GUNGRAVE -OVER DOLLS- (ガロヤ)
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Prologue
黄昏の破壊者-1


 2062年・・・民間軍事企業のグリフィンが暴走した鉄血工造の人形たちとの戦いを開始してしばらく経った頃・・・

 

「ペルシカさん、こちらAR小隊、目標地点に到着、これより偵察と調査を開始します」

 

 グリフィンに所属するM4率いるAR小隊は、雪原地帯のとある場所にいた。まだAR小隊が編成されてから間がなく、鉄血工造の占領地域からも遠いこの場所での偵察任務は訓練の意味合いが強いが、もう一つ目的があった。

 

「こんなところに鉄血にいた研究者の家があるの?」

「ペルシカさんが言うにはそうらしい、あわよくば研究資料を回収したいそうだ」

 

 SOPⅡの疑問に対しM16が答える。

 かつて鉄血工造に勤めていた研究者が住んでいた住居があり、人が滅多に訪れないこの場所で生活していたらしい。ちなみにだが彼はかの鉄血の暴走事件により死亡が確認されている。

 

『PCを見つけたらそこからデータを無線転送して』

「了解」

 

 返答とともに行動を開始した。

 

 

 

 

 

『うーん、面白そうなデータがないわね』

「も~、鉄血とも出くわすこともないし退屈で帰りた~い」

「SOPⅡ、無駄口を叩かない、まだ任務中よ」

 

 結果として得られる成果はなかった。研究者の住居に侵入し、人形と人口知能関連の資料もあるにはあったが、かつてAR小隊がペルシカから依頼を受けて持ち帰った(盗んだともいう)他人の技術資料などと中身がそれほど大差がない。

 SOPⅡも鉄血との戦闘も起こらず、代り映えしない雪景色に暇を持て余し始め愚痴をこぼし、それをAR-15が注意するが、その声にはいささか落胆の色が見える。

 

『確かに得られるものはなさそうではあるんだけれど・・・』

「?何かあるんですか?」

 

 ペルシカの言い淀みに疑問を持つM4。

 

『さっきM16が見つけてくれた日誌があったでしょう。その中に気になる記述があってね』

 

 それは書斎の机にあった研究者の日誌である。日々の研究の結果や感想、職場での不満や愚痴など他愛がない内容ばかり書かれてたが、その中で目を引く一文があった。

 

 【家にあるコンテナ】

 

 どうやらこの家の近くに古びたコンテナがあるらしく、それを見つけて中に入ろうとしたが、厳重に閉ざされたドアロックを外せず、またコンテナの外壁を破壊しようにも頑丈な装甲に阻まれ悪戦苦闘する様子が記述されていた。窓から外を覗くと確かにそれらしきものが見える。

 

「あまり今回の任務内容とは関係なさそうですが・・」

『確かに関係ないとは思うんだけどね、でも興味があるのよ。調査をお願い。』

 

M4の指摘に賛意しつつも自身の興味を優先したペルシカは命令した。AR小隊の面々も命令指示である以上、戦術人形として逆らう道理がない。彼女たちはコンテナに向かった。

 

 

 

 

 

「近くで見ると、これはまた・・・」

「でかいわね、しかも結構頑丈そう」

 

 M16とAR-15は互いの感想を言いながらコンテナの周囲を観察する。確かに長い時間放置されていただろうことは容易に想像出来るくらいにコンテナの表面には錆びによる腐食と汚れが広がっている。それと同時に軍用の装甲車を彷彿とさせる重量感を持つ装甲、上部には排気口やファン、割れたソーラーパネルが取り付けられている。大型のタイヤが装着されているあたり、元々はトレーラーに牽引されていたのだろう。

 

「ドアは見つけたけどロックがかかってるみたい」

 

 そう伝えながらSOPⅡはスライドドアのレバーに手を掛けて開けようとしたがビクともしない。レバーの横には解錠用の数字のパスワードを打ち込む為のものであろうパネルがあるが、押しても反応がない。

 

「仕方がないわ、AR-15」

 

 M4の指示にAR-15は頷きながら爆薬を取り出しドアに仕掛ける。充分に離れてから、爆薬のスイッチを手に取る。

 

 3、2,1,BAN!

 

 爆発を確認し、ドアを見る。ドアの完全な破壊は無理ではあったが、爆発の衝撃でロック部分が破壊されドアとドアフレームに隙間ができた。

 

「よっしゃ、後は力づくだな」

 

M16はそう言うとドアに近づき、ドアとフレームの間に手を入れ強引に開こうとする。数秒の格闘ののち、ドアは開いた。

 M4を先頭にコンテナ内部に入る。内部は非常に暗く、長年閉め切っていた為か、淀んだ空気が充満していた。フラッシュライトを点けて辺りを見回す。ドアから見て正面には複数のモニターや何かの計器などが見えた。M4はライトを奥に向けた。

 

「えっ・・」

 

 M4は短い困惑の声を上げる。M16たちが反応してM4が見ている方向を見て同じく驚いた。

 ライトが照らす先、金属製の椅子に静かに座っている男がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




色んな作者様のドルフロ小説を読み、自分の妄想を形にしたくなって投稿しました。初めてかつ駄文が展開されていくと思いますが何卒よろしく。


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黄昏の破壊者-2

キャラの口調や会話、描写が難しい。いや、全部難しい。


 男が座っている。予想もしていなかった光景にM4は混乱していた。

 何故閉じていたコンテナに人がいる?いつから?どうやって?

 彼女にあらゆる疑問が沸き上がりながらも男に声をかけた。

 

「あのっ!すいません!」

 

 男に反応がなく、沈黙が続く。

 

「すいません!!」

 

 先程よりも声を上げて再び声をかけた。が、相変わらず男から反応は帰ってこない。M4はますます混乱と警戒心を高めていく。

 

「M4」

 

 呼ばれ、自分の右肩に手を置かれそちらを振り向く。

 

「M16姉さん・・」

 

 信頼する姉をじっと見つめるM4。少し落ち着きを取り戻し、M16もそれを感じ取りながら、M4の前に出る。

 M16は右手に自身の名前と同じアサルトライフルを構え、左手にライトを持ち、男に銃口とライトの光を向けながら、男の方へ歩く。

 一歩、また一歩と距離を詰める。男はライトに顔を照らされながらも、相変わらず反応がなく、微動だにしない。M16の自身の予想が確信に変わる。

 男の至近距離まで近づいたM16は銃身で男の身体をつつく。腕、胸、脚と順々につつき反応がないのを確認し、直接男の顔に手を当てる。

 

「やっぱりそうだ・・死んでる」

「し・・死んでるっ・・!?」

 

 M16の告げたまさかの事実に衝撃を受けるM4。

 

「おかしいよ!閉じてたコンテナの中に人間の死体なんて」

 

 SOPⅡは疑問を口に出す。

 

「自殺した人間かしら」

 

 AR-15は推測を立てる。

 M16はライトで照らしながら、男を調べる。その様子を見ながらM4たちは近づいていく。M16は男の顔をライトで照らしまじまじと見つめる。M4たちも一緒に男の顔を覗き見て、ギョッとした。

 男の顔の左側には大きな傷があり、左目が潰れている。そして、男には眼鏡が掛けられ左のレンズは黒く塗りつぶされ、その上に白い十字架の装飾が施されていた。

 

「はは、私とお揃いだ、左右逆だけどな」

 

 M4たちの方を向き、自分の右目の眼帯を指で小突きながら言うM16。

 

「M16姉さん、不謹慎ですよ」

 

 M4の注意に笑いながらも、男に向き直る。

 

「これは銃創による火傷の痕だな、結構近くで撃たれてる」

「誰かに殺されたってこと?」

「そうだな~・・んっ?」

 

SOPⅡの疑問に答えながら、男の胸部に視線を移した時に何かに気づく。そして、男のシャツのボタンを外して胸元をはだけさせる。

 

「エ・・M16姉さん!?なにをし・・っ!?」

 

 M16の突然の行動に驚くM4。だが、すぐに言葉を詰まらせた。

 開かれた男の胸から腹にかけて弾痕が複数あり、更には大きな切開の痕があったからだ。

 あまりに痛々しい傷跡に絶句するM4たち。その時、通信が入る。

 

『ペルシカよ、M4、どう?コンテナは開いた?』

「あ・・えっと・・」

『どうしたの?何か問題あった?』

「実は・・」

 

M4はこれまでの経緯を説明した。

 

 

 

 

 

『コンテナから死体ねぇ・・』

 

 話を聞いてペルシカは黙り込む。大した期待もなく、興味本位で開けさせたコンテナからまさか死体があったなんて予想してなかったからだ。少し考えたあと、口を開いた。

 

『他にはなにかある?コンテナの中はどうなってるの?』

「はい、少し待ってください」

 

 そう言いながら周囲を見る。ペルシカから通信が入った直後に、AR-15やSOPⅡはコンテナの中を調べていた。

 

「モニター、操作パネルにコンピュータ・・結構大がかりね」

 

 と、AR-15。

 

「こっちにブレーカーっぽいの見つけたよ」

 

 SOPⅡの言葉に

 

『試しに電源入れてみてくれない?』

「了解」

 

 ペルシカの言葉に、SOPⅡにブレーカーをONにするよう指示するM4。

 はーい、と呑気に声を上げながらブレーカーを上げるSOPⅡ。しばらくしてコンピュータからカリカリと駆動音と排気のファンの音が鳴り始め、コンテナの蛍光灯が内部を明るく照らし出した。

 

「電源がまだ生きていたなんて・・・」

 

 驚きながらも電源が入ったモニターを見るM4たち。モニターに色々な文字列やなんらかのグラフのようなものが映し出される。どういった内容かまるでわからないM4たちだったが、ある1つのモニターに人の影と名称らしき文字を見つけ読む。

 

「グレイヴ・・?」

「GRAVE《墓》?じゃあこのコンテナはこの男の墓ってこと?随分と大げさね」

「いえ、この人の名前の様だけど・・」

 

 そう言って男の方を見る。それと一緒に先程から男を熱心に見ているM16の姿。

 

「コンピュータの起動を確認しました、ペルシカさん」

『・・・』

 

 考えるペルシカ。しばらく経った後、

 

『このコンピュータの中のデータ全部、メモリにコピーして持ち帰れない?』

「持ち帰るんですか?」

 

 戸惑うM4。

 

『成果なしっていうのも嫌だし、せっかくだから取っときたいのよ、もしかしたらすごいお宝が入ってるかも』

「は、はあ・・」

 

 正直、死体があるコンテナに長居はしたくない気持ちがあった。が、仕方なくメモリをコンピュータに繋ぎ、コピー可能か確認する。幸運にもコピー可能だが、容量は多く、完了までに1時間ほどかかる計算だった。

 

「データのコピーを開始しますので通信を切ります」

『頼んだわよ』

 

 通信を切り、コピーを開始する。開始したのを確認して周囲を見回す。折り畳み式の簡易ベッド、保存食や飲料水の段ボール箱が散乱している辺りここで生活していた形跡がある。

 

「本来の任務内容とかけ離れてる気がするわ」

「でも、驚きの場面に遭遇できたじゃん」

「こんな驚きはいらない」

 

 AR-15とSOPⅡがじゃれ合っている。M16は相変わらず男の死体に釘付けだ。その様子を見てAR-15は声をかけた。

 

「さっきからずっと見てるけど、どうしたの?」

「いや、なんというかさ、きれいすぎるなと思って」

「この男が?」

「死体の状態が、だよ」

 

 M16は続ける。

 

「腐敗が全くないし、本当にただ眠ってるようにしか見えない。だが、コンテナの劣化具合から見て10年以上は放置されていたはずだ。まるでついさっき死んだばかりだ」

「死体の保存処置が良かったのかしら」

「それだけじゃない、左目と体の弾痕を皮膚が膜を張って塞いでる、こいつが致命傷のはずなら傷が治ってる訳がないんだ」

 

 元々積雪地帯のため寒かったが、M16の言葉にコンテナの室温が更に下がったような気がする。まさかのホラー展開だ。

 

「でも、なんでこんなところに死体なんてあるんだろう?」

「さあ、殺した人間が遺棄したかな」

「だとしても、この設備がなんなのかまるでわからない、死体の保存の為だとしたら、これをやったやつは相当おかしいわよ」

 

 SOPⅡ、M16、AR-15がそれぞれ話す。

 

「もしかしたらだけど・・・」

 

 M4は言う。

 

「この男の人は誰かにとって大切な人だったからこうしたのかな・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




補足として、今やってる話はドルフロの第零戦域より前、要するにドルフロ本編開始前の話になります。いつカリーナとかヘリアン出せるだろうか・・。


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黄昏の破壊者-3

1時間後、短い電子音が鳴り、データのコピーが完了した。

M4はコンピュータからメモリの接続を外し、メモリを懐にしまう。

 

「やっと終わったか」

 

M16はそう言って簡易ベッドに腰かけた状態から立ち上がる。

 

「SOPⅡ、戻って、終わったわ」

「待ちくたびれたよ~」

 

AR-15は外で雪遊びをしていたSOPⅡを呼び出す。再びコンテナ内部でAR小隊全員が集合したのを確認して、M4はペルシカに通信を入れる。

 

「ペルシカさん、こちらM4、データのコピー完了しました。これより帰投開始します」

『お疲れ様、回収地点にヘリを寄こしてるから、それで帰ってきてね』

「了解」

 

 通信を切る。

 

「やっと任務完了か、とっとと帰って一杯やりたいな」

「まだ終わってないわ、油断しないで」

 

 M16を注意するAR-15。

 

「ねえ、この死んでる人どうするの?」

「えっと・・・」

 

 M4はうんん、と唸りながら考え込む。結局、この座る男の死体が誰で、なんなのかわからず仕舞いだった。任務とはいえ、死体を見つけ、その死体の前で墓荒らしをしてしまったことに少し罪悪感を覚えてしまう。

 

「置いていこう、元々ここにいた奴だし、回収する意味がない」

 

 M16はそう言ってM4を諭す。

 

「一応、礼だけはしていった方がいいんじゃない」

「殊勝ね、いつも解体した鉄血からパーツ集めしているくせに」

「む~、私は人間をバラバラにするほど悪趣味じゃないよ~」

 

むくれるSOPⅡに充分悪趣味よ、と毒づくAR-15。

 死体の方を向き、M4は前に出る。

 

「ごめんなさい、そしてありがとうございました」

 

 死体に礼をするM4。他のメンバーも各々礼を伝える。

 その後、コンテナの外に出るAR小隊。

 

「それじゃあドアを閉め直すぞ、手伝えSOPⅡ」

「は~い」

 

 M16はSOPⅡとともにスライドドアに手をかけて、ドアを閉めようと力を入れる。

 だが、その時ボシュッと短い炸裂音と共に、シュルルと何かが空を切る音が鳴る。それが迫撃砲の発射音と弾頭の落下音であることをM4が青ざめながら直感する。

 

 「全員!さ・」

 

 散開、と指示を言い切る前に目の前で地面が爆発、衝撃と共に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 M4は衝撃で吹き飛ばされ、コンテナ内部の壁に激突、そのまま床にずり落ちる。

 

「ゴホッ」

 

 体を強打し、咳き込む。額から人工血液が滴り、床にポタポタと落ちた。

 

(ジャガー・・!?)

 

 四つん這いから立ち上がろうとしながら、攻撃してきた敵を推測する。ふと、誰かに衣服を乱暴に捕まれ、強引に立たされた。

 

「M4!起きて!鉄血よ!指揮を執って!」

「AR-15・・」

 

 AR-15に立たされながら、頭から垂れる血を手で拭う。そのあと、急いで自身のアサルトライフルの動作確認を行う。幸い、故障はしていないようで、マガジンを一度抜き、装填し直す。

 

「なんでこんなところに鉄血が・!?」

 

 疑問を口にしながら、指揮システムを起動、スキャンを行う。コンテナを遮蔽物にして、ドアフレームの右側にAR-15、左側にM4が陣取る。

 ヴェスピド10、リッパー10、ジャガー1。鉄血の占領区域から遠いとはいえ、これだけの数の敵に気づかず近づけさせてしまったことは油断に他ならない。M4は無意識に唇を噛みしめる。

 鉄血の部隊が一斉に射撃を行う。その攻撃はすさまじくコンテナの外壁に大量に着弾し、金属を叩き続ける音を響かせる。何発かドアから中に侵入して床や壁に音を鳴らす。射撃の勢いが弱まるタイミングを見計らい牽制して射撃を行う。が、ジャガーが迫撃砲弾を発射、コンテナ上部に命中し爆発、コンテナは大きく揺れ、射撃を阻まれる。

 

「鉄血のくせに小癪ね!」

 

 AR-15は愚痴りながら、射撃する。

 戦闘場所としてここは最悪だ。コンテナの周囲は開けた平地になっており、何本かの木がバラバラに生えているだけで、身を隠す遮蔽物が少ない。こんな場所での戦闘は数の多さが有利になる。唯一の救いはコンテナの頑丈さくらいである。完全に出鼻をくじかれた形になってしまった。

 M4は射撃を行いながら、あることを思い出す。

 

「M16とSOPⅡは!?」

 

 突然の戦闘で頭から抜けていた2人の安否を確認しようとツェナープロトコルで通信を行う。

 

『私は大丈夫だよ!M4!』

「SOPⅡ!?良かった!ダメージは!?」

『そんなにない!けど、ごめん!銃手放しちゃった!』

「ええっ!?」

 

 通信しながら、少しだけ頭を出してSOPⅡのいる方向を見る。距離20mのところで生える木に背中をつけながら銃弾の嵐から身を守っている。SOPⅡは手を上げてみせる。SOPⅡから見て右側、10m程のところに彼女の愛銃が雪の上にあった。遮蔽物がなく回収に行けば狙い撃ちされるだろう。

 M4は舌打ちする。SOPⅡの40mm榴弾を頼りにしていただけにだ。

 ふと、視界の左端に見慣れた黄色が見える。M16だ。彼女はコンテナから5m程の位置にいたが、遮蔽物がないところで身動きがとれず、雪と地面でできた斜面に仰向けで寝そべった状態を保ち、敵の弾幕をなんとかやり過ごしていた。

 

「M16姉さん!」

「私に構うな!敵に集中しろ!少しずつでも敵を削れ!」

 

 M16はM4を注意しながら、右手で持ったアサルトライフルを寝そべった状態で撃つ。敵を視認していないうえに片手での射撃は精度が落ち、効果が薄い。

 M16の射撃場所から位置を特定した鉄血兵は、集中砲火を行う。弾幕で雪と地面の斜面が削れていく。

 

 ピシュン

 

「くっ!?」

 

 M16の右腕に銃弾が掠る。

 

「M16姉さん!」

「M4!不用意に身体を外に出さないで!あんたまでやられるわよ!」

「でもM16姉さんが!!」

 

 M4を制止するAR-15。

 再びジャガーの迫撃砲から榴弾が発射される。今度は、コンテナ近くの地面に着弾、爆発する。直撃はしなかったが、爆発の衝撃で飛び散った土混じりの雪がM16にかぶる。やられるのは時間の問題だった。

 M4の脳裏に最悪の想像がよぎる。自分はリーダーなのに鉄血の占領範囲外での任務であるからと楽観視し、データ収集中に索敵を怠って、小隊を危機に陥らせた。そして、自分のせいでM16姉さんがやられてしまう。メンタルが恐怖と悔恨に支配され、思考を鈍らせ、まともに指揮がとれない。自分は人の命令に従って行動する人形なのに、仲間を助ける人形のはずなのに、助けてほしいと強く願ってしまう。

 

「M16姉さん!!」

 

 強く叫ぶ。その時、自分の後ろで何かが軋む音を聞いた気がした。

 

 

 

 

 

 最初に異変に気づいたのはAR-15だった。銃声と爆発の音に混じって、後方で、けたたましく音が鳴り響いている。見ると、あちこちの計器のメーターが振り切り、コンピュータが今まで聞いたことがない音量でガリガリと何かを書き込んでいる。データのコピー中に見ていた人影が映るモニターはピピピと音を出しグラフには大きな波形が波打ち、棒グラフの数値は乱降下と急上昇を繰り返す。

 

(なにかのシステムが起動してる?)

 

 視線を思わず右に移し、この日最大の衝撃がAR-15を襲う。戦闘中でありながら、ありえない光景を前にして彼女の思考は停止した。

 取り乱すM4だったが、固まっているAR-15に気づいて、そちらを見る。彼女にしては珍しく口を半開きにして目を見開いて自分を見ている。否、自分の後ろを見ている。そして、自分の後ろから金属がこすれる音とガタガタと何かを揺らす音が鳴っていることに気づく。

 

(な、なに・・)

 

 後ろをゆっくりと振り返る。そして驚愕した。信じられないものを見た。

 そこには手で椅子の肘置きを強く掴み、体全体を震わせながらも、ゆっくりと全身全霊の力を込めて立ち上がる死んでいたはずの男の姿。

 男の残された右目が開かれる。虚ろさを残しながらも、それでもなお強い意志を瞳に宿して、“死神”が再び覚醒めた。




ええ、今回の話はアニメ版Gungraveの17話のパク・・オマージュです。
次回で序章は終わる予定です。


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黄昏の破壊者-4

前回の更新から間が空いてしまいました。更新不定期タグをつけるかな。


驚くM4とAR-15が見つめる中、男は自身の右側の壁に設置された収納ラックを見る。そこに近づき、ラックの取っ手を掴んで乱暴に開ける。反動で劣化していたラックのカバーの取り付け部分が壊れ、カバーが床に落ちる。その際にカバーの裏側に設置されていたのだろう、何か重いものがカバーから床に跳ねて落ちる。

 それはハンドガンだった。だがその大きさが尋常ではない。目算して全長が約60cmあり、銃身が異様に太い、巨大な漆黒の巨銃。それが2丁もある。そして、銃には十字架のパーツが取り付けられ、それぞれ赤色、白色に分けられていた。

 銃の型式や種類を記憶しているM4やAR-15が見たこともない銃。だがラックの中に掛けられた中身が露わになって、今度はそちらの方に目を奪われた。あれはなに、というのが2人が抱いた共通の疑問だった。

 巨大な髑髏が目を引く人骨をモチーフにしてデザインされたと思われる異形の箱、しいて形容するとしたら‘棺桶’のようなものが出てきた。見ただけでそれがとてつもない重量をもち、人間なら持ち上げることができず、戦術人形の膂力でも苦労しそうだと感じさせる代物だった。

 男はその棺桶の両端に繋がって接続された鎖を持ち、ひょいっと持ち上げ右肩に掛ける。男は棺桶が腰の後ろ辺りで吊るされたのを確認し、それからしゃがみ、床に落ちた2丁の巨銃を拾い、持つ。そして緩慢な動作で歩き始めた。ぎしぎしと音を立てながら、ゆっくりとしたぎこちない足取りでM4たちのいる方、ドアの方へ向かう。外は銃弾が飛び交う戦場でありながら、まるで気にしていない、気づいていないそぶりで歩く。

 M4は男が外に出ようとしていることに気づくが、驚きと混乱の連続で、男を止める行動ができなかった。AR-15も同様であった。

 男は2人を素通りし、遂にコンテナ外へと身を出した。

 

 

 

 

 

 鉄血兵たちがドアの前に出てきた男の姿を確認する。そして、あれほど激しかった銃撃が突如止んだ。

 

(攻撃が止んだ・・?)

 

 AR-15は鉄血兵たちの攻撃停止に疑問を持ちながら様子を見る。

 鉄血兵たちは男を注視し、銃を構えているが、仲間同士で顔を見合い視線を交わしながら、なにかを確認し合っている。どこか困惑しているような印象を受けた。

 攻撃が止んだことを不審に思ったのだろう、外にいたM16とSOPⅡもドア前に立つ死体の男に気づき、同じように驚いていた。

 驚きが場を支配する中、鉄血兵たちは再び銃口をM16のいる方へ向ける。が、ドアの前にいた男は少ししゃがんで、両脚に力を込める。そして一気に飛び上がる、

 男は助走なしで5mくらいの高さまで上がり、自身の前方方向へ跳躍、コンテナからおよそ15mくらいのところで着地する。着地時に地面が雪上だったために、滑りながらも、男はバランスを崩さずに、約5m程のところで停止した。

 男の位置はあっけにとられるAR小隊と鉄血の部隊の中間に挟まれた位置で立つ。男は鉄血兵たちを睨み、自身が持つ2丁の巨銃の銃口を向け、引き金を引いた。

 轟音。それとともに放たれた銃弾がヴェスピド1体の頭に命中し、生体パーツをまき散らしながら吹き飛ばされた。頭が完全に潰れており、銃の威力の大きさが見て取れた。

 仲間がやられたからだろう、男を敵性存在だと認めた鉄血兵たちは銃を向け、一斉射撃する。

 くらえば戦術人形、ましてや人間なら原型を留めることなく絶命する死の弾幕。男はその銃弾の雨をくらい体を揺らしながらも、立ち続け、構えを解いていない。

 男はゆっくりと鉄血兵たちの攻撃を受けながら歩き、2丁の巨銃から弾丸を放つ。歩行しながらも正確な連射で1体、また1体と鉄血兵が倒れていく。

 なんとか男を倒そうとリッパー2体が左右に分かれて射撃しながら男の方へ前進し挟み撃ちする。

 男は向かってくるリッパー2体に腕をクロスさせて銃口を向け、射撃する。攻撃を受けなすすべなくリッパー2体は吹き飛ばされながら機能停止する。

 男の異常な戦闘能力と戦い方にあっけにとられるAR小隊。しかし、ジャガーの迫撃砲の射撃音を聞いたM4は我に返って空を見上げる。男の頭上付近で落ちてくる榴弾を視認する。

 

「危ない!避けて!」

 

 男に回避を促すが間に合わず、男の頭上で榴弾が爆発した。爆発の煙が晴れ、男の身体が見えてくる。爆発で男の身体は無残にも砕け散っ・・・ていなかった。

 男はいつの間にか吊るした棺桶を頭上に持ち上げ、自身の身体を覆い隠し、棺桶で爆発を防いでいたのだ。

 男は榴弾が発射された方を睨む。密集する鉄血兵たちを盾に守られる自走可能のメカの姿。それを確認した男は、頭上に持ち上げていた棺桶を今度は右肩に担ぐ。まるでバズーカの構えの様だとM4たちは感じたが、奇しくもそれを男の近くにいて見ることができたSOPⅡだけは攻撃の為だと確信した。棺桶には巨大なハンドガンの銃身に酷似したパーツがついていたのを確認できたからだ。

 男はジャガーと密集した鉄血兵に狙いを定める。そして、棺桶からエネルギー弾が轟音と共に発射される。その弾はジャガーに着弾して、爆発を引き起こす。その衝撃はすさまじく、近くの鉄血兵たちも爆発に巻き込まれ体のパーツがバラバラとなって飛散した。ジャガーの残骸は炎を放ち、煙を立ち上げながら燃えている。鉄血兵たちも先程の攻撃で全滅したのだろう、反応がない。

 男は棺桶を下ろし、燃え上がる炎を前にして十字架のマークを背負うジャケットの背中を驚愕するM4たちに見せながら佇んでいた。

 

 

 

 

 

 鉄血の反応がなくなったのを確認したM4とAR-15はコンテナの外に出て、それぞれM16とSOPⅡの元へ向かう。

 

「M16姉さん!ダメージは?」

「私なら平気だ・・ペッペッ」

 

 M4の腕を掴み立ちながら、M16は口に入った土やら雪を吐き出す。SOPⅡは、木の陰から出てきて自身の落とした銃を拾ったAR-15から銃を手渡されていた。どうやら問題ないらしい。

 

「それにしてもだ・・」

 

 そう言ってM16は男の背中に目を向けて、警戒を解かずに銃をすぐに男に向けられる体勢をとる。

 死亡を確認していたはずなのに、動き出した男。更には、人間では持ち上げられない馬鹿げた2丁の巨銃と棺桶の様な武装を持ち上げる膂力と、人間では不可能な高さと距離を飛ぶジャンプ力を持つ身体能力、鉄血の最新の兵器の攻撃を受けてなおその身を保ち耐えた馬鹿げた耐久力、その力をもって男は鉄血兵の部隊を全滅させた。

 AR小隊としては男に助けられたかたちで敵が退き、生き残ることができたのは幸運だったが、正体のわからない動く死体の男の異常さを前にして警戒を緩めることができない。

 M4は、男に対して警戒心はあるものの、仲間を助けてもらったという思いが強い為か、銃を向けることをためらってしまう。AR-15とSOPⅡも臨戦態勢に入るものの、M4に対してどう対応するかを視線で訴えていた。

 AR小隊と男の間に緊張が走る。その時、男の方から動きがあった。男の上半身が突然、震え始めたのだ。その震えは足、体全体へと広がり、肩に掛けてあった棺桶を地面に落としてしまう。ずしんと音を立てて棺桶が地面に沈んだ。

 力が入らなくなったのか足から崩れ落ちて地面に膝をつけてしまう。倒れこまないように男は手を地面につけてなんとか支える。

 突然崩れ落ちた男に戸惑うAR小隊の面々。それを見ていたM4は思わず男の方へと走る。

 

「M4!?待て!」

 

 M16の制止の声を聞かずに男の右側の近くまで駆け寄り、しゃがむ。

 

「すいません!?大丈夫ですか!?」

 

 男に声をかけるM4。男は相変わらず震えながら体を懸命に支えている。

 ちらりと、男はM4の方に視線を向ける。息をのむM4。男はじっとM4を見つめる。そして、遂に限界だったのか、男は瞼を閉じ、倒れこんでしまった。

 

 

 

 

 私は倒れてしまった男の状態を確認する。コンテナ内ではなかった男の脈拍と呼吸を今、弱弱しくも確かに感じ取ることができる。でも、皮膚は相変わらず冷たく、おかしなことに死人であることも同時に感じさせた。

 死んでいた男が動き出し、人間を超えた力で鉄血兵たちを撃破し、自分を、仲間を助けてくれた。そして、先程、倒れる前に自分を見た男の目。気のせいかもしれないがどこか男の目には安堵のようなものが浮かんでいた気がする。得体のしれなさに怖いなと思いつつも、どこかでこの人は大丈夫だと思う自分がいた。

 私は意を決して口を開く。

 

「この人を連れて帰ります。」

 

 私の言葉にみんなが茫然となる。しばらくして我に返ったAR-15が言う。

 

「・・・あんた、本気?」

 

 AR-15が言外にこの男は危険だと言っている。AR-15の気持ちもわかってる。それでも助けたい。

 

「リーダーの指示ならしょうがないか~」

「M16!?」

「M16姉さん・・」

 

 M16姉さんが自分に賛成してくれた。

 

「危ないのはわかるんだけどさ、こいつのおかげで命を拾った訳だしな。ほっとくのも癪だろ」

 

 なっ、とみんなを見るM16姉さん。

 

「でもどうするの?応急処置とかなにすればいいかもわからないよ?」

「ペルシカさんなら何とかしてくれるかもしれない、幸いあのコンテナからデータも回収してるしな」

 

 そう言いながらM16姉さんが男を肩に担ぎあげようとする。

 

「M4は先頭で周囲の索敵を行いながら進んでくれ、男と荷物は私たち3人が引き受けた」

 

 男を担ぎ上げたM16姉さんは頼もしく言ってくれた。

 

「全くしょうがないわね」

「重っ!?この骸骨の箱すごく重いよ~、手伝ってAR-15~」

「はいはい、ちょっと待ってて」

 

 あの銃と棺桶もどきはAR-15とSOPⅡが協力して運んでくれることを確認し、私は索敵システムを起動する。

 人形である自分が抱くにはおかしいかもしれない、なにかの始まりを予感しながら。

 




これにて序章が終わりです。自分で読み返すと1話あたりの文量少ないなとか、ここの表現とか文おかしいなとか反省することばかりです。とにかく今は書きまくって中身と量を濃くしていきたい、読んでくれる人が面白いと思ってくれるものにしていきたい。
ドルフロと発売から16年経ってるゲームとのクロスオーバーですが、好き勝手やっていくのでよろしくです。


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Chapter 1 : Here comes the rain again
1-1 目覚めた男


前から欲しかったDSR-50が、運営の手違いでDJコラボのEX2-3で出ると聞いてEXステージに挑戦しましたが、EX1-2で心が折れました(涙)。次のドロップチャンスが早く来るといいな


「ブランドン」

 

 小さいころから共にいて、ずっと一緒にいると疑わなかった親友。

 

「ブランドン」

 

 幸せになってほしいと願った、愛した女。

 

「ブランドン」

 

 自分に生き方を示してくれた、父の様に慕った男。

 

「グレイヴ」

 

 愛した女と尊敬する男の間に生まれた、共に戦った少女。

 

 守る。

 

 例え、人の道を踏み外しても、人の身を捨ててでも、守ると。

 

 だけど_____

 

 

 

 

 

「ママは殺されたの・・ハリーに」

 

「ビッグダディが殺されてなきゃ__」

 

「やれよブランドン、今度はお前の番だ、さあ」

 

 俺は、間違ったのか・・・。

 

 

 

 

 ゆっくりと瞼を開く。最初の目に映ったのは真っ白いきれいな天井だった。しばらくしてぼやけていた視界と意識が少しずつ明瞭になっているのを感じつつ、上体を上げる。起きて、鈍い重さを感じる頭に手を当てて、自分の格好を確認する。上半身は何も着ておらず、ズボンを履いているだけだ。

 そうして男は自分の記憶を辿る。

 

(・・俺は・・チェンバー(血液交換用椅子)に座って・・!!)

 

 そこまで思い立って周囲を見渡す。床、壁、天井が全て白で統一され、壁の一部に大きな鏡が張られてる部屋。自分が最後に眠ったコンテナとは違う場所。

 男は警戒して目を細める。直後。

 

『あっ、起きた?』

 

 どこかくたびれた印象を受ける女の声が部屋に響いた。天井にはスピーカーが取り付けてあり、そこから声が聞こえる。

 

『ごめんごめん、いきなりこんな所にいてびっくりしたでしょう?』

 

 男はもう一度周囲を見渡す。カメラなどは見当たらない。

 

『覚えてる?あなたがコンテナで目覚めたこと』

 

 その言葉に男の動きが止まる。そして男はスピーカーに目を向けた。女は話を続ける。

 

『AR小隊がコンテナであなたを見つけて、その後、鉄血の人形兵との戦闘の最中にあなたが起きて、鉄血兵たちを倒したって聞いたけど』

「・・・・・」

 

 男は自身の記憶を思い出そうと頭を回す。が、記憶が朧気ではっきりしていない。男は首を振る。

 

『まあ、しょうがないか。あなた、起きたばかりだしね、誰だって寝起きは悪いものか」

「・・・・・」

 

 男は今まで聞いた女の言葉から出てきたいくつかの単語を思い返す。

 AR小隊、鉄血、人形兵。どれも聞き慣れない単語でそれがなんなのかわからなかった。

 

「・・・・・」

「ねえ、聞いてる?一言くらい返してほしいな」

「・・・・・」

 

 男は喋らない。ここがどこで、今喋っている女が自分をここへ連れてきた目的がわからない以上、うかつに情報を与えたくはないからだ。

 沈黙が続く。

 

「・・・はあ、話さないならこちらから質問していくわよ」

 

 沈黙に耐えきれなくなったのか、痺れを切らせて女が喋りだした。

 

「あなたの名前はビヨンド・ザ・グレイヴ、で合ってるわね?」

 

 男___グレイヴは壁の鏡を睨む。自分の名前をどこで知ったのか。

 

「あなたがいたコンテナのコンピュータからデータをとっていてね、そこにあなたの事が書いてあったのよ」

 

 グレイヴの警戒心が更に高まる。

 

『あなたがネクロライズで蘇った死人兵士だって』

 

 「ネクロライズ」の言葉を聞いた瞬間、グレイヴは凝視していた壁の鏡へ突進し、壁を思い切りぶん殴った。

 爆弾の爆発を彷彿とさせるほどの衝撃と轟音が部屋中に響く。グレイヴのただのパンチで壁に人1人が通るには充分な大穴ができた。

 グレイヴは粉塵が舞う中で穴を通って前を見る。

 約5m先にある壁際に、声の主だろう白衣を着た女と、女を守るように前に立つ4人の少女達を確認する。

 女はあっけに取られた顔で驚いている。

 

(嘘・・戦術人形が仮に全力でぶつかっても耐えられる防護壁よ、それを素手1発で壊した・・)

 

 驚く女をグレイヴは睨む。グレイヴが寝ていた部屋にはカメラがなかった。だが、グレイヴの様子をわかっていて会話していた。外目ではわからない小型のカメラが設置されていたか、もしくは直接観れる場所にいたか。そして、壁の向こうに人がいる気配を感じたグレイヴは正解が後者であることを察した。

 ちなみに、白衣の女はグレイヴに鏡越しに睨まれた際、(あれ、もしかして私がいるのばれてる?)と思い、安全の為に離れたのが功を奏した。

 グレイヴが白衣の女に近づこうと歩き出す。

 

「動かないでください!」

 

 すると、白衣の女の護衛であろう少女達の一人が制止の警告を行うと同時に各々装備していたアサルトライフルを構え、グレイヴを取り囲む。

 取り囲まれたグレイヴに焦りはない。少女達が装備しているアサルトライフルを確認して、死人兵士である自分を殺しきれるものではないと判断した為だ。

 グレイヴは考える。自分を連れてきた目的が、自身に施されたネクロライズを研究し、利用する為だとしたら絶対に阻止する。そして何よりも最大の懸念__家族(ファミリー)の無事を確認しなければならない。

 グレイヴは初めて口を開いた。

 

「ミカは何処だ?」

 

 白衣の女は一瞬驚いた顔を見せる。

 

「ミカ?・・それってあなたの知り合い?」

 

 グレイヴはとぼけていると判断し、より眼光を鋭くして白衣の女に近づく。

 その時、少女の1人がグレイヴの正面に立つ。

 

「お願いです、動かないでください・・」

 

 グレイヴは前に立つ少女を観察する。軍用のM4A1を構えた黒い長髪に緑色のメッシュが入っている少女。恐れを抱き瞳を揺らしながらも、必死に白衣の女を守ろうとしている。

 少女を見たグレイヴの脳裏に映像がフラッシュバックした。

 

 自身が誰かの叫び声を聞いた気がして立ち上がろうとするところ。

 何かの集団と闘っているところ。

 そして、最後に間近で見た少女の顔。

 

 その顔が目の前の少女と重なり、グレイヴはコンテナで目覚めたことを思い出した。

 改めてグレイヴは目の前に立つ少女を見た。

 まだ警戒心はあるが、今ここで争う気はなくなっていた。グレイヴは目でそれを訴える。

 少女もまたグレイヴの残された右目を見て、それを感じ取ったのだろう、グレイヴを取り囲む少女達にサインを出し、グレイヴに向けていた銃口を下げた。

 それを見ていた白衣の女は安堵のため息をついた。そして、グレイヴに提案をする。

 

 「私の研究室で改めて話しをしましょう、ついてきて」

 

 グレイヴは警戒しながらも、頷いた。

 

 

 

 

 

 白衣の女と護衛の少女達に連れられて、研究室へとたどり着いた。

 グレイヴにとって、今まで見たこともない機材やコンピュータ、資料が散乱した机、そして一際目を引く手術台を思わせる台とその上に吊り下がったロボットアームを見る。

 ちなみに、今グレイヴは女が渡してくれた自身のシャツとジャケットを着ている。

 白衣の女は冷蔵庫からコーヒーを出して、椅子に座った。グレイヴも対面する形で椅子に座る。

 改めて、グレイヴは白衣の女を観察した。

 くすんだ色のボサボサの長髪に獣の耳のようなものがついていて、瞳は赤色で、目の下には隈があった。白衣とその下に着てるシャツはヨレヨレで、その下はタイトスカートで生足を惜しげもなく出しており、裸足である。

 だらしない印象をグレイヴは彼女に持った。

 

「今、失礼なこと考えてなかった?」

「・・・・・」

「・・・まあ、いいわ。コーヒー飲む?」

 

 グレイヴは首を横に振る。死んだ自分に食事は必要ないからだ。

 コーヒーを飲みながら、白衣の女は話をした。

 

「私はペルシカ、この16LABの主席研究員をやっているの、でこの子達は・・・」

 

 それを聞いた少女達は前に出て各々自己紹介をする。

 

「M4A1です」

「M16だ」

「コルトAR-15よ」

「M4 SOPMOD-Ⅱ! SOPⅡって呼んでね!」

 

 グレイヴは怪訝な顔をした。少女達が名乗った名前が、それぞれ装備しているアサルトライフルの銃の名称だったからだ。何かの暗号名かと勘繰る。

 その様子を見たペルシカは喋り出す。

 

「そうか、そっちから教えないといけないか」

 

 ペルシカは一人頷きながら、グレイヴに説明する。

 

「信じられないかもしれないけど、彼女達は戦術人形っていってね、生体素材と機械素材を融合して作られたロボットみたいなものなの」

 

 グレイヴは改めて少女達を見る。人間にしか見えない彼女達だが、よく見ると機械の義手や頭に金属の角のようなものが生えている。

 驚くグレイヴ。しかし、その驚きはペルシカの次の言葉で塗りつぶされた。

 

「単刀直入に言うわ、今は2062年であなたは50年近く眠っていたの」

 




補足
グレイヴはゲームとアニメで設定や過去、ストーリーが微妙に違います。なので、この話を書く際のグレイヴはゲームメインの設定にアニメの過去などを自分の匙加減で混ぜてる状態です。読んでて不快だったら申し訳ない。

ドルフロのキャラ達もそうですが、グレイヴのキャラが極力ぶれないように気を付けていきたいです。


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1-2 好奇心

ホワイトデーイベで、UMP40ドロップチャンスあるやったー(自分は深層映写が終わった後にドルフロを始めました)


 グレイヴが目覚める10日前ーー

 

 

 

 

 ペルシカはAR小隊が連れて帰ってきた男を前にして、頭を抱えていた。

 AR小隊が鉄血の占領区域から離れたところでの任務中に、突然の鉄血の部隊の襲撃を受けた。それによって通信が途切れ、非常に心配していたが、再びM4から通信が繋がり、全員の無事を聞き安堵する。しかし、その次に聞いた報告でその安堵感が吹き飛んだ。

 任務中に発見した男の死体が、戦闘中に突然動き出し、鉄血の部隊を撃破したと。そして、その男を回収して現在帰還中だと。

 これを聞いたペルシカはうちの人形達に重大なバグが発生したのではないかと危惧した。

 なにかの冗談かとも思ったが、帰ってきたAR小隊とM16に担がれて運ばれた男を見て、これが現実なのだと痛感する。

 

「じゃあ、その男をここに寝かせて」

 ペルシカは指示を出し、男を人形用の修復カプセルに寝かせた。本来、人間用ではないが、ベッドとして使えるのがこれしかない。

 

「それじゃあ詳しく聞かせて、なにがあったの?」

 

 ペルシカは事の経緯の説明をAR小隊に求めた。

 

 

 

 

「……」

 

 説明を聞いたペルシカはあまりにも信じられない内容に黙り込んでしまった。

 コンテナで見つかった男の死体が動き出し、人間では扱えない2丁の巨銃と棺桶型重火器で鉄血兵を単独で撃退、また鉄血の最新の兵器の攻撃を浴びても無傷だった。

 荒唐無稽なつくり話ではないかと思ったが、そもそも人形である彼女達が自分に嘘をつけないことはわかっているし、行動記録を見れば一目瞭然だ。更には回収した男の装備の実物を見れば信じざるを得なかった。

 ペルシカは男の身体を触り確認する。弱々しいが呼吸と脈はある。だが体温が感じられないうえ、皮膚の表面が異様に硬い。

 この男の正体はなんなのだろうとペルシカは思案する。

 

(違法改造された人形?でもそれだったら人形が発する信号でM4達が気付くはず。ならE.L.I.Dの変異種かE.L.I.Dを利用した兵器?しかしコーラップス汚染反応はなかった。まさか軍やどこかのテロ組織が開発した人間を用いた生物兵器?でも軍とかから怪しい情報や噂話は入ってないしなあ)

「あのっ……ペルシカさん」

 

 ペルシカの思考はM4の呼びかけによって中断された。

 

「ああ……何?M4?」

「この人を……助けてくれませんか?」

 

 M4の口から出てきた言葉は男の助命のお願いだった。

 

「うーん・・・」

 

 ペルシカは頭をかきながら唸る。ペルシカの心の中でこの男の正体を探りたいという好奇心が芽生えている。が、不安要素もある。

 

「私は医者じゃないから、正直治療とかできるかどうか・・」

「でも、私達は修復カプセルで修復してるじゃないですか」

「人形と人間じゃ方法が違うわ、SOPⅡ」

 

 SOPⅡの言葉に応える。自律人形や人工知能の技術の研究・開発が専門であって医療は門外漢だ。人形の修復と人間の治療は違う。

 

「仮にこの男を治療できたとしても、私は反対です」

 

 そう言って反対の意見を出したのはAR-15だった。

 

「AR-15、なんで……」

「M4、あなたも見たでしょう、こいつの戦いを」

 

 M4の戸惑いの声を遮ってAR-15は答える。

 

「単騎で鉄血の兵器の攻撃を耐え続けてたうえに、全滅させた男よ。はっきり言って私達より強い。まるで噂に聞くE.L.I.Dみたいだったわ」

 

 低濃度のコーラップス液(崩壊液)に被爆した生物が成る形態の変異発症者。それをE.L.I.Dと呼称するが、その戦力は正規軍の主力戦車などの強力な兵器を用いてようやく死滅させられる程の化け物だ。過大評価かもしれないが、計り知れない戦闘力を持っていることは確かだ。

 口ごもるM4。

 

「あんたの指示で仕方なくここまで連れてきた。だけどあの時は運よく鉄血の方に向かっていたあの危険な力が今度は私達みんなに向かってくるかもしれない。そうなった時、あんたはどうするつもりだったの?」

「うっ……」

 

 AR-15の言葉に何も言い返せないM4。SOPⅡはオロオロしており、M16は黙って事の成り行きを見守っていた。

 ペルシカ自身も男の持つ戦闘力の危険性は不安の一つとしてもっていた。また、この正体不明の男を保護した場合、なにか良からぬトラブルをこちらにもたらす可能性もある。だから男を助けることには消極的だった。

 重くなった空気のなかでペルシカはM4に質問した。

 

「M4」

「は、はい」

「なんでこの男を連れてきたの?何か理由があるんでしょう?」

「えっと……」

 

 たどたどしくもM4は答える。

 

「確かにAR-15の言う通り、この人が危険なのはわかります」

「だったら……」

「でも、あの時この人が動き出して戦ってる姿を見て、私達を助けてくれたって思ったんです」

 

 M4はあの戦いの光景を思い出す。

 

「この人が外に出て、M16姉さんが鉄血の奴らに撃たれそうになった時、まるでかばうように前に出てくれた。そのあと、自分を盾にして戦って、最後は倒れた」

 

 そして倒れる前に男が見せた目。

 

「目を見たとき、不思議と怖くなくて・・変ですけど逆に安心したんです。だから・・この人はきっと信じても大丈夫だと感じました」

「感じた?そんな不明瞭な理由じゃ大丈夫な理由にならないわ、それに人形がそんな直感みたいなもので判断するなんておかしいわよ」

 

 AR-15は突っ込む。

 

「おかしいのはわかってる、それでも安心させてくれたこの人を信じたい、助けたい。でも私じゃなにもできない。だから、ペルシカさんの力が必要なんです、お願いします!」

 

そう言ってM4はペルシカに頭を下げる。

 それを見てペルシカは涙ぐみそうになってしまった。今まで控えめで臆病なM4が任務以外で、強く自分の意志を伝えたのは初めてだったからだ。M4を造ったペルシカは娘の成長を見た親のような心境になっていた。

 ここまで強くお願いされたら断りづらい。それにAR小隊を助けたこの男に恩義を感じるのも確かだ。ペルシカは意を決した。

 

「わかったわ、やれるだけのことはやってみる。ただし期待はしないでよ」

「!……ありがとうございます!!」

 

 顔を上げて喜びの顔を見せたM4は、再び音が出るのではないかという勢いで頭を下げた。

 

「みんなもそれでいい?」

「ペルシカさんがそう決めたなら、何も言わないさ」

「は~い、大丈夫です!」

「……了解」

 

 ペルシカの確認に、それぞれ返事をする。AR-15は不満そうだ。

 それを横で見てたM16がAR-15の肩に手を置いた。

 

「最悪、こいつが暴れたらみんなでここを逃げよう、な~に死ななきゃ問題ないさ」

「そうならないことを祈るわ」

「ごめんなさい、AR-15。みんなのことを心配してるから反対したんだよね」

「謝らないで、M4。もう決まったことだから、これ以上とやかく言わないわ」

「AR-15はなんだかんだ優しいよね~」

「うるさい」

 

 AR小隊の様子を見ながら、ペルシカは指示を出した。

 

「それじゃあ、みんなは修復に行って。あ、M4、コンテナのメモリデータをちょうだい。何か男について手掛かりがないか、解析してみるから」

 

 男についての相談が終わり、解散となった。

 

 

 

 

 

 

 AR小隊を修復に行かせた後、ペルシカの姿は夜深く、日を跨いでなお、研究室にあった。ペルシカの目は血走り、PCのモニターに釘付けだった。

 AR小隊が持ち帰ったコンテナのデータにはセキュリティのロックはおろか、パスワードも設定されていないずさんなものだった。そのおかげで解析はスムーズに行うことができた。問題はその内容、男の正体があまり衝撃的だったからだ。

 “ネクロライズ”

 人間の死体に特別な処置を施し、蘇生と肉体を強化され、不死となった死人兵士。それがこの男の正体だったのだ。

 しかも、驚く事に、ネクロライズの技術は、記録によれば、199X年にすでに実用化され、処置を施されたこの男は、200X年に活動していたらしい。

 最初にこの内容を見た時のペルシカは眩暈のようなものを覚えた。いわばこれは人類の夢である死者の蘇生、そして不老不死の実現だ。

 しかし、この技術の主な目的は死体の再利用による戦力の強化・補充であることは容易に想像できる。命を冒涜する行為、神の領域を犯し、人道に悖る技術。

 

「これを作った連中は相当いかれてるわ」

 

 ポツリとつぶやく。しかし、ペルシカにはこの技術を開発した研究者・技術者をさげずむ思いはなかった。むしろ共感できたからだ。

 ペルシカはネクロライズの開発者に思いを馳せる。恐らく、この技術の開発者は技術の理論化をし、研究を行い、実用可能までの過程のなかで、多くの葛藤があったはずだ。倫理観、善意のタガ、命への罪悪感、自己嫌悪、幾度も自問自答を繰り返したはずだ。

 しかし、作り出した。多くの後悔を胸に秘めながら、好奇心に負け、実現させてしまった。文字通り人でなしとなった。

 ペルシカも、自分も同じ穴の貉だと思っている。ペルシカも好奇心に負け、倫理的に超えてはならない一線を越え、作ってはいけないものを造ってしまったからだ。

 「好奇心」。それは人類にとって進歩を促すと同時に、破滅をも促す劇薬だとペルシカは考える。

 人類が滅亡の危機に瀕することとなった北蘭島事件のきっかけが封鎖された遺跡に侵入した子供達による探検ごっこ、つまりは子供の抑えきれなかった好奇心によるものだろう。

 マンハッタン計画もそうだろう。一部の科学者は、原爆を時の政府によって、使用されることを恐れ、反対する思いを持ちながらも、原爆の開発を止められず、止まれなかった。そして使われた。研究を強制された者もいたかもしれないが、原爆を完成させれば、人類にとって深刻な危機を生み出すことを知りながら、研究・開発を行い、完成したものの効果を見てみたいと思う好奇心を持つ科学者・技術者も一定数いただろう。

 

「くくく……」

 

 ペルシカは思わず笑った。その笑みは今までの歴史の中でろくでもない結果を生み出した人間たちに対して、そして自分に対しての嘲笑だった。

 

「おっと、考え過ぎたかしら」

 

 ペルシカは明後日にいっていた思考を止め、気を取り直す。

 男の正体はわかったところで、データの中身を再度確認する。

 “ネクロライズ”についての概要は書かれていたが、その技術に必要な設備、資材、方法。要するに、死人兵士の製造方法はいくら探してもなかった。すっぽりと抜け落ちていた。

 しかし、反対に死人兵士の制御システムのデータ、また修復と定期的な維持の為の、血液交換の方法について詳しく載っていた。また、保管用に必要な設備の設計図もあった。

 

(恐らく、悪用されることを避ける為に製造データを消した。そして万が一この男が起動した場合の保険の為に、保管方法を残した)

 

 泥水のようなコーヒーを飲みながら、修復カプセルで寝ている男を見る。

 最初こそペルシカは乗り気ではなく、M4にお願いされた故に、この男の治療方法を探していたが、今は違う。

 今は、どんな危険が起こったとしても、この男ーービヨンド・ザ・グレイヴという死人兵士が動いているところを見てみたい。できることなら、話もしてみたい。

 ペルシカは思案する。グレイヴの血液交換方法は、コンテナのデータに詳しくあった。幸いにも自律人形の技術で代用可能なところもある。足りない資材やデータは、またAR小隊に依頼して、コンテナに回収に行かせればいいだろうと考える。

 

「人工血液って使えるのかしら」

 

 懸念の一つを口に出しながら、ペルシカはこれからの事を考えていた。

 




別タイトル「助けてペルえもん」の回。
何か困ったことがあったら、ペルシカにぶん投げていくことになるでしょう。


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1-3 変わった世界、変わらぬ男

前の話で、書き忘れてたこととかがあったので、加筆と修正を行いました。
あと、タイトルも変えました。適当に書いてしまったと反省してます。


そして現在ーー

 

「単刀直入に言うわ、今は2062年であなたは50年近く眠っていたの」

 

 グレイヴは、ペルシカの言葉を上手く呑み込む事ができなかった。それ程までに衝撃的だった。

 茫然とした面持ちで、ペルシカを見つめるグレイヴ。そして、椅子に座ったまま、うなだれてしまった。

 ペルシカは内心、対応を間違えたと後悔した。

 

(もう少しゆっくりと教えていくべきだったわ)

 

 グレイヴが死人兵士になって活動していた時期は、データによれば200X年。あまりにも時間が絶望的なまでにずれている。そして、グレイヴが眠っていた間に起きた世界規模の事件によって、世界が大きく変わり果ててしまった。

 ペルシカはグレイヴに、“ネクロライズ”の事や、グレイヴについて色々と聞きたい事があったが、今この重苦しくなってしまった空気の中では、そんな気持ちになれなかった。

 

「混乱させてしまってごめんなさい、ゆっくりと教えていくべきだったわ」

 

 ペルシカの謝罪の言葉を聞いて、グレイヴは、ペルシカにゆっくりと視線を移す。グレイヴの右目は、まだ驚きと衝撃が抜けきっていないのか、瞳は大きく揺らいでいる。

 

「あなたから、色々話を聞くつもりだったけど、今は落ち着く時間が必要ね」

「……」

 

 ペルシカはそう言ってコーヒーを飲む。それを無言で見つめるグレイヴ。

 

「部屋を用意しているわ。今日はもう休んで。落ち着いたら、話をしましょう」

「……」

 

 ペルシカの提案にグレイヴは頷いた。グレイヴは、ペルシカが科学者である為に、“ネクロライズ”を研究したいのではないか、という危機感から、彼女を警戒するべきなのだが、今は心の平静を失い、余裕がなくなっていた。

 

「みんな、グレイヴを部屋へ案内してあげて」

「は、はい。グレイヴ……さん、こちらへどうぞ」

 

 代表でM4が返事をした。グレイヴは立ち上がり、M4へついていく。

 

「それじゃあグレイヴ、おやすみ」

 

 グレイヴはペルシカを一瞥し、AR小隊と共に、研究室を後にした。

 

 

 

 

 

 グレイヴは、AR小隊につれられ、部屋へと案内されていた。M4を先頭に、その後ろにグレイヴ、グレイヴの左右、後ろを囲むように、AR-15、SOPⅡ、M16が付き添って歩く。会話はなく、沈黙が場を支配する。

 前を歩くM4は、ちらりと、後ろのグレイヴを見る。

 グレイヴが起きる前に、ペルシカが話した彼の正体。それを聞いた時は、到底信じられなかったが、初めて遭遇した時に起こった出来事、そしてペルシカとの会話の最中に、密かにスキャンし、M4の網膜に表示されたグレイヴの状態判定が、それが真実であることを示していた。

 “DEAD(死亡)”。人として動き、喋り、脈拍と呼吸がありながら、同時に体温のない冷たい身体を持ったこの男を、M4に備わる戦術人形の機能は、グレイヴを死人と断じている。

 それだけでなく、グレイヴを見たM4は、彼には何かが欠けていると感じた。

 人形が、感じるという、直感めいたものでの判断は、おかしなことかもしれないが、グレイヴはM4やM16に比べて、大柄な体格をしていながら、その身体からはペルシカや、16LABで働くグレイヴよりひ弱そうな研究員よりも、体の精気、言い換えれば、生物が持つ生きている気配のようなものが、ないと思ったのだ。

 死体から造られた死人兵士という、戦術人形と同じ、戦う為の存在。200X年の過去に存在した、そんなグレイヴが、時を越えて、2062年の現代に目覚めさせてしまった。

 成り行きとはいえ、彼を目覚めさせた原因の一つが、AR小隊が発見した為とM4は考えており、ペルシカとの会話で彼が、ショックを受けていた様子を見て、更に罪悪感をM4は持ってしまった。

 AR小隊を窮地から助けてくれた恩人であるグレイヴへの興味と感謝、目覚めさせたことに対する罪悪感がないまぜになりながら、M4は何度もグレイヴを見る。

 そんなM4の視線に、気づいたグレイヴは足を止めて、M4の顔を見た。周りにいたAR-15、SOPⅡ、M16は、突然のグレイヴの停止に、不思議そうな顔をする。

 グレイヴとM4の、目と目が合う。

 グレイヴは、M4の視線に、自分に何か用があるのか、という疑問を視線に乗せて送る。対するM4は、突然、グレイヴと目が合ってしまい、内心慌て出した。

 M4は、グレイヴを見ていたことが彼に気づかれ、どう対応していいのかわからない。M16や、SOPⅡなら、上手く喋れるかもしれないが、M4自身、自分は臆病で、他者とのコミュニケーションが苦手なのを、自覚している。

 なにを喋ったらいいかわからず、頭の中で右往左往するM4。グレイヴはそんなM4の内心を知らずに、訝しむ。

 ほんの数舜の沈黙の後、M4は一言ひねり出した。

 

「だ……大丈夫ですか?」

 

 ぽかんとした顔をするグレイヴ。AR-15達も、同じような顔でM4を見る。

 

(失敗した……)

 

 なんの脈絡もなく出た言葉に、M4は顔を真っ赤にして、顔を地面に向けた。恥ずかしさでグレイヴやAR-15達の顔を見られない。

 気まずい沈黙が流れる。そんな中で、M4は、うつむく自分の頭の上に、不意に大きな何かが乗った感触が感じた。

 最初それがなんなのかわからず、視線をわずかに上に向ける。見ると、グレイヴが、M4の頭の上に、手を乗せていた。要するに、頭を撫でていた。

 頭を撫でられてるとわかったM4は、先程とは違う恥ずかしさに襲われた。ペルシカから、任務が終わった後や、訓練後などで、褒められ、撫でられたことはあったが、ペルシカ以外、しかも男性にこんな風に撫でられているのは、初めてだったからだ。しかし、不思議と嫌ではないので、振り払うという気持ちにならなかった。

 グレイヴも、唐突なM4の言葉だったが、自分を気遣っているのを感じ、彼なりにM4の優しさに対する、感謝と慰めの意味を込めての、スキンシップだった。

 まだ幼さがあったミカを撫でたことを、思い出しながらM4を撫でるグレイヴ。顔を真っ赤にしながら、撫でられるM4。

 しかし、それは唐突に終わることになる。

 

「いつまで気安くM4に触ってんだ!」

 

 シスコンの気があるM16が、遂に痺れを切らして、グレイヴの左足に、右足によるローキックを入れて、ツッコんだ。

 蹴られたグレイヴは、痛みに悶え……ることなく、驚きながらも平然とし、逆にM16の方が、蹴った右足を押さえて、その場にしゃがみこんだ。

 

「いっ~~~!?」

「M16姉さん!?」

 

 いきなりのM16の奇行に一瞬呆けていたが、我に返ったM4が、M16に近づく。

 

「いてて……あんたの体……かったぁ!?何で出来てんの!?」

 

 流石に、全力では蹴らなかったM16だったが、グレイヴの予想以上の身体の硬さに、驚いていた。

 

「なに考えてんの!?いきなり蹴るなんて!?馬鹿じゃないの!?」

 

 AR-15は、M16の行動を怒りと呆れを持って、けなした。

 

「だって……M4に……」

「そうだよ!M4だけずるい!私も撫でられたい!」

「え!?そっち!?」

 

SOPⅡのズレた発言に面食らうAR-15。そんなAR-15を気にも留めず、グレイヴの近くに寄るSOPⅡ。

 

「ねえ!私もなでなでしてよ!」

 

 グレイヴにねだるSOPⅡ。M4はSOPⅡを注意しようとする。

 

「SOPⅡ、あまり、グレイヴ・・さんにわがままを言うのはーー」

「なんで!?M4だって、気持ち良さそうにしてたじゃん!ずるいよ!」

「私は・・その・・」

 

 SOPⅡの言葉に、恥ずかしがるM4。

 グレイヴは戸惑いながら、SOPⅡの頭を手の平で撫でた。

 

「えへへ~」

 

 上機嫌になるSOPⅡ。

 

「もう、子供じゃないんだから」

「ええ~。AR-15も、撫でてもらえばいいじゃん」

「私!?私はいいわよ……っていいです、結構です」

 

 AR-15は、SOPⅡの提案と、グレイヴが頭の上に伸ばそうとする手を、同時に一蹴した。

 先程の沈黙はどこかにいってしまい、賑やかになった場の中で、グレイヴは、この世界で初めて微笑った。

 

 

 

「先程は、お騒がせして、ごめんなさい」

 

 ようやく部屋へ案内したM4は代表して、グレイヴに謝罪した。

 

「改めて、この前の戦闘では、助けていただき、ありがとうございました」

 

 M4をはじめ、AR小隊全員で感謝の礼をした。

 グレイヴは、わずかに笑って、気にするな、と首を軽く振った。

 

「それでは、おやすみなさい」

「グレイヴ~、またなでなでしてね~!」

 

 AR小隊は、グレイヴを後にし、グレイヴもそれを見送った。

 

 

 

 

 

 グレイヴはスライドドアを閉め、部屋を見渡す。備え付けのベッドとテーブル、そしてソファがテーブルを挟んで、向かい合うように2つあった。壁には、テレビの画面が設置されている。

 グレイヴはソファに座り、考え込む。今、自分が置かれている状況に、ついていけてない自覚があり、頭の中を整理する。

 グレイヴはかつて、死人兵士として復活し、シードを根絶する為に闘った。そして、最後は、あのコンテナの中で、ミカに見守られながら、眠りについた。

 ミカ。グレイヴにとって、大切な家族(ファミリー)。守られる存在から、いつしかグレイヴと共に闘う存在となった強い少女。文字通り、命を懸けて、自らを支えてくれた少女。

 そのミカに見送られ、眠り、偶然にもこの2062年の世界に目覚めた。

 まだ、この世界がどうなっているのか、全容はわからない。しかし、先程、一緒にいた少女達ーー戦術人形を思い出す。

 外見は、どう見ても普通の少女だ。機械の義手や頭の角のようなものがなければ、判別なんて出来ない。

 シードやネクロライズの技術を除けば、とてもじゃないが、グレイヴがいた世界以上に、発達した技術を持った世界に、今、グレイヴはいる。

 死人兵士に、人の身を捨てると決めた時に、覚悟したつもりだった。どんな場所、どんな状況にいても、揺るがないつもりだった。

 だが、いざ出くわすと、思っている以上にショックを受けた自分がいる。とんでもない場所にきてしまったと、グレイヴは思った。

 グレイヴは思考の海に沈んでいく。そんな思考は、来客を告げるブザーの音で終わった。

 グレイヴは立ち上がり、壁に備え付けられたパネルを見る。スライドドアのカメラに映し出されたのは、眼帯をした少女ーーM16が映っていた。

 疑問符を浮かびながら、パネルでドアを開ける。

 

「いや~、急に来て悪いね~」

 

 M16は軽く挨拶しながら、グレイヴの横切り、ソファにどさっと、座った。横切った瞬間、グレイヴはM16から、酒の匂いを嗅いだ。

 グレイヴは、M16と向かい合うように、ソファに座る。そして、若干、非難を込めた瞳で、彼女を見る。M16の手には、酒の瓶が握られていた。

 その視線に気付いたM16は、

 

「なんだよ。悪いけど、人形には未成年とかそういうのがないから問題ないよ。それに、これは私の趣味だ。これがないと生きていけない」

 

 そう言いながら、ぐいっと酒を飲んだ。どうやらここに来る前から、酔っ払っていたらしい。言動もさっき一緒にいた時より、緩い気がするとグレイヴは思った。

瓶を口から離し、M16はグレイヴを見据える。

 

「さっきは蹴ってすまなかったね。それと、改めてだけど、助けてくれたお礼もしときたかったからね」

 

 そう言って、グレイヴに酒の瓶を差し出す。飲めということのようだ。

 断るのも申し訳ないと思ったグレイヴは、瓶を受け取り、酒を口に含み、飲む。アルコールで舌と喉が焼けるような独特の感触、味を感じなかった。

 

「もしかして、味がわからない?」

 

 グレイヴの表情から察したのだろう、M16は質問した。グレイヴは頷く。

 

「酒の味がわからないなんて。あんた、難儀な体してるんだな」

 

 グレイヴから、酒の瓶を返してもらい、また飲み始める。

 

「ペルシカさんから聞いたよ、あんたが200X年にいた死人兵士っていうやつだって。話聞いても、信じられなかったけどな」

「……」

「そんなあんたが、いきなりこの時代に目覚めさせちまったんだ。発見した私達は、あんたに謝らないといけないのかもね」

 

 グレイヴは首を振る。あくまで目覚めたのは、自分の意志によるものだと思っているからだ。

 

「優しいんだな、グレイヴは」

 

 そう言って、グレイヴを見て笑うM16。

 

「なあ、ここで目覚めてわからないことだらけだろう。もし良かったら、私が色々教えてあげようか?」

 

 M16は提案した。グレイヴとしても、今の世界の状況は知りたいと、思っていたことのひとつだ。

 グレイヴは頷いた。

 

「わかった、じゃああんたが眠った後で起こった世界規模の事件を教えよう。そうだなーー」

 

 

 

 

 

「ーーとまあ、鉄血のAIと鉄血製の人形が暴走して、私達、戦術人形がそいつらの相手をしてるってわけよ」

 

 話に一区切りつけたM16は、酒を飲んだ。対して、グレイヴは、険しい顔をしていた。

 北蘭島事件、第三次世界大戦、そして胡蝶事件。あまりにも、衝撃的な内容に、話を聞く前より、混乱を深めてしまった気がすると、グレイヴは思った。

 特に、北蘭島事件ーー世界各地に存在する人類とは違う、未知の生命の遺跡。人智を超えた文明と技術を持った者の、遺跡にあったコーラップス液(崩壊液)が流出し、地球に甚大な環境汚染を引き起こしたその事件は、グレイヴの心に暗い影を落とした。

 かつて、増殖し、己以外の生命を乗っ取ることが目的だったシードの蔓延を阻止する為に、闘ったグレイヴ。しかし、シード以外にも、未知の脅威があり、それが地球を、人類を荒廃させた。

 なんともやるせない気持ちになったグレイヴ。M16は、そんなグレイヴの心情を察する。

 

「やっぱり、ショックだよな。未来がこんな世界になっちまったなんて」

「……」

「あんたは、荒廃する前の世界を知ってるんだろ?どんなだった?」

 

 そう聞かれたグレイヴは、かつてミレニオンに所属していた時の、日常ーー尊敬するビッグダディの下で、殺し屋をし、親友と共に上を目指していた時のことーーを思い出す。

 

「普通さ。親友と一緒に、仕事をして、酒を飲んでた」

「そっか~。今と違って、酒も豊富にあったんだろうな。羨ましいね」

 

 酒の瓶ーージャックダニエルをチラつかせるM16。

 ふと、グレイヴは、ジャックダニエルと同じ酒類の、親友が好きだった銘柄を思い出した。

 

「ティアンサティ……」

「ん?なに?」

「ティアンサティっていうバーボンがある。知ってるか?」

「いや、聞いたことがないな」

「……そうか」

 

 グレイヴがいた世界から、50年以上経ってるこの世界なら、なくなってても不思議ではない。

 

「美味かったのか?その酒」

「……ああ……とても」

 

 しかし、自分が良く知る酒がないと知った時は、寂しさと共に、M16の話を聞いた以上に、違う世界にいると、グレイヴは強く実感した。




補足
・ティアンサティ
アニメ「Gungrave」に出てきた架空の銘柄のバーボン。ハリーの好物。

・M4が感じたグレイヴの気配云々
自分の捏造です。ゲームのO.D.で、屍十二がグレイヴと交戦した時に、「一切の気配のないこの体」とか言ってたのでそこから引用しました。


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1-4 未定の朝

すいません、何度も書き直しをやったり、家族の引っ越しの手伝いやら、オリュンポスの空想樹の伐採やらで投稿が遅くなりました。


 グレイヴが目覚めてから翌日、グレイヴはペルシカの研究室にいた。

 

「あなたの体内に残ってた血液を採取して、同じ成分に調整した人工血液をあなたに輸血しているわ」

「……」

 

 ペルシカは、グレイヴに施した処置について説明する。グレイヴは、人工血液という便利なものがあることに感心する。

 

「コンテナから回収した制御システムのデータだけど、何分プログラムが古くて。再現ができていないの」

「……」

「あと、コンテナも再度調査したけど、先の戦闘で、設備が損傷。使い物にならなくなったわ」

 

 死人兵士のグレイヴは稼働状態になってから、死人兵士の制御システムが破壊されてしまった為、休眠状態に移行することができなくなってしまった。例えるならば、今のグレイヴは、冬季に誤って、冬眠から覚めてしまった熊である。

 

「戦闘で外がうるさかった、っていうのもあるかもしれないけど、制御システムからの命令なしで、自力で起動するって、普通は不可能なんだけどね~」

「……」

 

 ペルシカの意地悪そうな笑みを浮かべながらの指摘に、グレイヴの顔が歪む。

 緊急時とはいえ、グレイヴが起動できたのは、グレイヴ自身の意志で、システムに逆らって、起動したことに他ならない。

 

“どんだけ強いメンタルしてるのよ、彼”

 

 ペルシカは内心、呆れと感心を抱いた。

 そんなペルシカの思いをよそに、グレイヴは懸念していた事を口にした。

 

「……俺をどうするつもりだ?」

 

 なんらかの研究や実験を受けるものとばかり考えていたが、今のところ、そういった行動を見せないペルシカの真意を、グレイヴは量れずにいた。

 

「う~ん……それなんだけど」

 

 若干、言い淀みながら、探り探りで言葉を選ぶペルシカ。

 

「実はあなたが眠っている間に、皮膚の表面を採取したんだっ……待って、座って、最後まで話を聞いて」

 

 グレイヴが無言で立ち上がった為、慌ててペルシカは弁解する。ここで、グレイヴに暴れられたら、とてもじゃないが命がない。

 

「皮膚を採取した瞬間、すぐ塵になってしまったの。何回か試したけれど、駄目だったわ」

「……」

「解剖するのも視野に入れたけど、M4達にあなたを助けるって言った手前、やるのをためらって……」

「……」

 

 もしM4達がいなければ、解剖するつもりだったのではないかと、威圧する様にグレイヴは睨んだ。その視線を居心地悪そうに、ペルシカは受ける。

 視線に耐え切れなくなったペルシカ。

 

「……ああ!そういえば、あなたが話してたミカっていう人のことだけど──」

 

 強引な話題転換だが、効果はあったらしい。剣呑な視線が消え、グレイヴは反応した。

 

「ごめんなさい。コンテナのデータを調べたけど、ミカさんの所在はわからなかったわ」

「そうか……」

 

 グレイヴの表情が翳る。

 

「代わりにって訳ではないけど、コンテナに写真があったわ。この人でしょ?ミカさんって」

 

 そう言ってペルシカはグレイヴに写真を渡す。そこに写し出されていたのは、グレイヴと、灰色のショートカットの少女のツーショットだった。

 渡された写真を見て、グレイヴの顔がほころぶ。

 

「この人……大切な人?」

「ああ──俺の家族(ファミリー)だ……」

「そう……」

 

 静かに、なお強い想いが込められたグレイヴの返答に、ペルシカはこれ以上野暮だと思い、余計な詮索を止めた。

 写真をじっと見つめるグレイヴに、ペルシカは尋ねた。

 

「ねえ、あなたはこれからどうしたいの?」

 

 写真から顔を上げたグレイヴは、ペルシカを見る。

 

「あなたがもう一度、休眠状態に戻りたいなら協力するわ。元々、私が派遣したM4達があなたを見つけたおかげで、目覚めたようなものだし──」

「……」

「けど、制御システムの完成には、正直、どれくらいの時間がかかるかわからない。だったら、起きてる間に、何かやりたいこととかあったら、それをするのも悪くないんじゃない?」

「俺は……」

 

 グレイヴは考える。ミカの行方が気になるが、定期的な血液交換が必要な死人兵士の体では、長期の捜索はできないし、これ以上、ペルシカに世話をかける訳にはいかない。

 それに昨日のM16との会話の中で、シードに関する話は出てこなかった。すなわち、この世界には存在していないことになる。殺すしか能のない自分に、闘う理由も目的もない。答えに窮するグレイヴ。

 

「──ゆっくり考えていけばいいわ」

 

 ペルシカは察して、そう声を掛けた。そして、立ち上がる。

 

「ねえ、ちょっとお願いがあるんだけど」

 

 ペルシカは笑みを浮かべながら、あるお願いをした。

 

 

 

 

 

 グレイヴはペルシカに連れられて来たのは、戦術人形の為の、射撃訓練場だった。

 部屋に入ると、そこでは、AR小隊の4人の少女達が自らのアサルトライフルで、設置されたマンターゲットに射撃を行い、訓練している最中だった。

 その射撃の様子を見てグレイヴは、表情の険しさをより深めてしまった。

 彼女達が戦術人形と呼ばれる、軍事目的の為に造られた存在であるとはいえ、年端もいかない少女が銃を握る光景は、どうしても、嫌悪感を抱いてしまう。

 そんな気持ちを抱きながら、彼女達の射撃を眺めた。

 戦術人形に備わる機能故か、訓練の賜物なのか、もしくは両方か。グレイヴには判別できないが、彼女達の射撃は、熟練した兵士のような精確さ、機械の流れ作業を彷彿とさせるほどだった。

 

“──ん?”

 

 グレイヴは、彼女達の腕前に感嘆としている中、ある方に視線を移した。

 グレイヴの視線の先には、リロードを行い、射撃を再開するM4がいた。

 M4の構えを見て、グレイヴは眉を顰めた。フォアグリップを握る右手に、力が入りすぎている。腰も些か高い位置にあり、膝の曲がりも不十分だ。それに加え、M4の横顔には、何か、追い詰められているような焦りの表情を見て取れる。射撃に集中しきれていないと、グレイヴは感じていた。

 そんな状態で、M4はマンターゲットに向かって、射撃する。

 

“駄目だ……”

 

 M4の不完全な構えからの射撃。グレイヴはよくない結果を、容易に連想しながら、M4が狙ったマンターゲットを見る。

 幾発かの弾丸は、マンターゲットの胸部の的内に当たるが、的外へ大きく外れるものもあり、安定して中っていない。散々な結果に、M4は溜息をついた。

 M4の不調を、グレイヴは感じ取る。難しい顔をしながらグレイヴはM4を見ていると、不意に声を掛けられた。

 

「あっ!グレイヴ!おはよう!」

 

SOPⅡが、後ろにいたグレイヴに気づき、挨拶した。その声に反応し、他のAR小隊のメンバーも、グレイヴの方を振り向く。

 

「おおっ!グレイヴ、おはよう」

「おはようございます」

「あ……おはようございます、グレイヴさん」

 

 M16、AR-15、M4がそれぞれ挨拶する。M4は先程の自身の射撃の不甲斐ない結果が、尾を引いている為か、声色が少し暗い。

 

「グレイヴはなんでここへ?」

「私が連れてきたのよ」

 

 SOPⅡの疑問を、代わりにペルシカが答える。

 

「ほら、グレイヴの使っていた銃があったでしょう。それの試射をお願いしたのよ」

「でも、グレイヴが寝てる間に、散々撃ちまくりましたよね。必要なんですか?」

「……」

「あはは……」

 

 グレイヴは自身の銃が勝手に使われていた事実を知り、ジト目でペルシカを睨んだ。そんなグレイヴの視線を受けて、ペルシカは笑って誤魔化す。グレイヴは溜息を吐いた。

 M16は試射のことを思い返しながら、グレイヴに話す。

 

「撃ったといっても、ほとんどが銃座で固定しての試射だったから」

 

 M16が喋りながら、壁際に視線を移す。グレイヴもまた、M16の視線を追った。

 壁際には、大きな作業台があり、その上にグレイヴが使用する2丁のハンドガン──ケルベロスと、重火器搭載棺桶──デス・ホーラーが一緒に置かれていた。

 グレイヴは、その作業台に近づくと、ケルベロスに両腕を伸ばす。右手には、赤い十字架をつけたライトヘッドのグリップを、左手には、白い十字架をつけたレフトヘッドのグリップを、それぞれ握り、構える。

 その様子を見ながら、M16は話しかける。

 

「私達じゃあ、持ち上げるのが精一杯の大きさだったからな——構えて撃つなんて、とてもじゃないけど、無理だったわ」

 

 戦術人形は、人間よりも、身体能力は高く造られており、中でもM4を始めとしたAR小隊は、エリート人形に部類される程、より高性能だ。しかし、そのM4達ですら、ケルベロスは使用が困難であった。

 要因としては、ケルベロスが既存の銃よりも巨大であるが故に、M4達の手では、グリップを掴み切れない事。また、ストックやハンドガードのない、“ハンドガン”のケルベロスの大きすぎる破壊力と反動を、受け止めきれなかったからだ。

 

「私はまだあなたの射撃を見てないから——早速だけどお願い」

 

 ペルシカは目を輝かせながら、グレイヴにお願いする。人形の武器と、それに搭載する実用技術の開発を行っているペルシカは、ケルベロスの本来発揮される性能に興味深々だった。

 

「……」

 

 グレイヴはペルシカを見ながら、無言で射撃場のファイアリング・ライン(射撃する位置)に立つ。その様子をペルシカとAR小隊は、じっと見守る。

 グレイヴはスイッチを押す。するとブザーの音が鳴って、グレイヴの前方25m先にマンターゲットが出現した。

 出現した瞬間、グレイヴは左腕の上に右腕を交差させて構え、ケルベロスをマンターゲットへ向けて、引き金を引いた。

 いわゆるクロス撃ちという、映画やゲームといった、フィクションでしか見られない非実用的な射撃方法だが、グレイヴは手慣れたように、ケルベロスを連射する。マシンガンを彷彿させる程の早い連射により、射撃場に轟音が響き渡る。

 右と左で9発ずつ射撃し、グレイヴはケルベロスを下ろす。そして、命中確認の為に、マンターゲットを射手に近くに動かすボタンを押す。ゆっくりとマンターゲットが、グレイヴの方に近づき、停止した。

 マンターゲットの頭部と胸部にあたるところに、3重の円があり、それぞれの最小の円の中に、弾丸が集中して、当たっていた。

 

「グレイヴッ!すごい!」

 

 この結果を見て、SOPⅡは素直な称賛の言葉を出す。

 

「すごい……」

「へ~……大したもんだ」

「はぁ——」

 

 M4とM16もグレイヴの精確な射撃を素直に称賛する。自他ともに厳しいAR-15ですら、感嘆の息を漏らす。

 

「……」

 

 しかし、肝心のグレイヴの顔は浮かない。

 

「なんだ?なにか不満か?」

 

 グレイヴの顔から察して、M16が疑問を投げかける。

 グレイヴは黙って、マンターゲットに指を指す。その指が向けた先は、頭部の三重の円の、最小の円の外側にある2発の弾痕だった。

 

「もしかして……全弾、最小の円内に当てるつもりだったのか?」

「どんだけ自分に厳しいのよ……」

 

 M16とAR-15が若干、呆れながら言葉を飛ばす。

 

「ねえ、グレイヴ」

 

 グレイヴは、声をした方へ向き、驚く。呼んだのはペルシカだが、目がぎらついて、少し怖い。

 

「あなたが眠っている間に、発射試験はやったのよ──百発以上は撃ったかしら」

「……」

 

 ペルシカの言葉はどこかおどろおどろしい雰囲気を醸し出している。AR小隊の面々も、引きつった笑いを浮かべる。

 

「それでね、弾切れが何故か起きないのよ、この銃……スキャニングやら銃の材質を調べても何もわからないのよ……」

「……」

 

 ペルシカは科学者だ。そのペルシカにとって、このケルベロスの無制限の装弾数の謎を解こうとしても、解けなかったことは非常にストレスだった。

 

「自分で解答を出せなかったのは、非常に業腹だけどね……使用者のあなたなら、この銃が弾切れしない理由……わかるよね?」

 

 ペルシカは期待を膨らませて、グレイヴに問いかける。しかし、グレイヴは難しい顔をして、残念な一言をつぶやく。

 

「──わからない……」

「……へっ?」

 

 ペルシカは間抜けな声を出した。

 

「……本当にわからないんだ──すまない……」

 

 ケルベロスを製作したのは、Dr.Tを始めとした、ネクロライズ計画の技術者達である。グレイヴにわかるのは、銃の扱い方や整備方法だけで、使用材質や技術は門外漢だった。

──結局、ケルベロスの無制限の装弾数の謎を解けなかったペルシカは、悔しさと敗北感を胸に刻みながら、この問題について考える事をやめた。




補足
・ケルベロス
グレイヴのメイン武器。正確に言うと、死人兵士専用の武器であり、全部で三丁ある武器の総称。いうなればケルベロスシリーズ。
グレイヴが使用しているのは、2丁で1組のハンドガンである“ライトヘッド”と“レフトヘッド”。口径15mm、全長約60cm以上、弾数無制限とかいう化物銃。その破壊力は装甲車や武装ヘリすら破壊できるほど。明言はされていませんが、ネクロライズやシード技術をもたらした地球外生命の技術を使って造られたんだろうと自分は思っています。学生時代、この銃と悪魔狩人の2丁拳銃に出会ったことで、作者の中二病がこじれた。


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1-5 YOUNG DOLLS

前回更新から約5か月経過……。私の怠慢です。あと、ちまちま書いてたら、詰込み過ぎました。


 AR小隊の午前の射撃訓練が終わり、昼の休憩時間に入った。

 AR小隊のメンバーは、屋内射撃場を出て行こうとする。訓練の終わりまで見学していたグレイヴもまた、一緒に退出することにした。因みにペルシカは既に、自分の研究室に戻っている。

 しかしM4だけが、自らのアサルトライフルの構えを解かずに、ファイアリング・ライン(射撃の位置)に留まる。

 M16がM4に話しかける。

 

「M4、まだ訓練をやるのか?」

「ええ、M16姉さん。射撃訓練の結果が悪くて……もう少し続けます」

 

 M4はM16の質問に答えながら、ボタンを押し、新しいマンターゲットを出す。

 

「でも、M4。最近ずっと訓練詰めだよ。ちゃんと休まないと」

「ありがとう、SOPⅡ。終わったらちゃんと休むから」

「もう!この前もそう言って、時間一杯までやってたじゃん」

「う──」

 

 SOPⅡの指摘に、M4は困ったように笑う。

 

「好きにやらせてやりな、SOPⅡ」

「M16……」

 

 SOPⅡを諭すM16。

 

「先に出てる。M4もほどほどにな」

「はい、M16姉さん、ありがとうございます」

 

 そう言って、屋内射撃場を後にするM16。まだなにか言いたげだったが、M16の後を追ってSOPⅡも射撃場を出た。AR-15も、M4の横顔を一瞥して、無言で出ていく。

 

「……」

 

 最後に、グレイヴも射撃場の出入りドアに近づき、振り返ってM4を見る。

 最初に射撃場に入った時と同じく、いまだ思い詰めたような焦りと、疲れを含んだ表情が見て取れる。

 M4の様子を気にしながらも、グレイヴは射撃場を後にした。

 

 

 

 

 

 グレイヴは、M4を除いたAR小隊の3人と共に、研究員などが利用する休憩室にいた。

 自室に戻ろうとしたが、SOPⅡが「グレイヴも一緒にどう?」と誘ってきた為、断るのも野暮だと思い、同席することとなった。

 M16とAR-15、SOPⅡは、首から伸びたケーブルを、シートに備え付けられた端子に接続して、エネルギーの充填を行っている。

 その様子はグレイヴにとって、あまりに奇妙な光景だった。そんな中、SOPⅡは気になったことを、グレイヴに尋ねた。

 

「?──グレイヴは何か食べないの?」

 

 休憩室には、食堂が併設されている。16Labの研究員が食事している中、グレイヴは何も注文していなかったことを、SOPⅡは不思議に思った。

 

「ああ・・・・・・グレイヴは腹が減らないんだ」

 

 事情を知っているM16が代わりに答える。

 

「えっ!?グレイヴ病気なの!?」

「そういうわけじゃない──グレイヴは人間の死体から造られてて、戦闘に必要がない消化器官や生体機能が死滅しているから必要ないんだよ」

 

 SOPⅡの発言にツッコミつつも、M16は説明した。

 

「グレイヴはゾンビなんだね……いや、ゾンビは人肉食べるから違うか」

「おい、グレイヴに失礼だろう。強いてあげれば血液が主食ってところじゃないか……ほらっ、身体の維持に血液交換が必要って聞いたし」

「じゃあ吸血鬼?」

「それとも違うだろ……よくもまあ本人の前で言えるなあ、お前」

 

 M16はSOPⅡの例えに呆れる。

 

「私達は食事はできるし、コードからエネルギーの充填ができるのに……グレイヴの身体って不便なんだね……」

 

 SOPⅡの純粋な感想に笑うグレイヴ。

 

「俺には……君達が人形だということが信じられない」

 

 グレイヴもまた、率直な感想を口にする。ケーブルでのエネルギーの充填という光景を見ても、彼女達が造り物だとは到底思えなかった。

 

「グレイヴは自律人形とか周りにいなかったの?」

「……」

 

 SOPⅡの質問に、グレイヴは首を横に振る。

 

「ある訳ないだろう──グレイヴは50年以上眠っていたんだ。50年前なんて、自律人形どころか人工知能の研究の真っ最中だ」

 

 M16が指摘する。

 

「そっか~……私はれっきとした人形だよ──ほら!左腕だって鉄血のやつを取り付けたんだ~!」

 

 そう言って、SOPⅡは自らの左手を見せびらかす。その手は黒く、鉤爪を連想させる。人間の肌なら簡単に引き裂けそうな鋭さと禍々しさを持っていた。

 しかし、グレイヴが人と感じたのは見た目ではない。

 

「──身体は機械かもしれないが……君たちと会話して、心があると俺は感じる」

 

 グレイヴには、人工知能や人形に関する専門的な知識などないし、アンドロイドやロボットなどは若い頃に観た映画の中にいる、架空の存在だ。しかし、彼女達との会話で感じたのは、例えるなら機械が持つ自動化された冷たさなどではなく、生きているものが持つ温みだった。

 

「そうなの?……わたしにはよくわからないな」

 

 SOPⅡは難しい顔をして答える。

 

「……くだらないわ」

 

 これまで喋らなかったAR-15が冷たく吐き捨てた。

 

「人形にはメンタルモデルが搭載されているから、人に近い受け答えをしているだけ……私達、人形は人間の命令に従って結果を出すことを求められるだけの存在──それ以上でもそれ以下でもないわ」

 

 グレイヴはAR-15の言葉の節々から怒りがにじみ出ているのを感じた。その様子を見てM16がAR-15に喋りかけた。

 

「AR-15……まだイライラしているのか?」

「別に……」

「も~、M4が調子悪くしてからずっとじゃん」

 

 SOPⅡが指摘を聞いて、グレイヴは眉を動かす。先程、グレイヴが射撃場で見たM4の不調は今に始まったことではないことを察する。

 気になったグレイヴはSOPⅡに尋ねた。

 

「M4は……ずっと不調なのか?」

「うん、そうだよ。グレイヴを回収した任務からなんだ……」

 

 グレイヴは眉間に皺が寄る。もしや、自らに原因があるのではないかと思った。

 

「違うよ、グレイヴ。あんたのせいじゃない。原因は別だ」

 

 M16がグレイヴの顔を見て、説明した。

 

「グレイヴの回収した時の任務で、鉄血の部隊に出くわしたんだ……あんたが起きてやっつけた連中さ」

 

 グレイヴはその時のことを思い返す。

 

「グレイヴがいたコンテナのデータのコピー中に、連中に見つかってたみたいでな」

「M4はね……自分が鉄血の占領区域から遠かったとはいえ、油断して索敵を怠ったから、小隊を危険に晒したって、自分を責めてるんだよ」

 

 M16の言葉に、SOPⅡが続く。

 

「私達も、警戒を緩めてたから、お前だけのせいじゃない、みんなの責任だ、って伝えてるんだが、なかなか聞かなくてな……」

「……あいつはなんでもかんでも気にしすぎるのよ……」

 

 AR-15が苦々しく話し始める。

 

「演習でも任務でもなにか失敗するたびに、茫然としたりおどおどしたり……私達の隊長ならもっと堂々としてほしいわ……」

「隊長……?」

 

 AR-15から出た意外な言葉に、グレイヴは反応した。

 

「ああ、M4はうち……AR小隊を指揮する隊長なんだ。意外か?」

 

 正直なところ、面倒見がよく、みんなのまとめ役をやっているように見えるM16が隊長かとグレイヴは思い込んでいた。

 

「私達の中でも一番指揮能力が高いのがM4なんだよ。人間の指揮官には劣るが、成績もいいんだ。グレイヴの回収指示とペルシカさんに助命のお願いをしたのも、M4なんだよ」

「……!」

 

 M16がどこか自慢げにM4のことを話す。そして、グレイヴは自分を助けたきっかけがM4からだったことに驚いた。

 

「ただ、人間の心に近いメンタルモデルのせいかな。よく怯えたり、自己嫌悪に陥ったりする……考えすぎるきらいがあるのは確かだ。まあ、そこがかわいいんだがな」

「それでやらかしと失敗続きなら良くないわよ。最近の演習と訓練の成績も落ちっぱなしよ」

 

 M16がにやつきながら、M4の欠点と惚気を同時に喋る。そんなM16を冷めた目で見つつ、M4の最近の失態を口に出すAR-15。

 

「……」

 

 グレイヴは昨夜、自身を気遣ってくれたM4の顔を思い浮かべる。彼女からは臆病さ、それと同時に優しさが見て取れた。また3人の話から、感情に素直で、仲間想いだと感じられる。

 それ故か──自分の失敗で招いたと思っている危機に、仲間を巻き込んだ自分が赦せず、自責の念にかられている。そんな思いを抱えながらでは、集中を欠いたままになり、思わしくない訓練の結果を出してしまう。その悪い結果を覆そうと、更に訓練に没頭しようとするが、先の自責の念と、過度な訓練による疲労が重なって、より悪い結果を引き寄せてしまう。

 

「悪循環だ……」

「……ええ、そうね」

 

 グレイヴは、M4の現状を端的に口に出し、AR-15がそれに同意を返した。

 ──昼の休憩時間が終わるまで、M4は、休憩室に来なかった。

 

 

 

 

 

 AR小隊の3人との食堂での会話から、5日が経った。

グレイヴはペルシカからのお願いで、不定期に、ケルベロスとデス・ホーラーの性能実験や、使用されている弾丸の調査などに協力していた。

 ペルシカ曰く、人形用の武器の実用技術に応用ができないかどうかの研究の為だそうだ。

 グレイヴは血液交換や死人兵士の制御システムの復元、住居の世話を受けている以上、恩を返す意味で、ペルシカに協力していた。

 今日のペルシカの実験の手伝いが終わり、既に時間は深夜をまわっている。

 

「それじゃあグレイヴ、また明日」

 

 ペルシカは軽く手を振りながら、グレイヴを見送る。グレイヴもまた軽く頷き、研究室を後にした。

 

“──んっ?”

 

 研究室を出てすぐの廊下で、グレイヴの右目の視界の端に人影が映った。その人影はすぐ廊下の角を曲がってしまい見えなくなってしまったが、金と赤の残影が僅かに見えた気がした。

 

“SOPⅡ?”

 

 人影が消えた廊下の角を見て、その廊下の先は屋内射撃場に通ずる方向である事を確認する。それと同時に、M4の不調が未だ続いている事が頭をよぎった。気になったグレイヴは、人影が向かったであろう先へ歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

「M4っ!」

 

 SOPⅡはドアを開けた瞬間、開口一番で射撃場にいるであろう人物の名前を叫んだ。

 案の定、ファイアリング・ライン(射撃する位置)にM4が立っており、突然やってきた来訪者と大きな声に驚き、アサルトライフルを構えたまま、SOPⅡを見て固まっていた。

 

「もう、SOPⅡ、いきなり大声出さないで」

「ああっ、ごめ──じゃなくって!M4!いい加減ちゃんと休んだほうがいいよ!」

「だから、後でちゃんと──」

「それも何回も聞いたよ!なんで私の言う事聞いてくれないの!?」

 

 もう何度も勧めたM4への休息への提案、だが肝心のM4本人は全く聞かずに、訓練に勤しみ続けていた為、遂にSOPⅡも我慢の限界がきてしまった。

 

「大丈夫よSOPⅡ。人形の私達なら、少しくらい無理しても──」

「それでもM4はやりすぎだよっ!顔見れば疲れてるってわかるよっ!」

 

 訓練や演習で、顔を合わせるたびに、M4の顔は日を追うごとにやつれていっている事をSOPⅡは感じていた。

 

「でも、最近、訓練成績が悪いから。もっと頑張らないと……」

「そんなに無理してたら悪くなって当たり前じゃん!もうやめよう、M4」

 

 SOPⅡは懸命にM4を説得する。しかしM4は連日の過度な自主練の疲れで余裕がなく、SOPⅡが自身の心配をしていること以上に、邪魔をしているという思い込みによる苛立ちが募っていた。

 そして、それが爆発してしまった。

 

「ねえ!エ──」

「ああっ!うるさいっ!」

 

 突然のM4の激昂にSOPⅡの言葉は止まる。

 

「ずっと後で休むって言ってるでしょう!だから邪魔しないで!」

 

 突然、怒鳴ってしまったことで、M4の息が荒れる。そして、我に返り、SOPⅡの方を見た。

 SOPⅡは、M4の激昂に驚きで口を半開きにしていたが、少しずつ目が潤み始めていた。

 

「ソ……SOPⅡ……」

「……うん……ごめん……M4……邪魔してごめんね……」

「あ……待っ……」

 

 M4の呼びかけを無視して、足早にSOPⅡは射撃場を出た。M4はSOPⅡが出て行ったドアに虚しく右手を伸ばしたまま固まっていた。

 SOPⅡが出て行ってから少しして、M4は右手で頭を抱えた。

 

「ああ……もう……なんで……」

 

 M4は弱々しくひとりごちる。

 SOPⅡが自分の心配をしてることくらいわかっていた。それなのにその思いやりを足蹴にしてしまったことに、M4は激しく後悔する。ひどく頭が痛むような気がして、頭に当てた右手の力が強まる。

 

“隊長失格だ……これじゃあ”

 

 ──思えば、経験の浅い自分より、姉であるM16の方が隊長に相応しいと思っていた。それでも自分が選ばれて、頑張ってきた。だが先程のSOPⅡへの暴言、そして前回の任務での自身の油断による不始末が頭をよぎる。

 突然の襲撃、応戦で手一杯の自分とAR-15、身を隠すので精一杯のSOPⅡ、そして銃撃と爆発に身を晒されて窮地に立たされたM16。

 前回の任務以来、ずっと頭にこの失敗の記憶が残り続けた。次は挽回しようと、訓練に力を入れたが、この記憶がこびりついて、思うような結果を得られなかった。仲間を危険に晒した事実を、M4自身が赦せなかった。

 再び、自身の失敗の記憶を反芻してしまい、M4は頭の痛みと重さが増した気がした。

 

「……クソ」

 

 自身の不甲斐なさと苛立ちで、M4は毒づいた。そして、自身と同じ名を冠するアサルトライフルを両手で掴み、そのまま両腕を真上に伸ばす。

 

「クソッ!」

 

 そして、怒りをぶちまけるかのように、M4は半身たるアサルトライフルを床に叩きつけようと、両腕を振り下ろし……振り下ろす両腕が途中で止まった。

 

「……えっ……?」

 

 M4は視線を床から上に移す。そこにはM4が持ったアサルトライフルのハンドガードを右手で掴み、いつのまにか隣に立っていたグレイヴの姿があった。

 

 

 

 

 

 ──時間を少し遡る。

 人影を追って屋内射撃場の近くまで来ていたグレイヴだったが、射撃場のスライドドアが開き、突然ドアから飛び出してきた人物と体がぶつかってしまった。

 

「!?」

「きゃ!?」

 

 グレイヴは少し驚いただけだったが、ぶつかってしまった人物はぺたんと尻餅をついた。尻餅をついたのは、グレイヴが見かけたSOPⅡだった。

 

「すまん……」

 

 ぶつかった事を謝罪しながら、尻餅をついたSOPⅡに手を伸ばす。しかし、SOPⅡは目線を下に向けたまま、動かなかった。

 

「……?」

 

 グレイヴは怪訝な顔をして、SOPⅡの様子を観察する。顔を下に向けている為、上から見下ろすグレイヴからでは、SOPⅡの表情がよく見えない。が、頬に水摘の線が流れていることだけは確認することができた。

 グレイヴはしゃがみ、目線をSOPⅡの高さに合わせる。SOPⅡは泣いていた。

 

「あ……」

「どうした?」

 

 ぶつかったのがグレイヴだと気付き、声をわずかに上げるSOPⅡに、グレイヴは彼女に涙の理由を尋ねた。少しの沈黙の後で、SOPⅡはぽつりぽつりと話す。

 

「……M4にね……休んで──ほしい、ってお願い……したんだけど……邪魔だ──って言われて……」

 

 そう言ったSOPⅡからは嗚咽を漏らしながら、泣き出した。

 

「……」

 

 グレイヴはそれを聞きながら、AR小隊が初めて出会ったことを思い返す。あの時のことは目覚めた直後で、記憶が朧気だが、もう一度意識を失う直前に見たM4の顔は憶えていた。怯えと憂いを帯びた表情、そしてその中にも自身を気遣う優しさが確かに彼女にはあった。そんな彼女が今、自責の念にかられ、仲間の声を聞く余裕すらなくなりつつある。

 グレイヴはこの16LABとAR小隊とは関係のない部外者だ。しかし、泣いているSOPⅡ、そして、自身を助けるきっかけを作ってくれたM4を放っておくことはできなかった。

 

「……」

「……あ」

 

 グレイヴはOPⅡの頭に掌を乗せた。グレイヴの掌は体温はなく冷たかったが、頼もしさと安心を感じさてくれる大きな手だと、SOPⅡは感じた。

 グレイヴはSOPⅡに掌を乗せながら言った。

 

「ここで待て、できるな?」

 

 グレイヴはSOPⅡを見る。SOPⅡは少し逡巡の後に、無言で頷く。それを見てグレイヴは微笑んだ。

 グレイヴはSOPⅡの腕を引いて立ち上がらせた後に、射撃場へと入った。そして、グレイヴの視線の先には頭に右手を当ててるM4がいた。

 グレイヴはM4の方へ歩を進める。すると、M4はアサルトライフルを持った両腕を上に上げる。

 

“──!”

 

 M4の意図を察したグレイヴは足を速めた。そしてアサルトライフルのハンドガードを掴むことで、M4を止めた。

 

 

 

 

 

 ──そして、現在に至る。

 グレイヴはM4のアサルトライフルのハンドガードを掴んだまま、M4を見る。M4は、突然のグレイヴの出現に驚き、アサルトライフルを持った手の力が緩み、手放してしまった。

 

「あっ!?返して、返してください!」

 

 何故ここにグレイヴがいるのか。M4にはわからなかった。そして、慌てた様子でグレイヴに自分のアサルトライフルの返してもらうように求める。しかし、肝心のグレイヴは掴んだアサルトライフルを見つめたまま、応じなかった。

 

「あの……グレイヴさん」

 

 弱々しく、名前を呼ぶM4。そんなM4をグレイヴは見る。

 グレイヴの右目を見て、M4は息を詰まらせた。威圧されている訳ではない、だが、グレイヴの目からは有無を言わせない迫力と威厳を、M4は感じた。

 

「借りるぞ」

「えっ……?」

 

 グレイヴの突然の発言の内容に、M4は面食らう。そんなM4を気にしたそぶりを見せずに、グレイヴはM4のアサルトライフルを持って、射撃場のファイアリング・ライン(射撃する位置)に立つ。それを戸惑いながらM4は見る。

 グレイヴは、アサルトライフルを構え、取り付けられたホロサイトを覗き、それから、丹念に動作チェックを行う。一通り確認した後、弾倉を一度抜き、弾倉内の弾丸を視認して再度、装填し直した。

 

“この人……上手い”

 

 戸惑いながらもM4は、グレイヴを観察する。非常に滑らかで無駄がない、扱い慣れている印象をM4は持った。

 グレイヴは、マンターゲットを出す為のボタンを押す。銃口をわずかに下に構え、マンターゲットが出現するのを待つ。

 マンターゲットが表示された瞬間、グレイヴはアサルトライフルを構えて、セミオートで射撃した。

 放たれた弾丸は見事に、マンターゲットの頭部の的の最小の円内に着弾した。

 

「あぁ……」

 

 M4は思わず感嘆の息が漏れてしまった。先日の戦闘でのケルベロス、そして今のアサルトライフルの射撃を見て、ビヨンド・ザ・グレイヴはあらゆる銃火器に対応でき、優れた射撃技術を持っていることを再認識する。

 グレイヴは射撃を終えると、M4の元へ歩み寄る。

 

「撃て」

「えっ?」

 

 グレイヴはアサルトライフルをM4へ突き出す。どうやら射撃をやってみせろということらしいとM4は思い、恐る恐るアサルトライフルを受け取ってファイアリング・ライン(射撃する位置)に立ち、M4は構えた。

 

「待て」

 

 そう言いながらグレイヴはM4の背中越しに、フォアグリップを握ったM4の右手に手を這わせる。

 

「ぐっ、グレイヴさんっ!?」

 

 突然、体に触れられた事にパニックになるM4だが、グレイヴは気にも留めていなかった。

 

「もっと力を抜け」

「あっ……」

 

 M4は自身の右手を見る。フォアグリップを握る右手は強張っていた。

 

「背中を少し丸めろ……腰を落とせ……」

「はっ、はいっ」

 

 グレイヴはM4の射撃姿勢の改善点を次々指摘し、M4も言われた通りに矯正する。時折、グレイヴがM4の膝や肩に触れて姿勢を直し、そのたびにM4は気恥ずかしくなってしまう。

 一通り、グレイヴの指摘が終わる。

 

“私……射撃姿勢がちゃんと出来ていなかったんだ……”

 

 本来、第二世代戦術人形には戦闘用機能を集約しているコアというパーツを搭載し、かつ烙印システムと呼ばれる戦術人形と特定の銃器を紐づけする技術を施す事で、高い運用効率と銃撃精度を獲得する事ができる。

 そんな第二世代の戦術人形の技術の粋を集めて製造されているはずのM4が銃撃精度の悪化に陥ったのは、搭載されたコアと烙印システムの不具合故か、その二つに悪影響を及ぼす自らのメンタルの状態故か、あるいは両方か。

 

“やっぱり駄目なんだ……自分は──”

 

 自嘲するM4。再びメンタルが暗く淀んでいきそうになって──不意に右肩に優しく置かれた手の感触で我に返った。手が置かれた右肩の方を振り向くと、グレイヴが横にいた。

左目の傷痕を隠す為に、グレイヴの顔の左半分を覆うように伸びた髪のせいで、M4はグレイヴの表情を窺うことができない。

 

「落ち着け」

「えっ」

「大丈夫だ……この構えなら外さない」

「……」

 

 M4はグレイヴからの言葉を聞き、再び25m先のマンターゲットを見据える。まだ右肩にはグレイヴの手が置かれたままだ。人口皮膚から伝わるグレイヴの掌は冷たいが邪魔だとは思わず、その大きさと柔らかく置かれた感触が、メンタルを落ち着かせていく。

 グレイヴとM4は関わりを持って、まだそれほど時間が経っていない。だが、グレイヴの言葉には、不思議と大丈夫だと思わせる力のようなものをM4は感じていた。

 アサルトライフルを持つ腕の震えが止まり、銃口がマンターゲットを正確に捉える。その瞬間、M4は引き金を引き、銃口から火が噴いた。

 放たれた弾丸は3発。その全てはマンターゲットの頭部にある的の最小の円内に着弾した。

 

「……っ」

 

 M4は思わず吐息を漏らした。それはグレイヴを回収した任務から不調続きであり、久しくなかった会心の射撃による、歓喜から出たものだった。

 M4はグレイヴがいる方に顔を向ける。そして突然、彼女の頭を何かが触れた。驚くM4だが、その感触には覚えがあった。案の定、それはグレイヴの手によるものであり、グレイヴはM4の頭を優しく撫でている。M4はその指の隙間から、グレイヴの顔を覗く。その顔には微笑みが浮かんでいた。言葉はないが、射撃を褒めてくれていると、M4は察した。

 M4は自らの頬が熱を持つのを感じ、視線を下に移す。グレイヴに撫でられたのは二度目だが、ペルシカ以外の人、しかも男性に褒められ、触れられるのはとても照れくさい。しかし、嫌悪感はなく、嬉しさと恥じらいが混じった奇妙な感覚を味わっていた。

 不意にM4の頭の上にある感触がなくなる。M4は少し名残惜しさを感じながら、頭を上げた。グレイヴはM4の後ろ──屋内射撃場のドアの方に視線を向けていた。

 M4は振り返る。ドアの前には、AR-15が無愛想な表情で立っていた。いつものジャケットは羽織っておらず、その下に着ているキャミソールワンピースだけの、待機中や休憩中によくしている軽装だ。

 突然のAR-15の来訪に、驚くM4をよそに、グレイヴはAR-15の方へと歩く。そして、AR-15の横を素通りして、射撃場を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

 残された射撃場で互いに沈黙する。そして、先に動いたのはAR-15だった。ツカツカと、靴音を鳴らしながら、M4の方へと歩く。M4は戸惑いながらも、AR-15の様子を見る。

 

「……私も少し射撃するわ」

 

 AR-15はそう言って、M4の隣まで来ると、射撃場に備え付けられた、訓練用のハンドガンを手に取った。動作チェックを終え、ターゲットを出現したのを確認し、射撃を開始した。

 

「……」

「……」

 

 お互いに無言のまま、AR-15の射撃による乾いた発砲音だけが、射撃場に響く。それをM4はただじっと見つめる。

 5分程経った頃、AR-15が射撃を中断し、リロードを行っている最中に、M4は口を開いた。

 

「ごめんなさい……」

「何が?」

 

 M4の謝罪に、AR-15は表情を変えず、持っているハンドガンに見たまま、短く謝罪の理由を問う。その声色はどこか刺々しい。

 

「グレイヴさんを回収した任務の時に、私達は鉄血の部隊に襲われた」

「……」

「私が周囲の警戒と索敵を指示しなかったから、奴らの奇襲に対応できずに小隊を危険に晒した。本当に私が情けないわ」

「……」

 

 M4の悔恨の言葉を、AR-15は黙って聞く。そして、ハンドガンの操作を再開する。

 M4はちらりと、AR-15の横顔を見る。その表情は、射撃場に入ってきた時の不愛想なままだ。不甲斐ない隊長の自分に対してとても怒っているのだろうな、とM4は思った。

 

「ねえ、あの時のM16の射撃の事、覚えてる?」

「えっ?」

 

 AR-15の言葉に、というより、その内容に一瞬、M4の反応が遅れた。

 

「M16が寝そべりながら射撃していた事よ」

「……ええ、覚えてるわ」

 

忘れる訳がない。信頼する姉のM16がやられていたかもしれない危機的状況だったのだ。しかし、なぜM16の話を出したのかがわからなかった。

 

「おかしいと思わなかった?」

 

 AR-15の問いの意味を、M4はわからなかった。

 

「私達の中で一番、作戦経験が豊富なM16が、あんな遮蔽物のないところで不用意な射撃をしたのよ。M16らしくないわ」

「あっ……」

 

 AR-15の指摘に、M4はようやく気付いた。M16ほどの猛者が、自身の位置を敵に知らせる危険な射撃をしたことは、確かにM16らしくない。

 

「直接聞いた訳ではないけど──多分、あれは自分を囮にする為だったのよ……私達を生かす為に……」

「そんな……」

 

 M4は頭をハンマーで殴られたような気分になった。M16姉さんに自己犠牲を選択させた事。改めて後悔の念に襲われそうになる。しかし、

 

「あの時──M16の射撃の意味に気付いて、鉄血の人形兵の攻撃がM16に集中した時……とても悔しかった」

 

 AR-15の「悔しい」という意外な言葉。M4は、何が悔しかったのか疑問に思った。

 

「M16が攻撃されているのに、なにもできなかった。それに、私達が生き残る為には、M16を囮にすることを認めてしまったことが、許せなかった」

 

 AR-15がそう言ってマンターゲットに発砲する。その銃弾はターゲットから外れた。

 M4は気付いた。AR-15は怒っている。AR小隊で、誰よりも仲間思いの彼女が、仲間を囮として、見殺すことを容認してしまった自身に怒っている。M4が判断ミスで小隊を危険に晒した事に後悔しているのと同じように。

 

「あんたが、ミスに対して反省するのは構わない」

 

 そう言いながら、M4に近づくAR-15。

 

「でも、それで自分を責めて、追い込んで……訓練でも任務でも、支障をきたすのなら、いい加減にして。あんたは私達の隊長なのよ。これ以上、失望させないで」

 

 AR-15の声音には厳しさがあるが、その中にも気をかけてくれている優しさをM4は感じ取れた。

 

「うん。本当にごめ──」

「謝らないで。謝るならSOPⅡにしなさい。そこにいるから」

 

 M4はドアの方を見る。そこには、いつの間にか射撃場に入っていたグレイヴと、その隣にSOPⅡがいた。グレイヴに軽く背中を押され、SOPⅡはM4のところへ近づき、正面に立った。

 

「SOPⅡ、さっきはごめんなさい……心配してくれたのに、ひどいこと言って……」

「ううん、いいよ。M4は頑張ってたのに、邪魔した私も悪いから……」

 

 そんなことはない、SOPⅡは何も悪い事はしてない、とM4は首を横に振る。そして、SOPⅡを見据える。その顔は凛としていた。

 

「今度は……みんなをちゃんと守れるように頑張るから……隊長として頑張るから」

 

 頼りなさげではあるが、それでもM4なりの決意を告げる。

 

「うん!でも、今日はちゃんと休まなきゃ駄目だからね!」

「わかってる。SOPⅡの言う通りにするわ」

 

 互いに笑い合うM4とSOPⅡ。それをグレイヴは微笑みながら、見守っていた。

 不意に、2人の間にいたAR-15と目が合う。AR-15は、プイッと視線を逸らす。そんな様子をおかしく思いながら、グレイヴは静かに射撃場を後にした。

 

 

 

 

 

「ありがとな」

 

 射撃場を出てすぐに、グレイヴの横から声がした。そちらを向くと、壁にもたれながら立っているM16がいた。

 

「これ以上ひどくなるようなら、私から注意しようとしたけど、必要なくなって良かった」

 

 安堵したように笑うM16。

 

「グレイヴがM4にみんなの言葉をちゃんと聞いてくれるきっかけを作ってくれた。本当に感謝している」

 

 グレイヴは首を振った。きっかけを作ったのはSOPⅡで、諭したのはAR-15の2人だ。大したことはしたつもりはなかった。

 

「やっぱり優しいよ、あんた」

 

 グレイヴは少し照れくさくなって、M16から視線を外す。何か話題を変えようとして──ふと、気になった事をM16に尋ねる。

 

「何故、M4はM16を姉と?」

「ああ……あいつが目覚めて、AR小隊の隊長になってから、ずっと訓練や任務でサポートしててな。いつの間にか、姉さんなんて呼ばれてた。M4もそうだが、AR-15もSOPⅡも私にとっては手はかかるが、可愛い妹たちさ」

 

 そう言って、M16ははにかむ。その様子を見て、グレイヴもつられて微笑んだ。

 

「変かな。人形の部隊が家族ごっこするのは?」

 

 M16はグレイヴに尋ねる。グレイヴは首を横に振る。

 

「変じゃないさ……」

 

 グレイヴは、人でなくともお互いを想い合う彼女たちを見て、生前の──青春時代を思い出す。ジョリス、ネイサン、ケニー、そしてハリー。馬鹿やって、喧嘩して、貧しくて何もなかったが、楽しかった日々。

 もう戻ることはできないけれど、それでもグレイヴ(ブランドン)にとってかけがえのない日々を、グレイヴは懐かしんだ。

 

 

 

 

 

 暗い研究室でペルシカは誰かと喋っている。

 

「ええ。そろそろ実行したいの……リコの研究データの回収作戦を……」




補足
・M4を操るグレイヴ
捏造。ゲームとアニメの描写で、
・生前は、都市で、一番大きな力を持つ犯罪組織No.1の殺し屋
・殺し屋時代にスナイパーライフル、死人兵士になってから重火器搭載棺桶を操っている。
ので、きっと殺し屋時代に、合法、違法問わない手段で入手したあらゆる銃火器の訓練を積んでいるだろうと、想像力を大いに働かした結果。

・ジョリス、ネイサン、ケニー
アニメ「Gungrave」の登場人物。グレイヴ、というよりブランドンとハリーのチンピラだった時の仲間。


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1-6 再び、硝煙立ち込める世界へ(1)

久々です。今年初投稿です。


AR小隊の4人は電脳空間(セカンダリレベル)で、ペルシカのアバターから次に行われる作戦の説明を受けていた。

 

「あなたたちにお願いしたいのは、S09地区の鉄血の占領区画へ潜入し、[リコ]と呼ばれる署名のある経歴及び研究データを回収して、16LABに送り返す事よ」

 

 ペルシカは任務内容を説明しながら、作戦開始の集合地点をマーキングしたS09地区の地図データを表示する。

 

「鉄血の占領区画の潜入……」

 

 M4は緊張した面持ちでつぶやく。彼女、ひいてはAR小隊にとって初めての敵地での作戦であり、その声音には不安が混じっていた。

 

「占領区画内の作戦かぁ……たくさん解体(バラ)せそう!」

 

 SOPⅡは愉快そうに笑う。彼女のメンタルの中では恐れより、敵を破壊して生体パーツを集められる喜びの方が勝ったようだ。そもそも、不安が頭にないのかもしれない。その様子を見てAR-15はくぎを差す。

 

「馬鹿。潜入任務なんだから、隠密に行動しなきゃいけないのよ」

「む~、わかってるよう。隠れて解体(バラ)せばいいんでしょう」

 

 どうやら、SOPⅡが暴走しないよう見張らなければならないようね、とAR-15はため息をつきながら思った。

 

「作戦では、彼女……指揮官が現場の指揮をとるわ」

 

 ペルシカの言葉にM16は眉を上げて反応する。

 

「指揮官……あの人か」

「それなら安心ね。あの人間はM4より頼りになるわ」

 

 AR-15の発言に、苦笑いを浮かべるM4。性格の問題もあるかもしれないがM4の指揮能力は人間の指揮官より劣る。作戦効率を考えれば、指揮官の配置は妥当だった。

 

「作戦開始は一週間後の未明。それまで、模擬訓練を行って備えてね。頼んだわよ」

 

 ペルシカの指示に、AR小隊の4人は各々、肯定の返事をした。

 

 

 

 

 

 ──一週間後 16LAB 屋内演習場

 

 人形の戦闘訓練、演習は電脳空間(セカンダリレベル)で行われることが多い。しかし、実際に身体を使っての実弾射撃、小隊の連携行動がとれるかどうかも重要である。この屋内演習場では、コンテナや柱などの遮蔽物を設置して、実際の戦闘を模した訓練、演習が行われる。

 男──グレイヴが走る。それを追ってAR小隊のAR-15とSOPⅡが射撃する。銃弾は当たらず、グレイヴは柱の陰に入った。

 

「くそ!当たらない!」

「落ち着いてSOPⅡ!このまま制圧射撃!」

 

 M4とAR-15とSOPⅡは柱に集中して射撃する。グレイヴが柱から出てこれないよう、動きを制限する。

 

──M16姉さん、グレネード!──

──ああ!──

 

 M4の通信による指示で、M16は閃光手榴弾のピンを抜き、柱に向かって投擲した。閃光手榴弾で標的を無力化し仕留める戦法だ。手榴弾は空中で弧を描きながら飛んでいく。

 しかし、3人の射撃の間隙を縫って、柱の陰からグレイヴが射撃した。その銃弾は信じられないことに空中に浮かぶ手榴弾に当たる。

 轟音と閃光。

 空中で閃光手榴弾が爆発する。至近距離ではなかったが、強烈な音と光が、AR小隊の面々の聴覚と視覚をくらます。

 その隙をつき、柱からグレイヴがAR小隊に向かって跳躍した。文字通り飛びながら、両腕のハンドガン──P220で射撃する。

 

「きゃっ!?」

「わわわっ!?」

 

 弾丸はAR-15の胸部に命中、戦闘不能になる。衝撃で後方に倒れたAR-15に、SOPⅡは巻き込まれ、下敷きになった。

 グレイヴは着地し、目線を地面から上に向ける。その視界には目を右手で抑え、揺らぎながら立つM4が写る。

 

──M16っ──

 

 M16の姿を見失う。その時、グレイヴの全身に悪寒が走った。

 いつのまにかグレイヴの左側に回りこんだM16が、ダミーナイフを手に取る。

 M16が即座に行動できたのは、閃光手榴弾の爆発する直前に、M16は耳と左目を手で覆うことで被害を最小限にしていたからだ。

 M16はグレイヴの潰れた左目側に、高速の刺突を見舞う。が、それを上回る速度でグレイヴの左手が、M16のナイフを持つ腕を掴んだ。

 

──はぁっ!?──

 

 腕を掴まれ、動きが止まったM16の腹部を狙って、グレイヴは右手のP220の銃撃する。

 しかし、流石はAR小隊の中で歴戦の古兵であるM16である。動きを制限されている中、身体を器用に捻らせ、ステップを踏んでかわす。だが、M16もこの至近距離では、アサルトライフルの取り回しの悪さ故に、上手く照準をつけられない。もたつけばやられる。防戦一方だ。

 M4も閃光手榴弾の影響が抜け銃口を向けるが、グレイヴとM16がもみ合って射線が重なるので射撃できない。それでもグレイヴだけを狙い撃とうと、グレイヴとM16の周囲を動いて回る。

 M16もまたM4の動きに連動して動き、グレイヴだけが撃たれるように誘導しようとする。しかし、グレイヴもさせまいと、自らも動き、時には掴んでいる16の腕を引っ張り、M4に射撃して牽制する。

 グレイヴとM4、M16が攻防を繰り広げてる中で、グレイヴがM16の腕を離し、距離を取った。突然、解放されたM16の動きが一瞬止まる。その直後、銃声が響く。

 

「いたっ!?」

「ああっ!?」

 

 銃声はいつの間にか復帰していたSOPⅡからだった。M4と同じく、グレイヴを狙い撃とうとしていたが、グレイヴはSOPⅡの射撃タイミングを読んでM16から離脱。SOPⅡは誤射(フレンドリーファイア)してしまった。

 

「──やったな!」

「!?待って、SOPⅡ!」

 

 グレイヴにしてやられた屈辱で、頭に血が上ったSOPⅡがグレイヴを追う。M4は制止の指示は、SOPⅡには聞こえていない。

 グレイヴを追いながら片手で射撃するSOPⅡ。グレイヴはそんなSOPⅡの射撃をかいくぐり、奥にあるコンテナに身を隠した。

 

「逃がすかぁ!」

 

 隠れたグレイヴを追って、SOPⅡはアサルトライフルの銃口を向けながらコンテナの陰へ身を乗り出す。

 その瞬間、銃声が鳴り、SOPⅡが膝をついて倒れる。その銃声はSOPⅡが体を出したタイミングで放たれた、グレイヴの銃撃によるものだった。

 

「っ──」

 

 倒れるSOPⅡを確認して、コンテナの前でM4は動きを止めた。

 既に3人が戦闘不能になり、残っているのはM4ただ一人。手練れのグレイヴに無策で挑む訳にはいかなかった。

 M4は片手でアサルトライフルの銃口をコンテナに向けながら、腰に巻いたジャケットを解いて左手に取る。そして、コンテナの方へと走り出す。

 M4は走る速度を緩めないまま左手に持ったジャケットを、SOPⅡが撃たれたコンテナの陰へと投げる。銃声と共に投げたジャケットが撃たれたのを横目で確認して、M4はコンテナの上に飛ぶ。ジャケットはグレイヴの注意を引く為の囮であり、その隙をついてコンテナ上から狙い撃つのがM4の目論見だ。

 M4はコンテナ上に着地し、グレイヴがいるであろう物陰に銃口を下方に向け──戦慄した。そこで見たのは、右手のP220を撃ったジャケットの方に向けたまま、左手のP220をコンテナの上にいる自身に向けるグレイヴの姿だった。

 

──まずっ──

 

 放たれる弾丸。咄嗟にM4は身体をよじってかわす。なんとか直撃は避けたが、バランスを崩してM4はコンテナの上に倒れ込んでしまった。

 立ち上がろうとするM4。しかし、いつのまにコンテナの上に登っていたグレイヴにそれは阻まれしまう。M4を見下ろしながら、グレイヴは銃口を向ける。

 勝敗は決した。

 

 

 

 

 

「負けたぁ~!くやし──あっいたっ!」

「悔しがるのはいいが、お前は私を誤射した事と、一人で突撃かましたことを反省しろ」

 

 M16は注意と共に、げんこつをSOPⅡに見舞う。

 

「ブツブツ……」

 

 AR-15は最初に戦闘不能に陥ったことが相当悔しかったのだろう。独り言を唱えながら、反省と今後の対策を延々と行っている。

 M16に叩かれた頭に手を当てながら、SOPⅡは、

 

「わーん!M16がぶったよグレイヴー!」

 

 グレイヴに助けを乞いに行く。グレイヴはそんなSOPⅡの頭を優しく撫で、SOPⅡは嬉しそうにはにかんだ。

 

「こら、グレイヴに甘えるな。グレイヴもあまり甘やかすなよ」

 

 M16の注意にグレイヴは微笑んだ。

 

「しっかし、なんでナイフを止められたんだ。完全に死角のはずだろ」

「ああ──それは私も気になりました」

 

 M16の疑問に、M4も追従する。

 

「私も上から狙いましたけどバレバレでしたよね。なんでわかったんですか?」

「……気配……気配がした……」

「気配……ですか?」

 

 些か信じられない様子で、M4はグレイヴに問い直す。グレイヴは頷く。

 

「大した気配探知だよ、まるでグレイヴには高性能なセンサーでもあるみたいだ」

 

 M16はグレイヴを称賛する。

 グレイヴが目覚めてからAR小隊と合流して一月以上が経った。最近ではペルシカへの協力とは別に、グレイヴはAR小隊の訓練を手伝うようになった。

 グレイヴの戦術人形を超えた死人兵士の肉体の強さ。またグレイヴの持つ射撃技術、戦闘の経験は、AR小隊──M16を除く実戦経験の浅い3人──にとって学ぶことは多かった。

 射撃技術以外に今回のような模擬戦を行って小隊の連携の確認、また単体で高い戦闘能力を誇る鉄血人形のハイエンドモデルの仮想敵として、グレイヴはうってつけの訓練相手だった。

 グレイヴにとっても、AR小隊の訓練に付き合うのは利するものがある。長い眠りから目覚めたばかりで、鈍ってしまった実践の勘を取り戻す事。それと同時に、彼女達が少しでも生き残れる確率が上がるならば、自らの持つ闘いの技術と経験を授けることは本意だった。

 訓練に付き合ううち、グレイヴとAR小隊は打ち解け合っていった。M4にとってはあの一件以来、M16とペルシカ以外の頼れる大人、SOPⅡは甘えてもいい人間となって、グレイヴに懐いていった。AR-15は冷たい態度を崩さないが、高い戦闘技術を持つグレイヴを認めており、グレイヴから貪欲に技術を吸収しようとしていく。M16はM4達の相手をしてくれるグレイヴに感謝している反面、M4が頼ってくることが減って少し寂しいと思ってしまっていた。

 グレイヴとM4達と模擬戦の反省会の最中、M4にペルシカから通信が届いた。

 

「ペルシカさん?……はい……了解しました」

 

 通信を切り、M4はグレイヴの方を向く。

 

「グレイヴさん──ペルシカさんが血液交換をするから、研究室に来いと」

 

 定期的な血液交換が必要な身体を持つ死人兵士のグレイヴ。今日はそれを行う事をグレイヴは思い出す。

 頷き、研究室に向かっていくグレイヴ。その後ろ姿にM4は声を掛けた。

 

「──グレイヴさん」

 

 振り向くグレイヴ。

 

「あの……いえ、なんでもないです……」

「……?」

 

 何故、呼ばれたのかグレイヴにはわからなかったが、怪訝な顔をしてグレイヴは屋内演習場を後にした。

 

 

 

 

 

「M4。グレイヴにこれから任務に出る事を言おうとしたの?」

「そんなつもり……ではないけど……」

 

 AR-15の指摘にしどろもどろに答えるM4。そんなM4にM16は釘を刺す。

 

「駄目だぞM4。いくら戦えるといってもグレイヴは私達やグリフィンの戦いとは無関係だ」

「うん、わかってます。M16姉さん」

 

 初めての鉄血の占領区画内の任務。内心の緊張から、無意識にグレイヴに縋ろうと声を掛けたのかもしれないと、M4は思った。

 自身の心の弱さに自嘲し俯いたM4の肩に、M16は手を置く。

 

「大丈夫さ。任務が終わればまた会える」

「……はいっ、M16姉さん」

 

 M16の励ましに、M4は顔を上げる。

 必ずみんなで任務を達成する。

 決意を新たにして、M4、AR小隊は準備に取り掛かった。

 




補足、あとどうでもいいこぼれ話
・グレイヴが模擬戦で使用していたP220
SIG SAUER P220。アニメでグレイヴの殺し屋時代に使用していた銃のデザインがこれらしいです(もしかしたら違うかも)。

・グレイヴの戦闘技術に興味を持つM4とAR-15
特にM4は棺桶(デス・ホーラー)の武器術、AR-15は両手持ちの二挺撃ちの技術に、何故かわからないが異常な関心を見せ始めている。ナンデダロー


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1-7 再び、硝煙立ち込める世界へ(2)

 夕焼けで辺りが赤く染まる時間。きれいに整備され、かつ広大な庭園が見えるテラスにある1つのテーブルに、一組の男女が向かい合って座っている。

 男女は会話──といっても、喋っているのは女の方だけで、男はそれを黙って聞き、時々返事をする程度だが──を楽しんでいる。

 

「それでねブランドン──最近、友達と……」

 

 男──ブランドンは、目の前の女──マリアの話を聞いている。

 マリア。ブランドンと恋仲にある女性。最愛の女。

 マリアは自身の他愛のない日常をブランドンに語る。仕事の事、友人の事、彼女が世話になっているおじ様の事。彼女の世界を彩る事柄を嬉しそうに話す。

 ブランドンはそんな彼女の話を微笑みを浮かべながら──内心感じる大きなズレを隠して──聞いている。

 マリアの語る話には、厳しさもありながら、同時に温かさも持った世界を感じさせる。

 日の光が当たる世界。人の血と力を感じさせない世界。ブランドンが生きる世界とはかけ離れた日常。

 ブランドンは彼女のお世話をしているおじ様と呼ばれる男──ビッグダディが創設した犯罪組織「ミレニオン」に所属する殺し屋だ。ブランドンの親友であるハリーと共に組織に入ってから、既に5年が経過している。その事をマリアは知らない。

 元々孤児であり、貧民街で暮らしていたブランドンにとって死は身近にあった。

 商店を構えていた店主は強盗に襲われて殺された。薄汚れた部屋で体を売っていた女は客と揉めて殺された。幼い子供は貧困にあえぎ餓死した。

 共に暮らしていた仲間も、「ミレニオン」に入るきっかけになった事件によって、ブランドンとハリーを除いて殺された。

 組織に入り、殺し屋として活動を始めてからより死は近くなっていった。

 敵対するマフィア、組織の邪魔になる企業の幹部、組織内で出た裏切り者。彼らの命を奪うブランドンにとって、日常は硝煙と血の匂いが付き纏う。

 そんな世界で生きているブランドンには、マリアの話は夢物語を聞いているような錯覚を覚える。あまりにも似ても似つかない世界であり、自分とは無縁だと思わざるを得なかった。

 だが、覚悟したことだった。ハリーを、ビッグダディを、そしてマリアを、大切な者達を守る為に殺し屋になったのだから。例え自分が息絶えることになったとしても守ると誓ったのだ。

 

「ねえ、ブランドンは最近どうなの?」

 

 マリアに話を振られ、ブランドンは我に帰る。少し考えすぎていたのかもしれないと、ブランドンは内省した。

 ブランドンはハリーと共に立ち上げた運送会社に従事している、とマリアに嘘をついている。自分の本当の職業を知られる訳にはいかない。話を合わせようと思案して──。

 

「──殺し屋の仕事は」

 

 ──彼女の口から出た言葉で、その思考は止まった。

 

「え・・・・・・?」

 

 驚きと恐怖が混じる引きつった表情で、ブランドンはマリアを見る。マリアはよく見慣れた微笑を浮かべているだけだった。

 ──何故、知っている?

 どこで知られた。何か素振りを見せてしまったのか。誰かが彼女に教えたのか。それとも調べたのか。

 

「もう・・・・・・何を驚いてるの?」

 

 ブランドンの内心の混乱をよそに彼女は喋り出す。

 

「ブランドンはおじ様や私を守る為に殺し屋をしているんでしょう?」

 

 マリアは言葉を告げる。その声は穏やかで、微笑を浮かべている。だが、ブランドンはひどく追いつめられている気になった。

 マリアを直視できなくてブランドンは下を向く。数瞬の後、再び顔を上げる。

 マリアの姿は消えていた。

 

「マリア・・・・・・?」

 

 辺りを見回す。いない。

 

「マリアっ」

 

 庭を駆ける。いない。

 

「マリアっ!」

 

 叫ぶ。いない。

 庭園を駆け回る。だが、マリアの姿は見当たらず、気配もない。誰もいない。まるでブランドンだけがこの庭に取り残されているようだった。

 どれくらい探し回ったのだろう。息を切らすまで走り回っても、マリアはいなかった。

 ──ふと、視界の右端に人影が写った。

 

「マ──」

 

 安堵し、ブランドンは彼女の名前を呼ぼうとして──言葉が止まった。

 そこで見たのは、胸が血に染まり、唇から血を滴らせ、ブランドンを見つめながら倒れようとしているマリアの姿だった。

 悪夢のような光景に、ブランドンは心胆が凍っていくのを感じる。

 

「あぁ……!」

 

 手を伸ばす。彼女に近づこうとする。しかし、何故か足は一歩も動いてはくれなかった。

 スローモーションのようにゆっくりとした動作で、マリアは膝をつき、うつ伏せになってその身体を倒す。ブランドンはそれを見ていることしかできなかった。

 

「マリアぁぁっ!」

 

 声の限り叫ぶ。そこで視界が暗転した。

 

 

 

 

 

「!」

 

 グレイヴは目を開けた。残された右目だけで周囲を見渡す。

 円形の台座。その上に吊り下げられた機械のアーム。大きな液晶の画面とキーボードが併設された機械。そこは、ペルシカの研究室であり、自身は血液交換用のチェンバーに座っていた。チェンバーの近くにある液晶画面には、血液交換が終わっていることを表示していた。時計を見ると、日をまたぎとっくに朝日が昇っている時刻だった。

 グレイヴは、自分の右目の視界がぼやけてることに気付いた。指で拭うと水滴が肌につく。

 グレイヴは頭に手を当てる。

 ──何故、あんな夢を見たのか。でもあの夢は実際にあった事だ。マリアの死を直接見たわけではないが。マリアは「ミレニオン」のボスになっていたハリーに殺され、その死を教えてくれたのはミカで──。

 グレイヴは首を大きく振った。これ以上考えないように、半ば無意識の行動だった。

 ふと、頭を抱えたまま、チラリと見えたペルシカの背中に目を向ける。

 ペルシカはグレイヴが血液交換作業が終わったことに気付かず、PCの画面を凝視している。チェンバーの位置からではよく聞こえないが、何か喋っているようだった。

 グレイヴは立ち上がり近付く。

 

「M4……あん……!」

 

 ペルシカにしては珍しい、狼狽した声でM4の名前を口にする。なにか良からぬ事態が起こっている事を、グレイヴは察した。

 

「ペルシカ」

 

 突然、名前を呼ばれたペルシカがグレイヴに振り向く。後ろのグレイヴに気付いていなかったのだろう、ひどく驚いた様子だった。

 

「グレイヴ……」

「何があった?」

 

 グレイヴの問いに、ペルシカはすぐ返答しなかった。視線を泳がせ、少しの逡巡の後、ペルシカは口を開いた。

 

「AR小隊が鉄血の占領区画内での任務中に鉄血に捕捉されて・・・・・・現在交戦中みたいなの……」

「なに……?」

 

 グレイヴはここで初めてAR小隊が戦場に出ていた事を知る。そして、ペルシカの研究室に向かう時に、M4が自分を呼んだ事を思い出す。

 今、思い返すと、M4の表情に固さがあったような見えた。あの顔は、これから任務に出向く緊張と恐れだったのではないか、とグレイヴは思った。

 

「どうするつもりだ?」

 

 グレイヴは今後の対応をペルシカに尋ねる。

 

「……グリフィン本部にこれから連絡をするつもり……、ただ救援までどのくらいかかるか……」

 

 グリフィン。現在、鉄血の人形と闘っている民間軍事会社であり、AR小隊もそこに属していることを、M16から、グレイヴは聞いていた。

 

「大丈夫よ。M4達は訓練を積んでいるし、そう簡単にはやられない……持ちこたえてくれるわ……」

 

 ペルシカは楽観論を口にしながら、再びパソコンの画面の方を見る。しかし、声と表情から焦りと不安は拭えていない。不安を誤魔化す為に、自分に言い聞かせているようだ、とグレイヴは思った。

 確かにAR小隊は優秀だ。個々の能力もあるし、仲間との連携も上手く取れている。訓練や模擬戦に付き合っていたグレイヴにもそれはわかっている。

 だが、今彼女達がいるのは敵陣のど真ん中。当然、敵の数も多く、いくら優秀な彼女達でも苦戦は免れない。また、闘いという場は何が起こるかわからない。思わぬ形で、危機的状況が誘発し事態がより深刻になる場合もある事を、グレイヴは知っていた。

 ──ふと、先程夢で見た、血を流しながら倒れるマリアの姿が、グレイヴの脳裏をよぎった。

 ポンと、肩に置かれた何かの感触に驚いたペルシカは振り向く。すると、手を置くグレイヴがそこにいた。

 

「……」

 

 グレイヴに言葉はない。しかし、右目の鋭い眼光が、雄弁に語っていた。

 

「あなたが……?」

 

 グレイヴは頷く。ペルシカは僅かに視線を下に向ける。

 ──恐らく、グリフィンが動くまでに多少のタイムラグがある。それだったら、グレイヴが先行して直接、救援に向かわせるのも一つの手だ。あらゆる戦術人形、ひいては鉄血のハイエンドモデルすら超える性能を持っているかもしれないグレイヴならもしかしたら……。

 だがグレイヴを巻き込んでいいのか。いくら彼が兵器といっても、50年以上前の人間だった彼を、この闘いに参加させていいのか。グリフィンにはどう説明をつければいいのか。

 ペルシカは葛藤し、意を決した。

 

「……お願い」

 

 グレイヴが再び頷いた。

 

 

 

 

 

 グレイヴは自室へと足を運んだ。そして、ソファにかかっていた黒いジャケットを手にとる。背中に十字架を背負った、漆黒のジャケットを羽織り、机に置かれた銃と眼鏡に目を向ける。

 ケルベロス──ライトヘッドとレフトヘッド。死人兵士専用の、グレイヴの相棒ともいうべき二丁の巨銃。

 左側のレンズに十字架の装飾が施された眼鏡をかけ、ケルベロスを持つ。

 意識が研ぎ澄まされていく。グレイヴの意識は既に闘争に備えていた。

 

──守る──

 

 グレイヴは静かに、その覚悟を心に灯した。

 

 

 

 

 

 




捕捉
・ビッグダディ
生前のブランドンが所属していた犯罪組織「ミレニオン」の創設者にしてボス。調和を重んじ、組織と社会が共存する関係を構築しようしていた。人徳を有し、ブランドンと互いに信頼を寄せ合っていた。姓は浅葱で、名は不明である。ブランドンの生き方に影響を与えた人物。
・浅葱マリア
ブランドンと恋仲にあった女性。紆余曲折の後、ビッグダディと結ばれ、ミカを産むことになる。
・浅葱ミカ
ビッグダディとマリアとの間に産まれた娘。ハリーに命を狙われ、そこでグレイヴに保護される。
その後、グレイヴと共に戦い、それを助ける存在へと、強く成長していく。


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1-8 開戦

やりたい放題(ご都合主義、独自展開、捏造)だぜ!


──S09地区 上空

 

 けたたましいローター音を響かせて飛ぶヘリ。そのヘリの中にグレイヴの姿はあった。

 ヘリはAR小隊の信号が途切れる直前に示していた場所──S09地区の第3セーフハウスへと向かっている。

 グレイヴは操縦席にはいない。ペルシカが用意したそのヘリの操縦は、AIを用いたオートパイロットシステムが行っていた。

 グレイヴは紙の地図を拡げて地理を頭に入れつつ、ペルシカと通信していた。

 

『グレイヴ、AR小隊は第3セーフハウスでのデータをダウンロード・・・・・・情報を回収中に鉄血に捕捉されたのだと推測するわ』

 

 ペルシカから状況の説明を受けるグレイヴ。

 

『あなたはAR小隊と合流して、共に鉄血の占領地域外へ脱出するのが目標よ。後、かの・・・・・・いえ、なんでもないわ』

 

 ペルシカは何かを言いかけて止めた。グレイヴは疑問符を持ったが、あえて聞かなかった。しかし、続けて出たペルシカの指示を無視する事はできなかった。

 

『──全員での脱出が難しい状況なら、M4だけ(・・・・)でも連れて脱出して』

「何故だ?」

 

 短い言葉だが、ペルシカはグレイヴの問いを誤解なく察した。

 

『M4が回収したデータを持っているの・・・・・・そのデータはとても重要なものなのよ。鉄血に奪われる訳にはいかないわ』

 

 そのデータがどんなものかグレイヴにはわからないが、ペルシカにとって非常に重要、かつ回収係を任されているM4は最も優先するべき救助対象になるだろう。だがしかし──。

 

「──それだけか?」

『えっ?』

「それだけが理由か?」

 

 確かにペルシカは嘘は言っていない。しかし、数多の生死を賭けた闘争に身を置き、またマフィアとして多くの組織の人間や政治・経済の有力者を見てきた経験によって鍛えられたグレイヴの洞察力は、ペルシカに他の理由があることを感じ取った。

 

『それは・・・・・・』

 

 ペルシカは言葉を詰まらせ、押し黙る。暫く沈黙が続いたが、

 

「・・・・・・もういい。もうすぐ交戦予測地帯に入る」

 

 グレイヴはペルシカが話すのを諦めて、この話を止めた。インカムの向こうから安堵の息が聞こえた。

 交戦予測地帯に入れば、16LABの情報が漏れないように通信を切る事を、事前にペルシカと打ち合わせている。

 

『・・・・・・今更だけど、良かったの?鉄血の紛争地帯をヘリで飛行するのは危険じゃない?』

「そちらの方が早い」

『そうかもしれないけど・・・・・・』

 

 当初はS09地区に入る手前の地域で着陸後、そこから徒歩で向かうプランでいたが、グレイヴの提案でS09地区内の第3セーフハウスに目的地に変更した。

 昼間の、しかもヘリで堂々と侵入すれば即座にバレる。しかし、AR小隊と早く合流する為、そして、鉄血と遭遇しヘリが飛行不能になっても、生き残れる自信がグレイヴにはあった。

 

「切るぞ」

『ええ・・・・・・グレイヴ、無事でね』

 

 ペルシカとの通信が切れた。それを確認してから、グレイヴはM4へ連絡を取る。電子音が僅かに鳴った後に、応答が返ってきた。

 

『・・・・・・誰?』

 

 声は固く、切迫感が伝わってくる。声の外から射撃音などが混ざっていた。

 M4の無事を確認できたグレイヴは安堵する。

 

 

「グレイヴだ」

『グ──グレイヴさん!?』

『グレイヴなの!?なんで!?』

『通信はグレイヴからなの!?』 

 驚くM4。グレイヴの名前に反応したのは、どうやらSOPⅡとAR-15のようだ。

 

「無事か」

『は、はい!みんな無事ですけど、なんでグレイヴさんが!?』

 

 動揺するM4。グレイヴはM4の動揺を無視して、話を進めた。

 

「今、そちらに向かっている。M4逹は進んだルートを戻れ。合流する」

『え・・・・・・ええっ!?』

 

 戦闘中に突如のグレイヴからの通信でM4は混乱し、事態を上手く飲み込めていないようだった。

 混乱するM4に代わって、M16が通信に割って入る。

 

『グレイヴ、あんたが救援か?』

「ああ」

『それはペルシカさんの指示か?』

「俺が頼んだ」

『了解。あんたがいれば百人力だよ』

 

 グレイヴの言葉にM16は笑う。

 そんな中で、グレイヴが乗るヘリの機内に警告音が響く。どうやら近くの鉄血に補足されたらしい。

 

「通信を切る。敵だ」

『え、あの、グレ──』

 

 M4が何かを言いかけてる最中に、グレイヴは通信を切った。デス・ホーラーを構えて、ヘリのサイドハッチを開き、外を見る。

 見下ろす地上には、鉄血のダミー兵の部隊がこちらに攻撃を仕掛けている。射程外で威力は減衰しているが、ヘリの装甲に弾が当たっている。

 グレイヴはデスホーラーを構え、ダミー兵に向ける。そして、バルカンでの攻撃を開始した。ヘリの機内での武器使用は禁止されているが、それを知らないグレイヴはお構いなしだった。

 バルカンによる弾丸の雨は、ダミー兵を粉微塵にしていく。ヘリからの攻撃で、次々とダミー兵を撃破していくグレイヴ。しかし、空からの蹂躙は終わることとなる。

 衝撃、そして、ヘリが爆発した。燃え盛るヘリはなすすべなく、地上へと墜ちていった。

 

 

 

 

 

 ──ヘリを撃墜し、プラズマライフルのスコープから目を離した鉄血の狙撃兵であるイェーガーは、地上に墜ちたヘリへ近づく。他の鉄血兵と共に燃えるヘリの周囲を索敵する。生体センサーに反応がない事を確認したイェーガーと、ダミー兵の部隊は索敵モードを終了した。

 ヘリから視線を外し、第3セーフハウスにいる侵入者の迎撃に向かおうとするイェーガー──突如、風切り音が聞こえてきた。

 周囲を見回し、その音が自身の真上で聞こえてくることに気付いたイェーガーは、空を見上げた。直後、視界は暗転し、イェーガーは機能を停止した──。

 

 

 

 

 

 何かの鈍い音に気付いた鉄血ダミー兵が、音のした方に振り向く。そこには、イェーガーを下敷きにし、二丁の巨銃を構える漆黒の男──グレイヴがいた。ヘリが爆発する直前、グレイヴはヘリから跳躍し、墜落するヘリから脱出を果たしていた。

 グレイヴはケルベロスを連射する。反応が遅れたダミー兵達はその連射に晒され、撃破された。周囲のダミー兵達を撃破したグレイヴは辺りを見回し、ヘリの機内で頭に入れた地図を頼りに、AR小隊がいるであろう第3セーフハウスに向かって走り出した。

 

 

 

 

 

──S09地区 旧市街地

 グレイヴがS09地区に侵入してから数時間が経過し、既に空が辺りを赤く染め始めていた。1、2時間も経てば、完全な夜となる。

 かつて、人々が生活していたであろう市街地。鉄血の人形が暴走し、荒れ果てた様相を呈する無人のその場所で、数多の銃声が響き渡っていた。

 AR小隊と合流しようと進撃するグレイヴは、何度目の遭遇かわからなくなった鉄血のダミー兵部隊と交戦していた。

 グレイヴと鉄血ダミー兵は、お互いに銃口を向けて構える。グレイヴのライトヘッドから放たれた弾丸は、鉄血ダミー兵に命中し、生体部品と機械部品をまき散らして、機能停止(ぜつめい)する。

 仲間をやられた他の鉄血ダミー兵の集団が、遅れてグレイヴに攻撃する。グレイヴは走りながら、ケルベロスで牽制射撃する。牽制といっても、1発でも当たれば機能停止、かすっても戦闘継続は不可能になる程の威力を誇るケルベロスの射撃で、1体、また1体と鉄血ダミー兵はケルベロスの餌食となっていった。

 数で勝る鉄血ダミー兵の攻撃は激しく、グレイヴも攻撃が当たっているが、全く効いていない。死人兵士の耐久力、そして修復機能により、皮膚が弾丸を弾き、または損傷を異常な速度で修復させていた。

 幾度も鉄血の部隊と遭遇し、応戦するグレイヴには不可解な疑問が湧いていた。

 

──鉄血の反応が遅い──

 

 鉄血ダミー兵はグレイヴを視認しても武器を構えない、または銃口を向けてもそこから動きを止めるなど、すぐ攻撃を行わないのである。

 グレイヴから攻撃し、そこからようやく反撃を開始するという、あまりの判断の遅さにグレイヴは当初、気のせいだと思ったぐらいだった。しかし、二度、三度と同じ事が起これば、それが気のせいではなくなった。

 かつてAR-15から、グレイヴを回収することになった任務で遭遇した鉄血の部隊が、グレイヴを初めて見た時に攻撃を止めたことをグレイヴは聞いている。

 どういう理由か推測を立てられないが、同様の事例が起こり、鉄血ダミー兵との戦いが、グレイヴにとって有利に働いていることに違いはない。存分に利用してやろう、とグレイヴは思った。

 走りながら射撃するグレイヴに悪寒が走る。グレイヴは急停止して身を引く。その瞬間、グレイヴの一歩前の、左側面にあるビルの壁に大きな弾痕ができ、遅れて銃声が響いた。

 

──スナイパーっ!──

 

 グレイヴは右手にある家屋の屋根を見る。そこには、グレイヴを狙撃しようとした鉄血ダミー兵──イェーガーが銃口を向けていた。

 即座にレフトヘッドを構えて、標準を定める。そして、銃口から火を噴き弾丸が撃たれる。寸分の狂いもなくライフルのスコープごと、イェーガーの頭部が砕け散った。

 しかし、イェーガーを狙い撃つ為に停止したグレイヴに、鉄血ダミー兵の集団が一斉に攻撃した。

 グレイヴは攻撃を喰らいながらも、腰の下で吊るした銃火器搭載棺桶──デス・ホーラーを肩に乗せて鉄血ダミー兵の集団に向ける。デス・ホーラーは変形し、巨大な銃口が露わになる。その銃口からエネルギー弾が放たれた。

 デスブロウと呼ばれるそのエネルギー弾は、鉄血ダミー兵の集団に命中、爆発する。その破壊力はかつての鉄血部隊を全滅させた時と同じ結果をもたらした。

 爆発により、鉄血兵たちが爆散する。周囲を見渡すグレイヴ。どうやらこの旧市街地に存在した鉄血の部隊はいなくなったようだ。

 それを確認したグレイヴは、再び移動を開始しようとし──

 

「全く……無様ですわ」

 

 ──声と共に聞こえた巨大な発射音が鳴った方向に、グレイヴは咄嗟にデス・ホーラーを盾にした。

 すさまじい破壊力と衝撃をもたらしたその攻撃は、盾にしたデス・ホーラーに着弾してグレイヴを吹っ飛ばす。倒れまいとグレイヴは足を踏ん張り、地面を掘削するように滑る。

 ようやく停止したグレイヴは、声のした方を見て絶句した。

 

「クズ鉄を率いる生ゴミの他に侵入者がいたとは」

 

 グレイヴの視線の先──壁面が崩れ、建物内部が露出したビルの2階に、ホワイトブリムを装着した漆黒のメイドが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




補足
・紙の地図を活用するグレイヴ
この話を執筆する際、グレイヴ、もといブランドンはマフィア時代を1990年代前半に設定しています。なので、スマートフォンやタブレット、PCの操作に疎いことにしています。いずれは慣れていくかも。
・ペルシカが言いかけたこと
1-6の話で出てきた指揮官のこと。正体はドルフロ遊んでいる人ならわかると思われる。
・ヘリから飛んで着地したグレイヴ
ゲーム版無印で、けっこう高いビルから飛び降りて着地、O.D.だと高高度の貨物輸送機から飛び降りて無事だったりしている。でもムービー銃(センターヘッド直撃)にはかなわなかった。
・グレイヴが進行中の時のAR小隊の動向
M4がエージェントの首絞めから復帰後、グリフィンの残存した(見捨てられた)人形たちと共に決死の撤退戦を行っている。


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1-9 墓と冥土

タイトルはダジャレです


 グレイヴが交戦してきた鉄血の人形兵の印象は、「兵器」という言葉に尽きる。

人の肌に擬装していない白い人工皮膚、機能性を重視したボディスーツ、ゴーグルやヘルメットなど身体の一部として装着された装備、そして、一切の情緒を感じさせない自我のなさ。徹底して戦闘以外のものを削ぎ落とした存在が、鉄血の人形兵だとグレイヴは思っていた。

 それ故に初めて遭遇した、言葉を発し、特殊な出で立ちをした目の前の女にグレイヴは驚いた。

 その肌こそ、他の鉄血人形兵と同様に病的に白い。しかし、この鉄火散る戦場のただ中で、使用人──俗に言うメイドの姿をした漆黒の女は、強烈な異彩と違和感を放っている。

 しかし、グレイヴの直感が告げている──この女は危険だと。

 

「クズ鉄を率いる生ゴミの他に侵入者がいたとは」

 

 メイドから出てきた罵詈雑言に眉を顰めるが、グレイヴが最も関心を引いた言葉は別だった。

 侵入者という言葉が、グレイヴ自身を指しているだろうということは間違いない。他という言葉はAR小隊であると考えるのが妥当だろう。だが、“クズ鉄を率いる生ゴミ”という雑言が気になった。もし、クズ鉄が「AR小隊」を指しているなら──。

 

“AR小隊を指揮している奴がいる?”

 

 この場にいないペルシカ以外の誰か。AR小隊を指揮している人物の存在がいるかもしれないとグレイヴは推測した。

 

「申し遅れました・・・・・・わたくしは鉄血工造のエージェントです」

 

 グレイヴの思考をよそに、メイド──エージェントが自己紹介をする。口調こそ丁寧だが、声から傲慢さと侮蔑の色がにじみ出ている。

 

「それにしても・・・・・・随分と暴れてくれましたね・・・・・・」

 

 エージェントは呟きながらグレイヴに破壊された、鉄血の人形兵の残骸が散らばる地上を見渡す。その眼光は鋭く、冷たい。そして、グレイヴに視線を合わしたエージェントの瞳が妖しく光る。

 

「・・・・・・はっ?」

 

 間の抜けた声を上げるエージェント。そして──。

 

「──ふふふ・・・・・・ははは・・・・・・ハッハッハッハッ!」

 

 笑い出した。エージェントの豹変に、グレイヴは警戒を強める。

 

「まさか反応を偽装して、死体に化けるなんて・・・・・・そんな方法を行うなんて──ふふっ・・・・・・」

 

 笑いをこらえ切れてないエージェントが言葉を紡ぐ。

 

「くく・・・・・・このような浅知恵を使うのもそうですが、それに騙される我々もどうかしていて──」

 

 エージェントの言葉が止まる。頭を下に向け、顔を覆い隠すように出した両手の指を広げる。表情は見えないが、それと同時にエージェントの纏う空気が冷え切っていくのをグレイヴは感じた。

 

「──屈辱ですわ」

 

 言葉と共に見せたエージェントの瞳はより鋭利に、顔には怒りの表情を見せる。

 

「あなたは何者ですか?グリフィンのクズ人形の救援でしょうが、あなたのような人形は見たこと──」

 

 轟音。エージェントの質問の答えの代わりにグレイヴが出したのは、ケルベロスの弾丸だった。

 しかし、その弾丸はエージェントには命中(あた)らず、かわしたエージェントは地上へと降り立つ。

 

「無粋ですわね」

 

 エージェントはスカートの裾を両手の指でつまみ、引っ張り上げる。足元近くまである長いスカートの裾を上げ、しなやかな脚と共に出てきたのは、両腿についた機械のサブアームと、それに取り付けられた四門の砲だった。左右の脚に二門ずつあるその砲をグレイヴに向ける。グレイヴも両腕をクロスさせ、ケルベロスを構える。

 

 

「グリフィンの人形たちより先にバラバラにして差し上げましょう、死体野郎!」

 

 エージェントの宣言と共に、二人の闘いが始まった。

 

 

 

 

 

 グレイヴがケルベロスの引き金を引くより速く、エージェントの四門の砲が火を吹いた。

 グレイヴはとっさに横に飛び込み、エージェントの攻撃をかわす。受け身をとり、空中で身体を回転させる。両腕の鎖で吊るした棺桶も遠心力でぐるりと回り、その勢いでグレイヴは素早く立ち上がる。

 立ち上がったグレイヴはケルベロスで攻撃する。エージェントはその攻撃をサイドステップでひらりとかわすと、再び砲の掃射を開始した。

 グレイヴはエージェントの周囲を駆け、弾幕をかいくぐる。

 

「逃げてばかりですか!」

 

 エージェントはグレイヴを挑発する。

 不意にグレイヴはエージェントの方を向くと、両脚に力を貯めるように姿勢を低くした。瞬間──グレイヴはエージェントに向かって、文字通り()んだ。

 

「なっ!?」

 

 一気に間合いを詰められたエージェントは瞠目する。

 エージェントの至近距離にきたグレイヴは、身体を独楽のように回転させ、吊るしたデス・ホーラーで薙ぎ払いを行う。

 デス・ホーラーの超重量がエージェントに迫る。とっさにエージェントはその場で垂直に跳び、膝を折り畳む。間一髪のところで、エージェントの脚の下にデス・ホーラーが横切った。

 必殺の一撃をかわされたグレイヴは右目を大きく開ける。

 エージェントは空中で、四門の砲をグレイヴに向ける。エージェントの顔は笑みで歪んでいた。

 発射された光弾はグレイヴの胸を貫き、そこから鮮血が吹き出る。エージェントの衣服がその返り血で濡れた。

 空中で射撃したエージェントは、反動で後ろに飛んでいく。その最中、仕留めた確信を持って、エージェントは──胸を血で濡らし、銃を構えようとするグレイヴの姿を見た。

 

“馬鹿なっ!?”

 

 再び驚くエージェント。それと同時に、空中にいる自身の状況のまずさを認識する。

 反撃をさせない為、エージェントの四門のプラズマ砲がグレイヴを攻撃する。

 エージェントのプラズマ砲の連射がグレイヴに被弾し、被弾した箇所から血煙が噴き上がる。被弾の衝撃でその身を震わせながらも、グレイヴの動きは止まらない。そして、空中にいるエージェントに照準が定められた。

 放たれるライトヘッドの弾丸。エージェントは素体の全力をもって回避行動をとる。そして、弾丸はエージェントの左腹部を薙いだ。

 ライトヘッドの発射前に、エージェントが銃口の向きから計算した弾道予測、そして、グレイヴがエージェントの攻撃を喰らいながら射撃したことによって照準がブレ、かろうじて直撃を避ける。

 しかし、掠れてなお、ライトヘッドの弾丸はエージェントの左腹部の電子筋肉を削ぎ、体内の機械部品を弾け飛ばす。衝撃でエージェントの身体はなすすべなく、地面へと落ちた。

 地面に落ちたエージェントは素早く立ち上がり、グレイヴの方を睨む。

 グレイヴはとどめを刺さんと、ケルベロスによる連射攻撃をエージェントに見舞う。

 回避が間に合わないと判断したエージェントは、自身の演算能力の限界を以って、前方にシールドを展開した。

 ケルベロスの弾丸がエージェントの前に出来た不可視の壁に阻まれる。グレイヴは僅かに右目を見開くが驚きは薄かった。

 

“エージェントと、それを守る見えない壁ごと破壊する”

 

 あまりに単純明快な理屈だが、グレイヴにはそれが出来るだけの自信を持っていた。

 グレイヴはケルベロスを連射する。エージェントを守るシールドはその連射の猛攻を防ぐが、それを展開するエージェントは歯を食いしばり、苦悶の表情を浮かべていた。

 無理な速度で展開したシールド。更にはケルベロスの異常な火力がシールドを削り、シールドを展開し続けるエージェントの頭脳に高負荷が加わる。

 回路が焼き切れそうな高負荷に耐えるエージェントは、それでもその瞳に憤怒の炎を燃やし、グレイヴを睨む。

 突如現れた得体のしれない男に、自身が追い詰められている。気位が高く、自身が世話する主人以外を見下す傾向があるエージェントにとって、それはとてつもない恥辱に他ならなかった。

 

「……調子に──」

 

 シールドを展開しながら、エージェントは四門の砲にエネルギーを充填させる。バチバチと砲身が帯電し、エネルギーの高まりを感じたグレイヴは危険を察知し、攻撃を停止した。

 

「──乗らないでくださいませ!」

 

 炸裂する四門の砲によるプラズマ榴弾。グレイヴはとっさに横に飛び込む。着弾した地面は大きな爆発を起こし、轟音と噴煙が舞い上がった。爆発に巻き込まれ、グレイヴはゴロゴロと地面を転がる。 

 エージェントはシールドの展開を解除し、過負荷からくる頭痛を抑えるように、手を頭に当てる。

 噴煙が舞い視界が悪い為、グレイヴを視認できず、反応を感知できない。しかし、エージェントが見た限りでは、直撃を避けたようだった。爆発の余波により多少のダメージは与えただろうが、この程度では死んでいないことは容易に推測できる。

 自身の姿を見失っていると判断したエージェントは一旦、この場を退いた。

 

 

 

 

 

 噴煙が晴れていく中で、グレイヴはエージェントの気配が遠ざかるのを感じ、ゆっくりと立ち上がった。

 グレイヴの身体は泥と自身の出血で汚れ、爆発の余波を喰らい、焦げていやな臭いを漂わせる。だが死人兵士の修復機能により、傷や火傷は最初からなかったかのように消えていた。

 グレイヴは周囲を警戒しながら、応戦したエージェントについて考える。

 今まで遭遇してきたどの鉄血の人形兵よりも高い身体能力と反応速度を有する上、機銃と榴弾砲の性能を併せ持ち、死人兵士の強固な肉体をも貫く武装は非常に強力だ。

 なんとしてでもAR小隊と合流する前に、あのエージェントは倒さなければならない。決意を新たに、グレイヴはエージェントの後を追った。

 

 

 

 

 陽が沈みはじめ、薄暗くなっていく屋内に、エージェントはいた。

 撃たれた左腹部は、体内の機械部品こそ大きく露出しているが、人工血液の作用で高速で凝固され、出血は止まっている。

 だがシールドの展開、更にプラズマ榴弾の同時使用は、エージェントの頭脳に大量の負荷情報を発生させた。その負荷情報を取り除く為、エージェントはキャッシュのクリアに追われていた。

 キャッシュのクリアを行いながら、エージェントは先程戦った男に思考を巡らす。

 最初こそ、男はグリフィンの新しい戦術人形だと思っていたが、自身のプラズマ砲に耐えられる耐久力、そして損傷の修復の速さは、明らかに人形の能力を逸脱している。そしてあの二挺の拳銃──形状や特徴こそ、グリフィンの人形が使用する銃器(クズ鉄)に近いが、銃器のデータに該当するものがなく、あの巨大さは異常というほかない。その火力も自分たち(鉄血)が使用している武装に匹敵している。更には、鎖で吊るしてある棺桶の武装の意味不明さも不気味だった。そして、その超重量の武装を操る男の身体能力。

 強い、ということはわかるが、解せないこともある。

 あれだけの戦闘能力を有しておいて、死体に偽装する姑息な手段をなぜとっていたのか、エージェントには意味が分からなかった。それがおかしく感じ──別の疑問に、エージェントは気づいた。

 エージェントも含め、人形の索敵システムには生体センサーも含まれている。生物の生体反応を感知するこの生体センサーは、遮蔽物や物陰などに隠れた人間を探知するのによく用いられる。姿は見えなくても、生体反応を誤魔化すことができないからだ。必然、死んだ生物には反応がなく、探知できない。

 あの男は死体の偽装信号を発し、鉄血の人形兵の索敵システムを誤魔化していたとばかり思っていたが、それなら噴煙が舞い視界の悪い状況でも、その偽装信号を感知できたはずである。それが感知できなかったのならば──。

 

“本物の死体だというの……あの男は”

 

 荒唐無稽な結論を出し、エージェントは頭を振る。馬鹿馬鹿しい、とエージェントは思い、男の正体を考えるのを止めた。

 ──あの男は鉄血(我々)に敵対し、自身の主人にとって脅威となることは間違いない。あらゆる手段を用いて、あの男は殺さなければならない。

 グレイヴと同じように、エージェントは男の抹殺を改めて決意した。

 

 

 

 

 

 グレイヴはエージェントの足跡を追って、廃墟と化した教会の扉の前に佇む。

 ケルベロスの動作を確認し終えたグレイヴは、扉を蹴破る。

 教会の内部に入ったグレイヴは辺りを警戒し、エージェントの気配を探る。

 姿は確認できないが、エージェントの殺気が混じる気配は感じ取ったグレイヴは、その方向へライトヘッドの銃口を向け──突如、背後から感じた殺気から逃れる為に、横に飛んだ。

 先程までグレイヴが立っていた床が、轟音と共に噴煙を舞い上げる。

 即座に立ち上がったグレイヴは、殺気を感じた方を見て、その右目を見開いた。

 

「遠慮はしませんわ……」

 

 グレイヴが見たのは、グレイヴによって左腹部を損傷させたエージェントと、無傷のエージェント──二人のメイドが並び立つ姿だった。

 

「今度こそくたばれ、死体野郎」




補足

・エージェントのプラズマ榴弾
捏造。エージェントの武装ってチャージショットとかもできそうだな、と思って撃たせた。


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1-10 墓と冥土と冥途

タイトルはダジャレ(2回目)
あと、お気に入りが100件を越えたこと、ありがとうございます。


 廃れた教会内に銃声が鳴り響く。

 二体のエージェントによるプラズマ砲の掃射を、グレイヴは柱を遮蔽物にして耐える。

 グレイヴは攻撃の間隙をぬって、柱の陰から駆け出しエージェントを攻撃しようとする。グレイヴの視界に教会の出入り口に立つ一体のエージェント(・・・・・・・・・)が映る。

 

“──!?”

 

 消えた一体の行方。それに気づいた直後に背中に感じた殺気に、グレイヴはとっさに倒れ込む。

 間一髪、倒れたグレイヴの直上を通る弾幕。弾幕のする方を見ると、窓枠の上に立つエージェントがいた。

 

「ちっ、勘がいいですわね……」

 

 攻撃をかわされたエージェントは軽く舌打ちする。

 グレイヴは倒れた状態のまま、両手のケルベロスを二体のエージェントに向ける。二体のエージェントは、グレイヴが引き金を引くより早く身を隠した。

 グレイヴは牽制射撃をしながら起き上がり、反対側の窓から外に出る。

 教会を離れ、周囲を警戒しながら廃ビルへと入る。二階へ上がったグレイヴは、道路を一望できる窓際に立ち、思案する。

 突如、二人になったエージェント。しかし、それがかつてM4やM16から教えられた“ダミー人形”の技術によるものだと、グレイヴは知っていた。

 本体(ホスト)の人形と結びつき、その姿と戦闘能力を模して共に作戦行動をとるダミー人形。

 グレイヴは初めてM4のダミー人形を見た時、その気配のなさを怪しく思いながらも声をかけてしまい、横にいたM4の本体とM16に笑われたことを思い出す。

 性能は本体(ホスト)と同じ。命令を受けて実行するのに時間差がないことも、先程の教会内で身を隠した手際から容易に推察できる。

 厄介だな、とグレイヴは思いながら窓際から外を覗きこもうとし──、突如、壁面が衝撃と瓦礫と共に、砕け散った。

 

“!?”

「隠れても無駄ですわ!」

 

 対面するビルの三階から、二体のエージェントがグレイヴを狙い撃つ。どうやら、隠れるところを盗み見られていたらしいと、グレイヴは推測する。

 グレイヴはビルの奥へと避難する。直後、後方からバチバチと何かが帯電する音が聞こえた。

 その音がエージェントのプラズマ榴弾を発射する前兆であることを知ったグレイヴは、急いで窓から外へと飛び出す。

 発射音。そして、爆発。

 グレイヴがいた廃ビルの二階から爆発と衝撃が発生し、飛び出したグレイヴもそのあおりを喰らう。勢いよく地面へと落下したグレイヴは、道路にあったスクラップの乗用車へと突っ込む。グレイヴと棺桶(デス・ホーラー)の超重量で、車は無残に潰された。

 グレイヴは起き上がる。その刹那、ビルの二階から砲口を向ける二体のエージェントがグレイヴの視界に映る。

 車上を横に飛ぶグレイヴ。直後、潰れた廃車は、エージェントの攻撃により粉々になった。

 受け身をとって即座に立ち上がったグレイヴは、エージェントの弾幕をかいくぐるが、エージェントのエネルギー弾が左肩を掠める。掠れてなお大きく肉を削り、鮮血が噴き出るが、その傷はすぐさま修復した。

 

「大人しく塵になりなさい!死体野郎!」

 

 エージェントの罵声。それを耳にしながらグレイヴは走る。

 二体のエージェントの猛攻の前に防戦一方のグレイヴは──、それでも些かの焦りはなかった。

 エージェントの人形としての身体能力は高く、武装は強力だが、その一方で罵声を発しながら攻撃するエージェントには油断があるように見えるとグレイヴは感じた。

 自らの力を誇示するかのような立ち振る舞い、言動が目立つエージェント。まるで力に酔っている様は、初めて出た銃弾飛び交う鉄火場で、死の恐怖と、敵を撃ち殺した事で生まれてしまった高揚感により、極度の興奮状態になった新米(ルーキー)に似ている、とグレイヴは思った。

 かつてグレイヴはM16から、鉄血工造のAIが人類に反逆し、戦い始めてから半年しか経っていないと聞いている。もしかしたら、実戦経験の少なさ故、精神的な未熟さがまだ目立っているのかもしれないと、グレイヴは推察した。

 

“奴の隙を突く”

 

 グレイヴはエージェントの攻撃をかわしつつ、機を伺っていた。

 

 

 

 

 

“いい加減っ”

 

 エージェントは苛立ち始めていた。

 ダミーとの連携により、反撃の隙を与えず、グレイヴを追い詰めながらも、未だに仕留められていないことが、エージェントの苛立ちを募らせる。

 それだけが原因ではない。本来の使命である、グリフィンの人形たちが回収した第3セーフハウスのデータ(ご主人様が求めているもの)の奪取もまだ達成できていない。エージェントの想定になかったグレイヴとの戦闘で時間を無駄に消費し、下手をすれば、人形小隊の逃亡を許しかねない。

 焦るエージェントのプラズマ砲のエネルギー弾が、走るグレイヴの肩をかすめる。大きく肉を抉るその傷をグレイヴはすぐさま修復させる。

 

“まただっ”

 人間、人形問わず粉々にするはずの自身の兵装の攻撃を喰らってもなおそれに耐え、あまつさえその傷を瞬く間に修復するグレイヴの能力。何度攻撃を喰らわせても、立ち続けるグレイヴに対して、エージェントは不死身の怪物を想起させる。

 

“馬鹿なっ……!ありえませんわ……!”

 

 エージェントは即座にそれを否定する。──不死身などありえない。絶えず攻撃し続ければ、いずれ男は倒れる。

 

「大人しく塵になりなさい!死体野郎!」

 

 エージェントは罵声を発しながら、グレイヴを攻撃する。

 逃げるグレイヴは、近くの廃家へと逃げ込んだ。

 

「無駄ですわ!」

 

 エージェントは先程のビルでの攻防と同じく、自身のダミーと共に足を止め、大口径プラズマ砲のエネルギーチャージを開始し始める。

 バチバチと砲身が帯電し始め、プラズマ榴弾の発射態勢に入る。

 

「吹っ飛びなさい!」

 

 エージェントはプラズマ榴弾を発射させる寸前──、廃家の窓から突如出てきた、ライトヘッドでこちらを狙うグレイヴを見た。

 火を噴くライトヘッド。放たれた銃弾は、エージェントのダミーの帯電するプラズマ砲に当たった。

 

“しまっ!?”

 

 思考する間もなく、エージェントのダミーの砲身が爆発する。蓄積したエネルギーが強大であった為か、その爆発は隣にいた本体をも巻き込む程であった。

 巨大な噴煙を上げ、爆発の中心にいたエージェントのダミーは原型をとどめられない程に、無残に砕け散っていた。

 爆発に巻き込まれたエージェント(本体)もまた、その身体を焼かれ、右半身を大きく損傷させる。右腕、右足は欠損し、地面にうずくまる態勢をとっていた。

 

“やら……れたっ”

 

 エージェントは歯を食いしばる。追い詰めていたはずが、逆にしてやられた屈辱に身悶えする。

 エージェントは自身の状態を確認する。右側プラズマ砲は喪失、右腕と右足は損壊して機動力は大きく低下していた。

 

“だが……まだ……”

 

 エージェントは残った左足だけで立ち上がろうと、膝を立てて──しかし、銃撃で左足も破壊され、うつ伏せに倒れ込む。

 エージェントは頭のみを動かし、銃撃された方向を見る。見えたのは、銃を構えたグレイヴが近づく姿だった。

 倒れるエージェントの頭上にまできたグレイヴは、巨銃の銃口をエージェントの頭に向ける。その姿を、殺意と憎悪を込めて、エージェントは睨む。

 

「クソったれ……」

 

 銃声。エージェントの意識はそこで途切れた。



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1-11 恐れ無きが故にそれを恐れ

次回のイベで出てくるAK-15とRPK-16すごく好き。
一体、どれほどの資源を消費するか楽しみです(震え声)


 頭部が潰れ、動かなくなったエージェントから視線を外して、グレイヴは周囲を警戒する。

 辺りは静寂に包まれ、剣呑たる気配もない。一帯の敵は排除したらしい、とグレイヴは推測する。

 直後、自身に近づく複数の気配を感じたグレイヴは、気配のする方向──薄暗い森林の中を注視する。

 気配は疾駆する足音と共に、どんどんと近付いていく。警戒するグレイヴは足音の主たる姿を目にした時、その警戒を解いた。

 

「……いた!」

「嘘っ!?本当に!?」

 

 M4とAR-15がグレイヴを視認する。と──、

 

「グレイヴ~!」

 

 SOPⅡが二名を追い越して、グレイヴに向かって加速する。その様子を見て、グレイヴは両腕を下に垂らして広げる。

 

「ドーン!」

 

 奇妙な擬音を叫びながら、SOPⅡはグレイヴに抱きつく。抱きつく瞬間、鈍い音が鳴ったが、グレイヴに特に影響はなくSOP2の頭をひと撫でする。

 

「……呆れた──相変わらず頑丈ね」

 

 いつも通りといった感じで、AR-15はぶっきらぼうに声を掛けるが、その表情は少し柔らかい。

 

「いやー……まさか、本当に単独でここまでくるとは……お疲れ、グレイヴ」

 

 後からやってきたM16がグレイヴを労う。グレイヴは変わらず抱きついたままのSOP2を撫でながら微笑む。それは誰一人欠けることなく、合流できたことからくる安堵の微笑だった。

 抱きつくSOPⅡは、視線をグレイヴの足元に移して驚く。

 

「あれっ!?これってエージェントっ!?」

「ほんとだ……あんた、こいつを倒したのか?」

 

 グレイヴは頷く。質問したM16は驚いていた。

 

「単独でエージェントをやるとは──やられかけた私達の面目が立たないな」

 

 乾いた笑みを浮かべるM16。SOPⅡはグレイヴから離れて、エージェントの残骸から生体パーツを拾い上げては、懐に仕舞っていく。

 

「第3セーフハウスにいる時に、M4と一緒にエージェントと交戦したんだ……流石に危なかった」

 

 そう言ってM4に視線を移す。M4は黙したまま、自らが通ってきた森林の奥を見つめていた。

「M4」

「……」

「M4!」

「あっ!……はい、なんですか?」

 

 話を聞いていなかったのか、呼ばれたM4はうろたえる。

 

「いくらグレイヴと合流できたからって、ボーっとしないで……まだ戦闘中よ」

「ごめんなさい……AR-15」

 

 注意されたM4は表情を暗くして顔を伏せる。それでも、M4は先程見ていた森林の奥を横目で見ようとしていた。

 それを見ていたグレイヴは疑問を浮かべる。M4の様子は、敵を警戒しているのではなく、まるで何か後ろめたさを感じているような、そんな風な印象をグレイヴは受けた。

 ふと、M4の額に付いた血の痕にグレイヴは気づく。グレイヴは心配しながらM4へと近づき、その額を指で軽く撫でる。

 

「……」

「あっ……平気です。応急処置は済んでますから……」

 

 触れられたM4は恥ずかしがりながら、言葉を返す。必死に抑えてはいるが、嬉しくてはにかみそうになっているのを誤魔化しきれていなかった。

 そんな様子に嫌気がさしながら、AR-15はわざとらしく咳払いをする。我に返ったM4は顔を赤くしながら、グレイヴから離れる。

 

「で──これからどうするの?」

「鉄血の数は私達より遥かに多かった……一時的に追撃部隊を撒いたけどきっとすぐ見つかる。あれに囲まれたらきっとひとたまりもないわ」

 

 SOPⅡは今後の行動をどうするか聞き、AR-15が現状を端的に説明する。危機からは未だ脱してはいなかった。

 

「……」

 

 沈黙するM16は、事前にAR小隊と打ち合わせていた作戦の一つを頭に浮かべる。

 予備プランC──それは、AR小隊のリーダーであるM4一人でグリフィン本部へ救援要請を行い、残った三人が分散して殿を務め、時間を稼ぐというものだった。

 危険な作戦だが、恐らく一番確実な方法であり、なおかつグレイヴがいる。M4がグレイヴと共に行動すれば逃亡できる確率は高まり、グリフィン本部への救援要請も早く行えるかもしれなかった。

 M16はその作戦を提案しようと口を開きかけ──突如、十字架を背負う背中が目に入った。

 

「グレイヴさん……?」

「グレイヴ?」

「どうしたの?」

「……」

 

 背中を向けて森の奥を見つめるグレイヴの姿を、AR小隊は怪訝な表情を浮かべて見る。

 僅かな沈黙ののち──。

 

「お前たちは逃げろ──俺が敵を抑える」

 

 息をのむ声が響く。グレイヴの口から出たのは、自らが殿を務める意思だった。

 

「む……無茶ですっ!」

「そうよ!あんた何考えてるの!?」

「そうだよ!グレイヴ!」

 

 M16を除く三人がグレイヴを止めようとする。それを無視してグレイヴは言葉を続けた。

 

「ペルシカからの指示だ──集合地点Aに再び集合。ヘリを待たせてるからそれで撤退しろ」

「そんな……だからってグレイヴさんだけが残るのは……」

「お前たちはペルシカから任務を受けたはずだ。その任務を果たせ」

「っく……」

 

 グレイヴに食い下がろうとしたM4だが、ペルシカからのデータ回収の任務を話に出され、口を噤んだ。グレイヴは死人兵士という戦術人形と同じ兵器のくくりに入るが、その素体は人間である。指揮権限こそないが、グレイヴの言葉には僅かにだが、その言葉に従順にならなければいけないと思える強制力がかかっているように感じられた。

 

「大丈夫だ……俺なら大丈夫だから……だから安心して逃げていい」

 

 グレイヴはそう言って笑う。その瞳と笑みは、M4たちがこの一月の間によく見た、頼もしく優しさに満ちたものだった。それを見たM4は──、ゾクリと、背中が震えた。

 

(え……なに……今の……?)

 

 ──何故、悪寒が走ったのか?恐怖?なんで怖いと思った?

 M4は混乱した。グレイヴを心配することを忘れ、感じた恐怖の正体を考える。そんなM4の混乱をよそに、M16が沈黙が破って、口を開いた。

 

「わかった……ここは任せたぞ、グレイヴ」

 

 M16の言葉。それを聞いたM4は思考を止めて叫ぶ。

 

「M16姉さんっ!?」

「グレイヴから提案したんだ。それにこのまま右往左往していたら、鉄血が追いついてくる──早く撤退するべきだ……M4」

 

 M4を呼ぶその声音は、いつもよりはるかに冷たい。無機質とも表現できる声だった。

 M4は唇を噛む。M16は尊敬できる姉だが、時折自分やAR小隊が生き残る為に、酷薄な判断や行動を見せる時がある。今のM16は正にその時だった。

 たった一月とはいえ、世話になったグレイヴは見捨てたくない。だが、M16の言う通り、判断が遅れれば追撃する鉄血に捕捉される。決断を下すべきだった。

 

「──AR-15。グレイヴさんに通信機器を渡して」

「……わかったわ」

 

 M4の指示で、AR-15は自身の所持している通信機器をグレイヴに渡す。通信機器を手渡されたグレイヴは、操作方法をAR-15から聞いた。

 機器を懐に収めたグレイヴに、M4は近づく。

 

「撤退に成功したら、ペルシカさんにお願いして必ず救援を要請します。だから……だから必ず無事でいてください」

 

 涙目になりながら、グレイヴの無事を懇願するM4。そんなM4の頭をグレイヴは撫でる。──直後、後ろから迫る多くの気配をグレイヴは感じ取り、それを睨む。

 

「行け……」

「M4急げ!大量の鉄血の反応だ!近づいてる!」

 

 グレイヴとM16に促され、M4はグレイヴに背中を向ける。そして、撤退を開始しようと走り出す。

 

「グレイヴっ!死んじゃやだからね!」

「死んだら許さないから……絶対生きてなさい」

 

 SOPⅡとAR-15も、それぞれグレイヴの無事を祈る言葉を投げかけながらM4へと続く。とっくに死んだ身ではあるが、生存を願う言葉は受けてグレイヴは笑う。

 最後に、M16がグレイヴを無言で一瞥して去っていく。こうして、グレイヴだけがその場に残った。

 

「……」

 

 グレイヴはAR小隊が見えなくなったのを確認して、迫る大量の敵の気配のする方を睨みながら、通信機器を取り出す。それを操作し、周波数を公開チャンネルに切り替える。信号接続範囲内にある全ての通信設備・機器に繋げしまう公開チャンネルは、敵となる存在にもその発信位置を知らせてしまう。

 だが、それこそがグレイヴの狙い。迫る敵を引き付ける撒き餌だった。

 グレイヴは、静かに通信機器を口に近づける。

 

「来い……」

 

 短い宣戦布告。そして、ケルベロスを構えたグレイヴは、迫る敵に向かって駆けた。




前回、あっさり決着がついてしまったなと反省。


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1-12 救援

『来い……』

「あのバカっ……!」

 

 通信機から聞こえたグレイヴの声。公開チャンネルで響くそれを聴いたAR-15が毒づく。

 

「グレイヴ、大丈夫かな」

「さあ、信じるしかないだろう」

 

 SOPⅡとM16は会話しながら、全速力で雪が積もる森林地帯を駆ける。先導するM4は考える。

 

 ──何故、自分を犠牲に?まだ知り合って一月しか経っていない私たちに何故そこまでできる?なんで?

 

 M4から溢れるグレイヴの自己犠牲に対する疑問。答えの出ない問いに、M4は頭を悩ませる。

 

「わからない、って顔してるわね」

「えっ……?」

 

 M4はかけられた声の方を振り向く。声の主は、いつの間にか横にいたAR-15からだった。

 

「私も同じ気持ちよ……私たち(人形)をかばうなんてどうかしてるわ」

 

 疾駆する方向を見ながら、AR-15はその横顔は怒りで歪ませる。それは何に対しての怒りなのか、M4にはわからなかった。

 AR-15の声で我に返ったM4は首を振る。今は考えることは後回しにしなければならないと、自身に言い聞かせる。

 グレイヴを救援するために、一刻も早く撤退を完了させる。それが、今しなければならないことだった。

 

 

 

 

 

 

 頭部を砕かれた鉄血の人形兵が、膝から崩れ落ちる。グレイヴは、周囲に敵の気配がないことに気づき、銃を下す。どうやら今倒したのが、追撃部隊の最後の人形兵だったらしい。

 AR小隊の撤退する時間を稼ぐため、無線を開いた状態で、鉄血の部隊と交戦していたグレイヴ。いつ終わるかわからない戦いを続け、いつの間にか夜となっていた。

 廃墟の市街地にいるグレイヴの周辺には、大量の人形兵の残骸が散らばる。グレイヴも傷こそ修復機能で消えているが、衣服のいたるところに弾痕があり、激戦の跡が見て取れる。

 

「……」

 

 辺りを見回して警戒しながら、グレイヴはAR小隊は無事に撤退できたのだろうか、と思いを巡らす。囮として全ての敵を引きつけたつもりだが、他の追撃部隊がグレイヴの目をすり抜け、彼女たちを襲撃している可能性も否定できない。もしかすれば、分断され脱出できていないかもしれない、とグレイヴは思った。

 

 ──あえてこちらから攻め入るか。

 

 グレイヴにはヘリ内で確認した鉄血の占領区域を把握している。その記憶を頼りに敵陣深くまで攻め、間接的にもAR小隊の助けになれればいいかもしれない。

 あまりにも無謀な考えだが、彼を止める者はここにはいない。おもむろにグレイヴは足を進め──、

 

『!……誰かっ!助け……!』

「……!?」

 

 突如、無線から流れた声で足を止めた。

 無線を公開チャンネルのまま、開きっ放しだったことを失念していたグレイヴだが、そのおかげで何者かからの救援要請を受信することができた。

 どこから助けを呼んでいるかわからないが、明瞭に声が聞こえたことから、近くにいると判断したグレイヴは周囲に意識を巡らす。

 直後、ある廃ビルの上から、銃声が鳴り響く。

 その銃声がサブマシンガンによるものだと判断したグレイヴは、銃声のしたビルの方へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 ビル内の階段を駆け上がり、銃声のした階層にたどり着いたグレイヴは、気配を頼りに何者かがいるであろう一室へ向かう。

 部屋の中を見たグレイヴが目にしたのは、数体の鉄血の人形兵と、それらに囲まれる二人の少女の姿だった。

 即座にケルベロスを構えるグレイヴは、鉄血の人形兵を狙い撃った。奇襲により、背中から撃たれた人形兵たちはなすすべなく撃破される。

 

「え……?えっ……?」

 

 突然の出来事で、鉄血に囲まれていた少女のひとりがうろたえる。もうひとりの少女は彼女の後ろで倒れており反応がない。どうやら意識を失っているらしい。銃を下したグレイヴは彼女たちの元へと歩を進める。

 

「なっ──なんだお前!?新しい敵かっ!?」

 

 我に返った少女──M4やAR-15よりもやや幼く、金髪を髪飾りで左右に結った眼帯の少女──は、それには不釣り合いなサブマシンガンをとっさにグレイヴに向ける。

 

(Vz61……)

 

 少女の構えたサブマシンガンの銃種を確認したグレイヴは、ある確信をもって彼女へ近づく。

 

「く……くるなよっ!ほんとに撃つぞっ!」

「さっき通信をしたのは君か?」

「だったらなんだよ!?」

 

 グレイヴへの警戒を緩めない少女。構わずグレイヴは話す。

 

「AR小隊を知ってるか?」

「えっ……、おじさんAR小隊の知り合い?」

 

 グレイヴはうなづく。

 

「君はグリフィンの戦術人形だな?」

「う──うん、そうだよ……あたしはVz61スコーピオン」

 

 スコーピオンの自己紹介を聞いたグレイヴは倒れた少女に目を向ける。倒れている小柄な少女の傍らに、PPSh-41(ペーペーシャ)が横たわっていた。

 




補足

・前話で、グレイヴに無線を渡した理由
無線によって、救援のための送受信を行うために渡された。M4たちにとって、グレイヴによる公開チャンネルを使っての囮は全くの想定外だった。
が、自分の描写不足により、囮をやるために渡されたみたいになってしまった。反省。

・もし、グレイヴが通信を受信せず、単独で占領区域に攻め入っていたら……
向かってくる鉄血の部隊をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、ハイエンドモデルの何体かも撃破しているかもしれないが、死人兵士としての活動限界で、二度目の死を迎えているのは確実。
今回の話では、グレイヴは二体の人形を助けたが、グレイヴもまた間接的に助けられている。


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1-13 蠍とマトリョーシカ

何も情報がないと思っていたGungrave G.O.R.Eの新しいトレーラーがいつのまにかあったので観て、ゲームはバカゲーだったことを思い出しました。


「ん……」

「あ!ペーペーシャが起きた!」

「・・あ・・・スコーピオン・・・?」

 

 再起動したPPSh-41(ペーペーシャ)は、まどろむような意識と揺さぶられる感覚のなかで、スコーピオンを見る。

 

「右足はどう!?だいじょうぶ!?」

「あ・・・し・・・」

 

 視界もまた不明瞭ながら、PPSh-41(ペーペーシャ)は視線を自らの右足の方に向ける。彼女の右足の膝から先はもがれ、その周辺の人工皮膚は、損傷でひび割れていた。

 

「い・・・つ」

 

 自らの足の損傷による痛みと共に、PPSh-41(ペーペーシャ)のメンタルが記憶を呼び起こす(ロードする)

 

「あれ・・・私・・・鉄血にやられて・・・」

 

 意識がなくなる直前、スコーピオンと共に鉄血の追撃から逃げ、敵が放った榴弾の爆発に巻き込まれたことを思い出す。それと同時にペーペーシャは自身が誰かに背負われていることにようやく気づく。

 PPSh-41(ペーペーシャ)は恐る恐る視線を上げ見たものは、眼鏡をかけた見知らぬ男の横顔だった。

 

「……わ、わ、だ、誰ですかっ!?」

「そのおじさん、グレイヴっ!私たちを助けてくれたの!」

「……」

 

 男──グレイヴに代わり、スコーピオンが紹介する。PPSh-41(ペーペーシャ)を横目で見たグレイヴは軽くうなづいた。

 

 

 

 

 

 3人がたどり着いた場所は、市街地から離れた森林地帯にあった無人の廃家だった。その家の二階に身を隠し、3人は腰を落ち着ける。

 グレイヴは屋内で見つけたまだきれいめなタオルを拝借し、PPSh-41(ペーペーシャ)の壊れた右足に巻く。

 

「だ、大丈夫です!もう血は止まってますから!?」

 

 遠慮するPPSh-41を無視してグレイヴは手早く応急処置を済ませる。グレイヴとしては、たとえ人形とわかっていても、痛々しい()を放置するのは我慢ならなかった。

 

「あ、ありがとうございます」

「……」

 

 PPSh-41(ペーペーシャ)のお礼の言葉にグレイヴは微笑を浮かべる。横にいたスコーピオンは不思議そうな顔でそれを眺めていた。

 

「グレイヴって変なの。あたしたち人形だから、そんなことしなくていいのに」

 

 スコーピオンの言葉に少し困りながら、スコーピオンの頭を撫でる。

 

「む~、そんなことされたって嬉しくないよぉ。子供じゃないんだから」

 

 そう口にしながら少しだけ顔を赤くするスコーピオン。いわゆる照れ隠しだった。

 微笑を浮かべていたグレイヴは、床に座り込む二人の近くにしゃがむ。

 グレイヴはペルシカから、今回の作戦で、AR小隊以外の人形の存在を聞いていない。それ故に状況の確認を行いたかった。

「お前たちはなに──」

「スコーピオン!」

「──スコーピオンとペーペーシャは何をしていた?」

「ええっと……」

 

 PPSh-41(ペーペーシャ)は迷った。このグレイヴという素性がわからない男に情報を伝えていいのかわからなかったためである。

 スコーピオンがそんなPPSh-41(ペーペーシャ)の様子を見て察する。

 

「ああ、大丈夫だよペーペーシャ。グレイヴはAR小隊の救援なんだって」

「AR小隊の……?じゃあ、AR小隊と同じエリートせん……術……人形?」

 

 PPSh-41(ペーペーシャ)は、グレイヴから人形特有の信号が出ていないことに怪訝な顔を浮かべる。

 

「そうなんだよ~、グレイヴって人形じゃないみたいなんだよね。でも見てよ、グレイヴの持ってる銃。でかすぎだよ」

「おっ、おっき~……見たことない銃ですけど、なんて銃ですか?」

「あとさ、その吊るしてる重そうな箱なに?新しい武器?」

「……」

 

 PPSh-41(ペーペーシャ)とスコーピオンからの問いに、今度はグレイヴが困ったように笑う。それと同時に最初にした質問から話がそれていることにグレイヴは気づく。

 グレイヴは視線で訴える。

 

「む~、あとでちゃんと答えてもらうからね」

 

 スコーピオンはむくれる。むくれるスコーピオンに代わってPPSh-41(ペーペーシャ)が答える。

 

「私たち、AR小隊が撤退する時に、M4さんに指揮されて殿を務めたんです」

「……元々作戦に参加していたのか?」

「ううん、あたしたちはここで待機してたんだ」

「こんな場所で……?」

 

 スコーピオンが話を続ける。

 

「あたしたち、前に鉄血を倒す任務を遂行してて……その時、みんなとはぐれちゃったんだ」

「撤退するのが遅れて……それで……」

 

 スコーピオンとPPSh-41(ペーペーシャ)が顔色を暗くする。グレイヴも察する。置いていかれたのだと。そうだとしても、グレイヴには解せないことがある。

 

「なら、何故待機していた?ここを離れられたはずだ」

 

 グレイヴの問いに、二人は困惑する。お互いに視線を合わせた後、スコーピオンがおもむろに口を開く。

 

「……わからなかった」

「……?」

「どうしたらいいか……わからなくなっちゃった」

「どういうことだ?」

 

 意味が分からなかった。撤退し、自力で拠点に戻る選択もできたはずだ、とグレイヴは思った。

 

「指揮信号が途切れて、指揮官の声も聞こえなくなって……しばらくは動き回ったけど……頭が真っ白になったんだ」

 

 グレイヴは驚く。それと同時に、ペルシカやM16から聞いた自律人形についての話を思い出す。

 北蘭島事件による人口減少で、労働力の大幅な低下は深刻な問題だった。そのため、人に代わり汚染地帯内の資源採掘と、それ以外の労働に従事させる為に、開発・実用化されたのが自律人形である。人以上の膂力を持つ素体と高度なAIにより、人から受けた命令・目標に沿って思考・行動する自律人形──、だが裏を返せば、沿う目標や命令がなければ、独立した行動がとれない弱さを持っているのだと。

 ペルシカからAR小隊の人形は特別だと言っていた。その時のグレイヴには『特別』の意味がわからなかったが、スコーピオンとPPSh-41(ペーペーシャ)に出会い、ようやく意味がわかった気がする、とグレイヴは思う。彼女たち(人形)はその見た目以上に幼い、一人だけでは歩くこともままならない赤子のような存在なのだと。

 

「……あのまま待機してたら、いずれは鉄血にやられてたと思います……でも、M4さんが指揮してくれたおかげで、こうやって戦うことができたし、AR小隊のお役にも立てて良かったです」

「……」

 

 傍目から聞けばAR小隊に利用されたと感じるが、PPSh-41(ペーペーシャ)自身にはそういった意識はないようだ。

 グレイヴはAR小隊と別れる前のM4の様子を回想する。自らが通り過ぎた道を振り返り、どこか物憂げな様子だったM4は、もしかしたら殿を務めた彼女たちに、そう指揮したことに対する罪悪感のようなものを抱いていたのではないだろうか。

 

「M4は……残ったお前たちを心配していた」

「!……そうですか」

「優しいだね、M4は」

 

 スコーピオンの言葉にグレイヴはうなずく。

 状況を理解したグレイヴは二人を見る。

 

「これからどうする?」

「「え」」

「これからどうしたい?」

 

 グレイヴの問いに頭を悩ます二人。グレイヴは聞き方を変えた。

 

「基地に……自分たちの拠点に戻りたいか?」

 

 息をのむ二人。少しの逡巡ののち──、

 

「帰りたい……みんなのところに帰りたい!」

「私も……戻りたいです!」

 

 力強い二人の言葉。その言葉に微笑みながら、グレイヴは手を差し出す。

 

「一緒に……ですか?」

 

 グレイヴはうなづく。

 

「でもさ、グレイヴって人形じゃないし、グリフィンにも在籍してないよね?一緒にいて大丈夫なの?」

 

 スコーピオンが懸念を言う。考えるグレイヴ。

 

「なら俺は遭難者だ。救助を頼む」

「ぷっ」

「ははっ!何その下手くそな出まかせ!?」

 

それを聞いたスコーピオンとPPSh-41(ペーペーシャ)は笑い出す。

 

「遭難者なら仕方ないな~……ならこのスコーピオンさまが助けてあげよう!」

「ふふふ」

 

 グレイヴの手をスコーピオンは掴む。やることは決まった。

 

 

 

 

 

──???

 

「見たかよスケアクロウ。あのエージェントのキレた顔。傑作だったぜ」

「真面目にしなさいエクスキューショナー。そのエージェントを倒した男を追うのが任務なのよ」

「ああ、わかってるぜ」

「……顔がニヤついてるわ、気色悪い」

「だってよ、あのエージェントを倒したんだぜ。あのエージェントを!」

「だから?」

「めちゃくちゃ強いってことだろ!なら闘えばすっげえ楽しいじゃねえか!」

「……先が思いやられるわ」



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1-14 逃避行

「あ、あの、おも、私、全然重たくないですけど、おぶって重たくないですか!?」

「ペーペーシャ、なに言ってるかわかんないし、ここ来る前におぶられてたじゃん」

 

 右足が破損し、歩けないPPSh-41(ペーペーシャ)をグレイヴは背負う。そして、廃家から拝借した大き目の古布を外套代わりにして、グレイヴの頭部と背中のPPSh-41(ペーペーシャ)を隠すように被る。スコーピオンもそれに倣った。

 

「あと、グレイヴさん、……あの大きな箱、ほんとに置いて行って大丈夫なんでしょうか?」

「……」

 

 PPSh-41(ペーペーシャ)は申し訳なさそうにグレイヴに聞き、グレイヴはうなづく。逃亡するにあたって、グレイヴは武装棺桶(デス・ホーラー)を廃家の床下に隠して置いていくことにした。PPSh-41(ペーペーシャ)を背負うため、鉄血に見つからないように、隠密に移動するには邪魔だからである。また、あの棺桶を使えるのはグレイヴだけであり、仮に鉄血に発見されたとしても問題にはならないだろう、とグレイヴはそう判断した。

 

「グレイヴ。あたしたちの基地はあっちにあるよ」

「……」

 

 スコーピオンが指をさす。右手に見える山の谷に沿うようにある森林地帯をグレイヴは見つめる。

 

「……」

「な、なんだよグレイヴ。そんなに睨んで」

「……スコーピオンさん。グレイヴさんは基地までどのくらいかかるか、知りたいんじゃないでしょうか?」

「な~んだ。それならず~っとだよ。ず~っと向こう!」

「……」

 

 どうやら長い道のりになりそうだ、とグレイヴは思った。

 グレイヴはスコーピオンの横を通り、先導しようとする。それをスコーピオンが止めた。

 

「待った、グレイヴ。あたしが先に行くからあんたはついてきてよ」

「……」

「スコーピオンさん、それは止めておいたおいた方がいいんじゃ……」

「だいじょ~ぶだよ、あたしだってやればできるんだから!」

 

 自信なさげに止めるPPSh-41(ペーペーシャ)の言葉に聞く耳を持たず、自信満々にそう告げるスコーピオン。どちらが先頭か決めるのに時間をかけ過ぎるのも危険な為、グレイヴはうなづいて肯定の意思を示した。

 

「任せてよ、グレイヴ!じゃあ行くよ!」

 

 スコーピオンはそう言って走り出す。小柄な体躯には想像がつかないほどの速い速度で走るスコーピオンをグレイヴは余裕をもって後を追う。人形1体を背負っているとは思えない走りだった。

 

「わわわ──すごいですグレイヴさん!」

「──おっ、あたしについてくるとはやるなグレイヴ!」

 

 二人がグレイヴを賞賛する。

 

「どこまでついていけるか、──勝負だぁグレイヴ!」

 

 スコーピオンは気合をいれた。

 

 

 

 

 

 ──数時間後・森林地帯

 

「……待って、ゼー──ぐれ……ゼー……イヴ……おねが──ゼー……いだから……」

「だから言ったじゃないですか」

 呆れた様子でPPSh-41(ペーペーシャ)はスコーピオンをなじる。

 顔を赤くし、熱くなった素体を冷却するために、スコーピオンは空冷システム(過呼吸)水冷システム(発汗)を全開で稼働させている。

 グレイヴとの追いかけっこを楽しんでしまったため、調子にのって全力で走りすぎたのが原因だった。くたびれたスコーピオンとは対照的に、グレイヴは平然としている。

 

「グレイヴって、──どうなってるの?疲れてないの?」

「……」

 

 スコーピオンの疑問に、うなずきで返すグレイヴ。そして、グレイヴはスコーピオンの頭の上に手のひらを乗せる。

 

「!?……あ~、気持ちいい。グレイヴの手のひら、すっごく冷たいね」

 

 死人の冷たい身体が今回は役に立ったらしい。スコーピオンは気持ちよさそうにグレイヴの手のひらに頭を擦り付ける。そんな様子を眺めながら、PPSh-41(ペーペーシャ)はグレイヴに気になったことを聞いた。

 

「……あの、グレイヴさんってなんなんですか?人間……でもないんですよね」

「……」

 

 グレイヴは横目でPPSh-41(ペーペーシャ)を見て、困ったように笑う。──と、不意に感じた気配にグレイヴの目の色が険しくなった。とっさに、スコーピオンの肩をつかみ、降り積もってできた雪塊の陰に隠れた。

 

「な、なんだ──ん!」

 

 グレイヴはスコーピオンの口を左手で覆い、右手で静かにするようジェスチャーする。

 グレイヴが何かを見ていることに気づいたスコーピオンは、グレイヴの視線の先を見る。そこには、周囲を警戒しながら前進してくる複数の鉄血の人形兵が見えた。

 

(……鉄血のパトロール隊)

 

 息を殺し、パトロール隊の視界に入らないよう、雪塊に隠れる3人。このままパトロール隊が3人の横を通りすぎるのを待つが、またもや気配を感じてグレイヴは後ろを振り返る。

 

(どうしたんですか、ぐれ──)

 

 小声で喋るPPSh-41(ペーペーシャ)も同じく気づいた。後ろの方からも、別の鉄血のパトロール隊が近づいていたのだ。

 

(ま、まずいよ、グレイヴ)

「……」

 

 スコーピオンのいう通り、非常に良くない状況だった。挟まれた形になってしまい、どちらかの視界に入らないように動けば、必ず見つかる。

 グレイヴ単体なら戦闘になっても問題ないが、今はスコーピオンと動けないPPSh-41(ペーペーシャ)がいる。戦闘になれば犠牲は免れないだろう。

 

(こうなったら……覚悟を決めて)

 

 スコーピオンは自らの銃を手に取る。が、グレイヴは銃身の手を置く。

 

(でも、グレイヴさん……)

 

 不安げに見つめるスコーピオンとPPSh-41(ペーペーシャ)に、グレイヴは力強い視線で応える。グレイヴは2人に指示する。

 

「うつ伏せに寝ろ」

 

 

 

 

 

 ──鉄血のパトロール隊のうちの1体の人形兵が、雪塊の近くに何かがあるのを発見する。布を被ったそれは人間の男だった。うつ伏せに倒れた男の顔を見つめ、男が死亡していることを、網膜に表示される生体認知のシステムが判定する。危険はないと判断した人形兵たちは男の死体を素通りしていった──。

 

 

 

 

 

 充分な時間をかけて、パトロール隊が遠ざかるのを確認するグレイヴ。すると──。

 

「ぐぐぐ、グレイヴ~。もうそろそろい、いい?さささ、寒いんだけど~」

「スコーピオンさん、もう少し我慢できないんですか?」

「ロシア産まれのペーペーシャと比べないでよ。流石にもう無理」

 

 うつ伏せで寝るグレイヴの大きな身体に覆い被されるように隠れ、共に寝そべっていた2体がグレイヴの身体から這い出てくる。積もった雪に寝そべっていたため、素体が冷え切ったスコーピオンが身体を震わす。

 

「もう駄目だと思いましたけど、おかげで助かりました」

「すごいよグレイヴ!鉄血ども、攻撃してこなかったよ。何したの?」

「死体に化けた」

「「えっ……」」

「……冗談だ」

 

 冗談ではなかった。グレイヴは死人兵士であり、肉体はとうの昔に死んでいる。生体反応のない肉体が、鉄血の人形兵の生体反応を探るシステムの目をかいくぐったのだ。

 かつて、鉄血の人形兵との戦闘で、グレイヴを見た人形兵の反応が鈍かった。その理由は、エージェントとの会話が解明のヒントになった。

 

『まさか反応を偽装して、死体に化けるなんて』

 

 偽装でないのだが、この言葉でグレイヴは理解した。簡易的なAIしか持たない鉄血の人形兵に、死亡している人間を攻撃する無駄な機能などなく、人形は混乱していたのだと。そして、攻撃してきたのは決まって、グレイヴが攻撃したあとであり、それは自己防衛のための反射行動だったのだ。

 グレイヴはPPSh-41(ペーペーシャ)を背負う。そして、スコーピオンに視線で移動することを促す。

 

「……」

「う、うん。わかった。──頼むよ、グレイヴ」

 

 スコーピオンは素直に従う。高い身体能力と今回の窮地を脱した手際に、流石のスコーピオンもグレイヴを認めた。こうして、グレイヴを先頭に、3体の影はこの場を去った。

 

 

 

 

 

 夜が白み始めてきたところを見計らい、グレイヴたちは一軒のウッドハウスに身を隠した。脱出の段取りを打ち合わせる際、移動は日が沈んだ夜に行い、昼間はどこか身を隠せる場所で休息することに決めている。

 死人兵士であるグレイヴは休息しなくとも問題ないが、人形である二人は違う。活動中にメンタルに溜まったキャッシュをクリアするために必要であり、溜まりすぎれば任務活動にも支障をきたす。人間と同じように、彼女たち(人形)にもストレスや疲労物質の蓄積は毒なのだ。

 

「はぁ~……流石に疲れたよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 ドカッと、音を立ててスコーピオンはベッドに座り込む。どことなくだが、声に張りがない。流石に夜通しでの移動は疲れたのだろう。その隣に、グレイヴはPPSh-41(ペーペーシャ)を労わるように座らせる。

 

「グレイヴさんは大丈夫なんですか?休まなくて」

「……」

 

 ベッドで眠る準備を整えているPPSh-41(ペーペーシャ)の質問に、グレイヴは無言でうなづく。昼間の休息中にグレイヴは歩哨として、周囲を見張るつもりだった。

 ケルベロスの銃身を肩に置き、窓際に立つグレイヴ。

 

「ふふっ……」

 

 不意にベットの方からスコーピオンの笑い声が聞こえた。グレイヴはそちらを見る。

 

「──前に、基地で古い映画を見たんだ。確か……私たちに似たアンドロイドの男がさ、ガソリンスタンドで見張りをやってるの。あれにそっくり」

「……」

 

 グレイヴにもその映画に心当たりがある。グレイヴの生前に、世界的に大ヒットした映画で、何人かの部下が観ていたな、と述懐する。

 グレイヴは再びベッドの方を見る。疲労の限界だったのだろう、二人は寄り添い、瞼を閉じて寝ている。

 ほんとに子供だな、とグレイヴは二人を見ながら微笑み、胸に手を当てる。

 

(脱出まで……もつか)

 

 グレイヴには懸念があった。──かつて、Dr.Tから聞いた話では、死人兵士の活動時間はおおよそ10日であり、それを過ぎれば、徐々に肉体は崩壊していくことになる。肉体の維持には、定期的な血液交換が必要なのだ。

 最後にペルシカのところで血液交換をしてから、1日以上が経過している。9日以内でこの広大な山脈地帯から脱出できるか否か。

 

(それでも──この娘たちだけでも──)

 

 覚悟を胸に、グレイヴは窓の外をにらんだ。




補足
・人形兵の監視の目をかいくぐるグレイヴ
捏造。自我のない鉄血人形兵だと、死体に対する行動はマニュアル、システム頼りになるだろうなと作者の脳内で決めた。

・スコーピオンが話題として挙げた映画
シュワちゃん主演の2作目。自分も大好き。

・死人兵士の活動限界
アニメ「Gungrave」で、死に際のDr.Tが言ったセリフから引用。自分の中では、肉体が平常な状態を維持できる期間が10日間と考えている。


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1-15 穢れた雨の中で

「……嘘だ」

「そんな……」

 

 その光景を見たスコーピオンとPPSh-41(ペーペーシャ)がかろうじて発した一言。それはここにいる全員共通の思いだっただろう。グレイヴは周囲を見回しながらそう感じた。

 グレイヴが先導し、必要に応じてスコーピオンに指示を出して、遭遇する鉄血のパトロール隊や哨戒する飛行偵察無人機(ドローン)を、時にはかわし、時には倒しながら、グレイヴ達は逃亡を続けた。

 逃亡を開始してから5日が経過し、ようやくスコーピオンたちが案内した基地に辿り着いたグレイヴたちを待っていたのは、廃棄され、荒れた基地の跡だった。

 地面や建物の外壁や内部は、おびただしい弾痕や爆発痕があり、ここで激しい戦闘が行われていたことは想像に難くない。

 スコーピオンはペタリと座り込んだ。

 

「ごめん……グレイヴ……」

「スコーピオンさん……」

 

 謝るスコーピオン。そんな彼女の肩にグレイヴは手を置く。

 案内したスコーピオンやPPSh-41(ペーペーシャ)が悪い訳ではない。ただタイミングが悪かったのだろう、とグレイヴは思った。

 

「これからどうしよう──グレイヴ……?」

「グレイヴさん……」

「……」

 消え入りそうな声でスコーピオンはグレイヴに訊ねる。PPSh-41(ペーペーシャ)も不安げにグレイヴを呼んだ。

 グレイヴ自身にも、この先のことはわからない。だが、少なくとも、ここで立ち止まっている時間がないことだけはわかっていた。

 

「行くぞ」

「え……」

「まだ終わりじゃない……」

「……」

 

 そう言ってグレイヴは歩き出す。スコーピオンはその背中を追った。

 

 

 

 

 

 あれから更に3日が経過した。基地跡を南下し、新たな基地を探してグレイヴたちは夜のS09地区内を彷徨うように歩く。

 現在の天気は晴れ。月がよく見え、地上が月明かりで照らされて見通しが良い。必定、敵からも発見されやすくなっているので、森林地帯や岩場の多いルートを通り、遮蔽物に身を隠しながら、慎重に進んでいた。

「きれいですね~」

「うん……鉄血の占領区域内じゃなければ、お月見しながらお菓子をつつくのもいいよね~」

「……」

 PPSh-41(ペーペーシャ)とスコーピオンの会話を聞きながら、グレイヴは内心の焦りを気取られないように歩いていた。

 既に8日が経過し、刻一刻と自らの活動限界が迫る。10日を過ぎてすぐ身体が動けなくなることはないと思いたいが、確実に逃亡に支障をきたす。このまま無計画にS09地区内を彷徨うべきか、グレイヴの中で迷いが生まれつつあった。

 一度、グレイヴは昼間にスコーピオンとPPSh-41(ペーペーシャ)が休んでいる隠れ家を抜け出し、十分な距離をとって、危険を承知で通信を試みた。だが通信はつながらず、グレイヴは落胆しながら隠れ家に戻ったことがある。

 そんな頭を悩ますグレイヴの頭上に、ピシャリと雷鳴がなった。

 

「うわっ!」

「きゃっ!」

 

 スコーピオンとPPSh-41(ペーペーシャ)が短い悲鳴を上げるの聞きながら、グレイヴは空を見上げる。

 先ほどまで、月がよく見えていた空が暗雲に覆われ、雷を発している。雷で一瞬照らされる雲は、気のせいか黄色く濁っているように見えた。

 急すぎる天候の変化に驚くグレイヴたちの頭上に大雨が降り注ぎ、身体を濡らす。その雨に打たれながら、スコーピオンの顔は急に青ざめた。

 

「グレイヴ、まずい!──ここ、イエローエリアだ!」

「……?」

 

 グレイヴは聞き慣れない言葉に疑問を浮かべて、スコーピオンを見る。

 

「知らないの!?コーラップスで汚染された区域だよ!?呼吸するだけでも害なんだここは!」

 

 スコーピオンは早口で説明する。

 

「私たち人形は大丈夫ですけど、人形じゃないグレイヴさんは……汚染された雨で……」

 

 背負われたPPSh-41(ペーペーシャ)はグレイヴを見ながら顔色を悪くしていき、口を閉ざす。

 絶望感に囚われる二人がグレイヴを見る。そのまま三人は固まった。

 1分、2分と時間が経過していく。だが、予想した最悪の未来は起こらず、PPSh-41(ペーペーシャ)はグレイヴに恐る恐る尋ねた。

 

「あれ……グレイヴさん……大丈夫なんですか?」

「……」

 

 無言で、グレイヴはうなづく。信じられない様子でスコーピオンとPPSh-41(ペーペーシャ)はグレイヴを再度、じっと見つめる。

 雨に打たれながら、数舜ののち、おもむろにスコーピオンは口を開いた。

 

「ねえ──グレイヴって何なの?」

「……」

「信号を発していないから人形じゃない……けど、あたしたち(人形)の走りについていけてるどころか、上回ってる。どんなに動き回っても疲れない。そんな重そうな銃を2丁も使えてる。おまけに、コーラップスで汚染されたここに、生身でいてもなんともない……絶対、人間じゃないよね?」

「……」

 

 スコーピオンから溢れる疑問。グレイヴは自身の正体──死人兵士のことを伝えるわけにはいかない。また、信じてもらえるとも思えなかったため、口を噤んだ。かといって、このまま不安を抱えたままでいさせるのも、スコーピオンとPPSh-41(ペーペーシャ)に申し訳がなかった。

 

「俺は人間でも人形でもない……だが、お前たちの味方だ……それだけは信じてほしい」

 

 グレイヴは自らの思いを語る。正直、誤魔化しているような気もしているが、それでも伝えずにはいられなかった。

 沈黙が続いたあと──、

 

「……うん、信じるよ」

「私もです」

 

 スコーピオンとPPSh-41(ペーペーシャ)は口を開いた。

 

「グレイヴがいなかったら、あたしたちはとっくの昔にやられてた……それに、こうやって鉄血の支配地域のなかで、見つからずに逃げられてる。グレイヴのおかげだもん」

「スコーピオンさんは騒がしいから、すぐ見つかっちゃいますもんね」

「うるさいよ、ペーペーシャ」

 

 スコーピオンとPPSh-41(ペーペーシャ)は歩兵として戦闘任務に従事することが多い。反面、隠密潜入などの難易度の高い任務は非常に不得意であり、それができるのは作戦遂行能力が高いAR小隊や特務部に所属する、一部のエリート人形くらいである。

 

「それにさ──私たちが寝てる間、グレイヴさんは隠れ家から離れましたよね?でも戻ってきてくれました」

「……」

 

 気づかれていたとは思わなかったグレイヴはわずかに驚きながら、横目でPPSh-41(ペーペーシャ)を見る。気配を消すのは不完全だったようで、自らの腕がなまったのをグレイヴは内省する。

 

「動けない役立たずの私を見捨てなかった。だから信じます……最後まで」

「あたしもだよ」

 

 そう言ってグレイヴを見る二人。その目は力強く、グレイヴを信頼していた。

 

「……」

 

 グレイヴは、背負うPPSh-41(ペーペーシャ)の肩に、そしてスコーピオンの頭に、感謝を表すように優しく触れる。そして、改めて自らが進む方向を向いた。

 

「この雨だったら、敵にも見つかりにくくなると思う──急ぐなら今だね」

 

 スコーピオンの言葉にうなづくグレイヴ。

 

「……?」

 

 PPSh-41(ペーペーシャ)を背負い直して、グレイヴはある違和感を覚えた。

 

「グレイヴさん、どうしたんですか?」

「……いや、行こう」

 

 尋ねるPPSh-41(ペーペーシャ)に返事を返し、グレイヴは雨中を走りだした。自らの身体に覚えた高揚感を無視して──。

 

 

 

 

 

 ──S09地区、鉄血指令所

 

「見つけましたわ。何者かが通信信号を出している形跡がある。時間は──昼間の1100頃ね」

 

 スケアクロウが偵察網に引っかかった信号を分析する。

 

「通信したのはあの男か?それともAR小隊か?」

「そこまではわかりませんわ──座標を送ります」

 

 エクスキューショナーは、自らの電脳内に送られた座標を確認する。

 

「前にぶっ潰したグリフィン基地に近いな。生き残りか?」

「何者かが寄っただけとも考えられますわね。断言できませんが」

「もしあの男だったらどうすんだ?私たち(ハイエンドモデル)なら問題ないが、ダミー連中だと死体の信号で鈍くなるんだろう?」

 

 スケアクロウがため息をつく。このエクスキューショナーは戦闘以外に興味がないのかと呆れていた。

「……エルダーブレインとエージェントが、男の姿を確認すれば、生体反応判定を無視して攻撃するように修正するそうです。聞いていなかったのですか?」

「わりぃわりぃ!楽しみすぎて忘れてたわ!」

 

 スケアクロウは再度、ため息を吐いた。エクスキューショナーはそれを無視して、自らの愛刀を抜く。

 

「エージェントはぶっ倒すほどの男……本当に楽しみだ……」

 

 エクスキューショナーは嗤う。その網膜に映されたのは、エージェントの戦闘記録にあった(グレイヴ)の姿だった。




補足

・廃棄された基地

ドルフロのゲーム本編で、第一戦域のストーリーでカリーナが、鉄血との戦闘が激しくなって、司令部をいくつも失っていることを発言しているところから引用。


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1-16 GUN&SWORD Ⅰ

 ──あの雨の夜から5日が経過した後の昼間。隠れたウッドハウスのベッドで眠るスコーピオンとPPSh-41(ペーペーシャ)の横で、グレイヴは窓の外を警戒していた。

 死人兵士の活動限界である10日を越えたが、未だに肉体の崩壊が起こっていない。それを疑問に感じつつ、グレイヴはこの時ばかりは、あまり信じていない、存在するかわからない神に感謝した。

 だが、いつ崩壊が起こるのか、またグリフィンの基地を見つけることができるのか、危機的状況におかれているのは変わらず、楽観視はできない。

 そんなグレイヴの思考は、外の鉄血の人形兵の部隊が見えたところで止まった。自らが隠れるウッドハウスの近づいてくるのを確認したグレイヴは、急いで二人を起こす。

 

「スコーピオン、ペーペーシャ」

「どうしたの、グレイヴ?」

「グレイヴさん?」

「鉄血がくる」

「「!?」」

 

 端的に状況を伝えるグレイヴ。その言葉に緊張感が走る。グレイヴは設置されたクローゼットに視線を移す。

 

「隠れてろ」

「はいはい──いつもの手ね」

 

 グレイヴの言葉に、スコーピオンは逃亡の過程で何度か行ったグレイヴの死体になりすます行為を思い出す。最初の頃は怪訝な様子だったが、流石に慣れてしまった。

 クローゼットの中に隠れた二人を見て、グレイヴは座り込んで壁にその身を預ける。しばらくして、下の階の扉が開く音を聞いた。

 隠れ家に侵入した鉄血の人形兵は、グレイヴたちのいる二階へ歩を進める。

 グレイヴはじっと動かずに、状況を注視する。二階にたどり着いた鉄血の人形兵たちは壁にもたれるグレイヴを見る。その瞬間、人形兵たちは一斉に銃口を向けた。

 

(……!?)

 

 銃口を向けられたグレイヴはすぐさまケルベロスを抜き、引き金を引いた。お互いに撃ち合いになり、グレイヴは被弾しながら、この場にいる鉄血の人形兵全てを撃破する。

 銃声が鳴り止んだタイミングを見計らい、スコーピオンがクローゼットから出てきた。

 

「グレイヴっ!?」

 

 スコーピオンは散らばる鉄血の残骸と、被弾し出血しながら立ち上がるグレイヴを見て驚く。そんな様子をグレイヴは無視して、話し始めた。

 

「見つかった」

「なんで!?」

「……」

 

 グレイヴとしても、このまま鉄血が自らの対策を行わないとは露ほども思ってはいなかったが、その対策の効果が、グレイヴにとって最悪のタイミングで発揮されてしまった。

 恐らくだが、これから鉄血の増援が向かってくる。激しい戦闘が予想できた。

 

「……」

 

 敵を迎撃しに、無言で外に出ようとするグレイヴをスコーピオンは止める。

 

「あたしも戦うよ!グレイヴ!」

「だが……」

「あたしは戦術人形だ!足手まといにはならない!」

「……」

 

 スコーピオンの決意は固い。ここで言い争っている時間はなさそうだ、とグレイヴも覚悟を決めた。

 

「通信はできるな?指示を出す」

「うん!任せてよ!」

「あの……私は……?」

 

 元気に返事するスコーピオンとは対照的に、PPSh-41(ペーペーシャ)は自らのサブマシンガンを持ち、壊れた右足を見ながら、申し訳なさそうに声を上げる。そんなPPSh-41(ペーペーシャ)に近づき、グレイヴはしゃがんでその頭を撫でる。

 

「ここで待て、すぐ戻る」

「……はい」

 

 PPSh-41(ペーペーシャ)は申し訳なさそうに返事をし、それを聞いたグレイヴは立ち上がる。スコーピオンはグレイヴと共に外に出る前にPPSh-41(ペーペーシャ)に声をかけた。

 

「ペーペーシャ、あたしたちの勝利を信じててよ」

「うん……頑張ってね、スコーピオン、グレイヴさん」

 

 PPSh-41(ペーペーシャ)の言葉を聞いて、グレイヴたちはその場を後にする。

 

「それでグレイヴ、作戦はどうするの?」

 

 尋ねるスコーピオンに、グレイヴはライトヘッドを無言で構える。

 

「……わかりやすそうな作戦だね」

 

 空笑いをするスコーピオンと共に、グレイヴは家の外へ出た。

 

 

 

 

 

 ──その様子を別の家屋から覗き見る影がある。

 

「ええ、対象を発見──座標は──」

 

 

 

 

 

 グレイヴが隠れていた家のある地域は元々は小さな村だった。未舗装の農道に数件の家屋が並ぶその村は小高い丘に囲まれている。

 グレイヴの姿はその村の中心にあった。初めからなく隠れることはせず、死人兵士の力と、自信の殺し屋としての技をもって、正面から敵を迎撃するつもりだった。

 気配を研ぎ澄ますグレイヴは、正面からくる大量の敵の気配と足音を感じ取る。鉄血の人形兵の姿を視認したグレイヴは、ケルベロスを構えて発砲する。放たれた弾丸は、鉄血兵の頭を容赦なく吹き飛ばす。

 仲間をやられた鉄血兵たちは散開し、岩や丘の傾斜の影を遮蔽物にして隠れ、陣形を組んでグレイヴを狙い撃つ。

 鉄血兵たちの射撃をその身に受けつつも、グレイヴはその陣形の中心へと全力で駆ける。グレイヴは移動しながら、一体、また一体と鉄血兵たちを葬っていった。

 移動するグレイヴに鉄血兵たちは銃口を向ける。──その背中に、家屋の屋根から弾丸が降った。

 仲間をやられた近くの鉄血兵たちは屋根の上を見る。

 

「へっへー!どうだ鉄血のクズ共っ!思い知ったかぁ!」

 

 そこには二挺の銃を構えるスコーピオンがあった。スコーピオンの姿を見た鉄血兵たちが一斉に銃を構える。

 

「おっと!危ない危ない……」

 

 鉄血が射撃するより早く、スコーピオンは屋根の棟に隠れる。屋根の上にいるスコーピオンを追う鉄血兵の背中を、今度はグレイヴが狙い撃った。

 

「すごいな~グレイヴ、あたしももっと頑張らないと!」

 

 スコーピオンは隠れたまま移動を開始する。

 スコーピオンがもらったグレイヴの指示は、グレイヴが鉄血兵を引きつけている間に、遮蔽物を利用しながら鉄血兵の死角に回り込んで攻撃するというものだった。

 スコーピオンの銃の有効射程は極めて短いため、接近戦になりやすく、被弾率も高くなる。グレイヴが盾となることで、スコーピオンが撃破される危険を少なくし、スコーピオンの高い機動力を活かして、有利な位置から射撃して敵の数を減らす。撃ち損じた敵もグレイヴの素早いフォローのおかげで、事なきを得た。

 最初こそ、スコーピオンの戦闘能力を疑っていたグレイヴも、素早い立ち回りと精確な射撃を併せ持つスコーピオンの評価を改めた。調子に乗りやすい点を除けば、スコーピオンは優秀な戦術人形だったらしい。スコーピオンの活躍により、鉄血兵の数を順調に減らしていく。

 数を減らした鉄血兵が後方に下がりながら、固まって家屋の中へと隠れる。それを確認して、グレイヴはスコーピオンに無線で指示を飛ばす。

 

「スコーピオン」

『了解!任せて!』

 

 スコーピオンは焼痍手榴弾を、家屋の窓へ投げ入れる。手榴弾が爆発し、焼かれて出てきた鉄血兵を、グレイヴとスコーピオンは撃破する。

 

『やったね!グレイヴ』

 

 屋根の上からスコーピオンは喜ぶ。その直後、遠くから気配を感じたグレイヴは叫んだ。

 

「伏せろっ!」

 

 叫んだグレイヴの身体を超高速のプラズマ弾丸が貫く。それと同時に、スコーピオンが隠れた屋根が砕け散った。

 

「スコーピオンっ!」

『──』

 

 撃たれた痛みを無視して、グレイヴはスコーピオンを呼ぶ。返事はなく、グレイヴの位置からではスコーピオンは見えない。

 狙撃された方向に、グレイヴはケルベロスを向ける。丘の上に、キラッと光が反射したスコープと、二体の鉄血兵が見えたグレイヴは二挺の巨銃の引き金を引いた。

 点にしか見えないはずの距離から、鉄血の狙撃手二体は頭を撃ち抜かれる。

 狙撃手二体を倒したグレイヴは、スコーピオンの安否を確認しようとする。が──、

 

「ハッハ!やるな貴様!」

 

 突如、先ほど撃った狙撃手のいる方から聞こえた大声に足を止める。そして、グレイヴのその声のする方へ、躊躇なくライトヘッドの弾丸を放った。

 大声の主の頭へと向かった弾丸は、その顔を覆うように守る巨大な刀身に阻まれる。

 

(……!?)

 

 反応されたことに驚くグレイヴは、遠くにいる女の姿を見る。

 黒い長髪、機能性を重視した戦闘用のスーツ、黒い金属の両足、巨大な剣とそれを振るうための、巨大な黒いカギ爪を持つ右腕。グレイヴは確信する。──鉄血のハイエンドモデルだと。

 ケルベロスで弾丸を弾いた女は、腕に残る痺れを無視して剣を構える。

 

「たいした威力だ──鉄血工造製品番号SP524、エリート人形“エクスキューショナー”だ」

 

 自己紹介を行ったエクスキューショナーの、両足の踝付近が帯電する。

 

「エージェントを倒した実力……見せてもらうぞ!」

 

 直後、エクスキューナーが両足を爆発させながら地を駆ける。少なくとも、グレイヴにはそう見えた。

 グレイヴとの距離を一瞬でゼロにしたエクスキューショナーは剣を大きく振り下ろす。グレイヴはとっさにライトヘッドの銃身で、その斬撃を防ぐ。銃と剣が互いにぶつかり合い、火花を散らした。

 

「さあ──オレ様を楽しませろ!死体男!」




補足
・遠距離狙撃できるグレイヴ
ゲームだとロックオンできれば、どんな距離でも全弾命中。アニメでも、暗い夜中に、上空にいる敵の小型ミサイルを撃ち落とせる腕前を見せるグレイヴ。視力も超人化してるんだろうなと妄想。


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1-17 GUN&SWORD Ⅱ

戦闘描写って本当に難しい


 グレイヴのライトヘッドとエクスキューショナーのブレードがぶつかり合う。

 

(斬れねぇ!?──いやっ、それよりっ!)

 

 エクスキューショナーは、自身の斬撃では斬れないグレイヴの銃の硬さに驚くが、すぐにその意識は鍔迫り合い、刃から伝わるグレイヴの力の強大さに向けられる。

 

(圧し負けるだとっ!?)

 

 弾き飛ばされるのを直感したエクスキューショナーは、ステップを踏んで、後方に下がる。

 グレイヴはケルベロスを連射する。エクスキューショナーは横に移動しながらブレードを持つ右腕の手首を回転させ、プロペラのようにして弾丸を弾き続ける。それと同時に、左手に持つプラズマハンドガンで応戦する。

 

(重てぇ!)

 

 先程の遠距離射撃を防いだ時にも感じたケルベロスの破壊力に瞠目する。グレイヴはエクスキューショナーのハンドガンの攻撃を被弾し出血しているが、傷は修復され、効いている様子はない。

 

(エージェントの戦闘記録通りタフだな、おいっ!?)

 

 銃での撃ち合いは不利と判断したエクスキューショナーは、間合いの外でブレードを振るい、斬撃を飛ばした。

 斬撃の衝撃波は地面を抉りながら、グレイヴに迫る。グレイヴはそれをサイドステップでかわし、背後にあった民家に直撃して壁面を粉々に破壊する。

 エクスキューショナーが飛び込み、落下する勢いのまま、グレイヴを斬りつける。

 今度はレフトヘッドの銃身でブレードを受け止めたグレイヴは持ち手を動かし、斬撃の勢いを殺さぬまま地面へといなした。土埃を上げてグレイヴの右側に着地したエクスキューショナーに、すかさずグレイヴはライトヘッドの銃口を向ける。

 だが、エクスキューショナーは左手のハンドガンをグレイヴのライトヘッドに向けて連射する。プラズマ弾がグレイヴのライトヘッドと右腕に命中し、照準をブレさせ、グレイヴの横へ回り込むことに成功する。そして、横薙ぎの一閃を喰らわす。

 エクスキューショナーの横薙ぎの隙間に、グレイヴは横に飛び込んでかわしながら、ケルベロスを連射する。

 再び、エクスキューショナーは右腕を回転させ、剣で弾丸を弾く。剣から伝わる衝撃は殺しきれずに素体まで響き、エクスキューショナーは耐えるために、その脚を止める。否、止められてしまった。

 

「クソがぁぁ!」

 

 体勢を立て直したグレイヴの苛烈な連射攻撃による弾丸を、エクスキューショナーは雄叫びを上げて弾き続ける。今まで闘ってきたグリフィンの人形の使用する時代遅れの銃器と類似していながら、今まで味わったことがない、比較にならないケルベロスの破壊力に、エクスキューショナーは内心、冷や汗をかく。このまま受け続ければやられるのは明白だった。 

 エクスキューショナーは両脚を帯電させ地面を踏む。加速装置による爆発的な推進力で横に跳び、グレイヴの攻撃の射線から逃れる。

 だがグレイヴは即座に反応し、移動するエクスキューショナーに照準を定めて撃つ。エクスキューショナーは加速装置を起動させたままグレイヴの方向へと踏み込み、弾けるように再び跳ぶ。グレイヴに接近する速度を維持したまま、飛んでくるケルベロスの銃弾を身をよじってかわすが、一発の銃弾が左の頬をかすめ、エクスキューショナーの顔の左側を大きく削る。

 無理な方向転換、加速装置による過負荷は、エクスキューショナーの素体を軋ませ、演算領域の消耗は頭痛を引き起こす。更に、顔の激痛が加わり、痛みで音を上げそうになるのを歯を食いしばって耐えたエクスキューショナーはブレードを全力で振るう。

 グレイヴは斬撃はかわすが、すかさず二撃目、三撃目の斬撃をエクスキューショナーは振る。ケルベロスで受け止め、かわして反撃を試みるグレイヴだが、斬撃で生じる衝撃波と地面を抉って飛び散る粉塵がグレイヴの動きを鈍らせ、動きを阻害させる。

 エクスキューショナーはグレイヴが自身の性能を上回っているのを本能的に察している。そのため、エクスキューショナーは素体の悲鳴と鼻から垂れる血を無視して、出力限界ギリギリでブレードを振るい続ける。反撃の隙など与えないために──。

 自他共に認める戦闘狂のエクスキューショナーは初めて自身より強いかもしれない敵に出会った。そんな存在に自身の全力を試す初めての体験に彼女の口角が上がる。それは恐怖による引きつりなのか、または歓喜による狂笑なのかわからない。とにかく彼女は嗤っていた。

 

「いいぜ──もっとオレを楽しませろよ、死体男!」

 

 気合の雄たけびを上げ、エクスキューショナーは殺気と共にブレードを振るい続ける。グレイヴはそんなエクスキューショナーを睨んだ。

 

 

 

 

 

「グレイヴさん……スコーピオン……」

 

 片足で立つPPSh-41(ペーペーシャ)は窓の外を見る。グレイヴとエクスキューショナーの戦いを不安げに見つめた後、自身の右足に視線をやる。壊れて満足に歩くこともできず、グレイヴたちの役に立てない自分が悔しくて仕方ない。泣きそうになりながら、彼女のメンタルは後悔でいっぱいだった。

 だからだろうか、彼女の背後に迫る存在に気付かなかったのは──。

 

「あら──こんなところにもいらしたの」

 

 突如、背後から聞こえた声に、PPSh-41(ペーペーシャ)はとっさに振り向き、サブマシンガンを構えようとする。その瞬間、左右から放たれた複数のレーザーにより、彼女はその身を焼いた。

 

「あっ……つ!」

 

 右腕と左足を穿たれたPPSh-41(ペーペーシャ)は床へと落ちる。うつ伏せで倒れたPPSh-41(ペーペーシャ)は頭だけを動かし、声の主を見る。

 黒髪のツインテール。口元をマスクで隠し、指揮棒を持つその少女に、PPSh-41(ペーペーシャ)は見覚えがあった。かつてグリフィンの作戦前会議で、名前と写真が上がっていた鉄血のハイエンドモデルだ。

 

「スケア……クロウ……」

 

 名前を呼びながら、PPSh-41(ペーペーシャ)は己が銃を向けようとする。しかし、スケアクロウに顔面を蹴られ、後から入ってきた二体の鉄血兵に拘束される。

 

「ううっ……」

「大人しくしていてください、ボロ人形」

 

 PPSh-41(ペーペーシャ)を横目に、スケアクロウはふわふわと浮遊して窓の外──、対象の男とエクスキューショナーの戦いを見やる。

 情報の収集と分析が得意な彼女は、自らの分析に希望的観測など一切混ぜない。それゆえに、彼女はエクスキューショナーの敗北を予測する。

 ──エクスキューショナーは素体の全能力をフル稼働させて戦闘している。なんとかそれで拮抗した戦いを継続しているが、当然、そんな戦い方は長く保てない。その証拠に、演算回路の過負荷で鼻血を出し、素体の表面のいたるところから内出血が起こっている。更には、戦闘中に発する煩わしい叫び声をほとんど上げていない様子に余裕のなさがうかがえる。限界は近いことは容易に推察できる。

 対して男の方は攻めあぐねているように見えて、無理に攻めず、回避に専念していることから、エクスキューショナーの限界を見極めているようだった。

 鉄血のエリート人形を上回る性能と戦闘能力を持っているかもしれず、エージェントを倒した男。仮にエクスキューショナーと組んで二対一で戦っても、仕留めきれるかどうかわからない。鉄血兵の増援は向かってきているが、その到着までにエクスキューショナーがもたない。時間がなかった。

 

(このままでは任務未達成ですわね)

 

 スケアクロウは状況の打開を求め、拘束されているPPSh-41(ペーペーシャ)の、自身の攻撃で壊した覚えのないの右足の損傷を、信じられない様子で見つめる。

 

(あの男……わざわざ動けない人形を……)

 

 スケアクロウは邪魔でしかない人形を連れて逃亡していたかもしれない男の行動を侮蔑する。それと同時に一つの策が彼女の頭に浮かぶ。

 正直なところ、自身の策が通じるかどうか賭けだ。しかし、打てる手段が他にない。スケアクロウは拘束されているPPSh-41(ペーペーシャ)の首を掴む。

 

「役立たずのお人形……私のお役に立ててもらいますよ」

 

 

 

 

 

 グレイヴとエクスキューショナーの戦いは未だ続く。エクスキューショナーは斬撃を出し続け、グレイヴを圧倒する。しかし、グレイヴには焦りはなかった。

 エクスキューショナーの攻撃は確かに強力で範囲もでかいが、直線的すぎるが故に読みやすい。ブレードの向き、剣を持つ手首の向きを見極めれば回避は容易だった。更に、エクスキューショナーの動きが遅くなってきている。エクスキューショナーは疲弊しきっており、決着が近づきつつあるのをグレイヴは感じた。

 

(当たらねぇ……!)

 

 エクスキューショナーはグレイヴが自身の攻撃を見切り始めているのに気づく。その証拠に斬撃の衝撃波の範囲を見極め、回避の動きが小さくなっており、反撃もし始めている。なんとかグレイヴの動きをよく観察し、攻撃を全力を費やしてかわす。

 わずかに両者の間合いが広がり、それを詰めるためにエクスキューショナーは脚を踏み込み──、膝から力が抜け、バランスを崩した。

 

(しまっ──)

 

 限界を迎えたエクスキューショナーは、こちらに銃を向けるグレイヴを見る。エクスキューショナーは0秒後に迎える自身の死を明確に感じ取る。

 ──その刹那、両者の間にレーザーの光跡が走った。

 

(新手──!)

 

 グレイヴはレーザーが放たれた方向を見て、目を見開いた。

 

「止まりなさい、死体男(デッドマン)。さもなくばこの人形を破壊しますわよ」

 

 そこには浮遊し、同じく浮遊するビットを操るマスクをつけた少女と、それに率いられた鉄血兵に捕まるPPSh-41(ペーペーシャ)の姿があった。




後書き、補足
・グレイヴとエクスキューショナーの攻防
なんだかボスのグレイヴに挑む挑戦者エクスキューショナーみたいな構図になってしまった。いささか自分のバイアスが強くて、グレイヴとの力量差を大きくつけすぎたかもしれない。


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1-18 GUN&SWORD→SCARECROW

 スケアクロウと人質にされたPPSh-41(ペーペーシャ)。突然の両者の出現にエクスキューショナーが吠えた。

 

「おいっ、スケアクロウ!どういうつもりだ!?」

「見ればおわかりでしょう?あなたの手助けですが?」

「そんなもんオレには要らねえ!ふざけたことは止めろ!」

 

 スケアクロウはため息を吐いてエクスキューショナーを睨む。

 

「ふざけているのはあなたの方ですよ、単細胞」

「ッンだとっ!?」

「自分の無様なナリを確認なさい──長時間の全力稼働と加速装置の過剰使用による自傷と、防御を超えて蓄積したダメージで消耗した素体とオーバーフロー寸前の演算用回路。おまけに最後の足元のふらつき。私が出てこなければやられていましたのよ」

「チッ・」

 

 エクスキューショナーは舌打ちする。図星だったため、何も言い返すことはできずに、歯噛みする。

 黙ったエクスキューショナーを一瞥して、スケアクロウは改めてグレイヴに向き直る。

 

「さて──死体男、まず銃を捨てて大人しくなさい。言うことさえ聞けばそこの人形の安全は保証しましょう」

「グレイヴさんっ!私のことはいいですから、気にせずやつ──うっ!?」

「あなたには聞いていませんわ、ボロ人形」

 

 鉄血兵を操り、拘束するPPSh-41(ペーペーシャ)の腹部を殴って黙らせるスケアクロウ。その様子をグレイヴはじっと目を細めて睨んだ。

 

「どうしました?やはりメンタルのバックアップがある彼女を見捨てますか?私はそれでも構いませんが……」

 

 スケアクロウとしては正直、この人質策が通用するとは思い切れていない。グリフィンの人形には替えがきく。いくら一緒に逃亡していたとはいえ、男が自らを犠牲にしてまで、この人形を助けようとするかどうか──。不確かな賭けをすることに内心、スケアクロウは嫌悪感を持っていた。

 そんなスケアクロウの気持ちに反して、グレイヴはケルベロスを躊躇なく地面に投げた。二挺の巨銃が地面を滑り、カラカラと乾いた音を立てる。

 グレイヴ以外の三人が、信じられない様子でグレイヴを見つめる。

 グレイヴの顔からは焦りや怒りの感情が読み取れない。泰然自若──これから自分がどうなってもいいという覚悟と諦め、その両方を秘めているようなひどく落ち着いた表情だった。

 

「あなたの愚かなご英断……感謝致しますわ」

 

 スケアクロウはそういって、右手のタクトを振るう。それによって操作された二機のビットから放たれたレーザーが、グレイヴの両足を焼く。

 

「・・っ」

 

 グレイヴはわずかに呻き、ふらつく。しかし、焼かれた足の傷は急速に塞がれる。

 

「本当におかしな修復能力ですね」

 

 スケアクロウは再びタクトを振るい、今度はビットのレーザーを連射する。何十発ものレーザーを足に受けたグレイヴは、流石に耐えきれずに、膝から崩れ落ちた。

 

「グレイヴ……さんっ……」

 

 PPSh-41(ペーペーシャ)は無駄だとわかりながらも、拘束を解こうと鉄血兵の腕の中でもがく。嬲られるグレイヴを哀れみ、また自身が捕まったことによる後悔で彼女は涙ぐんでいた。

 両脚を焼かれうずくまるグレイヴだが、傷は塞がり始めている。その様子を、スケアクロウは辟易としながら見つめる。

「……」

「これでは埒があきませんわ……エクスキューショナー」

「……ぁんだよ」

「四肢を切断なさい。それくらいならできましょう」

 

 スケアクロウは隣に来たエクスキューショナーに残酷な指示を飛ばす。

 

「いやだね」

「はっ?」

「白けた……あとはてめえが勝手にやれ……」

 そう言ってエクスキューショナーは周辺を警戒する。ただ単にふてくされ、そっぽを向いているだけのようだ。

 スケアクロウはエクスキューショナーと組んでから、何度目になるかわからない溜め息を吐いた。

 エクスキューショナーは正々堂々とした戦いを好む。それ故に、人質をとるなどの卑怯だと思われる作戦を毛嫌いする傾向にあった。

 くだらない、とスケアクロウは思う。道理無き戦場で、正々堂々など──。

 

「まあ、いいでしょう・・・直にダミーの増援もこちらにきます」

 

 スケアクロウはタクトで、いくつものビットの銃口をグレイヴに向ける。グレイヴを見るその目はとても冷たい。

 

「到着した増援で、動けなくなるまであなたをいたぶり、連れ帰るとしましょう……それまでは精々耐えなさい、死体男」

 

 ビットの銃口が光る。

 レーザーが放たれる瞬間──、丘を隔てた向こうで爆発と煙が上がった。

 

「「「!?」」」

「きゃっ!?」

 

 爆発の方向を見る三人。それと同じくして、PPSh-41(ペーペーシャ)を拘束する鉄血兵が機能を停止し、拘束を解かれたペーペーシャが地に落ちて、短い悲鳴を上げる。

 ハイエンド二体には爆発した場所に心当たりがあった。

 

「司令所が・・」

 

 鉄血のダミー兵は、前線司令所から送られる指揮信号による指示で作戦行動をとる。その司令所がつぶされたということは、周辺の鉄血兵は無力化したことを意味していた。そして、その司令所を破壊する存在はひとつしかなく、それを示すかのように、ハイエンドの二体は複数の人形の信号を感じ取った。

 

「グリフィンの部隊・・」

「馬鹿な・・・ここはオレ達の占領区域内だ!・・なんでここまで入り込んだ!」

 

 突然の襲撃を予知していなかった二体は動揺しながらも、思わしくないであろう状況の再確認を行う。スケアクロウは鉄血兵が機能を停止した為、ビットの一部をPPSh-41(ペーペーシャ)に向けて、グレイヴの動きを封ずる。

 ──その時、スケアクロウを狙った銃弾が銃声と共に飛来した。

 

「!──スケアクロウ!」

「!?」

 

 スケアクロウへの狙撃に反応したエクスキューショナーが、彼女の前に立ち銃弾を防ぐ。

 間髪入れずに、エクスキューショナーは視覚を望遠モードに切り替え、飛んできた銃弾の弾道予測地点の先を睨む。エクスキューショナーは弾道予測地点である屋敷の窓辺に、アサルトライフルを構えて立つもう一つの標的対象である黒髪の少女を見た。

 

「・・M4っ・・っ!」

 

 エクスキューショナーの口から出た人物に、うずくまるグレイヴは目を見開く。エクスキューショナーもまた、新たな獲物の出現にその眼光を光らせる。

 

「あっちからわざわざ来るとは──探す手間が省けたぜ!」

「!?──待ちなさい、エクスキューショナー!」

 

 スケアクロウの制止を聞かず、エクスキューショナーはM4のいる屋敷へ駆けた。スケアクロウは舌打ちする。

 スケアクロウは状況を分析する──エクスキューショナーが向かった屋敷には恐らくM4以外の人形が待ち受けている。傷ついた彼女では、やられる可能性が高い。また、自分の元にもグリフィンの部隊が向かってくる。多勢に無勢で嬲られるのは明白だ。

 

(撤退するしかないでしょうね……)

 

 スケアクロウはビットの銃口をペーペーシャに向け、グレイヴの動きを見張りつつ、撤退の機を窺う。スケアクロウはふわふわと足元を浮遊させ、後方に下がる──突如、PPSh-41(ペーペーシャ)に向けられていたビットが銃撃された。

 

「!?」

 

 スケアクロウはビットが撃ち落とされたことに気を取られる。──その隙をついて、グレイヴは地面に転がるケルベロスの方へと駆け出した。

 

「!?させませんわ!」

 

 走るグレイヴに気付いたスケアクロウは、残ったビットを飛ばす。グレイヴが巨銃を拾うより速く、ビットで撃ち抜けるとスケアクロウは確信し──銃声と共に、自身の胸に走った痛みでその余裕が消えた。

 

「な……」

 

 スケアクロウは胸部に空いた穴を見下ろした後、視線をグレイヴに向ける。そこには拳銃──AR小隊との模擬戦で使われ、予備として隠し持っていたP220を構えるグレイヴの姿があった。

 グレイヴはP220を連射する。銃弾はスケアクロウの胸部、腹部、そして頭部へ被弾し、9発全てを撃ち切ったグレイヴは様子を見守る。

 よろめいたスケアクロウだったが、倒れずにその足を踏ん張る。鉄血のハイエンドモデルの中では戦闘能力は劣るが、それでもハンドガンの銃撃では倒しきれなかったようだ。

 

「……舐め……ないでください……」

 

 鉄血のエリート人形という自負心が、彼女が倒れることを許さない。スケアクロウは普段の冷たい瞳からかけ離れたぎらついた目を覗かせ、タクトを振るってビットを操る。──その横でピンッと子気味良い、不吉な金属音をスケアクロウは聞いた。

 

「舐めないで……は……」

 

 スケアクロウは真っ青になりながら音のした方を見る。その瞳に、倒れるPPSh-41(ペーペーシャ)が懐から取り出していた手榴弾を投げようとする姿が映った。PPSh-41(ペーペーシャ)はこれまでの悔しさと怒りをその瞳に乗せてスケアクロウを睨む。

 

「私の言葉です!」

 

 掛け声とともに、手榴弾が投げられる。手榴弾が目の前にきたスケアクロウは回避が間に合わないと、半ば本能的に悟る。

 ──爆発する直前、PPSh-41(ペーペーシャ)は自身の上に覆いかぶさるグレイヴを見た。

 手榴弾が爆発し、噴煙が上がる。しばらくして薄くなった噴煙の中心からスケアクロウだったものが見えた。至近距離の爆発で、素体の上半身が吹き飛び原型を留めておらず、ぐしゃりと地面に倒れた。

 爆発の近くにいたPPSh-41(ペーペーシャ)はグレイヴに守られ、これ以上の損傷はない。代わりに、グレイヴの背中は爆発で焼かれ焦げ臭い嫌な臭いが上がった。

 

「グレイヴさん……」

「……」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 PPSh-41(ペーペーシャ)は泣きながらひたすらグレイヴに謝った。そんなPPSh-41(ペーペーシャ)を慰めるように、グレイヴは抱き留め背中をポンポンと優しく叩く。

 PPSh-41(ペーペーシャ)を抱きながら、グレイヴはひとつの民家を見る。

 銃弾が飛んできた方向であろう民家にいるスケアクロウのビットを狙撃した何者か。その正体はわからないが、グレイヴとPPSh-41(ペーペーシャ)を助けてくれたことに変わりはなく、感謝を視線に込めてじっと見つめた──。

 

 

 

 

 

──時間を少し遡る。

 屋敷へと突進したエクスキューショナーはブレードを振るって、屋敷の壁を豪快に破壊する。破壊した屋敷内に侵入したエクスキューショナーはアサルトライフルを構えるM4と視線を合わす。

 

「捕らえられに来るとは殊勝だな!M4!」

「……っ!」

 

 エクスキューショナーが斬撃を飛ばす。M4はそれをかわすと身体を斜め後方に倒し、人間では不可能な姿勢制御を駆使してバック走しながら銃撃する。

 その銃弾をブレードで弾きながら、エクスキューショナーは接近する。壁まで押し込まれたM4は扉が壊れた部屋へ入り、壁にその身を預ける。

 

「隠れてももう遅い!終いだ、型落ち人形!」

 

 エクスキューショナーがブレードを横薙に構える。その姿をM4は覗き見る。

 横薙の一閃。エクスキューショナーは壁ごと部屋内を蹂躙する。だが──。

 

(軽い!?)

 

 刃から伝わる感触が、エクスキューショナーがM4を斬り損じたことを伝える。その時、エクスキューショナーはドア枠から倒れ込んで上半身を出し、床に伏せながらアサルトライフルの銃口を向けるM4を見た。

 

「お終いよ、鉄血のクズ」

 

 アサルトライフルが火を噴く。両脚の関節部分を見事に撃ち抜かれたエクスキューショナーは背中から倒れる。

 

「チッ!」

 

 立ち上がったM4は、エクスキューショナーのブレードを持つ右腕に狙いを定める。させまいと左手のプラズマハンドガンで反撃しようとするエクスキューショナー。だが、横からの射撃でハンドガンは弾き飛ばされた。

 

「なにっ!?」

 

 エクスキューショナーは視線を左右に向ける。そこには壊れた壁の隙間からアサルトライフルを構えるAR小隊のAR-15とM16、SOPⅡが映った。

 

(待ちかまえられていた!?)

 

 気づいたがもう遅い。反撃の手段を失ったエクスキューショナーはなすすべなく、M4に右腕を破壊される。M4はエクスキューショナーを見下ろし、銃口をエクスキューショナーの眉間に当てる。

 

「剣を振る動きが遅すぎたわ、グレイヴさん相手に消耗したみたいね」

「グレイヴ?……そうか、あいつはグレイヴつっーのか」

 

 エクスキューショナーは、戦った男の名を始めて聞き笑う。これから殺されるというのに、嬉しそうに笑った。M4は怪訝な顔をして尋ねる。

 

「これから殺されるのに随分余裕ね」

「貴様も知ってるだろ?オレたちはこの程度じゃ消滅しないって」

「……」

「おいっ、あいつに伝えろ……今度は再殺(ころ)してやるってな」

「無理よ……お前如きじゃグレイヴさんは倒せない」

 

 冷たくあしらったM4はアサルトライフルを連射する。無惨に頭部の上半分を吹き飛ばされたエクスキューショナーは笑みを浮かべたまま、機能を停止した。M4はふーっと、息をもらす。

 

「この馬鹿っ!」

 

 ──突然、M4はM16から後頭部を叩かれた。それと同時にAR-15とSOPⅡもM4に詰め寄る。その顔はみんな怒っていた。

 

「あんた……いきなり合図もなく発砲するとかどういう訳!?」

「おかげでフォローに入るまで慌てたんだよ!?危ないじゃん!?」

「ハイエンドモデルと単体でやり合う馬鹿がどこにいるんだ!?ここかっ!?ここにいるなっ!?」

「ご……ごめんなさい……」

 三人に言葉責めされ、M4は後頭部をさすりながら謝る。

 先程のスケアクロウを狙った射撃は、M4の独断専行だった。屋敷で配置についたM4たちがスケアクロウに嬲られているグレイヴを見つけM4は激怒、気付けば既に引き金を引いており、他の隊員はひどく慌てた。

 そんなM4たちの耳に爆音が響く。どうやらグレイヴのいる所で手榴弾が爆発したようだった。気を取り直したM4が指示を飛ばす。

 

「急ぎましょう・・グレイヴさんを助けに」

 

 

 

 

 PPSh-41(ペーペーシャ)が落ち着くのを待つグレイヴの元へ、誰かが近づく。

「……グレイヴ……ペーペーシャ……」

「スコーピオン」

「スコーピオン!無事だったの!?」

「なんとか……ごめん、さっきまでフリーズしてた」

 

 それはスコーピオンだった。鉄血の狙撃で右腕を吹っ飛ばされた彼女は衝撃で意識を失っていたようだった。彼女は残った左手で欠損した右腕を抑え、乾いた笑いを浮かべる。

 

「ボロボロだね、あたしたち……でも、勝ったんだよね……あたしたち」

「……」

 

 グレイヴは無言でスコーピオンの頭を撫でる。よく頑張ったと褒めるように、労わるように優しく撫でる。一通り撫でられたスコーピオンは彼方を見る。

 

「見てグレイヴ、ペーペーシャ……グリフィンのみんなだ……」

「ああ……」

 

 PPSh-41(ペーペーシャ)は感嘆の声を上げる。そこにはこちらに向かってくる大小様々な銃を持った少女たちが見える。

 グレイヴは近づいてきたグリフィンの人形たちにPPSh-41(ペーペーシャ)を引き渡す。

 

「頼む……」

「いや、あんたもボロボロじゃん」

「……」

 

 PPSh-41(ペーペーシャ)とスコーピオンを人形たちがタンカに載せる準備をする。その時、グレイヴはこちらに近づいてくるAR小隊に気づき、そちらの方に目を向ける。

 

「グレイヴさんっ!」

 

 M4が名を呼ぶ。M4の無事な姿にグレイヴは安堵する。

 

「無事か?」

「っ!──こんな時くらい自分の心配をしてください!ボロボロじゃないですか!?」

 

 グレイヴの気遣いの言葉にM4は涙ぐむ。M4のいう通りグレイヴの身なりは弾痕と血泥でひどく汚れ、穴だらけだった。グレイヴは、M4の頭を撫でてAR小隊を見回す。他の3人の無事なようでグレイヴは安堵の微笑を浮かべ、M16とSOPⅡも笑いを返す。こうして、グレイヴとAR小隊の綿々は再会を果たすことができた。

 

 ──AR-15だけは一歩離れたところで、グレイヴをじっと見つめていた。隠しきれない怒りを込めて。

 

 

 

 

──???

 

「早く行こうよ416~、絶対あいつに気づかれてるよ~」

「わかってるわよ──私も早くこんな所からおさばらしたいわ」

 

 416は不機嫌そうに返事する。そんな416に通信が入った。

 

「……何?」

『ごくろうさま~416。目標は無事M4とM16、他二人と合流できた~?』

「あんた……絶対、わざと言ってるわよね」

『ん~、なんの事?私はただ任務の遂行状況を確認しているだけよ~』

「死ね45」

 

 通信機から聞こえる不愉快な声に、416の機嫌は更に悪くなる。

 

「……目標はAR小隊とグリフィンの部隊と合流。さっき教えた座標は役に立ったようね」

『ええ、座標をAR小隊の生みの親に教えた。おかげでグリフィンの救援部隊も向かわせることが出来た──さすが私たち唯一の優秀なエリート人形ね』

「わたしだって頑張ったよ45~」

『はいはい、良くやったわG11」

 

 416は溜め息をつく。動きが遅いG11を抱え、416はこの場を去る。

 

「撤退するわ。これで今回の仕事は完了ね」

『ええ、依頼主に伝えておくわ──借りは返した、ってね」




補足、後書き

・404について
公式コミカライズだとM4は約50日以上、S09地区内を彷徨っている。早く発見してもらうには、404小隊に探してもらうのが一番だったというメタ的な理由。依頼主についてはおいおい。

ようやくチャプター1の終わりが見えてきました。更新が遅いだらしない筆者ですまない……。


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1-19 グリフィンの基地へ

新年あけましておめでとうございます。ドルフロもアニメが始まったようですね。あと今回の話でやっと指揮官が出るよ


「この馬鹿」

 

 グリフィンに救助されたグレイヴは、そのままヘリで16LABの研究所に向かい、およそ2週間ぶりに再会したペルシカの開口一番がこれである。

 

「言ったわよね・・・AR小隊と共に脱出。難しかったら、M4だけでも連れてきてって。忘れてたの?」

「……」

 

 グレイヴを指差しながら詰め寄るペルシカ。グレイヴは言われるがままである。

 ペルシカの目元のクマはいつも以上にドス黒い。声もガラガラで、頭に生えた謎の獣耳は左右とも後ろ向きになっている。いつも以上にくたびれた様子で、かつ不機嫌だった。

 

「AR小隊は、状況に応じて作戦プランをいくつか立ててたのよ。その中には、M4単独でグリフィン基地に救援をお願いするっていうのもあったわ」

「……聞いていなかった」

「でしょうね」

 

 ペルシカはそう言ってビーカーに入ったどす黒いコーヒーを飲み干して、グレイヴに向き直る。

 

「口が固いのは良いことだけど、言葉が足らないと大事なことも聞けないから取り返しがつかなくなることだってあるのよ……わかる?」

「……」

「こっちは本当に大変だったわ――グレイヴだけ残ったって聞くわ、M4たちから救援のお願いされるわ、でヘリアンとクルーガーには借りを作りっ放し……まあ、おかげで面白……優秀なグリフィンの指揮官には知り合うことができたのは良かったけれど……」

 

 鬱憤が溜まっていたのであろう、ペルシカは気だるげに、かつ棘があるような声音でまくし立てるように喋る。耳が痛くなる内容にグレイヴは押し黙る。

 

「でもあなたのおかげでAR小隊は欠けることなく戻ってきてくれたわ……ありがとうね」

「……」

 

 ペルシカの感謝の言葉に場の空気が緩む。

 

「だからヘリ一機失ったのは気にしていないわ。ええ、本当に気にしていないから」

「……」

 

 痛いところを突かれたグレイヴは気まずくなって口を僅かに歪める。

 一通り愚痴をぶちまけたペルシカは、ようやく落ち着いたのか一息つく。そして、血液交換用装置の椅子を指さす。

 

「さあ、座って。とっくに交換サイクル過ぎてるから、早くやるわよ」

 

 

 

 

 

 血液交換の終了のブザーが鳴り、グレイヴもまた目を覚ます。一通り身体を動かし、異常がないことを確認したグレイヴはシャツを着ながらpcの画面を凝視するペルシカの隣に移動する。

 ペルシカは眉を寄せ、唇を少し尖らせている。腑に落ちない、解せないというような、何か納得していない様子をグレイヴは感じた。ペルシカは口を開く。

 

「ねえ、グレイヴ。S09地区内で血液交換した?」

 

 出来るわけがない、とグレイヴは首を横に振る。

 

「そうよね……んんっ……?」

 

 ペルシカは小さいうなり声をしばらくあげた後、何かを思い出してPC画面から目を離す。

 

「そうだった・・・グレイヴ、行くわよ」

「……?」

「S09の前線基地。あなたの救援作戦を行ったグリフィンの基地よ」

 

 

 

 

 

「AR小隊はね、しばらくグリフィンに預けることにしたの」

 

 ヘリに揺られながら、グレイヴはペルシカの話を聞く。

 

「今回の一件もあるけど、AR小隊単独だとできる作戦行動に限界があったから……グリフィンと共同で作戦する為の練習と、個々の成長には必要かなと思って……」

「……」

「今は救援作戦を行った基地の司令官に指揮権限を移譲しているの……新人の指揮官だけど、なかなか優秀なのよ……ほら、見えてきたわ」

 

 グレイヴはヘリの窓の外を見る。囲んだ塀により区画ごとに分かれた敷地、軍用の車両や飾り気のない外壁の建物が複数見える。

 

「S09地区794基地……暴走した鉄血との最前線で戦うグリフィンの基地のひとつよ」

 

 ヘリから降りたグレイヴとペルシカをオレンジ色の髪をサイドポニーにした少女が出迎える。

 

「ペルシカリア様とグレイヴ様ですね。遠方からお疲れ様です!私はカリーナ!この前線司令部の後方幕僚です!」

「救援作戦では世話になったわ。ペルシカよ、よろしく。様はいらないわ」

「こちらこそ!16LABの主席研究員であるペルシカさんに会えて光栄ですわ!」

 

 ペルシカとカリーナは互いに握手を交わす。グレイヴはまだ年若いカリーナの出現に困惑する。

 

「それより指揮官は?いるんでしょう?」

「ああ~……指揮官さまですか……」

 

 ペルシカから指揮官の所在を聞かれたカリーナは言葉を濁す。

 

「今回の救援作戦で徹夜していて、休憩中なんですが……」

「こっちも忙しいの。早く会わせて」

「……わかりました。ではこちらへ」

 

 ペルシカに促され、カリーナは案内する。グレイヴもそれに続いた。

 

 

 

 

 

「ペルシカさん、グレイヴさん」

 

 基地内に入った二人に声を掛けたのはM4だった。M4の後ろに他のAR小隊の三人が続く。

 

「あら、M4。出迎えご苦労様」

「いえ、少し遅れました……カリーナさん、ありがとうございます」

「いえいえ!仕事ですから」

「グレイヴさんも身体の方は大丈夫ですか?」

「……」

 

 グレイヴは肯定の意味を込めて頷く。

 

「これから指揮官に会いに行くところなの」

「では、同行します」

 

 AR小隊も合流し、共に指揮官の司令室へ向かうことになった。案内されている最中、グレイヴはカリーナの背中をじっと見つめる。その視線に気づいたカリーナは振り返った。

 

「グレイヴさん、私に何か……?」

「……あの二人は?」

「はい?」

「……スコーピオンとペーペーシャは大丈夫か?」

「ああ!あの二人なら現在修復中です。損傷は激しくて時間はかかりますが、問題なく復帰できますわ」

「……そうか」

 

 二人が無事なことにグレイヴは安堵する。

 

「損傷した二体の人形と共に脱出した要救助者――グレイヴさまのことはこの基地で話題になっているんです」

「……」

「自らのみならず人形の仲間とも共に脱出――この場を借りて感謝いたしますわ」

「……いや」

 

 カリーナからお礼を言われて、グレイヴは軽く返事をする。

 しばらく基地内を進み、一行は射撃場を通る。最後尾にいるグレイヴは興味を示して場内の様子を見る。

 恐らく戦術人形であろう少女、女性たちがサブマシンガン、ハンドガン、アサルトライフルなど千差万別の銃を握り、的となっているロボットに射撃している。

 豊富な銃の種類の有無と、女が銃を握っている光景を除けば、生前のマフィア時代の射撃場での訓練をグレイヴは思い出す。しかし同時に、彼の頭に疑問が浮かぶ。

 

「グレイヴ、なんか気になることでも?」

 

 グレイヴの射撃場を見る視線に気づいたM16が声をかけた。

 

「何故、鉄血と同じ装備を使わない?」

 

 グレイヴのいる今は2062年――更には、実際に鉄血の人形兵とハイエンドモデルと戦闘したグレイヴは鉄血が使った高性能な装備を目の当たりにしている。

 弾速は速く、威力も大きく、リロードが極力必要ないエネルギー式の鉄血の装備。2062年という年代を考えれば、M4やスコーピオンという銃はあまりにも古い。PPSh-41(ペーペーシャ)などグレイヴ(1990年代の人間)から見ても骨董品である。

 グレイヴの事情を知るM16は合点がいったように口を開く。

 

「ああ。そりゃ鉄血の兵器が軍用で、私たちグリフィンが民間軍事会社(PMC)だからだよ」

「……?」

「AIが暴走する前の鉄血工造は軍に製品を納入していた。だから鉄血の装備は最新で強力なんだ」

「……」

「当然だが民間人、民生人形が軍用兵器を使用することは法律で禁止されてる。だからわざわざ50年以上前の武器を掘り起こして使っているのさ、私たちは」

 

 納得がいったようにグレイヴは頷く。だが新たに疑問が生まれる。

 

「どうしてグリフィンが鉄血と戦ってる?軍はいないのか?」

「軍は色々忙しいんだよ――国家システムが崩壊した現代じゃあ、自分たちの利益となるところを守るのに手いっぱいなのさ」

「……」

「鉄血が暴走して鉄血工造が管轄していた地域は奪われた。……北蘭島事件で狭くなった人類の居住権を取り返すのは急務だ――だから、私たちは戦っている」

「……人の代わりに?」

「……ああ、そうさ」

「みなさん!こちらが司令室ですよ!」

 

 カリーナの声にグレイヴはそちらの方を向く。

 司令室の扉をノックもなく開いたカリーナ。ズカズカと遠慮なく部屋に入るペルシカとカリーナに、困った様子でAR小隊の面々とグレイヴはそれを眺める。

 部屋へと入ったグレイヴたちは辺りを見回す。指揮官らしき人物は見当たらず――否、ベッドの上の布団が不自然に膨らんでいるのが見える。

 ベッドに近づいたカリーナは容赦なくシーツを剥がした。

 

「指揮官さま!お客様です!起床のお時間はとうに過ぎてますよ!」

「あとちょっとだけ、カリーナ!昨日の作戦で徹夜してるの!」

「その作戦の報告書を書いたのは私です!徹夜しているのは私も一緒ですわ!」

 

 布団の中から出てきたのは、カリーナと同年代の、まだあどけなさが残る顔をした金髪の女性だった。

 

(若いな……)

 

 グレイヴはカリーナと会った時と同様に驚く。指揮官と呼ばれているからには、それなりに年季が入った人物が出てくるであろうという想像を覆されたからである。

 グレイヴの心情をよそに指揮官はペルシカを確認するなり、怯えた表情を浮かべた。

 

「こんにちは、指揮官さん。元気してた?」

「ひっ!?……ペルシカさん」

 

 ペルシカの気だるげな挨拶とは対照的に、指揮官は軽い悲鳴を上げる。何かしたのか、とグレイヴはペルシカを疑惑の目で見つめる。

 

「何よ、人の顔を見るなり失礼じゃない?」

「それは……お使いや実験と称して、ペルシカさんが何度もうちの人形部隊に出撃させたからですよ!」

「その節はすごく助かったわ。ありがとう」

「どういたし……じゃないです!頻度が多すぎるんです!報告書作成中に実験依頼、任務が終わって部隊を帰還させたと思ったら再出撃命令。就寝しようとしたら、連絡が入って……ここ一週間、私はろくに休めませんでしたよ!」

 

 指揮官はペルシカに不満をぶちまける。昼夜問わず幾度もかかってきたペルシカからの通信でのお願いにより、ペルシカの名前と顔は、指揮官のトラウマとなっていた。

 

「ははは……ゴメンネ」

「……」

 

 平謝りするペルシカを見つめるグレイヴに、M4とAR15は近づき、小声で話しかける。

 

「ペルシカさんはお使いと言ってますけど、本当はグレイヴさんの捜索の為だったんです」

「行動予測から当たりをつけて捜索してたんだけど、情報が少なかったから大変だったわ」

 

 グレイヴも少なからず、ペルシカの意図に気づいていた。迷惑をかけた自分を彼女なりに助けようとしてくれたことに、グレイヴは内心、感謝する。

 

「でもペルシカさんが、急にグレイヴのいる場所を見つけて連絡してきたんだよね……どうやって見つけたんだろう?」

 

 SOPⅡの疑問を聞いたグレイヴに、スケアクロウを撃破する際に援護した謎の存在が脳裏をよぎる。M16もまた表情を変えずに左目をわずかに細める。

 その会話の最中に、ベッドの中から這い出てきた指揮官がグレイヴに向き直る。

 

「始めまして、グレイヴさん。私はミラ・A・バルザック。この794基地の指揮官で、あなたの救出作戦である『角砂糖』作戦の責任者です」

 

 自己紹介と共に、ミラは手を差し出す。

 

「……ありがとう、世話になった」

 

 グレイヴもまた手を出し、握手を交わす。手に触れた瞬間、ミラは眉をピクリと動かす。

 

「こちらこそ――グリフィンの仲間であるスコーピオンとペーペーシャを救出してくれたこと、感謝します」

 

 ミラは微笑みながら、グレイヴに礼を述べる。

 

「ところで、今回はどういったご用件でこちらへ?」

「?」

「あっ。そういえば言い忘れてた」

 

 ミラの疑問に、ペルシカが前へ出て説明する。

 

「この基地でどこか場所を借りたいの。そうね。……極力、人通りのない場所が好都合なんだけど」

「……カリーナ。どこかある?」

「ちょっと待ってください――」

 

 カリーナはそう言って、基地内で使用されていない部屋などを端末で調べる。カリーナが調べている間に、ミラが質問する。

 

「ちなみにですが、間借りの目的は?」

「待ち合わせよ。クルーガーと会う約束をしているの」

「なるほど……えっ?」

「えっ?」

 

 ミラとカリーナが同時に止まり、AR小隊も驚きで固まる。グレイヴだけが状況をわかっていなかった。

 

「しゃ――社長が来るんですか!?」

「静かに……クルーガーがここに来るのは極秘なの。指揮官さんとは会う時間はないし、要件済ましたらすぐ出戻るそうよ」

 

 クルーガー――グリフィン(PMC)の経営者か、とグレイヴは思い至る。それほどの人物が何故ここへ来るのか、グレイヴにはわからなかった。

 考えるグレイヴに、ペルシカは彼の顔を見る。

 

「要件はあなたよ、グレイヴ……あなたに興味があるって」




あとがき

他のゲームの話で申し訳ないですが、先月、FGOで二部6章クリアしました。一言じゃ言い表せないくらい、色々すごかったです。最高でした。

次の話でチャプター1は完結予定です。


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1-20 ようこそ、少女たちの前線へ

大型ストーリーイベが始まりましたね。反逆小隊のスーツスキンください。


 ――執務室

 この基地の指揮官であるミラと後方幕僚のカリーナは、事務作業をしながら、会話している。話題はグレイヴとクルーガーとの会談についてだ。

 

「この基地に社長が来るなんて……グレイヴさんってそんなVIPな人なんですかね~?」

「そうかもね……」

 

 カリーナの話をミラは、自らの右手をじっと眺めながら生返事で返す。なにか考え事をしているだろうとカリーナは察した。

 

「どうしたんですか、指揮官様?」

「……ねえ、カリーナ。グレイヴさんってどんな感じの人だった?」

「えっ?うーん、そうですね……」

 

 質問されたカリーナは、グレイヴの初対面を思い返す。

 

「第一印象は無口でおっかなそうでしたけど……声の感じとか、スコーピオンさんやペーペーシャを心配していたので、誠実で優しい人かもしれないって思いましたね」

「……」

「でも左目の傷跡とかS09地区内で逃げてきたところからして、絶対カタギの人じゃないですよ……」

「そうね……今回の作戦も色々、不可解なことが多かったわね」

 

 そう言って、ミラは天井を見上げる。ギギッと、ミラが座る椅子の背もたれから音が鳴る。

 

「16LABの主席研究員であるペルシカさんからの依頼。しかも、救助対象はペルシカさんが指揮し、何らかの任務を遂行していたAR小隊の人形ではなく、ペルシカさんの客人ということ以外、素性がわからない男。グレイヴっていう名前も明らかに偽名っぽいし、怪しさしかないわね」

「そうですね」

「それにさっき握手した時、驚いたわ。すごく冷たくて固かった……体温なんてまるでなかった」

「実は人形とかですか?」

「それはないと思う……むしろ幽霊かな」

「幽霊?」

「あの人、なんだか生気がないというか……存在感が希薄というか……」

「ええ~。指揮官様って自称、霊感持ちですか?」

「書類、増やしましょうか?カリーナ」

「ごめんなさい、今夜は寝たいです」

 

 青ざめたカリーナを尻目に、ミラはまた自らの右手を見る。握手した時に触れたグレイヴの右手。

 ──気のせいだろうか。その右手から死臭が漂った気がしたのは……。

 

 

 

 

 

 ――基地・倉庫

 グレイヴとペルシカは、ミラがあてがった倉庫でクルーガーを待っていた。この倉庫は未使用であり、人気もほとんどない為、密会場所としてちょうど良かった。

 しばらくして、ヘリのローター音が倉庫の壁越しから聞こえ、更にしばらくして、こちらに近づく車のエンジン音が聞こえてきた。どうやら件の人が来たらしい、とグレイヴとペルシカは察する。

 車が近くで停止し、数分ののち、倉庫のドアが開く。入ってきたのは、眼鏡をかけた黒髪の女性と、その後ろに続く髭をたくわえ、右の頬に傷痕がある屈強な男性だった。

 

「久しぶりね、クルーガー。ヘリアン」

「すまない、待たせたようだ」

 

 挨拶はそこそこにして、男はグレイヴの正面に対面し、その後ろに女が控える。

 

(退役軍人か……)

 

 男の風貌と鋭い気配から、グレイヴは男の前職を察する。男もまた、グレイヴを観察していた。

 

「グリフィンの最高責任者、クルーガーだ」

「上級代行官のヘリアントスです」

 

 男と女──クルーガーとヘリアンがそれぞれ自己紹介する。

 

「グレイヴだ……救助の件、感謝しています」

「構わない。なんといってもペルシカから要請だ……貴様についても、色々と聞いている」

「……」

「ビヨンド・ザ・グレイヴ――200X年に活躍した、ネクロライズと呼ばれる謎の技術によって、人間の死体から造られた死人兵士……にわかには信じられん話だ」

 

 グレイヴはペルシカを睨む。ペルシカは居心地が悪くする。

 

「しょうがないじゃない……あなたについての情報を教えない訳にはいかなかった。グリフィンの部隊を動かしてもらうのはそうするしかなかったの」

「あまりペルシカを悪く思わないでくれ。こちらから貴様のことを聞いたのだ──貴様の素性については機密事項にしている。知っているのはここにいる我々と、AR小隊だけだ」

 

 グレイヴはため息をつく。知られてしまった以上、あとの祭りだ。

 

「AR小隊との模擬戦記録と作戦記録、うちの所属人形であるスコーピオンとペーペーシャの作戦記録は閲覧した……凄まじい戦闘能力を持っているようだな……我々(グリフィン)や鉄血の人形を超えるほどの──」

「──要件は?」

 

 クルーガーの言葉を遮って、グレイヴは本題に入るよう促す。ヘリアンは、口を挟んだグレイヴを睨むが、クルーガーは気にした様子はなかった。

 

「そうだな。単刀直入に言おう──グリフィンに入らないか?無論、戦闘員として」

 

 グリフィンへの勧誘。クルーガーの言葉に、ヘリアンは表情を曇らせる。やっぱりか、と思いつつ、ペルシカは成り行きを見守る。

 

「事情は知っているだろう・・我々は現在、暴走した鉄血と戦っている……」

「……」

「鉄血は非常に強力で、数も多い。現に我々は押され、いくつもの基地と多数の社員を失っている」

 

 グレイヴはS09地区を彷徨っている時の、廃墟と化した基地を思い出す。

 

「その中で、貴様の死人兵士としての戦力は非常に魅力的だ……放ってはおけない」

「……」

「無論、見返りは用意する──貴様の肉体を維持する為の人工血液の補給設備の用意、制御システムの復元。そして、浅葱ミカの所在の調査――」

「前二つは私の担当だけどね」

 

 ペルシカが不機嫌そうに口を挟む。

 

「すぐに返事しろとは言わん。このまま、16LABへ戻って──」

「……」

 

 グレイヴは無言で頷く。それが肯定を意味することは、疑いようがなく、グレイヴ以外の三人が驚く。その中のクルーガーは眉を動かす。

 

「……こちらとしては喜ばしいが、少し早すぎる返事だ。──理由を聞いてもいいか?」

「……」

 

 グレイヴは脳裏にAR小隊の面々、そしてスコーピオンとペーペーシャが浮かぶ。特にAR小隊の面々に、グレイヴは助けられ、関わってきた。そんな彼女(人形)たちが、人に代わり、苛烈な戦場で傷つき倒れる姿をグレイヴは見たくなかった。

 ──だから。

 

「……守る」

「なに?」

「守る為だ」

 

 ──守る。それこそがミレニオン。俺の生き方だ。

 

 

 

 

 

 会談は終了し、グレイヴだけが外へ出る。三人は話があると言って倉庫に残っていた。

 

「AR小隊の作戦記録と今回の対面でなんとなくだが察したよ──元々は殺しを生業にしていた男だろう。恐らく、非合法の……」

「そうなの?死人兵士の能力とかじゃなくて?」

「身体能力はそうだが、戦闘技術についてはそうではない。相当な訓練と経験が積まれているのを感じた……最も、射撃や動きが独特すぎる。軍隊出身ならあそこまで我流にはならん」

「クルーガーさん、よろしいでしょうか?」

 

 クルーガーの言葉に、ヘリアンが口を開いた。

 

「私はあの男をグリフィンに入れるのは反対です」

「……」

「あの男は危険です。詳細不明の兵器なうえ、恐らくですがIFF(敵味方識別装置)などなく、自由意志があります。もし、彼を入れるなら、人工血液の交換中止をちらつかせ──」

「無駄だ、ヘリアン。あの男にそんな脅しは通用しない」

「それは私も同感。今回のAR小隊を逃がした時に残ったのがいい例よ」

 

 クルーガーの否定に、ペルシカも同意する。

 

「まだひと月くらいの付き合いだけど……グレイヴは直情的な人よ──自分が決めた事は絶対にやり通そうとする強さがある。自分で自分を縛るタイプなのよ、彼」

「なら、なお危険です。彼は我々の指示を無視して独断で行動するかもしれません。もし敵対するようなことになれば……」

「その危険性は理解できる。しかし、ヘリアン。今の我々の現状は非常に厳しい。その現状を打破できるのなら奴の力は必要だ。たとえ劇薬であっても……」

「クルーガーさん……」

 

 言いよどむヘリアンの横で、ペルシカは下を向いて俯く。その表情は少しばかり暗い。その変化に気付いたクルーガーは彼女に聞いた。

 

「どうした、ペルシカ?何か懸念でもあるか?」

 

 質問されたペルシカは顔を上げ、数秒経って口を開いた。

 

「懸念……そうね。心配ではあるわ」

「あの男が?奴の力は君が一番知っていると思ったが――」

「戦闘能力については何も心配なんてしていないわ……危ういのよ」

 

 ペルシカは、グレイヴが出て行った扉を見つめる。

 

「目を離すとどこかに消えてしまいそうで……何かきっかけがあれば、すぐに死んでしまいそうな……そんな危うさが」

 

 

 

 

 

 倉庫から出たグレイヴはグリフィンの基地内を歩く。太陽は沈みかけ、辺りを赤く照らす。グレイヴを出てきたのを確認したM4たち、AR小隊が彼に駆け寄る。

 

「お疲れ様です、グレイヴさん。話は終わりましたか?」

「……」

「なに話してたの?」

「馬鹿。そんなの私たちが聞ける内容じゃないわよ」

 

 SOPⅡの疑問に、AR-15が突っ込む。それに苦笑いを浮かべつつ、グレイヴが答えた。

 

「グリフィンに入ることになった」

「「「「えっ」」」」

 

 四人がハモる。驚きで固まる四人だが、最初に復帰したSOPⅡが表情を輝かせる。

 

「じゃあ……グレイヴも一緒に戦ってくれるの?」

 

 グレイヴは頷く。

 

「や、やったー!」

 

 SOPⅡは喜びのあまり、グレイヴに抱き着く。

 

「これからよろしくね!グレイヴ!これからも色々遊んでよ!」

 

  SOPⅡはグレイヴに抱き着きながら、グレイヴの顔を見上げる。グレイヴもまた彼女の頭を撫でる。

 

「グレイヴさん」

 

 M4が前に出る。不安げにグレイヴを見つめる。

 

「本当に……いいんですか?」

 

 M4はグレイヴの強さを身をもって知っている。しかし、S09地区での撤退の際に、殿を務めたグレイヴに感じた得体のしれない恐怖。その恐怖が彼女を不安にさせた。

 

「……」

 

 グレイヴは頷く。その目は強く、まっすぐにM4を見つめる。

 ――グレイヴとてこれからどうなってしまうのかわからない。しかし、ここで目覚め、彼女(人形)たちやこの時代の人と出会ったのは、何か意味や価値はあるはずだと、彼は思う。戦うことしかできない彼が、誰かを守ることができるのなら、そこに躊躇はない。それこそが彼の、グレイヴの生き方だった。

 

 

 

 

 

 ――鉄血・中枢

「グレイヴ?」

「そうよ。エクスキューショナーの作戦記録から知ったあの死体男の名前よ」

「グレイヴ……」

「エージェント。顔が怖いわ。まずは落ち着いて」

「……ええ、わかっています。あの男の対策も立てなければなりませんです。ご主人様のためにも」

「本当はあなたが殺したいじゃない、エージェント?こっぴどくやられてしまったんでしょう?」

「口を慎め、ドリーマー。今はやるべき仕事がたくさん残っています。……わたくしの私情を挟む余地はありませんわ」

「はいはい。AR小隊が回収した第3セーフハウスのデータの発見もしなくちゃならないし、仕事は山積みね。嫌になるわ」




チャプター1終わり。もっと早く書けるようになりたい。


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Chapter 2 : Griffin dolls & Grave
2-1 着任


チャプター2開幕
登場人物が一気に増える予定。果たしてそれぞれの見せ場をつくれるのか……


 ローターの反響音が響き渡り、飛行による振動がヘリの機内を揺らす。そのシートに身を預けた少女が一人。

 

『嬢ちゃん、もう少しで基地だ。空の旅はどうだったかな?』

「はい、おかげで快適でした。ありがとうございます」

 

 ヘリのパイロットからの機内アナウンスに、少女は朗らかに返事する。ベレー帽をかぶった銀灰色の髪をした少女は、その可憐さに似つかわしくない銃を膝の上に置いている。

 G36c──彼女が持つ銃の名称であり、同時に少女が冠した名前。元々は民生人形だったが、民間軍事会社であるグリフィン&クルーガーに入社し、戦術人形として改造を受けたG36cは、新兵として配属先となる基地に向かっている。

 その基地はS09地区794基地。対鉄血の最前線の基地のひとつだ。

 

 

 

 

 

 ヘリから降りたG36cを、メイド服を着た目つきが鋭い女性が出迎える。その姿を見てG36cは嬉しそうに笑う。

 

「G36お姉さん!お久しぶりです!」

「ようこそ、G36c。会えて嬉しいわ」

 

 お互いに笑いあう二人。

 ──当然だが、人形に血縁関係はない。コアの装着、そして戦闘能力向上の為に銃と人形に特殊な繋がりを持たせるASST(烙印システム)による影響が原因である。

 ASST(烙印システム)を施す際、その銃の製造された目的、製造工程、その歴史がデータとして人形の記憶モジュールにインストールされる。それが人形のメンタルに影響を与え、同型の銃、同じ社系の銃を持つ人形同士で、互いに親しい、もしくは深い関係になる場合が多い。最も、この二人は同型機の人形であるらしく、元から仲睦まじい。

 

「なんだか基地の中が慌ただしいですね」

「実はこれから出撃よ。その準備に追われているの」

「えっ?そうなのですか?」

 

 指揮官の元へ案内されるG36cは、姉の話に驚く。

 

「旧市街地付近で、拠点を作り始めた鉄血のゴミ掃除よ……着きましたわ」

 

 スライドドアが開き、中には大型電子パネルや巨大なコンソールが並ぶ作戦司令室に両者は入室する。

 

「失礼します、ご主人様。G36cを案内しましたわ」

「ありがとう、G36」

 

 司令室に金髪の女性がお礼の言葉を述べる。G36cは、敬礼する。

 

「本日から配属しました、G36cです」

「この基地の指揮官のミラ・A・バルザックよ。よろしく」

 

 ミラも敬礼したあとに、手を差し出す。驚きながら、G36cはおずおずとその手を握った。

 

「さて……毎回、配属された新人に、グリフィンが現在おかれている状況の説明しているの。もしかしたら、既に知っている話かもしれないけれど……」

「いえ、構いませんわ。指揮官、お願いします。」

「ありがとう……鉄血の人形が暴走した事件は知っているわね?」

「はい。胡蝶事件ですね」

 

 「鉄血工造」──戦術人形を主力にした大手軍需企業であり、とある機密情報を保有していた為、人形の性能も極めて高かった。同じ自律人形製造企業であるIOPとシェアを二分していたその企業に、ある事件が起こる。

 当時、研究・開発された上級人工知能「エリザ」が突然、制御不能に陥る。「エリザ」は鉄血のネットワークの全権限を強奪し工廠内を封鎖、戦術人形を起動させ工廠内の従業員を含む全ての人間を殺害し、人類に反旗を翻す。これが「胡蝶事件」である。そして、「エリザ」と支配された鉄血製人形は人類の居住地に侵略を開始し、着実にその支配地域を広げていった。

 そして、それに対抗するのが、民間軍事会社「グリフィン&クルーガー」。IOPと提携し、戦術人形を戦力の中心として組織され、政府や自治体からの依頼を受けて、人類の居住区を防衛・一部の管轄を行うのを主な業務としている。このグリフィンが現在、鉄血に奪われた人類の居住地奪還を目指して、泥沼の闘争を繰り広げている。

 

「任務は非常に危険よ。覚悟してね」

「は、はい。ちゃんと頑張ります」

「ほどほどにね。……さて、これから作戦会議の時間よ。G36c、あなたも参加しなさい」

「はい、了解いたしました」

 

 説明を終えたミラを作戦指令室を残し、G36と共に会議室へ向かう。会議室に入った瞬間、部屋にいた戦術人形たちが一斉にG36cを見る。視線を集めたG36c自身は、その視線に委縮する。

 

「え、ええっと……」

「おっ、新入りか?」

 

 G36cに眼鏡をかけ、ハットをかぶった白髪の女性が近づく。外見は、G36cより大人っぽい。

 

「あ、あなたは?」

「シカゴタイプライターだ。呼びづらければトンプソンでいい」

「じ、G36cです」

「お前がG36の妹か。話を聞いているぜ。お堅い姉貴に似ず、華憐だな」

「は、はぁ……」

「トンプソン、G36cをあまりからかわないでくださいませ」

「はいはい」

 

 睨むG36に意を返さず、トンプソンは不敵に笑う。

 

「出撃する時に、配属されるとはなかなか不運だな。G36c」

「全くだ」

 

 G36cとトンプソンに眼帯をつけた少女と、それに続く三人の少女が近づく。

 

「あなたは……?」

「M16A1だ」

「!――っじゃあ、AR小隊のエリート人形ですか!?」

「おおっ、初々しい反応だ。そうだよ。そしてそれを指揮する私の自慢の妹にして隊長、M4だ」

「よろしく……お願いします、M4です」

 

 M16の紹介に気恥ずかしさを感じつつ、M4は自己紹介する。M4の前に出たG36cは興奮気味だった。

 

「お話は聞いています!高い作戦能力で、大活躍されているとかっ!」

「あ、ありがとう……」

「あんまり前のめりにはならないでくれ、G36c。M4は人見知りなんだ」

「あっ!……ごめんなさい。つい興奮して」

「いえ。でも私だけじゃなくて、みんなのおかげですから」

 

 お互い恥ずかしがりながら、M4とG36cは笑う。この両名、控えめかつ自己評価が低い。どことなく互いにそれを察し、シンパシーのようなものを感じていた。

 M16の後ろから、白く染めた髪色の少女が、G36cの顔を覗き込む。

 

「M4ばっかりずるい~。私も自己紹介したいっ!――M4、SOPMOD-Ⅱだよ!SOPⅡって呼んでね!」

「はい、よろしくお願いします、SOPⅡさん」

 

 自己紹介をしたSOPⅡはまじまじとG36cを見つめる。気のせいか、その視線は胸部に集中しているような。その視線にG36cは怪訝になった。

 

「あの……SOPⅡさん――」

「G36cはG36と違っておっぱいおっきいねっ!」

「えっ!?」

「あっ……?」

 

 突然のセクハラ発言にG36cは固まる。その発言に場は凍り、横にいたG36のいつもの仏頂面はより険しく、剣呑な雰囲気を纏う。

 ――SOPⅡの背中に、何者かが回り込んだ。

 

「!?いたたたたた――!?」

「SOPⅡ……人形同士でも、セクハラ、パワハラの言動はコンプライアンス違反だわ」

 

 SOPⅡの後頭部に、AR-15はアイアンクローをきめる。その声はどこかおどろおどろしい。ぎりぎりと、SOPⅡの頭から嫌な音が鳴った。

 

「痛い痛い!なんでAR-15が怒るの!?」

「仲間の風紀の乱れを正すのは同じ仲間の務めよ……」

「意味わかんない!?」

 

 作戦前なのに、騒がしくなった会議室の空気についていけず、M4とG36cは右往左往する。トンプソンとM16、他の人形は大笑いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──数分後

 定刻になった為、電脳空間(セカンダリレベル)の中で作戦会議が始まる。ミラとカリーナはそれぞれ、電脳内専用の犬と猫のアバターとなって現れる。

 

「それじゃあ会議をはじ──ってどうしたの、あなたたち?作戦前なのに、既に疲れてない?」

 

 犬のミラは人形たちの様子がおかしいことに気付く。質問された人形たちは笑ってごまかした。SOPⅡは頭をさすりながら、AR-15をにらみ、M16とトンプソンはニヤニヤしっぱなしだった。

 

「……まあ、いい。先日、旧市街地エリアで鉄血の哨戒部隊が発見された」

 

 マップを展開しながら、ミラは説明に入る。

 

「衛星のスキャンの結果、鉄血は臨時の拠点と、複数の通信ステーションを作っている。奴らの排除が今回の我々の任務だ」

「川を挟んだビル群……狙撃兵が待ち伏せてるな」

「その可能性は高い。衛星のスキャンでは、拠点周辺を哨戒する部隊は確認できたが、建物内部の鉄血兵の存在は確認できなかった。だが川を渡る鉄橋を防衛していることは容易に推測できる」

「ならどうする?鉄橋を渡ろうとすれば蜂の巣だ」

 

 トンプソンは疑問を唱える。

 

「それについて作戦を伝える。カリーナ」

「はい、こちらを」

 

 カリーナが参加人員のリストを出す。

 

「まず第二、第三部隊がそれぞれ北と南に分かれ、川沿いに移動しつつ鉄血の配置状況の確認。その後、両部隊は南北の鉄橋近くのビルと家屋で待機。そしてWA2000とスプリングフィールドは発見した鉄血兵に狙撃戦を仕掛けてほしい」

「なに?私達だけでやり合えっての?」

 

 WA2000は声を上げる。

 

「小競り合いをすればいいわ。何体か倒して、連中の注意を引きつけること。鉄橋は渡らず、持ち場を守ることに専念すればいいわ」

「……陽動か」

 

 M16の言葉に、ミラは頷く。

 

「実は川から下水道につながる、大きな下水口があるの──本命はARとSMGの小隊である第一部隊とAR小隊がその下水口から下水道を通って、市街地に侵入、南北二つの鉄橋付近の通信ステーションを破壊する。これで鉄橋から進入できるし、敵拠点も攻めやすくなるでしょう」

「下水道かー。臭いのは嫌ですけど、指揮官様の為なら頑張りますよ!」

「ありがとう、M1911。……狙撃や下水道への侵入のタイミングなどの細かな指示は作戦中に行う。何か質問は?」

「いいか、ボス?」

 

 トンプソンが手を挙げる。

 

「前の任務で負傷した、第一部隊(うち)の隊員のMDRが修復中だ。だから部隊は私含めて、G36とM1911の三人しかいない。流石にこの人数は厳しい」

「そうね。誰か代わり人員は……」

 

 ミラが思案しながら、G36cと目が合う。同じくトンプソンも彼女を見た。ここまで必死に会議の聞いていたG36cだけがきょとんとした顔をする。

 

「あ、あのっ?」

 

 戸惑うG36cの肩に、トンプソンが手を置く。その顔には不敵な笑みが浮かぶ。

 

「なかなか楽しい実地研修になりそうだぞ――幸運だな、G36c」

「えっ……」

 

 G36cは状況を飲み込めていなかった。




・登場する人形について
作者の好み。トンプソンは絶対にねじ込みたかった。



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