迷ったが、とりあえずおやすみなさいと声をかけて私も横になった。

 二敗をきっしているので絶対寝坊しないと心に誓って眠ったのだが、夢も見ない眠りから目覚めると日はとっくに昇っていた。まだ朝と呼べる時刻だったのでマシと言えばマシだが、こうも寝坊するというのは何か変だ。と、自分を誤魔化しながら朝食をいただく。

 エイトさん達はアルバート家に行っているらしく、戻ってきたら私を起こして出発する予定だとおかみさんに話してくれていたので、とりあえず荷物を纏めて馬車の用意をしておく。そうしている内にエイトさんとヤンガスさんが戻ってきた。

 

「お早うございます。ゼシカさん大丈夫でした?」

「リツ嬢さんも見てたんでげすか? あの親子喧嘩」

 

 親子喧嘩になったか。理由までは知らないが、自由がどうのとか私に旅の事を聞いてきたりしたのだから家出でもするのだろう。

 

「昨日、帰り道でそれらしき事を言われていましたからね。一波乱あるんじゃないかなと思っていました」

「一波乱というか、お兄さんの仇をとるって言って最後は母親に勘当されてて……」

 

 余所のお宅の事情を目撃してしまったという顔のエイトさんに、あの少女ならさもありなんと私は肩を竦めた。

 

「準備は出来ていますが、出発しますか?」

「はい。この辺りでの目撃……そういえば言ってなかったですね。ゼシカさんのお兄さんを殺したのはドルマゲスでした」

「……そうでしたか」

 

 一瞬「聞きましたよ」と言いかけた。あれはトーポさん情報なので知らないふりをしておかないと。あぶないあぶない。

 

「村の人の目撃情報も無いので、たぶんこの先に行ったんだと思います」

「リーザス村の先というと、港ですね」

「はい。ちょっと距離がありますが」

 

 頭の中に地図を広げて距離と移動時間をざっと計算する。

 

「食糧は十分ありますから大丈夫でしょう。道中も魔物は少ないでしょうし」

 

 苦笑して言うと、エイトさんも苦笑して「そうですね」と返してくれた。

 じゃあ行きますかと荷台に居る王に声を掛けて村を出る。暖かな陽気の中、長閑な草原を進んでいるとピクニックをしているような気分になってくる。ヤンガスさんとエイトさんが話してなければ危うく寝そうになるところだ。

 

「――って何だったんでがす?」

「……ん?」

 

 半分寝かけていた。何やらヤンガスさんに聞かれたようだが聞き取れなかった。

 

「すみません、何ですか?」

「リーザス像の塔で言ってたでげすよ。後で話すって」

「後で話す?」

 

 なんだろうと思い記憶をあさってみたところで、あぁと思い出した。後で話すというか、後で説明すると言ってヤンガスさんにエイトさんを追いかけてもらった事だろう。陛下にも話しておかないといけないが、ヤンガスさんには話してもいいものか……変に利用されるのも嫌だが……。いや、逆に反応を見るというのではいいかもしれない。内容が内容なので吹聴されたところで早々信じる者も居ないだろう。

 

「実は私の周囲では魔物が眠ってしまうんです」

「寝る? なんででげすか?」

「さあ? 私にもよくわかりません」

 

 ヤンガスさん、あっさりと信じたな。

 

「その代り、離れると活性化するようです。トラペッタでもリーザスでも魔物が多かったのはそれが原因だと思われます」

「ええ!?」

「なんじゃと!?」

 

 ヤンガスさんと一緒に王がぐりんと首を回してこっちを見た。

 

「お主、魔物を寄せるのか!?」

「違いますよ」

 

 私が言うより早くエイトさんが王の言葉を否定した。

 

「寄せるのならこうして一緒に居る時の方が襲われます。でもそうじゃ無いんですから逆に鎮めているのだと思います。その分、離れてしまった時は活発になるんじゃないんでしょうか」

「へー」

「ほー」

 

 同じような反応を見せるヤンガスさんと王。姫様も驚いたような顔をしていたが迷惑そうな様子は見られなかった。それにほっとした。『魔物を鎮める』と表したエイトさんのおかげもあるだろう。

 

「では、リツの傍に居れば安全じゃな」

「絶対とは言い切れませんが」

 

 楽観的な王に釘をさしておく。

 

「それと、この事は口にしないでいただけますか? あまり耳にしない内容なので」

「なるほどの。それもそうじゃな」

「わかったでげす。兄貴に誓って誰にも言ったりしないでげす」

「ありがとうございます」

 

 と礼は言っておくが、王はその場のノリで口を滑らせそうなのでそんなに期待はしていない。

 

「そういやリツ嬢さんは魔法を使うんでげすね」

「まぁ教わりましたので……話しませんでした?」

 

 エイトさんが。

 確か話していたように思ったのだが。

 

「回復魔法を使えるのは聞いたでげすが、攻撃魔法は知らなかったでげすよ。いきなり火を投げられて驚いたでげす」

 

 あぁ、攻撃魔法の方か。

 

「ふん。リツは回復魔法も攻撃魔法も嗜んでおる。どっかの山賊風情とは違うんじゃ」

「なんだと!?」

「はいはい、そこまで。ヤンガス落ち着いて、陛下もリツさんが頼りになるのはわかりますけどあんまり負担を掛けないでください。愛想尽かされても知りませんよ」

「ぬ……」

 

 エイトさんの一言に、王がチラチラとこちらを窺ってきたので愛想笑いを浮かべる。

 

「だ、大丈夫じゃ。リツならばそのような事はせん。せんじゃろ?」

 

 黙って愛想笑い。

 

「リ、リツ?」

 

 手綱から片手を離し慌てたように意味も無く振り始めたので口を開く。

 

「陛下が トロデーンの民を想う王(陛下) である限り」

「そ、そうじゃな。わしはわしじゃから大丈夫じゃよな」

 

 ほっとしたように手綱を握りなおす様子を、ヤンガスさんが意地悪そうに笑って見ている。その向こうでエイトさんが諦めた笑いを浮かべている。平和だ。

 道中野宿をしたが、その間も魔物に襲われる事なくご飯も落ち着いて食べる事が出来た。

 潮の香りがしてきた頃には眼前に海が広がり、思わず足を止めた。

 

「どうしたリツ」

「あ、いえ……海だなと」

 

 日本海ではなく太平洋を思わせるような明るい海に、不思議なものを感じる。ドラクエに海はあったが、ドット絵のイメージしか無いから現物がある事に軽い違和感を覚えているのだろう。そもそもトロデーンの人達も魔物も ドット絵ではない(現実) なのだから当たり前ではあるが、無意識の部分がまだ現実逃避していたようだ。

 

「久しぶりに見たので何となく眺めてしまいました」

 

 ヤンガスさんもエイトさんも海に対してそれ程反応は無く、私と同じように反応していたのは姫様だけだ。きっと城から外に出る機会が少ないためだろう。そう考えると今の状況は大変だが、実際にその目で実物を見れるという機会には恵まれている。悲嘆に暮れないこの子ならそういうものを見て自分のものにしているかもしれない。望めばだが、未来の女王としていろいろなものを見てもらうのも楽しそうだ。

 海岸沿いに進んで港についたのは夕方。先に宿だけ確保しつつ根回しを完了。宿の人が王に慣れる間は宿に居ようと思い聞きこみをエイトさんに任せたら、なんとゼシカさんを連れて帰ってきた。

 

「あ!」

 

 目が合った瞬間ゼシカさんは駆け寄ってきたが……あの、何でそんな露出すごい服になってらっしゃるんでしょう。肩は出てるし胸元も露わだし、これでロングスカートじゃなかったら酒場で働きたいのかと突っ込むところだ。いや、その前に貞操観念についての話し合いが先か。

 

「あなたも来ていたのね」

「こんばんわ。ゼシカさんは船に?」

 

 海を渡ろうとするとは、規模の大きな家出だ。

 

「そうよ。怪しい奴が海を渡ったって聞いたの。きっと兄さんを手にかけた奴だわ」

 

 ……そういえば家出じゃなくて仇討ちか。そんな事は止めて村に戻って親御さんを安心させたらどうかと思うが、この少女は聞く耳持たないだろうな。

 

「だけど海の魔物に邪魔されて船が出せないって言われちゃって。そんなの私が退治するって言ったのに、やらせてくれなくて」

「それはまぁ……ゼシカさんに怪我をさせては事ですし、専門の人にお願いした方が安全ですから」

 

 アルバート家の名とゼシカさんの認知度がどれ程か不明だが、この港町の人が知っていれば絶対に魔物退治などさせないだろう。いいとこのお嬢さんに怪我させたとあっては大変だ。

 

「でも早くしないと逃げられちゃうから、この人にお願いしたの。明日朝になったら出発するわ」

 

 と言ってエイトさんを示すゼシカさん。エイトさんは苦笑いを浮かべていた。様子からして、成り行きの線が濃厚そうだ。

 

「では私達もその船に?」

「僕とヤンガスで行きます。退治出来れば一旦戻って荷を積むそうです」

「……退治するという魔物の正体はわかっているんですか?」

「大きいというのはわかっていますが……ここらの主みたいですけど」

 

 海の魔物。嫌な思い出は3の『だいおういか』あたりだ。あの系統に全滅させられかけた事が何度もある。大きな魔物といわれてそれが頭に浮かんだが、もしそれだったらかなりキツイ。

 

「私も行きます」

「いえ、リツさんは陛下と一緒に居てください。出て来なくなるかもしれませんし」

「あ……そうか」

 

 うーん。しかしなぁ……『だいおういか』を相手にした時にはイオラを覚えていたような気がする。イオラであの反応をしたエイトさんは、そこまでの魔法は使えないだろうし……攻撃力から考えてもブーメランで『だいおういか』は無謀なような……

 

「すみません、やっぱり一緒に行きます。出てこないようならルーラで戻りますから」

「気になる事があるんですか?」

「海の魔物にいい思い出が無いだけです。回復役は居た方がいいでしょう?」

「……前には出ないでくださいね」

 

 お? 渋られるかと思ったら、あっさりと許可が出た。

 

「もちろん。前に出たら完全に足手まといになる自信があります」

「威張って言わなくても……」

 

 ふふっと横合いから声が聞こえ、見ればゼシカさんが口元に手を当てて笑っていた。

 

「あなたの旅の連れってこの人達だったのね」

「ええ、こと魔物との戦闘に関しては頼りきりです」

「魔法が使えるんでしょ? あ、違うわね、回復魔法という事は攻撃魔法は苦手?」

「んー……どうでしょう。実は回復魔法も攻撃魔法もあんまり使った事が無いんです。なので実戦となるとちょっと。メラとかヒャドは出来るんですけどね」

 

 言って軽く火を出して見せ、すぐに消す。極小の火を見たゼシカさんはどことなく残念そうな顔をして肩を竦めた。

 

「なんだ、思ったより頼りないわね」

「はは。そういう事なので頼りきり、という事です。ホイミとキアリーは確実に出来ますから」

「魔法使いというより僧侶なのね」

「役割分担としてはそちらが近いですね」

「まぁいいわ。回復役がいるなら安心だもの。明日はよろしくね」

 

 バイバイとゼシカさんに手を振られ、こちらも軽く手を振って部屋に入って行くのを見送る。

 

「言わないんですか?」

 

 不思議そうな顔のエイトさんに、人差し指を口元に立てて見せる。

 

「実戦で使えなければ使えないと同義です」

 

 というのは建前で、気の強そうなゼシカさんとあんまり衝突又は気を惹きそうなネタを作りたくなかったというのが本音。だからメラミとかイオとか使える事は秘密。

 

「確かに……自分の手札はあまり見せない方がいいですよね」

 

 いや、そういうつもりでは無いのだが。しきりに納得されてもちょっと困る。エイトさんは本当に素直な人だ。

 

「明日は早いですからもう休みましょう」

「それもそうですね……って、ヤンガスさんは?」

 

 大抵エイトさんと一緒に居るはずなのだが、見当たらない。

 

「ヤンガスなら酒場を探すって言ってました。あまり遅くならないようにとは言ってますから大丈夫ですよ」

「ヤンガスさんってお金持ってましたっけ?」

「魔物を倒して手に入れたお金はヤンガスと分けてるんです。ヤンガスは要らないって言いますけど」

「………一つ聞いていいですか?」

「なんです?」

「ヤンガスさんって、強いんですか?」

「強いかどうかと言われると困りますけど……単純に力だけなら僕よりもありますよ」

 

 それはまぁ見た目から想像は出来る。

 

「一人で魔物を倒せるぐらいには強いですか?」

「この辺りの魔物はどうかわかりませんが、トラペッタ辺りなら十分じゃないかなって思います」

 

 そうか……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

緊張した

21

 

「どうしたんです?」

「いえ、ちょっと推測が外れたかなって」

 

 一人でお金を得る手段があるのなら、職が見つからなくても当面は食べていけるだろう。年齢による衰えが出ればその限りではないが、ここの人達は老後の事とか先の事をあまり計画しない。日々の暮らしこそが重要で、未来に焦点があたる事は稀だ。ヤンガスさんもその例に洩れないだろう。

 では何故行動を共にするのか。年下のエイトさんを立てようとするのか。

 王に対する態度からして王を本気で王だと思ってはいない。姫様に関しても馬姫だとかふざけた事を言っているので同様。王族をネタに何かするという考えはまず無いだろう。

 ……まさか本気でエイトさんを兄貴分として見ているのだろうか。いくら何でもそれは年齢差がありすぎるような気が……それに男としてのプライドとかどうなるのだろう……?

 

「陛下に声を掛けてきますから先に食堂へ行っててください。もう夕食は用意出来るみたいですから」

 

 悩んでも答が出る類の問題ではない。エイトさんには先に食堂へいってもらい、部屋で地図とにらめっこしていた王に声をかけて早めの夕食にする。

 王に食事をしながら今後の予定を伝えると、こちらも私が乗船する事についてあっさりと許可を貰う事が出来た。どうやら私のやりたい事は尊重される風向きのようだ。数日前には休めと怒られたばかりなので、この変わり身の早さは有り難いが理由を考えると単純なのも上に立つ者としてはどうなんだろうと微妙な気分になる。

 まぁトロデーン自体国土はあるが、支配階級の人間はそれ程多い様子ではなかったし王家に対する民の信頼も厚かった。どこかの物語に出て来そうな陰湿陰険な派閥権力争いとは縁遠いだろう。狸になる必要が無いのだから単純でもいいわけだ。

 食事を終えてさっさと眠りにつくと早く寝たおかげか日が昇る前に目が覚めた。おかげで洗濯をする余裕まであった。そんなに着替えを持ってきているわけではないので、こまめに洗っておかないとすぐにストックが切れるのは地味に辛い。

 干すところが無かったので馬車の中に紐を通してそこに掛けておき、宿に戻るとエイトさんと眠そうなヤンガスさんが宿の人から何かを受け取っていた。

 

「おはようございます。どうしたんです、それ」

 

 近づいて指さすとエイトさんは紙包みの中を見せてくれた。中はトラペッタの町で貰ったのと同じようなサンドイッチだ。

 

「あの子が頼んでくれてたみたいです」

 

 なるほど。しっかり食べてしっかり働けという事か。

 それじゃあ行きますかと三人で船着き場へと向かうと既にゼシカさんは乗船しており、早く早くと手招いている。苦笑しながら乗船して船員の邪魔にならないよう船先の隅っこで待機。ゼシカさんはまだ諦めていないのか船員と交渉しているようだ。私達が危なくなったら出ると言って困らせている。

 次善策を考える姿勢は賛成だが、話の持っていきかたが直球過ぎてもったいない。正面から攻めずに相手が言い逃れ出来る道を示せば割とあっさり黙認されるだろう。

 ただ、良くも悪くも若者らしいエネルギッシュな姿は見ていてこそばゆいような、応援したくなるような、そんな気分にさせられる。

 サンドイッチを頬張りつつ心の中だけでこっそり応援していると、出航合図であろう銅鑼の音が鳴り響きゆっくりと船が動き始めた。

 大きな船だからそこまで揺れは感じないが、潮風に懐かしくなる。船に乗ったのは修学旅行以来だろうか。

 

「リツさんは船に乗った事があるんですか?」

 

 サンドイッチを食べ終えて潮風に目を眇めているとエイトさんに聞かれた。

 

「昔一度だけ。エイトさんは?」

「小船はあるんですけど、ここまで大きいのは初めてです。あんまり揺れないんですね」

「船体が大きいほど波に影響されませんからね。ヤンガスさんも平気そうですけど、乗ったことはあるんですか?」

「あっしは南からこの船に乗って来たでがすよ」

「そうだったんですか」

「リツ嬢さんも船でこっちに来たんでげすか?」

「いえ。船は観光の一環として乗っただけです」

「観光? やっぱりいいとこのお嬢さんだったんでがすか」

「そうかもしれませんね」

 

 旅行にも行ったし、お小遣いで遊んだりしたし。ここではそこまでなかなか出来ない。環境的な違いだろうけど、十分甘やかしてもらった事は事実だ。

 

「そういえばアミダさんが手が綺麗だって言ってました」

 

 思い出したようにエイトさんが言い、そういう事もあったなと手を見る。来たときにくらべればちょっとかさついているが、あかぎれとかはしていない。アミダさんが使えとくれた軟膏のおかげだ。最初はこき使ってやるとか言っていたが、何だかんだいいながら心配してくれるのだからほんとツンデレだ。

 

「トロデーンに来る前はこれでも一人暮らしをしていたんですよ? 掃除も洗濯も食事も、ちゃんとしてましたから」

「一人?」

「家族はいないんでげすか?」

「いますけど、仕事の都合で離れていたんです」

「仕事ってーと、どんな事でげす?」

 

 どんな……んー…難しいな……

 

「ここで言うと、魔法の開発でしょうか?」

 

 一ヶ月の研修で自社システムを作って、その後はどんどん上流の仕事を経験させてもらって、こっちに来た時は人手が足りないプロジェクトに追加投入されたところだった。だから深夜に帰る事になって、暗がりで側溝の溝に気付かなくて……やめよう。

 

「魔法の開発?」

「魔法とは違いますけど、魔法の構築陣と同じようなものを作っていたんです。あれって法則性があって、それに従って効果が決まってるじゃないですか。同じように一定の法則の下に効果を決めた言語を使って魔法みたいなものを作っていたんです」

「ふーん……ちょっとアッシには難しいでげすが、リツ嬢さんはすごいって事だけはわかったでげす」

 

 いやいや、判ってないって。私程度は全くすごくない。開発に特化した先輩とか恐ろしい指の動きをしているし、話してる内容の意味が半分もわからない。

 

「もしかして……あのメラのサイズって変えてるんですか?」

「まぁ。さすがに竈に火をつけるには普通に出したら大きすぎるので。一度やってアミダさんに怒られて懲りました」

 

 取り留めもない話をしていると近くにいた船員が何かに気づいた様子で船縁から離れるように後ずさった。

 何だろうと海を覗いた瞬間、巨大な触手が突き出たかと思うとイカっぽい軟体動物が海面を割って現れた。そのイカのようなフォルムに嫌な汗が流れる。これが『だいおうイカ』か? ぶっちゃけドラクエのドット絵にかけらも似ていない。バイオとかダクソと言われた方がまだ納得出来る。まずいと思ってもその生っぽい質感、威圧感に本能的に身体が強張って距離を取ることも出来ない。こんな体験は初だ。体験したくなかった。

 

「気にいらねえなあ。気にいらねえ。まったく気にいらねえ。いつもいつも断りなくこのオセアーノン様の頭上を通りやがって。

 なあおい。まったくニンゲンってやつは躾がなってねえと思わねえか?

 ああ思う思う! 前から思ってた!!」

 

 いきなり触手を使ってプチ劇場を始めた『だいおうイカ』改め自称『オセアーノン』。その間に足を叩いて竦みを無理やり消し、エイトさんとヤンガスさんにスカラとバイキルトをかける。

 

「そんじゃまあ海に生きる者を代表してこのオレ様がニンゲン喰っちまうか?

 ああ喰っちまえ!! 喰っちまえ!」

 

 喋った事に突っ込む暇もなくオセアーノンとやらはその巨体を船先に乗り上げてきた。

 船員退避――と、叫ぶ前にみなさん後方にダッシュされていた。一歩遅れて私も全力ダッシュ。だが途中で船が傾いているのに気づいた。振り返ってデカ物をみる。そして退避した人をみる。重量を比べると魔物に軍配が上がっているのは明白だ。

 エイトさん達は薙ぎ払うように振り回される触手をかわしたり受け流している。全くやり合えないという様子ではない。よくもまあ不規則に動く触手をかわせるものだと思うが、気になるのは傾きに足を取られそうになっている点。

 

「ゼシカさん、ヒャド系使えますか?」

 

 船員に引っ張られて後方に下がっていたゼシカさんに駆け寄り聞くと、彼女は首を横に振った。

 

「メラは使えるんだけど」

 

 ならば一人でやるしかない。船縁からサイズと狙いを調整したヒャドを連呼。船に傷を与えないように氷の塊を張りつかせる。

 

「おいおい何やってんだ嬢ちゃん、狙うならあっちだぞ」

「しっかりしてよ!」

 

 いきなり海に向かってヒャドを連発したので船員にもゼシカさんにも頭がおかしくなったのかと思われたようだ。だがある程度の大きさにしないと溶けて浮力にはならない。説明する間も惜しいのでひたすらヒャドを口にしているが、なかなか思ったように氷ができない。後ろからはやいのやいのと言われるし。

 ちょっといらっとして構築陣のバランス無視してサイズと温度を最大限にして投下した。青い魔力光が海面に触れるや否や小船サイズの氷塊が出現して周囲の海水まで凍らし始めたので、これ幸いと同じ要領で投下しまくったら何とか浮上してきた。片側だけやると余計にバランスが悪いので反対側も急いで浮かす。

 

「………」

「………」

 

 よし。これであのでかぶつがしがみついたままでも何とかなるだろう。ついでにこれ以上乗り上げて来ないように船縁から身を乗り出して海中にある足に狙いを定め氷漬けにしていく。狙いを重視するせいで温度は先ほどより甘いが、それでも氷に封じる事が出来た。

 あとはエイトさん達の支援だ。時々火炎を吐いてくるのでフバーハを追加して、船が燃えそうになったら極小ヒャドで消す。かなり後方からちまちまと。

 正直、この場から先は触手が伸びてきそうで近づきたくない。怖すぎる。

 へっぴり腰の私とは完全に真逆のヤンガスさんは大木槌で足を叩き、エイトさんも目らしきところを重点的にブーメランで狙っている。意外とエイトさんがえぐい。戦略的に目を潰すのは有効だと理解してはいるが。しかし絵面的に、えぐい。

 最初はだいおうイカかと焦ったが、これなら下手に後ろからメラミを飛ばすよりはこのまま船の破損を最小限にとどめていた方が無難だろう。

 ほどなくしてオセアーノンはヤンガスさんの大木槌に顔面と思われるところを強打され、ひっくりかえるように海に落ちた。

 盛大な水飛沫が上がったが、まだまだ油断はならないと警戒したままエイトさんが様子を窺っている。こっちも緊張したまま見守っていると、エイトさんはやおら振り返り微妙な顔で私を見てきた。

 

「あれって、リツさんが?」

 

 大きな声で言いながら海面を指差すエイトさん。

 エイトさんが警戒を解いたので駆け寄って見ると、指差した先には触手四本以外を氷漬けにされてぷかぷか浮いているオセアーノンの姿があった。姿勢を保とうにも氷の浮力が邪魔で起き上がれず、じたばたもがいているようにも見える。

 

「……海の魔物って窒息するんでしょうか」

 

 顔と思われるところが下なので。

 

「リツ嬢さん……」

 

 ヤンガスさん、言わなくてもわかっている。海の魔物が水中で窒息するわけが無い。あれ? でもそうすると水中から出ると逆に息が出来なかったりしないのだろうか? そんな様子は見られなかったが……魔物の生態はよくわからない。

 

「とりあえずあの氷なんとか出来ますか?」

「出来ますけど……また襲ってきません?」

「そうかもしれませんが、このままだとどうにもできないので」

「あ、じゃあ威力のある魔法を……使ったら港に波がいくかもしれないか。だったらメラを連発しましょう」

 

 それなら安全だ。

 

「リツ嬢さん……一応確認しやすが、相手は身動き取れないようなんでげすが……」

「はい。あれならしっかり当てられる自信があります」

 

 さすがにあの漂流物なら狙い重視ではなく、最大火力のメラを叩きこめるだろう。

 

「………リツさんって意外と好戦的ですね」

 

 若干エイトさんに引かれた。

 何故だ。襲われたのだから防衛するのは当たり前じゃないか。あれがまた起き上がって襲ってきたらどうするんだ? 海に引きずり込まれるとかされたらアウトじゃないのか?

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

 

 いきなり割り込んできた声にさっと緊張が走った。

 声の主はオセアーノン。そちらを見たら、うつ伏せから仰向けになってもまだもがいている姿があった。

 

「テアーに手を出したのは悪かったですけど、コレ、ワタシのせいじゃないんですよ。いやいやホントですって! だからこれ、何とかしてください! お願いしますよ!」

 

 うねうねじたばたしながら言うオセアーノン。

 ………エイトさん、ヤンガスさん、わかったから。そんないじめっ子を見るような目で見ないでください。

 しぶしぶ、氷をメラで溶かすとオセアーノンはのっそりと上体を起こした。

 

「はあ~助かった。いやーお強いですね。いえね、これはいいわけじゃないんですけどね、ワタシのせいじゃないんです。そうそう! アイツのせいなんです! こないだ道化師みたいな野郎が海の上をスイスイと歩いてましてね。ニンゲンのくせに海の上を歩くなんてナマイキなやつだと思って睨んだら睨み返されまして。それ以来ワタシ、身も心もやつに乗っ取られちゃったんですねえ。船を襲ったのもそのせいなんですよ。てなわけで悪いのはワタシじゃなくてあの道化師野郎なんですが、これはほんのお詫びの気持ちです。海の底に落ちてた物で恐縮ですが……」

 

 いきなりノンストップでしゃべりだしたオセアーノンにポカンとする面々。と、私。

 そして私の前に触手が差し出され、それに視線が集まる。次いで私に視線が刺さる。

 仕方ないのでびくびくしながら受け取ってみると、腕輪のようだ。

 

「それじゃワタシはこのへんで退散しますね。ではではみなさん、よい船旅をば~」

 

 触手を振って海中に沈むオセアーノン。後には微妙な空気だけが残った。

 

「思ったより強いじゃない! 正直あんまり期待してなかったからちょっとビックリしたわ!」

 

 どうしようもない雰囲気を打ち破ったのはゼシカさんだった。

 

「そういえば自己紹介がまだだったわね。私はゼシカ。ゼシカ・アルバートよ。あなたたちはなんていうの?」

「アッシはヤンガスでがす。こっちはアッシの親分であるエイトの兄貴で、こっちは兄貴の知り合いのリツ嬢さんでげすよ」

 

 一番に復帰したのはヤンガスさんだった。私とエイトさんはまださっきの軟体動物の勢いにのまれたままで頭がついていっていない。

 

「エイトにヤンガス、リツね? 魔物を倒してくれて改めてありがと! これでドルマゲスを追えるわ! じゃあいろいろ準備もあるし一度さっきの港町に戻りましょう。私、船を戻すように言ってくるわ」

 

 うきうきと駆けていったゼシカさんは途中で急に止まると、くるりと振り返った。

 

「あ、そうだ。ねえねえエイトとヤンガス。塔での約束忘れてたわ。盗賊と間違えちゃったこと、ちゃんと謝らなきゃね」

 

 そう言うと一歩後ろに下がり両手を前に交差させてから腕を引いた。

 

「すんませんしたーっ」

 

 見事な押忍だ。彼女は武道家なのだろうか。完全に魔法使い系だと思っていたのだが。

 

「じゃ言ってくるね」

 

 さらりと元の調子に戻って船員に駆け寄っていく姿に、人は見た目によらないんだなとしみじみしていたら肩を叩かれた。

 

「あの……」

 

 控え目にエイトさんが海を指さしていた。

 まだ何かいるのだろうかと一瞬緊張したが、指さした先にあったのは船に張り付いている氷の塊たち。

 

「………すいません。今溶かします」

 

 忘れてた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見てもらった

22

 

 氷を溶かす作業は難航した。温度がかなり低く狙い重視のメラでは簡単に溶かせなかったのだが……これは完全に予想外。舵取りに邪魔になりそうな出っ張りは優先して溶かしたが影響が無さそうな箇所は未だ溶かしきれず。

 

「頑張ってください」

 

 隣で地味な作業に付き合って励ましてくれるエイトさんに泣き笑い。

 

「リツ嬢さんはすごい魔法使いだったんでがすね」

 

 ヤンガスさんの呟きに空いてる手を振って否定。

 

「炎より氷の方が得意なのね」

 

 どこのゾーマ(魔王)様だよというような事を言ってくれるゼシカさんに曖昧に笑う。

 口と片手はメラで忙しい。

 

「けど、魔力は大丈夫? さっきからずっと使ってるけど……」

 

 ゼシカさんに指摘された瞬間、横から腕を取られた。

 

「いやいや、大丈夫ですって」

「でも最初に倒れた時、直前まで平気そうにしていたじゃないですか」

 

 邪魔をしたエイトさんに心配無用と主張したが、古い話を持ち出されてしまった。

 

「そうですけど、身体がだるくなるような感じはしませんから」

「……本当に?」

 

 信用無いな。ははは。……はぁ。

 

「ねえねえ、あとはもう勝手に溶けるんじゃない?」

「そうでがすよ」

「いやぁ船体にダメージを与えたくないのでなるべく早く溶かしたいんですよ」

 

 先程から船員の視線が気になって気になって仕方が無い。修理費払えとか言われても払えない。あぁ胃が痛い。

 

「と言うことで、本当に大丈夫ですから。後始末させてください」

 

 再度、心持ち言葉を強めて主張すると、しぶしぶという感じでエイトさんは放してくれた。

 早速メラを再開するが効率が悪いのも事実だ。何か手はないものか………狙いに容量を喰われているが、それを落とすのも――いや待て。私が狙わなくてもいいのでは? 認識させられればホーミング出来るんじゃないのか? 何かそれっぽい魔法はあっただろうか。回復補助魔法の全体系とか? ピオリムにそれらしい機能あったか?

 単体対象の補助魔法と構築陣を比べてみるが、違いはかなりある。元々の効果自体違うのだから当たり前だ。メラやヒャドほど遊んだわけではないのでどの部分がそれかわからない。

 うーんと唸る間に片側がなんとか溶け、もう片方にまわる。

 メラやヒャドで狙いをつける部分はわかっている。であれば同じ位置関係にある箇所が、攻撃と補助の違いはあるが同じ機能を持っているのではないだろうか。

 ちょっと試したくなったが、ホーミング先がエイトさんとかになったら惨事だ。ここは自重しておとなしく連発していよう。

 隣からの視線が痛いが、確かにこの連発量ならメラと言えどもMPは二百は越えている。魔法を習ったばかりの私がバカスカ撃てる量じゃ無い気もするが使えないよりは使えた方がお得だ。何故とか考えても判るわけがないので時間の無駄。それより構築陣の解析をしていた方が面白い。ノリはリバースエンジニアリングだ。一度設計書があてにならないという恐ろしい現場に当たって根性だけはついた。図々しさも身についてしまったが。

 そうこうするうちに港に近づいている。氷のほうもほとんど溶けてくれたようだ。

 船員に礼を言われながら下船して、地面に足をつけるとほっとした。あまり揺れを感じないといっても、地上はほっとする。

 積み荷を積む間に陛下と姫様を呼びに行こうとして、奇妙な声を聞いた。

 

「――なんて、ひどスキル~」

 

 声というか、内容。ギャグのように感じたが発言者と思われる人物は綺麗な赤い髪の女性。町娘の姿ではなく頭にサークレットをした魔法使いのような姿だ。とてもギャグとか言うような人には見えない。どちらかと言うと神秘的という感じだ。トラペッタの占い師さんよりよっぽど占いとか当たりそう。

 何にしても気のせいだと判断して視線を戻そうとした瞬間、女性がこちらを見てきた。

 

「そこのあなた」

 

 しかも呼び止められた。

 

「リツさん?」

「あぁ、えっと……」

 

 足を止めた私に気づいたエイトさんは、私の視線の先を見て納得したように頷いた。

 

「その人にあったスキルが何かを見るのが得意みたいですよ。僕は剣と槍とブーメラン、格闘でした。ヤンガスは斧と打撃、鎌と格闘と人情だったっけ?」

「兄貴は勇気も言われてたでげすよ」

「あぁなんだかよくわからなかったから」

 

 忘れてたと笑うエイトさん。

 

「陛下と姫様に声をかけてきますから、見てもらったらどうですか? 面白いですよ」

 

 エイトさん……もしかして意外と旅を楽しんでる?

 根を詰めるよりいいが、これまた予想外だ。ここで断って気を使われるのも今後の事を考えると好ましくない。むしろこれくらい気楽にいたほうがストレス発散になっていいだろう。

 

「じゃあお言葉に甘えますね」

 

 辻占いの一種だろうと思って見てもらう事にする。

 エイトさんと別れて近づくと、女性はいきなり語り始めた。

 

「スキルとは育む技術。スキルとは新たなる発見。スキルとはその人の歩みし足跡なり。

 私は知り得たスキルの知識を広めるために旅をしています。あなたも良ければあなたに合ったスキルについて聞いて行かれませんか?」

「一回おいくらですか?」

 

 料金表が無いので確認しようとすると首を横に振られた。

 

「お代は不要です。目的はスキルの知識を広める事ですから」

「そうなんですか」

 

 何とも良心的というか、辻占いというより布教活動のようだ。

 

「じゃあ教えていただけますか?」

「ええもちろん。あなたに合ったスキルは家事と読書……読解、いえ解析ね。家事は日常生活における家庭作業一般の事よ。磨けば誰もが羨む素敵なお嫁さんになれるわ」

 

 ここに来てまで花嫁修行か。相手も居ないのにそれを言うか。ちょっと悲しくなるじゃないか。

 

「解析は読み解く力ね。あらゆる物事を解明する力よ。鍛えればあなたに読み解けない事は無くなるわ」

 

 論理的思考の事だろうか? 日々発生する問題を解決すべく頭をフル回転していたので、そのお陰かもしれない。もしそうなら、ちょっと嬉しい。

 

「この二つのスキルはかなりのレベルに達しているけれど、まだあなた自身自覚していないスキルがあるみたい……音………唄、かしら」

 

 目を細めて私を見る女性に、私はハテナと首を傾げる。

 音楽の成績は良くも悪くもない。楽譜は読めるので触ったことがある楽器なら一応音を出せるが、唄となると音痴なので得意かと言われるとノーだ。練習すれば得意になるという事だろうか?

 

「ごめんなさい。唄かどうかはちょっと判らないわ。近いものを言っただけなの。『音』に近い何かだと思うけれど当てはまるものを私も知らないわ……既にあなたは沢山の音を取り込んでいて、それが何かの効果を生み出すと思うのだけれど……」

「音を取り込む?」

「歌や音楽をよく聞いてるのではないかしら?」

「あぁ、仕事以外はずっと音楽を聞いていました」

「たぶんそれが大きな力になるのだと思うわ」

 

 音が力? サウンドボム的な? よく判らないな。そんな魔法あったっけ?

 

「もう一つは……眠り……眠る事?」

 

 おいおいおい。この人本物か? 寝る事が技術かと問われると疑問だが、ここのところ寝坊をしている身としては思い当り過ぎて怖い。

 

「違うわね……眠る事はただの切っ掛けに過ぎないわ」

「切っ掛け?」

「私にはまだ見えないけれど、眠る事であなたの中に眠っているスキルが目を覚ますみたいね」

 

 寝たら目覚めると? ややこしいな。

 

「あの、そのスキルとかいうものですけど、目覚めちゃったら問題があるようなものだったりしたりします?」

「いいえ。言ったでしょう? スキルとは育む技術。スキルとは新たなる発見。スキルとはその人の歩みし足跡なり。あなた自身の力をどう扱うのかはあなた次第よ」

 

 いや、でもさ、眠る事で『寝だめ』とか『二度寝』とか身に付いたらどうするんだ。目覚まし時計の無いこの世界で、めちゃくちゃだらしない事この上無いじゃないか。

 

「あとは愛ね」

 

 ………あい、ですか。

 家事に解析。これは判りやすい。音はいまいち判らないが、それでもまぁ何かの技術なのだろうと推測は出来る。寝るのも、行動の一つととらえれば何とか。でも愛って何だ。愛って。

 

「家族愛や友愛、恋人への愛、そういう方向性を伴ったものとは少し違う気がするの。もっと大きくて純粋で底が見えないわ。その愛がさらに強く深くなったら……あなただけの世界が見えるかもしれないわね」

 

 私だけの世界。それって……

 

「……どうやったら強くできますか?」

「そうね……きっと沢山の出会いがあなたに力を与えてくれるのだと思うわ」

「出会い……」

 

 こちらに来てからいろいろな人に出会った。トロデーンを出てからも、行く先々で言葉を交わす程度には出会いを重ねている。それで元の世界に戻れる何かを掴めるのだろうか。トラペッタでもそうだったが、曖昧すぎて指標にならない。

 

「それにしてもあなたは不思議ね。旅をしている女性なら短剣か鞭、杖のスキルを持っている人が多いのだけれど……どれも無いのね」

 

 遠回しに戦闘能力無いと言ってるのか。そうかそうか。地味に気にしてる事を……目の前で泣いてやろうか。そう思ったがエイトさん達の姿が見えたので礼を言って話を打ち切る。

 

「どうでした?」

「謎でした」

 

 合流したところで聞かれたので、歩きながら即答する。

 

「謎?」

「家事、解析、唄、寝る事、愛。そう言われました」

「……寝る事?」

 

 エイトさんはそこを突っ込むか。愛じゃないところに私とは性格が違うのだなと感じる。

 

「正確には寝る事ではなく、寝る事でスキルが目覚めるらしいです。今の段階では何のスキルか判らないと言われました」

「へぇ……そうなんですか」

「二度寝とかだったらどうしようかとかなり本気で心配しています」

「いや、それは流石に無いですよ」

「そうでがすよ」

 

 エイトさんヤンガスさんに否定されるが、個人的には真面目に心配だ。

 

「何の話じゃ?」

「その人に合ったスキル……技術の総称と思われますが、それを見る事が出来る人が居たのです。エイトさんやヤンガスさんは戦闘系のスキルについて話を伺ったみたいですから、私も何かお役に立てればと思い聞いたのですが、見事に戦闘系スキルがありませんでした。それどころか『寝る事』で目覚めるスキルがあると言われたのです。それが役に立たなかったらどうしようかと思っていまして」

 

 ふむふむと王は御者台で納得するように頷くと、気楽に手を振った。

 

「心配要らんじゃろう。リツは既に優秀なんじゃ」

「確かにリツ嬢さんの家事は頼りになりやす」

「そう言っていただけると少しは気が楽になりますが……」

 

 二人みたいに戦闘系のものがあればなと思わずにはいられない。あったとしても腰が引けてダメダメかもしれないが、それでも無いよりはあった方がいいんじゃないかといろいろ想像してしまう。

 あんまり考えると凹むのでエイトさんとヤンガスさんのスキルに話をスライドさせると、船着き場まで二人がどれだけ戦闘特化しているのかという事を詳しく聞く羽目になった。私だって魔法で多少はと思うが、どうも詳しい話を聞くうちにスキルというのはドラクエ6にあった特技に近いような印象を受けた。

 私の『寝る事』って、遊び人だったりしたら微妙だ。そういう素養が全く無いとは言わないが、戦闘中に遊び始める非常識さは流石に無いつもりだ。

 内心ぐるぐる考えつつ船着き場の桟橋まで行くと、ゼシカさんの姿があった。どうやら私達を待っている様子。

 

「もうこっちの準備は終わってるわよ!」

 

 ゼシカさん、その胸元が開いた服でぶんぶん手を振るのは如何なものだろう。私の精神に致命傷に近いダメージを与えてくれるが、男共には別の影響があるだろう。と思ってちらっと見るが、エイトさんは「ごめん、遅くなった」と普通に返しているしヤンガスさんはちょっとゲンナリしたような顔をしている。王に至っては姫様に話し掛けていて気付いてすらいない。

 エイトさんはともかく、ヤンガスさんの反応がマイナス値なのは謎だ。ヤンガスさんは女にあまり…………あれ? そうするとエイトさんを持ち上げているのは……いや………ちょっとそれは……流石に精神衛生上……

 

「いいですよね、リツさん」

「エイトさん、問題が発生したらすぐに言ってください」

「は? はい。問題というわけじゃないですけど、いいですよね?」

 

 ……何が? あまりの想像内容にみなさんの話をまるっと聞いて無かった。

 

「もう! 聞いてなかったの? あなた達もドルマゲスを追ってるなら旅の目的は一緒なんだし、一緒に行こうって言ってるの。それにリツに魔法の事を聞きたいし」

「あぁ、そういう事でしたか。私は構いませんが……ゼシカさん、ご両親が心配されていると思います。せめて同意を得られないでしょうか?」

「無駄よ。仇を討つと言っても全く理解されなかったんだから、何を言っても無駄。私のやりたいようにするわ」

 

 うーん。そうは言っても心配しない親は居ないと思うのだが……。親御さんに何か言われたらその時はもう頭を下げるしか無いか。

 

「判りました。王も宜しいですか?」

「戦力が増えるのなら歓迎じゃな」

 

 微妙な顔をしているヤンガスさんはスルー。たぶんエイトさんが頷いている時点でヤンガスさんに異論は無いだろう。というか、本当に想像の通りなのか? 生憎近場にそういう人が居なかったのでどう接したらいいのか判らないのだが。どうしよう。

 

「うん。きっといい旅になるわ。これからよろしくね!」

 

 ゼシカさんの輝く笑顔が眩しい……




2014.04.06 誤字修正(ご指摘ありがとうございます)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見方が変わった

23

 

「駄目って言うかと思いました」

 

 船に駆け乗っていくゼシカさんの後ろ姿を眺めていると、隣に並んだエイトさんが呟いた。

 

「駄目と言っても彼女は一人で行ってしまいそうでしたから」

「でもゼシカが苦手じゃなかったんですか?」

 

 隣を見れば意外そうな顔。抜けている割に機微に敏いとはこれいかに。

 

「バレてましたか。苦手という程ではありませんけど、苛つかせてしまう事が多いタイプなので気をつけないと、とは思ってました」

「一緒に旅する事になって良かったんですか?」

 

 再度問うエイトさんに苦笑が出る。

 

「あの恰好で旅をするという発言からして危なそうじゃないですか。放っておけないですよ」

「それはまぁ……旅慣れているとは言えないかな」

「私達もですけどね」

「あはは、確かに人の事は言えないですね」

「ただ、旅に支障が出るような事になるなら説得してリーザスに帰ってもらいます」

 

 これは確定事項。状況にもよるが王が認めても帰ってもらうつもりだ。

 

「説得……」

 

 微妙な反応を示すエイトさん。そりゃそうだろう。あのタイプはそう簡単に説得に応じるようなタイプではない。正面からの説得では。

 

「エイトさんは良かったんですか?」

「兄弟が居ないのでよくわからないですけど、家族が居たら同じように思うのかなって……止める言葉も見つからなくて」

 

 真面目な青年だ。それに邪魔になるならないじゃなくて、ゼシカさんの意志を考えて同意するとはお人好しだろう。

 

「あと、ゼシカなら戦闘になっても怯まずに魔法を撃てるだろうなって」

 

 おぅふ。

 

「痛いとこを。確かにその通りでしょうが」

「リツさんは出来れば陛下と姫様の傍にいてほしいんです。何かあってもリツさんならうまく切り抜けてくれると思ってますから」

 

 からかい混じりのエイトさんに、こちらもにやりと笑う。

 

「お~言ってくれますね。そう言われたら期待に応えたくなりますよ」

「でも無茶は駄目ですよ。ああ見えて陛下はかなり腕が立ちますから、最悪姫様だけでも助けてくれれば大丈夫です」

 

 をいをい。冗談が過ぎるぞ。

 

「その発言は拙いでしょ。心配せずとも無茶はしませんし、無茶になる前に二人を連れて離脱しますから」

「頼りにしてます」

 

 素直にお願いしてくれたエイトさんに、私は居住まいを正し胸に手を当てた。

 

「頼られましょう」

 

 ついでに「その代り」と続ける。

 

「ドルマゲスについては、頼りにしてますよ」

 

 エイトさんは束の間考えるように上を向いて、何を思ったのか私と全く同じポーズを取った。

 

「頼られましょう」

 

 口調まで真似てきたエイトさんに思わず吹き出せば、エイトさんもつられるように笑っていた。

 

「おーい、兄貴~早く乗るでがすよ~」

「もー早く来なさいよ! あなた達だけよ!」

 

 船の上から呼ばれ、私とエイトさんは笑いをひっこめて船に乗った。

 甲板に上がると、待ってましたとばかりにゼシカさんに腕を掴まれた。『大丈夫?』という顔のエイトさんに平気平気と手を振っておく。

 

「あのね、リツにいろいろ聞きたい事があるの」

「何でしょう?」

 

 引っ張られて積んである木枠に腰かけさせられる。いいんだろうか、これに座って。船員は全く気にしてないようなのでまぁいいか。

 

「メラとヒャドしか使えないって本当なの?」

「あー……嘘です」

 

 一瞬黙っていようかとも思ったが、この先バレたら余計にややこしくなると思って止めた。

 

「やっぱり! 何で嘘をついたのよ」

 

 口を尖らせるゼシカさんに弱って頭を掻く。

 

「戦闘で使った事が無いというのは事実ですよ。使いこなせていないものを使えるというのも不安じゃないですか」

「でも使えるんでしょ? 何が使えるの?」

「ええと、バギとギラとイオですね。あ、あと一応メラミも成功しました」

「メラミ? 氷が得意じゃなかったの?」

「練度の話でしたらメラとヒャドは同じぐらいだと思います。逆にそれ以外は相当低いですね」

 

 全く遊んでないので。

 

「ねえ、あのヒャドってどうやってるの? ヒャドを見たことはあるけどあんなの見たこと無いわ」

「えーと、狙いに使用している領域をですね、温度の制御に置き換えて投擲してみました。最低限手元で暴発しないように気を付けましたがボールを投げるような代物なので戦闘で敵に当てるというような事はまず出来ないと思います」

 

 野球選手なみの投球技術があったら別だろうが。

 

「それって構築陣を変えてるって事? そんな事が出来るの?」

「一般的に構築陣は固定されているという認識の方が多いみたいですけど、師匠曰く昔はもっと生活に使えるよう個人によって調整されていたそうです」

 

 そう言うと、ゼシカさんの目が輝いた。実にわかりやすい。

 

「へえー。じゃあ私にも出来るかしら」

「出来ると思いますよ。あ、でも構築陣を変える時は気をつけてください。下手なところをいじると自爆します」

「ええ? そうなの? 難しいのね……ねぇ、どこを変えたらいいのか教えてくれない?」

「構いませんが、私よりゼシカさんが持っている魔導書の方が正確じゃないですか?」

 

 私が持っているのはアミダさんからの貰い物で、かなり擦り切れているし構築陣のどの部分がどういう意味を持っているのかという所までは書かれていない。竈に普通のメラをぶつけて怒られた時に大きさを調整できる事を教えて貰って、そこから遊び始めただけの知識だ。名士の家であるゼシカさんの方がちゃんとした魔導書を持っているだろう。

 

「何言ってるのよ、構築陣の意味なんてどこにも書いて無いわよ」

「……そうなんですか?」

「そうよ」

 

 そうなのか。それなら納得。教科書がそれなら構築陣が固定のものだと認識されるのも無理は無い。アミダさんはよく知ってたものだ。

 

「ゼシカさんはメラを使われるんですよね」

「そうよ」

「ではメラの構築陣からにしましょう」

 

 よく使っているものの方がイメージしやすいだろうと、懐から手帳を取り出してペラペラと捲りゼシカさんに見せる。

 

「これ自分で書いたの?」

「はは……ちょっと汚いのは許してください」

「わかるから大丈夫よ」

 

 無難なフォローありがとう。お世辞を言わない素直なあたりが彼女らしい。

 

「ここが規模、大きさで、ここが熱量、ここが照準、こっちが効果の表出形態を決定している場所です。規模はこんな感じで……」

 

 ぺらぺらと捲って規模について纏めたページを出す。

 

「大きくなればなるほど複雑化します」

「これは? この並びからして小さくなる方じゃないの? 難しくなってるみたいだけど」

「小さくする方も難しくなりますね。一番簡素なのが一般的なメラです」

「へぇ」

「で、これが熱量の場合です。こちらも一緒ですね。高温になればなるほど複雑化しますし、温度を下げれば下げる程複雑化します」

「下げる? メラで?」

「面白いんですよね、メラとヒャドって構築陣が似ていると思いませんか?」

「……もしかして熱量の部分だけが違うの?」

「それと、表出形態の決定部分ですね。規模や大きさ、照準と最大容量は一緒です」

「容量?」

「この外縁です。構築陣自体の大きさを決定している部分ですが、これが大きければ大きい程描き込める量が増えるので自然と威力が増します。メラならメラミとかそういう感じですね。使う魔力も増えますけど」

 

 個人的にはメラの容量でいじくるのが一番コスパがいいのではないかと考えている。まだ試している段階だが、描く線の太さも調整してコストを抑えられる気配がある。

 

「ふぅん……これ、ちょっと見てもいい?」

「どうぞ」

 

 ゼシカさんは真剣な顔でペラペラと手帳をめくりはじめた。

 私は説明する必要が無くなったので暇になり、こっくりこっくりと舟を漕ぐ。天気がいいので眠くて仕方が無い。半分起きて半分寝ているような曖昧な中で、誰かが背中合わせに座っているのを感じた。もたれ掛ってしまっているので悪いなぁと思いながら、だけど向こうも私にもたれ掛っているのでお互い様だと言い訳をする。それにしてもあったかい。

 

「ねぇ、ねぇったら」

「…ふぁい、なんでしょう」

 

 肩を揺さぶられて目を擦り何かと横を見る。

 

「これ何が書かれてるの?」

 

 何々? と手帳に顔を寄せて見る。

 

 AM09:00 N案件打ち合わせ レジュメ

 

「あぁ、それ私の地域の言葉です。気にしないでください。魔法の事は書いてないですから」

「そうなんだ」

「………」

 

 あれ?

 

「…………」

「どうしたの?」

 

 後ろを振り返っていた私にゼシカさんが手を止めて聞いたが……あれ?

 

「あの、誰か後ろに居ませんでした?」

「いないわよ?」

「ずっと?」

「そんな狭いところにいるわけないじゃない」

「……それもそうですね」

 

 後ろは船室の壁面で、私が座っている木枠は然程大きくない。背中合わせに座るとすると体育座りでそうとう無理しないと無理だ。寝ぼけたか?

 

「リツさん」

 

 呼ばれて顔を戻すとエイトさんとヤンガスさんが居た。

 

「陛下を見てませんか?」

「陛下? 見てないです。姫様のところでは?」

「それが居なかったんですよね……」

「探してきましょうか?」

 

 エイトさんは首を横に振った。

 

「騒ぎになってないから大丈夫だと思います」

「姫様は?」

「中で休まれています」

 

 んー。ゼシカさんは手帳があればそっちに集中しているだろうから、私は姫様のところに居ようか。

 

「そういえば聞きたかったんだけどさ、二人はいったいどういう関係なの?」

 

 ゼシカさんの視線はエイトさんとヤンガスさんを行ったり来たりしている。

 

「アッシと兄貴でげすか?」

「そうそう。どう考えたって兄貴は逆に思えるんだけど」

 

 だよなぁ。私もそう思うよ。

 

「よくぞ聞いてくれたでげす! 不肖ヤンガス、エイトの兄貴の旅のお供をしてるのにゃあ聞くも涙語るも涙の壮大な物語があるでげすよ」

 

 どんと胸を叩いて前に出るヤンガスさん。そんな壮大な物語、あっただろうか? エイトさんも戸惑い気味の顏だ。

 

「へ…へえ……? じゃあその辺りから適当に教えてくれる?」

「いいともでげすよ」

 

 こっちも引き気味のゼシカさんに、ヤンガスさんは大きく頷いて語り始めた。

 

「そう……あの日はたしか夏の盛り……遠くでセミが鳴いていたでげすよ。それまでのしがない山賊暮らしに嫌気が差したアッシは足を洗おうと住み慣れた町を捨てたでげす。

 ところがこの風体のせいかどこに行っても山賊と恐れられ人間らしい扱いをされなかったでげすよ」

 

 ……。

 

「やがてカネも底を尽き空腹にもたえかねたアッシは結局山賊に戻る事を決めたでがす。エイトの兄貴に出会ったのはちょうどそんな頃でがしたね……」

 

 遠い目をして橋での出会いを語るヤンガスさんは、すごく楽しそうだった。

 これは――反省、だな。警戒自体は仕方なかった。素性の知れない者を簡単に信用するわけにはいかない。だが、一緒に居てみて悪い人ではないと言ったエイトさんの言葉にある程度の同意を示す事は出来た。それでも何か裏があるんじゃないかと警戒を緩めなかったが……。

 

「……ふーん。そんな事があったのね。で、それのどこが聞くも涙語るも涙の壮大な物語なの?」

「い……いや! 話はまだ終わりじゃないでげすよ! ここからが重要でげす。それからもアッシは真人間としてのいろんなことを兄貴に教わったでげすよ」

「……あー、もういいわ。続きはまた今度お願いするわ。リツ、これ船が港に着くまで借りてていい?」

「はい、いいですよ」

「ありがと」

 

 ゼシカさんはさらりと行ってしまった。

 

「やっぱりアッシと兄貴の兄弟仁義はしょせん男同士にしか理解できない話でがしたかね。まあいいでがすよ」

 

 気にした様子もなくヤンガスさんは肩を竦める。

 うーん……どうしよう。今さら何を言ったらいいのかわからないし、一応警戒を表に出していたわけでもないから謝罪するのもおかしな話だ。

 

「ヤンガスさん」

「なんでがすか?」

「これからもよろしくお願いします」

「きゅ、急になんでがすか!?」

 

 頭を下げたらヤンガスさんはおろおろしだした。

 

「私が居ると魔物が………なので、エイトさんをこれからもよろしくお願いします」

「も、もちろんでがすよ!」

 

 横で驚いたような顔をしているエイトさんには苦笑い。いやほんと、疑いっぱなしでごめんなさい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

泣かれて焦った

24

 

 おろおろするヤンガスさんをエイトさんに任せて船の中に逃げる。いい大人が情けないが、あれ以上の言葉が思いつかなかった。

 船の中に入ったところ、ちょうどエントランスのような広い空間に姫様が居た。確かに王の姿は見えない。

 

「陛下は――下ですか」

 

 尋ねようとしたら姫様が下に続いている階段を見たのでなるほど下かと納得して荷台にまわる。洗濯物は影になっているせいで未だ半乾きといったところだ。ついでに保存食の状態を確認しておこうとあさっていると、何か違和感を覚えた。

 

「……釜?」

 

 あの特徴的な釜が無い。王が持っているのだろうか? かなり大事そうにしていたから可能性は高いが……微妙に邪魔なんだよな、あれ。かさばるし。

 

「きれいな馬ですね」

 

 時間があるので姫様の鬣を編みなおしていると居合わせた町人風の男性に声を掛けられた。

 

「ええ、そうですね」

「じっと見ているとなんだか気品すら感じます」

 

 ……何だこの人。馬が好きなのか? 馬泥棒とかじゃないよな? さすがに船の上でそんな真似は出来ないだろうけど……

 

「貴女の馬ですか?」

「いいえ。叔父様が大事にされている馬です」

「貴女にとても懐いていますね。毎日世話を?」

「世話という程の事は出来ていませんが、一緒には居ますから」

「それにしても見事だ……」

 

 若干近づいた男性に姫様は僅かに後ずさった。

 

「すみません、あまり近づかないでもらえますか? 慣れた人でないと警戒します」

 

 男性の前に腕を伸ばして邪魔をし、対面になるように男性に向き直り姫様を後ろにやる。

 

「あぁ……すいません。つい見とれてしまって」

 

 頭を掻いて謝る男性にこちらも首を振る。ただの馬バカとか動物好きとか、そういう類なら全く持って問題はない。但し、近づくのだけは遠慮してもらう。フレンドリーな姫様だが、さすがに男性に近づかれるのは嫌だろう。現に私の後ろで固まっている気配がする。

 

「同じ船に乗ったのも何かの縁ですし、よければお名前を教えてもらってもいいですか? 私は港の宿で働いていましたサイリスです」

「はぁ……リツですが」

「リツさんとおっしゃるんですね。可愛らしい名前ですね」

 

 まぁ女性名ではあるから大ざっぱにわけたらカッコイイというよりは可愛いという分類だとは思う。だがこの辺では聞かない名前じゃないんだろうか。

 

「ゼシカお嬢さまと一緒に居ましたけど、どういう関係なんです?」

「どういうと言われても……」

 

 これから一緒に旅をする間柄ではあるが、具体的に言葉にするとなると適当なものが見当たらない。そもそも、この男性に話す事でも無い。

 

「ゼシカお嬢さまが親しげに同年の方と話されていたのが珍しかったものですから。唐突にすみません」

 

 そういう事か。確かにゼシカさんは町娘と親しく話をしている様子は無かった。船、ドルマゲス、の二つしか見えていないような突進ぶりなのでその気が無いというよりは、そういう考えに至っていないと言った方が正しそうだ。

 

「いえいえ。少しだけ魔法を扱いますので、それで興味を持たれたようです」

「そういえば海の魔物を追い払った旅人がいると聞きましたが、リツさんがそうなんですか?」

「まさか。私は魔物を前に腰を抜かしている方の人間ですよ」

「はは、そうですよね。こんなに可憐な方が魔物と対峙するなんて事がある筈ないですね」

 

 この男性、何が言いたいのだろう。一応、謙虚と義理と言う名のマナーで会話を行っているのだが、全く持ってニュアンスが通じてない気がする。

 

「どうしてまたリツさんみたいな方が旅をされているんです?」

「どうして、とは?」

「いえ深い意味はありませんが、危険な旅なんて似合わないなと思って」

 

 そりゃ私だって貧弱な私がこの世界で旅をする事が大変だろうという事は理解している。エイトさんヤンガスさんと比べて足が遅いという自覚もある。

 

「恩返しの下準備のために、でしょうか。旅に向いていない自覚はありますけど、そうしたいと思ったので」

「何か、大変な理由があるんですね…」

 

 男性は神妙な顔つきになって目を伏せた。

 

「よければ――うわっ!?」

 

 一歩前に出て接近してきた男性を、それまで背後で固まっていた姫様が前に出て押しのけた。

 

「姫様?」

 

 たたらを踏んだ男性はともかく、急に前に出た姫様に驚いて小声で声をかけると泣きそうな顔で姫様は私を見た。それからぶんぶん首を振って必死に何かを伝えたそうにするのだが、何を伝えたいのかがわからない。必死なのだけは理解できるのだが。

 

「どうされました? どこか具合が?」

 

 尋ねるが首を振るばかり。終いには私の肩に顔を乗せて動かなくなってしまった。なんだかよくわからないが首を撫でながらホイミやらキアリーやらついでにキアリクをかける。『痛い』というサインは無いがこんなに取り乱す姫様は初めてなので動転していると見ていい。

 

「リツさん?」

 

 後ろから声をかけられたが、振り向けない。声からしてエイトさんだと思うのだが。

 

「あなたは?」

「あ、いえ私は……失礼しました!」

 

 サイリスとかいう男性が走って行く気配がすると、姫様の顔が肩から離れた。

 

「急にどうされました? 具合が悪いのではないですか?」

 

 姫様に再度尋ねると、まだ泣きそうな顔ではあるが幾分落ち着いた表情でゆっくりと首を横に振った。

 

「どうしたんです?」

「ちょっと私にも。急にこの状態になられたので」

 

 小声で返すと、エイトさんは甲板に続く扉を振り返って納得したように頷いた。

 

「姫様、大丈夫ですよ。リツさんはどこにも行ったりしませんから」

「はい?」

 

 エイトさんは私の疑問の声を無視して姫様に優しく語りかけている。私から見ると良い絵面なのだが、内容が意味不明だ。

 何故か姫様もそれでほっとしたような顔をして、それから何かに気付いたように顔を赤らめて恥じていた。

 

「リツさんはこの旅が終わるまで一緒に居てくれますよね」

「それはもちろん。もとよりそのつもりですが……」

 

 問われつつ、姫様の反応の意味を考えていると見えてきた。

 この一行の中で女は姫様と私だけ。ゼシカさんはカウント外だ。そこに見知らぬ男が私に声を掛けてきたので警戒したというわけか。

 

「ね? だから大丈夫ですよ」

 

 エイトさんの言葉に姫様は恥ずかしそうに頷いている。

 

「気付かず申し訳ありません。もちろん、姫様を置いてどこにも行ったりしませんよ」

 

 そんな事は当然だ。こんな子供を放っておける訳が無い。そもそも男共が姫様の世話をするとか同じ女として絶対嫌だ。

 

「兄貴~ そろそろ港に着くみたいでげすよ~」

 

 甲板から駆け込んできたヤンガスさんにエイトさんは片手を上げて応じた。

 

「わかった。リツさん、僕は陛下を探してきますから姫様をよろしくお願いしますね」

「もちろん。陛下は下みたいですから、よろしくお願いします」

「ヤンガスはここに居てくれる?」

「合点承知したでげすよ!」

 

 ……これ、ヤンガスさんを見張りにしてるよな。気の所為じゃなくて多分そうだよな。うーん、微妙。魔物相手は無理だが、一般人相手なら普通に応対出来るつもりだ。まぁ姫様の護衛と思えばいいかと思考を投げ出し途中になっていた鬣の手直しに戻る。毎日暇さえあれば手入れしているのでさらさらでいい感じだ。とても満足。

 

「リツ嬢さんは器用でげすねぇ」

「服とかは縫えませんからそこまで器用ではないですよ」

 

 こっちの女性は普段着は自分達で作ってしまうのでそれと比べられると太刀打ちできない。

 

「それでもアッシには指の動きがわからないでげすよ」

 

 編んでいる手元を見て言うヤンガスさんに笑いがでる。昔、兄にも同じ事を言われた事がある。長男はひっじょーにぶきっちょだった。

 思い出して笑っていると、下の方から王とエイトさんの声が聞こえてきた。

 

「問題ないわい。リツに任せておけば良いようにしてくれるはずじゃ」

「それは私より確かでしょうけど、いきなりそれを渡されてもリツさんも困りますよ」

「大丈夫じゃ」

「はぁ……」

 

 何やら賑やかな様子でエイトさんと王が階段を上ってきた。

 王は私に気付くと駆け寄って来てえへんと胸を張った。

 

「リツよ。おぬしに重要な役目を任せる」

「役目ですか。どのような内容でしょう」

「エイトよ、早く来い」

 

 エイトさんは手に特徴的な釜を……嫌な予感がする。

 

「この釜、一見すると普通の釜のようじゃが、なんと伝説の錬金釜なのじゃ!」

 

 一見して普通の釜には見えませんが……

 

「と言ってもなんのことかわかるまい。簡単に説明するぞ。この錬金釜はな、材料となるふたつの道具を入れることによって違う道具を生み出す魔法の釜なのじゃ! この釜があればなかなか手に入らんような道具でも自分で作り出す事が出来るぞ。旅立つ前にイバラの呪いに侵されたわが城からどうにかこいつだけは持ち出しておいたんじゃ。しかもあちこちガタがきてたのをわしが夜な夜な修理しとったんじゃ。

 リツはこれを使って旅に役立つものを生み出すのじゃ」

 

 錬金……何か違う世界の法則が混ざっている気がしないでもないような……それはともかく、このけったいな形の釜を押し付けられた感がひしひしとする。

 

「ええと、この釜の中に物を入れておくと別の物が精製されるという事ですね? ちょっと失礼します」

 

 エイトさんが持っている釜の蓋を開けて中をのぞいてみると、うっすら紫色のもやがかかっており中がはっきりと見えない。うん、毒沼のような見た目だ。これ使ったら拙いんじゃないか? 下から突き刺さる期待の籠った王の眼差しをどうしよう。

 

「……とりあえず、まずは試しで薬草を入れましょう」

 

 被害は最小限に。やばいと判れば王も納得するだろう。荷台の物置スペースに釜を置いて薬草を二つ取って中に入れ蓋をする。と、ガタガタとポルターガイストよろしく釜があらぶったが、やがて大人しくなった。

 

「……む? どうやら何かできそうじゃな。何が出来るか楽しみじゃのう。しばし時間がかかるゆえ、このままおいておくのじゃ」

 

 背伸びをして覗き込んでいた王がそう言うので、カタカタ震えている蓋を見なかった事にして荷台の中に仕舞う。

 これ、出来上がりとかどうやって知るのだろうか。蓋が吹っ飛ぶとかそういう合図とかだったらすごく怖い。というか、迷惑な仕様だ。さらに言えばあの紫色の毒沼のような中に手を突っ込んで取り出さなければならないのだろうか。ゴム手袋が欲しい。

 『どうするよコレ』という気持ちでエイトさんに視線をやれば『よしなにお願いします』という顔があり頭を軽く下げられた。

 ははは。エイトさん。遠慮しなくなったのは喜ばしいが、これを一人で見るのは嫌だぞ。という気持ちを込めて心からの笑顔を浮かべておく。

 

「何やってるんでげす?」

「あ、いや」

「なんでもないです」

 

 半ば睨みあい状態になっているとヤンガスさんに突っ込まれて慌てて二人して手を振り誤魔化す。

 

「そろそろ港に着くんでしたよね。ゼシカさんに声を掛けてきてもらえますか?」

「いいでがすよ」

 

 軽く請け負ってくれたヤンガスさんに、ハタと思い出した。

 

「ヤンガスさん!」

「なんでげす?」

 

 慌てて呼び止めると、ヤンガスさんは足を止めて振り向いた。私は駆けより、こそっと聞く。

 

「ゼシカさん、苦手です?」

「げ……い、いやそんな事はないでげすよ」

「取り繕わなくても大丈夫ですよ。ああいう気が強い子が苦手なんですか?」

「苦手ってわけじゃないでがすが……なりゆき上仕方ありやせんが、娘っ子っていうのは、やれ足が痛いとか、疲れただとかいろいろ面倒でがす。

 あ、リツ嬢さんはそんな事ないでがすよ」

 

 なるほど、年齢的に若い女の子が苦手だったわけか。

 

「そういう事でしたらゼシカさんは私が探してきますよ」

「いいでがすよ。苦手だなんのって言って逃げるようじゃ男じゃないでがす」

 

 ヤンガスさん……見かけによらず頼もしいじゃないか。

 

「じゃあすみませんがお願いしますね」

「任せるでがす」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

電子レンジの音がした

25

 

 姫様の鬣の仕上げに戻り手早く編み込んで紐で括り全体を整える。ぼちぼちな出来だ。エイトさんは荷台から何かを取り出そうとしていたが、何故か暫く固まっていた。

 

「リツさん……ここに干すんですか?」

 

 何を? と思ってそっちを見て洗濯物の事だと気付く。ついでに固まっていた理由も判った。

 

「干す場所が無かったので。移動も出来るからもってこいですよ。あと、マナーとして見なかったふりは必須ですからね?」

「いや…僕はそれでいいかもしれないですけど、リツさんはいいんですか?」

 

 下着を見られてもいいのかって問いだろうが、全くもって問題ない。下着というより肌着という代物なので羞恥心など無い。強いて言えば反応される方が困るといったところ。

 

「見て見ぬふりをしていただけるのなら、何ら問題ありません」

「……それでいいんですか」

 

 微妙な顔をされた後、疲れたように肩を落とされた。

 

「まぁ、リツさんですもんね」

 

 どういう意味かねエイトさん。

 少しばかり問いただそうとしたところでヤンガスさんとゼシカさんが連れだって戻ってきた。特に険悪な空気ではないのでまあまあうまくやっているのだろう。ゼシカさんから手帳を返してもらっていると港に到着し、みんなでぞろぞろと船を降りた。

 何気なく船に乗り込んでしまっていたが、料金は魔物を追い払った事でとんとんにしてくれていたようだ。思い出して慌てて引き返したら船員に苦笑しながら要らないと言われてしまった。

 降りた先もやはり港だが、こちらはあちらの港町よりも幾分規模が小さめだ。奥に見える建物は立派だが、それが町の外との壁の役割も果たしているようで、その建物と手前に広がるバザーの広場で全てのようだ。

 

「さて、どうしましょうか」

 

 隣のエイトさんに聞いてみると皆足を止めた。

 

「そうですね……一旦ここでドルマゲスの目撃情報が無いか聞いてみましょう。何もなければ先に進むという事でどうですか?」

 

 うん。それ以外に無いだろう。

 王に視線を向けると鷹揚に頷いている。

 

「でもさ、ここでドルマゲスの話が聞ける? いつも通りに見えるんだけど」

「見かけたってだけなら騒ぎにはならないでげすよ」

「まぁそれもそうね」

 

 先に先にと進みたがっている風のゼシカさんだが、ヤンガスさんの言葉に頷いてあっさりと引いた。思ったよりもさばさばしている。ヤンガスさんも拍子抜けしたような顔をしているのでこの先、然程ストレスを感じないで済むだろう。前線の負担が軽いのは良い事だ。

 

「僕とヤンガスとゼシカで話を聞いてきますから、あの建物に行っていてもらえますか?」

 

 来たばかりの町なので王を一人にするわけにもいかない。ゼシカさんは顔が利くので話を聞く班に回った方が得策。ヤンガスさんは言うまでもない。という人選か。

 

「判りました。では参りましょうか」

 

 姫様と王に声をかけ、のんびりと町を歩く。ちょっとだけ何を売っているのか気にならないでもないが、並べられた品物を見るだけでも何となくどういうものが置いてあるのか判るので良しとしよう。

 歩いていると案の定、王に視線が集まったが私と談笑しているところを見て奇異なものを見る程度に抑えられている。よく判らないものというのは怖いものだが、自分よりも非力そうな私が近くでへらへらしているのだから危険度は低いと判断したのだろう。簡単なものだと思うが、自分がそちら側でも同じように思うだろう。

 建物に入り、一階にあった宿の人にこの先の町の名前やら距離やら確認していると、思ったよりも早くエイトさん達はやってきた。ゼシカさんが急かしたというわけではなく、本当に手がかりになりそうな話が全く無いとの事。なら、次の町に行きましょうかと町を後にした。

 

「静かね」

 

 草原を歩いていると、ゼシカさんが不意に呟いた。私達は思わず顔を見合わせたが、エイトさんがお任せしますみたいな感じで頷いたので口を開く。

 

「私が居ると魔物が寝てしまって遭遇する事が無いみたいなんです」

「……は?」

「何でなのかは判らないんですけどね」

 

 目を点にしたゼシカさんに曖昧に笑って頬を掻くと、今度はじろじろと頭の天辺から足のつま先まで見られた。

 

「村の神父様でもそんな事出来ないのに……リツって本当に」

「人間ですよ」

 

 一度言われた事なので先に言わせてもらう。

 

「怪我をすれば血も出ますし、お腹もすきますし、眠くもなります。最近は寝坊する事が多くて参ってますね」

「寝坊って……」

 

 ゼシカさんはクスリと笑うと肩を竦めた。

 

「何でなのか判らないなら仕方ないわね。でも、その事は言いふらさない方がいいわよ? 絶対悪党が利用するに決まってるわ」

「私もそう思うので内緒でお願いします」

「もちろんよ。みんなは知ってるの?」

 

 ゼシカさんの視線を受けて頷く面々。

 

チン!

 

 いきなり電子レンジの終了音が鳴り響き、全員ビクリと身を固めた。

 何故こんなところで電子レンジの音が? と疑問に思いつつも音の発生源である馬車を見れば、はっとしたような王が慌てた様子で荷台の中を覗き込んでいた。

 

「おお! リツ! 完成しておるぞ!」

 

 完成と来れば船の中でやったあの釜の事だろう。一緒に荷台を覗くと激しくあらぶってらっしゃる釜がそこにあった。蓋が今にも吹っ飛びそうなぐらいあらぶってらっしゃるのだが、私はそれを開けなければならないのだろうか。……ならないのだろう。王の目がキラキラと輝いている。

 おそるおそる手を伸ばして蓋を掴む。電撃とか感じない。良かった。意を決して開けると、中から何かが飛び出て落ちた。見れば、やくそう。いや、上やくそう?

 

「ふむふむ。やくそう二つで上やくそうが出来るようじゃな」

 

 いやちょっと待て、これは本当に上やくそうなのか? 見た目が同じで別物の可能性だってあるだろう。何か識別出来る方法は……さすがに使うというのは怖いし……って、インパスがある。

 こそっとインパスと呟いて見ると、上やくそう(?)から夥しい程の文字が溢れてきた。あまりにも文字の流れるスピードが速いので途中読めなかったが、上薬草である事は間違いないらしい。

 ドラクエをプレイしている時も思っていたが、インパスとは不思議な魔法だ。宝物の中身判定はまだ理解出来るが、物が何であるか素人でも判ってしまうというのがどうにも慣れない。便利なので文句は無いが。

 

「確かに上やくそうみたいですね」

「次は何を入れるんじゃ?」

「上やくそう同士を入れて見ましょう。上位のものが出来そうです」

「そうじゃな」

 

 荷物から私が作った上やくそうを一つ取り出し、今出来たばかりのそれと合わせて釜に入れ蓋をする。するとまた蓋があらぶりだしたが、暫くすると幾分納まり、カタカタと音を鳴らす程度になった。

 

「おお、予想通り何か出来そうじゃな」

「そうですね」

 

 突っ込んでいた頭を荷台から引き抜くとこちらを注目している三対の目があった。

 

「あ。えーと、音の正体は錬金釜でした。どうやらちゃんと錬金出来るみたいです」

 

 後半は小声で説明。エイトさんは「本当に出来たんだ」と呟き、ヤンガスさんはあんまり理解していなさそうな顔で「そうでがすか」と応え、ゼシカさんは「錬金?」と首を傾げた。

 ゼシカさんには後で説明しますと言って、とりあえず止まった足を動かす。次の町はドニという名前で少し距離がある。ドニの前に修道院があるらしいが、宿などは無いらしいのでドニまで行かなければならない。港町の人は修道院まで行けばすぐだからと言っていたので、日が暮れるまでに修道院が目視確認出来るところまで行きたいところだ。

 

「ねえリツ」

「はい?」

 

 馬車の後方でインパスの魔法をいろいろな物に試していたらゼシカさんが下がって来た。

 

「エイトやリツは『陛下』って言ってるけど、あの人……人なのかわからないけど、何なの?」

「あぁ私の叔父様です。変な薬を飲まされてあんな姿になっているんですよ。好奇心旺盛だから変な薬だとわかっていたのに飲んじゃったんですよね」

「それ、わかる気がするわ。陛下って言う事はどこかの王様?」

「本人はトロデーンの王だと言っていますね」

「それって自称じゃない。本当なの?」

「どうでしょう。どちらだと思いますか?」

 

 問いかけに問いかけを返したら口を尖らせてしまった。

 

「名士の家の出であるゼシカさんなら、わかるのではないかと思うんですけどね」

 

 ヒントを言うと、ゼシカさんは眉を寄せて腕を組んだ。

 王を見ていれば市井に無い言動をしている事は容易にわかるだろう。あんなものを四六時中持続出来るのはよっぽどの役者か本物か。

 

「………本当、なのね?」

 

 やや表情を強張らせたゼシカさんは、その辺りに気が付いたようだ。

 

「明言は避けさせてください」

「わかったわ……口にしない方がいい内容だものね。だけど本人がばらしちゃってるのはどうするの」

「あの姿で王だと自称して簡単に信じる者が居ると思いますか?」

「居ないわね…………叔父という事はあなたも」

「それは便宜上です。誰かの身内にする事で危険視される事を防ぐ狙いです。この中で最も私が貧弱ですからね。私が傍に居て笑っていれば何とかなります」

「そういう事。そういえば姫様っていうのも」

「ご想像にお任せします」

「………ねぇ、薬っていうのは本当なの? あの人だけならまだしも、お姫様まで薬を飲んだとは考えにくいんだけど。本当はドルマゲスが関係してるんじゃない?」

 

 よくお気づきに。であればもういいだろう。反応からしてこちらの不利になるような事もしないだろうし。

 

「現場を見ていませんが、そう聞きました」

 

 答えを言うと、ゼシカさんは溜息をついた。

 

「リツも大変ね。困った事があったら言って。私も協力するからさ」

「ありがとうございます」

 

 それにしても、とゼシカさんは前を歩くエイトさんやヤンガスさんを見遣った。

 

「なんだか呑気そうなのよねぇ。あれ、大丈夫なの?」

「いえいえ、二人とも頼りになりますよ。魔物を追い払ったじゃないですか。腕は確かです」

「そうだけどね、でも何となく抜けているっていうか今一つしゃっきりしてないっていうか」

「辛口ですね」

「そう? 普通よ」

 

 大抵の人は自分を普通だと主張するが、笑っていよう。ゼシカさんの言う通り、一見するとエイトさんは優しげで押しに弱そうなところがあり、ヤンガスさんは何も考えて無さそうなところがある。

 

「そういえばゼシカさん、着替えとかの荷物は無いんですか?」

「お金は持って来てるから大丈夫。買うわ」

 

 軽く言ってくれるが、手ぶらで持てるお金の量には限界がある。洗濯を自分でした事は無いだろうから、都度服を買い替えるとなると物を選んだとしても出費は馬鹿にならない。

 どうしようか迷ったが、どうせ暫く一緒に居るのだろうからと思って私は話し合いを決行した。

 旅をする上で必要なもの、物価情報、場所によっては物資が手に入らない可能性があること、押し付けにならないように事実を一つずつ目の前に置いて呑み込んだところで次の事実を置く。

 ゼシカさんは反発する事もなく、最後まで話を聞いてくれた。

 

「要するに資源は有限だから無駄な出費は抑えるべきって事ね?」

 

 見事に一言に纏められてしまった。いやはや、若いのにしっかりした子だ。そこまで呑み込んでもらえるとは思って無かったのでちょっと驚きつつも肯定する。

 

「そうですが、今までと生活習慣が変わるので抵抗はありませんか?」

「そうねぇ……特に、かな。そのくらい覚悟してたもの」

 

 強い目をして話すゼシカさんに、私は仇を討ちたいという気持ちが本物であることを悟った。出来れば、本物でない方が良かった。

 

「あ、ねぇねぇ修道院ってあれじゃない?」

 

 危険な事に自ら足を突っ込む娘に、両親はどういう想いだったのだろうかと考えていると腕を引かれて馬車の影になっていた建物を指さされた。

 三角州のような位置取りで川に挟まれた中に聖堂のような建造物が見えた。

 

「そうですね、たぶんあれでしょう」

「ねえエイト! あそこでも話を聞いてみる?」

「一応、そうしよう」

 

 前に居るエイトさんがゼシカさんに応え、進路はそのままで一旦修道院で足を止める事が決定した。御者台に居る王の反応が無いので同意という事でいいのだろう。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

慣れない事をした

26

 

 魔物を忌避していそうな場所なのでゆっくり姫様と王と待っていようかと思ったのだが、昼食を取ってエイトさん達を見送った後、数分と経たず王がそわそわし始めた。

 

「わしがこのような姿でなければすぐに話を聞き出せようものを……」

「もう少しすれば戻って来ますよ。それまで錬金の候補について考えてみませんか?」

「む。それもそうじゃな。リツは次のものを考えておるのか?」

 

 とりあえず誤魔化せた。さすがにこの中へ王を突撃させるわけにはいかない。宗教は人の拠り所であるのと同時に異物に対して過敏反応を起こしやすいものだ。そうではないものもあるとは思うが、用心に越したことはない。

 

「さしあたり、やくそう系のものを試してはどうかと考えています。まずは今試している上やくそう同士の掛け合わせで出来るものをもう一度同じものと掛け合わせて、後は毒消し草同士、まんげつ草同士をやってみてはどうでしょう?

 他にも掛け合わせ方はいろいろとありますが……パターンを書きだしておきましょうか。駄目なら駄目で書き記しておけば同じ事は繰り返さないでしょう」

「おお、それは良い考えじゃ。しかし他には無いのか? もっとすごいものは」

 

 すごいって一言で言われてもな。やくそうとやくそうで上やくそうが出来るだけでも相当すごいのだが……製造工程説明しても納得しないだろうなぁ。

 

「すごいものですか……」

 

 道具系ですごいものとか言われたら世界樹のしずくとか、世界樹の葉とかだろうか。あんなものがやくそうから出来るとは思えないので、このままやくそうを錬金していれば出来ますよとは言えない。

 そもそも錬金自体、どのような力が働いているのか全くわからない。等価交換で有名な錬金で考えるならば、分子レベルで分解再構築していると考えると上やくそうがやくそう二つで出来るという事実が不自然だ。分解再構成するならやくそう一つで上やくそう一つが出来上がる。下処理で薬効となる物質を変化させるのだが、それを強制的に錬金でやってしまえばいいだけだ。だが、現実にはやくそう二つで上やくそう一つ。全く解らない。今回は上位の品が出来上がったが、場合によっては下位の品が出来上がる事もあるだろう。

 

「まぁ釜の大きさは決まっていますから、あまり大きなものは出来ないでしょうね」

 

 すごいものが思いつかなかったので話をすり替えると、王は胸を張った。

 

「見くびってもらっては困る。この錬金釜は見た目以上のものが入るんじゃ。大きな剣でも入ったと聞いておるし、鎧も出来たと聞いておる」

「剣ですか……」

 

 それって出来上がった時、やくそうの時みたいに飛び出てくるのだろうか。そうだったら、めちゃくちゃ危ない。今度から鍋の蓋でも構えて開けるようにしよう。そういう事は先に説明してほしい。

 

「消耗品だけでなく武具も可能となるとかなり入れるものが広がりますね」

「そうじゃろそうじゃろ。何せトロデーンの宝の一つであるからな」

 

 金品だけでなく、あの釜も盗まれないように一応注意しよう。アノ形状の釜を好んで持って行く物好きは少ないと思うが。

 

「他にどんなものが出来たかご存知ですか?」

「他か? そうじゃな……女神の加護を受けた装飾品も出来たと聞いておる」

「女神の加護ですか。それはすごそうですね」

「うむ。戦いに役立つ道具も出来たようじゃ」

 

 エイトさん達の助けになるなら頑張りたいところだが、一つずつ組み合わせを検証して錬金のパターンを組み立てないと出来上がるものを予測できない。

 今の所の推測はやくそうからやくそう系が出来たことから同種系統の物が出来上がるのではないか、といったところ。武器防具も出来るなら、それは武器、防具から生まれる可能性が高いのではないだろうか。

 考えながらメモ帳代わりに使っている紙の束に推論を並べていく。間違っていたら斜線を引いて再度考察だ。

 あーでもないこうでもないと、王と組み合わせを考えているとエイトさん達がようやく戻ってきた。

 

「もう何よあれ!」

 

 何故かゼシカさんが半ギレなのだが、一体中で何があったんだろうか。

 

「まったくでげす!」

 

 ヤンガスさんも怒ってた。状況説明を求めてエイトさんを見ると困った顔をしてドニの町に行こうと言われた。道中説明するという事だな? 了解だ。

 修道院から離れると、ずんずん前を行くゼシカさんとヤンガスさんに聞こえないよう、エイトさんがこそっと教えてくれた。

 

「実はゼシカもヤンガスも中で注意されちゃって」

「注意?」

「神聖なる祭壇に土足で上がるとは何事かって」

「上がっちゃったんですか?」

「いえ、話を聞こうと近づいたら注意されてしまって」

「なるほど……ちょっと厳格なところなのかな」

「そうみたいです。トロデーンの教会よりも厳しい感じがしました。奥は警備も厳重みたいで城よりも厳しいかもしれないです」

「城よりって……それは流石に言い過ぎじゃないですか?」

 

 無いだろうと思って言ったら、いやいやと手を振られた。

 

「騎士団の人に話を聞こうとしただけで追い払われたので」

「話を聞こうとしただけで?」

「はい。取り付く島もないという感じでした。邪魔したこちらも悪かったので仕方ないですけど、実力行使で追い払われかけたのでヤンガスがいきり立ってしまって慌てて引き返したんです」

「ははは……それはまた、ご苦労さまでした」

「リツさんは陛下と何を話していたんです?」

「錬金の事を。何が出来るのかとあれこれ話していました」

「あぁ押し付けちゃいましたが大丈夫そうですね」

「押し付けた自覚はあるんですね」

 

 じと目で見つめたら目を逸らされた。

 

「錬金自体は面白いと思いますが……その、陛下がその気になっているので僕の手には負えないかなぁ……と」

 

 横にずれて後ろから馬車の御者台に居る王を覗いてみると、さっき書いたメモ帳代わりの紙を捲ってみてはニヤニヤしている姿があった。そっと元の位置に戻ると『ね?』と言わんばかりのエイトさんの顔。その爽やかな顔が小憎たらしかったので笑みを浮かべてサムズアップ。

 

「出来たものはエイトさんに処分してもらいますから」

「え! ちょっ!?」

「ほらほら騒いだら気付かれますよ。それより日も暮れてきましたから先を急ぎましょう」

「行きますけど………えー……」

 

 後ろで悲愴な顔になっているエイトさんに満足。

 足取り軽く進むと少し坂になった先に町の姿が見えた。坂下の立札には『巡礼さんようこそ。ここは宿場町ドニです』とあった。固く訳したが、雰囲気的には『巡礼さんいらっしゃ~い』という感じだ。ゆるい。田舎の山にある手書き立札並みに書き方がゆるい。

 こちらにもこういう立札あるんだなぁと思いながら町に入る。自然の壁に守られた場所に家屋が建てられたような町で、リーザスとは趣が異なる。畑とか家畜の姿があんまり見えないのは宿場町として生計を立てているからであろう。

 

「ドニの町は山ん中のちっぽけな町でげすが、酒場はけっこういい感じなんでがす」

 

 だだだっと一番大きな建物に走って行くヤンガスさん。扉の前でくるりと振り返って手を振っているが、残念ながらそこは宿では無い。王まで行きたそうにしているが、それは阻止させて頂く。

 

「陛下、姫様もお疲れかと思います。先に宿を取りましょう」

 

 王の横に張り付いて視線を宿へと誘導、ついでにエイトさんへ目配せしてヤンガスさんの方を見てもらう事にする。

 

「ゼシカさんはどうします? この町の人に話を聞くならヤンガスさんと一緒に行った方がいいと思いますが」

「そうね、そうするわ」

 

 ではゼシカさんの事もよろしくとエイトさんに頷いて、こちらは王を抱えて宿へと入る。一声かけてから抱えたが、居心地悪そうだ。

 

「のうリツ、抱える必要はないんじゃないのか?」

「対策はやってやり過ぎという事はあまりありません」

 

 軽い抗議は受け流して入ってすぐのカウンターで固まっている男性に声を掛ける。

 

「こんばんわ」

「こ、こんばんわ……」

「宿に泊まりたいのですが、部屋は空いていますか?」

「部屋……」

 

 視線が王に固定されてしまっているので、苦笑しながら慣れてきた遣り取りをして、無事に部屋を借りる事が出来た。姫様も隣の小屋に入ってもらったが、ずっと王が一緒に付いてきて意味ありげな視線を寄越してくる。

 仕方ないかと諦め、姫様にこそっと王に息抜きをさせてくると言ってヤンガスさん達が入った建物へと連れて行く。

 

「ん? なんじゃ騒がしいな」

「酒場のようですから――」

 

 ね。と、繋げられなかった。

 扉を開けたら椅子が吹っ飛んで皿が吹っ飛んでテーブルまで吹っ飛んでいた。吹っ飛ばしているのが柄の悪い男達と、ヤンガスさん。だった。

 をいをいをい。何やってんだと思った矢先、奥でゼシカさんがメラをぶっ放そうとしているのが見えて咄嗟にマホトーンを唱える。

 ゼシカさんの手の中に生まれた火が掻き消えてホッとしたが、見知らぬ青年がゼシカさんの腕を掴んで裏口に行こうとしたので慌てて飛び交う物品を避けて追いかける。と、エイトさんまで連れて行かれている。何やってんだあんたまでと思いながら裏口を出ると、勢いよく出たせいかゼシカさんエイトさん見知らぬ青年に注目されてしまった。

 とりあえずその視線を無視してゼシカさんに近づき、その腕を掴んでいる青年の腕を掴む。

 

「状況がわからないのですが、とりあえずこの手を離していただけますか」

 

 青年は目を瞬かせ、すんなりとゼシカさんの腕を離してくれた。

 

「あんたら何なんだ? ここらへんじゃ見かけない顔だが……。ま、いいや。とりあえずイカサマがバレずに済んだ。一応礼を言っとくか」

 

 軽い調子でエイトさんに握手をして、青年はひらりと腰までのマントを翻した。途端、そこからバサバサとカードがいくつも落ちてきた。

 

「あんまりいいカモだったから、ついやり過ぎちまった。おっと、グズグズしてたらあいつらに見つかっちまう」

 

 言って去ろうとした青年だったが、何かに気付いたように振り返ってゼシカさんをじろじろと見始めた。それはセクハラだろと思って横にずれてゼシカさんを背に隠す。今度ゼシカさんには普通の服を買ってもらおう。などと考えていると私もじろじろと見られていた。

 

「……何か」

 

 後ろに隠した筈のゼシカさんが、今度は私を引っ張って背に隠した。庇われたようだが……あの、今貴女マホトーン掛けられて魔法使えないから危ないんですよ。と、思っても不利になる情報なので言うに言えない。

 

「オレのせいで怪我をさせてないか心配でね。大丈夫かい?」

「あいにく平気よ。じろじろ見ないでくれる?」

 

 青年は肩を竦めグローブを取ると指から指輪を抜き取った。

 

「助けてもらったお礼と今日の出会いの記念に」

 

 ゼシカさんの手を取り指に――嵌めず、持たせた。流石にそれは無かったか。

 

「オレの名前はククール。マイエラ修道院に住んでる」

 

 ゼシカさんは即行手を振り払ったが、青年は気にした風もなくグローブを戻している。

 

「その指輪を見せればオレに会える。……会いに来てくれるよな?」

 

 いやぁ、ゼシカさん相当嫌そうな顔をしているのでそれは無いかと。

 

「じゃ、また。マイエラ修道院のククールだ。そちらのお嬢さんも忘れないでくれよ!」

 

 スチャっと手で華麗な挨拶をして行ってしまった。

 マイエラ修道院に住んでいるという事は修道士になるのだろうか。それにしては剣を腰に佩いていたりと様相がそれらしくない。

 

「もう、リツは前に出ちゃダメよ」

「え?」

「あんな軽薄な男に近づいちゃダメ。危ないわ」

「えっと……どうもすみません」

 

 どちらかというとゼシカさんの方が危ないと思うのだが。まぁそれは済んだ事なのでよしとして、触るのも嫌だと言わんばかりにエイトさんに指輪を押し付けているゼシカさんを見ると本気で嫌がっていたんだなと思った。

 わりと見た目が整っている青年だったのでモテるだろうと思っただけに、この反応は面白い。面白いといえばあの青年のキザと呼ぶに相応しい仕草も面白かった。あんな如何にもという言動を取る人が本当に居るとは。世の中奥が深い。

 

「おぉ~い! 兄貴! ここにいたんでげすか!? ずいぶん探しましたでがす。あいつらこてんぱんにとっちめてやりましたでがす。へへへっ」

 

 建物をまわり込んで来たらしいヤンガスさんが駆け寄ってきて自慢げにエイトさんに結果報告をし始めた。エイトさんは相変わらず乾いた笑いを浮かべてこっちに視線を寄越してくるが、私は何があったのか経緯も何も知らないので口の出しようが無い。というのは嘘で、大方あの青年がカードゲームでイカサマをやったとばっちりを受けたのだろうと推測はしているが、でもまぁ褒めて褒めてと言わんばかりに報告しているヤンガスさんの対応はやっぱりエイトさんがやるべきだろう。

 

「エイト! そんな指輪受け取っちゃダメ。マイエラ修道院まで行ってあのケーハク男に叩きかえしてやるんだから!」

 

 ゼシカさんからもせっつかれて、エイトさんの顔が引き攣り始めた。両方から畳みかけられたら流石に対処出来ないようだ。仕方が無い。

 

「何があったのか、宿に戻ってからゆっくり聞かせてもらえますか?」

「はい! そうしましょう!」

 

 助け舟にすぐに乗ってきたエイトさんに笑いが出る。

 

「ちょっと、そんなものいつまでも持っていたくないわ! 早く叩きかえしましょ!」

「ゼシカさん、夜も更けてきましたから明日の朝にお願い出来ませんか? なるべくなら安全に休めるところで休みたいんです」

 

 真面目な顔でお願いすると、ゼシカさんは言葉に詰まりしぶしぶという顔で唸った。

 

「…わかったわ………でも、朝になったらすぐに行くわよ!」

「はい」

 

 ドスドス地面を踏みつけながら宿に向かうゼシカさんにヤンガスさんが「何があったんでげす?」と首を傾げている。エイトさんは押し付けられた指輪を見て溜息をついていた。

 

「私も何が何だかなんですよね。陛下とお店に入った途端椅子が飛んで……あ」

 

 王を忘れてた!!

 

「エイトさん、先に行ってください。陛下を回収していきます」

「回収って……」

 

 エイトさんが何やら呟いているが無視。最近王の扱いが雑になっている自覚はあるが、あの人は周りへの影響を考えずに突っ走る事が多いのでいい加減こっちも疲れてくる。多少雑になっても自業自得だと言いたい。というか、一度怒られるのを覚悟で話し合いをするか?

 表に回ってお店を覗くとカウンターの端っこでグラスを傾けている姿があった。バーテンは王を凝視しているので、さっさと抱えて宿へと戻る。

 店を出る時にちらっと見たが、物品がかなり壊れていた。あれをヤンガスさんがやったのなら幾らか請求されるかもしれない。安全なところで宿は取りたいが払えない額を言われたら是非とも逃げたい。ヤンガスさんとも話し合いをするか。

 

「リツ、わしはまだ飲み足りんのじゃ!」

 

 王のストレス発散したいという気持ちもわかるが、容姿の自覚だけはしてほしい。ヤンガスさんよりもこっちの方が危険度が高いかと判断し、私は人気のない道に王を降ろし膝を折って視線を合わせた。

 

「陛下。陛下はトロデーンの王でございますね?」

「う、うむ」

 

 唐突に態度を改めた私に王は面食らったように頷いた。

 

「では今もトロデーンの民が茨に囚われている事実をお忘れではありませんね?」

「もちろんじゃ!」

「それでは陛下がその姿を見咎められ、捕らえられ、魔物と断じられてしまったら、誰がトロデーンの民を助けるのですか?」

「このわしを捕まえるじゃと!?」

「客観的に判断して、その姿を『普通』だと陛下はお思いでございますか。もしそうお考えであれば、私は姫様を連れて陛下から離れます」

 

 ぎょっとしたように王は目を見開いた。

 

「人は未知のものや、自分よりも強いものに恐れを抱きます。ですから陛下の姿を見て恐怖するのは生存本能を持つものとして仕方のない事だと私は考えています。それを責めたてたところで陛下の姿が元に戻るというわけでも、周囲の見る目が変わるわけでもありません。であれば、陛下自身がそれを自覚し行動しなければ余計な時間を取られます。時間ばかりか、場合によっては私達を含め命を取られかねません。そうなったら誰がトロデーンの民を助けるのですか。

 何の被害も受けなかった私がこのような事を言っては気に障ると思いますが、言わせていただきます。

 トロデ王。あなたはトロデーンの民の事を本当にお考えですか?」

 

 ぱかーんと口を開けて目を見開いていた王は、やがて身体をぶるぶるとふるわせてキッと私を睨みつけた。

 

「馬鹿にするでない! わしはトロデーンの王じゃ! トロデーンの民を助けるのはこのわしに決まっておろう!」

「それはトロデ王一人で為し得る事ですか?」

「なっ……」

 

 今度こそ王は言葉を無くして固まった。

 元々命令する事が仕事だという人に、酷な事を言っている自覚はある。が、もし私が抜けてしまうような事があってもエイトさんに負荷が集中するような温床は残しておきたくない。あの青年は真面目だ。命じられれば困りながらも受けてしまうだろう。

 

「トロデ王は指示をする側の人ですから、エイトさんに指示する事は自然な事だと思います。ですが今は人が極端に足りない状況なのです。希望全てをエイトさんに命じてはエイトさんが潰れてしまいかねません。それをどうかご理解いただきたいのです。

 ドルマゲスの事に関して私は然程お役に立てる事がありませんが、お酒を嗜みたいと言われるのであれば出来る限りお供致しますし、それ以外でもなるべく希望に添えるよう致します。ただ、それが叶わない時はご自重ください」

 

 抑えた声で、高圧的にならないよう注意しながらゆっくりと話す。内容が既に気に障るであろう内容なので無駄かもしれないが。

 じっと目を見て話していると、王は目を伏せ肩を落とした。

 

「……そうじゃな………今のわしに付いて来てくれるエイトには礼を言わねばならんな。お主にも……」

「私に礼は不要です。私はトロデ王がトロデーンの王として民を助ける為に行動されるのであれば、私の目的である恩人の薬師を助ける事にもつながるので、利害一致と判断して付いてきているだけです。もし、トロデ王が民を見捨てるような言動を取られれば、私は私の目的のために動く。ただそれだけの事です」

 

 本当はエイトさんも恩人なので、エイトさんの役に立ちたいとも思っているがそれはここでは伏せておく。果たして私がどれだけ枷になれるのかは不明だが、多少なりともなってくれれば幸いだ。

 

「はぁ……お主には敵わんな。もしやどこかの国に仕えておったのではないのか? こうも説教されるとは…」

「無礼な物言いをして申し訳ございませんでした」

「いや、もう構わぬ。お主に言われると腹が立つよりも自分が情けなくなってきたわい……わしも出来る事をせねばならんな」

 

 神妙な顔をして呟いた王の姿は、城から町の様子を見ていたあの時の姿と似ていた。

 説教と捉えてくれたのなら一先ず成功だろう。これで収まってくれればいいがと思いながら、王を宿へと促した。

 あー……めちゃくちゃ冷や汗掻いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

祈った

27

 

 王との話し合いが無事に終わって安心したら寝坊した。

 ……実に、実に笑えない。今回は王と姫様は残っていて、エイトさんとヤンガスさん、ゼシカさんが指輪を叩きかえす為にマイエラ修道院に向かったらしい。

 リーザス村の事を考えると王が留まったのは進歩だと捉える事が出来る。それはいい。対して私は後退をしているとしか思えない。

 

「そう落ち込む事でも無いと思うがな」

 

 肩を落として洗濯をしているとトーポさんの声がした。

 町外れの井戸で、時間も朝と昼の間なので他に人は居ない。王は上薬草と上薬草で特薬草が出来たので、同じものを作ろうと上薬草をもう一度作ると言って馬車の中に籠っているし、姫様はその傍についてくれている。

 だから姿を見せてくれたのだろう。

 

「旅をした事は無かったのじゃろう? 慣れない事をすれば負荷もある」

「そうだと思いますが……」

 

 問題なのは、私がそれを自覚出来ていないという事だ。歩いて疲れている事は疲れている。足にマメが出来て潰れた時にはこっそりホイミをかけて治したりとかしている。だが、だからといって声を掛けられても目を覚まさない程の眠りに落ちる程ではないと思うのだ。

 声をかけられれば、本当に余程の事が無ければ目を覚ます。揺さぶられても起きなかったのは丸三日動きっぱなしだった時だ。ほとんど失神する勢いで寝たが、それと今とが同じかと問われると違うと断言出来る。普通にベッドに入って、普通に寝ている。

 

「心配ごとか?」

「そう言われると……そうですね。はい、ちょっと不安です」

「何が不安なんじゃ?」

 

 昨日了解を得たゼシカさんの服も洗いながら、どう説明しようかと言葉を探す。

 

「……昔から寝汚くて目覚ましが無いと起きられなかったんですけど、働くようになってからは目覚ましに起こされる前に目が覚めるようになったんです。まして誰かに起こされれば――」

「なるほどの。目が覚めないのが不安なのか」

「はい。疲れている自覚も無いので、どうしてなのかわからなくて」

 

 トーポさんは暫く黙って私の作業を見ていた。

 私もそんな事を言われても答えがあるなんて思ってないので、苦笑いを浮かべてどんどん洗っていく。気にしても仕方が無い事は存外多い。そうは思っても生活に支障が出るとなると考える必要はある。答えを導き出す式を見いだせない問いを前に、正直お手上げではあるのだが。

 

「お前さん、魔力が増えてないかの?」

「え?」

 

 思わず手を止めて顔を上げると、ひょいとトーポさんが石から降りて私の前にしゃがんだ。

 

「やっぱりそうじゃな、魔力が増えておる」

 

 頭を撫でられ、そう言われた。

 

「魔力?」

「魔力じゃ。最初の頃と比べると倍以上のようじゃな。ここまで増えるというのは成長していると言うより力を取り戻しているというように思うんじゃが、心当たりはあるかの?」

「いえ……ない…………なくはないかも」

「ほう」

 

 最初、アミダさんは私に魔力を感じないと言っていた。それから徐々に魔力が回復したと言っていたが、その点に関しては聞いた時から疑問だった。

 ここに来てから私は森を彷徨った。疲労で眠りはしたが、エイトさんに拾われてからは普通に受け答えもしたし、普通に歩きもした。魔力切れで倒れるという事は無かった。魔力切れを起こした時、当たり前だが私は魔法を使っていない。にもかかわらず、魔力切れの症状で昏倒。矛盾だらけだ。

 トーポさんが『取り戻す』と評した事で一つこれに解を見つけたような気がする。

 魔力切れを起こして昏倒した時、何かあったかと言われれば、あった。私はあの時初めてまともに『ここ』が『ここ』である事を認めた。東京でもどこでもない『ここ』なのだと。

 それまで認めなかった世界を認めたことで、私に何らかの影響があったのかもしれない。例えば適応するために魔力の器が形成されたりだとか。であれば眠るたびに器に魔力を取り戻していると仮定してみる事も出来る。……無理矢理すぎるか。

 

「いえ、やっぱり解釈に無理があるので勘違いだと思います」

「そう言わんと話してみてくれんかの?」

「………笑わないでくださいよ?」

 

 笑わないと頷かれたので、しぶしぶ口を開く。

 

「私が居た所では魔法は存在しませんでした」

「ほほう。それは珍しい」

 

 珍しいとか言いながらトーポさんは一つも驚いていない。耐性が出来てしまったようだ。何となくつまらない。

 

「でも、こちらに来てから魔法が使えるようになりました」

「素質があったという事じゃな」

「素質があったのか、身体がそう変化したのか、その辺りは不明です。ですが、今まで無かった魔法を扱うという器が出来たのではないかと思うんです」

「……眠りは、それを満たす為かもしれぬ。そういうわけか」

「根拠はどこにもありませんけどね」

「大きく外れてはいまいて。現にお前さんの魔力は増えておる。どこまで増えるのかがいささか心配ではあるがの」

「……トーポさん、それ、怖いんですけど」

 

 どこまで増えるかわからないって、悪影響ないの?

 

「なに、お前さんなら大丈夫じゃろうて」

 

 ほっほっほと笑ってくれるトーポさん。全く安心出来ないのだが。

 

「トーポさんがそう言うのなら、大丈夫って思っておきます」

「それでいいじゃろう。なに、暴走するような事があってもわしがなんとかしてやるわい」

「頼りにさせて頂きます」

 

 ぽんぽんと私の頭を撫で、トーポさんはネズミの姿に戻った。

 丁度洗濯も終わったので馬車に戻り、王にちょっとどいてもらって洗濯物を干していく。

 

「特薬草と特薬草で何が出来るか楽しみじゃな」

 

 何かの鼻歌を歌いながら楽しげに王は釜を抱えて言う。

 私も特薬草の上位を知らないのでちょっと興味があったりする。自分で作れないのは悔しいがインパスで情報を得られれば何かヒントがあるかもしれない。錬金だと一つ作るのに時間が掛かるが、通常の作成方法であれば複数同時に作る事も可能だろう。

 町を散歩しながら密かに資金繰り計画を立てていると、マイエラに向かっていた筈のエイトさんが町の入口に降り立った。文字通り、空から降りて。

 他人がキメラの翼やルーラを使ったところを見たことが無かったので驚いたが、駆け寄って来たので何事かと意識を戻す。

 

「どうされました?」

「すみませんがリツさんに来て欲しいんです。ちょっと急ぎみたいで魔物を抑えたくて」

 

 何だかよくわからないが、お急ぎらしい。

 

「陛下と姫様はどうしましょう?」

「……言ったら行くと言われますよね」

「言わないというのは無しですよ? 厄介ごとであれば留まってもらえるよう頼みましょうか。宿の方も慣れてきたようですから」

 

 エイトさんは目を伏せ逡巡したのち、頷いた。

 

「お願いします。出来ればここで待っていて欲しいんです」

「わかりました。急ぎというのは修道院側から何か要請されたという理解でいいですか?」

「はい。一応それで合っています」

「了解です」

 

 駆け足で宿へと戻り、馬車に戻っていた王に声を掛ける。

 事情はすっとばして修道院の関係者から頼まれた事があるためマイエラへ向かう事、その間はドニの町で待機してほしい事を伝える。予想通り共に行くと言われたが教会関係の所に姿を見せて混乱を招くわけにはいかないと言葉を変えて三回言ったところで引いてもらえた。

 

「急ぎましょうか。ルーラ使えます?」

「はい、それで来ましたから」

 

 宿を出た所ですぐに手を繋ぎルーラを唱えてもらう。実のところルーラは自信が無くて試した事が無い。便利ではあるがあの浮遊感がどうにも苦手で、それで失敗したらどうしようという気持ちが先に出てしまって踏み出せないのだ。

 エイトさんの唱えるルーラの構築陣を見たので、多分大丈夫だろうというぐらいには心理的に補強されたが自分で使えるようになるのはいつの事やら。必要に迫られればやるだろうがキメラの翼がある分には逃げてそうな気もする。

 マイエラ修道院の前にある橋に降り立つとヤンガスさんとゼシカさんが駆け寄って来た。考えてみればエイトさんもこの二人を残して来るとか何気に酷い。会話なんて続かないだろうしヤンガスさんは大変だっただろう。と、思ったのだが二人とも気まずいとかそういう空気では無い。本当に急いでいるようだ。

 

「やっと来た!」

「ゼシカ、事情は行きながら話そう」

「わかった。リツ、こっちよ」

 

 ゼシカさんが何やら事情を話してくれようとしたのをエイトさんが押し止めた。

 それでゼシカさんもすぐに納得して私の腕を掴み早足で歩きだした。向かう先は修道院の川向いにある細い道とも言えないようなところで、どんどん上流へと昇っていく。ヤンガスさんも察しているのか何も言わない。

 

「この辺りならいいわよね?」

「うん、大丈夫だと思う」

 

 二人が横手の修道院を見ながら確認した。修道院から依頼されたと言っていたが、どうもこの様子はキナ臭い。

 

「あのね、修道院の院長の部屋に道化師が入って行ったらしいの。

 多分ドルマゲスだと思うんだけど、騎士団の連中が通してくれないし危険だって言っても聞く耳持たないしで手づまりだったんだけど」

 

 ゼシカさんの視線を受けて、エイトさんが懐からあの指輪を出した。

 

「ククールの話だと土手を左に進んだ廃墟から院長の部屋へ通じる抜け道があるらしいんだ」

「そこで騎士団員の指輪を使えば廃墟の入口が開くって」

「あの若造は動けないってんでアッシらに頼んできたでがすよ」

 

 なるほど。脱出路を逆走してその院長さんの部屋に突撃するというわけか。

 エイトさんが私を呼びに来て戻った時間を考えると悠長にはしていられないわけだ。ついでに魔物にもかかずらっていられないと。

 早足は駆け足となり、途中からピオリムやら補助魔法を掛けて急いだ。上流の行き止まりには建物の跡地のようなところがあり、石碑のくぼみにある印と指輪の印を合わせると地下へと続く階段が現れた。

 

「急ぎましょう。…もう誰も死なせたくないの」

 

 消えてしまいそうな声でゼシカさんが呟き、ヤンガスさんとエイトさんはそれに強く頷いた。私は握りしめられたゼシカさんの手を持って、力を抜かせる。

 

「大丈夫」

 

 根拠など無い。だが血が滲む程握りしめられた手を放置できなくてそう言い、地下へと急いだ。

 

「レミーラ」

 

 薄暗い中で壁にあった松明に火をつけようとするエイトさんを止め明かりを灯す。中は教会の作りのようだったが、かなり古く崩壊している。足場が悪そうな気配だったが、エイトさんは迷わず走り出したので後に続く。

 カビの臭いと何かすえた臭いが混じり、環境としては悪いの一言に尽きるが一人も口を開かず前へと足を動かす。降りてきたところから反対側となる階段を降りると骸が山積みになっている部屋が見え、反射的に口を押えた。他のみんなは少し眉を顰めただけ。ゼシカさんですらその程度の反応しか示さなかった。

 それが非道だとは思わないし、ここで構っている暇が無いのも理解しているが、言いようのないものが込みあがってきて抑え込むのに苦労した。だというのに、毒沼のような部屋を抜けた先の部屋に居た存在を見た途端抑えが効かなくなってしまった。

 

「おおおヲおヲオオいオ…!」

 

 ボロボロの法衣を纏った魔物にしか見えないそれは地を這うような声で……泣いていた。

 

「苦しイ……くるシい苦シイ……神ハいずコにおらレル? こノ苦しみハイツマデ続く?」

 

 エイトさんはブーメランを、ヤンガスさんはどこで手に入れたのか鎌を、ゼシカさんは鞭を構えた。

 

「おヲオぉお……!! 死ンだ死んダ死んだ死ンダのだ! ミナ苦しミながら死んデ行ッた!」

 

 吐き捨てるように、苦しみをぶちまけるように、しゃがれた声が崩れた部屋に跳ね返り、耳障りな振動に合わせてそこかしこに呻き声を挙げる人々の姿が浮かんできた。黒ずんだ肌は出血斑によるあざか、意識は混濁しているようで時折あげられる腕が地獄から伸びた亡者の様だった。

 

「あノ恐ろシぃ病ガ我ラをコの修道院ノすべテを死に包ンだ! 苦シイクるシイクルシイ……くクククッ。我が苦シみぃッ! 我等ガ苦シミっ! おマエにも味あワセ――」

 

 一歩、また一歩と近づいて来ていた法衣の魔物が動きを止めた。

 

「神ヨ……そこニおらレルのデスか?」

 

 襲いかからんとしていた手から力が抜け、縋る様にこちらに手が伸ばされた。

 エイトさん達がこちらを振り返る前に急いで頬を拭い呪文を唱える。

 

「ニフラム」

 

 光りの中へと敵を消し去る魔法。けれど私の手から広がったのは光ではなく深い藍色の闇だった。

 

「おおヲぉお……っ。神ヨ……ヨウやク……いま………参りマす……」

 

 闇に包まれ法衣の魔物の姿は薄れ消え去った。そこにカランと音を立て落ちたのはロザリオ。最期まで彼は神に祈っていたのだろう。

 

「行きましょう。優先事項は院長です」

 

 口を開きかけたエイトさんの言葉を封じ、続いている道を示す。こちらだってあの魔物の反応もニフラムが光でなかった事も理解出来ないのだ。質問は却下。

 ゼシカさんもヤンガスさんもエイトさんと同じように言葉を飲み込んだような顔をして前を向き、再び走り始めた。

 洞くつのような道を抜けて階段を上ると、ざっと外気に吹かれ外に出た事を知る。場所は川に囲まれた小島で、こじんまりとした建物があった。エイトさん達が迷わず中に入るので院長さんとやらはこの中なのだろう。

 頭を切り替えて入ると、倒れた男性が二人、ドアの横にもたれ掛ってぐったりしている男性が一人。さっと顔色を変えたエイトさんに、上へと続いている階段を指さす。他に部屋は無い。

 

「上に、怪我人は診ます」

 

 駆けあがる足音を聞きながら壁にもたれ掛かっている男性にホイミを掛ける。

 

「ううっ……何者だ……。あの道化師……だ、だれか院長様を……!」

「動かないでください。院長さんなら私の連れが見に行きました」

 

 後頭部から流れる血が止まらない。ホイミじゃ間に合わないのだと理解して試した事の無いベホイミを使う。だが、それでも傷の塞がりが遅い。他にも二人居るのに。

 

「わ……わたしは、いい……あの、二人が」

 

 自分で出血している後頭部を抑え指さす男性に、何を優先したらいいのかわからなくなる。混乱していると自覚したまま男性に突き動かされるように倒れている二人に近づき、息を確認し首筋で脈を見る。弱いが、脈はあった。外傷は見られないが口から血を吐いているから、内臓をやられたのかもしれない。

 一人一人に回復魔法を掛けていては間に合わない。なら複数を対象とした魔法。すぐに解を見つけても、あれは仲間と認定したものを対象としているから果たしてうまくいくのかわからない。何を持ってして仲間と認定しているのかまだ調べてないのだ。

 

「いん……ちょう様」

 

 血を吐いているのに動こうとする男性を咄嗟に抑える。

 迷っている暇は無い。手を拱いて居ては何一つ出来ないままで終わってしまう。

 

「ベホマズン」

 

 緑の魔力光が私から広がった。頼むからここに居る全員に効果があってくれと必死で願う。蘇生魔法とか、本気でやりたくない。やっていいのか悪いのかわからないものをやる覚悟なんて一つも無い。だから、お願いだから届いてくれと祈った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

力が抜けた

28

 

「……ん………さん…………お…さん、お嬢さん」

 

 目を開けると、皺くちゃな手が私の手を包んでいた。顔を上げると小さな丸い目が私を覗き込んでいる。周りを見ると倒れていた男性と同じ青い服装の男性達が、ぐったりしたままの男性を運んでいるところだった。

 

「あっ」

「大丈夫。お嬢さんの魔法で癒えておる。気絶しているだけだよ」

 

 意識の無い男性を見て腰を浮かした私に、皺くちゃの手の主である白髭のおじいさんが宥めるように言った。それを聞いて漸く思考が戻ってきた。

 ちょっと本気で焦った。焦り過ぎて周りが見えなくなった程だ。男性達は剣を履いているからエイトさん達の言っていた騎士団の人なのだろう。ぐったりしたまま運ばれていったが血色は悪くは無かったような気がする。大丈夫だと言うのなら本当に良かった。

 ……で、このおじいさんは誰なんだ? 騎士団の人が周りを囲っているのだが。

 

「お嬢さん、これを飲みなさい」

 

 騎士団の人から小瓶を受け取ったおじいさんは、それを私に渡してきた。特に色はついていない水のようなものだが……おじいさんはうんうんと頷いていて、周りの騎士団の方と思われる男性達も同様に頷いている。

 エイトさん達の話から騎士団の人は融通の利かない人達という印象があったのだが……なんだかえらく心配されているような気がする。

 おそるおそるビンの蓋を取って口に入れると、覚えのある味だった。アミダさんのところでまだ身体を動かせないでいた頃、飲ませて貰ったものに似ている。

 

「全部飲みなさい。それは魔法のせいすいだから」

「え?」

 

 これ魔法のせいすい? って、え? これ魔法のせいすい!? いいの!? というか、何で飲まされてるんだ!?

 

「お嬢さんはつい今しがたまで、ずっとこの修道院全体に回復魔法をかけ続けていたんだよ。おかげでここに居た者も、宿舎で休んでいた怪我人も立ち寄った巡礼者の軽い怪我も癒えた」

「……は?」

「自覚は無いようだが、随分と魔力を使っている筈だから飲みなさい」

 

 おじいさんの言葉を肯定するように周囲の男性も一様に頷いてきた。というか、一斉に頷かないでくれ。怖い。

 まぁ魔力切れの感覚は無いので平気だと思うのだが、ご厚意はありがたく頂戴しよう。手にした小瓶の中身を飲み干して、礼を言っておじいさんに返す。

 

「ありがとうございます」

「礼は私の方だよ。お嬢さんは先ほど私の部屋に来た者達の連れかい?」

「あ、エイトさん」

 

 また忘れてた。どうもいかんな。目の前の事に必死になりすぎるといろいろ忘れてしまう。

 

「あの者達ならマルチェロ、聖堂騎士団で少し話を聞いているところだよ。ここまでどうやって来たのか心配しておっての。すまないが話を聞いている間、お嬢さんは私とおしゃべりでもして居てくれるかい?」

 

 あー……確かに。いくら何でも不法侵入は拙い。入るなと制止されたところにどこからともなく見知らぬ者が現れたらそりゃ捕まえる。でもそうなら私も捕まった方がいいと思うのだが。

 

「あの。私も不法侵入した怪しい輩なので拘束されるべきだと思うのですが」

 

 言外に、エイトさん達のところに連れて行って貰えませんかと言ってみる。

 

「いやいや、お嬢さんが騎士団の者を助けようとしてくれていたのはマルチェロもわかっておったよ」

 

 のう? と、おじいさんが周りの男性に視線を向けると、男性たちはさっと頭を下げた。

 

「はい。院長様のおっしゃる通り、団長から丁重にと言付かっております」

 

 おおう。マルチェロさんというのは騎士団の団長さんか。えらい人にエイトさんはとっ捕まったな。でもって、目の前のこのおじいさんが院長さんだったか。

 

「立てるかい?」

「はい」

 

 頷いて私は足に力を入れ立ち……あがれない。……なるほど。これが腰が抜けた状態か? いや、分析してる場合じゃないだろ。立て、立つんだ。真っ白になったアイツじゃないんだから。

 床に手を付いて無理矢理膝立ちになろうとすると、腕を持たれた。

 

「無理をされないよう」

 

 面長の顔が特徴的な男性が支えてくれて、立ち上がる事が出来た。

 

「ありがとうございます」

「いや、仲間を救ってくれたのだ。これぐらいの事」

 

 礼を言うと小声でそう返してくれた。なんだか話に聞いていたよりいい人そうだ。支えてもらいながら用意されたテーブルにつくと、向かいにおじいさんが腰かけお茶が出された。

 

「お前さん達も休んでいいんだよ」

「いえ、騒ぎがあったばかりですので」

「真面目だのー」

 

 ほのぼのと院長さんは笑う。

 

「あの、取り調べはどのぐらいで終わりますか?」

 

 あんまり長引くようなら先にドニの町に帰った方がいい。納得してもらってはいるが、王があのままじっとしているとは言い切れない。

 

「直に終わろうて。心配ならこの後確認してあげよう」

「ありがとうございます。待たせている人も居るのでそうしていただけると助かります」

「おや、そうならあんまり引き止めるわけにもいかんかの。お嬢さんに聞きたい事があったんだが」

「聞きたい事、ですか?」

 

 持っていた茶器をテーブルに置き、院長さんはつぶらな瞳で私を見詰めるとにこりと笑った。

 

「お嬢さんはどこから来なさったのかと思うてな」

「あぁ、えっと……」

 

 一瞬、王の設定を口にしようか迷った。だがこちらを見上げる小さな目を見ていると設定を口にする必要性を感じなくなった。というのと、嘘がばれた時の影響が大きいと判断して本当のところを一部だけ話す事にした。

 

「恥ずかしながら私は故郷の場所がわからない迷子でして」

「わからない? 何かあったのかい?」

「私にもよくわからないんですが、気付いたらトロデーンの近くに居まして。それで付近の方に助けて頂いて今に至っています」

「ほう……」

 

 おじいさんは茶器を口元にあて、囁くような声で言った。

 

「ひょっとして天界ではないか?」

「はい?」

 

 素で聞き返してしまった。そしたら声を落すようにと手で制されて、あぁ護衛の人が居たんだと理解して頷き返す。

 

「実家は山間の長閑な田舎ですよ。小さい頃は畑仕事とか手伝っていましたから」

 

 当たり障りのない言葉で『天界』などではないと答えると、目を瞬かせて首を傾げられた。

 

「ふぅむ……そうであっても不思議ではないと思ったのだが」

 

 ほう。院長さんは天界をご存知なのか。すごいなそれは。

 

「いや私も見たことは無いんだが、ご先祖様の友人は見たことがあるそうでな。ちょーっとだけ私もその話を聞いた事があるんだよ」

「へぇ。それはすごいですねぇ」

「お嬢さん、信じておらんな」

「いえいえ、そんな事はないですよ?」

 

 天界と言われるとピンと来ないが、天空城とか言われるとドラクエ4、5、6だなぁと思う。ここにあっても違和感はそう無い。

 

「澄んだ空気を纏っておるというのに、興味の欠片もないとは面白いのう」

 

 ほっほっほと笑う院長さんに、私は肩を竦めてすみませんと苦笑する。そんなものを持ち出されても知らないものは知らないし、あんまり関わりたくない部類なので興味もわかない。

 

「院長様、団長がお見えです。そちらの方にお話を伺いたいと」

 

 傍に居た騎士団の男性が一歩前に出て言う。

 

「おお、そういえばお嬢さんの名前も聞いておらんかったの。ここで一緒に聞いてもいいかい?」

 

 院長さんに尋ねられたが、それは私ではなく団長さんの判断に委ねられる事ではなかろうか? と、思って騎士団の人に視線を向けると黒髪をオールバックにした男性が入って来た。他の男性が頭を下げているところを見ると彼が団長さんのようだ。

 しかし何故オールバックにしているのだろう。生え際が非常に心配な感じなのだが。そり込みが危なくないか? 自らオールバックにするというのは潔いのか何なのか……ひょっとして規則?

 

「あの、院長さんが一緒に話を聞きたいと言われているのですが、ここでお話ししても問題ないものなのでしょうか?」

 

 とりあえず聞いてみると、眼光するどい団長さんはちらっと院長さんを見てから、ふっと笑った。

 

「それでは失礼して私も同席させていただきましょうか」

 

 団長さんはそう言って私と院長さんの横手に座った。強面だがちょっと茶目っ気がある人かもしれない。

 

「私は聖堂騎士団団長を務めるマルチェロと申します。名前を伺っても宜しいですか?」

 

 真面目な質問に私も背筋を正し、一礼。

 

「失礼致しました。リツと申します。この度の不法侵入、誠に申し訳ありませんでした」

「ほう。不法に侵入した事を認められるのですか?」

 

 面白がる声に顔を上げると、何かを企んでいそうな顔で笑う団長さんが居た。私は背筋を正したまま苦笑。

 

「責任者である団長さんがご存知ないという事であれば、許可されていない事ですから。状況を理解していなかったとしても事実を見れば不法侵入以外に無いでしょう」

 

 さぁて、どんな罰則があることやら。命取られるのだけは勘弁だ。そうでなくとも厄介ごとは御免こうむりたいので早いところエイトさん達と合流してとんずらしたい。

 

「貴女は誰に言われてどうやってここまで来たのですか?」

「ええと、どなたかはわからないのですがマイエラ修道院の方に道化師が院長さんに会いに行ったという話を連れが聞きまして、もし私達が追っている相手だと危険だと思ったらしいのですが……その」

「どうぞ、気になさらずおっしゃってください」

 

 ちらっと騎士団の人を見て言いよどんだ私を促す団長さん。

 

「騎士団の方に話をしても聞いてはもらえなかったようでして……それで、偶然知り合ったマイエラの関係者の方から脱出路のようなものを教えてもらい、逆走してここまでたどり着いたというわけです」

「マイエラの関係者というのは?」

 

 んー……言ったら罰せられないかな? 確かククールさんだっけ?

 

「すみません。詳しくはちょっと。又聞きなので」

「又聞きとは、あの三名ですか? 男性二人、女性一人の」

「はい。旅の連れです」

 

 団長さんは手を組んでテーブルに置いた。

 

「あの三名との関係は?」

 

 いや、だから旅の連れなんですが。何を聞きたいんだ? と、目を瞬かせると「失礼」と補足された。

 

「あの三名と貴女とがあまりにも不釣り合いに思いましてね」

「不釣り合い?」

「これこれマルチェロ。不釣り合いとは失礼だろう」

「ですが院長、これ程優秀な回復魔法の使い手は教会でもそう多くは居ません。貴重な使い手があのような旅人につき従っているというのは不自然ではありませんか? 聞けば、こちらへ立ち寄った時も馬車の見張りをさせられ参拝もさせてもらえないようだったと修道士が言っておりました」

「そうなのかい?」

 

 いやいやいやと手を振り首を振る。

 

「私が自分で馬車に残っていただけですよ。強制ではなく自分の意志ですから。それに回復魔法とかは一応扱えますけど、魔物を前にすればまともに戦えませんから守っていただいています」

 

 対等な関係だよと、何やら誤解している団長さんに言ってみる。

 

「なるほど。そう言われているのですね」

 

 あらら。この人、猪タイプ? 思い込んだら一直線? どっかの親子みたいだな。となると、否定してもあんまり効果はないだろう。話を変えてさっさと逃げよう。

 

「エイトさん達はまだ拘束中ですか?」

「一応。侵入経路がはっきりしていなかったものですから」

 

 一応、ね。こりゃ助けに行った方がいい感じか?

 

「じゃあそれは判明しましたね」

「ええ。後程確認してみます。ところで貴女はこれからも彼らと旅を続けるのですか?」

「はい。探し物がありますので」

「そうですか……残念ですね。それほどの力をお持ちなら、ぜひともこちらに留まっていただきたいものです」

「無理はいかんぞマルチェロよ」

 

 何やら不穏な事を言う団長さんを院長さんが窘めてくれた。ありがたい。

 

「はい、承知しております。ですから残念だと。

 これも何かの縁です。何かお困りの事があればぜひこちらにお越しください。微力ながら騎士団がお力になりましょう」

 

 ははは。この人、何を考えてるのやら。囲いこまれそうで怖いな。

 

「お心遣いありがとうございます。不法侵入した件はどうしましょう? 何か罰則はありますか?」

「いえ。団員を助けて頂きましたので目を瞑る事と致します。今後は正面からお越しください」

 

 笑って言われたので、こちらも「あはは」と笑いながら頷き返す。

 

「はい、そうさせて頂きます。お話がこれで終わりという事でしたらこれで失礼させていただいても宜しいでしょうか?」

「大丈夫ですか? 魔力をかなり使われたと思うのですが、少し休まれてから出発されては」

 

 私は立ち上がり足の調子を確認する。うん、問題なし。

 

「問題ないみたいです。さっきはちょっと気が動転して腰が抜けてただけで」

 

 人生初体験だが、実際腰を抜かすとかなってみると恥ずかしいものだ。誤魔化しまぎれに頬をかく。

 

「それでは私はこの辺りでお暇――」

 

 さっさとエイトさんを自分で探そうとして、ぞわっと全身に鳥肌が立った。

 同時に院長さんが顔を硬くし、団長さんが立ち上がった。

 

「警備! 誰も中に入れるな! 三名来い!」

「はっ!」

 

 団長さんは騎士団の人に命じると院長さんの手を引き階段を上った。私も院長さんに腕を掴まれてつられて階段を上ったが、鳥肌が納まらない。それにこの全身を覆う纏わりつくような重い空気は覚えがある。

 

「院長はこちらに。動かないでください」

「私よりも――」

 

 ドンと外で音がしてステンドグラスが赤い光に照らされた。たぶん、火があがったのだと思う。団長さんは舌打ちをして下に行こうとしたが、それよりも早く悲鳴と呻き声が響いてきた。

 

「お嬢さん、下がっていなさい」

 

 硬直した私を引っ張って壁際に下がる院長さん。私は引っ張られるまま壁に背を付けたが、階段から目が離せなかった。

 ゆっくりと階段から姿を現したのは道化師姿の、青白い顔の男。足を地面に付けず宙を漂い昇ってきた。

 口の中が乾いて張り付く。重くのしかかる何かが怖くて目を逸らしたいのに逸らせない。殆ど縋りつく様に院長さんの皺だらけの手を握りしめる。

 

「悲しい……悲しいなぁ……」

 

 ぶつぶつと呟くように暗い声を出す道化師の男はふわりと杖を一振り。その瞬間、見えない衝撃が騎士団の男性三名を襲いその身体を吹き飛ばした。

 

「何者だ!」

 

 私達を背に庇い剣を抜き放ち、切っ先を道化師の男に向ける団長さん。一つも怯んだ様子が見られないその姿は頼もしいが、胸の内に生まれた不安は膨らむばかり。

 

「悲しいなぁ……」

 

 道化師の男は杖を掲げた。今度は団長さんの身体が吹き飛び壁に叩きつけられる。鈍い音がして壁にひびが入り、崩れ落ちる団長さん。

 

「兄貴!」

 

 階下から赤い服のあの青年が現れ団長さんに駆け寄った。

 

「……やら…れた……。すべて…あの道化師の……仕業……。奴は…強い…。ゲホッ! だが、あやつの思い通りには……っ!!」

 

 助け起こそうとするククールさんの手を団長さんは払いのけた。

 

「命令だ! 聖堂騎士団員ククール!! 院長を連れて逃げ――」

 

 三度、道化師の男が杖を振るった。逃げろと指示した団長さんと一緒に、壁に叩きつけられるククールさん。

 

「……クックック。これで邪魔者はいなくなった」

 

 高いような低いような、不安を煽る落ち着かない声で道化師の男は嗤った。

 

「くっ……! オディロ院長には指一本触れさせん……!!」

 

 団長さんは確実に肋骨の一本や二本折っている。なのに這ってでも院長さんと道化師の間に入ろうとしていた。

 思考する間もなく繰り広げられた光景に身体が硬直していた。だが、呆けている場合ではない。このままだと冗談抜きで全員――。それは駄目だ。

 

「案ずるなマルチェロよ。私なら大丈夫だ。私は神にすべてを捧げた身。神の御心ならば私はいつでも死のう。……だが、罪深き子よ。それが神の御心に反するならばお前が何をしようと私は死なぬ! 神のご加護が必ずや私とここにいる者達とを悪しき業より守るであろう!」

 

 ロザリオを掲げる院長さんにスカラを重ねがけ。院長さんが狙いである事は先ほどの言葉ではっきりとした。なら、ここから院長さんを逃せば何とかなるかもしれない。負傷した男性五名を抱えて逃れる術など見つからないのだから、そっちに懸けるしかない。

 

「……ほう。ずいぶんな自信だな。ならば……試してみるか?」

 

 階下から駆け上がってくるエイトさんを視界の端に捉え、これ幸いと魔法を唱える。

 

「エイトさん受け取って逃げて! バシルーラ!」

 

 申し訳ないが院長さんをバシルーラでエイトさんの方へブッ飛ばす。虚をつくにはこんぐらいの速度が居ると思っての事だが、すみません。後でいくらでも謝るんで。

 幸いエイトさんとヤンガスさんが二人がかりで受け止めてくれた。良かった。逃走用にバシルーラを研究していて。

 

「マホカンタ!」

 

 こちらに向けられた杖にすぐさま次の魔法を放つと、何かが私の前に現れた虹色の鏡に弾かれて道化師に迫った。

 

「っち」

 

 道化師の男は即座に杖を振って衝撃のようなものを打ち消した。どういう構造か知らないが予想通りマホカンタで弾けたので魔法によるもので間違いないようだ。これならいけるかと思ったが、杖を振りかぶってきたのでヤバいと思ってアストロンを唱える。

 ガッと嫌な音を立てて杖先が私の胸にぶつかった。

 衝撃は全く無かったが、すごい速度だった。アストロンやってなかったら確実に貫かれていた。アストロンのせいで表情筋は全く動かないが、内心盛大に顔が引き攣った。

 

「やってくれますね……」

 

 道化師の男は浮かべていた笑みを引っ込めると、手をこちらに伸ばしてきた。やばい。動けない。

 

「リツさん!」

 

 横合いからエイトさんが見慣れない剣を道化師の男に振り下ろしたが、弾かれて壁に叩きつけられた。

 

「兄貴!」

「エイト!」

 

 続けて鎌を振りかざしたヤンガスさんも、魔法を唱えようとしたゼシカさんも例にもれず吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。何で逃げないんだという文句は後回しにしてアストロンが解けた瞬間に次の魔法を唱える。

 

「ヒャド!」

 

 精度無視威力重視のヒャドを至近距離に居た道化師の男の腹に叩きつけると、腹部から氷が生まれ生き物のように成長し氷塊に男を閉ざした。が、杖が光ると同時にあっさりと氷が砕ける。

 

「アストロン!」

 

 氷解と同時に杖で頭を強打されたが、ギリギリ間に合った。杖は弾かれ道化師の男の顔が歪む。

 

「貴女は……邪魔ですね……」

 

 言うと男は私の首を掴んだ。アストロン中のため絞められているのかわからないが……詰んだ。院長さんは逃げようとしてないし。神の御心だかなんだかしらないが自分の道は自分で切り開いてくれよ! あぁくそっ! むちゃくちゃ怖いってのに!

 

「メ――」

 

 アストロンが解けた瞬間次の魔法を唱えようとしたが、やはり首を絞められていた。息が出来なくて苦しいというより、喉が潰される痛みで生理的な涙が浮かぶ。

 

「これで貴女もお終いです」

 

 首を掴まれたままぶん投げられて壁に叩きつけられた。背骨が軋み衝撃で息が詰まった。頭は辛うじて庇ったもののすぐに動けない。

 

「お嬢さん!」

 

 声に顔を上げると院長さんの背があった。その背から……杖が生えていた。

 咄嗟に手を伸ばすと、ずるりと杖が引き抜かれて小柄な身体が傾いだ。

 

「っベホ……げほっ ベホマ!」

 

 院長さんの胸に手を当て魔力の栓を外し回復魔法を施す。

 

「……悲しいなあ。お前たちの神も運命もどうやら私の味方をして下さるようだ……。キヒャヒャ! ……悲しいなあ。オディロ院長よ」

 

 耳障りな嗤いの中、パキンと何かが壊れる音がした。

 

「そうだ、このチカラだ! ……クックック。これでここにはもう用はない」

 

 硝子が割れる音がした。だが構ってられない。

 

「……さらば、みなさま。ごきげんよう」

 

 せき込みながら魔力供給を続けるが、傷が塞がらない。背中に冷たいものが落ちる。這い寄って来る団長さんの顔色は蒼白だ。ククールさんも強張った顔でこちらににじり寄る。

 私は迷いを振り切り、魔法を切り替えた。

 

「ザオリク」

 

 心臓が嫌な音を立てているのを無視して、魔力を注ぐ。青白い魔力光が院長さんを包んだ。けれど、傷は塞がらない。

 魂を呼び戻す魔法。最上位の蘇生魔法。それが意味を成さない。

 何故傷が塞がらない? ベホマでも塞がらなかったら、それはつまり蘇生じゃないと無理という事ではないのか? それとも院長さんが言うように、これが神の意志だとでも言うのか?

 

「止めなさい」

 

 院長さんの胸に当てていた手を掴まれた。団長さんだった。

 

「もう、止めなさい」

「………」

「もういい」

 

 私は血に濡れた手から力を抜き……魔力の供給を…止めた。

 

「ベホイミ」

 

 床を張ったままの団長さんが私の喉に手を伸ばして回復魔法を唱えた。喉から胸にかけての痛みが消えていく。

 私も団長さんに回復魔法を掛けようとすると首を横に振られた。

 

「他の団員を」

 

 団長さんの言葉に頷いて、ベホマズンを唱える。

 魔力を供給しながら腕に抱いた院長さんを団長さんに任せ、エイトさん達や倒れている男性達の様子を見て息がある事を確認し、階下に降りる。下で倒れていた団員さん達の息も確認し無事であることを見てから外に出る。燃え落ちた橋の向こうには騒ぎに集まる修道院の人の姿が見えたが、けが人は見えなかった。

 膝から力が抜け、その場にへたり込んだ。自分が何を考えているのかよくわからない。ただ、魔力の供給だけは止めないようにした。これ以上、亡くなる人がないように。




感想、コメント、評価とありがとうございます。
予想していたよりも多くの方に読んでいただき恐縮するばかりです。
今後も更新頻度は遅いものの続けて参りますのでよろしくお願い致します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠く感じた

29

 

 死者一名。負傷者――なし。

 団長さんに肩を叩かれるまで魔力を供給した結果なのかどうなのか、院長さん以外の犠牲者は出なかった。

 ドルマゲスについて事情説明を求められたが、それにどれだけ時間が掛かるのかも、エイトさん達の意識がいつ戻るかもわからない状況で王をこれ以上一人にしておくわけにはいかず、血のついた服の替えを借りて着替え、ドニの町から修道院へと連れて戻った。

 頭が回っていなかったせいで王を抱えるという事をせずに中に入ってしまったが、騎士団の人は何も言わず通してくれた。気付いたのはエイトさん達を寝かせて貰っている部屋に着いてからで、とりあえず放置しても問題ないと判断してその部屋に居て貰い、団長さんの部屋に戻った。

 団長さんに請われるままドルマゲスについて事情を説明したが、トロデーンの事まで話していいかはわからなかった為、恩人がドルマゲスに呪われ追っている事を伝えた。それと知っているだけで二人、人を殺めている事も。

 団長さんは最初こそ院長さんの傍を離れようとしなかったが、私の話を聞くと立ち上がり修道院全体に何が起きたのかを説明し、淡々とした顔で葬儀の手配と次期院長としての仕事を始めた。

 

「顔色が悪いぞ」

 

 エイトさん達の部屋に戻る途中に赤い服を着た青年、ククールさんに声を掛けられた。足を止めて口を開いたが、言葉は出なかった。何を言おうとしたのかも、わからなかった。

 

「オディロ院長の死のことはあんたの責任じゃない。むしろあんたが居なかったらもっと犠牲者が出ていた。俺も、マルチェロ団長も、たぶん死んじまってた。

 …………悪かった。危ない目にあわせて」

 

 頭を下げたククールさんに、それでも言葉が出てこない。

 下げられた頭を見下ろして、長い銀髪は黒いリボンで止めていたんだなとどうでもいい事を考えていた。

 何の反応も返せない私を前に、ククールさんは顔を上げて私を見ると眉を寄せた。

 

「あんたは……我慢しなくていい」

 

 我慢?

 

「いえ、我慢なんてしてないですよ」

 

 誤解しているククールさんに、頬が少しだが苦笑の形に動いてくれた。

 我慢していないというのは遠慮でもなんでもなく本心だ。我慢する事が無いので我慢のしようがない。それを言うなら、あれほど身体を痛めつけられても院長さんを心配していたククールさんと団長さんの方が我慢しているだろう。周囲の嘆きの度合いに比べて二人とも異様に落ち着いた様子に見えるが、表面的なものだとしか思えない。

 

「じゃあせめて休んでくれ。あんなに魔法を使って動き回られたら気が気じゃない」

 

 この人も……優しい人だ。自身の動揺を抑え見ず知らずの人間の身を案じるというのは、そう出来る事ではない。

 

「気を使わせて申し訳ありません。一応、魔力切れの症状は経験した事がありますが、まだその状態になる程ではありませんから、どうぞお気になさらず」

「そうだとしても横になっていてくれ。頼むから」

「……では、お言葉に甘えて休ませていただきますね」

 

 エイトさん達にあてがわれた部屋に休むところは用意してもらっている。眠れる気は全くしないが、当事者にこれ以上気を使わせるわけにはいかないだろう。

 大人しく部屋へと戻りベッドに腰掛けたが、やはり全く眠気は来ない。王は最初こそ騒いでいたが、エイトさんたちを休ませたいと伝えるとあっさり寝てしまった。

 外はすっかり暗闇に塗りつぶされているが、私の神経は高ぶったまま昼間を彷徨っているようだ。窓に近づき夜空に浮かぶ月を見ていても、月面はどんなだろうとか興味もわかない。

 

「……う」

 

 ぼうっとしていると声がした。視線を月から部屋へと動かすとエイトさんが気が付いて起きあがろうとしていた。

 

「急に起き上がらないでください。壁に叩きつけられたので頭を揺らされた筈です。吐き気とか視界がぶれたりしていませんか?」

 

 ベッドに近づき肩を押さえて起きあがらないようにすると、エイトさんは額に腕をのせ何度か瞬きをして私を見た。

 

「……ヤンガスとゼシカは?」

「エイトさんと同じく壁に叩きつけられて気絶しています。でも怪我は癒えていますから、直に目を覚ますと思います。

 院長さんは……亡くなられました。みなさん目を覚ますまでどれほど時間が掛かるかわからなかったので、陛下と姫様はこちらまで来ていただいています。騎士団の団長さんにも話してあるので大丈夫です。私達の不法侵入もお咎めなしです」

「……僕はどれくらい気絶していました?」

「まだ二刻程でしょうか。夜中ですからそのまま休んでください」

 

 エイトさんは額から腕を降ろすと、ゆっくりと身体を起こした。

 

「リツさんは?」

「私は大丈夫です。怪我もありません」

「……本当に?」

 

 じっと見つめられ、堪らないなぁと溜息を吐く。

 

「身体的には全く問題ありません。少しばかり神経は高ぶっていますが。

 精神的には……自分を掴み切れていません。ショックなのか、そうでもないのか……」

 

 目の前で刺殺されて、人の身体から杖が生えているのを見て、その光景が目の裏に焼き付いている。だがそれを見て何を思っているのかよくわからない。院長さんとはそれ程親しくしたわけでも無いから、悲しいと思っているのかもわからない。では襲われた恐怖が残っているかと問われると、それもわからない。

 確かに怖いと思っている自分が居る。よく無事だったと思っている自分も居る。けれどその自分はひどく遠く感じる。

 

「……歯が立ちませんでした」

 

 エイトさんは俯き、固く手を握っていた。

 他に吐き出したいものがあるのだろうかと、じっと待ったがそれきり黙り込んでしまった。

 

「……明日。院長さんの葬儀を行われるそうです。今日はもう休みましょう」

 

 ただ起きているのも時間がもったいないと見切りをつけてエイトさんを促す。エイトさんは何も言わず横になったが、時間を置いても眠る気配が無かった。

 目を閉じて横になっているものの張りつめたような緊張感があり、寝入っている人独特の脱力感が見受けられない。迷ったが、ラリホーをこっそり掛けさせてもらった。瞬間的に深い睡眠に叩き落すだけで、誰かに起こされればあっさりと目を覚ますような代物だ。リーザス村の時に普通のラリホーかけたらさすがに拙いと思って調べていたが……バシルーラともども、こういう形で使う事になるとは思わなかった。

 窓に近寄り夜空を見上げると、月を薄い雲が覆おうとしていた。気を紛らわそうとしたものが隠されてしまうと何となくじっとして居られなくなり、一人にしてしまった姫様のところへと抜け出した。

 修道院の中は夜中でも人が動いている気配があり、私達は寝入ってしまったが、彼らにとってはまだ騒ぎの最中である事が知れる。落ち着くのはきっと明日の葬儀を終えて数日置いてからなのだろう。

 厩舎の中に入り、入口に近いところで休んでいる姫様に近づく。姫様はすぐに気付いて顔を上げ、私の姿を認めると立ち上がり頬を寄せてきた。

 

「お一人にして申し訳ありません」

 

 寂しかったのだろうと思って言うと首を横に振られた。再度頬を寄せられ、何かと思い手をやると濡れていた。

 

「……すみません」

 

 泣いていたのかと笑いが出た。心配そうな姫様に苦笑して、木桶を逆さまにして座らせてもらう。

 私の前で足を畳んだ姫様はこちらを覗き込み、まだ心配そうにしていた。

 

「大丈夫ですよ。怪我もしていませんから。ちょっと狼狽えてしまっただけです。

 心配なのはエイトさんです」

 

 どういう事かと首を傾げる姫様に、先ほどのエイトさんの反応を明かした。

 

「ドルマゲスが現れたのですが、手も足も出なかったんです。それがかなりショックだったようで、先ほども落ち込んでいる様子でした。無茶をしでかさなければいいのですが……真面目なきらいがありますからね」

 

 そうだったのかというように瞳を伏せた姫様は、次に顔を上げた時には笑みを浮かべていた。大丈夫と言わんばかりのその顔に、今度はこちらが疑問を浮かべる事になった。

 

「……問題ない、ですか?」

 

 聞くと即座に頷かれた。

 

「けれど、力を付けようとして無理をしたりしませんか?」

 

 首を横に振り、自分と私を交互に指さす姫様。それを見て、なんとなく意味を読み取る。

 

「姫様と、私がいるから無理をしない。出来ない?」

 

 うんうんと姫様は頷いた。

 なるほど。守るべき人を疎かにするほどエイトさんは抜けてはいないというわけか。まぁ焦り過ぎて失念するという事も十分に考えられるので、様子は見ておかなければならないだろうが。

 

「そういう事でしたら心配は要らないと思いますが……無理をしそうなら、姫様からも止めていただけないですか?」

 

 保険のつもりでお願いすると、快く引き受けてもらえた。エイトさんも姫様に止められたら突き進めはしまい。これで良しと思い、立ち上がろうとすると服を咥えられて引っ張られた。

 

「姫様?」

 

 立ち上がれず戸惑い気味に尋ねると、私を指さしている姫様。表情はエイトさんの話をしていた時よりも暗い。というか、心配だと訴えているような感じだ。

 

「ええと……私は大丈夫ですよ?」

 

 本当に? と、首を傾げられた。

 

「感情の整理がつかない状態なので泣いてしまいましたが、寝て起きたら落ち着くと思います。人の死に立ち会うという経験が少ないので、狼狽えてしまうみたいです。こんな姿を見られるのは恥ずかしいんですけどね」

 

 たははと笑って頬を掻く。姫様は半信半疑という様子だったが、あっけらかんと肩を竦めてみせると諦めたように苦笑を浮かべた。

 

「何はともあれ、ドルマゲスがかなり強い魔法使いである事が判明しました。どちらかというと『杖』の力なのかもしれませんが、手強い事に変わりありません。戦闘となれば周囲へ気を配る余裕も無くなると思われますので、姫様と陛下は私と一緒に安全なところに居た方がいいでしょう」

 

 任せてというように姫様は頷いた。流石だ。王を引き止めるという重大な役目をきちんと理解している。ありがたい。

 

「では、また明日から頑張りましょう」

 

 荷台から毛布を取って来て姫様と一緒に寝ようとすると嫌がるように押された。どうやら部屋に帰れと言われているようだ。確かに厩舎の環境は眠る事に適していないが、姫様を一人で寝させるのは避けたい。

 どう言おうか思案していると、姫様は私に顔を近づけて縦に振った。

 人形体の姫様は笑みを浮かべて強い目で頷いている。

 これから何があるかもわからない、だから一人でも大丈夫だとその心構えを見せられたようだ。そうなると、彼女の気持ちを無視するわけにも行かない。

 苦笑してわかりましたと応え、毛布を戻して厩舎の外に出る。

 

「………かといって、部屋に戻っても眠れるとは思えず」

 

 さてはてどうしたものか……

 

 一人になってしまうとどうしようもなく気が抜ける。石畳の通路さえ踏んでいるような踏んでいないような、見えているような見えていないような、そんな事どうでもいいような気分で、自分を遠く感じた。

 一種の防衛本能が働いているのかもしれないなと思いつつ、ぼんやりしたまま歩いていると、いつの間にか院長さんの部屋に続く橋の手前まで来ていた。

 焼け落ちた橋の前には騎士団と修道士の姿があり、彼らは跪き祈りを捧げていた。場違いだと感じて踵を返すと、誰かとぶつかりそうになり慌てて足を引く。

 

「すみません」

「いえ、眠れないのですか?」

 

 誰かと思えば団長さんだった。

 

「あぁ……ええと。…………はい」

 

 誤魔化そうと言葉を探したが、こんな時間にうろうろしている時点で肯定しているも同然。どういう表情をしていいのかわからないまま頷くと、笑われた。団長さんは笑みを浮かべる余裕があるらしい。すごい人だ。

 

「では眠れるものをご用意致しましょう。どうぞこちらに」

「いえ、お手を煩わせるような事ではありません。夜空を見ていれば自然と寝られると思いますから」

「それは既に試した後ではないのですか?」

「………」

 

 図星である。

 

「だからこうして歩かれているのでしょう。どうぞ遠慮なさらず」

 

 反論出来ず、成り行き任せに後をついて行くと団長さんの部屋だった。

 何だろうと思っていると、出されたのはブランデーっぽいお酒。なるほど、アルコールかと納得。

 

「私は嗜まないのですが、寄与される方がおられるのでこうして余っているのです」

「まぁ……寄与されたら換金するのも難しいかもしれませんね」

「そもそも私が酒を換金するというのも難しいですから」

「それは……確かにそうですね」

 

 修道院関係者が嗜好品の類であるブランデーっぽいものを売るとかなったらいろいろ言われるだろう。それはともかく、

 

「私の年齢、いくつぐらいに思われていますか?」

「二十四か五、それぐらいかとお見受けいたしましたが異なるようでしたら謝罪いたします」

 

 驚いた。大当たりだ。

 

「その様子では外れてはいないようですね。これでも様々な人を目にしております。貴女の言葉は子供のそれではありませんでしたから」

 

 私が座ったテーブルの向かいに座り、団長さんは苦笑気味に教えてくれた。

 

「貴女には大変お世話になり、どれ程感謝の言葉を尽くしても足りないくらいです」

 

 一転して真面目な表情となった団長さんに自然と私の背筋も伸びる。

 

「此度の事、貴女がいなければ多くの団員を失っていたでしょう。この私もその例に漏れません。

 オディロ院長については……私達修道騎士団の力不足が原因です。貴女に責はありません。それどころか力不足の私達に代わり最後まで諦めず抵抗された。並みの者に出来る事ではありません」

 

 いや、並みです。怖くて逃げる術を考えていただけの事。

 気遣ってくれている団長さんに正直に言うのは悪いので、曖昧に笑って礼を言っておく。

 グラスに入ったブランデーのようなお酒は、手のひらで包むように持つとふわりと香りが立った。反応もブランデーと同じようだ。いい香りだと思うがアルコール度数の高い酒なので人によっては飲んだ瞬間咽る人もいるし、喉を焼くようなアレが駄目という人もいる。この世界のお酒事情はよく知らないが、これを出されたという事はさっさと潰れて寝てしまえと言われているようだ。軽く口に入れて喉に通すと、思った通り灼熱感が生まれる。

 

「……お強いようですね」

 

 咽なかったからか、軽く目を瞠られた。

 

「アルコールにはある程度慣れていますから」

 

 歓送迎会に留まらず、職場の人間と飲みに行くのはしょっちゅうだ。忙しくても都合がつけば行っていた。部屋で一人ご飯を食べるというのは、話に聞くよりつまらないのだ。

 

「……私はこの聖堂騎士団、ひいてはマイエラ修道院を変えていきたいと考えています」

 

 手を組みテーブルに肘をついた団長さんは視線を落として口を開いた。

 

「私が言うのも難ですが、今の教会は賄賂が横行し不正を正そうとするものが逆に捕らえられ人知れず始末されるような、そんな堕落した組織です」

 

 私は口を挟まず、ただ酒を口に運ぶ。

 酔っ払いを相手にした愚痴だ。素面相手に、それと教会関係者に相手に出来ず私にしているというなら、私は世話になった礼も兼ねて黙って耳を傾ける。

 

「オディロ院長のように恵まれない子らに救いの手を差し伸べる素晴らしい方が居ないというわけではありません。ただそれ以上に教会の権力に目が眩み他人を押しのける者の多い事といったら……

 この聖堂騎士団も中央に優秀な騎士を引き抜かれてばかりです。引き抜かれても田舎者と謗られ結局は騎士すら止めてごろつきに成り下がる者まで現れている有様。何を志し、騎士となったのかすら忘れさせるような中央に何の存在意義があるのか……」

 

 組織は大きくなればなるほど、時が経てばたつほど、最初の理念や在り方が変わってしまう。それは別に組織に限った事ではないが、仕方が無いで済ませたくないという団長さんの思いには同意を示す。

 

「このマイエラ修道院の院長となる事で、私は中央に顔を出す切符を手にしました。皮肉なものですがね………それでも、平等を謳いながら平等からほど遠く、慈悲を謳いながら人を蹴落とす教会に、ようやく手が届くのです」

 

 段々と声に力がこもり、組んだ手からギリッと音がした。

 相当溜まっていたんだなぁと思いながら最後の一口を流し込み、グラスをテーブルに置く。

 

「私一人の力ではどこまで出来るのかわかりませんが、それでも救いを待つ人々を見捨てる事は出来ません。

 リツさん、貴女さえ宜しければ一緒に人々を救っていただけませんか?」

「………申し訳ありません。私には、人を救うというような大それた事は出来ません」

「ご謙遜を。あなたの力は確かに多くの人を救う助けとなります」

「物理的にはそうかもしれません。ですが、結局それだけです。回復魔法を扱える方は他にもおられます。魔力量が違うと言われるかもしれませんが、それこそ数で補えるでしょう」

「しかし数は少ない」

「育てる事は出来ます。人が居ない、人が少ないというのは、事実そうなのかもしれませんが、対応を取る事が出来る問題の一つに過ぎません」

 

 それは仕事でもよくあった事だ。人が居ないから出来る人に仕事がまわる。そして仕事が出来るからさらに仕事を積まれ、病んでいく。何も特殊技能を持った人に限った話ではない。

 

「申し訳ありませんが、私は神という存在を信じていません。それと、人の心を救うような事はとても出来ません。自分の事だけでも手一杯で、他の人まで見る余裕なんてこれっぽっちも無いんです」

 

 今も自分を遠く感じる。話している自覚はあるし、酒に酔っていないと客観的に考える事も出来るが、現実がフィルター一枚隔てて見ているようで実感が薄いのだ。我ながら笑えるぐらい弱い。

 

「何しろ、この歳で迷子ですからね」

 

 苦笑まじりに言えば、真面目だった団長さんの表情がふっと和らいだ。

 

「唐突過ぎたようですね。それを勧めておいて話す内容でもありませんでした。お忘れください」

 

 まぁそうだろう。お酒を勧めて勧誘するって手段としてはちょっと強引。というか、悪辣?

 団長さんもいろいろ頑張っていて手駒が欲しいというところなのだろう。言われたようにこの話は聞かなかった事にする。

 

「お酒を頂いたので、明日には綺麗に忘れています」

「それは良かった」

 

 笑って言えば、団長さんもおどけたように腕を広げて同調してくれた。断られても余裕があるところを見ると、何か他に考えがあるのか大らかなのか……随分と怖い人物かもしれない。

 よし。教会にはなるべく近づかないようにしよう。派手に活動される予感がびしばしする。面倒事は避けるべし。

 話しているうちに頭の中が霞がかってきて、やっと眠気がきたかと思い団長さんに挨拶して部屋を出る。

 エイトさん達の居る部屋に戻ろうとして足を前に出したのだが、酔いが足に来たのか実際には足が前に出ておらず体勢を崩した。

 

「危ない」

 

 腕を引っ張って支えてくれたのは、いつの間にやら立って居た騎士団の方。団長さんの部屋の前に二人で居るので見張りなのだろう。

 

「ありがとう。大丈夫です」

 

 団長さんだけでなく騎士団の人も、今は大変なのだろうと考えていると口が勝手に動いた。

 

「部屋まで送って行きましょうか?」

「いいえ、もう大丈夫。ありがとう」

 

 顔が勝手に微笑み、口もするすると言葉を紡ぐ。何だか不思議な感覚だったが、自分で認識しているよりも酔いが回っているのかもしれない。

 これは早く寝た方がいいと思うものの、騎士の手を離して歩き出す私はゆっくりで、どこかふわふわした足取りだった。

 なんだかこけそうな歩きっぷりに、自分でもおいおいと思っていたが、見ていた騎士の方もおいおいと思ったのか、駆け寄って来てくれて結局部屋まで支えてくれた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

同行者が増えた

 ご丁寧にベッドまで誘導してもらって、ようやく眠りについた。寝るのが遅い時間だったので寝坊するかもしれないと頭の片隅で考えていたが、目覚めはごくごく普通に訪れた。

 が、身体が動かなかった。

 

 目を開けて、まだ部屋が薄暗かったので朝方だろうとぼんやりしていたのだが、身体が動かない事に気付いて金縛りかと内心溜息を吐いた。疲れているとなりやすいと聞いた事はあるが、何もこんな時にならなくてもいいじゃないかと悪態付きながら渾身の力を込めて身体の向きを変え――られなかった。

 身体のどこか一部でもいいから動かせられれば金縛りは解けるので、体位変換は諦めて右手に意識を向けてみる。が、うまく行かない。どうしよう………これでトイレとか行きたくなったらやばい。

 

「っていうか本気でどうしよ」

 

 ……あれ? 声、出た。金縛りって声出るっけ? ……えーと……レム睡眠中のどうたらこうたらで脳みそと筋肉との連動が取れない状態が金縛り、だよな? 呼吸は平気だとしても声って意識的に使う筋肉だから、出そうと思っても出せないんじゃなかったか?

 混乱気味の頭で、何はともあれ打開策を考えていたらゼシカさんが目を覚ました。気絶したところから記憶が寸断しているからか、きょろきょろと周りを見回して首を傾げている。

 

「ゼシカさん」

 

 そっと声をかけると、こちらに気付きベッドから降りて来た。

 

「すいません。ちょっと動けないのでこのままで状況説明しますね」

「動けないって、怪我? 大丈夫? ドルマゲスにやられたの?」

 

 矢継ぎ早に聞かれたので慌てて大丈夫と言っておく。

 

「ドルマゲスが現れてから一晩経過しています。ドルマゲスの狙いはここの院長さんだったようで、院長さんは亡くなられました」

「!?」

「今日、葬儀があるようです。騎士団の団長さんは誰が参列しようとも構わないと言われていました」

 

 ゼシカさんは二歩三歩と後ろに下がると、ポスリとベッドに腰を落とした。

 

「……止められなかったのね」

「団長さんは騎士団の力不足が原因だと言われていました」

 

 ゼシカさんは力なく首を横に振った。

 

「いいえ、私達は知っていたんだもの………もっと力をつけなくちゃ駄目なんだわ。ねえリツ、私に魔法を教えて」

 

 今度はゼシカさんかと思ったが、伏せられた目を上げた時、その目からは焦るでもなく現実を見据えて次に進もうとしているような、そんな堅実さを感じた。ならば、私が取るべき手段は一つ。

 

「私が教えられる事でしたら、喜んでお手伝いさせていただきます」

「ありがと。今度はリツの事もきっと守ってみせるから」

 

 微笑みながら力強く言ってくれるゼシカさん。好意はありがたいので嬉しいが、一つ誤解されている。

 

「あー……その、動けないというのは今朝からなんです。昨夜は意味もなくふらつくぐらいに元気でしたから」

「今朝から?」

 

 再度ゼシカさんは近寄って来て、私の額に手を置いた。

 

「……熱は無いわね」

「はい。意識はしっかりしています」

 

 だから二日酔いでもない。

 と、考えていたらいきなり布団をはぎ取られてあちこち確かめられた。

 

「本当に怪我してないのよね?」

「してない、してないです。力が入らないだけで」

 

 腕を組み考え込むゼシカさん。考え込む前に出来れば布団かけてくれないだろうか。

 

「魔力切れ?」

「…………おお」

 

 ゼシカさんがポツリと言った言葉に、内心ポンと手を打つ。考えてみれば真っ先にそれを思い浮かべても良かった。身体が動かないこれは確かにアレに似ている。

 

「ホイミ」

 

 魔法を唱えると私の周囲に緑の魔力光が躍った。使えるので、どうも魔力切れとは違うようだ。うーん、じゃあ何なんだろう?

 何だと思います? と、ゼシカさんを目だけで見上げると、何故か額を抑え、溜息をついていた。

 

「あのねぇ……魔力切れの人間が魔法使うなんて馬鹿なの?」

 

 ……え………えへ。と、笑いたいが笑えない。ゼシカさんの残念な子を見る目が痛い。はい、馬鹿ですね。でもちょっとは弁明したい。

 

「あ、いや、でもほら、手っ取り早くわかるじゃないですか。数値的に魔力切れの状態だと測る道具も無いわけですし」

 

 魔力切れは身体が動かなくなるという症状を起こす。それは身体の生命維持活動にも何らかの影響を与えるという可能性が高いわけで、いくら測る道具が無いからと言って、その状態でさらに悪化させるような事をするというのは――まぁ、馬鹿だ。

 弁明してみたものの、言っててやるなよ自分と思ってしまった。

 

「だからってね、意識失いかねない事を平然としないでよ。びっくりするじゃない」

「……申し訳ないです。はい。以後気を付けます。はい」

「ええそうして」

 

 はぁと息を吐き、ゼシカさんは私が横になっているベッドに腰掛けた。

 

「リツってマイペースよねぇ……」

 

 え? ゼシカさんの方が我が道を行くタイプでは?

 

「本当に何ともないのよね?」

「はい。あ、ちょっといろいろ試してみます」

 

 魔法が使えるので、キアリーやキアリクを試してみる。まぁ予想通り駄目だったが。

 

「……あのね、さっき私が言った事を覚えてる?」

「いやいやいや、覚えてますって。さすがに覚えてます。魔力切れではないという確信があったからこそ私も試してみたわけです。

 自分の手足の感覚を探っているんですけどね、触れられているという感覚は確かにあるんです」

「それが?」

「キアリーとキアリクが効果を示さない時点で判明はしていましたが、毒でも麻痺でも無いという事です」

 

 果たして神経毒だった場合キアリーが効くのかキアリクが効くのか今一不明だが、そもそも触覚が生きているので麻痺という可能性は低く意味は無いだろうという予想はしていた。

 

「じゃあ何なの? 原因は?」

「原因は不明です。ですが、現象としては脳から発信される電気信号がうまく筋肉に伝達されていないという事だと思うんです」

「……デンキシンゴウ?」

「脳と電気信号についてはこの際省略します。重要なのは、身体を動かす命令を筋肉が受け取れていないという点と、その命令は雷によって出来ているという事です」

「そうなの?」

「はい。なので、微弱な雷を流せば刺激になって動くのではないかと」

「……雷…って、危なくないの?」

「大丈夫です。ごくごく弱い雷なら死にはしません」

 

 多分。デイン系の魔法を弱く、よわーくすれば、多分。怖いので出来れば葉っぱが焦げないかとか何かで試してからしたいが。

 

「……リツ、大人しく寝てなさい」

「いや、でもトイレとか行きたくなったら大変ですし」

「連れて行ってあげるから」

「…………」

 

 ゼシカさんの体格から言って、私を抱えられるとは思えない。

 

「あのね、リツはバイキルトが使えるでしょ。それをまず私に教えなさい。私が自分にかけて運んであげるから」

 

 あ。なるほど。私も以前考えた手だ。

 

「それと、身体が動くようになるまで寝てる事にしなさい」

「はい?」

「ヤンガスとエイトに心配されたい?」

「了解です。寝たふりしてます」

 

 よろしい。というようにゼシカさんは一つ頷き、はぁと溜息をついた。本日二度目だ。幸せ逃げるぞ。

 エイトさんとヤンガスさんが起きそうな気配を見せたので、慌てて私は目を閉じた。ゼシカさんは目覚めた二人に、先ほど私がした説明を繰り返し、私については一度目を覚ましたけれど疲れているのでもう少し寝かせて欲しいと言っていたという事にしてくれていた。

 エイトさんは院長さんの葬儀に顔を出す事にしたようで、ヤンガスさんもそれについて行き、部屋にはゼシカさんと私、王の三人となった。王はまだまだ起きる様子が無いので私とゼシカさんはこそこそと魔法談義を初め、今の所私が試している魔法とその特性を伝えていった。ゼシカさんはとりあえず先にバイキルトをと思ったようで練習を始め、私は出来上がる構築陣の形を見ながら部分的に歪なところを指摘して修正を図り、ついに習得までこぎつけた。これで私のトイレ事情は一歩前進だ。一つも動けないので運んでもらったところでどうしろと? という状態なのには変わらないが、満足そうな顔のゼシカさんを見ていると、まぁなるようになれという気分になってくる。

 ひと段落したので休憩がてら休んでいると、音を拾った。窓の外を見ると雨が降っていた。時刻的には昼過ぎだろうか? 雨の中、葬儀が行われているのかと思って窓に近づき窓を開ける。

 葬儀の時の空模様は、その人の人柄を表すと聞いた事があったが、どうやら迷信のようだ。にこにこと、どこかひょうきんな調子の院長さんが雨というのはそぐわない。どちらかというと、唐突な出来事に天候が追いついていないとさえ感じる。

 

「リツ?」

 

 ベッド脇に椅子を寄せてうとうとしていたゼシカさんが、こちらを見てきょとんとしていた。

 

「なんでしょう?」

「動けるの?」

「は? ……あ、動けてる」

「動けてる、じゃないわよ……全く呑気なんだから………」

「あははは……すいません」

「いいわよ。動けるようになったんだから。良かったわ」

 

 苦笑されてしまった。いやはや、呑気で申し訳ない。

 とりあえずご飯の準備をしようかと考えていると、騎士団の人が食事を持って来てくれた。ご丁寧に五人分。

 ヤンガスさん、エイトさんが戻ってきて、王も起こして一緒に食事を頂き、今後の行動を話し合う。

 今から修道院を出ればドニの町には着くが、団長さんが本調子ではないエイトさんやヤンガスさん、ゼシカさんを心配してもう一晩休むよう勧めてくれたらしい。エイトさんとしては平気らしいが、私が疲れて寝ているという事を考えてそれを有り難く受けたようだ。もう全然平気なのだが、私としてもエイトさん達の方が心配なので休ませてもらえるなら理由はこの際関係ない。

 夕食までごちそうになり、恐縮していると私だけ騎士団の人に呼ばれた。何かと思って行ってみると団長さんのところ。例の話だろうかと思って招かれるままテーブルにつくと、お酒ではなくお茶を出された。

 

「疲労でずっと休まれていたと聞きました。何も考えず強い酒を出してしまい申し訳なく思っていたのです。身体はもう大丈夫ですか?」

「あ、はい。全くもって大丈夫です。あの時はお酒を頂けて良かったと思っています。ちょっと騎士団の方に迷惑を掛けてしまいましたけど」

 

 部屋まで送ってもらった事を言うと、笑まれた。

 

「騎士として当然の事。どうかお気になさらないよう」

「じゃあ団長さんも、どうかお気になさらないよう」

 

 気にするなと言う団長さんに、ならばとニヤリと笑って言えば、団長さんは少し目を開いてから今度は本当に破顔した。

 

「貴女は面白い方ですね」

「面白い、ですか? ええと、ありがとうございます」

 

 なんとなく褒められたっぽいので礼を言うと、ますます笑われた。違ったのだろうか? まぁ何でもいいが。

 のらりくらりと団長さんの話を受け流し、明日の朝出発する事を伝えると軽く引き止められた。それも受け流して部屋に戻り眠りにつく、頭が今後の事を考える余裕が出来たからか、眠れない何てことはなく、あっさりとその日は眠る事が出来た。

 

「――の前にも言ったがオディロ院長の死のことはあんたたちの責任じゃない。むしろあんたらがいなかったらマルチェロ団長まで死んじまってただろう。礼を言う。……さて。その聖堂騎士団長どのがお呼びだ。部屋まで来いとさ。

 じゃあな。オレは確かに伝えたからな」

 

 目が覚めるとククールさんが部屋に居て、そんな事を言っていた。

 聞いたような内容だなぁと思っているとエイトさん達は団長さんのところに行くようで、ならばと私は姫様のところへ行って先に準備をしておこうと動いた。昨日から王が姫様のところに居たので気になっていたというのもある。

 準備が出来て待っていると、エイトさん達がやってきた。ククールさんも一緒なので見送りか何かかと思っていると不穏な空気が流れており、ククールさんから一言「俺も一緒にドルマゲスを追う事になったからよろしく」と言われた。

 どういう事? とエイトさんを見ると『後で』と口パクされ、とりあえず黙っている事にする。

 ドニの町のその先、アスカンタという国が今度の目的地だがドニの町を過ぎたあたりでようやくエイトさんがこそこそと事情を教えてくれた。要約すると、問題行動の多いククールさんを団長さんが理由を付けて修道院から遠ざけたというもの。合理的な思考を持っていそうな団長さんらしいなぁと思ったが、理由はそれだけじゃなく、なんと二人は異母兄弟でなにやらあまり仲がよろしく無いとの事。

 そういえばドニの町でお留守番して居た時に、ここいらの富豪だか貴族だかだった男が子供が出来なくて奥さん以外の女性に子供を産ませたという話を聞いた。

 けれどその男の奥さんにも子供が出来て、そちらの女性は子供ともども捨てられてしまった。それで話が終われば跡目問題の一つで終わっていただろうが、男も奥さんも流行り病で亡くなってしまい幼児が一人残された。頼る相手のはずの親類に全て奪われ、行き付いた先は修道院。奇しくも異母兄が身を寄せた場所。

 話を繋げると、それがどうやら団長さんとククールさんらしい。エイトさんの口ぶりから、二人の関係は相当殺伐としているようだ。

 理由が理由なのでどう言っていいかわからないが、とりあえずあまり触れないようにしよう。かける言葉なんて見つからない。

 なんて悩む必要もなさそうにククールさんはゼシカさんを口説いているわけだけど、なぁんとなくアレはアレでバランスを保つための行為に見えない事もない。多分、女の人が苦手なのではなかろうか。苦手でないとしても、歯の浮くような言葉をまき散らして本心を見せないようにするというのは、何か警戒心を抱いているのかもしれない。

 

「賑やかにはなりましたけど、人間関係が大変になるかもしれないですね」

 

 とりあえず感想を言うと、エイトさんは複雑な笑みを浮かべて肩を落とした。

 昨日まで思いつめたような顔をしていたので、これはこれでいい歯止め効果になったのかもしれない。と、思うのは流石に酷いか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

利用された

31

 

「まぁ……ほら、問題が起きたら起きたで対処しましょ。何とかなりますよ」

 

 と言っても、多分エイトさんが対応するより先に私が動いてしまうだろう。ゼシカさんを襲うような事があれば問答無用で氷像にしてやるし、いざこざを起こすようなら眠らせて放置する。そういう人ではないだろうが、そうなったら遠慮はしない。

 

「リツさん、今わりと酷い事考えてたでしょ」

「へ? 真面目に対策と対応を考えてただけですが。というか酷い事なんて考えるわけないじゃないですか」

「でも顔が怖かったんですが……」

 

 おおっと。

 

「ド直球に言ってくれますね」

「え? …あ。い、いえ、違うんです、怖いっていうのはそういう意味じゃなくて、ただ単に怖いっていうだけでぜんぜん違うんです」

 

 慌てて弁明するエイトさんだが、全く弁明出来ていない。さすが抜けているお方だ。私は目をすぅっと細めて口元に手を当て、優しく微笑んだ。

 

「いえいえいいですよ。全然気にしませんよ。昔から考え込むと真顔過ぎて怖いとか言われてきましたから。別に睨んでないのに睨んでるとか言われましたから」

「そこまで言ってないですって!」

「怖い事は認めるんですねぇ」

「え? それはだからそう…あ、いや、その…えっと、だからその、あー」

 

 先頭を突き進んでいるヤンガスさんに視線をやるエイトさんは、明らかに助けを求めていた。全くもう、この青年は本当に素直すぎる。面白くていじってしまうじゃないか。

 ニヤニヤしていると肩を叩かれ、見ればゼシカさんに言い寄っていた筈のククールさんが横に居た。あれ? と思ってゼシカさんを見ると、こちらを見て肩を竦めている。

 何々? 適当にあしらえ? ……えー、最初の時は庇ってくれたのにもう無しですか? いやまぁゼシカさんに言い寄っているのを見て心配するよりは私が対応している方が安心といえば安心だけど……あれだろうか、私の性格を把握し始めて放置しても平気だと思い始めたとか。

 

「何でしょう?」

 

 とりあえず肩に置かれた手をどかしてキラキラした笑顔のククールさんに聞いてみる。

 

「いや、お嬢さんとはあんまり話せてないなって」

「お嬢さんと呼ばれるような歳でもありませんよ」

 

 日本ならまだしもこちらではきつい。苦笑して言うと、ククールさんはにこやかな笑みを浮かべて私の手を取った。

 

「こんなに綺麗な手の女性をお嬢さんと言わなくて何ていうんだ?」

「手タレ?」

「てた、れ?」

「いえ何でも。気になさらず」

 

 私ごときが手タレだったら世の中手タレだらけになってしまう。

 

「つれないなぁ。俺はもっと君の事が知りたいのに。お嬢さんは俺の事を知りたいと思わないのかい?」

「……まぁ、そうですね。語りたい事がありましたらどうぞ。ちょっとは興味ありますよ?」

 

 何を話してくれるのかは知らないが、話したい事があるのなら聞こう。耳を傾ける姿勢をとると、ククールさんはきょとんとした顔をした。

 

「あれ? ケーハクな男は苦手ってタイプじゃなかった?」

 

 ケーハクさはどこへやら。子供のように首を傾げる姿を見ると感情を抑えていたあの夜の姿が甦る。あちらの方が彼の本質に近いのかもしれない。あれが猫だか何かだかいろいろかぶるとケーハク男になるのだから、女だけが役者というわけでもないだろう。

 

「苦手なタイプはあんまり無いかもしれませんね。面倒だと思うタイプは多いですけど」

「へえ? ちなみにどんな?」

「人の話を聞かない、始終不満を並べてる、空気を読まない、あとは人の嫌がる事をする人、ですかね。パッと思いつくものは」

「嫌がる事をする人も『面倒』って括りなわけ?」

「気にせず相手にしなければそれまでですから。それでもちょっかいかけてくるようなら正面から真剣に相手をしますよ」

 

 笑って言ったら身を引かれた。ちょっと待て、何で引く。

 

「あー……無理。俺、あんたには手を出せねぇわ」

「だと思うよ。リツさんは強いからね」

 

 額に手を当てて力なく言ったククールさんに、これまた何故かエイトさんが同調して頷いている。

 

「そういえばお前、ずっと一緒に旅してたのか?」

「リツさんとってこと? 旅は最近始めたばかりだよ」

「それにしてはえらく慣れたっていうか仲良さげっていうか……」

「まぁリツさんだからね。僕もリツさんじゃなかったらいろいろ遠慮してたと思うよ」

「へえ気心知れたって奴か。お前、何か遠慮しそうなのにな」

「え……そう見えるの?」

「なぁんか流されそうな顔してるからな」

「流されそうな顔……」

 

 ダメージを受けているエイトさんを見て、ククールさんは意地悪そうに口に手を当て笑っていた。どうやらククールさんと私はタイプが近いようだ。エイトさんが禿るといけないので今後いじる役目はククールさんに譲る事にしよう。

 それはともかく放置され始めたので私は姫様の横に移動。王が錬金の話をしてきたので、相槌を打ちながら出来上がったものを受け取って確認をしていく。特薬草と特薬草で出来上がったのは万能薬。回復能力が高く、毒や麻痺の治療も出来るようだ。確かに万能薬と言って差し支えない代物だ。

 ドラクエをやっている時に薬草という『薬』を用いて傷を癒す行為が不思議でならなかったが、実際に効能を目にするとなるほどと納得出来た。薬草を口にした人からホイミの構築陣に似たものが見えたので、一目瞭然だ。

 この万能薬はおそらくだがベホマに匹敵するのではないだろうか。これならばかなりの怪我でも口に入れられればなんとかなるだろう。一家に一台ではないが、一人一個は持っていたい代物だ。次なる道具を生み出そうとうきうきしている王には悪いが、薬草を入れさせてもらう。案の定がっかりした顔をしているが、こちらの意図を察しているようで特に反論は無かった。王は理解さえしてくれれば理不尽な事はしないので助かる。

 

「これは陛下がお持ちください」

「なんじゃ? エイトに持たせればよかろう」

 

 最初に出来た万能薬を返そうとすると王は不思議そうに言った。

 

「いえ、エイトさんは割と自分でどうにかしますから。それより陛下に持っていただいた方が姫様に何かあったとしても対処出来るかと思いまして」

「おお、なるほど。そういう事ならばわしが持っておこう」

 

 王に万能薬を渡していると隣にゼシカさんが並んできた。

 

「ねえ、昨日構築陣を描くんじゃなくて、型に流し込んでるって言ったじゃない?」

「あぁ、はい」

 

 なかなかうまくバイキルトの構築陣を描けなかったゼシカさんが、何かコツは無いかと聞いてきたので、生憎意識して描いた事はないと答えたのだが……やっぱり気になっていたか。

 

「でも、やり方を聞かれても答えようが無いですよ?」

 

 そう言うとゼシカさんは頬を膨らませた。ちくしょー、可愛いな。

 

「何を話してるんだ? 構築陣って聞こえたけど」

 

 間に入ってこようとするな。あんたはエイトさんをいじって遊んでたらいいだろ。

 

「何でもいいでしょ」

 

 しっしっと手を振るゼシカさん。が、ククールさんもめげない。

 

「魔法の事なら俺だって少しは教えてやれるぜ? まぁ回復魔法はお嬢さんの方が上だろうが」

 

 魔法の話にゼシカさんは案の定反応した。

 

「へえ、魔法使えるの」

「一応な。騎士団で覚えさせられるんだよ」

「何を使うの?」

「バギとかだな」

 

 ゼシカさん、聞いときながら微妙な顔をするのはどうかと思うぞ。気持ちは判らないでも無いが。メラゾーマとか、そういうのと比べると使いどころが微妙というか、とりあえずグループ攻撃だから使ってみるかとか、そんな感じになるし。でも確か飛行系の相手には強かったような……そうでもないような……魔法を使うプレイスタイルでは無かったのでその辺は忘れてしまった。それに実際のところ、バギは鎌鼬のようなものだろうから、威力は剣で切りつけるより下手したら上かもしれない。

 

「ふぅん」

「ゼシカは何が得意なんだ?」

「馴れ馴れしく呼ばないでって言ってるでしょ」

「じゃあ何て呼べばいいんだ?」

「………」

 

 何で黙り込むんだそこで。ツンツンしてるくせに妙なところで可愛いところがあるな。

 

「普通にゼシカさんでいいと思うんですが」

「だろ? ゼシカでいいじゃないか」

「いや、ゼシカさん、ですが」

「だからゼシカだろ?」

 

 そうくるかこの男。……よし。ならばこちらも考えよう。

 

「判りましたククール様。そのようにおっしゃられるのでしたら、私もそれ相応に応対させて頂きます」

 

 は? という顔でゼシカさんがこちらを見た。

 まだまだゼシカさんは私という人間が判っていないようだ。対してこちらを窺っていたエイトさんは諦めたような顔をしているので、何となく予想ぐらいはしているのだろう。

 ククールさんは目を瞬かせている。ゼシカさん同様理解していないと見える。ふっ。先ほど話したというのにもう忘れているのだろうか。まぁ彼にとっては覚える必要のない情報だったのだろう。であれば、直接思い知らせてやるのみだ。

 腹に力を入れ、私はそれから延々とククールさんに纏わりついた。近づき過ぎず、遠すぎず。呼び名はククール様で言動は丁寧に。けれどちょっと慇懃に。やることなすこと先手を取って口を出し手を出し、私以外ククールさんとは接触させないよう邪魔をして、延々と辟易するまで纏わりついた。

 で、ククールさんは二日で根を上げた。

 途中ポツリと建っていた教会に泊めてもらったのだが、その中でも変わらず纏わりついていたら教会の人からすごい目で見られた。どうもそれが致命傷だったらしい。文字通り床に膝をついて頼むから止めてくれと言われた。ゼシカさんはそれを見て腹を抱えて笑い。エイトさんは遠い目をして見て見ぬふりをし、事情が呑み込めていなかったヤンガスさんはおろおろしっぱなしで、王は我関せずで寝ていた。

 結局、情けない姿を見れた事で満足したのか、ゼシカさんはククールさんに名前で呼ばれる事を許した。ククールさんが『ゼシカさん』と呼ぶと笑いが込みあがってきて仕方なくなったというのが大方の理由だろうが。

 

「……だからリツさんは強いって言ったんだよ」

「悪かった……俺が悪かった……」

 

 教会を後にしてから、馬車の後ろの方でこそこそ話している二人に近づくと、あからさまにきょどられた。

 

「二人ともワザとらし過ぎますよ」

 

 前を行くゼシカさんに聞こえないよう言えば、エイトとククールさんは顔を見合わせた。

 

「………どこからばれてた?」

 

 ククールさんの問いに私は首を傾げる。

 

「えーと……確証を得たのはたった今、ですね。

 昨日の夜、エイトさんと外で何か話をしていたでしょう? それで朝起きたら膝ついて謝って。さっきもこちらを釣る話の内容をされてましたから」

 

 たぶん、きっかけはどうあれゼシカさんとの壁を壊す一端を担わされたのだろう。結果から見れば私は見事に利用されたというわけだ。

 

「……ほとんどばれてるよ、ククール」

「釣るっていうか……本音しか言ってないんだけどな」

 

 そこは本音なのか。そんなに強いとは思わないんだが。感じ方は人それぞれだから文句はないが。

 

「なぁ、あんたはリツって呼んでもいいのか?」

「どうぞ。拘りはありませんから」

「………なんかそれもつまらないよなぁ」

「ククール……」

「いや茶化してるわけじゃなくってさ、リツって落ち着き過ぎてるから」

「あっ、ククール。リツさんの事、年下とか思ってる?」

「いや? 俺より上だろ?」

 

 私とエイトさんは顔を見合わせた。

 

「ククールって、いくつ?」

「二十」

 

 じゃあ、当たりだ。

 

「どうしてわかったの?」

「どうしてって……まぁ、なんだ。あんな事があったのに取り乱しもせずにお前らの面倒を見てたからな」

 

 はっとした顔のエイトさんに、ククールさんは慌てて手を振った。

 

「やめやめ。暗くなるのは無し。で、リツっていくつ?」

「二十三」

「あ、思ったより若いな」

「なるほど。どつかれたいんですね。了解です。渾身のメラを――」

「待って待って待って! リツさんそれは待って!」

 

 暗くなりそうだったのでここは一つボケでもかまそうかと思ったら、本気でエイトさんに止められてしまった。いくらなんでも最大火力のメラを人にぶつけるなんて出来ないのだが、私はエイトさんにどういう目で見られているのだろうか。

 

「お前何慌ててんだよ、メラぐらい平気だって」

 

 さらっと言ったククールさんに、エイトさんはくわっと目を見開いた。

 

「甘い! ものすごく甘い! リツさんのメラはメラじゃないんだよ!」

 

 エイトさん、それどっかで聞いたセリフだ。何だっけ? これはメラじゃないメラゾーマだ。だっけ? 逆か。メラゾーマじゃない、メラだ。か? あれって誰のセリフだっけ。長男がふははははと笑いながら真似をしていた記憶があるが元ネタが思い出せない。

 

「はあ? メラは所詮メラだろ」

「違うんだよ! 構築陣いじってて、もうメラって言うのもおかしい威力なんだよ! あぁもう説明するより見た方が早いか。リツさん」

「あ。やっていいんですか?」

「面倒なので」

 

 最近エイトさんがはっちゃけてきたような気がする。

 とりあえず余裕綽々のククールさんの前で精度ゼロ、威力最大のメラを空に向かって放つ。

 破裂音はしなかったが、空に綺麗な華が咲いた。たーまやーとか言いたかったが自重してククールさんを見ると、口を開けたまま固まっていた。

 

「ククール。あれ、喰らって平気?」

 

 ククールさんに尋ねるエイトさんの目は、据わっていた。

 

「…………俺が悪かった」

 

 呟き、こちらを見るククールさんの目は恐怖に染まっていた。

 とりあえず私は見た目だけ派手なメラを二人にぶつける事にした。




2014.06.09 誤字訂正(ご指摘ありがとうございます)
2014.06.12 誤字訂正(ご指摘ありがとうございます)
2014.10.14 誤字訂正(ご指摘ありがとうございます)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不安定になっていた

32

 

 冗談交じりで威力皆無の見た目だけ派手なメラを投げたら、エイトさんとククールさんは絶叫を上げ――で、私は本気で怒られた。

 そんなに怒らなくてもいいじゃないか。怪我無かったんだし。驚いただけで終わったんだし。というかそもそも人を使ったのが始まりだったわけで。

 そう思ったが完全に分が悪く非難めいた視線の集中砲火。唯一ゼシカさんが苦笑してくれたが、王も姫様もやり過ぎという顔をしていた。王はともかく、姫様にあんな顔をされるとはダメージが……

 どんよりしたまま足を動かす。何をしでかすか判らないと言われて先頭を歩かされているので、余計に溜息が出る。ちらっと後ろを振り返るとエイトさんとククールさんがタッグを組んで前を向けと手で指示してくる。酷い。

 その二人の後ろでヤンガスさんが申し訳なさそうな顔をしているので、力なく笑って前を向く。最初こそエイトさんに追従していたが、二人がかりで怒られている私を見て気の毒そうな顔になっていたので、この中で一番優しいかもしれない。顔に似合わず。

 

「これ私だから平気ですけど、普通は女性を先頭切って歩かせるとかしたら駄目ですよ?」

 

 ぶーたれながら、今後私に対するノリと同じノリで女性を扱われると危ないと思って忠告のような非難のような抗議のようなものを言ってみる。

 

「大丈夫です。あんな事が出来るのはリツさんぐらいですから」

 

 キッパリとエイトさんに言われた。ついでにゼシカさんが「それに関しては同意するわ」と追撃をかけてくる。

 

「だよな。だいたいどうやって……」

 

 ククールさんも乗っかってきたかと思ったら、不意に言葉を切って横に並んできた。

 

「悪い、もういいわ。馬車まで下がってろ。前は俺が歩く」

 

 私は瞬きを一つ。いきなりの方向転換に面食らったが、何故かに気付いてポンと手を打ってエイトさんに『説明する?』と目で聞いてみる。エイトさんは『した方がいいだろうね』という顔で頷いたので、了解と頷いて隣で真面目な顔して歩くククールさんの肩を叩く。

 

「魔物の事に関して危惧されているのでしたら、大丈夫ですよ」

「過信してると身を滅ぼすぞ」

 

 ククールさんは少し厳しい口調で忠告してくれた。私は頬を掻き、それもそうなんだけどと思いつつ何度目になるかの説明を試みる。

 

「過信に関してはおっしゃる通りだと思うんですけど……私の場合、魔法が使えるから負けないとかそういう話ではなくて、単に魔物が出ないという事を言ってまして」

 

 そういえば魔物はそれでいいが、野盗とか出たらアウトかもしれない。すぽんと頭から抜けていたがヤンガスさんだって元々はそうなのだ。ある意味過信してたかもしれない。

 

「魔物が出ない? せいすいか?」

 

 怪訝そうに問い返してきたククールさんに意識を戻し、曖昧に頷く。

 

「まぁそんな感じでしょうか。魔物と遭遇した事がほとんど無いんですよ」

「運がいいんだな」

 

 魔物が寝てしまう体質? の事を運がいいと捉えるならば、確かに運がいい。こちらに来て早々魔物に襲われる事もなくトロデーンまで連れて行ってもらえたのだから。

 

「まぁ運がいいというのは外れてないですね。

 ただ、そういう話とも違うんですよ。私の周りだと何故か魔物は寝てしまって襲ってくる事が無いんです。全く無いという事は無いみたいですけど、でも外を歩いていて魔物に出くわしたのは数えるぐらいしかなくてですね」

「なんだそりゃ」

「なんだそりゃと言われましても、実際そうなので。但し、私が離れると目を覚ました魔物が一時的に活発になってしまうみたいです」

「本当なのか?」

 

 ククールさんは振り向いてエイトさんに聞いた。ははは、完全に疑ってかかられている。

 もっとも、疑うなら疑うで構わない。教会関係の人間には疑われた方がむしろいいかもしれない。ククールさんの場合はほぼ追放に近い形なのでどちらでもいいが。彼から情報が団長さんへと渡る事はまずないだろうし。

 

「本当だよ。ここまで一度も会わなかったでしょ?」

「…………リツって、何者?」

 

 何者って……。

 気が付けば何故かエイトさんやゼシカさんの視線まで頂いてしまっていた。

 

「ご期待にそえず申し訳ないですが、一般人です」

「いっぱん……」

「いっぱん……」

「それはないわね」

「それはないでがす」

 

 ククールさんとエイトさんが同じ言葉をつぶやき、ゼシカさんとヤンガスさんに即座に否定された。

 そりゃまぁ、土台が一般人でも経験は一般人のそれでない自覚はある。だが、四人とも明らかにそういうのとは違う理由で否定してきているのだから、ちょっとやさぐれたい。絶対さっきのメラが尾を引いているせいだ。線香花火の見た目だけ取り出したメラなのにそこまで警戒しなくたっていいじゃないか。

 いじけて姫様の横に行くが、姫様も興味深そうに私を見るので泣きたくなった。

 

「あ、あれじゃない? アスカンタ」

 

 ゼシカさんの指さす方を見ると、大きな建物の姿が見えた。

 こちらの方角で遠目に分かるような大きな建物を所有しているのはアスカンタ以外に無いようなので、間違いないだろう。

 

「ねぇ……変な幕みたいなのが掛かってない?」

「……本当でがす。あんな黒い布、あっしは見てないでげすが……」

「何でもいいだろ? 早く行こうぜ」

 

 ククールさんが先頭をずんずん進み、それに合わせてこちらの歩も早くなる。城下町に着いてみるとゼシカさんとヤンガスさんが言った黒い布というのが良く見えた。

 おそらく城だと思われるが、一番高い建物の上から黒い布が吊るされており、ついでに城下町の人々の服装も黒系統で統一されていた。

 対してエイトさんは頭は赤いバンダナで黄色い外套に青い服。ゼシカさんは紫の服に赤いスカート。ククールさんは上下とも真っ赤っか。王は黄色に近い橙色の外套。

 この中で姫様と私が一番地味というか、このモノクロの色感の中でもそんなに浮かないような気がする。姫様は大人しめの青い外套を羽織っているだけだし、私は枯れ草色の外套をすぽっとかぶっている。

 

「じゃあ私は陛下と姫様と一緒に宿を確保してきますね」

 

 いつもの要領で王を抱えて足が止まっているみなさんの横を過ぎて宿らしき建物へと入り、陰気な主人に一泊を頼んだ。

 王を見ても大して反応しないので、よっぽどの事があったのだろうと思ったがあまり考えない様にして荷物の整理や溜まった洗濯物の始末にかかる。

 井戸の近くで一人黙々と洗濯物をしていると、目の前にトーポさんが現れた。

 

「大丈夫じゃないようじゃの」

 

 トーポさんは少し曲がった腰を伸ばして私の後ろ――たぶん、城を見上げて言った。

 視点の先には、黒い幕があるのだろう。

 

「身体は大丈夫ですか?」

「わしゃ平気じゃよ。あの程度でどうにかなったりはせん。すまなかったな……姿を見せるわけにはいかないんじゃ」

「いえ、ご無事であればそれで」

 

 トーポさんはその場にしゃがみ、私に視線を合わせた。

 

「怖い思いをさせてしまったの」

「………いえ、怖いというか」

 

 この街へと入り喪の色を見て、瞬間的に院長さんの最期が甦った。

 人体から棒切れが出ているというありえない光景が生々しく甦り、足が竦んだ。冗談を言ったり笑えたりしたので平気だと思っていたのに、意識を逸らそうとすればするほど、この手を包んでくれた暖かいしわくちゃの手を思い出してしまって、身体が震えそうになった。それは怖いからなのか、悲しいからなのか、やっぱりわからない。

 ただ――

 

「――人って、あっさりと死んでしまうんですね」

 

 その事実から、何となく目を逸らしたいのだと思う。

 

「そうじゃな。あっさりと、こんな老いぼれじゃなくとも、あっさりと死んでしまう。生きておるのじゃから、それも仕方のない事かもしれんが……やりきれんの」

 

 呟くトーポさんは、何かを思い出すように目を眇めていた。

 

「エイト達に気を使わせたくないというのはわかるがの、それで心を壊しては元も子もない。心を壊してしまうと……身体も壊れてしまうんじゃよ」

 

 洗濯を続ける私の横に来て、トーポさんは私の頭を撫でた。一生懸命洗濯をしているから、頭を撫でられたところで気にもならない。気にならない筈なのに、ぼろりと涙が零れた。

 

「よう頑張った。痛かったじゃろう。怖かったじゃろう。よくエイト達を助けてくれた。本当にありがとう」

 

 何で泣いてるのかもわからないまま、トーポさんの優しい手があとからあとから涙を押し出す。言葉にならない想いが胸の内に渦巻いて、それを吐き出す事も出来なくて、唯一零れる涙だけがはけ口のようで。

 涙が止まる頃にはすっかり遅くなってしまい、慌てて洗濯物を片付け宿へと戻ると心配してくれたエイトさんが出てくるところだった。

 腫れた目元はホイミで治したので、いつもどおりテヘヘと笑いつつ洗濯物してましたと言うと苦笑された。

 

「遅いから心配しました。大丈夫だとは思ってましたけどね」

「すみません。ちょっと熱中してしまいました。

 そういえばククールさんのはどうしましょ? 私がやった方が手っ取り早いし効率的だと思うんですけど」

 

 ククールさんは自分でやると言ったので手を出してはいないが、エイトさん達と動くなら役割分担した方が負担は少ないだろう。

 

「うーん。本人が根を上げるまでって言ったら絶対根を上げないですよね?」

「だと思いますよ? かなり頑固っていうか、決めた事は覆さないタイプだと思いますから」

 

 ゼシカさんの一件はもともと狙ってというものだ。これと同じではないだろう。

 

「ですよね……まぁ支障が出れば本人も考えると思いますから、それまではいいんじゃないんでしょうか」

「そうですね。とりあえず様子見ですね」

「……あの、リツさん……有力な話は聞けなかったんですけど、ちょっと気になる事があって……全くの寄り道になってしまうんですけど……」

「何かあったんですか?」

 

 歯切れの悪いエイトさんに問うと、ここアスカンタの王様が王妃様を亡くされて二年もの間ふさぎ込んでいるというものだった。ふさぎ込むのは仕方ないが、エイトさんが気にしているのは二年という長いスパンで政を放棄している点。兵の立場からすると気が気では無いらしい。上が飾りなら放棄していても実務レベルがかろうじて支えるだろうと思ったが、実務レベルが困っているという話を聞いてそれは拙いと同意。

 で、実際のところ王様がどの程度動いていないのかと聞くと、引きこもり状態との回答。夜には部屋から出てくるらしいが、昼間は籠りっぱなし。だれが声を掛けても出てこない、食事もろくに取っていない。そりゃ周りが困る訳だと納得した。

 

「一応、夜だと会えるみたいなので……おせっかいの自覚はあるんですが」

「そうですねぇ……国交を考えると、おせっかいでも様子を見た方がいいかもしれないですね。国交、ありますよね?」

「はい。トロデーンとはそれほど交流はありませんが友好国である事は確かです」

 

 であればこちらの身分を明かさないまでも、アスカンタが荒れるのは好ましくない。心情的にというより、乗っ取りなんかされてトロデーンにとって良くない治世になったら問題だ。

 夕食の後、出かけるエイトさん達を見送りながら、この国って他国の人間でも夜に城に入れるんだなぁとしみじみしていると、王に早く休めと言われてしまった。

 姫様のところへと駆けていく背を流し見て、宿の中へと入ろうてして――足がもつれて倒れ込みそうになったところを腕を引かれ支えられた。が、足に力が入らずそのまま座り込んでしまった。

 

「おいおいおい……具合悪いのかよ」

 

 腕を引いてくれたのは先程エイトさん達と一緒に出掛けた筈のククールさんだった。

 

「いえ、健康ですけど……」

 

 立ち上がりたいのに、足に力が入らない。あの時と同じだ。痺れているわけでもなく、触れている感覚もあるのに動かす事が出来ない。まるでギアが噛みあっていないというか、完全に外れているというか、とにかく一ミリも動かせない。ただ、あの時と違って今回は大腿から下のみなので這う事は出来そうだ。

 

「ところでククールさん」

「ん?」

 

 参ったなと頭を掻いてしゃがんだククールさんは生返事。たぶんどうしようかと考えてくれているのだろう。

 

「城に向かわれたのでは?」

「あぁ……ちょっと気になってな」

 

 私の足に手を翳し、ホイミを唱えてくれた。まぁ案の定と言うか改善は見られない。ククールさんの顔がさらに渋いものになった。

 

「いやいや、深刻なものじゃないですから。一時的なものですから」

 

 たぶん。たぶん、そうだったらいいなという希望的観測だが。宿の正面入り口に座り込んでしまったので、邪魔にならないようにずりずりと横へ移動しようとしたら溜息を付かれた。

 

「あ、重いですから結構ですよ。人ひとり抱えるのは腰に負担が掛かりますからね」

「あんたなぁ……」

 

 大腿から下が動かないだけなので助かった。尻と手でなんとか動ける。

 

「足が悪いのか?」

「いえいえ。ぴんぴんしてますよ」

 

 壁にもたれ掛ってパタパタ手を振る。

 

「エイトは知ってるのか?」

「持病も無いですから知りようもないですね」

 

 溜息をつかれた。目の前で足が動かないって状態で平気だと言っても全く説得力が無いという事は認識しているが、事実だから仕方が無い。

 

「ちょ!?」

 

 いきなり抱え上げられた。慌ててバイキルトを掛けるが、何しやがるんだこいつは。

 

「……支援魔法も使えるのかよ。あんたほんと器用だな」

「その前に、やるならやると言ってくださいよ」

「言ったら拒否するだろうが」

「しますよそりゃ。腰痛めますよ? 若さにかまけて無理してたら壊しますからね?」

「あー平気平気」

「あ、ストップ。待ってください、ベッドは無しです。椅子で、椅子に座ります」

 

 部屋まで運んでもらいベッドに降ろされそうになったので、慌てて椅子に変更願う。さっき地面を尻で這ったのにベッドに腰掛けるなんてとんでもない。

 

「ちゃんと座れるのか?」

「大丈夫です。動かないのは大腿から下なので姿勢維持は上半身で可能です」

「………そうか」

 

 椅子の背にしがみつく私を見て、なんとも言えない表情のククールさん。見た目が情けないのは承知の上だ。ちょっとは汲んでくれたっていいのに、まだまだ若い証拠だ。と、強がって見る。

 

「ところで何か用事があったんじゃないんですか?」

 

 私は平気なのでどうぞ用事を済ませてくださいと勧めてみる。決して視線に耐えきれなくなったわけではなく、親切心で進めてみる。

 

「あー………いや、城を見た時に足が止まってただろ」

「足? あぁ、みなさん止まってましたね」

 

 街中全部黒系統で統一されていたから、それも無理は無い。

 

「いや俺が言ってるのはあんただよ。城を見て血の気の失せた顔をしてたんだ。自覚あるか?」

「………なるほど」

 

 無くは、無い。だが、それを見られているとは思わなかった。

 

「俺でよければいつでも胸を貸すぜ?」

 

 茶化してくれるククールさんに、こちらもニヤリと笑って見せる。

 

「大変ありがたいお話しですけど、既に慰めて頂いた後なのでお借りする事はないかと」

「なんだ、エイトかよ」

「いえいえ。エイトさんはいろいろ手一杯になるのでそんな事出来ませんよ」

「……ヤンガス?」

 

 『まさかな』という顔で聞いてくるククールさん。想像して笑いが出た。

 

「いえいえいえ。そんな事したらヤンガスさんは狼狽えまくりです」

「……ゼシカ?」

「前を見ている方の足をひっぱる事は出来ません」

「………あのちっこい不気味なおっさん?」

「騒がれるのは嫌なのでそれも無いです」

「……………馬?」

「心惹かれますが、無用の心配をさせるわけにはいかないのでそれも無いです」

「心配って……馬が?」

「まあまあ。私には内緒の強い味方が居るんですよ」

 

 「わっかんねー」と言いながらククールさんは頭を掻いた。

 

「ご心配をお掛けし申し訳ありません。精神的にはこの通り大丈夫ですから」

「みたいだな。はー……味方ってマルチェロだとか言うなよ?」

「団長さん? ないない。恐くて近寄れませんよ」

「へぇ、リツでも怖いものがあるんだな」

 

 軽く目を瞠って驚いた顔をするから何かと思えば、そんな事かい。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

混乱した

33

 

「……ククールさん。これでも本当に一般人なので魔物も怖いし野盗も怖いし、それ以前に刃物を持っている人は全般的に怖いんですよ」

「そうなのか?」

 

 意外だと言わんばかりの顔に溜息が出る。

 こちらでは刃物は子供でも持っているのだから私は過敏反応の部類に入る。そんな事は理解しているが無意識に反応してしまうのは仕方が無い。これでも兵士が持っていた槍とか剣とかに慣れるまで三日ぐらいは必要だった。

 

「まぁ大丈夫っていうのならいいわ。けど、溜めすぎるなよ?」

「そちらこそ溜めこみ過ぎないように。話を聞くぐらいは私も出来ますから」

「そいつはありがたい」

 

 軽く言って笑うククールさん。この反応は何も言わないという事だろう。私から見れば無駄に強がる男の子という感じだ。

 

「あ、戻ったみたいです」

 

 不意に足が動き、立ち上がってみる。

 

「おまっ! いきなり立つな!」

「大丈夫ですよ。椅子を支えにしてますから」

「その椅子だけで支えられるわけないだろ!」

「……確かに」

 

 言われ見れば、立てなければ椅子もろとも転がっていただろう。椅子によっかかっていた分、椅子にあちこちぶつけていた可能性もある。

 

「冷静に納得するなよ……」

 

 額を抑え溜息をつくククールさんに、何となく申し訳ないと謝っておく。

 

「で? 立てるみたいだが違和感は無いのか?」

「えーと――」

 

 足踏みをしてみて、違和感が無い事を確かめる。

 

「無いですね」

「前にもあったのか?」

「あー………二度目、です」

「……魔力切れ――じゃあ無いな。だったらこんなに早く回復するわけがない……」

 

 出来れば真面目に考えないで頂きたい。努めて考えない様にしているのでそう真面目に考えられると、この先身体が動かなくなってしまうんじゃないかとか想像して、怖くて仕方なくなってしまう。

 

「たぶんただの疲れですよ。今までこんなに歩いた事とか無かったですから。それに症状は一度目よりも全然軽いですから回復しているのだと思います」

「そうなのか?」

「はい」

 

 ククールさんは暫し考えるように腕を組んでいたが、私の言葉を受け入れてくれた。そのままエイトさん達が戻ってくるまで雑談をしていたが……何と言うか、ここまで気を使ってくれるとは正直思ってなかった。

 優しい人だろうというのは察していたが、それがそのまま気を配れる人だとは言えない。不器用な優しい人も居る。彼の場合、口がうまいので本心を出さずに人の心配をするというある意味不器用で、器用な事をやっている。

 溜めこまないようにとは言ったが、十中八九溜めこむのだろうと思われ、何とも心配なメンバーが増えたものだと苦笑いしながら眠った。

 翌朝、エイトさんからこの国の王の状態を聞いた。自国の者の話を聞かないのに他国の人間の話を聞くわけも無く、嘆き沈みまくっているという。城で聞いた話の中に、どんな願いも叶える事が出来るという話があり、その話を詳しく知っているらしいお婆さんに会いに行ってみたいと言われた。

 ドルマゲスを追っているのにそんな事をしていてもいいのかとエイトさんは悩んでいたが、王が主君思いの家臣の姿にえらく食いついてパパッと行って来れば問題ないと笑い飛ばした。名実ともにお許しが出たのでエイトさんはホッとした顏で出かけていった。

 興味があったらしいゼシカさんも付いて行ったので護衛だと言ってククールさんも付いていき、ヤンガスさんはいわずもがな。お留守番はいつものメンバーとなった。

 久しぶりに姫様とたっぷり話せ、鬣の手入れを満足いくまで出来た。王は相変わらず錬金に夢中で、釜を見詰めながら不気味な笑いを浮かべている。これ、街の人達が普通の精神状態だったら絶対に見咎められていただろう。直球で不気味ですよと王に指摘するわけにも行かず、思い悩んでいるうちに日が暮れてしまった。

 エイトさん達が戻ってくる気配はなく、これは明日になるかなと思って早めに休む事にした。

 目が覚めた時には良く寝たという爽快感があり、うーんと伸びをして窓を開けると何とまだ夜だった。

 満月が綺麗な夜空に、こりゃ早く寝すぎたかと頭を掻き、どうしたものかと空を見上げたまま眺めてみる。

 むろん、それで答えが降ってくるというわけもなく、それ以前に二度寝以外の道は無いと判っていたので窓を閉めて寝なおそうとした。

 

――――

 

「?」

 

 一瞬、何かが聴こえた気がした。

 締めかけた窓をもう一度開け、耳を澄ませてみる。

 

―――

 

 聴こえた。ぽろんぽろんと滑らかな音。たぶんハープ系の音色だ。

 吟遊詩人でもいるのかと思って寝ようとしたが、どうにも音が気になって外に出てみる。

 小さな音を拾い辿ってみると、城から音が流れているようだった。

 エイトさん達が城に入れたので入っても大丈夫だろうとは思ったが、一人で入るにはちょっと勇気が必要で、どうしようかと迷っていると音は止んでしまった。

 

「………まぁいいや」

 

 行けば良かったとちょっと残念に思いつつ踵を返し宿へと戻る。

 

「お久しぶりです」

 

 不意に声を掛けられた。横を見たら怖いぐらいに整った顔の男性が居て、めちゃくちゃびびって飛びのいた。

 男性は私の反応に目を丸くして、それから「ふふっ」と笑って優雅に腰を折った。手には小型のハープを持っているので、ひょっとすると先程の音はこの男性なのかもしれない。

 

「これは失礼を。どうにも懐かしい気配がしたもので声を掛けてしまいました」

「あ……あぁいえ、こちらこそ驚いてすみません」

 

 丁寧な人………人? 今更気付いたが、この男性、耳が人のそれではない。ドラクエシリーズに何度か出て来ているエルフの特徴である長い耳だ。元々透き通るような白い肌なので、耳の先っぽが月明かりを受けて薄く光っているようにも見える。うむ、実際に見ると非常に奇異に写る。

 

「ようや…お戻りに………ま…たね………よ」

「………え? あ、すみませんちょっとぼうっとしてました」

 

 意識が耳にばかり向いてたので、ちゃんと聞いてなかった。

 申し訳ないと頭を下げると男性は首を横に振った。さらさらと揺れる髪もすごく綺麗だ。青銀というより、露草色で実物として見ると意外と西洋風の顔立ちには合っているのかもしれない。

 

「いえ。ようこそ、異界の客人よ」

「………」

 

 私は唾をのみ込んだ。この男性、間違いなく『異界』と言った。『異界』とは言葉そのままの意味で、この世界ではない異なる世界という意味だ。実際に存在しているとは思われておらず、神話だとかそういう類のものと一括りにされている。

 震えそうになる喉を抑えて、バクバク言っている心臓を宥めて、口を開く。

 

「……異界の客人とは、私の事でしょうか?」

「ええ。私はイシュマウリ。月の光りのもとに生きる者。よろしければ客人の名をお聞かせいただけますか?」

「リツ……です。あの、私がこの世界の人間じゃないと判るんですか?」

 

 問うと、イシュマウリさんは目を閉じた。

 

「貴女の音色は珍しい。この世界には無かった音色です」

「元の……元の世界に戻る方法を、ご存知ないでしょうか?」

 

 気が急ってしまいそうになるのを必死で押し止めて尋ねると、首を横に振られた。

 知らない。と、いう事だ。

 エルフならもしかしてと、そう思った私の期待はあっけなく潰えてしまった。そう簡単に見つかるとは思っていなかったが、長寿で有名な彼らが知らないとなると見つからないかもしれないという可能性が高くなるようで、沈んでしまいそうになる。

 

「残念ながら私には……ですがテアーならば。テアーの一部を宿す貴女ならばそれも可能ではないでしょうか」

「……え?」

 

 イシュマウリさんは目を開き、私の手を取った。

 

「え、あの……テアーって」

 

 戸惑っていると手を引かれ、何時の間にか遺跡のようなところに居た。崩れてはいるが、レンガのようなもので補強された地面で、続く先には石碑のようなものが見える。月明かりだけなので良く見えないが、石碑の上にはシンボルのように動物のような石像もある。

 

「あなたと私はよく似ているようです。

 私は過去の存在と。貴女は現在の存在と共鳴する力を持っている。

 テアーと共鳴した音を紡いでみてください」

 

 振り向いたイシュマウリさんはそう言ってきたが、私には何が何やらだ。

 

「えー……っと。音って、何の事でしょう?」

 

 それに『テアー』もよく判らない。

 イシュマウリさんは私の戸惑いを見て小さく笑うと、手にしたハープをポロンとつま弾いた。

 

「少しお手伝いをいたしましょう」

 

 そう言って奏で始めるイシュマウリさん。そして置いてけぼりの私。

 ハテナが乱舞している私など目もくれず、自分の世界に入ってハープを奏でるイシュマウリさんに『何が何だか』と、戸惑っていると不意に曲が頭の中を流れた。

 多重系民族風音楽。というジャンルがあるかは知らないが、一人の人間が幾重にも声を重ねて作られる民族風の音楽だ。女性ボーカルが幾つもの音階を重ねて重ねて創り上げた世界()は、神の座から堕ちる神を語った物語。厨二と言えばそれまでの、けれど完成された音は美しい曲。

 題材は『堕ちる神』だが詩は神の在り方を語るだけのもので、堕ちる事が強調されているわけでもない。ただ人から視た時の表現がそうなだけだ。私からしてみればどちらかというと『好奇心』と『慈しみ』という印象を受けた曲。

 

「貴女が思い浮かべた音。それがテアーと共鳴した音です。さあ音を」

 

 いつの間にかイシュマウリさんは手を止めていた。

 よく判らないが、今思い浮かんだ曲を奏でてみろという事だろうか? であれば、即答出来る。

 

「無理です」

 

 多重系音楽を舐めてはいけない。中には凡人には聞きとる事さえ出来ない曲があるのだ。そんなものを鼻歌程度しか出来ない私が歌えるわけがない。

 イシュマウリさんは少し困ったように小首を傾げ、やおら微笑むともう一度私の手を取った。

 

「私も一緒に奏でましょう。音を思い浮かべてください」

 

 思い浮かべるまでもなく、さっきからエンドレスで流れている。特徴的なのでなかなか頭から外れないのだ。

 イシュマウリさんは目を閉じると静かに息を吐いて、静かに息を吸い、細い音を紡いだ。

 それはまさしく、私が思い浮かべていた曲の主旋律だった。やっている事といえば手を繋いでいるという、ただそれだけの事。それで私の頭にある曲を読み取ったのかと呆気にとられた。

 

「さあ一緒に」

 

 ぽかんと口を開けて見ていたら促された。

 目の前で主旋律を歌われているので、それを追いかければ無理という事ではなくなった。何の意味があるかはわからないが、流されるままに口を開き八割がたイシュマウリさんに助けられるように音だけを紡ぐ。

 すると、私の中で魔力が勝手に動き始めた。意志とは無関係に蛇口が開き勝手に構築陣を描いて行く。今まで扱った魔法とは似ても似つかない形をしており、しかも大きくて複雑。何なのだろうと思っていると、構築陣から音が流れ始めた。それは紛れも無く今歌おうとしている曲で、しかも主旋律だけではなく幾つかの音が補完されているものだった。驚いている間に構築陣から流れた音がさらに別の構築陣を形作り、そちらからも別の音が流れ始めた。

 繰り返す事十回以上、曲が復元された。こうして改めて聞くと、やはりすごい曲だなと思う。一人でしきりに感心していると、ふわりと身体が浮き上がるような感覚がした。かと思ったら、急に周囲が仄かに光り出した。

 

「目を覚まされましたか」

 

 歌うのを止めてイシュマウリさんは言った。

 私も歌うのを止めたのに、構築陣はまだ音を紡ぎ続けている。

 

「ええ。久し……ぶり?」

 

 私の口が勝手に言葉を発した。

 

「驚いてる」

「客人ですか?」

「そう。口が勝手に動くって」

 

 私はそう言ってくすくすと笑った。

 

「こんにちわ」

「今はこんばんわ、ですよ」

「そうなの。じゃあ、こんばんわ」

「…………」

「…………」

 

 私もイシュマウリさんもいきなり黙り込んだ。かと思ったら二人同時に笑った。

 

「リツさんと言われてましたね。テアーが、貴女に『こんばんわ』と言われたのですよ」

 

 笑いながらイシュマウリさんは教えてくれたが、私の混乱はますます酷くなった。

 

「いや、こんばんわっていうか……あ、しゃべれた」

 

 自分の口を押えたら、またくすくすと私は笑った。

 勝手に自分の身体が動いているという奇異な状況なのだが、不思議と違和感だとか気持ち悪さは感じない。戸惑いは物凄く強いが。

 

「まだ安定しないの。表に出ると貴女は動けない。だから、またね」

 

 ふっと浮遊感が消え、辺りも元の月明かりに照らされるだけの暗闇に戻った。

 

「…………えーと………混乱中なのですが、今の現象は何なんでしょう」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

置いていかれた

34

 

「テアーが安定すればその力を使う事も出来るでしょう。そうなればきっと貴女の道も開ける筈です」

 

 道が開けるのは結構だが、全く質問に答えてくれないイシュマウリさんにどうしたものかと思案。

 試しに沈黙でもって問いかけを表現してみたが、微笑むばかりのイシュマウリさんを見れば通じていないのは明白だ。

 

「先程の現象は――」

「共鳴出来るのはテアーだけではありません。このように」

 

 ぽろんとハープを奏でると辺りから淡い光が零れ出し、白い柱が立ち上がった。音に導かれ姿を見せたそれは、まさしく神殿という表現が合う荘厳な建造物――の、幻となった。

 実に幻想的な光景なのだが、セリフを遮られた方が問題で意識はあんまり向かない。さっきまで無意味に見つめ合う間があった癖に何故セリフを被せてくるのだ。エルフって人の話を聞かないタイプだっただろうかと思い返してみるが、所詮ゲーム内の彼らはプログラム。一定の言動しか取らないので話を聞かないタイプかどうか判別出来るわけもない。

 

「これはこの場が覚えているかつての姿。同じように貴女も現在に共鳴する事が出来ます」

「あの、まずは『テアー』が何なのかを教えていただけないでしょうか」

「テアーは……テアーだとしか言えないのですが……」

 

 『先生、判りません』と、シュピっと手を上げて聞いたらイシュマウリさんは言葉を探すように言いよどんだ。良かった。意思疎通が出来ないわけではないようだ。

 

「どう言ったら良いのでしょうか………」

「エルフの方ですか?」

「エルフ? いいえ、とんでもない」

 

 慌てたようにイシュマウリさんは否定した。

 なるほど、この反応では人でもないだろう。となれば……うーん。ドラクエがベースであるならば、あれだろうか。全くといっていいほど耳にしないが。

 

「精霊でしょうか?」

 

 イシュマウリさんはハッとしたような顔で私を見た。その驚きにはどうして知っているのだという疑問と、それを知っていても不思議ではないかもしれないという納得の相反するものが混ざり合っており、実に微妙なものとなっていた。

 

「ルビス……様、の事だったり?」

 

 呼び捨てはまずいかと思って尊称をつけて聞いてみると、イシュマウリさんは我に返ったようにゆるりと首を横に振った。

 

「いえ……そのようなお名前ではなかったと。貴女は他のテアーをご存知なのですか?」

「とんでもない」

 

 慌ててこちらも手を振る。

 

「お名前を耳にした事があるだけです。面識なんてないですから」

「そうでしたか……ですが、テアーの欠片を宿す貴女ならば出会っていたとしても不思議ではないかもしれませんね」

「その『欠片』というのは?」

 

 生憎と、それらしきものは何も持っていない。

 袖とかポケットとかあさっていたら笑われた。

 

「形あるものではありません。貴女の魂を依代としたテアーの一部の事ですよ」

「たましい……?」

 

 何やら怪談めいた話になってきた。止めてくれないだろうか? その手の話は得意ではないのだが。

 

「何をお考えになり数多の欠片となられたのかまでは私にも……まさか異界に渡られているとは思いませんでした」

「ええと……その、依代となる事で私の日常生活に影響は無いのでしょうか?」

 

 憑かれてて平気なのか!? と、直球で尋ねたいのを堪えて尋ねる。

 

「さあ、私も初めてお目にかかりますので」

 

 ひくりと口元が引き攣った。

 

「おや……名残惜しいですがそろそろ月の光りが陰る時ですね。またお会いしましょう」

「は? あ――」

 

 消えた。呼び止めようとしたら、イシュマウリさんはすぅっと消えた。

 

「……に…逃げられた」

 

 無意味に前に出してしまった手を頭にやり、明るんできた地平線に目を眇める。日の姿はまだ無い。それでも空は確かに夜の帳を上げつつあり、漆黒から紺へと色を変えている。

 空へ向けていた視線を地平へ戻し、周りをぐるりと見回してさらに十数秒。現実を見てがっくりと膝をついた。

 まさかこの歳になって『知らない人について行っては駄目』という小学生レベルの注意事項に引っかかるとは思わなかった。

 遠目からでも判る。この場所は素晴らしく高い。山の稜線が下に見えるのだ。それはもう高いだろう。

 頭痛を感じつつよいせと立ち上がり、とぼとぼと端まで歩いてみるが、やはり高い。ついでに降りる道が見当たらない。まさかと思いながら端を回ってみたが、どこにも降りる道が無かった。まるで断崖絶壁の頂上にドンと遺跡をのっけたような感じだ。

 

「…………おー…ほっほ……」

 

 よしんば降りる道が見つかっても、どの辺に居るのか判らないので迷子再びだ。迷子の迷子とか誰得なのだろうか。思わず変な笑いが漏れた。

 取りあえずエルフからは距離をとろう。早々会う事も無いかもしれないが、またこんな風にどことも知れないところに放置されてはたまったものではない。

 

「……キメラの翼は持ってないんだよなぁ」

 

 ポケットやら懐やらを漁るが、記憶の通りキメラの翼は無かった。寝間着にしている簡素な服に外套をひっかけて出ただけなのでそれも仕方がない。従って必然的にルーラしかないのだが……未だに自分でルーラを唱えるのには抵抗があったりする。

 小一時間程うだうだ悩み、幾度も深呼吸をして気持ちを整える。

 

「ルーラっ!」

 

 最初はふわりと、けれど一瞬の後にぐんっと引っ張られるように空へと舞いあがった。

 強制移動させられる時の浮遊感とかは慣れて来たが、すごいスピードで飛ばされるのは怖い。安全装置無しのジェットコースターのようで、もういっそ目を閉じていたいが到着した時の着地にしくじるのも怖いので閉じる事も出来ない。

 それにしても結構飛んでいるので随分と離れたところに居たようだ。と、冷静に分析する事で心頭を滅却すれば火もまた涼しを体現しようとしたものの、アスカンタの街の前に降り立った時には足がガクガクしていて暫くまともに歩けなかった。世の中、精神論でどうにかなるならもっといろいろどうにかなっているだろう。当然の帰結だなと自嘲しつつよろよろと宿へと戻った。

 部屋に入り椅子に腰かけると、どっと疲れが押し寄せてきた。

 

「えらい目にあった……」

 

 どてーと机に突っ伏して、ぼけーっとする。

 夜中に目が覚めて、それからわずか数時間の事なのに疲労困憊だ。

 

「……『テアー』が表に出ると、私は動けない」

 

 ぼんやりしたまま知らず呟いていた。

 今まで二度、身体が動かなくなるという事があった。けれどいずれも『テアー』なるものが『表に出た』という感覚は無かった。私が気付かないだけで『テアー』なるものは表に出ていたのだろうか。

 あの時、私の口が勝手に動いて言葉を発した時、嫌な感じはしなかった。違和感もそんなに無い。不思議だなとは思うがその現象に対して危機感というものをまるで抱いていなかった。

 

「……鈍いのか?」

 

 鈍感というのはあるかもしれない。

 マイペースだと評された事もあるので、察しが悪いだけという可能性もある。

 

「まぁいっか。考えても判るわけないんだし」

 

 段々と日が昇り朝日が差し込んできた。朝日に目を細め、いい加減動くかと思って立ち上がろうとしたら、ずるりと姿勢が崩れて床に転がった。

 ごん、がん、と腰やら肩やら打ちつけてしこたま痛い。伸びていた腕が丁度クッションになって頭はぶつけなかったが、それでも十分痛い。

 

「……ホイミ」

 

 またしても動かない身体に溜息を堪え、とりあえず痛いのでホイミを唱えておく。骨にヒビでも入っていたら嫌だ。

 

「リツー、起きておるか? エイト達は……」

 

 ノックも無しに入ってきた王の言葉が止まった。

 寝っころがったまま目だけで王を見上げる私と、背伸びしてドアを開けたまま固まっている王。

 沈黙を破ったのは王だった。

 

「……何をしておるんじゃ?」

「寝苦しくて転がってたら床に転がり落ちてました」

「………エイト達は戻ったか?」

「部屋に居なければまだかと」

「…………………起きぬのか?」

「もう少し床の冷たさを味わっていたく」

「………………………そうか」

 

 王は静かにドアを閉めていった。

 見てはいけないモノを見てしまったという反応に涙。ましな言い訳を出せなかったので自業自得だが、変な人間だと確実に思われただろう。今後の旅路が不安になる。宿で床を勧められるようになったらどうしよう。

 それは嫌だなぁと思いながら目を閉じる。

 どうせ動けないのだから寝てしまえと思って寝たのだが、帰ってきたゼシカさんに見つかってしこたま怒られた。ちゃんとベッドで寝なさいと。その頃には身体が動くようになっていたので正座して聞くしか手が無かった。

 

「お帰りなさい」

「遅くなりました」

 

 ゼシカさんの説教から解放されて表に出てみると、馬車の用意をしているエイトさんを見つけた。

 アスカンタの王がどうなったのか、ゼシカさんには話を逸らすなと怒られそうで聞けなかったのでエイトさんに聞いてみる。

 

「どうでした? 王様は何とかなりました?」

「すごく不思議な事がありましたけど、なんとか王様の気持ちを前に向ける事が出来ました」

「お城の人も一安心?」

「です。実はお礼にと食事を振る舞われていて、それで遅くなったんです。僕らだけで申し訳ないんですけど……」

「功労者はエイトさん達ですから気にする必要はありませんけど……」

 

 王なら「ずるい」とか言うかもしれない。そう懸念した私に、エイトさんは乾いた笑みを浮かべた。

 

「陛下は拗ねちゃいました」

「ははは……まぁ予想通りの反応ですね」

「ですよねぇ……わかってはいたんですけど……」

 

 ヤンガスさんあたりが突っ走ったか。ククールさんもその場のノリで便乗したか。流されるエイトさんの姿しか想像出来なかった。

 

「お疲れ様です。まぁ適当に話を逸らしますから」

「お願いします……」

 

 背中が煤けて見えるのは目の錯覚ではないだろう。この歳で気苦労が多いと言うのも憐れだ。

 

「アスカンタの次はどこに向かいます?」

「南にパルミドという街があるそうです。そこに情報を扱う人が居るってヤンガスが言っているので、そこでドルマゲスの情報が聞けないか確認しようという事になりました」

「パルミドですか?」

 

 地図で確認すると距離がある。ついでに道も整備されていないようだ。

 

「………ちょっと思ったんですけど、ヤンガスさんにキメラの翼を使ってもらうっていうのはどうでしょう?」

 

 そうすればあっという間にパルミドだ。

 

「難しいと思います。キメラの翼は三ヶ月以上離れていた場所には飛び辛いですから」

「そうなんですか?」

「はい。だから他国へと使者を送る時はどうしても直接向かうという事になるみたいです」

 

 へぇ。それは知らなかった。

 行商人がキメラの翼を使わないのには関税とかの問題があるからだと思っていたが、物理的に支障があるのか。

 そういう事ならば地道に行くしかないだろうと納得して準備を手伝い、アスカンタを出発する。

 アスカンタから南方へと向かう道は整備されておらず、太陽の位置を目安に方角を適宜確認しながらの道となった。

 

「不思議な事があったって言われてましたけど、具体的にはどんな事があったんです?」

 

 そういえば変な事言ってたなと思って聞いてみると、先を進んでいたエイトさんは振り向いて答えてくれた。

 

「願い事が叶う丘があるって話を聞いたんです。

 何も手がかりが無かったからそこへ行ってみようという事になって、実際に行ってみたんですけど」

「あぁうん。驚いたわよね」

 

 エイトさんの視線を受けて続けたのはゼシカさん。

 

「昼は何の変哲もない場所だったのに、夜になったら月明かりで扉が出来たんだもの」

「扉?」

「元々何か建物があったんだと思うが、ほとんど壊れててな。それで残った窓枠が月明かりで影を作って、その影が壁に伸びたら光りだしたんだよ」

 

 姫様の向こう側から話に加わるククールさん。

 実にファンタジーな内容だが、影が扉になったという事だろうか? うーん。どうにも想像し難い。

 

「エイトが壁を押したら影の線にそって動いたの」

「真っ白で何があるのか見えなかったでがすが、兄貴が入っていったんであっし達もついていったんでげす」

「そうしたらいくつも月が浮かんでいる不思議な空間に出て、そこでイシュマウリっていう人に会ったの。彼が城に残った王妃の記憶を王に見せて、それで立ち直ったのよ」

 

 ……今、なんと?

 

「イシュマウリ、さん。ですか?」

「そう、不思議な人だったわ。いつの間にか消えちゃってたんだけど」

 

 そうか。消えたのか。そっちでも。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

雑談した

35

 

「何か気になる事でもあるのか?」

 

 考え込んでいたようで、ククールさんがこちらに来て目の前で手を振っていた。

 

「いえ、パルミドについたらご飯は何にしようかなと。せっかくだから陛下と私と姫様はちょっと贅沢させてもらおうかなって」

「おぉ真か!?」

 

 若干いじけていた王がぐりんと首をこっちに向けて喜色を顕わにした。

 

「ええ。私もちょっと羨ましいなって思ったりしますから」

 

 にやっと笑って言ったら王もにやっと笑って、そうであろうそうであろうと頷いている。

 私が絡んでいるのでヤンガスさんは仕方が無いという風で何も言わず、他は苦笑していた。ガス抜きというのはきちんと伝わっているようだ。

 魔物は相変わらず出現せずのんびりとした旅路は続いたが、人が踏み固めた道が無いため少々馬車への負担が気になる。

 昼食で休憩を挟んだ時に下を覗き車輪を触り、緩みやガタが来ていない事を確かめたが、何分エイトさんも私も馬車についての知識は素人同然。不安はぬぐえない。

 馬車の横で車輪の動きを気にしつつ進み日が陰ってきた頃、迷彩色の建物が見えてきた。パルミドは怪しげな町らしいので、ひょっとしてアレか? と、思ってエイトさんとだべっているヤンガスさんを振り向いて見たが反応してなかった。考えてみれば建物一つを指して町とは言わない。

 

「ヤンガスさん、あれって何です?」

「あれ? ……さぁ、あっしもよくは知らないでげす。怪しげな奴らが入っていったって話は聞いた事があるでがすが……」

 

 怪しげな人間のたまり場。なるほど、近づかない方が良さそうだ。

 

「誰か立ってないですか? ほら、建物の上に」

「上? ……あ」

 

 居た。確かに居た。エイトさんが指さす先に、赤と緑の全身タイツを着て堂々と腕を組み仁王立ちをしている推定五十後半の男が。

 これは絶対に近づいてはいけない。例え首に巻かれた真っ赤なマフラーがヒーローものの主人公っぽく見えても、背景に沈む太陽を背負っていようとも、現実にそんな恰好をしている者は危険だ。いろいろこじらせてしまっている可能性が高い。

 ……はて、この世界にヒーローものの思想はあるのだろうか? 独自であのセンスを形成したというのならそれはそれですごいような……

 

「この辺りで休憩できるところがないか聞いてみましょう」

「え!?」

 

 馬鹿な事を考えていたら思いもよらない事をエイトさんが言いやがった。

 

「車輪の調子がちょっと気になるんです」

 

 過敏反応をした私にびっくり。という顔のエイトさんは、それでも至極真面目に言った。そのエイトさんの横で、ヤンガスさんが今更のように「そういえばそうでげすね」なんて呟いている。

 

「そ、それは……そうですけど、あの人に聞くんですか?」

 

 まじであの人に声を掛けるのか!? という思いでどもりながら聞いたら、やはり至極真面目な顔で頷かれてしまった。

 

「人里があるなら何か壊れてても直せるでしょうから」

 

 それも確かにそうなのだが……。

 いや、パルミドにたどり着く前に壊れたらかなり大変だ。今の段階で故障を見つけて応急処置でも出来れば辿り着くぐらいは出来るだろう。それで駄目ならルーラを使って戻っても仕方が無いと諦めがつく。

 王に断りを入れて小走りに駆けてゆくエイトさんと、それについて行ったヤンガスさんを何とも言えない気持ちで眺め、そっと足を止めた姫様の鬣を撫でる。この中で非戦闘員は私を含め王と姫様の三人。この三人が居なければ足を引っ張る事は無いだろう。最悪の場合を考えて撤退の用意をする。

 

「あいつ何しに行ったんだ?」

「人里が無いか、休憩できる場所が無いか聞きに言ったんです。しっかりした馬車ですけど、ちゃんとした道ではないので疲労が溜ると壊れかねませんから」

「………えらく特徴的な人物だが大丈夫か?」

 

 手を翳して見上げるククールさんに返す言葉も無い。

 足を止めて遠目で見守る事にしたが、エイトさんが声を掛けている風なのに男性は微動だにしていない。長いマフラーが風に無駄になびいている。

 

「そういやリツの言う通りだったよ」

「何がです?」

「魔物の事」

 

 魔物?

 

「……あぁ、沢山遭遇しちゃいました?」

「そりゃもう。魔力切れるかと思ったな……」

 

 別行動をした時の事だろうと思って聞いたら、軽い調子だったのに不意に考え込むように視線を落とした。

 

「どうされました?」

「いや……あいつ、強いな」

「ヤンガスさんとエイトさんですか?」

「おっさんは力任せだけどな………エイトの方は戦況をよく見て動いてるんだよ。ゼシカが後ろからメラを投げても背中に目があるんじゃないかって思うぐらい簡単に避けるし、こっちが魔法で攻撃しやすいように魔物を誘導して固めたりするんだ」

 

 その辺の岩に腰かけてつまらなそうにエイトさん達の様子を見上げているゼシカさん。こちらの会話には気付いていないようだ。

 

「へぇ……」

「知らないのか?」

 

 と言われても、私は魔物と遭遇しないので目撃する機会が無い。

 

「あぁ魔物に会わないから見てないのか」

「ええまぁ。そんなにすごいんですか」

「俺には同じ事は出来ないね」

 

 含みのある言い方だ。

 

「あいつは背負うものがあるんだろうな」

 

 だから強い。そう言いたいのだろうか?

 ククールさんがこちらに向ける視線は、その背負うものの中に私も含まれていると言っているようだ。私から言わせれば、そうやってでしかエイトさんはバランスを取れないだけの事ではないかと思う。それに本人は背負っているなんて思ってもないだろうし。

 否定的なククールさんの感情は、そのまま羨ましがっているようにも見える。もしくは自分を卑下する材料にしているのか。どちらにしても真っ直ぐすぎる程真っ直ぐなエイトさんとは対照的だ。

 何か返そうかと思ったがひねくれ坊主に丁度いい言葉も見つからない。

 

「そうかもしれないですね」

「あんたは?」

 

 適当に相槌を打ったら今度は私に水を向けられた。

 

「迷子だとか言っているようだが、そこの変なおっさんやエイトの事を守ってるんだろ」

 

 馬車の中に首を突っ込んで、おそらく錬金釜の様子を見ているのであろう王。その姿に少し苦笑して違いますよとククールさんに首を振って見せる。

 

「利害関係の一致です。背負うというものとは違いますよ」

「へぇ?」

「義理も人情も結構ですが、私は現実主義者なんです」

 

 胸を張って言ったら笑われた。結構まじめに言ったのに酷いな。

 

「なんだよそれ。そのわりに俺とかいきなり加わっても平気な顔してるじゃないか」

「驚きますけど陛下とエイトさんが決められたのなら、特に理由が無い限り異論なんて無いですよ」

「特に理由が無い限りって?」

「ククールさんが旅をする上で邪魔と思われる要素があればという事です」

「………」

 

 『邪魔』という単語に、一瞬だが目つきが鋭くなったような気がした。

 

「へえ? 今のところ、俺は邪魔じゃないって認めてくれてるのかな?」

「そうですね……回復魔法が扱え、これまでの行動を見る限り一人でも旅をこなせる経験も有りと見受けました」

「一応、騎士だからな」

 

 キザったらしく言ってくれるククールさんに苦笑しながら頷いて肯定を返す。

 

「ですね。それに、何だかんだ言いながらゼシカさんやエイトさんの事を心配してもらってますから。私としては幾分歳が近いククールさんには親近感が多少なりともあったりなかったり」

「どっちだよ」

「わずか三歳違いとはいえ、そこは年長者としてのプライドがありましてですね、親近感を認めてしまうと何となく負けたような気になると言いますか」

「はあ?」

「そんなところです」

「いや、どんなところだよ」

「まぁまぁいいじゃないですか。ちゃんとククールさんの事は頼りになるお兄ちゃんだと思ってますから」

「お、お兄ちゃん?」

「もちろんゼシカさんやエイトさんから見て、ですよ。僭越ながら、私から見れば立派な弟です」

「弟……」

 

 考えても無かったというような顔だ。常にある華麗な表情とは似ても似つかない間抜け面にぶふっと吹き出すと睨まれた。

 

「あんたな……」

「あはは、すみません。ついつい」

「全然反省してないだろ」

 

 ……えへ。って笑ってみても駄目だよなぁ。判ってはいたよ。

 

「反省云々はともかく」

「ともかくでどっかにやろうとするな」

「ちゃんとククールさんは信用できる人だと、本心、私はそう認めています」

「…………あんたな。いきなり真顔で言うなよ」

 

 ククールさんは一瞬絶句したように声を失い、ふいっとそっぽを向いた。

 照れるなよ。なんだよ可愛いな。

 

「事実です。人となりを見て、そう判断しました」

「騙されてるかもしれないぜ?」

 

 照れ隠しか何なのか、お得意の意地悪そーな顔をしてきた。

 私も笑みを浮かべて受けて立つ。

 

「そうなった時は全身全霊をかけて立ちはだかりましょう」

「…………やめとくわ」

 

 おいこら。若干青い顏して何を言うんだ。丸腰の私に対して剣を持ってるくせにどうしてそこで弱気になるんだ。実戦経験も豊富であろうに。いくら魔法の威力調整が出来た所で、それが即ち戦力とはならないと彼ならば判っていると思ったのだが……あぁからかわれてるのか。

 

「そうですねぇ。目くらましのメラにびびってるような子供はそれが賢明でしょう」

「言っておくが、かなりの経験積んだって、いや積んでる人間の方があんなメラがあるなんて思う訳がないんだからな。あんたが異常なんだって事にいい加減気付けよ」

 

 ……真顔で怒るなよ。なんだよ、からかってたわけじゃないのかよ。

 

「そうは言われても、私が発案したわけじゃないですから」

「誰だよそんなハタ迷惑なヤツは」

「師匠です。薬師ですけど」

 

 アミダさんが目くらましのメラを発案したわけではないが、構築陣をいじる事が出来るという事を教えてくれたという点では発案者と言っても過言ではないだろう。

 

「魔法使いじゃないのかよ……」

「一応、メラとヒャドは使えてましたよ。薬を作る時に熱したり冷やしたりと便利ですから」

「攻撃手段じゃないのかよ……」

「便利なら使わないと損、とまでは言いませんが勿体ないでしょう?」

「勿体ない……で、あんなもん作れるのか」

 

 ククールさんは遠い目をしていた。

 確かに構築陣はいじるものではないという認識が根底にあったらそう感じるのも理解出来なくはないが、引き摺り過ぎだろう。ゼシカさんなんてメラとヒャドのパターンはもう覚えてしまっている。あとは練習次第で精度無視威力重視のメラをぽこぽこ放つ事が出来るだろう。

 

「ククールさんもやってみます?」

「……出来るのか?」

 

 問われたので手帳を開いてみる。最近バギについて考察したところなので丁度いい。

 

「これ、判りますか?」

 

 手帳を開いて見せると、ククールさんは覗き込んですぐに「バギだな」と言った。

 

「じゃあこれは?」

 

 続いて次のページを見せると、ククールさんは一瞬眉を寄せ自信が無さそうに「バギ…か?」と言った。

 

「当たりです。最初の構築陣と比べると、こことここの部分が違いますよね?」

「あぁ」

「これ、威力と精度を調整する部分なんですよ。最初のは普通のバギで、このバギは――『バギ』」

 

 実際に使って見せると、ざあっとゆるい風が辺りに広がった。

 

「こんな感じでただの微風になっています」

「…………」

 

 ククールさんはポカンと口を開けていた。

 

「ちなみに、洗濯物が乾かない時には非常に便利です」

「洗濯物乾かすためかよ!」

 

 ポカンと口を開けていたわりに突っ込みが早いな。

 

「たかが洗濯物。されど洗濯物。限られた物資を使いまわすのは大変なんですよ」

「拳握って力説するなよ……わかるけどな」

 

 額を抑え疲れたように溜息をついたククールさんは「いいか?」と言って私が持っている手帳を指さした。意図を察して、どうぞと渡すとぱらぱらと捲って目を通し始めた。

 

「これ……あんたの師匠が?」

「師匠に教わったのは一番最初のメラとヒャドの威力を落したものです。他は興味本位でいろいろと」

 

 ククールさんは耳に入っていないのか無言で捲っている。聞いたのならちゃんと聞いて欲しいものだが真剣に読んでいるので口は噤む。

 

「あんた………暇人だろ」

 

 否定できないが最初にそれを突いてくるか? もうちょっと他に無いのだろうか? 頑張ったね。とか。

 

「それと、あんたが制御に長けた人間だって事がよく判ったよ」

 

 開いて見せられたのは、コスパを追及したメラの構築陣だった。どこまで出来るのだろうかと線を細くして可能な限りの威力、精度を追及した代物だ。

 

「こんなもん普通の人間には到底無理だ」

 

 私はちらっとゼシカさんを見た。

 

「………おい……ちょっと待て」

「ゼシカさんも普通の括りに入らないんですね」

「……嘘だろ。これ、本気で出来るのか?」

「もうちょいってとこですけど」

「いや、待て。あいつのメラを見たがあんたみたいに可笑しな事にはなってなかったぞ」

 

 聞けよ。だからもうちょいなんだよ。

 

「すごく集中しないと出来ないって言われてました。戦闘に用いるのはもう少し先だとも」

 

 ククールさんは呆けた顔をこちらに向けた。

 

「集中して出来るもんか?」

「さあ?」

 

 実際出来ているのでそういうものなのだろうとしか私は言えない。

 

「さあって……」

「最初はゼシカさんもうまくいかなかったようですけど、練習すればするだけ制御は楽になっているようでしたよ」

 

 ククールさんはもう一度メモ帳を捲った。

 

「これ、攻撃魔法じゃなくて補助魔法もあるよな」

「一応」

 

 バイキルトの全体化とかあったら便利だろうなぁとか思って、スクルトとかピオリムとかの構築陣を参考にしながら考えている途中だ。

 

「あ」

 

 エイトさんが諦めた様子で男性に背を向けたら、やっと男性が動きを見せた。

 

「どうした」

「あぁいえ。やっと反応してもらえたようで……長くなりそうなので、もうその辺で野宿の準備しちゃいましょうか?」

 

 つまらなそうに様子を見て居たゼシカさんはこっくりこっくり舟を漕いでいる。余程暇だったのだろう。

 姫様に『どうしましょうね?』と視線を向けると、困ったような顔で首を傾げられた。まぁ聞かれても困るわな。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

奇怪な人物とコンタクトを取った

36

 

「何か呼ばれてるぞ」

 

 とりあえず奇怪な建物からは離れて野営地を作ろうかと目星をつけていると肩を叩かれた。肩を叩いたククールさんの指さす方を見ると、エイトさんが奇怪な建物から手を振っている。

 

「手を振りかえしておいたらどうですか?」

「何故」

「なんとなく」

「理由は無いのか……」

「一応現実逃避というか誤魔化してみるという理由はありますが」

 

 ククールさんは無言で手を振った。なるほど、あなたも近づきたくないんですね。

 残念ながらエイトさんは焦ったように手を横に振って否定を表し、足早に建物を降りてこちらに走ってきている。ヤンガスさんも一緒だ。

 

「じゃあ私は野営の準備をしますので」

「まて、現実逃避するな」

 

 私は腕を掴んできたククールさんを見上げた。

 

「……全力で嫌そうな顔をするな」

 

 んな事言われたって遠慮したいものは遠慮したい。たぶん、あの緑と赤のコントラストが強烈な男性は、見た目はアレだが中身はそこまでの変人ではないだろう。エイトさんが普通に対応出来ているのだから。ただ、エイトさんの対応能力ってかなりのものがあるので、私では荷が重いだろう。ここは一つ様々な人を相手にしてきたと思われる騎士様に任せるべきところだ。

 

「リツさん、あの、これ」

 

 ククールさんのせいで接近を許してしまったエイトさんが、何やら紙のようなものを私に差し出してきた。

 

「あの方、モリーさんと言われるんですけど、僕とリツさんにこのメモに書かれた魔物を連れて来て欲しいと言われて」

「……はい?」

 

 魔物を、連れてこい?

 私は建物の上に居る人物を見上げた。そしたら、くるりんと一回転してビシッとこちらを指さした。両手で。ポーズとりながら。

 

「………」

「………」

 

 私はそっと視線を外しメモに視線を落とした。横で同じように無言で視線を外したククールさんの気配も感じる。

 気持ちはわかる。あれをどうしろと、という気分だ。

 とりあえず紙の内容に目を通すと、魔物の特徴らしきものが書いてあった。紙は三枚あり、それぞれ一体ずつだ。しかも色絵付き。

 一枚目は『とれとれチビチビ』。名前はプチノン。種族はプチアーノン。戦闘タイプはニョロニョロ直接攻撃型。目撃情報は女盗賊のお宅付近の波打ち際。備考欄と思われる説明には、波打ち際のやんちゃボーイと書かれている。絵は巻貝の貝殻を持ったイカっぽい何か。

 

「…………」

 

 いろいろ突っ込みたいのを呑み込んで、二枚目。『ロンリージョー』。名前はジョー。種族はさまようよろい。戦闘タイプは剣使い直接攻撃型。目撃情報はマイエラ修道院周辺の土手で目撃。備考には孤独を愛するフラフラ剣士と書いてある。絵は記憶にある『さまようよろい』に似ているような気もする。

 三枚目は『エース・スライム』。名前はスラリン。種族はスライム。戦闘タイプはプルプル直接攻撃型。目撃情報はほろびたお城の近く。備考には悪いスライムじゃないこともないと、わけのわからない事が書いてある。

 私はメモから顔を上げ、男性に視線を戻した。モリーという男性は私の視線に気づいたのか、大きく頷いている。何故頷いたのか不明だが。

 

「気付きました?」

 

 そう言ったエイトさんに視線を外さないまま、軽く頷く。

 

「ククールさん。ここ最近で滅んだ国ってありますか?」

「は? いや。そんな話聞かないな。大昔なら邪神を信仰してたって国が滅んだらしいけどな」

「大昔のその国、城などの遺跡は残ってます?」

「遺跡なぁ……無いんじゃねぇの?」

 

 エイトさんに視線を移すと無言で頷かれた。

 私もエイトさんもトロデーンの事は表沙汰にならないようにしている。だが、これまで国交や交易など物の流れがあったであろう部分が途切れていれば、不審にも思われる。それは当然なのだが、私が気になるのは情報を得るのが早すぎるという点。ここまで一直線に来ているわけではないので、私達より先に情報が流れたという可能性もなくはないが、それでも早いと感じる。

 

「……確かめた方がいいかもしれないですね」

 

 この『ほろびたお城』というのが、トロデーンの事かどうなのか。

 もしトロデーンだった場合、あのモリーという男性の情報網は相当なものだろう。こちらが欲しい情報を持っている可能性もある。

 

「どうしたんだ? 深刻な顔して」

「ちょっとばかり聞きたい事が出来まして。すみませんがもう少し待っていてもらえますか?」

「え? 何? アレに何か聞くのか?」

 

 戸惑いを全面に押し出したククールさんに苦笑がもれる。

 

「人は見た目によらないとも言いますから」

「さっきと態度が違うだろ……」

「まぁまぁ。ヤンガスさんもすみませんがここで待っていていただけますか?」

「あっしも、でげすか?」

 

 エイトさんと一緒に居る事が多いヤンガスさんが不思議そうな顔をして聞き返してきた。

 居てもらっても構わないといえば構わないかもしれないが、どういう相手なのか判らないので、出来れば突発的な事をしないエイトさんだけの方が有り難い。

 

「はい。ヤンガスさんは頼りになりますから」

 

 だからここで荷物番をしていてくれと言ったらヤンガスさんは快く引き受けてくれた。本当、見かけによらない人だ。横で疑いの目を向けてくる自称騎士様とは大違いだ。

 ククールさんをほっといてエイトさんと一緒に迷彩柄の奇怪な建物に近づき、横手にある屋上への足場を昇ると緑と赤の男性が待ち構えていた。

 ……別に髪の毛が薄い人をとやかく言う気は無いが、頭頂部が随分と寂しいわりに横のもっさりした髪と、がっつりしたもみあげから連なる髭、あと胸毛に何とも言い難い拒否感を覚える。一つ一つはこれと言うほどではないのだが、全てが相まって、かつ緑と赤のすごい恰好をされると何と言うか、こう、精神にクるというか。

 

「ガールはボーイから聞いて気になったのかな?」

 

 ガールとは私の事でボーイとはエイトさんの事だろう。エイトさんはともかく私向けにはかなり苦しい呼称だが否定はせず会釈を一つ。

 

「はい。魔物を連れて来てほしいというお話を伺いましたが、どういう事なのだろうと思って直接聞きに来ました」

「ふむ。ガールはどうして魔物を、とは思っていないようだな」

 

 腕を組み、こちらを見据える男性に私は魔物を恐れるでも嫌悪でもなく、また討伐対象として淡々とした感情を向けるでもない男性に、もしやと思った。

 

「魔物使いの方ですか?」

 

 私のイメージとして魔物使いと聞くと、もっと地味な姿を思い浮かべてしまうのだが別にこうであるべきという服装があるわけではない。

 男性は少し目を見開き、驚いたという顔をした。

 

「ガールは知っていたか。いや、既にそうであるのかね?」

「いいえ」

「だが才能はある。目を見ればわかる」

 

 才能を見た目だけで判断するって……しかも身体的な能力じゃなくて魔物使いという何を基準にしたらよいのかよくわからない職種で。

 まぁこの男性に限った話ではなく、こちらの人はやけに強気というか断定的なものいいをする人が多いのでお国柄ならぬ世界柄なのかもしれないが。

 

「魔物を連れて来て欲しいというのは、魔物を集める為ですか」

「それもあるが………いや、まずは連れて来てからだな。それから話をさせて欲しい」

 

 それは困った。出来れば先に確認したいが、さて話に耳を傾けてくれるだろうか?

 

「そうですか。では連れてくるにあたり、このメモですが――」

 

 三枚のメモを出そうとして一枚エイトさんに渡しっぱなしだった事に気付く。エイトさんは察してくれたようで差し出してくれた。軽く目を通し頭を下げ礼を返してから男性に向き直る。

 

「マイエラ修道院の事はわかるのですが、滅びたお城と、女盗賊の家というのがどうにも抽象的で……」

「ボーイとガールは旅人だろう?」

「ええまぁ、旅人かと問われると今はそうです」

「ならば問題はない。この先、きっと見つける事が出来る」

 

 駄目か。探られているような気もするが、これであっさり引き下がる事もしたくない。世間話ならいいが、事はトロデーンに関わる。

 

「女盗賊はともかくとして、この滅びたお城はちょっと問題じゃないですか?」

「何がだね?」

 

 困りました。という顔を作って言うと、男性は意味がわからないという様子で聞き返してきた。

 問答無用聞く耳なし。という訳ではないようだ。助かる。

 

「城という事は国を治める者の住まいですよね? そこが滅んだという事は国一つ滅んだという事になります。理由にもよるかもしれませんが、十中八九荒れているでしょう。治安の事も考えないといけませんし、警戒したくもなります。こちらは年若い少女が居ますからね」

 

 呑気にうたた寝しているゼシカさんを遠目に見遣れば、男性もそれに気づいて顎を撫でさすった。

 

「なるほど……確かにガールの言う事ももっともだ。

 いや、不安になる事はない。その城の事だが、戦争によってというわけではないようなのだ。唐突に人の気配が無くなり、中に入る事が出来なくなっただけのようでな。荒くれ者どもが蔓延っているというわけではない」

「この大陸の国ですか?」

「………まぁよかろう。北の大陸の話だ」

 

 北の大陸にある国はトロデーンただ一つ。確定した。

 

「どうやってその話を知られたのです?」

 

 さらに聞こうとすると首を横に振られた。

 

「すまないがこれ以上はガールと言えども話すわけにはいかない。これでも信用に足る者を見定めているのだ」

「……わかりました。では、続きの話はこのメモに書かれた魔物を連れて来てからという事ですね」

「ガールならばあっという間だろうがな」

 

 ニヒルに笑って言われたが、クるものがある姿なので笑みが引き攣りかけた。

 これ以上話は聞けないようなので早々に退散して馬車のところへ戻ろう。そそくさとお暇して建物を降りる。

 

「トロデーンの事であってましたね……」

「あってましたねぇ」

 

 情報源は旅人か商人か。それとも別か。

 

「ドルマゲスの事も知っているでしょうか……」

「どうでしょう。可能性はありますが先にこのメモの魔物を連れて来ないと話は聞けないでしょうね」

 

 パルミドの情報屋とどちらが勝るかという話ではなく、手数はあった方がいいという単純な考えで魔物は連れて来ようと思っている。問題はその魔物の個体を見分けられるかどうかだ。自信が無いのでトーポさんに助けを求めてみようか。

 考えながら歩いていると、不意にエイトさんが足を止めた。つられて私も足を止める。馬車はもう少し先だ。

 

「魔物の事ですけど、パルミドの情報屋から有力な話を聞けなかったらちょっとトロデーンに戻ってこようと思います」

「ついでにマイエラにも、ですか?」

「はい」

 

 んー……まぁそれでもいいかもしれないが、私も私で考えていた事がある。

 

「魔物は私が探してきますよ」

「え?」

「パルミドに着いて情報が得られたとしてもすぐに出発する事にはならないでしょう? 陛下は楽しみにしてますから」

「あぁ、それはそうですけど……リツさんが探すというのは?」

「私が陛下の近くに居るのは警戒されないように、というのが目的ですから。それが無ければ、エイトさん達が情報屋に話を聞いてくる間に私が探してきた方が手っ取り早いでしょう」

「それだったら僕が」

「エイトさんが行ってしまったらヤンガスさんも一緒に行く事になるでしょ。ヤンガスさんが情報屋を知っているんですから、エイトさんも居ないと」

 

 エイトさんは「あー」と間延びした声を上げ、額に手を当てた。

 

「じゃあク」

「一人で大丈夫ですよ。見つけられなくてもその日のうちにパルミドには戻りますから」

 

 ククールさんと一緒に行けというエイトさんを遮っておく。案の定渋い顔をされたが。

 

「じゃあトーポさんと一緒に行ってきます」

「そりゃトーポは火を吹けるし、ネズミにしたらすごく賢いですけど……」

「私よりは強いと思いますよ?」

「そういう事じゃなくてですね……」

「駄目ですか。それじゃあ仕方ない。一人で行ってきます」

「駄目じゃないですけど」

「じゃあトーポさんと行ってきますね」

「そうじゃなくて、ククールを」

 

 手を前に出して明確に待てと示し、エイトさんの言葉を止める。

 

「ハッキリ言って、ククールさんが居ると効率が悪いんです」

 

 私の言葉に、どういう事かと首を傾げるエイトさん。

 

「補助魔法を使いまくります。加速状態なので通常の会話の時間が無駄になります」

 

 走りまわりながら会話は出来ない。そこまでの体力はない。話をしようとすると足を止める事になる。でもって手分けして探すのならそもそも一緒に行く意味がない。

 

「………」

 

 エイトさんは何とも言えない表情になった。何が言いたいのか判ったのだろう。

 

「エイトさんはククールさんが無駄口叩かず私の足を邪魔せず、共に探してくれると思いますか?」

「………思わないです」

 

 結構。

 

「では、そういう事でお願いします。

 今日はもうここらで野宿ですね。これ以上は日が落ちて準備が辛くなりそうです」

「ですね……そうしましょうか」

 

 やけに疲れた顔で同意するエイトさん。

 まぁ本当のとこはトーポさんに魔物が居るところに連れていってもらおうと思っているので、他の人が居たら困るだけだ。

 




誤字修正 2014.08.29(ご指摘ありがとうございます)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

盗まれた

37

 

 馬車へと戻り、野宿にしましょうと言ってさくさく準備を進める。

 途中ククールさんが何を話していたのだと聞いてきたが、そこはスルー。笑みでもって話す気は無いと表明した。が、それでもしつこかったので、女の秘密を暴こうとするとはいい度胸だと言ったらあっさりと引き下がってくれた。だからメラはフリであって本当にやるわけが無いのに、そんなパブロフの犬のごとく反射で逃げなくてもいいじゃないか。地味に傷つくわ。

 内心しょげながら食事の準備をしていると、うたた寝をしていたゼシカさんが目を覚まして手伝ってくれた。野宿なので大したものは出来ないが、いつも通り良く言えば野性味あふれるスープ、現実的に言えばごった煮を作成して配り、草を食んでいる姫様の近くに座る。

 随分とこういう光景にも慣れてきてしまった。野宿の経験も無かったのに、やろうと思ったら案外出来るものだ。為せば成る為さねば成らぬ何事もという奴なのだろう。

 火を囲んで元気に話し合っているエイトさん達をぼんやりしながら見て居ると、数ヶ月前には非現実的としか思えないような光景に意識があちらへと引っ張られるような気がした。

 本当に人生何があるのかわかったものではない。元の世界と言っていいのかわからないが、あちらでの仕事だったり友人だったり家族だったり、心配な事は山とあるがそれほど悲観していないのが我ながら不思議だ。とりあえず食事の心配をしなくていい事が一番大きい理由だろうが、自覚すると何とも言えない気持ちになる。アンニュイというより、あんにょいといったような気分でいると肩を押された。

 我に返ると目の前に姫様の顔があって、心配そうな目で覗きこまれていた。手元の木の器にはほとんど手をつけていないごった煮。かなり長いことしみじみしていたらしい、冷めていた。

 

「あぁ大丈夫ですよ。ちょっと自分の花より団子精神というか俗物的というかそういうものに笑いが出てただけですから」

 

 疑問符を浮かべたような顔をする姫様に苦笑して、こうして外で食べるのも楽しいものだと思っていたんですと言えば、姫様はエイトさん達を見遣ってから同意するように頷いた。

 彼女の場合、必ず身辺警護で誰かがついていただろうから気楽な食事というのは難しかったのかもしれない。王を見て居るとそうでも無いんじゃないかと思ってしまうが、姫様の方は常識的なお偉方という雰囲気があるので同一視はしない方がいいだろう。

 ご飯を食べ終えたところで終っている皆さんから食器を回収して洗ってしまう。洗い物をしているとゼシカさんが残念なものを見る目をこちらに向けているのを感じる。いや、もうわかってるから。労力の割き方が普通だと馬鹿げているとしか言えないってことは。でも便利だと思うのだよ。

 メラとヒャドのそれぞれの構築陣の表出を司る部分を連動するように調整して水を生み出す。

 言えば簡単だが、実際その構築陣は繊細な部類で、コスパを追及したメラの複雑さに匹敵する。洗い物をするためにそこまでする魔法使いは居ない。とは、ゼシカさんの談。完成してすぐに意気揚々と話したらバッサリ言われ意気消沈した。

 

「いや、水の魔法を最初から作るのはやっぱり大変だからこれはこれで……それに水が確保出来ない時、便利なのは間違いないと思うんだけど……」

 

 自己弁論するも聞いている人間は居ない訳で、非常に虚しい。洗い物をさっさと済ませてたき火の下へと戻ると、不寝番のトップバッターはククールさんのようだった。他のメンバーは毛布にくるまって思い思いに身体を休めている。

 ククールさんと目があったので自分を指さすと、ククールさんは手を横に振ってエイトさん、ヤンガスさんの順番に指をさした。順番はククールさん、エイトさん、ヤンガスさんという並びらしい。ゼシカさんと私は除外していただけたようだ。にしても、エイトさんが一番寝れないところを引き受けているのが、らしいというか何と言うか。

 火があるので鍋に水を出してハーブを入れ、空のカップをククールさんに渡しておく。後で勝手に飲んでくれという意を理解したのか、ククールさんは軽くカップを持ち上げて笑った。

 言わずとも察してくれるのは有り難いと思いながら姫様のところへと行き、軽く手入れをさせてもらい、私も歯だけ磨いて休む。

 空気が澄んでいるためか星空がクリアに見えて、東京の夜空とは光の数が全く違う光景はもはや見慣れてきてしまった。

 田舎でもここまで綺麗な星空は見えただろうか。そういえばこちらには星座があったりするのだろうか。たぶん、あるだろう。船があるのだから方角を確認するために船乗りは熟知しているかもしれない。どんなものがあるのか聞いてみるのも面白そうだ。

 何となしに出てきた鼻歌はきらきらぼし。もっと何かないのかよと自分でも思ったが、瞬く星空を見ているとそれが一番しっくりくるような気がして、苦笑しながら小さくふんふん歌ってしまった。横の姫様がそれに同調するように耳をパタパタとしてくれて、めちゃくちゃ可愛いかった。

 その内自然と微睡み、うっすら可愛い声が一緒に鼻歌を歌ってくれていたような夢を見た。

 目覚めた時は日の出間近で、薄暗い中そそくさと朝食の準備に取り掛かる。夢見が良かったせいか気分は良好で起きていたヤンガスさんにもどうかしたのかと聞かれてしまった。

 まぁまぁ気にするなと誤魔化して、昨日のごった煮とは違う香りづけにしていると、香りに誘われるように他の面々も起き出した。

 朝食を済ませて出発すると、思ったよりもパルミドは近かったようで昼過ぎに到着した。

 

「じゃあ私はちょっと戻ってきますね。日暮れには戻りますから。宿屋集合で」

「あー……本当に行くんですね」

 

 こそっとエイトさんに言ったら、肩を落とされた。

 自分の発言には責任を持つのは当たり前だというのに、何を今更溜息をつくのだろうか。ちょっと心外だと思いながらトーポさんを手のひらに受け取って、さっそくルーラを唱える。

 視界の端に驚いている顔のゼシカさんとか姫様とか居て、説明を忘れていた事に気付いたが、まぁエイトさんが何とかしてくれるだろうという事でよしとした。

 かなりの距離を吹っ飛んで降り立って、毎度のごとくへたりこんだ。

 

「大丈夫かの?」

「どうしてこうも身一つで移動しようとするんでしょうね。もっと心理的に落ち着く移動方法とかあったらいいんですけど……じゃなくて、すみません」

 

 まずは謝っとかないと。と、人の姿に戻ったトーポさんに頭を下げる。

 

「わしは構わんよ。例の魔物を探したらいいんじゃろ?」

「はい。勝手に決めてしまって申し訳ないです」

 

 飄々としたトーポさんだが、エイトさんと一緒に居るためにあの姿になっているのだ。それを邪魔するような事をしているのには違いないので、申し訳ない。突っ走って考えた自分を猛烈に反省だ。

 

「構わんと言ったじゃろ。わしもちょっと気になってはいたしの? ほら、行こうかの」

 

 手を差し出されたので取ると、引っ張り起こされた。あんまり謝るのも逆に鬱陶しいかと思い、何かで恩返ししようと決めて足を動かす。

 

「かなり曖昧な情報でしたから、手当たり次第魔物を探していかないといけないですね」

 

 早速補助魔法を掛けようとしたら、トーポさんに手で止められた。

 

「たぶんじゃが、あれじゃなかろうかというのが、おる」

「判るんですか?」

 

 思わず聞き返すと、ちょっと違うと言われた。

 

「変な奴がおるんじゃ。それじゃないかと」

「変?」

「眠っておらん。他は寝ているんじゃがな、それだけ動いているようなんじゃよ」

 

 なるほど。連れてこいと言うような魔物が普通なわけがない。という仮定で動くと、そういう考え方で探していくのも一つの手だ。代案は無いので即座に頷いた。

 普通に歩いて行ってみると、果たしてその変な奴というのはスライムだった。初めてスライムを見たが、水色の不定形がふよふよと動いている姿は奇妙の一言に尽きる。バブルスライムのようにドロッドロだったら液体に近い身体を徐々に前進させるという事も出来るが、ある程度形が例の形で定まっているスライムは、身体の下の部分を流動させて動いているとしか思えない。もはや例の形に拘らない方が高速移動とか出来そうなものだ。何でこの形をしているのだろうか……

 

 今ここで考える事ではないので思考は止めるが、実に謎だ。

 

「じゃあ近づいてみましょう」

 

 トーポさんと頷き合っておそるおそるスライムへと近づくと、スライムはこちらに気付き、一直線に突っ込んできた。

 すぐさまトーポさんが私の前に出て庇ってくれたが、スライムは目前までくるとピタリと動きを止めて、ふよふよと左右に揺れ出した。

 

「………トーポさん。この反応は」

 

 以前は近くに来て丸まって寝だしたのだが、こいつは元気に揺れている。

 

「なんじゃろうな……」

 

 トーポさんでもわからないとなるとお手上げだ。

 

「敵意は無いと思うが」

 

 言いながら横にずれるトーポさん。私は一歩前に出て、警戒しながらしゃがんで良く見てみる。

 

「………あの、スラリンさんでしょうか?」

 

 スライムは変わらず揺れている。声を掛けた自分が非常に恥ずかしい。

 恥ずかしさを押し殺して手を出して見る。感覚は野良猫と一緒だ。が、反応は野良猫とは真逆だった。スライムはそのふよふよの身体を手に押し付けてきた。ひんやりとした、まさにスライムのさわり心地。

 

「懐いてはいるのぉ」

「……下手な弓矢も数うちゃあたりますよね」

 

 とりあえず、こいつを連れて行ってみようと両手で持ってみる。大丈夫だ。暴れる様子は無い。トーポさんに視線を向けると、ポンとネズミの姿となってくれた。スライムを片腕で支えてトーポさんを片手に乗せ、ルーラでモリーという男性の所へと飛ぶ。

 連続で飛んだ為、今度は着地でへたり込むような事はなく早足で奇怪な建物を昇った。

 

「モリーさん」

 

 幸い、目当ての男性は出会った所に今日も居たので早速腕に抱いたスライムを見せてみる。

 

「おお。もう見つけたのか」

 

 お。という事は当たり? 思わずネズミ姿のトーポさんと目が合った。次もこの手で、という事だ。

 

「ええと、この子を連れて行くのは大変なので預かっていただけたりしないでしょうか?」

「もちろんだ」

 

 じゃあ次に行きますのでと挨拶して、マイエラ修道院へと飛ぶ。

 すたん。と、降り立ったマイエラ修道院の様子は、特に変わりはなさそうだ。暗い表情の人も居ればそうでない人も居る。表から見える部分には限りがあるが、既に歩み始めたのだろうというのは何となく感じて足早に後にした。

 修道院から離れたところでトーポさんが姿を人に戻し、こちらだと案内を始めてくれた。今さらだが、どうやって魔物の様子を探っているのだろうか? ドラクエに探知系の魔法は無かった筈だが、特殊技能なのだろうか。

 トーポさんが足を止めた先にはさまようよろいと思われる魔物がおり、すごい的中率だなと思いつつ眺めていると、これまた突進してきた。今回もトーポさんが間に入ってくれたがスライムと同じように目前で止まった。

 

「大丈夫のようじゃな」

 

 横にずれてくれたトーポさんに礼をいいつつ前に出ると、さまようよろいはその場で膝をつき、抜き放たれた剣を持ちかえると柄の部分をこちらに差し出してきた。

 これは、あれだろうか。騎士の物語に出て来そうな意味合いであっているのだろうか。

 おそるおそる柄の部分を握ると、さまようよろいは頭を垂れて何かを待って居た。

 やはり、あれなのだろうか。さらにこわごわ剣の腹で軽くさまようよろいの肩に触れ柄を差し出すと、押し戴くといった様子で受け取られた。

 その後は腰の鞘へと戻すと、直立不動となった。

 

「………指示待ちのようじゃが」

「あぁ。なるほど」

 

 思わず見つめ合う形となった私にぼそっとトーポさんが言ってくれて理解した。よくわからないが、騎士的な精神の何かは満足したらしい。

 

「じゃあ……えっと、ジョーさんでしたっけ? 一緒に来てもらえますか?」

 

 スライム相手だと意識しなかったが、人の形に近いものだとさすがに意志を確認せずは拙いような気がして聞いてみると、コクンと頷づいた。頷かれて、めちゃくちゃ驚いた。人の言葉を理解してる。

 

「そろそろ西の空が茜色じゃよ」

「あ。はい、行きましょう」

 

 驚き過ぎて固まっていると促され、ひとまず手を繋いでルーラで飛び、モリーさんに預けてパルミドへと戻った。

 考えてみればさまようよろいとは人が元となった魔物の可能性が高い。であればスライムやおばけきのこといった手合いよりも人の言葉を理解していても何ら不思議ではなかったのかもしれない。

 そんな事を考えながら雑多な――何となく破落戸っぽい人達が多い中を小走りに宿を探す。

 痴漢とか暴漢とかには迎撃グッズとしてスタンガンがあるが、ここでライデインを使用するのは拙いだろうか? 一人ほど後をつけられているような気がしないでもないが。肩で小さく炎を吐くトーポさんが、微妙にかわいい。警告の意味であろうが、逆に火を吹くネズミって珍しいから別な相手に狙われそうな気もする。

 それにしても情報屋が居る街だとは聞いたが、ここまで治安が悪いとは聞いていない――というのは言いがかりか。王の姿で騒がれる事が無いというのは、それなりの素養があるという事だったのだろう。気付かない方が悪い。

 エイトさん達がどうにかなるとは思わないがゼシカさんは……いや、ゼシカさんも問題ないか。

 見つけた宿の看板に飛び込んで、目を丸くする主人に愛想笑い。王の特徴を言っても通じなかったので、違和感を覚えつつもエイトさんの特徴を伝えると、これには反応があった。

 

「あぁそれなら言伝を頼まれた。なんでも、大事な馬が盗まれてしまったから取り返してくる、だとさ。ここで待って居てくれとも言ってたね」

 

 ………ん?

 

「………すみません。聞き間違いでしょうか。馬が盗まれたと聞こえたのですが」

「聞き間違いじゃないよ。この辺じゃ馬なんてすぐに盗まれるに決まってるだろ? 目を離した方が悪いのさ。

 あぁそういえばもう一人、銀髪の奴もあんたに伝言だ。大丈夫だから休んでろとさ」

 

 深呼吸を一つして、とんとんと指先でこめかみを叩く。

 

「この街は、少しでも目を離すと盗難に遭うという事ですか」

「そうだよ。そんなのは常識だね」

 

 慎重に尋ねた私に、面倒なと言いたげな様子で視線をこちらに寄越しもせずぞんざいな態度で返す主人。私は表情が崩れないよう意識しながら、主人の態度を無視して肝心の事を聞いてみる。

 

「馬を盗まれて、私の連れはどこから取り返そうとしているのでしょう」

「さあね。そこら中怪しすぎて判るわけない」

「……では、判る方はおられますか? 少なくとも私の連れは糸口を掴んだのでしょう。でなければ、まだここに居たでしょうから」

「そんな事を言われてもね」

「………なるほど。では盗品を扱うお店を教えてください。馬を扱うとなれば露店では目立つでしょう。さすがにそれだったら連れもすぐに気付くでしょうし」

「さてね。俺はしがない宿屋だ。そんな事は――」

「知らない筈は、無いですよね?」

 

 遮ると、あからさまに気分を害したという顔をこちらに向けてくる主人。だが、私を見るなり顔色が蒼褪め始めた。

 ははは。物理的に気温が下がってるみたいだからね。きっと寒くなったんだろうね。魔法なんて使ってないのに、何で気温が下がってるんだろうね。不思議だね。トーポさんもわりかし最初のあたりからギョッとした顔をして、私から飛びおりると猛ダッシュして部屋の隅でこちらを伺っている。私が何かしているとでも言うのだろうか。

 ただ、話しているだけなのに。

 

「治安の悪い街で、外部の人間を相手取る仕事の貴方が、裏の人間と全く繋がりが無い、なんて。無いですよね?」

「そ……それは……」

「私は何もその店を潰そうなどと考えているわけではありませんよ。ただ、その大事な馬が誰に盗まれたのかを聞きたいだけです。ね、この街に対して危害を加える訳ではないでしょう?」

「う、裏通りの酒場だよ。バーテンに奥に用があるって言ったら通してくれる」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 ゆっくりとお辞儀をして、宿を後にする。

 ドアを閉める間際でトーポさんが滑り出て来たので、手のひらを差し出すと一瞬躊躇したのちに乗ってくれた。

 

「別に脅したりしてないじゃないですか……」

 

 ぼそぼそっと先程の反応に対しての抗議をすると、トーポさんは『いやいや、そうじゃない』というように手を振った。人の姿に戻ってくれないので、また後で聞こう。

 今は姫様が問題だ。

 露店の主人に裏通りを聞いて酒場を探し、酒場というには殺風景な店の奥に居るバーテンダーに声を掛けると、事情を知っている者は通すというルールなのかあっさりと奥へと通してくれた。

 奥には覆面レスラーのような男がおり、こじんまりとしたカウンターの向こう側から、こちらを値踏みするような視線で見て居た。

 

「単刀直入に尋ねますが、ここに盗品として馬が売られてきませんでしたか?」

「あぁ、あんたがヤンガスの連れか」

 

 値踏みする視線が一気に解け、溜息とともに視線が外された。

 

「髪の長い小僧が大人しく宿で待ってろって言ってたぞ」

 

 ククールさん。先読みし過ぎでしょ。何で宿屋で待つと思わなかったんだ。

 

「そうも言ってられません。とても大事な馬なんです。みなさんはどこへ行かれたんです?」

「ゲルダのとこだよ。ゲルダっていう女盗賊の拠点。ゲルダが買っちまったからな」

「それはどこに?」

「こっから南西だ」

「ありがとうございます。馬を盗んだ相手は教えて貰えますか?」

「酔いどれキントって奴だ」

 

 酔いどれキント……今はそちらを優先する事は出来ないが………みてろ。落とし前をつけさせてやる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

聞こえた

38

 

 パルミドを出て南西に進もうとすると、トーポさんが地面に降りて人の姿になった。

 

「いやはや……参ったぞ」

「そうですね。まさか馬車ごと盗まれるとは思いませんでした」

「そうではないんじゃ。お前さんが竜神王様と同じ技を使えるとは思いもよらなんでの……あやうく姿が戻るとこだったわい」

 

 何の事だと横を歩くトーポさんを見ると、呆れた顔をされた。

 

「無意識に凍てつく波動をやったのか……」

 

 ……いてつくはどう? って、彼の氷の大魔王様が発端の?

 

「いやいやいや。そんなの出来ませんよ私」

「やっておったぞ?」

「……気の所為?」

「気の所為でわしの姿が戻されるわけがなかろう」

「でも戻って無いですよ?」

「戻されてはたまらんと咄嗟に逃げて堪えたからじゃよ」

 

 それって、あれだろうか。部屋の隅に猛ダッシュされたことだろうか。

 それにしても堪えたからといって補助魔法等効果無効化のアレがどうにか出来るのだろうか? もちろん凍てつく波動なんて私が出せるとは思っていないが、堪える程度でどうにか出来るトーポさんってかなりすごいのではなかろうか。

 

「頼むからやる時は合図してくれんか。さすがに心構えが要るんじゃ」

「ええと……」

 

 本気で言われてるのだろうか。これ。

 言う事言って満足したのかトーポさんはネズミの姿に戻ってしまった。

 そう言われてもこちらはそんなラスボスのような真似は出来ないので確約のしようが無い。どうしたものかと思ったが、どうせ出来ない事なのだから気にしても仕方がない事に気付いてスッパリ意識から切り離した。物事は建設的に考えるべしだ。特に今は優先している事があるのだから。

 途中で取りやめていた補助魔法を掛けて早速ダッシュ。日が暮れ夜の帳がおりてきているが散発的に照明替わりのメラを放って辺りを確認しつつ進んでいると、堀のように水に囲まれた島? のようなものが見えた。吊り橋のようなものが掛けられているので人の手が入っている事は間違いない。

 足をそちらに向け、吊り橋を踏み鳴らして駆け抜けると一軒の家があった。家の前には覆面レスラーっぽいごつい男性が腕組みをして立って居る。爆走してきたものだから完全にこっちには気付いており、ぜーはー言ってる私を盛大に不審がっている。まぁそれは仕方がない。なんとかこうにか息を整えて、今さらだが居住まいを正して男性に近づき声を掛ける。

 

「夜分おそくにすみません。こちらはゲルダさんのお宅でしょうか?」

「なんだ嬢ちゃん。ゲルダ様に憧れてきたのか?」

 

 ゲルダさんのお宅で正解のようだ。良かった。

 

「それではこちらに四人連れが訪ねてきませんでしたか? 男性三人、女性一人です」

「……あいつらの連れか?」

 

 来たようだ。だが、ここに居る様子ではない気がする。

 

「彼ら、今どこに?」

「ビーナスの涙を取りに行ってる」

「びーなすのなみだ?」

 

 聞いた事が無い道具の名前だ。魔法のせいすい的な何かだろうか。

 

「宝石だよ。宝石」

 

 道具じゃないのか。ドラクエに貴金属という意識はあまり無かったから名前を言われても気付かなかった。

 

「その宝石を取って来れば馬を返すという話ですか?」

「人の家の前でごちゃごちゃ煩いね、とっとと中に入れな」

「え? いいんですかい?」

「早くしな」

「へ、へい」

 

 家の中から女性の声が聞こえ、中に入る様にとごつい男性がドアを開けて場所を譲ってくれた。

 お邪魔しますと声を掛けながら中へと入ると、ひんやりとした夜気とは違い暖かな空気が満ちていた。何かの動物の毛皮が敷いてあり、その奥にロッキングチェアーに座り揺れている女性の姿があった。

 女性は何も言わず暖炉の方を見て居るのでこちらから表情を窺い知る事は出来ないが、遠目から見ても露出の部分が多い服装は稼業が一般的なものには見えない。ちょっと緊張しながら近づいた。

 

「あんたがヤンガスの連れかい?」

 

 数歩近づいたところで女性はこちらに顔を向けた。

 切れ長の綺麗な顔だ。着ている服装は革の胸当てに、腿まであるブーツ、そしてたぶんビキニ系?の上に腰巻を巻いている。腰巻取ったら完全にビキニタイプの水着だ。この人寒くないのだろうか。あ、だから暖炉の前に居るのか。

 

「はい。馬と馬車の返却依頼に参りました」

「それはもうヤンガスと話をしてる。あんたが出張るような事じゃない」

 

 なるほど。先ほどからヤンガスさんの名前が出ているという事は、何がしか繋がりがある人なのだろう。話をしているというのなら無理にこじらせるような真似はしない方がいいかもしれない。実力行使に移るのは交渉決裂してからでも遅くないだろう。

 

「では、馬と馬車を確認させてもらえないでしょうか?」

「……隣の小屋に繋いでる。勝手にしな」

「ありがとうございます」

 

 礼を言って外に出て、横手にあった小屋に入ってみると人の良さそうな男性が干し草を準備している姿が見えた。そしてその前には姫様。姫様は私に気付くとすごくホッとしたような顔をして微笑んだ。すぐさま駆け寄りたいのを抑えて、男性に声を駆ける。

 

「あの……」

「ん? なんだおめぇさん」

 

 盗賊の拠点に居る人とは思えないフレンドリーな調子で目を向けられた。もしかしてアルバイトの人だろうか。んな訳あるわけないか。

 

「彼女に近づいてもいいですか? 元は私達と一緒に旅していたんです」

「おお、あの人らのお仲間か。どうやって育ててるんだ? こんな綺麗な馬は見たことないべ」

 

 問いには答えてもらえていないが、問題ないだろうと判断して姫様に近づきそっと首を撫でると顔を寄せられた。

 

『リツお姉さま』

「え?」

 

 耳に鈴を転がしたような可愛らしい声が飛び込んできた。

 

「だからどうやって育ててるんだべ?」

 

 私の戸惑いの声に、後ろから再度男性が聞いてきた。ちょっと黙ってろとか思ったが、口にはしない。そんな事より目の前の事の方が重大だ。

 

「……姫様、お怪我はございませんか?」

『ありません。怖い思いをしましたが、ここにお父様やエイトが来てくれて、すぐに解放するからと言ってくださいました』

 

 小声でそっと尋ねると、姫様は首を振って答えてくれた。答えて、くれた。

 

「お怪我が無いようで何よりです。お傍を離れ申し訳ありませんでした」

『いいえ! リツお姉さまは皆さまの為に頑張ってくださっているのです! ミーティアが不甲斐ないだけです!』

 

 ぶんぶん首を振って否定を示す姫様は、私に声が聞こえているとは思っていないのだろう。私はこれまで通り表現に対して小さく微笑み、男性に向き直った。

 

「私はお世話をさせてもらっているだけですので何とも……

 それより夜になりましたが、ここには住込みで働かれているんですか?」

「え!? もう夜だべか!? あちゃー。悪いがおらは急ぐで、そこの干し草だったら使っていいべ」

「はぁ、ありがとうございます」

 

 飛び出して行った男性に、なんだかなと思いながら小屋の戸を閉めて、中から突っ張りを当てる。それから馬車のところへと行き、荷物を確認する。幸いな事に、金品含め盗られたものは無さそうだ。釜もしっかり鎮座されている。

 ひとまず状況確認が出来た所で姫様の所へと戻り、私は姫様の前に桶を逆さまにして座った。

 

「姫様、落ち着いて聞いてくださいますか?」

『なんですか?』

 

 小首を傾げる姫様に、私は深呼吸を一つして、告げた。

 

「どうやら、姫様の声が聞こえるみたいです」

『………え?』

「今、『え』と聞き返されましたね」

 

 姫様は大きく目を見開いた。大きな瞳がこれでもかと開かれたので零れ落ちるんじゃないかと心配する程驚かれ、次第に理解しはじめたのか焦ったような顔で私に近づいた。

 

『あ、あの、あの、えっと、その、あの』

「大丈夫です。ゆっくり深呼吸をして、そう、息を吐いて、ゆっくり吐いて、それから吸って」

 

 慌てた姫様を落ち着かせるように落ち着いた声で促すと、姫様は深呼吸を繰り返してようやくといった様子で落ち着きを取り戻した。

 

『あの……本当にミーティアの声が聞こえるのですか?』

「聞こえます。大変可愛らしいお声です」

『え…そんな……』

 

 恥らう姫様もグッドです。……じゃなかった。

 

「どうして聞こえるようになったのかは不明ですが、お話しさせていただけるというのは喜ばしい事です。今まで、お困りになられている事などございませんでしたか?」

『いいえ! ミーティアが困っていたら、いつもリツお姉さまが助けてくださいましたもの!』

「私がさせていただいたのは必要最低限の事だったと思うのです。叶えられるご希望ならば伺いたいのです」

 

 こんな素直で可愛い子の願いは出来るだけ叶えたい。頑張っているのだから、それに何か見合うだけのものを用意したい。

 

『………では、あの………一つお願いしても?』

「一つと言わずいくつでも」

 

 姫様は意を決したように手を握りしめた。

 

『ミーティアの声が聞こえる事は黙っていて欲しいのです』

「……と、いいますと?」

 

 完全に予想外の内容だった。どういう事かと尋ねると、姫様は固い表情で口を開いた。

 

『おそらくですけれど、エイトやお父様にはミーティアの声が届かないと思うのです。きっとミーティアの声が聞こえるとわかると、エイトやお父様は今以上にリツお姉さまをミーティアの側に居るようにすると思うのです。でもそれではリツお姉さまの邪魔になってしまいます』

「邪魔だなんてそんな事は」

『ミーティアは嫌なのです。皆さまが一生懸命ドルマゲスを追いかけているというのに、ミーティアの為にその歩みを遅くしたり負担をかけるような事は、嫌なのです。

 最初は馬にされてとても悲しくなりました。どうしていいのか本当に困りました。でも、今は馬にされて良かったと思うのです。きっと人のままだったらミーティアは何もお手伝いする事が出来ませんでした。馬だから、馬車をひいて皆さまのお手伝いをする事が出来るのです。ミーティアはそれがとても嬉しいのです』

「姫様……」

 

 言葉が出なかった。

 馬にされて嬉しいと本気で言う少女の強さに、果たして何が出来るのだろうか。

 

「……わかりました。ですが、私以外も声が聞こえたら別ですよ」

『はい。その時はきっとお父様はびっくりして慌ててしまいますから、落ち着いていただけるようにお願い致します』

「ちょっと自信がありませんが……心得ました」

 

 ふふっと二人で想像して顔を見合わせ笑った。たぶん姫様も慌てふためき騒ぎ出す王の姿を想像したのだろう。

 

「ところでエイトさん達はいつ頃ここに来たのですか?」

『リツお姉さまがこちらに来られる二刻程前でしょうか……ビーナスの涙が隠されている場所に向かわれました』

 

 四時間前か……別れてわりとすぐにこの騒動にぶちあたったんだな。

 

『それ程遠くない場所にあると聞いたのですが……帰りが遅いのかもしれません』

 

 どことなく不安そうな姫様に、さてどうしようかと悩む。姫様と離れていて今回の事になったのだ。今離れるのは心配だし、姫様も不安だろう。

 

『リツお姉さまはどこに行かれていたのです?』

「今日はちょっと今まで訪れた町などに戻っていたのです」

『……魔物には会わなかったですか?』

「はい。あいかわらず」

『…………でしたら、お願いします。様子を見てきていただけませんか』

 

 あぁ、エイトさん達も心配というわけか。

 だがなぁ………いや、街に使われてる守りを流用すればあるいは……トヘロスと同じ構成をしていたからそれを持続させれば………

 

『駄目でしょうか……』

「いえ、姫様をお一人にしてしまいますが、それでもよろしいのですか?」

『はい。ここの方はミーティアを害するようには見えませんから』

 

 あらま。しっかり見てること。さすが姫様と言ったとこか。

 

「わかりました。その隠された場所というのはどこにあるかご存知ですか?」

『ここから北にある洞くつだそうです。罠が仕掛けてあるのでとても大変だとヤンガスさんが言われていました』

 

 知らなければゲルダさんに聞きに行こうと思っていたが、助かる。

 よしと奮起して立ち上がり、姫様と馬車に即席のトヘロスを原型とした接触阻害の魔法をかけて小屋を出た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

支援した

39

 

 本来であれば行き違いの懸念があるので待つという選択肢が妥当だろう。だが、姫様の願いであればぜひとも叶えたいと思ってしまう。

 パルミドのある方角と女盗賊さんの拠点の位置関係から北の方角を確認。切れた補助魔法を再びかけて足を動かす。そういえばリーザスで爆走した時は足が痙攣したが、ここのところそういう反応はない。歩きまくったおかげで筋肉が少しは付いたのだろう。役には立つが足が太くなるのはちょっとなぁと呑気な事を考える余裕まである。

 すっかり星明かりのみとなってしまった中、一心不乱に走っているといきなり足が泥濘に嵌った。

 泥に足を取られてこけそうになるのを何とか踏ん張ったのだが、ビリっとした痛みを感じてすぐさま足を引っこ抜いて後ずさった。

 何だ? と訝しみながら片手にメラを出すと、橙色の光源に照らされた地面は毒々しい紫色をしていた。己の足を見ると、その泥がべったりとついている。

 つまりこれは、あれか? 一マス動く事に斬撃音らしき音が鳴る、例のあれ。毒沼?

 

「ホイミ」

 

 自分に回復魔法をかけ、ついでに水を出して泥を洗い流す。

 いやぁ驚いた。今までお目にした事が無かったが、普通に毒沼というかダメージを被るような代物があるのにびっくりだ。高度経済成長で汚染水が問題になるような環境ならともかく、ここは自然にあふれている。一体どうやってこんなものが出来るのだろうか首を傾げたくなる。

 まぁそんな疑問は脇にどけといて、適当にメラを散発して辺りを照らしてみる。

 私の肩から降りて人の姿を取ったトーポさんをちらっと見ると、黙って横に首を振られた。目的地がどんなところなのか互いに判っていないので、目視でもトーポさんの感覚でも不明となるともう少し進んでみるより他にない。目の前、毒沼だけど。

 

「あ。トラマナ」

 

 ぽん。と手を打ち唱えてみると、ほんのりとした弱々しい光に包まれた。どういう効果なんだろうと思い、おそるおそる沼に足を踏み入れると、泥に沈み込む前に足が止まった。ビリっとした感覚も今は感じない。なんというか、ある種の浮遊効果と有害物を遮断する膜の効果を併せ持っているような感じだ。

 

「ほぉ。こういう事も出来るのか」

「あー…まぁ」

 

 伊達に歴代のドラクエで遊んできていませんから。とは言えず、ネズミに戻ったトーポさんを手のひらにのっけて沼の上を進む。

 時折メラを照明替わりに投げて確認していると、沼を越えたところに石碑のようなものが見えた。そういえば最近視力が良くなっているような気がするが……いや、あまり変わらないか。

 近づいて見ると、騎士のレリーフのようだ。その足元には地下に向かって伸びる階段がある。

 これかと思い階段を降りてみると開けた空間があった。地下というにはガランとした広い空洞に戸惑いを感じたが、それも長くはなかった。前方に巨大な宝箱を胴体とした魔物とエイトさん達が戦闘を繰り広げている姿があった。

 箱の胴体からにょきりと骸骨のような頭と腕が伸びており、腕の先には宝箱の蓋が半分に割られて片方ずつくっついているという何とも奇妙な魔物だ。だが、振り回している腕が生み出す破壊力は凄まじく、あのヤンガスさんですら手にした鎌で受けているにも関わらず吹っ飛んで行っている。

 ミミックや人食い箱よりもアグレッシブな姿だなと思いつつ、他のメンバーはと視線をやればエイトさん達はかなり疲弊しているのか表情が厳しい。服も血だらけで酷い事になっている。今更だが、ヤンガスさんも同様だ。戦っていられるのはククールさんが回復魔法で支えているからなのだろう。

 硬直した私から飛び降りたトーポさんが駆け寄ろうとしたが、何故か途中で止まった。血まみれの彼らに一瞬停止していた私は遅れてそちらを見て、エイトさん達との間に深い溝がある事に気付いた。

 ふらふらしているククールさんを見ると、魔力切れ以前に血を失い過ぎているのではないかという懸念があり、彼が倒れたら他のメンバーも共倒れとなるのは容易に想像出来た。だからこそトーポさんも焦ったのだろう。

 というかこの魔物、寝ていない。もしやモリーさんのところへ連れて行けるタイプかとも思ったが、長い舌を垂らしながらエイトさん達を叩き潰そうとする姿を見ては即座に違うと断定出来た。

 

「スクルト。スクルト。スクルト」

 

 血だらけの姿に軽くパニックを起こしてしまったが、トーポさんが足にタックルをかましてきてくれたお蔭で我に返り、すぐさま支援魔法を飛ばす。

 

「リツか!?」

 

 最初に気付いたのは一番後方、戦闘範囲外と思われる場所に居る王で、その声で他のメンバーもこちらに気付いた。

 

「バギマ!」

 

 視線をこちらに寄越したヤンガスさんの後ろに魔物が迫っていたので咄嗟に狙い重視の空気の塊をぶつけて吹き飛ばす。なんちゅー危ない事をしてくれるんだ。

 

「目の前に集中してください! 援護します!」

 

 了解の声が無いかわりに、ヤンガスさんは鎌を構えなおした。エイトさんもちらっとこちらを見ただけで意識は魔物へと向けたまま。ククールさんはこんな時でも軽く手を上げてひらひらと振ってくる余裕がある模様。ただし、そんな事をしながらもヤンガスさんに回復魔法を飛ばしているので集中はしている。ゼシカさんは私が牽制のために攻撃魔法を飛ばしたのを見て、後ろへと下がりエイトさんやヤンガスさんにバイキルトを掛けている。

 何というか、こう切り替えが早いと……この人達は本当に戦うという行為に慣れていると思わされる。

 感傷はとにもかくにも脇にどかしておいて、魔物が振り回す腕をくらっているように見える前衛だが、スクルトの重ねかけが効いているのかふらつく素振りは無い。所謂スクルト馬鹿戦術だが、実際に目にするとすごいものがある。牙付きの箱に盛大に横殴りにされても軽く転がる程度ですぐさま起き上がるのだ。パワーショベルに殴られても平気ですと言わんばかりの復帰速度にやっておきながら軽く絶句しかけた。

 前衛の耐久値が向上したおかげか戦闘はこちらに有利に運び、最後はリンチ状態になって魔物は腕を切り飛ばされ、頭蓋骨を砕かれて終わった。

 

「リツさん!」

「はい!」

 

 ちょっと距離があるのでエイトさんも私も声を張り上げる。

 

「今からそちらに行くので待っていてもらえますか!」

「わかりましたー!」

 

 箱の中から何かを取り出したヤンガスさんを筆頭に、中央の空間にある階段を降りていくエイトさん。たぶん、地下から行く構造になっているのだろう。ぶっちゃけ目の前にあるので、この程度の溝ならバシルーラで吹っ飛ばすとか、鉤縄とかそういうもので橋をかけるとかすればあっという間のような気がしないでも無い。

 トーポさんとまだかなぁまだかなぁと待って居ると駆け足でエイトさんが戻ってきた。

 

「ちょ、走って大丈夫ですか!?」

 

 慌ててストップと手を出すと、エイトさんは速度をゆるめた。

 

「平気ですよ。ククールが治してくれてますから」

「いや治すって……傷を塞ぐって意味でしょう? その姿見たら貧血になってるって普通思いますよ」

 

 エイトさんは、肩口からべっとりと赤く染まっている自分の身体を見下ろした。ククールさんはもとから赤いので服については染みが酷い程度だが、銀髪からは乾いた血と思われるものがパラパラと落ちている。というか、ククールさんだけでなく皆がそうだった。思わず全員の体温と脈、下瞼を確認してしまった。

 結果。いたって健康そうだった。解せぬ。真に、解せぬ。

 

「だから平気だって言ったでしょ?」

 

 くすくすと笑って言うゼシカさんだが、あのですね、あなた髪の毛が血で固まっている部分があるんですよ。判りますか? 客観的に見て、すごくホラーなのですよ。

 

「えーと……回復魔法で負傷も失った血も戻るという事は理解しましたが、それでも見た目からくるインパクトは計り知れないものがあるといいますか」

「まあコレはちょっとね」

 

 ゼシカさんは不快そうに固まったサイドの髪を摘んでパラパラと乾いた血を落した。

 

「罠にひっかかって頭を打ったのよ。結構痛かったわ」

 

 ……つまり。頭、切れたんですね。……頭蓋骨骨折しなくて本当良かったです。

 

「リツさんはどうしてここに?」

 

 ゼシカさんのセリフに慄いているとエイトさんに聞かれた。

 

「宿で待ってろって聞かなかったのか?」

 

 ついでにククールさんにも聞かれて、いえいえと手を振り否定する。

 

「状況が不明でしたので、酒場の奥に居た男性から事情を聞きまして、女盗賊さん、何と言われましたか……ええと」

「ゲルダでげすか?」

 

 王と口喧嘩しているヤンガスさんが器用にもフォローしてくれた。

 

「あ、はい。ゲルダさんからもお話を聞きまして、遅かったのでちょっと探してみようかと思ってみた次第です」

「……予想はしてましたけどね」

 

 とりあえず上に出ましょうと前を行くエイトさんは苦笑気味。

 

「闇商人の方にも言伝(ことづて)たんだけどやっぱ無駄だったか」

 

 同じように若干呆れも込めた調子でククールさんがぼやいた。

 一応、姫様見つけた時点で動く気は無かった。でも姫様が不安そうだったからなぁ。

 

「あ」

「どうしたんです?」

 

 急に声を上げた私に、エイトさんは歩を緩めて隣に並んだ。並んでくれたので益々その姿がよく観察出来る。

 

「その恰好で戻ったら姫様が驚きます」

 

 間違いないだろうなと思ってこそっと言えば、『あ』という顔をするエイトさん。

 

「ど、どうしよ」

「着替えましょう」

 

 さすがにそれは心配されると気付いたのか、慌てるエイトさんに落ち着けと肩に手を置くと、エイトさんは目を瞬かせて恥ずかしそうに視線を逸らした。

 

「ですね。えっと、でも着替えは」

「私が馬車から取ってきますので……」

 

 言いかけて、着替えただけでは髪についた血が落ちない事に気付いた。

 水を出せる事は出せるが、外は既に暗い。暗い中でちゃんと血を洗い落すのは難しいだろう。かといって姫様を長くあの場に縛る事もしたくない。まぁその辺りも交渉がどうなるかで変わってくるのだが……

 

「リツさん?」

「ええと……ゲルダさんとの交渉はとりあえずお願いします。その間に着替えを用意しますから、交渉の結果がどうであれ一旦どこかの町に飛んで整えて来てください」

「交渉って、宝石を持って行けば大丈夫ですよ」

 

 そうだろうか? どういう話をしたのか判らないが、あの女性の口ぶりや雰囲気から、そう簡単に頷くようなタイプではないと感じた。まぁ少なくとも姫様は本来私達と居たのだと認めているようなので、即ち盗品に手を出したという事を認めている事になる。ならば強硬手段に出られても文句は言えまい。言ったところで取り合う気もないが。

 素直なエイトさんはその辺の事は考えてないだろう。まぁこれだけの頭数がそろっているのだから、考えられる人間が考えればいいか。今はまだ。

 

「じゃあ交渉が終わったら小屋の前で待っていてください。こちらの支度が早く終わっても私も小屋の前で待つようにしますから」

「わかりました」

 

 こくりと頷くエイトさん。

 

「姫の様子はどうであった? 寂しがっておらなんだか?」

 

 後方でヤンガスさんといがみあっていた王がスタタっと階段を駆けあがって来た。小柄だから足元をすり抜けられたのだろうが階段でそれをやられると危ない。でも苦言を呈する気力も無いのでスルーして答える。

 

「みなさんの心配をされている様子でした」

「何事も無いのじゃな?」

「女盗賊の方も無碍に扱うというような事はされておりません。ご心配される事は無いと判断しております」

「そうかそうか、ならば早く戻って解放してやらねばな」

 

 王は特別血を被っている様子は無い。土埃はあるが、それはまあ許容範囲内であろう。これで交渉がうまくいってすぐさま姫様に突撃するような事になっても問題ないだろう。あぁでもさっさとあの場所を離れようとはするかもしれない。エイトさん達の姿に頓着せず。そうなれば姫様に見られてしまうだろうから……

 

「……ラリホー」

 

 ぼそっと呟くと、ストンと王の意識が落ちた。よし、個体指定のラリホー完成。

 

「リツさん!?」

 

 ぎょっとした顔でエイトさんが王を支えた。一応私も構えてはいたがおそるべし反応速度。

 

「皆さんが着替える暇もなく出立しようとされるかもしれないので、疲れて眠ってしまわれたという事にしてください」

「あ」

 

 その可能性に思い至ったのか、疑問から得心の表情に変わった。

 

「その方がいいだろうな」

「っていうか、ずっとその方が楽よね」

 

 ククールさんはともかく、何気に酷い事を言うゼシカさん。直接絡まれた事は無い筈だが、見ていて鬱陶しいのだろう。気持ちはわからなくもない。

 

「そんな事より早く上に出るでがすよ!」

 

 最後尾のヤンガスさんに促され、王を背負おうとするエイトさんを止めて私がバイキルトを掛けて担ぐ。血は落としづらいので、なるべく衣服は汚してほしくないし、着替えさせるのが面倒だ。と言ったら納得してくれた。

 上に出たらルーラで戻るだけなので、実質大した労力でもない。

 ゲルダさん宅へと戻ると、なかなかな姿のエイトさん達を見て覆面レスラーもどきのドアマンは驚いていたが中には入れてもらえたようだ。それを目の端で確認して私は小屋へと王を担いだまま入る。

 

『お父様!?』

「大丈夫ですよ。疲れて眠ってしまわれただけですから」

 

 意識が無い王を見て姫様が狼狽えたが、私の言葉にほっとしたように力を抜いた。姫様もわりかし純粋培養だ。親しくなった相手にはころっと騙されるのだろうなと考えると、何か教訓でもあった方がいいのではないかと思う反面、この純粋培養を守れるだけの人間がいれば保っていて欲しいとも思う。個人的に見ていてほっこりするのは後者なので、王の手腕に期待したいところだが……鼾をかきはじめている王を見ると望み薄な気がしてならない。

 とりあえず荷台にスペースを作って王を横にし、毛布を掛けておく。

 

「エイトさん達も無事に戻ってこられましたよ。今はあの女性と話をしているところです」

『そうですか……良かった』

 

 心底ほっとしたように微笑む姫様に、私も自然と顔が綻んだ。

 

「姫様はお変わりありませんでしたか?」

『はい。夜分ですから、特に誰かが来るという事もありませんでした』

 

 不届きものは無しか。仕掛けは意味を成さなかったようだが、使う機会が無いというのならそれに越したことはない。

 交渉がどちらであろうと離れる準備だけは必要だろうと、ハーネスの準備をしようとしたら小屋の戸が開いた。

 

「こっちに居たのか」

 

 入ってきたのはドアマン。何事かと身構えかけた私を見て男は両手を上げた。

 

「そう警戒するな。馬車の用意をするだけだ」

「馬車の用意?」

「なんだかんだ言って、あんたらがビーナスの涙を取って戻ってくるって信じてたみたいだ」

 

 言いながら男は姫の前の囲いを外した。

 

「……返却する気はあった。だから、荷台の荷物もそのままだった。という事ですか?」

「ゲルダ様は盗賊だが悪党じゃない」

 

 今いちその辺の感覚は私には判別しかねるが、義理人情的なものがあると言いたいのだろう。たぶん。そうですかと相槌をうちながら二人で馬車の準備をして、荷台から着替えを取って男と一緒に小屋の外へと出る。

 まだエイトさん達の姿はなく、話が続いているのだろうと思われた。

 

「思うに……」

 

 不意に言葉を発した覆面男に視線を向けるとこちらを見ていた。どうも観察されていたようだ。

 

「あんたは偉い人なんじゃないのか?」

「偉い人? とは?」

 

 漠然とした質問に問い返せば、男は説明するのがもどかしそうに覆面の上から頭を掻いていた。

 

「あのヤンガスって男は俺達と同じむじなだろ? 他のガキはガキだとして、あんたはやけに上品なんだよ」

「その気になればガキ三名も上品には出来ると思いますよ」

 

 ゼシカさんは家柄的に躾られているだろうし、ククールさんも騎士団と名のつくものに所属していたなら、ある程度のものはあるだろう。エイトさんに至っては王や姫様と直接言葉を交わす事が出来る立ち位置に居る。

 

「まじか……」

「馬と馬車を返却頂ければ特別こちらに拘る事柄はありませんよ」

「……本当だろうな?」

 

 空いた目の部分から鋭い眼光が飛んできた。

 そんなに睨まなくてもとんずらの仕方なら職業柄心得ているのではないかと思うのだが……いや追われるという事自体普通は避けるか。いくらこの世界の住人で盗賊だと言ってもゲルダさんは女性なわけだし、いろいろと大変に――と、そこまで考えて私はお宅に視線を移し、もう一度鋭い眼差しでこちらを睨んでいる男を見て、なるほどと納得した。理解してしまうと簡単な事で、思わず笑ってしまった。

 私の苦笑に、男は憮然とした雰囲気で視線を逸らした。

 

「すみません。まぁ……何と言いましょうか。いろいろと私達も急ぐ旅路でして、かかずらっていられないというのが本音です」

「そうか……まぁそれならそれでかまわない」

 

 やや気まずそうに言う男は、でかい図体に似合わず可愛い。

 

「それにヤンガスさんのお知り合いという事であれば、積極的に報復するというような思考回路を持っている者はあの中には居ないと思いますよ」

「おいおい……じゃああんたは違うってのか?」

 

 おや、よく気付いた。これも愛が成せる業なのだろうか?

 

「時と場合によりけりです。あなたはゲルダさんに何かあってもそれを黙って見ていますか?」

 

 ちょっと意地悪く問いかけてみると、男は「そういう事かよ」と呟いてそっぽを向いてしまった。

 

「そういえば」

「なんだよ」

 

 ふと思い出し、不機嫌そうにこちらを見る男に聞いてみる。

 

「波打ち際のやんちゃボーイって知ってます?」

「は?」

「女盗賊のお宅付近に居るプチアーノンという種族の子らしいんですけど」

「プチアーノンならもう少し南の海岸にはうようよ居るが……」

「貝殻をもって?」

「他にどんなのが居るんだよ。あんな煮ても焼いても食え無さそうな魔物をわざわざ探してるのか?」

「ええまぁ」

「見つけてどうするんだ?」

「お話し出来るかなー、なんて」

 

 男はまじまじと私を見てきた。

 

「……変わってるな」

 

 今いろいろ呑み込んだ気配がした。

 変わってるという一言に収まったが、その裏に変人奇人という言葉が見え隠れしている。

 やっている事だけ見ればその通りなので反論も否定もする気は無いが、覆面レスラーもどきの男に言われると釈然としないものがある。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔物を集めた

遅くなりました。


40

 

「それにしても、あんた胆が据わってるよな。盗賊のアジトに居るってのに」

「……それなりに緊張しているつもりですが」

 

 この男、自分の服装に自覚が無いのだろうか。覆面レスラーだぞ。覆面レスラー。盗賊のアジト云々はともかくとして、そんな男を前に緊張しない方がどうかしている。憮然として返すと呆れた目を返された。

 

「それでか?」

 

 そう言われると私の主観を主張しようとも納得されない事が明白じゃないか。どう答えろと? 『テヘペロ。うっそ~☆』とか言ったらいいのか?

 本当に言ったら変人奇人評価に拍車がかかりそうなので呑み込むが、釈然としないものが溜まっていく。

 ちょっぴり仕返し出来ないかなぁと考えていると、残念ながらエイトさん達が出てきてしまいその機会は失われた。

 

「無事に交渉が終わったようで何よりです」

「え? あれ? もしかして聞こえてました?」

「いえ。こちらの方から、もとより返却の意志があったことを伺いましたから」

 

 目を瞬かせたエイトさんの視線を覆面男へと誘導すると、エイトさんの視線を受けて男は苦笑しながら頷き肯定を示した。

 私は苦笑いをしているエイトさんにククールさんを含めた男性陣の服が入った包みを、ゼシカさんには個別の包みを渡した。

 

「着替えは……その姿だとパルミドが妥当でしょうかね?」

「だと思います。他の町だと人目につくでしょうから」

「わかりました。すでに馬車の用意はしてありますので、一旦私は姫様と陛下をお連れしてドニの宿に飛びます。明日朝にパルミドへと飛びますのでそこで集合しましょう」

「あ、パルミドに来るのは待ってください。ドニまで僕が迎えに行きますから」

 

 おお。エイトさんに危機管理能力が芽生え始めたようだ。

 

「了解です。では明朝に」

「はい」

 

 エイトさんは他のメンバーを呼んで早速ルーラを唱えて飛んでいった。それを見届けて私も姫様に声を掛け、治安の問題と嘯いて以前に王と姫様だけで留守番をしてもらったドニへと飛んだ。

 馬車ごと飛ぶ事に、ルーラを唱えてから危険ではないかと思い至って血の気が引いたが、馬車だけ落ちていくというような事はなく、私が触れている姫様も馬車も無事に地面へと着地した。体感としては非常にスリル満点だが、安全面は思ったよりも充実した魔法なのかもしれない。思い返してみれば浮遊感はあるものの風圧を感じた事は一度も無いのだ。何気に優秀?

 眠気でとろくなった頭でそんな事を考えつつ宿を取って姫様のハーネスを外し、王を部屋へと休ませるともう一度ゲルダさん宅前へとルーラで飛んだ。

 

「さて、と」

 

 方角を確認して一路南へと足を向け、ほどなくして海岸を見つけた。張り始めた脹脛をぺしぺしと叩いて伸びを一つ。

 トーポさんはエイトさんのところへと戻ったので、ここには私一人。まぁなんとかなるだろう。

 

「メ………レミーラ」

 

 メラを唱えようとして途中で止めて、レミーラを唱える。

 メラは瞬間的な明かりには使えるが持続性は無い。レミーラは持続性がある変わりにある程度の時間が経たなければ消えてくれない。夜道で印になるようなものを煌々とつけているのは宜しくないかと思い自粛してきたが、探し物をするとなるといちいちメラを散発し続けるというのも面倒だ。

 私は頭上に浮かんだ光源を従えて、海岸線をてくてくと進む。ちらほらと眠っている魔物の姿が見えたが近づくとどうなるかわからないので距離は保ったまま、眠っていない相手はいるだろうかとキョロキョロしながらさらに歩き回る。

 

「しっかし……こっちが眠くなってくるな」

 

 あっちもこっちも寝てるので、私まで眠くなってくる。実際動きっぱなしなので体力的な疲れがあるのは確かだ。今は深夜三時か四時か。日の出までそう時間もないだろう。

 朝になればエイトさん達と合流するので居眠りさせてもらうとして、探索を打ち切るのは夜明けが限界といったところか。

 

「そういえばザメハって普通の眠気にも効くんだろうか……」

 

 一瞬唱えそうになったが、過去に炎上したプロジェクトの応援にまわったとき、所謂栄養ドリンクとか、眠気覚まし、活力増強のようなものを飲んで、身体が疲弊しているのに目だけが冴えているという苦しい現象に見舞われた。あれはかなり辛い。とりあえず「鼻血が出そうです」と上司に無意味に報告しまくるようなハイな有様をここで晒したくない。

 ふわぁとあくびをして目を擦り、足を止める。

 

「そう簡単に見つかるわけないか……」

 

 トーポさんが発見できるというのも、ある意味奇跡的な話だ。

 明日は姫様の声が聞こえるかもしれないという件について確認する必要があるし、情報屋の件も確認したい。やりたい事は多いのにそれを行うだけの体力が無いのが何とももどかしい。

 

「ま。高望みはせず出来るところから、だな」

 

 仕事も私生活も、望みを上げるならばいくらでも出来る。それが仇となってあれが出来ないこれが出来ないと不満を抱いたり、出来ない己にジレンマを感じてストレスを抱え込むのも馬鹿らしい。

 さて帰ろうかと暗い海に向けていた視線を陸地へと戻すと、目があった。

 

「………」

 

 何だろうかこのタイミングは。都合がいいような悪いような。

 じっとこちらを見詰めるつぶらな瞳。つぶらな瞳と言っていいのだろうか? 軟体動物に対してそのような表現を使う日が来るとは思っていなかったが、たぶん一応つぶらな瞳に部類されるだろう。……されるのか? イカの目ってじっくり見ると怖くないか? いかん。本格的に頭が働いていない。

 ゆっくりと近づいてみると、地面に手に持った貝殻でぐりぐりと何かを書き始めた。

 イカのようなフォルムなのにどうして陸上で姿勢保持できるのだろうか――とか、考えてはいけないのだろう。何を書いているのか覗き込んでみると、人の顔と思われる絵があった。思わずピンクっぽい色の私の膝丈も無いちっちゃなイカを見ると、ちびイカはこちらを見上げてきた。

 

「………これ、私?」

 

 自分を指さして聞いて見ると、ちびイカはさらに絵を描き始めた。髪が長い人の顔だ。造形は砂の上では細かく描く事は出来ないが、何となく雰囲気で私なのだろうと思われた。

 イカって人の目と同じ映像を映す事が出来たのだろうか?

 

「……一緒に来てもらえますか?」

 

 とりあえず手を差し出して見ると、貝殻を持っていない触手を伸ばして私の手に巻きつけてきた。 ピトリとした感触はやっぱり軟体動物そのもので、アレ系が駄目な人だったら悲鳴を上げていただろう。

 小さいけど吸盤はあるんだなぁと思いつつ持ち上げたところで、ハタと気が付いた。

 今からモリーさんのところへ行って、こんな夜中にあの人は居るのだろうか。

 

「……いや、まぁ……とりあえず行くだけ行って考えよ」

 

 もう眠くて仕方が無いので思考を放棄してルーラを唱えた。

 果たしてモリーさんは夜中だというのに件の場所に立っていた。マフラーをたなびかせて。寒くないのかと聞くと「熱い魂の前には寒さなど些末事である」とよくわからない回答を頂いてしまった。それはともかく、言われていた魔物を集め終わったので話を聞ける事となったが、どうせならエイトさんと一緒の方が良いだろうという判断で後日伺う旨を伝えてドニの町へと戻った。あまりにも眠かったからとかいう理由ではない。頼まれたのは二人だからだ。筋は通すのが人として当然の事だ。ドニの町へとたどり着いてからの記憶が無く、気が付いたら宿のベッドの上だったとのいうのも紛れもない事実だったが……

 

「のうリツ、わしはいつ寝たんだ?」

「奇遇ですね陛下。私も一体いつ寝たのか記憶が無いのです。きっと、とても疲れていたんでしょうね」

 

 そんな会話をドニの宿の食堂で交わし、それとなく王を誘導して姫様の声が聞こえるか試してみた。が、どうも聞こえていないようだった。

 女盗賊さんのところに居た世話係っぽい男性にも聞こえていなかったようなので、それも当然なのかもしれないが、そうなるとどうして私に聞こえるのかが謎になってくる。てっきり近くに居る人間ならば聞こえるのではないかと思っていたのだが……これが『テアー』なる存在の影響なのか、それとも全く別の影響なのか……判断し難い。

 うとうとしながら王の錬金談義を聞いていると、昼前にエイトさんがやってきた。どうやらパルミドの情報屋から話は聞き終わったようで、そのまま港で落ち合う事になっていた。パルミドに姫様を連れて行きたくないという気持ちには私も王も一も二も無く同意した。

 準備をしながら聞いた情報屋の話では、道化師姿の男は海を渡ったという。そうなればこちらも海を渡らねばならないが、あいにく海の魔物が活発で北と南を繋ぐ航路以外の船は全て停止してしまっているらしい。そこで、とある荒野に打ち捨てられた船があると情報屋が話したそうだ。とりあえずそれを探してみようという事になったようなのだが、話を聞いていて思わず私は唸ってしまった。荒野に打ち捨てられた船が本当に浮かぶと思っているのだろうか、と。

 ならばもう一つの情報源となりそうなモリーさんのところへ行ってみないかと提案すると、何時の間に魔物を集めていたのだという話になり、夜中活動していたのがバレて怒られた。しかも、呆れながら怒られた。年上の貫録ゼロだ。泣いてもいいだろうか。

 などとふざけて泣いている暇は無いのでエイトさんを宥めて二人でモリーさんのところへと飛んだ。王と姫様はお留守番。王には、お留守番してください、とは言わずに所用を済ませるまで休んでくださいと伝えた。何しろ、眠った自覚が無い程疲れているのですからと追加すればあっさりと言を受け入れてくれた。うむ。姫様の純粋さは王から引き継がれているのかもしれない。

 

「リツさんも休んでいて欲しいんですけどね……」

「ここまで来てそれは無いでしょう」

 

 じと目でこちらを見ながらエイトさんは言うが、既に奇怪な建物(モリーさん宅:仮称)に来ているのだ。それは無いだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

話を聞いた

41

 

 奇怪な建物(モリーさん宅:仮称)の上へと上ると、いつも通り赤と緑のコントラストが激しい服装のモリーさんが居た。

 ところでモリーさんは一体この服を何着持っているのだろうか。まさか一着という事は無いと信じたいが、考え出すとちょっと近づくのに勇気が要るような……

 

「おおっ来たなボーイにガール」

 

 私とは違い、何の疑いもなく近づいたエイトさんに気付いてモリーさんが振り返った。

 

「今日ボーイとガールが来る事はわかっていたぞ。風がしきりに噂をしていたからな」

 

 いや、ちゃんと今日来ますよって昨日話したと思うんですけど……あの、エイトさん、私、ちゃんと話してますからそんな疑いの目を向けないでくださいませんか?

 

「わしの頼みを見事に片付けてくれたな。ありがとう、礼を言わせてくれ」

「いえ、僕らもモリーさんには聞きたい事があったので」

「そうかそうか。渡したメモはもはや不要だな。それはわしが処分しておこう」

 

 魔物探しをしているという情報自体、流れる事を嫌っているのだろうか? エイトさんの視線に気付かないふりしてメモを袋から取り出し、モリーさんに渡す。

 モリーさんは確かに三枚ある事を確認して懐に仕舞った。

 

「ボーイとガールの瞳の奥に眠るあふれる才能を感じとったわしの目に間違いは無かったようだ。約束通り、この建物の中に案内しよう」

「あの、お話を伺わせていただきたいのですが」

 

 まってくれと言ったらモリーさんはニヒルに笑って、いきなり後方宙返りをしつつ建物の下へと落ちた。

 

「………っ!」

「………っ!」

 

 私とエイトさんが硬直から復帰したのは同時で、慌てて縁へ寄って下を見た。そこには、しっかりと腕を組み地面を踏みしめるモリーさんの姿があった。

 

「な、なんなんだ……」

「びっくりする人ですね……」

 

 こっちだと言うように私達を見上げるモリーさんに、思わず呟いたら隣のエイトさんも溜息をついていた。

 いつまでも上から眺めていても埒が明かないので下に降りると、モリーさんは扉を親指で指した。

 

「この扉の先にはボーイとガールの知らない世界がある。今日がボーイとガールの記念日となるはずだ。さあ行こう」

 

 ……ちらりとエイトさんを見る。『行く?』と目で聞いてみると『それしか、無いかと』と返ってきた。そりゃそうだよな。この唯我独尊というかゴーイングマイウェイを見せつけられたらそう考えるしかないよな。後々話も聞きたいから穏便以外の手段は取れないし。

 大人しく開かれた扉の先へと二人で入っていくと、そこは一見すると掘っ立て小屋の酒場のような場所だった。

 

「きゃーっ! モリーさまぁ!!」

 

 耳をつんざく黄色い声に、何事かと見ればモリーさんに女性が駆け寄っていた。

 ちなみにその女性は黒とピンクの襟の空いた長い袖の服に、丈の短いスカート。お尻にはまんまるのふさふさな白い尻尾。頭には白耳のカチューシャ。つまり、バニーさんだ。

 

「中に入ってこられるだなんて今日はどういう風の吹き回しですの?」

「はっはっは。いいじゃないか。それよりミリー今日もきれいだね」

「もーっ。モリーさまってば相変わらずおじょうずなんだからぁ」

「はっはっは」

 

 ちょっと釣り目の金髪美人(バニー)さんはモリーさんの言葉に満更でもなさそうに照れてくねくねしている。

 完全に置いてけぼりだ。モリーさんは笑いながら奥へと行ってしまう。

 

「さあこっちだ。わしは下で待っているぞ」

 

 いささか空気についていけず、その場で棒立ちしていた私とエイトさんに、モリーさんは言って鉄格子を開けた。

 

 ……鉄格子?

 

「エイトさん、建物内に鉄格子が在る場所って」

「牢屋という雰囲気ではないですね。ここに居る人も罪人などという様子でもないです。身なりの良い方も居られますし」

 

 それは確かに。

 

「とにかく行ってみましょう」

 

 エイトさんが行くので、つられて私も足を動かす。

 酒場のような場所に無骨な鉄格子は似合うような似合わないような、けれどその場に居る人は誰もそれを異質だと感じていない様子だ。どこかの国の官職に就いていそうな人、吟遊詩人のような人、どこの田舎から出てきたのだろうかというようなご老人、斧を持った戦士のような人、そして神父さ……神父さんまで居るよ……

 まぁ何というか、ここまでいろいろな年齢層、職種が揃っていて、どーんと鎮座する鉄格子に反応していないとなると、戸惑うこちらが異質な人間のように思えてくる。

 モリーさんが開けた鉄格子の先には地下へと続く階段があり、慎重に降りていくとそこはすり鉢状の地下ドームとなっていた。

 一言で言うと、闘技場。下の戦闘スペースと思われるところを見れば、戦っているのは人ではなく、魔物。

 これは賭けカジノ? モリーさんが胴元という事は、戦わせるための魔物を集めているという事か?

 

「それにしては魔物に対する感情が違うような気がするけど……」

「リツさん?」

「いえ、なんでもありません。モリーさんは――あそこですね」

 

 仁王立ちで下で戦っている魔物たちを見下ろしているモリーさんが居た。

 近づくとモリーさんは口を開いた。

 

「どうだ、驚いただろう。これをボーイに見せたかったのだ。これこそがこの世界でもっとも熱くもっとも激しいゲーム!」

 

 段々口調が激しくなり、最期で言葉を切るといきなりよくわからないポーズをとりだした。あれだ、戦隊ものの変身ポーズのような、戦闘終了時の勝利のポーズのような、ちっちゃい男の子が喜びそうな、あれだ。

 

「ザ・モンスター・バトルロードだっ!!」

「……モリーちゃん。ザは付かないでしょ。勝手に付けないの」

 

 本人決め台詞であろう言葉を決めポーズであろう姿勢で言い切ったら、横に居たバニーさんが突っ込みを入れた。

 

「む? そ、そうだったか? じゃあもう一度行こう……」

 

 モリーさんは恥ずかしがる事なく、こちらが止める間もなく、リテイクに入った。

 先程と全く同じ溜めと決めのポージングを繰り出し、

 

「これこそが、モンスター・バトルロードだっ!!」

 

 今度は『ザ』が無いバージョン。思わずバニーさんを見れば、笑顔で拍手をしていた。よくわからないが、『ザ』の有無が重要なのだろう。人はそれぞれ重きを置いているものが違うが、『ザ』に対してここまで重きを置いている人はそうそう居ないだろう。

 

「ルールを簡単に説明しよう。

 モンスター・バトルロードとは三匹のモンスターで構成されたモンスターチーム同士の戦いだ。自分のモンスターチームで七つのランクに挑み勝ち上がるのだ。それだけでここではすべてを得られる。

 どうだボーイとガールも自分のチームを持ちたいだろう?」

 

 暑苦しいテンションに現実逃避していたら、妙な話をふっかけられた。エイトさんと視線を合わせ、こそこそと緊急会議。

 

「どうします」

「言われている内容はよくわかりませんが、この流れで『はい』以外の返答が有効でしょうか?」

「ごもっとも」

「悪い方という風にも見えませんから詐欺でもないでしょうし」

「それについても同意します」

 

 エイトさんが『詐欺』という可能性に思い至っているという事実に感動しつつ、緊急会議終了。

 エイトさんが素直に「はい」と言うとモリーさんは朗らかに笑った。

 

「はっはっは! ボーイなら必ずそう言うと思っていたぞ!

 だがここのルールでは自分のチームを持つためには二十万ゴールド必要なのだ。なぜここにいるのが金持ちばかりかわかるだろう。ボーイにそれだけの金が払えるか?」

 

 エイトさんの視線に、私は首を横に振った。

 実際のところ、二十万ゴールドは捻出可能だ。だが、それは今後の旅の資金であって、ここで情報を買う金額として即決する事は出来ない。

 強引にここまで私達を引っ張ってきたわりに、言ってる事が何というか、しみったれた御仁だ。

 

「ふっ……」

 

 エイトさんが否定の言葉を言うよりも早く、モリーさん(しみったれた御仁)は言うなというように手で制してきた。

 

「今のは意地の悪い質問だったな。すまない。許してほしい」

 

 目を閉じ静かな口調で謝罪するモリーさん。どうも芝居がかっているように見えて、ぼけーっと鑑賞しそうになる自分を律するのが大変だ。

 

「つまり、わしが言いたいのはこういう事だ。モンスターチームを持つために必要なその二十万ゴールド、代わりにわしが出そうではないか。

 だがもちろん無条件というわけではない。その代りボーイはわしの前でこう誓うのだ。

 このモンスター・バトルロードを勝ち上がり必ずや頂点に立ってみせる……とな。

 どうだ? わしの前でこのモンスター・バトルロードを極めてみせると誓えるか?」

 

 なるほど。単にしみったれた御仁というわけではなくて、物好きな御仁というわけだ。

 どうします? というエイトさんの視線に、お任せしますと返したらエイトさんはあっさりと頷いた。

 

「はい。誓います」

「よしっ! ならば決まりだ!! ボーイとガールはたった今よりモンスターチームのオーナーだっ!!」

 

 場を盛り上げるようにバニーさんが大きく拍手をした。

 

「……となればさっそく手続きを済ませなければならない。まずチームには名前が必要だ。チームの名前を決めてもらおう。いい名前が思い浮かばないならわしが代わりにつけてもいいがどうする? 自分で名前をつけるか?」

「えっと……リツさん」

「いやいやいや、ちゃんと自分で付けないと」

「でも一緒に魔物を集めて……というか、集めたのはリツさんですし」

 

 いや、私、この人とあんまり関わり合いになりたくないからエイトさんを前に押し出していたんだけど……って、それに気づかれた? ぬぅ。妙なとこで敏いの相変わらずか。だがしかし、

 

「うむ。ガールのチームでもあるのだ。共に考えるのがよいだろう」

 

 宣言したのはエイトさんだけだからと反論しかけた矢先、胴元に退路を断たれてしまった。

 

「何がいいでしょうか?」

「……えー……と」

 

 再度エイトさんに問われて迷う。どうしたものか。ネーミングセンスなんて私にあるわけが無い。五の主人公の名前をゾーマにしようとして、長男に止められた程だ。

 うーん……敵キャラは駄目らしいから。えっと、そうなったら味方側で個人名は何か人権侵害のような気がするから外すとして……

 

「……ラーミア?」

 

 不死鳥ラーミアならば人権侵害にもならないだろう。マスタードラゴンとかつけたらトーポさんが反応しそうだし。あ、そしたらドランゴでもよかったのか。プックルとかもありだし、ゲレゲレも……いや、周りがゲレゲレにして引いてたからゲレゲレは無いのか。

 

「ラーミア? どういう意味なんですか?」

 

 もういっそロトとかでもいんじゃね? とか考えていたら、ラーミアを口に出していたらしくエイトさんに聞かれた。

 

「不死鳥の名前です」

「ふしちょう?」

「不死、死なない、という意味です。死なない鳥、不死鳥。

 まぁ死なないというか何度でも甦るような感じですね。だから、勝負事には良い名前かと思ったんですが、ちょっと安直すぎかもしれませんね」

「いえ、いいと思います。何度でも甦るって、何度でも挑むって事ですよね?」

「ええまぁ」

「じゃあそれにしましょう。モリーさん、ラーミアでお願いします」

「『ラーミア』でよいのだな?」

「はい」

「う~む……。あまり強そうな名前ではないがまあいいだろうっ!」

 

 まぁラーミアは非戦闘員。強くなくても問題ないポジだ。設定上はいくらか強いのだろうけど。

 

「よしっ!! ボーイとガールのチームの名前はラーミアに決まりだ!

 では次はチームメンバーだ。こっちは話が早いぞ。最初のメンバーはボーイとガール自身が集めたジョーとスラリンとプチノンの三匹だ」

 

 まともに戦えそうなのってジョーさんだけでは?

 私の懸念に気付いてか、モリーさんは言葉を続けた。

 

「もちろんこのメンバーではモンスター・バトルロードを勝ち上がる事などまず不可能だろう。だからこそボーイとガールはチームを強化しなくてはならない。だがこれだけは覚えておいて欲しい。魔物の強さはそれを指揮するオーナーの強さにある程度は左右されるものだ。

 だが、だからと言ってオーナーが強くなるのを待っているだけでは、なかなかチームは強くならないだろう。しかも魔物は人間と違い戦いの経験を重ねて強くなるという事がないのだ。つまり、チームを強化するにはより強い魔物へとメンバーを入れ替えていくしかないということだ。

 世界から強い魔物を探すのだ! そして彼らを自分のチームに加えてどんどんチームを強化していくのだ!

 そしてかけ上がれぃっ!! 最強のチームでこのバトルロードを一気に駆けあがるのだぁっ!!!」

 

 途中から一人盛り上がり気炎を吐きだし始めたので、私とエイトさんは心持ち一歩下がって傍観してしまった。

 あ、バニーさんも特に拍手は無いらしい。

 無言の私達に気付いたのか、モリーさんはぼそっと言った。

 

「駆け上がれ……」

 

 ……人力エコーのつもりなのだろうか。

 

「モリーちゃん。最期に同じことボソっと言うのかっこ悪いっていつも言ってるでしょ?」

「う…うむ。すまない。どうも尻切れトンボな感じがしたのでな……」

 

 バニーさんの冷静な突っ込みに、さすがに居心地悪そうにモリーさんは咳払いをした。

 

「とにかくこれを受け取るといい」

 

 差し出されたものは鍵だった。エイトさんが受け取ると、モリーさんは鷹揚に頷く。

 

「それがあればいつでもこの建物に入ることができる。自由にバトルロードに参加できるだろう。バトルロードに参加するためのカウンターは三つあるカウンターのちょうど中央だ。だが、いきなり参加せずに周りの人からいろいろと情報を集めるのが賢いやり方だろう。

 わしはここでボーイとガールの健闘を祈っている。この期待に応えてくれよ」

 

 話がようやく終わりそうな雰囲気になったので、私は少しだけ空いた距離を詰めるように一歩前に出た。

 

「モリーさん、幾つか質問させてもらっても宜しいですか?」

「ん? あまりわしからアドバイスをしては不公平と言われてしまうが……そうだな……一つ、いや二つぐらいなら……」

「いえ、バトルロードの事ではなく、別の事です」

「別の事?」

「スラリンさんが居た、滅びたお城の近くという情報について。どうやって滅びたお城という情報を得られたのかと思いまして」

 

 あぁというようにモリーさんは一つ頷いた。

 

「ガールの先輩達だ。ここへ立ち寄った時に話を聞いた」

「確か、船は出ていなかったと思うのですが」

「いや船ではなくキメラの翼を用いていたようだな」

 

 なるほど。それなら移動可能か。

 

「あと二つ。宜しいでしょうか?」

「うむ。ボーイとガールの旅の助けになるのならば答えよう」

「ありがとうございます。一つは、最近道化師姿の長い杖を持った男を見かけたという情報は無いでしょうか?」

「道化師? ……海の上を歩く道化師という、どうにも怪しい話を聞いた事はあるが……すまない。他に聞いた事は無い」

「いえ、十分です。もう一つは、他の大陸に渡る方法、または船を入手する方法をご存知ないでしょうか?」

 

 なるほど、というようにモリーさんは腕を組んだ。

 

「ボーイとガールならば誰かと一緒にキメラの翼で飛ぶよりも、小型でも自分達で動ける船の方が良さそうだな」

「まぁ……探し物があるので、誰かと飛ぶとなると行先が限定されますからね。それはそれで別大陸に行けたらそこから動くまでですが……」

「今は小型とはいえ、船を所有している者は限られているからな……」

 

 言い淀む様子を見れば、入手が難しい事は知れた。

 

「とある方から、荒野にある船を利用出来ないかと言われていますが……」

「あぁあれか。確かに状態はおどろく程いいらしいが、海まで移動させる事は難しいだろうな」

 

 お。状態はいいんだ。それは意外だ。

 ひょっとするとひょっとするかもしれない。

 

「ありがとうございます。あの、もし道化師姿の男を見かけたという話を聞かれましたら、こちらを伺った時に教えていただけないでしょうか」

「そのくらいならばお安い御用だ」

 

 まかせておけと胸を叩かれ、私は頭を下げた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

嫌な汗かいた

42

 

 それじゃあこれで。と、退散しようとしたらモリーさんに引き止められた。そしてそのままランクGなる勝負に参加する事になった。『何故だ』とかは言わない。エイトさんともども流されたのは自覚している。多少仮眠は取ったものの睡眠欲求がぶり返してきて眠くて何も考えていなかったというのもちょっと関係しているだろうが。

 何も考えていなかったといえば、姫様を浚った不届き者の事も片を付けられていない。あれだけは許さん。絶対に、許さん。何があろうとも、許さん。

 

「リ、リツさん? あ、あの、やっぱり代わりましょうか?」

「……はい?」

 

 後ろから掛けられた声に振り向けば、恐る恐るといった様子でエイトさんがこちらを伺っていた。何故だろう。盗人に対する怒りが顔に出ていたのだろうか?

 しかしそれはともかく代わるというのは……あぁ、この勝負にもならない勝負で、オーナーとして闘技場に立たなければならないという、何とも面倒くさい事を言っているのだろう。エイトさんは自分が集めたわけではないから、自分よりも私の方が魔物が言う事を聞くだろうと言って私を前に出したのだ。先ほどモリーさんの前に差し出そうとした仕返しだろうか?

 だとしても、それは特に構わない。私が出ようとエイトさんが出ようと、騎士風さまようよろいさんや何考えているのかわからない不思議生物スライム、絵描き大好き自由チビイカに指示を出す事は出来ない。所謂『めいれいさせろ』が出来ない状態で、戦法などあったものじゃないだろう。というか、そもそもの戦力としてチビイカとスライムという時点で詰んでいる。本当に勝負するというのなら、もうちょっと戦力として確立している魔物に出会えてからだろう。

 

「っていうか、スライムとか幼児(チビイカ)を出させようと考える時点でバトルジャンキーっつーかなんつーか……」

「……リ、リツ…さん?」

 

 内で呟いた筈の戯言が表に出てしまっていたらしい。素は口が悪いのだが、エイトさんを驚かせてしまったようだ。申し訳ない。本格的に睡眠をどこかで取らないと。

 

「あぁいえ。大した事ではないです。ちょっと弱い者いじめにも程があるのではないかと、こんなチームを相手にするような輩はどんな性格なのだろうかと、単にそう思っただけです。あと、試合に出させようとした御仁に対しても」

「……えーと……一応、モリーさんは魔物の傷を癒せたりするそうですよ。ランクも一番低いそうですし」

 

 一番低いランク。そりゃそうだ。この面子でそれ以外を勧めてきたら真正のサドだ。ついでに傷を癒すという件だが、モリーさんはこの世で唯一魔物を生き返らせる事が出来ると、その辺のおっさんが声高々に、まるで己が誇るように宣伝していた。それを聞いてますます私は萎えた。

 治せるから、生き返らせるから、傷を負ってもいい。死んでもいい。そう言うのだろうか? とは言え、問いただしてみたところでこの辺の倫理観はかなり隔たりがあるので論争する以前の問題だ。(部外者)が問うていい内容なのかも自信が無い。

 結局、現状の通り流されてしまったわけだが。とにかくさっさと白旗上げてこの場を離れよう。

 

「大けがさせる前に早々に退散してきますね。ここで時間を掛けるのもあれですから」

「あ」

 

 素で忘れていたらしい。ハッとした顔をするエイトさんに思わず笑ってしまった。

 

「とりあえず、いってきます」

「はい。気をつけて」

 

 ありがとうとエイトさんに手を振って、私は案内人に従って控室から闘技場へと移動した。

 暗い廊下で我らが弱小チームのお三方と合流。光が差し込む扉を潜ると、わあっと歓声が一瞬起こり、そしてすぐに鎮火した。

 それはそうだろう。向こうさんはスライムナイトと赤いスライム。赤いからおそらくスライムベスだろう二体。対するこちらは、さまようよろい、スライム、チビイカ。どう盛り上がれというのだろうか。

 

「さあさあやってまいりました! 本日はランクGのバトルロードがこの格闘場にて繰り広げられます! 城内騒然! 観客応援! オーナー同士は怪気炎!! 第一バトル、行ってみましょうっ!!」

 

 審判兼司会の男はすごく頑張っているが、会場のノリは今一つだ。それでも男は大仰な身振りでこちらを示した。

 

「赤コーナー! リツオーナー率いるまだまだ新米チーム! ラーミア!!」

 

 ……なんかすみません。ラーミアさん、適当にお名前頂戴しちゃって本当すみません。あなたはファミコン版であんなに白くて可愛くて(多分、設定的に)強かったのだろうに……こんな弱小チームの名前になってしまって……

 今更ながら、後悔の念が押し寄せてきて思わず目元を抑えてしまった。

 

「青コーナー! チャップオーナー率いる、スライミーズ!」

 

 チャップって……いや、人様の名前で笑うのは人として駄目だろうけど、厳つい戦士風の男がチャップって……

 後悔の念を吹き飛ばすネーミングに、失礼ながらガン見してしまった。

 

「これは楽しみな対戦となりました! それではバトル開始! レディー!?」

 

 名前に受けていると、さっさと勝負が開始されようとしていた。慌てて私はお三方に「怪我しない様に!」と叫ぶ。

 

「ゴォーッ!!」

 

 審判の男が開始を合図すると同時に銅鑼が鳴り響き――――

 

「………………あの、開始ですよ」

「あ、いや……それは理解しているんですけど」

 

 一切魔物たちが動かないのを見て、審判の男がこそこそとこっちに言ってくるが、そんな事言われてもどうしろと。

 先方の厳つい戦士さんも何だか焦った様子で嗾けているが、スライムナイトもベス二体もその場を動こうとしない。

 次第に観客たちもおかしいと思い始めたのか、野次が入り始めてきた。

 

「ジョーさん、スラリンさん、プチノンさん。戦いたくないです?」

 

 たぶんジョーさんには通じるのではないかと思って声を掛けてみると、予想通りジョーさんは振り向いた。だが、予想外にも首を横に振って私に膝を折った。

 その姿勢は初めて出会った時そのもので、何かを待っているようにも見える。何だろう。こんな場面で出会った時の事をもう一度やれと言っているわけでも無いだろうし……

 

「………もしかして……怪我しない様にって、言ったから?」

 

 もしやと呟いたら、ジョーさんは顔を上げてじっと私を見詰めた。

 

「いやいや、でも、怪我はしてほしくないんですよ。わざわざ怪我する必要のない場面で怪我するなんて、おかしくないですか?」

 

 ジョーさんは首を横に振り、相手のスライムナイトをじっと見た。

 えーっと? これは、戦士同士というか騎士同士というか、そういう勝負がしてみたい。という事?

 

「……えっと…スラリンさんとプチノンさんは不参加でもいいですか?」

 

 言ったとたん、青い物体がぶるるんと揺れて私の前で飛び跳ねまくった。

 興奮しないでくれ。どっちだ。否定なのか? 肯定なのか? さっぱりわからん。

 

「スラリンさんは、参加?」

 

 青い物体は鎮まった。……結局どっちかわからん。

 

「……じゃあ、その、お好きなように」

 

 もう自主性に任せてしまえと言ったが早いか、スラリンさんは物凄い速度でベス二体に飛び掛っていき、ジョーさんはスライムナイトの前に静かに立つとビシリと剣を縦に構えてから切っ先を相手に向けた。スライムナイトもそれを見て何となく嬉しげに剣を引き抜き、切っ先を同じくジョーさんに向けた。そして同時に駆け出し、剣戟の音が響いた。

 

「おおーっと、これはどうしたことか! 両者いきなり白熱したバトルを開始した! 互いに一歩も引かないまさに接戦!」

 

 ところでチビイカは私の足元でお絵かきをして、私に見せようとしている。……うん。チビイカ。君はそれ(マイペース)でいいと思うよ。君の身体で戦闘は厳しいと思う。スラリンさんも厳しい筈なんだけどね。何でベスと互角以上にやりあってるんだろうね。相手二体もいるのにね。

 ようやく盛り上げられると張り切る司会兼審判の男の声が剣戟の音を掻き消す勢いで響き渡る中、私はチビイカの描く三つ目の絵を横目にぼんやりと観戦する。

 

「戦いたいのは本能なのか……それとも私に見せようとしているのか……君もプチアーノンって名前って事は、あの大きなオセアーノンの親戚か何かなんだろうし、大きくなったら火とか吐きたくなるのかもね」

 

 チビイカはきょとんとした目で私を見上げる。

 

「いやいや、いいよいいよ。君は絵を描いていていいよ。上手だから」

 

 苦笑して言うとチビイカは絵を見て、私を見て、くりんと身体の向きを変えた。

 

「あ、ちょ!」

 

 気付いて止める前に、チビイカは予想外の速さで混戦状態のベスとスラリンさんの所へ滑るように近づき――火を吐きやがった。

 

「これは意外! やる気の無かったプチアーノンが火炎の息を吐いたぁ!!

 プチアーノンが火炎の息を吐くと聞いた事があるでしょうか!? いや、無い!! これはすごい! このプチアーノンはすごいぞ!!」

 

 実況によると……プチアーノンは火を吐かないらしい。しかし私の前には、ベス、スライムナイト、ついでにスラリンさんを焦がして踏ん反り返っているチビイカが存在する。

 ジョーさんは間一髪で避けたようだ。さすがジョーさんだ。だがスラリンさん、やばくないか? ぴくりとも動いてないぞ。

 思わず審判を見れば、

 

「勝利チーム!! リツオーナー率いる、ラーミア!!」

 

 勝敗が決したという事で急いでスラリンさんに駆け寄ると、審判の男に止められた。

 

「次の試合がありますが、このままスライムを出しますか?」

 

 出すなら、手出しするな。そういう事か。

 頭では理屈はわかるのだが、動かない彼らを目にしていると焦りが勝って苛つきが生まれてしまう。

 

「出させません。そこをどいてください」

 

 少々低い声が私の口から発せられると、審判の男が少しだけ顔を引き攣らせてその場を退いた。すいませんと思いつつも前を通り過ぎ、急いでスラリンさんとベス二体、スライムナイトに駆け寄りベホイミを掛ける。幸い、死亡にまで至ったものは居なかった。回復して身体を起こしてくれて心底ほっとした。

 

「助かるが……相手の心配をするとは変わっているな」

 

 そんな事をちゃーみーさんだったかちゃっぷりんさんだったか忘れたが、先方のオーナーは言ってきた。目の前で痛そうにしているのにそれを放置しているのはこっちも痛くなってくるのでしょうがない。下手にプライド高くて私のやった事を憐れみと捉えて怒ってこなくて良かったと思いつつ、頭を下げてみんなの所へと戻る。スラリンさんは二回戦に出ないよう腕の中に確保して勝手に飛び出さない様にしておく。

 

「ジョーさん、二回戦はやりますか?」

 

 一応尋ねると、当然とばかりにジョーさんは頷いた。チビイカは、ぶんぶんと貝殻を振っている。やりたいらしい。

 あぁ…気が遠くなる。またヒヤヒヤしなければならないとは……

 一回戦の相手が奥へと姿を消し、次いで現れたのは人面樹とピンクの不気味なカエルを引いた女性のオーナーだった。

 見た所普通の町娘風の娘さんなのだが、従えているのはカエル二匹と人面樹。カオスだ。この世界の住人はどうしてこうも精神が強いのだろうか。

 

「第一バトルの劇的な決着に、場内、まだどよめきが治まりません!!」

 

 そりゃまさか、あの戦力にならなさそうなチビイカがフレンドリーファイヤーかましながら、相手方を薙ぎ払うとは思わないわな。

 

「モンスター・バトルロード、ランクG決戦!! 引き続きどちらのチームも気力充分! 観客興奮!! 彼女の家まで十五分!!」

 

 司会兼審判の男性も、いろいろ大変なのだろう。言っている内容が意味不明だ。

 

「それでは第二バトル行ってみましょうっ! 赤コーナー、リツオーナー率いるラーミア!!」

 

 やけくそ気味に紹介されているのは私の気の所為だろうか?

 

「青コーナー! ミーサオーナー率いる人面ブラザーズ!!」

 

 名前がもう……私も人の事言えないが、人面ぶらざーずって……お嬢さん、もうちょっと何とかならなかったのか?

 

「これはどちらが勝つか予想不可能! それではバトル開始です! レディー!? ゴォーッ!!」

 

 合図と共に、何とチビイカが貝殻振りかぶって飛び上がり、一回転しながらカエルへと鋭利な棘を持つ貝殻を叩きつけた。赤いカエルは、青い液体を吐いてぶっ倒れた。

 お嬢さんは顔を引き攣らせた。私も顔が引き攣った。

 一番戦う事が困難と思っていたチビイカがまさかのバーサーカー疑惑。後でいろいろ話し合いが必要な気がする。

 ジョーさんは人面樹の枝を器用に刈りながら、もう一匹のカエルの攻撃を避けていたが……そちらのカエルもチビイカに叩き潰された。やり過ぎではないだろうかと冷や汗が背中を伝う。チビイカが暴れるたびに場内の歓声が沸き起こり罪悪感を煽ってくる。もう勘弁してほしい。いっそ棄権したいが、ジョーさんの顔が時折こちらに向けられるのだ。やらせろと言っているように見えて、棄権という言葉が喉元で引っかかったまま出て来てくれない。

 結局、二戦目も勝敗が決した瞬間ダッシュで駆け寄り相手方のカエル二匹と伐採されてしまった人面樹に祈りつつベホイミしたら、なんとか回復してくれた。本当に良かった。目を丸くするお嬢さんに一礼して、すたこらさっさと引っ込む。

 今の所相手のオーナーからクレームが来る事は無かったが、いつクレームが来てもおかしくないような気がする。

 

「レディースエ~ンドジェントルメン! さあいよいよ待ちに待ったこの瞬間をむかえました。モンスター・バトルロード、ランクG! このバトルに勝った方が栄えあるランクGのチャンピオンに輝きます!!

 赤コーナー! リツオーナー率いるラーミア!!」

 

 一息つく間もなく、棄権する間もなく、司会の男にスポットライトが当たったかと思ったら、すぐさま次の試合が始まってしまった。

 これはもうあれだ。祈るしかない。虐殺現場にならない事を祈るしかない。

 

「青コーナー! カワッグオーナー率いるガッツガッツ軍団!!」

 

 現れた先方さんは、むきむきマッチョの覆面男がオーナーで、お手てが鳥のそれで、短い嘴のついた闘牛のような鳥牛(何故か寝てるが)と、ドラクエ五で序盤はお世話になるおおきづちらしき個体。あとは、大木槌を持ったゴリラ。一言で言うとごりおし軍団。

 なるほど。これはこちらが虐殺される。でもなぁ…やる気なんだよなぁジョーさんもチビイカも……

 

「このランクの王者になるのは果たしてどちらのチームか!! レディー!? ゴォーッ!!」

 

 いつでも回復魔法を放てるように身構えていたら、これまでバーサーカーだったチビイカが少し下がったところで貝殻を持ったままじっとしている。ジョーさんはそんなチビイカを庇うように、叩き潰すような攻撃を剣の根元で受け流している。攻撃に回る暇はなく、ただただ回避と防御に徹する姿に、これは無理だと思った。

 棄権するため手を挙げた瞬間、それまで微動だにしなかったチビイカが動きを見せたかと思ったらジョーさんの頭に乗っかって火を吐いた。

 ……火というか、火炎というか……

 

「こ……こ…これはなんということでしょう!!! 初戦に見せた火炎の息など本気ではなかったということか!! 全てを焼き尽くす業火!! これはまさしく業火です! 勝負ありですっ!!」

 

 唾を飛ばす勢いで司会兼審判の男が勝敗の宣言を叫んだ。

 すかさず私はダッシュ。煙を出している先方の魔物にベホマをかける。周囲の気温を数度上げる程の炎が襲いかかったのだ。火傷の重症度でいけば最大のⅢ度熱傷ではないだろうか。すぐに対処しなければ危ない。危ないというか、命を落としている可能性もある。

 嫌な汗が出ながら様子を見ていると、かろうじて息があったのか徐々に回復していっているようで心底ほっとした。

 ごりまっちょ男の非難するような視線が痛い。私だってこんな事が出来るとは思っていなかったのだ。何でいきなりあんな火力を出したのかさっぱりなのだ。

 司会の男の声も耳に入らず控室に戻ると、呆然とした顔のエイトさんが居て、あんな事が出来るなんて知らなかったと言い訳をしてしまった。エイトさんは我に返ると僕も同じですと言って、慰めてくれたが上の観客場へと戻るといろいろな視線にさらされて気力がどんどん失われていくのを感じた。

 景品らしいちからの指輪を貰って、モリーさんから何やら言われて、気もそぞろに逃げるようにその場を後にした。

 建物から外に出て、ようやく涼やかな空気を吸えた気になって深呼吸をしていると隣でエイトさんが苦笑いしていた。

 

「急いでドニに戻りましょう。陛下が待ちくたびれているでしょうから」

 

 私もなんとか苦笑を浮かべて目先に意識を戻して言えば、エイトさんは頷いてルーラを唱えた。

 あの浮遊感にも大した反応も出来ず、よりダメージが大きい事を経験すると人間図太くなっていくものだなと改めて感じた。……感じたくなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

追及された

43

 

 ドニの宿に移動し、ぐーすか寝ていた王と帰りを待っていてくれた姫様と一緒に船着場へルーラで飛ぶと、こっち側の港じゃなかったらしくエイトさんがポルトリンクにルーラした。

 ……いや、ほら、どっちも港じゃないですか。どっちも。間違える事は誰にでもあることですよ。と、話したのだが移動中は馬車の中で休むようにとエイトさんに押し切られた形となった。エイトさんに押し切られたというか、エイトさんが私にした説教を耳が良い姫様が聞いてしまい詰め寄られて馬車の重さなど全く平気だと鼻息荒く言われ……拒否する事が出来なかった。

 いやはや、姫様に叱られると無条件で申し訳ありませんと謝りたくなってしまうのは何故だろうか。あれが王者の威厳というものだろうか?

 結局お言葉に甘えてポルトリンクから西に広がるという荒野に向かう道すがら、馬車の中で横にならせてもらった。が、数秒と経たずに身体を起こした。別に何かの気配を感じてというわけではなく、単純に板張りの床でガタガタ揺れたら、まぁ、痛い。ごそごそと毛布を二枚取り出して床に敷いてもう一度身体を丸めるが多少軽減した程度だ。それでも眠気を堪えていたのが限界を迎えたようで、コトンと眠りに落ちた。

 目が覚めたのは、ガタンと馬車が止まった時で外はすっかり日が暮れていた。というか、夜だ。

 大抵休憩は私が声を掛けていたのだが、まさかこの時刻になるまで休憩を取らないとは思わなかった。ついでに言えば出発したのは昼過ぎ、自分がここまで眠りこけるとも思わなかった。慌てて馬車から降る。

 

「あ、ちょうど良かった。今声を掛けようとしていたところです」

 

 馬車を降りると目の前にエイトさんが居て一瞬仰け反ってしまった。びっくりした。

 

「一度小休止を挟んだんですけど、深く眠っていたから起こさないようにしていたんです」

「え゛……そ、それはお気遣いいただきありがとうございます。すみません」

「僕一人では荷が重いんですから、無茶して倒れないでくださいね?」

 

 小声で言って笑うエイトさんに、御者台を見れば王の姿は無い。

 

「今日はそこの宿に泊まります。陛下や他の皆は先に中に入ってもらってます」

「そうだったんですか」

 

 エイトさんの視線の先には小さな家がぽつんと一つ。あれが宿なのだろう。では今晩の食事の準備は不要ということかな?

 

「この辺りは岩塩を取りに商人が通うみたいで、街の宿と同じというわけではありませんけど、食事も出していただけるようです。リツさんも夕食を食べてきてください。姫様の食事もこちらで用意していただけましたから」

 

 言って干し草を示すエイトさんに、無意識にぺしりと額を叩いてしまった。エイトさんの負担を減らそうとしてきたのに、これでは逆転してしまっている。

 謝ってもエイトさんは受け取ろうとしないだろうから、建設的にありがたく食事をいただこう。

 姫様の耳に小さく「また後程参ります」と囁くと『早く食べる事はお腹に良くないと聞きました。リツお姉さま、ゆっくり食べてきてくださいね。ミーティアもゆっくり食事をいたしますから』と返された。

 はっはっは。見透かされてるよ。

 苦笑して頷いて、姫様の食事の間一緒に居てくれるらしいエイトさんに礼を言って家に入ると、アミダさんと同じぐらいの年齢のご婦人に椅子に座るよう言われ、他の面々が座るテーブルに一緒についた。王の姿が見えないと思ったら、食事が出来るまで暇だったのか寝ているらしい。ご婦人が教えてくれた。

 ご婦人がおかみさんというわけではなく、食事の準備だけをしているようだ。それ以外は純朴そうなぽっちゃりした青年が対応している。親子だろうか?

 

「ずいぶん寝てたな」

 

 宿の中を観察していると茶化すようにククールさんに言われ、私は素直に頭を下げた。

 

「申し訳ありません」

「責めてるわけじゃないって。別行動出来るならその方が効率がいいからな」

「でも何かあったらどうするのよ」

 

 ククールさんは組織または集団での効率的な活動についての考えがあるようで、私と同じ思考をしている模様。反論するゼシカさんは一般的な子女の思想といったところだろうか。いや、どちらかというと子供を心配するお姉さんといったところか? 第一印象が尾を引いているのかもしれない。

 

「大丈夫でがすよ。リツ嬢さんは強いでげすから」

「あのねぇ、いくら魔法が使えるといっても接近されたら駄目でしょ」

「リツ嬢さんに近づく魔物はいないでがす」

「だから魔物はともかく野盗とか危ないって言ってるの。まったくこれだから男共は……」

 

 テーブルに肘をつき溜息をついているゼシカさんは絵になるが、言われたヤンガスさんもククールさんも『あ』という顔をしていて、実に間抜け面が似合っている。

 

「平気ですよ」

 

 間抜け面からバツの悪そうな顔に変化したので助け舟を出すと、反応したのはゼシカさん。

 

「どうして?」

「移動はピオリムを掛けてましたし、暗くなってからはレミーラで辺りを明るくしてましたから。その中で接近に気付かないという事は余程の事が無いと無理でしょうから」

「れみーらって、確かマイエラで使ってた魔法よね?」

「はい、明かりをつける魔法です。ご存知ないです?」

 

 室内(ここ)で実演するにはちょっと迷惑になりそうなので控えたい。光量を抑えればやってもいいだろうが、まだ研究不足で抑え方が不明なのだ。

 

「知らないわ。ねぇ、リツってどのくらいの魔法を使えるの?」

「あ、それ俺も気になってた」

「攻撃魔法も回復魔法も使えるでがすよ」

「知ってるわよそんなこと」

「系統じゃなくて種類の事だ」

 

 ヤンガスさん……以前、王に私が回復魔法も攻撃魔法も嗜んでいると言っていたのを覚えていたんだろうな。割と自信ありげに断言して即座にそういう意味じゃねーよと二人掛かりで否定されて凹んでしまっている。

 ちょっと気の毒なので、補助魔法の事とかは黙っていよう。

 

「だいたいリツは補助魔法も使えるだろうが」

 

 ……ククールさん。

 ヤンガスさんはグウの音も出ないようでつまらなそうにそっぽを向いてしまった。うーん。

 

「えーと…厳密に言いますと、攻撃魔法、回復魔法、攻撃補助魔法、防御魔法、その他分類の魔法を扱えます」

 

 ククールさんの言っている事も全部じゃないよと言うと、ククールさんは『あぁそういう区分けもあるけど』という顔をして苦笑し、ヤンガスさんはどこか嬉しげにククールさんを見て笑った。

 

「系統は全部って事でしょ? そんなの予想出来るわよ。で、何を使えるの?」

 

 ヤンガスさんの事など眼中に無いらしいゼシカさんが先を促してくるので、私は唸った。

 『使える』とは、『発動する』という意味なのだろう。だが私としては『使いこなす』というのが『使える』という部類に入ると認識している。なのでレミーラは『使える』とはあんまり言いたくない。

 

「そうですね……回復魔法はホイミ、ベホイミ、キアリー、キアリク、ザメハ。攻撃魔法はメラ、メラミ、ギラ、ベギラマ、イオ、イオラ、ヒャド、ヒャダルコ、ヒャダイン、バギ、バギマ。攻撃補助魔法はラリホー、マホトーン、ルカニ、ルカナン、ボミオス、ピオリム、ニフラム、バシルーラ、バイキルト。防御魔法はスカラ、スクルト、マホカンタ、マホステ、マジックバリア、マヌーサ、フバーハ。

 それ以外だとルーラ、リレミト、トヘロス、トラマナ、インパス、モシャスといったところです」

「レミーラは?」

「ベホマズンも使えるだろ」

 

 二人とも鋭い。まくしたてたのに気付いたよ。

 

「一応できますけど……その、何と言ったらよいか……」

「リツ。手帳」

 

 ゼシカさんに手のひらを差し出されて、私は何だろうと思いつつ、いつも持っている手帳を渡した。

 ゼシカさんはそれをパラパラと捲り、ククールさんもそれを覗き込み、途中で納得という顔で溜息をついた。やがてゼシカさんも無言で閉じた。

 

「なるほどね。リツは構築陣の内容を理解していないと使えないと言っているのね」

 

 あ。

 

「あ……あー……っと、ええまぁ」

 

 そりゃ手帳見れば研究してたかどうかは判ってしまうか。軽率だった。

 

「じゃあ発動させる事が出来る魔法は?」

 

 さて、どうしたものか……このメンバーならば話しても問題ないのではないかと思うが、前にシャナクを知らないと王に言われた事が微妙にひっかかっている。私がドラクエだと思って、あるものだと考えていた魔法が実はここには存在しない魔法だったりしないだろうか、とか。存在しない魔法をどうして知っているのだと問われた時、どう答えたらよいのかが判らないのだが……まぁいいか。レミーラもそれっぽいし。誰しも全ての魔法を熟知しているわけでもないだろう。

 

「先ほどのものは省きますね。

 回復魔法はベホマラー、ベホマズン、ザオリク、シャナク、マホトラ。知識としてザオラル、メガザル、マホキテ。

 攻撃魔法は、ライデイン。知識としてメラゾーマ、ベギラゴン、イオナズン、マヒャド、バギクロス、ギガデイン、ミナデイン、ザキ、ザラキ、ザラキーマ。

 攻撃補助魔法は、ラリホーマ。知識としてメダパニ。

 防御魔法はアストロン。知識としてマホターン。

 その他はレミーラ、アバカム、レムオル。知識としてフローミ、ラナルータ、レミラーマ、ドラゴラム、パルプンテ、メガンテです」

 

 一通り正直に申告すると、ゼシカさんとククールさんは真剣な顔で睨むように私を見てきた。

 何故か責められているような空気を感じて、若干怯んでしまいそうになる。が、どうしてそうなったのか理解出来ないので踏ん張って見返してみる。

 

「一応聞くけど『知識として』っていうのは使った事は無いって事でいいの?」

「はい。おそらく出来るだろうとは思っていますが、威力が大きかったり、何が起きたりするかわからないので使った事はないです」

 

 そう言うと、二人ともほっとしたように肩の力を抜き表情を緩めた。

 

「どうしたんでげす? リツ嬢さんがすごすぎて驚いたでがすか?」

「違うわよ……いえ、驚いたのは確かに驚いたけど」

「そうじゃなくてだな、今リツが言った中に自爆の魔法が含まれてたんだよ」

「自爆!?」

「あと自分の命と引き換えに仲間を生き返らせるっていうのもね」

「引き換え!?」

「あ、ヤンガスさん。ご飯ができたそうですよ。ちょっと声が大きいので少し抑えましょうか」

「あ、はいでがす」

「じゃあ私は陛下を起こして――」

「待ちなさい」

「お前なぁ」

 

 皿を持って来てくれたご婦人のお手伝いにと椅子を立とうとしたら、じとーっとした目の二人に止められてしまった。駄目ですか。そうですか。

 

「やらないでね」

「やるなよ」

 

 座りなおしたら真顔で言われたので、苦笑しながら了承。私もその魔法は非常に恐ろしいのでその必要性が出た時が来たとしても使えるかは自信が無い。

 二人から見た私という人間は、きっと使えるのだろう。すごい聖人がいたものだ。

 

「さっき言ってた魔法だけど、質問してもいい?」

「なんでしょう?」

「聞いた事が無い魔法がいくつかあったのよ。えっと、ヒャダインだっけ? 感じからしてヒャド系のものだと思うけど」

「はい。ヒャダインはヒャダルコの範囲を広げたものです」

 

 ゲーム上ではヒャダルコはグループ攻撃で、ヒャダインは全体攻撃だった。

 ここで全体攻撃というのは概念的に存在しない。敵、味方のマーキングも無いため範囲攻撃という状態になっている。使った感じもヒャダルコはグループという事ではなく、単純にそういう範囲なだけだった。規模が大きくなるとどうしても人目につくので中々試す事が出来ないという難点がつきまとうため、上位の魔法は軒並み研究不足だが。

 

「シャナク、ザメハ、マホキテ、ニフラム、マホターン、マホステ、アストロン、トラマナ、ラナルータ、インパス、フローミ、レミラーマ、アバカム、レムオル、パルプンテ、モシャス、ドラゴラム。これも聞いた事がない」

「お、覚えたんですか」

「これでも記憶力はいい方でね」

 

 言ってククールさんはフッと笑った。

 久しぶりに見たな、気障ったらしいククールさん。思わず笑ってしまった。いやしかし、素直にその記憶力はすごい。称賛にあたいするのではないだろうか?

 

「えーと、説明した方がいいですか? と言っても私が今言われた魔法を覚えていないので一個ずつ言って貰わないと、ですけど」

「あぁそれは後でいい」

 

 後でしないと駄目ですか。

 

「それより、何でそんなに魔法に詳しいのかと思ってね。師匠は薬師で魔法使いでは無かったんだろう?」

「あ、はい。師匠は薬師ですし、そこまでは知らなかったんじゃないかと思います」

「じゃあなんで?」

「……私の故郷では魔法を調べる人が居まして、実際その人は使えるというわけではないんですけど、その情報を周囲に提供してくれたりしていたんですよ」

 

 攻略サイト(それ)で知ったというわけではないが、メダルのある場所とかそういうのではお世話になった。あ、いや、どんな魔法が使えるのかは成長要素としてちら見したりしたから全くお世話になってないというわけでもないか。まぁ、ネタ元で間違いないだろう。

 

「提供ってどんな奴だよ……」

「普通しないわよね?」

「するわけないだろ。自分の財産そのものだろ」

 

 ククールさんが言う財産というのは、それを本職としている人の事だろう。こちらでもそれを本職としている人が居ないとは断言できないが……アフィリエイトってそんなに儲かったっけ?

 

「本職ではないでしょうし、一人でされているわけではなく不特定多数の人が協力して情報を提供して成り立っていましたから。提供して多くの人に見てもらう事こそに意義があったんですよ。こちらではそれが奇異に思われるというのは理解できますけどね」

「リツの故郷には物好きが多いのね……」

「同感。変人の集まりだろそれ」

 

 ククールさん、ばっさり言ってくれないでくれますか。ゲームに親しみの無い方々からはそう思われているかもしれないですけれども。

 何やら私も微妙にダメージを受けてしまうので話を変えよう。

 

「ところで、荒野まではあとどのくらいでしょうか? 食糧は結構持つとは思いますが予定を確認しそびれちゃいまして」

「もう目の前よ」

「ここが荒野の入り口みたいなところらしい。こっから先は道らしきものも無いとさ」

「そうなんですか。荒野での探索はどの程度の日程を予定されています?」

「そうだな……具体的に考えてはいなかったが、どのくらい食糧はあるんだ?」

「ドニで少し整理してきましたから、七日ぐらいなら持ちますよ」

 

 人数が増えたので、全ての食料を出しきってこのくらいだろう。水を持ち運ばなくて良いというのは非常に大きい。

 

「ならその程度だな。それで見つからなかったら一旦どこかの街へ戻って物資補給だ」

「わかりました」

「はいよ。お待たせ」

 

 テーブルの真ん中にパンを詰めた籠を置かれた。

 振り向けば台所の竈でぐつぐつといい感じに煮えているスープが見えた。「手伝います」と言って席を立てば、今度は引き止められる事はなく、ご婦人のお手伝いに回る。スープを配り終えて王を起こして一緒にご飯をいただいた。

 

「エイトさんにもその事を伝えてきますね」

 

 起きてきた王の愚痴聞き(定例作業)をこなしつつ、食事を終えて手を合わせて器を持ち席を立つ。

 ご婦人に礼を言って器を返し、木桶をかりて外に出るとエイトさんが姫様の近くで見守るように座っていた。

 何か話しかけている様子だったので足音を殺して井戸までいき、そっと水を汲もうとしたのだが、何かにあたってうまく水が汲めない。井戸を覗き込んでみるが底までは月明かりが届かず見えない。

 極小のメラをほおり込んでみると、何か半透明の物体が井戸の底全体を埋めるようにあった。ついでに、メラが底に当たったら「ピキャ」という変な声もあがった。

 

「…………半透明の物体って」

 

 スライムの亜種とか?

 

「たすけてよ~」

 

 ……何やら悲痛そうな高い声が聞こえてきたが……スライムってしゃべれない、よな? いや、しゃべれる個体もいたか?

 

「どうしたんですか?」

「あ、エイトさん」

 

 ありゃ。いい雰囲気だったのに気付かれてしまったか。

 

「どうも井戸の底に何か居るみたいで……助けてと聞こえるのですがどうしたものかと」

 

 エイトさんは首を傾げて井戸を覗き込む。丁度その時またしても「たすけてよ~」と声が聞こえた。二人で顔を見合わせ、幻聴ではないよね? と、無言の確認。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

協力者?を得た

44

 

「ちょっと見てきます」

「見てきますって…え、降りるんですか?」

「ちょくちょく井戸の掃除とかしてましたから慣れてるんです」

 

 言うが早いか、エイトさんは傍にあった縄を滑車ではなく杭にひっかけてするすると降りていってしまった。

 

「ちょっと眩しいかもしれないですけど、明かり付けますよ?」

「あ、助かります。お願いします」

 

 暗い井戸に向かって言えば、返事があった。流石にこの暗さでは何も見えなかったらしい。

 井戸の真上にレミーラで光源を出すと底が良く見えた。やはり何か半透明の物体が底を埋めている。エイトさんはゆっくりと降りて足を付けたが、意外としっかりしているようで歩き回って確認している。と、足元が揺れた。やっぱり何かがいるようだ。

 

「た、助けて! 誰でもいいからその王冠をぼくから外してよう!」

 

 突然、子供のような声が響いてエイトさんの動きが止まる。

 

「ぼくはここだよ! 君の足の下にほら、顔が見えるだろ?

 井戸の上でぴょんぴょんしてたらはまって出られなくなっちゃったんだ。どうか助けてよう!」

 

 どこに顔が? そう思いながら井戸の底一杯に広がっている半透明の物体を、よくよく目を凝らしてみると――あった。スラリンさんみたいな感じで、顔があった。ちょっと怖い。ちなみにエイトさんは怖がっていると言うより、戸惑っているようだ。

 

「助けてと言われても……引っ張ろうにもどうやったらいいのか……」

 

 真面目に救出方法を考えているらしい。

 まぁ目から液体零してる相手を前にしたら流石に私も気の毒になってくる。たぶんこのスライムらしきものはキングスライムの類なのだろう。ここまで大きいとなるとそれ以外に思いつかない。

 

「その王冠をチカラいっぱい引っ張ってぼくを助けてちょうだいよう!」

 

 本人も王冠をと言っているので、当たりかな? 王冠を引っ張って助けてという事は、そうしたら合体状態が解除されるのだろう。

 エイトさんは足元をもう一度見回して、王冠らしきものに手を触れた。

 

「これ?」

「うん! さぁその王冠をおもいっきり遠慮も容赦もなく引っ張って!」

 

 切羽詰まる物言いに気圧されながらもエイトさんは王冠を引っ張り始めたので、慌てて声を掛ける。

 

「エイトさん! たぶんそれが抜けたら――」

 

 ボフンと、言い終える前に変な煙が立ち込めた。

 咽るというわけでもないが視界を遮られ中の様子が見えない。

 

「ありがとう! お礼にその王冠は君にあげるよっ! ぷるぷるっ」

 

 スライムらしき声だけが響いてくるが、エイトさんの反応が無い。

 

「エイトさん!? 大丈夫ですか!?」

「は、はい! ……ちょっとびっくりして」

 

 煙が薄れると井戸の底にエイトさんが立ち尽くしているのが見えた。よく足から着地したものだ。流石の運動神経といったところか。

 

「ニンゲンって思ったより優しいんだねっ。助けてくれてありがとう! ぷるっ!」

 

 分裂したスライムの一匹がエイトさんの頭に乗っかった。いますごいジャンプ力を見た気がする。あぁでもスラリンさんもあんな感じだったかもしれない。

 

「ねえねえ、上にいるのはテアー?」

「上? リツさんの事?」

「テアーはリツっていうの?」

「えっと? リツさん?」

 

 いや、訳分からない会話だからって丸投げしないでくださいよとか思うが、私でもそうするだろうから糾弾も出来ない。

 何故このスライムがテアーを知っているのか知らないが、何らかの感覚で私が持っているらしい『テアー』の欠片を感知出来るのかもしれない。

 

「たぶんそうです。完全じゃなくて欠片を持ってるだけらしいですけどね」

「わー! テアー、テアーだ!」

 

 急に他のスライムもぷるぷる震えだしてエイトさんに群がり上に昇ろうとしてきた。エイトさんが顔面といわず踏みつけられてもみくちゃだ……ぶべっとか変な声を出している。あ、息を阻害されてもがいてるのか。っておいおい!

 

「ストップストップ! 落ち着いてください! エイトさん、ルーラで上がってこれますか!?」

 

 私の声は一応届いたのか、エイトさんの身体が浮かび上がり、すごい勢いで飛び上がって……無事に着地した。

 着地した瞬間、今度はこっちにスライムたちが押し寄せてきた。が、エイトさんのように突撃はなく、周りで一時停止したのちぷるぷると震えて飛び跳ねている。

 

「もう居なくなっちゃったかとおもってた」

「おもってた、おもってた」

「おかえりなさい?」

「おかえり?」

 

 スライム地獄から抜け出せたエイトさんはよろよろと立ち上がり、疲れた顔でこちらを見上げている。

 

「テアーって何です?」

「さあ。私にもよくは判らないです。ただ、とある方からテアーの欠片を私が持っていると言われた事がありまして」

 

 精霊の類と言っても通じそうにないので、適当に濁す。

 

「テアーはテアーなんだよ」

「テアーは、ぼくらを生んでくれたんだよ」

「みんなみんなテアーが生んでくれたんだよ」

「でもいなくなっちゃった」

「でもかえって来たね」

「テアーはどうしてここに居るの?」

 

 口々に似たような子供の声でキャイキャイと話すスライム達。

 

「どうして……って、この先の荒野にある船? に、用事があって?」

 

 テアーがなんで居るのかと聞かれても不明だ。適当に私の要件を言えばスライム達は揃って動きを止めた。

 

「ガケの向こうに降りるの?」

「不思議な船はあるけど、あっちに行くなら気を付けてっ。ガケのほうには強い魔物が出るの」

「えー? テアーだから大丈夫だよ」

「あ、そうか」

「でもずーっと荒れ地ばっかりで休むとこが無いんだ!」

 

 あれ。この子達って。

 

「もしかして、この先にある船の事を知っているの?」

「知ってるよ」

「見に行ったもん」

「合体したぼくたちよりもずーっとずーっとおっきいんだよ!」

 

 エイトさんを見ると、無言で頷いている。了解だ。

 きゃいきゃいと跳ねる彼らに視線を合わせるようしゃがんで聞いてみる。

 

「一つお願いしたいんだけどいいかな?」

「なにー?」

「なになに??」

「テアーのお願いだー」

 

 間髪入れずあがる返事に、その子供のような反応に少し可愛いなと思いながら口を開く。

 

「その不思議な船のところに連れて行ってほしいの」

「いいよー」

「ちょっと遠いけどっ。僕らならいけるもんね」

「かんたんかんたん」

「こっちだよ」

「あ、今じゃなくて明日の朝でいいかな? 今日はもう疲れちゃって、少し休みたいの」

 

 私はぐっすりだったが、他の面々は疲れている。

 ちょっぴり私も板張りの上で寝たせいで身体が痛い。

 私のお願いに、スライム達は快諾を返してくれた。飛び跳ねながら。その様子を見ていたエイトさんは皆に言ってきますと離れた。

 私はそれを横目で眺めながら、そっと聞いてみた。

 

「ねえ、内緒話をしたいんだけどいいかな?」

 

 きょとん。という表現がぴったりの様子でスライム達は飛び跳ねるのをやめて地面から私を見上げてきた。

 

「テアーが皆を作ったっていうのは、魔物を作ったのはテアーっていう事なのかな?」

「そうだけど」

「それだけじゃないよー」

 

 声を潜めた私に合わせるようにスライム達はふよふよと揺れながら囁き返してくれた。

 

「この世界をつくったの」

「みんなみんな、テアーがつくったんだよー」

 

 人間も動物も植物も、世界そのものをテアーが創ったのだとスライム達は口々に語る。

 ……ふーむ…。やはり『テアー』はアレフガルドを創造したルビスと同じような存在という事だろうか。創りだして、その後この世界から消えてしまった。どういう経緯で欠片になったのか、それを何で私が持っているのか不明だが、だからあの変なエルフは(テアー)にお帰りと言ったのだろう。絵空事の物語と私の生きる世界との接点がどうなっているのやら。案外と『テアー』なるものは他の世界見たさに無茶をしてバラバラになって飛んでいったのかもしれない。飛んで行った先が私の世界で、たまたま私に憑依した……とか……

 駄目だ。憑依とか考えると薄気味悪くなってくる。ひょっとして私がここに来てしまったのは『テアー』が関係しているとかあったりして。変なエルフも『テアーの欠片を宿すあなたならば』とか意味深な事を言っていたわけだし。

 

「どうしたのー?」

「考え事なのー?」

 

 目の前で飛び跳ねられて我に返る。

 何でもないと笑って、さて姫様のもとへと戻るかと思ったらスライム達もくっついてきた。明日の案内を楽しみにしているようで、その様子は出来る事を褒められた子供のようだ。なんとも可愛い。不定形の変な物体だとか思って悪かった。

 結局井戸が使えなかったので水を魔法で出して姫様の世話をさせてもらい、毛布に包まろうとするとスライムが下に滑り込んできた。ぎょっとして飛び起きたら痛くないからと言われ、一体にタックルされて強制的に横にさせられた。何というか、ウォーターベッドを少し硬くした感じに近い。非常に寝やすいが子供を下敷きにしているという事がどうしても許容できなくて辞退を申し出たら、「じゃあこれならいいよねー」と言って合体しやがった。ちょっと待て。さっきすっぽ抜いた冠はどこにいった。その頭の冠はどこから出てきた。というか、合体するのはもうこりごりでは無かったのか?

 幾分低くなった声で「ほらほらー」と言われ、喉元まであった疑問はどっかに行ってしまった。考えるのに疲れたともいう。

 様子をポカンとした顔で見ていた姫様も苦笑気味に「可愛らしいベッドですね」と言う始末で、もう『どうにでもなーれ』という気分で横になった。べろーんと広がったスライムに横になるとそのまんまもうベッドだ。宿のベッドより質は上かもしれない。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

眠って起きて驚いた

45

 

 目の前に、私と同じ姿のものがあった。

 お互いに向かい合う形で、藍色の夜空のような空間に漂っている。

 見慣れた自分の寝顔を訳もなく見つめていると、瞼がふいに開かれた。

 

“初めまして”

 

 口は動いていない。けれど自分の声が耳に届いた。それは録音した声のようで、普段自分が発する声とは異なり奇妙な感じがした。

 

“……初めまして?”

 

 取りあえず応えてみた。が、口は動かず声だけがどこからか聞こえた。こちらはいつもの私の声だ。

 

“えーと、どちら様でしょうか?”

 

 浮かんだ疑問を問うてみると、目の前の私は微かに首をかしげた。

 

“さあ。どちらさまなのかしら?”

 

 恍けている様子はない。どう答えてよいのかわからない様子だ。迷っているのなら指標があればいいか。

 

“えーと、私は律と申します”

“ええ知っているわ。柏木律さん”

 

 自己紹介をした途端、目の前の私はとても楽しそうに頷いた。先方は私の苗字も知っているようだが、こちらはその正体が今一掴めない。自己紹介すれば相手も名乗ってくれるかと思ったが、ちょっとばかり仕来りというか風潮が違う相手なのかも。

 

“あーっと、すみません。私はあなたのお名前がわからなくてですね。私、なのでしょうか?”

“わたしはあなたでもあるわ。でも、あなたが感じている通り、あなたとは違うものよ”

 

 私とは違う。じゃあ、アレ?

 

“テアー、さん?”

“あなたにテアーと呼ばれるのは、なんだかくすぐったくて可笑しいわ”

 

 くすくすと目元だけで笑う様子は、私なのに私ではない可憐さがあった。仕草でこうも変わるとは摩訶不思議である。しみじみ見ている内に言葉は続く。

 

“あなたの言葉を借りるなら、わたしはあなたの世界のテアーじゃないの。だからあなたにテアーと呼ばれるのはね”

“はあ。そうなんですか?“

 

 テアーというのはやっぱり精霊とかそういう意味合いかな? 妖精さんも名前は知らないとか言っていたし。それにしてもこれが例の私に憑りついているかもしれない相手なのか。うーん、思ったよりも怖くない。というか、妙に親近感すらある。

 

“わたしはΝύξ”

“ニュ?”

“Νύξ”

“にゅ…”

 

 私の姿をした何かは肩をすくめた。

 

“にゅーちゃんでいいわ”

 

 にゅーちゃんて。緊張感皆無な名前だな。言えない私が悪いのだが、他に無かったのだろうか。

 

“えー……と、すみません。では、にゅーちゃんさん”

“にゅーちゃんでいいわ”

“……にゅーちゃん”

 

 微妙な心地で言えば、嬉しげに笑うにゅーちゃん。

 

“呼んでくれたのは姉妹たちだけだったから嬉しいわ。なぜかしらね、あの世界のあの子は呼んでもらえていたのに…わたしも同じようにしたはずなのにテアーって言われちゃった”

“はあ。そうなんですか。それって自己紹介してなかったから、とかではなく?”

“………そうだったかしら”

“イシュマウリさんも、お名前は知らないようでしたよ”

“あら。じゃあ言ってなかったかもしれないわ。これじゃ呼んでもらえないのも仕方ない事だったかしら”

 

 私の言葉に目を瞬かせ、あっけらかんとした様子で肩を竦めている。軽いノリの人である。

 

“テアーっていうのは精霊というような意味なのですか?”

 

 少し考えるように、にゅーちゃんは視線を上げた。

 

“そうねぇ。あなたの世界だと、女神が近いかしら”

“女神……ですか”

 

 じゃあテアーテアー呼ばれてたのは女神女神って呼ばれてたという事か。

 

“今のわたしはテアーとは呼べないものだけれど”

 

 悪戯っ子のように舌を出すにゅーちゃん。ふむ。口を動かせないわけではないのか。

 

“テアーの欠片と言われていたことですか?”

 

 口を動かして喋ろうとしたが、残念ながら私の方は口は動かない。どうもこの空間というかこの場所は私よりも、にゅーちゃんの方が自由に動けるらしい。羨ましい事だ。

 

“ええそう。ぱーんと弾けて、わたしは飛んだの。そして、気がついたらあなたの中にいた。あなたはとっても居心地がいいわ。とっても素直で可愛くて、あったかい。ずっとまどろんでいたいと思ったのだけど、呼ばれちゃった”

“呼ばれた?”

“そうなの。誰だったのか思い出せないけれど。なんだかすごく気になって、気がついたら戻って来ちゃった”

 

 …………ほう。

 

“わたしとあなた、離れるには近すぎたみたい。ごめんなさい?”

 

 そこで疑問形で謝罪の言葉を言われてもなぁ……まぁ怒りはわいてこないし、今さらその辺の事を問いただしても仕方がないだろう。もう私は来てしまっているのだし。それよりもだ。

 

“まあ、仕方なさそうなのでいいです”

“ありがとう”

“私を元の世界に戻せます?”

 

 にゅーちゃんの顔は曇った。

 

“ごめんなさい。わたしに世界を渡る力まではないの。テアーであった頃ならできたのだろうけれど”

“テアーであった頃なら、という事は弾ける前という事?”

“そう”

“あなたの他にもあなたのようにはじけ飛んでいったものがある?”

“……たぶんそうじゃないかしら。どうして弾けてしまったのかもわからないのだけれど、そうなる事を望んでいたような気がするから”

 

 目を伏せるにゅーちゃん。しょんぼりしてしまった姿は実に目に悪い。自分と同じ姿なのに何故こうも罪悪感を刺激する事が出来るのか。これがテアーの成せる技なのだろうか。

 参ったと思うのだが、そんなに深刻に感じていなかったりする。元々、難しい事であると覚悟はしていたのだから、呪いの方に専念できるとプラス思考でいけばいい。

 

“呪いの事はわかりますか?”

“呪い?”

“あの国の、トロデーンの呪いです。茨に覆われてしまって、生きてはいるけれど死んだような状態にされてしまった……あの呪いを解きたくて”

 

 にゅーちゃんは目を伏せ、黙り込んだ。

 私はじっと彼女の言葉を待った。

 

“………少し難しいかしら。一時的に解く事は出来るかもしれないけれど、ずっととなると呪いを掛けたものをどうにかしなければ、わたしが離れてしまったらまた茨に囚われてしまうと思う”

“そう……ですか……”

 

 元女神でも難しいとなると、本当にあの道化師をどうにかしなければならないという事になろう。掴まれた首の感触は未だにハッキリと覚えている。冷たい手の感触に握りつぶされる喉の痛みも。

 

“大丈夫?”

“あまり……でも”

 

 でも、エイトさんは立ち向かうだろう。なら、私も怖がってばかりもいられない。子供に任せて後ろで震えているだけなんて、いい大人のやる事ではない。さてはて……

 

“……あ”

“どうしたの?”

 

 これからやる事に意識を奪われていたら、いきなりにゅーちゃんが声をあげた。

 

“そろそろ夜明けみたい”

“夜明け?”

“そう、夜明け。名残惜しいけれど、今日はここまで”

 

 にゅーちゃんは居住まいを正してぺこりと頭を下げた。

 

“いままで迷惑を掛けてごめんなさい。器は殆ど整ったから、これからはあなたが不自由する事はないと思うわ。きちんと、あなたの意思の通りに動かせるから安心して”

“器? って……もしかして、あれです? あの身体が動かなくなるやつ”

“そう。ごめんなさい”

 

 何となくテアー関連だろうとは思っていたが、もう大丈夫というなら問題ないだろう。

 

“動くなら大丈夫ですよ”

 

 不意にお互いの身体が透けてきた。

 

“あなたがわたしを助けてくれたように、わたしもあなたを助けるから”

“助けた?”

 

 何の事だろうと問おうとしたところで、にゅーちゃんの姿が掻き消え、眩い光が辺りを覆った。

 

「…………っ?」

 

 むくりと身体を起こすと、弾力のあるウォーターベッドが目に入る。

 何だっけこれ。と考えていると昨日の出来事を思い出した。

 

「あー……そっか。宿に戻らずにこっちで寝たんだ」

 

 ベッドにしたキングスライム君はまだ眠っている様子で動く気配がない。

 んーと伸びをして外に出ると姫様は既に起きていた。朝のヒヤリとした空気が心地よい。

 

「おはようございます」

『おはようございます。お顔の色が優れませんが大丈夫ですか?』

「あぁいえ……」

 

 流石姫様だ。顔を合わせただけで指摘されてしまった。これだと下手に言い繕っても看破されかねない。

 

「…何と言うか、目が覚めてからどうもスッキリしないというか……何か忘れているような気がするのですが……たぶん気の所為なんだろうと思うんですけどね」

 

 喉の奥に小骨が刺さっているような感じで、どうもこう、落ち着かない。

 荷物の忘れ物ではないと思うし、金銭に絡むことでもないと思うのだが……

 

「まぁそのうち思い出すと思います。すみません、変な顔を見せてしまって」

 

 思い出せないのだから大したことではないだろうと笑って水を汲みに行き、いつものように顔だけさっと拭かせてもら……

 

「………え?」

「…どうかされたのですか?」

 

 いや、あの……え?

 目の前に、人の姿の……姫様が。で、私はそのお顔を布で拭いて……

 

「っ!」

 

 慌てて手を引っ込めたら、ふわっと姫様の姿が霞んで白馬の姿が現れた。

 

「…………ぇえ??」

『リツお姉さま? 大丈夫ですか?』

 

 心配そうな姫様の顔に、私は自分の額に手を当てて、とりあえず深呼吸した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異様な船があった

46

 

 さて、今のは夢か幻か。寝ぼけた頭でみた願望か。失礼しますと言って、もう一度姫様のお顔を拭くと……何も起こらない。

 やはり寝ぼけていたかと若干気落ちして、続けて髪を整え――寝ぼけていなかったらしい。

 姫様の髪から手を離すと、人の姿がかき消えて馬の姿となった。

 

「………姫様」

『先ほどからどうされたのです?』

 

 心配そうな顔の姫様に落ち着いて聞いてくださいと話し、姫様の肩に手を触れる。

 

「……今、元のお姿にもどられています」

 

 人の姿となった姫様の手をとると、姫様は感触に気がついたのか視線を手に落とした。

 

「………ぁ」

 

 姫様の口から小さな声が零れたが、自分が目にしている光景を理解出来ない様子で呆然と私が触れている手を見詰めていた。

 やがて片手を自分の頬にあてた途端、その手が震えた。ようやく半信半疑だった変化を受け入れられたのだろう。

 完全に戻れたなら喜ばしいことであるが、先程の現象を考えるとそうではない。うっすらと目に涙を浮かべる姿に、残酷なことを言うとはわかっていたが話さなければならない。

 

「おそらくですが……私が触れている間、元の御姿に戻れるようです」

「触れているあいだ……?」

 

 私の言葉を理解出来ない様子で聞き返す姫様。その顔は元に戻れた喜びと戸惑いのままで、次の情報を受けいれる余裕が無いようにも見えた。申し訳ありませんと一言謝り、触れている手を外す。と、予想通り姫様の姿は白馬の姿となった。

 姫様は自分の姿を見て一瞬目を見開き固まったが、すぐに頭を振って私に視線を合わせた。

 

『これは、リツお姉さまのお力なのですか?』

「申し訳ありません。私にも何が起きているのか理解出来ておりません。先程、気付いたばかりで」

『そう……なのですか』

 

 姫様は目を伏せ、何かを耐えるように口を閉ざした。

 ぬか喜びをさせてしまった罪悪感に顔を歪めそうになるのを堪え、やらなければならない事を優先させる。

 

「エイトさんや陛下に――」

『まってください。エイトやお父様に伝えるのは止めていただけませんか?』

 

 宿に向かおうとする私の前に塞がり、姫様はこれまでにない強い眼差しで言った。

 

『確かに、重要なことです。もしかすると呪いを解く手がかりなのかもしれません。ですが、話してしまえばきっとリツお姉さまは今まで以上にお父様やミーティアの傍を離れられなくなります』

 

 一瞬、姫様は表情を苦しそうに歪めたがすぐに頭を振って強い眼差しを取り戻す。

 

『きっとお父様は知ってしまえばリツお姉さまを離そうとしないでしょう。ミーティアも叶う事ならそれを望んでしまいたいと思ってしまう……けれど、リツお姉さまは皆様のために動かれているのです。それを邪魔するような事はしたくありません』

 

 それは、姫様の声が聞こえると判った時に言われた事。みなの足を止めたくないと言った気持ちと同じ。人外のものにさせられていながらそれを耐えて他を優先させるという事……また、そう言われるのか。声だけじゃなく、姿も元に戻れるというのに。人の姿に戻る事よりも、この旅を進める事を優先させるという。

 私では真似出来ない。そんな事を言う少女に『判りました』という事は容易いけれど、それを言いたくない己が在り、言葉が出ない。というより出せない。的確でなくとも、適当であれば良いのにそれすら、見つけられない。

 

『それに、出発する時になって荷物を運ぶものが居なくては困ってしまうでしょう?』

 

 反応を返さない私に、姫様は何を思ったのか悪戯っぽく微笑んだ。

 胆の据わり方は常人レベルではない。それはもう判っていた事だ。何が大事であるかを見極める目を持っている事も、判っていた事だ。

 客観的に判断するならば、姫様の言葉を受け入れた方が私的にはメリットはある。完全に解く事が出来ない状態では言われた通り王に拘束される可能性がある。トロデーンの呪いを何とかしろと駄々を捏ねられる可能性もゼロではない。それに、この現象をどのように捉えられるのか……どうしてこのような事が起きているのか自分でも判らないのに問い詰められる可能性だってある。答えようがない事を問いつめられるというのは存外、きつい。私でも、不安になる事はある。というか、不安だらけだ。蓋をしているだけで、その蓋を外されるような事があっては大人の面目が保てない。

 だが、それはそれとして、だ。

 

「エイトさんには話します」

『リツお姉さま、それでは――』

「それと」

 

 反論しようとする姫様の言葉を遮る。

 

「たとえ陛下が私をお傍にと命じたとしても、私は私が納得しない限りその命を聞く

事はありません。ですので、その事を姫様が気にされる必要はございません。全く。一ミリも。

 まぁ、説得に少々時間を要すると思いますので、この場ではまずエイトさんにしか話しませんけどね」

 

 苦笑しながら言えば、姫様は困ったように――泣き笑いのような顔で俯いた。その姿を見ると、姫という言葉よりも少女という言葉が似合う。

 我慢は必要な事だと思うが、過ぎたるは毒だ。ましてこの姫様だ。もっと甘やかしたいと思って何が悪い。などと鼻息荒く自己完結。

 宿の扉を開け起きていたエイトさんを荷物の確認と言って引っ張りだし、軽く事情説明を実行。事前に絶対に声を上げるな、口を押えていてくれと頼んだので大きな声を上げられる事は無かったが盛大に驚かれたのは極限まで見開かれた目で判る。他の面々に伝えるのは次の宿に泊まって落ち着いた時に行うと言えば、少し渋い顔をされたが姫様の気持ちを伝えると了承は得られた。やはり、エイトさんも姫様が馬の姿で苦労するのは思う所があるようだ。そこは私も同意見なので『考えはあります』と言えば宜しくお願いしますと頭を下げられた。

 さて、その件は良いとして朝食を済ませいざ出発という段階で、昨日のキングスライム事件を知らない面々が、道案内として現れたでっかいスライムを見て固まった。

 すっかり姫様の事で忘れていたが、これも説明しておかなければならなかった。慌てて昨日の経緯を話したが、ゼシカさんとククールさんには胡乱気な眼差しを向けられた。いや、もういいですよ。変わってるとか、客観的に見てもそうだと私も思ってますから。ヤンガスさんは何でもかんでも『さすがリツ嬢さんでがす』で済ましてしまうのでその辺考える事もなくスルーしているのだろう。素晴らしい適応能力だ。ちょっと私も見習った方が良いかもしれない。

 溜息をついて出発した馬車の前方をキングスライム君と歩いていると、グランドキャニオンのような、荒涼とした大地が広がってきた。空気も乾燥しているようで、地面は強い風が吹くと土埃が舞いあがる。相も変わらず魔物の出現は無いが、ここで戦闘を行う事になったら自然発生の目つぶしが怖い。ゴーグルとかあれば便利そうだが……いや、あれは視界が狭くなるからそれはそれで微妙か……

 野営を挟み、二日程で件の『船』とやらは見つかった。近づく前からその大きさもあって見えてはいたのだが、定員二百から三百くらいのフェリー並みで、かなり大きい。しかも状態がこんな荒野にどでんと船底を据えている割に良い。私の知っている船とは少しばかり形は違うが、一見して壊れているような所が見受けられないのだ。素人目なので何とも言えないのだが、異様な代物に変わりはないと思う。

 

「これは!! ううむ……。間違いないこれは船じゃ! パルミドで聞いた古代の船じゃぞ!」

 

 御者台から飛び降りて王がはしゃぐ。

 

「この船を我がものとすれば憎きドルマゲスの奴めを追う事も出来ようぞ! しかしどうやって海までこの巨大な船を運べばいいのじゃ。わしには見当もつかん。せめてもう少し海のそばならどうにかなるものを……そうじゃ! エイト!! ちょっと地図を見せてみい!」

 

 ぼけーっと船を見上げていると、どうよどうよと言わんばかりにキングスライム君が私の前でうにょんうにょんと伸び縮みしている。

 

「あー……うん。ありがとう。助かったよ」

「えへへー、どういたしましてー」

「それにしてもパルミドの情報屋のおじさん、どうしてこんな離れた場所のこと知ってたのかしら? すごいけどなんか不気味ね。さすがパルミドって感じだわ」

 

 私の横に並び立ち、船を見上げるゼシカさんは呟く。

 

「情報屋の所以たるところ、でしょうかね。旅人か行商人か、何かしらの伝手があるんでしょうけど……この船は予想外でした」

「あるとは思って無かったって事?」

「いえ。あるかもしれないとは思っていましたが、こんなに状態が保たれているとは思っていなかったので」

「なるほどね。古代の船だけど、何か魔法が掛けられているのかもしれないわね」

「ですね」

「でもこれ、どうやって動かすの?」

「………です、ね」

 

 総重量、数百トンはありそうな、ひょっとしたら数千トン? ありそうなこんなもの、人力で動かせるわけがない。それこそ魔法の力でも使わなければ無理だろう。

 ふと、視線を感じて横を見るとゼシカさんが何故か期待に満ちた目をして私を見ていた。

 

「……え。いや、無理ですよ。これ、無理ですから」

「え~出来そうじゃない?」

 

 まぁ、壊してもいいというのなら動かす事だけなら出来ると思う。だけ、ならば。

 でもそれでは意味が無いだろう。残念な事に物を浮かせる魔法というものは……

 

「…………船」

 

 船。とか、気球とか。他には何があった?

 それらは移動したとき、着いてこなかったか?

 

「リツ?」

 

 前に出た私にゼシカさんが声を掛けてくる。

 

「ひょっとして、ですけど。ルーラで飛ばせるかもしれません」

「それはさすがに……リツなら有り得るかしら? ねぇ、ちょっと! エイト!」

 

 ゼシカさんが王と話し込んでいるエイトさんに駆け寄っていく。

 それを横目に、私は船体に近づいてみる。

 ルーラの構築陣の解析はそんなに進んでいない。対象を選定する部分のところを完全に理解はしていないが、回復補助の全体呪文に似ている事は確かだ。念のためという事で触れるようにしているが、馬車ごと移動出来るのならば船だっていけるかもしれない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

浸食されていた

47

 

 船体に近づき手で触れていたククールさんは、私が近づいたのに気付いて手を降ろした。

 

「どうした?」

「いえ、ちょっとした実験を。ルーラでこの船を海まで運べないかと思いまして」

「これを?」

 

 ククールさんは再度船を見上げ、肩を竦めた。

 

「常人なら鼻で笑うところだが、リツだからな。本気でやってしまいそうだ」

 

 場所を譲る様に下がるククールさんに目礼し、船体に触れてみる。

 木造船の船体は冷たく、木の割れを防ぐためか何かが塗られており、つるりとした感触だ。

 

「リツさん、ルーラでいけそうですか?」

 

 後ろから掛かったエイトさんの声に、私は正直微妙だと首を傾げる。

 

「一度試してみていいですか?」

「大丈夫ですか?」

「一応、行先は港にしておきます。私だけ飛んでしまっても、これだけ異様なものならルーラの行先として指定可能だと思いますからすぐに戻ります」

「何でも良い! やってみるのだリツ!」

「判りました」

 

 王の指示が入ったので船体に触れたままルーラを唱える。一瞬にしてルーラの構築陣が形成され私の身体がふわりと浮かぶが、残念ながら私のみが浮かんだようだ。

 こりゃ駄目だなと思って魔力の供給を辿ってルーラの構築陣を消す。

 すとん、と着地し肩を落とす。いけるかなと思っていたが、現実はそんなに甘くないらしい。

 

「どうも駄目みたいです。対象の選定に外れたみたいです」

 

 触れている事が対象選定に重要な事だと考えていたが、そうでもないらしい。もしくは、足りない要素があるか、そもそも土台無理な話だったか。

 

「そうですか……だとすると、やっぱりトロデーンに戻って調べた方がいいですね」

「そうじゃな。城には古い記録も保管しておる。そこでならこの船の事も何か判るであろう!」

 

 エイトさんと王はさして気落ちした様子もない。こちらはちょっと気落ちしていただけに有り難い反応だ。

 それに、確かにこれだけものがあれば為政の下には何かしらの情報が残されているかもしれない。

 

「いやいやいや」

「ね、ねえちょっといい?」

 

 さくさくと話を纏めて次はトロデーンに飛ぶぞというところで、何故か待ったを掛けてくるゼシカさんとククールさん。

 何だ? と、私とエイトさんが視線を向けると戸惑った二人が顔を見合わせて、諦めたように溜息をついた。

 

「まぁ、いいわ。後で聞くから」

「そうだな。後でじっくり聞くわ」

 

 何だかよく判らないが、ひとまず後程で良いという事らしい。首を傾げつつそれぞれ手を繋いでもらいルーラを唱えた。

 

「……リツ?」

 

 ゼシカさんの問いに私は『あれ?』と思いつつ、エイトさんを見た。

 

「すみません。エイトさん、ルーラをお願いしていいですか?」

「え? あ、はい」

 

 今度はエイトさんがルーラを唱え、やっぱり誰一人として飛ぶことは無かった。

 

「あれ?」

 

 エイトさんも戸惑いの声をあげて私を見た。他の面々の視線も感じる。王は「早くせよ」とわーわー言っているが、ちょっと待ってほしい。私も混乱気味だ。

 

「すみません。ちょっといいですか?」

 

 断りを入れて船から離れ、再度ルーラを唱える。と、私の身体は浮かび少しだけ移動して着地した。うん。間違いなくこの船を目標にルーラは出来る。

 ルーラ自体は問題なく発動するという事は、あとは行先の問題となるが……

 

「ねぇ、どうしたの?」

「飛ばないのか?」

「いや、飛ぼうとしたんだけど……何故か飛べないんだ」

「はあ?」

「どういう事だ?」

「僕にも何が何だか……リツさん、判ります?」

 

 エイトさんの振りに「うーん」と唸ってしまう。

 

「推測でしかないですけど、行先の指定に失敗している気がします」

 

 『どういう事だ?』という視線にあくまで推測でしかないですけど、と前置きをしておく。

 

「ルーラの構築陣は、どこへ飛ぶにしても同じなんです。つまり、行先事に構築陣が書き換えられているわけではないという事になります。

 行先は私達が思い浮かべている場所が指定されていますから、頭の中の情報を読み取って、この世界と照合を掛けているのではないか、と」

 

 ちょっと壮大な話になってしまうが、他に推論が無いのだ。あるならぜひとも聞きたい。自分でもどうかと思う推論だ。

 

「………で、どういう事なんじゃ?」

 

 黙り込んだ面々の中、理解出来なかったらしい王が口を開いた。その問いに答えたのは私ではなくゼシカさんだった。

 

「つまり、あなたたちが思い浮かべたトロデーンと、今のトロデーンの姿がずれているって事?」

 

 ゼシカさんは私の推論を笑う事なく真面目に取り合ってくれるらしい。

 

「そう思うって事は、そのずれを修正する事は出来るのか?」

 

 ククールさんも取り合ってくれるらしい。何というか、詐欺にひっかからないか心配になるが笑われたいわけではないので、こちらも真面目に考える。

 

「少し前までは飛べたので、その時点で私のイメージはぎりぎり許容範囲だったのだと思います。なので、イメージの修正も多少で良いかと……やってみますね」

 

 再度手を繋ぐよう促し、茨に包まれてしまったトロデーンをイメージ。そして唱えた。

 

「ルーラ」

 

 今度は全員の身体が浮かび上がった。高速で流れる景色を横目に、私は暗澹たる心地になった。

 こうして成功しているという事は、推論が当たっているか、遠からずという事だ。つまり、茨は浸食しているのだろう。あの穏やかだったトロデーンを。

 ゆっくりとルーラで降り立った先にあるのは、茨に覆われた城下町の門。閉ざされた扉をさらに固く戒めるその姿に腹立たしいものを感じながら、私は手のひらを向けた。

 

「メラ」

 

 放った火球は小さく扉を焦がしたものの、狙った通り茨を焼き払った。

 驚いた顔で私を見る面々の間をすり抜け、扉に手をかけ力を込めて開ける。ミシリと小さな抵抗の声を上げた扉だったが、隣に立ったエイトさんが一緒に力を込めると難なく道を開けた。

 広がる光景に、後ろで息を呑む音がした。

 そこここでのたくる茨の太い胴。道を家屋を城壁を破壊し我が物顔で居座り、驚いて飛び出してきた人々を戒めていたかつての姿から、植物人間のような人ならざる姿へと変貌させていた。怯えた顔も恐怖に染まった顔も、あの時のままに。

 『はぁ』と一度息を吐き気持ちを整え、ともすればアミダさんの家がある方へと視線が行きそうになるのを抑える。

 

「美しかったわが城のなんと荒れ果ててしまったことか。これも全てあのドルマゲスによる呪いのせいじゃ。わしらの旅はあの日わが城の秘宝が奪われたことから始まったのじゃったな……」

 

 静かな王の声に、耳の裏に皆の声が甦り思わず奥歯を噛む。

 

「あの時……。結界の中にいたわしらや魔法を使ったリツはともかく、どうしてお前が無事だったのかのう?」

「それは……僕にも」

「……ふむ。わからんか。まあ運が良かったのじゃろうな。お前は昔からそうじゃったし……」

「兄貴ぃ~! そんな所でおっさんと突っ立って何してんでさあ? 城の中であの船の事調べんでげしょう? さっさと行くでがすよ~!」

 

 沈みそうになる意識をヤンガスさんの声が強制的に浮上させるように、王もエイトさんも苦笑して顔を前に向けた。

 

「……そうじゃったな。たしか城の図書室はあの辺にあったはずじゃ」

 

 歩きはじめた二人の後ろ、姫様の様子を確認するがこちらもしっかりとした顔で前を、故郷の惨状を見詰めている。心配は無用のようだ。

 歩き出した姫様の影にいたククールさんは、何を思ったのか目を閉じ片手で十字を切っていた。

 

「別に祈ったからってなんかこいつらが助かる訳でもねえよなあ。オレの気休めさ」

 

 私の視線に気づくと苦笑いを浮かべ、視線を逸らすように足早にエイトさん達の方へと向かった。まだ足が止まっていたゼシカさんの背をそっと押すと我に返ったような顔をして彼女も歩きはじめる。

 

「私達が追ってた敵ってこんなに……こんな、強い奴なの? ドルマゲスは……城を滅ぼすなんて……」

 

 ゼシカさんは譫言のように小さな声で呟く。たぶん、耳で聞くのと実際に目で見るのとでは大きく違ったのだろう。私達の言葉を信用していなかったわけでは無いだろうが、自分の想像以上の光景に動揺しているのだろう。

 

「……船…手に入っても、ほんとに私達……」

 

 弱気とも取れる言葉を吐こうとした所でゼシカさんは自ら首を振って切った。

 

「ごめん、なんでもない。もう言わないわ。やるって決めたんだもの。なら、前に進んでいくだけの事よね」

 

 力強く自らに言い聞かせるように微笑むゼシカさん。若さ故の無謀とも見えるが、私はそれを無謀にしたくない。ゼシカさんだけじゃない。ククールさんも、エイトさんもヤンガスさんも、姫様も、王も、そしてこの国の人も。誰も不幸になどなって欲しくない。

 だから私は頷いた。

 

「はい」

 

 出来る事をする。それだけの事だ。城に本があるのならこの際知識を集められるだけ集めるのもいい。

 

「ゼシカ!」

 

 考えながら足を進めていると、突如先を歩いていたエイトさんが声を挙げた。

 普段大声を出さないエイトさんに驚いて前を見れば、茨の蔦が絡まり竜のような姿をした物体が数体うねり、エイトさん達に襲いかかっていた。

 

「魔物!? どうして? リツがいるのに」

「疑問は後で! 今は倒すよ! リツさんは陛下とミーティア姫をお願い!」

 

 ゼシカさんが駆け出すと同時にエイトさんが王をひっつかんでこっちに投げつけてきた。エイトさん……あなた大分アグレッシブになられましたね。と、感心している場合ではない。慌てて王をキャッチするが支えきれるはずもなく尻もちをついた。

 

「ったた」

「エイト! 何をするんじゃ!」

 

 すぐに王は起き上がってぴょんぴょんと跳ねながらエイトさんに怒りをぶつけるが、エイトさんは二体の蔦ドラゴンに絡まれそうになっていてそれどころではない。ククールさんもヤンガスさんも接近されて伸ばされる蔦を払うので手一杯。遠距離からゼシカさんがメラミやらヒャドやら飛ばしているが、フレンドリーファイヤを恐れてなかなか当てられていない。

 姫様や私達の周りには幸い他の魔物は近づいていない様子だが、油断は出来ない。

 すぐに地面に手を付き立ち上がる。

 

「大丈夫じゃよ、今近づいている魔物はあれらだけじゃ」

 

 耳元でした声に驚いて見れば、肩から腕に何かが降りて――って、トーポさんか。

 何時の間にエイトさんのポケットからこちらへ来たのか。そんな疑問は脇に置いておく。

 

「目前のあれらに注意すればいいという事ですね?」

 

 こちらも小声で尋ねれば、トーポさんは私の肩に昇った。

 

「そうじゃ。だが気を付けるのじゃよ。どうもここの魔物はおかしい」

「了解です」

 

 スクルトを急いで重ねがけ。続けてピオリム。と、そこまでかけたところで茨のドラゴンはエイトさんに切り裂かれて絶命した。

 荒い息をつくエイトさんやヤンガスさん、ククールさん。とりあえずトヘロスとベホマラーを唱え場所を移動する事を提案する。

 

「ここだと襲われた時に守り難いです。とりあえず城のどこかに」

「はい、助かりました。まさか襲われると思ってなくて」

 

 エイトさんは息を整え頷いた。

 

「とりあえず図書室へ行きましょう。外から直接入れますから」

 

 他の面々も異論は無く、足早に図書室だと言う所へと向かった。

 城の左端に増設されたような形となっている所、そこが図書室らしくエイトさんは扉に手をかけた。が、開かない。

 

「……鍵か」

 

 ポツリと呟き、エイトさんはやおら背中の剣に手を掛けた。

 

「あ、ちょっと待ってください。アバカム」

 

 強行突破しようとするエイトさんを慌てて止めて鍵開けの魔法を使い扉を開ける。

 

「へぇ……アバカムは鍵を開ける呪文なのか」

 

 横合いからククールさんが関心したような声で呟いた。私はアバカムの名前を覚えていたククールさんに驚きだ。一度しか言ってないのに。

 

「まだ覚えていたんですか」

「まぁな。知らない魔法とくれば誰だって気になるさ。だろ?」

 

 ククールさんに振られたゼシカさんは肩を竦めた。

 

「そうね。今はゆっくり聞くときじゃないから聞かないけどね」

「まぁ、時間が出来たらお話しします」

「リツさん、先に僕が見ます」

 

 扉を潜ろうとするとエイトさんに肩を掴まれ引き戻される。

 反対にエイトさんが扉をくぐり中の様子を見て、頷いた。

 

「大丈夫みたいです」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

思い出しかけた

48

 

 王、ククールさんゼシカさん、ヤンガスさんと続いて建物に入っていき、私は馬車の周りに聖水を振りまき、もう一つ接触阻害のトヘロスを唱えて姫様に近づいた。

 

「ここでは私の特性は無意味のようです。離れると危険ですので行きましょう」

 

 一瞬姫様は怯んだような顔をしたが、周囲を見渡して一つ頷いた。

 それを確認し私は姫様の肩に触れ、人の姿になってもらったところで手を繋ぐ。

 

「何やってたんだ? って……」

 

 扉を潜ったところで正面の本棚の前にいたククールさんが振り向き、目を瞬かせた。

 

「………どちらさん?」

「どうしたの………誰?」

 

 ククールさんの声に、その奥にいたゼシカさんがひょっこり顔を覗かせ、怪訝そうに眉を寄せる。

 

「エイトさん、今の状況だと外は危険なので姫様はこちらにお連れしましたよ」

 

 事後報告で本棚に向かって難しい顔をしているエイトさんに声を掛けると、こちらを向いて、固まった。そういえば話はしていたが、実際に見せてはなかったか。

 

「お……おお…おおおおお!! ミーティア姫や!!」

 

 エイトさんの傍に居たらしい王はわなわなと震えたかと思うと猛ダッシュ。姫さまは膝をついて王を受け止め片手で抱きしめた。当然、手を繋いでいる私も横で膝をつく事になったが、これはまぁ仕方がない。我が子が元の姿になれば親は嬉しいだろうし、姫様もそんな父親を袖にする性格ではない。

 

「どうしたんでげすか? あの綺麗な嬢ちゃんは誰でげす?」

 

 騒がしさにようやく顔を覗かせたヤンガスさんも、こちらに近づいてきた。

 

「こうやって触れていると、元の姿に戻れるようになったみたいなんです。どうしてかは質問しないでくださいね。私もわからないので」

「ってーと、このえらく綺麗なのは姫様ってわけか?」

 

 半信半疑といった風のククールさんに私は頷き、固まったままのエイトさんに声をかける。

 

「エイトさん、馬車には魔物を寄せないように出来るだけの事はしています。あの船の事を調べている間はこちらで待機しますね」

「……あ、はい。ええと……そう、ですね。はい、すみません。ちょっと驚いて。できるだけ急いで調べますね」

 

 きっと、エイトさんも姫様と話したい事があるだろう。それでも涙ぐみながら王と話をしている姫様を見て、ほんの少し微笑んで本棚に向かい合う姿は、こういっては陳腐だが一歩後ろで見守る騎士のようだ。服装だけみればもちろん騎士とはかけ離れているが、その心根と言えばいいのだろうか。姫様を第一とする姿勢が、そういう風に見えた。

 他の面々もエイトさんの落ち着いた態度に拍子抜けしたのか、最初の驚きから早々に脱すると本棚に戻っていきぺらぺらと本を捲りだした。

 なんだかみんな多少の出来事には動じなくなってきているような気がするが、気の所為だろう。という事で、こちらをきらきらとした目で見上げ、手を出している王に苦笑しその手を取る。

 

「おお! 本当じゃ! 人の手になっておる! ぬ!? ……う~む。離れると戻るというのも本当なのじゃな……」

 

 一人ではしゃいで手が離れた所で元の姿に戻りしょんぼりとする王。

 

「でもお父様、こうやってミーティアはお話し出来て幸せです」

「そうじゃな。うむ。そうじゃな!」

 

 取りあえず、今までまともに会話出来なかっただろうから二人の手を握ったまま私は静かに傍観。魔物に入ってこられるのも嫌なので接触阻害のトヘロスをこの部屋自体にもかける。

 

「それにしても、どうしてリツに触れておる間は戻るんじゃろうか……」

「それはミーティアにも……リツお姉さまもわからないのですよね?」

 

 暫くぼけっとしていると話す内容も尽きてきたのか、こちらに水を向けられた。

 

「あぁ、それはたぶん――」

 

 たぶん………たぶん?

 

「リツお姉さま?」

「あ……いえ。私にもどうしてなのかは」

 

 「そうですよね」と姫様は首を傾げ、王は唸ったまま。

 私は内心眉を寄せた。『たぶん――』その後、私は何を言おうとしたのだろう。先程までは確かに理由を理解していたような気がする。何かを忘れているような気もするが………考えてみても何も浮かんでこない。

 

「リツお姉さま、何か気になる事があるのですか?」

 

 視線を上げると姫様のそれとぶつかった。どうも様子を伺われていたようだ。

 

「いえ、大したことではないですよ」

「そうなのですか?」

 

 首をかしげる姫様に和みながら苦笑を浮かべて肯定のため頷く。

 本をめくる音と、ポツリポツリと姫様と王が会話する音だけが……いや、ヤンガスさんのいびきも聞こえる。まぁ識字率の事を考えると読めないというのも仕方がない気もする。休める時に休むというのはこの世界においても重要な事だ。適材適所、出来ること出来ないことを互いに補いあえればそれでいい。

エイトさん、ククールさんは無言で黙々と本をめくっている。ゼシカさんは疲れたのか何度か本から顔を上げて目を揉みほぐしている。私も参戦したい所だが、すらすら読める域にまで達してはないので大して役には立たない。

 

「そういえば」

 

 ふと王が私の手を離し本棚に駆け寄っていった。何だろうと思っていると、緑の手で本を抱えて戻ってきたーーかと思ったらまたかけていき本を抱えて戻ってきた。片手で本を手に取り見ると、どうも錬金の本らしい。膝に乗せて捲ってみると、手引書ではなく研究又は推論書のようだ。

 

「我が城にある錬金に関する書物じゃ。どうせならば、役に立ちそうなものを持って行こうと思ってな。あぁそうじゃ!」

 

 ドンと数冊の本をまた置いて、思いついたというように声を上げる王。それにヤンガスさんが起こされたらしく、がばりと身を起こしている。

 

「他にも使えるものがある。リツよ、ついてまいれ!」

 

 え、いや、ここの魔物普通じゃないんですけど。思わず顔が引きつった。

 

「陛下、ここの魔物はリツさんがいても襲ってきます。危険だと思われますので、後で僕が参ります」

「あ、それならあっしが行きやす。どうせ本なんて読めないでげすからね」

「いや、でもかなり強いよ、ここ」

「なら私も行くわ。目がさっきから痛くてちょっと休憩したいって思ってたし」

 

 エイトさんは困ったように私を見た。いやいや、私も困ってますって。戦闘に関してはど素人。支援魔法を後ろからかける事は出来るけど、魔物に近寄られたらどうなるかわからない。ピオリムでかっ飛ばすというのも一つの手だが、王がいるとなると突発的な事をされる可能性もある。

ここは安全策第一だろう。そう思った時、頭に音が響いた。

 

〝大丈夫よ〟

 

 音と共に柔らかな声が聞こえる。

 

〝二人ともとても強いわ。小さな人も、ね〟

 

 頭に響く音なんて現象だけ考えるとホラーなのだが、その声には安心感を与える何かがあった。流れる旋律はエルフの男性と謳ったいつかの曲。あぁ、そうだ。彼女は――

 

「リツさん?」

 

 エイトさんの声にハッとして我にかえる。

 

「あ、いえ……」

 

 思い出そうとした何かが薄れていくが、意識をエイトさんに戻す。

 

「えーと、お二人がいていただければ大丈夫だと思います。こちらは任せてもいいですか?」

「大丈夫ですか?」

 

 なんだろう。大丈夫だと、不思議な安心感がある。頭では戦力分散は得策ではないと思っているのに。それでも、大丈夫だと後ろから支えられているような、不思議な感じ。

 

「はい。なるべく時間をかけないようにしますので」

 

 そう言うと、やや不安そうな顔をしながらもエイトさんは頷いた。

 十分な広さがあるので姫様にはここに残ってもらい、可能な限りの支援魔法をかけ、さらにトヘロスを使って図書室から出る。

 日が翳り茜色が差し込む廊下は、かつて見た姿からさらに風化を匂わせていた。

 

「宝物庫に向かうぞ。こっちじゃ」

「お待ちください。ヤンガスさん、申し訳ありませんが先頭をお願いしてもいいですか?」

「がってん承知でげす!」

 

 王が先導しそうになるが、先頭はヤンガスさんに任せる。近接戦が出来るのは、この中ではヤンガスさんだけ。スクルトを一定時間毎に掛け直してはいるが、何があるのかわからないのだ。などと考えているが、不思議な安心感は変わらず。

 突然廊下の角から飛び出てきた蔦の竜にも身体は強張らず、魔法を飛ばすゼシカさんと鎌で斬りかかるヤンガスさんを視認しながら王を抱えて下がる事が出来た。

 この世界に来た当初ではあり得ない反応だ。自分でも驚く。恐怖心はあるし、魔物にびっくりしてもいるのに、身体は咄嗟にきちんと動いてくれる。まるで誰かが怯える心を宥めて助けてくれているみたいだ。

 

「むう。わしとて戦えるのじゃが……」

 

 口を尖らせる王に脱力しそうになる。エイトさんもそんなような事を言っていたが、このリーチの短さでどうやって戦うというのか。間合いに潜り込むしかないと思うのだが、そうしたら魔物に大きく近づくという事になり、危険はいや増す。

 

「いいじゃない。戦闘は私達に任せれば。リツの魔法のお蔭でこっちもかなり楽だもの」

「そうかもしれんが、わしだって華麗に魔物を仕留めてやれるという事をだな……」

 

 ブツブツと言っている王を肩をすくめてスルーするゼシカさん。

 

「それより、リツに聞きたい事があるんだけど」

「戻ってからじゃ駄目ですか? ここ、かなり危険だと思うので」

 

 集中力を欠くような事はなるべくしたくないと言えばゼシカさんはかろやかに笑った。

 

「大丈夫よ。どれだけの魔物を相手にしてきたと思っているの? リツが居ない時の魔物の群れに比べれば全然平気よ。ね、ヤンガス?」

「そうでげす。あれはヤバいでげすからね。これぐらいどって事ないでげす」

 

 それは……頼もしいというか、すいませんと言うべきか……

 

「でね、リツって途中で魔法を止められるの?」

「……止める?」

「ほら、ルーラで船を動かせないか試そうとして無理だって言って止めたでしょ?」

「あぁ。そうですね」

 

 思い出してそう答えれば、ゼシカさんは溜息をついた。

 

「やっぱり自覚は無いのね」

 

 呆れ顔で言われているが、何の事を言っているのかさっぱり見当がつかない。どういう事かと視線で問うと呆れ顔のまま答えてくれた。

 

「普通。発動まで至った魔法を止める事は難しいの」

「……ほう」

「ほう。じゃないってば。いったいどうやってるわけ?」

「どうやってって……こう、構築陣に魔力を流すじゃないですか。それで、完全に起動させずに少しだけ魔力の道筋を残しておいて、止める時はそこから構築陣自体の魔力の流れを切るんです。そうしたら構築陣が力を無くして消えますよ」

「…………はぁ」

 

 額に手をあてて、ゼシカさんは盛大なため息をついた。それから残念な子を見るような目で私を見てくる。ひどい。

 

「それ、無理。いえ、無理かどうかははっきり断定できないけど、魔力の道筋を残すなんて普通出来ないわ」

「そうですか? メラの威力最大の改造版が出来るなら、その要領で出来ると思いますよ。あの細さが維持できるなら同じようにずっと構築陣全体に魔力を流すんですよ。いつまでも保てはしませんが、ある程度は出来ますよ。完全に維持する場合は魔力を構築陣と自分の間で循環させる必要がありますが、それも慣れの問題だと思いますし」

「そう。いえ、そうなのね。はぁ……本当無茶苦茶よねぇ……」

「確かに難しいとは思いますが、本当に慣れなんだと思いますよ。ほら、お湯を出す魔法あるじゃないですか」

「あぁ、あの無駄に凝った技術でただのお湯を出すやつね」

 

 言いぐさが地味にひどいよゼシカさん。ついでに投げやりだよゼシカさん。

 

「あれが出来るようになってから、私も出来るようになりましたから」

 

 と言っても、繋げ方を体感してしまったら構築陣にアクセスする事がさらっと出来てしまったので、ゼシカさん達の言う魔法の扱いとは違うとは思う。思うが、原理的なものは一緒だと思うので出来ない事は無いと思う。

 「はいはい練習あるのみね」とゼシカさんには流されてしまったが、何だかんだゼシカさんは向上心があるのできっと会得してしまうだろう。

 コツとかイメージを説明しながら瓦礫で塞がれた道を迂回して進み、宝物庫へと辿り着く。

 そこで王は私の方を向き鍵を指差した。

 

「リツよ」

「あ、はい。開けるんですね」

 

 鍵を持っているのかと思ったら、鍵は担当者が管理しているらしく在り処を知らないとの事。まぁこれだけ大きな城全て王が管理できる筈もないが、大事な宝の鍵も他者に任せているというのはトロデーンらしいというかなんというか。

 宝箱には大きな葉と木の実、古びたボロボロの剣。他にも金目のものもあったが資金は足りているのでよしとした。荷物になるので。

 最初は宝物庫の中で王が選んだ品物に疑問符が湧いたが、インパスをこっそりかけたところで理解した。確かに、宝物庫にあっておかしくないものだった。

 大きな葉は、世界樹の葉。インパスの通りなら死者を蘇らせる事が出来る。木の実はふしぎなきのみ。マジックポイントを増やす代物。古びたボロボロの剣は、もとは竜の剣と言われていたらしい。現在は切れ味など無く、一度使えば折れてしまいそうな有様だが、錬金釜で修復可能とあった。竜と名のつく剣なので、使えるようになればかなり有能なものになるだろう。……なったら、いいな。

 

「こんなボロボロ、何になるってんだ」

「ふん! お前のような輩にこの剣の有り難みなど分からぬであろうよ!」

「なにぃ!?」

「実際ボロボロよね。使えそうにもないし。邪魔じゃない?」

 

 ヤンガスさんとゼシカさんに、現状だけ見ればもっともな事を言われて肩を怒らす王。

 

「それ、多分ですけど本当に大切な物だと思いますよ」

「本当に?」

「はい。直せるかもしれないので持って行きましょう」

「おお! それは真か! さすがリツじゃ!!」

 

 喜ぶ王に苦笑を返し、「結局リツ嬢さん頼みでがすか」と呆れるヤンガスさんにそれ以上言わないよう口に人差し指を当てて止める。

 

「日も随分と翳りました。暗くならないうちに戻りましょう」

 

 言ってそれぞれを促し宝物庫を後にする。すれ違う茨に囚われた人には視線をあまり向けないように。

 見てしまうと、助けられないかと思ってしまうので。もし、姫様達と同じように呪いが解かれても、離れたらまた元に戻ってしまう。それは………さすがに恐怖だろう。今も意識があるのかわからないが、何度も何度も茨にとらわれる恐怖を味わわせてしまうのは、私が耐えられそうにない。アミダさんを見たら反射的に駆け寄ってしまいそうだから家に近づくのも怖い。

 図書室に戻ると、エイトさんはまだ本をめくっていた。その向こうでククールさんは疲れたのか床に座り込んで本を開いては積み重ねていた。

 

「戻りました。その様子ですと、なかなか難しそうですね」

「おかえりなさい。はい、まぁ……一冊だけそれらしきものがあったんですけど、それ以外は見つからなくて」

 

 これです、と別によけてあった本を渡してくれたので開いてみる。題名は荒野に忘れられた船。内容はあの船の事に関する雑多な話だった。曰く、地上を走っていた。曰く、神の乗り物。曰く、この世の終わりから旅たつための乗り物で、限られた人々しか乗ることは叶わない。

 眉唾の噂話を集めたといった内容だ。一つ正しいと言えるのは、現在の造船技術とは異なる手法で作成されており、その材質、その操舵方法、動力が全くの不明であること。

 つまり、何もわからない。

 さすがに疲れたのか、エイトさんは首を回している。

 

「日も暮れましたから、一度他の街に飛びましょう。明日また……」

 

 言いかけて、言葉が消える。

 壊れた窓枠が視界に入った時、何かがよぎった。すぐさまトヘロスを唱え全員に支援魔法をかけようとして、違うことに気付いた。

 




2016.08.03 誤字修正 有難うございます 久しぶりに笑いました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不思議な空間に入った

随分と時間が開いてしまいました。


49

 

 てっきり魔物かと思ったら、ただの影。月の明かりが窓枠を照らしその形を影として模り、床へと落としていた。

 

「おい……エイト、これって」

「うん。たぶん、そうだと思う」

 

 ククールさんが驚いたように立ち上がり、エイトさんも私の腕を引いて窓枠から下がらせた。何事かと問いかけて、私も異常性に気付いた。というか、だからこそ最初違和感に反応してしまったのだと判った。

 影が急速に成長して伸びているのだ。月の角度は変わらない。なのに、影だけが動いている。

 

「これはどういう事じゃ?」

「以前、願いの丘と言われる場所で起きた現象と同じだと思います。あの時、月明かりで不思議な所へと通じる扉が出来たんです」

 

 私と王、姫様はこの状況に戸惑っているが他のメンバーは落ち着いて影の動きを見守っている。その反応からして危険なものでは無いのだろうが、怪異現象にしか見えないので普通に怖い。

 びびっていると影は向かいの壁まで達し、窓枠そのままの形を写すと淡く光りだした。

 眩しいというより柔らかな淡い燐光で、夜道を照らす月明かりのようだ。エイトさんはおもむろに近づいたかと思うと、あっさりとその影に手を伸ばし、押し…た? え? 押せるものなの??

 

 軽く混乱する私の前で、まるで扉が開かれるように向こう側へと壁が動いた。

 

「やっぱり、あの時と同じようです。行ってみましょう」

 

 エイトさんはそう言うと開かれた影の扉の向こう、淡い光の中へと迷いなく進んで――消えた。消えちまった……

 

「ほら、惚けてないで行くぞ」

 

 ヤンガスさん、ゼシカさんと続きククールさんに言われて、我に帰る。慌てて姫様に触れて手を繋いでもらい、王が中に入ったのを確認しておそるおそる進んだ。

 一瞬の光に目を閉じて開けてみると、不思議な空間に立っていた。

 頭上には夜空が広がり、どこからともなく水が静かに流れ落ちている。視線を落せば落ちた水がゆったりとたゆたっており、その水面の上に連なるように円形の台座があった。

 

「ほらほら進んだ」

 

 後ろから最後に来たククールさんに言われ、私と姫様はゆっくりと足を進めた。

 何しろ足元がよくわからない台座で、しかも階段状に連なっているくせに間の間隔が広くて足場が無い。エイトさん達を見れば僅かに輝いている線の中は透明だが足場が有る事はわかる。わかるが怖い。台座は随分と高いのだ。下はかなりの水深があると思われるので最悪落ちても大丈夫かもしれないが、怖いものは怖い。

 

「リツお姉様、大丈夫ですか?」

 

 顔を引きつらせていたら姫様に心配されてしまった。これではいけないと腹をくくり、背筋を正して歩を進める。ゆっくり。

 台座を登った先には青白い配色で統一された建物があった。壁が上に流れる水で造られたようなそれを建物と言っていいのか謎だが、形状的には建物だ。その建物を囲むように頭上に満ち欠けを表すような月が浮かんでいた。そして、建物の中からは聞き覚えのある音色が響いていた。あー……なるほど。不思議空間(ここ)はそういう所な訳か?

 

「どうした?」

「いえ。なんでも」

 

 嫌な予感がすると、姫様の隣で言って不安がらせるのもアレなので濁す。仕方なく中へと入るとエイトさん達が待っていた。奥にここの主がいるようで待っていてくれたらしい。のろのろしていて申し訳ない。

 件の主はいくつもの楽器が並ぶ先に居た。青白く輝く地球儀のような物の前に立っている。

 

「こんばんは、イシュマウリさん」

 

 エイトさんが声をかけると、じっと地球儀のようなものを見ていた主は振り向いた。

 

「おや……? 月の世界へようこそお客人」

 

 やはりこの御仁かと後ろ姿で判っていたが、そっとゼシカさんの背に隠れる。高台に放置された記憶がこびりついていてどうも苦手意識が芽生えてしまった。

 

「月影の窓が人の子にかなえられる願いは生涯で一度きり。ふたたび窓が開くとはめずらしい……

 さて、いかなる願いが君たちをここへ導いたのか? さあ話してごらん」

 

 面白がるように口の端を笑みの形に崩し尋ねるイシュマウリさんに、エイトさんがざっと事のあらましを説明した。ドルマゲス云々は端折っていたが、船が必要でトロデーンの南に広がる荒野に放置されている船が使えないか? といった内容だ。

 説明を聞き終えたイシュマウリさんは瞳を閉じると静かに頷いた。

 

「あの船なら知っている。かつては月の光の導く下、大海原を自由に旅した……覚えているよ。再び海の腕へとあの船を抱かせたいと言うのだね」

 

 閉じた瞼の裏で何かを見ていたような気配だったが、イシュマウリさんは目を開けると手に持っていたハープに指先を合わせた。

 

「それならたやすい事だ。君たちも知っての通り、あの地はかつては海だった。その太古の記憶を呼び覚ませばいい。君たちにアスカンタで見せたのと同じように……大地に眠る海の記憶を形にするのだ。そう、こんな風に」

 

 ぽろんぽろんと流れ出す優しい旋律。この人、演奏だけ見ればとても良い人……エルフ? なのだが、何をやられるか判らないところがあるのが怖い。何事もなければいいなと思いつつ、周囲に過去の記憶であろう魚たちが泳ぎ始めたのを眺めていると、唐突にブツンと弦が切れる音がした。

 そちらを見れば、無残に弦の切れたハープを見下ろすイシュマウリさんが居た。

 

「ふむ……。やはりこの竪琴では無理だったか」

 

 やはりって……さっき容易いとか言ってなかったか? 自分の技術的には容易いって事なのだろうか。

 

「これほど大きな仕事にはそれにふさわしい大いなる楽器が必要なようだ。さてどうしたものか……」

 

 自分の中で自問自答するように呟くイシュマウリさん。

 

「いや、待て。君たちを取り巻くその気配……微かだが確かに感じる………そうか。月影のハープ。昼の世界に残っていたとは。あれならば大役も立派に務めるだろう」

 

 ぶつぶつと己の世界で話を進めていたが、納得したらしくイシュマウリさんは視線を上げた。顔がすこぶるよろしいので様になっているが、これが一般顔だったら自己陶酔だとか厨二とか言われるだろう。顔がいいというのはお得だ。

 

「よく聞くがいい。大いなる楽器は地上のいずこかにある。君たちが歩いてきた道、そのどこかに。深く縁を結びし者がハープを探す導き手となるだろう。

 人の子よ。船を動かしたいと望むのなら月影のハープを見つけ出すといい。そうすればすぐにでも荒れ野の船を大海原へと私が運んであげよう」

「月影のハープ……ですか……」

 

 戸惑ったようにエイトさんは視線を背後の私達に向けてきた。

 が、残念ながら心当たりのある者は誰もいない。揃って首を横に振る私達に頬を掻きながらイシュマウリさんに向き直った。

 

「判りました。通ってきた街を回ってみたいと思います」

 

 見つけた時はよろしくお願いしますとエイトさんが頭を下げると、心得たというように優雅に腰を折るイシュマウリさん。

 さて帰りますかと、皆でぞろぞろと建物を出る。元来た道をげんなりしながら辿り、窓のような形となっている光の中を通ってトロデーンの図書室へと戻ると、すぐさま作戦会議となった。あの空間への扉は未だ光ったまま、どうやら繋げたままにしてくれるようだ。あの口ぶりからして日をまたいでも問題なさそうでもある。ただし雨天閉店だろう。

 

「で、どこから回るんだ?」

 

 口火を切ったのはククールさんだった。

 

「最初から順番に回っていけばいいんじゃない? あ、リーザスには無いわよ? 私が知らないんだから」

「それなら俺のところもだな。ドニにも無いと思う」

「それじゃあトラペッタから行こうか。ルイネロさんが居るから占ってもらうのもいいかもしれない」

「占い? あぁそういえば居たわね、凄腕だって人が」

「もう一人、情報屋の方にも確認してみませんか?」

 

 はい、と私も手を上げて言ってみる。

 

「簡単に見つかればいいですけど、打てる手は早いうちに打っておいた方が良いかと」

「確かにな。なら二手にわかれるか」

「パルミドはヤンガスさんと私で行ってきていいですか? 他にも情報屋の方には聞きたい事があるので」

「二人で大丈夫ですか?」

 

 エイトさんの心配に私は軽く頷く。

 

「宿はトラペッタで取ります。さすがにパルミドで宿を取る気にはなれないので。日中ならヤンガスさんと離れなければ大丈夫だと思いますよ」

「なら大丈夫だろ。トラペッタを拠点にするなら俺達も他を当たれるか」

「あ、それは待ってください。トラペッタの占い師さんはかなり腕がいい方なので、一応その結果を聞いてからの方がいいと思います」

 

 と言うか、現時点で手がかりを出してくれそうなのはトラペッタの占いかパルミドの情報屋、あとはモリーさんぐらいだろう。

 ルイネロさんもモリーさんも私かエイトさんが向かった方がいいが、情報屋はヤンガスさんが居れば充分。私かエイトさんがククールさんと代わればいい話ではあるが、ちょっと確認したい事があるので事情云々割愛して待ってもらう方向で話を進めたい。

 エイトさんのさり気ない視線に、私もさり気なく頷き返す。

 決して、私もエイトさんもモリーさんと個別に接触したくないからという理由ではない。エイトさんが自然な風を装ってトラペッタに決めにかかったような気がしないでもないが、気の所為だ。私だって情報屋に聞きたい事があるのだ。一人であの濃い人の応対をするのが大変だとかじゃない。うん。

 

「ふぅん? リツがそう言うって事は本物か。いいぜ、俺はそれで構わない」

「私もそれでいいわよ」

 

 同意を示してくれるククールさんとゼシカさん。ヤンガスさんはエイトさんの指示に従うという意志表示なのか、エイトさんの方を見ている。

 

「ではそうしましょうか。今日はもう遅いのでトラペッタで宿を取って、明日の朝二手に分かれましょう。日暮れには宿に集合するという事で」

 

 反対意見はなくそれで纏まった。王が積み上げた本やら回収してきたものを馬車に積めば出発だ。

 積荷を纏めている間、エイトさんは姫様と私に今後の事を相談してきた。私が触れている間は人の姿に戻る事が出来る為、宿や道中人の姿で居られるかという内容だ。

 

「何を言うておるのだエイトよ、そのような当たり前の事ーー」

「お父様、お待ちください。

 確かに、人の姿で居られる事は嬉しいですけれど、ずっとという事が難しいのはミーティアもわかっております」

 

 静かに、けれどもハッキリと話す姫様に王の眉が下がった。その様子からして、王もわかってはいるのだろう。

 私も心苦しいが、その方が安全でもあると考えている。本当に、姫様は美少女なのだ。少女から女性への過渡期でこれからますます綺麗になっていくであろう容姿と、その凛とした佇まいでは普通に拐かしに狙われてもおかしくない。ドルマゲスを追っている今、姫様を護衛出来るだけの人材的余裕を常に生み出す事は難しい。忠実な配下でもあと数人居れば……

 ふと、頭を垂れるジョーさんの姿が脳裏に浮かんだが、さすがに無理だ。外ならまだしも人里では危険視される。

 結局、これまで通りという事で話は終わった。

 それにしても、エイトさんは大したものだ。聞きにくい事を確認するとは。ここでハッキリしておかなければこの後の行動に支障がでるのは明白なのだが、それでも王に咎められる内容であろう事もふまえて正面から尋ねるというのはなかなかの度胸だと思う。

 私がその度胸を持てるようになったのは、仕事をし始めて幾つかの失敗をした後だ。感心というより、尊敬に近い思いを抱きつつ最後に積荷を確認して、トラペッタへと飛んだ。

 久しぶりに見る町並みは変わらず、静かな夜に包まれていた。勝手知ったるなんとやらで宿に向かうと女将さんがまだ起きており、すぐに部屋を用意してもらえた。夜食も出してもらい有り難く頂き、それぞれ身体を拭いたり頭洗ったり姫様の身嗜みを整えたりしていたら夜更けも夜更け。流石にくたくたになりベッドに横になった瞬間落ちた。

 翌朝、早朝に目覚め洗濯物を片付け、積んだ荷物を見ながらいくつか気になることを手帳にメモして纏めておく。

 

「洗濯は終わったのかい?」

「はい、それ程溜めてはいませんでしたから」

 

 宿に入るとパン籠を抱えた女将さんが朝食の準備をしていた。

 

「日用品は足りてるのかい? 人数が増えてるみたいだけど」

「道中買い足しているのでなんとか」

「足りないものあったらいうんだよ? 馴染みの店に声掛けてあげるから」

「ありがとうございます。助かります」

 

 女将さんの手伝いをしながら、そろそろ足りなくなりそうなものを思い浮かべる。一応計算はしているが、厳密にしているわけでもないので誤差はある。

 

「それと道中、食あたりとかには注意するんだよ? 最近も行商人のダックさんが腹壊して大変だったとか言ってたからね」

「ああ、それは怖いですよね。気をつけてはいますが注意します」

 

 特に衛生管理の概念の乏しいヤンガスさんとか、ヤンガスさんだったり、ヤンガスさんに。要所要所で必ず手洗いはしてもらっているし、余裕があれば必ず身体を拭くようにしている。たまには風呂に浸かりたいとも思うが、欧風文化なのか湯船に浸かる設備があるところはそう多くない。リーザス村がかなりの例外だ。

 朝食の用意が出来たところで、皆に声をかけ頂く。食べながら再度本日の予定を確認し、食後に散会した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

協力者を得た

50

 

 エイトさんはククールさんとゼシカさんを連れてルイネロさんのところへ向かった。今後それぞれルイネロさんを単独で尋ねる事があるかもしれないので、顔見せの意味も兼ねてだ。

 王と姫様は宿で留守番。

 私とヤンガスさんはパルミドだ。早速ルーラでヤンガスさんとパルミドに飛び、雑多な街並みを抜けて情報屋の家へと向かった。

 どこからどこまでが敷地になっているのか判然としない道を通り辿りつくと、ヤンガスさんは遠慮なく戸を叩いて中の住人を呼び出した。

 顔を見せたのはこの街にはやや不釣り合いな、小奇麗な恰好をした眼鏡の男性。見るからに細身で、この街でやっていける風貌にはあまり見えない。

 神経質そうな細い目がヤンガスさんを見てから私に移され、一瞬値踏みするような気配をさせてから「どうぞ」と中に招き入れてくれた。

 あっさりドアが開いたと思ったが、警戒心が無いわけではないらしい。ヤンガスさんが居たからドアを開けてくれたのだろう。

 中に入ると室内には夥しい数の本が並んでおり、パルミドとは不釣り合いな様相だ。大きな街の学者の部屋と言われた方がしっくりくる。なんだか、私が想像していた情報屋とは随分と趣が異なるようだ。

 

「それで? 今度は何でしょう?」

 

 促した男性にヤンガスさんが質問に答えようとするのに待ったを掛け、私は前に出た。

 

「ここでの情報料というのはいか程なのでしょうか? 事前に確認するのを忘れておりまして」

「それは内容によります」

 

 そりゃそうか。にべもない答えだが、ごもっとも。

 

「例えば、酔いどれキントの近況なんかだとどの程度です?」

「酔いどれキント? ……ああ、あなた方とは因縁がありましたね。彼の話なら百ゴールド程度でしょうか」

 

 百。うーん……聞いてみたものの、参考にならんな。もう正面から行くか。

 

「いくつか知りたい事があるのですが、それぞれどの程度の対価が必要か先に提示してもらっていいですか?」

「もちろんいいですよ。態々そちらからおっしゃっていただけるケースは少ないですがね。私としてもその方がやりやすい」

 

 元々前払い制なのかな? まぁ話聞いて、さよならされたら丸損か。

 

「ではその方法で。知りたい事は三つあります。

 一つ目は、月影のハープがどこにあるのか。

 二つ目は、錬金、又は錬金釜について。

 三つ目は、トロデーンの秘宝について。

 どうでしょう?」

 

 指を一つずつ立てて聞いた私に、男性は机の向こう側に座りこむと「ふむ」と肘をついた。

 

「一つ目は、ニ千ゴールド。

 二つ目は、五百ゴールド。

 三つ目は、三千ゴールド。といったところですね」

 

 合計五千五百……思ったより安い気はするが、お財布的にはあんまり安くない。が、まぁいいだろう。工面できる範囲だ。

 きっちり五千五百ゴールド取り出し、男性の前に置く。男性もそれを確認し、確かにと頷いて私達に椅子を勧めた。

 

「どうぞ、少々長くなるかもしれませんから」

 

 私は軽く頭をさげ、ヤンガスさんは遠慮なく椅子に座った。

 

「まず一つ目の月影のハープについてですが、アスカンタの宝物庫にあります。国宝ですからね」

 

 わぁ。国宝だって。手が出しづらいじゃないか。

 所在が判明したのはいいが……参ったな……

 

「二つ目の錬金についてですが、大昔には頻繁に使われていた技術だったようですね。各地で錬金に関すると思われる資料が残されていますが、複数の物質を組み合わせて、全く異なる物質を創りだすという概念の様です。三つ目のトロデーンの秘宝と重なりますが、錬金を容易にするらしい錬金釜というものは、トロデーンの宝とされています。ただ、それがどのようなものであるのか、どのように使うものなのかは代々の王族のみに伝えられているそうです」

「錬金の手引書などは残されていたりは?」

「手引き……そこまでのものは無いでしょうね。各地にそれらしき文献が点在しているといった程度で、系統立ったものは失われている可能性が高いです」

 

 少なくとも、私は知りませんと情報屋の男性は首を横に振った。となると、手がかりは王が集めた本か。あとはインパスあたりで情報が出れば儲けものだな。

 

「判りました。三つ目は、錬金釜以外のもので知っている事はありますか?」

「トロデーンの秘宝ですね。それならば、封印されている杖でしょう。幾重にも儀式的魔法的封印を施され、決して触れてはならない物だと伝えられているものだとか」

「手にした場合、どのような事になるとかは」

「良くない事が起きる。とは聞いた事がありますが……おそらく魔法使いにとっては大きな力を得られる杖ではないかと。

 そもそも封印されているという事は破壊する事が出来ないか、破壊するに惜しい杖のどちらかだと考えられます。良くない事が起きるという話がある以上、破壊が望ましいのにそうされていないという事は、破壊する事が出来ない杖。杖自体がそれだけの力を秘めているのでは。と、言われているようです」

 

 その辺の考察は私も同意見だ。知りたいのはその先の事だ。

 

「その杖を手にした人物が、次々に人を殺して回っているとしたら?」

「人を殺す、ですか? 元々その杖を手にした人物がどういう者なのかによると思いますが……単純に持ち主の力を増幅しているのか、持ち主の精神に何らかの影響を与えているのか、そんなところでしょうか」

「持ち主の精神に影響を与えるものってあるんですか?」

「無い事も無いですね。武具に関して言えば多い方でしょう。温厚な人物が突然隣人に襲いかかったという逸話は多くあります」

 

 呪いの武具シリーズに近いものだろうが、戦闘時以外でも精神に影響を及ぼすとなると性質の悪さは数段上か。

 

「それと、杖という繋がりでこういう話があります。

 『闇を封じた神の杖あり。封印解かれしとき、再び闇は肉体を得て甦るであろう』

 他に『大岩に封じし闇の肉体、悪戯に触れるなかれ。闇の魂封じし神の杖、努々触れるなかれ』と言ったものがあります。どちらも古い遺跡に刻まれていた言葉です」

 

 ……抽象的だが、よろしくない感じがとってもする。

 

「その杖がトロデーンの秘宝であると?」

 

 突っ込んで聞けば情報屋は肩をすくめて見せた。

 

「可能性の話です。闇というものについては、邪神をはじめ、幾らでもその辺りに話が転がっているので話せばきりが無いですが」

「なるほど。ちなみに、その情報はおまけですか?」

 

 杖繋がりの話ではあるが、トロデーンの杖と関係があると断定出来ていない情報だ。話す必要は無かっただろうに。何か意図があるのなら先に言っていただきたい。

 男性は組んでいた手を解き、初めて苦笑を浮かべて私を見た。

 

「少々気がかりが出来まして」

「気がかり?」

「私が初めて道化師の男の話を得たのはオディロ院長が殺された事件でした。各方面に有名な御仁でしたからね。噂が回るのは早かったです。その事で誰が殺したのか知りたがるお人も多くおられました。暗殺の類を懸念されていたようですが……調べてみると、道化師の男はオディロ院長を殺す前にもう二人、人を殺していました。リーザス村のサーベルト氏。トラペッタのライラス氏。そしてそれ以前の動向を調べるとトロデーンの異変へと繋がり、それ以前の情報になるとまるで別人のような話が集まりました。貴女方の質問と会わせると、トロデーンの秘宝を道化師の男が手にし、人が変わったように殺しを続けている。という事になるのです」

 

 『どうですか?』という視線に、私は肯定も否定も返さず続きを促す。

 

「その杖が単なる力の増幅であれば、または単なる精神異常を及ぼすだけのものであるならば、殺されている人がもっと多くともおかしくない、と思うのです。そう思った時、先ほどの遺跡の言葉がちらついたのですよ。気にし過ぎなのかもしれませんが」

 

 ……なるほど。情報を得んが為のカマではないか。それならある程度話してもいいかな。

 

「私には道化師の男は何か目的があって人を殺しているように見えました。常軌を逸している雰囲気でしたが、快楽殺人者という雰囲気ではありませんでした」

 

 快楽殺人者なら私は殺されていたと思う。あの時、道化師の男はオディロ院長に固執していた。

 

「その事が私も気になって、それで情報を求めたのです。何か道化師の目的がわかるようなものが無いかと」

 

 目的が判明すれば先回りも可能だろうと思ったのだが。

 

「そうでしたか………。判りました。こちらはお返ししましょう」

 

 情報屋の男性は先程出した五千五百ゴールドを机の前に押しやった。

 

「代わりに、道化師について何かわかった事があれば教えて頂けませんか? もちろん、こちらで手に入れた情報はお渡しします」

「随分と危険視しているようですけど……そこまでされる理由が?」

 

こちらに有利と思える申し出に訝しむと、情報屋の男性は真面目な顔で首を横に振った。

 

「直感です」

 

 そう言ってから、表情を曇らせる。

 

「オディロ院長が狙われたというのがどうにも……

 あの方は人と人を繋ぐ要のようなお方でしたからね。目的があってと言うことならば、その目的は随分と宜しくないものではないか、と。胸騒ぎがするのですよ」

 

 商売を別としても動いておいた方が良いと判断したというわけか。

 実際にあの道化師と会ったら、その胸騒ぎというのも増すのではないだろうか。あの異常性というか奇怪な様相というか、平和ボケしている私でも不安を掻き立てられるのだ。

 

「情報共有については異論ありません。ただ、一つ協力をお願い出来ますか?」

「何でしょう?」

「オディロ院長が殺された時、私達はその場に居ました。ですが、信用が無いため十分な防衛を敷けなかったのです」

 

 果たして、あの道化師を前にどんな防衛を敷けば良いのか。正直答えは見つからないが、それでもあの時のように、それぞれの立場の者が独立して動くよりはマシだと思う。

 

「ですので、これから伝手が必要となった時に協力していただきたいのです」

 

 情報屋は顎に手を当て、ふむと頷いた。

 

「場合によりますが、わかりました。可能な限り対応しましょう。それなりに伝手はあるつもりですから、どうぞお役に立ててください」

「助かります。それと、これは道化師が言っていた事ですがーー」

 

 オディロ院長が殺された時の事を感情を殺して思い起こし、なるべく忠実に道化師が言っていた内容を伝える。

 情報屋は眼鏡の奥で目を細め眉をしかめた。

 

「このチカラ……これで用はない………明らかに目的がありそうですね。殺害された人物に共通点は無いように思っていましたが……調べてみましょう」

「助かります。調査はからっきしなので」

「人間、それぞれ得意分野がありますからね。持ちつ持たれつですよ」

 

 情報屋はチラリとヤンガスさんを見ると微笑んだ。

 もっと足元を見られるかと思っていたが、予想に反して良い関係を結べたようだ。

 まぁそれはそれで良いとして。いくつか別件についての情報を買い上げ、ついでに追加で情報収集を依頼する。いくら優先する事があるとはいえ、忘れるわけがないのだよ。

 頭の中で計画を練っていたら若干ヤンガスさんに引かれたようだが、何に引かれたのか不明なのでスルー。

 

「そうそう。少し前、面白い話を聞きました」

 

 欲しい情報も得たので礼を言って戻ろうとして、情報屋の言葉に動きを止める。

 

「丁度、オディロ院長が殺された前後、教会を訪れていた者の傷が癒えたそうです。教会にいた者は例外なく。

 その時噂されたのが女神の使いという女性です。黒髪に旅人風の姿で小さな魔物を従えていた不思議な女性は、教会を襲った悪党から教会を守るためオディロ院長の祈りに応じて女神がつかわした」

「……それが私だと?」

 

 『さあどうでしょう。黒髪の女性など多いですからね』と、情報屋の男性は肩を竦めて見せた。

 気を付けろという事なのだろう。善意の忠告に軽く頭を下げる。

 

「噂の元がなんとなく想像出来ました。重々注意します」

 

 溜息を堪えて礼を言い、ハテナ顔のヤンガスさんに何でもないと誤魔化してトラペッタへと戻った。

 宿に入るとエイトさん達も戻っており、そちらでも月影のハープはアスカンタにあるらしい事が判明していた。さすが不思議世界。おそるべし占い。

 ただし、国宝とまでは判明していなかった為、貸してもらえるのかという疑問が生じた。

 とは言っても必要なわけで。とりあえず話だけでもしてみようという事で、アスカンタの王と面識がある面々が城へと向かった。

 例のごとく留守番組となった私は荒ぶる錬金釜と相対したり、これまで調べてきたインパスの結果や、王が持ち帰った本の内容で有用そうなものを纏めた。姫様は私がしている事を興味深そうに見ていたが、王は日曜大工でもしているのか、荷台の中からトンカンと何やら音を響かせている。若干嫌な気がするが、止められる自信もないので見ないフリと言う名の現実逃避に走る。

 時間が出来たら何かと世話を焼いてくれる女将さんの手伝いでもするかな、と考えているとエイトさんが戻ってきた。

 他のメンバーはおらず、エイトさんだけという状況にデジャブを感じ顔が強張るが、何とか解して迎える。

 

「どうされました?」

「実は、アスカンタ王に月影のハープをいただける話まで出来たのですが……」

 

 え。まじで? 国宝くれるの?

 衝撃の内容だった。

 




一年もほったらかしにしていたというのに、拙作をお待ちいただいていた事に驚きと共に感謝を感じております。
こんなにも更新が遅れたのは、実は家族が一人増えまして、睡眠もままならない状況下にあったためです。最近ようやく生活リズムが出来てきたところですので、今後も更新は不定期になるかと思いますが、細々と完結まで続けていきたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

巨大モグラ?を見つけた

51

 

「宝物庫が破られてハープが盗まれていたんです」

 

 国宝くれるなんて太っ腹なのかアッパラパーなのかと考えていたら、さらなる衝撃発言を投下され絶句。

 国宝って盗めるもんなの? あ、いや、そうか。夜でも入れる城だもんな。警備はザルか。

 

「アスカンタとしても犯人を捕まえようとはしているのですが、国宝が盗まれたというのは外聞が悪く、初動が遅れそうなんです。逃げた先はある程度わかるので、とりあえず追おうと思うんですけど」

 

 何とか内心の驚愕から立ち直り頭を働かせる。

 

「そうなると、どの程度時間がかかるか分からないですね」

「はい。それとリツさんにも来てもらいたくて」

「魔物避けですか?」

「それもあるんですけど、掘られた穴を見るとたぶん盗んだ相手というのが人ではない気がしまして」

 

 人ではないって、魔物?

 あのスライム達のように喋ったりする魔物なのだろうか?

 

「了解です。会話になるのかわかりませんが、もしもの時は離脱しますので」

 

 ちょっくら王と姫様に話して了承をもらい、女将さんに一声掛け、今朝から気になっていたものとか出来上がったものとかを引っ掴んで袋に入れエイトさんとアスカンタへと飛んだ。

 エイトさんの先導でフリーパス状態の城の中へ入ると、正面の広間の中央にあるレリーフから下にハシゴが伸びており、どうやらここが宝物庫らしかった。

 

「まったく、どこのどいつよ!

 せっかく月影のハープのありかを突き止めたら盗まれてただなんて。

 盗賊なんてサイテー! だいたい、人の物を盗んで生計を立てるなんて信じられない!」

「くぅ~っ! 今回ばかりは言い返せねぇでがすよ!」

「と・う・ぜ・ん・でしょ!」

 

 下から元気なお二方の声が聞こえてくるのだが……

 降りてみると、案の定というか他のメンバーは宝物庫で待機していた。

 いいのかそれでアスカンタ。部外者が我が物顔で城内というか、入っちゃいけないところに居座ってるぞ。

 思わず上を見上げ、ハシゴの側に居た兵士さんを思い返してしまう。彼の役目とはいったい……

 

「お待たせ、じゃあ行こうか」

 

 ハシゴを降りて来たエイトさんがみんなに声を掛け、レミーラを唱えて壁に大きく開けられた穴の中へと進んだ。穴はかなり長く、百メートル以上はあるように思えた。盗みの為に掘った穴にしてはでかいし、壁がしっかり固められてるし、本職の人が作ったようなトンネルだ。どの辺が魔物が掘った穴に見えるのか、私の目ではわからないが。

 進んだ先、傾斜を登ると外へと繋がっていた。穴の中の湿った土の匂いを清々しい風が吹き飛ばすようで、思わず深呼吸をしてしまう。

 

「この先は半島で、船を使わない限りはどこにも行けないはずだから。何かあるとすればこの辺りだと思う」

 

 エイトさんが地図を出しながら北を示し、それに従って歩き出す。速度を増して行くことも考えられたが見落としがあっても面倒なので通常のペースで行くことになった。これは、日が暮れたら一度戻るコースかな?

 予定を考えつつ、歩きながら荷物からひっつかんで来たものをゼシカさんに渡す。

 

「錬金釜で出来たものですが、質は良さそうなのでどうですか?」

「これって」

「ヘビ皮のムチです。いばらのムチよりは良いかと」

 

 「へー」と言いながらゼシカさんは軽くムチを振った。破裂音にも似た音がして地面を軽く抉る威力に、渡しておきながら、ちょっと引いた。

 ムチってこんな怖い武器だっけ……?

 

「これ使えそうね。ありがと」

 

 いい笑顔でお礼を言ってくるゼシカさんにひきつりそうになりながら、いえいえと首を振る。

 一番腕力体力共に少ない彼女の身の守りになればと思ったのだが、身の守り以上の成果が出そうだ。

 どうしよう。もう一個作成予定のものがあるのだが……いや、あれは杖だから物理的には穏便になるはず。物理的には……

 

「それと、いくら魔法的に防御力が強化されているといっても風邪をひいてしまいますから」

 

 今朝方、いつの間にやら踊り子の服なる過激な服へとチェンジしたゼシカさん。驚きすぎて出掛ける彼女を見送ってしまったが、彼女に邪魔にならないよう選んだマントを着つける。

 

「えー? 平気よ」

「ダメです。身体にも悪いですし、年頃の娘さんがやっていい格好ではありません」

 

 こればっかりは譲れないと見つめると、ゼシカさんは諦めたように溜息をついた。

 

「リツってそういうとこ母親みたいよね。若いのに」

「そこはせめて姉を希望したいです」

 

 肩を落として言ったら笑われた。訂正は無いらしい。こんちきしょー。

 ヤケクソ気味に足を早めると、ゼシカさんはトトッと追いかけてきて「ありがと」とかわいらしい笑顔で言ってきた。

 くそー。そんな顔見たらおかんと言われても許してしまうではないか。

 がっくりしていると、先を歩いていたエイトさんがこちらを見ていた。何だろうと首をかしげる。

 

「あれ、使いこなしているんですね……」

 

 何とも言えないびみょーな顔に、私は『あぁ』と納得。見た目だけで考えたら得体の知れなさは抜群だからな。錬金釜(アレ)

 

「何だかんだでアレ、かなり凄いものですよ。という事で、はい、これ」

「これ……前に使っていたブーメラン……じゃないですね?」

「練金釜を使った改良版みたいなものです。帰投機能もそのままですから中距離用にどうかと」

 

 今は槍を手にしているので、中距離があれば戦術が広がるかと思ってだ。

 

「使えそうじゃないか」

 

 横からひょいと覗いてきたククールさん。

 

「他にも有用そうなものの候補はあるんですけど、材料が無かったり不足してたりでお預けです」

「へー」

 

 見え隠れしている羨ましそうな表情に笑いをかみ殺す。新しい物に対する興味は、男の子が玩具に示す興味に通じるものがある。誰だったか、男は少年の心を持ち続けると言ったのは。

 

「一応ククールさんのも考えてはいますよ。レイピアと弓を使われていましたよね?」

「あー。リツの前ではその二つしか使って無かったな」

「他にも?」

「魔法を使う関係で杖もな」

「なるほど」

 

 であれば予定している杖はククールさんの方がいいかもしれない。予想が正しければ道具としての機能が高い筈だ。ゼシカさんとシェアしても良いし。

 改良ブーメランを試していたエイトさんは使えると判断したようでしっかりと装備していた。

 

「ありがとうございます」

「いえいえ。お礼は陛下に。それの配合、陛下が当てましたから」

 

 目を丸くするエイトさんに、彼の中での王の立ち位置が判ろうというものだ。

 こちらをチラチラと窺がっているヤンガスさんにも、忘れてないからと「鎌と斧ですよね」と言えば恥ずかしそうにそっぽを向いた。でもガッツポーズは見えているので隠した意味は無い。

 こういうものがあったら戦闘で助かるとか、不足している材料で思い当たりがあるとか、雑談を交えながら進んでいくと陽が傾き始めた頃に洞窟のようなものが見えてきた。地形を考えるとここに盗んだ犯人がいる可能性が高いという事で早速レミーラを唱え中へと足を踏み入れる。

 この穴も自然に出来たものではないようで、エイトさんを先頭にヤンガスさん、次に私とゼシカさんが並び最後をククールさんが殿を務める形で進む。

 と、幾ばくも進まない内に声が聞こえてきた。

 

「ぼ、ぼくはいないぞ。いないんだ。ボスの招集なんて聞こえなかった」

 

 二手に分かれた先、行き止まりのところにしゃがみ込んでいるモグラのような丸っこいものが、ぶるぶると震えていた。

 私達は顔を見合わせた。どうも好戦的な様子ではないし、何かに怯えている風でもある。

 エイトさんと無言で声を掛けるか確認し、少し前にでる。

 

「あのー」

「ひゃっ」

 

 声を掛けると、茶色の物体は飛び上がって驚いた。こっちも驚いてちょっと距離を取る。

 丸っこいそれは恐る恐るという様子でこちらを振り返ると「あっ」と声を上げて手に持っていたスコップを投げ出してこちらに駆け寄ってきた。

 ビビってさらに後退ると、素早く動いたエイトさんに庇われていた。が、エイトさんはこちらを振り返って困った顔をしていた。

 見れば、もぐらっぽいのが突っ伏して泣いている。

 

「助けてよぅテアー。もう無理だよ」

「……どうしたんです?」

 

 そろそろと近づいて聞くと、エグエグと泣きながらこちらを見上げた。

 

「ボスが新しい楽器を手に入れたら、余計酷くなったんだ。ましになるかと思ったのに、頭がぐるぐるなっておかしくなって……このままじゃみんな倒れちゃうよ」

「新しい楽器……それはハープの事ですか?」

「うん、お城にあったのを何年もかけて盗んだの。凄い楽器だからましになると思ってみんな頑張って穴を掘ったのに、こんなのってないよ」

 

 後ろで「月影のハープはここにありそうだな」とか「本当に魔物が盗んでたのね」とか「魔物が盗んでどうするんでがすかね」とか囁きあっているのが聞こえる。

 とりあえず、ここにあるのは確かなようなので、出来ればこのまま道案内をしてもらいたいが……

 

「酷くなったというのは、何がですか? そもそも何でみんな倒れちゃうんです?」

 

 行った先で何が待ち構えているのか確認しておきたい。子分と思われる魔物がこれだけ怯えているのだ。余程のことだろう。

 

「ボスは、ボスは……すっごく音痴なんだ!」

 

 余程の……こと……

 

「本当だよ! 頭、ぐるぐるなっておかしくなっちゃうんだ!」

 

 いやぁ音痴でそこまでなるか? 耳障りだとか不快だとか、その程度で止まるだろう。

 そう思ったが必死に言い募る様子に、冷静に突っ込むのも可哀想な気がしてくる。

 

「とりあえず、案内してもらえませんか?」

 

 そう言うと、ぴたりと動きを止めるもぐら。

 

「え……どこに?」

「そちらのボスさんのところに」

「………行かないとだめ?」

 

 ……そんなにヤバイの?

 

「私達で探してもいいですけど時間かかりますよ?」

「う………うぅ……わかった。こっちだよ」

 

 放り出したスコップを拾ってトボトボと歩き出すもぐら。

 その後をついて行くと「どうだ! この穴の芸術!! 人間なんかにゃ真似出来ないすばらしいテクニックだろう! これがモグラの偉大さだ。おそれいったか!」と、叫んでいるもぐらがいた。前を歩く彼?は「気にしないでいいの」と冷静にスルーしていたので私達も横を素通りした。どうもここのもぐらには個性的な個体が居るようだ。

 

「ねぇ、テアーって何?」

 

 不意にゼシカさんに尋ねられ、私は首をかしげた。

 

「以前、船まで案内してくれたスライムが居たじゃないですか。その時にもテアーって呼ばれたんですけど、何かはよくわからないんです」

「ふーん?」

 

 聞いては見たが、さほど興味はないようで視線は前方へと戻る。

 下へと降る坂を二つほど進むと、次第に何か音が聞こえて来だした。

 一言で言うなら不協和音。ポロンポロンと音自体は綺麗なハープなのに、奏でられる音色は不快の一言につきる。それに野太い掠れた声が合わさるので聞き苦しさも合わさる。

 進めば進むほどそれは大きくなり、前を行くもぐらは耳を抑えてぷるぷる震えている。被害が出ているのは彼だけではなく、こちらの面々も顔をしかめたり耳に指を突っ込んだりしている。ヤンガスさんなんか「耳が腐る」とまでいう始末だ。

 やがて大きな空洞へと出ると、野太い掠れた大きな声が興奮したように叫んでいた。

 

「いい! ものすごくいいモグっ!! ワシの芸術性をこのハープがさらに高めているモグっ! 何年も休まず城の地下まで穴を掘り続けた苦労もむくわれたモグっ!! そうかそうか。感動して言葉も出ないモグかっ! かわいいやつらモグっ!」

 

 鍾乳石が垂れ下がる奥の大きな空間に、一際大きなでっぷりとしたもぐら?が居た。相撲取りでもかなりの重量がありそうな体格にもぐらという単語がゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。

 その巨大もぐらの周りには、ぐったりと倒れ伏しているもぐらや、立っているのも辛そうなもぐら、頭を抱えているもぐらと、死屍累々たる有様が広がっている。

 正直、あの程度の騒音でここまで異様な光景を作れるとは思えない。それに、私を除く面々が一様に眉をしかめ辛そうな顔をしているのが引っかかった。

 比較的マシな顔をしていたエイトさんにそんなにキツイのかと聞けば「頭の中で音が反響して目が回るような感じがします」と、真面目に答えてくれた。

 逆に平気なのかと聞かれ、ガチのヘビメタに比べれば耳にくる衝撃は大したことはないなと思いつつ、不快だがそれだけだと返す。

 あまりにも辛そうなのでエイトさんだけ連れて、巨大もぐらのもとへと向かうと、向こうがこちらに気づいた。

 

「……ん? おお! そこのお前ら! 見かけない顔モグがワシの歌を聞きにきたモグか?」

「え? いえ。あなたが手にしているものに用があって来ました」

 

 言いながら、そういう事かと納得した。

 銀色の繊細な飾りが施されたハープから、音が鳴らされるたびに構築陣が薄っすらと浮かんでは消えていた。

 純粋に音の効果というわけではなく、魔力を帯びたハープが引き起こしている事態なのだろう。

 

「……なに? 違う? ワシの芸術の友、月影のハープを奪いに来たモグか!? モグググググ……ゆるさーん!!」

「奪うというか、そもそも盗んだのはそちらなんですが……」

「うるさーい!! これはワシのだ!」

 

 駄々っ子のような事を言う巨大もぐらに、私はくすくすと笑った。

 

「それが気に入っちゃったの?」

 

 ……ん? ん??

 

「モグ?」

「でもそれ、あなたのじゃないわ。だってそれ、あの子に作ってあげたんだもの」

 

 そう言った私の脳裏にはイシュマウリさんの姿が浮かんでいた。そして勝手に言葉を紡ぎ出した口と同様、勝手に足が前へと踏み出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

交換した

52

 

 勝手に体が動くこの現象には覚えがある。主にトラウマ的なものを植え付けられたあの時と同じだ。

 

「テ、テアー……モグ?」

「あなたはどうしてそれが欲しいの?」

「わ、ワシの芸術に応えられるのはこれだけモグ」

「そうなの? うーん、でもそれはあの子のだし」

 

〝この子に合いそうな楽器って何かしら?〟

 

 頭に響く自分の声に、微妙に違和感を覚えつつ巨大もぐらを眺める。

 この巨大もぐらに合う楽器と言われてもなぁ……音楽なんて本人の好みだから『これだ』なんてものは無いと思うんだよなぁ……

 強いて言えば、ハープが気に入っているのなら独特な音が好きなのかもしれない、ということぐらいか。例えばハンドパンとか。でもハンドパンは衝撃に弱いから乱暴な扱いをされると音が悪くなるし、もぐらの手で演奏できるのかどうか。まぁそれを言ったらハープだってそうなのだが。

 

〝へえ、面白いわね。こんな感じかしら?〟

 

 私の手が目の前に円を描くと、一瞬藍色の靄が広がって……ハンドパンが現れた。

 まじで、現れた。質量保存の法則がまるっと無視された。

 

〝ちょっとやってみて〟

 

 突然の要望に面食らうが、UFO型の鈍色の輝きを放っているハンドパンに釘付けの巨大もぐらを見て、仕方なくその場に胡座をかいて膝の上にハンドパンを乗せ、カバーを外した。

 凹みは八つ。スナップを効かせて指で弾くと、どことなくバリ風のようであり哀愁の漂う音色が響いた。その音色に懐かしさを感じながら、音程の低い方をお腹に向ける。真上の出っ張りを撫でるとバイオリンのような音が出たので、私が触ったことのあるタイプで間違いないだろう。

 正直ハンドパンについてはあまり詳しく無い。学生の頃、こういう物が好きな先輩からニュアンスで教わったのみだ。最近できた楽器らしくて教本を見たことがないし、楽譜も見たことがない。先輩曰く自由だが、だからこそセンスを要求される楽器との事。

 久々なので少し緊張する。深呼吸を一つして、最初は左手でベースとなるリズムを作り右手で主旋律を奏でる。単音から和音へ、和音から音をずらし、指を転がすように重なる音色を増やしていく。

 ノスタルジックな響きが洞窟内で反響し、そこここで垂れる水滴の音と響きあい不思議な空間を作り出す。洞窟コンサートとかいうものを聞いたことがあるが、こういう効果を楽しんでいるのだろう。なかなかどうして、嫌いじゃない。

 終わってみると巨大もぐらは、そわそわした様子でこちらを窺っていた。

 

「気に入ったかしら? よければそのハープと交換したいのだけれど」

「……し、仕方ないモグ。テアーがそうまで言うなら交換するモグ」

「よかったわ。ありがとう」

 

 そそくさとハープを渡してくる巨大もぐら。

 なんだか穏便にハープを奪還できたが、いいのだろうか。あの楽器って脆いと思うのだが。

 

〝あら、ハープよりは強いわよ? あちらは弦だもの。限界があるわ〟

 

 じゃあ金属製のあれの限界って……考えない方向でいこう。藪蛇になりそうだ。防具より強度の高い楽器とか誰得だよ。

 ポンポンとぎこちない音を出し始めた巨大もぐらと、それをはらはらしながら見守っているもぐら達。巨大もぐらは音が出て調子づいたのか、また野太い掠れた声で歌い始めた。

 あ。もぐらのお願い忘れてた。

 と、思ったのだが微かにハンドパンから構築陣が浮かび上がり、周りにいたもぐら達は不思議そうな顔をしてお互いに顔を見合わせていた。どのもぐらも煩そうにしている様子がない。

 

〝あれって、何か細工してあるの?〟

〝細工と言えば細工ね。貴方の力を借りたから、音色が共鳴力を持っているの〟

〝いつの間に。というか私の力ってなんぞや?〟

〝さっき使ってもらった時にちょこっと。貴方が感じていたこの音色に対する感覚を、音色を通して共鳴させているの。共感に近い力かしら〟

〝……さようですか〟

〝あ、考える事をやめたでしょ〟

 

 自分の声とやりとりする違和感と、謎な内容に容量超えしたら割合多くの人間がそうなると思う。

 

〝もー。にゅーちゃんって呼んでって言ったのにー〟

 

 あまつさえ、自分の声で『もー』とか不満そうに口を尖らせているとわかる口調で聞かされる始末。やめて、わたしの精神力(ライフ)がゼロになる。

 

〝だって忘れちゃうんだもの。寂しいじゃない〟

〝忘れる?〟

〝また後でね。今度は忘れないでね?〟

 

 頭に響く声はそれきり止んだ。

 テアーとやらは随分可愛らしい性格のようだが、なんだか振り回されそうで怖い。

 まぁそれはともかくとして、ぼうっとしているエイトさんにハープを渡す。

 

「大丈夫ですか?」

「あ……はい」

 

 エイトさんは不思議そうな顔をして巨大もぐらを見た。

 

「さっきと同じ声のはずなのに、全然違うんです。って、リツさんは何ともなかったんでしたね」

「あー。はい。まぁ。とりあえずここを出ましょう」

 

 どこかふわふわした様子のエイトさん。何か変な薬でもやったんじゃないかという様子だが、離れていた他のメンバーも同じような状態だった。どうも鈍い反応なのでその場でリレミトにより脱出。洞窟の入り口に瞬間移動の如く移動したら、夢から覚めたような顔に変わった。

 

「何、今の」

「何だったんだ、今のは」

 

 ゼシカさんとククールさんが声を合わせるように呟き、こちらを見た。

 

「あ。先ほどの現象、その他もろもろについては質問されても返答出来兼ねますので」

 

 前もって言うと二人ともぐっと言葉に詰まったような顔をした。

 

「はーリツ嬢さんはすごいでがすねー。聞いたこともない音楽だったでがすよ」

「驚くのそこじゃないから」

「そこもまぁ驚きはしたが、あんなものどっから出したんだよって話だろ。エイトは近くで見てたんだろ?」

「僕にもちょっと……いきなり現れたから、どうやったのか……」

 

 困ったような顔のエイトさんに、ククールさんとゼシカさんの視線が再び私へと向けられる。

 

「まぁまぁ。聞かれても私も分からないので、今はそれを持ってイシュマウリさんのところへ行きましょう」

「自分でやった事なのにわからないって」

「事情は後で説明しますから、夜になる前に移動してしまいましょう」

 

 尚も疑問を呈するククールさんを宥め、さっさとルーラを唱える。トラペッタでお留守番をしてもらっていた王と姫様と合流し、再びトロデーンへと戻る。

 いばらに覆われたこの光景は、何度見てもしんどい。言葉少なく図書室へと入ると、夕暮れの茜色に本棚が照らされていた。月が昇るまでもう少しあるようだ。

 

「さっきの、どうやったのかそろそろ聞いてもいいか?」

 

 姫様と手を繋いで並んで座っていると、ククールさんが手近なイスを引き寄せて聞いてきた。

 

「さっき? さっきとは何のことだ?」

 

 何も知らない王が首を突っ込むように入ってきたので、簡単に巨大もぐら事件を説明していると、ゼシカさんとエイトさんもこちらにイスを持ってきた。ヤンガスさんはイスが小さいのかテーブルに座っている。

 

「私も全て理解していると言うわけではないんですけど」

 

 ぞろぞろと集まってきた面々に一応、そう前振りをして時系列で出来事を並べてみる。

 

「以前ゼシカさんと出会ったあの港で、オセアーノンという大きなイカと出会ったんですけど、その時に『テアー』と呼ばれたのが最初だったと思います。私には何の事かわからなくて早々に忘れていましたが、アスカンタに行った時に実はイシュマウリさんと出会いまして。それで私がテアーなるものの欠片を魂に宿していると言われたんです」

「そのテアーっていうのが、あの楽器を出したの?」

「楽器? 何の話じゃ?」

 

 ゼシカさんの問いに、王がさらに問いを重ねるので、それ以上話が広がるのを防ぐため手で待ったをかける。

 

「わかる範囲で説明しますから。

 まず、テアーが何であるのかはハッキリしていません。イシュマウリさんも、テアーはテアーだとしか答えようがない事を言われていました」

 

 精霊の類ではないかと考えている事は伏せる。以前エイトさんにも濁して言ったが、ここへきてから精霊という単語を耳にしていないのだ。精霊という概念が無いかもしれないのに、言えば今度はそれが何かを説明しなければならなくなる。この世界そのものを創った存在かもしれないなどと、どう説明しろと。

 

「とある方ってイシュマウリさんの事だったんですね……」

「それって大丈夫なの?」

 

 エイトさんが思い返すように呟く横で、懸念を深める様子のゼシカさん。

 

「私の口を使って話しかけられましたが、悪意だったり害意というようなものを感じなかったので特に危険な存在ではないと考えています。

 それと、魔物に遭遇しない体質はこのテアーなるものが影響しているのだろうと、魔物の反応を見ていて感じました」

 

 たいていの魔物は創造主たるテアーに対して好意的で、私を同一視している影響で結果的に私にも好意的なのだと思われる。

 スライムの件や、先程のもぐらの件を思い浮かべたのか何となく納得顔をする面々。ヤンガスさんはあんまりわかってないようだが、そもそも大して気にしていないようなので関係ないのだろう。

 

「ハープを盗んだあのもぐらに話しかけたのはテアーでした。その後ハープの代わりとなる楽器が無いかと頭の中で聞かれて思い浮かべたのがあの楽器です。目の前に現れたので私も驚きました」

「その割には堂々と演奏していたように見えたが?」

「仕方ないじゃないですか。あそこで興味を持ってもらわないと、ハープと交換して貰えそうになかったんですから。そりゃ頑張りますよ」

 

 ククールさんの突っ込みに、肩を竦めてため息をつく。

 

「正体はわからないけど、リツさんは危険だと感じてはいないという事ですか」

 

 まとめるようなエイトさんの言葉に、肯定を示す。

 

「今回もハープが必要なのを理解して助けてくれたようなものですからね。何となくおちゃめな感じの人? なので、問題ないと思いますよ」

「相変わらずリツは気楽ねぇ」

 

 頭が痛いと言わんばかりにこめかみを指で揉みほぐすゼシカさん。横でククールさんが「まぁリツが変なのは今更だよなぁ」と呟いている。

 ははは。相変わらず酷い反応ですこと。

 

「リツお姉さまとお話が出来るのでしたら、直接お聞きになっては?」

「そうですね。また後でと言っていましたから会話する機会があったら聞いてみます」

 

 仮に悪人だったとして「あなたは悪い人ですか?」と聞いて、イエスと答える者は少ないだろうが。姫様はその辺純粋だからな。

 同じことを考えたらしいククールさんが微妙な顔をしていたが、純粋な姫様に配慮してか口にはしなかった。

 

「まだ月が昇るまで時間があるし、前に聞けなかった事をこの際聞いちゃいたいんだけど」

 

 気持ちを切り替えるように、心持ち身を乗り出すようにして言ったゼシカさんに、はて、と首をかしげる。

 

「構いませんが、何でしょう?」

「魔法よ、ま・ほ・う!」

 

 あ。あー……そういや何か言われてたな。

 

「それ、俺も参加で」

 

 手を挙げたククールさんに、これは長くなりそうだなーとから笑い。

 案の定、それから月が昇り扉が出現するまで以前申告した魔法について延々と説明させられた。いやぁまじでククールさんが覚えてたのには驚いた。

 もう一つ驚いたのは姫様が意外と魔法に詳しかった事。以前シャナクの話をした時、王が姫様に尋ねていたが、それは姫様が一通りの魔法について勉強していたからのようだ。実際に使える魔法は少ないが、知識としてはククールさんやゼシカさんと並ぶ程だ。

 王族の嗜みなのかと思ったが、エイトさん曰く男性の場合はまだしも女性では珍しいようだ。聞けば一人っ子なのでトロデーンに何かあれば前に立って守らねばならないと考えての事らしい。「結局魔法を使うことも出来ずに馬にされてしまいましたけど」と、申し訳なさそうに姫様は話すが、戦闘を経験したことのない人間がいきなり出来るわけがないのだ。それでも、時間があれば魔法を勉強したいと話す姫様にゼシカさんが大いに共感して先生役を請け負った。ちなみに、私だと普通の人と感覚が違うから不適当だと手をあげる前にゼシカさんにバッサリ切られた。

 月の光で浮かんだ扉を潜る時になっても沈んでいたせいか「出来るようになったら、真っ先にリツお姉さまにお見せします」と慰められた。ありがとう姫様。でもね、どう頑張っても先生役であるゼシカさんの方が先に見ると思うのですよ。いや、うん。気持ちはとてもうれしいからホッコリしたけど。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

失念していた

53

 

 月が巡る下、イシュマウリさんは変わらず静かに佇んでいた。

 

「あまたの月夜を数えたが、これほど時の流れを遅く感じたことはなかった。その輝く顔でわかる。見事月影のハープを見つけてきた。

 ……そうだろう? さあ見せておくれ。海の記憶を呼び覚ますにふさわしい大いなる楽器を」

 

 笑みを浮かべたイシュマウリさんが両手を広げると、エイトさんの手からハープがふわりと浮いて引き寄せられるように彼の腕の中へと収まった。

 

「……この月影のハープもずいぶん長い旅をしてきたようだ。そう、君たちのように。よもや再び私の手に戻る時が来るとは……いや、これ以上はやめておこう」

 

 何やらこちらを見て苦笑を浮かべられた。おそらくだがテアーに関係でもしているのだろう。

 

「さあ荒れ野の船のもとへ。まどろむ船を起こし旅立たせるため、歌を奏でよう」

 

 そう言い放つと一瞬にして私たちは荒れ野に立っていた。あれだ、遺跡のようなところに移動した時と同じだ。

 って、馬車――も、来てますね。はい。フォロー不要でしたね。

 

「これはどういう事じゃ!? わしらはさっきまで……むー!!」

 

 みんな戸惑っていたものの、ヤンガスさんが空気を読んで騒ぎ出した王の口を塞いだ。グッジョブ。さすが見かけによらず空気が読める男。

 

「この船も月影のハープも、そしてこの私も。みな、旧き世界に属するもの」

 

 懐かしむように、また慈しむようにイシュマウリさんは細い指で船体にそっと触れた。そうして束の間思いを巡らせるような沈黙が流れると、くるりと振り返りハープに手を添えた。

 

「礼を言おう。懐かしいものたちにこうしてめぐり会わせてくれた事に。

 ……さあおいで。過ぎ去りし時よ。海よ。今ひとたび戻ってきておくれ……」

 

 ハープの音色に誘われるように、仄かに青白く輝く魚が舞い踊り始めた。

 さらにイシュマウリさんの足元に水のような影が湧き出してきた。が、途中で消えてしまった。

 

「ありゃ? こりゃどうしたんでげすか?」

 

 思わずといった様子で呟いたヤンガスさん。それはイシュマウリさんも同じだったようで、驚いたような顔をしていた。

 

「なんと! 月影のハープでもだめなのか。これでは……」

 

 その言葉にやはり想定外であったのだとわかり、こちらも困惑する。

 

「どうにか……出来ないのでしょうか」

 

 姫様の言葉に私はどうしたものかと悩む。テアー改め、にゅーちゃんに頭の中で呼びかけてみるが沈黙を保っているし、肝心のイシュマウリさん自身もまさかの事態に驚いたままだ。

 あ、いや。こっち見た。こっち来た。

 

「気づかなかったよ。そなたは呪いをかけられているのだね?」

 

 あ、姫様でしたか。

 イシュマウリさんに語りかけられた姫様はぎゅっと私の手を握ったので、大丈夫だと私も握り返す。

 

「はい。今はリツお姉さまのおかげでこうしていられますが、馬の姿になる呪いをかけられました」

「……言の葉は魔法のはじまり。歌声は楽器のはじまり。呪いに封じられし姫君の声。まさしく大いなる楽器にふさわしい。それに……」

 

 イシュマウリさんは姫様から私へと視線をずらすと一つ頷いた。

 

「客人との繋がりもある。ならば……高貴なる姫よ、どうかチカラを貸しておくれ。私と一緒に歌っておくれ」

 

 突然のお願いに姫様だけでなく、エイトさん達も面喰らうが、姫様は数秒間を置いてこくりと首を縦に振った。

 

「お役に立てるのでしたら」

 

 その答えにイシュマウリさんは笑みを浮かべ、再びハープを奏で始めた。

 姫様は緊張の面持ちでいたが、意を決したようにハープに合わせて、その小さな口を開いた。

 完全に即興だ。それなのに高く澄んだ、それでいて伸びやかな歌声が柔らかなハープの音と合わさって、最初からそう決められていたかのように優しい音色を形作っていく。

 姫様の歌声に聞き惚れていると、不意に魔力の栓が緩み私から姫様へと流れ出した。それはそのまま姫様からイシュマウリさんの持つハープへと流れ、再び彼から海の幻が溢れ始めた。

 一度溢れ出した幻は瞬く間に空高くまで広がり、地面に食い込んでいた船体をゆっくりと重力の戒めから解き放った。

 浮かび始めたのは船だけではなくエイトさん達の身体も同様で、イシュマウリさんが腕を振って船上までの道標(階段)を作ってくれたことで、そこに吸い寄せられ足をつけて登る事が出来たようだ。

 

「さあ別れの時だ。そなたらも行きなさい」

 

 イシュマウリさんの言葉に合わせて私たちの身体も、ついでに馬車も浮かびあがり、船の上へと持ち上げられた。

 イシュマウリさん自身は地上に立ったままで、振り返ると口が動いていた。

 

「旧き海より旅立つ子らに船出を祝う歌を歌おう……」

 

 遠いはずなのに何故か聞き取れたその言葉の後、うっすらと船に向かって流れる力を感じた。すると船はゆっくりと前進を始め、朝日が昇る頃には本物の海の上へと来ていた。

 未だ幻の海の上に浮かんでいる状態で、どうするのだろうと思っていると、次第に幻の海が下がり最後には幻と本物の海が混じるようにゆっくりと着水した。

 

「何がなんだかアッシにはどうにもわからないでげすが……」

「寝ぼけた事を言うな! すべてわしのかわいいミーティアのおかげじゃわい!!」

 

 もっともなヤンガスさんの発言に、王がゲンコツ付きの鋭いツッコミを入れている。相変わらず相性が悪いようで。

 

「姫様はとても歌が上手なのですね」

「いえ……ミーティアなど、本当はとても人前で披露出来るものではないのですけど」

 

 姫様、それを言ったら私は鼻歌すら人前で出来なくなります。

 

「でもお役に立てたようでホッとしました。とても緊張しましたけれど」

 

 はにかむ姫様に私もつられて微笑み、船体を見渡す。

 

「まっ、ようやく船が手に入ったって事だけは確かでがすね! 兄貴!」

「喜ぶのはまだまだ先よ。私達にはやるべき事がある。ドルマゲスを追わなくちゃ。そのために苦労してこの船を手に入れたんだもの」

「オレ達がいた東側の大陸にはもうドルマゲスはいなかった。となれば、だ。海を西に進めばどこかで奴の足取りがつかめる。だろ? エイト」

「そうだね。まずは向かってみてみないとだけど……」

 

 盛り上がっていたゼシカさん達だが、エイトさんの言葉が途切れたのを見て首を傾げた。

 

「リツさん」

「さすがに操船技術は持ってないので、動かし方は不明です」

 

 『ですよね』という顔でエイトさんも船体を見回す。他の面々は『あ』という顔をしている。

 うっすらね『このまま行こうぜ!』ってノリで話してるなと感じてはいたけど。まさか船の操作について何も考えていないとか……誰か操船技術に詳しいからとか……ないですね。知らないという顔ばかりですね。

 

「確証はないんですけどね。あれを見てもらえます?」

 

 言って船の中央、メインマストに相当するであろう柱の、上の方でクルクル回っている風見鶏みたいな奴を指差す。

 

「あれで動力を作り出しているみたいです。イシュマウリさんが最後に力を注いだみたいですね」

 

 手押しポンプの呼び水みたいなものだろう。一度動き始めたアレから持続的に力が船体へと流れている。

 

「動力はあるみたいなので、あっちの舵でどうにか動かせるのではないか。と、推測までしたところです」

 

 どっちが前でどっちが後ろなのかよくわからない箱型の船だが、一応舵は片方側についていた。

 エイトさんが早速舵に近づいて、とりあえず握ってみた。

 すると、船は滑るように海上を走り始めた。その安定した航行に歓声が上がるが、あんまり楽観視出来ない。

 

「岩礁にぶつかったら一発で沈没または座礁ですけど、大丈夫です?」

 

 姫様に断って舵の傍までいって小声で尋ねると、エイトさんは頷いた。

 

「危険なところへは進めないみたいです。この船、普通じゃないと思います。進むにしろ止まるにしろ、僕の意思を読み取っているようですし」

 

 何その高性能。現代の船だってそこまでの機能ないぞ。

 

「えーと、じゃあ現在位置の特定とか大丈夫ですかね? 星座とかそういうの全くわからなくて」

「それなんですけど、見てください」

 

 舵の前方を示され、視線を移すとそこには古めかしい地図があった。

 

「陸の形が少し違いますが、世界地図だと思います。そこに船のようなマークがあるんです」

 

 言われて見れば確かに船のようなマークが、ゆっくりとだが動いている。急ぎ馬車の中から地図を取って戻り、古い地図と照らし合わせてみる。

 

「……ちょうど荒野の南あたりですね」

 

 場所的に現在位置を示すもので十中八九合っているのだろうが、推進力自動生成かつ危険自動回避かつGPS付きって、どんだけ機能ぶち込んでいるんだ。以前乗船した船にはそんなものなくて普通に帆船だったから、これが高性能過ぎなのだろう。所謂、この世界のオーパーツ的な代物といったところか?

 船の操作が出来そうなのは喜ばしいが、それはそれとして問題が残っている。私もテアーの件でテンパっていたとはいえ、やっちまった感があって現実逃避していた。

 

「エイトさん。どうしましょう」

「どうしたんです?」

「月影のハープ、アスカンタの王様に返してません」

 

 エイトさんは舵を握ったまま数秒沈黙した。エイトさんも失念していたようだ。

 

「……一応、いただけるという話ではありましたが……………………謝ってきます」

 

 すんません。ほんと、すんません。ハープを取り戻した時、話を切り上げることに意識が向いててすっかり忘れていたのだ。

 

「早い方がいいですね。兵を集めていましたから」

「なら、あそこに少し停泊しませんか?

 建物が見えますし、あれを目印にしてルーラで飛べば早いです」

「そうですね。そうしましょう」

 

 エイトさんにしては珍しく焦った感じで舵を切った。

 いや、そりゃまぁ焦るか。国宝借りパクしたようなもんだし。どうしよう、投獄とかされたら。国際問題になりそうだけど王に人間姿で交渉してもらうか? 余計に問題が大きくなる気しかしない。だめだ。考えるのは止めよう。碌な想像しかしない。エイトさんに任せよう。

 

「えーと、ではその間、私は物資の調達をしてますね。航海にどの程度かかるのかは……」

「以前サザンビークに使節団が向かった時には二週間程度の移動日程だったと思います」

「サザンビークっていうと……西の大陸の国ですね。陸地移動も考えると、船での移動日程は長くても一週間ぐらいですかね」

 

 どっかで聞いた国だなと思いつつ、地図で場所を確認し旅程を考える。単純に西の大陸を目指すならその程度でいいのだろうが、あちこち行くならもう少し余裕が欲しいとこだ。

 別の大陸に移動すると聞くと、もっとかかりそうな気がしてしまうが、やはりこの世界は私の世界とは規模が違うのだろう。重力とか惑星の形とか気になるが考えてもしょうがない。

 

「基本的には二週間程度の支度を整えるようにしておきますね」

 

 水の事を考えなくていいのはかなりでかい。食料だけでもまぁまぁな量にはなるが水もとなると、管理できる自信がない。

 そういえば、酢漬けとかあるだろうか? 見たことがないので自前で作らないとないかもしれない。

 他にも必要なものがあるか確認するため、エイトさんに断ってから船内に入る。

 中は思ったより普通の船で、客船だったのかきちんとした個室がいくつかあった。調理場らしきところもあり、火を使っても問題なさそうだ。寝泊まりのことを考えるとまずは掃除で、その後寝具を整えた方が良いだろう。

 そう考えながら、まだ確認していない最後のドアを開けると予想外の物体がいた。

 

「あ、テアー」

「へへへ。僕らも乗っちゃった」

「驚いてる驚いてる」

「やったねー」

 

 キャイキャイ言って飛び跳ねているのは、船まで先導してくれたスライム達だった。

 何でここにいるのか、というのはおそらく言葉通り驚かせる為なのだろうが……

 

「船に乗っちゃったら、今までのところから随分離れちゃうよ? 大丈夫?」

「へーきへーき。僕らはねぇ、ちゃんとかんがえてるんだよ」

「るすばんをしてあげるの」

「誰もいないと困っちゃうでしょ?」

「でしょー」

「僕たちあたまいいよねー」

 

 そういえば、普通は船員が大勢いるので考える必要も無いが、私たちの場合船を離れる際に誰かが残るというのは現実的では無い。

 かといって、スライム達にそれが出来るとは思えない。気持ちはありがたいが、誰かがやって来た時に魔物では討伐されかねない。さらに言えばスライムでは戦闘能力に限界がある。

 わらわらと周りで跳んだりふよふよ揺れたりしている彼らを眺めながら考えるが、あまりいい案は浮かばない。次善策程度なら浮かぶが。

 取り敢えずその辺のことも相談する必要があるので、スライム達がいる事を他のメンバーに話しておく。まぁ話す前から私にじゃれついている状態なので、見ればわかるとククールさんには言われたが。

 そうこうするうちに小さな島の桟橋に近づき、これまた自動で架け橋が下された。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

相談に行った

54

 

 ルーラの目標とするため、エイトさんと私(護衛のトーポさん付き)、それとエイトさんについて行くと言ったヤンガスさんが船を降りて建物を目指した。

 

 ククールさんとゼシカさんは船の護衛として残ってもらっている。王は降りたそうにしていたが、エイトさんについてアスカンタに行くわけにもいかないし、私の雑用に付き合ってもらうのもアレなのでお留守番だ。姫様ももちろん、お留守番。一室を急いで整えて寛げるようにはしておいたが、いろいろやっておきたい事は多い。ドラクエに分身の術とか無いだろうか。………無いか。

 現実逃避はそこそこに物資調達のついでにと、エイトさんに船員についての相談をする。

 操舵技能についてはあまり重要ではないが、留守番要員は必要と思われる事、また、スライムが乗り込んで来てしまっている事を伝えると「魔物に怯えず留守番してくれる人が必要ですね」と許容してくれるらしい返答をいただいた。ひょっとしたら国宝パクリ問題に気を取られていたからかもしれないが。

 それはそれとして、エイトさんにも人夫を募るツテは無いため各々で船員探しをする事になった。下手な弓矢も数打てば、だ。

 遠目に見えていた建物に近づくと、城らしい造りである事が見て取れた。城下町も無いのに、お城。町がないのはあり得るだろうが、この寂れた感じの場所にいったいどうやって物資を運び建造したのだろうか。人足も集まり難そうな立地なのに。

 疑問は置いといて。中には入らず、急いでいたエイトさんが先にルーラを唱えたので何となく手を振って見送る。

 

「いってらっ――」

 

 エイトさんが飛ぶのと同時に、桟橋に停めていた船も光に包まれて飛んで消えたのが見えた。

 

「……………」

 

 ……タイミングから見て、たぶん、エイトさんのルーラで共に移動したと思われるのだが……あの船、何らかの形で持ち主として認められたらルーラで移動させる事が可能だったのだろうか?

 巨大質量が飛んで消えるというびっくり現象に、暫し呆然と空を見上げてしまっていた。

 が、突っ立っていても仕方がないので振り上げたままだった手を降ろし、私もトーポさんを肩に乗っけたままパルミドへと飛んだ。

 みんな船に乗ってるし大丈夫だろう。うん。集合場所が変わったわけでもなし。気持ちを切り替えている間にパルミドへと降り立ったので、絶叫系の恐怖を感じずに済んだのは幸いなのか何なのか……

 パルミドも二度目となると道がわかるのでさっさと進む。情報屋の住む部屋は相変わらずごちゃごちゃとした道の先で、隠れるように存在していた。

 

「貴方ですか。依頼の件なら完了していますよ」

 

 ドアを叩いて顔を見せるなりそう言った情報屋に面食らった。

 

「そんなに日数経ってないと思うんですけど」

「情報を撒くぐらいなら簡単ですから。杖の方はまだ調査中ですが」

 

 中へ招き入れられ、ソファを勧められて座る。街の雑多な見た目を裏切る座り心地は相変わらずだ。

 

「どんな感じですかね? 効果はありそうですか?」

「酔いどれの名が皮肉になるくらいには効いていると思いますよ。本人は心当たりが多すぎるのか戦々恐々としながら仕事をしています」

 

 あらま。本当に働いているのか。というか、よく働かせてもらえる場所があったな。

 

「どこで働いているんです?」

「酒場です。酒場にいながら一滴も飲めないんですから、皮肉にもなります」

「それはそれは……まぁ身から出た錆ですから一生懸命働いてもらって、お酒が完全に抜けたら解除という事で」

 

 アル中だと思うので、かなり難しいとは思うがそこは知ったことでは無い。そもそも手を出して来たのはあちらさんなので遠慮は無用だろう。ただ、私が仕返しを依頼する前に既に十中八九エイトさん(何者か)に、精神的恐怖を植え付けられていたようなので多少の手加減を加える事にしたが。

 

「わかりました。そのようにしましょう。

 それで、本日の要件は何でしょう?」

 

 察しのいい言葉に、さすがだなぁと思いつつ本題にうつる。

 

「無事に船を入手したので、船乗りを探したいなと」

 

 情報屋は軽く眼を見張ってから、顎に手を当て考え込んだ。

 今、まじで入手したのかと思ったでしょ。私もまじで入手出来るとは思ってなかったですよ。

 

「たしか、ゼシカ・アルバートがお仲間に居ましたね」

「はい。あー、なるほど」

「アルバート家の名を出せるなら、ポルトリンクで協力してくれる者がいるかもしれません」

「出せるなら、ですねぇ。一応聞いてみますが望み薄だと思います」

 

 家出娘だからなぁ。

 

「そうなると厳しいですね。船乗りは大抵誰かしら船長の下に着いていますから」

「そうですよねぇ……まぁ船を操作する能力は二の次として信頼の置ける留守番役がいればと。ついでに魔物を目の敵にしていない人がいれば尚ありがたいなと」

「それなら、モンスターバトルロードでしょうか。ただ、あそこはそれなりの地位にいる者がほとんどですから、子飼いや親しいハンターを紹介してもらうにも時間はかかるでしょう」

「ですよねぇ……モリーさんに聞いてみようかなと考えていたんですけど、難しいですよね」

 

 そうなると私の次善策は尽きる。せいぜい行く街々で出会った人から人づてに募るぐらいか。

 

「あの御仁とお知り合いでしたか。であれば、モリー殿に協力していただくのが一番堅実でしょう」

「そうなんですか?」

 

 情報屋は少し苦笑して頷いた。

 

「あのような格好をしていますが、義に熱く信頼できる方です」

 

 へー。ただのバトルジャンキーではないのか。いや考えてみれば、ただのバトルジャンキーなら自分が戦いたがるか。

 

「ではこれからモリーさんのところに行ってみます」

「ご健闘を」

 

 情報屋に礼を言って対価を払い早速ルーラで飛ぶ。安全装置なしのジェットコースターを耐えた後、森の中に建つ建物の側に降りた。

 何度も飛んできたので慣れたと思ったが、着地した途端、がくりと足の力が抜けてたたらを踏んだ。

 

「大丈夫か?」

 

 元の姿に戻って支えてくれたトーポさんに大丈夫と頷く。

 

「すみません、やっぱり怖いものは怖いらしいです」

「怖い……のう。お主、魔力切れではないのか?」

「は?」

 

 言われてヒャドを唱えてみると、驚いたことに軽い目眩がした。

 

「………もしかすると?」

「自覚が薄すぎるじゃろ」

 

 首を傾げて言ったら即効で突っ込まれた。

 

「えっと、その、以前魔力切れを起こした時は身体が動かなくなって意識がぶっつり切れたので」

「なんじゃそれは。普通は身体がだるくなって使用を控えるもんじゃぞ? 気絶するなど危険な状態ではないか。何をしたんじゃ」

「さ、さあ?」

「さあ?」

 

 いや、そんな凄まれてもわからないです。なんかすいません。

 

「とりあえず、怠いだけで他は問題無いので行きましょう」

 

 さあ行こうほら行こうと扉を開きトーポさんを手招く。釈然としない表情をしていたが、問答をする気のない私にため息をついてネズミの姿に戻って来てくれた。

 いやぁ、今まで魔力切れの経験はあるから大丈夫と嘯いていたが、全くもってわからなかった。あっぶね。エイトさんにバレたらどやされるとこだ。どこかで魔力量の確認しないとまずいな。

 それにしても、それほどの魔力を使った記憶がないのだが……いや、あれか?

 脳裏に浮かんだのはイシュマウリさんの意味ありげな微笑。そして、姫さまに流れた魔力の感触。

 思い浮かんだところで確認する術はなく、まぁいいやと思考を打ち切り地下へ。今日も今日とて闘技場は活気に満ち溢れていた。そして緑と赤が特徴的な御仁も今日も今日とて仁王立ちしていた。横にバニーさんもついている。反射的に声を掛けたくない衝動に駆られるが、それが目的なのでぐっと堪えて声をかける。

 

「こんにちは」

「ん? おお! ガールではないか! 最近見ないから心配していたのだぞ」

 

 あら、いろんな人をスカウトしているだろうから覚えていないかと思ったが、そうでもないようだ。

 

「さっそく次のランクの挑戦を」

「ではなくてですね」

 

 話を止めるとあからさまにガッカリされた。いやまぁ、モリーさんとの約束? があるので、そちらを無視するのも悪いとは思うのだが、こちらも気楽な旅をしているわけでもないので勘弁して欲しい。というか、あの約束はエイトさん主導でお願いしたい。

 寂しそうな顔をする髭面のおっさんというビジュアルに、何とも言えないものを感じつつ、本題を切り出す。

 

「実はですね、魔物だからといって怯えず、かといって無闇に斬りかかる事もしない人物を探していまして」

「それならここに居る者はほとんどそうであるが」

「あ、はい。その上で私たちの船の留守番をしてくれる人を探していまして」

 

 「船?」とおうむ返しに問われるので簡単に事情を説明した。その途中で以前話していた道化師の事と繋がったのか、その辺の事も聞かれたのでぼかして伝えると腕を組んで悩まれた。

 

「うーむ…………協力したいのだが……いや、そうか」

 

 不意に迷いが晴れたような顔になるモリーさん。

 

「ガールよ、モンスターバトルロードのチャンピオンとなるのだ!」

 

 なぜに?

 

「……その件はエイトさんに」

「まてまて、話を蒸し返そうとしているのではない。ガールがチャンピオンとなった暁にはこの私が共に行こうではないか!」

「モリーちゃん?」

 

 鼻息荒く宣言したおっさんに私が突っ込むより先に、隣のバニーさんがブリザードの気配を纏わせて突っ込んだ。

 おっさんは慌てた様子でバニーさんと後ろを向き内緒話を始めた。

 

「ほれ、ここ最近盛り上がりに欠けるとは思わんか? 各ランクの顔ぶれも固定化されつつある」

「まぁ………確かにそうね」

「よいか? ここでこの新人が破竹の勢いでランクを登って行くとする。そうすると?」

「……上位ランク者は危機感を抱くか警戒するか」

「負けた者は?」

「そりゃ悔しいでしょうね」

「それだ! それがないのだ! 相手が強いから負けるのは仕方がないと諦めるその姿勢がいかんのだ! 負けた悔しさをバネに次の試合に臨むのだ! それこそ熱き戦いの場であるバトルロードに相応しいと思わんか!?」

「……まぁ」

「それにだ、そんな事はないと思うが、もし、万が一、ひょっとしたら、なにかの偶然で私が敗れたりしたら、誰もが思うだろう! 自分もチャンピオンになれるのかもしれないと!」

「で、モリーちゃんは毎月のマンネリした消化試合の監督から解放されて自由になるのね」

「そのとおり! ………あっ……い、いや違うぞ? 断じてつまらないから自由なガールが羨ましいとか思ってないぞ!? 各ランクごとに工夫を凝らすべき点が見えてくる事もあるのだからな?」

 

 二人の内緒話は声がでかいのでダダ漏れである。ついでにおっさんの魂胆も丸見えである。

 だが、そういう事なら別段こちらとしては構わない。タダで留守番してくれそうだし。

 問題は私たちのチームではモリーさんの出した条件を満たすことが難しいというところだろう。

 

「まぁいいわ。確かにここのところ面白みに欠けているのは事実だし。ただし、その子がチャンピオンになったら月に一度は挑戦を受ける事。それが条件よ」

「う、うむ」

「まぁ……挑戦者が現れればの話だけど」

 

 モリーさんはわざとらしい咳をしてこちらに向き直った。

 

「あ、その条件で了解です」

「……う、うむ」

 

 出鼻を挫かれてどもるモリーさんに続ける。

 

「ただ、すぐにというのは難しいです。何せ今のチームはさまようよろいにスライム、プチアーノンですから」

「……一回だけでも出てみないか? 確かガールのチームは出たがっていると聞いたが」

「そうなんですか?」

「世話係りの者がそう話していた」

「そういう事なら一度、あの子達に会えますか?」

「おお構わんぞ」

 

 係りの人を呼んでもらい、その人に着いて行き面会した結果、出場する事となった。

 そして阿鼻叫喚が始まった。

 




相方がインフルに罹患。隔離しながら子供の世話をして何とか治ったと思ったら階段でこけてケツ強打。時間差の泣きっ面に蜂でした。
インフル、お気を付けくださいませ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

腹がへった

55

 

 久しぶりに顔を合わせると、それぞれ言葉は通じないもののやる気に満ちていることだけは伝わってきた。なので、それならまぁ一回ぐらいはいいかと思って次のランクであるランクFに登録した。

 結論から言うと、優勝した。

 あからさまに格上と思われる個体の相手チームに、何故か勝った。今度はフレンドリーファイアはなかった。そして求められるままにランクEに登録した。

 

 ………優勝した。

 

 さすがに何かおかしいと周りが騒ぎ出した。

 私的には一番最初のランクGから変だったよと言いたい。まぁ私の言葉は右から左へと流されていたが。

 ロープやら鎖やら持った人達に取り囲まれたのには少し引いたが、モリーさんのとりなしもあって物騒な拘束具は魔封じの物品によるもののみに留まり、闘技場ではなく上の観客席へと隔離され、中断される事なくランクDを始めることになった。

 私が何かしているのでは? と、疑問を持つのもわかるので構わないのだが、やるなら疑念を抱いたランクGをもう一度しないのだろうか。エキサイトしているおっさんやらマダムやらの間に割って入る勇気はないので口を挟みはしないが、変なところで素直というかなんというか。

 それはそうと、私が拘束されたあたりから闘技場の三名が異様な気配を発しており、そちらが気になって仕方なかった。そして若干どころではなくチビイカの吐き出す炎の火力が上がって、ランクD優勝。

 チビイカよ、君は何かい? 仲間が囚われると力を増すヒーロー属性でもあるのかい? そしてジョーさん、あなたはタスキでもつけているのかい? 致命と思われる攻撃に対してなんで立っていられるの。

 周りは賭けのオッズがえらいことになってて悲鳴と勝鬨と涙と唾とで阿鼻叫喚。さすがにこの上のランクでは負けるだろうと思われ、でも勝って、いやいやもうさすがにこの上は。の、繰り返し。途中でモリーさんが私の拘束を取っ払ってくれたけど、もう誰もそれに気づいちゃいねぇ。

 とうとうランクAまで優勝して騒然となった。誰もランクAを突破出来なかったらしい。それを弱小としか思えないチームで打ち破ったのだから、周りはもうお手上げ諦めお笑いムード。要するに小細工でどうにかなるレベルではないので、実力なのだろうと認めてくれた上で祝福してくれたのだ。

 やれやれこれで終いかと肩の力が抜けて優勝商品の受け取りにカウンターへと向かう。

 いや。終いではないのかな?

 モリーさんが自分が負ける事があればとかなんとか言っていたわけだし……となると、あと一戦要求される可能性があるのか。もう十分戦ったので終わりにして欲しいのだが……というか、時間的にエイトさんの用事は穏便に済めば、そろそろあの場所に帰ってきているのではないかと思われる。ついでに言うと、お腹すいた。夜明けから何も食べていないのだ。もう昼はとうに過ぎている。

 空腹に耐えながら英雄のヤリという高価らしいものを受け取ると、後ろから拍手がした。振り向いてみれば非常に機嫌の良さそうなモリーさん。

 

「はっはっは。とうとうこの日を迎えてしまったな」

 

 モリーさんは腕を組むと静かに目を閉じた。

 

「お礼を言わせてくれ、ガール。思えばわしとガールの出会いはほんの偶然だったのに……ガールはわしの言葉を信じここまでの存在になってくれた。わしはそれが嬉しくてたまらんのだ。もうわしからガールにしてやれることは何もない。だが最後にこういうのはどうだ?」

 

 お礼を言われる事もしていないし、何かしてもらった記憶もないのだが……

 何だかしんみりとした事を言ったかと思ったら、突如グワッと目をかっぴらきこちらを指差す。

 

「ガール! このわしを倒し最強のモンスターチームオーナーとなれ!! 戦いのステージはもちろんここだっ!! ファイナルランク……ランクS!!

 ランクSの一回戦と二回戦はわしの知る限りの最強のふたりが相手となるよう手はずしておこう。そしてもちろん最終戦はこのわしが相手だ。

 さあガールよっ!!

 最強のチームでこのわしを圧倒し最強のオーナーである事を証明するのだっ!」

 

 もんのすごい盛り上がってるモリーさんを前にして、私はちらっと横にいるバニーさんへ視線を走らせた。そもそも、モリーさんと戦うことはある程度わかっていた事なので良いのだが、それとは別の問題があるのだ。腹減ったという重大な問題が。なので、バニーさんにこう問いかけてみる。

 

 ここで帰ったらダメですか?

 

 ダメです。

 

 バニーさんの目力。そして周囲で事の成り行きを見守っている野次馬の視線に負けた。

 私のテンションはだだ下がりなのだが、目の前の御仁は燃え上がってらっしゃる。さっきのセリフも昨日今日考えたものでは無さそうな気配だ。

 

「実際のところ、ランクSのメンバーを呼んでしまっているので一度は受けて欲しいのです」

 

 こそっとバニーさんに耳打ちされ、仕方ないかと諦め後ろのカウンターにとって返しランクSに登録した。

 その瞬間周囲から空気を震わせる程の狂気に満ちた雄叫びがあがり、早速賭けが開始された。胴元が揉みくちゃにされながらも必死に捌いているのを横目に、私はそそくさと下の闘技場へ移動した。

 階段を降りて控え室から闘技場への道に進むと三名が待っていたのか、スラリンに飛びつかれた。チビイカは私の足に巻きつき、ジョーさんは膝をついた。

 

「ご苦労様。なんかいろいろあったけど私は問題ないから。それより受けちゃったけどどうする? 嫌なら止めるよ?」

 

 むしろ止めようよという気持ちで伺ったのだが、チビイカは持っていた貝殻と言う名の、数多の対戦相手をぶっ飛ばし叩き潰した凶器をぶんぶこ振り回し、スラリンは無駄に動き回って俊敏さ? を、アピール。ジョーさんはいつのまにか保父さんポジをゲットしたのか、二人を見て微笑ましそうな気配を滲ませ立ち上がった。

 

「えーと、頑張って?」

 

 やる気一杯のようなので、とりあえず声援を送る。

 係りの人に促され闘技場の舞台へと出ると、頭上から雄叫びが聞こえてきた。上を見れば賭けに興じた人が血走った目をしているのが見えた。怖いので上は見ないようにしよう。

 対戦相手が姿を現すと、こちらも歓声が沸き起こった。恰幅のいい男性で、青と白のストライプが特徴的な服に、くすんだ赤のベスト。どこかで見たような出で立ちに誰だっけと首を捻る。

 

「さあさあ、やってまいりました!

 本日はランクSのバトルロードがこの格闘地にて繰り広げられます!

 場内騒然! 観客応援! オーナー同士は怪気炎!!」

 

 いや、毎回思うが怪気炎ではないよ。どこをどう見たら息巻いてるように見えるのか。

 

「第1バトル行って見ましょう!!

 赤コーナー! リツオーナー率いるラーミア!!

 青コーナー! トルネコオーナー率いるレイクナバから参上!! アイラブネネさんズ!!」

 

 ん?

 

「これは実力的にはほぼ互角かっ! それではバトル開始!

 レディー!? ゴォーッ!!」

 

 司会の男性が唾を飛ばしながら紹介した相手をまじまじと見てしまう。二次元の映像が三次元になったらこんな感じになるのかもしれない、というぐらいには似ている。そして何よりそのチームの名前。

 アイラブネネって、ネネさん、か?

 仮に目の前の、ちょっと疲れて老けたように見える男性があのトルネコだとすると、そのチーム名も納得の代物ではあるのだが。

 そうなると、この世界はドラクエ4の世界という事になるのか。いや、しかしドラクエ4にしては知らない魔物はいるし、世界地図も違う。国の名前も異なっているし……

 思い悩んでいる間に試合は進む。おどる宝石にでっかいミミック、あとふつうのミミックというお宝チームは実に彼らしい編成だと感じるが、我らがチームラーミアは私の感慨など御構い無しに蹂躙を開始していた。

 これまで撹乱役に徹していたスラリンと、最初から炎吐くマシーンと化しているチビイカによるダブル『しゃくねつのほのお』(らしきもの)。その直後の反撃をいなしチビイカを守るジョー。何気にその横で齧られぶっ飛ばされてるスラリンはひょっこり起きて、プルプルと震えると削れた身体が元どおりに。

 あれってもしかして『めいそう』なのでは……もしそうなら、最初の炎もまじで灼熱の炎かもしれない。でもってスラリンはレベル99という事に……

 いつの間にレベルアップを? ジョーもチビイカもレベルアップしてるとか??

 これまでのランクで格上相手に蹂躙戦しでかしたことを考えると、三名ともその可能性が非常に高い。のだが、モリーさんのところに預けられている魔物達の条件は皆一緒。彼らだけが急激なレベルアップを果たした理由がわからない。

 いろいろ疑問に思っている間にもこんがり焼けた箱と袋が出来上がり、審判の合図で試合終了。トルネコさんは目を丸くして、頭を下げて退場した。

 続く二戦目、舞台の反対側から姿を現したのは、やや赤みがかった鎧を纏った壮年の男性が率いるチーム。編成は首のない鎧にホイミスライム、そして最後はたぶんギガンテス。サイクロプスはランクAで見たので、ギガンテスだろう。ギガンテスなんて初めて見たが、まじで巨人の化け物だ。サイクロプスも相当なものだったが威圧感が違う。これを目の前にして、よくまぁ剣やら斧やら拳やらで突撃かましたなと、歴代の勇者たちに賞賛を送りたい。

 

「第1バトルの劇的な決着に場内まだどよめきが治りません!! モンスター・バトルロード、ランクS決戦!!

 引き続きどちらのチームも気力充分! 観客興奮!! 彼女の家まで十五分!!

 それでは第2バトル行って見ましょうっ!

 赤コーナー! リツオーナー率いるラーミア!!

 青コーナー! ライアンオーナー率いる王宮のモンスターたち! ホイミングレイス!!」

 

 ライアン…っすか。

 

「これは実力的にはほぼ互角かっ! それではバトル開始です! レディー!? ゴォーッ!!」

 

 ……本当にここドラクエ4なのか?

 考えても謎が深まるばかりだ。試合が終わったら何とか話が出来ないものだろうか。彼らから話しが聞ければはっきり出来るだろうが。でも何と話すか……

 開幕の炎はお決まりらしく、スラリンとチビイカによる灼熱の炎で、ホイミスライムがこんがり焼かれ……なかった。何あれ。ホイミスライムの耐久力じゃないぞ。

 文字通り周囲の空気を焼き尽くす勢いの業火に包まれてなお、ホイミスライムは健在だった。と思ったらチビイカに貝殻(鈍器)で殴打されて地に落ちた。ライアンさんの頬がピクついた。

 あのライアンなら、そりゃホイミスライムは大事な存在だろうが…………あれ、ホイミンではないよな? あの子って人間になったし。 じゃああのホイミスライムは新しく仲間にした?

 首なし鎧はジョーと切り結んでおり、持っていた盾が噛み付く分有利に動いていたが、背後に回ったチビイカの振りかぶった貝殻によって叩き潰された。また、ギガンテスの方はスラリンを叩き潰そうとするが、すばしっこくてモグラ叩きのように空振りし地面を叩き続けている。当たらなければどうという事はない、というのを体現しているが、ギガンテスの方も体力があるようで全く動きに疲れが見えない。そこへチビイカの炎がスラリンもろとも襲った。相変わらずスラリンに厳しいチビイカだ。

 スラリンは水分が蒸発したのか湯気を出していたが、プルプル震えるとあっという間に元どおり。チビイカと一緒になって怯んだギガンテスに炎を吐き出していた。

 やがて、ギガンテスの持っていたどでかい棍棒も黒炭と化し、大きな地響きを立ててその巨体は崩れ落ちた。

 これで二戦目も勝利だ。ホイミスライムだけでも早急に治療せねば後が怖いと思って、目眩を我慢して回復魔法をかけるとライアンさんが近づいてきた。

 

「よもやこの編成で負けるとは思わなかった。素晴らしいチームであるな」

「あ、ありがとうございます」

「良ければまた手合せして欲しい」

 

 手を差し出され軽く握ると、ゴツゴツした手のひらだった。鎧を纏うその姿は伊達ではない事がわかる。

 良かった。とりあえずホイミスライムをボコった事については怒ってないようだ。

 胸をなでおろしつつ後ろに下がると、司会の男性が進み出た。

 

「レディースエーンドジェントルメン!

 一体誰がこのようなステージを迎える日のことを想像したでしょう……。

 リツ様の規格外の強さがこの新たな戦いのステージを生み出しました」

 

 私が強いわけではない。非常識なのは目の前の子らだ。

 

「その名も……ラーンク…………………Sッ!!」

 

 たっぷり間を開けて迸るように叫ぶ司会に、頭上の観客がさらに盛り上がる。

 

「モリー様が世界中から屈指の猛者を集めて行われた、このランクSもここに最終決戦を迎えるに至りましたっ! では参りましょうっ!! モンスター・バトルロードの究極の究極!! これ以上のバトルは存在しませんっ!!」

 

 向かいからモリーさんが魔物を引き連れて現れる。

 はぐれメタルにベホマスライム。あと地獄の騎士かと思ったが何となく違う。骸骨っぽさがあんまりないし、ランクAでボーンファイターが出ていたので上位互換のヘル……ヘル……なんとかだと思われる。名前は忘れた。

 

「さあ来いガール! わしはバトルとなったら油断という言葉を知らん。本気で行くぞ!!」

 

 決めポーズで言ってくるモリーさん。

 返事しないとダメだろうか……ダメ?

 司会の男性が早く早くと手を振るので、眼前に並ぶ三名に視線をやれば、やる気を見せる彼らに苦笑が漏れる。

 

「私は戦術について詳しくありません。ですので、彼らを信じるだけです」

 

 私の言葉にモリーさんはどこか満足そうに、そして凄味のある笑みを浮かべた。

 と、同時に私の前に並ぶ三名の姿が大きくなったように見えた。瞬きをして見たが、多分気のせいだろう。変わらぬように見える。ちょっとばかり好戦的な様子ではあるが。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スカウトした

56

 

 改めて対戦相手を見るが……なんというか、はぐれメタルを見ると微妙な気持ちになる。必死こいてはぐりん仲間にしてパーティーに入れて、ラストダンジョン行ったら普通の敵にあっさりやられた記憶がこびりつき過ぎて、どうにも。お前、素早さマックスじゃねーのかよ! とコントローラーぶん投げそうになった。

 実際はあんなに早かったら攻撃当てるどころじゃない。

 

「最強のモンスターチームの称号は果たして誰の手に!? 答えはすぐそこだ!

 レディー!? ゴォーッ!!」

 

 と、思っていたのだが、何故かスラリンが開幕灼熱の炎を吐き出し相手チームを牽制した。一手譲られたのかと思ったが、モリーさんは目をかっぴらいてスラリンを凝視していたので違うらしい。

 スラリンの牽制をどう避けたのか見えないが、はぐれメタルは後方に下がってじっとしていたチビイカに体当たりーーしようとしてチビイカの貝殻に叩き潰された。ピチャッと銀色の液体が飛び散ってえらい事になっている。赤かったら完全に殺害現場だ。

 こちらからの攻撃が当たらない事を見越してカウンター狙いでもしていたのだろうか? メタルスライムが相手の時は普通に叩き潰しに行っていたが……相手の能力を見極めた? だとしたらチビイカ、恐ろしい子。

 ベホマスライムはジョーさんと切り結んでいるヘルなんとかに回復をかけていたのだが、はぐれメタルをヤったチビイカが背後から忍び寄り叩き潰した。

 ジョーさんは手数でおされているのか、鎧に幾筋もキズがつけられている。切り結ぶ速さは常人の視界では捉えることができず、私からは完全にヤムチャ視点。何となく拮抗しているようにも見えるが、相手に目立ったキズは無くジリジリとやられているようでもある。大丈夫だろうかとこのパーティーの中で比較的まとも枠である彼を心配していると、まともじゃない枠が揃って動いた。

 ほとばしる地獄もかくやの炎が切り結ぶ二つの影を飲み込み、ジョーさんは一旦後ろに下がった。

 炎が収まった後には、ほとんど変わらぬ姿のヘルなんとか。尚且つ、お返しとばかりに赤味がかった紫色の霧を吐き出した。

 反応が早かったのはスラリン。ジョーさんに体当たりしたところで霧に包まれポテリと地面に落ちた。そこに斬りかかるヘルなんとかだが、チビイカが滑り込むように貝殻(凶器)をぶん回して牽制。さらに遅ればせながらジョーさんが追撃をかける。

 スラリンは地面に転がったまま動かないので、マヒか眠りか状態異常に掛かっているのだろう。と、思っていたらチビイカがど突いてスラリンが動き出したので、眠りだったのだろう。必要な処置だったのかもしれないが、相変わらず酷い。

 スラリンとチビイカは一度大きく下がってじっと動きを止めた。力を溜めているのだろうか? 初戦でもチビイカが同じような動きをしていた。

 ギリギリ防戦で耐えていたジョーさんだったが、ついに片手が切り飛ばされた。しかし、痛覚など知らぬとばかりに残った手で剣を握り一歩も引かない。さまようよろいは中身が無いので実際ダメージが思った程では無いのかもしれないが、見ているこちらは心臓に悪い。ガツガツと鎧にキズが刻まれ、内、幾つかは裂ける手前の深さに見える。

 内心ハラハラしながら見ていると、チビイカとスラリンが同時に動いた。それに合わせジョーさんが無理矢理剣を打ち合わせ押し返して距離をとった。

 次の瞬間、闘技場を熱波が襲った。私のいる位置でも肌をチリチリと焼くような熱さで咄嗟にフバーハを使おうとしたら、それよりも早く柔らかい光に包まれた。光に包まれると熱が遮断されたように遠のく。見ればトーポさんが頷いていた。やってくれたのだろう。

 司会の男性やモリーさんは大丈夫なのかと視線を走らせるが炎が巻き起こっている状態でよくわからない。

 数秒か、数十秒か。被害を心配していた私には長く感じた。

 やがて、炎が収まったそこにはヘルなんとかが膝をついていた。あれだけの熱量を受けたにもかかわらず尚も動き始めた姿に目を見張るが、そこにジョーさんが駆けた。気づけば全ての武器を切り飛ばされ、ゆっくりと地面に倒れるところだった。

 

「勝負ありました!!」

 

 ハッとして見れば、司会の男性はモリーさんに庇われており、二人ともピンピンしている。頭上の観客も退避していたのかそろそろと顔を見せていた。

 

「只今のバトルの勝利チーム……すなわち、モンスター・バトルロードランクSの優勝チームは、リツオーナー率いるラーミアに決まりましたっ!!」

 

 高らかな宣言に震えるような歓声が沸き起こった。紙吹雪のようなものが舞い、ついでにゴミのようなものも舞った。目の前に落ちてきたそれを手に取るとどうやらモリーさんに賭けていたらしい。ような、じゃなくて、ゴミだ。「ちくしょー」とか聞こえてくるが、あんまり悔しがっている雰囲気はない。この試合そのものが見世物であったのだろう。

 

「いやあ……言葉を失うってのは、こういう時のことを言うんでしょうね」

 

 そう言ったのは、試合の受付から商品の授与まで担当している男性で、きっとこれまで多くチームを見てきたからなのだろう。感慨深そうにしている。

 

「ホントもう、何て言っていいやら……。とにかく……これが賞品だそうです。はい、どうぞ」

 

 手渡されたのはやたらと触り心地のいいローブだった。インパスで調べて見るとドラゴンローブとあった。焦った。終盤で手に入りそうな代物なのだが、もらっていいのだろうか。

 

「ガール……」

 

 高価なものを手にしてキョドッていると後ろから声をかけられた。

 振り向くと神妙な表情のモリーさんがいた。

 

「いや、今日からはこう呼ぼう。ガールはチャンピオンだ。

 わしはこの立場にありながら一日とてモンスターチームの研究を怠ったことなどない。どうすればもっとチームが強くなるのか、新しい技が出るのかそんな事ばかり飽きもせず考えている。だが、チャンピオンのような真の天才の前ではわしのような凡人の努力など虚しいものだな」

 

 モリーさんの言葉に、なんだかいたたまれなくなる。あの三名が規格外なだけで、私は傍観していたに過ぎない。

 

「ありがとうチャンピオン。チャンピオンはわしの夢を叶えてくれた。わしはずっと待っていたのだ。わしを打ち負かしてくれる真の天才が現れるこの日を……」

 

 いや、なんかホントすみません。と思っても謝るなど彼にとっては侮辱に近い事だろう。曖昧な笑みを浮かべるので精一杯だ。

 

「さて、約束であったな。ガールの船へと行くとするか」

「え、もうですか?」

 

 これから行こうと言わんばかりのモリーさんに聞き返す。準備とかここの後任とか、いろいろやらないといけないのではないのだろうか。

 

「なぁに、話をした時からこうなる事は予感しておったさ。だからこそ早い段階でランクSのメンバーを呼んで来られたのだ」

 

 あ。そういや、あの人たちの事もあったか。

 

「モリーさん、あの方達とはどういったお知り合いで?」

「ん? 彼らは何年前かな、未知なるモンスターを探している頃に出会ったのだよ。何でも世界を渡る術を探しているとかでな」

「世界を渡る?」

 

 モリーさんは「ふむ」と腕を組むと私に近づき囁いた。

 

「なんでも、違う世界から迷い込んだそうだ」

 

 それ……って事は……

 

「大抵の者は信じないだろうが、わしは真実だと思っている。嘘を言うような御仁ではないからな」

 

 驚く私を見て元の位置に戻ると、からりと笑った。

 

「なんなら彼らも誘うか? 世界を旅するのが目的だと言っておったからな」

「えっと……」

「冗談だよ、チャンピオンとわしの仲とはいえ、知らぬ者をそうすぐに信用は出来まい」

「あ、いえ、彼らが良ければ構わないのですが」

「良いのか?」

「はい。ただ、先に少し話してみたいとは思いますが」

「それはそうだろうな。よし、ついでだ巻き込んだ方が面白かろう」

 

 後半本音がだだ漏れなモリーさんに引き連れられ、地上への階段横にいたライアンさんに声をかける。

 

「ライアン殿」

「おお、モリー殿。先程は残念でしたな」

「いやいや、なかなかに楽しい試合だった。ライアン殿もそうではないのか?」

「はは、見透かされているか」

 

 モリーさんに対し闊達に笑うライアンさん。二人の仲は随分と良さそうだ。

 

「ところでライアン殿、物は相談だがこのチャンピオンの船に共に乗らぬか?」

「船?」

 

 ライアンさんの視線がモリーさんで隠れていた私に向けられる。

 

「先程ぶりです」

 

 頭を下げると、ライアンさんも律儀に下げてくれた。

 

「実は最近船を手に入れまして、いろいろなところを巡る事になるかと思うのですが、人員が足らずという状況でして。船の護衛をしてくれる人を探しているんです」

「ほう。船を所持とは大したものであるな」

「世界を旅するのが目的とモリーさんに伺ったのですが」

 

 ライアンさんは腕を組み重々しく頷いてみせた。

 

「故あってな。私ともう一人、今は別々にではあるが世界を回っている。

 ただ、回るといっても航路がある場所を伝ってでしか歩いていないゆえ、まだまだ踏んでおらぬ地も多い」

 

 私は少し考え、ライアンさんを見据えた。

 

「実は、私は迷子なんです」

 

 脈絡のない言葉にライアンさんもモリーさんも訝しげな顔をした。

 

「キメラの翼を使っても飛べません」

「お主……それはもしや」

 

 何かに気づいたライアンさんが目を見張った。

 それに苦笑を返し肯定する。

 

「はい。この世界ではない、異なる世界から迷い込んで来てしまったようなのです」

「ガールもなのか?」

 

 驚いたのかガール呼びに戻るモリーさん。そちらにも頷きを返しライアンさんに向き直る。

 

「ライアンさんも、異なる世界からこちらに来たのだと伺いました。どのようにこちらへ来たのか覚えておられますか? 元の世界へと帰る手立て……手掛かりは、何か見つかりましたか?」

 

 何かヒントが無いかと矢継ぎ早に尋ねてしまう私に、ライアンさんは申し訳なさそうな顔をして首を横に振った。

 

「私は武者修行に出ていたところで霧に包まれ、気がついたらこの世界に居たのだ。元の世界へはいかにして戻ったら良いのか皆目見当がついておらん。力になれずすまん」

「いえ……」

 

 ある程度予想はしていた。モリーさんが違う世界からと言った時点で、この場に未だ居る事が戻る方法がわからないという事を示している。

 もっとも、手掛かりがあったとしても私の世界へと繋がっているのかは別の問題ではあるが。

 

「いきなり申し訳ありません。どうにも気になってしまい……不躾に失礼しました」

「いや、お主のような幼子が見知らぬ世界へ来たとあっては苦労ばかりであったであろう」

 

 憐れみと心配が混ざったような顔をされ、苦笑いしてしまう。どれだけ幼く見られている事やら。

 

「私の場合は幸いにもすぐに助けてもらえましたから、然程苦労というものはありませんでしたが………すみません。話を戻しましょう」

 

 私はモリーさんに説明したように道化師を追っている事を踏まえ、船の護衛をしてもらえないかという事を話した。

 ライアンさんはやや考えてから、いくつかの条件の下に了承してくれた。そしてもう一人、トルネコさんにも同じ話をして了承を得た。ただしトルネコさんは交易も兼ねたいという事なので、基本的にはライアンさんが留守の主戦力となった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

船に戻った

57

 

 ルーラで戻ると、日暮れの城の前にエイトさんが一人立っていた。エイトさんはすぐに気付いてこちらに駆け寄り、

 

「遅いから心配しました――って……あの、彼らは?」

 

 私だけではないことに気づいて足を止め、戸惑いの顔を見せた。

 

「モリーさんです。二人はモリーさんのお知り合いで戦士のライアンさんと商人のトルネコさんで、こちらはモリーさんの所で働かれていたグラッドさんです」

 

 さすがにモリーさんの顔は覚えていたようで、それは分かるけどという表情をして状況説明を求めるような視線を送ってきた。

 

「人手が足りないという話になったじゃないですか。で、人手です」

「……………モリーさんが?」

「と、後ろのお方も」

「……………本当ですか?」

 

 私にではなく、モリーさんに尋ねるエイトさん。

 モリーさんはいつものように腕を組み不敵な笑みを浮かべて鷹揚に頷いた。

 

「いかにも。ガール、いや、チャンピオンには負けたのでな。バトルロードは暫く休業だ」

「負けた? チャンピオン?」

「あ、これお土産です」

 

 はいどうぞ、と英雄のヤリを手渡す。

 

「お土産って……こんないいヤリ、どうしたんです? って、いやいやそうじゃなくて、その三体は」

 

 気づかれました? そりゃ気づかれますよねぇ……

 私の足元にはチビイカとスラリン。そして横にはジョーさんがいる。ついでに言えばライアンさんの傍にはホイミン。

 ことの発端はライアンさんだった。

 ホイミン(あのホイミンじゃなくて、こちらで懐かれたらしい。どんだけホイミスライムに縁があるのだ。そしてそのネーミングって適当なのか情が深いのか……)を一人には出来ないと連れて行く事になり、そしたらうちのメンバーが大ブーイングを起こした――らしい。世話をしていたグラッドさんの通訳なので定かではないが、ガッシャンガッシャン鉄格子を揺らされてちょっと怖かった。グラッドさんは四十代の朴訥そうなおじさんなのだが、その魂はさすがモリーさんに見出されただけはあった。なんと、チャンピオンのチームを世話したいから自分もついて行くと主張したのだ。一歩も引かぬという気迫をにじませた顔で。その時、まだ私はチビイカ達を連れて行くとも行かないとも言っていなかったのだが、絶対に行くのだと言って聞かない――実際言葉を挟む隙も無かった――グラッドさんに、これがドラクエ恒例の「はい」しか選べない選択肢かと現実逃避をしてしまった。そして目出度く大人数での帰還となったのだ。

 ちなみに残りの嵩張るお土産と追加購入の物資はライアンさんが持ってくれている。婦女子に重い荷物を持たせるのは酷だろうと言われて。予想以上にライアンさんが紳士だ。これで歳が近かったら惚れてたかもしれない。

 グラッドさんも同じく荷物を持とうとしてくれたが、お世話用の道具やらなんやらで結局持てなかった。天然の気があるようだ。歳が近かったら揶揄いまくっていただろう。

 尚、英雄のヤリを私が持っていたのは、全部持たせる事への抵抗を主張した結果。

 

「それもまた後で説明します。とりあえず紹介の続きをさせてもらいますね。

 こちらは、私達の実質取り纏め役のエイトさんです」

「ライアンという。よろしく」

「トルネコと申します。よろしくお願いしますね」

「グラッドです。チームの世話はお任せください!」

「あ、これはご丁寧に……チーム……? えっと、エイトと言います。こちらこそよろしくお願いします?」

 

 ひとまず無事に挨拶出来たところで、日も暮れているので船へ急ごう。そうしよう。と、煙に撒くのにはさすがに無理があった。エイトさんは混乱しながらも「すいませんちょっとお待ちいただけますか?」と私以外の面々に断りを入れて彼らから私を引き離すように距離を取った。

 

「………どういう流れです?」

「簡単に説明しますと、モリーさんに船の護衛が出来そうな人が居ないか聞いたら、交換条件でチャンピオンになるよう言われた結果、うちのチームが快進撃を繰り出して全ランク制覇を成し遂げ見事にチャンピオンになりました」

「………はい?」

「その結果、高ランクに所属していたライアンさん、トルネコさんとも知古を得まして、彼らの目的とこちらの利益とが一致したのでお誘いをしました。ちなみに当初モリーさんに聞いた船の護衛役はモリーさん自身です。で、モリーさんも一緒に来たという流れです」

 

 エイトさんはこめかみに指を当て、呑み込みづらそーに目を細めた。

 

「えー……っと。リツさんはあちらの方々は信頼出来ると考えたわけですか?」

「はい。陛下や姫様の事までは話していませんが、ドルマゲスを追っている事は話しています。その上で協力を取り付けました」

 

 暫しエイトさんは難しい顔をしていたが、一つ頷いた。

 

「わかりました。リツさんがそう言うのなら信用します。でも、先に相談して欲しかった、かな」

 

 それはそうだ。と思ったので、素直に私も頭を下げる。

 

「その点については本当にすみません。ライアンさんもトルネコさんもあちこち飛び回っている方なので次いつ会えるか判らなかったもので……いえ、引き止める事も出来ましたし言い訳ですね。ごめんなさい」

 

 本当のところ、まさかのライアンとトルネコの出現に慌てていたというのが大きい。少しばかりのミーハーな部分があったのも否めない。ゲームと現実の彼らが同一だとは限らないのに、先走ったのは早計だったかとこちらに戻る途中ちらと頭を過ぎったりもしたのだ。

 

「気を付けてもらえればいいですよ」

 

 エイトさんは笑って軽い調子で言ってくれたが、こうして考えると自身の軽率さが際立つようで居た堪れない。

 

「戻りましょう、みんな心配してますから」

 

 促され、そうですねと戻ろうと足を出したところで、

 

「そういう所を見ると僕も気が楽になる部分もありますから。まぁお互い様で気を付けましょう?」

 

 ぽん。と肩を叩かれ、エイトさんに先に行かれる。

 

「……………成長率高すぎじゃないっすか?」

 

 零した呟きは夕暮れに消え、一瞬呆けた後、私も急いで戻った。

 モリーさん達には隠すような内容でもないので、私が事前連絡を入れていなくて驚かせたという事を説明したら、暖かい視線と苦笑を貰った。外見が幼く見えるらしいので小さい子の失敗とでも考えているのだろう。痛い。

 溜息をつきたくなるのを堪えながら船へと歩いていると、横に並んだエイトさんがそういえばと声を潜めて聞いてきた。

 

「リツさん。モリーさん苦手だったんじゃ?」

「それなりに苦手です。でも人となりは悪くないと思いまして。それに魔物に怯えないという人選からして普通の人が選べないですし」

 

 エイトさんは『あーなるほど』という顔をした。

 

「みんな驚くだろうなぁ」

「説明は私からしますが……案外みなさん平気だと思いますよ」

 

 なんたってナメック星人のような王が大丈夫だったんだから。ククールさんも何だかんだ順応性あるし、戸惑うのは最初のうちだろう。ゼシカさんは問題ない。彼女の肝の太さはメンバー中最大を誇っている、と思う。ヤンガスさんはエイトさんが良ければオールオッケーとなるので、こちらも問題ない。

 

「エイトさんの方は大丈夫でしたか?」

「あぁ、はい。どう説明したものか困りましたが、結局そのまま説明したら、もともと譲るつもりだったので構わないとお許し頂けました」

「そのまま話すとか勇者ですか」

「……言い訳が思いつかなかったんですよ」

 

 ちょっと拗ねたように言うエイトさんに笑ってしまう。エイトさんらしいと思ったが、正直なところまさかそのまま話すとは、だ。私も私でやらかしているが、エイトさんもエイトさんでやらかしているとは……。今度こういう事があったら一緒に行こう。エイトさんが拘束される事になったらやばい。

 

「ところでここはどのあたりになるのですかな?」

 

 やや後方を歩いていたトルネコさんが、辺りを見ながら疑問を口にした。日も暮れ、薄暗い中で周囲の様子はよく見えない。

 

「位置的にはマイエラ修道院の北になります。北の大陸との間にある小島ですね」

 

 エイトさんの説明に、なるほどとトルネコさんは頷いた。

 

「では後ろのお城はメダル王のお城でしたか」

 

 メダル王?

 

「今は王は臥せっているので、王女が代行されているようですよ。先程挨拶をしてきました」

 

「メダル王……女? が、一人で治めておられるんですか?」

 

 もしやという気持ちを抑えて話を繋げるために水を向けると、エイトさんは頷きながら応えてくれた。

 

「家臣は少ないそうですが、資産を動かして維持しているみたいです。あ、いや、増やしているのかな? 小さなメダルというものと宝物庫にあるものを交換しているようなので」

 

 いるのか。この世界にもメダル王……じゃなくて王女だけど、いるのか。

 

「どんなものを交換しているんです?」

「交換ですか? すみません、そこまでは聞いてなかったです」

 

 あまり興味が無かったらしいエイトさんが申し訳なさそうに頬を掻いた。それを聞いて宜しければと口を開くトルネコさん。

 

「以前聞いたものと変わりなければ、あみタイツ、お洒落なベスト、てんばつの杖、金塊、ほしふるうでわ、きせきのつるぎ、しんぴのよろい、オリハルコン――」

 

 オリハルコン!?

 

「メタルキングヘルム、あとは沢山集めたら公開されるそうですよ」

 

 トルネコさんの記憶力に感謝。

 オリハルコンが貰えるというのなら、集める価値はある。ちょっと引き返して詳細を聞きたいのだが、この時間帯に行っては迷惑だろう。しかし……気になる。大変気になる。とっても気になる。いや落ち着け、つい先ほども軽率だったと自戒したばかりだ。

 

「リツさん?」

 

 そわそわしているのがバレたのか訝しむエイトさんに、一瞬迷ったが実はと打ち明ける。

 

「トロデーン城から壊れた剣を持って来たじゃないですか」

「そういえばありましたね」

「あれ、オリハルコンがあれば直るかもしれないんですよ」

 

 情報量の多いインパスにめげずに何度も挑んで調べたのだ。元々剣に使われた鉱物、即ちオリハルコンがあれば、錬金釜で修復が可能かもしれない。

 驚いてくれると思ったのだが、エイトさんは苦笑を浮かべていた。

 

「リツさん。陛下みたいですよ」

 

 ……おぅふ。

 先程までの興奮が潮が引いていくように静まった。

 いや、まぁ、全く感化されていないとは言いませんけども。でもそれを抜きにしても多少興奮するのは仕方ないと思う。何しろ使えなくなった剣なのに宝物庫に後生大事に保管されていたのだ。しかも材質がオリハルコン。勇者の剣クラスの物ではないかと想像してしまうのも無理はないと思う。

 その辺りのことをエイトさんに説明するのは難しく、黙り込むしかないのがちょっと悲しい。

 

「何か交換したいものがあるのですか?」

 

 トルネコさんの問いに悲しみを抱えたまま曖昧に頷く。

 

「ええまぁ」

「それでしたら、いくつか私も所有していますからお譲りしましょうか?」

「いいんですか?」

「タダではないですが」

 

 さすが商人。心得てやがる。

 

「おいくらでしょう?」

「いえいえ。貴女についてお聞きしたいんです」

「私?」

 

 聞き返すと、そうだと頷かれた。はて、なんだろう。

 

「ライアンのホイミンを癒していたでしょう? 魔物を癒す術はモリー殿の専売特許の筈なのですよ。どうやったのかと思いまして」

 

 なのですよと言われても、こちらはただの回復魔法をかけているだけなのだが。

 エイトさんも私が特に変わった事をしているわけではない事を知っているので、私と一緒に困惑している。

 

「回復魔法が何故か効かないんです。薬草の類もですね。それを成したのがモリーさんなんですよ」

「トルネコ、ホイミンは薬草で回復するぞ?」

 

 重々しく話すトルネコさんに、背後からのデッドボール。モリーさんと話し込んでいたライアンさんがフレンドリーファイアをかまし、何食わぬ――いや、何も意図していない顔でモリーさんと再び話し始めた。

 トルネコさんはなんとも言えない表情をして、気を取り直すように首を振った。

 

「ライアンは例外と考えてください。ホイミンに対する執念が尋常では無いので」

 

 あ。はい。了解です。

 私は納得したが、エイトさんは困惑したまま。それでも話が進まないので了解の意味でだろう、頷いた。

 

「そう言われましても、特に変わった事はしていないんですけど……

 ちなみにモリーさんはどうやって?」

「ある特殊な薬を使っているそうです。貴重なので市場には出回らないものらしいのですが詳しくは私も知りません」

 

 そこは敢えて知らない方が厄介ごとにならないのだろう。トルネコさんも商売になるなら手を出しているだろう。

 

「特別なことは何もしていないですよ? 普通に回復魔法をかけているだけです」

「そうですか………ちょっと私にかけてもらってもいいですか?」

「回復魔法をですか? えっと……」

 

 私はちらっとエイトさんを伺いながら言葉を濁す。

 

「その、今日は魔力があまり残っていないので明日でもよろしいでしょうか?」

 

 ここへ帰るのもキメラの翼を使って戻ったのだ。多分もう少し程度なら平気な気がするが、エイトさんにふらつくところでも見られたら何を言われるかわかったものではない。

 

「そうでしたか。それは申し訳ありません。明日でも全く構いませんのでお願いします」

「わかりました」

「リツさん、魔力切れに?」

 

 驚いた顔をしているエイトさんに、多分と返す。これまでバカスカ魔法を使ってもピンピンしていたので魔力は相当あると思われているのだろう。何をしたんだという視線を感じる。

 

「私がではなく、イシュマウリさんだと思います。ほら、船を浮かせた時です。魔力が姫さまを通じて彼の方に流れたのを感じたので」

「え、あれってそうだったんですか?」

 

 コソっと話したら、全く思っていなかった様子で目を丸くするエイトさん。

 

「多分足りない力を補った結果ではないかと思うんですけどね。少しだるいだけで問題はないので心配無用ですよ」

「ほんとに?」

「嘘ならこうして歩いてないですって」

 

 なるほど、それもそうかとエイトさんは割合すんなり納得してくれた。

 

 雑談を交えつつ歩を進め、程なく船へとたどり着く。

 船上へと戻ると、真っ先にヤンガスさんが駆け寄ってきて、モリーさんの姿に驚いていた。

 二度三度と同じ説明を繰り返すのも大変なので皆に集まってもらいモリーさん達の紹介と経緯を説明した。

 尚、朝食も昼食も保存食だったそうなので、食堂と思われるスペースで簡単な夕食を作って口にしながらの説明だ。

 ゼシカさんはお嬢さん育ちであるから仕方ないにしても、ククールさんは騎士なら食事を作る事もあっただろうに……おかげで王が老け込んだように背を丸めて有難そうにスープを啜るという居た堪れない光景を見る羽目になった。

 モリーさんを始めとする船の護衛メンバーについては、特に問題なく受け入れてもらえた。見知らぬ相手なので渋られるかなと多少身構えていたが、あっさりと認められたのはモリーさんのお陰だろう。濃いキャラに当てられて判断能力が低下したとも言うかもしれないが。

 それは良かったのだが、バトルロードで優勝した話になった所で一様に『何してんの』的な視線を送られ、声を大にして言いたかった。『私は何もやっていない』と。

 しかし、モリーさんやトルネコさん、ライアンさんを貶す事にもなりかねないことを言うわけにもいかず、内心グギギギと歯噛みしながら見返すしか出来なかった。腹いせに、ライアンさんに持ってもらっていた優勝商品をテーブルの上に乗せていく。

 バニースーツ。理性のリング。豪傑の腕輪、斬魔刀。ドラゴンローブ。

 聖者の灰は錬金に使用出来そうだったので別にしておく。

 理性のリングはエイトさん、豪傑の腕輪と斬魔刀はヤンガスさんへ。問題はドラゴンローブとバニースーツだった。

 

「いや、普通に考えてゼシカが装備するべきだろ」

 

 束の間の沈黙を破ってククールさんがドラゴンローブを指して言った。ライアンさんがうんうんと頷いているのは、防御力の高い防具を女性であるゼシカさんに進めた為だろうか。

 

「でもそれじゃ全体のバランスが悪いわよ。私ならコレを装備出来るんだからコレでいいわ」

 

 バニースーツにもかかわらず現状の装備よりも良いという謎。そしてバニースーツであろうと恥じらいもなく男前な発言をするゼシカさん。

 

「いや、しかしな。さすがにこれは……」

「うーん……寒いと思うよ」

 

 助けを求めるようにエイトさんに視線を送るククールさんと、的外れな意見を言うエイトさん。寒いだろうけど一番の問題はそこじゃないと思いますよ。何気にエイトさんって効率重視なところがあるのね……

 これはダメだと感じたらしいククールさんの視線がこちらに向けられる。

 

「持ってきたのはリツなんだから、リツが決めてくれよ」

 

 そうきたか。

 いや、まぁね。もとよりゼシカさんがバニースーツを着る場合、単体で着せる気は全く無いのだが。そこはまぁアレなので敢えてこう返そう。

 

「戦闘については素人なので皆さんで判断していただくのが一番かと」

 

 『お前なぁ』という視線をいただくが、実際戦っているのは彼等なので、素人が口を挟むものではない。先ほどの視線のお返しなどではない。

 とりあえず休める場所を整えねばとその場を辞して、空いている部屋の寝具やらなんやらかんやら大急ぎで整えてモリーさん、ライアンさん、トルネコさん、グラッドさんを案内する。一部屋安いビジネスホテル並の狭さだが、ちゃんとした個室だ。狭さよりも個室である事に喜ばれた。チビイカ達は勝手に一室で遊んでたので放置。

 明日の朝になったらまた食堂でご飯でも食べながら、細かい事について詰めましょうと伝えて別れ、一番大きな部屋に向かい姫様に遅くなったことを詫びて夕食を出し、食べてもらいながら問題がないか尋ねる。

 目下一番の懸念はトイレ事情だ。私がいる時は衝立越しに触れている間に済ませることができるが、問題は不在の時。その時の対策は一応していたが、どうやら問題なかったらしい。テラスの一部を改造しておいた甲斐があった。少々不恰好になったのはご愛嬌。どんだけ精度を高めても所詮はバギだ。大工道具のようにはいかない。

 他は特に問題がなさそうなので、残りのメンバーの部屋を整え、力尽きた。装備品の分配について決まったとククールさんに声をかけられたが、もういろいろありすぎて――そういえばこの船も空を舞った――疲れ果て、生返事を返して寝た。

 翌朝、バニースーツのゼシカさんを目撃して吹き出し、急いで羽織るものを整えたのはいうまでもない。

 というかゼシカさん、踊り子の服の時に渡したのをなんで着ないんだ。着てくれ、お願いだから。ナイスバデーを目の前にすると胸が痛くなるのだよ。

 朝からぐったり気味で、朝食を作ったらエイトさんに休むよう言われてしまった。モリーさん、ライアンさん、トルネコさんと細かい事について話す予定だったのだが、それもエイトさんが引き受けてくれ、それならと姫様の食事も持って食堂を後にした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

会話した

58

 

「リツお姉さま大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。ただの気疲れなので」

 

 昨日は本当に濃い一日だった……本当に……

 今日はせっかくだからのんびりしようか。そう考えて食事をしながら姫様に湯浴みを提案する。馬の姿で水浴びはしていたが、それではスッキリしないだろう。姫様の部屋には立派な浴槽が付いていたので都合もいい、どうせならゼシカさんも一緒にという事で、暇そうにしていた彼女に声を掛け湯を張った。

 王族で人に肌を見られ慣れている姫様と、そういう事に頓着しないゼシカさん。そして一人だけ胸部装甲の薄い私。忘れていた。脱げばそりゃ目に入る。

 姫様の肩に手を置きながら、ゼシカさんが姫様の手伝いをしているのを達観した思いでやり過ごし、今度は姫様に私の肩を持ってもらった状態で自分の身体を洗う。

 

「あれ? リツ、ここってこんなだっけ?」

「うわっひゃい」

 

 いきなりゼシカさんが背中を撫でて来たので変な声が出た。

 

「ちょ、いきなりはくすぐったいですよ」

「ごめんごめん。前に見た時は白かったから。ここ、この部分だけ黒くなってるわよ?」

 

 この部分だと背中を撫でられるが、くすぐったいばかりでよくわからない。

 

「黒く?」

「どちらかというと、藍色でしょうか……不思議な形ですね。まるで翼みたいです」

「でしょ? そうなのよね。だから最初にあった頃、人間か? なんて聞いたのよねー」

「いや人間ですって」

「確かにこれを見るとそう聞きたくなる気持ちもわかります。この藍色の部分なんてキラキラしているように見えますもの」

「あ、ホントだ。何これすごいわね」

 

 ちょっと、そんな事言われたら私も気になるんですけど。

 非常に気になりながらお風呂を出て髪を乾かし、風呂の後始末をして一度自室に戻る。久々にサッパリしたわーと思いつつ忘れないうちに、クローゼットの内側に設置されている鏡の前に立って背中を見てみた。

 確かに。と、そう思った。

 ゼシカさんが言うように肩甲骨の内側から背中を覆うように白い羽のような痣が広がり、翼のように見える。そして左側の肩甲骨の内側、心臓の裏辺りの羽根が一枚藍色に染まっていた。よくよく見れば夜空のようにキラキラと輝いてさえいる。

 とりあえず服を着なおしてベッドに腰掛ける。

  ………えーと。

 

「にゅーちゃん?」

「〝はーい〟」

 

 タイムラグなく私の口が返事を返す。どうやら会話可能なようだ。意外と簡単だった。

 

「背中に変な痣があるんだけど、これにゅーちゃんの影響?」

「〝背中? どれかしら?〟」

 

 どうやら知らないようで、再び鏡の前で服を脱ぐ羽目になった。

 

「〝あーなるほど。ええ、これは私の影響ね。器ができた時に現れたんじゃないかしら? 〟」

「器?」

「〝この世界とリツの世界は少し理が違うでしょ? こちらに来た時に順応した結果って言ったらいいのかしら? 私の受け皿が改めて作られたのね〟」

 

 ……いつのまにか改造されていたとか……考えるのはよそう。怖くなる。

 

「一ヶ所黒いのは?」

「〝私が完全に目覚めたからかしら? 器が出来るまでは眠りについちゃったから、最初は真っ白だったんじゃないかしら〟」

 

 にゅーちゃんの言葉に、嫌な予感がした。

 

「にゅーちゃんって、欠片って言ってたけど……」

「〝ええ、そうよ。もちろん、他の欠片が宿れば他も染まると思うわ。あ、もしかして集めてくれるの? あらーなんだか楽しくなっちゃうわね〟」

「いやいやいや無理無理。どこに行っちゃったのかも判らないんでしょう? それに宿し方とか分からないから」

「〝そう? リツなら出来るわよ。だって私が宿れたんだもの〟」

 

 いや、それはそうかもしれないが故意にでは無い。元の世界に戻ることさえ出来ないのに、さらに他の欠片とか……他の………。

 ……テアーの力を宿す私なら元の世界に戻る事も……まさか……

 イシュマウリさんの言葉が頭をよぎり、導き出される答えが無理ゲー過ぎて頭を抱えたくなった。

 テアーの欠片を集める必要があるって事なら詰みじゃないか。どうやって宿したのかも知らないのに……

 とりあえず落ち込んでても仕方ない。

 

「これ、特に害はないのよね?」

「〝ええ。只の印みたいなものだから〟」

 

 ならばよしとしよう。深く考えるのはやめよう。

 

「そっか。ありがとう教えてくれて」

「〝どういたしまして〟」

 

 楽しげな声に苦笑が溢れる。にゅーちゃんはいつでもいつも通りなのだろう。ブレない存在というのは、なんだか安心感がある。もろもろの原因であるのは置いとくとして。

 

「………そういえば、こんな風に話したのは初めて?」

 

 どことなく、慣れた感覚が自分の中にあり違和感を覚えていたら、あっさりとにゅーちゃんは教えてくれた。

 

「〝いいえ、夢でお話ししたわよ? まだ忘れちゃったままなのかしら〟」

「夢………ゆめ。ゆめー………えーと………」

 

 記憶をひっくり返してみるが、それらしきものは無い。

 

「〝いいわよ、無理に思い出さなくて。ヒトは夢での出来事をはっきり覚えていないものだという事を、わたしも忘れていたから。それに全部覚えていないわけじゃなくて、無意識にでも残っているようだから〟」

「んーちなみにどんな話をしたの?」

「〝お話? そうねぇ。自己紹介して、名前が発音できないからにゅーちゃんでいいわよって〟」

 

 あぁ。やっぱりにゅーちゃんて愛称なのね。

 

「〝ずっと、にゅ、にゅって言ってるんだもの。可愛かったわ〟」

 

 にゅにゅってなんだ。蛸入道か?

 

「ちなみに正式名は聞けたりする?」

「〝えー? わかるかしら? Νύξよ?〟」

 

 あ……あー……。

 

 ピンと何かが繋がった。雲がかかった記憶が晴れたような、そんな感覚がして思い出した。

 確かに『にゅ』だ。それ以上聞こえるのだが、発音が出来ない。

 そうだそうだ。テアーって女神だって言われたんだ。それで創造主だと推測したんだ。えらい軽い創造主だなとか無意識に思ったような。

 

「〝あら、思い出したの?〟」

「うん。ごめん、忘れてて」

 

 名前を呼んでもらえないって拗ねていた様子を思い起こし謝ると、何て事はないと首を振られた。

 

「〝テアーであった頃には見えなかったものが沢山見れるから、とても楽しいの。ありがとうね、律〟」

「……どういたしまして」

 

 にゅーちゃんのリツは、リツじゃなくて、律。ほんの些細な違いなのに、ちょっと、久しぶりに聞いて胸にきた。夢で聞いた時は名字を知っていた事に驚いて思考を巡らしていたが、気を抜いて聞いてしまうと駄目のようだ。

 またお話しましょうと言って静かになった室内で、ふうと呼吸を整える。小さな窓から覗く外はどこまでも続く青。本当に遠くまで来たものだという感傷を沈め、そろそろお昼になるかと立ち上がる。

 身体の疲労は然程でもなく、先程湯を沸かしたりするのに魔法を使ったがふらつきもない。気分はお風呂でリフレッシュして、新たな情報に叩き落とされたのでプラマイゼロ。エイトさんの休んでないのかというツッコミが聞こえて来そうだが気にしたら負けだ。

 食堂に行く前にトルネコさんのところへ寄ったが部屋には居らず、食堂へ行くとそこにいた。そして何故か豆をさやから出してボールに入れていた。

 

「すいません。回復魔法の件遅くなりました。どうしましょう? 今します?」

 

 豆のことは一先ず置いといて、聞いてみるとトルネコさんは顔を上げて『おや』という顔をした。

 

「もうお加減はよろしいんですか?」

「はい。寝れば回復しますから」

「そうですか。ではお願いしてもいいですか?」

 

 じゃあちょっと失礼して、と手をかざしてホイミを唱える。

 トルネコさんはしばし手を止めていたが、一つ頷いてこちらを見た。

 

「何かわかりましたか?」

「いえ、他の方のホイミと同じように感じました。まぁ何かわかるとは考えていませんでしたが」

 

 苦笑気味に言って手を手ぬぐいで拭くと、腰につけている袋からさらに小さな袋を取り出して私に手渡した。

 

「お約束のものです」

 

 中を見れば、金色の小さなコインが何枚か入っていた。

 

「本当にこんな事でいいんですか?」

「貴方にお渡しした方が有効活用されそうですから。魔法の件はまぁもののついでのようなものです」

「……ありがとうございます」

 

 そしてすいません。さすが商人とか思ってました。あと、遊んでる時は肉壁だとか思ってすいません。取り柄がヒットポイントだけだとか思ってすいません。

 

「ところで何をされていたんです?」

「これですか? 昼食の下拵えですよ。聞けばお一人で準備されているとか。他にも物資を管理したり生活を整えたりと、なかなか大変なご様子なのでお手伝いさせていただこうかと思いまして」

「それはありがたいんですけど、いいんですか?」

「どうせこうして航海している間は暇ですからね」

 

 そういう事なら有り難く手を借りよう。どうせなので昼食はお任せして、こちらはザワークラウトを作っておく。一先ず一月もかかるような航海にはならなさそうだが、作って置いて損はないだろう。

 

「トルネコさんって手際がいいですね」

 

 ひょっとしなくても、私よりも料理上手だ。私も同時進行で二、三品作るがトルネコさんは器用に六品作っている。簡単なものではあるのだが手つきが鮮やかだ。

 

「まあ旅暮らしをそこそこ経験しましたからね。旅の仲間と交代して作ってました」

「というと、ライアンさんと?」

「ライアンも仲間の一人ですが他にも個性的な仲間がいましたよ。お姫様とか」

 

 おどけるように丸っこい目を笑みに変えるトルネコさん。お姫様と言ったらあれだ、アリーナ姫だろう。あのとんでもない女子力(物理)の持ち主の。

 彼女達との旅を過去形で語るという事は、ドラクエ4の物語は終わっているのだろうか。

 

「お姫様と旅をされるのもすごいですけど、お姫様が旅をすること自体がすごいですね」

 

 そういうと『おや?』という顔をトルネコさんはした。

 

「随分あっさり信じるんですね」

 

 そう言われて気づいた。普通はお姫様と旅をしたなんてジョークかと思うか。

 

「嘘なんですか?」

 

 しれっとして尋ねるとトルネコさんは可笑しそうに笑って否定した。

 

「嘘ではありませんよ。ちょっと特殊な経緯があって一緒になったんです。お付きの二人は振り回されて大変そうでした。あ、悪い方ではないですよ? とても元気いっぱいな方でお姫様という言葉の印象とは少し違う方でしたが」

 

 アリーナ姫、自分で城の壁ぶち破って出て行った猛者だからなぁ。

 

「こちらの方もなかなか個性的な方が集ってますね」

「私たちですか? そうですかね」

「教会騎士に有力氏族の娘に異界から来た貴方。そして謎の滅びを迎えたトロデーンの兵士」

 

 私は酢漬けにしたキャベツっぽい野菜を樽に詰める作業をしていたのだが、思わず手が止まりトルネコさんを見た。トルネコさんは肉と野菜の炒め物を皿に盛っているところだった。特に表情に含みは無いように見受けられるのだが……

 

「まぁ、一番はあの小柄な老人ですかねぇ。トロデ王でしょ?」

 

 昨日の今日でバレとる。何した王よ。いや、違う? もしや最初から?

 

「以前トロデ王に謁見する機会がありましてね、それでわかったんです」

 

 トルネコさんは不意に声を潜めて、

 

「こう言ってはあれですが、あんまり今のお姿と印象が変わらないんですよ」

 

 ………あー……あー、うん。確かに。そう言われたら不気味な感じとか? 背丈も変わらないし?

 

「いや、肌の色とかはあんな色じゃ無いですよ、さすがに。雰囲気の話です」

 

 何を思ったのか、フォローするように言葉を繋ぐトルネコさん。

 

「雰囲気……」

「見る人が見ればわかるでしょうね」

「……気をつけます。トルネコさんはそれを誰かに話したりは」

「しないですよ。商人は信用が第一です。取引相手の事をベラベラ喋るようでは話になりません」

「ありがとうございます。そのうちバレるだろうなとは思ってましたが、言動ではなくて顔でバレるとは思っていませんでした」

「ははは。ところでミーティア姫は如何されているのです?」

「姫様は…」

 

 一瞬言い淀んだが、隠したところでこの人には無駄だろうと思い直した。昨日の今日でエイトさんとは最悪王や姫の事が知られても仕方が無いという結論には達しているのだ。

 

「陛下と同じく呪いで馬の姿にされています」

「なんと……それはまた……」

 

 言葉が出ないのか、トルネコさんは口を開けて閉じた。

 

「天空の剣があれば……いや無理か……」

 

 ボソッと呟くトルネコさん。ドラクエ4の天空の剣はモシャスの解除とか、マヌーサとかマホトーンの解除とか、凍てつく波動みたいな効果を持っていた筈だ。呪いに対しては言及が無いので未知数ではあるが現状では手に入れようも無いので考えても仕方のない話だ。

 

「呪いをかけた相手は分かっていますから、まぁどうにか頑張りますよ」

 

 一仕事終えた(世界を救った)であろうトルネコさんに暗い話で沈まれるのも気がひける。明るく言って空気を変え、料理が出来たようなのでみんなを呼んできますと食堂を出た。わざとらしかったが、トルネコさんならその辺も汲んでくれるだろう。

 ゼシカさんは部屋に、他のメンバーは甲板にいた。でもってエイトさんとライアンさんが剣を交えていた。ヤンガスさんと王は揃って見物し、ククールさんはつまらなそうに舵を握っていた。

 

「どうした?」

「食事の準備が出来たので呼びにきたんですけど……」

 

 ククールさんに応えながらも視線はライアンさんとエイトさんへと向けてしまう。不安定に揺れる足場で、二人ともよろめきもせず激しく木の棒を合わせているのだ。早すぎてもう私には細かい動きはわからない。

 

「あのおっさんかなり強いな」

 

 伊達にデスピサロやらエビルプリーストやら倒してきたわけじゃないと。あんな人外の化け物と戦うには、やっぱり人外じみた強さが必要なのだろう。

 

「エイトも強い部類だと思ってたが、上には上がいるもんだね」

 

 ライアンさんより強いとなるとアリーナ姫ぐらいだろうか。それと比べられるのもエイトさんがちょっと可哀想だ。

 

「おーい、お二人さん、飯出来たってよー」

 

 間延びたククールさんの声に二人は棒を下ろしてこちらを見た。

 

「着替えたら交代するから」

「いや、先に食べてそれから代わってくれ」

「いいの?」

「いいからさっさと行けって」

 

 しっしっと追い払うようにククールさんが手を振ると、エイトさんは妙に嬉しそうな様子で手を振って船室へと駆けて行った。あれだけ激しい動きをしていたのに、元気だ。

 ライアンさんも軽く会釈をして船室に消えた。

 

「なんでまた、二人はあんなことを?」

「エイトが稽古つけて欲しいって頼んだんだよ。自分より強いって感じたんだろ」

 

 はー。すごい向上心だ。責任感から強くなろうとしているというより、純粋に楽しんでいる節があるのが何ともはや……

 私もククールさんに急かされ船室へと戻り、ちょうどエイトさんと王とすれ違ったのでこちらの素性が知れていることを伝える。王はトルネコさんに会った事を覚えておらず首を傾げていたが、こちらの不利益にならないのなら問題無いとの事で姫様も食堂へとお連れした。




モシャスの件について。ククール、ゼシカ、主人公が覚える魔法以外の魔法は認識していないという設定です。知らない魔法は覚えようが無いという考えからです。が、まぁ作成側からすると処理が大変だからモシャスは削除したのではないのかなぁなんて思ったりもしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一緒に歌った

とんでもなく更新が開いてしまいました。申し訳ないです。
細々と合間に書いているのですが、なかなか時間が取れず・・・
(今現在子供にのしかかられながらやってます・・・)
なんとか続きを書いていきたいと思いますが、不定期になってしまうと思います。
そこも申し訳ないです。


 ずっと船底に近い部屋で魔物の寝床をせっせと整えていたグラッドさんも食堂に集まり、ガヤガヤと食事が始まる。

 こうして改めて見ると、魔物使いに戦士に商人、氏族の娘に破落戸、兵士に王女に王、おまけの異世界人。ついでに甲板には神官騎士。実に多様なメンバーが集まったものだ。

しみじみしながら片手で固いパンをスープにつけて食べる。もう片方は姫様に触れているので食事をするのは少々難しいが、賑やかな雰囲気を楽しそうにしている様子を見ればこちらまで楽しくなる。

 食事を終えて姫様を部屋へ送り届けた後、片付けをしようとしたのだがトルネコさんにゆっくりするよう言われた。迷っていると背中を押され、肩の力をたまには抜いてはどうですかと言われてしまった。肩肘張っていたつもりは無いのだが、そう見えていたという事なのだろうか? お言葉に甘えて甲板に昇った。

 甲板には、ククールさんと交代したエイトさんが舵を握り、横にはライアンさんとヤンガスさんがいた。

 天候は快晴。風も波も穏やかで、長閑な海が広がっている。海風の独特な匂いに目を眇め、船縁に寄って青い海原を前にする。

 ぼんやり眺めていると、ふと自分は観光船にでも乗って観光しているような錯覚を覚えた。自分でも不思議な感覚なのだが、それがまたあんまり不安だとかそういうものにも繋がらない。ぼんやりと、あー観光ってこんな感じかねーみたいな。冷静に考えると先行き不透明な今不安を覚えてもいいものだと思うのだが、私は鈍いのだろうか? 仕事とか家族とかあんまり考えてないのは薄情?

 自分の新たな一面に乾いた笑いが出る。

 手すりに肘ついて手に顎を乗せ、はぁーとため息。無性にスルメと酒が欲しい。酒に逃げたいわけではないけど、なんとなくグダグダしたい。あー同期の坂口さんと駄弁りたいなー。彼女の無駄にディテールの細かい新作アニメ評論でもいいから聞きたいわー。などと夢想する。

 あー、海は青いなー、目に染みるなー。

 とか思いながら海の唄を口ずさむ。立派な現実逃避だった。

 不意に横に影が差し、見れば部屋に戻っていたはずの姫様が来ていた。

 

「楽しそうな歌ですね」

 

 姫様に触れると、開口一番そう言われた。聞かれていたのかと、だいぶ気恥ずかしい。

 

「私の故郷の歌です」

「吟遊詩人の歌はよく聴いていましたが、リツお姉様の歌はそれとは異なりますね」

 

 そう言われて、そういえば街で聞く音楽は歌詞が無いか、朗々と唄う語りに近いものかの二通りだったなと思い出す。例外は、子守唄とか船乗りたちの掛け声のような唄だったりで、音階がそんなに上下しない単調な感じ。

 

「子守唄のようでもありますけれど、ゆったりしてのびのびとした楽しそうな歌ですね」

 

 そう言って笑う姫様は可愛らしく、つられて私も笑んでしまう。けれど不意にその笑顔が翳った。

 

「ミーティアは……」

 

 海の向こうを見つめ口を小さく開けたまま、姫様は迷うように言葉を探した。

 それを見て私も海の向こうへと視線を向けた。この姫様はあまり自分の事を話す事がない。大抵は周りを気遣っていることが多い。だから何か話したい事があるのならいくらでも待って聞きたい。

 

「ミーティアは、出来る事を、やろうと思っています」

 

 暫くしてから一言一言、確かめるように姫様は言葉を紡いだ。

 

「人には向き不向きがあると学びましたし、それは理解しているつもりです。

 あの時、ドルマゲスが杖を手にした時、ミーティアは攻撃魔法の一つも使えませんでした。今更その事を後悔するつもりはありません」

 

 しゃんと背を伸ばし真っ直ぐに前を見つめる姿は揺るぎなき王族の姿を体現しているようで、それを年若い少女が見せるのが私には少々複雑だった。子供なのに可哀想などとのたまうつもりはない。が、どうしても自分の経験を軸に考えてしまうので、王族足らんとする姿を見ると、どう応えるのが正しいのかわからなくなる。ご立派ですと言えばいいのか、もっと年相応に思ったことを素直に吐露して欲しいと言えばいいのか……

 

「ですが思ってしまうのです。

 今、この時は、もっと何かをしたいと。何か出来ないのだろうかと。

 ゼシカさんに魔法を習うのですから、これ以上の我儘は申せないのですけれど……叶うなら共に戦いたいと。ミーティアも、ゼシカさんのようであったらよかったと……」

 

 視線が下がる事は無かった。どこまでも真っ直ぐに前を見つめる姿が、それが姫様の矜恃に見えて敵わないと頭が下がる。今までもこうした姿を見てきたが、やはり彼女は私よりもよほどしっかりした人だ。

 

「ごめんなさい、リツお姉様を困らせるつもりはなかったのです……ただ、誰かに聞いて欲しかっただけなのだと」

「いいえ……私は聞く事ぐらいしか――」

 

〝これなんてどうかしら?〟

 

「え?」

 

 ぽんと目の前にクラッシックギターが現れて、慌ててキャッチ。

 

〝リツならこれで伝えられるでしょう?〟

 

 驚いて目を丸くしている姫様と、私。

 

「リツお姉様、これは……」

「えー……と。以前お話ししました、テアーが作ってくれたみたいですね」

 

 これは言葉にするのが難しいなら歌の力を借りたら? って事だろうか。

 ちょっと考えてから袖を肩までめくって、姫様にはそこに触れていてもらう。

 先程の言葉にどう返したらいいのか、やっぱりわからない。最初に彼女が言っていたように人には向き不向きがあるし、できる事をやるしかないと私も思う。姫様もわかっていて、でも目の前で共に戦える同じ性別の歳の近い女性がいて、それを見てきて抱いた気持ちなのだろう。な、と。

 ゼシカさんと姫様は違うのだから無理にゼシカさんのようになろうとする必要はないと伝えるのは既に姫様もわかっている事で違うし、かといって適切な言葉も見つからない。

 この曲が合っているのかはわからないけれど、それでも大丈夫ですよと、その気持ちぐらいは伝えたくて弦に指をかける。

 

 それは娘を想う母の歌。

 三つばかり歳の離れた、性格の違う二人の娘。一人は月のように芯の通った娘で、一人は太陽のように朗らかに笑う娘。

 けれど、太陽も月も互いの姿を羨ましく思う。美しい月の姿に太陽は焦がれ、温かい太陽の陽に月は口を閉ざす。交わる事のない星は己の姿を比べる罪がある。

 けれども空は一つ。一つしかない母の空の下、互いの力で輝いて。

 

 人は誰かと自分を比べてしまう。だけど、その一人一人は誰かにとってかけがえのない存在であり、違う存在だからこそお互いを照らす事が出来る。

 言葉にしてしまうとやっぱり陳腐だ。己の語彙力のなさに悲しくなる。

 この曲を聴いた時、どちらの娘も愛され案じられているんだなぁとしみじみした。それは強烈な印象ではないけれど、家に帰ると晩ご飯が準備されているような、そんなホッとするような心地で。少しでもそれが伝わればと想いをのせた。

 ゆったりした曲調で、少し民族調。どことなく子守唄にも聞こえるそれに、歌い終えると姫様は静かに目を伏せた。

 

「……お母様を、思い出します。ミーティアがまだ子供だった頃、よく頭を撫でてくださいました。その手を、思い出しました」

 

 言いながら微かに目が潤む様子に、あぁやはり王妃様は亡くなられていたのかと、こちらも目元が緩みそうになる。堪えている姫様を前にしてこちらが涙を見せるわけにもいかないので奥歯を噛んだ。

 

「それにしても、リツお姉様はいろんな歌をご存知なのですね」

「いろいろ聴いていましたからね。一年に何曲も新しいものが出ていたので覚えきれないくらいの曲がありましたよ」

 

 どことなく吹っ切れたような姫様に、こちらも明るくおどけて見せる。

 物は試しと、今度は楽しげなアップテンポの曲を。続いて静かなバラード、恋歌に応援歌、ちょこっと演歌や聖歌なんかも織り交ぜて。

 にこにこ歌を聴いている姫様をみて、どうせなら一緒に歌えないかと思う。ストレス発散にもなるだろうし。

 

「姫様、これから歌う唄を覚えてもらえませんか? それでゲームをしましょう」

「ゲームですか? はい、覚えられるかわかりませんが」

「簡単なので大丈夫だと思います」

 

 という事で、カエルの唄を歌う。姫様はキョトンとしていたが真面目に唄を覚えてくれた。尚、私の地方ではケロケロケロクワックワックワッだ。ケケケケとかガガガガとかゲロゲロではない。

 

「えーとですね、この唄は輪唱になっていまして、二人以上でずらしながら歌う事が出来るんです。私が後から追いかけるように歌うので、姫様は先に歌ってもらえますか? 私につられないように」

「は、はい」

 

 姫様はちょっと緊張した顔で歌い出した。本当に綺麗な声だなーと思いつつ、私も姫様の後を追いかけて歌う。ワンフレーズ分歌ったところで止めると、姫様の口元がむずむずしたように笑んでいた。

 

「面白いですね、この唄」

「小さい頃からみんなでずらしながら歌って、つられて間違えた人が負けって感じで遊んでたんです。

 慣れてしまうとつられないから、いつまでも歌う事になっちゃうんですけどね。ひとまず五回を目指してみましょう」

 

 今度は私が先行しますと言って、姫様の頷きを確認して口を開く。姫様はじっと私の口元を見て遅れて歌い出し、空いている手のひらをぎゅっと握って間違えないように力んでいる。それがまた可愛くてこちらがとちりそうになる。

 途中若干怪しいところもあったが、なんとか五回歌い終える事ができた。

 

「あー引き分けですね。初めてでつられないのは凄いですよ」

「うふふふ。嬉しいです。音楽はとても好きなんです」

「あ、じゃあ他の歌も歌ってみませんか?」

 

 考え込むよりこうして歌ったり何かしている方が気も紛れるだろうと思って提案してみると、姫様は少し考えてから答えた。

 

「あの、先ほどの、最初に歌われた歌を教えていただけますか?」

「もちろん」

 

 ギターを持ち直し、フレーズごとに分けて歌い、続けて姫様も小さく口ずさむように言葉を転がす。それを三度ほど繰り返すとほぼほぼ姫様は覚えてしまった。記憶力がやばい。しかも上手い。とても上手い。

 驚きながら称賛すると照れたように笑い、聞こえるのだと教えてくれた。

 

「リツお姉様の歌声に合わせて色々な楽器の音が聞こえてくるのです。リツお姉様が聞かせてくださっているのでは?」

 

 してないしてないと首を振る。そして二人して首をかしげるが、別に困ることでもないかと気にしない事にした。たぶん、にゅーちゃん的な誰かさんが手助けでもしてくれているのだろう。

 

「何かやってると思えば、二人で歌ってたの?」

 

 ふと気づけばゼシカさんが面白がるような顔で後ろにいた。

 

「聞いた事がない歌だけど、いい歌ね」

「はい、ゼシカさんもいかがですか?」

 

 姫様が嬉しそうに笑い勧めるが、ゼシカさんは苦笑して首を振った。

 

「遠慮しとくわ。聴いてる方が楽しめるしね。ていうか、お姫様って歌も練習するものなの? 前にも聞いたけどすごく綺麗よね」

 

 確かに。姫様の歌声は高く澄んでいながらのびやかで、かつ声量もある。

 姫様は恥ずかしそうにかぶりを振った。

 

「いいえ、ピアノは教えていただきましたけれど、歌は吟遊詩人に聴かせていただいていたばかりで……あとはお母さまと一緒に子供の頃歌ったきりです」

「へぇ、それでそんなに歌えるのなんてすごいわね。酒場で歌ったら人気が出そうよ?」

「酒場で、ですか?」

「あー知らないか。芸人、踊り子とか吟遊詩人とか大道芸もかな? 酒場とか宿の食堂でやってるわよ。二人なら結構いいおひねり貰えるんじゃない?」

「おひねり?」

「お金のことよ」

「お金………」

 

 ゼシカさんの言葉を繰り返すようにポツリと呟く姫様。

 あ、なんかまずい気が……

 

「リツお姉様」

「いや、その、それに関しては陛下とエイトさんに聞いてみてからです」

「という事は、リツお姉様は良いのですね?」

「あー……っと」

 

 確かに、ちょっと危険かなーと思ったりもするけど、姫様のやりたい事を応援したい気持ちもあるので、ベクトルはそっちにむいてはいる。

 

「そうですね……はい」

 

 というか、先に言質取られるとは思わなかった。

 

 




いつのまにか新しい機能が増えてびっくりです。
一応目を通してますが・・・間違えてないといいのですが・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

説明するのは難しかった

「何その声」

 

 朝の挨拶の後のククールさんの反応に、私は半笑い。私の声はガッサガサだ。昨日姫様とやり過ぎた。ちなみに姫様は全然平気。なぜだ。

 それはともかく、昨日のうちに王とエイトさんには姫様の希望を伝えたところ、王は渋ったのだが、エイトさんは意外にもあっさり了承。どころか、姫様と二人で王から了承をもぎ取った。

 但し条件として護衛役を立てるように言われたが、これは通りかかったモリーさんにラーミアチームを推薦され、ジョーさんの鎧の中にチビイカとスラリンを収納する事で認められた。戦闘能力については、エイトさんとジョーさんが手合わせをして引き分けに持ち込んだ結果認められた。何気に引き分けにされたエイトさんはショックを受けていたが。この場合、エイトさんに対し引き分けに持ち込んだジョーさんがすごいのか、バトルロード覇者のジョーさんに対し引き分けに持ち込んだエイトさんがすごいのか、判断に迷う。

 

「なんかやってんなーとは思ってたけど……とりあえず治せば?」

「な゛お゛ス?」

「回復魔法で」

 

 おお! なるほど!

 その発想は無かった。早速ホイミを唱えると幾分痛みが和らぎ声がまともにでるようになった。

 

「そういや、今日あたり聖地に着くと思うが、どうする?」

「聖地?」

「聖地ゴルド。マイエラ修道院、サヴェッラ大聖堂と並ぶ世界三大聖地の一つで、巨大な女神像があるんだよ」

「女神像……」

 

 にゅーちゃんの姿を模してたりするのだろうか。名前を知らせることも忘れてた女神様だから、怪しい気はするが。

 そーいや、にゅーちゃんの事どーするかなぁ。話すにしても眉唾物の内容だしなぁ。実は女神様でしたとか。

 

「気になるのか?」

「今まで女神像を見たことが無かったですからね。どんなのだろうと思ったんです」

「見たことがない? 一度も?」

「たぶん。少なくとも意識して見たことは。教会はマイエラが初めて訪れたところですし、あの時はそんな事に気を回す余裕はありませんでしたから」

「リツらしいというか……今時目にした事がない奴なんていたのかと驚くわ。泊めてもらった教会にもあっただろ?」

 

 呆れ気味のククールさん。しょうがないじゃないか、興味なかったんだから。

 弁明なのか開き直りなのか自分でもどうかという抗議をしようとしたところで、ククールさんは「でも」と続けた。

 

「見る価値があるとは俺は思えないし、いいんじゃないか」

「はぁ」

「知ってるか? 聖地ゴルドの女神様は平民はお救いにならない。ありがたい神殿に入って、お美しい女神様にじかにお会いできるのは王侯貴族だけ。救いなんか必要じゃないお偉い方々しか神殿には入れてもらえないのさ」

 

 皮肉たっぷりに語るククールさん。

 うーん。それって警備の問題から区域を分けてるから……って感じでは無いんだろうなぁ。事実なら嫌うのも自然かと思うが、果たしてにゅーちゃん的にはどうなのだろう……

 

「まぁ、宗教というものは得てして権力の道具と化す事が多いですから」

 

 人の思想を誘導するため大義名分を掲げるには有効な手段だ。特に一神教を掲げる宗教はその手の事に利用されやすいように思う。多神教だと人間味あふれる神様が多くてその手のことには使いづらい印象だ。

 

「その口ぶりだと、リツは神の存在を信じてないみたいだな」

「あー。えー……」

 

 信じてないわけではない。おそらく皆さんが言う所のご本人さんがおられるので。そういう意味では存在を認めている。ただ、宗教として信じているのかと問われると、信仰心はないとしか言えない。

 

「責めてるわけじゃないさ。俺だってこれっぽっちも信じてないからな」

 

 口ごもったらククールさんは肩を竦めて笑った。

 

「ゴルドには俺たちだけで行ってくるわ。ろくなもんないからな」

 

 なんとも言えずにいると、ひらひらと後ろ手を振って行ってしまった。

 私自身は無宗教だが、宗教を否定する気はない。むしろ、心の寄る辺がある分精神的な強さを持っているのではないだろうかと考えている。

 彼にとっては、それがマイエラの院長さんであって宗教は付属だったというだけなのだろう。騎士服を着続けるのは教会に帰属している事を示すためではなく、お爺さんとの繋がりを残したいためなのか……実際のところは彼にも分からなかったりして。

 朝ごはんの後、簡単に掃除と洗濯をこなし、昨日の続きで姫様に歌を教える。

 本日も天気がいいので、個人的には恥ずかしいが、甲板で他の面々が魔法の制御練習だったり剣の稽古だったりしている中でギターを鳴らす。

 

「あの。リツお姉様、チキュウとは何でしょう? 回る乗り物? のようですけれど」

 

 ふと姫様が歌詞を書き起こしていてそんな質問をした。丁度某有名なアニメ映画の主題歌を歌った時だ。

 

「えーと……」

 

 この世界の天文学はどこまで進んでいるのだろう? ひょっとしたらこの世界はお盆状の平たい大地が広がっているとか思われていたり? いやいやまてまて、実際その可能性もあるのか?

 

〝にゅーちゃん、この世界って地球と同じような惑星なの?〟

〝ええ、リツの世界と同じ……だったような?〟

〝……ような?〟

〝同じだったような気がするわ。ちょっといじった気もするけど〟

〝いじった……〟

〝やぁね、昔の話よ。今はそんな事出来ないわ〟

 

 ……いや、うん、はい。にゅーちゃんって、まじで女神様なんすね。

 ちょっと気が遠くなったが、同じ構造なら説明できると気を取り直す。

 

「太陽と月が空にありますが、それと同じように地面の事を地球と私の所では呼んでいたんです」

「地面を?」

「はい。球体の地と書いて地球です」

「球体?」

 

 地面が球体という概念が無いのかもしれない。首を傾げる姫様に水平線を指差す。

 

「水平線が見えると思うのですが、遠くから船がやってくる時に、あの水平線から帆がにょっきっと生えてくるように見えませんか? そのような見え方をする場合、この地面は丸みを帯びているんです」

 

 姫様は目を瞬かせ、戸惑ったような顔をした。そうか、姫様は海を見たことがなかったんだった。当然船なんて今回の旅でしか見てない事になる。

 

「面白そうな話してるな」

 

 甲板の縁でどこから持ち出したのか釣竿を垂らしていたククールさんがこちらに顔を向ける。さっきまで無言で魔法の制御訓練をしていたように見えたのだが、休憩だろうか?

 

「確かに船が来る時は上から見えるような気がするが、それがなんで丸いって事になるんだ?」

「仮に平らだった場合、遠くのものは全体像がぼやけて見える状態から、近づくにつれて段々と鮮明になるはずなんです」

 

 言葉だけではちょっと難しいので錬金のメモにしている羊皮紙に、油紙で包んだ炭の棒で丸い地球に棒人間を立たせたものを書く。ちなみにこれはトルネコさんから買った。ボールペンも紙も有限なので。

 

「これが人だとして、この人の目の高さから周りを見ると、この範囲しか見ることができません。遠くから船が来た場合、この球体にそって移動して来ますから、一番最初に見えるのは――」

「帆の先か」

「はい」

 

 この星が地球と同程度の大きさならば、大体背の高い男性で五キロ、百メートルぐらいの高さに登るなら三十六キロ先までしか見えない計算になる。確か。たぶん。そのぐらいだったような?

 富士山とかああいうわかりやすい大きなものがあるともうちょっとイメージしやすいのだが……高い所に登れば遠くても見えるようになるので。

 しばらく絵を見て黙り込んでいたククールさんだったが、唐突に「あぁそういうことか」と声を上げた。

 

「ゴルドに行った奴が、近づくにつれて海から女神が顔を出すって言ってたわ。それってこういう事なわけだ」

「女神というと、聖地ゴルドの女神像の事ですか?」

 

 姫様の問いにククールさんは軽く頷き、

 

「かなりでかいからよく見えるんだよ。で、それが頭から順番に見えてくるって事は、この下手な絵の通りって事だろ?」

 

 後半、私に向けて聞いてくるが、下手な、は余計だ。絵心なんぞ私に求めないでくれ。

 

「そうですけど、説明図は簡略化が基本ですからね」

「じゃ簡略化せずに書いてみてくれよ」

「物資の無駄遣いなので拒否します」

 

 くつくつと笑うククールさんに、相変わらずだなぁと流す。

 

「えっと、地面が丸いというのは、なんとか……でも、これが回ると私たちは転んでしまいませんか?」

 

 どうしよう、姫様の問いが可愛すぎてにやけそう。

 

「例えば、大きな馬車の中にいると考えてもらって、仮にその馬車は揺れないものとします。動き初めはバランスを崩すかもしれませんが、そのあとは普通に立っていることが出来ると思うんです。

 それと同じでこの地面の場合、私達が生まれる前から動いてますから、転ぶようなことはありません」

 

 慣性の法則ってやつだ。実際地球はえらい速度で回ってるからこれがなければ人間は立っているどころじゃないだろう。マッハ超えて回ってた筈だし。

 

「その前に、回ってるってなんでわかるんだ? 太陽やら月が回ってるってのは見ればわかるが」

 

 ククールさんの問いはなかなか難しい。地動説の説明もしろという事になるので、天文学の説明が必要になってくる。あと万有引力。

 公転の説明なし、自転の説明だけなら、でっかい振り子があればかろうじて出来るだろうか? 一日振り続けるやつなら、観測面に対してズレが出てくるはずだ。が、どちらにせよ、口頭で説明するのは難しい。

 

「すみません、そこは専門家ではないので説明が難しいです。私達のところでは回るというのが共通認識だったので」

「ふーん」

「ただ、船の長距離航行には必要な知識なので、そちら関係の方ならご存知かもしれません」

「船に?」

「この船の場合不要ですけど、大陸から離れて航行する場合、位置の把握に星座を用いませんか?」

「あー……どうだろ? 俺もその辺は知らないからな」

 

 小難しい話になってしまったが、結論として某有名アニメ映画のテーマはお蔵入りとなった。歌詞の意味が伝わらないので。なんとなくドラクエの天空の城繋がりでチョイスしたが、もうちょい考えてチョイスしよう。突っ込まれると説明出来ない。

 夕方、夕飯をトルネコさんと用意して済ませた頃、舵当番をしてくれていたライアンさんが甲板から降りてきた。どうやら聖地ゴルドのある島に着いたらしい。

 ゴルドまで日帰りできる距離らしいので、今日は船に泊まり明日の朝出掛ける事になった。

 私や姫様はお留守番。王も流石に聖地はまずかろうということでお留守番。トルネコさんは市場確認したいということで、エイトさんたちに同行。ライアンさんとモリーさんは護衛も兼ねてのお留守番。グラッドさんは言うまでもなく、お留守番組だ。

 甲板から聖地ゴルドの方角を見ると、確かに大きな女性と思しき像がそびえ立っていた。ほんと、でかい。この世界で初めての巨大建造物だ。

 何メートルあるんだろう? と考えつつ留守番中はご飯作ったり、姫様と歌を歌ったり、ちいさなメダルでちょっと実験したり。いきなりガルーダがやってきて王が木の棒振り回すのをライアンさんと止めたり。あれやこれやとやっているとあっという間に日が暮れた。

 

「お帰りなさーい」

 

 ずっと船底では窮屈だろうとローテーションをモリーさんと組んで、魔物たちと甲板で遊んでいたら遠目にエイトさんたちの姿が見えた。

 おーいと手を振って声をかけると、エイトさんは一瞬立ち止まってから手を振り返した。それから後ろにいた他の面々も足早に船へと戻ってきた。

 

「お帰りなさい。夕飯できてますけどすぐに食べます? あ、そういえば魔物は大丈夫でした? 怪我してないです?」

 

 矢継ぎ早に尋ねると、どことなく気が抜けた様子の面々。どうしたのだろう?

 

「あーほんと、このリツの調子よ。気が抜けるわ。あ、私すぐ食べたいから荷物置いて着替えてくるわ。ちなみに魔物はたくさん出たけど、怪我するようなヘマをしたのはヤンガスぐらいよ」

 

 なんだかやさぐれた様子のゼシカさんが船室へと降りて行った。

 どしたの? と、他のメンバーに目を向けると、エイトさんとトルネコさんは苦笑。ククールさんは肩をすくめている。

 

「聖地だなんだ言ってるでげすが、ロクな奴がいないでがす」

 

 怪我をした事を言われてちょっと恥ずかしそうにしていたヤンガスさんは、切り替えるようにそう言った。

 これはひょっとして、ククールさんが言っていた話にぶち当たったという事だろうか。お偉方が優遇されるような何かに。

 

「ちなみに、ドルマゲスの情報なんかは聞けたりしました?」

「最初にそれ聞くのが普通だと思うけどな。飯やらなんやらが先ってのがリツらしいよ。ドルマゲスについては何も手がかりなし。この先の西の大陸に行ったのかもしれないな」

 

 俺も飯食うからと、ククールさんはグローブを外しながら降りていった。

 

「いやはや、相変わらずの空気感と物価でした。歴史が長ければ長いほど、有難がるものはいますからね。憤りもわかりますが、反発したところで仕方ありません」

 

 とりなすようにトルネコさんが教えてくれたが、なるほど。その手のことか。

 

「ゼシカさんは素直ですからねぇ」

「トロデーンではそういう風潮は少なかったんだけど。マイエラもそうだったし、やっぱり場所によるのかな」

 

 さして気にしてなさそうなエイトさんに、トルネコさんが考えるように首を傾げた。

 

「そうですねぇ、トロデーンの歴代の国主は民と交流する傾向にあるそうですから、自然と周りの方々もそれに倣われたのかもしれません」

 

 へー。流石商人のトルネコさん。情報収集能力が高い。

 内心賞賛していると、ヤンガスさんの腹から盛大な音が鳴った。本人はそっぽを向いて鼻を掻いているが、こちらの会話を邪魔しないよう待っていてくれたのだろう。

 三人でそっと笑みを交わし、ご飯食べに行きますかと船室へと降りた。

 




恐ろしい程更新期間開いているのにお言葉いただきましてありがとうございます。
とてもびっくりしました。
実は時間が取れなかった理由が二人目が生まれていたからという・・・
子供二人のエネルギーってやばいですね、、背骨がへし折られそうです。。

続きは書いているのですが、プロットとの整合性やプロット自体の見直しをしておりまして、もう少々お時間をいただければありがたく思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ベルガラックについた

「で、リツはなにしてたんだ?」

 

 食堂で食事を始めるなりククールさんが聞いてきた。若干言い方に『どーせまた変な事してたんだろ』的な含みがあるのがアレだが、素直に答える。

 

「ちょっとした実験とかですね。あ、そういえば前に言っていたのが出来ましたよ。補助砲台としても使えると思うので後でゼシカさんと確認してもらえますか?」

「補助砲台?」

「杖です。牽制程度には使えるのではないでしょうか?」

 

 爆弾岩を利用した杖で、イオの効果があるものだ。威力はさほど出ないだろうが注意を引いたり目眩しには使えるのではないか、と思う。

 

「それと、道具の方でもいくつか作りましたから、そちらも皆さんで確認してみてください」

「どんだけ作ってんだよ」

「というか、そんなに早く作れたっけ」

 

 疑問を口にするエイトさんに、私はちらっと姫様とわいわいしている王を見た。

 

「陛下が修繕? してくださいまして、なんだか錬金速度が上がったようです。あと、単純に入れられるものも増えたので組み合わせ激増です」

「ふふふ。すごいじゃろう!」

「お父様、すごいですわ」

「そうじゃろそうじゃろ」

 

 楽しそうな親子に生暖かい視線を送りつつ、ククールさんはこちらに大丈夫なのか? という視線をくれた。ついでにエイトさんも控えめに同様の視線をくれている。

 まぁ心配はわからないでもないが、ここまでくるとあの不気味な釜の性能と、王の技量を認めないわけにはいかない。出来上がったものの安全性もインパスで確認する限り大丈夫そうなのだ。

 問題ない旨、軽く頷いて肯定すると二人は諦めたような様子で視線を外した。

 

「それで、実験っていうのは?」

 

 錬金にはそこまで反応しないゼシカさんの問いに、私はにんまりとした笑みを抑えられなかった。

 

「え、なに、その顔。どうしたの?」

「実はですねぇ、小さなメダルを集めたいなーと思っていたんですけどね」

「あぁ、メダルと何か交換してくれるっていう? あの小島にいる変わった一族の?」

「そうそう、それです」

「やめたほうがいいんじゃない? 集めようとして破産したっていう話もあるわよ?」

 

 いるのか。破産した人。ちょっと驚いたが、私はさすがにそこまでする気は無いと首を振る。

 

「無理に、とはさすがに考えてないですよ? ただ、ある魔法をそれ用に特化出来ないかなと思いまして、結構うまく行きそうなんです」

「へぇ、ある魔法って?」

「レミラーマです」

 

 画面内に見えている範囲で落ちている宝の位置を知らせてくれる呪文。それが基本形だ。その宝というのを小さなメダル限定とし、捜索範囲を大幅に拡大させてみた。その結果、とんでもない魔力消費量と化した――魔力総量とんでもないっぽい私が貧血のような感覚を覚えた――のだが私は笑いが止まらなかった。

 ちなみに、実験中の私には誰も近づかなかったことから、かなりやばい顔をしていたのであろうと反省している。

 

「あれってよくわからない魔法よね? 何をもって宝っていうのかしら?」

 

 そこは開発陣の設定故にというところだろうが、ここでは発動した人物が考える宝というイメージが元になっているような感触だった。なのでやりようによってはガラクタでも反応したりする。ゲームで馬のフンに反応したのは……まぁ、その、人それぞれということで。開発者に畜産関係の人でも居たのだろうか……

 

「一応、発動者のイメージを基準としていますから、人によって誤差は出るでしょうね」

「ふぅん。で、リツはそれを調整したのね」

 

 実験ではイメージだとブレが出ると考え、掌に握った対象物と同様の物質、誤差数パーセント以内として調べた。

 

「はい。ある程度の場所は特定できました。で、これがそのメモです」

 

 ペラリとポケットから折りたたんだ紙をゼシカさんに渡す。世界地図を書き写して、そこにこれでもかと書き込んだ代物だ。

 

「もし良ければ、近場を通った時にでも見てもらえますか? 私も暇なときにでも探してきますので」

「相変わらずデタラメよねぇ……」

 

 ゼシカさんの感想はスルーする事にして、ククールさんとエイトさんにも同様のメモを渡す。ヤンガスさんは基本的にエイトさんから離れる事がないので割愛。いや、メモ作るのも結構大変なのですよ。

 メモの中身を見たエイトさんが唖然とした顔を晒し、ククールさんは「細かっ」と声を上げた。

 えー、はい。正直自分でも書き込み過ぎたかなぁとは思っています。オリハルコンをぶら下げられて暴走気味だったのも認めます。なので、こいつ頭イカれてんじゃね? みたいな視線を向けてくるのやめてくれませんかね特にククールさん。

 

「ちょっと見せてもらってもいいですか?」

「あ、はいどうぞ」

 

 トルネコさんにメモを渡すと、隣に座っているモリーさんも覗き込んだ。

 

「これは確かに……」

「うむ……」

 

 ちょっと引き気味のお二方に、やり過ぎなのねと反省。ククールさんはともかく、この二人にそんな目で見られたら反省するしかない。

 

「それはそうと、次は西の大陸ですよね?」

 

 視線に耐えかねて良心の塊であるエイトさんに向けて話をする。

 

「その予定です」

 

 さすがのエイトさんはメモから目を離してすぐに反応してくれた。

 

「パルミドの情報屋の男性、覚えてます?」

「はい。どうかしたんですか?」

「その方から、西の大陸のカジノで不穏な動きがあると連絡があったんです」

 

 いきなりガルーダが飛んできたときにはすわ何事かと王が臨戦態勢に入ったが、モリーさんが嬉しそうに手を振って呼び寄せたので『あ。おたくのとこの子ね』と、王をライアンさんとで取り押さえた。

 モリーさんに聞けば、ルーラで行けない所とか、モリーさん自身が移動している時に伝書鳩ならぬ伝書ガルーダとして飛んでくれる個体らしい。ガルーダの中でも特にモリーさんに懐いているこの子しか出来ない芸当だそうで、何かあった時のためにバトルロードに残してきていたそうだ。

 で、そのガルーダくんが持っていたのが情報屋からの手紙だった。

 

「カジノ?」

「西の大陸でって話だと、ベルガラックか?」

 

 エイトさんは知らないようだが、ククールさんは知っていたようだ。

 

「はい。何でも強盗があったとかでカジノを閉めたらしく、それにしては長引いており不審だと。その他に目立った異変というものはないようです」

「なんでそんなに情報くれるんだ?」

 

 ……あれ? 情報屋との協力の件、話してなかったか。いやでもヤンガスさんいたよな?

 と思って見れば、黙々とご飯をかきこむ姿。あの時も、話は聞いてなかったような気がする。

 

「すみません。説明してなかったです」

「おう、おっさんに説明とか無理だろ」

 

 私の視線から察したらしいククールさんに突っ込まれる。

 いやはや面目無い。ヤンガスさんも気がきくところはあるのだよ? 限定されてると思うけど。

 

「ドルマゲスの事は私達で活動するには、規模が大きな話になると感じていたんです。事が起きたのがトロデーンの城、つまり一国を相手にしていましたから、そこからして普通ではありませんでした。そして続けて事件は起こり、それならば専門の方の力を借りようと考えたわけです」

「それが情報屋?」

 

 エイトさんの問いに頷く。

 

「思いがけず協力関係を結ぶ事が出来たので、金銭的な対価を支払わずこうして情報を回していただけるようになっています」

「へーよく協力してもらえたな」

「それについては先方に協力理由を聞いたところ予感だそうです。良くない事が起こりそうだと」

「良くない事……」

 

 エイトさんの呟きに、それまで口を出さずにいた面々がやや固くした表情で視線を交わした。

 

「僭越ながら……不確かな不安を議論するよりも、今を楽しまれた方が心と身体は休まるかと。戦わねばならない時は、くるときはきてしまうものですから」

 

 柔らかな笑みを浮かべ、穏やかに語るトルネコさん。それを懐かしそうに目を細めて見遣り、小さく頷くライアンさん。

 二人の間に流れる空気は緩やかで、けれどどっしりとした大木のようなものがある。そう感じるのは、この二人がとんでもない旅をしてきたと知っているからなのか……

 だが、私以外も苦笑気味に肩の力を抜いたのを見れば、先人の余裕ともいうべきものが実際に感じられるのだろう。

 

「すみません、私も言い方が悪かったです。あくまで予感めいたものですので。私たちは私たちで出来ることを重ねていく事が肝要かと。ということで、一先ず西の大陸、その中でもベルガラックへとまずは舵を切りませんか?」

「そういうことなら、はい。行きましょう」

「了解」

「いいんじゃない? 人が集まるところだし、聞き込みにはいいかもしれないわ」

「カジノでがすかぁ」

 

 一名違う想像をしているが、まあいいだろう。ヤンガスさんらしいといえばらしいのだから。……便乗して王が騒がなければいいが。

 

「リツさん。良ければこれ、貸していただけませんか?」

「メダルのメモですか? はい、構いませんが」

「これ、モリーさんと一緒に伝手を使ってみますね」

「え?」

 

 トルネコさんの提案というか協力宣言に驚いてモリーさんを見ると、うむうむと頷かれた。

 

「以前から考えていたのですが、リツさんは目的があってメダルを集められているのでしょう?」

「はい……まぁ、一応オリハルコンが欲しくて」

「それは所有したいからというわけではなく、何かに使うためですよね?」

「ええと、錬金の素材に使いたくてですね」

「それはこの旅の助けになるのではないですか?」

「そこは正直わかりませんが……」

 

 トロデーンの城で見つけた古びた剣を修復出来ればいいが、必ず出来るとは限らない。かなりあやふやな事なのでトルネコさんやモリーさんの力を借りるのは申し訳ないというか。

 

「チャンピオンがどんなものを作るのか見てみたいという好奇心がうずくのだよ」

 

 モリーさんが狭い食堂で座ったままポーズをとろうとして隣のライアンさんに手を降ろされている。

 なんか今この二人の関係性が見えたような……。まさかのライアンさんがモリーさんのフォロー係とは。トルネコさんはモリーさんの言葉に笑い、同意するように頷いた。

 

「そうですね。好奇心がうずくのですよ。ですから、協力させてください」

「それは……ありがとうございます」

 

 本当にいいのかな? と思いつつ頭を小さく下げると、二人は視線を交わして頷きあった。何故だか怖い気がするのだが気のせいだろうか。

 

 進路を決めた後の航海も特に何が起きるわけでもなく、西の大陸が見えてきて接岸する場所を探してさらに船を進めた。途中大地と大地の間の海の上に橋を架けてそこに街を建てたらしいところが見えたが、あれには驚いた。ある意味海上都市だが、めちゃくちゃ危険な立地に何故街が造られたのか謎でしかない。一緒に魔物と遊んでいたモリーさんに聞いたらリブルアーチという街で昔からあそこにあったらしく、特に疑問もないらしい。

 接岸ポイントを探しているうちに沿岸から協会のような建物が目視でき、とりあえずそこに船を停泊させて降りる。

 留守番はいつも通りのグラッドさん。船の護衛にライアンさんとモリーさん。後のメンバーでベルガラックを目指す事になったが、今回は今後の活動の事を考えてラーミアチームも一緒に行くことに。

 

「っと」

 

 数日ぶりに降りたので足元がまだ揺れている気がするのが、ちょっと面白い。

 エイトさんとククールさんで教会に道を聞きに行ってきてくれたので、地図で確認してベルガラックへと足を向けた。

 道中魔物に遭遇することもやはりなく、事前に説明したトルネコさんは聖地ゴルドでの魔物の出現率との違いに一人唖然としていたりした。

 天気も良く、開けた草原を轍に従って行くと、昼を回ったあたりで遠目に町が見えてきた。

 白い家壁に、所々キラキラとした金のようなものが見えて、お金がかかっていそうなのがわかる。私のイメージするネオン眩しいカジノとは違うが、白壁に映える金が海外のリゾート地のようだ。

 さぞかし賑わっているのだろうと思ったら、着いてみれば人はまばらでどことなく不穏な空気に包まれていた。

 カジノ自体は大きかったのでひと目で分かったのだが、ほかに目ぼしい産業は無いようで、カジノの閉鎖で街自体が寂れてしまったようだ。

 ちなみにカジノのオーナー、ギャリング氏の邸宅の門には守衛らしき人物が立っており、ギャリング氏は誰にも会いたくないという名目で門前払いだった。真偽の程は定かではないが。

 

「どうしましょう?」

「無難に聞き込みでしょうか」

 

 エイトさんの言葉にトルネコさんが応える。

 

「幸い人手はありますから、手分けして聞けば何か出てくるでしょう」

「何も出なかったら?」

 

 と、ククールさんの返しにトルネコさんは肩を竦めて「次の街に行くだけです」と答えた。確かに、ここで何もわからなかったら情報を求めて移動するぐらいしか手はない。

 

「じゃ一通り聞いたら宿に集合って事でいいんじゃない? その間、リツ達は宿で例のやつやってみたら?」

「え、いや、ジョーさん達はまだ街に入ったのは初めてですから」

 

 ゼシカさんの唐突な振りに、傍で微動だにしないジョーさんを見やる。

 

「大丈夫でしょ。不審がられてないし、堂々としてるから護衛だって言えば問題ないわよ。それに、すごくやりたそうよ?」

 

 ゼシカさんの視線の先には、馬の姿で期待に満ちた目をしている姫様。

 

「のうリツや、姫の願いを叶えてはくれんか。わしも護衛として一緒におるから」

 

 という王に「いや護衛が一番要るのは陛下ですから」と返しそうになり飲み込む。

 私としてはもう少しジョーさん(スラリン&チビイカ入り)に対する人の反応を見てみたかったのだが……まぁ確かに道中も特に問題行動なんて無かったし、街に入ってからも奇異な視線は感じなかった。どちらかというとフードをかぶっている王の方が視線を集めていたが、場所柄なのか奇異なものを見るというより、お忍びで来ている偉い人をそっと伺っているような感じだ。

 

「んじゃエイトを見張り役として、あとのメンバーで聞き込み。それなら問題ないだろ」

「それなら、はい」

 

 提案したククールさんにちょっと驚きながら頷く。まさか、ククールさんが姫様を気遣うような提案をするとは思わなかったので、まじまじと見てしまう。それはエイトさんも同じだったようで、

 

「いいの?」

「なんだよ、俺ってそんなに薄情な奴だと思われてるわけ?」

 

 思わずと言った様子で聞くエイトさんに、ククールさんは嫌そうな顔をした。

 

「そういうわけじゃないけど」

「努力してるやつ見ればそれなりに応援ぐらいするっての。はいはい、決まり決まり。さっさと動く」

 

 言いながら、ククールさんは行ってしまった。それに続くようにゼシカさんも「また後で」と行ってしまい、ヤンガスさんも空気を読んで「あっしも行ってきやす」と走って行き、トルネコさんは「ここに来る人は耳が肥えていますから、認められれば他でもきっと通用しますよ」と言って離れて行ってしまった。

 

「みんな姫様のこと、見てくれてますね」

 

 そう呟けば姫様は恥ずかしそうに、けれど本当に嬉しそうに微笑んで頷いた。馬の姿の今、私以外に声は届かないがそれでも『ありがとうございます』と声を送っていた。

 みんなの好意を無駄にしないためにも早速移動だ。とりあえず馬車があると動きづらいので、一旦船に戻ろうとルーラを使った。

 船を降りたところにある教会を目印に飛んだのだが、ふと気づいた。もしエイトさんがルーラを使っていたらライアンさん達は今頃、唐突な空の旅を味わっていたかもしれない。

 

「エイトさん、今後ルーラを使う時は注意しないと事故が起きるかもしれません」

 

 教会に降り立つなり言った私にエイトさんは目を瞬かせた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人前で歌った

「実はメダル王、王女? の城のところで、エイトさんがルーラを使った時見てしまったんです」

「見た? って何を?」

「船が飛んでいくところを」

「……あ!」

 

 一瞬、何を言っているのだろう? という顔をしたエイトさんだが、いきなり大きな声をあげた。

 

「すみません! 言ってませんでした」

 

 なにを?

 

「船の舵を握った事があると、意識しないと船まで一緒に飛んでしまうんです」

 

 あ、気付いてたのね。船が飛んだ事には。そして舵とりが要因なのね。

 

「アスカンタに飛んだ時に気付いて確認していたんですけど、リツさんがモリーさん連れてきて驚いて話すのを忘れてました。すみません」

 

 あ、あー……それはなんと言うか……

 

「こちらこそあの時はすみません。対策が取れるなら安心です」

 

 お互いにすみませんとヘコヘコしつつ、一旦姫様と王を船に残してベルガラックに飛ぶ。

 宿は大理石で造られたホテルのような外観で、今まで見てきた中では一番立派だった。

 ちらっと見た限りお客さんは少なそうだ。目当てのカジノが閉まっていて面白くなさそうな顔をしている客もいる。客層的にはカジノに来ているだけあって富裕層のようで貴金属で身を飾る人が多いように見受けられた。

 とりあえずフロントと交渉だ。こちらも今まで見てきた宿の従業員というよりホテルマンのような佇まいで揃いの制服を着ていた。

 向こうとしてはカジノが閉まっているので、一時的にでも雇う気はないという態度だったが、逆にカジノが出来ない客の気を少しでも逸らした方が良くないかと提案。今まで聞いた事もない歌をいくつも持っているので、物は試しに如何かと聞いてみれば奥で他のスタッフとゴソゴソ相談を始めた。その後、いくつか条件を互いに出して契約と相成った。

 早速船に戻って姫様と準備。姫様は国から出た事がないという話だが、トルネコさんみたいに一発でばれるケースがあるので顔は隠す方向で。いつもの服の上にフード付きの外套を羽織り、少々歌いづらいが目元から下を占い師が付けるような紗のベールで隠す。私は姫様が触れやすいように、というのとギターを弾く邪魔にならないようにというのでバッサリ肩から袖なしスタイル。準備と一通りの手順を確認し、ベルガラックへと戻った。

 歌う場所はホテルの待合ロビーのようなところで、こちらの要望通り椅子が一脚用意してあった。エイトさんと王には離れてもらい、ジョーさんはすぐ側に控えてもらう。

 対照的な衣装の私達に、宿の客が何事かと囁き合っているのを気にせず姫様と進み出る。そして私のみ小さく一礼し椅子に座りギターに手をかけた。姫様はあえて礼は取らず、フードを深くかぶったままでいてもらう。顔を見せられないのでもう最初から挨拶もろもろ無しの方向性で。

 前説は私が入れようかとも思ったのだが、姫様と相談して今回は無しとした。純粋に歌だけで反応を知りたかったからだ。

 ちらりと姫様を見上げ、フードの奥の目と頷き合う。主旋律は姫様。私は副旋律とコーラスだ。選曲については姫様まかせ。正直なところ私にはどういう曲がこの世界に受け入れられるのかわからないので。

 一曲目は無限という名の曲。自分を信じ、人を愛する事で無限の可能性と力を得る歌だ。何故これを選んだのか聞くと、純粋に心惹かれた歌だからとのこと。

 私が楽器を持っていたことから吟遊詩人だとは思われていたようだが、姫様が声を紡ぎ始めると傍観している空気が戸惑いに変わった。今まで聞いた事がないタイプの旋律だったからだろう。まともに姫様の歌を聞いたのが初めてらしいエイトさんも目を大きくして驚いている。

 私の肩に置かれた姫様の手は極度の緊張のためか心配になる程冷たい。それでも歌声は繊細で、豊かで、力強い。

 だんだんと客達の戸惑いが薄れ、引き込まれるような空気に変わっていく。

 カジノが再開されなくてやさぐれ気味だった宿のスタッフも、ポカンと口を開けてこちらを見ていた。

 私のギターやコーラスなんて添え物で、場を支配するような圧倒的な存在感の歌声に、私までちょっとぞくぞくする。

 一曲目が終わると、辺りはシンと静まり返っていた。それぞれの息遣いさえ聞こえてきそうな程だ。その様子から次の曲を待ち構えているのは容易に想像できた。

 大丈夫か姫様の様子を伺うと、意外にも紗のベールの向こうで悪戯っ子のような挑戦的な笑みを浮かべていた。これなら大丈夫だろう。

 二曲目は、信じる心。いや信じる精神だったか。とあるゲームのメインテーマだった曲だ。これはそこそこハモる曲なので私も腹に力を入れる。

 姫様が選んだ曲はポップミュージックよりも、マイナーなゲーム音楽だったり映画のテーマだったり、海外の方が有名な日本のアーティストだったり。物語性が強いものだ。

 初めて聞く歌で歌詞の内容なんてわからないだろうが、誰も何も言わない。ただ惚けたように聞き入り、疎らだった客の数も、いつの間にか立ち見をする程に集まっていた。宿のスタッフすら集まって手を止めてしまっている。

 五曲目の前に一度水をもらい、続けて歌い、六、七、八曲目。

 初心者なのでそろそろこの辺りで終いにしようと、私が椅子から立ち上がると、それまで水を打ったように静まり返っていた客達がはっと夢から覚めたように動き出した。

 名前を教えてほしいというのは穏便な方で、このまま自分の屋敷に来いと居丈高に振る舞う者も出た。

 すかさず間に入ろうとしたエイトさんを目で止め、ギターを爪弾く。姫様も事前に打ち合わせていた通り、狼狽えずフードで顔を隠したまま口を開く。

 それは今までの曲と比べて囁くように静かだが、少し不安を煽るような旋律があり、あなたは招かれざる客なのだと警告している歌だ。ちなみにハモりとかはないので、私は梟の声をホーホーと真似して合いの手を入れている。おちょくっているようでもあって、わりとこのホーホーは好きだ。ついでに改造バギとヒャドでそっと周囲に緩やかな冷たい旋風を起こす。

 歌い終えると、異質なものを見るような空気に満たされており、声をかけてきた者たちも冷風に気圧されるように後退していた。

 

「私共は旅の身。再びどこかで見えることがありましたら、その時はどうぞご贔屓に」

 

 私は立ち上がり小さく礼をして姫様の手を引き堂々として見えるようゆったりとフロントに歩いた。それでも邪魔をしてきそうな者もいたが、全身甲冑のジョーさんが前に出て威圧したので、私の出番は無かった。もしこれで出てくるようなら威力を落としたデイン系魔法のお披露目だったのだが。

 それはともかく、客を集めたり好評だったらお金くださいねと契約していたので、約束通りの金額をいただく。

 聞き込みをしているメンバーがまだ集まっていないが、このまま居ると厄介そうなのでエイトさんに先に戻ると目を合わせず小声で伝え、こっそり王を回収して船へととんずら。

 船に戻ると、ようやく息をつけた。

 服も戻して姫様と、あと姫様の歌をべた褒めしまくっている王と食堂でお茶をしていると、聞き込みをしていたメンバーが戻ってきた。

 

「なんか凄かったらしいわね?」

「魔女が出ただの天の調べを聴いただのいろいろ言われてたぞ」

 

 ゼシカさんとククールさんが笑いながら入ってきた。

 魔女、というのは最後に歌った曲が原因かな? 姫様と視線を交わし笑い合う。

 

「今度はフードにミミズクみたいな飾りでもつけますか? より怪しげな感じになりますよ」

「いいですね、リツお姉様も何かおそろいのものをつけませんか?」

 

 お揃いかぁ。それもいいなぁ。後でちょっと考えてみよう。

 それはそれとして、聞き込み結果の報告会だ。

 

「誰から話します?」

 

 エイトさんがテーブルについて音頭をとると皆意識をそちらに向けた。

 

「じゃ、あたしから。ドルマゲスがベルガラックに来たのは確かみたい。街の人で見ている人がいたわ」

「あっしも不気味な男が歩いていたって話を聞きやした」

 

 ゼシカさんが手を挙げて、続けてヤンガスさんも同様の目撃証言を得てきたと話す。

 

「はい、私はギャリング氏がどうやら殺されているという話を聞きました」

 

 手を挙げたトルネコさんに、『え?』と驚く面々。私も驚いた。亡くなっている事はひょっとしてと頭の隅にあったが、僅かな時間でそれを握ってくるトルネコさんがやばい。

 

「ギャリング氏の後継者である双子が、敵討ちに追手を差し向けたということです」

「あ。それか、北の島にある闇の遺跡に人をやったって話が出てたのは」

 

 トルネコさんの補足にククールさんが納得という顔で付け加えるが、ククールさんも情報収集は得意だよなぁ。たぶん苦手な女性相手に絡んでいってやっているんだろうけど。

 

「という事は、北の島ですね」

 

 確認するエイトさんに、それしかないだろうとそれぞれ肯定を返した。

 

 既に夕方であったが、船の特性で夜間航行も問題ない為、北へと舵を向けて交代で進む。予定では明日の朝にたどり着くだろうという事で、私とトルネコさん、モリーさんで交代して舵を取る事となった。ライアンさんは日中の警護のため温存。そしてエイトさんククールさんゼシカさんヤンガスさんは船を降りて遺跡に向かうため休んでいる。

 深夜にトルネコさんと交代し、舵に張り付いたのはいいが進路を確認するぐらいしかやる事がなくて非常に暇だった。

 暇になると、ついついいろいろ考えてしまう。

 例えば、地理の問題。地図の問題かもしれないが、この世界は変なのだ。

 私は今、方位磁石で北の島に向けて北北西に真っ直ぐに進め、舵は動かしていない。交代前にトルネコさんも舵は動かしてないと言っていたからほぼほぼ真っ直ぐに進めている筈。だが、何故か地図上も真っ直ぐに進んでいた。

 惑星は丸いので、平面な地図だと北極と南極付近が大きく引き延ばされている。実際の世界地図は笹の葉を並べたようなものが近い形だ。だから例外を除いて真っ直ぐ進んだ場合、地図上では真っ直ぐではなく曲線を描く。

 直線の可能性があるとしたら、この世界地図が本当は世界地図ではなく世界の一部だけという場合だ。前々から思っていたが、この世界地図が世界全てだとすると、えらく小さな惑星になってしまうのでその可能性が高いのではないかと考えていた。にゅーちゃんも地球とそう変わらないと言っていたし。

 あと一応、もう一つ考えられるのがドーナツ状の世界だというもの。ゲームでは空を飛ぶ乗り物なり、生き物なり乗っている時、よく地図の隅っこに隠された島がないか探しに行ったが、その時の飛行経路と地図の表示から考えると、地図をくるりと丸めて円筒にしたものをドーナツのように端をくっつけたものが世界の実像となる。但し、太陽の登り方から見てこの可能性は低いので、あるとすれば空間が歪んでいるとかそっちの方向だろうか。

 にゅーちゃんはいじったとか言っていたが、この世界の狭さに関するあたりの事をいじったのかもしれない。なんでそんな事したのかはさっぱりだが。

 

「よっ」

「ククールさん」

 

 どうでもいい事をつらつらと考えていると、ククールさんが飲み物を手にやってきた。

 

「明日がありますから、早く休まれては」

 

 一応そばにモリーさんの魔物のヘルクラッシャーが居てくれるので、万一何かあったとしてもみんなを叩き起こす時間は稼げるのだが。何か気掛かりでもあるのだろうか?

 

「ちょっとな」

 

 ほら、と温かいお茶を出され、気遣いはありがたいので素直に受け取る。

 

「どうかしました?」

 

 ククールさんは自分もお茶に口をつけながら、視線は月明かりが照らす暗い海に向けた。

 

「前にも一度聞いたか。何者だってな」

「何者……ですか」

 

 たしか、ククールさんが一緒に旅をするようになった頃に言われたんだったか。あの時は一般人と答えたが……

 

「あのちっさい王様はあんたの事を信用してる。エイトも、姫さんも、ゼシカも」

 

 ヤンガスさんが出ないのは突っ込んだ方がいいのだろうか。真面目そうなので突っ込まない方がいいか。なんか、ククールさんの中でのヤンガスさんがどういう位置にいるのかわかろうものだ。ちょっとせつない。

 

「俺も、まぁなんでか信用してるんだろうなぁ」

「ぶっちゃけて聞いてくるぐらいには、ですか?」

 

 聞くと、ククールさんは苦笑して頷いた。

 

「いや、ほんと。俺ってあんまり信用するってのが出来るタイプじゃないんだけどな。まぁ、だからこそ不思議だなと思って。

 もぐらの魔物のところで何もないところから変な楽器は出すし、近づくだけで魔物が眠りに入って出てこないし、魔法は種類問わず使いこなすし、正直あんたが戦闘に出れば簡単に片がつくんじゃないかって思うことも度々だったり」

 

 それは、確かに。客観的に考えても後ろでスクルト連発するだけでもだいぶ違うだろう。こちらの世界に来た当初ほど魔物に対して身体が硬直する事はないだろうとも思う。トロデーンでの事を思い返してみても、近づかれる事がなければ魔法を放つ事は可能だったわけだし。

 ただ、なぁ。姫様を残していくというのが気掛かりなのが一点。そしてもう一点が一番の理由なのだが、エイトさんとライアンさんの模擬戦を見ていて、あれについていける気が全くしないという点だ。早すぎて、ヤムチャ視点の私に補助とか回復とか攻撃が出来る気が全くしない。

 

「悪い悪い」

 

 思考をククールさんの声が断ち切った。

 

「リツは反射神経鈍そうだもんなぁ?」

「人並みですから。みなさんが異常なだけで、私はごく一般的ですから」

 

 そう言ってため息をついて、再びお茶に口をつける。

 最近ククールさんとよく絡むことがあるなと思ってたら、何か観察されていたようだ。まぁ私も当初ククールさんを信用しておらず観察していたのでお互い様ではある。

 

「反射神経はな」

「一般人という答えでは納得できないという事ですか」

「納得できないっつーか……答えられるのなら答えて欲しいってとこかな」

 

 海を見たまま言うククールさんに、私は参ったなと頭をかいた。そんな風に真っ直ぐ聞かれるとはぐらかせなくなるじゃないか。

 

「誰もいないところを選んだのは私への配慮ですか?」

「姫さんあたりに聞かれたくないのかもしれないと思ってね」

「私の素性とかその辺ですか?」

「そ。テアーと言われて魔物に慕われるのがどうしても引っかかる。そっち側じゃないんだよな?」

 

 悲報。私魔物説がククールさんの中に浮かんでいた模様。

 

「しっかり人間ですから。……まぁ実は話してもいいかと思ったりもするんですけど、突拍子もない話になってしまうのでちょっと躊躇ってしまうんですよ」

「へえ? そりゃ面白そうだな」

 

 地図と方角を確認し、進路が問題ないのを見てからお茶で口を湿らせた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

明かした

 夜のひやりとした空気に小さな息をそっと吐いて息を吸う。

 

「私は魔物では無いですし、まして邪神的な何かでもないです。あとどこかのお抱えでも、密偵でもなんでもないですよ。

 以前言いましたっけ? 迷子だと」

「あーなんかそんな事あいつに言ってたな」

 

 あいつ、というのはマルチェロさんかな。

 

「それは本当です。ただ、世界を超えてしまった迷子というだけで」

「……世界を超えた?」

 

 怪訝なククールさんに、私はこちらに来た日の事を思い出す。

 

「私がこちらに来たのは仕事帰りのタイミングでした。足元の穴に靴を引っかけてしまい、気が付いたらこの世界にいきなり投げ出されていたんです。山中を彷徨って行き倒れになりそうなところをエイトさんに助けてもらい、トロデーンの住民に保護してもらいました」

 

 本当にあの時はやばかった。人生の中で初めて死を覚悟した瞬間だった。

 

「私の故郷に魔法はありません。魔物もいません。宗教は数多ありますが、女神の一神教は覚えている限り知りません」

「そいつはまた……本当に突拍子もないっつーか……いや、じゃあなんで魔法が使えるんだ?

 それに前、魔法について他の人間と情報交換してるようなことを言ってなかったか?」

「魔法についてはお伽話としてありましたから。なんで私が使えるのかは、はっきりとした原因はわかりません」

「はっきりとしないって事は、予想は?」

 

 答えると決めていてもちょっと躊躇う。でも誰か一人ぐらいには事情を把握してもらっていた方がいいのではないか、という思いもあったので口を開いた。

 

「女神の欠片を私が持っているからだと」

「めがみのかけら?」

 

 おそらく信仰心ゼロのククールさんが、信仰心ゼロの私をまじまじと見る。

 

「え、なに? リツって実は教会の――」

「じゃないです。どっちかというと教会は苦手です」

「めがみのかけらって?」

 

 全く信じてないのか、片言のように聞くククールさん。

 

「私も全て理解しているわけではないので、そこは断っておきますよ?」

「おう」

「以前テアーの話をしましたが、それがどうやらこの世界の女神と呼ばれていた存在のようでして。

 随分昔にはじけていろいろな世界に飛び散ったらしいんですよ。そのうちの一つが偶々私の世界まで飛んで来ていてくっついたみたいで」

 

 さすがの内容に、ぽかんと口を開け唖然とした顔を晒す。が、すぐに復帰した。

 

「ってことは、今教会が祈ってる意味って」

「不在宅を訪問しているようなものでしょうか」

「不在、宅……人間っぽい言い方されると不毛さをよけいに感じる」

「あ、でもなにか伝わるようになっているのかも?」

「伝わる?」

「私がこの世界に来たきっかけが、その女神の欠片が誰かの声を聞いたからみたいなんですよ。誰かに呼ばれたような気がしたって言ってました」

「は? ……まさか…話せるのか? 女神と?」

 

 正確には、その欠片ですけどね。と言えば、ククールさんは再び口をぽかんと開けてしまった。

 

「名前は聞いたんですけど、発音が出来なくて。私はにゅーちゃんと呼んでいます」

「にゅー……ちゃん……女神……にゅーちゃん」

 

 それをつなげて言うと、女神にゅーちゃんという全く新しい神が爆誕しそうだなと役体もない事を想像してしまう。ミニサイズの可愛い感じの幼女女神的な。

 

「話したいです? 気が向いたら出てきてくれると思いますけど」

「いや……いや、ちょっと待ってくれ」

 

 額に手を当て頭を振る姿からは大いに混乱している様子が見て取れた。

 

「その反応が普通だと思いますよ。私も人から聞けばまぁ精神病んでるのかと思いますから」

「そこまでは思ってないが……」

 

 しばらくククールさんは無言で考え込んでいたかと思うと、顔をあげた。

 

「……ひとつだけ、一つだけ教えてくれ」

「なんでしょう」

「女神は人間のことどう思ってるんだ」

 

 いつになく真剣な顔のククールさん。

 その表情には見覚えがあった。たぶんだが、聞きたいのは院長さんの事ではないだろうか。

 あの時、最期まで神の存在を院長さんは信じていた。神が死ぬべき時と定めていなければ自分は死なないと言って。けれど結果は………。それはつまり神が死を認めたという事になるのではないか。そういう事だろうか。

 

〝にゅーちゃん、答えられる?〟

〝みんな愛しい子よ〟

 

 答えはすぐに返ってきたが、私の口を使う気はないようだ。

 

〝……見守っている感じ? 手出しするつもりはなくて〟

〝うーん……なんて言うのかしら? ほら、律の世界のテレビみたいな感じかしら? 律に中継してもらってるような?〟

〝直接どうこうは出来ない?〟

〝多分? 前は出来たような気もするけれど、その時は今みたいな気持ちで覗いてたりしてなかったと思うわ〟

〝女神だった頃は違うんだ〟

〝なんていうのかしらね? うーん……ほら、律がパソコン睨みながらずーっと指を動かしてたでしょ? あんな感じ?〟

〝それ仕事の事?〟

〝そうそう〟

〝義務感みたいなものってこと?〟

〝どうかしら? 大事っていう気持ちはあるわ。でも今みたいにふわふわした気持ちはあんまり無かった気がするのよね〟

 

「さすがに聞いてはもらえないか」

 

 無言でにゅーちゃんと語り合っていたらククールさんが項垂れた。

 

「いえ、聞いたんですけど」

「答えてもらえないか……」

 

 なんでネガティブ方向に捉えますかね。

 いや、普通に考えたら神なんてホイホイ人間と会話するようなイメージないか。にゅーちゃんが例外なわけで。

 

「回答が曖昧だったので、ちょっと確認していました。

 にゅーちゃんは人間の事大事に考えてるそうです。でも今は私から得た情報を見る程度しか出来ないみたいですよ。

 私の身体を動かす事もありましたけど、それ以上はたいして何もしてなかったですしね」

 

 ククールさんはギョッとした顔で私を見た。

 なぜに?

 

「動かすって、そんな事されて平気なのかよ」

「あぁ、はい。今は大丈夫ですよ」

「今は?」

 

 細かいな。

 

「ひょっとしてあれか、アスカンタの。座り込んでたやつ。足が動かないって」

 

 しかも勘がいい。

 

「ご名答です。今は大丈夫とにゅーちゃんも言ってますからそういうことは無いですよ」

「……そうか」

 

 それきり、ククールさんは黙り込んでしまった。

 だんだんと冷めてきたお茶を飲み、小さく息をつく。

 さらっと説明したが、結構緊張した。いくら魔法のある世界だといっても女神がどうのとか、かなり頭いっちゃってる内容だ。意外とククールさんは冷静に聞いてくれたが。

 しばらくは私がお茶を啜る音だけが続いた。

 

「なぁ」

 

 ククールさんは整理がついたのか、口を開いた。

 

「女神の欠片を呼んだのは誰だと思う?」

「呼んだ相手……そういえば深く考えた事もなかったです」

「普通に考えたら聖職者、神父あたりじゃないかと思うんだが」

 

 確かに。一般の人の声が届いてたらもっと早い段階でにゅーちゃんはこの世界に戻ってるような気がする。

 

「でも、教会関係ににゅーちゃんは特に反応してないですよ」

「教会ってより、個人に反応するんじゃないのか? 具体的に言うと呼んだ相手とか」

「んー……どうでしょう? 今までにゅーちゃんが特定の個人に反応する事ってありませんでしたけど」

「まだ会ってないだけかもな。もし、その誰かと会ったらリツはどうなる?」

 

 私? 言われてみれば……何かあれば巻き添え第一候補になるのか。

 

〝にゅーちゃん的には呼ばれた相手に会ったらどうしたいの?〟

〝とりあえずはお話してみないとよくわからないわ〟

〝そりゃそうだ〟

 

「相手の話を聞いてみないとわからないと」

「そうか……」

「……もしかして心配してくれてます?」

 

 ククールさんはガシガシと頭をかいてため息をついた。

 

「あんたは精神的な支えだろ。どうにかなったらまずいだろうが」

 

 そうだろうか? エイトさんがいればなんとかなると思うけど。こういう気配りが出来るククールさんもいるわけだし。姫様は気がかりだけどゼシカさんがいてくれる。サポートもトルネコさんがなんだかんだやってくれそうだ。

 

「まぁいい。とりあえずリツの事情は理解した。女神の欠片ってのは他には言わない方がいいな」

「そうです? っていうか、信じるんですか?」

「少なくとも、あんたは嘘をついてないと俺は思う」

 

 ククールさんはいつものように茶化す事も無く真っ直ぐに言った。ちょっとそれが胸を突いた。

 なんというか、人に信じてもらえるというのは、結構安心するというか、嬉しいものだと。

 照れなのか恥ずかしいのか、自分でもわからないが口が勝手に動く。

 

「あーでも、エイトさんとか姫様は話しても大丈夫だと思うんですけどね」

「エイトはあの王様に聞かれたら喋らざるをえないだろ。姫さんも」

 

 早口で言う私に少しだけククールさんは意地悪そうな顔をしたが、話題転換に乗ってくれた。

 

「そうですかね」

 

 最近のエイトさんは結構柔軟なので大丈夫だと思うんだけど。それに王が今更私の素性を問いただすなんて事ないと思うし。

 

「まぁ、言わない方がいいなら何も言いません。言ったところで何が変わるわけでもないですしね」

「そーいうこと」

 

 すっかり冷たくなったであろうお茶を飲み干し、うーんと伸びをするククールさん。

 

「スッキリしました?」

「ぼちぼち。ドルマゲスに追いつく前にモヤモヤは解消出来た」

「あ、なるほど。後顧の憂いを断つという事でしたか」

「気掛かりがあるとどこで隙が生まれるかわからないからな。まさかリツがドルマゲスと繋がってるとかは考えてなかったが、変な横槍入れられる可能性もなくは無かったわけだし」

「ベルガラックから差し向けられた人みたいな?」

「その程度ならいいが、漁夫の利を狙うような奴がいたら面倒だろ?」

 

 例えばエイトさん達が追い詰めたドルマゲスを横からかっさらうように倒そうとするとか、トドメを妨害するとかかな?

 

「それは確かに」

「リツほどの魔法の技量があれば可能だからな」

「外側だけ見ればそうなんでしょうねぇ」

「くくく。そういうのは苦手そうだ」

 

 ええはい。とても。やれと言われて必要なら頑張りますけど。

 そしてどーでもいいですけど、悪役みたいな笑い方ですよククールさん。 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

びっくりした

 航海は順調に進み、予定通り北の島に船を着岸したがそこには私たちの船とは別に小型の船も着岸しており、あれがベルガラックから差し向けられた追手なのだろうと思われた。

 島には船の上からでもいかにもな暗雲が立ち込めているのが見え、なんとなくゾワゾワとして落ち着かない。

 

「気を付けて」

 

 準備が終わったエイトさんに、他に言葉が見つからずそれだけ言うとエイトさんは笑って頷いた。

 

「はい、リツさんも陛下とミーティア姫の事をお願いします」

「はい」

 

 今更ながら出来るならついていきたい。心配だ。未だに首を掴まれた手の感触は忘れてはいないが、いざ追いつくとなると恐怖よりも心配が先に立つ。ついていっても足手まといになるのが関の山なので我慢するが。

 なんとも言えない気持ちで姫様や王と見送り、不気味な黒々とした雲が漂っていたので王と姫様は先に船室に戻ってもらった。

 警戒にあたるライアンさんとしばらくエイトさんが向かった先をなんとなしに見つめていると、不意に下から声をかけられた。

 

「お前たちは何者だ?」

 

 甲板から下を覗き見ると、騎士風の長い髪をオールバックにした男がこちらを見上げていた。男の横には魔法使いっぽい男女の姿もある。

 

「尋ねるのならば、先に名乗るが道理。そなたらは何者だ?」

 

 ライアンさんが私の肩に触れて後ろに下がるように目で示した。

 

「我らはとあるお方より密命を受けている。身分を明かす事は出来ん。が、一つ忠告をしておいてやろう。この島の中央にある古い遺跡には近づかないことだ。もしこの忠告を無視して遺跡に向かうのなら何が起こっても知らないぞ」

「それはどういう意味ですか?」

 

 せっかく危険だからと隠してくれようとしたライアンさんにすみませんと頭を下げて、聞き捨てならない事を言う彼らに問いかける。

 

「遺跡の事を何かご存知なのですか?」

「ふん。知らないのなら、首を突っ込まない事だな」

「……ベルガラックの方ですね」

「なっ」

「小型船といえど、船を所有している方は多くありません。そしてベルガラックのギャリング氏が殺され敵討ちに数名この島に向かったという情報がありました」

 

 素性を言い当てられ目を見開く男に、理由を言うと少し落ち着いた顔になった。

 

「私たちの仲間も遺跡に向かっているのです、何かあるのなら教えていただけませんか?」

「お前たちは何故遺跡に向かう?」

「そちらと同じ理由かと。私たちもずっと追っているんです」

 

 男は私の言葉を聞くと後ろの二人と二、三言葉を交わすとこちらに向き直った。

 

「そういう事であれば我らも急がねばならぬ。何もしていないとあっては契約違反だからな。

 もし、遺跡でお前たちの仲間を見かけたら助言ぐらいはしてやろう」

 

 それだけ言って、「ではな」と男は背を向け、後ろの二人は軽く会釈をして行ってしまった。

 話は聞けなかったが、あの様子だと敵対するつもりはなさそうだ。ここから動けないので今できることは無いかと、ライアンさんに少々のお小言をいただきつつ、こっそりため息をつく。

 海風なのに、変に乾いたような冷たい風を受け少し寒い。ライアンさんに船室へ戻りますと言って下へと降りる途中、ああそうだと思い出した。

 今日は姫様の魔法の練習を見る予定だった。あのゼシカさんが二人で練習してもいいという許可を出してくれたのだ。ゼシカさんが姫様の練習を見れる時間はそれほど多くないので、今まで一緒に練習を見てきた様子から、私と二人でも大丈夫だろうと判断したとのこと。

 但し、私には余計な助言はしないようにと釘を差してきた。構築陣の完成度とか不備を指摘するのはいいが、魔力操作に関してはアウトだと。そもそも私のやり方がゼシカさんにも理解できないので、助言にならないどころか混乱させるだけだと。まぁそこはわかっていたので頷いたが、けんもほろろに言われるとせつない。

 まぁ、たぶんゼシカさんは私や姫様が待っているだけでは落ち着かないだろうと思って言ってくれたのだと思う。実際とても落ち着かないのだが。

 姫様の部屋に伺って、魔法の練習をどうするか聞くとすぐにやりたいとの事だったのでその場で始めた。

 船上なのでメラではなくヒャドをするようにゼシカさんからは教えられている。

 私は邪魔にならないよう腕に触れ、真剣な表情でヒャドを唱える姫様を見守るが、まだまだ構築陣の形成があやふやで発動までには至っていない。

 ゼシカさん曰く、この最初の発動が大変らしい。一度成功すると次の魔法もかなりやりやすくなるようで、本当はメラの方がやり易いから苦労するだろうとも言われた。私から見るとヒャドもメラもそう変わらない難易度だと思うが、もしかすると適性みたいなのがあるのかもしれない。

 私の場合はアミダさんから教わった時、結果的にメラからだったが、そのあとはヒャド、ギラ、バギ、イオ、ホイミ。そして教わった訳では無いがキアリー。もはや適性なにそれおいしいの?状態である。

 そういえばキアリー連呼して使えたのは誰にも言うなって言われたなぁと思い出す。あれは知らない構築陣の魔法でも使えるようになるのがあり得ないからかな?

 うんうん唸りながら頑張っている姫様を見ると、メラが出来なくて唸っていた自分と重なる。

 ずっと姫様は頑張っていたがなかなか進捗は芳しくなく、ひと休憩入れましょうと声を掛ける。ずっと集中していたままの姫様は力なく頷いて椅子に座りちょっと悔しそうだ。

 

「私も最初にメラを教わった時には全然出来なくて大変でしたよ」

「そうなのですか?」

 

 私の時の事を言えば、姫様は驚いた様子で聞き返してきた。

 

「リツお姉さまは、もっと簡単にされているのかと思っていました」

「それが言われている事が全然わからなくて、ミーティア姫のように構築陣を出すことも出来ない状態でしたよ」

「ええ?」

 

 両手で口を押え、本当に? と目を丸くする姫様に笑って頷く。

 

「教えて頂いていた方にはダメだこりゃと言われて、それでもうダメ元でいいから私の手を使ってやってみてくれないかとお願いしたんです。そうやったらなんとなくわかって、それからやっと使えるようになったんですよ」

「手を?」

「はい。こう後ろから手を重ねてもらって」

 

 姫様の手に自分の手を重ねて見せると、姫様はじっとそれを見つめて言った。

 

「あの、それをミーティアにもやっていただけませんか?」

「これを?」

「はい、ミーティアもそれで何かわかるかもしれません」

「ええっと……」

 

 ぎゅっと手を握られて言われ言葉に詰まった。

 私はやってみるのはいいのだが、これって止められてた事に抵触するのでは……

 

「もちろん、ゼシカさんにはミーティアがお願いしたとお話しします。リツお姉さまに無理を言ってやってもらったと、ですから」

 

 と、思ったら姫様はわかって言ったようだ。

 そこまで覚悟してるなら私も一緒に怒られる覚悟をしようではないか。

 

「わかりました。ただ、たぶん私に教えてくれた方はゼシカさんと同じやり方で魔法を使っていたと思います。私はそれとは違うやり方みたいなので、その時のように出来るかどうかはわかりません」

「構いません。お願いします」

 

 迷わず頷く姫様に、行き詰まってたんだろうなぁと思う。

 たぶん藁にもすがる気持ちなんだろう。そういう気持ちはわかるので、姫様を促して立ち上がり、テーブルの上に用意していたバケツに照準を合わせて姫様の手に自分の手を重ねる。

 そして自分の魔力の栓を開けるのではなく、姫様の力を……と、考えるができない。

 いや、これ、アミダさんどうやったんだ??

 

〝逆にすればいいのよ〟

〝逆?〟

〝リツのを使えばできるわ〟

 

 私のを? と、いうと姫様と私の位置を逆にするってこと?

 そう思ったが、それが正解なのかにゅーちゃんは答えなかった。

 

「えーと、姫様。提案なのですが、私がやっているように、私にしてもらっていいですか?」

「え? ミーティアがやるのですか?」

 

 姫様の戸惑いもわかる。出来ないからやってもらおうとしてるのに、なんで出来ない側がやろうとするのか。

 私も同意見だったが、物は試しですと言いくるめて位置を逆に。

 ものすごく戸惑った顔のまま、姫様は促されてヒャドを唱えた。

 いとも簡単に私の掌の先に、氷塊が生まれてバケツの中に落ちた。ちなみに魔力は私のが使われたようだ。

 うん?

 うん??

 にゅーちゃんに言われたからやったものの、なんで? 姫様自身は発動できないのに、これではまるで私が魔法生成装置になったような……

 そこまで考えて、ハッとした。

 アミダさんが危惧してたのこれか!

 魔法を使えない者でも、私に魔法を使わせる事が出来て、しかも知らない魔法も連呼すれば使えるとか、とてもいい魔法兵器ですね。ニッコリ。って事か!?

 内心愕然としていると、姫様がポツリと言った。

 

「あの、わかったような気がします。リツお姉様、触れていていただけますか?」

「あ、はい、もちろん」

 

 姫様の声で我に返り、姫様の腕に触れる。姫様はすぐに目を閉じて集中し、ヒャドを唱えた。そして姫様の掌の先に、氷塊が生まれバケツの中に落ちた。

 

「魔力を構築陣の形にするのではなく、イメージした構築陣に魔力を流すのですね!」

 

 興奮した様子で振り返る姫様に、私はいやぁな冷や汗が出た。

 なんか発言からして、ゼシカさんの教えてたやり方じゃなくて私に近い方法でやっちゃった感がある。これ、ゼシカさんに叱られそうな予感が……

 しかし目の前で出来たと、素直に喜ぶ姫様に水を差すことも出来ず、はははと乾いた笑い声をあげるしかなかった。

 心配していた遺跡に出向いていたメンバーが帰ってくるまで、私は二重の意味でそわそわする事になったのだが、結論からいうとゼシカさんには溜息をつかれただけで終わった。私と二人で練習するという時点で何かしらやってくれるだろうと思っていたらしい。そんなつもり微塵もないのだけど、ゼシカさんの私に対する悲しい信頼が見て取れた。

 まぁそれは余談として、帰ってきた面々が言うにはドルマゲスが遺跡に入るのを目撃したものの、闇のようなもやに阻まれて遺跡に入ろうとしてもいつのまにか外に出てきてしまうらしい。丁度居合わせたベルガラックから来ていた例の傭兵が、サザンビークにある魔法の鏡が闇を払うという話をしていたのも聞いて、そっちに行ってみるか、もしくは私がどうにか出来ないかと考え一旦戻ってきたらしい。

 いや、さすがに空間がねじ曲がっているようなものに手出し出来ない。何かしてみろと言われても攻撃魔法ぶっ放してみる程度しか思いつかないし。

 試しに言ったら攻撃魔法はもうゼシカさんが叩き込んでいた。さすがです。

 だがそれも闇に吸収されるように消えたとの事。であれば、お手上げだ。一応情報屋にも連絡してはみるが、皆さんの判断と同じく魔法の鏡なるものをあたってみるより他はないと思う。あとは占いとか。

 という事でサザンビークに行く事となったが、残念ながら一行の中でサザンビークに飛べる者がおらず。ただ、トルネコさんがすごく早い足を貸してくれるところがあるという事で、馬に乗れるエイトさんとククールさん、そして何故か私で先行する事になった。まぁ、ルーラを使えるメンバーではあるのだが、それは別に後で連れて行ってもらってもいいのでは? と思わないでもない。

 疑問符を浮かべていると私を推薦したトルネコさんが、魔物に好かれやすいから念のためと、なんだかその足が何かわかってしまうような事を仄かした。

 十中八九魔物なんだろうなぁと思いつつ、船を岬の教会近くに停泊させてベルガラックに飛んでからてくてくと歩く。

 

「あのー、トルネコさん」

「はい、なんでしょう?」

「もうわりと日暮れなんですけど、今から伺っても大丈夫なんです?」

「ええ、問題ありません。あの御仁は四六時中愛でていますから、いつ行ってもそう変わりないのです」

 

 何を愛でているのだ、何を。

 なんかすごい変人っぽいのだが。横でククールさんとエイトさんが引いてる気がする。

 

「誰しも何かしら執着があるものです。あの方はそれが人とは少々異なるだけで……まぁモリー殿よりかは一途だと思いますし」

 

 モリーさんより一途って、逆にあれな気もするが突っ込むまい。

 せめて見た目が目に優しい魔物だといいなー。

 そう思ってやってきたのは、ラパンハウスというところ。

 きてみてすぐにわかった。建物の形がもろにキラーパンサーだ。

 なるほどなぁ。確かにキラーパンサーに乗れるなら速そう。でもすっごく乗りにくそうなのだが……振り落とされそうっていうか……

 トルネコさんの先導でキラーパンサー型のお屋敷に入れてもらうと、キラーパンサー柄のコートを纏った小柄な男性が執務室のようなところで書類を広げて仕事をしていた。まさかと思うが、あれはキラーパンサーの毛皮だろうか……愛でているとトルネコさんは言ったが……どういう愛で方なのだろう……

 

「ラパン殿、お久しぶりでございます」

「ん? お、おお! これはトルネコ殿、久しいですな」

「ご健勝のようで何よりです」

「そちらもお元気そうで。今日はどのようなお話でしょう? 以前も申しましたが荷を運ぶには適さないのですが」

「いえいえ、それはもうお話を聞いて諦めております。今日はラパン殿の大事な子達を少しお借りしたく参ったのです」

「荷運びでない? となると、そちらの方々かな?」

 

 男性の視線が初めてこちらに向けられる。それまでトルネコさんオンリーだったのでお付きの人にでも思われていたのだろう。

 トルネコさんに手招かれたので横に並んでお辞儀を一つ。

 

「こちらの方はリツさん。そして、エイトさん、ククールさんです。今は共に旅をする仲ですね」

「ほほぅ、随分とお若い」

「実力は申し分ありませんよ。それに、リツさんはバトルロードの現チャンピオンです」

「なんと!? ではモリー殿が敗れたのですか!」

「ええ、それもスライムやプチアーノン、さまようよろいで、です」

「それは……トルネコ殿の言葉でなければ信じられないところですね」

「私も自分の目で見なければ同じでしょう。どうでしょう? 彼らに貸してはくださらないでしょうか?」

 

 ふぅむと男性は唸って腕を組み目を閉じた。

 

「ひとつ、頼まれごとをしてくださらんか」

「なんでしょう? 我々に出来る事であれば伺いますが」

 

 男性は一つの袋を机に置いた。

 

「これを、ここから東にある四つの像の真ん中で待つ友に渡してくださらんか。相性を見る意味でも貸し出すゆえ」

「……かまいませんが、これは」

「ご推察の通りです。本来であれば私が行くべきところなのでしょうが……」

「いえ、何か事情があるのでしょう。承りました」

「ありがたい、友は夜明けに姿を現すそうです。どうかよろしくお願いします」

 

 なんだかよくわからないまま話が進み、屋敷の外へと出るとキラーパンサーが檻から出されお座りをしていた。

 なんか、四頭共にキラキラとした目を向けられている気がするが、スルーしてその内の一頭にまたがる。一応簡単な鞍のようなものがあるが、ほぼ、しがみつくように乗っている。せめてもの救いは鬣がある程度長いので手に巻きつけてしっかり握れるところだろうか。などと自分をごまかしてみるがもうすでに気絶したい。これ確実にロデオコースじゃないか。

 ここのキラーパンサーはよく人の言う事を聞くように躾けられているらしい。

 らしい、というのは全然そうとは思えないからで、何故ならトルネコさんが先導するはずが私が乗ったキラーパンサーが爆走を開始したからだ。

 一応どこに行きたいのかはわかっているみたいで、ラパンハウスの目の前に広がる湖を避ける形で南東方面からぐるっと回り込むようにラパンさんの言う場所へと駆けているようだ。

 そんな事を考えられるのは、爆走しつつも私の事を一応気にしているのか、思ったほど上下に揺れないからだ。ただ、それでも喋ると舌を噛みそうだし、いい加減握りしめている手が痛くなってきている。落ちたら骨折コース確実と思われるので、覚悟を決めてしがみついているが早く止まってほしい。

 私の願いが叶ったのは、それから30分程度経ってからだろうか。いや、そんなに経っていないのかも? 必死すぎて時間感覚がわからない。

 ガクガクしながら立ち止まったキラーパンサーから降りようとしたが、手が握った形のまま開けず、追いついたエイトさんに手伝ってもらってようやく地に足をつける事が出来た。私が乗っていたキラーパンサーは、キラキラしたお目目で、褒めて褒めてと私の顔に頬擦り……というか頭突きをかましてくれている。

 

「いやはや、懐かれるとは思っていましたが、ここまでとは思いませんでした」

 

 はっはっは、と笑いながら追いついたトルネコさんが簡単な夜営の準備をしてくれる。正直足腰に腕に手がガクガク状態で何もできない。

 と、思っていたらククールさんがホイミをかけてくれた。どうも怪我以外に回復魔法を使う発想が無いので忘れがちになる。

 礼を言って、夜営の手伝いをしてやっと一息。キラーパンサー君は私の真後ろに陣取って伏せているのだが、これはあれか? どうぞ凭れてもいいですよ。ってこと? でもなんか違ったら悪いのでやらないけど。

 

「相変わらず凄いな」

「まぁ、私ではなくテアーのおかげだと思いますけどね」

 

 ククールさんの呟きに、私は肩をすくめてため息をつく。悪いことではないとは思うが、今回はちょっとキツかった。

 

「リツさん、寝てもらって大丈夫ですよ」

「え、いやでも」

「いいぞ。見張りだけなら俺とエイトで問題ない」

「私も大丈夫ですよ。野営には慣れていますから、三人で順番を決めましょう」

 

 そう言ってサクサク順番を決めてしまう三名。正直、回復魔法でガクガクなのはおさまったが、全身の疲労は残っており配慮がありがたかった。

 お言葉に甘えて早めに休ませてもらうと、あっという間に眠りに落ちてしまった。

 

 

 

 囁くような、吐息と混ざるような、そんな小さな声が聞こえる。

 ぼんやりとした意識の中、夢に漂っているようなふわふわとした世界で誰かが呟いていた。

 

 

 あぁ やはり駄目になるのね 

 真似をしてみても 救いは奪われ 結局私の世界は壊れていく

 

 

 哀しみよりも、諦めの色が強い声だった。

 何かに疲れ、手放してしまいたいというような。

 

 

 

 ツさん…………リ…さん、リツさん

 

 身体を揺すられ、はっとして起きるとエイトさんがいた。

 辺りは薄っすらと明るくなり始めており、夜明け前だとわかる。ククールさんとトルネコさんもエイトさんに起こされたのか、若干寝起きの顔をしていた。

 

「早くにすみません。あれ、みえますか?」

 

 エイトさんが私たちにわかるように指さした先には、白じむ中、ぼんやりとした影があった。

 って、あれ………まさか、幽霊?

 反射的にエイトさんの後ろに隠れてしまう。いや、ほんと、それ系ダメなんです。ほんと。

 

「大丈夫です。敵意のようなものはありません。

 トルネコさん、もしかして友というのは……」

 

 エイトさんが言いかけたところで、地平線から朝日が顔を見せた。

 その輝きに大地が照らされていったとたん、ぼんやりとした影だったものがはっきりとした姿をとった。

 

「ええ、キラーパンサーの、彼のことでしょう」

 

 半透明のキラーパンサーは、いつの間にか出現した大樹の根本でお座りをして、じっとこちらを見ていた。

 トルネコさんは荷物からラパンさんから預かった例の袋を取り出すと、キラーパンサーに近づいて差し出した。

 お座りをしていたキラーパンサーは腰を上げゆっくりと近づくと、その袋に鼻先を近づけて小さく鳴いた。

 

「大丈夫よ。あなたのお友達が、あなたの大事な人を守っているわ」

 

 するっと私の口が動いて言葉が出た。

 あ、これにゅーちゃんだと思う間もなくキラーパンサーの顔がこちらを向き、のっそりとやってきて身体が硬直する。

 

"大丈夫よ。彼はあの人が心配だっただけだから。怖がらなくていいわ"

 

 ガチガチに固まっている私の手が動き、よしよしとキラーパンサーの頭を撫でる。半透明だけど、ふさふさとした毛並みを感じた。

 

「あんまりあなたが長くここに留まると、あなたの大事な人が心配してそちらに行ってしまうわよ?」

 

 にゅーちゃんは私の身体を使ってキラーパンサーの顔を覗き込んだ。キラーパンサーは、どことなく困ったような顔をしていたが、ふいっと顔を背けてそのままぐるりと背を向けた。そしてタンッと地面を蹴ると、そこに階段でもあるかのように空へと駆け上っていってしまった。

 

〝こんなところで命を落としたから、なかなか離れられなくなってしまったのね〟

〝こんなとこ?〟

〝世界樹の側よ〟

 

 私の身体は大樹を見上げた。よく見ればその大樹も透き通って見え………っうえ!? これ世界樹!?

 

〝そうよ。随分と昔に切り倒されてしまったようだけど〟

〝切り倒された!?〟

〝さすがに切り倒されたら枯れてしまうわ〟

〝ま、まじっすか。世界樹、枯れたの。っていうか、切り倒せるんだ……〟

〝朝露ぐらいならまだわけてくれるかもしれないけど、もう葉は望めないでしょうね〟

 

 ちょっと衝撃の情報に頭が停止していたが、朝露の言葉で突き動かされるように荷物を漁った。

 

「リツさん?」

 

 にゅーちゃんが私の口を使って話し出したあたりから、不思議そうにしていたエイトさんが声をかけてくる。

 

「ちょっと待ってください。トルネコさん、何か空瓶ありませんか?」

「空瓶? これでよければ。せいすいの空き瓶ですが」

 

 なんでもありますね。さすが商人。

 ありがたくお借りして、消えかかっている大樹に急いで近づいた。

 ……で、どうしたら?

 

〝お願いすればいいのよ〟

 

 お願い、ですか。

 戸惑いつつ空の瓶を持ったまま目を閉じ、どうか朝露を分けてください。と神社にお参りする気持ちで内心柏手を打った。

 

〝ほら、わけてくれたわよ?〟

 

 にゅーちゃんの声に目を開けると、空だった瓶が透明な液体で満たされていた。

 インパスを唱えると、世界樹のしずくと出た。

 

「……もらえた」

「もらえた?」

 

 訝しがるククールさんの声に振り向いて、瓶を見せる。

 

「こ、こ、これ、すごい回復アイテムなんです」

「何どもってるんだよ」

 

 そこはスルーしてください。貴重なものなので手が震えるし声だってどもる。そういえばトロデーンの宝物庫にも世界樹の葉があったなと頭の隅で思い出すが、原木? と対面した衝撃でそれどころではない。

 私が何をするのか様子を見ていたらしいトルネコさんは、あっと声を出し、消えゆく大樹と満たされた瓶を見比べ足早に近づいて来た。

 

「まさか、それは世界樹のしずくですか?」

 

 おお、さすがトルネコさん! よくご存知で!

 こくこく頷くと、やはりと言って日が昇り消えてしまった世界樹の跡を見た。

 

「世界樹が……枯れてしまう事があるとは……」

 

 トルネコさんの声には純粋な驚きがあった。

 私もびっくりしている。世界樹っていったらドラクエのナンバリングによってはあったりなかったりする存在だが、枯れているという情報は覚えている限り無かったと思う。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

唄を聴いた

またものすごく期間をあけてしまいました……すみません。
ついついカクヨムとかなろうとか、そっちのオリジナルを書いちゃうんですよね……はよこっち終わらせろという話なんですけども……ほんとすみません。


「と、とりあえず、これはククールさんにお渡しします」

「俺? 貴重なものなんじゃないのか?」

「貴重は貴重なんですけど、宝の持ち腐れになってもアレですから」

 

 ぎゅっと蓋をして外れないように封をしてからさっさとククールさんに渡してしまう。

 

「効果はベホマズンと同じです。祈りを込めて撒くと仲間の傷が癒えるそうですよ」

「これが?」

 

 懐疑的な表情のククールさんに私は真面目に頷く。インパスで調べてもそうなので、間違いない。

 

「ククールさん、日に翳してもらえますか?」

 

 トルネコさんに言われてククールさんが瓶を持ち上げて日に翳した。

 すると液体の中に煌めくような金色の光が舞った。

 

「きらきらしていますね」

 

 一緒に観察していたエイトさんが言えば、トルネコさんが頷いた。

 

「世界樹のしずくはこうして日に翳すと中に輝きが見えるんです。間違いなくこれは本物ですよ。

 本当は世界樹自体が生きていれば死者蘇生を叶える葉を分けて貰えたかもしれませんが……」

「そういえば……城の本にそういう事が書かれたものがありました。

 大昔、死者をも蘇らせる奇跡の葉を与える神聖な大樹があったが、戦乱の中で人の手により切り倒された。切り倒された大樹はさらに人の争いの種となり奪い合われた。

 確かこんな内容だったかと」

 

 エイトさんが思い出すように言った内容に、何だか胸がざわめいた。

 そんな筈ではなかったのにと感じるのは、私なのかにゅーちゃんなのか。ちょっとわからないが、悲しい話であるのは間違いなかった。

 

「人は行き過ぎると善悪を忘れ神の慈悲を自ら壊してしまうのですね…。

 我々商人は人の欲を叶える面もありますが、人と人を繋ぎ希望を繋ぐ事を忘れるとそちらに傾いてしまうのかもしれません」

 

 明日は我が身なのでしょうと呟くトルネコさんはとても悲しそうに世界樹の跡を見ていた。

 あちらで世界樹を見て、実際にその恩恵によって助けられた事があるのだろうか? ロザリーを助けているのなら間違いなくそうだとは思うが……さすがにそんな事を聞くわけにもいかない。

 

「……本物ってのなら若干使い辛い気もするが」

「だよね」

 

 微妙な顔をしてぼそぼそ言うククールさんに同意するエイトさん。いやいやいや。

 

「ククールさん。エイトさん。必要とあれば出し惜しみせずに使ってくださいね? 全ては命あっての物種なんですから」

 

 ちなみに私は出し惜しみしまくってラスボスでも結局使えないタイプだ。

 

「そりゃそうだが……わかったよ」

 

 ククールさんはエイトさんと顔を見合わせ、そう言って腰に下げている袋に仕舞ってくれた。

 

 ……大丈夫かな。割れないかな……ちゃんとしたウエストポーチ作ろうかな……

 

 この世界の荷物は袋に入れるというのが基本なので、どうにもそういう心配が出てくる。私とかは激しい運動をしないのでいいが、ククールさんは戦闘をこなすのでぜったい激しい動きになっているだろうし。

 

「で? これで頼み事っていうのは終わりでいいんだよな?」

「そうですね。ラパン殿の所に戻りますか」

「じゃ私ルーラしますね」

 

 ウエストポーチの事は一旦置いといて。はい、と手をあげて私は未だに周りをウロウロしているキラーパンサー四体においでおいでと手招きして近くに寄ってもらい全員纏めてルーラでラパンさんのお宅へ飛んだ。

 ラパンさんはトルネコさんから何があったのか説明されると、少し寂しそうに、けれど安堵したように弱く笑った。

 

「ありがとうございました。

 友はきっと私の事を心配して行くに行けなかったのでしょう……」

 

 そう言って、話を変えるようにキラーパンサーの貸し出しを許可してくれた。

 思うところがあるだろうと他人の私達は邪魔をしないよう早々に表に出て、さてサザンビークに行くかという段階になって私は恐ろしい事実に気が付いた。

 

 地図で見たのだがここからサザンビークまではかなりの距離がある。世界樹の跡があるところまでの距離と比べるとおよそ三倍。どう考えても乗っていられない。絶対落ちる。

 いや、しかしバイキルトやスカラや、とにかく補助魔法を掛けまくればいけるか? 途中で切れたら……舌嚙みそうでしゃべる事も出来なかったけど……舌噛みながら魔法唱えるか……

 

「……ツさん?」

 

 痛そうだな。いやいやそれぐらいは我慢して回復魔法掛ければ……ひたすら舌噛みながら回復を繰り返せば………拷問か。

 

「リツさん?」

「は? はい。すみません、何でしょう」

「深刻そうな顔をしていたからどうしたのかと思って」

 

 エイトさんが心配そうにこちらを見ていたので、考え込み過ぎていたかと苦笑い。

 

「ちょっとどうやって乗ろうかと考えていまして」

「どうやってって、昨日も乗っていただろう…が……」

 

 言いながらククールさんは私が大樹のところで一人で降りれなくなった事を思い出したのか、言葉が尻すぼみに消えた。

 

「ぶっちゃけますと、落ちる自信しかありません。補助魔法重ね掛けしても切れたら危険なので縛ってもらっていればなんとか、という感じでしょうか……」

 

 いやそれは。という顔をするお三方に、ですよねーと思う。

 しかし本当にそれぐらいしか思いつかないのだ。途中で休憩しても疲労は蓄積するからどんどん危なくなるだろうし……。

 

「俺たちだけで行くか」

「だね。トルネコさん、リツさんはキラーパンサーを貸して貰うために念のために呼んだんですよね?」

「ええまぁ。我々だけでも問題なく乗せてくれそうですから、ここまでで大丈夫ですよ」

 

 ちょっと苦笑交じりに頷いてくれるトルネコさんだが、いや笑いごとじゃないですって。こっちは死力を尽くしてしがみ付いていたんですよ。

 

「じゃあそういう事で、リツさんは船の方に戻っていてください。サザンビークに到着したら一旦戻ってルーラで飛びましょう」

 

 助かった!!

 

 と内心は盛大に大喜び。表ではしおらしく頭を下げて、安堵いっぱいで私はキラーパンサー君たちにみんなをよろしくねと撫で繰り回してから戻った。

 海辺に立つ教会を目標に戻り、船へと戻ると甲板ではいつものようにライアンさんが剣を振っていた。

 

「戻りました」

「無事でなにより。他の者は?」

「足を確保したので、これからサザンビークに向かうところです。向こうについたら一旦こちらに戻ってきてルーラで飛ぼうという事になりました」

「なるほど」

 

 甲板から船の中へと入ると、ゼシカさんと姫様が食堂でお昼の準備をしていたので一緒にそれを手伝う。

 キラーパンサーに乗った話や、世界樹の話をすれば姫様もゼシカさんも世界樹が枯れていた事はさほど驚きはせず、そういうものかという反応だった。

 やっぱり元々その存在を知らなければその程度の反応になってしまうのかと、仕方がないのかもしれないが少し物悲しい気がした。

 

「そういえばリツ」

「はい」

「ミーティア姫に何かした?」

「はい??」

 

 藪から棒になんだろうと手が止まる。姫様も何の話だろうとゼシカさんを見ているので、姫様がゼシカさんに何かを言ったというわけではないのだろう。

 

「練習を見てたんだけど、習い始めにしては多いのよ。私がリーザスに居た頃よりもかなり多いの」

「それは、ミーティア姫の魔力量がという事ですか?」

「そうよ。たぶん今の私と同じか少し手前ぐらいあるんじゃないかしら」

「そうなんですか?」

 

 それって結構な量なのでは?

 すごいですね姫様。と、姫様を見れば戸惑った顔をしていた。

 

「あの、それは何かおかしいのでしょうか?」

「いいえ。魔法使いの家系ならそういうこともあるわ」

「魔法使いの……あ」

 

 何かに気づいたように声を上げる姫様。

 

「それでしたら、曾お婆様が大きな魔法を使われていたそうですから、そのおかげかもしれません」

「魔法使いだったの?」

「はい。曾お婆様程ではないですけれど、王家では魔法を扱える者が時々現れるんです。逆にお父様のように剣の腕ばかりが上達する者も多いですけれど」

「へーそうなんだ」

 

 意外だと目を丸くするゼシカさんに私も同感だ。

 王族ってもっと傅かれてか弱いイメージが勝手にあった。あ、でもそうか、歴代ナンバリングの主人公って王家の人が多い。そもそも勇者ロト(正確にはロトは称号名で実態は3の主人公)が始まりとなって三つの王家が生まれたのがドラクエ1、2の世界だ。4は木こりの父親と天空人の母親の子だが、5は王族。6も確かそうだ。

 この世界がリンクしているのかはわからないが、魔物が蔓延る世界で王家が戦う力を持っていても何ら不思議ではないのかもしれない。

 ミーティア姫もこの見た目でかなり芯の強い性格だし、環境がそうさせるのだろうか。

 

「意外とトロデーンの王族は活発なんですよ?」

「あーそれはね、あの王様を見てるとわかるわ」

 

 王の事を思い浮かべているのがわかる顔で頷くゼシカさんに、姫様はくすくすと笑った。

 

「実は、お父様だけじゃなくって、お婆さまも城を抜け出したりしていたんですよ。それである方と出会ったりしたのですけれど………」

 

 不意に暗くなった姫様の表情に、私とゼシカさんは目を合わせて首を傾げた。抜け出した先で悪い事でも起きたのだろうか?

 

「ゼシカさんには婚約の話があったのですよね?」

 

 唐突な話題転換にゼシカさんは目を瞬かせたが、ちょっと嫌そうな顔で頷いた。

 

「母親がね、勝手に決めた相手がいるけど正直興味ないからどんなのか知らないわ」

「そうなのですか?」

「どこかの国の大臣の息子だとかなんとか」

 

 大臣の息子……そうだったのか。

 確かにゼシカさんっていいところのお嬢さんだからそういう話があってもおかしくないか。

 っていうか、婚約者いたのか……

 

「ミーティア姫が知らないならトロデーンじゃないだろうし、アスカンタでも聞かなかったからもしかしたらサザンビークかもね」

「ゼシカさんもサザンビークなのですか?」

「も?」

「あ……はい。一応、サザンビークのチャゴス王子と婚約しております」

 

 サザンピーク……って今エイトさん達が向かってるところじゃ……

 

 ゼシカさんも気が付いたのか、気遣わし気な表情になった。

 

「そうだったの……じゃあ、サザンビークには行かないでいる? ちゃんとした立場で会いたいんじゃない?」

 

「……いえ、そういう事はありませんが」

 

 眉間に珍しく皺を寄せた悲し気な様子に、これは……と私とゼシカさんは視線を交わした。

 

 納得してないわね?

 納得してませんよね?

 

 互いに同じ事を考えたのだとわかり頷きあう。

 

「……ちなみに、どうして婚約する事になったの? うちは立派な跡取りが欲しいからとかなんとか言ってたからだけど」

「それは……トロデーンとサザンビークは、昔仲が悪かったのを、ご存知でしょうか?」

「えーと、確かそれ、じい様ばあ様の代じゃなかった?」

「はい。その頃、遊学のためと諸国を巡っておられたサザンビークの王子と、城から抜け出したお婆さまが出会ったのです。お互い何者なのかも知らずに会ううちに惹かれあったのですけれど、互いの国はそれを許すはずもなく引き裂かれたそうです」

 

 敵国同士ならそりゃねという顔になるゼシカさん。

 

「その後、二人が王位につく頃には仲も改善され、互いの子が結び付いたらと考えたのです。結果として二人とも王子のみで姫が生まれず流れたのですが、今度はお父様の代になってからクラビウス王から打診があったのです。もうお婆さまもあちらの先代様も生きてはおりませんが、それでも子供を結びつけないかと。そうして生まれたのが私とチャゴス王子なのです」

「そのチャゴスって王子、どんなのなの?」

「それは……伝え聞くところによるとすらりとした背の高い美青年で下々にも優しく気高いお方とか……」

「へー……高評価なのね」

「はい……」

 

 結構夢を見そうな評判だと思うが……この反応だと、もしかして姫様、好きな相手がいるんじゃないだろうか……

 

 首を突っ込む事ではないと思いつつ、私は手を上げた。

 

「一つ質問してもいいでしょうか?」

「はい、なんでしょう?」

「結婚した場合、ミーティア姫が向こうに行かれるのですか? それともそのチャゴス王子がトロデーンに?」

「私がサザンビークにまいります。後継者は私に子が二人できればそれぞれ。できなければ血族で一番王家に近いものがなる予定です」

 

 なるほど……しかしそこまでするほど意味のある結婚か?と思ってしまう。どう考えてもトロデーンには益が薄い。あの王だって姫様と離れて暮らしたい訳ではないだろうし、友好関係を保つという意味を持つにしても、姫様が輿入れするほどの意義が見出せない。

 

「あの、ちなみにサザンビークからトロデーンに対して何か贈られるような権利や物資や、約定なんかはあったりするのでしょうか?」

「いえ、そういったものは。あくまでも対等な国としての婚約ですから」

 

 ますます意味が見出せない。そもそも本人達の意思を無視されて引き裂かれたところから始まっているのに、自分の子や孫に同じように意思を無視するような事を押し付けるというのがどうにも解せない。姫様には教えられていない何かがあるのだろうか。

 

 黙された何かが無いのであれば………でも状況がな……トロデーンの呪いが解かれた後、経済的に打撃を受けてる事は間違いないだろうし、民の暮らしぶりを安定させるだけの力がトロデーン単体にあればいいが、無ければそれこそ他国に頼らなければならない事態も考えられる。そうなると姫様の輿入れは格好の政治として使われるだろう。

 

「ごめんなさい、変な話をしてしまって」

 

 考え込んでしまった私に笑みを浮かべて謝る姫様に、いいえと首を振って、それ以上なんと言えばいいのかわからなかった。

 

「ねぇ、ミーティア姫、そんな事勝手に決められて嫌だと思わないの?」

 

 直球! ゼシカさんとっても直球で聞いた!

 

「思いません。お父様は私のことも国のことも考えてお決めになられたのだと思いますから」

「そう? 結構てきとうじゃない?」

 

 私個人としては激しくゼシカさんに同意したいが、それしたら姫様が哀しみそうなので、頷きかけたまま微妙な姿勢で身動きが取れない。

 

「私はお父様を信じていますから」

 

 少しはにかんで話す姫様はこの上なく可愛くて、愛らしくて……頼むからサザンビークの王子よ評判通りであってくれと願わずにはいられなかった。

 

「すごいわね……私だったら反発すると思うわ」

 

 その言葉に間違いなくゼシカさんなら反発するだろうなと想像していると、姫様もそう思ったのかくすくすと笑っていた。

 

「確かにお父様は完璧じゃありませんけれど、でも、お母様が昔から聞かせてくれた子守唄があって、それを聞いていたからそんなお父様でもいいと思うんです」

「子守唄?」

「あなたのお父様という唄です」

「あぁ、あれね。うちもすっごく小さい頃に聞いたけど、そんなに良かったの?」

「全然。むしろ酷い内容ですよ」

 

 なんだろう。二人は通じ合っているが、あなたのお父様?というのは有名な子守唄なのだろうか?

 

「どんな唄なんですか?」

「母親が父親の事を歌詞にして唄う子守唄よ。夫婦仲が悪いとしょっちゅう内容が変わる事で有名なんだけど、知らない?」

「知らないですが……」

 

 すごい子守唄だな。仲悪いと暴言の嵐のような気がする。

 

「ねぇ、どんなのかちょっと唄ってみてよ」

「今ですか?」

「あ、私も聞きたいです」

「リツお姉様まで……わかりました」

 

 姫様は少し顔を赤くして、こほんと咳払いをしてから恥ずかしそうに唄ってくれた。

 

あなたのお父様は とっても短足 びっくりするぐらい足が短いの

あなたのお父様は とっても小さい びっくりするぐらい背が低いの

あなたのお父様は とっても気分屋 びっくりするぐらい話す事がコロコロ変わる

あなたのお父様は とっても怒りんぼ びっくりするぐらい真っ赤になって怒るの

 

 ……びっくりするぐらい悪口が続いてるんですが。王よ、奥さんと仲悪かったのです?

 

でもね、あなたのお父様は とっても足が早い 泣いているとすぐに駆けつけて、小さな体でいっぱい抱きしめてくれる

でもね、あなたのお父様は とっても暖かい いつもあなたを笑わせようといっぱい考えて、あなたを泣かせるものを絶対許さない

とってもとっても優しい人が、あなたのお父様よ

 

 ……字余りがすごくて、無理矢理感溢れる歌詞だけど、歌い終えて照れたように目元を赤くしている姫様を見ていると、ご両親にとても愛されているのが伝わってきた。それから、王妃様が王を愛していた事も。

 

「……いい歌詞じゃない」

「ゼシカさんはどんな歌詞だったんです?」

「つまらない歌詞よ、アルバート家に相応しいとかそんな感じの面白みも何もない歌詞」

 

 手を振ってあしらうゼシカさんだが、ちょっと声に動揺が混じっている気がする。唄ってと言われたく無いような、恥ずかしがっているような、そんな感じだ。

 姫様は聞きたそうにしていたが、結局ゼシカさんはご飯を作らないとと言って有耶無耶にしてしまった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

噂話を聞いてしまった

毎度毎度更新が遅いのに見に来ていただいて本当にありがとうございます。


 ところで昼食作りを途中から手伝ったのだが、その完成形は豆の塩味スープにザワークラウト、保存用のカチカチパンだったっぽい事が判明した。

 出ていた材料がなんとなく少ないな?と思ってそれとなく確認した結果だったのだが、ゼシカさんも姫様もまともにご飯を作った事が無かったのだから仕方がない。

 そもそも姫様も私がいなければスープをかき混ぜるぐらいしかどう頑張っても手伝えないので当たり前だと言えば当たり前だった。たぶん、出来る事がなくて手持ち無沙汰になっていた姫様をゼシカさんなりに気に掛けてこういう状況になったんだろうと思われる。

 ゼシカさんは最初の頃は姫様が馬の姿をしていたからというのもあるが、会話をするという仲でもなかった。それからしてみるとこうやって気にかけるような関係になったのはなんだか嬉しい。特に姫様は身分的にこういう気兼ねない友人関係なんて早々結べなかったんじゃないかと思う。

 なんてしみじみしていると、そのまま豆スープコースになりそうなので、鍋をかき混ぜつつ私の肩に手を置いてもらっていた姫様の手を引いて、ザワークラウトを山盛りにしそうになっていたゼシカさんを止めて、とりあえずゼシカさんには乾燥ソーセージを切ってスープに投入してもらい、私は姫様の後ろから二人羽織のように腕を回して根菜の皮剥きを補助、それを適当に切ってもらってこれもスープに投入した。

 姫様は初めての経験に手元はおぼつかなかったが、楽しそうにしていたので今後も余裕があれば誘うのもいいかもしれない。ゼシカさんもチラチラ見ていたから一緒に。

 最後に固いパンを薄切りにして濡らした綺麗な布巾で包んでから、バギとメラの合わせ魔法で温めて、それから軽く焼いて完成だ。

 船に残っているメンバーに知らせたら、ヤンガスさんは私の手を取って泣いて喜んでゼシカさんに凍らされそうになっていた。

 まぁ……昨日の夜のメニューが今作ろうとしていたメニューと同じだったのなら気持ちはわかるが、言っちゃダメなやつだ。ヤンガスさん以外は賢く黙っている。

 あの王でさえ何も……いや、姫様が僅かでも関わっているなら王は何も言わないか。なんというか、短所もあるけど王としてではなく人として、そういうところは本当に一貫してお父さんなんだなと純粋に思う。あの姫様の子守唄を聞くと余計にだ。 

 ご飯を食べた後は片付けをして、夕食の仕込みをしてから錬金釜の様子を確認して、姫様の魔法練習のお手伝い(肩を差し出すだけ)しつつチクチクと縫い物仕事をしていた。

 旅生活なのでみんなの服もいろんな理由でほつれたり穴が空いたり、傷んだ原因を考えては胃が痛くなるが……そこにはもう蓋をする。

 それより修繕しながら別の事、ウエストポーチの構造を思い浮かべる。沈んでいるより少しでも有益な事を考えている方がマシだ。

 ウエストポーチは、イメージ的には色々入れられるというより、回復薬なら回復薬をセット出来る様にあらかじめその形にしてしまって、一箇所に一つを固定するようにしたい。そうすれば互いにぶつかり合って破損することも無いだろう。バックパックのように背後にある方が動きを阻害しないだろうから、腰の後ろにつける前提で作るとして……取り出しやすさも考えると固定は簡単に外れた方が良く……

 あーでもないこーでもないと考えながら、翌日には仮の布でサンプルを一つ作る事が出来た。でも素人が作ったのでそのまま使えるようなレベルではない。後でトルネコさんに見てもらって革製品で作れるのか、そもそも実用的なのかどうなのか相談しようと置いておく。

 エイトさん達が戻ってきたのはその日の夕方だった。

 

「ただいま戻りました」

「おかえりなさい」

 

 甲板の掃除をしていたら、エイトさんにククールさん、トルネコさんと船に戻ってきたので駆け寄れば、随分よれっとした様子で……あ。

 

「魔物、多かったです?」

「そりゃもう大量大量」

「ククール」

「大丈夫です。キラーパンサーのおかげで大半は回避出来ましたよ」

 

 両手で大量だと苦労をアピールするククールさんを嗜めるエイトさんと、苦笑するトルネコさん。

 キラーパンサー君達のおかげでパス出来たのなら良かったけど……この影響本当にどうにかならないかな……

 

〝もう少し欠片があればどうにか出来るかもしれないけれど今は難しいかしら?〟

 

 にゅーちゃん?

 

〝近くにあったりすると思うんだけれど〟

 

 近く?

 って、近くににゅーちゃんの欠片があるって事?

 

「最初の一日だけだから、言うほどじゃないんです。心配しなくてもいいですからね? まったくもう、ククールは大袈裟だよ」

「冗談だって。リツもわかってるさ」

 

 あ、いえ。わかって無かったですが。

 とりあえず目の前に意識を戻して微妙な顔でハハと笑えば、ほら、とエイトさんが腰に手を当てた。

 

(ちょっと待ってにゅーちゃん、後で詳しく聞かせて)

〝いいわよ〜〟

 

「魔物の事は全然問題ないので。それより、サザンビークに太陽の鏡を借りれるか交渉をしないといけないんですが、その事でちょっと……」

「ゼシカとリツに来てもらおうと思って」

 

 口籠もるエイトさんに代わるようにククールさんが続けた。が、私とゼシカさんを?

 

「ゼシカさんは身分的にわかりますけど、私もですか? 私より交渉ごとに長けていそうなトルネコさんにお願いした方がいいんじゃないですか?」

「トルネコのおっさんにも来てもらうけどな、場合によってはこっち方面で攻める手もあるかなと」

 

 こっち方面?

 

「王族だとか貴族だとか、ほんとは顔を見るのも嫌だが……ま、遊んでた頃に耳に入った話とか? そういうのを集めると有効かもしれなくてな。使わない方がいいだろうけど、最悪盗むよりはマシって程度だ」

「盗むって……」

 

 いや……でもそうか。国の宝をそんな簡単に貸し出すわけが無い……貸し出した国もあったけどな。しかも借りパクしちゃったし。でもアスカンタは恩義を感じて協力してくれたのだから、あれは例外中の例外だと思う。

 今回は婚約を結んでる相手国なのだから、正攻法で事情を明かしてトロデーンの窮状を伝えるというのが手っ取り早い気がするが……考えてみればそこのところ、王はどう考えているんだろう。

 エイトさんも婚約の事は知っているだろうし、どう考えているのだろうかと見ると、難しい顔をして眉間に皺を寄せ黙り込んでいた。

 視線をトルネコさんにずらすと、こちらもなんとも言えない様子で微妙な空気感というか。

 

「まーまー深く考えるなって。リツは普通にしてたらいいから」

「……何かお役に立つのならいいですが。エイトさん、サザンビークに行く前にちょっと時間もらえますか?」

「あ、はい」

「サザンビークとの交渉の仕方について陛下にも確認をとった方がいいと思うので」

「……そうですね……はい」

「じゃサザンビークに行くのは明日にするか? もうじき城門が閉まる頃合いだろうから」

 

 ドルマゲスの事を考えると早く行った方がいいのだろうが、だがさすがにこの件は確認無しには動けない。

 

「そうして貰えますか?」

「いいぞ。一日中あれに乗ってたらさすがに疲れたしな。休ませてもらうわ」

 

 ひらりと手を振って早々に船室へ降りていくククールさんと、それではとトルネコさんもそれに続いた。

 

「……あの、リツさん。ちょっと話を聞いて貰えますか?」

 

 二人が船室に消えて、これから陛下のところへ行くか、それともひと息入れてから行くか聞こうとしたら、思い詰めたような顔のエイトさんに逆に乞われた。

 

「どうしたんです? もちろん聞きますよ」

 

 ちょっと、とエイトさんが船首の方へと手招くので、ライアンさんとジョーさんが剣を交えているのを横目に着いて行く。

 反対側(うしろ)の船尾の方ではライアンさんのホイミンとモリーさん、モリーさんのところのベホマスライムが何か話しているような遊んでいるような……モリーさんの行動は未だよくわからない。たまに船の中央にある帆柱(帆は無いが)の上によじ登ってスカーフをたなびかせていたりしているし。

 他の人たちから距離を取ったところでエイトさんは振り返った。

 

「実は……サザンビークの王子とミーティア姫は婚約をしているんです」

「あ、はい。ミーティア姫から聞きました。

 なので陛下にもサザンビークと交渉する時にトロデーンの事を伝えるべきか、それとも隠すべきか確認をしようと思っていました」

 

 やっぱりエイトさんも知ってたか。

 

「その件なんですけど、隠す方向で話をして貰えないですか?」

「ええと……何故か聞いても?」

 

 エイトさんは珍しく疲れたようなため息を吐き出すと、その場に腰を下ろした。

 なんだか参っている様子に心配になってこちらも腰を下ろして様子を伺うと、どうしたらいいんでしょうかとエイトさんは呟いた。

 

「本当は、トロデーンの事を伝えるべきだとは思うんです………リツさんがいれば陛下は元の姿に戻れますから、サザンビーク側も話を聞いてくれると思いますし……太陽の鏡を貸してくれる可能性は高くなると思います」

 

 でも、それはしたくないと?

 続く言葉をじっと待っていると、エイトさんは重いため息をついて、やっと口を開いてくれた。

 

「…………サザンビークの王子は……どうも素行に問題があるようで」

 

 ………なに?

 

「もちろん、ただの噂話という線もあるんですけど、トルネコさんが言うには義務から逃げて遊び回っているという話がサザンビークの城下では当たり前に話されているようで……それからククールが言うにはチャゴス王子は女性に目がないと……口説かれた女性を何人か知っていると言って……」

 

 ……………まじですか。

 や、ま、まぁ……でも、ほら、王族って子孫残すのが最大の義務だったり………………ないわ。いやいややっぱないわ。血統を考えても余計な争いや揉め事を回避する意味でも婚約者がいる状態で口説くのは無いわ。百歩譲って青春謳歌、若気の至りだとしても、情報ダダ漏れとか無いわ。せめて隠してやってくれよ。いややる事自体どうかと思うけども!

 駄目だ。

 姫様の婚約者がと思うとショックがでかい。いやいやまてまてまだ噂の段階。しかし火のないところに煙はたたぬと言うし……

 

「王家の婚姻ですから、そういう事で覆るものではないと思うんですけど……でも、ここでトロデーンの窮状をサザンビークに助けてもらったら、結婚した時ミーティア姫は立場が弱くなって……何をされても文句が言えなくなるかもしれない……

 頭ではまずはトロデーンをどうにか救う事の方が先決だとわかっているんですが、でも、このままトロデーンの窮状が続いた方が結婚しようがないからいいかもなんて……思ってしまって………すみません」

 

 馬鹿な事を言いましたと項垂れて謝るエイトさんに、咄嗟に言葉が出てこなかった。

 苦いものを飲み込もうとするような、でも出来なくて苦しいような、泣きそうな顔をしていた。

 これ、たぶんだけど………エイトさんは自覚はしてないけど、やっぱりそうなんじゃないだろうか……護衛として、自国の姫として、守るべき相手だからと言って、ここまで苦しそうな顔をするとはあまり思えない……というのは、私の考えすぎか?

 いや、でもな……そういう様子はちょこちょこ見られるっていうか……

 だけど、仮にそうだとしても、エイトさんがそれを自覚したとしても、その気持ちを表に出すことは出来ないだろう。彼らは主従の関係なのだから。

 半開きのまま固まった口を閉じて、どうすべきかと悩む気持ちを一旦脇にどける。

 

「………私も、ミーティア姫が不幸になるのは嫌です。陛下には一旦こちらの身元は明かさない方針で話しましょう」

「リツさん……いいんでしょうか」

 

 弱々しく顔を上げたエイトさんに力強く頷く。

 

「別に真実を明かさなくても借りられる可能性だってあるんですから。今から気を揉んでも仕方がありません。それに、王子の様子を確認することが出来るかもしれません。王子と接触できれば噂が本当かどうか、ゼシカさんあたりを見る目である程度はわかる…と……」

 

 ……まさか。

 言いながら気づいたんだけど……

 

「あの、もしかしてククールさんがゼシカさんと私に来るように言ったのって」

 

 もしやと浮かんだ考えを尋ねれば、エイトさんは眉を下げて非常に情けない顔をした。

 

「………はい。色仕掛けだそうです」

 

 白状したエイトさんに、思わずその下がった肩を叩く。その手の事に疎そうなのに、ククールさんに押し通されたんだろう。どんまい。

 

「ゼシカさんを連れていくのはやめましょう」

「あ、その……たぶんチャゴス王子の好みはゼシカの方だとククールが。念のためリツさんもって……ことで……」

「……ほう。念のため」

 

 あれか、私が好みの奴なんてそうそういないけど生物学上女だから当たる可能性がゼロじゃ無いってそんな程度の理由かいククールさんよ。

 

「あ、いえ、僕はリツさんも綺麗だと思いますよ、ゼシカと違った系統というか、スレンダーというか」

 

 エイトさん、フォローしようとしたのはわかるけど、今の言葉で大体察したですよ。

 どいつもこいつも胸に価値を置きやがって。どうせ私はまな板ですよ。

 

「わかりました。この話はきちんとゼシカさんに通します」

「リツさん……」

「そんな情けない声出さないでくださいよ。別にゼシカさんだってちゃんと話せばわかってくれます。大丈夫ですよ。

 むしろ何も知らされずにやらされる事になったら、そっちの方が不味いです」

「えっと……ククールは交渉は自分がするつもりだったみたいで、ゼシカにもリツさんにも気づかせるつもりは無いって言ってました。だから、ククールなりに気を遣ったって言うか……」

 

 なるほど。気を遣った結果なのか。

 だけど無理があるだろうに。どう頑張ってもその手の視線ってゼシカさんは敏感だと思うのだ。私はそんな目で見られた事が無いからわからんけどな!

 

「……まぁ、意図はわかりました」

 

 後でククールさんに声をかけよう。そんな風に一人で貧乏くじを引かなくたっていいのだ。

 私だって自前で勝負しなくていいなら偽乳で協力できる。まな板の肉寄せ術を舐めるなよ。寄せまくって下を詰めて締めればそれなりに見れるんだぞ。

 

「じゃあまぁとりあえず陛下から話をしましょう。それが終わったらエイトさんは休んでください。ゼシカさんにはうまく言っておきますから」

「いいんですか……?」

 

 エイトさんってゼシカさんに弱いところあるよなぁ……気が強い女性に弱いんだろうけど。

 

「問題ありません。さ、行きましょう」

 

 手を差し出せば、ほんとに助かりますと手が乗せられて引っ張り起こす。

 そうして二人で王を探して話をしたところ、こちらが心配する事もなく伏せる方向で決まった。王も姫様に瑕疵をつけたく無い気持ちが強いようで、それでダメなら明かすより他にないと諦める方向となった。

 今後のサザンビークとの付き合いも考えているようだったから、姫様に瑕疵をつけたく無いというだけではないのだろうと思う。現在は婚約を結ぶほどの友好関係があるが、何か均衡が崩れるとどうなるかわからないところがあるのかもしれない。国同士の政についてはまったく詳細がわからないので憶測でしかないが。

 夕食の後、ゼシカさんに例のことを話せば婚約者がいるのに他の女を口説くってあり得ないと憤慨し、本当かどうか見てやろうじゃないと逆にやる気になってしまった。とりあえずは普通に交渉するからと宥めたが、まぁ私も似たような事は考えていたので人の事は言えない。

 片付けを終えて明日の準備をして、ククールさんに色仕掛けの事を聞いたぞと話をして一人でやろうとしないでくれと釘を刺した。まぁ言ったところで聞くような人ではないと思うが、言わないと余計にあれこれ一人で考えるタイプだと思うので言うこと自体に意味がある。と、思う。たぶん。

 はいはいと手を振られてあしらわれてしまったが、ちゃんと伝わっているといいが……

 

 自分用に整えた船室に戻りベッドに倒れて、はぁーと息を吐く。

 ……心配事が増えるばかりだ。

 

 力を抜いてごろりと仰向けに転がると、僅かな波の揺れを身体に感じた。

 心配事が増えるばかりだと思いながら、その揺れに身を任せていると眠気が襲ってくるのだから、私の神経も大概だなと思う。

 

「あ、そうだ……にゅーちゃん」

 

 瞼が降りそうになるのを堪えて起き上がり、眉間をぐりぐりして一旦眠気を誤魔化す。

 忘れかけていたが、大事な話があった。

 

「にゅーちゃん、今話せる?」

〝なぁに?〟

 

 すぐに返答が返ってきたので、話が出来そうだとほっとする。結構重要な内容だったからな。

 

「魔物が活性化する事なんだけど、欠片を集めればどうにか出来るって認識であってる?」

〝ええ、そうだと思うわ。やれる事が増える筈だもの〟

「了解。それで、その欠片って近くにあるの?」

〝たぶん? そんな気がするのだけれど、はっきりとはわからないわ〟

「じゃあ少なくともこの世界にあるかはわかる?」

〝そうね。次元を超えてはいないと思う。超えていれば今のわたしにはわからないと思うわ〟

「なるほど……」

 

 だったら望みが無いわけではないな。

 ………いやまぁ、あったとしてもどうやって回収を?って話だけども。

 そもそもにゅーちゃんが私に宿っているのも知らなかったからな私。切っ掛けはイシュマウリさん曰く歌っぽいけど、特別何かをした記憶も無い。

 かなり困難そうという事だけはわかった。

 結局そこは迷惑掛けっぱなしになるのかとため息が出そうになる。

 

〝そんなに難しく考えなくても大丈夫よ。律ならきっと集められるわ〟

 

 だといいんだけどなぁ……

 

〝大丈夫。心配要らないわきっと〟

 

 闇に彷徨うような気持ちが、ふわりと背中から暖かなものにつつまれるような気がした。

 いつだったか、これと同じ感覚を感じた事が……あぁ、そうか。

 

「ありがとう。にゅーちゃん」

 

 何でこんなにも不安に苛まれないのか。落ち着いていられるのか。私の神経が図太いだけではなかったのだ。

 ずっと、こうやって守ってくれていたのだろう。

 

 閉じた瞼の裏で私の姿で首を振るにゅーちゃんの姿が見えたような気がした。

 




前回オリジナルを他サイトに上げていると載せたのですが、いくつかお問い合わせをいただきまして……まさかそんなお問い合わせをしていただけるとはと。

設定も適当でノリで書いてる代物ものなので、お目汚しになりそうで恥ずかしいのですが、ご興味あるという奇特な方がもしおられましたらどうぞお暇潰しに。

最近連投(自分なりに)している話です。

『その占い師、不死者です。』
カクヨム https://kakuyomu.jp/works/16816452219748981478

なろうにも載せてはいるのですが、そちらは投稿忘れが多々あるので(汗


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サザンビークに向かった

そろそろ書くのが大変な部分に差し掛かってきました。
(大変じゃないところは無いんですが、より大変という事で)

基本的に原作に沿うように書いておりますが、この辺りから特に独自要素(描かれていない部分の想像とか解釈も含めて)が強くなってくる予定です。
原作のドラクエ8の世界観が好き、原作通りのストーリーが好きという方はちょっとお勧めできないかなぁと思っています。
その辺りは、あ、無理と思われたらそっとブラウザバックでお願いします。

それから誤字報告いつもありがとうございます。
なかなかパソコンを開いて確認出来ない環境のため反映が遅れまくっていますが、時間作って確認して反映していきますのですみません。

あと、前話の
『姫様に痂皮を~』は誤りです……(恥)
『姫様に瑕疵を~』が正しいです。瑕疵はキズや欠点という意味合いです。
ちなみに痂皮はかさぶたの事です。
本当、携帯の変換機能が敵です……あれ何とかなりませんかね……(泣


 翌朝、見張りのモリーさんを除くみんなで朝食をとりながら、トルネコさんにバックパックの試作品の相談をしているとモリーさんが何やら小さな紙のようなものを手にして甲板から降りてきた。

 

「情報屋からの知らせのようだ」

「ありがとうございます」

 

 片手は姫様に触れているので申し訳ないが片手で受け取って、それを指で伸ばして中を読む。だいぶんこの世界の文字にも慣れてきたが、こう小さいとちょっと読みにくい……

 

「なんと言っておるんじゃ?」

 

 姫様を挟んだ向こうに座る王が顔を伸ばしてきたので、姫様に謝って前に手を伸ばし紙を渡す。

 

「ドルマゲスはやはり操られている可能性が高く、推測ですが操っているのは……陛下、その部分読んでいただけますか?」

 

 そこだけ知らない単語で何と読むのかわからなかった。

 

「どこじゃ?」

「ええと……ここです」

「あんこく……神。暗黒神と書いてあるな」

「暗黒神?」

 

 なんだそれ?というようなククールさんのオウム返しに、私も知らないので首を振る。

 

「詳細はまだ不明だそうです。ただ、各地に残る遺跡に暗黒神?とその暗黒神を封じた賢者にまつわるものが残っているそうで、情報屋はその賢者というのがどうもドルマゲスの狙いに関わっているのではないかと思い調査しているみたいです」

 

 ふぅん?とよくわからないという顔をしている面々。

 私としては賢者と聞くと魔法使いと僧侶の兼業職のイメージが強いのだが、この世界でも同様なのだろうか? 個人的なイメージだと、賢者よりもそういうのは勇者の方がしっくりくるんだけどな……

 まぁこちらに来てから賢者と名乗る人に出会った事が無いからその辺はわからない。調べてくれるというのならその結果を待とう。こっちはこっちで魔法の鏡を手に入れないといけないのだから。

 っていうかそうだ、魔法の鏡の交渉がうまくいかないなら情報屋に手伝ってもらうのも手じゃないか。

 

「……賢者」

 

 先に食事を終えていたゼシカさんが何かを思い出したように顔を上げた。

 

「ねえリツ、情報屋に連絡取れる?」

「連絡というか、ルーラですぐに行って帰ってこれますが」

「じゃあ悪いんだけど、ちょっと付き合ってくれる? すぐに終わると思うから」

 

 私が王とエイトさんに視線を向けると、構わないと頷かれた。

 ミーティア姫も早く食べてしまいますねと綺麗な所作でぱくぱくと食事を口に入れるので、こちらも急いでご飯を食べて急かすゼシカさんに追い立てられるようにルーラで飛んだ。

 

 どうにかルーラの浮遊感にも慣れて無事に着地したところで、すぐに歩き出したゼシカさんの後を慌てて追う。

 

「どうしたんです?」

「ちょっと思い出した事があるの。もしかしてって程度なんだけど、それでも何か手掛かりになるなら先に知らせておいた方がいいと思って」

「はぁ」

 

 思い出した事ってなんだろう?と首を傾げつつ、いつ来ても雑多な様子のパルミドの街並みを二人で早足に進んでいく。

 居るかどうかわからないが、いなければいないで書置きを残しておけばいいだろう。見覚えのある情報屋の家のドアを叩くと、幸いな事に応えがあった。

 

「お久しぶりです。朝から申し訳ありません、今少しよろしいですか?」

「ちょっと思い出した事があるの。賢者の件でお邪魔するわよ」

 

 私の言葉に被せるようにゼシカさんが言って、少しだけ開いていたドアをがっと掴んで開けた。

 

「ちょ、ゼシカさん」

「思ってる事が当たってたら急いだほうがいいのよ」

 

 訪問販売の犯罪バージョンのような入り方に思わず止めようとしたが、ゼシカさんは強い口調で遮って中へと入ってしまった。

 

「情報屋、賢者について調べているんでしょ? ドルマゲスの狙いが賢者に関わっているかもしれないって」

「……朝から随分と強引ですね」

 

 情報屋は至極ごもっともな事を言ってから、それでも溜息をついて入り口でおろおろしている私を招き入れてくれた。

 それからドアを閉めると眼鏡の縁に指を当て神経質そうにくいっと持ち上げると、仁王立ちのまま返答を待っているゼシカさんにもう一度ため息をついて諦めたように答えた。

 

「……ええまぁ。

 手あたり次第に人を殺していないところを見ると、何かしら目的のある殺人を行っている。つまり標的がいるのは間違いないでしょう。集めた情報を見直すと封印を行った賢者が何らかの鍵だとは思います」

「じゃあその賢者が……いいえ、賢者の子孫が標的だという線も有り得るという話ね?」

「可能性の一つとして考えてはいますが、何分賢者がどのような存在であったのかまだ判然としていないので………もしや今まで殺害された中にそのような人物が?」

「詳しくは覚えていないけれど、私の御先祖様のリーザスという女性が賢者の子孫だという話を聞いた事があるの」

 

 リーザスってリーザス村の名前そのままじゃ……いや、そうか。その人からリーザス村という名が付けられたのか。それがゼシカさんの御先祖様で。

 

「リーザスは魔法剣士の家系で、とても強かったと聞くわ。そして兄も……魔法剣士としてとても強かった」

「……二人目の被害者ですね」

 

 なるほど、と目を細め呟く情報屋。

 

「もしかして他の殺された人も同じじゃないの? 他にも賢者がいて、その子孫を殺して回っているなら、狙われる人だってわかるかもしれない」

「待ってください。そうであれば同じく子孫のあなたも殺されている筈では?」

 

 情報屋の冷静な指摘に、ゼシカさんは「あ」と言葉を途切らせた。

 

「それに人の血は年月と共に混じるものです。かなりの人数が子孫となっていてもおかしくない。だが殺害された対象はそうではない」

「………そう……ね。ごめんなさい。もしかしてと思ったら早く調べた方がいいと思って」

 

 これ以上、犠牲者が出て欲しくなかったから。

 言葉にはされなかったが、ゼシカさんの気持ちは見て取れた。それがわかったのか、情報屋も少し表情を緩めていた。

 

「追加の情報です。

 ドルマゲスが向かったと言われている北の島ですが、そこには闇の遺跡と呼ばれるものがあるそうです。昔、暗黒神を祀った異教徒たちの神殿ですね」

「暗黒神……」

「どのような存在だったのかまだ調査途中ですが、そこにドルマゲスがいるのなら、やはり暗黒神と無関係である確率は低いでしょう。仮にも神とつくものです。重々気をつけてください」

 

 ゼシカさんは少し笑みを浮かべて頷いた。

 

「わかったわ、気をつける」

「こちらも狙いについてもう少し調べてみます。貴女のおっしゃっている事もあながち外れていないのかもしれません。賢者が封印に使用した何かを殺害された人が持っていたという可能性もありますから」

「……そうね。ありがとう」

 

 話が途切れたところで、ちょっと手を上げる。

 

「その闇の遺跡の件なんですけど、少しいいですか?」

「どうぞ」

 

 二人の視線がこちらに来て、情報屋が表情を元に戻して促した。

 

「遺跡に入ろうとすると、黒い靄みたいなもので覆われて進めないみたいなんです」

 

 ですよね?とゼシカさんに同意を求めると、すぐに頷いてくれた。

 

「それでサザンビークにあるという魔法の鏡で打ち払えないかという話になったんですけど、さすがに簡単には貸してもらえないかと思っていまして、交渉がうまくいくよう助力いただけないでしょうか?」

「サザンビーク? ……あぁもしや、そういう事ですか」

 

 何やら納得されてしまった。

 あの?と首を傾げると、失礼と謝られた。

 

「サザンビークに盗人が入ったという話があったのです。ですが何も取らずに逃げ帰ったと。ひょっとするとドルマゲスが闇の遺跡への侵入を阻止するために押し入ったのかもしれませんが………ここで推測を立てていても仕方がありませんね。

 サザンビークは軍事国家です。あまりコネなどは通用しない国柄ですが、ちょうどいいネタがあります」

 

 情報屋が語ったところによると、例のチャゴス王子が王家の儀式というものを受ける時期らしく、おそらく強そうな者を見れば逆に交渉を持ちかけてくるだろうとの事だった。

 王家の儀式というのは、王位後継者が王に次の王となるだけの器がある事を示す儀式で、アルゴンリザードという魔物を一人で倒しその魔物から取れるアルゴンハートという宝石を持ち帰るというものらしい。

 件の王子はどうやらその試練から逃げ回っているそうで、王が兵をつけてでも行かせようとするのをさすがにそれはと重鎮達が止めて、かといってどうやって行かせるのかと頭を悩ませているのだと……

 だから強そうな外部の人間を見れば、その儀式をサポートするように持ちかけられる可能性が高いという事だった。

 なんかどっかで聞いた事があるようなエピソードなのだが……

 それはともかく、王子の例の噂に一歩近づいてしまったような不安を覚える。

 ゼシカさんを見れば、眉間に皺を寄せて不快感が殊更露わに……

 これ以上聞いたらサザンビークとの交渉に支障が出そうな気がして早々にお暇した。

 情報屋には朝からすみませんでしたと謝り、でもまた王子の件で聞きにくるかもしれないですと、別件でこっそりお願いして船に戻った。私個人のお財布って実は無いのだが……あれだな、上薬草作って売るぐらいしかないな。時間見つけて作らないと。

 

 船に戻ってすぐにエイトさん達に事情を説明し、急遽サザンビークに行くメンバーの交代を行った。

 まずはエイトさん、ククールさん、ゼシカさん、私。ここは変わらずで、トルネコさんの代わりにヤンガスさんを、そして追加でライアンさんも一緒に行く事になった。ゴリゴリの戦闘メンバーだ。私が残留したのはトルネコさんの代わりに交渉の手助けとして——というのは半分ぐらいの理由で、もう半分は色仕掛け担当と、実際にその王子を直接確認したかったからだ。

 役を譲ってもらったようなものだから、そこはちゃんとしないとと気を引き締めてエイトさんのルーラで移動し、サザンビークへと降り立った。

 

 サザンビークは城も街も、一目でトロデーンよりも大きいとわかった。

 その華やかさ、行き届いた街の整備、城の威容、それを都と称するならトロデーンは辺境の地方都市。そのぐらいの差がある。

 地面一つ取ってみてもここは隅々までレンガが敷かれ、排水機構もきちんと整えられているのだ。トロデーンでも主要な通りは石畳にされていたが、それ以外は普通に地面で雨の日はぬかるみで結構大変だった。

 これ……国力に結構差があるんじゃ……

 姫様の婚姻は対等なものだと聞いたが、あれはやっぱりあくまでも対外的なもので、水面化では違うような気がしてならない……

 

「城門はもう開いている筈だ、面倒な事はさっはと済ませるぞ」

 

 ククールさんが先陣を切って歩き出し、それにみなついて行く形で歩き出す。が、

 

「なんだか違和感がすごいわ」

 

 同感ですゼシカさん。

 ククールさんは今回、騎士団の赤い服を脱いで普通の服を着ている。服はエイトさんの服を借りているから、もう違和感がすごい。

 何故そんな事をしているかというと、サザンビーク側が王子の儀式を実行させる手を探しているなら、聖堂騎士団の人間だと思われるような服装をしていない方がいいと判断したからだ。

 王家の儀式を外部の人間が手助けするとか普通に考えてよろしくない。巷にバレたら王家の威信に傷がつく可能性もあるし、王として不適格ではないかといちゃもんをつけられる恐れもあるのではないかと思う。形式的なものだとしても、バレたら面倒な事は間違いないだろう。そんな事を教会の人間とわかる人物に依頼する筈がない。そういう事だ。

 

「惚れ直したか?」

「最初から惚れてないわよ」

 

 冷たくあしらうゼシカさんに、ククッと笑ってククールさんはこちらを見た。

 

「違和感って言ったら俺よりリツだしな」

 

 わかってますよ、違和感あるぐらい。

 今回私も色仕掛け要因として姫様と歌った時に着ていた肩が出る服を着て、胸の下に詰め物を当てて胴衣でぎっちぎちに締めている。これでツーカップは上がっている。それに加えてゼシカさんと差別化を図るためにお姉さん路線を意識した化粧をして、いつも一本に縛っている髪を下ろして片側に流した。

 ちなみに偽乳の見分け方はジャンプだ。偽乳は、揺れない。

 横のゼシカさん(普通の服に着替えてもらった。バニースーツはいくら上に羽織っていてもTPO的にアウトだろう)の方は見ない。見ないったら見ない。

 

「それは確かに。意外と化粧が上手いのねリツ」

「顔を作るのは武装でしたから」

 

 社会だとその出来で女子のカーストが決まったり、お客の態度が変わったりするからな。鍛えられましたよ。ははっ。はぁ……

 武装って何よと笑うゼシカさんには誤魔化して、少し後ろを歩くエイトさんに視線を向ける。

 昨日ほど思い詰めた顔はしていないが、表情はやっぱり強張ったままだ。

 

「エイトさん、ひとまず鏡の入手に専念しましょう」

 

 横に行って小声で囁くと、意識的にか笑顔を浮かべて大丈夫ですと頷かれた。

 全然大丈夫に見えないんだが、言っても仕方がない。交渉は基本的にエイトさんがやる予定だが、フォロー出来るように身構えておこう。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

衝撃を受けた

お久しぶりです。遅くなりましたが。新年一発目です。


 サザンピーク城は城下から直接城内への扉が続いているタイプの城だった。その扉の両脇には、赤い衣が鮮やかな兵が槍斧と大きな盾を持って哨戒に立っており、朝の日差しを反射する槍斧はいかにも厳つく一人ではまず近づこうとは思わないなと思った。

 

「すみません、旅の者ですが名高いサザンピーク城の威容を拝見したく、入城させていただけますか?」

「あぁ、現在城の出入りは自由だ。チャゴス王子が発見されようやく城の封鎖が解除されたからな」

「サザンピーク城は広く一般にもひらかれた城であるが、城内では節度ある行動をとるようにな」

 

 エイトさんが躊躇いもなく普通に尋ねると、思ったよりも気さくに二人の兵士は答えてくれた。

 若干チャゴス王子が発見されたという内容が気にはなったが、とにかく中に入れるという事で会釈してぞろぞろと入る。

 中はさすがと言うか、入ったところは二階までの吹き抜けのようになっていて天井がかなり高く、しかも入って右手の奥には城内だというのに水瓶を持った女性の彫刻から水が落ちるように作られた噴水のような設備まであった。

 薄い青のお仕着せを着たメイドさんや、城内の見回りなのか緑系統の服で纏められた兵士の姿があちこちに見えるし、壁には他では見た事が無い魔法で作られたと思われる照明器具が設置されていて、どこもかしこも財力をひしひしと感じる。

 

「……ね、まさか城の中に居たとはね」

「本当にね、王子はとっくに城を抜け出してると思ったけど、でも無理じゃない? ほら……」

 

 噴水の近くに居たメイドさん二人が何やら小声で囁き合っているのが聞こえたが、エイトさんが吹き抜けを上に伸びる大きな階段に足を進めていたのでそれに着いてく。すごく気になるが。

 

「玉座の間は二階だそうです」

「了解です。先に正攻法ですね」

 

 エイトさんの小声にこちらも小声で返し、ククールさんやゼシカさん、ヤンガスにライアンさんと目配せをして二階へと昇ると、登った先の左手に大きな肖像画が飾られているのが見えた。

 描かれているのは十五、六くらいだろうか? そのぐらいの年頃の、ウェーブのかかったふわっとした金髪に緑の目の少し気位が高そうな印象の少年だ。

 羽根つきのベレー帽のようなものを被り、同色の上着に首元にはたっぷりのフリルで装飾された首巻?スカーフ?をして、赤いカボチャパンツっぽいものに白いタイツを履き、腰には短剣のようなものを吊るしている。

 思わず斜め右を歩くククールさんの袖を引いて、あれって……と指させば「たぶんな」と小声で返された。

 これがチャゴス王子……。普通に王子っぽい。

 と、そう思っていたらその肖像画の下に佇んでいた貴族らしき金髪のドレス姿の女性と目が合った。

 背は少し低めだが、猫のように少し吊り上がった青緑の目が特徴的なきつめの顔立ちの美人さんだ。王子の絵を指さしていたのが見られていたのかもと慌てて会釈して視線を逸らしたが、幸い見咎められたわけではなかったらしい。後ろから声を掛けられる事はなかった。

 余計な事をするもんじゃないなと思いながら足を動かしていけば、今度は前方の壁面に壮年の男性の肖像画が飾られているのが見えた。

 こちらもカールした金髪に緑の目の男性で、緑に金の縁取りがしてある豪華な衣装に大きな襞襟を付けた姿だ。天草四郎の首についてる大きな白いヒダをつけた、いかにもな貴族風と言ったら伝わるだろうか?

 これがこのサザンピークの王なのだろう。

 渋い感じのイケオジだと思うが、わざわざ自分の城にこれほどの大きさの肖像画を飾るのは結構癖が強い人なのでは?とも思う。対を成すように王子の肖像画も飾られているので、自己顕示欲が強いというわけではなく、飾ることに何か意味があるのかもしれないが。

 まぁ王様業なんて癖の強い人じゃないと出来ないか……と、そう思いながら肖像画の前の角を曲がれば、そこにはまた扉がありそこにも兵士が一人立っていた。

 

「この奥はクラビウス王のおわす玉座の間です。くれぐれも王の御前で粗相のないように」

 

 こちらと視線が合えばそう言われて、エイトさんが礼を返すように軽く頭を下げて扉を開けた。

 何者だとか何の用だとか、入ってもいいか中に確認する事も無かったのだがいいのだろうか……。こちらとしては門前払いされないのは助かるのでいいが、だけどだから盗人とかに入られるのでは?とか思ってしまう。

 

 扉の先は随分と奥へと長い空間になっていて、玉座が遠い。

 いきなり進んで行っていいものか私にはわからなかったが、エイトさん達が進むので一緒に進めば、なるほど先ほどの肖像画通りの男性が赤い天蓋付きの豪華な椅子に座っていた。

 傍には中年の男性が一人居て、二人で何やら話し込んでいる風であったが、こちらに気づくと王と思しき人物がいきなり立ち上がった。

 

「いかがされましたか? クラビウス王。お加減でもよろしくないのですか?」

  

 唐突に立ち上がった、やはり王だった男性はこちらを凝視していて――たぶん、エイトさんを見ている? 

 

「あの旅の者が何か?」

 

 視線の先に気づいた傍付きの男性が尋ねると、ハッとしたように王は首を振って椅子に座り直した。

 

「……いやなんでもない。他人の空似だ。よく見ればぜんぜん似ていないではないか」

 

 どこか落胆したような、それでいて自嘲めいた口調で呟く王に、思わずエイトさんを見ればエイトさんもよくわからないのか戸惑った表情を浮かべていた。

 

「して、旅の者がここまで何用だ?」

「あ…はい。実はクラビウス王にお願いがあって参りました」

 

 出鼻を挫かれた感があるが、エイトさんは気持ちを立て直したのか表情を引き締めて奏上した。

 

「サザンピークに保管されている魔法の鏡を貸していただきたいのです」

「なに? 魔法の鏡だと? なぜそなたが我が王家に伝わる家宝を必要としているのだ? 申してみよ」

 

 眉をひそめた王に、エイトさんはドルマゲスの事について説明した。

 トロデーンの事は話せないので、各地で殺人を犯している道化師を追っている事と、その道化師が潜伏していると思われる北の大陸の遺跡の黒い霧を晴らすために魔法の鏡が必要だという事を順を追って話すエイトさんに、サザンピークの王はしばし黙って耳を傾けていた。

 

「ほほぅ……事情はわかった。だが魔法の鏡は王家の宝である。持ち出す事はならん」

 

 話を聞いた上でそう答えた王に、まぁそうだろうなとこちらもそこまでの落胆はない。普通に考えて国の宝を快く貸してくれる方が無い。アスカンタが例外なのだ。

 じゃあまぁ交渉に入りましょうかと私はエイトさんの横に並ぼうと一歩出ようとして、

 

「ところでそなたの話では旅の間は幾度となく危機を潜り抜けてきたとのことだったな。ならばやはり腕っぷしの方も我が国の兵士に劣らぬほど強いのか?」

 

 こちらが交渉を持ちかける前に、あちらから話を振ってきた。王の視線はエイトさんからヤンガスさん、ククールさん、そしてライアンさんへと向いている。

 

「お、王様!? まさかこの者たちを城の兵士の代わりに!」

 

 慌てたのは横のお付きの人で、たぶん言ってる事からしてやはり例の儀式の問題が解決していないのだろうと思われた。

 王は少し笑みを浮かべて「察しがいいな大臣」と言うと、すぐに表情を元の厳しいものに戻した。

 

「我が国は広く民衆にひらかれてはいるが何でも聞いてやるほど親切ではない。だが何事にも例外はある。王家にとって恩義のある人間の頼みならよきにはからうよう努めるだろう。

 魔法の鏡が欲しいのだろう? ならばわしの依頼を引き受けてくれ。さすれば魔法の鏡はくれてやろう」

 

 お付きの人ではなく大臣だったらしい男性が「クラビウス王、それはお待ちを!」と制止するが聞かず王は手を叩いた。

 

「チャゴスを呼んでまいれ」

 

 すぐに黒い服に金の縁取りがされた文官っぽい服装の男性が現れて頭を下げ、命令を受けて下がっていった。

 その姿が玉座の間の右手側、大きな窓がある方へと消えると、王は話をこちらへと戻した。

 

「頼みというのは我が息子チャゴス王子のことなのだ。我が国には王者の儀式という命を落としかねないしきたりがあるのだ。チャゴスはこの儀式をイヤがってな……。できる事なら息子を危険な目に遭わせたくないのだが次代の王となる者は必ず通過しなければならない儀式なのだ」

 

 深刻そうな顔でため息をつき、王は視線を落とした。

 

「わしは迷いに迷い、城の兵士を護衛につけることも考えたのだが、やはりそれでは王族としてのメンツが立たん。

 そこでこの国の者ではないそなたに秘密裏に護衛を頼みたいのだ。護衛のことは決して口外してはならん。表向きにはチャゴス一人で儀式に出発したことにしたいのでな……」

 

 情報屋。大当たり。

 正直、こんないきなりやってきた旅の人間に王子を任せるというのは安全的にどうなんだろうかと思うが、正面から魔法の鏡を貸してほしいと頼んだ事で少なくとも話が出来る相手と思われたのかもしれない。

 それはともかく、事前情報と合致する王子の話に眉を顰めそうになる。

 だけどエイトさんは落ち着いた様子で静かに「そういう事でしたら、わかりました」と答えた。王子の不穏な人柄の情報に反応する事なく、落ち着き払ったその姿に大丈夫そうだとほっとした。

 と、そこで先ほどの文官風の男が走り込んできた。

 

「お、王様ー! 大変です! 王子がっ! チャゴス王子がっ!」

「王子がどうかしたのか!」

 

 その慌てた様子に何事かと王含めてこちらが見れば、体力が無いのかその場で息せき切って立ち止まり、

 

「もうしわけございませんっ。ここへお連れする途中王子に逃げられてしまい見失いました。見つけ次第大至急お連れしますのでもう少々お時間をちょうだいしたく……」

 

 逃げられた。その言葉に先ほどの肖像画の少年の顔が浮かんだが、中身はやはり懸念していた通り問題があるようだ。

 

「ええいばか者が!」

 

 王は苛立ったように立ち上がって一喝し、すぐに探すように命じた。

 

「すまぬが続きはあとにしてくれ。逃げ出したチャゴスを連れてこない事には儀式も何もあったものではない。あぁ、そなたも城の者に協力してチャゴスを連れてきてくれんか」

 

 頭が痛いと言わんばかりに額に手を当てて頭を振る王。

 探すしかなさそうだなとこちらも視線を交わして肩を竦めたり溜息を飲み込んだり、各々反応を抑えて文官風の男性が走って行った方へと足を向けた。

 玉座の間の右横に伸びる本棚が並んだ廊下を進めば、そこには膝に手を当ててへろへろになっている先ほどの男性が。

 

「大丈夫ですか?」

 

 エイトさんが声を掛ければ、男性はこちらに気づいて申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「す、すみません。お連れするとき逃げられないようしっかり王子の手をにぎって歩いていたのですが……。王子は私の手を振り切ってダッシュで逃げたんです! ううっ何もかも私のせいです……」

「手を握るって……」

 

 そんな子供じゃあるまいしと呟くゼシカさんに、振り切って逃げてる時点で子供と同じでがすと呟くヤンガスさん。

 

「それより、どちらに走って行かれたのかわかりますか?」

 

 嘆くよりもさっさと見つけようと声を掛ければ男性は廊下の先にある階段を指さした。

 

「たぶん、上の階から屋上に出て西の城館の方へ向かったのだと思います。城の外へは今は警備が厳しく出れないでしょうから」

「わかりました」

 

 他国の人間がこうもずかずか城の中を歩き回っていいのだろうかとも思うが、王が頼んで来ているのでいいのだろう。

 階段を上って屋上はどちらだろうと見回した時、先ほど大きな肖像画の下に佇んでいた金髪の女性がそこに居た。

 目が合うと、彼女はこちらに向かって手招きしてきた。

 

「こちらに来なさい」

「え?」

「いいから。何も言わずこちらに来なさい」

 

 手招く女性に戸惑うがその口調は厳しく、有無を言わせないものがあった。

 思わずそちらに足を向けると後ろから「リツさん?」と呼び止められた。

 

「あの、こちらの——」

「黙ってついてきなさい。王子を引っ張り出します」

 

 私の言葉に被せるように遮って歩き出す女性に、慌てて足を動かす。

 

「あの、王子がこちらに居られるそうです」

「は? なんでそんな事がわかるんだ?」

 

 いや、私も知らないですけど。とククールさんの問いに答える前に、開いた扉の向こうに消える姿を慌てて追いかける。

 

「とにかくこっちに」

 

 教えてくれるというのなら有り難いので追いかけたのだが、意外と足が速い。

 彼女は階段を上って開いた扉の先、屋上と思われるところに出ると隣の城館?に入って螺旋階段を下り、やがて物置らしき場所で足を止めた。

 

「このツボの後ろの壁に穴が開いています。中にトカゲがいますから、そこに向けて軽い魔法を使えば驚いてチャゴスが居る下の部屋に落ちる筈です。そうすればトカゲ嫌いのあの子はすぐに出て来ます」

「はい? トカゲ?」

「いいからこのツボをどかしなさい」

 

 人に命令する事に慣れた口調の女性に、よくわからないまま目の前のツボをどかそうと手をかける。

 

「おいリツ、何やってるんだ」

「いや、あの、こちらの方が壁に穴があるから、そこに小さな威力の魔法を使えば下に居る王子が出てくると言われて」

 

 肩を掴んできたククールさんに私もよくわからないんですけどと説明すれば、は?という顔をされた。

 

「こちらの方?」

「………」

 

 ククールさんは女性の方を見て、女性の方を見ていなかった。

 まるでそこに何も無いといった様子で、明らかに女性の姿が見えていなかった。

 

「………」

 

 考えてみればおかしい。彼女は緑の重たそうなドレス姿だ。なのに私が走って追いかけても追いつけなかった。

 

「おい、リツ?」

 

 血の気が下がるという言葉があるが、今、それを実感した。

 

〝その子、生者ではないわね〟

 

 駄目押しとばかりにいらん情報をにゅーちゃんまでもが追加してくれて、顔が引き攣った。

 

「どうしたんでがすか?」

「なに、急に走り出してどうしたの」

「顔色が悪い」

 

 後ろから追いついたライアンさんにその場にしゃがむように誘導されたが、しゃがんでもその女性がそこに居る。出来ればここから立ち去りたいのだが視線が合っちゃってて、外したらなんか怖い事になりそうでどうしていいかわからない……ほら、こっくりさんとか手を離しちゃダメとかあるし、熊だって目を逸らしたら襲ってくるとか言うから……

 

「別に脅かすつもりなんてないわ。チャゴスを探しているのでしょ? なら言う通りにしなさい」

 

 ツンと顎を上げて話す女性は、でも、どう見ても生きている人のようにしか見えない。

 だって透けてないのだ。ハッキリしっかり見えるのだ。足だっ…………透けてる……よく見たら透けてました……

 

「あ、あの、ククールさん、そこのツボどかして、それで、壁にある穴の中に軽くバギとか何でもいいんですごく軽い魔法を使ってくれませんか?」

 

 とにかく言う通りにしようと思ったものの、自分で彼女に近づくのが怖くてお願いするチキンな私をお許しください。

 訝しがっているククールさんだが、言う通りにツボをどかしてそこにバギを放り込んでくれた。そしたら間を置いて、下からすごい悲鳴とドタドタと走り去る足音が聴こえてきた。

 

「言った通りでしょ」

 

 ふいっと背を向けて、女性は消えた。

 

「…………」

「痛い痛い痛い、何よどうしたのリツ」

 

 思わず目の前のゼシカさんの手を握りしめてしまった。痛がるゼシカさんにはっとして手を離したが、何か掴んで無いと怖くてゼシカさんのスカートの裾を反射的に掴んでしまう。

 

「…あ、あのですね。幽霊の方が、そこに、いました。それで、今、消えました」

「はあ?」

 

 何言ってるの?という顔をするゼシカさんに、その反応はわかるけどと思う。

 今は朝で、そんな幽霊が出るような時刻じゃない。しかも何故かこちらの困っている事を察して手助けするような事をしてるのも意味がわからない。わからないけど、でも本当にいたのだ。という思いを込めて信じてくださいと顔が引き攣ったまま見つめる。

 

「……見たのか?」

 

 ゼシカさんには伝わらなかったが、横にしゃがんだククールさんには何か伝わったのかそう問われ、そうですそうですと頷くとククールさんはエイトさんと視線を交わした。

 

「キラーパンサーの時は俺もエイトも見えたが……見えたか?」

「……いや、見えなかった。ククールは?」

「俺も見えなかった」

 

 二人して首を振る姿に、うそぉ……と情けない声が出た。

 本当に嘘じゃないんですと首を振れば、わかってるというようにククールさんに肩を叩かれた。

 

「とにかく今は王子を見つける方が先だ。その幽霊はまだ居るのか?」

「い、いえ。もう見えないです」

「じゃあ立てるか?」

 

 手のひらを出されて言われたので、ゼシカさんのスカートを握り込んでしまっている手を意識的に開いてからその手を掴み、ぐっと足に力を籠めるとふっと身体が持ち上げられるような暖かい感覚がして立ち上がれた。たぶんにゅーちゃんだ。

 

「よし。リツは俺と行動。一応俺も聖堂騎士団の端くれだからな。その手の相手には慣れてる」

「こ、心強い!」

 

 これほどまでにククールさんが心強いと思った事があろうか。

 思わず握られた手を握り返せば、ふっときざったらしくククールさんは笑って今頃俺の魅力に気づいたか?と嘯いた。なんかついさっきも聞いたセリフだけど、はいもうなんでもいいです。気づきました。気づいたでいいのでこの手を離さないでもらえますかね?幽霊と会話したとか本当無理なので。

 

「下に王子がいるのが本当だっていうのなら、今ので何か動きがあっただろ。あれだけ騒げば見つかるだろうからな」

 

 ククールさんの言葉にエイトさんも「そうだね」と頷き元来た場所へと戻れば、さっきの文官みたいな人がわたわたと走っていて、こちらを見つけるとほっとした顔をした。

 

「王子が見つかりました! どうぞ玉座の間へお越しください!」

 

 見つかったらしい。本当に下に王子がいたという事だろうが、その辺の事を考えると怖いので一旦思考を停止させる。件の王子を目にする機会なのだから余計な事に思考を割いている場合じゃない。頭を切り替えなければ。

 そう考えてしゃんとして玉座の間に戻ったのだが、

 

「おお丁度、よいところに来てくれたな。

 一応紹介しておくべきかな。この者が我が息子にしてサザンピークの次代の王となる者、チャゴス王子であるぞ」

「お待ちください父上!

 なぜこのような見るからに身分の低そうなやからにこのぼくを紹介するのですか」

「身分なぞ問題ではない。お前の儀式を補佐してくれる者たちにお前を紹介するのは当然のことであろう」

「儀式ですと!? ぼくはそんな話聞いておりません。行くと言った覚えもありません! 何度もトカゲはイヤだと申したではありませんか……」

 

 あの、話の途中でアレなんですけどと、私はククールさんとは反対側にいるゼシカさんの腕をくいくいと引いた。

 ゼシカさんは唖然とした顔で王子と思われる人物を凝視していて反応してくれない。

 いや、やっぱそうですよね? そういう反応になりますよねこれ。私の目がおかしいんじゃないですよね?

 え。でも待って。あの肖像画は? もしかしてあれって中世の釣書並みに美化されてる代物だったって事? この目の前の、比喩無しにはち切れんばかりのボディ晒した、メタボ体型なにそれ美味しいの?レベルのまん丸の人物が、本当の王子の姿って事で。

 いやいやいや。どんだけ金積まれたんだよ画家は。それとも命握られたのか? これじゃ美化のレベルを超えて別人じゃ無いか。合ってるのはもはや配色だけでは?

 

 紹介された王子は推定体重百キロを優に超えていそうな体形で、肖像画に書かれていた服装ではあるがそのサイズは確実にオーダーメイドサイズの服で、むちむちの顔に埋もれるような目は小さくて、なんか気位が高そうも何も只々でかいという印象しか抱けない人物だ。

 

「よく聞けチャゴスよ。どんなにイヤでも儀式をすませ強い王になれるとわしらに示さねばミーティア姫と結婚できんのだぞ」

「ぼくは結婚なんか、別に……」

「本当にそう思っておるのか。聞けばミーティア姫はそこにいるおなごに勝るとも劣らぬ……ぼん! きゅっ! ぼーん! ……な、スタイルと聞くぞ」

「おお……」

 

 呆然としてたらなんかゼシカさんがえらいセクハラ受けてるし……っていうか、ゼシカさんを通して姫様に対してもとんでもないセクハラかましてるし………ダメだ。王子のインパクトが凄すぎて問題発言されてる気がするけど頭が働かない。

 

「どうだ? 行く気になったか?」

「私をダシにしないでよね」

 

 王子を乗せるためだろうが、セクハラ発言かました王にさすかに青筋立てるゼシカさん。どうどうと、今はとりあえず耐えてくれとその腕を掴む。

 王はあからさま過ぎた事に気づいたのか、おほんと咳払いをした。

 

「……チャゴスよ。城の者が陰でお前をなんと言ってるかここでわざわざ言うまでもないだろう。少しでも悔しいと思うのなら儀式をすませ男を上げてみせろ。そこにいる者たちも陰ながらお前の力となってくれよう。どうだチャゴスよ? 行ってみんか?」

「うう……行ってみようかな。あっ。でもやっぱりどうしようかな」

「おお! 行くと申すか! 表向きお前は一人で王者の儀式へ出発したことにするからな。一足先に城下町を出てこの者たちの馬車に乗り込んで待っていろ。よいな?」

「え!?」

 

 え?!

 ちょっと待ってほしい、確かに馬車はあるけど姫様とか連れてきたく無いんですけど!?

 

「よし大臣。チャゴスをさっそく儀式へ送り出せ。さもひとりで行ったように見せかけるためにも兵士を連れていき派手に門の前で見送らせろ」

「ははっ、おおせのとおりに!」

 

 この際儀式に行くならもう何でも良くなったのか、王子を引っ掴む大臣。

 

「えっそんな。ぼくはまだ……」

 

 戸惑いの声を上げる王子はそのまま玉座の間から引き摺られて行ってしまった。

 これ本当に馬車準備しないとダメな流れか? そういうつもりなら先に教えて欲しかったのだが……

 

「ふぅやっと行きおったか。

 そなたらもくれぐれも護衛のことは誰にも口外しないでくれよ。あと王者の儀式に関しては城の外でチャゴスにでも聞いてくれ。そなたが見事この任をなしとげてくれれば約束していた魔法の鏡はくれてやる」

 

 どかっと玉座に座り込み、はぁと息を吐き出す王。

 

「儀式の護衛をつけるなどという愚かな決断をしたのは歴代の王の中でわし一人かもしれん。

 妻に先立たれチャゴスだけが唯一の肉親なのだ。だからなんとしてもチャゴスに無事に帰ってきてほしいのだ。見事護衛の任をなしとげればそなたの望む魔法の鏡はくれてやる。だから何があっても息子を守ってくれ」

 

 王の頼みに、気持ちはわからなくも無いけど、サザンピークの未来やばくないか? と思わずにはいられなかった。

 ただ、とりあえず今は急いで船に戻って王に話さないといけないので、エイトさんに小声で陛下に話してきますと伝えてククールさんとこそっと屋上へと急いだ。

 

「すみません付いてきてもらって」

「いや? リツにも弱点があるって知れたのはでかいからな」

 

 何を言うのやら、弱点だらけだと言うのに。

 言い返している暇は無いので外に出た瞬間、ククールさんと手を繋いだままルーラで飛んだ。




『噂話を聞いてしまった』の回でオリジナルの話を載せましたが、驚く事にかなりの方に見に来て頂いたようで、えらいことになりました。
今までカクヨムでこちらの話は百人ぐらいの方にフォローを受けていたんですけど、呼び水になったのか三千人強の方にフォロー頂くことになりました……びっくりしました……。
この場を借りてお礼申し上げます。

それと、前回載せた時は題名が「その占い師、不死者です。」だったんですけど、
題名合って無くない?的指摘を受けて七転八倒して現在は「ただ平穏にちょっと楽しく暮らしたい死霊魔導士の日常と非日常」に変更しています。
ですので飛んだ先が違うよと言われますが、すみません。それで合ってます。

一応載せときます。
カクヨム「ただ平穏にちょっと楽しく暮らしたい死霊魔導士の日常と非日常」
https://kakuyomu.jp/works/16816452219748981478


ちなみに本作品の題名については、突っ込みは山ほどいただきましたが、変えると絶対ネタバレしてしまうと思うのでこのまま行かせてください。せめて完結するまで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。