仮面ライダーツルギ (大ちゃんネオ)
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Nameless

 昼間は学校。

 夕方からはバイト。

 夜、遅い時間に家に帰るとそこから勉強。

 毎日これの繰り返し。

 

 仕方ない。

 仕方ないんだ。

 お父さんが前の会社をリストラされて、再就職先は前の会社に比べると収入が大きく減って。

 大好きだった家も売り払って、狭いアパート暮らし。

 それでも家族三人が暮らすには厳しくて、お母さんも働き始めて。私も校則で禁止されているアルバイトをクラスメイトや先生達にバレないように始めた。

 私の通っている高校は私立で学費も高いがなんとか特待生の枠で入学することが出来た。特待生に選ばれた時はお父さんもお母さんもすごい喜んでくれたし、私も嬉しかった。

 家族の役に立てたと。

 

 しかし、入学してからが大変だった。

 進学校のため、すごい早さで授業は進んでいき、課題も多い。

 それに、成績を落としたくない理由があった。

 私は大学へ行きたかった。

 そして、大学も特待生を狙っている。

 特待生を狙うならば、高校の時の成績が重要となり、学校からの推薦枠という少ないパイをなんとか獲得しなければならない。

 そして、その少ないパイにはたくさんの生徒が群がる。

 そんなたくさんの生徒の中で勝ち残り、パイを得るにはとにかく勉強するしかなかった。

 他の生徒は塾に通うなか、私の家にそんな余裕はないのでとにかく家でひたすら勉強するしかなかったのだ。

 

 

 

 

 夏休みが始まって一週間が経った頃、妙な噂が流れてきた。

 鏡の中に怪物がいて、それを騎士が退治しているという。

 なんとも、馬鹿馬鹿しい噂であった。

 私にはそんなものに目を向ける余裕なんてないのだ。

 だが、そんなある夜……。

 

 蒸し暑く、ジメジメとして不快感の強い夜だった。

 バイト帰りで一人、静かな住宅地を歩いていると私に声を掛ける者がいた。

 

「こんばんは~」

 

 急に声を掛けられたのでびっくりしたが、どこを見ても私の他に人の影はなかった。

 

「こっちですよこっち~」

 

 声のした方を振り向くと、そこは古い木造の家の壁。

 いや、違う。

 その家の窓ガラスに誰か、私ではない少女が映っている。

 腰まである深い黒髪。

 明るそうな性格をしていると思わされる大きな瞳。

 そして、どこの学校のものともつかない黒いセーラー服を着ていた。

 

「こんばんは。私はアリス。貴女の願いを叶える方法と機会をプレゼントするキュートでセクシー。可憐で純情な女の子です♪」

 

 ……一体、どうなっているのか。

 何故、鏡の中の少女が私に話しかける。

 きっと、これは夢だ。

 そうに違いない。

 しかし、私の中であの噂が脳裏に蘇った。

 

 鏡の中の怪物と騎士……。

 

 このアリスと名乗る少女は、きっとそれに関係して……。

 

「ところで、貴女の夢ってなんですか?」

 

 私の、夢……?

 大学に行きたい。

 これが、当面の目標であるが……。

 

「違います違います。そうじゃないでしょう? そんなお利口さんな願いではないでしょう。貴女の本当の願いは……」

 

 少女は、そう言うと何処からか薄い黒の箱のようなものを現実世界(こちら側)に送り出した。

 そしてその箱は重力を無視して私の目の前に浮かんでいる。

 さっきから信じられないことばかり起きているせいでもうこれくらいでは驚くことはなかった。

 

「そのカードデッキを手に取ってください。そうすれば、貴女の本当の願いが叶います」

 

 そう語る少女を一度窺うと、その大きな瞳に吸い込まれてしまいそうだった。

 どこまでも果てのない。

 深い闇の底に……。

 そして、私は黒い箱……。

 カードデッキを手に取った。

 

「おめでとうございます!貴女はどんな願いでも叶えることが出来る機会を獲得しました! それじゃあ、私はこの辺で♪ 善き闘争を期待しています♪」

 

 待って!という声も間に合わず、少女は消えていた。

 夢……?

 いや、確かにこの手には彼女から貰ったカードデッキが握られている。

 カードデッキというのだからカードが入っている。

 一体、何のカードなのか気になって一枚引いてみるとまず一枚目は特にこれといった特徴もない剣が描かれたカード。

 二枚目もこれまた特徴がない銀色の盾。

 三枚目は何か、赤黒い渦が描かれていた。

 SEAL……封印?

 このカードはよく意味が分からなかった。

 四枚目は闇の中、白い光が照らし出されたようなカードでこれはCONTRACTと名付けられていた。

 契約?

 何と契約するというのだろう。

 

 そして、残った最後の一枚はこれまでとは趣が違った。

 イラストが描かれていたところにはただ一言。

 

『RELEASE』

 

 解放。

 一体、何から解放されるというのか……。

 

『そのカードは貴女の願いが記録されたカード。メモリアカードと言います。それが失われるということはライダーとして戦いに参加することも、願いを叶えることも出来なくなるということです。くれぐれもお気をつけて……』

 

 突然、頭に響いた先程の少女の声。

 これが、私の願い……?

 全く、心当たりがなかった。

 

 まあ、いい。

 こんなところで何時までも道草を食っていたらお父さんとお母さんが心配する。

 早く帰って勉強もしなければいけない。

 

 デッキの中にカードを戻し、再び帰路につこうとした瞬間。

 頭の中に音が響いた。

 キィン……キィン……と、とにかく耳障りな音がして頭が痛む。

 

「な、に……?」

 

 痛む頭を抑えながら顔を上げると、近くの家の窓ガラスに蠢く影を見つけた。

 二足歩行で駆けるそれだが、人のシルエットをしていない。

 あれが、鏡の中の怪物……。

 

 次の瞬間、鏡の中から怪物が飛び出してきた。

 人型となった猫科の……トラとかジャガーのような。模様的にジャガーか。人型のジャガーの怪物。そいつが飛び出してきた勢いで私を捉えるとそのままの勢いで私ごと鏡の中へと飛び込んでいって……。 

  

「きゃあぁぁぁぁ!!!」

 

 鏡の中の世界へ通じる道の中、悲鳴が響く。

 ここで、死ぬ?

 こんなわけの分からないまま死んでしまうの?

 嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 死にたくない……。

 死にたくない……。

 死にたく、ない……!

 

 その思いに応えてくれたのか、カードデッキが光を放つと私に鎧が纏われる。

 その時の衝撃で怪物も吹き飛ばされてひとまず難を逃れた。

 そして、それと同時に現実世界(あちら)ミラーワールド(こちら)を繋ぐ旅も終わり、私は鏡の中から思い切り弾き飛ばされた。

 

 ここは、さっきの場所?

 戻ってきたの?

 いや、確かにさっきの場所であるが……。

 

 音が、響いている。

 

 さっき、頭の中に流れ込んできたあの耳鳴りのような音が静かに響いている。

 そして、周囲の景色に見つけた違和感。

 古びた家の壁に貼られている、とある本の一節。

 その文字が、反転していた。

 まるで、()()()()()()()()()()()()

 

 そうか、ここが鏡の中の世界かと一人納得すると同時に、先程私に襲いかかってきた人型ジャガーが飛び掛かってきた。

 しまった!

 色々なことが起こり過ぎて失念していた。

 

 ジャガーのくせに、手にもった二振りの剣。

 いや、剣というよりは刃そのものと形容したほうが正確だろう。

 そんな凶器が振り回される。

 わけも分からず、もちろん戦ったこともあるわけもない私はひたすら逃げ回るしかなかった。

 

『ピンポンパンポーン♪ 初めての戦いに苦戦しているそこの貴女。初めて戦いということなので特別にヒントを差し上げます』

 

 先程の少女の声が脳内でアナウンスしていた。

 しかし、そんなことよりも私は逃げ回るので精一杯だった。

 

『狼さんに追いかけられるうさぎさんのように逃げ回るのに精一杯でしょうが私の話を聞いてください。まず、今の貴女ではモンスターには太刀打ち出来ません』

 

 そんなのいま身をもって体感している!

 

『ですからまず、契約してください。このミラーワールドで人は無力。その鎧もあるだけマシで死をいくらか先延ばしにしているだけ。あと、ミラーワールドにいられる制限時間もありますから』

 

 !?

 制限時間?

 制限時間を過ぎたらどうなってしまうの?

 

『制限時間を過ぎたら貴女はこの世界で消滅します。9分55秒。それがこの世界に存在していられる時間』

 

 正味、10分というところか……。

 もう二分は経っているだろうからあと凡そ8分……。

 それまでにあのモンスターから逃げてしまえばいいのだ。

 近くに停められていた車をちょうど良く発見したのでその窓ガラスからこの世界を脱出しようとしたが……。

 

「なんで!? なんで出られないの!?」

『今の貴女では来た道以外を通ることは出来ません。だから、契約してください。契約すればいろんなオプション解放ですよ♪』

「だから! 何と契約すればいいの!?」

『あれ、まだ言ってませんでしたっけ? 契約相手はモンスターです』

 

 モンスター……。

 あの怪物と契約しろというの!?

 いま正に私の命を狙っている怪物と!?

 

『モンスターは人間が大好物ですから狙うのは当然です。彼等からすればステーキが逃げ回っているようなものですから。ですが……契約すれば大丈夫です。貴女は他のモンスターを倒してその命をモンスターに与える。その代わり、モンスターは貴女にこの世界で生き抜く力を与える。ね?Win-Winでしょう?』

 

 もう、この際何でも良かった。

 とにかく、自分が助かるなら……。

 

「契約って、どうすればいいの」

『デッキからカードを引いてください。契約のカードがあったでしょう?』

 

 そういえばと思い出し、一番上のカードを引くと驚いたことに契約のカードであった。

 元の順番通り戻したはずだというのに……。

 

『そんなことはいいから早くしないと大変ですよ~』

 

 その言葉通り、怪物が大きく跳躍すると私の目の前へと舞い降りて……。

 

「早く! 契約の方法を教えて!」

『契約のカードをモンスターに向けて、契約すると念じてください』

 

 ちょうど、モンスターは私の真正面。

 カードを向けるには絶好の機会であった。

 

 そして、周囲の景色は溶け、白い光の中でモンスターと二人。

 互いに向き合い、契約を交わした。

 

 契約を交わしたことで変身していく鎧。

 銀色のなんの特徴もなかった鎧と仮面が黄色に色づき、ジャガーの牙や爪を象ったような形状へ変わっていく。

 それは契約したモンスターの特徴を表すような変化。

 

『おめでとうございます! 無事にチュートリアル完了ですね。ご褒美にミラーワールドにいられる時間をリセットしてあげます』

 

 リセットということはつまり、0となるからまたおよそ10分余裕が出来たということ?

 別にもうモンスターとは契約したのであとはここから元の世界に戻ればいいだけなのに……。

 

『それでは、いよいよ本当の戦いです────』

 

 本当の、戦い……?

 それって、どういう……。

 困惑していると、足元の地面から火花が上がった。

 

「なに!?」

 

 突然のことに身構えると、夜の闇の中から現れたもう一人の騎士……。

 青緑色の、重そうな鎧の騎士が銃を構えながら私に歩み寄ってきていた。

 

「誰……?」

「ごめんなさい……」

「え?」

 

 突然、謝られた。

 銃を向けられながら謝罪なんてされるとは思ってもみなかった。

 今にも泣き出しそうな声で。

 そして、気付いたのだが……。

 銃を持つ手が、震えていた。

 

「ごめんなさい……! あなたを殺さないと、私が死んじゃうの!」

「それって、どういう……ッ!?」

 

 言葉の意味を問う前に、銃口が爆ぜた。

 なんとか避けたが……。いや、避けたのではない。

 動かなくても当たってはいなかっただろう。

 彼女の震えるあの手では、狙いは定まらないだろう。

 とにかく、止めさせなければならない。

 

「いいから止めなさい! なんで私を狙って……」

「あなただって()()()()でしょう!? 願いがあるから、私を殺すんでしょう!?」

 

 願いがあるから、殺す……?

 なに?

 どういう意味?

 

『願いを叶えることが出来るのは、最後に勝ち残った一人だけ。ライダーの皆さんはその願いのために殺し合っているんですよ』

 

 再び脳内に響いた少女、アリスの声。

 殺しあう?

 そんなの聞いていない!

 願いのために誰かを殺すなんて、出来ない!

 

『だ~か~ら~。そんな優等生ぶらないでください。それに、貴女にその気が無くても向こうにはその気があるんです。自分の命を守るのは悪いこと?』

 

 ……。

 やはり、他者の命を奪うことなんて……。

 

【SHOOT VENT】

 

 どこからか響いた電子音声。

 一体何と青緑の騎士を見れば、その腕には巨大な砲が携えられ肩に担いでいた。

 銃に詳しくない私でも分かるそれはバズーカと呼ばれるもので、先程の銃なんかとは比べ物にならない威力を持っている……!

 

 どっしりと構え、砲口を私に向けて……。

 砲弾が放たれた。

 思っていたよりは弾は遅く、なんとか避けることが出来たが……。

 さっきよりも瞬発力だとかスピードが増しているように感じた。

 これもモンスターと契約したからか……。

 

『さあ、どうします? このままだとジリ貧ですよ?』

「……」

『貴女が頑張れば、あの娘を救えるかもしれませんよ?』

 

 彼女を救うことが出来る……?

 

『そのためにはまず無力化させて話を聞いてもらえるようにしないといけませんね』

「無力化っていってもどうすれば……」

『デッキからカードを引いてください』

 

 言われるがままにカードを抜くと、私が契約したモンスターが持っていたような二振りの刃が描かれていた。

 

『それではそのカードを左膝のバイザーにセットしてください。あなたの武器が召喚されます』

 

 召喚……。

 腰を落として左膝のバイザー……あった。ちょうどカードを入れるような溝がある。

 ここにセットして……。

 

【SWORD VENT】

 

 先程聞こえてきたのと同じような電子音声が響くと空からカードに描かれていたのと同じ剣が二本、地面に突き刺さった。

 

『さあ、剣を取って戦ってください』

 

 声に従い、剣を両手に構える。

 こんなものを自分が手に取るなんて、ほんの十分前まで思ってもみなかった。

 思ったよりも、軽いな。

 

「それで、私を斬るんですよね……。嫌……。痛いのはもう嫌!」

 

 再び、バズーカを放つ騎士。

 その場から跳躍し、回避する。

 とにかく跳び跳ね、動き続け、狙いを定めさせない。

 バズーカでは不利と悟った相手は最初に使っていた銃に持ち替え狙うがついてこれていない。

 

「当たって! 当たって!」

「……!」

 

 当たらない。

 当たるわけがない。

 あとはこのままあいつを押しきって勝てばいい……!

 

「はあッ!!!」

 

 高速で駆け、一閃。

 逆袈裟に斬り上げ、地に膝をつかせた。

 

「これで、終わりにしましょう? 私はあなたを殺さないから……」

 

 言い聞かせるように優しく語りかける。

 だが……。

 

 鏡が割れたかのように、青緑色の鎧が砕け中から自分と歳が変わらないくらいの少女が現れた。

 そして……。

 

「あ、ああ……!」

 

 少女の身体が、粒子となって分解されていって……。

 なに……なんなの……。

 

「死にたくない……死にたくない! 死にたくない! 死にたく……な、い……」

 

 そして、少女はこの世から消え去ったのだ。

 ただ、ひとつ。

 砕け散ったカードデッキだけを残して。

 

「……嘘、よね」

 

 そうだ、あの少女はただこの鏡の世界から元の世界に戻っただけで……。

 

『おめでとうございま~す♪ 貴女は勝って生き残り。あの娘は負けて死にました。そう、それだけです』

 

 それだけのことって……。

 

「人が死んだのよ! それをそれだけのことって……」

『今は誰かの死を重く捉えるでしょうが……。安心してください。そのうち、何も感じなくなります。あぁ、それと……貴女もそろそろミラーワールドから出ないと、あの娘みたいになりますよ』

 

 え……。

 気付けば、自分もあの少女のように少しずつではあるが消滅が始まっていた。

 早く、ここから出ないと……。

 もう、モンスターと契約したからどこからでも出られるんだっけ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰ってからは食事も喉を通らなくて、勉強も手につかなくて、もうどうにかなってしまいそうだったので早々にベッドに入った。

 全て夢で、次に目を覚ましたらデッキなんて無くなっていて……。

 

 朝。目を覚ましたら机の上に置いていたカードデッキはそのままであった。

 やはり、あれは夢ではなかったということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ライダーになったことで私の日常は崩れ落ちていく……。

 

 モンスターと契約した以上、契約を守らなければ私がモンスターに喰われてしまう。

 そのためには他のモンスターを倒さなければならない。

 しかし、モンスターは常にいるわけではない。

 こちらの事情など考えずに現れる。

 授業中でもバイト中でも。

 他のライダーとの戦いもあったが初戦のように上手くはいかなかった。

 

 そんなだから……。

 

 貼り出された模試の結果。

 私の順位は以前と比べると大きく落ちていた。

 これじゃあ……。

 

「ちょっといいか」

 

 担任に呼び出され、生徒指導室へ。

 そこで話されたのは、私がアルバイトをしているという噂があることと、繁華街である屋戸岐町で夜歩いていたという話が学校に上がったこと。

 そして、今回の模試の結果。

 これでは、推薦は難しいと……。

 

 とても、穏やかな心境ではいられなかった。

 重い足取りで教室まで戻ると、そこではある話題で持ちきりで……。

 

「見たら本当にいたんだって! 見間違えたとかじゃなくて本当にバイトしてたんだって~」

「嘘~。けど本当だったらやば……」

 

 一人の生徒が私に気付いた。

 そこから、教室全体の空気が重くなって……。

 こいつの、こいつのせいで……!

 

「ちょ……!?」

「あんたが……! あんたのせいで……!」

 

 怒りに駆られ、女子生徒に掴みかかっていた。

 頭に血が昇っていた。 

 

「なにをしているんだ!」

 

 間に入ってきた教師によって女子生徒からは引き離された。

 そして、そのまま私とそいつは別室にてそれぞれ指導を受ける羽目になったが、向こうは指導なんてものではなかっただろう。

 私だけ……私だけ……。

 

 

 

 

 やはり、ライダーバトルなんてものに現を抜かすのがいけなかった。

 また勉強してもとの成績を取り戻せばいい。

 たまにモンスターに餌さえあげればいいし……。

 そうだ。ライダーバトルなんかにかまけてる場合ではないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 あれから一週間。

 別になんてことない。学校の評判は悪いままだがそこでわざわざいじめなんて起こすほど周りも頭が悪いわけではなかった。

 

『お久しぶりで~す。って、あれぇ? どうかしたんですかぁ? 元気ないですね~』

 

 久しぶりにアリスが私の目の前に現れた。

 以前のようにふざけた態度のままである。

 

「アリス……。何の用? 貴女に構ってる暇なんて……」

『最近。真面目に戦っていますかぁ?』

「悪いけど、そんなことに構ってる余裕なんてないの。戦いは他のライダーに任せたらどう?」

 

 そう言って、もうあとは無視して立ち去ろうとすると目の前に目の前に金髪の少女が立ち塞がった。

 目付きが悪く、ボサボサで一切手入れをしていないであろう金髪はこの少女を品がないと評価するに充分な材料である。

 そして、少女は自分と同じ黒いカードデッキをかざして見せて挑発してきた。

 

 ……どうやら、戦いは免れられないようだ。

 なんとか、隙をついて逃げられればいいけど……。

 

「やる?」

「……ええ。しましょうか」

 

 近くにあったカーブミラーにカードデッキを向けて、戦う意思を示した。

 巻かれるベルト。

 バックルにデッキを装填し……。

 

「変身」

 

 その言葉が合図となり、身体に騎士の虚像が重なり変身する。

 相手も蜂のような黄色と黒の鎧を纏い、一度こちらを睨み付けると気怠げに民家の窓ガラスからミラーワールドに向かった。

 私も、同じようにミラーワールドへと向かって……。

 

 

 

 

 

 

 殴り飛ばされて地面を転がった。

 こいつ、強い……。

 

「ぐあ……!」

 

 腹部を踏みつけられ、痛みに喘ぐ。

 なんとかしようにも身体に力が入らない。

 

「あぁ……。なんだよ、アリスが面白い相手がいるって言うから来たのにさ……」

 

 仮面で隠れた顔は苛立ちに歪んでいることだろう。

 ああ、なんとかして逃げるはずだったのに……。

 

『真面目に殺し合っていればこんなことにはならなかったんですよ?』

 

 アリスの声が響いた。

 この声は恐らく私にしか聞こえていない。

 

「アリス……」

『貴女が最初に戦った娘、覚えていますか? あの娘もなかなか戦ってくれなかったので、誰か殺さないと貴女を殺しますよ~って言って貴女の相手をさせたんです』

 

 どういうこと……?

 

『私ぃ、真面目に戦わない不真面目な娘は嫌いなんです。だから戦わない娘にはお仕置きしちゃうんです♪ だから……貴女にもお仕置きです。今更謝っても無駄ですよ。どうしても許してほしいのなら敵を殺してください。まあ、それが今の貴女に出来るかって話ですけど』

 

 そんな……。

 嫌だ、死にたくない!

 

「そろそろ、殺すか……」

 

 しかし、私の願いとは裏腹に相手は私にもうトドメを刺そうとしていて……。

 

「や、やめ……」

「あ? やめろってのは無理。アタシにも願いがあるからさ……」

 

 カードを引き抜くライダーは腰に差した剣型のバイザーにカードを装填すると左手に盾が装備される。

 だが、それはただの盾ではない。

 スズメバチの大顎を模したように盾が展開するとそれを地面に突き立てて……。

 

「ひっ……! やだ……。嫌! 死にたくない!」

「うるさいなぁ。死ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また一人、少女(ライダー)の命が散った。

 

「良かったですね。煩わしいお勉強からも、苦しい家庭環境からも解放されて。ああ、死んで願いが叶うなんて、ずるい。瀬那ちゃんに殺すなって言っておけばよかった」

 

 不満げに少女が死んだ光景を屋根の上から見下ろすアリス。

 彼女が求めるものは、まだ誰も分からない……。




ADVENTCARD ARCHIVE

CONTRACT  
モンスターと契約を行うカード。
しかし、契約を行うのは果たしてモンスターとだけ?


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continue
?ー1 騎士の再誕


 夜の涼しい風に当たりながら家への帰路につく。

 昼はまだ暑いが夜は涼しくなってきて、秋が近付いてきたなと感じさせる。急な気温の変化は体調を崩す原因になるから注意しなければなんてことを考えながら歩いていると、最近になって聞こえ始めた耳をつんざく…キーンと高い音が脳内を反芻する。

 そして、この音が聞こえるということは彼が近くにいる。

 何か写るものが、鏡がないか周囲を見渡すとカーブミラーがちょうどよくあった。

 そのカーブミラーを見ると……やっぱりいた。

 全身黒い甲冑に身を包み、右手には飾り気のない無骨な剣。

 特徴的な三本の角の下に見えるバイザーのような赤い目が私を見ている。

 10秒間程私を見つめると踵を返しどこかへと行ってしまった。

 待ってと声を掛ける間もなかった。

 こんなことを毎日繰り返している。

 呆気に取られた私は小さく、巷で彼が呼ばれている名前を呟いた。

 

「仮面、ライダー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏の終わりが近づき、とは言ってもまだまだ残暑が厳しい九月の西日が差し込む教室。

 今日の授業も30分程前に終わり放課後となった1ーA教室には僕の他には隣の席の女子生徒とクラスを越えて集合したギャルトリオがいる。

 窓からは県大会常連である我等が聖山高校野球部が活力あるかけ声を発しながらグラウンドを走る様子が見られる。

 本来なら自分も部活に行かなければいけないのだが部長から「次の特集のアイデア出すまで部室には顔を出すな!」と言い付けられている。

 別に僕が悪いことをしたからとかそういうわけではないのだ。

 以前書いた「学校七不思議の真相 音楽室のレイコさんの意外な正体!」という記事が意外と好評だったらしく、その記事を書いた時は部室にさっぱり顔を出すことがなかったので部長は僕のことを部室にいるより外にいるほうがいい人間と思っているために出た言葉なのだ。

 

「それにしたってどうしたらいいんだよ……」

 

 机の上には今日の朝刊とキャンパスノート。

 謎の連続失踪事件あとを絶たずと大きな見出しが目立つ新聞。

 他の新聞社も似たような見出しばかりだったことを覚えている。

 ノートにシャープペンシルを我武者羅に走らせること何度目か。

 白いノートにイカスミパスタが出来上がっている。

 

「荒れてますね御剣君。またスクープ探しですか?」

「鏡華さん……」

 

 僕に話しかけてきた女子生徒『宮原鏡華』

 さらりと流れる絹のような髪。

 見るものを惹き付ける大きな目。

 そこらのアイドルなんて目じゃないほどの美少女。

 それでいて誰にでも敬語を使う淑やかさまで備えている。

 まさに、現代の大和撫子。

 入学当初、こんな人と隣の席になれるなんて!と感激。席替えして再び隣の席になってまた感激。  

 僕こと御剣燐の人生に春が来たと思ったのだが、やはりというか当然競争率が高い。

 同級生から先輩まで。新聞部に入ったおかげで校内の有名人は大体網羅しているが、そこに名を連ねる男子生徒も鏡華さんファンが多く、校内一のイケメンと言われるサッカー部のキャプテンも鏡華さんを狙っているとかなんとか。

 そんな奴等を相手に僕みたいなモブが戦えるわけもなく……。今はこうして隣の席であるという幸運に感謝して毎日を過ごしている。

 

「この間の記事読みましたよ。学校七不思議の真相……。まさかレイコさんの正体が国語の佐々木先生だったなんて……」

「あはは……。ありがとう。けどあの記事のおかげで先生から怒られちゃったよ。成績下げられたらどうしよう……」

 

 周囲からの評判は良かったのだけれど記事にされた方はたまったもんじゃないだろう。

 あの時はまさかの真実に興奮し、無我夢中で文章を書き上げた。

 そしてそれを面白がった部長が一面に載せた結果……いや、言わないでおこう。

 ひとつ言えることは佐々木先生の人気が何故か上がったということだけ。

 

「佐々木先生も流石にそれはしないと思いますよ?それに、御剣君は国語が得意ですし」

「そうだといいけど。根っからの文系人間だからね。国語の成績を落とされるとなんも出来ない人になっちゃうからなぁ」

 

 文系科目以外はいつもギリギリの戦いを強いられる。

 どうにも数学や物理などは覚えが悪い。

 勉強方法が悪いのかな……。そうだ、ここは学生らしく勉強法についての記事というのはどうだろうか。

 成績上位者に勉強方法を聞いてそれを纏めるとかそんなんでいいだろう。

 

「あ、そういえばぜひ新聞部の御剣君に調べてほしいことがあったんです」

「え? 何か面白い話題でもあるの?」

 

 折角アイデアが浮かんだところだったが鏡華さん直々に調べてほしいことがあるなんて言われたらそっちを優先しなければ地獄に落ちてしまうだろう。

 それに勉強方法の記事なんて書いても部長はきっと「こんなありきたりな記事求めてない!」と却下されてしまうだろう。

 

「それで、なにを調べればいいの?」

 

 イカスミパスタのページを捲り、シャーペンの芯を出しながら質問する。

 鏡華さんからの持ち込みネタなんて今後あるか分からないんだ。しっかりメモっておかなければ。

 

「はい。御剣君もご存知かも知れませんが、鏡の中の怪物と騎士のことです」

「あー……。あの都市伝説の?」

 

 僕の言葉に首肯する鏡華さん。

 鏡の中の怪物と騎士の噂は夏休み頃から出始めた新しい都市伝説だ。

 鏡の中に怪物がいて、この怪物達は人間を襲って捕食する。朝刊に載っている連続失踪事件はこの怪物達の仕業なのでどんなに捜査しても犯人は見つからないとされ、その怪物達から人間を守っているのが全身に鎧を着込んだ騎士である。

 そしてこの騎士はバイクに乗っているらしく、いつしか騎士は『仮面ライダー』と名付けられた。

 というのがこの都市伝説の概要だ。

 テレビやマスコミはほとんど報じないがネットはこの話題で持ちきりだ。

 SNSで仮面ライダーと調べればどこどこで仮面ライダーを目撃しただとか私が仮面ライダーだとかそういうものが多数ヒットする。

 まあどれも信憑性に著しく欠けるのだけど。

 それにしてもまさか鏡華さんから仮面ライダーの話題が出るとは。

 そういうの興味無さそうなのに。

 

「巷では仮面ライダーというらしいんですけど……。私見たんです! 仮面ライダーを!」

「へ~仮面ライダーを見た、ね……。え!? 仮面ライダーを見た!?」

「しーです! 御剣君少し声が大きいです」

「ご、ごめんなさい……」

 

 あまり聞かれたくはない話だったらしい。

 スクールカースト上位のギャルトリオが駄弁っていることをすっかり忘れていた。

 しかし彼女達は彼女達の世界に入っているらしくこっちのことなど一切気にしていないようだ。

 

「それでなんですけど。私、見たんです。仮面ライダーを。噂通り騎士のような甲冑を纏っていました。色は黒くて……。右手には剣を握っていました」

「なるほどなるほど黒い仮面ライダー……っと。えーと、どこで見たの?」

 

 まず重要なのは5W1H。

 Who(誰が)

 When(いつ)

 Where(どこで)

 What(何を)

 Why(どうして)

 How(どのように)

 これをしっかりと把握しなければならない。

 

「私の部屋と学校とよく行くスーパーと……」

「そんなにあちこちで見たの!?」

 

 そんなにあちこちにいるものなのか仮面ライダーという奴は。

 それとも鏡華さんが仮面ライダーを引き寄せているのか……。

 

「はい……。夏休みの終わり頃からふとした瞬間に鏡を見ると、チラリとその姿が見えたんです」

「……えーと? 仮面ライダーが鏡華さんをストーカーしてる?」

「いえ、そんな感じではなくて……。何て言うんでしょう。こう、見守られているような……」

 

 見守られている……?

 鏡華さんが仮面ライダーから?

 つまり、どういうことだ?

 鏡華さんの美貌に魅せられた仮面ライダーがストーカーしてるとしか考えられないのだが……。

 

「それで私思ったんです。もしかしたら、私は怪物に狙われていて仮面ライダーさんが守ってくれているんじゃないかって」

 

 あっなるほどそういうことか。

 謎の連続失踪事件を起こす怪物が鏡華さんを狙っていて仮面ライダーが守っている……。

 すごくしっくり来る理由だ。

 一連の失踪事件も場所を問わずだから仮面ライダーも四六時中護衛についていたのだろう。

 ……さて、ここまで話は聞いたのだが僕になにを調べてほしいのだろう?

 

「なので御剣君! 御剣君にはぜひ仮面ライダーさんの正体を調べてほしいんです!」

「か、仮面ライダーの正体? 知って、どうするの?」

 

 そう訊ねると鏡華さんは僕から目線を外し、白磁の陶器のような頬に朱が差した。

 

「知って…その、私のことを守ってくれていたのなら……。一言、お礼を言いたいんです……」

 

 そういう彼女の顔は……恋する乙女の顔だった。

 当然、自分はそんなもの知ってはいなかった。

 しかし今の鏡華さんの顔を見たら嫌でも理解するであろう。

 恋する乙女の顔というものを。

 こうして僕を含む、学校の大多数の男子生徒は仮面ライダーに敗北したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 重い足を引き摺って部室へと向かう。

 我等栄えある新聞部の部室である地学室のドアを開けて元気一杯に挨拶……出来なかった。

 先程の失恋のショックが重く響いていたのだ。

 

「お疲れ様です部長……」

「おうお疲れー! ってどした燐? 顔色悪いぞ?」

 

 新聞部部長である『遠藤正人』が駆け寄り心配してくれた。

 部長は優しい人なのだ。

 新聞に関しては厳しいけど。

 

「いえ、なんでもないんです……。それより部長、次のネタを持って来ました…」

「お、おう……。それで、なにを書く気だ?」

「はい。仮面ライダーについて、書こうかと……」

 

 そういうと部長は顔をしかめた。

 大体、次に出てくる言葉は予想がつく。

 

「何回も言ってると思うがうちはそういうミーハーなネタは取り扱わないの! そう決めてるんだ。例え神様仏様校長先生が許そうがこの俺が許さない! 他のネタ考えてこい」

 

 思った通り。

 しっかりと対策は考えているので大丈夫だ。

 

「そうですか……。せっかく鏡華さんからの依頼だったのに……。あーあー」

 

 わざとらしくそういうと部長は食い付いた。

 

「なに!? 鏡華さんからの依頼だと!? よし燐早速取材だ! 俺が許可する! いやここは俺が行こう!」

 

 さっきとは打って変わって取材の許可がおりた。

 なにを隠そう部長も鏡華さんのファンなのだ。

 鏡華さんから~と言えば絶対に許可が出ると確信していた。

 部長はもう自分が取材に行く気満々で準備をしている。

 だが、それはあえなく止められてしまうのだった。

 

「部長。部長担当の記事がまだ出来ていないわ。まずはそれを片付けなさい」

 

 教室の奥から聞こえてくる感情をあまり感じさせない平坦な声。

 声の主は『咲洲美玲』

 二年生だが雰囲気は高校生とは思えないほどの冷厳さと威厳を感じさせる堂々とした人物。

 いかにも仕事出来ますという雰囲気だし実際仕事出来るし、リーダーシップもあり人を使うのが上手い。

 なんで新聞部にいるか分からないとよく言われる。

 事実僕もそう思っているし、美玲先輩は生徒会とかの方がよく似合っている。

 実際、生徒会選挙に立候補しないか打診されたけど断ったらしい。

 

「咲洲……。けどなぁ」

「部長」

「はい。すいません……」

 

 部長も美玲先輩には弱い。

 たった一言で部長は沈黙。取材の準備を止めて自分の記事に向かい合った。

 よし、それじゃあ行くかと踵を返すと美玲先輩から声を掛けられた。

 そして驚くべき言葉が美玲先輩の口から出たのであった。

 

「取材には私も行くわ」

「え? 美玲先輩もですか?」

「なに? 悪いかしら?」

「いや、そういうわけじゃないんですけど……。意外だなぁって思って」

 

 仮面ライダーなんて眉唾物に興味を示すタイプの人とは思えなかった。

 一体どういう風の吹き回しだろう?

 

「自分の記事が終わって暇だったのよ。それに……」

 

 言葉を途中で区切って、鞄を肩に提げて僕の元に歩み寄る美玲先輩。

 僕の目の前までやって来て……。すごく、近い……。

 先輩は女子の中では背が高い方で僕とそんなに変わらない。そのため目線がちょうど合う。

 少し僕の顔を覗きこむように見ると美玲先輩は僕の頭に手を置いて頭を撫で始め、さっきの言葉の続きを紡いだ。

 

「自分が育てた後輩の成長が見たくてね。ほら、行きましょう」

 

 ……どうにも美玲先輩は僕のことを小さい子供扱いしている節がある。

 まあ、美玲先輩みたいな美人に頭を撫でてもらえるなんて世の男子から見たら羨ましいことなんだろうけど。

 入部当初から美玲先輩は僕の指導係として新聞部としてのノウハウを叩き込んだ。

 他にも一年生はいるのだけど美玲先輩は僕としか関わらなかった。

 あと不思議なことなのだが、美玲先輩とは高校で始めて会ったはずなのに美玲先輩は僕のことを知っているようなのだ。

 どこかで会ったかなと記憶を探ってみたものの全く心当たりがなかった。

 

「どうしたの? 早く行きましょう」

「あ、はい! 行きます!」

 

 行ってきますと部長にお辞儀して地学室の扉を閉め、美玲先輩を追いかけた。

 ああ美玲先輩!そっちじゃないです!

 勝手に歩いて行かないでください!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鏡華さんを待たせている1ーA教室に戻るとギャルトリオはいなくなり教室には鏡華さんが一人。

 騒々しい輩がいなくなり取材にはぴったりだ。

 

「あの子……」

 

 鏡華さんの顔を見た美玲先輩は目を見開いていた。

 珍しい。美玲先輩の驚く顔なんて。

 

「どうかしました?」

「いえ、なんでもないわ……」

 

 そう言っていつものポーカーフェイスに戻った美玲先輩は早速鏡華さんに話し掛けた。

 簡単な挨拶と僕がしたような質問を美玲先輩は鏡華さんに問いかける。

 それに鏡華さんはさっきも話したでしょなんてことは言わず丁寧に答えている。

 ……あれ?美玲先輩、後輩の成長が見たいんじゃなかったっけ。

 これじゃあ美玲先輩の独壇場だ。

 しかし、僕が出る幕もなく美玲先輩は聞き取りを終了して予想外のセリフを言い放った。

 

「それじゃあ、仮面ライダーが出てくるまで密着取材といきましょうか」

「ええ!? 密着取材ってそんな……。出てくるかも分からないのに?」

「出てくるかも分からないから密着取材するのよ」

 

 密着取材って……。鏡華さんを?

 そもそも鏡華さんはそれでいいのだろうか?

 

「私は構いませんよ。叔母と二人で暮らしていますけど、叔母は一昨日アメリカに出張に行ってしまって一週間は向こうなので少し寂しくて……」

 

 なんということでしょう。

 いま鏡華さんは家に一人。

 そんな鏡華さんを怪物が狙っているかもしれない。

 これは……。もしかしたら本当に仮面ライダーをこの目で見られるかもしれない。

 少し、燃えてきたぞ。

 

「流石に泊まるのはまずいからそうね……。9時くらいまでお家にお邪魔していいかしら?」

「はい! 夕飯もご馳走しますよ!」

 

 なんと。

 鏡華さんが夕飯……。

 そんなこの学校の男子生徒が羨むようなものを僕が食していいのだろうか。

 いや、これは新聞部の活動として行った鏡華さんのお宅で鏡華さんが夕飯を作ってくれたのでそれを戴いたというしっかりとした理由付けがなされているから誰も文句は言えない。

 というわけでありがたく戴こう。

 それでは早速鏡華さんのお宅へレッツゴー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁでっか……」

 

 鏡華さんの家を見上げ、率直に思ったことが口から自然と出ていた。

 語彙は豊富な方だと自負しているのだけれど、こう圧倒されると言葉に詰まる。

 よく掃除されているのだろうか、新品のような汚れひとつ無い白い壁。

 三階建てで地下室とかあってもおかしくなさそう。

 広い芝生の庭は休日は知人を呼んでパーティーとか開いてそうだ。

 まさしく、豪邸。

 小、中と友達は多いほうだし友達の家に遊びに行くなんてしょっちゅうだったけどこんな豪邸に来たのは初めてだ。

 こんな豪邸に住んでいるなんて……。なるほど、鏡華さんの気品の由来が分かった気がする。

 一緒に暮らしているという叔母さんに丁寧な作法だとか振る舞いを厳しく躾られたのだろう。

 これだけの豪邸を建てたであろうこの叔母さんというのはどこかの会社の社長とか重役なのかもしれない。

 将来は鏡華さんもそういった世界に進むのだろうか……。

 

「御剣君? どうしたんですか?」

「え?あ、いや、すごいお家だなって思って……」

「そうですね。確かにすごいお家だと思います。だけど……二人で住むには、少し広すぎます」

 

 そういう鏡華さんの顔はどこか悲しそうだった。

 だけどすぐにいつもの穏やかな笑みを浮かべて僕達を家の中へと招き入れた。

 

「美玲先輩行きますよ」

 

 隣の美玲先輩に声を掛けると、美玲先輩は庭の方を見つめて…いや、睨み付けていた。

 向こうにはこれといって変わったものはなく、小屋があるくらい。

 

「美玲先輩? どうかしました?」

「……いえ、なんでもないわ。行きましょう」

 

 そう言って美玲先輩は鏡華さんの後を追って門をくぐった。

 なにを睨み付けていたんだろう?

 自分も見てみたが……。うん、やっぱり何もない。

 なんだったんだろう一体?

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は7時を回り外は真っ暗。

 仮面ライダーを目撃したという部屋を案内されてその時の話だとかを聞いたりして現在は骨董品が棚にたくさん飾られている客間で鏡華さんが握ってくれたおにぎりを食べている。

 塩加減がすごくいい。

 どんどん手がおにぎりへと伸びていく。

 これがおにぎりの魔力か。

 美玲先輩もたくさん食べている。

 あまり知られていないことだが美玲先輩はよく食べる。

 その線の細さからは誰も想像出来ないことだがお弁当もわりとがっしりめなおかずが多い。

 本人曰く、栄養バランスをしっかり考えていればダイエットなんてしなくていいとのこと。

 

「すいません簡単なものしか用意出来なくて……」

「そんなことないよ! こんな美味しいおにぎり食べたのはじめてだよ!」

「本当ですか? なら良かったです!」

 

 満面の笑みを浮かべる鏡華さん。

 世の中ってすごいな。こんな美少女が生まれるんだもの。

 アイドルなり女優なりになれば一躍トップスターとなれるだろう。

 一体何人がこの笑顔に堕ちたことか……。

 だけど、すぐにこの笑顔は曇った。

 鏡華さんは耳を押さえ、周囲を見渡している。

 まさか……。

 

「鏡華さんもしかして……」

「はい……。あの音が聞こえます! 仮面ライダーさんが現れる時になる、あの音が!」

 

 音……。

 僕には全く聞こえない。

 聞こえはしないけど鏡華さんが聞こえているというなら近くに仮面ライダーがいるということ。

 カメラを構えて棚のガラス戸など鏡があるところを覗くが…見えるのはカメラを構える自分だけ。

 仮面ライダーの姿なんて全く見えなかった。

 どうなってるんだよ……。

 

「仮面ライダーさんの姿は見えないのに音ばっかり聞こえるなんて……。こんなのはじめてです……」

 

 鏡華さんがそう呟くがこちらとしては何も起こっていないので何がなにやらさっぱりだ。

 しかし美玲先輩も警戒しているというのが緊張感をより高めて心臓の鼓動が高鳴っている原因となっている。

 だけど一向になにも起こらない。

 もうなんだっていうんだ……!?

 突然、体に白い糸のようなものが巻き付いた。

 驚きの声をあげる間もなく、僕はこの糸に引っ張られガラス戸へ。鏡の中へと引き摺り込まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「御剣君!?」

 

 宮原鏡華が叫びながら燐の引き摺り込まれたガラス戸を叩く。

 当然、そんなことをしたって彼を助けることなど出来ない。

 

「宮原さん。貴女は別の部屋にいなさい。カーテンは閉めて、鏡を隠してじっとしていなさい。いいわね?」

 

 彼女にそう優しく語りかけたつもりだが彼女はパニック状態のままだ。

 

「でも御剣君が!? それに咲洲さんはどうするつもりですか!?」

「いいから行きなさい」

 

 こういう言うことを聞かなそうな相手の時は有無を言わせないほうがいい。

 ただ、私の言うことを聞けとだけ。

 かわいそうだけど貴女の言うことは聞かない。

 睨み合いが続く……。この時間すら惜しい。 

 あの世界でただの人間が1分も生存するのは不可能に近い。

 もういい。

 この女の相手よりも彼の救出の方を優先しなければならない。

 鞄から青いカードデッキを取り出して棚のガラス戸に向かって突き出す。

 すると鏡の向こうの私にベルトが装着され、それと同時にこちらの私にもベルトが巻かれる。

 

「咲洲さん。それは……?」

 

 今は説明している場合ではない。

 あとで説明しなければならない面倒が待っているが、一刻も早く彼を助けなければならない。

 

「変身」

 

 一言そう呟いてカードデッキをバックルに装填する。

 カードデッキに描かれている私の契約しているモンスターのエンブレムが輝き、私の纏う鎧の虚像が左右、正面から私を被い鎧となった。

 鎧は身動きを取りやすそうな軽装である。

 青いアンダースーツに銀色の小さな装甲が胸部を守り、左肩は右肩と違い巨大なアーマーが突きだしている。

 左腕には鳥。特に猛禽を模した弩が装備されている。

 そして特徴的な鳥を模した頭部。

 羽のようなフェイスガードの下には鋭い黄色の複眼が覗いている。

 

『仮面ライダーアイズ』 

 

 それが、私の変身する仮面ライダー(騎士)

 

「嘘……。咲洲さんが仮面ライダー……」

 

 傍らの宮原鏡華が呟くが無視して『ミラーワールド』へ向かう。

 まず鏡の中へ入ればあちら(ミラーワールド)こちら(現実世界)を繋ぐ異次元空間『ディメンションホール』が存在する。

 上下左右、鏡が散りばめられたような道に置かれたビッグスクーターのようなマシン『ライドシューター』に乗り込む。

 座席とスクリーンが稼働し、車体のフードが閉じられ走り出す。

 

「来なさい。ガナーウイング」

 

 私の声に応じて、私と契約したモンスター『ガナーウイング』が現れライドシューターと並行して飛翔する。

 巨大な鷹や鷲のような猛禽型の青いモンスター。

 背中には二門の砲が備えられ、遠距離からの砲撃、高速飛行により敵に接近し脚の鉤爪で仕留めるなど距離を選ばず戦うことが出来るモンスターだ。

 しばらく走るとディメンションホールの出口、ミラーワールドへの入り口が見えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……。ここ、は……?」

 

 目を開けて、体を起こす。

 周囲を見渡すが…知らない部屋だ。

 真っ暗……いや、違う。

 周りが黒いだけだ。

 床も、壁も。

 あの時、確か鏡の中から出てきた糸に引っ張られて…

 それじゃあ、ここは鏡の中?

 まさかそんな……。

 ファンタジーじゃあるまいし……。

 いやでも鏡の中から糸が出てきて引き摺り込まれたのなら……。

 ポケットの中のメモ帳を取り出して見ると、自分の書いた字が反転している。

 どうやら本当に、鏡の中の世界らしい。

 とにかくなんとかして、ここから出ないと。

 けどこの部屋には窓も扉もないようだ。

 

「どうやって出たらいいんだよ……」

 

 苛立ちから出てきた言葉。

 このまま、こんなところで遭難して死ぬなんて絶対に嫌だ。

 だけど、助かりそうにもない。

 こんな世界で孤独に死ぬのか?

 

「大丈夫ですよ御剣君。貴方は孤独なんかじゃありません」

 

 この真っ黒な世界で声がした。

 聞きなれた、鏡華さんの声。

 こんなところで鏡華さんの声がしたことに驚いていると闇の中から鏡華さんが現れた。

 

「ここはミラーワールド。鏡の中の世界。ただの人間ならモンスターの餌食になるか。時間経過によって消滅するか……」

 

 鏡華さんはいきなり訳の分からないことを言い出した。

 ミラーワールド?

 モンスター?

 消滅?

 頭の中が混乱している。

 

「ちょ……! ちょっと待ってよ鏡華さん! なんだよそれ!? モンスターとか消滅するとか……大体なんで鏡華さんがそんなこと知ってるの!?」

「大丈夫ですよ御剣君。ここの外から出なければモンスターにも襲われませんし、時間経過による消滅も起こりません。そして、私は鏡華ではありません」

 

 鏡華さんじゃ、ない?

 見た目も声も同じだっていうのに?

 ……いや、鏡華さんがこんなことを知っているなら僕達に調べてほしいなんて頼まないはず。

 それにあの時引き摺り込まれたのは僕だけだし…あの後、鏡華さんが引き摺り込まれてないとは限らないけれど。

 

「私は……そうですね。今はアリスとでもしておきましょう」

「アリス……。君は一体……」

「はーい! それじゃあ今日はこのあたりで! 知ってますか燐君? 女性は秘密が多いほうが魅力的なんですよ~♪ というわけで燐君からの質問は一日一個までとさせていただきます♪ スリーサイズから下着の色までなんでも答えますので明日の質問を今のうちに考えておいてくださいね!それじゃあ燐君さようなら~♪」

「ちょっと待って!!!」

 

 僕の制止の声もむなしく鏡華さん……いや、アリスは闇に溶けていった。

 別れの瞬間、鏡華さんとは思えないような口調と言葉からあれが完全に鏡華さんでないと理解した。

 この……ミラーワールドだったか?

 ミラーワールドに住まう魔女だと感じたのだ。

 それにしても……明日の質問だと?

 考えておけと言ったけれど……。まさか僕はずっとここにいなければならないのか?

 こんな黒一色の時間の感覚もない、なにもない世界で……?

 そんなのは嫌だ!

 誰か助けてくれ!僕をここから出してくれ!

 叫び声は闇に消えていく。

 反響することもなく、ただ無に帰るのみ……。

 僕は、ここで終わるのか?

 

『いや、お前はここでは終わらない。終わってはならない』

 

 虚空から、声が響いた。

 低い、男のくぐもった声。

 

『ここから出るには……戦わなければならない』

 

 戦う?

 何と?

 誰と?

 

『それを決めるのは自分自身だ。戦え。そして、願え』

 

 願え?

 何を?

 ここからの脱出を?

 

『ここから出ることが、本当の願いなのか?思い出せ、己が抱いた願いを』

 

 本当の、願い……。

 それは……。

 

『力』

 

『強さ』

 

『技』

 

 今までの僕の人生とは無縁そうな単語が脳内を駆け巡った。

 今まで、誰かと戦うなんてこと……。

 いや、何かと戦ってきた。

 そのために、その度に僕は願ったんだ。

 戦うための力を。

 それに気付いた瞬間、床に白いカードケースのようなものが滑り僕の元にやって来た。

 

『それがお前の望んだものだ。使い方は……知っているだろう?』

 

 使い方……。

 カードケース、いや、カードデッキを手に取るとベルトが巻かれた。

 この、バックルにデッキを嵌めれば……。

 

「変身」

 

 自然と口から出た言葉。

 とても、懐かしい言葉のような気がする。

 やがて鎧の虚像が現れて僕と重なり、騎士は再誕する。

 白いアンダースーツに白銀の鎧。

 頭には鶏冠のような飾りと特徴的な三本の角。

 左腰には『竜召剣スラッシュバイザー』が提げられている。

 そして、聞き覚えのある鳴き声。

 黒い空を突き破り、光と共に現れる僕の契約モンスター『ドラグスラッシャー』

 刃のような翼を広げて、黒の世界は破られた。

 ここに、『仮面ライダーツルギ』は誕生した。




次回 仮面ライダーツルギ

「へえ、人探ししてるんだ?」

「き、君……名前は……?」

「燐」

「スラッシャー。行くよ」

 願いが、叫びをあげている────。



ADVENTCARD ARCHIVE
ADVENT ドラグスラッシャー
5000AP
ツルギと契約しているワイバーンのようなモンスター。
その牙、爪、鱗、翼、全てが刃となっており触れたものは容易く切り裂かれる。
翼の羽撃きで斬撃波を飛ばすことが可能。
騎士と共にあるその竜は、永い刻を戦い続けた。


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?ー2 宵闇に惑う

早速オリジナルライダー設定協力ありがとうございます!
タイミングはいつ頃になるか分かりませんが登場しますのでお楽しみに!
まだまだ募集してますのでよろしくお願いします。
ライダー募集はこちら↓
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=233963&uid=270502(終了済みです)


 合わせ鏡が無限に広がる空間。

 たくさんの鏡に写る少女、アリスは蜘蛛のようなモンスターを踏みにじっていた。

 

「まさかあの女を狙っていたなんて……。おかげで燐君がこっちに来ちゃったじゃないですか。今は私が守っているからいいけど……。これじゃただの監禁女みたいに思われるじゃないですか~。どうしてくれるんですか?……というわけで、あなたにはお仕置きです」

 

 アリスが更に強くモンスターを踏むとモンスターの体に黒と赤の禍々しい紋様が浮かび上がり……モンスターは消滅した。

 

「ふう……。さ~て、どうやらライダーがいるようなのでテキトーに誰か呼んでバトらせますか……こういうイライラした時はライダーバトルの観戦が一番です」

 

 そう決めるとアリスは力なく前に倒れ、目の前の鏡に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミラーワールド内の宮原邸やその周辺を探索したが彼の姿もなく、モンスターの気配すらなかった。

 独特の環境音ばかりが聞こえる。

 もう既に彼は……。

 嫌な考えばかりが頭に浮かぶ。

 駄目だ駄目だ。

 絶対に彼は助ける。

 そうしなければ、私は……。

 この世界にいられる時間は限られている。

 およそ10分程度。

 それしか探す時間はないのだ、立ち止まっている暇などない。

 

「燐!いるなら返事をしなさい!」

 

 普段は全く張らない声を張る。

 だが返事はない。

 彼だけは、彼だけは助けないといけないのだ。

 私の、願いのために。

 

「へえ、人探ししてるんだ?アンタみたいな冷徹な人が」

 

 独特な環境音に混じり、女の声がした。

 何度か、この世界で聞いたことのある声。

 何度も戦い、引き分けてきた相手の声だ。

 

「……悪いけど、今はあなたと遊んでいる暇はないの」

 

 振り返り、そう返事をした。

 やはり予想通りあいつだった。

 黒いアンダースーツに黄色いアーマー、蜂の巣のような意匠の仮面……。

 

『仮面ライダースティンガー』

 

「つれないなぁ……。折角アリスがここにアンタがいるって言うから会いに来てあげたのに」

 

 あの女……余計なことを。

 

「それじゃあさ、やろっか」

「……そうするしかないようね」

 

 こいつが来てしまった以上、戦闘は避けられない。

 こいつはライダー達の中でも戦闘狂なのだ。

 逃げるのは困難。

 探索はガナーウイングに任せてやるしかない。

 

 

 

 

 

 

 黒い空間が破られると、そこは鏡華さんの家の庭だった。

 変身したはいいが……。

 なにをどうしたら……。

 いや、分かる。

 知っている。

 僕は知っている。

 この姿のこと、仮面ライダーのことを。

 バックルのデッキからカードを引き抜き、この剣に装填することで武器を召喚したり、技を使ったりして……。

 傍らのこのドラゴンはドラグスラッシャー。

 僕の相棒だ。

 首を撫でてやると目を閉じて気持ち良さそうにしている。

 そういえば、あの声の正体は……。

 近くにいないか。

 あたりを見回しても人影なんてない。

 一体、何者なんだろう?

 助けてくれたからいい人なんだろうけど。

 取り敢えず、まずは助かったことを喜ぼう。

 まずは現実世界に戻って……あ。

 鏡華さんと美玲先輩にどう説明しよう。

 鏡の中で仮面ライダーになって助かったよ!と正直に言おうかそれとも濁そうか……。

 言い訳に頭を悩ませると、鎧が音を拾った。

 金属と金属がぶつかりあう音……戦いの音だ。

 

「スラッシャー。行くよ」

 

 僕の言葉にスラッシャーは頷き、翼を広げ空へと飛び立った。

 あの、僕も乗せてってほしいんだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵に対して向かい合い、互いにデッキからカードを引き抜きバイザーへと装填する。

 私のバイザーは弩型。

 ガナーウイングの翼を模したバイザーを展開しカードを装填。

 相手は蜂の針のような細い刃の剣型のバイザーにカードを入れる。

 

【SWORD VENT】

 

【STRIKE VENT】

 

 電子音声がそう告げると、空から互いの武器が降り注ぎそれを掴む。

 私は青い翼を模した双剣「エッジウイング」を、相手は蜂の腹を模したものを右腕に装備した。

 見慣れた武器。あれの先端には鋭い針があり、突き刺し毒を注入。弱ってきたところを殺すという戦法を得意としている。

 当たるわけにはいかない。

 

「ハアッ!」

 

 先に動き出したのは向こう。

 武器を装備した右腕で殴り付けてくるが大振り。回避するのは容易い。

 体を反らし、がら空きとなったスティンガーの胴をエッジウイングで切り裂く。

 装甲から火花が飛び散り、宵闇を照らす。

 そうして切り結び合う。

 優勢なのは私。

 機動力を活かして、ヒットアンドアウェイ戦法を取る。

 

「はっ……。いいね、早い」

 

 一度距離を取ったスティンガーは再びカードを引き抜きバイザーへ装填した。

 

【GUARD VENT】

 

 雀蜂の顔のような盾を左腕に装備したスティンガーが迫る。

 殴りかかるストライクベントを避け、エッジウイングを交差して受け止める。

 重い……!

 

「アタシはアンタほど速くはないけど……。パワーはあるってこと知ってるでしょ?それにこいつもぉ!」

 

 盾を装備した左腕を振りかざすスティンガー。

 するとその盾が展開する。

 まるで、雀蜂の顎のように。

 

「噛まれな」

 

 突き出される大顎。

 私の首を断ち切ろうと迫る───。

 

 

 

 

 

 

 

 戦う二人のライダーを民家の屋根に腰掛け観賞するものがいた。

 アリスである。

 

「いいですねいいですね~。さっすが最古参の二人。そんじょそこらのライダーの戦いより断然見てて面白いですね~」

 

 好きな番組を見るかのような気楽さで殺し合いを眺めるその光景は…現代の感覚で言えば異常である。

 古代ローマでは円形闘技場で剣闘士の戦いを見ることが市民の娯楽となっていたがそんなものは大昔の話だ。

 

「あっ、瀬那ちゃんが勝つかなこれは。今日で美玲ちゃんは終わりか~って、うん?あれ、は……」

 

 星空を翔る流星。

 白い流星……。

 いや、違う。

 あれは……。

 

「まさか、そんな……!」

 

 

 

 

 

 

 

 迫る大顎。

 だが、それは飛来してきた何かにより阻まれた。

 咄嗟に攻撃をやめて盾で防御するスティンガー。

 この隙に腹を蹴込み、距離を取る。

 地面に落ちたそれは……刃?

 

「なに?新手?」

 

 苛立ちを含んだ声で呟くスティンガー。

 この刃が飛んできた方向を見るとそこにいたのは……。

 白い仮面ライダー(騎士)とそれに付き従う白いドラゴン。

 街灯の光に照らされた純白の鎧が眩しい。

 聖騎士という言葉が相応しい。

 威風堂々としている。

 ゆっくりとこちらに歩き出すそのライダーから発せられるオーラは敵を圧倒するだろう。

 

「折角のバトルに水差しやがって……。けどまあ、それもライダーバトルの醍醐味か。ハアッ!」

 

 スティンガーは純白のライダーに向かって駆け出す。

 純白のライダーはなにもしない。

 ただ、歩くだけ。

 やがてスティンガーが純白のライダーを射程圏内に捉え、右腕の針を突き刺そうと殴る。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 何が起きたのか、単純なことだった。

 純白のライダーが腰の剣を抜き、スティンガーを切り裂いたのだ。

 やったことは単純。

 だが、その居合の速さは……神速と言っても過言ではない。

 戦いの様子をもっと間近に見たくて、私も純白のライダーの近くへと駆け寄った。

 

「……戦いを、止めてください」

 

 ポツリと、純白のライダーは呟いた。

 とても、聞き慣れた声。

 なんで。

 どうして。

 どうして、燐がライダーになっている。

 

「あ?その声……アンタ、男?おいおいなんだよそれ。ライダーバトルに参加するのは女だけってのは嘘なの?」

 

 吹き飛ばされたスティンガーは体を起こし、胡座をかいて地面に座り彼と会話する。

 

「ライダーバトルに参加するのは女だけ……?」

「アンタ、アリスから聞いてないのか?ライダーバトルのこと。だったらアタシが教えてやるよ。直接……身体になぁッ!!!」

 

 地面を殴り、その衝撃を利用して立ち上がったスティンガーが燐への距離を一気に詰めて今度は盾の大顎で鋏み、砕こうとする。

 燐は剣を大顎に挟んで防御する。

 ……援護しなければ。

 デッキからカードを引き抜きバイザーに装填する。

 

【SHOOT VENT】

 

 音声が響くと矢筒が召喚され、背中のハードポイントに装着され、エッジウイングの柄を連結させると弦が現れ弓となる。

 

『アローウイング』

 

 私の最も得意とする武器。

 矢筒から矢を取り出し、番える。

 膠着して、動きのない今なら狙わなくとも当たる。

 放たれた矢は真っ直ぐにスティンガーの背中に直撃し、爆ぜる。

 

「ガッ……!?」

 

 背後からの攻撃により力が抜けたスティンガーを燐は振り切り、バイザーである剣にカードを装填した。

 

【SWORD VENT】

 

 天から召喚されたのは日本刀。いや、太刀と言った方がいいか。

 反りの深い、長刀。

 白い柄に鍔はなく飾り気はないが、ないからこそ気品というものを感じさせる武器。

 それを右手に駆け出し、スティンガーに袈裟斬りを喰らわせた。

 

「でやぁぁぁ!!!」 

「は、はは……。こんなん勝てるわけないじゃん……。時間も時間だし今日は撤退するよ……」

 

 そう言ってスティンガーは近くに停めてあった車から現実世界に戻った。

 彼女が時間だと言うことは……。自分の手のひらを見ると、少しずつ砂になっていくかのように分解されていく。

 消滅が始まっている。

 燐のほうは……まだ変身してそう経っていないのか消滅は始まっていない。

 

「燐」

「え?その声まさか……美玲先輩!?え!?ちょ、なんで!?」

 

 予想通り、彼は驚いた。

 

「話はあと。今は取り敢えず、あっちに戻りましょう」

「は、はい……」

 

 さっきまでの達人然とした雰囲気はどこに行ったのか。

 仮面を被っていても彼は彼のままだと安心出来る。

 二人でさっきスティンガーが使った車の窓ガラスから現実世界へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の住宅街を歩く。

 風に靡いた、ボサボサの色が抜けてきた金髪がうざったい。

 月のおかげでだいぶ明るいが、心は暗いままだった。

 あの乱入してきたライダー……。

 敵わなかった。

 これまで、三人のライダーを倒してきたアタシだけど、勝てなかった。

 相手が男だったから負けたとかそういうものではない。

 純粋に、強さの壁というか、プレッシャーを感じていた。

 頭の中はあのライダーのことで一杯になっていたおかげか、思っていたよりも早く家に着いた。

 古いアパート。

 ここで、母親と二人で暮らしている。

 『片月』という煤けた表札が提げられた202号室が私の家。

 ドアノブを回すと、珍しくドアが開いた。

 だけど、すぐに私はドアを閉じた。

 母の……女の声なんていう聞きたくないものが聞こえたからだ。

 ちらと見たが見覚えのない男物のスニーカーが乱雑に脱ぎ捨てられているのを見た。

 知りもしない男がいるようなところに帰りたくはない。

 アパートの階段を降りて、あてもなく歩く。

 今日の宿はどうしようか……。

 SNSを開き、今日泊まれるところ探してますと可愛らしい絵文字を添えて投稿するとすぐにどこ住み?とメッセージが。

 それを皮切りに次々と人の皮を被ったケダモノ達が集まること集まること。

 その中から一番近い奴を選ぶ。

 そのケダモノの巣が今晩の私の巣だ。

 今日は思いの外近くの奴が釣れたので近くの公園で待ち合わせて、そいつのところに案内された。

 

「き、君……名前は……?」

 

 年齢に不相応な幼さを残した男が質問してきた。

 無視してもいいのだけど、なにも喋らないのも面倒に繋がる場合が多い。

 

「瀬那」

 

 短く、それだけ言ってケダモノの質問に答えた。

 するとケダモノは次々とセナちゃんは、セナちゃんはと質問ばかりしてくる。

 つまらない……。

 ケダモノの中でもつまらないやつだった。

 テキトーに質問に答えていると彼の住むアパートに着き、部屋に通されたアタシは早速ベッドに寝転んだ。

 疲れた……。それに、戦いの傷がまだ少しばかり痛む。

 

「え、あ……そ、その……」

 

 ケダモノはここに来て躊躇しているらしい。

 目当ての物が目の前にあるのに手を伸ばさないなんて、弱い奴の証拠だ。

 こんな奴の相手なんて普段はしたくないのだが……。

 だけど、アタシはストレスを発散したくもあった。

 

「いいよ。好きにしな」

 

 そう言うとケダモノは気持ちの悪い笑みを浮かべて私に覆い被さってきた。




次回 仮面ライダーツルギ

「叶えたい、願い?」

「約束ですよ!」

「それじゃあ、また明日」

「殺しあっているのよ、私達ライダーは」

 願いが、叫びをあげている────



ADVENTCARD ARCHIVE
SHOOTVENT アローウイング
2000AP
アイズの用いる弓。
ガナーウイングの青い翼を模している。
ガナーウイングと連携することで鳥形の炎を放ち広範囲の敵を焼き払うことが可能。
その炎が焦がすものは敵か、己か。


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?ー3 日常と戦い

 ミラーワールドから現実世界へと戻り、鎧が鏡が割れるかのように消える。

 そうして、ライダーに変身していた人物が露になるが……やっぱり美玲先輩だった。

 美玲先輩は僕を見るとため息をついてから話し始めた。

 

「まさか、あなたがライダーになるなんて。イレギュラーもイレギュラーよ」

「美玲先輩こそ、なんでライダーに……」

「それを含めて話をしましょう。あの子……宮原鏡華にも聞きたいことがある」

 

 鏡華さん……。

 そうだ、あのアリスという人のことを聞かなきゃいけない。

 関係、あるのだろうか。

 

「それにしても、こんなことになったというのにあまり動じないのね」

 

 言われてみればそうだ。

 鏡の中に入っただとか、仮面ライダーに変身しただとか、戦っただとか……。

 どれも日常から乖離したことだというのに、当たり前のことのように受け入れている自分がいる。

 変身した時にも感じたことだが、知らないのに知っている。

 そんな妙な感覚に支配されている。

 一体どうしたというんだ僕は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「御剣君!無事でよかったです……」

 

 客間に戻ると鏡華さんが駆け寄りそう言った。

 無事でよかったですと言いながら本当に無事かどうか確認しないといけません!と言って身体検査が始まりそうになったが丁重に断っておいた。

 鏡華さんに身体中触られるなんて絶対大変なことになる。

 

「ところで、あの、咲洲さん……」

「分かっているわ。話すつもりだし、あなたにも聞きたいことがある」

 

 ソファに腰を掛け、青いカードデッキをテーブルに置く美玲先輩。

 そして、美玲先輩は語り出した。

 仮面ライダーとはなんなのか。

 ミラーワールドとは、モンスターとは。

 

「仮面ライダーは都市伝説で語られているようにミラーワールドのモンスターと戦っているわ。けれど、それだけじゃない。ライダーはライダーとも戦っている。殺しあっているのよ、私達ライダーは」

「ライダー同士で殺しあう……?どうしてそんなことをするんですか!?同じ人間じゃないですか!そんな人の命を奪うような真似をどうして……」

 

 美玲先輩の言葉に憤る鏡華さん。

 普通の人の感覚であればそうだろう。

 だけど……。

 殺しあう。

 そうだ、ライダーはライダーと戦わなければならない。

 それぞれの願いのために。

 あれ?どうして僕はそんなことを知っているのだろう……?

 さっきから、記憶が混乱している。

 知っているのに、知らない記憶が次々湧いて出てくる。

 

「他人を殺してでも、叶えたい願いがあるからよ」

「叶えたい、願い?」

「そう。この戦いは普通では……。自分の力では叶えられない、どうしようもない願い。他の誰かを犠牲にしてでも叶えたい願いを持った者達の戦いよ」

 

 他の誰かを犠牲にしてでも叶えたい願い。

 普通では叶えられない願い。

 そんなものを持つ人間にとって、ライダーバトルはまさにまたとない機会。

 藁にもすがる思いでライダーになる者は多い……。

 

「それじゃあ、咲洲さんも何か願いがあるんですか?」

 

 ライダーバトルに参加するということは例外なくそういった願いがあるということ。

 美玲先輩の願いって一体……。

 

「……それは、言えないわ」

「……咲洲さんは、既に人を……殺しているんですか?」

 

 鏡華さんの追及は続く。

 美玲先輩はライダーを……人を殺したのだろうか?

 だとしたら……。

 そうだとしたら僕は……。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 なんだ、今の……。

 自分ではない、自分が出てきたかのような感覚がした。

 

「……いいえ。他のライダーと戦いはしたけど、まだ仕留めたことはないわ。……そういえば、今この場にいるライダーは私だけじゃないわ。ね、燐?」

 

 今ここで僕に振る!?

 絶対美玲先輩は鏡華さんの質問責めが面倒になったんで話題をすり替えたんだ。

 美玲先輩はそういうことをする……。

 

「えっ……。御剣君も、仮面ライダー……?」

「えーっと……。ははっ。仮面ライダーに、なっちゃった……」

 

 デッキをポケットから取り出し、なんとか愛想笑いを浮かべながらそう言った。

 愛想笑い……。上手く笑えてるかな……?

 

「笑ってる場合じゃありません!どうしてそんなことになるんですか!?仮面ライダーになるということはさっき咲洲さんが言ったみたいに殺しあいに巻き込まれるということですよ!今すぐ仮面ライダーなんてやめてください!」

 

 肩を揺すられながら怒られる僕……。

 同い年に怒られるとは情けない。

 鏡華さん母親みたい……。

 息子とチンピラの交友を心配する母親みたいな。

 

「だ、大丈夫だよ鏡華さん……。僕はライダーとは戦わないよ」

「本当ですか?絶対ですよ!約束ですよ!」

 

 鏡華さんが詰め寄り僕は壁に追い詰められた。

 すごく、近い……。

 鏡華さんの大きな目が僕を捕らえて離さない。

 ここで断る!とか約束は出来ないなんて言おうものなら更に激しい追及が……。

 事は穏やかに済ませよう。

 

「う、うん……。約束するよ……」

「はい。約束ですよ」

 

 にっこりと笑顔を浮かべる鏡華さん。

 こんな間近で鏡華さんの笑顔を見られるなんて……。

 

「……あなたがライダーとは戦わないつもりでも、他のライダーはあなたを狙ってくるわ。願いを叶えられるのは最後に生き残った一人のみ。ライダーになった時点で、他のライダーとの戦いは避けられないわ」

 

 美玲先輩の言葉によって現実に引き戻される。

 いくら自分が戦わないつもりでも向こうは戦いを仕掛けてくる。

 

「そんな!?じゃあやっぱりやめるべきです!御剣君はそんな……人殺しをするような人じゃありません!」

 

 鏡華さんの声が響く。

 その目には、涙を浮かべて僕を見つめている。

 

「……今日はもう遅いからここまでにしましょう。また、明日。行くわよ、燐」

「えぇ!?ちょっ!美玲先輩ッ!」

「待ってください!まだ話は……!」

 

 出ていこうとする美玲先輩を鏡華さんは呼び止める。

 ドアノブを回した手を止めた美玲先輩は、鏡華さんのほうを見るとこなく、そのまま語り出した。

 

「今日はいろいろあって頭が混乱しているでしょうから、気持ちを整理してからにするべきでしょうね。私もあなたに聞きたいことがあるしそれに……。門限が近いのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の住宅街を美玲先輩と歩く。

 少し、風が出ている。

 美玲先輩のサイドに纏めた髪が揺れている。

 

「あの、美玲先輩」

「なに?」

「美玲先輩と僕は、敵ですか?」

 

 さっきから気になっていたことを口にした。

 ライダー同士は殺しあう。

 ならばライダーである僕と、ライダーである美玲先輩は殺しあわなければいけないのだろうか。

 

「……燐。ライダーになるということは願いを持っているということ。願いのない人間はライダーにはなれないわ。デッキを見せなさい」

 

 促されるままデッキを美玲先輩に渡すと美玲先輩はデッキからカードを抜いていく。

 そして、最後に出したカードは今までの物とは趣きが違うものだった。

 

「これはメモリアカード。このデッキの所有者の願いが記録されたカードよ」

「願いが、記録されたカード……」

「これはデッキと同じくらい大事なカードよ。これを失うということは命を失うことと同義。もし、このカードを破かれるなり焼かれるなりしたら、どうなると思う?」

 

 どうなると思う?

 命を失うことと同義だというなら……。

 

「これを破かれるだけで、死ぬ?」

「……死ぬというのは、ある意味そうよ。けど、死ぬよりももっと惨い。このカードを失ったライダーは()()()()()()()()()()()願いの逆転が起きて、願いと真逆の事が起こってしまう。そして、たとえライダーバトル以外の場で願いが叶うチャンスがあったとしてもその願いが叶うことはない。願いを失ってしまうのよ」

「そんな……」

 

 願いを叶えるために参加した戦いで、その願いを失ってしまうなんて……。

 それは、本人からしたら死よりも残酷なことだろう。

 

「それにしても、あなたの願いは()……。似合わないわね」

 

 メモリアカードに書かれたStrengthの文字。

 日本語訳はさっき言われたとおり力。

 

「力……」

 

 そんなもの、いつ願っただろうか。

 あの空間から脱け出す時か?

 いや、もっと前。

 それでいて、最近のような気もする。

 既視感というかなんというか……。

 

「それと、最初の質問の答えは保留にしておきましょう。戦う気がないというなら、私はあなたとは戦わないわ」

「……けど、他のライダーは狙うんですよね」

「当然でしょう。ライダーなのだから。……それじゃあ、私はこっちだから。それと、他の人にデッキを見せなさいと言われても見せたらダメよ」

 

 デッキを僕に返しながら美玲先輩はそういった。

 メモリアカードのことを知った今なら他人にデッキを見せるということがどれだけ恐ろしいことかよく分かった。

 だけど、僕の願いの反転ってどうなるんだろう。

 弱くなるとかなのかな?

 

「それじゃあ、また明日」

「はい。また、明日」

 

 そういって美玲先輩と別れた。

 時刻はもう9時を回っている。

 あらかじめ遅くなるとは連絡しているから大丈夫だけど早く帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただいまーとリビングに入ると母さんと妹がドラマを見ている真っ最中だった。

 テレビの画面の中では人気俳優と最近売れてきた若手女優『瀧まなか』のキスシーンだった。

 

「お帰りなさい。遅かったわね」

「うん。部活でね」

「そうね~来月には文化祭だものね。懐かしいわ~私もかつては聖山高校演劇部のスター女優としてステージに立ったものよ」

「でた、お母さんの持ちネタ」

「なによ美香。お母さんの話信じられないの?」

「だって、ねえ?」

 

 僕を見て同意を求める美香。

 これには文句無しで同意だ。

 

「なによ燐までー!明日からおかず全部シーフードにするわよ」

「それだけは勘弁を……。ところで父さんは?部屋?」

「今、お風呂入ってるわ。お父さん出たらちゃっちゃと入っちゃいなさい」

「はーい」

 

 返事をして二階の自分の部屋に。

 制服をハンガーにかけて部屋着に着替えてベッドに寝転んだ。

 カードデッキを見上げて今日のことを振り返る。

 ミラーワールドのこと、仮面ライダーのこと、戦ったこと、そして、自分の願いのこと。

 力……。

 力ってなんだろう。

 あの時、僕を導いた声が言っていたあの言葉。

 

『ここから出ることが、本当の願いなのか?思い出せ、己が抱いた願いを』

 

 己が抱いた願い。

 それが、力?

 抽象的過ぎて分からない。

 一体なんのための、誰のための力なのか。

 そのことを考えるだけで、今日の夜は更けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学生の本分は勉学である。

 世間一般の常識に対して反旗を翻す気のない僕は世間一般の通りに学校へ行く。

 昨夜あんなことがあったがそんなこととは関係なしに授業は進むし、遅れを取り戻すのは面倒だ。

 というわけでしっかりと出席。

 鏡華さんも休まずに来ている。

 しかし、なんというか様子がおかしい。

 ずっとモジモジとしているというか、何か言おうとして言わないなんてことを繰り返すうちに三限の古文の時間。

 あの佐々木先生が教壇に立っているので少しばつが悪い。

 というか佐々木先生。さっきから僕を当てすぎじゃないですか?

 確かにあの記事を書いたのは悪いと思ってますけど、そんなに根に持たれるなんて思ってなかったですよ……。

 若干の恨みを込めながらノートを取っていると、ミラーワールドで聞こえるあの環境音が耳をつんざいた。

 かなり近くでモンスターが現れたようだ。

 こんな時に……!

 どうするか悩んでいると二の腕を小さく叩かれた。

 鏡華さんだ。

 鏡華さんにも聞こえていたらしい。

 

「御剣君。ライダーですか……?」

「いや、モンスターみたい」

「モンスター……。ということは誰か狙われて……」

 

 そうだ。

 モンスターは人間を襲って捕食する。

 恐らく狙われているのはこの学校の人か、近隣住民か……。

 とにかく、誰かが危ないというなら。

 

「僕、行ってくるよ。佐々木先生!」

 

 挙手して佐々木先生を呼ぶとチョークを動かす手を止めて振り返った。

 ……やけにいい笑顔なのが気になる。

 

「んーどうしたの御剣?みんなの前で土下座して謝罪する気にでもなった?」

 

 そこまで怒ってる!?

 あんなに謝罪したのに!

 ええい!この際無視だ無視!

 

「お腹痛いのでトイレに行って来ていいですか!」

「えー。許可しようかな~どうしようかな~」

 

 普通そこ悩むところじゃないですよね!

 生徒が教室で脱糞してもいいと仰るのですか!?

 

「先生ー!ここで漏らされたら堪らないから行かせてあげろよー!隣の宮原さんに迷惑かかっちまうぜー」

 

 ここで廊下側の遠くであるが、中学からの付き合いで同じ新聞部でもある勝村が援護してくれた。

 やっぱり持つべきものは友だな。

 スポーツ刈りがよく似合ってる!

 

「うーんしょうがないですね……。早く行って来なさい」

「はい!」

 

 教室を出る時に勝村に敬礼をして感謝を伝える。

 向こうも分かってくれたようだ。

 あとでジュース一本くらいは奢ってやろう。

 とにかく、急がないと……。

 

 

 

 

 トイレに入って、個室とかに誰もいないことを確認して鏡に向かってデッキを突き出す。

 ベルトが巻かれて、僕は居合のような動きをして叫ぶ……とばれるかもしれないから少しボリュームを抑えて……。

 

「変身!」

 

 バックルにデッキを入れて、ツルギへと変身する。

 

「よしッ!」

 

 気合いを入れてミラーワールドへ。

 被害が出る前にモンスターを倒すんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミラーワールドの聖山高校のグラウンドには人型のハリネズミのようなモンスター「ニードランチャー」が獲物を仕留めようと狙っていた。

 校舎の窓、一階の廊下を歩く男性教員に向かって背中の針を撃とうとしたが…砂煙を上げて走るライドシューターに轢かれて地面を転がった。

 車体のフードが上がって、ツルギがライドシューターを降りる。

 

「うわぁトゲだらけ。刺さったら痛そう。早く終わらせよう、うん」

 

 授業の時間もあるし。

 デッキからカードを引いてスラッシュバイザーに装填する。

 太刀のような武器が空から降ってきたのを掴んでモンスターに向かって駆け出す。

 

「はあッ!」

 

 モンスターの左肩から右腰まで袈裟斬りで斬りおろす。

 怯んだモンスターに向かって更に攻撃を続けるとモンスターは黒い針を大量に生やした背中をこちらに向けると、その針がミサイルの如く発射されて胸部装甲に命中。

 予想外の攻撃に防御する暇などなく直撃してしまい地面を転がる。

 

「いってぇ……。針飛ばすなんて思わなかった……」

 

 今のでモンスターとの距離が開いてしまった。

 遠距離の敵を相手にするのが苦手な僕にとってこれは死活問題。

 再びモンスターは針を飛ばしてくる。

 二度目は回避するが、この針を掻い潜って接近しなければならない。

 さて、どうするか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モンスターを倒しに行った御剣君のことが気になってしょうがない。

 さっきから戦いの音が聞こえてくるのが余計にそうさせる。

 御剣君の席は窓側一番奥の席。

 そして、その隣が私。

 音から考えると戦いが起こっているのはグラウンド。

 窓から見下ろせば見られるが、私の席からは見えない。

 御剣君の席からなら見れるんでしょうけど……。

 正直、すごく見たい。

 無事なのかどうかも気になるけど、御剣君の仮面ライダーとしての姿が見たいのだ。

 咲洲さんの変身した姿は間近で見たけれど、御剣君のはまだ見ていない。

 ものすごく、気になる。

 どうしたら見れるだろうか……。

 先生は今、黒板に向かっている。

 そーっと、見れば恐らく大丈夫。

 というわけで隠密行動開始。 

 なんだかスパイのようでハラハラするのが楽しいですが、ただ窓の外を見るだけ。

 席から離れて、体を低くしてそーっと、そーっと動いて窓から外を見下ろす。

 これで、見えた。

 黒い針をたくさん飛ばしている人型のモンスター…怪人と言ってもいいかもしれない。

 そして、その針を回避する白い仮面ライダー。

 あれが、御剣君の……。

 

「あれ、あの姿って……」

 

 似ている。

 あの黒い仮面ライダーにそっくりな姿だ。

 色違い。

 昔遊んだゲームにも色違いがありましたが仮面ライダーにも色違いは存在するんですね。

 

「あの、宮原?」

「え?」

 

 後ろを見れば佐々木先生が背後にいらっしゃいました。

 

「えーと……なにをしているのかしら?」

「え、あ、そ、その!消しゴム!消しゴムを落としてしまったんです!どこに行ったんでしょう消しゴム……。あはは……」

「消しゴムなら、あなたの机の上にあるけど」

 

 私はこの時、ある言葉が脳裏に過りました。

 好奇心猫を殺す。

 今の私は、正しく猫でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 針をなんとか回避しているが……このままじゃジリ貧だ。

 ミラーワールドにいられる時間のうちに倒さないといけないというのに……。

 しかし、今の状況を打破するカードはあるのか?

 あと二枚あるソードベントの内一枚は盾にはなるが物が物なのでそれを持って素早く動くことが出来ないので状況打破とは言えない。

 撃ち続けていればやつの針が無くなるかと思ってその隙を突こうと考えていたけれど抜けたらすぐに針が生えてくるのでこの作戦は却下。

 こういう時は、頼みのドラグスラッシャーだ。

 なんとかしてくれよ……。

 

【ADVENT】

 

 電子音声が響くと空から咆哮をあげながら空を切り裂きドラグスラッシャーが現れる。

 ドラグスラッシャーはモンスターを睨むとそのモンスターに向かって刃のような小さな鱗を飛ばし始めた。

 針と鱗がぶつかり合い弾け飛び、グラウンドには針と鱗が大量に突き刺さり剣山のようだ。

 この撃ち合い合戦をしている今がチャンスだ。

 モンスターに向かって回り込みながら駆けて接近する。

 二方向からの迫る敵にモンスターはどうしたらいいか迷う。

 その隙が命取りだ。

 

「でやあぁぁぁ!!!」

 

 太刀で上段から切り裂き、鳩尾を突く。

 モンスターに対して人間の弱点が適用されるか分からないが。

 だが、弱点でなかろうが攻撃が直撃したことには変わらない。

 吹き飛び、地面を転がり、ふらふらの足取りで立つモンスターに対してとどめを刺すために切り札を切る。

 

【FINAL VENT】

 

「ふっ……はぁ……!」

 

 スラッシュバイザーを抜き、剣舞する。

 ドラグスラッシャーが僕の周りを飛び回り、僕が地面を蹴り跳躍すると同時にドラグスラッシャーも空に向かって飛び立つ。

 空中で飛び蹴りの体勢を取るとドラグスラッシャーが羽ばたき、光の刃が二つ重なり×字を描く。

 その刃を足に纏わせ、モンスターに向かって加速する。

 

「はあぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 モンスターは逃げようとするがもう遅い。

 斬撃を纏った蹴りがモンスターを切り裂き貫いた。

 地面に着地すると背後で爆発が起こる。

 振り返り、残心すると光の球が空へと上がるのを見た。

 その球をドラグスラッシャーが捕食したのを確認して、現実世界へと戻る。

 一応、今は授業中なのだ。

 トイレにしては長過ぎと思われて不審がられるのも嫌だし佐々木先生に色々言われそうなのも嫌だ。

 早く戻ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 校舎の窓ガラスに吸い込まれるツルギを監視するものがいた。

 近くの民家の屋根の上からライフルを構えスコープ越しにツルギを監視する黒いライダー。

 

「へぇ。面白そうなライダーがいるじゃん。だけど、まあ……」

 

 銃口を空に向けたライダーは引き金を引いた。

 独特な環境音を塗り潰す銃声。

 それと同時に、空を飛んでいた鳥人型のモンスターが爆ぜる。

 

「剣じゃ、銃には勝てないけどね」

 

 新たな仮面ライダーが、参戦しようとしていた。




次回 仮面ライダーツルギ

「早く行かないと部長にどやされる」

「い、いえ!大丈夫ですよ!気にしてませんから!」

「なにって、喧嘩だよ」

「宮原さん。あなた、アリスという少女に心当たりはないかしら?」

 願いが、叫びをあげている────



ADVENTCARD ARCHIVE
SWORDVENT リュウノタチ
2000AP
淡い雪のような色の美しい刀身を持つ長刀。
鍔はなく、刃と柄のみのシンプルな構造で反りが深い。
ツルギが最も使用する剣である。
この剣が切り裂くものは、光か闇かあるいは……。


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?ー4 生まれ落ちる願い達

 放課後、部活に行こうとして……鏡華さんに引き止められてしまった。

 肩にかけたバッグを両手で挟んで掴む鏡華さんはどこかで見た、魚を両手で掴む猫のよう。

 

「御剣君。昨日のお話の続きです」

「ああ……うん、そうだね。美玲先輩も話したいことあるって言ってたし……」

 

 スマホを取り出してLINEで美玲先輩に『昨日の話の続きどうしますか?』と送信。するとすぐに既読がついて返事がきた。

 

『とりあえず部室まで来て』

 

 『分かりました』と入力して送信。

 

「部室まで来てだってさ。一応、顔だけは出しとかないとね」

「そうですね。無断欠席はいけません。えっと新聞部の部室は……」

「地学室だよ。それじゃ行こう。待たせると美玲先輩の機嫌が悪くなる」

 

 分かりましたと言って鏡華さんはバッグから手を離し、僕の後ろについて歩く。

 そんな僕達の前に立ち塞がる男が一人。

 スポーツ刈りの頭にこんがり焼けた黒い肌。

 彼を見た人は十人が十人、運動部に所属しているだろうと言う。

 しかし、彼は文化部である新聞部所属。

 その名も「勝村秀夫」

 僕とは中学の時からの付き合いである。

 

「待てよ燐……!お前、同じ新聞部である俺を差し置いて宮原さんと部室に行くのか!?」

「人聞き悪いこと言うな……。今時昼ドラでもそんなセリフ出てこないって」 

 

 勝村はこの手の冗談をよく言う。

 おかげで中学時代は、現在もだけどできてると言われている。

 そのせいで僕の中学時代は薔薇色とは程遠かった。

 楽しかったけど、いろいろと悲しかったのだ。

 それはそれとして、この冗談を真に受ける人物がこの中に一人。

 

「えっと、あの……。お、お二人はそういう関係なんですか?」

「違うよ鏡華さん。こいつの冗談を真に受けないで」

「そうそうジョークジョーク」

「そうでしたか……」

 

 鏡華さんは真面目だからジョークに騙されやすいのだろうか?

 将来、詐欺の被害にあわないことを祈っておこう。

 

「そんで、何故宮原さんがついてくんだ?まさか……入部希望!?」

「ちょっと取材に協力してもらってて……」

「あーあれだろ?仮面ライダーの。部長から聞いた。それより、早く行こうぜ。今日は大事な会議だからな」

 

 会議?

 そんなのあったかな……。

 

「お前その反応は知らなかったな?今日は文化祭一ヶ月前会議だぞ」

「そうだったんだ……」

 

 知らなかった。

 だって、誰も教えてくれなかったんだもん。

 しょうがない。

 そう考えればさっきの美玲先輩の部室まで来てというのもそういうことか。

 

「とにかく行こうぜ。早く行かないと部長にどやされる」

「そうだね。鏡華さんは……」

「私は教室で待ってますね。終わり次第合流しましょう」

「え、いいんじゃね?連れていっても」

 

 なにを言い出すんだこいつはと一瞬思ったけどすぐに勝村の考えを理解した。

 本来なら部外者を会議に出席させるのは部長曰くいけないのだけど……うん。多分、いや、十中八九大丈夫だろう。

 

「宮原さん部活入ってないし、部活見学って言っとけば尚更いいっしょ」

「えーと……本当にいいんでしょうか?」

「大丈夫だよ。なんたってうちの部長は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさまでーす」

「でーす」

 

 地学室のドアを開けて先輩達にご挨拶。

 大体メンバーは揃っているようだ。

 

「おう来たか!よしそれじゃあ早速だが……」

「ああ、部長すいません。ちょっと……」

「ん?どした?」

「あの……部外者なんですけど会議参加させてもいいですか?」

 

 こういうと予想通り、部長の顔はしかめっ面になった。

 

「ダメだダメだ!この会議は部外秘なんだ!たとえ神様仏様校長先生だろうと入ることは許さん!」

 

 これまた予想通りの言葉。

 いやー部長は分かりやすくていい。

 

「そうですか……あーあ。折角、鏡華さんが部活見学したいって来てるのにな~。しょうがないお断りするか~」 

「な~。しょうがないな~」

 

 わざとらしく、棒読みで喋る。

 チラチラ部長のほうを見ながら喋ると表情が一瞬で変わった。

 

「なにっ!?鏡華さんだと!そうなれば話は別だ!今すぐご案内するんだ!丁重になッ!!!」

 

 さっきの言葉はどこへやら。

 手のひらがドリルのように回転した部長に命じられた通り、丁重に鏡華さんを案内するとしよう。

 

「はい。ご案内してきます!」

 

 いやー本当に部長は分かりやすくていい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新聞部のメンバー十人が各々席に座ると部長は教壇に立ち話し始めた。

 

「さて、遂に文化祭が一ヶ月前に迫った。みんなも各クラスの出し物のほうでも忙しいと思うが我々新聞部も例に漏れず文化部。文化部らしく文化祭には出展しなければならない。文化祭では三日間、号外を出すことにしているがその前に!文化祭特集として文化祭前にも新聞を出さなければいけない。まあ書くことは毎年決まりきっているから楽な部類にはなるが面倒なのはこの学校の部活の多さだ。各クラスの出し物や委員会などを含めて役割分担をしても一人あたり4から5つの部活を取材、記事にしなければならない。なのでみんなには早めの行動をしてほしいというわけだ」

 

 4から5……。

 もともとこの学校には部活が多いなとは思っていたけどそんなになるとは。

 部長の言うとおり早めにやっておこう。

 

「というわけでそれぞれ役割分担なんだが……こっちで割り振っておいた。苦情、クレームは受け付けんぞ」

 

 部長の言葉に若干不満の声が上がるが僕としては別に文句はない。

 やることは一緒だし、どこを取材するとか決めている時間も惜しいし。

 

「まず一年。燐には調理部、演劇部、科学部、図書委員、それと生徒会だ。あの生徒会長自ら新聞部で取り上げてくれと来たもんだ。頼んだぞ~!」

「生徒会長……鐵宮 武(くろがねのみや たける)さんでしたっけ?あの政治家一家の」

「そうそう。現職の財務相がおじいさん。父親も衆議院議員。親戚筋も県議会議員だとかそんなんばっかの政治家一族。鐵宮も将来はそっちの道に進むんだろうな……。けど、なんでうちの高校来たんだろうな?別に進学校ってわけでもないのに。奴の成績ならそういう学校でもトップになれるだろうに……と、脇道に逸れたな。とにかく任せたぞ。放課後なら予定空けておくからいつでも来たまえだそうだ」

「分かりました」

 

 なんだかすごい相手を任されてしまったな……。

 普通こういうのは先輩が相手するもんじゃないのかと思わないでもないけど、任されてしまったならしょうがない。

 やるっきゃない!

 

「なんだか、すごい相手を任されてしまいましたね」

 

 隣の席に座る鏡華さんが小声で話しかけてきた。

 

「うん。けど、やるしかないよ。それに、ただ取材するだけだしね」

「そうですね。なにも悪いことしに行くわけじゃないですからね」

 

 そうして、部長の話を聞き流しながら時間が過ぎるのを待った。

 この会議が終わり次第すぐにライダーのこととか聞きたいことが山程あるのだ。

 しかし……。

 

 

 

「いや~どうですか鏡華さん!うちの新聞部、楽しそうでしょう?是非ね、この新聞部で青春を謳歌しませんか?」

「あはは……。そう、ですね……とても楽しそうでいい部活だと思います……」

 

 部長による勧誘が始まってしまった。

 これには鏡華さんもたじたじだ。

 まあ、先輩からこう迫られては鏡華さんも断りづらいだろう。

 

「そうでしょうそうでしょう!あ、体験入部からというのはどうです?体験入部を通して新聞部の素晴らしさをより味わうことが……」

 

 部長の舌が回る回る。

 次々と言葉の矢が射られる。

 しかし、ここで救いの手が差し伸べられた。

 

「部長」

 

 美玲先輩の感情をあまり感じさせない平坦な声。

 この声ほど部長を止めることが出来るものを僕は知らない。

 

「は、はい……」

「後輩にそんなに迫っては駄目よ。特に、女子なんだから。最近はハラスメントのことがよく話題になっているけれどこのままじゃ部長も……」

「ひえっ!?鏡華さん違うんです!決して私そういうつもりは一切なくてですね……」

「い、いえ!大丈夫ですよ!気にしてませんから!」

 

 歳上の男に謝られてたじろぐ鏡華さん。

 ぶっちゃけ、見ていて面白い。

 

「面白がっている場合じゃないでしょう。部長、私と燐は昨日の続きに行くわ。それじゃあ」

 

 そう言って美玲先輩は地学室を後にした。

 え、ちょ、早すぎ。

 

「鏡華さん僕達も行こう!部長それじゃあ失礼します!」

「部長さん今日はありがとうございました!」

 

 地学室を出て美玲先輩の後を追う。

 あの人、先に出てどこに行くつもりなんだ?

 

「えぇ!?あー!おい!行っちゃったよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖山市中央の繁華街『屋戸岐町』。

 江戸時代には遊廓として栄え、屋戸岐町という地名も夜伽が屋戸岐に転じていったと言われている。

 夜になればサラリーマン達で賑わう場所であるが、まだそれには早い時間。

 その時間ここを歩くのは学校終わりの学生達。

 片月瀬那は一人、この街を歩いていた。

 まわりには自分と似たようで全く別種の存在達が跋扈している。

 集団で歩くそれは下品な大声で笑い、やれゲーセンだカラオケだとか話している。

 そんな連中に興味を示すこともなくアタシは暗い裏路地へ。

 自分がここを歩く意味。それは、ここがいい狩り場だからだ。

 自分にとっても、モンスターにとっても。

 人の多く集まるここはモンスターにとってしてみればバイキングのようなもの。

 特に裏路地は入り組んでいて、ここにたむろする連中なんていなくなっても誰も気付かない。

 そんな連中を狙うモンスターを狙うのがアタシ。

 別に人間を守ろうなんて考えちゃいない。

 その場で喰われようが関係ない。

 アタシはただ戦って、強くなって、そして……。

 

「おいおいなんだお前?女がこんなとこに来てあれか?ヤらせに来てくれたのか?」

 

 迷路のような裏路地を曲がると嫌な連中と鉢合わせてしまった。

 四人組。

 顔に似合う品のない言葉と笑いが狭い路地裏に響きわたる。

 

「けどよーこいつガリガリだし抱き心地悪そうだぜ……。けどあれか。俊哉は穴さえあればいいもんな!」

「そうそう、俊哉は性欲の塊だから女だったらなんでもいいもんなぁ!」

「ふぁーー!!!マジウケる!!!」

「うっせ!お前らだってなんやかんやヤるくせによ。ほら、ちょっとこっち来いよ……」

 

 俊哉と呼ばれている男が迫る。

 思っていたよりも大柄で、太い腕が伸びてくる。

 それをアタシは払い除けた。

 

「痛っえなぁ!なにしやがんだ!!!」

 

 こんな私の痩せ細った手で払われただけで男は痛がり、激昂した。

 見た目よりもか弱いのかもしれない。

 そう思うと笑えてきてしょうがない。

 

「てめえなに笑ってんだよ!責任取れよ責任!」

「責任?どこも怪我してないじゃん」

「うっせえぞクソアマッ!!!折角優しくしてやろうと思ったのによ、ボコって無理矢理ヤってやるよ!」

 

 男は指を鳴らして喧嘩の準備に入った。

 他の三人はスマホのカメラをこちらに向けて撮影している。

 相変わらず、下品な笑いと言葉を発しながら。

 それにしても……どうする?

 生身で普通に喧嘩しても勝てるわけじゃない。

 逃げるか……。

 幸い、この辺りはかなり歩いているので詳しい自信はあるがそれは向こうも同じと見たほうがいいだろう。

 ここを根城にしているんだ、それにアタシより長い時間ここにいるだろうから詳しいのは向こう。それに、四人で追いかけられたら挟み撃ちされるだろうし……。

 意外とピンチだ。

 サクッと逃げてミラーワールドに逃げ込むか。

 恐らくそれが手っ取り早い。

 男が近づくのにあわせて少しずつ後退する。

 すると、背後から声が響いた。

 それも、女の声。

 

「女の子相手に無理矢理とかよくないよ?そういうことしてるとモテないぞ」

「なに……ガッ!?」

 

 声の後に空気を裂く音。

 私の頭上を何かが通りすぎて、男の眉間に命中した。

 音の正体は、石。結構デカイ。

 眉間に石をぶつけられた男はそのまま地面に倒れた。

 

「俊哉ッ!?てめえなにしやがる!?」

 

 男に駆け寄った仲間は声の主に向かって吼える。

 女はゆっくりと歩いてこちらに近付いてきた。

 暗い路地裏の影でよく見えなかったが、近くに来た今ならその姿がよく分かる。

 ボサボサの銀髪の少女。

 着ているのはたしか……聖山の制服。

 

「なにって、喧嘩だよ。そこの子はこの喧嘩買う気がないっぽいからわたしが買ったんだよ!」

 

 そう啖呵を切った少女は三人の男に向かって駆け出し、一番手前にいた男を殴り、続く二人目、三人目も殴りつけた。

 そのまま乱闘。

 銀髪の少女はとにかく暴れていた。

 それも、楽しそうに。

 男相手、それも多勢に無勢。

 だけど少女は笑っていた。

 イカれてる。

 それが、少女に対する第一印象だった。

 

「ほらほらどうしたぁ!張り合いないぞー!」

「てめえ……ぐひゃっ!?」

 

 少女に向かって行こうとした男の股を蹴りあげた。

 男との喧嘩ではまずここを攻めればいい。

 

「ありゃかわいそうに。……君も喧嘩買う気になったのかい?」

「別に……。ただ、面倒に巻き込んじゃったからね。手助けくらいは、ね!」

 

 残り二人。

 私と少女が一人ずつボコって終わりだった。

 

「ふう……。今日もヤったヤった。君、大丈夫?怪我とかしてない?」

「別にしてない。そういうあんたこそ、結構殴られてたろ?」

「いいのいいの。これは怪我の内に入んないから。それにしても駄目だよ君~。女の子がこんなところに来たら。こんなのがうじゃうじゃいるんだから早く帰んなさい」

 

 あんたも女だろうと言おうと思ったけど、彼女なら大丈夫だろう。

 だいぶ喧嘩慣れしているようだし。

 それにしても気になることがひとつ。

 

「あんた……こんなところでなにしてんの?ただ喧嘩ってわけでもないんでしょう?」

 

 そう訊ねると彼女はばつが悪そうに頭を掻きながら言った。

 

「それがさぁ……。ただの喧嘩なんだよねぇ」

 

 思わず、は?と言ってしまった。

 だけど彼女は気分を害することもなく話を続けた。

 

「わたしさぁ、なんていうか戦いを求めてるんだよね~。他人との競争、みたいな」

「それだったら部活かなんかでいいでしょ。柔道とか空手とかボクシングとか……」

「スポーツじゃあルールがあるでしょ!なんていうの?わたしはルール無用の……。それこそ、殺し合いがしたいんだ」

 

 殺し合いという単語に思わずドキッとしてしまった。

 もし、彼女がライダーバトルのことを知ったら真っ先に飛びつくだろう。

 いや、もしかしたら既にライダーかもしれない。

 仮にライダーだとして、ライダーになったとして……。彼女は恐らく、強敵になるだろう。

 純粋に戦いを求め、楽しむような奴とアタシは出会ったことはない。

 そんな奴がいるなら一瞬でアリスのお気に入りとなるはずだ。

 戦う奴は……殺す必要のある奴は出来る限り少ないほうがいい。

 そのほうが疲れない。

 

「まあとにかく帰った帰った。ここは危ないからね。それと、わたしはあんたなんて名前じゃないよ。わたしは喜多村遊。まあ、もう会うこともないだろうけどね」

「喜多村遊……。そうだね、もう会わないだろうけど……。アタシは片月瀬那。それじゃ、帰るとするよ」

 

 こうしてアタシは銀髪の少女と別れた。

 もう二度と会わないだろうと。

 しかし、すぐにアタシ達は再会することになってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 さて、今日も今日とて鏡華さんのご自宅にやって来て昨日と同じ客間に通される。

 今日はこちらから聞きたいことがあるわけだが、早速美玲先輩が質問をぶつけた。

 

「宮原さん。あなた、アリスという少女に心当たりはないかしら?」

「アリス……?いえ、私の周りにそんな名前の方はいらっしゃいません。それが、何か関係あるのですか?」

「……私に。いえ、ライダーにカードデッキを渡してきたのがそのアリスという少女よ。そして、その姿はあなたと瓜二つ」

「えっ……」

 

 驚きから目を見開く鏡華さん。

 それもそうだろう。鏡の中に自分そっくりな人間がいて、そいつがライダーバトルに関わっているなんて。

 

「それは、本当なんですか?」

「本当よ」

 

 美玲先輩は短く、そう答えた。

 そして、僕も言わなければならない。

 

「僕もミラーワールドで会ったんだ。デッキはもらってないけど、黒い空間に僕を閉じ込めてどこかに行ってしまって……」

「御剣君まで……。けど私は本当になにも知らなくて……」

「……どうやら、そのようね。それより燐。アリスからデッキを貰っていないって本当なの?それじゃあ一体誰からデッキを貰ったというの?」 

「誰からって言われても……。アリスがいなくなった後に声がして、多分、その人からだと思うんですけど……」

 

 あの時、聞こえてきたのは男の声だった。

 アリスが声を変えてとかしてきたらあれだけど、捕まえといて逃がすような真似しないだろうし……。

 本当にあの声の正体は何者なんだろう?

 

「あの、私からも質問いいですか?」

「ええ、なにかしら」

「はい。あの、私を見守ってくれていた黒い仮面ライダーさんなんですけど……御剣君の変身した仮面ライダーにそっくりなんです!色違いなんです!」

 

 ツルギの色違い?

 まさか鏡華さんを見守っていた黒い仮面ライダーがそんな奴だったとは……。

 ツルギと関係あるのだろうか?

 

「ライダーの姿は十人十色。似ている姿のライダーなんて見たこともない。これもまたイレギュラー?それともこういうこともあるの?」

 

 美玲先輩は顎に手を当て考える。

 けど、そんな簡単に答えが出るわけでもなく悩んだまま。

 

「まあ、折角ライダーになったんだしミラーワールドで会えるかもしれないからその時にでも聞いてみるよ。なんで鏡華さんを見守っていたのかとか似てる理由とか」

「話をする前に襲いかかってくる可能性の方が高いけれどね。向こうもライダーなわけだし、願いのために戦っていると見たほうがいいわ」

「うっ……。それでも同じ人間なんですから話くらい出来ますよ。多分……!?」

 

 言い終えた瞬間、あの音が響いた。

 僕達をミラーワールドへ、戦いへ誘う音……。

 

「美玲先輩」

「ええ、行くわよ」

 

 美玲先輩と共にガラス扉の棚の前へ。

 モンスターなら倒すし、ライダーなら。

 ライダーなら……。

 

「御剣君、咲洲さん。お気をつけて……」

「ありがとう鏡華さん」

 

 鏡華さんにそう言ってガラスに向かってカードデッキを突き出す。

 ベルトが巻かれ、居合のように腕を振るう。

 美玲先輩は一度、胸の前で腕を交差させて鳥が翼を広げるように腕を広げる。

 そして───。

 

「「変身ッ!」」

 

 デッキをバックルに挿入。

 二人の鎧の虚像が踊り、それぞれ重なる。

 白い騎士と青い騎士が並び立ち、それぞれ鏡の中へと、戦場へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人は皆、「願い」を持っている。

 だが、この願いを叶えることが出来る人間は限られる。

 権力、財力などの力あるものは願いを叶えることが出来る。

 小さな願い、常識的な願いであれば大人になれば叶えることが出来るが……。

 まだ願いを叶える術を持たない子供達。

 彼等にどんな願いでも叶えることが出来ると言えばどうだろうか?

 それも、並大抵の願いではない。

 常識では叶えられそうもない願い。

 そんなものを持つ子供。ここでは少女に限定するが、少女達の願い、欲望を刺激すれば容易く……。

 

 ───ライダーは、生まれる。

 

 夕闇に沈む校舎。

 音楽室のピアノの前に佇む少女。

 人のいない図書室で黄昏る少女。

 誰もいなくなった部室で項垂れる少女。

 スポットライトで照らされたステージに立つ少女。

 家庭科室で料理本を眺める少女。

 裏庭で寝転ぶ少女。

 武道場で瞑想する少女。

 自身の教室で医学に関する書物と格闘する少女。

 空き教室で机に行儀悪く座る少女。

 生徒会室で書類の山を乱暴に崩した少女。

 

 少女達の前に、少女は現れた。

 

「はーい皆さんこんばんは~!私はアリス。鏡の国からやって来ました~♪ところで皆さん。願いって、ありますか?」

 

 少女は笑みを浮かべる。

 新たな、ライダー達の誕生の喜びに。

 新たな戦いの幕開けに。

 

「さあ、皆さん戦いましょう。美しく!醜く!儚く!図太く!願いを、命をぶつけ合ってください。ふふふ……ははははっ!!!」

 

 鏡の世界に、少女の笑いが木霊した。




次回 仮面ライダーツルギ

「あはは……。すいません美玲先輩」

「結構動けるもんだね、変身しただけで」

「さあ、喧嘩の始まりだよっ!」

「さて、楽しい戦いになるといいなぁ」

 願いが、叫びをあげている────


キャラクター原案
喜多村遊 マフ30様
鐵宮武(今回は名前だけ登場)はっぴーでぃすとぴあ様

ADVENTCARD ARCHIVE
STRIKEVENT 2000AP
クインニードル
スティンガーのメイン武装。
スズメバチの腹部を模した格闘武器でこれを右腕に装着して殴る、殴る、殴る。
また、隠し針が仕込まれており、針には毒が付着している。この毒で相手をじわじわと侵し、戦いを有利に運ぶ。
女王は猛々しく、強くあらねばならない────。


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?ー5 騎士乱舞

 暗い自室。

 明かりはPCの画面のみ。

 キーボードとマウスを巧みに操作し画面の中の敵達を撃ち殺していく少女。

 最後の敵の頭を撃ち貫いて、ゲームセット。

 

「はい、終了っと。このゲームも飽きてきたな。なにか退屈しのぎになることないかな……」

 

 言い終えると同時に鏡の中からあの音が響く。

 退屈な日常を忘れさせてくれるあの音が。

 机の上に置いていたカードデッキを手に取り、姿見の前に立つ。

 

「変身」

 

 鎧を纏い、ミラーワールドの中へ。

 藍色のアンダースーツ、艶消しの黒の鎧。

 

『仮面ライダーカノン』

 

 それが少女「金草遥」の変身した仮面ライダー。

 

「さて、楽しい戦いになるといいなぁ」

 

 ライドシューターを駆り、ディメンションホールを疾走する。

 この少女もまた、戦いに赴くのだった。

 

 

 

 

 

 

 二人を見送り、客間で一人。

 力なくソファに座り込むと、一気に頭の中に混乱の波が押し寄せた。

 頭の中がぐちゃぐちゃで、他のことが考えられない。

 ミラーワールドの中にいる、もう一人の私。

 アリス。

 どうして、私なんかに似て……。

 顔を上げ、棚に飾られている写真を見る。

 幼少の頃の私と、兄がどこかの花畑で笑顔を浮かべている。

 今は音信不通の兄。

 優しかった兄。

 こんな風に、私が困っているといつも優しく助けてくれたお兄ちゃんは……。

 

「お兄ちゃん……」

 

 本当に、どこへ行ってしまったんですか……?

 士郎お兄ちゃん……。

 

 

 

 

 

 ミラーワールドに着くと、モンスターは羽の生えた蛇のようなモンスターで空を飛んでいるのだがこれが以外と速い。

 僕と美玲先輩はそれぞれ契約モンスターの背に乗り追撃するが追い付かない。

 遠距離攻撃の手段のない僕は攻撃をドラグスラッシャーと美玲先輩に任せるしかなく歯痒い。

 何か僕に出来ないか…

 剣を投げつける?けどそんなに遠くまで投げれないし……。

 いや、待て。

 剣を投げつけるんだ。

 

「美玲先輩! そのまま撃ち続けてください!」 

「何か考えがあるの?」

「はい! うまくいくか分からないですけどやってみる価値はあると思います!」

「そう。なら、やってみなさい」

「はい! ドラグスラッシャー、上昇して!」

 

 ドラグスラッシャーに命じて、さらに高空へ。

 敵モンスター後方の斜め上を取った僕はデッキからあるカードを引き抜き、出来る限り近付くまで待つ。

 ベストな距離、タイミングを計り……。

 今だ───ッ!!!

 ドラグスラッシャーの背を蹴り、空へと飛び出す。

 モンスターに向かって加速、下落。

 そして、カードを切る。

 

【SWORD VENT】

 

 天から現れるのはいつも使っている太刀ではない。

 大剣。

 普通に使う分には大きすぎる両刃の大剣。

 

『ドラグバスターソード』

 

 それを受け取ることなくただ墜ちていく。

 いや、それだけじゃ足りない。

 飛び蹴りの体勢を取り、ドラグバスターソードの柄を足裏に付け蛇型モンスターに迫る。

 

「はあぁぁぁぁ!!!」

 

 モンスターは後方からの美玲先輩の矢、ガナーウイングの砲撃に回避するのに夢中で真上からの僕の攻撃には気付かず……。

 そのモンスターは胴を切り裂かれ、蹴り貫かれた。

 よっしゃ倒した!

 けど、僕はあることをすっかり忘れていた。

 ここが、空の上だということを。

 

「うわぁぁぁぁ!?!!落ちるーーーー!!!!」

 

 普段キックをしたあとなら着地する地面がすぐあるのだが、その地面は遥か眼下。

 キックでついた勢いそのままに地面に向かって落下して……いかなかった。

 突然、自由落下が止まり浮遊して……。

 

「まったく。もう少し考えてから行動に移しなさい」

「あはは……。すいません美玲先輩」

 

 ガナーウイングを背中に装着した美玲先輩に助けてもらってそのまま地面に降ろしてもらう。

 気が付くと海まで来ていたようで、聖山港の埠頭のあたりである。

 周囲にはたくさんのコンテナ。

 滅多に来ない場所であるから物珍しく感じる。

 

「ドラグスラッシャー。エサに目が行くのは分かるけど、契約した相手のことくらい助けなさい。いいわね?」

 

 僕が埠頭見学に勤しむ傍ら、ドラグスラッシャーが美玲先輩に怒られシュンとしている。

 どうにも見た目の割に威厳がないよなこいつ。

 空を見るとさっきのモンスターから出た光の球体が浮かんでいる。

 一個だけだからドラグスラッシャーが獲るかガナーウイングが獲るか……。

 するとここで予想外。

 ドラグスラッシャーが球体を切り裂き、ガナーウイングと半分こ。

 あいつ本当にモンスターなのか……?

 まあ、それで困らないならいいけど。

 

「それじゃあ帰りましょうか」

「そうね……ッ!? 危ないッ!!!」

 

 美玲先輩に吹き飛ばされると、僕がいた場所を銃弾が通りすぎた。

 

「銃撃!? どこから!?」

「あのクレーンよ! とにかく、敵から見えないところに!」

 

 敵はあの貨物を吊り上げるクレーンから狙撃しているらしい。

 しかし、遠い。

 ただでさえ遠くの敵が苦手だっていうのに相手がスナイパーだなんて相手が悪すぎる。

 とにかく逃げる。

 かなり腕がいいようで、かなり近くを銃弾を掠める。

 あーもうどうしたらいいんだ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 モンスターが現れたようなのでスコープを覗いて狙撃しようと思ったが、速い。

 あれに当てるのは難しい。

 それよりもあのモンスターを追撃している二人のライダーを相手にするほうが簡単だ。

 二人のライダー……。

 同盟でも結んでいるのだろうか?

 まあいい。

 モンスターとの戦闘で消耗したところを……狩る。

 そして、そのライダー達を追跡していると聖山港の埠頭まで来てしまった。

 ここならクレーンなど高い建物もあり高所を取れる。

 ちょうど戦いも終わり、なにやら駄弁っているところを狙う。

 スコープを構える。まずはあの白いライダー。夜でも目立って狙いやすい。それに今日は雲一つない満月で夜でもそれなりに明るい。

 白いライダー。昼間、学校で戦っていたやつ。同じ学校に通う生徒だったかもしれないけど、ごめんね。

 このゲームに勝つために死んでくれ。

 

 銃爪を引こうとした瞬間、もう一人の青いライダーと目があった。

 驚いて、ガク引きとなってしまったがそれでも当たるはず……。

 しかし、青いライダーが白いライダーを突き飛ばしたことで今の弾は命中しなかった。

 

「へぇ。目がいいんだ、あの青いの」

 

 スコープがなくともこちらを見つけるなんて目もいいし、運もいい。

 ここで潰すか。

 今後の障害となりそうだし。

 逃げ惑う二人のライダーを狙って撃つ。

 撃って、撃って、撃ちまくって……。

 次の瞬間、背中に強い衝撃を受けた。

 

「な、なにが……」

 

 振り返っても誰もいない。

 一体、なにが……。

 瞬間、あたりが暗くなった。

 雲でもかかったかと一瞬思ったがさっきは雲一つなかったはず……。

 空を見上げると、月を隠していたのは人影。

 空中で何度か回転すると、向かい側のクレーンに降り立ったそれは深緑の仮面ライダー。

 首に巻かれたマフラーが風に靡いている。

 これまで出会ってきたライダーは騎士のような風貌をしていたが、こいつは騎士じゃない。

 忍者───。

 

「結構動けるもんだね、変身しただけで」

 

 気怠げな声で緑のライダーは話しかけてきた。

 敵を前にしているのにまるで力が入っていない。

 無気力さしか感じられない。

 すぐに銃口を向けて、いつでも撃てるように引き金に指をかける。

 

「あなたもライダーなんでしょ?ライダー同士はさぁ…殺し合うんでしょ!」

 

 忍者刀を手に飛び掛かる緑のライダー。 

 私はそのライダーに対して引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 路地裏を抜け、屋戸岐町もあとにしたアタシは適当に歩き回っていつの間にか港の方まで来ていた。

 海風が心地いい。

 靡く髪は少しうざったいが、この心地よさの前には些細なこと。

 いつまでも、この心地よさの中にいれたらいいのに。

 そんな思いを抱くが、すぐにこの願いは砕かれる。

 鏡の中から響く、耳障りな音。

 しかし、行かなければならない。

 ライダーなのだから。

 自分の願いを、叶えるために。

 戦場へ───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 埠頭を走り続けてなんとかあの銃撃から逃れることが出来た。

 助かっ……。

 

「たーーーッ!?!!!?!!」

「燐!?」

 

 突然、ものすごい勢いで目の前を横切った物体。

 銃弾というよりも砲弾と言ったほうがいいと思うが、砲弾とも違うようだ。

 今のは、一体……。

 

「ありゃ、運がいいね君。当たると思ったんだけどな~」

 

 声のした方を見るとメタリックグリーンのライダー。

 片方の腕がやけにでかい。

 いや、全体的にでかい、ゴツい。

 第一印象は……ゴリラ?

 

「あなたは……」

「わたしは仮面ライダーレイダー。さあ、喧嘩の始まりだよっ!」

「え!? ちょ!?」

「二人まとめてかかってきなぁ!!!」

 

 腕をぶんぶん振り回して僕達に向かって駆け出す仮面ライダーレイダー。

 飛びかかりながら、その巨大な拳で殴りかかってきて……。

 

「燐!伏せなさい!」

 

 美玲先輩が叫んだのを聞いて、体を屈めると僕の頭上を矢が飛んだ。

 その矢はレイダーの胸部に命中して、火花を散らしながら地面に倒れた。

 

「痛たたた……。くそぉ! 仕返ししてやる! これで吹っ飛びな!!!」

 

 地面から起き上がったレイダーはその巨大な拳を射出した。

 放たれた拳は美玲先輩の左肩に命中し、肩を抑えて美玲先輩は蹲る。

 

「美玲先輩!」

「私は大丈夫。運良く、ガードの硬い左肩だからよかったけれど……。あいつの攻撃は、重いわ。まともに食らったらひとたまりもない……!」

 

 美玲先輩を襲ったロケットパンチ……。

 さっき僕の前を通りすぎたのもあれか!

 もしあれが直撃していたら、無事ではいられなかっただろう。

 

「さあ互いに攻撃を食らいあったね。けど、どっちがダメージ大きいかは分かりきってるよね? それじゃあ続きだ!」

 

 再び殴りかかるレイダー。

 美玲先輩はさっきのダメージが大きい。

 僕が止めるしかない!

 レイダーの拳を払って、ガードして掴み合う。

 やはりパワーでは向こうが上……。

 僕の根があがる前に説得しなければ。

 

「止めてください! 僕はライダーと戦うつもりなんてないんだ!」

「戦うつもりがない? 願いを叶えるつもりでライダーになった奴が戦う気がないなんて……おかしいだろっ!!!」

「ぐっ……!!!」

 

 レイダーの握力が強まる。

 レイダーと掴みあっている僕の掌が軋み、悲鳴をあげる。

 なんとかして脱け出さないと、手が砕けてしまいそうだ。

 

「燐!」

 

 美玲先輩が僕を助けようと駆け出す。

 しかし、新たに現れた赤い騎士が美玲先輩の前に立ち塞がり双剣で美玲先輩を斬りつけ、蹴り飛ばす。

 

「いいね……。人を痛め付けるのはいい!」

 

 更に赤い騎士は地面に倒れた美玲先輩を蹴り転がし、痛ぶる。

 美玲先輩を……。

 美玲先輩を助けないと!!!

 

「いい加減……離しやがれゴリラ野郎ッ!!!」

 

 裂帛の気合いと共にレイダーに頭突きを食らわせる。

 頭突きは予想外だったのだろう。手を離し、よろめいた隙にバイザーを抜いて厚い装甲だろうとお構い無しに切り裂いて後退させる。

 次!あの赤い二本角のライダー!

 カードを使って太刀を召喚して、バイザーと太刀の二刀流で赤い騎士に迫る。

 美玲先輩に振り下ろそうとしていた双剣を太刀で受け止めバイザーで胴を横薙ぎに切り裂いた。

 

「大丈夫ですか美玲先輩!?」

「え、ええ……。とにかく、ミラーワールドから出ましょう。こんなにライダーが集まってくるなんて……」

 

 足が痛むらしく、美玲先輩に肩を貸して立ち上がらせる。

 近くに鏡がないか探すが見当たらない。

 そうこうしている間にさっきダウンさせたライダー二人が反撃とばかりに迫る。

 くそ……。やるしかないのか?

 しかし、ここで思わぬ乱入者が登場した。 

 

「はあ……。なにこれ? ライダーの大安売り? 一掃してやるよ」 

 

 黄色のライダー。スティンガーまで現れた。

 右腕に蜂の腹を模した格闘武器を装備したスティンガーが二人のライダーに向かい駆け出す。

 乱戦。

 スティンガーがいい具合に乱入してくれたおかげで逃げる隙が出来た。

 今のうちに鏡かなにか写るものを探すんだ。

 

「おっ! ライダー見っけ!」

 

 声がすると、赤いコンテナの上から茶色い獣のようなライダーが両手に装備した爪を振り下ろしながら飛び掛かってくる。

 太刀で迎撃しようと構えるが僕達の前に躍り出た朱色の影が茶色のライダーを二振りの小型のチェーンソーで迎え撃った。

 

「あなたは……」

「早く行って! その人を助けるんでしょう? 人を助けることになら手を貸す!」

 

「ありがとう! 後で絶対お礼するから!」

 

 そう言って朱色のライダーにこの場を任せて美玲先輩をお姫様抱っこして走り出す。

 ライダーの中にもあんな人がいてよかった……。

 

「り……! 燐! 聞いてるの?」

「あっ! すいません考え事してました……。なんですか?」

「……恥ずかしいから、おろしてほしいのだけど……」

 

 目線を逸らして、美玲先輩はそう言った。

 だけど、そのお願いは聞けない。

 

「でも美玲先輩怪我してますし……。それに、美玲先輩軽いから大丈夫ですよ!」

 

 そう言ったら美玲先輩はなにを思ったのかバックルからデッキを抜いて変身を解除してしまった。

 

「……こっちの方が軽いでしょう。ほら、ミラーワールドは生身には危ないのだから早く脱け出すわよ。私のことをしっかり守りながらね」

「……はい」

 

 若干、注文多いなと思いながらも美玲先輩を抱き抱えながら走り続ける。

 鎧越しに感じる美玲先輩の体温。

 この熱は僕が守らなければならない、命の熱だ。

 ……昨日、はじめて変身したばかりなのにやけに大袈裟な使命感を感じている。

 本当に、昨日はじめて変身したのだろうか?

 もっと前から、長い間戦ってきたような気もする。

 かなり考えなきゃいけないことが多いな……。

 けど今は美玲先輩を守りながらミラーワールドから脱け出すことが最優先。

 とにかく、走れ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スティンガーとレイダー、赤のライダー「仮面ライダーヘリオス」の戦いはまさに乱戦。

 味方などいない、全てが彼女達にとって敵。

 彼女達の思考は同じ「二人まとめて潰す」

 呉越同舟なんて言葉は彼女達の中にない。

 

「おらおらおらおらおらぁ!!!」

「チッ……暑苦しいッ!」

 

 ヘリオスに向かい、殴打のラッシュを繰り出すレイダー。

 ヘリオスは双剣で器用に拳を弾き、レイダーを袈裟斬りしようと肩へ双剣をぶつけるがレイダーは左手でその双剣の刃を掴み離さない。

 

「いただきっ!」

 

 レイダーの右拳が握られ、ヘリオスの顎目掛けてパンチが放たれるが…

 

「それ、こっちの台詞」

 

 声が響き、レイダーとヘリオスは動きが止まる。

 しばらく傍観していたスティンガーがガードベントを使用。

 スズメバチの頭を模した盾を左腕に装備したスティンガーが両腕の武具を用いて二人を殴り飛ばす。

 

「目の前の敵ばっかに集中し過ぎ。脳筋ばっかかよ……」

「ムフー!わたしはバカかもしれないが、わたしの相棒は賢いんだよ!」

 

 立ち上がりながらそう吼えるレイダー。

 デッキからカードを引き抜き、メリケンサックのようなバイザーにアドベントのカード。自身の契約モンスターであるゴリラ型モンスター「ガッツフォルテ」を呼び出そうとするが、それより早くあるカードが切られた。

 

【ACCEL VENT】

 

 電子音の鳴った次の瞬間、スティンガーとレイダーの二人が火花を上げながら吹き飛んだ。

 

「なるほど……。効果持続時間はこんなもんか。けど、使えるねこれは」

 

 一人地面に立つヘリオス。

 双剣をその手で遊ばせながら、そう呟いていた。

 

「なに、今の……」

「え? ちょーっと速くなっただけだよ。見えなかった?」

 

 スティンガーを煽るヘリオス。

 苛立たしさからスティンガーは舌を打つ。

 

「はじめての変身だからさぁ。もっとなにが出来るか知りたいんだよねぇ。実験台になってよ君達」

 

 デッキからカードを抜き、剣型バイザーに装填するヘリオス。

 次なるカードは……。

 

【ADVENT】

 

 次の瞬間、現れる巨大な赤いマンモスのようなモンスター。

 実際なら牙にあたる部位は巨大な刃となっている。

 

「へーすっごい! さっきの子が出てくるんだねこのカードは。やっちゃえ、ダイナエレファス!」

 

 ヘリオスの声に答えるように咆哮をあげるダイナエレファス。刃を地面に突き立て、スティンガーに向かって突進していく。

 アスファルトを抉りながらスティンガーに迫るが、その進行は阻まれた。

 レイダーの契約モンスター「ガッツフォルテ」がダイナエレファスを右側面から押さえ込んだのだ。

 

「いいぞ相棒ー!」

 

 そのまま二体のモンスターは格闘戦を始める。

 その光景はさながら怪獣映画のよう。

 

「やっちまえ相棒!」

「そいつを振り払って!」

 

 それぞれのモンスターに指示を出すレイダーとヘリオス。

 その様子を見てスティンガーは馬鹿馬鹿しいと吐き捨てカードを切る。

 

【ADVENT】

 

 スティンガーのスズメバチ型契約モンスター「クインビージョ」が夜空を羽音を響かせながら現れる。

 巨大なスズメバチのようなモンスターが現れ、二体のモンスターとの戦いに乱入するかと思いきやクインビージョはスティンガーの傍らに浮かび、戦いを傍観する。

 そして、クインビージョは動き出す。

 クインビージョの下半身はドレスのようになっている。

 だが、それは擬態。

 実態は……彼女の兵隊達の営舎である。

 次々と巣から出動する小型のハチのようなモンスター「ビージョ」

 ビージョ達はレイダー、ヘリオスに取り付き装甲を傷つける。

 

「くそ! なによこれ!?」

「な、なんかチクチクするー!」

 

 二人はビージョを振り払おうと足掻くが、しつこく離れない。

 勝負は決したかのように見えたが……レイダーがビージョを纏ったままスティンガーに向かい駆け出した。

 装甲の厚いレイダーはビージョの攻撃がそこまで効いているわけではなかった。

 

「おらぁ!!!」

 

 その巨大な拳でスティンガーに殴りかかるレイダー。

 スティンガーはそれを左腕の盾で受け止める。

 そのまま、睨み合う二人。

 

「君、名前聞いてもいいかな?」

「……なんで?」

「なんだか、長い付き合いになりそうだからさ。ちなみにわたしはレイダー。よろしくぅ!」

「……仮面ライダー、スティンガー。別によろしくはしない」

 

 互いの名前は言った二人は同時に距離を取り……。

 同時に駆け出し、それぞれの拳を相手に向かって突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃弾が飛ぶ、白刃が舞う。

 ここを戦場と呼ばずしてなんと言おう。

 黒のライダーがユニコーン型のモンスターに騎乗する水色のライダーに向けて引き金を引き、深い青色のライダーが深緑のライダーに向けて槍を突きだす。

 黄色と赤とメタリックグリーンのライダーが乱舞する。

 朱色のライダーが茶色のライダーと斬り結ぶ。

 願いが、命がぶつかっていた。

 

「ふふふ……。チュートリアルということで特別に戦場にご案内したんですけれど…みなさん才能があるようで素晴らしいです! 来なかった人は勿体無かったですね~。こんなに楽しいパーティーに参加出来たというのに……」

 

 戦場を眺めるアリス。

 コンテナに腰かけ足をぱたぱたと揺らしている。

 それぞれのライダー達を眺め終えると次に鑑賞を始めるのは美玲を抱き抱えながら走るツルギ。

 その光景を見た瞬間、アリスは目を細めた。

 

「……なんですか、あれは。美玲ちゃん役得~!って感じですか? ダメですよ、抜け駆けは」

 

 言い終えると立ち上がり、ツルギが走る方向にあるカーブミラー、車などをアリスは消滅させていった。

 まるで、闇に溶けるかのように現実にあるはずのものが消えていく。

 とにかくアリスは写るものを消していった。

 二人を簡単にミラーワールドから出させないために。

 

「燐君には悪いですけど……少しばかり罰を与えます」

 

 そう呟く少女の顔は禍々しく笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走れども走れども鏡どころか写るものすらない。

 港の工場が立ち並ぶあたりまで来たというのに……。

 ミラーワールドにいられる制限時間が迫っている。

 こうもなにもないなんてどうなってるんだ?

 カーブミラーのひとつもないなんて……。

 こうなったらドラグスラッシャーで遠くまで行くか。

 なんだかよく分からないけれどライダーもたくさん集まっているようだしここは危険だ。

 美玲先輩を一度降ろしてデッキからカードを抜こうとした瞬間。

 ものすごいプレッシャーを感じた。

 威圧感……。

 巨大な壁が迫ってくるようなそんな気配。

 振り向くと、そこにいたのは……。

 

「黒い、ツルギ……」

 

 美玲先輩がそう呟いた。

 鏡華さんが話していた仮面ライダーが、黒い太刀をだらりと手に持ち立っていた。

 しかし話に聞く、鏡華さんを見守っているという優しさなんてものは感じられずあるのはただ殺気。

 それも、僕にだけ向けられたもの。

 すぐに僕はアドベントのカードを使ってドラグスラッシャーを呼び出し、美玲先輩を連れて現実世界に行くように命じた。

 

「燐。もうミラーワールドにいられる時間はないわ。あなたも一緒に……」

「美玲先輩。あいつは、僕だけを狙ってます。そして、恐らく逃げられない。()()()()()()()()。ドラグスラッシャー、頼むよ」

「待ちなさい燐! 燐!!! 離してドラグスラッシャー! 燐が!!!」

 

 ドラグスラッシャーは無理矢理美玲先輩を連れて飛んでいった。

 よし……。

 白い太刀を構え、黒いツルギ……黒ツルギと向かい合う。

 他のライダーと戦うのは個人的によろしくないのだがこいつは別だ。

 決着をつけなければいけない相手だと、直感で理解した。

 黒ツルギと向かい合うこと、どれほどか。

 永遠のようで、一瞬だったかもしれない。

 ミラーワールドにいられる時間のことも忘れ……。

 そして、同時に動き出した。

 白の刃と黒の刃がぶつかり合う。

 宵闇に華麗な火花が咲く。

 鍔競り合うがすぐに離れ、太刀を上段から振り下ろす。

 それを黒ツルギは体を半身にし、白刃を体すれすれで避ける。

 そして、黒ツルギは一瞬で目の前まで詰めてきた。

 縮地……!

 こんなに詰められたら、今はなにも出来ない……!

 黒ツルギの掌底が僕の鳩尾を捕らえる。

 息が漏れる。肺から空気が失われ、苦しい。

 そしてなにより、鋭い痛覚が体を襲う。

 吹き飛ばされた僕は地面を転がる。

 動け、ない……。

 だが黒ツルギはお構い無しに襲いかかる。首を切り落とそうと刃が迫る。なんとか自身の太刀で受け止めるが力が入らない。

 徐々に圧されていき、更に状況は悪化していく。

 太刀を持つ僕の手が消滅を始めている。

 時間が迫っている。

 この世界に存在出来る時間が。

 こいつに殺されるのが先か、ミラーワールドに融けて消えていくのが先か。

 どのみち、僕に待っているのは死のみ。

 ここで、僕は終わる……?

 

「絶望、したか?」

 

 黒ツルギが声を発した。

 低い、男の声。

 あの時、僕に語りかけてきた声。

 

「これが、絶望だ。お前の前に立ち塞がる、お前が戦わなければならないものだ。だからお前は強くならなければならない」

「なにを……!?」

 

 黒ツルギは自分の太刀を投げ捨て僕の首を掴むと、僕を投げ飛ばした。

 投げ飛ばされた先は工場の割れた破片が僅かに残っているガラス。

 それに僕は吸い込まれて現実世界へと戻っていったのだった。




次回 仮面ライダーツルギ

「影守美也。よろしくね」

「……貴女は、誰?」

「それじゃあ、脱いで」

「燐君が参加するのはルール違反というものです」

 願いが、叫びをあげている────

キャラクター原案
金草遥/仮面ライダーカノン 人見知り様
仮面ライダーグリズ    ガジャルグ様
仮面ライダー甲賀     ロンギヌス様
仮面ライダーヘリオス   kajyuu1000000%様
仮面ライダーレイダー/仮面ライダーグリム    
                    マフ30様

ADVENTCARD ARCHIVE
SWORDVENT 3000AP
クロキリュウノタチ
黒いツルギの用いる艶のない黒き刃。
その刃は闇に溶け、一太刀で命を刈り取る。


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?ー6 まるで嵐のような

遅くなって申し訳ありません……
他作品書いたりリアルが忙しかったりして…
だけどしばらくは学校始まるのが延期になったりして急に暇な時間が増えたのでそれなりに投稿頻度は上がると思います。
あと、ライダー募集は一旦ストップしようと思います。
今回は一次募集といった形にして、二次募集をいずれ行うつもりですのでよろしくお願いします。
一次募集は4月8日の午前0時までとさせていただきますので、ライダー案がある方はそれまでにお願いします。


「うわぁぁぁぁ!!!!」

 

 ミラーワールドから現実世界へと投げ戻された僕はそのままの勢いで暗い廃工場の地面を転がった。

 立ち上がろうとしても上手く力が入らず地面に伏し、仰向けに寝転んだ。

 ああ、くそ。あいつは一体誰なんだ。

 鏡華さんを見守っていたというからいい奴かと思ったけれど、奴が発する殺気は尋常なものではなかった。

 実力も僕以上。

 出力も恐らく僕以上。

 完璧ツルギの上位互換。

 あの戦いで僕は殺されていてもおかしくなかった。

 だって奴は僕を殺す気で来ていたのだから。

 ……あれ?

 だとしたら、どうして僕を現実世界に戻すような真似をしたんだろう?

 たまたま投げ飛ばされた先に鏡があって運良く逃げ出せた?

 多分、違う気がする。

 奴は殺す位の勢いで襲いかかってきたが僕を殺すつもりはなかった。

 それに殺すなら奴自身ミラーワールドから僕を追って来れば簡単に殺すことが出来る。

 だというのにそれをしないということはそういうことなんだろう。

 奴のことなんてなにひとつ知らないのに何故かそう確信出来る。

 少し休んだので再び体を起こそうとすると、自分と同じところから朱色のライダーが飛び出て変身が解除された。艶のある黒髪をお団子ヘアにしてまとめている少女。うーんどこかで見たことある気がする。どこだったか……?

 地面に倒れながら考えているとお団子少女は僕に気付いて駆け寄ってきた。

 

「大丈夫!? 立てないの!?」

「あー……。あはは、そうなんだ」

 

 なんだろう、笑うことしか出来ない。

 自分の不甲斐なさのせいかな?

 

「笑ってる場合じゃない! っていうかその声、まさかさっきの……?」

 

 さっきの?

 ああ、さっき奇襲をうけた時の。

 

「そういえば君に助けてもらったんだった。ありがとう」

「どういたしまして。……じゃなくて立てる? 肩貸そうか?」

 

 肩貸そうか?と聞いてきた少女は僕の返事を待つ前に僕を立ち上がらせて肩を組ませた。見た目より力があるらしい。

 

「とりあえずここを離れよう。他のライダーと出会すのも嫌だしね」

「なにからなにまでありがとう。えっと、君は……」

「影守美也。よろしくね」

 

 そう言ってお団子ヘアの少女『影守美也』は微笑んだ。

 この人はいい人だ。

 そう確信が持てる。

 そして、僕と美也さんは廃工場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく歩いて、ようやく市街地の方までやって来れた。

 時間も経てば痛みというものも引いてくるもので、ずっと女の子に肩を借りるのは悪いと一人で歩き出したのだが。

 

「つう……。まだ少し痛むかぁ……」

 

 歩くと足に痛みが走る。

 鎧越しに斬られた箇所が熱を持つ。

 

「ほら、言わんこっちゃない。怪我人なんだから大人しく甘えなさい」

 

 美也さんはどうやら困ってる人を見捨てられない質の人らしく甲斐甲斐しく面倒を見てくれた。

 将来、いいお母さんになるだろう。

 そんなことを考えているとどこからか僕の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 

「……ん! 燐! 燐ッ!!!」

「美玲、先輩……」

 

 先程の戦いで負傷した左肩を押さえながら美玲先輩が駆け寄って来た。

 よかった。無事にドラグスラッシャーは務めを果たしたらしい。

 

「……貴女は、誰?」

 

 冷たい声色と冷たい視線が美也さんを貫いた。

 美玲先輩は無愛想だけど、ここまで酷いのは見たことがなかった。

 

「美玲先輩この人はさっき僕達を助けてくれたライダーの……」

「ライダー? だったら尚更、燐から離れなさい。なにを企んでいるか知らないけれど燐に何かするようなら……」

「ちょ! 美玲先輩ストップストップ!!! この人は悪い人じゃないですから!!!」

 

 初対面の人にここまで当たるなんて美玲先輩らしくない。美玲先輩はいつもクールで、冷静な人だというのにらしくない。らしくなさ過ぎる。

 いや、こんなこと僕が言うべきじゃない。僕が美玲先輩のなにを知っているというんだ。

 

「……とにかく、燐から離れて。ライダー同士は敵だってことくらい知ってるでしょう」

「私はライダーと戦うつもりはないです。人を殺してまで叶えたい願いなんて、私にはありませんから」

 

 真っ直ぐな瞳で美玲先輩を見つめながら美也さんはそう語った。

 人を殺してまで叶えたい願いなんてない、か。僕以外にもそんな人がいてくれてよかったというかなんというか。

 

「……とりあえず、彼を頼みます。知り合いなんですよね? 酷い怪我なので手当てしてあげてください。それじゃあ、私はこれで」

「あ、待って美也さん!」

 

 踵を返して去ろうとする美也さんを呼び止めた。

 ちゃんと、お礼を言わないと。

 

「ありがとう美也さん。助かったよ」

「……どういたしまして!」

 

 少し逡巡したあと、笑顔で応えてくれた。

 そうして、美也さんは夜の街に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美也さんと別れてから僕は美玲先輩とタクシーに揺られていた。美玲先輩がタクシーを呼んだのだが、お金持ってるなぁ……。

 それにしても。

 

「あの、美玲先輩。もしかしなくても怒ってます……?」

「別に」

 

 そう言って窓の外を見る美玲先輩。

 否定されたけど絶対に、確実に、怒っている。車内に渦巻くこのピリピリした感覚は美玲先輩から発せられるもの。

 ものすごく、気まずい。

 あとしばらくこんな雰囲気のタクシーに乗っていなきゃいけないのか……?

 胃が重い。

 ごめんなさい運転手さん変な空気に巻き込んでしまって……。

 

 

 

 

 

 あの地獄のタクシーを降りて、美玲先輩のお宅にお邪魔している。

 通された部屋はベッドと机しかないような簡素で生活感のない部屋。電気をつければいいのに外から差し込む月光のみがこの部屋の光源。美玲先輩は机の上の救急箱を漁っている。

 美玲先輩のご家族はお父さんだけで、そのお父さんも多忙でなかなか帰ってくることはなく今日も一人だという。

 ということはこの家で美玲先輩と二人きり。

 二人、きり……。

 駄目だ駄目だ!なにを考えているんだ僕は!

 

「ほら、座って。手当てするから」

「あ、はい! ありがとうございます」

 

 促されるままにベッドに腰をおろす。

 

「それじゃあ、脱いで」

 

 そっか、脱がないと手当て出来ない。

 服に手をかけて……。

 いやいや待て待て!!!

 

「み、美玲先輩。脱げだなんて、そんな……」

「なにを恥ずかしがっているの?水泳の授業でもそんなに恥ずかしがるの?」

「いや、そういう問題ではなくその……シチュエーションの問題というかなんというか……」

 

 水泳はみんなそういう格好するからいいし、そういうものだからなんともないわけだが、美玲先輩と二人きりでという状況だからまずいのだ。

 

「けど、脱いでもらわないと手当てが出来ないわ」

「そう、言われても……」

 

 恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 

「……そう。じゃあ、脱がすわ」

「え? ちょ!!! えええ! 待っ! 美玲先輩!!」

 

 美玲先輩は僕をベッドに押し倒して、ワイシャツのボタンを上から外していく。

 身動きがさっぱり取れない。

 美玲先輩の視線が僕を捕らえて離さない。

 飲み込まれてしまいそうだ。

 そして、全てのボタンが外されシャツを捲られる。

 

「酷い、怪我……」

 

 ここではじめて自分の怪我を見た。

 全部はちゃんと見れないけど、すごい赤黒くなっている。こんな怪我はじめてだ。

 怪我をした箇所に見入っていると美玲先輩はそっと僕の頭を撫でた。

 

「ごめんなさい。あなたを、守ることが出来なくて……。あなたにまたこんな怪我をさせてしまった……」

 

 その目には涙が浮かんでいた。 

 こうなってしまったことに責任を感じているのか。

 違う。

 美玲先輩のせいじゃない。

 悪いのは僕だ。

 僕が弱かったから、こんな怪我をする羽目になったんだ。

 美玲先輩が責任を感じるようなことじゃない。

 僕があいつより強かったらこんなことにならなかった。

 全部、僕の弱さのせいだ。

 

「美玲先輩……。大丈夫ですよ。僕が弱かったからこんな怪我したんです。美玲先輩が謝るようなことじゃありません」

「……やっぱり、燐は優しいのね」

 

 美玲先輩の手が僕の髪を撫で、輪郭をなぞる。

 まるで大切なものに触れるかのように。

 月の青白い光に照らされた美玲先輩の顔が妖しく、艶めかしく映る。

 なんて、綺麗なんだろう───。

 

「……早く、手当てしましょう。応急処置くらいしか出来ないけれど」

「あ……は、はい。お願いします……」

 

 

 

 

 

 

 燐は帰った。

 燐は気付いていないかもしれないが、ここは私の部屋なのだ。

 冷たい部屋に私一人。

 いや、一箇所だけ暖かい場所がある。

 さっきまで彼がいた、ベッド。

 ベッドに倒れる。

 彼の温もりを確かめるようにシーツを手繰り寄せる。

 そうすると、彼の香りが鼻孔をくすぐる。

 まるで、彼が私を包んでくれているよう。

 

「り、ん……」

 

 体が火照る。

 胸が高鳴る。

 呼吸が乱れる。

 ふと、ベッドに投げ捨てていたカードデッキが目に入る。

 デッキを手に取り一枚のカードを引き抜いた。

 私の、メモリアカード……。

 

『愛』

 

 これが、私の願い。

 燐からの愛。

 それが、私の願い。

 ああ、どうして……。 

 どうして彼は……。

 

 

 

 

 

0ー?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれは、五月末のことだった。

 少しずつ夏が近付いて、気温が上がっていてその日ももう夏ではないかと思わされるほどの暑さ。

 そんな日に、私は彼に呼び出された。

 

「美玲先輩! 僕と……僕と付き合ってください!!!」

 

 真っ直ぐな目だった。

 初めてだった。

 こんな風に、私を求めてくれた人は。

 私のことを好きだと言ってくれたのは。

 分からなかった。

 彼のことは弓道の県大会で優勝した時に取材してきた新聞部の子だということしか知らなかった。 

 面識なんてその時くらいしかなかった。

 会話したのもその時だけだった。

 分からないものは怖い。

 だけど、私は───。

 

「その、私なんかで、良ければ……」

 

 彼の思いに答えた。

 そしたら彼は飛びっきりの笑顔で笑って「よろしくお願いします」と言ったのだ。

 その姿がとてもかけがえのないものに思えて……。

 それから、彼と交流をしていくうちにどんどん私は彼を求めていくようになった。

 彼がいない生活なんて考えられなかった。

 依存していると言って過言ではなかった。

 こんなにも、私のことを愛してくれる人はいなかった。

 これまで無色だった私の世界が華やかに色づいた。

 だけど、ある時から彼との時間が取れなくなった。

 私のことを避けているようだった。

 そんな日が続いた時だった。

 アリスが現れたのは……。

 

「こんばんは美玲ちゃん。私はアリス。単刀直入にお伺いしますが、貴女は叶えたい願いってありますか?」

 

 そして、私はカードデッキを手に入れた。

 私は戦った。

 願いを叶えるために。

 その結果が……あれだ。

 全てを覚えているわけではないがあんな結末、許せるはずがない。

 やがて戦いは終結し……。

 時は捻れた。

 

 

 

 

「美玲ちゃんの願いを叶えるためには~燐君をライダーにしないことが一番です。もしライダーになってしまったら燐君を守って、美玲ちゃんと燐君が最後の二人となった時に燐君からライダーの権利を奪えばいいんです」

 

 そうして最後の一人になればいいんですよ。

 アリスはそう妖しく微笑んだ。

 だけど……。

 ああ、もう何度目なのだろう。

 記憶が全てあるわけではない。

 今度こそ、今度こそ時を正すのだ。

 そして、彼と愛しあった日々を……取り戻すんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美玲先輩から手当てをしてもらって家路についた。

 月がよく出ているので明るく歩きやすい。

 送っていきましょうか?なんて言われたけれど流石に断った。僕を送って家に帰ってなんてしていたら遅くなってしまう。

 美玲先輩だって怪我してるのにそんなことさせたくない。

 ……そういえば、鏡華さん。

 忘れてた。

 あのあと置き去りじゃないか!

 帰って来なくて心配しているかもしれない。無事を伝えたいが生憎連絡先の交換はしていないから伝える手段がない。

 明日学校に行った時に伝えよう。

 

「こんばんはー燐君! あなたの愛しいアリスちゃんですよ~♪」

 

 なんともまあ、気の抜ける声が夜の静寂に響いた。

 名乗った通りだが、アリスだ。

 最近潰れたコンビニの窓ガラスから僕に声をかけたようだ。

 

「……何の用?」

 

 早く帰りたかったせいか自分でも想像していないほどの苛つきを孕んだ声が出た。

 それを聞いたアリスはむっとした顔をして「イジワルな燐君はダメですよ~」なんて冗談めかした前置きを置いて用件を言い始めた。

 

「今日は燐君にお願いがあって来ました。燐君。カードデッキを返してください」

 

 真面目な顔をしたアリスが左手を差し出している。

 先程までの冗談はない。

 本気だ。

 本気で言っているんだ、アリスは。

 

「ライダーバトルの参加者は少女だけ。燐君が参加するのはルール違反というものです」

 

 ルール違反?

 確かに昨日、あの黄色いライダーが女子限定って言ってたし今日出会ったライダー達も女の子ばかりだった。

 やはり、そういうルールなのか。

 だとしても降りるわけにはいかない。

 モンスターに襲われる人達を守らなくてはいけない。

 

「悪いけど、デッキを渡すわけにはいかない。これは皆を守るための力だ!」

「……手放したほうがいいとアリスは思うんだけどなぁ。そんなもの持っていても面倒に巻き込まれるだけ。私に返せば元の普通の生活に戻れますよ?それに……私としても、手荒な真似はしたくないんです」

 

 手荒な真似……。

 ミラーワールドの存在ならばモンスターのように鏡があるなら僕をいつでも襲えるということか。

 

「早く返してください。燐君がそれを持っていては……ッ!!! ごめんなさい燐君。ちょっとお客さんが来たので今日はこれくらいで。また会いましょうね燐君!」

「あ、おい!!!」

 

 それだけ言ってアリスは鏡から姿を消した。

 ……ミラーワールドでお客さんが来たってなんだよ。

 とにかく今後はアリスから襲われるかもしれないということを念頭に置いて生活しないといけない。

 ……かなり注意深く生活しなきゃいけなくないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 合わせ鏡が無限に広がる空間。

 ここに入れる者は限られる。  

 しかし、ここに招かれざる者が侵入したのだ。

 

「やはり、あなたでしたか」

 

 アリスの声に応じて、黒い騎士は現れた。

 黒いツルギ……。

 アリスは黒ツルギを睨み付け、忌々しげな顔で言い放った。

 

「困るんですよね。イレギュラー……。いえ、バグの存在は!!!」

 

 アリスは黒い液体を足元から湧かせ、槍のような形に形成し黒ツルギに向け放った。

 迫る黒い槍。

 しかし黒ツルギは焦ることもなくカードを切る。

 

【SWORD VENT】

 

 低く、くぐもった音声が流れると大剣が天から落ち壁となり槍の一撃を防いだ。

 黒ツルギはその大剣『ブラックドラグバスターソード』を地面から抜き片手で振り回しながらアリスへと迫る。

 鏡の世界で、戦いの音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も今日とて学校である。

 怪我はまだ治っていないが勉学に支障がない以上学校に行かなくてはならない。

 登校して早々、鏡華さんに昨晩のことを問い詰められ洗いざらい吐いた。

 今後はしっかり連絡してください!と鏡華さんと連絡先の交換をしたのは役得だったが。

 そんなこんなで授業を消化し今はHRの時間。

 文化祭まで一ヶ月ということでHRの内容も文化祭に関することなのだが……。

 教室の中は騒々しかった。

 理由は、黒板に大きく書かれた『男装女装コンテスト』のせいだ。

 男装女装コンテスト。

 読んで字の如く。

 女子が男子の格好をして、男子が女子の格好をするのだ。

 なんでも今日の文化祭実行委員の集まりで急に決まったとかなんとかなイベントなのだ。 

 まあ、準備に時間がかかるようなものでもないから一ヶ月前に言われても問題はないわけだが。

 わけだが……。

 

「というわけで女子は笹田に決まったから男子、さっさと決めて」

 

 教壇に立ち、音頭を取るのは一年を代表するギャルトリオの一人『中野乃愛』。

 赤みがかった金髪(ストロベリーブロンドというらしい)という非常に目立つ髪色をしている彼女は有名人だ。校則では特に髪色の指定などはないが、こんなピンク色の髪をしているのは彼女ぐらいのものだろう。

 文化祭実行委員の彼女がこの時間、司会をするのは当然のことなのだが苛立っている。

 理由は……。

 

「佐藤、お前やれよ」

「嫌だよ女装なんて。俺は木村がいいと思いまーす」

「はぁ!? 誰が女装なんてするかよ!」

 

 この調子である。

 まあ好き好んで女装したがる奴なんてそうそういないわけで決まらないのである。

 

「もういいからちゃっちゃと決めなさいよ。男らしくズバッと決断しなさい!」

 

 乃愛さんの苛立ちは更に加熱していく。

 別に乃愛さんがキレたところで僕にはなんの被害もないのでいいのだが。

 

「……女装といえば斉田。お前、背も小さいし顔も中性的だし適任じゃね?」

 

 誰かがそう言った。

 そうすると、周りから賛同の声が出始めた。

 確かに斉田君は中性的な顔立ちをしている。しかし僕は彼の受難を知っている。

 彼特有の悩みを。

 

「絶対に……絶対にやらないからな! ただでさえ彼女から着せ替え人形みたいにされてるのにこんな時まで女装なんて……僕はもう嫌なんだよぉぉぉぉ!!!!!」

 

 斉田君の彼女さんは二年生でバスケ部所属。そしてなんといっても逆身長差カップルなのだ。

 30cmはあっただろうか。

 それくらい身長差があるのだ。

 そして彼は先程述べたように彼女さんから女装させられることがしばしばあるという。

 

「お、おう……。悪かったよ斉田……こんなに嫌がってる奴にやらせるわけないもんな」

「そうだな。じゃあ言い出しっぺの木村が女装な」

「なっ!? 俺だって嫌だよ!!!」

 

 はあ……。

 これはしばらく決まりそうにないな。

 この間に今日の取材で聞くこととかまとめておくか。

 ……乃愛さんが、こちらを見ている。

 思わず目があってしまったがあれだろう。僕を見ているなんてことはないだろう。多分。

 

「御剣」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 急に名前を呼ばれて思わず変な声で返事をしてしまった。

 一体、乃愛さんはどうしたというのか……?

 

「ちょっとついてきて。あ、リナとミコも来て」

 

 え?え?

 なに?なにが起こるの? 

 僕は一体どうなってしまうの!?

 

「いいから早く来なさい!」

「は、はいぃ!!!」

 

 僕はなにも分からないままついていくしかなかった。

 だけど、このあと僕を待ち受けていたのは残酷な運命であった。

 

 

 

 乃愛さん達に連れられてやって来たのは女子更衣室。

 女子更衣室!?

 僕なんかが入るわけには……!

 

「大丈夫、見張り立てるから。それより早く入って。人がいない今がチャンスなんだから。それともなに? 御剣は誰かに自分が女子更衣室に入るところを見られたいわけ?」

 

 うっ……。

 他の人に見られるのは嫌に決まっている。

 恐る恐る女子更衣室の中に入る。

 なんだ、中は男子更衣室とそれほど変わらないんだな。

 

「それじゃあ御剣。脱いで」

 

 え?

 今この人なんて……?

 

「だから、脱ぎなさい」

「なんで!?」

 

 昨日から女子に脱げと言われるのはなんだ?

 厄日なのか?

 

「ああもう! リナ、御剣を押さえて」

「オッケー!」

 

 利奈さんが後ろから僕を羽交い締めにして拘束する。

 抵抗しようにもあまり乱暴はしたくない。

 それにしても利奈さん力強いな!?

 利奈さんは確か服飾部だったはず……。

 服飾部って筋肉が必要なのか?

 そんなことを考えているうちに制服のワイシャツのボタンが次々と乃愛さんによって外されていく。

 

「ちょっと待って! なんでこんなことするのさ!?」

「御剣が自分で服脱がないからでしょ。嫌なら自分で脱ぎなさいよ」

「なんで僕が服を脱がなきゃいけないのさ!? 説明してよ!!!」

 

 なにも分からないままに巻き込まれるなんて本当に理不尽なんだから!

 説明責任を果たしてください!

 

「あーもうまどろっこしいなぁ。黙って脱がされなさいよ」

 

 黙って服を脱がされるような人いないと思うのですが。

 

「乃愛。説明ぐらいしてあげたら? なんにも言わないで他の人巻き込むのは乃愛の悪い癖だよ」

 

 外で見張っていた弥子さんがドアの隙間から顔を出して乃愛さんを窘めてくれた。

 僕の声を聞いて助け船を出してくれたらしい。

 ありがとう弥子さん!

 

「……しょうがないなぁ。あのね、あんたも分かっての通り誰も女装したくないでしょ?」

「それは、まあ同じ教室にいたから分かるけど……」

「というわけで私の独断と偏見で勝手に御剣に決めたわけ。だから早くこっちの制服に着替えて」

 

 横暴な!!!

 勝手に決めるなんて民主主義を貫く我が国ではご法度だぞ!

 

「民主主義? なにそれ?」

 

 駄目だこりゃ。

 成績そんな良くないの知ってるけどまさかここまでとは。

 

「ああもう! さっさと脱ぐッ!!!」

 

 遂に強行策に出た乃愛さんによって次々と制服が脱がされていく。

 そして……。

 

「ウィッグつけただけでも結構いけるわね。よし、あとはメイクっと。あ、そんなガチガチにはやらないからちょっと待ってて」

「うぅ……」

 

 僕にはもう抵抗する気力もなかった。

 どうして、女装って精神的にもダメージが来るのだろう。

 男装はなんともなさそうなのに。

 あー……頭がウィッグのせいでチクチクする。

 足がすうすうする。

 女子はいっつもこんな感じなのか。

 てかこの制服は一体誰の物なのか。

 僕なんかが着ていいものなのか?

 後から、「あんたが着たせいでもうこの制服着れないじゃない!弁償して!」なんてことにならないだろうか?

 ダメだ。嫌な想像しか出来なくなっている。

 頼むから早く終わってくれ……。

 

「はい終わりっと。これで見てみ」

 

 乃愛さんから鏡を手渡され、嫌々覗いて見ると……。

 なんと!そこには美少女がいた!

 いや、自分で言うか普通。

 だけどなんというか生まれ変わったかのようななんというか……。

 ほえ~。

 

「よし、それじゃあ教室に戻るわよ」

 

 え。

 まさか、この格好で?

 

「当然じゃない。みんなに見せるんだから」

「や、やだやだ無理無理! 着替えてから! 着替えてから戻ろう!」

「なに駄々こねてるの。どうせ全校生徒に見られるんだからクラスメートに見られるぐらいで恥ずかしがってたらいけないんだから。よし、連行!」

 

 アイアイサー!と利奈さんと弥子さんが僕の腕をそれぞれ掴んで歩き出した。

 嫌だ!待ってという声は聞き入れてもらえず、僕は教室へと死の行軍を行う羽目になったのである。

 

 

 

 

 

 

 御剣君は中野さん達に連れられてどこかに行ってしまいました。

 あれから20分ほど。

 本当になにをしているのでしょうか……。

 考えていると、教室のドアが開いて中野さんと佐々木さん、海藤さんと……最後の方はえーと……。このクラスの方ではなさそうですが……。

 黒髪のウェーブがかったロングの少女。

 制服をしっかり着こなして黒いタイツを履いています。清楚といった印象を受ける方です。

 教室のあちこちから「誰?」や「可愛い」などと言った声が聞こえます。

 俯きがちのその人は、どこかで見たことあるような……。

 

「あの中野さん。その娘は…?」

 

 勝村さんが中野さんに質問しました。

 皆が気になっていることを率直に聞いてくださってありがとうございます。

 ではなくてですね。

 あの方は一体……?

 

「誰って皆分からないの?御剣よ御剣」

 

 御剣、御剣……。

 御剣君!?

 あの方が!? 

 

「これで女装の方の出場者も決まったわね。うんうん。やっぱり私の目に狂いはなかったわ!」

 

 中野さんは満足そうに笑顔を浮かべうんうんと頷いています。

 隣の御剣君は恥ずかしそうに顔を赤らめ俯くばかりです。その姿もどこか愛らしいと言いますかなんと言いますか。

 つまりですね……可愛いということです!

 

「御剣君可愛いよ!」

「優勝狙えるかも!」

「いけるいける!」

「笹田!しっかりエスコートしてやれよ!」

 

 クラスの皆さんも盛り上がっています。

 これは本当に優勝を狙うことが出来る逸材です。

 

「それじゃあ今日から御剣には女っぽい仕草とか仕込んでいくから放課後少し空けておきなさい。大丈夫安心して。私が優勝させてあげるわ」

「は、はい……」

 

 小さな声で恥ずかしそうに返事するのも可愛いらしいです。モジモジとしてハムスターなどの小動物のようです。

 ぜひ、今の御剣君を間近で見てお話したいものです。

 盛り上がっていると授業終了の時間を告げるチャイムが鳴りました。

 あとは放課後なのでそれぞれ部活動に勤しむか帰宅するかですが……。

 私も少し残りましょう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もっと足閉じて。開き過ぎ。男子じゃないんだから」

「男子だよ!」

 

 現在、絶賛乃愛さんから女性らしい動き仕草の指導中。

 男子だよ!と反論したらそうだっけ?なんて返されてしまい撃沈。

 今の僕がなにを言っても無駄なようだ。

 ちなみに教室は1ーAの生徒、担任のみ立ち入りが許されており、また僕の写真等をSNSに載せないようにと極秘扱いとなっている。

 優勝に向けてかなりはりきってるな……。

 それにしても自分の席で目を爛々と輝かせながらこちらの様子を見ている鏡華さんは一体なんなのか。

 助けてくれるとかあってもいいんじゃないか?

 無理か……。

 鏡華さんも楽しんで見てるっぽいし。

 ……用を足したくなってきた。

 

「乃愛さん。僕ちょっとトイレに……」

「トイレ? あんまり人目につかないようにして行きなさいよ。女装御剣は極秘扱いなんだから」

「はーい。それじゃあ行ってき……」

「ちょっと待って」

 

 呼び止められた。

 早くしてほしいのだが。

 漏れ……はしないけど尿意がすごい。

 

「なに?」

 

 尋ねると乃愛さんはニヤニヤしながら僕にある質問を投げかけてきた。

 

「男子トイレと女子トイレどっちに入るの?」

「男子だよ!」

 

 僕は勢いよく扉を開閉して、トイレに向かった。

 あんまり人で遊ぶんじゃないまったく。

 

 

 

 

 

 この格好で男子トイレに入るのは少々躊躇われたので人気のない一階の理科室前のトイレで用を足した。

 ここなら利用者も少ないので安心して用を足せる。

 それにしても……。

 はあ……。早くこの格好から解放されたいな……。

 トイレの鏡に映る今の自分を見てため息をつく。

 鏡……。

 アリスがもしかしたら襲ってくるかもしれない。

 だけど……。

 何故か、アリスはそんなことしないだろうという確信めいたものが僕にはあった。

 彼女のことなんて、なにも知らないのに。

 ……早く戻ろう。 

 トイレから出て、すぐの通路を曲がると……。

 

「きゃっ!」

「わっ!」

 

 人とぶつかりそうになった。

 スポーツウェアに身を包み、長い金髪で左目を髪で隠しているこの人は……。

 思い出した、テニス部の北先輩だ。

 って!そんなことより謝らないと!

 

「す、すいませんちゃんと前見てなくて……」

「こちらこそすまない。驚かせ、て、しまった……」

 

 ?

 どうしたのだろうか?

 目を見開いてそのまま動かなくなってしまった。

 

「あのー? どうかしました?」

「……命だ」

 

 え?

 

「運命だ……! よもや、君のような子猫ちゃんがこの学校にいたとは……!」

「こ、子猫、ちゃん……?」

 

 なにを言ってるんだこの人は。なんて思っていると顎に指をかけられ、顔を上げさせられた。 

 向こうの方が背が高いのでちょうど先輩の顔の方を向けられた形になる。

 顎クイだ!

 現実にやる人がいるなんて!

 じゃなくて!!!

 

「あの、ええっと……」

「戸惑う必要はないよ。私は、北津喜。2年C組でテニス部所属。君は?」

「えっと……み、御剣燐です。1年A組で新聞部です……」

 

 僕も名乗ると北先輩はそうかそうかと満足そうに笑顔を浮かべた。

 本当になんなんだ?

 僕は一体なにをして、なにをされているんだこれは。

 

「リン……。いい名前だ。新聞部か。では、秋の大会で好成績を収めれば君に取材してもらえるということかな?」

「ま、まあ……。そうなれば取材にはきっと行きますよ。僕じゃないかもしれないですけど……」

 

 そう言うと北先輩は何かに衝撃を受けたようだった。

 一体今度はどうしたというのだろうか?

 

「ぼ……」

「ぼ?」

「ボクっ娘だとぉぉぉぉぉぉ!!?!?!?!」

 

 急な大声に思わず耳をふさいだ。

 それにしても一人称が僕なのがなにか問題あるだろうか?

 まあ、確かに周りを見れば俺って言ってる人が大半だけど、そこまで珍しいわけでもなかろうに。

 

「こんな可愛さでボクっ娘だなんて属性が……。くー! かーーわいいーーーー!!!」

 

 可愛さ……?

 そうだ、今の僕は女装しているんだった!

 ボクっ娘ってそういうことか!

 すぐに誤解を解かないと……。

 

「あの、僕は……」

「いや、皆まで言わなくていい。確かに若干あざとさはあるかもしれないが、君の可愛さの前には全て灰塵と帰す。あと声も低めなのがギャップがあっていい。あ、気にしていたなら気を悪くしないでくれたまえ。私は君のその声も好きだよ」

 

 あざといって言われた!?

 ただの一人称なのに!?

 声で気付かないもんかなと思ったけれどまさか低音なことを気にしてる人みたいに捉えられたし。

 多分というか絶対この人、人の話を聞かないタイプの人だ。

 

「あの、北先輩……」

「私のことはぜひ津喜と下の名前で呼んでほしい。そのほうが、より親密になったと思えるだろう? さて、そろそろ私の家にでも来て夜明けのコーヒーでも……」

 

 よ、夜明けのコーヒーってつまり……。

 どうしよう、このままじゃお持ち帰りされちゃう!?

 なんかよく分からないけどこの人にはされてしまいそうな気がする。

 誰か助けて……。

 

「津喜ー! 松岡先生が呼んでるよー!」

 

 救いの手だ!

 僕の祈りを神様が聞いてくれたんだ!

 僕……神様信じるっ!

 

「チッ横槍が入ってしまったか……。残念だが、今日はもうお別れの時間だ。また会おう」

 

 そう言って津喜先輩は去っていった。

 た、助かった……。

 なんというか、嵐のような人というか……。

 とりあえず、僕が苦手なタイプだということは分かった。

 あの人が秋の大会で活躍しても、絶対に僕は取材に行かないということを固く決意したのだった。




次回 仮面ライダーツルギ

「御剣君御剣君。女装、とっても似合っていましたよ!」

「君、ライダーでしょ」

「まだモンスターと契約していないのか!?」

「そうですね……。運命を、感じたものですから」

 願いが、叫びをあげている────



キャラクター原案
影守美也 マフ30様
北 津喜 はっぴーでぃすとぴあ様

今回はちょっと少なめ、次回以降ライダーだけでなくキャラクターもたくさん登場していきますのでよろしくお願いします。


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?ー7 突撃!生徒会

お待たせして申し訳ありません……
なかなかこちらを書く時間がとれなくて……
ゆったりとですが続けていきますのでよろしくお願いします。


「疲れた……」

 

 乃愛さんによる女装特訓は思ったよりハードで体力はもちろんのこと、一番精神が疲れた……。 

 これが、文化祭まで毎日続くのか?

 なんて恐ろしい……。

 さて、僕はいま取材に向かっている真っ最中なのだが何故か鏡華さんがついてきている。

 

「御剣君御剣君。女装、とっても似合っていましたよ! あれならきっと優勝間違いなしです!」

「僕は別に優勝したいわけじゃないんだよな……。ていうか、鏡華さんは帰らなくていいの?」

「帰っても一人なので……。それより、新聞部に興味を持ちました! なのでしばらく仮入部という形で御剣君の活動を見学させていただきますね?」

 

 なんと。

 いつの間にそんなことになったのか。

 それより僕の活動の見学?

 緊張するな……。

 

「それで、今日はなにをするんですか?」

「今日は生徒会に取材。いつでも来ていいって言ってたから早めに行こうと思って」

 

 …。

 ……。

 ………。

 む、無言が気まずい……。

 やっぱり何か話した方がいいのだろうか……?

 といっても鏡華さんと話せるようなことっていうと……ライダーのこと?

 いやいや、そんな話題もっと気まずくなるだけだ。

 もっと何か普通のことで何かないか?

 文化祭のこと……当たり障りのない話題はこれか?

 よし、と心の中で深呼吸して……。

 

「「あの」」

 

 被った。

 もっと気まずいぞこれ。

 どうすんのこれ。

 

「御剣君からどうぞ」

「いや、鏡華さんからどうぞ」

 

 互いに譲りあう。

 なんて美しい謙虚さなんだろう。

 これが美徳というものか……なんて。

 余計に気まずくなったぞ。

 

「それじゃあ、私から」

 

 鏡華さんが気を使ってくれたみたいで話し始めたがものすごい申し訳ない。

 やはりこういう時は男からいくべきなのだろうか……。

 

「御剣君。聞いてますか?」

「ああ、はい! 聞いてます!」

「ではなんの話でしたか?」

「え、その……あはは」

 

 聞いてませんでしたごめんなさい。

 

「まったくもう……。ちゃんと聞いてくださいよ? それでその話というのはあの黒い仮面ライダーのことです」

 

 黒い、仮面ライダー……。

 昨日の夜のことが思い出される。

 圧倒的な力で僕は奴に捩じ伏せられた。

 奴は本当に鏡華さんを見守っていただけなのか?

 多分、違う。

 奴はそんなことするような奴ではない。

 もっと違うなにか……。

 

「御剣君? どうかしましたか?」

 

 人が僕達しかいない廊下。

 僕は立ち止まり、鏡華さんの幻想を否定することにした。

 

「鏡華さん。あいつは……あいつは多分、鏡華さんが思ってるような人じゃないよ」

「それは、どうしてですか?」

「昨日、あいつと戦ったんだ。それで分かったんだよ、あいつは殺意とか憎しみとかそういうものに取り憑かれている。とても鏡華さんを守ってるとかそんな風に僕には思えない……」

 

 鏡華さんは僕の話を黙って聞いていた。

 自分が信じているものを否定されたというのに、途中で反論を挟むこともなく聞いていた。

 そして、僕が話し終えてから鏡華さんは怒るようなこともなく穏やかに話し始めた。

 

「人間には色々な面があります。優しい人が誰かを傷つけることもありますし、誰かを傷つけてばかりの人もたまには人に優しくすることもあるでしょう。御剣君はあの人から殺意と憎しみを感じた、私はあの人の優しさを感じた。結局、私達はあの人の一面を見たに過ぎないんです」

 

 ……すごいな、鏡華さんは。

 僕はそんな考えに至りもしなかった。

 一度、剣を交えた程度で決めつけるのはよくないよな。

 

「ごめん鏡華さん。その、僕はそんな風に考えたことなかった」

 

 素直にすごいなと思って、自然と頭を下げていた。

 同級生とは思えないほどの達観ぶりだ。

 

「謝らないで下さい! 今のは私の言葉じゃなくて兄の受け売りですから……」

「兄……。鏡華さん、お兄さんがいるの?」

 

 そんな話聞いたことなかったけど…

 今の家にも叔母さんと二人で暮らしてるって言ってたし……。まあ、都会に進学するなりして一人暮らしとか自立してるだけかもしれないし。

 

「……はい。それで、その話には兄にも関係があってですね。御剣君はあの仮面ライダーは男性だと思いますか? 女性だと思いますか?」

 

 ?

 なんでそんなこと聞くんだろう?

 まあ、黒ツルギは男だったけど……。

 て、そういえばライダーバトルは女子だけのところ僕と同じ男というイレギュラーなのか奴は。

 ますます謎の存在になってきたぞ……。

 

「男性、なんですね……」

 

「そうだけど……。なんでそんなこと気になったのさ?」

 

「それは……。あの仮面ライダーはもしかしたら、その兄かもしれないんです」

 

 黒ツルギが鏡華さんのお兄さん?

 それは、その……。

 

「どうして、黒ツルギがお兄さんだと……?」

「それはその……。直感というしかないんですけど、あの仮面ライダー、黒ツルギ、ですか? 黒ツルギから兄さんのような雰囲気を感じたんです」

「それはつまり……女の勘、ってやつ?」

 

 女の勘。

 ドラマとかだとよく聞く言葉だが、僕の場合は母さんがこの言葉を口癖にしているし妹の美香にも遺伝して口癖となっている。

 そのためかなり馴染み深い言葉なのだ。

 それに案外、馬鹿に出来ないのだ。

 女の勘というやつは。

 

「そう、ですね。その言葉が一番適切だと思います。確証もなにもありませんから。だけど、兄妹だから。兄妹だからこそ分かるんです」

 

 兄妹だからこそ、か……。 

 美香ならこんなこと言わないだろうな。

 

「じゃあ、もしまた黒ツルギと会ったら聞いてみるよ。出来たらの話だけど……」

「ありがとうございます!」

 

 素直に聞いてくれるような奴でもないだろうから難しいだろうな。

 だけど同じ人間なら話をすることは出来るはずだ。

 昨日の夜の言葉の真意も含めて、次出会ったら彼と話しをしよう。

 

「よし、それじゃあ一旦この話は終わりにして生徒会室行こっか」

「はい!」

 

 とりあえず、本題の生徒会取材を敢行するぞ。

 先輩だろうが生徒会長だろうが臆することなく取材するぞ!

 まあ、ただの文化祭についての話聞くだけだから別になんてことないだろうけど……。

 

 

 

 

 

 

 今日もモンスターを、ライダーを探してショッピングモールの屋外通路を歩く。

 長くなってきた前髪ををかき分けて、そろそろ切ろうかと考える。

 最近、このモール内を狩り場にしている奴がいる。

 連続して失踪が起きるなんてこともあってか客足が遠のき人通りは少ない。

 だが、そんな場所にあってやけに人が集まっている場所がある。

 時折、拍手なんかも起こっているようだが……。

 あれは、マジックショー?

 

「さあ、それでは次なる演目は……」

 

 少し気になり人混みに混ざって見てみれば私と同じくらいの歳の子が慣れた様子で次々とマジックを披露していく。彼女の傍らの縦看板には「天才JKマジシャン撒菱茜(まきびしあかね)のマジックショー!」と書かれている。

 私はこの手のものはさっぱりなのでタネなんかはまるで見当もつかないのでただただ驚くのみ。

 そしてらしくないことに夢中になってしまい、このショーを最後まで見てしまった。

 ショーも終わり、人が去っていくなか私はなんだか妙な感慨を抱いてしまってこの場を立ち去ることが出来なかった。

 自分とは住んでる世界が違うというかなんというか。

 あんな風に人を楽しませることが出来るものなのか。

 それも、私と同い年くらいの子が。

 ……はあ。

 こんなこと考えていてもしようがない。

 そろそろ行くか……。 

 踵を返し、立ち去ろうとした瞬間。あの音が聞こえてきた。

 モンスターが獲物を定めたのだろう。

 大量に人を食ったモンスターだ、さぞいいエサになるだろう。

 

「ねえ、そこの君!」

 

 不意に、背後から聞こえてきたこの声は…私に当てた言葉だろうか?

 とりあえず振り返って声の主を確認するとさっきのマジシャンだった。

 

「そうそう。君だよ君。君、ライダーでしょ」

 

 なっ!?

 なんだ、こいつは……。

 こいつも、ライダーなのか?

 

「いいねその顔。驚いた時の顔は好きだよ。だからマジシャンやってるんだけど……。まあいいや。なんで君がライダーか分かったかでしょ? 君が気になっていることは。答えは単純。あの音が聞こえているようだったからね。マジシャンは人の心理ってやつを利用する。見抜くことぐらいお手のものってわけ」

「……だから? あんたもライダーなんでしょ。だったら……」

 

 パーカーのポケットからデッキを取り出して見せると、向こうもポーチから取り出したデッキを見せてきた。

 物分かりがよくていい。

 

「ま、ライダーだから戦いはするけど。まずはモンスター倒さない? トドメを刺した方が自分の契約モンスターに食わせるってことで……どう?」

「分かった。じゃあそれで」

 

 こうして二人で人気のない、普段あまり使われないであろう階段近くの鏡を見つけてここで変身することにした。

 鏡に向かい、カードデッキを翳す。

 マジシャン……。撒菱茜は右手に持ったデッキを滑らかな手つきで、それこそマジックを披露するかのようにいつの間にかデッキを左手に持ちかえると私の方を見てニヤリとしてみせた。

 挑発か……。

 まあ、どうせ戦うのだから乗ったようなものだろう。

 右手を伸ばし、鏡に向かって指を差す。

 

「変身」 

「変身」

 

 互いにライダーとしての姿を見せあう。

 相手は白い鎧に黒のアンダースーツ。

 鎧にはなんだろうか、タコかイカのような触手らしき意匠が拵えてある。なんとなく勘だが、丸みがかっているのでタコだろうか?

 初めて出会うライダーだ。

 

「さ、行こっか」

 

 撒菱茜はそう言って鏡の中へと入っていった。

 モンスターもライダーも倒す……!

 

 

 

 

 

 

 生徒会室の扉をノックすると「はい」と女子の声がして、その声の主が現れた。

 この人は二年生で生徒会副会長の佐竹日奈子さんだ。

 品行方正、全生徒の見本と言われる人物。

 成績も学年二位をキープするほどの成績優良者でもある。ちなみに学年一位は生徒会長。生徒会でワンツーフィニッシュである。

 髪も肩くらいまで伸ばすだけで特に髪で遊ぶようなことはしていないし正に清楚といった印象。

 そんな副会長が手ずから出向いてくれるとは……なんて。

 

「こんにちは。新聞部の御剣……と、仮入部中の宮原です。文化祭のことで取材に参りました。いつでも来ていいというお話だったのですが……大丈夫ですか?」

「新聞部……。ちょっと待っててくださいね」

 

 そう言って副会長は生徒会室に戻る。

 予定とか確認しているんだろうか?

 

「御剣君、すごい礼儀正しいですね」

「まあ、ね。美玲先輩がこんな感じだったから自然とね」

 

 とは言え美玲先輩の場合だと雰囲気とか声音から礼儀正しいというより警察から取り調べされてるみたいな緊張感が出るんだけど。

 

「あ、大丈夫みたいなのでどうぞ」

 

 ガラッと扉を開けて

 はやっ。

 とりあえず失礼しまーす。

 はじめて生徒会室に入ったけど、うわぁ……。

 なんでただの生徒会室に校長室並のテーブルとソファがあるんだ。

 そんなマンガとかでよくあるすごい権力のある生徒会なんてものでもないだろうに。

 

「驚いただろう? なんでも何年か前に校長室の備品を新しくするとかで当時の生徒会長がお古を貰ったそうなんだ。まったく場所を取るだけだろうに……」

 

 なんと、生徒会長「鐵宮武」殿下ではないか。

 いや、生徒会室なんだからいるのは当たり前なんだろうけど。

 180はありそうな長身に切れ長の目が特徴的な美男子。

 長い髪をポニーテールでまとめている。

 髪型自由なここだから出来る髪型だな……。

 それにしたってこの人は全生徒から英雄視されていると言っても過言ではないすごい人なのだ。

 なんせ文化祭を例年なら二日間開催するところを三日にしてみせたのだ。

 それも公約に掲げていたので正に有言実行。

 影で家の力でも使ったんだろなんて噂も流れているが、そんなことよりも大多数は文化祭が三日間も行われるということに注目しているので大した問題ではない。

 

「どうぞ掛けたまえ」

 

 ソファに座るように促され、鏡華さんと顔を見合わせてから恐る恐る座る。

 うわ、柔らかい。

 お古とはいえ、いいもの使ってるんだなぁ。

 個人的にはもうちょっと固いほうが好みだけど。

 

「遠藤から聞いたよ。生徒会の担当は新聞部期待の一年だと。で、どっちかな?」

「それなら御剣君です。私は仮入部なので……」

 

 いやぁ期待の星だなんてそんな。

 

「なるほど。まずは来てくれてありがとう。今回、新聞部には力になってもらいたくてね。部長……遠藤に相談したら快く引き受けてくれたのだよ」

 

 力になってもらいたい?

 

「その、力になってもらいたいというのは……」

「新聞部が出している聖山月報は生徒会が発行している星霜よりも人気もあって読まれている。まあ、星霜は月の予定やら目標やらと堅苦しい内容しか載っていないからね。あんなものはSHRで伝えられる連絡事項をしっかり把握しておけば読む必要もないのだよ」

「僕は星霜読んでますよ。どこに面白いネタが転がってるか分かりませんからね」

 

 記者は質問をするだけではない。

 ちょっとしたジョークや世間話をして緊張をほぐしたりだとか気を良くした相手が更に情報を喋ってくれたりするからだ。

 取材する時は相手と仲良くなるつもりで、とは僕のモットーである。

 多分、本物のジャーナリストとかでは通用しないんだろうけど僕は高校生。

 なにも事件を追っているわけではないのだからこれぐらいの心持ちで楽しくやるべきなのだ。

 

「それは嬉しいね。あんなものでもそれなりに思い入れというものはあるから読者がいてくれて嬉しいよ」

「自分が書いたものが読まれないというのは悲しいですからね。それじゃあ早速、生徒会のお力になるべくお話をお聞きしたいのですが」

 

 いつまでも雑談というわけにもいかない。

 生徒会長はお忙しいだろうから、出来るだけ早めに終わらせよう。

 

「えっと、新聞部をご指名してくださったからには伝えたいことがあると見ていいですか?」

「ああ、その通りだ。まずは今回の文化祭についてだが……」

 

 会長が話し始めた瞬間、嫌な音が聞こえてきた。

 モンスター……。

 くそ、こんな時に!

 

「あ、痛たたた……。すいません急な腹痛が……。ちょっとトイレ行って来ますね。鏡華さん、会長のお話ちゃんとメモっといて!」

「は、はい! 分かりました! ……その、気を付けてくださいね」

 

 最後は小声で僕にだけ聞こえるように鏡華さんはそう言ってくれた。

 ありがとう。 

 それじゃあちょっと任せた!

 

 

 

 御剣君が生徒会室を出てすぐ、会長さんは御剣君が戻ってきてからにしましょうと言った。

 恐らく、仮入部の私に気を使ってくれたのでしょう。

 確かにメモを取るだけでも何故かすごい緊張してしまったので助かります。

 

「会長、私も少し出ますね」

 

 生徒会室で何か書類を書いていた副会長さんはそう言って生徒会を出ました。

 どうしましょう、会長さんと二人っきりになってしまいました。

 私には御剣君ほどのコミュニケーション能力はないので世間話なんて出来ません!

 どうしましょうどうしましょう……。なにか話した方がいいんでしょうか。けど会長さんと話せるような話題なんて……。

 

「この時期に仮入部とはなかなか大変ではないですか?」

 

 えっ。

 あ、会長さんは私に話しかけてくれたのだ!

 

「え、ええと。そうですね、今は忙しいですからね……」

 

 どうしましょう……。

 上手く話せるでしょうか……。

 私、年上の男性は少し苦手なのです……。

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室のある特別教室棟の二階は文化部の部室となっている教室が多いがこの上の三階は階段上がってすぐのパソコン室を除けば部活動はしていないはずなので階段を上がって、空き教室に入る。

 一応、人がいないのを確認して……。

 

「変身ッ!」

 

 仮面ライダーに変身して、ミラーワールドへと向かう。

 ライドシューターで疾走しミラーワールド到ちゃ……。

 どんがらがっしゃん。

 ライドシューターで机や椅子を吹き飛ばし、壁をぶち破ってしまいました……。

 そりゃ、そうなるよね……。

 まあ、ミラーワールド内でのことに警察は介入しないのでなんの罪にもならないが妙な罪悪感に襲われる。

 

「ごめん」

 

 一応謝ってから気を取り直してモンスターを探すぞ。

 腰に差しているスラッシュバイザーを抜き、周囲を警戒しながら廊下を歩く。

 すると、教室の中で何かが動いた。

 バイザーを握る力が強くなる。

 力むな。

 自然体で行け。

 いつ、どこから敵が来ても即座に反撃出来るようにしろ。

 静かに、教室の中へ足を踏み入れる。

 パッと見は教室内にモンスターはいなさそうだが……。

 また一歩、足を進めるとぬるっといった。

 ぬる?

 

「って、うわっ!?」

 

 この滑りのせいで滑って仰向けに転んでしまった。

 仮面ライダーのまま転ぶってなんか間抜けだなぁ。

 

「シャアァァァァ……」

「うわぁぁぁぁ!? 出たぁぁぁぁ!!?!」

 

 天井に、そいつは張り付いていた。

 形は星型。

 いや、ヒトデか?

 なんにせよモンスターが真上の天井に張り付いていて、緑色の気色悪い粘液を垂らしている。

 そして、今にも覆い被さるように落ちてきて……。

 

「嫌だッ!!!」

 

 咄嗟にそんな言葉を吐きながら左に転がって回避した。

 あれに当たっていたら全身が粘液まみれになっていただろう。

 

「クゥシャアァァァァ……」

 

 ああもう気持ち悪い!

 早く倒して帰る!

 デッキからカードを引いてバイザーに装填。

 召喚された太刀を手にヒトデモンスターに斬りかかる。

 しかし、意外と素早いこいつはこの一撃を避ける。

 だけど一回避けられた程度で諦めるわけがない。

 振り下ろした刃を回し、逆袈裟に斬り上げようとするが……。

 斬れたのは机だった。

 

「こんな狭いとこで太刀はダメか……。だったら」

 

 カードを引き、バイザーに装填する。

 

【SWORD VENT】

 

 召喚されたのは二本の短剣。

 ドラグダガーである。

 リーチも短く、威力も他の剣と比べたら劣るが手数で攻めることが出来る。

 あのモンスターにさっき以上に接近しなければいけないのは嫌だが戦いやすさという点を考慮すれば仕方ない。

 ダガーを逆手で構え、モンスターに肉薄する。

 

「おおぉぉぉ!!!!」

 

 相手に反撃の隙を与えないほどの連続攻撃。

 刃の嵐がモンスターを襲う。

 モンスターが満身創痍になってきたところを蹴り飛ばし、壁に叩きつけるつもりが窓ガラスが割れてそこから外に逃げてしまった。

 

「逃がすかッ!」

 

 僕も飛び降りてモンスターを追跡する。

 ここで逃がして再戦しなきゃいけないとか嫌だしね。

 

 

 

 

 

 

 

 会長さんと雑談すること数分。

 大丈夫でしょうか私。ぎこちなく話せているでしょうか……?

 ああ、早く帰って来てください御剣君。

 年上の男性が苦手と言いましたが、それとは別に私はどうやらこの方が苦手なようです。

 なんというか見透かされているような、見下されているような感じがします。

 

「……少し、私も出ますね。ああ、ご心配なく。すぐに戻って来ますから」

「あ……はい。分かりました。どちらに行かれるんですか?」

 

 思わず、単純な興味から聞いてしまった。

 私が聞く義理もないというのに。

 しかし会長さんは気を悪くすることもなく答えました。

 

「そうですね……。運命を、感じたものですから」

 

 それでは、と最後に付け足して会長さんは生徒会室を出ました。

 運命……。

 何故か、とても嫌な予感を感じてしまったのです。

 とても、嫌な……。

 

 

 

 

 

 

 外に出ればこちらのもの。

 ダガーを投擲してモンスターの背中に命中させて足を止め、太刀に持ち変えて斬りかかる。

 こいつ、実力自体は大したことないやつだな……。

 このまま押しきる!

 

「でぇやぁぁぁぁ!!!」

 

 横一閃に切り裂き、モンスターは吹き飛び地面を転がる。

 この隙にファイナルベントのカードを切ろうとデッキに手をかけると校舎の窓ガラスからライドシューターが現れた。

 美玲先輩が来たのか?

 しかし、僕を轢こうとしてきたので慌てて回避するとモンスターの手前で停車した。

 誰だ……?

 ライドシューターのフードが上がり、ライダーの姿が露になるが……。

 

「あれって、まさか……まだモンスターと契約していないのか!?」

 

 出てきたライダーはグレーのシンプルな姿。

 デッキにも契約モンスターを表す紋章も刻まれていない。

 所謂、ブランク体というやつだ。

 そして、このライダーはデッキからカードを引き抜き左腕のドアノッカーのようなバイザーにセットして飾り気のないシンプルな剣を召喚した。

 そして、その剣を構えてモンスターに向かって行って……。

 まずい。

 まずいぞ。

 モンスターと契約したライダーとブランク体のライダーではスペック差がありすぎる。

 ブランク体は並のモンスターにすら敗北するほどなのだ。

 そして、案の定ブランク体のライダーは満身創痍のモンスターにすら押されている。

 このままじゃ、あの人が危ない。

 駆け出して、戦いに割り込む。

 

「下がってください! 今のあなたでは危険です!」

「うるさい! 黙れッ!」

 

 やはり女子の声。

 だが、どこかで聞いたことがあるような……。

 どこで聞いたか……?

 うーん思い出せない。

 思い出せないということはつまり気のせいだろう。

 そんなことを考えていると再びブランク体のライダーはモンスターに挑んで返り討ちにあっている。

 

「くそ……くそ! くそ! くそ!!!」

 

 モンスターに攻撃され、痛むであろう胸を押さえながら覚束ない足取りで校舎の窓ガラスからミラーワールドを出ていった。

 ……なんだったんだろう一体。

 あのモンスターと契約するつもり……ではなさそうだった。

 モンスター選びは大事だけどいつまでもブランク体ではいられないというもの。

 こればかりは運が絡むが、強いモンスターを探していたのだろうか?

 いや、考察はあとにして今はモンスターを倒す。

 邪魔が入ったおかげで少々回復する時間を与えてしまったか。

 だけど、関係ない。

 切り札を使う。

 

【FINAL VENT】

 

 ドラグスラッシャーが現れ、僕の周りを飛び回り共に飛び立つ。

 

「ハアァァッ!!!」

 

 ドラグスラッシャーが放った斬撃を纏った蹴りがヒトデ型モンスターの胸を捉え、キックによる衝撃と斬撃がモンスターを襲う。

 そしてモンスターは貫かれ、切り裂かれる。

 着地した背後でモンスターは爆発し、空にエネルギー体が浮かぶ。  

 それを嬉々とした様子でドラグスラッシャーが捕食したのを見届けてからミラーワールドを後にした。

 さっきのライダーに変身してた人を見付けられるかな。

 近くの窓ガラスから現実世界に戻り、それらしき人物を探そうとすると声をかけられた。

 

「おつかれさま」

 

 いた。

 美也さんだ。

 階段の上からこちらを覗いている。

 

「見てたんだ。手伝ってくれてもよかったのに」

「人の獲物は取らないよ。モンスターにエサを与えるのも大事だしね」

 

 それもそうだ。

 それに、あれくらいの相手なら別に苦にはならない。

 

「見てたのには理由があって……。この学校にはライダーが私を含め三人はいるでしょう?」

「そうだね。僕に美也さんに美玲先輩の少なくとも三人」

「そう、少なくとも三人。もしかしたら他にもいるかもって思って見てたら来たでしょ? 新しいライダー。だからもっといるんじゃないかって思ってね。悪いけど観察してたんだ。もちろん、君に襲いかかるようだったら助太刀してたけど」

 

 なるほど。

 確かにもっといてもおかしくはないだろう。

 今回はたまたま僕とあのブランク体のライダーだっただけでもしかしたらそのうち全員集合なんてことになるかもしれない。

 乱戦は昨夜ので懲り懲りだ。

 

「ところで傷は大丈夫? 昨日の今日なんだからあんまり無理したら駄目だよ」

「うん。ありがとう。傷はそんなに気にならないかな……って、あ。ごめん部活中だから戻るね!」

「そっか。それじゃあ部活終わったらお茶しよ。いろいろ話したいことあるしね」

「いいよ。どこかで暇潰ししてて」

「それなら連絡先交換しようよ。終わったら連絡ちょうだい」

 

 なんてことだ。

 女子の連絡先をもらったぞ。

 なんてまあそんな青春らしい理由ではないから盛り上がらないけど。

 なんだろう、名刺交換的な?

 したことないけど。

 と、まあチャットアプリの連絡先を交換して生徒会室に急いだ。

 鏡華さんと会長に申し訳ないから早く戻ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燐がミラーワールドから戻る数分前。

 ブランク体のライダーがミラーワールドから現実世界へと戻ってきた。人通りの少ない校舎脇。

 ライダーは地面に座り込み変身を解除するとライダーだった人物が明らかとなる。

 生徒会副会長の佐竹日奈子である。

 モンスターからの攻撃を受け、痛む胸を押さえながら肩で呼吸している。

 

「はあ……はあ……クソが……」

 

 全生徒の見本と言われる彼女を知っている人物が見たら思わず耳を疑うだろう言葉を吐く。

 しかし、彼女の本性を知る人物がこの場にはいた。

 

「ほう。なにやら面白いことに巻き込まれているようだな。佐竹副会長」

「なっ!? なんで、お前が……」

 

 木の裏から現れたのは鐵宮武。

 彼は、全てを見ていた。

 

「私は運命に従ったまでだよ。ここに来れば何かあると、ね」

 

 そう言いながら佐竹日奈子に近づき、彼女の首を掴み立ち上がらせた。

 

「ぐあっ……」

「今のが何か教えてくれないか?」

「誰が、お前なんか、に……あああッ!!!」

 

 首を掴む手の力を強める。

 鐵宮は教えてくれないか?と訊ねたが拒否権など与えたつもりはなかった。

 

「答えろ」

「が、あぁぁ!!! ……わ、分かった、教える、教えるから……」

 

 その言葉を聞くと鐵宮は彼女の首から手を離しほくそ笑んだ。

 

「ふむ、いいだろう。素直な人物は嫌いじゃない」

 

 日奈子は内心、お前が好きなのは自分の言うことに従順な奴だろうと思ったが口には出さなかった。

 言えば、なにをされるか分からないからである。

 そして、彼女はライダーのことを全て鐵宮に話したのである。

 新たなライダーの誕生は、もうすぐそこだった。




次回 仮面ライダーツルギ

「敵に手の内見せるわけないでしょ」

「こ、降参!」

「アリスは、どうしても叶えたい願いを持っている人にデッキを渡すんだ」

「戦って、あんたを倒して、他のライダーもみんな倒して願いを叶える」

 願いが、叫びをあげている────


キャラクター原案
撒菱茜/仮面ライダージャグラー 影山鏡也様
鐵宮武 はっぴーでぃすとぴあ様
以前紹介しましたが遂に本格登場となります。


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?ー8 夕陽と宵の間で

近いうちに投稿出来ました。
なんというか自分のペースというやつが分かってきた気がする。
だけどまた予定が入ってきたからまたちょっと遅れるかもです…


「おらぁッ!!!」

 

 蜂の腹を模した格闘武器でシマウマのようなモンスターを殴り、トドメを刺した。

 

「……これで、あれは私のものだ」

 

 モンスターだったものが宙に浮かび、それを私の蜂型モンスター「クインビージョ」が捕食した。

 特に妨害もなく、約束は守るタイプらしい。

 

「さあ、モンスターはいなくなったよ。やろう。それにしても……殴り殺すなんて。ファイナルベント使ってくれてよかったのに」

「はっ。敵に手の内見せるわけないでしょ」

「そりゃそっか」

 

 ちゃっかりしている。

 しかしそういうあいつだって武器である鞭しか使用していない。

 お互いにどんなタイプのデッキかはまだ分からない。

 先に手の内を見せた方が不利になる。

 このモンスターを倒すのにかかった時間は約3分。

 おおよそあと7分ほどがミラーワールドにいられる時間。

 

「そういえばまだ名乗っていなかったね。私はジャグラー。仮面ライダージャグラー。さあ、ショーの幕を開けよう」

「ふざけた奴……」

 

 ジリ、と足がアスファルトの地面を擦る。

 睨みあい、間合を測る。

 リーチは鞭を持つ向こうであろう。

 いや、手がないことはないがこんなところで使うべきではない。

 やはりここは……殴る。

 

「ぜあぁぁぁッ!!!」

 

 一気に駆け出し、奴に向かって拳を突きだし飛びかかる。

 ジャグラーはそれを身体を軽く仰け反らせて避けるが着地して背後に立つジャグラーへ振り向き様に左手で腹を殴りつけるが……。

 

「なに……?」

「ごめんね。私、打撃に強くってさ!」

 

 呆気に取られた隙を突かれ、蹴り飛ばされ地面を転がる。

 しかし即座に立ち上がって再び攻撃を仕掛けようと右腕の武器に奴の白い触手のような鞭が絡みついた。

 

「つーかまえたー」

「チッ……。噛み千切ってやる!」

 

 空いている左手で抜きづらいがカードを引き抜き、腰に差しているバイザーにセットする。

 

「させないよ」

 

 ジャグラーもカードを左胸の装甲に埋め込まれているバイザーにセットする。

 割れた鏡の絵柄のカード。

 あれは……。

 

【GUARD VENT】

 

 空から盾が召喚される。

 しかし……。

 

【CONFINE VENT】

 

 私の左腕に盾が装着させる寸前、盾は消えた。

 

「お次にこれもっと」

 

【COPY VENT】

 

 再びカードを使用したジャグラー。

 あのカードは相手の武装や姿をコピーする能力を有している。

 そして、ジャグラーの右腕に私の武器と同じものが装備された。

 

「それじゃあ……こちらまで来てもらえますかッ!」

 

 ジャグラーは一気に鞭を手繰り寄せ、私は抗うことも出来ず引き寄せられてしまう。

 身動きが取れない私をジャグラーは右腕に装備した私の武器で殴りつける。

 

「どう? 自分の武器で殴られる気分は!」

「……ッ! 舐めるなッ!!!」

 

 鞭が巻き付けられた右腕を振るい、逆にジャグラーを振り回す。

 パワーなら、私の方が上だ。

 

「きゃあッ!!!」

 

 壁に叩きつけられたジャグラーが悲鳴をあげる。

 

「へぇ。意外と女っぽいとこあるじゃん」

 

 ジャグラーをからかい、更に振り回す。

 鞭なんだからさっさと手放せばいいのに。

 こいつ、マジックは出来ても戦いは素人だ。

 そのままジャグラーを壁に押し付けて殴る、殴る、殴る。

 打撃に強いとは言え、こう何発も殴られるのは辛いだろう。

 

「こ、降参! 降参するからちょっとタンマ!」

「降参? あんた、ルール忘れたの? これは殺し合い。どちらかが死ぬまでやるんだよッ!」

 

 トドメを刺すためにバイザーを抜いて切っ先を喉元に向ける。

 こいつを殺して、また私は夢に近付く……。

 

「ちょっと待って! 話を聞いて! あのさ、私達、組まない?」

 

 ジャグラーの奴は命乞いを止めない。

 組む?

 眠たいことを言う。

 

「ついこの間、二人組のライダーと戦った。一人が裏切って仲間を後ろから刺したんだ。で、私は生き残った方を殺した。結局最後に生き残るのは一人なんだ。仲間なんて出来たところで……」

「私は! 願いを叶えることにそこまで興味はない」

 

 なに?

 こんな戦いに参加しておいてなにを言っているんだこいつは。

 

「私の願いは人が驚くところを見ること! メモリア見せてあげるから確認してよ! つまりだね、私のマジックを見て驚く人達を見てればさえ私の願いは叶うんだよ! こんな戦いしなくても!」

 

 確認のために、デッキからカードを抜いてメモリアカードを見るとそこには確かに【Astonishment】

 驚愕を意味する英単語が記されていた。

 

「……願いは本当みたいだね。で、組むとして私のメリットは?」

「メリットならある! 君はパワータイプなデッキみたいだけど私のデッキは相手を妨害して君をサポートすることが出来る! 勝率だってぐんと上がるはずだよ!」

 

 ……なるほど。

 しかし、まあ……。

 

「メリットがあろうとなかろうとお前を殺すのに変わりはない」

「えー! ちょっと、待って! 私、君のためならなんでもするし! あれなら君から条件つけてくれたっていいんだよ!」

 

 条件、条件ねぇ……。

 

「……衣食住。食はきっちり三食。お腹一杯になるまで。私の希望通りのメニューで」

 

 衣と食はなんとかなるだろうが住は学生には難しいだろう。

 遊びで実現不可能な条件を突きつけてみたが、そろそろ殺すか。

 少し、遊び過ぎた。

 

「分かった! その条件ならいいんだね!」

 

 ……は?

 なんだこいつ。

 はったりでもかましてるのか?

 

「メモリアはそのまま持っててくれてていいよ。私が裏切る素振りを見せたら破り棄てて」

 

 数秒間、睨みあう。

 そして私は……。

 剣を下ろした。

 

「ふーん……。そこまで言うなら、少しは信用してあげよっか」

 

 今、こいつは仮面の下でどんな顔をしているだろうか。

 上手くいったしめしめとほくそ笑んでいるだろうか。

 だが、そうは思えなかった。

 こいつの真剣さというか、真面目さというか、そういうものが感じられて……。

 

「よろしくよろしく! さっきも名乗ったけど私は仮面ライダージャグラー。撒菱茜。君は?」

 

 全ての武器を下ろして、こいつは私の手を無理矢理掴んできた。

 まあ、名乗るくらいならいいか……。

 

「……仮面ライダースティンガー。片月、瀬那」

「瀬那だね。よろしく!」

 

 そう言いながら握手した腕をぶんぶんと振り回すジャグラー。

 その、肩が痛くなるからやめてもらいたい。

 

 

 

 

 

 

 

 ミラーワールドから出た私はジャグラー…撒菱に案内されて住宅地を歩いていた。

 

「どうかした? そんな珍しいものじゃないと思うけど」

「いや、別に」

 

 私とは住んでる世界が違うようだった。

 でかくて、綺麗な家がこんなに建ち並ぶようなところに来るなんて今までなかった。

 別に悪いことをしているわけでもないのに、どこか自分が立ち入ってはいけない気がして避けていただけではあるが。

 こいつは、こんなところに住んでいるのかと羨望していると撒菱が「着いた」と言って立ち止まった。

 綺麗。

 それが、まず最初に抱いた感想だった。

 白くて、汚れのない外壁にきちんと手入れされた庭。

 庭木や花などの植物が来訪者を歓迎しているようだった。

 

「ささ、どうぞ中へ。今日からここは君の城でもあるんだから遠慮せずに入って」

 

 そう、言われても……。

 自分なんかが、入っていいのだろうか……。

 こんな綺麗なところに私みたいなのが。

 私みたいな汚れが入って……。

 

「ほうら。早く早く。君が入ってくれないと契約不履行になっちゃうからさ」

「ちょっ……」

 

 撒菱は私の手を引いて、私にこの家の敷居を跨がせた。

 入って、しまった。

 私なんかが。

 呆けていると、撒菱は私の手を引いて玄関を開けて無理矢理中へと入れた。

 そして撒菱は靴を脱いで中へ上がると、振り向き、笑顔でこう言った。

 

「ようこそ撒菱家へ! そしておかえり! 瀬那!」

 

 おかえり。

 その言葉が胸に反響する。

 一体、いつぶりだろうか。おかえりなんて言われたのは。

 ……それよりも、だ。

 

「勝手に名前で呼ぶな……」

 

 

 

 

 

 

 生徒玄関前。

 生徒会長への取材も終え、今日は帰ろう……として思い出した。

 美也さんに誘われているんだった。

 

「御剣君。あの、今日もお時間大丈夫ですか?」

 

 今日もお時間大丈夫ですか?

 この質問にはあなたから時間を奪ってもいいですか?という意味がある。

 ということはつまり、鏡華さんは僕の時間を奪うようなことがしたいというわけで……。

 まさか、放課後デートのお誘い!?

 いやいやないない。

 今日もと言っているということはつまり、ライダー関連のことで色々とお話しませんかということである。

 それも大事なことではあるのだけれど今日は美也さんという先約が入っている。

 流石に先約を優先すべきだろう。

 

「ごめん! 今日はちょっと用事あってさ……」

「そう、ですか。分かりました。では、明日よろしいですか?」

「明日なら大丈夫。それじゃあ、僕はこの辺で」

「はい。お疲れさまでした」

 

 お疲れさまーと返して僕は鏡華さんに背を向け歩き出した。

 ポケットからスマホを取り出して、美也さんに「今、終わりました」と送信。

 するとすぐに既読がついて、「図書室で待ってまーす」と返事が帰ってきた。

 よかった。図書室ならここから近い。

 階段を上がって二階校舎の廊下を東側に向かって真っ直ぐ進んで突き当たりを左に曲がれば、はい到着。

 図書室を見渡すと受付に座る図書委員一人、本を元の棚に返却をしている図書委員に司書の先生。ん? あの図書委員の人は前に美玲先輩から教えてもらった人な気がする。

 名前は確か……神前射澄(かんざきいすみ)さんだったか。本好きで有名で授業以外は大体図書室にいるという別名、図書室の番人。

 

 って、いかんいかん。

 美也さん美也さんっと。

 探して少し歩くと、本棚を挟んだ向こう側の一番奥の席に座ってノートと参考書のようなものを広げていた。

 課題でもやってるのかな?

 とりあえず近付いたけど集中してまったく僕には気付いていない。

 すごい集中力だ。

 いつ気付くか少し試してみよう。

 美也さんの向かいの席に座ってと。

 窓から夕焼けの光が入り、図書室全体がオレンジ色の明るく、だけどどこか寂しさを感じさせる空間となっていた。

 なにやってるのかなと見るとこれは……うへぇ数学だ。

 すらすらと解けて羨ましいなぁ。僕ならすごい時間がかかってしまうのに。

 ……それにしても、あまりにも気付かれなさすぎるとこれは時間の無駄になってしまう。

 そろそろやめよう。

 

「美也さん」

 

 声をかけると美也さんは?という顔を浮かべながら僕の方を見て…というか見つめあった。五秒間ほど。

 

「……うわぁ!? いつからいたの!?」

「少し前から。まったく気付かないからいつ気付くかなぁって思って観察してたけどあんまりにも気付かれないもんだから声かけちゃった。それより、図書室では静かに、だよ」

「あはは……ごめんごめん」

 

 頭を掻きながら謝る美也さん。

 それにしたってさっき「図書室で待ってまーす」と送られてきてから三分くらいしか経たずにやって来たのにあんなに集中するなんてすごい。

 集中するまでのスピードが人の三倍くらいは早いんじゃないだろうか。

 

「えーと、それじゃあここで本題に入ろうか」

「ここで? お茶するんじゃないの?」

 

 テーブルの上に出ているノート達をショルダーバッグにしまった美也さんにそう聞くとひきつった笑顔を浮かべた。

 

「あはは……。そうしようと思ったんだけど、今ちょっと懐が寒くてね……」

 

 なるほど。

 それは問題だ。

 

「あ、君が奢ってくれるなら全然行くけど」 

「奢りません」

 

 ちぇっと美也さんは言うがこちらにも事情はある。

 お金を使わなくて済むならそれでいいのだ。

 

「まあとにかく。ここなら人も少ないし聞かれる心配も無さそうだからいいということにして始めるんだけどさ。君、私と組まない?」

 

 組まない?

 ということはつまり……。

 

「同盟を結ぶってこと?」

「そう。昨日の夜も言ったけど私は戦ってまで叶えたい願いなんてない。寧ろこの戦いの話を聞いた時、止めないとって思った。だから私はアリスの話に乗って戦いを止めるために戦うことにした」

 

 戦いを止めるために戦う……。

 僕と同じことを考えている人がここにいる。

 

「それで、昨日の夜。君と出会って、私と同じような人がいるんだって思えた。だから君と協力出来ればって考えたんだ。この戦い、参加者は多いからね。一人じゃとても厳しい……。けど二人なら。それに私達と同じように考えてくれている人達がいるなら、皆でこんな戦いやめようって出来れば……」

 

 皆でやめれば、必然的に戦いは終わる。

 だけど、それは不可能に近い。

 何故なら……。

 

「アリスは、どうしても叶えたい願いを持っている人にデッキを渡すんだ。だから、戦いを止めようと考えている人は少ない……」

 

 叶えたくても叶えられない願い。

 そんなものを持つ者がライダーになるのだと美玲先輩が言っていた。

 そんな人達が折角与えられたチャンスをみすみす逃すものだろうか?

 答えは否だ。

 叶えたくても叶えられない。

 手を伸ばしても届かない。

 だが、手が届くと言われたら?

 叶えられると言われたらどうする?

 無数の犠牲の果て、骸を積み重ねてでも彼女達は願いを叶えようとする。

 それが、ライダーバトル───。

 

「……私、これでも剣道で神童って呼ばれてたんだよね」

 

 唐突に、美也さんはそう語りだした。

 

「だけど中学で事故にあっちゃってさ、右腕に後遺症が残ってる。たまに痺れる程度だけどね。だけどこんなんじゃ前みたいにちゃんと剣道が出来ない。それで剣道やめたんだ」

 

 神童と呼ばれるほどの彼女が剣道を出来なくなるなんて、それは僕なんかじゃ想像出来ないほど絶望したことだろう。

 だが、彼女は再び剣道をしたいとは願っていない。

 普通なら、そう願ってもおかしくはないはずなのに……。

 

「夏休みに入ってすぐ、昔からの友達。いや、ライバルだった子がね、お前の右腕を治してまた剣道出来るようにしてやるって言い出したんだ。最初は意味が分からなかった。てっきり医者を目指すってことだと思った。だけど……」

 

 もう、その先は読めてしまった。

 

「ライダーだったら分かるよね? あの子はライダーになって私の右腕を治すために戦ったのよ。そして、行方不明になった。ちょっと素行は悪い子だったけど、何日も帰らないなんてことはなかった」

 

 そう話す彼女に、僕はなんて言葉をかければ分からなかった。

 いや、言葉なんてかけない方がいいのかもしれない。

 

「あの子は私のせいで死んだの。だからこれ以上、この戦いで犠牲者は出したくない。死ぬ人も、遺された人も私は出したくない! ……それが、私の戦う理由。願い、かな。……君はどう? 女の子にここまで言わせたんだから君も戦う理由を言わないとダメってやつだよ」

 

 最後は冗談めかして、僕にそう美也さんは問いかけた。

 僕の戦う理由は。 

 理由は……。

 

「戦いを、止めたい」

「うん。そうだとは思ってたけど、そう思った理由は?」

 

 え……?

 戦いを止めたいと思った理由……?

 

「まさかとは思うけど、君、漠然と戦いを止めたいって言ってただけなの?」

「僕、は……」

 

 僕は……。

 どうして、戦っているんだろう。

 あの時、闇の中でデッキを手に取った時。

 僕が願ったのは力。メモリアカードにもそう記されている。

 だけど、その力とは一体なんのための、誰のための力なのか。

 それは僕自身にも分かっていないことで……。

 

「……この戦いにはどうしても叶えたい願いがある人間達が選ばれるって言ったよね。だったらそれを止めようと、邪魔しようとするならそれ相応の覚悟が必要だと思うの。でないと、こちらが折れてしまう。今の君は、いつか折れる。絶対に」

 

 強い瞳だった。

 射ぬかれる。

 いや、刺し貫かれた。

 背筋がゾクリとして。美也さんが怖いとかではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……今日のところは帰るね。話を持ちかけておいてなんだけど、今の君とは一緒に戦えない。それじゃあ……」

 

 ショルダーバッグを肩にかけ、美也さんは図書室を去った。

 一人、取り残された僕。

 窓の外を見ると、夕焼けに青が差している。

 もう、夜になる。

 

「あの、もう閉館時間なんですけど」

 

 放心状態でいると、図書委員。神前射澄さんから声をかけられた。

 

「あ、すいません。すぐ出ますから……」

「君、ライダーなの?」 

 

 え……?

 今、この人はなんて……。

 

「さっき一緒にいた子もライダー。話、ちょろっと聞こえてね。私もライダーなんだけど、昨日なったばかりでまだまだライダーについての知識が足りなくてね。悪いけど……」

 

 そう言いながら彼女は僕にデッキを見せつけてきた。

 こうなれば、後の言葉は決まっている。

 

「私と、戦ってくれない?」

 

 

 

 

 

 校舎を独り歩く。

 正直、悪いことしたなと思うし、自分でもないなと思っている。

 胸の中を黒いモヤモヤとしたものが覆う。

 彼だって巻き込まれた身なんだ。なにもあんなことを言う必要はなかった。

 だというのに、私は……。

 思わず、足が止まった。

 今ならまだ彼も図書室にいるだろう。今からでも戻って彼に謝罪を───。

 瞬間、鉄と鉄がぶつかるような音が耳を貫いた。

 外から聞こえてきたその音を確認しようと窓を覗くとそれはこちらではない。あちら側の戦闘の音だった。

 見れば、彼が変身する白いライダーとはじめて見る青いライダーが戦っていた。

 彼は太刀を振るい、青いライダーは三叉槍を操る。

 そして私は…見惚れたのだ。

 彼の太刀筋に。

 彼の剣戟に。

 否応なしに、美しい───。

 神童と讃えられ、大会でも多くの優勝を勝ち取ってきた私だが、ああはなれない。

 あんなに綺麗な剣を私は知らない。

 だから、か。

 そうだ、彼は綺麗なのだ。

 あの鎧と同じく真っ白なんだ。

 まだ、何色にも染まっていない。

 故に、何色にも染まることが出来る。

 だから彼を……汚してはならない。

 こんな戦いに彼を染めてはならない───!

 デッキをバッグから取り出して、あの戦いに割り込もうとした瞬間、顔見知りの女子生徒が曲がり角から現れた。

 

「あれが見えてるってことは、あなたもライダーってことでいいんでしょう? 影守さん」

「樹さん……」

 

 黒峰樹。

 彼女と私は同じである。

 彼女も事故で、有望視された未来を潰された……。

 

「ライダーってことは、なに? あなたもかつての栄光を取り戻したいってわけ?」

 

「違う……。私は、戦いを止めるために戦う」

 

「は? 戦いを止める? ふざけないで。そんなことしたらアタシの夢が叶わないじゃん」

 

 彼女の夢。

 それは、予想出来る。

 彼女もまた、ライダーの一人として戦うということか……。

 

「あなたが戦うというなら私は止める。だってあなたと私は同じだから」

「はっ! 勝手にそんな風に思わないでくれない? 確かにアタシとあなたは同じ境遇かもしれない。だけど、戦いを止めるなんて綺麗事言って自分の夢から逃げたあんたとアタシは違う!」

 

 ッ!?

 私は、夢から逃げたわけじゃ……。

 

「いいからさ、戦おうよ。止めたいっていうなら止めればいい。戦って。だけどアタシはそうはいかない。戦って、あんたを倒して、他のライダーもみんな倒して願いを叶える」

 

 そして、彼女はデッキを構えた。

 もう、止められない。

 止めるには、戦うしかない。

 互いに窓ガラスに向き合い、デッキを突きだし同時に叫ぶ。

 

「「変身ッ!」」

 

 ミラーワールドに行く前に、彼女を見ると向こうもこちらを見てきた。

 首元には長い黒のマフラー。

 鎧は深緑で軽装。

 騎士らしい風貌のライダーの中にあってこれは異質。

 騎士ではなく、あれは忍だ。

 真正面からは勝負させてはくれないだろう。

 数秒ほど見つめあうと彼女は先にミラーワールドに向かった。

 戦わなければ、ならない。

 もう一度、覚悟を決めて私もミラーワールドへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 私はいま、ここ最近で一番の窮地に陥っていた。

 

「瀬那! いい加減に諦めてッ! お風呂に入らないと流石にまずいって!」

 

 風呂に入れ。というのは分かる。

 ただ、なぜ撒菱の奴は……。

 身体をタオルで巻いているのだろう。

 

「もちろん一緒に入るためだよ。裸の付き合いってやつ?」

「ふざけるな! 誰がお前なんかと……。一人で入らせろ一人で!」

「折角だし一緒に入ろうよ。別に減るもんなんてないし。ほらっ! いい加減諦めて!」

 

 この後、私の抵抗虚しく撒菱の奴と風呂に入ることになってしまった。

 風呂場は広くて二人で入っても余裕があったのだけど撒菱の奴はやけに密着してきた。

 もしかしたら私は、とんでもない奴を仲間にしてしまったのかもしれない……。




次回 仮面ライダーツルギ

「武器は奪った!」

「いいや、帰る」

「麦茶でよかったかしら」

「決まってるだろう。私の聖域を荒らす奴をぶちのめしに行くんだ」

キャラクター原案

神前射澄/仮面ライダーヴァール 坂下千陰様
黒峰樹/仮面ライダー甲賀 ロンギヌス様


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?ー9 歪む、歪む

雷影創牙様からライダークレストの挿し絵いただきました!
重ねてですがありがとうございます!


 戦いを、受け入れてしまった。

 拒否はした。

 だけど、断り続けても無駄だと分かった。

 分かってしまった。

 だから僕は、剣を取ってしまった。

 

「はあぁぁぁぁッ!!!」

 

 灰白色の三叉槍の柄へ刃を滑り込ませ槍を絡めとり、弾く。そして、がら空きとなった胴体へ振り下ろした太刀を回転させて斬り上げる。切り裂かれた胸部装甲から火花は散り、よろめく射澄さんの姿から少なくないダメージを与えたことは間違いない。  

 

「強いね、君」

 

 斬られた胸を押さえながら射澄さんが呟いた。

 

「どうしてそんなに強いの? 私に教えて? 君、武道とかやってそうでもないし喧嘩慣れしてそうでもない。そういうのはライダーとは関係ないのかな?」

「……分かりません、そんなこと。僕だって悩んでいるのに…」

 

 ライダーになってからまだ三日しか経っていない。分からないことだらけなのは僕だって同じだ。

 

「そうか……。じゃあ、もう少し付き合ってもらおうかな」

 

 射澄さんはデッキからカードを引き抜き、槍に装填する。ここに来てはじめてのカード使用。一体どんな効果のカードを使用したのか……。

 油断ならない。

 

【STRIKE VENT】

 

 彼女の契約モンスターの頭部を模したであろうクジラのような籠手が右腕に装備される。あれに殴られたら痛そうだな……。だけどあの手の武器は大振りにならざるを得ない。威力は高いが隙もある。充分に対処可能な武器だ。

 

「……なるほど。この武器はこう使うのか」

 

 一人呟く射澄さん。すると、右腕を引いて腰を落とし構えをとった。

 なんのつもりだ?ここから一気に距離を詰めて殴りかかるつもりなのか?

 そして、僕の予想は外れることとなる。

 

「はぁぁ……ハッ!!!」

 

 深い溜めから勢いよく突き出された右腕。そして籠手から強力な水流が発射された。

 

「ッ!?」

 

 直感でくらったらまずい攻撃だと判断し地面を転げて回避した。

 行き場を失った強烈な水流は校舎の壁に大穴を開けてしまった。

 ……なんて威力。

 当たるのはまずいなんてもんじゃない。

 

「ちょっと威力過剰かな……けど」

 

 次に放たれたのは鏃のような水の塊。

 それが連射される。

 最初の何発かは切り払えたが、止むことのない雨のような攻撃に防御が間に合わなくなる。

 

「ぐあぁぁぁっ!!!」

 

 水の鏃が身体中に着弾し、あちこちから火花が散る。

 思わぬダメージに地面に膝をつくが、この隙にも敵は次の一手を繰り出そうとしている。

 立ち上がって避けようとするが、足に上手く力が入らずよろけてしまう。

 

「もう、終わり」

 

 右腕に込められた最高威力の水流が放たれた。

 ここで、死ぬのか?

 いや、死ねない。

 死んだらダメだ。

 死んでしまっては、()()()()()()()()

 

 だから、立て。

 

 

 立って……。

 

 

 斬れッ!!!

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 身体中に漲る力。

 地面を踏みしめ、裂帛の気合いと共に太刀を振り下ろし、水流を断ち切った。

 二股に分かれた水流がそれぞれ校舎の壁を穿ち、爆発が起こる。

 

「嘘……」

 

 意外と、やれば出来るもんなんだな。

 気合いだー!とかあんまり好きじゃなかったけど、意外と馬鹿に出来ない。

 

「これを攻略されるとあとは手が……。ないなんてことはないけどね」

 

 仮面の下で、ニヤリと笑った射澄さんの顔を幻視した。

 デッキからカードを引き抜く彼女を見て、何が起こってもいいようにと構える。

 射澄さんがバイザーにカードを装填しようとした瞬間。校舎の中から轟音が響いた。

 まさか、校舎の中で戦いが?

 振り返り、校舎を見上げると、火花が飛び散ったのが窓から見えた。

 あそこは……図書室だ。

 

「……なるほど」

 

 射澄さんはそう呟くと、カードをデッキに戻し、僕を素通りして校舎の中へと入っていってしまった。

 

「え、ちょ。どこ行くんですか!?」

「決まってるだろう? 図書室だよ」

 

 図書室ってことは今まさに戦闘が行われている真っ最中のところに行くということ。

 それも、僕との戦いを放棄して。

 

「君との戦いより大事な用が出来た。君との決着は……別にいいか。何故だか、君は殺したくない。何故かね」

「は、はぁ……。それで、大事な用っていうのは……?」

「決まってるだろう。私の図書室(聖域)を荒らす奴をぶちのめしに行くんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 校舎の中を忍者ライダーと追いかけっこを繰り広げる。追いかけっこと言うと可愛げがあるが、実際は私が翻弄されるばかり。

 機動力ではあちらにかなりの分があった。

 狭く、障害物だらけの校舎内で縦横無尽に動き回る「仮面ライダー甲賀」の前に弄ばれる。

 

「待て!」

 

 一直線の廊下を、駆ける。

 深緑の影を追いかけて。

 この先は……図書室。さっき、御剣君と話した……。

 いや、今はそれよりあの樹さんを止めないと……!

 しかし、樹さんとの距離は縮まるどころか離される一方で……。だけど、図書室は入り口はひとつなので袋の鼠。追い詰めたとも言えるだろう。

 ……窓から逃げられるかもしれないけど。

 

 先に図書室に入った樹さんの後を追って、私も図書室のドアを開ける。

 先程から奇襲ばかり仕掛けてくる相手なので、慎重に。全身の神経を集中させて図書室へと入る。

 気配は隠しているのだろう。まるで感じ取れない。

 背の高い本棚の並ぶ図書室は彼女が戦うのにいい場所。

 武器である二振りの小ぶりなチェーンソー「グランリッパー」を構えながらゆっくり、ゆっくりと歩を進める。

 さあ、どこから来る……?

 ここか、ここかと本棚と本棚の合間を覗き見る。

 だが、いない。

 既に図書室から外に出た?

 だけど窓にはしっかりと鍵がかけられている。だから、まだ図書室にいるはず……。

 

 ───一瞬、背後で気配がした。

 

「そこッ!」

 

 振り向くと同時に剣を振るう。

 しかし、切り裂いたのは虚。

 そして、私の背が切り裂かれた。

 

「ぐっ……!」

 

 背中が、熱い。

 散った火花のせい……なんてことはなく。

 ジリジリと斬られた。と言っても直接ではなく、鎧越しにだが。背中には切り傷ではなく打撲傷が出来ているだろう。

 その打撲の熱が、じわじわと体力を奪う。

 

「遅い遅い。剣道で神童って言うもんだから強いもんだと思ってたけど、意外と大したことない?」

「……悪いけど、忍者とは戦ったことなくてね。異種格闘技は畑が違うのよッ!」

 

 深緑の忍者に向かって剣を振るう。

 巨大な手裏剣によって阻まれてしまうが、これがチェーンソーということを忘れてはいないだろうか?

 轟音と共に駆動する鎖の刃。

 この武器は……武器殺しだ。

 

「なっ!?」

 

 砕け散る大型手裏剣。

 先程から何度か打ち合って分かったが、パワーや火力では私の方が勝っている。

 相手は速さに優れるがその分軽く、脆い。

 

「武器は奪った! まだカードがあっても全部砕くッ! ……それでも、まだ戦う?」

 

 この戦いで誰かの命を奪うつもりはない。

 戦いを終わらせるなんて言っても、まだ方法は分からない。

 だからとにかく相手に勝って、戦いを無理矢理止めるしかない。

 だけど……。

 

「……それで勝った気でいるの?」 

 

 彼女がそう呟いた瞬間、私は再び背後から斬りつけられた。

 背後だけじゃない。

 四方から深緑の影が現れ、私を切り裂いていく。

 

「な、に……?」

 

 甲賀の周りに集結する五人の甲賀。

 淡い月光が、六つの影を青白く照らしていた。

 異様。しかし、どこか幻想的な光景。

 しかし、戦いの最中にそんなことを感じるほどの余裕は美也にはなかった。

 

「六対一……だね」

「そうね。けど、分身は弱いって相場が決まってるのよ!」

 

 これ以上、相手に勢いづかせまいとこちらから仕掛けようと駆け出す。

 しかし、私が攻撃するより先に三叉槍が飛来し分身の一体を貫いた。

 新手!?

 

「君達? 私の場所を荒らす輩は」

 

 声に反応して振り向くと、御剣君と戦っていたはずの青いライダーと御剣君がいた。

 ……どうして、戦い合ってた二人がここに?

 

「美也さん」

 

 ちっちゃく手招きする御剣君に従って近付くと、耳貸してと言われたので素直に貸す。

 

「射澄さん、怒ってるから大人しくしといたほうがいいよ」

 

 射澄さんというのは青いライダーのことか。

 それよりなんだ?仲良くなったというのかこの二人は。

 

「あー……なにこれ? いろいろめちゃくちゃなんですけど。いいや、帰る」

 

【CLEAR VENT】

 

「待って!!!」

 

 しかしもう遅い。

 周囲の景色と同化した甲賀の姿はまるでそこに始めからいなかったかのように消えてしまった。

 

「……行ったか。忌々しい輩を倒そうと思ったんだけどね。……片割れの君だけでもやろうか?」

 

 そう言って私を指差す青いライダー。

 だが、その指先から徐々に粒子となりはじめている。

 

「……これは?」

「もうミラーワールドにいられる時間が残り少ないんです。制限時間を越えるとライダーでも消滅してしまいます」

 

 御剣君が説明すると青いライダーは手や身体中の観察を始める。

 

「なるほど。ミラーワールドで消滅したらどうなるかも気になるけど、ここが私の終わりではないよ。死というものを知るのは人生最後の瞬間と決めているからね。で、どうすればいい?」

「普通にミラーワールドから出れば大丈夫です」

「……君は私の先生だね。ライダーっていう項目の」

「いいから早く行きますよ。消滅したいんですか?」

 

 ……なんだか、蚊帳の外にいる気がする。

 それにしても、さっきまで戦っていた相手とあんな風に談笑出来るなんて……。

 やっぱり、この子は……。

 そんなことを考えていると、私の消滅も始まった。

 

 

 

 

 

 夜の学校にいるって、なんだかいけないことをしている気がする。 

 

「ふむふむ。この学校にはそんなにライダーがいるのかい?」

「まあ、今のところ判明しているのはですが……」

 

 夜の校舎で月光を照明代わりに射澄さんにレクチャーする僕。

 現在、聖山高校で確認されているライダーは…。

 

・仮面ライダーツルギ  僕

・仮面ライダーアイズ  美玲先輩

・仮面ライダーグリム  美也さん

・仮面ライダーヴァール 射澄さん

・仮面ライダー甲賀   黒峰樹さん

・未契約のライダー   ???

 

 なんと六人もいるのである。

 全校生徒が千人近いとは言え、こんな特殊な状況下に置かれた人間が六人もこの学校に集まっているのか。

 改めて、状況の整理というのは大事だな。

 

「へぇ、美玲もライダーだったんだ。恐ろしいなぁ」

「射澄さんは美玲先輩と友達なんですか?」

「そうだね。クラスも一緒だしよく話すよ。けど友人というより理解者。というか、同じ穴の狢というか」

「どういう、意味ですか?」

「……私はね、知識を求める。この世で知らないことなんてなくなるぐらいの知識が欲しいんだ。そして美玲は求めるものは違うけど、私と同じようにとても貪欲にある物を欲しているんだよ。それが、なにかは分からないけどね」

 

 美玲先輩が、求めるもの……。

 それはきっとこのライダーバトルに賭ける願いと関係あるはず。

 

「……今の口ぶりだと、神前先輩の願いは知識ってことですか?」

 

 これまで黙って座っていた美也さんが口を開いた。

 確かに今の口ぶりだと射澄さんの願いは知識という風に予想が出来る。

 

「そう。私の願いは全知。全てを知ることだよ」

 

 そう言って、デッキから取り出したメモリアカードを見せる射澄さん。

 カードに書かれていたのは【OMNISIENCE】

 聞き慣れない単語である。

 スマホの翻訳アプリで調べたら射澄さんの言う通り、【全知】と出た。

 

「全てを知るには人間の寿命では足りないからね。いっそのこと勝って全てを得ようとした。……だけどね、私は知識そのものより知識を得たってことの方に快感を覚える質でね。そんな一辺に知識を得たらその後の楽しみがないだろう?まあ、夢だと思ったから馬鹿馬鹿しいことを願ったというのもあるけど……」

「……えーと、つまり?」

「つまり、戦って願いを叶える気はないってこと」

 

 つまり、積極的に戦う気はないということか……。

 

「嘘だ! さっき僕を殺す気満々だったくせに!」

「あれは始めての戦いでアドレナリンがドバドバ出ていたからね。あぁ、ものすごく興奮したよ……」

 

 ……あれ。

 この人もしかして、ものすごく変態なんじゃないだろうか。

 

「この学校変な人多いからねー」

「うん。そうだね……」

「とにかく、私は積極的に戦いはしないということだ。願いを叶えるということにもそこまで興味ないしね。いや、どうやって願いを叶えるのか、そもそも願いは叶うのかという方法や結果は気になるところだけど……」

「はいはい! とにかく、ここの三人は争わないっていう条約を結びましょう!」

 

 この人に喋らせるのはいけないと本能が叫び、言葉を遮って無理矢理そういうことにした。  

 とにかく戦いません。

 モンスターを倒すことや他のライダーに襲われたら協力するということを約束して今日は帰ることに…。

 

「あ、待ちたまえ燐君」

「はい?」

 

 帰ろうとしたら射澄さんに呼び止められた。

 振り向くと……顔近っ!

 

「な、なんですか……?」

「いや、少し近視だからね。近くに寄らないとちゃんとそれを見ることが出来なくて……。よし、覚えた。君の顔は覚えたよ。それと……」

 

 今度は僕の横に立った射澄さん。

 スマホを取り出してカメラを起動させて……。

 ?

 

「はい、チーズ」

 

 ……自撮りに巻き込まれてしまった。

 困惑のあまり動けなかったぞ。

 

「よし、これで記録も完了っと。あとはこれを美玲に送れば……」

 

 送る……。

 美玲先輩に……。

 

「ちょっと待ってください。なんで美玲先輩に送るんですか!?」

「いや、今日は美玲休みだったからね。体調不良ということだったけど……。だから元気になるようにこの写真を送るのさ」

「どうしてそれを送れば元気になるんですか!? そんなの送ったら……送ったら……」

 

 あれ。

 どうして、僕はこんなに焦っているのだろう?

 別に疚しいことではないはずなのに。

 まるで射澄さんと浮気したみたいに見られるのが嫌だからというのもあるけど、そもそも僕は美玲先輩と付き合ってるわけじゃないから僕が何しようと関係はないはずなのに……。

 なのに、どうして。

 

「……そういえば、美玲にプリント渡しに行くよう頼まれてたんだけど、君が行く?」

「……行きます」

 

 お見舞いついでに。

 恐らくは、昨日の負傷のせいだろう。

 大事ないといいけど……。

 射澄さんからプリントを受け取って、自分のファイルにしまう。

 

「私も行っていい?」

「美也さんも?」

「うん。昨日の夜の人だよね? 少し、気になって……え、ちょ! 射澄さん引っ張らないでください! 襟が伸びちゃいます!」

 

 ……何故か、射澄さんに引っ張られて美也さんは教室から退場してしまった。

 とりあえず、行くか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒い騎士が、かつて騎士だったものの影を切り裂いた。

 真っ黒な泥が地面を濡らし、黒いツルギはその泥に向かって太刀を突き立てる。そして泥は霧散して跡形もなく消滅した。

 

「丸一日も戦いに付き合う羽目になるなんて……。相変わらず、強いですね。いえ、強くなった。と言うべきでしょうか? 毎度毎度、飽きずに私に挑んできて……もしかして、私のファンだったりします?」

 

 挑発気味に語るアリス。

 しかし、黒いツルギはなにも語らない。

 語る必要はないとでも言いたげに。

 

「……どうして、そんなになっちゃったんでしょうね。原因は私にもありますが、あなたがそんな風になるなんて、私見たくなかったなぁ」

 

 なおも挑発気にアリスは語る。

 やはり黒いツルギはお構い無しと言った風で…アリスを切り裂いた。

 切り裂かれたはずのアリスは鏡となって、その欠片が地面に散らばる。

 

「ふふ……ふふふ。どれだけやっても私には勝てない。この世界の核たる鏡を持つ私を殺すことなんて出来ません。何度やっても、無駄なんです。ふふふ……あはは……!」

 

 虚空に、アリスの声が響く。

 黒いツルギを嘲笑う声が。

 

「……何度やっても無駄。果たして、そうかな?」

 

 黒いツルギが口を開いた。

 自身を嘲笑うアリスを嘲笑うような声音で。

 黒いツルギは血を払うように太刀を振るって、この場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨夜の負傷はだいぶ良くなった。

 思っていたよりも軽傷だったらしい。

 だけど、学校に行くのには少し億劫で休んでしまった。

 まあ、私だって学校ぐらい休むことはあるから今更罪悪感なんて沸かないが。

 

 まるで生活感のない無機質な自室のベッドに寝転ぶ。

 ……今日は、燐に会わなかったのか。

 明日は、学校へ行こう。

 そう決意すると傍らに放っておいたスマホが震えた。通知を見るとチャットアプリで相手は射澄。連絡先の交換はしていたけれど、こうしてアプリで話すことはこれまでなかったので少々驚いている。

 何の用かとスマホを開くと、画面には驚愕の写真が載せられていた。

 燐と射澄の、ツーショット写真……。  

 そして次々とメッセージが送信されて……。

 

『愛しの後輩君と写真を撮ったよ』

 

『夜の校舎で男女が二人……』

 

『なにも起こらないはずが……』

 

 射澄……!

 怒りからスマホを握り潰してしまいそうになるが、そんな握力はないのでスマホは無事だ。

 

『まあ、なにも起きてないから安心して』

 

 …。

 ……。

 それにしても射澄はどうやって燐とこんな写真を撮るに至ったのか。

 図書委員に取材に行ったとかだろうか。

 それにしても射澄が取材に応じるとは思えないが……。大体、そういうのは他の人に回すタイプの人間だ。

 ……燐とツーショット写真。

 私だって、撮っていないというのに……。

 胸の奥が締め付けられる。

 寂しさに襲われて、ひどく、冷たい……。

 欲しければ、求めればいいだけ。

 だけど、勇気がない。

 私は臆病なのだ。

 もし、告白したとして、この時間軸ではフラれてしまうんじゃないかと思ってしまう。

 だから私から直接、燐を求めるようなことは…出来ない。

 そんな自分を嫌悪しているとインターホンが鳴った。

 こんな時間に……誰だろうか。

 お父さんなら、鍵を持っているから鳴らすなんてことはない。

 とりあえずリビングに行って、インターホン越しに来客の対応をする。

 

「はい」

 

 こういう時、モニター付きならいいのにと思う。

 相手の顔が見えないのは色々と不安になるからだ。

 こんな時間に誰だという苛立ちを含んだ声が思わず出てしまったが仕方ない。

 こんな時間に来るほうが悪い。

 しかし、来客は私の想定外の人物だった。

 

「あ、美玲先輩ですか? 僕です。燐です。プリント持っていくように頼まれてきたんですが……」

「な……!?」

 

 なんで!どうして!といった言葉が脳内を埋め尽くすがすぐに合点がいった。

 先程の射澄のメッセージはそういうことか……!

 それより今は燐の対応だ。

 部屋は別に汚くはない。

 むしろ物が少なすぎて生活感を感じられないほどだ。

 しかし問題は……私の格好である。

 とても、燐の前に出ることは出来ないのだ。

 

「……少し、待ってなさい」

「分かりました」

 

 さて……。

 自室に戻って衣装ケースを開ける。

 部屋着姿は恥ずかしい。

 しかし、出迎えた時に明らかにずっと家にいた人とは思えない着飾った格好も不自然だ。

 燐は特に、そういうところに気が付くタイプだ。

 故にいかに自然な、燐に見られても恥ずかしくないコーディネートをしなくてはいけない。

 あれでもない、これでもないと選んで……気付いた。

 まずは、ブラをつけなくてはいけない。

 

 

 

 

 

 

 美玲先輩を待つこと数分。

 まあ、恐らく急な来客ということで色々と準備しているのだろう。

 妹を見ているのでそう推測される。

 妹には彼氏がいるのだ。

 母さんは知っているが父さんには教えていない。

 母さんが、「お父さんが寂しがるから」ということで隠しているのだが、勘のいい父さんが気付かないはずもなく……。

 

 とまあこの話は置いといて、美香の彼氏君だがわりと唐突に我が家を訪れる。

 父さんのいない時間帯なので二人が出会したことはないが、彼氏君が急に襲来すると美香は焦る。

 それはもう焦る。

 美香はあまり整理整頓が得意ではないのでよく部屋が散らかるのである。

 それを片付けるのに焦る。

 しかし……。

 美玲先輩の家はとてもよく綺麗に整頓されていた。

 それこそ、生活感を感じさせないほどに。

 お父さんが多忙なため家事をするのは美玲先輩だと思われる。それなら片付ける必要もなく僕がこうして外で待つことなんて必要ないのだ。

 なので恐らくこう考える。

 美香が焦るのは散らかった部屋の片付けと……服装である。部屋着は恥ずかしいとファッションショーが始まる。その間待たされる彼氏君の相手をリビングで僕がするのだ。

 その彼氏君がこれまたいい人で……。

 彼氏君の人物評はさておき、というわけで恐らく美玲先輩が僕を待たせる理由は着替え。なんて、探偵ごっこをしながら待つ。

 まあ美玲先輩は部屋着もちゃんとしてそうだし多分、お風呂上がりとかそういう理由だろう。

 そんな感じで待っていたらようやく家のドアが開いた。

 

「待たせたわね。上がって。お茶でもいれるわ」

「いえ、プリントを渡しに来ただけなので……」

「いいから、上がって」

「……はい」

 

 何故か凄まれてしまったので大人しく従う。

 歯向かったら、どうなるか分からないからである。

 

 

 

 通されたのは昨日と同じ部屋で……。

 そういえば、この部屋はベッドと机がある。

 まさか、ここは…美玲先輩の部屋なんてことはないだろうか。

 昨日は負傷とか色々あってそこまで考えを巡らすことが出来なかった。

 

「麦茶でよかったかしら」

「あ、はい。すいません、いただきます」

 

 ぐっと飲むと、あー、沁みる。

 まだ残暑が残るので冷たいドリンクはありがたい。

 

「来るなら、連絡してくれればよかったのに」

「あ、あはは……。僕も着く直前に気付いたもので……」

 

 僕も美香の彼氏君とそう変わらないらしい。

 反省反省っと……。

 

「ところで、身体は大丈夫ですか?」

「ええ。一日休んだら良くなったわ。明日は学校行くから。……心配してくれて、ありがとう」

 そう言って微笑む美玲先輩に照れていると、急に声音が変わって、「ところで、これはなに?」とスマホを見せてきて……。

 ッ!?

 射澄さんめ!美玲先輩にやっぱり送ったな!

 

「で、これはなんなの」

「えーっと、それはですね……」

 

 簡単に説明する。

 射澄さんがライダーということ、戦ったこと、積極的に戦うつもりはないらしいということ。

 

「なるほど。まさか、射澄までライダーになってたなんて。あと、勝手に私がライダーだと教えるのは今後は駄目よ」

「……はい。すいませんでした……」

 

 美玲先輩に今日あったことを報告。

 そして叱られる。

 本当に、申し訳ありませんでした……。

 

「で、これはなんなの」

 

 再びスマホの画面を突き付ける美玲先輩。

 それは、その……。

 

「射澄さんが急に撮ってきたんです! ほら、僕の顔驚いてるでしょう?」

「……言われてみれば、確かに。まあ、射澄の冗談でしょう」

 

 言い終わると、美玲先輩は何かを伝えたげに僕を見つめてきて……。 

 

「な、なんですか……?」

 

 訊ねると、かなり分かりにくいがむっとした表情に。

 なんだなんだ……?

 うーむ。

 うん、まあ、その……。

 

「美玲先輩が、思ってるようなことじゃありません。射澄さんとは今日はじめて関わったんですから……」

 

「……ええ。信じてるわ」

 

 なんだこれ。

 浮気を疑われて、自身の身の潔白を証明するような……。

 だけど美玲先輩には信じてほしいという自分がいて……。

 

「……って」

「え?」

 

 今にも消え入りそうな声で美玲先輩が何か呟いた。

 思わず聞き返すと、少しの間を置いて、美玲先輩は口を開いた。

 

「……撮って」

 

 とってというのは……えーっと。

 

「撮影の方よ」

「えっと、なにを撮ればいいんですか……?」

「……ツーショット」

「え…えーっと、ツーショットっていうのは……」

「……もう、自棄よ」

 

 そう言った美玲先輩は僕に密着してきてスマホを構えて……。

 心臓が跳ねる。

 身体の熱が燃え上がる。

 そして、それは美玲先輩も一緒のようで……。

 二人の心臓が、共鳴する。

 自分がこんなに高鳴っていることを知られたくなくて、あくまでも僕は平静を装った。

 

「あの、美玲先輩……。撮らないん、ですか…?」

「……撮る、わよ」

 

 パシャリ、とシャッター音が静かな部屋に響いた。

 これで、美玲先輩とこうする理由もなくなったのであとは自然と離れることに……ならなかった。

 美玲先輩が僕に抱きついてきて……。

 

「もう少し、もう少しだけ、このままでいさせて……」

 

 美玲、先輩……。

 美玲先輩の熱がさっきよりも伝わる。

 僕は……美玲先輩のことが……。

 その気持ちに気付いた瞬間、僕は美玲先輩を抱き締めて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いけませんよ燐君、美玲ちゃん。本当に、いけません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【TIME VENT】

 

 また、時が捻れる───。

 

 ?+1ー10へ……。




次回 仮面ライダーツルギ

「……女装?」

「美玲。クラスの代表として、男装してね」

「世界を、壊す……」

「私は、一目で恋に堕ちてしまったんだ。御剣燐という少女にッ!」

 願いが、叫びをあげている────


解説

美玲先輩が恋してることは知ってた射澄さん。
知らないと言ったのは燐という正に美玲先輩の意中の人物がいたため。
さっさとくっつけばいいのにということであえて挑発するようなことを。
燐が学校から美玲先輩の家に着く時間を計算し、到着する少し前にツーショット写真投下、からの不安にさせといて本命をぶつけるというSSR恋のキューピッドな射澄さん。
しかし、相手が悪かった……。


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?+1ー10 浮上した男

舞台設定、早速たくさんの応募ありがとうございます。


 知ってる?

 鏡の中には、こことは違う世界があるの。

 全てが逆さまで、いつも音が響いて、それ以外はとっても静かな世界。

 まるで、全てが静止したような……。

 死の世界。

 それが、私のいる世界。

 そしてこの世界に入る方法は数千回に一回、鏡が割れた瞬間。

 扉が開く。

 そして、そのとても低い確率を当てて、彼は私の前に現れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 ライダーになって四日目。

 まだ四日しか経っていないのかという思いを胸に通学路を歩く。

 学校までは徒歩15分。

 基本的に一人で通学しているのだが、今日は違った。

 大通りの交差点で美玲先輩と出会ったのである。

 

「おはようございます。怪我は大丈夫ですか?」

「おはよう。怪我ならもう平気よ。昨日はプリントをありがとう」

 

 昨日はプリントを美玲先輩に届けに行ったのである。そこで何かあったような気もするが……なにも起きてはいない。思春期が盛り上がるような話題のことなんてなにも起こらなかったのである。

 

「おっす燐! 咲洲先輩もおはようございます!」

 

 背後から急に肩を組んできたのは友人の勝村。

 相変わらず元気、快活だなぁ。

 

「そういや燐。今日も女装……」

「ばっ! その話は極秘だろ!」

 

 勝村の口を塞ぐ。

 この話は極秘ということになっているし美玲先輩に僕が女装していることを知られたくはない。

 

「……女装?」

「あ、あー! んんっ! 美玲先輩は昨日休んだから知りませんよね! 実は文化祭で男装女装コンテストっていうイベントが行われることが決まったんですよ」

「ふぅん……そう。で、燐が女装するの?」

 

 思わず、ずっこけた。

 なんでこの人は分かってしまったのだろうか。

 しかし……。

 

「ぼ、僕なわけないじゃないですか……。女装なんてしても、ねぇ?」

 

「そ、そうそう! それにほら、うちのクラス、男の娘枠はもういるんでそいつになるんじゃないすかね? ははは……」

 

「そう? 化粧とかすればいけそうな顔してるけど」

 

 乃愛さんと同じことを言われた……。

 

「まあ、違うと言うなら違うということにしておきましょう」

 

 ……絶対に、信じてない。

 信じてないぞ、あの顔は。

 とっても分かりにくいけれど、信じてないって顔をしている。

 女装姿、楽しみね。みたいなものも含んだ顔をしているぞ!

 ……なんて会話をしながら歩いていたらもう学校に着いてしまった。時が過ぎるのは早いものだ。

 昇降口で美玲先輩と別れて勝村と一緒に自分達の教室へ。

 さて、今日も一日がんばるぞ。

 

 

 

 

 

 

 教室に入ると、射澄が早速話しかけてきたのだが……。なにやら、意味ありげな笑みを浮かべている。

 嫌な予感しかしない。

 

「おはよう美玲。体調はどうかな?」

「……問題ないわ。それより、本題に入ったらどう?」

「ふふ、君のそういうところは好きだよ。実は文化祭で男装女装コンテストが開催されることになったんだけど……」

 

 私の思っていた本題と違った。

 しかしなにやら重要そうな話なので聞くことにする。

 

「さっき聞いたわ。それがなに?」

「美玲。クラスの代表として、男装してね」

「……は?」

 

 脳が、理解を拒んだ。

 

「だから、美玲が2ーDの男装代表だって言ってるんだよ」

「なんで」

「美玲は美人系だし背も高いからいいだろうと言ったらクラスのみんなが、じゃあそれで! となったんだよ。クラスの総意だよ、美玲。昨日休んだ自身を呪うんだね」

 

 ……射澄!

 いや、クラスの奴等め。

 個人の意思を尊重しないというのか、民主主義はどこへいった。

 

「まあ、美玲が昨日休まずに来ていたとしてもこうなっていたと思うけどね。ところで、制服はどうする?」

「制服?」

「だから、男装用の制服だよ。誰かに借りなきゃいけないんだけど……」

 

 そこで言葉を区切った射澄は私の耳に口を寄せた。

 

「愛しの後輩君から借りるかい?」

「ばっ!? そんなこと出来るわけないでしょう!?」

 

 思わず大声を出してしまい、周囲の視線を集めてしまった。

 だけど燐から制服を借りるなんて……。

 

「あ、美玲ちゃ~ん。おはよ~。男装、頑張ってね~」

 

 ……文化祭実行委員の花島さんがいつも通りのゆるさでそう話しかけてきた。

 出るとは一言も言っていないのに……。

 というか欠席していた人物にやらせればいいみたいなことにならないように話し合いを進行するのが彼女の仕事のはずなのに、流されていないだろうか。

 

「ここだけの話なんだけど、このコンテストは総合と男装、女装でそれぞれ一位を決めるらしい。それで男装、女装で一位になった同士でランウェイを歩くなんてこともする予定だそうだよ」

「そこら辺の女装した男と一緒に歩く趣味はないわ」

 

 まあ、そうだろうねと射澄は肩を竦める。

 さて、私がやりたくないと声を上げればきっと現状を打破出来るはず。流石に本人の知らないところで決められたものなのでもう一回決め直そうという展開に持っていくことは容易い。

 まずは文化祭実行委員の花島さんに話を……。

 

「美玲ちゃ~ん。お客さ~ん」

 

 花島さんに話しかけようと思ったら逆に話しかけられた。

 私にお客さん?

 教室の扉の前にいる花島さんの元へ行くと、廊下に立っていたのは金髪で、左目を前髪で隠すようにしている彼女は……北津喜。

 テニス部のエースが私に何の用だというのか。

 

「すまないね呼び出して。少し内密に話がしたいから来てくれないか?」

「……何の用?」

 

 私には、彼女から呼び出される理由が分からなかった。

 新聞部の活動で去年、取材したことがあった程度の仲である彼女が内密に話したいこと……。

 まさか、彼女もライダー?

 

「……新聞部のことで、少々」

 

 新聞部?

 思わず拍子抜けしてしまった。

 勝手に警戒したこちらが悪いのだが、それにしても本当に用件が分からない。

 ……取り敢えず、彼女に着いていくしかないようだ。

 

 

 

 

 彼女について歩いていくとやって来たのは屋上……。

 確か立ち入り禁止のはずなのだけど、構わず北さんは屋上へと侵入した。

 しょうがないので私も朝から校則を破ることにする。

 少々、夏の日差しを残した太陽光が眩しい。

 あまり長居はしたくない場所だ。

 

「それで、新聞部のことで用って言うのは?」

 

 単刀直入に聞き出す。

 朝のHRの時間だってあるのだから手っ取り早く終わらせたい。

 

「ああ……。実は昨日、新聞部の子と出会ったのだが……雷に打たれたとは正にこのことを言うのだろう。私は、一目で恋に堕ちてしまったんだ。御剣燐という少女にッ!」

「……は?」

 

 は?

 駄目だ、今朝は私の脳が理解を拒むような情報が多すぎる。

 一日学校を休んだくらいでこんなにも目まぐるしく状況や環境というものは変わるだろうか?

 とりあえず、落ち着け。

 冷静に状況を整理しよう。

 

・北さんは昨日、燐に出会った。

・そして一目惚れした。

・御剣燐という少女に。

 

 ……少女?

 いや、確かに中性的な顔付きだけど少女と見間違うほどじゃない。

 まだあどけないというか幼いというか、男の子といったような顔をしている。

 それが燐である。

 取り敢えず、推測してみる。

 

・北さんが出会ったのは燐ではないという可能性。

 例えば、燐の名を騙る女子生徒がいた。

 しかし、動機が分からないのでこれは無さそう。

 仮にこの学校に「ミツルギ リン」という女子生徒がいたとしても新聞部の「ミツルギ リン」は燐一人なのでこれもない。

 というわけで次の可能性。

 

・北さんが出会ったのは燐本人であるという可能性。

 前述した通り、燐はまだ男らしいというほどの顔付きや身体付きはしていない。このことで北さんが誤解してしまったということもあるかもしれない。しかし、基本的に制服で過ごすのだから制服で男子だと一発で分かるはず……。

 いや、まて。

 燐が男子の制服ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 普段ならそんなことは絶対にありえないだろうが、それを可能とする事がある。

 それは、男装女装コンテスト。

 恐らく燐は1ーAの代表として女装するのだろう。

 女装すると決まって、試しに女子の制服を着させられていたらどうだろうか。

 女装した状態で、燐は北さんと接触してしまった。

 そして、北さんは女装した燐に一目惚れして……ん?ということは北さんはそっちの人なのか……。いや、今はそれはいい。

 他人の趣味嗜好には口を出さないことにしているのだ。

 話が逸れたが、これが一番あり得る線だ。

 

「……その子、容姿はどんな感じだったかしら?」

「長く、艶のある綺麗な黒髪で目はぱっちりとしていて、あの目で見られたら……お、思い出しただけで胸が苦しい……」

 

 長くて綺麗な黒髪……。

 恐らく、ウィッグを被っていたのだろう。

 あとメイクもしていたかもしれない。

 それなら北さんを一目惚れさせるほどの美少女が出来上がるかもしれない。

 ……それにしても、そんなに可愛いのか。燐の女装は。

 この時、さっきの射澄の言っていたことを思い出した。

 男装、女装それぞれの一位がランウェイを歩く……。

 北さんを一目惚れさせるほどの女装をする燐ならもしかしたら女装部門で優勝するかもしれない。

 そうだと、したら……。

 

「お願いだ咲洲さん! 私にあの子を紹介してくれないだろうかッ!!!」

 

 私にすがり付く北さん。

 そこまでなのか……。

 もし、燐が優勝したらどこぞの誰とも知らない男装した女子生徒と一緒にランウェイを歩いて……。

 

「あの二人お似合いじゃない?」

「相性良さそう」

「ユー達、もう付き合っちゃいなよ」

 

 みたいな妙な雰囲気が場内を包んで、意識しあった二人はそのまま……。

 こんなことが、許されてたまるものか。

 燐は、私のものだ。

 燐の隣は、私の場所だ。

 だから……。

 

「ごめんなさい。それは出来ないわ」

「……どうしてだい?」

「あの子は、私のものよ」

 

 きっぱりと、言い放った。

 燐は渡さないという確固たる意志を私は彼女に示した。

 

「……そう、か」

 

 恋はここで破れてしまったという表情をする北さん。

 この失恋を糧に強くなってほしい……などと勝者の余裕に耽っていると、北さんは驚くようなことを言い出した。

 

「つまり君は私の同志、ということかな?」

「は?」

 

 今日、何度目か分からない「は?」が出た。

 この人は一体何を言っているのだろう……。

 

「やはり燐ちゃんの魅力は私だけに留まらず、氷の女の異名を持つ君までも夢中にさせていたとは! あぁ……独占しようとするなんて間違っている! 燐ちゃんの魅力はもっと学校に、いや世間に、いや世界に知らしめなければならないッ! というわけで燐ちゃんファンクラブの同士としてこれからよろしくッ! それじゃあ、HRの時間だから失礼するよ!」

「え、ちょ、えぇ……」

 

 ……まるで、嵐のようだ。

 そして、人の話を聞かないタイプ。

 私の苦手なタイプである。

 ひとまず、彼女のことは置いて……私はあることを決意した。

 

 

 

「あ、美玲ちゃん。北さんとのお話どうだった?」

「えぇ、少しね。それより、男装の話なんだけれど……」

「うん? あ、やっぱり勝手に決められて嫌だよね。もう一回話し合お……」

「いえ、そうじゃないの」

「? どうかしたの?」

「私が出るわ。そして、2ーD(男装のみ)を優勝させる」

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み。

 お弁当を早めに食べて、片付ける。

 そして、教室から出ようとして呼び止められる。

 

「美也~。どこ行くの~?」

「図書室!」

 

 そう、ゆっくり友達と話ながら食べたいお弁当を頑張って早食いして向かう先は図書室。

 まだ昼休みが始まってそんなに経っていないので図書室には生徒の姿は少ない。

 しかし、そんな図書室に目当ての人物はいた。

 図書室の番人こと、神前射澄さんである。

 その異名の通り、今も読書の真っ最中。

 本人にとって楽しい読書の時間を邪魔するようだけど、話しかける。

 

「こんにちは、先輩」

「……お団子君か。何の用?」

 

 お団子君って……。

 多分、髪型でつけたあだ名だな?

 まあいいや。

 この人は変人だから変なあだ名をつけるのだろう。

 それよりも本題だ本題。

 

「いえ、折角同盟を結んだので何かあった時に協力し合えるように図書室にいようかと思いまして」

「なるほど、確かにいい考えかもね。取り敢えず、そこ座ったら」

 

 座るように促されたので、隣に座る。

 何を読んでいるのか気になったけれど、射澄さんは本を閉じてしまい内容は分からなかった。

 

「それで、それだけじゃないでしょ? ここに来た理由は」

「……はい」

 

 流石、頭がいい人は察しもいい。

 自分から話題を切り出すよりは精神的にも楽なので甘えることにする。

 

「あの、私。この戦いを止めたいと思ってるんです」

「うん。それで?」

「それで、その……協力してもらえないかなって」

 

 私の言葉を聞くと、射澄さんは低く唸った。

 そして、少しの間を置いて口を開いた。

 

「協力っていうと、どう協力したらいいのかな?」

「それは……一緒に戦いはやめましょうって他の人を説得したりとか……」

「なるほど、つまりは『戦いを止めよう党、影守美也。影守美也でございます。みなさん、戦いはやめましょう』……みたいに君のウグイス嬢にでもなればいいのかい?」

「そうじゃ……そうじゃ、ないですけど……」

 

 あながち、間違ってもいなかった。

 とにかく言葉で説得しようというやり方なら、選挙カーのウグイス嬢と似たようなものだろう。

 

「君は、どうやって戦いを止める気?」

「それは、相手は同じ人間なんですから話せばきっと分かると思うんです。だから説得して……」

「それで果たして応じるかな?」

 

 ……それは、困難だろう。

 だけど、戦うよりはいいはずだ。

 

「私が思うに、一番手っ取り早い方法は他のライダーを倒して君が最後の一人になること。そうすれば戦いは終わるよ」

 

 茶化したような言い方で、射澄さんは言った。

 

「それじゃあ意味がありません! 第一それは戦いを止めるじゃなくて戦いを終わらせるって言うんです!」

「図書室ではお静かに。……誰が聞いているとも分からないからね。もちろん今のは冗談のつもりで言ったんだけど、戦いを止める方法はまだあるよ」

 

 今度は真面目な声音だった。

 顔も真剣そうで、信用出来そうだった。

 

「よく、子供が親からゲームを終わらせるように言うけど、なかなか子供はゲームを終わらせないなんてことあるよね?」

「まあ、そうですね。よく聞く話だとは思いますけど……それがどうしたっていうんですか?」

「それでだ、言い付けを守らずゲームをする子供に対して親はどうすると思う?」

「叱ると思います」

「うんうん叱るだろうね。……それでも止めなかったら?」

 

 それでも止めなかったら……。

 うーん……。

 正直な話、ゲームをしてこなかったので分からない。

 これまで剣道一筋だったし、ゲームで怒られるという経験がない。

 それを読み取ったのか射澄さんは結論を話し始めた。

 

「それでもゲームを止めなかったらね、親はゲームの電源を抜くという暴挙に出るんだ。そうすれば、ゲームは強制終了だろう?」

 

 なるほど。

 強制的にゲームを終わらせるのか……。

 

「ともすればだよ。君がやるべきはライダーバトルというゲームを止めない子供を叱るのではなく、強制的にライダーバトルそのものを終わらせるということ。つまり、この場合でいうゲーム機……ミラーワールドそのものを閉じること。だと私は思うよ」

 

 ……目から鱗とはこのことかと理解した。

 私にはミラーワールドそのものをどうにかしようという考えがなかった。

 だけど、どうすればミラーワールドを閉じるなんてことが出来るのだろう?

 

「まあ、ミラーワールド。鏡の世界なんて大層なものだ、閉じるとかじゃなく、最早世界を壊すって考えた方がいいかもね」

「世界を、壊す……」

「ライダーバトルなんかに参加するくらいだ。大半の連中がこのゲームにすがっていると見ていいだろう。そんなところにゲームそのものを強制終了させる。なんて知られたらライダー総出で襲いかかってくるかもしれないね。……それでも、やるかい?」

 

 射澄さんは私を試した。

 大多数を敵に回してでも、自分のやるべきことを貫けるのかと。

 

「やります。私はこれ以上……この戦いで失くなる命を出したくないんです」

 

 射澄さんを真っ直ぐ見つめて言った。

 これ以上、彼女のような犠牲を出したくない。

 死んだら、誰かが悲しむ。

 私は、誰も悲しませたくない。

 

「本気だね。私も、ミラーワールドというものに興味があった。あんな異界がどうして存在するのか? あれはなんなのか? 興味は尽きない……。私の知り合いにその手のオカルトに詳しい人物がいる。放課後、会いに行ってみる?」

 

 早速、話が動いてしまった。

 そのことがすごく嬉しくて、私は感情が込み上げてきて……。

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

 場所も憚らず、大きな声を出してしまった。

 場所も憚らず。

 

「ふふ、元気だね。それはそうとして……図書室では、お静かに」

 

 ……私は、顔が熱くなった。

 

 

 

 

 

 今日も女装特訓を終えて、部活で図書委員への取材を敢行。射澄さんがいるかなと思ったけれど珍しく帰ったらしい。

 取材自体は図書委員長に行ってつつがなく終了した。

 そして昨日約束した通り、鏡華さんの家でライダーのことについて話し合う。

 美玲先輩は用事があるらしく来なかった。

 射澄さんと美也さんもなにやら用事があるとか。

 というわけで二人きりなのだが、別に変なことはない。話す内容もライダーのことについて。

 特に……黒ツルギのことである。

 

「黒ツルギは強いんですよね。燐君よりも……」

「うん。僕よりも、というか他のライダーとは格が違うと思う」

 

 出された麦茶に手をつける。

 正直、黒ツルギと戦った時のことを思い出すと今でも生きた心地がしない。

 

「兄さんは、そういう荒事とは縁遠い人でした。身体もあまり強くなかったので毎年風邪をひくぐらいです」

「だけど鏡華さんは黒ツルギをお兄さんだと思っている。そうでしょ?」

「……はい。だけど、本当のところは分からないんです。ただ、兄さんのようなというか、兄さんを感じるというか……」

 

 前も言っていたとおり、確証はないということだろう。

 申し訳なさそうにする彼女を落ち着かせて、話を戻す。

 

「まあ、お兄さんかどうかは僕が確認するとして…お兄さんのこと、教えて?お兄さんのこと知ってれば本当に黒ツルギがお兄さんかどうか確認出来るでしょ?」

「そう、ですね。じゃあ、兄さんの部屋を案内します。そこで話しましょう」

 

 鏡華さんにお兄さんの部屋を案内されて、部屋に入ると……本だらけであった。

 壁一面本棚に覆われて、本棚だけでは足りず床に積み重ねられた本達が摩天楼……というとまるでビル街のようだが、僕が親指ほど小さくなれば間違いなく摩天楼のように見えるだろう。

 

「難しい本ばかり」

 

 なんたら理論だとか英語で書かれた本などなど。鏡華さんのお兄さんは頭が良かったんだろう。

 

「兄さんはとても頭が良かったんです。勉強が大好きで私もよく勉強を見てもらっていました」

 

 懐かしむような顔で話す鏡華さん。左手で埃がかった本の表紙を撫でて……。

 その顔から、お兄さんのことが好きなんだなということが伝わってくる。

 うちの妹とは大違いというのは話が逸れるのでやめる。

 

「ん? これ……」

 

 床に積み重なった本の中で、ここにある本達とは毛色の違う本があった。

 タイトルは……「異界への行き方」? 

 なんだか、とても胡散臭いが他にも積み重なった本を見ていけばやけにオカルトチックな内容の本ばかり。

 科学的な本ばかりだったというのに、一体どういう風の吹き回しでこんな本を読むようになったのか。

 頭を回しながら本を捲っていると二つ折りにされたメモ用紙が床に落ちた。

 

「なんだこれ?」

 

 メモを拾って、開いて見るとそこには書きなぐられた文字でこう書かれていた。

 

『鏡の中の世界 ミラーワールド』

 

「ミラーワールド……。まさか、ライダーバトルに兄さんが関係して……」

「まだ関係してたとは限らないよ。ミラーワールドを見つけて、単に謎を究明しようとしていたのかも……」

 

 だとしても……。

 普通の人にはミラーワールドは認識出来ない。

 デッキを持たない限りは無理……いや、違う。

 ここにいるじゃないか、デッキを持たなくてもミラーワールドを認識出来る人物が。

 鏡華さん……。

 鏡華さんのお兄さんなら鏡華さんのようにミラーワールドを認識出来る……かもしれない。

 そういえば、ずっと鏡華さんのお兄さん、鏡華さんのお兄さんって言ってるな。

 名前をまだ知らないんだった。

 聞いたって問題はないはずだ。

 

「そういえば、鏡華さんのお兄さんの名前は?」

「え? 兄の名前ですか?」

 

 あれ?教えていませんでしたっけ?といったリアクションを取る鏡華さん。

 結構、鏡華さんも抜けてるところあるよな。

 

「まだ聞いてなかったからね。脳内じゃずっと鏡華さんのお兄さん、鏡華さんのお兄さんって呼んでたし」

「そ、そうでしたか! すいません、てっきりもう教えていたものだと思って……」

 

 焦る鏡華さん。

 胸に手をおいて、ほっと息をついてリラックスしてから僕に兄の名前を教えた。

 

「士郎。私の兄の名前は宮原士郎です」

 

 

 

 

 

 

 射澄さんの案内でやって来たのは聖山図書館。市内で一番大きな図書館でカフェや本屋なんかも併設されているため勉強に利用したり暇潰しで利用する人も多い場所である。

 図書室の番人なら図書館だって好物だろう。

 背の高い本棚と本棚の間を通り、図書館の端に来るとなにやら本を積み上げて読み耽っている女性が。

 大きな丸眼鏡をかけた、茶髪を適当に結っている女性。

 

「彼女だよ」

 

 隣の射澄さんが呟いた。

 なるほど、雰囲気は射澄さんに似ている。

 聖山図書館版射澄さんと言ったところか。

 

「こんばんは、涙さん」

 

 読者に耽る彼女に臆することなく話しかける射澄さん。

 そして、話しかけられた当人はうんともすんとも言わない。

 読書に集中し過ぎて、聞こえていないのだろうか?

 

「向かいに座れってさ」

「えっ」

 

 彼女はなんにも言わなかったはずだ。

 もしかして……本好き同士テレパシーで会話しているとか?

 謎のまま、射澄さんにならって彼女の向かい側に座る。

 相変わらず彼女は本に目を向けたままだ。

 しかし、射澄さんは気にせず話しかける。

 

「私の後輩が鏡について知りたいらしいんです。鏡に関しての話題って、なにかあります?」

 

 当然、返事は帰ってくるはずもなく……。

 

「古来より鏡は神聖なものとして崇められてきたわ。三種の神器の八咫之鏡なんかが有名。それに、風水では良い気も悪い気も跳ね返す最強のアイテムだったりする」

 

 本から目を離さずに答えた。

 それも早口で。

 ……なんなの、この人。

 

「最近噂の鏡の中の騎士の話はどう考える?」

 

 再び質問。

 そして、彼女は答える。

 

「比較的新しい話だけど、鏡の中の世界は物語の中ではよく登場するもの。特に鏡の国のアリスなんかが一番有名ね。それがもしフィクションではなく現実のものだとすれば、見てみたいものだけど」

 

 そこまで言って、彼女は本から目を離した。

 こうして正面から見ると意外と若く、二十代前半だと思われる。

 

「それにしても、鏡の中ってその都市伝説以外にもなにか話題なの? 前にも私に鏡について聞きに来た人がいたけど」

 

 私達以外にも聞きにきた人がいたなんて。

 想像もしていなかった。

 

「へぇ。それも10代の女子かい?」

 

 射澄さんの質問は恐らく、自分達と同じようなことを考えているライダーが来たのではという推測からだろう。

 しかし、彼女は首を横に振った。

 

「来たのは男。歳は私と同じくらい。私の話題についていける数少ない人物だから覚えているわ」

「……一応、名前を教えてもらってもいいかな」

「名前は、宮原士郎。痩せっぽちの、神経質そうな男だったよ」

「宮原、士郎……」

 

 別々の場所で、ひとつの名前が繋がった。

 浮かび上がった新たな謎。

 そして……。

 

 聖山高校 二階東階段。

 

 女子生徒が一人、階段を降りていた。

 夕闇に沈む校舎、早く帰ろうと階段を下りる。

 そんな彼女を映す、踊り場に設置された鏡が奇妙な音を発しながら、鏡面が揺らめいた。

 そして、鏡の中から巨大な触手のようなものが現れ女子生徒の背中を勢いよく突き飛ばした。

 

「きゃあぁぁぁ!!!」

 

 突然の出来事に何も出来なかった女子生徒は階段を転げ落ちていき、廊下に蹲った。

 

「おい! 君、大丈夫か!? 誰か! 誰かいないか!」

 

 悲鳴を聞いて駆け付けた中年の男性教諭が女子生徒の応急処置をする。続々と人が集まり、女子生徒は担架に乗せられ保健室へと運ばれていった。

 そして、その様子を鏡の中から覗く一人の赤い騎士……。

 ひとしきり見物すると、踵を返して去るライダー。

 静かに歩くライダーであったが、まるで堪えきれないとでもいう風に笑い声が漏れ、遂には堪えることなどせずに大声で笑い始め……。

 ミラーワールドに、少女の笑い声が木霊した。




次回 仮面ライダーツルギ

「お母さん、演劇部のスターだったのよッ!」

「またその話?」

「文化祭の劇の主役らしい」

「兄さんはそんな人じゃありません!」

願いが、叫びをあげている────


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どんどん書いちゃう


「ただいまー」

 

 言いながら玄関を開けるとキッチンの方から「おかえり~」という母さんの声が。

 そしてこの匂いは、カレーか。夏野菜カレーがいいなぁなんて思いながら靴を脱ごうとしたが、父さんの靴があるのを見つけたので今日一番遅く帰ってきた僕が鍵をかけて戸締まりよし。

 廊下を歩いてキッチンに向かえば、リビングでは美香がテレビのバラエティーをソファで寝ながら見ている。まったく腹出して……もう少し女の子らしくいれないものなのか。

 

「遅かったな」

「ちょっと、部活でね」

 

 カレーを頬張る父さんの言葉にそう返した。

 流石にライダーのことは言えない。まあ、言っても信じてもらえそうにないが。

 

「お弁当出して、着替えて手洗ってきなさい」

「はーい」

 

 母さんに言われた通りにいつも通り、弁当箱をシンクに出して水に浸けておく。

 あとは部屋に戻って着替えて、手を洗って……。

 

「いただきます」

 

 ようやく、夕飯にありつける。

 辛すぎず、それでいて箸……じゃない。スプーンが進むような味付けが舌を刺激する。

 毎日美味しいご飯をありがとうございますという感謝の気持ちを胸にカレーに舌鼓を打っていると母さんが話しかけてきた。

 

「もう文化祭の準備で大忙しでしょう? あー懐かしいわねぇ。お母さん、演劇部のスターだったのよッ!」

 

 漫画だったら大袈裟な擬音がつきそうな勢いで母さんが言い放ったが、その話は……。

 

「またその話? もう何回聞かされてると思ってるの」

 

 僕がつっこむ前に、リビングでテレビを見ていた美香がツッコミを入れた。

 

「なによ。事実なんだからいいでしょ?」

 

 開き直る母さん。

 しかし。

 

「なに言ってるんだ。お前がいた頃のスターと言えば藤上今日子だろう」

 

 父さんまで母さんにツッコミを入れた。

 しかし、今の言葉は気になる。

 今まで母さんは自称スターだったけれど、まさか父さんの口から本当のスターの名前が出るなんて。

 

「え!? じゃあお母さんずっと嘘言ってたわけ!?」

「え、いや、ほら、今日子さんがいなくなってからのという意味で……ね? お父さん?」

 

 父さんに伺いをたてる母さん。

 しかし…。

 

「お前、万年脇役だったろう。とてもスターとは言えんな」

「主役でもなかったの!?それでスターとか言ってたんだ……。うわぁ……」

 

 衝撃の事実が暴露される母さん。

 そういえば、かつて演劇部のスターだったって話はこれまで父さんの前ではしていなかったはず。  

 ……なるほど。大方、当時のことを知る父さんがいたら嘘がバレるから父さんの前では言わなかったんだな。

 しかし、流石に父さんと美香からツッコミやら罵倒やらを受ける母さんが少々可哀想なので息子一人ぐらいは庇ってあげるか。

 

「まあまあ。脇役も大事だよ、主役という華を咲かせるための大事な土なんだから」

「そうよ! 主役一人だけでは舞台は出来ないんだから! みんなで作っていくものなのよ! もう流石、私の息子。分かってるわ~。お父さんや美香と違って優しいんだから」

「嘘をついた、お前が悪い」

「そうだそうだ!」

 

 むう、これでもやめないか。

 こういう時は話題を変えるのに尽きる。

 

「それより、そのキョウコさんって?」

「え? 知らないの? 聖高の生徒なのに?」

 

 まるで知ってて当然のことを知らないの?とでも言いたげな母さんだが…。

 今の口ぶりだと聖山高校の人間なら知ってるべき人物のようだ。

 しかし学校に関する事ならいろんな情報が入ってくる新聞部に所属してる僕が知らないなんて……。いや、知らないことはたくさんあるけれど。

 

「知らないのも無理はないだろう。亡くなったのは燐がまだ小学校に入ったばかりの頃じゃなかったか?」

「そうねぇ、それくらいだったわね。なら仕方ないか。今日子さんは演劇部の先輩よ。とっても綺麗で、お芝居が本当に上手かったわ。みんな憧れの先輩で、高校卒業したらすぐにスカウトされて一気に女優として人気になったんだけど……すぐに辞めちゃってね。燐が小学校に入ったくらいの頃に火事で亡くなったのよ」

 

 へえ……。

 まさか、聖高のOGにそんな人がいただなんて。

  

「うわぁ! すっごい美人じゃん! 見てよこれ!」

 

 美香がスマホで検索した画像を見せてくるが、すごい、美人だった。整っているという言葉がこんなに似合う人はいないだろう。

 しかし、どうにも僕には薄気味悪く感じた。

 整い過ぎているせいだろうか?まるで人形のような……。

 それでいて、どこかで見たことあるような顔だ。

 

「ああ、そうか」

 

 それに気付いた瞬間、思わず声が出た。

 そうだ、この顔は左右対称なのだ。

 いや、人間の顔は左右対称と言えばそうなのだが完璧な左右対称ではない。

 人間の美醜はこの左右対称さも重要な部分なのだが、藤上今日子は完璧な左右対称と言ってもいいのではないだろうか?

 まるで、鏡に映したような……。

 鏡……。いや、少々敏感になりすぎているようだ。

 まあ、世の中にはこれくらいの美人がいたっていいはず。

 

「あ、そういえば今日子さんで思い出したんだけどね。校長室の前におっきな鏡、あるでしょ?」

 

 校長室の前には確かに大きな鏡がある。

 いつだかの卒業生達が送ったものだとかなんとか。

 結構古そうな見た目だったけど、母さんが生徒だった頃からあったのか……。

 

「ああ、あるけど。それがどうかしたの?」

「文化祭の最終日、文化祭の閉会式をやってる時にあの鏡の前にいた二人は結ばれるのよ! 知ってた?」

 

 いや、知らない。

 それにしたって……。

 

「そんな迷信、今時信じないでしょ」

 

 また美香に先を越された。

 うん。今時流行りそうにない迷信だとは思う。

 

「はぁ……。これだから最近の子は。それに迷信じゃなくて本当なんだから」

「? 本当ってどういうこと?」

「だから、実際にそれで結ばれた人がいるのよ」

「どこに」

「ここに」

 

 ……は?

 

「もう察しが悪いわね~。お母さんとお父さんのことよ」

 

「「ええぇぇぇぇぇ!?!?!」」

 

 美香と一緒に驚いた。

 驚きのあまり、脳が回らない。

 いや、そんな……。

 母さんならやりそうだけど、堅物の父さんがそんな迷信に踊らされて…。

 

「言っておくが、俺は知らなかったぞ。母さんに無理矢理連れ出されたんだ」

「お母さん、お父さんを騙して……」

「あのね美香。あなたも女なら分かるでしょうけど、恋はね、攻めて攻めて攻めまくるものなのよ」

 

 だけど迷信……。

 まあ、嘘から出たまことというやつか。

 それにしても。

 

「今日子さんで思い出したんだけどって言ってたけど、さっきの話のどこにも今日子さん出てきてないよ」

「ああ、その噂を教えてくれたのが今日子さんだったのよ」

 

 なるほど、そういうことか。

 

「なあ、前から気になっていたんだが、それは本当に噂話だったのか?」

「もうお父さんったら。いくら私達が噂通りに結ばれたからって……」

 

 照れる母さん。

 母さんは父さん大好きなのである。

 夫婦仲がいいことは良きことである。

 

「いや、そうじゃなくてな。本当にそんな噂話があったのか? 俺はそんな話さっぱり聞かなかったぞ」

「そういえば、さっきも知らないって父さん言ってたね」

「ああ。母さんと付き合い始めてから初めて聞いたんだ」

「お父さん、剣道一筋だったからね。興味なければ聞くこともなかったんでしょ」

「新聞部の友達だっていたからそういう話があったら聞かされていてもおかしくないんだがなぁ」

 

 うーん……。

 こうなると考えられるのは……。

 

「あんまりメジャーな話じゃなかったとか?」

「確かに……私も今日子さんから教えてもらうまで知らなかったし。みんな噂を知ってたら他にも何人かやってそうだし……」

「単純に信じて実行したのがお母さんだけだったっていう可能性もあるけどね」

「美香? お母さんのこと馬鹿にしてない?」

「してないよ~……あ! 私、課題やらなきゃ。部屋にいるね~」

「こら! 美香、待ちなさい!」

 

 リビングから出ていった美香を母さんは追いかけていった。

 相変わらず騒がしいなぁなんて思いながら味噌汁を飲む……。 

 

「熱っ!!!」

 

 あちち……。別に猫舌ってわけじゃないけど熱すぎだって母さん。いっつも熱くし過ぎるんだからもう。

 そしてこの味噌汁をどうして父さんは涼しい顔で飲めるのか。

 とにかく舌を冷やすために水を飲もうとキッチンへと早足で向かう。急いでコップを棚から取り出して水を注いで飲むと自然と「あぁ……」という声が出た。

 我ながらおっさん臭いな、美香のことを言えないぞ。

 反省反省とテーブルに戻るとリビングのソファに置いたスマホが震えている。

 どうやら、アプリの通話のようだが……。 

 画面を見れば、部長である。

 どうしたというのだろうか?

 

「もしもし。部長、なにかあったんですか?」

『燐! ヤバいぞ、事件だよ事件! マジもんの!』

 

 電話越しの声の大きさに思わず驚いて、スマホを耳から離した。

 しかしすぐに通話に戻る。

 

「事件、ですか……?」

 

『おう、演劇部の三年が階段から転げ落ちたんだってよ。全治二ヶ月。しかもその三年なんだが……文化祭の劇の主役らしい』

 

 それは…なんとも不運な……。

 ん?

 ちょっと待て。

 階段から転げ落ちたなら事故ではないだろうか?

 事件というなら被害者と加害者がいるはずだし……。

 

「部長。事件って言い方はつまり……」

『察しがいいな。俺のダチからの情報なんだけどよ、その三年は病院に運ばれてすぐに意識を取り戻したらしいんだが……誰かに突き飛ばされたって言ってるらしい』

 

 なるほど。 

 それは確かに事件と言えるが…。

 

『燐、お前に演劇部は任せてたが少し保留しろ。文化祭一ヶ月前に主役が大怪我なんて、演劇部からすれば文化祭に出展出来るかどうかの死活問題だ。取材なんてしてる場合じゃない』

「そうですね。演劇部への取材は明日の予定でしたけどそんな場合じゃないでしょうし……」

『ああ、頼んだぞ』

 

 それじゃあという言葉を最後に通話は終わった。

 それにしても…誰かに突き飛ばされた、か……。

 

「何かあったのか?」

 

 父さんが味噌汁のおかわりをよそいながら訊ねた。

 

「うん……。演劇部の人が階段から落ちて全治二ヶ月だって」

「ほう」

 

 相槌を打った父さんはその場で立ちながら味噌汁を啜った。

 相変わらず、並々と盛るから少しの揺れで味噌汁が溢れてしまいそうだ。

 

「しかもその人、文化祭でやる劇の主役だったからこのままじゃ文化祭間に合わないかもってことで部長が取材はストップだって」

「お前が演劇部の取材に行く予定だったのか?」

「うん、そうだけど」

「新聞部的にはむしろスクープじゃないのか?」

 

 出た。

 新聞部のことを誤解してる人だ。

 

「あのね、うちの部はそういう普通の新聞みたいなことはしないの! 楽しい話題とかそういうのを取り上げるのであって、こういう本当の事件とかはやらないって決まりになってるんだから」

 

 俺達は学校新聞を書いているのであって、マスコミではない。

 というのが部長の言葉。

 そして、新聞部のモットーである。

 

「なるほどな。学生の領分はしっかり守っているようで安心した。そういうのに首を突っ込むとろくな目に合わないのは分かるだろう?」

 

 父さんの言う通りである。

 こういう話題に学生が食い付くのはよくない。

 事件なら警察が介入するだろうし、僕らは何もせずいつも通りの日常を送ればいいのだ。

 というわけで僕もいつも通りの日常を送るために夕食を再開しよう。

 味噌汁も、ちょうどよく冷めた頃合いだろう。

 

 

 

 

 

 昼休みに、美玲先輩達と図書室で昨日あったことを話した。

 鏡華さんのお兄さん、宮原士郎についてだ。

 そして驚くべきことに射澄さんと美也さんも昨日、宮原士郎という名前に辿り着いたらしい。

 

「とにかく、分かったことは宮原さんのお兄さん。宮原士郎がミラーワールドのことを調べていたということね」

 

「そう、ですね……。けど、なんで兄さんが…」

 

 うーむ……。

 謎は深まるばかりで議論は進まない。

 しかし、ここで美玲先輩が一石を投じた。

 

「宮原士郎が全ての黒幕。ということは考えられないかしら」

「……美玲先輩。それは、どういうことですか?」

「言った通りよ。宮原士郎がライダーバトルを仕組んだ。そして、私達を戦わせている」

 

 それは流石に……と反論しようとする前に、鏡華さんが勢いよく立ち上がった。

 

「兄さんはそんな人じゃありません!」

 

 鏡華さんの叫びが、図書室に響いた。

 

「図書室では、お静かに」

「すいません……」

 

 射澄さんに咎められた鏡華さんが、俯きながら力が抜けたように席に座った。

 気持ちは分かる。

 自分の家族が、殺し合いを主導しているなんて言われても納得出来るはずがない。

 

「美玲も、家族を目の前にしてそういうことを言うもんじゃない」

 

 喧嘩両成敗といった風に美玲先輩も咎める射澄さん。

 しかし、美玲先輩はそういうことを気にするタイプではない。

 

「いずれにせよ、あなたのお兄さんがミラーワールドに関係している。それに、あなたとアリスの関係性も気になるところよ」

「……それは、確かに気になるところだけど」

 

 美也さんが鏡華さんの顔を覗き込みながら言った。

 鏡華さんとアリスは瓜二つどころか鏡に映った鏡華さんなのではないかと思うほど似ている。

 いや、まったくもって同じだ。

 ミラーワールドにはモンスター以外、生物は存在しないというのにアリスだけはミラーワールドに存在している人物。

 いや、人であるかも怪しい。

 彼女もまたモンスターなのかもしれない。

 そして、モンスターだとしたら何故鏡華さんの姿を象ったのか。

 謎が謎を呼んでいる。

 もっと情報を集めないとなにも判断出来ないだろう。

 

「……とにかく、まだまだ情報は集めないといけないということだ」

「そうですね……。じゃあ五人で頑張りましょう!」

 

 美也さんがえいえいおー!と気合いを入れるが…。

 

「勝手に数に入れないでもらえるかしら」

「え……。なんでですか! 御剣君の仲間じゃないんですか!」

「私は燐とは戦わない。それだけよ。私はあなた達みたいに戦いを止めようだなんて思っていないから、仲間扱いしないで。それじゃあ」

「美玲先輩!」

 

 美玲先輩は振り向くことなく図書室から去ってしまった。そうだった、美玲先輩は願いのために戦っているんだった。

 なら、戦いを止めようとするならいずれぶつかる時が来てしまうのだろう。

 美玲先輩は僕と戦うつもりはないと言っていたけれど、本当に戦わずに済むのだろうか。

 僕は、美玲先輩と戦えるのだろうか。

 美玲先輩に取り残された図書室で独り、そんな考えを頭で巡らせていた。

 

 

 

 

 放課後。

 部室に顔だけ出して、悩む。

 いや、悩む必要はないのだろうけど悩んでしまうのだ。

 何故なら、やることがないからである。

 他の部への取材は来週の予定だし、生徒会の分の記事は昨夜のうちに書き上げて推敲も終わり部長へ提出済み。

 課題も特にないので、本当にやることがないのである。

 部室に顔を出しはしたが、部長も特に回せる仕事がないとのことで暇である。

 ちなみに、そういう部長も暇そうである。

 

「今日はどこにも行かないんですか?」

 

 僕の前の席に座っていた鏡華さんが訊ねてきた。

 

「うん。なにもやることないからね」

「そうですか……。じゃあ、女装特訓の続きを……!」

「やりません」

「そうですか……」

 

 シュンとする鏡華さん。

 鏡華さんはどうにも僕の女装を楽しんでいるようなのだ。

 言っておくがいくら鏡華さんとはいえ、頼まれてもプライベートで女装はしないぞ。

 するなら、最低限に留めたいのだ。

 

「しっかし、演劇部も大変だな。よりによって主役が大怪我だ。早速、主役になれなかった奴がやったとか噂がたってやがる」

「まあ、そう思われてもしょうがないですよね。演劇部の人なら主役やりたい人が多いでしょうし。それに、女子が多いところですからね……」

「ああ、そうだな……」

 

 こういうと色々と顰蹙を買いそうだが、女子が集まるとドロドロするというかなんというか。

 女の嫉妬は恐ろしいというか……。

 実際、演劇部の水面下で行われている派閥争いがどうのこうのという話を前に聞いたことがある。

 恐ろしや、恐ろしや……と、脳内で身震いしているとなにやら廊下からものすごい足音が。

 走ってこちらに近付いてきているようだが……。

 そして足音が最も近付いてきた瞬間。ガラッと勢いよく地学室、つまり我等が部室の扉が開かれた。

 

「ここ!? 新聞部の部室はッ!?」

 

 思わぬ大声に耳を塞いだ。

 彼女は、演劇部の脚本家兼演出家兼監督兼部長の大河内靖子。

 慌てた様子だがどうしたのだろうか?

 大河内さんは僕を見つけると、ずんずんと大股で近付いてきた。

 

「いた! 新聞部一年生の……名前はいいや。なんで取材に来ないの!? 今日の予定だったでしょう!?」

 

 バンっと机を叩きながら僕に詰め寄る大河内さん。

 顔が、近い。

 

「いや、そうでしたけど……。昨日あんなことあってすぐに伺うのもどうかと思って……」

「なにを言ってるの!こんな時だからこそ来てほしいんじゃない! とにかく来て!」

「ちょっ!? そんな引っ張らないでください!制服が千切れます! ちょ! ぶ、部長! 鏡華さん! 助け……」

 

 僕の抵抗虚しく大河内さんに引き摺られ、連れ去られてしまった。

 僕の声は……届いただろうか…?

 

「御剣君!」

「燐! くっそ……俺はこのあと予定があるから……。鏡華さん!」

「……はい! 私が、御剣君を助けます!」

 

 

 

 

 

 

 

 演劇部の部室である視聴覚室に連れ込まれた僕は、大河内さんのありがたい話を長々と聞かされていた。

 おかしい。部室から連れ出されて五分程度しか経っていないのにもう校長先生の話並の長さを感じる。

 それはひとえに大河内さんの早口かつ情報量の多い話のせいなのだが。

 そのせいで僕はものすごくうんざりとしているのだ。

 しかし、ここで救いの手が現れた。

 

「大丈夫ですか! 御剣君!」

「鏡華さん!」

 

 鏡華さんが助けに来てくれた!

 これで僕は解放される。

 しかし、大河内さんは鏡華さんを一度見て、すぐに顔を僕に戻し語り始めた。

 

「というわけで主役が怪我をしてしまうというアクシデントにも関わらずなんとか頑張ってますよということをみんなに伝えてほしいんだよね。こういった事件すらも利用して劇というのは完成していく…。不完全故に完璧ッ! 素晴らしい……素晴らしいぞぉ!!!」

 

 一人で盛り上がる大河内さん。

 しかし、僕は色々と言いたいことがあった。

 

「あの、それは逆効果だと思います」

「……なんだって?」

「怪我をした人をダシにするような記事なんて出したら炎上しますよ。三年生は文化祭で引退ですよね。それに、怪我をしたのは主役を演じる人。余計に火に油を注いでしまいます。演劇部の評判だって悪くなりますよ?」

 

 やめといた方がいいですよ? というのは普通の人なら伝わるはず。

 そう、伝わるはずなのだ。

 普通の人なら。

 しかし、この学校には変な人が集まりやすい。

 

「そんなもの関係ないね。私の作った演劇を見れば、みんな忘れるよ。君が書いた記事のことなんてさ」

 

 こいつ……!

 いや、落ち着け。

 冷静に、冷静に……。

 

「ちょっと待ってください! そんな言い方ないと思います!」

「鏡華さん!?」

 

 キレた。

 僕ではなく、鏡華さんが。

 

「なんだ君。まだいたの?」

「まだいました! そんなことより、御剣君に謝ってください!」

「ああもう鏡華さん! 僕は別に怒ってないから! だから落ち着いて!」

 

 怒る鏡華さんを宥める。

 こんなに怒りっぽかったっけ鏡華さん?

 

「なんで御剣君は怒らないんですか! むしろ一番怒るべきなんですよ!」

 

 怒りの矛先が僕に向いた。

 もうなにがなにやら……。

 

「部長、石田先生が呼んでたよ」

 

 突然、声が響いた。

 視聴覚室の入口を見れば、赤毛が目を引くショートボブの女子生徒がいた。

 

「……ふん」

 

 大河内さんは僕と鏡華さんを一度睨み付けると視聴覚室を去っていった。

 ……嫌われたな。

 まあいいや。

 別に関わり合いになるのは今回ぐらいのものだ。

 それに向こうは三年生。

 あと半年もすれば卒業だ。

 

「見ない顔だね。君は?」

 

 後味悪さを噛み締めていると赤毛の女子生徒が話しかけてきた。

 君は?と聞かれたので名乗る。

 

「新聞部一年の御剣燐です」

「新聞部仮入部中の宮原鏡華です」

「御剣君と宮原さんね。私は演劇部の久遠綾姫(くどうあやめ)。クラスは3ーB。よろしくねっ!」

「よろしくです」

「部長、くせ強いでしょ? 人間性は最悪なんだけど、才能はピカイチだから誰も文句言えないのよね~。ところで新聞部ってことは取材だよね? 真衣のこと聞きにきたの?」

 

 マイ……?

 あ、怪我した生徒の名前がマイさんだったか。

 

「いえ、今日は無理矢理部長さんに連れて来られて……」

「あ~……。ごめんね。うちの部長、本当に人としては最低だから。気にせずにいて?」

「ありがとうございます。……あの、取材とかじゃないんですけど、そのマイさんって容態はどうなんですか?」

「あんまりよくないみたいね~。意識はわりとすぐ戻ったみたいだけど、右足がひどいみたい。それに、誰かに突き飛ばされたって……。まあ、突き飛ばされた時に駆けつけた人は誰もいなかったって言ってるみたいだし気のせいかもね」

 

 ……ほう。

 それは初耳だ。

 突き飛ばされた、という話は聞いていたけど、その場に誰もいなかったというのは新情報だ。

 まあ、逃げたということも考えられるけど。

 頭の中で考えていると、大河内さんが帰ってきた。

 なにやら、納得いってないといったような顔をしている。

 

「靖子、話ってなんだったの?」

「代役の話だよ。主役は加藤でいくことになった」

「そう。ま、順当だね」

 

 なにやら、話が始まってしまったようなので部外者である僕達は退出しよう。

 

「失礼しました」

 

 一礼していくが大河内さんは一瞥することなく、なにやら考え始めたようだ。

 久遠さんは手を小さく振ってくれたけど……。

 あー、なんか疲れた。

 

「とりあえず、部室に帰ろっか」

「そうですね」

 

 鏡華さんと二人、廊下を歩く。  

 ……そういえば、まだお礼を言ってなかった。

 

「ありがとね、助けに来てくれて」

「いえ! むしろ私の方が暴走しちゃって……」

 

 確かに、鏡華さんの方が熱くなっていた。

 なんとも意外な姿だったので印象に残っている。

 

「…なんだか、あの人を見てたら怒りが沸いてきて。おかしいですよね?」

「いや、僕も内心怒ってたし。おかしくないよ」

「そうですか……それはよかったです」

 

 そう言って、にっこりと微笑んだ鏡華さん。

 しかし、あの音が響いたことでその笑顔は消えてしまった。

 

「御剣君……!」

「うん!近いよ……!」

 

 本当は駄目だけど…走る。

 音が一番強いところを探して……。

 

「うわっ!?」

 

 曲がり角を曲がった瞬間、人とぶつかりそうになった。

 そして、その人物というのは美玲先輩で…。

 

「燐……」

「美玲先輩……。すいません、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ。それより早くモンスターを探さないと」

 

 そうだった。

 音は未だに止まない。

 まだモンスターは相手に狙いを定めているだけで、狩りを実行には移していない。

 なんとしても未然に防ぐんだ……!

 

「美玲先輩! この辺りです!」

「そうみたいね……」

 

 走り回ってやって来た昇降口前。

 ここが一番音が強い……。

 どこだ、どこにいる…?

 周りには映るものが多い。

 玄関扉のガラスや階段の踊り場に設置されてる鏡……。

 ……踊り場の鏡?

 その可能性に気付いた瞬間、振り返って階段を見れば女子生徒が一人階段を降りてきていて……。

 

「きゃぁぁぁぁ!!!」

 

 何かに突き飛ばされたように、女子生徒が落下した。

 突き飛ばした時の勢いが強すぎたのか女子生徒は宙を舞う。

 一秒が、一分に引き延ばされたような感覚だった。

 なんとかして、あの女子生徒を助けようと思って……。僕は、女子生徒の下敷きになった。

 

「痛た……大丈夫ですか! あの!」

 

 女子生徒は気絶したのか意識はない。

 呼吸はあるので大丈夫だと思うが…。

 

「御剣君! 大丈夫ですか!」

「僕は大丈夫」

「燐、彼女を保健室に運びなさい。モンスターは私が追うわ」

「分かりました! ……気を付けて」

「ええ。モンスターの相手なら大丈夫よ」

 

 気絶した女子生徒を背負って走る。

 モンスターは美玲先輩に任せればいいけど……。

 この学校にはライダーが多い。

 射澄さんや美也さんが来てくれればいいが、他のライダーが来たら戦闘になってしまうかもしれない。

 いや、なる。

 だから早くこの人を運んで合流しないと……!

 

 

 

 

 

 

 燐が行ったのを見送って、踊り場の鏡に向かってデッキを突き出す。

 腕を胸の前で交差させ、鳥が翼を広げるイメージで腕を広げ……。

 

「変身」

 

 鎧の虚像が舞い、私に重なることで変身は完了。

 左手首を一度掴んでから鏡の中へと入門する。

 ライドシューターを駆り、ミラーワールドに到着すれば校舎は崩れていて……。

 

『ブオォォォォォン!!!!!』

 

 とても、巨大な咆哮だった。

 そして、とても巨大な姿だった。

 その姿はまるで太古の昔に地上を闊歩していたマンモスのようで……。

 仮面の下で、唇を舐めた。

 これを倒せば、ガナーウイングにとってもいい餌となる。

 しばらく餌を与えていなかったからガナーウイングもそろそろ怒り出す頃合いだろう。

 契約モンスターに契約不履行と見なされて食い殺されるなんて間抜けな最期にはなりたくない。

 この獲物は……。

 

【SHOOT VENT】

 

「逃がさない───」




キャラ原案
久遠綾姫 kaiyuu1000000%様
ご協力ありがとうございます。

次回 仮面ライダーツルギ

「瀬那~どこ行くのー?」

「あれ? また会ったね」

「……この前のライダーね」

「あれ?また会ったね」

「ふん……あれが殺し合いだと? お遊戯会の間違いじゃないのか?」

願いが、叫びをあげている────


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?+1ー12 巨獣

 新しめの建物が建ち並び、歩くなかでもあちこちで建設中のビルを見かけた。ニュータウン化の進む月見区らしい光景と言えた。

 ……こんなに作って誰が使うのかと瀬那は心の中で毒を吐く。彼女には全てが眩しく、そして遠く感じていた。

 唯一、近くに感じていたのは今にも降りだしそうな曇り空だけ。

 

「瀬那~どこ行くのー?」

「……黙ってついてこい。それと、名前で呼ぶな」

 

 同行者を引き連れ歩くというと少々語弊があった。

 彼女と同行者、撒菱茜の間には距離があった。物理的な。

 茜は距離を詰めてくるが、その度に瀬那は早足で歩き距離を取る。端から見るとおかしな光景である。

 

「ねー! なんで離れて歩くの」

 

 たまらず、茜は疑問を口にした。

 いい加減我慢の限界だった。

 隣くらい歩いてもいいだろうと腹を立てるが、腹が立つのは瀬那の方も同じであった。

 

「あのさ……その格好のお前と歩くのは目立って嫌なの分かる?」

 

 格好? 

 そう茜は自身の服装を確認するが、別におかしなところはない。むしろ健全な女子高生そのものであると、文句を言われることの理由が分からない。

 

「分からないなら言うけど、お前のその()()の制服は目立つ。周りからジロジロ見られて嫌だ」

 

 茜が着ているのは私立藤花女子学園の制服。

 市内でも有名なお嬢様学校である。

 そのため、人目にかなりつくのだ。

 それが瀬那としては我慢ならなかった。

 

「しょうがないじゃん。学校終わってから直で来たんだから」

 

 悪びれもせずに言う茜に瀬那は頭が痛くなった。

 確かに、ライダー探しをするから集合しろと言ったのは自分だが、まさかこんな目立つとは思ってもみなかった。それに、これから行く場所はおよそ藤女の生徒が立ち入るなんてことがないだろう場所であるので余計に目立つ。

 今日は河岸を変えるかとも思ったが、ここまで来てしまったからには手ぶらで帰るなんてわけにもいかない。奴があそこにいるのは知っている。だったら、さっさと倒してしまった方がいいというもの。

 

「……いいから、行くぞ」

 

「……! アイアイサー!」

 

 急に嬉しそうな顔になって隣に立つ茜を見て、瀬那は諦めて衆目に晒された。

 控え目に言って美少女と言っていい茜。更に藤女の生徒。そんなものが自分の隣を歩くなど場違いだ。そうは思うが、どうせ引き離してもこいつは隣にやって来るのでその度に早足になるのも疲れると瀬那は諦めた。

 周囲の視線が気になること五分。

 ようやく、例の場所に到着した。

 ニュータウン化が進む月見区にあって、やけに古い建物。

 ゲームセンターCRである。

 ずっとこの街にあるゲームセンターとして市民から親しまれてきた場所。昨今はゲームセンター離れなんて言われることもあるが今日も多くの客で賑わっているようだと瀬那は中の様子を確認した。

 

「お前はここで待ってろ」

「えーなんで?」

「なんでもなにもない。藤女の奴がこんなとこ来てみろ。お嬢様学校なんだからどうせこーゆーとこ入るの禁止とかなんだろ?」

 

 瀬那が言った推測は当たっていた。

 藤花女子学園は校則でゲームセンター、カラオケ等への出入りが禁止されている。

 知ってか知らずか瀬那は茜を気遣っていたのだが、そんなことは茜には関係なかった。

 

「ここでマジックショーするのありかな? ちょっと中行ってみる!」

 

「はあ!? おい!」

 

 瀬那の心配なんてどこ吹く風といった茜は意気揚々と店内へ突き進んでいった。

 人の話も聞かず、ペースを乱しまくる茜に瀬那は苛立ちながら茜を追いかけ店内へ。あちこちから電子音が響き渡り、正直あまり長居はしたくないと瀬那は思った。

 

「へえ、賑やかで人がいっぱいでショーの舞台には良さそうだね」

「お前、来たことないのか?」

「うん。生まれて初めて来た」

 

 そういう人種もいるのかと、瀬那は一人納得した。

 お嬢様……というのはこいつの雰囲気には合わないが、あんな立派な家に住んでるのだからきっと近寄ることさえなかったのだろう。

 正に今の茜にとってここは未知の世界というもの。

 目を奪われても仕方がなかった。

 そのせいで、トラブルに見舞われるのだが。

 

「お、ねえねえ! その制服藤女でしょ? えーなんでこんなとこいんの? てか可愛くない? よく言われるっしょ?」

 

 瀬那は舌を打った。

 またこの手の輩かと。

 なまじ顔がいいせいで茜は目立つ。

 それも藤女。

 学校が終わって若干制服を着崩したことで茜は男をより惹き付けてしまっていた。

 目の前の男とは住む世界が違う。

 光に集まる蛾のようだと心の中で一蹴した。

 

「おい、行くぞ」

 

 茜の腕を引っ張り男を無視しようとした。

 だが、これで上手くいった試しがない。大抵、面倒なことになる。そう分かっているのに学習しない自分が嫌になる。だがしょうがない。

 こういうことしか、知らないのだから。

 

「え、なに? 君、お友達? じゃあさ一緒に遊ぼうよ~」

「消えろ。目障りなんだよ」

「あ? 悪いけど君には興味ないんだよね。ガリッガリだし、髪の毛ボサボサだし。消えてくんない?」

 

 一触即発。

 悪いのは向こうだ。チャラチャラと声をかけてきて……。

 一発殴ってやろうかと拳に力を入れた瞬間、以前、どこかで聞いた声が響いた。

 

「はいはいストップストップ」

 

 私達と男の間に割って入ってきたのは、いつぞや一緒に不良と喧嘩した女子。

 ボサボサの銀髪が特徴の……。

 

「喜多村、遊……」

 

「あれ? また会ったね。君はこの間の…なに? また絡まれちゃってるの? よくないよー。男も悪いだろうけど多分君も悪いんじゃない? トゲのある言い方したとか」

 

 実際そうなので反論出来ない。  

 しかし、仕方ない。

 それしか知らないのだから。

 

「喜多村遊……。ちっ、面倒なのが来やがった……」

 

 男はそう捨て台詞を吐いて立ち去った。

 彼女はどうやら面倒なことで有名らしい。

 実際、腕っぷしはそこらの男よりはあるので面倒だろう。

 

「ふふん、これで君を助けたのは二度目だね」

「別に助けてくれとは言ってない」

 

 そうだ。

 助けてくれとは一言も言っていない。

 少し、たまたま、縁があっただけのこと。

 

「まあまあそう言わずに。ところで、藤女の女の子なんか連れてこんなとこ来るなんて……売春幇助?」

 

 さらっととんでもないことを言う。

 確かに私は売春をしてきた。

 しかし、それは仕方がないからだった。

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 だからこそ私は冗談でも売春を斡旋するなんてことが許せなかった。

 

「……それ、冗談だとしても最低だよ」

「……そうだね、悪かった。ところで、連れの子なんだけど、どっか行っちゃったみたいだよ?」

 

 ……は?

 後ろを見ると、さっきまでいたはずのあいつがいない。

 あいつ……!

 急いで探そうと歩き出した瞬間、二階から大きな拍手が聞こえてきた。

 何事かと二階への古びた階段を上るとそこには……。

 

「あなたが選んだのはこのカード?」

「は、はい! このカードです! ハートの6!」

 

 ……天才JKマジシャンのマジックショーが行われていた。

 あいつ!

 とことんペースを乱されて仕方がない。

 髪を乱暴に掻いて、あいつを連れ戻しにマジックショーへと割って入った。

 

 

 

 巨体が、周囲にあるもの全てを破壊する。

 怪獣映画のワンシーンのような光景が目に焼き付くがここはミラーワールド。何が壊れようと、構うことはない。

 民家の屋根を飛び移りながらモンスターを追跡、矢を放つ。

 しかし、モンスターの皮膚が硬いため矢がなかなか通らない。

 

「……決定打に欠けるわね」

 

 アイズの強みは手数の多さ。

 他のライダー達と比べてもカード枚数が多い。

 しかし、火力の低さが問題。

 そのため長期戦に陥り、制限時間のためにタイムアップ……。なんてことが多い。

 おかげでライダーとの戦績はあまり良くない。

 決め手が欲しいがまだファイナルベントのカードは切るべきではない。

 確実に仕留めることが出来ると判断出来るまでは使わない。それに、戦いの最中に他の敵が乱入してこないとも限らない。故に、ファイナルベントはそう易々とは使えない。

 では、火力が足りない私なりの戦い方は何か。

 それは、弱点を見抜いての狙撃である。

 現状、放った矢の数は10本。

 そのどれもが有効打とはなっていない。

 脚と胴体は硬いようだ。

 ならば狙うのは生物共通の弱点である……目。

 

「来なさい、ガナーウイング」

 

 空高く、ガナーウイングの鳴き声が響き、蒼い巨鳥が舞い降りる。

 ガナーウイングを背に駆け出し、背中のハードポイントにガナーウイングを装着し翼とする。

 屋根を蹴り、宙へ飛び立つ。

 赤いマンモスを撹乱するように飛び回り、矢を番えた。

 モンスターの極太で、長大な鼻と牙が私を打ち落とそうと迫るが悉くを回避してみせ……。

 

 ────狙う。

 

 弦を引く。

 狙うは瞳。

 引き絞り、矢を放つ寸前、影が私を覆う。

 上から、モンスターの鼻が迫っていた。

 勢いよく振り下ろされ……。

 最小の動きで回避する。

 回避したと同時に矢を放つ。

 この矢は───当たる。

 

 矢はモンスターの目に突き刺さった。   

 痛みに苦しみ、巨体を振り回すマンモス型のモンスター。

 トドメを刺そうと、デッキからカードを引き抜こうとした瞬間、何かが私目掛けて飛来した。

 

「良くないなぁ……。私の相棒を傷つけるなんて」

 

 あいつは……!

 数日前に埠頭で出会った赤いライダー…。

 私の相棒ということは、あのモンスターと契約しているということ。それを裏付けるようにあのライダーは赤く、あのモンスターを基調とした装甲を象っている。

 

「……この前のライダーね」

「ん? あぁ、この間埠頭で会ったっけ。なに? あの二人の仇を取る~とかじゃないよね? もしそうだとしたら面白過ぎるんですけど」

「別に仇を取るなんて考えていないわ。彼女達とは別に知り合いでもなんでもないから。ただひとつ気になるのは……。なんで食わせなかったのかしら? ただ階段から突き飛ばしただけ。あの二人が気に食わないのなら、モンスターの餌にすれば良かったじゃない」

「へえ……。アンタも結構おっかない思考してるじゃん。けどさ、分からない? なんでわざわざ生かしておいたか」

 

 生かしておいた、理由……。

 

「あの二人、調子乗ってたからさ~。折角主役になれたのに怪我で降板だなんて……。最高に惨めじゃない! 私、調子に乗ってる奴を絶望のどん底に落とすのが……好きなのよねッ!!!」

 

 赤いライダーが跳躍し、私目掛けて剣を振るう。

 だが、空は私の独壇場。

 弓で剣を弾き、地面へと叩き落として……。

 

「エレファスッ!」

 

 落下の最中、赤いライダー…ヘリオスはモンスターの名を叫んだ。

 モンスターは体勢を立て直すと、その鼻を器用に使って彼女の足場とした。

 そして、そのまま鼻を振るい……彼女を打ち出す。

 ライダーの脚力とモンスターのパワーを合わせて飛来するヘリオス。その速さにアイズはついていけず、ヘリオスの剣により切り裂かれ、地面へと墜落した。

 

 

 

 

 

 アイズとヘリオスの戦いを眺めるものがいた。

 半壊した校舎の屋上で、紫に染まった毛皮のマントを風に靡かせる様は正に王……いや、皇帝である。

 

「ふん……あれが殺し合いだと? お遊戯会の間違いじゃないのか?」

 

 二人の戦いをそう評し、彼はミラーワールドから現実世界へと戻ろうと踵を返した。

 ここに、()の求める戦いはなかった。

 彼が現れるまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 何度も打ち合い、分かったが、パワーは向こうに分がある。ここまで接近を許してしまえば、あとはジリ貧だった。

 

「ぐっ……!」

 

 地面を転がり、すぐに立ち上がろうとしたが既に剣の切っ先が私の顔面にあった。

 

「ハハハッ! アンタじゃ勝てないよ! 鳥も地に堕ちれば獣に狩られる。結構いいの貰ったでしょう? さあ、殺させてもらうよ? けど、ただでは殺さない……仮面を剥いで、泣き喚き、絶望の表情を私に見られながら死んでいきな! ふふふ……あはは……!」

 

 恐らく、仮面の下では恍惚の表情を浮かべているに違いない。

 とんだ変態がいたものだ……。

 しかし、調子に乗っているのは彼女のも同じだった。

 

「……貴女、演劇部ね」

「……は?」

「だって、そうでしょう? 被害者の二人は演劇部で、文化祭で行われる劇では主役を任されていた。調子に乗っているって発言から恐らく貴女は主役には選ばれなかった演劇部員。こんな分かりやすいなんて、今時小学生でも察せられるんじゃないかしら?」

「……ま、そうだけどさ。ここで死ぬアンタには関係ない」

「いいえ、私は死なないわ」

「は? その自信、ムカつくんですけど。いいや、死ね」

 

 剣の切っ先が首を貫こうと迫る。

 その時、竜の咆哮が響いた。

 白き剣の竜、【ドラグスラッシャー】が赤いライダーを襲う。

 

「なんだこいつッ!!!」

 

 ヘリオスは剣でドラグスラッシャーを振り払おうとするが、その身が剣であるドラグスラッシャーにとっては恐れるものではなかった。

 そして、騎士が現れる。

 ライドシューターを駆り、アイズとヘリオスの間に割って入る。

 フードが開き……彼が来てくれたことを告げる。

 

「美玲先輩! 大丈夫ですか!?」

 

「私は大丈夫……。まずはこのライダーを!」

 

「はい!」

 

 燐が、来てくれた。

 私のために来てくれた。

 

「チッ……。仲間が来やがったか…」

「二対一です。退いてください!」

 

 腰に差したバイザーでもある剣を抜き、ヘリオスにそう告げる。

 やはり、燐は優しすぎる。

 しかし、ここで思わぬ闖入者が現れた。

 ウサギのような長く天に向かって突きだした耳を持つ怪人。モンスターが割って入ってきたのだ。

 燐は一瞬怯み、その隙をヘリオスがついて襲いかかる。

 

「くっ……。美玲先輩はモンスターをお願いします! こいつは僕が!」  

 

「……分かったわ」

 

 ヘリオスは燐に任せ、私はモンスターの追撃へ。

 ……燐なら大丈夫だろう。

 私はガナーウイングとの契約を守るため、駆け出す。

 正直、あのモンスターはエサとしてはそんなに満たされないだろうが何も食べさせないよりはマシだろう。

 再びガナーウイングを背に纏い、空へ。

 相手はウサギのように跳躍しながらアスファルトの野原を駆ける。

 ウサギが相手なら……猛禽が狩るのは当然のこと。

 デッキからカードを引き抜き、左腕の弩型のバイザーへと装填する。

 もう残された札は少なく、早々に決めて燐の助けに行きたかった。

 

【FINAL VENT】

 

 両足にガナーウイングの鉤爪を模した【ウイングクロー】が装備される。

 そして、モンスター目掛けて滑空しながらガナーウイングの背部に備わる二門の砲で砲撃し逃げ道を塞ぎ……。

 

「ハアァァァッ!!!」

 

 ウイングクローでモンスターを掴み、投げ飛ばし、回し蹴りの要領で鉤爪がモンスターを切り裂いた。

 爆炎の中に着地し、ガナーウイングがモンスターのエネルギーを捕食したのを確認して燐のもとへ戻ろうとするが、身体の消滅が始まってしまった。

 ミラーワールドにいられる制限時間が迫っている。

 最早援護どころではない。

 心苦しいが、燐を信じてミラーワールドから離れなければならない。

 近くのカーブミラーを通じて、私はミラーワールドを後にした。

 

 

 

 

 

 

 白刃が舞う。

 火花が咲く。

 相手はマンモスの牙のような双剣を巧みに扱い、切り捨てようと迫る。

 一方の双剣が袈裟に振り下ろされ、それを紙一重で避ける。

 見切った───。

 太刀の刃を返し、斬り上げる。

 右手に持っていた双剣の片割れが弾かれ、アスファルトを鳴らす。

 牙のひとつをもがれた相手に向かって、更なる猛攻。

 心臓が脈打つ。

 

 心が───滾る。

 

 ツルギとヘリオスの戦いはそのままツルギの優勢で進んでいた。

 ツルギの名の通り、剣の届く距離ならばツルギは優位に立てるのだ。ライダーは近距離戦闘が主体となるため、ツルギは対ライダー戦闘においては正しく脅威。彼と真正面から策もなしに戦ったのが敗因となるだろう。

 そして、ここに決着はついた。

 ヘリオスの剣が、宙を舞いアスファルトの地面へと突き刺さった。

 

「もう、止めましょう。殺し合いなんて、間違ってます」

 

 太刀を向けながら、ツルギはヘリオスに告げた。

 女子生徒を襲ったことは許されないが、だからと言って彼女の命を奪うことも善しとしなかった。

 

「……ふざけるな。これは殺し合いでしょう!? 何が止めましょうだ!? どちらかが死ぬまで戦う! それがライダーバトルってものでしょう!? 願いがあるからアンタも戦ってる……そうでしょう!?」

 

「違います! ライダー同士が……人間同士が戦うなんて間違ってます! それに僕は……戦いを止めるために戦って……」

「戦いを止めるために戦う? 結局アンタ戦ってるじゃない! 矛盾してるじゃない! それに……アンタ、戦ってる時、楽しそうにしてたじゃない」

 

 仮面の下で目を見開いた。

 僕が、戦いを楽しんでいた?

 違う。そんなことはないと否定しようとしても、何故か口から言葉が発せられなかった。

 

「隙あり」

 

 一瞬の葛藤が、ヘリオスに好機を与えてしまった。

 ヘリオスは腰にぶら下げたツルギと同タイプの剣型バイザーへとカードを装填する。

 

【ACCEL VENT】

 

 電子音声がカードの名を告げた瞬間、ヘリオスはその場から消え、ツルギは鎧から火花を上げていた。

 

「うあぁぁぁぁっ!!!!!」

「あはっ! いいね、そういう声が聞きたかったの! ……だけど残念。もう時間切れ。それじゃあ、また戦いましょう」

「ま、待て! ぐっ………」

 

 ヘリオスは近くに停められていたオレンジの乗用車から現実世界へ戻った。

 ツルギは追跡しようとしたが、先ほどの直撃のダメージにより思うように動けなかった。

 ミラーワールドに一人残された燐。

 

「くそっ!!!」

 

 彼の胸中には、影が渦巻いていた。

 

『戦いを止めるために戦う? 結局アンタ戦ってるじゃない! 矛盾してるじゃない! それに……アンタ、戦ってる時、楽しそうにしてたじゃない』

 

 ついさっき言われた言葉が脳内を反芻する。

 

「……違う。僕は、戦いを止めるために戦って……。戦いを楽しんでなんか、いない……」

 

 揺らぐ心理。

 燐の心を、どす黒いものが包もうとする。

 その身に纏う純白の鎧とは対照的に。

 そして、雨粒が鎧を濡らした。

 

 

 

 

 

 燐とヘリオスが戦っていた辺りを探す。

 あちこちの鏡を見て回るが燐の姿はなかった。

 途中で雨が降りだし、近くのコンビニで雨宿り。

 雨は強いが、恐らく通り雨。

 すぐに止んでくれると思うが…。

 

「こんにちは~美玲ちゃん♪」

 

 鏡の中から、少女の声が響いた。

 

「アリス……何の用?」

「見てましたよ~さっきのバトル。美玲ちゃん負けそうでしたね~。燐君が来てなかったら、死んでたんじゃないですかぁ?」

 

 その物言いに腹が立つが、事実なので言い返せなかった。しかし、アリスはそんなことを言いに来るような奴ではない。

 

「それで、何の用」

 

 雨足が強まる。

 アスファルトを打つ雨音が激しさを増す。

 

「実は~また、時が巻き戻ってしまいました!」

 

 それを聞いた瞬間、雷が鳴った。

 ミラーワールドのアリスが私の背後に回り、触れられてはいないが、後頭部を触られたように感じた。

 そして、前回の記憶が流れ込んできて…。

 

「あ……あぁ……!」

 

 燐の熱が恋しくて、彼を求めてしまった記憶が目を覚ます。

 こんな、ことが……。

 

「まぁた美玲ちゃんがライダーバトルとは関係なしに願いを叶えてしまいそうでしたのでぇ……。最初からやり直しちゃいました。これで何回目ですかぁ? アリス、もう数え切れないなぁ」

 

 また、私は…。

 燐を求めてしまったというの……。

 

「バトルにも負けて、自分の欲求にも負けて。本当に美玲ちゃんは弱いんだから……。ライダーバトルの期間中ぐらいは燐君を遠ざけること出来ないんですかぁ? あ、無理か! だって美玲ちゃん弱いんですもん! 弱いから燐君を求めちゃうんですよねー! って、行っちゃった。雨強いのになー。……まあ、いっか」

 

 アリスは鏡の中で残酷な笑みを浮かべる。

 それまでの雰囲気とは打って変わり、氷のような冷たさが表出した。

 

「燐君は私のものです。貴女には渡しません」

 

 走り去った美玲を冷たい目でしばらく見つめると踵を返し、鏡の奥深くへと消えていった。

 

 

 

 

 

 雨に打たれる。

 ミラーワールドで降りだしたということは現実世界でも雨が降っているということに他ならなかった。

 当然、傘なんて持ってミラーワールドに行ったわけではないので濡れるしかなかった。

 周りの人は傘を差し、傘を持たない人は走って目的の場所まで急ごうとする。だけど、今の僕にはそんなことする余裕もなくて……。

 

「御剣君!」

 

 ぼんやりと歩いていると、前から僕を呼ぶ声が聞こえて……。

 

「鏡華、さん……」

 

 鏡華さんは傘に僕を入れた。

 緋色の傘が上品で、鏡華さんに似合っていた。

 

「雨が降ってきたから心配になって……。どうかしたんですか? どこか怪我でも…」

「……いや、大丈夫。怪我はしてないよ」

「本当ですか? 今の御剣君はとても平気そうには見えません」

 

 心配そうに僕を見つめる鏡華さん。

 僕は……。

 いや。

 このどす黒い感情は、鏡華さんに吐き出すものではない。自分の中で噛み砕いて、飲み干さなければならないものだ。

 

「大丈夫。……それより、あのモンスター。なんで襲った人を食べなかったんだろう」

 

 無理矢理、話題を変えた。

 あのモンスターは、さっき戦ったライダーの契約モンスターだった。

 人を捕食させて力にしようとしていたのか……?

 

「え……? そう、ですね……。モンスターは人を捕食するんでしたよね? それをせずにただ襲っていただけというと……確かに、おかしいですね。野生の動物は人間のような無闇な殺生はしません。……まあ、モンスターと野生動物を一緒にするのもどうかと思いますが」

 

 なるほど。

 それならあのライダーがそういう風にモンスターに指示を出したと考えられる。

 そういえば、美玲先輩は無事だろうか?

 モンスター相手に遅れは取らないと思うが、美玲先輩も同じように雨に打たれているかもしれない。

 鏡華さんに預けていたカバンを受け取り中から折り畳み傘を取り出して、美玲先輩を探しに行こう……。

 

「り、ん……」

 

 雨音に消されてしまった声だった。

 だけど、確かに僕には聞こえたんだ。

 

「美玲先輩!」

 

 雨に濡れ、びしょびしょとなった美玲先輩がいた。

 すぐに傘を差して、雨から美玲先輩を庇った。

 

「美玲先輩……。らしくないじゃないですか。こんな雨の中で……」

 

「ごめん、なさい……」

 

「え……?」

 

 美玲先輩から出たのは謝罪の言葉だった。

 何故?

 どうして?

 美玲先輩は何故僕に謝った?

 美玲先輩は僕に触れようとした手を引き、僕からも離れようとして……。

 

「待ってください!」

 

 美玲先輩を引き留めた。

 このまま、美玲先輩が遠くへ行ってしまいそうな気がして…。

 だけど、そんな不安を口には出せなくて…。

 

「……傘から出たら、また濡れちゃいますよ?」

 

 口から出た出任せ。

 だけどそれはいい理由にもなり、僕の精神も少しは波が落ち着いた。

 ……落ち着いたせいで、思春期の少年らしさまで取り戻してしまった。

 雨に濡れた髪や頬がなんとも色めき、濡れたワイシャツが身体にぴったりとくっついて、細身で且つ出るとこは出ている美玲先輩の身体のラインが浮き出てしまっている。そしてなにより…白いワイシャツが透けて、見えてしまっているのである。水色のものが……。

 

「……あ! 御剣君じろじろ見ちゃ駄目です!」

 

 鏡華さんが美玲先輩を庇った。

 おかげで、僕の精神衛生も保たれた。

 だけど、美玲先輩と離れてしまったことが、なんとなく残念だった。

 

「とりあえず、学校に戻りましょう。身体拭かないと風邪ひいちゃいます」

「そうですね。咲洲さん、行きましょう」

 

 美玲先輩は鏡華さんの傘に入ってしまった。

 そして、僕の前を通りすぎる時…。

 

「……燐の変態」

 

 と、小声で言われてしまったのだ。

 あれは不可抗力の事故である。

 だから許してほしい。

 だけど…そんな風に言えるほどにいつの間にか元気になった美玲先輩を見て、僕は嬉しくなった。




次回 仮面ライダーツルギ

「あの赤いライダー……ヘリオスは演劇部の人間と見て間違いないわ」

「今度は四人でボコボコにしましょう! 肉体言語です!」

「……記憶喪失、ということかい?」

「お兄ちゃんにモテ期……キタァァァァァ!!!」

 願いが、叫びをあげている────


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?+1ー13 交流

 一度学校へ戻り、美玲先輩は保健室で着替えのワイシャツを借りて着替えた。あのままでは風邪をひいてしまうだろうし当然だろう。

 射澄さんと美也さんの二人と合流し、人の少ない図書室へ。

 

「あの赤いライダー……ヘリオスは演劇部の人間と見て間違いないわ」

 

 先程戦ったライダー、ヘリオスについての情報を共有していた。

 

「もうどれだけいるのよライダーは……」

「アリスはかなりの数のライダーを用意しているはずよ。この学校だけで何人いることか」

「……それはそれとして、美玲さん。あなた、昼休みに仲間だと思わないでなんて言っておいて、なに普通の顔してここにいるんですか!」

「あら、貴女以外と細かいこと気にするのね。さっきはさっき。今は今よ」

 

 美玲先輩と美也さんの間で、火花が散っている気がする……。

 

「それより、相手が演劇部に所属してるってことが分かっている以上、攻めに行くのかい? 相手は今頃、焦っている頃合いだと思うけど」

「そうね、あいつは自分から情報をべらべらと喋っておいて私を仕留めきれなかった。私ならもう学校には来ないで隠れて闇討ちって作戦に切り替えるわね」

「それじゃあ、相手が引っ込む前に倒す……ってことですか?」

「そうでもしないと、安心は出来ないわね。顔を見られたかもしれないし、燐からは名前で呼ばれてしまったし」

 

 うっ……。

 確かに、美玲先輩の名前を叫んでしまった。

 この学校で美玲というと、まず美玲先輩の名前が上がるだろうし……。

 

「よし! それじゃあ今度は四人でボコボコにしましょう! 肉体言語です!」

 

 勢い良く立ち上がった美也さんがとんでもないことを言い出した。ちょっと色々とつっこませてほしい。

 

「美也さん、戦いを止めたいんじゃ……」

「戦いは止めるけど、そういう悪どい奴は痛い目見て懲らしめてやった方がいいの!」

 

 そう強く言い放った美也さんに若干圧倒される。

 なかなか過激なことを言うなぁ……。

 

「ま、およそ常人ならやらないことだよね。いくらライダーの力を手にしたからといって気に食わない人間を怪我させて、絶望する表情が見たいだっけ? これはとんだ変態に違いない」

 

 射澄さんの言葉には賛成だ。

 ヘリオスの変身者は俗に言うサイコパスっていうやつなのかもしれない。

 

「そんな人がこれまで普通に生活していたとなると…なんだか、恐ろしいですね……」

「……本当に普通に生活出来ていたのかな?」

「どういう意味、射澄」

「この手の輩が我慢出来るのかと思ってね。実在した猟奇的殺人犯という奴等は例えば動物を虐待していたりするんだけど、それがいつしか動物では満足出来ず……」

 

 人を標的にするようになった。

 なるほど、確かに聞く話ではある。

 しかし、この辺りでそんな動物虐待のようなニュースは聞かないが……まあ、上手いこと隠しているのかもしれない。

 

「それと、主役の選考に落ちた人ってだけでかなり絞られませんか?」

「そうね…演劇部に聞いてみましょう。……と言っても」

 

 そこで言葉を区切った美玲先輩。

 時計を見るともう6時。

 図書室が閉まる時間であった。

 

「……とりあえず、今日はここまでね」

 

 美玲先輩が今日はこれでお仕舞いと解散を口にした。

 しかし、もしかしたら明日になればヘリオスは学校を休んで隠れてしまうかもしれないというのに…。

 

「正直、色々と話したいことはたくさんあるんだけど、どうだろう。ここらでひとつ、皆の親睦を深める交流会をするというのは」

 

 唐突に射澄さんがそう提案した。

 それにしても、交流会とは。射澄さんが提案したのも意外である。

 

「交流会ですか! なんだか女子会みたいで楽しそうです!」

 

 ……女子じゃないのが一人いるんですが鏡華さん。

 

「いいですね! けど私、今月ちょっと厳しくて……」

「ふむ、それに関しては私が出すよ。美玲はどうする?」

「……興味ないわ」

 

 そう言った美玲先輩は帰り支度を始めた。

 相変わらずクールだ。

 

「そう。それじゃあ美玲は抜きにして場所はどうしようか……。いっそのこと屋戸岐町まで行ってみる?」

「いやぁ流石にそれは……。それにどこかお店っていうのもなんかくつろげないしなぁ……」

「ふむ。それじゃあ誰かの家というのはどうだろう? 店よりはくつろげるだろうし、お菓子でも持ち寄って」

「私、家まで5駅あるんで遠いんですよ……」

 

 それでは皆で集まるというのも辛いだろう。

 

「私も地下鉄で30分かかる」

 

 地下鉄……ちょっと高いので遠慮したい。

 

「私の家も歩くと30分ほどかかりますし……」

 

 鏡華さんの家にはこれまで何度かお邪魔してるから分かるけど、確かに歩くと遠い。

 自転車の距離だけど鏡華さんは毎日歩いて通学してるのですごいと思う。

 

「で、燐君は?」

「え、僕ですか? 歩いて15分ですけど…」

「よし、決まりだね」

 

 え。

 

「えぇっ!? ちょっと急にそんな!」

「よし、行こう行こう」

「行きましょう! コンビニ寄ってお菓子とか買いましょう!」

 

 僕はいいよともすんとも言っていないのに、なんて横暴だ!!!

 

「御剣君、大丈夫ですか? 急にお邪魔したらお家の方にも迷惑じゃ……」

 

 鏡華さんは僕の味方でいてくれた。

 あの傍若無人二人とはまるで違って嬉しい。

 

「駄目なのかい?」

「駄目っていうか急っていうか……」

「お父さんかお母さんに聞けばいいじゃないか。友達がこれから来るけど大丈夫?とね」

 

 それもそうだな。

 母さんに聞いて今からは無理よ~って言ってくれれば家に来ることはなくなるだろう。

 早速、アプリで聞いてみよう。

 

『え? 別にいいわよ』

『ちょうど今日餃子作り過ぎちゃって』

 

 …

 ……

 ………

 

「で、どうだった?」

「……いや~急にはちょっと無理だって……」

「ふーん……どれどれ」

 

 一瞬の出来事だった。

 射澄さんにスマホを奪われ、画面を見られてしまった。

 

「ほう、別にいいだそうだよ。それに、餃子を作り過ぎてしまったそうじゃないか。ええ? 燐君?」 

「えー! 今日ちょうど中華な気分だったんだよね! 御剣君ママナイスゥ!」

「御剣君……」

 

 鏡華さんが僕を慰めるために話しかけて……。

 

「餃子、ご馳走になります」

 

 目を輝かせて、言われてしまった。 

 もう、僕に逃げ場なんてものは……。

 

「待ちなさい」

 

 ここに救いの手が現れた。

 興味ないと帰り支度を済ませたが何故かまだ帰ってはいなかった美玲先輩である。

 やっぱり美玲先輩は頼りになるなぁ。

 

「私も行くわ」

 

 …………。

 もう、なんなの。

 

 

 

 

 

 

「た、ただいま~」

「あら、おかえりなさい。お友達は?」

 

 帰宅すると声を聞いてやって来た母さん。

 本当に、本当にいいんだな…。

 

「え、あ、うん……。外にいるよ……」

「そう。じゃあ早くお通ししてあげて。勝村君達でしょう?」

 

 そう言って母さんはキッチンへと戻っていった。

 あ、友達が来るとしか言ってないから勝村達だと思われてる……。

 ……もう、この際なんだっていいや。

 

「……どうぞ、上がってください」

 

 外にいる皆さんをご案内する。

 ……どうにでもなぁれ。

 

「お邪魔します」

「お邪魔しまーす」

 

 こんな声が四つも響いたもんだから、リビングから母さんと美香が顔を覗かせた。

 

「すいません急にお邪魔してしまって……。私、咲洲美玲という者です。よろしくお願いします」

 

「あ、これはご丁寧にどうも……。燐の母です……」

 

「妹です……」

 

 ……なんか変な挨拶が始まっている。

 

「それじゃあ私達も挨拶を……」

「あーもういいですから! はいこっち! こっちです!」

「むう、なかなか強引だね。嫌いじゃないよ、そういうのは」

 

 変なことを言わないでもらえるだろうか射澄さん。

 思春期真っ盛りな妹に変な影響があったらどうするんだ。

 そんな感じで無理矢理四人を二階の僕の部屋に通して閉じ込める。

 これ以上、この人達を家族に関わらせるのは危険だ。

 

 

 

 燐が強引に全員を二階へ上げたあと、母と美香は呆然としていた。

 

「ねえ、お母さん」

「なに、美香?」

「みんな、女の人だったね」

「ええ、そうね……」

 

 二人は夢か幻を見せられた気分だった。

 実はあれは燐ではなく狸か狐が化かしているのやもとすら思っていた。

 しかし現実にそんなことはあり得ない。

 つまりはあの燐は本物であるということで……。

 

「お兄ちゃんにモテ期……キタァァァァァ!!!」

「そりゃそうよ! だってお父さんと私の息子よ! モテないはずないもの~!」

 

 盛り上がる二人。

 これまで浮いた話のなかった自身の息子、兄がよもや女子を四人も引き連れて我が家に凱旋するなどとても想像していなかったからである。

 

「ただいま……って、なんだ。やけに靴が多いな」

「お父さん聞いて聞いて! お兄ちゃんにモテ期到来だよ! 可愛い人に美人さんを四人も連れてきたんだよ!」

「ほう、それは……。母さん」

「なに?」

「飯」

「は~い」

 

 父は、いつも通りだった。

 

 

 

 

 

 

「いやーご飯が美味しい」

「ふぉんふぉ、ふぁひぃふぃふぅるぎふんのほはあしゃんへんしゃい……」

「影守さん、ちゃんと食べてから話しましょう……」

「……」(無言で美味しそうに食べる美玲先輩)

 

 ほんと、なんでこんなことになっているのだろう。

 まさかこんなことになるなんて、一時間前の自分に話しても絶対に信じてはくれないだろう。

 

「それにしても、同年代の男子の部屋というものには前から興味があったんだ。創作物ではよく出てくるけど、リアルではどうなのかとね。というわけでベッドの下を覗かせてもらおう」

「え!? ちょっと射澄さん駄目ですよ! プライベートなんですから!」

「……そう言いつつあなたもベッドの下を見てるじゃない」

「? ベッドの下になにかあるんですか、御剣君?」

「それはもちろんエr……」

「いや、なにもないよ」

 

 美也さんの口からそれを発せさせないように被せて言った。

 今時ベッドの下なんて場所に隠すものか。全国的に広まってしまったことにより、アレの隠し場所といえばベッドの下という風潮が出来上がった。故に、おいそれとアレをベッドの下に隠すことが出来なくなってしまったのだ。中には裏の裏をかいてベッドの下に隠す輩もいるらしいが、それは非常にリスクが高い。

 男は常に研究し、特殊部隊のスナイパーのような隠密性をアレに付与させるのである。

 

「ふむ……。やはりアレを隠すのにベッドの下というのは創作物の中だけなのか…?」

「そもそも燐がそれを持っているかどうかが重要よ。燐、持っているの?」

「美玲先輩までなんですか……。持ってないですよ」

「御剣君は何を持ってないんですか?」

「それはもちろんエr……」

「あー! はい、食べ終わったなら食器片付けますから!」

 

 美也さん意外と下ネタ好きなのか?

 まあそれはいいとして、食器を回収して……。

 

「部屋の中、あんまり弄くりまわさないでくださいね」

「分かってる分かってる」

 

 本当に分かっているのだろうか、この知識欲お化けは。一抹の不安を抱えながら、食器をまとめたお盆を持って部屋を後にした。

 

 

 

「なぁ、美玲」

「なに」

 

 燐が部屋を出たあと、静寂を破って射澄が美玲に話しかけた。

 

「燐君は本当に持っていないと思うかい? アレを」

「……検証に値するわ」

「ということは、まさか……」

「ああ、探そう。お団子君も手伝って」

「お団子君って言わないでください! それはそれとして手伝います!」

「えっと……。人の部屋を漁るのはよくないですよ!」

 

 女子三人が、アレの捜索に乗り出した。

 燐が戻ってくるのは恐らくすぐだろう。

 短時間でいかにアレを見つけだすか。そのために、三人は知恵を寄せた。

 

「ベッドの下でないとなると」

「机の引き出しの中?」

「確かに可能性はある。引き出しというものは家族であっても開けづらいものだからね。板の下に隠すなどしてカムフラージュしてる可能性もある」

 

 引き出しを勝手に開けるという行為は相手の内面を覗くようで罪悪感に襲われる。射澄と美也はあれを勝手に開けていいものかと悩む。

 だが、思わぬ意見が美玲の口から飛び出たのである。

 

「────本棚よ」

「その根拠は?」 

「木を隠すなら森。本を隠すなら本棚よ」

 

 自信溢れた様子でそう推理した美玲は早速本棚を観察した。本棚に本があることは当然のこと。その中にしれっとアレが混じって並べられていても違和感はない。

 何かを隠そうとすればそこに違和感が生じる。

 故に、何かを隠しているということがバレてしまうのだ。

 燐の本棚はなかなか大きい。

 壁の半分を占める面積にはびっしりと本が並んでいた。その大半は父からの御下がりであるが、燐はしっかりとそれらにも目を通していた。

 同年代と比べると読書量が多く、そしてジャンルが偏らない。少年らしく漫画もあれば、有名な文豪の名作もある。図鑑もあれば、自然を写した写真集もある。著名な作家のエッセイもあればなにやら聞いたこともないような作家のジャンルもよく分からない文庫本もある。

 実に多種多様な本の数々。

 この中なら、アレが混ざっていてもおかしくはない。

 

「図鑑?」

 

 美玲はとある図鑑に目を向けた。

 ファンタジー百科と背表紙に書かれ、カバーに入ったそれだが、妙に厚い。カバーが膨らんでいるのだ。

 これは、中に何か詰め込まれたのだろう。

 美玲は中身を確認しようとファンタジー百科へと手を伸ばし……。

 

「なにしてるんですか勝手に」

 

 燐が、戻ってきた。

 

「い、いや~本がいっぱいあるから何か面白そうな本がないかな~って……」

 

 美也が必死で誤魔化す。

 しかし、あからさまだった。

 

「……美也さんって、そういう人だったんですね。幻滅です」

 

 燐が目を細めた。

 軽蔑の視線である。

 

「ちょっと!? 私だけじゃないし! 最初にやろうって言ったのは射澄さんだよ!」

 

 美也はとにかく自分だけが悪いのではないと周りを巻き込み始めた。

 しかし、ここにいるのは一癖も二癖もある先輩である。

 

「おやおやお団子君。人のせいにするのかい? それも、先輩の」

 

「こんな時ばっかり先輩面しないでください! あとほら、美玲さんだって乗り気だったし」

「人のせいにするんじゃなくて自分の罪を認めたらどう?」

「実際に本棚を漁ったあなたの方が罪は大きいと思います!」

 

 美也は2ーD二大女子の前に弄ばれていた。

 片や「氷の女」と称されるクールビューティー。

 片や「図書室の番人」と称される変人。

 我の強い。いや、我の塊と言っていい二人に敵うほど美也の性格は悪くなかった。

 

「ま、まあまあ。影守さんが困ってますし……」

「うぅ……味方は鏡華ちゃんだけだよ……」

 

 鏡華に抱きつき慰められる美也。

 同級生からは姉のようだと言われる美也だが、流石にあの二人を同時に相手取るのは精神的に辛かった。

 

「それより、二人はなにしてたんですか?」

「燐、この本なんだけど、見てもいいかしら」

「? いいですけど美玲先輩、ファンタジーに興味なんてあったんですか?」

 

 平然と読むことの許可が降りたことに内心驚く美玲。

 顔には出ていないが。

 自身の推理が外れたのかと、カバーから本を取り出すとファンタジー百科と一緒に大量の写真が出てきて床に散らばった。

 

「わっ! なんだこれ、こんなところに写真なんて入れたっけ……?」 

 

 床に落ちた写真達を拾い集める燐。

 なんの写真だったかと見ると、それは燐が小学校に入学したばかりの頃の写真であった。

 

「あー! これ沼田のキャンプ場でキャンプした時の写真だ! こんなとこにあったんだ~」

「小さい時の御剣君可愛いわね……」

「今も可愛いんですよ。じょ……」

 

 鏡華は燐の女装のことを話そうとしたが、秘密だったことを思い出して口を押さえた。

 

「じょ?」

「じょ……女子の皆さんからも、かわいいって評判なんです。あはは……」

 

 なんとか誤魔化すことに成功してホッと息をついた。

 燐も同時に、隠れてホッとしていた。

 

「父さんが僕が小学校に入学したらキャンプに連れていくって約束してくれて……。懐かしいな~」

 

 思い出を噛み締める燐。

 写真一枚一枚を手に取り、懐かしむ。

 

「……燐、私達置き去りなのだけど」

「いいじゃないですか。思い出を懐かしむのはいいことですよ。……羨ましいです」

 

 最後にポツリと溢した言葉を射澄は聞き逃さなかった。好奇心の強い彼女は躊躇うことなく、鏡華を問い詰めた。

 

「羨ましいとは、どういうことだい? 思い出に浸ることは誰だって出来るだろう?」

「あ……」

 

 しまったと、鏡華は顔を背けた。

 だけど、この人達ならと鏡華は真っ直ぐと射澄を見つめてこれまで語らなかったことを謝罪した。

 

「実は私、記憶がないんです。幼い時の記憶が」

「……記憶喪失、ということかい?」 

「はい。ただ、記憶を失ったという感じではないんです。ある日、突然どこからか生えてきたみたいな、その時から記憶がスタートしてるみたいな感じで……」

 

 自身の始まりは病室。

 家が火事になり両親が死んだことを伝えられた。

 生き残ったのは自分と兄のみ。

 空っぽの自分に押し付けられた情報は、空っぽだからこそ素直に受け止めることが出来たのだろう。

 そして、記憶はなかったが兄は確かに自分の兄であるということは感じることが出来た。

 

「兄……宮原士郎ね」

「はい。そして、私達は父方の叔母のところに引き取られて、現在に至ります」

「まさか、鏡華さんが記憶喪失だったなんて……」

「記憶喪失といっても幼少の数年分程度ですからそんなに気にして……」

「うわぁぁぁん!!! 鏡華ちゃん! 無理しなくていいんだからね! いっぱい甘えていいからね!」

 

 さっきとは立場が逆転し、鏡華を抱く美也。

 よしよしと凄い勢いで頭を撫でて……。

 

「影守さん……その、恥ずかしいですから……」

「あーもう! 影守さんって呼ぶの禁止名字禁止! 美也って呼んで!」

 

「えー……じゃあ、美也、さん?」

 

「うん! それならよし!」

 

 美也さんと名前で呼ばれたことが嬉しくハイテンションになった美也は「鏡華ちゃーん」とハグし、頬擦りする。

 ……若干、鏡華が引いてるのは内緒である。

 

「……すごい勢いで距離を詰めてる」

 

 燐も引いていた。

 

「騒がしいわね……」

「美玲はこういうの嫌いかい?」

「……射澄はどうなのよ」

「悪くない。今まではこういうのとは無縁だったから、こういうものもあるのかと新たな知識、いや経験を吸収中だよ」

「……そう」

「で、どうなの?」

「……騒がしいのは嫌いよ」

「そう。ま、人それぞれだよ」

「ほら、御剣君……いや、燐君! 先輩方も!」

 

 バッと腕を開く美也を見た三人は顔を見合せ、意味分かる?と互いに訊ねた。

 しかし、誰も分からず再び美也に顔を向けた。

 

「円陣組みましょう円陣! これから皆で戦っていくんですから!」

「さっきの流れからどうしてそうなったの……」

「いいからいいから! 細かいことは気にしない!」

 

 美也に無理矢理引っ張られ、燐は肩を組まれた。

 

「ふむ、面白そうだ」

 

 射澄は好奇心から自ら肩を組んだ。

 

「……」

「美玲さん」

「……やらないわよ。前も言ったけど、別に仲間になったつもりは……」

「美玲先輩」

 

 燐に名前を呼ばれ、一瞬心臓が跳ねた美玲。

 燐を見ると、なんとも言い切れない表情をしていて……。

 

「もう、やっちゃった方がいいですよ?」

 

 それは、諦めだった。

 燐はもう逃れられぬ定めだと割り切り、「さっさとやってさっさと終わらせましょう」という方針に切り替えていたのだ。

 

「……仕方ないわね」

 

 ため息をつきながら、燐と射澄と肩を組む。

 もう、どうにでもなってしまえ。

 

「それじゃあみんなで……ライダーバトルを止めるぞ~!」

「おー」

「「「おー……」」」

 

「声が小さいよ~!!!」

「美也さんって、こんなキャラだっけ…?」

「多分これはあれだね、場酔いというやつだね。お祭りに行ったらテンション上がりすぎて盆踊りじゃなくてブレイクダンス踊りだすタイプだよ彼女は」

「美也さん。その、ここは御剣君のお家なのでお静かに。家族の方もいらっしゃいますし……」

 

 美也を鏡華が宥めるがしかし、事態はとんでもない方向へと進んでしまった。

 

「失礼~デザートのリンゴ持ってきたわよ~って、なになに? 円陣なんか組んじゃって、気合いでも入れてるの?」

 

「か、母さん……」

 

 よりにもよって、この人が来てしまった……。 

 そう燐は脳内で頭を抱えた。

 

「はいお母様! こう、皆の団結を高めようと」

 

「あらあらいいじゃない。ちょっと私も混ぜてよ」

 

「はい! どうぞどうぞ!」

 

 美也と鏡華の間に入る燐の母。

 どうして、どうしてこんなことにと燐はショックを受ける。燐の精神が、もたなくなってきていた。

 

「それじゃあお母様、音頭を」

「え? 私でいいの? それじゃあ……ファイト~……」

「「おー!」」

「おー」

「「「おー……」」」

「ちょっとちょっと皆テンション低いわよ~。円陣なんだから気合い入れないと気合い。燐は男の子なんだから特に入れなきゃ駄目でしょう」

「いや気合い入れるっていうか、なんのために入れるか分からないから気合いの入れようがないっていうか…」

「もうしょうがないわねぇ。お母さんがお手本見せてあげるから。ファイト~……お……痛ッ!?」

「何してるんだお前まで」

 

 父さんが母さんを丸めた新聞紙で軽く叩いた。

 いつの間に部屋に入ってきたのだろう。

 たまに父さんの能力が恐ろしい。

 

「なにってそりゃ若者達と一緒に遊んでたのよ」

「そんなことするな……。もう若くないんだから」

「なっ!? 失礼ね! これでも御剣さん若いですねぇってよく言われるんだから!」

「そういうことじゃなくてだな。ほら、いいから出ろ。すいませんね、こんな妻で」

「い、いえ……」

 

 父さんが申し訳なさそうに母さんを引き摺って部屋を出た。

 ……なんともまあ愉快な両親だなぁ。

 

「美也さん? どうかしましたか?」

 

 鏡華さんが美也さんにそう訊ねた。

 なんでそんなこと訊ねたのか気になって美也さんを見ると、確かに様子がおかしい。

 さっきまであんなにハイテンションだったのに、今はぼうっとしている。

 

「美也さん? もしもーし」

「……あ、燐君」

「どうしたの急に静かになって」

「いや、あのね……。燐君のお父さん。すごい、タイプ」

 

「「「「えっ」」」」




次回 仮面ライダーツルギ

「特別な喧嘩って、これのこと?」

「まだ耐えられるもんね!」

「喜多村……殴り合おうよ……!」

「私のことなんてどうせ家事をするだけの女としか思ってないんでしょう!?」

願いが、叫びをあげている────


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?+1ー13/2 闘争狂い

長くなりそうだったので分割。
前回、13話の裏の話。瀬那目線です。
当初の予定より激闘になってしまった……。 
EPISODE Xも執筆中!
今年中には出せるかな……


 少々時間は遡り、ゲームセンターCR。

 茜のマジックショーはなんやかんやで続行され、瀬那は終わるのを待つ羽目に。

 

 壁に凭れながら、あいつのショーが終わるのを待った。

 人が去っていくのを横目で見ているとあいつが駆け寄ってきた。

 

「……気は済んだ?」

「うん。最高のショーだったよ」

「それはよかったな」

「瀬那、怒ってる?」

 

 そりゃ怒りもするだろう。

 30分も待たされた私の身にもなってみろ。

 

「まあまあ。家に帰ったら美味しいご飯作ってあげるからさ。ところで、なんの用でここに来たんだっけ?」

「お前……ここによくいるライダーを倒しに来たって言っただろ」

「ううん。言われてない」

 

 こいつ……!

 

「だって私集まれとしか言われてない!」

「大体想像つくだろ! なんのためにお前と組んだと思ってるんだ!」

「私のことなんてどうせ家事をするだけの女としか思ってないんでしょう!?」

「うるさい! こんな時にふざけるな!」

 

 こいつ……!

 ああもう!なんでこうなる!

 

「ちょっと、そこの女子~私のゲームの邪魔しないでもらえる~?」

 

 ふと唐突に響いた私達を制止する声。

 この声には聞き覚えがあった。

 

「……やっぱり、ここにいたか。金草」

「ん? その声は……あんたか。ちょうどいいね、やろっか。……そっちの子もライダー?」

 

 金草の表情が曇った。

 

「どうも~瀬那の飼い主やってます。撒菱茜でーす。以後、お見知りおきを」

 

 大げさな礼の後に何処からともなく小さなバラをその手に出現させ、金草に手渡した。

 というか、飼い主とはなんだ飼い主とは。

 

「ふーん……。片月、あんたも堕ちたね。勝てないからって仲間連れて来るなんて」

 

 挑発的な笑みを浮かべる金草。

 なるほど、やり合う前にまずは舌戦がお望みか。

 

「別にあんたぐらい一人でも勝てるんだけどね。楽に勝ちたいから二人がかりで来たってだけ。あんまり自惚れない方がいいんじゃない?」

 

 目を細める金草。

 なかなか効いているようだ。

 相手を怒らせ冷静さを欠かせるなんてのは当然の行い。基本中の基本の戦術である。

 なのだが……。

 

「ちょっとちょっと。喧嘩するなら外でやってくれたまえよ~って、君か……関心しないなぁ」

「喜多村……。あんたには関係ない」

「そうそう。これからやるのは特別な喧嘩だからさ。一般人は引っ込んでな」

 

 特別な喧嘩。

 ライダーバトル。

 ただの人に止められようもない戦い。

 だが、妙な感覚が背中を走った。

 こいつは……喜多村は……。

 

「特別な喧嘩って、これのこと?」

 

 なんの特別感もなく、デッキをジーンズのポケットから取り出した喜多村。

 やっぱり、こいつ……。

 

「へぇ、あんたもライダーなんだ。混ざる?」

「いいよ。やろうか」

 

 こいつは根っからの戦闘狂。

 やらないわけがない。

 

「そっちが二人で来るなら、私はそっちにつこうか?」

「いいや、ろくに知りもしない奴と手は組めないよ。それに私、ソロプレイだから。なんなら三対一でもいいけど?」

 

 強気な発言。

 だけど、そんな風に言えるくらいにはこいつは強い。

 これまで幾度となく戦い、決着がつかなかった。その決着をつけようと今日は来たのだが……。

 喜多村、遊……。

 

「ま、なんでもいいから早く始めようよ」

 

 あいつがそう口火を切った。

 こいつもなかなかのバトルジャンキーだ。

 だけど、ここでウダウダしていてもしょうがない。

 

 

 

 

 

 建設途中のビル。

 休工中なので誰もいないことが幸いし、立ち入るのは容易だった。

 それぞれ、鏡となる物の前に立ちデッキを構え一斉に変身した。

 

「「「「変身ッ!」」」」

  

 小気味良い音をたてデッキがバックルへと装填される。

 

【仮面ライダージャグラー】

 

【仮面ライダーカノン】

 

【仮面ライダーレイダー】

 

【仮面ライダースティンガー】

 

 そして、四人の闘士が闘技場へと勇ましく入場していった。

 

 

 ミラーワールドには相変わらず、あの耳鳴りのような音が響いている。

 一対一対二。

 数では私達が有利。

 だが、戦いとは不確定要素が多い。

 当初の予定通り、二対一ならともかく喜多村が追加されたことで何が起こるか分からない。

 とにかく、気を引き締めるしかない。

 四人がそれぞれ間合いを計り、ちょうど菱形のような形に。

 最初に動いたのはカノン。

 銃型のバイザーを引き抜き、早撃ちをレイダー目掛けて繰り出した。

 

「おわっ!?」

 

 早撃ちは直撃。

 レイダーの胸部から大きな火花が飛び散っていく。

 しかし、当の本人は直撃してもけろっとしていた。

 

「ま、私は硬いからそれくらいじゃ問題なし!」

 

 両腕を挙げて自分は無事だと謳うレイダー。

 なるほど、頑丈さは確からしい。

 

「一番危険度高そうな奴から撃ったけど、正解みたい」

 

 しかし、私達を忘れてもらっては困る。

 

「余裕かまして大丈夫?」

 

 ジャグラーの鞭がカノンの腕に巻きつく。

 動きを制限されたカノンに向かい、ジャンプして勢いをつけた拳を放つ。が、その攻撃は軽くいなされてしまった。

 

「ぬるいぬるい」

 

 変わらず減らず口を叩くカノン。

 そのお喋りな口を黙らせようと拳を打ち続ける。

 だが、どれもカノンを捉えることは出来ず、逆に零距離からの弾丸を胸に穿たれた。

 

「ぐあっ!?」

 

 地面を転げ回る。

 仮面が、土に汚れた。

 

「瀬那ッ!?」

 

 あいつの声が聞こえる……。

 そのあとすぐに銃声とあいつの悲鳴が聞こえて、あいつも倒れたのが分かった。

 

「あれ? 調子悪いんじゃない?」

 

 カノンの口は止まらない。

 私の頭は血が昇ったなんてものでは済まされない程に滾ってしまった。

 こいつ……!

 

「おらぁ!!!」

 

 勢いよく立ち上がり、再び拳のラッシュを繰り出していく。だが、冷静さを欠いた拳は当たらない。

 空ばかりを殴って、苛立ちが募る。

 

「どこ殴ってんの? これまで勝ち残ってきたのが不思議なんですけど」

 

 こいつ……!

 こいつッ!!!

 身体中に力が入り強張る。

 硬いパンチを放つ瞬間のことだった。

 

「……口閉じないと、滅茶苦茶痛いよ?」

 

 横から、物凄い速さと勢いをもった拳がカノンの黒い仮面に直撃した。

 まるで、弾丸。

 いや、砲弾。

 あれを食らってよく砕けないものだと思う。

 仮面は砕けはしなかったが、中身まではどうなったかは分からない。何故なら、糸が切れた操り人形のように生命感無く倒れたカノンがその後ピクリとも動いていないから。

 

「あれ~? のびちゃったかな? まあいいや。本命は君だから」

 

 メタリックグリーンの拳を私に向けてそう言い放ったレイダー。喜多村遊。

 こいつは、マジに狂っている……!

 戦いたくて戦いたくて仕方ないタイプの人間。

 だけど……それは、私だって同じのはずだ!

 

「いいよ。やろうか……」

 

 カードを抜き、レイピアのようなバイザーへと装填。

 レイダーも拳に装備されたメリケンサックのようなバイザーへとカードを装填した。

 

【STRIKE VENT】

 

 二重に響いた電子音声。

 私は雀蜂の腹のような格闘武器を右手に装備し、構える。

 レイダーは大猿のような巨大な拳を装備し、構える。

 ここから先は何も考えない。

 野性の戦い。

 強い方が勝つ。

 ただ、それだけ。

 

「はあぁぁぁッ!!!」

「ぜやぁぁぁッ!!!」

 

 同時に駆け出した。

 そして、拳を突き出した。

 ぶつかり合う拳と拳。

 意地と意地。

 だけど……。

 

「ぐっ……」

 

 砕けて、しまいそうだ……。

 なんて、硬い拳。

 武器の上から伝わる脅威。

 もしこれをただの拳で受けていたなら拳どころか腕まで砕けていただろう。

 それにまだ、戦いは始まったばかりだ……!

 右足でレイダーの足にローキックを浴びせる。

 大したダメージではないだろうが、意識はそちらに削がれただろう。

 一瞬の隙。

 空いた左手で腰に提げていたバイザーを逆手で抜き、レイダーを斬りつけた。

 しかし、これは右の巨腕にガードされる。

 攻撃も重ければ防御も硬い。

 とても、とてもやりづらい。

 

「いいね……その足掻く感じ。もっと足掻いておくれよ!!!」

 

 弾かれたバイザー。

 がら空きとなった胴。

 一秒が、永遠のようだった。

 これは……これは……!

 

「ふんッ!!!」

 

 目の前が、突然暗くなった。

 足に力が入らない。

 身体が言う事を聞かない。

 なんて……。

 なんて……重い……。

 

「瀬那ッ!!!」

 

 ……私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 この声は……あか、ね……。

 

「はあッ!」

「んん? 君には興味ないんだけど……殴っていいなら殴るよ」

「殴ってみやがれゴリラ女ッ! 瀬那は私が守るんだ!」

 

 声だけが聞こえた。

 声のあとに響いたのは何かが空を切る音。

 そして、鈍く、何かを叩いたような音と悲鳴。

 茜の、悲鳴……。

 

「……? 変な感触」

「へへ……私、打撃には強いんだよね……。あんたとは相性最悪? みたいな?」

「へぇ……じゃあ、いっぱい殴れば君に届くかなっ!」

 

 ボンッと砲弾が飛び出したような音の後に、再び茜の悲鳴。

 やめ、ろ……。

 

「まだ……まだ耐えられるもんね!」

 

【CLEAR VENT】

 

 茜がカードを切った。

 クリアーベント。

 ライダーを透明化させるカード。

 見えない相手はさぞ脅威となるだろう。

 

「見えない……」

 

 いいぞ茜……。

 このまま、やってしまえ……。

 

【FINAL VENT】

 

 響く死刑宣告。

 これは、仕留めただろう。

 

 

 空から伸びたジャグラーの鞭。

 そして、ジャグラーの契約モンスターである【マジシャンズオクトパス】の触手。

 それらがレイダーの全身を絡みとっていく。

 

「ぐっ!? こ、これは……!?」

「あんた……強いよ。強いから、ここで倒す!」

 

 透明化を解除しながらジャグラーは言い放つ。

 仮面の下、茜の目には確かな光が宿っていた。

 しかし……。

 

「ぐ……がが……ふ、ふふふ……あははっ! いいね! 君も強い! 強い子は好き! だから……」

 

 レイダーは、腰を据えた。

 そして……全身に力を込めていく。

 

「なにを、する気……?」

「……ふん……ふんッ!!!」

 

 レイダーは更に力を込めていく。

 ジャグラーは、レイダーが何をしようとしているかを察してしまった。

 

「まさか……拘束を解くつもりッ!? そんなこと、出来るわけ……」

「……ぜあぁぁぁッ!!!」

 

 ブチブチと嫌な音をたて千切れるマジシャンズオクトパスの触手。

 悲痛な叫びを上げるマジシャンズオクトパス。

 拘束がほどけたレイダーはまずモンスターへと飛び掛かった。

 

「私を締め付けた悪い子にはお仕置きが必要だね」

 

 モンスターへと馬乗りになったレイダー。

 掴みかかり、マジシャンズオクトパスを八つ裂きにしようと力を込める。

 

「なっ……!? オクトパス!」

 

 自身の契約モンスターを助けようとレイダーへ接近するジャグラー。

 それは、悪手である。

 むざむざレイダーの得意とする距離に入っていくのだから。

 

「殴られにきたかッ!!!」

 

 初撃、鋭い左。

 速さと鋭さの合わさった拳がジャグラーの顔面を揺さぶった。

 続けて左が連射される。

 的確にジャグラーの顔面を打ち、脳を揺らしていく。

 そして、ジャグラーがよろめいた瞬間。レイダーの強力な右ストレートが繰り出された。

 ジャグラーの顔面を捉えた右手。

 ───だが、それを阻むものがあった。

 スティンガーのストライクベント。

 クインニードル。

 

「ふふ。また、立ち上がってくれた」

 

 仮面の下で笑みを浮かべる遊。

 対して、スティンガー。瀬那はボロボロであった。

 だけど、それでも……。

 立たなければいけない───。

 

「喜多村……殴り合おうよ……!」

 

 レイダーの拳を払ったスティンガーはまずは顔面へと一発、左。

 先程レイダーがジャグラーにしたように、左のジャブを連発する。

 

「さっきよりキレがいい……!」

 

 殴られながらも笑う喜多村。 

 彼女はとても、楽しそうだった。

 

「瀬那……」

「ちょっと休んでろ」

 

 背後の茜にそう声をかけた瀬那。

 その声はいつもより棘がなかった。

 

「ほらほら! 今度はこっちからいくよ!」

 

 レイダーが再び拳を繰り出す。

 猛烈なラッシュ。

 的確に防御し、カウンターを放つスティンガー。

 再び、拳と拳のぶつかり合い。

 だが、ライダーバトルの武器は身体だけではない。

 

【ADVENT】

 

 いつの間にセットしていたのだろうか、レイダーの契約モンスター【ガッツフォルテ】を召喚する。

 緑色のゴリラのようなモンスター。

 建築途中のジャングルジムのような足場を掴み、ジャングルを駆けるかのように戦場へと躍り出た。

 野性を剥き出しに暴れ狂う【ガッツフォルテ】

 このままレイダー諸ともスティンガーを叩き潰すような勢いであった。

 しかし、それは一瞬のことである。

 

【CONFINE VENT】

 

 鏡が砕け散るように【ガッツフォルテ】は消滅した。

 コンファインベント。

 敵のカード効果を無効化する能力を有したカード。

 この強力な切り札を切ったのは……。

 

「やっちまえ! 瀬那!!!」

 

 ジャグラー。

 撒菱瀬那。

 

「ッ!? まだ切り札はとってあるけどね!」

「使わせるかッ!!!」

 

 スティンガーが殴る、殴る、殴る。

 レイダーに何もさせないように。

 これ以上、レイダーの暴力を許さないように!

 

「でやぁぁぁぁぁッ!!!!!」

 

 渾身の一撃がレイダーを殴り飛ばした。

 そして、切り札をデッキから引き抜く。

 

「これで、最後だ……」

 

 バイザーへと装填し、そのカードの名を告げる。

 

【FINAL VENT】

 

「え……」

 

 茜の声が漏れた。

 瀬那は手を止めた。

 喜多村もまた動きを止めた。

 

 何故なら、今の音声は瀬那のバイザーからのものではなかったからである。

 

「はははッ!!! 私抜きで楽しかった? ……みんな仲良く、楽しく吹き飛んで死になッ!」

 

 ビルの上、夕陽に照らされた仮面ライダーカノン。

 黒き騎士と契約モンスター【カノンリザード】がその銃口にエネルギーをチャージしていた。

 見るからに、明らかに。

 直撃してはまずいということを三人は理解した。

 

「瀬那ッ!!!」

「あか……」

「吹っ飛べ」

 

 引き金が引かれた。

 カノンのファイナルベント【ハイパーカノン】

 極太の二本の光線が、三人のいた大地へと降り注ぐ。

 

「まだまだこんなもんじゃないよッ!!!」

 

 更に威力を増した光線が地面を穿つ。

 そして、周囲を光が包み───。

 

 鏡の世界に、爆炎が噴き上がった。




次回 仮面ライダーツルギ

「なんで、お前に膝枕されてんの」

「だって、私は弱いから」

「燐君は美玲のために今日なんでもするんだよね?」

「うん、枯れ専だね」

 願いが、叫びをあげている────


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?+1ー14 祭典

 ───瀬那、おいで。

 

 優しい声が響く。

 落ち着きのある、低くて、優しい声。

 懐かしい、声が。

 しゃがんで、広げられた腕の中に私は走っていく。そして、大きなその腕は優しく私を抱き止めて……。

 

「ん……」

 

 今のは……夢、だったのか。

 ずっと忘れていた、あの頃の夢を見たのか。

 というか、

 

「なんで、お前に膝枕されてんの」

「あ、起きた。身体は大丈夫?」

 

 にこりと笑いながら私の顔を覗き込むこのバカに少々苛立ちを覚えた。何をちゃっかり元気そうにしているのか。

 あんなに殴られていたというのに……。

 

「私は、別に。そういうお前はどうなんだよ」

「ふふん。ジャグラーは打撃に強いからね。案外平気なのさ」

 

 両手を腰につけ、えっへんと自慢気でいるバカ。

 ああ、もう……。

 

「そんな丈夫なら心配なんてしなきゃよかった……」

「ん? 何か言った?」

「別に」

 

 適当に誤魔化して身体を起こした。

 何時までもこいつの膝を借りるのは悪い。

 

「ところで、ここはどこ? どうやって助かったんだ、あの状況で」

 

 周囲を見渡すと、どこかの路地裏。

 それに、どうやってあの場を切り抜けたのか私は記憶がない。

 

「なんとか、私の忠犬。いや、忠タコのマジシャンズオクトパスが触手を使って私達を引っ張って逃がしてくれたのさ。そしてここがどこかは不明。瀬那を連れて逃げるのに必死でさ~。もうてんやわんやだよ」

「そっか……」

 

 ありがとう。

 胸に浮かんだ言葉は、口に出せなかった。

 たったの五文字も話せなかったのだ。

 

「帰ろっか」

 

 何事もなかったかのようにあいつは呟いた。

 その言葉に、私は甘えた。

 

「さあ、帰ったら瀬那の手当てするからね~。身体をじぃっくりと堪能させてもらうからね~」

「ふざけんな。そういうお前だって……」

 

 軽く、こいつの腹をつついた。

 

「ひゃあっ!?」

 

 思いの外、可愛い声が聞こえてきた。

 しかし、すぐに痛む声を発した。

 

「馬鹿。隠すなよ……」

「あはは……。ポーカーフェイスはマジシャンの基本なんだけど。瀬那に見破られるとは私もまだまだだなぁ」

 

 そう言いながらはにかむバカは確かに隠すのは上手いが流石にあれだけ殴られればいくら打撃に強いとはいえダメージはあると思ったのだ。

 

「ま、とにかく帰ろう。怪我してんだから」

「お互いね」

 

 二人で、笑った。

 細い路地に、二人の笑い声が響き渡った。

 

 

 

 

 燐の家でのどんちゃん騒ぎは終わり帰宅。

 今日も一人きりの家で、ぽつんとベッドに腰をかける。

 ……はじめて行った燐の家は暖かくて、とても居心地が良かった。

 お父さんもいて、お母さんもいて、妹もいて。

 ああ、燐は私とは住む世界が違う。

 私の家族は多忙であまり家に帰ってこない父だけ。別に恨んだりだとか憎んだりはしていない。父は母が亡くなった悲しみを仕事で紛らわしているのだ。

 父と母はとても仲が良くて、私の自慢だった。けれど、私が小学四年生の時に母が死んだ。

 事故だった。

 葬儀の時はずっと悲しみを堪えていた父だったが、葬儀を終えてからはずっと泣いて、酒を呷るように呑んで……。

 だけど、いつの間にか父はいつものように会社に行くようになった。そして、どんどん昇進していった。その頃から、父の帰りが遅くなっていった。

 いつしか、家族皆で暮らすはずの家で一人ぼっちでいることが当たり前となった。

 無彩色の世界で、一人きり。

 そんなモノクロの世界に現れた、純白。

 御剣燐。

 はじめて出会ったのは、春の大会前の取材。

 まだ入学したばかりで、中学生らしい幼さを残した燐と出会った瞬間。久しぶりに、世界に色が付いた。

 白黒の世界で白く、優しい光に包まれていた。

 熱心に取材する燐に気圧されたまま取材は終了。最後に笑顔で「ありがとうございました! 大会頑張ってくださいね」と言われた時のことを鮮明に覚えている。

 恐らく、その瞬間に私は燐を好きになったのだろう。そして燐も、私を好きになってくれた瞬間。この事実がとても嬉しくて、嬉しくて……。

 だからこそ、この今の状況に憤慨している。

 ライダーバトルが始まってから、私と燐は結ばれていない。

 何故、どうして。

 繰り返された時間の中で私と燐の関係は変化するばかり。

 この……。

 この想いだけは、変わっていないのに───。

 

 

 ひとまず、着替えよう。

 ずっと制服のままでいるのはなんだかまだ学校にいるような気がして嫌いなのだ。

 立ち上がって、姿見の前へ。

 制服姿の私と向かい合う。

 鏡の前に立っているのだから当然のことではあるが、この自分自身と向き合うような感じは好きにはなれない。いや、そもそも鏡の中の自分を見ることが好きな人間の方が少ないと思うが。

 

 鏡を見ていると、不安になる。

 

『私じゃ燐の隣にはいられない』

 

『こんな私が燐に好かれるはずがない』

 

『だけど私は燐を求めてしまう……』

 

「だって、私は弱いから」

 

 ふと、聞き慣れた声が響いた。

 これは、私の声だ。

 だけど私は言葉を発していない。

 では、今のはなんだ?

 驚愕に目を見開く。

 しかし、鏡の中の私は違う表情を浮かべていた。

 悪意に満ちた、挑発的な笑み……。

 そして、鏡の中の私は私に向かって話しかける。

 

「こんばんは~美玲ちゃん♪ みんな大好きアリスですよ~」

 

 絶対に私がしないような笑い方で、そして私ではない声。

 アリスの、声……。

 鏡の中の私が歪み、アリスへと変貌する。

 月光が射す。

 青い冷たい光が照らす、妖しい少女。

 

「アリス……」

「はーい♪ アリスですよ~♪」

 

 いつものように食えない満面の笑みを浮かべるアリス。相変わらず、人の神経を逆撫でにする笑顔だ。

 

「……何の用?」

 

 苛立ちを多分に含んだ声で問う。

 アリスと話す時はいつもこうだ。

 

「今日は、大事な用で来ました」

「大事な用……? うっ……!?」

 

 突然、脳を焼き焦がすような量の情報が、記録が、記憶が、思い出が、脳を侵食していく。

 

 

 

『…ツーショット』

 

『え…えーっと、ツーショットっていうのは…』

 

『…もう、自棄よ』

 

 記憶。

 数日前、燐が私の部屋に来た時の……。

 いや、違う。

 私と燐は、こんな……。

 

『もう少し、もう少しだけ、このままでいさせて…』

 

 燐に抱きついた私。

 そして、燐の腕が、私を抱いた……。

 

 

 

「ダメですよ~美玲ちゃん。願いを叶えるのはライダーバトルでないと~♪ おかげでアリス、時間を巻き戻しちゃいました~!」

「なん、で……。なんで!? どうして!? 貴女には関係ないでしょう!?」

「関係ない? 大ありです。だって、貴女は願ったじゃないですか。燐君からの愛を。そのためにライダーバトルに参加したんですよね? だったらその願いはライダーバトルで叶えてもらわないと契約不履行です」

 

 ひどく、冷たい声色と表情のアリスが現実を私に打ち付けた。

 

「前にも言ったはずですよ? 時が巻き戻る度に私は【ライダーバトルと関係なしに燐君を手に入れてはいけない】と……。だけど美玲ちゃんは弱っちい雑魚だから言い付けを守れなくて何回も何回も燐君に手を出して……。本当に弱い娘……」

「あ、ああ……!」

 

 思い出す。

 思い出していく。

 何度も、何度も、繰り返してきたこと。

 何度も燐と結ばれそうになって、その度にこの女に邪魔をされて……。

 

「なんなの……! なんなのよ貴女は! どうして! なんで私と燐を引き裂こうとするの!?」

 

 叫ぶ。

 喉が裂けそうなほどに、血を吐きそうなほどに。

 

「なんで、ですか? それも何回も聞きました。それではもう何度目か分からないこの言葉を送らせていただきますね。……リア充爆発しろっ! ふふふ……はははッ!!!」

 

 高笑いを浮かべ、長い黒髪を翻してアリスは闇の中へと消えていった。

 再び、部屋で一人。

 アリスの発していた妖しい気配も消え失せ、部屋には孤独な冷たさが差し込んでいた。

 

「ッ……! ああ……!」

 

 一人泣き崩れ、フローリングの床を涙が濡らした。

 

 

 

 

 

 

 今日は土曜日。

 新聞部は土曜日に関しては出ても出なくてもよいとされている。基本的に僕は顔を出して先輩の手伝いなどをしてきたが今日は珍しく部活には顔を出さず、ある場所を訪れていた。

 

「わぁ……。咲洲さんのお家、新しくて立派ですね」

 

 白い壁の大きな家を見上げた鏡華さんがそう呟いた。

 今日、僕は鏡華さんを連れて美玲先輩の家を訪れていた。

 

「お父さんが貿易関係? の仕事してて結構お金持ちとかなんとか……。美玲先輩はあんまり言わないけどね」

「そうだったんですか。お財布とかいいもの使ってらっしゃるなと思っていたんですが納得です」

 

 そんなところを見ていたのか。

 シンプルな茶色い財布くらいに思っていたけど、いいものだったのか……。そういうのはよく分からないんだよなぁ。今後、そういう記事を書くかもしれないから勉強しておいた方がいいかもしれない。

 この会話を取り敢えず脳の片隅に置いて、今は美玲先輩だ。

 インターホンを押して、と……。

 

『……はい』

 

「おはようございます。僕です」

 

 そう言うと、しばらく間が空いた。

 ……。

 

『……近所に、アイスルームって喫茶店あるから。そこで待ってなさい。すぐ行くから』

 

「あ、はい。分かりました……」

 

 アイスルーム?

 はじめて聞く名前だけど、まあしょうがない。

 この辺りにはあまり来ないから。

 アイスルーム、アイスルームと……。スマホの地図アプリで検索すると、歩いて五分ほどの場所に『喫茶アイスルーム』は存在した。

 

「とりあえず、行こっか」

「そうですね。喫茶店なので何か飲みながらでも。それに……今日は暑いですから……」

 

 鏡華さんの言う通り、今日は九月に入ってから最高気温を記録し、残暑というには残りすぎな暑さではないかと思われる。

 紫外線が大敵な女子である鏡華さん的にもあまり外にはいたくないだろうし。

 ……ちなみにだが、朝一で乃愛さんから連絡が僕にあった。内容は『女装コンのために日焼けしないように』とのことだった。おかげで妹から日焼け止めを借りて塗ることになったのだが……。

 まあ、こんな日照りでは日焼けというか火傷してしまいそうなのでよかったかもしれない。

 そんなことを考えたり、鏡華さんと雑談しながら歩けば五分なんてすぐで、もうアイスルームに着いてしまった。

 外装は古い……というと悪いのでレトロな喫茶店らしい喫茶店。こういう喫茶店は好きなので、内心わくわくしている。

 ドア開けるとドアチャイムの小気味良い音が響く。

 ……実に雰囲気ある喫茶店だ。 

 午前中のまだ早い時間ということもあるだろうが。

 

「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」

 

 マスターはこの女性のようだ。

 黒髪で短いポニーテール。

 美人系で、どことなく美玲先輩と同じ感じがした。

 席は……美玲先輩が後から来るから四人掛けのところへ。

 店の奥。

 ソファの方は鏡華さんと美玲先輩が座るように僕は通路側の椅子に座って……。

 

「鏡華さん? そっち行かないの?」

「え?」

 

 鏡華さんは何を思ったか、僕の隣の席に座っていた。

 

「そっち座った方がいいよ。鏡華さん荷物あるんだし」

「けど、咲洲さんが……」

「並んで座ればいいよ」

 

 変なところに気を遣う人だ。

 別に悪いことではないのに。

 鏡華さんはどこか申し訳ないように僕の向かい側の席へ移動した。

 ふう、これで落ち着けるというものだ。

 さて、それじゃあ飲み物を決めよう。

 メニューを手に取ろうとして……アイスコーヒーでいいか。

 暑いし……あと、懐事情というものである。

 外はあんなに暑いのに、何故僕の懐はこんなにも寒いのか。

 温度差で風邪をひいてしまいそうだ。

 

「鏡華さんは何にする?」

「私は、そうですね……。実は、コーヒー苦手なんです」

「え? そうなの?」

「はい……。コーヒーというより、カフェインが駄目で……」

 

 なるほど。

 確かに、カフェインが苦手だという人はいる。

 しかしそんな人を連れて喫茶店とは……。しょうがない面もあるけど。

 

「えーと、それじゃあ私はアイスココアにします」

 

 まあ、妥当なところだろう。

 けど、アイスココアもいいなぁ……。

 

「お決まりですか?」

 

 やっぱりアイスココアにしようかと悩み始めたところにマスターがお冷やを持ってやって来た。

 

「あ、えーとアイスコーヒーとアイスココアで」

「かしこまりました」

 

 ふむ……。

 やはり、喫茶店のマスターというのはある程度愛想が悪い方がいいとさっと立ち去ったマスターを見てそう思った。

 客との適度な距離感というのが必要だというのが、僕の個人的な考えである。

 

「あ」

「どうしたんですか?」

「……僕もアイスココアにしとけばよかったかなぁ」

 

 

 

 

 

 

 冷たい苦味を口に含む。

 まあ、アイスコーヒーはアイスコーヒーでいいものである。

 それにしても……。

 

「まだかなぁ美玲先輩」

 

 堪らず胸の内を呟いた。

 かれこれ二十分ほど待たされている。

 まあ、鏡華さんが一緒にいるから鏡華さんがいかにカフェインに弱いのかといった雑談で時間を潰していたが、こう長いと心配というものである。

 

「女の子は色々と準備が必要なんですよ。……もしかして、燐君。咲洲さんに今日の事伝えてなかったんですか?」

「えっと……うん」

「それじゃあ駄目です! 女の子は色々と準備が必要なんですから!」

「……ごめんなさい」

 

 いや、すっかり忘れていたのだ。

 まあ、美玲先輩だから大丈夫だろうと思っていた僕も悪い。

 反省反省。

 反省の意味を込めて苦味を摂取する……。

 うん、苦い。もう一口。コーヒーの味を堪能する。一応言っておくが、コーヒーは好きである。ブルーマウンテンとかそういうのは分からないけど。

 コーヒーの味を覚えたのは最近で、締め切りに追われた時、眠気覚ましのために人生初ブラックを飲んでみたのだがこれが意外といけたのだ。

 それにしても、ここのコーヒーは美味しいな……。

 やっぱりチェーンよりこういう個人経営だよねと一人持論を展開していると、ドアチャイムが響いた。

 入店したのは美玲先輩。

 キョロキョロと店内を見渡すが、そう広くない店内なのですぐに僕達を見つけた。

 

「ごめんなさい。遅くなったわ」

「いえ。こちらこそ急に伺ってすいません……」

 

 まず、謝った。

 ちょうど鏡華さんに叱られたばかりだったので。

 

「まあ、それはいいんだけど……。二人で何の用?」

「今日はお休みですから一日中美玲先輩の警護にあたります! ……というつもりで来たんです」

 

 最初なら胸を張って堂々と言えたのだが、もしかしたら美玲先輩の迷惑になってしまうのではという考えが芽生えてしまった現在、申し訳なさでいっぱいだった。

 

「……もしかして、昨日の言葉を気にしてるの?」

 

『そうでもしないと、安心は出来ないわね。顔を見られたかもしれないし、燐からは名前で呼ばれてしまったし』

 

 そう、昨日のこの言葉がずっしりと僕にのし掛かっていた。

 もし、僕のせいで美玲先輩が危ない目に……。最悪の事態になってしまったらと考えたら眠れなくなったほどに。だから今日は付きっきりで美玲先輩を守ろうと思ったのだ。

 しかし……。

 

「別にそんな心配しなくても大丈夫よ」

「けど……」

 

 大丈夫だと言い張る美玲先輩。

 だけど……。

 

「いらっしゃい美玲。この二人は美玲のお友達?」

 

 僕達の会話に割って入ったマスター。

 気軽に『美玲』と呼び捨てにしているあたり結構仲はいいのだろう。

 

「後輩です。あと、いつもので」

「はいはい。それじゃあ、ごゆっくり」

 

 なるほど。

 常連になるとあんな感じか。

 

「咲洲さんとは仲が良さそうでしたね。よく来られるんですか?」

「ええ。というか、彼女とは親戚なのよ」

「あぁ、似てると思ったんだよな……」

 

 しかしマスターさんの方が美玲先輩より愛想が若干良さそうなのはやはり客商売をしているからだろう。

 

「燐?」

「な、なんですか?」

「……愛想が悪くて悪かったわね」

 

 !?

 な、なんで心が読まれたんだ!?

 口には出してないのに!

 

「と、とにかく! 僕が美玲先輩を守ります! 守るったら守るんです! 何でもします!」

「もう……。我が儘言う子供じゃないんだから……」

 

 困った顔を浮かべる美玲先輩。

 確かに子供のような我が儘ではあるが……。男なら、貫き通さなければならない時があるのだ。

 

「はい、ケーキセット。あとこちらサービスね」

 

 少々、張り詰めた雰囲気の中割って入ったマスター。

 美玲先輩の注文していた『いつもの』とはケーキセットの事か。アイスコーヒーとチョコレートケーキ。そして、僕と鏡華さんの前にも同じチョコレートケーキが置かれた。

 

「ありがとうございます!」

「いえいえ。美玲と仲良くしてもらっているお礼だから気にしないで。この子、いっつも一人で来ては本読むか音楽聞くしかしてないんだから。ちゃんと同年代の友達がいるようで嬉しいよ私は」

「美緒さん」

「はいはい」

 

 おお……。

 あの美玲先輩がたじたじだ。

 恥ずかしい気持ちが隠しきれていない抗議の目線なんていう珍しいものが見れてなんだか嬉しい。

 

「それで、何の話してたかは知らないけど。男の子が何でもしますって言ってるんだから応えてあげなきゃ駄目よ」

 

 む、さっきの話聞かれていたのか。

 静かな店内だし、少々声が大きかったかもしれない。

 

「けど……」

「ねえ、君。名前は?」

 

 唐突に名前を聞かれた。

 なんとなく、マスターさんの目の奥に悪戯を仕掛けようとする意思を感じた。

 

「燐です。御剣燐」

「燐君か。可愛い名前だね」

 

 か、可愛い……。

 実を言うとコンプレックスといえばコンプレックスなのだ。女の子のような名前だと小さい時は意地悪されたこともある。

 最近は別になんとも思わなくなったが、やはり可愛いと言われるのは慣れない。

 

「燐君は美玲のために今日なんでもするんだよね?」

「え? えっと……はい?」

「ほら、なんでもするってよ。男の子にここまで言わせたからには……」

 

 

 

 

 

 

「み、美玲先輩? あとどれくらいですか?」

「どれくらいというのは?」

「えっと……あと、いくつお店を回るのかって意味です……」

「そうね、まだ色々と服見たいからそのつもりで」

「そんなぁ……」

 

 僕達が訪れたのは『聖月パレスタウン』

 聖山駅のすぐ近く。聖山区と月見区の境に立地しているため聖月と名付けられたここはショッピングは勿論、ジムやら映画館やらとここで一日過ごせると言って過言でないほどの複合施設である。

 そして僕は大量の紙袋を肩に掛け、重さに負けないように頑張って歩いていた。

 

「あの……大丈夫ですか?」

「鏡華さん……。大丈夫かどうか聞いてるけど半分くらい君のも持ってるからね。ついでみたいな感じで持たされたからね!」

「あはは……。あ、あのお店行ってもいいですか!」

「最近入ったところね……行ってみましょう」

 

 ま、待って……。

 

 

 

 

 

 

 合わせ鏡の空間。

 無数に拡がるこの空間に一人の少女。

 アリス───。

 

「そろそろ……刺激が欲しいところですね」

 

 退屈気に呟く少女は頭を唸らせ……。

 閃いた。

 

「そうだ! ライダーバトルの参加者の皆さんにもっと楽しんでもらえるようにしないといけないですね!」

 

 妙案を思い付いたと一人舞うアリス。

 少女の靴音が、異界に響く。

 

「───だけど、それだけじゃ足りないわよ? アリス?」

 

 舞うのを止めたアリス。

 少女のような無邪気さは消え、アリスからはただならぬ妖艶さと危うさが醸し出される。

 そして、女はニタリと微笑んだ。

 

 

 

 

 

聖月パレスタウン1階 

 

「あー!!! なんで私っていつもああなっちゃうんだろう!!! あー!!!」

 

 フードコートに声が響いた。

 今日、私を呼び出した張本人であるお団子君のものである。

 

「……それで、私は何の用で呼び出されたのかな? 君の愚痴を聞くためかい?」

「そうじゃないですけど……そうじゃないですけどぉ! 恥ずかしいじゃないですか!」

 

 お団子君は昨日のことを恥じているらしい。

 しかし、何故?

 

「別に恥ずべきことではないと思うけどね。明るいことはいいことだし、楽しむべき時は楽しむというのは当たり前だろう?」

「それは、そうなんですけど……」

「それにしてもお団子君が枯れ専だったとはね。人の性癖とは面白い」

「だから枯れ専とかじゃなくて……。純粋に御剣君のお父さんカッコよかったじゃないですか!」

「うん、枯れ専だね」

 

 違うと否定するお団子君の説明をBGMにグレープの炭酸飲料を口に含む。

 涼しい場所で冷たいジュースを飲むということはなんて贅沢なのだろう。

 

「ちょっと! 聞いてます!?」

「ああ、聞いてるとも。それで、そろそろ本題に……」

 

 唐突に、あの耳鳴りが響いた。

 戦いを告げる、闘争への知らせが。

 

「射澄さん!」

「ああ、行こうか」

 

 バッグを手に取り、二人で走る。

 音の鳴る方へ。

 

 

 

 

 ショッピングの最中、唐突にあの音が響いた。

 いつも唐突なんだけど。

 

「美玲先輩!」

「ええ、行くわよ」

「それじゃあ鏡華さんこれお願い!」

「え! あ! はい! ……重いッ!」

 

 紙袋を鏡華さんに渡して美玲先輩と共に音が強く鳴る方へと駆ける。

 それと、出来るだけ人のいないところへ。

 変身したところを見られたらまずいし。

 人が多いところを走るというのはなかなか一目について恥ずかしいが気にしている場合ではない。

 

「美玲先輩! そこの階段は人いないです!」

「……そこから行くわよ」

 

 そこはあまり使われない階段。 

 人は皆、エスカレーターやエレベーターといった文明の機器を使う。

 おかげで、人が少なくて僕達がなんとも変身しやすい環境が整えられた。

 文明、サイコー。

 お誂え向きに鏡もあるし。

 ……ん?

 

「射澄先輩! こっちの階段良さそうです!」

「よし、ならそこで……ん? 燐君?」

「なんで射澄さんと美也さんが……」

「そんなことより、行くわよ」

「は、はい!」

 

 四人同時にデッキを構える。

 

「「「「変身!」」」」

 

 並び立つ、四騎士。

 

「よしっ!」

 

 鏡に向かい、ファイティングポーズを取りミラーワールドへ。

 ライドシューターを駆り、並走する。

 こうして四人で行くというのは始めてか。

 仲間って感じがして、悪くない。

 美玲先輩辺りは否定しそうだけど。

 現実世界とミラーワールドの境界を抜け、全てが反転した世界へと。

 そこで、見たものは……。

 

「な、なにこれ……」

「モンスターがこんなに……」

 

 街を覆う、モンスターの群れ。

 そこかしこに白い人型のモンスターが大量に蔓延っている。

 

「こんにちは~!!! ライダーの皆さん! みんなのアイドル! アリスですよ~!!!」

 

 ミラーワールドに響く、アリスの声。

 これは、一体……。

 

「今日はアリスからのボーナスタイム! モンスターのレベル稼ぎのためにこんなにたくさんモンスターを用意しましたよ~!!!」

 

 モンスターのレベル稼ぎ……。

 モンスターはモンスターや人間を捕食することで強化される。

 食べれば食べるほどに。

 そしてモンスターの強さはライダーの強さにも直結してくる。

 だけど……。

 

「アリスがそれだけのためにこんなことを……?」 

「……これだけのモンスターが人間を襲いだしたら」

 

 射澄さんの呟きに全員が息を飲んだ。

 これだけのモンスターが人間を襲いだしたら?そんなの、最悪の事態どころの話ではない。

 

「と、とにかく!全部倒せばいいんですよね!」

「けどミラーワールドに入られる時間は限られる。一秒も無駄には出来ない!」

「はい! おぉぉぉぉ!!!!!」

 

 スラッシュバイザーを構え、モンスターの群れへと斬り込んでいく。

 一体一体は弱く、容易く切り裂くことが出来る。

 これなら……!




次回 仮面ライダーツルギ

「……君は、頂点に立つことが夢だったのか?」

「あはは! 大漁大漁!」

「私が、見えるの……?」

「私は……アリス。ライダーバトルの管理者」

 願いが、叫びをあげている────


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?+1ー15 揺らぐもの

お待たせしました!
そして……ライダー募集第2弾開催中です!
詳しくは活動報告へ!!!


「……君は、頂点に立つことが夢だったのか?」

 

 暗い生徒会室。

 この部屋の主たる生徒会長の席に座りこちらに背を向ける『鐵宮武』が、デッキを弄びながら私に語りかける。

 だが、私は彼の問いに答えなかった。

 

「ふむ……無視とは、感心しないな。だが、沈黙は肯定と見なすとも言う。ということはつまり、そういうことなのだろう」

 

 この不遜で、余裕ある態度が私は気に入らなかった。

 なにより、奴の言っていることが全くもってその通りなことが腹立たしい。

 

「佐竹副会長。私は別に君の願いを否定するつもりはないんだ。むしろ、君と私の願いは同じ。志しを同じくする者だ」

「え……」

「私はいずれこの国の頂点に立つ男だ。こんな学校の生徒会長だけに収まる男ではない。そして君の言うライダーバトルにおいてもそうだ。願いを叶えるために最後の一人となるまで戦う。望むところだ。生き残り、叶えてみせようじゃないか。()()()()()()()

 

 私と、君の、願い……?

 

「どういう、こと……?」

 

 訊ねると、鐵宮は立ち上がり力強さを感じる足取りで私へと近づき、私の背後へと立った。

 

「そのままの意味さ。君の願いと私の願いは同じ。ならば、君の分も叶えてあげようじゃないか。……私と共に来い、佐竹副会長」

 

 私の分も、願いを叶えるだと?

 ふざけるな!そんなこと出来るわけがない!

 願いを叶えることが出来るのは一人のみ。

 そもそも、頂点というものは二人も立てないものだ。

 それを、こいつは分かっているのか?

 

「……どうやら、戦いの時間のようだ。この話、考えていてくれたまえ。悪い話ではないがね。危険な戦いは私が行う。君は……情報収集でもしてくれればいい。それでは」

 

 そう言い残し、生徒会室を後にした鐵宮。

 読めない。

 奴の考えが読めない。

 何故、私の願いを叶えるなどと……。

 一人取り残された生徒会室。

 私は、疑問に囲まれ立ち尽くした。

 

 

 

 

 校舎を歩く。

 休日であるが、文化祭まであと三週間ほどに迫った校舎は部活動に励む生徒達で溢れかえっている。

 私の姿を見た生徒達は道を開け、尊敬の眼差しを向ける。

 だが、足りない。

 もっと、もっとだ。私はもっと敬わなければならない。

 こんな学校の生徒会長なんてちんけなものに納まる器ではない。もっと高く、更に強く。

 それこそが、私。

 あの女も利用してこの戦いも利用して。私はこの世界に君臨してみせよう。

 

 鏡へと向かう。

 赤紫色のデッキを鏡へかざし、巻かれたベルトのバックルへとデッキを装填する。

 

「変身」

 

 纏われる、頑健、荘厳な鎧。 

 

【仮面ライダー吼帝】

 

 紫のマントを翻し、異世界へと進軍する。

 震えよ、王の進軍だ───。

 

 

 

 

「こんにちは~!!! ライダーの皆さん! みんなのアイドル! アリスですよ~!!!」

 

 ミラーワールドから聞こえた声。

 思わず反応してしまい、劇の練習を止めてしまった。

 

「ごめんなさい。ちょっと体調が悪くて……」

「大丈夫ですか久遠先輩? 保健室で休んだ方が……」

「うん……。ごめんね? ちょっと休めば大丈夫だと思うから」

 

 そう言って、他の人にも頭を下げて視聴覚室から出た。

 向かう先は保健室などではなく、もちろんミラーワールド。この辺りは校舎でも辺鄙な場所なので生徒はあまり寄り付かない。昇降口から最も遠く、かつ三階の一番端。校舎の最果てとも呼ばれるほどなのだ。そんな場所ではどこでも変身出来る。

 適当に近くの空き教室に入り、デッキを構えた。

 

「変身」

 

 現れる、紅き双角の騎士。

 

【仮面ライダーヘリオス】

 

 暴虐の騎士。

 一連の演劇部員の事故は彼女の仕業によるものだった。

 一度、首を回して息を漏らすと軽い足取りでミラーワールドへと入門した。

 

「は? なにこの数。キモ」

 

 ミラーワールドへ着いて早々、そんな言葉をヘリオスは呟いた。

 三階の窓から飛び降り、ひとまず自身のモンスターの餌とするべくソードベントで召喚した双剣を手に駆け出す。

 ただ斬るだけでモンスターは死んでいく。

 次々と空へ浮き上がるモンスターだったものの光。

 それを餌にするダイナエレファスが次々とその長い鼻で光を掴み捕食していく。

 

「あはは! 大漁大漁!」

 

 双剣を振り回しモンスターを虐殺していくヘリオス。

 正に、暴虐の嵐。

 その勢力を強め、止まることを知らないように思えた。

 しかし、紅い嵐の前に巨大な壁が立ち塞がった。

 

 

 

 

 

 ミラーワールドでは白い人型のモンスター【シアゴースト】の大群が蠢いていた。

 聖山高校の校庭を、いや、町内を埋め尽くすほどの群れ。

 そして、その中央では仮面ライダーヘリオスがシアゴースト相手に暴れ回っている。

 

「雑魚ばかりだな。数を食えば腹の足しにはなるか。なあ、レオキマイラ?」

 

 屋上から地上を俯瞰した吼帝。

 契約モンスター『レオキマイラ』の赤紫の体毛を撫で、ふっと微笑む。

 だが、仮面の下には冷たい、特別目下のことに興味のない鐵宮の瞳があった。

 

「さて、ライダーと戦うのは初めてだが……。見たところ大したことはないな」

 

 ヘリオスをそう評してから、一歩足を進め……自由落下。

 地面のアスファルトを砕き堂々と着地した。

 その音を耳にしたシアゴースト達が一斉に吼帝へと視線を向ける。

 

「モンスター風情が……この私の前に立つな!」

 

 シアゴーストに向け一喝。

 迫るシアゴーストを拳で払いのけ、爆散させていく。

 

「ハッ! 豆腐を殴っているような感覚だ!」

 

 次々とシアゴーストを屠る吼帝。

 凄まじい勢いで群れの中央へと侵攻していく王は一直線に紅い嵐……ヘリオスのもとへ向かう。

 そして、出会う───。

 

「……なに、あんた?」

「仮面ライダー、吼帝」

「その声、あんた男? どうなってんのよ。ライダーバトルは女しかいないって言ってた嘘だったの? 昨日の奴も男だったし。マジ意味分かんない」

「ほう? 私以外にも男がいたか。まあいい。いずれ見えるだろうが今はお前だ。喜べ女。お前は私が屠る最初のライダーだ」

 

 静かに指を差す吼帝。

 邪魔をする者はいない。

 吼帝の威圧感にシアゴーストすら恐れをなしたのである。

 そして、その指の先にあるのは獲物。ヘリオスである。

 

「ふざけるな……!」

 

 吼帝の言葉に憤るヘリオス。

 モンスターそっちのけで吼帝めがけて駆け出し、双剣を振り下ろす。

 だが……。

 

「ガッ……!?」

 

 ヘリオスは地面を転がっていた。

 脳内を驚愕と、痛みが乱雑に駆け回る。

 思考回路は混乱状態に陥っていた。

 

(いま、何をされた……? 奴のカードの効果か? いや、奴はデッキからカードを抜いた素振りも見せなかった……)

 

 そして、再び驚愕する。

 吼帝は、右腕を突きだしていた。

 私は、ただ殴られただけだった……。

 その事実が受け入れがたく、地面を殴りつけてから再び吼帝へと向かう。

 

「何度やっても、同じことだ」

 

 嘲笑を浮かべ、ヘリオスを待ち構える吼帝。

 振り下ろされる剣。

 それを右腕の装甲で防ぐ吼帝は機械のように正確かつ、達人の如くキレのある俊敏さであった。

 

「がら空きッ!!!」

 

 左手に持つ双剣で隙だらけの胴を狙う。

 しかし、剣よりも速い拳がヘリオスの顔面を襲った。

 

「ぐあっ!?」

 

 まるで、弾丸のような左拳。

 よろめいたヘリオスをマシンガンの如き拳の連射が襲う。

 

「フッ! ハッ! ハアッ!!!」

 

 最後に、強力な右ストレートが繰り出される。

 避ける術のないヘリオスの顔面に強力な一撃が刻まれていく。

 

「あああああ!!!!!!」

 

 大きな火花を上げながら、ヘリオスは宙を舞った。

 まだ吼帝の攻撃は止まらない。

 自由落下していくヘリオスに向かって飛び蹴りを繰り出したのだ。

 

「ハアアアアッ!!!」

 

 蹴り飛ばされたヘリオスはモンスターを巻き添えにしながら吹き飛ばされていく。

 そして、倒れたヘリオスに向かい悠々と歩いていく吼帝。

 モンスターの群れの中にぽっかりと開いた大きな道は、まさに王の道。

 彼、吼帝が歩くのに相応しかった。

 

「……くそ、野郎が」

「他愛ない。この程度なのか? ライダーというものは。これでは一瞬のうちに私の夢は叶いそうだ」

 

 倒れたヘリオスの胸を踏みつけ、躙る。

 立ち上がろうにも力の入らないヘリオスはされるがまま苦痛に呻いた。

 

「さて、ここでお前は終わりだ。この学校の者だったんだろうが私と出会ったのが運の尽きと思ってくれよ」

 

 最早、死に体のヘリオスは蹴り転がし、マウントを取った吼帝はその仮面を砕かんと拳を握り締める。

 だが、吼帝はあることを思い出した。

 佐竹日奈子からデッキを奪い取り尋問していた時のこと。

 とあるルールのことを。

 

『メモリアカード……。願いが記録されたカードよ。それを破られたら願いが反転して、その願いが叶うことは二度とない、らしいわ……』

 

「見てみたいものだな、願いの反転というものを」

 

 その言葉を聞いたヘリオスは咄嗟に反撃を試みる。

 だが、もはや彼女にそんな力もなく。また、吼帝がそれを許すはずがなかった。

 吼帝の手がヘリオスの首を掴み上げる。

 そして、ヘリオスの紅いデッキへと手を伸ばし……。

 

「やめ……やめて……」

「なんだ? 途端に雌らしい声を出すようになったな。今更媚びても無駄だぞ雌」

 

 デッキからカードを引き抜く。

 露になるヘリオス【久遠綾姫】のメモリアカード(願い)

 

Violence(暴力)

 

「野蛮な奴だな君は。私の世界に君は必要ない」

 

 ヘリオスを見下ろし、カードへと指をかける。

 

「待っ……待って! お願いだから! 私、あんたのためになんでもするから!」

「くどい」

 

 なんの躊躇いもなく吼帝はメモリアカードを破り捨てた。地面に落ちたカードは風に吹かれ、どこかへ飛んでいき、消滅した。

 

「さて、どうなる?」

 

 メモリアカードを失ったライダーがどうなるかと愉しみにしていた吼帝。

 だが、そこにいたはずのヘリオスの姿はなかった。

 

「……なんだ、どうなるかは見せてはくれないのか。つまらん」

 

 それだけ言い残して、吼帝は去って行った。

 この近辺にいたモンスター『シアゴースト』を全て平らげ、今しがたヘリオスの契約モンスターであったダイナエレファスも仕留めた『レオキマイラ』を侍らせ、ミラーワールドを後にした。

 

 

 そして、一連の出来事を目撃している者がいた。

 仮面ライダー甲賀。

 黒峰樹である。

 クリアーベントを用いて透明化し、一部始終を目撃していた彼女は吼帝の存在に危機感を覚えた。

 

(あれは……流石にヤバいよね。あの赤いライダーには悪いけど様子見に徹して正解だった。乱入してたら私もやられていただろうし……)

 

 思案して、ある結論に辿り着く。

 そしてこの結論を抱えて、ミラーワールドを去った。

 この考えは、自分だけでは実行など出来ない。

 ならば、どうする?と逡巡しながら。

 

 

 

 

「ぜあああッ!!!」

「はあああッ!!!」

 

 モンスターの群れへと斬り込んでいくツルギとグリム。

 白刃を舞わせ、次々と爆炎の華を咲かせていく。

 さながら、彼岸花───。

 

「美玲。前衛は一年生組に任せて私達はまとめて薙ぎ払おう」

「そうね。一体一体相手にしてたらキリがない」

 

 美玲と射澄はそれぞれカードを切る。

 

【SHOOT VENT】

 

【STRIKE VENT】

 

 アイズは弓を手にし矢を番え、ヴァールは籠手を右腕に装着する。

 腰を低く落とし、構えるヴァール。

 

「はぁぁぁ……はあッ!!!」

 

 右腕を突きだし、放つ水流。

 水であるが、圧縮された水は速く、鋭い。

 水流はモンスターを貫通し、果てしない。

 

 アイズは矢を引き絞る。

 背後には契約モンスターである『ガナーウイング』が口に炎を滾らせている。

 そして、放つ。

 青い炎を纏った矢はやがて火の鳥のように大きな翼を広げ、シアゴースト達を焼き焦がしながら翔ぶ。

 

 

 

「流石に斬っていくのは効率悪いか……」

 

 やり方を変えようとグリムはカードを引いた。

 これまで使ってこなかったカードである。というのも使いどころが無かったのだが、今この状況こそあのカードを使うのに相応しいと判断したのだ。

 契約モンスターを模した、鰐の頭部のような籠手にカードを装填する。

 

【TIDAL VENT】

 

 電子音がカードを読み上げると同時に、グリムの足下から水が湧き出てくる。

 水と言っても、濁った茶色い水である。

 それこそ、獰猛な獣が身を潜め獲物を狩るのに絶好な水……。

 そんな水が膝下ほどの深さで周囲に拡がっていく。

 そして立つ、水柱。

 重力に従い落ちていく水滴達。

 水柱の中心にいたのは、巨大なワニ型モンスター『グランゲーター』

 一度に大量のシアゴーストを捕食し、噛み砕く。

 これが初撃。

 食べ終えると、再び暗い水底へと潜航。

 次の獲物達を水底から選定し、狩る。

 

「うちの子、大食らいだから! まだまだいけるよ!」

 

 水飛沫を上げながら、シアゴーストを切り裂いたグリムが叫ぶ。

 それに呼応するようにグランゲーターも咆哮。

 大気は震え、シアゴースト達も震え上がった。

 

 

 

 自分のデッキはこういう大群をまとめて倒せるようなカードを持っていない。

 あるのは剣が三枚、ドラグスラッシャーとあとファイナルベントのみ。

 なんてデッキだと今更ながらに思う。

 しかし文句を言ってもデッキは変えられないので出来ることをやっていくしかない。

 ドラグスラッシャーを頼りに戦ってきたがここは数を減らしていきたい。

 ならば、太刀よりも……。

 

【SWORD VENT】

 

 天から召喚されし、白き大剣。

 

【ドラグバスターソード】

 

 地面に突き刺さった剣を引き抜き、両手で構え、駆ける。

 水飛沫を上げながらモンスターの群れへと突撃。

 この水は、使える。思い切り水を蹴りあげモンスターを怯ませる。モンスターはこのどでかい大剣ばかりを気にして、足を見ていなかった。

 そして、この隙に薙ぎ払う。

 横薙ぎに振るった大剣はその重さを持ってしてモンスターを斬り砕いていく。まとめて薙ぎ払うのに大剣は有効だ。

 しかし、大剣は振りが大きく隙が出来てしまう。

 背後から飛び掛かってくるモンスター。僕はそれに気付いていたが大剣を振るったばかりでどうしようも出来ない。

 だが、どうもしなくていいのである。

 頼れる相棒がいるのだから。

 

 飛び掛かるモンスターを、空からドラグスラッシャーが舞い降りてその翼で切り裂いた。

 

「ナイス!」

 

 褒めるとドラグスラッシャーは再び空へと高く飛び立ち滑空。

 地上のモンスター達を次々と翼で切り裂いていく。

 

「負けてられないな……!?」

 

 ここで気が付いた。

 もう、タイムリミットが近付いていることに。

 身体が、消滅しかかっているのだ。

 

「まだこんなに残っているのに……」

「一回ミラーワールドから出て、また変身して戻ってくれば!」

 

 近くにいた美也さんが提案した。

 そうだ。

 一度出て、また戻ってくれば……。

 

「それを何回続ける? この数、さっきから倒してるはずなのに次々と湧いて出てきてキリがない。こっちの体力がもたないよ。ジリ貧だね」

 

 射澄さんが冷たく、残酷な真実を説いた。

 僕達は何も出来ないのか……?

 

「アリス……あいつは何のためにこんなことを……」

 

 美玲先輩の問いは虚に消えていく。

 誰も答えを持っていないからだ。

 

 ────ふと、身に覚えのない(忘れてはならない)記憶が再生された。

 灰色の世界にいるのは、歳上の男性。顔は見えない。

 そして、僕。

 これは僕だ。

 

『君が人類の守護者。『仮面ライダー』だ』

 

『戦ってくれ……戦えない俺の代わりに……■■を……』

 

『■■を救ってくれ……』

 

 身に覚えはない。

 だけど、この声に従う……いや、違う。

 僕は僕の願いのために……駆け出していた。

 

「燐! 何をッ!?」

 

「うおおおお!!!!!!」

 

 スラッシュバイザーでモンスター達を切り裂く。

 モンスターの群れの中を駆けて、剣が舞う。

 

【FINAL VENT】

 

「ハアァァァッ!!!!!」

 

 駆ける勢いそのままに跳躍。

 ドラグスラッシャーの放つ斬撃をその身に宿し、自身を剣として放つ【スラッシュライダーキック】を見舞った。

 まだ、止まれない。

 止まってはならない。

 

「ぜやぁぁぁ!!!」

 

 スラッシュバイザーを引き抜いて、モンスター達を散らしていく。

 

「燐! 消滅が始まってるのよ! 早くミラーワールドから出ないと……燐! 燐ッ!!!」

 

 手を止めるな。

 剣を振れ、敵を斬れ。

 人類を守護れ。

 それが、『仮面ライダー』という名に与えられた使命なのだから────。

 

 一歩、足を踏み出そうとして足が動かなかった。

 僕という存在の消滅が進行していた。

 いや、大丈夫だ。

 まだ手は動く。

 足の止まった僕にモンスターが群がる。

 とにかく、手を動かせ。

 動かすんだ。

 僕はまだ、戦え……。

 

 

 

 

 

 そして、僕の意識は白く染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 目を開ければ、真上には細長い青空があった。

 見慣れない景色であった。

 私は……。

 さっきまで、ミラーワールドで戦っていて……!

 その事を思い出した瞬間、全身に痛みが走った。

 こんなことになるなら、思い出さなければ良かったのに。

 身体を起き上がらせることも億劫な程に、痛みが鬱陶しい。

 それに、メモリアを破られてしまったことを思い出して腹立たしい。

 メモリアを破られたら願いが反転する……。

 暴力の反転とはなんだ?

 よくよく考えればライダーバトルに参加出来なくなっただけで、別に大したデメリットはないのではないだろうか?

 

「あれ~? どうしたの君? こんなところで寝っ転んじゃって~」

「そんなとこより俺と一緒にベッドで寝ない? なんつって。ギャハハ!」

 

 下品な男達の、下品な笑いがいやに響く。

 なんだ、こいつら。

 こいつらの相手なんてしてる暇はない。

 さっさと立ち去ろう……。

 

「おいおい無視すんなよ……!」

 

 酷く、男は苛立っていた。

 さっきまであんな冗談を飛ばしていたのに。

 ただ無視しただけでそこまで怒りを沸かせるものだろうか?

 

「なんだろうなぁ……お前見てるとイライラしてくるんだよ……!」

「はあ? なにその言いがかり」

 

 そう言った瞬間、頬を殴られた。

 

「ってーな!? こんの……!?」

 

 殴りかえそうとして、異変を感じた。

 腕が、身体が、言うことを聞かない。

 身体が……動かない。

 

「なんだよそんな殴られてえのか!!!」

 

 再び、男の拳が頬を打った。

 尻もちをついた私に男は覆い被さってきて……。

 殴られる。

 ひたすらに、殴られる。

 抵抗しようにも身体が動かなかった。

 なんで。

 なんで。

 なんでなんでなんでなんでなんで。

 そして、気付いた。

 メモリアカードを失ったことで、私の願いが反転してしまった……。

 もう、私は……私は……。

 

 ただ、肉が打ち付けられる音が響く。

 血が飛び散る。

 殴られる者の血と、殴りつける者の血が合わさって四方に飛び跳ねる。

 

 久遠綾姫。

 メモリアカードの破損により、脱落────。

 

 

 

 

 

 

 

 ひどく、遠いようでつい最近だったような気がする。

 ある噂の絶えない廃墟に潜入したのだ。

 春休みも終わりに近く、寒さも少しずつ和らいできたような時期。

 一人で、ずっと気になっていたお化け屋敷と呼ばれる洋館へと足を踏み入れた。

 そこで、出会った。

 一人の少女と……。

 白いワンピースを着た濡羽色の長い髪と、憂いを帯びた大きな瞳を持った……。

 

 ()()()()()()()()()────。

 

「君、は……」

 

 大きな姿見の中にいる少女へと話しかけると、少女は顔を上げた。

 僕の姿を見た少女は大きな瞳を更に見開き驚いているようだった。

 

「私が、見えるの……?」

 

 少女の問いに僕は首を縦に振った。

 とても、信じられないようなことが起こっている。

 僕は、鏡の向こう側の人間と会話をしている……!

 

「あぁ、えっと……僕は燐。御剣燐。新宿御苑の御に剣道の剣で御剣で燐はえっと……原子のリンの漢字表記で……って言われても出てこないよね。あはは……」

 

 我ながらなんてお粗末な自己紹介だろう。

 なんだよ新宿御苑の御って……。

 

「私は……私は────」

 

 

 

 

 彼から取り上げていた記憶を再生する。

 記憶の中の私はとても弱く、駄目な少女だ。

 だけど、今の私は違う。

 今の私は強くて、美しくて、どんなものでも手に入れることが出来る。

 なんだって出来る。

 だって、私は私だから。

 この世界の主とすら言えるのだから。

 なのに……。

 なのに……。

 

「どうして、どうしてそんなになって……。消滅しかけてるのに戦うんですか!? 消滅しちゃったら死んじゃうんですよ!!! また……また……」

 

 また、私に死を見せつけるの?

 嫌だ、嫌だ。

 彼の死なんて見たくない。

 この遊びは終わりだ。

 これは駄目だ。

 彼の中にある忌まわしい『仮面ライダー』の魂が彼を死へと誘うのだ。

 だから、これは終わり。

 ついと伸ばした右腕。

 開かれた右手を、握りしめて……。

 

『終わらせるの?』

 

「ええ。もう皆さん充分楽しんだでしょうから」

 

『私はまだ楽しめてないわよ?』

 

「あなたが楽しむ必要なんて……」

 

『ねえ、何に執着しているの?』

 

「あなたには関係ありません。黙って力を私に授ける。あなたはそれだけの存在なのでしょう?」

 

『そうだったわね。じゃあ、また寝ていましょう。起きたらまた面白いことしましょうね?』

 

 奴との会話に時間を取られた。

 そのせいで、彼は正に消滅しようとしていた。

 彼を助けられるのはもう私しかいない。

 私の持つ権限を使うしかない。

 右手を握りしめる。

 それだけで、彼を救うことが出来るのだ。

 そう……彼のためなら……。

 ミラーワールドに溢れかえっていたモンスター達が消滅する。

 ライダーの皆さんは強制退出。

 最後に、このイベントの終了を告げるアナウンスを添える。

 

「はーい! 皆さんご参加ありがとうございました! ミラーワールドから強制退出されてびっくりしましたか? イベントはこれで終了でーす! 少しは強くなれました? 強くなって、もっともーっと派手に殺し合ってくださいね! それじゃあ皆さんまたいずれ~」  

 

 元気いっぱいに明るくアナウンス。

 これで終わり。

 終わりったら終わり……。 

 

「終わりじゃないでしょう? もっと、もっと命を……願いを集めないと……」

 

「っ……! はあ……はあ……。あれ、私……」

 

 私は……。

 私は……。

 

「私は……アリス。()()()()()()()()()()()

 

 虚空を見据えるその瞳には光はなく、人形のよう。

 そして、少女の背後から白い腕が優しく抱き締めて……。




次回 仮面ライダーツルギ

「……おい、御剣」

「馬鹿なの? ねえ馬鹿なの?」

「家庭科室。今日の部活の準備を少しね」

「……あの赤いライダー、倒されたって」

 願いが、叫びをあげている────


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 泣いている。

 誰かが泣いている。

 誰だ……。

 誰が泣いている……。

 何故泣いている?

 誰が泣かせた?

 

 

 

 

「うっ……ううん……あれ?」

 

 目を覚ますと知らない天井だったとは、物語ではよく使われることだが、まさか現実に自分がそんなことを思うとは全くの想定外だった。

 なにやら、夢を見ていた気がしたが……。

 とりあえず身体が起こして……。

 

「燐!」

「か、母さん? なんでいる……」

「もう起きて大丈夫なの? 身体痛いところとかない? 食欲ある? お母さんが分かる? 好きな女優さんの名前言える?」

 

「ちょ! 何々なんなの!? というかここ……病院? なんで病院!?」

 

 見れば周囲には自分と同じように病床についている人達が……うるさくしてすいません……。

 というか。

 

「なんで病院にいるのさ?」

「覚えてないの? 倒れたのよ、美玲ちゃん達とのデート中に」

 

 倒れたって……。

 えーと……僕は確か……。

 そうだ!僕はミラーワールドでモンスターの大群と戦って……。それで、どうなったんだろう。

 こうして無事ということは無事ということで……って、何を言ってるんだ僕は。

 

「もうびっくりしちゃったわよ~。私もお父さんも倒れたことなんて一回もないから何かすごい病気なんじゃないかって心配で……」

「いや、お前は一回倒れただろう」

 

 そう言いながら病室に入ってきたのは父さんだった。

 けど、今日は確か仕事に行くって……。

 

「子供が倒れたのに仕事する親がどこにいる」

 

 ……そういうこと言われると照れる。

 

「それより、母さんが一回倒れたって本当?」

「ああ。若い時に遊園地のお化け屋敷でビックリしてな。父さんがおんぶしてお化け屋敷を回ってだな……」

「それはビックリして倒れたってだけで病気じゃないからノーカン!」

 

 母さん……。

 

「それより、今日一日は検査入院だそうだ。まあ、これといって異常はないから大丈夫だろうと先生も言っていたしゆっくり休んでおけ」

 

 別になんともないのに……。

 けどお医者さんが言うなら仕方ない。

 とりあえずゆっくり休んでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 月曜日。

 昨日無事に退院して今日も元気に登校。

 

「本当に大丈夫? 無理しちゃ駄目よ?」

「大丈夫だよ。ピンピンしてるからさ。それじゃあ行ってきまーす」

「いってらっしゃい……。本当に大丈夫かしら……」

 

 

 

 いつも通りの通学路を歩き、学校へ向かう。

 まだ少し暑さが残っているがあとしばらくすればもう秋の風になるだろう。

 大通りの交差点まで来れば何人かの聖高の生徒が信号待ちをしていて、その中に美玲先輩を見つけた。

 

「美玲先輩おはようございます」

 

 元気良く挨拶すると美玲先輩は目を見開いて僕を見ると、「こっちに来なさい」と僕の腕を掴んで何処かへと連れ出して……。

 やって来たのはまだ開店前の近くのドラッグストアの駐車場。

 こんなところで何をしようというのか。

 そして美玲先輩の口から思ってもみなかった言葉が飛び出した。

 

「馬鹿なの? ねえ馬鹿なの?」

 

 急に、馬鹿なの?と言われた僕の心情を察してほしい。

 

「僕の何処が馬鹿なんですか」

「決まってるでしょう。あの時、消滅しかかっていたのにモンスターの群れに突っ込んでいって……。急にミラーワールドから締め出されなかったら今頃あなたここにいないのよ! 分かる!?」

 

 珍しく、声を荒げる美玲先輩。

 そうか、あのままだったら僕は消滅して死んでいたのか……。

 

 それでも。

 

 例え、この身が朽ちようとも。

 

 人命を守る。

 

『それが()()()()()()の使命だ』

 

 誰かの言葉が蘇る。

 自身に刻まれた言葉を呼び覚ます。

 

 仮面ライダーとは本来、あのような危機にこそ立ち上がるものだと。

 今の仮面ライダーの在り方は歪んでいる。

 歪めたのは、アリス────。

 

 

 けれど、それは本当に?

 

 

「燐? 大丈夫?」

「え……」

 

 ふと、現実に引き戻された。

 今、僕は何を考えていたんだっけ……。

 

「とにかく、今日も無理をしないことね」

「あ、はい……。そういえば、僕を病院に連れていってくれたのって……」

「燐がミラーワールドから戻ってきて倒れたから、救急車呼んだのよ」

 

 ありがとうございますとお礼を言って、ふと気になってスマホで時間を確認すると……。

 

「やっば! 遅刻しちゃいますよ!」

「あら、そうなの」

「そうなのじゃないですよー! 急いで学校に行かないと!」

 

 学校へ行こうとした矢先、美玲先輩に引き留められた。

 こんなことしてる場合じゃないですよ!

 

「それもそうね。行きましょう」

 

 そう言って僕を置いて歩き出す美玲先輩。

 早く行くわよ?なんて言っているがそもそも美玲先輩が僕を呼び止めたのが遅刻しそうな理由だよな……?

 まあ、細かいことはいいか。

 美玲先輩のあとを追って、僕も学校へと向かった。

 

 

 

 

 

 授業は特に問題なく……というと少々語弊がある。

 数学と物理の時間は憂鬱だった。

 食らいつくので精一杯なので困ること困ること……。

 二年生の文理選択は迷うことなく文系を選ぶ。

 例え何があろうと文系を選ぶ。

 絶対に。

 

「そうでしたか。私は少し迷ってます。文系も理系もどちらも面白そうなので」

 

 弁当を食べながら鏡華さんとそんな学生らしい会話を弾ませている。

 

「成績上位者は言うことが違うよ……」

 

 冗談めかして言ったが本心である。  

 せめてあと少し理系科目に対する理解度みたいなものが高ければこんなに苦労することないのに……。

 っと、そろそろ行かないと。

 

「ごちそうさまでしたっと。よし、定例会議に行くか~」

 

 定例会議とは例の図書室で行っている会議のこと。

 勝手に定例会議なんて言い方をしているが……うん。何も間違っていないから大丈夫だろう。

 鏡華さんもお弁当を片付けて一緒に図書室に向かう。

 ライダーではない鏡華さんではあるが、アリスのことやお兄さんのこともあるので会議には参加する。

 本人も関わるなと言われても関わります!なんて啖呵を切ったのでやる気充分。

 さて、それじゃあ一緒に図書室へ。

 

「……おい、御剣」

 

 教室を出ようとしたら、木村から声をかけられた。

 木村はバスケ部で背が高い。

 中学の時から期待の新星と言われていたルーキー。

 今度の新人戦にもレギュラーだとかなんとか。

 明るい性格で人気者だが、今の彼は少々イライラしてるというかなんというか……。

 

「な、なに?」

「ちょっと話があるんだ。時間あるか」

 

 訊ねているようで、僕に言うことを聞くよう強制している。

 

「鏡華さん先に行ってて。少し、お話してから行くから」

「あ、はい。分かりました……」

 

 先に鏡華さんを図書室に行かせ、木村と二人向かい合う。

 周囲からは何やら鏡華さんを巡っての戦いか?なんて声がひそひそと聞こえてきた。

 ……そういうことか。

 

「ここじゃ場所が悪い。ついてこい」

 

 ついてこいと言われてついていったらバスケ部の皆さんお揃いでリンチにされるなんてことはないだろうか……。

 いや、そこまではないだろう。

 男同士腹を割って話合おうじゃないかうん。

 そんなこんなで今日の昼休みは色々と大変なことになりそうだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 図書室に向かう途中、見知った方と出会いました。

 

「日下部さん。こんにちは」

「ああ、宮原さん。こんにちは」

 

 この人は日下部伊織さん。

 二年生ですが、年齢は18歳。

 いろいろと事情があって留年されてしまったとのことですが楽しく学校生活を送っていらっしゃるようです。

 

「これからどこかに行くの?」

「はい。図書室の方に。日下部さんは?」

「私は家庭科室に。今日の部活の準備を少しね」

 

 日下部さんは調理部に所属していて、よく料理のレシピなんかを教えてもらったりして結構仲が良いのです。

 

「そういえば、この間教えてもらったぶり大根とっても美味しかったです!」

「そう? なら良かった。また何か教えてほしかったら言ってね」

「ありがとうございます。あ、すいませんお時間取らせてしまって……」

「いいよ。別に大した用でもないからさ」

 

 もう一度お礼を言って、日下部さんと別れてから図書室へと向かう。

 もう皆さん集まってる頃合でしょうから急がないといけません。

 廊下を走るのはいけないので走らない程度の早足で図書室へ向かって。

 

「遅れてすいません……あれ? まだ美也さんも来ていないんですか?」

 

 いつもの図書室の奥の席にいたのは咲洲さんと神前さんだけでした。

 

「そうなんだよ。まあ、別に強制参加ではないからいいのだけれど。本人の都合というのもあるだろうし」

「それより、燐は? 一緒に来なかったの?」

「御剣君はその、同じクラスの山口君から話があるとのことで……」

 

 御剣君の事情を説明すると咲洲さんは呼んでこようかしらと呟いた。

 しかし大事なお話のようでしたので邪魔するのはよろしくないかと……。

 

「ごめんなさい遅れました!」 

 

 この元気のいい声は、美也さん。

 ですがここは図書室ですので……。ああ、案の定神前さんに怒られてしまいました。

 しかし、そんなことより話をまず聞いてと息を整えながら美也さんは言いました。余程大事な用件なのでしょう。

 そして、呼吸を整えた美也さんは深刻な面持ちである事実を語ったのです。

 

「……あの赤いライダー、倒されたって」

 

 

 

 

 

 

 

 今日は4限が体育だったので着替えとかで時間を取られてしまった。

 急げ急げとお弁当を平らげて図書室に向かっている最中、声をかけられた。

 声の主は、黒峰樹……。

 

「何か、用?」

 

 少しだけ、敵意の混ざった声になってしまった。

 きっとこの間戦ったせい……だけではないと思う。

 彼女は、私だから……。 

 鏡合わせの私だから……。

 

「そんな怖い顔しないでよ。別に今日は戦おうと思って来たわけじゃない」

 

 声だけでなく今の私は顔も怖いらしい。

 顔にそういうのを出さないようにしないと……。

 それにしても、 本当に何の用なのだろう?

 

「あなた達が追ってる赤いライダーなら倒されたよ」

「え……」

 

「私、見たのよ。赤いライダーが紫のライダーに倒されるところを。メモリアを破られて、何処かに消えてしまったわ」

 

 メモリアを、破られて……。

 ちょっと待って。

 

「なんでそのことを私に……。ううん。なんで私達が追ってるって……」

「戦いは情報戦ってね。私、これでも色々知ってるんだ~。あなた達が知らないライダーとかも含めてね」

 

 樹さんはどうやら本気のようだ。

 あの目に偽りはない。

 

「それで、なんであなたに教えたかだけど、もういないライダーのことなんて気にしても徒労じゃない。倒された敵よりまだいる敵のことについて考えたらっていう親切心」

「へぇ……。親切なんだね。けどもしかしたら私達は次はあなたを狙うかもしれないでしょ」

「ぷっ、なにそれ。戦いを止めるために戦うとか言ってたあなたが私を襲う? 冗談言わないでよ」

 

 ……確かに、彼女の言う通りだ。 

 私から彼女に戦いを仕掛けるなんてことは出来ない。

 

「まあ、負けた奴のことなんて気にせずやらないと、次やられるのは自分かもしれないんだから。お互い気を付けましょう?」

 

 そう言うと、話はそれだけと樹さんは去っていった。

 ……とにかく、報告しないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここに来るまでにあったことを報告すると美玲さんと射澄さんは考え込んだ。

 

「分からないな。どうして私達にわざわざヘリオスが倒されたことを教える? もう既にいないライダーを追わせていれば動きやすいだろうに」

「ヘリオスが本当に倒されたかどうか、信じるに足るとも思えないけれど……」

「さっき、美玲の言っていた話が本当なら信じるに足るんだろうけどね」

 

 美玲さんの言っていた話?

 一体、私が来る前にどんな会話をしていたのだろう。

 

「あの、美玲さんの話って?」

「演劇部の知り合いから聞いたのだけれど、三年の久遠綾姫が大怪我したらしいわ」

「大怪我なら、他の演劇部の人みたいにヘリオスにやられたんじゃ……」

「その大怪我の内容が問題なんだよ」

 

 大怪我の内容?

 

「……怪我の理由は第三者による暴行、らしいわ。怪我の状態から見てね。それも全身」

 

 暴行……。

 それも、全身だなんて……。

 

「ひどいです……そんな……」

 

 暗い声で鏡華ちゃんが呟いた。

 心優しい彼女なら他者の痛みにも寄り添うのだろうが……。

 

「まあ、仮に彼女がヘリオスなら自業自得だろうけどね。大方、その紫のライダーっていうのにボコボコにされたんだろう。それでメモリアを破られてライダーとしての資格を失った」

 

 現実主義者の射澄さんはそういうことを言う。

 しかし、射澄さんがそういうということは、その三年生がヘリオスの可能性が極めて高いということだろう。

 

「メモリアを破られたらライダーの資格を失うだけじゃない。願いが反転して願いが叶うこともなくなってしまう。だからきっと、私達の想像以上の惨いことになっていたと思うわ……」

 

 深刻な面持ちで美玲さんはそう語った。

 メモリアを失くしたらどうなるかはアリスから聞かされている。

 メモリアを破損したら、そのメモリアに記された願いは今後叶うことは出来なくなる。

 そして、願いが反転してしまう。

 

「……美玲。その顔は見たのかい? メモリアを破られたライダーがどうなるのか」

「ええ……。まだ、ライダーになったばかりの頃にね……」

 

 表情から、とても惨いということは察せられた。

 他者の命を犠牲にしてでも叶えたい願いが叶う可能性はゼロになり、その願いが反転して襲いかかってくるなど、この戦いに参加している多くの人からすればそれはただ負けるよりも恐ろしいことだろう。

 

「どうして、アリスはそんな酷いことを……」

 

 それは誰もが思っていることだろう。

 なぜ、アリスはこんな戦いを仕組んだのか。

 なんのために願いを叶えるというのか。

 私達にはアリスの目的が全く分からない。

 

「もうこんな時間か」

 

 射澄さんが図書室の時計を見てそんなことを言ったので釣られて見ると、昼休みの終わりが近付いていた。

 

「あまり有意義な話し合いにはならなかったわね。燐も来なかったし……」

 

 話し合いが有意義でなかったことより御剣君が来なかったことに腹を立てているような美玲さん。

 やっぱりこの人……。

 ふふん。

 結構可愛いところあるんだな。

 

「まあ、ライダーである前に私達は学生だからね。色々あるのさ学生には。それじゃあどうする? 放課後に再集合かい?」

「放課後は部活があるし、少し残らなきゃいけないのよ。だから集まるなんてしてたら夜になるわね」

「私も新聞部に仮入部中なので……。あ、あと御剣君も部活とかでちょっと……」

 

 鏡華ちゃんまでそんな……。

 

「えー。じゃあ射澄さんは?」

「私は大丈夫だよ。ヘリオス対策の必要がないのであれば、宮原士郎について調べようじゃないか」

 

 宮原士郎。

 それは、鏡華ちゃんのお兄さんで……。

 

「すいませんよろしくお願いします。鍵を渡しておくので自由に入ってください。兄の部屋は二階に上がって廊下を左に真っ直ぐ行って突き当たり右の部屋です」

 

 一応、鏡華ちゃんも調べてはいるようだけれど資料の数が多くて部屋のもの全てを探すとなると大変らしい。

 それを私達二人、それも一人は本の虫。図書室の番人なんて言われる人がいるのだ。多分役に立つだろう。

 

「それじゃあ、また。何かあったら連絡するよ」

 

 鏡華ちゃんから鍵を受け取った射澄さんがそう言って昼休みは解散。

 宮原士郎のことを調べて何か分かればいいのだけれど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 校舎裏というのは色々なことが起こる場所である。

 しかしそれは創作物の中だけで実際に自分自身に何かそういったイベントが発生するとは思ってもみなかった。

 木村の後ろをついて歩いてやって来たが、とりあえずここには僕達しかいないらしい。

 しかしここから出あえ出あえと周りを囲まれてしまうかもしれない。

 とりあえず何が何やら色々と分からないことが多いので警戒しておく。

 一応だが、木村に関して都合の悪い記事を書いたとかそんなことは一切ない。

 無意識のうちに何か木村の腸を煮えくりかえすようなことをしていたら話は別だが……。

 

「……その、話ってなに?」

  

 一応、これから定例会議なので早めに済ませたいと思って僕から切り出した。

 すると木村は僕に一歩近付いてきて……。

 デカイなぁ……。

 その身長を分けてほしいと思う。

 なんて暢気に考えている場合ではなく。

 

「……どうしたら、いい?」

「え?」

「どうしたらいいと思う?」

「いや、だから何を……」

 

 そう聞くと木村はすうと息を吸うと目の前の人に話すには必要十分以上の声量で話した。

 

「どうしたら宮原とそんな気軽に話せるんだ!!!」

 

 思わず、耳を塞いだ。

 運動部はやっぱり大きな声が出るなぁ……。

 いやいやそんなことより相手の話したことだ。

 

「え、えーと? 鏡華さんと気軽に? 話す?」

「ああ」

「そんなの普通に話せばいいじゃないか」

「それが出来たらこんな相談してない!」

 

 それもそうだ。

 いや、しかしなぁ。

 

「別に鏡華さんだって普通の人なんだから普通に話せばいいんだよ。そんなどこかの国の王族とか偉い人とかってわけじゃないんだし」

「それは、そうなんだが……。じゃあ聞くが、御剣は片思いしてる相手に気軽に話しかけられるか?」

 

 それは、うーん。

 

「まあ、緊張するかなぁ」

「だろう! つまりはそういうことだ」

 

 なるほどなるほど。

 

「つまり木村。君は僕に恋のキューピッドになってほしいんだな?」

 

 そういうとギクッ!といった感じに身体が強張った木村。

 彼も大概分かりやすい人間である。

 

「な、なあ頼むよ! お願いだ! この通り!」

 

 木村は僕に向かって手を合わせる。

 そんな頼まれたって、ねえ?

 実は夏休み前に鏡華さんから聞いたのだ。

 

「恋愛、ですか? そうですね……。今はまだお付き合いとかそういったことは考えていません」

 

 この言葉を聞いた瞬間が最初の失恋。

 しかしそれでもと諦めきれずにいたところもあったがあの黒ツルギへの反応を見て二度目の失恋。

 そこからはまあそんなに鏡華さんに対して恋心だとか憧れみたいなものは失くなって普通の友達みたいな感じになっていったんだよな。

 まあ、そんなもんか。

 というわけで木村。

 悪いけど今の鏡華さんは黒ツルギにご執心なので諦めて。なんて風には言えずに……。

 

「あ、あ~……。鏡華さん、恋愛には興味ないって言ってたな~……」

 

「なに!? 本当か!?」

 

 嘘なんてついていない。本当である。

 色々言っていないだけで。

 

「御剣! お前も宮原さんのこと狙ってるから出任せ言ってるんじゃないだろうなぁ!?」

「本当だよ本当! 夏休み前に、この時期って付き合い始める人多いよねって話になってその時聞いたんだよ」

 

 聖山新聞の記事を読んでの話だったけれど、下心があったのは歪めない。

 我ながら小さい男である。

 

「それより、なんで今になってこんな事言い出したんだよ? それに、僕に頼るようなことする必要もないだろうし」

「……実は、サッカー部のキャプテンの太田さんが文化祭前に宮原に告るって。それならその前に告ろうって思って……」

 

 ほう。

 サッカー部キャプテンが鏡華さんのファンというのは部長から聞いて知っていたけど遂に来たか……。

 文化祭の前にもカップルが増えるとも聞いたので恐らく文化祭一緒に回ろうぜ的なそういうあれだろう。

 あのそこらのアイドル顔負けのルックスを持ってる太田さんだからもしかしたらチャンスがあるかもと思ってしまうが……。

 

「キャアアア!!!」

 

 唐突に悲鳴が響いた。

 それも、近い。

 悲鳴が聞こえた方向に向かって駆け出すと……いた!

 ちょうど校舎の角のところ、古い倉庫の手前である。

 倒れた女子生徒と、それに近づく頭に角を生やした人型のモンスター。

 走った勢いでジャンプしてモンスターに蹴りを入れるとモンスターは驚いて校舎の窓ガラスに逃げていった。

 モンスターを追う前にまずはこの人を……。

 

「おい御剣! ……利奈!?」

 

 倒れていた女子生徒は同じクラスの利奈さんだった。

 木村は利奈さんに必死に呼び掛けるが目覚めない。

 呼吸はしているから大丈夫だと思うが……。

 そういえば、木村と利奈さんって小学校からの付き合いって言ってたっけ……。

 

「木村、利奈さんを保健室に連れて行って」

「ああ……。けど、お前はどうするんだよ」

「走って逃げていく人影を見た。今から追えばまだ間に合うかもしれない」

「……分かった。あんま無茶すんじゃねえぞ」

「ああ!」

 

 利奈さんを担いで走っていく木村を見届けて、窓ガラスに向かってデッキを付きだし、居合のように腕を回す。

 

「変身!」

 

 デッキをバックルへ装填しツルギへと変身する。

 昼休みは残り少ないが、モンスターを野放しには出来ない。

 しかし、いつもの耳鳴りはしなかったが……。

 それは恐らく、モンスターの狩りが一瞬だったからであろう。

 モンスターは待ち伏せ型の狩りをするものが多い。

 その待っている時の気配があの音としてデッキを持っているのには聞こえるが、獲物を見つけてから襲うまでが早い場合はこの音が鳴らない時がある。

 こういう手合はこちらが気付けないので厄介だ。

 あと、音が鳴る場合と言えばモンスターが大物で存在感が強いもの。

 ドラグスラッシャーなんかもその部類だが、強いモンスターが近付いている場合なんかも鳴る。

 ……なんで、こんなことに詳しいのだろう?

 まだライダーになって一週間程だというのに……。

 いや、考えている場合ではない。

 今はモンスターとの戦いに集中である。

 

 ミラーワールドに到着すると、さっきのモンスターは家の屋根を跳び跳ねて移動していた。

 それも結構な速さで。

 あれに追い付くには骨が折れる。

 なので、楽をする。

 

【ADVENT】

 

『グオォォォォォ!!!!!』

 

 吼えるドラグスラッシャーの背に飛び乗りモンスターを追跡する。

 相手は人型という利点を生かしてちょこまかと逃げ回り、細い路地なんかを活用してくる。

 まるでパルクールのようだ。

 そういえばあの頭の角は鹿のように見えたので相手は鹿のようなモンスターなのだろう。

 だから軽やかに駆け回る。

 だが、この先に見えるのは『赤橋』だ。

 赤橋は聖山市を流れる一級河川の凪川に架けられた、中央市街地と住宅街を結ぶ橋。

 赤橋自体は正式名称でないが赤い橋なのでみんな赤橋と呼ぶ……閑話休題。

 とにかく、橋だ。

 橋ということは、ここから先は開けた場所になる。

 奴のちょこまかとした逃げ方は出来なくなるということだ。

 そして、モンスターは案の定橋に出て……。

 

「今だ、ドラグスラッシャー!」

 

『ガアァァァァ!!!!』

 

 一気に下降するドラグスラッシャー。

 ものすごいスピードと風圧であるが気にせずカードを切る。

 

【SWORD VENT】

 

 このスピードにも関わらず、剣は追い付いた。

 それも、大剣。

 ドラグバスターソード。

 

「ぜあぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 ドラグバスターソードとドラグスラッシャーの翼によるすれ違い様での斬撃により、モンスターは三つに裂かれた。

 橋のど真ん中に着地して、ドラグスラッシャーが食事する様子を見届ける。

 あのモンスターだったものを食べたドラグスラッシャーは僕の元に舞い降りると褒めろと言っているように胸を張った。

 ……こいつ、やっぱり他のモンスターとは違うよなぁ。

 まあ、いいけど。

 首を撫でると目を閉じて気持ち良さそうにしている。

 まあ、契約とかそういうんじゃなくてどこかペットのようで僕はいいけど。

 そんな風に思っていると、急にドラグスラッシャーが低く唸り始め、姿勢を低くして戦闘態勢に入った。

 なんだ、どうしたとドラグスラッシャーが睨む先を見ると……橋の先に、ライダーがいる。

 ライダーの視力によって把握したそのライダーは水色の鎧、といっても防御力は低いであろう軽装。

 手には槍を携え、何よりその契約モンスターであろう水色の馬。いや、あの角が生えている姿から幻想の生物を連想させる。

 ユニコーン────。

 伝説の獣に騎乗した騎士がいる。

 そして、その騎士は手綱を振るうとユニコーンを走らせこちらに向かってきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドアを開けて教室へと入る。

 自分なんかが入るような教室ではない。

 しかし、ここに用があるのだ。

 

「あいつらにあの赤いライダーのこと教えてきたよ。で、次はなにすればいいの」

「ご苦労。あとはまた色々と情報を集めておいてくれたまえ」

「はいはい」

 

 この教室、生徒会室の主である生徒会長。鐵宮に報告し指示を受ける。

 あとはもう昼休みも終わりが近いので自分の教室に帰ろうとすると呼び止められた。

 まだ何か用があるのか。

 

「それにしても、まさか私の配下になりたいと言ってくる者がいたとはね。安心したまえ。私が願いを叶えた暁には君の腕を治すことの出来る最高の医者を用意しよう」

「……それ、もう何回も聞いたんだけど」

「そうだったかな? まあともかく今後ともよろしく。そして佐竹副会長。君も黒峰君に負けないように働きたまえよ。でないと、君の願いは叶わないぞ」

「……ええ、分かっています」

 

 そのあと小さく舌打ちしたのが私には聞こえた。

 鐵宮には聞こえていたか分からないが聞こえていてもおかしくないだろう。あの男なら。

 まさか、あの品行方正な副会長さんが実はこんなだったとは思いもしなかった。

 そのことに笑いそうになりながら生徒会室を出て、教室へと戻るその道すがら考える。

 この状況は、面白い。

 まだあの男の計画の全てを知らされているわけではないが、いま受けている指示から察するに何か大きな事をしようとしているのは確かである。

 ひとまずはこの男の指示に従っていよう。

 いま一番強いライダーは自分の知る限りこの男だ。

 そして、強いだけでなく家の力もある。

 ならば、私の腕を治せる医者を用意出来るかもしれない。

 奴に従う条件として掲示し奴はそれを飲んだ。

 仮にライダーバトルで叶わなくとも、可能性はある。

 そのためには、鐵宮を勝たせるか若しくは……。

 

「アタシが勝つか……」

 

 まだ、どうなるか分からない。

 分からないからこそ、自分の身の振り方を考える。

 確実に自分の願いを叶えるためのルートを模索する。

 だって、絶対に。

 

 この願いを、叶えたいのだから────。




次回 仮面ライダーツルギ

「前よりかは、勘を取り戻したようだな」

「……:私も行く」

「天才JKマジシャンふっかーつ!!!」

「仮面ライダーだから。仮面ライダーだから、戦うんだ」

 願いが、叫びをあげている────


キャラクター原案

日下部伊織 クラストロ様


告知(11/8追記)

ついに仮面ライダーツルギのスピンオフが始動!
第1弾はスティンガーとジャグラー二人と激闘を繰り広げた仮面ライダーレイダー/喜多村遊の物語
闘争を愛し闘争に愛された少女、喜多村遊。仮面ライダーレイダー誕生の物語が明かされる!

仮面ライダーツルギ・スピンオフ/ドキュメント・レイダー(作者マフ30様)
https://syosetu.org/novel/241588/

ぜひ、御一読ください。 


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?+1ー17 綱渡り

お気に入り50件突破!
皆さんありがとうございます!
これからもツルギをよろしく!


 聖山市中央市街地へと通じる赤橋は深夜、早朝でない限りは交通量も多く、自動車の駆動音が響いている場所である。

 しかしここはミラーワールド。

 鏡の中の世界では、現実世界で動き回る物は反映されない。

 故に、橋上にあるのは純白の騎士と飛竜。

 そして、その騎士に向かって一角獣を駆り、勇ましく突撃する空色の騎士のみである。

 独特な環境音以外が響くことは稀なミラーワールドに小気味よい蹄の音が響き渡っていた。

 

 

 

 猛烈な勢いで迫る、突如現れたライダー。

 当然だが、速い。

 直線を駆けるだけであればライダー共通のマシン。ライドシューターよりも断然速い。

 しかし、直線ならば避けるのは容易い。

 左右どちらかに逃げれば良いだけである、が……。

 何か、嫌な予感がする。 

 ただ突撃してくるだけではない脅威が何かあるはずだ。

 機動力に勝る相手の前に自分がいま持つ大剣は枷でしかない。

 これはとりあえずお役ごめんと柄から手を離す……。

 

「ッ!?」

 

 離そうと弱めた右手に再び力を込めて、大剣を目の前に突き立てた。

 すると、大剣の刃に何かが命中する音が響き、火花が散る。

 銃弾。

 あのユニコーンのモンスターの肩にあるやけに機械的な物。あれが火を噴いたのだ。

 間一髪、大剣を盾代わりに出来たが銃弾の雨は止まない。

 連射に優れるが精度には欠けるようで弾は橋のあちこちに穴を空けていく。

 そのせいで下手に動けない。動いたら狙ってもいなかった弾に当たってしまうかもしれない。

 ドラグスラッシャーも銃弾を回避するために空へと上がってしまった。

 

 そして、銃弾の雨が上がると今度はとても重い一撃が大剣を打った。

 一角獣の前肢が僕を大剣ごと踏みつけようともの凄い力強さで圧してくる。

 なんとか堪えようと大剣に身体を密着させて抵抗する。

 

「くっ……そぉぉぉ!!!」

 

 気合いを入れるがどうにもならない。

 パワーでは圧倒的にモンスターの方が上なのだから。

 しかし、僕にだって頼りになる相棒はいるのだ。

 

「ドラグスラッシャー!」

 

『ゴオォォォォ!!!』

 

 僕の叫びに応じてドラグスラッシャーは上空から急降下し、鋭い爪を持つ後肢をライダーに向けて急降下。

 空色のライダーは鎧と同じ空色の馬上槍でドラグスラッシャーの一撃を受け止めるが相手は一角獣に騎乗した状態である。

 地面に足をつけていれば踏ん張りが効いただろうがそうはいかずに落馬してしまった。

 すると一角獣も主がやられてはまずいと僕への攻撃を中断してドラグスラッシャーへと標的を変えて襲いかかる。

 幻想の獣同士の戦いが繰り広げられる。

 そして、ライダー同士の戦いもまた繰り広げられる……。

 

「やめてください。僕はライダーと殺し合うつもりなんてありません」

 

 槍を構えるライダーにそう言うが、お構い無しと鋭い刺突が繰り出された。

 なんでこう、話を聞いてくれないのか。

 いや、理由は分かっている。

 願いがあるからだ。

 誰にも譲れない願いがあるから、戦いを止めろという言葉に耳を貸さない。

 戦いを止めてしまうということは、願いを諦めるということ。  

 そんな簡単に諦められる程度の願いなら、ライダーバトルなんてものに参加などしないのだから。

 

 だったら、どうする?

 

 そんなの決まっている。

 

 戦うしかない。

 

 戦え……戦え……!

 

 鋭い槍の一撃を、独楽のように避けながら腰に差しているスラッシュバイザーを抜刀。

 柄の先で槍を持つ手を打つと衝撃と痛みから相手は槍を手離してしまった。

 

「しまっ……!?」

 

 ここに来て、ようやく仮面に隠された肉声を聞くことが出来た。

 やはり、少女のものである。

 武器を失くした少女はすかさず、僕と同じように腰に差しているバイザーを抜こうとするがもう遅い。

 手首を返して、刃を首元に向ける。

 

「戦いを、止めてください。僕はあなたを殺すつもりなんてありませんから」

「……」

 

 少女は無言だった。

 だが、バイザーに掛けた手をゆっくりと下ろして……降参と手を上げた。

 思っていたよりは、物分かりのいい人で安心である。

 が、ここからまた何か仕掛けてくるかもしれないので油断は出来ない。

 

「なんで、殺さないの? 殺し合いでしょ、これ」

 

 当然の疑問を投げかける少女。

 そう、ライダーは殺し合いをするものだから。

 

 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。

 

 ライダーは……『仮面ライダー』は、このような欲望にまみれた存在ではなかったはずだ。

 

 ならば、『仮面ライダー』とは……。

 

 

 

 

「少しは強くなったか?」

 

 低く、ドスが利いて、それでいてどこか妖艶さを感じる男の声が響いた。

 このミラーワールドにいる僕以外の男といえば……。

 

「お前!」

 

 自身の似姿。

 白の対極、黒がそこにいた。

 黒い、ツルギ……。

 

「来い。相手をしてやる」 

 

 太刀をゆらりと構える黒ツルギ。

 他のライダーと戦いたくはないが、こいつは別だ。

 こいつとは、戦わなくてはならない。

 

【SWORD VENT】

 

 飛来した太刀を手にし、鋒を黒ツルギに向けて構える。霞の構えと呼ばれるこれは、僕が得意とする構え。

 黒ツルギも僕も動かない。

 互いに相手の動きを読みあっている。

 脳内ではもう何度も奴と斬り結んでいる。

 最善手を探り、手繰り寄せ、奴と斬り合う……!

 

「ちょっと、なんなの。状況がよく分からないんだけど……」

「あなたは逃げてください。あいつはそこらのライダーとは違……!?」

 

 空色のライダーに少々意識を向けたのが良くなかった。

 あいつを前にしているというのに。

 気が付いた時には既に目の前に黒ツルギが迫っていた。

 

「他の奴に気を配っている場合か?」

「ッ!!!」

 

 仮面の下の顔は嗤っているに違いない。

 そう思えるほどに奴の声は愉しそうであった。

 そして奴は放つのだろう。神速にも達する刃を……。

 

「……ほう」

 

 居合が放たれる瞬間、僕は咄嗟に黒ツルギが剣を持つ右手を抑えていた。

 手を抑えられれば、居合は放てない。

 そして、左手に持ち替えていた太刀で斬りかかるが黒ツルギは後ろに飛び退いて間合いから外れてしまったが……今の、感覚は……。

 

「呆けるな」

 

 再び距離を詰め、斬りかかりながら黒ツルギはそう忠告してくる。

 つばぜり合い、互いに一度距離を取って再び斬り結ぶ。

 白い刃と黒い刃がかち合い、火花が散る。

 頭で考えては駄目だ。

 身体でついていけ。

 奴の動きを追え。

 上回れ。

 斬れ!斬れ!斬れ!

 

「ふっ……」

 

 軽やかに回避する黒ツルギをひたすらに追い続け、刃を振るう。

 しかし、一太刀も浴びせることが出来ない。

 今の僕では、黒ツルギに届かない……!

 

「前よりかは、勘を取り戻したようだ。だが、まだ遠く及ばない」

 

 黒ツルギが攻めに転じることを本能で理解した。

 奴の苛烈な攻撃を凌ぐのは厳しい。

 ならば、守るのではなくこちらも更なる攻めを……。

 

 互いに、踏み込んだ瞬間だった。

 

 橋が、揺れた。

 

 鉄で作られた橋がギチギチと嫌な音をたてながら揺れて……揺れを起こした者が現れた。

 

「なんだ、こいつ……!」

「大きい……」

 

 それを見上げて、圧倒される。

 なんて、巨体なのだろう。

 この赤橋全てに巻きついてもまだ余りあるのではないかというほどに巨大な百足……。

 巨大な顎と節をギチギチと鳴らしながら僕達を威嚇して……。

 

「まだこんな大物が残っていたのか。いや、産んだのか?まあいい。モンスターは倒すだけだ」

 

 一人小声で呟いた黒ツルギは太刀を構えて大百足に向かって駆け出して行って……。

 

「……僕も行かなきゃ」

 

 モンスターは人を襲う。

 こんな大型のモンスターが人を捕食するために現実世界に現れたら想像もつかない被害が出る。

 そうなる前に倒さなくては……!

 

「ねえ、ちょっと」

 

 駆け出す寸前、空色の騎士が声をかけてきた。

 

「あれと、戦う気なの?」

 

 声色から、勝てるわけがないという思いを感じた。

 確かに、あれだけ巨大なモンスターとの戦いは決死の覚悟なしでは出来ないだろう。

 それでも……。

 

()()()()()()()()()()()()()()()だから、戦うんだ」

 

「え……」

 

 きっと、意味は分からないだろう。

 それでも、僕は……。

 

「はあっ!!!」

 

 太刀を握りしめ、大百足に向かって駆ける。

 手近なところの胴体を斬りつけるが刃のような脚が阻む。しかし、斬りあいとなればツルギに敵うものはそうはいない!

 

 脚の節へと狙いを定め、地面を蹴り弾丸の如く翔ぶ。

 すれ違い様に切り裂き脚の一本を落とすが相手は百足。脚の一本や二本では止まらない。

 重力に従い落下するが落下地点は跳躍したのと同じ場所ではない。

 百足の胴体。

 これだけの巨体だ、足場となるには充分である。

 百足の上に着地すると黒ツルギも僕と同じ戦法を選んだようで胴体を斬りつけているが……。

 

「やっぱり効果は薄いか……」

 

 切り裂いても切り裂いても、百足はけろっとしている。蟻が象に噛みついた程度にしか思っていないのだろう。

 どこか、弱点がないか……。

 

「うわぁ!?」

 

 突然、大百足が巨体を激しく蠢かせたことでバランスを崩し、僕は宙を舞った。

 重力には逆らえず、ただ落ちていくのみ。

 変身しているから死にはしないだろうが、大ダメージは確実だろう。

 なんとかして、少しでも受けるダメージを減らさなければならない。

 だが、ここで思わぬ助けが入った。

 

「捕まって!」

 

 空色の騎士がユニコーンを駆り、僕に手を伸ばしていた。迷いなくその手を掴み、ユニコーンの背に飛び乗る。

 そして、ユニコーンは凪川の河川敷に着地したので僕は背から降りてお礼を言った。

 

「ありがとう!」

「どういたしまして。……けど、どうするの? あれを倒すなんてやっぱり……」

 

 無理に近いだろう。

 僕が答えに窮すると、なんと黒ツルギが空から舞い降りてきた。

 あの大百足から飛び降りてきたのだろう。

 

「少し力を貸せ」

 

 黒ツルギは着地して早々、ぶっきらぼうにそう頼んできた。

 

「力を貸せって……なにをすればいいのさ?」

「あの大百足を橋から落とす。それだけだ」

 

 それだけって……。

 

「……お前なら出来る」

 

 そう言って黒ツルギは再び大百足に向かっていった。

 ……僕になら、出来る?

 何故、黒ツルギはそんなことを……。

 だが、僕に出来るというのなら。

 奴を橋から落とす。

 ああ、やってやろう。

 ミラーワールドにいられる時間も迫っている。

 素早く終わらせてやる!

 

「……私も行く」

 

 空色の騎士が協力を申し出た。

 人手が増えるのはいいことだが……。

 

「ライダーがどうのとか言ってる場合じゃなさそうだし。それに……私も、仮面ライダーだから」

 

 仮面ライダーだから。

 その言葉が何故だかとても嬉しくて、仮面の下は無意識に笑顔となっていた。

 今なら、いける。

 そう確信が持てた。

 

「行こう! えっと……」

「ピアース。ライダーとしての名前はピアース」

「ありがとう。僕はツルギ……行こう、ピアースさん」

 

 空色のライダー、ピアースさんは力強く頷いてくれた。

 僕の声に反応したドラグスラッシャーも舞い降りる。

 ドラグスラッシャーの背に乗り、空へと飛び立ち大百足を見下ろす。

 ピアースさんも契約モンスターに騎乗し馬上槍を構えて突撃している。

 さて、この大百足を橋から落とすには……。

 

 脚の一本を斬ったところで奴には大したダメージを与えられない。

 ならば、脚ではなく……。

 

『ギチ……ギチ……』

 

「頭なら、流石に怯むだろ!ドラグスラッシャー!」

 

『ガァァァァ!!!』

 

 ドラグスラッシャーを駆り大百足の頭部へ向かう。

 それに気付いた大百足は口から紫色の毒々しい光球を放ち迎撃してくる。

 それを太刀で払う。

 

「太刀がッ!?」

 

 光球を払いのけた太刀が煙を立て、刃が溶けていく。

 武器が……。

 どうする?残っているカードはドラグダガーとファイナルベントのみ。

 悪戯にファイナルベントを使っても効果がなければ意味がない。

 こうなったらバイザーで戦うしか……。

 

「あれは……」

 

 大百足に巻き付かれた橋の上、胴と胴の間から見えた太陽光に反射したもの。

 あれは、ドラグバスターソード!

 橋に捨てたんだった。

 あれを取れれば!

 

「ドラグスラッシャー降りて!」

 

 降下し、トンネルのようになった橋の中を飛んでいく。

 飛ぶにはギリギリの高さ。

 地面もスレスレ、天井もスレスレ。

 何かのアトラクションのようだが一歩間違えば大怪我。最悪、死。

 失敗は許されない。

 

 そして、掴んだ。

 肩を持っていかれそうになるがなんとか引っ張りあげドラグスラッシャーの背に大剣を載せる。

 大百足のトンネルを抜けるとピアースさんが大百足の身体の上をユニコーンで駆けながら槍で攻撃を仕掛けている。

 

「ピアースさん! 頭に攻撃だ!」

 

 僕の声に頷いたピアースさんはユニコーンを加速させ、大百足の頭へと向かう。

 その途中、切り札を切ったようだ。

 

【FINAL VENT】

 

 ユニコーンの肩に備わったバルカン砲が火を噴く。

 放たれた弾丸達が大百足の身体を傷つけていき、ピアースさんはユニコーンの背を蹴り宙へと舞い上がった。

 そして、蹴りの姿勢を取り加速する。

 上からはピアースさんのキック。下からはユニコーンが迫る。

 上下から大百足を襲う衝撃。

 

『ギギギ……!』

 

 長い胴体を激しくのたうつ大百足。

 効いている!

 やっぱり頭への攻撃は有効のようだ。

 僕も続く。

 大ダメージを与えれば、逃げるために橋から離れるはずだ。

 

「行くよ! ドラグスラッシャー!」

 

『グァァァァァァ!!!!!』

 

 天翔る白き飛竜。

 大百足の頭上を通りすがると同時にドラグバスターソードを投げ落とし、自分もそれに続く。

 重力を味方に大剣を足裏につけキックする。

 そこへ更にドラグスラッシャーの放った斬撃を纏い、威力を増し、加速していく。

 そして……。

 

『!?!!!?!!!?!!』

 

 ドラグバスターソードの鋒が大百足の脳天に突き刺さった。

 普通ならこれで死ぬんだろうが、未だにのたうち回る体力があるとは……。

 しかし、当初の予定は達成しているので充分なのだろう。大百足は橋から離れて凪川を上流の方へ逃走していく。

 ……その様子を眺める黒ツルギ。

 川の中央に立つ彼はデッキからカードを一枚引き抜いて、剣型のバイザーへと装填した。

 

【FINAL VENT】

 

 低く、くぐもった電子音声。

 大百足に、最期の刻を告げる────。

 

 勢いよく立つ水柱。

 凪川という名の通り、いつもは静かな川面であるが次々と水柱が立ち上がっていく。

 いや、ただの水柱ではない。

 水飛沫が落ちていき、それの正体が現れる。

 

「剣……?いや、違う」

 

 刃。

 あれは刃である。

 次々と刃が川面から現れて、大百足の身体を串刺しにしていく。

 逃げようともがくが、その凶刃からは逃れられない。

 出来の悪い昆虫標本のようにその場に留められた大百足。

 これだけでも充分だろうと思うが、黒ツルギは追い討ちをかける。

 空から現れる、黒いドラグスラッシャー……。

 姿だけでなく、モンスターまで似ているとは……。

 

「ふっ……はぁぁぁぁ……」

 

 黒いドラグスラッシャーを背に、宙を浮遊する黒ツルギ。

 その場でキックの姿勢を取ると、黒いドラグスラッシャーが放った斬撃を纏って加速する。

 

「はあぁぁぁぁぁ!!!」

 

 黒ツルギのキックが大百足の頭部を穿った。

 巨大な爆炎が上がると、連鎖していくように大百足の身体が次々と爆発しその巨体は跡形もなく消え去った。

 空に、これまでで一番大きなモンスターの魂が昇天していく。

 それを黒いドラグスラッシャーが捕食して、その様子を見届けた黒ツルギは何処へともなく去っていこうとして……。

 

「待っ……」

 

 待てと手を伸ばすと、身体の消滅が始まっていた。

 もうこれ以上はミラーワールドにはいられない。

 黒ツルギと話すのはまた今度にしないといけない。

 また無理したら美玲先輩に怒られるし……。

 とりあえず、手近なところから現実世界へと戻ろう。

 

 

 

 ひとまず、現実世界に戻ってきたのだが……。

 どうしよう。

 もう授業始まってる……。

 とても密度の濃い10分を過ごしたのですごい疲れた。それに学校からも離れてしまったし、歩くのが億劫だ。

 どうしたものか……。

 サボるか。

 たまにはいいだろう、サボったって。

 なんかこう青春って感じするし(?)

 

「ねえ、君」

 

 声を掛けられたので振り返ると聖高の制服を着た女子生徒がいて……。

 あれ、この人……。

 

「もしかして、ピアースさん?」

「うん。仮面ライダーピアース。日下部伊織」

 

 日下部さん……。

 やっぱり聖高にまだライダーがいたか。

 あと何人いることやら。

 そんなことより。

 

「さっきはありがとうございました。モンスター退治に付き合ってくれて」

「気にしないで。私も色々思うところはあったから……。それより、こんなところで立ち話もなんだし家に来ない?近いから」

 

 確かに、こんな時間にこんなところに高校生がいるのは不自然だし何より疲れたのでゆっくりしたい。

 お言葉に甘えてしまおう。

 

 

 

 

 

 伊織さんの家は凪川沿いの住宅地にあった。

 近いという言葉は本当で五分も歩かなかったので助かった。疲れてたからね。

 ご両親は働いてるからこの時間は不在で気にせず寛いでくれと言われたので更にお言葉に甘えてソファに深く背もたれる。

 あぁ……寝てしまいそう……。

 

「ねえ、君。名前は?」

 

 へ?

 名前?

 

「あ、まだ名乗ってなかったでしたっけ? 僕は御剣燐です。仮面ライダーとしてはツルギって名前でやってます」

「そう。名前通り、剣を使ってたものね」

 

 あはは……。

 ソードベントばっかり三枚も持ってるから仕方ないのだ……。

 

「それじゃあ燐君。色々聞きたいんだけど、いい?」

「色々、ですか?」

「ライダーのことで、ね。君は色々知ってそうだし丁度良さそうだと思って」

 

 ライダーのこと……。

 

「けど僕もライダーになって一週間ぐらいしか経ってないですし……」

「そうなの? 結構戦い慣れてるようだったからライダー歴は長いと思ってた」

 

 ……戦い慣れなんて、してるはずがない。

 してるはずがないのに、慣れている。

 分かってしまう。

 自分がどう動けばいいのか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 そんなことばかり頭に浮かんできてしまう。

 

「君の言う仮面ライダーと、アリスの言う仮面ライダー。同じ言葉なのに、全然違って聞こえた」

「え……」

「君がどんな意味で仮面ライダーって言葉を使ってるかはまだちょっと分からないけれど、アリスの言う仮面ライダーとはまた別なんだと思う。私は、君の言う仮面ライダーの方が好きだな。だから、あのモンスターを倒すのに協力したんだと思う」

 

 仮面ライダーの、意味……。

 

「だからこそ、分からない。なんでそんな君が、あんな風に……楽しそうに戦えるのか」

 

 ……僕が、楽しそうに戦っている?

 

「どういう、意味ですか……?」

「そのままの意味。あの黒いのと戦ってた時、なんだか楽しそうだった。私と戦ってた時もそうだったけど、あいつと戦ってる時の方が楽しんでた」

 

 ッ……。

 僕は……戦いを楽しんでなんて……。

 人を守るためにライダーに……。

 人を守るために……?

  

 なんで、人を守るために戦っている?

 

 なんで、人を守ろうと思った?

 

 人を守る守るばっかり言って、なんで人を守ろうとしているのかが分からない。

 前に、美也さんにも同じようなことを言われたけれど、僕は一体……。

 

「……すいません。僕、帰ります」

「え、ちょっと……!」

 

 伊織さんの家から飛び出して、宛もなく歩く。

 おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい。

 自分で、自分が分からない。

 自分は普通の高校生だったはずだ。

 特別なことなんて一切なかったはずだ。

 戦いを楽しむなんて僕には出来ないはずだ。

 それなのに、どうして……。

 

 歩き疲れて、河川敷に座り込んだ。

 デッキを見つめて、考えを纏めようにも全てがぐちゃぐちゃに絡まっていく。

 

『それに……。アンタ、戦ってる時楽しそうにしてたじゃない』

 

 数日前のヘリオスの言葉が蘇る。

 その時も違うと否定して……。

 

「おっ! デッキ持ってるってことは君、ライダーでしょ」

 

 唐突に声を掛けられて振り向き立ち上がると、そこには長い銀髪をボサボサにした同年代くらいの女子。しかし、彼女には見覚えがあった。

 

「ん? 君は前に私を助けてくれた子だね。また会うとは奇遇だね~」

「そう、ですけど……」

 

 彼女は夏休み中に面識があった不良さん。

 不良と言ってもそんなに悪い奴って感じではないけれど。色々あって彼女の逃走劇に一役買ったのはこれといって印象深い思い出のない夏休みの中でインパクト強めの体験であった。

 

「まさか恩人と再会したらライダーだったとは、なんて出来すぎじゃない?」

「……そうですね。じゃあ、恩を返すと思って帰ってくれませんか? 僕はライダーと戦いたくなんて……ッ!?」

 

 本当に、一瞬の出来事だった。

 右ストレート。

 拳が、放たれていた。

 

「ふぅん。今の避けるのはなかなかいないよ。やっぱり君、強いんでしょ」

「僕は、強くなんか……」

「あの時の恩は必ず返すって、言ったじゃん? 返させてくれないかなぁ?」

「返すって、どうやって……」

「決まってるじゃん! やるんだよ」

 

 緑色のデッキをちらつかせ、笑みを浮かべる少女。

 戦うことが恩を返すことってどういうことだよ……。

 

「君はさぁ、多分、わたしと同じタイプなんだよ。わたしと同じで闘うことが大好きな人間」

「僕は闘うことが好きなんかじゃ……!」

「だから闘って発散しようよ、そのもやもやを。わたしも数日ばかし動けなくてさ~溜まってるんだよね。恩に免じて君を殺しはしない。君がわたしを殺すのは有りだけどね」

 

 少女は反論する僕のことなんてお構い無しに、笑顔でそう語った。

 そして、ポケットから何か取り出すとおもむろに僕に見せつけた。

 それは、鏡の破片。

 手鏡サイズの歪な円形。

 

「これさ、便利なんだよね。どこでも変身出来るから。よっと!」

 

 少女は鏡を宙に放り投げると、落下してくる鏡にデッキを映し、ベルトを呼び出して……。

 

「変身!」

 

 鏡が地面につくと同時に、少女はメタリックグリーンのゴツいライダーへと変身した。

 こいつとは、確か先週少しやりあった……。

 

「ほら、君も変身しなよ」

「だから僕は闘うなんて……」

「そう。じゃあヤル気出させてあげるッ!」

 

 再び振るわれる拳。

 生身の拳なら当たってもまだ大丈夫だが、ライダーのものともなれば話は別だ。彼女の鋭いパンチを生身で喰らったら間違いなく致命傷となる……!

 

「ほらほら! 君も変身しないと危ないよ!」

「くそ……!」

 

 殴りかかってくるライダー。

 だがここは斜面である。

 いくらライダーとはいえ……。

 

「逃げてもジリ貧だよ! ほいっ!」

 

 今だっ!

 避けると同時に足をかける。

 すると見事にバランスを崩して……。

 

「え、あっ、ちょー!?」

 

 ごろごろどっしゃん。

 わあ、思ってたよりも勢いよく転げていったな。

 まさか川まで一直線とは。

 鎧が丸っこくて転がりやすいのか。

 

「ムフー! ちょっと君! 真面目に戦ってよー!」

「生身に襲いかかってくるそっちが悪いんでしょうが!」

「よぅし、じゃあ本気で行くよ……!」

 

 ドン!とライダーが地面を蹴ると真っ直ぐ僕に向かって飛来し一瞬で目の前に現れた。

 やば……。

 

「ちょっと痛いかもだけど我慢してよ?」

 

 ライダーは僕に掴みかかるとそのまま投げ飛ばして今度は僕が河川敷を転がった。

 身体中に草や土が付くがそんなことよりも痛みの方ばかりに気がいって仕方ない。

 

「くそ……」

「ほら、変身しないと酷い目に合うばっかりだぞ?」

 

 あなたが酷いことしなきゃいいだけだろう!というツッコミは心の中に留めた。言っても多分、聞き入れてはくれない。

 ならば、どうする?

 ライダーの力があれば逃げた僕に追いつくのは容易いだろう。

 人目につく場所に行く?

 近くは民家だ、逃げ込めば助かるかも……だけど、そんなの気にせずあいつが追ってきたら?

 僕以外の人間にも危害が及ぶ可能性も考慮しなければならない。

 なら、なら……。

 

『戦って、黙らせればいい』

 

 酷く、恐ろしい考えが脳裏に浮かんだ。

 戦いを止めるために戦うというのか?

 

『そう。勝てばいい。あなたが勝てばその戦いは終わる』

 

 そう、だけど……。

 

『いつまでも逃げるの?』

 

 逃げてるわけでは……。

 

『逃げてるだけじゃ、終わらないよ』

 

 終わらない。

 そう、終わらない。

 逃げてるだけでは……。

 

 だから、いいよね。

 

 この戦いを止めるためだから、仕方ない。

 彼女を満足させるためにも仕方ない。

 僕や彼女のようなタイプは勝ち負けは気にしない。

 ただ、戦いたいだけなのだから────。

 

 デッキを光る川面に向けて、ベルトを巻き付けた。

 

「変身」

 

 幾重にも重なる虚像が実像となり、純白の騎士となる。

 

「ようやく、やる気になった……!」

 

 彼女は拳を構え、僕は剣を構え。

 駆け出し、拳と刃がぶつかり合い、川面へと……ミラーワールドへと、飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天才JKマジシャンふっかーつ!!!」

「うるさい」

「いたっ! 何するのさー! 病み上がりの人間をはたくなんてー!」

 

 聖山駅裏の公園。

 人が多い駅のすぐそばというのにこの公園にはアタシとバカの二人しかいない。

 おかげでうるさいのが余計にうるさい。

 

「いやーそれにしてもあんな大怪我したのにこんなすぐ治るもんなんだね。人体ってすごいな~。これが人体の神秘ってやつ?」

「バカ、人体の神秘なんかじゃない。普通あんな大怪我して二、三日で治るか普通」

 

 あの三つ巴のライダーバトルのあと、流石に大怪我を負ったアタシ達はこの数日間療養ということで茜の家に引き籠っていた。

 おかげでこうして傷も治り、腹を空かせたモンスターのためにモンスターを狩りに出たのだ。

 

「それじゃあなんでこんな早く怪我が治ったのさ?」

 

 当然の疑問だろう。

 まあ、これを知っているのはあまりいないので知らなくても当然なのだが。

 

「デッキのおかげ」

「デッキのおかげ?」

「そ。アリスが言ってたんだ、デッキ持ってれば怪我が早く治るって」

 

 これはアタシがライダーになりたての頃、この間みたいなバトルをして大怪我した時にアリスが現れて「内緒ですよ?」なんて言いながら教えてきたのだ。

 あと、怪我を治すだけでなく生身でミラーワールドにいられる時間が延びたりだとかの効果もあるとか。

 

「けどなんで怪我を治すなんて機能ついてるの? あのアリスがそんな親切設計するとは思えないんだけどなぁ」

「理由は知らない。大方、怪我をとっとと治してたくさんやり合えってことでしょ」

「あーその説有力」

 

 さて、いつまでも油売ってないでモンスター探しでもするか……。

 

「あ、近くのワック寄っていい?新作の五角チョコパイ食べたい」

「ダメだ。道草食ってる暇なんてアタシらには……」

「瀬那の分も買ってくるから」

「……すぐ戻ってこいよ」

 

 了解!と元気良く走っていくバカを見送り、ベンチに座り込んだ。

 まったく……調子を狂わされる……。

 ふと、目の前の道を歩く一人の女子高生が目に入った。

 制服は聖高のもの。

 他の特徴としてはバカみたいに胸がでかい。

 それだけで男の視線を釘付けに出来そうなものなのだが、アタシがあの女を気になったのは別の理由。

 

「うん……うん……そうだね……ふふ……」

 

 独り言……?

 それにしては、誰かと話している風だ。

 いや、単に電話してるだけかもしれない。

 最近はスマホを耳元に当てなくても電話出来るしその類いか。

 ……いや、何かおかしい。

 嫌な予感がする。

 そして、勘は当たった。

 その少女と、目が合ってしまった。

 

「うん……そうだね、瑠美。この人はなんだか愛してくれそうな気がする……」

 

 おかしい。

 目が合っているのに、アタシのことは見ていない気もする。

 目が合ったというより、捕らえられた。

 そんな気分。

 あの女の目は常人がする目ではない。

 色欲に溺れているような……。

 自分の母親を思い出すような……そんな、嫌な目……!

 

「ねえ、あなたは私のこと……ううん。()()のこと、()()()()()()?」

 

 黒いデッキを見せつける女。

 こいつは……ヤバい。

 喜多村より、いや、あれとは別のベクトルだ。

 あいつのことは理解出来る。

 だけどこいつは分からない。

 まるで分からない。

 デッキを見せつけてきたということはアタシがライダーだと知っている?

 しかしアタシはこいつを知らない。

 どこかで変身するところを見られた?

 いや、そんなことはどうでもいい。

 こいつとやり合うのは……まずい。

 

「……意味わかんない。アタシ、そういう趣味ないから。他を当たりな」

 

 デッキのことには触れず、何も知らないと言い張る。

 しかし、この女は急に笑い出して下を向くと、左目を隠すように伸ばしていた前髪が今度は右目を覆っていた。

 

「アヒャ、アヒャヒャ! ねえ麗美! この娘しらばっくれてる! ツンデレってやつかな! ツンツンしてるけどちゃんとアタシのこと愛してくれるんでしょ! アヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」

 

 姦しく笑う。

 さっきまでとはまるで雰囲気が違う。

 そしてまた俯くと今度は右目が私を見つめて……。

 

「そうだよ瑠美。間違いないよ。この人は私達を愛してくれるよ。ふふふ……。だって、感じたでしょ? 久しぶりに。たっぷり私達のこと愛してくれて、愛を返せそうだって」

 

 再び、左目が私を見つめる。

 

「そうだね麗美! いっぱい! いっぱい! 愛してもらおう! アヒャヒャ!!!」

 

 なんだ、こいつ……。

 目の前にいるのは一人のはずなのに、二人いるかのように思う。

 いや、本当に二人いるのではないか?

 だけど、そんなことがあり得るのか……?

 

「ねえ、早く愛して? 久しぶりにこんなに愛してくれそうな人を見つけて私もうどうにかなりそうなの」

「アタシももう我慢出来ないの! ちょうだい! 愛をちょうだい!」

 

 気持ち悪い……!

 こいつと会話なんて無理だ!

 アタシにはこいつが同じ人間とは思えない!

 

「ダメ、逃がさない」

「ッ!? くそっ!?」

 

 近くのオフィスビルの窓から伸びる糸がアタシを捕らえる。そして、ミラーワールドへと引き摺り込まれて……。

 

 

 

 

「行ったね瑠美」

「行ったね麗美」

 

 (アタシ)達を愛してくれる人を(アタシ)達の契約しているモンスターがミラーワールドへと連れていってくれた。

 あぁ……早く、愛が欲しい……!

 

「それじゃあ、行こうか瑠美」

「アヒャ……イケるんだね麗美」

 

 デッキを鏡に映し、変身する。

 

「変身」

 

 黒い騎士へと変貌を遂げると更に興奮が高まる。

 これは(アタシ)達が愛され、愛するための装束。

 愛の営みのための正装。

 さあ、愛のためにいこう……。




次回 仮面ライダーツルギ

「そうだね瑠美! 今のはとっても痛くて愛を感じたよ!」

「楽しいね! 戦うことは! 楽しいね!」

「瀬那。知り合い?」

「僕、は……」

願いが、叫びをあげている────

キャラクター原案紹介
氷梨麗美・瑠美  黒井福様

特報!

「さあ、今度こそ君もわたしと思いっきり殴り合ってくれるかな」

ツルギの世界で激闘を繰り広げるライダー達……

「うんそうでしょ、痛いでしょ! それだけアタシがあんたの事を愛してるって証よ!!」

「何で……どうしてなの……あたしの夢は、もう……ッ!!」

少女達の物語が描かれる────

仮面ライダーツルギ・スピンオフ!

仮面ライダーレイダー/喜多村遊の物語

仮面ライダーツルギ・スピンオフ/ドキュメント・レイダー
https://syosetu.org/novel/241588/(マフ30様作)

仮面ライダーウィドゥ/氷梨麗美・瑠美の物語

仮面ライダーツルギ・ANOTHER RIDERS
https://syosetu.org/novel/242584/(黒井福様作)

仮面ライダー甲賀/黒峰樹の物語

仮面ライダーツルギ・外伝 ~甲賀、見参~
https://syosetu.org/novel/242795/(ロンギヌス様作)

こちらの三作品もチェック!


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?+1ー18 表裏

 バシャバシャと勢いよく水飛沫をあげながら川を走るツルギとレイダー。

 ツルギは太刀を、レイダーは巨腕を構え、間合いと攻め込むタイミングを計りながら駆ける。

 互いに近接戦闘を得意とし、他のライダー達とは一線を画す実力を持つ者同士の対決。

 太刀という武器を用いるツルギの方が有利に思われたが、白刃を掻い潜り懐へと飛び込むレイダーの拳がツルギを押していた。

 

 これでは、駄目だ。

 攻め方を変えなくてはならない。

 迫る拳を避けながらレイダーの背後を取り、後ろ蹴りで蹴飛ばしカードを使う隙を作る。

 

【SWORD VENT】

 

 新たな剣を召喚する。

 太刀はその場に突き刺し、空から飛んできたコンバットナイフ型の武器『ドラグダガー』を掴み取った。

 二振り召喚されるうちの一振りを右腰のハードポイントに装着しもう一振りを右手で構える。

 

「おっ! 今度は短いので来るのかい? いいよ、さあ来い!」

 

 両腕を上げてどこからでも来いと挑発するレイダー。

 次の瞬間、仮面の下で遊は目を見開くこととなる。

 

「ッ!?」

 

 一瞬でレイダーに肉薄する。

 突然目の前に現れたのでレイダーも驚き、後退しようと地面を蹴るが既にこちらの距離である。

 狙うは……間接。

 装甲に覆われていない箇所。

 急所。

 レイダーの装甲は厚く、防御に優れる。

 そんな硬いところを攻撃したって仕方ない。

 効率良く奴を倒すには、防御の薄い場所を的確に攻撃していくのが良い。

 そして、この間合いでは彼女お得意のパンチも放てない。

 ほぼ密着しているような状態でレイダーを斬りつけていく。

 

「ッ……! 君、結構やらしい戦い方してくるね!」

 

 やらしい?

 単に最適な戦い方をしているだけだ。

 

「少しはこっちにも殴らせろッ!」

 

 いつまでもやられているわけにはいかないと、レイダーは勢い良く肩をぶつけてきた。

 よろけたところにレイダーの豪腕が迫るが、半身を反らして回避すると同時に殴りかかってきた腕を脇で絞め上げて拘束する。

 そして、身動きの取れないレイダーを斬り裂いていく。

 

「ふっ……ははは!」

 

 急に笑いだしたレイダー。

 何を、笑っている。

 自身の生命が危ういというのに。

 何故、笑う。

 

「楽しいね! 戦うことは! 楽しいね!」

 

 ……楽しい?

 楽しければ、人は笑う。

 そうか、楽しいのか。

 戦うことは、楽しいことなのか。

 この胸に抱いた感情は楽しいというもの……。

 それは、本当に?

 本当にこれは楽しいという感情?

 いや、もっと違う。

 そもそも、感情とはなんだ?

 

「おりゃっ!!!」

 

 少々考え事をしている間に隙が生まれてしまいレイダーの左拳が胸を打った。

 よろけながら後退るとレイダーはこの機を逃さないと迫る。

 最初の数撃こそ回避、防御は出来たが先程の一撃が予想以上に効いている。

 徐々にレイダーの拳のラッシュに対応しきれなくなり、強力な一撃を食らい水面に倒れた。

 

「まさか、これで終わりじゃないよね?」

 

 レイダーが煽る。

 しかし、その通りだ。

 この程度では終わらない。

 終われない。

 だって、自分はまだ……。

 

 ()()()()()()()()()()────。

 

 

 

 

 

 誰もいない河川敷にひとつの影が現れるとそこからアリスが浮上した。

 そしてツルギとレイダーの戦いを眺め、睨み付けると二人のところまで駆け出そうするが突然、首元に黒い刃が現れた。

 

「戦いの邪魔をするのか? ライダーバトルなんてものを始めた奴が」 

 

 黒いツルギがアリスの行く手を阻む。

 

「あなた……! 邪魔をしないでください!」

 

 振り向き、黒ツルギにそう声を荒げるアリス。

 しかし黒ツルギは動じることはない。

 太刀を下ろした黒ツルギは数歩前に出るとアリスに語りかけた。

 

「そんなに奴が穢れることが嫌か?」

「……穢れきった貴方に話すことは何もありません」

「はっ。穢れたのは誰のせいだ?ええ?()()()?」

 

 その言葉が引き金となった。

 アリスの影が伸びるとそこから黒い人の形を模したものが三体現れ……。

 やがてその黒い影は黒い鎧を纏い、騎士(ライダー)となった。

 

「ほんと、そうですよね……。だからぁ、ぐれちゃった悪い子にはお仕置きが必要ですね……! 行きなさい、フレア、メッサー、ヘリオス」

 

 黒ツルギを睨み付けると三体のライダーだったもの達が迫る。

 二体の影がそれぞれ銃を放ち、もう一体が黒ツルギへと斬りかかる。

 それを容易く回避して、斬りかかってきたライダーの胴に一撃を与えると黒ツルギはアリスへと太刀を投げつけた。 

 しかし、太刀は空を切り地面へと突き刺さる。

 

「逃げたか……。まあいい。見ているがいいさ、お前を切り裂く(ツルギ)が鍛えられていくところをな」

 

 そして黒ツルギは三体の影を斬らんと腰のバイザーを抜いて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 即座に立ち上がるとついさっき突き立てておいた太刀を抜き、駆ける。

 レイダーは拳を握りしめ、カウンターで合わせようとしているのだろう。

 だが、それこそが狙い。

 

「ッ……!?」

 

 レイダーの太ももに、ドラグダガーが突き刺さる。

 血が滴り落ちて、川に流されていく。

 驚いているのも無理はない。

 レイダーは太刀にばかり気を取られていた。

 それもそうだろう、ドラグダガーよりも長大で分かりやすく脅威度の高い太刀に注意を向けるのは当然だ。

 だからドラグダガーに注意がいかない。

 ドラグダガーだって左手に構えていたのだ。

 それを投擲し、足を奪った。

 だが、それだけで倒れるような奴ではないだろう。

 だからこそ、これは奴を仕留めるほんの一手に過ぎない。 

 この手に握りしめた太刀がただの囮なはずがない。

 上段からの一撃。

 レイダーは両腕を交差させてガードするが、足に力が入らず徐々に膝を折っていき……。そんなレイダーを蹴り飛ばす。

 思いきり尻餅をついたレイダーの首をはねようと太刀を振るって……。

 

『人類を守るのが、仮面ライダーだ』

 

 ある記憶が、呼び覚まされた。

 僕に仮面ライダーの在り方を授けた、ある人の言葉が……。

 あ、れ……?

 

「僕、は……」

 

 太刀を握っていた手から力が抜ける。

 手だけではなく、身体から力が抜けていって僕はその場に膝をついた。

 流れる川の冷たさが、スーツ越しに伝わる。

 僕は何をしようとした?

 彼女を殺そうとした。

 何故殺そうとした?

 分からない。

 ただ、殺せと。

 殺せと命じられるがままに。

 心に冷たいものが突き刺さる。

 身体中から熱を奪っていく。

 

 そんな、どうして、僕は……。

 人を殺そうとなんて……。

 

「……どうしたの? あそこまでやっておいてトドメを刺さないの? 急に怖くなった? 人を殺すことが」

 

 当たり前だ。

 人を殺すなんてことは出来ない。

 だって、()()()()()()()()()()()()()

 人を殺すことは出来ない……出来るはずがない……。

 

「はあ……よっこいしょっと」

 

 そう声が聞こえたので見るとレイダーが立ち上がって、ドラグダガーの突き刺さった足を引き摺りながら近寄ってきた。

 僕の目の前に来ると立ち止まり、レイダーはドラグダガーを思いきり引き抜いた。

 赤い血が、白い鎧を濡らす。

 これは、僕がつけた傷から出たもの……。

 

「僕の、せいで……」

 

 なんでこんな、人を傷つけるようなことを僕は……。

 項垂れる。

 川の流れはいつもと変わらない穏やかなもの。

 そんなものを見ても、僕の心はざわついたままで……。

 急に、レイダーは僕の鎧を掴むと無理矢理立たせた。

 まだ、戦いは終わっていない。

 このまま、彼女に殴り殺されるのだろうか。

 それは、嫌だな……。

 

「……ホントに、人が変わったみたい。わたしはさっきの君と戦いたいんだけどなぁ」

「そんなこと、言われても……」

「また殴ればさっきみたいになったりする?」

 

 もはや、彼女との会話は無理だろう。

 戦うことしか考えていない彼女と戦いを止めたい僕とでは……。

 

「はあ……。仕方ない。ちょっと、失礼するよ」

「ガッ……!!?!?」

 

 鳩尾を強烈な一撃が襲った。

 そこで、僕の記憶は途切れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ミラーワールドに連れ込まれたアタシはなんとか変身して蜘蛛のモンスターの相手をしていた。

 これまで戦ったことのある蜘蛛型のモンスターの中では小ぶりで戦闘力も低めに見える。が……。

 ビルから現れるライドシューター。

 さっきのあのヤバい女が変身したライダーだろう。

 ライドシューターのキャノピーが上がり、その騎士の姿が現れる。

 しかし、そいつは騎士という風貌ではなかった。

 女物の喪服のような、そんな姿。

 黒いボロボロのヴェールが仮面を隠し、スカートまでボロボロ。

 趣味の悪い映画にでも出てきそうだと内心愚痴った。

 

「ふふふ……それがあなたの姿なのね。その姿でいっぱい私達を愛してくれるのね」

 

 やはり、気持ち悪い。

 こいつは人の話になど耳を貸さないのだろう。

 こいつにコミュニケーションなど通用しない。

 全て、あいつは自己完結してしまうのだから。

 

「さあ、早く愛して!!!」

 

 腕を広げて、無防備な姿を見せる黒いライダー。

 このまま殴るか?

 いや、何か嫌な予感がする。

 こいつ真っ当にやり合うのはヤバい……!

 

「ねえ、愛してくれないの?」

「アヒャ! どうしたの! 恥ずかしいの!」

「そうだね瑠美。きっと恥ずかしいんだよ」

「そっか……じゃあ、アタシ達から先に愛してあげる!」

 

 デッキからカードを引き抜き、さっきの蜘蛛のモンスターを象った右肩のバイザーに装填する。

 

【STRIKE VENT】

 

 空から蜘蛛の脚を模した手甲型の武器が両手に装備された。

 長い爪のようなそれは黒いライダーにやけに似合っていて、趣味の悪い映画に出てきそうな感じを更に強める。

 とにかく、相手は攻撃を仕掛けようとしてくる。

 ならばこちらもストライクベントで……。

 いや、被弾覚悟で戦っていいような相手ではなさそうだ。あまりやらない戦法ではあるがここは……。

 

【GUARD VENT】

 

 盾を召喚し、レイピアでもあるクインバイザーを右手に構える。

 そして、爪による攻撃を盾で凌ぎレイピアによるカウンターの突きを胸部に当てる。

 

「アッ……!」

 

 自分や他のライダー達と違って鎧らしい鎧はなく防御が薄そうだと思っていたがその読みは正しく一突きで苦しそうに胸を抑えている。

 呼吸も激しく、肩で息をしているような状態で……。

 

「……アヒャ」

 

 悪寒がした。

 あいつは、違う。

 ダメージが大きいことで苦しんでいるのではない。

 あいつは……。

 

「アヒャ、アヒャヒャ! やっぱりやっぱりやっぱり! 貴女はアタシ達を愛してくれる人ね! もっと愛してちょうだい!!!」

 

 こいつは、なんなんだ……。

 これまで出会ってきたライダー達とはまるで違う。

 

 異常者────。

 

 そんな言葉が頭を過った。

 少なくとも、こんな戦いに参加している時点でアタシ達だって普通ではないと思っていた。

 けれどこいつは違う。

 根っからの異常者なのだ。

 普通、攻撃されて()()()()()()なんて思わない。

 攻撃、暴力というものはおそよ愛なんてものから最も遠いもののひとつだろう。

 例外としてみれば、親が子供を叱りつけるために頬をはたくとか拳骨するとか。これらは愛があるからこそ成り立つものだ。

 しかし、奴は違う。

 全ての暴力、攻撃、痛みを自分への愛だと思い込む。

 だから、自己完結しているのだ。

 

「ねえ、麗美! やっぱりこの人がいいよ! もっとアタシ達のこと愛してくれるわきっと!」

「そうだね瑠美! 今のはとっても痛くて愛を感じたよ!」

 

 そしてこいつのこの一人芝居。

 レミとルミという二人を演じているのか?

 それともよく創作物の中で見る二重人格?

 だとしても二重人格なんて現実に存在するのか?

 いや、こいつのことなんてどうでもいい。

 暴力を愛だと言おうが、死んでしまえば意味はないのだ。

 ─────殺せ。

 

【STRIKE VENT】

 

 右手に蜂の腹のような格闘武装を装備して無防備な相手に殴りかかる。

 暴力を愛だと言うこいつはきっとたくさんの愛を受けているとか想像しているのだろう。

 とにかく殴る、殴る、殴る。

 そして、殴り飛ばす。

 

「アヒャヒャ!!! いいよいいよ! もっと! もっと!」

「いいよ……とびきりのやつで愛してやるよ……」

 

 ファイナルベントのカードを手にしながらそんなことを言う。

 我ながら、乗せられてしまっている気がしてならないがさっさとこいつを倒すのがいいだろう。

 

「……こんなに愛してもらったんだから、私達も愛してあげないといけないよね。ねえ瑠美?」

「そうだね! いっぱい愛してあげなくちゃね!」

 

 直感でヤバいと判断してすぐにファイナルベントのカードを装填する。

 だが、一歩遅かった。

 

【CAPTURE VENT】

 

 電子音が響くと、どこからか飛んできた白い糸によって身動きが取れなくなってしまった。

 

「アヒャ……たっぷり愛してあげる」

「たくさん愛してあげる」

「『私(アタシ)達の愛を受け取って!!!』」

 

 指を蠢かせながら近づく奴は正に獲物を捕らえた蜘蛛のようだった。

 くそ、全身を縛られてカードを使うことも出来ない……!

 

「アヒャ……!」

 

 目の前に迫った黒いライダーはゆっくりと手を掲げ、長い爪による攻撃を食らわそうとして……。

 

【SWING VENT】

 

「っ!?」

 

 黒いライダーの腕に巻き付いた白い鞭。

 

「これは……」

「お待たせ瀬那!」

 

 あのバカ、いいタイミングで……。

 

「なに? あなたもアタシを愛してくれるの?」

「えっ、なにこいつ……」

 

 あいつもやはり引いている。

 いや、引かない人間がいないはずがない。

 そしてあのバカはもう気持ち悪いと鞭を思い切り引っ張って黒いライダーを投げ飛ばした。

 ビルの壁に叩き付けられた黒いライダーは流石にダメージが大きかったのかそのまま地面に座り込んだ。

 

「まったく~少し目を離すとすぐこうなんだから。やっぱり私がついてないとダメだね!」

「うっさい。それにアタシは戦うつもりはなかった。あんなヤバいのと」

 

 まったくとんだヤバい奴だった。

 ああいう変態とはいくらライダー同士とはいえ戦うのも嫌だ。

 

「それじゃあその糸をほどいてさっさと逃げよ。私も変態さんの相手はしたくないし」

「ああ、頼む……」

 

 体に巻き付いた糸を取ろうとバカが糸に触れる。

 だが、触れただけでそこから動かない。

 

「おい、早くしろ。でないと変態が目を覚ますかもしれないだろ」

「ねえ、瀬那」

「なんだよ」

「取れなくなっちゃった」

「は?」

「だから、その……。私もこの糸に捕まっちゃった。てへ♪」

 

 ……。

 

「てへ、じゃないだろこのバカ! いいからなんとかしろ!」

「なんとかって無理だよ! もう取れないもんこれ!」

 

 頑張って糸を引き剥がそうとするバカ。

 しかし、糸の粘着性は高く取れる気配はない。

 そして更に事態は悪化する。

 

「アヒャヒャ! お仲間さんも絡まっちゃった! それじゃあ二人まとめて愛してあげる!」

 

 気絶から目覚めた変態がゆっくり、ねっとりと近づいてくる。

 くそ、何とかしないと二人まとめて死ぬ……!

 

「ひっ……。ヤバいよ瀬那ヤバいよ! このままじゃ私達二人共お嫁に行けなくなっちゃうよ!」

「冗談言ってる場合か!」

 

 くっ……もう手は何もないか……。

 そう諦めた瞬間だった。

 何かが顔の横を通りすぎ、風を切った。

 そして、迫っていた変態に何かが直撃して膝をつかせて……。

 あれは……矢?

 アタシの知るなかで弓矢を使うライダーは一人しかいない。

 そいつは……。

 

「またお仲間さん……?」

 

 変態が胸を抑えながら攻撃してきたライダーに訊ねる。

 そして、聞きなれた声がアタシの後ろから響いた。

 

「違うわ。ただの通りすがりよ」

 

 やっぱり、あいつ。

 青い弓使いのライダー。

 

 仮面ライダーアイズ────。

 

 アイズは弓を携えながらアタシ達の前に立った。

 なんで、こいつがアタシ達を庇うような真似を……。

 

「瀬那。知り合い?」

「まあ……何度か戦ったことはあるけど」

「一応言っておくけど、貴女達を助けたわけではないから。いつでも倒せる貴女達より向こうを優先しただけよ」

 

 抑揚のない声でそう言い放つアイズ。

 やはり、こいつとは気が合いそうにない。

 それはバカも同じなようで「むう」と頬を膨らませたような声が聞こえた。 

 

「アヒャ! すごい! こんなに愛してくれる人達が集まってくれたのは初めて!!!」

「嬉しいね瑠美!」

「嬉しいね麗美!」

 

 また一人芝居をはじめた変態。

 それを見たアイズが声をかけてきた。

 

「……なに、あれ」

「知らない。ずっとあの調子のヤバい奴なんだ」

「変態だよ変態!」

「なるほどね……」

 

 理解したと言わんばかりに会話を中断したアイズは矢を番える。 

 あいつ相手には遠距離から攻撃するのが恐らく有効。

 接近戦ではあいつの変態性を近くで感じなくてはいけないため精神的にもキツイ。

 遠くから仕留めるのが一番だろう。

 爪を構えて疾走する変態にアイズは矢を放った。

 避ける素振りを見せない変態に矢は直撃してダメージを与えたかに見えたが変態の奴は気にせず接近してくるではないか。

 これには堪らないとアイズはすぐに二の矢、三の矢を放つがまったく奴に効いている様子がない。

 さっき奴を殴った時に感じたが、奴は痛みを喜ぶ。

 むしろ、攻撃を与えることは逆効果の可能性が高い。

 

「アヒャ!!! そんな遠くからじゃなくてもっと近くで愛しあいましょう! アヒャヒャヒャ!!!」

「チッ……」

 

 変態の接近を許したアイズ。

 迫る爪の攻撃を弓で防御して押し返し、弓の刃で変態を斬りつけた。

 だが、それは……。

 

「いいわ、いいわ! もっと、もっとアタシ達を愛して!!!」

 

 やはり、こいつ……!

 

「なんなの……想像以上の変態じゃない!」

 

 流石のアイズも声を荒げる。 

 それもそうだろう。

 今までいなかったタイプのライダーだ。 

 こんなに狂っている相手、そうそういない。

 

「アヒャ!!! こんなに愛をもらえるなんて……その事実だけでイッちゃいそう!!!」

「すごい愛を感じる……! 嬉しい! 嬉しい! 嬉しい!」

「麗美。ちゃんと受けた分の愛を返さないとね」

「うん。愛を返してまた受け取って、また返して受け取って……いっぱい愛し合おうね瑠美」

 

 そして、変態の猛攻が始まる。

 爪による一撃を的確に対処していくアイズ。

 しかし、今度は自分達の攻撃の番だととにかく攻め続ける変態に徐々に押されている。

 正直、あいつが勝とうが死のうがアタシには関係ない。

 だけど……。

 

「クインビージョ!!!」

 

 自身の契約モンスターの名を叫ぶ。

 ちゃんと契約を守り、信頼を得ることが出来ればカードを使わなくともモンスターは契約相手の助太刀に現れる。

 だが、クインビージョは気紛れなタイプだ。

 餌はかなり与えているが、元の性格がそんななので来るか来ないか半々といったところ。

 今日は……どうやら、来てくれたようだ。

 大きな羽音を響かせて、女王が現れる。

 

「悪いけど、この糸なんとかしてくれない?」

 

 そう頼むとクインビージョの胴体。

 ドレスのようになっているが、その実態はクインビージョの配下であるビージョの巣である。

 巣から大量のビージョが現れ、糸にまとわりついていくと……。

 

「瀬那これなにするとこ……熱っ!? ちょっ熱い! 熱いって! これじゃ茹でダコになっちゃうよ!」

「うるさい我慢しろ。それに茹でじゃなくて焼きだ!」

「あっ、そうか~……じゃなくてやっぱり無理これ熱い! あーつーいー!」

 

 バカの声を我慢していると……きたな。

 糸の締め付ける力が弱くなってきた。

 これぐらいなら自力で……。

 

「らぁ!!!」

 

 絶たれた糸が地面に落ちると消えていく。

 まあ、ざっとこんなもん。

 さっさとクインビージョを呼べばよかった。

 

「助かったのはいいけどなにしたのさ?」

「ビージョが振動して起こした熱で糸を焼き切った。それだけ」

「へ~……器用なんだね瀬那と違って」

「うっさい」

「いたっ!?」

 

 バカの頭を叩いて戦線に戻る。

 とりあえず、あの変態はここで潰す。

 あんなヤバいのと長いお付き合いなんてのはまっぴらごめんだ。

 

「らぁぁぁぁ!!!」

 

 アイズへの攻撃に夢中な変態に殴りかかる。

 不意打ちには反応出来なかったようで拳が奴の顔面を捉えた。

 

「……」

「勘違いするな。別にあんたを助けたわけじゃ……」

「元から勘違いなんてしてないわ」

「なっ!」

 

 やはり、こいつも好きにはなれない。

 そもそも、ライダーで好きな奴なんてのもいないが。

 

「ふふふ……三人で私達を愛してくれるのね……楽しみ……」

 

 やはり、気持ち悪い。

 生理的に無理。

 理解不能。

 だが、アリスが狙ってライダーにしそうな奴ではある。

 

「はっ! 私の鞭がお前を愛してやるぜ!」

 

 またバカがバカなことを言っている。

 さて、三人相手にも怯まず逃げる素振りを見せないが流石に三人でボコれば……。

 駆け出そうとすると、アイズが制止した。

 そして、奴にある質問を投げかけたのだ。

 

「ねえ、貴女の言う愛って何かしら?」

 

 奴とコミュニケーションを取ろうだなんて無茶だ。

 宇宙人とコミュニケーションを取る方がまだ簡単そうだと思わせてくる相手だぞ。

 そう思ったのだが、意外にも奴は乗ってきた。

 

「暴力。痛み。それが愛。だからこうして貴女達から私達は愛をもらって、その愛を貴女達に返すの!」

 

 ……とんだ野郎だ。

 暴力、痛みが愛だなんてどうしたらそんな認識になる。

 暴力なんて愛から最も遠いものではないか。

 親が子供を叱るのに拳骨するだとかビンタするだとかは愛故にであるが、アタシ達は相手を殺すために暴力を振るう。

 そこに一切の愛なんてものは存在しない────。

 

「なるほどね……。それじゃあ、貴女の願いも愛ってところかしら?」

「そう! アタシと麗美の願い、それは愛! たくさんの愛を受けてたくさんの愛を返す! それがアタシ達の願い!!!」

「……そう。じゃあ、私から良いことを教えてあげるわ」

「良いこと? なぁに? 教えて!」

「ええ、誰も教えてあげないでしょうから私が教えてあげるわ。()()()()()()()()()()()()()。それだけよ」

「……は?」

「だって、そうじゃない。暴力から得る愛も暴力で与える愛なんて存在しないもの」

 

 アイズの言葉に、奴は固まった。

 こいつ、揺さぶっている。

 あの変態を精神的に打ち負かそうとしている。

 

「貴女、恋はしたことある?」

「恋!?」

「バカ、黙ってろ」

 

 また、唐突に話題を切り替えた。

 だが、これも恐らく奴を揺さぶるためのもの。

 しばらく、口を挟まないでおこう。

 

「その様子じゃ、したことはないようね。いや、愛に恋してるといったところかしら? だとしたらそれも間違いよ。愛に恋したところで愛は貴女に何も返さないわ。だって、愛そのものは何かを愛するなんてこと出来ないもの」

「……さい」

「推測だけれど貴女、両親から虐待でもされてたんじゃない? それで自分は他の幸せな家族のように両親から愛されてるんだと思いたくて暴力が愛なんて言ってる。だから貴女はありもしない思い込みの愛なんてものを求めて、自分は周りと同じだと思って他人に押し付ける。違う?」

 

 まるで、見てきたようなことを言う。

 本当に、その通りなんじゃないかと思うぐらい。

 そして、当の本人は……。

 

「『うるさいッ!!!!!!』」

 

 激昂。

 これまでとはまるで違う様子で襲いかかってくる黒いライダー。

 だが、これまでの攻撃と比べると単調で精細さに欠いている。

 そんな攻撃に当たるようなアイズでもない。

 危なげなく避け続けるアイズは奴の胴を横薙ぎに切り裂いた。

 大きな火花が散り、地面を転がる奴はもう虫の息であった。

 

「終わりね」

 

 カードを手にし、左腕のボウガンのようなバイザーへと装填しようとするアイズ。

 だが、その寸前で黒いライダーは契約モンスターに連れられて逃走。

 仕留めることは叶わなかった。

 つまり、奴との因縁が続くということで……。

 

「はあ……面倒なのと縁が出来た……」

「そんなことよりも早くミラーワールドから出ないと! 瀬那もう消滅始まってる!」

 

 確かに、少しずつであるが身体が粒子へと変換されはじめている。

 もう長居は出来ない、が……。

 

「……」

 

 アイズを一瞥すると、奴は何も言わずにミラーワールドから去って行った。

 まあ、殺し合いをする仲だ。

 馴れ合うものではない。

 もう用はないし、ミラーワールドから出よう。

 それに、向こうにはバカの買ってきた五角チョコパイが待っている。

 

 

 

 

 

「あー!!! 五角チョコパイがー!!!」

 

 公園にバカの声が響きわたる。

 正直、アタシも叫びそうになった。

 

「カァー」

 

 公園のベンチに置かれていた五角チョコパイが、カラスの餌となっていた。

 

「そんなぁ……愛しの五角チョコパイが……」

 

 力なく膝をついたバカ。

 愛しの、か……。

 

「あいつ、『貴女の願いも』って言ってたな……」

 

『なるほどね……。それじゃあ、貴女の願いも愛ってところかしら?』

 

 アイズの言葉を思い出す。

 貴女の願いも。

 なんて言い方をするということはつまり、あいつの願いも……。

 いや、他人の願いなんて知ってどうするというのだ。

 アタシにはなんの関係もないこと。

 ただ、出会えば敵同士。

 そう、それだけ……。

 

「瀬那! 私また五角チョコパイ買ってくる! だからまたちょっと待ってて! ……いや、目を離すと駄目だから一緒に買いに行こ!」

「お、おいこら! 引っ張るな!」

 

 そう、ライダーは敵同士。

 だけど、こいつは……。

 

 

 

 

 

 

 

 聖山駅近くの高架下。 

 そこに、漆黒のライダー『仮面ライダーウィドゥ』

 氷梨麗美はいた。

 自身の契約モンスターにより強制的にミラーワールドから追い出され、現実世界へと帰ってきたがその心はズタボロだった。

 

 否定された。

 私達の愛を否定された。

 嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ。

 私達は間違ってない。

 私達の愛は間違っていない。

 

「そうでしょ、瑠美?」

 

 もう一人の自分へと問いかける。

 だが、返事がない。

 瑠美もまた、これまでにない屈辱を受け、返事どころではなかった。

 

「瑠美……。大丈夫。私達の愛は間違ってない。間違ってないよ。だから、瑠美。私が愛してあげるから元気出して?」

 

 そして、左の袖を捲ると麗美は自身の腕に思い切り爪を立て、何度も何度も肉を抉る。

 黒いアスファルトを血が汚し、辺りは既に赤い華が咲き誇ったかのよう。

 しかし、それを咎めるものがいた。

 

「いけませんよ。自分の身体を傷つけるなんて」

「誰……? 私はいま瑠美に愛を与えてるの。だから邪魔しないで……!」

 

 麗美はその人物を睨み付けた。

 眼鏡をかけ、髪をおさげにした清楚という言葉がよく似合う少女。

 黒いブレザーの制服は藤花学園のもので、いわゆるお嬢様学校のそれを着ているせいか余計に清楚という印象を感じさせる。

 そして、穏やかな少女であった。

 邪魔しないでと言われたにも関わらず少女は白いハンカチを手に取ると麗美が自傷した左腕の傷に当てた。

 

「こんなに傷つけて……痛かったでしょう?」

 

 そう問う少女に麗美はなんでそんなことを言うのか分からなかった。

 

「痛いのは、愛だから……」

「痛いのが、愛?」

「そう。痛いのは愛なの。お父さんもお母さんもそうやって私のことを愛してくれた。だからこうやって……こうやって……」

 

 知らず、涙が流れた。

 おかしい、おかしい、おかしい。

 痛いのが愛だったはずだ。

 暴力こそ愛情であった。

 なのに……。

 今は、それが本当にそうなのかと疑っている自分がいる……。

 

「そう、ですか。貴女はそういう形の愛しか知らなかったのですね。大丈夫です。愛の形は様々。だから、私が貴女に愛を教えましょう」

「え……?」

 

 私には、この少女が光輝いて見えた。

 今まで、こんな人と出会ったことはなくて……。

 最初に愛を教えてくれたのは瑠美だった。

 けれど、別の形の愛があるというのならそれを知るのもいいかもしれない。

 愛を知れば、あの女を黙らせることも出来るだろう。

 

「私は樋知十羽子(ひじりとわこ)といいます。貴女のお名前は?」

「私は、麗美。氷梨麗美」

「そうですか。麗美さんというのですね。では、私が教えて差し上げます。神の寵愛を受けるということを……」




次回 仮面ライダーツルギ

「なんだ~鏡華ちゃんのお友達だったのね~!」

「さて、そろそろ盛り上げていこうか。このライダーバトルという祭典を……」

「プロジェクト、ナイト……?」

「待ってたんですよ。御剣君を……」

 願いが、叫びをあげている────

キャラクター原案

樋知十羽子  正気山脈様

告知
仮面ライダーツルギスピンオフ!
絶賛更新中!
レイダー、ウィドゥ、甲賀の物語が紡がれる……
そちらもぜひ!
リンクはあらすじのところにありますのでそちらからどうぞゴー!


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?+1ー19 形を得た闇

オリジナルライダー募集は突然ではありますが終了とさせていただきました。
詳しくはこちらの活動報告をご確認ください。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=253666&uid=270502
たくさんのご応募ありがとうございました。


 放課後。

 射澄さんと共に鏡華ちゃんのお家へ。叔母さんと二人で暮らしるけど今はその叔母さんが海外出張のためいないとか。そのため、その家の人がいないのにお宅にあがるというなんともこう……微妙に罪悪感がある。

 しかし射澄さんはそんなこと気にせずに鍵を開けてずかずかとお家の中へと入っていった。大丈夫かな……鏡華ちゃんの見られて恥ずかしいものとかありませんように……。

 そう願いながら出来る限り視線を逸らさず真っ直ぐと前だけを、射澄さんの背中を見つめて鏡華ちゃんに言われた通りに家の中を進む。

 寄り道なんてしてる場合じゃ……。

 

「この皿……これは有田焼では?」

「ああこら射澄さん! 寄り道しない!」

「むう。少しぐらいいいだろうに……」

 

 鏡華ちゃんのお家はお金持ちのため色々と射澄さんの興味をそそる物がたくさんある。

 そのためあちこちで「あれは!」とか「これは!」と立ち止まる射澄さんの背中を押して前へと進ませた。

 そして、なんとか鏡華ちゃんのお兄さんの部屋へとたどり着いたが……。

 

「うわー本当に本だらけ。床にも積まれてるしすごいなこれ」

 

 とにかく本だらけ。

 本の森に迷いこんだかのように思われる。

 この本の山の中で鏡華ちゃんのお兄さん……宮原士郎さんがミラーワールドに関わっていた証拠を見つけなければならない。

 これは骨が折れそうだ。

 

「これは大変そうですね射澄さん。……射澄さん?」

 

 返事がなく、どうしたものかと射澄さんを見ると……。

 

「あぁ……! 素晴らしい……!」

 

 恍惚の表情を浮かべていた。

 どこか扇情的にすら感じられた表情を浮かべたまま射澄さんは部屋の中へと足を進めるとあれだこれだと本を手に取り、ばぁーっとページをめくり、本の匂いを嗅ぎ、本を抱きしめて……。

 

「ちょっと射澄さん!? 目的! 目的忘れてませんか!?」

「あぁ……お団子君……。私はしばらくここに住むよ……」

 

 あぁもう駄目だこの読書馬鹿先輩。

 しかししばらく住み込みで射澄さんに探してもらうというのは悪くないかもしれない。

 速読も得意だと言っていたし時短になる……。

 

「……」

 

 あっ、駄目っぽい。

 めっちゃ一字一句逃さないように読んでる。

 どうにかして正気に戻さないと……。

 正気に戻す方法を思案していると、耳が微かな音を拾った。

 足音。

 鏡華ちゃんが来たのだろうか?

 そう思ったのだが、足音の人物の声がそれを否定した。

 

「鏡華ちゃーん? 帰ってるの~?」

 

 誰だ誰だ!?

 あ、あれか!

 まさか出張に行っていた叔母さんが帰ってきたのか!?

 

「どどどうしましょう射澄さん!? 鏡華ちゃんのおばさん帰って来ちゃいましたよ!?」

「どうするもこうするも別にないだろう。私達は別に泥棒じゃないし。鏡華君のお友達ですとでも言えばいいだろう」

「そりゃ泥棒じゃないですけど! 鏡華ちゃんがいないのに私達がいるってなったら怪しまれますよ!」

「やれやれ仕方ないな。ではそこの窓からお暇しよう。カーテンを結んでロープ代わりにして……」

「それこそ泥棒って思われるじゃないですかー!」

 

 まったくこの人は……。

 

「あの、貴女達、誰?」

「あっ……」

 

 そうこうしているうちに、暫定鏡華ちゃんのおばさんに見つかってしまった。

 悪いことはしてないはずなのだけれど、とても気まずい雰囲気が部屋の中を支配する。

 そんな中でも気にせず本に目を通す射澄さんは流石だなって……。

 

 

 

「なんだ~鏡華ちゃんのお友達だったのね~!」

 

 鏡華ちゃんのおばさんに事情を話すとリビングに通されて紅茶とクッキーをご馳走された。

 事情を話すといってもライダーのこととかは伏せてではあるが。

 鏡華ちゃんのおばさんは思っていたよりも若く、恐らく30代というところ。

 名前は藤上響(ふじがみひびき)さん。

 大手アパレル会社に勤務するバリバリのキャリアウーマン。独身。好きな男性のタイプは可愛い子。好きな女性のタイプも可愛い子。どっちもいける。

 私もお誘いいただいたが丁重にお断りした。

 

「それにしても鏡華ちゃんのお友達が家に来るなんて初めてだわ~」

 

 響さん自身のお話が一区切りつくと、嬉しそうにそう呟いた。

 その言葉は私にとって意外なものだった。

 鏡華ちゃんは友達が多いからお家に招くことぐらいしていると思っていたのに……。

 

「鏡華ちゃんから話は聞いてると思うけど、姉さんとお義兄さんが亡くなったから私が引き取ったんだけど……。私に遠慮しちゃってね~。打ち解けてくれるまでしばらくかかって……。それがこうしてお友達を連れて来るなんて……うぅ……ぐすっ! 感動の涙がぁ!!! うわぁぁぁぁん!!! ところで、鏡華ちゃんはまだ帰ってこないの?学校で何してるの?」

「鏡華ちゃんは部活……」

「部活!? 鏡華ちゃんが!? なんてこと……私が出張に行っている間に鏡華ちゃんが部活!? 可愛い子には旅をさせろって言葉は本当ね……。あ、旅をしてたのは私か~。あっはっはっ!!!」

 

 ……愉快な人だなぁ。

 それに引き換え射澄さんは静かに紅茶を飲んでるだけだし……。

 ……絵になるなぁ、なんか。

 中身は本のことしか頭にないような人なのに。

 

「お団子君。何か失礼なことを考えていないかい?」

「しっ、失礼なことなんてそんな……」

 

 察しまでいいので大変である。

 久しぶりに口を開いたことをきっかけに響さんが射澄さんに話しかけた。

 

「それにしても鏡華ちゃんに年上のお友達が出来るなんて~。鏡華ちゃん年上の人がちょっと苦手だから良かったわ~」

「そうだったんですか。そんな感じはまったくしませんでしたが……。それより響さん。少しお伺いしたいことがあるんですが」

「質問? いいわよ~。同じ女性同士特別大サービスでなんでも答えちゃうわよ。あ、けどいい女には秘密があるものだから質問は三つまでにしてね」

 

 得意気にウインクしながらそう語る響さん。

 その姿にどこか見覚えがあるような気がしたが気のせいだろう。 

 

「いえ、そこまで踏み込みはしません。聞きたいことはひとつ。……アリスという名の少女に心当たりは?」

 

 思わず、心臓が跳ねた。

 この人なんてことを……!

 

「アリス? 私の周りにはそんな女の子はいないけどなぁ。アリスと聞けば不思議の国のアリスぐらいしか思い浮かばないし」

「そうですか。申し訳ありません。変な質問をして」

 

 まったくだ。

 ライダーバトルに関わるような質問を関係ない人にまでしてこの人は何を考えているんだ。

 

「いやー面白い子ね~。鏡華ちゃんにバラエティ豊かなお友達が出来て嬉しいわ~」

 

 それをこんな風に返す響さんも響さんだと思うが……。

 

「さて、休憩はここまでにして私達は作業に戻ろうか」

「作業? そういえば君達、士郎君の部屋で何してたの?」

「あー……その、鏡華ちゃんから頼まれて……」

「頼まれて?」

 

 あ、あー。

 えっと、その……。

 どうにも私はこういう時にいい嘘が思い付かない。

 

「鏡華君から頼まれて、本に詳しい私と私の助手のお団子君である本を探してまして。直に鏡華君も帰ってくると思いますよ」

「あらそうなの。散らかってて大変だと思うけど頑張ってね」

「ありがとうございます。行くよお団子君」

「あぁ! 射澄さん待ってくださいよぉ!」

 

 すたすたと歩いて先に行ってしまう射澄さんを慌てて追いかける。

 まったくこの人は……。

 

「射澄さん! なんで響さんにアリスのことを」

「鏡華君とアリスの姿は似ているなんてものじゃない。それそのもの、鏡合わせと言ってもいい。なら何か関係があるやもと思ってね」

 

 確かに、鏡華ちゃんとアリスは瓜二つ。

 一体なぜアリスが鏡華ちゃんと同じ姿をしているのかは謎である。

 そこに親族である響さんが何か関係あるかもしれないという憶測を射澄さんは立てたようだが……。

 

「まあ、仮に響さんが関係者だとして話すとも思わないけどね」

「はあ……。急にあんなこと言うからびっくりしたじゃないですか。それに……」

「それに?」

 

 立ち止まり、私に顔を向ける射澄さん。

 その澄ました顔に言い放ってやる。

 

「私は助手じゃありません」

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室という教室は用件がなければ入ることもない教室だろう。

 それ故に、人に聞かれたくない話をするのにちょうどいい場所。

 

「はいこれ。頼まれてたやつ」

 

 ファイルを鐵宮に手渡す。

 無言で受け取った彼はページをざっと捲り、大まかに目を通すと机の上に置いた。

 

「黒峰君のこれと、佐竹副会長の情報。二つを合わせることでより正確な情報となる。それにしても、よくもまあこんなにいるものだ。ライダーというものは」

 

 その言葉には同意する。

 あのファイルにはこの学校の生徒でライダーバトルに参加している人物。参加している可能性の高い人物をリストアップしていったのだがこれが多いこと多いこと。

 これが更に市内全体と考えると……。

 

「アリスは……本当に戦いを終わらせるつもりがあるんでしょうか?」

 

 鐵宮の傍らに立っていた副会長。佐竹日奈子が呟いた。

 自分と同じようにライダーの情報を集めていた彼女なら自分と同じ考えに至ると思っていたが正しくその通り。

 多い。

 余りにも敵の数が多い。

 これではいつ戦いが終わるか分かったものではない。

 そして恐らく今もアリスはライダーを増やして……。

 

「その、アリスというやつだが」 

「はい?」

「会ったことないのだよ、そのアリスという少女に。まだね」

 

 それは、意外だった。

 あのアリスと出会っていないとは。

 ライダーになった経緯は聞いたが、それでもまだアリスはこの男の前に現れていない?

 少女のみが参加出来ると謳っておいて男が参入しているこの状況をアリスはなんとも思っていないというのか?

 あいつ、やはり何を考えているか分からない……。

 

「そういえば、佐竹副会長の情報の中に面白いものがあったな。その件のアリスという少女に瓜二つの生徒がこの学校にいると」

「はい。一年生にアリスと同一人物と言っても過言ではないほどの生徒が。名前は宮原鏡華」

「宮原、鏡華……」

「会長もお会いしましたよ。先週、新聞部の取材に来たあの女子生徒です」

「ああ、覚えているとも。そして、黒峰君の情報によると彼女と共に来たあの男子生徒。彼が私と同じイレギュラー……仮面ライダー、ツルギ」

 

 鐵宮がファイルを開くと仮面ライダーツルギと思われる男子生徒。御剣燐の写真と彼について簡単に調べた情報が記載されたページが現れる。

 

「彼は他のライダーと組んでいるようだが、戦いを止めるために動いている。そうなのか?」

「……多分。いや、きっとそう。戦いを止めるために戦うなんてほざいてる奴と一緒にいるんだから」

「なるほど……」

 

 立ち上がり、窓の前に立つ鐵宮。

 外を見ているのか、それとも、鏡の中を見ているのか。

 

「困るのだよ、戦いを止められては。君だって困るだろう?」

 

 当たり前のことだ。

 私だけでなく、他のライダー達だってライダーバトルを止められてしまっては願いを叶える機会を失くすというもの。

 それではライダーになった意味がない。

 だって、あたしはもう……。

 

「とにかく、邪魔をするものは潰す。私の覇道に転がる石ころは蹴飛ばす。……だが、それでは面白くはない」

 

 面白くは、ない?

 

「……なにをする気?」

「少々遊びたくなったのでな。まあ見ていたまえ。あぁ、それと次の仕事なんだが」

「……なに」

「咲洲美玲と接触してほしい。彼女が本当に戦いを止めようと思っているのか、それを聞き出してくるんだ」

 

 咲洲美玲。

 この学校の有名人の一人。

 冷厳な雰囲気を持ち、近寄りがたい雰囲気を持つことから『氷の女』なんて呼ばれているとかなんとか。

 他にも『氷の女』たる由縁があるようだが詳しくは知らない。

 確かにそんな『氷の女』が戦いを止めようなんて思うかは疑問である。

 

「分かった。軽く聞き出してくる」

「あぁ、頼むよ。さて、そろそろ盛り上げて行こうか。このライダーバトルという祭典を……」

 

 不敵な笑みを浮かべる鐵宮。

 その姿に私は、獅子を幻視した。

 獰猛で、狡猾な、百獣の王の姿を────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目覚めたら、知らない天井。

 というのは数日前にもあったが、今日見上げた天井は古い木造家屋のものだった。

 独特の、古い家の匂いが鼻腔を擽る。

 布団に寝かされていたので、とりあえず身体を起こして部屋の中を見渡すと、女性物の下着が干されていたので慌てて目線を逸らす。

 妹がいるから見慣れてはいるが他人の物を見るのは流石に躊躇われる。

 ここで、思い出した。

 他人。

 自分をここに連れ込んだ存在。

 

 あの、銀髪の少女────。  

 

「あ、起きた?」

 

 唐突に声をかけられた。

 さっきまで殺し合いをした相手にかけるような声ではない。

 知り合いに声をかける時のような気軽さ。

 

「おいおいそんなに身構えないでよー。別にとって食う気はないからさー」

「……なんで、僕を連れて来たんですか?」

 

 疑問を投げ掛ける。

 なんで、僕を連れて来たのか。

 なんで、僕を生かしたのか。

 僕にはこの人の思考が分からなかった。

 そして、その疑問を投げ掛けられた銀髪の少女……不良さんは布団のすぐ隣に胡座を書いて座ると質問に答えた。

 

「ちょっとお話しようと思ってね。色々と気になっちゃったからさ」

 

 微笑みながらそう言った彼女から視線を落とすと右の太ももに包帯が巻かれていた。

 そうだ、その傷は自分がつけたもの……。

 

「あ……」

「ん? あぁこの傷? 大丈夫大丈夫気にしないで。綺麗な傷だから治りも早いみたいでさ~」

「そんなすぐ治るわけ……」

「知らない? なんかライダーになると傷の治りが速くなるの。ほら、もう大分治って……」

 

 そう言いながら包帯を取って見せようとする彼女を慌てて止める。

 目に毒という言い方は正しくはないが、思春期の少年にはある意味目に毒なのだ。

 

「いいのかい? 見なくていいのかい?」

「か、からかわないでください!」

 

 ニヤニヤしながら問いかける不良さんに対してきっぱりと否定する。

 しかしそれが返って逆効果だったようで「ほれほれ~」など言いながら僕に対してセクハラしてくる少女。

 これ、男女逆だったら大問題だぞ。

 いや、逆じゃなくても問題なんだけれど。

 

「そんなことより! なんで僕を連れてきたんですか!」

「なんでって……なんでだろう?なんでだと思う?」

 

 いや、問いかけていたのはこっちなのだが。

 

「ウソウソ。冗談だよ冗談。君を連れてきたのは気になったから。ちゃんと腹割って話したくなったのさ」

「話……?」

「そう、お話」

 

 そう言うと不良さんは「ムフフ~」と特徴的な笑みを浮かべた。

 

「君は、なんのために戦っているの?」

「僕は、守るために……」

「なにを守るの?」

「人を……」

「なんで人を守るの?」

「それ、は……」

 

 答えられない。

 理由が出てこない。

 なぜ人を守るのか。

 分からない。

 

「じゃあ今度は君の番。私に質問してよ。君にしたのと同じ質問」

「それになんの意味が……」

「いいからいいから。さあ、ばっちこい!」

「えっと、それじゃあ……あなたはなんのために戦っているんですか?」

「闘うことが好きだから」

 

 さも当然のことのように。

 

「た、闘うことが好き……?」

「そ、私は闘うことが生き甲斐なのさ~。って、さっきも言ったよね?」

 

 たしかに、そう言っていた。

 しかしただただそれだけで戦うというのか?

 

「闘うことが好き。だから闘う。それだけ。いたってシンプルでしょ」

「……なんで、闘うことが好きなんですか?」

「闘うことが好きだから闘うことが好きなんだよ」

「え?」

「だから闘うことが好きだから闘うことが好きで……。んん? えーとちょっと待ってね今頑張って纏めるから……」

 

 こめかみに指を当てて考える不良さん。

 かなり悩んでいるようだが、そこに苦しさは感じられなかった。

 そんな最中、床が軋む音がした。

 誰かが、近付いてきている。

 

「やっほ遊~。遊びに来たぞ……!?」

 

 不良さんのお友達と思われる、聖高の制服を来た女子ががらりと襖を開けて現れた。

 

「あ、佳奈やっほー」

「やっほーじゃない! 遊あんた男連れ込んでる時はポストに新聞入れとく約束だったでしょ!」

「えーそんな約束したっけ? それに、この子はそういうんじゃないし」

「本当? 無理矢理連れて来たんじゃないの? ねえ君。このゴリラになんか変なことされてない? というか寝かされてるけど大丈夫? なんかあった?」

 

 矢継ぎ早に質問してくるカナという少女に圧倒されながら僕は真実を話すことにした。

 

「えっと、その……そこの人に殴られて目が覚めたらここにいて……」

「はあ!? 遊! あんた堅気さんには手を出さないと言っておきながらこんな子を!」

 

 怒って不良さんに詰め寄るカナさん。

 なんというか、お母さん。

 いや、母ちゃんって言った方がいいかもしれない。

 

「ま、待ってよ佳奈! 私そんなこと……したなぁ、うん」

「遊……あんたって奴は……!」

「待って待って佳奈!もっとちゃんと話をだね。喧嘩ふっかけたのはそもそも……私だ」

「遊! 見損なったよ!!!」

 

 怒るカナさん。

 弁明する不良さん。

 国民的アニメに登場するガキ大将が母親に叱られているようだ。

 ……僕、いる意味あるのかなぁ?

 

「あの、僕帰ります」

 

 喧嘩。いや、説教中の二人に聞いているか分からないがそう言ってこの家を出ようとした。

 すると説教の真っ最中だった不良さんが僕に「待って」と声をかけてきた。

 これまでとは違う真面目な顔で。

 

「とりあえずこれだけは言わせて。───迷っていたら、君の願いは遠ざかる。守りたいものも守れなくなる。迷うのはいい。だけど、迷いは早く振り切った方がいい」

「願いが、遠ざかる……」

 

 言葉が重くのし掛かる。

 しかし、これは受け止めなければならない重さだろう。

 

「少し、いい顔になったね……痛たたたぁ!? ほっぺはりゃめぇ!」

「うっさい! 変なこと言って……このバカの言ってることは気にしないでね。このバカゴリラには私からきつく言って聞かせるから」

「は、はぁ……。とにかく、お邪魔しました」

 

 一礼して、足早に不良さんの家を出た。

 部屋から出るとすぐ玄関が見えたので迷わず外に出ることが出来た。

 外は薄暗い。

 日が落ちるのが早くなってきている。

 夏はもう早足で去りつつある。

 秋がすぐそこまでやって来ていた。

 

 

 

 

 

 

「宮原さん帰らないの?」

 

 同じクラスの中野さんが話しかけてきた。

 中野さんはこれから帰りのよう。

 

「はい。ちょっと人を待ってまして……」

「あー。もしかして御剣?」

「な、なんで分かったんですか!」

 

 まさか言い当てられるとは思わず、驚いて大声を出してしまった。

 

「最近御剣と絡むこと多くなってたし。それにさ、御剣と話してる時の宮原さんなんだかすごく楽しそうだったから。付き合って……はまだないよね? 片想い中かなとは思ってたんだけど」

「い、いえ! そんな、片想いだなんて……」

「ふーん。まだ、そんな感じか。ひとつ言っておくけど、取られてからじゃ遅いよ」

 

 取られて、からじゃ……。

 

「別に、私は……」

「ま、なんでもいいけどさ。よくいるんだよね、取られた~って愚痴る子。私、嫌いなんだよねそういうの。付き合いたいならさっさと告ればいい。それでOKならそれでいい。フラれたならまあ諦めもつく。けど、何もせずにそうやってぐちぐち言うの本当に嫌。恋は攻めてこそって私のモットーだけど……。まあ、いいや。もう遅いし帰るね」

 

 そう言って踵を返した中野さんを私は呼び止めた。

 どうしても、聞きたいことがあったからだ。 

 

「あの、どうして私にそんなことを……」

「んー……。さっきも言ったけど、私、何もせずに取られたってぐちぐちされるの嫌だからさ。なんていうか、その、背中押してあげたいんだ」

「そう、でしたか……。その、ありがとうございました!」

「ん。じゃあ、また明日。御剣、来るといいね」

 

 そうして中野さんは教室を立ち去った。

 中野さんが言っていた「恋は攻めてこそ」という言葉には何故か聞き覚えがあり、それでいて胸にチクリと刺さるものがあった……。

 

 

 

 

 

 家に帰ろうと思ったが、荷物が学校にあることを思い出したので一度学校に戻る。

 「荷物忘れて帰ってきちゃった♪」なんて母さんに言おうものなら怪しまれるどころではない。

 この時間ならまだ部活に勤しむ生徒もいる。特に文化祭前というのもあって文化部の多くが残っているのだ。

 だから荷物を取りに戻ってもなんの問題もない。

 以前、部長から教えてもらった近道を歩く。

 細い路地、おばあちゃんがやってる団子屋さんの前を通り過ぎ、石段を登って古ぼけた名前も知らない神社の横を通り過ぎ、神社の真裏の石と木の根で出来た自然の階段を下ると聖高の裏。教職員の駐車場に出る。

 普通のルートで行くと大きく回らないといけないので15分はかかるがこのルートならその半分以下の時間で学校に着く。

 しかし褒められるような経路ではないので見つからないように学校へと侵入。

 昇降口で上履きを履いてから教室へ。

 

 夕焼けと夜空の間、赤と青が入り交じる教室の中には、乙女がいた。

 心臓が一際大きく跳ねる。

 そして、鷲掴みにされたよう。

 見惚れて、棒立ちで突っ立ていると乙女は僕の存在に気付いた。

 

「御剣君……! 今までどこに行っていたんですか! 心配したんですよ!!」

「あ……。ごめん、なさい……」

 

 乙女……宮原鏡華が大きな瞳に涙を浮かべながら僕に詰め寄る。

 その瞳に、吸い込まれてしまう幻覚を僕は見た。

 

「待ってたんですよ。御剣君を……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう、待ってるんですよ燐君。あなたを手にする瞬間を……」

 

 アリスはそう呟くと大きな瞳を開いた。

 大きく背伸びをして、さて、お仕事お仕事と意気込んだ。

 

「まずはゲームの邪魔をする悪~い人達の排除とイレギュラーへの聞き取りっと……。最近忙しくてアリス大変です。なので……ちょっと、お手伝いさんでも造りましょうかね」

 

 爪先で影をつんと突く。

 すると影が蠢き、湧水のように湧き上がっていき……。

 

 

 

 

 

 

 本棚を漁っていると、反対側の本棚を漁っていた射澄さんが突然漁るのを止めるとベッド近くの床にあった本を退かし始めた。

 

「射澄さんなにを……」

「この間、燐君の部屋に行った時にビニ本を探しただろう? その時のことを思い出してね。男性が隠すのはベッドの下が多いんだろう?」

「まあ、そう言いますけど……」

「あ、あった」

「そうですかありましたか……あった!?」

 

 いやいやそんな簡単にあるようなものではないだろう。

 しかし射澄さんの手には埃を被った大きな紙封筒があった。

 埃を叩いて落とすと封筒の中身を取り出すと射澄さんは目を大きく見開いた。

 

「これは……!」

「何が、出てきたんですか……」

 

 恐る恐る訊ねると射澄さんは束ねられた資料の表紙を私に見せつけた。

 その表紙に書かれていたのは……。

 

「プロジェクト、ナイト……?」

「ああ……。どうやら、宮原士郎という男は私達が思っている以上に重要人物らしい。……これを見て」

 

 資料をめくり私に見せたページにあったのは、仮面ライダー。

 仮面ライダーの設計図のようだ。  

 そして、その仮面ライダーはツルギであった。

 

「まさか、鏡華ちゃんのお兄さんがライダーの生みの親だったなんて……ッ!?」

 

 射澄さんから資料を受け取ってめくっているとある文字を見つけてしまった。

 そんな、これは……。

 

「どうした、お団子君?」

「これ……」

「装着者、御剣燐……!」

 

 資料は印刷されたものだったがこれだけは手書きで後から書き足したようだった。

 けれど、燐君がライダーになったのは私とそう変わらないつい最近のこと。

 それが何故埃を被るほど前からあるものに名前が記されている……?

 

『キィィィィン……キィィィィン……』

 

「こんな時にか……。まあいい。二人でかかれば余裕だろう?」

「そうですね! 行きましょう!」

 

「「変身!」」

 

 並び立つ朱と蒼。

 窓ガラスから鏡の世界へと踏み込む二人を待つものとは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おイで……美也……ふフ……ハハは……」

 

 宵闇に溶ける黒。

 黒い泥のようなものが刀を持つ手からどろりと落ちる。 

 かつて戦いによって命を散らした少女が、歪みを携えいま産み出された。

 

「さあ、戦いなさい。特別にチャンスをあげるのですから」

「アりガトう、アりす……」

「ええ、ええ。私に感謝してくださいね。なのでまずはそのお礼にあの二人を倒す……まではいかなくていいです。ちょっとばかし痛めつけてあげてください」

「わカッた……」

「それじゃあご健闘を。私は忙しいので行きますね~」

 

 さようなら!と言って影の中へと消えていったアリス。一人、夜の校庭に残った黒いライダーは夜の闇の中でグリムとヴァールの二人を待つ。

 闘いの足音は、次第にボリュームを上げて近付いている。

 

「おイで、美也。わたシガ、美也ノうデ、ヲ……」




次回 仮面ライダーツルギ

「みや……ミヤ……美也……」

「美也ッ!!!」

「──────鏡面存在」

「あれは、なんだ……?」

 願いが、叫びをあげている────


ADVENTCARD ARCHIVE
ADVENT グランゲーター
AP5000
朱色のワニ型モンスター。
仮面ライダーグリムと契約している。
大顎による噛みつきは非常に強力。

その凶暴な大顎は、濁流と共に現れる。


仮面ライダーツルギ・スピンオフ!

仮面ライダーレイダー/喜多村遊の物語

仮面ライダーツルギ・スピンオフ/ドキュメント・レイダー
https://syosetu.org/novel/241588/(マフ30様作)

仮面ライダーウィドゥ/氷梨麗美・瑠美の物語

仮面ライダーツルギ・ANOTHER RIDERS
https://syosetu.org/novel/242584/(黒井福様作)

仮面ライダー甲賀/黒峰樹の物語

仮面ライダーツルギ・外伝 ~甲賀、見参~
https://syosetu.org/novel/242795/(ロンギヌス様作)

こちらの三作品もチェック!

新作情報

時は幕末────。
動乱の京都を影ながら守護する者達……



音撃戦士譚 護神鬼
https://syosetu.org/novel/246950/

動乱の時代、清めの音が鳴り響く────。


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?+1ー20 奪われたもの

 ミラーワールド。

 全てが静止してしまったかのように思えるこの世界にはあの独特の環境音が鳴り響くのみ。

 そんな気味の悪いミラーワールドであるが、今日はいつもより不気味で、どろりとした粘度のあるような気持ち悪さが漂っている。

 ライドシューターを走らせ、鏡華ちゃんのお家近くを走りモンスターを探すがどこにもいない。

 公園に停車して射澄さんと作戦会議。

 

「モンスターはどこにいるんでしょう……」

「遠くに逃げた、か。しかしあれだけはっきりと音がしたんだ。近くにいたはず……」

 

 射澄さんの言う通り、あのミラーワールドの音ははっきりと鳴り響いていた。

 それならば必ず近くにモンスターはいる。

 だというのにこんなに探し回らなければいけないなんて……。

 

『ミ、ヤ……』

 

 背筋に冷たいものを感じた。

 今、誰かが私の名を呼んだ。

 そして、起こる異変。

 電灯がプツプツと点滅を繰り返し、一人でに割れた。

 それが一つだけでなく、この一帯にある全ての電灯が同じように壊れて光源が失くなり、夜の闇が濃くなる。

 

「なんだ……!?」

 

 咄嗟に身構える。

 どこから敵が現れてもいいように警戒する。

 最大限の集中……だが、それはすぐに途切れる。

 目の前の、闇の中。

 なにか、いる。

 ノイズがかかったかのように空間が歪んだような気がした。

 まるで、脳があれを見るなと拒絶しているようだ。

 

「あれは、なんだ……?」

 

 射澄さんにも()()は見えている。

 あれは、モンスターではない。

 そして、ライダーでもない。

 あれは……闇。

 

「みや……ミヤ……美也……」

 

 夜の闇の中で闇が蠢く。

 闇が私の名を囁くのを確かに聞いた。

 雲に隠れていた月が顔を出す。

 月光の青い光を浴びた闇ははっきりとその姿を現した。

 

「ライ、ダー……」

 

 その姿は全身漆黒のライダー。

 だが、あれはライダーではないと直感が訴える。

 まるで、生きている感じがしない。

 それを印象付けるようにあの黒い奴は下手くそな操り人形のように不自然な動きで一歩前へと踏み出す。

 踏み出すと同時に黒い泥のようなものが地面へと滴り落ちた。

 

「射澄さんこいつ……」

「ああ、分かってる。こいつはヤバいぞ……!」

 

 仮面の下で冷や汗が一筋流れる。

 バイザーである剣を握り直し構える。

 正眼の構え。

 相手の目に剣先を向ける一般的な構えである。

 

「ア……」

 

 私が構えたのを見た黒い奴は何か反応を示したようだった。

 

「み、や……美也ぁぁぁぁ!!!!!」

「ッ!?」

 

 黒い奴が私目掛けて飛び掛かってきた。

 それも私の名前を叫びながら。

 黒い奴は腰にぶら下げていた私と同じような剣型のバイザーを抜き、上段から振り下ろしてきた。

 バイザーで受け止め、つばぜり合う。

 

「ッ……!どこの誰か知らないけど、なんで私の名前をッ!でえぇぇぇぇいッ!!!」

 

 黒い奴を押し返し間合を離す。

 押し返された黒い奴はすぐに体勢を整えると再び踏み込んできて……ッ!?

 この、踏み込み方は……。

 そんな……。

 私の脳裏に蘇る一人の少女。

 

「あハ……!」

 

 一人の少女の幻影に集中力を欠いてしまった。

 胴に直撃。

 火花を散らし、アスファルトの上を転げた。

 

「痛……」

「大丈夫かお団子君!」

 

 駆け寄ってきた射澄さんに心配される。

 痛いは痛いが、それよりも気になることがある。

 

「射澄さん。私、あれを知ってるかもしれない……」

「なに……?」

 

 そうだ、私はあれを知っている。

 あれに変身しているかもしれない人物を知っている。

 そうだ、彼女は……。

 

 

 

 

 

 

 加藤陽咲(かとうひなた)

 聖山市内にある剣道場に通う門下生の一人。

 少々素行は悪いが、性格が悪いとかではなく単に一般的な反抗期というだけで悪人ではない。

 ただ、それでも剣道は続けた。

 髪を染めようと、家に帰らず遊び呆けても、剣道だけは続けた。

 勝ちたい人がいた。

 剣を交えていたい相手がいた。

 その人物こそ影守美也。

 同じ道場で、同い年で、女子同士で。

 稽古でも戦った、試合でも戦った。

 勝率は美也の方がちょっと上。

 どちらも優れた選手であった。

 だが……。

 

 影守美也は事故にあい、命に別状はなかったが右腕に後遺症が残った。

 竹刀をずっと持つことが出来なくなっていた。

 多少は持てる。

 だが、しばらく持てば腕が痺れて勝手に手が開く。

 最早、試合になど出られるような身体ではなかった。

 今でこそライダーとして戦っているがそれはスーツからのバックアップによって可能となったこと。

 仲間にも隠しているが、闘いが終わると、腕はジリジリと痛みに蝕まれる。

 

 そんな右腕を抱え、聖山高校に入学した美也は剣道部に入ることはせず、何か新しいことを始めようとしていた。

 しかし、どれもいまいちピンと来ないで一学期が終わりを迎えたすぐの頃である。

 

「美也。私が美也の腕治したげる」

  

 かつての同門で、同じく聖山高校に入学し剣道部期待の新人となっていた陽咲が突然そんなことを言い出した。

 

「どういうこと?お医者さんにでもなるの?」

「ん~まあ、そういうことにしといて」

「なにそれ?どういうこと?」

「いいからいいから。美也はただ待ってて。あ、そうだ。あんまり一人歩きとかしないでね。特に夜とか。じゃあね~」

 

 美也は陽咲が何を言っているか分からなかった。

 何か仕出かすつもりではないかと心配したが、最近は真面目に剣道に取り組んでいるという話を聞いていたのでそれは杞憂だと思い込んだ。

 

 そして数日後、加藤陽咲は行方不明となる……。

 

「何故なら陽咲ちゃんは女の子だらけのライダーバトルに参加するライダーの一人。仮面ライダー(エニシ)だったのです!縁はとても強く、貪欲に、そして気高く!ライダーとして戦ったのです。ですが……」

 

 

 

 

 

「ッ─────!あっ……ん……」

「いい様ねぇ。強かったみたいだけど、嬲られた後じゃ満足に戦えないわよねぇ?」

「ふざっ……ける、な……!」

「ああ、もったいないわ。今の貴女のその仮面の下の顔が見たいわぁ。さぞ、いい顔をしているでしょうから。姫好みのね……」

 

 とあるライダーの策略により陽咲は満足に戦えられずにいた。

 大きな喪失感と羞恥によって正常な判断力と真の実力を奪われた彼女はこのライダーの敵ではなかった。

 最早、玩具と成り果てた陽咲は弄ばれた後に……。

 哀れな肉塊となりましたとさ♪

 

「では、現在美也ちゃんと射澄ちゃんの前に現れたあれはなんなのか!皆さん気になりますよね?気にならないわけがないですよね?ここで、奉仕の精神に溢れたアリスちゃんから皆様に特別出血大サービス!あ、折角だからメイド服に着替えますか?けどそこまでしたら皆さんこれから私が言うことなんかよりも私のメイド服姿の方に見惚れて虜になっちゃいますもんね!ブヒブヒ鳴く豚さんになってしまうと話が理解出来なくなってしまうのでお預け!それではあれの正体について発表します!」

 

「──────鏡面存在(ミラーライダー)。かつて少女(ライダー)だった者の夢の跡。儚き残骸を私が丹精込めて練り上げ、再構築させて、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、エッセンスを加えた私のお人形さん。どうです?可愛らしいでしょう?愛くるしいでしょう?それでは、私は我が子の活躍を見ながらお仕事進めましょうかね……」 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿な……。それじゃああれは君の友達だって言うのか?あれが?」

「分かりません……。だけど、私の名前を知っていて、あの踏み込み方は……。何度も見てきたから分かります。あれは、陽咲です……!」

 

 自分でそう言いつつ、内心は嵐のようだった。

 行方不明になっていた陽咲がいる。

 それが敵として襲いかかってきている。

 だがあれは本当に陽咲なのか?

 分からない。

 もうなにも分からない考えたくない。

 ただ、ひとつの真実は……。

 

「美也ッ!!!」

「くっ!!」

 

 陽咲は、私を攻撃してくる。

 つまりは、敵─────!

 

「ハアッ!!!」

 

 剣を私に向かって振り回す陽咲に横から射澄さんが槍型のバイザーで攻撃を仕掛ける。

 リーチでは射澄さんの有利。

 陽咲もそれを分かって距離を取った。

 

「おマえ、ジャま……!」

「つれないな。私も混ぜておくれ!」

 

 射澄さんが刺突を繰り出す。

 自身の優位を活かした攻撃に陽咲は、避けることしか出来ていない。

 このままいけば……!

 ……このままいけば?

 

「ッ!?射澄さん!一旦距離を置いて!!!」

 

 私が気付いてそう叫んだ。

 避けることしか出来ていないのではない。

 避けて、見ていたのだ。射澄さんの攻撃を。

 反撃の隙が出来る瞬間を見定めようとしていたのだ!

 

 そして、その時が訪れる。

 射澄さんが槍を突き出し、次の一手のために槍を引いた瞬間。

 踏み込む、陽咲。

 槍を突き出すことが出来ない距離まで詰めた陽咲は横に一閃。

 

「ガ────ッ!?!?」

「射澄さんッ!!!」

 

 吹き飛ばされた射澄さんは公園の管理所の壁に叩きつけられ意識を失ったようだった。

 名前を呼んでも反応はなく、動く気配がない。

 

「こレで、ジャまモノはイなくなッた……」

 

 だらりと刀を下ろした陽咲は私に向かってそう言い放った。

 

「陽咲……!」

「ふフ、ようヤく、なマえをイってクれた」

 

 やはり、この黒いのは陽咲であった。

 だが、陽咲はこんな子ではなかった。

 陽咲であって、陽咲ではない。

 

「陽咲、あなたどうして……」

「みや、わたシが美也ノうで、なお、す……!」

 

 月光を反射した刃が迫る。

 それを弾き返すが攻撃は終わらない。  

 ……そういえば、いつもこうだった。

 陽咲は果敢に攻めて自分のペースに持ち込むのが得意だった。

 そして、その猛攻を見極めて一撃を繰り出すのが私────!

 

「そこッ!!!」

 

 一瞬の隙。

 だが、確実に捉えた。

 斬り上げる。

 陽咲は回避しようと後退したが一歩遅かった。

 陽咲の胴体に下から縦へと切り裂く。

 だが、妙な感触。

 鎧を切ったとは思えない。

 まるで、ゴムを切ったかのような、そんな感触……。

 

「ッ!?陽咲、あんたそれ……」

 

 切り裂かれた箇所を抑える陽咲。

 そこからは、黒い泥のようなものが溢れ落ちていって……。

 

「なに……なんなの……」

「……シんだワたシにありスがちゃんスをクれたの。また、ライだーとしてタたかウチャンすをね……。ダから、()()()()()()()()()()()

 

 途轍もなく嫌な予感に襲われる。

 私の頭はどうやって逃げるか、その一点のみを考えていた。

 だが、それは間違いであった。

 逃げることを考えている暇があるのなら、何も考えずにただひたすらに逃げていればよかったのだ。

 

 陽咲から溢れ落ちた黒い泥が、私目掛けて迫ってきた。

 まったくの予想外に逃げることは出来ず、剣を振るって近付けさせまいとする。

 だが、粘度のあるそれは剣では切り裂けず、刃や腕にまとわりついて、動きが拘束される。

 

「なに、これ……!?」

「……美也。ラいダーバトるをトメタいって?だメだよモッタいない。セッかくのちゃンスナノに。ネガイのタメにタたかウきガないナラワたシが美也のカわりにタたかッテネガイをカナえル。美也のウデをわたシがナオす……!」

 

 陽咲の切り裂かれた痕から泥が飛び出す。

 やがて陽咲の形がなくなるほどの泥と化したそれが全身に絡み付いて、完全に身動き出来なくなってしまった。

 

「陽咲止めて!あなたに誰かの命を奪ってほしくない!」

 

 仮面の下から叫ぶ。

 陽咲にこんなことしてほしくない!

 

「美也……美也……。やくそく……美也のウデなおして……」

 

 陽咲の声が脳に響く。

 陽咲が、私の中に入ってきて……。

 

「やめ、て……陽咲……。中に、入って来ないで……」

 

 段々と内側が黒いものに染まっていく。

 意識が飲み込まれていく。

 黒く、黒く。

 飲まれるな、飲まれるな。

 意識を強く保て。

 

「美也……。私は美也のために死んだんだよ?」

「ッ!!!」

 

 そうだ、陽咲は私の腕を治すっていってライダーバトルに参加して……。

 そして……。

 

「私の、せい……」

 

 私のせいで、陽咲は死んだ。

 私のせいで、私の、せいで……。

 目の前が真っ黒に染まる。

 そして、私の意識までも闇の底へと堕ちていった……。

 

 

 

 

 

 ……痛みで目を覚ました。

 少し、気絶していたようだ。

 ……お団子君は!

 あの敵は私にトドメを刺すことはしなかったらしい。

 いや、お団子君が敵を引き受けてくれたか、いや、敵はお団子君に執着していたから私など無視されたか。

 とにかくお団子君と合流して……。

 いや、彼女はすぐ近くにいた。

 ……だが、何故変身を解いている?

 いつものお団子もほどいて髪を下ろしていた。 

 風に靡く髪が、どこか私を不安にさせる。

 

「お団子君……?」

 

 呼び掛けると、彼女はゆっくりとこちらを振り向いて……黒いもの渦巻く瞳が、私を捉えた。

 

「ああ、あんたのこと忘れてた。殺すね、()()()()の願いのために」

「ッ!?お前は……!」

 

 デッキを私に向けるお団子君。

 だが、そのデッキは彼女のデッキではない、黒いデッキ。金色のエンブレムは蜷局を巻く蛇を象っているよう。

 ベルトが巻かれると、右腕を私に向けて伸ばし、鷲掴みにするように手を握りしめ……。

 

「変身」

 

 虚像が重なり、実像として現れる。

 先程の黒い奴と形は同じ。

 だが、白いスーツに黒い鎧。

 剣道の防具を思わされるような印象で所々に蛇を思わされる装飾や鱗のようになっている部位があった。

 

「あぁ……久しぶりだねこの感じ……。やっぱりちゃんとした肉体があるって、いいねッ!!!」

 

 だらりと力の入っていない状態から一瞬で攻撃へと転じる。 

 ジグザグに走る姿が蛇を思わされる。

 片刃の剣を槍で受け止めるが……押し負けてしまいそうだ……!

 

「お前は、一体!?」

「私は加藤陽咲!仮面ライダー縁ッ!今は美也の身体を借りてるけどねッ!」

 

 脛に衝撃が走る。

 相手のローキックが私の脚を打ったようで、強烈な痛みが襲う。

 真っ直ぐに立っていられず、思わずよろける。

 その隙を見逃されるはずがなかった。

 

「やぁぁぁぁッ!!!!!」

 

 剣が振り回される。

 お団子君のような型にはまったものではない。

 トリッキーな剣閃は、見切るのが困難……!

 防御しきれず、あちこち切り裂かれていく。

 

「どうしたどうした!弱いよあんたぁッ!」

 

 相手は調子付く。

 これは、いけないな……。

 打開するため、思い切って近付く。 

 肩でタックルして刀の間合を潰した。

 よろけた加藤陽咲……縁から距離を取って、バイザーにカードを装填した。

 

「カードを使うの?じゃあ私も使うね」

 

【STRIKE VENT】

 

【SWORD VENT】

 

 右拳に装着された武装。

 相手をこれで殴打することも出来るが、これの本領は水流を放つことにある。

 近接戦特化の縁相手にアドバンテージを持って戦うことが出来る。

 対して縁は剣。

 片刃で、カッターのように折り目のようなものが刃に刻まれている以外は変わったところはない。

 だが、剣ではこの距離は戦えまい!

 駆けながら鏃型の水を発射していく。

 近付かせない。

 一方的な戦いを展開して、あとはお団子君を取り戻す手段を考える……。

 

「ちょこまかと逃げ回って……!けど……」

 

 仮面の下で、加藤陽咲が舌舐りしたのを幻視した。

 何か、不穏な気配がする……!

 

「そぉれ!!!」

 

 刀を大きく振った縁。

 間合になど入っていないが……。

 そして、その剣の本質を理解させられた。

 

「チッ!?こ、これは……!」

 

 蛇腹剣。

 数珠のように刃が連なったそれは現実の武器ではあり得ないが、ライダーの武器であれば可能……!

 刃が右腕に絡み付いて、自由に動けない。

 

「ほら、私の方においでよ!」

 

 ぐいと引っ張り、手繰り寄せる縁。

 そうはいかないと踏ん張るが、それは悪手であった。

 

「ぐっ!?刃が、締め付けて……」

 

 装備されたストライクベントに刃がギチギチと音を立てながらさながら牙のように突き刺さっていく。

 このままでは武装が壊れて……。

 もうこうなっては武器として機能しないだろう。

 思いきってこれは捨てることにする。

 右腕から切り離して、拘束から離脱。

 逃げ出すことは出来たが、アドバンテージを失ってしまったか……。

 それに、向こうの手札は不明。

 他にどんな攻撃手段を持っているか分からない現状で、手札を失うのは不利以外の何者でもない。

 

「逃がさない」

 

 蛇の目が光る。

 二枚目のカードを手札が切られる。

 それは、自身の契約モンスターを呼び出すカード。

 

【ADVENT】

 

『シャアァァァァァ!!!』

 

 現れる、白蛇。

 吉兆の印ともされるそれだが、今の私にとっては不吉の象徴。

 こちらも何か対応しなければ……。

 

「隙だらけ!」

 

 対応など考えている暇などない。

 敵は縁とこの白蛇の二体。

 状況は圧倒的不利……!

 カードを使う間もなく、どんどんと追い詰められていき……。

 

「はぁ……はぁ……」

「もう立ってるのもやっとな感じ?それじゃあさっさとトドメ」

 

 デッキから抜いたカード。

 こちらには裏面が向いているが、なんのカードかは予想するまでもない。

 私もとにかく生存のためにカードを切らなければ……。

 しかし、カードを抜こうとする右手は感覚が麻痺して言うことを聞かない。

 

「あはっ!いいよ、待ってあげる」

 

 くそ、調子に乗って……。

 だが、それが仇となったようだ。

 私は既に自分が取るべき行動を見つけている。

 それは……。

 

【SWIRL VENT】

 

 覚束ない手でなんとかカードを装填して、発動させたのはスワールベント。

 スワール。

 渦巻きを意味するそれは、この場に渦潮を発生させる能力を秘めたカード。

 相手の足止めには持ってこいである。

 

「厄介な!?」

「チャンスを与えてくれてありがとう加藤陽咲。というわけで、今日のところはトンズラさせてもらう。また皆でお団子君を取り戻しにやって来るよ。それじゃあね」

「チィッ!!!」

 

 奴の怨嗟がこれでもかと籠められた舌打ちを聞いて私はこの場を後にした。

 

 

 

 

 路駐してあった車からミラーワールドを出た。

 奴の前だからこそ虚勢を張ったが、緊張の糸が解れたからか今になってダメージが響いてきた。

 足がもつれて、前のめりに転んでしま……。

 いや、転びはしなかった。

 誰かに支えられてもらい、転ばず済んだのだ。

 

「す、すいません……」

 

 謝罪しながら、助けてくれた人物の顔を見ると、それは意外な人物であった。

 

「く、鐵宮生徒会長……」

「やあ、図書室の番人君。調子が悪いようだけど、大丈夫かい?」

 

 そう言って微笑みかける姿は正に優しさに溢れた全生徒の代表に足る人物のよう。

 だが、その次から紡がれた言葉は私の予想外のものであり、そして、最悪なものであった。

 

「大方、他のライダーにやられたのか?ええ、どうなんだい?神前射澄」

「なんで、ライダーのことをお前が……ッ!?」

 

 腹部に衝撃が走った。

 最後に見たのは、本性を現した恐ろしき獅子の顔だった……。




次回 仮面ライダーツルギ

「なんなの……。あいつ見てると気持ちが、悪い……!」

「おばさん!」

「ツルギに似てる?」

「────刃」

 願いが、叫びをあげている────

ADVENTCARD ARCHIVE
SWIRL VENT
AP2000
渦潮を発生させるカード。
足止めや防御、攻撃などに利用出来る万能なカードである。
それに飲み込まれたら、終わり。


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?+1ー21 理由

「……そう。分かったわ。今後はそういう独断専行しないように。いい?」

『はい、すいません……』

 

 電話越しに聞こえる燐の声は本気で反省しているようなのでこれ以上は言わない。

 本当はもっと色々と言い聞かせて、首輪でもつけてライダーバトルに関わらせたくはないのだけれど仕方ない。

 そんなことは、出来ない。

 ひとまず燐の無事が確認出来たので今日は家に帰るとする。

 と、言ってももうすぐそこが家であった。

 荷物を置いて、制服から着替えてまた燐を探しに行く予定だったのだ。

 しかし、私からの着信履歴を見た燐が折り返してきたのが今さっき。

 まあ、無事ならいい。

 無事ならいいが……。

 ドアノブに手をかけると、鍵が開いていた。

 いつも鍵を開ける前にドアノブを回して確認するのだが……。

 まさか、泥棒?

 いや、それよりも大分可能性が高いのは……。

 

「帰ってたのパパ」

「美玲か」

 

 リビングにいたのはパパ。

 仕事から帰ってきたばかりで、くたびれたシャツに、やつれた顔を浮かべている。 

 変わったことは老いたということ以外変わらない、あの日からのパパの顔……。

 

「今日は早いんだね。いまご飯準備するから……」

「いや、また行くからいらない」

「……そっか。いってらっしゃい」

 

 「いってきます」という言葉は返ってこなかった。

 静まる我が家には、冷たい空気がやはり漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 ミラーワールドを独り歩く影守美也。

 いや、加藤陽咲は鏡華の自宅を目指していた。

 

『いいですか? あなたの目的はあの部屋にあるあの男が残した資料を確保すること。いいですね?』

「分かってるってば、()()()

 

 脳内の声。アリスの指令にそう返した陽咲。

 すると、何が気に食わなかったのかアリスは陽咲を叱りつけた。

 

『私をお母様なんてそんな年増みたいな言い方しないでください~! 折角蘇ったのにまた死にたいんですか?』

「はいはいっと……。って、何あれ」

 

 陽咲の前に、黒ツルギが立ち塞がった。

 夜の闇の中から現れた黒き存在に陽咲は嫌悪感を露にする。

 

「なんなの……。あいつ見てると気持ちが、悪い……!」

『彼は貴女の仕事を邪魔する悪い人なんです。そして、貴女の兄でもあります』

「お兄さん? あんなのが? ……なるほど、同族嫌悪ってやつ? それじゃあ私を気持ち悪くさせる奴は殺さないとねッ!!!」

 

 縁へと変身し、黒ツルギへと斬りかかる。

 剣と刀が斬り結ぶ。

 竜と蛇が、宵の世界を火花で彩らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 鏡華さんと学校で合流して、鏡華さんの家でミラーワールドに関わるもの……宮原士郎さんの残したものを探す美也さん達と合流するつもり、だったのだが……。

 

「きょ、きょ、きょきょ鏡華ちゃんが家に男の子を連れてくるなんてぇぇぇぇぇ!?!?!?!? 名前は? 鏡華ちゃんとはいつから? いつからなの!?」

「お、おばさん! 違います! 御剣君とはその、そういうあれではありませんから!」

 

 ……これはまたすごい人だなぁ。

 いや、仲良さそうなのでいいのだが。

 こう、パワフルというかなんというか。

 

「それで、君お名前は?」

「御剣燐、です……」

「リン君ね。かわいい名前……。あと結構私好みの可愛い顔してるじゃない……」

 

 そう言いながら頬を撫でられて……。

 

「おばさん!」

 

 珍しい光景だった。

 鏡華さんが、怒った。

 

「御剣君をからかわないでください!」

「ご、ごめんなさい……」

 

 鏡華さんのおばさんもその剣幕に押されているからきっと本当に珍しいんだろう。

 

「行きますよ御剣君!」

「は、はい……」

 

 語気の強い鏡華さんの指示に従って行く。

 そんな感じで僕と鏡華さんのおばさんとのファーストコンタクトは終わった。

 ……ファーストコンタクトなんて言っていいのかなぁ?

 

 

 さて、二階の士郎さんの部屋なのだが……。

 

「あれ? 射澄さんと美也さんいないね」

「そうですね……。荷物はありますが……」

 

 どうしたんだろうか?

 もしかしたら……。

 

「モンスターが出たのかも。それで二人で倒しに行ったとか」

「それなら、いいですけど……」 

 

 不安げな表情を浮かべる鏡華さん。

 そして、その予想は当たってしまったのかもしれない。

 10分後。

 射澄さんと美也さんは帰って来ない。

 ミラーワールドに入られる時間は10分程。

 僕らが来るよりも前からミラーワールドに行っていたとすれば帰って来ないのはおかしい。

 いや、単に別の場所から現実世界(こちら)に戻ってきていて戻って来ている最中かもしれない。

 自分の荷物を置いて帰るなんてないだろうし。

 だが……。

 

「美也さんと射澄さんは大丈夫でしょうか……」

 

 やはり、鏡華さんは心配らしい。

 ずっとそわそわと落ち着きがなくとても分かりやすかった。

 ……スマホぐらいなら持って行っているかな?

 

「鏡華さん、美也さんに電話してみて。僕は射澄さんにかけてみるからさ」

 

 何かすれば不安も和らぐだろうと提案した。

 頼むから出てくれよ……。

 鏡華さんが電話をかけるとすぐ、部屋の中からバイブレーションが聞こえてきた。

 美也さんのスマホはバッグの中のようだ。

 射澄さんはどうだ……?

 しばらく呼び出し音が聞こえるが、バイブレーションも着信音も鳴らないので恐らくスマホは持ち歩いているはずだが……。

 僕まで不安になってきた。

 二人に何かあったのではと思わずにいられない。

 そうして不安を募らせると一秒が一分ほどに引き伸ばされたかのような感覚に陥り……。

 

『キィン!』

 

 ふと、現実へと引き戻された。

 音が、聞こえた。

 刃と刃のぶつかる音。

 そういう音だとすぐに理解した。

 

「御剣君……」

「鏡華さん。僕、行ってくる。二人に関係あることかもしれない」

 

 窓ガラスに自身を写し、デッキを翳す。

 ベルトが装着されると、居合のように腕を振るい、叫ぶ。

 

「変身!」

 

 バックルにデッキを装填し、幾重にも虚像が重なり実像となることでツルギへの変身を完了する。

 

「気を付けてくださいね」

「うん。それじゃあ行ってくる」

 

 鏡の中へと吸い込まれ、ライドシューターに乗り込みミラーワールドを目指す。

 上下左右全てが鏡となっているこの道は反射された光で眩しい。

 鏡の道を抜け、ミラーワールドに到達。

 外に出てあの音の発信者達を探すと……いた。

 近くの林の中で戦っていたのは二人の騎士。

 夜の闇に浮かぶ白と夜の闇に溶けた黒の鎧を纏うライダーと……夜の闇の中に浮かぶ赤い鋭い眼光。

 闇に染まった黒い、ツルギ……。

 

「黒の次は白? 双子?」

 

 白黒のライダーが僕を見て言った。 

 その声にどこか覚えがあった。

 聞いたことはあるが……。

 だが、それよりもだ。

 

「お前、なんで他のライダーを……!」

 

 黒ツルギに問いかける。

 だが、答えはない。

 無言のまま、僕と白黒のライダーに対峙していた。

 

「一応、だけどさ。私の仕事はそっちの黒いのを始末することだから白い君には今のところ興味はない。黒いのに因縁があるっていうんなら共闘するけど、どう?」

 

 白黒のライダーがそう提案してきた。

 だが、僕の答えは決まっている。

 

「因縁はないこともないけど……誰かを殺すというなら僕は許さない!」

「そう……。じゃあ、先に殺してやるよッ!!!」

 

 ジグザグに駆ける白黒のライダー。

 ……速い。

 片刃の刃が振るわれる。

 スラッシュバイザーで受け止める、が……。

 

「重ッ……!」

 

 想定外の重さに驚いた。

 黒ツルギに次ぐ重さに思わず左手で刃を支えなければいけないなんて……。

 

「ほらほら! 押されてるよ!」

「チィッ!」

 

 思わずを舌を打つ。 

 このままではやられてしまう……!

 窮地ではあるが逆転の一手はまだいくらでも切れる。

 なんせカードを一枚も使っていないし、まだ五体満足だから。

 咄嗟に放ったローキックは相手を怯ませるのに充分だった。

 力が抜けた瞬間一気に押し返して斬り返す。

 刃は空を切ったが仕切り直しにはちょうどいい。

 

「黒ツルギ! なんなんだあいつ。お前を始末するって……」

 

 案山子となっていた黒ツルギに問いかける。

 狙われるとはどういうことだ?

 

「奴はライダーだったものの残滓、ミラーライダーだ。アリスが産み出したな。ライダーの姿をしているがモンスターと変わらん。殺せ」

「そんな……」

 

 殺せと言われても……。

 

「はぁ……思ったよりはやるね。斬りごたえはありそうだ」

 

 ……あんな風に喋るような相手がモンスター?

 言っていることは物騒だけど……それでも、やはり……。

 

「殺せないか? なら、そこで見ていろ」

 

 黒ツルギが太刀を構え駆け出した。

 始まる剣劇。

 黒ツルギの漆黒の刃が闇と同化し、相手を切り裂いた。

 

「グァッ!?」

 

 切り裂かれた胸部を抑え、後退する白黒のライダー。

 抑えている白い装甲から、黒い泥のようなものが滴り落ちていた。

 あれは……。

 

「あれが人間ではない証拠だ。まだ()()()()が足りてない」

 

 存在強度?

 さっきから専門用語ばっかり言われて脳が処理仕切れていない。

 

「ぐっ……変身が維持出来ないか……」

 

 呟くと同時に白黒のライダーは変身が解けた。

 そして、変身していた人物は予想もしていない人物であった。

 

「美也、さん……?」

 

 お団子でまとめていた髪はほどけているが間違いない。

 彼女は美也さんだ。

 困惑している僕をよそに黒ツルギは美也さんへと迫っている。

 何をしようとしているかすぐに分かった。

 駆け出し、間に割って入る。

 美也さんの首をはねようと振るわれた黒い太刀を受け止めた。

 

「何をしている邪魔だ」

「待ってくれ……この人は仲間なんだ。だから!」

「馬鹿なことを……。それが影守美也だというのかお前は」

 

 意味も理解出来ずに困惑する。

 だが、すぐに理解することとなった。

 

「どこの誰か知らないけどありがと。退かせてもらうよ」

 

 そう言った美也さんは足下から湧いた黒い泥の中へと沈んでいった。

 

「な……!?」

 

 もう、何がどうなっているのか分からなかった。

 ミラーライダー?

 ライダーだったものの残滓?

 美也さんであって美也さんではない?

 頭が、もう考えることを拒絶していた。

 

「ミラーライダーは人間に取り憑き、侵食し、その身体を乗っ取ることで蘇り、ライダーバトルにリトライする。だが、所詮は残り滓を集めただけの存在だ。蘇生するには足らない。その足りない分をアリスが補強することで歪んだ形で再生する」

 

 太刀を下げた黒ツルギが聞いてもいないのに説明を始めた。

 だが、今ので少しは彼女について理解することが出来た。

 

「じゃあ、美也さんは……」

「乗っ取られたようだな。もっともまだ生まれてすぐだ。まだ影守美也の存在自体は残っているだろう」

「それじゃあ、まだ助かる可能性が……」

「そんなものはない。取り憑かれたら最後、身体の持ち主であった人間の意識もミラーライダーに侵食されて食い尽くされる。もう影守美也は助からない」

 

 そんな……。

 

「もうどうすることも出来ないって言うのか!」

「ああ。どうすることも出来ない。だから早いうちに殺しておきたかった。ミラーライダーはモンスターと近い性質を持つ。他の命を喰らい、強くなる。そしてミラーライダーにとって最大の馳走は……ライダーだ」

 

 ライダーが、ご馳走……。

 それじゃあ、あの美也さんはこれからライダー達を襲って喰らうことに……。

 

「影守美也はライダーバトルを止めるために戦っていた。ならば、自身の身体を使われて他のライダーを殺す様を見せつけられるようなことは嫌だろう。ならば、殺してやるべきだ」

 

 非情な決断。

 それが、必要な時もあると理解はしている。

 だが……。

 

「絶対に美也さんを取り戻してみせる。だから、殺すのは待ってくれ。いや! 殺させない」

 

 黒ツルギを真っ直ぐと見つめ、言い放った。

 しばらく、睨み合いが続く。

 仮面越しでも、分かる。

 幾何かの後に、黒ツルギが僕に背を向けた。

 

「……そんな悠長なことを言っていられると良いがな」

「黒ツルギ……」

 

 僕に、この一件を任せるということなのか?

 

「影守美也と一緒にいた神前射澄ならあいつに襲われはしたが逃げおおせたようだ。それから俺をそんな頓狂な名で呼ぶな」

「じゃあ、なんて呼べばいいのさ」

 

 一瞬、間を置いた黒ツルギは自分の名を告げてこの場を後にした。

 

「────(やいば)。俺は、仮面ライダー刃だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミラーワールドから戻って鏡華さんと合流。ミラーワールドで起こった一連のことを話した。

 鏡華さんはショックを隠し切れずにいた。

 当然のことだろう。

 美也さんが……友達が、あんなことになってしまったのだから。

 

「美也さんは……美也さんは戻ってきますよね!」 

 

 涙を堪えた瞳で僕を見つめながらそう問われた。

 

「うん。絶対に美也さんを助けるよ」

 

 確証なんてない。

 だが、黒ツルギ……刃にもああ言ったし、助けたいのは僕だって同じだ。

 きっと美也さんを助けてみせる。

 一人では難しいだろうから、美玲先輩達と協力しないと……。

 

「そうだ、射澄さんはなんとか逃げ延びたらしいからそのうち荷物取りに戻ってくるよきっと」

「あ、そのことなんですが神前さんから連絡が来て明日荷物を受け取るから学校に持って来てくれだそうです。今はお家で休んでらっしゃると」

 

 なるほど。

 なんとか家まで辿り着いたのかそれなら安心だ。

 だけど……美也さんはどうしよう。

 家に戻るなんて真似はしないだろうから恐らく行方不明扱い……。

 昨今のモンスターの被害によるものと、ライダーバトルの敗北者によって聖山市の10代少女の行方不明率は他の都市と比べて極めて高いものとなってしまった。

 そのうちの一人として、美也さんは数えられてしまう……。

 

「……とりあえず、今日は帰るね」

 

 美也さんのことを思うと、途端に自分の家族の顔が脳裏に浮かんでしまって。

 心配をかけさせてしまったことを申し訳なく思って。

 早く、家に帰ろうと、そう思ったのだ。

 

 

 

 御剣君を見送ったあと、再び兄の部屋に戻った。

 射澄さんと……美也さんの荷物を、私の部屋に運ぼうと思ったのです。

 

「? この封筒は……」

 

 二人のバッグの傍らに置かれていた大きな茶封筒。

 少し埃を被っているのでベッドの下とかにあったのかもしれない。

 中には厚い書類が入っているようだったので取り出して見てみる。

 

「プロジェクト・ナイト……」

 

 表紙に書かれた資料のタイトル。

 ナイト、騎士。

 仮面ライダー……。

 とても、嫌な予感がする。

 1ページずつ捲るごとに心臓の鼓動が早くなる。

 書いてあることなんて私にはほとんど理解は出来ない。

 それでも……。

 私はこれを読み進めなければいけない。

 知らなくてはならない。

 兄が何を成そうとしたのか。

 資料にはミラーワールドのこと、モンスターのこと、カードデッキのこと、ライダーのこと、様々なことが記されていた。

 燐君の変身するツルギの姿も描かれていた。

 これは設計図のようだった。

 MRー01とナンバリングされている。 

 ツルギが一番最初に造られたということなのでしょうか?

 いえ、それよりも……。

 

「どうして、御剣君の名前が……」

 

 設計図のページを捲った時に目に入った。

 何故、御剣君の名前が書かれているのか。

 お兄ちゃんは御剣君のことを知っていた?

 最初から御剣君をツルギにさせるつもりがあった?

 考えれば考えるほどに分からなくなる。

 一体お兄ちゃんは何をしようとしているのだろう。

 ライダーバトルを仕組んだのもお兄ちゃんで、だからアリスという少女も私に似ていて……。

 

「きょ~かちゃ~ん! 一緒にお風呂入りましょ~!」

「きゃあ!?」

 

 突然、後ろから抱き付いてきたおばさんに私はただただ驚いた。

 

「もうびっくりするじゃないですか!」

「あははごーめーん。そんなに怒らないでよ~。ところで、士郎君の部屋で何してたの?」

「それ、は……」

 

 言えない。

 おばさんにライダーのことは……。

 

「その、片付けようと思って。いつまでもこのままというのもあれですし……」

「そう、ね……。あ、そういえば本を探してるってあの子達言ってたけど見つかった?」

 

 ほ、本?

 本を探してなんて……。

 あ、きっと射澄さんが誤魔化すのにそういうことでも言ったのだろう。

 

「えっと、片付けながら本を探そうと思いまして……」

「なるほどねぇ。あ、もしかしてその本ってあの絵本?」

 

 絵本?

 

「覚えてない? 鏡華ちゃんが家に来た時、大事に持ってた絵本。ずっとそれを読んでてねぇ。その絵本の世界に入り込んでて話しかけるのを躊躇うぐらいだったのよ?」

「その絵本って、どんな絵本ですか!」

 

 食い気味で訊ねる。

 それはきっと私の記憶にも関する話。

 それに、とても重要なものな気がするのです、その絵本は。

 

「そうねぇあんまり私には見せてくれなかったけど……。たしか、白い鎧と白い剣を持った騎士が出てくる話だったかしら」

 

 白い鎧と白い剣の騎士。

 それは、まるで……。

 

「ツルギ、御剣君……」

 

 脳裏に浮かんだ騎士の名前を呟いた。

 

「ん? 御剣君がどうかしたの?」

「い、いえ。なんでもありません……」

「なんでもなくないでしょう。さあ、お風呂で色々聞かせてもらうわよ~」

 

 無理矢理部屋から連れ出される。

 このままではおばさんと一緒にお風呂の刑です。

 広いお風呂ではありますが流石にこの歳で二人で入るというのは……。

 

「おばさん! お風呂ぐらい一人で入ってください! おばさん!」

 

 しかしおばさんは聞く耳を持たず、いつも通りの強引さで私はお風呂場へと連行されたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰ると、久しぶりに父さんからの大目玉であった。

 別に怒鳴られるとかではないが、すごい冷静にグサグサと刺さる言葉を的確に言い放つので精神的に来る。

 まあ、要約すれば『とにかく危ない事をするな』という話。 

 説教も終わり、食欲もないのでそのまま自室に籠る。

 ベッドに寝転がり、天井を眺めた。

 

「心配、かけちゃったな……」

 

 学校からも連絡が来たらしく父さんも会社を早退したらしい。

 かなり探し回っていよいよ警察に連絡するかというところまで行ったらしいしあちこちに手伝ってもらったらしい。

 

「いろんな人に、迷惑かけちゃったな……」

 

 ここで、思い出した。

 美也さんのこと。

 今頃、美也さんの家も大変なことになっているのだろう。

 僕はこうして戻って来ることが出来たが、美也さんは……。

 

「燐。起きてる?」

「母さん?」

 

 ドア越しから聞こえた母さんの声。

 優しく、穏やかな声だった。

 

「入っていい?」

「もう入ってるよ母さん……」

 

 いつものやり取りをして入ってきた母さんはお盆を持っていた。

 お盆の上にはおにぎりが二つ。あと麦茶。

 

「お腹空いてると思ったから。ほら、食べて」

「いただきます……」

 

 ベッドの隣に座った母さんに促されるので食べる。

 食欲はないが、食べろと言われたら食べるしかない。

 折角作ってもらったものでもあるし。

 

 一口、食べる。

 ただの塩むすび。

 ちょうどいい塩加減。

 一口食べたら、二口目、三口目と食べ進んでいくと自然に……。

 

「……ごめんなさい」

 

 自然と出た言葉。

 自分でも、素直過ぎて内心驚くほど。

 

「まったく心配したんだから。昨日の今日で燐に色々あったからお母さん達心配したのよ?」

「うん……。ごめんなさい……」

「もう誰に似たのやら……。おとなしい子だと思ってたら急にヤンチャになっちゃって……。いや、前にも毎日怪我して帰ってきてた頃があったっけ」

 

 ?

 そんな頻繁に怪我したことなんてないぞ?

 

「僕そんな怪我してばっかな時なんてなかったよ」

「えぇ? 毎日怪我して帰ってきてた記憶があるんだけど……。おかしいわねぇデジャヴってやつかしら?」

「デジャヴじゃなくて思い違いでしょ。母さんももう若くな……」

「なぁに燐?」

 

 ごめんなさいと謝り機嫌を取る。

 若づくりに勤しむ母にこの言葉はいけなかった。

 

「まあ、燐の行動で女の子が助かったから勇敢な子で誇らしいと思わないでもないけど親っていうのはとにかく子供が心配なのよ。だから、ね。ちゃんとただいまって帰ってくること。いい?」

「うん……分かった」

  

 とは言え、ライダーバトルのことなんて言えない。

 言えないけど……。

 それでも、理由が出来た。 

 

 この戦いで死ねないという理由。

 

 家族を悲しませたくない。

 

 

 この戦いを止めたい理由。

 

 この戦いによって悲しむ人を出したくない。

 ライダーになった人だけでない。

 ライダーになってしまった人の家族も。

 みんなを守る。

 

 それが僕の……戦う理由だ。

 

「ありがとう、母さん」

「ん? 何か言った?」

「なにも言ってないよ」

「そう? あ、そういえば……」

 

 何かを思い出したようで母さんは一度部屋から出た。

 すぐに戻ってきたがまた何かを持ってきたようで……。

 あれは、本?

 

「これ、覚えてる? 今朝二階の物置部屋の片付けしてた時に見つけたのよ懐かしいでしょ? 燐が好きだった絵本」

「絵本? って、これまだあったんだ……」

 

 母さんから受け取った絵本。

 それは幼い頃に僕が出会った少女から貰った絵本。

 不思議なことにタイトルはない。

 白い装丁で、内容は白い鎧と剣を持った騎士が悪い魔物から人間を守るという話。

 騎士道物語を子供向けにしたものだなと今になって思うが……。

 

「ツルギに似てる?」

 

 ふと、この物語に登場する騎士がツルギに似ているような気がした。

 偶然の可能性の方が高いだろう。

 白い鎧に白い剣と似た特徴を持っていれば当然似ていると感じるのだから。

 

「折角だし持ってなさい。もしかしたら燐に子供出来た時に使えるかもしれないし」

「何年先の話……」

「あら、分からないわよ。この間あんなに女の子連れてきたんだから。ぶっちゃけ、どの子がタイプなの? 実は隠してるだけで付き合ってる娘とかいたのあの中に?」

「い、いないよ別に」

 

 ヒートアップする母さんについていけずそんな答えを返すとますます母さんはヒートアップしてあれこれ聞いてきた。

 

「えーなになに! お兄ちゃん付き合ってる人いるの!」

 

 ここに妹まで参加してくるものだから更に始末が負えなくなった。

 このあと、父さんがうるさいと注意しに来るまで僕への追及は続いた。




次回 仮面ライダーツルギ

「陽咲! こんなことは止めて!」

「銀髪……。喜多村か」

「今日こそは指導します!」

「女装男子って最近流行ってるからな」

 願いが、叫びをあげている────

ADVENTCARD ARCHIVE
SWORD VENT
蛇毒刃〈ジャドクジン〉
AP2000
仮面ライダー縁のソードベント。
使用率が最も高い剣である。
片刃で刃には均等に斜線が刻まれているがここから分割して蛇腹剣として機能するので見た目以上の射程距離を有する奇剣。
縁のトリッキーな剣術と相まって高い脅威となる。 


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?+1ー22 相見え、見え隠れ

「ここ、は……」

 

 目を覚ますとそこは闇の中。

 一面の黒に、私が浮かんでいる。

 足下も頭上も右も横も背後も正面も、全てが黒。

 よく見るとその黒は墨汁が垂れ流されているかのように常に流動していた。

 端的に言って、不気味で気持ち悪い。

 悪い夢なら、早く覚めてほしい。

 

『これは夢なんかじゃないよ美也』

 

 黒い世界に響いた声。 

 それは、陽咲の声。

 そして、彼女の声で全てを思い出した。

 

「陽咲! こんなことは止めて!」

『どうして美也? 折角美也の腕を私が治してあげようと思っているのに。ねえ、どうして?』

 

 理解が出来ないといった風に問いかける陽咲に抗議した。

 私はそんなことを望んではいないと。 

 

『どうして? あんなに剣道が好きだったのに? 私、知ってるんだよ。事故のあと、竹刀が握れなくて絶望した美也の顔を。涙を』

 

 ッ!?

 それは、確かにそうだった。

 あの時は剣道を続けられないショックに苛まれたがもう既に立ち直って……。

 

『美也。自分に嘘はつかないで。本当は今でも昔みたいに竹刀を取って試合をして、栄光を掴みたいと思っている。言葉ではライダーバトルを止めたいって言っても本音はそうでしょ?』

「そんなこと……!」

『強がっても無駄だよ美也。私が、分からせてあげる』

 

 ずぶりと、地面が私の足に食らいつく。

 くるぶしまで咥えられ、脱け出すことが出来ない。

 

「このッ!!」

 

 足掻く、足掻く、足掻く。

 しかし足掻けば足掻くほど、沈んでいく。

 この黒い泥のようなものに沈んでしまったら私は……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝、学校に行くと一躍人気者となった。

 当然、昨日の件のせいである。

 四方八方からのクラスメートからの質問責めに僕はたじたじであった。

 

「お前マジどこ行ってたんだよ!」

「結構騒ぎになったんだぜ?」

「そうよ燐! 私心配したんだから!」

「あはは……。勝村はとりあえずそれやめて」 

 

 女口調ですがる親友を払いのける。

 まったくこいつは。

 

「まあそういうなよ。お前、生徒指導室行きなんだからさ。緊張ほぐしてやったんだよ」

「え!? なんで生徒指導室行きなのさ!?」

「そりゃあ授業サボってあちこち行ってたみたいじゃん? 当たり前だよなぁ?」

 

 そんな……。

 昨日もあれだけ怒られたのに……。

 

「失礼。御剣はいるか」

 

 き、来た。

 恐ろしい生徒指導担当の大河内先生。

 長身で痩せぎす。

 キリッとした眼鏡の奥の鋭い眼光は全校生徒から恐れられている。

 

「ほら、お迎えが来たぜ」

 

 そんな友人の言葉を胸に、僕は全てを受け入れた。

 

 

 

 

 

「それで、その不審者を追いかけて行ってからどこに行っていた」

「えーと、追いかけて行った先で……」 

 

 ごめんなさい遊さん。

 心の中で謝る。

 けど仕方ないよね。

 

「銀髪の女ヤンキーに殴られたんです」

「銀髪……。喜多村か。あいつ、堅気には手を出さないと言っておいて……」

 

 やはり生徒指導ともなれば彼女の名前を知っていたか。

 名字はキタムラさんというのか。

 何はともあれ悪いけどここは罪で着飾らせてもらいます。

 

「急に僕のお腹をすごい勢いで殴ってきて気絶してしまって……」 

「ふむ。不審者を追いかけて行ったのは御剣。お前の責だ。だがそれ以降に関しては喜多村の悪事によるものが大きい。よって、今回はこれぐらいにしてやろう」

 

 やった、と内心ガッツポーズ。

 しかし本当にこんなものでいいのだろうか?

 

「今日はかなり立て込んでいるのだ。あまりお前だけに割いてはいられん」

「立て込んでる?」

 

 新聞部でついた癖のせいで思わず訊ねてしまった。

 しかし意外にも大河内先生は僕にその立て込んでいる理由を教えてくれたのだ。

 

「一年の影守が昨日から家に帰っていないらしい。昨今の行方不明事件と関係があるやもしれない」

 

 美也さん……。

 事情は知っているが話せない。

 話したところで信じてもらえるようなことではない。

 

「他にも他の学校でも行方不明者が増えてきているようだ。御剣、お前も気を付けるんだな」

 

 

 

 

 

 

 

 午前は自習で流れた。

 午後の授業がなくなって帰れるのでは? なんて話で盛り上がったが午後からは通常通り授業があるらしい。 

 クラスメートの残念がる声や甘ったるいアニメ声と呼ばれるような校内放送をBGMに一人、購買で買ったサンドイッチを食べる。

 普段ならなんやかんや射澄と昼食を共にするのだが今日は昼休みに入ると同時に何処かへ行ってしまった。

 恐らく図書室だとは思うが、昼食を食べずに行くとは珍しい。

 ……少し、気がかりなので図書室に行ってみるか。

 今日は少し様子がおかしかった。

 いつもの余裕ある雰囲気ではなく切羽詰まっているようなそんな感じ。

 恐らく昨日のことを気にしているのだろう。

 あれでなかなか繊細なところもあるから仕方ない。

 いつまでもうじうじされるのは困るので発破をかけに行く。

 

 廊下に出ると、周囲が騒然としていた。

 その理由は廊下の真ん中を楽しそうに歩く銀髪の少女。

 喜多村遊。

 ほとんど学校に来ない彼女が珍しく登校しているなんて。

 ただの不登校であれば別にここまでにはならないが彼女は有名人だ。

 曰く、喧嘩好きで毎日喧嘩を売り買いしては大の男だろうとボコボコにすると。

 いわゆる、不良というもののレッテルを貼られている。

 そんな彼女を恐れて皆、道を開けているといった感じか。

 しかし、そんな不良生徒の前に一人の少女が立ち塞がった。

 

「喜多村遊。今日という今日は風紀委員による指導を受けてもらいます」 

 

 風紀委員の彼女は見覚えがある。

 C組の上谷真央(かみやまお)

 茶髪のミディアムショートに眼鏡をかけて大人っぽい感じだが幼さを感じる。 

 その理由は恐らく……。

 

「えー。私指導されるようなことがあったかなぁ?」

「むしろ指導されないことの方が少ないです!」

 

 誰もが無謀だと思いながらその少女を見守る。

 まるで風車に挑むドンキホーテのような彼女を。

 そう、彼女は……小さいのだ。

 そんな彼女が女子の中では背が高めの喜多村遊に迫っているとより小さいことが際立つ。

 背の高い喜多村にわーわー声を荒げるその姿はどこか子供のようだ。

 

「今日こそは指導します! みっちり! きっかり! そして今日から真面目な生徒として生まれ変わらせます!」

「それ最早洗脳じゃない!? というか君のお願いは聞けないよごめんね。私には用事があるからさ」

「駄目です! 何よりも指導が優先です!」

 

 なかなか退かない上谷。

 しつこ……粘り強いことで有名というのは本当らしい。

 あーだこーだやっているうちに野次馬達が増えていく。

 そういう私も野次馬となっている。

 さて、どんな結末を迎えるのか……。

 あ。

 

「喜多村」

「なんだい今日は私ってばモテモテ……って、げぇ大河内先生……」

 

 生徒指導担当の大河内先生が現れて露骨に嫌な顔をする喜多村。

 彼女にも苦手なものがあったらしい。

 

「喜多村。昨日、一年の御剣を殴ったというのは本当か?」

 

 燐を、殴った。

 

「え? 一年の御剣って、あの可愛い顔した男の子?」

「可愛いかは人によるがそうだ」

「やだなぁ先生。わたしが堅気には手を出さないっていうの知って……。そういえば、殴ったな……」

 

 殴ったのか、燐を。

 

「喜多村。私はお前のその言葉を信じていたのだが……。残念だ」

「え、ちょ、いや、わたしの言い分も聞いてくださいよ。えーと、そのミツルギ君? 彼はどちらかというとこっち側の人間で~」

 

 燐がそっち側の人間?

 

「御剣はお前とは違う。とりあえず、生徒指導室に来い」

「その、これからそのミツルギ君に用があって……」

 

 燐に用がある?

 

「問答無用だ。来い」

「……はい」

 

 おとなしく、大河内先生の後をついて行った喜多村。

 あいつ……。

 

「許してはおけないね! 燐ちゃんを殴るなんて!」

「きゃっ!?」

 

 らしくもない声を出してしまった。

 仕方ないだろう突然後ろから大声で話しかけられたら。

 

「北さん、貴女……」

「許せない! 許さないぞ喜多村! 私の燐ちゃんを殴るなんて……。くぅ! こうしてはいられない! 燐ちゃんの見舞いに行かなければ!」

「待ちなさい。見舞いはいらないわ。あと、貴女の燐ではないわ」

「流石は私のライバルだ」

「誰がライバルよ」

 

 反論するも聞き耳を持たない北津喜。

 彼女は自分の世界を展開していく。

 

「確かに未だに燐ちゃんは私のものとなっていない。それどころかあの日以来出会うことすら叶っていない。あぁ、恋しい。燐ちゃんが恋しい……。君は毎日燐ちゃんと会っているのだろう? 私もいっそ新聞部に入部して燐ちゃんと共にありたい燐ちゃんを24時間365日密着取材していたい。私は君の専属ジャーナリスト。常に君の言動を記録し常にその愛らしい姿を写真に収めて……」

「気持ち悪い……」

 

 本音が漏れ出るが仕方ない。

 だって気持ち悪いのだから。

 何が専属ジャーナリストだ。

 ただのストーカーだろう。

 

「とにかく今は貴女に構ってる暇はないの。悪いけどミュージカルなら舞台でやってもらえるかしら」

 

 聞いてはいないだろうがそういって本来の目的である射澄の元へ行こうとすると、さっきまで喜多村達を見ていた野次馬達が今度は私達を見ていた。

 

「ねえねえ美玲ちゃん」

 

 同じクラスの花島さんがいつものようなゆるさで話しかけてきた。

 

「美玲ちゃんって、そっち?」

「ち、違うわよ! あんな変態と一緒にしないで」

 

 心外だ。

 まったくもって心外だ。

 

 

 

 

 図書室を一周したが射澄の姿はなかった。

 図書当番の図書委員に聞いても来ていないと言う。

 珍しい。

 明日は槍が降るのではないかと思わされるほどに珍しい。

 あの射澄が昼休みに図書室にいないなんて。

 探し回ろうにもそろそろ昼休みも終わってしまうので詳しい話は放課後にでも聞くとしよう。

 図書室を出て教室に戻る。

 この図書室の近くというのはあまり生徒の姿が見えない。

 音楽室や美術室といった特別教室が固まっていることもあり、授業でない限りはあまり人が寄り付かないのだ。

 図書室の利用者も減少傾向にあり射澄も最近の若者は本に触れないと老人のように嘆いていた。

 そんな場所にあって、壁に寄り掛かりながらイヤホンで音楽を聴いている女子生徒がいた。  

 彼女は、黒峰樹。

 影守から聞いている。

 彼女もライダーであるということを。

 まさか、私に用があるというのか。

 そんな予感がしてならない。

 そして、その予感は的中したようだ。

 私の姿を捉えた黒峰は私の前に立ち塞がった。

 

「咲洲美玲。で、あってるよね?」

「……そうだけれど、何か用?」

 

 訊ねると、黒峰はデッキを私に見せつけた。

 今から戦う気?

 

「ああ、言っておくけど今は戦うつもりはない。話しに来ただけだから」

「話?」

「そう、大事な話。単刀直入に言うと、こっち側につかない?」

 

 こっち側、ということは彼女もまた私達のように徒党を組んでいるということか。

 それにしても、私がライダーだと嗅ぎ付けて勧誘しに来るなんて一体どういうつもりなのか。

 

「聞くと、戦いを止めるなんて言ってるらしいじゃない。けどそれは貴女の本心なの?」

「……」

「戦って、誰かを殺してでも叶えたい願いがあるからライダーになった。そうでしょ? それなのにライダーバトルを止めようとしてる奴等がいるなんてふざけるなって思わない?」

 

 ……確かに、私は戦いを止めるつもりなんてない。

 燐がいるからこそあそこにいるだけで、私は戦いを止めようなんて考えていない。

 

「それで、私を勧誘してどうするつもり?」

 

 目的が見えない。

 私がライダーだということを知ってこんな話を持ちかけてくるなんて。

 

「ライダーって、多すぎると思わない?」

 

 ライダーの数。

 およそ、考えたこともないことだった。

 しかし、彼女の言うことは分かる。

 戦っても戦っても新しいライダーが現れるばかりでまるで数が減ったようには思えない。

 ゴールが見えない。

 

「だから、間引いていくわけ。私達は組んで他のライダー達と戦う。基本ライダーは一人。だったら数が多い方が圧倒的に有利でしょ。そうやってライダーの数を減らして最後はアタシ達が殺し合う。どう? 終わりの見えない戦いを早く終わらせるいい方法じゃない?」

 

 彼女の言うことは最もと言える。

 長引いても無駄だ。

 早めに決着がつくならそうしたい。

 ……。

 

「面白い考えね。少なくとも、貴女達についていればずっと有利で終盤まで生き残る確率がぐっと上がる」

「そうでしょ? お互い、賢く戦いましょうよ。それにほら、戦いを止めたいなんてほざく輩もいるし。そういう邪魔な連中を潰すのも大事だし」

 

 そう言って笑みを浮かべる黒峰。

 邪魔な連中というのは恐らく……。

 

「……そうね。少し考えてもいいかしら」

「考える?」

「そう。貴女達のグループがどれほど強いか知りたいのよ。集まったところで大したことない連中ばかりじゃ意味ないでしょう」

「なるほど。それじゃあ近い内に私達のライダー狩りでも見てもらえる? そうすれば分かるでしょ」

 

 ライダー狩り……。

 

「ええ、そうね。助かるわ。ああ、興味本位で聞きたいんだけど」

「なに」

「貴女の願いはなに? そこまでするぐらいだからきっと余程の願いなのよね?」

 

 私の問いに顔をしかめる黒峰。

 それまでの不敵な態度からは一変した。

 険しく、絶対に、なにがなんでも叶えてやるといった執念を込めた言葉で彼女は自身の願いを語った。

 

「私はこの右腕を治してまたピアノを弾く……。それが私の願い」

 

 ライダーは願いを持っている。 

 当たり前のことだが、改めてそれを実感させられるほどに彼女の願いへの思いは強いようだった。

 戦いの勝敗を決するのは腕力ではない。

 願いに対する執念の強さである。

 それを私は知っている。

 彼女は……強い。

 

「……そう。それじゃあ、授業があるからまた」

 

 黒峰と別れて一人歩く。

 私の取るべき道は……。

 

 

 

 

 

 

 校舎一階の職員玄関の近く。

 ここもまた、あまり人が寄り付かない場所である学校でも辺鄙な場所。

 照明はあるがどこか他の場所よりも暗く、ひんやりとしている。

 そんな場所に女子生徒が二人。

 鏡華と射澄。

 

「すまないね持ってこさせてしまって」

「いえ、仕方ないです。だって美也さんが……」

 

 鏡華の家に置いてきた荷物を射澄は受け取った。

 柔らかい笑みを浮かべて感謝を伝えようと思ったが美也のことを出されて上手く笑えなかった。

 

「ああなってしまったのは私にも責任がある。私がもっと強ければ……」

「そんな、射澄さんのせいじゃないです。御剣君も絶対に美也さんを取り戻そうって言ってますし皆で協力して美也さんを取り戻しましょう!」

 

 自分自身にも発破をかけるように鏡華は気合を込めて言ったが射澄はどこか乗り切れない様子。

 そんな自分を誤魔化すかのように射澄は鏡華に一冊の本を渡した。

 本能寺の変を題材とした歴史小説。

 

「それ、美玲に返してほしいんだ。感想は……明智光秀の気持ちがなんとなく分かるとね。それじゃあそろそろ授業が始まるから」

 

 足早に立ち去る射澄の背中を見つめる鏡華。

 

「神前さんって咲洲さんと同じクラスじゃなかったでしたっけ?」

 

 一人、疑問を呟く。

 しかし、その問いに答える者はいない。

 疑問を胸に抱えたまま、鏡華も自分の教室へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 白い光が視界を染める。

 一瞬の光が幾重にも重なり、止まない。

 

「ああ、いいねぇ。いいよぉ御剣君。いや、御剣さん。すごい可愛いよぉ。浴衣姿いいよぉ」

 

 カメラマン。門矢さんは写真部だ。

 専門の機材をあれこれ持ち込んでまさかの撮影会となった。

 

「はい次チャイナドレスね」

「な!? 嫌だ嫌だ! そんなスリットすごいの嫌だ!」

「文句言わない。大丈夫、御剣は足綺麗だから。リナ~。木山~。御剣連行。ちゃちゃっと着替えさせて」

「「イエスマム!」」

 

 連携の取れた二人は一瞬で僕の前と後ろを取った。

 背後に回った木山君は柔道部で大柄。

 羽交い締めにされたらもう抜け出せない。

 

「や、やめて離してー!」

「そんなこと言って御剣君。嫌よ嫌よも好きのうちってやつ?」

「違うよ! 木山君もなんで乃愛さん達の言いなりになってるのさ!? 正直、乃愛さん達のこと苦手だって前に言ってたよね!?」

 

 朴訥な木山君は派手派手イケイケなギャル組を快く思っていないとかつて僕に語っていた。

 いわゆる、大和撫子のような女性が好みだとも。

 そんな彼が何故今は乃愛さん達に付き従い、共に色々と語り合い親交を深めた僕の前に立ちはだかるというのか。

 

「すまん御剣……。なぜか、女装しているお前を見ると胸が締め付けられるんだ……」

 

 なんて、こと。

 いやいや待って待って。

 おかしい。

 おかしい。

 僕は男だぞ。

 そんなことが……。

 

「女装男子って最近流行ってるからな」

「トゥイッターの勝機マウンテンって絵師さん知ってる?」

「知ってる知ってる! あの人の女装男子漫画マジいいよな!」

 

 嘘でしょ……。

 女装男子が受け入れられている……。

 

「ほんと漫画みたいなことが現実に起こっているなんて……」

「ねえ、文化祭終わったらトゥイッターに御剣君の女装アップしない?」

「絶対バズるっしょ!」

「駄目! ネットに出回ったら一生消せなくなるんだよ! 僕の黒歴史が!」

「黒歴史? なんで?」

「なんでって、なんで?」

「だって御剣君可愛いじゃん。全然恥ずかしくないよ。ねー?」

「ねー」

 

 ねーじゃない。

 これは僕のプライドの問題なのである。

 僕は男。

 男の中の男なのだ……誰がなんと言おうとそうなんだ……。

 

「御剣君可愛い!」

「マジ可愛いよ!」

「クラスのアイドル!」

「なに着ても似合ってる!」

「キュート!」

「クラス1。いや、学校1可愛い!」

 

 教室にいるみんなが僕を煽てる。

 そんなこと言われたって……。

 

「僕は別に嬉しくないからなぁ!!!」

 

 教室に僕の叫びが木霊する。

 そして、そのあとチャイナドレスに着替えさせられましたとさ!

 もうやだ!

 

 

 

「あーみんな聞いて」

 

 乃愛さんが教室にいる皆に聞こえるように話を始めた。

 

「昼休みの文化祭実行委員会で女装コンテストについての詳しい内容が決まったんだけど~。まず開会式のあとすぐに一回目のお披露目があってそこから文化祭期間中の二日間でアピールして投票数の多かったところが優勝って感じ」

「じゃあずっと女装してればアピールになるわけ?」

「そう。最初のお披露目は制服って指定だけどそれ以降に関してはあんまり過激すぎなければ何着てもオッケー。というわけで御剣。ファッションショーするからそのつもりでね」

 

 ファッションショー!?

 だからこんなに色々と着させられたわけか。

 というかどこから持ってきたんだこの衣装は。

 

「でもそれだけで勝てるかな?」 

「安心して。策は考えたから」

 

 策?

 また嫌な予感がする……。

 黒板にチョークを走らせる乃愛さん。

 丸文字だが意外と丁寧な字で書かれたのは……。

 

「キャバ&ホストクラブ メッカ……?」

「そう。今から色々と準備するのは突貫作業になる。申請もギリギリになる。だからこの1ーA教室を丸っと休憩所として提供。適当にジュースかなんか飲み物用意してお客様を接待する。そしてここのNO.1キャバ嬢が御剣燐。これで決まりよ」

 

 NO.1キャバ嬢……。

 僕が、キャバ嬢。

 キャバ嬢。

 

「無理無理! 嫌だ! 女装して接待なんて嫌だ!」

「ごめん決定事項だから。反対意見もないし」

 

 そんな!?

 

「あ、けど……。みんな部活行かなきゃだから結構人いなくなるよね? それは大丈夫なの?」

 

 確かに。

 文化系部活動が多い聖高なので文化祭はかなり賑わう。

 なので運動部以外はほとんど出払うと考えた方がいいのだ。

 

「そこは上手くシフト組んでって感じ」

「あの、僕も新聞部で色々あるんだけど」

「勝村が御剣の分も頑張るから安心して」

 

 いや安心出来ないんだけど。

 このままじゃ折角の文化祭を丸っと二日間女装で過ごさなくてはいけなくなる。

 助けて勝村親友でしょ。

 

「新聞部は人員余裕あるから文化祭中何もなければ結構暇だぜ。よかったな燐」

「よかぁないよ……」

 

 悲しい……。

 親友まで敵に回るなんて。

 

「大丈夫ですよ御剣君。私がついてますから」

「鏡華さん……!」

「私達みんなでサポートして御剣君の可愛さをたくさんの人に伝えましょう!」

 

 駄目だこれ。

 もう僕の味方なんていない。

 いないんだ。

 こんなに悲しいことはない。

 

 

 

 

 

 昨日女装特訓をやらなかったせいで今日はその分を取り返すと気合の入った乃愛さんが付きっきりでみっちりと女装特訓やらあれこれメイクやらを試された。

 もう他のクラスメートはいない。

 部活もそろそろ終わる時間で空には青が差して、一番星が輝いていた。

 放課後からこの時間まで乃愛さんは一生懸命だった。

 

「あの、乃愛さん」

「なによ」

「乃愛さんはどうして、そんなに一生懸命なの?」

 

 とにかく、真面目にひたむきに。

 文化祭の男装女装コンテストなんていうネタにふったようなイベントのためにここまで一生懸命になる理由が僕には分からなかった。

 

「……私のお姉ちゃん。モデルやってるの」

「へぇ、すごいね」

 

 本心から出た言葉だった。

 モデルなんてなろうと思ってなれるものでもない。

 乃愛さんも美人だからお姉さんもきっと美人でモデル体型とかなんだろう。

 

「お姉ちゃんはすごいんだ。美人で愛想良くて頭も良くてスポーツも出来る。みんなからの人気者。だけど私はお姉ちゃんに比べたら平凡。ううん、平均より劣ってるわ」

「そんなこと……」

「そんなことあるわ。御剣もお姉ちゃんと会ったら絶対に分かるから。私なんかより全然すごいんだって」

 

 どうやら、乃愛さんは僕が思っているほどポジティブな人間ではなかったようだ。

 友達とは明るく楽しそうに振る舞っている彼女にも内心はこんな風に燻っているものがあった。

 

「お姉ちゃん、スカウトされてモデルになって一気に人気出て売れっ子になって本当にすごいのよ。だから私、決めたんだ」

「決めたって、なにを?」

「お姉ちゃんは選ばれてモデルになった。だったら私は努力して自分の夢を掴みとる」

 

 そう語った乃愛さんはどこか清々しい顔をしていた。

 溜まっていたものを吐き出せたようなそんな感じ。

 

「言っとくけど、お姉ちゃんと仲悪いとかそういうのじゃないから。むしろ仲良しだし。お姉ちゃんSNSで私の話ばっかするぐらいには私のこと大好きだし」

「あはは……。そうなんだ……」

「私は将来、お姉ちゃん専属のスタイリストになる。それでゆくゆくはブランド立ち上げて二人でパリコレに行って……。だからこれは練習」

「練習?」

「そう。スタイリストになる一歩。御剣を練習台にしてね。だからふざけたコンテストかもしれないけど私は本気。御剣を勝たせたら自信になると思うの」

 

 なるほどそれであんなに真面目だったわけか。

 合点がいった。

 

「はあ。ここまで話したの御剣が初めてよ。リナ達にだって言ってないんだから」

「それはどうも。……正直というか、知ってると思うけど僕、女装嫌なんだ」

「かなりワガママ聞かせてるのは悪いと思ってるわよ……」

 

 悪いとは思ってたんだ。

 意外。

 それはさておき。

 

「嫌だったんだけど、乃愛さんの夢に繋がるなら僕も頑張る」

「え……」

「こんな僕だけど、もしこれがきっかけで乃愛さんに自信がついて夢を叶えることが出来たなら、それってすごいことだと思うんだ。将来僕も自慢出来るし」

 

 あ、けど女装してましたって言わなきゃいけないのか。それはちょっとなぁ。

 

「それに乃愛さんはお姉さんに劣ってなんかないと思う。もっと自信持って。乃愛さんのお姉さんは見たことないけど、乃愛さんも負けてないぐらいには美人さんだよ」

「ッ……!」

 

 うんうん。

 もし男装女装コンテストなんかじゃなく普通にミスコンとかだったらこのクラスの代表は乃愛さんか鏡華さんのどっちかだったろう。

 それぐらいには乃愛さんだって美人だしモデルさんみたいなスタイルしてるし。  

 一人そう勝手に考えて納得していると乃愛さんは俯いたままで無言だった。

 どうかしただろうか?

 

「そ……」

「そ?」

「そ、そんな格好のあんたに言われても嬉しくないわよッ!!!!」

 

 そう言い放って乃愛さんは走って教室から出ていってしまった。

 そんな格好って……。

 

「この格好にさせたの乃愛さんのくせに……。酷い」 

 

 今の僕の格好は、メイド服であった。

 

 

 乃愛さんが教室から出ていって数分が経った。

 どうしよう。

 勝手に帰るわけにもいかないから待ってるしかないか。

 鞄から射澄さんに借りた文庫本を取り出し読み始める。

 宮本武蔵を題材とした歴史小説だがこれがなかなか面白い。

 もともとチャンバラとか時代劇が好きなのもあってか楽しんで読めている。

 早く続きが読みたくてうずうずしていたのだ。

 

 しかし……。

 あの音が響いた。

 今、モンスターが誰かを狙っている。

 今の格好がメイド服だったことなど気にも留めず駆け出す。

 音の強い方向へと向かい、見つけた。

 若い女性の体育教師に狙いを定める胸が突き出た緑色の人型モンスターを。

 間に合え……!

 窓ガラスから飛び出るモンスター。

 女性教師はそれに気付いて悲鳴を上げる。

 

「やあっ!!!」

 

 走る勢いに任せた飛び蹴り。

 だがファイナルベントでやってきたおかげかわりとフォームが綺麗だと思う。

 それはさておき吹き飛ばされたモンスターは一目散にミラーワールドへと撤退した。

 逃がすか!

 

「あ、あなたは!?」

「そんなことはどうでもいいです! 早くここから離れてください!」

 

 そう強い語気で言うと先生は何も言わず駆け足で去ってくれた。

 おかげで変身出来る。

 窓ガラスにデッキを映して……あ、メイド服……。

 いや、そんなことより今はモンスターだ。

 

「変身!」

 

 ツルギへと変身しミラーワールドへ。

 校庭に出ると同時に空を切る音が近づいてくる。

 

「ッ! 銃撃!」

 

 スラッシュバイザーの居合で一撃目は弾くがすぐに続く二発目は胸部に命中し校舎の壁に叩きつけられた。

 

「くっそ……」

 

 モンスターはシュモクザメの頭のような形の胸部を武器としている。

 僕の苦手な遠距離攻撃をしてくるモンスター。

 だけど……。

 

【SWORD VENT】

 

 召喚される二振りの短剣、ドラグダガー。

 一振りはベルトのハードポイントに収めて駆け出す。

 一直線、なんて馬鹿正直にはいかない。

 ジグザグに駆け回り、狙いをつけさせない。

 モンスターはとにかく撃ちまくるが当たらない。

 狙いが定まっていないのだから当然だ。

 

 そして、僕の距離。

 突き出た胸を回し蹴りで蹴り飛ばし、それに続いて逆手にもったドラグダガーの刃がモンスターを切り裂く。

 咲いた火花。

 それがモンスターにとっての血液のようにも見えた。

 

『モンスターに命はない』

 

『モンスターに命はない。ゆえに、命を欲する』

 

『モンスターに命はない。ゆえに、命ある人間を捕食する』

 

『モンスターに命はない。ゆえに、容赦などいらない』

 

『お前はただ、モンスターを斬ればいい』

 

『お前は私の言う通りに行動すればいい』

 

『お前は、(ツルギ)だ』

 

『私が振るう剣だ』

 

『剣は使い手の意思にのみ従うもの』

 

『剣は、考える必要などない』

 

『御剣燐。お前は、ただ、戦えばいい』

 

『それだけで、充分』

 

『それだけが、お前の存在意義なのだ』

 

 ひどく、長い夢を見ていた気がする。

 目を覚ますと足元は燃えていて、空には星と、光の球(モンスターだったもの)を捕食したドラグスラッシャーがいた。

 

「僕は……剣?」

 

 モンスターの命を奪う剣。

 モンスターを倒すことに異論はない。

 人間を襲う、分かりあうことの出来ない存在だからだ。

 では、なにを僕は……。

 

「勝利の美酒にでも浸っている最中かな? ツルギよ」

 

 !?

 男の、声……。

 刃のものでもない。

 まさか、僕以外のイレギュラー……。

 

 雲に覆われていた月が一瞬顔を覗かせた。

 青い月光が照らすのは、赤紫のライダー。

 見るからに頑健そうな鎧。

 頑健さだけでない、あれが放つものの本質は……威厳。

 これまで出会ってきたライダー達が騎士ならば、彼は騎士を統べる王。

 

「私は仮面ライダー吼帝。ライダーの頂点に君臨するものだ」

 

 吼帝……。

 なんて名前だ。

 まるで名前負けしていると思えない。

 そして、ライダーの頂点に君臨するという言葉を証明するかのように彼の騎士団が現れた。

 

 以前、少しばかり見えた仮面ライダー甲賀。

 群青色の小柄なライダー。

 熊のようなライダー。

 

「四人……」

 

 スラッシュバイザーを構え、睨み合う。

 一触即発。

 いつ襲いかかってきてもおかしくない。

 

「ほう、四人相手にも冷静か」

 

 冷めた脳味噌で冷静に状況を把握。

 まずやるべきは逃げの一手。

 当然だが、数の不利。

 いかに切り抜けるか……。

 

 考えを巡らせていると響き渡る駆動音。

 僕の目の前に止まった一台のライドシューター。

 カウルがゆっくりと上がり、搭乗者が現れる。

 蒼と白のライダー、仮面ライダーヴァール。

 

「射澄さん……」 

 

 ライドシューターから降りた射澄さんはその場に佇んだまま。

 何か様子がおかしかった。

 

「あの、射澄さん?」

 

 僕の声に反応し、俯きがちな顔を上げて僕の方を見た射澄さんは……その手に持つ槍で、僕を斬りつけた。 




次回 仮面ライダーツルギ

「さあ、殺し合おうか」

「死神でも待ってる顔ね」

「君達のような悪逆の徒に負ける私ではない!」

「……彼女を助けるまでは、死ねない」

 願いが、叫びをあげている────



ADVENTCARD ARCHIVE
SWORD VENT
ドラグダガー
AP1000
ドラグスラッシャーの牙を模した短剣。
鋭さはツルギの他の剣と比べてもずば抜ける。
取り回しもよく間合いがかなり近い相手や素早い敵などに用いる。
投擲して用いることも。

キャラクター原案
上谷真央/ちくわぶみん様

素敵なキャラクターありがとうございます。
本格的な参戦は……あと少し。


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?+1ー23 涙雨

 地面を転げる。

 胸に走る痛み、よりも驚愕の方が大きかった。

 

「射澄さん、どうして……」 

 

 僕の問いかけに答えはない。

 これが答え言わんばかりに振るわれる槍は無言で僕の命を奪おうとしてくる。

 スラッシュバイザーで槍を弾く。

 なんで、どうして。

 刃がぶつかると同時に疑問をぶつける。

 やはり、答えはない。

 鍔競り合う。

 仮面と仮面がぶつかりそうな距離。

 

「答えてください射澄さん! 僕には分からないですよッ!」

「……ッ!」

 

 射澄さんに蹴り飛ばされる。

 眼前を、巨大な手裏剣が通り過ぎていった。

 

「ああ、惜しい。まだ連携ってのは難しいね」

 

 くそ、敵は……。

 敵は、射澄さんだけじゃない……。

 

「なっちゃんも混ぜてよ~♪ えーい♪」

 

 群青色のライダーが逆手にもった二本のナイフで切りつけてくる。

 だがこの距離は僕の距離。

 容易くやらせはしない。

 バイザーでナイフを弾き、柄で鳩尾を突いた。

 

「ガッ!? ぼ、暴力的な子は嫌いなんだから!」

 

 鳩尾を押さえながら後退する群青のライダー。

 やけに甘ったるい、アニメ声みたいなこの声は聞き覚えがある。

 

「君は放送部の玄汐夏蜜柑(げんせきなつみかん)だな!」

「あは♪ ばれちゃった~。さすがなっちゃん有名人♪ みんなのお耳の恋人だからね~。変身しててもすぐ気付かれちゃう♪」

 

 特徴的な声。

 昼の校内放送は彼女の独壇場と化したほどの声。

 そして話術。

 これまた濃い人物がライダーになったな……!

 

「チッ。だから仲間に入れたくなかったのに……」

「えーイツイツひっどーい☆」

「イツイツ言うな!」

「なにを遊んでいる」

 

 吼帝が前に出た。

 ふざける配下達を咎めるその様は正に王といった様子で他のライダー達はしぶしぶと下がっていった。

 

「他のライダー達よりはやるようだ。少しは楽しめそうだな」

 

 奴が、来る。

 奴は他のライダーとは雰囲気が違う。

 心してかかれよ……。

 自分にそう言い聞かせ、剣を構え直す。

  

「さあ、殺し合おうか」

 

 両手を広げながら歩み寄る吼帝。

 さあ、どこからでも来いと言わんばかりの自信。

 すごいプレッシャーだ……。

 まるで、高い城壁が迫ってきているかのよう。

 僕はこいつに勝てるのか……?

 いや、勝つことではない。

 今は生き残ることを考えよう。

 

「いくぞ」

 

 その言葉が開戦の合図。

 吼帝の鋭い拳が、眼前に迫る。

 速い……。

 首を傾け回避。

 そして目線は続く二撃目を放とうとする右拳を捉えていた。

 右の拳が放たれようとする。 

 

「ッ!!!」

 

 逆手に持ったバイザーを押し付けて拳を殺す。

 放たせない。

 打たせない。

 一瞬の膠着。

 動いたのは僕の方だった。

 くるりと回りながら間合を取ると同時に逆手に持ったバイザーで胸部を斬りつける。

 大して効いてはいなさそうである。

 デッキからカードを引き、召喚したのは太刀。

 

「やはり、やる……」

 

 そう言うと左腕の獅子の顔を模した召喚機の取手を引きカードを装填する吼帝。

 

【SWORD VENT】

 

 舞い降りる剣は彼の身の丈ほどもある片刃の両手剣であった。

 取り回しは悪そうだが、当たればひとたまりもないだろう。

 

「ふんッ!」

「はあッ!」

 

 同時に駆け出す。

 速いのは僕の方だ。

 横薙ぎに振るわれた剣を刃先ギリギリのところで回避して一瞬で間合に入る。

 このまま斬る……!

 左肩から袈裟に切る。

 だが、浅いか……?

 いや、装甲が硬いからだ。

 

「その程度かッ!!!」

 

 吼帝の剣が振るわれる。

 太刀で受け流しながら回避する。

 火花が散る。

 刀身は……問題ない。 

 刃を受け流し終えるとすかさず逆袈裟、横と縦に一閃ずつ。

 だが、硬い……!

 吼帝はどんな攻撃をも飲み込んで、疲弊した相手に高い威力を誇る攻撃を見舞うのだろう。  

 ならば、どうする。

 戦いながら思考する。

 悪戯に攻撃しても大して意味はない。

 こうなれば、狙うのは……急所。

 いや、駄目だ。

 もしそれで、相手の命を奪ってしまったら……。

 

「ガハッ!?」

 

 突然、背中に走る痛み、衝撃。

 しまった。 

 吼帝にばかり気を取られてしまった……。

 

「黒峰。邪魔をするのか」

 

 忍者のようなライダーの手元に巨大な手裏剣が帰っていった。

 吼帝は一対一の戦いを邪魔されたことに苛立っているようだ。

 

「邪魔じゃなくて助けてあげたんでしょうが。それに、そいつをやるのは神前だって言ったのはあんたでしょ」

「ふむ……。まあ、少し遊び過ぎたか。神前、やれ」

 

 吼帝からの指示を受けた射澄さんが迫る。

 ゆっくり、ゆっくりと歩み寄る。

 

「射澄さん……!」

 

 槍が振るわれる。

 太刀で受けようとしたが上手く力が入らず弾き飛ばされてしまった。

 そのままの勢いで袈裟に切り裂かれ、地面を転げる。

 すぐに立ち上がろうとしたが、顔前に切っ先が向けられていた。

 

 数秒の沈黙。

 切っ先を向けたまま、射澄さんは動かなかった。

 仮面に雫が落ちた。

 黒い雲に覆われた空。

 雨が、降りだした。

 

「どうした神前。やれんのか」 

 

 吼帝が問う。

 射澄さんは槍をこれでもかと力を込めて握りしめると思い切り振り上げた。

 ここで、終わるのか……。

 くそ……!

 

 

 

 

 

【ADVENT】

 

 バイザーの電子音が響いた。

 この場にいた誰もがカードを使用した者を探した。

 

 つまり、この場にいる者ではない。

 第三者の登場。

 

「ッ!?」

「ええッ!?」

 

 僕と射澄さんの頭上に現れた巨大な影。

 僕らのいる場所に自由落下してくるそれは見た感じかなりの重量がありそうだ。

 あれに踏み潰されたらまずいと射澄さんはすぐに離脱。

 僕もなんとか間に合った。

 落下してきたモンスターは白金に輝くヘラクレスオオカブトのようなモンスター。

 

「ふっ……」

 

 空から、ライダーが舞い降りた。

 白金の堅牢な鎧を纏う輝かしい騎士。

 

「何者だ貴様」

「私は仮面ライダーリーリエ。白金の騎士。姫を不埒な輩から守護するために参上した」 

 

 かなり大袈裟な物言いというか芝居染みた名乗り。

 だがそれが当然といったようなリーリエと名乗ったライダーは堂々としていた。

 それにしても姫?

 一体姫とは誰のことかと訝しんでいるとリーリエさんは僕に向かって跪いた。

 

「あなたの危機に参上致しました。姫」

 

 姫。

 姫。

 

「あの、姫って僕のことですか……?」

「貴女をおいて他に誰がいるというのですか?」

 

 あれ、この人もしかして……。

 

「もしかして、北さん、ですか?」

「ええ、そうですとも。そしてどうか津喜と名前で呼んでほしい。姫」

 

 ああ、ああ。

 これまた濃い人がライダーになったなぁ。

 

「あの僕はおと……」

「ふざけた奴。奴も消せ」

 

 男だと言おうとすると邪魔が入る。

 気が付けば三人に囲まれていた。

 

「ふっ。君達のような悪逆の徒に負ける私ではない!」

「北さん相手は三人です! 危険ですよ!」

「安心してください姫。貴女をお守りするのが私の役目。共に生きて帰りましょう。はあッ!!!」

 

 そんなことを言って駆け出した北さん。

 ヤバい完全に役に染まってる。

 ロールプレイしてる。

 そして意外と強い。

 三人相手に負けてない。

 

「硬い……!」

「君達が脆いだけさ」

 

 白金の鎧は生半可な攻撃なんて通さない。

 あの三人では火力不足のようだ。

 だが数の不利はなかなか覆せないものである。

 次第に押され始めてきた。 

 というか、もう僕もヤバいか……。

 時間がもうない。

 

「ッ……。姫を守ることが最優先だ。ここは退かせてもらうよ」

 

 撤退するリーリエ。

 三人が追いかけようとするが目の前にリーリエの契約モンスターが立ちはだかった。

 巨体で堅牢なヘラクレスオオカブトのようなモンスターであるが見た目よりも動きは遅くない。

 地面をその巨大な角で叩くと土煙が起きて煙幕代わりに。

 今のうちに……!

 

 

 

 

 

 喫茶アイスルーム。

 閉店の時間であったが親戚である美玲とその後輩である鏡華のために場所を提供していた。

 

「プロジェクト・ナイト。つまり貴女のお兄さんがライダーというシステムの開発者というわけね……」

「はい。そしてこれには御剣君の名前とツルギの設計図がありました」

「燐の……?」

  

 資料を捲り、確認する。

 そこには確かに御剣燐の名前があった。

 

「これはどういうこと? 燐は最初からツルギになる予定だったということ?」

「それは、分かりません……。兄と御剣君に関係があったかも分かりません。何より御剣君は知らないようでしたし……」

 

 それでは一体どうして。

 考えても二人には答えが見えなかった。

 

「そういえば、神前さんから咲洲さんに本を返しておいてほしいと頼まれていました」

 

 鞄から取り出した本を美玲に差し出す鏡華であったが美玲は戸惑っていた。

 

「私、射澄に本を貸した覚えはないわよ。私が借りることはあっても射澄が私から本を借りるなんてあり得ないわ」 

「え……。けど、感想も伝えられました。明智光秀の気持ちがなんとなく分かるって」

「明智光秀……。まさか……」

 

 嫌な想像をする美玲。

 それを掻き消すように鳴ったスマホ。

 しかし……。

 

「もしもし。燐、どうかした?」

『射澄さんが……。射澄さんが……』

 

 

 

 

 

 

 

「チッ。変な奴のせいで逃がすなんて……」

 

 暗い生徒会室の中、先程の戦いに参加していた者と佐竹副会長の六名が集結していた。

 

「ねえ、あいつ誰か知らないの?」

「知らない。私が行動を共にしていたのは彼と美玲と美也だけ。あとはライダーではないが宮原鏡華ともね。もしかしたら御剣燐と個人的に繋がりがあったのかもしれない」

 

 射澄がそう告げる。

 言葉には力は無く、誰に対して言ったでもないような。

 虚に消えていくよう。

 

「……神前」

 

 自身の席に座り、ずっと壁を睨み付けていた鐵宮。

 いつもより低いトーンで射澄に声を掛けた。

 その様子に生徒会室にいた面々に緊張が走った。

 

「……なんだい」

「御剣燐は……強いか」

「どういう意味かな?」

「言葉通りの意味だ」

 

 意外な問いに戸惑った射澄だったが平静を装い答える。

 

「ああ、強いよ。刃を交えて理解したと思っていたけど。何か気になることでも」

「……私は、頂点に立つ者だ。全てにおいてだ。だがそれに障害があるならば乗り越えねばならない。そしてその障害が高ければ高いほどに私が君臨する頂点は高いものとなる」

 

 その場にいた誰もが鐵宮の底知れない『頂点』への執着に戦慄した。 

 御剣燐をただの『敵』と見ず自身の『障害』と見た彼の貪欲なまでの頂点への渇望を。

 

「それはいいけどさーどうするの? 逃がしちゃった以上は追わなきゃじゃん?」

 

 机に腰かけていた小柄な少女、夏蜜柑が足をばたつかせながら尋ねた。

 

「案ずることはない。いずれ、再び見えることになる。戦場でな」

 

 戦場……。

 再び、彼と刃を交えなければならないというのかと内心で苦虫を噛み潰す。

 そんな中、射澄のスマホが振動した。

 誰からと確認した射澄は目を見開いた。

 今、最も会いたくない相手……。

 

「今日はこれで失礼するよ」

「えー☆ なに下っ端かつ裏切り者の分際で勝手に帰ろうとしてるんですかぁ?」

 

 射澄を行かせまいと壁を蹴り阻む夏蜜柑。

 しかし意外なことに鐵宮が夏蜜柑を咎めた。

 

「いい玄汐。行かせてやれ」

 

 不服そうに足を下ろした夏蜜柑は射澄を睨み付ける。

 そんな視線に意を介すこともなく射澄は生徒会室を後にした。

 

「いいんですか? なっちゃんあいつのこと信用ならないです」 

「いい。もし始末するというのなら、それは奴が行動に移した時だ。何か裏があるのなら泳がせる。ないならそれまで」

「そうですか。あ、あとそういえばハルハル~。あなたやる気あるんですか~? ちょっと消極的だと思ったんだけど~」

 

 玄汐の次なる怒りの矛先はハルハルと呼ばれた少女、新島陽菜(にいじまはるな)に向いた。

 

「そんなことは……」

「ヤるならもっと本気でやってくださいよ~。殺しそびれたらなっちゃんのお給料下がっちゃうんだから~」

 

 玄汐は鐵宮から金銭を受け取ることを条件に彼の下についた。

 歩合制というのもありこの場の誰よりもライダーを倒すことに関しては人一倍気合が入っていた。

 

「いいや、なっちゃんも帰る。それで一人か二人殺そっと。そしたらお金、くれるでしょ?」

「……殺した奴のデッキかメモリアを忘れずにな」

「はーい☆ それじゃおっさき~」

 

 気持ちを切り替え物騒なことを言って去った玄汐を見送った樹は鐵宮を少しばかりからかった。

 

「結構懐かれてるじゃん」

「戯け。あの手の手合はこちらに出すものがなくなったと見れば即手を切る輩だ。信用はするが信頼はしない」

 

 信用はするが信頼はしないという言葉の意味が分からない樹はどっちも同じだと切り捨てた。

 

「それで、新島君」

「……なんだ」

()()している」

「ッ!?」

 

 平坦な口調でそう告げた鐵宮であったが新島に向ける視線には圧を感じさせるものがあった。

 

「分かってるさ……!」

 

 それだけ言って彼女も逃げるように去って行った。

 生徒会室には鐵宮、樹、佐竹の三人のみ。

 

「……一気に賑やかになりましたね」

 

 これまでずっと黙っていた佐竹が口を開いた。

 

「ふむ。確かに、口数が多いのが約一名だ。私はもっと奥ゆかしい女性が好みなんだがね」

「あんたの好みなんて知らないよ。ただ素直に手勢に加わるって言った奴等に招集かけただけなんだから」

「手厳しいな。だが、その仕事の早さには関心するよ。黒峰君も佐竹副会長も」

 

 珍しく褒めるということをした鐵宮。

 今の彼はどちらかというと一般社会で生活する方の表の彼が強く出ているようだった。

 しかし二人は当然彼の裏を知っている。

 知っているからこそ褒められたところで喜ぶなんてことはしないのだ。

 

「そういえば、咲洲美玲はどうだった」

「考えておくとは言っていたけど……。正直、あの手のタイプは釣れないと思う。我が強くて」

「なるほど。氷の女の異名は伊達じゃないか」

「その、氷の女ってなんなの」

 

 時折、美玲を指して氷の女と呼ぶのが気掛かりな樹。

 わざわざそんな呼ばれ方をするのだからなにかしら理由があるはず。

 その理由がどういうわけか異様に気になったのだ。

 

「彼女、去年の三年の先輩から交際を申し込まれてね。それもなかなかの人気者。けれど彼女はそれを断った。それも、手厳しく」

「詳しいな佐竹副会長」

「彼女のことを調べていたので」

 

 氷の女。

 樹は脳内でその言葉を反芻する。

 確かに、あの女に似合いの言葉だと一人納得すると同時に苦手意識を感じてしまった。

 心の内を見透かされているような、あの冷たい視線。

 出来れば、早いうちに潰しておきたいとすら思った。

 

「さて、我々も帰るとしよう」

「了解。で、しばらくはどうするの」

「これまで通りでいい。仕掛ける時は仕掛けると号令を出す。まあ、君が絶対に勝てると自信がある時は一人で挑んでもいいがね。それじゃあ」

 

 鐵宮も部屋を出た。

 あとを追うようにして佐竹も行った。

 樹は一人、生徒会室に残った。

 窓の外は小雨が静かに降り続けている。

 

「傘、ないな……」

 

 独白は闇に消える。

 雨が止むまで待っていようと、イヤホンを耳に付けお気に入りの曲を再生させた。

 

 

 

 

 

 

 美玲先輩に射澄さんのことを報告し終える。

 射澄さんのことも気掛かりではあるが……。

 

「まさか、北さんまでライダーだったなんて……」

「ああ。これでも古参なんだ。ライダーとしてはリーリエと名乗らせてもらっている」

 

 リーリエ。

 たしか、ドイツ語で百合だったか。

 堅牢な鎧には合わない名前だとは思ったが口には出さなかった。

 

「とにかく、助けてくれてありがとうございました。もし、北さんが来てくれなかったら……」

「礼には及ばないよ。君を助けるのは当然じゃないか。それと、津喜と呼んでほしい。君のその口で」

「えーと、分かりました。その、津喜、さん?」

 

 名前で呼ぶと、北さんは頬に手を当て身体をくねらせた。

 

「あー耳が幸せとはまさにこのこと……。つ、次はこう、耳元で!」

 

 ……何か、ヤバいものを呼び覚ましてしまった気がする。 

 これ以上はいけない。

 

「むう。それじゃあ別のお願いを」

「なんですか?」

「その、身体を触ってもいいかな」

「駄目です」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「話聞いてました!?」

 

 うねうねと指を動かす北さん。

 駄目だと言ったというのにその両手は僕の脇腹を掴まえていた。

 

「おお……意外と筋肉があるようだ。筋トレしてる? いいや問題ない。むしろ健康的というかこの可愛さでかつ筋トレ女子ともなればもうヤバいのでは? 属性過重積載では? だがそれがいい!」

「あの、ちょっ……んっ……」

 

 な、なんか手つきが怪しい……。

 これ、本当にヤバ……。

 

『ストーーーップ!!! ストップ! ストップです! 不純異性交遊はいけません!』

 

 突如響いた第三者の声。

 窓ガラスにうつる少女、アリス。

 

「アリス……」

『駄目ですよ津喜さん!』 

「別にいいだろう。ライダーバトルにはなんの関係もない」

『駄目ったら駄目です! 次やったら殺しますよ!』

 

 脅しているのだが、なんだかいつもと違って怖くはない。

 なんというか、小さい子が頑張ってビビらせようとしている感が強い。

 

「それで、何の用だい? 君がわざわざ出向くなんて何か用があるのだろう?」

『えっ。あ、いや、その……。燐君ッ!!!』

 

 急に大声で僕を呼び、指差すアリス。

 その顔は若干赤くなっていた。

 

「な、なに?」

『じょ、女装似合ってますねッ!!! それじゃあッ!』

 

 それだけ言うとすぐにアリスはいなくなってしまった。

 ……なんだったんだ、一体。

 

「なんだったんだ一体アリスは。……ん? 今、アリスはなんて言った?」

「え? それじゃあ、ですか?」

「違うその前」

「女装似合ってます。あ」

 

 あ。

 いや騙してたつもりとかないしなんならずっと男だと主張してたけど聞く耳を持たなかったのはそっちですしああもうどうにでもなれ。

 それにしてもすごい落ち込みようでがっくりと項垂れてしまった。

 まあ、期待の反動が大きかったのだろう。

 残念ながら僕は男なのだ。

 

「じょ……」

「じょ?」

 

 女装だったのか!

 なんて怒られるのかもしれない。

 しかし、この人は僕の予想を悉く上回る。

 斜め上の方向に。

 

「女装男子だとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 どうやら、違う燃料を投下してしまったらしい。

 誰か、助けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぱらぱらと降っていた小雨は止んだようだがまだ空はぐずついている。

 指定された場所、藤ヶ丘公園は聖山駅から徒歩20分の街中にある一番大きな公園。

 春には桜が咲き花見客で賑わい、そこから少し季節が進めば今度は見事な藤の花が見所となる。

 公園内にある浄禅(じょうぜん)の池近くの東屋で一人、彼女を待つ。

 今までの人生で、これほどまでに緊張したことはなかった。

 まるで……。

 

「死神でも待ってる顔ね、射澄」

「美玲……」

 

 いつもと全く同じ仏頂面の美玲がようやくやって来た。

 なんとも、見たくなかった顔である。

 かといって鬼の形相を浮かべる美玲や泣きながら現れる美玲なんてのも想像はつかないし絶対にそんなことはないだろうから想像通りではあったが。

 

「……それで、何の用かな。わざわざ呼び出して」

 

 聞かなくとも分かる。

 分かるのだ。

 これでも、付き合いは長い方で美玲の理解者を気取っているのだから。

 

 そして、私の予想通りに美玲は私にデッキを見せつけた。

 

「ああ、そうだね……。ライダーは殺し合うものだから……」

 

 私も、意思を示した。

 互いに見せつけあったデッキを手に歩きだし、近くの管理所の窓ガラスに向かってデッキを突き出した。

 美玲は鳥が羽を広げるように腕を広げる。

 対して私は右の拳を左胸に置いた。

 美玲がどこからでも来いと言っている中、私は自分を守っているかのようだった。

 いや、実際にそうなのだろう。

 私は私自身を守ろうとしている────。

 

「変身」

 

 美玲が鎧を纏った。

 鳥を思わせる、青と銀のライダー。

 彼女が、敵……。

 

「……変身」

 

 私も鎧を纏った。

 だが、やけに重い気がした。

 さっき、燐君と戦った時よりもずっと……ずっと……。

 そんな重い鎧を引き摺るような感覚でミラーワールドへと向かう。

 

 ああ、どうしようもなく……。

 

 苦しい……。

 

 痛い……。

 

 辛い……。

 

 身体が重い。

 武器が重い。

 頭が重い。

 

「……これで、終わりね」

 

 気が付くと、目の前には剣の切先が突きつけられていた。

 ああ、さっきの逆だ。

 これは罰なのだと。

 裏切り者には相応しい末路であると。

 

「何か、言うことはないの」

「何もない……。当然の報いだとも……」

 

 受け入れよう。

 この結末を……。

 

「……帰るわよ」

「え……」

 

 どういうわけか、美玲は剣を下ろした。

 そして、私に手を差し伸べたのだ。

 

「どういう、つもり?」

「誤解しているようだから言うけど、別に私は貴女を殺しに来たわけじゃないわ」

「じゃあ、なんで……」

「軽い運動よ」

「……運動にしては、物騒じゃないかな。私、ボロボロなんだけど」

「それは運動不足のせいね。読書ばっかりしてないで身体を動かさなければ駄目よ」

 

 ……ああ、まったく。

 敵わないなぁ……。

 

 

 ミラーワールドから戻り、二人で池の周りを歩いていた。

 夜の池や海というものはなかなかにホラーだと思う。

 そんなつまらないことを考えるのがミラーワールドから戻ってきてからというものずっと互いに無言だったから。

 ようやく痺れを切らした美玲から切り出してくれたが。

 

「それで、聞かせてくれるのよね?」

「もし、言わなかったらどうする?」

「殴るしかないわね。燐の分も合わせてグーで」

「それは嫌だな。さっきもボコボコにされたのに今度は直にとはね」

「まあいいわ。昨日の晩、何があったの」

 

 そうして、ようやく本題を私は語り出した。

 弱い私を許してくれと前置きしてから。

 

 

 

 暗い夢の世界を通り過ぎ、瞼を開くとそこはさっきと変わらないような暗い部屋の中であった。

 薄暗い部屋の唯一の光源は蝋燭のみ。

 ここは……。

 古くカビ臭い畳の上に寝かされ、後ろで手を縛られている。

 そして目の前には鉄製の柵。

 

「座敷牢。まさか、実物を見るどころか捕らえられるなんて」 

 

 こうなる直前の記憶を呼び覚ます。

 お団子君とミラーワールドへ行って……。

 

「早いお目覚めで助かるよ神前射澄君」

 

 男の声。

 こんなに傲慢さを感じる声は聞いたことがない。

 

「鐵宮生徒会長……」

 

 襖を開いて現れた美丈夫は学校で幾度となく目にした聖山高校現生徒会長、鐵宮武。

 学校では文武両道、誰にも隔てなく優しく、正に生徒の模範たれという生徒会長に相応しい人物であるが、今の彼にはそんな様子が一切見受けられなかった。

 

「流石、図書室の番人と言われるだけのことはある。この状況下でも冷静だ」

「焦っても仕方ないからね。それで、私を捕らえて何の用かな?」

「話が早くて助かる。君のような知的な女性は好みだよ。昔から私は女というのが嫌いでね。甲高い声で騒がれるとむしゃくしゃする。おっと、余計な話はここまでにしよう。用件はひとつ。私の軍門に入りたまえ神前射澄」

 

 軍門ということは、彼もグループを形成しているということか。

 いやはや、恐ろしい相手だ。

 少女達の遊戯に混ざる男。

 燐君と同じイレギュラーではあるが、燐君のように戦いを止めたいだなんて思っていないだろうこのタマは。

 

「君の軍門に下るとどんなメリットがあるのかな?」

「メリットか。他のライダー達には私が頂点となったら君達の願いも叶えてやろうと言っている。どうかな? 君の願いは……いや、聞くまでもなかったか」

 

 取り出したのは私のデッキ。

 やはり、取り上げられていたか。

 

「メモリアカード。これに何の意味があるのか私には分からなくてね。弱点を晒しているとしか思えんのだ。君の願いは……【OMNISIENCE】。全知か。なるほど、らしい願いだ」

「全知そのものがほしいんじゃない。全知を得るための時間が欲しいんだ」

「ふむ。全知など到底人の寿命ではなし得ないものだ」

「だからこそ願ったんだろう。このバカらしいゲームにね。それに、君の軍門に下ったところで成し得ない願いではないかな?」 

 

 煽る。

 打開策を思いつく時間を稼ぎたかった。

 しかしこの状況を打開するなんていうのは……。  

 

「なるほど。それじゃあ、このメモリアを破くか。前に破いてどうなるか見てみたかったのだが駄目でね。さて、願いの反転とは一体どうなるのか……」

 

 カードに手をかける鐵宮。

 メモリアを破かれてしまっては……!

 

 

 

「それで、鐵宮に付き従ったわけ?」

「ああ。ライダーでなくなるわけにはいかなかったんだ……」

 

 ああ、そうだ。

 私はまだ死ねない。

 死ねないのだ。

 美玲は聞くことをしなかったが、私は自分から語り出した。

 

「……彼女を助けるまでは、死ねない」

「影守美也のことなら貴女のせいじゃ……」

「いや、私のせいだ。私が、私が弱かったから彼女を奪われるなんてことになってしまった……。彼女を取り戻すまでは、死ねない……!」

「射澄、貴女そこまで……」

「美玲にとっての燐君のようなもの。とでも言えば分かるかな。これまで特別欲しいなんて思っていなかったが、実際にあそこまで付き合ってくれる後輩というものが出来て、私は嬉しかったんだ。燐君や彼女という後輩が出来て私は先輩面というものをしたくなったんだよ。だけど彼女は奪われた。取り返そうとして生き恥を晒せば今度は燐君を殺せときた。もう、どうにかなってしまいそうなんだ……!」

 

 美玲はただ、静かに聞いていた。

 そして、たった一言。

 

「馬鹿じゃないの」

「……酷いね。けど事実だ。私は取り返しのつかないことをするところだったんだ……」

「そうね。けど、まだ取り返しはつくところよ。そして、私が取り返すわ。射澄のメモリアを」

 

 驚きのあまり目を見開いた。

 いつもの平坦な口振りで、無謀なことを言い出した。

 

「鐵宮は強い! それに他にも仲間がいるんだ。彼女達も強い……」

「そう。けど、いずれはやりあっていた相手よ。それが早まった程度の話。それに、まだ勢力を伸ばしきっていない今が叩くチャンス」

「それは、そうかもしれないけど……」

 

 だとしてもなんて無謀をしようとしているんだ美玲は。

 頭はいいが、とんでもないことを言い出すのだから。

 

「何も鐵宮の一派全員とやり合う必要はないわ。頭が倒れれば瓦解するはずよ」

「鐵宮一人を倒す……」

「そう。あと散り散りになった奴等は各個撃破。これでいいでしょう?」

「敗残兵まで潰すとは怖いね美玲は」

「これはそういう戦いだって、忘れたかしら。私は元々戦いを止めるつもりなんてないのだから当然よ」

 

 本当に恐ろしい女だな美玲は。

 敵に回したくない人物ナンバーワンの称号は伊達ではない。

 それにしても……。

 

「本当に、熱い女だね君は」

「? 何か言った?」

 

 私の呟きは美玲の耳には届かなかった。

 まあ、聞かれたところでなんてことはないのだが。

 

「……さっき戦う必要はあったのかな? なんだか無意味にボコボコにされた気がするんだけど」

 

 少し話をぶり返す。

 この話をするだけなら、あんなにボコボコにされる必要はないと思うのだが。

 

「射澄、貴女は強がるから。どっちが上かハッキリさせないと素直に話してくれなかったでしょう」

 

 これはまた手厳しい。

 確かに、自分一人で解決しようとしていたからそれはあるかもしれない。

 

「それと、あなたにやられた燐の分の仕返し」

「……ひょっとして、それが一番の理由じゃない?」

「かもね」

 

 ああ、本当に……。

 

「射澄。貴女は要領いいくせに不器用過ぎるのよ。もっと周りを頼りなさい。私達、友達でしょう」

 

 ああ、本当に……。

 

「ああ、そうだね……」

 

 ああ、本当に恐ろしい女。

 けど、それが私の数少ない友達。

 

「ちょっと、なに泣いてるのよ」

「いや、すまない……」

 

 ああ、本当に今日何度目の涙だろう。

 こういう時こそ誤魔化すための雨というものがほしいのに天は私の思い通りにはならないらしい。

 だけど、今は少しだけ……。




次回 仮面ライダーツルギ

「デッキよ。デッキをちょうだい」

「美容院! 美容院行こ!」

「なっちゃんこと仮面ライダーテュンノスだよ~☆」

「上谷さんッ!!!!」

 願いが、叫びをあげている────


ADVENTCARD ARCHIVE
ADVENT プラチナムヘラクレス
5000AP
仮面ライダーリーリエの契約モンスター。
白金に輝く身体と赤い角が特徴的。
パワーと堅牢さに優れたモンスターでリーリエにもその特徴は受け継がれている。

キャラ原案
仮面ライダーリーリエ
玄汐夏蜜柑・仮面ライダーテュンノス/はっぴーでぃすとぴあ様

新島陽菜・仮面ライダーグリズ/ガジャルグ様

素敵なキャラクターありがとうございます!


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?+1ー24 同じ志

 夜の校舎というのは昼と違って不気味なものである。  

 何か、出てくるのではないかと柄にもなく考えてしまう。

 

『こんばんは~佐竹さん』

 

 何か出てくると思っていたら、本当に出てきた。

 私が今一番色々と文句をついてやりたい相手が。

 窓ガラスの中でニコニコとした笑顔を顔に張り付けている。

 

「アリス……!」

『佐竹さん怖いですよそんな顔したら。私みたいに笑顔でいきましょうよぉ。ほら、ニコ~って』

 

 芝居がかった笑顔。

 本当に笑ってなどいないことは明白であった。

 いや笑ってはいるのだろう。

 最も、字としては嗤うの方だ。

 

「わざわざ話しかけてきたってことは私に用があるのでしょう。私も貴女に色々と言いたいことがあるからちょうどいいわ」

『私に言いたいこと、ですか。まあ、聞いてあげないこともないですよ』

 

 この上からの物言い。

 気に食わない。

 

「デッキよ。デッキをちょうだい」

『デッキならもうあげたじゃないですか?』

「奪われたのよ! それも男に!」

『……へぇ。私はてっきり佐竹さんが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「そんなわけ!」

『別にルールとしては駄目とは言ってませんし、強い人に代わりに闘わせるなんて佐竹さんは頭がいいなぁってアリスは思っていたんですが違いますか?』

 

 私が……。

 確かに、自分以外の人間に代理で闘わせることは禁止とはアリスは言っていなかった。

 もしかしたら、このまま鐵宮を利用していけば……。

 

『デッキの所有権は貴女にあります。なんせメモリアは貴女の願いを記憶しているのですから。あの男が最後まで生き残ったとして、叶うのは佐竹さん。貴女の願いなんですから』 

 

 そうだ。

 そうだ、そうだ、そうだ。

 叶うのは私自身の頂点という願いであって鐵宮が頂点になるわけではない。

 あいつを利用して私が頂点になった時。その時があの男の終わり。

 あの男の処刑の時だ。

 

『それじゃあアリスによるライダー個人面談は終わり! 今後も悪しき(善き)闘争を! それでは!』

 

 アリスは消え、鏡に映るのは私の虚像。

 嫌な奴だが、おかげで私の闘い方は定まった。闘いに勝利した時のヴィジョンも。

 このままの調子でいけば、私は、勝てる……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ルールで駄目とは言っていませんが、良いとも言っていないんですよねぇ……』

 

 ミラーワールドで独り、佐竹日奈子の様子を伺いながら呟いた。

 ああ、つまらない仕事だとため息をついてからまだ校舎の中に燐がいることに気付いたアリスは燐のところへ向かったのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖山市屋戸岐町。

 そこのアーケード街を歩き、いつものようにモンスター、ライダー探しを行っていた。

 

「ねえ瀬那」

「なんだ」

「美容院! 美容院行こ!」

 

 また何を言い出すかと思ったらこいつは……。

 

「行かない」

「えぇ!? どうして! 髪の毛ヤバいよ! うちのお風呂使うようになってからリンスするようになったりしたけどもうヤバいって! ボサボサだよ! 髪が柳みたいになってきてるよ!」

 

 柳とはずいぶんな物言いだ。

 多少前髪が伸びてきた程度の話だ。帰ったらハサミを借りよう。

 

「瀬那。今帰ったら自分で切ろうとか思ってるでしょ」

 

 ……存外に、勘が鋭いようだ。

 

「別にいいだろ」

「よくない! 髪は女の子の命なんだよお母さんが言ってた! だから明日、私が通ってる美容院連れてくから!」

「はあ? そんな美容院なんて行く金アタシには……」

「私が出す!」

「はあ!? そんなことのために自分の金を使うんじゃない馬鹿!」

「ふっふーん。私はマジシャンだからね。ショーでお小遣い稼いでるから瀬那が心配するほど持ってないわけじゃ……」

 

 自信満々でそんなことを演説し、ショルダーバッグを漁っていると、バカは通行人とぶつかってしまった。

 

「あ、すいません……」

「いえいえこちらこそ」

 

 軽く会釈して、その通行人……。少年は人ごみに紛れ、去っていった。

 

「さて、話を続けるとだね。私は既にそれなりに稼げていてだね。今もお財布には……お財布には……」

 

 ショルダーバッグの中を漁り続けるバカの顔色は悪くなる。

 冷や汗もかいている。

 

「……おい」

「嘘でしょ! お財布ないよ!」

「どうせ家に忘れてきたんだろ」

「そんなことないよ! お昼に購買でパン買ったもん!」 

「それじゃあ学校に忘れて……」

 

 いや待て。

 まさか……。

 

「さっきの奴……」

 

 すかさず走り出す。

 まだそこまで遠くには行っていないはず。

 だがこの人の多さは厄介だ。

 それに、()()をした人間がのうのうと往来を歩いているとも思えないが……。

 

「いた……!」

 

 懸念とは裏腹に、さっきの奴はまだ近くにいてくれた。

 小さな背中、肩ぐらいまで伸びたらバッサリと切った髪。

 このまま捕まえてもし仮に犯人だとするならば財布を取り返す。

 しかしここで、あの少年はチラリと背後を覗いてアタシの姿を見つけたのだ。

 そうなれば、奴がどういう行動に出るかは分かっている。

 逃走。

 勢い良く走り出したその背中はどんどん小さくなっていく。かなり足には自信があるようで実際に速い。

 小柄なのも相まって人ごみを糸を縫うように駆ける相手はかなりこの手のことに慣れているようだ。

 恐らく常習犯なのだろう。

 アタシよりも年下だろうにもうそんなことに手を出すなんて……。

 別に叱ろうなんて気はない。が……。

 何故だろう。

 こんなにも胸がざわつくのは。

 何故だろう。

 こんなにも腹立たしいのは。

 

 ────気が付くと、アタシの手は少年の肩を捕らえていた。

 

「うわっ」 

 

 少年は軽く驚くと焦る様子も見せずにバカの財布を手渡してきた。

 

「お姉さん足速いんだね。追い付かれたのは初めてだよ。それじゃ!」

「あ、おい!」

 

 少年のそんな態度に呆けてしまい少年を逃がしてしまった。

 いや、別にいいか。

 目当ての物は帰ってきたわけだし……。

 

「瀬那!!!」

 

 往来で大声を出すのは酔っ払いかバカくらいのものだろう。今回は後者の方である。

 

「あ、お財布! 取り返してくれたの!」

「あ、うん……。犯人は逃げたけど」

「それでもいいよ~! ありがとう~!!!」

「ちょっやめ……」

 

 抱き付いてきたバカを突き放そうとするが吸盤でもついてるんじゃないかと思うほどに離れない。

 私が突き放すのに悪戦苦闘していると、この辺りを巡回していたであろう警官二人組が近寄ってきた。

 

「君、その子がお友達?」

「はい! お財布取り返してくれました!」

 

 どうやらバカが呼んできたらしい。

 まあ、妥当な判断ではあるが……。

 

「……なにか?」

「あぁ、いや、なんでもないよ……」

 

 ジロジロと怪訝な目を向ける理由は分かる。

 藤花の制服を着ているバカとこんな私が友人ということに違和感を感じたのだろう。

 まあ、そもそも友人なんかではないのだ。

 ライダーバトルで勝ち抜くために利用しているだけ。

 そう、それだけで……。

 

『──────────』

 

 ふと、鳴り響く闘いの音。

 

「瀬那!」

「あぁ」

「それじゃあお巡りさんありがとうございました! 用事出来たのでこれで!」

 

 困惑する警官を置き去りに走る。

 ライダーが最優先にすることは闘いに赴くことだ。

 明るいアーケード街を外れ、細い闇の中へ。

 廃業してしばらく経ってもそのまま放置されている飲み屋の戸に向けてデッキを突きだした。

 

「変身」

「変身!」

 

 共に変身しミラーワールドへ向かう。

 モンスターを倒してエサにするでもいいし、モンスターに釣られて現れたライダーを倒すことが出来たなら上々。

 

 ミラーワールドにいたのはなんてことないモンスターで、二人でかかれば楽勝であった。

 モンスターの腹の足しにはなるのでバカのモンスターにくれてやったが……。

 

「妙な感じがする……」

「妙な感じって?」

「妙な感じって言ったら妙な感じだ」

「もうそんなこと言ってないで早く帰ろうよ~」

 

 そうは言うが胸がざわついて気になってしょうがない。

 こういう時は決まって敵の奇襲が待っている。

 言わばこの胸のざわつきは殺気というものかもしれない。

 ライダーバトルに身を置いて一月。

 短いようで長い闘いはアタシのことを()()()に変えた。

 ゆえに、この()()()()()()は当たる。

 

 風を切る音が近付いてくる。

 街頭を破壊して尚こちらに飛来してきたそれはアタシの首を狙っていた。

 後ろに飛び退いて回避すると、それは持ち主の手へと帰っていく。

 武器は、ブーメラン────!

 

「瀬那ッ!」

「敵だ! 構えてろ!」

 

 敵ライダーの登場。

 それも、殺意に溢れた一撃を放つような奴なら相手にしやすい。

 自分のことを殺しにかかってくる相手の方が精神的にも殺しやすい。

 

「あはっ☆ 避けられちゃった」

 

 夜の中から現れた青く、鋭いライダー。

 今まで出会ってきたライダー。いや、人間の中でも耳にこびりつく高い声。キャーキャー喚かれたら一般人の三倍は鬱陶しいだろう。

 

「あの娘……」

「知ってんの?」

「あの娘……すっごく声高いね!」

 

 ……まあ、同じ感想を抱くだろう。

 あと、お前もなかなか高い方だと思ったのは内緒だ。

 

「二人組かぁ。最近つるむ連中多いよね~。って、なっちゃんも人のこと言えないかぁ」

 

 一人ぶつぶつと語る。

 どうやらこいつも仲間がいるようだが、今は一緒ではないようだ。

 いや、隠れ潜んでいるだけかもしれない。

 いずれにせよ警戒は怠らない。

 全く関係ないライダーが漁夫の利を狙ってくるかもしれないのだ。

 これまでもそういったことはよくあった。

 

「こんばんは☆ なっちゃんこと仮面ライダーテュンノスだよ~☆ よ☆ろ☆し☆く☆」

「私達コンビに一人で挑もうだなんて無謀じゃないかな、なっちゃん?」

「ん~? フレンドリーな娘は大好きだしお友達になりたいけど~。ライダーは殺さなくっちゃ!」

 

 そう言い飛ばすと再びブーメランを投擲。

 周囲の建物の壁を切り裂きながら飛来する。

 回避することは容易い。

 先程も避けた攻撃だ。

 

【SWORD VENT】

 

 今の一撃はカードを使う時間稼ぎだったようだ。

 戻ってきたブーメランには目もくれず、召喚した二本のナイフを逆手に構え迫ってくる。

 

「このッ!」

 

 バカが鞭を振るう。

 現状一番リーチがあるのはあいつだ。

 このまま奴を近付けずに自分の得意な距離で戦うのがベストである。

 しかし、そう簡単にやらせてくれる相手ではない。

 

「んなッ!?」

「柔い柔い!」

 

 しなりながら迫る鞭を切り裂いて、青いライダーはバカに肉薄する。

 接近戦はあいつには無理だ。

 舌打ちしながらこちらもカードを切る。

 

【GUARD VENT】

 

 スズメバチの頭を模した盾を装備して二人の間に割って入った。

 ナイフを受け止め、そのまま盾で押し返す。

 

「ありがと瀬那!」

 

 暢気に感謝を口にするが、今はそんな場合ではない。

 

「パワーじゃそっちが上か~。けどそれぐらいじゃ負けないよ!」

 

 身を屈め、真っ直ぐにこちらへと向かって駆けてくる。

 相手が小柄なのも相まって余計に素早いように見えた。

 

「ほらほらぁ! 鈍いよ遅いよトロいよぉ!!!」

「チィッ!!!」

 

 ナイフによる連続攻撃。

 ひたすらに凌ぐが……やりづらい。

 なんとか反撃に転じたいが、一方的に攻めたてられては……。

 というかあのバカはなにをしている。

 ずっと見ているだけ。

 

「おい! なに突っ立って見てるんだ!」 

「ちょっと待って瀬那。……ふむふむなるほど。そういう戦い方なんだね」

 

 ようやく動く気になったのかデッキからカードを抜いた。

 

【COPY VENT】

 

「なにッ!?」 

 

 青いライダーのナイフが投影され、バカの手に奴と同じナイフが握られる。

 

「お~。カッコいいねぇ。私、ナイフなんか持っちゃって、危険な女になっちゃった」

 

 鞭を振り回す女は危険じゃないのかと思ったが何も言わない。

 何も言わないのが疲れないコツである。

 

「なっちゃんの真似するなんて!」

「真似っこは得意だよ~。ハアッ!!」

 

 敵と同じような動きで攻撃を仕掛ける。

 さっきのは敵の動きを観察していたようだ。

 でなければこんな動きは出来ない。

 

「……真似は出来ても私の域には届いてないね」

「ッ!? あああぁッ!!!!」

 

 全身に斬撃を浴びせられ、叫びをあげる。

 

「おい!!! くそッ!!!」

 

 あいつを助けるために再び突撃。

 盾の大顎を広げ、振り回す。

 

「やっぱ雑魚は雑魚らしく群れるんだね~。なっちゃんは強いから強い人達と組んだけどねぇ」

 

 くそ……。

 ここは退くしかないか……。

 しかしそう簡単に退くことが出来るだろうか。

 ミラーワールドに存在出来る時間も残り短い。

 

「ごめん瀬那……」

「ひひひ。二人仲良く殺してあげるよ~」

「チィ……」

 

 ……なんだろう、この感じは。

 おかしい、おかしい、おかしい。

 どうして、ヤバいだなんて思っているのだろう。

 別に一人でも戦えばいいのに。

 なんで(こいつ)のこと優先して……。

 一人でもいいからこいつを殺せばいいのに……。

 

「えーなに? 一人じゃ戦えないの~? 腰抜けにも程があるっていうか……」

 

 くそ……。

 言わせておけば……。

 だけどもう時間が……。

 ギラリと光る刃が命を狙う。

 刃と刃をぶつかて弄ぶ音は死神の足音のよう。

 

【STEAL VENT】

 

 突如としてそれは響いた。

 誰のものでもないが、確かに響いたのだ。

 そしてこのカードの効果によって、敵のナイフは奪われた。

 

「今度はなに!?」

 

 突然手にしていたナイフが消えたことで慌てふためく。

 鎌を持たぬ死神など、恐れるようなものではない。

 

「ッ!!!」

 

 地面を蹴り、敵の眼前に躍り出ると同時に頭突き。

 よろけたところに追撃の盾での殴打。

 

「ぐああぁッ!?!?」

 

 トドメまで刺してやりたいところだがもう時間がない。

 

「瀬那!」

 

 呼び声に誘われて逃げるように走る。

 勝てはしなかったが生き延びることは出来た。

 生きているならば、ライダーでいられる。

 ライダーでいられたなら、戦える。

 戦えるのなら、願いを叶えるチャンスはまだあるということ────。

 

 

 

 

「お姉さん達はちゃんと逃げたか」

 

 細い路地の中、壁に背をつき二本のナイフをだらりと持ち上げ眺める小柄なライダーがいた。

 スティンガーとジャグラーが撤退したのを確認するとナイフを放り投げて暗い路地の闇の中へと消えていった────。

 

 

 

 

 

「……ごめんね瀬那」

 

 バカの家に戻ってきて早々、そんなことを口にした。

 ここまでの道中は珍しく、無言だった。

 

「なんだよ、急に……」

「私、瀬那の力になるって決めたのに、弱いからさ。足手まといになっちゃって……。駄目だね、私」 

  

 あはは、と力なく誤魔化すための笑顔をアタシに向けた。

 

「……お前は」

「瀬那……?」

「……なんでもない。もう寝ろ」

 

 それだけ言って、リビングを独り出た。

 借りている部屋に入ると扉に背を凭れさせ、静かに腰を下ろしていった。

 言えなかった。

 一言。

 ある一言が喉元まで来ていた。

 その一言を言えば、あいつを救うことが出来ただろうに。

 

「くそ……」

 

 月の光がよく入ってきていた。

 青い闇が、心を覆う。

 これは、弱さだ。

 たった一言、言えない。

 たった一言で、茜を救えたかもしれないのに。

 

『お前は、もう戦わなくていい』

 

 ただ、それだけで良かったのに────。

 

 

 

 

 

 

 御剣君とも咲洲さんとも、誰とも連絡は取れない。

 この兄の資料について共に調べたいが恐らく、皆さん戦っているのだろう。

 一度、目は通したがまったく理解出来なかった。

 いや、脳が理解を拒んだのだ。

 どうして、お兄ちゃんがこんなものを……。そう思わずにいられなかったのだ。

 一人でこれを見る覚悟がついていなかった。

 だから、御剣君でも咲洲さんでも。誰かと一緒に調べたかった。

 だけど、皆さんがそれぞれの戦いをしている。

 私一人が逃げては駄目だ。

 

「私も、戦いましょう」

 

 一度、深呼吸して表紙を捲る。

 私の戦いは始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 昨夜の闘いのことが脳裏にちらつく。

 射澄さんの事情は理解し、現状の最優先は射澄さんのメモリア奪還と美也さんの奪還。

 一度に奪われてしまった物が多いし、美也さんに関しては時間がない。

 急がなければならない。

 

「燐。食欲ない? 具合悪いの?」

「ううん、大丈夫。いただきます」

 

 目の前に並んだ朝食を平らげていく。

 味噌汁はよく冷ましていただかないと舌を火傷することになるので注意だ。

 時間には余裕があるのでゆっくりと食べよう。

 向かいに座る父さんはなんてことなく熱々の味噌汁に口をつけている。

 

「文化祭前だからってあんまり遅くなっちゃ駄目だからね」

「わ、分かってるよ……」

 

 ここ最近のことで、特に母さんに心配をかけてしまっている。

 そんなだからライダーバトルのこと、美也さんのことを考えるとどうしようもない枷にもなってしまう。

 もし自分が大学生とかで一人暮らしをしているとかだったら親の目も気にせずに夜中も美也さんの捜索とかにあたることが出来るのだが……。

 どうしようもない。

 高校生なんてまだまだ子供だ。

 中学の時はすごく大人に見えた高校生だけれども、いざなってみるとそんなことはなく、よりそのことを痛感させられる。

 

『次のニュースです。聖山市で、また行方不明者です。昨日未明、聖月パレスタウンで────』

 

 アナウンサーが淡々と読むそれを無視など出来なかった。

 目を釘付けに、耳はその他の音は入れないように。

 

「嫌ねぇ、ここ最近。ほんとどうしちゃったのかしら」

「ああ。行方不明になってるのは女子高生が多いらしいが、誰彼構わずのようだ。お前達も気を付けるんだぞ」

「はーい」

 

 真面目な話をしている中、間の抜けた欠伸がダイニングに響いた。

 

「ふぉふぁひょ~……」

「まったく寝坊助さんなんだから……」

 

 寝癖、寝惚け眼に欠伸という寝坊助三点セットを揃えた美香がようやく起きた。

 毎度のことながら朝に弱い妹だ。

 テーブルにつくと、まずは味噌汁に口をつけてその熱さに目を覚まさせる。

 

「あ、ねえお兄ちゃん」

「なに?」

「お兄ちゃんさ、校外学習どこ行った?」

「校外学習?」

 

 さっきまでの眠気が吹き飛んだかと思えばいきなりそんな話題を振るとは。

 校外学習というと確か聖山市内の何かしらを自分達でテーマを決めて現地に行って調べるというものなはず。

 僕の時と変わっていなければであるが。

 

「僕は……聖山港に入ってくる貨物船には何が積んであるかだったなぁ」

「つまらなさそう」

「そういうこと言うんじゃないよ。結構面白かったんだから。それで、美香はどこに行くのさ」

 

 そう訊ねると待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべて自分の行き先を言ってのけた。

 

富士守神社(ふじかみじんじゃ)に行くんだ~。いいでしょ」

「富士守神社って……。美香、さてはパワースポット行きたいとかそういう理由でしょ」

 

 そういうと露骨に目を逸らしたのでやはりかとため息をついた。

 もっと実になるような所に行きなさいと説教したくなったが母さんが食い付いて話に花を咲かせてしまった。

 女性というものはスピリチュアルなものが好きである。

 富士守神社は聖山市内で一番有名なパワースポットとして有名である。

 沼田区の山の中にあり、参道は苔むし、趣に溢れて市の広報などでよく表紙を飾ったりする。

 そしてなんといってもご利益であるが……、とにかく『効く』らしい。

 あまり詳しいことは知らないが有名企業の社長や政治家などが若い時に訪れ、成功を掴んだとかなんとか。

 

「良いわね~。今度みんなでお詣りにでも行こうか。もしかしたらご利益でお父さんが出世したりして!」

「責任が増えるだけだから嫌だなそんなご利益は」

「行こう行こう!」

 

 父さんの言葉を聞かなかったのか。

 しかし出世はせずとも例えば家族の安全とか健康とかそういうのを願うのはいいだろう。

 気付けば、朝の暗いニュースのことなんて忘れ、明るいいつもの家になっていた。

 

 

 

 

 

「おはよう燐ちゃん!」 

 

 いってきますと家から出た瞬間、頭が痛くなった。

 なんで、この人がいるの。

 

「おはようございます北さん……」

「津喜と呼んでくれと言っただろう? さあ、その唇で私の名を叫べ! 津喜!!!」

「あの、どうして家が分かったんですか北さん?」

「くっ……。昨夜はあんなにも津喜()を囁いてくれたというのに……」

「誤解を生むようなこと言わないでもらえませんか! あと質問に答えてください」

 

 家を教えるようなことはしていない。

 したら駄目だと第六感が言ったからだ。

 

「まあ私ぐらいになるとね、君の気配を察知してだね」

「北さん」

「テニス部の後輩から聞きましたごめんなさい」

 

 ちゃんと正直に話してもらえたからよし。

 テニス部の友達は……あとで候補を絞ろう。

 

「それで、何しに来たんですか」

「我が姫君の護衛にね」

「護衛?」

「そう。あのとおり学校は危険。一人で行動するのは危険ゆえに私が君の護衛についたわけさ。自主的にね。そう、自主的に」

 

 やけに自主的だということを強調してくるがまあいい。

 それに学校が危険だというのは分かっている。

 分かっているが……。

 襲ってくる仮面ライダーがいるから学校行かない。なんて母さんには言えないのだ。

 いや、父さんにも美香にも言えないけれど。

 つまり、学校には行かなくてはならない。

 いや、行くフリして行かない……学校から連絡が家に来るかぁ。

 なら護衛というか仲間と一緒に行動するのはいいことだろう。

 

 

 

 

 

「おはようございます美玲先輩」

「おはようり、ん……」

 

 いつもの交差点で美玲先輩と出会った。

 珍しく、分かりやすいほどに表情を変えた美玲先輩。

 鳩が豆鉄砲をという感じだ。

 

「やあ良い朝だね咲洲さん」

「なんで、貴女が燐と一緒にいるの」

「昨日から燐ちゃんの騎士(ナイト)として働いてるのさ。忠誠も誓ったとも」

 

 誓われたっけ……。

 まあ、この人は信頼は出来るだろうしいいか……。

 

「道中で話は聞いた。なかなか窮地のようだね」

「窮地だけれどもそれは他のライダー達も変わらないわよ。私達が目の敵にされてるだけで」

 

 確かに、現状一番目の敵にされているのは僕達だろう。

 しかしあのライダー……。生徒会長が変身する吼帝率いるライダー達は軍門に下らない限りは潰される。

 全ライダーにとっての脅威であるのだ。

 

「私が仲間入りはしたが数ではまだ及ばないのだろう?」 

「そうね。まあ、現状は問題ないからいいのだけれど」

「勝算があるのかい?」

「鐵宮を倒す」

 

 その言葉に驚かされた。

 倒すということはつまり殺すということで……。

 

「前にも言ったけれど、私はライダーバトルに懸ける願いがある。もとより他のライダーを殺す覚悟くらい出来ているわ」

 

 ずっと僕達と一緒に戦ってくれていたから忘れていたが美玲先輩には願いがあった。

 それがどんな願いかは知らないが人を殺すなんてことを美玲先輩には……。

 

「……まあ、願いを叶えるにしろ生き残るにしろとにかく今はそのお偉いエンペラーをどうにかするしかないだろう? 咲洲さんの目論見は分かるがより確実性を高めようじゃないか」

「確実性?」 

「向こうが仲間を集めているならこちらも仲間を集めればいい。吼帝の軍団に対抗出来る強い軍団をね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝の北さんの言葉を思い出すが、仲間なんてそうそう出来るものではない。

 さて、どうしたものか……。

 

「御剣君。その、お話いいですか?」

「あ、うん……」

 

 鏡華さんが小声で僕に伺いたてたので一旦自分の思考を止めた。

 鏡華さんにライダーの知り合いが僕達以外にいるなんてことはないからだ。

 

「昨日、兄の部屋をまた色々と探したんですか特に成果はありませんでした。なので改めてあの資料を読み込んでいたんですがひとつ分かったことがあったんです」

 

 見つかった資料。

 何故か僕の名が記されてあるという鏡華さんの兄、宮原士郎が残した仮面ライダーに関する資料である。

 仮面ライダーの製作者は宮原士郎ということで間違いないようだが……。

 

「それで、分かったことって?」

「はい。仮面ライダーは元々こんなライダー同士で戦うためのものではないようなのです」

「……というと?」

「仮面ライダーはモンスターと戦うためのシステムだと記されていました。つまり、今の仮面ライダーの運用方法は間違っているというわけです」

 

 仮面ライダーの運用方法が間違っている。

 まったく考えたことがなかった話題だ。

 仮面ライダーは戦うものだとしていたからだ。

 しかしその戦う相手。

 Whatの部分を改めて考える真似をしていなかった。

 

「じゃあ、今の仮面ライダーの運用方法が間違っているならどうしてそんなことに……」 

「……それこそ、アリスの仕業なんじゃないでしょうか」

 

 アリスの、仕業……。

 アリスが仮面ライダーをモンスターと戦うための鎧から仮面ライダーが仮面ライダーと殺し合うためのドレスにしてしまった……。

 あり得そうな話だ。

 

「私はアリスと会ったことがないのでなんとも言えませんが……」

「いや、その線で行こう。かなりいい線だと思う」

「だといいんですが……」

「他に何か分かったことある?」

「いえ、まだこれだけしか……。すいません」

 

 いや、これだけ分かったなら充分だろう。

 仮面ライダーの運用方法。

 それを歪めたのがアリス。

 次、アリスと会ったら訊ねてみよう。

 はぐらかされるとは思うが、それでも……。

 

 

 

 

 

 

 昼休み。

 仲間を増やすと提案した手前、率先して仲間集めに奔走しなければならない。

 

「しかしライダーの知り合いなど……。うーむどうしたものか」

 

 考えながら歩いていたので目の前を疎かにしてしまったのがいけなかった。

 曲がり角で、生徒とぶつかってしまった。

 

「きゃっ」

 

 軽い悲鳴と手に持っていただろうノートが地面に落ちた音。

 ノートにルーズリーフを挟んでいたのか数枚廊下に散らばってしまった。

 

「ああ、すまない。考え事をしていて……」

「こちらこそすいません……」

 

 ぶつかった相手は風紀委員の上谷真央。

 何かしらお小言をいただくかと思ったが意外にもそんなことはなくそれよりも散らばったルーズリーフの回収に勤しんでいた。

 急いでルーズリーフを拾い終えるとそそくさと上谷さんはこの場をあとにしたが、一枚だけ拾い忘れてしまったルーズリーフがあったのを見つけた。

 拾って届けようと思ったが……。

 あまり、こういう人のものを見るのは良くないとは思うがたまたま見てしまった。

 そして、私は……。

 

「上谷さんッ!!!!」

「はいッ!? って、廊下で大声出さないでくだ……ッ!? それ、は……。まさ、まさか……み、見たんですか……!?」

「上谷さん……。いや、同志よッ! 素晴らしい! ぜひこの魔法少女リンリンについて訊ねたいッ!」

 

 ルーズリーフに描かれていたのはマンガのようだった。

 まだラフの段階だったが既に私のせいへ……好みにドストレートに突き刺さっていることを感じ取った!

 

「きゃー!!!! 駄目ですそんな大声で言わないでください! というか返してくださいそれ!」

「なあなあこれは君のオリジナル作品だろう! まさかこんな素晴らしいクリエイターが身近にいたなんて! あの、私も自作のファンタジー小説書いてるんだけどぜひ意見交換でも!」

「い、意見交換でもなんでもするので早く返してください! お願いですから!!!!」 

 

 こうして私は仲間を見つけた。

 素晴らしいクリエイターという仲間を。

 ちなみに余談だが私の書いたファンタジー小説は酷評された。

 うぅむ難しい……。




次回 仮面ライダーツルギ

「御剣もああいうのに騙されないように」

「追いかけなくていいの」

「ファンタジー系のゲーム好き?」

「見つけた。仮面ライダー……!」

 願いが、叫びをあげている────

ADVENTCARD ARCHIVE 
STEAL VENT
敵の持つアイテムを自分の手元にテレポートさせる効果を持つカード。
主に武器を奪うことに使用される。
その手から、逃れることは出来ない。

キャラクター原案
????・仮面ライダー???/mak様
まだ名前は登場していません。
今後の活躍に期待です。


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?+1ー25 白昼、火花散らす

 緑萌える春の終わり。

 夏の気配を強く感じた日であった。

 心地よい風が頬を撫でる。

 だが、そんなものは気にはならなかった。

 目の前に映る、絵画のような景色に較べたら。

 張り詰めた空気。

 一言も発してはいけない。そう注意されたわけではないが、この場を包む雰囲気が喋るなと言っているよう。

 だが、そんな雰囲気の中にいて一人、涼しげな人物がいた。

 その人物は同時にこの場で最も注目を集めている人物。

 凛として、この場で一番美しい。

 そう、思った。

 それに較べて自分は例えるならば空気だ。

 いるのだが、特別認識されるような存在ではない。

 空気は確かにあるものだ。

 だが、それを知ってはいても空気の存在なんてものを人はいちいち認識はしない。

 だから、彼女は自分のことなど認識しない。

 それでいいのだろう。

 それが普通だろう。

 だが、それでも。

 彼女の唯一になりたいと。

 この場で彼女が認識する唯一の人でありたいと。

 

 彼女が矢を放った。

 風を切り、的に当たった音と同時に気付く。

 ああ、これが、恋というものか────。

 

 

 

 

 

「……つ……! み……ぎく……! 御剣君!」

 

 ……あれ。

 なにをどうしてそんなに僕の名前が呼ばれて……。

 

「御剣。私の授業は子守唄じゃないのよ?」

「あ、あはは……」

「御剣君……」

 

 四限目は佐々木先生の授業であったがいつの間にか夢の世界にいたらしい。鏡華さんは僕のことを起こそうとしてくれたようだが意味はなく……。

 どんな夢を見ていたかはもう定かでないが、夢を見ていたということははっきりしている。

 だがまあそんなことは関係なしに怒られるわけだが。

 

 

 

 

 昼休みに入り弁当を広げていると教室のスピーカーから校内放送のオープニングが流れてきた。

 そうして、放送部の生徒のトークが始まるが……。

 

『みんな~! 今日も校内放送の時間がやってきたよ~! というわけで今日も私、みんなのお耳の恋人なっちゃんがお送りするよ~♪』

 

 スピーカーから流れてきた声を睨み付ける。

 昨晩、戦った相手。

 玄汐夏蜜柑。

 彼女の特徴的な声が響く。

 

「御剣も嫌いなの?」

 

 そう話しかけてきたのは乃愛さんであった。

 苦い顔をして僕と同じようにスピーカーを睨む。

 

「嫌いってわけではないけど……。まあ、ちょっとね」

「そう。あんまりこういうことは言いたくないんだけどさ、玄汐はあんまりいい噂なくて。援交してるとか。あと、単純に声がキーンと来る」

 

 最後のそれは個人的な理由であるが、その前の援交というものが気になった。

 

「その、援交っていうのは本当のことなの?」

 

 話題が話題だけに声量を抑えて訊ねた。

 こんな話は大っぴらにするものではない。

 

「まあ、噂だからなんともなんだけど、玄汐の家って貧乏らしいの。だけどあいつ、ブランド物の結構いいバッグとかブランド物の服来て歩いてるの見たってのが結構いてさ」

「バイトしたとかそういう……」

「だとしても、高校入って半年もしない間にそんな稼げる? 稼げたとしてどんなバイトだっていうの」

 

 それは、確かにそうだ。

 高額な物を一点ぐらいならまだしもそういった物を複数所持しているともなれば援交しているのではないかと勘ぐられるだろう。

 

「あとはあいつの態度とかそういうので女子からは嫌われてるね。モテない男子からは人気あるみたいだけど。御剣もああいうのに騙されないように」

「騙されないよ……。その、言っちゃ悪いけど好みじゃないし」

「ふーん……。で、その御剣の好みっていうのはどういう感じ?」

 

 急な話題の転換に困惑する。

 なんとも彼女好みの話題に話が移ってしまったようだ。

 まあ、嫌いなものの話をするよりかは好きなことの話をする方がいいとは思うが。

 

「お、なになに御剣君恋バナ?」

「二人だけとか水臭いぞ~」 

 

 恋の匂いを嗅ぎ付けたハイエナ達が集まってきた。

 女子だけでなく男子までである。

 こんな注目されるようなこと今までなかったというのに……。

 

「あの、皆さん何のお話をされているんですか?」

 

 声の主は鏡華さん。

 購買でパンを買って戻ってきたようだ。

 あ、あのサンドイッチ好きなんだよなぁ……。

 たまには僕も購買のパンを食べたいが今から行っても遅いだろう。

 

「いやー実は恋バナが始まるところでして~」

「恋バナ……。恋バナというのは、その、恋バナですか?」

「そうそう。御剣君が好きなタイプの発表をするところだったのだ!」

 

 ちょっと、色々と待ってほしい。

 そんな発表なんて大仰なことするつもりなんてないぞ!?

 というか途中から割り込んできたのに仕切るなんて!

 

「……その、私も参加していいですか恋バナ」

「オッケーオッケー誰でも強制参加(気軽に参加)するのが恋バナだからね!」

 

 なんだか恐ろしい響きな気がしたが。

 そんなことよりも大変なのはこれからだ。

 大勢の前で僕の好みのタイプを発表するというよく分からないイベントを乗り越えなければならないなんて……。

 いやけど別に好みのタイプを言うぐらいなら別にいいか……。

 

「それでは、ずばり! 好きな女性のタイプは!?」

 

 普段、新聞部で人に取材する側の人間なのだが珍しく取材される側になってしまった。

 変な緊張を覚えたがひとまず落ち着いて。

 

「僕の好きな女性のタイプは」

「タイプは?」

「タイプは……」

 

 あれ、こうして考えると言葉として表せない。

 好きなタイプ……。

 好きなタイプって、なに?

 好みの女性って、なんだろう。

 

「焦らすなよ~御剣~」

「いや、ちょっと考えてて……」

「考える必要なんてないだろ~。おっぱいデカイとかでいいんだからさ~」

「それは自分のことでしょ田村」  

 

 外界の声は聞こえているが聴こえてはいなかった。

 ふとした、この何気ない問いに僕は何か大きな意味があるような気がしてならなかった。

 

「……失礼するわ」

 

 その声だけは。

 その声だけは、外界のどんな音をも差し置いて僕の耳に入った。

 

「美玲先輩。どうしたんですか?」

「部活のことで話があるわ。悪いけど、借りていくわね」

「あ、はい……」

 

 そんな感じで美玲先輩にお借りされます。

 恋バナは僕抜きでやってねみんな。

 いや、話したかったけど部活の大事な話っていうなら仕方ないよねうん(棒読み)

 廊下に出て、美玲先輩の後ろを歩く。

 昼休みということもあり人が多い。

 そして、ちらちらと視線を感じる。だが、それは僕に向けられたものではなく美玲先輩に向けられているものだ。

 一年生の教室が並ぶ四階に二年生がいるというのもそうだが、なにより美玲先輩は顔が良いので目を引くのだ。

 あと、こちらの理由で見てくる人は一年生ではいないが美玲先輩は「氷の女」なる異名をつけられている。一年生で知ってる人はいないが二年、三年の先輩達の間ではそっちで有名なようだ。

 

「ところで美玲先輩。部活の話ってなんですか?」

 

 とりあえず、歩きながらでも用件を聞こうと思い、訊ねた。

 すると美玲先輩は急に足を止めて僕の方を向いた。

 

「まさか、本当に部活の話だと思ってたの」

「え、違うんですか」

 

 僕がそう言うと美玲先輩は額をおさえた。

 

「燐。今がどういう状況か分かってるんでしょうね。部活なんてやってる場合じゃないわ」

「え、それじゃあ……」

「ライダーのことよ」

 

 小声で美玲先輩は言った。

 まあ、確かに部活どころではないよな……。

 

「まったく……」

「すいません……。それで、何処に何しに行くんですか?」

「北が言ってたでしょう。確実性を上げるために仲間を増やせばいいって。そのためにこの学校にいるライダーに会うわ」

 

 この学校にいるライダー……。

 

「え! 美玲先輩、ライダーの知り合いがいるんですか!?」

「しっ! 声が大きい」

 

 すいませんと口をおさえる。

 もしこの場にライダーがいたら。それも、鐵宮側のがいたら不味いことになる。

 そういうことがあったからか美玲先輩はさっきよりも足早に歩く。

 果たして、美玲先輩の知り合いのライダーとは……。

 

 

 

 

 

 

 燐が美玲に連れていかれたあと、教室の中で盛り上がっていた生徒達は恋バナへの興味は失せ、それぞれの昼休みに戻っていった。

 

「追いかけなくていいの」

「えっ……」

 

 唐突に、中野乃愛が鏡華に声をかけた。

 追いかけなくていいの。

 その言葉の意味を理解するのに遅れ、鏡華は何も言えなかった。

 

「今の自分の顔見たら分かるよ。御剣のこと、追いかけたらいいじゃん」

「でも……。部活のことって、言ってましたし……」

「宮原も新聞部に仮入部中でしょ。手伝えることないかぐらい聞けっての」

「す、すいません……」

「謝んなし」 

「すいません……。あっ、すいません!」

 

 少々高圧的とも取れる乃愛の態度に気圧され何度も謝る。

 

「謝んなって言ってるでしょ。別に怒ってるわけじゃないし」

「はい……」

「もういいから行く! 追いかける!」

「は、はい!」

 

 乃愛の命令に従い、鏡華は駆け足で教室を出た。

 その様子はさながら軍隊のよう。

 

「乃愛~なにしてたの?」

「別に。それよりリナ、この間貸したマンガは?」

「あれヤバい。マジドはまりしたからもう一周させて」

 

 

 

 

 

 

 

 道中、出会ってしまった。

 北さんと。

 なにやら北さんの新たな被害者が生まれているようだ。

 南無三。

 

「やあ燐ちゃん! 素晴らしい昼下がりに君と出会えたことを嬉しく思うよ。そして是非とも共有したいのがこの才能ッ! 上谷さんの創作力ッ! 素晴らしいッ!!!! 脳細胞が刺激されて私の創作意欲も燃え上がっているッ!」

「そんなことはいいから早く返してください! かーえーしーてーくーだーさーいー!!!!」

 

 高身長な北さんにノートを奪われた低身長な上谷さん。

 まるで伝説のアイテムを手に入れたかのように、誇らしげにノートを掲げているため上谷さんの腕は空を掴むばかり。

 

「あの、とりあえず返してあげてください。かわいそうですよ」

「燐ちゃんが言うなら……」

 

 僕が言わなければ返さないつもりだったのか。

 全くこの人は……。

 

「はあ……よかった。ありがとうございます燐ちゃんさん。これは、その……大事なものなので」

「ああそうだとも大事なものだとも。これからの日本を代表する作品になるともこれは」

「あなたは黙っていてください」

 

 早速当たりが強い。

 仕方ない。

 だって北さんだもの。

 

「ところで二人で何をしているんだい? ライダー探し?」

「ちょっ! 北さん!」

「口縫いつけてやろうかしら……」

 

 二人で咎める。

 最近は特に、ライダーであることについて過敏になっていた。

 そんな僕らの肩に手を置き、北さんは小声で彼女に聞かれないように話した。

 

「まあまあそう言わなくてもいいだろう? 彼女がライダーに見えるかい?」

 

 北さんは上谷さんをライダーだとは思っていないらしい。

 確かに、ライダーになるような人ではないように見えるが……。

 

「あなたがライダーになってどれぐらいか知らないけれどね、ライダーになる人の大半は普通の少女よ。アリスに心の隙をつかれた普通の、ね……」

 

 普通の少女。

 普通とは、なんだろうか。

 普通というものは人によって違うものだ。 

 僕から見れば美玲先輩はすごい人だし、北さんは変な人だ。

 他の人達も変わっている人が多いと思う。

 だが、その人達にとってはそれが普通なのだろう。

 そして、多くの人間達の中に埋もれてしまえば変わっていると思う人も、普通という海の中に沈んでいく。

 普通とは、そういうことなのだろう。

 逆を言えば大勢の人の中にあっても埋もれることのない者こそが特別な人ということだろうか。

 特別な人。

 それは、有名人? 

 それもひとつの答えだろう。

 僕の場合は例えば、家族。

 きっと、大勢の人達の中からでも見つけ出すことが出来る。

 あとは……。

 

『燐』

『燐君』

 

 ふと、再生されるもの。

 大切な、特別な人達……。

 

「今のは……」

「どうかした?」

「いえ、なにも……」

 

 ふと、脳裏に浮かんだものはもう遠く靄に霞んで見えなくなった。

 

「あの~皆さん。何をこそこそしているんですか? 風紀を乱そうとしてませんか?」

「そんなことは……」

「ライダーと言っていましたが……まさかバイクに乗って!?」

「バイクの免許は16から取れるわ。別に問題ないでしょう」

「バイク通学……」

「徒歩ですよ徒歩……」

 

 風紀委員故か、僕達が怪しく見えているらしい。

 僕は健全だと胸を張って言えるが、こう怪しまれると何か悪いことをしたのではと思ってしまう。

 

「……北。ちょうど貴女を探していたところだったの」

「なんと!? 燐ちゃんが私を!?」

「……そういうことだから行くわよ」

 

 一瞬、美玲先輩が小さくため息をついたのを僕は見逃さなかった。

 

「もちろん! 燐ちゃんのためならどこへでも! というわけで上谷さん。また、魔法少女リンリンについて詳しく……」

「あー! 何も聞こえません! あー!!!!」

 

 魔法少女リンリン……?

 それが何かは分からないが、上谷さんにとってはあまり触れられたくないだろうものであることは理解出来た。

 

 

 

 

「へぇ。まさか生徒会長がライダーだったとはねぇ」

 

 学舎に似合わない携帯ゲーム機に集中したまま彼女、金草遥は美玲先輩の話に耳を傾けていた。

 

「ええ。貴女としてもあまり快くないんじゃないかしら?」

「んー別にそんなことないけど。基本ソロプレイだし私。そいつらが束になってかかってきても……私は勝つよ」

 

 その宣言と同じくして、彼女のゲーム画面もWINの文字が。  

 金草遥という少女は、かなりの自信家であると同時にそれに見合う実力を持っているだろうと思わされる。

 事実、美玲先輩がこうして協力を要請するほどなのだから。

 だが、彼女は先の言葉の通り協力に乗り気ではない。

 

「ところで、その子は?」

「……彼もライダーよ」

「そこの君もイレギュラーってやつだ。……昼休み、あと何分?」

 

 唐突にそんなことを聞くので、教室の時計を見て時間を教えた。

 

「あと10分ちょっとです」

「なるほど。ちょうどいいぐらいか。君さ、私と戦ってよ」

 

 急に何を言い出すのかと思い驚いていると北さんが僕の代わりに声を上げた。

 

「燐ちゃん、気にする必要はない。ここは私が」

「君とじゃ意味ないよ。イレギュラーと戦いたいんだよ私は。それに、殺そうとは思ってないよ。言っちゃえばゲームだよ」

「ゲーム?」

「そう。仲間になるかならないかのイベント戦。私が負けを認めたら、その、生徒会長退治に力を貸すよ。逆に君が負けを認めたらそうだな……私の奴隷になる。これでどう?」

 

 負けたら、奴隷……。

 

「燐ちゃん、構うことはない。咲洲さんも、彼女を仲間にしようだなんて考えは捨てるんだ。もし負けたら燐ちゃんがこんな廃人ゲーマーの奴隷になってしまう!」

 

 美玲先輩は黙っていた。

 どうするべきか悩んでいる様子だ。

 ……。

 

「……分かりました。その話に乗ります」

「そうこなくっちゃ」

 

 僕の言葉に美玲先輩も北さんも驚いた。

 北さんは止めてくるが仕方ない。

 仲間は多い方がいいと思うし、なにより負けるつもりなんてない。

 

「話が早い人は好きだよ。それじゃ、行こっか。最高に面白いゲームの世界に」

 

 黒いカードデッキをちらつかせ、彼女は戦いへ臨む。

 こんなところで、負けてはいられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさか、私の描いたマンガをあんな風に言ってくれる人がいるなんて。

 一人、校内を歩きながら先程の出来事に心を躍らせていた。

 彼女……北さんは私の描いた作品を素晴らしい作品だと言ってくれた。

 まだ、未完成も未完成なのに。

 そのことが嬉しくて、また本格的に再開しようかと思うがそれはすぐに嫌な記憶に押し潰される。

 

『なにこれ下手くそ過ぎない?』

『こんなんで漫画家目指そうとか思ってるなんてウケる』

『才能なし』

『漫画家になりたい? そんなものなれるわけがないだろう』

『もっとちゃんと将来のことについて考えなさい』

 

「ッ! ……やっぱり、もう、やめよう……」

 

 何の気なしに、また描こうと思って描いて、あんな風に言ってもらったがやはり私には無理だ。

 どうせまたあんな風に言われるだけ。

 そんな辛いことは嫌だ。

 だったらいっそ、夢なんてこのノートごと捨ててしまえば……。

 

『いいんですか? それ、大切なノートなんでしょう?』

 

 突然、私に向かって話しかける声がした。

 しかし、声の主は見えない。

 

「誰ですか! どこにいるんですか!」

『ここですよ、ここ』

 

 ここと言われ、声が聞こえた方を見てもそこにはだいぶ昔の卒業生が寄贈した大きな鏡があり自分の姿しか映っていない。

 幻聴?

 そう思っていると、鏡の中の私が姿を変えていく。

 鏡に映るものが、私ではない全く別人の少女へと変貌する。

 何が起こっているか分からず、呆然とその様子を眺めていると鏡の中の少女は、自己紹介を始めた。

 

『こんにちは。私はアリス。皆さんに夢を与えるものですよ♪ 以後、お見知りおきを。それにしても、とても綺麗な夢をお持ちのようですね。上谷真央さん』

「え、えっ……。どうして、私の名前を……」

『そんなことは重要ではありません。大事なのは、貴女が貴女自身の夢を叶えるチャンスというものを手放してしまうか、諦めず、泥臭くとも夢を叶えるか。そのどちらかです』

 

 夢を、叶えるチャンス……。

 もし、またちゃんとこの夢と向き合えたら……。

 けれど、こんな不可解な現象をそんなおいそれと信じるなんてのは……。

 

『貴女は夢を持っている。しかしそれは貴女の才能を妬んだ人達から潰されてしまい、貴女自身夢を持つということに対して臆病になってしまっている。残念な話です。有望な天才が将来の望み薄な凡人達によって翼をもがれてしまうなんて。悲しくって悲しくって涙が出てしまいます』

「ッ!」

 

 有望な、天才?

 私が?

 

『貴女の他に誰がいると言うんです? 貴女が今、捨ててしまおうと考えたそのノートも絶対に捨ててはいけません。それは財産なのですから』

 

 財産……。

 夢を捨てきれず、また描こうと思ったこれを捨てるということはつまり、夢を捨てることと同義。

 だからこそ捨てようと思った。

 だけど……。

 

「私には勇気がありません……。夢を叶えようとする。ううん、夢を持とうとする勇気すらも持てないんです……」

『だったら、私がその勇気を得るチャンスを与えましょう。いいですか? あくまでチャンスです。そのチャンスを掴めるかは真央ちゃんにかかってきます』

 

 勇気を得る、チャンス……。

 もしも、夢を持つ勇気を持てたら私は……。

 

『それでは、これを』

 

 少女……アリスが私に黒い箱のようなものを手渡してくる。

 黒い箱は鏡の中からこちら側へと現れて……私は、それを手にした。

 

『そのカードデッキは大切なものです。そしてその中に入っているメモリアカードも。どちらも失くさないように』

 

 箱はカードデッキというらしい。

 名の通り、カードが入っており一枚引くとこれがメモリアカードというものだろうか。

 

「DREAM……」

『夢こそが、貴女の願い。貴女の望み。叶うといいですね』

「これを使って、どうすればいいんですか……?」

 

 肝心なことを聞き忘れていた。

 これが、カードデッキがなんなのか。

 これで何をすればいいのか。

 

『ああ、そうでした。まだ使い方を教えてはいませんでした。それを使って仮面ライダーに変身するんです』

「仮面ライダー?」

『ええ。鏡の世界の騎士となって戦うんです』

 

 戦う!?

 そんなこと自分には無理だ。

 

『大丈夫です。変身すれば貴女も一躍スーパーヒーロー。いえ、スーパーヒロインと言えばいいですか。とにかく充分に戦える力を得ることが出来るのです。変身すれば、誰でも戦えます』

 

 変身すれば、誰でも……。

 けれど、戦いは怖い……。

 

『……まずは、自信をつけるところから始めましょうか』

「え……?」

 

 急に、カードデッキが輝きだすと私は鏡の中へと吸い込まれていった。

 そうして、私の身には灰色の鎧が纏われて……。

 

 

 

『ふふ。一名様ごあんな~い。ああいう娘見ちゃうとライダーにしたくなっちゃうんですよね~』

 

 また一人、アリスは微笑む。

 新たな玩具が手に入ったと。

 だが、全ては一つの望みのため。

 少女達は少女の掌の上で舞い踊る。

 この戦いの、行き着く先は……。

 

 

 

 

 

 

 藤花学園。

 聖山市内の数少ない女子高で礼節、伝統を重んじる格式高い学校であり、聖山市に住む多くの女子の憧れ。

 そんなところの目の前に私がいるなんて。 

 なんて場違い。

 たまたま、モンスターなりライダーなりを探している途中に通りがかっただけでここを目的地として来たわけではない。

 

「あいつが、通ってるところか……」

 

 あのバカがこんなお嬢様学校にいるなんて。

 堅苦しい雰囲気に苦労していそうだ。

 ……そんなことはいい。  

 道草食ってないで、また探しに歩こう。

 そう思ったのだが、どうやら向こうから来てくれたようだ。

 あの音が頭の中に響く。

 さっさと、この音を頭の中から消し去りたい。

 だから早く倒す。

 モンスターの相手ぐらいなら一瞬だ。

 

「────あなた、ライダーですか?」

 

 背後から響く声は鈴を転がしたような声だった。

 声の主は栗色の髪の少女。

 花弁の髪飾りを挿した、これまた藤女にいそうな気品溢れるお嬢様。

 

「そういうお前もライダーなんだろ」

 

 そう返すと少女はデッキを見せ付けてきた。

 

「そうこなくっちゃな……」

「悪いけど、倒させてもらいます。……いいえ、倒すわ」

 

 目付きが変わった。

 雰囲気も。

 可憐な少女だとばかり思っていたが、本性は違うようだ。

 最近、似たような奴と戦ったがあれに比べたらだいぶ分かりやすく、戦いやすいだろう。

 白昼の戦い。

 いや、戦いに時など関係ない。

 出会ったら、戦う。

 ただ、それだけである────。

 

 

 

 

 

 

 

 銃弾が鎧を掠める。

 金草遥が持ち掛けたゲームは彼女がずっと優勢であった。

 

「ほらほら。逃げてばっかじゃ勝てないよ」

 

 黒い銃を構える黒いライダー、カノン。

 白い剣を構える白いライダー、ツルギ。

 対照的な二人。

 廃工場の中を戦場としていたが、一向に距離は縮まらない。

 やはり、銃は剣に強かった。

 

「このまま時間切れになっても君の負けね。スポーツでもあるでしょ、消極的なプレーって。そういう感じね」

「勝手にルールを追加して!」

 

 そういうことならばまずい。

 なんとかして接近し、彼女に負けたと言わせなければならない。

 だが……。

 

 散る、火花。

 銃声と火花と着弾した音ばかり。

 打つ手はないのか……。

 

「ほらほら男なんだからもっと度胸見せな。逃げ回ってみみっちい戦いばっかするんじゃないぞ」

 

 そうは言っても……。

 ……男らしい、戦いか。

 ひとつ、思い付いた。

 

【SWORD VENT】

 

 工場の屋根を突き破り、その大剣は地面に深々と刺さった。

 

「わぉ、デカ。君あれ? ファンタジー系のゲーム好き?」

 

 飄々と訊ねながらも引き金は引く。

 だが……目にもの見せてやる。

 ドラグバスターソードを盾代わりにして……驀進。

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」

「マジで、か……!?」

 

 カノンはとにかく引き金を引く。

 だが、ドラグバスターソードには通用しない。

 急接近し、自身の間合に入る。

 もらった。

 ドラグバスターソードを遠心力を利用して振り上げ、カノンの首元で止める。

 互いに、睨み合う。

 正直、かなり腕にきているが参ったと言わせるまでは持ち続ける。

 そして……。

 

「参った。うん、参った。だからそいつを降ろしてほしいな」

 

 言われた通り、降ろす。

 不意打ちを警戒していたが、特にはなかった。

 

「ま、久しぶりに楽しめたかな。次はお互いに全力でヤろ」

「僕は殺し合いはしません。止めるために、戦います」

「……ふぅん。それで、生徒会長陣営と戦うだっけ? 向こうの勢力は分かってるの?」

「最低でも、生徒会長含めて四人。仲間には熊みたいやライダーと忍者みたいなライダーと……。あと、今はわけあって生徒会長側についてる僕らの味方がいます」

 

 射澄さん……。

 彼女のためにも、一刻も早く生徒会長から奪われたメモリアカードを取り戻さなければ。

 そして、美也さんも助け出して……。

 

「見つけた。仮面ライダー……!」

 

 蛇行する刃が走る。

 カノンと共に避け、攻撃してきた存在を見据えるがもう自分には正体が分かっていた。

 

「美也さん!」

「さぁて、この間の続きをしようか。ツルギィ!!!」




ADVENTCARD ARCHIVE
SHOOT VENT
テイルカノン 2000AP
仮面ライダーカノンの使用する狙撃銃。
闇夜に紛れ、遠距離から一撃で敵を仕留めることに長ける。
金草の射撃センスもあり高い命中精度を誇る。

キャラクター原案
???・仮面ライダー???/タムタム様
上谷真央・仮面ライダー???/ちくわぶみん様
また名前が明かされた時に掲載いたします。

新作情報

二人の戦士が、世界の危機に立ち上がる。

仮面ライダーツルギ!
そして、仮面ライダーデュオル!
新たなる戦いがここに。
集え、ハーメルンジェネレーションズ。

仮面ライダーハーメルンジェネレーションズ THE FIRST CROSS
大いなる戦いの序章────。

オリジナルライダー達が織り成すクロスオーバー企画「ハーメルンジェネレーションズ」遂に始動。
第1弾という大役、執筆致しました。
ツルギと合わせ、ハーメルンジェネレーションズそしてコラボしてくださったデュオルもよろしくお願いいたします。
リンク↓
ハージェネ
https://syosetu.org/novel/253025/

ハージェネの前にデュオルを読むという方はこちら
https://syosetu.org/novel/212211/

今後もハージェネは続いていきますのでそちらもよろしくお願いします!


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?+1ー26 問われる存在

「なん、で……どうして……」

 

 身体が震える。

 仮面の下は止まることない涙で濡れている。

 足下には自分と同じように制服に身を包んでいた少女が横たわり、目を大きく見開いている。

 まるで、私を睨みつけているかのよう。

 いや、彼女は私を睨みつけているのだ。

 

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 なんで?

 どうして?

 どうして私が人を殺さなくちゃいけない。

 私はただ、普通に生きてきたはずなのに。

 この人を殺すような理由なんて私にはないのに。

 そもそも初対面の人だ。

 なのに……なのに……。

 

『デビュー戦勝利おめでとうございます! 千里の道も一歩から。新しい仮面ライダーの誕生です』

 

 私の心境とは裏腹の愉しそうな声。

 私をこんな戦いに巻き込んだ謎の少女アリスの声……!

 

「アリス……!」

『まあ怖い顔~。なんて、仮面のせいで分かりませ~ん』

「あなたのせいで私は……私は!」

『人を殺してしまった。そう言いたいんでしょう? けどもう既に貴女は契約してしまった。契約してしまった以上は、契約を守らなければいけませんよね?』 

 

 そんな契約なんて守る必要……。

 

『モンスターと契約したら力を得る代わりにモンスターに食事を提供しなければいけません。もし、それをしなかったら……食べられるのは、貴女ですよ』

「そんな……」

『それが嫌なら戦うしかありませんね。それでは、良き闘争を期待しています』

 

 待って!

 そんな叫びを上げる前にアリスは消えていた。

 そして、足下で絶命した少女もまた、消滅してしまった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 校舎の中を歩く。

 御剣君と咲洲さんを探して。

 けれどどこにも見当たらなくて、よく知った校舎のはずなのにまるで迷宮で迷ってしまったかのよう。 

 変な疲れ方をしてしまっている。

 やっぱり、教室に帰った方が……。

 

「宮原さん?」

「日下部さん……」

  

 私に声を掛けたのは日下部伊織さん。

 優しい、穏やかな笑顔を浮かべる日下部さんにどこか救われた気がしました。

 

「どうしたのこんなところで?」

「その、友達を探していて……」 

「友達……。探すの、手伝おうか?」

「いえ、特別用があるってわけでもないので……」

 

 そう、ただ行けと言われたから御剣君を探しているだけで別に用があるというわけではない。

 でも、会いに行かなくてはいけないような気もして……。

 

「もしかして、好きな男の子でも探してる?」

「ち、違います! その、男の子というのはあってるんですけど……。好きとかそういうのでは……」

「可愛いリアクションをどうも。それで、その男の子の名前は? それぐらいは教えてくれるでしょ?」

「名前は……御剣君。御剣燐君です」

 

 御剣君の名前を教えると、日下部さんは目を見開き驚いた様子だった。

 御剣君のことを、日下部さんは知っている?

 

「日下部さん。御剣君のことを知ってるんですか?」

「まあ、少し、ね……」

 

 歯切れ悪く言う日下部さんに怪しいものを感じた。

 まさか……。

 

「あの、日下部さんってもしかしてライダー……ですか?」

 

 いきなり、直球の質問をぶつけてみるがある種の確信のようなものがあった。

 というのも、最近御剣君と関わりのある女子生徒はかなりの確率でライダーだからである。

 そして、私の思いきった質問は功を奏した。

 

「ライダーのこと、知っているんだ。ということは、宮原さんも?」

「いえ、私は違います。だけど、理由あってライダーのことを追っているんです」

「そう……。じゃあ敵ではないんだ、よかった。知り合いと戦うのは嫌だからね」

 

 悲しげな顔を浮かべる彼女からは知り合いと戦うということだけではなく、戦うということそのものに悲しみを感じているように思えた。

 もしかしたら……。

 

「あの、日下部さん」

「なに?」

「よかったら、私達の仲間になってくれませんか?」

 

 その誘いに日下部さんは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燐と金草遥を見送った美玲と津喜の内心は穏やかなものでなかった。

 

「……なあ、あれは人選ミスじゃないかい?」

「……実力は確かよ」

 

 ライダーバトルの始まりと同時にライダーとなった二人は何度か戦ったことがあった。

 実力は他のライダーと比べても高い。

 仲間……にするのは嫌だが、こちらと敵対さえしなければいい。

 これ以上、敵の勢力を増やしたくはない。

 

「だからといってだね……」 

「信じなさい。強いのは、燐も同じよ」

 

 その言葉は津喜に向けて言ったものでもあり、自分自身に言い聞かせるための言葉であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ミラーワールドでは剣戟が繰り広げられていた。

 巨大なカッターのような剣、蛇毒刃を自在に操る仮面ライダー縁。

 美也と同門であった陽咲の繰り出す剣は剣道のそれではなく、型破りなものばかり。

 剣道というものを知っているからこそ生まれる奇怪な技はツルギを苦しめる。 

 とにかく攻めの一手を繰り出す。

 足も動きも止まらない。

 流動する剣は止まることを知らない。

 

「動きが悪いなぁ。美也の記憶の中の君はそんなじゃなかったんだからもっと本気で来なよ!」

「美也さんの、記憶……!」

「そう。この間の傷を治してる間に見たんだけど面白かったよ! 男の子には言えないようなこともあるけど聞きたい?」

「ふざけるなッ!」

 

 鍔迫り合いを制し、押し返しながら斬りつけるが紙一重のところで避けられてしまう。

 

「そうこなくっちゃ……!」

 

 蛇のように蛇行しながら駆ける縁。

 蛇毒刃をとにかく振るい続け、ツルギに迫る。

 スラッシュバイザーで受け続けるが果たしていつまで持つか。  

 

【闘いなさい……】

 

 声が、響く。

 僕を闘争へと誘う声が。

 

【闘いなさい……】

 

 やめろ……。

 僕は、闘いたくは……。

 

【自分に嘘をつかないで……。本当は、敵を切り裂きたくて仕方ないんでしょう?】

 

 剣を握る腕が震える。

 斬れ、斬れと言われている気がした。

 だけど……。

 

「違う! 僕は……仮面ライダーだッ!」

「なにをごちゃごちゃと……」

 

 

 そんな二人の剣戟を眺め続けている者がいた。先程までツルギと戦っていたカノンである。

 決着自体はひとまずついたのだが、縁の襲来により置いてきぼりを食らっていた。

 ツルギと縁は何かしらの因縁があるということは察したのだが、それでは自分はどうしようか。

 少し考え、カノンは銃口を二人に向けた。

 剣戟の最中、銃声を響かせる。

 カノンの放った弾丸は縁に直撃し、黒い血を流させた。

 

「乱入自体はよくあることだけどさ、流石に二人の世界に入り過ぎ」

「金草さん……」

「さっきの約束、とりあえず守るよ。作戦は単純に君が前衛、私が後衛。射線には入らないように。フレンドリーファイアしても君の責任ってことで。いい?」

「……はい!」

 

 即席ではあるが作戦を立て、縁に立ち向かうツルギとカノンの二人。

 傷を負った縁に何発もの銃弾が浴びせられ、その隙にツルギが距離を詰める。

 

「ぜああッ!!!」

「チッ!?」

 

 スラッシュバイザーが蛇毒刃を弾き、流れるような剣閃を刻み込む。

 刃についた黒い泥を一度振り落とし、更に一閃。

 

【SHOOT VENT】

 

 カノンが召喚した銃器はいわゆるバズーカと呼ばれるものに類似する。

 その名をヘッドカノン。

 カノンが持つ武器の中で最大火力を有するものである。 

 

「ふっ」

 

 肩に担ぎ、照準を合わせる。

 仮面の下で笑みを浮かべると同時に引き金を引き、弾はツルギと斬り結んでいた縁に直撃した。

 

 

 

 

 暗闇の中に光が射し込んだ。

 私を縛りつけていたものもなくなったようで、身体が軽い。

 行こう、今のうちに。

 暗い水底から浮き上がる。

 あの、光へと向かって……。

 

 

 

 

 爆発に巻き込まれないようにと間一髪後方へと飛び退いた。

 自分ごと倒す気だったのではないかと欺瞞の目をカノンに向けるが仮面の下にあっては伝わらない。

 だが、それよりもと煙に視線を戻す。

 

「今の一撃……。流石に効いただろうけど……」

 

 いや、効いたどころか最悪のケースも考えられる。

 果たして、奴は……。

 

「……うぅ……」

 

 煙の中から聞こえてきた呻き声。

 やはり、堪えているようだ。

 煙が晴れると、地面に倒れた美也さんが。

 しかし、まだ中身は……。

 

「っ……。あ……りん、くん……」

「美也さん!」

 

 今の声は、絶対に美也さんだ。

 元に戻ったのか……?

 だが、刃の話ではもう元には戻らないと……。

 ともかく、美也さんを抱き起こして無事か確認する。

 

「美也さん! 大丈夫ですか!?」

「陽咲、は……」 

「ヒナタ……?」

「私に取り憑いてた……。陽咲は、本当はあんな子じゃ……」

「今はそれより早くミラーワールドから出よう! 皆が……射澄さんも待ってる!」

「射澄さん……! ッ!? 離れて!」

 

 突然、突き飛ばされる。

 覚束ない足取りで後退る美也さんはホラー映画なんかで見るような、まさしくさっき美也さんが言っていた取り憑かれたかのような。

 つまりは……。

 

「……駄目だよ美也は寝てなきゃ……」

「そんな……」

 

 やはり、まだ美也さんは取り返せていないということ……。

 

「あの、二回目なんだけど二人の世界に入り過ぎ。なに、どういうこと? あいつ人間じゃないの? なんなの?」

「詳しい説明は後でします。今は……」

 

 また、美也さんを助けようと剣を構えるがタイムリミットが迫っていた。

 消滅が始まっていた。

 

「今日のとこは痛み分けってことにしようか……」

「待てッ!」

 

 逃がさないと追いかけるが美也さん。いや、ヒナタは影の中へと消えていった。

 美也さんを助けることが出来なかった……。 

 だけど、得たものはある。

 自分の考えが正しければであるが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遭遇した藤花の生徒が変身したのは白く、花を思わせるライダーであった。

 ローブを翻しながら、短剣で果敢に攻めてくる相手。

 しかし、パワーはないようだ。

 冷静に捌いていけば、反撃の糸口が見える。

 逆手で振るわれた短剣を回避しながら敵の懐へ。

 鳩尾に拳を打ち付けた。

 

「ガッ……!?」

 

 よろめく敵を蹴り飛ばし、藤花を囲う外壁に叩きつけた。

 だが相手はそれなりのダメージを食らったはずにも関わらず即座に動き出し、カードを切った。

 

【ADVENT】

 

 アドベント。自身の契約モンスターを召喚するカードであり、厄介なものである。

 どこから、どんなモンスターが現れるか分からないためにこちらも構える必要がある。

 しかし……。

 

『キュー!』

 

 出現し、私に飛び掛かってきたのは二足歩行の仔犬のようなモンスター。

 一生懸命に爪で引っ掻いてくるが痛くも痒くもない。

 ……これが、契約モンスター?

 

「ふざけてんの?」

「いいえ。ふざけてなんかないわ」

 

【SWORD VENT】

 

 更にもう一枚カードが追加される。

 しかし、何も起きない。

 普通ならば空から武器が召喚されるはずなのに。

 

『キュー…………。ガアァァァァァッ!!!!!』

「ッ!? な、なに!?」

 

 突如、小柄なモンスターが巨大化しその姿を変貌させた。

 鋭い牙と爪、尻尾が巨大な刃となっている四足歩行の獣に。

 小柄で脅威ではないと判断し放置していたのが間違いであった。

 その巨体に押し倒され、鋭い牙が迫ってくる。

 

『ガアッ!!!』

「なにがどうなってる……!」

 

 とにかく、この状況を覆せる方法を思い付かなければならない。

 そうしなければ、このモンスターに食い殺される……!

 どうすればいい私は。どうすれば私は生き残ることが出来る。

 答えは浮かばない。

 なら、ここで食い殺されて……。

 

『瀬那』

 

 懐かしい声が響いた。

 白い光の中、大きな手が私に向かって差し出される。

 ……それも、悪くないかもしれない。

 

「なわけ……ないだろ!」

 

 噛みついてきたモンスターに頭突きを食らわせ、怯んだ隙に逃げ出す。

 走りながらデッキからカードを引き、レイピアのようなバイザーへと装填する。

 

【ADVENT】

 

 クインビージョを召喚し、敵のモンスターにぶつける。

 モンスターの相手はモンスターに務めてもらおう。

 そして私は……。

 

「はあッ!!!」

「なっ!?」

 

 ライダーの相手はライダーがする。

 跳躍し、掴みかかる。

 そのまま地面を転がり、敵に対してマウントを取った。

 あとは殴る、殴る、殴る。

 だが、ただではやられまいと敵は私の背中を蹴りつけた。

 前方へよろめいた私を追撃してくる敵。

 短くも脅威である刃が迫る。

 追いすがる白いライダーの攻撃を交わし続け、反撃に転じる。

 

【STRIKE VENT】

 

 蜂の腹部を模した打撃武器を装備し短剣を弾き、渾身の力を込めて殴り飛ばす────!

 

「きゃあぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 確かな感覚。

 これは、勝った。

 だが、土煙の中に奴の姿は既になくトドメを刺すまでは至らなかった。

 こういうのが、一番腹が立つ。

 勝てるはずの戦いだったのに、敵に逃げられてしまった。 

 

「うあぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

 

 壁を殴り付け、苛立ちをぶつける。

 だが、この苛立ちはそう簡単には消えるものではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「燐ちゃぁぁぁぁぁん!!!!!!」

「うわっ」

 

 ミラーワールドでの戦いを制し、学校に戻ると北さんが猛烈な勢いで迫ってきたので回避した。

 そして北さんは金草さんに抱き付いてあれやこれやと繰り広げている横で美玲先輩にまずは報告。

 

「美玲先輩、勝ちました僕」

「そう。それじゃあ、約束通りこちら側につくのね」

「ああ、つくよ。約束は守るって」

「本当かい? 味方になったフリして寝首をかこうって魂胆じゃあないのかい?」 

 

 何かと北さんは金草さんに突っ掛かり気味だ。

 出来れば波風立たないようにしてもらいたいけれど……。

 

「寝首を掻くつもりはないけど……」

 

 そう言うと僕のすぐ目の前に立ち、僕を真っ直ぐに見つめる。その瞳は闘争心に燃えていて……。

 

「君との決着はいずれつけるよ。次は本気で戦おう」

「……僕は、もうあなたとは闘いません。僕が闘うのは、人を守るためです。殺し合うためじゃない」

「……ふぅん。ま、そんなこといつまで言っていられるか」

 

 確かに、難しいことである。

 それでも、僕は……。

 どうして、そう思うのかはまだ分からない。

 だけど、沸き上がるこの想いは正しいものだと信じて闘う。

 人を、守るために。

 それが僕の信じるもの……。

 

「ひとまず話は纏まったわね。それじゃあ放課後、また集まりましょう」

「分かりました……。あ、その前にひとつだけ」

「なに?」

「美也さんが、乱入してきました」

「……分かったわ。そのことについても、聞かせてちょうだい」

 

 こうして、長い昼休みは終わりを迎えた。

 美也さんを救出するための手立て。

 もし、僕の考えが正しいのであれば……。

 なんにせよ、正しいかを確認しなければならない。

 その証明するための方法も僕の中で決まっていた。

 刃に、会わなければ……。

 

 

 

 

 教室に戻ると、すごい勢いで鏡華さんが僕に近付いてきた。

 大きな瞳を更に大きく見開いて、僕の手を取り興奮気味に予想外のことを言ったのだ。

 

「聞いてください御剣君! 日下部さんが仲間になってくださいました!」

「え……?」

 

 僕には、なんのことやらさっぱり理解が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 放課後。

 学校は鐵宮達の陣営がどこで聞き耳を立てているか分からないと、一旦別々に帰ったように見せかけて後から鏡華さんの家で合流することに。

 

「というわけでよろしく燐君」

「あの、えっと……よろしく、お願いします」

 

 よもや、伊織さんが仲間に加わるとは。

 それも、鏡華さん経由で。

 全てが予想外であったが仲間が増えるのはいいこと。

 これで人数的には鐵宮の陣営とは充分に闘えるとは思うが……。

 

「燐。彼女とはどういう関係?」

 

 伊織さんとは初対面な美玲先輩がそう問いかけてくるが、伊織さんとの関係というと……。

 

「えーっと、一回戦って、そのあと共闘した関係? それより鏡華さんこそ伊織さんとはどういう関係なの?」

「私と日下部さんは……その、病院友達、です。そう、病院友達」

 

 病院、友達。 

 初めて聞く友人関係である。

 

「私も宮原さんと同じで記憶障害で主治医が一緒だから。だから、病院友達」

「記憶障害って……」

「去年、事故にあって。それから過去のことは何も思い出せなくなってしまった……」

 

 過去のことを何も思い出せなくなるとは、果たしてどんな感覚なのだろう。

 とても想像は出来ない。

 そして、伊織さんの願いというのはやはりその記憶に関するのだろうか。

 だが、今はその話をするべきではない。

 もっと重要なことがあるからだ。

 

「……とりあえず、私が仕切らせてもらうけど現在、鐵宮生徒会長がライダーバトルに参戦し徒党を組んでいるわ。ライダーバトルのルール違反をしているわけではないけど数には単純に敵わない。多くのライダーにとって邪魔な存在というわけで……」

「違うだろう咲洲さん」

 

 美玲先輩が話している最中に北さんが口を挟んだ。

 しかし、僕も北さんと同じ意見だ。

 

「建前はいいから、本当のことを話したまえ。別に恥じることではないだろう?」

「そうですよ。射澄さんを助けたいから手伝ってくれでいいじゃないですか」

 

 金草さんと伊織さんはまだなんのことやらさっぱりかもしれないが、それでもやはり本音を語るべきだと思う。

 

「……そうね。端的に言わせてもらえば、友達が鐵宮の手中に落ちた。だから、助けたい」

 

 そう、全ては射澄さんを助けるため、美也さんを救うため。

 本当は、僕達だけで解決するべきなんだろうけれど……。

 

「うんうん。美しい友情だねぇ! こういう戦いこそ私が望んだものさ! 正義のための戦いこそね!」

「詳しいことはまだよく分からないけれど……。けど、向こうにつくよりはマシってことだけは確かね……」

「理由はなんであれ約束は守るよ。勝負に負けた身だし」

 

 新たに仲間となった三人はそれぞれ共に戦ってくれるということに異論はないようだ。

 本当に、三人には全く射澄さんと美也さんを助けるという理由はないのに……。

 

「それじゃあまずは敵の情報共有から……。燐、お願い」 

「え」

「敵と戦ったのは燐だけなんだから説明出来るのも燐だけでしょう」

 

 なるほどそれもそうだな……。

 

「おっと咲洲さん。奴等となら私も戦った……」

「燐、お願い」

「分かりました」

「君達ひどくない?」

 

 北さんのお世話を鏡華さんに任せて鐵宮達の現在分かっている情報を伝える。

 とは言え、戦闘自体は短いものだったので他にどんなカードを所持しているか分からない。

 

「……ねぇ、今話した手裏剣持ったライダーなんだけど」

「なんですか?」

「……いいや、なんでもない」

 

 あの忍者のようなライダーについて、金草さんは興味があるようだったが果たして。

 何か、因縁があるのかもしれないけれど特に話すようなこともしなかったし聞くこともしなかった。 

 

 

 ひとしきり敵について話したところで、あの件について話すことにした。

 

「あの、美也さんについていいですか?」

「ええ、お願い」

「今日戦って気付いたんですけど、美也さん、いやヒナタと名乗っていたのでヒナタと言いますがヒナタに金草さんの攻撃が直撃したら一瞬、美也さんに戻ったんです」

「……つまり、攻撃すればそのヒナタという奴を取り除くことが出来る?」

 

 美玲先輩は僕の考えを汲み取ってくれた。

 正直、やり過ぎではないかとあの時は思ったがそれぐらいやらなければいけないのかもしれない。

 

「だけどまだ確証がなくて……。だから、確かめようと思って」

「確かめる? どうやって」

「刃……。黒いツルギに、会おうと思います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミラーワールド。

 美玲先輩達には少し別行動をしてもらって一人。

 心配はされたが、話すだけだから大丈夫なはず。

 さて、ミラーワールドに来たはいいがどうするか。

 日が沈み、空の色は赤と青が混ざりあい神秘的であるような、異様であるような。

 あの独特な音だけが響くだけで、それ以外はとても静か────。

 

「感傷に浸りに来たわけではないだろう」

 

 一分も待っていなかったと思うが、まさかこんな簡単に現れてくれるとは思ってもみなかった。

 

「刃。お前に聞きたいことがある」

「……」

「お前は美也さんを助けることは出来ないと言った。だけど本当はあるんじゃないか? 美也さんを助ける方法が!」

 

 刃を問い詰める。

 仮面が睨み合う。

 あの時の言葉が嘘であるなら、これから僕達がやるべきことは無駄ではなくなるが……。

 数秒が数分に感じる。

 何故黙っている。

 早く言ってくれ。

 こちらは時間が惜しいんだ……!

 

「……助ける方法は、ない。今のお前にも、俺にも」

「今の僕には……? じゃあ、助ける方法自体はあるんだな!」

 

 やはり、美也さんを助ける方法はあるようだ。

 だが、何故それを刃はあの時言わなかった……?

 

「助けて、どうする」

「え……」

「助けて、どうなる」

「助けてどうなるって……。美也さんは仲間なんだから助けて当然だ!」

「違う」

 

 何故、そう言い切った。

 何故、そう切り捨てた。

 何も知らないはずのお前が、なんで。

 

「あの時、助ける方法がないと言ったのはお前が影守美也を救うことが出来る力を手にするまでに影守美也はもたないと判断したからだ。だが、もしここでお前が力を手にしたいと言うならば……剣を抜け」

「そんな……。意味が分からな……ッ!?」

 

 一瞬で間合を詰めてきた刃が黒いスラッシュバイザーを繰り出してきた。

 逆手で咄嗟に抜いたスラッシュバイザーで防御するが、やはり、重い……!

 

「お前が戦う真の理由を思い出せ……!」

「真の、理由……?」

「そうだ、何故戦おうと思った。何故守ろうと思った。何故救おうと思ったのかを!」

 

 戦う理由を問われる。

 戦う理由なら既に決まっている……!

 

「人を、守るために……!」

「違う!」

「ガッ!?」

 

 鍔迫り合いに敗北し、押された僕を刃が襲う。

 痛い。

 これまでの戦いのどの攻撃よりも……。

 

『違う』

 

 違う……?

 

『そう、違う。お前が受けてきた痛みはこんなものではなかった』

 

 その声のあと、いきなり痛みが走った。

 強烈な、痛み。

 刃に斬られたわけでもない。

 この痛みは、なんだ。

 

「もしお前が影守美也を……。いや、この闘いに関わる全ての者を救いたいと願うのなら……。全てを思い出せ。剣も、戦う理由も、受けてきた痛みも、悲しみも!」

「ぐっ……!」

 

 この闘いに関わる全ての者を救う……?

 僕は、美也さんを助けたいから……。

 

『違う』

 

 何が、違う。

 今はそのために僕は戦って……。

 

『ライダーも、人間だ』

 

『お前が守りたいと言っている、人間だ』

 

 ────────。

 そうだ、ライダーだって人間だ。

 人間を守るというなら、ライダーだって守らなければ嘘だ。

 だけど、鐵宮達を守るのか?

 奴等のせいで射澄さんが……。

 殺しはしたくはないが、だとしても奴等を守ることなんて……。

 

『守れ』

 

『己に課された使命を忘れたのか?』

 

『お前は剣だ』

 

『人の護り刀である、剣だ』

 

『個人の善悪など問題ではない』

 

『お前はただ、人を守ればいい』

 

 ……そう、なのか?

 僕は人を……守る……仮面、ライダー……。

 

【けど本当は戦うことが好きな矛盾した存在。人の肉を斬りたくてうずうずしてる。そうでしょう?】

 

【自分をこんな風にしたものを憎んでいる。そうでしょう?】

 

【貴方はだって本当は人間を守ることなんてしなくてよかったはずだもの。違う?】

 

 唐突に割り込んできた雑音が何かを言っている。

 違う。

 僕は人を守る。

 ただ、それだけの存在……。

 

 そして、その終局は白き鎧を己が刃で赤く染めること。

 

 ()()()()()()()()()()()────。

 

「────ッ!?」

 

 なんだ、今のは。

 僕は何を見せられていた。

 僕は一体どうしてしまったというんだ……。

 刃と戦っていて、それで……。

 刃は何処に……!?

 

『大丈夫ですか燐君? 怖い目にあいましたね~。けど大丈夫です。とってもとってもと~っても強いこの私、アリスが来たからにはもう何も怖いことなどありません』

 

 目の前には衝撃の光景が広がっていた。

 僕を庇うようにして立つアリスと、今まさに処刑されようと、磔にされている刃の姿があった────。




次回 仮面ライダーツルギ

「もしかして、好きな男の子でも探してる?」

「……実力は確かよ」

「僕は……仮面ライダーだッ!」

「新しい仮面ライダーの誕生です」

 願いが、叫びをあげている────

ADVENTCARD ARCHIVE
SHOOT VENT
ヘッドカノン 3000AP
カノンの契約モンスターであるカノンリザードを模したバズーカ。
カノンの持つ銃火器の中で最も威力がある。
並みのモンスターならば一撃で葬ることが出来る。


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?+1ー27 手折られた剣

 目の前の光景を信じることが出来なかった。

 黒い泥のようなもので出来た十字架に磔にされた刃。   

 そして、僕を庇うかのように立つアリス。

 

『大丈夫ですか燐君? 怖い目にあいましたね~。けど大丈夫です。とってもとってもと~っても強いこの私、アリスが来たからにはもう何も怖いことなどありません』

「なん、で。どうして、一体何が!?」

『燐君、殺されそうだったんですよ。あの黒いのに』

 

 刃が、僕のことを……?

 

『ええ。だから、私が守ってあげます。ずっと、ずぅっと、永遠の更にその先まで』

 

 磔にされた刃の目の前に黒い触手のようなものが鎌首をもたげる。

 するとその先端が鋭利となり、刃を貫こうと迫る。

 

「…………ッ!!! ふんッ!」

 

 貫かれる寸前に意識を取り戻した刃が拘束を破り、窮地を脱する。

 だが、肩で息をしている様子が伺える。

 あの絶対的な強さを誇る刃が。

 僕の知らない間に一体なにが……。

 

「時間を、かけすぎたか……」

『ええ。ミラーワールドは私の庭ですし何より……燐君を汚そうとした罪。償ってもらう必要はありません。死んでもらうだけです。私手ずから殺してあげます』

 

 その罪を裁くことも、償う必要はない。

 ただ殺すと。

 刃に対する処刑宣告。

 そして処刑の方法は彼女自身の手による。

 彼女の手。

 アリスの手の中から現れたのは、ライダーであることを証明するもの。

 

「カードデッキ……!?」

 

 それは確かにカードデッキであった。

 薄い紫色。

 他のライダーと変わらぬ、確かなものである。

 艶かしい動きで刃に対してデッキを向け、僕らと同じように言ったのだ。

 

『変身』

 

 バックルに装填されるデッキ。 

 舞い踊る虚像。

 虚像がアリスに重なり、その姿を変身させた。

 黒いスーツの上にデッキと同じ薄い紫色の鎧。そして所々に金色に彩られている。

 その鎧は所々に花を思わせる意匠が施され、仮面も花冠を思わせる装飾で飾られている。

 

『私はアリス。またの名を仮面ライダーブロッサム。鏡の世界に咲く華です』

 

 舞い散る花弁達の中で、アリスは名乗った。

 仮面ライダーとしての名を。

 

「そんな、なんでアリスがライダーに……」

「馬鹿め。逆に何故奴がライダーではないと思っていた」

『そうですよ燐君。私だって()()なんですから』

 

 そうだ、確かにアリスの言う通りだ。

 彼女だって、ライダーに足りうる資格は持ち合わせている。

 それに、デッキを少女達に渡してライダーバトルに誘うようなことをしている彼女がデッキを持ち合わせていないはずがない。

 

『あはははは!!! 本当は嫌なんですけどね、変身するって。私、()()()()()()()()()()()()()()

「仮面ライダーが、嫌い……?」

『ええそうです。嫌いです。大嫌いなんです。殺したくなるほどに。だからまずは……刃。貴方を殺します』

 

 そう口にした瞬間、アリス……ブロッサムは刃に向かい手を伸ばすと宙を舞っていた花弁達が一斉に刃目掛けて加速していく。

 さながら、花の弾丸。

 黒いスラッシュバイザーでそれらを弾く刃だがその物量の前に追い付かず、花弁が刃の黒い鎧を削っていく。

 そして、刃の黒い鎧が割れて露となった一人の男。

 黒いロングコートに身を包んだ痩せぎすの、その男の顔は……。

 

「宮原、士郎……!」

 

 宮原士郎。

 鏡華さんの兄で、ライダーバトルに関わりがあるであろう重要人物。

 写真で見た顔と間違いない。

 その宮原士郎がアリスによって殺されようとしている。

 それはまずい……!

 

【SWING VENT】

 

 手鏡のようなバイザーにカードを装填し武器を召喚、茨のような鞭を手にし宮原士郎に向けて振るう。

 彼を殺されたらミラーワールドやライダーとの関係について聞くことが出来なくなってしまう。

 それに……。

 脳裏に浮かぶ鏡華さんの顔。

 彼女のためにも彼を守り、連れ帰らなくてはいけない。

 

「ハッ!!!」

 

 ブロッサムの頭上を飛び越え、宮原士郎の前に躍り出て茨の鞭をスラッシュバイザーで弾く。

 

『あらあら燐君ったらいけない子ですね~。その男を庇うなんて』 

「人が殺されようとしてるのを黙って見てられるわけないだろ!」

『ふふ。燐君のヒーローらしい言葉に惚れ惚れしちゃいます。けど、この事実を知ってもそんなことを言えますか?』 

 

 この事実?

 事実とは、なんだ。

 僕と宮原士郎には何の関係も……。

 

『本当にそうなのか?』

 

 ぞくりと、背中に冷えるものがあった。

 

『知るな、知ってはいけない』 

 

 恐れている、恐れているのか、僕は。

 アリスの口から語られようとしている言葉を、真実を。

 

『いいですか燐君。あなたが守っている後ろの男はあなたに戦いを強いた男です』

 

 僕に、戦いを強いた……?

 

『隙ありです♪』

 

 振るわれる茨。

 最速最短で伸びていき、狙われたのは……僕のカードデッキ。

 バックルからデッキを掠め取られツルギの鎧は割れて、生身を晒すことになる。

 

「そんなッ!?」

 

 まずい、ミラーワールドで生身になるなんて。

 胃の中に送られた食べ物と一緒でこのままではすぐに消化もとい消滅してしまう。

 

 アリスは僕のカードデッキを弄んでいる。

 得意げに笑っている。

 愉しそうに笑っている。

 だけど……。

 笑っているのに、笑っていない。

 そう思った。

 笑っているというよりも、泣いている……?

 

『あは、あはは……。やった、やりました。これでもう、燐君は戦わなくていい……』

 

 アリスは何かを呟いている。呟いているようだが、聞こえなかった。

 だけどその光景はどこか異様で、哀しい。

 やがて、アリスの笑い声とも泣き声ともとれる声は止み静寂が訪れる。

 

『さあ、燐君。このままではミラーワールドに溶けてしまうので……私と共に行きましょう。二人きりの、もうあなたが戦わなくていいところへ……』

「ッ!!!」

 

 いつの間にか僕の足下に大きな花が出現していた。

 咲いていた花はその花弁を閉じ、蕾に戻ろうとしている。

 これは、蕾という名の檻だ。

 これに包まれてしまえば最後、デッキを失ってしまった僕に出来ることなどきっとありもしないだろう。

 花弁が閉じる前に逃げようとするが、足に何かが絡み付いて動けない。

 

「なにをしている! 早く脱出しろ!」

「そう言われても、足が……」

「ならば……」

 

 宮原士郎が何かを投げ渡してきたのでキャッチする。

 それは、刃のデッキ。

 

「早く変身しろ!」

『駄目です燐君! 変身してはいけません!』

 

 このデッキを手に取った瞬間、胸がざわついた。

 とてつもなく、嫌な予感がする。

 けれど変身しなければこの事態を回避出来ない。

 けれど変身してしまったらいけない。そんな気がする。

 

 ……僕は……。

 

 静かにデッキを持つ左手を突き出した。

 

「変身……!」

 

 纏われる黒い鎧。

 仮面ライダー刃。

 

「うぅぅぅぅ!!!ぐぅ……うっっ………………………ううぅう…ぅううっ!!!………あ…あぁ…ぁ゛あ……ああぁ…ぁっ!ああぁ……ぁ!…!!」

 

 纏った瞬間、何かが流れ込んでくる。

 膨大な情報が津波となって僕の全てを飲み込もうとしてくる。

 見える、聞こえる。

 だけど、理解には至らない。

 あまりにも膨大な情報が同時に再生されるものだから、音も映像も無数に重なって理解するには至らない。

 全て、全て、全て、飲み込まれる。

 

 

 

『燐君! あなた、なにを……』

「奴は見ているだけだ。()()()()()()()()()()()

『これまでの、全て……ッ!!! なんてことを!』

 

 茨を振るうブロッサム。

 先程と同じようにデッキを奪い刃の変身を解除させようと目論む。

 

「うぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 苦しみもがく刃に対してそれは確実に成功するものと思われた。

 だが、刃は苦しみながらもスラッシュバイザーで茨を斬り捨てたのだ。

 

『ッ!!! 燐君……』

「ふぅ……ふぅ……あぁぁぁぁ……! がぁぁぁ!!!!」

 

 我武者羅に、獣のように刃は駆け出す。

 刃を近付けさせまいと茨を打ちつけるブロッサムだが最早回避も不要と茨をその身に受けながら刃は突き進む。

 己が間合に入ると同時に、ブロッサムに対し乱暴に斬りつける。

 ツルギであった時の流麗さはそこにはなく、獣のような剣。

 避けるのは容易いが、どこまでも追い縋って切り捨てようとするのだ。

 

『燐君! やめてください! 私はもう燐君が戦わなくていいようにしたいだけなんです! あなたは戦う人じゃない!』

「戦え……戦え御剣燐。戦うことこそお前に課せられた使命と責任。そして戦いの果てに死ぬ! それが貴様の運命だ!」

 

「うう……! ぐっ!! がぁぁあああああ!!!!!」



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 それは、春が見せた幻なのだと思った。

 忍び込んだ廃墟の中。

 足下には、僕が誤って割ってしまった姿見の硝子片。

 蜘蛛の巣状に割れた鏡に写るのは僕ではなく、美しい長い黒髪の少女。

 

「君、は……」

 

 大きな姿見の中、真白の世界にいる少女へと話しかけると、少女は顔を上げた。

 僕の姿を見た少女は大きな瞳を更に見開き驚いているようだった。

 

「私が、見えるの……?」

 

 少女の問いに僕は首を縦に振った。

 とても、信じられないようなことが起こっている。

 僕は、鏡の向こう側の人間と会話をしている……!

 

「あぁ、えっと……僕は燐。御剣燐。新宿御苑の御に剣道の剣で御剣で燐はえっと……原子のリンの漢字表記で……って言われても出てこないよね。あはは……」

 

 我ながらなんてお粗末な自己紹介だろう。

 なんだよ新宿御苑の御って……。

 

『私は……私は──────』

 

 

 

 

 

『私は、()()

 

 

 

 キョウカと名乗った少女の顔は悲しげな表情から喜びに満ちた表情へと移り変わっていた。

 

『鏡に華で鏡華。華は華道の華。分かりやすいでしょう?』

 

 とても楽しげにそう言った。

 僕のした自己紹介を真似たようだけど僕よりも分かりやすい自己紹介。

 そもそも僕の名前に使われる字が説明しにくいのだ。

 

「うん。とっても分かりやすいよ」

『ふふ。こうして誰かと話すなんてすごく久しぶり。ねえ、どうして私が見えるんですか?』

「それは……なんでだろう。さっき間違えて鏡を割っちゃって……そしたら、君がいた」

『私はずっとここにいたんです。ずっと、一人で……』

 

 ずっと、一人で……。

 

「鏡の中には君一人だけなの?」

『そう。私以外の人を探したけれど、私しか()()いなかった』

「人は……?」

「この世界には、おとぎ話に出てくるような怪物がいるんです。とても恐ろしい。だけど、あの子だけは私の友達でいてくれた。ほら、あの子」

 

 少女が指を差すとこの世のどの生き物の鳴き声にも該当しない鳴き声。いや、咆哮が鳴り響いた。

 咆哮の主は白い竜。

 少女の傍らに着陸するとよく躾られた犬のように大人しくなった。少女はその白い竜の首を慣れた手つきで撫でる。

 本当に、友達のようだ。

 

『大きな鏡が私の目の前に現れたんです。ここにあるのとはまた違う鏡。この子はその鏡の中から生まれた……。他の怪物達も同じように生まれるのかもしれないけどこの子は私を襲わない。私を怪物達から守ってくれる。最も、ここにいれば大丈夫なんですけどね』

 

 鏡の中の世界。

 その世界に住まう少女。

 鏡の世界には怪物がいる。

 この少女の話の全てを僕は信じた。

 見たまま、聞いたままの全てを受け入れた。

 

『ねえ、燐君』

「なに?」

『こっちに、来て』

 

 こっち、とは。

 僕も鏡の中の世界に行けるのだろうか。

 ゆっくりと鏡に近付き、手を伸ばす。

 鏡に触れる。

 鏡は、鏡のままだった。

 彼女も鏡に近付いて、僕の手に重ね合わせるように鏡に触れる。

 

『暖かい……』

 

 頬に一筋、涙が伝った。

 何かが起きたわけではない。

 僕の手には鏡の冷たい感触しかない。

 けれど彼女は、僕の体温を感じているようだった。

 

『なんでだろう……泣きたくないのに、泣いてしまって……』

「鏡華さん……」

『この世界は、冷たいから。この世界のものになってしまった私も同じ。だけど、あなたは違う。あなたは、暖かい……』

 

 暖かい……。つまりは体温のことを言うのだろうけれど、彼女の言う「暖かい」に何かそれ以上のものを感じて、僕はこの右手をしばらく鏡から離すことが出来なかった。

 

 それからしばらく、僕は彼女の元へ通い続けた。

 鏡の世界の友人のところへ。

 他の人も紹介しようかと訊ねたこともあったが彼女は拒んだ。

 寂しいのなら、人数は多い方がいいと提案したのだけれど、人数は重要ではないというのが彼女の考えだった。

 彼女は外の世界のことに強く関心を寄せていた。

 僕の、入学したばかりの高校生活について毎日話を聞かせるようにと命令されたのだ。

 鏡の世界の彼女は話を楽しそうに聞いて、満足そうにしていた。

 そんなある日、高校生活に慣れてきた頃のこと。

 僕は、出会ったのだ。

 

 緑萌える春の終わり。

 夏の気配を強く感じた日であった。

 心地よい風が頬を撫でる。

 だが、そんなものは気にはならなかった。

 目の前に映る、絵画のような景色に較べたら。

 

 張り詰めた空気。

 

 一言も発してはいけない。そう注意されたわけではないが、この場を包む雰囲気が喋るなと言っているよう。

 だが、そんな雰囲気の中にいて一人、涼しげな人物がいた。

 その人物は同時にこの場で最も注目を集めている人物。

 

 凛として、この場で一番美しい。

 

 そう、思った。

 それに較べて自分は例えるならば空気だ。

 いるのだが、特別認識されるような存在ではない。

 空気は確かにあるものだ。

 だが、それを知ってはいても空気の存在なんてものを人はいちいち認識はしない。

 だから、彼女は自分のことなど認識しない。

 それでいいのだろう。

 それが普通だろう。

 だが、それでも。

 彼女の唯一になりたいと。

 この場で彼女が認識する唯一の人でありたいと。

 

 彼女が矢を放った。

 風を切り、的に当たった音と同時に気付く。

 ああ、これが、恋というものか────。

 

 

 

『どうしたんですか? 物憂げな顔をして』

「うん……。その、なんというか、その、好きな人が、出来たんだ」

『──────』

 

 彼女の名前は咲洲美玲という。

 新聞部の取材で弓道部に訪れた際に彼女の射を見学したのだが、とても、美しかった。

 語彙は豊富な方だと思っているが、そんなものが無用になるほど、美しかったと表現するしかなかった。

 

「すごいんだ。もう他のことが考えられないくらい、あの人のことしか頭に浮かばない」

『……そう、なんですね。どんな人、なんですか?』

 

 訊ねられたので答えた。

 美人で、文武両道で、弓道部のエースで、これまで何人もの男子生徒が彼女に思いを伝えては撃沈していることを。

 

「僕もその撃沈されたうちの一人になるんだろうなぁ……。いやそもそも告白するとか無理でしょ……だって一回インタビューしたくらいの奴なんてそもそも覚えてもらえているかすら怪しいのに……」

『……いいえ、燐君そんなことはありません。ここはもう男らしく当たって砕けろです! 思いきって告白しちゃいましょう! 思いを伝えなきゃそもそも付き合えるチャンスも何もないんですから。私、応援します』

 

 笑顔でそう背を押す鏡華さんの言葉が後押しとなった。

 そうだ、こんな風にうじうじしてるぐらいなら思いきって告白した方がいい。

 フラれたらそれはそれで吹っ切ることも出来るだろうし。

 ……いつまでフラれたショックを引きずるか分からないけれど。

 

 

 そして、翌日。

 

「美玲先輩! 僕と……僕と付き合ってください!!!」

 

 思いきって、告白した。

 もうどうにでもなれと。

 明日から「一年の御剣とかいうバカが咲洲美玲に告白して盛大にフラれた」と話題になっても構わない。

 それでも僕は、彼女に思いを伝えたかった。

 返事はない。

 もう一時間以上待たされてるんじゃないかと思うほどに時間が引き延ばされる。

 心臓がとにかく跳ねて仕方ない。

 早く、フラれたって構わないので返事が欲しい……!

 

「その、私なんかで、良ければ……」

 

 ……?

 私なんかで、良ければ?

 えっと、言葉の意味を推察する。

 私なんかで、良ければということはつまり……。

 私なんかで良ければお付き合いします。ということ……?

 え。

 え。

 

「……よろしくお願いします!」

 

 僕は美玲先輩の手を取りそう言っていた。

 鏡華さんの当たって砕けろという言葉は正しかったのだ。

 

 

 

「ありがとう鏡華さん! 告白上手くいった!」

『そうなんですか……。その、良かったですね! 私も嬉しいです!』

 

 鏡華さんも自分のことのように喜んでくれた。

 彼女がいなければ、この恋は成就することはなかった。

 

『お付き合いを始めたらもう私なんかよりそのミレイさん?を優先しなくちゃですね。私に構わずデートとかいっぱいしてください。それで、その話を聞かせてくださいね。楽しい……楽しい話を』

「うん。鏡華さんにもちゃんと会いに来るよ。大事な友達だから」

『友達……。ええ、そうです。私達、友達ですから』

 

 それから、美玲先輩といろんなことをした。

 まずはお互いのことを知ろうと。

 最初はまだぎこちない付き合いだったけど、その距離はどんどん近付いていっていた。

 そんな、ある夏の日のこと……。

 鏡華さんのところへ向かっている途中だった。

 

「……お前が、御剣燐だな」

 

 知らない男の人から声を掛けられた。

 背が高く、痩せぎすな男。

 

「最近多発している行方不明事件を知っているか?」

 

 ここ最近、聖山市は行方不明事件が多発していた。

 連日ニュースでも取り上げられ、学校でも家でも注意するようにと言われているので知らないはずがない。

 まさか、この男が行方不明事件を起こしている誘拐犯なのではないかと身構えるが男はまったく予想外のことを話し始めたのだ。

 

「行方不明事件の被害者達は鏡の中の世界。ミラーワールドのモンスター達に捕食された」

 

 鏡の中の世界……ミラーワールド……モンスター……。

 鏡華さんが言っていた、鏡の世界の怪物達。

 そいつらが、なんで……。

 

「鏡華から全て聞いた。御剣燐。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 鏡華さんから全てを聞いた……?

 一体、この男は何者なんだ……。

 

「あなたは、誰なんですか」

「俺は宮原士郎。鏡華の兄だ」

 

 鏡華さんの、お兄さん……?

 そんな、鏡華さんは鏡の中の世界でずっと一人で……。

 

「昔、あの家で奇妙な現象が起こった。鏡という鏡が輝き妹を飲み込んだ。他の家族もそのとき死んだ。俺はたった一人の家族を……。まだ鏡華を救うことが出来るかもしれないと研究を続けてきた。狂人の謗りを受けてもだ。そしてミラーワールドの危険性を知ったのだ。一刻も早く鏡華を救い、ミラーワールドを壊さなければならないと研究を急ぎ、ライダーシステムを完成させたらこれだ。御剣燐。お前がミラーワールドと現実世界を繋げた。だからモンスター達は餌である人間を襲い始めた。お前だ! お前のせいだ! お前のせいで無辜の人々の命が失われたのだッ!!!」

 

 そんな……。

 僕のせいで、人が……?

 人が、死んだ……。

 大勢の人が……。

 

「そんな、僕は、そんなつもりじゃ……」

「お前にそのつもりがなくとも結果として人命が失われている」

 

 心臓の鼓動が早い。

 呼吸が乱れる。

 僕の、僕のせいで……!

 

「……罪を償う意志はあるか」

「え……」

「今までモンスターに喰われて死んでいった人々の命に報いるために、これ以上被害を拡大させないために戦う覚悟はあるか」

「戦う、だなんて……。そんな、どうやって……」

 

 男はポケットの中から白い箱のようなものを取り出し見せた。

 箱というには薄いが、これは一体?

 

「これはカードデッキ。ミラーワールドで活動するための鎧、仮面ライダーを纏うためのものだ」

「仮面、ライダー……。ッ!?」

 

 突然、頭に痛みが走った。

 痛み、音。 

 嫌な音……!

 

「早速モンスターが近くに現れたようだ。その音が鳴るということはモンスターが狩りを行おうとしている証拠」

「狩り……?」

「人を襲うということだ」

 

 人を……。

 

「このままではまた被害者が増えるぞ。()()()()()()

 

 嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ。

 僕のせいで人が死ぬなんて、嫌だ。

 

「それならば仮面ライダーに変身してモンスターと戦え。デッキを鏡に向けろ」

 

 デッキを鏡に……。 

 宮原士郎が鏡を取り出し僕に向けていた。

 僕の顔は今まで見たこともないような表情を浮かべている。

 だが、そんなことは関係なく宮原士郎の言うとおりにデッキを鏡に向けた。

 すると、銀色のベルトが体に巻かれる。

 

「バックルにデッキを装填しろ」

 

 言われるがままにすると、鎧が装着された。

 鏡に写る姿は灰色の騎士。

 これが、仮面ライダー……。

 

「行け、ミラーワールドへ」

 

 促され、かつて鏡華さんと初めて会った時と同じように右手を伸ばし鏡に触れる。

 すると、鏡面が波打ち僕はミラーワールドへと吸い込まれていったのだった。

 そして、その戦いで僕は鏡華さんに付き添っていた白い竜、『ドラグスラッシャー』と契約する。

 とても、とても拙い戦いであった。  

 とても、孤独な戦いであった。

 連日、戦いに明け暮れた。

 身体はボロボロで、だけど、戦った。

 

『モンスターに命はない』

 

『モンスターに命はない。ゆえに、命を欲する』

 

『モンスターに命はない。ゆえに、命ある人間を捕食する』

 

『モンスターに命はない。ゆえに、容赦などいらない』

 

『お前はただ、モンスターを斬ればいい』

 

『お前は私の言う通りに行動すればいい』

 

『お前は、剣だ』

 

『私が振るう剣だ』

 

『剣は使い手の意思にのみ従うもの』

 

『剣は、考える必要などない』

 

『御剣燐。お前は、ただ、戦えばいい』

 

『それだけで、充分』

 

『それだけが、お前の存在意義なのだ』

 

 言われるがままに戦った。

 たった一人で戦った。

 命じられるままに戦った。

 何も考えずに戦った。

 愛する人達に背を向け戦った。

 

「燐! どうしたのその怪我!?」

「あはは……。ちょっと、転んだだけだよ母さん……」

 

「燐。このあと……」

「ごめんなさい美玲先輩……。僕ちょっと用事があって……」

 

 戦った。

 戦った。

 戦った。

 人を守るために戦った。

 戦いしかなかった。

 戦うことは最初は嫌だった。

 だけど、彼が言ったのだ。

 

「戦いを楽しめ」

 

 戦いを楽しめ。

 彼の言ったとおりにすると、気持ちがどこか楽になった。

 モンスターは悪いやつだから、斬られても、殺されても当然。

 だから、殺す。

 戦うのは、楽しい。

 殺すのは、楽しい。

 そして……。

 

「……んく……! り……くん! 燐君! 燐、君……」

 

 声が聞こえる。

 身体は動かない。

 強大な、最強とされるモンスターとの戦いに勝利した僕の命はもう……。

 目が見えなくなってきた。

 僕を呼ぶ声の主は誰だったか。

 その声ももう遠い。

 戦った。

 僕は戦った。

 戦いの果てに僕は……死んだのだ。

 

「いや……そんな、どうして、冷たいんですか燐君……? 最初に手を合わせた時はあんなに暖かったのに。ねえ、どうして、どうして……。いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




次回 仮面ライダーツルギ

「もういいよヴェイルーツ」

「素晴らしいです麗美さん」

「お前は一体何者なんだ!」

「ごめん咲洲。あんたに恨みはないけど倒させてもらう」

 願いが、叫びをあげている────


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?+1ー28 動き出す者達

 聖山大学病院の病室にその少女はいた。

 

「陽菜」

「なに、兄さん?」

 

 新島陽菜。

 仮面ライダーグリズとして、鐵宮の陣営に所属している少女である。 

 

「なんだか暗い顔してるよ。なにかあった?」

 

 病床の兄に心配をかけてしまったと内心悔やむ。

 兄さんにはずっと笑顔でいてもらいたいのに。

 

「別に、なんでもないよ」

 

 偽の笑顔を浮かべてみせる。

 兄に心配をかけたくはない。

 ライダーバトルなんてものに参加していることを知られでもしたらと考えると殺された方がマシだと思ってしまうほどに。

 

「本当に? 陽菜はなんでも自分で解決しようとするからさ、なにかあるなら話してよ。解決は出来なくても、話を聞くぐらいなら出来るし。というか、話を聞くぐらいしか出来ないんだけどさ」

 

 自虐を言って笑う兄に心が痛む。

 かつて、自分が幼かった頃、なにかあればすぐに助けてくれた兄にそんなことは言ってほしくない。自分でも分かるほど顔が強張り、また笑顔を作ろうとしてスマホが震えた。

 

「……友達から連絡来たからちょっと出るね」

 

 病室を出て、通話可能区域である渡り廊下へ。

 都合よく、人の通りはない。

 都合がいいのは他人に聞かれたくない話をするから。電話をかけてきたのが鐵宮なのだからそういうことと決まりきっている。

 

「……もしもし」

「やあ新島君。いまはお兄様のお見舞い中だったかな」

 

 知ったような口をと内心毒を吐く。

 この男と仲良く雑談などするような仲でもないし、そもそもそんな仲になどなりたくはない。

 

「それで、なんの用?」

「雑談を楽しむ余裕くらいは持ち合わせてほしいところだがね。まあいい、用件は至極単純。咲洲美玲を殺せ」

 

 鐵宮の命令を聞いた瞬間、胸を貫かれたかのような痛みに襲われた。

 殺せ。

 その言葉が重くのしかかる。

 

「君はまだライダーを殺していないだろう。敵を殺せぬ味方など不要なのだよ。それに君もライダーだろう。なら分かるだろう。他のライダーを殺さねば願いは叶わないということを」

 

 ライダーバトルとはその名のとおり仮面ライダーによる殺しあい。生き残った最後の一人がどんな願いも叶えることが出来るという戦い。

 決して他のライダーを殺した人数が多い者が願いを叶えてもらえるというわけではない。最後に生き残っていればいい。ならば必ずしも他のライダーを殺さなければいけないというわけではない。

 しかし、こちらの意思とは関係なしにライダーは襲ってくる。だからこれまでは撃退するに留めてきていた。

 だが、殺せときた。

 頭の上がらない相手から。

 鐵宮の配下となり、彼の役に立てば兄の病気を治すという契約。それを結んでしまったから。

 

「……分かった」

「聞き分けがよくて嬉しいよ。頼んだよ。ああそうそう、倒したらデッキを持ってきてくれ。咲洲美玲を討ち取った証とする」

 

 それではと、一方的に電話が切れた。

 鐵宮は有無を言わさない。

 こうなったらもう、やるしかない。

 覚悟を決め、病室に戻る。

 偽りの笑顔を頑張って、作りながら。

 

 

 

 

 

 

 藤花女学園の放課後は厳かに始まる。

 授業が終わったからといって楽しげな声を上げることは許されない。

 それが許されるのは家に着いてからである。

 それでも友人との談笑ぐらいは行われる。

 とはいえ藤花の中では変わり者とされる私にはあまりそういった友達はいないのだが。

 なのでさっさと帰って瀬那と合流しよう。

 

 教室を出て一人、人に溢れた廊下を歩く。

 これから部活がある人、友人と遊びに出かける人の話し声が耳に流れていく。私にはなんの関係もない話。だから聞き流す。受け入れていては脳の無駄遣いというものだ。

 

「────」

 

 雑音など気にせず帰る。

 そのつもりだった。

 しかし……。

 

「あんた、ライダーでしょ?」

 

 その言葉に心臓が跳ね上がった。

 ライダーという単語が私の足を止める。

 今の言葉は私に投げ掛けられたものなのか。

 言葉の発信者は誰かと振り返るが私に向かって話し掛けた様子の人はいない。

 

「ライダー? なんのことですか? 私、バイクの免許なんて持ってな……」

「とぼけないで。見てたんだよ。昼休みに鏡から出てくるところを」

「それは……」

 

 会話していたのはベリーショートの黒髪と日焼けが眩しいスポーティーな少女と艶のある茶髪が美しいまるで人形のような少女。

 それにしてもよもやこんな放課後の人で溢れる廊下でライダー関係の話をするなんて。

 雑踏にまみれて誤魔化されるかもしれないが私みたいに他のライダーがいるかもしれない不特定多数の場で話を、戦いを持ち掛けるのはいただけない。

 

「私に見つかっちゃったのは運の尽きだね~。瀬那のためにも情報収集しちゃおっと」

 

 向こうも話がまとまったようで二人揃って人混みを逆らい人気のない場所へ向かっていくようだ。

 私はバレないように二人を尾行する。

 スポーティーな少女は気が立ってるようで私には気付きそうにない。気をつけるべきはもう一人の少女のほう。

 慎重な尾行の結果無事に気づかれることなく理科室へ。

 扉の近くで聞き耳をたてる。

 ……あまり聞こえない。

 どんな会話が繰り広げられたかは結局分からなかったがあの言葉だけは聞こえた。

 

「変身!」

「変身!」

 

 変身してミラーワールドへと向かったようなので早速偵察。

 こっそりと、こっそりとね。

 

 

 

 

 

 銀色のライダー『ヴァリアス』が短剣を逆手に構え緑色のライダー『イェーガー』を追いかける。イェーガーは素早い身のこなしが得意なようで身軽さを見せつけるように校舎の周りを駆けていく。

 

「自分から挑んできたくせに……」

 

 逃げ回る相手に苛立つヴァリアス。

 イェーガーがフェンスを軽く飛び越える。その挙動には一切の無駄はなくヴァリアスも思わず見惚れるほど。これではいけないと気を取り直して同じようにフェンスを飛び越える。ライダーの力を持ってすればこの程度は運動が苦手でも余裕で飛び越えられる。

 着地してイェーガーの背を再び追いかけようとするヴァリアスであったが……。  

 

「いない……?」

 

 イェーガーが、いない。

 校舎脇の一本道で木が生えてあるぐらいで隠れられるような場所ではない。 

 いくらヴァリアスが一瞬呆けていたとしてもそれで姿が見えなくなるなんてことはないのだ。

 

(カードを使った? 透明になれるカードもあったから多分それで……)

 

 この状況を冷静に整理、考察し、いつ攻撃が始まってもいいように身構える。

 緊張が続く。

 短剣を握る手が力む。

 全身が強ばっていく。

 そして────

 

「シャッ!!!」

 

 ヴァリアスの頭上、木の枝からぶら下がったイェーガーが二振りの鎌でヴァリアスの首を挟み、持ち上げる。

 さながら、白い蝶を捕らえた蟷螂のようであった。

 (狩人)が獲物を捕らえたらどうするか。

 食す(殺す)

 それ以外など存在しない。

 

「ガッ!? く、あ…………」

 

 首に強烈な痛みが走る。

 気道が狭まり呼吸が止まっていく。

 だが、その前にスーツを引き裂き、首を断たれるのが先か。

 

『キュー!!!』

 

 だが、ただではやられない。

 全長20cmほどの二足歩行の小動物のようなモンスターが小さい身体で出せる精一杯の咆哮をあげながらイェーガーに迫る。ヴァリアスの契約モンスター『ヴェイルーツ』である。

 

「なにこいつ!?」

 

 ヴェイルーツがイェーガーの仮面を叩く、引っ掻くと攻撃する。両腕が塞がっているイェーガーはされるがまま。一撃は弱いが顔は人の弱点である。弱点というものは自然と守ろうしてしまうものだが、今は両手が塞がっている。

 そして自然に手の力が弱まりヴァリアスはその隙をついてイェーガーの魔の手から抜け出した。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 膝をつき、呼吸を整える。

 イェーガーも木から飛び降り、ヴァリアスにトドメを刺そうと走る。

 だが、既にヴァリアスのカードが切られていた。

 

【SWORD VENT】

 

 木の上でのびていたヴェイルーツが目を覚ましイェーガーに向かって飛び降りる。その最中、ヴェイルーツは()()する。

 

『ガルルルゥ!!!!』

 

 体躯は巨大化し、鋭い牙と爪が生え並び尻尾が巨大な刃である四つ足の獣『パールスガルム』となった。

 

「なにッ!?」

 

 頭上からそのような獣に襲いかかられれば誰だってパニックを起こす。イェーガーはパールスガルムに押し倒され、鋭い爪で切り裂かれる。

 

「……もういいよヴェイルーツ。そこまでにしてあげて」

 

 痛む首を手で押さえながらヴァリアスはそう指示して近くの窓ガラスからミラーワールドを後にした。パールスガルムも最後にイェーガーを睨み付けてから元の姿に戻り、とことことどこかへと走り去って行った。

 

「くそっ……」

 

 地に寝転ぶイェーガーは力なく地面を叩いた。

 望む青空が遥か遠くにあるのが今は恨めしい。

 

「……ねえ、貴女」

「!?」

 

 ひどく、驚き飛び起きた。

 いつの間にそこにいたのか。

 そのライダーの風貌も相まって幽霊のようである。

 黒いローブで顔を隠し、ボロボロの喪服を着ているかのようなライダー……仮面ライダーウィドゥ。

 

「あんた、いつから……」

 

【FINAL VENT】

 

「え……」

 

 ウィドゥの鋭い爪がイェーガーの腹部を貫いた。

 爪先から滴る血液。

 イェーガーの中で指を蠢かす。ぐちゃり、ぐちゃりと音を立て血と臓物を散らす。

 

「やめっ……いや……ガアッ!!! 中で、私の中でやめっ……」

 

 イェーガーの、少女の意識は少しずつ遠のいていく。

 体の端から力が抜けていく。

 体温が奪われていく。

 そして少女が事切れると同時にウィドゥはその手を引き抜いた。

 イェーガーの仮面が割れ、悲鳴と苦痛の中で死んだ少女の顔が露となる。自身の血の中に倒れ、少女はミラーワールドに溶けていく。

 その場でぼうと立ち尽くすウィドゥは幽鬼の如し有り様で、血溜まりに佇むのが、似合い過ぎていた。 

 血で濡れた世界に乾いた拍手が響く。

 もう一人、ライダーが現れた。

 

「素晴らしいです麗美さん」

 

 煌めく鎧の赤が眩しいライダー。

 堅牢な鎧は生半可な攻撃では傷つくことはないだろうと思わされてしまう。

 

「十羽子……」

「また一人、麗美さんの愛を一身に受けながら今世を終えることが出来ました。来世ではきっと、主の寵愛を受けることが出来るでしょう」

 

 その場には二人しかいないはずなのに、赤いライダーは大衆に教えを説くように大袈裟な身振り手振りを交えながらウィドゥに語りかける。

 

「私も、神様から愛をもらえる?」

「ええ、ええ。もちろんです。真面目に奉仕している麗美さんを誰よりも見て、感謝しているのは主であります。ですからこの調子で他のライダー達を殺戮(祝福)しましょう」

 

 それでは次に祝福を受けるべき者はと標的を定める。

 標的は、先程イェーガーと戦っていたヴァリアス────。

 

 

 

 

 

「……やっばいの見ちゃったなぁ」

 

 一連の出来事を目撃者していた茜は汗が止まらなかった。

 なぜ、あいつ(ウィドゥ)がいるのか。あのライダーは何者なのか。疑問は尽きないが藤花も安全ではないと逃げるように早足で廊下を歩く。

 そして、立ち止まった。

 

「……あの子」

 

 大丈夫かな、と呟こうとして口を塞ぐ。

 そんな他の子のことを心配している場合じゃない。じゃない、というのに。

 

「ああもう! あいつらのことだけ! あいつらのことだけだから!」

 

 昇降口に向かっていた足を逆戻り。

 それなりに痛手を負っていたようだからまだ校舎の中で回復に努めているはずと予想して校舎の中を探し始めた。

 

 

 

 

 

 

 見せつけられる闘いの記憶は悠久のものであった。

 果たして、どれだけ繰り返してきたのだろうか?

 一年、五年、十年、百年、千年、一万年……何億年。

 もはや途中から数えることなど不可能と判断し同じ時をリピートする。

 闘いがあった。

 闘いがあった。

 果てしない闘争を繰り返して、繰り返して……。

 その時、ふと気付いた。

 いつから、繰り返して。いや、いつから。そして何故、ライダー同士が闘うなんてことになった?

 おかしい。

 仮面ライダーは僕だけのはずだった。

 仮面ライダーはモンスターと闘う者のはずだった。

 それが、いつの間にこんな……。こんな、悲惨な殺し合いをする者になったのか。

 忘れ去られていた過去を思い出し、知り得た物も多い。だが、それ以上に謎が増えた。

 全ての真実を解き明かすには、僕の記憶だけでは駄目だ。

 それでは、一体誰の記憶が必要なのか。

 それはきっと目の前の……。

 目の前の……。

 

 太刀を振り下ろそうとする手を止める。

 そうだ、僕は刃に変身して……。変身して、あの膨大な記録と記憶を見ていたのか。

 そして意識のない間、僕は、アリスと闘って……。

 いや、アリスとは……。

 僕が戸惑っている間にアリスは後方へと飛び退いた。

 

『……全て、見たのですね』

「アリス。いや、君は……」

『こうなっては、仕方ありませんね……。やり直すしかありません』

 

 やり直す。つまりは、繰り返されるということ……!

 アリスはデッキから一枚のカードを引き抜く。カードの表側を僕に見せつける。時計が描かれた、見たことのないカード。

 

「奴を止めろ! 巻き戻されるぞ!」

 

 宮原士郎の言葉に身体が動いた。

 あのカードを使わせてはならない。いや、使わせるのではなくカードそのものを破壊してもう二度と使用出来ないようにしなければならない────!

 全力を超えた全力で駆ける。

 太刀を投げつけ、スラッシュバイザーを抜刀。

 もうここは自分の距離なのだ。

 しかし、アリスの足元から生えた茨達が道を阻む。こんなものに構っている暇などないのに……!

 

『さあ、次はもっと上手くやりましょう私。そして次こそ、燐君。あなたが闘わなくていい世界にしてみせます』

 

 手鏡のようなバイザーにカードが挿入される。

 あれが読み込まれたら、また闘いが繰り返されてしまう!

 

 ガシャンと、バイザーの中にカードが入れられてしまった。あとはもう読み込まれてカードの効果が発動する。

 

【TIME VE────】

 

『え────』

 

 なにか、おかしい。

 カードが、読み込まれない……?

 そんなことがあるのか。いや、そんなことは全ての記憶を探っても存在しない事象であった。

 そしてそれはアリスも同じで、彼女が一番この場で動揺していた。

 

『そんな、どうして!? なにが起こっているというの!? 今までこんなことなかったというのに!!!』

 

 動揺を隠せないアリスとただ立ち尽くすしかない自分。

 僕は……。

 

「何をしている御剣燐、早くその女を殺せ! 奴が全ての元凶だ。奴を殺せば全てが解決する!」

 

 アリスを殺せば……。

 全ての元凶であるアリスを……。

 ……本当に?

 アリスが、全ての元凶?

 違う、違う、違う。

 それは、違う。

 そう僕には断言出来た。

 

「アリス、君は……」

 

 黒き鎧に包まれた手を伸ばす。

 彼女が全ての元凶というなら、それは違う。どうしてこんなことを始めたかは分からないが、ミラーワールドと現実の世界を繋げてしまったのは僕だ。ならば、僕だって元凶だ……!

 

「アリス、もうやめよう! 本当の君はこんなことする女の子じゃなかっただろう!」

『燐君……。なんですか、それ。本当の私? なんで他人の燐君が本当の私なんて分かるんですか!』

 

 僕の言葉は呆気なく弾かれる。

 それもそうだろう。なにも分かっていない僕の言葉が、届くはずもない……。

 

【フフフフフ……】

 

 それは、唐突に聞こえた。

 女の、笑い声。

 聞いたことがある声だ。僕に闘えと唆してきた声……!

 

【ああ、アリス。どうしたのかしら? ひどく苛立っているようだけれど】

 

『ッ……。なんでもありません。大体なんですか、あなたは表には出てこないはずではなかったのですか』

 

 この声の女とアリスは繋がっている、のか……?

 

「お前は一体何者なんだ!」

 

【……アリス。やったじゃない。あの子からデッキを取り上げることが出来たのね。ならもうあの子は用済み。この世界から締め出してあげるわ】

 

 白い、ぼうとした靄に包まれた人影が現れる。それが現れた瞬間、身体が冷たくなったような気がした。身の毛がよだつという感覚を思い知らされる。

 あれと戦っては……いけない。

 

【おいたが過ぎたわねツルギちゃん。あなたはもう、ミラーワールドと関わることは……ない】

 

 白い人影から放たれた何かに吹き飛ばされる。

 刃の鎧も砕かれ、生身を晒し鏡の世界から追放されて────。

 

 

 

 地に墜ちた刃のデッキを士郎が拾い上げる。

 そしてすぐさまアリスと白い人影を睨み付ける。いつでも闘う準備は出来ているという意思表示。

 

『さて、燐君がいなくなったので存分にあなたを殺せますね、刃』

 

 アリスも刃を殺すつもりである。

 だが、白い人影がアリスを制した。

 

【やめておきなさい。御剣燐をミラーワールドから追放した今、いつでも刃は殺せる。焦る必要はないわ】

 

『……そうですね。燐君のデッキがこちらにある以上、刃など取るに足らない相手となりました。いいでしょう、見逃してあげます』

 

 アリスと白い人影は闇の中へと消えていく。

 独り残された刃はただその場に立ち尽くすのみであった。

 

 

 

 

 地面に叩きつけられる。昼間、金草さんと闘った廃工場のようだ。

 痛む全身に構わず、目の前の煤けた鏡に手を触れる。だが、なにも起こらない。なにも聞こえない。なにも見えない。

 デッキを持たない僕にはもう鏡はただの鏡でしかない。

 僕にはもう、闘う力がない────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その少女を見つけ出すのにそう時間はかからなかった。

 とある空き教室の隅にその少女は身を潜めていた。

 

「君、大丈夫?」

 

 少女は首を押さえていた。

 うっすらと見える、赤くなった肌。彼女が色白なおかげでかなり目立っている。

 

「あなたは……。いえ、少し具合が悪いだけなので私は大丈夫ですから……」

「そんなこと言ってる場合じゃないよ。君がさっき戦ってたライダー、他のライダーに殺されたよ」 

「え……。それじゃあ、あなたもライダー……!」

 

 逃げ出そうとする彼女だったが首の痛みでへたりこんでしまう。

 

「落ち着いて。今のところ私は敵じゃないよ。というか敵がヤバいから! このままここにいたら君も殺されちゃう!」

「いいえ、殺すのではありませんよ」

「「!?」」

 

 既に、敵はそこまで来ていた。

 眼鏡におさげ。古風で大人しそうな印象の少女。しかし、眼鏡の奥の瞳は獲物を見つけた獣のようにぎらついていた。

 

「殺すのではなく、祝福を与えるのです。ですが、祝福を与えるべき者と日に三人も出会えるだなんて主に感謝しなくては」

「なに言ってるのこの人……」

「私は樋知十羽子(ひじりとわこ)。さあ、あなた達も我が主の元へ送って差し上げます」

 

 なんとかして逃げ出そうと考える。けれど、出入口の前には彼女が立ち塞がっているし、この子を連れて逃げるのは……。

 

『──────』

 

 こんな時にモンスターが!?

 私達の背後の窓ガラスから伸びる糸が私達を捕らえる。そのまま鏡の中へと引き摺りこまれて……。

 

 

 

 

 

 

 聖山高校の校舎の中を練り歩くのは服を着た中二病こと北津喜である。彼女はとある役割のためにわざと肩で風を切っていた。

 

(さあ、いつでも来たまえ鐵宮及びその配下達。私はいつでも受けてたつぞ)

 

「あの!」

「ようやく来たか……!」

 

 後ろから声を掛けられて勢いよく振り返る北。声を掛けたのは小柄な一年の女子生徒。彼女は果たして鐵宮の仲間なのかをじっくりと観察して確かめる。

 

「あ、あの……そんな、見られたら……。は、恥ずかしいです……」

 

 女子生徒は頬を赤くしてうつむいた。ちなみに言っておくがこの女子生徒は鐵宮やライダーとはまったく関係のない一般的な女子生徒である。

 

「いいや、ダメだよ。ちゃんと私の目を見たまえ」

  

 女子生徒の顎に指をかけ、自分を直視するように促す。

 俗に言う「顎くい」である。北は平気でこういうことが出来る人間なのだ。おかげで、女性ファンが多いこと多いこと。

 

「ひゃっ!? き、北先輩……そんな、だめですよ……」

「ふむ……。どうやら違うようだ。君じゃない」

 

 女子生徒がライダーではないと直感で気付いて興味を失った北は再び校舎の徘徊を始める。

 

「えっ、ちょっと! あそこまでやっておいてなにもないんですか!?」

 

 女子生徒の声などもう北には届いていない。

 興味がないものには少し、というかかなり淡白なのが北であった。

 

「まったくなにやってんだか……」

 

 そんな北の様子を少し離れた場所で見守っているのが遥である。北が誘い出して、誘いに乗った敵を北と遥が二人で叩くというのが作戦である。 

 しかし北の様子を見ていると不思議と疲れると遥は少しばかり飽きていた。

 

「この隙にあのクールビューティーと記憶喪失が鐵宮を叩く、か……。私もそっちに行きたかったなぁ」

 

 どう考えてもそっちの方が面白そうだと思う。なんなら今からでもそっちに行こうかと考える。北なら一人でもなんか大丈夫そうだしと。

 

「金草遥」

 

 先程の北ではないが、背後から呼ばれる。北と違うのは、語気に敵意を感じたこと。

 

「一年か。何の用? 先輩いまちょっと忙しいんだよね」

 

 あえて、そんな言い方をする。おちょくるような、言い方。

 だが、その少女にそれは通用しない。

 少女、黒峰樹には。

 

「この間の続き、やりましょうよ。先輩?」

 

 デッキをちらつかせながら誘ってくる。

 そのデッキには見覚えがあった。いつだか埠頭で闘ったライダーのもの……!

 

「いいね、今度こそ白黒つけようか」

 

 遥は自身に与えられた仕事など忘れ、戦いに赴く。

 昼間はツルギに実質敗北していたので少しばかり鬱憤が溜まっていた。強いゲーマーである彼女は、人よりも負けず嫌いなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 遥が戦いに赴くのと同じ頃、人の出払った新聞部部室にいた美玲と伊織の前に二人のライダーが立ち塞がっていた。

 陽菜と、射澄である。

 

「ごめん咲洲。あんたに恨みはないけど倒させてもらう」

 

 陽菜が茶色のデッキを掲げ、美玲に挑もうとしている。美玲は射澄に視線を配る。射澄も同じように視線を美玲に向けていたので自然と二人の目は合う。そうして二人は目で意思を伝えあう。

 

「咲洲さん。二対二ですが……」

「安心して。実質三対一よ」

 

 言葉の意味を察した伊織もまた戦闘態勢に入る。

 ここでも、戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室。鐵宮は一人、黙していた。

 自身の前に立ち塞がろうとする咲洲美玲とその一派の排除を命じ、今は結果待ち。将として、座して待っていたのだ。

 そんな彼の前に現れる、白い人影────。

 

「やあ、君がアリスかい? いや、違うか。アリスという少女は宮原鏡華と瓜二つだという。それに君は少女というよりは女性という感じだ。それで、どちら様かな?」

 

 鐵宮はその存在に動じることはなかった。

 その態度が、白い人影には面白かったようでクスクスと笑い始める。

 

【そうね、私はアリスじゃないわ。私は……コア。コアと呼びなさい】

 

 白い人影はコアと名乗った。コアは鐵宮に近付くとその思わずぞくりとするほどの白さの手で鐵宮の頬に触れる。

 

【貴方、面白いわね。アリスよりも面白いかも】

 

「ほう? その言い方だと貴女はアリスよりも上位の存在のようだ」

 

【上だとか下だとかそんなじゃないわ。私はただこのゲームを面白くしたいのよ。だから、面白い貴方にこれをあげるわ】

 

 コアの手から鐵宮に白いオーラが流れこむ。鐵宮はそれをただ受け入れる。

 

【いいわ、いいわ。その全てを飲み干してやるっていう気概。そういう人、私は好きよ】

 

 白いオーラを注ぎ込んだコアは鐵宮から離れる。そして、私が見える?など問いかける。

 

「ああ、よく見える。いや、前よりも視力が上がったような気がするよ」

 

【それだけじゃないわ。今の貴方には……未来が視える】

 

「未来が……? ッ!?」

 

 頭を押さえる鐵宮。目の奥が痛む。思わず目を閉じる鐵宮だが、その目には映っていた。

 

 生徒会室の扉を乱暴に開けて入室してくる銀髪の少女の姿が。

 

『最近は学校が面白そうだから真面目に登校してたんだけど、まさかあの子以外に男のライダーがいるとは思わないじゃん? ね、闘ろうよ』

 

「い、今のは……」

 

【それが未来よ。そのうち慣れて痛まなくなるだろうからその目を利用してこの闘いを勝ち抜きなさい。それじゃあね、鐵宮君】

 

 そうして白い人影、コアは生徒会室から消えた。再び一人となった鐵宮。だが、急に扉が乱暴に開けられる。

 生徒会室に入ってきたのは、長い銀髪の少女。

 名前は、喜多村遊。

 

「最近は学校が面白そうだから真面目に登校してたんだけど、まさかあの子以外に男のライダーがいるとは思わないじゃん? ね、闘ろうよ」

 

 さっき見た光景と、さっき聞いた言葉と、まるで同じである。

 その事実に思わず笑いが込み上げてくる。

 

「いいだろう……試してやる」

 

 その言葉を自分の実力を試すことだと思った遊はにやりと口角を上げるが、鐵宮の言葉の意味はそうではない。

 与えられたこの眼の力を試すという意味で言ったのだ。

 

 乱暴に閉められる扉。

 生徒会室に、二人の「変身」という声が響いた。




次回 仮面ライダーツルギ

「あなたも人を殺して……ッ!」

「なかなかいい拳だよ本当に、君のは」

「え……戻して! さっきの可愛いのに戻して!」

「とにかく、今はこの人達を助けるのが先か……」

 願いが、叫びをあげている────


ADVENTCARD ARCHIVE
TIME VENT
時を巻き戻すカード。
アリスはこのカードを用いて何度もライダーバトルを繰り返してきた。


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?+1ー29 戦場は学舎

 新島陽菜が変身した仮面ライダーグリズはストライクベント「アトスナックル」を装備し、鋭い爪でアイズに襲いかかる。その様は獲物を狩る熊のよう。

 その爪をアイズは弓剣で受け止めるが、段違いのパワーに押され、壁に追いやられてしまう。

 

「パワーなら、私が上ッ!!!」

「そう、みたいね……!」

 

 壁とグリズの板挟み。

 グリズはこのままアイズを押し潰さんばかりの勢いで力を籠める。

 なんとかこの牢から脱出しようとアイズは膝蹴りを胴に向けて行うがグリズの堅牢な鎧に阻まれ新島陽菜の肉体には響かない。

 窮地は続く。

 なんとか脱しなければ自身の命の危機。この危機を乗り越えるべく美玲が取った行動は……。

 

「ッ!」

「なっ!? 痛……!」

 

 それは、頭突き。

 生物共通の急所である頭突きは誰にだって効果がある。美玲にも多少痛みがあるがそれ以上にダメージを負ったのは新島陽菜のほう。グリズが後退ったところに頭部に回し蹴りを連続で決め、弓剣で鎧を切り裂き更に追い討ちをかける。少なくないダメージを負わせた隙にアイズは自身にとって有利なフィールドに移動した。外の広い空間でならその機動力と弓による遠距離攻撃を活かせるからだ。

 

「くっ……待て!」

 

 痛む身体に鞭を打ちアイズを追いかけるグリズだが誰が見ても既に勝敗は決しているようなもの。それでも、新島陽菜は自身の願いの奴隷となる。

 願いが、痛む身体に鞭を打った。

 

 

 

 

 

 

 校舎の屋上では三叉槍と突撃槍という二つの槍がぶつかりあっていた。

 射澄の変身する仮面ライダーヴァールと伊織が変身する仮面ライダーピアースによる長物対決は小気味よい金属音を響かせて、互角の戦いを繰り広げる。どちらに勝負が転がるか分からない。

 一度、ピアースは後退し間合を測る。

 次なる攻め手を思案するためであったが、ヴァールが三叉槍の穂先を下ろした。

 

「これくらい打ち合えば、誤魔化せはするだろう」

 

 射澄の言葉に戦意がないことを認め、ピアースもまた突撃槍の穂先を下ろす。いや、元より戦意なんてものはなかった。射澄の言うとおり誤魔化すための芝居にしか過ぎない打ち合い。

 美玲が言っていた実質3対1とはこのことであった。

 

「どういう繋がりで君が美玲と燐君の側についたかは知らないけれど二人を頼むよ。今の私は人質ならぬカード質を取られていてね。バレたらどうなるか分からない」

「そう、ね。私もまだ少し迷いはあるけれど……。けど、彼の仮面ライダーのあり方の方が、性に合ってるみたいだから」

「そうか。そうだね、私もそう思い始めていたところだったんだ……」

 

 空を見上げるヴァールの仮面の下。射澄の瞳が僅かに揺れる。静かに、ミラーワールドの音だけが二人の間に流れていた。

 その者が乱入するまでは。

 

『ライダー……食べちゃうね』

 

 髪を下ろし、乱れた前髪の間から覗く目は捕食者の目だった。

 

「っ……お団子君……」

『あれ、あんたは……あの時のライダーか。ちょうどいい。食い損ねたからあんたをいただかせてもらうよ。変身』

 

 影守美也の肉体を借りた加藤陽咲が仮面ライダー縁へと変身する。

 

【SWORD VENT】

 

 カッターのような大型の刃を召喚しヴァールへと肉薄する縁。射澄は相手の身体が美也であるため戦いの心構えが出来ず、凶刃の餌食となる。

 

「ぐっ……お団子君! 目を覚ますんだ!」

 

 攻撃の合間を縫って、射澄は美也へと声を届かせようと叫ぶ。

 だが、届かない。

 亡霊が声を阻む。

 

『美也は寝てるんだよ……起こしちゃ駄目でしょうッ!!』

「があぁッ!?!?」

 

 地に落とされていた刃が跳ね上がる。

 下腹部から縦一閃。激しく散った火花と共にヴァールは地に墜ちた。縁はヴァールの胸を踏みつけ、剣を突き刺そうとする。その様は獲物を屠るためにじわりと口を開けた蛇のよう。

 だが、この場にはライダーがもう一人いる。

 

 ピアースが突撃槍を縁の横腹に叩きつける。

 鈍い音と共に縁は地面を転げ、剣を杖にして片膝で立つ。素早い体勢の建て直しにピアースは追撃を躊躇った。

 

「救助ありがとう。危うく死ぬところだった」

「いいえ。ねえ、あいつが……」

「ああ、聞いているだろうけど身体は影守美也という少女のものだ。だからあまり痛めつけないでもらえると助かる」

「痛めつけないでって……」

 

 二人の会話を遮るように縁が強襲する。

 刃を槍で受け止めたピアースが声を上げる。

 

「向こうはこっちを殺す気で来てるのに痛めつけるなって無理よ!」

「無理難題は承知の上だとも! なんとか、なんとか私が彼女を呼び戻すから頼むよ一角君!」

「呼び戻すって……というか一角君ってなに!」

 

 ここに即席のコンビが誕生する。

 槍を武器とする青いライダーが二人。縁の呪縛から美也を取り戻さんと得物を握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 学舎に似つかわしくない銃声が響く。

 深緑のライダー甲賀を狙って放たれた弾丸は壁を穿ち、甲賀が短刀型のバイザーでカノンに斬りかかる。軽快なステップで短刀の間合から外れるカノンだが甲賀の追撃は続く。

 距離を保ちたいカノンと間合を詰めたい甲賀の鬩ぎ合いは……甲賀に軍配が上がった。刃がカノンの装甲を掠める。

 いよいよ、二人の距離はなくなった。

 

「ほらほら、もう私の間合だよ。離れなくていいのかな」

 

 挑発を織り込み斬撃を繰り出す甲賀に対してカノンは無言を貫いていた。

 

「あの余裕そうな態度はどこに行ったのさ!」

 

 調子づき、大振りとなった甲賀の腕をカノンが掴み、自身の身体に密着させると銃声が一発。

 続けて二発、三発、四発、五発。

 掴んでいた甲賀の腕を離す。膝から崩れる甲賀を無感情に見下ろしていた。

 

「分かってないなぁ。近距離も遠距離もないんだよ(こいつ)には」

 

 カノンバイザーを弄び、甲賀の眼前に銃口を置きながら気だるげに話す。

 そして無情に銃爪を引く────。

 

 響いたのは銃声ではなく轟音。

 校舎の壁を突き破り、メタリックグリーンの鎧が転がってきた。

 

「なんだ!?」

「ッ……! ……鐵宮……」

「黒峰君か、君も戦っていようとはね。よし、君の敵も私が倒してやろう」

 

 悠然と、破壊された壁をくぐり現れた吼帝。

 その鎧には傷ひとつついておらず、吹き飛ばされてきたライダー、レイダーとはえらい違いである。あのライダーの中でも強豪とされるレイダーをここまで痛めつける吼帝の暴虐とは……。

 

 

 

 

 

 

 砲弾のような拳が自分の顔面目掛けて放たれる……。

 これはこれから起こる未来の景色。

 

「おりゃあぁぁぁぁ!」

 

 雄叫びと共に放たれるそれは視えた未来と同じ軌道で私に迫る。これまで戦ってきたライダーとは違う拳の冴えだがもう見えてしまっている以上は避けることなど容易い。

 半歩、それだけの移動で回避。それと同時に逆に敵の顔面に裏拳を叩き込む。

 

「ぐえっ!? ……やるねぇ」

「軽口を叩く余裕があるようでなによりだ。簡単にやられてはつまらないからね。もっとこの力を試したいのでな!」

 

 コアという謎の存在から与えられた「未来視」の能力。

 そして戦い始めてから気が付いたが、やけに身体が軽い。それでいて力が漲っている。

 すこぶる調子がいいというわけだ。

 

 今度はこちらが攻めのターン。

 真正面に立つ喜多村遊/仮面ライダーレイダーを蹴り飛ばし、来いと手招いて挑発。すると思った通りに奴は挑発に乗ってきた。

 そして、視る。

 私に向けられた暴力()の軌道を。

 

「おらおらおらおらぁ!!!!!」

 

 吹き荒ぶ拳の嵐。

 一発でも当たれば大きなダメージになるだろうという攻撃が何発も炸裂する。

 だが、当たるわけがない。

 全て見えているのだから。

 全て知っているのだから。

 

「くっ……なんで当たんないかなぁ!!!」

 

 苛立ちが拳に乗ってくる。こんな拳なら、わざわざ未来を視る必要もない。

 

「大体理解した。次はこちらの番だ」

 

 未来視。

 回避、防御の流れを確認。あとはそれにあわせて攻撃していくのみ。

 打、打、打。

 暴力による支配。

 吼帝とレイダーの上下関係は決定付けられた。

 満身創痍のレイダーを蹴り飛ばす。校舎の壁に衝突し、壁は崩壊。煙の向こう側のレイダーへと追い討ちをかけるために歩き出し、甲賀とカノンが戦闘中のところに遭遇するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 耳をなぶる音が鏡の中から響いてくる。

 ライダーが、戦っている……。

 

「ッ……! いや!」

 

 思い出す、自身の罪を。

 違う、殺すつもりなんてなかった。

 あれは事故である。

 私は、私は……。

 

「戦いが始まっているな……」

 

 ふと、そんな声が聞こえた。彼女は窓の外を見ているようだが、違う。

 鏡の中を見ているのだ。

 彼女……北津喜さんは。

 

「私も参戦すべきか……ん? やあ上谷さん。どうしたんだいそんな青い顔して……」

「あ、あなたもライダーなんですね……」

「上谷さん……?」

「あなたも人を殺して……ッ!」

 

 身体の震えが止まらない。

 足に力が入らず、膝から崩れて……。

 

 思い出す、殺してしまった少女の悲鳴を。

 思い出す、殺してしまった少女の怨嗟を。

 

「いや……いやッ!!!」

 

 呼吸が乱れる。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 殺されたくない。

 殺してしまった。

 殺されたくない。

 殺してしまった。

 殺されたくない。

 殺してしまった。

 

「上谷さん落ち着くんだ! 私は敵じゃない!」

「……敵じゃ、ない……?」

「ああ。今はこのライダーバトルを止めるために仲間達と戦っているんだ。だから私は君の敵じゃない。その感じ、無理矢理ライダーにされたんだろう?」

 

 私と目線を合わせ、優しく語りかける北津喜という少女。彼女との関わりは本当にここ最近からであるが、彼女を信頼していいのだろうか。

 最後の一人になるまで殺しあうというのなら裏切られてしまうのではないだろうか。利用されてしまうのではないだろうか。

 せめぎあう。

 誰かを信じて、楽になりたいという気持ちと、疑心暗鬼、不安というものが。

 

「大丈夫。私と私の仲間なら信頼出来る。だから、ね?」

 

 差し出された手を見つめる。

 救いの手か悪魔の手か。

 私は、その手を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて、本気で殺しあった相手と共闘するというのは変な気分である。なんて、そんな思考は即座に放棄した。

 そうでなければ、二人まとめて殺されてしまう。

 

「なんで当たらないんだよッ!」

 

 銃爪を引き続ける。

 放たれる弾丸は確実に命中するはずのものだった。

 けれど、弾丸は全て回避されるか防御されてしまい接近を許す。

 

「けどこの距離なら当たるだろ!」

 

 そう、銃には近距離も遠距離もない。

 当たれば有効、一本である。

 

「ふっ……当たらんよ」

「なっ!?」

 

 嘘だ、そう思った瞬間には獅子の拳が腹部を抉っていた。

 呼吸が覚束ない。

 鋭い痛みが突き刺すよう。

 それでも、動かなければ……。動かなければ、死しかない……。

 

「もう終わりか? もっと頑張りたまえ……おっと」

 

 余裕をこく吼帝に拳が放たれる。

 それすらも吼帝は回避してみせたが……。なんて、化物。

 

「なかなかいい拳だよ本当に、君のは」

「君に褒められてもなんか嬉しくないなぁ……!」

 

 事前動作がまるでない回し蹴りが吼帝の頭を狙って繰り出される。恐ろしく速い蹴り。まともに食らったら頭がサッカーボールのように飛んでいってしまうのではないかというそれを吼帝は簡単に、腕の一本で防いでみせた。 

 

「ッ!?」

「戦闘能力は全ライダーの中でも随一。だが、今の私には及ばない」

 

 レイダーの軸足を払い、転ばせると同時に鳩尾に拳を叩きつけた。地面が、震えた気がした。

 それほどまでの力を叩き込まれたレイダーはもう生気を感じさせない。死体のように倒れたまま。

 

「ふん……さあ、そろそろ立ち上がれるぐらいにはなってくれたか?」

「チッ……」

 

 向こうはこっちがまた戦えるようになるまで待っていたらしい。

 しかし、今回負ったダメージが大きすぎる。これは逃げるしかない……!

 

「逃がすとでも!」

 

 脱兎の如く駆け出したが、目の前を巨大な手裏剣が通りすがる。

 あと半歩、先に進んでいたら直撃していた。だが、そっちの方が良かったかもしれない。

 

「いい援護だよ黒峰君。さあ、終わらせようか……!」

 

 悠然と歩み寄る吼帝にバイザーを向ける。銃爪を引く瞬間、吼帝は突然後方へと飛び退いた。そのすぐ後に、吼帝がさっきまでいた位置に矢が一本、二本、三本と突き刺さる。

 

「……なるほど。狙撃、奇襲に関してはこちらが視る前に自動的に視せてくれるのか……」

 

 吼帝はなにやらぶつくさ呟いているが関係ない。あのクールビューティーが作ったチャンスを活かさせてもらおう。

 

【ADVENT】

 

 契約モンスターである機械仕掛けの大蜥蜴、カノンリザードを召喚し吼帝へと差し向ける。カノンリザードに備わった銃口が火を噴き、吼帝を狙う。

 

「ふん……。モンスターに頼ったところでだね、無意味なのだよ」

 

【ADVENT】

 

「チッ!?」

 

 召喚される吼帝の契約モンスター。

 その姿はRPGでは定番のキメラである。

 

 黒き魔獣、レオキマイラ。

 

 自分の存在を示すように吼えるレオキマイラに対抗してカノンリザードもその口を大きく開いて威嚇する。

 始まる、獰猛な獣同士の戦い。

 

「黒峰君。君は咲洲美玲の相手をしてきたまえ。新島君では役不足だったようだ」

「了解」

 

 甲賀は咲洲の方へと行ってくれたが、それでは咲洲が二対一と不利になってしまう。仲間になったなんて意識はないが、こいつらよりは咲洲の方がマシだと思うのでちょっとだけ心配はしてやろう。

 

「ま、人の心配なんてしてられないんだけどさ……」

 

 吼帝は私よりも強い。

 冷静に、事実を認める。

 私より強い奴なんているのは当然で、それを倒すからこそのゲームだ。難易度が上がれば上がるほどに燃えるタイプというかゲーマーとはそういうものだろう。

 だというのにどうしたものか。

 今の私には燃えるような熱がない。ただ、このままでは殺されてしまうという冷たい事実だけ。

 攻略?

 笑わせる。

 こんなものは……。

 

「無理ゲー、だな」

 

 銃口が僅かに下がる。

 身体から力が抜けたのがよく分かる。

 これは負けイベントなのだと理解する。

 ただ、負けてしまえばそのまま負けっぱなし、死にっぱなし。コンティニューなど存在しない。

 

「どうした? 諦めたのか?」

 

 ラスボスの問い掛けに対する返答は、『はい』か『いいえ』のどちらか。

 『はい』を選んで素直に殺されるか、あるいは……。

 

 銃口だけでなく、腕そのものが下がった。 

 

 眼前には吼帝。

 充分、奴の間合である。

 

「口も聞けなくなったか……負けを認める潔さを評価するか、負けを認めた弱さを侮蔑するか……。君はどちらがいい?」

「誰が──────負けただと?」

 

 最速の一発。 

 西部劇のガンマンがやる早撃ちである。

 この距離ならば、絶対に外すはずがない。

 そう、絶対に、外すはずなんて、ないのに……。

 

「なん、で……」

 

 吼帝は、私の早撃ちを読んでいた。

 でなければ、避けられるはずがない。

 

「いい速さだったぞ。君もまた強い敵であった。だが、無意味だ」

 

 視点が転がり、気が付くと青みがかってきた赤い空を見上げていた。

 ああ、なんて、高い空。

 

 胸を踏みにじられる。

 その痛みなんてどうでもよかった。

 これから先のことに比べれば。

 恐怖はなかった。

 ただ、あったのは……虚無感。

 もう、なにも出来ないのかという虚無が私という存在に穴を穿つ。

 

「泣きも喚きもしないとは……命乞いのひとつでもしていいぞ。最期の言葉を私に聞かせてくれないか?」

 

 余裕と加虐心の籠った憎たらしい変態的な声もただの環境音に過ぎなかった。

 

【STRIKE VENT】

 

 吼帝の右腕に契約モンスターの頭部を模した手甲が装着される。

 獅子の口に、禍々しい黒炎が早く檻から出せと猛る獣のようだった。

 

「はは……これでゲームオーバーか……」

 

 思わず、最期に出たのはそんな言葉。

 人間、最期の時にはこんな気の抜けたことしか喋れないのか────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グリズと、乱入してきた甲賀というライダー二人まとめて相手していた時だった。

 踏みつけられた金草が黒い炎に燃やされて、爆発。火柱が立つところを見た。

 

「金草……!」

 

 思わず、そう口走っていた。

 ただの共闘関係。それも、関係を結んだばかりだというのに。

 爆炎の中から、吼帝が現れるのを見た。

 その瞬間、私の中の何かが火花を散らせた。

 

「鐵宮ッ!!!」

 

 弓剣で二人を怯ませ、駆ける。

 だが、弓を持つ手から消滅が始まったのを見て、途端に頭が冷めた。

 

「くっ……」

 

 唇を噛み締める。

 だが、このままではミラーワールドに殺されるなんてつまらない終わり方をしてしまう。

 仇敵を睨み付け、校舎の窓からミラーワールドを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「お団子君!」

『あぁ……うっさい!!!』

 

 呼び掛けること何度目か。

 槍と剣で鍔迫りあっていたが弾かれて蹴り飛ばされる。

 

「くっ……」

「大丈夫?」

「ああ、なんとか……」

 

 ピアースの手を借りて立ち上がり、再び彼女に呼び掛けるために槍を握り直す。

 倒すための槍ではない。

 彼女を受け止めるための槍だ。

 

『くそ……お団子お団子うるさいんだよ……。つッ……美也ぁ……出てきちゃ駄目って言ったでしょ……』

 

 ……!

 出てきちゃ駄目……ということは、まだお団子君の意識は存在しているということ……!

 

「お団子君!!!」

『うるさいッ!!!!!!!』

 

 縁の剣が蛇腹状となり不規則的な動きで私に襲いかかる。

 全身を切り刻まれるが……構うものか……!

 

「つぅ……おおおッ!!!」

『ッ!? 近付くなぁ!!!』

 

『射澄さん!』

 

「ッ!!!」

 

 あと一歩、手を伸ばせば届く距離に彼女はいた。

 だが、縁は飛び退き一帯から離脱。

 この戦いではお団子君を救うことは出来なかった。

 それでも……。

 

「今の声は、確かに……」

 

 見えた光明。

 生き恥を晒した甲斐を見つけた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗くなってきた校舎。

 人も少なく、特別照明がつけられるということもない。

 その場で、立ち尽くすことしか出来なかった。

 別に、仲間なんかではない。

 ただ、その力を利用しようとしていただけでこれまでは敵であった相手。

 それでも……。

 

 私が彼女を引き込まなければ、金草遥が死ぬことはなかったのではないか?

 

 頭を埋め尽くすその考えが、他の思考を遮る。

 

 ライダーバトルに参加している以上、こんな風になることだって覚悟の上だっただろう。

 

 それは詭弁だ。

 それは責任転嫁だ。

 

「彼女の死は、私の責任だ……」

 

 ずしりとのし掛かる重りが胸にひとつ増えた。

 ああ、嫌だ。

 こんな時は余計に彼のことを思ってしまう。

 御剣燐。彼に寄りかかってしまいたくなる。求めてしまう。

 しかし、それでは永遠に終わらない……。

 

 ふと、携帯端末が震えた。

 相手は……燐からで、震える手で急いで出てしまった。

 

「燐、いまどこにいるの?」

 

 早口でそう捲し立ててしまった。

 しかし、当の燐はしばらく無言でようやく口を開いたかと思うと衝撃のことを口にした。

 

『すいません美玲先輩……。デッキを、アリスに奪われてしまいました……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕焼けに染まる中庭は、校舎の外装と相まって幻想的な雰囲気を醸し出しているが、今はそんな場合ではない。

 

「愛をあげるからこっちにおいで」

「誰がお前みたいな変態に!」

 

 絶賛、変態から逃げている真っ最中。

 あとはやべー宗教の人。

 樋知十羽子という少女が変身したライダーとは初対面である。

 赤い、重そうな鎧が特徴的なライダーで逃走中にも関わらず彼女はゆっくりと歩いている。

 

「ねえ! なんか銃とか持ってないわけ!? 離れて攻撃出来るような武器!」

 

 共に変態達から逃げる仲間の白いライダーに尋ねる。

 ただ逃げるのではなく、せめて足止めぐらいはしつつ逃げなければならない。

 ミラーワールドにいられるおよそ10分間は逃げなければならないからだ。

 逃げずに戦えと思われるかもしれないけれど、あの変態と真正面からやりあうのは嫌だ!

 

「あります! シュートベントが一枚!」

「よしそれを使おう!」

 

 白いライダーがカードを短剣型のバイザーに装填するとあの茶色い可愛らしい小動物のようなモンスターが現れて……変身した。

 翼の生えた上半身は人型の蛇のような姿に。

 

「え……戻して! さっきの可愛いのに戻して!」

「やれって言ったのあなたですよね!? ……とにかく撃って!」

 

 白いライダーがモンスターに命じると翼と翼の間に水の球が形成されて……そこから水流が放たれる。

 これならモンスターに攻撃は任せて私達は逃げに徹することが出来る。

 

 しかし、敵はライダーである。

 樋知の変身したライダーが左腕の豹の顔を模した盾にカードを装填。

 

【GUARD VENT】

 

 樋知の両肩にアーマーが装着され、更に重そうな見た目となる。そして……変態達の周囲にバリアが張られ、水流は呆気なく防がれてしまう。

 

「そんなのあり!?」

「私、仮面ライダーエクスシアは防御力が高いんです」

 

 エクスシア……。天使みたいな名前なんかしてぇ!!

 相方は変態悪魔みたいだし天使は天使でもろくな天使じゃないよ!

 

【CAPTURE VENT】

 

「え? やばっ!?」

 

 気が付いたら、足に蜘蛛の糸が巻き付いていた。

 そしてそのまま変態共の方に引き寄せられて……。

 

「さあ、私が愛をあげる」

 

 長い爪をカタカタと震わせ、キス寸前まで顔を近付けながらそんなことを言われるがやはり変態の言うことは理解不能だ。

 というかそれよりやばいんだけどこの状況!

 

「でえぇぇぇい!!!!」

 

 白いライダーが短剣で変態に斬りかかってくれた。

 おかげで変態は遠退いてくれたので助かった。

 ……いやいや。

 

「なんで逃げなかったの!」

「なんでって……あなたは私を助けてくれましたから……」

 

 そんな理由で……。

 だけど、なんとか切り抜けた今のうちに……。

 

「させませんよ」

 

【SWORD VENT】

 

 エクスシアが両刃の剣で私達に斬りかかる。

 白いライダーが短剣で受け止めるが、その横からウィドゥが爪を光らせる。

 変態の相手は嫌だけど、私を助けてくれた人を見殺しには出来ない。

 変態相手にタックルをかまして慣れない格闘技で戦う。

 こういうのは瀬那のポジションで……。

 まあ、案の定私達はボコられまして……。

 やっぱりこういう箍が外れてる人は強いなぁ。

 

「あはは……どうしようね……。私、どっちかっていうとサポートタイプというかなんというかだから……なんというかその、弱いんだよねぇ……」

 

 追い詰められたので、緊張を解すべくジョークを言うがジョークでもなんでもないなこれ。

 

「……サポートなら、何かそういうカードを持ってるんですか?」

「え? まあ、色々揃ってるよ」

「でしたら、一瞬でいいので隙を作ってください。そうすれば、この場を切り抜けられるかもしれません」

 

 どうやら彼女には切り札があるらしい。

 それに賭けるしかないようだ。

 

「作戦会議なんて無駄ですよ。あなた方はここで、主に捧げられるのですから」

 

【FINAL VENT】

 

 ……ファイナルベントなんて絶体絶命。しかし、絶対絶命の時こそ逆転の大きなチャンスである。

 エクスシアの契約モンスターの翼の生えた豹が現れ、重の結界が私達を閉じ込めた。その上空に巨大な光。

 綺麗だとは思わない。

 あれは私達の命を奪う光。

 それにしても……発動までに時間がかかるタイプで助かった!

 

【CONFINE VENT】

 

 私の切り札、コンファインベントはカードの効果を無効化するカード。

 それはファイナルベントも例外ではない。

 私達を閉じ込めていた結界は割れ、豹のモンスターも消える。

 

「なっ!?」

 

 さあ、隙は作った。

 あとは彼女の出番。

 

【STRIKE VENT】

 

 小さなモンスターが変化する。

 今度は大型の鳥へと変化する。

 翼の他に大型のブースターを装備していて見るからに速そうだ。

 

「逃げます!」

「了解!」

 

 二人で巨鳥に飛び乗り離脱する。

 あばよぉ変態!

 

「くっ……麗美!」

「もう追ってる」

 

 

 

 快適な空の旅かと思いきや、ウィドゥの契約モンスターの黒い蜘蛛が追撃してきて奴の撃ってきた針が鳥さんの羽を掠めて不時着。その衝撃で私達二人は近くの車からミラーワールドを出ることになったのだけど……。

 

 

 

 

 

 失意のまま、歩く。

 戦うための力を奪われてしまった。

 そして思い出したこと、知ってしまった現実。

 それらが津波のように押し寄せて、頭が全然回らなくて……。

 駐車されていた白い乗用車の横を通り過ぎている最中だった。

 

「うわぁぁぁ!?!?」

「きゃあぁぁぁ!?!?」

「えっ……えぇ!?!?」

 

 女の子が二人。車から……車のボディから飛び出てきて、僕は押し潰されてしまった。

 どうやら、ライダーのようだ……。

 

「痛たぁ……。君は大丈夫?」

「私は大丈夫ですけど……その、下に男の子が……」

「お、重い……」

「重いとはなんだい! 女の子に失礼じゃないかな!」

「ご、ごめんなさ……待って、早く降りて……死ぬ……」

 

 危うく中のものが出てきそうというかもう死んじゃいそうというか……。なんとか、二人にどいてもらって一命は取り留めたけれど……。

 

「って、君たち怪我して!? 早く手当てしないと!」

「あ、あ~そうだね。結構怪我しちゃって……。ここなら私の家が近いし……痛ぁ……」

 

 立ち上がろうとしてよろけた少女を支える。

 この感じでは家に行くのも大変だろう。

 

「家まで案内してください。連れていきますから」

「え、けど……」

「そこの君も。まとめて手当てしますから。いいですね」

「は、はい……」

 

 半ば強制するような口調になってしまった気がしないでもないが仕方ない。

 快活そうな少女に肩を貸して近くだという家に向かって歩き出す。

 ……歩き始めてから気付いた。

 さっきまで失意のドン底にいたというのに、いつの間にか少しだけ回復していた。

 緊急事態でそれどころではなかったというのもあるけれど……。

 

「とにかく、今はこの人達を助けるのが先か……」

 

 隣の少女に聞こえないよう自分に言い聞かせる。

 力のない僕は、出来ることをするしかないのだから……。




次回 仮面ライダーツルギ

「これは、勝利宣言だ」

「でしょうね。今、一番奴に歯向かってるのは私でしょうから」

「男の、ライダー……。お前あの時の奴か!!!」

「はい、炒飯」

 願いが、叫びをあげている────

ADVENTCARD ARCHIVE
SHOOT VENT
アゲートヴィーヴル
AP2000
仮面ライダーヴァリアスの契約モンスターヴェイルーツがシュートベントによって変化した姿。
下半身は蛇、上半身は人のようで翼が生えている。
水を発射し遠距離から攻撃する。


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?+1ー30 王の宣言

「痛たたたぁ! 痛い痛い~!」

「もう、ちっちゃい子じゃないんですから大人しくしてください」

 

 手当を受けている少女の子供っぽい悲鳴が響く。

 手当をしている少女の方がまだ中学生と言われても素直に信じてしまうような見た目なのにしっかりしている。というか、手当をしている君も手当が必要だぞ。

 タオルを濡らしたりなど雑務を任されている間に手当が始まってしまっていた。

 

「君も怪我してるからおとなしくしてないと駄目だよ」

「私は大丈夫ですから」

「そんなことないでしょ。顔にまで怪我しちゃって……絆創膏、絆創膏……」

 

 救急箱から絆創膏を取り出して貼ってあげる。

 これでよし。

 

「おお~手慣れてるね~お兄さん」

「妹がいるので。流石にもうこんなお世話してないですけど小学生の時とかはよく怪我してたから……」 

 

 妹が小さい時のことを思い出す。

 しょっちゅう転んでは泣きついてきていたものだ。

 

「……今の話だと、私が小さい子みたいな扱いじゃありませんか?」

「え!? い、いやそんなことは……」

 

 少しだけ、ほんの少しだけ妹のような感じがしていたのは事実だ。

 こう、なんだろう。

 妹オーラみたいなものが出ている気がする。

 

「そういえばお兄さん。私達が鏡の中から出てきても驚かなかったよね。なんで?」

「なんでって、ライダーなんでしょ?」

「どうして、男のあなたがライダーのことを……」

 

 あ、そうか。

 最近はめっきり驚かれなくなってたけど基本的に僕はイレギュラーな存在なんだった。

 そして、僕はもうライダーではない……。

 

「その、ついさっきまで僕もライダーだったんです。けどデッキを奪われてしまって……」

「奪われたって、誰に? 他のライダー?」

「……アリスに、です」

 

 せめて、刃のデッキだけでも確保出来ればって……いや、刃のデッキは彼の物だ。人の物を盗ってはいけない。

 

「ふ~ん。まあ、女の子の戦いに男の子がいたんじゃね。アリスも仕事してくれたってことで。それよりお腹空いた~。ねえ、なにか作ってよ~お兄さん~」

「こき使うな君……」

「こっちは怪我人だぞ~」

 

 それを言われてしまっては弱る。

 それじゃあキッチンをお借りしますと言ってからふと気付いた。

 ここまで会話しているのに、まだお互いに名乗っていなかった。

 

「僕はお兄さんじゃなくて、御剣燐。聖高の一年だよ」

「私は天才JKマジシャン撒菱茜だよ! よろしく燐」

 

 いきなり呼び捨てとは、なかなか人との距離感が近い人だ。

 そして、もう一人の少女も名乗ってくれた。

 

「……華甸川(かでかわ)真里亞(まりあ)です」

 

 

 

 

 

 

 キッチンを借りて、なにかを作ることになったのだが「今日買い物に行く予定だったんだよね~」と語った茜さん。

 ようするに、食材があまりないということである。

 冷蔵庫のあまりもの。

 冷飯。

 

「……あの、大丈夫ですか?」

 

 真里亞さんがこの惨状に心配してくれたがなんてことない。

 これだけあれば充分なのだ。

 

「大丈夫。任せといて!」

 

 真里亞さんは手伝いを申し出たが怪我人にそんなことはさせられないので丁重に断り調理を開始する。

 後ろから茜さんのお腹空いたというお化けのような声がするが大丈夫。これは早く済む。

 

 父さんが言っていた、中華はスピードだと。

 

 

 

「はい、炒飯」

 

 炒飯。

 それはパスタと並ぶ男の料理とされている。

 部長も言っていたけど、モテたいならパスタと炒飯だと。

 モテたい……かどうかはさておき自炊は出来て損はないし少ない食材で簡単に作れるので炒飯はよく作る。

 妹からも好評な僕製炒飯どうぞ召し上がれ。

 

「うん、美味しい」

「……美味しい、です」

 

 よかった。

 美味しいと言ってもらえるのは嬉しい。

 折角作ったものだしね。

 

「あーあ、折角こんな美味しい炒飯があるのに瀬那ったらどこほっつき歩いてるんだか」

「セナ? 妹さん?」

「ふふーん。私の仲間だよ。今は家に居候してるんだ」

「へぇ……」

 

 そんな話をしたからか、噂をすれば影というやつでそのセナという少女が帰ってきたらしい。

 リビングに入ってきた少女はドアの前で立ち止まった。

 雑に伸ばしているだけの髪を金に染めた少女。

 全体的に細い、というより痩せすぎだ。

 なにより、その他人を拒絶する意志を宿す目には圧倒されてしまう。

 

「誰だ、お前ら」

 

 その言葉が、肉食獣が威嚇する時の唸り声に聞こえた。

 彼女の中では僕と真里亞さんは自分のテリトリーに侵入した敵でしかないようだ。

 別に彼女と仲良くしたいだとかそういったつもりは一切ないが、何事も穏便に済ませたいと思うのが普通だ。

 ここは、言葉を間違えたら殺される。

 それぐらいの心づもりで言葉を選べ……。

 と、意気込んでいたのだが。

 

「もう、なにシリアスやってるの! シリアス禁止! はい瀬那も燐が作った炒飯食べよ!」

「誰がそんなもんッ!?」

 

 無理矢理、セナという少女の口に炒飯が突っ込まれた。

 咀嚼する。

 妙な空気が部屋を包む。

 

「……うまい」

 

 敵対心だとかが抜けた声がした。

 少女の目には光が宿っていてさっきとは雰囲気が違う。

 もしかして、あれだろうか。

 さっきまでの険しい雰囲気はお腹が空いてイラついていたとかそういう……?

 思っていたよりこの少女、普通の女の子なのかもしれない。

 あっという間に炒飯を平らげるとソファに腰掛け改めて僕達について問いただしてきた。

 

「で、お前らはなんだ」

「この子はライダーで私が助けた真里亞で、こっちのお兄さんは二人まとめてピンチになった私達を助けて炒飯まで作ってくれた燐だよ」

「お前……ライダーなんか助けやがって。見殺しにしとけば良かったんだ。数が減るからな」

「だってヤバイのに絡まれてたんだもん。この間のあの変態」

「は? あいつまた出たのか……」

 

 二人の会話を眺める僕と真里亞さん。変態の二文字で通じ合っているが果たして……。

 

「多分、黒い蜘蛛のライダーのことだと思います……。ちょっと、変な感じしたので。あともう一人の方も……」

「ええ……変態が二人いるの?」

 

 治安悪くなったなぁ聖山市も。

 

「あと燐もライダーだよ」

 

 その一言が空気を変えた。

 この人は余計なことを……!

 しかも僕の予想以上にセナさんは怒り出して……。

 

「男の、ライダー……。お前あの時の奴か!!!」

「えっ、えっ!? どの時!? どの時ですか!?」

「あの夜! 咲洲といただろ!」

 

 あの夜?

 美玲先輩といた?

 ……思い出した。

 僕が初めて

 

「もしかして、あの黄色いライダー……ですか?」

「ああそうだ! あの時はやられたけど今はそうはいかない!」

「落ち着いてください! 僕はもう、ライダーじゃありませんから……」

 

 自分で言って、数時間前の事実を再確認する。

 デッキを奪われ、この時間が何度も繰り返されていることを知り、僕の身になにが起きたかを知った。

 僕が犯した罪と、償うための罰たる戦いと……。

 

「ちっ……。出てけ、ライダーと馴れ合うつもりなんてない」

 

 ここは、彼女に従った方がいいだろう。

 居残ったら殺されてしまいそうだ。

 荷物をまとめて立ち去る。

 もう、ここに僕がいる意味はないのだから。

 

 

 

 

 

 

「ま、待ってください!」

 

 茜さんの家を出てすぐ真里亞さんが僕のあとを追ってきた。

 それもそうか、彼女もセナさんからしたら部外者なのだから追い出すのは僕だけではない。

 

「追い出されちゃいましたね、僕達」

「まあ、長居は出来ないから……。あの人の言う通りよ、ライダーがあんなに集まって、手当てしたりとか普通ならあり得ない」

 

 あり得ない、か。

 本来のライダーバトルをしていたライダーからすればそれはあり得ないことか。

 それでも、僕にとっては……。

 まだ数日だけではあるけど、仲間がいて皆で一緒に行動して……。

 だけど今はどうだ。

 射澄さんは鐵宮に捕らわれ、美也さんはあの黒いライダーに取り憑かれて。

 その上、僕はデッキを奪われてしまった。

 ライダーとして戦うことが出来るのは美玲先輩と北さんと伊織さん、協力してもらっている遥さん。

 数は揃っているかもしれない。それでも……。

 

 僕のせいで繋がってしまったこの世界とミラーワールド。

 僕がミラーワールドへの扉を開いてしまった。

 だから、こんな殺し合いが起きている。

 僕のせいで多くの人が命を失うことになった。

 ライダーバトルによって。

 モンスターによって。

 その責任は、僕がこの戦いを止めて、モンスターから人を守り続けなければ取ることは出来ないだろう。

 一生を、懸けても。

 

「……どうしたの? 顔色が悪いわよ?」

「え……。いや、なんでもないよ。それより、なんかさっきと雰囲気違う感じするけど……」

 

 今話していて思った。

 さっきまでとなんだか違う。

 口調と雰囲気が違う。

 さっきまではおとなしい人って感じだったけれど、今は……なんだろう。自分にはいないからよく分からないけれどお姉さん……みたいな?

 

「こっちが素なのよ。学園だとこんな感じじゃ怒られるから猫被ってるの」

「へ、へ~……。僕の前では、いいの? 猫被らなくて」

「そうね。学園の人じゃないし、貴方の前では別にいいかなって、そう思ったのよ」

 

 得意気な笑みを真っ直ぐ向けられ、内心少しだけドキッときた。

 いけないいけない。

 僕には美玲先輩という人が……。

 

「あ……」

 

 そう、だ。

 記憶を呼び起こされて思い出していたが僕と美玲先輩は……。

 

「どうしたの? 今度は顔真っ赤よ? 顔色が忙しいわね」

「な、なんでもないよ……」

「なぁに? もしかして、私に惚れた?」

「違います」

 

 そう言ったら、脇を小突かれた。

 結構痛い。

 

「な、なんですか!」

「別に。冗談を真面目に返されたから面白くなかっただけよ」

「さいですか……」 

 

 痛む左脇腹をさする。

 それからはしばらく無言で歩き続けていた。

 建ち並ぶ家々からは笑い声が響いたり、今日の夕飯の香りをお裾分けしてもらったり。そこには確かに日常があった。

 車が一台、僕達の先を行く。

 排気音が遠くなった頃、真里亞さんが口を開いた。

 

「……ねえ、貴方もライダーなんでしょ」

「……はい。デッキを奪われちゃいましたけど」

「どうして、ライダーになったの?」

 

 ライダーになった理由……それは……。

 

「……僕のせいで、この戦いは起こってしまったんです。だから、僕が止めないと……」

「貴方の、せいで?」

「そうです……僕がミラーワールドを開いてしまったから……。だからモンスターが人を狙うようになって……」

 

 堰は崩壊していた。

 この事実に耐えきれなくなってきていた。

 全ては、自分の責任であるということに……。

 

「……よく分からないのだけれど、本当に貴方の責任なの?」

「え……?」

「ミラーワールドが開いたのが貴方の責任だとしてもそこからライダーバトルが発生してしまったのは何故?」

「それ、は……」

 

 ライダーバトルが始まった理由。

 それは、分からない。

 そもそも仮面ライダーは最初、僕しかいなかった。

 それが何故、今はこんなにも仮面ライダーが存在しているのだろうか。

 ただ、それでも……。

 

「それでも、僕の責任だ。ミラーワールドさえ開かなければこんなことには……!」

「違う。それは違うわ」

「なんでそう言い切れるんですか!」

「貴方の罪がミラーワールドを開いたことだとして、それを利用してライダーバトルを起こした人がいる。ならライダーバトルが起きてしまったことは貴方ではない別の誰かの罪。それも、貴方がミラーワールドを開けたことを利用した悪どい奴よ、きっと」

 

 反論、したかった。

 だけど、言葉が出なかった。

 

「それに誰も貴方を糾弾なんてしないし出来ないわ。特に、ライダーなら。願いがあるから戦ってる。願いを叶えるチャンスを与えてくれた……」

「チャンス……?」

「私の願いは小夜……死んだ妹を蘇らせること! ……だから、私は戦うわ。譲れない願いのために。貴方がデッキを奪われてライダーじゃなくなったのは幸運かも。私、貴方のことは殺したくはないみたいだから……それじゃあ私はこっちだから。また会ったらあの炒飯お願いね! すっごく美味しかったから! それじゃあね!」

 

 真里亞さんはまたあの得意気な笑顔を浮かべて走り去っていった。

 怪我人ということを忘れさせるほどの元気に少しだけ、僕も元気になれた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 夜の生徒会室に光が灯っているが特に気にされることはなかった。文化祭が近付いてきているのでこの時期はそういうものなのだと教師も生徒も思っているからだ。

 しかしこの生徒会室で話し合われることは文化祭のことではなくライダーバトルのことであった。

 そして今の議題は鐵宮が手にした力のこと。

 黒峰樹は半信半疑で問いかけた。

 

「……本当なの? 未来が見えるようになったって」 

「ああ、素晴らしい目を与えてくれたものだよ。彼女には感謝しなければならないね」

「彼女? アリスのこと?」

「いいや、彼女はコアと名乗っていた。君達は会ったことは?」

 

 全員に問いかけるが、コアとは誰も会ったことはなかった。そもそも、コアという名すら初めて聞いた者しかいない。アリス以外にもライダーバトルに関わる謎の存在がいるという事実に内心驚くばかりである。

 

「なるほど、それでは彼女は私にとっての勝利の女神ということかな?」

「きっとそうだよ! その力があれば私達は無敵だもん! そうしたらなっちゃんもっともっとライダーを殺せるもんね~」

「頼もしいな玄汐君は」

 

 未来視の能力を手に入れた鐵宮は現時点において最強のライダーの座に君臨していることは間違いない。

 そうなると彼の下についたのは正解だったに違いない。そう、思いたいところではあるが……。

 

(未来が見えるってことはつまり寝首を掻くのも駄目ということになる。もしもこいつが私との約束を果たさずに切り捨てられるようなことになれば────)

 

 樹は彼との契約が不履行になることを恐れた。

 鐵宮を勝たせるために彼の手駒となり、願いを叶えた暁には自分の願いである右腕の治療を施してもらえる。

 だがもし鐵宮がこの契約を守らなければ。

 その時は鐵宮を殺す気でいた。

 しかし今の鐵宮に奇襲は通用しない。

 自分の得意な戦法が通じないのであれば、奴を殺せないのであればその時は……自分はどうすればいいのかと。

 

「鐵宮。興味本意で聞きたいのだけれどいいかい」

 

 ずっと黙っていた射澄が鐵宮に問いかけた。

 珍しいと誰もが思った。

 メモリアカードを奪われて、無理矢理従わされている彼女はここでは最下位の人間であり発言できるような者ではなかったからだ。

 

「なんだね神前君。言ってみたまえ」

「その未来視の能力はどこまで先の未来を見れるんだい? 明日までなのか一週間後までなのか、はたまた何十年も先の未来まで見据えることが出来るのか……」

「なるほど、確かにこの目の性能限界は知っておくべきことだ」

 

 鐵宮は瞳を閉じた。

 自分自身が見据えることが出来る最も先の未来を視るために────。

 

 

 

 

 

 

 映るはもう一人のイレギュラー。

 御剣燐。

 彼が、目の前に立ちはだかっている。

 そこから先は……見えなかった。

 ここが、限界。

 

 

 

 

 

 

「……恐らく、一週間以内までだ」

「視たのかい?」

「ああ」

「どんな未来だったの~?」

 

 鐵宮は口を閉じた。

 先程までの上機嫌は鳴りを潜め、席に深く座り込んだ。

 

「……鐵宮?」

「……試練は、付き物か」

「は?」

「……神前君、君の友人である咲洲美玲に伝えたまえ。降伏しろと。黒峰君と佐竹副会長は他のライダー達にこう言いたまえ、"鐵宮に従えば願いを叶えよう。歯向かえば死あるのみ"だと」

 

 全員が鐵宮の意図を理解しきれなかった。

 そんな困惑を浮かべる臣下達に王は言い放つ。

 

「これは、勝利宣言だ。私はこの戦いに勝つ。そして勝利の暁には私に従った君達の願いを全てを叶えよう」

 

 王が宣言した。

 勝利を。

 

 王が宣言した。

 願いを叶えると。

 

 その言葉には真実か嘘かなどどうでもよくなる力強さがあった。

 そうして、鐵宮達は更にライダーバトルというゲームを優位に進めていく────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、自室で一人。

 家に着くやいなやすぐにベッドに横たわり、それからなにも出来なかった。

 燐と取ろうとしても、出来なかった。

 燐に支えてもらいたい、燐に寄りかかってしまいたい。

 だけど……デッキを奪われてしまったという燐に今、そんなことは出来ない。

 そんなとき、スマホが鳴った。

 すぐにスマホを手に取った。

 燐からかもしれないと思って。

 連絡してきたのは射澄からだった。

 

「もしもし」

『やあ美玲。愛しの燐君じゃなくて悪いね』

 

 ……そんなに分かりやすかっただろうか、私は。

 

『冗談はともかくだ、聞いてほしい。鐵宮はライダーバトルを終わらせる気だ』

 

 射澄の言葉が私の身体を起き上がらせた。

 

「どういうこと……」

『これから話すことは全て真実だ、鐵宮は未来を予知する能力を手に入れた。そんな相手に私達……他のライダーは勝てない。だから鐵宮は全ライダーに対して降伏するように言っている。歯向かえば死、従えば願いを叶えてやると言っている』

「ちょっと待っていきなり情報量が多すぎよ……。未来を予知? 従えば願いを叶える? なにを考えているの?」

『恐らく、全ライダーを従えさせて自分以外のデッキを壊すとかでもするんじゃないのかな。そうして願いは全員の願いを叶えろとか、そんな感じだと思う』

 

 そんな、馬鹿げている。

 全員の願いを叶えることなんてそんなことはきっと出来るわけがない。

 あのアリスがそんな結末を求めているとは思えない。

 直感だけれど、そんな気がする。

 あの女のことが分かる気がするというのは癪だけど……きっと、そうだ。

 

『……美玲に、降伏しろと伝えろと言われた』

「でしょうね。今、一番奴に歯向かってるのは私でしょうから」

『すまない、私のせいで……』

「気にしないで、未来を予知するだかなんだか知らないけれど倒すことは出来るはずよ」

『……まだ、戦う気でいるのかい?』

「当然でしょう。射澄、私は自分で決めたことは曲げるつもりはないわ。鐵宮を倒して、射澄のメモリアカードを取り返すって、そう決めたから。それに……」

『それに?』

「……鐵宮の理屈でいくと、他のライダーの中に燐と付き合うことが願いなんてライダーがいたら燐を盗られるでしょう」

 

 射澄は笑った。

 これ以上に面白いものはないと言わんばかりに。

 

「なによ」

『い、いや……ごめん悪かった。けどそうだね、ひとつのものを求めるライダーが二人いたとしたらその二人の願いはどうなるんだろうね、ああ、なんだそんな簡単な抜け道があるなんてどうして気付かなかったんだろう私は。あーはっはっはっ!!!』

「ちょっと、笑い過ぎよ。……ともかく、鐵宮の要請を受け入れる気はない。徹底抗戦よ」

『それでこそ美玲だ。君が私の友達でとてもおもしろ……嬉しいよ』

 

 ……今のは、聞かなかったことにしてやろう。

 

『私も上手いことやるよ。それに自分なりに鐵宮を倒す方法を考えたんだ。きっと上手くいく』

「……本当なの?」

『ああ、本当だよ。美玲がやる前に私があの男をやっちゃうかもね』

 

 ……なにか、違和感がある。

 そのことを問いただそうとする前に射澄は通話を切ってしまった。

 かけ直しても出ない。

 射澄……なにをする気なの……?

 

 

 

 

 

 

 

 家路につくため、彼と別れて一人になった瞬間だった。 

 あの二人組と再会してしまったのは。

 つけられていて、一人になるところを狙われたらしい。

 デッキを所持していると怪我の治りが早くなることには気付いていたけれど、治癒よりも早い再会はなんて不運。

 更に二対一という圧倒的不利な状況に私は追い詰められていた。

 

「さあ、主の下へお行きなさい。主は貴女を赦します。貴女のどんな罪も洗い流してくれます。だから、どうか……ね?」

 

 両刃の剣が振るわれる。

 短剣で受け止める。カードを使わせてくれる暇すらない。

 それに……罪、だと。

 思い出すのはあの光景。

 私を庇った妹が血を流す姿。

 そうだ、それが私の罪だ。

 あの時、死ぬのは私の方だった。

 神様に連れていかれるのは私の方だった。

 なのに……。

 

『どうしてあの娘なの……』

 

『よりによって……』

 

「ッ……! でえぇぇぇぇ!!!!」

「なッ……!」

 

 紅のライダーを押し返し、この勢いで奴を攻めたてようとする。

 しかし、黒いライダーが行く手を遮る。

 鋭く、長い爪の連続攻撃を躱し続けるが先の戦闘の傷が痛み反応が遅れた。

 爪が鎧を袈裟に斬る。

 

「ぐう……!」

「ふふふ……」

 

 未だにカードを引けない。

 引かせてもくれないし、なにより腕が限界を迎えようとしていた。

 

「痛みを……愛をあげる……」

 

 わけの分からないことを……。

 こんなところで終わるわけにはいかない。

 なんとか、生き延びなければならない……!

 

「ヴェイルーツ!」

 

『キュー!』

 

 名前を呼ぶと契約モンスターのヴェイルーツが駆け付けて足先から私の身体を駆け上がるとデッキからカードを引き抜いてくれた。

 これなら……!

 

「……」

 

【CAPTURE VENT】

 

『キュ!?』

 

「ヴェイルーツ!?」

 

 突如、ヴェイルーツが横から飛来した何かによって吹き飛ばされた。

 電柱に叩きつけられヴェイルーツは蜘蛛の糸のようなもので張り付けられ、脱出しようと踠いているが振りほどけないでいる。 

 これでは……。

 

「カードも使えないし頼みの綱のモンスターもあれじゃあね……。おとなしく私の愛を受け取って?」

 

 ここで、死ぬ?

 死ぬの、私?

 嫌だ、嫌だ。

 死ねない、死にたくない。

 動け!

 動け私の身体!

 こんなところで死ねない!

 

 しかし、思いとは裏腹に身体は動かない。

 ああ、なんて呆気ない。

 なんて情けない。

 嫌だ、()()……死にたくない……!

 

 

 

 

「あーはいストップストップ~」

 

 響いた声はどこか気怠げだった。

 いつから、そこにいたのか。

 ヴェイルーツが張りつけにされている電柱の影からそのライダーは現れた。

 深緑の、忍者のようなライダーが。

 

「……誰?」

 

 紅いライダーが忍者のようなライダーに問いかけた。

 

「殺し合いご苦労様。けどもうこんなことしなくても願いが叶う方法があるんだけどどう? 興味ない?」

 

 殺し合いをしなくても、願いが叶う方法……?

 このライダー、一体何者なの……?

 

「いいえ、そんな方法はありません。私の願いはこの手で、一人でも多くの人を主の下へ送り届けることですから。麗美さんもそうでしょう? その手で多くの方へ痛み()を届けることが願いでしょう?」

「……うん、そう……」

 

 なんて、奴等……。

 こんな奴等がいたなんて、凶悪にも程がある。

 

「あー、そっか、じゃあ交渉は決裂ってことで。……玄汐」

「はーい☆ なっちゃんだよ~☆」

 

 紅いライダーの背後からまた一人ライダーが現れた。

 二本のナイフが闇の中で妖しく輝き、紅いライダーを切り刻もうと振るわれる。

 

「そこのあんたは?」

「え?」

「どうする? さっきの話。断るって言うなら殺すけど」

 

 ……。

 どうやら、本気のようだ。

 今の私には彼女達に抵抗する力はない。

 ここは、彼女達の話に乗るしかないようだ。

 

「……よく分からないけど、乗るわ」

「りょーかい。賢明な判断が出来る人で助かるわ。それじゃ、あのヤバそうなの二人は片付けるか」

 

【SWORD VENT】

 

 巨大な手裏剣が召喚され、忍者のようなライダーも戦闘に加わった。

 私はとりあえずミラーワールドから、戦場から脱出しておくことにする。

 巻き添えなんて食らったらたまったものではない。




次回 仮面ライダーツルギ

「上谷真央先輩……で、あってます?」

「そうじゃない。きっと、彼は戦う道を選ぶ……。選んでしまう」

「北さん、うるさい」

「神様、私はママを殺してしまいました。どうか、お許しください」

 願いが、叫びをあげている────。


ADVENTCARD ARCHIVE
STRIKE VENT
ジルコニスガルーダ
AP2000
ヴァリアスの契約モンスター『ヴェイルーツ』がストライクベントにより変化した姿。
ガルーダの名の通り巨大な鳥型モンスターとなる
高い機動力を誇り、空中戦を得意とする。


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?+1ー31 ひび割れていく心

 樋知十羽子のはじめての殺人は彼女が小学校2年生の時に行われた。

 正確に言えば、母の自殺の幇助。

 シングルマザーであった十羽子の母は鬱を患っており、自らの手で命を絶とうと決意した。

 だが、その決意はすぐに崩れた。

 死ぬのは怖いと、首を吊るための縄が教えてくる。

 

 ただ、死にたい。

 ただ、消えたい。

 無意味で無価値な自分を終わらせてしまいたい。

 だけど死ぬのは怖い。

 ならば、どうする?

 

 そこで、十羽子の母は思い付いてしまった。

 自分で死ねないのなら、誰かに殺してもらおうと。

 自分の娘に殺してもらおうと。

 

「ねえ、十羽子」

「なにママ?」

「ママの背中を思いっきり強く押してほしいの」

 

 十羽子は母の言うことをよく聞く子供であった。

 学校で先生から困ってる人がいたら助けてあげましょうとよく言い聞かされていたし、母が常に困っているのだと幼いながらに十羽子は母のことを理解していた。

 そしてなにより十羽子は人を信じすぎてしまう子であった。嘘や冗談と言った類いのことをまだよく分かっていなかった。

 だから、疑いもしなかった。

 

 天井から吊るされた縄を見ても。

 縄で作った輪を首にかける母を見ても。

 

 椅子の上に立つ母の後ろに、同じように椅子の上に立つ。

 母が、「押して」と言ったから母の背を精一杯の力をこめて強く押した。

 

 まだ幼い十羽子の力でも母を椅子から突き飛ばせてしまうほどに母が軽かったことを今でも覚えている。

 

 母は浮いた。

 地に足をつけずとも立っているかのようだった。

 そんな母を見て、幼い十羽子は母は宙に浮くことが出来るんだなどと思ったが話しかけても返事をしない母を怪訝に思い始める。

 

 宙に浮かんだままの母。

 先月、学校で作ったてるてる坊主のよう。

 夕陽のオレンジと夜の青が混濁していく。

 声をかけても母は返事をせず、ひぐらしの鳴き声だけがこの世界唯一の音。

 

 母が返事をしないので、十羽子も口を閉ざした。

 そろそろ夕飯の時間。

 だけど、母はてるてる坊主。

 てるてる坊主にご飯は作れない。

 ああ、お腹が空いたなぁ。

 

 

 

 2時間後、借金の取り立て屋が自殺した母と母の傍らに座り込んでいた娘を見つけ警察に通報する。 

 ここではじめて母が死んだということを十羽子は理解する。

 

 大人達は十羽子を哀れんだ。

 ああ、ショックで言葉を失なってしまったのかと。

 あの後ろにあった椅子は子供ながらに母を助けようとしたものだろう。

 ああ、可哀想に。

 可哀想に。

 

 その後、十羽子は施設で育てられた。

 世界的宗教が運営する施設であった。

 そして人の死と殺人という罪について理解する。 

 まっとうに生きていれば誰だって殺人が罪だと覚える。

 十羽子もそれを知った。

 知ってしまった。

 あの日の自分の行いは殺人だったのだと。

 罪を犯したのだと。

 ああ、ああ、ああ。

 私は、なんてことを─────。

 

 罪悪感に押し潰された十羽子はこれからどうしようかと悩んだ。

 警察にバレたらきっといっぱい怒られてしまう。

 黙っていれば問題ない。

 黙っていれば大丈夫。

 だが、黙っていると心がドンドン重くなる。

 

 もう耐えられなかった。

 

 誰かに話してしまおうと。

 いわゆる、懺悔である。

 しかし誰に話すというのだ。

 施設の先生?

 神父様?

 それとも学校の先生?

 

 どれも、違う。

 話せばいっぱい怒られる。

 だけど、打ち明けたい。

 それじゃあ、どうする?

 

 そうだ、神様だ。

 神様に打ち明けよう。

 毎日のように祈りを捧げている神様に打ち明けよう。

 

「神様、私はママを殺してしまいました。どうか、お許しください」

 

 祈った。

 祈りを捧げた。

 すると、どこからか声で聞こえた。

 

『いいえ、十羽子。貴女はママを殺したわけではない。貴女はママを救ってあげたのです』

 

「ママを、救った……?」

 

『そう。貴女のママはこの世を生きるには弱すぎた人間だった。だから貴女に殺されたことで私のところへ送られて貴女のママは救われたの』

 

「ママは、救われた……」

 

『そう。だから十羽子、貴女はとても良いことをしたの。だから、罪なんか感じては駄目』

 

 私は、良いことをした……。

 そっか、私は良いことをしたんだ……!

 ママは救われたんだ!

 ……けど、どうやって?

 声のところへ行けば救われるの?

 それでは、この声の主は一体何者なの?

 

「あなたは……あなたは誰なんですか?」

 

『私は、貴女の神よ』

 

 私の、神。

 神様への祈りがちゃんと通じたんだ。

 私は……許されたんだ!

 

 それからも、神の声は聞こえてきた。

 

 この世には強者と弱者がいる。

 弱者はこの世では生きていけない。

 だから神である私が弱者を救うのだと。

 私はその手伝いをしてくれた良い子だと。

 これからも私を手伝ってほしいと。

 けれど殺人なんてそうそう出来るものではない。

 

 そうして、月日が流れた。

 学力も優秀で施設でも模範的な児童であった十羽子は聖山市でもトップレベルの進学校である藤花女学院へと進学。

 学校でも評価は高く、教師からも生徒からも信頼を寄せられていた十羽子であったがその心は満たされていなかった。

 神様のお手伝いがまるで出来ていない。

 自分は悪い子だと。

 こればかりは他人が埋め合わせることが出来ない渇き。

 そんな渇きの正体こそ知らずとも、渇いていると見抜いたのがアリス。

 十羽子をライダーバトルへと誘った。

 それが、十羽子をまた変える。

 

 はじめてのライダー同士の戦い。

 剣で打ち合い、感じた。

 

 この娘は、母と同じ弱者だと。

 この世で生きていけない、救いが必要な存在だと。

 

 ああ、ああ、救わなければ。

 私が、神のもとへ導かなければ。

 よかった、これで神様のお手伝いが出来る。

 

 はじめて出会った自分以外のライダーを救った。

 そして二度目、三度目、四度目、五度目。

 どのライダーも、救わなければいけない弱者であった。

 

 氷梨麗美もまた、救わなければいけない弱者であった。

 彼女は愛を求めていた。

 痛みが愛だと。

 可哀想に。

 痛みが愛だなんて、きっとそれしか知らないのだろう。

 

 ねえ、神様?

 

『どうしたの十羽子?』

 

 この子をただあなたのもとへ送ってもきっとあなたの愛というものを理解出来ないと思うのです。

 だから、私が彼女に愛というものを教えてからあなたのもとへ送りたいのです。

 

『十羽子、貴女はなんて素晴らしいの。更なる救いをその娘に与えようというのね。ええ、きっと貴女なら出来るでしょう』

 

 はい、神様。

 きっと、この子も他のライダー達のように。

 ママのように、お救いしてみせます────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえこいつ攻撃が通じないんだけど!」

 

 鋭いナイフの斬撃も。

 

「防御力がダンチ……!」

 

 どれだけ分身を作って攻撃してきても。

 

「攻撃は全て無意味。ですので攻撃は止めてください。私は貴女達を救いに来たのです」

 

 盾でナイフの一撃を弾く。

 これまでとは違い、防御のために盾を置くではなく攻めるために盾をナイフが振り下ろされるのに合わせて振り上げた。

 相手の身を崩し、隙だらけの胴体に盾を押し込んでいく。パワーでは私に分がある。

 塀まで追い込み、動きを封じる。

 

「こんの……離せよッ!!!」

「ふふ、本性が出てますよ。さっきのような可愛らしい声では鳴かないのですか?」

 

 押し付けていた盾を一旦離し、下腹部を蹴りつける。

 

「ガッ……!?」

「玄汐!」

 

 麗美さんが相手どっていた深緑のライダーが味方の危機にこちらへと向かってくる。

 走りながら巨大な手裏剣を私へと向かって投擲するも無意味。

 私の盾の前にはどんな攻撃も通らない。

 手裏剣は私の首をはねようという軌道。眼前に盾を構えて防御。

 金属と金属がぶつかる音。

 

「だから、無意味だと……」

 

【CLEAR VENT】

 

 しまった……!

 顔を狙ったのはカードを使う瞬間を作るためだった。

 あのカードの効果は一定時間自身を透明化させる効果。

 どこから攻撃してくるか分からない以上、盾を持っていても無意味だと言ってきているかのようだ。

 

「しかし、この盾は召喚機。私はまだ盾を二枚残している……!」

 

 デッキから二枚まとめてカードを引き抜き続けざまに盾型の召喚機へとカードを挿入、読み込ませる。

 

【GUARD VENT】

 

【GUARD VENT】

 

 二種類の盾が召喚される。

 ひとつは両肩に装備された鎧から放たれる光のバリアフィールド。

 射撃などの遠距離からの攻撃を防ぐことが出来る。

 もうひとつの盾は背中に備わった天使の翼。

 羽根の一枚一枚が盾となり、背後からの攻撃は自動で防御する。

 この二つを備えた私をどう攻略する?

 麗美さんも私の近くまで来たので二人で備えることが出来る。

 さあ、どう攻める?

 もし、私がこの状況ならば距離を取って相手を観察し隙を狙う。しかし遠距離からの攻撃は無意味。

 私達から距離を取ってしまった時点で詰みなのだ。

 それか仲間を見捨てて自分だけ逃げた?

 だとしたら、本当に弱い。

 私が救うべき弱者らしい。

 

「ぐっ……こんのォ!」

 

 足で押さえつけていたライダーが拳を振り上げ、反抗しようとしてきたが蹴り込んでいた足を更に押し付けることで黙らせた。

 先程の盾の一撃で内臓にいいダメージを与えている。

 彼女はもう、いつでも救済出来る。

 

「抵抗して仲間が助けに入れる隙を作ろうとでもしましたか? 安心してください。仲間からは助けてもらえませんが、私が救ってあげますから」

 

 そう告げると彼女の抗おうという意思が潰えたのか全身脱力したようで両腕もだらりと下げ、戦意の喪失を告げるように一瞬だけ両腕を上げた。

 

「はぁ……ちょー意味わかんないですけど~」

「意味ならすぐに分かりますよ。死んだ後でですが」

 

 救済の意味を教えるため、剣を構える。

 主よ、どうか彼女もお救いください……。

 

「バーカ、違うっての。てめーの言葉もイミフだけど……そこにずっといるのがイミフだって言ったんだよイツイツ?」

 

 こいつ、なにを言って……。

 

「……! 樋知ッ!!!」

 

 

 その時、麗美さんが叫ばなければ死んでいた。

 もし、ほんの一瞬でも遅ければこの()は私の腹部を貫通していた。

 

「そんな、まさか……ずっと、()()()()()()()()()()……!?」

 

 私と、死に体のライダーの間に現れる深緑のライダー。

 彼女が握る直刀には私の血が付着していた。

 腹部貫通を免れた代償に脇腹を切り裂かれてしまったのだ。

 傷口が熱を持つ。

 そして出来てしまったこの傷を深緑のライダーが狙う。

 

「麗美さんッ!!!」

 

 救援を要請する。

 互いに深手を負ったライダーが一人。

 まだ状況はイーブン……!

 

「させないぞ☆ なっちゃんからのお返しプレゼント~☆」

 

【FREEZE VENT】

 

「これは……!」

 

 麗美さんの脚が凍りつく。

 動きを封じ込められてしまった。

 

「も~イツイツヒドイぞ☆ なっちゃんずっとピンチであんな近くにいたのにすぐ助けてくれないなんて!」

「ごめん。なんか面白い情報ないかなって思って聞き耳立ててた。完全に癖になったわ、これ。あいつにこき使われたせいで。……それより、さ。あんた達、投降する気は?」

「ないと言ったはずですが」

「……だよね。せっかくみんなの願いが叶うかもしれないってのに。いや、あんたの願いは叶ったら困るやつだったね確か。救済を、とか意味分からないやつ」

 

 意味が分からないものなどではない。

 今は意味が分からずとも私の手で殺されることでその意味が分かる。

 私が殺した人は、救われる。

 

「敵対するなら殺す。……けど、今日は退いたげる。じゃあね」

「えっ。イツイツあいつら殺さないの!? ねー! ちょっとー!」

 

 二人のライダーはこの場から去って行った。

 ……見逃された。

 いや、あれはまたいずれ戦うという意思表示。

 

「次は、私が殺し……」

 

 視界が狭まる。

 そして、ぐにゃりと歪む。

 天と地が分からなくなり、私は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま……」

 

 すっかり遅くなってしまい、恐る恐る家の中へ。

 けれど、普通にバレてしまうものである。

 

「燐~? おかえりなさい。いま何時だと思う~?」

 

 母さんが笑顔で聞いてくるがあれは怒っている時の笑顔である。

 素直に謝ろう。

 

「その……ごめんなさい。ご飯は大丈夫だから」

「あ……ちょっと、燐」

「部屋にいるから」

 

 母さんの横を通り過ぎ、階段を昇り自室へ。

 着替えもしないでベッドに座り込み、今日のことを整理しようとして……。

 

「無理だろ、整理なんて……」

 

 一度に大量の、何億年にも相当しそうなほどの記憶を注ぎ込まれたのだ。

 脳がパンクしたっておかしくない。

 事実、いっぱいいっぱいになっている。

 僕は……。

 ミラーワールドを開いてしまった。

 そこで、アリス……キョウカさんと出会い、友達になった。

 だけどミラーワールドが開いてしまったせいでモンスターが人間を襲い始めてしまった。

 そんな事が起きているとは知らなかった。宮原士郎から教えられるまで。

 そして、彼から渡されたデッキを用いてツルギに変身してモンスター達と戦って……。

 

「僕は、死んだ……」

 

 あの時、ミラーワールドにいたモンスター達は今のモンスター達よりも強大で凶悪だった。

 自分でも、よく勝てたと思っている。

 相討ちに持っていけただけでも大金星だと思う。

 ……辛く、長く、孤独な戦いだった。

 がむしゃらに戦って、戦って……。

 

「僕が死んで、終わりじゃないのはなんでなんだ……。アリス……なぜ時を巻き戻す……」

 

 刃曰く、アリスは時を巻き戻すことが出来て、何度もライダーバトルを繰り返してきたようだ。

 気になることは他にもある。

 ライダーバトルだ。

 ライダーはツルギ、僕一人だけのはずだった。

 それが今はライダーで溢れかえって、ライダー同士で殺し合うなんてことになっている。

 願いが叶うだとか、そんな話は始まりには存在しなかった。

 

 これは、僕だけの情報では解決出来ない問題。

 アリス……キョウカさんに聞いてみるしかない。

 そして、デッキを返してもらわなければ。

 僕がまた、戦うためにも……。

 けれど、ミラーワールドに入ることもアリスと会話することもデッキがなければ出来ないこと。

 誰かにデッキを借りる?

 そうすればミラーワールドを視認することは出来る……。

 

「美玲、先輩……」

 

 誰か、他のライダーですぐに思い付いたのは美玲先輩であった。

 僕が恋した人。

 美玲先輩はどうして、どんな願いを持ってライダーバトルに参加しているのだろう。

 前に訊ねた時ははぐらかされてしまったが……。

 

 コンコンというノックの音が思考を遮り、反射的に顔が上がった。

 二日前に見たのと全く同じ構図で、母さんが部屋に入ってきた。

 

「燐、やっぱりどこか具合悪いんじゃないの? 熱とかない?」

「……大丈夫だよ。全然、平気」

「またそんなこと言って……。正直に話して?」

「いや、本当に大丈夫だから……。疲れたからもう寝る。ほら出てった出てった」

「えぇ? お風呂と歯磨きは~?」

 

 もういいからと部屋から押し出し、制服を脱ぎ捨て電気を消した。

 ベッドへと倒れるように寝転び、目を閉じる。

 ……やはり、頭が働いてしまう。

 それも、嫌な方向へ。

 あまり考えたくないことだが、それでもやはり無視出来ない。避けては通れないひとつの謎。

 

「アリスが僕の知ってるキョウカさんなら、あの鏡華さんは一体誰なんだ……」

 

 キョウカさんと鏡華さん。

 まさしく鏡合わせのような二人。

 鏡華さんは知らないと言っていたけれど、やはり二人に関係がないとは思えない。

 なにか、あるはずだ。

 そして、なにより鏡華さんは……。

 僕の戦いの記憶の中に、ほとんど存在していなかった。

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

「ほらやっぱり具合悪かったんじゃない。今日は学校休みね」

 

 身体がだるく、熱っぽい。

 微熱ではあったけれど、学校に行くのは厳しい。

 

「ちゃんと寝てるのよ。なにかあったら呼んでね」

「……はぁい」

 

 昨晩、考え過ぎたせいでほとんど眠れなかったことが原因かこんな大変な時期に体調を崩してしまうなんて。

 母さんも部屋から出ていき一人きり。

 寝不足だけど眠気は来ない。

 情けない話だけれど心細さを感じてしまう。

 嫌な考えばかりがぐるぐるとループしてしまう。

 なんとか考えを振り払おうとして、布団を頭まで被った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう咲洲さんッ!!!!!」

「北さん、うるさい」

 

 こんな朝っぱらからうるさいのと出会ってしまった。

 あまり朝には強くないのでやめてもらいたい。ただでさえこれから学校だというのに。

 

「おはよう、咲洲」

「……日下部さんも北に巻き込まれた感じ?」

「あはは……まあ、そんな感じ」

「今朝は日下部さんだけじゃない。上谷さんも一緒さ!!!」

 

 北が左にずれると小柄な女子生徒が一人。

 この間、喜多村につっかかっていた風紀委員の……。

 俯きがちで、すぐにまた北の背に隠れてしまった。

 

「彼女もライダーなんだ。なりたてでね、私が昨日保護したんだ」

「保護って……」

 

 ライダーになりたてということは戦闘経験もほとんどないのだろう。

 正直、そんな人材を抱える余裕はない。

 

「北、保護かなにか知らないけれど私には一切関係ないわ。やるなら全てあなたの責任よ」

「分かっているとも。上谷さんの面倒は私が見る。……それより、我が姫は?」

「……さっき家に寄ったけど、燐なら体調不良で休むそうよ」

「なんだって!? 今すぐお見舞いに!!!」

「やめなさい。具合悪いところに貴女が行ったら悪化するにきまってるわ」

 

 私だったら悪化する。

 こいつに体力と気力を吸い取られて。

 それに……。

 

「それから、燐はもうライダーじゃないわ」

「え……」

「どういう、ことだい……咲洲さん」

「デッキをアリスから取り上げられたそうよ。だからもうライダーじゃない。ライダーでなければもう、ライダーバトルに関わる必要はない……」

 

 事実を述べる。

 北さんも口を閉じてしまうほどの衝撃。

 しかし、もともとライダーバトルは女のものであった。

 男である燐が参加するものではない。

 だから……。

 

「これでいいのよ、これで……」

 

 自分にも言い聞かせるようにそう口が動いていた。

 燐は優しいから、戦いをするような人ではないから、これでいい……。

 

「けど、本人はそれで納得してるの?」

 

 そんなことを言ったのは日下部さんだった。

 

「彼、きっと納得なんてしてない。それに私は……彼には、仮面ライダーでいてほしい」

「なん……ですって」

「彼の言う仮面ライダーと私達の言う仮面ライダーは意味が違った。彼は……私達に必要だと思う」

「燐に戦えっていうの……」

「そうじゃない。きっと、彼は戦う道を選ぶ……。選んでしまう」

 

 ……否定したかった。

 言い返してやりたかった。

 だけど、出来なかった。

 それは、私もどこかで分かっていたことだった。

 デッキを奪われたのなら大丈夫だと思い込みたくて……。

 それでも……。

 

「……だとしても、もう燐は戦わせない」

 

 そうだ、それが一番いい。

 燐はこの戦いに関わってはいけない。

 戦いなんて、彼には似合わないのだから……。

 

 

 

 

 

「……まあ、あんな感じだけどなんとかなる。なんとかするさ私が! あーはっはっはっ!」

 

 学校についてから、北さんがそんなことを言った。

 事態のほとんどを、いや全てを理解出来ていないけれどとにかくピンチらしいということは理解した。

 ライダーバトルに巻き込まれてからよく分からないことが多すぎる。

 本当に、私はこの人についていっていいのだろうか……。

 

「それじゃあ上谷さん。また昼休みに集まろう。鐵宮の仲間から勧誘されても断ってすぐに誰か人のいるところに。というか基本的に一人にならないように。それでは良き学生生活を!」

「あ……」

 

 行ってしまった。

 クラスが違うので仕方ないけれど、出来る限りは一緒にいてほしかった。

 鐵宮……生徒会長がライダーで彼の配下のライダーが何人もいるという。

 もし、そいつらと出会って戦うことになってしまったら……。

 

「上谷真央先輩……で、あってます?」

「ひっ……!」

 

 いきなり背後から声をかけられたものだから驚いてしまった。

 私を呼んだのは見覚えのない一年の女子生徒。

 

「あ、あなたは……?」

「あ、すいません。一年の黒峰樹っていいます。ぶっちゃけた話をすると、ライダーです」

 

 ライダー……!?

 もしかして、鐵宮の……。

 すぐに北さんを追いかけようとしたが腕を捕まれてしまった。

 

「落ち着いてくださいよ。その反応、先輩もライダーなんですよね? あいつらから色々聞かされたかもしれないですけど、別に先輩を取って食おうだなんて思ってないですから」

「え……」

「もっと言うと私達は先輩を仲間にしようと思ってます」

 

 仲間に……?

 一体、この人はなにを言って……。

 

「私達はもうすぐこの戦いに決着をつけます。戦いが終われば、私達はみんなで願いを叶えることが出来る……。どう? あいつらといるより私達といた方が良くないですか?」

 

 みんなで願いを?

 この戦いは最後に勝ち残った一人が願いを叶えるという戦いのはずだ。

 それがどうすればみんなで願いを叶えるだなんてことに……。

 

「……もっと言うとさ、鐵宮は歯向かう奴は殺せって言ってる。奴等といたら先輩も殺されちゃいますよ」

「ま……待って! そんな、私はただ……!」

「先輩、賢く生きましょうよ。奴等から私達のことどの程度聞いてるか知らないですけど、どっちについた方がいいかぐらいなんとなく分かりますよね?」

 

 ……殺されたくはない。

 ……私に優しくしてくれた北さんを裏切りたくもない。

 ……私は……。

 

「ま、いい返事を期待していますよ。賢そうな先輩なら、私達を選んでくれるって信じてますけど。私も先輩を殺したくないですし」

 

 それじゃあと黒峰樹という女子生徒も去って行った。

 ……もしも、彼女が言っていたことが本当ならば鐵宮の味方につけば願いも叶うしこの戦いを終わらせることが出来るということ……。

 それだったら、北さん達にもそのことを話してみんなでライダーバトルを終わらせてしまえたら……!

 

「そうだ、きっとその方がいいんだ……」

 

 早速北さんに伝えに行こうと思ったが予鈴が鳴ってしまった。

 風紀委員である私が遅刻など言語道断である。

 急いで教室へ向か……。

 

『終わらせて、なかったことにしようとしてない? あなたが人を殺したこと』

 

「……!?」

 

 突然、そんな声が聞こえてフラッシュバックする記憶。

 滴る血、腹部に刺さったナイフ、少女の死にたくないという声……。

 

「いや……いやっ……!!!」

 

 呼吸が乱れ、その場にしゃがみこむ。

 駄目だ、駄目だ、駄目だ。

 私が殺した、殺してしまった。

 殺したくて殺したのではない。

 だとしても殺してしまった事実は消えない。

 

「おい、大丈夫か?」

「いやっ!!!」

 

 

 教師が声をかけたがパニックを起こした真央にはその声が自身を責める声にしか聞こえなかった。

 乱れてしまった心は静けさを取り戻せない。

 上谷真央の心はたった一度の殺人で、既にひび割れてしまっているのだから。

 彼女の崩壊は、時間の問題であった……。




次回 仮面ライダーツルギ

「いいから返しなさい! それは貴女なんかが!」

「元の、日常……」

「なんていうか、こう……出来すぎてる?」

「成長、したんじゃない。成長期だもの」

 願いが、叫びをあげている────。




ADVENTCARD ARCHIVE
GUARD VENT シルトウイング
GP2000

仮面ライダーエクスシア〈樋知十羽子〉の持つガードベントの一種。
背中のハードポイントに装備され、見た目は天使の翼。盾とは思えないが羽根の一枚一枚がバリアとなっており、背後からの攻撃など十羽子の意識外からの攻撃を自動的に防御する。
装備中は飛行も可能となり機動性の低さを補うことも出来る。


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?+1ー32 垣間見る姿は

 いつも隣の席にいるはずの彼がいない。

 

 いつもと違い、空白の場所があるというのに日常はいつもと変わらぬように進んでいく。

 世界とは、一人欠けても問題ないらしい。

 

 いつもと同じように授業が進んでいく。

 そつなくこなしていく。

 

 座学も体育も。

 

 大抵のことは平均以上に、出来る。

 

 出来てしまう。

 

 体育はバレー。

 B組と合同で行い、チームに分かれて総当たり戦。

 私のチームの試合は終了し、体育館の隅へ移り一休み。

 

「宮原」

 

 同じチームとなっていた乃愛さんがお疲れと声をかけてくれたのでお疲れ様ですと返した。

 乃愛さんは中学生の時はバレー部だったとのことで先程の試合でも活躍していた。

 

「驚いたよ、普段はトロそうなのに結構動けんじゃん」

「トロ……」

 

 少し言い返したくなったけれど、上手く言葉が浮かばなかったので愛想笑いで流す。

 別に私を貶したくて言っているわけではないのは理解しているから平気。

 

「ほんと、宮原ってなんかさ」

「はい?」

「なんていうか、こう……出来すぎてる?」

 

 ……いまいち、乃愛さんがなにを言いたいのか掴めなかった。

 けれど、なにか……。

 

「漫画とかドラマの中の人みたい? 勉強も出来てスポーツも出来て可愛くて……とにかくすごいって感じ?」

「あはは……ありがとうございます……」

 

 妙に、胸にしこりが出来たかのようにその言葉が残り続けた。

 悪く言われたわけではない。乃愛さんなりに私を褒めてくれただけ。

 ただ、ただ……。

 どうにも私には、私が作り物のようだと言われているように感じてしまって……。

 

 

 

 

 体育を終えて、次の授業。

 やはり、そこにも彼はいない。

 それでも、時は過ぎていく。  

 なにも変わりがないかのように。

 その事が、私には恐ろしいことのように感じてしまう。

 この世界に彼がいたことを、みんなが忘れてしまったのではないかと。

 ひどく、怖くなってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒い闇の中に浮かぶ、白き、穢れないツルギのデッキを眺めていた。

 これは燐くんを仮面ライダーにした憎き、忌むべきものであり、私を守るために戦ってくれた感謝すべきもの。

 

 仮面ライダーツルギ、御剣燐は普通の男の子である。

 

 人並みに学校で勉強して、人並みに友達と遊んで、人並みに恋をして、人並みに苦労して、人並みの幸せを得る……。

 それが、御剣燐という少年の歩む人生であったはずだ。

 

 それを歪めてしまったのはミラーワールドと、モンスターと、兄と……。

 

「この、私……」

 

 私と燐くんが出会わなければこんなことにはならなかったのだろう。

 けれど、この出会いだけは否定したくない。

 幾度も時を繰り返し、磨り減っていく記憶。せめてこの記憶だけはと繋ぎ止めるべくメモリアカードという形で保存してきた。

 私という器から溢れ落ちていったものは多いけれど、この思い出だけは……。

 

「アリス」

 

 気配もなく現れた白い女に苛ついた。

 これまでほとんど干渉してこなかったくせに、最近になって色々と口を挟むようになったことも気に食わない。

 

「あら、そんなに私が嫌い? 貴女にチャンスを与えたのは私よ?」

「それとこれとは話は別です。言っておきますけど、最初から貴女のことは嫌いですから」

「そう……じゃあ、これは没収ね」

 

 没収という言葉に何を持っていかれるか警戒したが、私自身にはなんの変化もない。

 だが、いつの間にかコアの手にはツルギのデッキが握られていた。

 

「返しなさい!」 

「返せ? これは貴女のものでもないでしょう?」

 

 何も言い返せない自分が悔しい。

 ただ、それでも燐くんの物をあの女に触れられたくはない。

 

「いいから返しなさい! それは貴女なんかが!」

「タイムベントが使えなくなった現状、どうする気なの?」

「話を逸らすな!」

「もうライダーバトルは繰り返せない。もうここから先、貴女に失敗は許されないのよ? 男のことを想ってる暇なんて今はないんじゃない?」

「くっ……!」

 

 もう、失敗は許されない……。

 いや、大丈夫なはずだ。

 燐くんのデッキはここにある。

 ならばあとはこの手でライダー達を……!

 

 意気込んでいると、コアが燐くんのデッキを投げて返してきた。もっと大事に扱えと文句を言ってやろうと思ったけれど、コアの姿はなかった。

 神出鬼没で無神経なあの女はその全てが私を苛立たせる。

 あの女が、とにかく私は嫌いなのだ。

 

 

 

 

 

 

 目が覚めたら知らない天井が広がっているなんて、漫画みたいなことになっていた。

 ベッドに寝かされていて、ここが保健室だと察した。

 どうして保健室に……と考えていたら、カーテンの向こう側から話し声が聞こえてきた。

 

「北さん……なんで私をここに……?」

「それは当然、日下部さんも仲間だからじゃないか!!!」

「ちょっと、ここ保健室だから。その、上谷さんが起きちゃうかもしれないから静かに」

 

 北さん……?

 あ、そうだ……私……あの時のことを思い出して……。

 

「やあ上谷さん!!!」

「きゃあ!?!?」

 

 勢いよくカーテンを開けられ、北さんが登場する。

 いや、このカーテンの向こう側にいたわけだから登場というのはおかしいかもしれないけれど、登場という言葉が北さんには相応しい気がした。

 

「もう、先生いたら怒られてるよ……」

 

 もう一人の女子生徒は知らない人だった。

 この人も、ライダー……?

 

「ごめんなさい体調が悪いだろうって時に。私は日下部伊織。あなたのことは聞いてるから言うけど、ライダーよ」

 

 やっぱり、この人も……。

 

「安心したまえ上谷さん! 日下部さんも私の仲間だ!」

「……まあ、うん……」

 

 どこか諦めを感じる表情で日下部さんが肯定した。

 ああ、この人も振り回されているんだなと一瞬で理解した。

 

「上谷さんのお見舞いに行く途中に日下部さんと出会ったからね。大丈夫、彼女も私と同じ正義の徒だ!」

「正義の徒って……。ともかく、上谷さんのことはある程度北さんから聞いたわ。……どこまで合ってるか分からないけれど。戦いたくないなら、私達と行動した方がいい」

 

 日下部さんから色々と説明される。

 今、鐵宮生徒会長が率いる陣営がライダー達を狙っていると。危険だから私達と一緒にいた方がいいと。

 

「デッキも壊して契約モンスターも倒してしまえばライダーバトルから降りたようなものよね。巻き込まれてしまったのならその方がいい。そして、元の日常に戻るべき」

「元の、日常……」

 

 そうだ、絶対にその方がいい。

 デッキなんて壊してしまうのが一番だ。

 日下部さんの言うとおりにしよう……!

 ベッド横のキャビネットの上に置かれた鞄からデッキを取り出す。

 もうライダーバトルなんてものに関わるのは辞めだ。

 これで元の日常に帰れる。

 そうだ、これがいい。

 これが、最善……。

 

 本当に?

 

 何かが、鎌首をもたげる。

 

 この力を望んだのは私自身でしょ?

 夢を諦めさせた、私の夢を笑った奴等に復讐するためのものでしょう?

 

 違う……。

 そんなんじゃ……。

 

 違わない。

 だってあそこでアリスの誘いを断ることは出来たはずでしょ?

 けど、誘いに乗ったのは私自身。

 私はこの戦いを望んでいる。

 

 違う……。

 違う……。

 私、は……。

 

 いい子ちゃんでいなきゃいけないなんて窮屈でしょ?

 取り戻そうよ、私の夢を。

 

 夢……。

 

 思い出される、過去の記憶。

 引き裂かれたスケッチブック、嘲笑うクラスメイト達、そのクラスメイト達が吐いた呪いの言葉……。

 

「上谷、さん……?」

 

 北さんの声に、現実に引き戻された。

 私は……。

 

「わ、私も……皆さんと戦い、たいです……」

 

 口が、勝手に動いていた。

 

「そんな……やめておいた方がいいわ」

「いえ……私も、北さんと一緒に……戦いを止めるために、戦いたいです」

 

 思ってもいない言葉が次々と口から出てくる。

 違う、違う、違う。

 本当は、私は……。

 

「本当かい! ああ、やはり正義にこそ人は集うのだ!」

「うるさい……。上谷さん、私は絶対にやめておいた方がいいと思うの。あなたはそういうタイプじゃない」

「大丈夫だよ日下部さん! 上谷さんは風紀委員! 謂わばこの学校の正義! 正しさに生きる人だよ! それに戦いとなれば私と日下部さんがつくから大丈夫さ!」

「そういう問題じゃ……」

 

 お願いしますと私は日下部さんに頭を下げた。

 北さんも日下部さんに頼み込んでいる。

 ここで、日下部さんさえ押し切ってしまえば……。

 

「……私は忠告したからね。北さんも、責任持って面倒見ること」

「ああ! 分かったよ母さん! ちゃんと面倒見るから!」

「誰が母さんだ!」

 

 日下部さんのツッコミが炸裂したが、私も北さんにツッコミたい。

 その言い方、まるで私がペットのようではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鐵宮にメモリアを奪われてから、学校では美玲と会話しないようにお互いしていたのだが。

 

「ちょっと来なさい」

 

 図書室でいつものように読書中の私に、どこか苛立ちを含んだ声で美玲が面を貸せと言うので貸し出す。

 図書室に隣接する司書室に二人で入る。

 司書室なんて言っているが司書はいない。もっぱら倉庫扱いである。

 

「本の貸し出しはしているけれど、面はあまり貸し出したことないんだ。お手柔らかに頼むよ」

「無理ね。その面……というより、その髪を見てたらイライラしてきてしょうがないの」

 

 髪?

 そういえば、美玲に手入れしてもらっていないのでボサボサになってきていた。

 そこに座れと命令されたので素直に従う。まだ死にたくないからだ。

 そして、美玲がブラシで私の髪を梳かし始めた。 

 

「ヤバイね、これ。鐵宮陣営の誰かに見られたら私は終わるよ。こんなスリル満点なブラッシングは初めてだ」

「射澄がメモリアを奪われなければそんなスリル味あわなくてよかったのよ」

 

 痛いところを突いてくる。

 相変わらず、美玲には手心というものがない。

 けれど、それは信頼の証だ。

 

「ところで、イラついている理由は私の髪がボサついているからだけじゃないだろう?」

「……燐が、学校休んだ」

 

 思わず吹き出した。

 いや、これで笑わないわけがない。

 ここ最近で一番笑った。笑わせてもらった。

 

「笑いすぎ」

「いや、だって……ふふ……」

 

 これはしばらく私の笑い袋になると思っていたら脳天にチョップを喰らった。ぺしっ、て感じの。

 

「……鐵宮を倒す方法があると言ったわね」

「……ああ、うん。あるよ」

「なら、共闘しましょう。サポートするわ」

 

 ……まあ、美玲ならこう言うか。

 

「それには及ばないよ。この方法は、私一人でないと成り立たないんだ」

「……なに、それ。ふざけてるの」

「ふざけてない。本気だよ」

 

 髪を梳かしている美玲には見えないだろうけど、真面目な顔をして答えた。

 きっと、この方法を聞いたら美玲は止めるだろうから。

 

「鐵宮の未来視。あれに対抗出来るライダーはいないだろう。けど、私にはある。勝機が」

 

 正確には、勝機ではなく可能性と言った方が正しいのだが、可能性という言葉を使ったら聡い美玲には気付かれてしまうだろうから。

 今は、勝機という言葉を使う。

 

「ま、美玲は祈っていておくれ。勝利の女神が私に微笑むように」

「私、神頼みは嫌いなのよ」

「そうだった。中三の時、みんなで合格祈願しに行こうって誘いを断っていたね」

「いつの話よ。それに、射澄も行かなかったでしょ」

「まあね、合格確実だったし」

「だから友達少ないのよ」

「そっくりそのままお返しするよ」

 

 よく動かした口を休めるために二人とも一度黙る。

 ああ、なんて心地いい。

 この心地の良い沈黙は、美玲との間でしか流れない。

 お団子君とはきっと、彼女の方が沈黙に耐えられない。

 燐君とは……やめておこう。美玲が怖い。

 

「美玲」

「なに」

「私は……勝つ。いや、生きるよ。くそったれの鐵宮に勝って、お団子君を取り戻す」

「……ええ、そうね」 

 

 こんなにも心が燃えたことはこれまでなかった。

 むしろ、何かに燃えるということを小馬鹿にしてきたぐらいであるこの私が。

 ライダーバトルという戦いによって私は……。

 

「成長、したんだろうか……」

 

 知らず、溢れた一人言。

 そんな一人言を美玲はわざわざ拾った。

 

「成長、したんじゃない。成長期だもの」

 

 そんな美玲の言葉に母親かとツッコミを入れたらまた脳天にチョップを受けた。そして美玲のチョップと同時に、昼休みが終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見ている。

 

 遠い日の夢を。

 

 公園で、一人で遊んでいた僕に話しかけてくれた少女がいた。

 

「ひとりであそんでるの?」

「うん」

「たのしいの?」

「まあ、たのしいよ」

 

 本当に、そうなのだろうか。  

 女の子の前なので強がったのか、本当に一人で遊んでいるのが楽しかったのか。

 小さい時の記憶なので覚えていない。けれど、これは確かに幼い僕が実際に経験したことなのだという実感はある。

 

「そうなんだ。わたしがあなたとあそんであげてもいいよ」

 

 なんて、上から目線。

 今の僕なら、なんて嫌な奴と思うだろう。

 しかし昔の僕はというと。

 

「うん!」

 

 嬉しそうにしている。

 さっきの楽しいという発言はやはり強がりだったか。

 そして、幼い僕と少女は陽が暮れて少女の母親と少し歳の離れたお兄さんが迎えに来るまで遊び続けた。

 別れ際に、また遊ぼうと約束し。

 そして、これでも読んでなさいとまた上から目線で絵本を手渡された。

 

「パパがかいたのよ」

 

 自慢気にそう言っていた。

 ああ、だからあの絵本には作者の名前が入っていなかったのか。 

 わざわざ自分の娘に宛てて描いたものだから名前は入れなかったのだろう。

 次に会った時に返すと、そう約束してさよならをした。

 

 その少女と再会することはなかった。

 ほとんど毎日、公園に通い続けたけれど少女と会うことはなかった。

 この街の子ではなかったのか。

 その割には、また明日も会えることがさも当然のように振る舞っていたというのに。

 子供だからその辺を理解していなかったのだろうか?

 まあ、なんにせよ……この記憶は、大事なものだろう。

 

 

 

 目が覚める。

 寝惚けた目で、テーブルの上に置いているデジタル時計を見ると時刻は16時過ぎ。

 朝に比べると、だいぶ身体の調子はよくなった。

 やはり睡眠は大切なよう……だ。

 

「あ、お兄ちゃん起きた」

 

 ベッドの傍ら、妹の美香が本を読んでいた。

 僕の本棚にある文庫の何かだろう。

 

「……なにしてるのさ、人の部屋で」

「んー。お兄ちゃんの様子見」

「見てたのは僕じゃなくて本だろ。てか、部活は?」

「休み。ていうか中止。行方不明者多くなってきたから帰り遅くなるの駄目だ~ってなったんだって」

 

 行方、不明者……。

 ライダーバトルにかまけて忘れていたがそうだ、モンスターによる被害だってまだ続いている。

 だというのに、僕は……。

 

「お兄ちゃんさ」

「なに」

「私が熱出した時とか、こうしてくれてたよね」

 

 いつの話をしているんだか。

 美香がまだ小学生になる前のことだ。今でこそ風邪や病気なんて無縁そうな健康体であるが、小さい時の美香は病弱でしょっちゅう風邪やらなにやらと大変だった。

 遊ぶことが出来ないのが子供ながらに可哀想に思って、出来るだけ一緒にいてあげようとしたっけ……。

 風邪移っちゃうかもしれないからと追い出されることが多かったけど。

 

「本、いっぱい読んでもらったの覚えてる」

「ああ、おかげで音読が上手くなって学校で褒められた」

「私のおかげじゃん。なにかお礼してよ」 

「10年近く前のことでお礼を要求しない」

 

 まったく強欲なんだから。

 呆れていると美香はクスクスと笑い始めたではないか。

 

「なに笑ってるのさ」

「いや、お兄ちゃん元気だなって。元気だから部屋戻るね」

 

 なんだそれ。

 

「じゃあまだ元気じゃなかったら部屋にいるの?」

 

 そんな質問をすると、美香は扉の前で立ち止まり、考え始めた。

 長めの襟足を弄りながら。

 美香が考え事をする時の癖だ。

 そして、答えが出るとぴたっと止める。

 どうやら、答えは出たようだ。

 

「あー……うん。いる。いる?」

「いや、元気になったから大丈夫」

「分かった、じゃあね」

 

 美香が部屋を出ていき、一人きり。

 ひとまずベッドから出て、身体を伸ばす。

 だいぶ調子は良くなった。あとはこれから、なにをするか。

 

「……なんとかして、アリスに……キョウカさんに会わないと……」

 

 全ては僕と彼女から始まったこと。

 だから、僕が終わらせなければならない。

 クローゼットからなにも考えずに取り出したジーンズとネイビーブルーのVネックシャツを着て、白のデニムジャケットを羽織った。

 

「キョウカさんと会うには……」

 

 部屋を出て、階段を降りる。キッチン、リビングを抜けて玄関へ。

 

 キョウカさんの居場所なんてものは分からない。

 ミラーワールドを認識する術もない。

 ただ、それでも僕の脳裏にはあそこへ行けばきっと彼女と会えるだろうという確信があった。

 僕とキョウカさんが初めて出会ったあの場所……。

 

「燐? 着替えてどこ行くつもり? 寝てなきゃ駄目よ病人なんだから」

 

 リビングの掃除をしていた母さんが目敏く僕を見つけた。

 気配は消したつもりで歩いていたんだが……。

 

「大丈夫だよ。だいぶ具合も良くなったし、少し外の空気吸ってくるだけだから。いってきます」

「あ、ちょっと燐!」

 

 引き留める母さんを置き去り、家を出た。

 あの廃墟があった場所……。覚えている。

 だって、ほとんど毎日通い続けたのだから。

 夕陽が眩しいのと、一日中家にいたので外に出てからの少しの頭痛が鬱陶しい。

 時間帯は放課後ということもあり、下校途中の学生達の姿がちらほら。

 知り合いと会うのは少し後ろめたいので出来る限り人通りの少ない道を行く。

 静かな住宅地。

 平穏に見えるこの景色の()に潜むモンスターの脅威は静かに人々を蝕んでいる。

 そうだ、僕がライダーになった理由はなんだ。

 ライダーバトルを止めるためか?

 それもそうだが、違う。

 一番の理由は人間を守るためだ。

 いいや、これも……。

 

 あとは、なにも考えないように歩いた。

 歩き続けた。

 記憶を辿って。

 そして辿り着く。だが、そこにあるのは記憶の中の廃墟ではない。

 

「鏡華さんの、家……」

 

 おかしい。

 記憶に間違いはないはずだ。

 確かにここには廃墟があったはずなんだ。

 

「御剣、君……?」

 

 後ろから声をかけられ振り向くと、夕陽に照らされる鏡華さんの姿があった。

 

「御剣君……!」

「鏡華、さん……」

「御剣君もう具合は大丈夫なんですか?」

 

 駆け寄ってきた鏡華さんはぐわっと顔面を僕に寄せて質問責めにした。

 そんな一度に答えられるというものではないが、質問内容をまとめると「とにかく体調は大丈夫なのか?」ということであった。

 

「僕はもう大丈夫だから……」

「本当、ですか……?」

 

 言っても心配そうにする鏡華さんを宥める。

 それでもまだ、心配し足りないようだけれど……。

 

「……」

「どうか、しましたか? やっぱりまだ具合が……」

 

 ……言うべき、なのだろうか。

 アリス、僕が知っているキョウカさんのことを。

 僕は……。

 

「兄さんの資料をあれからずっと読み込んでるんですけど、知識がない私ではやっぱり無意味で……。どうして、あれに御剣君の名前が書かれていたのか……」

「……それは、僕が士郎さんと契約したからさ」

「え……。どういう、ことですか……」

「ミラーワールドを現実世界と僕が繋げてしまった。そのせいで多くの人がモンスターに襲われて……だから、戦うことにしたんだ」

「待って……待ってください。理解出来ません。だって、そんな……御剣君がライダーになったのはあの時じゃないですか! 兄さんと会ったこともないって……」

 

 理解が追い付かないという鏡華さんを見て少し反省。

 一度に話しすぎてしまった。

 

「信じられないと思うだろうけど、これから話すことは全部本当にあったことなんだ。このライダーバトルは何度も繰り返されているんだ」

「繰り返されている……?」

「一番はじめの時、僕はここで鏡を割ってしまって……そこでキョウカさんと出会ったんだ」

「私、と……?」

 

 その言葉に同意出来なかった。

 僕が出会ったキョウカさんと、目の前にいるキョウカさんは恐らく……。

 

「僕が、出会ったキョウカさんは……」

 

 言葉に詰まる。

 言っても、いいのだろうか。

 鏡華さん、あなたは一体誰なんだと。

 

「御剣君……もし、私のことで何か知っていることがあるなら教えてください! 何か、何かあるんですよね!」

「それ、は……」

 

 ……駄目だ、僕には……。

 言えない……。

 鏡華さんという存在が現れたのが、一周前の時からだなんて。

 

「ごめん……。それは、分からない……」

「……そう、ですか……」

「それより、お邪魔していいかな。調べたいことがあるんだ」

「え、ええ……。大丈夫ですけど……」

 

 ありがとうと礼を言って、鏡華さんの後に続いて家にあがった。

 そして、迷わずあの部屋へ。

 キョウカさんと出会ったあの部屋へ。

 間取りは変わっていないので迷うことはなかった。

 二階へと上がって数ある部屋のうちのひとつ、一番奥の部屋。

 ドアノブに手をかけようとして────。

 

「み、御剣君!!! だ、駄目です!」

 

 ドアと僕の間に鏡華さんが割って入ってきた。

 

「ごめん鏡華さん。どうしても入らなくちゃいけないんだ、この部屋に」

「なな、なんでですか!? だ、大体人の家に上がって勝手に部屋に入ろうだなんて非常識です!」

「非常識を相手にしてるから仕方ないんだ。どいてほしい」

「駄目です! あとなんだか御剣君の目が怖いです!」

 

 そんなこと言われても。

 とにかく急ぐから退いてほしい。

 

「そ、そんなに私の部屋に入りたいんですか……?」

 

 その言葉に固まり、我に帰った。 

 

「あ……。ご、ごめん!」

 

 急慌ててドアノブから手を離して後退る。至近距離に鏡華さんがいたことも心臓に悪い。女子特有の甘い香りに惑わされてしまう。

 

「い、いえ……。何か、理由があったんですよね?」

「う、うん……。僕はここでキョ……アリスと出会ったんだ」

「アリスと……?」

 

 この部屋にあった姿見を割って、キョウカさんと出会った。

 だから、ここに来ればもしかしたら彼女と会えるかもしれないと思ったのだけれど……。

 鏡華さんがいると、やりづらい。

 何故か、分からないけれど。

 それでも……。

 

「もし、鏡華さんが良ければなんだけど……。部屋に入らせてほしい。確証はないけど……。ううん、確証がないから、確かめたいんだ」

 

 ここに、キョウカさんに繋がるものがあるのか確かめるべきだろう。

 

「……分かりました。けど、少し待っててください」

「うん。ありがとう」

 

 一人自室に入った鏡華さんを待つ……と言っても一瞬だった。鏡華さんに招かれて入室。部屋の片付けをするだろうと思ったのだけれど、そんなことは必要ないぐらいに綺麗な部屋。これならさっきそのまま突入しても問題なかった気がしてきた。

 部屋の中央へと進む。後ろで鏡華さんが扉を閉める音がする以外には無音。

 

「……アリスは、いるんですか……?」

 

 鏡華さんの問い掛けには不安が含まれていた。

 それもそうだろう。自分が過ごしている部屋に怪しげな存在が潜んでいるのかもしれないとなれば不安にもなる。

 神経を研ぎ澄ませれば何か感じることが出来るかもしれない。

 ここだ、ここの部屋で間違いないはずなんだ……。

 

「…………ごめん、分からない……」

 

 なにも、感じることは出来なかった。

 やはりデッキを持っていなければ、仮面ライダーでなければミラーワールドの存在であるキョウカさんを認識することは出来ないのか……。

 

「くそッ! デッキがなきゃなにも出来ないのか!」

「デッキ……デッキを失くしてしまったんですか!?」

 

 ああ、そういえば鏡華さんは知らないんだった……。

 

「うん……。デッキをアリスに盗られて……。アリスに会わないと……会って、話さなきゃいけないんだ……」

「なにを、話すんですか……?」

「アリスがどうしてライダーバトルを始めたのか……。もし、僕のせいなら止めるように言わないと……」

 

 キョウカさんはこんな殺し合いを仕組むような人ではなかった。

 優しい、穏やかな人で……。

 

 

 

 

 

 

 いつも、ひび割れた鏡の前に胡座をかいて、日が暮れるまで彼女と話した。

 学校であったこと、家のこと、なんてことない僕にしか出来ない話を。

 キョウカさんはいつも僕の話を楽しそうに聞いてくれて話すこっちも楽しかったし、話を聞いたキョウカさんから飛び出す予想外の質問について考えるのも面白かった。

 

『ねえ、燐くん』

 

「なに?」

 

『もしも、どんな願いでもひとつだけ叶うなら、燐くんは何を願う?』

 

「えー? どんな願いでも?」

 

『うん。どんな願いでも』

 

 しばらく考えた。

 真剣に考えた。

 

「うーん。そうだな……あ、キョウカさんがこっちの世界に来れるようにする、とか。どう?」

 

 そういうとキョウカさんは大きな目をぱちくりさせた。

 

『私を、そっちの世界に?』

 

「うん。そうしたらさ、一緒に学校行ったりとか友達作ったりとか部活したりとか……いっぱい楽しいこと、キョウカさんと一緒に出来るからさ。そうしたら、僕も嬉しいし……」

 

 なんて、まるっきり僕のワガママだ。けれど願いなんてワガママみたいなものだし、いいよね。

 

「キョウカさんは? 願い、ある?」

 

 僕は答えたからキョウカさんの番と訊ねる。

 すると、質問を最初にしたのは自分なのに自分が尋ねられるとは思ってもみなかったようでキョウカさんは分かりやすく焦った。

 

『そう、ですね……。私は……このまま、燐くんと一緒にいられれば……』

 

 キョウカさんは小声でボソボソと願いを呟いたようだったが向こうからの声は少し聞き取りにくいのでキョウカさんが何と言ったのか分からなかった。

 訊ねても答えてはくれず、話題はいつの間にか切り替わり気が付いたら夜を迎えて……。

 

「それじゃあ、また明日」

 

『はい、また明日……』

 

 笑顔で手を振るキョウカさんに背を向け家路についた。

 この時は、こんな毎日が永遠に続くと思っていた……。

 

 

 

 

 

 

『燐くん』

 

 過去を追想していたら、キョウカさんの声が聞こえた。

 

「キョウカさん!」

 

 急いで、部屋中の鏡という鏡にキョウカさんの姿がないか捜した。

 いない、いない、いない、いない────。

 

「御剣君……? 御剣君! 御剣君!」

 

 最後に、カーテンに閉ざされた窓ガラス……。

 

「いない……」

 

 そんな……。

 今の声は……幻、だったのか……?

 失意に目線が下がる。

 やはり、力を失くしてしまった僕では……。

 顔を上げて、外を見る。

 もう外は暗くなっている。

 ああ、帰ったら母さんに怒られるな……それに、ひどい顔をしている。

 窓ガラスに映り込む自分の顔を見てそう思った。

 こんな顔をしていたら、家族に心配をかけてしまうのでせめて表情を取り繕うぐらいは……。

 

「あ、れ……」

 

 なにか、違和感がある。

 

「……大丈夫ですか、御剣君……?」

 

 後ろから鏡華さんの心配そうな声がした。

 振り向けば、鏡華さんは確かにそこにいる。

 だったら、どうして……。

 窓ガラスに視線を戻す。 

 映し出される虚像の部屋に鏡の中の僕はいる。

 

 だけど、鏡華さんの姿が鏡の中にはない。

 

 これは、一体……。

 

「御剣君……」

 

 焦り、騒ぐ心臓に平静さを取り戻すように命じ、僕はカーテンを閉めた。

 

「……ごめん、鏡華さん。驚かせたよね……」

「いえ……。それより御剣君の方が……」

 

 分からない、分からない、分からない。

 何が起きているのか理解が出来ない。

 鏡に映らないものはない。

 ならば、何故鏡華さんの姿は……。

 

 喉元まで、言葉がせり上がってくる。

 

 やめろ、言ってはいけない。

 

 僕の中で渦巻く疑念が、その言葉を生んでしまえと囁いてくる。

 

 駄目だ、衝動に身を任せてはいけない。

 

 焦る心臓、騒ぐ心臓。

 脳はもう焼き切れてしまいそう。

 本能が叫んでいる。

 これまでの戦いの経験が警鐘を鳴らす。

 

 ここから逃げろ。

 

 この女は危険だ。

 

 この女は何かおかしい。

 

 この女は……敵だ。

 

 戦う力を持たぬ自分がこの女と対峙してはならない。

 

 突然、再生される見知らぬ記憶。

 いや、これは僕の記憶ではない。

 けど、これは僕の記憶だ。

 いつかの、どこかの僕の記憶。

 

 どこかの館の中。

 ヴァンパイアの居城があれば、内装はこんな感じではないだろうかと思わされる装飾と年季。

 手入れなんてされず、埃っぽく、どこからか滴る水音が響き床は水に浸っていた。

 そんな城のとある部屋の中。

 だだっ広い空間の中央にその男は繋がれていた。

 

 身動きが取れないように四肢と首を鎖で縛られ。

 自分以外の存在をその目に映させぬようにと巻かれた黒い布。

 誰かのために僕の言葉が紡がれぬように塞がれた口。

 

 拘束されているのは……僕だった。 

 そして、拘束したのは……。

 

「ああ、燐くん────」

 

 それは、黒き女王。

 妖艶さを増したアリス……いや、それとも……。

 

 

 

 

「御剣君……御剣君! しっかりしてください!」

 

 意識を取り戻す。

 間近にあった、鏡華さんの顔。

 その顔に、先程のイメージに現れた黒き女王が重なり咄嗟に鏡華さんを突き飛ばしてしまった。

 

「きゃ!?」

「あ……ご、ごめん……」

 

 慌てて、駆け寄ろうとするが足が動かない。

 いや、動きはする。

 ただ、彼女に近付いてはならないと本能が言っている。

 

「……どうしちゃったんですか御剣君。私が知ってる御剣君じゃないみたいです……」

「あ……」

 

 何か、声をかけようとしても声が出ない。

 喉が震えている。

 分からない、分からない。

 ただ、ひたすらに身体が鏡華さんを拒絶している……!

 

「もう、出ていってください……。用件は済みましたよね……」

 

 弁明したかった、謝罪したかった。

 ただ、今は……。

 見逃してくれるのかと、安堵の気持ちが大きかった。

 そして早く逃げろとも、身体が言っていた。

 僕は……本能に身を任せて、鏡華さんに何も言うことなくその場から逃げ去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い生徒会室には張り詰めた空気が満ちていた。

 この気の出どころは鐵宮。集中している鐵宮から他を威圧する気を発していたのだ。

 だが、そんなものお構い無しに鐵宮に近付く者が一人。

 

「……やはり来てくれたか、コア」

 

『ふふ、私と会いたそうにしてたから来てあげたわ』

 

 鐵宮は、瞳を開いた。

 コアの気配は鐵宮が座る生徒会長席の背後の窓ガラスから。

 位置を把握するが、それだけ。別にその方向を向くなどせずに会話を続けた。

 

「アリスより上位の存在という貴女に私の願いを聞いてもらいたい」

 

『ふぅん……。なにかしら』

 

「貴女からもらったこの未来視で私の勝利はほぼ確実と言っていい。ライダー達のほとんどが私の傘下に入ったと言ってもいい」

 

『へえ、大したものね。それで勝利宣言?』

 

「私に付き従ったライダー達の願いを全て叶えてほしい」

 

 会話の流れを無視し、鐵宮は己が要求を伝えた。

 その要求はこのライダーバトルの意味を覆すもの。

 

『理由は?』

 

「私は頂点に立つ者。この戦いを私の勝利で終わらせる、そしてかつてのライダー達は私の兵とする。そのための前払い報酬というわけだ、願いを叶えるのは」

 

『なに? ライダー軍団を作るの?』

 

「最高の兵器だよあれは。なにより、鏡の中から襲いかかることが出来るなんて時点で制限時間が10分なんてデメリットを帳消しに出来る」

 

『そんな兵隊を作って世界征服でもする気?』

 

「ああ、私が君臨する、私の世界を作る。この世界だけじゃなくミラーワールドもこの手に治めてな。なにより欲しいのはどんな願いも叶える力だ。願いを叶える力を持つ者こそ世界を統べるに相応しい……!」

 

 全てを掴み取るように鐵宮はその手を握り締める。

 全てを得る、頂点に立つという野望にほぼ王手をかけたとも言える鐵宮は詰みへの一手をより確実なものとするためコアへと要求を告げた。

 

『流石に未来視みたいに無償で提供出来るものじゃないわね、それは』

 

「無論、条件がつくことは承知している」

 

『そう? じゃあ……』

 

 コアが鐵宮へと出した条件、それは……。

 

 

 

 

 

 生徒会室に入ろうとすると、中から鐵宮が誰かと会話している声が聞こえてきた。

 鐵宮の話相手は女。だが、ここに出入りしている者の声ではない。

 ともかく、聞き耳を立てよう。

 鐵宮が裏で何かしようとしているのかもしれない。

 情報を入手して、出来る限り美玲に流しておかなければ。

 鐵宮を倒す手段はあるがリスクが高い。

 もしもの時のためにも情報は共有しておくべきだ。

 

 耳を澄ませ、二人の会話に集中する。

 二人は何か、取引をしているようだ。

 そして鐵宮の取引相手は奴に未来視の能力を与えた謎の人物コア……。

 

 二人の会話を聞いてしまった私は一目散に駆け出した。

 早く、早く美玲にこの事を伝えなければいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

『生け贄よ』

 

 コアが鐵宮に求めたものは、生け贄。

 全員の願いを叶えるため、薪をくべろという。

 

「……ふむ」

 

『本来ライダーバトルはそういうシステムなのよ。死んだライダーを贄に願いを叶える。それに大勢のライダーの願いを叶えるのなら相応の命が必要になる』

 

「大量殺戮が望みか」

 

『いいえ。私、貴方のことを気に入っているの。だから……特別に、二人で手を打ってあげる』

 

 二人という数に鐵宮は内心驚いた。

 よもや、それだけの数で済むのかと。

 ならば、自分に敵対するライダーを適当に生け贄にしてしまえば済むと思ったが、コアに見透かされていた。

 

『ただし、この二人は決まっているわ。一人は……咲洲美玲。もう一人は……アリスよ』

 

「アリス? 何故アリスを」

 

『もう用済みなのよ、彼女。処分したくてね。それに、彼女は贄としては普通の人間とは比べ物にならないほどの力があるの。だから、二人でいいわ』

 

 ならば、咲洲は何故だと問う。

 そういった理由ならば、アリスだけでも充分ではないかと鐵宮は考えたからだ。

 

『一人はちゃんとした人間の命が欲しいのよ。そういうものだと思って? それに、殺すつもりだったんでしょう』

 

「……いいだろう。その二名の命を差し出すと約束する」

 

『ええ、ただし生け贄は同時に、同じ場所で殺さなければならない。いいかしら?』

 

「ああ、分かった。面倒だが、数で押し切ればいけるだろう」

 

『そうでしょうね。ところで……今の話、誰かに聞かれたわよ。この感じは……神前射澄』

 

 その名を聞いて、鐵宮は深いため息をついた。

 

「やはり、な。いいだろう。この手で、始末する……」

 

 取り上げたメモリアを破いて殺すのではつまらない。

 せっかく手に入れた力をもっと使いたいと獰猛な瞳をぎらつかせ、鐵宮は射澄の追跡を開始した。

 獅子の狩りが、始まる────。




次回 仮面ライダーツルギ

「鐵宮……!」

「どうした? どうなった? ええ?」

「馬鹿な、あり得ない……!」

「────変身ッ!」

 願いが、叫びをあげている────。


ADVENTCARD ARCHIVE
CLEAR VENT
ライダーを透明化させる効果を持つカード。
姿も音も消し、敵に悟られることなく命を刈り取る。


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?+1ー33 射澄

 学校から逃げるように、いやまさしく逃げ出した。

 先程の会話、美玲に伝えなければ。

 そうしなければこの街のほとんどのライダー達が美玲に襲いかかることになる。

 そんなことになれば確実に美玲は敗北し生贄として捧げられてしまう。

 チャットアプリのトーク履歴、一番上をタップし音声通話を開始する。

 何コールかして、美玲の低いもしもしという声が。

 

「美玲、なんでもいいから聖山市内から出るか隠れるかするんだ」

「急になに。なにがあったの」

「鐵宮とコアって奴の会話を盗み聞いた。美玲とアリスを生贄にすればライダー全員の願いを叶えると、そう言っていた」

「なんで私とアリスを……。それより射澄は今どこなの? まだ学校にいるの?」

「いや、すぐに学校を出たよ。今は駅の方に向かってる。人が多いところの方が安全だろうと思って……」

 

 言葉を失った。

 耳に当てていたスマホが思わず下がる。

 美玲の声が遠く、私の名前を呼んでいた。

 

「私から逃げられるとでも思ったのか? 神前射澄」

「鐵宮……!」

 

 街灯の真下、スポットライトに照らされた主役のような佇まいで鐵宮が現れた。

 

「まあ、どうせこうなるだろうと思っていた。ゆえに泳がせてもいた。しかし君はもう用済みだ」

「……メモリアを破くのかい?」

「いいや、それじゃあ面白味がないだろう。君は兎、私は獅子。それで行こうか」

 

 デッキをちらつかせ、獅子の瞳が輝いた。

 

 ……覚悟を、決めなければいけないだろう。

 鐵宮を倒す手段。

 未来を視るという能力は唯一無二のものでこれを攻略出来るライダーはいない。

 だが、私にはある。

 未来視があろうと関係のない、切り札が。

 もし、これが駄目ならば……。

 

 一人の男の子名前が脳裏に浮かんだ。

 

 御剣燐。

 

 彼ならば、あるいはと。

 なんの根拠もないけれど、何故かそう思った。

 

「さあ、始めようか」

 

 鐵宮の言葉には有無を言わせない威圧感があるが、負けてはいられない。

 

「ねえ射澄! いす……」

 

 スマホはバッグにしまい、かわりにデッキを取り出す。バッグは道の片隅に置いて、デッキ(決意)を鐵宮に見せつける。

 ここでこの男を倒せば親友を守ることに繋がる。

 見せてやろうか、ジャイアントキリング。

 

「ふふ……変身」

 

「────変身ッ!」

 

 宵に舞う騎士の像はひとつに重なり、二人の騎士が相見えた。

 光の下から闇へと踏み出す仮面ライダー吼帝。

 闇の中から光へと向かう仮面ライダーヴァール。

 

 襲いかかる吼帝の拳を三叉槍型のバイザーで受け流し、反撃と槍を叩きつけると吼帝は前腕で防御し押し返そうとする。

 競り合う二人はそのまま騎士の戦場ミラーワールドへと転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 切れた通話。

 射澄になにかあったに違いないと家を飛び出した。

 逃げろだとか隠れろだとか行っていたが冗談ではない。

 戦わずに逃げるだなんて、私には出来ない。 

 親友である、射澄を捨てて。

 

「変なことするんじゃないわよ、射澄……!」

 

 夜の街を駆けていく。

 なにかあっただろう親友のもとへ行くために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライダーの気配を感じると住宅街に並ぶ民家の屋根の上からライダーを探す陽咲。

 なんとか邪魔をして陽咲のやろうとしていることを邪魔しようと試みる。

 

「あれ、あのライダーは美也といた……」

 

 共有はされている視覚に入ったのは仮面ライダーヴァール。射澄さん……!

 

「美也、騒がないでよ……。あれ、負けた方を食べるんだからさ……」

 

 そんなことさせない! 

 絶対に!

 

「ほんと、しっかり飲み込んだはずなんだけどな……。美也がおとなしくしてくれないから私お腹ペコペコで消えちゃいそうなんだけど」

 

 陽咲やめて!

 人を殺すなんて間違ってるし、私は腕を治してほしいなんて思ってない!

 

「美也が思ってなくても私が思ってるんだよ。また一緒に剣道しようね……ふふふ……」

 

 もう、なにを言っても陽咲には通じない。

 今の私に出来ることはとにかくこの意識を保ち続けること。

 そうすれば陽咲の行動を抑えることが出来る。

 その甲斐あって陽咲はまだライダーを食べるなんてことは出来ていない。

 それでも、いつまでこれが続くか……。

 

「見つけたぞ」

 

 低い、男の声と同時に斬撃が放たれる。

 黒い、ツルギ────。

 

「チッ……。出たな……お前を見ると気持ち悪いんだよ!!! 変身!」

 

 変身すると即座に剣を召喚し黒いツルギに斬りかかる。

 鍔競り合い、黒いツルギが口を開く。

 

「ああ、俺もそうだ。同族嫌悪でな。……影守美也、聞こえているならそのまま意識を強く持っていろ。今のままなら、救えるかもしれん」

 

 え……。

 

 鍔競り合いを制し、脇腹を蹴られた陽咲、仮面ライダー縁は数軒先の屋根に着地してやはり自分が不利と悟るとこの場から撤退。

 黒いツルギは追跡を開始した。

 言われたとおりに強く意識を保っているが、射澄さんのことが心配でならなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【SWORD VENT】

 

 身の丈ほどある両刃の剣が吼帝の手にもたらされる。

 直撃はそのまま敗北に繋がりかねない一振を回避し、ヴァールは反撃の突きを放つがその攻撃は既に視られていた。

 槍の柄に沿い、流れるように回避すると同時にヴァールの間合の内側へと入り込み、右の拳が鳩尾を穿つ。

 

「カッ……」

 

 肺から漏れ出る空気。

 陸で溺れたかのような感覚を味わう射澄に更なる暴力が与えられる。

 

「ふん……やはり拳の方が性に合う。殴るというのは心地好い!」

 

 吼帝のアッパーがヴァールを吹き飛ばす。

 塀に叩き付けられ地面に伏したヴァールはそれでもと即座に立ち上がり槍を構えて突撃していく。

 

「でやぁぁぁぁ!!!!!」

 

 薙いで、突いて、払って、叩きつけて。

 その、どれもが当たらない。

 闇を薙いで、空を突いて、無を払って、虚を叩く。

 

「くっ……」

 

 デッキからカードを引き抜いて、対抗手段を得ようとするヴァール。

 そのカードが何かを視た吼帝は大剣で電柱を切り倒しカード使用を妨害。

 倒れてくる電柱を回避したヴァールであったがその隙に吼帝は自身の間合まで近付き上段からの一閃を放った。

 槍で受け止めようとしたヴァールであったが柄ごと切り裂かれ、眩い火花が血の変わりと噴き出し、ヴァールは膝から崩れ落ちる。

 倒れたヴァールを蹴り、仰向けさせた吼帝は胸を踏みつけた。

 

「もう少し歯応えが欲しいな神前君。しかし、まあ……君のような知的な女性は好みでね。殺すのが惜しいよ、本当に」

「……お前、みたいな男に……好かれたくはないね……があぁッ!?」

「喋る元気はまだあるか。このままトドメを刺してしまってもいいが……。狩りは狩ったと思った瞬間こそ危険という。ほら、最後の一噛み、歯向かうチャンスをくれてやる」

 

 再び蹴飛ばし、ヴァールを地面に転がすと吼帝は距離を取った。

 どこからでも来るがいい、仕切り直してやると。

 そして、最後のチャンスを与えられたヴァールは……深手を負っているにも関わらず、それをまったく感じさせない立ち姿を見せた。

 

「……その余裕が、仇となるぞ。鐵宮……!」

 

 射澄は仮面の下、額からの流血に瞑っていた右目を開きそう言い放ちながらカードを一枚、手に取った。

 

「……なに?」

 

 その迫力に鐵宮も危険を感じた。

 この女、なにかまずいと。

 

「お得意の未来視で視てみるといい。自分の未来を……」

 

 鐵宮はすかさず未来視を発動し、未来を視た。

 

「な……なにぃッ!?!?」

 

 鐵宮の未来。

 そこには変身が解け、大量の血を流し倒れる自身の姿。

 

「馬鹿な、あり得ない……!」

「その反応……。どうやら、上手くいくようだね……」

「神前……貴様なにを!!!」

「シャッフルベント。私に与えられたダメージを強制的に与える効果を持つ。ただし、この効果は誰に向かうか分からない。私にだって降りかかる可能性がある。はじめにカードの効果を確認した時は悩んだよ。こんなピーキーなカード、どこで使うんだって」

 

 射澄の言うとおり、このカードは扱いが難しいカードである。

 乱戦では誰に効果が発動されるか分からず、味方がいる場合は味方に降りかかってしまうかもしれない。なにより自分も対象に含まれるというリスク。

 これまで使う場面は一切なかった。

 しかし、このカードを使うのに最高の条件が揃った。

 

「ここには私とお前の二人きり。確率は1/2。そして君の反応。安心してこのカードを使えるよ。今の私のダメージともなれば……」

「ま、待て! 私を殺すということは大勢の人間の願いを砕くことになるのだぞ!!!」

「ふぅん。それで?」

 

 鐵宮の弁にまったく興味がないように、射澄はバイザーにカードを挿入した。

 

「たった一人の願いが大多数の犠牲のもとに成り立つのとたった二人の命で大多数の願いが叶う! 賢い君ならどちらが正しいか判別はつくだろう! 君の願いだって叶うんだぞ!!!」

「そのたった二人のうちの一人は私の親友だ。悪いがどこの誰とも知れない奴の願いよりも、親友の方が大事なんだよッ!!! それに、助けなきゃいけない後輩がいる……!」

 

 射澄が吼えると同時に、バイザーにカードが読み込まれた。

 

【SHUFFLE VENT】

 

「やめ……やめろぉぉぉぉ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【CONFINE VENT】

 

「え────」

 

 かき消された。

 シャッフルベントの効果。

 鐵宮が視た未来は、訪れなかった。

 

「なん、で……誰が……」

 

『心配になって来てみれば、女の勘は当たるのね』

 

 ぼうと、闇の中に浮かぶ白い影。

 コアによるコンファインベントが、鐵宮の未来を変えた。

 

「ふふ……はははッ!!! やはり貴女は私にとっての勝利の女神のようだな! 神前ぃ……お前にまだ切り札はあるのか?」

 

 そんなものは、ない。

 射澄にとっての切り札は失われてしまったのだから。

 

「やはり勝つのはこの私だぁぁぁ!!!」

 

 地を蹴り、ヴァールへ殴りかかる吼帝。

 顔面を捉えた拳は直撃し、再び射澄は地についた。

 ただ、今度は立ち上がれなかった。

 先程は勝てるという希望が、勝つという気合が気力となりダメージを無視出来たが希望は砕かれ、精神的支柱を失った射澄に立ち上がることはもう出来なかった。

 

「罰を与えよう。絶望の中で果てるがいい」

 

 吼帝の手に取られる射澄のメモリア。

 躊躇なく、破られた。

 

「────!」

 

「さあ、今度は見せておくれよ。願いの反転というやつを」

 

 変身が解かれた射澄。

 傷だらけで、倒れたままの射澄になんの反応もない。

 

「どうした? どうなった? ええ?」

 

 愉しむような声で射澄に問い掛ける鐵宮だが、やはり射澄からの反応はない。

 

「……確か、神前の願いは全知だったか。それの反転となれば……知能を失うか? はははッ! あれだけ知的だったのにな! なんともまあ無様だなッ!!!」

 

 ひとしきり観察を終えた鐵宮はヴァールのデッキを拾い、もう無価値だと背を向けミラーワールドを立ち去った。

 コアもいつの間にか消えており、射澄一人きり。

 

「────あ」

 

 メモリアを破かれてから初めて、声を発した。

 おもむろに起き上がると、射澄はぼうとして。

 

「あ……ああ……」

 

 空を眺めていた。

 いや、空を眺めているとは思っていない。

 ただ、顔がそちらを向いているから、そう見えているだけ。

 

 ぽつりと垂れた、額からの流血。

 射澄はそれが自分の命が失われていくことだとはもう分からない。

 額に触れ、ぬめりとした感触を初めて味わい。自身の血で真っ赤になった掌を見つめて。

 

「あ……あああ……!」

 

 射澄は、笑っていた。

 なにが、楽しいのかは分からない。

 そして────消滅が始まる。

 

 ミラーワールドに生身の人間は長時間存在出来ない。

 射澄にも例外なくそのルールは適用されて、少しずつ粒子となってミラーワールドに溶かされていく。

 知を失い、自分が消えていくということも理解出来ずに。

 

 神前射澄は、ミラーワールドに消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実世界へと戻り、一度学校へ戻ろうと歩き出す。

 笑いが込み上げてくるのを我慢しながらスマホを操作し黒峰樹へと連絡する。

 

「私だ。咲洲美玲とアリスを捕らえろ。殺すのではなく、捕らえるんだ。いいな。そうすれば私達の願いが叶う。ああ、頼んだよ」

 

 すべて、自分の計画通りに進んでいく。

 我が覇道への歩みは確実に、頂点へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 一度、学校へ行き駅……聖山駅方面へと進んでいく。

 射澄は駅の方に行くと言って通話は切れた。

 デッキを手にし、ミラーワールドの気配も逃さないようにとにかく探して歩いた。

 

「射澄……どこよ……」

 

 住宅地のど真ん中。

 道が入り組むこの辺り。

 どこを通っていったのか見分けるのは難しい。

 もしかしたらもう駅に着いたかもしれないので駅まで行ってみるのもありかもしれない。

 そう思って走ること十数秒。

 見慣れたバッグがあった。

 聖山高校指定のもの。

 なんで、こんなところにと不審に思ってバッグを手に取る。

 やけに重い。

 アクセサリーなどの類いはついていない。

 バッグを開けると、教科書ではなくまず文庫本が顔を出した。

 

 ────やめて。

 

 文庫本を取り出すと今度はハードカバーの小説。

 教科書や参考書の類いよりもとにかく小説だとかエッセイだとか自伝だとかジャンルに縛られない本達がどんどん出てくる。

 

 ────違うはずだ。

 

 そして……見慣れたスマートフォン。

 これは……射澄のもので間違いなかった。

 

 バッグだけここに置いてあったということが、最悪の事態を想起させる。

 

「射澄……射澄ッ!!! 近くにいるの!?」

 

 返事はない。

 とにかくこの辺りにはいたのだと手掛かりは掴めた。

 まだそうと決まったわけではない。

 探さないと……。

 

「射澄! いすっ……」

 

 突然、後頭部に走った衝撃。

 意識が奪われて……。

 

 

 

「はいまず一人確保っと。こんな簡単に捕まるとは思わなかったよ」

 

 深緑のライダー甲賀の奇襲が美玲を襲った。

 気絶した美玲を肩に担ぎ、甲賀はミラーワールドへと姿を消して美玲を連れ去ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人、重く沈んだまま夜を歩いていた。

 あの鏡華さんは一体なんだったのか、僕が見たものはなんだったのか。

 あれは、これまでの戦いの、ループの記憶には存在しないものだった。

 それに、鏡華さんにしてしまったことの罪悪感。

 本当に、自分が情けなくて……。

 

 老朽化してきた橋に差し掛かる。

 向こうから人が。

 黒い服。

 恐らく学生。

 少しずつ近付いていくと、その人物が誰か分かった。

 分かってしまった。

 

「やあ、御剣燐君」

「鐵宮……」

 

 いま、最も一対一で会ってはいけない人物と遭遇してしまった。

 戦うなんてことになっても僕は戦えない……!

 

「まあ、そう身構えないでくれたまえ。今は戦わないよ」

「え……」

「今の私はすこぶる機嫌が良くてね。ほら、これでもあげよう」

 

 鐵宮が投げ渡してきたのは……。

 

「これ、は……」

「ま、そういうことだ。それではな」

 

 嘘だ、そんな……。

 射澄さんの、デッキ。

 ところどころ傷だらけで……。

 そういうことだって……。

 嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ……!

 

「うぅ……うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」




次回 仮面ライダーツルギ

「おねーさんのデッキ、取っちゃった」
 
「どうしたの瀬那! そんな汗だくで」

「ゲーム・スタート」

「……本当の願いを言えないようじゃ駄目だ。死ぬよ、お前」

 願いが、叫びをあげている────。



ADVENTCARD ARCHIVE
SHUFFLE VENT
APなし
仮面ライダーヴァール固有カード。
自身に与えられたダメージを周囲のライダー一人に強制的に与えるという効果を持つ。
ただこの効果はヴァール自身も対象に含まれるため自滅してしまうという可能性もあり、仲間と共に戦う機会が多かった射澄には使うタイミングがなかった。
鐵宮戦においては一対一でかつ鐵宮に未来を見せてどちらに効果が発動するか判明した状態で使用するという対未来視において非常に効果的な使い方をしたがコアの乱入により無効化されてしまった。


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?+1ー34 盗まれたカードデッキ

 人通りがまだ疎らな午前の聖山駅前にあるアーケード街。

 今日もまた、敵を求めて彷徨っていた瀬那は早速モンスターと遭遇し闘っていた。

 

「おらぁッ!!!」

 

 イノシシのようなモンスターを、スズメバチの腹部に似た手甲「クインニードル」を装備した右腕で殴り飛ばす。

 閉業した時計屋のシャッターに激突したモンスターはまた何も考えずにスティンガーに向かって突進。

 スティンガーは冷静に回避すると同時に今度は背中を蹴りつけて、婦人服店にモンスターを叩き込む。

 ミラーワールドなので周りへの被害など一切考えたこともない瀬那はとにかく暴れ回れる。

 店内をリングにして、モンスターを壁に床にと叩き付けて店外へとモンスターを投げ飛ばす。

 そろそろトドメを刺すかとデッキからファイナルベントのカードを引いてレイピア型の召喚機「クインバイザー」に装填。

 

【FINAL VENT】

 

 スティンガーが契約しているハチ型モンスター「クインビージョ」が飛来。下半身の巣からクインビージョの配下であるビージョが一斉に飛び出しモンスターを取り囲む。

 身動きが取れなくなったモンスターに向かってクインビージョは両腕の針を撃ちだし、スティンガーは2本の針と同時に隠し針を露にしたクインニードルを突き出す。

 計3本の針に貫かれたモンスターは爆発。

 エネルギー体が空へと向かっていく。

 あれを契約モンスターに捕食させることで契約モンスターとの契約を果たし、契約モンスターを強化する。

 それがライダーの鉄則……なのだが。

 いつものようにクインビージョがエネルギー体を食おうと接近していくが、横から別の小型の鳥型モンスターがエネルギー体を横取りしていった。

 

「なっ!?」

 

 せっかく気持ちよく倒したモンスターをクインビージョのエサにして強化出来ると思っていた矢先にこれ。

 野良のモンスターの可能性もあるが、ライダーと契約しているモンスターの仕業かもしれないと思い、横取りしていった鳥型モンスターを走って追いかけるスティンガー。

 だが、追跡は一瞬で終わった。

 アーケード街を駅方面に向かって走ると、バスロータリーの中央に立つ一人のライダー。

 くすんだ赤い色で、これまで出会ってきたライダー達と比べると小柄だな、なんてことを瀬那は思っていた。

 

「追ってきてくれたんだ」 

 

 小柄なライダーはスティンガーに聞こえるように声を張ってそう言った。

 その声色からは楽しげな雰囲気が感じ取れたが、そのことが瀬那を少しばかり苛立たせた。

 戦いの場に、楽しいだなんて感情を瀬那は持ち込んだことがなかったからだ。

 

「……さっきのは挑発のつもりか?」

「挑発? 遊び相手を探してただけだよ。そしたら、おねえさんが来てくれた」

「遊び、だと。そんなこと言ってられんのも今のうちだけだッ!」 

 

 ライダーと会話することなど不毛とスティンガーはクインニードルを構えて小柄なライダーに向かって飛びかかる。

 

「ゲーム・スタート」

 

 小柄なライダーはカードを取ると、左手に装着された鳥の顔を模す召喚機「ビークバイザー」にカードをいれる。

 

【STEAL VENT】

 

 カード名が読み上げられた瞬間、スティンガーに装備されていたクインニードルが消失。

 突然のことに驚くがそのまま素手で殴り付けてしまえと瀬那は考えるが再び驚かされることとなる。

 

「ッ!?」 

 

 スティンガーの拳が、()()()()()()()によって阻まれる。 

 小柄なライダーの右腕に装備された、スティンガーの武器であるはずのクインニードル。 

 さっきのカードの効果かと、瀬那は舌を打った。

 

「驚いた? おねーさん」

「ハッ! その質問をする奴は一人で充分だッ!」

 

 腰に差していたクインバイザーを抜いてライダー目掛けて叩き付ける。

 クインニードルの腹で防御されるが、クインバイザーをとにかく何度も叩き付けて圧倒していく。

 

「その程度かよッ!」

「うー。そんなムキにならないでよー。続きはこっちでしよ」

 

 小柄なライダーはクインバイザーの上段をするりと躱して駅に隣接している商業ビルのショーウィンドウからミラーワールドを後にした。

 

「待てッ!」

 

 スティンガーは逃げるライダーを追って現実世界へと戻る。

 駅前という人の多い場所ではあるが、ここは人の空白地帯とでも言うべき場所で誰にも目撃されることはなかった。

 

「どこ行きやがった……」

 

 少し歩けばすぐに人混み。紛れられては追跡は困難だと断念しようとした時、人とぶつかった。 

 小柄な、恐らく男子。

 ちらりと背後に目を配る。別にぶつかったので因縁をつけているわけではない。なんとなく気になったからである。

 帽子を目深に被っていたので顔は見えなかったが恐らくそうだろうと結論づけて……思い出した。

 つい先日のスリのことを。

 

「まさか……!」

 

 自分までやられたかと羽織っているジャージのポケットを確かめると財布とスマホはあった。

 ただ、デッキがない。

 

「おねーさんのデッキ、取っちゃった」

 

 背後から先程のライダーの声。

 すかさず振り向くとそこにいたのはさっきのスリ。

 少年だと思っていた者は少女であり、ライダー。

 

「返せッ!」

 

 少女が見せつけるようにしている自身のデッキに飛びつく瀬那であったが少女は踊るようにして瀬那から遠ざかる。

 

「へへ~ん。返してほしかったらボクの言うこと聞いてよねー!」

「ざっけんな!」

 

 少女を捕まえようとする瀬那だがまたも軽い身のこなしで避けられる。

 

「だーかーらー。返してほしかったらボクの言うことを聞くこと! でないとおねーさんのメモリア破いちゃうよ?」

「ぐっ……」

 

 願いが記録されたメモリアを破かれてはただ敗北するどころでは済まされない。

 メモリアを人質に取られた以上、瀬那はこの少女の言うことに従うしかなかった。

 

「……アタシになにしろってんだ」

「ふふーん! よくぞ聞いてくれました。おねーさん、ボクと遊ぼ?」

 

 明るい、満面の笑みを浮かべた少女は瀬那に向かい言った。

 予想外の言葉に瀬那は、気の抜けた言葉しか出なかった。

 

 

「ねぇねぇ遊園地行こー! 七木山ハニーランド!」

「ダメだ」

「えー!? じゃあカラオケ!」

「ダメだ」

「そんなぁ!? じゃあ水族館!」

「ダメだ」

「なんでぇ!?」

「金がかかるから」

 

 早速、少女の遊ぼうという願いを実行しようとする瀬那であるがあいにくと手持ちが心許ないので少女の提案を却下せざるを得ない。

 

「言うこと聞かないとどうなるって言ったか覚えてるー?」

「仕方ないだろ金ないんだから。それともお前は持ってるのか?」

「ない」

 

 奢られる気満々だったのかとため息をつく瀬那。

 金がなければ遊ぶことなど出来ない。

 遊ぶとは、金と余裕がある者のみに許されたことなのだ。

 

「そもそも平日だから出歩くと目立つぞ。あとお前、学校は?」

「おねーさんこそ学校は?」

「質問に質問で返すな。しかしどうすっか……あのバカが学校終わるの待って合流するか……ん?」

「アイスメロンパン二つ! あ、支払いはあの金髪のおねーさんね」

 

 少女は勝手に移動販売車で買い物をしていた。

 絶賛聖山市で人気沸騰中のアイスメロンパン(税込450円)である。

 

「お前っ!」 

 

 注文を取り消そうとした瀬那であったが商品を受け取った少女は早速一口。

 

「お姉さんもどうぞ!」

「……ありがとうございます」

 

 店員のお姉さんの笑顔もあって、瀬那は千円札を差し出した。

 瀬那の所持金は残り、1758円。

 

 その後もクレープを奢らされ、ゲームセンターのUFOキャッチャーを取るまでやると言われて瀬那の所持金は58円のみとなったのだった。

 

「あー楽しかった!」

 

 聖山駅裏の公園で一休みとベンチに座った二人。

 少女は満足した様子で、瀬那はやれやれといった風を装って。

 アイスメロンパンとクレープは美味しかったので満更でもないがそれはそれとしてこれを以上続けられたら流石に困るので注意はしておくがどこ吹く風。

 こうなれば力ずくでデッキを奪い返すか。ついでにこいつのデッキも奪ってしまえば敗退させたようなものだ。

 小柄でチョロチョロと動き回るが捕まえてしまえばこっちに分があるとそこまで考えて、ふと気になることを見つけた。

 

「おい」

「なーにー?」

「お前、小学生か?」

「ぶー! 中学生だよ! 小学生なんてお子様と一緒にしてもらっちゃ困るよ~!」

 

 中学生……と変なショックを受ける瀬那。

 流石の自分でも中学まではそれなりに学校には行っていたぞと内心この少女の家庭環境などが気になってしまった。

 

 ────気になったから、なんだってんだ。

 

「今時の小学生、結構大人びてるよなとか思ってたけど、お前みたいなガキっぽい中学生がいるとは思わなかった」

「それを言うならおねーさんだっておっぱいないじゃん」

「胸は年齢関係ねぇ。でかくなるのもいればならない奴もいる」

「ボクはどうなると思う?」

「望み薄」

 

 そんなぁとショックを受ける少女を見てため息をつく。

 こんなのがライダーとは、拍子抜けも甚だしい。アリスは何を思ってこんなのにデッキを渡したのかと思う瀬那であったが別の可能性が頭に浮かんだ。

 

「お前、デッキも盗ったやつだろ」

「正解! よく分かったね!」

「あのな、ライダーバトルは遊びじゃねぇんだ。お前みたいな奴がやることじゃない」

「なんだよー! 確かにデッキはスリで盗ったものだけどボクだって本気なんだから!」

 

 ベンチから立ち上がり、瀬那に向かって声を上げる少女。

 そんな少女に向かって瀬那はあくまで冷静に、静かに問いかけた。

 

「なら、お前の願いはなんだよ」

「そ、それは……お、お金! お金がいっぱいあれば遊園地もカラオケも水族館も行き放題でしょ! なんでも出来るでしょ! だからお金!」

 

 瀬那には分かった。

 少女の願いが、嘘であるということに。

 

「……本当の願いを言えないようじゃ駄目だ。死ぬよ、お前」

「え……」

「だから、デッキ渡せ。アタシのと、お前のも」

 

 少女を真っ直ぐと見つめ、デッキを渡せと手を伸ばす。

 少女は瀬那が本気であることを察して悩むがそれも一瞬。少女は、誤魔化すことを選んでしまった。

 

「ふ、ふーんだ! そんなに言うならおねーさんの願いはなんなのさ!」

「それは……」 

「なんだよ! おねーさんだって言えないんじゃん! だったらメモリア見ちゃうもんね!」

「お、おい!」

 

 瀬那のデッキを取り出してカードを引いていく少女。

 メモリアを引いた時、少女は予想外の願いに表情を失った。

 

「HOME……家……?」

「……返せ」

 

 瀬那は少女からデッキとメモリアを取り上げた。少女は抵抗しなかった。

 地面に落ちたカードを拾い集め、デッキに納めると再びベンチに腰を下ろした瀬那は公園に来ていた親子を見つけるとおもむろに口を開いた。

 

「アタシの両親は、デキ婚だった。知ってるか、デキ婚」

「そ、それぐらい知ってるよ! 子供が出来ちゃったから結婚するやつ、でしょ……?」

「ああ。その出来ちゃったのが、アタシだ」

 

 少女に対して皮肉を言ったつもりではなかったが、瀬那の言葉は少女に罪悪感を植え付けるのには充分だった。

 

「アタシとほんの2、3才しか違わない時にアタシの父さんと……母さんはアタシを産んで、結婚した。どっちも真っ当な人間なんかじゃなかった。それでも、母さんは家事とかちゃんとしてたし、父さんはアタシが産まれて変わったらしい。真面目に働いて、アタシを育ててくれた。父さんは、アタシに優しかった。けど、父さんは死んだ。自殺した」

「え……」

「トラックの運転手しててさ、子供を轢いたんだ。飛び出してきたな。それで仕事クビになって、人殺しだなんだ言われて、住んでたとこも引っ越して、それでもまだ人殺しって言ってくる奴等はいて、父さんは死んでった」

 

 淡々と話す瀬那とは正反対の様子で悲痛な表情を浮かべていく少女。

 それでも、瀬那は口を動かし続けた。

 

「母さん……あの人は遊び足りなかったんだろうな。父さんが死んでから、何人もの男をとっかえひっかえしてた。そんなあの人からしたらアタシは邪魔な存在で、邪険にされてきた。だからあの人と暮らす家は、アタシにとっては居場所なんてない場所で。ずっと一人だった。家族もいないようなもの、友達だっていない一人ぼっちだ。だから、アタシは家が欲しい。父さんと……母さんのいる、家が」

 

 語り終える頃、遊んでいた親子は手を繋いで公園を出るところであった。

 あの親子には、帰る場所がある。

 それが、今の自分にはないのだと瀬那は改めて自身の願いと向き合わされた。

 

「ほら、アタシはちゃんと言えたぜ。これが覚悟の違いだ。お前と戦ってもアタシが勝つ、絶対に。だからデッキ渡せ。お前にライダーは勤まらない」

「ボク、は……」

 

 デッキを取り出し見つめる少女。

 諦めてしまえと瀬那は言っている。

 

 ────ああ、どうして自分はこんなにもこいつのことを気にかけてしまったのだろう。

 

「ボク、お父さんもお母さんもいないんだ。今は、孤児院で暮らしてる」

「なら、お前の願いは……」

「お父さんとお母さんのことも最初は考えた。だけどね、メモリアに出たボクの願いは……繋がり。孤児院でもボクは一人ぼっち。誰か、ボクと一緒にいてくれる人が欲しいんだ。だから……ライダーであることをやめたりするもんかっ!」 

「お、おい!」

 

 走り去る少女。

 瀬那は一瞬の逡巡の後に少女を追いかけ走り出す。

 だが、少女の足は速く、街は人で溢れ、迷宮のような路地で入り組んでいる。

 少女を探すのは困難。それでも、瀬那は少女を見つけるべく街を駆けた。

 

 ────なんでアタシ、こんなことしてんだろうな……。

 

 わざわざ、たった数時間の付き合い。

 それもデッキを盗んだような奴のためにこんな……。

 けれどあいつは……。

 

「瀬那!」

 

 アタシの名前を叫ぶような奴は今のところ一人しかいない。

 (バカ)だ。

 気付けば陽は西に傾いて、夕焼けが眩しい時間。

 いつの間にか藤女の近くまで来ていたようで、学校も終わったという頃合いだからバカと鉢合わせたってわけか。

 

「どうしたの瀬那! そんな汗だくで」

「なんでもな……いや、お前も手伝え。帽子被ったちんちくりん。男に見えるけど女で孤児院育ちだ。いいな!」

 

 それだけ伝えて再び走り出す。

 何故か無性に嫌な予感がしてならないからだ。

 

 

「ちょっ、瀬那ぁ! もう、それだけの情報じゃ分かんないって……」

 

 茜はまあ、手伝うけどさと瀬那とは逆の方向へと走り出した。

 二手に分かれ、少女を探すのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 少女は一人、知らない公園のブランコに座り込んでいた。

 衝動的に走り出したがために、見知らぬ地区に気が付くと辿り着いてしまい、最初こそ知らない場所を探検だと意地を張っていたが暗くなってきてこと、疲れてしまったことなどが重なり、今の少女の心には影が差していた。

 

「……おねーさんの言う通りにしてればよかったかな……」

 

 デッキを渡していたら、もしかしたらおねーさんとライダー同士ではなく友達同士として繋がれたのかな。そうすればきっとこんな気持ちにならなくて良かったのかな。

 そんな気持ちが渦巻いて、デッキを見つめること数秒。

 

「あれ~? どうしちゃったのかな~? 君ぃ~迷子~?」

 

 セーラー服を着た、やたら声の高い女子高生が目の前に現れた。

 このセーラー服は、たしか聖山高校のものだったかと記憶を確かめる。

 

「一人で帰れるから大丈夫!」

 

 ブランコから降りて、一人帰ろうとする少女であったが、女子高生……玄汐夏蜜柑が道を遮った。

 

「ねぇ、ライダーでしょ。さっきデッキ見てたよね」

「なんのこと? ボクわからな……」

「とぼけんじゃねぇよ!」

 

 声を荒げる夏蜜柑は少女の右腕を掴んで逃がさない。

 

「ねえ、殺し合おうよ。ライダー同士さぁ! 最近殺せてないからイラついてんだよ。金が入んねぇからさぁ!」

「お、お金……?」

「そう。なっちゃんはね、お金が欲しいから戦ってるんだ~☆ つうわけで殺させろ」

 

 夏蜜柑の殺気と狂気をはらんだ視線が目を逸らすことも許さない。

 逃げ場は、なかった。

 

 

 

 

 

 

 夜の公園を舞台に戦いは始まった。

 玄汐夏蜜柑/仮面ライダーテュンノスは早速ソードベントを使用し、サメの歯のような二振りのナイフを構えて斬りかかる。

 機動力に優れたライダーでテュンノスは隙を与えぬ連撃で少女が変身したライダー、仮面ライダーカイトを狙う。

 だが、機動力に優れるのはカイトも同じだった。

 身体の小ささと少女の高い運動神経が合わさり、縦横無尽に駆け回り、刃を躱していく。

 

「逃げんなッ!」

 

 逃げねば死ぬ。

 少女はとにかく逃げ続ける。

 それが、仮面ライダーカイトの戦法なのだ。

 それともう一つ。

 

【STEAL VENT】

 

「ナイフがっ!?」

「盗っちゃったもんね!」

 

 スチールベントでテュンノスのナイフを奪ったカイトは得意気に見せびらかす。

 スチールベントによる相手の装備、手札を崩していくのもカイトの戦法。

 

「こっちにはまだあんだよ武器が!」

 

【SWORD VENT】

 

 召喚されたのはサメの尾鰭のようなブーメラン。

 一回転した勢いで投擲し、カイトの首を狙う。

 

「こっちだってまだあるよ!」

 

 二枚目のスチールベントを用いたカイト。

 飛来していたブーメランは消失し、カイトの手にブーメランが納まる。

 

「へへーんだ! もう武器はないよね? ボクを見逃してくれればボクも何もしないよ」

 

 勝った気でいるカイトはテュンノスにそう告げる。

 テュンノスは俯き、黙ったまま肩を震わせていた。

 キレたか?とカイトは思ったがテュンノスの震えが治まり、顔を上げると特徴的な高い声で返事をした。

 

「そうだね。君強いね~☆ なっちゃん勝てそうにないから見逃してくれる~?」

 

 よかった、分かってくれたとカイトは思い、スチールベントで奪ったナイフとブーメランを捨てると一目散に近くの鏡を探して走り出した。

 

「……なんて、言うとでも思った?」

 

 ドスの効いた声で呟くとテュンノスはカードを引いた。

 左腕に装着しているバイザーに挿入し、読み込ませる。

 

【FREEZE VENT】

 

「あれ、足が……!?」

 

 凍結するカイトの足。

 地面まで凍りつき、カイトは身動きが取れなくなってしまった。

 

「殺させろ……って、言ったよねぇ」

 

 カイトが捨てたナイフを拾い上げたテュンノスが歩き、近付いてくる。

 テュンノスがカイトの肩に顎を乗せる。

 身体を密着させたテュンノスはカイトの身体にナイフを持った手を這わせて、耳元で囁き始める。

 

「ライダーバトルがどういうものか知らないの? 見逃すわけないじゃん。ほんと、お子ちゃまなんだから……さっ!!!」

「いぃっ!?!?」

 

 右足の太ももを貫かれたカイト。

 がくりと倒れそうになるがフリーズベントで足と地面が凍らされているのとテュンノスに身体を支えられてもいるので倒れることは出来なかった。

 

「やめ……やめてよぉ……」

「はぁ……ほんと、死ぬ奴って無様。大体、なっちゃんの言うこと信じたあんたが馬鹿なんだから。馬鹿は社会じゃ生きてけないのよ分かる!?」

「いぎっ!?」

 

 次は左足の太ももが貫かれる。

 足はこれで使い物にならない。

 倒れたくても倒れられない。

 血はどんどん溢れ出ていき、カイトの思考を停止させていく。

 

「次はどこを刺された~い? 肩? 胸? お腹?」

「痛いよ……痛いよ……」

「質問に答えろッ!」

「がっ!?」

 

 貫かれたのは脇腹。

 刃を回し、傷口を広げていくとカイトの悲鳴が夜の彼方へと吸い込まれていく。

 

「ま、こんなもんか。トドメ刺しちゃお」

 

 カイトから離れ、カードを使用するテュンノス。

 トドメ、すなわちファイナルベント。

 

【FINAL VENT】

 

 テュンノスの契約モンスターである『ディープブルーフィン』が召喚される。

 青いサメ型のモンスターを背に、ナイフを構えたまま跳躍するとディープブルーフィンもテュンノスを追って上昇。

 ディープブルーフィンの放った水流を受け、ナイフを持ったまま両腕を広げたテュンノスは独楽のように高速回転しカイトへと迫る。

 高速回転する刃と化したテュンノスがカイトの身体を切り刻み、抉る。

 

「死んじゃえ」

 

 テュンノスがカイトの背後へと回るとカイトは爆発。

 全身切り傷だらけの少女が倒れ、デッキは地面を転がった。

 

「あ、あ……」

 

 デッキに手を伸ばす少女。

 だが、少女の手の甲にナイフが突き刺される。

 少女にはもう、悲鳴をあげるほどの力もなかった。

 

「ダメダメ☆ 倒した奴のデッキがないと倒したって証拠にならないじゃん」

「あ……おねー、さん……」

 

 少女は無惨にもミラーワールドに溶かされる。

 少女がいたという証は、広がる血の海しかなかった。

 

「さーて、なっちゃんも帰ろっと……うん?」

 

 ミラーワールドを出ようとするテュンノスの目の前にライドシューターが現れ、フードが上がる。

 仮面ライダースティンガー、片月瀬那であった。

 ライドシューターから降りたスティンガーはテュンノスと向かい合う。

 先日、やり合った相手。

 問答無用で敵である。

 

「あれ~☆ あなたこの間の二人組みの片割れでしょ~? 今日は一人? コンビは解散? 音楽性の違いとか~? きゃはは!」

「チッ……あいつがいるかと思ったが……。おい、待て、それは……」

 

 瀬那は見つけてしまった。

 テュンノスが手に持つデッキを。

 テュンノスの背後に広がる血の海を。

 

「んー? これー? ちょうど一人殺したんだよね~なっちゃん。すばしっこい奴だったけどなっちゃんの相手じゃなかっ……ッ! ……危ないじゃん」

「……それを、渡せ!」

 

 テュンノスに殴りかかったスティンガー。

 バックステップでスティンガーの拳を回避するテュンノスはこいつも殺すかと思考を切り替えた。

 

「なに? 渡せ? なっちゃんにはこれが必要だからさ~無~理~。それともなに? この前の奴は捨ててこっちに鞍替えしてたの? それともトリオになっちゃってた?」

「黙れッ!」

 

 とにかく我武者羅に殴りかかるスティンガー。

 これぐらいならば回避は容易いと優雅に避け続けるテュンノスであったが流石にこの猛攻は鬱陶しいとナイフを光らせた。

 スティンガーの左の脇腹を裂いたナイフ。

 仮面の下で夏蜜柑は舌舐りをする。

 こいつも、殺せると。

 だが……。

 

「らあぁぁぁ!!!」

「なっ!?」

 

 ダメージなどなかったかのようにスティンガーは攻め立てる。

 そして、渾身の右ストレートがテュンノスの顔面を捉えた。

 吹き飛ぶテュンノス。

 宙に舞うカイトのデッキ。

 スティンガーは……カイトのデッキを取った。

 

「返せッ!!!」

 

 テュンノスはデッキを奪い返そうと立ち上がるがミラーワールドに存在出来る制限時間が迫り、消滅が始まった。 

 これでは流石に分が悪いとテュンノスはミラーワールドから逃げ、残ったのはスティンガーのみ。

 

「……くそ」

 

 ────なんで、自分はこんなにもあの少女のことを気にかけてしまったのか。

 

 それは、あの少女が一人で遊んでいたから。

 あの少女が孤独だったからだ。

 幼い頃の自分と重なったからだ。

 アタシはあの少女を……救おうとしたんだ。

 少女の願いは、人との繋がりであった。

 

「どうしてだ……。アタシだってあいつと同じ一人ぼっちだったじゃないか……」

 

 もしもあの時、アタシがいると言ってあげていられればあいつは命を落とさなくて済んだのではないか。

 アタシも同じ一人ぼっちだったけど、今は違う。

 だから、お前もきっと一人ぼっちじゃなくなると。

 そう言ってあげていれば良かったんじゃないのか。

 

「くそぉッ!!!」

 

 叫びは誰にも届かず消える。

 無力さに苛まれるスティンガーの足下に、少女の血が寄り添っていた。




次回 仮面ライダーツルギ

「……どうした。契約破りだから僕を食べに来た?」

「会長くーん! あーそーぼー!」

「これはアタシの戦いだ。お前は帰ってろ」

『お願い……最後の一回だから。もう燐くんとは会わないから! ずっとこの部屋で一人でいますからッ!!!』

 願いが、叫びをあげている────。







ADVENTCARD ARCHIVE
FREEZE VENT
対象を凍結させて動きを止める効果を持つ。
また、ファイナルベントやアドベント時に現れるモンスターに対して使用することで効果を実質無効化させることが出来る。

キャラクター紹介
少女(名前は後々)/仮面ライダーカイト
Makさん素敵なキャラクターをありがとうございました!


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?+1ー35 仮面ライダーの再臨

 項垂れ、ただ地面を見つめることしか出来なかった。

 涙はとうに枯れ果てた。

 真実を受け入れたくはない。

 だが、この今にも壊れてしまいそうなカードデッキがそれを許さない。

 青い色に赤黒いものが固まって、死を連想させる。

 

「射澄、さん……」

 

 僕が、僕がデッキを奪われたりしていなければ。

 僕が仮面ライダーであったならば、射澄さんを助けに行けたはずだったのに。

 

『────』

 

 ふと、脳に響いたこの音に顔を上げる。

 何度も聞いてきた、ミラーワールドの音。

 ライダーでなければ聞くことは出来ない音。

 デッキを奪われた僕には聞こえることはないはずだった。

 

「射澄さんのデッキ……」

 

 射澄さんのデッキは壊れかけではあるがまだ機能自体は働いているらしい。

 けれど、それでどうするというのだ。

 このデッキで変身出来るかは怪しいし、変身したところでデッキがいつまで保つか分からない。

 ただ、それでも……。

 

 身体は動き出していた。

 鏡となるものを探して。

 幸い、すぐ近くにカーブミラーがあったので見つめてみるとそこには僕と契約を結んだ者がいた。

 白き聖剣の竜、ドラグスラッシャー。

 

「……どうした。契約破りだから僕を食べに来た?」

 

 ドラグスラッシャーからの返答はない。

 僕に襲いかかってくるでもない、ドラグスラッシャーは自分を僕に見つけさせると飛び立つ。ドラグスラッシャーの姿を目で追っていくと近くの家の屋根に止まり、僕を見つめる。

 

「ついて来いってことか……?」

 

 一体、どこへ連れて行こうと言うのか。

 今更、こんな僕に。

 どこへ連れて行っても僕には、なにも出来ない……。

 

 ────本当に、そうなのか。

 

 声がする。

 僕の内から声が聞こえる。

 

 ────本当に、なにも出来ないのか。

 

 ああ、そうだ。

 僕にはなにも出来ない。

 

 ────なにも出来ないから、行かないのか。

 

 そうだ。

 なにも出来ないから、どこへ行ったところで……。

 

 ────変身出来なければ、戦えなければ、仮面ライダーではないのか。

 

 それ、は……。

 

 足が、動き出していた。

 どこへ行くかも分からない。

 なにをさせようとしているのかも分からない。

 なにも出来ないだろうというのに、この身体は動き出していた。

 ああ、そうだ。

 ここで動かなければ仮面ライダーを、仲間達を裏切ることになる────!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明かりなき夜の森林で、刃と縁は剣戟を繰り広げていた。

 

「────大したものだ、影守美也。死者に呑まれながらも心を維持し続けるその精神力は賞賛に値する」

「ぐっ……」

 

 戦闘は刃が優勢で、縁には全身に切り傷が刻まれていた。

 一度距離を取った縁は蛇腹剣を伸ばし、刃へと向けるが弾かれ、一瞬で距離を詰められる。

 そして、脳天から一閃。

 普通のライダーであれば死は確実の一撃だが、ミラーライダーである縁からは血飛沫のように泥が溢れ出る。

 

「ああああああああ!!!!!!!!!!」

 

 縁は崩れ落ち、溢れ出る泥を塞き止めようとするも泥は止めどなく溢れる。

 

「影守美也。這い上がってこい……!」

 

 

 光届かぬ深海に、一筋の光が見えた。

 あの光へ向かっていけば……!

 もがく、もがく、もがく。

 私を捕らえて離さない腕達から逃れようと。

 昇る、昇る、昇る。

 光へ、向かって。

 

「み、ヤ……」

 

 しかし、ここに来てこいつが足を掴む。

 そして、私の力も限界が近付いてきている。

 ずっと自分を保つのに力を注いできていたから、肝心な時にガス欠だなんて……!

 また、引きずり込まれていく。

 光が、遠のいて……。

 

「ここが勝負所だろう、お団子君」

「え……」

 

 聞き慣れた先輩の声がした。

 

「ぐあああ!!!!!」

 

 次に、陽咲の叫び。

 私の足を掴んでいた陽咲の腕が切り裂かれ、私はまた浮上を開始する。

 そうだ、ここが勝負所だと。

 そして光へと向かっていく途中、誰かとすれ違った。

 

「振り向いてはいけないよ。まっすぐ上を向いて進んでいくんだ」

 

 ああ……どうして。

 あなたが、ここにいるのか。

 そんな、そんなのって……。

 

「ほら、早く行きたまえお団子君。いや……。美也……」

「……やっと、名前で呼んでくれた」

 

 光に包まれる。

 射澄さんの姿を見ることは出来なかった。

 振り向くなと言われたから。

 けれど、その姿は確かに私の心に刻まれた。

 

「ありがとう……射澄さん……」

 

 

 

 目を覚ますと、そこは現実の世界であった。

 何度か訪れたことのある森林公園のベンチに寝かされていた。

 

『目が覚めたか』

 

 どこからともなく声がする。

 ベンチの裏にある管理所の窓ガラスから、黒いツルギが話しかけてきていた。

 

「……あなたが、助けてくれたの?」

『いや、お前自身の頑張りが大きい。そうでなければ、俺はお前を殺すつもりでいたからな。目を覚ましたところで悪いが、頼みたいことがある』

「頼みたいこと……?」

『御剣燐のところへ行け。あいつはデッキを持たないまま、戦おうとしている。力になってやれ』

 

 燐君が……。

 

「分かった。……ねえ、ところで貴方はなんなの。陽咲と同じ、ミラーライダーなんでしょ?」

『……そうだ。だが、今は関係ない。早く行け』

 

 答えをはぐらかされた気がするが、確かに今はそれどころではない。

 急いで燐君のもとへ向かわなければ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 懐かしい、中学校の制服を着ている私がいた。

 入学したばかりの頃、クラスメイトは知らない顔ばかり。

 大してクラスメイトに興味を抱かず、一人で本を読むことが多かった私に友達と呼べるような人は少なかった。

 社交性は持ち合わせている方なので雑談は出来るし、学校行事などクラス全体でなにかするって時にはクラスメイト達と歩調を合わせることはした。

 だから、友達はいなくとも孤立はしていなかった。

 ただ、私のクラスには完全に孤立している女子生徒がいた。

 名前は、神前射澄。

 幽霊のような不健康的な白い肌と同年代の女子の中では背が高く、それでいて痩せ型。そして、腰まで伸ばした長い髪。

 恐らく切るのが億劫だからという理由で長いのだと思うし、そんな人が髪の手入れをするはずもなくいつもボサボサの髪。

 授業中以外は常に本を読んでいた。

 私と似たような行動パターンだったけれど、彼女は完全に孤立していた。

 いじめの標的にされてもおかしくないが、不気味がって誰も近寄ろうとしないのでそういったことはなかったが、むしろそれは彼女にとって好都合だったのだろう。

 彼女は、本と独りを愛していた。

 そんな彼女にシンパシーを感じた……わけではない。

 むしろ、私は彼女に苛ついていた。

 

 ある時、たまたま教室で二人きりになったことがあった。

 そこでついに、私は彼女に声をかけた。

 

「ねぇ」

 

 多分に苛立ちを含んだ声は、いつもの声よりだいぶ低かっただろう。

 

「……なんだい」

 

 彼女は本から一切、目を離さなかった。

 眼中に私はいなかった。

 だけど、次の私の言葉に彼女は流石に目線をこちらに寄越した。

 

「髪、手入れしていい?」

「……は?」

 

 手入れしていいかと聞いておいてだが、私は彼女の返答を待たずして髪を梳かしていった。

 

「なんの真似?」

 

 抵抗はしないでされるがまま、彼女は私に問いかけた。

 

「貴女の髪の惨状を見て、いつもイライラしてたから」

「なんで君がイライラするんだい?」

「多分、ママ譲り。美容師だったから。髪は女の命って、いつも言ってたわ」

「髪がどうこうして死ぬ人間はいないよ」

「うるさい。黙って」

 

 沈黙の中、私は髪を梳かし続けた。

 髪は長いし、毛量も多いから時間がかかる。

 

「……私の母さんは、諦めてたよ」

「え?」

「母さんも、髪の手入れしなさいって言ってたんだけど、最近とうとう言わなくなってね。そしたら君が現れた。なんなら行動にまで移して私の髪を弄っている。母さん以上だよ、君は」

「貴女の母親になったつもりはないわよ。第一、子供を持つならもっと可愛げのある子がいい」

「君はいい母親になるだろうけど、遅そうだ」

「貴女に言われたくないわね」

 

 以外と、彼女は饒舌だった。

 それからとにかく彼女の冗談に付き合い続け、髪の手入れをしてあげるようになって、私達は友人になったのだ。

 

 

 

「……射澄」

 

 目が覚めると、私は涙を流していた。

 今のは、夢。

 現実に呼び起こされて、先程のことを思い出す。

 射澄のバッグを見つけて、それから、それから……。

 

 手と足は縛られ、寝かされていた。

 畳の匂いが鼻につく。

 和室だが、木の格子で部屋は遮られている。

 いわゆる、座敷牢。

 

「お目覚めかな」

 

 嫌な声がした。

 鐵宮武が、格子の向こう側から嫌らしい目でこちらを見ている。

 

「おめでとう。君は選ばれたんだよ。聖なる供物としてね」

「アリスと私を殺せば、ってやつ?」

「やはり神前から聞いていたか。そうだ。君達の尊い犠牲によって、大多数の幸福が生まれる。聖女なのだよ、君達は」

「ふざけないで。誰がそんなものに!」

「既に私の配下達がアリスを捕えるために動き出している。もう時間の問題だ」

 

 ……最早、打つ手はないのか。

 アリスがただのライダーに負けるような存在とは思えない。

 だがそのコアという者がアリスよりも上の存在であるならば、アリスになにかしてライダー達でも倒せるようにしてしまうなんてことも可能かもしれない。

 本当に、全てこの男の手のひらの上だというの?

 

「燐……」

 

 思わず、その名を呟いていた。

 だが、燐はデッキを失い普通の少年へと戻ったのだ。

 ライダーとはなんの関係もない。

 ただ、それでも……。

 燐に、会いたい……。

 

 

 

「会長」

「なんだね佐竹君」

 

 生徒会副会長の佐竹が入室してきた。 

 鐵宮に緊急の要件を告げるべく。

 緊急ではあるが、佐竹はひどく冷静に簡潔に報告した。

 

「襲撃です。喜多村遊がここを嗅ぎ付けたようで現在ライダー達と交戦中……ですが、ほとんど蹂躙に近いかと」

「ほう。先日、叩きのめしてやったというのにな。いいだろう。儀式の前の余興と洒落こもう」

 

 二人は美玲のことなど気にも留めず退室し、喜多村遊のもとへと向かう。

 閉じられた座敷は、天井近くの窓から差し込む月光のみが明かりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「会長くーん! あーそーぼー!」

 

 鐵宮家旧本邸へと至る石階段を昇り終えた遊はそう呼び掛けた。

 門番を任されていた二人の女子が遊の前に立ち塞がったが遊の拳の前にあえなく撃沈。

 遊は、門をくぐり抜けて敷地内へと足を踏み入れた。

 

「おーおー君達全員ライダー? まとめてかかってこい! 変身!」

 

 仮面ライダーレイダーへと変身した遊を見て、集められていた少女達もまた一斉に変身し遊へと迫る。

 現実世界での戦闘。

 レイダーはライダー達を一撃で屠っていくが少しずつ多勢に押されていく。それでも負けじと押し返し、庭園の池からライダー達共々ミラーワールドへと戦場を移したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 茜と合流した瀬那は今日起こったことを全て話した。

 もしかしたら、この悲劇は起きなかったのかもしれない。

 けれど、起きてしまった。

 あの少女は自分達とは違う。

 きっと、ライダーとは関係なく生きていけたかもしれないと。

 

「……アタシはあのライダーを追う」

「……その子の、復讐のため?」

「そんな大層なもんじゃない。ただ、気に食わない。あいつを殴らなきゃ気が済まない。だから……」

 

 拳を強く握りしめる。

 出会って数時間の付き合いの人間の復讐なんて。

 復讐なんて、ものではない。

 そんな大義名分は自分には背負えない。

 

「これはアタシの戦いだ。お前は帰ってろ」

 

 茜が付き合う理由は皆無だ。

 全て、自分の周りで起きたことなのだから自分で解決すると瀬那は、茜に来るなとそういうつもりで言った。

 

「そのライダー、この間の奴なんだよね。二人で戦っても押された奴」

「そう、だけど……」

「なら私も行く。この間のリベンジマッチ」

「お前……」

「結構痛め付けられたからさ……。私自身の復讐? みたいな。だから、私にも戦う理由はあるよ」

 

 真っ直ぐ瀬那を見つめて、茜は戦う理由を示した。

 固い決意の現れた、射抜くような瞳に迷いはなく、この目をした茜を説得する方が戦うことより何倍も難しいと瀬那は折れた。

 

「……行くぞ」

「うん」

 

 ここから玄汐夏蜜柑の追跡を開始しようと二人は動き出した。

 正直、とにかく当てずっぽうで街を探し回るつもりでいたが、二人に心強い助っ人が現れた。

 ミラーワールドから響いた、猛禽類の鳴き声に似た声。

 

「あれは……あいつのモンスター!」

 

 少女が契約していた赤茶色のトンビのようなモンスター『ビークフライヤ』が二人に向かって声をかけていた。

 瀬那がビークフライヤに気付くと、ビークフライヤは飛び立ち二人について来いと言っているよう。

 

「あいつについてくぞ!」

「うん!」

 

 駆け出す二人。

 二人の瞳には、強い意志が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鐵宮の屋敷の一室には巨大な鏡が奉られていた。

 それはコアのために与えられたもので、この部屋に入られるのは限られた人間のみ。

 その部屋で黒峰樹はこの部屋の警護と、とある任務を言い渡されていた。

 

「本当にその公園に現れるの? アリスは」

 

『ええ。あの娘、バカだけど真面目だから』

 

「了解っと。じゃあ送信」

 

 チャットアプリでコアから指示のあった住所を鐵宮の配下となったライダー達のグループに送信する。

 こうしてアリス狩りの指示を行っていたのだ。

 あとはコアとの雑談に付き合ったりと、なんともまあ暇な仕事であると樹は欠伸を漏らす。

 そんな時、勢いよく襖が開くと甲高い声が樹の耳をつんざいた。

 玄汐夏蜜柑である。

 

「ねえねえイツイツ暇!」

「あっそ。侵入者の相手でもしてきたら?」

「うーん。会長が相手してるんだって~」

「混ざってくれば」

「なるほど! 混ざればいいのかイツイツ頭良い! ……そんじゃ、さっきのストレス発散といきますか」

 

 勢い良く、というよりも荒々しく襖を閉めて出ていった夏蜜柑を見送り、ため息をついた樹。

 ここ最近、ため息をつく回数が増えた気がするなんてことをぼんやりと思った。

 

『貴女は戦いに行かないの?』

 

「冗談よして。死にに行くようなもんでしょ。誰かが数を減らしてくれるならそれが一番いいってのがモットーだし。願いが叶うチャンスがこんなに近付いてるのに死んだらもったいないでしょ」

 

『へぇ。貴女、賢いのねぇ』

 

 樹は、褒められた気がしなかった。

 

「馬鹿にしてるでしょ」

 

『違うわよ。ただ強いだけの人よりも、頭のいい人の方が生き残る確率は高いわぁ。リスクを避けるのは賢いことよ』

 

 そう、リスクを避ける。

 そのために樹は鐵宮に付き従った。

 今、まさに大船に乗っているのだ。

 そう、思っていたのだが。

 

(なんなの……この胸騒ぎは……)

 

 無性に、不安に駆られていく。

 何か、途轍もない災厄が近付いてきている気がしてならなかったのだった。

 

 

 

 

 

「ねぇ、本当にアリスを捕まえられるのかな……」

 

 召集をかけられ、郊外にある古びたお屋敷に集められたライダー達。

 先程、アリスを捕えるように指示を出された私達は屋敷を出て街の方を探索中。

 聖山高校の制服を着た女子が唐突にそんなことを言い出した。

 それは、誰しもが思っていたことだろう。

 

「ここにいる皆で生徒会長を倒した方が現実的じゃない?」

「けど、生徒会長すごい強いって……」

「数で押せばいけるって! 今9人もいるんだからさ。9対1なら余裕でしょ」

 

 裏切りの気運が高まっていく。

 私は正直……。

 

「乗り気じゃない?」

 

 小声で、私に話しかけてきたのは松生高校の人だった。

 小柄ではあるけれど、お姉さんといった風な印象を受けた。

 お姉さんというよりも、お姐さんの方が正確かもしれない。

 

「藤女の人が珍しいね。名前、なんだっけ」

「華甸川、真里亞です……」

「マリアちゃんか。あたしは栗栖(くりす)夕紀(ゆき)。でさ、どうよ。このままアリスを捕まえに行った方がいいかあの聖山の生徒会長だかを裏切った方がいいか。どう思う?」

「どうって聞かれても……。あなたはどう思うの?」

「さぁてね。願いが叶うんならなんだっていいさ」

 

 願いが叶うなら、なんだっていい。

 それはきっと、鐵宮という男に従った誰もが思ったことだろう。

 願いのためにもう殺し合う必要はなく、皆の願いが叶う。

 そんな素晴らしいことがあるだろうか。

 アリスと、もう一人誰か知らないライダーが犠牲となるけれど仕方ない。

 願いが叶うのならば、それでいい……。

 

「生徒会長裏切ってまた全員で殺し合うよりかはアリス捕まえに行った方が生き残って願いが叶う可能性は高いと思うけど……」

 

 このグループを指揮する新島陽菜がそう言うと皆、やっぱり辞めようと口々に言い始めた。

 

「そ、そうだね……」

 

 ひとまず、裏切り騒動のような面倒になりそうなことは阻止するとスマホに通知が。

 黒峰樹という鐵宮の側近のような立ち位置のライダーからである。

 

「……アリスの居場所が分かった?」

「お、ここから近いじゃん。行こうぜ」

 

 チャットアプリに送られた住所。

 確かにここから近い。およそ10分も歩けば着くだろう。

 ……こんなに上手く物事が進むものだろうか?

 出来すぎている感じがしてならない。

 それと同時に、不気味な静けさのようなものも感じる。

 嵐の前の静けさのような、なにかを……。

 

 

 

 

 

 

 

「ミラーワールドが騒がしい気がする!」

 

 そんな津喜の言葉を受けて、伊織と真央は津喜のパトロールに付き合わされていた。

 街中歩き回されて二人はくたくた。ハンバーガーショップで一休みしようと伊織が提案し、三人は休憩中。

 

「なにも、いませんでしたね……」

「いいや、なにかあるはずだ。私の勘がそう告げている」

「はぁ……。これ食べ終わったら解散しましょう」

「そんなぁ!? 絶対に何かある! 私の勘、女の勘だよ! 絶対なにか起こる!」

「北さんの女の勘はちょっと、いやちょっとどころじゃなく信用ない」

 

 伊織の言葉にとてつもないショックを受ける津喜だが、すぐに立ち直りダブルチーズバーガーにかぶりついた。

 ゆったりとジンジャーエールを味わう伊織だったが、窓の向こう側の景色にとある違和感を覚えた。

 

「ねぇ、あれ見て」

「なんですか?」

 

 真央も同じく外を見ると、そこには10人ほどの女子高生のグループがいた。

 制服を見るに、近隣の高校の生徒達が集まっている様子。

 そのグループにまた一人駆け寄ると、今度は全員でどこかに向かって走り出していった。

 

「あれは……」

「あの子達、ライダーっぽくない?」

「え? 同じ中学校だった仲良しグループとかかもしれないですよ」

「そうね、けどライダーな気がする。ライダーだとしたらあんな大人数で徒党を組んで行動するのは鐵宮の一派よ。それが目立つ行動を取るとなれば……なにか起こったに違いない」

「けど、ライダーだって根拠は……」

「女の勘」

「分かりました、行きましょう!」

「ええ」

「ちょっ! 私の女の勘は信じなかったくせに!」

 

 店を飛び出した二人を追いかけるため、津喜はダブルチーズバーガーを口に押し込み走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古びた教会に二人。

 彼女達は爪を磨ぐ捕食者達。

 戦いの匂いというものに特に敏感であった。

 

「……今日は随分と騒がしいですね」

「そうだね。行く?」

「行きましょうか。昨日の傷は既に癒えていますから」

 

 脇腹をさする樋知十羽子は氷梨麗美と共に動き始める。

 陰謀渦巻くライダーバトルの外側で、彼女達はただ殺戮を楽しむのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミラーワールド。

 夜の公園に一人、アリスがいた。

 

『まったくなんです。こんなところに呼び出して……。時間になってもコアは来ないですし……』

 

 苛立ちを募らせるアリス。

 そんな彼女の足下が突然爆ぜた。

 

「おいおい本当にいやがった」

 

 栗栖夕紀が変身した赤い堅牢な鎧のライダー、仮面ライダーギガントの銃型バイザーの口から煙が昇る。

 アリスの足下を撃ったのは彼女であった。

 そしてギガントを中心に9人のライダーがアリスに敵対心を向けている。

 

『……なんですか、貴女達。私にこんなことしてどうなるか分かってるんですか?』

 

「さぁてね。けど、あんた捕まえればあたしらの願いが叶うって言うからさ」

 

『なんですかそれ。そんな話、ありません! ライダーバトルの管理者たるこの私を捕えるだなんてそんなこと……』

 

 アリスは手をかざす。

 自身の権能を用いて、彼女達を処理しようとするが……。

 

「あ? なんだよ、なにも起きねーじゃん」

 

『そんな、まさか……。コア! コア! 見ているのでしょう! コア!』

 

 アリスに様々な力を授けたコア。

 コアから授かった力が使えなくなったこと、ここへと呼び出したこと。

 アリスはすぐにコアの裏切りに気付いた。

 

「なんか知らないけど、今のあんたなら楽に勝てそうだな。やろうぜ、みんな」

「小夜のためにも……!」

「兄さん……」

 

 9人のライダーがアリスに向かって襲いかかる。

 弾丸が、剣が、拳が、槍がとアリスに迫る。

 

『くっ……変身!』

 

 生身での戦闘能力を失ったアリスはブロッサムへと変身する。

 ライダーとしてのスペックであればブロッサムは他のライダーを大きく上回る。

 だが、数の差とアリス自身の戦闘技能が高くないため形勢はアリスが不利。

 

「ライダーバトルの管理者ってのは弱くてもなれるんだな」

 

『ッ!』

 

 銃弾を回避し、デッキからカードを引いて手鏡型のバイザーに装填。

 

【DEMOTE VENT】

 

 次の瞬間、ライダー達の武器が消滅する。

 ディモートベント。

 カードにより召喚された装備のAP、GPの値を2000下げるという効果を持つカード。

 数値が0となるとその装備は消滅し、消滅しなくとも威力を下げることは出来る。

 また、多くの装備はAPが2000程度で調整されているためこのカードは多くのライダーに刺さるのだ。

 だが、武器が複数ある相手に使う場合は使い時が重要である。

 

「んな面倒くせぇカードがあんのかよ!」

 

【SHOOT VENT】

 

 仮面ライダーギガントの両腕に装備される2門のガトリング。

 両腕合わせて4門の銃口から、銃弾の大雨がブロッサムに押し寄せる。

 ガトリングの一斉射をもろに受けたブロッサムのダメージは大きく、膝をつく。

 

「やあぁぁぁッ!!!!」

 

 真里亞の変身する銀のライダーヴァリアスが短剣を逆手に構えて迫る。

 立ち上がり、迎え撃とうとするブロッサムだがギガントのガトリングによる援護射撃が直撃、さらにヴァリアスの短剣による斬撃もまた刻まれ、ついにブロッサムの変身は解除されてしまった。

 

『そんなっ……』

 

「さぁて、来てもらおうか元ゲームマスター」

 

『くっ……』

 

 銃口を突きつけられるアリス。

 他のライダー達もアリスを取り囲むように近付いてくる。

 窮地のアリス。

 だが、その時だった。

 

『ゴガァァァァァァァッ!!!!!!!』

 

 天より轟く怒声。

 夜空に現れる白き流星がライダー達の近くに着地し砂埃が舞い上がる。

 

「くそ! なんだ!?」

 

『グガァァァ!!!!』

 

 砂埃を裂いて、地を駆ける竜ドラグスラッシャー。

 ライダー達に襲いかかる。

 その隙にアリスはこの場から逃げ出した。

 

「なんだよこの大物は!?」

「こ、殺されちゃう!?」

「に、逃げよう!」

「チッ! 追い詰めたのによぉ!!!」

 

 アリスを追い詰めたライダー達も各々ミラーワールドを脱出してやり過ごす。

 誰もいなくなったことを確認すると、ドラグスラッシャーは飛び立ち、夜空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 一人、逃げ仰せた。

 しかし、また追手はやってくるだろう。

 恐らくコアが手引きして、私の居場所を教えているのだ。

 なんとかして、隠れなければ……。

 

『ここ、は……』 

 

 目の前に建つ廃墟に一瞬思考を止めさせられた。

 だが、今はそれどころではないと廃墟の中に足を踏み入れる。

 

 ────見慣れた、割れた姿見のある部屋。

 

 姿見の前にしゃがみこみ、ひび割れた鏡を撫でた。

 

「燐、くん……」 

 

 彼と語らった、愛しい時を刻んだ部屋はあの時のまま。

 彼の笑顔が、私は好きだった……。

 彼が笑っていなければ、世界に意味なんてなかった。

 だから、こんな世界壊してしまえと。

 彼が笑顔でいられる世界にしたくて、私は……。

 けれど、彼の笑顔と幸福を奪ったのは私だ。

 彼は、私と出会わなければ普通の幸せを手に出来るはずだった。

 私は願った、彼の幸福を。

 それが歪んで、いつしか願いは彼と私の幸福となった。

 でも、彼の幸福と私の幸福は一致しない。

 私の幸福は、彼を不幸にしてしまう。

 それを変えたくて、何度も時を巻き戻して……。

 そして、駄目だった。

 やっぱり、彼の幸福と私の幸福は一致しない。

 彼の幸福を願うならば、私と彼は出会ってはいけない。

 そうだ、もう、諦めよう。

 

 ずっと分かりきっていたこと。

 燐くんと私は、出会っちゃ駄目なんだってこと。

 だから、だから……。

 

 もう、使えなくなったというタイムベントのカードに手を伸ばす。

 

『お願い……』

 

 タイムベントのカードに力を籠める。

 だが、応えない。

 時は、巻き戻らない。

 

『お願い……最後の一回だから。もう燐くんとは会わないから! ずっとこの部屋で一人でいますからッ!!!』

 

 そう、ずっと、一人で……。

 それでも、カードは応えてくれない。

 カードに、涙が零れ落ちる。

 私にはもうなにも、なにも……。

 

 

 

 

 

 

 ドラグスラッシャーから逃げたアリスを追うライダー達は再びミラーワールドにてアリスの捜索を続けていた。

 そして……。

 

「隠れるのには打ってつけってか」

 

 ギガントが、アリスが隠れている廃墟へと足を踏み入れた。

 

「アーリスちゃん。出ておいで。でないと蜂の巣にしちまうぞ~」

 

 廃墟の中を手当たり次第に撃ち抜いていくギガント。

 少しずつ、ギガントはアリスに近付いてきていた。

 

 

 

 

 

 嫌……嫌……。

 死にたくない……。

 こんな終わり方は嫌だ……。

 

「────キョウカさん」

 

 彼の声がした、燐くんの声が。

 

『燐、くん……?』

 

 次の瞬間、姿見が割れて燐くんがミラーワールドに現れた。

 姿見を殴り付けた燐くんの右手から血が流れている。

 

『そんな……どうして……燐くん……』

 

「キョウカさん。君を、助けに来た」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラグスラッシャーの後を追い、辿り着いた先は先程も訪れた鏡華さんの家。

 やっぱり、ここはアリス……キョウカさんに繋がる場所なんだ。

 けれど、さっきはなにもなかった。

 それに、あの鏡華さんのこともある……。

 

 恐れから、足が震えている。

 これ以上、進んではならないと。

 それでも……。

 

 足を動かそうとした瞬間、スマホが震えた。

 画面に表示される「母さん」の文字。

 しまったと思いながらも覚悟を決めて、電話に出る。

 

「もしも……」

「今どこにいるの! 早く帰ってきなさい!」

 

 案の定、怒られる。

 早く帰ってきなさい、か……。

 

「ごめん、母さん。今日、友達のとこに泊まるから」

「ええ!? 駄目よ病み上がりなんだから! 帰ってきなさい!」

 

 強情だなぁ。

 

「……その、さ。明日には帰ってくるから」

「今すぐ帰ってきなさい!」

 

 ……。

 

「……友達のことさ、助けてあげたくて」

「……それは、燐がやらなきゃいけないことなの?」

 

 ようやく、母さんの声色が落ち着いた。

 

「うん。僕がやらなきゃいけないし、僕じゃないといけないし、僕も……助けたいんだ。友達を。だから、ごめん母さん」

「……ちゃんと明日帰ってくるのね?」

「うん、必ず帰るから」

「……ちゃんと、帰ってきてよ?」

「分かってるって。……それじゃあ、いってきます」

 

 電話を切る。

 約束が増えた。

 必ず、帰ること。

 

「ああ、絶対帰るさ……」

 

 覚悟を決めて一歩、足を進める。

 それが、世界が切り替わるスイッチ。

 世界が変わる。

 目の前に建っていたのは豪邸ではなく、豪邸だったもの。

 廃墟だ。

 再び、意を決して廃墟の中を進んでいく。

 

 その一歩は、百万年。

 一歩歩くごとに、それだけの時間が流れ込んでくる。

 時間の濁流に今にも押し返されてしまいそう。

 けれど、ここで負けてはいられない。

 そうだ、これだけの時を僕は戦ってきた。

 今更、十万年程度がどうしたものか。

 数えるのも馬鹿らしい。

 今更、過去が僕を止めることなど出来ない。

 

 けれど、過去が今の僕を作り上げたのも事実だ。

 多くの戦いがあった。

 モンスター、ライダー、別世界からの侵略者もいた、別の世界を救うために戦ったこともあった。

 多くの仲間がいた。

 美玲先輩、射澄さん、美也さん、北さん、伊織さん、金草さん。

 他にも、多くのライダー達と出会った。

 過去が僕を作り上げた。

 仲間が僕を作り上げた。

 だから、これまでを全て受け止めていく。

 

 空っぽの僕という器に全てを注ぎ込んでいく。

 それはこれからも変わらない。

 今の僕が未来の僕を作り上げていく。

 だから、全てを受け止められる。

 

 そうして────。

 

「ここ、だ……」

 

 鏡の中の少女、キョウカさんと出会った部屋。

 僕が割ってしまった姿見も健在。

 ここは、あの頃とまったく変わっていない。

 

『お願い……最後の……から。もう燐くんとは会わないから! …………………………いますからッ!!!』

 

「キョウカさん……」

 

 キョウカさんの悲痛な叫びが鏡の中から響く。

 だが、その声は途切れ途切れでミラーワールドを認識する力が少しずつ弱まってきているようだ。

 射澄さんのデッキの限界が近付いている……。

 もう、彼女と話すチャンスは今しかない。

 こうなったら一か八か。

 あの時と同じように。いや、あの時とか違うか。

 あの時は偶然、鏡を割ってしまった。

 ならば今度は必然。

 

 ────運命を、惹き付けろ。

 

「うおぉぉぉぉぉッ!!!!!」

 

 鏡を殴り付ける。

 飛び散った破片の痛みなど気にならない。

 そんなことよりも、なにより目の前にいる少女と再び巡り会えたことが僕には嬉しかったのだから。

 

『そんな……どうして……燐くん……』

 

 どうして、か。

 理由は、当の昔から僕が持っていた。

 忘れていただけで。忘れちゃ駄目だったのに。

 

「キョウカさん。君を、助けに来た」

『……嘘です。私を助ける理由なんて燐くんにはありません! 私は燐くんの敵なんですよ! 助けるなんて!』

「理由ならあるよ」

『え……』

「ライダーになって、僕は罪悪感で戦っていた。ミラーワールドと現実世界を繋げてしまって、モンスターが人を襲うようになってしまったのは全部、僕のせいだと思ってた。だから、その罰のために戦ってるんだって。けど……うん、そうだ、なによりも僕は────大切な人達を守りたかったんだ。その大切な人達の中には、キョウカさんだっている」

 

 人を護れと命じられた。

 それが、僕に出来る唯一の罪滅ぼしなのだと。

 ミラーワールドを開けてしまった僕の贖罪なのだと。

 けれど、ミラーワールドが開かなければ僕とキョウカさんの出会いもなかったのだ。

 僕はこの出会いを、否定したくはない。

 

『そんな、そんなの……私には燐くんに守ってもらう資格なんてありません! 私は幾億もの時を繰り返して人々を危険に晒してきた! 命を弄んできた罪悪です! 私は……守ってもらうなんて……』

「資格なんかじゃないって。僕が大切だって思ったから、守りたいんだ。……キョウカさんがライダーバトルを始めた理由は分からないけれど、その罪をキョウカさんが背負うのなら、僕も一緒に背負うよ」

『どう、して……』

「友達、だから」

『あ……』

 

「だから、大切なんだ。大切な人達を僕はまだ守らなきゃいけない。戦わなくちゃいけない。大切な人達と僕は未来を生きていきたい。キョウカさんお願いだ。僕に、デッキを」

 

 キョウカさんは逡巡し、デッキを取り出しはした。  

 だけど……。

 

『私、は……。燐くんに戦ってほしくない……!』

「キョウカさん……」

 

 僕の願いとキョウカさんの願いが衝突する。

 次の言葉を発しようとした瞬間、扉が蹴り破られて赤いライダーが侵入してきた。

 

「あ? なんだアリス。お前、男飼ってたのか?」

「君は……」

「おい、アリスを渡せ。そしたらお前は見逃してやる」

「キョウカさんを……? 一体なんのために!」

「アリスとあー……サキシマ、だったか。そいつら二人を殺せば全員の願いが叶うんだとさ。もう一人はもう捕まえたからあとはアリスだけだ」

 

 美玲先輩とアリスを……!?

 なんで、どうしてそんなことに……。

 

『……燐くん。いいですから、私は行きますから。燐くんは、生きてください』

 

 赤いライダーに向かって歩き出すキョウカさんの腕を掴む。

 こんなこと絶対に、絶対に受け入れられない。

 

「そんな、そんなの認められるわけないだろ! キョウカさんも美玲先輩も殺せば全員の願いが叶う? ふざけるな!!!」

「お前……あたしらの邪魔するってのかよ。殺すよ」

『燐くん!』

 

 一発の銃声。

 僕の頬を銃弾が掠める。

 掠めただけなのに、熱した鉄棒で殴られたかのようだ。

 だが、その程度で僕は……止まらない。

 

「今のは警告だ。次は確実に殺す」

『燐くん……!』

 

 この手を離せとキョウカさんが目で訴えてくる。

 駄目だ、それは認められない。

 

「キョウカさん。デッキをくれ。このまま僕も死んでキョウカさんが死ぬなんて、嫌だから」

『この手を離せば燐くんは助かります!』

「それで助かっても、それで生き残っても僕は嫌なんだ!」

「ごちゃごちゃと……」

 

 ギガントの指に力が籠められる。

 銃爪が、引かれようとしている。

 

「僕はみんなを守りたい。みんなと未来を生きていきたい! だから、そのための()を僕にッ!」

 

 轟く銃声。

 銃弾は、燐の胸を貫くべく直進するが……強風が、銃弾とギガントを押し退けた。

 

「ぐあっ!?」

 

 風はデッキを中心に巻き起こり、キョウカの手から離れると燐の眼前に浮遊する。

 

『まさか……燐くんの願いが……。最後の一人ではないのに、どうして……』

「……掴み取ったんだ、願いを。これで僕はまた、戦える。ライダーバトルではない、人を護るための戦いを」

 

 デッキを掴み取り、突き出す。

 ベルトが巻かれ、抜刀するように腕を回し、叫ぶ。

 

「────変身ッ!」

 

 バックルにデッキを装着し、虚像達が舞い踊る。

 身体に虚像達が重なり、実像としてその姿を鏡の世界に現す。

 その仮面を纏いし白き剣の騎士は……。

 

『仮面ライダー、ツルギ……!』

 

 仮面ライダーツルギが今、再臨する────。




次回 仮面ライダーツルギ

「正義だって? ……僕の願いは、大切な人を守ること。あんたは僕の大切な人達を殺そうとした。だから、あんた達は僕の悪だ! 僕は、あんた達の願いを斬り捨てる……!」

 それは叫びを聞き届け、嵐と共に現れる。
 悪を切り裂く嵐の剣
 
【SURVIVE】

「────お前が視ていた未来は、嵐の中だッ!」

【TIME VENT】





ADVENTCARD ARCHIVE
FINAL VENT(ツルギ)
スラッシュライダーキック
AP6000
ドラグスラッシャーの放った斬撃を身に纏い放つ飛び蹴り。
打撃と斬撃の二つの特性を併せ持ち、キックの衝撃と鋭い斬撃でモンスターを撃破する。
余談であるが、これまでの(全ての周回含む)ファイナルベントでの撃破率は100%である。


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?+1ー36 SURVIVE

「燐くん……」

 

 一人部屋に取り残されたキョウカは膝から崩れ落ち、声を上げないで泣いていた。

 ツルギへと変身した燐はギガントと戦闘に入り、この部屋にはもういない。

 

「どうあっても、燐くんは仮面ライダーになる運命だというの……?」

 

 その運命は、絶望。

 何故、彼が仮面ライダーにならなければならないのか。

 何故、戦わなければいけないのか。

 ただ、彼には笑っていてもらいたいのに。

 私ではついぞ、彼を救うことは出来なかった。

 もう手立てはない。

 その事実にキョウカはただ、絶望するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァリアス=真里亞はグリズ=陽菜と共にアリスを捜索しており、例の廃墟の近くまでやって来ていた。

 隠れるなら絶好の場所だろうと足を踏み入れようとした瞬間、二階の壁を突き破りギガントが落下してきた。

 

「どうしたの!?」

 

 ヴァリアスはギガントに駆け寄り抱き起こすと、ギガントが突き破った壁から純白のライダーが地上へと舞い降りた。

 

「なに、あのライダー……」

「男だ……男が、変身して……。くそ、強ぇ……」

 

 男が変身と聞いて真里亞が思い浮かべたのは二人。

 一人は現在ライダー達を取りまとめている鐵宮武。

 そしてもう一人は先日出会い、言葉を交わした男子、御剣燐。

 

「ツルギ……!」

 

 グリズが白きライダーの名を告げる。

 ツルギ。

 それが、あのライダーの名。

 グリズが両手に装備した鉤爪付の手甲でツルギに襲いかかる。

 一撃一撃を全て見切り、回避するツルギは腰に差している剣型のバイザーで居合一閃。

 グリズは火花と共に倒れた。

 

「このくそぉ!!!」

 

 ギガントが赤い銃型のバイザーでツルギに向かって発砲。

 しかし避けられるものは避けられ、直撃に至るだろうという弾丸はスラッシュバイザーにより切り裂かれた。

 

【SWORD VENT】

 

 天より現れる太刀、リュウノタチを掴んだツルギ。スラッシュバイザーは納めて太刀を構える。

 

【SHOOT VENT】

 

 ギガントの両腕にガトリングガンが装備され、ツルギを狙う。

 

「ぶちまけやがれぇ!!!」

 

 乱射される弾丸達。

 ツルギは姿勢低く弧を描くように駆ける。

 弾丸はツルギには当たらない。そして……竜が吼える。

 宙へと飛び上がったツルギ。ギガントはガトリングをツルギに向けようとするが重く、取り回しの悪いガトリングが動くよりもツルギの方が早かった。

 神速の突きが、ギガントのデッキを破壊した。

 

「そん、な……!」

 

 このままではギガントの変身者、栗栖が死ぬと判断したグリズが栗栖を抱えミラーワールドから脱出。

 残ったライダーはツルギとヴァリアスの二人。

 ツルギの緑光に輝くバイザーがヴァリアスを捉える。

 蛇に睨まれた蛙のようになったヴァリアスだが、恐怖を誤魔化し短剣を構えて走り出す。

 

「はあぁぁぁぁ!!!!!」

「……」

 

 太刀と短剣がぶつかり合う。

 リーチではツルギが勝る。

 なんなら戦闘技能もツルギの方が上だ。

 それでもヴァリアス、真里亞は思いを胸にぶつかっていた。

 何度か打ち合い、鍔競り合う二人。

 

「あなた、燐なんでしょ! 御剣燐!」

「その声は……真里亞さんか……!」

 

 鍔競り合いを制したのはツルギ。

 ヴァリアスはバックステップで距離を取り、燐との対話を試みた。

 

「燐! 私達の邪魔をしないで! みんなの願いが叶って戦いは終わるのよ! それが一番いい終わりでしょう!?」

 

 語るヴァリアスに向けて、一瞬で間合を詰めたツルギの剣閃が迫る。

 短剣での防御が間に合わなければ、上半身と下半身が分断されていたであろうと冷や汗が出る。

 そのまま再び鍔競り合う。

 

「……そのために」

「え……」

「そのために、僕の大切な人達を犠牲にするのか……!」

 

 燐の言葉に困惑したヴァリアスの力が一瞬弱まる。

 その隙に押し切られ、ヴァリアスはバランスを崩してよろけてしまった。

 そうしてヴァリアスの全身に剣が叩き込まれる。

 太刀だけでなく、納刀していたスラッシュバイザーも片手で引き抜き二つの刃でヴァリアスは切り裂かれたのだ。

 倒れ伏すヴァリアスにツルギは背を向け、歩き出す。

 

「待っ……」

「……貴女の願いを、妹さんを蘇らせたいという願いを僕は知っている。だけど、譲ってやることは出来ないんだ」

「あ……」

「すごい辛い思いをさせるだろうし、貴女を傷つけることになるとも思う。それでも、僕の願いのためにも貴女の願いを……斬り捨てなくちゃならないんだ……」

 

 そう言い残して、ツルギは再び歩き出す。

 そこへ、ヴァリアスの仲間のライダー達が現れ再び戦闘が始まる。

 6対1。

 それでも、ツルギは圧倒した。

 戦場の片隅、痛む身体を動かして上半身を起こしたヴァリアスは呼吸を整える。

 全身に走る痛みが思考をかき乱す。

 

(そのために、僕の大切な人達を犠牲にするのか……!)

 

 真里亞の脳裏には燐の言葉が反響していた。

 自分が蘇らせようとしている妹は自分にとって大切な存在であることに間違いはない。

 ただ、妹を蘇らせるという願いのために誰かの大切な人を犠牲にしてもいいのか。

 

「小夜……ごめんなさい……。私、分からなくなっちゃった……」

 

 6人相手に退くことのないツルギの戦いを横目に、真里亞は仮面の下で涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 相手は6人。

 負けはしないが……人数が多いのが面倒だ。

 

「あらあら、ライダーがこんなにたくさん。皆、我が神の下へと送ってさしあげなければ」

「ふふふっ」

「なに!? こいつら!?」

 

 新たにライダーが2人追加されるが彼女達はこの6人の仲間というわけではないようだ。

 この2人は……強い。

 黒いボロボロのドレスを纏っているかのようなライダーの長い爪が他のライダー達に襲いかかる。

 

「いや……来ないで!」

「ふふふ……ッ!」

 

 黒いライダーが緑色のライダーに爪を突き刺そうとする。

 容赦のない一撃。

 確実にライダーを殺すことが出来るだろう。

 ……そんなことさせない!

 振り下ろされる爪を横入りさせた太刀で受け止める。

 

「邪魔を……」

「わ、私を守った……?」

「退け! 死にたくなかったら全員連れて逃げるんだ!」

 

 黒いライダーを押し返すと、今度は赤いライダーが両刃の剣で斬りかかる。

 パワー型の敵か……。

 何度か打ち合いそう判断する。

 

「ふふふ……あなたも送ってあげましょう。神の下で、その罪を赦していただくのです」

「赦しなんていらない。僕の罪は、僕が背負うものだ!」

 

 相手の突きを叩き落とし、刃を返して斬りあげる。

 しかし、盾がその斬を防いで弾かれ隙が生じる。

 

「くっ……」

「もらった」

 

 黒いライダーの爪が迫る。

 あれは躱せないが、ダメージ覚悟での反撃ならば仕留めることも可能か。

 

「やあぁぁぁ!!!!」

 

 横槍が入る。

 いや、正確には槍ではなく剣だったが。

 爪を弾いた小型のチェーンソーのような剣は見覚えがある。

 そのライダーの登場には大いに驚かされた。

 だって、そのライダーは……。

 仮面ライダーグリム、影守美也。

 

「美也さん! 元に戻れたんだね!」

「まあ色々あって! 燐君、こそデッキ取られたって聞いたけど!」

「さっき返してもらったんだ!」

 

 ライダー達の猛攻を掻い潜りながら言葉を交わしていく。

 退けというこちらの勧告を無視するライダー達。

 現状は僕と美也さん、黒と赤のライダー、そしてその他大勢の三つ巴となっている。

 黒と赤のライダー二人は特に積極的にライダーを殺しに来ている。

 この人達を退かせるにはやはり……。

 

「美也さん。デッキだ。デッキを狙う」

「なんのこ……ちょっ!?」

 

 槍と鎌で襲いかかる二人。

 長物二本で突きと薙ぎが繰り出される。

 長物であれば、内側に入り込んでしまえばいい。

 

「なっ!?」

 

 鎌の斬をすり抜け、槍の刺突は槍に沿ってくるりと回りながら回避し槍のライダーの懐へと入る。

 そして、太刀の柄の先でデッキを静かに、それでいて強く打ち付ける。

 

「えっ」

 

 槍のライダーの声が漏れる。

 デッキがひび割れ、静かに崩れ落ちていく。

 鎧も砕け、生身を晒した少女は突然のことに呆然と立ち尽くすのみ。

 

「早く彼女を連れてミラーワールドから出るんだ!」

 

 鎌のライダーとその仲間達にそう告げて、再び黒と赤の二人組との戦いに挑む。

 赤いライダーは両肩にアーマーを装備し、美也さんの攻撃をまったく寄せ付けない。

 そして黒いライダーが美也さんを攻めたてる。

 すかさず黒いライダーの前に立ち塞がり、爪の一撃を太刀でいなす。

 

「とにかくこいつらを退ける!」

「うん!」

 

【SWORD VENT】

 

 太刀に続いて召喚したドラグダガー。

 逆手に構えた二振りが、黒い凶爪とぶつかり合い火花を散らす。

 だが、この距離はツルギの距離。

 

「ぜあぁッ!!!」

 

 速く、鋭い斬撃が黒いライダーを切り裂いて、近距離からの飛び蹴りを黒いライダーの胸に打ち込んだ。

 地面を転げた黒いライダーは立ち上がろうとするが力が入らず、再び地面に伏した。

 

「ぐっ……」

「退け! これ以上やっても無駄だ!」

「ぐ……ふふふ……ふふふ……」

 

 不気味に笑う黒いライダー。

 こいつは、一体なんなんだ……。

 

「あぁ……やっぱり、これが……」

「麗美さん!」

 

【GUARD VENT】

 

 美也さんと戦闘中だった赤いライダーが戦闘を切り上げガードベントを使用。

 背に盾とは思えない翼が装備され、飛行。

 黒いライダーを抱え飛び去っていった。

 

「燐君!」

「美也さん……。平気?」

「ああ、うん。あいつメチャクチャ堅くて攻撃全然通らなかった……」

 

 やはり強豪。

 その盾を崩すのは難しいだろう。

 それより今は捕まったという美玲先輩を助けに行くのが最優先だ。

 

「美也さん。美玲先輩が捕まった。僕は今から助けに行く」

「美玲さんが!? なにが起こってるの!?」

「美玲先輩とアリス……キョウカさんの二人を殺せばライダー全員の願いが叶うって話らしい」

「……待って待って頭が追いつかない。え? その言い方だとアリスが鏡華ちゃんってこと? 嘘でしょ?」

「詳しい話はまた後で。今は美玲先輩を助けるのが僕の最優先だ」

 

 民家の窓ガラスから現実世界へと戻る。

 美也さんも僕の後を追って来る。

 どうやら、状況を飲み込めてはいないが僕について来てくれるようだ。

 ……強い人だ。

 

「……御剣、燐」

「……真里亞さん」

 

 左腕を押さえ、息が荒い真里亞さんが立ち塞がった。

 先程のダメージが残る身体で、今にも倒れてしまいそうな彼女を無視して先を行くことは容易い。

 

「……鐵宮、別邸。月見の、古い国道を行った先よ……。そこに、あなたの大切な人がいる……」

「え……」

「助けに、行くんでしょう……。闇雲に探すつもりだったの……?」

「……ありがとう。けど、どうして」

「分からないのよ、自分でも……。私の願いを斬り捨てた貴方を許せない。だけど……貴方はきっと、正しいことをしようとしていると……。そう思えたから……」

 

 いよいよ限界が来た真里亞さんは倒れ、慌てて抱き止めた。

 

「……ありがとうございます、真里亞さん。美也さん、彼女を頼みます」

「分かった……。って、一人で行く気なの!?」

「私のことはいいから、行きなさい……。鐵宮に付き従ったライダー達が大勢いるから……」

「……大丈夫。切り札ならある」

「切り札……?」

 

 二人を置いて、美玲先輩がいるという鐵宮の別邸を目指す。

 変身して、ミラーワールドを通っていくか……。

 そう考えていると、ミラーワールドから聞こえた駆動音。

 とても、聞き覚えがある。

 

「久しぶりだね、スラッシュサイクル」

 

 白い、オンロードバイクが鏡の中にいる。

 スラッシュサイクル。

 ツルギの初期装備のひとつ。

 モンスターのもとへ急行するために開発された高性能バイク。

 君もキョウカさんに隠されていたのかとため息をついてから変身。

 月見の旧国道に着くまではミラーワールドを通っていこう。そうすれば5分もかからず到着する。

 スラッシュサイクルに跨がり、美玲先輩を助けに駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マリアさん?に肩を貸してどこか落ち着ける場所を探して歩いているとパトロール中のお巡りさん二人組を見つけた。

 そして見つかった。

 

「あ! おまわりさーん!」

「どうかしましたか?」

「えーと……この人、体調が悪いみたいで。私、スマホ持ってなくて救急車呼べなくて……」

 

 流石に、友達の御剣燐って男子にボコボコにされたみたいですとは言えなかった。

 

「それじゃあ救急車呼ぶから。……ところで、君」

「はい?」

「名前を聞いてもいいかな?」

「影守美也、ですけど……」

 

 私に名前を尋ねた中年のおまわりさんが若いおまわりさんと一言二言やり取りすると、中年のおまわりさんが改めて私と向き合うとこう言った。

 

「影守美也さん。君に捜索願が出ているんだ。一緒に来てくれるかい?」

「あ……はい……」

 

 しまった。

 そりゃそうなっていてもおかしくないだろうと今になって気付いた。

 この人を警察に任せたら燐君に合流しようと思ったのに……。

 ごめんなさい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの白い奴、強い……!」

 

 ミラーワールドを脱した十羽子と麗美は橋の下で息を整えていた。

 

「麗美さん大丈夫ですか?」

「……大丈夫」

 

 ツルギと戦い、少なくないダメージを負った麗美を気遣う十羽子。

 麗美をあそこまで圧倒したライダーとの遭遇は初めてだった十羽子は内心、ツルギに恐れを抱いた。

 自身の盾すら、切り裂かれてしまうのではないかと。

 

「……戻りましょう。あれだけのライダーと闘うのなら、私達も準備が必要です」

「……そうだね」

 

 立ち上がり、十羽子について歩く麗美。

 

「……やっぱり、愛は……」

「なにか、言いましたか?」

「……ううん。なんでもない」

 

 そうですかと再び歩き出す十羽子の背後、麗美は妖しい笑みを浮かべていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミラーワールド内の鐵宮別邸。

 手入れが施されていた庭園は荒れに荒れていた。

 

「ふはははは! 大乱闘だ!」

 

 喜多村遊が変身する仮面ライダーレイダーが無数のライダーを相手取る。

 刃舞い、銃弾飛び交う戦場で遊の味方はいない。

 たった一人で数十人のライダー達のいる場所へ襲撃してきたレイダー。

 そんなレイダーに襲いかかる獣の影、吼帝。

 

「出てきたね、殴らせてもらうよ。いや、殴り殺す」

「ふん。この間、無様に私に敗北した口でよく吠える」

「あっはっはっ! 生きてる限り負けじゃない!」

 

 レイダーの剛腕が吼帝目掛けて放たれる。

 それらを余裕気に紙一重で避けていく吼帝。レイダーの仮面に一発裏拳を決め、レイダーを後退させる。

 

「あはは~☆ なっちゃんも混ぜて~☆」

 

 レイダー目掛けて飛び掛かる、テュンノス=玄汐夏蜜柑。

 二振りのナイフが煌めいて、レイダーを切り裂かんと迫る。

 振り下ろされるナイフの刃。

 レイダーは、その刃を掴み取りへし折った。

 

「嘘でしょ!? 馬鹿力!?」

「これは返すよ」 

 

 握る刃をテュンノスに突き立てる。

 だがその刃は吼帝の蹴りで弾き飛ばされ、レイダーも蹴り飛ばされる。

 

「力の差は分かっただろう」

「だとしてもぉぉぉ!!!!!」

 

 鐵宮の瞳に映る、未来の景色。

 攻撃パターンを理解、回避し、その拳を受け止める。

 

「なぜ挑む? この私に。勝てぬと分かっていながら!」

 

 吼帝の拳が放たれる。

 レイダーはその拳を自分がされたように受け止めた。

 

「なんでって、そりゃ気に食わないからさ!」

 

 殴り返すレイダーの拳は空を打つ。

 それでも終わらない。

 それだけで終わらせない。

 吼帝に攻めさせないとラッシュを続けていく。

 

「気に食わない? 願いが叶ってライダーバトルが終わるというのに?」

「そう! 私はぁ! ライダーバトルを! この戦いを! 永遠に続けていたいッ!」

「チッ……。蛮族が」

 

 殴り付けるレイダーの腕を蹴り飛ばし、バックステップで間合いを取った吼帝はデッキからカードを引き抜いて左手の召喚機に装填し、読み込ませた。

 

【FINAL VENT】

 

「ッ!」

 

 レイダーもまた召喚機へカードを読み込ませる。

 二人の最大火力が、ぶつかる……!

 

【FINAL VENT】

 

 二体の巨獣が現れる。

 黒き獅子、レオキマイラ。

 知と剛の大猿、ガッツフォルテ。

 

「いくよ!」

 

 ジャンプしたレイダーをガッツフォルテが掴み、回転。

 その勢いはどんどん強くなっていく。

 

「ふん……」

 

 駆け出す吼帝。

 その背にレオキマイラを侍らせて。

 飛び上がる吼帝は両足でのキック。

 レオキマイラの放った火炎を纏い、レイダー目掛けて加速する。

 

「おりゃあああああ!!!!!」

 

 ガッツフォルテの回転速度が最大に達した時、レイダーが砲弾として放たれる。

 拮抗する吼帝とレイダーのファイナルベント。

 数値としては拮抗。

 だが、コアによりブーストされたスペックがこの拮抗を打ち破った。

 

「はあぁぁぁ!!!!」

 

 闇を照らす爆炎。

 地に降り立つ吼帝。 

 背後では、レイダーが落下していた。

 レイダーは地面に踞り、立ち上がろうにも身体に力が入らない。

 

「諦めろ、私には勝てん。……こいつを捕らえて咲洲と同じく牢に入れておけ。私が全てを手に入れる瞬間をお見せしよう」

 

 レイダー戦闘不能。

 鐵宮の配下であるライダー達がレイダーを捕らえ、ミラーワールドから退出していく。

 

「まったく馬鹿の考えることは分からんな……ッ!?」

 

 目に突然走った痛みに仮面を押さえた。

 鐵宮の未来視に映るものが、痛みの正体。

 ノイズが走る未来の景色。

 それは以前も見たもの。

 

「御剣、燐……だと……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 暇過ぎて音楽配信サービスで曲を漁っていた。

 コアも先程からはだんまり……だったのだが。

 

『黒峰樹』

 

「……なに、急に」

 

『願いを叶えたいのなら、ここから離れた方がいいわよ。……嵐が来る』

 

「はぁ?」

 

 どういう意味かと訊ねようとする前にコアは鏡の中から姿を消した。

 願いを叶えたいのなら、ここから離れた方がいい?

 今、まさに王手がかかっているような状況だというのに?

 ……しかし、コアのような存在がわざわざそんなことを言うということは……。

 

「……従うわけではないけど」

 

 甲賀へと変身した樹はコアがいた鏡を使ってミラーワールドへと消えていく。

 少し様子見に徹すると、反転した世界に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう為す術はないかと諦めていた時だった。

 どこか、遠くから聞き慣れた、懐かしい音がした気がした。

 頼もしい、英雄の足音。

 

「燐……」

 

 まさか、燐が来ているというの?

 デッキを奪われた燐が?

 死にに来るようなものだ。

 止めなければ。

 けれど、なにも出来ない自分がもどかしい。

 

「どうして、こんな時に……私は……」 

 

 デッキは取り上げられているので状況はなにも分からない。

 今はただ、祈ることしか出来ない────。

 

 

 

 

 

 

 喜多村遊を連行する少女達。

 彼女達の耳に届く音。

 遠くから響き、どんどん近づいてくる駆動音。

 その、正体は門を飛び越え現れた。

 

「バイク!?」

 

 鐵宮も現実世界へと戻り、その光景を目にする。

 白いバイクは庭園の中央に停まり、燐はヘルメットを取ると鐵宮を真っ直ぐと見据えた。

 

「御剣、燐……」

「鐵宮……」

 

 宿敵、相対す。

 そして燐は捕らえられている人物が見知った人達であることにも気が付いた。

 一層、燐の中の怒りが滾る。

 

「君もまた私の邪魔をしようと言うのかね」

「そうだ!」

「大多数のライダーとなった少女達の願いが叶う! 幸福が待っているのだぞ! 私は正義を為している!」

「正義だって? ……僕の願いは、大切な人を守ること。あんたは僕の大切な人達を殺そうとした。だから、あんた達は僕の悪だ! 僕は、あんた達の願いを斬り捨てる……!」

 

 デッキを取り出す燐。

 屋敷の窓ガラスからベルトが現れ、燐の腰に巻かれる。

 

「……聞け! この男は君達の願いを破壊しようという悪だ! 正義の名の下にさあ、討ち取れ!」

 

 取り囲まれる燐。

 自分達の願いを邪魔しようとする者への敵意が燐に向けられるが、その程度で今の彼を止められようか。

 

「────変身ッ!」

「変身!」

「「「「「変身!」」」」」 

 

 舞い踊る虚像達。

 色彩溢れる騎士達の中央、純白の仮面ライダーツルギがいる。

 始まる乱闘。

 ライダー達の攻撃をいなし、ミラーワールドへと戦場を移す。

 

「くっ……」 

 

 物量に押されていくツルギ。

 だが、ツルギには切り札があった。

 ライダー達の攻撃を躱し、デッキから引き抜いたそのカードはこれまでのツルギのデッキには存在しなかったもの。

 

「戦う嵐になってやる────!」

 

 白い無地のカードに金色の翼が描かれていく。

 その背景では白い風が吹き荒ぶ。

 他のカード達とは一線を画す特別な力が宿ることは目にも明らか。

 

「くっ……!」

「なにこの風!」

 

 風が、巻き起こる。

 ツルギを中心に、風が。

 徐々に強くなっていくその嵐は地に落ちていた葉などを浮かび上がらせ、切り裂く。  

 燐の剣気を纏った嵐にライダー達は気圧されていく。

 

「一体……一体なんだと言うのだ!?」

 

 スラッシュバイザーがカードの力によって鍛え上げられる。

 西洋の細剣を思わせる姿は、白と金で飾られた鞘に納まった太刀となる。

 銘は、スラッシュバイザーツバイ。

 鍔にあたる部分は龍の顔で象られており、ツルギは龍の口を開かせるとそこへカードを装填し太刀を腰に差す。  

 そして、燐の戦う覚悟が目覚めさせたカードの名が告げられる。

 

【SURVIVE】

 

 嵐は更に強くなり、進化した姿の虚像が重なることでツルギの新たなる変身が完了する。

 

 全身に走る2本の金色のライン。

 風にたなびく一対の長く白いマフラー。

 頭部の三本の角は大きく、より鋭くなり、中央には緑色の宝玉が飾られる。

 鎧の形状は変化し、陣羽織を思わせるシルエットとなった。

 

 仮面ライダーツルギ サバイブ烈風。

 

 嵐と共に現れた、悪を切り裂く嵐の剣。

 

「姿が変わったところで……! やれ!」

 

 吼帝から指示が出て、真っ先に動いたライダーが銃型バイザーでツルギを撃つ。

 ツルギに動きはない。

 放たれた三発の弾丸は間違いなく命中するはず、であった。

 

 宙で制止する銃弾達。

 見えない壁でもあるかのようだが、最終的に銃弾は何かに押し返されて地に堕ちた。

 今のツルギに飛び道具は効かない。

 身に纏う嵐が障壁となっているのだ。

 

「なんだ……その力は……!」

「……ッ!」

 

 砲弾が放たれたかのような音と共に消えたツルギ。

 次の瞬間、吼帝の目の前に現れたツルギが右ストレートを放つ。

 永遠のような一瞬。

 殴り飛ばされた吼帝は地面を抉った。

 

「ば、馬鹿な……。この、私が……!」

 

 吼帝はカードを使用し、身の丈ほどある両刃の剣を召喚する。

 ツルギもまた、得物を抜く。

 腰に差した召喚機スラッシュバイザーツバイに手をかける。

 鯉口を切るような動作でカード装填口のカバーをスライドさせ、カードを読み込ませる。

 

【SWORD VENT】

 

 抜かれる、スラッシュバイザーツバイ。

 白刃の美しさに思わず、ライダー達は美惚れるほど。

 

「うおおおおお!!!!!!」

 

 吼帝の剣が迫る。

 上段からの振り下ろしをスラッシュバイザーツバイの刃で流し、背後へと回ったツルギは吼帝の背に斬りかかる。

 

「チッ!?」

 

 だが、ツルギの斬は回避される。

 吼帝の未来視がギリギリで発動し、回避に至ったのだ。

 

「そうだ、私にはこの目がある!」

 

 ツルギの剣は吼帝に届かない。

 ツルギが優勢のはずなのに、押し切れない。

 

「……厄介な力だ。だけど……」

 

 カードを引くツルギ。

 スラッシュバイザーツバイに読み込ませる。

 

【TIME VENT】

 

 タイムベント。

 それはキョウカが保有していたカードで時間を巻き戻す能力を持つものであった。

 だが、それはキョウカのタイムベント。

 ツルギのタイムベントは……。

 

「────未来超越」

 

 燐に流れ込む、無数の未来達。

 未来という名の枝葉が広がり、そして繋がっていく。

 敗北などという未来は斬り捨てる。

 現在と勝利した未来とが結び付き、ツルギの勝利が今、確定する。

 

「なにをしようと、私には敵わんよ! 未来視!」

 

 未来を視ようとする鐵宮。

 だが、未来は砂嵐。

 なにも視ることは出来なかった。

 

「なんだ……なにをしたッ!? なにをした御剣燐!?」

「────お前が視ていた幻想(未来)は、嵐の中だッ!」

 

 繰り出される斬撃の嵐が吼帝を切り裂いていく。

 圧倒的な力の差。

 鐵宮の配下達は怯え、竦み、震えていた。

 

「なにを、なにをしているッ!!! お前達も戦え! こいつを殺さなければ願いは叶わんぞ!!!」

 

 願いが叶わないという言葉に触発され、ライダー達が動き出す。

 空より飛び掛かる青い影がツルギに迫る。

 両手に構えたナイフで斬りかかるテュンノスである。

 だが、ツルギに届くことはなかった。

 

「チッ!? なんだよ!?」

 

 テュンノスを地に叩き落とした白い鞭。

 そして、テュンノス目掛けて駆けてくる黄と黒に彩られたライダー……仮面ライダースティンガー。

 

「お前ッ!」

「さっきぶりだな! でやぁぁぁ!!!」

 

 テュンノスに勢いよく殴りかかるスティンガー。

 テュンノスは回避してナイフで斬りかかるが、スティンガーを守るように再び白い鞭が打ち付ける。

 

「私もいるよ!」

 

 茜が変身したライダー、ジャグラーの鞭が振るわれる。

 トリッキーな機動に翻弄されるテュンノス。ここにスティンガーも加わってテュンノスの形勢は不利。

 

「さっきの続きだ! てめぇの相手は……アタシだッ!」

 

 テュンノスの顔面に次々とスティンガーの拳が決まっていく。

 

「くそが……。おらお前ら! ボーッと突っ立ってんじゃねえよ! こいつらも殺れ!」

 

 突然のライダー達の乱入に呆然とし、動きが止まっていたライダー達に命令する。

 

「瀬那~! 数が多いよ~!」

「見りゃ分かる! なんとかしろ!」

「天才マジシャンでも流石にこれはなんとかならないよ!」

「口じゃなくて身体動かせ!」

 

 無数のライダー達を掻い潜り戦うスティンガー、ジャグラー。

 多勢に無勢とは正にこの事。

 更に、鐵宮陣営のライダーが次々と集まってくる。

 アリス捜索に出ていた者達が帰投してきたのだ。

 

「うじゃうじゃと……!」

「何人いるの!!!」

 

 次々と増えるライダー。

 だが、現れたのは鐵宮陣営のライダーだけではなかった。

 空から降ってきた、金色の何か。

 煙が晴れると、それがモンスターであることが判明する。

 金色の巨大なヘラクレスオオカブトのようなモンスター、プラチナムヘラクレス。

 その背には北津喜が変身するライダーリーリエが立ち、笑い声を戦場に響かせた。

 

「あーはっはっはっ! 多勢に無勢とは卑怯だぞ!」

 

 プラチナムヘラクレスを前進させるリーリエ。

 その見た目以上の機動力と見た目通りのパワーにライダー達は怯む。

 さながら、戦車が現れたかのよう。

 

「大丈夫!? 燐君!?」

 

 伊織、ピアースもまた契約モンスターであるユニコーン型モンスター、ユニコブースターに騎乗し、塀を飛び越え戦場へと赴く。

 ランスを振るい、ライダー達を蹴散らしていく。

 

「伊織さん……北さんも……」

「一応もう一人いる! 上谷さん! 無理しないようにね!」 

「は、はい!」

 

 リーリエの後ろに、上谷真央が変身した姿で隠れていた。

 仮面ライダージュリエッタ。

 青と銀の騎士。

 各部にヒレのような意匠が施され、鋭利な印象を見るものに与える……が、とんび座りしてびくびくしているのでなんとも頼りがない。

 それでもなんとかと槍型のバイザーでプラチナムヘラクレスの上から敵ライダー達を牽制していく。

 ライダーと思われる女子学生達を尾行していた三人はつい先程ここに到着。

 ツルギが、燐が戦っていると迷うことなく助太刀に入ったのだった。

 

「燐君は……なんだいその姿は!? パワーアップ!? パワーアップかい!?」

「え! パワーアップ……!」

「あとにしなさいそういう話は!」

 

 北の声を無視してツルギは戦闘に集中する。

 薙刀でツルギに斬りかかる緑色のライダー。だが薙刀を掴み取られ、奪われる。

 ツルギは奪った薙刀で緑のライダーとその他、襲いかかるライダー達を薙ぎ払うと薙刀は捨て、カードを切る。

 

【SWORD VENT】

 

 舞い降りる、6つの金色の刃。

 リュウノゲキソウ。

 龍の爪のような形状をしている。

 ツルギから発せられる風に乗り、ツルギの周囲に浮遊して侍る。

 

「いけ」

 

 ツルギがそう命じると、リュウノゲキソウは風に乗り空を駆け、ライダー達を切り裂いていく。

 ツルギの意思に従い、自律行動する。

 それが、リュウノゲキソウ。

 

「む、無理だよ! こんなの勝てないよ!」

 

 圧倒的な力の差にライダーの一人が敗走する。

 一人が敗走すれば二人、二人が敗走すれば四人と鐵宮陣営は崩壊していく。

 

「雑魚がッ!」

 

 敗走するライダー達に舌を打つテュンノスの腕にジャグラーの鞭が絡みつく。

 動きが制限され、ジャグラー渾身の力で振り回される。

 

「さあ、君はこっちで私達と楽しいショーだよ!」

「離せッ!」

 

 庭園から戦場を移すスティンガー、ジャグラー、テュンノス。

 残ったライダーは30人ほど。

 

「あなたは鐵宮を!」

「他のライダーは私達が引き受ける! いくよ上谷さん!」

「は、はいっ!」

「この無能共がぁ!!!」

 

 剣を振り回す吼帝。だがその剣閃は全て見切られている。

 余裕綽々と回避するツルギはリュウノゲキソウに集合するように号令。

 飛び上がるツルギ。

 振り上げたスラッシュバイザーツバイの周囲にリュウノゲキソウが集まり、合体。

 スラッシュバイザーツバイは大剣と化し振り下ろされる。

 剣で受けた吼帝であったがそれは間違い。

 剣は砕かれ、唐竹割り。

 風の力も合わさり大剣も軽々と扱うツルギは次々と斬撃を繰り出していく。

 吼帝がこの斬の嵐を防ぐことは不可能。

 

「ぜあぁぁぁッ!!!」

 

 トドメは風を纏ったキック。

 吼帝の胸を直撃し、吹き飛んだ先はガラス戸でそこから吼帝は現実世界へと退去させられてしまった。

 

「がはっ……! こんな……こんなことが……!」

 

 目の前に落ちたカードデッキに手を伸ばす鐵宮。

 だが、そのデッキは既に砕けていた。

 

「う……うあぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

 

 吼帝は倒れた。

 だが、ツルギの戦いは終わらない。

 未だ、願いのために戦おうとするライダー達がいる。

 仲間達が戦ってくれてはいるが、多勢に無勢。

 この戦いを一気に終わらせるため、更なるカードを使用する。

 

「……これを使うか」

 

 新たに手に取ったカードはドラグスラッシャーに似た龍に無数のモンスター達が挑む様子を描いたカードであった。

 

【CALL VENT】

 

 カードが読み込まれるとドラグスラッシャーが現れるが、サバイブのカードの影響でドラグスラッシャーもまた進化を遂げる。

 ワイバーン型の体型からドラゴンのような体型へ。

 巨大な刃である翼と、背中にはブースターにもなっている巨大な剣が二本備わった。

 

 聖剣嵐龍ドラグブレイダー。

 

 聖剣竜ドラグスラッシャーの進化した姿である。

 

『ゴガァァァァァァァ!!!!!!!!!!!』 

 

 龍が叫ぶ。

 大気が震え、嵐が巻き起こる。

 そして、コールベントの効果が発現する。

 

「えっ……」

 

【ADVENT】

 

 一人のライダーが、アドベントのカードを使用していた。

 だが、そのライダーはアドベントを使うつもりなど一切なく、無意識で行ってしまったのかと考えたが周囲を見渡して気が付いた。

 

【ADVENT】

【ADVENT】

【ADVENT】

【ADVENT】

【ADVENT】

【ADVENT】

 

 他のライダー達も全員アドベントを使用している。

 そして、皆一様に戸惑っていた。

 いつの間に、カードを使用していたのかと。

 まるで全員、催眠術にでもかけられてしまったかのよう。

 使用されたアドベントは正常に作動し契約モンスターが現れ、ツルギに襲いかかる。

 だが、これはツルギの思惑通りなのだ。

 

【FINAL VENT】

 

 ツルギの後方に立つドラグブレイダー。

 翼を大きく広げ、背負っていた二本の剣を肩に移行させ前方へと鋒を向ける。

 ドラグブレイダーの口内と、剣先に力が集まっていく。

 ツルギはスラッシュバイザーツバイを天へと掲げ、その刃の周りをリュウノゲキソウが回転しており、その回転は徐々に速度を増していた。

 ツルギ達の周りは暴風域となり、向かってきていたモンスター達を近付けさせない。

 ツルギとドラグブレイダーの力が最大まで高まった時、ツルギはスラッシュバイザーツバイを両手で持ち、振り下ろす。

 

「はぁぁぁ……ぜあぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 放たれる、龍の嵐。

 

 ドラグブレイドホワイトストーム。

 

 四つの嵐がモンスター達を巻き込み、切り裂き、天へ向かって翔けていく。

 この場にいたツルギに敵意を抱くライダー達のモンスターは一掃され、ライダー達はブランク体となった。

 

「なによ……あいつ……勝てるわけないじゃん……」

 

 失意に飲まれる少女達。

 ツルギはそんな彼女達に目もくれず、ミラーワールドを後にしたのだった。

 

「なんて強さだ……」

「……現状、彼に勝てるライダーはいないでしょうね」

 

 戦場に残るリーリエとピアース、ジュリエッタは絶望の中に立っていた。

 契約モンスターを失くしたライダー達は色を失い、モノクロの中に金と青二人。

 デッキを失ったわけではないので再びモンスターと契約すればライダーバトルに復帰出来るだろう。

 ただ、そうなれば再びツルギと戦うことになるだろう。

 あの、次元の違う存在と。

 人に対する嵐。

 今のツルギはこのライダーバトルという戦いを終わらせてしまう災害。

 災害に、人は敵わない。

 それゆえの、絶望。

 

「……行こう」

「ああ、そうだね……」

「……はい」

「……貴女達も、いつまでもここにいたら死ぬわよ」

 

 最後、ピアースはライダー達にそう言い残してミラーワールドを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……何か、音がする。

 荒々しい、乱暴な音が。

 それもどんどん近付いてきているようだ。 

 逃げられるわけもない私はただ音の主が近付いてくるのを待つのみ。

 そして、それは現れた────。

 

「美玲先輩!」

「り、燐……?」

 

 いつもと少し姿が違うが、変身した燐が現れた。

 

「邪魔だ!」

 

 木で造られた格子を太刀で切り裂き、隔てるものを無くした燐はこれもまた太刀で私を縛る縄を斬ってほどいた。

 正直、間違って斬られるかもしれないと思えて怖かった。

 

「美玲先輩、大丈夫ですか?」

「え、ええ……だいじょう……ッ!?」

 

 立ち上がろうとしたら立ち眩んで、バランスを崩す。

 前のめりに倒れた私を、鎧を纏ったままの燐が受け止めた。

 ……こんな鎧、邪魔。

 

「ごめんなさい……」

 

 燐から離れようとする。 

 だけど、燐が離してくれなかった。

 なにを思ったのか燐は、私を抱えあげた。

 いわゆる、お姫様抱っこ。

 

「燐……! 降ろして……」

「降ろしません。美玲先輩、大丈夫そうじゃないので」

 

 仮面の下の燐の顔が真面目なものだというのはなんとなく分かった。

 こうなった燐に抵抗するのは無駄だと判断して、身を任せる。

 忌々しい牢から、清々しい夜空の下。

 秋の足音を感じる涼しい風が吹いていた。




次回 仮面ライダーツルギ

「皆さん、デッキを渡してください」

「……ッ! ざっけんなぁぁぁ!!!!!!」

「……馬鹿ね。全然似合ってなかったわ……」

「お前はここで脱落だ。あたしが殺す」

 願いが、叫びをあげている────。

ADVENTCARD ARCHIVE
SURVIVE烈風
覚醒した燐により生み出されたカード。
ライダーを強化させるという効果を持つ。
ライダーであれば誰でもサバイブに到達することは理論上は可能である。
だが、到達条件はそれぞれ異なり燐の場合は大切な人々を守るために戦うという信念を思い出したことにより発現。
カードに描かれる翼はライダーを次のステージへと至らせる、上位へ引き上げる、飛び立たせるという意味のようだ。
また、サバイブに至ったライダーにはタイムベントが付与されこのタイムベントもライダーにより能力が異なる。


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?+1ー37 終わり、始まり

 戦いの場所を近くの森林へと移していた。

 数刻前に戦った相手との第二戦。

 難敵であることは理解している。

 だからこそ、抜かりはしない。

 もう既に、あの声高女との戦い方は頭の中で構築済みだ。

 

【GUARD VENT】

 

【STRIKE VENT】

 

 両腕に装備される手甲と楯。

 重くなる身体を振り回し、攻める。

 

「あは~! そんなノロノロな攻撃ィ、なっちゃんには当たらないよ~。そおら、こっちの番だッ!」

 

 二本のナイフが迫る。

 だが、手甲と楯がナイフを弾く。

 

「そんな軽い攻撃、あたしには効かねえぞ」

「ッ! ……なめやがってぇ!!!」

 

 ナイフをがむしゃらに振るうが、今のあたしには全部避けきれて、防御も容易かった。

 やけに、頭の中がクリアーだ。

 沸騰した感情が嘘のように今は澄んでいる。

 ああ、いや……。

 なんとなく、分かっているのだ。

 未来を見たとかそんなんではない。

 ただ、直感で分かった。

 

 こいつは此処で、あたしが殺すのだと────。

 

「でりゃぁぁぁ!!!!!!」

 

 ナイフ二本が同時に振り下ろされる。

 左腕に軽い衝撃。痛みではない。

 楯で受け止めた、その衝撃。

 左腕を押し上げて、敵の胴がガラリと開く。

 そこへ、手甲を装備した拳をぶちこむ。

 

「ガッ!?」

 

 よろける敵に追撃。

 裏拳の要領で楯を仮面にぶち当てる。

 更に手甲三発。

 まだ攻撃は続く。

 ただ、あたしではなくもう一人、バカの攻撃。

 

「おりゃあ!!!」

 

 読めない軌道の鞭が襲う。

 全身をくまなく打たれ、膝をついた敵を前に二人構える。

 

「っざけんなよ……なんなんだよ……!」

「お前はここで脱落だ。あたしが殺す」

「……ッ! ざっけんなぁぁぁ!!!!!!」

 

【FINAL VENT】

 

 破れかぶれで発動されたファイナルベントを前にしても冷静であった。

 隣のバカが、対処出来るからだ。

 

【CONFINE VENT】

 

 マグロのようなモンスターの後押しを受けて、独楽のように回転し迫る敵であったがモンスターは消失。勢いも殺され失速し、前のめりに落ち葉達の中へと倒れ込む。

 

「そん、な……」

 

【FINAL VENT】

 

 間髪入れず、バカが最大火力を放つ。

 景色と同化していたタコ型モンスター『マジシャンズオクトパス』が現れ、触手で敵を縛りつける。

 バカの鞭も同じく、首を締め付けた。

 縛り付けられながら浮かぶその様は十字架にかけられたかのようだ。

 

「くっ……」

「やめ……い、いやぁ……」

 

 ……トドメだ。

 

【FINAL VENT】

 

 手甲の先から針が出て、跳躍。

 クインビージョと共に敵へ向かって……!

 

「パパ……ママ……!!!」

 

 貫く。

 そして、爆発。

 着地と同時に地面に寝転ぶ。

 今日一日でいろんなことが起こりすぎた。

 だからか、全てが終わったいま、一気に疲れを感じた。

 

「瀬那!」

 

 バカが駆け寄る。

 仮面の下の表情が容易に想像出来る。

 

「なんでもない。帰るぞ……」

 

 そう言った途端の出来事であった。

 轟音が響き、空へ向かっていく大きな竜巻が視界に入った。

 ライダーの、仕業……?

 

「だ、大丈夫かな……。向こうにいた奴等……」

「あんなの喰らえばひとたまりもないな。結構やられたんじゃないか?」

「そんな……」

「別にいいことだろ。ライダーの数は減るんだからな」

 

 そう、これはライダーバトル。

 最後の一人になるまで終わらない。

 だから、自分以外を気にすることなんて愚かだ。

 

 空を見上げる。

 ひとまず、終わらせたんだという思いから。

 星空を旋回する、あの子の契約モンスター。

 あいつはこれからどうするのだろうか。

 なんて。

 モンスターなのだから、人を襲って食らうのだろう。

 あたしの近くに現れたら狩ればいい。

 だから、とりあえず、今は────。

 そう、終わったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いが終わったかつての戦場には多くの少女達が行き場を失ったかのように立ち尽くす者、しゃがみこみ者で溢れていた。

 共通しているのは、彼女達は絶望しているということ。

 その絶望を与えたのは……僕だ。

 

「燐ちゃん! 咲洲さん!」

 

 駆け寄る北さん達。

 みんな無事でなによりだ。

 

「よかったみんな無事で……」

「一体何がどうなっているわけだい!? こんなにライダーが集まってそれをぶわぁって! ぶわぁって!」

「語彙力……」

 

 北さんの圧に押されそうになるが、今はそれよりもだ。

 抱えていた美玲先輩を降ろして、少女達の方へ。

 

「皆さん、デッキを渡してください」

 

 全員に聞こえるように声を発する。

 素直に聞いてくれると助かるが……。

 

「は……? ふざけないでよ……!」

 

 一人の少女が立ち上がり、怒りに声を振るわせていた。

 僕に向けられる視線も、憎悪が籠ったもの。

 当然だろう。僕は、彼女達の願いを奪ったも同然なのだから。

 

「デッキがあるならまだ戦える……! 変身ッ!!!」

 

 少女は無彩色のライダーとなり、僕に殴りかかる。 

 衝撃。

 少女の下腹部、バックルをスラッシュバイザーツバイの柄の先、頭が捉えていた。

 彼女が迫るのに合わせて半歩、右斜めに出て鞘を少しだけ突き出しただけ。

 バックルに装填されたデッキに当てる一瞬だけ力を入れる。

 それだけで、デッキは崩れ落ちて少女は生身を晒す。

 

「え……? あ……わ、私のデッキ……! 私のデッキ!? あ、ああ……!」

 

 膝から崩れ落ち、デッキの欠片を集める少女。

 目線を上げ、全体を俯瞰し再び言い放つ。

 

「再びモンスターと契約して戦おうとしても無駄だ! 何度だって()は斬り捨てるからな!」

 

 静まり返る庭園。

 だが、一人の少女がデッキを投げ捨て逃げるようにして走り去るとそれに続いて次々と少女達がデッキを手放し、この場を離れていく。

 残ったのは、無数のデッキ達。

 あとはこれを回収して……。

 

「燐……!」

 

 美玲先輩に呼ばれ、振り向く。

 どこか泣きそうな、寂しそうな表情を先輩は浮かべていた。

 安心させようとしたのだろうか。

 変身を解除し、笑顔を浮かべて美玲先輩に言葉をかけた。

 なんて言っていいか、分からないままに。

 

「美玲先輩。えーと、その……俺、はカッコつけすぎでしたか?」

「……馬鹿ね。全然似合ってなかったわ……」

 

 あはは、と笑う。

 美玲先輩は手厳しいなぁ……。

 ……少しは、いつもの調子は取り戻せたか。

 なにより、美玲先輩を取り戻すことが出来た。

 その事が、今はなによりも嬉しい。

 だからか、頬が緩みそうになって仕方ない。

 頑張って我慢はするんだけど。もう、どうしようもないくらいに。

 だから、ずっと美玲先輩に顔を見せないように変身したままでいたのに。

 ああ、こんな顔は見せられない。

 だから、誤魔化そう。

 捨てられたデッキ達を拾い集めよう。

 少女達に一瞬の、幻の希望を与え、絶望へと落とし込んだ悪魔の道具を。

 北さん達も手伝ってくれて、恐らくはライダー達の6割ぐらいはこれで脱落したと見てもいいかもしれない。

 正確なことは、キョウカさんに聞くしかないけど。

 

「さて、そろそろ帰ろうか!」

「……やばい。こんな時間まで出歩いてた言い訳、考えないと……」

「そ、それより怒られる覚悟ですよ……! 風紀委員である私がこんな時間まで……!」

 

 もう深夜である。

 草木も眠るなんとやら。

 高校生がこんな時間に出歩いてたら補導されるだろうし、僕は許可を取ったからいいけどどうやら伊織さんともう一人の人は家族に断りをいれてなかったらしい。

 

「私の家に泊まったことにでもすればいい。連絡しなかったことに関しては叱られるでしょうけど。ライダーバトルしてた、なんて言うよりはよっぽど健全な理由になるでしょ」

 

 美玲先輩が提案すると伊織さんともう一人(以後、風紀委員さんと呼称)はそれを飲み、口裏合わせに色々と話をでっちあげていた。

 

「ところで、北さんは大丈夫なんですか?」

「テニスの特訓で一晩山に籠ると伝えてあるから大丈夫さ!」

 

 ……そういえばこの人、テニス部でしかもエースだった。

 なんかこう、色々とおかしいよなこの人。

 

「さあ、一件落着ということで帰ろうか!」

「なんであなたが仕切ってるの……」

「ここにいるメンバーでもっともカリスマ性のあるのが私だからさ!」

 

 確かに、北さんは人を引っ張っていくのは得意だろうな。

 無理矢理。

 少しばかり騒がしく帰路につくが、門の前で身構える。

 

「御剣燐……!!!」

「鐵宮……」

 

 ボロボロの、立っているのもやっとな様で立ち塞がる鐵宮武。

 やはり、強い憎悪の視線が僕を焼きつくそうとする。

 

「何故、邪魔をする……! 何故、立ち塞がる……! 何故、私に勝る……!」

 

 そこにいたのは敗北を知らぬ者であった。

 いや、正確には敗北をいま刻み込まれたばかりの者。

 生まれながらにして頂点に立つ運命にいた者。

 そんな彼を躓かせた道端の石が僕、といったところか。

 

「大勢の願いが叶うはずだったんだ! それをお前は……分かっているはずだ! 少女達の絶望を! 悲しみを! お前が奪ったんだぞ! 希望を! 願いを!」

「……そうですね。ただ……あなたの言っていることは詭弁だ」

「なに……?」

「あなたのような人がみんなの願いを叶えて、それで終わりとは思えない。あなたが何を目的にしていたかは分かりませんが少なくとも……。あなたの正義は僕の悪だ」

 

 美玲先輩とキョウカさんの命を奪おうとした。

 射澄さんの命を奪った。

 敵対するには充分過ぎる理由だ。

 

「悪、だと……。この俺が……悪だと!」

「ああ。あんたにとって僕が悪なように、僕にとっての悪があんただ。……あんたはもうライダーじゃない。退け」

「ふざ、けるな……! ぐっ!?」

 

 こちらに詰め寄ろうとした鐵宮。

 だが、様子がおかしい。

 

「ぐあっ……! 目が、目がぁ!?」

 

 目をおさえ苦しむ鐵宮はふらつく。

 指と指の間から血が流れ、滴り落ちる。

 目から出血しているようだ。

 そして……。

 

「ッ!?」

 

 駆ける、手を伸ばす。

 だがもう遅かった。

 よろける鐵宮は石段を転げ落ちた。

 踊り場で倒れる鐵宮のもとへ駆けるもそれより早く鐵宮の傍に現れたものがいた。

 鐵宮と契約を結んでいたモンスター、レオキマイラ。

 デッキは破壊したので契約は無効のものであるが、かつての契約者を救おうとでもいうのか。

 いや……。

 獣が一吼え、唸る。

 

「れ、レオキマイラよ……喰らえ……奴等を喰らえ……!」

 

 目には見えずともその咆哮は鐵宮の耳に届いていた。

 デッキを手に取り警戒する、が。

 レオキマイラが牙を剥いたのは、鐵宮に対してであった。

 咥えられた鐵宮の体に牙が突き刺さり、咀嚼され、鐵宮は獣の餌と成り果てた。

 

「ひっ……」

 

 風紀委員さんが小さく悲鳴を上げたのが聞こえた。

 風紀委員さん以外はそれぞれデッキを手にし戦闘態勢。

 それを察知したレオキマイラは森の中へと逃げ込み、姿を消した。

 

「……嫌な幕切れね」

「……あいつは射澄を殺した。その報いよ」

 

 報い、か……。

 死が報いならば、僕は────。

 

「燐?」

「え……あ、すいません。ぼうっとしちゃって」

「色々あって疲れてるのよ。あのモンスターを追いたいところだったかもしれないけれど、休んだ方がいいわ」

「……はい」

 

 とにかく、今はここから去ろう。

 そして、少しだけ戦いから遠ざかろう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんだ、あれは。

 なんだ、あれは。

 

 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。

 

 あんなものは、インチキだ。

 あんなものがあるなんて聞いてない。

 ────まあ、鐵宮の未来視だってインチキだったが。

 しかしあれはそれ以上だ。

 鐵宮をなんなく倒して、他のライダー達の契約モンスターをまとめて殺戮した。

 こんなこと、普通のライダーでは出来ない。

 奴はなんなんだ……。

 

『彼はライダーバトルの外側にいる存在』

 

 コアの声が脳内に響く。

 今、ここではないどこかから語りかけているとでもいうのか。

 

「外側……?」

 

『ええ。男ということを抜きにしても、彼は始まりの仮面ライダーにして人類の守護者として生まれた存在。貴女達のように欲望に殉じて殺し合う者とは違うのよ』

 

 どこか、私達ライダーを見下すように。そしてあの仮面ライダーを、御剣燐を讃えるようにコアは言った。

 それが妙に鼻についた。

 

「人類の守護者? 馬鹿馬鹿しい。あいつだって人間。人間であれば欲に駆られる。願いを叶える力があるというなら、絶対にすがり付くはずよ」

 

『さあ、どうかしらね。ところで、貴女はこれからどうするの?』

 

 これから?

 ……ああ、そうか。

 あたしはいわゆる虎の威を借る狐というやつで、威を借りていた虎が脱落してしまったのだ。

 他のあてを探す?

 いや、現状の虎は間違いなくツルギ。

 奴の陣営にあたしが入ることは不可能だ。

 奴等を騙して寝首をかくのは無理。

 となれば、あたしが虎となってライダー達を束ねて数で奴等を潰す?

 それも不可能。

 さっきの戦いを見ただろう。

 むしろ、集団戦こそあの姿のツルギの本領を発揮させることになるのだろう。

 それにそもそも、あたしに人を束ね、纏めあげるような才はない。

 あたしは自分自身をよく知っている。

 あたしは鐵宮のようにはなれない。

 じゃあ、これから一体どうすればいい……。

 

『ねえ、私のために働かない?』

 

「は……?」

 

『今夜でライダーバトルは実質終わり。無効試合。だから、このゲームは捨てるの』

 

「捨てる……?」

 

『ええ。だから、貴女に新しいゲームの参加権をあげるわ』

 

 新しいゲームの参加権……?

 この女の企みはまるで分からない。

 手の平の上で踊らされているのだろうとも思う。

 ただ、それでも……。

 握り締める右腕の痛み。

 これが、私の願い。

 願いのためなら、踊ってやる────!

 

 

 

 

 暗闇の中、白い女の影がにたりと笑う。

 新たなる遊戯の駒が三つ、手に入った。

 けれどまだ、遊ぶには駒が足りない。

 

『駒ならば、すぐに集まるでしょう。ね? コア?』

 

 背後に忍び寄る少女の声。

 少女は白い女の肩に顎を乗せて、妖艶な瞳でコアを見つめた。

 そして、少女の影から這う茨が女をつたう。

 

『貴女もその駒の一つだって分かってる?』

 

『ええ。でもぉ……私みたいにぃ、いつでも裏切りそうな奴がいた方がゲームに緊張感が生まれますよねぇ? 私はいつでもゲームマスターの権限を譲られても問題ありませんよぉ? だって私ぃ、失敗しませんから☆ 確実に、一度きりで全てを終わらせます……』

 

 少女は不敵な笑みを浮かべる。

 まったくと内心ため息をつくコアであったが、これほどの駒はそう手に入らない。

 長い時間をかけて探し出したのだ、多少のことは目を瞑ろう。

 

『少し待ちなさい。最高のゲームのためにも準備が必要よ。念入りな、ね』

 

『はーい。それじゃあそれまで新しい仲間と絆でも深めますかぁ』

 

 少女は闇の中へと姿を消す。

 新たなる遊戯の開幕が迫る────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美玲先輩の家の近くまではミラーワールドを使って移動した。補導が怖かったので。

 美玲先輩の家まではもう少し。

 男の僕がいていいのか? なんてことを考えたがそれも今更だと別の思考にすぐ切り替えた。

 キョウカさんのこと。

 きっとまだ、あそこに一人でいるはずだ。

 話せるのなら……話したい。

 美玲先輩の家の玄関前まで来たところでようやく決心がついた。

 

「すいません。僕、行きたいところがあって」

「こんな時間に? 一体どこへ?」

「あー、えーっと、そのぉ……行ってきます!」

「燐!」

 

 はぐらかして、キョウカさんのもとへ向かう。

 正直に言うのは気が引けた。

 それはキョウカさんがアリスだったからか。

 いや、もっと違う何かというか……。

 

「狡いな、僕……」

 

 本当は、分かっている。

 理由なら。

 分かってしまったのだ。

 それを前の僕は出来なかったから……。

 とにかく、彼女とちゃんと話さないと。

 ライダーバトルのことを、ちゃんと。

 

 

 

 

 

 

 

 一人、何処かへと向かった燐の背中を見送り残った三人を家にあげた。

 シャワーを浴びて、軽食もとってとあれこれやりたいのだが……。

 

「彼のこと、追いかけなくていいの?」

「……それは」

「気になるなら追いかけたまえ咲洲さん。追いかけた方がいいと、私の勘も言っている」

 

 二人の後押しを受けて、決意する。

 

「ありがとう。今から追い付けるか分からないけど、行ってくる。家は好きに使っていいわ」

「ええ。北さんが何もしないように見張ってるわ」

「どういう意味だい日下部さん!」

「頼むわ」

 

 日下部さんに家を任せて燐を探しに出かける。

 ミラーワールドにいるガナーウイングにも燐を探すように命じて寝静まる街を一人、歩く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間前に戦闘が行われた、燐がキョウカと出会った廃墟の洋館。

 キョウカはそこで独り、自身を抱き締めるようにして座っていた。

 

「キョウカさん」

 

『燐くん……!』

 

 燐が無事でいたことに、堪えていた涙がキョウカの目から溢れ出す。

 二人は互いに割れた鏡に歩み寄り、右手を重ねる。

 

『よかった……燐くんが、生きてる……』

 

 すすり泣くキョウカを燐は静かに見つめる。

 優しい瞳で。

 

「うん。僕は生きているよ、ちゃんと」

 

『うん……うん……!』

 

 その言葉に、どれほどの思いが籠められていただろうか。

 かつて、人を守るために死した御剣燐とそれを看取ることしか出来なかったキョウカにしかそれは分からない。

 

 幾何かして、燐は右手を下げた。

 意を決して、問い掛ける。

 記憶を取り戻してから考えていたことを。

 

「キョウカさん、教えてほしい。なんで君が、ライダーバトルなんてものを始めたのか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かな街の中、歩き続けて数十分というところ。

 

「このあたり、宮原の家の近くね……」 

 

 まさか宮原の家に行ったのかと思い、道を思い出しながら進むと……。

 予想外どころの話ではない。

 一体、何がどうなっているのか。

 あの屋敷が、廃墟と化している。

 そんな、あり得ない。

 

 ただ、どうにもここが廃墟であったことの方が自然というか、ここは廃墟であったはずだと思う自分がいる。

 最初に燐と共にここを訪れた時も何か違和感を覚えたのは、まさかこれだったのか。

 燐はきっとこの中にいる。 

 確信めいたものがあり、錆びた鉄扉に手をかけ廃墟の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

『それ、は……』

 

「……僕は、僕が死んでからのことは何も知らない。僕が死んだ後に何かあったんじゃないかって、そう考えてて……」

 

 御剣燐とキョウカが出会い、御剣燐が死ぬまでの間はキョウカには鏡の中にいること以外に特別な力などはなかったはずと燐は記憶している。

 そういった力は隠していただけかもしれないという推測もあるが、燐はかつてのキョウカに何も特別な力はないとほとんど確信していた。

 

『燐くんはなんでだと思いますか?』

 

 キョウカはこれまでと打って変わり、アリスぶって燐を突き放した。

 話すことなどないのだと。

 けれど、キョウカからアリスという仮面は剥がれ落ちていた。

 

 どうしても、涙が止まらなかった。

 アリスという仮面は真実を隠すため、ずっと泣き続けてきた己の顔を隠すためのものだった。

 それが失くなった今、キョウカは感情を塞き止めることが出来なかった。

 

「キョウカさん……」 

 

『なん、で……どうして私は……! 失敗しかしてこなかった! 燐くんを救うことが出来なかった!』

 

「僕を、救う……?」

 

『言いましたよね……燐くんは、戦っては駄目だって……。私は、燐くんに戦ってほしくなんて、なかった……。ずっと、私の傍にいてほしかった……』

 

 彼女の心には常に、燐と他愛ない話をしていたあの頃の思い出が存在していた。

 どれほどの時を繰り返しても、磨り減るもの達があってもこの思い出だけはずっと持ち続けていた。

 

『燐くんは、兄さんに言われて責任感で戦ってきました……。ミラーワールドが開いたことは燐くんが悪いんじゃない。あれは事故だというのに……。兄さんは私を救うと言っていたけれどそんなの望んでない! なにより救われるべきは燐くん、あなたでしょう……』

 

 救われるべきは自分自身。

 そんな風に言われても、燐にはよく分からなかった。

 

「キョウカさん。僕が救われるなんて、そんな……僕は別に……」

 

『たった独りで孤独に戦って! 傷ついて! 守るべき人間からも裏切られて! そして最期は戦いの中で死んで……。こんなの燐くんが辿るべき道じゃない! 私は、燐くんに……』

 

「────それ、どういうこと」

 

 突然、割って入った第三者の声。

 声の主は、咲洲美玲。

 

「美玲、先輩……」

「燐が、死ぬ……? 一から説明して!」

 

 驚愕に目を見開き、キョウカが映る鏡へと迫る。

 

『……そう、ですね。咲洲美玲、貴女にも関係あることですから聞きなさい』

 

 まっすぐと美玲を見つめ、キョウカは真実を語ろうとする。

 だが、そこへまた新たな闖入者が現れる。

 

「キョウカさん!」

 

 それに気付いたのは燐であった。

 黒い短剣がアリスを突き刺そうと迫っており、燐がそれに気付いたので回避することは出来た。

 ただ、鏡を越えて飛来した短剣が燐の頬を掠める。

 静かに、血が流れた。

 

「燐!」

 

『燐くん!』

 

『両手に花、だな』

 

 どこから侵入したのか、キョウカの背後に立つは仮面ライダー刃────。

 闇の中から黒い剣士が現れて、キョウカの首筋に太刀を添える。

 

『あなた、どこから……!』

 

『来い、御剣燐。お前には俺から真実を話そう。剣を交えながらな。出来ないというなら、この女を斬る』

 

「……分かった」

 

 燐はデッキを刃に見せつける。

 

「燐、私も……」

「いえ、こいつの相手は僕がします……! 変身ッ!」

 

 ツルギとなり、ミラーワールドへと飛び込む燐。

 ミラーワールド側へと出ると同時に刃はキョウカを突き飛ばし、スラッシュバイザーで斬りかかるツルギと刃を交えた。

 

『燐くん!』

 

「キョウカさん、下がっていて!」

 

 鍔競り合ったまま駆け、崩落した壁から両者は外へと戦場を移した。

 

『……燐くん』

 

「アリス、聞かせなさい。一体、貴女と燐の間に何があったのかを」

 

『……ええ。そうですね、燐くんがいない方がかえって良かったのかもしれません。燐くんがいたら、そんなことはないって否定されていたでしょうから……。私が見た、真実を話しましょう……』

 

 語られる真実に美玲は息を呑む。

 自分の知らない、燐の物語をこれから知ることになるのだと────。




次回 仮面ライダーツルギ

『もう一度、彼と会いたい?』

『一人孤独に戦い続け、磨き上げられた剣技。そして……』

「……反則」

「……ようやく、死ねる……」

 願いが、叫びをあげている────。



ADVENTCARD ARCHIVE
SWORD VENT
リュウノゲキソウ
AP4000
ツルギサバイブのソードベンド。
六つの刃が風に乗り、自由自在に飛び回る刃として敵を切り裂く。
スラッシュバイザーツバイと合体して大剣形態となる他、単体で構えるとダガーに、三つが合体することで双剣形態になるなど形態変化も特徴的。




告知 
オリジナルライダー作品コラボ企画
ハーメルンジェネレーションズ

仮面ライダーツルギと仮面ライダーシェリフ
異なる世界の、異なる主義の二人が出会う────

仮面ライダーツルギVS仮面ライダーシェリフ
https://syosetu.org/novel/271790/

こちらもよろしくお願いいたします。


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?+1ー38 償い

 ────その日、風が運命を運んできました。

 割れた鏡の向こう側、一人の少年との出会いが私の人生を彩った。

 たった一人でミラーワールドにいた私を、彼は見つけてくれた。

 御剣燐。

 彼は、私に孤独の寂しさを思い出させてくれた。

 

 ある時、燐くんに好きな人が出来たという。

 同じ学校の先輩。

 面識はほとんどない。

 聞けば、高嶺の花のような人。

 そんな人を好きになってしまった燐くんは弱気になっていた。

 

 嫌だった。

 誰かに彼を取られてしまうことが。

 ずっと、今のように二人きりの時間を過ごしていたかった。

 恋人なんてものが出来たら燐くんは私から離れていってしまう。

 それだけは、なんとしても避けたかった。

 だから、燐くんに意地悪をしたのだ。

 自分もどうせフラれてしまうのだろうと弱気になっていた燐くんに発破をかけた。

 

『……いいえ、燐君そんなことはありません。ここはもう男らしく当たって砕けろです! 思いきって告白しちゃいましょう! 思いを伝えなきゃそもそも付き合えるチャンスも何もないんですから。私、応援します』

 

 いっそ、フラれてしまった方が諦めもついていいだろうと。

 そんな思いで応援するなんて言ってしまった。

 ……だからか、罰が当たったのでしょうか。

 

「ありがとう鏡華さん! 告白上手くいった!」

 

『そうなんですか……。その、良かったですね! 私も嬉しいです!』

 

 笑顔で取り繕った。

 嘘だと思いたかった。

 なんで、どうしてという言葉ばかりが頭に浮かぶ。

 けれど……。 

 彼の、笑顔が好きだった。

 彼の、喜ぶ姿が好きだった。

 

『お付き合いを始めたらもう私なんかよりそのミレイさん?を優先しなくちゃですね。私に構わずデートとかいっぱいしてください。それで、その話を聞かせてくださいね。楽しい……楽しい話を』

 

「うん。鏡華さんにもちゃんと会いに来るよ。大事な友達だから」

 

『友達……。ええ、そうです。私達、友達ですから』

 

 友達。

 私達の関係性を示す言葉。

 これまでだったら友達と言われて嬉しかった。

 私の唯一の友達。

 けれど、何故かこの嬉しいはずの友達という言葉に私は不満を募らせるようになっていた。

 

 私はまだこの時、恋というものを知らなかった。

 

 

 

 

 

「貴女は、いつからミラーワールドにいたの?」

 

『幼い頃です。その時のことはあまり、覚えてはいません……』

 

 あまりに突然だったことぐらいしか覚えていない。

 今はそれよりも、彼のことだ。

 

 

 咲洲美玲と出会い、少ししてから燐くんは私の兄、宮原士郎と出会っていた。

 そして、仮面ライダーにさせられてしまった……。

 人類を守護する、剣に……。

 

 

 私との出会い、ミラーワールドを開いてしまったことが原因で人々を襲い始めるようになったモンスター達。

 燐くんは、その罪悪感に押し潰されていった。

 

 

 

 

 白き剣がモンスターの群れを切り裂いていく。

 血飛沫の如く飛び出る火花達が宵を照らし、純白の騎士を照らす。

 斬って、斬って、斬って斬って斬って斬って斬って。

 

 炎の中で独り、立ち尽くす騎士の名は仮面ライダーツルギ。

 ミラーワールドに存在出来る制限時間およそ10分間のほとんどを費やした彼からは、消滅しつつある証拠として黒い粒子が飛散していた。

 急いで鏡を通り、現実世界へと戻らなければならないというのに彼は、ぼうとかかしのように突っ立っている。

 

「燐くん!」

「……あ……キョウカ、さん……」

 

 私の声に気付き、ツルギはビルのショーウィンドウを抜けてミラーワールドを後にする。

 ここのところ、燐くんは戦いの後はしばらくああしてぼうとすることをしていた。

 息を整えていたのか。いや、それにしては意識が朧気といった感じだ。

 とかく、今の彼はふと目を離した瞬間消えてしまいそうな危うさがあった。 

 

 時間も場所も彼の都合も問わずモンスターは人間を狙い、狩り、捕食する。

 そんなモンスターから人を守るために戦うということは御剣燐の全てを犠牲にするということだ。

 学校も休んでいた。

 行ったふりをして、モンスター狩りへと赴く。

 彼の青春は殺された。

 彼から、眩しかった笑顔は失われていた……。

 

『燐くん……。大丈夫ですか?』 

 

 鏡の中から声を掛けると、決まって一拍置いてから作り物の笑顔で「大丈夫だよ」と彼は答えていた。

 寂しそうな笑顔。

 私は、そんな顔をする燐くんを見るのが辛くて堪らなかった……。

 

 私は兄さんに訴え続けました。

 燐くんをこれ以上戦わせないでと。

 けれど、兄さんは聞き入れてはくれませんでした。

 

「鏡華。俺はお前を助けるために行動している。御剣燐も同じだ。あいつもお前を助けるために戦っている。本人も同意している」

 

『じゃあもっとデッキを作ってライダーを増やしてください! 燐くん一人で戦い続けるなんて……』 

 

「いまツルギのデータを元により完成度を高めたライダーを製作している」

 

 痩せこけた兄さんの瞳には狂気によって光が灯っていました。

 幼い頃の記憶にいた兄さんとは、まるで別人のようでした……。

 

 

 もう兄さんは頼れないと思った私はとにかく自分が出来ることをしようと思いました。

 ただ、この時の私にはなんの力もありません。

 私に出来ることなんて、ただ燐くんの傍にいることだけ。

 こんなことしか出来ない自分が情けなくて、それでも彼に寄り添い続けても残酷は加速する一方でした……。

 

 

 

 モンスターが現れないかと街を彷徨い続け、歩き疲れた彼は公園のベンチに一人座り込む。

 彼の目は下を向くことが増えていた。

 精神を磨り減らした彼の瞳からは光が消えつつあった。

 

「これあげる」

「え……?」

 

 顔を上げると、白い帽子を被った小さな女の子が白い花を燐くんに差し出していた。

 

「……いいの?」

「うん。元気だしてね」

「……ありがとう。優しいんだ」

「ママがね、人にはやさしくするんだよって言ってたから。バイバイ」

 

 手を振り返して、女の子を見送る燐くんの顔は久しぶりに穏やかなものとなっていました。

 けれど、数十分後のことでした。

 モンスターの気配を察知し、向かった先で……。

 

「ッ! ……これ、は」

 

 道に落ちていた白い帽子。

 燐くんに花を渡した少女の物と同じ。

 急いでツルギへと変身しミラーワールドへ向かった燐くんが見たものは大型の蜘蛛のモンスターとその足下に散らばる衣服や靴。

 先程の少女の物とよく、似ていた。

 

「うぁぁぁぁぁッ!!!!!!!!」

 

 剣を抜き、駆けるツルギ。

 モンスターの鋭い脚が迫るツルギを貫こうと振り下ろされる。

 跳躍。

 蜘蛛のモンスターの上に飛び乗ったツルギは剣を突き刺す。

 震える大蜘蛛の右側の足、四本が一度に断ち切られる。

 片足を全て奪われた蜘蛛は立つことも歩くことも出来ない。

 

【SWORD VENT】

 

 踠く、蜘蛛の眼前に大剣携える剣鬼が立つ。

 己が死を悟りながら蜘蛛は両断される。

 爆炎の中、大剣を振り下ろしたままの姿でしばらく彼は動かなかった。

 

 

 

 

 こうして、救えなかった命と。

 取りこぼしてしまった命と向き合う度に、御剣燐の心は切り裂かれていった。

 その果てに御剣燐は人間らしさを失い、人類を守護する剣へと成り果てたのです。

 

 独りきりで、モンスター達と戦い続け。

 御剣燐という仮面を被り、日常を偽り続け。

 ツルギという仮面を被り、非日常を切り裂いて。

 

 ただ、モンスターを切り裂くだけの存在。

 それは人間の在り方ではない。

 この時点でまず、御剣燐は一度死んでしまったのでしょう。 

 何度も、何度も自分自身を殺して。

 人の生き方では、ありませんでした。

 

 そして、最期の時。

 

 ある日、突然モンスター達が大量発生したのです。

 様々なモンスター達が一斉に現実世界を襲い、大きな被害が出ました。

 燐くん一人で守りきれるわけがない物量。

 モンスター達の総攻撃を受け、それでも、最後まで人を守るために戦って。

 強大なモンスターとの戦いの果てに、彼は……。

 

 貫かれた腹部から、血が流れ続けていた。

 力なく壁に背をもたれ、立つこともままならずへたりこんで……。

 ミラーワールドでそんな状態で居続けたら……。

 駆け寄り、燐くんの手を取り名前を呼び続けた。

 その手の冷たさが、燐くんの死という事実を私に突きつける。

 

「燐くん……! 燐くん!」

「……ようやく、死ねる……」

 

 それが、彼の最期の言葉でした。

 彼は、死をずっと待ち望んでいたのです。

 

「いや……そんな、どうして、冷たいんですか燐君……? 最初に手を合わせた時はあんなに暖かったのに。ねえ、どうして、どうして……。いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 御剣燐は、黒い粒子となりミラーワールドで消失した。

 これが、彼の最期。

 

 

 

 

「そんな……! なんで燐が死ななきゃいけないの!?

大体、鏡を割ってミラーワールドが開いたって……。鏡なんて毎日どこかで割れてるのよ、それなのに……」

 

『……ええ。貧乏くじを引いてしまった、なんて言葉では片付けたくはないですが……』  

 

 それでも、彼はミラーワールドを開いてしまったということは事実。

 重すぎる罰を、背負わされてしまった。

 

「……燐のことは分かった。理解したことにするわ。じゃあ、このライダーバトルってなんなの。元は人間を守るためのシステムなんでしょ」

 

『……ええ。ライダーバトルは、私が仮面ライダーの在り方を歪め始めたもの……。燐くんが死んでからすぐ、私はコアという存在と出会いました』

 

「コア……?」

 

『ミラーワールドに存在する意思のようなもの、とでも言いましょうか……。彼女が、私に接触してきたのです……』

 

 

 

 

 彼と語らった部屋でずっと泣いていた。

 それしか出来なかった。

 なにも出来なかった。

 どうして、どうして彼が死ななくてはならないのか。

 

 ……きっと、私がいけないんだ。

 私と、私と出会ってしまったからだ。

 私は、燐くんと出会ってはいけなかったのだ。

 だけど……。

 

 私は、あの暖かさを知ってしまった。

 ずっと冷たいこの場所にいたから、それが普通だと思っていたけれど知ってしまったから。

 だから、嫌だ。

 彼との出会いを、否定なんてしたくない。

 

『もう一度、彼と会いたい?』

 

「ッ!? 誰!?」

 

 突然、耳元で囁かれた甘い言葉。

 立ち上がり、振り返って言葉の主を見るとそれは人の形をしてはいるようであったが白い靄に覆われ姿は見えない。

 白い人影としか表現出来なかった。

 

『私はコア。ずっとずっと前からこの世界にいるの。けど、貴女みたいな子とは初めて出会ったから気になって。燐という人間と、また会いたい?』

 

 その言葉に、私は縋りついた。

 縋るしか、なかった。

 そうでないと、彼を救えない。

 彼にまた、会いたいと私は……。

 

 

 

 

 

 竹林の中、黒き刃と斬り結ぶ。

 以前ほどの実力の差、絶対的な壁はなくなっていた。

 今の僕は、刃と互角になったということ。

 だが、互角となったことでこれまで以上のプレッシャーを感じている。

 勝敗が決まりきっていた以前は負けてもいかに生き残るかということを思考していたが今は違う。

 

『ハアッ!』 

 

「ッ!!!」

 

 横一閃、太刀で受け止める。

 竹林は衝撃に震え、さざめく。

 十字を描く二刀。どちらも譲らぬ力のぶつかり合い。

 赤く光るバイザーと睨み合う。

 

『ようやく、取り戻したか。己が真の力を』

 

「真の力……!」

 

『一人孤独に戦い続け、磨き上げられた剣技。そして……』

 

 均衡が解かれ、互いに後退。

 刃はこちらに鋒を向け、言葉を続ける。

 

『サバイブ。使わないのか?』

 

 サバイブ……。

 使えば、刃を上回るだろう。

 だが、それは……。

 

『ふっ……。使わざるを得ないようにしてやろう』

 

 太刀を地面に突き刺し、一枚のカードを引いた刃からこれまで以上の力を感じた。

 これは、まさか……!

 

 カードの表がこちらに向く。

 

 金色の翼。

 背景から眩い光を放ち、周囲は真白に包まれる。

 

 刃のスラッシュバイザーがスラッシュバイザーツバイへと変化する。

 そして装填されるサバイブのカード。

 

【SURVIVE】

 

 輝きの中、刃が新たなる変身を遂げる。

 全身に走る金色のライン。

 血に濡れたかのような両腕。

 腰にはローブが備わる。

 その姿に、武者といった言葉が脳裏に過った。

 

 仮面ライダー刃 サバイブ

 

【SWORD VENT】

 

 鯉口を切る刃サバイブから死を感じた。

 

『ハッ!!!』

 

 光と共に消える刃サバイブ。

 強い衝撃を、スラッシュバイザーツバイ越しに受け止める。

 

『よく間に合ったな』

 

 本当に、ギリギリであった。

 サバイブを使用し、自身の周囲に風を集めて壁としなければ今頃上半身と下半身が地面に転がっていたはずだ。

 

「何故、お前がサバイブを……!」

 

『お前がサバイブに至った。だから、俺も至った。それだけだ』

 

 再び、光と共に消える刃サバイブ。

 超高速で僕の周囲を駆けている。

 この速さに、追いつけるか……?

 いや、追い付くのだ────!

 

「はあッ!!!」

 

 風を纏い、刃サバイブを追走する。

 光と風の中、剣が舞う。

 極限の剣戟。

 一瞬でも気を緩めたら、斬られる!

 

 袈裟、下段からの斬り上げ、首を狙う一閃。

 全て、尽くを対処する。

 刃がぶつかり合う度に発する衝撃が竹林を揺らす。

 何度目かの鍔迫り合い。

 紅く滲んだバイザーの向こうから、刃の視線を感じる。

 だが、これまでとは違った気配だ。  

 殺気だとか、そういったものではない。

 これは────。

 

『やはり、お前は強い……!』

 

「なに……?」

 

『孤独の中で磨き上げた剣。誰に知られることもなく、讃えられることもなく……。何者をも寄せ付けぬ孤高の剣。それが、お前の強さだ……!』

 

 突き刺さる。

 言の刃が。

 だから、刃から距離を取る。

 後方へと飛び退き、スラッシュバイザーツバイを構え直す。

 だが、その刃の間合からは逃れられない。

 

『いつだって一人だった……』

 

「ッ……」

 

『人々の助けてという叫びを耳にした……』

 

「……」

 

『その言葉を真に叫びたがっていたのは誰だ』

 

「……ッ!」

 

 嵐を纏い、刃との間合を一瞬で詰める。

 竜巻く風を纏った斬を力の限り振り下ろす。

 刃はスラッシュバイザーツバイの刀身を指でなぞり青白い光を灯す。 

 

「ハァァァッ!!!!!」

 

『フンッ!!!!!』

 

 風の剣と光の刃が交差。

 斬り結び、世界を震わせる。

 

『……お前が死んだ後に、俺は生まれた』

 

「僕が死んだ後に……?」

 

『ああ、アリス……。鏡華によってな!』

 

 払われる足、急落下する視界と背中の衝撃。

 倒れた僕の首を断とうと迫る刃を咄嗟に蹴り飛ばし、起き上がり様に刃サバイブの左肩を切り裂く。

 

「なんで彼女がそんなことを!」

 

『お前を蘇らせようとしてだ』

 

 その言葉に、息が詰まった。

 僕を、蘇らせようと。

 それが、意味することとは。

 

 

 

 

 

 

 

 彼が最期を迎えた場所。

 そこで私はコアと契約した。

 

『さあ、願いを叶えなさい』

 

 言葉通りに、私はコアから与えられた力を用いて時を操作する。

 彼の最期の時を再生する。

 黒い塵と消えた彼が、巻き戻る。

 そして、俯き眠る御剣燐が甦った。

 

「燐くん!」

 

 感激に、彼に抱きつかずにはいられなかった。

 ……それが、悲劇の始まりとも知らずに。

 

「あ、れ……」

 

 彼の身体は、冷たかった。

 あの暖かさはなく、最期の時と同じ冷たさ。

 その事実に、彼から離れる。

 彼の瞳が開く。

 暗く、仄暗い瞳が私を捉える。

 だが、なにも反応がない。

 甦ったのでは、なかったのか。

 糸の切れた操り人形のように、動かない。

 

『ああ、これは……失敗作ね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言葉と共に再び迫る刃サバイブ。

 彼の執念が、理解る。

 

 ────ああ、やはりか。

 

 彼の言葉で、なんとなく分かってしまった。

 光の刃を受け止め、弾き、命のやり取りを繰り返す。

 

「君は……僕か」

 

『俺は、お前の死体だ』

 

 言葉と刃が舞う。

 宵に火の華を咲かせ、語らう二人。

 刃サバイブのスラッシュバイザーツバイの刀身が更に輝きを増し、熱波が襲う。

 太陽に近付いているかのような、それほどの熱。

 彼の心に燃え滾る感情の炎が放つ熱────!

 

『俺は鏡華に棄てられた。失敗作だからだ』

 

「ッ!」

 

『俺は……復活など望んでいなかった。そうだろう?』

 

「ぐっ!?」

 

 その上段からの振り下ろしは神がかっていた。

 受けるのに精一杯であったが、パワーで押されている。

 受け止めたスラッシュバイザーツバイが身体に密着しそうなほど。

 刃サバイブの光熱が、右肩を焼く。

 

『戦いたくなどなかった……。末期の瞬間、これで終われると思ったのに……。俺は生み出され棄てられた。そして、宮原士郎に見出だされた。ミラーワールドの存在である俺であれば、制限時間など気にせずモンスターと戦えるとな』

 

 制限時間を、気にせず戦える……。

 ああ、そうか……。

 彼は僕だ。

 ただ違うのは、死後も戦い続けたこと。

 

「くぅ……っ! ぜあぁぁぁぁッ!!!!!」

 

『ッ!?』

 

 風が荒れ狂う。

 熱波すらも吹き飛ばし、刃サバイブを押し返す。

 

「お前は一体……なにがしたいんだ!」

 

 刃のことは分かった。  

 では、目的は?

 何度も僕の前に立ちはだかり、刃を交えた。

 時には助力し、美也さんを助けた。

 目的が、分からない。

 

『御剣燐は罪を償う。罰として最後まで戦い抜く……。俺の代わりに、その死後までも明け渡して』

 

 刃サバイブがデッキからカードを引き抜く。

 あれは、タイムベントのカード……!

 こちらもタイムベントを引いて、同時に使用する。

 

【TIME VENT】

 

「未来超越……!」

 

【TIME VENT】

 

『未来超越』

 

 再び始まる剣戟。

 それと同時に斬り捨てていく敗北の未来達。

 戦わないなどという未来は論外。

 無数に拡がる未来を斬って捨てる。

 敗北を、切り捨てる。

 だが、斬っても斬っても湧いて出る敗北の二文字。

 それは僕だけか?

 否。

 それは、刃とて同じこと。

 互いに切り裂かれる未来を斬り続けている。

 

『はじめて時が繰り返された時、俺の心は歓喜で満ちた……。現実世界に生きた俺がいると……。俺の代わりがいると……!』

 

「代わり……!?」

 

『そうだ。俺はお前に殺され、お前に託して死ぬ……!』

 

 剣が加速していく。

 刃サバイブとの打ち合いが、剣を進化させていく。

 風が、力をくれる────。

 

『それでいい……! お前の纏うその風は、消えゆく命の灯火を燃やし続けるためのもの……!』

 

「なに……!」

 

『さあ、俺に見せてくれ。未来超越では覆せぬ敗北の未来を……!』

 

 こいつは待ち望んでいる。

 死を。

 僕に殺される未来を。

 だが、それは……。

 

『出来るだろう、お前なら。己を殺し続けてきたお前には』

 

 ああ、そうだ。

 出来てしまう。

 他のライダー、人は殺せない。

 だけど、こいつだけは殺せてしまう────。

 

「それで、いいのか……?」

 

 呟きは剣戟がかき消した。

 刃の全力。

 僕を殺しに来ることで、僕に殺されようとしている。

 恐るべき自殺願望。

 だが……。

 理解、出来てしまうと。

 

『さあ、俺を殺してみろ……!』

 

 地を蹴り、刃サバイブが光となる。

 光速となり駆ける刃サバイブの斬が胸部装甲を袈裟に切り裂いた。

 

「ガッ!?!?」

 

 斬と、熱の二つがこの身を痛ませる。

 変身が解け、枯れ葉達の中に倒れた。

 息をするのが痛い。

 一思いに殺してくれなんて思ってしまったほどだ。

 

 ────だが、そうさせなかったのは自分だ。

 

 振り向く刃サバイブ。

 なんともなさげに立っていたが膝をついた。

 刃サバイブの装甲も割れ、宮原士郎の肉体を晒す。

 左の脇腹をおさえ、苦痛に顔を歪ませていた。

 

『……あの刹那に、合わせたというのか……』

 

 刃サバイブの斬撃と同時に横一閃。

 また、風の剣を形成し全身を切り裂いていたのだ。

 

『この肉体も、限界か……』

 

 宮原士郎から黒い塵が溢れ出て、人型が形成される。

 黒い服を着た、僕だ。

 

『まだ、俺を殺すには至らないか……』

 

「ぐ……」 

 

 共に痛む身体を無理矢理立たせて向かい合う。

 不思議と……なにも、感じない。

 なにも、抱かない。

 

『ライダーバトルはまだ終わってはいない……。ライダーバトルを終わらせろ……。そして、俺を殺せ……』

 

「待て……。なんで、士郎さんの身体を……」

 

 横たわる宮原士郎の遺体はミラーワールドに溶け出していた。

 

『生まれたばかりの俺は身体を動かすことが出来なかった。宮原士郎は己の死期を悟り、俺の肉体となることで仮面ライダー刃として戦うようにした……』

 

 刃の言葉が終わると同時に宮原士郎の肉体は消滅した。

 その光景が思い出させてくれた。

 消滅の危険性は僕にもあるということを。

 

『行け。まだ俺を殺せる時ではない。いずれお前の未来超越が俺を切り裂くだろう……』

 

「……死にたいのなら、自殺すればいいだろう」

 

『自分を殺すというなら、これこそ自殺だろう。……それにな、既に試した。だが、出来なかった。運命が俺を死なせない。俺を殺せるのは、俺だけだ……』

 

 そう言い残し、影となり消えた刃。

 俺を殺せるのは、俺だけだ。

 そうなのだろう。

 僕もうっすらと理解しているのだ。

 僕を殺せるのは、僕だけなのだと────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 御剣燐の死後、燐の鏡面存在が刃となりモンスターと戦い人類を守護していた。

 そして、季節は巡り秋となりライダーバトルが始まる。

 

 

『コアは私に更なる権能とミラーワールドについての知識を授けました。そして、私の願いを叶えるために少女達の命を集めろと命じ……ライダーバトルを始めました』

 

「……聞かせなさい。あなたの願いを……。何のために、こんなことをしているのかを……!」

 

 美玲の脳裏には死んでいった者達がいた。

 何故、彼女達は死ななくてはならなかったのか。

 人の命を弄び、その果てにキョウカは何を望むのか。

 

『私は……御剣燐が幸福に生きることが出来る世界を望みました……』

 

「燐が、幸福に……」

 

『たとえ燐くんが望んでいなくとも……それが私の願い! なにも知らなかった貴女には分からないでしょう!』

 

「ッ……!」

 

『優しく暖かい人だった燐くんが冷たい剣へと成り果てていった……! 普通に生きて、普通の幸せを手に入れて、幸せな人生を歩んでいくべき彼が……どうして、どうしてあんな辛い目に合わなくちゃいけないんですか!』

 

 その言葉に、美玲は初めてキョウカに共感した。

 彼女は自分と同じなのだと。

 冷たい、孤独の中で生きてきた自身の前に現れた暖かな光なのだと。

 あの光に、翳ってほしくないと。

 特別なものになどならなくていい。

 誰もが普遍的に手に入れる幸福を、彼に望んだ。

 それは、自分だって同じこと……。

 

『……命を集めれば、ミラーワールドは願いを叶える。そのために私は何度も繰り返しました。私が望む結末を迎えるまで。けれど、駄目だった。何百、何千、幾億も繰り返したのに……! 今の私にはもう、時を巻き戻す力はありません……。コアは私に見切りをつけました……』

 

「全て、コアの手のひらの上だった……ってこと」

 

『……ええ。どうやら、そのようです……』

 

 何を目的としているかキョウカにも分からないコアの未知なる恐ろしさを二人は感じていた。

 

「────じゃあ、そのコアって奴を斬ればライダーバトルは終わる?」

「燐……!」

『燐くん!』 

 

 刃との戦いを終えた燐が二人のもとへ帰還した。

 消滅が始まっていたのですぐに現実世界へと戻り、美玲の隣に立つ。

 連戦による体力消耗と痛みに今にも倒れてしまいたいが、二人の前だ。心配をかけてはいけないと気力だけで立っていた。

 

『コアを斬るなんて……燐くんが戦う必要なんて……。私は貴方に戦ってほしくないんです!』

 

「それを言うなら僕もだキョウカさん。君にもうこんなことをさせたくない」

 

『ッ! ……でも、私は……』

 

 未だに自身の願いに縋るキョウカは燐が止めろと言っても聞くつもりはない。

 多くの命を奪った。

 大罪を犯した。

 今更、止まることなど出来ないのだと。

 

 だがそんなキョウカを燐は切り裂く。

 

「……君は、許されないことをした。ライダーバトルで多くの命が失われた……。僕も許さない」

 

『今更そんなこと……! 自分でも分かっています! 許されないことをした! なら、もう突き進むしかない!』

 

「馬鹿言うなッ!」

 

 燐の怒号に、キョウカと美玲は驚いた。

 穏やかな気性の彼が声を荒げさせるところなど見たことがなかったからだ。

 

「許されないことをしたなら償うんだよ! 突き進むなんて開き直りは最低だ!」

 

『でも、私にはそれしか……』

 

「君一人では出来ないって言うなら……僕も一緒に償うよ」

 

『え……? どう、して……? どうして燐くんが!』

 

「友達、だから」 

 

『ッ……!』

 

 穏やかな笑みをキョウカへと向けていた。

 そして燐の言葉に、キョウカは思い出していた。

 かつて、友達という言葉に抱いた想いを……。

 

「終わらせよう僕達で。ライダーバトルを」

 

『でも、そんな……燐くんにそんなこと……』

 

「友達が間違ったことしたら止めるものだし、困ってたら助けてあげるのも友達だよ。だからさ、一緒に終わらせよう」

 

 手を差し出す。

 ミラーワールドのキョウカにはその手は取れない。

 手は、取れなくとも。

 二人は鏡面に手を重ね合わせる。

 

『ごめんなさい……ごめんなさい……!』

 

「許してあげない。全部、終わらせるまでは」

 

『はい……!』

 

 泣きじゃくるキョウカを優しく見守る燐。

 彼女が泣き止むまで、寄り添い続けた────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰路につく。

 ライダーバトルを終わらせる。

 彼女の償いのために。

 ライダーバトルが終わったら、今度はモンスターとの戦い。

 キョウカさんも、誰も巻き込まない。

 これは僕の戦いだ。

 ライダーバトルが始まった原因が僕にあるならライダーバトルを終わらせるのだって僕だ。

 けれど、ミラーワールドを開いてしまったのは僕個人の責任なのだから僕だけが戦う。

 そうだ、それでいい……。

 

「……燐」

 

 これまで、ずっと黙っていた美玲先輩が声を発した。

 

「なんですか?」

「……燐は、全てを思い出したんでしょう? なら……」

 

 ……美玲先輩の言いたいことはすぐに理解した。

 

「……はい。思い出しました、美玲先輩とのことも」

「じゃあ……」

「好きです、美玲先輩」

「────」

 

 変わりない、偽りのない言葉。

 これしか、言えない。

 

「……反則」

「え……? 駄目、でした……?」

 

 何かを間違えてしまっただろうか?

 まさか美玲先輩には意中の相手がいるのだろうか?

 とんだ思い違いをしてしまったのではないか?

 そもそも反則とは……。

 

 隣を歩いていた美玲先輩が突然目の前に躍り出る。

 次の瞬間甘い香りがふわりと薫り、唇に柔らかな触感。

 一秒が、永遠に感じた。

 

 すうと離れていく熱が寂しい。

 月が照らす青の中、少しばかり紅潮したような顔の美玲先輩がいた。

 

「────好きよ、燐」

「あ……その、反則です……」

 

 仕返しを受けた。

 上手くいったとばかりに美玲先輩は余裕あるといった風な笑みを浮かべている。

 その表情を見て、何故だかようやく取り戻せたのだと実感した。すると、僕まで自然と笑顔になって……。

 ああ、なんだか久しぶりだ。こんな笑顔を浮かべるのは。

 

 長い長い夜が明ける。

 今宵、ライダーバトルはひとつの終焉を迎えた。  

 だが、それは新たな戦いの始まりに過ぎない。

 もうひとつのライダーバトルが、闇の中で胎動していた────。




ADVENTCARD ARCHIVE

SURVIVE 閃光
仮面ライダー刃のサバイブ。
光の力を身に纏い、刃を強化させる。
高速移動が可能となり、並の敵であれば一太刀で斬り伏せる。
黒いスラッシュバイザーツバイを装備し、刀身に光を纏わせ斬撃を強化する。また、光が放つ熱により近付いた敵を焼き尽くす。

黒き剣士が得た光、それはかつて自身が求めた白き光……。


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?+1ー39 穏やかに、激しい

 仄暗い路地を駆け抜ける赤いライダーがいた。

 息を切らし、何かから逃げていた。

 

「ひ、光……!」

 

 繁華街の光が射し込む。

 入り組んだ路地の出口を見つけ、ようやく逃げきったと安堵の息を漏らす少女。

 だが、光を背にして立ちはだかる白きライダーがいた。

 

「ツルギ……!」

 

 赤いライダーは腰に提げていた銃型のバイザーを抜いて撃つ、撃つ、撃つ。

 火を吹く銃口。

 だが、ツルギは銃弾よりも速く動いていた。

 振り抜かれる太刀。

 通りすぎ様の一閃。

 彼女はツルギの動きにまったく反応出来なかった。

 

「え……」

 

 背後に立つツルギに呆気に取られるもすぐに思考を切り替え、隙だらけに見えた後ろ姿に銃弾を撃ち込もうと振り返る。

 その瞬間、赤いデッキがバックルから外れて地に堕ちた。

 デッキは、横一閃に切り裂かれていたのだ。

 

「は……?」

 

 変身がとけ、制服姿の女子高生が姿を晒す。

 

「え、あ、うそ、デッキ……デッキ!」

 

 壊れたデッキに手を伸ばす少女。

 だが、少女は忽然とミラーワールドから消え去った。

 

『……問題なく、彼女は現実世界へと戻しました』

 

「そっか、ありがとうキョウカさん」

 

 路地に現れたキョウカがツルギの背に告げた。

 ツルギはしゃがみ、切り裂いたデッキを手に取りカードを一枚抜く。

 メモリアカード。

 少女達の願いが記されるカード。

 先程のライダーに変身していた彼女の願いは、Money。

 金であった。

 

『燐くんもそろそろ戻らないと……』

 

「……そうだね」

 

 ツルギはメモリアカードを手に現実世界へと帰還。

 変身は解除され御剣燐へと戻ると改めて、メモリアカードに視線を落とした。

 

「お金、か……」

 

 メモリアカードをポケットにしまい、御剣燐は仕事終わりの人々で溢れる街へと紛れていく。

 

 あれから一週間近く経とうとしていた。

 ライダーバトルはゲームマスターであったアリス=キョウカが戦いを終わらせることを決意し、ある意味では終わったのだ。

 鐵宮に付き従ったライダー達の大部分はツルギサバイブにより契約モンスターを失い、デッキを放棄したことでライダーの数そのものは減った。

 しかし、全てのライダーがいなくなったわけではない。

 鐵宮に付き従わずあの戦いに参加していなかったライダーも少なからず存在していたり、あの時デッキを放棄せずにいたライダーもいる可能性がある。

 そういったライダー達はライダーバトルを続行させようと、願いを叶えようとしている。

 そんなライダー達との戦い。いや、いずれも戦いと呼べるものではなかった。

 

 燐は残存したライダー達との戦いを処刑のようだと感じていた。

 少女達の願いを、希望を切り裂き、絶望を与える。

 そのことに苦悩しつつも、誰も命の奪い合いなどするべきではないのだと自身に言い聞かせて戦っていた。

 全てを終わらせるまで戦うという誓い。

 まずはライダーバトルを本当の意味で終わらせる。

 己以外のライダーを……とまで考えて、足を止める。 

 今の仲間達のことが脳裏に浮かぶ。

 協力してくれている美玲をはじめとした燐の仲間達。

 だが、いずれは彼女達にもライダーを辞めてもらわねばと思うと胸のあたりが少しばかり重くなる。

 

「仲間……」

 

 自分は仲間を求めているのかと、呆れてしまい立ち止まった。

 ライダーバトルを終わらせたら独りで戦うという誓いも立てたのだ。

 それだというのに仲間を求めている自分がいる。

 そんな甘えは、いけない。

 甘えはここに捨て去り、ひとまず家へ帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~」

 

 家に入るとなにやらいい匂い。

 ……生姜焼き!

 予想が当たるかどうか胸を弾ませて廊下を歩いてリビングへ。

 

「おかえり~」

 

 リビングには洗濯物を畳んでいる母さんがいた。

 ……ん?

 母さんがいた?

 

「あれ、母さん夕飯の準備は?」

「ふふーん。今日はね、美玲ちゃんが作ってるのよ」

「へぇ」

 

 へぇ?

 ミレイちゃん?

 待って、脳が、ちょっと。

 

「ママさん、夕飯出来ました。あ、燐。帰ってたの」

 

 予想外のところから予想通りの人が出てきた。

 ちょっと、混乱してる。

 

「帰ってたのというか、なんというか、え、その、なにしてるんですか?」

「なにって、夕飯を作ってたんだけど」

「なんで美玲先輩がうちの夕飯を作ってるんですか?」

「今日、スーパーでママさんと会って少し話をしたらご飯食べていってって言われて」

 

 以下、回想。

 スーパーの野菜売り場にて。

 

「あ……燐のお母さん……」

「あなた……えっと、美玲ちゃんね。大丈夫ちゃんと覚えてるから」

 

 まだまだ若いんだからと得意気な顔を見せる燐の母。

 息子の先輩。それも女子という母からすると少し気になる対象であった美玲に燐の母はまず雑談から入った。

 

「おつかい? 偉いわね~。燐はともかく美香……あ、妹ね。美香は全然手伝ってくれないのよ~」

「そうなんですね。私はおつかいというか……家の事するのは私しかいないので、それで」

「え? お母さんは?」

「母は私が小学生の時に亡くなって、父も仕事が忙しくてそれで……」

「そうなの……。ごめんなさいね、無神経な話しちゃって」

「いえ、大丈夫です。慣れてますから」

「……そうだ! 美玲ちゃん、家でご飯食べていって!」

 

 回想終了

 

「いや、食べていってって言われた美玲先輩が夕飯作ってるってどういうこと母さん」

「お母さんだってご飯と味噌汁作ったわよ」

「そうじゃなくて食べていってって言った人にご飯作らせてるってどういうことさ!」

「燐、ママさんを責めないで。手伝うって言ったのは私だから」

 

 むう、納得いかない。

 

「それより燐。美玲ちゃんと付き合ってるんですって?」

「な、なにさ急に……」

「どうしてお母さんに言ってくれないのよ~! 隠すなんて水臭いわよ」

 

 別に隠していたつもりはない。

 ただ、その、言わなかっただけで。

 うん、言うつもりではいたし。

 そのうち、いつか。

 

「話をすり替えないでよ……」

「いいえ、大事な話よ。というか、これについては私からも抗議したいのだけど」

 

 美玲先輩が詰め寄ってくる。

 キリッとした目が更にキリッとして怒っている。

 なんで……?

 

「私と付き合ってることって、隠すようなこと?」

「え、あ、いや……そのようなことは……」

「何か後ろめたいことでもあるわけ?」

「あ、ありません! 誓って、ありません!」

「……そう。なら、いいけど」

 

 まだ夕飯の準備があるのでとキッチンに戻った美玲先輩。

 よかった、矛を収めてくれたようで助かる。

 こればかりは微妙な男心の問題なのだ。理解されるのは難しいだろうが、きっと他の男子諸君は分かってくれるはず。多分。

 

「ふふ、もうすっかり尻に敷かれてるわね」

「そういうこと言うのやめて」

「けど良いことよ。女の子の方がしっかりしてると将来安泰なんだから。そう、私みたいに」

「母さんみたいに……?」

 

 しっかりとは対極に位置してそうな母さんがそんなことを言う……?

 

「なによ」

「いや、別に……」

「美玲ちゃーん! 燐の生姜焼き一枚抜きにしてー!」

「ええ!? そんな、横暴!」

 

 

 きっちりと、生姜焼きは一枚減らされていた。

 三枚と二枚。

 差はないようで、大きい……!

 

「美味しいです美玲さん!」

「そう? よかった」

 

 美香も美玲先輩に早速懐いたようだ。

 というか、なんとも異質……というと美玲先輩に悪い。

 ただ、悪く言うつもりはないが……異物感というか、なんというか。

 唯一の同性である父さんなら分かってくれるだろうか、この感じ……。

 

「……」

 

 駄目だ。多分、分かってくれない。

 父さんはあんまり気にしない人だからなぁ……。

 僕だけか?

 僕だけなのか?

 なんとも、肩身が狭くなったような気がする……。

 

「燐ったら緊張しちゃって~」

「し、してないって!」

「彼女がご飯作ってくれたんだからしっかり食べなきゃダメよ。ほら、母さんの生姜焼き一枚あげるから」

「それさっき没収されたやつ!」

「え!? 美玲さんとお兄ちゃん付き合ってるの!? いつから? いつから!?」

「あーもううるさいなぁ。静かに食べなさい」

「えーだって、えぇー!」

 

 美香に知られると煩くなるのを分かっていたからここで言ってほしくはなかったぞ母さん。

 ……ちらと正面の美玲先輩に目をやる。

 静かに、綺麗に食べていた。

 こんなに綺麗にものを食べる人、はじめて見た。

 何を思っているのだろう。

 こんな他所の家で晩ごはんなんて、僕なら気が気でない。

 いつもと違う環境なのに平然として、いつもと変わらぬ様子でいる。

 そんな超然とした姿に……憧れたのだ。

 

『……次のニュースです。聖山市で発生している連続行方不明事件について、警察が本日、会見を開きました』

 

 物思いから現実に引き戻される。

 テレビが映す、警察の会見に目が釘付けとなった。

 曰く、行方不明者がここ数日で増加傾向にあること。

 曰く、未だに何の証拠も掴めていないこと。

 曰く、市民の皆さんは注意して生活すること。

 ざっと、こんなことを警察のお偉いさんが話した。

 

「やぁねぇ、行方不明者増えてるだなんて」

「何の証拠もないとか警察無能じゃん」

「美香、そういうことは言うな。普通の誘拐事件じゃないんだ」

 

 そう、普通の誘拐事件ではない。

 そのことを知るのはこの場では僕と美玲先輩だけ。

 仮面ライダーだけなのだから。

 犯人は人間ではなくモンスター達。

 行方不明となった人達。中にはライダーだった人達もいるがそれらを除けば性別、年齢、その時にいた場所、行方不明となった時間。そういったものに共通点はない。

 モンスターが捕食すると決めたということしか共通しない。

 謂わば、通り魔。

 警察では防ぎようがない。

 ライダーでなければ……。

 ライダーがやらなければ……!

 

「燐……?」

 

 夕食を平らげ、部屋に戻る。

 当然ながら部屋には誰もいないのだが、壁に立て掛けられた姿見の中にはキョウカさんがいる。

 あの日以降、キョウカさんは僕と行動を共にしている。

 そのため自然とキョウカさんの新たな拠点が僕の部屋になった。

 キョウカさんはソリティアの真っ最中であったが不機嫌そうな顔をしている。

 なにかあったのだろうか。

 

「キョウカさん、なにかあった?」

 

『燐くんには関係ないですけど……大いにありますね』

 

「どっち?」

 

 ふん、とそっぽを向かれる。

 なんだというんだ。

 それよりも、だ。

 

「……行方不明者の、モンスターに襲われた人達が増えてるって」

 

『そのようですね。理由は……理解、していますね……』

 

「……ライダーの数が、減ったから。僕が、減らしたからだ」

 

『……大勢いたライダー達が自分の契約モンスターに餌を与えるため、積極的に狩りを行っていた。それが結果としてこの街の人達を護っていた』

 

 人を守るためという理由ではなかったかもしれないが、結果的に人々は守られていた。

 けれど、モンスターを狩っていたライダー達がいなくなったことによってモンスターは野放しとなった。

 当然、僕達だっているが……。

 

『燐くん、どうか気を病まないでください。貴方が一人で闘っていた時とは状況が違います』

 

「……どういうこと?」

 

『ライダーバトルを実施するにあたって、モンスターの存在は不可欠でした。しかし、モンスターのほとんどを燐くんが討伐したためコアがモンスター達を新たに生み出していったのです。燐くんが闘ったモンスターよりも多く……』

 

「モンスターを、生み出す……!? そんな……」

 

『私にも、詳細は分かりませんが……。とにかく、今の状況に燐くんは何の責任もありません。だから、今は出来ることをしましょう……』

 

 今、出来ること……。

 キョウカさんはタイムベントを失い、時を巻き戻すことが出来なくなった。

 ライダーバトルが行われる前にタイムベントして、ライダーバトルを始めないという方法は出来ないわけだ。

 ゆえに、今は始まってしまったものを終わらせるということしか出来ない。

 ライダーバトルの参加者を0にする。

 そして、ライダーは僕一人となってモンスターと戦い続けるのだ。

 ミラーワールドと現実世界の繋がりを断つ方法も当然探していくつもりだけれど、繋がった方法が方法だけにこれは苦労しそうだ。

 それに、仮にミラーワールドとの繋がりを断ったとしても、鏡が割れたことによりミラーワールドと現実世界が繋がったということは、いつどこで誰が再びミラーワールドと現実世界を繋げてしまうか分からないということ。

 世界から鏡を全て消し去らない限り、ミラーワールドとこの世界はいつ繋がってもおかしくないのだ。

 

『私がもっとコアについて知っていれば……。ごめんなさい……』

 

「キョウカさんは悪くない。悪いけど、悪くない」

 

『どっちですか、それ……』

 

「さっきのお返し」

 

 してやったりとキョウカさんに微笑むと、ノック音。

 ドアの向こう側から、美玲先輩の声がした。

 ドアを開けて、美玲先輩を部屋に入れると美玲先輩は……固まった。

 

「美玲先輩……?」

 

 僕の声など聞こえないかのように、美玲先輩は一目散にキョウカさんのいる姿見の前に立った。

 

「どういうつもり」

 

 美玲先輩が不機嫌な時の低いトーンの声が発せられた。

 妙な緊張感が部屋を包み込んだ。

 

『どういうつもり、とは、どういうつもりです?』

 

 不機嫌な美玲先輩を前にしてキョウカさんは挑発的な笑みを浮かべて、質問を質問で返した。

 

「なんで燐の部屋にいるわけ」

 

 あ……。

 美玲先輩に、キョウカさんが部屋にいること話すの忘れてた……。

 

『えー? 何か問題でもありますぅ?』

 

「大ありよ。今すぐ出ていきなさい」

 

『でも今~、私と燐くんは協力して、互いに助け合って、共闘中なので! 共同作業中なので! 一緒にいた方が都合がいいんですぅ!』

 

 ああもうなんでキョウカさんもそういう風に言うかなぁ!

 

「あ、あの二人とも!」

 

「燐。普通、彼女がいるなら部屋に他の女をあげるなんてしないわよね。他の女と二人っきりになんて、ならないわよね」

 

『えー、でも私はミラーワールドから出られないので、なぁんにも出来ませんよ~? それに私、燐くんとはお友達! ですから!』

 

 友達なら、睨み付けないでもらいたいですキョウカさん。

 

「なにも出来ない? 友達? あのね、そういって近付いてくる女が一番タチ悪いって、知らない? 信用ならないのよ」

 

『嫌ですねぇ、こんな恋人の交友関係にまで口出してくる女。束縛キツイと愛想尽かされちゃいますよ~。あ、ちなみに私は束縛とかしないので! よその女と付き合ってもいいですよ! 最終的に私のところに来てくれれば!』

 

「余裕ぶってるようだけど、それ負け犬根性よ」

 

『誰が負け犬ですって?』

 

 こ、怖い……。

 一触即発どころじゃないぞ、いつライダーバトルが起こってもおかしくない……。

 な、なんとかして止めないと……。

 

「あ、あの美玲先輩! そういえば何か用があって部屋来たんじゃないですか!」

「……そうだったわね、これ貰ったから」

 

 スマホを見せてくる美玲先輩。

 ほっこりとした顔になって良かったと思ったところだったが、僕は血の気がさぁっと引いた。

 スマホに映るのは、五歳の誕生日の時の僕の写真だったからだ。

 

「な、なんでそれを……母さんだな!」

「ええ。データ全部もらったから」

 

 スマホをスクロールしていく美玲先輩。

 全部、僕が小さい時の写真。 

 

『え、ちょっと! 私にも見せてください!』

 

「駄目に決まってるでしょう」

 

 やばい、やばい。

 小さい時の写真を見られるのがこんなに恥ずかしいだなんて知らなかった。

 

「あの、美玲先輩あんまり見ないで……ください……」

「どうして? かわいいわよ」

「うっ……その、じゃあ美玲先輩が小さい時の写真も見せてくださいよ!」

「……それは駄目」

「ずるいです!」

 

『ずるいです! 私にも見せてください! 見せてくれたら燐くんがブツを隠してる場所を教えますから!』

 

「なんですって?」

 

 また血の気が引いた。

 

「キョウカさん! なんにも隠してないから!」

 

『本棚の上から二番目の列! 波須ピノコ短編集ⅠとⅡの間!』

 

「それ以上言うなー!」

 

 キョウカさんの口を塞ぎ……たいがキョウカさんはミラーワールドにいるから無駄だった。

 そしてその間に美玲先輩がそれを見つけてしまった。

 

「これは……答案用紙……?」

「あ……」

 

 折り畳まれたそれを開いた美玲先輩はため息をついた。

 

「まあ、その……。そういう系のものではなかったから良いけど、今度から一緒に勉強しましょう。数学」

「……はい」

 

 うう、見つかってしまった。

 過去最低を記録した答案が。

 恥ずかしい……。

 

「文系は得意でしょ。苦手な科目で点取れるようになれば色々悩まず済むわよ。進路のことだってあるんだし」

 

 進路、か。

 

『さあ隠し場所は教えましたよ! 私にもちっちゃい燐くんを見せて……』

 

「美玲ちゃん! 遅くなる前に帰った方が良いわよ!」

 

 ノックもせず入って来た母さんの言葉にキョウカさんの願いは遮られた。

 とりあえず、母さんは美玲先輩を見習ってほしい。

 

「燐、送っていきなさい。夜道は物騒だから。人通りが多い道を歩くのよ。大通りとか」

「はーい。それじゃあ美玲先輩、送っていきます」

「……ええ」

 

 どこか名残惜しそうにしている美玲先輩だったが、すぐにいつものポーカーフェイスに戻り、家を出た。

 

『待ってください! 私との約束は! ちっちゃい燐くんはー!?』

 

 ……キョウカさんの叫びは、聞かなかったことにしよう。

 

 

 

 

 人通りが多い道を歩くのよと言われたので大通りを往くが……。

 

「全然、人が歩いてないわね」

 

 美玲先輩が言ったとおり、人はほとんど歩いていなかった。

 車もいつもこの時間なら仕事終わりで家に帰る車が多いものだが、少ない気がする。

 

「行方不明者が増えてるから、みんな家でおとなしくしてるんでしょうね。……まあ、家の中にいてもモンスターからしたら関係ないんでしょうけど」

「そう、ですね」

「ねえ、燐」

「はい?」

「私、家にいても一人なの知ってるでしょ」

 

 それは、はい。

 美玲先輩のお父さんは家にほとんど帰ってこないらしい。

 仕事が忙しいらしいけど……。

 

「……もし、燐のママさんに泊めさせてくださいって言ったら、泊まらせてくれたかしら」

「えっ……と、その、家に、泊まりたいんですか?」

「……うん」

 

 美玲先輩が珍しく、子供っぽい声音で返事した。

 

「家にいても、つまらないし。燐の家はすごい……なんていうか、私の理想の家なの」

「理想の……家……」

「パパがいて、ママがいて、兄弟がいて……みんなで、ご飯を食べるの。その日あった事を話したりしながら……」

 

 それが、私の理想と美玲先輩は締めた。

 僕にとっては、当たり前の日常。だけど、美玲先輩からしたら、それは理想で……。

 

「……美玲先輩が、そんな事思ってたなんて、知りませんでした……」

「当然でしょ。誰にも言わなかったんだから」

「……僕は、美玲先輩が理想です」

「……え? それ、どういう……」

 

 突然、頭に響く戦いを告げる音。

 切り替わる、日常から非日常へと。

 戦いへと。

 駆け出し、モンスターの居場所を目指す。

 

「燐!」

 

 通りを駆け抜け、左へ曲がると街灯以外の光がなくなり嫌な静寂に包まれる。

 夜目が、一人の女性を捉えた。

 そしてその女性をミラーワールドから狙う黒いモンスターの影も。

 人型であるが、バッタのように跳び跳ねミラーワールドを移動し……いよいよ、女性へと向かって跳躍。

 

『キシャアアア!!!!』

 

「きゃああああ!!!!!」

 

 響く女性の叫び。

 ……絶対に守る!

 

「はあっ!」

 

 モンスターへと向かい、飛び蹴りを放つ。

 蹴りはモンスターの肩へ直撃し、狩りに失敗したモンスターはミラーワールドへと逃げ帰った。

 

「燐!」

 

 美玲先輩が気絶した女性を近くのフェンスへと寄りかからせていた。

 女性が気絶してくれて助かった。

 気兼ねなく変身出来る。

 近くに停められていた黒いセダンを鏡に、美玲先輩と並び変身する。

 

「「変身ッ!」」

 

 それぞれツルギとアイズへ姿を変え、ミラーワールドへ。

 アイズはライドシューターへと乗り込み、僕はスラッシュサイクルに跨がり鏡の道を駆け抜ける。

 

 

 

 

 

 ミラーワールドへと到着したツルギとアイズはモンスターを探した。

 広く、開けた大通りが戦場。

 バッタ怪人とでも呼ぶべきモンスターはその跳躍力により高い機動力を持つ。

 どこから奇襲してきても、おかしくはない。

 

「……燐ッ!」

 

 アイズが叫んだ。

 アイズは契約モンスターであるガナーウイングの影響により視力が並のライダーと比べて高い。

 そのため、モンスターの奇襲に早い段階で気付いた。

 ……最も、ツルギはそれより一瞬早く気付いていたが。

 

「ッ!」

 

 振り抜かれる、スラッシュバイザー。

 放たれた居合いは神速と言っても過言ではなく、アイズの目を以てしても捉えることが出来なかった。

 

『ギ……シャァァ……!』

 

 切り裂かれてもすぐに立ち上がりツルギへと威嚇するモンスターであるが、ツルギは恐れなど抱かない。

 スラッシュバイザーをだらりと、力が抜けた自然体で構えて一歩ずつモンスターへと歩み寄るツルギ。

 モンスターは野性の勘で、ツルギを最大の脅威と感じて逃走を選択。

 自慢の脚で夜空へ向かって跳躍する。

 

「逃がさない……!」

 

【SHOOT VENT】

 

 ガナーウイングの青い翼を模した弓『ウイングアロー』と矢筒が召喚され、背中のハードポイントへと装着される。

 矢を番え、夜空に向かい狙いを定める。

 黒い体色は夜と同化し、普通ならば発見は不可能だろう。

 だが、アイズには視える────。

 

「いた……。すぅ……ッ!」

 

 放たれる、一条の青き光。

 夜空を走る流星の如く、突き進む。

 そしてその流星は、モンスターの跳躍に一役買っていた羽根を貫いた。

 バランスを崩し、墜落していくモンスター。

 それを、電柱の上から見上げていたツルギもまた、得物を召喚する。

 

【SWORD VENT】

 

 舞い降りる太刀は『リュウノタチ』

 宵闇の中でも白い輝きを放つ、美しき刃。

 リュウノタチを掴み取ったツルギは、墜落するモンスターへと向かい夜空を翔る。

 重力の魔の手に捕まったモンスターへ、一閃────。

 

 ツルギは切り裂いた姿勢のまま、着地。

 その背を、爆炎が彩った。

 

「終わったわね」 

 

 ツルギの元へ駆け寄ったアイズがそう口にするもツルギは何も返さなかった。

 そのことに、アイズは不満を抱くがなにやら頭上が騒がしくなり空を見上げた。

 ガナーウイングとドラグスラッシャーが睨みあっていた。倒したモンスターのエネルギーをどちらが捕食するか、争っているのだ。

 アイズはガナーウイングを止めようとするが。

 

「ドラグスラッシャー」

 

 ツルギのその一言で、ドラグスラッシャーが退いた。

 ガナーウイングは一声鳴くと、黒い空に輝く黄金の球体を捕食。

 こうして、帰宅途中の戦いは終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか美玲先輩?」

 

 ミラーワールドから戻ると開口一番、燐がいつもの調子で問い掛けてきた。

 大丈夫だと返事すると、いつもの笑顔が見れた。

 良かったと、内心安堵する。

 戦いの最中の燐はいつもの燐ではないようで、調子が狂う。

 だから、いつもの燐が今ここにいて安心するのだ。

 そして、安心ついでに思い出した。

 

「ねえ、さっきの話の続きなんだけど」

「なんでしたっけ?」

「その、私が燐の理想って……。どういう意味?」

「あー……。ふふっ、内緒です」

 

 今度は悪戯っぽく、燐は笑った。

 

「なんで」

「美玲先輩が小さい時の写真見せてくれたら答えてあげます」

「……ふぅん」

 

 なるほど、そういうことかと察した。

 燐なりに仕返しがしたいらしい。

 

「……言ってくれないと、あの写真を北達に見せるけど」

 

 私も私で意地らしいと思う。

 燐より優位に立っていたいと思う自分がいるのはとっくの昔に自覚済み。

 端的に言えば、先輩風を吹かせていたいのだ。

 あと、私も小さい時の写真を見せるのは恥ずかしい。

 とにかくああ言って脅したのだから、燐は折れてくれるはず……。

 

「……写真、独り占めしてくれないんですか?」

「っ!?」

 

 その瞬間、燐は小悪魔的だった。

 計算しての発言か、それとも自然と出た言葉なのか。

 とにかく、今の発言は狡かった。

 

「……分かった。あとで、見せるから……」

「ふふ、やった」

 

 ああ、もうどこで覚えたのかそんなテクニック。

 今後もこんなことされたら心臓がもたない。

 意外な燐の側面に驚きながら帰路を進む。だが、それ以上の驚きが私を待っていた。

 

 

 

 家の周りが、パトカーや救急車のランプで赤く照らされていた。

 モンスターの被害が家の近くであったのかと思い、野次馬達に近付くと隣の家のおばさんが慌てた様子で私に駆け寄ってきた。

 

「よかった美玲ちゃん! 家にいなくて!」

「どういうことです?」

「美玲ちゃんのお家にトラックが突っ込んだのよ!」

「……は?」

 

 もう凄い音がして~だのとおばさんが話していたが私には聞こえなかった。

 とりあえず野次馬達を掻い潜り、先頭へ来ると確かに私の家にトラックが突っ込んでいた。

 ……塀と玄関周りだけの被害で済んで良かっただの、現実逃避する。

 

「あ、あの、美玲先輩……」

「……燐。私、どうしたらいい?」

 

 心の底から問い掛けた。

 燐からは、戸惑いの声しか返ってこなかった。




次回 仮面ライダーツルギ

「というわけで、しばらく私もここで暮らすから」

『な、なんでですかー!?』

「家がまた賑やかになった……」

「罪な男……」

 願いが、叫びをあげている────。

ADVENTCARD ARCHIVE
FINAL VENT(アイズ)
裂空破(れっくうは)
AP5000

仮面ライダーアイズのファイナルベント。
背中に契約モンスターのガナーウイングを、両足にはガナーウイングの鉤爪を模したウイングクローを装備。
天高く飛び立ち、地上の敵へと向かい滑空。
その際にガナーウイングの二門の砲が砲弾を放ち、ダメージを与える若しくは逃げ道を塞ぐ。 
そしてトドメの回し蹴りはウイングクローにより斬撃の効果も付与されている。


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?+1ー40 変容する戦い

 これが夢だということは理解している。

 見覚えのない景色。

 どこまでも続く草原に立つ、一本の巨木。

 樹齢数百年ぐらいかなと思いながらそれを見上げる。

 堂々とした貫禄のある幹から力強く伸びていく無数の枝達。その生命力溢れる姿に自然と尊敬の念を抱かずにはいられない。

 広葉樹らしい木葉達が穏やかな風に揺れ、囁く。

 ああ、久しぶりに心穏やかになれたと落ち着いた瞬間、突風。

 激しい風が、木から葉を奪っていく。

 葉だけでなく、枝すらも風は手折り、その木が緑を失うのに時間はかからなかった。

 強い生命力を感じさせた太い幹には、朽ちていくだけなのだという絶望があった。

 そして重なる。

 ああ、この木は自分の運命を表しているのだと────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひとつ、大事な話をしたい。

 とても大切な話だ。

 人生をより良くするために、若輩ながらも僕が得た結論。

 それは、朝の目覚めはとても大切だということ。

 終わり良ければとも言うが、やはりスタートダッシュは気持ち良く行きたいものだ。

 朝の目覚めを良くするためには何よりも睡眠の質が大事で、最近は正直良い睡眠とは言えないけれど出来る限り気持ち良く寝ているつもりだ。

 そしてもうひとつ、気持ち良い目覚めに必要なものがある。

 それは、如何に目覚めるか。

 僕は目覚まし時計を使わない。

 体内時計がしっかりしているから必要ないのだ。

 ……まあ、たまに寝坊しそうになっても母さんが起こしに来るから無問題である。

 何故、目覚まし時計を使わないか。

 理由は単純で、ビックリするから。

 突然、うるさい音が鳴って飛び起きるのは何とも言い難い苦痛だと思う。

 せっかく気持ち良く寝ていたのを妨げられるのだ、許されない。

 ゆえに、目覚めは自然なものとしてあるべき……。

 そう、思っているのだが。

 

「だから、朝一で燐の部屋に侵入するのやめて」

 

『侵入なんて言い方やめてくれますぅ? 私、ここに住んでるんです。ちゃんと燐くんの許可をもらって! だからここは私のお家、どこにいようと問題ないでしょう? むしろ借り暮らししてる貴女こそ自重するべきではありません?』

 

「私は燐の家族にも認められて住まわせてもらってるの。貴女みたいな違法滞在者とは違うの分かる? あとちゃんと燐を起こすようにママさんから頼まれてるから」

 

『無表情なのに勝ち誇った笑みに見えるのホント腹立ちます……! 燐くん起きてくださ~い! 貴方のキョウカが朝のお目覚めASMRしてあげますよ~!』

 

「勝手な真似を……!」

 

 朝からこれである、この二人。

 喧嘩するほど仲が良いなんてものではない。

 殺気立ってるものだから、戦っていいとなれば即座にライダーバトルを始めるだろう。

 流石にこの二人の戦いを止める勇気はない。

 ……ともかくいつまでも現実逃避しているのも良くない。

 何故だか重たい身体を起こして、二人におはようと挨拶をする。

 

「おはよう、燐」

 

『おはようございます燐くん』

 

 さっきまで喧嘩なんてしてませんといったような感じ。

 全部聞いてたから。

 

「……その、喧嘩はほどほどに」

「誰のせいだと思ってるの」

『誰のせいだと思ってるんですか』

 

 僕のせい……かな……。

 まあ、僕のせいで済むならそれでいい。

 

「喧嘩するなら他の部屋で……は出来ないか。僕の部屋でして? いやもうしてるか……」

「寝ぼけたこと言ってないで。朝ごはんよ」

「ふぁーい」

 

 ベッドから出て美玲先輩についていく。

 鏡の向こう側からの視線が刺さるが甘んじて受けよう。

 ……キョウカさんとも、ご飯食べられるようになればいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、しれっと当然のように御剣家にいる美玲先輩であるが二日前の夜、美玲先輩のお家にトラックが突っ込むという事故が発生。

 そんな家に住むわけにもいかずで、一旦僕の家に美玲先輩と戻り母さん達に事情を説明。

 結果。

 

「というわけで、しばらく私もここで暮らすから」

 

『な、なんでですかー!?』

 

「家がまた賑やかになった……」

 

 ドンと大きなバッグを床に置いて宣言した美玲先輩。ポーカーフェイスだけど、なんか周りが光ってるように見えた。

 美玲先輩のお父さんにも当然、相談はして二つ返事だったという。

 判断が早いと思っていいものだろうか……。

 

 

 

 

 そんなこんなで美玲先輩が御剣家にいる生活三日目。

 

「休校だからって、寝坊助さんになっちゃダメよ。規則正しい生活、早寝早起き朝ごはん! 人間これさえあれば真っ当に生きられるんだから」 

 

 などと母さんの高説を拝聴しながら朝食。

 美玲先輩は「いただきます」と言った後は黙々とご飯を食べる。

 話し掛けられればもちろん返事はするけれども。

 食べ終わったら食器を片付け、洗い物など家事を手伝う。

 家賃の代わりにもならないけれど、と自虐的なことを言っていたけど母さんは家事の負担も減り、話し相手が出来たと上機嫌だ。

 

「家、三人子供がいたかも」なんて言い出した時は流石に驚いたが。

 

 そうして平日の午前中。

 普通なら学校にいる時間であるが聖山高校は休校となった。

 理由は……行方不明者が一気に出たから。

 モンスターに喰われた鐵宮。

 鐵宮に敗北したという射澄さん……。

 この二人に加え、数名の行方不明者が出てしまった。

 学校前は報道関係者で溢れ、一躍全国ニュースになってしまった。

 それらの対応のために休校措置が取られたというわけ。

 

 僕としては活動しやすくなったのでありがたいが、行方不明者が増えているという状況下なので母さんの目が厳しくなった。

 あと、美玲先輩を助けに行った時のこととかもあって一人で外出しようものなら、行き先と帰宅予定時刻を申告しなければいけない。

 ただ、一人で外出というのは減った。

 美玲先輩が同行するからだ。

 母さんも「美玲ちゃんが一緒なら大丈夫」と僕より美玲先輩を信頼してしまっていけない。

 

「そういえば明日だっけ~?」

 

 朝食を食べ終わる頃、母さんが尋ねてきた。

 母さんはいつも主語がない。

 

「何が?」

「遊園地行くんでしょ」

「あー、うん。明日」

「デート楽しんできてね。美玲ちゃんも」

「はい。……といっても、二人きりってわけじゃないんですけど」 

「あら、そうなの? ダブルデート?」

「いえ、他の友達数人とです」

 

 他の友達。

 友達というより、ライダー仲間である。

 美也さん発案で、ライダー仲間で絆を深めよう的な感じ。

 僕もよく知らない人が仲間になっていたりするようだし、ちゃんと挨拶しておこう。

 

 

 

 

 

 

 というわけで、翌日。

 

「久しぶりに来たなー。萩山ベニーランド」

 

 萩山ベニーランド。

 聖山市が誇る、歴史ある遊園地……と言えば聞こえは良いが、特に変わったことはない普通の遊園地である。

 聖山市営地下鉄東西線に乗って、萩山公園駅で降りてすぐという極めてアクセスが良いのが特徴と言えるか。

 

「初めて来た」

「そうなんですか? まあ、近くにあると逆に行かなかったりしますよね。こういうとこって」

 

 僕も小学生の時ぶりに来たし、訪れた回数だって片手で足りる。

 

「燐ちゅわぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!!」

「この声は……!」

 

 遠くから走ってくる明るい金髪。

 漫画だったら土煙を立てていそうな勢いでこちらに向かって走ってくるあれは……。

 

「北津喜……!」

 

 両腕を広げ、まっすぐこっちに向かってくる北さんを、美玲先輩が迎え撃つ。

 まず北さん直撃コースにいた僕を移動させて、僕がいた場所に立った美玲先輩は拳を突き出した。

 すると北さんは急ブレーキをかけて減速。

 

「ひどいぞ咲洲さん!」

「見た? こうすると人って止まるのよ、燐」

「はえ~」

「無視しないでくれないかなぁ!」

「燐に抱き着こうとした、貴女が悪い」

「別にいいだろう! 親愛の証、ハグだよハグ」

 

 なんとも北さんは欧米的だ。

 まあ、北さんのことだからよくやってそうだなとは思う。

 

「もう北さん急に走らないで……」

 

 北さんを追いかけて美也さん、伊織さん、真央さんもやってきた。

 伊織さんとは少し、真央さんとはまだほとんど会話したことがないレベル。

 諸々の事情は説明したぐらいか。

 

「ともかくこれで全員揃ったということで! 早速行きましょう!」

 

 張り切る美也さんに続いて入園。

 久しぶりに遊ぶか……!

 

「まずなに行きます?」

「そりゃあ遊園地といえばやっぱりあれでしょ!」

 

 指差すはジェットコースター。

 お客さん達の歓声と悲鳴が入り混ざる遊園地の代表的アトラクション。

 

「おお! いいねぇ!」 

「最初から飛ばすわね。けど、悪くない」

 

 美也さんと伊織さんは乗り気。

 

「いきなりジェットコースターですか!?」

「あはは。好きなので、何回も乗っちゃうタイプです」

「流石男の子……」

 

 真央さんは少しジェットコースターが苦手そう。

 まあ、絶叫系は苦手な人も多いから仕方ない。

 

「上谷さんは苦手かい?」

「うう、はい……」

「安心したまえ、僕がついてる!」

「そういう問題じゃないです……。けど、ちょ、挑戦します!」

 

 おお。

 苦手なものに挑むとは、流石風紀委員。

 風紀委員関係ある?

 まあいいや。

 

「美玲先輩はジェットコースター大丈夫ですか?」

「……」

「……美玲先輩?」

「……ふふっ、燐ったら。ジェットコースターなんて存在しないのよ」

「あの、美玲先輩……? あそこにジェットコー……」

「ジェットコースターなんて存在しない。いいわね?」

「……」

 

 美玲先輩、もしかして……。

 

「ジェットコースター、ダメですか?」

 

 小さく、躊躇いがちに美玲先輩は頷いた。

 ……よもや、ジェットコースターの存在を否定するレベルで苦手とは。

 

「ま、まあ苦手な人も多いですから! 無理せずですよ!」

「……燐が行くなら、私も行く」

 

 その後、しばらく無理しないでくださいと説得したけれど結局美玲先輩もジェットコースターに乗ることに。

 結果。

 

「……」

「すごい。ポーカーフェイスだけど顔が青くなってる。美玲さーん、大丈夫ですかー?」

「……」

 

 ベンチで美玲先輩を休ませる。

 ジェットコースターでは隣に座って、美玲先輩が大丈夫か様子を見ていたけれどポーカーフェイスを崩さず、絶叫もせず固まっていた。

 

「つ、次は絶叫しないやつにしましょう! ほら、あれ!」

 

 コーヒーカップならばゆっくり楽しめるだろうと誘った。

 しかし……。

 

「……」

「さっきと変わらないじゃない」

「……うっ……」

「いや悪化してます! 酔ってますよ!」

「うーん、三半規管が弱いんだねぇ」

「美玲さんの意外な弱点……」

  

 ぐったりとした様子の美玲先輩。こんな姿はなかなか見られないが、それどころではない。

 

「僕、飲み物でも買ってきます」

「あ、私もついていくわ」

 

 伊織さんもついてきて、近くに自販機がないか探す。

 こういう時は水、だよな……。

 

「いい顔になったわね」

「え?」

 

 自販機を見つけ水を買った瞬間、唐突に伊織さんがそんなことを言った。

 いい顔……?

 

「前に話した時はすごい悩んでて、思い詰めた顔してたから。今は悩みが晴れたって顔してる」

「あ……はは。そう、でしたね。まあ、今は今で悩んでますけど……。けど、なんとかなるって、思ってます。皆がいてくれますから」

 

 ライダーバトル、モンスター、ミラーワールドのこと。刃とのことも、キョウカさんを救いたいということも。

 きっと、なんとかなると。

 なんとかすると。

 

「……そういえば、伊織さんは記憶のこと……願いのことはいいんですか?」

 

 伊織さんの願いは事故のショックで失った記憶を取り戻すこと。

 記憶を失ったことはない。

 だから、伊織さんの辛さを僕は知りえない……。

 

「なに? 願いのために戦えって言うの?」

「いえ! そういうわけじゃ……」

「冗談。ま、私の願いってさ、自分でどうにか出来そうじゃない? それに、今すぐどうこうしたいってほどでもないし……」

 

 伊織さんも自販機に小銭を入れて、緑茶を購入。

 一口飲んでから言葉を続けた。

 

「記憶がなくって、両親のこと私は覚えてないのに、お父さんとお母さんは私のことを知っててさ。そのズレっていうのがずっと私の中にあって、どんどんそれが広がって……。だから、記憶を取り戻すことを願った」

 

 ズレ……。

 きっと、伊織さんの両親は伊織さんの記憶を蘇らせようといろんなことをしたはずだ。

 その優しさに応えようと伊織さんも頑張って、けど思い出せなくて……。それが、痛みとなって……。

 

「けど、貴方と会って、仮面ライダーとして戦うことの本当の意味を知った気がしたの」

「本当の、意味……」

「うん。有り体に言えば、正義の味方。自分のためじゃなくて、誰かのために戦うってこと。それがなんだか……光の中にいるみたいで」

「光の、中……」

「願いのために戦ってた頃は、独りで闇の中にいるみたいで辛かった。けど、今は違う。皆がいて、暖かい光の中にいるみたい。それから、かな……あんまり、記憶のこと気にしなくなったっていうかさ……」

 

 伊織さんは僕と向き合い、綺麗な笑みを浮かべ言った。

 

「私は、今がいい。今がいいんだ」

 

 今がいい、か……。

 記憶のことを完全に切り捨てたわけではない。

 ただ、過去に執着せずに今を生きると。

 伊織さんが、前を向けたようで良かった……。

 

「御剣燐ね」

 

 突如、敵意をはらんだ声。

 振り向くと少女が七人。こちらに敵意と憎悪の視線を向けてくる。

 

「貴女達は……」

「ライダーバトルの邪魔をしないで。……殺す」

 

 デッキを手にする少女達。

 ……なるほど。

 

「ライダーバトルは終わった。貴女達のデッキを破壊する」

「燐君……!」

「大丈夫です。伊織さんは戦わなくても」

 

 こっちから出向かなくても向こうから来てくれるとは、有名になったものだ。

 ウエストポーチから折り畳み式の手鏡を取り、話しかける。

 

「キョウカさん」

 

『は~い』

 

「倒したら、いつも通りに」

 

『分かってます。全員、そちらに送り返しますから』

 

 よし、と意気込みデッキを手鏡に映し込む。

 少女達もデッキを翳し、遊園地内のありとあらゆる鏡からベルトを呼び出し、鎧を纏う。

 

「変身ッ!」

 

『変身!』

 

 乱れ舞う騎士の虚像達が重なり、ライダーとして姿を現す。

 僕はこの手鏡からミラーワールドへ向かう。

 

 

 

 7対1。

 数ではツルギが圧倒的不利であるが、多人数を相手にすることはツルギにはよくあることであった。

 

【SWORD VENT】

 

 ゆえに臆することなく、冷静にリュウノタチを召喚し、敵ライダー達に向かい歩き出す。

 彼女らもそれぞれの得物を召喚し、細剣と槍を構えた二人がまず迫る。

 

「でやぁぁぁ!!!!」

「はぁぁぁぁ!!!!」

「……」

 

 まず一人、細剣で斬りかかる紫色のライダー。

 その上段はツルギから見たら安直そのもの。振り下ろされる細剣を、リュウノタチを振り上げ弾く。

 細剣を弾かれたことにより紫のライダーは胴をツルギに見せつけ、デッキを破壊するチャンスを与えてしまう。

 

 そこへ、すかさず青い槍を装備したライダーが割って入る。

 ツルギと紫のライダーの合間に横槍を入れ、次は自分が相手だと突きを放つ。

 ツルギにとっては武器のリーチ差による不利。

 回避する選択肢はないと青い槍のライダーは判断し、勢いづく。有利は自分と。

 確かに、間合は戦いにおいて重要。

 自分の得意とする間合で戦うことは定石である。

 だが、それは実力が拮抗していればの話。

 実力差がかけ離れていては、いくら得意な間合で戦おうとも容易く崩される。

 ましてや相手はツルギ。

 剣のライダーだ。

 自分よりリーチの長い相手との戦い、自身が不利な状況に陥った時のことを考えていない理由はない。

 ツルギには剣しかないのだ。

 ならば、如何に剣の間合に持ち込むかなど当然のこと。

 

(当たらない……!)

 

 勢いづいていた槍のライダーにも焦りが生まれていた。

 攻撃がまるで当たらないということに。

 自身の攻撃が容易く避けられ、余裕綽々といったツルギの様子に苛立ちを隠せなくなってきていた。

 そんな苛立ちは、攻撃の精度を落とす。

 

「やぁッ!!!」

 

 渾身の突きを放ったつもりでいた。

 だが、ツルギからしたらそれは好機。

 左手で槍を掴んだツルギは、青いライダーの足を払い転倒させる。

 

「きゃっ!」

 

 転倒により、槍を手放してしまった青いライダー。槍はツルギがそのまま掴んでおり、放り投げられる。

 そして、リュウノタチを逆手に持ち替えたツルギが青いライダーのデッキにその刃を突き立てようとする。

 だが、ツルギは風を切る音を耳にし咄嗟にそれを切り裂いた。

 落ちるは弾丸。

 迷彩色のライダーの銃型バイザーから煙が上がっていた。

 そのまま、迷彩色のライダーは銃を撃ち続ける。

 更に、クロスボウを構えた赤いライダーが矢を放つ。

 駆けて避けるツルギ。弾丸と矢は売店の風船などに当たり、施設を破壊していく。

 

【ADVENT】

 

 続いて、黒いライダーが契約モンスターであるサイコローグを召喚。

 黒い人型の異形がオフロードバイクに変形するとライダーはそれに乗り込み、ウィリーでツルギに迫る。

 

「おらぁ!」

 

 ツルギはバイクも避けるが前輪を地につけたかと思えば今度は後輪が地を離れ、ツルギを狙う。

 迫る後輪をバックステップで回避するツルギ。

 構え直し、黒いライダーと睨み合う。

 黒いライダーはエンジンを吹かし、威圧しているよう。

 どちらが、先に動くかと読み合い……動いたのはツルギ。

 黒いライダーの背後から自身を狙う弾丸と矢を切り裂く。

 そこへ、鉄の騎馬が迫る。

 直線的な軌道。左に避けると槍が飛んでくる。

 更に細剣の斬も。

 また、ここに茶色の斧を振り回すライダーも追加。

 計六人が、ツルギを狙い猛攻を仕掛ける。

 そして残るもう一人のライダーは黄色いローブを纏い、戦局を伺っていた。

 

「その剣……いただきます……」

 

 赤い手が描かれたカードを杖型のバイザーへと読み込ませる黄色のライダー。

 

【STEAL VENT】

 

 それが発動した瞬間、ツルギの手からリュウノタチが失われた。

 リュウノタチは今、黄色のライダーの手に握られている。

 

「武器が無けりゃ、こっちのもん!」

 

 勢力を増す七人ライダー。

 だが、ツルギは冷静であった。

 確かに、リュウノタチはツルギが最も使う剣である。

 だからといって、ツルギから剣が失われたわけではない。

 あくまでも冷静に、戦局を見定め、対応する。

 

 攻撃を掻い潜り、スラッシュバイザーにカードを装填。

 

【SWORD VENT】

 

 天より来るは二振りの短剣。

 ドラグダガーである。

 斧のライダーを回し蹴りで蹴飛ばし、ドラグダガーを逆手で構える。

 

「あいつまだ持ってるの!? 剣を!?」

「けど、あんな短いの玩具だ!」

 

 黒いライダーが再びウィリーで迫る。

 白いテーブルや椅子を押し退け、ツルギを轢き殺そうとする。

 そこへ、幻想の馬の嘶きが響き渡った。

 掻き鳴らす、軽快な足音。

 

「はっ!」

 

 ツルギの前に一角馬ユニコブースターに騎乗する騎士が現れ、その馬の肩に装備する砲から弾丸を連射し黒いライダーを阻んだ。

 

「伊織さん……」

「仲間が戦ってるのに、戦わないなんてやっぱり出来ないな、私」

 

 伊織、仮面ライダーピアースはツルギを見下ろし、そう言った。

 

「確かに、ライダー同士……人間同士の戦いはやっぱり辛いし、君はそう思ったから戦わなくてもいいって言ったかもしれないけど……頼ってよ。私達、仲間でしょ」

「仲間……」

「そう。それにほら、見て」

 

 ピアースが指差した方を見ると、巨大な黄金のヘラクレスオオカブトのようなモンスター、プラチナムヘラクレスに乗り高笑いする北、仮面ライダーリーリエの姿があった。

 戦車のように戦場を堂々と力強く往く姿は自信に満ち溢れていた。

 

「あーはっはっはっ! 私を除け者にして戦うなんて水臭いぞ燐ちゃん!」

 

 更に、美也が変身する仮面ライダーグリム。

 真央の変身する仮面ライダージュリエッタ。

 

「そうだよ! しばらく離脱してたけど私だって!」

「く、来るんじゃなかった……!」

「真央さんそんなこと言わない!」

「はいぃ!」 

 

 空からはガナーウイングを背に装備し、空を飛ぶ仮面ライダーアイズが。

 アイズは上空から矢を放ち、銃とクロスボウのライダー二人を狙った。

 

「美玲先輩……! 大丈夫なんですか!」

「変身してる分には平気。とはいえ、早く終わらせるわよ」

「……デッキを狙ってください。難しければ、デッキの破壊は僕がやります」

「了解。さあ、馬とバイクどっちが強いか勝負しましょ」

「抜かせ!」

 

 ピアース対黒のライダーは遊園地内全体を使って行われた。

 縦横無尽に駆け回る騎馬戦。

 ピアースは突撃槍で相手を狙う。

 しかし、黒のライダーは小回りがよく効き、攻撃を軽く回避していく。

 パワーと火力ではピアースが、機動力では黒のライダーが。

 互いに攻めあぐねていたところ、もうひとつのエンジン音が耳をつんざいた。

 ツルギの専用バイク、スラッシュサイクルである。

 

「チッ!」

 

 2対1。

 さっきまでは自分が数では有利だったのにと黒のライダーは舌を打つ。

 ツルギと黒のライダーは並走し、ツルギはドラグダガーでデッキを狙う。

 それを徒手空拳でなんとかいなすが、そちらに気を取られ前に躍り出たピアースに気付くのが遅れた。

 ユニコブースターの肩の砲から弾丸が連射され、黒のライダーは転倒。

 バイクもモンスターに戻り、敗走。

 

「ぐっ……そん、な……」

「……」

「ひっ……」

 

 目の前に立ちはだかるツルギに黒のライダーは怯えた。

 まだ他にカードはあるが、勝ち筋なんてものは見えなかった。

 地に膝をついたツルギは、ドラグダガーでデッキを切り裂きライダーを少女の姿へと戻した。

 

「なん、で……なんでよぉ!!!!」

「……」

 

 泣き叫ぶ少女に背を向け、ツルギは立ち去る。

 次の戦いへ、赴くために。

 少女はその背にずっと罵声を浴びせていたが、ミラーワールドから姿を消した。

 キョウカにより、現実世界へと送り返されたのだ。

 

「燐君……」

 

 ピアースはその様を見つめていたが、自分もまた味方に加勢しなければとユニコブースターを操り仲間の元へと駆けていった。

 

 ピアース達の登場により、七人ライダー達は劣勢に立たされていた。

 既に一人は敗北し、押し返されていた。

 

「こうなったら……」

 

 黄色のライダーがカードを切る。

 

【ADVENT】

 

 黄色のライダーの契約モンスターである巨大な狐型のモンスターが現れる。

 それを合図に他の五人は黄色のライダーの元へ集まりアドベントを使用。

 契約モンスターが召喚されていく。

 槍のライダーのモンスターはカジキマグロのようなモンスター。

 細剣のライダーのモンスターは蝶。

 斧のライダーはバッファローのようなモンスターを。

 銃のライダーは狼のようなモンスター。

 クロスボウのライダーは雉のようなモンスター。

 六体のモンスターが揃ったところで、黄色のライダーが更にカードを使用する。

 

【UNITE VENT】

 

「なに……?」

 

 初めて見るカードに困惑するアイズ。

 ユナイトベント。

 それは、複数のモンスターを融合する効果を持つカード。

 六体のモンスターが融合し、進化を遂げる────。

 

「さあ出でよ、六獣合神ジェネシス・ノヴァ……!」

 

 現れたのは灰色の巨大なケンタウロスのような姿のモンスター。

 六対の腕を持ち、それぞれの手に武器を装備していた。

 

「なにあれ!? ろくじゅうがっしんとか言ってたけど!?」

「六体のモンスターを融合させて一体のモンスターに……。そんなことが出来るなんて……」

「ゆ、融合なんてしたら……すごい強いってことですよね!?」

「うーん。ロマンの塊……なんて言ってる場合じゃなさそうだ」

 

『■■■■■──────!』

 

 恐ろしい咆哮を上げたジェネシス・ノヴァ。

 すると、天から炎を纏った隕石が降り注ぎ、アイズ達を狙う。

 

「回避して!」

 

 空を飛ぶアイズが地上のグリム達に叫ぶ。

 あんなもの、当たれば即死。

 並のライダーのファイナルベント以上の火力を何発も簡単に放つジェネシス・ノヴァは現状、最強のモンスターである。

 遊園地は一気に無数のクレーターと化した。

 

「あはは! 強いライダーが何人いたってユナイトベントが無ければジェネシス・ノヴァには勝てない!」

 

「……まったく、その通りね……!」

「こ、ここから逃げた方が!」

「逃げれればね! 近くに鏡がないの!」

 

 隕石により、鏡となるものはすぐ手近な場所にはなくなってしまった。

 完全に、アイズ達は窮地に陥ってしまったのだ。

 

「どうすれば……どうすれば……!」

 

 この状況を打開する策を必死に考える。

 だが、あの融合したモンスターに対抗する術は自分にはないと諦めかける。

 だが、白き切り札がいる。

 

「────モンスターが合体しているなら、纏めて吹き飛ばす好機ッ!」

 

【SURVIVE】

 

 爆炎巻き起こる中、嵐が巻き起こりツルギサバイブが顕現する。

 マフラーが靡き、ジェネシス・ノヴァへと真っ直ぐ歩を進める。

 

「燐ッ!」

「たった一人で、姿を変えたところで何が出来る! ジェネシス・ノヴァは最強!」

 

 黄色のライダーが高らかに謳う。

 自分達のモンスターこそ最強であると。

 ならば、最強の姿となった最強のライダーがそれに挑むと。

 ツルギは歩みを止めることはなく、カードを切る。

 

【TIME VENT】

 

「未来超越────」

 

 降り注ぐ隕石。

 爆炎がツルギを包み込む。

 だが、既にツルギから敗北の二文字は斬り捨てられている。

 どれだけ、隕石が降り注ごうとツルギサバイブには当たることはなく────。

 どれだけ、ジェネシス・ノヴァがその手の武器を用いても、ツルギサバイブには届かない────。

 

 風の力で空へと舞い上がったツルギサバイブは、ジェネシス・ノヴァの刃を弾き懐へと入ると、スラッシュバイザーツバイに風の刃を纏わせ、ジェネシス・ノヴァの左肩から袈裟懸けに切り裂く。

 

『■■■■■■■────!?!?』

 

 悲痛な叫びを上げるジェネシス・ノヴァの姿は、敵ライダー達には信じられない光景であった。

 この力があれば、勝てるとそう言われていたからだ。

 

「あ、あいつを止めて!」

 

 黄色のライダーが他五人に命令し、五人のライダーがツルギサバイブへと迫る。

 

「やらせない!」

 

 燐がモンスターの相手をしてくれている。

 ならば、私は燐の邪魔をさせないとアイズが五人のライダーの前に立ちはだかる。

 それに続き、グリム達も加勢する。

 

「くぅぅぅ……! こうなったらまとめて消し飛ばしてやる!」

 

【FINAL VENT】

 

 ジェネシス・ノヴァの全ての腕が胸の前に集まり、膨大なエネルギーを収束。光球を形成し、発射態勢を整えていく。

 

「────何をしようと、無駄だ。お前の未来は斬り捨てた」

 

【FINAL VENT】

 

 飛来するドラグスラッシャーがドラグブレイダーとなり地に降り立つ。ジェネシス・ノヴァと向かい合い、風と斬の力を高めていく。

 

『■■■■■■──────!!!!!!!』

 

 ジェネシス・ノヴァの咆哮と共に紅い熱線、ジェネシス・レイが放たれる。

 

「はぁぁぁ……ぜあぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 迎え撃つは斬撃の白き嵐、ドラグブレイドホワイトストーム。

 二つの力が衝突し、拮抗する。

 その余波が、ライダー達を襲う。

 

「くっ……ひ、一人のライダーの力でどうにか出来るモンスターじゃない!」

「燐……!」

 

「……ッ! ぜあぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 裂帛の気合と共に、斬の嵐の勢いが増す。

 それは、ジェネシス・レイをも飲み込んで己が力へと変えていく。

 紅を含んだ白き嵐が、ジェネシス・ノヴァを切り裂いた。

 

「■■■■────」

 

 巨大な火柱を上げ、獣の集合体は散る。

 六つのエネルギー体が空に浮かび、ドラグブレイダーはそれを捕食し天へと消えていった。

 

 ライダー達は無彩色となり、力を失う。

 モンスターと契約しているライダーと、そうでないライダーのスペック差は大きい。

 六人のライダーは、取り押さえられ現実世界へと連れ戻された。

 

 デッキは回収され、少女達はライダーの資格を失ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 建物の影から、あいつらが敗北しデッキを取り上げられるところを監視していた。

 みっともなく泣き叫び、恨みの言葉を吐く様は無様としか言い様がない。

 

「それでも、感謝はしておくよ。仕事は果たしてくれたからね。ツルギをあの姿にしてくれた……」

 

 少女、黒峰樹はそれだけ言ってその場を後にした。

 人で賑わう遊園地の中にその姿を消して────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……せっかくの遊園地だったのになー……」

 

 帰り道、変に疲れた様子で帰る六人。

 あんなことがあってはもう遊ぶ気分になどなれない。

 

「すいません僕のせいで……」

「燐のせいじゃない。悪いのは向こうよ」

「そうそう。また来よう、全部終わったらさ」

 

 全部終わったら。

 全部とは何かと、燐は己に説いた。

 全部、とは。

 全部とは、自分以外のライダーはいなくなること。

 ライダーバトルは行わせず、ミラーワールドを閉じる方法を模索し、人々をモンスターから守り続けること。

 仲間がいると言ってはくれた。

 しかし、ミラーワールドを開いてしまった業は自分が背負うべきなのだと。

 その業によってライダーになってしまった人々は救わなければいけない。

 そうであるならば……。

 

 仲間も、恋人も己から────。

 

「燐?」

「あ……」

「どこか怪我でもしたの? 大丈夫?」

「だ、大丈夫です。ちょっと、考え事してただけで……」

「そう? なら、いいけど……」

 

 大丈夫だと、笑顔を作った燐だったが、その笑顔はどこか寂しさと哀しみを帯びたものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遊園地騒動から三日後。

 学校が再開され、久しぶりに登校。

 美玲先輩と一緒に家を出たところを、美玲先輩のクラスメイトに目撃されるというアクシデントはありつつも、いつも通りの学校だ。

 ぼんやりとホームルームが始まるのを待っていると、おはようと声をかけられたので返事をする。

 相手は乃愛さんであった。

 

「おはよう乃愛さん。久しぶり」

「確かに、お久しぶりって感じ。ちゃんと女装の練習してた?」

 

 うっ……。

 そういえば、すっかり女装のこと忘れてた……。

 

「その感じ、やってないね。今日からまたみっちりやってくから、覚悟して」

「どうか、勘弁してください……!」

  

 こっちはミラーワールドのことで忙しいのだと思いつつ懇願していると、乃愛さんが隣の席にカバンを下ろし席に座った。

 

「……あれ、乃愛さんって隣の席だったっけ?」

「はあ? いくら休校してたからって隣の席が誰か忘れるぅ?」

 

 ……あれ?

 あれ、どうしたのだろう。

 確かに、乃愛さんは隣の席だった気がする。

 けど、拭いきれない違和感があって……。

 ここに、ここにいたのは……。

 

「鏡華、さん……?」

 

「おい燐! お前咲洲先輩と付き合ってるってマジか!?」

「うわっ!?」

 

 突然、背後から肩をがっちり組まれて尋ねられた。

 正司という奴で中学からの友人である。クラスは違うので最近あんまり話してなかったけど。

 ちなみに正司はラグビー部なので、当然パワーが僕とはダンチ。

 

「痛たた……いきなりはよしてよ!」

「ごめんごめん! いやけどさー! 前に咲洲先輩にフラれた先輩から話聞いてさー! 本当か確かめに来たんだよ!」

「ちょいちょいマジ? 御剣が? 年上の彼女を?」

 

 乃愛さんまで話に入ってきて、更には正司は声がでかいので教室中に響いてしまった。

 興味ある人達が僕を取り囲み、あれこれ質問責めにされた。

 平常を装い、質問には流れ作業のように答えた。

 とにかく、いま思い出したことを僕は整理したかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ?+1ー40  変容する戦い

 

 ■■■■■■  ■■■■■■

 

 ALTERー0 変容する戦い

 

 

『さあ、始めましょう。新たなるライダーバトルを……』

 




仮面ライダーツルギ

新章、開幕。

新たなる、もう1つのライダーバトル。

『本気が見たいの……』

「戦いは終わらない……。永遠に……!」

『多すぎる役者は減らしましょう』

「もう、誰も死なせたくないのに……!」

『痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い────!』

「瀬那……私、もうね……」

『貴女に価値はありません』

「お前は、戦うな」

『あたしは、また……!』

「あんたじゃ救えない!」

『私の目的?』

「私は人殺しなんです! 皆さんと一緒にいる資格なんて……」

『私が救って差し上げます……』

「私は、みんなを守るために戦う!」

『護り続けろ……』

「あなたが断ち切って……。私の、願いを……」

『私は、オルタナティブ・アリス! 旧きライダーの皆さん、さようなら』

「私は御剣燐に恋をした」

『私は御剣燐に愛を貰いました』

「────さよならです、美玲先輩」

次回 ALTERー1 もうひとつのライダーバトル

 運命の叫び、願いの果てに────


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Versus Alternative
ALTERー1 もうひとつのライダーバトル


 ぞくり、ぞくりと背中に冷たい泥のようなものを垂らし落とされているかのような感覚であった。

 おかしいのは、僕か?

 それとも世界の方か?

 どくん、どくんと心臓の音が中でうるさい。

 世界は、時間は平常通りに流れていく。

 自分だけが流れに乗れなかったようだ。

 みんなは、気付いているのだろうか。

 いや、恐らく気付いていない。

 それもそうだ、みんなで遊園地に行った時に彼女がいないことがさも当然のようだった。

 なにより、僕がデッキを取り戻したあの夜から全てがおかしかった。

 彼女が住んでいた洋館は廃墟で、それが真実であった。

 であれば、彼女はなんだ。

 彼女は何者だ。

 キョウカさんはミラーワールドにいる。

 なら、こちらの世界にいた彼女は一体……。

 

「御剣」

「……! な、なに?」

 

 授業中、こそりと隣の席の乃愛さんが話しかけてきた。

 

「顔色やばいよ、どうした? 具合悪い?」

「あ……」

 

 そんなに、顔に出ていたのか。

 頬に触れると、うっすらと汗をかいていた。

 

「やばいなら早退したら」

 

 体調が悪いわけではない。

 ただ、この僕だけが気付いていることを解明する方が学校よりも優先順位が高い。

 教室の時計に目を向けるともうすぐ一限が終わる。

 

「……ありがとう。一限終わったら早退する」

「そ。先生には言っとくから」

「ありがとう……」

 

 一限終了の予鈴が鳴る。

 荷物を鞄に詰めて、学校を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 弛緩した雰囲気漂う午前の住宅地を歩く。

 朝の目覚め、通勤、通学の慌ただしい時間が終わって一息ついているような穏やかさの中にあって、一人悪寒に震えていた。

 身体の中心から末端にかけて冷気が流し込まれているような感覚。

 怖いのか。

 

「……怖い?」

 

 それはおかしいと、気付いた。

 おかしいというより、間違っているというか。

 

 何故、震える。

 

 震えるのは当然だ僕は気付いてしまったのだから、これまでいた彼女がいない。

 それも僕自身もさっきになって気が付いた彼女がいなくなっていたことに。

 これを恐怖せずどうする普通であればあり得ないことではないか。 

 

 普通?

 とっくに異常の只中にいるくせに。

 ミラーワールド、仮面ライダー。

 普通の高校生を謳っているが普通の高校生は変身して鏡の中の世界で戦うなんてことはしない。

 お前は異常なのだ普通でないことが起こった程度で恐怖するな。

 斬り捨てよ。

 その恐怖を。

 

 斬。

 頭の中でそんな音がした。

 身体が軽くなる。

 頭が醒める。

 胸が軽くなる。

 

 不思議と、先程まで感じていたものが無くなっていた。

 今なら落ち着いて色々考えることが出来るだろう。

 家に戻って、キョウカさんとこの事について話さなければ。

 学校からも離れたので、家へと向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、可愛らしい。

 私のことに気付いて恐怖に支配され脅える燐くんがとても愛らしい。

 私のことに気付いてくれたことがなにより嬉しい。

 私のことでいっぱいになってくれたことが本当に本当に嬉しい。

 それだけで発情してしまいます。

 それだけの愛が私にはあります。

 それだけ想っています。

 それだけしか私にはありません。

 

「けど、それを容易く斬り捨ててしまえる今の燐くんは可愛くありません」

 

 乾く唇を濡らす。

 ああ駄目だどうしても乾いてしまう渇いてしまう。

 濡れてしまいたいのに溺れてしまいたいのに。

 この身はいつだって貴方を求めているだけど貴方は行ってしまった逝ってしまった。

 間違いだった過ちだった私は誤ってしまった。

 ならば正すのが道理だ。

 悪いのは彼ではない私だ。

 私は私を否定する。

 私は私を訂正する。

 

 あの私にはそれは出来ない。

 この私にはそれが出来る。

 何故なら私は────。

 

『容赦とか、ないですから♪』

 

 彼が学校から出ていってくれたのは好都合。

 何かしらの理由をつけて彼を学校の外へと出すつもりではあったけれど私のことが気になり過ぎて自分から出ていってしまった。

 嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい。

 私に都合良く動いてくれるなんて愛を感じる愛でしかない。

 

 聖山高校敷地内へと足を踏み入れる。

 足下には私のモンスターが発した花粉の霧が流れる。

 鏡から現実の世界へと流れ込むそれはデッキを持たない人間にとっては毒となる。

 

 

 

 

 

 

 

 ミラーワールドの燐くんの部屋で一人、待ちぼうけする。

 燐くんの学校についていく気は湧かなかった。

 学校について行ったらきっと、余計に孤独を感じてしまうから。

 孤独なんて、なんともなかったのに。

 彼と出会って私は変わってしまった。

 孤独が怖くなった。

 寂しさを理解した。

 それと同時に、人の、彼の暖かさを知った。

 彼が私のところにやって来るのは夕方が多かった。

 学校が終わってから来るからだ。

 夜になると、彼は彼の家へと帰った。

 夜が嫌いになった。

 彼がいなくなってしまうから。

 朝も昼もちょっぴり嫌いだ。

 太陽が空高くあるのが憎かった。

 早く、沈んでいけばいいのにと願った。

 結局、私は待つということに慣れることが出来なかった。

 

『だから私は駄目な女……』

 

 暇潰しに本棚から無作為に選んだ本を読む。

 それによると、いい女とは待つことが出来る女だという。

 

『……いいや、きっと違いますよ。これ』

 

 男にしろ女にしろ、待たせるな。

 愛してるなら、ずっと一緒にいろ。

 そう思わずにはいられない。

 それに……。

 

『待つ女がいい女なら、私はめちゃくちゃいい女になってなきゃおかしいです』

 

 立ち上がり、燐くんのベッドに倒れ込む。

 燐くんの匂いはしない。

 だって、燐くんがミラーワールドのこのベッドで寝たわけではないから。

 そういった匂いは流石にミラーワールドには反映されない。

 だから、まあ、燐くんのベッドかもしれないが私のベッドになっていた。

 無為に時間が過ぎていく。

 私に出来ることは、何もない。

 やるべきことは、あるのに。

 一人でどうにか出来ることは、ない。

 燐くんは一緒に背負うと言ってくれたが、背負わせたくない。私の罪を。

 だから、一人でどうにかしたいのだが燐くんなしではほとんど何も出来ないのだ。

 それが、どうにも、嫌だ。

 ……瞼が重くなってきた。

 ベッドで横になっているせいだ。

 まあ、寝れば時間は過ぎるだろう……。

 ……。

 …………。

 ………………。

 

『容赦とか、ないですから♪』

 

『ッ!?』

 

 その声で一気に目が覚めた。

 私の声。

 だけど、私ではない者の声。

 なんだ、今のは。

 何かが、起きようとしている……!

 とにかく直感に従って、私は部屋を飛び出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家へと向かっている途中、とてつもない恐ろしい気配を感じた。

 それは、学校の方から。

 何かが、学校で起きている。

 それも、恐ろしいことが。

 踵を返し、さっきまで走ってきた道を戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業の合間の休み、クラスメイト達から追求を受けていた。燐とのことをだ。

 どうやら一緒に登校するところ、というか燐と一緒に家から出たところを見られたようで早速噂となってしまっていた。

 しかし、二限が始まり、教室は教師の説明と板書のコツコツといった音だけ。多少は、生徒の私語が聞こえてくるが。

 そんなものは気にせず、ノートにペンを走らせていく。

 

「ごほっごほっ」

 

 窓側の席の男子が咳をした。

 

「げほっげほっ」

 

 咳をした男子の隣の女子が咳をした。

 こういうものは連鎖するというか移るというか。

 一人が咳込んだので自分もといった感じだろう。

 乾燥してくる季節でもあるし、咳ぐらい普通だ。

 ……乾燥といえば、唇。  

 リップクリーム買っておかないと……。

 

「ごほっ! ごほっ!」

 

 思考がずれた瞬間、さっきの男子が激しく咳き込んだ。

 それを境に、次々とクラスメイト達が咳を……いや、咳どころではない。

 もはや、呼吸困難となっている!

 

「大丈夫!? どうしたの!?」

「く……苦しいよぉ……」

 

 地獄だった。

 私以外、みんな苦しんでいる。

 

「私は、なんともないのに……」

 

 自分にはまるで何もない。

 私だけがこうしていられるのは何故だ。

 

『ピンポンパンポーン』

 

 校内放送。

 ただ、こんな時に鳴るならサイレンのはずだ。

 なんでこんな間延びした、どこか楽しそうにしている耳障りな女の声がする。

 

『突然のことで驚いているライダーの皆さんこんにちはぁ。あれ、もしかしてまだおはようございますの時間? 私、これぐらいの時間だとどっちで挨拶したらいいか悩んじゃうんですよね~。とまあ前置きはこれぐらいにしておいて、ライダーの皆さんは校長室までお越しくださーい!』

 

「アリス……?」

 

 今のは、あの女の声だった。

 どういうことだ。

 燐と共に償うのではなかったのか。

 どういうこと……。

 ともかく、校長室に来いとあいつは行っていた。

 行かなければ、分からない。

 この惨状もあいつの仕業に違いない。

 こんなことをして、燐を裏切るような真似をしたというのなら私は……!

 乱暴に鞄を開けて、デッキを取り出す。

 契約モンスターを表す金色の鳥の紋章が輝いていた。

 私が平気なのは、これのおかげか……。

 

 廊下に出る。

 苦しみから逃れようと教室から這い出た生徒達が横たわっていた。

 息はあるようだ。

 しかし、いつまでもつのかは定かではない。

 本当に、あいつはなんのつもりでこんなことを……。

 

「咲洲さん!」

「北! 上谷さん、日下部さんも」

 

 北と上谷さんも校長室へ向かうようだった。

 北はわりかし平気そうだが、上谷さんは震えていた。

 

「何が、どうなっているんですか……!?」

「分からない。とにかく校長室に行きましょう」

「ああ。皆で行こう。何があるか分からないからね」

 

 北の言葉に賛成し、一年生の教室がある四階へと昇る。

 校長室があるのは一階なので遠ざかることにはなるが、燐と影守の二人と合流するのが優先だ。

 そして、四階へと来たはいいが……。

 

「美玲さん! みんな!」

「影守! 燐は!?」

「それが、教室に行ってもいなくて……。先に校長室に向かったのかも!」

 

 一人先走るのは、想像出来た。

 こうなれば急いで校長室に向かうまで。

 一階まで駆け降りて、校長室へ。

 扉の前には誰もいない。

 燐は先に入ったのだろうか。

 一度、全員と顔を見合わせて扉を開けた。

 

「黒峰さん……」

 

 影守が呟いたのが聞こえた。

 校長室には黒峰という女子と、生徒会副会長の佐竹と……。

 ぼうと柳の下の幽霊のように立つ彼女は確か、二年の氷梨……。

 ここにいる、ということはライダーということか……。

 背後で扉が開く音がした。

 燐……!

 

「ふぁ~……。屋上で昼寝してたら遅れちゃったけど、ライダー集めて何するのかな~? 殺し合いだよね~やっぱり~!」

 

 入室してきたのは、喜多村遊。

 不良生徒として有名な彼女であったが、登校はしてきていたのか……。

 

『はーい! 全員揃いましたね~!』

 

 ここにはいない少女の声が響く。

 少女は、トロフィーが飾られているショーケースの鏡の中にいた。

 だが、それよりも今の言葉。

 全員揃ったと言った。

 それはおかしい。

 だって、燐がいない。

 

「アリス! あなたライダーバトルはやめるんじゃなかったの!?」

 

 影守が鏡に向かって叫ぶ。

 それも、確かめたかったことだ。

 

『それは~違う私の方ですよ~。ライダーバトルについては古いアリスが放棄したものを私が引き継ぎ色々とリニューアルしました~』

 

「古い、アリス……? どういうこと……」

「私達にデッキを授けたアリスと君は違うというのか?」

 

 日下部さんと北の問いかけにアリスが答える。

 

『ええ、違うアリスですよ。古いアリスは私と比べたらスペックが落ちる型落ち。私のことはアリスRXとでも新しいアリス、新アリスにシン・アリス、アリス2世、帰ってきたアリスとかなんとでも呼んでくださいな♪ あと、まああっちとは違うことを証明するならば……。よいしょっと』

 

「!?」

 

 みんなが驚いた。

 だって、そのアリスは鏡の中から出てきたのだから。

 

「どうです? これで私が違うアリスと理解しましたか?」

 

 校長が座る椅子に深く腰掛け、嫌な笑みを浮かべながらアリスは言う。 

 外見も、性格というか中身も一緒。

 なのに、違う。

 こいつは、アリスではない。

 

「何者よ、あなた」

「何者でしょうか。貴女には最期の時に教えてあげます♥️ な~んて! あはは!」

 

 こいつ……!

 

「と、とにかく! 今のこの状況はあなたのせいなの!?」

「ええ、そうですよ影守美也」

「なんのためにこんな……! 関係ない人まで巻き込んで!」

「関係ない人が巻き込まれたのが、これが初めてだとでも?」

 

 アリスのその言葉は影守の胸を貫くのに充分すぎた。

 息を飲む声が、聞こえた。

 

「これまでも多くの人が巻き込まれています。まあ、規模の大小を問うなら確かにこれはトップクラスですが。巻き込まれてしまった聖山高校の生徒、職員方にはこれまで被害にあわれた方と同じように哀れみをどうぞ。それとも貴女は被害規模が大きくなければ正義の怒りに燃えることは出来ないのですか?」

 

 よく煽る。

 こちらを見下すその目、本当に気に入らない。

 

「話が逸れました。今回、皆さんをお呼びしたのは他でもありません。皆さんにテストプレイをしていただきたいのです」

「テストプレイ?」

「ええ、そうです。新しいライダーバトルのテストプレイ。喜んでくださいな。リリース前の新作ゲームを遊べるなんて、そうそうない機会ですよ」

「ふざけないで! 誰がライダーバトルなんか!」

「やらなきゃ、聖山高校の全校生徒およそ840人と職員43人、その他来客等含む15人の命は失われます」

「なっ!?」

 

 それは、影守や北を黙らせるのには充分過ぎた。

 ざっと900人の命がお前にかかっているのだと。

 ……悩むな、影守。

 

「……分かった。乗ってやるわよ、あんたのゲームに」

「美玲さん……!」

「ふふ、ありがとうございます。流石、判断が早いですね美玲ちゃんは」

「どうでもいい。さっさと始めなさい」

「あら、美玲ちゃんはゲームの説明書読まなかったりチュートリアルは飛ばすタイプですか? 私は説明書のどうでもよさそうなキャラの設定とか小ネタとかまで読み尽くすタイプです」

「説明なんていらないでしょ。これまでと同じように戦えってだけでしょどうせ」

「違いますよ。私は、新しいライダーバトルだと言ったはずです」

 

 アリスは細長い指を鳴らす。

 次の瞬間、私は理科室にいた。

 向き合うように佐竹もいる。

 校長室から飛ばされた?

 それに、時計や貼ってあるポスターから見るにミラーワールドのようだ。

 

『さあ皆さん、それぞれのフィールドに到着していますね。それでは手早くルールを説明します』

 

『ひとつ、戦いの場はそのフィールドの中だけです。違う場所には移動出来ません。扉も窓も開かず、壁を壊すことも不可能です』

 

『ふたつ、この戦いは一対一で行われます』

 

『みっつ、制限時間はこれまでと同じく10分間。10分を過ぎると消滅します』

 

『よっつ、フィールドから出られるのは勝者のみ。敗者は死ぬしかありません。引き分けの場合は先程申し上げたとおりタイムオーバーによる消滅が待っています。出たければ、相手を殺すしかありません』

 

 なに、このルールは……。

 

「そういうことだから咲洲さん。殺すわね」

 

 呆然とする私に、同じくここに転移させられた佐竹が言った。

 そして、彼女がデッキを掲げる。

 だが、そのデッキは私達のそれとは細部が異なっていた。

 なにより、巻かれたベルトがまるで違う。

 私達のものよりも武骨な銀色のベルト。

 

「変身」

 

 バックルにデッキが装填される。

 佐竹が変身したその姿は私達の変身するライダーとはデザインの毛色が違う。

 黒を基調とし、各部は赤紫に塗装された人型。

 多くのライダーが騎士のような姿をしているのに対し、これから感じたのは強い人工物感とか工業的な出で立ち。

 現代的で、漫画とかに出てくるようなパワードスーツのようだ。

 それでいて、こいつは……。

 

「吼帝に似ている……?」

「ハッ! 嫌な奴のこと思い出させんなよ! 元々、あいつのデッキは私のだったんだ!」

 

 殴りかかってくる佐竹。

 私も、変身しなければ。

 大振りの拳は避けるに容易く、脇の下を通るようにして背後に回りながらベルトを呼び出し、変身。

 

「変身!」

 

 アイズとなり、佐竹と向き合う。

 

「私はオルタナティブ! オルタナティブ・エンブレス!」

「オルタナティブ……?」

「もうひとつのライダーシステム。旧いライダーを駆逐する、ライダーバトルを支配する女帝!」

 

 重い机が蹴り飛んでくる。

 とんだ、パワー型……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 図書室には、私と黒峰さんの二人きりだった。

 

「前にもさ、図書室で戦ったよね。邪魔が入ったけど」

 

 射澄さん……。

 

「あんた、戦えるの?」

「え……」

「ここから出るには、勝つしかない。引き分け、負けは消滅。あんた、戦いを止めるとか言ってたけどさ……もう、無理だよ。────変身」

「ッ! 変身!」

 

 深緑の影が迫る。

 直刀の斬撃をバイザーでもある籠手で受け止める。

 

「くっ……」

「戦いを止めるって前提は、自分が生き残らなきゃでしょ。けど、今は勝たなきゃ……相手を殺さなきゃ自分が死ぬ。だからあんたは……あたしを殺さなきゃいけない!」

「それ、は……」

「殺せる? あたしを。あたしはあんたを……殺せる!」

 

【SWORD VENT】

 

 巨大な手裏剣が召喚され、斬りかかる。

 とにかく素手はまずいとこちらもカードを切る。

 小ぶりなチェーンソーのような双剣を召喚し、攻撃を受けていく。

 ……だけど、どうする。

 どうすればいい。

 どうすれば、私は……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「広いねー体育館は!」

 

 大きな声が木霊する。

 二人きりの体育館は北さんの言うとおり広すぎる。

 けど、そんなことを言っている場合ではない。

 

「どうするんですか! 私達、どちらかしか出られないし二人揃って死んじゃうかもしれないなんて!」

「まあ落ち着きたまえ上谷さん。まずは落ち着くことだ。あと、ここはミラーワールドだから変身しておいた方がいいね、うん。変身」

 

 北さんが変身したのを見て、私も変身する。

 けど、変身したところで状況は変わらない。

 

「大丈夫だ安心したまえ」

「なんでそんな堂々としていられるんですか……?」

「信じているからだよ」

「信じてる……? なにを、ですか……?」

「なんとかなることをさ!」

 

 呆れた。

 呆れてものが言えない。

 そんなの、希望的観測が過ぎる……!

 

「これまでもなんとかなっただろう。まあ、大体なんとかするのは燐ちゃんなんだけど。うん、だから信じるのは燐ちゃんをだ」

「けど、御剣くんはここには……」

「上谷さんも知っているだろう? 主役は遅れてやってくる! ……彼は、ヒーローなんだ。だから、きっとこの状況をなんとかしてくれるはず。とはいえ、彼に頼りきりになるのは良くない。とても良くない。だから、いま出来ることをやろう。壁を壊したりするのは不可能とは言ったがもしかしたら壊せるかもしれないしね!」

 

 そう言って北さんは武器を召喚し、体育館の壁を殴り付けた。

 私も、いま出来ることを……。

 けど、本当にそれを信じていいの……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音楽室の象徴とも言えるピアノに、氷梨麗美が変身する仮面ライダーウィドゥが投げつけられた。

 心豊かにする音楽を奏でる場は、破壊と打撃の音で満ち溢れてしまっていた。

 

「痛い……痛いよ……!」

「当然だろう痛いのは!」

 

 喜多村遊が変身する仮面ライダーレイダーはパワーにおいて最高峰の戦士。

 その豪腕で殴られ続けるウィドゥは早々にリタイアするかと思われた。

 だが、ウィドゥは、氷梨麗美は違うのだ。

 

「痛い……! 嬉しい……!」

 

 仮面の下、麗美の顔は蕩けていた。

 歓喜、快楽、絶頂。

 久しく、こんな快楽を、愛を麗美は感じていなかった。

 樋知十羽子という少女の言う愛が愛なのか探るために共に行動していた麗美はその間、言ってしまえば禁制、禁欲していたようなものであった。

 痛みを味合わせてくれる人は自身のことを愛してくれる人。

 愛してもらったのなら、その分は愛を返さなければならない。

 愛し合わなければいけない。

 

 ウィドゥの黒い爪がレイダーの胸部装甲を走る。

 だが、高い防御力を誇るレイダーには大したダメージにはならない。

 つまりは、自分が受けた分の痛みはレイダーに与えられなかったということ。

 

「愛し合ってくれるのね、もっと……! 嬉しいね瑠美。ねえ、そうだよね瑠美。これが愛だよやっぱり私達間違ってなかった」

『……愛……あい、アイ、愛、愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛!!!!!!! そうだよねぇ麗美! やっぱりそうだよねぇ!』

「『いっぱい愛し愛されよう瑠美/麗美!!!!!』」

 

 かつて、仮面ライダーアイズ/咲洲美玲に言われた言葉によって存在が揺らいでしまっていたもう一つの人格、瑠美が蘇る。

 

「アタシ達が愛してあげる!!!!!」

「……最近、戦う相手の運がないなーって思ってたけど、今日が一番かも。でもいっか、殴り合おうぜ」

 

 壮絶なインファイト。

 零距離での拳と爪の打ち合いが、始まる。

 

 

 

 

 

 

「相手はどこ……」

 

 校長室前の廊下に出ていた。

 アリスのルール説明は聞いていたが相手がいない。

 そもそも、集まったライダー達は9人。

 奇数では、一人余る。

 ということは……。

 

『はーい。日下部伊織ちゃんは今回は対戦相手が残念ながらおりません。ごめんなさぁい。私が代わりをやってもいいんだけど、手加減しても絶対に伊織ちゃんを殺しちゃうので、今回はミニゲームをやってもらいまーす!』

 

「ミニゲーム……?」

 

『ルールは簡単! 現在、この校舎にはモンスターに襲われても抵抗なんて出来ないとってもとっても狩りやすい人間がたっくさんいます。そんなわけで、今すごいモンスターが集まってきてるので~伊織ちゃんには、人間を守ってもらいまぁす! 頑張って犠牲者を出さないようにね!』

 

 健闘を祈りまぁすとルール説明が終わる。

 モンスターからみんなを守る……。

 それであれば、私にだって……。

 

『ァ……ァァァ……』

 

 廊下の先、白い人影が何かを引き摺っていた。

 あれは……。

 

「モンスター! くっ……変身!」

 

 仮面ライダーピアースへと変身して、駆ける。

 だが。

 

『ァァァ……!』

 

 ぐしゃっという音がした。

 首だった。

 動脈が裂けて、真っ赤な血がどばどばとながれている。

 

『いーち。にー、さーん、しー、ごー……』

 

 アリスが数を数えていく。

 まって、まって、まってまってまって。

 いま、数えるものはなに?

 時間?

 時間であってくれ、でもちがうカウントがはやい。

 だから、これは、きっと。

 

『さんじゅうさん、し、ごろく……あーもう追い付かない。ほら、急がないと、みんな食べられちゃいますよ』

 

「あ、ああ……!」

 

 むり、だよ。

 そんな、だってがっこうはひろいんだよ。

 わたしひとりでまもりきれるわけがない。

 

『ァァァァ……』

 

 たべかた、きたない。

 くちをまっかによごして、くいちらかして、あちこちにこぼして、たべられないほねはてきとうになげすてられている。

 

「ぁ……いやぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校の前についた。

 急いで入ろうとした。

 なのに……なんだよ、これ。

 透明なバリアのようなものに覆われている。

 中に入ることが出来ない。

 

『燐くん!』

 

「キョウカさん!」

 

 近くのカーブミラーの中にキョウカさんがいた。

 どうやら、キョウカさんも何かに気付いて駆けつけたようだ。

 

「キョウカさん! なにかバリアみたいなのがあって学校に入れないんだ!」

 

『こっちもです! 中の様子もまったく分からなくて……』

 

 一体、何が起きてるんだ……?

 

 ふと、気付いた。

 こちらに向かって歩いてくる人影。

 長い黒髪、真っ黒なドレス。

 見覚えが、あった。

 けれど、彼女がこちらの世界にいるということは……。

 

「会いに来てくれたんですね、燐くん。いえ、御剣くんって呼んだ方が馴染みあったりします?」

「君、は……」

「宮原鏡華。あなたのクラスメイト。隣の席でしたね。ふふ、とっても楽しかったですよ、青春って感じで。けど、ああ……記憶が無かったのは残念。今からもう一度やり直したいぐらいです」

 

 やっぱり、このキョウカさんはこちらの世界にいた宮原鏡華、なのか。

 それよりも、だ。

 

「何をしているんだ、学校で」

「燐くんには関係ないことですよ」

 

 可憐な笑顔で、そう突っぱねられた。

 

「関係ないなんてことない。僕も仮面ライダーだ」

「確かに、貴方は仮面ライダーです。ですが、仮面ライダーツルギ/御剣燐は私のライダーバトルの参加者ではありません。もっと言うなら、前のライダーバトルの参加者ですらない。貴方は原初の仮面ライダー。ライダーバトルなんて穢れた遊戯が始まる前に誕生した由緒正しい人類の自由と平和のために戦った仮面ライダー! ああ忌々しい! なんで、なんでなんで燐くんがそんなものにならなくちゃいけなかった!!!」

 

 彼女は頭を激しくかきむしった。

 美しい髪が乱れる。

 それは、僕の目に恐ろしく映った。

 出来のいいホラー映画の怪異のようであった。

 

「ああ、燐くん。貴方はなぜ仮面ライダーなの?」

「……罪を贖うため、仮面ライダーになった」

「罪? 私との出会いは罪だったんですか? 誰がそれを罪と出来るのです? 誰がそれを裁けるのです?」

「……君との出会いが罪ってわけじゃ……」

「ミラーワールドとこちらの世界を繋いでしまった。それを罪と言っているのでしょう、燐くんは。それはつまり私との出会いが罪ということと変わらないのでは?」

「それ、は……」

「私と出会うには罪を犯さなければならなかった。ふふ、あはは! そうですか燐くんは罰として仮面ライダーになったんですね! 私と出会った責任を取った! 私との出会いから燐くんは逃げずに向き合った! ああ、ああ、あああ─────ッ!!!!」

 

 彼女の身体がビクン、ビクンと跳ねた。

 

「あは……絶頂しちゃいました……。燐くんからの愛を感じて……」

 

 汗ばみ、紅くなった頬と荒い息遣いは扇情的ではあった。

 とにかく意味不明ということさえなければ男を興奮させるのに必要充分過ぎる。

 

『燐くん! そちらで何が起こっているんですか!? 燐くん!』

 

「……ああ、腹立たしい声。私と言えど燐くんとの逢瀬を邪魔する奴は許しません。まあ、もとよりこっちの私は殺すつもりでしたが」

 

 見慣れないデッキを手にした彼女の標的はキョウカさんであることは自明の理。

 こいつは、ヤバい。

 キョウカさんと戦わせるわけにはいかない。

 デッキをポケットから取り出し……!?

 

「これ、は……」

 

 足下に、黒い水溜まりのようなものがあった。

 それは、彼女の影が伸びたものであった。

 どんどん沈んでいっている。

 変身しないとまずい!

 だが、遅かった。

 黒い触手のようなものが伸びて、腕を拘束する。

 沈下はどんどん早くなっている。

 もう、胸元まで来て……。

 彼女が、見下ろしていた。

 

「燐くん。私は願いを叶えます。貴方が幸福にいられる世界を叶えます。だから、それまでは大人しくしていてもらえますか。大丈夫です、この下で貴方は眠り続けるだけですから、それではおやすみなさい燐くん」

 

 彼女が言い終わると同時に、僕は完全に黒の中に沈んでしまった。

 どうすることも出来ずに、何がどうなっているかも分からずに……。

 意識が……。

 …………………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『燐くん! 燐くん!』

 

 呼び掛けても、返事はない。

 途中からあちらの世界にノイズがかかって様子を伺い知ることが出来なかった。

 

『どう、すれば……』

『どうも出来ませんよ、貴女では』

『誰!? ッ!? ……なん、ですか、貴女は……』

 

 振り返る。

 そこには、私がいた。

 正真正銘、私。

 

『私は宮原鏡華。新たなアリス』

『新たなアリス……! ふざけないで、私はもうライダーバトルは終わらせると!』

『はい。貴女のライダーバトルは失敗に終わりました。みっともなく何度も繰り返した挙げ句にこの結果。改心しましたみたいなの、売れませんよ今時。改心したとして、死ぬしか貴女にはありませんから。けれど、私は違います。私は改心なんてしません。私は私の願いを貫く。だから、安心してください。貴女の全てを私が引き継ぎますから。私は貴女と違って、失敗しませんでしたから』

 

 こいつ、何を言って……。

 見慣れないデッキが突き出される。

 なに、あのデッキは……。

 

『変身』

 

 それは、私の知る仮面ライダーではなかった。

 けれど、私が変身する仮面ライダーブロッサムに似ていた。

 

『────オルタナティブ・アリス。あまり、この名は好きじゃないんですけどね』

 

 黒を基調とし、スマートに纏められたスーツ、アーマー。

 左腕にはバイザーと思われる銀色の機具。

 もうひとつのライダーシステムが、牙を剥く────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒い、黒い、黒い。

 暗いのではなく、黒い。

 水の中にいるように、黒の中を漂っている。

 寒くもなく、暑くもなく。

 快適とすら言えた。

 安心感をも覚えてしまう。

 だが、それはいけないと踏ん張る。

 理性が否定する、本能で拒絶する。

 戻らなければ、戻らなければ、戻らなければ。

 そうしなければ、大切な人達が……。

 だが、無駄であった。

 もはや、時間の感覚もない。

 どこにいるのか、自分の身体はあるのか。

 黒の中に溶けてしまったようだった。

 御剣燐は、消失しつつあった。




次回 仮面ライダーツルギ

『同じだなんて思いたくないのはこっちもです……!』

「大丈夫、覚悟は決まってるわ……」

「そうまでして、願いを叶えたいの?」

「『変身』」

「起きないと、仲間が死ぬけど、いいの?」

 運命の叫び、願いの果てに────


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ALTERー2 オルタナティブ

【SWING VENT】

 

 左腕の肘から先を覆う銀一色の機械的なバイザーにカードが読み込まれる。

 電子音声は女の声となっていた。

 カードは青い炎に消え、召喚されたのは黒い茨の鞭。

 

『くっ……!』

 

 鞭は振るわれるのではなく、放たれた。

 一直線に私を貫こうと迫る。

 けど、こんなところで死んではいられない。

 

『変身!』

 

 仮面ライダーブロッサムへと変身し、鞭に貫かれる。

 その身は花弁に。

 回避し、もう一人の私の背後へと瞬間移動して……!

 背後からの攻撃にはそう反応出来るものではない。

 だというのに、もう一人の私の裏拳が仮面を打った。

 

『ぐっ!』

『甘すぎです。甘すぎ。よくその攻撃を私にしようと思いましたね、私。考え甘すぎ浅すぎです』

 

 鞭が宙を走る。

 二撃、胸部にバツを描くようにして打ち付けられる。

 

『キャアッ!?』

『本当に同じ私なんですか? それで? 弱いし、何度もライダーバトルを繰り返すし。しかも燐くんと一緒に罪を償うとかほざいてるんでしょう? ありえません。同じ私と思いたくありません』

 

 ライダーとしての姿は違えど、その顔、身体は確実に自分と同じだと理解している。

 ただ、違う。

 ライダーシステムの性能の差?

 確かに、通常のライダーよりも高い出力である。

 サバイブと同等に近い、脅威的な存在だ。

 ただ、それ以上にこの自分とあの自分の決定的な違いがある。

 それが、分からない。

 

『同じだなんて思いたくないのはこっちもです……!』

 

 言われっぱなしは癪に触る。 

 私も結構あれこれ言ってきたがこいつの方が私より性格が悪そうだ。

 少なくとも自分の方がお前よりマシだと思いたい。

 どんぐりの背比べだとしても、爪の先分ぐらいは、自分の方が何かしら上だと思いたい。

 

『はあ、いいんですかそんなこと言って。いずれ私に感謝することになるんですよ、私』

『感謝?』

『ええ。ライダーバトルを失敗させた私に代わって、この私が新たなライダーバトルを管理します。そして私が勝って燐くんを手に入れる。ね? 私の願いが叶うんですよ。私に叶えられなかった願いを私が叶えるんです。嬉しいでしょう、私』

 

 こいつは……!

 

『自分は願いを断ち切ったとでも思っていましたか? そんなことはありません。願いに未練たらたら。常に心のどこかで燐くんを手に入れたいと思ってますよね。私なんですから』

『違う!』

 

 殴りかかる。

 だが、容易く拳はもう一人の私の手の中に。

 

『もう、私は私に敵わないの理解してください。いや、理解してますけど私のことだから認めたくないだけですよね。醜いったらありゃしない。こんなのを取り込まないといけない私の身にもなってくださいな』

『取り込……ッ!?』

 

 受け止められた拳が、もう一人の私の中に沈んでいく。

 抜こうとしても、びくともしない。

 これは、なに。

 

『お前は……一体なんなんですか!?』

『もう、察しが悪いですね。私は、私の数ある可能性の中の一人』

『か、可能性……?』

『私は、ライダーバトルに勝利した私です』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狭い室内、得意の弓は使えない。

 矢を番えている間に間合を詰められる。

 だから剣を使わざるを得ない。

 ただ、相手……吼帝モドキは吼帝がそうであったように近距離に強いらしい。

 パワーもアイズより上。距離を取って戦うべきなのに、場所がそれを許さない。

 それにオルタナティブとかいうライダー、らしいけど。

 一体、なんなのこいつ。

 

「考え事してる場合か!」

 

 獅子の顔をした拳が殴りかかってくる。

 いやに、真っ直ぐすぎる。

 何か裏でもあるんじゃないかって思うぐらい。だけど、これは単に真っ直ぐなだけだ。

 避けやすい。

 タイミングを合わせ、右足を踏み出し軸として180度回転。

 佐竹の背後を取る。

 つんのめった佐竹のケツを蹴り飛ばす。

 ホルマリン漬けの標本や薬品が並ぶ棚に突っ込み、ガラス片や液体が散らばる。

 

「お前ぇぇぇ!!!!!」

「……あなた、結構激情家なのね」

 

 普段の佐竹は猫を被っていたようだ。

 こういう手合いは相手をするのに疲れる。

 ……殺さなければ、生き残れないというなら。

 

「大丈夫、覚悟は決まってるわ……」

 

 両手の剣を握り締める。

 デッキを手にした時から、私は覚悟を決めていた。

 ここまで、他のライダーを殺さずにいたことの方がきっと異端。

 私は、佐竹を殺す……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあッ!」

  

 壁を殴り付けること、もう何度目か。

 結果は変わらず、バリアに弾かれる北さんの姿。

 

「ぐっ……。流石に、心が折れそうだ」

「き、北さん……」

「けど、まだ試してない手段はある」

 

 デッキからカードを引き、左手のバイザーへと読み込ませた。

 

【ADVENT】

 

 ドスンと音を立てて体育館に現れたのは黄金の巨大なヘラクレスオオカブト(だったかな……?)のようなモンスター。

 

「いけ! プラチナムヘラクレス!」

 

『キィィィ!』

 

 ドスン、ドスンと工事現場で見るような大きなトラックだとかダンプカーを思わせる力強さで歩き出すモンスター。

 見た目以上のスピードがあり徐々に加速。

 凄まじい勢いでプラチナムヘラクレスは体育館の壁に突進した。

 普通であれば壁に大きな穴が開くだろう衝撃。

 しかし、それでもバリアは破られない。

 

「そんな……」

「まだまだ! いくよプラチナムヘラクレス!」

 

【FINAL VENT】

 

 右腕にプラチナムヘラクレスの角を象った手甲を装備して北さんはプラチナムヘラクレスの角へと飛び乗る。

 プラチナムヘラクレスが角を振るった勢いを利用し北さんが打ち出された。

 

「であぁぁぁぁ!!!!!」

 

 右腕の角が回転、唸る。

 つんざく金切り音。

 衝撃の余波を感じる。

 これは、もしかしたら……壊せる!

 

 だが、現実は甘くなかった。

 壁から放たれる電撃か北さんを襲った。

 

「あああああッ!!!」

「北さん!?」

 

 床に叩きつけられた北さんに駆け寄る。

 重厚な鎧のおかげでダメージは少なそう。

 

「ファイナルベントでも、ダメとはね……」

「あんまり無理したら駄目ですよ!」

 

 立ち上がる北さんを見て、そう言わずにはいられなかった。

 北さんはまた壁を殴り始める。

 絶対、破れっこないのに。

 北さんのファイナルベントでも駄目だった。

 私のデッキのカードなんて北さんと比べたら火力は低い。

 これで壁を壊すなんて無理だ。

 どうしよう、このままじゃ二人共死んじゃう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 殺せば、一人は助かる。

 

「あ……」

 

 そんな言葉が聞こえた。/その事実に気付いてしまった。

 

 いけない。

 そんなことは出来ない。

 北さんは仲間なのだから。

 

 仲間は殺せない。/見ず知らずの人間だったら殺してよかったの?

 

 あ……。

 あれは、事故だ。

 あれはアリスが仕込んだ罠だ私は悪くない悪いのはアリスなんだ全部あの女のせいなんだ。 

 今この状況だってそう!

 

 悪いのはアリス。/殺したのは上谷真央。

 

 悪いのはアリス。

 私は、悪くない。

 こんな状況になったのもアリスのせい。

 私がライダーバトルに参加したのもアリスのせい。

 そうだ、全部全部あいつが悪いんだ。

 全部、全部悪いのはあいつなんだ。

 だから。

 

【SWORD VENT】

 

 これも、全部。

 

 悪いのは、アリス。

 

「はっ! はっ! はあッ……!? ぁ……、かみ、や……さん……」

 

 重厚な鎧でも、隙間はある。

 北さんの腰に突き刺した剣から手を離すと、北さんは倒れて変身も解除される。

 

「し、仕方なかったんです……。だって、このままじゃ二人共死んじゃうって言うから……。こうするしか助からないんです!」

 

 二人共死ぬなんてことは避けられた。

 仕方ない。

 仕方ない犠牲なんだ。

 

 広がる血溜まり。

 北さんのものが足につきそうになって、後退る。

 その血が、北さんが伸ばした手のようで、だから。

 少しの間、呆けていると体育館を覆っていたバリアが崩れた。

 これで、外に出られる。

 私は、覚束ない足で逃げるようにミラーワールドを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モンスターをランスで貫く。

 払う。

 もう、無我夢中だった。

 モンスターから人間を守るどころじゃなかった。

 自分自身を守るので精一杯だった。

 

「いやっ! 来ないで!」

 

 私に群がるモンスターの後ろでは次々と誰かが食べられていっている。

 私も、同じように食べられる……?

 いや、いや。

 死にたくない。

 誰かを守るなんて私には出来ない。

 私には、私には……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 本棚の影の中を駆け抜ける気配。

 速い。

 こうして戦うのは二度目だが、やはり彼女、黒峰樹/仮面ライダー甲賀のスピードは脅威だ。

 忍者のような姿のとおり彼女は素早く、気配を消し、私の命を狙う。

 今、こうして感じている彼女の気配は囮のようなもの。

 私に緊張感を与え、それが最大まで高まり緊張の糸が弛んだ瞬間……来る!

 

「ッ! ここ!」

「チッ!」

 

 攻撃は左後方から。

 巨大な手裏剣が放たれたのを、チェーンソーのような刃を持つ双剣で弾く。

 得物を失った今が好機と甲賀に攻め寄る。

 甲賀は直刀型のバイザーを逆手に迎え撃つが、ここは私/仮面ライダーグリムの距離だ。

 すっかりツルギ、燐くんにお株を奪われてしまった感はあるがこの影守美也だって剣の道に生きていた!

 

「ハアッ!」

 

 まず、右手の剣が甲賀のバイザーとぶつかる。

 鍔競り合う、ことはない。

 左手に持つ剣で切り上げ、直刀を弾き、がら空きになった甲賀の身体を蹴り飛ばした。

 

「つうッ……!」

 

 長テーブルとパイプ椅子を巻き込みながら倒れた甲賀。

 ゆらりと立ち上がり埃を叩くような動きを見せた後、黒峰樹は私に話しかけてきた。

 

「……つよ。なに、願いを叶える気にでもなった?」

「これぐらいしないと、話もしてくれないでしょ」

「話? なんの」

「そうまでして、願いを叶えたいの?」

 

 甲賀がその言葉に反応した。

 願い。

 ライダーが例外なく持つもの。

 彼女の願いは、右腕を治すこと。

 かつて、天才と呼ばれたピアノの腕が彼女にはあった。

 そして私もかつては、剣道で神童なんて呼ばれていた。

 互いに、似通った時期に事故に合い、才を失った。

 だから、私は黒峰樹のことを知っていた。

 私と同じように事故で右腕に傷を負ったピアノの天才少女。

 彼女はその才を、取り戻すために戦っている。

 

「逆に聞くけど、あんたは叶えたくないの? あんたのその腕だって治せるかもしれないんだよ。それともまさか、今こうして剣を振るえていることで満足してたりするわけ? あんたは剣道の天才、だったもんね!」

「それは違う! 私は、ただ……」

 

 右手を握り締める。

 こうして戦えているのはライダーの力による補正のおかげである。

 そうでなければ、右腕の痛みに顔を歪ませることになる。

 

「私は、誰にも傷ついてほしくないだけ。だって、間違ってるでしょ……。誰かの命を犠牲にしてまで願いを叶えるなんて……。誰かの命を犠牲にするほどの価値は、この腕にはない!」

 

 そうだ、絶対にそうだ。

 この右腕にはそんな価値はない。

 神童と持て囃されていたとしても、才能があったとしても。

 誰かの命を犠牲にして治した腕で再び剣道に臨んだとしても、きっと剣を握る手からは血が流れ続けるだろう。

 

「────は? なに、言ってるの」

 

 甲賀の雰囲気が変わったのが分かった。 

 飄々としている彼女だが、今は怒りに溢れている。

 

「あんたは戻りたくないの? 天才だって周りが褒め称えてくれてさ……。なにより、大好きだったことをそう簡単に切り捨てられない!」

 

 大好きだったこと。

 その言葉が私をその場に縛りつけた。

 その隙に甲賀は間合に飛び込んでくる。

 鋭い斬撃が襲いかかる。

 

「くっ……!」

「前に言ったよね、あんた。アタシ達は同じだって。違う。違うよアタシ達は! アタシはまたピアノを弾くんだ! そのためならなんだって……!」

 

 言葉と共に横一閃。

 胸部に直撃する。

 衝撃と痛みが襲いかかり、よろけた私は本棚と共に倒れてしまった。

 

「まず、ここから出るにはどっちか死ななきゃいけない。アタシは死ねない。願いを叶えるために」

「ッ……。私、だって……」

 

 痛む身体に鞭を打ち、立ち上がる。

 

「私だって、死ねない。戦いを止めるために……。あなたに私を殺させないために!」

「ハッ。アタシはもう、誰かを殺してるんだ。今更殺すことに躊躇なんかしない!」

 

【TRICK VENT】

 

 甲賀の分身が現れ、一斉に襲いかかる。

 素早い甲賀がこの数、普通に窮地。

 これを乗り切るにはと左手のバイザーの挿入口を開く。

 

【TIDAL VENT】

 

 タイダルベント。

 タイダル、たしか……潮とかそんな感じの意味だったはずだ。

 その名のとおり、私を起点に波が打つ。

 前にテレビで見たが、30cmの高さの津波でも人は危ない。

 支えが無くては立っていることなど不可能だという。

 それは、いくらライダーとて同じこと。

 

「波ッ!?」

 

 波は無数の甲賀の足を取り、分身達はその姿を消した。

 残るは甲賀本人のみ。

 水浸しとなった床に倒れている。

 

「分身は消えたよ!」

「このッ!」

 

【CLEAR VENT】

 

 甲賀は次なるカードを切る。

 透明となり、姿を隠した。

 透明とはいえ実体はある。

 甲賀が駆けた場所は水が跳ねて教えてくれるが、途中から水はしんとした。

 水から出た?

 壁か天井に張り付きでもしたのか、水に動きがない。

 気配を消したつもりのようだ。

 だったら今度はこれだ。

 

【SQUALL VENT】

 

 スコールベント。

 室内だというのに、大雨が降りだす。

 そして、雨が透明となった甲賀の居場所を教えてくれた。

 カウンターの上。

 場所が判明したので即座に双剣を投擲。

 更に、流れるようにカードを切る。

 

【SWORD VENT】

 

 もう一枚のソードベント。

 私が契約している巨大なワニのようなモンスター『グランゲーター』の尻尾を模した剣『グランザッパー』を召喚。

 

「チッ!」

  

 弾かれる双剣。

 だが、本命はこっち。

 

「でえぇぇぇぇい!!!!!!!」

「しまっ……」

 

 斬!

 振り下ろされた剣の衝撃で水の柱が立ち上がる。

 派手に火花を散らした甲賀の鎧は砕け、黒峰樹が生身を晒した。

 スコールベントが降らす雨に濡れる彼女は膝から崩れ落ち、雨に打たれ続けた。

 

「……ははっ。流石、剣道の天才少女。アタシなんかより戦い慣れてるか」

「……いいから、ここから出る方法を探そう」

「は? なに甘いこと言ってるの。いいから殺せば? そうすれば出られるよ」

「二人でここを出るの! 私は誰も殺させない。あなただって……。だから!」

「……勝手にすれば? 言っておくけど、アタシを殺さないと時間が来たらあんたも消滅するんだからね。あと、後ろから斬りかかるかもよ?」

「そんなことさせないって言ってるでしょ馬鹿! ああもういいから黙ってて! 一人でやるから! あと斬りかかられても私のが強いんだから!」

 

 黒峰さんは手伝ってくれないので自分一人でなんとか出来ないか模索する。

 ……いや。

 

「一人じゃない……」

 

 そうだ、私は一人じゃない。

 仲間がいる。

 さっきはいなかったけど、いや、むしろいなかったからこそ彼、燐くんが切札になってくれる気がする。

 普通であることを自負しているけれど、彼はきっと特別だ。このライダーバトルという環境において。

 だから、彼の力が必要だ。

 戦いを止めるには。

 そして、彼の力を求める以上は私も頑張らなくてはいけない。

 

「やるぞ、影守美也!」

 

 とにかく、ここからの脱出を目標としてグランザッパーを力いっぱい振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美しい音楽を奏でる場所であった音楽室に響くのは鋼とその奥の肉を打つ打撃音。暴力の音であった。

 主に、奏者は喜多村遊/仮面ライダーレイダー。

 打楽器のように拳を打ちつけられるのは氷梨麗美/仮面ライダーウィドゥ。

 

「あは、あははははッ!!!!」

 

 打撃音に歌が乗る。

 麗美の狂気染みた笑い声。

 殴られて、彼女は笑う。

 何故なら彼女にとって暴力とは、痛みとは、愛であるからだ。

 

「愛されてる!」

『ええ、愛を感じる!』

「『もっと私達を愛して!!!!!!』」

 

 どれだけ殴り飛ばしてもダウンせずに向かってくるウィドゥに最初こそ警戒したレイダーであったが、ここまで純粋に殴り合いが出来ることに歓喜していた。

 ここのところの戦いが不完全燃焼といった感じだったゆえにレイダーのテンションもまた上がっているのだ。

 

「いいよぉ! たっぷり私が殴って(愛して)あげるよぉ!!!!!」

 

 そうして二人は殴り合う(愛を育む)

 愛の言葉ではなく、愛の拳で語らって、二人は交わる。

 殴れば殴るだけウィドゥは愛を感じ、愛を返さずにはいられない。

 どれだけ殴られても、むしろ殴られれば殴られるだけやる気に満ちるウィドゥはレイダーにとっても良い相手であった。

 永遠に続けばいいのに。

 レイダーはそんなことすら思った。

 だが、時間には制限がある。

 ウィドゥの愛も絶頂を向かえる。

 レイダーの闘志も極限を越える。

 

 二人同時にデッキからカードを引き抜いた。

 そのカードは互いに、ファイナルベント。

 最大最高、必殺のカード。

 

 レイダーは左拳に装着しているメリケンサックのようなバイザーへ、ウィドゥは右肩に備わる蜘蛛型のバイザーから糸を引き、カードを糸の先端につけて手を離す。

 

【FINAL VENT】

 

 重なる必殺の宣告。

 本来はモンスターの助力を得て高い威力の技を放つのがファイナルベントであるが、音楽室という狭い空間ゆえにモンスターは現れない。 

 互いに右手に深緑と黒の闘気を纏い、放つ。

 レイダーの剛腕がウィドゥを屠るか、ウィドゥの鋭利な爪がレイダーを刺し貫くか。

 

 音楽室に轟音響く。

 吹き飛ぶ黒い影。ウィドゥが、壁に叩き付けられた。

 

「ガッッッ!?!?!!?」

 

 肺から空気が抜け、あまりの衝撃に痛みすら感じなかったほど。

 ずるずると床に落ちてからようやく痛みを感じ、仮面の下で笑みを浮かべた。

 

「……すごい、すごい……こんなに愛を感じたのは、初めてかも……。ね、瑠美……?」

『そう、ね……麗美……。とっても、とっても愛してもらえた……』

 

 今にも消えてしまいそうな声で、麗美と瑠美は言葉を交わす。

 

「瑠美……。私、もっと愛されたいな……愛したいな……」

『そうね麗美……。いっぱいいっぱい愛し合いたいわよね……この人と……けど……』 

 

 

 

 

 

 

「『この人は殺しちゃったから、もう愛してもらえないね』」

 

 

 

 

 

 

 ウィドゥを殴り飛ばした時の体勢のままでいたレイダーの下腹部からは血が滝のように流れていた。

 風穴が開いたと表現してもいいほど、レイダーは貫かれていたのだ。

 レイダーの拳がウィドゥを捉えるほんの僅かな一瞬早く、ウィドゥの爪が届いていた。

 やがて、鎧は弾け生身を晒した喜多村遊が倒れる。

 その衝撃で、遊を中心にして血の池が広がる。

 

「いい人だったね、瑠美」

『ええ、とてもいい人。愛しているわ』

「こんな人とまた会えるかな」

『きっと、戦っていればまた会えるわよ。愛し合える人に』

「そうだね。けど……」

 

 ウィドゥの各部からは火花が散り、なによりもデッキがひび割れていた。 

 変身も維持出来なくなり、ウィドゥの鎧は砕け散った。

  

『勝者がそんな格好ではいけないわね』

 

 音楽室に麗美でも瑠美でも、ましてや遊でもない女の声が響いた。

 いつから、どこから現れたのか白い人影、コアが麗美達の前に立っていた。

 

「誰……」

 

 麗美がそう訊ねると、コアは膝をついて麗美と目線を合わせると麗美の頬を叩いた。

 

『私はコア、あなた達二人を愛する者よ』

 

「愛して、くれるの……?」

『愛させてくれる?』

 

『まず一つ目の質問はイエス。愛してあげるわ、存分に。そして二つ目の質問はノー。私はまだ貴女達に愛されるための身体がないの』

 

「身体が、ないの……?」

 

『ええ。私も貴女達から愛してもらいたいのに、残念。……だから、お願いがあるの。────私の身体を造るのを手伝って』

 

 身体を、造る。

 具体的に何をすればいいか、麗美と瑠美には分からない。

 ただ、それでも愛のためならと。

 

「瑠美」

『いいんじゃない? まずはこの人の愛を見てみましょう』

「そうだね、瑠美……。分かった、手伝う……」

 

『ありがとう』

 

 感謝と同時に鼻っ柱にコアの拳が叩き付けられる。

 そして、これをと麗美はコアから手渡されたものを見た。

 

「……デッキ?」

 

『ええ。これまでのとは違う、オルタナティブのデッキよ。これで貴女は今までよりもっとたくさん愛し愛されることが出来るわ』

 

「本当? 嬉しい……」

『変身してみましょうよ、麗美』

「うん。やってみるね、瑠美」

 

「『変身』」

 

 デッキを銀色の無骨なベルト『オルタバックル』に装填し、新たな、もう一つのウィドゥが誕生する。

 他のオルタナティブ同様の黒いスーツは麗美の豊満な女の身体を見せつけるかのよう。

 左腕を覆う銀色のバイザー『オルタバイザー』を装着。

 仮面ライダーウィドゥの時は存在した仮面などを隠す布は消え、蜘蛛の巣が覆う仮面には8つの複眼が怪しく光る。

 誕生、オルタナティブ・ウィドゥ。

 

『それじゃあ、勝者はここから出ましょうか』

 

「うん……」

 

 最後に、ウィドゥは遊に視線を向ける。

 あれは、死んでいるだろう。消滅も始まっている。

 心の中でサヨナラを言って、ウィドゥはミラーワールドを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死ぬ?

 これが、終わり?

 否、否。

 嫌、嫌。

 駄々をこねる。

 死にたくない。

 まだ死にたくない。

 ここでは死ねない。

 もっと私は戦いたい。

 戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って。

 

 戦いたいから。

 

 死ねない。

 

 死んでなんかいられない。

 

 この、喜多村遊は戦い続けるんだ。

 

 戦いのために。

 

 血肉湧き躍る闘争を求む。

 

 一方的な殺戮ではない。

 

 ギリギリの緊張感を味わいたい。

 

 アドレナリンがどうとか、そんな話はどうでもいい。

 

 戦うんだ、戦いたいから戦うんだ。

 

 狂ってる?

 

 結構。

 

 狂ってる自覚はある。

 

 狂ってるというより、生まれた時代を間違えたというか。

 

 もしも生まれ変われるなら、戦いが日常茶飯事で、戦って殺しても罪ではなく英雄となれるようなそんな時代、世界がいい。

 

 ただそんな生まれ変わるとかそんな先の話より、私はいま戦いたい。

 

 だから、死なない。

 

 私は、生きる(SURVIVE)

 

 

 

 

 

 

 

「ぶはっ!?」

 

 目を覚ますと血溜まりに顔を突っ伏していた。

 知っているだろうか、人間は水深3cmでも溺死出来るのだ。

 まあ、水深3cmもないんだけどね。

 とはいえ目が覚めたら血溜まりに顔を突っ伏してましたーなんてどんなスプラッタ。

 

「血で溺死なんて流石にそんな趣味ないよー! って、ん?」

 

 今更、見覚えのないカードを掴んでいたことに気が付いた。

 金色の羽が描かれたカードで、カードの名前は……。

 

「S、U、R、V……サバイブ? なんか知らないけどヨシ! あはは!」

 

 デッキにサバイブのカードを突っ込み、ミラーワールドを後にする。

 あー、制服どうしよ。

 クリーニングに出したら通報されるなこれだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガタンゴトンという音、そして揺れ。

 電車の中にいるみたい。

 けどこの揺れがちょうど眠気を誘ってくれる。

 もう少し、寝ていよう。

 

「起きなさい」

 

 もうちょっとだけ……。

 

「起きないと、仲間が死ぬけど、いいの?」

 

 その言葉で意識が一気に醒める。

 そうだ、僕は学校で戦って……。

 

「って、ここどこ……?」

 

 見渡すと、まったく知らない場所にいた。

 電車のような縦長の空間で、内装はレトロ。

 なんて言えばいいんだろう……迎賓館? みたいな。

 シックで落ち着いた雰囲気の内装ではあるが、満員電車とまではいかないぐらい人でごった返している。

 なんだか時代がかった服装の人が多いというか、時代も国もバラバラというかそんな感じの人達が何かをしている。

 銀色のメダルのようなものを使って、買い物?

 一体どういう空間なんだ?

 それでいて僕はボックス席に座らされていて……。

 

「起きたか」

「うわっ」

「うわっ、とはなんだ。人の顔を見てからに」

 

 目の前に、美人がいた。

 腰ぐらいまである黒髪、黒いドレスで着飾った、美しい黒の人。

 怖いぐらい、綺麗な人。

 

「あなた、は……」

 

 見覚えがある。

 この顔は、最近、どこかで。

 

「てっきり、君ぐらいの歳の子は知らないと思ったが……。流石、私。有名人。いや、それともあれか? 幸恵から聞いたか?」

 

 その名前が出て、驚くと同時に思い出した。

 幸恵とは母さんの名前だ。

 そして、この人のことを知ったのは母さん経由だ。

 

「藤上、今日子……」

 

 聖山高校のOG。

 母さんの先輩で、伝説的な女優だったという。

 たしか火事で死んだって……。

 

「懐かしいな、名前で呼ばれるのは。今はオーナーとばかり呼ばれているから寂しかったところだ」

「オーナー……?」

「そう、この列車のな」

 

 やっぱりここ、列車の中なんだ。

 ……いやいや待て待て。

 なんでそんなところにいるんだ僕は。

 

「もう一人のむ……アリスに捕らわれて、溶かされていたところを助けた。だから君はここにいる」

「……助けられたらどうして列車の中にいるんですか?」

「それは、この列車がただの列車ではない、時の列車だからだ」

「時の、列車……?」

 

 その単語が出ると同時に汽笛が鳴った。

 時の列車は時の砂漠を突き進む。

 御剣燐を、運命の終着点へと導くために。




次回 仮面ライダーツルギ

「……良き友人」

「私は止めておいた方がいいと忠告しておくぞ」

「……うるさい。斬るぞ」
 
「私は、元凶だ」

 運命の叫び、願いの果てに────
 

ADVENTCARD ARCHIVE
TIDAL VENT
カードを使用したライダーを起点に波を起こし、周辺を浸水させる。
波で複数の敵を一度に押し返すことも可能。
美也が契約しているグランゲーターなど水辺に生息するミラーモンスターにとって有利な空間を作り出す。


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ALTERー3 元凶

 車窓からの景色は一面の砂漠。

 空は黒く、ここもまた異界なのだと嫌でも思い知らされる。

 そしてこの車内もまた、異界だった。

 ここはコスプレ会場かと言いたくなるような装束の人達で賑わっていた。

 車内ではお静かにといったマナーはないようだ。

 それに車内のあちこちで明らかに乗務員ではない者達が車内販売を行っている。

 お菓子とか飲み物とかではない物が色々と、勝手に売られていく。

 僕の知っている列車ではまるでない。

 

「この列車では、()()()()かしなくてはいけない。それがルールだ」

「え……」

「それで、君はどうする? 売るか? 買うか?」

「そんな、急に言われても……!」

「そもそも君は無賃乗車だ。まずは切符を買わなければな」

「無賃って、そっちが勝手に乗せたくせに……。そもそもなんなんですか時の列車って!」

「有り体に言えば、タイムマシンだ」

「タイムマシンなんて、そんな嘘だろ……」

「鏡の世界があるんだ、時を走る列車があったっていい。それより、切符を買いなさい」

「……いくらですか?」

「1セルだ」

 

 財布をポケットから取り出しながら聞くとそんな答えが返ってきた。

 ……1セル?

 当然だが僕の財布には日本円しか入っていない。

 セルという通貨単位を僕は知らない。

 

「……あの、レートとかあります?」

「ない。今日は金銭コレクターが乗っていないから金を売ることも出来ないな」

 

 なんで乗っていないんだ金銭コレクター。

 ……いや、乗っていてもお金を売るという行為はどこか躊躇われるけれど。

 

「ま、なんとかして金を手に入れてみるのだな。ここでは何を売ってもいいぞ。臓器でもいいし、寿命でもいい。君のこれまでを物語るのも、誰かしらは金を落としてくれるかもしれないぞ」

 

 そうは言っても臓器を売るほどの覚悟はないし寿命なんて以てのほかだ。

 これまでの自分の話を語る趣味もないし、大して面白くはない。金が落ちることはないだろう。

 では、どうすればいいか……。

 

「あ~らオーナーどうしたのその子ぉ。若いツバメ?」

 

 オーナー、藤上今日子に話しかけた一人の女性はゴシックを極めたような格好をしていた。

 藤上今日子が落ち着きのある黒とするならば、この女性は周りを黒に染めてやらんとするような凶暴な黒。 

 長い紫色の髪は嫌でも目につく。

 胸元は透けて、谷間を隠しているようで、その実は見せつけている。

 

「キズナか……。言っておくが、そんなものではないぞ、この少年は」

「そうなの~? じゃあ、()()()()()?」

 

 その女性、キズナは僕を見るなりそんなことを言い出した。

 

「僕は売り物じゃ……!」

 

 そう言いながら立ち上がると、キズナの細い指が僕の胸板をなぞった。

 不思議とその手を払い除けることは出来ず、身動きも取れなくなった。

 

「左肩から胸にかけて裂傷、右肩には打撲、刺された痕もあるわね、貫通している。他にも大小様々な傷がある。君、若くてこんなに傷だらけなのね。私好みよ。特にこの腹部の傷! 何で貫かれたの? 槍なんかじゃないわ、もっとぶっといやつ」

 

 どういう理由か、彼女は僕の傷が視えていた。

 当然だが僕は服を着ているし、そもそも僕の身体にはそんな傷はないのだが、彼女が言った傷には覚えがあった。

 かつての戦いでついた、特に大きな傷だ。

 腹の奴なんて、超高圧水流で貫かれたやつ。

 時間が巻き戻り、その傷は身体には残っていないというのに彼女には、視えている。

 

「お願い、貴方自身が売り物でないなら()()()()()()()()()

「傷を……?」

「私は止めておいた方がいいと忠告しておくぞ」

 

 藤上今日子が忠告する。

 彼女がわざわざ口を挟むのは、本当にやめておいた方がいいのかもしれない。

 

「貴方、お金持ってないんでしょう? お金がないとここではやっていけないわ。最悪死ぬことだってある。死ぬのと、傷を売ってお金を得るのと、どっちがマシ?」

「死ぬって、そんな……」

「……ちょうど来たわね。あれを見なさい」

 

 キズナが指をさしたのは、前の車両から移動してきたモンスターとも違う異形であった。 

 西洋の鎧と鬼が合わさったような見た目で、賑わっていた車内は緊張感が支配した。

 異形はホームレスのような男に近付くと、何か話しかけた。

 

『キップ ヲ ハイケン』

 

「き、切符はこ、これから買うところなんだ……。だから、許してくれ……」

 

『ムチン ジョウシャ トリシマリ』

 

 異形は男を突き飛ばすと装備していた棒を振り下ろした。

 容赦などなく、棒は脳天を直撃。

 異形は意識を失い倒れた男の襟を掴み、引き摺り歩き始める。

 助けに入りたかったが、キズナの不思議な力のせいで身動きが取れなかった。

 

「早くしないと貴方もああなるわよ。大丈夫、私は殺しはしないわ。もったいないでしょう、命が。それに、貴方には一目惚れしたから2割増しの値段にしたげる。だから、ね?」

 

 ……正直、あの異形と戦うという選択肢もある。

 だが、この列車のルールというものを非常に重く感じる自分がいる。

 ルールを破ることはいけない。

 命に繋がりかねない。

 その警告と、今の状況を天秤にかけて僕は……。

 キズナに、傷を売ることにした。

 

「きゃー! ありがとー! それじゃあ早速」

 

 次の瞬間、制服のシャツが切り裂かれ上半身をさらけ出すことになってしまった。

 一瞬だったのでしっかりとは見えなかったがメスみたいなもので切られたようだった。

 だが、そんなことどうでもよくなる。

 

「うっ……! ぐぅぅぅ……!!!」

 

 腹部が、熱い。

 痛い、痛い、痛い、痛い。

 この傷は、こんなに、痛かったのか。

 

「そりゃそんな傷、受けたら痛いとか通り越して死んじゃうもの~。ふふふ、とってもいい顔……。やっぱり君みたいな子が痛がる姿は最高ね~。君ぐらいの歳の子でこんな傷だらけなの、滅多にないからさ~。本当は君を丸ごと買いたいんだけど~、どう? 高く買うけど~?」

「つぅ……! こと、わる……!」

「あ~、やっぱり~? じゃあこことここの傷も追加で買うわ~」

「ッ!? うぁぁぁぁ!!?!!」

 

 切り刻まれ、貫かれる。

 目の奥がチカチカとして、痛いということしか今の自分にはなかった。

 

「あ、汗」

 

 キズナが頬を舐めた気がした。

 けどそんなことは気にならない、気にしていられない。

 

「ふふっ、それじゃあこれ~。お代ね~。傷3箇所と、いいもの見せてくれた分と汗舐めさせてくれた分でせしめて10万セルね~。ありがと~。もし、お金が足りなくなったらいつでも呼んでね~」

 

 テーブルの上に銀色のメダルの山が立つ。

 藤上今日子はそこからメダルを一枚取ると、僕に一枚のカードを差し出した。

 ただ、今はそれどころではない。

 ピークは過ぎたとはいえ、まだ痛むのだ。

 

「はあ……はあ……」

「なんにでも効く痛み止め、2セルでどう?」

 

 木箱を背負う、テーブルの高さと目線が同じ小人のようなヒゲのおじさんが話しかけてきた。

 痛み止め?

 願ってもない。

 喋る余裕がまだないので、頷きで返事をすると木箱から取り出した黒い錠剤をひとつテーブルに置き、メダルを二枚取っておじさんは去っていった。

 僕はその錠剤が本物かどうかだとか疑うこともなく、乱暴に口にした。

 ……どうやら、本物のようだ。

 嘘みたいに、痛みが引いた。

 

「ここで売られる物に偽物はない。にしても、よもや一瞬でこれだけ稼ぐとは。この列車の乗客の中でもトップクラスの富豪になったぞ」

「そう、なんですか?」

「ああ。余程の高額商品がない限りはここで売られてるものを全て買ってもまだ余るだろうな。それに、新規事業を立ち上げて更に金を増やすことも容易い」

 

 新規事業って……。

 こんなにはいらなかったんだけどな、切符さえ買えれば良かったから。

 まあ、金はあるに越したことはない。

 

「そこのお兄さん。服がボロボロですね、私がお直しいたしましょうか? それとも新しい服を買われます? こちらの白いロングコートなんか、お兄さんに似合うと思いますけど~」

 

 今度話しかけてきたのは、世界史の教科書で見たような中世だか近世だかのヨーロッパの貴族みたいな女性。

 どうやら服屋らしい。

 すすめてきたロングコートはここでは着てても違和感ないだろうけど、もとの世界では普段使い出来ない。

 普通に制服を直してもらうだけにした。

 普段から着てるし、母さんがボロボロの制服を見たら何があったのと問い詰められるだろうし。

 お代は3セルというので支払う。

 すると一瞬で制服は直され、いつの間にか袖を通していた。

 すっご……。

 にしても、さっきから1セルとか2セルとか、メダル数枚しか使っていない。

 安いのか高いのか分からないけれど、確かにこの調子だと10万もあっても余裕で余ってしまいそうだ。

 その後も、色々セールスがやってきたけれど特別必要なものはなかったので断っておいた。

 そんなことよりも、話がしたいのだ。

 この、藤上今日子と。

 

「……その、何から尋ねていいかって感じなんですけど」

「私は、元凶だ」

 

 元凶。

 唐突に吐かれたその言葉に、背筋が冷たくなった。

 元凶。

 その言葉の意味とは。

 

「御剣燐。私は君と同じだよ」

「同じ……」

「私はかつて、ミラーワールドの扉を開いた」

 

 その言葉に衝撃を隠せなかった。

 ミラーワールドの扉を開いた、自分以外の人がいたなんて想像したこともなかったからだ。

 

「30年以上前の話だ。まだ私が小学生の頃に、手鏡を落としてしまって割ったことがある。そこから、ミラーワールドが開いた。そして……あいつと出会った」

「あいつ……?」

「今は、コアと名乗っているようだな」

 

 コア。

 その名を聞いて脳裏に浮かぶ白い霞がかった女の影。

 キョウカさんに力を与え、アリスという役割を演じさせ、ライダーバトルを始めた黒幕。

 それ以上のことはキョウカさんにも分からず、その姿と同じようにコアに関することは何も分かっていない。

 

「コアと貴女は一体どういう関係なんですか。元凶ってどういうことなんですか!」

「……良き友人」

「え……」

 

 予想外の言葉だった。

 友人なんて単語が出てくるような場面ではない。

 

「友人、だった。そして、私でもある。私はミラーワールドを開いた時、ミラーワールドへと入ってしまった。私以外に人はおろか、動物もなにも、およそ生命というものを感じることはない世界。そんな世界に佇む一枚の鏡。コアミラー……。彼女はコアミラーの中から現れた。私の姿を鏡に映して」

 

 

 

 

 彼女は私だ。

 良き友人、それもそうだろう。

 自分と同じ考えを持ち、趣味嗜好も同じ。

 鏡の中の私は決して私を裏切らない。

 ……幼い頃の私は友達がいなかった。だから、彼女と共に遊ぶことは何にも代え難い喜びだった。

 毎日のように私はミラーワールドで彼女と遊んだ。

 だが、時を重ねるごとにそんな時間は無くなる。

 

 中学生の頃、文化祭の出し物で劇をやった。

 私は主役ではなかったが……主役以上の演技をしてみせた。

 それから私は現実の世界でも友人が出来るようになって、ミラーワールドに行く時間は少なくなった。

 

 高校生の時、私は聖山高校の演劇部に入部した。

 一年生でありながら主役に抜擢され、誰もが私に魅了された。

 二年生になって後輩が入ってきた。

 そのうちの一人が、君のお母さんだよ。

 特に彼女は私を慕ってくれた。

 後輩というよりも、妹みたいだと思っていたよ。

 

 まあ、とにかく現実の世界で充実する度にミラーワールドの私と会う時間は減っていた。

 それが何を意味するのか、当時の私には理解することが出来なかった。

 

 三年生の時、私にとって最後の文化祭。三年生は文化祭での公演で引退するから、とにかく私や他の子達も熱が入っていた。

 文化祭が近づくある日、鏡の中の私が言った。

 

「ミラーワールドが、閉じようとしている」

 

 現実の世界との繋がりが弱くなり、もう私が行き来することが出来なくなると。

 だから、最後に私の願いを叶えてあげる。

 学校にある一番大きな鏡の前で、ミラーワールドが閉じる最後の瞬間に願いを叶える。

 どんな願いでも。

 

 校長室の前の廊下に、今でもあるかな?

 あの鏡だ。

 そしてミラーワールドが閉じる日というのが、文化祭当日の夕方。

 どんな願いでも叶える。

 けれど、その頃の私には願いがなかった。

 願いがなかったというよりも、満たされていたと言った方が適切だな。

 まるで思い浮かばなかったんだ、願いが。

 文化祭の劇では主役に抜擢され、高校卒業後の進路も決まっていた。

 あの頃、私は順風満帆だった。

 

 そんなだから願いのことなんて頭の片隅に追いやっていた。

 最後の文化祭も迫っていたことだし、願いなんて叶えなくていい。最後に、鏡の中の私に別れを言えればと。

 そんな時だったよ、君のお母さんが恋をしているのを知ったのは。

 剣道部の男子生徒。そう、君のお父さんにお熱でそれはそれは……。

 なに?

 親のそういう話は聞きたくない?

 いや、駄目だ聞け。大事なことなんだ。

 君のお母さんは彼に告白する勇気を持てずにいた。

 さっきも言ったとおりだが、君のお母さんのことは妹のように思っていた。

 だから、私は彼女の恋が実るようにこう言った。

 

 文化祭の最終日、文化祭の閉会式をやってる時に校長室の鏡の前にいた二人は結ばれる。

 

 そうして、彼女は実行した。

 勇気を振り絞って。

 そして二人は結ばれ……君が生まれた。

 そう、御剣燐。君がね。

 

 

 

 

「君は、鏡の中の私……コアにより願いが叶えられたことで生まれた」

 

 強く、頭を殴られたかのような衝撃だった。

 願いが、叶えられたから生まれた?

 それが、僕?

 

「そんな……いやでもコアは貴女の願いを叶えようとしていて……」 

「あの時、コアは私の姿から鏡に戻りかけていた。彼女自身にも時間が迫っていたんだろう。そういうシステムとしてあるべき姿に戻るタイムリミット……。だから、君のお母さんの告白を願いとして受理することしか出来なかった」

 

 淡々と伝えられる真実が痛い。

 なによりも、怖い。

 自分の生まれが、自分が止めようとしているものによって定められていたことが。

 

「……話は続く。私は高校卒業後に女優としてデビューした。短い間だったがとても楽しかった。だが、私も女だ。一人の男を愛し、妻となり、母となり……。私は、母であろうとした。それで女優を引退した。生まれ育った聖山の街に戻って……」

 

 長男を育て、娘を身籠った。

 産まれた娘はすくすくと育った。

 幼い頃の私に似て、内向的な子だった。

 よく鏡に向かって話しかけて遊んでいた。

 なんともまあ、親子だななんて暢気に思っていた。

 そんなある日……突如、ミラーワールドが開いた。

 

『今日子……! 今日子、今日子!!! 憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い!!!!!』

 

 そんな声と共に、娘はミラーワールドに連れ去られた。

 私も捕らえられて、この列車に閉じ込められた。

 夫はその時に出た炎に焼かれて死んだ。

 唯一、息子だけが現実世界で生き残りはした。

 それが救いのようで……呪いの始まり。

 

「ミラーワールドに連れ去られた娘とその兄って……。まさか……」

「藤上は旧姓。結婚してからは宮原。娘の名は宮原鏡華。アリスとして担ぎ上げられライダーバトルを始めてしまった可哀想な子だよ」

 

 ……元凶という言葉の意味が分かった。

 分かってしまった。

 今のコアを生み出したのは、この人なんだ。

 

「さて、ここまで話しておいて私が元凶ということは理解したな。だが、()()()()()()()()()ことは分かっているな?」

「……はい」

「賢しいな、()()()。ライダーバトルの原因は、君だ。君一人のせいとは言わないが」

「いいえ、自分のせいですよ……」

「自分一人に責任を押し付けることは簡単。しかしそれは逃げていることと変わらない。原因を突き詰め、理解した上で反省し、対処することが大事」

 

 原因を突き詰め、理解する……。

 ライダーバトルの原因。

 それは……。

 

「鏡華は君に恋をした。とはいえ、それを理解したのは君が死んだあとのこと。幼い頃にミラーワールドに引きずり込まれたあの子に、そういったことを教える者はおらず、一人きりのあの子が恋を知ることもなかったからな」

 

 彼女はずっと一人でいた。

 寂しそうに、一人で。

 だから、僕は彼女に……。

 

「そんな時、あの子の前に君が現れた。それは間違いなくあの子にとって救いになった。10年もの間、一人きりだったのだから。……そうして、君はあの子に寄り添ってくれた」

 

 寄り添ってくれた?

 本当に、僕は彼女に寄り添うことが出来たのだろうか。

 僕はまったく、彼女の気持ちを理解することなど出来なかった。

 そんな僕が、寄り添うなんて……。

 

「他人を真に理解することは出来ない。人の心を読めるわけがない。人の心を読める者がいたらそれは人ではないよ。それに、あの子の気持ちに君が気付かないのは当然だ。あの子は君に想いを伝えなかったのだから。直接、言葉として。もっと言えば、その伝える大切さをあの子は学ぶ機会がなかったのだが」

 

 伝える大切さ……。

 キョウカさんは10年間もミラーワールドにいた。

 10年だ。

 人格形成を成すべき時期をミラーワールドでたった一人で過ごしてきた。

 親も、教師だって存在しないのだ。

 たった一人では人間関係を、社会を学ぶことは出来ない。

 

「因果なものだ。願いが叶えられたことで生まれた君が、ミラーワールドを開いてあの子と出会ったのだから」

「……そして、モンスターが現実の世界を襲い始めました。だから、僕は……」

「仮面ライダーとなった……。モンスターもコアが生み出したものだろう。私がミラーワールドを開いた時は現れなかったからな。君が開けたのを利用したんだ」

「……コアは、何をしようとしているんですか」

「ひとつは、私への復讐だろう。これは果たされた。いや、継続中とも言えるが……。だがこれは片手間のものだろう」

 

 片手間。

 ひとつの、通過点ということか。

 コアが目論むこと、最終目標に辿り着くための。

 

「ライダーのシステムにもコアが関わっているのかもしれないな。士郎が君に戦うように迫ったのも……」

 

 あの時、私ではないものが願いを叶えてしまった。

 その願いによって結ばれた二人の子供を利用する。

 これもまた、あいつの復讐のひとつかもしれない。

 そう、藤上今日子は語った。

 

「ライダーとして一人孤独に戦い君は死んだ。そして、鏡華を利用してライダーバトルを起こし、大勢の少女を巻き込み……。いや、少女だけではないな。少女達の家族や友人達も巻き込んで多くの悲しみを産み落とした」

 

 ……脳裏に浮かぶ、様々なライダー達。

 命を落としてしまった人は大勢いる。

 彼女達一人一人にも家族がいて、友達がいて、恋人だっていたかもしれない。

 とにかく、人がいなくなるということは想像以上に多くの人間を悲しませる。

 だから、僕は……。

 

「止めるために、戦わないと……」

「……ああ。すまないが、私はここからは出られない。君の力になれることは少ないだろう」

「……そういえば、ここって、この列車は本当になんなんですか」

「君も持っているだろう。時間を操るカードを」

 

 時間を操るカード。

 タイムベントのことか。

 

「時間をあれこれ弄りまわすなんて、普通ではないだろう。コアも例外ではない。そのために、これは利用されている」

「タイムベントの力の源ってことですか」

「そんなところだ。コア好みに改造されてしまっているが……」

 

 コア好みとは、この車内の環境。ルールのことだろう。

 欲望に満ち溢れている。ここは。

 

「……何度も、あの子は繰り返した。繰り返す度に、鏡華は悲しんでいた。それを何度も、何度も私は見せつけられた。ここから……」

 

 窓の外、黒い砂漠を見つめる藤上今日子の顔は親の、母の顔をしていた。

 娘を思う母の顔。

 娘の悲しみを、何百、何千と見てきたこの人の心中を測ることなんて出来なかった。

 

「何度も繰り返したことに加えて、他にも様々な時間を操るカードによってこの時空はねじ曲げられてしまった。御剣燐、しっかり覚えていけ。時を操るなんて強大な力を行使するからにはそれ相応の代償が伴う」

「代償……」

「君はさっき、傷を売ることでこの大金を得た。その代償としてもう二度と味わいたくはないだろう痛みに襲われた。いいか、願いを叶えるとは本来こういうことだ」

「本来こういうことって、代償があるということですか」

「そうだ。願いに相応しい対価を払わなければならない。逆を言えば、大抵の願いは対価を払えば叶えられる」

 

 大抵の願いは対価を払えば叶えられる。

 例えば、腹が減ったからコンビニで食べ物を買って食べるとかが分かりやすいだろうか。

 けど、このライダーバトルに参加している人達は……。

 

「普通じゃ叶えられない願いがあるから、戦っている……」

「普通では叶えられない願いのために自分の命を対価としているわけだ、少女達は。それがコアの狙いなのだろう。売買という契約ではなく、ギャンブルをさせる。命をベッドさせ、一発逆転を狙わせる。ほんと、悪どいよ」

 

 ではその果てに何を見ているのだろうか、コアは。

 分からない。

 やはり、奴は底が知れない。

 

「仮にライダーバトルの果てに願いが叶ったとしよう。だが、その願いに相応しい対価を支払ったといえるだろうか。いいや、きっとそれは過剰な支払い。ボッタクリだ。天秤は願いではなく対価の方に傾くだろう」

 

 願いと対価は対等でなくてはならない。

 理屈は分かる。

 だけどもし、そういったことを超越した願いがあるのだとしたら……。

 いや、これは今は関係のないことだ。

 

「話を戻すが、タイムベントは危険だ。鏡華はタイムベントの代償に繰り返すことの絶望を味わった。では、君は?」

「僕は、何も……」

「いいや、そんなはずはない。未来超越。未来の勝利を決定する力だ。もっと言えば未来を、運命を固定する力」

 

 運命を固定する力。

 敗北の可能性を斬り捨て、勝利を約束するもの。

 これに伴う代償……。

 

「いずれにせよ、君にも訪れる。代償を支払う時が。だから、タイムベントは使うな」

 

 母親が子供を叱りつけるようにして言われた。

 なんだか、不思議な感じ。 

 だけど、悪いようには思っていない。

 叱られるって、愛されてるってことだから。

 この人は、心配してくれてるんだ。

 

「タイムベントは極力、使わないようにします」

「極力?」

 

 その声には、ちょっぴり怒気が孕んでいた。

 

「使わないようにします!」

「よろしい。……それでは、もう行け」

「えっ……。行けって……」

「現実の世界へ、だ」

「行けるんですか!?」

 

 なんのために助けたと思っていると怒られる。

 確かに、助けてもらったんだよな僕は……。

 

「迎えが来ている」

「迎え?」

 

 コツン、コツンと靴音が。

 僕の目の前に、黒いロングコートを着た僕が現れた。

 僕、ではなく刃だ。

 

「迎えって……」

 

 ああ、藤上今日子が頷く。

 やっぱり、というかなんで刃が。

 この前、滅茶苦茶斬りあった仲なんだけれども。

 あれこれ聞いてやろうと思ったが、あの異形が再び車内に現れた。

 他の乗客が道を開けるなか、突っ立っている刃に異形は目をつけた。

 ……刃は、切符を持っているのか?

 

『キップ ヲ ハイケン』

 

「……」

 

 刃は黙ったままでいた。

 やっぱりこいつ、切符を持ってない……!

 

『ムチンジョウシャ トリシマリ』

 

 異形が棒を振るおうとした瞬間、刃はどこからか取り出した黒いスラッシュバイザーで異形を斬り捨てた。

 

「お前も、こうしていればあんな痛みを味あわなくて済んだのにな。馬鹿な奴だ」

 

 異形は完全に沈黙している。

 誰が馬鹿だと言い返してやりたかったのがその前に、異形がわんさかとこの車両に乗り込んできた。

 仲間がやられたので完全に戦闘態勢でいる。

 

「おい、行くぞ」

「行くって……。この中を!?」

「ああ、切り抜けるぞ」

「……あまり、荒らすなよ」

 

 藤上今日子の願いは叶わなかった。

 早速、刃が蹴り飛ばした異形が誰かの露店を破壊した。

 

「お前! こんな面倒起こす方が馬鹿だぞ!」

「……うるさい。斬るぞ」

 

 こいつ……!

 そんな怒りをどこかにやらねばならない事態となった。

 刃と顔が同じ僕。いや、正確には刃が僕と同じ顔なんだけど。

 顔が同じなものだから、異形は僕にも襲いかかってくる。

 

「僕は切符買ったのに……!」

 

 振り下ろされた棒を避けて、変身する。

 

「変身!」

「変身」

 

 刃とは同じタイミングでの変身になったが気にしてはいられず。

 狭い車内でまだ関係ない人も残っている。

 むやみやたらと斬ることは出来ない。

 正確に、素早く。

 ここから切り抜けることを考えながら戦っていく。

 スラッシュバイザーで異形を切り裂き……刃と背中を合わせた。

 

「……あっちのドアから出るぞ」

 

 背中越しに刃が指示を出した。

 あそこまでの道中、異形を斬り伏せてドアから出て……。

 

「出てどうするわけ!」

「いいから、行くぞ」

 

 刃が駆け出し、僕はそれについていく。

 短い距離だが走り、切り抜ける。

 後方から矢が放たれるがそれも斬り捨て、ドアの前へ到着。

 ドアを刃が斬り捨て、風に流されていった。

 外には黒いドラグスラッシャーが列車と並んで飛んでいる。

 なるほど、こういうことか。

 

「跳べ!」

「ッ!」

 

 刃のあとに続いて、列車から黒いドラグスラッシャーへと乗り移る。

 黒いドラグスラッシャーは僕が乗ったのを確認すると一気に高度を上げて黒い空へと舞い上がった。

 追手は撒けた。

 これで、ようやくゆっくりと話が出来る。

 

「どうやって、ここに……」

「……アリスによって産み出された俺は、ある意味ではアリスの力の根源であったコアから産まれたと言ってもいいのだろう。だからか、奴等の作った場所には入り込むことが出来た。お前がアリスに捕らわれた時、デッキを渡したのも俺だしな」

 

 ……そうか、あの時の声は刃のものだったのか。

 

「そうだったんだ……。ありがとう」

「は? なぜ礼を言う」

「いや、助けてくれたわけだし。お礼ぐらい、ね」

「自分に礼を言うやつがあるか」

「ここにいる」

 

 それに、刃は同じ顔をした別人って感じがするのだ。

 なんとなく、だけど。

 だからなんだろう、双子みたいな?

 手のかかりそうな弟だ。

 

「そんなことを言ってる場合ではないようだぞ。あっちは」

「そうだよね……。あのキョウカさんも一体……」

「分からん。こちらからは手出しが出来なかったので監視していたが……」

 

 あのもう一人のアリス。現実の世界にいたキョウカさんは確かに仮面ライダーを見たと言っていた。

 それが、そういう理由だったなんて。

 

「アリスの方は任せろ。お前は他を助けろ」

「手伝ってくれるの?」

「やむを得ない。緊急事態だからな」

 

 刃が緊急事態だなんて言うとはよっぽどのようだ。

 ……なんとかして、みんなを助けないと。

 

「そろそろ現実世界へ浮上する。念のためサバイブになっておけ」

「分かった」

 

 刃と共にサバイブへと変身する。

 敵の戦力がどれほどかは分からない。

 だから、最初から全力でいく。

 

「……これを持っていけ」

 

 手渡されたのは、一枚のカード。

 遺伝子のような螺旋が描かれていた。

 カードの名前は……。

 

「ストレンジベント……? これは?」

「宮原士郎が所持していた。その場に応じた能力を持つカードに変化する。使え」

 

 言われたとおりに使ってみる。

 スラッシュバイザーツバイの鞘にあるカード読込み口の中へ入れる。

 

【STRANGE VENT】

 

 電子音声が鳴ると、カードが排出されたので手に取るとストレンジベントのカードは、ツルギサバイブの幻影を描くトリックベントに変化していた。

 本当に、カードが変わった。

 

「行くぞ」

「ああ!」

 

 黒い空が白い光に包まれる。

 光の中、トリックベントを使用して分身した僕達はみんなのもとへ向かって飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒れた車内は乗客達の手により復旧作業がなされていた。

 誰もが忙しなく動く中、一人優雅に茶を嗜む藤上今日子の目の前には、装飾が施された箱が置かれていた。

 箱の中にあったのは、黒いパスケースと三色のメダル。

 そして……二本の趣がそれぞれ異なるベルトであった。

 

「この戦いが終わった後のことを考えなければな……」

 

 この戦い。

 仮面ライダーツルギの戦いが終わった後のこと。

 

「出来れば、もう彼には戦ってほしくはない……。だからこそ、これは戦士として生まれた者が得るべき力……」

 

 戦士として生まれ、戦士として生きた者にこそ、この力を授ける。

 それが、藤上今日子の願いであった。

 無辜の民であった御剣燐のような者にではなく、戦士になるべくしてなった者に。

 

「彼はきっと、全てを背負う。だから、せめてその全てを減らすことぐらいは……」

 

 だが、そのためには仮面ライダーツルギの戦いが終わらなければならない。

 その時はきっと来ると信じて、今日子は箱の蓋を閉じた。




ADVENTCARD ARCHIVE
STRANGE VENT
召喚機に読み込ませることでその場に応じた能力のカードに変化するという特殊な能力を持つ。
変化したカードは再び召喚機に読み込ませることで効果を発動させる。
ツルギサバイブが使用し、トリックベントに変化した。


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ALTERー4 前哨戦の終わり

『私は、ライダーバトルに勝利した私です』

 

 もう一人の私の言葉は、俄には信じがたい言葉であった。

 ライダーバトルで勝利した私?

 ふざけるのもいい加減にしてもらいたい。

 だって、だってだってそれが本当なら……。

 

 願ってもないことなのだから。

 

『あ、今認めましたね。分かりますよ、私』

『ち、違っ……!』

 

 オルタナティブ・アリスに取り込まれていく腕が更に深く沈み込む。

 このままだと本当に取り込まれてしまう。

 けどこの状況ではカードを使うことも出来ない。

 足掻き、踠くほどに沈んでいくこいつの身体は底なし沼のようで、とにかく踏ん張って耐えるしかない。

 なんとか、しないと……。 

 そうじゃないと、燐くんだって……。

 

『燐くんを助けるためにも私は……!』

『助ける? 弱いくせに不出来なくせに駄目なくせにグズなくせに燐くんを助けるなんて言うなッ!!!』

『ぐうっ!!!』

 

 腕が引きずり込まれて肩まで到達してしまった。

 本当に、本当にこのままじゃ……。

 

『燐、くん……!』

『この期に及んで燐くんに助けを求めるとか、どんだけ雑魚なんですか恥ずかしくないんですか!?』

 

 そうだ、私は弱くて、馬鹿で、幼稚で……。

 こんな自分から、変わりたいと思っていたのに結局燐くんにすがろうとして……。

 私は……!

 

『諸共死にたくなければ、頭をどけろ』

 

 その愛しい人と同じ声に咄嗟に従った。

 瞬間、閃く剣先の光。

 仮面越しに感じる熱は、青く輝く刃から放たれるもの。

 切っ先の狙いはオルタナティブ・アリスの顔面。

 直撃していたら頭が吹き飛んでいきそうなほどの威力であったが、それは直撃していたらの話。

 

『危ない危ない』

 

 花弁の盾越しに、あいつの余裕綽々といった様子の声が聞こえる。

 刃サバイブの刺突は顔を貫く寸前で防御されていた。

 

『チッ……』

 

 刃は舌打ちをすると私の身体に腕を回して……光の速さでバックステップした。

 

『ちょっ! ちょっと! せめて一声かけてからやりなさい! 死んだかと思いましたよ!?』

『生きてるから別にいいだろう。それとも、取り込まれたかったのか?』

 

 仮面越しに私を馬鹿にしている顔が容易に想像つく。

 ……燐くんと同じ顔というのが本当に腹が立つ。

 

『そういう風に造ったのは私でしょう、私。まったく、まだ生かしているなんて……。その欠陥品を』

『欠陥品、だと』

 

 刃の声に怒気が孕む。

 彼が怒る理由は分かる。

 私が産み出してしまったから。

 

『私~? 製造責任って知ってます~? 造った以上はそのものに対して責任を負わなければいけません。なので私はちゃ~んと刃を殺してあげました。死にたがってましたもんね。私も偽物とか出来損ないはいらないので~』

『……おい、アリス。いや、キョウカ』

『……なんですか?』

『お前も殺すつもりだが、その前に奴を殺す。問題ないな』

 

 私を殺すのは問題大有りだが、あっちの私をヤる分にはなんの問題もない。

 刃の実力であれば問題はないはず。ましてやサバイブ。

 鬼に金棒というやつである。

 

『出来損ないに斬り殺される準備はいいか』

『親に殺される哀れな子供。なんて風には思いません。ゴミを処分するだけです』

『貴様……!』

 

 眩い光に目を背ける。

 刃の怒りが光線となり、オルタナティブ・アリスに向かい駆け抜けた。

 高速なんて表現では追い付けないほどの速さは脅威でしかない。

 だが、オルタナティブ・アリスは躱した。

 舞い散る桜色の花弁が刃サバイブの黒い鎧を飾り付け、そして爆ぜる。

 

『チッ……』

 

 刃サバイブは再び光となって駆ける。

 だが、既に刃サバイブは花弁に包囲されていた。

 どう動こうと爆発は絶対に食らってしまう。

 いくら刃サバイブといえど、無数の爆発を食らえばひとたまりもないだろう。

 だが刃サバイブはカードを引いた。

 あれは、タイムベント。未来超越────。

 

【TIME VENT】

 

『ふっ……』

 

【CONFINE VENT】

 

『私のとこの貴方にはそんな力はありませんでしたが、まったく問題なしです』

『なに……』

 

 まさか、こんな容易く刃を追い込むなんて。

 いや、そんな感心している場合ではない!

 私にあれをどうにか出来るか?

 未来超越を無効化されてしまった。

 少なくともあの花弁はなんとかしなければならない。

 コンファインベントでは……いや、あれはカード効果によるところではない。コンファインベントは使えない。それどころか私のデッキのカードではあれをどうにも出来ない。

 この役立たず!

 

『……これを使わされるか』

 

 苛立つ私とは対照的に刃は至極冷静であった。

 カードを手にし、鞘にある読込み口へカードを運ぶ。

 

【SWORD VENT】

 

 空に黒いドラグスラッシャーが現れる。ドラグスラッシャーはサバイブの力を受け、『聖剣輝竜ドラグブレイザー』へと進化。黒い東洋の龍を思わせる体型となり、三対の翼を生やしたもう一体の聖剣の竜。

 そのドラグブレイザーの右手に紫色のオーラが集い、光球となる。生成された光球は刃サバイブのもとへと飛ばされると六つに分かれて刃サバイブの周囲を漂った。

 

『いけ』

 

 刃の指示を受けた光球達は一斉にその形を変えた。

 球から、剣へ。

 光の剣。

 自由自在に空を駆け、花弁を切り裂き、焼き尽くし、処理していく。

 爆炎の華を咲かせ、刃サバイブのもとへ集まった光球はスラッシュバイザーツバイの刃に灯る。

 紫炎に燃えるかのような剣は更に輝きを増し、巨大な光の刃となる。

 

『ぜあああッ!!!!』

 

 大剣を振るい、刃サバイブは廻る。

 たった一薙ぎで周囲の花弁を全て切り捨て、刃サバイブはオルタナティブ・アリスの攻撃のひとつを掻い潜った。

 

 

 

 

 

 

 

 理科室。

 仮面ライダーアイズ対オルタナティブ・エンブレス。

 

 佐竹は戦い慣れをしていない。

 未来を視る能力があったとしても活かしきれない。

 

「当たらない! なんでよ!」

 

 ストライクベントで召喚された獅子の顔の形をした手甲をつけた右手で殴りつけてくる。だが、回避出来る。

 未来を視て私がどう動くかを知ったとしても、佐竹はそれ止まりだ。

 鐵宮のような戦闘センスはない。

 猛攻を掻い潜り、逆手に構えた青い双剣で手甲を受け流す。

 前のめりに倒れた佐竹の背中を斬りつけ、そして……。

 

「このっ……!?」

「終わりね」

 

 佐竹の仮面に、切先を突き付ける。

 詰みだ。

 佐竹を殺せばこのふざけたゲームは終わる……。

 振り上げた刃、首を断ち切ろうと。

 

「……ッ」

 

 断ち切ろうとした、なのに……。

 刃は、あいつの首の前で止まっていた。

 

「……はっ!」

「ぐっ……」

 

 腹部を蹴り飛ばされ、尻餅をついた私に佐竹がマウントを取った。

 二発、仮面を殴り付けられる。

 衝撃に頭を揺さぶられて……。

 

「なにあんた殺す覚悟とかないわけ! それでよくライダーやれてたわね!」

「うる、さい……。ぐっ!」

 

 再び、殴打。

 暴力は人を黙らせる最もシンプルな方法だ

 事実、私はなにも出来ないでいる。

 パワーでは向こうが勝る。ゆえに、脱け出せない。

 この暴力から。

 理性なのか本能なのか分からないけれど、その事実をぼうとした頭で受け止めていた。

 ああ、なるほどそうか。

 これが、諦めか。

 

 

 

 

 ……は?

 

「ふざ、け……」

「なに言ってんだよ!」

「ガッ!?」

 

 諦めて、たまるか……。

 私は……。

 私は……。

 

「り、ん……」

 

 目に浮かぶのは、眩しい彼の笑顔。

 私の記憶の中の彼はいつも笑顔でいた。

 あの笑顔を向けられると、安心して、暖かくなって……。

 もっと、彼の笑顔が見たいと。

 もっと、彼と一緒にいたいと。

 だから、だから……!

 

「りん……燐……!」

「死ね! 死ね! ……ギッ!?」

 

 突然、風が吹いた。

 窓も扉も閉まりきった閉鎖空間で、強い風が。

 佐竹は吹き飛び壁に叩き付けられた。

 この、風は……。

 

「燐……」

 

 一体、どこから現れたのか。目の前に立つ白い背中。

 マフラーを風に靡かせ、力強くその存在感を示していた。

 

「お前……! どうやってここに入った!」

「……」

 

【SWORD VENT】

 

 口では語らず、その行動が示していた。

 抜かれた白の太刀から放たれる剣気は、私まで切り裂かれたような心地になるほどの圧を佐竹に向けている。

 

「うっ……あああああ!!!!!!」

 

 剣気にあてられた佐竹が自棄になって燐へと殴りかかる。

 燐は動かない。

 脅威ではないからだ。佐竹の拳など。

 

「なっ!?」

 

 突きだされた獅子の顔を右手で受け止めていた。

 そして、右手は力をこめられ手甲はひび割れ、砕け散る。

 なんて、力。

 あれは手甲があったからよかったようなもの。もし、佐竹が素手であったなら今頃粉砕骨折していた。

 

「ひっ……! わ、私は……私は頂点にぃぃぃぃ!!!!!」

 

 まだ殴りかかる佐竹だが、その拳は全て防がれる。

 まるでロボットのような精密な動きで、片手であしらわれていく。

 何度かの攻防を演じた後、燐の裏拳が獅子の仮面を打った。

 大した威力はないように見えた。だがそれで佐竹は倒れ、燐を見上げる形になる。

 獅子の仮面は割れていた。

 仮面の下、佐竹の右目の辺りが露となり、その目には恐怖が映っているのが見えた。

 素手だけで佐竹は圧倒された。ならば、左手が垂らすその剣を振るったならば────。

 

「やめ……殺さないで! お願いだから!」

「……」

 

 燐は、やはり動かない。

 燐が人を殺すなんてありえない。だから佐竹を殺すようなことはしないだろう。

 けど、今の……いや、これまでもだが。

 戦う時の燐は、燐ではないような。まるで、心をどこかに置いてきたかのように肉体だけが動いている。

 そこに燐はいない。

 燐の器は存在しても、燐の心は入っていない────。

 

「燐……」

「……あ」

 

 呼び掛けて、ようやく燐の声を聞くことが出来た。

 いつもの、燐だ。

 

「チッ……らぁぁぁ!!!!!」

「燐ッ!」

 

 しまった。

 私が燐を呼んだりしたから隙が出来て……。

 

「カハッ!?」

 

 ドン、という音のあと、佐竹の変身が解けて力なく倒れ、燐がそれを受け止めた。

 見ると、佐竹の腹部には太刀の柄の先が当てられていた。意識を奪ったのか……。

 

「……抜くまでもなかったな」

「燐」

「美玲先輩。大丈夫ですか?」

「え、ええ……。それより、どうやってここに入ってきたの。ここ、出入り出来なくなってたはずだけど。他のみんなもそれぞれバラバラに……」

「その、入れたのは色々あって……。あと、他のみんなも大丈夫です。僕が助けに行きましたから」

 

 ……?

 ちょっと、日本語がおかしい。

 僕が助けに行きますから。これなら違和感ないのだけれど、行きましたからとなると既に燐が助けに行っていることになる。

 燐はここにいるのに。

 

「どういうこと?」

「その、分身の術的な……」

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは、赤の地獄であった。

 学舎らしい白い床も壁も赤く塗り潰されてしまった。

 赤い、赤い。

 血で赤い。

 モンスターの食べ残しを踏んで、転んでしまった。

 べちゃ、という音が嫌なものを連想させる。

 淡い水色の鎧とスーツは、誰か達の血で濡れていた。

 

「いや、いや、いや、いや……!」

 

 転んだ私に覆い被さってくるモンスター。

 こいつらが考えていることなんて、食べることだけで。

 私を、私を食べようとして……!

 

「やめて! 来ないで!」

 

 仮面ライダーになっていても、捕食の対象となることは恐怖だ。

 いや、逆に仮面ライダーになってしまったからこそ恐怖が増してしまった。

 

「いっ……!」

 

 乱暴に掴まれ、伸ばされた左腕にモンスターが噛みついた。

 

「や……! い、いぁ……!」

 

 スーツのおかげで噛み千切られはしない。

 だが、それでモンスターが諦めてくれるわけがない。

 どうしたって私を食べようとして、噛む力が増す。

 腕を万力で挟まれたみたいな痛みが延々と襲ってくる。

 それが、一体だけでなく二体、三体とモンスターが群がって噛み付いて……。

 やだ、やだ、やだ、やだ。

 痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い────!

 

「助、け……」

 

 誰も、来るはずがない。

 けど、助けてほしかった。

 こんなところで一人モンスター達に食われて死ぬなんて嫌だ。

 誰、か……。

 

 ふと、浮かんだ誰かは白い背中。

 穢れなき、純白の剣。

 仮面ライダーツルギ、御剣燐……。

 

『ギ? ギッ!?』

 

 突然、私に群がるモンスター達が吹き飛んだ。

 黄金の輝きの中から吹き荒ぶ白い風。

 それがモンスターを吹き飛ばしたのだ。

 そしてその輝きと風が収束し……仮面ライダーツルギサバイブの姿が顕現する。

 

「あ……」

 

 その姿に、手を伸ばす。

 神々しい救世主に。

 彼は私の前に立つとソードベントを使用。

 腰を低く落とした構え。

 あれは、居合だ。

 

「……ッ! ぜあああッ!!!」

 

 解き放たれる白刃は風の刃となり、モンスターを切り裂いていく。

 そしてツルギサバイブは鞘を左手に取り、納刀。それと同時にモンスターは爆破。

 この一瞬で、彼はこの地獄を終わらせた。

 

「ああ……」

 

 彼は、救世主だ。

 やっぱり、彼はヒーローなんだ。

 絶対に助けてくれる存在。

 だから手を伸ばす。

 助けてもらいたくて。

 けれど、彼は鏡が割れるかのように消えてしまった……。

 

「どこ……。どこに行ったの……」

 

 私を、助けてくれる人────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何回やっても何回やっても。

 

「壁が壊せないよ~!」

 

 図書室の扉を打ち付けることもう何度目か。

 ぜんっぜん壊れる気がしない。

 

「だから~諦めてアタシを殺すか、アタシに殺されてくれない? アタシは後者がいいんだけど」

「私はどっちも嫌だからね! 殺すのも殺されるのも! あと二人共死ぬのも!」

 

 図書室利用者のように座って私を眺める黒峰さんにそう返事をして再び作業に集中する。

 傷ひとつつかない扉。

 だけどなんとかここから脱出しないと本当に共倒れなんてことになる。

 それだけは避けたい。

 

「……ねえ、なんでそこまでして止めたいわけ? 別に関係ないでしょ、他人のことなんだし」

 

 黒峰さんの問いかけに手が止まった。

 ……いけないいけない。一秒も無駄には出来ないんだから。ちゃんと手を動かした上で、質問には答える。

 

「……たしかに、他人のことだし首突っ込むなって思われてると思う。けどさ、やっぱり嫌なんだよ。端から見てても、殺し合いなんてさ!」

 

 言葉の節目で力を入れて剣を振り下ろす。

 だから語尾が強くなって、あんまりいい感じに聞こえなかったらごめんね。

 

「端から見ててもって、じゃあ見るなって話じゃん」

「無理。ライダーバトルなんてのがあるって知っちゃったんだから。私だって、知らなかったらこんなことしてない!」

 

 ライダーバトルと関わってなかったら、きっと怪我のことを悔やんだままの生活が続いていたと思う。

 周りの人達に心配をかけないように、大丈夫だと明るく取り繕って。

 なにか新しいことを始めようとしても、なんだかどれもしっくり来なくて。

 だから、高校入学からのこの半年近くは私にとって灰色の学生生活。

 あまり、楽しいと思えることはなかった。

 いや、今も楽しいってわけではないんだけどさ。

 射澄さんのこと、陽咲のこと、悲しくて辛いことばかりだ。

 だけど、それでも────。

 

「今の方が、前向いて生きてるって感じがする。前に進めって、射澄さんが背中を押してくれてる気がするから……」

 

 自分に言い聞かせるように呟いた。

 だから、諦めない。

 辛くても、悲しくても、前に進めばきっと……。

 ライダーバトルに参加してる人達もそうだ。悲しかったり、苦しかったりして、だからそれをどうにかしたくてライダーバトルに参加して……。

 けど、違う。

 きっとライダーバトルで願いを叶えたとしても、前には向けない。

 苦しいのが上乗せされるだけだ。

 だから、私はそんなことさせない。

 だから、私はライダーバトルを止めるために戦うんだ。

 

「私はライダーバトルを止めるために戦う。願いを叶えたって、きっとあなた達は後悔することになるから」

「後悔? そんなのない。他の誰かを踏み台にして生きてるんだよ、アタシもあんたも。剣道の試合で勝つのも、ピアノのコンクールで賞獲るのも同じ! 他の奴等の上に立ってきたんだよアタシ達は! だから、後悔なんてしない!」

 

 これは、信念のぶつかり合いだ。

 黒峰さんは絶対に譲りはしないだろう。自分の主張を。

 それは、分かってた。

 でないと、ここまで生き残ってはいなかっただろうから。

 

「さて、そろそろ時間もヤバいし……。やろうか、変身」

 

 再び、甲賀へと変身した黒峰さん。

 どうあっても、決着をつけたいようだ。

 けど、戦いなんて……。

 時間がないのも事実だし、どうしたら……。

 

「はっ!」

 

 忍者刀を手に迫る甲賀。

 戦うしか、ないのか!

 覚悟を決めて構えた瞬間だった。

 

「なに!?」

 

 暴風が、駆ける甲賀を横殴りにしたようだった。

 テーブルを巻き込み、床に転がる甲賀は即座に体勢を立て直して風の正体を警戒する。

 

「……ツルギか」

「燐くん!」

「……」

 

 声をかけても燐くんは返事をしなかった。

 ……戦闘モードだからか!

 とにかく、どうやって入ってきたかは分からないけど頼もしすぎる味方が来てくれた。

 これは流石に黒峰さんも退くしかないだろう。

 

「チッ……。ツルギ相手は分が悪すぎるでしょ……」

 

 黒峰さんはやはり聡い。

 燐くんの、ツルギの力を理解している。

 無謀な戦いをするタイプでもないし、大人しくしてくれた。

 とはいえ、この監禁された状態からどうやって脱け出すのかが問題。

 燐くんが来てくれたけれど、燐くんがこの状況をどうにか出来るとは限らない。

 ……どうにかしてしまいそうだけど!

 

 結果的には、どうにかなった。

 ただ、燐くんがどうにかしたというわけではなく、急に私達を閉じ込めていたバリアのようなものが割れたのだ。

 

「なに!?」

「……とりあえず、退くか」

「あっ、黒峰さん!」

 

 黒峰さんは窓ガラスに飛び込み現実の世界へと戻っていった。

 ……私も消滅が始まっている。出ないと。

 

「燐くん! 出よう!」

「……」

 

 パリン。

 ミラーワールドからの退去を提案したら、ツルギが割れて消えた。

 

「ええっ!? なにそれどういう!? って、出ないと!」

 

 私も窓ガラスから現実の世界へと戻る。

 ……ひとまず、なんとかなったんだよね?

 状況は分からないけれど、とにかくみんなと合流しよう。

 みんな、無事だよね……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刃サバイブとオルタナティブ・アリスの戦いは拮抗していた。

 それほどまでにもう一人のアリスの実力は高く、刃サバイブは内心では感心するほどであった。

 スラッシュバイザーツバイでアリスの鞭を弾き、刃サバイブは接近。己が得意とする間合に入るがアリスの鞭が縮小し硬化。剣となって刃サバイブと剣戟を演じてみせた。

 

『ほう。こちらのアリスは口だけではないようだな』

『当然です。そっちの雑魚な私とは違うんです』

『ああ。斬り応えがありそうだ。雑魚のアリスとは違って』

『ちょっと! 雑魚雑魚言わないでください! 私だってこれまで何回も刃と戦ってるんですから! そして今日まで生き延びています!』

 

 ドヤァという効果音が聞こえてきそうなほど胸を張ってキョウカ=仮面ライダーブロッサムは言う。

 

『そうだな。逃げ足が速くて苦労させられた』

『んなっ!』

『舌の切れ味もいいなんて、本当に嫌ですね。どうしたらこうなっちゃうんでしょう?』

『愛を知らずに戦い続ければこうなる。ぜあッ!』

『くっ!』

 

 舌戦を繰り広げるのはもうお仕舞いだと刃サバイブの剣が光る。

 鍔迫り合いの状態を利用し、オルタナティブ・アリスの鞭の剣を絡めとるように下へと180度。

 アリスの剣を蹴り飛ばし、その手から得物を奪うと刃サバイブの太刀筋がオルタナティブ・アリスの装甲に傷をつけた。

 生身であればアリスは上半身と下半身で断たれてしまったであろう見事な一閃。

 これには余裕綽々といった様子でいたアリスも顔をしかめざるを得なかった。

 

『チッ……。サバイブの力、これほどなんて……』

『ふっ、お前が殺した俺はサバイブに至っていなかったんじゃないか? そのライダーもどきのシステムは確かに既存のライダーシステムよりは性能が高いようだが、サバイブ込みでは同等。そうなれば変身者の技量が物を言う。お前は、俺には勝てない』 

『この、出来損ないが……』

 

 忌々しげに吐き捨て、再び刃サバイブへと殺意を向けるオルタナティブ・アリスであったが、その身に起きている変調に気付いた。

 正確には、オルタナティブシステムの変調であるが。

 

『……そのようですね。ですが、私は直接手を下すタイプではない黒幕系ヒロインですので。それではごきげんよう』

『待てッ!』

 

 オルタナティブ・アリスは変身を解除した。生身だろうと関係ないとアリスに迫る刃サバイブはアリスを袈裟懸けに切り裂く。だが、その手応えはなかった。

 噴き出すはずの血は花。

 アリスは花弁となって風に流され姿を消したのだった。

 

『逃がしたか……』

『……ひとまずは退けることは出来たようですね。学校に張られていた結界もなくなったみたいですし』

『そうか……』

 

 刃はバックルからデッキを抜いて変身を解除。キョウカも変身を解除して刃と向き合う。

 黒い服装の、仏頂面の御剣燐という姿にキョウカは不快感とまではいかないが違和感を感じていた。

 

「キョウカさん!」

 

 遠くからキョウカを呼びながら走ってくるのはツルギサバイブ。

 キョウカはその姿に安堵するが疑問も浮かんだ。

 

『燐くん……! 無事だったんですね! でも、どうやって……』

『俺が連れ戻した』

『そう、ですか……』 

 

 刃が燐を助けたという事実に複雑な心境になるキョウカではあったが駆け寄ってきたツルギを前にして笑顔を作った。

 

「キョウカさん! 刃も、無事でよかった」

 

『お前に心配されるような俺ではない』

 

「そうだね。君は強いから」

 

『ふん……』

 

 普通に会話する燐と刃という光景を見たキョウカは鳩が豆鉄砲を食ったような顔となる。

 この二人には因縁がある。

 なんとも説明をしにくいものではあるが、因縁が。

 

「あのカードのおかげで助かったよ。……あれ」

 

 ツルギが気付いた。

 トリックベントで生まれたツルギサバイブの分身が舞い降りてきた。

 その腕に、北津喜を抱き抱えて────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一時間後。

 藤花女学院。

 

「ねえ聞いた!? 聖高の話!」

「ネットニュースで見た。ヤバいよね」

 

 二人の女子生徒の、いやクラス全体の話題は聖山高校で起きたことで持ち切りとなっていた。

 茜もまたスマートフォンでネットニュースの映像を見て、息を飲んだ。

 これはきっと、ライダーバトルのせいなのだと。

 

「繰り返しお伝えします。今日未明、聖山市立聖山高等学校の生徒、職員合わせておよそ650名が意識不明の状態で見つかり、市内の病院に搬送されました。また、100名以上の行方不明者も出ているという情報もあり、聖山市内で発生している連続行方不明事件との関連について警察は────」

 

 やば、先生来た。という誰かの囁きを聞いて茜はスマートフォンを机に仕舞い、教壇に立ったクラス担任の女性教師に目を向けた。

 

「えー、みなさん。既にご存知の方もいらっしゃるとは思いますが聖山高校で起きた事件……か、事故かはまだ分かりませんが、これを受けまして休校措置が取られることになりました。生徒の皆さんは速やかに帰宅してください。また、明日以降については追って連絡します。それまでは家で自学自習に励み────」

 

 休校となれば嬉しくなるのが学生というものだが、事が事なだけに浮き足立つ生徒はいなかった。

 帰る生徒達は暗く、足取りは重い。

 そんな帰宅していく集団から離れ、茜は通話アプリで同居人に連絡した。

 数コールの後に通話に応じた同居人の声はいつにも増して機嫌が悪そうであった。

 

「ニュース見た瀬那?」

「見た」

「あれって、やっぱり……」

「ああ……。一応、確認しに行ってるとこだけど」

「ほんと! じゃあ私も聖高の方に……」

「いや、いい。家に帰ってろ。どうせ大したことは分からないだろうからな。無駄足になる」

「無駄足になるならなんで瀬那は行ってるのさ」

「一応確認つったろ」

「だから私も行くって」

「帰ってろ」

「行く」

「帰ってろ」

「行く!」

 

 そこで、通話は終了した。

 瀬那の方が切ったことで。

 

「もうなにさ、一人で行動なんかして。仲間なのに」

 

 こうなったら意地でも行くと茜は聖山高校へ向かおうといつも曲がる道を真っ直ぐ進む。

 ……進もうとして、足が止まる。

 

「……ッ!」

 

 突然、脳裏に浮かぶあの夜のこと。

 瀬那と共に仮面ライダーテュンノスを倒した時のこと。

 

「……なんで、あの時のこと思い出してるんだろ、私……。ダメダメ、瀬那と合流するんだから急がないと!」

 

 再び歩き出す茜。

 雑念を振り払おうとイヤホンをつけてポップな音楽を流して……。

 




次回 仮面ライダーツルギ

「私なら、貴女をお救いすることが出来ます」

「あいつ、こんな名前だったのか」

『……貴女と組んでいる娘は、どうするんですか?』

「はあ!? なんだよ金がないって!」

「多すぎ。昔話みたいな盛り方をパスタでやるなよ。アタシがそんなに食えるわけないだろ」

運命の叫び、願いの果てに────


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ALTERー5 それぞれの

 聖山高校の前には救急車、パトカー、必要あるのか分からないが消防車が無数に集まっていた。

 遠巻きに眺める野次馬達を掻い潜って最前列に出る。

 慌ただしく動き回る医者、警官、消防士。

 これといって分かることはない。

 まあ、分かっていたことだ。

 そうとなれば、こちらではなくあちらへ行けばいいこと。

 再び野次馬達の間を縫って、人ごみから出て人気のない路地へ。

 

「変身」

 

 カーブミラーに映し出された自分の姿が黄色と黒の警戒色に彩られた鎧を纏う。

 仮面ライダースティンガー。

 アタシが変身した姿。

 カーブミラーに吸い込まれるようにしてミラーワールドへと移動し、ミラーワールドの中の聖山高校の校舎の中へと足を踏み入れる。

 

「なっ……」

 

 思わず、そんな声が出た。

 白を基調としたよくある学校らしい空間。廊下を曲がった瞬間、白が失われた。

 赤だ。

 赤黒い塗料をぶちまけられたかのようだった。

 だけどこれが塗料なんて可愛らしいものでないことが即座に分かった。

 血だ。

 人間一人分なんかではない。

 たくさんの人間の血だ。

 

「マジで、何があったんだよ……」

 

 ここ最近のミラーワールド、ライダーバトルはどこかおかしい。

 アタシの預かり知らぬ何かが動いているような、そんな感覚。

 

「……これ以上はなんもないか」

 

 一通り校舎の中を練り歩いたが大したものは見つからず、血まみれの廊下。戦いがあったであろう教室。それぐらい。

 モンスターの気配もライダーの気配もないので、これ以上ここにいたって仕方ない。

 また人気のない路地から現実世界へと戻り、聖山高校から遠ざかる。

 あの状況から推測するに、この白昼堂々の学校にモンスター達が襲来し、ライダー達が応戦。それでライダーバトルも行われた……というところだろうか。

 聖山高校にはライダーがかなりいたはずだ。

 きっと、ライダー達もそれなりにやられたと思う。

 

『────こんにちは、瀬那ちゃん』

 

 名前を呼ばれる。

 この甘ったるい声はアリスのものだ。

 だが、どこか疲弊した様子を感じる声色だ。

 ま、アタシには関係ない。

 

「聞きたいことがある、あれはお前の策略か?」

 

 何処へとも向けずに質問を投げ掛ける。

 どうせ近くの鏡の中にいるのだろう。

 わざわざアリスを見つける必要はない。

 

『……いいえ。あれはもう一人の私の仕業です』

 

「……もう一人? どういうことだ」

 

 そしてアリスの口から語られたのは信じられないことばかりだった。

 もう一人のアリスの登場。

 このアリスは既にライダーバトルを運営したりはしていないそうだ。

 新たなライダーバトルが行われようとしていると。

 

「なんか、色々と変わったとは思ってたけど……。なんでもいい。願いが叶うなら」

 

『戦うんですね……』

 

 当然だと返した。

 今更戦うことを止めたりしない。

 戦うことを止めるとしたら、それはアタシが死ぬ時だ。

 

「だいたい、お前が戦えば願いが叶うって誘ってきたからだろうが。今更なに言ってんだか」

 

『……ええ、そうですね。ですが、もう一人の私には与しないでください』

 

「分かってる。もう一人のお前もライダーバトルの参加者なんだろ。だったらアタシが殺す相手だ。アタシ以外のライダーは、全員……!」

 

 そして、アタシは願いを叶える。

 幸せだったあの頃を、アタシの帰る場所を、取り戻す。

 もうアリスには用はないと歩き出す。

 だが、あいつの言葉がアタシの足を止めさせた。

 

『……貴女と組んでいる娘は、どうするんですか?』

 

 ……あのバカか。

 

「あいつのメモリアはアタシが持ってる。願いを叶えることにもそんな興味ないってさ。だから、アタシ達が最後の二人になった時、あいつのデッキをアタシが壊す。それでアタシの勝ちだ」

 

 今度こそ立ち去る。

 アリスももう何も言わない。

 通り過ぎていく救急車のサイレンだけが、響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 あいつの家まで歩く途中、電信柱に貼られたチラシに目が行った。

 誰かお手製のもの。

 猫か何かを探しているのかとも思ったが違う。

 目を奪われた。

 探していたのは、少女だ。

 

「片山紗枝……」

 

 笑顔でピースする少女の写真。

 この少女は、知っている。

 アタシのデッキを盗んで、散々アタシを振り回して、あるライダーに殺された少女だ。

 連絡先は、児童養護施設なぎかわ。

 凪河区にある孤児院のようだ。

 

「あいつ、こんな名前だったのか」

 

 誰にも聞かれないはずの独白。

 だが、それに反応する者がいた。

 

「あの、紗枝ちゃんのこと知ってるんですか?」

 

 歳上の女。

 多分、20とかそれぐらいの。

 手には電信柱に貼られているのと同じチラシを持っている。

 ちょうどこのチラシを貼っていたところなのだろう。

 

「……知らない」

「嘘! 今こんな名前だったのかって!」

「だから、名前も知らない程度だよ。顔だけ知ってる。あとは知らない。だから知らない」

「教えてください! どこで見かけたんですか!」

 

 しつこい女だ。

 どうしたものか。

 ライダーバトルのことを話すわけにはいかない。

 ……こいつが、惨たらしく殺されたということも。

 何も語ることはない。語ってはいけない。

 だから、女を無視して歩き出す。

 

「待って!」

 

 アタシの前に立ち塞がる女。

 無視して、通り過ぎようとするも諦めてはくれない。

 肩を掴んで、アタシを行かせないようにする。

 

「離せ」

「話してくれるまで動かない。知ってるんでしょ紗枝ちゃんのこと!」

「ああ……なんなんだよアンタは」

「私は惣田早苗。紗枝ちゃんのいる孤児院で働いてる。一週間も前から行方不明で、それで……」

 

 ため息をつく。

 まあ、そんなところだろうとは思っていた。

 

「お願い。紗枝ちゃんのことなんでもいいの。教えてください……!」

「……スられたんだよ。返してほしけりゃ遊び相手になれってな。それだけだ。あとは知らない。じゃあな」

 

 今度こそ、今度こそ立ち去る。

 早苗とかいう女は頭を下げていたようだったが、気にしない。

 波打つ心を抱えながら歩き、ふと思い出した。

 

『メモリアに出たボクの願いは……繋がり。孤児院でもボクは一人ぼっち。誰か、ボクと一緒にいてくれる人が欲しいんだ。だから……ライダーであることをやめたりするもんかっ!』

 

 あいつの、紗枝の願い。

 

「なんだよ……。ひとりぼっちなんかじゃないだろお前は……。あんな必死に探してくれる人がいるんだからさ……」

 

 それに気付かないあいつは、本当に馬鹿だ。

 それを知らずに死んでしまったのだから。

 あいつの願いはすぐ傍にあったものだっていうのに……。

 

「くそっ!」

 

 何がくそなのかは分からない。

 ただ、この感情がなんなのかが分からない。

 これのぶつけ場所が分からない。

 言葉と共にコンクリート塀を殴った拳から、血が滲んでいた。

 雨が降る。

 ああ、苛立たしい。

 パーカーのフードを被って、大した意味のない雨避けをする。

 濡れる、濡れる。

 雨足は強まる一方で、パーカーもその下に着ているYシャツも、肌も濡らして。

 アタシはただ、この雨に濡れることを選んで歩いた。

 

「あー! 何やってるのさ瀬那!」

 

 バカっぽい声がした。

 傘に入れられる。

 雨に濡れることを選んだのに、こいつは。

 

「え、もしかしてもう聖高行った?」

「……ああ。とっくの昔にな」

「ええー!? 一人で行動して。私達バディでしょバディ。それより早く帰って瀬那をお風呂に入れないと! そして一緒にお風呂に入ろう! うん!」

「……入ってきたら蹴り飛ばす」

 

 ああ、このバカのせいか身体が寒いと感じてきた。

 こいつの家の風呂は広くて気に入ってるので、風呂のために早く家へ……。

 

「瀬那?」

「……なんでもない」

 

 変なことを考えてしまった。

 さっさとこのバカの家へ向かう。

 風呂のために。

 そう、風呂のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか、雨が降っていた。

 ここがどこかも分からない。

 こんなに体力があるとは思えないほどに、ずっと走り続けていた。

 逃げ続けていた。

 

 刺しちゃった、刺しちゃった、刺しちゃった、刺しちゃった、刺しちゃった、刺しちゃった。

 ────殺し、ちゃった。

 

「いや!」

 

 大きな水溜まりの真ん中で、膝から崩れる。

 殺しちゃったという現実が、私の足を奪った。

 本当に、殺してしまったのか。

 どうして殺してしまったのか。

 生きたいから。

 死にたくなかったから。

 私の命と、北さんの命を天秤にかけて、私の命の方が重かったから。

 

 でも、北さんはこんな私を助けようと一生懸命だった。

 そんな人を私は殺したの?

 

 仕方ない。

 だって、なんとかしようとしてたって言ってもどうにもなっていなかったのだから。

 あの状況下では、二人共死んでしまう。

 そんなの無意味だ。

 だったらどちらかが犠牲になって生きるべきだ。

 

 じゃあ私は北さんを犠牲にして生きる価値がある人間?

 

 当然そう。

 だって、私は私。

 北さんは北さん。

 自分と他人。

 どちらが大事かなんて分かりきったこと。

 誰だって自分が生きたいに決まってる。

 だからきっと北さんもギリギリになったら私を殺して生きようとしたはず────。

 

 

 

 本当に、そう思う?

 

 

 

 北さんは、きっとそんなことをしない。

 北さんは限界まで頑張るだろう。

 二人が助かるために。

 なのに私は、一人で助かろうとした。

 なんて、なんて愚かで惨めで浅はかな人間。

 こうして今、生きてる価値なんて私にはないんだ。

 けど死にたくない。

 死ぬのは怖い。

 もう、なにをどうしたらいいか分からない。

 

 

 私を濡らす雨が無くなった。

 雨が止んだわけではない。

 いつの間にか、私の目の前に一人の女子高生が立っていて私に傘を差してくれていた。

 藤花の制服……。

 

「大丈夫ですか?」

 

 今時珍しいおさげの少女はにこりと微笑んでそう訊ねる。

 大丈夫かと聞かれて、大丈夫と言えるほどの余裕は今の私にはなかった。

 

「放っておいてください……」

「苦しんでいますね、心が」

「だから……放っておいてください!」

「私なら、貴女をお救いすることが出来ます」

「え……」

 

 私を、救う?

 その言葉に反応し、再び少女の顔を見上げる。

 まるで、聖女のような。いや、女神のような柔らかな笑みを浮かべていた。

 もしかしたら、本当に、この人は私を……。

 

「あの、貴女は……」

「私は樋知十羽子といいます」

 

 名乗り、差し出された手を恐る恐る掴んでしまった。

 立ち上がると、こちらへとついてくるように促され十羽子さんの一歩後ろを歩く。

 私、どうなっちゃうのかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院の集中治療室に運ばれた北さんの無事を皆で祈っていた。

 あの後、僕の分身が運んできた北さんの傷をキョウカさんの力でなんとか塞いだ。

 しかし、キョウカさんに残された力は僅かで完全に治すことは出来ず、今も懸命な治療が続いている。

 病院の廊下で僕達は口を閉ざしたままでいた。

 

「……北は、誰と戦ったのかしらね」

 

 沈黙を破り、壁に背をもたれさせながら立つ美玲先輩が呟いた。

 校舎内でのライダーの戦いは全て一対一に指定され、戦った場所もそれぞれ閉ざされていた。

 美玲先輩は佐竹副会長と、美也さんは黒峰樹と。

 伊織さんは一人で大量のモンスターの相手をさせられていた。

 

「あの時にいたのは喜多村遊さんと氷梨麗美さんですよね……。それに、真央さんもいなくなってるから……」 

 

 恐らく、やられてしまったとは美也さんは言わなかった。  

 床を見つめて、悲しみと悔しさを滲んだ顔を浮かべている。

 

「……喜多村は刺し貫くような武器は持ってない。もっぱら格闘よ。氷梨は爪を武器にしていた……」

「じゃあ、北さんと戦ったのは氷梨麗美……」

「そして、上谷は喜多村にやられた。可能性が高いのは、恐らくこうね……」

 

 遊さんと真央さんが戦ったら勝つのは遊さんだろう。

 実力から見ても。なにより彼女は手加減なんてしないはずだ。戦うとなれば、きっちりケリをつけるはず。

 

「……やられたわね」

「やられたって、言うと……?」

「敵の狙いは恐らく、私達の戦力を削ること。ライダーバトルを終わらせようとしてる、邪魔な私達の」

 

 敵。もう一人のアリス。

 彼女のことは、未だに朧気ではあるが、それでも思い出しつつある。

 

「あのアリスは、宮原鏡華として僕と同じクラスにいたんです……」

「ええ……。けど、それがある時からまるで最初からいなかったかのように姿を消して、私達の記憶の中からも……」

「お家も、廃墟になってたしね……」

 

 キョウカさんのタイムベントとも違う。 

 世界が変わってしまったかのように、宮原鏡華はアリスとなった。

 彼女を取り巻くものは全て、なかったことになっている。

 

「あいつは、一体……」

 

『あれは、ライダーバトルに勝利した私だと言っていました』

 

 僕が持つ折り畳み式の鏡の中から、さっきまでいなかったキョウカさんが声を上げた。

 どこにいたのかも気になるが、まずキョウカさんが話したことが気になる。

 

「ライダーバトルに勝利したって……」

「それはおかしいでしょ。貴女、何度も繰り返しているのに」

 

『はい……。私が勝ったのならば、そこで時間を戻すのも終わりです』

 

「じゃあ、なんで……」

 

『恐らくですが、あれは合わせ鏡が映し出したもう一人の……。数ある可能性の中のひとつの私ではないかと思います』

 

 数ある可能性のひとつ。

 ライダーバトルに勝った世界線の、キョウカさん……。

 

『ライダーバトルに勝った私を使って、コアはまた何かを企んで……』

 

「でも、なんでそんなことを……」

「見限ったんでしょ、コアも。何回も負け続けてる奴を」

 

 美玲先輩の言葉には棘があった。

 いや棘しかない。

 普段なら何か言い返すだろうキョウカさんも、黙り込んでしまった。

 

「きっと何か理由があるはずだよ。まだ、分からないけど……」

 

 これ以上は何も言えなかった。

 再び僕達の間に沈黙が訪れる。だが、それはすぐに破られた。

 僕の母さんの声によって。

 

「燐!」

「母さん……」

 

 病院ということも忘れ、僕の名を叫んだ母さんが抱きついてきた。

 泣いていた。

 よかった、よかったと……。

 

「母さん……。ごめん、心配かけた」

「ううん。いいのよ……。美玲ちゃんも、みんなも無事で本当に……」

 

 涙を拭いながら、僕達だけでも無事で良かったと。

 母さんはそう言ってくれた。

 

「みんなのお父さんお母さん達も来てるから、家に帰りましょう。ね?」

「でも、北さんが……」

「燐、私達に出来ることはないから家へ戻りましょう。北なら大丈夫よ」

「……はい。そうですよね。北さんですから」

 

 強い人だから、きっと大丈夫だろう。

 そう信じて、僕達は病院を後にした。

 

 

 

 

 

 家へ着くと、見慣れない革靴が一足玄関にあった。

 父さんのものとも違うようだ。

 お客さん?

 廊下を進んでリビングの方へ行くと、見知らぬ中年の男性がいた。

 痩せぎすで、白髪頭の父さんより五歳ぐらいは歳上だろうという人と父さんが何やら話していた。

 

「ああ、帰ったか」

 

 父さんはあまり感情を顔に出さない方だが、今回ばかりは少しホッとしたのが分かった。

 父さんにも、心配をかけてしまった。

 

「パパ……」

 

 傍らにいる美玲先輩がそう呟くのが聞こえた。

 この人が……。

 美玲先輩の父親はソファから立ち上がって一礼したのでこちらも同じく。

 

「咲洲健司と言います。娘がお世話になりながら碌な挨拶も出来ずに申し訳ありません」

 

 本当に申し訳なさそうにしているのが伝わる。

 こちらとしては全く気にしてないので大丈夫です……。

 

「パパ、どうして……」

「学校であんなことが起こったからだよ。母さんが二人を迎えに行くところだったから、家で待っててもらったんだ」

 

 父さんが説明して納得。

 そりゃそうだ。

 あんな事件に自分の子供が巻き込まれてしまったのなら、心配になるのが親というものだ。

 美玲先輩のお父さんは美玲先輩へと歩み寄る。

 そして、短く。

 

「……大丈夫か」

「うん……。大丈夫。平気」

「そうか……」

 

 そう言って踵を返すとソファに置いてあった鞄を手に取り、「それでは失礼します」と言って……。

 

「あの!」

 

 呼び止める。

 美玲先輩のお父さんは立ち止まって僕を見つめた。

 

「なにかな?」

「えっと、その……それだけ、ですか? もっと、なにか……」

「燐」

 

 美玲先輩が僕の肩に手を置いて、制止した。

 

「大丈夫だから」

「けど……」

「……それじゃあ、これで」

 

 美玲先輩のお父さんは行ってしまった。

 ……本当に、良かったのだろうか。

 

「優しそうなお父さんじゃない」

 

 母さんがそんなことを言うが、優しいのであればもっと美玲先輩に対して……。

 

「不器用な人なのね~」

「はい。不器用なんです、パパは」

 

 美玲先輩はそう言って微笑んだ。

 不器用、か……。

 

「優しさも愛情表現も、人それぞれということだ」

「お父さんはもっと愛情表現していいと思うけどね~」

「なに馬鹿なこと言ってるんだか」

「馬鹿なことって何よ馬鹿なことって~」

 

 夫婦喧嘩(母さんの一方的なやつ)を眺め、僕と美玲先輩は二階へと上がった。

 妹の美香が部屋から出てきて僕を見るとヨシ!と言ってすぐ部屋に戻ったが。

 僕の部屋に二人で入ると、美玲先輩が口を開いた。

 

「燐、さっきはその、ありがとう」

「え?」

「怒ってくれたんでしょ。パパのこと」

 

 あー……怒ったというか、なんというか……。

 やっぱり、親子なんだからもっと色々あって然るべきと思っただけのこと。

 けど、ちゃんと美玲先輩のことを愛しているというのはなんとなく分かりはした。

 

「私のパパとママもね、燐のパパさんとママさんに負けないぐらい仲良しでね、大好きだった。けど、私が小学生の時にママが病気で死んで……お父さん、すごいショックを受けてるのが分かって。それから現実逃避というか、ママの死を忘れるようにして働いて……」

 

 それから、家で一人でいることが当たり前になったと。

 会話もほとんどしないで、仕事に没頭するお父さんを美玲先輩は責めることが出来なかったという。

 ちゃんと、愛してくれているのは伝わっていたから。

 

「けど、やっぱり寂しいものは寂しいでしょう。だから、今の生活が好きよ私。家に誰かいるって」

「美玲先輩……」

「それに、そんなパパに一言言ってやるって啖呵切ろうとした彼氏からの愛情を感じて私はとても幸せ」

 

 僕をからかうつもりで言っているのがよく分かった。

 そして今のからかいはとても効いたので背中が痒いです。

 絶妙に手が届かないところが、とても、痒い……!

 

「もう、掻いてあげるわ」

「すいません……」

 

 背中に回った美玲先輩。

 美玲先輩の手が僕の背中に触れて……ぎゅっと、美玲先輩の体温を背中で感じる。

 美玲先輩の吐息が首筋にかかってくすぐったい。

 

「燐……」

「あの、美玲先輩……?」

「燐は、遠くへは行かないわよね……?」

「え……?」

 

 曰く、あの戦いの中で助けに現れた僕を見て、遠い存在のように、どこかへ行ってしまうのではないかという不安を感じたらしい。

 僕は……。

 美玲先輩の手に、僕の手を重ねる。

 

「大丈夫です。僕は美玲先輩の傍にいますから」

「本当?」

「はい。本当です」

 

 答えると、美玲先輩が僕から離れた。

 振り向くと、小さく腕を広げた美玲先輩。

 何かを目で訴えているようだった。

 

「……?」

「今度は、燐の番」

 

 僕の番。 

 ああ、そういうことか────。

 

 正面から、美玲先輩を抱き締める。

 身体全体で美玲先輩の熱を感じる。

 細く、しかし弱くはなく。

 美しい理想的な黄金比の身体を包み込む。

 美玲先輩の鼓動と、僕の鼓動が二つ合わさっていく。

 この熱に、融けてしまいそうだ。

 

「ん……。今度はキス」

「はは、なんだか甘えん坊ですね」

「色々あって不安だから……安心させて」

「はい」

 

 そっと、静かな口づけ。

 離すのが口惜しくなる。

 寂しさを覚えるのは、愛があるからだ。

 静かに、静かに、キスだけをした。

 彼女に、僕を刻みつけようと。

 僕に、彼女を刻み込もうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう一人のアリスと新しいライダーバトルぅ? なにそれ」

 

 夕飯のパスタを皿に盛り付けるバカ。

 反応もバカだが、盛り付ける量もバカだこのバカ。

 

「多すぎ。昔話みたいな盛り方をパスタでやるなよ。アタシがそんなに食えるわけないだろ」

「いやー動き回ってるからお腹空いてるかな~って」

「生憎こちとら少食家だ。知ってるだろ」

「いやほら、孫にいっぱい食べさせたいおばあちゃんの気持ちと同じやつ」

 

 誰が孫だと麺を一本取って啜る。

 硬さはちょうどいい。

 それで肝心の。

 

「ソースとかなんかないの」

 

 今盛り付けられているのは素パスタ。

 麺だけだ。

 ボロネーゼなり何か用意されてるはずだが。

 バカは何も言わない。

 何も言わないというか、なんと言ったらいいかとバツが悪そうにしている。

 

「お前、まさか……」

「いや~お金がないので、しばらくは素パスタ、白米、パンの耳で凌いでいこうかと……」

「はあ!? なんだよ金がないって!」

「ここ最近マジックショーしてなかったから収入源が無くて、貯蓄も底を尽きまして……」

 

 マジか、と力なく座り込む。

 そんなことになってるなんて、一言も相談されてないし……。

 

「ごめん! 瀬那との契約で衣食住の提供でお腹いっぱい食べさせるっていうのが守れなくなるって思って……」

 

 こいつ……。

 あの時のやつをきっちり守ろうとして……。

 ……。

 

「アタシも金がない」

「うん、知ってる!」

「うっせぇ!」

「痛っ!?」

 

 自分で言っといてだが、笑顔で知ってるとか言われると腹立つな。

 それはともかくだ。

 

「金がないなら稼ぐしかないな」

「そうだね。あ、学校、休校になったから明日からはバチバチショー出来るよ!」

「そうか……。じゃあお前はそっちで稼げ。アタシはアタシで稼ぐ」

「えっ、どうやって? そんなすぐにバイトとか出来ないよ?」

 

 純粋な目をして言いやがる。

 ……はあ。

 ひとまず、素パスタを腹に入れてアタシは与えられた部屋へ。

 暗いままの部屋でスマホを開いて、媚びた文章を打ち込み投稿。

 すると、すぐに喰らいついてきた。

 

「……アタシみたいなのには、こんなことしか出来ないから」

 

 金払いの良さそうな男を選んで返信。

 明日、アタシはアタシを売る。

 最近はやってなかったけど今までだって、こうしてきたんだ。

 今がむしろイレギュラーで、こっちのが普通で、あるべき形で……。

 なのに、何故か……胸が痛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖山病院は聖山高校の件で運ばれてきた患者達の対応で慌ただしかった。

 そんな病院の一室に、青年と少女がいた。

 ベッドの上の青年は雨が降る窓の外を眺めて、外の世界に思いを馳せているようであった。

 

「雨降ってきちゃったなぁ」

「そうだね、兄さん」

「気を付けて帰るんだよ陽菜」 

「うん、ありがとう。それじゃあまた明日ね」

 

 少女、新島陽菜が病室を立ち去ろうとする。

 だが、その背に陽菜の兄が声をかけた。

 

「陽菜」

「なに?」

「その、こんなこと言うのも不謹慎なんだけどさ、陽菜が学校サボってここにいてくれて良かった」

 

 当然、学校をサボるのは駄目だけどと優しく釘を差しはしたがそれよりも、なによりも自分の妹がこうして無事でいてくれたことを兄は喜んでいた。

 

「あはは……。サボったのは、うん……ごめんなさい」

「分かればよろしい」

 

 優しく、陽菜を笑わせようとそんな口調で陽菜の兄は返事をした。

 陽菜の罪悪感が解れたところで、陽菜は病室を後にするのだった。

 

 病院の外、兄の病室を見上げる陽菜。

 いつも、帰る度にこうしている。

 握り締めたカードデッキに誓う。

 兄の病気は私が治すのだと。

 そのためには、泥水を啜る覚悟だってある。

 戦い抜いて、絶対に願いを叶える。

 少女、新島陽菜の瞳には強い闘志が宿っていた────。




次回 仮面ライダーツルギ

「……ひ、人が目の前で死ぬのは、嫌、ですから……」

「そのような罪をお抱えになって生きるのは苦でしょう。ですから、死んでしまえばいいんです」

「こっちまで死ぬようなルールはもうやめろクソ運営」

「昼、食べてかないか」

『アタシはお前を愛さない』

運命の叫び、願いの果てに────


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ALTERー6 愛の在処

 何故、苦しみというものが存在するのか。

 苦しいとは即ち、生命の危機だ。

 直接的な痛み、精神の傷、罪悪感やストレス。

 いらないでしょう、こんなもの。

 生きていく上では。

 

 この世には、苦しみが多すぎる。

 

 ライダーバトルに参加してから、多くの苦しみを目にしてきました。

 少女達は皆、苦しんでいました。

 苦しいからライダーバトルに参加したのか、ライダーバトルに参加したから苦しいのか。あるいはその両方か。

 

「私が、救わなければなりません……」

 

 生が苦ならば、死こそが救済。

 このライダーバトルという地獄変に現れた、私は神の遣い。

 多くの少女を、苦しみから解放しました。

 そしてこの少女もまた、苦しんでいる。

 ライダーなのだろうとすぐに思った。

 訊ねれば即、白状してしまいましたし。

 自分がライダーであることを認めてから少女、上谷真央は内に秘めた苦しみを私に打ち明けていきました。

 

 ライダーになってすぐ、何も知らないままに人を殺めたと。

 そして、共に戦う仲間を、友人を背後から突き刺して殺したと。

 自分が生きるために。

 

 半ば廃墟の教会を照らす蝋燭が、真央さんの青ざめた顔を強調させる。

 仕方なかったのだと。

 生きるにはああするしかなかったのだと。

 自分に、言い聞かせている。

 

「私が、生きるにはああするしかなくて……! これって正当防衛じゃないですか! 私は悪くない! 悪いのはアリスなんです!」

 

 聞いたところによると、もう一人のアリスがいるらしい。

 だが、彼女は私の知るアリスともう一人のアリス。二人のアリスに怨みを抱いていました。

 殺したのは、自分に殺意があったからではない。

 そうしなければならない状況を生み出したアリスのせいなのだと。

 

「そうですね……。悪いのは、アリスでしょう」

 

 私の言葉に、真央さんの瞳に光が灯った。

 人は自分に賛同するものがあると分かればこうなるものだ。

 とくに、自分は悪くないと思っている層はそれが顕著だ。

 

「しかし、実際に手をかけたのは貴女。ですよね?」

「そ、それはそうですけど、そうしなきゃいけなかったんです!」

 

 彼女はとにかく罪から逃れようとしている。

 しかし、それは無理なのです。

 生きている限り。

 

「ええ、分かっています。最初に言いましたでしょう? 貴女をお救い出来ると」

「……どうやって、ですか?」

「なんの苦しみもない世界へ、送って差し上げます」

「え……?」

「そのような罪をお抱えになって生きるのは苦でしょう。ですから、死んでしまえばいいんです」

 

 真央さんの瞳に宿っていた光が消える。

 嫌だ、嫌だと席から、私から離れていく。

 駄目ですよ。

 そちらには、苦しかありません。

 こちらへ、私のところへいらしてください。

 そうすれば、永遠の苦しみから解放して差し上げます。

 

「いや、いや……。死にたくない……!」

「生への執着。それもまた、苦しみの一因……」

 

 デッキを手に取った瞬間であった。

 教会の重い扉が、耳心地の悪い音をたてながら開いた。

 

「麗美さん……」

「……」

 

 雨に打たれた麗美さんがちょうど帰ってきた。

 いいタイミングです。

 

「麗美さん。そちらの方を取り押さえていただきますか。苦から解放してあげましょう。私達二人で」

「ひっ……。いや! 来ないで!」

 

 私と麗美さんに挟まれた真央さんの顔は絶望に染まる。

 安心してください。

 すぐにその絶望は希望に変わりますから。

 一歩、また一歩と近付く。

 だが、おかしい。

 麗美さんの様子が。

 

「麗美さん……?」

 

『くくく……あははははぁ!!!!』

 

「ッ!?」

 

 麗美さんは狂ったように笑うと駆け出す。

 真央さんには目もくれず、私に向かって。

 

「変身!」

 

 鎧を纏う麗美さん。だが、それは仮面ライダーウィドゥとは違った。

 鎧と言うよりも、ウェットスーツのような印象だ。

 黒いスーツは彼女の女性らしさが過ぎる身体に密着し貼りついているよう。

 これまでヴェールで隠されていた仮面も露となって、蜘蛛と同じ八つの目が私を見つめている。獲物として。

 とにかく、こちらも変身を……!

 

『変身』

 

 間一髪、攻撃を受け止め仮面ライダーエクスシアへ。

 彼女は一体どうしたというのか。

 いや、そもそも。

 彼女は、誰なのか。

 

『麗美に妙なこと吹き込みやがって!』

 

「麗美……。貴女は誰ですか」

 

『アタシは氷梨瑠美! 麗美と一緒に生きるもの!』

 

 蹴り飛ばされ、距離が開く。

 その間に瑠美はデッキからカードを引き、左腕を覆う銀色の召喚機にカードを読み込ませた。

 

【STRIKE VENT】

 

 右手に装備される、蜘蛛の脚を思わせるような鉤爪。

 床を強く蹴り込み、一気に接近してきたウィドゥ。

 速い……!

 左腕の盾型召喚機で防御するが、重い……!

 

『オルタナティブ・ウィドゥっていうんだけど……まあ、関係ないか。これから死ぬんだから! あはは!!!』

 

「くっ……」

 

 押し込まれ、近くの鏡からミラーワールドへ。

 

『本当の愛だかなんだかほざいたみたいだけど! アタシと麗美の愛はぁ!!!!』

 

 振り下ろされる鉤爪。

 床を転げて回避し、鉤爪は教会の長椅子を引き裂き、砕いた。

 しかも、それだけではない。

 切り裂かれた箇所が、腐食している。

 あれは危険過ぎる。

 咄嗟に判断し、カードを引く。

 盾は豹に似た契約モンスターであるシルトパンサーを模し、その頭頂部付近をスライドさせ挿入口を開かせる。

 

【SWORD VENT】

 

 シンプルな両刃剣が召喚され、素早く斬り込む。

 左肩から袈裟懸けに斬り下ろした。直撃だ。

 大きな火花が散ったが、そうだ、この少女は……。

 

『あはは!!! この痛みだけが私達の愛!!!』

 

 左肩をなぞり、まるで攻撃が効いていないかのように。いや、先程よりも素早く、重い一撃を叩き込んでくる。

 蹴り飛ばされ、教会の扉を壊しながら外へと追いやられる。

 暗い夜の雨の中、再びカードを使用する。

 二つある盾のうちの一つ。

 天使の翼のような盾が背中に備わる。

 防御力だけでなく機動力を上げることも可能。

 更に、射程距離はそこまでだが舞い散る羽を飛ばして攻撃、牽制することが出来る。

 羽を飛ばして、こちらに歩むウィドゥを攻撃するが羽は全て、鉤爪に切り裂かれて地に堕ちる。

 

『お返しッ!』

 

「なっ!?」

 

 ウィドゥの鉤爪が、鉤爪だけが私に向かってくる。

 翼の自動防御が作動し、私の身体を包むように翼が閉じて防御はされた。

 あの鉤爪、ワイヤーで遠隔攻撃も可能だなんて。

 

『そらそら!』

 

 まるで、鞭を振るうかのように鉤爪を操るウィドゥ。

 駄目だ、今は耐える時。

 この攻撃を耐え凌げばきっと反撃の機会が……!

 

『────ここらでおしまい』

 

 どれほど経ったころだったろうか。

 突如、鉤爪の動きが変わる。

 激しく打ち付けられていたそれが、私に巻き付いた。

 

【NET VENT】

 

 ウィドゥがカードを使用。

 契約モンスターである黒い大蜘蛛が現れ、私に向かって網状の糸を放った。

 粘着性のある糸が私に絡まって、身動きが取れない。

 ましてや、今の私は翼を閉じたままでいる。

 カードを使うことが出来ない。

 翼を開くことも、出来ない。

 完全に私は蜘蛛の巣に捕らわれてしまったのだ。

 

「くっ……!」

 

 足掻いても無駄だ。

 もう、動けない。

 あとは奴のトドメを待つのみ。

 しかし、ここでウィドゥは妙なことをした。

 私に背を向け、立ち去ろうとしている。

 

「貴女、何を……!?」

 

『アタシはお前を愛さない』

 

「は……?」

 

『このまま、ミラーワールドに溶けて消えて』

 

 そう言って、ウィドゥは私の視界から消えていった。

 あ、あはは。

 そういうこと。

 私を愛さないって、そういうこと。

 貴女の、貴女達の愛は痛み痛ませ、暴力でしか伝えることが出来ない。

 それを私にはしないことが貴女達の私に対する仕打ちと。

 氷梨麗美。

 確かに彼女は歪でしたが、ここまでだったとは。

 暴力とは即ち苦しみ。本当の愛を知らずに、苦しみを愛と思い込んだまま殺すのは可哀想だと思っていましたが、してやられました。

 まさか、自分の盾がこんな弱点になるなど……。

 

「消えますか、私も……」

 

 意識は明白。

 こんな形で自分の死が訪れるなど、ええ全く思っていませんでした。

 ですが、終わりは終わりと受け入れます。

 多くの苦しみが残ったままの世界。

 ああ、もっと、お救いしたかったのですが……。

 

「……」

「……あなた、は?」

 

 目の前に、青い小柄なライダーが立っていました。

 槍を手にして、震えている様子。

 そしてその槍で私を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自室のベッドに寝かされました。

 人生とは、分からないものですね。

 

「何故、私を助けたのですか? 上谷真央さん?」

 

 私を助けた張本人。

 上谷真央はまだ震えていた。

 

「……ひ、人が目の前で死ぬのは、嫌、ですから……」

 

 たどたどしい口調で理由が語られた。

 この娘も、分からないものですね……。

 自分が生きるために二人の人間を殺めたことで苦しみ、生への執着に苦しみ、殺そうとした私を助けるなんて。

 思えば、私は彼女に自分を重ねていたのかもしれない。

 何も知らない年頃に、母をこの手で救った私と彼女を。

 

「上谷さん。こちらへ、来ていただけませんか」

 

 そう誘うと、上谷さんは戸惑いを隠しませんでした。

 まあ、殺そうとした相手から誘われるなど気が気でないとは思いますが。

 

「なにも、いたしませんから。……ぐっ!」

「あっ……!」

 

 身体を起こし、痛みをあえて走らせる。

 すると、人の良い彼女は私に近付いてきました。

 そんな彼女の手を取り、ベッドへと引きずり込む。

 私に身体を密着させるようにして、抱き締めて逃さない。

 

「や……! な、なにするんですか!?」

 

 じたばたと踠く上谷さんだが、なんともまあその様子がおかしくて、可愛らしい。

 小柄で非力な彼女を離さないことは、多少手負いの私でも出来る。

 そうして、彼女の耳元で囁く。

 

「上谷さん。貴女は私と同じなのです」

「同、じ……?」

「貴女は人を殺めたことで苦しんでいます。しかしそれは間違いなのです。貴女は、二人の少女を苦しみから解放したんですよ。貴女は、善い行いをしたのです」

「違、う……。そんな、だって人を殺すことが良いわけ……」

「少女達は苦しみからライダーになるのです。苦しみから解放されたくて。しかし、苦しみから逃れるためにライダーになる必要はないのです。生こそが苦しみの根源。であれば、生から解放されれば良いのです」

 

 そう、私が苦しむ母を救ったように……。

 

「死こそが、救い。私達で、少女達を救いませんか? そしてゆくゆくは人類を救済するのです。いかがですか?」

「死こそが、救い……」

「そうです。私達に殺された者は救済されるのです。上谷さん。いえ、真央さんが殺した二人の少女もきっと貴女に救われ、喜んでいます。ですから、貴女が苦しむ必要はありません。私達は、救えるのです」

「私、は……。んっ!?」

 

 真央さんの唇を奪った。

 私の上にいた真央さんを、下に敷く。

 無垢な少女に樋知十羽子を注ぎ込む。

 最初こそ抵抗されましたが、すぐに彼女は私を受け入れてくれました。

 少女の未熟で、穢れを知らぬ身体がとても美しくて、ああ、きっと上谷真央こそ聖母なのだろう。

 柔らかで、肌触りのいい少女の身体に頬擦りし、私は一時の安らぎを得た────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜のとある廃ビルに少女は集まっていた。

 無造作に置かれた二枚の鏡に映る、もう一人のアリスと黒峰樹である。

 最後の一人、氷梨麗美が合流したところでアリスが会話を切り出した。

 

『はーい皆さんお疲れ様でした~。どうでした? 楽しめましたか~?』

 

「こっちまで死ぬようなルールはもうやめろクソ運営」

 

『きゃー樹ちゃんひっど~い。忌憚なき意見ノーサンキューです』

 

「そういえば、佐竹は」

 

『あー、彼女なら気絶させられて他の生徒達と一緒に病院に搬送されましたよ。いやーあの状況下でしたから、自然に病院送りに出来ますね』

 

 なにを暢気に言ってるんだこいつはと内心毒づいた樹だったが、まあ元々こういう奴だったなということで変に納得してしまった。

 

『麗美、新しい力は気に入った?』

 

 もう一枚の鏡に白い女の影が現れる。

 このグループを束ねる首魁、コアだ。

 

「そっちは瑠美がメインで使っちゃったから、瑠美が答えるね」

 

『悪くなかった。あれならもっと愛を感じることが出来る……!』

 

『そう、気に入ってくれたようで嬉しいわ。ふふふ……』

 

 底知れぬ笑みを浮かべるコアにおぞましさを樹は感じていた。

 願いを叶えるためならばと、コアの側についたが別にコアの信奉者というわけではない。

 あまり深くコアと、いや、ここの連中とつるむ気はないと思っていた。

 

『ひとまず、向こうの戦力を削ぐことが出来た。目的は達成よ』

 

『それで、次は何をすればいいんです?』

 

『次は、旧いライダー達の殲滅。本格的にね』

 

 コアの言葉に、アリスがにやついた。

 今回の戦いはあくまで前哨戦。

 ライダーの数が多い聖山高校に絞ったものであった。

 それがいよいよ、本格的にライダーバトルを行える。

 その事実にアリスは快感を覚えていた。

 

「いっぱい愛せるのかな、瑠美」

 

『そうね、いっぱい愛し合えるわよ麗美』

 

「……話が終わりなら、帰るけど」

 

『樹ちゃんつれな~い。少女が集まってるんですからガールズトークに花咲かせましょうって~。でないと下着の色バラしますよ~』

 

「別にバラされて困るもんじゃないな。帰る」

 

 樹は特に気にすることなく帰宅。

 その背を、頬を膨らませたアリスが見つめていた。

 

『それじゃあ貴女達も各自で行動なさい』

 

「分かった……」

 

『は~い』

 

 麗美もまた家路につき、アリスは鏡から消え去った。

 残るはコアのみ。

 

『御剣燐……。本気が見たいのよ、私は……』

 

 誰にも聞かれぬ陰謀を呟き、コアもまた姿を消した。

 未だに底知れぬコアの謎は雨降る夜に隠されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰に起こされるわけでもなく、自然と目が覚める。

 時刻は6時半。 

 いつも通りの起床時間だが、珍しく誰も起こしに来なかった。

 

「……学校、ないからか」

 

 あんなことが起こったのだから、当然だ。

 県の教育委員会は一斉休校の処置をとった。

 妹の美香はそれはそれは良い眠りに就いているだろうと、なんとなく想像がついた。

 ただ僕は二度寝する気にもならず、いつも通りにベッドを出た。

 

「あら、おはよう。寝てても良かったのに」

「なんか、ふつーに目が覚めちゃって」

「そう。朝ごはんは?」

「食べる」

 

 キッチンで朝ご飯の支度をしていた母さん。

 父さんは普通に仕事があるのでいつも通り、スーツ姿で新聞を読んでいた。  

 広げていた新聞には大きく、昨日のことが取り上げられていた。

 

「……眠れたか?」

「うん。なんか、いつも通りって感じで」

「そうか」

 

 テーブルにつき、そんな会話をした。

 父さんなりの心配だったと思う。

 母さんがご飯をよそっているのが目に入ったので、キッチンへ。

 父さんと自分の分のご飯を持ちテーブルへ。次は味噌汁を持って往復。味噌汁は気を付けなければならない。

 我が家の味噌汁はめちゃくちゃ熱いのだ。

 おかずはベーコンエッグとミニトマト。いつもと特に変わったことない朝食。

 母さんも席について食べ始めたので、僕も。

 

「いただきま……」

 

 そこまで言って、ふと思い出した。

 昨日のこと。

 藤上今日子の言葉を。

 

「君は、鏡の中の私……コアにより願いが叶えられたことで生まれた」

 

 今になって、気にしてしまった。

 昨日は気にする余裕がなかったというのもある。今、三人で食卓を囲んでいるというのもある。

 ただ、僕は……僕と美香は、コアがいなければ生まれてくることはなかったというのか。

 父さんと母さんが結ばれることもなく。

 その事実が、茨となって全身に絡み付いてきたような。

 

「燐? やっぱり食欲ない?」

「あ……。いや、大丈夫。ちょっと考え事してただけだから。いただきます」

 

 塩味が利いた目玉焼きから手をつける。

 これを食べるとご飯が欲しくなるので続いてご飯を口にする。

 咀嚼して、飲み込む。

 この事も、こんな風に簡単に飲み込めてしまえばいいのに。

 食事が喉を通る度に、どうにもそんなことを考えてしまう。

 

 

 

 

 

 朝ごはんも食べ終わり、父さんが家を出る時間。

 母さんはキッチンで洗い物をしながら、いってらっしゃいと送り出した。

 僕もいってらっしゃいと父さんに言って……。ふと、身体が動いていた。

 玄関で靴を履く父さんに、いっそのこと聞いてみようと思った。

 

 なんで、母さんと付き合おうと思ったの、と。

 

「父さん」

「なんだ」

 

 父さんはまっすぐ僕を見つめて、僕の言葉を待っている。

 だけど……。

 

「あ、いや……その、気をつけて」

「……ああ」

 

 父さんは仕事に出かけてしまった。

 言えなかった。

 いざ、言おうと思っても駄目だった。

 玄関に突っ立ってまま。

 なんともまあ、自分でもどうかしていると思うのだが。

 願いが叶えられて生まれた自分というものに対して、僕はまだ何を訊いて、何て言葉をかけられればいいのか。

 それを見つけることが、まだ出来ていなかった。

 

 

 

 

 朝9時過ぎ。

 ようやく美香と美玲先輩が起きた。

 美香は純粋に爆睡を決め込んでいただけだが、美玲先輩はあまり寝付けなかったらしい。

 眠れたのも、ほとんど早朝になってからだったとかで調子が悪そうだった。

 そんななので寝てた方がいいと母さんと僕が美玲先輩に言って、美玲先輩は二度寝中。

 寝れるといいけど……。

 

 それからまた一時間ほど経って、ひとまず僕は……家から出ることにした。

 外の空気を、吸いたくて。

 ちょっと散歩に行ってくると母さんに言って、適当に近所をぶらつく。

 天気は忌々しいぐらいに晴れ。昨日の雨雲はどっかに行ってしまったようだ。

 それにしてもなんだか、いやに静かだ。

 自分以外、誰もいないんじゃないかってぐらい。

 休校中なんだから子供達が遊んでてもいいんじゃないかって思いながら、無人の公園のベンチに座る。

 まあ、あんなことがあったから外に出したくないだろうな。

 

『燐くん』

 

「キョウカさん……」

 

 持ち歩くようになった折り畳み式の鏡に映るキョウカさんが声をかけてきた。

 

『大丈夫ですか燐くん? 調子が良さそうには見えませんが……』

 

「身体が悪いってわけじゃないから安心して。戦うってなったら全然戦えるから」

 

『そういうことを聞いてるんじゃなく……。何を、抱えてるんですか?』

 

「……なんだかこうして、キョウカさんと二人で話すって久しぶりだね」

 

『そうですね……。最近の燐くんは美玲ちゃんにぞっこんですからね~。いいんですか? 私と二人で話して。怒られるんじゃないですか~』

 

 どこか拗ねたようにキョウカさんは言うが、そもそも話しかけてきたのはそっちなわけで。

 まあ、でも……。

 

「キョウカさんになら、話してもいいかな」

 

『え……?』

 

 キョウカさんに、藤上今日子と出会い、語られたことを全て話した。

 キョウカさんにとっても、無関係ではないから。

 お母さんの話なのだから。

 そして、僕のもっぱらの悩みの理由も。

 こうやって口にして、話を聞いてもらったからこそ、言語化出来た。

 

「……なんかさ、願いを叶えられて生まれた僕が、他の人達の願いを切り裂くなんて、って思ってさ」

 

『……燐くんは、優しすぎます』

 

「そんなことないよ」

 

『いいえ! 大体、燐くんが戦いを始めた理由そのものからして……』

 

「違うよ。僕は罪悪感で戦ってた。ただ、自分が楽になりたいから。罪の重さから逃れたくて、救われたくて……」

 

 ただ、僕がミラーワールドを開いてしまったことで亡くなってしまった人達への責任を果たすために。

 罪を償おうとしてただけ。

 自分のためにしか戦っていないんだ、僕は。

 

『けど、大切な人達のために戦うって、燐くんは……』

 

「それだって結局、自分のためだろう?」

 

『ああもう燐くんの分からず屋! どうしてそう何もかも自分のせいにするんですか!』

 

 キレた。

 キョウカさんが、キレた。

 

『いいですか! 一兆歩譲って燐くんが自分のために戦っていたとしても! その自分のための戦いで多くの人が救われてるんです! 結論、燐くんは多くの人のために戦う優しい人になるわけです。異論は!?』

 

 ありませんと答えるしかなかった。

 ここで異論ありなんて言おうものなら、鎮まってくれないだろうから。

 

『はあ……。大体、優しくない人だったら私の分の罪を背負うなんて言いません』

 

「あー……そう、かな」

 

『そうです。なので気にせず他のライダーを一網打尽に叩き斬ってライダーバトルを終わらせましょう!』

 

 待って。

 その言い方だと、僕がライダー殺してるみたいになる。

 けど、なんだかそのキョウカさんの勢いが面白くて、思わず笑いがこみ上げてきてしまった。

 そこからは、なんだか普通の雑談になって少し胸が楽になった気がする。

 ただ、それでもどこかにまだ胸のつかえが残っている。

 いや、むしろこっちが本命のようだ。

 とはいえ胸が軽くなったのも事実。

 キョウカさんと話せて良かったと思うと同時に、12時を知らせるチャイムが街に響く。

 お昼だな。

 お腹空いたな、なんか。

 笑ったからかも。

 家に戻ろうと、公園を出たら見慣れたスーツ姿が目に入った。

 

「父さん?」

「……燐か。なにしてるんだ、一人で」

「散歩。父さんこそ、こんな時間にどうしたの?」

「半休にしてきた」

 

 なるほどと父さんと一緒に家の方向に向かって歩き出す。

 だが、父さんは立ち止まってこんなことを言い出した。

 

「昼、食べてかないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 家の近所にこんなラーメン屋があるなんて初めて知った。

 結構古いところのようだけど、全然知らなかった。

 お客さんは昼時というのもあって、僕ら以外にも五人ほど。

 狭い店内なのでもう少ししたら埋まってしまいそうだ。

 お好きな席へと言われたので二人掛けのテーブルに腰掛ける。

 

「こんなとこがあったんだな」

「え、知ってて入ったんじゃないの?」

「初めて入った」

 

 父さんまで知らなかったとは。

 というか普通にちょっと歩いて、知ってるお店だから入ったみたいな自然さがあったんだけど。

 父さんは、たまに不思議だ。

 まあそんなことはともかく何を食べるかだ。

 とはいえ決まってるんだけど。

 

「僕、しょうゆラーメンで」

 

 初めて入ったお店。

 であれば基本のものを頼むというのが自分流。

 メニューにも特にこれがイチオシみたいなのもなかったし。

 

「それだけでいいのか?」

「え、うん」

 

 父さんが店主を呼ぶ。

 人の良さそうなおじいちゃんだ。

 父さんもしょうゆラーメンを選んだようで、しょうゆラーメンが二つ。それと、餃子が頼まれた。

 ほどなくして、しょうゆラーメンと餃子がテーブルへ。

 醤油の香りが鼻腔を通って空腹をより刺激してくる。

 澄んだ醤油色のスープは丼一杯に満たされていた。その中に細縮れ麺が浸かり、チャーシュー一枚、メンマが結構たくさん。そして、ナルトが添えられている。

 ひとまず、食す。

 いただきます、と。

 普通のラーメンと言えば地味に思われるかもしれない。

 ただそれが良かった。

 普通に美味しいラーメンって、なかなか出会えないものである。

 父さんが餃子も食べろというのでいただく。パリッともちっが程よいバランス。

 肉汁が熱くて舌を火傷しかけたが、問題なく美味しいと言える。

 近所にこんなお店があったなんて、これから通おうと思うと同時に、なんでこれまで知らなかったんだという思いが沸き上がる。

 

「……それで、何を聞こうとしてたんだ」

 

 父さんが、いきなりぶっこんでくるものだからラーメンのスープが変なとこに入ってむせる。

 せっかく忘れてたのに……。

 けど、父さんには今朝のあれから色々とお見通しだったというわけで……。僕も覚悟を決めて、問う。

 

「父さんは、さ。もし、母さんと付き合って結婚するってことが誰かに定められていたとしたら、どう思う?」

 

 恐る恐る、尋ねた。

 あと、場所が場所なので他の人に聞かれたくないというのもある。

 

「……なんだそれは。その、誰かというのはなんだ、神様か」

「ああ、うん。そんなものだと思って……」

 

 父さんの質問に答えると、父さんはラーメンを啜った。

 チャーシューも食べて、スープを飲み、餃子を食べ……。

 最後に、水を飲み干した。

 

「父さん」

「なんだ。麺、伸びるぞ」

 

 僕のラーメンを指差し言った。

 伸びるのは嫌なので、僕も麺を啜る。

 

「────その質問の意図は分からないが、いいんじゃないか。別に」

 

 食べてる最中に、父さんはさっきの質問に対する返答をした。

 こっち、食べてる途中なんだけど。

 

「伸びるから、ラーメンを食え」

 

 父さんは僕のラーメンのことを気にしてばかり。

 こうなったらもう食べ終わるしかない。

 しっかり味わって食べたいとこだけど。

 

「……まあ、別にそれで迷惑を被ったりだとか、不幸だと思ったことはない。だから、まあ……そういう運命だったんじゃないか」

 

 人が食べてる時にばかり話す。

 父さんは水を飲んで……って、それ僕の水。

 抗議しようとするとちょうど、店主の奥さんであろうおばあちゃんが水を持ってきてくれた。

 お礼を言って水を受け取り、口に含む。

 冷たい感触が、焦る胸に心地よかった。

 

「つまり、感謝してるってこと? 運命に」

「それも違うな。第一、そんなことを考えたことすらなかった。そもそも、運命として定められてるなんてのはそれこそ神様でないと分かるものじゃないだろう。偉そうな言い方だが、俺はあいつを自分の意思で選んだ。俺は、そう思っている」

 

 自分の意思で選んだ。

 その言葉が、なによりも嬉しかった。

 ああ、そうか。そういうことか。

 自分が何に気を病んでいたのかようやく分かった。

 願いが叶えられて結ばれた父さんと母さんが、ちゃんと愛しあっているのかどうか。

 それを気にしてしまったのか。

 

「ありがとう、父さん」

「まったく、妙なことを聞いてくる。二度と答えないぞ」

「はーい」

 

 照れくさそうに席を立った父さんの会計を待って店を出た。

 空はまだまだ青く、太陽は高い。

 今日の空のこと、ようやく好きになることが出来た。




次回 仮面ライダーツルギ

「あははっ。殺す相手に褒められるの嬉しくねー」

「ほ、補導はガチっぽいね……」

「私は仮面ライダー狼牙」

「もし、お前の言うそれが魔女だってんなら……。意外と、魔女ってやつは多いらしい」

 運命の叫び、願いの果てに────


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ALTERー7 屍山

 ちょっと久しぶりのマジックショー。

 気合が入る。

 特に、今回は稼ぐことを意識していかないと。

 

「というわけで撒菱茜脱ぎます!」

「脱ぐなバカ」

 

 リビングのソファでスマホを弄り、こっちには目もくれず瀬那のツッコミが炸裂する。

 ひどく冷静なツッコミ。というか、マジレス。

 もっとノッてくれても良くない?

 

「も~冗談だって~。なに? 私の柔肌が見も知らぬ誰かの目に晒されるのが嫌だったのかな~?」

「一般の方々にバカのバカみたいな身体をお見せしたら目の毒になる。公害だ、公害」

「人を水俣病とか光化学スモッグみたいに言うのやめよ?」

 

 顔は笑ってるけど、心は泣いてるよ私。

 

「も~脱ぐのは冗談だって~。でもちょ~とスペシャルな衣装でやるつもりだよ! ほら見てこれバニー……」

「秒で補導されるわ」

「ほ、補導はガチっぽいね……」

「大体、なんでそんなん持ってんだ。あと、藤女の奴がそんなんやったらヤベーだろ。なんか普通に……ちょっとスカートの丈短くするとか、つか衣装ぐらいで変わるかよ」

 

 ふふーん。分かってないなぁ、瀬那は。

 

「女の魅力で男を惑わし、財布の紐を緩くさせる。常識だよ常識。私ったら魔性の女! 魔女だよ魔女」

「魔女、ねぇ……」

 

 瀬那は魔女という言葉が引っ掛かった様子で、スマホを弄る手が止まる。

 なんだろう。

 今日の瀬那は、なんだか様子がおかしい気がする。

 

「……もし」

「?」

「もし、お前の言うそれが魔女だってんなら……。意外と、魔女ってやつは多いらしい」

「瀬那……?」

 

 瀬那は、笑っていた。

 楽しそうに、ではなく。嘲るような、自虐的なような。

 やっぱり、今日の瀬那はどこか様子がおかしい。

 

「ほら、そろそろ行けよ。時間もったいねぇだろ」

「う、うん……。行くけど、瀬那は?」

「アタシはもうちょっとしてから出る」

「そか……。じゃあ、鍵閉めよろしくね~。いってきまーす」

「あ、待て。どこでやんの」

「駅前だよ」

 

 答えると、「そう、いってら」と瀬那は小さく手を上げた。

 そんな瀬那に少し目線を残しつつ私は家を出る。

 瀬那も働くみたいだけど、なにするんだろ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バカが出てから30分ぐらいしてから、外出。

 向かうは屋戸岐町。

 そこの、安さと品数が売りのでかい店の前が待ち合わせ場所。

 ここは、そういう場所。

 ちょっと見渡せば、ご同業……とは、言いたくないな。とにかく、自分を売り物にしてる女が二人はいる。

 別に、こっちはそういう職業をやってるわけじゃない。

 むしろ、嫌いなぐらいで……。

 

「……はは、嫌いなクセにやってんだもんな」

 

 ああ、嫌いだ。

 自分を売る女も、女を買う男も。

 嫌い、嫌いだ。

 だけど、これしか知らない。

 親がそうなのだから、嫌でも理解させられた。

 小さいアタシと同じ屋根の下にいながら、隠すこともなくあの女は抱かれていた。

 あれは、男がいなきゃ駄目な女だ。

 男ならなんでもよかった。そういう女だ。

 

「……ぁぁ……」

 

 息と共に憎しみを吐き出す。

 いつからだろうか、これが癖となっていた。

 こうしなければ、こうしなければあの人への憎悪が溜まって毒になってしまうから。自家中毒を引き起こしてしまう。

 ただ、久しくこの感覚を忘れていた気がする。

 それは、なんでだろうか……。

 

「君? ゆめちゃんって」

  

 見知らぬ男の声に、引き戻される。

 

「……はい。ゆめです」

 

 もちろん、偽名だ。

 いくつかあるうちの、ひとつ。

 

「アプリの写真よりかわいいね」

 

 男が作った笑い顔を浮かべ、世辞を言う。

 男の顔は印象に残らない。若いのか、老いているのか、分からない。

 どんな顔か、分からない。

 靄がかかったように。

 ただ、靄がかっているのは男の顔ではなくアタシの目だ。

 いつも、いつもこうだ。

 アタシは、アタシを抱く男の顔なんてちっとも見る気がないのだから。

 

 何を話しているかも分からない。それでも口は動いている。

 

 男は笑っている気がする。笑うとは、牙を剥くことと同じ。

 

 男はアタシを見ている。見定めている、アタシの価値を。

 

「あ……」

 

 気が付くと、ホテルが多い通りに入っていた。

 ああ、そろそろか。

 ここまで来ればあとは入るだけ、入れるだけ。

 この男の欲を、アタシの、中に……。

 

「ちょっとあなた! その子未成年ですよね!」

「……は?」

 

 女の声だ。

 若い、女の声。

 誰だ……?

 男はいなくなっていた。

 面倒を嫌ってのことだ、当然だ。

 

「あなたも、なんでこんなことをしてるの! 分かってるの自分がしてること!」

「あんた、は……」

 

 ああ、見覚えがある。

 昨日会った、あいつ……紗枝を探してる女だ。

 ……なんだって、こんなとこに。

 

「私のこと、覚えてるわよね? 惣田早苗、昨日会ったでしょ」

「……んだよ」

「え?」

「何すんだよ、邪魔しやがって!」

 

 ふつふつと、怒りが沸いてきた。

 

「金蔓がいなくなっちまっただろ! ふざけんなよ!」

「金蔓って、やっぱりあなた……。駄目よ、そんな方法でお金を得るなんて」

「んなこと聞いてないんだよ! あんたに関係ないだろ!」

 

 こんな奴と一緒になんていたくない。

 こんな、こんな、いかにも温室育ちって感じの輩とは。住んでる世界が違うんだ、住んでる世界が。

 こんな方法でなきゃ、金を稼げない。これしか知らないアタシとは……。

 

「待って!」

「ついてくんじゃねえよ!」

 

 走り去る。

 とにかく、一秒たりとも一緒にいたくはなかった。 

 

自分が傷だらけなことを思い知らされてしまうから。

 

「くそ……くそ……!」

 

 心臓を抉り出されるような不快感で、劣等感が押し寄せる。

 走り、通りすがる人々は誰もが、誰もがアタシよりも上にいやがる……!

 走っても、走っても、アタシのいるべき場所、帰るべき場所は見つからなかった────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マジックショー。なかなか、盛況。

 駅前ということもあって、老若男女を問わず見物客は増えていった。

 今は、ちょっと休憩時間。

 現在までの売上を確認中。

 うんうん。それなり、それなりっと。にへへ。

 これなら今晩は素パスタをペペロンチーノには出来そう。

 

「お、撒菱じゃん」

「え?」

 

 親しげに話しかけられ、顔を上げると同級生がいた。

 中務理恵。

 帰宅部。

 そんなに話すってわけでもないけど、話せば普通に楽しい感じ。

 もふりたくなるツインテールが特徴で、仲の良い友達からはよくもふられているのを見かける。

 

「休校だからって金稼ぎかー?」

「武者修行だよ武者修行! ……嘘です、今回はちょっと金欠なので真面目に稼ぎに来てます」

「金欠って、私じゃあるまいし。ましてや、大人気マジシャンの娘が?」

「うちの親は私にマジックを教えて、「よしこれで稼げるようになったな。じゃあ今月からは小遣いやらないから。自分で稼いでこい!」ってなわけですよ」

「意外とスパルタなんだ。ま、才能はあるし問題ないっしょ」

 

 ふふん。まあねぇ。

 とはいえ、今は私一人ではなく瀬那の分まで稼がなければなので大変なのだ。

 休憩もそろそろ切り上げて、午後の部を始めないと。

 

「そんじゃ、休憩終わり! 稼ぐぞ~!」

「がんばれ」

「うむっ!」

 

 じゃあねーと中務さんとは別れて、午後の部開始。

 さあみんな集まって、楽しいマジックショーが始まるよ~!

 

 

 

 

 

 

 

 扉を叩くのはやめた。

 叩いたって、無駄だったから。

 どれだけ声を上げても無駄だったから。

 ここに、人はいない。

 いるのは、あの子だけ。

 それ以外に、誰かが来ることもない。

 鏡もない、デッキも取られてしまった。

 彼女は適当に私に合うサイズの下着と新しい服を買って、渡してきた。それ以降、彼女は来ていない。

 どうにかしたら、脱出出来るだろうか。

 その考えだけをなんとか頭に留めなければ、いよいよ自分までおかしくなってしまう。

 あと、何かを考え続けていないと本当に苦しくなってしまう。

 

 ……ああ、なんで私はこんなことになってしまったのだろう。

 分からない。

 本当に、分からない。

 彼女を助けて、私は……性的暴行を受けた。そうとしか、言えなかった。 

 そして、監禁されている。

 なんで?

 どうして?

 彼女は、私をライダーと知った時は殺すつもりでいたのに。

 それがどういうわけか、あんなこと……。

 下半身に残っていた違和感も、今は落ち着いた。

 あんなこと、なかったかのように。

 

 気色が、悪かった。

 怖かった。

 彼女の欲望が、ただただ自分にぶつけられる感覚。

 こんなこと、同性からされるなんて思ってもみなかった。

 

「……お腹空いた」

 

 ふと、そんな言葉が無意識に出ていた。

 少食で、あまり空腹感というものを感じない私には久しぶりの感覚だった。

 よくよく考えると、昨日の朝食が最後の食事だ。

 流石に、空腹にもなるだろう。

 けど、それだってどうしようもない。

 こんな何もない部屋では。

 どうしよう……どうしよう……!

 ああ駄目だまた焦りが……。

 焦るのはいけないって分かってるのに、分かってるのに……!

 少しお腹が空いたぐらいじゃ死ぬわけないし……。

 死ぬ、わけ……。

 

 

 フラッシュバック。

 突き刺した感触。

 流れた血、滴る血。

 誰かの、血。

 北さんの、血……。

 

「ッ……。違うの……殺したかったんじゃないの……。私は……」

 

 生きたかった。

 死にたくなかった。

 それしかない、私には。

 願いを叶えるとかより前に、それしかなくて……。

 

「殺せば、生きていられる……」

 

 重い扉が開かれて、彼女が現れる。

 

「貴女が生きるには、殺すしかないんです。殺すしか」

「……! 駄目、です……。人殺しなんて……!」

「それは法で定められたことでしょう? 法は罰を与えても、神が罰を与えるかはまた別の話」

「神……?」

「私には神の声が聞こえるのです。苦しむ人々を救済せよと。神のもとへ導けと」

 

 神のもとへ……?

 やっぱりこの人おかしいんだ……。

 

「お願いだから、ここから出してください……! なんのために私を閉じ込めるんですか! なんで、私を……」

「貴女は、私の……。……貴女にも、きっと神の声が聞こえるようになりますよ」

 

 彼女はそう言って振り返り、部屋から出ようとして……。

 

「待って!」

 

 その肩に掴みかかる。

 逃げるチャンスだ。今しかない。

 けど、私の手は簡単に払い除けられて、押し返されてしまった。

 尻餅をついている間に彼女は扉を閉じて……。

 また、私は閉じ込められてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街をぶらつく。

 イヤホンから流れるピアノの旋律が雑踏、雑音をかき消し、人々の中に紛れ込む。

 こうしていると、どこか落ち着く自分がいる。

 また、激情に駆られもする。

 ピアノ、ピアノ……。  

 奏でる、奏で続ける。

 アタシの音を。

 ずっと、ずっとアタシの中で鳴り響くこの音を、アタシは表現したい、吐き出したい、奏でたい。

 この願いが、日毎に増している気がする。

 

「……黒峰」

 

 人混みの中で、知った顔と出会った。

 

「あれ、新島さんじゃないですか~。お久しぶりですね」

  

 新島陽菜。鐵宮のとこで一緒だった。

 昨日の学校での戦いにいなかったし、あれ以来接触もなかったので消息不明というかなんというか。有り体に言えば死んだと思ってたんだけど。

 イヤホンを外し、ちょっとばかし会話に付き合おう。

 

「鐵宮のとこいた時からそんな話しちゃいませんでしたけど、なーにやってたんですか今まで」

「別に、関係ないだろ……」

「別に責めてるわけじゃないですって~。元々、つるんではいましたけどアタシ達って謂わば個人事業主じゃないですか。仲間意識とかないですし、鐵宮も死にましたし。どこで何してようと関係ないですって。ただの会話ですよ会話」

 

 新島の表情は厳しい。

 分かりやすく警戒してる。

 警戒してるってことは、まだデッキを持ってると見ていいだろう。

 

「デッキ、持ってるんですか?」

「だったら、なんだよ」

 

 その言葉に思わず吹き出してしまった。

 

「ライダーとライダーが出会ったら戦うのが道理ですよ。分かってますよね? それともなんですか、あんたも戦いを止めるとかほざくわけ?」

「……違う。あたしも、戦って願いを叶える……!」

「そうこなくっちゃ」

 

 不敵な笑みを浮かべ、人混みを離れるアタシ達。

 人気のない通り、寂れた雑居ビルのショーウィンドウにデッキを翳す。

 

「変身」

「……変身」

 

 並び立つ深緑のライダー、甲賀。茶色い、熊のようなライダー、グリズ。

 細身で軽装な甲賀に対し、グリズは屈強な鎧を纏い、また変身者である新島陽菜の鍛えられた肉体から放たれる力強さは威圧的。

 だが、甲賀が有利な戦局であった。

 広い街中というフィールドは甲賀の機動力と隠密性を最大限発揮出来る。

 仮に戦場が檻の中であれば、グリズに分があったがそれはIFの話しだ。

 

 ミラーワールド。人のいない世界。

 鏡の向こう側には大勢の人が見える。

 そんな孤独の世界で剣戟が始まる。

 甲賀とグリズの召喚機は直刀と両刃の斧。まずはカードを使わずに、様子見がてらの打ち合いが行われていた。

 

「……ッ!」

 

 素早い動きで駆けて、跳び回る甲賀にグリズは翻弄されていた。

 ビルの壁やガードレール、自販機、街路樹などあらゆるものを足場にして跳躍。グリズに目掛けて、逆手に構えた直刀で斬りかかる。

 

「反応出来てないじゃん!」

「くっ……!」

 

 防戦一方のグリズ。斧で斬撃を受け止め続けているが、少しずつその身に刃が当たりつつある。

 決定的なものだけは、受け止められているが。

 このままでは一方的にやられてしまうと、状況打破のためにカードを切る。

 刃と刃の間に熊の顔を模した意匠があり、ここがカード挿入口となっている。

 熊の口を開けるようにスライドさせ、ベントイン。

 

【STRIKE VENT】

 

【GUARD VENT】

 

 グリズの両手に熊の手を模した手甲が装備される。

 短いが爪を模した刃も備わり、攻防一体の武装。

 また、胸と両肩に茶色いアーマーが追加され防御力は更に向上した。

 

「面倒だな……」

 

 火力に乏しい甲賀では、この防御を突破することは難しい。そのため、そう呟いた。

 しかし、それは甲賀にとっては大した問題ではなかった。

 むしろ、読み通り。

 

(鐵宮についたライダーの情報はほとんど把握してる。どんな戦法を取るかもね)

 

「らぁぁぁ!!!!」

 

 迫る巨体。

 その大きな手を振るい、甲賀を狙う。けれど、甲賀からしたら避けてくださいと言っているような大振りばかりで当たることはない。

 冷静に、冷静にグリズの攻撃を見切っていた。

 何度目かのグリズの攻撃を避けた甲賀は、軽く蹴りを入れる。なんてことない、素人がやるような足裏で押し込むような蹴りだ。

 バランスを崩したグリズは重い鎧も相まって尻餅をついた。

 すぐに立ち上がろうとしたグリズの眼前に、直刀の切先が置かれる。

 

「カードを使わなくても、あんたには勝てるねこれは」

「あたしはまだ……!」

 

 反抗しようとするグリズであったが、仮面を蹴り飛ばされる。  

 仮面の下で揺れる頭は軽い脳震盪を引き起こす。

 

「ぐ……あ……」

「痛めつけて興奮するとかそんな趣味はないからさ……。さっさとトドメを刺すね」

 

 甲賀が引いたカードは、ファイナルベント。

 最大火力の技で、グリズを仕留めるつもりでいる。

 直刀の刃と柄の間のカード挿入口へとカードを入れ、読み込ませようと────。

 

【ADVENT】

 

「はっ……ッ!?」

 

 突然、響いた召喚機の音声。

 そして現れる、白と青に彩られた巨大な狼型モンスター。

 甲賀に噛み付き、振り回す。地面や、ビルに叩き付ける。

 

「がぁぁっ!?」

「なに……誰の……」

 

 困惑するグリズの目の前に、あのモンスターと同じような白と青のライダーが着地する。

 

「あははっ。ラッキー、漁夫ったわ」

 

 自身の契約モンスターにいいようにやられている甲賀を見て、そのライダーは呟いた。

 

「この、くそぉッ!!!」

 

 甲賀は逆手に持った直刀を、狼型モンスターの顔面に突き立てる。

 それに怯んだモンスターは甲賀を吐き捨てた。

 脱出に成功した甲賀ではあるが、そのダメージは非常に大きい。

 立って歩くのすら、やっとなほどに。

 

「なん、だよ……お前……!」

「私は仮面ライダー狼牙。別に覚えなくてもいいけどね、どうせ死ぬんだしさ」

「狼牙……?」

 

 そんなライダー、自分は知らない。自分は全てのライダーを把握していた。なのに、全く未知のライダーがいた。

 その事実が、甲賀に小さくない動揺を与える。

 情報力に自信があっただけに、余計に。

 

「虫の息なお二人さんに教えてあげよう。私はライダーの数が多すぎるんで、潰し合うのを待ってたわけですよ。そんで、程よい数になった辺りで……ザクッとね」

 

 淡々と種明かしする狼牙を甲賀とグリズは黙って聞くことしか出来なかった。

 勝利寸前の隙が生まれたところを強襲し処理、残った既に弱っている方は楽に殺す。

 それが、狼牙の作戦。

 契約モンスターに餌を与える以外の戦闘を避け、徹底的に自分の情報を消して、最終盤まで潜む。

 それが、狼牙の計画。

 

「だから、ライダーバトルはこれが初めて……の割に一気に二人も殺っちゃうとか私、殺しの才能あったりする? うわ、いらねー」

「あんた……」

「ははっ。そんじゃ、トドメ刺しますね。さよなら、ライダーの先輩」 

 

 青いデッキから引き抜く、ファイナルベント。

 斧型バイザーの挿入口を開き、カードを読み込ませる……その寸前。

 

「あーあ、確かにしてやられたわ……。初めての割に上出来だよ、あんた」

「あははっ。殺す相手に褒められるの嬉しくねー」

「……違うっつの」

「は?」

「立場が逆だって言ってんの!」

 

 甲賀は直刀を構えると同時にカード挿入口を閉じる。

 狼牙の乱入の前に、セットしていたものだ。

 

【FINAL VENT】

 

「はっ?」

 

 突然のことに呆ける狼牙の背後に、甲賀の契約モンスター。ステルスニーカーが現れる。巨大な蛙の舌が狼牙を巻き取り、拘束した。

 

「やあぁぁぁ!!!!!!!」

 

 駆ける甲賀。いまある力を振り絞り、駆ける。分身を生成し、手には巨大な手裏剣を構える。

 無数の甲賀は飛び上がり、手裏剣を狼牙目掛けて放つ!

 

「ッ!? せ、セレストウルフ!!!」

 

 狼牙は契約モンスターの名を叫んだ。

 青と白の狼、セレストウルフは狼牙を拘束するセレストウルフに体当たりをして怯ませる。

 それにより狼牙は舌の拘束から解放され、とにかくその場から飛び退いた。

 さっきまで、狼牙がいた場所に突き刺さる巨大な手裏剣達。衝撃で、あたりを土煙が覆う。

 

「……はぁー! 危なかったー!!!」

 

 なんとか退避した狼牙は生を実感していた。

 そして、気付く。

 晴れゆく煙。

 そこにはもう甲賀も、グリズもいなかった。

 

「はぁ……やっば。二人殺るどころか二人も取り逃がすとか……おまけにこっちのこと知られちゃったし、最悪だ。才能ねー」

 

 ぶらぶらと歩き、手近な鏡から現実世界へと戻った狼牙。

 仮面は消え、変身者の姿が露となる。

 仮面ライダー狼牙の正体は中務理恵。

 

「はあ、次はもっとちゃんと奇襲しよ」

 

 人ごみに消えていく理恵。しかし、そんな彼女を鏡の中からステルスニーカーが見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走り続けて、繁華街とは真逆の静かな住宅地にやって来てしまった。

 再開発も行われず、古いアパートや家、なんかの工場とか雑多な土地。

 人通りもなく、寂れていた。

 シャッター閉まる、商店街の成れの果て。

 やってる店は少ない。おばあさんがやってる惣菜屋とか靴屋とか服屋とか、そんなもん。

 そこを抜けると、交番があった。

 警察は嫌いだ。

 ろくな思い出がない。

 私がこんなになっても、助けて……いや、やめとこう。

 表に立っている警官もいなかったので、素通り。

 変な動きをした方が、怪しまれる。

 そうして、少しずつ夕方に近付く時の中で、再会した。

 

「お、こんなところで出会うとはね」

「あんた……」

 

 喜多村遊。

 平屋から出てきたところと偶然鉢合わせた。

 長い銀髪がよく目立つ、喧嘩狂い。

 

「ふふーん。ちょうどよかった」

「……なにが」

「ヤりたくってさ、ライダーバトル。相手してよ」

「……ああ、いいぜ」

 

 そうこなくっちゃと、喜多村は笑顔を浮かべた。

 ああ、いい。

 なんでもいい、誰でもいい。

 アタシを……ぶつけさせてくれよ。

 

 

 

 場所を変えて、人気のない神社の目の前。

 二人は対峙し、デッキを手にする。

 

「さーて、ヤろっか! ほいっ!」

 

 遊が宙に投げたガラス片。

 落下し、二人の目線の高さに来ると同時にデッキを突き出し、ベルトを呼ぶ。

 

「変身」

「変身」

 

 ガラス片が地に落ち、割れると同時に仮面ライダーとなる。

 仮面ライダースティンガー。

 仮面ライダーレイダー。

 足下に散らばったガラス片からそれぞれミラーワールドへと入り……戦いが始まる。

 

【STRIKE VENT】

 

【STRIKE VENT】

 

 レイダーの両腕に剛腕が、スティンガーは右腕にスズメバチの腹部を模した手甲が装備される。

 二人は合図するでもなく同時に走り出し、殴りかかる。

 速かったのはスティンガーの方だった。

 手甲がレイダーの胸部を捉え、火花が散る。更に、素手の左が仮面を打ち抜く。

 

「あはははは!!!! 強くなったね!!!!」

 

 後ずさったレイダーが歓喜する。

 純粋な闘争をくれる相手に。

 純粋に殺意を向けてくる相手に。

 混じりけのない、闘争。

 それが、ここにある。

 

「……るせぇ……」

「今度はこっちから!!!」

 

 再び、殴りかかる剛腕。だが、先程よりも速い。

 スティンガーの、瀬那の内臓に響く鋭いパンチが直撃する。

 

「……ッ!?」

 

 一瞬、意識が飛びかけた瀬那であったが、よろけた足を踏ん張り右の手甲でレイダーの顔面ど真ん中を殴り飛ばす。

 更に、蹴り飛ばそうと右足が出る。しかし、その足はレイダーに受け止められてしまう。

 剛腕が、足を握り潰そうと力が籠められるのを感じ、咄嗟にスティンガーは今の状況を利用した。

 軸足となっていた左足で地面を蹴って、飛び上がる。その一瞬で、レイダーの頭部を蹴り飛ばす。

 

「がっ……!? ははっ!!!」

 

 バランスを崩し、そのまま石階段を転げ落ちていくかと思われたレイダーだったがその執念は凄まじく。

 一度離したスティンガーの右足を再び掴み、そのまま縺れたまま二人は石階段を転がり落ちていった。

 全身に痛みを感じる両者。

 だが、闘争に喜ぶ遊の方が精神的な余裕があった。

 対する瀬那は日中の苛立ちや、自分の劣等感などを引き摺りそれをぶつけるために戦っている。

 ポジティブな遊とネガティブな瀬那。  

 痛みはそのままネガティブに変換される瀬那は苦痛に呻いた。

 

「ぐっ……」

「さあさあ続けよう続けよう!!!」

 

 レイダーはスティンガーに向かって飛び込み、果敢に攻め立てる。

 スティンガーも防戦一方とまではいかず、殴られれば殴り返す。しっかり、レイダーにダメージを与えていく。

 両者の戦いは拮抗し、戦場は移り変わっていく。

 聖山市を流れる一級河川、凪川にかかる橋の上で死闘を繰り広げていた。

 

「はぁ……はぁ……だぁッ!!!」

「はっ……はぁッ!!!」

 

 飛び上がる二人。

 渾身の力を拳に乗せて、宙でぶつかり合うクロスカウンター。

 届いたのは……スティンガーの拳であった。

 

「うがっ!?!?」

 

 吹き飛ぶレイダーは地面を転がり、空を見上げた。

 スティンガーは着地し、息を整える。

 激戦を繰り広げ、互いに息をつくタイミングなどなかった。

 

「はぁ……はぁ……」

「あはは、本当に強くなってるね」

 

 よっこいしょと上半身を起こしたレイダーは地面に座りながら、肩で息をするスティンガーに称賛の言葉を送った。

 

「やっぱり戦いってのはこうでなくっちゃ。全身全霊で殺し合う。意地と意地のぶつかり合い。はー、こういうのをいっっっぱい体験したいんだけど、悲しいかな、これライダーバトルなのよね。好きな相手ほど、そう何度も戦えない」

 

 そういう相手ほど、殺してるからさ。

 レイダーはそう言葉を締めた。

 何度も味わいたい戦いをする強い相手ほど、殺すのは惜しい。

 しかし、自分達が行っているのは殺し合い。

 どちらかが生きて、どちらかが死ぬ。

 レイダーが今もこうして生きているというのはつまり、そういうことなのだ。

 

「言葉交わすとか、馴れ合うつもりはない」

「ああ、うん。それは私にもない。馴れ合いじゃなくて、殺し合いがしたいんだからさ」

 

 立ち上がったレイダーはデッキに手をかけた。

 

「こいつ、使ってみるか」

 

 引き抜いたカードを目線まで上げて、スティンガーへとカードを見せつける。

 黄金の翼が描かれたカード。

 その名はSURVIVE。

 SURVIVE・屍山。 

 翼の背景には、霧に包まれた山が描かれている。

 その山は、屍山。屍の山。

 屍達が蠢き、死臭を放つ。

 

「ッ!?」

 

 突如、橋が大きく揺れバランスを崩すスティンガー。

 だが、レイダーは不動のまま。

 レイダーの足下の地面がひび割れ、隆起し、レイダーの周囲に鋭い山々が形成されていく。

 薄ら寒い冷気を纏った霧が流れ出し、スティンガーを包んだ。

 左手のメリケンサック型の召喚機が、スパイクを備えた鋭いフォルムへと変貌。

 ガッツバイザー・ツバイとなる。

 そして、SURVIVE・屍山のカードを挿入。

 

【SURVIVE】

 

 新たな虚像が舞い踊り、レイダーの姿と重なる。

 黒いアンダースーツに深緑の角ばった重厚な装甲を纏う闘士。だが、全身の装甲や仮面には幾億の戦いを越えた強者を思わせる無数の傷跡が刻まれている。

 四肢には千切れた鎖が揺れ、手枷足枷のような装甲が施されている。さながら、この猛獣を縛りつけようとしたかのように。だが、それは無意味。

 獣は、解き放たれた。

 仮面ライダーレイダーサバイブ────。

 

「な、に……!?」

「……はあッ!!!」

 

 地面を殴り付けたレイダーサバイブ。すると、大地がスティンガーに牙を剥く。

 次々と発生する岩の牙がスティンガーを狙い、迫ってくる。

 

「くそッ!!!」

 

 スティンガーは跳躍。

 飛び退いて、回避……したつもりだった。

 しかし、牙はスティンガー目掛けて伸びる。

 真っ直ぐに。

 空中では自由に身動きが取れないスティンガーは右腕の手甲を盾にして受け止めようとする。

 だが、手甲を容易く破壊して牙はスティンガーに直撃。

 

「────」

 

 スティンガーは、夕陽照らす凪川に落下。

 水飛沫は上がらず、ミラーワールドから現実世界へ戻ったようではある。

 それでも、戻った先は川の中。そしてあの負傷。

 生存は絶望的だろう。

 

「あちゃーやりすぎちゃった。この力、普通のライダー相手じゃ強すぎるね」

 

 スティンガーが落ちた辺りを見つめながら、レイダーは暢気に呟いた。

 そうして、思いつく。

 

「そうだ! この力なら御剣燐(あの子)とガチでやれる!」

 

 仮面の下で、無邪気な狂気が笑みを浮かべる。

 新たな楽しみを見つけ、鼻歌を歌いながらミラーワールドを往くレイダーサバイブ。

 彼女の道は……真っ直ぐ闘争へと続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕陽に燃えるような川を、少女は流れていく。

 誰に見つかることもなく、気付かれることもなく、ただ少女はその血と共に河を渡っていくのであった。




次回 仮面ライダーツルギ

「やっぱり触手じゃない」

「え、いや、私もしかしてフラグ建てちゃった……?」

「私ね、全然良い母親なんかじゃないの」

「……別れた」

 運命の叫び、願いの果てに────




キャラクター原案
中務理恵/仮面ライダー狼牙   八咫ノ烏さん
仮面ライダーレイダーサバイブ マフ30さん
ありがとうございます!


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ALTERー8 独り

「美玲ちゃん、やっぱり料理上手ね~」

 

 キャベツの千切りを終えた私を見て、ママさんが褒めてくれた。

 日中はダウンしてしまっていたので、夕方からは挽回しなければとせっせと夕飯のお手伝い中。

 

「ありがとうございます。次は何をすればいいですか?」

「えーっとね、じゃあそのままサラダ任せちゃうわ。美玲ちゃんの好きにしていいから」

「分かりました」

 

 好きにしていいとのことなので、好きにさせてもらう。

 しっかりと皆さんが食べられるものに仕上げないと……。

 冷蔵庫の野菜室にあるのはトマト、オクラ、レタス、ピーマン、たまねぎ。あ、紫たまねぎ。使うか……。

 トマトも使う。そういえばコーンの缶がこっちに……。

 

「あ、美玲ちゃん卵ひとつ取ってちょうだい」

「はい」

 

 ママさんはハンバーグを作っているところ。かなり久しぶりと言っていた。

 私が来てから料理の手間が省けたので、余力が有り余っているとか。

 妹の美香ちゃんが手伝ってくれればとか、私も歳取ったなとか、色々と聞かせてもらった……。あれ。

 

「ママさん、卵ないです」

「えっ!? ちょっとやだもう~。完全にあるつもりでいたわ……」

 

 ハンバーグはしっかり作ってる途中。

 あれを廃棄はもったいないし、かといってそのままにしておくのもあれ。

 

「私、買ってきます」

「ああ、いいのいいの! 美玲ちゃんいっぱいお手伝いしてくれてるんだから。こういうのは、働いてない奴にやらせるのよ」

 

 ママさんはキッチンを出て廊下へ。少し気になり、ママさんの後をついていくと、ママさんは階段の前に立っていた。

 

「美香~! おつかい行ってきて~!」

 

 声を張り、二階の自室にいるだろう美香ちゃんに呼び掛けるママさん。

 肝心の返事は……。

 

「おつかい? なら、僕行くけど」

 

 ひょこっと二階から顔を覗かせた燐が返事をした。

 美香ちゃんを名指しで呼んでたはずだけど……。

 

「燐はいいのよ。お風呂掃除とか、色々してくれてるから。それより美香は? 寝てるの?」

「え? ちょっとまって」

 

 美香~と呼ぶ声。そして、美香ちゃんの気だるげな声がちょっと聞こえてきた。

 おつかいには行きたくないようだ。

 

「ほら、おつかい行ってきてほしいんだって」

「え~……。やだ、だっるい……」

「バレー部キャプテンがそんなんでいいの?」

「今それ関係ない~……」

「……どうした? なんかあった?」

「お兄ちゃんに関係ないし……」

「なんかはあったんだ」

「……別れた」

「え?」

「別れたの彼氏とー!」

 

 一際大きい声で、美香ちゃんの不幸を知ることとなった。

 それは、その……次の出会いがあるだろうから切り換えていこう。けどもし私が燐と別れたら……。駄目だ、切り換えられる自信がない。

 

「そっか……。じゃあ、気分転換に買い物行こ」

「それ気分転換じゃなくておつかいでしょ」

「外出れば気分も晴れるって。ほら、今日いい天気だからさ」

「行かない! 行かないったら行かない!」

「そう……。じゃあ、僕が行くから」

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「いってきまーす」

「……いってきます」

「寄り道しないで帰ってきてね~」

 

 燐とちょっと不貞腐れた美香ちゃんを見送るママさんの背中を見つめていた。

 いや、その、まさか美香ちゃんも行くとは思わなくて。

 

「最近物騒だから二人で行かせた方がいいわよね」

「あぁ、そうですね……」

「ん? あ、美香も行ったのが不思議なの?」

「え、ええまあ……」

 

 あの状況からよく燐は外に連れ出せたなと思うし、美香ちゃんも一体どういう風の吹き回しなのだろう。

 

「美香、お兄ちゃんっ子だから。燐が一人で行くってなって心配というか寂しがってるというか……」

 

 話しながらキッチンへと戻り、調理再開。

 そういえばあまり燐の家族関係のことは聞いていなかった。家族仲が良好というのは一緒に暮らしててよく分かったけれど。

 

「慕ってるんですね、燐のこと」

「もうねぇ、ちっちゃい時はお兄ちゃんお兄ちゃんって何するにしても、どこ行くにしても燐がいないと~って感じでね。それに、今じゃあんなだけど昔は病弱でよく熱出してて……」

 

 ママさんの顔に、少し暗いものが映った気がした。

 明るいママさんとは縁遠そうな、そんな表情が一瞬だけ。

 

「……美玲ちゃんは、うちの家族がどう見える?」

「え……。それは、すごく、理想的な家族だと思います。パパさんはしっかりしてて、ちゃんと皆のことを見てて。ママさんも明るくて優しくて、良いお母さんってこんな人なんだろうなって……。そんなお二人に育てられたから、燐も美香ちゃんも真っ直ぐ育ったんだなって……。私には、そう見えます」

 

 特別なことはないけれど、誰もが持ち得る幸せをしっかりと手にしている。

 当たり前という簡単で、だけど難しいものである当たり前の幸せを受け止めている。

 それが、私の御剣家の印象。

 

「そっか……。美玲ちゃんには話してもいいかもね……」

「ママさん……?」

「私ね、全然良い母親なんかじゃないの」

「え……?」

 

 衝撃的だった。

 まさか、あのママさんからそんな言葉が出てくるなんて。

 

「それは、どういう……」

「10年は前の話なんだけどね……」

 

 

 

 

 

 燐も美香もまだ小さくて、手のかかる時期で何かと忙しくてね。

 美香はさっきも言ったとおり病弱でよく体調を崩して、看病をしてて……。

 お父さんもその頃すごい仕事が忙しくて、お父さんが頑張って働いてるんだから、私も頑張って母親やらないとって、そう思って頑張ってたの。

 あの頃は私の母親も入院したりとか、お父さんの方のご両親も早くに亡くなって助けも無くてね、ほんと一人でやってたんだけど……。

 やっぱり大変で、参っちゃって……。

 

「おかあさん……」

「ああ、燐……。ごめんね、美香の面倒見なきゃだから一人で遊んでて? 美香、風邪引いてるから移っちゃうかもしれないから」 

 

 甘えに来た燐を遠ざけた。

 

「燐はもうお兄ちゃんなんだから、一人で出来るよね?」

「……うん」

 

 燐はお兄ちゃんになってそろそろ小学生になるんだから、いろんなこと一人で出来るようにならないとね。

 そう自分に言い聞かせて、燐を一人にしてた。

 燐を甘えさせなかった。いいえ、燐に甘えてたのよ私は。

 燐は素直で真面目で、責任感も強い子だったから私の言ったとおりに一人で出来ることは一人でやるようになって……。

 それだけだったら、まだ小さいのにしっかりしてるで終わる話。

 だけど、私は燐を一人にさせ過ぎた。

 

 ある時から、燐がほとんど口を開かなくなった。

 喋っても、うん。そればっかり。

 甘えに来ることもなくなった。

 家の中でも一人でいるようになって。 

 それでいて、家の外では普通に振る舞ってたの。幼稚園の先生にこの事を聞いてみたら、そんなことはないって言われてね。変わった様子はありません。いつも通りの明るい燐くんですよって。

 試しに、幼稚園での様子を見てみたら本当だった。

 幼稚園に入った瞬間、明るい顔になって友達と遊んでた。

 けど、分かったの。それは作った表情だって。

 なんていうの、もう演技よ。今の自分は幼稚園にいる燐だって、そういう役なんだって。

 小さなうちからここではこういう役割を演じなきゃいけないっていうのを、燐は子供なりに理解してやってたの。

 

 それから、とにかく燐を一人にさせないようにした。

 返事がなくてもとにかく話しかけて、甘えられるようにしたりとか、相談出来るような場所にはとにかく行って、専門の先生に相談したりとかして……。

 それで、少しずつ明るい燐に戻って……みたいにね。

 

 

 

「私は、燐に寂しい思いをさせてしまった……。ひどい親でしょ」

「そんな、その……。一人でなんでもなんて出来ないですから……。ママさんだけが悪いわけじゃ……」

「そう、一人じゃ出来ることに限界がある。だからね、美玲ちゃん。燐を一人にさせないで」

 

 そう私に伝えたママさんの顔に、私のママの顔を幻視した。

 ああ、きっと、これが母親の顔というものなんだろう。

 

「今でも思う時があるの。燐が、何も言わずに一人でどっか行っちゃうんじゃないかって。だから、美玲ちゃんには燐の側にいてほしい」

「……はい。別れるつもりとか、まったくないですから」

「あははっ。うん、美玲ちゃんなら大歓迎! どうする? 18歳になったら結婚しちゃう?」

「それは流石に速すぎるんじゃ……」

「冗談よ冗談! はー、なんか話し込んじゃったわね。ごめんね、急にこんな話して。なんか歳取ったって感じだわぁ」

 

 そうは言うもののママさんは実年齢より若く見える。

 30代後半には見えるし、化粧でもっと若く見せることも出来そうだ。

 

「いやもう、うるさいおばさんよね私も……。はー嫌だわぁ。けど美玲ちゃんも聞き上手だからつい話しちゃう」

「ありがとうございます。それと、ママさんはうるさいおばさんじゃないですよ。明るいママさんです」

「やだもう美玲ちゃんったら! ご褒美あげちゃう。ちょっと待っててね、隠してるお菓子取ってくるから」

 

 ママさんはキッチンを出てお菓子を取りに向かった。

 ……それにしても、まさか燐に、この家にそんな歴史があったなんて思ってもみなかった。

 それでもやっぱり御剣家は私にとっての理想の家族だ。

 きっと、そういったことがあったからこそ、そうなれたのだろう。

 最初から完璧な親や家族なんて存在しない。

 一緒に成長していくものなのだろう。

 そう考えれば、私とパパだって……。

 

「……は?」

 

 物思いに耽っていたら、目の前に緑色の触手がいた。

 触手はスプーンを持って、私が作っていたシーザードレッシングを一掬いすると近くの窓ガラスに戻っていって……。

 

『んー、ちょっと塩味が強すぎですね。こんなの食べさせられたら塩分過多で病気になっちゃいます』

 

 アリスが、ミラーワールドの中でシーザードレッシングを味見していた。

 

「アリス……! なに、姑気取り? 燐を振り向かせられないから姑ポジション狙ってるの?」

 

『はー!? 誰が姑ですかどっちかって言ったら美玲ちゃんの方が姑っぽいですよ! 健気な若妻キョウカは鬼姑の美玲ちゃんにいびりにいびられ愛する夫、燐くんと二人だけで新天地に旅立つんですー!』

 

「……ごめんなさい。そこまで妄想膨らませてるとなんだか哀れに思えてくるわ。その、ごめんなさい本当」

 

『ガチ謝りやめてもらえます? あと冗談ですから。燐くんの事はもう未練なく断ち切る……つもりでいます……』

 

 断ち切れないオーラがばんばん出てるんだけれど。

 でも、そう。断ち切るつもりなのか。

 

「で、なに」

 

『いえ、暇だったので味見でもしようと』

 

「……ならあんな触手使わないで。心臓に悪い」

 

『触手じゃありません、根っこです~。まあほとんど触手ですけど……』

 

「やっぱり触手じゃない」

 

 自分で触手言ったし。

 はあ……こいつとの会話はなんだか妙に疲れる。

 そのわりに、自分から話しかけてしまった。

 

「……料理は出来るの」

 

『え……? いえ、その……出来……ないです……』

 

 一瞬見栄を張って出来ると言いそうだったけれど、素直に白状したようだ。

 

「そう。まあ、出来なさそうだと思ってたけど」

 

『なんですかマウントですか、喧嘩売ってるんですか』

 

「そう思ったのならそうなんじゃない」

 

『……料理とか、そもそも食べなくても生きてる私には必要ないですし。誰も教えてくれなかったですし……』

 

 それは、こいつの本音だった。

 すぐに分かった。

 この言葉には、いわゆるアリスらしい虚飾がなかったから。

 

「……女だから、とは言わないけど。料理は出来た方がいいわ」

 

『え……?』

 

「一人で食べるにしても美味しい方がいいし、誰かと……好きな人に食べてもらう料理なら余計に、美味しい方がいいから」

 

 冷たい食卓。

 一人の食卓が、私の食卓。

 たまに帰ってくるパパに美味しいものを食べてもらいたくて、料理を勉強した。

 まあ、食べてもらったことはあんまりないけど。

 食べても、時間が経って冷めたものになっていた。

 ……パパはいま、何を食べているのだろう。

 

『……誰かと何かを食べることなんてないですよ。だって私は、ミラーワールドの存在なんですから……』

 

 ……こいつも、同じか。

 一人、か。

 孤独か。

 同情をするつもりは、さらさらないけど……。

 水にさらしていた紫玉ねぎの水気を切る。

 普段使っている様子のない小さなお椀に千切りキャベツと紫玉ねぎを混ぜるようにして盛り付け、輪切りにしたオクラを上に散らして、トマトとコーンを添える。

 そして、自家製シーザードレッシングをかけて完成。

 余りの箸を一緒にして、アリスが映る鏡の中に差し出した。

 

「他のものは渡せないし、ミラーワールドだから実際に誰かとご飯食べるってわけじゃないけど……。ま、それで我慢しなさい」

 

『……美玲ちゃん』

 

 優しくしたわけじゃない。

 こいつが仇敵なことに変わりはない。

 燐のことがあるから手を出さないだけで、正直なところぶち殺してやりたいのだけれど。それでも……。

 みんながいる近くで一人ぼっちの奴がいるのは気に食わない。

 ただ、それだけ。

 

『……やっぱり塩味が強すぎです』

 

「今から殴りに行くわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 卵お一人様一パック。

 よかった、一家族様じゃなくて。まあ、その場合は美香と離れて会計を別にしてしまえば、くくく……。なんて。

 で、えーと。ついでに頼まれてたのがヨーグルトとバナナと……。

 

「ね~お兄ちゃ~ん」

 

 ……この声は、何かをねだる時の声だ。

 

「これ欲しい!」

「え~?」

 

 買い物は僕に任せてスーパーをぶらついていた美香が手にしていたのは、雑誌。

 10代女子向けのファッション誌だ。

 

「ほらこれ! エコバッグ可愛くない!?」

 

 表紙に描かれた付録のエコバッグを指差して興奮気味に甘えてくる。

 いつもの手段だ。

 

「……ふ~ん」

「エコバッグなら普段使いするしいいでしょ?」

「そうだね、今絶賛使ってるしね」

 

 肩に提げてる無地のエコバッグを揺らして見せる。

 御剣家で普段から使われているやつである。

 

「うっ……。でもでもそんな地味なのより可愛い方が良くない!?」

「う~ん。エコバッグに可愛さ求めてないし~」

 

 使えればなんでもいいけど、エコバッグに求めているものといったらなんだろう。大きさと耐久性?

 

「美香のお小遣いで買ってね~」

 

 あれ、いつもの塩がない。 

 ああ、こっちに移ってたのか。

 カゴに塩を入れて、次の売り場へ。

 

「うーーー……。お兄ちゃんのケチ」

「ケチでもなんでもないって。僕もお小遣い遣り繰りしてるんだから」

「お願いお兄ちゃん! お金貸して、来月返すから!」

「え~。だめ」

「なんでー!? ほら、前にお兄ちゃんが好みって言ってたモデルの娘も出てるよ! 美玲さん似の! 見たいでしょ!」

「あの中では好みって話だったでしょ。それにほら、美玲先輩がいるし」

 

 そう、美玲先輩に似ている人ではなく美玲先輩が僕にはいるのだ。

 モデルなんかに構ってる暇はない。

 

「うわー、そうやって惚気るんだ。彼氏と別れたばっかの妹に対して。ひっどい兄貴だ。傷ついた。そんがいばいしょーしないと許さない」

「美玲先輩似って言ったのは美香でしょ」

 

 そういえば牛乳も無くなってたな。

 メモにはないけど買いで。

 

「お兄ちゃん、ちゃんと私の話聞いてる!?」

「聞いてるよ。聞いた上で駄目って言ってる」

「むう……。えいっ」

 

 ぽんっと、背中を叩かれた。

 殴るとかでなく、本当に軽く。

 まったく子供っぽいんだから。

 

「お兄ちゃんのケチ~」

「はいはい」

 

 買うものは揃ったな。

 よし、会計しよ……って。

 

「あれ」

「あ、君は……チャーハンの燐!」

 

 ふと、バッタリ。

 同じ街に住んでいるのだから、こういうこともあるだろう。

 ちょっと縁のある女子、撒菱茜さんと出会した。

 

「お兄ちゃん、友達?」

「お、妹さん? まあ、友達かな。チャーハンご馳走してもらったし。また作りに来てよ!」

「あはは……。その、機会があれば」

 

 人の家でチャーハン作る機会ってなんだよと内心ツッコミながらそう返答した。

 ……そういえば、この人もライダーなんだよな。

 デッキを……って、だめだめ。今は美香がいるんだから。

 

「……お兄ちゃん、ちょっとトイレ」

「え、ああ、うん。いってらっしゃい」

 

 美香は小声でそう伝えて、ちょっと早足でトイレに向かった。

 

「兄妹で買い物って、なんかいいね!」

「いや、ほら、モンスターに襲われたらとか考えるとね」

「シスコンなんだね」

「一般的な妹想いだと思うけどなぁ……」

「けどそうそうモンスターに襲われなんて……」

 

『────』

 

 撒菱さんと顔を見合わせる。

 

「え、いや、私もしかしてフラグ建てちゃった……?」

「とにかくこっち!」

「う、うん!」

 

 買い物カゴを置いて音が強くなる方へと走る。

 こっちはあまり人の出入りがない方の出入口で……。

 どこだ……?

 

 

 

 

 

 あんまり人が入って来ない方のトイレを使う。周囲に人がいられると駄目なタイプなのだ。

 にしてもお兄ちゃん、また女子の友達出来てる。

 前まではここまでじゃなかったのに。

 交友関係は広く浅くで男女問わず。だったのに。

 最近やたらと女子の知り合い多くない?

 別に私がどうこう言う権利はないけどさ。

 美玲さんだっているのに、なんか心配。

 モテモテってほどじゃないけど、妙に入れ込む女子が近くにいるのがお兄ちゃんというのは小学生の時から理解している。

 将来刺されたりしないか心配だ。

 

「……ん?」

 

 トイレに入って、水道の前の大きな鏡の中から何かの気配を感じた。

 見られてる?

 なんて、気のせい気のせい。

 

『メガァァァ……!』

 

「えっ……!?」

 

 何かが、鏡の中から現れる。

 長い二本の角を生やした怪人が、鏡の中から現れて……。

 

「きゃあぁぁっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 今のは、美香の悲鳴!

 女子トイレだろうと関係なしに入ると、そこには気を失った美香とモンスター……メガゼールだったか、こいつは。

 お前が、美香を……!

 

『メッ!?』

 

 メガゼールを前蹴りで蹴り飛ばす。

 壁に叩きつけられたメガゼールは手洗い場の鏡からミラーワールドに戻っていった。

 

「燐!」

「撒菱さん、美香を頼みます」

「う、うん!」

 

 白いデニムジャケットのポケットからデッキを手に取り、メガゼールが逃げた鏡に映す。

 Vバックルが巻かれ、突き出したデッキを左腰まで引き、両腕を居合のように振るって叫ぶ。

 

「変身────!」

 

 デッキをバックルへと装填し、鏡から現れるツルギの虚像を纏い仮面ライダーツルギへと。

 ミラーワールドへと入り、メガゼールの追跡を開始する。

 

『メガッ!』

 

 メガゼールは国道を駆けていた。

 これならばと、スラッシュサイクルを呼び出し跨がる。

 エンジンを吹かして、加速。

 時間帯的に帰宅ラッシュで渋滞する道だがここはミラーワールド。走る車は存在しない。

 片側二車線を独走。

 メガゼールもスピードに長けるモンスターであるが、スラッシュサイクルには劣る。

 縮まる距離。間合が詰まる。

 左手でスラッシュバイザーを逆手で抜き、メガゼールの右後方につく。

 そして、加速。 

 メガゼールを追い越すと同時にスラッシュバイザーで切り裂く。

 

『メッ!?』

 

 高速で走っていたところを切り裂かれ、メガゼールは勢いよく道路を転がる。

 スラッシュサイクルも停車し、メガゼールに向かって歩き出す。

 

【SWORD VENT】

 

 リュウノタチを喚び出し右手に構え、スラッシュバイザーはそのまま左手に。

 

『メガ……!』

 

「────……」

 

 メガゼールは鋏のような形状の刀を持ち出す。

 跳躍力を活かして、飛び掛かってくる。

 唐竹、か。

 振り抜く、リュウノタチ。

 胴を一閃、瞬く火花が滴り落ちる。

 

『メ、ガ……!』

 

 まだ、立ち向かってくるメガゼール。

 鋏状の刀を振り回し、それでもまだ生きようと踠いている。

 ────お前が、生きていられる道理などないというのに。

 

「────ッ!」

 

 メガゼールの刀をスラッシュバイザーで弾き飛ばし、がら空きとなった胴にリュウノタチを突き刺し、抜く。

 

『メッ……』

 

「……────」

 

 ……これ、は。

 いや、今は……。

 

【FINAL VENT】

 

 飛来するドラグスラッシャーを背にし、剣舞。

 地面を蹴りドラグスラッシャーと共に飛び上がる。

 ドラグスラッシャーが周囲を飛び回り、空を切り裂き、白い剣閃が輝く。

 その輝きと、ドラグスラッシャーが放った斬撃波を身に纏い、メガゼールに向かって加速。

 

「ぜあぁぁぁ────!!!」

 

『メガ……!?!?』

 

 メガゼールを蹴ると同時に切り裂く。

 爆炎にまみれ、メガゼールのエネルギーがドラグスラッシャーに捕食されるのを見届け、再びスラッシュサイクルに乗って美香のもとへ戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んっ。んん……」

 

 何か、懐かしい感じがした。

 暖かいのと、優しいのと、大きいのと、ちょっとの揺れと。

 

「……おんぶ……?」

 

 目を開くと、見慣れた頭が。

 

「あ、起きた」

「なんで、おんぶされて……てか、怪人が!?」

「怪人? 夢でも見たんでしょ~」

 

 夢、なのかな……。

 ていうか、本当になんでおんぶされてるの。

 

「美香、女子トイレで寝てたんだよ。遅いな~って、撒菱さんと一緒に探したんだから」

「え、えぇ……。ちょっと待ってめちゃ恥ずい。え、変な格好とかしてなかったよね!?」

「さぁ~? 撒菱さんは何も言ってなかったよ~」

 

 うがぁぁぁ、と暴れる。

 暴れまわる。

 お兄ちゃんの背中で。

 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。

 てか、おんぶも恥ずかしい!

 現在進行形で恥ずかしい!

 

「おろして!」

「えー、どうしよっかな~」

 

 横顔しか見れなかったけど、いい笑顔をしてやがる。

 お兄ちゃんは無自覚でSだ。

 昔から優しいけど、こういう余裕ある時は私をいじめて楽しむんだ。

 ひどくて優しいお兄ちゃん。

 ぴたりと右頬をお兄ちゃんの後頭部にくっつける。

 昔はよくこうしておんぶしてもらってたな。自分からせがんで。

 小さい時のことはあんまりよく覚えてないけど、いつも近くにはお兄ちゃんがいた。

 けど、どうしてだろう。

 ずっと前から、思っていることがある。私の傍にはお兄ちゃんがいるのに、お兄ちゃんの傍には誰もいない気がして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食終わり、部屋に戻る。

 メガゼールとの戦いから気になっていたことがある。

 それを、キョウカさんに確認する。

 折り畳み式の鏡をローテーブルに置いて、キョウカさんと向き合う。

 

「キョウカさん、思い出すのが辛いかもしれない。けど、大事なことだから協力してもらいたい」

 

『珍しいですね、燐くんがそんな……。けど、分かりました。なんです?』

 

「北さんの傷のこと」

 

『傷、ですか……?』

 

 北さんは背後から刺された。

 キョウカさんの力で治療してもらい、なんとか一命は取り留めたが未だに意識はない。

 北さんを刺した相手は氷梨麗美、仮面ライダーウィドゥ。その爪によって貫かれたのだと想定されている。

 けど……。

 

「僕もしっかり見たわけじゃないから、確認したいんだ。北さんの傷がどんな傷だったか……」

 

『どんな傷……。その、傷自体は細いというか……。しっかり貫通していて……』

 

「……例えばさ、ぐちゃぐちゃしたりしてた?」

 

『いえ、そういう感じでは……』

 

 ……なるほど。

 なんとなく、だけど……。

 

『燐くん?』

 

「……北さんを刺したの、ウィドゥじゃないと思うんだ」

 

『えっ……』

 

「今日、モンスターと戦った時に思って……。ウィドゥの爪の刺し傷だったら、そんな綺麗なものにはならないはずだから」

 

『……っ! じゃあ一体誰が……』

 

 ……。

 レイダー、喜多村遊さんではないだろう。

 彼女の戦闘スタイルと武器から考えても、可能性は限りなく低い。

 では、あの時あの場にいた残りの人達は?

 美玲先輩は副会長と戦っていた。

 美也さんは黒峰樹と。

 伊織さんは一人、モンスターと戦っていた。

 そう、なると……。

 でも、なんで?

 

「……証拠はない、証言もない。だけど、もしかしたら……」

 

『……燐くん』

 

「まあ、まだなんにも分からないけど、さ……」

 

 いつもこうだ。

 でも、この戦いで分かることの方が少ないのだから。

 それでも、迷いながらでも……。

 

「進んでいかなきゃ、いけない、か……」

 

 正解なんてもの、あるかは分からないけれど。

 間違いだらけなのは確実だけど。

 それでも────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テーブルにカルボナーラを2皿。

 私の真向かいに置いて、待つ。

 瀬那の帰りが何時になるか聞いてないから分からないけど、それでもご飯は二人で食べないと。

 だから、待つ。

 にしても……。

 

「遅いなぁ瀬那……」




次回 仮面ライダーツルギ

「ふふ、お家にまで来ちゃいましたよ私」

「燐。そういうのいい」

「はい。それじゃあデートの時間です」

「────未来超越」

 運命の叫び、願いの果てに────。


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ALTERー9 トライアングル・コア

 また、この夢だ。

 大きな一本の木の下にいる。

 風に揺れる木葉の囁き、いや、歌っている。

 耳障りのいい木葉と風の歌。

 だけど。

 突然、風が叫びを上げる。

 木葉の歌は悲鳴に変わる。

 葉は吹き飛ばされて、枝も折れて……やがて、朽ちていく。

 あんなに、立派な大木だったのに。もう、見る影もない。

 そこに、生命はないのだろう。

 僕もいずれ、こうなる────。

 

 

 

 

 

 

「……んんんっ……」

 

 目を覚ますには、少し早すぎた。

 まだ6時前。

 それでも、やけに目は冴えてすっきりとした目覚めだった。

 いや、すっきりというよりも……。なんだろう、分かんないや。

 ともかく、こうも目覚めてしまうと二度寝は難しい。

 ベッドの上にいるのもなんだか虚しいから、起き上がり部屋から出ることにした。枕元に置いたデッキを、寝間着にしているジャージのポケットに入れて。

 こいつがないと、落ち着かないなんて。自分でも嫌だけど、何かあったらと思うと肌身離さずにはいられない。

 やはり、まだ母さんも起きていない。

 6時になったら起きるだろうけど。

 キッチンで一人、目覚めの一杯。白湯。

 

「……はぁ」

 

 朝起きたら白湯を飲むのが習慣。身体の内側から暖まって調子が良くなる。エンジンがかかる、みたいな。

 ふと、カーテンから漏れる光を見つけて、リビングの方へ。

 少し、カーテンを開けると光に溢れる。

 

「暖かい……」

 

 こうも朝から天気が良いと、気分も良い。

 家の中、窓のガラス越しにではなく直接この光に当たりたくなった。

 玄関へと行って、外に出る。

 少しひんやりとした秋の空気と太陽の熱が心地好い気温を作り出していた。

 身体を伸ばし、深呼吸。

 まだ、街は眠っている。

 静かだ、とても。

 平穏という言葉が当てはまる。けれど……。

 

「ライダーバトルも、ミラーワールドのことも、まだなんにも終わっていない……」

 

 この平穏の影に隠れた街の闇。

 いつ、どこで、誰が、モンスターに。ライダーに、殺されるか分からない。

 

『燐くん。おはようございます』

 

 キョウカさん?

 こんな早い時間に珍し……。

 

「ッ!?」

 

 咄嗟に飛び退いた。

 鎖が、近所の家々の窓ガラスから伸びてきて、僕を捕らえようとしてきた。

 

「流石ですね燐くん。逃げられるとは思いませんでした」

「鏡華さん……。いや、アリス……」

 

 家の窓ガラスからこちら側へと出てきたアリスが、僕と向かい合う。

 このアリスはキョウカさんと違って、こちら側で活動することが出来る。

 

「ふふ、お家にまで来ちゃいましたよ私」

「……何の用」

「なんですかその言い方は。私も同じキョウカなんですから、優しくしてください」

「君とキョウカさんは違う」

「ええ、まあ……そうですね。確かに私とこちらのキョウカは結末は異なりますが、始まりは同じ。違うけど、同じなんです」

 

 結末は異なる……?

 一体どういうことだ?

 

「君は一体なんなんだ」 

『そうですね……。立ち話というのもなんですし、歩きながらでも良いですか? 燐くん的にも、その方がいいと思いますけど』

  

 ……確かに、家の前はまずい。

 場所を移すのが懸命だ。

 

「分かった」

「はい。それじゃあデートの時間です」

 

 ニッコリとキョウカさんに似た笑顔を浮かべたアリスと共に歩く。

 とにかく、警戒しなければならない。

 また、何処ぞから鎖が飛び出してくるかもしれないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、目が覚めた。

 まだ少し、起きるには早い時間に。

 けれど、妙な胸騒ぎがしてならない。そう、この胸騒ぎのせいで目覚めてしまったのだろう。

 

「燐……」

 

 貸し与えられている客間から出て、二階の燐の部屋へ。

 だけど、燐はいなかった。ベッドは空で、家の中を探し回ったけれどいない。

 一度、客間に戻りローテーブルの上に置いていたデッキと折り畳み式の鏡を手に取り、鏡に向かって話しかける。

 

「アリス、いるんでしょう」

 

『……貴女も気付きましたか』

 

「その口ぶりだと、あなたも燐を見てないのね」

 

『妙な気配がしたので目覚めたのですが……。この感じは、もしかしたら……』

 

 もう一人の、私。

 その言葉を聞いて、身体も心もいてもたってもいられなくなった。

 ともかく、外へ。

 ルームウェアのままだけど、気にしない。こんな時間だから、そう人と出会うということもないはずだ。

 

「燐、どこ……」

 

『とにかく探しましょう。もう一人の私と燐くんを二人きりにさせるのは嫌な予感がします!』

 

「分かってる……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩いて10分ほどで大きな公園に辿り着く。

 その歩いてる間は重要な会話などではなく雑談をしていた。

 アリスからの問いに、適当に答える。それだけの会話で、本題はここに着いてからということらしい。

 公園にはラジオ体操をしているおじいさんと、犬の散歩をしている人、ランニングをしている人と当然だが閑散している。時間も時間だ。

 

「あそこに座りましょうか」

 

 アリスが指差したのは東屋。

 話すのにはちょうどいいだろう。

 だが、座るというのは動作が制限される。その上でさっきみたいな鎖が来たら、避けきることは出来なくなる。

 

「さっきのは挨拶ですから。あんなことしませんよ」

「信用、出来ないな。君はアリスだから」  

「それは確かに。ですが、まずは信じるところから始めませんか?」

 

 そう言って、アリスは東屋へ。

 長椅子に腰を下ろし、木のテーブルの上にデッキを置いてみせた。

 今、この場での戦闘の意思はないということか。

 ……。

 僕も、東屋へ。

 長椅子はコの字型になっており、アリスは右奥の角に座っていた。 

 だから、僕も角に座る。アリスに対して垂直に。

 彼女の隣に。

 

「……まさか、こんな近くに座られるとは思いませんでした。てっきり、反対側にいくと……」

「間合」

「え?」

「ここ、僕の間合だから」

「……怖い燐くん。いいですよ、燐くんはそのままデッキを持っていても。ま、ここには鏡になるものはありませんから」

 

 互いに、即座に手を出せるわけではない。

 だが、それが本当かは分からない。アリスという存在はルール無視、盤外の存在。

 警戒するに越したことはない。

 

「ふふ、にしても、こんな近くに燐くんがいると胸が高鳴って仕方ありません」

「動悸?」

「ええそうです私は恋の病の重篤患者ですので」

 

 また、笑顔を浮かべる。

 だけど、なんだろう。

 キョウカさんと同じ顔のはずなんだけど……。

 

「はっきり、言うんだね」

「ええ。だって、隠していたので駄目だったんですから。私も、もう一人の私も」

「……」

「まあ、隠していたというよりあの頃はまだ()()を知りませんでしたから」

 

 これ、が何を指すのかを言うのは憚られた。

 僕が言ってしまうのは、きっと……。

 いや、それよりも本題だ。彼女が何者であるのか。

 何故、コアに与するのか。

 

「君はキョウカさんと……」

「まあまあ燐くん。これも貴方が聞きたいことに連なる話ですから。聞いていってくださいな」

 

 僕が聞きたいことに連なる話、か……。

 

「私ともう一人の私も起源を同じくするものですから、ここは同じ話。私の話でも、もう一人の話でもあります」

 

 キョウカさんと、このアリス。

 二人だけど、一人の話。

 どこかで枝葉が分かれて、彼女は今、ここにいる。

 

「ミラーワールドに囚われた私はずっと一人でした。そこに現れたのが、貴方です燐くん。ずっと一人だった私に、誰かと共にいる暖かさを思い出させてくれた貴方に恋をする事は、そう不自然なことではないはず」

 

 ですよね、燐くん?

 そんな視線が、横目で見上げられる。

 もしも、僕が彼女と同じ立場だったとして、恐らくは……恋をするかはともかくとして、懐くというか恩義は感じるだろう。

 

「ですが、先程も言ったように私は恋を知りませんでした。幼い頃から一人で、学ぶ機会もありませんでしたから。ただひたすらに、貴方に対する言葉に表すことが出来ない想いを抱え続けていました」

「……でも、君はそれを知った。なんで?」 

「それは……。燐くんが、恋をしたから」

 

 胸を氷か何かで貫かれたようだった。

 僕が、美玲先輩に恋をしたから……。だから、知ったのか。

 

「好きな人が出来た燐くんと、私は似ていましたから。ああ、そういうことなんだなって自然と。だから、燐くんの恋愛相談聞くの結構キツかったんですよ?」

「……ごめ……」

 

 動く唇に、ほんのり冷たい人差し指が当てられる。

 

「謝らないでください。私が恋を知っていたなら起こらなかったことですから。とはいえ、まあ……ミラーワールドの中の存在から告白されても困るだけでしょうけど」

 

 それは、そうかもしれない。

 隔てられたこちらとあちら。互いに行き来が出来ないところで、恋人になるなんていうのは……現実的じゃない。

 けど、どうだろう。

 そもそも、現実的な話じゃないのだから。

 

「……困るというか、悩むというか」

「同じじゃないですか」

「最後まで聞いてよ。……まあ、だからさ。人から好かれるって、愛されるって、それは嬉しいことだから、さ……」

「……じゃあ、もしも燐くんが恋をする前に私が告白していたら、燐くんは……」

「……どうだろう。分からないや」

「……そう、ですか」

「君は友達だから」

 

 残酷かもしれない。

 だけど、こう言わないといけない気がした。

 彼女を傷つける、その覚悟が今の僕には必要だ。

 キョウカさんと同じ姿であるから思わず忘れてしまいそうになるけれど、彼女はそもそも敵だから。

 いずれ、戦わなければいけない。

 

「鏡の中の、友達だから。大切な」

「……友達、ですか」

「うん。友達」

『じゃあ、もう一つ質問します。……どうして、咲洲美玲なんですか』

 

 平静を装った声と分かった。

 少しだけ、声が震えていたから。

 

「どうして、か……」

「……」

 

 今度は、身体をこっちに向けて正面から僕を見つめている。

 震えながらも、真っ直ぐな瞳で。

 乞うように。

 焦がれるように────。

 

 

 思い、出すのは。最初の出会い、しかないだろう。

 初めて会う前から存在は知っていた。

 咲洲美玲という人は有名人だったから。

 弓道部所属の才色兼備。インターハイ出場も確実とされていた。

 そんな有名人、モテないわけがなく。男子生徒、誰々が告ってフラれたなんて話を聞くことはそれなりに。

 氷の女なんて渾名されて、まあ僕には関係のないことだと思っていた。

 だけど、出会ってしまったのだから。

 

 一人、射位に立つ彼女。その姿を言葉で表すならば孤高。

 弓を引く彼女の独壇場から目が奪われる。

 一人だけ、一人の世界。

 眩しかった。

 美しかった。

 ────あんな風に、なりたいと、思った。

 

「……燐くん?」

「……一目惚れ、だよ」

「え……」

「一目惚れ。射抜かれちゃったんだよ、僕は」

「……」

 

 彼女の放った矢に射抜かれた。 

 あの時から僕はどうかしてしまったんだろう。アリス風に言うと、僕も恋の重篤患者になってしまった。

 

「……一目惚れなんて、天災です」

「てんさい……?」

「災害ですよ、災害。他所から現れて、貴方を奪っていった……!」

「アリス」

「嫌……」

 

 僕の胸に、彼女は顔を埋めてきた。

 泣いている、ようだった。

 

「アリスなんて呼ばないで……。今だけは……貴方だけは……」

「……」

 

 彼女もまた、キョウカさんである。

 ……ただ。

 忍ばされた彼女の右手を掴む。

 

「それが目的?」

「……警戒心は本物ですね」

 

 顔を埋めたまま発せられたその声は、冷たいもの。

 やはり、この少女はキョウカさんではあるが、アリスだ。

 僕が掴んだ彼女の右手には、ズボンのポケットに入れていたツルギのデッキが握られている。

 

「目的、というわけではありません。好機と思いましたから。けど、思ったよりも燐くんが甘くなかったです。隙がある方が私は好きですよ」

「君の思い付きは阻止された、離してよ」

 

 アリスは素直に言うことを聞いてくれた。

 デッキを離し、僕からも離れていく。

 その時の表情はどこか暗いものであった。

 

「そんなに、僕を戦いから遠ざけたい?」

「ええ。まずはそれが最優先ですから」

「僕は君がこんなことをするのを望んでいない」

「私は貴方が戦いに身を投じることを望んでいません」

 

 強い意志を宿した瞳だった。

 こんな目をする人だったろうか、君は。

 

「どうして……どうして貴方は戦うんですか。幸せを遠ざけるんですか」

「幸せを、遠ざける……?」

「そうじゃないですか。貴方はいつもそう。自分一人が戦えばいいって、他の人には戦いなんてさせないで一人で背負って……! 私は貴方を許さない。この世界を許さない。一人で戦う貴方を。一人で戦う貴方に気付かない世界を。私に幸せをくれた人が幸せじゃない世界なんて壊れてしまえばいいんです!」

 

 ……。

 一人で戦う、僕。

 彼女に幸せを与えたという、僕。

 彼女は僕に……。

 

「僕は、みんなが幸せな世界を守りたいんだ」  

「そのみんなに、貴方がいなければ意味がありません……」「いいんだよ、僕は。みんなの幸せを脅かすことをしてしまったのだから」

 

 ミラーワールドを開いてしまった。

 モンスターが人を襲うようになってしまった。

 キョウカさんが、ライダーバトルを始めてしまった。

 ライダーバトルに、みんなが巻き込まれてしまった。

 罪、だ。

 紛れもなく、僕の罪。

 ライダーバトルを始めてしまったキョウカさんの罪は僕の罪だ。だから背負うと決めた。

 やはり、あの頃から僕は変わっていない。

 罪を犯した罪人である僕は罰を受けなければいけない。

 人を守って、守って、戦って、その果てに死ぬ。

 いや、死は甘えだろう。死しても戦わなければならない。

 そんな僕に幸せなんて……。

 

「燐!」

 

 その声に、ハッと意識を呼び戻らされた。

 深海から、一気に引き上げられたかのように。

 

「美玲、先輩……」

「燐、何してるの……。そいつから離れて」

「忌々しい女が来ましたね……。私の邪魔ばかりして……」

「燐……こっちに来て」

 

 手を差し出す美玲先輩の方へ、自然と身体が向いていた。

 足も動いていた。

 立ち上がって、彼女のもとへ────。

 

「また、私を一人にするんですか」

 

 逃さないと、掴まれた右腕。

 少女の目は、どす黒かった。

 どこまでも、どこまでも深い闇に取り込まれてしまいそう……。

 

『燐くーーーーん!!!!!』

「ッ!」

 

 その声に、引き戻される。

 美玲先輩が持っている手鏡の中から、キョウカさんが叫んでいた。

 

『貴方が知ってる私はこっちの私です! そっちの私は違うワ・タ・シ!』

 

 そう、だ。

 このアリスは……キョウカさんは、僕の知っているキョウカさんではない。

 振り切る理由は、十分過ぎる。

 

「美玲先輩! キョウカさん!」

「────ッ!」

 

 駆ける。彼女達のもとへ。

 僕の知る、僕の好きな人達の方へ。

 

「まったく、一人で出歩かないで。ましてやこんな時に」

『そうです! ましてやあいつと一緒なんて!』

「ごめんなさい……。その、色々あって」

「……とりあえず、話は後よ。あいつ、やる気みたいだから」

 

 美玲先輩が顎でアリスを指して警戒を促す。

 アリスはテーブルの上に置いていたデッキを手にし、戦意をこちらに向けていた。

 

「やはり、どこの咲洲美玲も憎いですし、愚かな負け犬の自分を見るのも癪ですね」

「その言葉」

『そっくりそのまま返してあげます!』

 

 アリスと対峙する美玲先輩とキョウカさんの息はあっていた。

 共通の敵、だからだろうか。

 

「……アリス。三対一だ、どっちが有利か分からない君じゃ……」

「燐。そういうのいい」

『そうです。向こうがやる気なんです。それも、戦わなきゃいけない相手が!』

 

 二人も戦う気しかない。

 どうすれば、いい。どうすればいいんだ。

 止めるべきなのか、止めないのが正解なのか。

 確かに、アリスとは戦わなくてはいけないのかもしれない。

 僕の知ってるキョウカさんとは違うキョウカさんかもしれない。

 だけど……。

 

「変身」

『変身』

「変身」

 

 美玲先輩とキョウカさん、アリスは変身しミラーワールドへと。

 僕は……。

 地面に落ちた手鏡を見つめ、そして……デッキを翳した。

 

「変身……」

 

 ツルギへと変身し、ミラーワールドへと。

 ミラーワールドでは既に、戦いの火蓋が切られていた────。

 

 

 

 

 

 

 それぞれの得物を構え、ライダー達は向かい合う。

 青き弓兵、仮面ライダーアイズ。

 華の乙女、仮面ライダーブロッサム。

 鏡の恋華、オルタナティブ・アリス。

 

「さあ、始めましょうか。ライダーバトルを! 恋に終止符を!」

『言われなくとも!』

 

 仮面ライダーブロッサムとオルタナティブ・アリスは共に鞭を構えて駆け出す。

 片や、鉄のドレスといった荘厳さを思わせる桜と金の鎧を身に纏い。片や、黒一色。余計な飾りなどは戦いには不要といった機能美のスーツを身に纏っている。

 攻撃のタイミングは同時。しなる鞭同士がぶつかり合い、それを繰り返すと同時に花弁が舞う。

 桜色の花弁と黒い花弁が少女の周囲を彩る。

 

「恋の終止符? 笑わせないで」

 

 離れた場所から弓を引くアイズ。

 狙いはオルタナティブ・アリス。激しくぶつかり合い、動き回る獲物に向けて冷静に狙いを定め、矢を放つ。

 しかし、矢は花弁の障壁の前に無力であった。

 

「なっ……!?」

「サバイブでもないライダーの攻撃なんて、私には無意味。それと……」

 

 鞭の競り合いを制したオルタナティブ・アリスの攻撃がブロッサムの胸に叩き付けられる。火花を散らし、地面を転げたブロッサムの背中をオルタナティブ・アリスが踏みつける。

 

『きゃあッ!?』

「あなたはサバイブでも全ッ然弱いです! なんなんですか馬鹿にしてるんですか私!」

 

 ブロッサムの横腹を蹴り、仰向けにさせると再び踏みつける。ヒールの先で、鎧に包まれていない、黒いアンダースーツが露出している腹部を踏みにじる。

 

『ぐっ……!』

「本当に弱いんです負け犬なんですよ私。ああ、本当に腹が立つ……! これが同じ私とか侮辱にも程があります!」

 

 何度も、何度も踏みつけ、その度に火花が散る。

 キョウカの苦痛に叫ぶ声が響き渡る。踏みつけの次は鞭打ちと、一方的。

 アイズも何とかしようと矢を放つがやはり花弁に阻まれ、矢が届くことはない。

 

『燐、くん……!』

「はぁ? この期に及んで燐くんに助けを求めるんですか? 貴女は本当に私なんですか? 忘れたとは言わせませんよ、同じ私なのだから……私の願いは燐くんを戦わせない! 燐くんが幸せに暮らせる世界! 燐くんを救う! そして燐くんを手に入れる! それが私の願いでしょう私!!!」

『ッ……!』

 

 オルタナティブ・アリスの鞭が硬質化し細剣、針のようになる。それを見たキョウカは仮面の下で青ざめ死を悟った。

 

「キャンキャンキャンキャン吠えてこのザマ、本当に愚かで雑魚で反吐が出る。死んでくださいな。安心してください。私の果たせなかった願いは私が果たしますから」

『くぅ……わ、私は……』

「大丈夫ですって。前にも言ったでしょう? 私はたった一回でライダーバトルを勝利した私なんですから」

『たった、一回で……』

「ええ。惨めに無様に何度も繰り返した私とは違うんです。私の方が、上手くやれますから。それじゃ、死んでくださいな」

 

 逆手に持たれた剣が、振り下ろされる。

 だが、その瞬間。

 

【SURVIVE】

 

 スラッシュサイクルを駆るツルギサバイブが花弁の嵐を切り裂き、オルタナティブ・アリスの剣を弾き飛ばした。

 

「ぐっ……!?」

『燐、くん……』

「燐……」

 

 無言のままツルギサバイブはスラッシュサイクルから降りて、スラッシュバイザーツバイの鋒をオルタナティブ・アリスへと向ける。

 

「燐くん……。なんで、戦うんですか……」

「君が、戦いを止めないからだ」

「ふ……。先に戦っていたのは燐くんでしょう」

「……」

「そして、これからも……。私が戦いを止めたとしても、戦うのでしょう」

「……そうだね。戦うよ、僕は」

 

 全てを終わらせるまで────。

 心の中でそう呟き、静かにオルタナティブ・アリスへと向かい進んでいくツルギサバイブ。

 彼女を切り裂き、この戦いを終わらせようとその間合へと足を踏み入れていく。

 

「ライダーバトルに勝った君が、どうして戦うの。勝ったのなら……」

「……勝っても、貴方を真に手に入れることが出来なかった」

 

 ああ、なるほどそういうことか燐は一人納得した。

 彼女と遭遇した時に見た、あのイメージ。鎖に繋がれた自分の姿。あれは、このアリスの世界の御剣燐だったのだと。

 あちらの燐が、こちらの燐に送った危険信号だったのだろうと。

 

「ねえ、私と来ませんか。私と来たら、何もかも終わらせてあげます」

『馬鹿な、ことを……』

「ッ!? あいつ……!」

 

 美玲にとって馬鹿げた提案。それが許せず、アイズは激昂の矢を放つ。怒りに猛っていても、その狙いは正確無比。射線上に立つツルギサバイブに当てない自信も彼女にはあった。

 ゆえに放つ。

 しかし、矢はツルギサバイブが切り捨てた。

 歩く片手間と言わんばかりに、矢を見ることもなしに。

 

「なん、で……燐……」

 

 その動作に、美玲は自分でも予想以上のショックを受けた。

 矢を斬るというのは、美玲の手を汚したくなかったというのもあるだろう。

 だが、その片手間にあしらわれたという事が、自分のことなどどうでもよいかのように扱われた気がしていた。

 

「燐くん……。私が貴方を救います」

「救いは、いらない」

 

 オルタナティブ・アリスの仮面の前に置かれた刃。

 そこに、燐の覚悟があった。

 振り上げられるスラッシュバイザーツバイ。

 

 ────そうして切り裂いたのは、背後を狙った謎の光球。

 

『あまり勝手に出歩かないで、アリス?』 

「コア……」

「あれが、コア……!」

 

 宙に浮かぶ、白い女の影。

 このミラーワールドにおいて、陰謀渦巻かせている謎の存在コアが、その姿を現した。

 

『ふふ、どうも皆さん。朝が早いのね』

「……」

 

 風が吹く。

 ただの風ではなく、烈風。地上から一瞬で飛び上がったツルギサバイブがコアがいた空を切り裂いていた。

 

「燐!」

『燐くん!』

『やだ、怖いわねぇ』

「……」

 

 風を利用し、宙に浮かぶツルギサバイブはコアと向き合う。

 今の彼にあるのは、斬るという一つの意志。

 キョウカを誑かし、ライダーバトルを行わせた者。人間ではない、ゆえに斬ることに何の躊躇いはない。

 

『私とは、言葉を交わすこともしてくれないのかしら』

「…………」

「燐、くん……」

 

 風を蹴り、再びコアへと斬りかかるツルギサバイブの剣閃は回避こそされているがコアを追い詰めつつあった。

 

『これは、流石に厄介ね』

「……」

『ふふ……この完成度の高さ! 一度味わっておくのもいいかもしれないわね……』

「……斬る」

『いいわよ、斬りなさいな』

 

 コアは腕から白い靄がかった刃を生成し、スラッシュバイザーツバイの斬撃を受け止め……切れなかった。

 

『はっ……!』

 

 斬と風圧、その二つがコアを地上へと叩き付けた。

 そこへすかさず、ツルギサバイブは追撃。風を斬り、コアを貫かんとスラッシュバイザーツバイの鋒が煌めく。

 

『いい、いい……』

 

 突きは回避される。地上を穿った一撃は、クレーターを生み、周囲を土煙が覆う。

 全員が視界を奪われ、風を前に立つことすら難しい。

 

「燐……!」

 

 見えない戦場の先、燐が戦っている。

 しかし、自分には何も出来ない。

 その無力さを美玲は一人思い知らされる。

 

『この状況、向こうも見えなくなっているだろうに……』

 

【TIME VENT】

 

『!?』

 

 コアは見た。

 砂塵の向こう側、輝く緑光。

 ツルギの敵を貫くような鋭い目の光。

 そして、コアが聞くは処刑宣告。

 

「────未来超越」

 

 コアの目の前の砂塵が切り裂き現れるツルギサバイブはスラッシュバイザーツバイをだらりと垂れ下げ、歩を進めていた。

 その歩の間に切り裂く、切り裂く、切り裂く。

 未来を、切り裂く。

 敗北の未来を。

 コアを切り裂くという未来だけが、残される。

 

『……ふっ』

「────」

 

 斬。

 白い影が、真っ二つ。

 コアは白い塵となり消滅。たしかに、コアは切り裂かれたのであった────。




次回 仮面ライダーツルギ

「……まさか、コアが斬られるだなんて」

「ほんと、終わってる……」

「ふざけないで! お願いデッキをもうひとつ私に! あいつらから奪い返すから!」

「迎えに来たの私なんだけど」

「駄目、なんだよ……私……」

 運命の叫び、願いの果てに────


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ALTERー10 闇に沈む

 何故、言葉を交わすまでもなく斬ったのか。

 許せなかったからか。いや、違うだろう。

 あれは、それほどまでの脅威だったからだ。

 人に害する存在。モンスターともライダーとも違う天災。早急に、斬るしかなかった。

 だというのに……。

 

「何も、変わらない……」

 

 斬って、何かが劇的に変わるということはなかった。

 ミラーワールドが無くなるようなことも、ライダーがいなくなるようなこともなかった。

 ただ、この世界を流れる音だけが密かに鳴り続いている。

 

「燐……」

「……僕、は」

 

 コアを斬ったのか、本当に。

 いや、確かに斬った。斬ったはずなんだ、なのになんだ、この感覚は……。

 

『あれ、もう一人の私は……』

「アリス……!」

 

 キョウカさんの言葉に周囲を見渡す。

 彼女の姿はここにはない。コアとの戦闘の間に逃走したのか、もしかしたら……。

 コアを斬ったことで、彼女は彼女がいた場所へ戻ったのかもしれない。

 

「……ひとまず、戻るわよ燐」

「……はい、美玲先輩」

 

 スラッシュバイザーツバイを鞘に納め、ミラーワールドを後にする。

 ここにいられる時間も限られている。

 今は、一度状況を整理するべきだろう。

 

 

 

 

 ミラーワールドから出て、変身が解除される。

 そして、僕は少し目のやり場に困ってしまった。

 

「なにしてるの燐」

「え、いや、その……。美玲先輩、パジャマで来たんですか……?」

「パジャマ……というかルームウェアね。朝早いから誰に見られるってわけじゃないし……。燐だって、それ寝巻でしょ」

 

 それは、そう。なのだが。

 ただ、美玲先輩の深い蒼のルームウェアはその、足が結構出ているというかなんというかで……。

 あんまり、こういう格好で外を出歩かないでもらいたい。

 

「……早く帰りましょっ!」

「迎えに来たの私なんだけど」

 

 無防備過ぎる、隙だらけ過ぎる。

 いや、というのも……。

 他の人に、見せたくないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミラーワールドの何処か。

 廃墟ビルの一室にアリスはいた。

 コンクリート製の支柱に背もたれ、ずるずると腰を落とした彼女は先程の戦闘のことばかりを考えていた。

 

「……まさか、コアが斬られるだなんて」

 

 ミラーワールドに巣食う謎の存在、コア。自分では歯向かうようなことは出来なかったあれをツルギサバイブは容易く切り捨てた。

 恐ろしい、なんて恐ろしい力なのだろう。

 あんな力を持たせるなんて、こちらの私は何をしているのか。彼が強大な力を持つということは戦いから遠ざけることとは正反対のことだというのに。

 あれが自分と同じだなんて認めたくない。

 私は絶対に、絶対に彼を戦いから切り離す。そして、幸せを────。

 

『美玲先輩! 美玲先輩ッ!』

 

『り、ん……。あなたは……生き、て……。愛、して……』

 

『美玲、先輩……。う、う……あぁぁぁぁ!!!! アリスゥッ!』

 

 フラッシュバック。

 嫌な記憶。

 私は彼を戦いから遠ざけて、幸せに生きられるようにしたはずなのに。

 私はライダーバトルに勝利したはずなのに。

 なのに、私の願いはまだ────。

 

「今度こそ、私は……」

 

『そう、今度こそ貴女は願いを叶えないといけないわね』

 

 その声に耳を疑い、思わず立ち上がった。

 何故なら、その声の主は先程ツルギサバイブにより切り裂かれたコアの声なのだから。

 

「コア……! 貴女、生きて……」

『死んだわよ。ここのコアは。だから、私が来たの』

「……そういう、ことですか」

『同期完了。肉体投影開始』

 

 すうと、爪先から白い女の影コアが形成される。

 見紛うことなき、コアそのものの姿であった。

 

『ここの私が直接あの力を測ってくれたから、あの彼女……佐竹だったかしら。あれはもういらないわね』

「……処分しろと」

『ん? 別にいいわ。私が行くから』

 

 薄れ消え行くコアを見届けた私は、コアの底知れなさに恐怖を抱くのであった。

 あれの全貌など、知りたくもない……!

 

 

 

 

 

 

 

「佐竹さんおはようございます。具合はどうですか?」

「おはようございます。特に問題ありません」

 

 朝、聖山総合病院にいる私はいつも通り、人の良い私を演じている。

 30代ぐらいの担当医との会話程度ではこの仮面を崩すことは出来ない。

 学校での戦いで、アイズをあと一歩のところまで追い詰めたがツルギのせいでこんな場所に縛り付けられている。

 おまけにデッキまで奪われてしまった。一刻も早く、取り返さなければならないというのに。

 

「あの、退院の話などは……」

「ん? あー、佐竹さんは他の患者さん達と比べると症状も軽いからね。近いうちには退院出来るよ」

「そうですか……。その、近いうちというのは」

「いやーそれもまだ分からなくて。まだあれの原因も分かってないしで……。なにより、佐竹さんのご両親からしっかりと診てほしいって言われててね」

 

 ……使えない親が。

 

「そうですか。ありがとうございます」

「いいえ。それではまた午後に」

 

 去る担当医を見届け、手洗いへ。

 うちの生徒達の容態はだいぶ落ち着いたようで、病院から慌ただしさをそれほど感じなくなった。

 とはいえ、かなりの人数を一度に収容したのだ忙しくないわけがない。

 もちろん、この病院だけで全員を受け入れられるわけがないのでここ以外にも、隣町の病院なども使われたという。

 かなり大きな事態になったが、ライダーバトルには関係ない。そのためにも、早く、早くなんとかしなければ……。

 

『おはよう佐竹日奈子』

「ッ!? コア!?」

 

 大きな鏡の中、私ではない白い女の影が映っていた。

 

『病院、楽しんでる?』

「ふざけないで! お願いデッキをもうひとつ私に! あいつらから奪い返すから!」

『デッキなんていいからいいから』

 

 ひどく、優しい声色だった。恐ろしいと感じるほどに。

 優しく、朗らか。だけど、コアのそれからは何か薄ら寒いものを感じてしまう。

 

『デッキの代わりといってはなんだけど、欲しい物があるのよ』

「欲しい物……? 奪ってこいってこと……?」

『いいえ。貴女から貰うから』

 

 途端に走る寒気。全裸で猛吹雪の中に放り出されたかのような感覚に私は逃げ出そうと足を動かす……。

 足、を。

 瞬間、低くなる視界。まるで、だるま落としのよう。

 べちゃっという、生理的に嫌な音。

 

「え……」

 

 足下を見る。いや、もう足下なんて言えなかった。

 足が、ないのだから。

 トマトが踏み潰されたかのように広がる赤い液体は、私の血。

 嘘だ、嘘なんだこれは夢のはずだそうでなければ何だと言うのだ。

 

「は……?」

 

 あった、私の足。

 鏡の中、コアが、抱えている。

 返して、返して返して。私の、足。

 

『ふぅん……。足ってこんな造詣なのね。じゃあ、最後に貴女の命をいただくわね』

 

 鏡の中にもう一人の私がいる。まるで人形のようなもう一人の私。あっちの私の足も、なかった。

 そして、コアの手が私の胸を貫く。

 ……。

 …………。

 

 

 

 ブラックアウト。

 

 

 

 

 

 目覚めると、知らない天井。

 白い、天井。

 周りはカーテンで仕切りがされていて、ここがどこか察しがついた。

 

「病院……?」

 

 なんで、自分はこんなところにいるんだと疑問に思い、思い出す。

 そうだ、アタシは喜多村に負けて……。

 ……負けたことを思い出したら身体が痛み始めた。くそ、思い出すのはやめだ忌々しい。

 とにかく、アタシは生きてる。生きてるのならライダーバトルを続けられる。

 そうだ、だからこんな場所にいる理由はない。

 デッキは……。ベッド横の棚の中にあった。アタシの服……どこだ、見当たらない。まあいい。どうせ安物だ。

 よし、行くか。

 着替えはあいつん家に行けばある。しかし町中をこの患者の服で出歩くのは目立ち過ぎる。

 ……ミラーワールド通ってくか。

 こんなことで変身するのもあれだがと思いながら、人気のない鏡のある場所を探す。

 とりあえず、そんな場所は……トイレか。

 歩くとまだ少し身体が痛むが、こんなのすぐにデッキの力で治る。

 ただ少しの間、動き回れないな。

 

「……ここはどうだ」

 

 周囲を見渡し、入ってきそうな奴がいないことを確認。

 さて、トイレの中は……。

 

「……ッ!? うっ……」

 

 なんだよ、これは……。

 異様な光景に身体が固まる。

 大きな血溜まり。

 アタシと歳の変わらなそうな少女の死体。

 死体には、足がない。

 

「きゃあぁぁぁぁ!!!!!」

 

 突然の悲鳴。

 アタシが固まっている間にトイレに入ってきた女の悲鳴だった。

 悲鳴を聞きつけ看護師が、医者がぞろぞろと現れて、この光景を目に焼き付けてしまった。

 アタシはされるがままに大人達に連れられ、ここから離された。

 警察もすぐに来て、アタシは病院に居残ることになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝、美也さんと合流して聖山総合病院に向かう予定だったがその前に、寄るところがある。

 

「伊織さん、大丈夫かな……」

 

 ここ数日、伊織さんから連絡がない。

 既読はされるのだけど、返事がない。

 そこで美也さんの提案で様子を見に行くことに。ただ、僕は……伊織さんがこうなってしまった理由に心当たりがあった。

 それはかつて、僕も味わったもの。

 きっと、伊織さんは……。

 

「ところで燐」

「……あっ、なんですか?」

「……なんで彼女の家を知ってるの」

「前にお邪魔したことがあって、それで」 

「……そう」

 

 ほんの少し、美玲先輩の目に恐ろしいものが宿った気がする。

 その、何もないので許してください。

 あの時は色々あったし、すぐにおいとましたので……。

 

「あ、ここです」

 

 表札も日下部。うん、記憶違いではない。

 インターホンを押して少し待つと、伊織さんのお母さんが出てきた。

 ……顔に疲れが出ているようだ。

 

「こんにちは。伊織さんはいらっしゃいますか?」

「えっと、伊織の友達……?」

「はい、そうです」

「あぁ……その、少し待っていてもらえる?」

 

 伊織さんを呼びに行ったお母さんを待つこと数分。

 ちょっと、長いような気がする。

 突然押し掛けたというのも悪いけれど……。そう思い始めた時に再び玄関の扉が開かれる。

 そこにいたのは伊織さん、ではなくそのお母さんであったが。

 

「あの……リン、くん? で、いいかしら?」

「あ、はい。燐であってます」

「ごめんなさい……。伊織、この前のあれから引きこもっていて……」

 

 ……そう、だったのか。

 

「君なら通してって言われたから……。あなた達は待っててもらえる? お茶出すから……」

 

 僕だけ、伊織さんに会うことになった。

 美玲先輩と美也さんは一階のリビングで待機。

 伊織さん……。

 扉をノックし、中の伊織さんに声をかける。

 

「伊織さん、僕です。燐です」

 

 僅かに、部屋の中から入ってと聞こえたので、慎重にドアノブを回した。

 そして、目についたのはその部屋の異様さ。

 カーテンは閉められ、照明もついていないので薄暗い。

 なにより、鏡となるものには覆いが被されていた。

 そんな暗い部屋の中に一人、ベッドに腰かけている彼女の顔は憔悴しきっていた。

 

「……扉、閉めて」

「は、はい……」

 

 扉は閉ざされた。

 これで本当に暗くなる。

 ここに、この数日彼女はいたのか。

 

「……そんなところにいないで、こっちに来てよ」

 

 確かに、ドアの前に立っているのもあれだ。

 言われるがままに、伊織さんの近くへ。すると、今度は布団をポンポンと叩いて自分の左隣に座るように促した。

 失礼しますと、伊織さんの隣に座る。あまり、こういうのは良くないなと思いながら。

 罪悪感分の距離は30cm。それぐらいは開けさせてもらった。

 そうして座ってからというもの、伊織さんは口を閉ざしてしまう。

 

「伊織さん……。その……」

「……もう、分かってるでしょ、これ見てさ……」

  

 これとは、この部屋のことを指しているとすぐに分かった。

 閉ざされた鏡。

 これはモンスターを、ミラーワールドを拒み、恐れている証拠だろう。

 

「駄目、なんだよ……私……」

 

 声が震えていた。

 暗くとも、泣いているのが分かった。

 

「怖いんだよ……。あの時、たくさんの人がモンスターに殺されて……」

 

 ……あの光景は、トリックベントの分身を通して僕も見ていた。

 穏やかないつもの日常を送っていたはずの学校が、凄惨な殺戮に支配されるあの光景は、誰だって心に傷を負う。

 僕も、かつてそうだった。

 

「私は守れなかった……それどころか自分を守ることに精一杯で……」

「伊織さん……」

「あの時の光景が焼きついて……。忘れたくても忘れられないの……!」

「……」

 

 なんて言えばいいか、分からなかった。

 

 いや、分かっているだろう?

 

 彼女が抱えてしまったものは、僕もかつて抱えてしまったものだから。

 何か、声をかけてあげたい。

 けど、けど……。

 

 痛む心なんて、斬り捨ててしまえばいい。

 

「伊織さん、僕……」

「笑っちゃうよね……。記憶を取り戻したいって願ったのに、今は記憶を消してしまいたいって思ってる……」

「……! それは……」

「ごめんね燐君……。私、君みたいに戦いたいなんて言ったけど……。もう、駄目だよ……」

 

 ……ああ、やはりそうなのか。

 いや、これでいいんだ。

 辛い戦いを続ける必要はない。

 伊織さんの分まで、僕が戦えばいいのだから────。

 

 

 

 出されたお茶は飲んでしまった。

 上で、一体どんな話をしているのか気になる。

 いや……それよりも、燐が女と二人でいるという状況の方に心が揺れている自分がいるのが情けない。

 これも今朝のことのせいだ。

 あの女と、燐は二人で……。

 

「あ、燐君」

 

 影守の声で現実に引き戻される。

 燐が部屋から戻ってきたので、彼女の母親もやって来て娘の様子を訊ねた。まともに会話出来ていないだろうから、当然だろう。

 

「伊織、どうだった……?」

「その、この前のことがショックだったみたいで……。ケアをしてあげてください」

「そう……。ありがとうね……。あ、あなたもお茶飲んでいって」

「いえ、お構い無く……。予定があるので、すいませんが失礼します」

 

 そう言って、燐はこの家から早く出ようとしていた。

 私達に、本当のことを話すためだろう。

 彼女の母親に見送られ、少し歩いたところで燐がポツリと呟いた。

 

「これ……」

 

 燐がポケットから取り出したのは、日下部伊織のデッキであった。

 これが意味することを私と影守はすぐに理解したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「けど、大丈夫かな。面会とか出来るんですかね」

 

 聖山総合病院に向かう道中、伊織さんのことで誰もが無言でいたが、長い沈黙を破るように美也さんが呟いた。

 今日の予定はそう、病院へ行くこと。

 あの学校での戦いで倒した佐竹日奈子を、他生徒に紛れ込ませて病院送りにしたのだ。デッキは当然取り上げて。

 このデッキを人質にあれこれ聞き出そうという作戦を美玲先輩が発案し、実行に移そうという段階なのだが。

 

「面会出来なくても、病室に乗り込めばいいでしょ」

 

 美玲先輩、意外と脳筋。

 けれど正直、病院という環境は人が多く、厳正な監視下に置かれるわけではない。

 仮に面会不可だったとしてもしれっと、堂々と病室に立ち入れば案外バレないかもしれない。

 

「病室って、他に患者さんいたりもしますよね。そんなところでライダーがどうのなんて話するんですか?」

「……その時は、何処か人気のない場所に移ればいいでしょ。こっちは三人、あっちは一人。それにデッキもこっちが持ってるし、主導権は完全にこっちのものよ」

「美玲さん、なんか悪役っぽい……」

「無関係な学校の人達を巻き込むような奴の仲間と私、どっちが悪そうに見える?」

 

 それは当然向こうです。

 確かにちょっと悪役チックに見えなくもないけど、警察の取り調べのようなことをするだけ。

 この戦いを終わらせるために。

 コアを斬っても、美玲先輩達のデッキは健在というこの状況。なんとかして皆をこの戦いから解放するためにも、情報は必要だ。

 病院はもう間近。そこまで来て、複数の白と黒のパンダカラーの車が病院前に停められているのが見えた。 

 あれは、パトカーだ。

 病院の前にあんなにいるということで考えられるのは一つ。病院で、何か事件があったということ。

 

「美玲先輩」

「ええ」 

「何にもないといいけど……」

 

 病院自体は普通に入れるようで、中に入ると色々と慌ただしい様子。

 警察の鑑識の人もいる。本当に事件があったようだ。

 そんな病院の様子を見ながら受付へ。美玲先輩が率先して声をかけた。

 

「すいません、面会って出来ますか。佐竹日奈子って、友達なんですけど」

 

 それを聞いた中年の看護師さんの表情が変わった。

 何か、嫌な予感がする。

 

「あの、何かあったんですか。警察の人とか来てるのと……」

 

 僕がそう尋ねると、看護師さんは周囲を見渡して僕達にもっと近付くように促し小声で話し始めた。まったく、予想外のことを。

 

「……実はね、佐竹さん亡くなられたのよ」

「えっ……」

「その、亡くなられたというか、今朝死体がトイレで見つかって……両足が切断されてたらしいの。けど、切断された足は見当たらなくて……」

「あ、足が……」

「そう、不気味でしょ。ただでさえ変なことが起こってるのにこんなことまで……」

 

 もっと詳しい話を聞いておきたいところだったけれど、僕達の後ろに人が並び始めたので撤退。

 一旦、病院の外に出た。

 

「ねぇ、今の話……」

「……消されたのかもしれないわね」

 

 美玲先輩の言葉に、僕と美也さんは頷いた。

 

「モンスターの仕業だったらわざわざ足だけなんてことしないもんね……」

「ええ。けど、やっぱり聞いた限りだと状況がおかしすぎる……」

「仮に向こうのライダーが口封じとかで殺したとしても、足を切断して、そのままってのは……」

 

 何故、そんなことをしたのか。

 口封じで始末するだけならそれこそモンスターに食わせるなりして、死体を残すなんてリスキーなことをする必要はない。

 では、見せしめだろうかとも考える。

 だが、見せしめであんな殺し方をするというのは可能性が低い。

 見せしめが目的なら、誰に対してか。

 仮に僕らにこれを見せつけるというのなら、病院という場所が悪すぎる。

 今日、僕達が病院に来るということを知っていなければいけないからだ。

 そもそも僕達に見せつけることにもなってないし。

 やはり、おかしい。

 病院の中に稀代の猟奇的殺人犯が潜んでいて、たまたまターゲットに佐竹日奈子が選ばれてしまった……という話の方が納得出来てしまう。

 消えた足。

 殺害場所はトイレ。

 ……駄目だ、僕みたいな素人では推理なんて出来るはずもない。

 証拠もない、現場も見てない。

 話を又聞きで聞いたであろう看護師さんからの話で推理出来るような探偵がいるなら、この世に未解決事件は存在しない。

 

「……考えていても、しょうがないわね。要警戒ってことで」

「分かりました」

「特に影守は注意しておきなさい。私と燐は二人でいるけど、貴女は一人になることが多いから」

「そう、ですね。気を付けます」

「ん。で、どうするこれから」

「あー……。病院来たんで、北さんのお見舞いでもしませんか? もしかしたら、他の人達にも会えるかもですし……」

 

 未だに眠り続ける北さん。僕達がお見舞いに来たからといって、北さんの意識が回復するなんてことはないだろうけど。

 それでも、大事な人の一人だ。

 大切にしたい。

 

「そうね、行きましょう」

 

 再び病院の中へ。

 眠り続ける北さんのところへ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は……というか、今日も病院、騒がしいね」

「あぁ……。なんかあったみたいだけど、分からないや」

 

 兄さんに嘘をついた。

 さっき、廊下で聞こえてきた話を兄さんにするのはやめておこうと思ったからだ。

 病院の中で殺人事件だなんて、入院生活をしている兄さんに不安を与えてしまう。

 だから極力、こういう話はしない。

 けど、いずれは兄さんの耳に届くだろう。だから無意味といえば無意味なことなのかもしれない。

 

「陽菜?」

「……あ、なに兄さん?」

「なんか怖い顔してたよ。どうした?」

「別になんもないって。気にしないでよ」

「気にするよ。俺は陽菜の兄さんなんだから」

 

 にっ、と笑う兄さんの笑顔は昔からちっとも変わらない。私を安心させる笑顔。

 どんな時も、この笑顔に私は助けられてきた。

 優しくて、頭が良くて、スポーツも得意で、友達もたくさんいて、明るくて、誰からも好かれていた兄さん。

 大好きな兄さん。なのに、なんで……病気なんかで……。

 

『余命は半年』

 

 医師からの診断を私は信じなかった。

 なんで、なんで兄さんが?

 兄さんが何をしたの?

 病気になるなら兄さんではなく私がなるべきだったのに。

 

「……ありがと」

「なんかあったらすぐに言うんだよ」

「うん……」

 

 言えない。

 言えないよ。

 言ってしまったら、兄さんは止めるでしょ。

 私が人を殺して願いを叶えようとしてること。兄さんの病気を治すために戦ってること。

 分かるんだ、兄さんの妹だから。

 きっと、他の誰かを殺すなんて間違ってるって。そう言うに決まってる。

 分かってる。正しくはないんだと思う。

 けど、兄さんを助けるためなら正しいとか正しくないとか関係ないんだ。

 だって、私は私のために兄さんを生かそうとしてるのだから。

 

「ほんと、終わってる……」

 

 独り言。兄さんに聞かれなくてよかった。

 そろそろ行こう。願いを叶えるために、戦わないといけない。

 兄さんを助けるために、少しでも早く……他のライダーをみんな倒さないといけないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北さんの容態は変化なし。

 眠り続けたまま。

 廊下のソファーに腰を下ろし、現実を受け止める。

 美玲先輩はお手洗いに行ってるので、一人分空けて隣に美也さんがいる。

 

「……ねえ、燐君さ」

「うん」

「これからどうすればいいんだろう」

「これから……」

 

 口をつぐむ。

 これから。先のこと。未来のこと。

 ……分かんないや。

 ずっと、ずっとそう。

 真っ暗闇の中をずっと、走り続けているのだから。

 

「……北さんはこうなっちゃったし、真央さんもどうなったちゃったか分かんないし、伊織さんも……。それに、射澄さん……」

「射澄さん……」

「射澄さん、私を助けようとしてくれてた……。だけど、だけど……!」

 

 射澄さんの死は、あまりに大きすぎた。

 絶望と哀しみに暮れる暇もなく、駆け抜ける戦いの日々。

 それでも忘れることは決してない。なにより僕は、彼女に助けられたのだから。

 白いデニムジャケットのポケットには、ツルギのデッキの他に眠り続ける北さんのデッキと伊織さんのデッキ。そしてヴァールの、射澄さんのデッキも忍ばせている。

 お守りのように思って、持ち歩いていた。

 

「……これ、美也さんに預けるよ」

「え……」

 

 美也さんにデッキを手渡す。

 そうした方がいいと思ったから。

 僕は救ってもらった。

 気丈に振る舞う美也さんだけれど、やはり彼女もまた射澄さんのことで傷付いていた。

 

「僕はこれに、射澄さんに救われたから。美也さんも……射澄さんから勇気を貰う、的なさ」

「勇気……。私も、射澄さんに救ってもらった。だけど、まだ……もう少しだけ、いいかな……」

「……いいと思う。射澄さんも、僕らの先輩だから」

 

 先輩は後輩を助けるものでしょ?

 そう冗談っぽい笑顔を作って、美也さんに向ける。すると美也さんも、同じような笑顔を浮かべた。

 

「うん、そうだね。頼りにしてますよ~射澄先輩! あ、で、これからのことなんだけどさ」

 

 元気になった美也さんは早速話題を切り換えてきた。

 これからのこと、か。

 

「今、ちゃんと戦える……っていうのもあれなんだけどさ、動けるのが私達三人でしょ。向こうはいっぱいいるしさ、また仲間を集めて、みんなでみんなを守って、この戦いを終わらせる方法を探していこうって思うの。どうかな?」

 

 仲間……。

 

 また、犠牲者を増やすのか?

 

 僕が往く地獄に道連れを伴うというのか?

 

 否、否。

 

 戦うのは僕だけでいい。

 美也さんも、美玲先輩も、誰だって戦う必要はない。

 これは、僕だけの戦いだ。

 

「燐君?」

「……仲間はいいよ」

「えっ」

「ほら、サバイブあるから。僕だけで充分だよ」

「燐君、それは……」

 

 美也さんはそこで口をつぐむ。

 何か言いたそうだったけれど。まあいい。なにを言われても、僕は……。

 

「……そういえば、さ」

「うん」

「刃のこと、どう思ってるの」

 

 刃?

 なんで、美也さんが刃のことを気にかけるのか一瞬分からなかったが、そうだ、美也さんは刃にも救われていたんだった。

 

「刃のことも聞いたけどさ……。燐君、なんだよね。彼も」

「まあ、そうなるね……。けど、あいつは死にたがってるし、色々と滅茶苦茶だし、僕にも分からないよ……」

「……私さ、陽咲に取り憑かれてた時さ、こんなの陽咲じゃないってずっと思ってたんだよね」

 

 陽咲とは、美也さんに体を支配していたミラーライダーのこと。

 刃と同じ、鏡面存在。

 

「だから、なんだろな……。燐君と刃もそうなんじゃないかなって」

「僕と、刃も?」

「ほら、アリス……。今はキョウカちゃんか、が造った存在だから……なんていうの? キョウカちゃんの願望? みたいなのがさ、入っちゃったり?」

 

 キョウカさんの、願望……。

 あれが?

 いや、本人に聞かないと分からないことだけれど……。

 

「燐君とキョウカちゃんの事とか、色々教えてもらったけどさ……。私がキョウカちゃんの立場だったら、燐君は怒っていいと思うし、戦わせたくないとも思うかなって……。それが、燐君が刃に感じてる違いとかになってるんじゃないかな?」

「そうなのかな……」

 

 考える。

 考えて、すぐにやめる。

 こればかりは、いやこれも僕一人で考えてもしようがないことだ。

 キョウカさんと刃、本人に聞かなければいけないことなのだから。

 

「ありがとう、美也さん」

「いいえ。……ね、一人じゃこんなこと思いもしなかったでしょ?」

「え? あ、まあ……」

「うん、だから自分だけで、とか。一人で、とか。そういうのナシだよ。私達、仲間なんだから」

 

 そう言って微笑む美也さん。頭のお団子もつられて揺れていた。

 仲間、か……。

 ……。

 

「……うん、そうだね」

「うんうん」

「そういえば、美玲先輩遅いね」

「そういえば……。大丈夫かな? 私、様子見てくる!」

「じゃあ僕も……」

 

 そう言って立ち上がると、ジトっとした目を向けられる。

 な、なんだろう。

 

「美玲さん、どこ行ったか覚えてる?」

「え、トイレ……」

「女子トイレに入るつもりなのかな~?」 

 

 これは失礼しましたと謝罪すると、よろしいと許しを与えられる。

 そういうわけだから待っててと言われ、美也さんは美玲先輩を探しに行った。

 ……つい先日、妹を助けるために女子トイレに突入したことは黙っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 様々な店舗が連なるアーケード街は多くの人で行き交っている。誰もが主役で誰もが脇役なこのアーケードを練り歩くその少女は、道行く人の目を引く銀髪を靡かせ楽しげに練り歩く。

 楽しげではあるが、決してショッピングや冷やかしなどを目的とはしていない。

 彼女を真に楽しませるのは、闘争だけなのだから。

 

「どこかなどこかな~」

 

 鼻歌交じりに少女、喜多村遊は往く。

 本気で闘える相手を求めて。

 

「どこにいるかな~御剣燐君~」

 

 彼女の求める対戦相手。

 それは、最強のライダー。

 仮面ライダーツルギ=御剣燐。

 彼女の心境は挑戦者。王者に挑む挑戦者。

 だが、奪うのは王座だとかベルトではない。

 その命である────。




次回 仮面ライダーツルギ

「瀬那知らない!?」

「君の……身体は一体どうなってるんだ! 怪我が治りかけてきているんだあり得ない!」

「教えなさい。サバイブの力を手に入れるには、どうしたらいい」

「ふふん。さあ、やろうよ。この力を持つ者同士でさぁ!」

「……そういえば、あいつに、なんも……」

 
 運命の叫び、願いの果てに────


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ALTERー11 ゴング、鳴る

 人通りのない通路を選び、周囲に人がいないかを見渡す。

 誰もいないことを確認してから、窓ガラスに向けて声をかける。

 

「いるんでしょ」

『いますけど、何の用ですか』

 

 鏡に映る少女、かつてのアリス。キョウカ。

 燐の友人、そして私の恋敵。

 男女の友情なんてものを、私は信じていない。

 だから、私はこいつが嫌いだ。

 燐に近すぎる。

 燐から守ってもらって、こいつの罪まで燐は背負うなんて言っている。そんな必要、燐にはない。

 

「教えなさい。サバイブの力を手に入れるには、どうしたらいい」

 

 サバイブ。燐が手にした新たな力。そして、こいつが変身するライダーもサバイブの姿だという。

 学校での佐竹と戦いと今朝のアリスとの戦い。

 そこではっきりと分かった。これからの戦いには、サバイブが必要になる。

 これまでのままでは苦しい戦いを強いられてしまう。

 弱いままの自分でいるなんて嫌だ。もう絶対に、射澄や金草のような犠牲を出さないためにも。

 

「答えて。知っているんでしょう」

『……サバイブには未知の部分が多すぎて、私にも詳しくは。ただ、分かるとは思いますが不確定な力です。欲しいから手に入るという物ではありません』

「じゃあ、どうやって手に入れたのよ。あんたも、燐も」

 

 睨み付けるように、というより睨み付けていた。

 この女を。

 恋敵なんて言葉は使いたくはない。

 そんな生易しいものではないから、こいつとの関係は。

 

『……サバイブは、願いへの強い想いによって得られる。私はそう考えています』

 

 願いへの強い想い。

 私の場合は、愛。

 メモリアにもそう記されている。

 愛への強い想い。それなら、絶対に負けるつもりはない。どれほど焦がれたか、この想いに。燐への想いに。

 

「そんなことなら、とっくに手に入れていてもおかしくないわよ私は」

『甘いんですよ、その程度で』

 

 顔をしかめる。

 甘い?

 どの口がほざく。

 誰のせいで、こんなことになったと思って────!

 

『貴女は、燐くんを失ったことはないでしょう』

「は……?」

『時間が巻き戻っても、貴女は燐くんに近しい場所にいて、慕われていた。本当の意味で貴女は彼を奪われたことはないんです』

「それがなんだって……」

『まして、貴女は燐くんの愛を手に入れている。貴女の願いは叶ったんです。どういうことか分かりますか?』

 

 突き付けられた疑問に答えられなかった。

 というのも、私はこの女に気圧されてしまったから。

 アリスとして振る舞っていた時とは違う、キョウカという一人の人間の本心を突き付けられたようで。

 

『願いが叶った貴女はライダーとしての牙を抜かれたも同然。そんな貴女に願いへの強い想いなんてあると思います?』

「それ、は……」

 

 あると、言えなかった。

 燐に対しての想いは間違いなく、こいつよりもあると自信を持って言える。言わなくてはいけない。

 だが、もう叶ってしまった願いには何もない。

 驚くほどに、何も。

 

『満たされてる貴女に、願いに飢えた少女達の相手が務まるとは思えません』

「……じゃあ、どうしろと。もう戦うなとでも言うの」

『そうですね。それがいいんじゃないんですか。燐くんもそれを望んでいますよ絶対』

「ふざけないで……! 私の知らないところで、燐が戦うなんてこと……もう二度と嫌なのよ……」

 

 全ての始まりの時、燐は私に戦っていたことを隠していた。

 そして、燐は一人死んでいったという。

 そんなの、そんなの絶対に認められない。そんなことには絶対させない。

 そのためにも、私は……。

 

『……ひとつだけ、サバイブを手に入れる方法があるかもしれません』

「なに……教えてっ!」

『燐くんは、私にデッキを奪われて。私は、燐くんを失って、失ったことでサバイブを手に入れました』

「失う、こと……」

 

 その意味を、一瞬で理解した。

 失うということは、恐ろしいものだ。大切なものを得た私からすれば、より恐ろしく。

 こいつは、私に燐を失えと言っている。

 

『ま、貴女にそんなこと出来ると思えませんが』

「……」

『さっきも言いましたが、願いが叶った貴女はライダーとしての力を失ったも同然。実力で劣るライダー相手にすら、運命の悪戯で負けてしまいそうなほどに』

 

 だから、もう戦わない方がいいんじゃないですか?

 そう言い残して、あいつは去っていった。

 ……私は、燐の力になれないというの?

 そんなの、嫌。嫌だ。

 けど、燐を失うなんてこと出来るわけもなくて……。

 

「美玲さん……?」

 

 いつの間に近付いていたのか、影守が恐る恐るといった様子で話しかけてきた。

 顔までは見られていない。目頭をおさえるフリをして、目に溜まっていたものを拭い、平静を装った。

 

「探しに来たの」

「は、はい。遅いな~って思って心配で」

「そう……悪かったわね。燐は?」

「美玲さんトイレ行くって話だったので自分が探しに来た感じです。やっぱり、燐くんに迎えに来てもらいたかったですよね、すいません」

「すいませんって顔、してないわよ」

 

 ニヤついた顔を見せる影守に少し救われた気がする。このタイミングで燐が来ていたら、感情のダムが決壊していただろうから。

 

「えへへ……。あ、その燐くんなんですけど……」

「どうかしたの」

「さっき、仲間を増やすのはどうかって話をしたら戦うのは自分一人だけでいいなんてこと言ってて……」

 

 そんなことを……。

 やっぱり、今の燐は心配だ。思考よりも先に足が動く。

 影守が私を追って、数歩後ろに。

 

「美玲さんも、心配ですよねっ!」

「当たり前でしょ」

「燐くんには美玲さんが必要だと思うんです」

「分かってるじゃない」

「ふふ……美玲さんのそういうとこ尊敬してます!」

 

 影守も、なかなか私の奮い立たせかたを理解している。

 なるほど、射澄が先輩風を吹かせたくなるのも分かる。燐と同じ、可愛げのあるタイプか。

 射澄のためにも死なせるわけにはいかない、か……。

 もう、誰も……私のまわりの人達だけは絶対に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「御剣じゃん」

 

 そう声をかけられたのは、美也さんが美玲先輩を探しに行ってすぐのこと。

 クラスメイトの乃愛さんだったのだが、ここに搬送されていたのか。それより、もう普通に動き回れるぐらいに回復しているようで良かった。

 軽く挨拶すると、乃愛さんは自然に僕の隣に腰を下ろした。

 

「入院って暇だからさ、話相手なってよ」

「うん。……まず、元気そうで良かった」

「まあね。なんか、嘘みたいに何ともないんだよね」

「そっか。じゃあ、またすぐいつもの生活に戻れるね」

 

 それを言ってしまったことを後悔した。

 明らかな地雷を踏んだと、乃愛さんの表情を見て気付いたから。

 

「いつものには、戻れるかもしれないけどさ……。文化祭は絶対なくなるじゃん」

 

 文化祭。すっかり、頭の中から消えていたワード。

 戦いに明け暮れ、自然と抜け落ちていた。楽しみにしていたのに。

 みんなが、クラスの人達が。

 なにより僕は、乃愛さんが文化祭にかける想いを聞いていたのに、無神経なことを言ってしまった。

 

「ごめん……」

「御剣が謝らないでよ。御剣が悪いわけじゃないのに」

 

 僕が悪いわけじゃないのに。

 いや、それは違う。これも僕がミラーワールドを開いてしまったから、起きてしまったことだ。

 だけどそれを僕は乃愛さんに打ち明けることが出来ない。

 ミラーワールド、仮面ライダーのことは秘密だから。

 違う。

 そんなんじゃない。

 僕のせいだと知った彼女に責められるのが怖いから。

 なんて卑怯。

 最低だ。

 

「まあ、来年やればいいじゃん」

「けど……今年の文化祭は今年しか出来ないんだよ……」

「ふふっ、そうだね。御剣がそんな女子みたいなこと言うと思わなかった。あ、女装特訓の成果出た?」

「からかわないでよ」

「ごめんって。まあ、今年出来ないのはもう仕方ないって諦める。だから来年、付き合ってよ。私の夢に」

「……クラス替えで別のクラスになるかもよ」

「いいの。高校いる間の、私専属モデルなんだから関係ない」

 

 専属モデルなんて話、僕は聞いてない。

 けど、それで許してもらえるならいいか。

 

 来年なんて、自分にあるか怪しいのによく言う。

 

「来年と再来年の文化祭、伝説作ってやるんだから。そのつもりでいなさいよね」

「うん。乃愛さん伝説の礎になるよ」

「礎とか。もっと目立たせるっての」

 

 そろそろ検診の時間だからと腰を上げた乃愛さんを見上げる。

 またねと、彼女は去っていく。

 

「また、か……」

 

 次に会うなら学校だろう。

 ……その時、僕は学校に行けるだろうか。

 皆から日常を奪い、文化祭という特別すら奪って────。

 

「燐」

 

 美玲先輩の声。立ち上がり、声がした方を向くと美玲先輩がずんずんと僕に近付いてきて左手を取った。

 指と指が絡み合い、ほんのりと暖かい柔らかな右手に安心感を与えられる。

 

「あの、美玲先輩……」

「病院での用事はひとまず終わったわね。出るわよ」

「え、ええ……でもその……」

 

 これは、恋人繋ぎというやつではないだろうか。いや、ないだろうかというか恋人繋ぎだこれは。

 

「ヒューヒューだね。熱い熱い。ヒューヒュー!」

「美也さん!」

「嫌なの、燐」

「嫌ってわけじゃ……」

「ならいいでしょ。熱いぐらいがいいんだから」

 

 平然とした顔で言われると、何にも言えなくなってしまう。二人の時ならともかく、普通に美也さんもいる中でこれはやっぱり恥ずかしい。

 

「美玲先輩どうしたんですか急にこんな」

「恋人なんだから普通のことでしょ。そうよね、影守」

「ええもう当然です。あと美玲さんも、美也って名前で呼んでくださいよいい加減」

「分かった、美也」

 

 なんか仲良くなってる!

 いや仲が悪かったわけじゃないけど。

 何かあったのだろうか……。

 

「病院出たら何するんですか?」

「美也、あなたの案を採用する」

「え?」

「仲間を集める。でしょ」

「マジですか! え、でもどうやって?」

「燐も美也もライダーの知り合いぐらいいるでしょ?」

「え、私そんないないです……。燐くんは?」

「いないわけじゃないけど……」

「けど?」

 

 仲間を増やすのは、やはり気が進まない。

 戦いなんて、美玲先輩にも美也さんにもしてほしくないのに、それを更に増やすなんて。

 

「一人で戦わせるなんてこと、しないから」

「え……」

「コアがいなくなっても、ライダーは存在してる。ライダーだけじゃない、モンスターだって人間を襲ってる」

「一人で戦うより、みんなで戦う方が絶対いいって」

「美玲先輩……美也さん……」

 

 いいの、かな。

 みんなと、仲間と戦うなんて。

 これは、僕のせいで始まってしまったことなのに。

 僕は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「警察の人が、第一発見者である君に話を聞きたいそうなんだけど……。断っておいたよ」

 

 そいつは、にこにこと胡散臭い顔を浮かべながらそんなことを言った。

 胡散臭い、モジャモジャとした髪の毛。胡散臭い、黒縁眼鏡。細身で、やたら背が高いのもなんか怪しい気がする。あと白衣のポケットに両手を突っ込むのは、流石のアタシもどうかと思う。

 こいつが主治医らしい。

 首に提げてる名札には水戸とある。

 警察の肩を持つ気なんかは一切ないが、事情聴取を断るなんて大丈夫なのかと。

 

「大丈夫なのかよ、それ」

「任意だし。君、重傷だからさ。まだ安静にしといた方がいいだろうし、未成年だから警察もそんな強気になれないし、患者のメンタルが~って話したら不服そうにして帰ってったよ」

「ああ、そう」

「あと、君自身についても聴きたがっていたし、俺自身も聴きたいことあるんだけど」

 

 アタシ自身?

 なんだってそんなことを。

 

「君の怪我は暴行によるものだろう? それで川を流れてたなんて事件性ありありだからね」

 

 ……それは、確かに。

 普通、人は川を流れない。

 

「こっちも聞きたいんだけど、なんで病院にいんだよアタシは」

「通報されたからだよ」

「誰に」

「孤児院の人、だったな。子供達が河原で遊んでたら見つけたとかで。……ああ、そうそう目が覚めたら教えてくれって言われてたんだった」

 

 孤児院……?

 なにか、最近そんな言葉を聞いた気がする。

 まあ、今はどうでもいいか。

 

「君の質問には答えたから、こっちの質問にも答えてくれるかな」

「……事件がどうのとか、知らないよ」

「……実は、事件のことはどうでもいいんだ」

「は?」

 

 さっきまで事件性がどうのとか言ってた奴が何を言ってんだ。

 変なこと聴いてくるようなら無言を貫くが。

 

「君の……身体は一体どうなってるんだ! 怪我が治りかけてきているんだあり得ない!」

「……あ」

 

 そうだ、デッキの力で怪我が治ってきているんだ。それは医者の目線からしたら不自然極まりないだろう。

 こいつのおかげで病院の世話になることはないと思ってたのに、いざ世話になったら怪しまれる。厄介だ。

 

「……別に、大したことない怪我だったんじゃないか」

「そんなことはない! 全治何ヵ月だと思って……!」

「じゃあアンタがヤブ医者だったんだろ。もっと患者を見る目を鍛えろ」

「ひどいなぁ。これでも結構いい医者だと思うんだけどな」

 

 自分で言う奴があるか。

 

「とにかく、俺が主治医になったからにはきっちり治してやるからそのつもりで。次に往かなきゃだからまたね」

 

 白衣を翻し、次の患者のもとへ行く水戸。うるさいのがいなくなって助かる。とはいえ、どうするべきか。

 入院なんてしてられる場合ではない。

 さっさと逃げ出すべきだが……朝から色々あって疲れた。少し眠ろう……。

 

「……そういえば、あいつに、なんも……」

 

 布団を被り、ふとあいつのことを思い出す。だが、どうにも眠気が勝ってしまって、眠りにつくのに時間はそういらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院からの帰り道、仲間探しの前に気分転換。甘いものを食べようと聖山駅の方に向かっていた。

 住宅地から段々とビルが建ち並ぶ街の中心部へと景色が切り替わっていく。

 往来にはサラリーマンや老若男女を問わず、人が増えていく。

 

「スイパラもいいな~。いながきもいいな~」

 

 ルンルンと楽しそうに僕と美玲先輩の前を歩く美也さん。

 いながきとは、聖山市の老舗青果屋。何店舗か聖山市内にフルーツパーラーを展開していて、人気のお店である。

 今の口の気分だと果物が食べたいかな……。

 

「いながきの季節のフルーツパフェ、今ぐらいの時期だと何かな……」

「洋ナシよ」

 

 美玲先輩、即答。

 流石、実はかなりの甘党の美玲先輩だ。そういう情報は常に仕入れているのだろう。

 

「なに」

「いや、流石だなぁって」

「馬鹿にしてるでしょ」

「してないですよ」

 

 ふんと目線を逸らされる。けれど、ほんの少し赤くなった顔から照れたんだなと分かる。

 それと、繋いでいた手の力がほんの少し強くなったのは僕に対する抗議だろうか。

 なんにせよ可愛らしく思える。

 

「……ん!」

 

 ……?

 

「どうかしたの」

「いや、名前を呼ばれたような気がして……」

「名前?」

 

 耳を澄ますと、トンと背中に何かが触れる。

 振り向くと、息を切らした様子でいる撒菱さんがいた。

 

「撒菱さん? どうしたん……」

「瀬那知らない!?」

 

 僕が訊ね終える前に、撒菱さんの方から食い気味に問いかけられた。

 何か、すごく焦っているような。

 よく顔を見ると、目元には隈が出ているしかなり疲れているようだ。

 瀬那というのは、あの金髪の子だよな確か……。

 

「何かあったの」

「瀬那、昨日の夜から帰ってなくて……」

「まさか、夜からずっと探してたの?」

 

 首が縦に振られる。

 ずっとこの街を探し回っていたのか。それならこれだけ疲れるのも当然だ。

 

「美玲先輩、美也さん。昨日、長い金髪の女の子見たりしてないですよね」

「いいえ」

 

 一応、美玲先輩にも聞いたけど一日家にいたからそれはないだろう。

 

「私も……。えっと、そのセナって子もライダーなの?」

「うん……。黄色い、スティンガーって名前の……」

「そっか……。昨日、モンスターと戦いはしたけどライダーは見てないな……」

 

 美也さんもか……。

 

「どうしよう……。瀬那、ライダーにやられたりしてないよね……」

「……」

 

 それは、なんとも言えない。

 あの、オルタナティブという奴等もいる。性能では既存のライダーを上回る彼女らに単騎で勝つのは難しいはずだ。

 他のライダーだって、もうかつてほどの人数はいないけれど残っているわけで……。

 

『────』

 

 この場にいた四人全員が反応した。

 ミラーワールドから、モンスターが現れようとしている警告音。

 

「撒菱さんは待ってて! 疲れてるでしょ!」

「……ううん。行く。瀬那も来るかもしれないから」

「撒菱さん……」

「行きたいなら行かせればいい。こっちには責任とかないから」

 

 美玲先輩……。

 

「……! そっちには迷惑かけないから!」

「急ぐわよ」

 

 ああ、そうだ。

 急がなければならない。

 モンスターが人間を狙っているなら、人間を守らなければならない。それが、僕の存在理由なのだから。

 

 

 

 

 

 ビルとビルの隙間。

 好き好んでこんな場所に来ることはない。

 ほんのりと暗く、ひとつ通りが変わっただけで人の姿はまるで見えなくなった。

 人の姿がない?

 そんな場所でモンスターが人間を狙うか?

 それとも、もう……。

 いや、今はそんなことを考えるな。まだ音はしているのだから。

 

「あれは……」

 

 迷宮の最奥に立ちはだかるゲームのボスのようだった。

 少女の足下には割れた鏡が散らばり、ビルの隙間に僅かに射し込む陽光を乱反射させ少女の銀の髪を煌めかせる。

 あの長い銀髪は一度見たら忘れられない。ましてや、彼女という人間を知ってしまえば尚更。

 

「喜多村さん……」

「お、来てくれたぁ」

 

 振り向いて、ニコリと綺麗な笑顔を浮かべる喜多村遊という少女。あの笑顔は、狂喜に満ちている。それを知っている。

 彼女は、このライダーバトルにおいて願いを叶えるだとかそういう次元にいない。

 闘うことそのものが望みなのだから。

 

「いやー君を探し回ってたんだけど、これじゃ時間食うなって思って私の頼れる相棒に働いてもらったのさ。うーん、効果覿面!」

「さっきのは、僕を誘き寄せるため……!」

「そ、堅気には手出さないのが信条だから襲わせちゃいないよ」

「堅気には手を出さないというなら、私達にも関わらないでもらえる?」

「ライダーが堅気なもんかよ」

 

 美玲先輩の言葉にも即座に言い返す。

 とにかく、闘うことがお望みらしい。

 

「……喜多村さん。なんで貴女はそんなに闘うことに拘るんです」

「なんでって、そりゃもちろん私がそういう人間だからさ! 誰にだって好きなものはあるだろう? 勉強が好きな人もいれば、部活に打ち込む子もいる。遊び呆ける奴もね。私はそれが闘うことってだけだよ」

「……狂ってる」

「ああそうだね狂ってるよ。けどね、私はみんなと何も変わらないよ。闘うことが私の青春ッ!」

 

 ギラリと、彼女の目が煌めく。その次の瞬間。

 それは、彼女の高い身体能力によるものだった。  

 狙いは僕。真っ直ぐな闘争本能が、飛びかかってくる。

 

「燐!」

 

 美玲先輩の声が耳をつんざく。

 だが、それに反応している暇はない。

 飛びかかり、肩を掴む喜多村さんに押し倒される。だけど、ただ押し倒されるわけにはいかない。

 倒れた反動を利用して、喜多村さんを投げ飛ばす。

 アスファルトに叩きつけられる彼女は、普通ならそれなりのダメージに身動き出来なくなるだろう。

 けれど、彼女は普通ではない。

 すぐに起き上がった彼女のその目と、口元は笑っていた。

 

「あはは! いいね! やっぱり君に目をつけて正解だった!」

「燐!」

「燐くん!」

「みんなは下がって!」

「あぁ……変身……!」

 

 変身し、重厚な深緑の鎧を身に纏った喜多村さん、仮面ライダーレイダーが迫る。

 レイダーの剛腕が僕の襟元を掴み、押し出していく。

 

「ぐっ……変身!」

 

 ビルの壁に背中が叩き付けられる前に変身し、レイダーのパワーに対抗。なんとか踏み止まり、レイダーと睨み合う。仮面の下の彼女は、笑っている。そう確信をもって言える。

 これは、彼女の望む展開だろう。

 だが、それでいい。

 言葉は届かない。ならば、こちらも力で示すしかない。

 

「喜多村さん……! 貴女の願いを切り裂く!」

「ああ、やってみなよ!!!」

 

 足下の鏡に吸い込まれ、ミラーワールドへ闘いの舞台を移す。

 

 

 

「燐!」

「私達もいきましょう!」

 

 ミラーワールドに移ったツルギとレイダーを追い、美玲と美也はデッキを手にする。

 

「あの! 私も行きます!」

 

 二人の背後にいた茜がそう声を上げた。

 ずっと蚊帳の外にいた彼女が自分も闘うと言ったことに美玲は内心で驚いていた。

 

「……別に、貴女には関係ないわよ」

「その、あの人とはちょっと因縁あるので、もしかしたら瀬那のこと分かるかもしれないです。それと、燐にはチャーハンの恩があるので!」

「は? なにチャーハンの恩って」

「美玲さん! 今はそれよりもですよ!」

「……そうね。行くわよ」

「はい!」

 

 三者三様の変身。

 紅、青、白と黒の三人が並び立ち、ミラーワールドへと赴く────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狭い路地で長物を使うのは武器を殺すことに等しい。

 ツルギは両手に短剣ドラグダガーを逆手で構え、レイダーとの格闘戦を行っていた。

 互いに近接戦闘に強く調整されたデッキ。

 違いは主な武装が剣か拳であること。 

 また、ツルギは運動性能が高く、レイダーはパワーと防御力に優れる。

 ツルギは敵の攻撃を回避または剣での防御を想定しているが、レイダーはツルギ以上に敵と近しい距離で闘うため被弾前提。防御力が高められている。

 しかし、喜多村遊という少女の運動能力と溢れるパワーにより運動性能、機動力が低いとはとても思えない挙動をレイダーは見せる。

 

「たあッ!!!」

 

 狭い路地、ビルの壁と壁を巧みに利用し攻撃の軌道を読ませない。

 自由自在にこのコンクリートジャングルを行き交うレイダーはこのフィールドにおける女王だろう。

 

「燐くん!」

 

 遅れてミラーワールドに到着するアイズ、グリム、ジャグラーの三人。グリムがツルギに加勢しようとするが、アイズがグリムの肩を掴んでそれを制止する。

 

「待って。しくったわね、場所が悪いわ」

「え……」

 

 この狭い戦場に加勢に入るということは、戦場を更に狭めるということ。

 一人一人が動ける範囲もなくなる。

 そうなれば、ツルギの足手まといになってしまうだろう。

 

「じゃあどうすれば……」

「燐もここでの闘いを避けたいはず。場所を移そうと考えてるに違いない。美也、貴女のデッキ面白いカードがあったわよね」

 

 作戦が伝えられる。

 それを実行すべく、三人はそれぞれの持ち場に移動した。

 

「……」

 

 一方ツルギは、レイダーの苛烈な攻撃を冷静に見つめていた。

 焦りはない。

 静かな、揺れることのない水面のような心でただ彼女を見つめる。

 今のところ、圧倒的に攻めに回っているのはレイダーだ。レイダーが優勢にも見える。

 だが、心理においてレイダーは徐々に追い詰められる。

 

(届かない────!)

 

 圧倒的な手数でツルギを攻めるレイダーであるが、今のところツルギにその攻撃が命中はしていない。

 どれだけ攻撃しようと、暖簾に腕押し。空を殴り、蹴るようだ。

 

 だからこそ、彼女の闘争心は昂る!

 

「あは、あははははッ!!!!!」

 

 ビルの壁を蹴り、勢いをつけてツルギに殴りかかる。

 ツルギは構えず棒立ち、絶好の攻撃機会。だが、遊の耳に上空から風を切る音が入る。自分を狙っていると判断したそれを、矢を宙で身を翻すことで回避する。

 アスファルトに突き刺さる青い炎を纏った矢。アイズがビルの上から放った矢だ。

 ツルギはこれが来ると分かって、あえて構えずにいた。

 

「むふー。私を誘うなんて、やらしくなったね君!」

 

 だらりと下げた右腕を眼前まで上げながら、手中のドラグダガーを巧みに回して構えるツルギにレイダーはようやくやる気になったかと更に闘争のボルテージが上がる。

 構える二人。

 これから、本当の闘争が始まる────。

 

【TIDAL VENT】

 

 突如、響くカードの名。

 

「燐! 飛んで!」

「なにっ!?」

 

 上空からアイズの声。ツルギは跳躍し、途中ビルの壁を蹴り更に高度を上げる。ビルを越えて背にガナーウイングを備え飛行能力を得たアイズの手に掴まった。

 そして、地上のレイダーを災害が襲う。

 濁流。

 茶色く濁った激しい水流。

 それも、狭い路地によって水の行き場は限定されて合流していく濁流達はその威力を強めレイダーに襲いかかる。

 

「なん、これ~ッ!?!?!?」

 

 濁流に飲まれるレイダー。30cmの高さでも、人は立ってなどいられないのだ。それが、ましてや下半身を飲み込むほどともなれば仮面ライダーだとしても抗うのは難しい。

 

「ぐおおおッッッ!!!!!」

 

 藁を掴むように、咄嗟に掴んだ配管に助けられるレイダーであったが、彼女を狙う者はもう一人。

 

【ADVENT】

 

 路地の向こう側から迫る、白と黒の触手がレイダーに巻き付く。

 レイダーを引っ張り寄せようと力を強めていく。

 濁流と触手、二つの力によりいよいよレイダーは自身に有利なフィールドから引き摺り下ろされる。

 

「ぐあッ!?」

 

 路地裏から、駅近くを通る国道という開けた場所へ。

 

「ナイスオクトパス!」

 

 ジャグラーは自分の契約モンスターである白黒の大ダコ、マジシャンズオクトパスにハイタッチする。

 ジャグラーのもとへグリムが駆け寄り、ツルギとアイズが上空から舞い降り、レイダーへと向かい合う。

 レイダーはよろよろと上体だけ起こし、四人を睨み付ける。

 

「ああ、もう。今日は彼とのデートに興じたいんだけどな!」

「は? そんなことさせるわけないでしょ」

「いいや、するね。二人きりで、たっぷり楽しませてもらうから」

 

 そう言って、レイダーはカードをデッキから引く。立ち上がったレイダーは、手にしたカードをツルギ達に見せつけ、ジャグラーを除く三人は驚愕する。

 黄金の翼が描かれたカード。

 背景には灰色の薄気味の悪い、死臭漂う山が聳え立つ。

 

「サバイブ……!?」

「ふふん。さあ、やろうよ。この力を持つ者同士でさぁ!」

 

 変化するレイダーのバイザー。隆起していく地面。

 その衝撃波に、四人は吹き飛ばされる。唯一、ツルギのみが空中で姿勢を立て直し、サバイブへと変身を遂げ風を操ってアイズ達をダメージから守り、地上へと降ろす。

 

【SURVIVE】

 

 レイダーの姿が変化する。

 数多の闘いを経た、傷だらけの装甲。両手足には彼女の闘争心を縛り付けようとし、無意味に千切れた鎖が垂れる。

 仮面ライダーレイダーサバイブ。

 

「……なんで、喜多村がサバイブを」

 

 その疑問に、数刻前のキョウカの言葉が答えた。

 

『……サバイブは、願いへの強い想いによって得られる』

 

『燐くんは、私にデッキを奪われて。私は、燐くんを失って、失ったことでサバイブを手に入れました』

 

「喜多村も、何かを失ったということ……?」

 

 呟くアイズの隣、ツルギサバイブが前へ出る。

 三人を背にし、三人を守るようにツルギサバイブはスラッシュバイザーツバイを構え、レイダーサバイブを見つめる。

 

【STRIKE VENT】

 

 レイダーサバイブのもとへ飛来する武装は契約モンスターの剛腕を模したトンファーであった。両手に装備し、レイダーサバイブは駆け出す。

 ツルギサバイブもまた、風を纏い疾駆。

 

「だああああッ!!!!」

「ぜあああッ!!!!」

 

 ぶつかり合う、烈風と屍山。

 サバイブへと至った者による衝突は、凄まじい力を生み出す。

 風が山を揺らすか、山は風を受け止めるか。

 別次元の闘いが、幕を開ける。




次回 仮面ライダーツルギ

「……アタシはロボットじゃねぇ」

「ガッツフォルテ改めガッツタイタン! いっちゃえ相棒!」

「やっぱりこれは人間じゃない……!」

「あ、君を殺したら怒った本気のあの子と戦えるかな?」

「……ルールなんて、この戦いにあったかしら」

 運命の叫び、願いの果てに────。


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ALTERー12 遊興の襲撃者

 風が、力が、荒れ狂う。

 鋼と鋼のぶつかり合う音、眩く散る火花。

 剣が風を切り、剛腕が振るうトンファーが大地を抉る。

 一手、一手間違えるだけで死に急降下してしまいそうな生死の境。生という名の綱を渡る二人。

 ツルギサバイブ、燐は決してレイダーサバイブ、遊の命を奪うつもりなどない。 

 ゆえに、危うい。

 命を奪わず、その力だけを奪うというのは難しいことだ。ましてや、実力が拮抗している者となれば。

 

「あぁ……このヒリヒリとした感じ堪んないよ!!!」

「ッ……!」

 

 激しい打ち合いの最中、楽しげな遊の声が語りかける。

 

「君もそうだろう! 私と同じ闘いを楽しむ者だったろう!」

「僕は、違う!!!」 

 

 戦えと、燐に囁いていた声。宮原士郎が燐を戦士とするべく言い聞かせた言葉。

 

『戦いを楽しめ』

 

 ゲームの感覚で、戦うことに何も思わせないようにする訓練のひとつであった。

 あの声がなんだったのか理解した燐はもうその声に惑わされることはない。

 

(見えた)

 

 左手のトンファーからの一撃を斬り上げて弾く。即座に右手のトンファーによる打撃が打ち込まれようとしているが、弾かれた左手側は守備ががら空き。この僅かな隙をつく。

 スラッシュバイザーツバイの切先がレイダーサバイブのデッキを狙う。

 剣先が一直線に駆けて、デッキを貫く────はずだった。

 

「ッ!?」

 

 刃は、阻まれる。

 ツルギサバイブに打ち込まれようとしていた右手が、デッキの前に置かれていた。

 

「ふふーん。殺さないようにするなら、デッキを狙ってくるだろうと思ってたよ!」 

「く……」

「さあ、殺すつもりでないと死ぬのは君。いや、君達だよッ!!!」

 

 トンファーが受け止めた刃を払いのけ、ツルギサバイブに向けてトンファーによる殴打が二撃。胸部に走る衝撃に、ツルギサバイブは後退りレイダーサバイブを睨み付ける。

 

「燐!」

 

 ツルギサバイブを援護しようとアイズが矢を放つ。レイダーサバイブは自身に向けて放たれた矢を、風を撫でるかのような、まるで力の入っていない動作で振り払う。

 

「なっ!?」

「邪魔しないでよ~」

「でぇぇぇやぁぁぁ!!!!」

 

 グリムがチェーンソーのような刃を持つ短剣二振りを構え、レイダーサバイブへと立ち向かっていく。独楽のように回りながら繰り出された刃はレイダーサバイブに直撃する、いや、直撃させたのだ。防御の構えも取らない棒立ちで、グリムが刃を振るうのを彼女はじっと眺めていた。

 レイダーサバイブの鎧は数多の戦いを経験したかのように傷だらけではあるが、グリムによって付けられた傷は一つも存在せず、その堅牢さを知らしめるのであった。

 

「嘘でしょ!?」

「全然響かないよっ!」

「ッ!?」

 

 満足感を得られない攻撃しか与えられない者に興味はないと、剛腕が振りかざされる。

 その拳には、迫力があった。

 死を感じさせる力があった。

 あれが直撃したら、死ぬ。死、死だ。死への恐怖が身体を支配し拘束する。

 

「あっ……」

 

【SWING VENT】

 

 咄嗟に、ジャグラーが動いた。

 武器である白い鞭を召喚し、グリムへと向かって鞭を伸ばす。グリムの腹部に巻き付いた鞭を力の限り引っ張り、グリムは引き摺られるようにしてジャグラーのもとへ。

 グリムが立っていた場所は、レイダーサバイブの拳によって砕かれていた。

 もしも、あと少し助けられるのが遅ければ、自分の肉片が辺り一面に転がっていただろう。そう思うとグリムの背に冷たいものが走る。

 

「大丈夫!?」

「うん、ありがとう!」

 

 一人一人立ち向かっていては歯が立たないとグリムとジャグラーがレイダーサバイブへと立ち向かい、アイズが再び矢を放ち援護。

 また、ツルギサバイブも自身の周囲を舞う風を荒れ狂わせ加速。四人からの一斉攻撃にレイダーサバイブは余裕の顔を仮面の下で浮かべる。

 まず、最も速く自身に接近してくるツルギサバイブの方を向き、地面を殴り付ける。すると、アスファルトを砕いて大地が牙を剥く。ツルギサバイブに向かって連なっていく岩石の牙。瞬間的な加速のため、今のツルギサバイブは方向変換が難しい。

 ゆえに、彼が選択するは回避ではなく攻撃である。

 

「ぜあぁぁぁッ!!!」

 

 スラッシュバイザーツバイを振り抜き、風の刃を放つ。

 風の刃と大地の牙がぶつかり合い衝撃を生み、接近していたグリムとジャグラーを怯ませる。立ち込める土煙の中、レイダーサバイブはグリムとジャグラーに襲いかかる。土煙に姿を隠し奇襲を試みるレイダーサバイブだが、その鎧に青い火が灯った矢が命中する。

 

「この中で当ててきた……」

 

 まぐれかと思いながらも土煙の外から、自身に向けて矢を命中させてきたアイズを見えないながらに睨み付ける。

 すると、風を切る音がこちらに近付いてくるのを聞いて二射、三射と矢が続く。トンファーで弾き、土煙の中を移動するレイダーサバイブであったが、矢はしつこく自分をつけ狙ってくるのを見て確信する。

 あいつは、こちらが見えていると。

 そう、アイズには見えていた。

 仮面のスリットの下に潜む鋭い蒼の瞳には、土煙の中のレイダーサバイブも仲間達の姿も見えていた。

 ゆえに、狙う。狙い続ける。

 自分の攻撃がレイダーサバイブにダメージを与えられないことは理解している。

 だから、この射は攻撃を目的としたものではない。

 

「ガッ!!!」

 

 背後からの剣気に反応こそ出来たが回避には至らない。レイダーサバイブの背中を袈裟に切り裂くツルギサバイブ。そう、アイズの放った矢はこのために。

 矢に灯る青い火が目印となり、レイダーサバイブの位置を伝えていた。

 奇襲を仕掛けるためにと土煙を活用していたレイダーサバイブであったが逆に奇襲を許してしまった。

 いいものを貰ってしまったと内心毒づくレイダーサバイブはこの窮地をどう切り抜けるかを思案していた。

 もう土煙も晴れつつある。

 同じような手は使えない。

 しかし、しまった。ツルギとの戦いこそ本命のため他三人には対して興味もなく、適当にあしらっていたがそれではいけないらしい。

 特にアイズは頭が切れる。

 戦いに集中するためにも、奴から削るか。

 レイダーサバイブの標的がアイズへと一時変更。

 そのためにも、まずはツルギサバイブ達の足止めをしなければいけない。

 

「こういうことも出来るんだよねぇ」

 

 地面を殴り付けるレイダーサバイブ。いや、殴り付けたのではない。地面を掴んだようであった。

 掴まれた地面をレイダーサバイブは引っ張り上げていく。すると土塊が盛り上がり、人の形を成していく。

 

「なに……?」

「あれって……」

「ライダー……」

 

 土塊は、ライダーとなった。

 白い恐竜の化石に包まれたような意匠のライダー。

 それよりも目を惹くのは身体中の傷痕であった。既に激しい戦いを行った後のような、万全とは言えないような風貌。

 なによりも、生気というものが感じられない。

 

「お次にこいつと……こいつも、せいぜい役に立ってよね」

 

 続いて、両手で二人のライダーも土塊から生み出される。

 赤い蟻を模したようなマスクのライダーと鉄色の蠍を思わせるライダー。

 この二人も、白いライダーと同じように生きているように思えなかった。

 

「そんじゃ、ちょっとばかしよろしくっと」

 

 レイダーサバイブが三人のライダーに命じると、ライダー達がそれぞれの得物を構え、ツルギサバイブ達に攻撃を開始する。

 赤いライダーと鉄色のライダーはそれぞれショットガン型の武装と小型の砲のような武装の引鉄を引く。

 グリムとジャグラーは放たれた弾丸を回避し、ツルギサバイブは風による防御で弾丸など無視して駆ける。

 ツルギサバイブに向けて白いライダーがトカゲの舌のような鞭を振るうも、鞭は斬り捨てられツルギサバイブは白いライダーに肉薄。

 白いライダーは恐竜の尻尾のような、鈍器とも取れるような銃剣を手にし、ツルギサバイブを迎え討とうとするがここはツルギサバイブの距離。

 通り抜けながら白いライダーの胴に斬を叩き込み、その勢いのまま駆け抜け赤と鉄色のライダーのもとへ。

 白いライダーが銃剣をツルギサバイブの背に向けるが、その銃剣はジャグラーの鞭によって叩き落とされ、グリムが白いライダーを後ろから取り押さえる。

 

「あなた達なんなの!?」

 

 グリムの問いかけに白いライダーは答えない。

 そうこうしている間、ツルギサバイブは二人のライダーへと距離を詰め赤いライダーの胴を一閃。

 

「な……!?」

 

 斬った時の手応えからしておかしかったが、その光景はツルギサバイブにとっても予想外であった。

 斬られた衝撃で赤いライダーが腰から直角に、背中の方に上半身が倒れたのだ。

 動揺するツルギサバイブに鉄色のライダーが攻撃を仕掛けてくる。今起きたことがあり、スラッシュバイザーツバイは使用せず、裏拳を鉄色の仮面に叩き込む。

 すると、今度は鉄色のライダーの首がぐにゃりとあり得ない曲がり方を。いや、これは折れたのだ。

 しかし、やはり手応えがおかしい。

 折れた、というより元から折れていたようだ。

 なにより……この二人のライダーは己が身体の状態など無視してまだ活動している────。

 

「やっぱりこれは人間じゃない……!」

「嘘でしょ!?」  

 

 驚愕に力が緩んだグリムの拘束を解いて白いライダーがグリムへと殴りかかる。

 右フックを回避しながら、グリムもまた反撃と腹部に拳を叩き込む。 

 すると、殴られた紫色のアンダースーツが裂けて赤黒い液体が噴き出し、グリムの仮面を濡らした。

 

「うっ……!」 

 

 人間じゃないと言われた三体のライダー達であったがそれは生きている人間のように血のようなものを噴いた。

 その光景にもしかしたら本当は人間なのではないかと思ってしまったグリムは動きが止まり、背に白いライダーの拳が叩き付けられる。

 うつ伏せで地面に倒れたグリムの背を踏む白いライダーはグリムの臀部を集中的に鞭で打つ。

 

「きゃっ! こ、この……! いっ……!」

 

 無機質に鞭を振るう白いライダーだが、仕返しとばかりにジャグラーの鞭が飛ぶ。

 グリムを踏みつけていた足が退かされるとグリムは即座に身を転がして立ち上がり、双剣でバツ字を描くように白いライダーを切り裂く。

 

「ごめん、また助けられた!」

「いいってこと! にしてもそういう趣味があるとは……」

「ないよそんな趣味!!!」 

「え、ごめん。あいつに向かって言ったんだけど……」

 

 仮面の下の顔が真っ赤になる美也であったが即座に切り替えて白いライダーに向き合う。

 ツルギサバイブもまた二人のライダーを相手にしていた。

 

「ぜあぁッ!」

 

 相手が土塊と分かれば容赦はなく、赤いライダーの上半身と下半身を断つ。

 切り落とされた上半身がもがき苦しむように手を動かす。これで終わりかと思われたが、割れたアスファルトの下の土が赤いライダーのもとへ集まり、新たな下半身を形成し再生。立ち上がり、ショットガンが火を噴く。

 更に、断たれた下半身の方も新たな上半身を得て赤いライダーは二人となってしまった。

 

「斬るのはまずい!」

「じゃあどうすれば!」

「くっ……!」

 

 一体一体は大した力はなく、ツルギサバイブからしたら容易に切り捨てられる。だが、斬れば増えるという相性の悪さ。

 安易に攻撃しては敵を増やすだけかもしれないとグリムとジャグラーの攻撃の手も緩む。

 こうして三人がレイダーサバイブが召喚した死者達の相手をしている間、レイダーサバイブはアイズを狩ろうとつけ狙っていた……。

 

 

 

 

 

 燐達と分断され、喜多村は私を標的としている。

 燐が目的みたいに言っていたはずだけど……。ああいう手合いの思考回路はまるで分からない。

 戦闘能力という点において私はレイダーサバイブに敵わないのは明白。であれば、逃げの一手を打つしかない。

 燐がいればすぐにあの三体のライダーをどうにかしてくるだろう。

 それに、戦闘能力では劣るが機動力という点では私の方に分があるだろう。

 ガナーウイングを召喚し、背中に装備して飛翔。

 どうやら飛んでる敵を落とす術はないらしく、地上のレイダーサバイブは頭を抱えていた。

 

「うーん、私じゃどうにもならないから頼んだよ相棒!」

 

【ADVENT】

 

 ビルの屋上に降り立った緑色のゴリラのようなモンスター。そのモンスターの身体が鏡が割れるようなエフェクトを放ち、新たなる姿へと変貌を遂げる。

 体躯は更に巨大となり、機械的な意匠が強くなったように思われる。

 

「ガッツフォルテ改めガッツタイタン! いっちゃえ相棒!」

『ウオオオオオオオ!!!!!!!』

 

 高く吼え、ドラミングするガッツタイタンはその巨体に似合わぬ機動力でビルを足場にして飛び掛かってくる。

 ……とにかく逃げ切るしかない。

 小回りなら私が上、あのモンスターだって飛行能力を持ってるわけではない。

 本気で逃げ回れば、いける。

 高度を上げて加速。眼下にはビルとビルを飛び交い私を追うガッツタイタン。

 この調子なら、余裕そうね……。

 

「止まった……?」

 

 突然、ガッツタイタンはビルの上で立ち止まり私を見つめている。

 一体、何のつもり……?

 諦めてくれたとでもいうの。

 いや、そんな甘い考えは捨てなさい。

 何か、何かまずい。

 警鐘が鳴る。まだ、ひたすらに飛んでいないとまずい────。

 

 ガッツタイタンはビルの屋上を殴り、自分の掌に収まるサイズのコンクリート片を握り潰すとアイズ目掛けてコンクリート片を投げ付ける。

 コンクリート片はガッツタイタンに握り潰され細かな欠片が散弾となってアイズを襲う。

 

「ぐっ!? きゃあぁぁぁぁ!!!!!」

 

 アイズの背中にコンクリート片が直撃。バランスを崩し、青い羽を散らしながらアイズは墜落。

 何処かの廃工場の屋根を突き破り、地に伏した。

 変身も解け、美玲は埃っぽい床の上で這いつくばる。

 

 

「っ……あぁ……」

 

 背中の痛みが酷い。

 骨が折れたと思うぐらい、立ち上がれないほどだ。

 ガナーウイングも何処かへ飛び去った……というよりも、姿を隠したというべきか。

 弱った姿を見せたら、格好の捕食対象となってしまうだろうから。

 ……いや、それよりも自分のことか。

 身動きが取れない。ミラーワールドで変身もせず、生身でこんなところを晒していたらそれこそ格好の餌食だ。

 モンスターにしろ、喜多村にしろ……。

 そんなことを考えたからだろうか、屋根を突き破ってガッツタイタンとその肩に乗ったレイダーサバイブが目の前に現れる。

 

「もー、鬼ごっこはいいとしても飛ぶのはルール違反だよね。飛べない子の方が多いんだからさ」

 

 ガッツタイタンの肩から降りたレイダーサバイブが私を指差しそんなことを言う。

 

「……ルールなんて、この戦いにあったかしら」

「ないね、ない。配下の男共に襲わせてから恥ずかしいとこばっかり攻めるライダーなんてのもいた」

「……ああ、そんなのもいたわね」

「おっ、あいつと知り合いだったのかい?」

「一度、やり合ったことがある。男に襲われなかったのは幸運ね。それだけは、本当に嫌」

 

 私に時間はないが、時間を稼ぐ。

 デッキの持つ回復能力で多少は痛みが引いてきた。おかげで、身体を起こすぐらいは出来るようになった。

 そうして時間を稼ぎつつ、この状況を打破する方法を考える。

 まともにやり合っては勝てない。

 アイズになったところで、相手はサバイブ。性能が違う。

 

「……そういえば、貴女の願いは何なの。燐にやたら絡むのと関係ある?」

「私? 私は強い奴と戦いたい!!!」

 

 強い奴、か……。

 それで燐をつけ狙ってきたわけだ。まったく、燐は変な女とよく行き当たる。

 

「そういう君はあの子のなんだい?」 

 

 その問いに、ふっと笑ってしまった自分がいる。 

 口角は上がったまま、私はただ右手の親指を立てた。

 

「わーお、そういう感じか~。安心してよ、そういう意味では狙ってないからさ」

「ならいいけど……」

「あ、君を殺したら怒った本気のあの子と戦えるかな?」

 

 ……最悪、しくった。

 これだから狂人ってやつは嫌い。思考回路がまるで分からない。

 会話の流れが全て戦うことに帰結してしまうんじゃないのかこいつは。

 

「……どうだか。戦いになるかも分からないけど」

「それはそれで見てみたいね。そして、味わいたい」

 

 あー、駄目だこれは。

 会話は引き伸ばせそうにない。

 時間は充分稼いだつもり。しかし、燐も美也も来ない。

 まあ、私が結構遠くに来てしまったようだし仕方ない。

 

「仕方ない……」

「死ぬのを仕方ないで済ますのかい?」

「……違う」

 

 レイダーサバイブに背を向け、立ち上がる。

 身体の方はそれなりに良くなってきた。

 本調子には程遠いけれど。

 それでも、仕方ない。

 逃走も助けも見込めない現状を打破するためには仕方ない。

 あいつの言葉が思い返される。私はライダーとして弱くなってしまったらしい。

 それでも、戦うしかない。

 振り向く私を見たレイダーサバイブの足が止まる。驚いたようだ。

 私に巻かれたベルトを見て。

 

「それは……?」

「私に聞かないで。変身」

 

 黒いデッキをバックルに装填し、黒いスーツを纏う。獅子を模した頭部。左腕には銀色のバイザー。

 オルタナティブ・エンプレス。

 佐竹から取り上げていたデッキで変身。

 忌まわしい、かつて射澄を殺した相手のモンスターの力を使うことになるなんて。

 けれど、アイズでは性能面でレイダーサバイブには敵わない。

 ならば、ライダーより性能が上だというこの力を使う。

 レイダーサバイブに対して勝つつもりは毛頭ないけど、生き残るためだ仕方ない。

 

「……ふふ、あはは! 骨がある子は大好きだよ!」

 

 駆けるレイダーサバイブを冷静に見据え、その拳を回避しレイダーサバイブの仮面に一発、拳が命中。

 身体と身体が密着しそうなほどの距離で膝蹴りを放ち、怯んだところを蹴り飛ばす。

 ……なるほど、従来のライダーシステムよりも動きやすい。運動性能がかなり高いらしい。

 戦闘のアシスト機能もこっちのがかなりいい。

 

「意外とラフなんだね君!」

「……暴力の振るい方を知らないだけ」

 

 こっちはあっちと違って喧嘩なんかの経験はないのだ。弓道を7年ばかりやっただけである。

 それに、このデッキの武装はなんとも私とは相性が悪い。

 いいところで切り上げて撤退しなければいけない。

 易々とやらせてくれるとは思わないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病室に、最近やけに縁のある女の顔があった。

 惣田早苗。こいつが病室に来た理由は至極単純。こいつが勤める孤児院のガキ達が川原に流れ着いたアタシを見つけて、通報という流れ。

 

「まさか、あんなところで出会ったと思ったら今度は土左衛門になりかけてるなんて思わないわ」

「……アタシはロボットじゃねぇ」

 

 何故か吹き出す女。

 腹を抱えて笑い始めやがった。

 

「なに笑ってんだよ気持ち悪い」

「ふふ……ごめんね? 土左衛門っていうのはその溺れて死んじゃった人を指す言葉で……」

 

 ……なんだそれ。

 思ってたのと違った。

 こいつそれで笑ってやがったのか……!

 

「知るかよそんなこと!」

「ごめんなさいって。可愛い勘違いだったからつい」

「……つうか、何の用だよアタシに」

 

 こいつがわざわざ来た理由はなんだ。

 通報して助けてやったから礼ぐらいしろとでも言うつもりだろうか。

 そもそもアタシは助けてくれなんて頼んだ覚えはない。

 

「昨日のこと、援助交際してるの?」

「……ああ、そうだよ。だからなんだよ。関係ないっつったろ」

「関係ないかもしれない。けどね、そんなことしなきゃ暮らしていけないような子は一人もいちゃいけないのよ」

「なんだよそれ……死ねってことかよ!」

「違う。子供は親に……大人に守られるものよ。貴女、ご両親は?」

 

 親に?

 大人に守られる?

 何を言ってるんだこいつは。

 守ってくれてた父さんは死んだ。それから、守ってくれる大人なんていなかった。

 母さんも、学校の先生も、アタシを抱いた奴等も。

 誰も、誰もアタシを守ってなんてくれなかった!

 だからアタシは一人で生きられるようにならなきゃいけなかった。

 そう、一人で。

 一人、で……。

 

「……父さんはアタシが小さい時に死んだ」

「……お母さんは?」

「母さんは……母さんは何にもしてくれなかった。アタシのことが邪魔なんだ! 男がいなきゃ生きていけないような人で、家に帰るといつも知らない男がいて……殴られたりして……」

 

 なんで、なんで口が動いてるんだろう。

 なんでこんなよく知りもしない奴に話してんだろう。

 あの、バカにすら聞かせたことない話を。

 ……ああいや、バカには聞かせたくはないんだこの話を。あいつにこんなこと知られたら、あいつと一緒にいられなくなる気がするから。

 

「……そうだったのね。ねぇ、片月さん。貴女のこと、もっと教えて?」

 

 そうして、つらつらとアタシはアタシ自身のことを話し始めていた。

 大して知りもしない奴だからだろうか、逆になんでも話せてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 負傷をしつつも、ある程度戦えるのはこのオルタナティブというシステムが優れているからだろう。

 サバイブ相手にも負けない戦いが出来ている。

 

「思ってたよりもやるね! 何が暴力の振るい方を知らないだけだってぇ!?」

「さぁ? 性能がいいだけよ」

「ご謙遜ッ!」

 

 回し蹴りを左腕で防御するも押し切られ、吹き飛ぶ。

 受け身も取れぬまま壁に衝突し、埃が一気に舞い上がる。

 痛む身体に無理を聞かせ、デッキからカードを引いて左腕を覆う銀のバイザーにスラッシュ。

 

【ADVENT】

 

 読み込まれたカードは青い炎となって消失。それと同時に屋根を突き破り、レイダーサバイブの前にこのデッキの契約モンスターであるレオキマイラが現れる。

 

「ぬわっ!? こいつ!」

 

 大型モンスターの奇襲はレイダーサバイブと言えどキツいものがあるだろう。

 これで時間を稼ぐ。

 

「ガッツタイタン! こいつの相手頼んだ!」

「チッ……」

 

 再び現れるガッツタイタンがレオキマイラの脳天を殴り付ける。

 呼ぶだけで来るぐらいの仲だったか。

 でも!

 

【STRIKE VENT】

 

 右手に備わるレオキマイラの頭部を模した手甲。口からは赤が混ざった紫色の炎が灯る。

 バックステップで私の後ろに構えたレオキマイラの口にも同じように炎が滾っている。

 

「スゥゥゥ……ハッ!!!」

 

 腰を低く落とし、黒き獣を突き出す。

 放たれる紫炎がレイダーサバイブを焼き尽くさんと周囲を焦がしながら突き進む。

 

 ────自身に向かってくる炎を、遊は見つめ笑っていた。

 

 爆発。

 死にはしていないだろうという妙な確信。

 それでも大きなダメージにはなっただろう。今のうちに逃げて……。

 

【FINAL VENT】

 

 それは、炎の中から響いた。

 そして、炎の中から飛び出て楽しげに嗤いながら駆けていた。

 

「あははははッ!!! とおっ!」

 

 ガッツタイタンと共に飛び上がったレイダーサバイブ。ガッツタイタンのボディが展開し、胸部にレイダーサバイブを収納すると手足が延長し更に巨大な姿へ。シルエットも猿のそれよりも人間に近付いた。

 さながら、ロボットアニメ。

 

「相棒との絆で合体! ガッツレイダー!」

「……ふざけてるでしょう!?」

「そらそらそらそらぁ!!!」

 

 巨人が拳を振り上げ、私に向かって振り下ろす。

 寸前で回避するも、連続で拳は繰り出されてくる。

 もうとにかく走って動き回るしかない……!

 パンチを避けるというよりも、無数の隕石を避けていると言った方が感覚として近い。

 

「あっはっはっ!!! ……あ、やばタイムリミット近い。よーし次ので最期だよ!」

 

 次?

 どういうことだとレイダーサバイブの方を見るとコクピットから飛び出たレイダーサバイブ。すると、ガッツタイタンが再び変形。

 今度は、人型ではない。

 あれは、ハンマーだ────。

 

「叩きつけてやれぇぇぇ!!!!!!」

 

 巨大なハンマーを振り下ろすレイダーサバイブ。

 生き残る……生き残るには……!

 

【ACCEL VENT】

 

 一瞬の超加速。あの攻撃の有効範囲から逃れる……!

 絶対に生き残って……じゃないと、私はもう燐と……!

 

 ハンマーはレオキマイラを押し潰し、大爆発。余波までは防げず、紙切れのように吹き飛ばされてしまう。

 

「く……」

 

 スーツの力が落ちたのがよく分かる。

 身体が重い。デッキに描かれたレオキマイラの紋章は消え、スーツからレオキマイラを思わせる意匠も無くなって黒いデッサン人形のような姿となっていた。

 

「おー、よく生き残ったね~。いや、もう死ぬのか。契約モンスターもいないから倒すのは朝飯前だよ?」

 

 飄々と、レイダーサバイブは言う。

 ハッ……ここまで生き残ったのが奇跡みたいなもの。でも、こいつ相手にここまでよく生き残れたものだ。初めて変身する姿でだ。

 奇跡は終わりか?

 いいや、まだだ。

 もうこの際だ、奇跡の株価が大暴落するぐらい奇跡を起こし続けてやる。

 

「……へぇ、まだやる気なんだ。嬉しいよ。でも、今日のメインは君じゃあないんだ」

 

 そうだろう。

 今日、こいつが相手したいのは燐なのだから。

 けど、そんなことさせたくない。

 だって、燐は……戦いをするような人ではないのだから……。

 守りたい……私が、燐を……。

 

「美玲先輩ッ!!!」

 

 風が吹く。

 レイダーサバイブを切り裂く風が。

 白いバイクを駆り、レイダーサバイブを辻斬って私を庇うようにしてツルギサバイブはバイクを停めた。

 

「ふふーん。来てくれたね、お姫様を守る騎士様が」

「燐……」

「美玲先輩、その姿は……」 

「気にしないで。それより、美也と撒菱は」

「あのライダー達を相手取ってくれてます」

 

 二人だけで大丈夫だろうかと、心配になる。

 しかし、レイダーサバイブさえなんとかしてしまえばあちらも助かるというわけで燐を行かせたのだろう。

 現状、レイダーサバイブの相手を出来るのは燐だけなのだから。

 

「さあ! それじゃあ始めようか! 今度は水入らずでね!」

 

 意気揚々と両拳を振り上げ、昂りを身体で表すレイダーサバイブ。だが、その身体からはミラーワールドの拒絶反応、消滅の時が近いことを示していた。

 それはツルギサバイブも同じであった。

 

「えー!? もう終わり!? 10分早すぎでしょ!!!」

「喜多村さんここは退いてください。消滅してしまいます!」

「やだやだ! まだ全然君と戦ってないぞ!!!」

 

 小さい子供のように駄々をこねるレイダーサバイブだが、どうにもならないことだ。

 彼女にとっても限界時間を過ぎて消滅なんて終わりは望んでいないだろう。

 

「ギリギリまで戦ってやるよ!!!」

 

 それでもとデッキからカードを引くレイダーサバイブはそのカードを見て首を傾げた。

 

「タイム、ベント?」

 

 レイダーサバイブはカード名を読み上げる。

 聞き間違いだと信じたいが、確かに彼女はタイムベントと言った。

 

「……彼女も、サバイブに至ったから……」

 

 燐が呟いたのが聞こえる。やはり、サバイブは特別な力……。

 

「はー! なるほどそういう事が出来るんだ! うってつけじゃん!」

 

 カードの効果を読み取ったレイダーサバイブは楽しげに話している。

 うってつけ?

 今の状況に?

 どういうこと……?

 私が考えている間に燐は嵐となって彼女へ接近していた。

 タイムベントを使わせないつもりなのだろう。

 だけど間に合わない……!

 レイダーサバイブは左手の召喚機にカードを装填してしまった────。

 

 

 

【TIME VENT】

 

「永遠闘諍」

 

 レイダーサバイブの指が鳴る。

 次の瞬間……レイダーサバイブ以外の全てが静止した。

 烈風を纏い、疾走するツルギサバイブすらも身動ぎ一つすること無く完全に停止している。

 そんな全てが止まった世界をレイダーサバイブは悠々と歩き、ツルギサバイブの肩に手を置いた。

 

「ッ!? な、に……?」

 

 動き出すツルギサバイブであったが、世界の異常に気付き周囲を見渡す。

 そんな彼に向かい、この世界の主は歓迎の挨拶を口にした。

 

「御剣燐くん。私の永遠にようこそ────」




次回 仮面ライダーツルギ

「戦ってよ私とさぁ! 戦うしか能がないんだからさぁ私達はぁ!!!!!」

「この戦いは僕の罪が引き起こしたものだ……。戦うのは僕だけでいい!」

「これでこの間みてぇにはいかねぇってわけだ」

「戦うことは……遊戯なんかじゃないッ!!!」

「アタシの時は、アタシが決める」

 運命の叫び、願いの果てに────。


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ALTERー13 流動の時

 過去を語るのは、私にとっては自傷行為でしかない。

 肌を搔きむしって泥みたいな血をかき出すような感覚。だけど、この感覚を越えると……懐かしい暖かさを思い出すことが出来る。

 父さんがいた頃、どこにでもある家族の一つだった頃。

 アタシが戻りたいあの頃。

 昔を思い出すのは辛いけど、父さんを思い出さないのはダメだ。父さんが可哀想。

 母さん、あの人がもう父さんを思い出すことはなくてもアタシだけは父さんのことを覚えていてあげないといけない。

 

「そう、お父さんが……」

「……父さん、真面目に働いてただけなのに……。なんで、なんで……」

「そう、ね……」

「父さんが死んでから全部狂い始めたんだ……。母さんだって……」

 

 父さんがいれば、母さんもああならずに済んだのではないか。そう考えることもしばしばだ。元々、ああいう人ではあったかもしれない。けれど、父さんがいた頃は母さんだって優しくて……。こう言っては何だが、母親をしっかりしていたとも思う。

 だから、そうだ。父さんがいなくなってしまってからだ。こんな風になってしまったのは。

 父さんを理不尽に責め立て、死に追いやったこの世界が私は憎い……!

 

「ふざけるなよ……。どいつもこいつも、父さんを罪人だって、地獄に落ちろって、なんで生きてるんだって……!」

「落ち着いて……。ゆっくり、深呼吸して……」

 

 両肩に手を添えられ、アタシの顔を覗き込むようにしながら女は言う。

 けれど、ダメだ。

 憎くて、悔しくて、滾って、悲しくて、吐き出したい。

 

「返せよ……アタシの居場所……。アタシの帰る場所を……!」

 

 すぐ目の前にある顔に向けて吼える。

 だが、何か様子がおかしかった。

 

「え……」

 

 止まっている。

 ぴたっと、女の身体は止まっている。

 息をしている様子はない。人形のようだ。

 恐る恐るベッドの上で後退り、女から距離を取ると女の姿勢はそのまま。固められたかのように、ぴくりとも動かない。

 目も動くアタシを追うことはなく、一点を見つめ続けている。

 

「なんなんだよ……。ふざけてるのかよ……」

 

 ふざけていてくれた方が良かった。この異常事態がただの遊びなら良かった。

 ただ、これはもう異常事態として認識するしかなかった。

 この女だけがこうなってしまったのか。それを確認するため病室から出ると、廊下を歩く看護師や患者、その家族と思われる人々も皆、立ち止まっていた。

 若い女の看護師の目の前に立つと、やはり止まっている。

 今、この世界で動くものはアタシしかいない。

 まるで、写真の中に閉じ込められてしまったかのようだ。

 何が起こっているのかは分からない。

 けれど、この事態を引き起こしたと思われるものには目星があった。

 ライダーバトルだ。

 鏡の中の世界でどうこうなんていうことをしているなら、こんなことだって起こせてしまうのかもしれない。

 病室に戻り、ベッドの隣のキャビネットに入れていたデッキを手に取る。

 

「……? なんか、熱い……?」

 

 仄かに、デッキが熱を発していた。手で持てないというほどではないが、こんなことは初めてだ。

 この現象と何か関係しているのだろうか。

 関係しているなら、話は早い。こんな時でも、ライダーは普通に動けているのかもしれない。

 ひとまず街中まで行って、この現象について探ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣と拳の衝撃の余波に、アスファルトが風に吹かれた紙のように軽々と舞い上がる。

 荒れ狂う風を纏った剣が素早く繰り出される岩石のごとき拳を受け止め続けるという攻防が繰り広げられること、既に5分近く経過しているとツルギサバイブは体感していた。

 しかし、5分も経っていないのだ。

 何故ならこの世界はレイダーサバイブによって止められた時の中なのだから。

 

「御剣燐くん。私の永遠にようこそ────」

 

 レイダーサバイブ、喜多村遊の言葉の通りであった。

 永遠闘諍。

 時の止まった世界は喜多村遊が作り出した闘技世界。彼女が入門を許した戦士のみが動くことが出来る。

 ────そうして、喜多村遊と闘い続けるのだ。

 永遠に。

 

「手加減しないで本気で来なよ!」

 

 繰り出されたレイダーサバイブの拳をツルギサバイブは跳躍して回避。行き場をなくしたレイダーサバイブの拳が地面を穿つ。

 宙を舞ったツルギサバイブは着地と同時に地面を蹴り、風の力で加速し間合を詰める。攻撃を回避されたレイダーサバイブの隙を狙い、袈裟懸けに剣が駆け抜ける。

 

「ぜあぁッ!!!」

「っあッ!?」

 

 レイダーサバイブから散る火花の大きさが、ダメージの大きさを物語る。

 火花とは、鮮血の代わりだ。

 ライダーでなければ、レイダーサバイブは死んでいた。

 

「あ、は~……。へへっ、これこれ……」

 

 尻餅をついたまま斬られた肩を撫で、痛み混じりの声だが楽しげに呟くレイダーサバイブの目の前に、スラッシュバイザーツバイの切先が置かれる。

 

「この世界を、元に戻してください」

「ははっ、嫌だよ。せっかく君とこんな戦える舞台を整えたんだからさっ!」

 

 切先を払い、レイダーサバイブはツルギサバイブへとタックル。素早い身のこなしにツルギサバイブは反応しきれずそのまま押し切られる。

 

「くっ!」

「戦ってよ私とさぁ! 戦うしか能がないんだからさぁ私達はぁ!!!!!」

「そんなことッ!」

 

 スラッシュバイザーツバイの柄の先でレイダーサバイブの背中を殴打し、怯んだところを蹴り飛ばして間合を離す。

 

「戦うことしか出来ない人間なんていない!」

「ここにいるよ二人もね!」

 

【SWING VENT】

 

 左手に備わるメリケンサック型の召喚機にカードを読み込ませるレイダーサバイブ。召喚された武装は鎖分銅。ガッツタイタンの頭部を模した鉄球を振り回し、ツルギサバイブへと向けて投合。

 

「くっ……!」

 

 ツルギサバイブの左腕に巻き付く鎖が、ツルギサバイブの動きを封じ込める。拘束を振りほどこうと鎖に手をかけるツルギサバイブだったが、レイダーサバイブは鎖を手繰りツルギサバイブに自由を与えない。

 そうして鎖分銅を自身の腕についた鎖に巻き付け、ツルギサバイブとレイダーサバイブによるチェーンデスマッチが始まる。

 

「私達は同じだよ!」

「僕はあなたのようには戦わない!」

「人間を守るためとか大義名分はどうでもいい! 結局やってることは何も変わらない!」

 

 パワーではレイダーサバイブに軍配が上がる。踠くツルギサバイブの抵抗虚しく、レイダーサバイブの剛力に振り回される。

 壁や床に叩き付けられ、ツルギサバイブは少しずつダメージを受けていく。

 

「がッ……!」

「勉強、スポーツ、他にも色々あるけど私達に取り柄があったのは戦うってことだけなんだよ分かるでしょ!」

「そんなことッ!」

「あるよ! 現に君はその取り柄を人を守るってことで活かしてる! 他の人に同じことが出来たかな? 出来ないよッ!」

 

 鎖を一気に手繰り寄せるレイダーサバイブ。ツルギサバイブはレイダーサバイブのもとへ引き寄せられ、強烈な一撃がツルギサバイブの胸部を貫く────。

 

 

「ッ!?!? はッ……!」

 

 肺から抜ける空気。

 視界は明滅し、意識も危うく持っていかれるところだった。

 くそ、立ち上がろうにもまだ上手く力が入らない。

 

「普通の人は、才能とか取り柄とか無いとか言うけどさ、そんなことないと私は思うんだよね。誰だってひとつは何かしらそういうのを持ってるはず」

 

 膝を折り、こちらの顔を覗き込みながら彼女は語る。

 何が、言いたい────。

 そう言いたいけれど、口はまだ微かにしか動かず、呼吸する事が最優先と言葉は発せられない。

 

「そういう取り柄ってやつがさ、社会のため人のためになるものだったらいいよね。普通の人なら、それで幸せに暮らしていける。……けどさ、私達の取り柄はやれ反社会的だの何だのって言われる。戦う才能は必要とされてない」

 

 それは、そうだ。

 生きていく中で、僕達の暮らしの中で、暴力という行いは嫌悪されるものであるし、普通使われないものだ。

 けれど、それならスポーツをやればいい。

 空手なり柔道なりボクシングなりプロレスなり。暴力はスポーツとして形を変えて、社会で生き延びているのだから。

 

「スポーツやればいいと思った? 無理無理。あんなお行儀いいやつは求めてない。私はね、戦うってことは命を懸けるものしか認めない。スポーツで死ぬことは、まあ事故やら何やらは別として無いし、そんなことしちゃいけないでしょ? だから駄目。本気の本気の本気でやらなきゃそれこそ私は死んじゃうんだよ」

 

 戦っている時にこそ、私の命は輝く────。

 それが、彼女の弁であった。 

 生と死の境界線に立つことにこそ、彼女は魅力を感じ、またその才能が彼女にはあってしまった。

 

「戦国時代に生まれれば良かったーと思うんだよね。戦って戦って戦って、戦うことが認められる世界。それがここだよ。ミラーワールド、そして永遠闘諍。ここは私の世界だから、戦う者しか認められない……!」

「ぐあっ!?」

 

 立ち上がったレイダーサバイブに勢いよく蹴り飛ばされる。地面を滑っていくも、鎖のせいで勢いよく急停止。

 

「御剣燐……。君も私と同じ、戦うしか能がない少年」

 

 戦うしか能がない、か……。

 それは、きっと正しい。

 勉強も特別出来るわけでもない、スポーツだって並ぐらいのものだ。

 けれどこの、剣を握っている時だけは……違う。

 どう振るえばいいのか分かった。どうすれば敵を切り裂けるのかも理解出来た。

 教科書と睨めっこをする必要もなく、ただこの身体は……剣であると分かっていた。

 それでも……。

 

「確かに、戦うしか取り柄のない人間かもしれない……。けど、それでも……戦うのは嫌いです」

「……」

 

 スラッシュバイザーツバイを支えに、痛む身体を無理矢理立たせる。

 結構なダメージを受けた。だけど、立たなければいけない。

 戦いを終わらせるために。人間を守るために。喜多村遊という少女のために。

 

「それでも僕が戦ってきたのは、僕以外の人達が傷つくことの方がもっと嫌だったからです。ライダーバトルのために犠牲になる人も、モンスターに命を奪われる人も、その人の死で悲しむたくさんの人達も、増やしたくないからです。戦うのは、僕だけでいい……!」

「……ずるいよ、そんなの」

 

 同時に、駆け出す。

 速いのはこちらだ、一瞬でレイダーサバイブへと接近し胸部に一太刀浴びせ、地面を転げてレイダーサバイブの背後へ。

 しかし、レイダーサバイブが鎖を引いて僕を引き寄せてくる。

 

「戦いを独り占めなんて狡いよ本当!」

「チィッ!」

 

 後退し、羽交い締めされそうになるのを振り向き様の一閃でレイダーサバイブをよろけさせる。

 あまりやり過ぎるとこっちまで鎖で引っ張られることになってしまう。まずは、この鎖をどうにかするのが最優先。

 

「この戦いは僕の罪が引き起こしたものだ……。戦うのは僕だけでいい!」

「罪ぃ!? そんなの知らないよ私にも戦わせろ!!!」

 

 一定の間隔を保ち、剣と拳を交える。

 だが、リーチでは剣を持つこちらが有利。着実に、斬を刻みこんでいく。

 

「ハハァ……けど、そうか、そうなんだね。君のおかげでこんなに楽しい戦いが出来てるんだね! 感謝しかないよッ!!!」

「ふざけるなッ!」

 

 風を纏った拳が、レイダーサバイブの顔面を捉えた。

 

「戦うことは……遊戯なんかじゃないッ!!!」

「ぐおッ!?!?」

 

 一発、二発、三発と拳が鉄仮面打ち付ける。

 レイダーサバイブがダウンした瞬間、スラッシュバイザーツバイを逆手に構え、鎖繋がる腕輪を斬り上げる。

 自由となった左腕を振るい、巻き付いていた鎖を払い落とす。

 そして、スラッシュバイザーツバイを左手に持ち替えデッキからカードを引き抜く。

 腰に差した鞘の挿入口を開き、装填。

 

【TIME VENT】

 

「未来超越────」

 

 切り裂く、敗北の未来。

 この停止した時を再び動かし、喜多村遊の願望叶える闘技場から抜け出すにはどうすればいい……。

 

「え……」

 

 未来は、決まった。

 決まってしまった。

 

「そんな、そんなこと……!」

 

 未来超越は敗北を斬り捨て、勝利をもたらす。

 その勝利は、どんな形であれども。

 たとえ、血塗られていようとも。

 噴き出す鮮血。光を失った瞳。血滴る白刃。返り血を浴び、白を赤く染めたツルギサバイブの姿。

 それが、未来超越が導いた未来。

 喜多村遊を、斬殺せよ。

 

「そんなこと、出来るわけがないッ!」

「なにをごちゃごちゃとッ!」

 

 動揺するツルギサバイブにレイダーサバイブが襲いかかる。

 大地を鳴らし、ドロップキック。恐るべき破壊力がツルギサバイブに直撃。派手に吹き飛び、積まれていたコンテナに直撃。コンテナは衝撃で揺れ動くも、すぐに時間停止の影響を受けて、ピタリと止まる。

 

「く……何か、他の方法は……。未来はないのか……!」

 

 非情にも、未来は変わらない。

 やはり、彼女を斬り殺してしまうという未来しか存在しない。

 これで確定してしまっているのだ、未来は。

 

「それでも……」

 

 スラッシュバイザーツバイを、鞘に納める。

 

「ん? なんのつもり?」

 

 右手を握り締め、前に出す左手は平手、手刀として構える。

 剣は、使わない……!

 

「いいの? ステゴロもいいけどやっぱり君は剣の人でしょ? 本気じゃなくても勝てるアピールだったりする?」

「……」

「ダンマリはつまんないよ~! ま、口を開かざるを得ないようにしてやればいいか!」

 

 意気揚々と迫るレイダーサバイブ。どうにかして、彼女を殺さない未来を……。

 代わりに僕が死ぬなんてことは許されない。

 僕が死ぬべき場所は、ここではない。

 彼女も生かして、僕も生きて帰らなければ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 懐中時計は止まったまま、一時間ほどが経っただろうか。

 新たなタイムベント、永遠闘諍の発現によりこの列車もまた動きを止めていた。

 時の列車とはいえ、狂わされた時を走り続けている列車だ。今更止まろうが急加速しようが何とも思わない、が……。

 

「人間は、可能性があるから生きていけるのだよ。御剣燐……」

 

 未来超越はあったかもしれない未来の枝葉を切り捨てる剪定鋏。

 戦いに勝利する未来にあるのは栄光か?

 いや、栄光など所詮は一時のもの。戦いの後にあるものは、新たな戦いのみ。

 君は戦いを終わらせようとしながら、終わらない戦いに突き進んでいる。

 とはいえ、未来超越はこれから先に必要な力でもある。

 大事に使えと、言っておくべきだった。

 可能性のない、冷たい剣のような一本道を君は行くのか?

 このままでは、君は本当に剣になってしまう。

 

「また、新たな力が目覚めようとしている……。新たな、サバイブが……」

 

 テーブルの上に置かれた無数のカード達。

 四枚だけが表を向いており、他は裏向き。

 無造作に手にしたカードを捲る。そのカードの名は────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街は、全てが静止していた。

 アタシ以外。みんな、みんな。

 

「どうなってんだよ……」

 

 音もなく、何もかも。

 死に絶えた世界のようだ。

 街の中心、聖山駅前の近くまで来たが本当に何も動くものは……。

 ふと、目に入ったビルのガラス。そこに映る、五人のライダー達。

 そのうちの一人は知っている。

 仮面ライダージャグラー。アタシの、同居人。

 ミラーワールドの中すらも止まっている。……いや。

 

『ははッ!!!』

『ぐうッ……!』

 

 その声には聞き覚えがあった。鋼と鋼がぶつかり合うような音は戦いの音。

 一人は男の声、白い奴だ。

 もう一人は……。

 

「喜多村……!」

 

 この前、アタシを病院送りにしやがった喜多村。あの時、姿を変えて進化したのと同じ姿で白い奴と戦っている。

 戦況は喜多村が優勢のよう。というか、白い奴は積極的に戦っている様子ではない。防戦一方だ。

 ……いや、あいつはあんな奴だった。

 戦いを止めると嘯いているやつだ。

 しかし、この何もかもが止まった世界で動けているということはこの事態に奴等が関わってる可能性は高い。

 行くか……。

 

「っ……! また熱い……」

 

 手にしたデッキは熱を帯びていた。変身を躊躇うほどに。

 

『そらぁ!!!』

 

 そうこうしている間、喜多村は地面を踏みつけアスファルト片を宙に舞い上がらせると、それを殴りつけて白い奴へと打ち出す。

 

『ぐっ……!』

 

 手刀で切り裂き防御するも数の多さに間に合わず、白い奴は全身から火花を噴き出し膝をつく。

 更に喜多村は追い討ちをかけると、同じようにアスファルト片を殴り付けて白い奴へと放つ。

 流石にこれ以上はまずいと白い奴は飛び退いて回避する。だが……。

 

「あいつに、当たる……!」

 

 白い奴が避けたことで、その後方で動きを止めたままのあいつに……茜に当たってしまう!

 

『しまった!?』

 

 白い奴も気付いたようで、動き出そうとするもあれだけのダメージを食らってまともに動けるわけがない。

 どうすれば、どうすれば、どうすれば。

 思考が渋滞する。

 当たったからなんだというのだ。ライダーバトルで生き残ることが出来るのは、一人のみ。あいつもいよいよ脱落する時が来たというだけの話。

 ……そう、なのか?

 アタシ、は……!

 

 

 

 

 

 

 

 レイダーサバイブの攻撃が、美也さんと茜さんに命中してしまう。

 くそ、こんな時に身体が満足に動かないなんて……!

 

 爆発。

 爆炎が周囲を赤く染めながらも、時間停止の余波を受けて揺らめきは静止する。

 息を飲んだ。

 僕が、避けてしまったばかりに……。

 自分自身への怒りと、レイダーサバイブへの怒りが胸の中で燃え滾り、スラッシュバイザーツバイの柄を手が勝手に握り締めていた。

 ギリギリの理性で抜くのを止めて、迸る本能が剣を抜けと叫んでいる。

 

「ぐ……! ぁぁ……!」

「あはは、いいねその殺意。感じるよ、ものすごく。その剣を抜いてヤろうよ殺しあいを!!!」

 

 言いなりになっては駄目だ。いいやあいつは許せない。

 人を殺すことは出来ない。あいつは人の心を持たないモンスターと同じだ。

 まだ彼女達が死んだとは限らない。だが傷付いた。僕のせいで傷付いた。人を傷つける者は許せない。

 

 ────震える手が、剣を解き放とうとする。

 

「そうこなくっちゃ……ん……?」 

「……あ……」

 

 手が、止まった。

 足音を、耳にしたから。

 コツン、コツンと、炎の中から現れる。

 

「君は……」

 

 レイダーサバイブがその姿を見て声を漏らした。

 爆炎の中から現れたのは、黄色と黒のスズメバチを思わせるライダー。

 左手には焼けてもうほとんど機能しないだろう盾を持ち、その黄色の身体に炎を纏って彼女はゆっくりとこちらに向けて歩んでいた。

 

「なんで動けるのかな? 君は入門を許可してないよ片月瀬那ちゃん?」

 

 片月瀬那。

 茜さんが探していた、あの少女だ。

 

「知らねえよ……。入門って言ったか。じゃあこの現象はお前の仕業なんだな」

「そうだよ! 永遠闘諍、永遠なる闘いの舞台! ……だけど、今は君、お呼びじゃないよ」

「知らねえって言ってるだろ。ただアタシは……借りを返しに来ただけだ!」

 

 そして、彼女はデッキからカードを引いた。

 そのカードは────。

 

 

 

 自然と、カードを引いていた。

 何を引いたかはイメージしていない。ただ、喜多村をぶっ潰せるだけの力が欲しい。そう思いながら。

 

「そのカードは……!」

 

 カードを喜多村へと見せつける。

 喜多村が持っているのと同じような、黄金の翼が描かれていた。翼の背景には、赤い何かが流れている。

 いや、何かなんて分かるだろ。

 血だ。

 これは、血河。

 アタシの周囲を血が充たす。

 流れていく血が、どこか寂しい。

 あれは、誰の血なのだろうか────。

 そんなの、関係ないか。

 腰にぶら下げた剣型召喚機クインバイザーを左手に逆手で構えると、剣から盾のような形状へと変化。 

 盾の中央にあるカード挿入口へとカードをセットし、変身。

 

【SURVIVE】

 

 新たな姿がアタシへと重なり、アタシは変わる。

 

 仮面ライダースティンガーサバイブ。

 

 黒いインナースーツの上、刺々しさを増した黄色の装甲に金の縁が全身を走り、赤い宝石のようなものが胸部から両肩にかけてV字に伸びる。

 見ると、全身にこの赤いクリアパーツは散りばめられていた。

 仮面にも、スリットの下から涙のように赤が塗られている。

 血の涙ってか。

 ああ、なんて、悪趣味。

 

「君までサバイブになるなんてね」 

「これでこの間みてぇにはいかねぇってわけだ」

「どうかな。君次第だよ!」

 

 喜多村が地面を殴り付け、大地が牙を剥く。

 今はこんな攻撃、怖くねぇ。

 デッキからカードを引き、サバイブのカードを装填した挿入口の上にある別の挿入口を、虫が羽根を開くみたいにして開けてカードをセット。

 

【SPIN VENT】

 

 クインバイザーツバイの先端から針が伸びて、轟音上げて高速回転。

 そのままこいつで……!

 

「おらぁッ!!!」

 

 迫る牙を殴って砕き、土煙を払って駆け出す。

 

「いいねぇ! そう来なくちゃ!」

 

【STRIKE VENT】

 

 喜多村は両手に深緑の籠手を装備してアタシを迎え撃つ。

 クインバイザーツバイで殴りかかる。だが、こちらは得物の都合で大振りとなる。

 重そうな鎧のくせして素早い身のこなしの喜多村には回避され、間合の内側に入られる

 この籠手は確かに小回りが利く、二発胴にもらい、よろめきながらクインバイザーツバイを振って喜多村を遠ざける。

 

「そいつに当たるのはヤバそうだ!」

「ああ、ヤバくなっちまえよ!」

 

 攻撃の手は緩めない。ここで確実にこいつを倒してやる!

 

「でやぁぁぁ!!!!」

「ッ! まずっ!?」

 

 喜多村の拳をクインバイザーツバイで受け止め、弾く。がら空きになった胴に、この針を突き刺して────!

 

 殴り飛ばしたのは空。

 喜多村は、いつの間にか背後にいた。

 

「あっぶなー。死んでた死んでたって今の」

「何を……」

「……まさか、時が止まってる中で、時を止めたのか!」

「正解! 私達は動いてるからね! まあ平等じゃないから使わないようにしてたけど咄嗟に使っちゃった」

 

 白い奴が何か言ってる。あまり興味はないが、厄介なことに変わりはない。

 更に、白い奴は剣を抜くと風の刃を放って喜多村を後退させた。

 

「おい、お前は手出すなよ。これはアタシの戦いだ」

「……ごめん、口だけ出させて」

「んだと」

「君のタイムベントはどんな効果?」

 

 タイムベント?

 デッキから抜くと、時計が描かれたカード。

 効果は……。

 って、なに従ってんだこんな奴に。

 

「君が時の止まった世界で動けたのなら、そういう能力なんでしょ」

「ッ……。それは、そうだけど……」

「なら使って、勝つよ。勝って、この世界から抜け出そう」

「チッ……。従うわけじゃねぇからな」

「従えるつもりはない」

 

 チッ、口の減らない奴。

 とにかく、勝つってんなら使う。使ってやる。

 

【TIME VENT】

 

「刻限流動────」

 

 心臓が跳ねる、跳ねるというより、心臓がでかくなったと言った方が表現としてはあっている気がする。

 血が身体中を巡るのが分かる。身体の中をミミズが走り回っているかのような気色悪さに寒気がする。しかし、身体は熱い。熱くて堪らない。

 

「何をする気かな~。さあ来いッ!」

 

 奴の言葉が、スタート合図。

 

「ッ!?!?」

 

 次の瞬間、奴の鎧に穴が空いていた。

 

「な、に……!?」

「ハァ……ハァ……!」

 

 くそ、決めきれなかった!

 堅すぎんだろ……!

 もう一度……!

 再び、血流が加速。冷えかかってきた身体に再び熱が灯る。

 

「くっ……止まれ!」

 

 喜多村が時間停止を再度行う。白い奴は止まったが……。

 

「なんで……!」

「らぁッ!!!」

 

 クインバイザーツバイが喜多村を殴り飛ばすと同時に抉る。激しい火花が噴水のように湧いて、この鎧の奥にある喜多村までも穿とうと堅牢な鎧を削っていく。

 

「うおおおお!!!!!!」

「ぎっ……!」

 

 クインバイザーツバイを両手で掴んだ喜多村が押し返してくる。流石に、パワーでは分が悪い。

 そして、こっちもそろそろ心臓が爆発してしまいそうだ……!

 一旦、後退して距離を取ると同時に身体が一気に鉛のように重くなる。全身駆け巡っていた血流が、液体から固体に変わったかのよう。

 何もかもが詰まってしまったみたいだ。

 

「また時が止まってたのか……」

 

 白い奴が話したので、今は時が動いているらしい。

 いや、まだ時は止まってるけれど……って、ややこしい。

 

「なんで、動けるんだい君は」

「ハッ! 知るかよ……。アタシの時は、アタシが決める」

「そうかい! じゃあ小細工なしだよ!」

 

 地団駄を踏む喜多村の足下から、大地が波打ち、隆起して襲いかかってくる。

 くそ、まだ呼吸整ってないってのに……!

 

「ハッ!」

 

 剣が一薙ぎ。風の刃が大地を切り刻み、喜多村の攻撃を打ち消した。

 

「てめぇ、手出すなって」

「左手の召喚機を狙って。そうすれば、時は動き出す」

「指図すんな!」

「君の攻撃じゃないと駄目なんだ」

「なに……?」

「僕のタイムベント、未来超越が見せた未来がそれなんだ。君のタイムベントの力だからこそ、時を元に戻せるんだと思う」

「……アタシは勝手にやる」

「それでいいよ。勝手に合わせるから、瀬那さん」

「名前で呼ぶなッ!」

 

 白い奴は、どこか嬉しそうに笑うと風を纏って加速していった。

 くそ、気に障る……!

 それでも、喜多村を倒すのが最優先だ。

 奴とのお喋りのおかげで身体は軽くなってきた。行くぞ……!

 熱が迸る。白い奴も速いが、この状態ならアタシのが速い。

 このまま奴のバイザーを砕いてしまえばいいんだな。

 それなら容易い!

 

「それはどうかなー?」

 

 喜多村が指を鳴らし、時を止める。止めたところで、アタシには関係ない!

 このまま、奴のバイザーを破壊して……。

 

「しまっ……」

 

 自然とそんな声を出していた。

 まさか、このタイミングで加速が終わるなんて……。

 喜多村の目前で、身体が動かなくなる。

 

「おやおや、息切れかい? よっと!」

「ぐあっ!?」 

 

 軽く、極大の威力を秘めたアッパーカットが直撃し脳天を揺らす。

 しかし……。

 

「ふんッ!」

「あいたっ!?」

 

 繰り出したローキックが、喜多村の内腿を痛め付ける。

 まさか、攻撃してくるとは思わなかっただろう。

 普通なら、あのアッパーで意識が刈り取られていた。けれど、今のアタシにはまだ効いてこない。

 そう、今のアタシの体内時間は非常に遅い。刻限流動は単にアタシの時間を速めるだけではなく、アタシに流れる時間を操作するもの。遅くすることだって可能だ。痛みの伝達も、まだ脳には届いていない。

 だから、痛むことはない。……今は。

 

「ぜあッ!」

 

 白い奴が割って入り、喜多村に斬りかかる。

 ……あいつが、喜多村を抑えたところを狙う。

 

【SHOOT VENT】

 

 零距離という間合は喜多村の間合だろうに、白い奴は臆せず、怯まず、同等以上に立ち回る。

 やはり、アイツは強い……。

 

「君も元気だねぇ! でも満身創痍だよね!」

「……!」

「お話してくれないならあっち行って!」

 

 喜多村が白い奴を蹴り飛ばそうと左足を伸ばす。するとその瞬間、白い奴が驚くべき技を繰り出した。

 剣を宙に放り投げると喜多村の足を両手で受け止め、喜多村の股の下へ錐揉み回転しながら倒れ込み、喜多村を投げ飛ばした。

 その技の名は……。

 

「ドラゴンスクリュー!?」

 

 技をかけられた本人が、技名を叫んでいた。

 しかも、風の力を付与して投げ飛ばしたからか、喜多村のその場に叩き付けられるのではなく、少し離れたビルの壁に叩き付けられる。

 白い奴は宙に投げた剣を取ると、アタシに向かって叫んだ。

 

「今ッ!」

「ッ!」

 

 クインバイザーツバイから放たれた無数の針が、喜多村のバイザーに命中し破損させる。

 これで、どうなる……!

 

 

 

「おりゃあ!!!」

 

 鞭が赤いライダーを叩き付けると、赤いライダーは土塊に戻っていった。

 え、私強すぎ……?

 とかそんなわけではないらしく他の二体も自然と土に戻っていた。

 それに……あれ?

 レイダーを追っていったはずの燐くんがいる?

 え、てかめちゃボロボロだし消滅始まってるし!?

 レイダーもなんか壁に叩き付けられてるし!?

 

「え!? てか瀬那!? 瀬那だよねなんか強そうになってるけど!?」

「ハァ……ハァ……騒がしい奴……」

「大丈夫瀬那!?」

「問題ねぇよ……。それより、奴にトドメ、を……」

 

 膝から崩れ落ちた瀬那を抱き止める。

 もう何がどうなってるの!?

 

「ぐ、あぁ……あはは……ははッ! また楽しもうね……」

 

 消滅進むレイダーが足を引き摺りながらミラーワールドから出ていった。

 くそ、あいつ~!

 

「燐くん大丈夫!? 美玲さんは!? ああ、てかそれよりミラーワールドから出ないとだよね!」

「うん……。美玲先輩も大丈夫だよ……」

 

 赤いお団子頭の子が燐に駆け寄って声をかけていたけど、かなり疲れているみたいだ。

 本当に何が……。

 何はともあれ、とにかく瀬那が戻ってきた。まったくどこ行ってたのやら……。心配かけて、まったく……。

 おかえり、瀬那。




次回 仮面ライダーツルギ

「死にたくないなら、ついてきなさい」

「その通り。んでさ、あいつウザイから潰さん?」

「……人を殺すことはいけないことです。分かってるんです、そんなこと」

「うん。そういうわけで次会ったら敵かも~! なんつって」

「願いへの強い想い……」

 運命の叫び、願いの果てに────。





ADVENTCARD ARCHIVE
TIME VENT(スティンガー)
刻限流動
自身に流れる時間を操作する能力。
また他者のタイムベント、時間操作能力の影響を受けないようになる。
そのため喜多村遊の永遠闘諍の影響を受けることはなかった。
自己に効果が発動するタイプのタイムベント(未来超越等)に対しては影響を与えることは出来ない。
強力な効果を持つが自分の時間を操作するという無茶をするため反動もまた大きく……。


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ALTERー14 接触

 喜多村遊=仮面ライダーレイダーとの戦いを辛勝した五人は茜の家に一旦集まっていた。

 

「瀬那はぐっすりだよ」

 

 瀬那をベッドに寝かしつけてきた茜がリビングにいる三人に笑顔を向けて言った。

 それを聞いた美玲が小声で「こっちもよ」と返事をしたので茜は気付いた。

 

「あら、こっちも」

「ソファーに座ったら一瞬だったわ」

「あれだけ戦ってたらねぇ……。時止めるとか何それどうすんのって感じ……」

 

 激戦を終えて、燐も瀬那も体力の限界を超えていた。

 そもそもミラーワールドにおける戦いは最大で10分間。消滅が始まれば即退散となるのが定石のため、長くても8~9分といったところだろう。

 そんな中、燐は一時間以上レイダーサバイブと戦闘していたのだ。

 瀬那もまたサバイブ血河の初使用とタイムベント刻限流動の使用による反動で消耗しきっている。

 睡魔に身を委ねるのは仕方のないことだ。

 

「喜多村のあの力、厄介過ぎるわね……」

「瀬那がいたから勝てた~とは言ってたけど、その二人がこうなっちゃうぐらいだから……」

「あのアリスモドキとのこともあるっていうのに……」

「私達じゃどうにも出来ないんでしょうか……」

 

 力を増す脅威。まともに対抗出来るのは燐だけというのが美玲達側の現状である。

 燐一人にかかる負担がこれでは多すぎてしまうと、二人は気が気でなかった。

 

「そうだ茜ちゃん! 私達と協力しようよ!」

「協力……」

「うん! みんなでライダーバトルを止めるの」

「あー……。ごめんだけど、協力は出来ないや」

「え!? なんで!?」

 

 先ほどの戦いで共闘したため、仲間になれると美也は踏んでいた。

 しかし。

 

「私は瀬那が願いを叶えるのをお手伝いしてるから。戦いを止められちゃうのは困るなー」

「そんな……」

「うん。そういうわけで次会ったら敵かも~! なんつって」

 

 冗談ぽく言う茜だが、その言葉が本気であることは二人とも理解した。

 その上で、美玲は問うた。

 

「それで、あなたが叶えるのを手伝うっていうあいつの願いは何なの。自分の願いを捨ててまで手伝うなんて言うぐらいなんだから、大層立派なものなんでしょうね」

「それは……」

「……まさか、知らないの」

 

 ばつの悪い顔をして、俯きがちに茜は頷いた。

 

「……ま、私達には何も関係ないからそれでいいけど。燐が起きたら出ていくから、それまで厄介になるわね」

「……はい」

 

 茜はリビングを出ていった。

 少し重い空気に、美玲は燐が寝ている隣に座ると美也へと声をかけた。

 

「当てが外れたわね」

「うぅ……協力出来ると思ったのにぃ」

「ま、そもそも自分の願いを叶えるために戦い始めた奴等よ。そう簡単に協力してくれるわけがないわ」

「むぅ……美玲先輩は誰かライダーの知り合いいないんですか?」

「いたけど、大体死んだわね」

 

 もうかつてほどライダーの数は多くはない。

 終盤戦に突入したと言っていいだろう。そんな状況下で、仲間になれそうなライダーを見つけることは難しい。

 

「はぁ……燐くん頼りな現状、どうにかしたいのに……」

「そうね……。私か美也、どちらかでもサバイブを獲得したいところだけど」

「どうやって手に入れるんですかね?」

 

 美也のその疑問の答えを、美玲は知っていた。

 

「願いへの強い想い……」

「え?」

「あいつが言ってたわ。願いへの強い想いがサバイブを目覚めさせるんじゃないかって」

「でも、願いへの強い想いなんてみんな同じなはずです」

「ええ、そうね……。だから、失う……」

 

 願いを失うことが、願いへの強い想いを引き出す。

 燐はデッキを奪われライダーの力を失ったことで、サバイブへと至った。

 キョウカは想い人であった燐を失ったことで、サバイブへと至った。

 美玲が知る限りはこの二人はこうした理由からサバイブの力を手に入れた。

 それであれば片月瀬那もまた、何かを失ったのだろうか……。思考の海に沈みゆくも、私が考えて分かることではないと美玲は思考停止。隣で穏やかに、というには静かすぎる様子で睡眠中の燐の左手に右手を重ねていた。

 

「……よかった」

 

 この手が、暖かくて。静かすぎるから、死んでしまったのではないかと一瞬不安になっていたのだ。

 美也がすぐ近くにいるけれど関係ないと、燐に密着するように身を寄せて、燐の熱を身体で感じている。

 

「私が願いを失うということは、燐から愛されなくなるか、燐を喪うか……。そんなの、どっちも……」

「あ!? そうだ!」

 

 突然の大声に美玲は振り返り、声の主である美也を睨み付けた。

 

「いきなり大声出さないで」

「美玲さん美玲さん! 私、仲間になってくれるかもしれないライダーの知り合いいました!」

「……どこに」

 

 美玲が訊ねると、美也は「これですよこれ!」とハンガーにかけられていた茜の学校、藤花女学院の制服を指差した。

 

「正確には知り合いの知り合いというか、燐くんの知り合いっぽいんですけど……」

「燐の?」

 

 藤女に知り合いがいるなんて、私は聞いてないぞと美玲は内心で燐を睨み付けた。

 というかそもそも撒菱茜の時点でそうだったよなと、更に睨み付ける。

 

「連絡先、知ってるわけじゃないんでしょ」

「それは問題ありません! 藤女にいる友達から情報ゲットしちゃいます! ……なんですか、その顔は」

「その、藤女に友達いるんだと思って」

「たしかに藤女は校則厳しいし偏差値高くて私とは縁も所縁もないですけど! 藤女に行った友達ぐらいいますって! 待っててください、すぐ情報集めるので……」

 

 スマホに指を走らせ、あちこちに連絡しているだろう美也を横目に再び美玲は燐に身を預けた。

 仲間を集めるのは得策ではないと美玲は考えていた。鐵宮に対抗すべく、自らも仲間を集めたことがあったが結果として集めた仲間、金草遥は鐵宮の手にかかり、犠牲となった。

 美玲自身、彼女と交友が深かったわけではない。むしろ敵対していたがそれでも彼女の死は美玲に罪悪感を抱かせるに充分であった。

 もしも、美也が自分と同じ境遇に陥ったら。それを考えると美玲は気が気でない。

 そんな美玲の心配をよそに、美也は藤女の友人に連絡を取り付けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家でぐうたら、もとい、昨日の反省中。

 完全に上手くいったと思った奇襲をしくじるとかいう最悪な状況に陥ってしまった。

 これまで誰にも見つからないようにライダーをしていた努力が水の泡になったよう。

 

「あ~……この中務理恵、不覚を取ってしまった……」

 

 この中務理恵とか言えるほど偉くはないので冗談。しかし、冗談ぐらい言わないとやってられない。

 それに、いつまでもウジウジとしてるのは良くないので切り換えようとスマホで動画でも見ようと手に取った瞬間、チャットアプリの通知が。

 別のクラスだけど、ファッションセンスが私と同じなものだから仲良くなった子からメッセージが来ていた。

 

「んーなになに?」

 

 華甸川真里亞の連絡先とか住所とか知らない?

 

「知ってるけど、なんで? っと、送信」

 

 華甸川真里亞とは同じ中学だった。特別仲が良いというわけではなくとも、付き合いの長さから連絡先を交換したのだ。

 というか、この年代の女子は同じクラスの女子であれば大体は連絡先を交換するものだ。連絡するかは別として。

 そんなことを考えているうちに返信ありと。

 

 聖高の友達がなんか会いたいから知りたいって。

 

 ふーん、なるほど。……会話を盛り上げるのと、悪戯心が鎌首をもたげたので少しふざける。

 

「男かー?」

 

 女友達だよw

 そういうんじゃありません~w

 

 なーんだ。そういうナンパかと思ったけど、女の子ならなんか他の理由だろう。

 けどなんだろう、わざわざ他校の生徒の連絡先知りたいなんて。

 男盗られたとか?

 いや、まさかあの華甸川さんに限ってそんなことはないと思うけど。

 真面目だし、お堅い感じだし。

 けど実はとかぁ?

 なーんて、詮索はやめやめ。

 人助けだと思って、連絡を取り次いであげますか。

 ……ちょっと待て。

 スマホに打った文字を一度全消し。

 

「聖高の女子……。聖高、この前あんなことあったのに会うも何もなくないか?」

 

 生徒、職員、1000人いかないぐらいが被害にあった謎の事故。

 ガス漏れが疑われたがどうもそういうわけではないらしいという発表がされたのをニュースで見た。

 被害にあった人達は市内はもちろん、隣町の病院にも搬送されて入院中。

 症状の程度にも結構な差があるようだ。

 そう、そんな中でこんなことをしている余裕がある奴というのは一体どういう人物か。

 

「まさか、ライダー?」

 

 ちょっくら面貸せやのノリなのか。とすると、華甸川さんもライダーということになる。

 いやまだ全然憶測どころか妄想の意気ですが、色々と気になってきた。

 とすると、私がやるべきは一つだ。

 

「華甸川さんに教えてみるね。その友達の名前はなんて言うの?」

 

 影守美也。

 返信されてすぐ、名前を検索。

 SNSでそれらしきアカウントは特になし。今度は検索エンジンで。……ヒット。

 

『聖山西中の影守選手が県大会優勝 全国大会へ』

 

『神童現る』

 

「神童ねぇ。私みたいな一般人とは大違いじゃないですか……って、この記事……」

 

『軽乗用車とバイクが衝突 近くを歩行していた女子中学生が巻き込まれ重傷』

 

 被害にあった影守美也さんは聖山西中の剣道部に所属し、全国大会に出場するなど活躍が期待されている選手であった。

 これが二年前の記事。

 それ以降、彼女が剣道の大会で活躍したようなニュースは見当たらなかった。

 

「ふーん、めっちゃライダーなってそうじゃん」

 

 恐らく、事故で剣道が出来なくなったのではないだろうか。それで、アリスからデッキを渡されて「また剣道やりたくないですか~?」とでも言われたのだろう。

 ……剣道出来なくなったのに、なんでライダーとして戦えるんだ……って、あれだ。アシスト機能のおかげか。

 私みたいな剣道も空手もボクシングも何もやってきてませんでした~みたいな一般女子があんなに戦えるのはライダーのシステムによるアシストがあるからこそ。

 どう動けばいいのかとか指示してくれるし、身体能力があがった気がする。

 変身してたらシャトルラン100回行けそうな気がしてくるし。

 しかし、本当に私の妄想がガチっぽい気がしてきたぞ。やばー勘冴えてるー。

 これはちょっと、監視させていただきますかぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 和を演出する店内は四方を日本庭園風の景色が囲み、落ち着いた雰囲気。そういった店内だからか、騒がしく話す客はない。身なりの良い老齢の婦人達が穏やかに会話を楽しんでいたり、派手さはないが気品とカジュアルを両立させた服装のカップルが運ばれてきたこの店自慢のあんみつをスマホのカメラに収めている。

 若干、年齢層高めではないだろうかと美也は内心この店を教えた美玲に、もうちょっとカジュアルなところがよかったですという抗議と、あんみつ美味しそうありがとうございますという感謝がまぜこぜになっていた。

 

「……それで、お話ってなんでしょう?」

「えっ、あ、ごめんね。ほんと急に……」

 

 お冷で口の中を潤す。美也とて、緊張はする。

 例えば、こうしてよく知りもしない相手と一対一で真面目な会話をする時。鐵宮の配下となってアリスを狙い、燐に撃退された彼女の介抱を任されたぐらいの付き合い。雑談なら気楽に話が出来るが、今回は話題が話題だ。

 とはいえ、緊張にいつまでも負けてはいられない。かつては全国大会に出場するなどアスリートとして活躍していた美也には、緊張を飲み干すぐらいのことは出来る。

 

「あのね、私達仲間を集めてるの。ライダーの仲間」

「……仲間、ですか。あなたは、燐の仲間でしたよね。戦いを止めようとしてる……」

「そう。戦いを止めるために、みんなの力が必要なの」

「……どうして、戦いを止めようだなんてするんですか」

 

 その言葉に、美也は言葉を失った。

 その言葉が意味することは、自分達への抗議であるからだ。

 

「私には叶えたい願いがあるんです。戦いを止められたりしたら……。なんで止めようとするんですか。あなただって、願いがあるからライダーになったんですよね? それなのに、どうして……」

 

 黒いテーブルに視線を落とす美也は、振り絞るような声で話し始めた。

 

「……私には、逆に分からないよ。人を殺してまで願いを叶えたいなんて。おかしいよ、みんな……」

「それだけのことをしてでも叶えたいと思うほどの願いがないだけですよ、あなたに……!」

「……あるよ」

「え……」

 

 店員が、言葉を無くした二人の前に注文した商品を置いていった。二人のことに深く立ち入らず、丁寧な所作と笑顔を忘れずに。

 煎茶の湯気を一時の間眺めた美也は、左手でスプーンを取るとフルーツクリームあんみつの生クリームとつぶ餡を掬い、言った。

 

「私、右手がダメになっちゃってさ。大好きな剣道続けられなくなったんだよね」

「……」

 

 クリームとつぶ餡を頬張り、美也は舌鼓を打った。

 見た目には甘すぎるそれらは予想外にも甘過ぎず、落ち着いた品のある味わいで飽きが来ない。すぐにもう一口を口に運ぶ美也に真里亞が問いかけた。

 

「剣道を、もう一度したいんですか?」

「んっ……。まあ、したくないって言ったら真っ赤な嘘になるよね。けどさ、人を殺してまでやることじゃないよ」

「……」

「分からないよ、私にはさ。人を殺してまで叶えたいことがあるなんて。どうしてみんな、出来ちゃうのかな……人を殺すって決断が」

 

 湯呑みに触れ、まだ熱いかどうかを確認する。まだ自分の舌でこれを飲むのはまずいと判断した美也は通りすがりの店員にお冷のおかわりを頼んだ。

 すぐに店員が結露に濡れたピッチャーを手にして、美也のグラスに水を注いだ。真里亞はまだ半分ほど水が残っていたので断っていた。

 

「……人を殺すことはいけないことです。分かってるんです、そんなこと」

 

 店員が去ってから、真里亞が口を開いた。

 

「私だって、悩んでるんです……。人を殺しちゃいけない。けど、小夜のためにもって思ったら……」

「サヨ?」

「……死んだ妹です。とっても優しくて、正義感の強い、いい子でした。そんな子がどうして死んでしまうの……! 罪を犯したわけでもない小夜が、どうして……」

 

 テーブルの上に置かれていた真里亞の手は、握り締められ赤くなっていた。

 この世には、理不尽というものがある。

 道理にあわない、災害のようなもの。それが理不尽だ。

 納得することも出来ず、ただ結果を受け入れろとしか言わないもの。 

 人は時にこの理不尽に抗おうとする。しかし、理不尽なものはどこまでも理不尽で、覆すことはほとんど不可能だ。

 ゆえに、人は怒るしかない。

 しかし、怒りをぶつけるべきものは実体もなく虚を殴り付けるような感覚を抱くだけ。

 行き場のない怒りとは、積もっていく一方だ。それが、真里亞をライダーバトルへと駆り立てた。

 

「あの子はもっと生きたかったはず……。だから、叶えてあげないと……」

「……妹さんが生きたかったはず、っていうのには同意する。誰だって生きていたいはずだから。けど、それを叶えるために人を殺そうとするなんて、真里亞さんがそんなことするのを小夜さんは望んでいるの?」

「ッ……!」

 

 真里亞の瞳が見開いて、美也に何か言い返してやろうとした。

 けれど、何も言えなかった。

 だって、小夜の生を望んでいるのは自分であって、小夜自身がどう思っているかなんて考えないようにしていたのだから。

 

「……ごめんなさい。私、出ますから……」

「真里亞さん……」

 

 荷物を手に取り、急ぐようにして立ち上がった真里亞は美也に背中越しにそう伝えて店を出ていった。

 追いかけようとも思ったけれど、今追うのはよくないだろうと美也は上げた腰をすぐ下ろした。

 目の前には、真里亞がまったく口をつけなかったあんみつが。

 

「……もったいないから、いいよね」

 

 お代も自分持ちだからと、美也はあんみつを二つ平らげたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 足早に店から立ち去る真里亞の前に、路地から現れた一人の少女が立ち塞がった。

 グレーのパーカーを着た少女はフードを下ろすと、赤みの強い髪を二つに束ねた特徴的な髪を見せる。その少女を真里亞は知っていた。

 

「中務さん……」

「やっほー。元気~……なわけないよね。あんな話してて」

「ッ! 聞いていたんですか……。まさか、中務さんもライダー!?」

「その通り。んでさ、あいつウザイから潰さん?」

 

 どっか遊びに行かないかと誘うぐらいの軽さで中務理恵は言った。

 

「それは……」

「共通の敵でしょ、あれ。戦いを止めるとか迷惑害悪最悪でしかないわけだし。サクっとヤっちゃってさ、真面目に殺し合いしようってわけ」

 

 共通の敵という言葉が真里亞の中で引っ掛かった。

 少なくとも、中務は影守美也のことをよく思ってはいないのだということは分かった。

 それでは、自分は?

 自問自答、答えは出てこない。

 ずっと、そうだった。小夜はこんなことしている私を許してくれないだろうという思いが、武器を取って戦うこの手を重くする。

 だから、鐵宮に従うことを選んだ。

 自分が手を汚すわけではない。みんなが等しく願いを叶えられるチャンス。それも、たった二人の命を差し出せば。

 しかし、そんな甘い考えは彼、御剣燐に斬って捨てられた。

 大切な人を守るという純粋で真っ直ぐな想いの前に、こんな自分が勝てるわけがなかった。

 もしも、願いを叶えるための生け贄が小夜だったら。

 その時は私も彼と同じように戦うだろう、たとえ全てを敵に回しても。

 そう、だから、私は迷っている……。

 

「もうライダーの数もだいぶ減ったからさ、いい加減終わらせたいんだよね。邪魔者は積極的に消してかないといつまで経っても終わらないよ。……それに、私も華甸川さんと願いは同じだよ」

「え……」

 

 その言葉に、真里亞は驚いた。

 自分と同じ、ということは。

 

「私の場合は友達だけどね。大切な、友達……。私なんかより、よっぽど生きてる価値がある子だった……」

「……」

「華甸川さんは分かるよねこの気持ち。なんであの子が死んで、自分は生きてるのかって。だからさ、何がなんでも願い叶えたいんだよね。華甸川さんはどう?」

 

 問われた真里亞は俯き、目を閉じる。

 何か、大きな決断をする時の癖だった。

 一度息を吐いてから、真里亞は答えた────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寂れた廃教会を根城にし、上谷真央を監禁していた樋知十羽子は何をするということもなく、長椅子に背もたれ虚を見つめていた。

 

「上谷真央……彼女は、ママに似てる……」

 

 救われたがっている。苦しんでいる。

 遠い日の母の姿と、上谷真央の姿が重なって見えた。

 だからだろうか。彼女に執着している自分がいると、気付いていた。

 ひたすらに求め過ぎたがゆえに無理矢理、彼女を襲いまでして、監禁して自分のもとに繋ぎ止めている。

 

「ママ……」

 

 自らが手にかけた母。殺したのではない、救ってあげたのだ。辛いことばかりの現世から、母を解放してあげたのだ。

 であれば、上谷真央も解放してあげるべきだろう。

 彼女も苦しんでいる。母の時のように、自分なら出来る。

 けれど……。

 

「ぁぁ……。彼女が、私の傍にずっと居てくれればいいのに」 

 

 何故、殺そうと思えないのか。

 救うべきではないのか。

 いや、いや。

 彼女はきっと私と同じになってくれる。彼女が殺したという二人もきっと救われたのだ。

 だから、きっと私達は共にあれる……。

 

『シャァァァ!!!』

 

 床に散らばる割れた鏡の破片から、ノコギリザメのようなモンスターが十羽子に向かって唸っていた。

 これは警告。

 ライダーとモンスターの間で結ばれる契約。モンスターはライダーに力を与える代わりに、ライダーはモンスターに食事を与えなければならない。

 真央と契約しているモンスター「スピアーシャーク」は、食事を与えられずに憤っていた。

 本来であれば契約者である真央に警告を出すものだが、真央は現在、デッキを十羽子に取り上げられ鏡のない地下室に閉じ込められているため、十羽子に対して警告を出していた。

 

「……契約違反で死なれては堪りませんね。いいでしょう。私もシルトパンサーに食事を与えようと思っていたので」

 

 そう言いながら立ち上がった十羽子は地下室に通じる扉を開ける。暗い階段を降りて、重い扉を開けると、上谷真央はベッドに腰掛け俯いていた。

 入室してきた十羽子に気付き、真央は怯える瞳を十羽子に向ける。

 監禁から二日が経とうとしている。性的暴行を加えられたこともあり、今度は何をされるのか分からないという恐怖が真央を支配していた。

 そんな真央を何も感じていないような瞳で見つめる十羽子は、青いデッキをベッドの上に放り投げた。

 

「あなたのモンスターが腹を空かせています。このままですと食べられるのはあなたですけど、どうします?」

「食べ……!?」

「契約違反と見なされる前に、食事を与えなければなりません。行きますよ」

 

 十羽子は階段を上がっていった。これも何かの罠ではないかと真央はその場から動くことが出来ずにいると、部屋の中に何かが投げ込まれた。

 床にそれが落ちる前に、そいつは現れる。

 

『シャァァァ!』

 

「ひっ!?」

 

 投げ込まれたのは、鏡の破片であった。

 床に落ちると、また細かく割れて散乱。スピアーシャークは真央に最後の警告と言わんばかりに、その口に無数に並ぶ歯を見せつけた。

 獲物をズタズタに噛み千切ることに特化した、ノコギリのような歯。

 もし、これ以上待たせるようであるならば、この歯で引き裂かれるのはお前だと、スピアーシャークは脅していたようだった。

 鏡の破片からミラーワールドに戻ったスピアーシャークを横目に、再び部屋にやって来た十羽子が口を開いた。

 

「死にたくないなら、ついてきなさい」

「死ぬ……! いや……!」

 

 立ち上がり、ベッドから十羽子に向けて駆け出す真央は勢い余って十羽子の前で躓いた。

 縋るように、いや、縋っていた。真央は、十羽子に。

 涙を浮かべ、救いを求める瞳を向けられた十羽子は────興奮した。

 

「ふふ、大丈夫です。あなたは死にませんよ、私と共にあるのなら……」

 

 優しく、真央の頭を撫でる十羽子の顔は恍惚としたものであった。

 

「大丈夫……。今度はちゃんと助けるから……ママ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗く、アスファルトを鳴らす靴の音が響くこの場所はとある地下駐車場。 

 

「……堂々と、私の前に現れるのは馬鹿だからですか、私?」

『いいえ、隠れ潜んで怯える必要なんてないからです』

 

 赤い高級車のボンネットに腰を下ろしていたアリスが軽やかに飛び降りて、キョウカへ殺意を向ける。

 向き合う同じ顔。

 まさに、鏡。

 

『……まず質問です。あなたはコアによってこちらの世界にやってきた。あなたを連れてきたコアが消えたいま、何を目的とするのです。あなたはコアの手駒でしょう』

 

 キョウカの問いに、アリスは……抱腹した。

 

「あっはっはっ! やっぱりあなた本当にダメダメですね! 自分のことなのに聞かなきゃ分からないんですかぁ?」

『私はあなたとは違いますから!』

「そうですね。所詮、根っこが同じなだけで私達は違う存在。ゆえに……」

 

 アリスは黒いデッキを掲げ、キョウカへと向けて銀色のベルトを装着させる。

 キョウカは桜色のデッキをアリスへと向けて突き出す。金色のベルト、Vバックルを巻き、二人は同時に叫んだ。

 

 変身────!!

 

 黒と桜色の花が舞う中に立つ二人の乙女は、自分への殺意に充ちていた。

 




次回 仮面ライダーツルギ

「瀬那」

「バッ、こんな時期に。ありえんでしょ」

「可愛いじゃん」

「ああ、神の祝福を────」

「仮面ライダーグリム……!」

運命の叫び、願いの果てに────。


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ALTERー15 白き闇の中、光射す

「瀬那」

 

「瀬那」

 

「瀬那」

 

「瀬那」

 

「瀬那」

 

 知らない、知らない、知らない、知らない、知らない。

 だけど、知っている。覚えている。

 これは、今までの戦いの記憶だ。

 共に、あいつと戦った記憶────。

 

「瀬那」

「ッ!」

 

 薄暗い部屋の中、傍らに座っていた茜が心配そうにアタシを見つめていた。

 

「あ……」

「大丈夫? うなされてたけど……」

「あ、ああ……。大丈夫だ問題ない……。あの後、どうなった……?」

 

 話題を切り替え、アタシのことからは視点をずらす。

 今は、アタシのことに触れてほしくない……。

 

「う、うん……。今はみんなここにいるよ。あっ、でもちょっと前に美也って子が出ていったかな。燐も瀬那みたいに眠っちゃったし、美玲さんが様子見てる」

「そうかよ……」

「ところで瀬那……」

「なんだ……」

「なんで、病院の服着てるの?」

 

 病院の服? 

 俯いて、自分が着ているものを確認して思い出した。そうだ、アタシは入院させられていたんだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 繁華街である屋戸岐町から聖山駅まで真っ直ぐと続くアーケード街の中、しょげた顔をして通行人達の中に混ざる美也の姿があった。

 真里亞の勧誘は失敗に終わり、彼女の理想であった共闘は叶うことはなく。何の成果も得られませんでしたと言っても、燐と美玲は自分を責めることはないというのは分かっている。そもそもが穏やかで優しい燐と、意外と身内には甘い美玲という二人だ。

 

「あの二人だからこそ私なんかに付き合ってくれて……」

 

 燐とは元々目的が同じであった。美玲は当初こそライダーバトルに乗り気と口では言っていたが、結局のところ戦いを止める側にずっと居続けることになった。

 他にも仲間達はいたが、北津喜は重傷を負い未だに意識不明。日下部伊織は心を折られてしまった。上谷真央は学校での戦い以降行方不明。恐らく、やられてしまったのだろう。

 

「どうすればいいんだろう……。射澄さん……」

 

 燐から預かった射澄の青いデッキを手に取り呟く。

 神前射澄と共に戦った時間は短かったけれど、確かな絆を紡いだ相手だ。一番頼ったと言っても過言ではない。

 頭が良く、美也をお団子くんと呼んで親しくしていた射澄はこの過酷な現実ばかりのライダーバトルにおいて、美也にとっての頼れる良き先輩となっていた。

 しかし、その射澄はライダーバトルで死んでいったのだ。

 もういない。

 いない人間のことを想っても仕方ないだろうか。いや、そんなことはないと美也は考える。

 もしも射澄であればと考えることで、美也にはない視点をもたらす。そして、何よりも射澄の、多くの命を奪っていったこの戦いを何としても止めるのだと美也を奮い立たせるのだ。

 

「けど、戦力がこれじゃ燐くんの負担が大きすぎる……。私か美玲さんがサバイブを手に入れる……。でもサバイブを手に入れるには失う? だっけ? もう分かんないよぉ……。それに、失うなんて……」

 

 美也の願いは戦いを止めることだ。

 それは、デッキを手にした時から変わらない。

 

『どうです? また剣道したいですよね? 神童と呼ばれ、周囲からチヤホヤされたいですよね』

『うん。そうだね……』

『さあ、それでは願ってくださいな。その右腕の治癒を。かつての栄光を』

 

 日が沈み、夕闇の中の教室でデッキを授けに現れたアリスとの会話。

 そうだ、この時からそうだった。

 

『私の、願いは……!』

『これは……。貴女、馬鹿なんですか?』

『馬鹿でいい。たった今から、私の願いはこの戦いを止めること!』

 

 メモリアカードに刻まれた願いは『PEACEFUL』

 平和であった。

 

 平和への願いを失うということはつまり、戦いが続くということではないのか?

 それではサバイブを手にしたところで戦いは終わらないのではないだろうか。

 そう考えると、美也はサバイブを手に入れるということが恐ろしいものに感じられて、乗り気にはなれなかった。

 ゆえに、仲間を欲した。

 みんなで戦いを止めれば、そもそもの前提としてライダーがいなくなってしまえば戦いは終わるのだと。

 けれど、その最初の一歩は躓いて。

 

「どうすればいいんだよもう……」

 

 力なく呟いたところで、他の通行人には聞こえぬ、美也にだけ聞こえる甲高い金属音のような音が鳴り響いた。

 ミラーワールド内に響き満ちるこの音がこちらの世界で聞こえるということは、モンスターが人間を襲おうとしているということ。

 そう、脅威はライダーバトルだけではない。ミラーワールドから襲い来るモンスター達だっているのだ。

 アーケード街に軒を連ねる店達のウィンドウや鏡となるものを見渡してモンスターを探す。音の大きさ的に近いはずだと目をこらす。

 そして、見つけた。

 美也はアーケードから外れて路地へ出て、人目につかないところに停まる車を鏡にしてデッキを翳した。

 銀のベルト、Vバックルが腰に巻かれ右手を勢いよく振り上げると唐竹割りのように、その手を振り下ろし叫ぶ。

 

「変身!」

 

 赤い鎧の虚像が美也へと重なり、仮面ライダーグリムへと変身。車に吸い込まれるようにミラーワールドへと向かい、モンスター討伐に赴く。

 

 

 

「じゃ、早速ヤろっかあいつを」

 

 ミラーワールドへ向かったグリムを隠れ見ていた理恵が真里亞へと告げた。その真里亞の顔はどこか重く苦しそうな表情を浮かべており、理恵は対照的に和やかな笑みを真里亞へと向けて言った。

 

「なに、怖くなった? それとも私が信頼出来ない?」

「そういうわけじゃ……」 

「そっか、じゃあ行くよ。覚悟決めないと……死ぬのはあんただよ」

 

 理恵は笑顔から一変し、冷徹な顔を真理亞へと見せた。

 これは決して、真里亞を思っての言葉ではない。理恵にとって真里亞も美也と同じ殺害対象に変わりはないのだから。協力体制も表面上だけで、時が来れば真里亞を殺すことは確定事項。

 その時までは上手く利用して楽に勝ち残り、その頃には信用なんか得ちゃっているだろうか。そうしたら後ろからザクッ。というのが理恵の計画。

 まずその第一段階。

 邪魔な他のライダーの排除。中でも戦いを止めるとか宣う輩は理恵からすればふざけんなと言い放ちたい相手だ。

 

「そんじゃ、変身」

「……変身」

 

 美也がミラーワールドへと向かった車を同じく利用し、二人も変身。

 理恵は獣を思わせる白いスーツと鎧をベースに、青の差し色が入る仮面ライダー狼牙へと。

 真里亞は百合の花のような白銀のスーツと鎧に身を包まれ仮面ライダーヴァリアスに変身。左右非対称で、左腕は特に右腕と比べると装甲が多く、鋭角的。

 

「楽に狩りしちゃおっか」

「……ええ、そうね」

 

 ヴァリアスの足下に車のミラーから現れた茶色い小型犬のような契約モンスター、ヴェイルーツが現れてヴァリアスの右足に自身の身体を擦り付けた。

 

「可愛いじゃん」

「いいから、行くんでしょ」

「へいへい。……たく、意外と素は可愛げないな華甸川真里亞」

 

 先んじてミラーワールドへと向かったヴァリアスの背を見つめる狼牙は一人呟くとミラーワールドへ。

 ライドシューターで並走し、二人の狩りが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 仮面ライダーグリムの相手は白い狼型モンスターであった。青く染まる部位も各部に散らばり、素早い動きでグリムを翻弄していた。

 

『ガルゥ!!!』

「おわっ!?」

 

 前肢によって払い除けられるグリムはシャッターが閉まる店の前に追い詰められる。そこへ好機と狼型モンスター、セレストウルフは飛び掛かる。前肢の先に備わる鋭い爪を輝かせ、袈裟に振り下ろす。

 

「くっ……!」

 

 だが、その攻撃は大振りのためグリムが避けるのには充分だった。右斜めに飛び込むようにジャンプしアスファルトの上を転げ、空かさずセレストウルフの方へ身体と視線を向ける。

 自分が立っていた場所、シャッターに鋭い爪で切り裂かれた痕が出来ており、もしあれにやられたらと美也の背に冷たいものが流れる。

 

「こいつ、結構強い……。かなり食べてきたんだろうな……」

 

 モンスターの強さは獲物を捕食してきた数に比例する。

 喰らえば喰らうだけモンスターの強さは増していくのだ。その恩恵はライダーも受けるため、多くのライダーがモンスター狩りには積極的になる。

 しかし、これだけの強さのモンスターとなるとそう滅多に現れないと美也は思った。

 野良で人間を襲うようなモンスターの強さはそう苦戦するほどのものではない。

 これがライダーと契約しているモンスターともなれば話は別になる。ライダーと契約したモンスターは、倒したモンスターを捕食する。それを重ね強化されていく。

 この狼の強さはそういう強さではないか?

 美也の頭にそんな可能性が浮かぶ。

 さっき、人を襲おうとしていたのはモンスターに食事させようとしていたからとも考えられると。

 

「許せない、そんなこと……!」

 

 小型のチェーンソーのような刃を持つ双剣、グランリッパーを握る手に力が入る。

 もしも、自分が考えている通りだとすれば、尚更このモンスターはここで倒さなければいけない────。

 

「だあッ!」

 

 セレストウルフへと立ち向かうグリム。そこへ、水流による砲撃が襲いかかった。

 真横からの強襲にグリムは反応出来ず、直撃をもらい宙を舞う。

 

「きゃあッ!?」

 

 現れたのは、第二のモンスター。上半身は人型で背には翼を備えて、ここだけ見れば天使のように思えるが下半身は蛇のそれである。

 アゲートヴィーヴル。それが、あのモンスターの今の名前であった。

 うずくまるグリムへアゲートヴィーヴルは水流弾を連続で撃ち込み、追い込んでいく。

 

「あーあ。さっきの可愛いのがあんなになっちゃって」

「……」

「お喋りぐらい付き合ってくれないもんかね」

「そういうのいいから、トドメを刺すタイミング逃さないようにして……!」

「はいはい……」

 

 ぷらぷらと遊ばせていた双剣の片割れを肩に担ぎ、狼牙は機を伺う。

 全ては作戦。

 セレストウルフは狼牙の契約モンスター。グリムを誘き出し、モンスター達をグリムへけしかけて弱ったところを狙う。

 元より、狼牙に正々堂々だとか真っ向勝負といった考えはない。

 中務理恵のこれまでの人生経験において、武道はおろかスポーツにものめり込んだことはない。そんな中でライダーバトルに参戦しセレストウルフと契約したものの、デッキの構成カードはどれも真っ向勝負向き。

 ぶっちゃけ、負けると最初は感じたという。

 だからこそ理恵はライダーバトルの最終盤まで身を潜めることを決めた。もちろん、モンスターとの契約はあるのでモンスターとの戦闘は行っていたがどれもひっそりと、誰にも見つからないように。

 一度だけ見つかったことがあったが、目撃者はセレストウルフに襲わせて始末した。

 

「相手は神童なんでしょ~。こんなん持ってヤー! とかやっても返り討ちにあうだけだからね~」

 

 こんなんと双剣を揺らし、狼牙はアゲートヴィーヴルの弾幕に成す術なしのグリムを見つめている。

 水流弾が着弾したアスファルトも抉れるほどの威力。ライダーの装甲にグリムは感謝するべきだなと狼牙が余裕ぶっていると、狼牙の仮面に柔らかい白いものが舞い降りてきた。

 

「ん?」

「これは……雪……?」

「バッ、こんな時期に。ありえんでしょ」

 

 狼牙とヴァリアスの周り、いやこの一帯に雪が降り注ぐ。あり得ない。まだ九月だぞ。それにここはアーケード街の屋根の下。だと言うのにと二人は驚愕する内に、雪は吹雪となる────。

 

 

 

 ほんの少し遡る。

 水流弾の嵐に襲われるグリムは必死になって打開策を模索していた。

 接近戦に強いグリムであるが、それは言い換えれば遠距離戦に弱いということであった。

 バランス型のデッキであればまだ手はあるのだろうが、グリムはツルギと同じく接近戦型デッキ。遠距離攻撃には本当に手の打ちようがない。

 けれど、自身を襲うものは水である。そう気付いた時のグリムの動きは速かった。

 襲い来る水流弾を冷静に見切り、回避しながらカードをデッキから抜くと左手の手甲型召喚機、グランバイザーにカードを装填。

 

【COLD VENT】

 

 このカードの効果が発揮されるのには少々時間がかかる。

 だからひたすら時を待つ。

 グリムのデッキは接近戦型であるが、ツルギとの違いはフィールド操作のカードを持つことである。

 自身に有利な戦場を生み出し、戦況を変える。かなり強力なカードと言えよう。しかし、これらのカードは強いがゆえに効果が大味だ。

 仲間と共に戦う分には使い勝手が少々悪い。しかし、今は自分一人と遠慮することなくこのカードをグリムは切った。

 ────そうして、鏡の世界に雪が舞う。

 

 

 

 

 

 

 強風が雪を幻想的なものから脅威的なものへと変貌させる。

 恋人と見る雪はロマンチックと言うが、流石に吹雪の中ではそんなことは言えまい。

 ましてや、命削りあうライダーバトルの最中となれば。

 

「なんも見えないっての!」

「くっ……! あれは!?」

 

 ヴァリアスは吹雪の中、微かに見えたアゲートヴィーヴルの様子に危機感を抱いた。

 自身が放つ水流弾がこの零下の中で凍てつき、アゲートヴィーヴル自身を拘束させてしまった。

 

「やあぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 吹雪の中にあって響く裂帛はグリムのもの。吹雪はグリムに味方する。その背を押して、加速させて。その剣を凍てつかせ、氷の刃を与える。

 

「チェストぉぉぉ!!!!!」

 

 バツ字に切り裂かれようとするアゲートヴィーヴル。

 しかし、その刃が振り下ろされる瞬間、アゲートヴィーヴルの姿が光となって忽然と姿を消したのだ。

 

「えっ!?」

 

 これにはグリムも驚愕を隠せない。

 確実に切り裂けると思ったものが、斬ったのは空のみだったのだから。

 

【SWORD VENT】

 

『グルァ!!!』

「なっ!?」

 

 吹雪の中からグリムに迫ったのは狼のようなモンスターであった。しかし、最初に遭遇したものとは違った。

 この吹雪の中にあってもグリムにはそれが分かった。

 カラーリングは似ていたが、いま襲いかかってきたモンスターの特徴として尻尾が巨大な刃となっていたこと。明確に最初のモンスターとは違う。

 なにより。

 

「さっき、確かにソードベントって聞こえた……。近くにライダーがいるんだ」

 

 ほんの微かにではあったが、確かに耳にした召喚機の電子音声。自分以外のライダーがいる。

 となれば、先程の自分の仮説と繋ぎ合わせるとこうだ。ライダーがモンスターを囮にして、自分を誘き寄せて始末しようとしている。

 それも、最低二人はいるだろう。

 

「近くにいるんでしょう! 戦いなんて止めて! こんな戦いしたって何にもならないよ!」

 

 力いっぱい声を張り上げ叫んだ。

 その声は吹雪の向こう側にいる狼牙とヴァリアスの二人にも届いた。

 

「は? 何にもならないなんてことはないでしょ……!」

「……中務」

「あいつ、苛つくことばっかり宣いやがって……! 殺す、殺してやる……!」

「中務落ち着いて! ここは撤退するべきよ」

「はあ? こっちは二人いる、あいつはダメージ受けてる。押し切ればいい……! それともなに、怖じ気づいた? あんたから殺してやってもいいんだぞ!」

「中務……!」

 

 狼牙の頭には完全に血が上っていた。

 とてもじゃないが冷静とは言えない彼女を前にして、ヴァリアスは逆に冷静になることが出来た。

 

「あんたはそこで見てなよ。私は何をしたって菜月のために勝たなくちゃいけないんだよ!」

 

 そう言って吹雪の中へと消えていく狼牙をヴァリアスは止めることは出来なかった。最後に、狼牙が口にした言葉が引っ掛かって。

 

「ナツキ……? まさか、彼女も……」

 

 もしかしたらと、ヴァリアスはひとつの仮説をたてた。

 狼牙、中務理恵の願いを聞きはしていないが、彼女もまた自身と同じく大切な誰かを蘇らせようとしているのではないか。もしくは、助けようとしているのか。

 彼女の口から語られぬ限り、正確には分からない。

 だが、そうだとしたらと……。

 

「私もあれぐらい真っ直ぐ想えたらいいのにね……。やっぱり私、分からない……。迷っちゃったよ小夜……」

 

 ヴァリアスの、華甸川真里亞の独白は吹雪の中へと消えていく。

 その白銀の鎧には、翳りが見えた────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこだ……どこにいる……!」

 

 吹雪の中、グリムを探す狼牙。見つけ次第、ファイナルベントで奇襲し屠るつもりでいる。だが、この吹雪の中ではそう簡単には見つからない。

 一面の白を掻き分けて進む狼牙はようやく、ようやくその赤い鎧を見つけた。

 

「見つけた……!」

 

 この機は逃さないと、手斧型のバイザーにカードを装填。

 ここならば、確実に仕留められる────!

 

【FINAL VENT】

 

 セレストウルフと共に吹雪を切り裂き疾走する狼牙。赤い鎧を前にして、胸が高鳴る。お利口さんみたいなことを言う奴が、昔から嫌いだった。

 何より、自分の邪魔をする奴が。

 今、殺してやる。

 振り下ろされる双剣とセレストウルフの爪。

 だが、響くは鎧を砕いて肉を断つ音ではなく、鋼と鋼がぶつかり合う音であった。

 狼牙の剣とセレストウルフの爪は、その盾に阻まれていた。

 

「……なんだよ、お前」

 

 理恵は、仮面の下の目を見開いた。

 赤い鎧なのは、間違いない。しかし、こいつはグリムではない。

 赤い鎧の背には、天使の翼が広げられていた。

 そして気付く。吹雪の中に、こいつの羽が混ざっていたと。

 

「……羽の盾がなければやられていました」

「だから、なんなんだよお前は!」

「私達、モンスターを狩りに来たのですが、吹雪に見舞われてしまいまして」 

 

 山菜を採りに山に入ったら遭難してしまってと言っているかのようだった。それならばただの遭難者、被害者なのだが、この場にいるということは彼女もまたライダーであった。

 赤い天使のライダー、仮面ライダーエクスシア。樋知十羽子。

 彼女もまた、狼牙の作戦に誘われてしまったライダーであった。

 

「ふふ、貴女もやはり苦しんでおられますね……。ライダーは皆さん、私がお救いしなければならない方ばかり」

「は? 意味分かんない。頭おかしいんじゃない?」

 

 とにかく、こいつもライダーだと狼牙は有無を言わせず双剣で斬りかかる。

 せっかくのファイナルベントを無駄撃ちさせられたこともあり、怒りの感情はゲージを振り切り冷静な判断を下せずにいた。

 

「らあッ!!!」

 

 勢いよく振り下ろされる双剣を前にして、エクスシアは棒立ちであった。

 それは、余裕からか?

 そう、余裕からである。

 

「ッ!?」

 

 刃はエクスシアに届くことはなく、弾かれる。

 エクスシアの背に備わる翼型の盾、シルトウイングが自動で防御を行ったからだ。

 また、周囲を舞うシルトウイングの羽根は威力減衰の効果がある上、この吹雪もまた同じ効果を持っていた。

 先程の狼牙のファイナルベントがいとも容易く防がれたのにはそういった理由があったのだが、今の狼牙には理解しようもない。

 何度も何度も剣を叩き付け、肩で息をする。

 エクスシアは対照的に動じることもなく、平然とした様子で立つ。

 勝負は既に見えていた。

 

「くそっ!」

 

【ADVENT】

 

『ウォォォォン!』

 

 銀世界を駆ける白狼セレストウルフが主人と同じくエクスシアへと向かっていく。

 やはり変わらず、動じる様子もないエクスシアに飛び付くセレストウルフ。

 

【ADVENT】

 

 狼牙はもちろん、エクスシアがカードを使った様子はなかった。

 であれば、グリムか。そんなことを考える間もなく、雪原を水面にして現れたノコギリザメ型モンスター、スピアーシャークが頭部の鋸状の刃でセレストウルフを真横から斬りつけた。

 怯んだセレストウルフは後退していくも、それを追いかける青い影。

 仮面ライダージュリエッタ、上谷真央。

 

「なっ!?」

「私達って、言いましたよ」

 

 仮面の下で不敵に微笑みながら狼牙に告げるエクスシア。そうしている間にも、ジュリエッタはカードを使用していた。

 

【FINAL VENT】

 

 スピアーシャークのノコギリが、セレストウルフを空へと打ち上げる。そこへ、スピアーシャークのノコギリを模した槍、シャークラッシャーを装備したジュリエッタがスピアーシャーク目掛けて駆ける。跳躍し、スピアーシャークの尾鰭の上に乗ったジュリエッタをスピアーシャークがセレストウルフ目掛けて再び打ち上げる。

 槍を構えたジュリエッタはさながら矢の如し。アーケードの屋根を貫き、青空の下でセレストウルフを狙いに定め一直線に加速したジュリエッタが貫く────!

 

 

 

 

 

 

 

 吹雪の中、ライダーがいるはずと探すグリムは吹雪の中で立ち尽くすヴァリアスを見付けていた。

 

「あなたがこれを仕組んだの」

「……ええ、そうよ。ごめんなさい、影守美也」

「その声、真里亞さん……」

 

 先程、対話した相手とこんなに早く、こんな形で再会するなんてとグリムは内心ショックであった。

 しかし、彼女に戦意がないのを見て取っていたがどうしたのかという疑問もまた浮かんでいた。

 

「もう一人、ライダーがいる。貴女の友達の友達ね。私のことを貴女に伝えた人がライダーだった。それで、貴女を潰そうって……」

「ッ……」

 

 美也はこの戦いで幾度も殺意を向けられてきたが、やはり慣れるものではなかった。

 

「謝って済む話じゃないのは分かってる。ただ、今の私には戦うなんて……」

 

 足下に突き刺さっていた短剣型の召喚機がヴァリアスの言葉を真実として証明させているようだった。

 

「……もう一人は、どこに?」

「貴女を殺すって、自分だけ……」

「そっか……」

 

 グリムはヴァリアスへと背を向けて、再び歩き出す。

 白い闇の中へと向かって。そんな彼女をヴァリアスが呼び止めた。

 

「待って!」

「なに?」

「戦うつもり……?」

 

 その問いに、グリムは首を横に振った。

 

「戦うんじゃない。話すの」

「話す……」

「そう、さっき真里亞さんとしたみたいに。上手くいかないかもしれないけどさ、まずは話さないとね」

 

 そう言って、自身へと向けたグリムの仮面の下の顔をヴァリアスは幻視した。

 笑顔だった。

 本当に強い人がする、頼もしく明るい光みたいな笑顔。

 ああ、だからか。この白い闇の中でも、彼女は進めるのかと。白の中へと消えていく赤い背中を見つめてそう感じた。

 ヴァリアスはまた一人。この戦場に自分がいる意味とは。その答えではないかもしれない。

 けれど、何かは掴めたかもしれない。

 短剣を掴み上げ、ヴァリアスもまた吹雪の中を往くのだった。

 

 

 

「あ……」

 

 吹雪の中からは爆発は見えないが、音で分かる。

 何より、力が抜けて重くなるこの鎧がそれを告げていた。白と青の色彩は脱色されて、灰色の鎧が。

 

「あなたと契約していたモンスターは倒されましたね……!」

 

 エクスシアが狼牙ブランク体の足を払う。万全とは言えない状態の狼牙はエクスシアの狙いどおり仰向けに倒れ、雪の中に沈む。

 そして、エクスシアは狼牙のデッキからカードを引き抜いた。

 願いを刻印された、メモリアカードを。

 

「返せ……! ぐあっ!」

 

 奪われたメモリアカードを取り返すべく起き上がろうとした狼牙の胸部をエクスシアが力強く踏みつけた。

 

「なるほど、REVIVAL……。復活ですか。誰かを蘇らせたいとか、そんなところですね」

「ああ、そうだよ……。私の代わりに死んだ親友を……菜月を蘇らせるんだよ!」

「そうですか……。貴女の代わりに、とはどういう意味ですか?」

「……」

 

 口を閉ざした狼牙を前に、エクスシアはソードベントを使用。両刃の剣を手にし、狼牙の太ももに突き刺した。

 

「いぎっ……!?」

「どういう、意味ですか? どんな苦しみを抱えているかを知ることが私にとって重要なのです。それ以外のことはどうでもいいので話さないように。朝なにを食べたとか、今日の占い何位だったとか……。言わないと、こう、ですから」

 

 こう、とは。狼牙の太ももに突き刺した剣を、子供が地面を木の枝で穿るようにすることであった。

 

「がぁぁッ!!!!」

「言えば、止めてあげますよ」

「いうッ! いうがらやめっ! ぎぃ!」

 

 エクスシアが剣を動かすのを止め、狼牙は痛みを堪え、息を整えてから震える口で語り出す。

 

「ちゅ、中学の時……ライブのチケットが当たって……。だけど、その前に熱、出して……」

 

 乱れた呼吸と嗚咽が混ざり、途切れ途切れの弁であった。

 なかなか進まぬ話に苛立ったエクスシアは再び、剣を揺らし傷口を拡げて話を促した。

 真白の雪原に、赤いのが混ざって、溶かして、またその上に白いのが重なってを繰り返す。

 

「ひぐっ!?」

「ほら、早く」

「は、は……いけなく、なったから……なつき、に……チケットわたし、て……。なつきも、すきだったから……。ずっと、ずっといっしょにいたともだち、だったから……。そしたら、なつきの、のったバス、が……じこって……」

「なるほど、それで自分の代わりにナツキさんは死んでしまったと」

 

 エクスシアの言葉に、狼牙は頷いた。

 

「それで、苦しんでいたんですね……。本当なら自分が死ぬはずだったのに、と」

「だから、わたし、が……かって、ねがいを……」

「それでこんな苦しい戦いに参加するなんて……。大丈夫です、その苦しみから解放してさしあげます」

「え……ぎっ!?」

 

 狼牙に突き刺されていた剣が抜かれる。滴る理恵の血が、処刑までのカウントダウンのように見えた。

 

「貴女はそのお友達のことをとても大切に思っている……。とても美しい友情です。私、友達がいないので羨ましい限りですが……。羨むのをやめました。友達でそんなに苦しむのなら、友達なんていりませんね」

「……狂ってる……」

「いいえ、正気ですよ」

 

 振り上げられる剣。

 断頭台の刃が上げられていくようだった。

 

「貴女の苦しみは友を失くしたことによるもの。であれば、この生は苦しかったでしょう。友のいる死の国へお行きなさい」

「い、いや……!」

「友達とはずっと一緒にいるものでしょう? ナツキさんのところに行くのを嫌がるなんて、友達不孝者ですね」

 

 違う、そんなんじゃと理恵は誰に向けてか分からぬ言い訳を頭の中でしていた。

 同時に、受け入れもしていた。

 ああ、死ぬのだと。

 

「ああ、神の祝福を────」

 

 祝福など名ばかりの刃が下ろされる。

 だが、命を奪うための剣は命を守る者の剣によって阻まれる。

 

「なッ……」

「……なんですか、貴女は」

 

 自身の剣を受け止める赤い騎士を見下ろすエクスシアが苛立ち混じりに問いかけた。

 跪いて小振りな双剣を交差させての防御。この程度、エクスシアのパワーであれば押し切れると判断し、力をこめていく。

 だが、押し切れない。逆に押し返されていく。

 徐々に立ち上がっていくもう一人の赤い騎士にエクスシアは気圧される。

 そして、エクスシアの剣が弾かれる。

 

「貴女は……!」

 

 立ち上がったその者に名を問うエクスシアの声には苛立ちと同時に畏怖が混ざった。

 彼女は、私が救いを与えるべき存在ではない。

 他のライダー達とは違う。

 奴は一体、何なのだ────。

 

「仮面ライダーグリム……!」

 

 力強く、名乗る。

 彼女の名は仮面ライダーグリム、影守美也。

 戦いを止めるため、人間を守る仮面ライダーである。




次回 仮面ライダーツルギ

「こんな状態じゃ、満足に君とヤれないよ」

「私を……私を見ないで!」

『私は……あなたとは、違う……』

「無償の愛?」

『お前を斬る。それだけだ』

運命の叫び、願いの果てに────。



「どうしてぼくは、好きになっちゃったんだろう。言える訳がないのに」

仮面ライダー銀姫の春風れっさー先生が紡ぐ、ツルギのとある物語。
星の少女が手を伸ばしたのは運命、純白の翼。

仮面ライダーツルギ・INTERLUDE 影星トロイメライ
https://syosetu.org/novel/319829/

こちらも是非、お読みください。


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ALTERー16 その出会いは、残酷

 石造りの床、壁、天井。 

 空きはあれど、無数の車両が並ぶ地下駐車場もまた戦場の一つであった。

 

「あなたの目的は分かっていますよ!」 

 

 黒い華の乙女、オルタナティブ・アリスが漆黒の茨を鞭にして桜色の騎士、仮面ライダーブロッサムに襲いかかる。

 

『ぐっ……!』

 

 ブロッサムもまた迎撃で茨の鞭を振るうが、攻めの一手が足らず胸部に鋭くしなやかな一撃が入った。

 鎧から火花が上がり、背中から倒れたブロッサムのもとへオルタナティブ・アリスが余裕を気取った足取りで迫ってくる。

 

「あなたが欲しいのはこれでしょう?」

 

 オルタナティブ・アリスがデッキから引き抜いたカードをブロッサムへと見せつける。

 痛む上体を起こして立ち上がろうとしていたブロッサムであったが、オルタナティブ・アリスが見せつけたカードに思わず仮面の下、キョウカの瞳は痛みを忘れて見開かれた。

 オルタナティブ・アリスが手にしているカードはタイムベント。自分と同じ、時を戻す効果を持つタイムベントだ。

 

「たしかに、私達は同じ人間ですから使えるはずですよ。それに、私のタイムベントはほぼ新品同然ですから。あなたみたいにバカスカと使って、小学生のカードゲームみたいに傷だらけではありませんから」

『……どうして、貴女は私と違って……』

「このカードを使う必要がなかったからです。まともにやってれば、それで済んだんですよ私」

 

 キョウカは、何度も何度も繰り返した。

 それを、オルタナティブ・アリスは否定する。まともにやっていればと言うが、彼女の言うまともとは即ち狂気。

 何の容赦もなくただ一つ、自分の願いのためだけにライダーバトルを運営し勝利する。

 それが、アリスとキョウカの違いであった。

 

「私がおかしいと思ってるんでしょうけど、そちらこそ何度も何度も馬鹿みたいに繰り返すのだって狂ってるじゃないですか。……どうせ狂うなら、自分のためになるように狂った方がマシでしょうに」

『……』

「彼のためを思うなら、それこそ一度でスパッと決めるべきです。分かってます? 今の燐くん、危ういって」

 

 燐が危ういことはキョウカだって分かっていた。

 けれど、目を背けていた。背けるつもりはないけれど、燐のことを思い、どうすればいいか考える度に出ない答えに窮して、目を背けることになってしまった。

 分かっている。分かっているのだ、そんなことは。

 

「私の分の罪まで背負うなんて……もちろんそんな必要はないのは自明ですが、嬉しかったでしょう、私?」

 

 否定、したかった。

 

「こんな私でも、彼は怒って、許して、共にいてくれるのだと」

『……て……』

「私だって被害者なんだって、こんなことをするのは仕方のないことだって」

『……めて……』

「他の奴等なんて知らない。自分さえ良ければそれでいい。ただ、大好きな御剣燐さえいてくれればそれでいいと────」

『やめてッ!!!』

「おっと」 

 

 怒りに任せて振るう茨はオルタナティブ・アリスに当たることはなかったが距離を取らせるには至った。

 金色の手鏡の召喚機にカードを挿入。

 

【DEMOTE VENT】

 

「それは……」

『はあッ!』

 

 ブロッサムが茨をオルタナティブ・アリスの鞭を狙って振るう。

 上から叩き落とすように振るわれた茨が黒い鞭に命中すると、オルタナティブ・アリスの鞭は鏡が砕け散るようにして消失。

 ディモートベントは相手の武器や盾などの防具のAP、GPを2000下げる効果を持つカード。

 オルタナティブ・アリスとブロッサムの鞭はどちらも4000APと同等の攻撃力を持つが、ディモートベントによってオルタナティブ・アリスの鞭は2000APまで下げられたことによりブロッサムの攻撃で破壊されるに至った。

 得物を失ったオルタナティブ・アリスに向けてブロッサムは追撃と攻勢に出る。

 

『やあぁぁぁッ!!!』

 

 天井、壁、駐車されている車を巻き込むほどの茨の嵐。オルタナティブ・アリスは厄介だと顔をしかめこそすれ、ブロッサムの攻撃を回避し続けていく。

 

「怒りに任せた単調な攻撃。子供っぽくて、本当に嫌です」

 

 鞭の嵐の中、タンッ、タンッと足音が二つ。それだけで、オルタナティブ・アリスはブロッサムへと肉薄した。

 黒い拳が、華のライダーを穿った。

 

『ガッ!?』

「はあ……。所詮、こんなものですよ私」

 

 殴り飛ばされ、地面に伏したブロッサムをオルタナティブ・アリスが蹴飛ばして、蹴飛ばして、蹴飛ばして、踏みつける。踏みにじる。

 お前は私には敵わないと、徹底的に身体に覚え込ませるために。

 

「失敗しかしないヘタレ、口だけ達者な雑魚、惨めな木偶の坊。……殺しはしませんよ。あなたにライダーバトルの勝ち方というものを見せてから殺してあげます」

『そんなものッ! そんな、もの……』

「私が望んでいたことじゃないですか。ライダーバトルに勝利する。ライダーバトルに参加した有象無象共は、願いを叶えるためにくべられた薪に過ぎません。何を躊躇うのです? 命を奪うのが嫌なんですか?」

 

 オルタナティブ・アリスの言葉はキョウカの心を抉り続ける。自分自身で隠し、目を逸らし続けてきた事実という名のナイフをオルタナティブ・アリスは容赦なくキョウカに突き刺すのだ。 

 仮面の下、キョウカの瞳は涙で潤んでいた。

 自分のあり得たかもしれない可能性の姿に、自分の在り方を糾弾される。

 

 ああ、もしかしたら、この私のようにしていたら、願いを、燐くんを、手に─────。

 

『……ちが、う……』

「ん?」

『私は……あなたとは、違う……』

「ええ、違いますよ。私は願いを叶えた。あなたは願いを叶えられなかった」

『そうじゃ、ありません……』

「なんですって?」

『私の、願いは……!』

 

 ブロッサムは両手で、自身を踏みつけるオルタナティブ・アリスの右足を掴む。その行動に不快感を覚えたアリスは更に力強くブロッサムを踏みつけようとする、が。

 

「ッ……!?」

 

 右足はまるで動かない。

 それどころか、足を持ち上げられてブロッサムはオルタナティブ・アリスを押し退けていく────!

 

「なっ!?」

 

 後退したオルタナティブ・アリスに向けて、鞭が振るわれる。

 オルタナティブ・アリスは両腕で防御するしかなく、激しい殴打をひたすら耐えるのみ。

 

『私の願いはッ! 燐くんの幸せです!』

「────!? ぐあっ!?」

 

 いよいよ、オルタナティブ・アリスのガードは崩れる。茨がオルタナティブ・アリスの胸部を強打し、膝をつかせた。

 

「何を、言って……!」

『忘れたんですか! あなたは……私の願いを……』

「忘れた……? そんなわけないじゃないですか!」

『いいえ、あなたは……。私の原初の願いを忘れたんです』 

「違う……! あなたは諦めただけでしょう!」

 

 この時、二人は別人であった。

 叶えた者と叶えられなかった者という一つの違いから、小さな裂け目が今、完全に引き裂かれた。

 

「私は燐くんを手に入れる……!」

『私は燐くんを幸せにする……!』

 

 相対する二人。戦いの続きが始まり、再びブロッサムは茨の鞭をオルタナティブ・アリスへと向けた。

 

『もう彼が戦わなくていい……普通の人生を送れるように……私はぁ!!!』

「そんな……それでは私はどうするというんですか! また一人ミラーワールドに取り残されろと!?」

 

 鞭を掻い潜り、オルタナティブ・アリスはブロッサムとの距離を埋め肉弾戦に持ち込む。

 鞭の間合ではない肉弾戦であればと。

 

「私はあなたも、咲洲美玲も、彼以外のライダー全てを皆殺す! そして彼の温もりを……愛を手に入れる!」

 

 ブロッサムの仮面が殴り飛ばされ、背中から倒れるもすぐに起き上がって鞭を構える。追撃しようと迫るオルタナティブ・アリス。

 しかし、二人の動きが止まった。

 二人だけの地下駐車場に、第三者の靴音が響いたからだ。

 出入口である坂を下り、現れる黒い影。

 

「あいつは……」

『刃……』

 

 御剣燐と同じ姿形。黒衣に身を包み、本来の御剣燐からかけ離れた陰の気を放つその姿に、アリスは怒りを。キョウカは罪悪を覚えた。

 

『────変身』

 

 歩きながら、気怠げに瞳を閉じながら仮面ライダー刃へと変身を遂げ、立て続けにカードをデッキから抜いた。

 カードの表をブロッサム達に見せつけると、目映い白い輝きが二人の目を焼く。

 

【SURVIVE】

 

 黒いボディに金のラインが一条走り、赤い瞳が少女二人を捉える。

 スラッシュバイザーツバイを手にし、鞘から抜き放つと同時に刃サバイブはブロッサムとオルタナティブ・アリスに向かって駆け出した。

 オルタナティブ・アリス目掛けて振り下ろされるスラッシュバイザーツバイは回避され、オルタナティブ・アリスが怒りの籠った瞳で刃サバイブを見据えた。

 

「出来損ないが何の用ですか!」

『お前を斬る。それだけだ』

 

 刃サバイブが光となり、一瞬でオルタナティブ・アリスの眼前へ。

 唐竹の一撃をオルタナティブ・アリスは腕を交差し受け止めるが、刃サバイブはこのまま力で押し切ろうと体重を載せる。

 

『俺はお前の自慰のために生み出され、捨てられた! この怒りを……!』

「悪いとは思ってますよ……。悪いと思ったから、私の世界のあなたは処分した!」

 

 交差した手が刃サバイブの目の前で開かれ、そこから花吹雪が吹き荒れる。

 後退を余儀なくされた刃サバイブに更に花吹雪が襲い掛かり、刃サバイブの全身から火花が吹き上がる。

 

『チッ!』

『刃!』

「その怒りは、この世界の私に向けたらどうです? それとも怒りに狂って錯乱とかしちゃってます?」

『アリスなら殺す。誰であろうと……戦いを引き起こす者は!』

 

 刃サバイブは再度、光となって加速。オルタナティブ・アリスへと斬りかかろうとしていた。

 

『同じような攻撃、つまらないです!』

 

 花吹雪で迎撃するオルタナティブ・アリスであったが、刃サバイブの罠にまんまと嵌まっていた。

 刃サバイブの一の狙いは、オルタナティブ・アリスではない。

 光はオルタナティブ・アリスを過ぎ去り、その背後で一瞬刃サバイブの姿を見せると、再び光となって刃サバイブはオルタナティブ・アリスの背を袈裟に切り裂いた。

 

「このッ!」

 

 オルタナティブ・アリスは花吹雪を周囲に巻き起こし刃サバイブが近付けないようにした。

 そして、刃サバイブの間合の外から攻撃を開始する。

 

『やはり、これが面倒だ……』

『刃! 私に考えがあります!』

 

 ブロッサムが刃サバイブへと駆け寄り、オルタナティブ・アリス打倒のための作戦を伝える。

 自分の言葉など、聞いてくれるだろうか。キョウカの脳裏にそんな言葉が付きまとったが、刃サバイブは黙って作戦を聞いて、即座に行動に移すのだとスラッシュバイザーツバイを構えて示した。

 ミラーワールドに咲く魔の花に、刃が煌めこうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、どうして生きているの?」

 

 昼の駅前という人で溢れかえるような場所にも、どういうわけか人が寄り付かない場所がある。

 聖山駅東口。駅と直結しているホテルへ続く通路の真下は駅の喧騒もどこか遠く感じるようで、ぼんやりと暗いのもあってか人通りが少なかった。

 そんな場所で座り込む乱れた銀髪の少女、喜多村遊の顔を覗き込む真っ黒な右目は氷梨麗美のものであった。

 

『しっかり愛してあげたのにね!』

 

 今度は隠されていた左目の方が露となって、瑠美が遊に問い詰める。

 聖山高校での戦いで、麗美達としては遊は殺したはずなのに。何故か、生きている。

 

「どうしてなんて、聴かれても……だね」

 

 遊としても自分が生きているのは奇跡だろうと思っていた。確かに貫かれた腹部。デッキを持っていれば通常では考えられないような治癒力が与えられるとはいえ、致命傷のそれを受けて生きている理由など想像つかない。

 強いて言うなら、サバイブのカードを獲得したことによるものだろうか。

 だが、そんなことを述べても彼女には何も関係ないだろう。

 それよりも、彼女が興味関心にあるのは……。

 

「ねぇ、聞こえてるよね? この、戦いの音」

 

 ミラーワールドから鏡越しに響く剣戟、殴打、鋼の音。少女達の悲痛な叫び。

 紛れもなく、仮面ライダー達の戦いの音であった。

 それを麗美は街の鏡という鏡から伸びる糸を右手に集め、より鮮明に耳にする。 

 

「みんな愛しあってる……。私達も愛しあいましょう」

『あなたと私、きっと最高のパートナーよ!』

「この際、どうして生きてるかとか気にしないから、ね?」

  

 麗美と瑠美からの求愛に遊は……笑顔で答えた。

 

「あっはっはっ。いいね、殺し合いをそんな肯定的に捉えてくれるなんて。確かに、私にとっても貴重な相手かもね君は」

「なら……」

「でも、今は勘弁」

 

 その否定に、麗美の顔が曇った。

 

「どうして?」

「どうしてって、見れば分かるだろう? 足、怪我してるんだ」

 

 遊はツルギサバイブとスティンガーサバイブとの戦いで右足を負傷し、自分の家に帰るのも儘ならないような状態であった。

 

「こんな状態じゃ、満足に君とヤれないよ」

「でも……」

「それに、愛しあうっていうなら、相手のことも考えないとね。押し付けるのは愛じゃあない」

 

 遊の言葉に、麗美も瑠美も口を閉じてしまった。

 沈黙が流れ少しして、遊は左足で立ち上がると負傷した右足を引き摺りながら歩き始めた。

 

「待って」

「足が治ったら、たっぷり愛してあげるよ」

  

 振り向かずに、背中越しに麗美にそう伝えると遊は街の光の中に消えていった。

 一人立ち竦む麗美、そして瑠美の中でずっと遊の言葉がリピートされる。

 

 押し付けるのは愛じゃあない。

 

「それならどうして……」

 

 お父さん達は、私をあんな風にしたんだろう。

 

『麗美。お父さん達はあたし達を愛してくれていたでしょう。愛を返してあげたでしょう。何を気にしているの』

「……そうだよね、瑠美。私達、愛されてたよね……」

『そうよ。とりあえず、今はあの子じゃなくて、他の子達と愛しあいましょう』

「そうだね、麗美」

 

 ポケットから取り出したデッキが、少し離れたカーブミラーからベルトを出現させ麗美の腰に巻かれる。

 

「へん、しん」

 

 カードデッキに蠱惑なキスをして、バックルに装填。

 黒い、豊満な麗美の肢体を際立たせる黒いスーツの戦士、オルタナティブ・ウィドゥが顕現する。

 カーブミラーからミラーワールド入りし、糸を使ってビルの合間を飛び交い、猛吹雪の戦場へ狂戦士が赴く────。

 

 

 

 

 

 

 

 猛吹雪の中、二つの赤い影が剣戟を繰り広げていた。

 仮面ライダーグリムと仮面ライダーエクスシア。グリムは巧みな双剣捌きでエクスシアを攻め立てる。

 かつて、神童とも呼ばれた剣の天才、影守美也が変身しているグリムは近接戦闘において他のライダーを圧倒する。

 事実、剣での戦いはグリムがエクスシアを圧倒していた。

 しかし、戦いは剣だけで行うものでないのがこのライダーバトル。

 一見、優勢なのはグリムに見えるが、攻めあぐねている。

 何故なら、仮面ライダーエクスシアは超防御特化型。豊富な防御手段でグリムの攻撃を通すことはない。

 あたかも、城壁か何かに剣を打ち続けているようだとグリムは感じていた。

 

「そこッ!」

 

 何度も、何度も、直撃させるチャンスは作れている。なのに、直撃には至らない。

 今も、胴に剣を叩き込もうとしたが翼型の盾が攻撃を検知してエクスシアの身を包み防御してしまった。

 

「くっ……」

「残念でしたね」 

「っ!?」

 

 エクスシアの翼が勢いよく開いて、グリムは後退った。

 そこへ、エクスシアが西洋剣で斬りかかってくるがグリムは双剣で受け止めるのではなく、受け流しエクスシアの背を取り、再び斬を叩き込む。

 しかし、これもまた翼が阻む。

 好機を逃してばかりのグリムに、次第に焦りが募っていく。

 エクスシアを殺すつもりはまったくない。

 ただ、ここで自分が負ければ彼女は傷を負った狼牙にトドメを刺しに行くだろう。

 だから、自分が逃げる時間を稼ぐ。もしくはエクスシアを撤退させる。

 時間は稼げただろうか?

 いや、足に負った傷は深くまだそう遠くには行けていない。

 それに、この吹雪だ。移動速度も落ちるというもの。

 ならば、この吹雪を解除するべきだろう。けれど、戦闘を優位に進めるためにも……。逃げた彼女の身を隠すのにも役立っている。

 どちらを取るべきか。

 とにかく、グリムは考えなければいけないことが多い。

 それに対して、エクスシアはシンプルだ。

 ライダーを、苦しむ少女を殺害(救済)するのだと。

 それは狼牙に対しても、グリムに対してもだ。

 

「あなたは、何故戦うのです?」

 

 鍔迫り合いをしていると、エクスシアの赤い仮面の下から疑問が投げ掛けられた。

 何故戦うのか。そんなことは、決まっているとグリムは真っ直ぐ答えた。

 

「ライダーバトルを止めるため!」

「戦いを止めるために戦うと? それは矛盾ではありませんか」 

 

 言葉巧みにグリムの虚をつき、エクスシアはグリムの足を払った。

 

「っ!?」

 

 急転する視界と受け身を取ろうと焦る身体がパニックを引き起こそうとする。

 けれど、一瞬視界に映ったエクスシアの動作が美也の頭と身体を一つにさせた。

 倒れるグリムに振り下ろされる剣を、双剣で防御。

 勢いよく、地面に叩き付けられこそしたが積もった雪がクッションとなってグリムにダメージはない。

 

「今のを受け止めますか」

「くっ……」

「この戦いを止めるなど言わないでください。この戦いは、この世界は、病める少女達の処刑場なのですから」

「少女達の処刑場……!?」

「ええ。願いという甘い蜜に誘われてやって来た少女達の処刑場……。願いとは、苦しみから生まれるものなのです」

 

 エクスシアはグリムを蹴り飛ばし、転げたところを突き刺そうと剣を構えた。

 雪の中を転げ回るグリムは窮地に陥ったかに見えたが、転げながら双剣の片割れをエクスシアに向かい投擲。

 予想外の攻撃にエクスシアは固まるが、翼の自動防御が働き、剣は力なく地に堕ちた。

 

【SWORD VENT】

 

 その間に、グリムはカードを切っていた。

 もう一枚のソードベントは、両手剣グランザッパー。

 鰐の尻尾をそのまま剣にしたかのようなヴィジュアルは、先程の双剣とは違ってエクスシアに威圧感を与えた。

 

「たぁっ!」

 

 振り下ろされるグランザッパーをエクスシアは無駄と翼で防御をする。

 それが、美也の作戦通りとは知らずに。

 

「廻れぇ!!!」 

 

 美也の声に呼応し、グランザッパーの刀身が回転を始め火花を散らし始めた。

 耳をつんざく音と光はあたかも工場にでもいるかのよう。

 そうして、グランザッパーはエクスシアの翼を破壊した。

 

「なっ!?」

「これでその面倒な盾はなくなった!」 

 

 一気に攻勢に出るグリム。得物が双剣から両手剣となったことで振りが大きく、エクスシアも回避しやすくはなった。

 とはいえ、この猛攻を凌ぐのは厳しい。

 防御しようものなら、また盾を破壊されてしまう。

 手札をいたずらに消費するべきではないと、エクスシアは頭を使う。

 そこへ、第三者の影が迫っていた。

 

「やあっ!」

 

 振り下ろされる、グランザッパー。エクスシアは防御が遅れ、直撃は確実と思われた。

 しかし、グランザッパーは阻まれる。

 ノコギリ状の刃を持つ槍に。

 

「え……」

 

 美也は、攻撃を阻んだ青いライダーを見て言葉を失った。

 脳が理解を示さなかった。

 なんで、どうして。

 

「真央、さん……?」

「……」

「生きて……いや、なんでそいつを庇って……」

「……いで……」

「え?」

「私を……私を見ないで!」

「っあ!?」

 

 剣にかける力が弱まっていたため、真央の変身するジュリエッタでも簡単にグリムを押し退けることが出来た。

 槍で胸部を突いて、グリムは弾き飛ばされる。

 その間、美也は痛みよりも疑問に支配されていた。

 何故、どうして、彼女が生きているのか。

 学校での戦いで死んでしまったのではないのか。

 いや、生きていたのはいい。ただ何故、仲間であった自分を攻撃するのか。

 何故、エクスシアを庇うのか。

 疑問は、尽きない。

 

「真央さん……どうして……」

「はぁ……はぁ……!」

 

 ジュリエッタは荒々しく槍を振るい、グリムを狙う。

 真央は何も語らない。ただその息遣いから、彼女が正常な状態でないと美也は悟った。

 

「真央さん落ち着いて! 私だよ! 影守美也! 一緒に戦ったでしょ!」

「あぁ……うぁぁぁ!!!」

「きゃあっ!?!?」

 

 ノコギリ状の刃がグリムの胸部を傷つけた。

 激しい火花をあげ、吹き飛ぶグリム。これが、かなりのダメージとなった。

 この日は連戦に次ぐ連戦。レイダーサバイブとの戦い、狼牙達との戦い、そして今。

 流石にそろそろ限界が近かった。

 変わらず、荒々しい息のジュリエッタ。そして、エクスシアが剣を携えグリムへと迫る。

 これ以上ない窮地であっても、グリムは震える手で剣を構えた。

 しかし、その手に入る力は弱々しい。

 これでは、生き残ることなど……。

 

【STRIKE VENT】

 

「捕まって!」

 

 吹雪を裂いて、響いた声は勇ましかった。

 覚悟の決まった迷いのない声。

 その声の主は、ブースターを装備した巨大な鳥型モンスターの背に乗り、グリムへと手を伸ばしていた。

 すかさず、グリムはその手を取って緊急離脱。

 高速でこの戦場から離脱し、ビルの屋上にある貯水槽から現実世界へと帰ってきた。

 

「危なかったわね」

 

 グリムを助けたのは銀の騎士、仮面ライダーヴァリアスであった。

 鳥型モンスターはカードの効果で姿を変えた小型の犬のような、リスのようなとにかく他のモンスターと違って可愛らしい姿のモンスター、ヴェイルーツへと戻りヴァリアスの肩に乗って一鳴きした。

 

「あ、ありがとう華甸川さん……」

 

 互いに変身を解いて、一瞬だけ困った顔を浮かべるも微笑みあった。

 しかし、美也の顔はすぐにまた翳る。

 上谷真央のことを思い出してだ。

 

「どうして……真央さん……」

「何かあったようね……。そういえば、中務さんは……?」

「私が庇ってから逃げたみたいだけど……。上手く逃げられてるといいな……」

「そう……。私もミラーワールドを探したけど見つからなかったから、きっとこっちに戻ってきてるはずよ」

 

 連絡してみるとスマホを操作し耳にあてる真里亞。しかし、通話に出ないようでしばらく待ったが切れてしまった。

 

「どうしよう、足を刺されてたからまずいかも……」

「とにかく探すわ。……その、あなたの命を狙った手前、こんなことを言うのはあれだけれど……手伝ってもらえるかしら……?」

「もちろん! 怪我人はほっといちゃダメ!」

 

 こうして、美也と真里亞は中務理恵を手分けして探そうとビルを降りていった。

 ……誰にも見つからないように。

 

 

 

 

 

 

 どうしよう、どうしようどうしようどうしよう。

 見つかってしまった、これでは私が北さんを殺したってバレてしまう。

 どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。

 

「落ち着いて、上谷さん」

 

 不意に、暖かいものに包まれる。

 樋知さんが、私を抱き締めていた。

 

「大丈夫。怖かったですね、でも問題ありません」

「え……」

「知られたなら、もう殺すしかないですね」

「殺す……」

「そうです。みんな、殺してしまいましょう。あなたの苦しみの源はそれで断たれます。そして、死して彼女は……皆は救われるのです……。どうか、私と共にこれからも……」

 

 殺す……。

 殺せば、人を救うことが出来る?

 人のためになる?

 私も救われる?

 だとしたら、それは……それは……。

 

 ああ、悲しいかな。

 上谷真央という少女の中に、明確に、殺害という選択肢が生まれてしまった。

 人のためにという大義名分まで整えられてしまった。

 今ここに、二人だけの聖戦が始まってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 押し付けるのは愛じゃあない。

 彼女は、そう言っていた。

 で、あるならば……。目の前の少女を痛めつけることは、愛ではないのだろうか。

 ミラーワールドで見つけた、足に傷を負った少女。

 芋虫みたいに地面を這って、涙で顔をべちょべちょにしたこの少女。

 今も私のことを、泣きじゃくりながら見つめている。

 あの吹雪の中から、この廃工場まで連れてきたは良いけれど、どうすればいいか。

 分からない。

 この少女にも私が何をしようとしているか分からないだろう。

 自分自身にも分からないのだから。

 

『麗美、愛してあげないの?』 

「瑠美、どうしたらいいかな。押し付けるのは愛じゃないって、あの子言ってた」

『押し付けるなんて人聞き悪いわね。麗美、無償の愛ってものもあるのよ』

「無償の愛?」

『そう。見返りを求めない愛。けれど、巡り巡ってその愛は返ってくるというわ』

「それ……すっごく、素敵だね」

『でしょう? あの子にもそうすれば良かった。ま、今はこの子で練習しましょうか。無償の愛の練習』

「うん、そうだね」

 

 少女は相変わらず泣いていた。

 大丈夫だよ、愛してあげるから。

 もう、いっぱいの愛を受け取ったようだけど、それを越えるくらいの愛をあなたにあげるね。

 そうだ、愛してあげるのだから名前を聞こう。

 

「あなた、名前は?」

「え……な、中務、理恵……」

「そっか、じゃあ愛してあげるね」

「えっ……? いや、なにしてるのやめて! やめろやめろ……ぎゃっ!!!! いぁあ、やめてやめておねがいだか……っっっっあああああ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、死んじゃった」




次回 仮面ライダーツルギ

「それは燐でしょ~! ここ最近ほんと不良よ不良!」

「ふざけんなよ……。利用されてたってのかよ!」

「それじゃ、次会った時は敵同士だからね!」

「そうかよ……ああ、じゃあ、お前は敵だ」

『……頼むから、憎ませてくれ』

運命の叫び、願いの果てに────。


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ALTERー17 交わす言葉は

 夢を見ていた。

 白く輝く星を見ていた。

 重く鈍い身体で踠き、あの星に手を伸ばす。

 鋭く、歪みはないあの輝きが欲しかった。

 踠いて、踠いて、踠いて。

 動かない、失敗作の烙印を捺された、愛されることのなかった、この身体で。

 

『あれ……』

 

 光が、消えた。

 何も見えない。

 暗闇だ、どうして。

 光を探す。

 あれは消えてはいけない光だあれが消えるということは正義の敗北だ負けることは許されない死すことは許されない何者よりも強くあらねば許されない。

 

『……どうして、そんなところにいる』

 

 振り返った時、光は墜ちていた。

 その様を見て、ふつふつと沸き上がる怒りが自分の中でも大きなことに戸惑いもした。

 だが、そんな戸惑いも切り捨てて、その光に斬りかかる。

 その瞬間、僕は────俺は黒に染まっていた。

 

 

 

 オルタナティブ・アリス。ミラーワールドという魔界に咲く花へ仮面ライダー刃サバイブの斬撃が光となって放たれる。

 舞い散る花弁を切り裂いて、オルタナティブ・アリスへと駆ける。

 

『花よ……』

 

 仮面ライダーブロッサムもまた花を咲かせる。花弁を風に乗せ、刃サバイブの周囲に浮かばせ追随。伴に駆け抜け、ブロッサムの花弁とオルタナティブ・アリスの花弁がぶつかり合い、爆発。

 

「これは……」

『ぜあぁぁぁぁ!!!!!』

 

 爆炎を貫き、刃サバイブの赤い瞳が残像を描く。

 黒刃が振り上げられ、オルタナティブ・アリスに龍が牙を剥く。

 

「ッ!?」

 

 咄嗟に、オルタナティブ・アリスは右手を上げる。

 すると、花弁状のバリアが張られ斬撃を防御。激しくスパークするも、刃サバイブは退くことをしなかった。

 

『このまま……叩き斬る!』

「欠陥品が……!」

『ぜあぁぁぁッ!!!』

 

 裂帛。刃サバイブの渾身の一撃はオルタナティブ・アリスのバリアを叩き斬った。

 しかし、それと同時に大きな爆発が起こり刃サバイブとオルタナティブ・アリスを巻き込んだ。

 

『刃っ!』

 

 ブロッサムが叫ぶ。

 黒い煙の中、両者の姿はしばらく見えずにいた。少しずつ煙が晴れていき、そこでようやく刃サバイブの赤い瞳の輝きがぼんやりと確認出来た。

 煙の中、立ち尽くす刃サバイブの傍らにオルタナティブ・アリスの姿はない。

 

『こうも仕損じるとは……!』

『刃……』

 

 ブロッサムは変身を解き、刃サバイブへと歩み寄ろうとした。

 それを、刃サバイブが許さなかった。

 スラッシュバイザーツバイの切先がキョウカへと向けられ、刃は告げた。

 

『言ったはずだ、お前を斬ると……。あのアリスが現れたとて、変わらないことだと……』

『刃……。それでも、貴方は燐くんの……』

『御剣燐ではないと切り捨てたのはお前だろう! 勝手に俺を生み出しておいて……!』

 

 刃の言葉が、キョウカに突き刺さる。

 刃の言っていることは紛れもない事実で、言い訳のしようがない。

 俯くキョウカに背を向け刃サバイブもまた変身を解除して、最後に言い残していった。

 

『……頼むから、憎ませてくれ』

 

 地下駐車場に、立ち去る刃の靴音が反響する。

 どこかもの悲しく、寂しいその音に、キョウカは耳を澄ませていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院で先程まで話していた少女、片月瀬那さんが消えた。本当に、突然。

 瞬きほどの瞬間もなかった。

 本当に、本当のことなのだ。

 

「いやね、惣田さん。別に疑ってるわけじゃないですよ? 事実、片月さんは病院から姿を消したわけですから……」

「もう本当にどういうわけ……」

 

 彼女の主治医と会話をしていると、コツコツとこちらに近付いてきた一人の女性。

 簡単に言うと、ケバい。

 いや、若いのだろうが。恐らく30代。

 金髪で、ブランドものを身に纏って、丈の短いスカートや大胆に開いた胸元など扇情的だ。

 そして顔つきは……瀬那さんに似ていた。

 

「あの、すいません。娘の話してました?」

「あ、ごほん。片月瀬那さんのお母様でいらっしゃいますか?」

「はい。それで、瀬那は?」

 

 そう訊ねる顔は、娘を案じる母の顔であった。

 先程、瀬那さんから聞いた印象とはだいぶ異なるが、いわゆる外面が良いタイプなのだろう。

 あの人が虐待してるなんて……といったような話はよく聞く。

 

「あの、なにか?」

「あ、いえ……」

 

 ついじろじろ見てしまった。

 いけない、いけない。

 

「あぁ、その、娘さんなんですが……病院を脱け出してしまったみたいで」

「それは……迷惑かけてすいません。最近も家には帰らずで……」

「その、お探しになったりとかはしなかったんですか」

 

 思わず、そう口に出ていた。

 言わずにはいられなかった。

 だって、彼女は……瀬那さんは、苦しい思いをしてきたのだから。

 しかし。

 

「ええ。その……これぐらいの歳の子なら普通じゃないですか?」

「え……」

「私もあれぐらいの時は友達の家に入り浸ってましたし、普通ですよ普通」

 

 普通とは、なんと便利な言葉だろうか。

 普通と言われてしまえば、それが当然ということとして扱われてしまう。

 あなたは異常だと、指摘することは今の世の中タブーになりつつある。

 だけど、それでも……帰れる家があることが普通ではないのか。

 

「病院にいないのなら、私はこれで」

「え、あ、いや……」

「どうせまた友達の家にでも行ってるんでしょう」

「……」

「まだ、なにか?」

「いえ……」

 

 立ち去る瀬那さんの母。

 その背に、先生が声をかけた。

 

「あ、あの!」

「はい?」

「あの、入院費用のことなんですけど……」

 

 先生がそう口にした瞬間、ほんの一瞬だが片月さんは舌打ちをしたような気がした。

 

「すいませんこの後、予定あるので。またあとで来ますね~」

「え、あ、ちょっと!」

 

 立ち去ってしまった……。

 あの人が、瀬那さんの母親……。

 

「いやぁ、なかなかでしたねぇ」

「なかなか……。いや、それよりも瀬那さん探さないとですよ!」

「あ……僕は仕事ありますので……」

「ええ! ちょっと手伝ってくださいよ!」

「気持ちは分かりますが他にも患者さんいますので……。あ、見つかったら教えてください。これ僕の連絡先なので……」

 

 そして、先生までもそそくさと立ち去ってしまった。

 わ……私だって仕事あるっての!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん、すっかり寝ちゃって」

「ううん、激闘だったし仕方ないよ」

 

 玄関口で、あいつが御剣達を見送っていた。

 アタシは顔を合わせる義理は感じなかったから見送りはしないけど、少し思うところもあって廊下で奴等の会話を聞いていた。

 まあ、なんてことない世間話みたいなものだから聞いてる意味も……。

 

「それじゃ、次会った時は敵同士だからね!」

 

 その言葉にふと、胸が騒いだ。

 敵。

 敵だと?

 

「……敵なら、斬ります」

「へっ!? あ、あはは……お、お手柔らかに……」

 

 あいつ……。あんな奴なのか?

 いや、何か妙だ。

 勘だけど……御剣、あいつ変わった。

 何か、関係あるのか。

 この力と……。

 デッキから抜き取った、サバイブのカード。

 これのせいなのか?

 私が、思い出したのは。

 どういうわけかこのライダーバトルが繰り返されていて、その繰り返しの全ての記憶を今、アタシは有している。

 もしかしたら、御剣も……。

 

「ふー、おっかなかったぁ……。って、瀬那またどこ行くの!?」

「ちょっとあいつに用が出来た」

 

 出ていったばかりのところ悪いが、付き合ってもらうぞ。

 

「御剣!」

「……瀬那さん?」

 

 走れば一瞬で御剣と咲洲に追い付いた。

 咲洲がアタシのことを睨み付けてきたが、気にしない。

 

「何の用?」

「あんたに用はない。御剣、聞きたいことがある」 

「僕に? ……いや、僕も瀬那さんと話がしたかった」

 

 それなら話が早い。

 

「美玲先輩は先に帰っててください」

「でも……」

「大丈夫です。少し話すだけですから」

「……分かった。でも、早く帰ってくること」

「はい」

 

 御剣が咲洲を帰して、アタシ達も場所を変えた。

 近所の川原。夕焼けが、川に火をつけたみたいだった。

 御剣燐。

 こうして、面と向かって関わるのは初めてだと思う。

 最初の記憶はあの夜、咲洲と戦っている時に現れて……忌々しいが、敗北した。

 それ以降は、乱戦の中で見かけたとか、あのバカを助けただかなんだかで、ちょっと言葉を交わしたぐらいだ。

 御剣は赤く輝く水面を、目を細めて黙って眺めていた。

 繊細な、ガラス細工みたいな顔。

 線は細く、優しげな手指。

 とても、あのツルギの正体とは思えない。

 ……いや、今はそんなことはいいか。

 

「聞きたいことは……」

「うん」

「お前は、この戦いが繰り返されていることを知ってるのか」

「うん、知ってる」

 

 ……やっぱり、か。

 

「なんでだ。なんで知った。サバイブのカードを手に入れたからか」

「ううん……。僕の場合は、思い出させられた。瀬那さんは、サバイブを手に入れたから思い出したの?」

「多分……。さっき、寝てる時だけど一気に全部流れ込んできたみたいな……」

 

 そっかとだけ返されて、御剣はしばらく黙った。

 何か考えていることは察したから、アタシも問い詰めることはせずに黙って御剣を待っていた。

 

「……ライダーバトルが繰り返されているのは、ライダーバトルが始まったのは、僕のせいなんだ」

 

 沈黙を破って明かされたのは、そんな真実であった。

 

「なに……?」

「僕は……鏡を、割ったんだ。そこでアリス、キョウカさんと出会って、友達になって。でも、それがミラーワールドをこっちの世界と繋げることになって、モンスター達が人間を襲い始めた」

 

 そうして、宮原士郎というカードデッキを造り出した男からデッキを渡されて、ミラーワールドを開いた罪を償えと戦いに駆り出され、独り戦い、死んでいった。

 それが、全ての始まりだと。

 

「キョウカさんは僕を蘇らせるために時を巻き戻した。僕が死ぬ前の時間に。だけど、キョウカさんと僕が出会うということは、ミラーワールドを開くってことだから。結局僕は戦って、死ぬんだ。だから、キョウカさんはライダーバトルを始めた」

「待てよ……! じゃあ願いが叶うってのは……」

「キョウカさんの願いを叶えるためのものなんだ、ライダーバトルは」

 

 なんだよ、それ……。

 アタシ達はじゃあ、なんのために戦わされて……。

 こいつの、こいつのために戦わされてたってのかよ!

 アタシも、あいつも、片山紗枝もそうだ。あんなガキまでも、こんな戦いのために死んで……!

 

「ふざけんなよ……。利用されてたってのかよ!」

「……そうなるね」

 

 プツンと、何かの糸が切れた。

 気が付けば、アタシは御剣を殴っていた。

 殴って気が済むというものじゃないが、余計に腹立たしいのは、こいつは黙って殴られるのを受け入れていたことだろう。

 ああ、そうかよ。

 そうなんだな、お前は。

 

「お前……」

「ライダーバトルは終わらせる。モンスターも倒して、ミラーワールドを開いた罪を僕は償う。だから、ライダーから殴られるのぐらい、覚悟の上だ」

 

 こいつ……!

 こんな目を、する奴だったかよ。

 

「……ライダーバトルはアリスが勝つように仕組まれた出来レースだった。アリス、キョウカさんは失脚してライダーバトルは別のアリスと……コアの手によって行われている」

「……コア?」

「ミラーワールドの核みたいな存在……。僕も、正直よく分かってない。キョウカさんを唆して、アリスにした奴でもある。そいつは斬った」

 

 さらっと、どんどんとんでもないことを口にする御剣。

 流石に情報量が多すぎる。

 

「待てよ……そんな奴を斬って、大丈夫なのか?」

「分からない。斬ったけど結局、ミラーワールドには何の変化もない……」

「本当にそんな大層な奴なのか? コアって奴は」

「どうだろう……。本当に分からないんだ。あの時は、とにかく奴を斬れってことだけで……」

「後先考えずに斬ったのかよ……」

「コアと対面した時……怖かったんだと思う」

 

 怖かった?

 予想外の言葉だった。

 御剣という奴は怖がりでも違和感ないのだが、ツルギというライダーが怖がるというのがあまり想像つかなかったからだ。

 おかしいな、御剣とツルギは同一人物なのに。

 

「早く斬れ、そうしないとまずいぞって……」

「……ま、コアに関してはもういい。斬ったんだろ」

「うん……」

「お前の話を聞いて、アタシが今気になってんのはライダーバトルは……願いを叶える力は有効かどうかって話だ」

 

 御剣の目が一瞬見開かれ、鋭い目付きへと変わった。

 ああ、そうだ。ツルギってのは、こんな顔をしていた。

 

「ライダーバトルを、続けるつもりですか」

「ああ、そうだよ。……アタシにはもう、これしかないんだ……」

 

 もう4人も手にかけた。

 今更、止まれるはずがない。

 4人もの命を奪って、じゃあやめますなんて言えない。

 アタシはアタシの幸せだった頃を取り戻して────。

 

「瀬那」

 

 ────なんでだよ。

 なんで、あいつの声がするんだよ。

 アタシの幸せだった頃は……アタシの願いは……お父さんが生きてた頃の家だろ。

 アタシの帰る場所。

 そこは……。

 

「もう、これに賭けるしかないんだよ……!」

「……そう、ですか。なら、その願いを僕は斬り捨てます。たとえ、どんなに尊い願いだとしても、僕は……」

「そうかよ……ああ、じゃあ、お前は敵だ」

 

 真っ直ぐ、御剣を見据えて。アタシの敵を見つめて。

 ああ、こいつは敵だ。

 他のライダーも敵だ。

 モンスターも敵だ。

 アタシの邪魔をする奴もみんな敵だ。

 

「次会った時は、殺す」

 

 立ち去る間際に、背中越しに御剣へと告げた。

 

「さっき、茜さんにも言われましたよ。次は敵だって」

 

 ……ああ、そうだ。

 いや、そうだな。

 こんなこと、どうかしてるとも思うけれど。

 ただ、それでも……。

 

「……ひとつだけ、頼んでいいか」

「頼む……? なにを……」

「アタシは────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰り道、家族や美玲先輩の前でする顔を作らなければならない。

 明るく、どこにでもいる普通の高校生である御剣燐の顔を。

 家族との楽しかった思い出とか、美玲先輩のこととかを思い浮かべて、沈んだ心に浮き輪を渡すような。

 御剣燐をインストールしていくような。

 家ではミラーワールドとかモンスターとかライダーバトルとか関係ないんだ。

 だから、そういう殺伐としたものを削いでからでないと、家には入れない。

 そうして、僕は御剣燐という仮面を被る。

 

「ただいま~」

 

 いつも通りの声色。

 

「おかえり~。もう晩ごはんだからね~」

 

 いつも通りの笑顔。

 

「は~い」

 

 洗面所で手を洗いながら、鏡に映った顔を見る。

 大丈夫だ、出来ている。

 そうだよ、不安なんていらない。

 ずっと、こうしてきたじゃないか。

 だから、これからも大丈夫。

 父さんにも母さんにも美香にも見せるものか悟らせるものか。

 ああ、だけど。

 いつまで、こうしていられるのだろう────。

 

 

 

 

 

 

 夜の闇の中はモンスターが狩りをするのに適したシチュエーションだ。

 モンスターの多くは、一人で行動する人間を襲う。

 大勢の人がいる環境で襲いかかるモンスターというのは、あまり多くはない。

 これは、モンスターが人間を恐れているがゆえである。

 人間だけでなく、モンスターがモンスターを捕食する時も同じだが、群れを襲うということは反撃にあうリスクが高い。返り討ちにあうか、狩りの邪魔をされて獲物を得ることが出来なかったということにもなりかねない

 狩りの失敗は生死に直結してくる問題だ。

 ゆえにモンスターは確実で、リスクの低い条件下で狩りをする。

 

「ああ、あとちょっとで着くよ。それじゃあ」

 

 高架下、スマホで通話中の中年のサラリーマンをカーブミラーの中から見つめる八つの瞳。

 周囲に他の人はいない。

 オレンジのライトが照らす中を通るサラリーマン目掛けて、蜘蛛の糸と表現するにはいささか太く、強靭な、ロープのような白い糸が放たれた。

 

「がッ!?」

 

 糸は正確に男の首に巻き付いた。

 咄嗟に、男は巻き付いたものを払おうと首に手をかけるが粘着性のある糸に触れて、手までも絡め取られた。

 そして、男は引きずられていく。

 カーブミラーへと向かって。

 

「助けてくれぇぇぇ!!!!!」

 

 男の叫びは、今しがた通りすぎていった在来線の音にかき消され誰の耳にも届かない。

 そして、電車が通り抜けていった静寂の中に、男の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世間を騒がす、聖山市の連続行方不明事件。

 証拠はなく、行方不明者達に共通点もなく、警察も捜査に行き詰まる。更には、事件解決の目処がまったく立たない警察への不信感は高まる一方であった。

 そんな中、聖山高校の生徒、職員のほとんどが謎の症状により意識不明となるなどの事件も立て続けに起こり、聖山市は呪われている。人の住むべき土地ではないという論が出るほど。

 そして、更に……。

 

 深夜。

 規制線が張られ、パトカーが数台集まる廃工場前。

 捜査員の男二人が現場に着いて、まずその異様さにやられた。

 三十代後半から四十代前半ぐらいの男は鋭い目をすっと細め、もう一人の二十代前半から半ばほどの若い男はすぐに顔を背け、口に手を当てていた。

 

「血がすごいな……」

「被害者は中務理恵。16歳。所持品の財布の中に、保険証がありました」

 

 中肉中背の鑑識係が捜査員に告げた。

 

「また、女子高生か……」 

「はい……。そして、遺体の状態なんですが……」 

 

 鑑識係が覆いのされた担架で運ばれていく中務理恵の遺体を捜査員に見せる。

 捜査員は、目を細めた。

 

「お前は見ない方がいいぞ」

「やっぱりそうですよね水原さん……。そんな予感してました……」

「かなり酷い状態です。怨恨による殺人かと……」

「こんな歳の子が怨恨ね……」

 

 水原と呼ばれた捜査員は死体を見るのには仕事柄慣れている者だが、その遺体はあまりにも残酷なものであった。

 往年のベテラン刑事だろうと、これは流石にきついだろうと思いながら、遺体に合掌し覆いをかけ直すと鑑識達に礼を言って、中務理恵の遺体は運ばれていった。

 

「足のない遺体の次は、損傷の激しすぎる遺体、か……。異様が過ぎるな」

「異様が過ぎると言えばですが、犯人のものと思われる足跡が見つかりました。指紋も採取出来ています」

「え、それなら話は早いじゃないですか!」

「いや、そういうことじゃないだろう」

 

 水原がそう言うと、鑑識は頷き二人をある所へ案内した。

 廃工場内に放置された、割れた鏡である。

 

「足跡なんですが、ここから見つかって、そしてまたここに戻ってきているんです」

「ど、どういうことですか」

「……まるで、鏡の中から出てきて、鏡の中へ戻っていったみたいだな」

 

 水原は鏡から、遺体が放置されていた場所まで歩き、再び鏡の前へと戻りながら呟いた。

 

「そんなまさか! あり得ないですよ!」

「ああ、あり得ない。が、今のこの街はあり得ないことばかり起きている」

「……あり得ないついでというとあれですが、足跡も犯人と思われるものと、通報した少年達のものしか見つかっていません」

 

 あり得ない情報ばかりが流れ込み、若い捜査員は頭を振った。

 

「でもそんな……。運ばれてきたってことですか被害者は?」

「だが、足跡はここからそこだけ」

「ええ。まるで不可解なことばかりで……」

「とはいえ、証拠はある。足のない遺体や聖高の時とは違うんだ。不可解な事件とはいえ、捜査するしかない」 

「ですね……!」

 

 まずは聞き込みだと、水原達は通報したという少年達のもとへ向かった。

 こうして、この凄惨な殺人事件はすぐさまニュースとなって、朝には世間を騒がせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 御剣家の朝はいつも通りの朝であった。

 しかし、テレビのニュースも朝刊も物騒なことしか話さなかった。

 

「もう本当になんなの~。足のない遺体とか廃工場の遺体とか~」

 

 父さんのお弁当を準備をしながら、母さんが怖がっていた。

 なので、朝食のご飯を盛りながら返事をしてあげる。

 

「母さんもあんまり遅くまで出歩いちゃ駄目だよ」

「それは燐でしょ~! ここ最近ほんと不良よ不良!」

 

 ……返事の選択肢を間違えた。

 パーフェクトな解答と、グッドな解答と、バッドな解答があるとしたら、バッドを選んでしまったような気分だ。

 

「そんな不良なんて、別に何にもしてないよ」

「夜出歩くのは不良よ。……ね! 美玲ちゃん!」

「はい。不安で不安で仕方ありません」

 

 美玲先輩は味噌汁をよそいながら答えていた。  

 美玲先輩、そこは、かばってくれるところじゃないんですか?

 

「あ、お父さんおはよう」

「ああ……」

 

 スーツに着替えてやって来た父さんの顔は……なんだか、渋い顔をしていた。

 父さんは無愛想な方であまり顔に出す人ではないけれど、何かあったようだ。

 母さんもそれに気付いて、父さんに声をかけていた。

 

「なにかあったの?」

「さっきスマホ見たら黒澤さんの奥さんから連絡が来てて、黒澤さん、昨日から家に帰ってないみたいなんだ」

「黒澤さんが……」

 

 黒澤さん……って、あああの人か。

 

「誰、黒澤さんって」

 

 美玲先輩が訊ねてきた。

 気になったのだろう。

 

「お父さんの大学の先輩で、よく家にも来てたぐらい父さんとは仲が良い人です」

「そう……」

 

 家に帰ってこない……ということは、もう、そういうことなのだろう。

 美玲先輩の顔も、そう言っていた。

 

「黒澤さん、結構飲む人だったし、案外そこら辺で寝てるんじゃない?」

「いや……。この間、外で会った時に健康診断で結果が悪かったから禁酒すると言っていた。あの人はやると言ったらやる人だからな……」

「……」

 

 朝の食卓が、一気に重い空気に変わった。

 これも全部……僕が……。

 

「行方不明は起きるし、変な殺人事件まで起きて……。本当にどうしたのかしらね、この街は……」

「ああ……」

 

 そこから、みんな口を開かなくなった。

 ああ、もう、どうして。

 早く、なんとか、なんとかしないと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 10時過ぎ。

 美也さんと合流して、行動。集合場所は聖山駅のステンドグラス前。大きなステンドグラスがあって、聖山市民が集合場所といえばここ!と名をあげる場所である。

 実際、僕と美玲先輩以外にも人を待つ老若男女がたくさん。

 改札前ではいつも、なにかしらのフェアが行われていて今は北海道フェアということで、北海道の特産品や人気店などが出展していた。

 

「来たわよ」

 

 美玲先輩の一足先に美也さんを見つけていた。

 僕もすぐに美也さんに気付いた。見慣れたお団子頭は良い目印だ。

 

「おはよう美也さん」

「うん、おはよう……」

「……元気ないわね。どうしたのあの後」

 

 昨日、僕が寝ている間に美也さんは一人で色々と動いてくれていたらしい。

 ただ、その成果報告があがらないと美玲先輩が昨晩は怒っていた。

 

「その……それも含めてで、色々とどう言ったらいいか悩んでて……」

「どういうこと?」

「その、まずひとつね。……真央さんが、生きてた」

 

 それを聞いた時、感じたのは「どうして?」とか「よかった」ではない自分に嫌気がさした。

 

 美也さんの言葉を聞いて僕が思ったのは「やっぱり」だった。

 

 北さんの傷と、北さんと戦ったとされたウィドゥの得物や戦い方から考えた時に……北さんと戦ったのはウィドゥではないのではないかと考えた。

 そうした時、条件的に真央さんしかいない。

 それにきっと、美也さんも気付いている。だから昨日、話すのを躊躇ったのだろう。

 

「……ひとまず、場所を変えましょう」

「あ、待ってください! 実は、もう一人来る予定なんです。燐くんも知ってる人」

「僕も知ってる人?」

 

 どういうことだ?

 ライダーの知り合い、だよな多分。

 結構いるから誰だか……。

 

「あ、燐!」

「え? この声……」

「久しぶりね、燐」

「真里亞さん……」 

 

 人混みを避けて、こちらにやって来たのは華甸川真里亞。

 鐵宮との戦いの時以来というと、久しぶりな感じだけれど、最近の話なんだよな……。

 

「燐、誰」 

 

 美玲先輩の声が、低い。

 元々低めな声が、微妙な違いだけれどいつもより低い!

 なんだろうな、最近こういうことが多い気がする。

 

「あなたは燐の友達かしら?」

「は?」

 

 真里亞さんの言葉に、美玲先輩が反応してしまった。

 導火線に火がつけられたようなイメージが頭の中に。

 

「私は燐の彼女だけど」

「あらそうなの! よかったわね燐。美人な彼女が出来て」

「あー、はい……そうですね……?」

「なんで疑問系なの、嬉しくないの」

「嬉しいです!」 

 

 ほんと、なんか、最近。美玲先輩と僕のパワーバランスがおかしなことになってきている気がする。

 端的に言って、美玲先輩の尻に敷かれている……。

 

「ちょっと、優しくしてあげなさいよ。燐がかわいそうだわ」

「あなたには関係ないでしょ」

 

 み、美玲先輩と真里亞さんが一触即発だ……!

 なんでこんな出会ったばかりで!

 

「はーい二人ともそこまでにしてくださーい」

 

 美也さんが二人の間に割って入る。

 流石美也さんだ。こういう状況に強い。

 

「もーこれから仲間としてやっていくんだから、喧嘩なんてやめてくださいよ」

「は? 仲間?」

「はい! 美玲さんも賛成してたじゃないですか~仲間集めるの」

「それはそうだけど……チェンジで」

「そんなこと言ってられる状況じゃないですって!」

「私もちょっとこの人とやっていける自信ないかも」

 

 真里亞さんまで!

 あーもうなんでこう上手いこと人間関係を構築出来ないんだ。

 ───とか何とか言ってる場合じゃなくなったようだ。

 

「モンスター!」

 

 全員この音を聞いてスイッチが切り替わる。

 さっきまでのが嘘のように。

 

「行くわよ」

 

 頷いて、四人で走る。

 モンスターが現れたとされる場所へ。

 犠牲者を出さないために。

 命を守るために。

 




次回 仮面ライダーツルギ

「はい瀬那の分」

「燐は見ちゃダメ」

「見て見て瀬那あれ! あいつ!」

「たらふく食わせてやるよ……」

「……え、ちょっとノリ悪いよ?」

運命の叫び、願いの果てに────


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ALTERー18 約束の別離

 聖山駅直結の商業ビル。

 開店からまだそう経っていないため買い物客はまばらである。

 そんな閑散とした店内を駆ける4人がいた。

 

「音が大きい……近いですよ!」

「手分けしましょう。燐はこの階、美也は下を、私達は上に行くわ」 

「はい!」 

 

 それぞれ割り振られた場所へ向かいながら、店内の鏡や映るものに目を配る。

 音はまだ鳴り響いたまま。

 犠牲者を出さないという思いは時間の経過と共に強まり、焦りへと変換されていく。

 

「近いわね……」

「ええ、でもどこに……」

 

 美玲と真里亞は4階に上がったところで、音が更に大きくなったことに気付いた。

 4階はまるまるワンフロワを全国展開している衣料品ブランドが納まっている。ここもまだ客足は少なくがらんとして、店員もまだエンジンが入っていないような弛緩した空気に包まれていた。

 だが、そんな空間に虎視眈々と人間を狙うモンスターが鏡の中に潜んでいる。

 

「服屋は鏡が多いから困るわね……!」

「確実にこの階にいるはずよ。見逃さないで」

 

 二人は店内中をあちこち探すも、見当たらない。

 美玲は探しながらチャットアプリで下の階を探す燐と美也に4階に来るよう連絡を入れていた。

 スマホから目を上げた美玲。そして、気付いた。

 

「試着室……!」

 

 美玲の視線の先にあったのは試着室が並ぶブースであった。大きな店舗であるため、10に近い数の試着室が並んでいる。

 客が少ないため、ほとんどカーテンが開けられ使用されていないが、ひとつだけカーテンが閉じられて使用中のものがあった。

 

 中では、若い女性が試着のために服を脱いでいる最中。

 そこへ、モンスターの魔の手が向けられる。

 

「……え?」

 

 女性は鏡に映る自分を見て、不可思議なことに気が付いた。

 鏡の中の自分の首に、白い糸のようなものが巻きついている。

 そんな光景を見て、自分の首に触れない者はいないだろう。しかし、女性の首に巻きつく糸などはなかった。

 鏡に映る自分の姿はこれからこうなるのだぞという警告か、あるいは脅迫か。

 女性は恐る恐る鏡へと触れると、鏡面がまるで水面のように揺れて咄嗟に指を離した。だが、その離した指先には白い糸が付着していた────。

 次の瞬間、鏡の中から勢いよく糸が放たれ女性の身体に巻きついた。

 

「きゃ……っ!?」

 

 悲鳴をあげようとする口を塞ぐように、糸が女性の口の周りを覆う。

 このまま、女性は誰に気付かれることもなく、神隠しにあったかのように消え去る……はずだった。

 開け放たれたカーテン。

 女性は見も知らぬ少女によって試着室から引っ張り出された。

 拘束された状態だったので、女性は上手くバランスが取れず床に転んでしまうが、糸は切れたようで女性の命は守られたのであった。更に、助かったことで緊張の糸もほどけたのか女性は気絶してしまった。

 

「美玲先輩! あっ! 大丈夫です……」

「燐は見ちゃダメ」

「あっ……!」

 

 駆けつけた燐は倒れた女性に気が付いたが、女性は上だけ下着姿ということですぐに目を逸らした。

 気絶した女性は真里亞が近くの売り場から持ってきたコートで身体を隠してフォローした。

 

「店員が来る前に変身するわよ」

「はい」

「ええ、いきましょう!」

 

 三人は試着室に入り、それぞれ鏡に向けてデッキを翳した。

 変身ベルト、Vバックルが腰に巻かれ、燐は狭い試着室の中なのでいつもより小さく居合のような変身ポーズを。美玲はいつも通り、羽を広げるように腕を開く。

 真里亞はデッキを翳した左腕に右腕を重ね、交差させ────。

 

「変身」

「変身……」

「変身っ」

 

 白、青、銀の鎧を纏い三人はミラーワールドへ。

 アイズとヴァリアスはライドシューターに乗り、ツルギは専用バイク、スラッシュサイクルへ。

 一面の鏡世界を抜けて、反転した商業ビル内、一階のホール。

 狩りに失敗し、逃走するモンスターを追う三人のライダー達。すぐに蜘蛛型のモンスターを見つけ、攻勢に入る。

 

【SWORD VENT】

 

【SHOOT VENT】

 

【STRIKE VENT】

 

 ツルギは太刀、リュウノタチを手にして駆け、その後ろではアイズがアローウイングに矢を番えていた。

 ヴァリアスは契約モンスターのヴェイルーツが変化した姿のひとつ、巨鳥ジルコニスガルーダで蜘蛛型モンスターに挑む。

 

『キョョョン!!!!』

 

 蜘蛛型モンスターの前に躍り出たジルコニスガルーダが鋭い嘴と爪でつつく、引っ掻くなどの攻撃で蜘蛛型モンスターを怯ませる。

 そこへ、矢が飛来する。

 ジルコニスガルーダは背後からの矢を上昇して回避。ギリギリまで矢が見えなかった蜘蛛型モンスターに回避の時間はなく直撃。更に、太刀を手に駆けるツルギが一閃。

 蜘蛛型モンスターは爆発四散。エネルギーの塊である光が浮遊する。

 ジルコニスガルーダが捕食しようとするが、そこへ青い翼を持つガナーウイングが現れジルコニスガルーダの邪魔をした。どうやら、ガナーウイングも食事にありつきたいらしい。

 

「まったく……」

「分けあえればいいのだけれど……」

「……いえ、その必要はないみたいですよ」

「……どういう……」

 

 ツルギの言葉に疑問を抱いたアイズとヴァリアスであったが、その意味を即座に理解した。

 

「なに……」

「どこからこんな湧いて出てきたのよ!?」 

 

 ライダー達の目の前に広がる光景。それは無数の蜘蛛型モンスター達の群れであった。

 一体一体はそう大した強さではないが、とにかく数が異常。

 

「子蜘蛛か……」

「子蜘蛛?」

「親がいるんです、このタイプは」

「燐はよくそんなこと知ってるわね」

「ええ、まあ……」

「とにかく、これで餌問題はどうにかなりそうね」

 

 弓を構えるアイズ。ヴァリアスもまた短剣を構えて蜘蛛型モンスターを睨み付ける。

 

「ッ!」

 

 ツルギが駆け出したのを皮切りに、ライダーとモンスター達の戦いが始まる。

 ツルギが敵陣ど真ん中に斬り込んでいき、アイズが矢で援護し、ヴァリアスはカードを切った。

 

【SWORD VENT】

 

 ジルコニスガルーダは巨大な刃の尾を持った狼、パールスガルムへと変貌。

 蜘蛛型モンスターを尾で切り裂き、噛みつき、屠っていく。

 

「お待たせしました!」

 

 影守美也、仮面ライダーグリム見参。

 二振りの紅い斬を蜘蛛型モンスターに叩き込んでいく。

 

「これだけいればしばらくは食べなくてもいいよね!」

「そう調子に乗らないで。大した強さじゃないけど、数だけは多いんだから気をつけて」

「はい!」

 

 矢を番えながらグリムに注意したアイズ。彼女の後方、天井に張りついた蜘蛛型モンスターがアイズを狙っていた。

 それにツルギが気付き、リュウノタチを投擲。蜘蛛型モンスターは串刺しとなり爆発しアイズは助けられた。

 しかし、得物を失くしたツルギを見て蜘蛛型モンスター達はまずツルギを殺せと一斉にツルギに向かって糸を吐いた。

 敵陣中央にいたツルギは蜘蛛達からしたら格好の的。

 ツルギの四肢、首に糸が巻きついて拘束されてしまう。

 

「チッ……」

「燐!」

 

 ツルギを助けようとアイズ達は蜘蛛達を蹴散らしていくが、数の多さに阻まれ届かない。

 絶体絶命の危機に見えるが、ツルギはあくまで冷静だった。

 

『ゴアァァァ!!!』

 

 白い飛竜、ドラグスラッシャーが翼の刃でツルギを縛り付けていた糸を断ち切っていく。

 更にそこへ予想外の者達も現れる。

 一角を持つ白馬の肩に備えられたバルカンが火を吹き蜘蛛を穿ち、白金の身体を持つ巨大甲虫が天井をぶち破って蜘蛛を押し潰した。

 

『ヒヒィィィン!!!』

『ギィ……ギィ……』

 

 その二体は、日下部伊織と北津喜が契約しているモンスター。ユニコブースターとプラチナムヘラクレスであった。

 どちらも契約者が変身出来ず、今はデッキを燐が所有している状態。

 

「ははっ……そうだよな、餌貰えないでいたから腹減ってるよな……」

 

 身体に残った糸を払いながら、ユニコブースターとプラチナムヘラクレスに目をやりながら呟くツルギ。

 スラッシュバイザーを抜き、デッキからカードを引いた。

 白い風が吹き荒れ、スラッシュバイザーはスラッシュバイザーツバイへと鍛えられる。

 

「たらふく食わせてやるよ……」

 

【SURVIVE】

 

 ツルギはツルギサバイブへと変身。スラッシュバイザーツバイを鞘から抜き放ち、居合。風の刃が蜘蛛型モンスターの群れを一撃で斬り捨て、まずはユニコブースターとプラチナムヘラクレスのための食事を与える。

 

「ご飯あげたんだから、ちょっとは言うこと聞いてくれよ……!」

 

 軽く跳び上がり、ツルギサバイブはユニコブースターの背に跨がると疾走。白馬を駆り、白の剣士は戦場を流れる刃の風となる。

 白いマフラーは風に乗り、戦場を流れる流星のよう。

 竜巻を纏った刃が蜘蛛の群れを刃が斬り、嵐が砕いていく。

 

「……あの姿、圧倒的ね」

「ええ……」

 

 ツルギサバイブの戦いぶりを見たヴァリアスは感嘆の声を漏らすが、どこか悲観しているようであった。

 そして、乱戦はビルから外へ。

 蜘蛛達は形勢不利と判断して散り散りになって逃走していくが、ツルギサバイブはそれを許さない。

 デッキから引いたカードには、天に向かって吼えるドラグブレイダーに挑むモンスター達が描かれていた。

 スラッシュバイザーツバイの頭部を象った鍔のカード挿入口をスライドさせ展開。カードを装填させる。

 

【CALL VENT】

 

『ゴァァァァァ!!!!!!』

 

 天翔るドラグスラッシャーの姿がドラグブレイダーに変化。

 その咆哮は蜘蛛達を釘付けにし、逃走から一転しツルギサバイブへと向かっていく。

 更に、ツルギサバイブはカードを切る。

 

【STRANGE VENT】

 

 ストレンジベント。

 そのカードが読み込まれると、カード挿入口が開き、再びツルギサバイブはカードを装填させる。

 

【UNITE VENT】

 

 ドラグブレイダーの元に、ユニコブースターとプラチナムヘラクレスが集い、3体のモンスターが融合を果たす────。

 

『ゴギャアァァァァ!!!!!!』

 

 生まれしは、ケンタウロスを思わせる超獣戦士。

 ドラグブレイダーの上半身とユニコブースターの下半身が合体した白き巨躯に、プラチナムヘラクレスの白金の重装甲を身に纏う。両手にはプラチナムヘラクレスの角を思わせる白金の刃の太刀を持ち、ドラグブレイダーの頭部にはユニコブースターの一角が加えられた。

 

 竜甲騎ドラグレスブースター、爆誕。

 

 蹄の音を打ち響かせ、巨獣は脚部に装備されたブースターを用いてダイナミックに機動。その巨体からは想像もつかない身軽さでドラグレスブースターは大地を揺らしながら迫る蜘蛛の群れを蹴散らし、切り裂き、屠っていく。

 

「親蜘蛛はいないのか……!」 

 

 ツルギサバイブは子蜘蛛を産み出した元凶である親蜘蛛を探していた。

 しかし、現れるのは子蜘蛛だけ。

 近くには親蜘蛛はいないようだとツルギサバイブは、この戦いを切り上げるべく最後のカードを切った。

 ツルギの紋章、ピアースの紋章、リーリエの紋章。三つが描かれたファイナルベントである。

 

【FINAL VENT】

 

「ゴギャァァァァ!!!!!!」

 

 ドラグレスブースターが両手の太刀を交差させ、空に向かってバツ字の斬撃波を放つと、空は裂かれ、異次元へと繋がる穴が穿たれた。

 ツルギサバイブはスラッシュバイザーツバイを天へと掲げ、静かにモンスター達へと切先を向ける。

 次の瞬間、天から放たれる数多の剣が蜘蛛を貫き、切り裂き、斬り捨てる。

 ドラグレスブースターが斬った空から、ツルギが用いる刀剣が雨となって降り注ぐ。

 千の剣の中、不動の剣士。

 ツルギサバイブは無数の蜘蛛の亡骸と剣で囲まれ、スラッシュバイザーツバイを鞘に納め────爆発。

 ツルギサバイブを中心に巨大な爆炎が噴き上がり、戦いの終わりを告げる。

 無数の金の光が空へと昇っていくのを背にして、ツルギサバイブはミラーワールドを後にした。

 

 

 

 

 

 

「燐、大丈夫?」

 

 ミラーワールドから出た燐を追い、美玲がその背に声をかけた。

 振り向いた燐は笑顔を作り、美玲に見せる。

 

「大丈夫も何も、一撃も食らってませんよ。あれぐらいのことじゃ全然問題ないですって」

「それは、そうかもしれないけど……。でも、そういうことじゃなくて……」

「……仕留め損なったのがいるかもしれないので、この辺り探索してきます!」

「ちょっと、燐……!」

 

 美玲が呼び止めるも、燐は走り去っていく。

 遠くなる背中に美玲は手を伸ばしかけ、力なく右手を下ろした。

 やがて燐の姿は群衆の中に消えて、美玲の胸に不安が過った。

 

「追いかけなくていいの?」

 

 そんな美玲の隣に立って、真里亞が問いかけた。

 

「……あなたには関係ないでしょ」

「そうね、関係ないかも。……ちょっとついてきてもらえる?」

「何処に」

「別に何処でもないわ。ただ歩きながら話したいだけ」

 

 逡巡の後に、美玲は真里亞の申し出を聞き入れた。

 二人揃って歩き出したところ、美也が二人を見つけて駆け寄る。

 

「どこ行くんですか~! あと燐くんは~!?」

「あ、ごめんだけど美也は別行動してて」

「……燐も単独行動中だから。合流すれば?」

 

 それじゃあと美玲と真里亞は去っていく。

 取り残され、立ち尽くす美也は唖然とするしかなく……。

 

「結束力がない!」

 

 そう叫ぶしか、美也には出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し歩いて、人通りの減ってきたあたりで真里亞が口を開いた。

 謝罪がしたいと。

 

「謝罪? 私、あなたに何もされてないけど」

「ううん……。私、鐵宮達のグループに賛同したの。あなたとアリスの命で皆の願いが叶うってやつ。だから、ごめんなさい」

 

 立ち止まり、真里亞は美玲に頭を下げた。

 そんな真里亞に背を向け、美玲は言った。

 

「やめて。別に怒ってもないし、今現在こうして生きてるから」

「……ありがとう」

「なに? 話したいことってこれのことだったの?」

 

 振り返り、もう一度真里亞と向き合った美玲が訊ねると、真里亞はバツの悪そうな顔をした。

 

「そう、だけど……」

「呆れた。そんなこと、いちいち気にするような性格でよくライダーバトルやってるわね」

「わ、悪い!?」

「悪くない。そういう人間の方が好ましく思える」

 

 美玲は微笑みながら言うと、真里亞もまた自然と笑顔となる。

 笑顔は伝播するものなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 往来で、すっげぇだせぇ手作りの看板を手にして、ぼうと立っていた。

 

「あなたが引いたカードは……ずばり、これですね!」

「そうです! ハートの8です!」

 

 集まった客達が拍手をし、あいつを称える。

 バカだが天才マジシャン。素人がやるそれとは違い、観客の前で行うだけの質の違いがあるというのは、アタシにも分かった。

 毎日、ひっそりと練習している姿を見てもいる。

 称えられるのは当然だ。

 そして、良いものを見たと煎餅が入っていた缶に小銭が投げられる。

 いかにも生活に余裕がありそうな奴が札を入れることもある。

 普段は気に食わないが、今はそうしてもらわないと困る。

 まだ、アタシとバカの経済は逼迫しているからだ。

 

「結構稼げたね! これで庭の鳩達を食べなくてもよさそうだよ~!」

「お前、あいつら食おうとしてたのか!?」

「じょ、冗談だよ冗談……」

 

 庭の鳩はマジックで使われる鳩のことだ。

 冗談とはいうが、本当に限界の時は……といった風にアタシには聞こえたぞ。

 

「さあ! この調子で午後も稼ごう……の前にお昼だね。ひとまず、一人あたりの食費は……200円で」

「んだそれ……。腹の足しになんのかよそれ」

「そ、そこのスーパーなら安いパン1個とジュースで200円以内になるから!」

「……アタシはいいから、お前400円使っていいぞ」

「ええ!? ダメだよ瀬那ちゃんと食べないと! 一日三食五十品目だよ!」

 

 パン一個とジュースとか言ってた奴が何を言う。

 

「少食だし、一食ぐらい抜いても平気なんだよ……。それに、働いてる奴がちゃんと食った方がいい。腹が減って倒れたとか言われても困るからな」

「なんか私が食いしん坊みたいじゃんそれ! ふん! いいよ400円分きっちり使ってきてやる!」

 

 そう言い残してスーパーへと駆け込んでいくバカ。

 食いしん坊なのは事実のくせに。 

 アタシは別に腹が空いていない。これも事実だ。

 ただ……食わないことには、慣れていた。

 飯がないなんてことは、日常茶飯事で。あっても、すぐに腹が減るぐらいのものしかなくて。

 ああ、そう、だから、あいつと契約した時に腹いっぱいの飯という条件を突き付けた。

 ……あれ、その条件もしかしてここ最近は破られてないか?

 契約不履行。

 アタシがモンスターだったら、あいつを食っているところだろう。

 まあ……いいか、この際。

 何度も言うが、アタシはあいつやモンスターほど食い意地は張っていない。

 

「……あいつは……」

 

 あいつから差し出された……と言うと語弊がありそうだが、メモリアカード。

 あいつの願いは、人の驚くところが見たい。

 それは、さっきのようにマジックで。

 

「あいつの願いは……」

「お待たせ~!」  

 

 うるさい声が響いた。

 思考が一気に乱される。レジ袋を振り回して走ってくるバカに。

 

「はい瀬那の分」

「……バカかよ」

 

 差し出されたあんぱんと牛乳を見て、自然と出た言葉だった。

 

「だって一人だけ食べるのヤなんだもん」

 

 そう言い、あんぱんの袋を開けながらアタシの隣のフェンスに寄りかかる。

 あいつが開けたので、アタシもあんぱんの袋を開けた。

 あんぱんぐらいなら、今の胃にも入る。

 

「なんであんぱん」

「え、ハリコミみたいでカッコよくない?」

「どこが、ハリコミなんだよ……。外で食ってるだけだろ」

「いいじゃん。気分だよ気分」

 

 そーですか、とかぶり付く。

 安い味。というか、いつもの味というか。

 あんぱんみたいなものでも、良いものは美味いのだろうか。そんなのは、食べたことがない。

 牛乳も紙パックのもの。ストローを刺して、吸う。

 こうしていると給食を思い出す。

 給食で一日の空腹をなんとかしていたのだ。

 

「あー!!!!!」

「ッ!? ゲホッ!?」

 

 突然バカが叫ぶので牛乳が変なところに入ってしまって噎せた。 

 このバカなにを……。

 

「見て見て瀬那あれ! あいつ!」

「けほっ……どいつ……。あいつ!」

 

 バカが指差した方向を見ると、少し遠いがあの変態クモ女が歩いていた。

 あのバカみたいにデカイ胸は間違いない。

 

「行こう瀬那! ヤろうあいつ!」

 

 やたらと血気盛んなバカはクモ女を追いかけようとする。 

 その腕を、アタシは掴んでいた。

 

「瀬那? どうしたのあいつ倒そうよ」

「待てよ……。そんな、急いだって……」

「瀬那の願い叶えなきゃでしょ! そのためだったら……」

「ダメだ!」

 

 牛乳がアスファルトに叩きつけられた。

 そのことで、ふと我に帰るも、声を荒げてしまったことは事実だ。

 

「瀬那……?」

「……いや、悪い……」

 

 掴んでいた腕を離し、そっぽを向いた。

 あわせる顔というものが、どんなものか忘れてしまったような感じで。

 

「ごめん……。瀬那にも、作戦とかあるもんね……!」

「いや、アタシは……」  

 

 お前を、戦わせたくない。

 その一言が言えなかった。

 でも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか、日が落ちていたような感覚に陥る。

 午後もマジックショーで金を稼いで、アタシも客寄せで手伝っていたはずなのだが、いまいち記憶がない。

 

「ふふーん。結構稼げたね! この調子でお金をゲット!」

「……ああ」

「……瀬那、お昼のこと怒ってる……? 勝手に戦おうとしたから……」

「違っ……怒ってなんかない……。ただ、その……」

 

 言いかけて、言葉が詰まって。

 言いたいことは一つなのに、肺のあたりが酷く痛んで、口に出来なかった。

 そんなアタシを嘲笑うかのように、鏡が、ミラーワールドが、鳴いた。

 

「モンスター!」

 

 咄嗟にデッキを手にし、近くのシルバーの車を鏡にしてデッキを翳した。

 

「変身!」

「待ってよ瀬那! 変身!」

 

 鏡の中へ入り、ライドシューターへと乗り込みミラーワールドへ。

 あいつが追いかけてきて、並走しながらミラーワールドへ。

 モンスターは……巨大な蜘蛛であった。

 蜘蛛と縁のある一日だ。

 

「行こう瀬那! 私達のご飯も大事だけど、モンスターのご飯も大事だよ!」

「そうだな、いくぞ」

 

 ジャグラーは鞭を構え、アタシは蜂の腹みたいなデカイ手甲を右腕に装備して大蜘蛛へと向かっていく。

 振るわれる鞭は、大蜘蛛が口から吐き出した糸が迎撃し届かない。

 アタシは飛び掛かり殴り付けようとするが、長い前肢に弾かれて民家のブロック塀に叩き付けられた。

 

「くそっ!」

 

 立ち上がりながらデッキからカードを抜く。

 黄金の翼。その背景には、赤い液体が濁流となって流れている。

 SURVIVE 血河。

 ベルトに提げていた剣型のバイザーを左手で逆手に持つと、手甲型のクインバイザーツバイへと変化。 

 赤黒い血がアタシを包み、アタシは更に変身する。

 

【SURVIVE】

 

 仮面ライダースティンガーサバイブ。

 この姿なら、絶対に遅れは取らない……!

 

【SPIN VENT】

 

 クインバイザーツバイから鋭い針が露出し、甲高く唸りを上げながら高速回転を始める。

 大蜘蛛はアタシに向かい、再び前肢で攻撃してくる。

 鋭い脚の先端で突き刺そうというつもりか。だが、こっちにだって鋭い針はあんだよ!

 

「でやぁぁぁ!!!!!」

 

 クインバイザーツバイの針と大蜘蛛の脚が衝突。

 粉々に砕け散るのは……大蜘蛛の脚であった。

 

「瀬那強い!」

「……終わらせる!」

 

【FINAL VENT】

 

 アタシの契約モンスター、クインビージョが空から現れる。クインビージョの姿が、鏡が割れるようなエフェクトの後に進化。

 女帝蜂皇クインヴィーナス。

 シャープなスタイルとなり、鋭い針を備える腹部に纏われる優雅なドレスのスカートのような、女帝に付き従う兵隊達の巣。

 無数の巨大なスズメバチのようなモンスターが巣から出撃し、大蜘蛛の全身に纏わりついて拘束。

 動きが止まったこの隙に、クインヴィーナスの肩に飛び乗る。それを合図に、クインヴィーナスの身体が変形する。

 仰向けとなり、腹部を覆っていた巣が翻りクインヴィーナスの上半身を隠すと同時に露となる、バイクシート。

 せり出した二輪がアスファルトに接触し、アタシはクインヴィーナスが変形したマシンへと跨がった。

 

「こいつはいい」

 

 アクセルをふかすと、クインヴィーナスの巣は過剰にも見えるほどのブースターとなって、一斉に点火。

 拘束された大蜘蛛に向かい、一直線に駆けていくマシンは目で追えぬほどのスピードに達し、赤い閃光だけを残して、大蜘蛛を貫いていた。

 爆発し、大蜘蛛のエネルギーが飛んでいく。

 クインヴィーナスから降り、モンスターの姿へと戻ったクインヴィーナスはエネルギーを捕食し、飛んでいった。

 

「さっすが瀬那! 一瞬だったね!」

「まあ、な……」

 

 駆け寄り、興奮気味で話すジャグラーに相槌を打っていると、バイクの音が近付いてきた。

 この世界で、そんなの乗ってる奴なんて……。

 

「ツルギ……」

 

 白いバイクを駆るそいつは、アタシ達の前で停まる。

 すると、バカが声をかけた。

 

「遅いよ~? モンスターならもう瀬那が倒しちゃったもんね~!」

「そう、みたいですね……」  

 

 ツルギはそれだけ口にすると、アタシに緑に光る鋭い目を向けた。

 ……言わんとしたいことは、分かっている。

 

「どうするー? 私達と戦っちゃう~? 今の私達は誰にも負けない最強コンビだぜ~!」

「……」

「……」

「……え、ちょっとノリ悪いよ?」

「おい」

「なに瀬那……」

 

 右腕が、振るわれる。

 鋭く、抉るような拳が、ジャグラーの下腹部を捉える。

 

「え────」

 

 状況が飲み込めていないようだった。

 そっと距離を取ると、粉々に砕け散ったデッキが落ちて、ジャグラーの変身が解ける。

 それで、ようやくこいつは事態を飲み込めたらしい。

 

「なん、で……なんで瀬那!?」

「……お前は……」

 

 戦うな。

 戦わなくていいんだ。

 アタシに付き合う必要なんてない。

 ああ、そうだ。

 こいつの願いはライダーバトルで叶えるもんじゃない。

 今日みたいに、マジックで……人を喜ばせるのがこいつの願いだ。

 こんなところにいる必要はないんだ。

 こいつは、もう……ライダーバトルに関わらせちゃいけない。

 

「……ッ!」

「待って瀬那!」

「来るな! お前とは、もう会わない……!」

 

 振り返ると、力なく地面に座り込んでいた。

 ツルギに目を向ける。

 昨日の約束を、再度確認するため。

 

「あいつをライダーバトルから降ろす。デッキも壊す。そしたら、アタシはあいつとは別れる。だから、出来る限りあいつのことを……守ってくれ」

 

 そう、昨日約束したのだ。 

 次会ったら殺すとも言ったけれど、最優先はこれだ。

 少なくとも、ツルギならば、御剣なら、人を守るために戦うこいつならと、託した。

 だから、頼んだよ……。

 

「……」

 

 言葉はなかったがツルギは頷き、アタシの想いに応えてくれたようだった。

 ああ、だから、もう……こいつから……茜とは、さよならしなくちゃ……。

 もう絶対に振り返らない。

 ミラーワールドを後にした。

 夜道を走り、出来るだけ遠くへ、遠くへと。

 一刻も早く、遠ざからないとアタシは────。

 

 




ADVENTCARD ARCHIVE
ファイナルベント(スティンガーサバイブ)
ブラッドラインスティング
8000AP

バイクモードに変形したクインヴィーナスで相手に突撃する。
クインヴィーナスの針での刺突もあり、恐るべき貫通力を誇る。


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MIRACLE WORLD
MIRACLEー1 波乱のデート


さて、遂に始まりましたMIRACLE WORLD。
キャス聞いてくれてる人は知ってると思いますがミラクルワールドはもうその名の通りどんなミラクルも起き放題な時空です。
本編のようなギスギスも暗さもないのでご安心を!
あのキャラこのキャラがわちゃわちゃやる時空ですので頭空っぽにしてお読みください!


 夏。

 それは、誰もが開放的になる季節。

 青い空、白い雲、照りつける日差し。

 この三拍子が揃えば人は若さを持て余し、あんなことやこんなことをしてしまうのだ。

 さて、ここ聖山市は夏になると観光客で賑わう街だ。

 凪河区の凪海岸では海水浴が出来るし、海水浴客を狙ったホテルや旅館も多く存在している。

 また、沼田区の方に行けばキャンプが出来る。

 それでいて聖山市の夏は涼しく、避暑地になるのだ。

 そして、若さとリビドーに溢れた若者がここにも……。

 

 聖山駅西口時計台。

 聖山市民は必ずといっていいほどここを待ち合わせ場所にする。

 そのためここには多くの人達が待ち人を今か今かと待ちわび、久しぶりの再会に色めきたったり、さあ出かけようと時計台を後にしていく人達で溢れている。

 

 午前9時30分。

 

「少し、早すぎたわね……」

 

 燐との待ち合わせの時間は10時なので30分前というのはかなり早い。

 家にいると心臓が高鳴って、いてもたってもいられず家を飛び出してきたのだが……。

 

「燐も早く来てたり……しないわね、流石に」

 

 あと30分。 

 気長に待とうと思いスマホを手に取ると、ふと燐の声が聞こえた気がした。

 まさかと思って辺り見渡すと……いた。

 まだ約束の時間まで30分もあるのに。

 来て、くれていたんだ。

 そう思うとすごく嬉しくなって……。

 

「君結構可愛い顔してるね~。いま暇なの?」

 

「ちょっと遊ばない?」

 

「い、いや僕は……」

 

 ……。

 なんて、こと。

 まさかこんな午前中にああいう連中がいるとは思ってもみなかったがそんなことよりもまず燐の救出が最優先だ。

 

「すいません。彼は私の連れなので。ほら、行くわよ燐」

 

「えっ美玲先輩……」

 

 無理矢理燐の腕を引っ張ってあの不埒な女達から引き離す。

 まったく、あんなのと関わったら燐が変な影響を受けてしまうかもしれない。

 時計台から離れるように歩いて少し。

 もういいか……。

 

「まったく……。きっぱりと断りなさい。ああいうのは」

 

「あはは……ごめんなさい」

 

 申し訳なさそうな笑みを浮かべ謝罪する燐。

 それにしても、なんであの時間に時計台にいたのか。

 約束の時間までまだ30分あったというのに。

 

「なんか、その、久しぶりのデートだったのでテンション上がっちゃって……」

 

 ……ずるい。

 そういうことを言われると、嬉しくなってしまう。

 燐も、私と同じ気持ちだったと思うととても嬉しくて、顔に出ないか心配になって顔を背けた。

 

「じゃあちょっと早いですけど行きましょう美玲先輩」

 

 私の手を握り、駆け出す燐。

 まったく、もう……。

 もう……。

 

 

 

 

「やあ美玲、燐君。デートかい?」

 

 なんで、こういう時に限って、知り合いと出会すのか。

 聖月パレスタウンの二階。

 女性向けのファッションだとか化粧品だとかの店が軒を連ねる階である。

 ここでちょっと(美玲基準)服を見たあと、燐の服を見てあげようと思っていたのに……。

 

「射澄さん!それに美也さんも。二人で買い物ですか?」

 

「うん。女二人で悲しくね……」

 

 やはり、女性向けの階なので女性が集まる。

 ……むう。

 学校で顔を合わせる面子とこんなところでまで顔を合わせなくたっていいじゃないか。

 それに立ち話なんかして……。

 

「あはは……。それじゃあ僕達はこの辺で……」

 

 燐……!

 手早く会話を切り上げようとしている……!

 あの燐が!

 これまでは優しさ故に自分から話を切り上げるなんてこと出来なかった燐が!

 私は子供の成長を見たような気分だった。

 だが……。

 

「あ、ちょうどいい。燐君に少し協力してほしい」

 

「えっ?ちょっと!?えぇ!?待ってください射澄さん!引っ張らないでください!」

 

 射澄に引っ張られていく燐。

 呆然とその光景を眺めていた。

 いや、ちょっと待ちなさい射澄!

 

「な、なんだい美玲!私の邪魔をするのかい!」

 

「それはこっちの台詞よ……!」

 

「いだだだだだだだぁ!!!!」

 

 引っ張られていく燐の右手を掴み取り、射澄から引き離そうとするが射澄は燐の左手を離さない。

 いくら射澄であってもこんなこと許してなるものか……!

 

「ちょっとぐらい借りてもいいだろう美玲!」

 

「ちょっとと言いつつ丸一日潰すでしょう射澄!そもそもこっちはデート中なんだから気を使いなさい!」

 

「いだだだぁ!!!ど、どっちか手離してぇ!」

 

「ひゅーひゅー。モテる男は違うね~」

 

 待ってて燐。

 すぐこの読書馬鹿から助けてあげるから。

 

「そもそも燐を使って何をする気?変なことに利用しようというのならただじゃおかないわよ」

 

「変なことなんてとんでもない。ただ男性はどんな下着を好むのか知りたかっただけだよ」

 

「充分変なことよそれは!」

 

「美玲は気にならないのかい!燐君の好みというものが!」

 

 なっ!?

 燐の、好み……。

 それは確かに気になる……。

 

「はい、燐君ゲット」

 

「しまった!?」

 

 不覚……。

 まさか、ちょっと心が揺らいだ隙に……。

 ああ、このまま四人でどこぞのランジェリーショップで燐が辱しめられて……。

 

「ごめんなさい射澄さん。今日は美玲先輩とデートなので」

 

 えっ……。

 燐が、断った。

 あの燐が。

 人の良い燐が。

 

「ふむ……燐君がそういうのなら仕方ない。では日を改めて」

 

「はい。日を改めて……えぇ!?日を改めてもそんな下着とかそういうのは……」

 

「冗談だよ冗談(本気)。それじゃあデート楽しんで。邪魔して悪かったね。行くよ、お団子君」

 

「はーい。それじゃあまた学校でね~」

 

 こうして、二人は退散していった。

 ……まあ、なんとか二人きりにはなれたか。

 

「見ました美玲先輩?僕だってちゃんと断れるんですよ?」

 

 得意気な顔を浮かべた燐がそう告げた。

 まったく……。

 

「今度はもっと早く断りなさい」

 

「は~い」

 

 間延びした返事をする燐の頭を軽くチョップしてから私達も歩き出す。

 まだまだデートは始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

「ねえ燐君。こっちとこっちがどっちが良いかな?」

 

「アヒャ!そっちじゃなくてこっちとこっちならどっちがいい?」

 

 ……なんで、こうなるの。

 夏なので水着の店が出ていたのだが今日は別に水着を見に来ていたわけではないので素通りしようとしたところ捕まってしまった。

 変態に。

 

「いいから行くわよ。無視よ無視。目合わせちゃ駄目よ」

 

「あぁん!イケズ!」

 

「けど貴女の攻めじゃ足りないの。燐君からの何気ない一言で蔑まれるのがいいの!」

 

 これだからこの変態は……!

 付き合うだけ時間と体力と精神の無駄。

 とっとと行くに限る……!?

 

「ねえ燐君はどう思う?」 

 

「どっちがアタシに似合うと思う?」

 

 くっ……燐の腕に抱きつくなんてこのデカ胸女……!

 殺す。

 いや、自分だってないわけではないしある方だと思うが規格外のこれには勝てない……。

 燐もきっと鼻の下をのばして……!?

 あ、あれは……!?

 

「あの、離れてくれませんか。公衆の面前でこんなことして恥ずかしくないんですか?さっきも美玲先輩の言葉にあんなに反応して……本当、変態なんですね」(黒スイッチON)

 

 あれは黒燐!

 普段心優しい燐だが時に黒い面を見せる時があるがそれは稀なこと。

 まさか、こんな変態と出会ったことで出てきてしまうなんて……。

 

「『はぁぁぁぁん!!!』」

 

 ……こんな変態と知り合いだと思われたくないし燐にも悪い影響が出るかもというか出ているので、燐の手を引いてこの場を離れた。

 

 

 

「ママ~。あのお姉ちゃんなにしてるの~?」

 

「見ちゃ行けません!」

 

 

 

 

 

 その後も……。

 

「やあ燐君!こんなところで出会うなんて正に運命……。ところで、これ着ない?」つメイド服

 

「なにそれ見てみた……着ないわよ」

 

「君ちょっと絵のモデルに」

 

「なりません」

 

「我等が神【ワコッキー】をあなたは信じますか?」

 

「信じません」

 

「これから一緒に殴りに行こう!」

 

「行きません」

 

「燐君。君には私が頂点に立つまでをしっかりとレポートしてもらわねば……」

 

「しません」

 

 

 

 

 

 聖月パレスタウンを出て、近くの公園のベンチに二人で座った。

 まだお昼を過ぎたばかりなのだが、かなり疲れた……。

 特に、精神が……。

 

「なんでこんな日に限って知り合いと顔を合わせるのよ……」

 

 折角のデートだというのに、まるでデートをしている気分にならない。

 なんて巡り合わせの悪い日。

 だけどあいつとは出会ってないからまだマシな部類……。

 

「燐くーーーん!!!」

 

 この、声は。

 遠くから猛ダッシュしてその勢いのままに跳躍。

 燐に向かって飛び掛かってきたこの女は……!

 それよりも、こいつの迎撃だ。

 

「燐ちょっと右に退けて」

 

「はーい」

 

 もう燐も慣れたものなのか、あいつが燐に抱きつく直前にひょいと横にずれるとあいつは後ろの植込みに突き刺さった。

 しかしすぐに植込みから上半身を抜くと、私に向かって猛抗議してきた。抗議したいのはこちらだ。

 

「まだ諦めてなかったの?いつまでも燐を追いかけてないで他の男でも追っかけてたらアリス?」

 

「諦めたらそこで試合終了人生終了です。恋する乙女は狙った獲物が例え他の女の物だろうと奪うつもりでかかる肉食獣なんですよ美玲先輩?」

 

 睨み合う。

 とにかく睨み合う。

 この女だけは許してはおけない。

 燐と私が付き合っていることを知っていてなお燐へのアピールを止めない恐ろしい恋に恋する少女。

 宮原アリス。

 それが不倶戴天の敵の名前。

 

「ま、まあまあ二人とも落ち着いて……」

 

「燐は少し黙ってて」

 

「きゃー美玲先輩こっわ~い。こんなおっかない年増よりも同い年かつ天真爛漫。虫さんも殺せないアリスの方が燐君もいいですよね~?」

 

「あっゴキブリ」

 

「死んでください。あっ」

 

「本性が出たわね女狐」

 

「虫さんは殺しませんが不快害虫と経済害虫には容赦しないアリスです。これでお家のゴキブリ対策も万全ですね!」

 

「それ、まるでアシダカグモみたいね。学校で軍曹ってあだ名広げてあげるわ軍曹」

 

「なんて不名誉なあだ名!?けど燐君はちゃんと私のことアリスって呼んでくれますもんね。むしろ愛する人にだけ名前で呼ばれるってロマンチック……」

 

「ん?呼んだ?軍曹?」

 

「燐君!?」

 

 ふっ。

 やはり燐は私のもの……。

 

「アリス~!待ってくださ~い!」

 

 ……あっちも来たか。

 まあ、妹の方は警戒の必要はなし。

 

「まったく鏡華はだらしないですね……。ほら、息整える。ひっひっふー」

 

「ひっ……ひっ……ふー……」

 

「それ違うやつだよ鏡華さん……」

 

 まったくこの双子姉妹は……。

 

「そうだ鏡華!鏡華はあの年増とこの私どっちが燐君にお似合いだと思う?」

 

 この女……。

 大体一歳しか違わないだろうにこの女。

 それに妹というあからさまに向こうが有利になる相手に聞くとか本当にこの女。

 いつか絶対にお灸を据える。

 

「えーと、そうですね……。まあ、私としてはどちらでも構いません」

 

「なっ!?」

 

 へえ、意外な答えが……。

 

「だって、最後には御剣君は私のものになるんですから」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「最終的に私のもとに来てくれれば何をしようと、誰と付き合おうと関係ありません。最後に私が、御剣君を綺麗にしてあげるんですから」

 

 とてもいい笑顔で、当然のことのように言い放った。

 ……一番恐ろしい敵は、彼女かもしれない。

 この日から私とアリスはちょっとだけ仲良くなった。

 ちなみにデートはこの二人も付いてきた。

 もうマジこの女達。

 ピー(自主規制)




というわけでミラクルワールド。
どんなミラクルも起き放題。
別に時空が繋がってるわけではないのであんなルートこんなルートも書けますねグヘヘ。
北先輩に女装子堕ちさせられる燐君とか……(作者の趣味)
好評なら続きます笑


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SUMMER !!!!!!

こちらの話は本編とは違う周回で起こった話になります。
本編と似たようなことがあったという前提で読んでください。

ハージェネ参戦作品で夏のギャグ回をやろうということで生まれた話です。
よろしくお願いします!


 夏。

 外は今年の聖山市最高気温を記録する37度という猛暑。

 こんな日は冷房の効いた家にいるのが大正解。

 エアコンと扇風機をフル稼働させた部屋は正しく天国だ。

 薄着でソファに寝転がり、なんとなくつけているテレビをBGMにして怠惰を貪る。

 たまにはこんな日があったっていい。

 前日まで夏休みの課題に勤しみ、残りの日数はもう課題とはおさらばしたのだ。当然、自学自習はするがやらなくてはいけないことがなくなったのは最高の気分。

 解放感が素晴らしい。

 今日一日はこの気分を味わっていようと思った矢先、スマホが震えた。

 親戚で、近所に喫茶店アイスルームを営んでいる美緒さんからの電話。 

 珍しい。何の用だろうか。

 

「……もしもし」

『あ、美玲? 今は夏休みだよね?』

「そうだけど……」

『実は美玲に頼みたいことがあって……』

 

 それが今日という日の。いや、この夏の命運を決めた。

 私にとって、忘れることは出来ないだろう夏の記憶────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球には重力というものが存在する。

 重力に逆らうなんてことは出来ない。

 だからアタシの手から滑り落ちたマグカップがその場で浮かぶようなことはなく、床へと落ちて……。

 落とし方が悪かったのだろう。

 丈夫だと思っていたマグカップは見事に割れた。

 

「あーーーー!!!!!!!」

 

 このマグカップの本来の持ち主であるバカこと撒菱茜が悲鳴を上げる。

 

「私のお気に入りのマグカップだったのにぃ!!! うわぁぁぁん! マグちゃぁぁぁぁん!!!!」

 

 更には泣き出す始末。

 高校生がこんな声をあげて泣きわめくものだろうか。

 いや、それよりもまずは……。

 

「いや、その、ごめん……」

「う"わ"ぁぁぁぁぁぁぁぁん"!!!!! マ"ク"ち"ゃぁぁぁぁん"!!!!」

 

 とにかく泣く、泣く、泣く。

 こちらの謝罪を聞いてはくれない。

 ここまで泣かれると鬱陶しいと感じてしまい、アタシも声を荒げてしまった。

 

「ああもう泣くなよマグカップぐらいで!!!」

「マグカップぐらいでってなにさマグカップぐらいでって!!! 大体人の物使って壊して逆ギレってどうなのさ!」

「それは謝っただろ! アタシが言ってるのはみっともなく泣き喚くなって話! そのマグカップは……その、弁償する」

 

 壊してしまったのだ、それぐらいは当然。

 少し懐が寂しくはなるがそんなことを言ってる場合ではない。

 

「今の瀬那に払えるの」

「馬鹿にするな。アタシだってそれなりに金は……」

 

 そのあと、バカが口にした額を聞いてアタシは目を見開いてバカを見た。

 いや、マグカップがそんな値段するとは思わないじゃん……。

 

 

 

 

 

 夏の日差しを背に受けて、項垂れる少女がいた。

 彼女は黒峰樹。

 樹の視線は、側溝に向けられて固まったままで……。

 

 

 落とした。

 落としてしまった。

 お気に入りの、イヤホン。

 

「最、悪……」

 

 最早、手に取ることも躊躇われるというか絶対に無理。

 お気に入りで愛していたはずなのに今では汚物としか見れない。

 なんて、無情。

 

「結構高かったのに……。あれじゃないと音楽聞く気になれない」

 

 買い直そうと思ったが結構いいやつなんだあれは。

 すぐに買おうと思って買えるほど今の私の経済状況はよろしくはない。

 仕方ない、諦めてしばらくは安いイヤホンを使おうと思い再び歩き始める。

 通り過ぎる家、家、喫茶店……。

 ふと、足を止めた。 

 喫茶店の壁の貼り紙が目についた。

 

「短期アルバイト、募集……」

 

 履歴書不要!

 詳しくはお気軽に店長までと書かれている。

 短期……。

 恐らくはこの夏のシーズンぐらいではないだろうか?

 聖高の生徒も夏休み中にバイトする生徒は多いので、恐らくそれ狙い。

 

「……」

 

 なんとなく、なんとなくだが気になってこの喫茶店に入る決意をした。

 夏休み中は別になんの用事もない。

 バイトすることに関しても恐らく何も言われない。

 むしろ良いことだと言われるかも。

 それにここでの給料で新しい、もっといいイヤホンを買えたり……。

 そういうわけで扉の前で一度深呼吸。

 ドアベルの音と共に店内に入ると、見知った顔が。

 

「いらっしゃいま……。って、貴女……」

 

 最初はビシッと決まった、仕事出来そうなウェイトレスさんだと思ったし、なんならこの人が店長なんじゃないかと思った。

 しかし彼女は咲洲美玲。

 私と同じライダーで、戦ったこともある相手。

 学校の制服姿の彼女しか見たことはなかったが、ウェイトレスらしいフォーマルな黒いベストとパンツスタイルの今の姿はなかなか様になっている。

 

「あら、いらっしゃいませ。もしかして、バイト希望の子?」

 

 キッチンの奥から現れたもう一人の女性。こちらが店長さんのようだ。

 あいにくと敵と同じ場所で働くなんてことはしたくないのでバイトはまた少し考えよう。

 

「さあさあ面接するからこっちだよ~」

「え、その私は……」

 

 無理矢理背中を押されて、この人が出てきたキッチンの奥の部屋に通される。

 これが全ての始まりである。

 そして、私の夏の終わり……。

 

 

 

 

 

 蝉が鳴いている……。

 なんてことは夏なので当たり前のこと。

 だから特別気にも止めないが、あるものが目に止まった。

 

「短期アルバイト、募集……。履歴書不要……」

 

 金をちっとばかし必要としているアタシにとっては僥倖とも言えるが……。

 

「喫茶店とかアタシには無理だろ……。接客業とか無理無理。もっと別のにしよ。てか、金髪とか採用しないだろ……」

 

 自分には無理だと思い、踵を返して再び歩き出そうとした瞬間、目の前に女の人がいた。

 

「もしかして、うちでアルバイト希望の子かな?」

「い、いやっ、アタシは……」

「ふむ……ふむふむ。さあさあ面接しようね~。大丈夫もう合格してるから気楽に気楽に」

 

 抗議するも強引に背中を押され店に。

 そうして入った店の中には……。

 

「「あ」」

「あ」

「ん? なに? みんな知り合い? それはよかった仲良く働きたまえ~」

 

 こうして、アタシも含めたライダー三人がひとつの店でバイトすることになった。

 これは、夏の暑さが見せる幻と自分に言い聞かせたのだがどうもこれは現実らしく頭を抱える羽目になった。

 

 

 

 

 

 さて、いよいよ三人揃って働くことになったのだが……。

 

「なんでアタシだけメイド服なんだッ!!!」

 

 瀬那が怒り狂っていた。 

 メイド服で。

 

「仕方ないでしょう。用意出来るものがなかったのだから」

「そうそう。それに、似合ってるからいいじゃん。ぷっ……」

「おい黒峰笑ったな? 今笑ったな?」

「笑ってな……ふふっ……」

「絶対潰す!!!」

 

 樹と美玲は黒いベストにパンツスタイルの中、一人だけメイド服を着させられている瀬那。

 ライダーバトルの時の瀬那を知る樹は笑いが堪えきれずにいる。

 美玲も実は頑張って堪えている。

 頬の内側を噛んでいつものポーカーフェイスを保っていた。

 

「さあさあ皆の衆。元気なのは結構結構。そういうわけで夏休みシーズン中はよろしく頼むよ~」

 

 喫茶店アイスルームの店主、氷室美緒が呼び掛ける。

 力の抜けた彼女の声に瀬那の怒りも静まった。

 

「そういえば美緒さん。なんで急に私含めて三人もバイトを? 手伝いなら私一人でも充分。正直人件費が嵩むだけだと思うのだけど」

 

 率直な疑問をぶつける。

 美玲はたまに店の手伝いに呼ばれてきたが、正直この店は店主の美緒だけでも充分やっていけている。

 店自体もこじんまりとした店なので正直ウェイトレス三人もいれる必要はない。

 

「いやー実は、すぐ近くに新しいカフェがオープンしたんだよね。そしたらものの見事にお客をそっちに取られちゃったわけ。あっはっはっ」

 

 暢気に笑ってはいるがつまり同業他社の参入により売上が落ちている。

 店の存続に関わる事態となっていたのだ。

 

「そういうわけでちょっと賭けに出たというわけ。向こうの方は無料Wi-Fiやら充電出来るとかオープンテラスがあるとかもう若者向けなわけ。それに較べてうちはよくある普通の喫茶店。いやー勝てるわけないんだよね。コーヒーも美味しいし」

「いや飲んだんですか!?」

「うん。というかもう通ってる。というか住みたいあそこに」 

 

 美緒は大のコーヒー好きである。

 美味しいコーヒーと快適な空間があるとそこに住みたがるのだ。

 

「それとアタシら雇った理由は?」

「まあ、差別化というかさ。うちの店にも目玉となるものが欲しいじゃん? だから若くて可愛い娘が働いてるとなればお客が釣れそうだなぁって。ようするに看板娘ってわけよ」

 

 そんな理由で……と固まる三人娘。

 だが、それぞれ働かなくてはいけない理由がある。

 美玲は親戚のよしみであるが樹と瀬那はそれぞれのために。

 今からバイト探しするのも億劫。

 乗りかかった船である。

 泥船のようなものだが。

 それでも目的のためにと己を奮い起たせた。

 

「そういうわけでそろそろランチタイムだから人が来るよ~。みんな、キバっていこう」

「「「おー」」」

 

 本来であれば敵。

 しかし、今は同僚である。

 ひとまず力を合わせることにした三人娘は夏のアルバイトを始めたのだった──────。

 

 

 

 

 

 鐘の音が来客を告げる。

 入店してきたのはスーツ姿の女性。

 客が来たならば、挨拶をするもの。

 一番ドアの近くにいたのはメイド瀬那。

 となれば瀬那が出迎えるということ。

 しかし……。

 

「い、いらっしゃいませぇ……」

 

 ぎこちない笑顔、ぎこちない『いらっしゃいませ』

 初めてだし仕方ないことだと厨房から様子を伺っていた美緒であったが予想外の出来事が起こった。

 客の様子が、おかしい。

 立ち尽くし、ぷるぷると震えている。

 なんだ、理不尽に怒る系か?と美緒はすぐに出られるようにスタンバイする。

 しかし……。

 

「メ、メイドだとぉ!?!?!?!? それも金髪に三白眼!!! あの、オフは結構ヤンチャしちゃってる感じ???」

「ア、アタシは……」

「一人称アタシ!!! それと八重歯!!! なんですかこの店は! 私の性癖にパーフェクトに応えてくれるのか!!! あ、私は影山。メイド研究家をしている者なんだけど是非ともあなたの接客が受けたい! あなた、名前は?」

「せ、瀬那……です」

「瀬那たん!!!!」

 

 客、影山の熱量に押される瀬那は助けを求める目線をバイト仲間二人に送る。

 しかし二人は澄ました顔でいる。

 キッチンの美緒に目線をずらすととてもいい笑顔で親指を立てていた。

 

(くっそあいつらアタシを見捨てやがった! けどこいつは客。とりあえず教えられた通りに接客しないと……)

 

「た、ただいま席にご案内いたしますね~。こちらどうぞ~」

 

 固い笑顔でメイド研究家の影山を案内。

 続いてお冷やとおしぼりを差し出す。

 

「ご注文お決まりになりましたら、お呼びください」

「いいや、既に注文なら決まっているわ。────オムライスをひとつ」

 

 オムライス!

 メイドと言ったらオムライス的なそういうイメージがあるだろう。

 よくメイドがオムライスにケチャップでハートとか書く、そういうあれである────!

 影山は瀬那がどれほどの実力を持つ、どれほどの才を持つメイドなのか試そうとしているのだったッ!!!

 

「か、かしこまりました……。オムライスがおひとつですね。お飲み物は……」

「ウィンナーコーヒー。アイスで!」

 

 

 注文を受けた瀬那はキッチンへ赴く。

 その顔は疲れ切っていた。

 まだ働き始めて一時間も経っていないというのに。

 

「いやー変なお客さんだねぇ」

「変の一言で片付けるな! アタシ目ぇ付けられてんだぞ! 店長なんとかしてくれ!」

「なんとかしてと言われてもねぇ。大事なお客様だし。初めてのお客だから上手くいけばリピーターになってくれるかもしれないし。無碍に出来ないよね」

 

 そんなと肩を落とす瀬那。

 もしあれが毎日来るようなことになったら自身の精神衛生がよろしくなくなってしまう。

 上手いことアタシなんて駄目な奴だと思わせた方がいいと決心。

 それと同時に新しい客が来店したのでこれぞ好機と自ら接客しに行こうとする。 

 だが……。

 

「いらっしゃいませ。二名様でよろしいですか? こちらの席へどうぞ」

 

 樹が先に客に案内している。

 自身と同じく初めてのバイトというわりにはすんなりと出来ている。

 続いて来店した客に次こそと向かうがこれもまた樹がしっかりと対応。

 

「くそ、黒峰のやつ邪魔しやがって……」

「なに遊んでるの。ウィンナーコーヒー出来たわよ。貴女の上客のところに早く持っていきなさい」

「んなッ!?」

 

 美玲がウィンナーコーヒーを早く持って行くように指示する。

 しかし上客という言葉はいただけないと美玲に噛み付こうとするが今は仕事中と我慢。

 ぐっと堪えてウィンナーコーヒーをメイド研究家の影山のもとへ。

 

「こちらウィンナーコーヒーになります」

「ほうほう。瀬那たんの運んできたコーヒーのお味はぁ? ……瀬那たんが運んできたんだから美味しいに決まってる! はっはっはっ!」

 

(うぜぇ……)

 

「しかし本命はオムライス。楽しみに待ってますよ。ずずっ」

 

 

 

 

 

「なんなんだあいつは!!!! もうやだ!!!! バイトやめる!!!!」

「まあまあ。オムライス食べたら帰るから。それまでの辛抱ということで」

「だったら早くオムライス作り終わってくれ頼むから」

「待って~あと5分」

 

 5分。

 短い時間であるが瀬那にとっては人生で一番長い5分となった。

 早くあいつと違う空間に行きたいと。

 なんならあいつと違う次元に行きたいとすら願い、そうして……。

 

「はい、持ってって。くれぐれもお客の顔に投げつけちゃダメだよ」

「やってやらぁ!!!」

「あれは……投げ付けるというか叩き付ける勢いですね」

「あはは~なんとかなるでしょ~」

 

 

 

「お待たせしました~オムライスです」

 

 テーブルにオムライスを置く。

 これでもう瀬那は自身の仕事は終わったと満足していたが先述したようにメイドとオムライスと言えばあれである。

 

「さあさあ瀬那たん。このオムライスにケチャップでカゲヤマ♥️って書いちゃってください!」

「なっ!?」

 

 予想外の注文に固まる瀬那。 

 この片月瀬那はいわゆる不良のレッテルを貼られている。

 家に帰らず遊び歩き必要以上にボコって病院送りになったライダーは数知れず。

 威張るだけで能無しな先公ばかりだから学校にも行ってない。

 貧乏なもんだから不味い飯屋ぐらいしか入れないってのはしょっちゅう。

 そんな片月瀬那にハートマークを書けだァ~?

 てめー分かってんのかここはメイドカフェじゃねえんだぞ。

 そんなことが頭に過った。

 確かにアイスルームはメイドカフェではないが正しく今の瀬那はメイドであった。

 

 影山が持ち歩いているケチャップを持たされ、立ち尽くす瀬那。

 

(こんな気持ち悪い女のためにアタシがなんでそんなことまでしなきゃならないんだ。アタシは一刻も早くてめーから離れたいんだ分かるか。いや、それならもうケチャップでさっさと書いてやればいいだけの話……。仕方ない書いてやるか)

 

 オムライスにケチャップを向ける。

 そして言われた通りに書こうとするが……。

 

(……あれ、カゲヤマのカゲってどんな字だっけ? ヤバい書けない(カタカナで書くという考えがない) くっそ今ほど勉強しておけば良かったと思ったことはない!)

 

「おーいどうしたんだい瀬那たん? カゲヤマだよカ・ゲ・ヤ・マ」

 

(というかなんでアタシがこんなことしなくちゃならないんだ。元を正せばアタシがあいつのマグカップを割ったからで……。くっそ自業自得だ……。ああもうなんでこう悪いことってのは連続して続くんだ……!) 

 

 自身への怒りが身体に走り変な力を手に伝えてしまった。

 その結果……。

 

 ブチャッ!

 

 勢いよく飛び出るケチャップがオムライスを真っ赤に染めた。

 

「あ……」

 

 真っ赤なオムライスと影山を交互に見る。

 自身がやらかしたことに冷や汗が出る。

 

「申し訳ありません! すぐに作り直しますので!」

 

 惨状に気付いた美玲がフォローに入る。

 ほら、貴女もと小声で言われ頭を下げる瀬那。

 恐る恐る影山を見ると入店してきた時と同じように身体をぷるぷると震わせている。

 怒り爆発か……。

 瀬那は怒鳴られることを覚悟する。

 だが、この影山という女は常に想像の斜め上。いや、斜め下。どちらでもいいが予想通りにはいかない。

 

「ッ~~~!!! 不器用属性!!!!! 素晴らしいです!!!! 貴女は私が追い求めた理想のメイドよ!!!! 名誉ダメイド!!!! メイドの気配がしたからこんなちっこい店に入ったけど正解だったありがとう!!!! ブログとかSNSで紹介するからね!!!!」

 

 こうして影山は一人暴走し、オムライスを目にも止まらぬ速さで食べ終えるとおつりはいらない。

 おつりは瀬那たんのチップにと言い残し去っていった。

 そして彼女がアイスルームの瀬那のことを紹介するとあちこちのヤンキーポンコツダメイドファンとケチャラー達が殺到することとなる。

 

瀬那がいる時限定で『オムライス~血に染めて~』というメニューが追加され名物となった。

 

 

 

 

 

 三人がアルバイトを始めて一週間が経った。

 瀬那のおかげで若干売上は回復したがそれでもまだライバル店には及ばなかった。

 そのため、売上アップのための会議が開かれることに。

 しかしなかなか案は出ない。

 瀬那が提案したメイド服は交代で着ることにするという提案は即却下されていた。

 

「ねえ、思ったんだけどさ」

 

 詰まりに詰まった会議。

 樹がとある提案をした。

 

「ちょっと偵察に行かない?」

 

 偵察。

 仮面ライダー甲賀という忍者ライダーに変身する彼女らしい提案であった。

 何が受けているのかなど調査するのはいいことだということで翌日バイト三人組で偵察しに行くことに。

 

 翌日。

 

「さぁてあれだね。カフェビリーブ」

 

 新たにオープンして二週間ほど経つビリーブ。

 美緒の言っていた通りオープンテラスがあり、いかにも若者向けのお洒落な内装。お昼前だというのに既に店内は混雑している様子。

 

「それにしても偵察とかあれね、ライダーとしての戦い方もそうだけど性格が出てるわね」

「ああ。回りくどいんだよお前。ちょろちょろしやがって」

「今は関係ないでしょ別に。それにあれはちゃんとした生存戦略なんですぅ。あなた達みたいにバカスカ戦ってるわけじゃないの」

「誰がバカだって?」

「なに? やるの?」

「二人共今はやめなさい」

 

 あわや一触即発。

 しかし今は偵察の方が優先と再び望遠鏡を覗く。

 店の様子を伺う三人であったが美玲がとある人物を見つけた。

 

「あれは……射澄!? 射澄がバイトしてるなんて……。明日は槍が降るわね……。って、北さんまで……」

「うーわここでもライダーがバイトしてる。なに? ライダーバトルってカフェも巻き込んでる感じなの? 店の売上とかも関係してくるの?」

 

 射澄と北が慣れた様子でバイトしている。

 いや、北はいつもの様子でいるが一部の女性客の注目を集めている。

 

「ん……? おい、あれって」

「どれ? ……あれは」

「なに二人して……。燐ね」

 

 望遠鏡越しに見えたのは御剣燐……だけでなく。

 

「あのアリスに似た女子と……。うぇ、影守もいる」

 

 影守美也とは若干の因縁がある樹があまり関わりあいになりたくない様子。

 

「三人でなにやってるんだあれ。勉強か?」

「テーブルの上を見る限りはそうだけど……。駄目だね。集中力切れて談笑中って感じ」

 

 夏休みをエンジョイしている彼等が少しばかり羨ましいと思った樹と瀬那。

 その直後、二人は背後に恐ろしい殺気を感じた。

 

「………………」

「ちょ、なになにどうしたのさ」

「目付きヤバいって人殺せる目ぇしてるって咲洲」

「べ・つ・に」

 

 美玲の隣にゴゴゴ……という擬音が見えた二人。

 一体どうしたというのか……。

 

 

 

 

 

 燐、鏡華、美也の一年生組は夏休みということで課題を一緒にやろうということで集まっていた。

 美也の提案で新しく出来たカフェビリーブでやろうということになり絶賛オープンテラスで勉強していたのだが……。

 集中力が途切れていた。

 

「ねえ燐君、鏡華ちゃん。ちょっと頼みがあるんだけどさ」

「なに?」 

「なんですか?」

「お願い! 私の代わりにガチャ引いて!」

 

 スマホの画面を見せて言う美也。

 美也からスマホを受け取った燐はどれどれと眺める。

 

「あーこれ妹もやってたよ。流行ってるよね。けど美也さんがやってるのは意外」

「いやー友達に勧められて試しにやってみたらちょっとドはまりしちゃいまして。それでそれで私の推しの水着が実装されちゃって! ガチャ頑張ってるんだけどやっぱり物欲センサーがね……」

 

 よもや美也の口から物欲センサーなどという言葉が出てくるとは思っていなかった燐だが、実は最近似たようなことを妹にやらされて少しばかり腹が立つ出来事があったのだ。

 

「やらない。これで当たらなかったら僕のせいにするんでしょ。妹と友達にやられて理不尽に怒られた」

「い、いやーそんなことはナイヨ?」

「まあまあ御剣君。引いてあげましょうよ」

「そ、そうだよ燐君……。さあ、引くんだよ……」

 

 無理矢理燐の腕を引きガチャを引かせようとする美也。

 ガチャに取り憑かれてしまった者の目をしている……。

 

「はぁ……はぁ……」

「うわぁぁぁ! 僕の意思で引いてないならもう美也さんの物欲センサー発動するってそれ! 駄目だって!」

 

 燐にピンチが訪れる。

 絶対絶命ガチャ怪人美也に襲われている彼を救うことが出来るのは……。

 

「燐ちゃんのピンチ!」

 

 燐ちゃんを救うのはこの北津喜!

 

「貴女じゃないわ私よ」

 

 北を押し退け燐のピンチに颯爽登場咲洲美玲!

 美也を羽交い締めにして燐の窮地を救った!

 

「いだだだだ!? 美玲さんやば! 絞まってる絞まってる!」

「大丈夫燐?」

「僕は大丈夫ですけど……。美也さんが……」

「あはは……推しが見える……」

 

 美也は、死にかけていた。

 

「幸せそうだから大丈夫よ。このまま逝かせてあげましょう」

「ちょっ! あんた本当にやめろっ! 偵察の意味がなくなるでしょうが!」

「うちの風評被害にも繋がるだろ馬鹿!」

 

 美玲を引き剥がすため、樹と瀬那が実力行使に出た。

 なんとか力ずくで美玲を引き連れて退散。

 もう偵察どころではなくなってしまった。

 

 

 

 

「若者向けというのは分かったわね」

「いやそりゃ見れば分かる」

 

 撤退後、アイスルームに戻った三人は結果を報告した。

 しかしご覧の有り様。

 偵察はなんの意味も成さなかった。

 

「とはいえよく見る感じのチェーン店だよね。最初は客取られるだろうけどそのうち戻ってくるでしょ」

 

 樹の意見に概ね賛成する美玲と瀬那。

 特に異論もないというかそこまで建設的な議論が出来るような情報が入手出来なかった。

 

「けどこのままだとオタクとケチャラーの店になっちまう」

「貴女狙いのね」

「あとあれ、影山さん。もう毎日来てるでしょ」

「その名前を出すな! 出来る限り忘れてたいんだよ!」

 

 あれ以来連日訪れる影山。

 通称瀬那過激派とまで呼ばれるようになってしまっていた。

 更にオムライス~血に染めて~が人気メニューになってしまい連日のケチャップとトマト缶の消費量が喫茶店とは思えないレベルになっていたのだ。

 

「そういうお前こそ黒峰。なんか常連の大学生ぐらいの男とよく話してたろ。ええ?」

「別にそういうんじゃないし。趣味があっただけだし」

 

 いい玩具が見つかったと樹をからかう瀬那であるがその後、瀬那が影山やオタクから言われたことなどを事細かに言われ反撃を受けた。

 

 

 

 

「いやーもう毎日瀬那たんのオムライス食べれるの嬉しいわぁ↑ それじゃあ明日も来るね~!」

「二度と来んな変態(ありがとうございました~)」

 

 いよいよ職務である接客を忘れ素で接し始めた瀬那であるがこれはこれでいいとのことで特に注意は受けていない。

 あと、流石に他の客にはやっていない。

 

 影山を見送り客が一人もいなくなったので一度休憩と大きく伸びをする瀬那。

 ため息をつくと美玲と樹の方を向き話しかけた。

 

「それにしても最近めっきり戦ってないな……。身体が鈍りそう」

「確かに。バイト始めてから変身してない気がする」 

「……そろそろ、契約不履行で自分のモンスターに襲われてもおかしくないわね」

 

 モンスターとの契約。

 それもまたライダーが戦う理由である。

 もし契約モンスターに食事を与えなかったら……契約モンスターは契約したライダーを捕食する。

 バイトを始めて一週間。

 そろそろモンスター達が空腹を訴えてくる頃合いだと思われた。

 

 そんな話題を話していたからだろうか。

 

『────────』

 

 モンスターが人界に現れようとしている。

 ミラーワールドとこちら側の境界を破りモンスターが現れようとしている。

 その気配を音として察知する三人は店を飛び出した。

 

「みんな~休憩どうぞ~……って、あれ? みんな~?」

 

 

 

 

 ミラーワールドから獲物を探しに現れたモンスターは大通りから外れる細い路地を歩くスーツ姿の女性を狙っていた。

 巨大な蜘蛛型モンスター『ディスパイダー』が糸を吐き女性を絡めとる。

 

「な、なに!?」

  

 ディスパイダーは女性をミラーワールドへ引き摺りこもうとする。

 だが、青い鷹に似たモンスターがそれを阻んだ。

 美玲の契約モンスター『ガナーウイング』である。

 

「大丈夫ですか……って、あなた……」

「あ、あなたはアイスルームの……。って、瀬那たん!」

「げ!? よりにもよってこいつかよ……」

「ああんッ! 蔑まれるのもまた良き……」

 

 推し活に勤しむ影山にとにかく逃げろと促しこの場から離れてもらう。

 人が自分達以外いないのを確認して三人はビルのガラスにデッキを向けた。

 

 美玲は鳥が羽を広げるように両腕を静かに広げる。

 

 瀬那は蜂が針を突き刺すかのように右手で鏡の向こうを指差す。

 

 樹は忍者の印を思わせる構えを。

 

 そして三人は叫ぶ。

 

「「「変身!」」」

 

 青、黄、緑のライダーが並び立つ。

 

 仮面ライダーアイズ。

 仮面ライダースティンガー。

 仮面ライダー甲賀。

 

 三人は揃ってミラーワールドへ入門し三台のライドシューターが駆ける。

 反転した街に辿り着きアイズがライドシューターでディスパイダーを轢き飛ばす。

 停車したライドシューターのフードが上がり、三人はディスパイダーの前に立ちはだかる。

 

「結構いい大物だね。腹の足しになりそうじゃん」

「あれを倒した奴のモンスターが食う。……てのはどう?」

「面白そうね。いいわ」

 

 話は纏まったとそれぞれの得物を用意する。

 

【SHOOT VENT】

 

【STRIKE VENT】

 

【SWORD VENT】

 

 アイズは青い弓『アローウイング』を、スティンガーは蜂の腹を模した格闘武器『クインニードル』を、甲賀は巨大な手裏剣『ステルスライサー』を。

 まずは近接武器を装備したスティンガーと甲賀がディスパイダーに迫る。

  

「らあぁぁぁッ!!!!」

 

 スティンガーがディスパイダーに殴りかかる。

 だが、ディスパイダーの鋭い脚が迎え撃つ。

 リーチでは圧倒的にディスパイダーが有利。

 スティンガーはディスパイダーの懐に入ることは出来ず一度後退した。

 

 それと入れ替わるように甲賀が駆ける。

 素早い身のこなしでディスパイダーの脚の攻撃を回避し懐に入り込む。

 

「あいつとは違うんだよね」

 

 不敵な笑みを浮かべステルスライサーで斬りつける甲賀。

 だが、ディスパイダーの吐いた糸が甲賀を拘束する。

 

「ヤバッ!?」

 

 縛られ、地面に倒れた甲賀を捕食しようと牙を剥くディスパイダーに矢が命中する。

 アイズの放った矢が次々とディスパイダーを襲う。

 何発も鬱陶しいとディスパイダーは後退しビルの壁に張り付いた。

 ビルの壁を足場に上空から糸を吐き散らすディスパイダー。

 降り注ぐ糸の雨をとにかく回避するしかない。

 

「ちょっ! 私動けないんだけど!」

「調子乗って近付くからだ!」

「あんたは近付けもしなかったくせに!」

「あーもう喧嘩しない」

 

 アイズが回避しながら拘束された甲賀に近付き、糸を弓で切り裂く。

 拘束を解かれた甲賀はすぐに立ち上がるとディスパイダーを睨み付けた。

 

「にしてもあいつ、私ばっかり狙って……」

「良かったじゃん好かれる相手がいて」

「嫌よ。蜘蛛嫌いなの。それに好かれたい相手は……なんでもない」

「そこまで言ったら言いなよ。いや、分かるけどさ知ってるけどさ」

「いつの間に……」

「気付かれないと思ってたんだ!?」

 

 アイズと甲賀は糸を回避しながらそんな会話を交わす。

 一方その頃スティンガーは……。

 

「さぁて、蜘蛛野郎に痛い目合わせてやるよ」

 

 ディスパイダーが張り付いた商業ビルの屋上に佇んでいた。

 下を向けばディスパイダーが二人を狙っている。

 高いところに立つと全てが滑稽に見える。

 モンスターは自分には気付いておらず、他の二人はあたふたとしている。

 そんな光景を優雅に眺めるというのはなんとも気持ちがいいことだと気が付いた。 

 

「二人で仲良くそいつと遊んでな」

 

 独り言を呟く。

 あとは様子を見て漁夫の利を狙う……つもりだった。

 

「撃ち落とす」

 

 糸を回避したアイズが即座に矢を撃ち返す。

 だが放たれた矢は回避されてしまい……。

 

「ぬおッ!?」

 

 行き場を失った矢は、スティンガーの顔面すれすれを通り過ぎていった。

 そのことに驚いたスティンガーはバランスを崩し、足を滑らせ屋上から落下。

 

「マジかぁ!!!!」

 

 絶叫。

 ライダーであるためこの高さから落下しても大丈夫……。いや、大丈夫ではないが生身と較べたら大丈夫。

 しかし中身が人である以上、高所からの落下という死に直結するものに対して恐怖を抱くのは必然のこと。

 悲鳴を上げる瀬那。

 しかし、彼女の身体は生きろと叫ぶ。

 なんとか生存への活路を開こうと模索し、見つけた。

 

 ビルに張り付くディスパイダー。

 

「あれだ────!」

 

 狙いを定め、手を伸ばす。

 確かにディスパイダーの脚を掴む。

 唐突に上空から現れたスティンガーに驚愕するディスパイダーは落下してきたスティンガーの衝撃でビルから脚を離してしまった。

 

「お前はクッションだ!」

 

 ディスパイダーの胴体を掴み、地面に押し付けるような形で落下していく。

 そして地面に叩き付けられたディスパイダーは虫の息。

 

「この隙に!」

 

 カードを引くスティンガー。

 だが、それと同時にバイザーの電子音声が響いた。

 

【FINAL VENT】

 

「はっ?」

「いただきー」

 

 スティンガーがファイナルベントを発動させるより早く甲賀がカードを切っていた。

 

 甲賀のファイナルベント『ファンタスティックシャドー』が発動される。

 

『ゲコココ……!』

 

 甲賀の契約モンスター『ステルスニーカー』が何処からともなく現れる。

 深緑の蛙型怪人。

 人に似た体型であるがその身に宿る能力は蛙のものである。

 

 ステルスニーカーが口から長い桃色の舌を目にも止まらぬ速さでディスパイダーに巻き付ける。

 既に弱っていたが更に身動きを取れないようにされてしまったディスパイダーの命はもう刈り取られる未来しか存在していない。

 

「ハアッ!!!」

 

 ステルスライサーを構えて走る甲賀の分身が次々と現れる。

 そして一斉にステルスライサーを放つ!

 無数の大型手裏剣がディスパイダーの身体を切り刻み、爆散。

 ディスパイダーの命が空へと飛び立つがステルスニーカーの舌に捕らえられ、一瞬でステルスニーカーの口へと運ばれた。

 

「ふう。ごちそうさまっと」

「お前! 横取りしやがって!」

「横取りも何もトドメを刺したのは私なんだから横取りも何もないでしょ」

「はあ? あそこまで弱らせたのはアタシだアタシ!」

 

 二人の口論をアイズはやれやれといった風に眺めている。

 結局ミラーワールドにいられるギリギリまで二人は口論していた。

 

 

 

 

 そして、バイト最終日。

 なんだかんだ三人はしっかりと働いた。

 そして労働には報酬があるもの。

 

 

 

 

 聖山駅裏の家電量販店で購入したイヤホンを早速使用。

 以前、愛用していたものとは違う最新モデル。

 いい。

 音質がいい。

 身体の中に音が染み渡る。

 これさえあれば暇な時間も音楽を楽しむ時間となる。

 やはり、音楽はいい。

 心が潤う。

 あんな本来は敵であるはずの二人と同じ店でバイトなんて……。

 そう思うと、少しだけ胸が締め付けられた。

 ほんの少しだけ。

 ほんの、少し。

 

「……絆された? 嘘でしょ」

 

 ああ、それは嘘である。

 いずれは殺さなければならない相手。

 だって、最後に勝ち残るのは一人だけ。

 そしてその最後の一人になるつもりでいるのだから絆されてなどいられない。

 しかし……今は、そんなことを考えなくてもいいだろう。

 頭を空っぽにして、音を楽しむ。

 音楽だけが、全てを忘れさせてくれるから────。

 

 

 

 

 

 

 

 人生で、一番高い買い物をした。

 アタシには似合わないお洒落で小さな紙袋を片手にバカの家に入る。

 

「あ、瀬那おかえりー。暑かったでしょ~」

「ん……」

「あれ? なにその紙袋?」

 

 目敏く見つける……いや、見付けられない方がヤバいか。

 とりあえず、渡す。

 

「ほら。その、前にお前のマグカップ壊したから弁償というかなんというか……」

 

 説明する。

 しかし、バカは紙袋を受け取らない。

 口を開けたまま突っ立っている。

 やっぱりこいつはバカだ。

 

「え」

「え?」

「えーーーーー!?!?!?!? 瀬那が買ったの!? どうやって!? お金は!?」

「金はその、バイトした」

「何処で!?」

「喫茶店……」

「えー!? 行きたかった行きたかった! なんで教えてくれなかったの!」

 

 そりゃお前そういうところだというのとずっとメイド服を着させられていたからである。というのは内緒だ。

 

「そうだ瀬那さあさあこちらへおいで~!!」

 

 手を引かれてキッチンへと連れていかれる。

 テーブルの上には見覚えのあるというかさっき買ってきたマグカップと同じものが置いてあって……。

 

「え、あれ、これ」

「私のマジックショーのおひねりで買ったのだー! ……というわけで、これは瀬那にあげます」

 

 は?と気の抜けた声が出るとバカは同じマグカップの入った紙袋を手に取ると笑顔で言った。

 

「それじゃあ瀬那が買ってきたのは私が使うから、瀬那は私が買ってきたの使って」

「え……」

「私はプレゼントっていうの後付けだけど……。お揃いだね!」

 

 ……まったくこいつは。

 体温が上がる。

 顔に熱を帯びる。

 だから、バカに顔を見せないように背を向けた。

 

「……バーカ」

「ふふっ。こちらこそありがとう瀬那」

 

 

 

 

 

 

 夏休み中のバイトは終わったけれど私はよく手伝いに駆り出されていた。

 連日影山さんが来ては片月のことを訊ねてくるのでそれだけ少し大変である。

 あとは、コーヒーの淹れ方を美緒さんから教えてもらっている。

 コーヒーを飲むのは好きなので、折角なら自分で淹れたいし出来ることなら美味しいものが飲みたい。

 そういうわけで夏休み明けもアイスルームに時間さえあれば通っていたのだが……。

 

「あ、美玲先輩お疲れ様です」

「燐……。なんでいるの」

 

 店の一番奥の座席に一人座ってぼうっとしていた燐がいた。

 

「なんでいるのって美玲、お客様にそんなこと言っちゃ駄目だよ」

 

 カウンターにいた美緒さんが意味深な笑みで言う。

 いや、確かにそれはそうだし一度燐はこの店に来たことがあるのでまた来店することがあってもおかしくはないが。

 

「ここのコーヒー美味しかったなぁって思い出して。こういう雰囲気のお店は落ち着きますしそれに……。なんだか、懐かしい気がするんです」

 

 そう言って燐は日の射す窓に目を向ける。

 内装はレトロなので懐かしい気分になるというのはそういうことだろうか。

 けれど、そう語った燐の懐かしむ顔は本当に懐かしんでいるような気がして……。

 

「おーい美玲。早く着替えて燐君のアイスコーヒー淹れてあげて」

「……美緒さんが淹れればいいのでは」

「いやー私ちょっと手が離せなくてさ~。頼んだよ~」

 

 美緒さんは店の奥へと消えていった。

 手が離せないって客は燐しかいないので暇も暇だろうに……。

 

「美玲先輩、コーヒー淹れられるんですか?」

 

 私を見上げながら訊ねてくる燐の大きな瞳が眩しい。

 

「ま、まあ。勉強中、だけど……」

「じゃあ、美玲先輩のコーヒーください」

 

 燐の笑顔は弱点なのだ。

 毒気が抜けるというかなんというか。

 とにかく素直なのだ。

 綺麗なのだ。

 

「……待ってなさい」 

 

 早速着替えて来なければ。 

 そこからの記憶は曖昧で、気が付いたらアイスコーヒーを燐の前に差し出していた。

 

「いただきます」

 

 燐の口に運ばれる。   

 心臓が張り裂けそうだ。

 グラスと同じように汗が滲み出る。

 

「その、どう……?」

 

 感想を求める。

 やはり、聞きたいものだろう。

 問われた燐はというと「うーん」と唸りながら考えている。

 

「少し苦味が強いです」

「辛口ね……」

「辛くはなかったですよ?」

「そういうことじゃなくてね。いえ、まだまだ練習あるのみね」

 

 次はもっといいものを淹れられるようになろう……と思った瞬間、窓の外に動くものを見つけた。

 即座に外へと飛び出し下手人を捕らえる。

 下手人は二人。

 片月と黒峰であった。

 

「貴女達なにして……。バイトはもう辞めたでしょう」

「いや、たまたま近くを通りかかってさ。そしたら片月もいてバトるかってなったけどなんとなく気分じゃないからやめてぶら~ってしてたらね」

「そしたらお前がなんかラブコメってた」

 

 くっ、全部見られてた。

 というかなんだラブコメってたとは。

 こちとら真剣だったというのに。

 

「その、どう……? って……ふふ……あはは! 今時少女漫画でもないでしょ!」

「黒峰ちょっと笑いすぎよ。黒峰待ちなさい黒峰。黒峰ッ!」

 

 逃げ回る黒峰を追いかけ回す。

 こいつはとっちめなければならない。

 

「はぁ。なにやってんだか。いいや、喉渇いたから上がるぞ」

「瀬那たん!!!!」

「げえ!? 影山!?」

「会いたかった! 会いたかったわ瀬那たん! 辞めたと言われたけれど諦めずに通い続けて良かった!」

 

 片月の方も影山に追いかけ回される。

 アイスルームの周りで始まったおいかけっこはしばらく続いた────。

 

 




ツルギ参戦!
燐と美玲先輩が別の世界の戦いに巻き込まれてしまったようです。
オリジナルライダーコラボ企画ハーメルンジェネレーションズ外伝
https://syosetu.org/novel/264886/
こちらも御一読ください!

そして……

これは未知なる周回
未知なる戦い
未知なるツルギの世界
闘争が支配する世界を切り裂け、ツルギ!
仮面ライダーツルギ EPISODE X
https://syosetu.org/novel/248188/
好評連載中!

また、ツルギのイラストを描いていただきました!
あらすじに載せておりますのでぜひご覧ください
イラストは https://syosetu.org/?mode=url_jump&url=https%3A%2F%2Ftwitter.com%2Foyatumamumamu7 に描いていただきました。
この場を借りて何度でも言います。
ありがとうございます!!!!!


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バレンタインに乙女は舞う

バレンタインには間に合いませんでしたが2月なのでセーフ理論を振りかざします。
今回は美玲先輩は燐とは付き合っていない、アリス鏡華双子世界という設定でお読みください。


 2月14日を迎えた。

 初めての、バレンタイン。

 彼が受け取ってくれるかどうか。

 いや、優しい彼のことだから受け取ってはくれるだろうけれど、そのあとが肝心。

 食べて、満足してくれるだろうか……。

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだい? 頬に絆創膏だなんて。そうそう怪我をするような場所でもないだろうに」

「……ニキビよ」 

 

 登校して一番、射澄との会話はこんなものだった。

 後ろの席の射澄と会話するため左へ90度身体を回転。

 話題の絆創膏であるが左頬の、涙黒子の下に出来たニキビを隠す手段がこれしかなく応急処置として絆創膏を貼った。

 おかげで登校前にばたついてしまった。

 

「美玲の完璧なケアをもってしても現れるとは。試食のし過ぎだね。自分のこととなると完璧以上を求める癖のせいだよ」

 

 読んでいた厚い本を閉じ、机の上に置いて本格的に会話モードに入った射澄の口はよく回る。

 周りからは本ばかり読んでいる無口な人と思われているが射澄の口はよく回る。人並みなんてものを優に越える量の本を読む射澄の脳には豊富な語彙が取り揃えられているからだ。

 

「それにしてもバレンタイン当日に出てくるなんて不運だねぇ」

「仕方ないわよ。出てきてしまったものは仕方ない」

「そうだね。で、もう渡してきたのかい?」

「……まだだけど」

「なるほど。トップバッターの座は他の女に譲るというわけだ」

 

 からかう口調で言うので睨み付けてそれ以上の言葉が出てくるのを未然に防ぐ。

 私のストレスが溜まるのを予防するにも大事なことなのだ。

 しかし今日の射澄は止まらなかった。

 

「いや美玲。私は君を案じて言っているんだよ。君の親友として。今日という日がどういう日か知らない君ではないだろう」

 

 それは当然。

 2月14日バレンタインデー。

 日本では女性から男性へチョコなどのお菓子と共に思いを伝える日……となっているが最近は友人へ贈る友チョコの方が盛んで異性にあげるということは少なくなったように思える。

 しかしまったくなくなったわけではない。

 私のようにバレンタインにかこつけ、あやかろうとしている者もいるわけで……。

 

「聞くところによると、燐君は年上人気らしい」

「そのとおりね」

「実は文化祭の女装コン以来、人気が上がったんだ」

「……は?」

「可愛かったし、色々と頑張ってたようだしね。それに新聞部であちこち取材しているおかげで顔が広くなったようだ。燐君のキャラならすぐに気に入られるしだろうし、まあ当然の結果かな。女バレのキャプテンが……なんて話もあるよ」

 

 嘘でしょ……。

 だ、だって燐よ。

 顔立ちは悪くないし性格も明るいし勉強はほどほどだから勉強を教えるという体で接近出来て運動も別に苦手というわけでもなさそうな燐よ。

 

「ま、年上受け良いよね。私も好きだよ。おっとそっちの意味じゃないからそんな睨まないでほしいな視線だけで殺されそうだ」

「分かればよろしい」

「というわけで早く渡してきたまえよ。あ……」

「なによ」

「私の分のチョコは?」

 

 ああ、そういえばと思いバッグを漁る。

 ……。

 

「ごめん、忘れたわ」

「そんな!? 毎年の楽しみなんだよ! 中1の頃からの!」

「そうは言っても無いものは無いの。放課後、家に来なさい。渡すから」

「放課後だなんて! 朝の眠い頭を美玲のチョコで覚醒させるのが私のバレンタインなんだよ! ちょっ、美玲行かないで!」

 

 駄々っ子射澄を置き去りにして燐のクラスへと赴く。

 一番の、自信作を引っ提げて。

 

 

 

 

 

 燐のクラスへ向かう途中。

 少子化により生徒数が減少したため使われなくなった空き教室から聞き覚えのある声がした。

 

「あ、鏡華ちゃんそこはもっと強めに縛って。でないと途中でほどけてしまうかも」

「はい……。それにしても、よく思い付きましたねアリス。自分をプレゼントにするだなんて」

「そこはやはり恋愛強者のアリスさんですから……痛たたたァ!? ちょっと鏡華ちゃんも、もっと優しく!」

 

 ふと気になり空き教室の扉を開けるとそこにはラッピング用のリボンで縛られるアリスと縛る鏡華の姿があった。

 

「貴女達、その、性癖は人それぞれだけど流石に学校でそういうことをするのはどうなの。双子の姉妹で緊縛とかちょっと情報量多すぎるわ」

「来ましたね美玲ちゃん! 貴女も燐くんにチョコをあげるつもりでしょうけど燐くんの心を掴むのはこの私です! これが緊縛プレイに見える穢れた美玲ちゃんに教えて差し上げますがこれは自分自身をプレゼントするという高等テクニック! あなたにそれが出来ますか? 出来ないですよねぇ! あと鏡華ちゃんまだ痛いです」

 

 ……この色ボケ恋愛脳め。

 どうしたらそんな発想にいたるのか気になって仕方ない。

 

「さあ鏡華、行きますよ! 私の時代を築くために! ……あの、鏡華? もう縛らなくても大丈夫なんだけど……」

「えいっ」

 

 宮原妹がリボンを引っ張ると、宮原姉が縛られた状態のまま吊り上げられた。

 何がどうしてこうなっているのか分からないが……はめられたようだ。

 

「ちょっと鏡華!? 裏切るんですか!?」

「裏切るもなにも最初から私はアリスの味方ではありませんよ。燐君にチョコを渡すのはこの私です」

 

 美しき姉妹愛なんてものはそこにはなかった。

 相手を蹴落とし、貪欲に欲しいものを目指していく、飢えている者がそこにはいた。

 鏡華は教室を後にして燐のもとを目指すつもりだろう。

 このまま鏡華の進行を許して……。

 いや別にいいのだ、それは。

 燐がチョコをもらうぐらいは別にいい。 

 ……いっぱい貰ってたらそれはそれでモヤモヤしてしまうがそれは燐の人徳が為したことなので仕方ない。私がどうこう言うべきことではないからだ。

 しかし鏡華の纏っていたあのオーラは、チョコを渡すどころか燐をチョコフォンデュにして食そうとしているのではないかといった感じで、本能的に止めねばならないと理解した。

 その前に……。

 

「ちょっと、なにしてるんですか」

「なにって、貴女を降ろしてあげようとしてるのよ」

「敵の情けなど私は受けませんよ! そんなことされるぐらいなら死んだ方がマシです!」

「そう、じゃあこの教室は開放しておくから。今のその姿を皆に晒して羞恥で悶え死になさい」

「あー嘘です嘘です! 降ろしてください美玲様ぁ!」

 

 まったく強がらず最初からそう言えばいいものを。

 可愛くないんだから。

 吊し上げられたアリスを降ろし、教室から二人で飛び出て鏡華の追跡を開始する。

 急がなければ燐との接触はすぐにでも果たされてしまう。

 

「どうやって止める気なんですか!?」

「……貴女、そのお喋りな口を上手く使ってきなさい。私が足止めしてるから」

「……なんとなぁく理解しましたよ、美玲ちゃんの考えてること。すっごい癪ですけど」

 

 ……やっぱり可愛くない。

 とかく、アリスと分かれて私は燐のクラスへの最短ルートを駆け抜け鏡華の前に立ち塞がった。

 

「行かせないわよ」

「やはり立ち塞がりますか。しかし私を止めることなど出来ませんよ」

 

 ……さながら、魔王。

 穏やかで優等生でアイドル的存在として知られる彼女だが燐に関することとなると途端にこうなる。

 これで燐は好意に気付いていないというのだから、その鈍感っぷりには私も頭が痛くなってしまう。

 なんてことを考えている間に時間は稼げたようだ。

 流石アリス、仕事は早い。

 

 溢れ出す、男子生徒諸氏。

 

「宮原さんがチョコ配ってるってマジ!?」

「個数は限られてて先着順らしいぞ急げ急げ!」

「ええい! チョコをもらうのは俺だ!」

 

 バレンタインにチョコを貰うという幻想に取り憑かれた者達が集結する。

 戦でも始まるかのようだ。 

 いや、既に戦が始まっているのか。

 

「な、なんですかこれは!?」

「姉を裏切った報いね」

「そん、な……」

 

 男達に囲まれ身動きが取れないでいる鏡華。

 今頃どこかでアリスが嘘を吹聴し男達を手玉に取っている。

 恐らく、「鏡華ちゃんが皆さんのためにチョコを配ってますよ~。ただし数量限定! 早い者勝ちですよ~。チョコが欲しければ急いでくださいね~」なんて宣っているのだろう。

 これで……。

 

 これで、()()()()の足止めは完了した。

 

 あとは私が燐のクラスへ行ってチョコを渡すのみ……!

 

「勝った……!」

 

 悠々と、余裕ある感じを醸し出しさも当然のことのように渡す。

 先輩らしく。

 これで大丈夫。

 渡す際のシミュレーションは完了している。

 あとは実践するのみ。

 燐のクラス1年A組に到着。

 入口のところからクラスを俯瞰し燐の姿を探す……が、いない。

 まだ登校していないのか、教室外にいるのか。

 同じクラスに同じく新聞部の勝村はいたので彼に訊ねることにする。

 

「勝村、おはよう。燐はまだ来てないのかしら?」

「あ、先輩おはようございます。燐なら風邪引いたんで学校休むらしいっす」

「……は?」

「いやー今年もやりたかったのになーバレンタインチョコどっちが多く貰えるか対決。残念っすわー。そういえば先輩は燐になんか用……まさか……」

 

 勝村の声なんて聞こえていなかった。

 まさか、そんな、なんて、間の悪い。

 鈍感なだけでなく間も悪いなんて……。

 ……仕方ない、せめて今日の内には渡したいから学校帰りにお見舞いで燐の家に寄ろう。射澄には悪いけど。

 ま、燐が休みなら他の誰かがチョコ一番乗りなんてすることもないでしょうし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燐の家の前。

 

「え!? 燐ちゃんが風邪!?」

「そうなのよ。待たせてて悪いわねぇ」

「いえいえ! 出待ちはファンの基本ですから! しかし学校に来れないとなれば……これを燐ちゃんに渡してもらえるでしょうか」

「あらあらバレンタインの? ありがとうね津喜ちゃん。ちゃんと燐に渡しておくから」

「お願いしますお母様! それでは私は学校へ行って参りますので!」

「はーい、いってらっしゃ~い……。ふふ、我が息子ながらモテちゃって燐ったら~」

 

 こうして、出待ち勢となっていた北津喜のチョコが燐に届いた最初のチョコとなった。

 このことを知った美玲は津喜の脅威レベルを最大へと引き上げるのであった……。

 恋の戦いは、まだ続く────。



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