ラヴァ「占いによると、今日は厄日らしい」 (オリスケ)
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ラヴァ「占いによると、今日は厄日らしい」

ラヴァ沼にハマった。
気付いたら書きあがっていた。
ラヴァ×ドク風味の、ラブ混じりのコメディ

※作者はスカルシュレッダーすら倒せていないクソザコドクターです。
 キャラや世界観を理解しきれていないため色々崩壊しているかもしれません。
 ただラヴァを好きになってしまったので、この情熱で何か書き上げたかったのです。
 色々と許せる方だけ読んでください。









 ロドスの朝は早い。

 いや、より正確に言えば、ロドスに昼夜の区別はないに等しい。防衛の観点から、拠点は移動都市内部、言わば地下に相当する場所に設けられており、太陽の光は差し込まない。そしてロドスが相手どるのは、常識の通じない鉱石病感染者のテロリスト共に、自然発生する文字通りの"天災"だ。だからロドスでは24時間常にスタッフが配置され、飯の時間に至るまできっちりとスケジュール管理されれている。

 今はAM十一時。アタシ――術師ラヴァにとっての、五時間しか睡眠を貰えなかった、うんざりするほど早い朝だ。

 

 

「うげっ……」

 

 

 アタシの朝の第一声は、寝起きの不機嫌さに悪寒をないまぜにさせた、とても酷いうめき声だった。

 

 

 四人で使用する宿舎にあるのは、両脇に二つ置かれた二段ベットに、各自に振り分けられた机四つきりの簡素なものだ。四人の内二名はアタシとは真反対のサイクルで勤務しているため一緒になる事はほぼなく、もう一人のルームメイトのフェンはきっちりした奴なので、アタシが起きる頃には支度を終えて部屋を出ている。

 

 

 一人きりの静かな部屋で、机にタロットカードを並べて占いを行うのが、アタシの毎朝の日課だった。

 特に深い意味があるわけじゃない。術師のたしなみ……運動前のストレッチのようなものだ。程よく集中する事で、身体を巡るアーツの流れを整える。

 アーツを整える方法は何でもいい。瞑想したり、信じるなにがしに祈りを捧げたり、何なら普通の人と同じように旨い朝飯を食べるだけでも充分な効果がある。アタシにとっては、それが占いというだけのことだ。毎朝机に座って、ぼーっとタロットカードを広げ、その日の吉兆をぼーっと占う。

 

 

 占いのよくできた点は、いい加減な所だ。当たる時もあるし、当たらない時もある。そしてどうなろうが、起きた結果に、占いは一切責任を持たない。

 そのいい加減さが、アタシの性根によく合っていた。ためになるんだかならないんだか分からない無責任な助言も、慣れてしまえば気心の知れた友人の世間話のように感じられもする。

 ……だが今回だけは、その無責任さを嫌いになりそうだった。

 

 

「……予期せぬ災いが降り注ぐ」

 

 

 机の上に広げられたタロットが示すのは――凶。

 

 

「災いに穿たれた傷は、数週間は心をかき乱すだろう……」

 

 

 告げられた予言を口にすると、言い知れない悪寒が走り、苦虫を噛み潰した不快感が寝起きのアタシを襲った。

 

 

「何だよ、ロドスに来てから、ここまでひどい占いは出たことないぞ……それに数週間とか、やけに具体的にこっちの不安を煽ってくるし」

 

 

 アタシは端末を操作し、手早く情報を流し見る。天候は晴天。天災の予兆もなし。テロリストはつい数日前に強烈な打撃を与えたばかりで、立ちなおせるのはもっと後のはずだ。

 霊験あらたかな占いとはいえ、データは改ざんできない。ロドスを脅かすような危機は、百パーセント起こらないと言っていいだろう。

 よってこの占いは、アタシ個人を指して告げられたものだということだ。

 

 

「うあー……もうダメだ、完っ全にやる気なくした」

 

 

 広げたタロットカードを押しのけながら、机に突っ伏す。

 そんなアタシの気も知らず、端末が誰かの着信を告げてきた。

 

 

「――おーい、ラヴァ? 一体いつまで寝てるの?」

 

 

 ハキハキとした声。チームリーダーのフェンだ。アタシは机に突っ伏したまま答える。

 

 

「……呼び出しが早いぞ、フェン。まだ配属までは時間があるはずだ」

「配属はそうだけれど、朝食は11時30分までだぞ。せっかくロドスの厨房スタッフがラヴァの分も用意してくれているのに、食べないの?」

「別にいい。今はそんな気分じゃない」

「そっか……だって、クルース」

 

 

 フェンの後ろの方で「わーい」とふわふわした声が上がる。クルースなら、二人分だってあっという間に平らげてしまえるだろう。

 

 

「今日は私とクルースと一緒に、12時からB1貿易室での搬入作業だよ。遅れないようにね」

「今日は無理。アタシはパスだ」

「なんで?」

「めんどい」

「なんで!?」

 

 

 通信機越しに、はぁーと大きなため息が聞こえる。目を覆って困り果てるフェンの姿が目に浮かぶようだ。

 

 

「仕事なんだよ、ラヴァ。みんな協力してロドスを回してるんだ。体調不良でもない限り――」

「じゃあ体調不良でいい。あるいはあれだ、有給だ。とにかく今日は部屋から出たくない」

「ちょっと……頼むよラヴァ。サボりが見つかったら、監督不行き届きって、私がドーベルマン先生に怒られるんだからね?」

「あらら、フェンちゃんは大変だね~」

「他人事みたいに言えるの、本当にすごいと思うよ、クルース……」

 

 

 厄介者二人に囲まれ、さぞ困っているだろうな、リーダー。だが諦めてくれ。アタシのやる気は、今朝の占いで完璧に燃え尽きてしまったんだ。

 

 

「と、いうわけで。アタシは今日は休みを取らせてもらう。仕事はフェンとクルースで頼む」

「というわけで、じゃないよラヴァ! もー……あんまりワガママを言うなら、アレだよ」

「アレ?」

 

 

 意を決したようなフェンの言葉に、アタシは聞き返す。

 ドーベルマンの真似をして凄むつもりだろうが、残念ながらアタシは(迷惑をかける側なので)フェンの優しさをよく知っている。アタシを駆り出すような恐ろしい想像をフェンができるわけが――

 

 

「ラヴァがサボってるって、アーミヤさんに言いつける」

「……」

 

 

 一人きりの静かな部屋が、ヒリついた。

 

 

「ロドスの運営や組織連携にとても忙しいアーミヤさんに、ラヴァを叱ってもらう」

「……待て」

「優しいから怒るに怒れないアーミヤさんに、『どうしてそんな事するんですか?』って見つめ続けてもらう。五分でも、十分でも、アーミヤさんが反省したと納得するまで」

「それは、マジで、洒落にならない」

「申し訳ないやら情けないやらで、たぶん数週間くらい落ち込む事になるよ」

 

 

 フェンの言葉に、先ほど読み取った占いの結果がリフレインする。

 

 

 ――予期せぬ災いが降り注ぐ。

 ――穿たれた傷は、数週間は心をかき乱すだろう。

 

 

「私はやるときはやるよ、ラヴァ」

 

 

 ダメ押しのようにフェンが言う。喉元まで出かかった「今はその時じゃなくない?」という疑問を、アタシはぐっと飲み込んだ。

 今日のフェンはやる気だ。数週間という言葉は偶然の一致だと信じたいが、どうあれ逆らわない方がいいだろう。

 ……とはいえ。とはいえだ。

 

 

「うぅ……」

「いいね、ラヴァ。三十分後に、B1の貿易室に集合だから。ちなみにラヴァの分のご飯はクルースが食べちゃったから、お腹空いたって文句は無しだよ」

「占いの結果が悪いんだ。今日、ひどい目に会う予感がひしひしする」

「占いは占いでしょ? 当たりはずれあるって、ラヴァも言ってるじゃないか。それに、今日の業務は簡単な納品作業だよ。酷い目なんて、起こりっこないって」

 

 

 宥めるようにフェンが言う。

 確かにフェンの言う通り、占いは占いだ。アタシ自身、真に受ける方がどうかしてると、占った相手にもよく言っている。

 でも……占う側だからこそ、アタシはよく知っている。慣れ親しんだ友人のような占いの、嫌いな所。

 

 

 

 その一――占いは、嫌なやつほどよく当たる。

 

 

 

 アタシの嫌な予感は……いそいそと身だしなみを整えて、居住区のドアを開けた瞬間に、現実のものとなる。

 

 

「――たるんでいますよ、ラヴァ!」

「うわぁぁぁぁ!?」

 

 

 ドアが開いた先にいたのは、アタシと瓜二つの顔をうざったく眩しくさせた、天敵だった。

 

 

「は、ハイビス!? なんでここに!?」

「先ほど宿舎で、A1チームのみんなを見かけました。皆さんで仲良く朝の談笑をしていたのに、なんでラヴァは混ざっていないんですか!?」

 

 

 おとぼけた笑顔を目いっぱいむっとさせて、双子の姉のハイビスカスは迫る。その、アタシとそっくりなくせに、いかにも頭が空っぽですと主張するような顔が、アタシはとにかく苦手だ。

 

 

「い、いきなり押しかけて、意味の分からない事言うな! 朝飯をどうしようが、アタシの勝手だろ?」

「ダメです。私達はチームなんですから。自分勝手な行動は、チームの輪を乱します!」

「ハイビスの無遠慮さも、十分チームの輪を乱すと思うんだけど……」

「言い訳は聞きませんよラヴァ。みんな仲良く、一致団結! そのためには、毎日のささやかな触れ合いが何より大事なんですからっ」

「だったらささやかに黙っててくれないかな……」

 

 

 アタシの反論は、ハイビスカスの過剰な元気に気圧されて、最後まで続かない。語りながらぐいぐい詰め寄ってくるので、アタシはまるで突風に煽られるみたいにずり下がる。

 同じA1行動予備隊に配属されたハイビスは、こうして事ある毎にアタシに食ってかかる。やれ礼儀正しくしろだとか、ちゃんと健康に気を付けろとか、いちいち口うるさく。それも、物凄く押しが強くだ。もう大人なんだから放っておけと言っても聞きやしない。

 

 

 不運にもロドスで偶然再会し、何の因果かあるいは悪意か同じチームに配属された、アタシの双子の姉。

 アタシの天敵。

 そして――多分、今回の占いの元凶。

 

 

「な、なあハイビス? 分かったからどいてくれないか。アタシ、あと数十分後には仕事なんだけど」

「ええ、知ってます。だからこそラヴァの部屋まで来たんですから」

 

 

 この姉は何を言っているんだろう? ドアの前に佇んで、急いでいるという妹を閉じ込めて笑っているんだが。鉱石病に頭をやられでもしたのだろうか?

 

 

「ラヴァ、朝ご飯食べてないんですよね」

「食べる気にならない。朝は弱いんだ、いいだろ別に」

「よくありませんっ。朝ご飯は一日の始まり、言わば切り込み隊長です! 朝ご飯を抜くと、血の巡りも頭の回転も悪くなるし、健康にも悪影響です。お肌の張りもなくなっちゃいますよ」

「アタシは、お前のそういう所が苦手なんだぞハイビス」

「私は医者です。そしてお姉ちゃんです。つまり私の言うことは、二倍聞かなきゃいけないんですよ、ラヴァ」

「謎理論で反論を潰しにくるなバカ」

 

 

 こっちはあけすけな言葉の数々に絶句しているというのに。ハイビスカスは全く気付く様子なく、得意気に笑っている。

 その目の輝きに、アタシはもう少し注意を払うべきだったのだ。

 

 

「ふふん……実は今回は、そんなだらしのない妹のために、お姉ちゃんがひと肌脱ぎに来たんですよ!」

「……は?」

 

 

 思わず言葉を失うアタシの前に、ハイビスカスは満面の笑みで、後ろに隠していたそれを差し出してきた。

 ――途端に立ち込める、猛烈な臭い。

 空気が歪む程の、強烈な悪意が立ち込める。

 

 

 ハイビスカスが手にしていたそれは……多分、弁当なのだと思う。

 多分と言うのは、それが弁当という枠組みには決して収めてはいけない、何かとてつもなく悍ましいナニカだったからだ。

 

 

「ラヴァの身体の為を思って、一日に必要な栄養素をふんだんに盛り込みました! 毎朝の活力をもたらす、特製弁当です」

 

 

 毎朝の活力? 

 目の前のソレ、明らかに命を刈り取るオーラをしているが?

 蓋の端から漏れてる何かしら茶色い汁、アタシのアーツよりレユニオンの制圧に使えそうだが?

 

 

「レーション三個を一つの弁当箱に収めるのは大変でしたが、意外となんとかなるものですね!」

 

 

 今この瞬間、物理学の全てに喧嘩を売った事など露知らず、ハイビスカスは弁当を突き出し、一歩詰め寄る。

 明るい笑みで。あろうことか善意を滲ませて。

 明らかに凶器で狂気なソレを、食べてと。

 

 

「大丈夫ですよ! 味はともかく、身体にいいものしか入ってませんから!」

「な、あ……」

 

 

 

 

 占いの嫌な所、その二。

 ――肝心の内容については、起こってからじゃないと気付けない。

 

 

 

 

「お……」

「……ラヴァ?」

「お前の……そういう所が嫌いなんだよぉぉーーーー!」

 

 

 占いと天敵、二つともにそう叫んで、アタシは走り出した。

 驚いたハイビスカスの一瞬の隙を縫って、脇を潜り、宿舎から抜け出す。

 

 

「あ、こらラヴァ! 逃しませんよ!」

「嫌だ! そんな破壊兵器を胃に通すくらいなら、普通にフェン達と朝飯食べるよ! それでいいだろ!?」

「フェンさんとクルースさんはもうお仕事の用意を初めてます。もう時間もありません。今ラヴァに朝の元気を与えられるのは、お姉ちゃんの特製弁当だけなんです!」

 

 

 くそ、手にしている悪魔物質以外は正論なのが、余計にムカつく。

 バカ占いめ! 何が二週間だ、あんなの食べさせられたら、下手すりゃ一ヶ月は病院ベッド送りだぞ!

 

 

「こらラヴァ! 覚悟を決めて、お姉ちゃんの優しさを受けなさい!」

「嫌だ、姉の優しさに殺される! 誰かあのバカ姉を止めてくれーー!」

 

 

 その日の朝は、アタシが予見通りの最悪で。

 せめて占いの結果通りにはなるまいと、アタシは寝起きには辛すぎる全力疾走でロドス中を駆け回り、はた迷惑な天敵から逃げるのだった。

 

 

 

 

 

           ◇

 

 

 

 

 

 

「失礼します、ドクター!」

 

 

 コンコン、という控えめなノックの後、ハイビスカスはドクターの執務室の扉を開けた。

 部屋の四隅には、埋め込み式の頑丈な長机が設置され、数々の実験器具がずらりと並べられていた。

 かつて鉱石病の解明に使われたフラスコや分析機器は、今は使用者を失った事でその目的を一時停止し、ひっそりと静まり返り、鈍色の光沢を放っている。

 部屋の一角に誂えられた執務机に座ったドクターは、ノート型端末から顔を上げ、ハイビスカスに穏やかな微笑みを返した。

 

 

「やあ、ハイビスカス」

「……む……むむぅ……? おかしいな、廊下はここで行き止まりなんですが……」

 

 

 ドクターに一礼したハイビスカスは、険しい目つきで部屋をぐるりと見回す。

 

 

「……どうした、キョロキョロして。何か捜し物か? 俺でよければ力になるが」

「ええ、その、ラヴァを見かけませんでしたか? こっちに逃げ――ごほんっ。走って行くのを見かけたんですが」

「ラヴァ?」

 

 

 ドクターは端末を机に置き、椅子に腰掛けたまま腕組みをする。

 

 

「いや、見てないな。この部屋には誰も来てないはずだよ。入口は一つだし、来ればまず気付くはずだ」

「そうですか……ううん……?」

「人探しなら、シラユキやクラベルに聞いてみたらどうだ。何か分かるかもしれない」

「ああ、いえ、そんな大事ではありません! ちょっとした追いかけっこをしていただけですのでっ」

 

 

 冷静に反応されると気恥ずかしさが勝るのか、ハイビスカスは照れくさそうに答える。その手には未だ、不穏なオーラを放つ弁当箱を持ったままだ。マスターが指さし、問う。

 

 

「ハイビスカス。君の持ってるそれは……その、何だ?」

「お弁当です。妹の健康を心配して作ってあげたんですけど、ラヴァったら私を見た瞬間逃げ出しちゃって」

 

 

 まったくもう、と溜息を吐くハイビスカス。顔には一切出さないまま、ドクターは一人ことの顛末を察する。

 

 

「……あ、ドクター、よかったら召し上がりませんか? 元気が出ますよ!」

「いや、いい。先ほど食事を取ったばかりだし、後三時間もすれば今日の勤務時間は終了だ」

「そ、そうですか」

 

 

 さしものドクターも、背筋にビンビンと感じる危機感までは誤魔化せなかった。

 丁重に断られたハイビスカスは、自らが作った弁当を胸に抱え、むぅと不満げに唇を尖らせる。

 

 

「お姉ちゃんとして、チームメイトとして、ラヴァにはできるだけ元気に、楽しく日々を過ごしていただきたいんですが……どうして逃げられてしまうんでしょう」

 

 

 呟かれた口調は存外に重く、ドクターは思わず口ごもる。

 

 

 双子の姉妹ながらも、二人がロドスに加入した経緯はバラバラだ。

 性格も、重ねてきた経験も、与えられた役割も技能も違う。それでも二人には姉妹という特別なつながりがあって。

 ハイビスカスはハイビスカスで、その繋がりを大事にしたいと、本気で考えているのだろう。そんな心境を考えれば、まさか今手にしている、善意という名の兵器が原因だとは言う訳にもいくまい。

 

 

「……ラヴァは別に、ハイビスカスの事を嫌ってる訳ではないと思うぞ」

 

 

 しばし悩んだドクターは、そう彼女に切り出した。

 

 

「君も分かるだろうが、ラヴァは面倒くさがりに見えて、真面目で、義理堅い性格だ」

「ええ。子供の頃から、ラヴァは勉強も運動も、私よりずっと頑張り屋さんでした」

「ここロドスでも、ラヴァはアーツの学びにひたむきで、誰にも見せない所で自主練も頑張っている。それはこのロドスに少しでも貢献し、迷える人を救いたいという思いからだと思う」

 

 

 未だ記憶は戻らないが、ここにいる"現在のドクター"としても、それなりの時をロドスで過ごしてきた。指揮する立場として、大事なメンバーの人となりくらいは理解できている。

 

 

「ラヴァは、君よりも戦士としての使命感が強いんだ。ここには戦い、人を守るためにいるんだ、とね……だから、君に姉として接されると、色々と気まずいのではないだろうか」

「そう……でしょうか」

「姉としてのお節介はほどほどに、一人の仲間として接してあげてもいいんじゃないかな。君の優しさは、それで十分伝わると思うぞ」

 

 

 鉱石病。人から人へ感染し、やがて必ず絶命する不治の病。ロドスはその混沌から少しでも多くの人々を救うべく、日夜奮闘している。

 ロドスが悪意のない者を拒む事は無い。ある人は差別から逃げ、ある人は厳しい世界での居場所を求め、ある人は人を救う使命を抱き……様々な理由で門戸を叩いてくる。

 種族も、出自も、背景も。何もかも違う人々が『に抗う』という使命によって束ねられた組織。それがロドスだ。

 戦う理由や、所属する意義を問うのは、人によっては野暮というものだろう。

 

 

「むぅ……」

 

 

 ドクターの言葉を受け、ハイビスカスは難しい顔をして、ひとつ唸る。

 

 

「まだ、何かもやもやしますけど……ドクターのお言葉は分かりました」 

 

 

 そう言ったハイビスカスは、「ですが」と言葉を続け、ぐっと胸の前で拳を作る。

 

 

「アタシはラヴァのお姉ちゃんなので。誰よりもラヴァの事を知っている自信があります」

「……」

「ラヴァの気むずかしい所や、面倒くさがりな所なんかも、人一倍知っていますから。ラヴァがよりロドスになじめるように、私も精一杯サポートをしてあげたいんです……えへへ。やり方は、少し考えますけれど」

「……ああ、それでいいだろう」

 

 

 ドクターが頷き、ハイビスカスが照れくさそうに頷く。

 彼女は突然の来訪を謝り、退室する。

 ドアを開けた所で、彼女は今一度振り返って、聞いた。

 

 

「……念のために聞くんですが、本当にラヴァがどこか知らないんですよね?」

 

 

 その質問に、ドクターは微笑を一つ。

 

 

「ラヴァの事はよく知ってるんだろう? ……彼女は、人の部屋に突然押し入ってくるような、分別の無い子供じゃないよ」

「……それもそうですね! えへへ、失礼しましたっ。ドクターも健康にはお気を付けて」

「ああ。ハイビスカスも、はりきりすぎないようにな」

 

 

 

 

 緩く手を振り合い、扉が締まる。

 足音が遠ざかり、静寂が完全に戻ってくる。

 ドクターが一息吐いて、椅子を机に向かい直す。

 

 

「……悪かったな、分別のない子供で」

 

 

 その足下にいたアタシは、そうドクターに毒づいてやった。

 机の下に隠れていたアタシは、ドクターの股の間から顔を覗かせ、半目で彼を睨み付ける。

 

 

「すまない、悪気があって言った訳じゃないんだ」

「いいよ、分かってる。匿ってくれてサンキュ」

「礼なんて要らないよ。本気で困っているのは分かったし、実際アレは相当なピンチだった」

「だな……その、どいてくれるか? ドクターの股の間から話すのは、さすがに落ち着かない」

 

 

 控えめに、ドクターの膝をトントン小突いて下がらせる。僅かに赤らんだ頬は、机の影になって見えなかったはずだ。

 立ち上がると、ドクターは何事もなかったかのように元の位置に座り直し、端末を起動する。

 ふと気になって、その後ろ姿に聞いてみた。

 

 

「……みっともないと思うか?」

「何が?」

「姉が苦手な事」

 

 

 端末に触れる手を止め、ドクターがアタシを見上げてくる。見つめられると恥ずかしさに負けそうになるので、そっぽを向いたまま続ける。

 

 

「家族って繋がりは、苦手なんだ……性格も好きなことも全然違うのに、ものすごく長い時間一緒にいて、平気で他人の領域に踏み込んでくる。特にアタシみたいな一人が好きな人間には、迷惑だって思うこともある。それなりに沢山」

「……」

「ハイビスは優しいと思うけど、やっぱり鬱陶しいって思ってしまうんだ……アタシの心が狭いだけかな。なあ、ドクター。アンタに兄弟は……」

 

 

 そこまで言って、ようやくアタシは、自分がどれだけ馬鹿な質問をしたかに気付いた。

 とたんに罪悪感が押し寄せ、アタシはすぐ傍のドクター――全ての記憶を失った男に詫びる。

 

 

「ごめん、ちょっと混乱してた」

「構わないよ。むしろ、記憶喪失であることを忘れられるくらいロドスになじめているという、良い証拠だ」

 

 

 言葉の通り全く気にした風なく、ドクターは笑う。

 

 

「変に気負う事もない。ラヴァはラヴァらしく、ハイビスはハイビスらしくいれば、自然と上手くいくだろう。これまでもそうだったように」

「はぁ……まあな。アイツの、過剰なくらい甲斐甲斐しい医療のお陰で、上手くいった作戦もあるし」

 

 

 アタシもアイツも、今やロドスの一員なのだ。

 変わらない関係はない。年を取るのと同じように。裕福な家の娘だったアタシが、家を飛びだして戦いに身を投じたように。

 姉妹という関係も、このロドスという枠の中で、いかようにも形を変えていくだろう。互いに生きてさえいれば、きっとより良い方に。

 

 

「……その過程で、あのメシマズが治ってくれれば、まあ、それでいいや」

 

 

 そう話を結んでしまうと、何だか自分が酷く小さな事に拘っていたように感じられて、気恥ずかしさで首筋が痒くなる。

 結局、ハイビスのせいで仕事には遅刻だ。後でフェンにはこっぴどく叱られる事だろう。

 

 

 

 

 占い一つでこうも荒れ狂うなんて……まったく、最悪な一日だ。

 けれどまあ、占い通りの結末は回避できたから、由とするか。

 そう考えて、フェンに叱られに行くかと決めた時。

 ドクターの何やら神妙な視線がこちらに向けられている事に、ようやく気付いた。

 

 

「どうかしたか、ドクター?」

「……もしかすると俺は、ラヴァに謝った方がいいのだろうか」

 

 

 突拍子もない事を言われて、思わずアタシは目を丸くしてしまう。

 

 

「いやな。俺は記憶を失っているだろう? だから俺の持つ思い出は、ここで君達と過ごす、ロドスでの日々だけだ」

「……」

「だからロドスは、俺にとっては我が家のような物なんだ」

 

 

 語るドクターは、緩く笑っている。その笑みが、脳裏に思い描く様々な光景に対し、厳しくも満ち足りていると感じている事を告げている。

 その一シーンの中に、自分も含まれているのだろうか……そんな事を考えるとまた恥ずかしくなって、ついドクターから目を逸らしてしまう。

 

 

「そいつは……悪かったな。辛気くさいメンバーばっかりで」

「そんな事ない。ロドスは魅力的な人ばかりが揃っている」

「そうか?」

「そうとも。現に俺は、君を妹みたいに思っていた」

 

 

 

 

 

 ――妹。

 

 

 

 

 ドクターから唐突に告げられたそれは。

 普段耳にタコができる程聞いている筈なのに、全く印象が異なって。

 慣れ親しんだ呼称にも関わらず、不意打ちのようにアタシの心に飛び込んできて。

 

 

 

 瞬間――ぼふんっ、と、アタシの顔が火を噴いた。

 

 

「なっ……!?」

「一人前とはいかないが、人一倍勉強して、人の役に立とうと頑張ってる。現に成長も目覚ましい。影ながらいつも応援しているし、メキメキ力を付けていく様を見ると、我が事のように嬉しかったりする……よく思うんだ。もし俺に、大好きな妹がいたとしたら。昔はこんな風に、成長を喜んだりしたんだろうとね」

「……だ、い……」

 

 

 

 思ってもみないドクターの言葉の数々は、邪念の一切無い分、強烈にアタシの心に突き刺さってきた。一節毎にばくんと心臓が跳ねて、冗談でもなく破裂するかと不安になるほどだ。

 

 

 

「だから、謝った方がいいかと思ったんだ。ラヴァがもし嫌と感じるなら、この認識は、頑張って検めるようにするが……どうだろう」

 

 

 

 ……どうだろう?

 

 

 どうだろう、じゃないだろ。

 

 

 見えないのかよ。こっちはお前の言葉のせいで、顔が信じられないくらい熱くなってるんだぞ。まともに顔も見れなくなってるんだぞ。

 

 

「……いやじゃ、ない」

 

 

 そっぽを向いて、腕で顔を覆い隠して。

 喜びだか恥ずかしさだか分からない感情でブルブル震える口から、ようよう言葉を絞り出す。

 

 

「ハイビスと、ちがって……お前からの妹扱いは……その、ぜんぜん、いやじゃない」

 

 

 ばく、ばく、心臓がうるさい。

 考えが上手く纏まらない。今自分の胸で跳ね回ってる感情が果たしてなんなのか、全く説明できない。

 そんなアタシの脳裏に、ふと、今朝の占いの文言が蘇る。

 

 

 

 ――予期せぬ災いが降り注ぐ。

 ――穿たれた傷は、数週間は心をかき乱すだろう。

 

 

 

 ――ああ、

 ――そうかよ。

 

 

 

 

 

「コレかぁ……ちっくしょう……!」

 

 

 占いの、こういうところが嫌いなんだ。

 無責任で、嫌な予感ほど良く当たって、肝心の内容については起こってからじゃないと気付けない。

 

 

 

 そして――嫌いな所に、一つ追加だ。

 たった今、一番大嫌いな所になった、一つ。

 

 

 

 ――占いは、ときおり嘘を吐く。

 

 

 

 

「何が数週間だよ……下手すりゃ一生ものだぞ、バカ……っ」

 

 

 

 

 真っ赤になった顔で、そう恨み言を吐くのが精々で。

 結局その占いは本当に当たってしまい、アタシは本当に散々な――何かある度にくすぐったい言葉を思いだし、仕事もアーツもからっきしな――全くらしくもない、甘酸っぱい数週間を過ごすのだった。

 

 

 

 

 その時以来、毎朝の占いに、やけにラッキーカラーやら彼との遭遇ポイント等を示す、本当に心底くだらない占いが混じるようになったのだが……それは、人命と世界を救うロドスの、使命に燃える日々を生きる多くの人にとっては、余りにもどうでもいい与太話だ。

 



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