機動戦士ガンダムZZ外伝 亡命のアヴァロン (アラタナナナシ)
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大渦のあと

 宇宙世紀0088年2月22日 グリプス宙域

 

 宇宙の暗闇を切り裂くような眩い一筋の光が放たれた。

 コロニーレーザー。全長30Km以上、直径6Kmを越える円筒形の巨大な砲台から放たれた光は、その射線上に位置したティターンズ艦隊を飲み込み蒸散させた。

 艦艇の轟沈を示す爆発の光が星々の瞬きのように輝く。その様子を眺める一体のMSがいた。MSA-099 リックディアスだ。

 

 エゥーゴの作戦が首尾よくいったことを見て取ったリックディアスのパイロットであるゲイルは、安堵の息を吐く。

 引き締まった顔立ちをしているゲイルは、微かに東洋人の血を感じさせる容貌であった。

 

「上手くいったようだな。さすがはブライト艦長だ」

 

 ヘルメットのバイザーを上げて、深く呼吸をしたゲイルは操縦桿を握りしめて母艦へと帰投するため機体を翻した。

 その時、モニターに流れ星のような光が映る。

 とっさにフットペダルを操ってスラスターを吹かすと、リックディアスを急加速させ流れる光から距離を取った。一秒後、リックディアスのいた位置を閃光が走り抜ける。

 

 ビームライフルの光だ。

 ゲイルは戦場で気を抜いた己を恥じるとすぐに思考を変え、モニターに映る残弾に目を向ける。

 右手に持つクレイバズーカの残弾は2発。左手に握るビームピストルは3発程度のエネルギー残量であった。

 

 もう予備の弾倉はない。

 ゲイルはここに来るまでにMSを3機撃墜し、2機撤退させている。

 エースパイロットとして活躍している彼にとって、1機程度ならば現状でも戦えるであろう。

 

 だが、彼に焦りの色が見えている。母艦から離れすぎてしまっていたのだ。

 今は1機かもしれないが、増援が来ないとも限らない。

 できるだけ戦闘を回避し、母艦があると思しき方向に向かわねばならなかった。

 

 顔を歪めたゲイルは敵から一定の距離を取りつつ相手の出方を見ることに決めると、使用する武器を選択し、頭部にあるバルカンファランクスを放つ。

 2連装のバルカンから銃弾をばら撒き、敵を牽制する。MSには効果的な武器ではないが、敵にプレッシャーを与えることができるはずだ。

 敵の動きを予測し照準を合わせ、バルカンを放つ。

 

 だが、敵はバルカンを嫌がりもせず、距離を縮めてきた。

 モニターに映し出されたのは、RMS-154バーザムの文字だ。

 ティターンズの主力MSであり、ティターンズを象徴するような紺色を基調としたMSはビームライフルを放ちながら更に加速する。

 

 無謀ともいえる突撃にゲイルはたまらずビームピストルで応戦した。

 

「墜ちろ!」

 

 放った一発がバーザムの右腕を貫くと、ビームライフルに誘爆し、バーザムは大きく吹き飛ばされる。

 今が好機。姿勢制御をされる前ならば落とせる。

 ゲイルはすぐさまリックディアスのクレイバズーカを打つと、ロケット弾が白い煙を上げながらバーザムの左足に着弾した。

 

 更に弾き飛ばされるバーザム。右手と左足を失った状態では、もう継戦能力は残っていないだろう。

 注意しながらバーザムから距離を取っていくと、息を吹き返したかのようにバーザムがスラスターを全開にして不規則な軌道を描きながら宇宙を舞った。

 姿勢制御もままならない状態のバーザムは、そのままビームサーベルを抜き放ち、リックディアスに特攻を仕掛ける。

 

「玉砕か……」

 

 ゲイルの目に悲しみの色が滲んだのも束の間、すぐに鋭い眼光を見せた。

 リックディアスのビームピストルから発射されたビームがバーザムの胸を貫くと、爆発しながら宇宙に散る。

 横目でその光景を確認したゲイルは、残弾が僅かであることを警告する赤い表示を見て、ため息を吐いた。

 

 ティターンズの誇りとやらが、あの無謀な玉砕をさせたのだろうか。

 それとも、スペースノイド憎しの感情か。どちらにせよ、死んでいった者の気持ちは分からない。生き残った自分がすべきことをやろう。

 すぐに気を取り直しフットペダルに力を込めた時、光が明滅するのが見えた。

 

 また敵か。一瞬身構えたが、すぐに張り詰めた緊張が和らぎ、彼の口元が緩んだ。

 光の点滅はレーザー通信によるもので、それが伝えてくるのは救援に駆けつけてくれた者のお叱りの言葉であった。

 

「まったく。今度は何を言われるのやら」

 

 独りごちると応答の合図を送り、これからのことを考え肩をすくめた。

 エゥーゴの立案したメールシュトローム作戦によりティターンズが崩壊し、グリプス戦役が終わりを告げたことを彼が知るのは、()に説教を食らった後であった。

 



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戦後

 戦の火が消えた。

 ほんの一時間前までこの宙域は戦場であり、いくつものビーム光と爆発で彩られていた場所である。

 ティターンズの主力艦隊は崩壊し、ティターンズを主導していたパプテマス・シロッコも戦死したとの報告を艦内放送で聞いたゲイルは、まだ戦争が終わった実感が湧かないままでいた。

 

 指導者を失った軍勢がどうなるのか。その身で体験した過去が脳裏を過る。

 

「兄さん、聞いてる!?」

 

 現実に引き戻されたゲイルは、目の前のオレンジ色のパイロットスーツを着た青年を見て曖昧な表情を見せた。

 青年の名はライセイ。ゲイルの弟であり、唯一の家族だ。

 ゲイルと面影は似ているが、こちらは人柄の良さを感じさせる柔和な顔立ちをしている。

 

 そんな顔だから、怒り顔に迫力がない。

 

「聞いているよ、ライセイ。悪かったって言っているだろう? 敵を振り切るのに必死だったんだよ」

 

「だとしても、だよ。無茶な戦い方をしてさ。僕達のことを信用してないの?」

 

「しているって。ただ」

 

「ただじゃない! まったく。どれだけ心配したと思ってるんだよ?」

 

 ライセイは腕組みをして、ゲイルに対して抗議の姿勢を強めた。

 ただ、それもどこか可愛げがあって、重みに欠けている。これにはゲイルも苦笑するしかなかった。

 

「何を笑ってんのさ? 怒るよ?」

 

「分かったって。悪かったよ。今度から気を付けるから勘弁してくれ」

 

「今度が信用できないから言ってんの。無理しすぎなんだよ、昔からさ。人を頼っても良いんだからね?」

 

「まあ、分かってはいるんだがな……」

 

 思わず頬を指でかいた。

 人に頼ることをしない。いや、頼ろうとしなかった。

 自分がしっかりしないとダメなんだ。弟と共に生きるには、そうしなければならなかった。

 

 ゲイルが15歳でライセイが10歳の時、事故で両親を失い、それからはゲイルがライセイの面倒を一人で見ることになったのだ。

 弟を立派に育てなければ、両親に顔向けできない。真面目なゲイルがそう考えるのは当然のことであった。

 以降、ライセイに弱いところを見せない人生を歩んだ。ゲイルにとって、それは誇りであり信念でもあった。

 

 ただ、一つだけ誤算があったとすれば、ライセイもMSパイロットになったことだ。

 これは時代が悪かったとしか言えない。ゲイルが入隊したのはジオン公国の軍隊。スペースノイドであり、サイド3出身のゲイル達は否が応でも戦争に駆り出されてしまった。

 一年戦争。ジオン公国と地球連邦の間で勃発した、人類の半数を死に至らしめた戦争である。

 

 当時、19歳だったゲイルはMS適応試験に合格し、MSパイロットとしての道を歩むことになった。

 数々の戦場を潜り抜けたゲイルは、ただひたすらにライセイが無事に育つことを祈っていたが、時代はそんな願いを許さず、ジオン公国は国力の全てをつぎ込むように学徒動員まで行った。

 

 若干14歳のライセイは、そこでMSパイロットに選抜され、一年戦争最後の戦場であるア・バオア・クーへと送り込まれる。ゲイルは戦後、収容所を出た後にそのことを知った。

 ライセイの居所を調べ、収容所から解放されたのを機に二人でサイド3に戻ったのが0081年である。

 そこから4年間は培ってきたMSの操縦技術で生活をしていたが、スペースノイドを戦慄させる事件が起きた。

 

 サイド1の30バンチコロニーにティターンズが毒ガスを散布したのだ。

 これにより住民の大半の命が失われ、ティターンズに対する恐怖と憎悪が沸き上がる事態となった。

 

 30バンチ事件を契機に地球連邦政府に対する反政府活動が激化し、ティターンズに対抗するため親スペースノイド派で地球連邦軍の高官であるブレックス・フォーラの主導の下、武装組織エゥーゴが誕生することとなる。

 打倒ティターンズを掲げたエゥーゴの下に多くのスペースノイドが集い勢力を拡大した。

 その中には旧ジオン軍で活躍した者達も多くおり、エゥーゴは地球連邦とジオンの混成チームともいえる。

 

 そのエゥーゴにゲイルとライセイは参加していた。

 

「もう、その辺にしてやれよ、ライ。ゲイルも分かってはいるんだろうよ」

 

 仲裁の声を上げたのはゲイル達と同じくパイロットスーツを着た長身の男であった。

 ヒスパニック系の顔立ちにドレッドヘアーの男は、ゲイル達の同僚であるダン・ロクスターだ。

 ダンは二人の前に立つと、ゲイルとライセイの右手を掴み、無理やり握手をさせる。

 

「ほれ、これで仲直りだ」

 

「ダン中尉、簡単に言わないでよ」

 

「あのな、ライ。俺達にだって落ち度はあるんだ。ゲイルが頼りきれないのは、俺達がまだまだだってことじゃないのか?」

 

「それは……。確かに、僕の腕前じゃ兄さんには」

 

 顔色を伺うようにライセイは視線をゲイルに向けた。

 模擬戦での勝率はゲイルが8割であり、ライセイは圧倒的に負け越している。

 ゲイルとダンの戦績についても6割以上はゲイルに軍配が上がっていた。

 

 強者揃いのエゥーゴの中でもゲイルは指折りのパイロットと言える。

 ただ、ライセイが弱いとはゲイルは思っていない。

 撃墜数は稼げてはいないが、敵に手傷を負わせて退かせることに長けており、損傷率も低かった。

 

「ライセイ、悪かった。無理はしないよ。約束する」

 

「何度目かなぁ、その約束? ……分かったよ。今日はこれぐらいにしてあげる」

 

「今日は、か」

 

 くすりとゲイルは笑い、ダンは大口を開けて笑った。

 笑い声はMSデッキ内に響き、他の者達の顔にも笑顔がうつる。この時はまだ誰も次の戦の気配を感じ取ってはいなかった。

 地球圏に帰還を果たした勢力。ジオンの血筋を掲げたアクシズが今まさに動こうとしていた。

 



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アクシズ動く

 けたたましい緊急警報がサラミス級巡洋艦ケルン内に鳴り響いた。

 自室で睡眠をとっていたゲイルはすぐに目を覚ますと、手慣れた手つきでベッドから離れ部屋を後にする。

 

「各員、第一種戦闘配置。繰り返す。各員、第一種戦闘配置」

 

 オペレーターの緊迫した声音から、訓練ではないことは明白であった。敵は誰だ。ティターンズの残党か。

 頭の中で敵を想定していると、MSデッキに向かうライセイの後ろ姿が目に入った。

 

「ライセイ」

 

「兄さん。敵が来たのかな?」

 

「ああ、だろうな」

 

「無茶はなしだからね?」

 

「分かっている。お前こそ、落とされるなよ?」

 

「逃げるのは得意だからね。大丈夫だよ」

 

 誇らしげに握りこぶしを見せたライセイを見て、少しだけ目じりが下がった。

 緊張がほぐれたのだろう。何度戦っても、戦場に出るのは緊張するものだ。

 MSデッキに到着すると床を蹴って、愛機のリックディアスの頭部へと向かった。

 

 ライセイの愛機はネモだ。リックディアスに比べると格は落ちるが、それでも優秀な機体である。

 向かい側にあるリックディアスにダンが乗り込むのが見えた。

 

「ゲイル・クガ中尉。発信準備をお願いします」

 

 オペレーターからの指示が飛ぶ。了解と応じて、カタパルトデッキへ向かう。隔壁が上がり、吸い込まれそうな闇が眼前に広がった。

 また命の取り合いか。ゲイルは口中で呟くと発進の指示を待つ。

 

「発進どうぞ」

 

「ゲイル・クガ。リックディアス、出る」

 

 カタパルトから射出されたリックディアスはバーニアで勢いを調整し、後続の二人と合わせるためスピードを緩めた。

 全天周囲モニターで後方をちらりと確認し、後続の光を認識する。

 訓練通りやれば、二人と問題なく合流できるだろう。前方へと目を戻すと、4つの光が動くのが見えた。

 

 モニターの一部が走る光をズームで映し出すと、そこには見慣れぬモノが映し出された。

 銃座の付いた砲台のような形をしたモノが、スラスター光を放ちながらこちらに向かってきている。

 データベースとの照合が済んだのかモニターに表示されたのは、AMX-003 ガザCという文字であった。

 

 ガザCとはアクシズの保有する可変式のMSだったはず。

 アクシズはエゥーゴ、ティターンズ、どちらにも与しなかった勢力で、旧ジオン公国の残党が終結しているところである。

 それが何をしに来たのか。MSを向かわせて来るとなると穏やかな話ではなさそうだ。

 

 後続の二人がゲイルの後方に付いたことを確認し、リックディアスの手を動かして減速のハンドサインを出した。

 緩やかに速度を落としつつ、相手の出方を伺うためだ。アクシズは敵対勢力だが、戦闘で疲弊した状況で戦うのは得策ではない。

 できるものであれば、何もなくやり過ごしたかった。

 

 無線をオープンチャンネルに設定し、ガザCの部隊に向けて呼びかける。

 

「こちらはエゥーゴだ。これ以上の接近は敵対行動とみなして応戦することになる。応答を願う」

 

 まずは牽制をする。近づいてくるようであれば、戦う覚悟を示したのだ。

 相手がこちらの状況を知っているかは分からないが、あわよくば戦闘を避けられるかもしれない。

 ティターンズとの決着がついた今、アクシズは何を考えて、こちらを攻めてきたのか。

 

 その答えが、この瞬間に決まるのかもしれない。

 ガザC隊との距離が縮まってきた。リックディアスの持つクレイバズーカの有効射程距離まで、もうすぐだ。

 だが、それは相手の間合いに入ることも意味している。

 

 操縦桿を握る手にじわりと力が入った。

 

「繰り返す。これ以上、接近すれば応戦する。応答願う」

 

 語り掛けた言葉への返事はなく、距離がみるみる縮まっていく。

 チキンレースでもしようってのか。心の中で悪態をついた時、1機のガザCに光が宿った。

 

「散開!」

 

 ゲイルは言うが早くフットペダルを踏み込み、軌道を変えた。その刹那、ビーム光がゲイルの傍をすり抜ける。

 野郎、やりやがったな。怒りの言葉は口に出さず、素早く指示を飛ばす。

 

「各機、応戦だ! 無理をするなよ!」

 

 迫るガザC隊は4機。こちらは3機だ。分が悪いが、そこは腕でカバーする。

 伊達に死線を潜り抜けてきた訳では無い。心を滾らせたゲイルに無線が入る。

 

「兄さんが言うセリフ!?」

 

「お前が言うな、ってな」

 

 手痛い返しをされたゲイルの口元に笑みが浮かぶ。

 

「はいはい、悪かったな。落とされるなよ!」

 

 アクシズ。後にネオジオンを名乗るもの達との戦いの幕が上がった。

 



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ガザの洗礼

 編隊を組んだガザC隊が分散し、それぞれの獲物を見つけたようにゲイル達に襲い掛かる。

 ペアで動くガザCがゲイルに狙いを定め、同時にビームを発射した。

 リックディアスの軌道を予測しての射撃に、ゲイルはスラスターの角度を調整し難なく対応する。

 

 今度はこっちの番だと、リックディアスの持つクレイバズーカを放つと同時に、背中に左手を回してビームピストルを抜いた。

 発射されたロケット弾が向かうガザCの動きを見極め、ビームピストルの狙いを定める。

 迫るロケット弾に対し、ガザCはスラスターを全開にして急加速を掛けた。

 

「くそっ!」

 

 思った以上の加速にビームピストルの照準を合わせるタイミングが間に合わなかった。

 可変MSとの戦いはゲイルにとって初めてのもので、シミュレーターで相手はしたが実戦とは感覚が違う。

 今の加速を頭に叩き込み、この場で対応するしかない。

 

 2機のガザCがゲイルの下方を通過した瞬間、1機の動きが変わった。

 先ほどまで大砲を乗せた銃座のような形だったガザCが、人型のMSへと変形したのだ。

 非人型であるMA形態からの変形により、手足を得たガザCはその手足を大きく動かしてゲイルのリックディアスの方向へ体を向けた。

 

 AMBAC。宇宙空間で手足を高速で動かすことで姿勢を制御する技術である。

 手にしたビーム砲であるナックルバスターに光が収束し、放たれた。

 たまらずフットペダルを踏みこみ回避したリックディアスの後方に迫る影。先ほど通過したガザCが戻ってきたのだ。

 

 砲口はまっすぐゲイルに向いている。一瞬の隙が生んだ単調な回避行動によって、更に大きな隙ができてしまった。

 リックディアスに狙いを絞ったガザCが迫る。

 死の宣告を受けたかに思えたゲイルのリックディアスが、加速したままぐるりと前転するように回った。

 

 強烈なGに歯を食いしばるゲイル。

 だが、その苦痛が生みだした好機を見逃さなかった。猛進するガザCに向け、クレイバズーカを放つ。

 ガザCに吸い込まれるようにロケット弾が命中すると、ロケット弾に大量に詰められた火薬が炸裂し、ガザCは木っ端微塵となった。

 

 1機撃墜。その余韻に浸ることなく、ゲイルは次の標的に目を向ける。

 ビームを回避した際に加速したため、距離が空いているが狙えない距離ではない。

 スラスターを調整しつつ、しっかりと狙いを定め、ビームピストルを2射した。

 

 味方の撃墜に気を取られていたのか、ガザCの反応が鈍い。

 慌てたようにスラスターの光が増したが、その時にはビームが足を貫いていた。

 ビームに溶解させられた部分から爆発が起き、ガザCは大きく横に逸れていく。追撃のチャンスか。

 

 ゲイルは踏み込もうとしたが、肌をざらりとしたものが撫でるような感覚を覚え、踏みとどまった。

 瞬間、上方からビーム光が走り、リックディアスの前方を過る。肌が泡立つ。

 バーニアを操り小刻みに動くと、ビームの発射元を探る。

 

 素早く目を向けると、遠くに1つの光点が見えた。距離はまだ離れているため、こちらをピンポイントで撃つのは難しいはずだ。

 それなのに、ゲイルの動きを予測したような射撃。ただ者ではない。直感がそう伝える。

 負傷したガザCの動向も気になるが、迫りくる何かに細心の注意を払わねばならない。

 

 大きな動きは控え、相手に動きを読ませないように小刻みにスラスターを噴かした。

 その動きを待っていたかのように、光点から放たれたビームがゲイルの傍を抜けていく。

 

「くっ!?」

 

 間違いなく俺を狙っている。敵に違いない。

 距離はあるが、撃たれっぱなしではいられない。敵の勢いを削ぐために、ビームピストルを光点目掛けて撃つ。

 発射されたビームを避けるように大きく光点が動いた。

 

 よし、これで少しの余裕が生まれる。一呼吸する間に負傷したガザCを一瞥し、また前を向いた。

 モニターが光点をズームすると映し出されたのは、ダークグレーのガザCと似たもの。

 モニターに識別コードがでていないため、アクシズの新型かもしれない。

 

 迫る敵機はガザCの後継機である、ガザDであった。

 ガザCとあまり変わらないシルエットだが、その性能はガザCを完全に上回るものである。

 新型を相手にどう戦うかゲイルは思案するが、その思考の時間の余裕はなかった。

 

 再び、ガザDからの射撃。横に軌道をずらして避けつつ、クレイバズーカをガザDに向けて撃った。

 そのロケット弾をするりと躱すと、一気に加速を始める。さっき、その加速は見た。

 MA形態でのスピードを予測し、ビームピストルをガザDの進行方向へと放つ。

 

 その時、ガザDがMS形態へと変化し、急制動を掛けた。ガザDの鼻先をかすめるようにビームが走る。

 

「なっ!?」

 

 タイミングは十分だったはずだ。

 それなのに、またゲイルの動きを見透かしたかのような行動に、内心舌打ちををした。

 戦いの主導権を渡す訳にはいかない。止まったのならば撃つだけだ。ガザDに向け、ビームピストルを連射。

 

 だが、ビームを見切ったように、細かく動いて避けていく。

 ゲイルの攻撃の嵐を抜けたガザDは再びMA形態へと変形すると、スラスターを眩く光らせた。

 全速力で駆け抜けると、ゲイルのリックディアスを逸れて、そのまま負傷したガザCの方向へと向かう。

 

 ガザDはガザCの傍でMS形態に変わると、ガザCと動きを合わせてゲイルの間合いから離れていった。

 弧を描くように離れていく2つの光に、別の光が2つ合流する。

 モニターで周囲を確認すると、ライセイのネモと、ダンのリックディアスがゲイルと同じように光を見つめていた。

 

「ライセイ、ダン、2人とも無事か?」

 

「こっちは大丈夫。兄さんは?」

 

「ちっ。あと一歩だったのによ」

 

 ライセイとダンが応えた。

 2人の様子から、無事であることを察したゲイルは深く息を吐いた。

 

「俺も無事だ。2人とも帰投するぞ」

 

 消えた光を見つめ、ゲイルはヘルメットのバイザーを上げた。

 

「厄介な話になりそうだな……」

 

 敵機を撃墜したというのに晴れない気持ちのまま、ゲイルのリックディアスは母艦であるケルンへの帰投のコースに入った。

 



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海賊上がりの騎士

 サイド2宙域を航行する一隻の暗褐色の軍艦。そのメインエンジンに灯がともった。

 軍艦の名はエンドラ級巡洋艦ハイドラ。アクシズ所属の艦で、MSを6機搭載できる程の大きさを持っている。

 現在、艦載機は5機で、そのうち1機は戦闘により損傷し現在修理中であった。

 

 メカニック達が忙しなく動くMSデッキには、1機分のスペースがぽっかりと空いている。

 その1機分を埋めていたMSは先ほどのエゥーゴとの戦闘で失われてしまい、パイロットは戦死した。

 1時間前まで時を同じく過ごしていた者を失った悲しみに暮れる同僚達が、帰って来る者のいないMSハンガーを眺めている。

 

 重苦しい空気が漂う船内で、メインデッキには張り詰めた空気が流れていた。

 艦長席に座っているのは恰幅の良い中年男性で、眉間にしわを寄せてメインデッキの前方に設置されたモニターを見ている。

 映し出されているのは、端正な顔立ちをした青年だ。

 

 アッシュブロンドをオールバックにし、一部の髪だけ前に垂らした青年の瞳は無機質な程に冷たくて暗い。

 生きているのか疑わしい瞳の色をしているが、これがこの男、ギルロード・シュヴァが静かな怒りに震えている時に見せるものだった。

 

「ヘックス艦長、何か言うことがあるのではないか?」

 

 ギルロードの年上に対する配慮が感じられぬ物言いに、ヘックスはめんどくさそうに顔をしかめた。

 

「私からは何もありません。あとはあいつに聞いてください」

 

 投げやりに言うと、深いため息を吐く。この事態を招いた張本人が来なければ話は始まらない。

 ただ、始まったところで、まともに終わるのだろうかとの疑念を抱いていた。

 自分では話にならないと諦めているヘックスの耳に、メインデッキのドアが開く音が届くと目をそちらへ向ける。

 

 入ってきたのは、ぼさぼさ頭であごひげを十字に綺麗に整えた中年の男だった。

 渋さを醸し出す男は、軍服をだらしなく来ており、表情にも緊張感がない。

 モニターに映るギルロードの目が、中年の男に向いた。

 

「ローマン、何があったのか言ってもらおう」

 

 ローマンと呼ばれた男。ローマン・ローランドは、ヘックスの座る椅子に肘を乗せてもたれかかると、ぱっと笑みを見せた。

 

「ごめんよ、ギルちゃん。エゥーゴにちょっかい出しちゃったら、返り討ちにあっちゃった」

 

「なぜ、仕掛けた? 今は戦う時ではないだろう?」

 

「どうして~? やれるときにやっとかないとさぁ。どうせ、やるつもりなんでしょ、上の人達はさ?」

 

 軽薄な物言いをし続けるローマンは、ヘラヘラと笑みを浮かべながら続ける。

 

「ハマーン様とか絶対にやる気でしょ? ディクセル様はどうか知んないけど、ハマーン様の指示があれば動くだろうから、俺がやったことは悪いことじゃないよ。うん、そうに違いない」

 

 独りで納得するように、腕組みをしてしきりに頷いた。

 そんな言葉で終わるわけがないだろうと、ヘックスは呆れ顔を見せる。

 ふざけた態度を見せたローマンに対して、ギルロードは表情を変えず、淡々と言葉を返した。

 

「指示は出ていない」

 

「でも、エゥーゴと戦うな、って指示も出てないじゃん?」

 

「指示にないことをするな。軍人の鉄則だ」

 

「あれ、ギルちゃんって、指示待ち人間だっけ? ダメだよぉ、もっと積極的に動かないとさぁ。戦争は水物なんだから、勢いって大事なのよ」

 

 からからと笑うローマンを見たヘックスは相変わらずなやつだと口の中で呟いた。

 ヘックスとローマンの付き合いは長い。一年戦争からの腐れ縁で、何かにつけてこの男に振り回されてきた。

 だが、そのお陰で今日まで生きてこれたのは間違いない。

 

 この男の大胆不敵さを一番よく知っているのは自分であろう。助け舟を出すことにした。

 

「ギルロード様、ローマンには厳しく言っておきます。何なら営巣(えいそう)にぶち込みますので、今回はお許しいただきたい」

 

「ヘックス!? そりゃないんじゃない? 俺達、マブダチじゃん? 一緒に海賊した仲じゃん?」

 

「ローマン、少し黙れ。ギルロード様、今回の失態については、何が何でもこの男に挽回させます。どうか、この通り」

 

 深々と頭を下げたヘックスを見たローマンは肩をすくめ、ギルロードに目を向けた。

 

「だってさ? どうする?」

 

 ギルロードは静かに目を閉じて黙り込んだ。沈黙がしばし流れる。おもむろにギルロードの口が開いた。

 

「分かった。ディクセル様には、あったことをそのまま伝える」

 

「お、ギルちゃん、話が分かるじゃない。同じ騎士(・・)だし、これからも仲良くやろうね」

 

「同じではない。それに」

 

 一拍置いたギルロードが目を鋭くした。

 

「ギルと呼ぶな。馴れ馴れしい」

 

 そういうと回線を打ち切ったのか、モニターの画面が黒く染まった。

 何とか事態を乗り切ったことに安堵したヘックスと、その横で楽しそうに笑みを浮かべるローマン。

 2人は元宇宙海賊で、この船の乗組員の多くは、その時の部下であった。

 

 一年戦争後、デラーズ紛争に参加し、生き延びてからは気ままな宇宙海賊を満喫していた2人の元にアクシズの使者が訪れたのが一年前。

 同志として迎え入れたいとの誘いを一度は断ったが、再度の誘いで仲間の待遇、特にローマンの待遇の良さが決め手となり、アクシズに参加した。

 ローマンは、アクシズで騎士となったのだ。アクシズでは軍隊の階級は使わず、指揮官を騎士と呼ぶようになっている。

 

 騎士となったローマンの権限で、昔の仲間の大半は同じ船に乗ることができた。

 死線を乗り越えてきた戦友は、もはや家族と言っても過言ではない。

 生活するだけで精一杯だった日々からも解放された上に、離れ離れにならずに済んだ。

 

 横で不敵な笑みを浮かべるローマンのお陰である。

 多分、これからも生きていくのだろう、こいつと。確証はないが、妙な確信はある。

 ヘックスは操舵士に指示を出し、集結場所であるアクシズへと船を進めた。

 



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新たなジオン

 まっすぐ宇宙港から街へと向かう一本道を一台のエレカが走っていた。

 道の傍には農場があり、放し飼いにされている牛たちが草を食むという牧歌的な光景を見たライセイが声を弾ませて言う。

 

「うわ~、牛だよ、牛。兄さん、見てよ、牛だよ」

 

 テンションを上げているライセイの横でエレカを運転しているゲイルは、心ここにあらずと言った感じであった。

 今、ゲイル達がいるのはサイド2にあるコロニーの1つで、主に食料の生産を行っている場所である。

 それもあって、見上げれば丸い天井が広がっており、ドーム型の農場プラントがいくつも見えた。

 

 コロニーでは穏やかな時が流れているがゲイルの心中は波立っており、ハンドルを握る右手の人差し指を忙しなく動かしている。

 

「兄さん、何があったの? 悩み事?」

 

 ライセイの問いかけにゲイルは首を軽く横に振った。

 

「いや、なんでもない」

 

「嘘だね。その指でトントン叩く癖。悩んでいる時にいっつもやってるよ?」

 

 言われて気づいたが今更止めても仕方がない。適当なことを言って、この場を逃げ切ろう。

 

「ティターンズとの戦争が終わったことだしな、今後のことを考えていたんだ」

 

「ああ、そっか。本当に終わったのかな、戦争?」

 

 ライセイの言葉で、一昨日のアクシズのMSとの戦闘と、その報告をした後に艦長とした会話を思い出した。

 艦長室で聞かされたのは、エゥーゴも危機的な状況に陥っているというもので、まともに動ける船はほとんど残っていないとのことだ。

 エゥーゴの主力であったアーガマは無事だったとの通信を受けたそうだが、以降、アーガマの足取りは掴めていない。

 

 ゲイル達の乗るサラミス級巡洋艦ケルンも戦闘で被害を受けており、航行するのがやっとのことで、補給と修理を兼ねてこのコロニーに停泊することになったのだ。

 戦争が終わり、平和が訪れたのならば良いが、本当にそうなのだろうか。アクシズはディターンズとの戦争が終わっても攻撃を仕掛けてきた。

 アクシズに野心あり。もしそうであれば、今の地球圏は手薄だ。

 

 ティターンズは事実上壊滅し、エゥーゴは疲弊しており、残った地球連邦軍も戦争のごたごたでまともに機能してはいないだろう。

 行動を起こすのならば、絶好の機会に違いない。

 

「どうだろうな。戦場からは引退したいところだけどな」

 

「だね。戦争が終わればエゥーゴも解散かなぁ?」

 

「そうだな。そうかもしれん」

 

 ゲイルの胸にちくりとした痛みが走った。また誤魔化してしまったからだ。

 届いた情報ではアーガマにも被害が出ており、その中でも特に問題なのがクワトロ・バジーナの消息が不明なことだった。

 指導者を失ったかもしれないエゥーゴの今後はどうなるのだろうか。

 

 考えても答えがでない。口から出せば、少しはこの胸のモヤモヤが晴れるのだろうか。

 いや、ただいたずらに周囲を混乱させるだけだ。今は一部の者達で情報を共有しつつ、取れる最善の手を尽くすしかない。

 心を決めたゲイルの視界にダイナーの看板が映った。

 

「丁度いい。飯にしようか」

 

「そうだね。ちょうどお腹が減ってたところだったんだ」

 

 エレカをダイナーの駐車場に止めると、店の中に入り角にあるテーブル席に座った。

 愛想のいい女性店員が水をテーブルに置くと、メニュー表を見せる。ライセイと話し合った結果、ハンバーガーとポテトを注文した。

 注文の品が並ぶまで、店に流れるラジオの音に耳を澄ます。

 

 ローカルラジオなのか、パーソナリティが面白おかしくリスナーからのお便りを読み上げていた。

 ライセイはそれを聞いて楽しそうにしており、この時間をくつろいでいるようだ。ゲイルは水を一口飲むと、ソファにもたれかかり一息ついた。

 その時、ブツッと一瞬放送が途切れ、パーソナリティの声が変わる。

 

「緊急速報です。ただいま入った情報によりますと旧ジオンの残党がネオジオンを称し、コロニーへの侵略を始めたとのことです。繰り返しお伝えします」

 

 切迫した様子の声に、これは質の悪いジョークではないことは明白だ。

 新たなるジオン。ネオジオンとはよく言ったものだと、ゲイルは胸の内で毒づいた。

 動揺が見て取れるライセイは不安そうに問いかける。

 

「兄さん、戦争になるのかな? また戦争に……」

 

 ライセイの言葉に応えることができなかったゲイルは、ただ歯噛みして顔をしかめた。

 



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暗夜行軍

 ネオジオン樹立の宣言があってから2日。

 必要最低限の補給と整備を行ったサラミス級巡洋艦ケルンは、逃げるようにコロニーを後にした。

 目的地は月面都市グラナダだ。

 

 ケルンがエゥーゴの本拠地であるグラナダに行かなければならない理由は、損傷した船の整備と補給である。

 だが、乗組員たちの本音は違う。逃げ帰るのだ。

 ネオジオンのコロニーに対する侵攻が事実であることが分かり、ケルン単独では太刀打ちできないことを知っている。

 

 現在のケルンにはMS3機しかなく、戦闘によって消耗した弾薬の補充もままならないでいた。

 この状態でネオジオンと事を構えるなどできない。

 そう判断した艦長は、当初の予定通りグラナダへと向かうことに決めたが、航路についてはネオジオンとの遭遇を避けるために大回りをすることにした。

 

 艦長の下した決断に異論を挟むものは誰もおらず、乗組員は不安を抱えたままだが一定の平静は保たれている。

 ただ、エゥーゴの現状については依然、艦の一部の者達だけしか知らなかった。知ってどうする。知れば余計に苦しむだけではないか。

 知らないほうが良いこともある。知らなければ、知られなければ穏やかに暮らすこともできるのだから。

 

 ゲイルはリックディアスのコクピットのモニターで、MSデッキ内を行きかう整備士達を見てぼんやりと昔のことを思い出していた。

 両親が死んでからの苦労は一言では語れない。大した遺産もなく、頼れる親戚もいなかった。

 まだ小さかったライセイに苦労は掛けることはできないと、気丈にふるまうようになってからだろうか、人を頼れなくなったのは。

 

 ハイスクールではアルバイト漬けの毎日で、少しでも給料が良いところと選んだ軍隊では弱音を吐くことは許されなかった。

 そうして、少しずつ本心を打ち明けることが難しくなっていき、自分の感情も誤魔化すようになっていった。

 人と距離を置くようになったのも、自分を誤魔化すのに疲れたからだろうか。

 

 ケルンに配属になってから打ち解けたと思えるのは、同じMSパイロットのダンくらいなものだ。

 ダンは良いやつだ。お節介なところもあるが、無遠慮に人の(うち)に入り込むようなことはしない。

 心の鍵をゆっくりと開けるように入ってくるのだ。

 

 気づけば、いつの間にか相棒のように思ってしまっていた自分がいたが、それでも頼ることに躊躇してしまっている。

 唯一の家族である弟にも本心を明かせない俺は、この先、一生誰にも本当の自分を出せないのではないだろうか。

 誰かに分かってもらいたいと、どこかで思っているとしたら滑稽だな、と自嘲気味に笑って目を瞑る。

 

 MSの起動チェックが正常に終わったのでコクピットから出ると、それを待ち構えていたかのようにダンが近寄ってきていた。

 

「よ、お疲れさん」

 

「ただの起動チェックだ。疲れないさ」

 

「挨拶みたいなもんだから、真面目に受け取んなよ。よく見たら、お前のリックディアスも細かな傷だらけだな」

 

 言われてみれば、表面には無数の傷がある。

 宇宙を舞うデブリによって付けられた傷もあるだろうが、戦闘で負った損傷を修復した箇所も見受けられた。

 船の中でできる修復は限られているから仕方がないことだ。

 

 むしろ、この傷は戦場を潜り抜けた勲章と言ってもいい。

 

「俺達が生き残った証だ。悪いもんじゃない」

 

「いや、俺は新品のように(つや)やかなMSに乗りたいんだよ。ちなみに女も色っぽいのが好きだぜ」

 

「お前の好みなんて知るか」

 

「そう言うなって。なあ、グラナダに行ったら、バーにでも行こうぜ。グラナダならいい女がいそうだからな」

 

 くつくつと笑うダンをゲイルは冷めた目で見た。

 ダンの女好きは艦内では有名である。ダンほど異性に興味がないゲイルにとっては話を振られるのはいい迷惑だった。

 周りに変な誤解が植え付けられないように、女がらみの話については適当にあしらう様にしている。

 

「勝手に行けよ。俺は行かないからな」

 

「つまんねぇこと言うなよな。ライセイも連れて行くからよ。あいつも初心そうだから、いい機会だろうぜ」

 

「冗談はそれくらいにしておけ。まずは目の前のことに集中だ。でないと、足元をすくわれるぞ?」

 

「おお、怖っ。ま、確かに生き延びなければ女遊びもできねぇからな。お互い、生き残ろうぜ」

 

 そう言うと拳を突き出してきたので、応じるようにこつんと拳を突き合せた。

 にかっと笑ったダンに、ゲイルも少しだけ笑みを浮かべる。

 生き残るか。先日のガザDとの戦いを思い出すと、少しだけ不安になってしまう。

 

 あの敵に俺は勝てるのだろうか。自分の腕も磨かなければならないのはもちろんだが、MSの性能も上がる必要がある。

 リックディアスは扱いやすい良い機体だが、敵の技術の進歩に追いつかれているところがあった。

 このままの機体では、これからの戦場を生き残れないかもしれない。

 

 俺が死んだら、ライセイはどうなる。ライセイを守るのは俺の役目だ。俺は死ぬわけにはいかない。

 俺にもっと力を。俺の全力をぶつけられるようなMSが欲しい。仲間を守る力が、弟を守る力が。

 この宇宙の闇の中では、ゲイルの願いは(むな)しいものであった。

 



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コロニー侵攻

 サイド2のコロニー群が目視できる距離に入ったと艦内放送が告げるのを、ローマンはガザDのコクピットの中で聞いていた。

 コンソールに足を乗せてくつろぐ姿から緊張感はまるで伝わってこない。それどころか鼻歌まで歌っているという落ち着きようであった。

 エンドラ級巡洋艦ハイドラはアクシズで補給を受けた後、コロニーへの侵攻を指示され、またサイド2へと戻ってきたのだ。

 

 アクシズからネオジオンに名前が変わっても、ハイドラの乗組員の士気にはあまり影響がなかった。

 元が海賊稼業で食ってきたことが多い連中だ。生きるか死ぬかのやり取りを続けてきた者達にとって、呼び名が変わってもやることは一緒なのだ。

 生きるために他者のモノを奪う。命だろうが金だろうがだ。それこそがローマンたち宇宙海賊の流儀であった。

 

 開いたままのガザDのコクピットに1人のパイロットスーツを着た者が近づく。

 

「ローマン様、準備ができました。いつでも行けます」

 

 きびきびとした声を上げたのは、アクシズで補充された若い青年パイロットであった。

 熱い思いが表情からも見て取れる。ネオジオンという名に誇りを抱き、この侵略を正義の行いだと考えている顔だ。

 ローマンは顔の前で手を振ると、口角を上げた。

 

「様付けとかしなくていいからさ。お頭の方が性に合ってるんだよねぇ」

 

「お頭……ですか?」

 

「そっ。まあ、もうちょっと砕けなよ。じゃないと、皆と仲良くできないよ?」

 

「はあ……」

 

 青年は戸惑った様子で返すと、ローマンがパンパンと手を叩いた。

 

「さ、MSに乗った乗った。ジークジオン! ってね」

 

 からからと笑うと、つられたように整備士達も声を上げて笑った。

 更に戸惑った青年は失礼しますと言って、乗機のガザCへと向かう。ありゃ、早々に死ぬかもしれんな。

 ローマンは青年の背中を見つめると、無線をオンにした。

 

「皆、準備はできたかな? いつも通りリラ~ックスしてやろうじゃないのぉ。戦争ってやつをさ」

 

 艦内に歓声が響き渡る。ローマンコールが響く中、艦内放送が鳴った。

 

「ローマン、作戦開始だ。さっさと準備しろ」

 

 ヘックスの不機嫌そうな声に、ローマンはヘラヘラと笑い返す。

 

「んじゃ、行くとしますかねぇ」

 

 コクピットのハッチを閉じると、ガザDの単眼に光が灯った。

 ハッチが上がり宇宙空間が広がると、サイド2のコロニー群がモニターに映る。作戦はコロニーにいる地球連邦軍の駐留軍を叩くこと。

 どの程度の戦力かは分からないので、考えないことにした。

 

 出てきた敵を落とす。なんならMSを奪ったって良い。闇で売りさばくルートなら確保してあるのだ。

 正規軍に入ったからとはいえ、贅沢ができる訳ではない。

 海賊をやってた頃、うまく行った日はどんちゃん騒ぎをしていたものだが、今は自由に使える金がなかった。

 

 ないなら奪えばいい。その精神を持った部下が先日、エゥーゴの生き残りを襲いに向かったが、見事に返り討ちにあってしまった。

 仲間を失った悲しみはある。苦楽を共にした仲間だったのだ。

 だが、それと同じくらい心が躍った。

 

 あのリックディアスは2機を相手にしながら、1機をあっさりと撃墜し、もう1機に損傷を与えたのだ。

 それに俺との戦いでも的確に狙ってきたことから、エースパイロットに違いない。

 先行量産型のガザDをゴリゴリにチューンしたお陰で傷一つ負わなかったが、もしノーマルのままだったら多少の損傷はあったのではないかと思ってしまう。

 

 それほどまでに良い動きをしていた。

 張り合いのない敵とばかり戦ってきたせいか、あんな熱い敵とやり合ってしまったら胸の中が滾ってしまってしょうがない。

 こうして宇宙で戦っていれば、いずれまた会えるのではないだろうか。

 

 そう思うと、思わず笑みが浮かんできた。

 オペレーターからの指示に従いカタパルトに足を乗せて、発進準備に入る。

 少しは楽しめる相手がいると良いのだが。淡い期待を持ったローマンに発進の指示が飛ぶ。

 

「ローマン・ローランド。ガザD、出るよ」

 

 カタパルトによる強烈な加速。パチンコで弾き出された玉のように一気に飛んでいくと、MA形態に変形し、更にスラスターを吹かした。

 コロニーに接近すると、いくつかの光点をモニターが捉える。識別番号RGM-79R ジムⅡが3機編隊を組むようにして、まっすぐこちらに向かってきた。

 まずは3機か。ローマンは速度を緩めることなく直進し、ナックルバスターを1機に向けて撃った。

 

 砲口から吐き出されたビームがジムⅡに直撃すると爆散。

 残りの2機は慌てて距離を取ろうとするが、加速のついたガザDから逃れることができなかった。

 MS形態へ変形しつつ、ビームサーベルを抜いたガザDは勢いをそのままにジムⅡへと襲い掛かる。

 

 一閃。ジムⅡの右手が両断され、爆発が生じた。

 ガザDは抜けざまにバーニアを噴射して横回転しつつ、更にビームサーベルを振るい、ジムⅡの頭部を両断する。

 無力化されたジムⅡを放って、最後の1機を追いかける。

 

 ジムⅡは恐怖に駆られたのか、背中を見せて逃げ始めた。

 逃げんなよ、コロニーを守るのがお仕事なんだろ。

 ローマンはガザDをMA形態に変形させスラスターを全開にして、一気に距離を縮める。

 

 ジムⅡとガザDの間には圧倒的な性能差があり、ジムⅡが逃げきれる訳がなかった。

 猛進するガザDはジムⅡの背後に迫ると、再度MS状態に変形し、ジムⅡの背中に取りつく。

 コクピットにビームを収束する前のビームサーベルを押し付けたローマンが接触回線を開き言う。

 

「降参したら命は取らないよ。まぁ、無理にとは言わないけどね」

 

 ビームサーベルに微かに光が灯った。

 

「わ、分かった! 降参だ! 助けてくれ!」

 

「そりゃ良かった。無駄に殺すのは気が引けるからね。ささっと武装解除しなよ」

 

 ジムⅡはビームライフルとシールドを手放し、手を上げた。

 そうこうしていると、後続のガザC隊が到着。1機のガザCがガザDに触れる。

 

「お頭、さすがです」

 

「ま、こんなもんでしょ。この子と、あっちに浮いているジムⅡを持って帰ってよ」

 

「はい。了解です」

 

「はいは~い。お疲れ様」

 

 ガザCは、別のガザCに指示を出すと、捕獲したジムⅡと無力化したジムⅡをハイドラへと連れ帰り始めた。

 その様子を確認したローマンは次なる獲物がないかモニターを舐めるように眺めたが、他に敵影は見えない。

 

「隠れてんのかな? まあ、良いや。もっと稼がせてもらうとしようかな」

 

 ローマンはフットペダルに力を込め、スラスターを調整してコロニーへと向かう。

 サイド2がネオジオンによって占拠されるのは、大して時間は掛からなかった。

 



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スペクター

 月面都市グラナダ。

 月の裏側に位置するグラナダは、月面都市第1位のフォンブラウンに次ぐ都市として栄え、アナハイムエレクトロニクス社の工場が集まっている。

 エゥーゴの本拠地としてグリプス戦役では幾度か戦果に見舞われたが、その都度、エゥーゴの活躍もあって都市として存続できていた。

 

 サラミス級巡洋艦ケルンは無事、ネオジオンと遭遇することなくグラナダへと帰港することができたのだが、そこで乗組員たちはエゥーゴの現状を知ることになる。

 エゥーゴの残存戦力と指導者のクワトロ・バジーナが行方不明であることが艦長より伝えられると、皆一様に表情を曇らせ、今後への不安を募らせていた。

 事実を知ったダンとライセイも意気消沈しており、ケルン内の雰囲気は鬱々としている。

 

 帰港したのち、乗組員に与えられたのは一斉の休暇であった。

 これは労いの意味もあるが、もう一つの意味がある。

 エゥーゴの上層部の足並みが揃っておらず、明確な指示が出されていないのだ。

 

 それもそうだろう。主だった戦力を失ってしまった上に、指導者が不在となれば混乱もする。

 そんな状況でまともな命令が出せる訳もなく、無事に帰ることができた者達には休暇を取れとだけ言い渡された。

 スペースノイドのために戦ってきた者達、ティターンズ憎しで戦ってきた者達にとって、ネオジオンの登場がどれほど精神的に影響を与えたのか。

 

 エゥーゴにはジオン出身の者達もいる。自分も旧ジオン軍だが、ジオンに対する忠誠心がないためか、ネオジオンに対して割と冷静な目で見ていた。

 だが、未だに根強く生きるジオニズムの信奉者達ははこの事態をどう見るのか。エゥーゴに暗雲が立ち込めているように感じた。

 

 グラナダの市街地の外れにあるバー。そこでゲイルはウィスキーの入ったグラスを眺め、物思いにふけっていた。

 バーには昔の流行歌が流れており、ビリヤードに興じている者達の歓声が響く。

 バーの中にいるのはケルンに乗船していた者達が多く、ダンの誘いに乗った連中だ。

 

 なぜ、こんな場末のバーに来たのかというと、一本裏手に入ると歓楽街が広がっているからだった。と、ゲイルは勘ぐっている。

 まずは酒に酔わせて、勢いで店に連行する気なのだろうが、そうはさせない。

 ゲイルはウィスキーをちびちび飲みながら、切り上げる機会を伺っていた。その横で、グビグビとビールを飲むダンがゲイルに絡み始める。

 

「おいおい、飲んでねぇじゃねぇか? 俺の酒が飲めないってのか?」

 

「俺が金を出した酒だ。俺の好きにさせろよ」

 

「まったく。ライセイを見習えってんだ。なぁ?」

 

 ダンはゲイルの横でビールを飲み干したライセイに言う。

 

「兄さんは、あんまりお酒に強くないからね。ゆっくりとしか飲めないんだ」

 

「お前が強すぎるだけだ。どれだけ飲んでも素面みたいな顔をして」

 

「これでも酔ってるんだけどなぁ」

 

 そう言うと、ライセイは店員にビールの追加注文をした。

 酒の強さに関しては完全に負けている。兄の威厳とまではいかないが、酔いつぶれる様は見せたくないし、酔って変な店に連れていかれたくもない。

 ゲイルは外の空気を吸ってくると言い、席を立った。ダンのブーイングを聞き流し店を出ると、空を眺めた。

 

 ドームに覆われたグラナダから見上げる空では、はっきりと星が見えない。くすんだ空は、今のエゥーゴを象徴しているようだと思うと少しだけ笑えた。

 

「おや? 星が好きでしたかな?」

 

 年季の入った男の声に、ゲイルはギョッと目を見開いた。

 目を向けると、スーツにハットを被った50代後半と思しき年齢の男が立っており、薄っすらと笑みを浮かべている。

 

「お久しぶりですね、ゲイルさん。無事なようでなによりです」

 

 ゲイルの瞳が怒りの色に染まった。

 

「よく俺の前にのこのこと顔を出せたものだな、スペクター」

 

「おや? まさか、ライセイさんの件ですか? あれは彼から接触してきたもので、どうしてもと言われたから橋渡しをしてあげただけのことです」

 

「知っている。ライセイから聞いているからな。だが、俺に一言もなしだったのが気に食わない」

 

「ライセイさんに口止めされておりましたから。私は義理堅いのですよ、意外とね」

 

 スペクターと呼ばれた男は、軽く声を上げて笑った。

 この男こそ、ゲイルとライセイをエゥーゴにスカウトした男である。

 エゥーゴの人間かと思ったが、どうやらそうではないらしい。エゥーゴの依頼を受けたスカウトマンと思われる。

 

 優秀なパイロットを探していると言ってゲイルに近づいてきたのが1年前だった。

 最初はにべもなく断ったが、エゥーゴに参加すれば金を払うと言われ、その提示額の良さに引き受けてしまったのだ。

 サイド3での暮らしは決して裕福ではなかった。兄弟2人なら生きていくことも難しくはないが、もし家族を持ってしまえばどうか。

 

 ライセイは人当たりもよく、周りから愛されていた。おそらく結婚し家族を持つことだろう。

 そうなれば金がいる。ゆとりのある生活のためには金がなければならないのだ。弟の将来を考えた選択であった。

 だが、弟を思っての選択が裏目に出てしまい、ゲイルの後を追ってライセイもエゥーゴに参加。MSパイロットとして、俺と同じ船の所属になったのだ。

 

 これはおそらくスペクターが仕組んだのではないかと思っている。

 どういうつもりかは分からないが、お陰で苦労が増えてしまった。次にあったら一発ぶんなぐってやろうと思っていたところに、こうして姿をみせたのだ。

 拳に力を込め、一歩前に踏み出した。

 

「一発くらい殴られる覚悟はしてきたんだろうな?」

 

「おやおや、物騒な。今日、私がゲイルさんのところに来たのは、ボーナスを渡すためです」

 

「ボーナス?」

 

「そう。これをどうぞ」

 

 スペクターが差し出したのは、何かの本であった。

 憮然とした表情で手に取ってページをめくる。それはMSのマニュアルであった。

 

「これがボーナスだって?」

 

「そうです。あなたがエゥーゴで引き続き戦われるならば、それをお渡しいたします。もちろん、ここでエゥーゴを去ることもできますが?」

 

「エゥーゴを去る……」

 

「ティターンズは壊滅しましたし、ネオジオンと戦うことは契約には入っておりませんから。ただ、あなたが望むのならば、もう一度契約を致しましょう」

 

 ゲイルは考える。十分に蓄えはできた。これ以上無理をして稼がなくても良いのではないか。

 ライセイを連れてエゥーゴを降りるのも悪くない。それも1つの選択肢だ。ライセイも納得してくれるだろう。2人で帰ろう、サイド3へ。

 

「俺は」

 

 言いかけた時、バーのドアが開く音が聞こえた。

 

「兄さん、さっさと戻ってきなよ。ダン中尉が呼んでるよ?」

 

「あ、ああ。おい、スペクター……?」

 

 視線を向けた先には、すでにスペクターはいなかった。

 ふと、手にしたマニュアルから一枚の紙が出ていることに気づく。抜き出すと金額の書かれた小切手であった。

 

「あいつ……」

 

「どうしたの兄さん?」

 

「いや、何でもない。……なぁ、ライセイ。お前」

 

「しっ! 兄さん、静かにして」

 

 ライセイは言うと、突然走り出し裏路地へと向かった。

 



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不思議な少女

 駆け出したライセイの後を追って、ゲイルも裏路地へと走った。

 酒を飲んでいただろうに、その様子を感じさせない機敏な動きのライセイは裏路地から更に一本奥に入る。

 遅れてゲイルも行くと、そこにはライセイ以外に3人の人影があった。

 

 2人はガラの悪そうな男で、それに挟まれるように佇むのはまだあどけなさの残る少女だった。

 ゲイル達に3人が気づくと、男の1人が威圧的な声を上げる。

 

「おい、なんだよ!? 見せもんじゃねぇぞ!? さっさと消えろ!」

 

 男は怒鳴るが、大した迫力はなかった。こちらは幾多の戦場を越えてきた人間だ。

 ただの恫喝程度でひるむわけがなかった。ライセイがすっと人差し指を少女に向ける。

 

「その子、嫌がってるから。放してあげなよ」

 

「あっ!? んだ、てめぇ! ふっざけんな!」

 

 男がライセイの襟を掴んだ。まずい。

 突如、男は宙に浮かび地面に叩きつけられた。うめき声を上げる男を見下ろしたライセイが、もう1人の男に問う。

 

「まだやる?」

 

「て、てめぇ! なめんなよぉ!」

 

 拳を振りかぶって突撃した男は、その勢いをそのままに宙を舞って倒れていた男の上に落ちた。

 潰れたカエルのような声を上げた2人にライセイが言う。

 

「やる気なら何度でも投げるけど?」

 

 静かだが重みのある声だ。ライセイの言葉に誇張はない。おそらく、この程度の男達なら何度でも投げ飛ばせるだろう。

 ライセイは柔術にはまっていた時期があり、そこでかなり鍛えられたようで腕っぷしは強い。穏やかな顔立ちからは想像ができない強さを持っていた。

 もし、このままやれば男達が病院送りになりかねない。止めるとしよう。

 

「おい、こいつの言うことは本当だ。それに、まだやるっていうなら、俺も相手になるぜ?」

 

 低い声で相手を圧する。男達は悔しそうに顔を歪め、唾を吐き捨てて去っていった。

 

「君、大丈夫?」

 

 ライセイが少女に語り掛ける。

 小柄な少女はミディアムヘアーでグレーがかった髪の色をしており、どこか庇護欲を感じさせた。

 男達が目を付けたのも分かる。と、妙に納得してしまう。

 

「助けてくれて、ありがとう。私、あなたを探しに来たの。でも、迷っちゃって」

 

「僕を? あのどこかで会ったっけ?」

 

 少女は首を横に振る。

 

「知らないわ。今日、初めて会ったもの」

 

「えっ!? なのに、僕を探しに? えっ?」

 

 混乱するライセイ。少女はそんなことは気にせず、話を続けた。

 

「あなたのことを感じたの。とても優しい心を。だから、会いたくなって来ちゃったんだ。こんなことになるとは思ってなかったけど」

 

 おどけるような笑みを見せた少女に、ライセイが困惑気味に返す。

 

「よく分からないんだけど……。えっと、とりあえず、タクシー乗り場まで連れて行くよ。夜も遅いんだし」

 

「ん~、そうね。今日はもう遅いもんね。私はネージュ。ネージュ・イースレットよ。あなたは?」

 

「僕はライセイ・クガ。あっちが兄さんのゲイルだよ」

 

「ライセイ、ゲイル……。2人ともいい名前ね」

 

 無邪気な笑みで言われ、ゲイルとライセイは面映ゆくなった。

 

「じゃあ、ネージュ、兄さん、行こうか」

 

 歩き出したライセイに従い、ネージュとゲイルも歩き出した。

 裏路地から通りにでてタクシー乗り場へ向かおうとしたとき、背後から声を掛けられる。

 振り返ると、スーツを着た中年男性だった。

 

「ネージュ、こんなところいたのか。帰るぞ」

 

「あ、パパ! うん、分かった。ちょっとだけ待ってね」

 

 そう言うと、ネージュはライセイの右手を両手で握り、目をつぶった。

 不意なことに慌てるライセイ。女っ気がないと思っていたが、相当に初心なのかもしれない。

 普段、男女関係の話をしたことがなかったため、ライセイの新たな一面を見た気がした。

 

「これでライセイのことを覚えたわ。また会いましょう」

 

「えっ? あ、うん。じゃあ、また」

 

 手を振って去っていくネージュに、ライセイも小さく手を振った。

 よく分からないことを言う少女だ。小さくなっていくネージュとその父の背中を見て、そう思った。

 

「不思議な子だったね」

 

 ライセイは前を向いたまま言った。

 

「ああ、そうだな。さて、このまま帰るとするか」

 

「ちょっと。僕がダン中尉に怒られるでしょ? 戻るよ」

 

「悪いが酔いが醒めてしまった。またの機会にしておくよ」

 

「そうやって逃げるんだから。ま、いいか。僕も帰るよ」

 

 ライセイまで帰ってしまったら、ダンのやつ余計にうるさいだろうな。

 面倒なことになることを察したゲイルは、ふと手にしていたMSのマニュアルを思い出し開く。

 そこには、MSF-007 ガンダムMk-IIIの文字があった。

 



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ガンダム

 3日の休暇を終えると、招集されたのは母艦のケルンではなく、アナハイムエレクトロニクス社の工場であった。

 ゲイルとライセイ、ダンの3人を乗せたエレカは工場のゲートをくぐり、指定されたMSハンガーへと向かう。

 運転をするダンの横でゲイルは先日、スペクターから渡されたマニュアルを開き目を通していた。

 

 ガンダムMk-Ⅲのスペックはリックディアスを圧倒的に上回っており、火力も向上している。

 最新鋭機が自分に託された意味がよく分からないが、MSパイロットとしての性なのかガンダムがどのようなものなのか興味が湧いていた。

 ガンダム。その名は戦場に希望と畏怖をもたらす存在だ。味方になれば、これほど心強い響きを持ったものはいないだろう。敵にとっては恐怖以外の何者でもない。

 

 それだけ価値のあるMSに乗ることになるのだ。どこまで自分にやれるのか。密かに興奮している自分がいることを知った。

 目的地のMSハンガーに着くと、そこには3体のMS。どれもが見たことのあるシルエットをしていた。

 右から見て、1つ目のMSはリックディアスと同じ外見をしているが、背中のバインダーが大型化しており、推力の増強具合が見て取れる。

 

 真ん中のMSは白を基調として、機体の各所をエメラルドグリーンで塗装したものだ。なんとなくだが、データベースで見たことがある百式を連想させる。

 顔はガンダムタイプに近く、特徴的なデュアルアイをしているが、渡されたマニュアルに載っていたものとは違う形状をしているので、自分の乗るMSとは別なのだろう。

 その奥に佇むMSにゲイルの目が引かれた。

 

「ガンダム……」

 

 思わず口から漏れ出した。灰色を基調としたガンダムMk-Ⅲは、スラリとした肢体に大型のバックパックと、そこから伸びる2門のビームキャノンが特徴的であった。

 ゼータガンダムに近いガンダムフェイスが、突如首を動かしてゲイルに目を向ける。

 コクピットのハッチが開くと、白いパイロットスーツを着た人物がハッチから伸びるワイヤーを使って降りてきた。

 

 車を降りたゲイル達にガンダムMk-Ⅲから降りてきたパイロットが近づく。

 パイロットがヘルメットを取る。あらわにしたのは、20代と思しき青い髪を束ねた女性だ。可愛らしい顔立ちをしているが、どこか勝気にも見える。

 

「あなたがゲイル・クガ中尉?」

 

 女性がゲイルを見て言った。

 

「そうだ。君は?」

 

「私は、アオイ・スオウ。エゥーゴの階級は少尉よ」

 

「エゥーゴの?」

 

「そう。元はアナハイムエレクトロニクスでテストパイロットをしていたの。エゥーゴに参加してからも、こうして裏でMSの調整をしているのよ」

 

 アオイは手を大きく広げると、誇らしげに言う。

 

「この子達の調整は私が担当したの。バッチリ仕上げているから、安心して乗ってちょうだい」

 

「君が全機を? すごいな」

 

 ゲイルは感嘆した。MSにはそれぞれ癖がある。ただ始動させれば使えるものではなく、万全な状態に仕上げてから戦場に送り出す必要があった。

 その調整を1人でこなしたというのだから、褒める言葉しか見つからない。

 

「こんな綺麗な女性が仕上げてくれたんだ、ネオジオンなんて怖くないぜ」

 

 引き締まった表情を見せたのは、女好きのダンであった。

 

「あら、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」

 

「いや、俺は嘘は言わねぇ。なぁ、ゲイル?」

 

 同意を求められても困ると言わんばかりにゲイルは冷めた瞳を見せ、話を戻す。

 

「どれも癖がありそうだな」

 

「そうね。特にあなたが乗るガンダムMk-Ⅲはかなりのじゃじゃ馬よ。乗ってみる?」

 

「良いのか?」

 

「あなた用に調整したんだもの。あなたのパーソナルデータを見せてもらったけど、すごい腕前ね。でも」

 

 笑顔で話していたアオイが不敵な笑みを見せた。

 

「十分に扱えるかしら?」

 

 挑発的な物言いであった。ゲイルにはガンダムMk-Ⅲは荷が重い。そう言っているように聞こえた。

 これにはゲイルだけでなく、ダンも表情を変える。安い喧嘩を売られたものだ。ゲイルはアオイの挑発に乗ることにした。

 

「良いだろう。じゃあ、勝負をしようか」

 

「話が早くて助かるわ。じゃあ、あなたはガンダムMk-Ⅲに乗って良いわよ。私はちょっと性能は落ちるけど、シュツルムディアスに乗るから」

 

「ハンデとでも言いたいのか?」

 

「いいえ。シュツルムディアスも良い機体よ。ガンダムだからって、舐めてかかって良い相手じゃないわ」

 

「そうか。なら、安心だ。あとで性能差のせいにされたら、たまらんからな」

 

 挑発の応酬にライセイはおろおろしており、ダンはアオイを忌々しそうに見ていた。

 微笑みを浮かべ、アオイが言う。

 

「じゃあ、30分後に始めましょうか。楽しい模擬戦を期待してるわね」

 

 まるで自分が勝つような言い草ではないか。ゲイルは焚きつけられていることは承知しているが、それでも頭にくるものがある。

 視線をガンダムMk-Ⅲへと向けた。ガンダム。その名を背負うことがどれほど重いものか想像できないが、こんなところで負けているようでは話にならない。

 味方を勝利に導く象徴であるガンダムを見つめる瞳に闘志を滾らせ、パイロットスーツに着替えるべく更衣室へと向かった。

 



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月の重力

 月面に降り立つ2体のMS。グラナダの郊外にあるアナハイムエレクトロニクス社の試験場がゲイルとアオイの決戦の舞台であった。

 ガンダムMk-Ⅲとシュツルムディアスは互いに蛍光色のペイント弾が装填されたマシンガンを手にしている。

 

 ペイント弾が当たれば一目瞭然で、相手に当てた弾数を競う模擬戦をする事になったゲイルはマニュアルを思い出しながら、月の重力を確かめるようにスラスターを何度か吹かした。

 思ったより重い。踏み込みは少し強めが良いか。ゲイルは月での操縦感覚を短い時間の中で体に叩き込む必要があった。

 アオイにとって、月はホームグラウンドと言っても良いだろう。アナハイム・エレクトロニクス社のMSの多くは月と宇宙で試験をする。

 

 もちろん地球の環境にあわせた試験もするが、無重力や月重力下での試験時間は長い。それをこなしてきたアオイには勝手知ったる土地ということだ。

 シミュレーターでしか経験したことがない月面でのMS戦にゲイルは挑まなければならないのだが、なかなかコツが掴みづらい。

 文句を言っている暇はないので、少しでも体に叩き込むために飛翔しては降り立つ。

 

 神経を尖らせていると、アオイから通信が入った。

 

「どう? 月での操縦は? けっこう難しいでしょう?」

 

「少しだけな。すぐに慣れる」

 

「じゃあ、もう少し時間をあげるわ。待たされるのは好きじゃないんだけどね」

 

 ゲイルは舌打ちしたくなるのを堪えた。こうやって煽るのがアオイの戦術ならば、その罠に片足突っ込んでいる状態である。

 分かってはいるが、焦りは禁物だ。アオイが勝つために挑発をするのならば、それに乗らずにこちらのペースに引きずり込むしかない。

 実力を出し切れば勝てる。その自信がゲイルにはあった。ガンダム乗りという重責があっても、それを跳ね除けてみせる気概もある。

 

 やはり懸念は月の重力だ。こればかりは慣れしかないが、時間があまりにも足りない。

 再度、アオイより通信が入る。

 

「別の日にしましょうか? 月に慣れていなかった、って言い訳するのも癪でしょう?」

 

 ゲイルのこめかみに青筋が立った。こいつ、言わせておけば。口から怒声が出そうになるが、なんとか堪えた。

 心の中を掻き乱されてしまえば、実力を発揮することが難しくなる。今は心を落ち着けて、この重みを少しでも理解するのだ。

 

「いや、だいたいの感覚は掴めた。もうそろそろ始めるか?」

 

 そう言いながら、機体を細かく動かし続けた。繊細な動きをすることで感じ取れるものがある。

 スラスター、バーニアをどれだけ使えば、機体が反応するのか。無重力下とは違う動き鈍さに、攻略のヒントがあるはずだ。

 ガンダムMk-Ⅲを軽く飛び上がらせ、スラスターを調整しながら静かに着地した。

 

 なんとなくコツが掴めた気がする。手応えを噛み締めていると、アオイの明るい声が聞こえた。

 

「さすがね。エースパイロットの名は伊達じゃなさそうで、安心したわ」

 

「この程度でエースなら、君もエースパイロットになれるんじゃないかな?」

 

「かもしれないわね。じゃあ、あなたに勝てば私がエースってことで」

 

「エースの称号は、そんなに軽いもんじゃない。それに」

 

 ゲイルはフットペダルを踏み込み、スラスターを一気に吹かした。

 強烈な加速が生み出すGに思わず歯を食いしばる。これはリックディアスの比ではない。ガンダムの名に相応しい性能だ。

 スラスターを止め、自由落下し、地表スレスレで再度スラスターを使い緩やかに降り立った。

 

「俺は君には負けない」

 

「……OK。負けた言い訳は聞かないわよ?」

 

「言い訳を考える暇があるかな? 君に」

 

 肌を刺すような空気がお互いに流れる。性能ではガンダムMk-Ⅲの方が上ではあるが、それは機体の性能を出し切ればの話だ。

 ゲイルは一度、深く呼吸をしていう。

 

「始めようか」

 

「ええ、そうしましょう。カウント。スリー、ツー、ワン」

 

 両機、スラスター光を輝かせ一気に飛翔した。

 



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月に舞う

 宙へと舞い上がったガンダムMk-Ⅲとシュツルムディアス。

 ゲイルはアオイの出方を伺うため、スラスターを控えめに噴射して距離を取った。

 重力に引っ張られて高度が下がらないように気を付けなければならない。フットペダルを小刻みに動かし、相手を挑発するように距離を縮めた。

 

 お互いが手にしているマシンガンの性能は同じだ。有効射程距離はお互いに把握しているので、アオイは無理に接近するようなことはせず、ゲイルとの距離を維持した。

 執拗に挑発してきただけあって、アオイ本人は冷静のようだ。少しでも揺さぶりを掛けるため、マシンガンを数発放った。

 飛び来るペイント弾を悠々と躱すシュツルムディアス。お返しとでもいうのか、シュツルムディアスもマシンガンを発射した。

 

 ゲイルはフットペダルを軽く踏み込み、加速しつつペイント弾を避ける。

 だが、予想以上の加速に一瞬だけフットペダルを緩めてしまった。コンマ数秒だけ自機の挙動に気を取られた間隙を狙って、アオイが動く。

 シュツルムディアスの背部にある大型のスラスターが強い光を放つと、ガンダムMk-Ⅲに向けて突撃を掛けた。

 

「くっ!?」

 

 慌ててスラスターとバーニアを動かし距離を取ろうとするが、半歩先に動いたシュツルムディアスに分があり、マシンガンの射程距離に捉えられる。

 射撃体勢に入ったシュツルムディアスのマシンガンが火を噴いた。飛び掛かるペイント弾を避けるべく、とっさに力強くフットペダルを踏み込んだ。

 急激な加速のGによって、体がシートに押し付けられそうになる。堪えろ。ここで弱気になってしまえば、次は確実に落とされる。

 

 逃げるガンダムMk-Ⅲを追うシュツルムディアス。

 完全に尻に付かれた状況から、どのように逆転するかゲイルは思案するが、慣れないガンダムMk-Ⅲの動きを制御することに思考が傾いてしまう。

 性能ではガンダムMk-Ⅲの方が上だとアオイは言ったが、スペック差が勝敗を左右するわけではない。

 

 機体に慣れていない状況での戦いが、相手にとってどれだけアドバンテージになることか。

 愚痴がこぼれそうになったとき、ペイント弾が機体を掠めるように飛んで行った。また余計なことを考えてしまったと、自分にいら立ちを覚えながら更にスピードを上げる。

 シュツルムディアスはどこまでも食らいついてきた。相当なGが掛かっているだろうに、アオイは一歩も引く気がないようだ。

 

 その様から、アオイの闘志が伝わってきた。

 これは模擬戦。ゲイルは、どこかでそう思っていたのかもしれない。だから、躊躇したり余計なことを考えてしまうのだ。

 これは戦闘だ。命のやり取りをする場所なのだ。勝利を得るためには命を懸けるのが戦場であることを思い出したゲイルは、ガンダムMk-Ⅲの軌道を月面へと向ける。

 

 付いてくるなら付いてこい。食らいつきたければ、食らいつけ。俺の尻に噛みつこうというのならば、それだけの覚悟を見せてみろ。

 ゲイルの口元に笑みが浮かぶ。更にガンダムMk-Ⅲは加速をし、それを追ってシュツルムディアスも加速をする。

 細かく軌道は変えながらも、向かっているのは間違いなく月面であった。如何にMSといえど、加速がついた状態で地面に突っ込めばただではすまないし、パイロットの命も危ういだろう。

 

 機体の制御を失ったのかと思えてしまうほど、ガンダムMk-Ⅲは月に吸い込まれるように突き進む。

 迫りくる月面。追い続けるシュツルムディアス。ゲイルは己の全てをガンダムに捧げ、叫ぶ。

 

「飛べっ! ガンダム!」

 

 地面が目前に迫ったとき、スラスターの向きを変え、バーニアを全開にし、軌道を無理やり変えた。

 内臓が押しつぶされ、口から出そうになるのを堪えるゲイルは、更にバーニアを噴射し体をひねる。

 ゲイルを追いかけていたアオイのシュツルムディアスは、地面にぶつかる前に減速していた。アオイはゲイルとのチキンレースに負けたのだ。

 

 減速したシュツルムディアスはすぐさま回避行動に移ろうとするが、すでにゲイルは射撃体勢に入っていた。

 マシンガンから吐き出されたペイント弾がシュツルムディアスに叩きつけられる。体中を蛍光色の塗料まみれにしたシュツルムディアスは、動きを止めて、ゆっくりと地表に降り立った。

 ガンダムMk-Ⅲも同じように月面に減速しつつ着地する。

 

 突然、アオイの笑い声が無線から入った。

 

「負けた~。さすがね、エースパイロットさん」

 

「ゲイルで良い。君もさすがだった。冷や汗をかかされたよ」

 

「じゃあ、私もアオイで良いわ。ああ~、面白かったぁ。こんな戦い久しぶり」

 

 ゲイルとの模擬戦が心底楽しかったのか、アオイは上機嫌に言う。

 

「ねぇ、あとで一杯おごらせてよ。色々と聞きたい話があるの」

 

「構わないが、俺は酒にはあまり強くないぞ?」

 

「じゃあ、飲み比べなら私が勝てるかもしれないわね」

 

「そっちのエースなら別にいるから、そいつとやってくれ」

 

「もう、ノリが悪いわね。楽しみにしてるから。あと、私の反省会にも付き合ってもらうわよ」

 

 勝手に話を進めるアオイに、ゲイルは肩をすくめた。

 この強引さ。下手なことを言っても通用しなさそうだと諦めたゲイルは言う。

 

「分かった。俺も振り返ってみたいことがある」

 

「OK。じゃあ、帰りましょう。変な汗かいたからシャワーを浴びたいわ」

 

「同感だ」

 

 2人は通信を終えると、MSハンガーへと向かった。

 

 ◇

 

 試験場の外れにある観測所から、2人の戦いを観戦していたダンとライセイ。

 ゲイルの勝利に沸き立っているかと思いきや、ダンの様子が違った。

 

「ライセイ君、何かな、あれは?」

 

「えっ?」

 

「なんで仲良くなっちゃってんのかなぁ!って意味!」

 

「ああ~……。拳を交えた仲ってやつかな?」

 

「なんかムカつく! どっちもムカつく!」

 

 よく分からない感情を爆発させているダンを、よく理解できていないまま一生懸命なだめるライセイであった。

 



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追う背中

 月の重力圏から離れた宇宙を3つの光点が舞っていた。

 スラスター光を瞬かせた3機のMSだ。ゲイルの乗るガンダムMk-Ⅲに、ダンの愛機となったシュツルムディアス。

 そして、ライセイが乗るプロトデルタである。

 

 シュツルムディアスがリックディアスの発展型ならば、プロトデルタは百式の発展型であった。

 元々は可変機として計画された百式だが、構造上の問題でそれが叶わず通常のMSとして生産されたのだが、性能が優秀であったこともあり、非可変機の発展型が開発されたのだ。

 いくつかバリエーションがある中で、プロトデルタについては可変機へと進化をさせる試みが施されているが、コストや強度面などを考慮して通常のMSとしてロールアウトが決定した。

 

 ただし、プロトの冠が付いている通り、あくまでも試作機で量産は視野に入れておらず、現在稼働しているのはライセイの乗る1機のみである。

 形状自体は百式と似ているが、ガンダムのようなデュアルアイと、背部の大型化したウィングバインダーが特徴的だ。

 シュツルムディアスのバインダーが推力と火力を両立させたものならば、プロトデルタは機動力に特化したバインダーを装着している。

 

 その性能はスペックだけ見ればガンダムMk-Ⅲに勝るとも劣らないが、問題が1つあった。

 

「ぐっ!?」

 

 プロトデルタに急減速を掛けたライセイは苦痛の声を上げたいのを必死に我慢していた。

 性能は申し分ないが、機体の制御、スラスターやバーニアの操作に癖があり、ライセイはまだプロトデルタに振り回されている真っ最中だ。

 一足お先にシュツルムディアスに慣れたダンが言う。

 

「ライ、どした!? その程度か!?」

 

 シュツルムディアスの持つ訓練用のライフルのレーザーポイントが、プロトデルタの胸部へと向けられた。

 これが実戦であれば、ライセイは即死である。

 

「くぅっ……。まだ!」

 

「よし、来い!」

 

 加速した両機の後方に位置取りしたのは、ゲイルのガンダムMk-Ⅲである。

 フットペダルを踏み込み、更にスピードを上げ2機の背中を伺う。

 ガンダムMk-Ⅲのライフルがシュツルムディアスの腰部へと向けられた。

 

「何っ!?」

 

 ダンの声を聞いたゲイルは口元に笑みを浮かべる。

 

「油断しているからだ。次はライセイ、お前だ」

 

 推力だけなら互角の性能の2機だが、ライセイの操縦技術が機体に追い付いていなかった。

 ガンダムMk-Ⅲを振り切ろうと必死に動くプロトデルタだが、その差はみるみる縮まっていく。

 歯を食いしばりながら操縦するライセイは後ろを気にする余裕がなく、我に返ったのは撃墜されたことを知らせる赤い警告が表示されてからであった。

 

 呼吸を止めていたのか、荒い息遣いをライセイはしている。

 

「また負けたのか……」

 

 警告の表示を消して、深く呼吸をする。

 ゲイルとアオイが模擬戦をして、すでに2週間が経っていた。

 ライセイとダンがそれぞれのMSに乗ったのは模擬戦の翌日からなので、10日以上操縦訓練に明け暮れている。

 

 ゲイルについては、すでにガンダムMk-Ⅲを手足のように扱えるようになっており、ダンもシュツルムディアスを飼いならしている。

 問題はライセイであった。なぜ、自分にこのようなスペックのMSが渡されたのだろうか。それについては、上の方針であるとだけアオイが告げてくれた。

 プロトデルタにはアナハイムエレクトロニクスにとって、テストベッドとしての側面があるということらしい。

 

 細かくはアオイも分からないとのことだが、この大型化したウィングバインダーの実戦データが欲しいのではないだろうかとライセイは考えていた。

 今まで乗っていたネモとは別次元の機体に戸惑うのは周りも理解してくれているが、自分がそれを認めたくはなく、何とか使いこなせるようにと訓練を続けている。

 

「ライセイ、今のは悪くなかった。だいぶ、使えるようになってきたな」

 

 優しい声音で言うゲイルだが、今は優しく接される方が辛かった。

 兄のゲイルに負担を掛け続けていることは自分でも知っている。生まれてこの方、ずっと一緒に暮らしてきたのだ。

 だいたい、何を考えているのかも分かっている。ゲイルは弟の自分に甘いところがあった。本人は自覚していないのかもしれないが、周りからはそう思われているだろう。

 

 いつまでも兄に守られる弟でいたくはない。そんなことだから、ゲイルはいつまで経っても人を、自分を頼りにしてくれないのだ。

 ゲイルに認めてもらいたい。ライセイはその気持ちを抱いて、ゲイルの後を追ってエゥーゴに参加した。それなのに、未だに兄に守ってもらっている始末だ。

 弟でなければ、ゲイルももう少し厳しい言葉を掛けたかもしれない。自分に厳しくしているつもりだが、兄の優しさにはついつい甘えてしまう自分が少し嫌になる。

 

 ゲイルに返す言葉に詰まっていると、無線から厳しい声が聞こえた。

 

「ライ君、何をやってるの。もっと動けたはずよ。その程度じゃ、せっかくの新型が泣いてしまうわ」

 

 こうやって檄を飛ばしてくれるのはアオイであった。ダメなところはダメだと厳しく言ってくれる人だが、とても気さくで悪い印象は1つもない。

 

「すみません、アオイさん。もっと厳しく攻めてみたいと思います」

 

「ライ君ならできるから、怖がらずやってみなさい。さぁ、皆。もう一戦やるわよ」

 

 アオイの言葉に、ゲイルは了解と言い、ダンは不満そうに了承の声を上げた。

 ダンとアオイはあまり仲が良いとは言えない。言いたいことをはっきり伝えるアオイをダンが煙たがっているようだ。

 お互い優しい人なのだから、仲良くできそうなのに。

 

 ライセイは素直にそう思っているが、どうも難しいようだ。

 

「兄さん、ダン中尉、よろしくお願いします!」

 

「仕方ねぇな、もういっちょやってやるよ」

 

「2人とも手は抜かないからな。次、先に落ちたやつはグラウンドランニング1週を追加する」

 

 不満を口にするダンを他所に、ライセイは動き始めた。

 少しでも兄に近づくために、自分ができることを。何度も自分に言い聞かせ、機体を急加速させた。

 



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暗雲

 訓練を終えたゲイル達は、母艦であるコロンブス級輸送艦ロズウェルに着艦した。

 ゲイル達が配属されていたサラミス級巡洋艦ケルンは修理中であり、MS隊は輸送艦を使って宇宙で訓練をしている。

 輸送艦だけあってロズウェルは大きく、MSだけでも10機近くは積載する能力があるため、この宙域では別のMS隊も訓練を行っていた。

 

 先日まで訓練に参加していたのは新たにエゥーゴに参加した新兵達だ。

 戦力の立て直しを図るエゥーゴは、まだ拙さの残る者達の鍛え上げを行っており、訓練の合間に何度か協力をさせられたのだが、ゲイルには不安の残るものであった。

 MSの操縦には慣れたとしても、実戦で使い物になるかは分からない。訓練の先にある実戦を経て、初めてものになるのがパイロットなのだ。

 

 ベテラン勢を多く失ったエゥーゴの戦力は、全盛期に比べると圧倒的に下がっていることであろう。

 そのような状況で、戦力を温存したネオジオンとどのようにやり合えば良いのだろうか。エゥーゴに地球を守る戦力が残っていないのは周知の事実だ。

 エゥーゴの本拠地グラナダとて、攻められれば危ういかもしれない。残存戦力の集結を行ったグラナダでも、まともに動ける艦船は多くはないのだ。

 

 コロニーを侵略するネオジオンに対して、エゥーゴは何もできていない。こうして考え事をしている間にも、着々とネオジオンが勢力図を拡大している。

 エゥーゴの先行きは不透明さを増しており、所属する者達の不安も日に日に増していた。

 その気持ちはゲイルにも分かる。スペクターとの契約延長についてゲイルは了承しておらず、勝手に小切手を渡された状態でエゥーゴからの脱退話はうやむやとなっていた。

 

 エゥーゴはジリ貧かもしれない。残れば危険が増すだけではないだろうか。漠然とした不安感に時々襲われるが、それは外に出さないようにしていた。

 ゲイルの不安が周りに伝染するかもしれないからだ。特にライセイには、変な心配を掛けたくない。毅然とした態度でいれば、周りの不安も少しは緩和されるだろう。

 そうだ。俺がしっかりしなければ、ライセイは。

 

 MSデッキ内に警戒音が響いたのを聞き、ゲイルは我に返った。

 ガイドビーコンが出されると、それに沿って1機のシュツルムディアスが着艦する。無駄のない動きをしているな。パイロットの腕前の良さを見ていると、横にダンが並んだ。

 

「いよいよ、シュツルムディアスの配備が本格化してきたわけだな。先行して乗った俺のデータが使われているって聞いたときは、嬉しかったぜ」

 

「そうだな。お前のデータのお陰で楽になったやつは間違いなくいるだろう」

 

「だよな。あとは、俺が実戦で活躍するだけなんだがなぁ……」

 

 ダンにしては歯切れが悪い。ゲイルと同じように思うところがあるのだろう。

 エゥーゴが動くのが先か。それとも、今の勢いのままネオジオンが攻めてくるのか。攻めるのと守るのでは、気持ちに大きな差が出てしまう。

 特にエゥーゴはグラナダを落とされれば後がない。ダンの気持ちとしては先に仕掛ける方になりたいだろうが、今のエゥーゴにその体力があるか疑わしかった。

 

 口を閉じたダンに語り掛ける言葉をゲイルは持ち合わせていない。沈黙が流れると、着艦したシュツルムディアスから降りてきたパイロットが近づいてきた。

 

「ゲイル中尉にダン中尉か。俺はデューク・ウェインズ大尉だ。2人の活躍はよく聞いていた」

 

 デュークの階級を聞き、ゲイルとダンは敬礼をする。

 

「ここではなんだ。中で話そうじゃないか」

 

 デュークは言うとMSデッキを離れていく。後を追うゲイルとダン。

 リフトグリップを持って通路を進んでいると、ダンが小声で話しかけてきた。

 

「デューク大尉って聞いたことがあるな。結構やり手だってよ」

 

「なるほど。確かに、操縦技術は高そうだったな」

 

「まあ、俺と同じシュツルムディアスに乗るんだから、そうじゃなきゃな」

 

 満足そうな顔をしたダンにゲイルが言う。

 

「エースパイロット用に配備されているのがシュツルムディアスだからな。デューク大尉も、お前と同じようにエゥーゴの中核かもな」

 

「何言ってんだよ。ゲイル、お前もだろう」

 

 にやけた顔でゲイルを小突くダン。ちょっとリップサービスが過ぎたかもと、ゲイルは反省した。

 そうしていると、デュークが談話室に入ったのが見えたので、ゲイル達も中へと入る。

 ヘルメットを取ったデュークは厳めしい顔立ちをしており、見た目から堅物そうな印象を受けた。微かに笑みを浮かべたデュークが言う。

 

「すまない。付き合わせてしまって。エゥーゴのエースパイロットと、どうしても話しておきたいと思ってな」

 

「いやぁ、それほどでもないっすよ」

 

「照れるな。ダン中尉のデータがシュツルムディアスに活かされているのは知っている。誇っても良いことだ」

 

「そうっすか。照れるなぁ。あ、俺、飲み物とってきますね」

 

 上機嫌で去っていくダンを見て、お調子者めとゲイルは思った。

 去っていくダンを横目に見たデュークの顔つきが変わる。厳格な空気を醸し始めたデュークがゲイルに語り掛けた。

 

「ゲイル中尉。君の出身は知っている。ジオンのパイロットだったそうじゃないか」

 

 ゲイルはこの言葉に驚くことはなかった。別に隠すほどのことでもない。ジオン出身者はエゥーゴにも多いのだ。

 

「それが何か?」

 

「別に恨みがあるとか、そういう話ではない。君は今の状況をどう思う? ティターンズが崩壊し、アクシズがネオジオンと呼び名を変えた今を」

 

「どう……と言われましても」

 

 相手の質問の意図が読めず、ゲイルは困惑気味に返した。

 デュークの厳めしい面構えが、更に険しくなる。

 

「では、質問を変えよう。このままエゥーゴで戦う意思はあるのか?」

 

「えっ?」

 

「君も分かっているだろう。エゥーゴはもう長くは持たんよ。まともな命令を下せない上層部。わが身を憂い、不安感に押しつぶされそうな兵士達。このような組織が存続できるとは思えん」

 

「エゥーゴ批判ならば、自分にすべきではないかと」

 

「いや、君にだから聞きたいのだ。君はエゥーゴで生きるほどの価値を見出せているのか?」

 

「自分は……」

 

 ゲイルは口を閉じ、言葉を選ぶ。生きるほどの価値があるかどうかなんて分からない。

 所詮は金のために戦っている傭兵のようなものだ。金の切れ目が縁の切れ目になるかもしれない。

 エゥーゴに思い入れがないかと言われれば嘘になるが、デュークが言う様にエゥーゴの抱えている問題は深い。

 

 答えが出せないゲイルを見たデュークの口元が歪む。

 

「ありがとう。もう十分だ」

 

「自分はまだ」

 

「君が悩んだ。今はそれでいい」

 

 そういうとデュークは談話室から通路へと出て行った。飲み物を持ってきたダンが首をかしげる。

 

「なんかあったのか?」

 

「いや、別にたいしたことは話していない」

 

「そうか。何がしたかったんだろうな?」

 

「ああ、そうだな。何だったんだろうな……」

 

 言い知れぬ不安が滲んできているのをゲイルは感じ取ったが口から出すことはなく、ダンから受け取ったドリンクを口に含んだ。

 



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亀裂

 占領を終えたサイド2にはネオジオンの艦が数隻停泊しており、コロニーの傍をMSが飛び回っている。

 停泊した艦の1隻は、サイド2侵攻の中心となって活躍したエンドラ級巡洋艦ハイドラであった。

 メインデッキにはローマンと艦長のヘックスがおり、他に乗組員はいない。人払いを済ませているからだ。

 

 大型のディスプレイに映るのは、相変わらずの冷めた表情のギルロード。それに対してローマンは朗らかな顔をしており、緊張感は微塵も感じない。

 いつも2人の間に挟まれるヘックスは、これからのやり取りを想像し辟易していた。今度は何を言われるのやら。ヘックスの口からため息が漏れる。

 

「ヘックス、ダメだよ、ため息なんて。ギルちゃんに聞こえちゃうよ」

 

「お前っ!? まったく……。ギルロード様、失礼しました。で、お話というのは?」

 

 早速本題に切り込んだ。下手なことを言えば、またローマンが茶化してくるに決まっている。

 さっさと話しを終えたいとヘックスは考えていた。

 

「ハイドラには月に向かってもらう」

 

「月、ですか? まさか、エゥーゴを攻めようって話じゃ」

 

「そうではない。いや、あながち間違いではないか」

 

 ギルロードの口角が少しだけ吊った。その笑みの歪さにヘックスは寒気を覚え、身震いする。

 となりに立つローマンの表情は変わらず、のんびりとした口調で問うた。

 

「ギルちゃん、どしたの? なんかいいことあったのかな?」

 

「そうだな。我らネオジオンに新たな戦力が加わることになった」

 

「へぇ~。ま、大方予想はつくけどね」

 

 今度はローマンの口角が上がった。事態を読めないヘックスを見て、ローマンは嘆くように首を振る。

 

「ヘックス、分かんないかなぁ。エゥーゴだよ、エゥーゴ。元ジオン出身のやつが寝返るってことさ」

 

「何っ!?」

 

「驚くことかねぇ。ま、売り込みのタイミングとしては良いんじゃないの。コロニーの制圧は順調だし、人手は足りていないからね」

 

 からからとローマンが笑う。エゥーゴを裏切る者達が出てきた。

 確かにスペースノイド寄りの者達が集まってできたのがエゥーゴで、スペースノイド独立のために戦ったジオンの軍人も参加していたとは聞いている。

 スペースノイドを弾圧するティターンズが崩壊した今、エゥーゴのスペースノイドのために戦うというアイデンティティが喪失しつつあるのかもしれない。

 

 ティターンズという強大の敵がいたからこそ結成できたエゥーゴ。それでなければ、地球連邦出身の軍人と旧ジオンの者達が手を組むはずがない。

 敵の敵は味方とはよく言ったものだとヘックスは妙に納得した。

 

「で、ギルちゃんのお願いは、そいつらを迎えに行けってことだね?」

 

「お願いではない。命令だ。エゥーゴを離反した者達を受け入れ、我が軍の戦力とする」

 

「我が軍、ね。てことは、ディクセル様の部隊に編成になったわけね。厄介払いじゃなきゃいいけど」

 

 低く笑うローマンを見るギルロードの瞳の色が変わった。死んだ魚のように濁った色。ギルロードが深い怒りを煮えたぎらせている時の色である。

 ヘックスはその変化に気づき、慌てて声を上げた。

 

「その任務、承知致しました! 早速、出航の準備に取り掛かります」

 

 踵を揃えて敬礼をする。ギルロードの瞳に明るみが戻った。

 

「頼んだ。罠だったら、その時は撃沈しても構わんとの命令だ」

 

「はっ! 了解であります」

 

 軍人の鏡のようにはきはきとした受け答えをするヘックスを見たローマンが目を細めた。

 

「ヘックスは偉いねぇ。いっぱいお仕事するんだからさ」

 

「バカか、お前!」

 

「だって、そうじゃん。ディクセル様お抱えの艦隊で一番の働き者は、間違いなくうちだよ。ね、ギルちゃん?」

 

 ローマンは笑みと共にウィンクをして見せた。これでまたギルロードが怒りに震えることになる。ヘックスは、そっとモニターに視線を戻した。

 だが、ヘックスの予想は外れていた。いつも通りの冷めた視線を向けているだけで、他に変わった様子はなく、ローマンの言葉に淡々と返す。

 

「信頼を得るためには当然の義務だ」

 

 言い放った言葉がヘックスの癇(かん)に障った。元宇宙海賊だったローマン達を信用していないのだ。確かにアクシズと合流して、1年ほどしか経ってはいない。

 だが、危険な任務をこなしてきたきた自負はある。信頼に値する実績を残していると考えていたヘックスにとって、ギルロードの言葉はあまりにも冷淡なものだった。

 怒りに震えるヘックスの肩にローマンが手を乗せる。

 

「なるほどねぇ。じゃあ、しょうがないか。ギルちゃん、了解だよぉ。じゃ、通信切るねぇ」

 

 ギルロードの言葉を待たずに、ローマンが通信を打ち切った。言いたいことを何一つ言えず、不満を溜めたヘックスがローマンに噛みつく。

 

「ローマン! お前っ!」

 

「だって、しょうがないじゃん。俺達は余所者みたいなもんだからね」

 

「だからといって、命を懸けて戦ってきたことに変わりはない!」

 

「そうだね。だからこそ、堪えるべきなんだよ」

 

 先ほどまでののほほんとしていた表情が一変し、硬い表情になったローマンは言葉を選ぶようにゆっくりと話す。

 

「俺達は今、奪われる側だ。ディクセル様の気持ち次第で簡単に切り捨てられる。奪う側に回るまで耐えなきゃいけないんだ」

 

「ローマン……」

 

「まあ、このまま終わるつもりは毛頭ないさ。なっ、ヘックス?」

 

「ああ、そうだな。なってやろうじゃないか、奪う側によ」

 

 2人は固い決意と共に、不敵な笑みを浮かべた。

 



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途絶

 コロンブス級輸送艦ロズウェルから、宇宙にMSと同じ人型の大きさのバルーンが大量に放出された。

 続けて、ガンダムMk-Ⅲとシュツルムディアス、プロトデルタが発進する。ロズウェルのもう片方のMSデッキからは3機のネモが飛び立ち、先行した3機の後方に位置付けた。

 ゲイル達3人の動きと比べると、ネモ隊の動きは揃っておらず、速度を合わせるためのスラスターやバーニアを余計に使用している。

 

 MSパイロットとしての訓練時間をやっと終えた者達に、ベテランと同じ動きをしろという方が酷だな、とゲイルは思う。

 今、ゲイル達の任務は新米パイロットの強化訓練である。MSパイロットになったからと言って戦場で活躍することはできない。実戦に勝るとも劣らない訓練を乗り越えてこそ、やっとモノになるのだ。

 まだもたついているネモ隊に向けて、ダンが叱咤する。

 

「たらたらしてると、ランニング追加にすんぞ! 訓練でもたついてたら、実戦じゃ即あの世行きだ! 分かってんのか!」

 

 訓練教官っぷりが板についてきたダンの言葉に、新兵達が声を上ずりながら了承した。

 

「焦って、無理に合わせようとするな。最初は、ゆっくりと相手の動きを見ながらだ。連携できるのとできないとでは、戦場での生存確率が大幅に変わる。覚えておけ」

 

 厳しく言うダンの代わりというほどでもないが、ゲイルは新兵をおもんばかるような言葉を選ぶようにしていた。

 そのせいか、新兵達に懐かれているのはゲイルの方で、ダンは恐れられるようになっている。損な役回りを率先してやってくれているダンの方が余程いいやつだと思うのだが。

 ダンはそのことについて特に何も言わないので、不満に思っている訳ではなさそうだ。上官は嫌われるのも務めだという意識があるのかもしれない。

 

 ネモ隊の動きが少しずつだが揃い始めた。ネモ隊の後方に回っていたプロトデルタからの通信が入る。

 

「皆、良い感じ。今の感覚を覚えたら、次もきっと大丈夫だよ」

 

 最後はこうしてライセイが褒めるというのが、この訓練の一連の流れとなっている。そのため、新兵からの人気はライセイが一番であった。

 ライセイの腕前もプロトデルタに乗るようになってから、磨きがかかったと思う。アオイも扱いづらいと言っていたMSに苦戦しながら乗り続けた甲斐があったというものだ。

 模擬戦の戦績も徐々に変わってきており、ライセイに対する勝率は7割を切りつつあった。

 

 ライセイは化けるかもしれない。元々、素質はあったと思っていたが、それが開花し始めたといった感じである。

 プロトデルタという暴れ馬に乗ったお陰だろうか。それとも、アオイの的確なアドバイスの賜物なのだろうか。何が切っ掛けか分からないが、喜ばしくもあり少し不安であった。

 今は同じ所属でいることができているが、ライセイが認められてしまえば別の艦に行かないとも限らない。そうなったら、ライセイを守ることができなくなってしまう。

 

 ライセイのことを考えればエゥーゴを脱退した方が良いと思うが、結局その決心がつかないままでいる。

 このままではなぁなぁで過ごしてしまいかねない。ライセイと一度、腹を割って話した方が良いのだろうか。

 悩ましい問題が頭の中を過っていると、宇宙空間を漂うバルーン群に接近していた。

 

「よし、止まれ!」

 

 ダンの言葉に従い、全機スラスターを調整し、スピードを落とした。

 

「今日は連携を意識した実射訓練だ。バルーンを素早く正確に落とせ。平均タイムをオーバーしたら、ランニング1周追加だ」

 

 訓練教官ダンの酷な指示に、訓練生は悲痛な声を上げる。

 

「ガタガタ言うな。平均だぞ? 平均より上手くやれば、問題ないんだからな。ほら、さっさと準備しろ」

 

 ここで言う平均だが、新米達だけの平均ではない。この訓練を受けた中堅どころのパイロットも含まれているので、ダンはなかなか厳しいことを言っている。

 訓練生達がかわいそうに思えてきたとき、ロズウェルから通信が届いた。

 

「全機、ロズウェルに帰投して」

 

 アオイの声だった。訓練を中止しなければならない事態が発生したというのか。ゲイルが返すよりも先にダンが返事をした。

 

「あ? これからってときなんですけどぉ?」

 

「これは命令よ」

 

「はっ。じゃあ、何か。ネオジオンでも攻めてきたってのか?」

 

 ダンの返しに、アオイがためらったように少し間を開けた。

 

「エゥーゴ所属の輸送艦ハリマが行方不明になったの」

 

「はっ!? どういうことだ?」

 

「分からないわ。ハリマから救難信号が出たんだけど、それが少ししたら消えたそうよ。それ以降、通信は途絶。行方が分からなくなったの」

 

「おいおい。俺達はお巡りさんじゃないんだぜ?」

 

「分かっているわよ。でも、今すぐに動けるのはロズウェルしかいないの」

 

 アオイの言う通り、エゥーゴの艦隊の修復は進みつつあるが、すぐに出航できる船は少ないだろう。

 宇宙に出ていて実弾まで積んでいるロズウェルの方が捜索は適任だ。個人的な事情で渋るダンの代わりにゲイルが応える。

 

「分かった。全機帰投する」

 

 輸送艦が行方不明になったとは、ただ事ではない。だからか、妙な胸騒ぎがする。

 ゲイルを言い知れぬ不安感が襲った。

 



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裏切り者

 広大な宇宙でたった1隻の船を見つけるのは至難の業である。

 輸送艦ハリマが消えた周辺の探索を終えたロズウェルは、捜索区域を広げるためにMS隊を出撃させた。

 ハリマが進んでいた方向へと舵を切るロズウェルから離れすぎない程度に散開したゲイル達は、モニターを注視して手掛かりがないかを探す。

 

 もし、ネオジオンに襲われたなら戦闘の跡が残っている可能性が高い。

 ただ、この宙域にはその名残が感じられない。襲われた訳ではないのか。ならば、何らかのトラブルに巻き込まれてしまったのかもしれない。

 出撃前に確認したハリマのデータを思い出す。

 

 ロズウェルと同じコロンブス級輸送艦のハリマにはMSが6機積まれており、ロズウェルと同様に実弾演習に出ていたとのことだ。

 搭載されたMSは全機シュツルムディアスということで、エゥーゴのベテラン勢が集まった訓練だったようだ。その中には、先日言葉を交わしたデュークの名があった。

 エゥーゴを批判したデュークの言葉が脳裏によみがえる。

 

 あの時、エゥーゴと共に生きる価値があるのかとの問いに答えられず、それで十分だとデュークは言った。

 何が十分なのだろうか。何を思って言った言葉なのか、分からずじまいだった。考えてもでない答えを探していると、ダンからの通信が入る。

 

「どこにも見当たらねぇな。戦闘もしちゃいなさそうだし、単に通信機械の故障じゃないのか?」

 

「それはあるかもな。たとえ襲われたとしても、シュツルムディアスが6機もいれば、そう簡単にやられはしないだろう」

 

「だよな。てか、このままじゃ、ネオジオンの制宙圏内に入っちまうぞ? 大丈夫か?」

 

「そろそろ切り上げ時かもしれないな。提案してみるか」

 

 ゲイルがロズウェルに通信を入れかけたとき、ライセイの声が響く。

 

「見つけたかも! 座標データ、送るね」

 

 送られてきたデータを確認し、ズームで拡大してみると船の影と思しきものが見えた。

 

「ライセイ、よくやった」

 

「すげぇな、ライ。あんなの良く見つけたな」

 

 2人に褒められたライセイが照れくさそうに言う。

 

「いや、勘というか、なんとなく感じたというか」

 

「なんだぁ? ニュータイプみたいなことを言ってよ」

 

「いやいや、そんなんじゃ。もう、いいでしょ。早く向かおうよ?」

 

 ライセイの言うとおりである。ゲイルはロズウェルに通信を入れ、散開していたネモ隊を集結させてハリマと思われる船影へと向かった。

 距離が縮まるに連れて、船影がはっきりする。シルエットから間違いなくコロンブス級輸送艦であることが分かった。

 ハリマへと通信を試みるゲイル。

 

「こちらエゥーゴだ。ハリマ、応答せよ」

 

 返答はない。焦燥感がじわりと滲んできた。

 

「ハリマ、聞こえていないのか?」

 

 その時、ハリマから3つの光点が離れていくのが見えた。

 あの光はMS。胸騒ぎがしたゲイルはすぐさま声を上げた。

 

「各機、止まれ!」

 

「どした、ゲイル?」

 

「いやな予感がする。警戒態勢に入れ」

 

 ゲイルの指示が飛んだ瞬間、光点から二筋の光が放たれた。

 光をもろに浴びたネモが爆散する。光の正体はビームだった。では、あの光点は敵か。

 ゲイルはモニターにズームされた機影を見て、息を呑んだ。

 

「シュツルムディアスだと?」

 

 ズームを掛けたシュツルムディアスが背部の大型バインダーの先端にあるビームカノンをゲイル達に向ける。

 

「散開!」

 

 ゲイルの指示に反応できたのはダンとライセイで、残りのネモ2機は一瞬、出遅れた。

 その遅れが、更に1機のネモの撃沈という結果を生んだ。瞬く間に2機のネモを失ったゲイル達。迫る3機のシュツルムディアスに対し、距離を取る。

 

「ダン! ライセイ! 奴らの相手は俺達がするぞ!」

 

「了解だ! おい、シマン。お前は下がっていろ」

 

 シマンと呼ばれたのは、生き残りのネモのパイロットだ。

 

「は、はい!」

 

 一目散に去っていくネモを一瞥する。これで余計な気を使わなくて済む。

 相手は3機。こちらも3機。機体性能なら、こちらに分がある。ゲイルは牽制のために、ガンダムMk-Ⅲのビームライフルを発射する。

 放たれたビームを嫌がるように分散したシュツルムディアス隊に向け、ダンのシュツルムディアスとライセイのプロトデルタがビームを放つ。

 

 連携を断ち切るように攻撃を仕掛けたゲイル達は、1機に的を絞ってビームを連射した。

 狙われた1機はたまらず、距離を置くためにスラスターを強めに噴射して遠くに下がる。残る2機は連携を取り戻すように動き始めたが、それを見過ごすゲイル達ではなかった。

 再び、ビームライフルを撃って、相手の動きを制する。ビームを避けた2機のシュツルムディアスの間に距離が空いた。

 

「よし! 俺が仕掛ける。ダン、ライセイ、サポートを頼む」

 

 言うと距離を縮めながらビームライフルを発射した。

 迫るビームを最小限の動きで避けたシュツルムディアス。この動き、なかなかできる。

 敵のパイロットの腕前を確認したゲイルは更にスラスターを噴射し距離を詰めて、ビームライフルを腰部にマウントさせると、ビームサーベルを抜いた。

 

 シュツルムディアスも同様にビームサーベルを抜き、加速する。

 すれ違いざまに一閃。ビームサーベル同士がぶつかり合い、火花を散らした。

 ガンダムMk-ⅢとシュツルムディアスはすぐさまAMBACで姿勢を制御すると、再び接近する。

 

 再びぶつかり合うビームサーベル。

 つばぜり合いのように、ビームサーベルで押し合いとなった。

 パワーについてはガンダムMk-Ⅲの方が若干上である。このまま押し切るのみ。ゲイルの手に力が入った。

 

「聞こえるか、ゲイル中尉?」

 

 無線から聞こえたのは、デュークの声であった。

 



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大義

「ゲイル中尉、聞こえているのだろう? 俺だ。デューク・ウェインズだ」

 

 自らデュークと名乗った。ゲイル達に攻撃を仕掛けてきたのは、エゥーゴに所属している人間だったのだ。

 一瞬の迷いがゲイルに生じる。

 

「デューク大尉! 何故、俺達を攻撃した!? 何を考えている!?」

 

「何を? 決まっているだろう。ネオジオンの元へ行くのだ。いや、帰ると言った方が適格かもな」

 

「帰る?」

 

「そうだ。俺達はジオンの下で戦った兵士。スペースノイド独立のために戦った勇者なのだ」

 

「勇者だと?」

 

 自らを勇者と称したデュークにゲイルが吠える。

 

「仲間を撃っておいて、何が勇者だ!」

 

「もう仲間ではないさ。いや、そもそもエゥーゴの者達を仲間だと思ってはいない。共通の敵と戦うために利用させてもらっただけだ」

 

「ティターンズを倒したから、エゥーゴは用済みってことか?」

 

「そうだ。エゥーゴに大義はない。真にスペースノイドを独立させることができるのは、ネオジオンだけだ」

 

「偉そうなことを言うな。お前がやっていることはただの裏切りだ!」

 

 ガンダムMk-Ⅲのビームサーベルが徐々にシュツルムディアスに迫る。

 そのような状況で、くつくつとデュークは笑った。

 

「大義の前では小事だ。俺達はこれから多くのスペースノイドを救うという使命がある。そのために多少の犠牲は必要不可欠」

 

「貴様っ!」

 

「聞け、ゲイル中尉。君もジオンの出身者だろう? 俺達が戦う理由はない。どうだ? 共にネオジオンの下で戦わないか?」

 

「ふざけるな! 誰が!」

 

「言っただろう。もう、エゥーゴは終わりだと。あのハリマにはエゥーゴから離れ、ネオジオンに行く者達が大勢乗っている。エゥーゴに大義なしと思った者達がな」

 

 ゲイルの目が一瞬、ハリマへと向く。その瞬間をデュークは見逃さなかった。

 つばぜり合いから逃れると、距離を取ってビームピストルを発射する。ゲイルは舌打ちをしビームを避けるために、バーニアを噴射した。

 放たれたビームがガンダムMk-Ⅲの脇を掠めるように飛んでいく。的確な射撃から、デュークの確かな腕前が伝わってきた。

 

 しかし、自分の腕前が劣っているとは思わなかった。それにガンダムMk-Ⅲは、シュツルムディアスよりスペックが上だ。

 まともにやり合えば、こちらに分がある。残りの2機のシュツルムディアスには、ダンとライセイが対応するはずだ。

 ゲイルは呼吸を落ち着け、デュークの動きを予測しビームライフルを放つ。

 

 その一撃を難なく躱すシュツルムディアスに次なる一撃が放たれる。ガンダムMk-Ⅲの両肩にあるビームキャノンだ。

 二筋のビームが回避行動を取ったシュツルムディアスの脚部をえぐった。

 溶解した部分が爆発し、シュツルムディアスのバランスが崩れる。

 

「ぬぅっ! やるな! ゲイル中尉!」

 

「落ちろっ!」

 

 ガンダムMk-Ⅲのビームライフルの砲口がシュツルムディアスを捉えた。

 その瞬間、コクピット内にアラートが鳴り響く。反射的に射撃体勢から回避行動に移ったガンダムMk-Ⅲの傍をビームが抜けていく。

 的確な射撃。前に味わった記憶が蘇る。ガザDとの戦いを思い出したゲイルは、ビームの射線から敵の位置を割り出し、視線を向けた。

 

 そこには猛進する、ダークグレーで機体を染めたMA形態のガザD。そして、その後方から5機のガザCが向かってきていた。

 

「くっ。ネオジオンか」

 

 このまま戦えば、圧倒的に不利になる。性能は申し分ないゲイル達のMSではあるが、数の優位差を逆転させるのは難しい。

 ゲイルはここまでと判断し、苦渋に満ちた表情で言う。

 

「ダン、ライセイ、撤退だ。このままではまずい」

 

「くそったれっ!」

 

「分かった。警戒しつつ後退だね」

 

 ライセイの言う通り、背中を見せて一気に逃げる訳にはいかない。

 適度に距離を取りつつ、戦域を離脱する。デューク達は追うようなことはせず、援軍と思われるネオジオン軍も追撃はしてこなかった。

 撤退するゲイル達の間に交わす言葉がなく、重苦しい沈黙が流れる。

 

 ゲイルはエゥーゴを離反した者達のことを考えた。ジオンに魂を縛られた者達は、まだエゥーゴにいるのではないか。

 更に裏切者が出てしまえば、エゥーゴは空中分解するかもしれない。ただでさえ機能不全に陥りかけている時に、この騒動。影響の度合いは間違いなく大きいだろう。

 考えるだけで口の中が苦くなる報告をしなければならないゲイルは、眉をひそめる。

 

 エゥーゴは終わり。デュークの放った言葉がゲイルの頭の中で反芻する。

 戦力の立て直しを図るエゥーゴに、深い闇が迫っているようにゲイルは感じた。

 



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水と油

 相対速度を合わせたエンドラ級巡洋艦ハイドラと、コロンブス級輸送艦ハリマ。

 ハイドラから発信したランチが、ハリマの側面に設置されているハッチに取りつくと、ランチの中からローマンとヘックスが顔を見せた。

 地球連邦軍が主に使用しているコロンブスに乗るのは2人にとって初めてではない。

 

 1年戦争時代に襲撃して鹵獲したことがあったので、艦内構造も何となくだが覚えている。

 メインデッキに向かおうとしたところ、1人の男がローマン達の前に立った。厳めしい面構えの中年は、姿勢を正し敬礼をする。

 

「デューク・ウェインズです。ただいまを持って、ネオジオンに帰還いたしました」

 

 デュークという名に聞き覚えがあった。こいつがエゥーゴを裏切った者の代表者か。

 厳格な表情を崩さないところから、自分を律せる人物であるか、あるいは自分の行いが正義と信じて疑わない人物だろう。

 裏切ったという負い目を全く感じさせないデュークは、ローマン達をMSデッキへと連れて行った。

 

 辿り着いたMSデッキには、見覚えのあるMSが並んでいた。エゥーゴのリックディアスの発展型か。

 ローマンの興味はすぐに別のところに向いた。MSデッキの真ん中で車座に座らせられている者達。銃を持った兵士達に囲まれてる。

 あれはエゥーゴの者達だろう。デューク達が画策した離反劇に巻き込まれた者達は、皆一様に不安そうにしていた。

 

「ローマン殿。いや、騎士と聞いておりますので、ローマン様とお呼びすれば良いでしょうか?」

 

 硬い物言いのデュークに向けて、ローマンは手をひらひらと振った。

 

「ああ、様とかいらないから。そんな柄(がら)じゃないしね」

 

「では、同志としてローマン殿と呼ばせていただきます」

 

「お好きにどうぞ~。しっかし、結構な人数を引き連れてきたみたいだねぇ」

 

 MSデッキに集まった者達だけで数十人はいる。船の各所に配置されている者達もいれれば、相当な数に上るであろう。

 それだけジオン信者がエゥーゴ内にいたということだ。

 

「我々は全てジオンの名の下で戦ってきた勇者です。これからは、ジオン再興のため、スペースノイドの独立のため、命を懸けて戦ってまいります」

 

 僅かに熱を帯びた声音から、デュークという男は自分に酔っているところがあると分かった。

 ジオンこそが正義。そのために戦う自分もまた正義。そう心の片隅で思っているに違いない。自分とは全く違う人種にローマンは苦笑する。

 

「まあ、お互い、無理しない程度に頑張ろうよ。命あっての物種だからさ」

 

「我々は死すら厭わない覚悟でいます。ディクセル様の艦隊であれば、最前線で活躍できると聞いておりますので、存分に我らの力をお使いください」

 

「最前線ねぇ」

 

 良いように使われているだけなんだけどね。口には出さなかったが表情には出ていたのか、デュークが怪訝そうな表情を見せた。

 どのような待遇を受けているかは、早晩分かることだからここで言う必要はないだろう。説明するのも面倒だと思ったローマンは、気になっている拘束された者達について問う。

 

「彼らのことは、どうすんの?」

 

「我らが敵、エゥーゴの者達です。いか様にでも処分してください」

 

「処分ねぇ……。じゃあさ、適当なコロニーで解放しようか?」

 

「解放?」

 

 ローマンの言葉が余程予想外だったのか、呆気に取られた声をデュークは上げた。

 

「解放とはどういうことです? 敵なのですよ? 軍事的にも利用価値はあるはずです」

 

「確かに、それもありかもね。だけどさ、俺の信条は違うわけよ。欲張ると痛い目みるぞ、てのが俺の考え。やりすぎると恨みを買うし、こわ~い人達から目の敵にされちゃうんだよね」

 

「戦争なのです。恨みの1つや2つ背負う覚悟でいかなければ」

 

「恨みってさ、見えないんだよ。でも、確実に体にこびりついてくる。気づいたら恨みまみれになって周り中敵だらけ、ってことになりかねないんだよね」

 

 口角を上げたローマンは、デュークの肩に手を乗せて言葉を続ける。

 

「重みを感じないものは怖いよ? 簡単に背負うとか言ってたら、命がいくつあっても足らないよ。言ったでしょ、命あっての物種ってさ」

 

「……あなたは本当にネオジオンの兵士なのですか?」

 

 拳を握りしめたデュークは、不快感を隠せないでいた。そのことにローマンは気づいているが、気にせずに言う。

 

「そだよ~。でも、みんながみんな同じ方向を向いている訳じゃないんだよね。俺達は命が惜しい。デュークちゃんとは気が合わないかもね」

 

「そうですか。残念です。同志だと思っていたのに」

 

 そういうとデュークは踵を返して、拘束された者達の所へと行った。

 解放の件を伝えているようで、エゥーゴの者達の表情に安堵の色が浮かんでいる。デュークは堅物そうだが、不満でも上の命令には従う軍人のようだ。

 今まで黙っていたヘックスが、ローマンに囁く。

 

「まためんどくさそうな奴が増えてしまったな」

 

「だねぇ。一緒に戦うのは暑苦しそうだ」

 

「温度差が激しすぎるからな。風邪を引いてしまいそうだ」

 

 ヘックスの冗談を聞いて、ローマンは湧き上がってくる笑いを堪える。

 元宇宙海賊と、エゥーゴを裏切ったジオニズムの信奉者。ディクセル艦隊の色彩が豊かになってしまったな。とローマンは心の中で呟く。

 ふと、冷たい視線を感じ目を向けると、デュークがじっとローマンのことを見つめていた。

 

「嫌われたもんだねぇ」

 

「今の会話で好きになってくれる要素が、1つでもあったか?」

 

「確かに」

 

 今度は笑いを堪えることなく、高らかな声を上げた。

 ローマンの笑い声に顔をしかめるデューク。2人の関係は水と油のような相いれないものへとなった。

 



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幸せを願う

 エゥーゴが管理する運動施設でゲイルは汗を流しながら筋肉を酷使していた。

 一通りのメニューをこなし、あふれ出た汗を洗い流すためにシャワールームへと向かう。

 その間、施設にいるエゥーゴの者達の視線をゲイルは受け続けていた。疑いを持った視線だ。

 

 デューク達、旧ジオン軍出身者による離反については緘口令(かんこうれい)が敷かれ、デューク達は除隊した扱いとなっていた。

 だが、人の口に戸はたてられぬというように、どこからか漏れてしまい旧ジオン派の者達に対する疑念を抱く者達が多くなっている。

 ゲイルが旧ジオン軍の出身者であることは知られているため、こうして疑いの眼差しを浴び続けることになっていたのだ。

 

 そんなゲイルに更なる仕打ちが待っていた。

 命令があるまで待機。ケルンの所属から離れガンダムMk-Ⅲからも降ろされるという酷なものだった。

 臭いものには蓋をという考えなのだろう。現場から外し監視の目を付ければ、裏切りが起こったとしても、今回のような痛手を被ることもない。

 

 今のエゥーゴには、その程度の采配しかできないのだ。

 影響力を失い続けるエゥーゴを支える者達を遠ざけてしまえば、更に失墜する恐れがある。

 それが分かっていないのかと言いたくなるが、現場の人間が何を言っても聞く耳はもたないだろう。

 

 エゥーゴを導くことができる人物が空席なまま、事態は混迷の色を深めている。エゥーゴは終わり。デュークの言葉が頭の片隅に残り続けている。

 いっそのこと脱退するか。ライセイも現在、待機を言い渡されている身だ。真剣に話をするチャンスかもしれない。

 熱めのシャワーで汗を洗い流すと、身支度を整え、MSシミュレーターがある施設へと向かう。

 

 そこでも待っていたのは、好奇と疑惑の入り混じった視線であった。

 毎度のことに慣れるを通り越して、呆れてしまっている。ゲイルがシミュレーターに座ると、周りから人が離れていった。

 これもいつものことだ。相手をCPUに設定し、難易度を上げようとしたとき、シミュレーターをノックする音が聞こえた。

 

 ドアを開けると、アオイが笑みを浮かべて言う。

 

「コンピューター相手も飽きたんじゃない? 私とやりましょうよ」

 

「良いのか? 俺といると、変な目で見られるぞ?」

 

「別に良いわよ。私はゲイルのことを信じているから」

 

「そうか。なら、やろうか」

 

 言うとアオイは頷き、隣のシミュレーターに着座した。

 お互い乗機はリックディアスを選択し、対戦を開始した。

 

 形勢はゲイルの方に傾いており、アオイは押し切られないようになんとか防戦している感じだ。

 アオイの腕前は確かだ。ダンと同等であることは間違いない。それでもガンダムMk-Ⅲに乗るようになったお陰で、更に腕に磨きが掛かったという自負がある。

 相手がアオイとは言え、早々負ける訳にはいかないのだ。

 

 真剣勝負の最中に通信が入る。アオイからだった。

 

「ねぇ、ゲイル、聞いていい?」

 

「なんだ? 負けてほしいってお願いなら聞かないぞ?」

 

「違うわよ。ゲイルは何でエゥーゴに入ったの?」

 

 ゲイルは返す言葉に窮した。ただ、シミュレーター内の音声は外には流れないし、保存もされていない。

 戦いの最中ではあるが、だからこそ余計なことを考えず、言葉を交わせるかもしれないと考えたゲイルは、ぽつりと語る。

 

「金のためだ」

 

「……それって、ライ君のため?」

 

「そうだ。ライセイには幸せになってもらいたい。あいつには寂しい思い、辛い思いしかさせてやれなかったからな」

 

「ゲイル、あなた自身はどうなの?」

 

「えっ?」

 

 思わぬ言葉にゲイルの手が一瞬止まる。アオイのリックディアスのビームピストルに胸部を貫かれ、ゲームオーバーとなった。

 

「俺自身?」

 

「そう。ライ君はあなたにも幸せになってほしいと思っているはずよ。ゲイル、あなたの幸せって何?」

 

「俺は……。分からない。ただ、ライセイが幸せになってくれれば、俺も」

 

「ライ君に押し付けちゃダメよ。あなた自身の幸せを見つけないと、ライ君も本当に幸せにならないと思うの」

 

 アオイの言葉が重く圧し掛かる。ゲイルがライセイの幸せを願う様に、ライセイもゲイルの幸せを願っている。

 お互いがお互いの幸せを望んでいるようでは、本当の幸せは来るのであろうか。幸せを遠ざけてはしまわないだろうか。

 返す言葉が見つからないゲイルに、アオイが続ける。

 

「どんな細やかなものでも良いわ。ゲイル、あなたの幸せを見つけて。そして、ライ君に教えてあげるの。じゃないと、2人とも幸せになれないわ」

 

「そう……かもしれない」

 

「できれば、私にも教えてほしいところだけどね」

 

「そうだな。その時は言うとする」

 

「約束よ? じゃあ、私は仕事に戻るから」

 

「仕事中だったのか?」

 

 アオイはゲイルの問いに応えず、シミュレーターを後にして去っていった。

 残されたゲイルはシートに深くもたれかかり、アオイとの会話を思い出す。

 俺の幸せってなんだ。ずっとライセイのために生きてきた。あいつが幸せになることが、俺にとっての幸せだと思っていた。

 

 でも、もし、ライセイが俺のことで幸せを遠ざけてしまっているとしたら。

 ゲイルは幸福だった少年時代を思い出す。色あせてしまってはいるが、確かに幸せだった。

 大好きな父と母。ライセイと共に遊びまわっていた日々は、幸せ以外のなにものでもなかった。

 

 あのとき感じた幸せは一体なにから生まれたものなのだろうか。

 ゲイルは忘れていた感情を取り戻そうとしている。弟のために生き続けてきた十数年の時は早々に埋まらないが、少しだけ自分と見つめ合うことができた気がした。

 



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姉と弟

 宇宙を航行する灰褐色の大型戦艦の周りを、数機のMSが飛び交っていた。

 戦艦の名はグワンバン級戦艦グワンザム。MSを10機搭載でき、艦隊の旗艦となる船である。

 現在、地球圏掌握のため艦隊を分散させ任務に当たらせていることもあり、グワンザムは1隻で航行していた。

 

 船の周りを飛んでいたMSが1機ずつグワンザムのMSデッキへと戻ってくる。

 その中で1機、着艦時に余計なバーニアを噴かしたガザDがいた。その様子を見ていたギルロードの瞳の色が明るさを失う。

 ガザDから降りてきたパイロットは、迫るギルロードに気づくと踵を正して敬礼をする。

 

「ギルロード様、申し訳ございません!」

 

「もし、今のような着艦で負傷者が出たら、貴様は責任が取れるのか?」

 

「申し訳ございません! 次は上手くやります」

 

「次が上手くやれる保証がどこにある?」

 

 更に色を失っていくギルロードの瞳。右手の拳を固く握りしめたとき、その拳を優しく握りしめた手があった。

 プラチナブロンドの淑やかな女性がギルロードに優しく微笑みかける。

 

「ギル、もう十分です。ミスは誰にでもあることですから。誰も怪我をしなかったことを喜びましょう」

 

「姉さん……。次は容赦しない。覚悟をして訓練に望め」

 

 ギルロードはくるりと振り返ると、そのままMSデッキを後にした。その後ろを女性が追いかける。

 通路に出たところで、ギルロードは振り返って女性に言う。

 

「姉さんは甘すぎる。訓練でのミスは叱責しなければならない」

 

「ギル、誰もがあなたのように完璧ではないのです。それを分かってあげてください」

 

「あの程度もこなせないようでは、戦場でこちらの足を引っ張るのは目に見えている」

 

「それを導いてあげるのも騎士である、あなたの役目ですよ」

 

「くっ……」

 

 痛いところを突かれたのか、ギルロードは視線を女性から外した。

 姉は他人に優しすぎるきらいがある。厳しく言わねば分からぬこともあるというのに。

 ギルロードは己の短気さを知ってはいるが、理不尽に怒っているとは思っていない。

 

 無駄口をたたかず、ただ真面目に兵士としての任務を全うすれば、自分は何も言わない。

 それができていない連中が多いから、自分がそれを正しているだけだ。

 ギルロードにとって、自分の考え方が全てであり、物事の基本だと考えている。基本を外れた者には罰を与えなければならない。

 

 融通が利かず、非常に度量が狭い人間がギルロード・シュヴァの本質である。

 しかし、それも仕方がないことであった。彼自身の生い立ち故の問題なのだから。

 

「ディクセル様に呼ばれているのでしょう? 私も行きますから、一緒に行きましょう」

 

「姉さんは来なくてもいい」

 

「私もあなたと同じ騎士の称号をもらっているのですよ? 私のはお飾りみたいなものでしょうけど」

 

「姉さんの操縦技術は悪くはない。分かった。一緒に行こう」

 

 2人で艦長室へと向かう。通路ですれ違う兵士達はギルロードを見ると、皆一様に顔を強張らせていた。

 少しでも粗相(そそう)があれば、何をされるか分かったものではないという恐怖で縛られているのだ。

 艦長室に着くと、ブザーを押して名乗り上げる。

 

「ギルロードであります」

 

「入れ」

 

 ドアを開けると、他の部屋とは違って木製の本棚や机、革張りのソファなど置かれており、壁紙も温かみのある色のものが貼られている。

 無機質な部屋しかない宇宙戦艦で自然のぬくもりを感じることができる数少ない場所が、この艦長室だ。

 艦長室の奥の椅子に腰かけているのが、この船の主であるディクセル・ニーゲンである。

 

 肌は白く、鋭い目つきをした細面の男は50代と思われる容貌をしていた。

 

「ギルロード、それにセティ。まずはソファに座り給え」

 

 ディクセルは2人に着座を促すと、机の上にある資料を手にして椅子を立つ。

 ギルロードとその姉であるセティの前に資料を並べると、そこにはエゥーゴの旗艦であったアーガマの足跡が記載されていた。

 資料を手に取るギルロード。アーガマとの戦闘歴や、アクシズへの攻撃の様子などが書かれていた。

 

「アーガマ……。しぶとい連中だ」

 

「今、ネオジオンはそのアーガマによって振り回されている最中だ。たった1隻にてこずるとは情けない」

 

「ディクセル様、私にアーガマの追跡の任を与えてくだされば、必ずや撃沈してみせます」

 

「お前ならばできるだろう。だが、アーガマに関してはハマーン様直下の者達が対応することが決まっている。我々は手出しできんのだよ」

 

 ディクセルの言葉を聞き、ギルロードが苦々しい表情を見せる。

 ハマーン・カーン。ジオンの遺児であるミネバ・ラオ・ザビの後見人であり、摂政のハマーンに逆らうことは、このネオジオンでは誰にもできない。

 たとえ、一年戦争でザビ家親衛隊をまとめていたディクセルと言えど、ハマーンのやり方に口を挟むことはできなかった。

 

 ザビ家親衛隊として戦い、敗残兵をまとめたディクセルが、20を過ぎた程度の小娘に指図されるのは、頭にくるものがあるだろう。

 ハマーンもディクセルには多少気を使っているようで艦隊を任せてはいるが、ハマーン直轄の部隊と比べると見劣りする。

 不遇な扱いを受けているディクセルの心中は複雑に違いない。

 

「では、我々は見ているだけだと?」

 

「いや、そうではない。アーガマは月のグラナダに向かっているらしく、そこで一戦しかける作戦を立てているようだ」

 

「ならば、そこに」

 

「いや、我々の任務は陽動だ。グラナダ近くまで迫り、出てきた部隊を叩く。アーガマ本体については、ハマーン様の部下が対応する」

 

「分かりました。その任務、私にお任せください」

 

「そのつもりだ。お前はクレイトスに移り、任務に当たれ」

 

「はっ」

 

 立ち上がったギルロードは敬礼をする。セティも立ち上がると敬礼をした。

 

「ディクセル様、私はいかがいたしましょう?」

 

「そうだな。セティもクレイトスへと移ってもらおう」

 

「了解いたしました」

 

「うむ。ギルロード、悪いが席を外してくれるか? セティと話すことがあるのでな」

 

 ディクセルの言葉に従い、ギルロードは部屋を後にした。

 部屋のドアが閉まったことを確認したディクセルが、セティに言う。

 

「思ったよりも不安定さはでていないようだな。これもお前のお陰だろうな」

 

「今の状況であれば調整は不要かと思います。私のことを本当の姉だと信じ込んでいますし、慕っていますので」

 

「強化人間は扱いが厄介と聞いていたが、これならば十分な戦力になる。引き続き、ギルロードのメンタルケアを頼む」

 

「はい。了解いたしました」

 

 ギルロード・シュヴァは強化人間であった。

 



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グラナダ強襲

 月周回軌道に入ったムサイ級巡洋艦クレイトスとアキレウスの2隻のMSデッキでは発進前の最終チェックが行われていた。

 クレイトスのMSデッキに並ぶのはネオジオンの主力MSガザDが2機。そして、新型のガ・ゾウムとバウ・エーデルだ。

 ガ・ゾウムはガザDの発展型であるが、フレームや変形機能は大きく変わっている。装備についても見直しが図られており、全てにおいてガザDを上回る性能であった。

 

 もう1機の新型であるバウ・エーデル。このMSはバウの基本設計をそのままに、非可変機としての運用を目的とした試作機だ。

 バウ自体の性能の高さを活かした設計で、変形機構をなくし機体の強度を高めると共に、大型のバックパックを搭載することで可変機に負けない高機動性能を得ることができた。

 ただ、機体性能を追求しすぎた面があり、一般のパイロットでは扱いに困る代物になっている。

 

 そこで強化人間であるギルロードの登場であった。卓越した操縦センスを持っていたギルロードは、強化されたことで更にその腕を増している。

 その上、バウ・エーデルにはサイコミュも搭載しており、強化人間のギルロードの性能を120パーセント活かすMSとなっていた。

 ただし、ギルロードのことを強化人間と知る者はごく一部に限られているため、整備士達もサイコミュについては把握していない。

 

 ガ・ゾウムとバウ・エーデルは2機とも白を基調として、機体の各所に金色の塗装がされており、気品を感じさせるMSであった。

 MSデッキにパイロットスーツ姿のギルロードとセティが姿を見せる。

 

「ギルロード、あまり無茶はしないように。あなたに何かあったら、大変です」

 

「心配しすぎだ。私がエゥーゴごときに遅れを取るはずがない」

 

「過信は禁物です。私も援護しますから、先行しすぎないように」

 

「分かった。姉さんこそ、無理をしないように」

 

 そういうと、ギルロードはバウ・エーデルのコクピットに着座し、セティはガ・ゾウムに乗った。

 モノアイに光が宿ると、MSデッキの隔壁が上がる。月を見下ろしたギルロードは、微かに笑みを浮かべて言う。

 

「ギルロード・シュヴァ。バウ・エーデル、出るぞ!」

 

 射出されたバウ・エーデルの眼下には、月面都市グラナダの街明かりが輝いていた。

 

 ◇

 

 緊急警報が鳴り響くグラナダの宇宙港。

 サラミス級巡洋艦ケルンはネオジオン接近の知らせを受け、緊急発進の準備に取り掛かっていた。

 遂にネオジオンが攻めてきたのか。ダンはシュツルムディアスのコックピットに乗ると、すぐに起動準備に取り掛かった。

 

 ゲイルとライセイがいないときに、こんなことになるなんて。

 背中を預けてきた戦友である2人はジオン軍出身ということで、未だに待機命令が解けていない。

 今のケルンのMS隊はダンを除いて新たに配属された者達だが、MS操縦技術の練度は高くない。そのため、MS隊の隊長はダンが務めており、散々訓練を行ってきた。

 

 今ではMS操縦もだいぶ様になってきたが、ゲイルとライセイに比べるとその技術は格段に落ちる。

 ないものねだりをしても仕方がない。あいつらの代わりに俺がグラナダを守るのだ。

 ケルンが轟音を上げながら、グラナダを出航し始めた。ネオジオンは月周回軌道上に迫っていたということだったので、すぐに戦いとなるだろう。

 

 無線で各MSパイロットにダンが言う。

 

「お前達、緊張するな。とは言わん。ビビッて当然だ。逃げたくなる気持ちも分かる。だが、俺達の後ろにはグラナダに住む人達がいることを忘れるな。帰ったら、一杯おごってやる。生きて帰るぞ」

 

 ダンの通信が終わると、さっそくアラートが鳴り響く。

 おいでなすったな。ダンは戦場に出向く際の心地よい緊張感を味わうと、少しだけ口角を上げた。

 MSデッキの隔壁が開くと、カタパルトに足を乗せる。

 

「ダン・ロクスター。シュツルムディアス、行くぜ!」

 

 カタパルトから射出されたシュツルムディアスの前方に8つの光点が輝いていた。

 グラナダから出向しているのはケルンを入れて、サラミス級巡洋艦が3隻。MSの数は12機だ。

 数ならば勝っている。あとは、敵の腕前次第だ。

 

「各機、俺から離れるなよ。訓練を忘れるな。そうしたら、必ず生きて帰れる」

 

 ダンは自分にも言い聞かせるように語ると、操縦桿をギュッと握りしめた。

 

 ◇

 

 グラナダから出てきたのは、サラミス級巡洋艦が3隻だった。

 思ったよりも防衛に出てくるのが早かったことに、ギルロードは感心する。

 腐ってもエゥーゴか。敵を前にしても、ギルロードに焦りの色は見当たらない。

 

 バウ・エーデルでの実戦は初めてだが、訓練は積んできた。今更、緊張するほどのことはない。

 フットペダルを軽く踏み込むだけで、心地よいGを感じることができた。ギルロードの表情が歪なものに変わる。

 

「さて、何機落とせるかな」

 

 加速をするバウ・エーデル。通信からはセティの声が聞こえるが返事をすることはせず、まっすぐサラミスへと突き進む。

 応戦するために出撃したのは、見覚えがある機体だった。

 たしか、エゥーゴを裏切ったデュークが持ち帰ってきたシュツルムディアスだったか。エースパイロット用に配備されていると聞いていたが、その通りであればあれはエースだ。

 

 張り合いがない相手しかいないのではと危惧していたが、杞憂に終わったことにギルロードは敵に感謝をした。

 シュツルムディアスを先頭にして、そのやや後方にネモが3機ピタリと付いている。教本通りの動きから察するに、シュツルムディアス以外は楽しめそうもない。

 更に速度を上げたバウ・エーデルは、ビームライフルをシュツルムディアスに向けてビームを放つ。

 

 射程距離ギリギリからの射撃に反応したシュツルムディアスは、バーニアを噴かして回避した。

 なかなかの避け方ではないか。ギルロードの口元に笑みが浮かぶ。

 

「楽しませてもらおうか」

 

 グラナダ上空での戦いが始まった。

 



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龍飛無双

 バウ・エーデルは加速を続けたまま、シュツルムディアスに接近する。

 真っ向勝負を挑まれたシュツルムディアスに乗るダンはクレイバズーカを放つと、背部のバインダーにあるビームカノンの照準を向ける。

 狙いはロケット弾。接近するバウ・エーデルの目の前でロケット弾を爆発させて、牽制しようという腹積もりだ。

 

 直進するバウ・エーデルに迫ったロケット弾目掛けてビームを放つ。

 爆発するロケット弾が上げる粉塵。猫騙しみたいな戦法だが、相手の動きを制する事ができる手である。

 躊躇してスラスターを緩めたら、そこにズドンだ。ダンはクレイバズーカとビームピストルを構える。

 粉塵を突き破ったバウ・エーデルは、更に速度を上げていた。

 

「なっ!?」

 

 反射的にクレイバズーカとビームピストルを撃つダン。バウ・エーデルはその攻撃を何処吹く風と言わんばかりに、するりと抜けていく。

 照準を合わせている暇はない。ダンはすぐにビームピストルを放ってビームサーベルを握らせた。

 それと同時にバウ・エーデルもビームサーベルを抜きはなつ。

 

 互いの間合いに入った。振るわれるビームサーベルがぶつかり合い、眩い光を放つ。

 バウ・エーデルは速度を上げたまま、シュツルムディアスの脇を抜けると、後方に位置していたネモに襲いかかる。

 パイロットごと胴体を真っ二つにされたネモは爆発した。

 

「てめぇ!」

 

 スラスターを噴射し反転したシュツルムディアスは、クレイバズーカとビームカノンを撃ち始めた。

 その攻撃をまるで、背中に目があるようにバウ・エーデルは避けていく。

 更に加速を続けるバウ・エーデル。最高速度に到達すると、目前にサラミス級巡洋艦ケルンが迫っていた。

 

 対空砲火に晒されるバウ・エーデルだが、ギルロードの表情に焦りはなかった。

 むしろ、狩りを楽しむハンターのような、にやりとした笑みを浮かべている。

 機銃の掃射を潜り抜け、ケルンの懐に入り込んだバウ・エーデルは、メインブリッジに向けてビームライフルを向ける。

 

「やめろー!」

 

 ダンの絶叫が響く。無情にも放たれたビームによって、ケルンのメインブリッジは蒸散。

 バウ・エーデルはそのままビームライフルを船体に撃ち続け、ケルンは火を噴きながら崩れ落ちるように落下していった。

 爆発しながら下降していくケルンを見るギルロードの目は輝きに満ちており、その目はそのままダンのシュツルムディアスへと向く。

 

「さっきの反応はなかなかだった。だが」

 

 反転したバウ・エーデルは、再び加速した。その速度にネモ隊は反応することができず、まともにビームライフルを撃てなかった。

 無反応な程に動きがないネモの1機に、バウ・エーデルのビームライフルの銃口が向く。

 吐き出されたビームがネモの腹部を直撃した。四散したネモを見たダンが歯を噛み締め、怒りを露わにする。

 

「ふざけんなぁ!」

 

 スラスターを全開にしたシュツルムディアスがバウ・エーデル目掛けて突進する。

 クレイバズーカとビームカノンを連射しながら距離を詰めていくシュツルムディアスの攻撃を、射線をかいくぐりながら迎え撃つバウ・エーデル。

 両者共にビームサーベルを構え、切りかかる。

 

 その瞬間、バウ・エーデルは急減速を掛け、シュツルムディアスのビームサーベルをすんでのところで避けた。

 空振りしたシュツルムディアスのビームサーベルを持つ左手をバウ・エーデルのビームサーベルが一閃。切断された左手が爆散し、シュツルムディアスは体勢を崩した。

 姿勢を整えようとダンはバーニアを操作したが、それによって生じた減速をギルロードは見逃さなず、素早くビームライフルを放つ。

 

 左足を射抜かれたシュツルムディアスはくるくると回転し、姿勢制御不能へと陥った。

 回避行動もできないシュツルムディアスにビームの第二射が放たれる。今度は右足を貫かれ、爆発の衝撃で更に機体は回転を増した。

 ダンはコクピットの中で吐き気を覚えながら、必死に機体の姿勢を戻そうとする。

 

 このままでは、なぶり殺しだ。脳をシェイクされているダンにも、それぐらいの判断はできる。

 警告音が鳴り響く中で、ダンは死の気配を察知した。心にジワリとにじり寄る死に対し、ダンは歯を食いしばり、体に叩き込んできた操縦技術で必死に機体を安定させようとする。

 死んでたまるか。心の中で何度も自分に言い聞かせ、ありとあらゆる手を尽くすと機体がバランスを取り戻した。

 

 スラスターとバーニアの角度を調整し、反転したシュツルムディアスはビームカノンをバウ・エーデルへ向ける。

 

「くらえっ!」

 

 打ち出された2本のビームがバウ・エーデルを貫かんと襲い掛かる。

 

「むっ?」

 

 ギルロードはスラスターを噴射して、ビームを避けた。その大雑把な回避行動にギルロードは自身への苛立ちを露にする。

 思わずフットペダルを踏まされてしまった。あのまま落とせると思っていたが、あの状態から復帰できるとは。

 心の中で敵に賛辞を贈るギルロードだが、すぐにその目は獲物を襲うハンターのものに変わった。

 

 ダンのシュツルムディアスはまともに動けず、回避行動もままならない。まな板の上の鯉のような状況のダンに、バウ・エーデルのビームライフルが向けられる。

 だが、バウ・エーデルはビームを撃つことなく、スラスターを噴射して後退した。そのコンマ数秒後、ビームがバウ・エーデルのいた位置を貫く。

 ネモ隊の1機がバウ・エーデルに向け、ビームを乱射しながら、ダンのシュツルムディアスのカバーへと入った。

 

 ネモはシュツルムディアスの右手を掴むと、背中を見せて逃走をし始める。

 無粋な奴だ。ネモの背中を追おうとしたギルロードに無線が入る。

 

「ギル、待ちなさい」

 

 セティからの通信に、ギルロードは軽く舌打ちをした。

 

「もう少しで2機とも落とせた」

 

「深追いは危険です。後続のMSも出てきていることですから、全員で連携して戦いましょう」

 

「分かった。フォローを頼む」

 

 運の良いやつめ。月面へと向かうシュツルムディアスとネモを見て、ギルロードは口の中で呟く。

 セティのガ・ゾウムとガザD隊が到着するのを待ったギルロードは、迫りくるエゥーゴのMS隊を品定めした。

 先ほどのシュツルムディアスから感じたプレッシャー以上のものを持っている相手がいないと分かると、ため息を吐いた。

 

「消化試合だな」

 

 露骨にテンションを下げたギルロードは、周りの速度に合わせるように動き始めた。

 この後、グラナダ防衛に出た部隊はギルロード達により壊滅。ネオジオンは無傷のまま、その役目を終え帰投していった。

 



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決意

 ゲイルはライセイを連れて、グラナダの宇宙港に来ていた。

 花束を持った2人は献花台に花を添えて、目を伏せる。先日の戦いによって失われた者達を弔うために、ここに来たのであった。

 ゲイルとライセイが配属されていたケルンは轟沈し、多くの戦死者が出ている。

 

 未だに病院では懸命な治療が行われており、ベッドが足りない状況が続いていた。

 ゲイルとライセイは献花台から離れたベンチに向かう。そこには、うなだれたダンがいた。

 憔悴しているダンにゲイルが声を掛ける。

 

「お前が無事で良かった」

 

「すまん。何もできなかった」

 

「お前の責任じゃない」

 

「そうかもしれん。だが……」

 

 ダンは拳を固く握り、湧き上がる後悔の念を必死に堪えているようであった。

 そうなってしまうのも無理はない。MS隊の隊長として戦ったのに、部下はシマン以外戦死。ダンはシマンによって助けられたお陰で怪我はなかった。

 部下を死なせてしまった後悔に苛まれるのは、ゲイルにも分かる。

 

 部隊を率いる立場になった多くの者が通過する痛み。部下の死をどう受け止めるのかは、人それぞれのためゲイルには的確なアドバイスができなかった。

 それでも、言っておかなければならないことがある。ゲイルは唇をキュッと結ぶと、ゆっくりと口を開いた。

 

「俺が死んだ方がマシだった。とか考えるな。生き残ったヤツが考えて良いことじゃない。それは、死んだやつに対する冒涜だ」

 

 ダンの握り拳がわなわなと震える。それを見ても尚、ゲイルは続けた。

 

「死んだヤツらにできることは、1つだけだ。生きろ。お前が死んでも、死んだヤツは生き返らない。生き続けるんだ」

 

「……悪ぃ、先に帰る」

 

 言葉少なにダンは立ち上がると、宇宙港の出口へと向かった。ゲイルの視線はベンチに座っている、もう1人に向く。

 そこにはダンを助けた、シマン・トガワがいた。

 

「シマン、無事に帰ってくれて良かった。ダンを助けてくれて、ありがとう」

 

「ゲイル中尉。俺、ビビっちゃって……。逃げることしか頭になくて」

 

「ビビって当然だ。初の実戦でビビらないヤツはいない」

 

 シマンの肩にゲイルは手を乗せて、優しく言う。

 

「お前も自分を責めるな。そんなことをしても、喜ぶのは敵だけだ」

 

「ゲイル中尉……」

 

 今にも泣き出しそう表情を見せたシマンは、顔を伏せて涙を堪えていた。

 仲間を失っただけでなく、何もできなかった無力感は余程辛いであろう。自分もあのときこうしていれば、と後悔ばかりが頭を過ぎっていたときがあった。

 これも割り切れるようになるしか解決方法はない。自分の中で落とし所を見つけださなければ、ずっと悔やみ続けることになる。

 

 そうなってしまえば、もう戦うことはできない。反省は人を生かすが、後悔は人を殺すこともある。

 過去に囚われてしまえば、未来に立ち向かう力は湧いてこない。戦うためには前を見るしかないのだ。

 シマンの肩を掌で軽く叩く。

 

「悔しさを知ったお前は、きっと強くなれる。生きろよ、シマン」

 

 シマンの堪えていた涙が溢れ、嗚咽を漏らした。ここで慰めても本人が惨めに思うだけだ。

 答えを出すのは自分なのだから、余計なことは言うまい。ゲイルはライセイに目配せすると、そっとその場を立ち去った。

 

 宇宙港を行き交う人々の多くは沈痛な面持ちをしており、普段の活気は見る影もない。

 ゲイルもライセイと言葉を交わすことなく出口へと向かっていると、ベンチからおもむろに立ち上がるスーツの男性に目がいった。

 

「お久しぶりです。ゲイルさん、ライセイさん」

 

 声を掛けてきたのはスペクターであった。微笑みを浮かべたまま、スペクターは言う。

 

「この度は大変ご愁傷さまでした。なんとお声掛けすればいいのか」

 

「回りくどいな、スペクター。お前が俺達の前に現れたということは、何か用があるんだろう?」

 

 言葉を遮ったゲイルは、やや険しい表情を浮かべる。

 

「ネオジオンと戦えと言うなら、残念だが俺達は力になれない。待機中の身分なんでな」

 

「承知しております。だから、こうして会いに来たのですから」

 

「何?」

 

「お望みとあらば、前線に復帰できるよう働きかけましょう。その意思がおありであればの話ですがね」

 

 ふふっ、とスペクターは笑った。ネオジオンと戦う意思。それは以前、スペクターとの会話の中で出てきた。

 結局、答えが出せずじまいだったゲイルは返す言葉に躊躇う。

 

「戦います。だから、前線に戻してください」

 

 声を上げたのはライセイであった。意表を突かれたゲイルは目を見開き、ライセイを見る。

 

「兄さん、ごめんね。でも、僕は戦いたい。皆を守りたいんだ。失うだけじゃ嫌だ」

 

「死ぬかもしれないんだぞ?」

 

「分かってる。でも、何もしないまま生きるのは辛いよ。僕にできることがあるなら、やりたいんだ」

 

「ライセイ……」

 

 次の言葉が出せないゲイルに、ライセイが言う。

 

「わがままを言って、ごめんね。でも、これだけは譲れないよ。僕は戦う」

 

 強い覚悟を感じさせる声音だった。その表情はエゥーゴにライセイが合流したときに見せたものと近いものである。

 腹を決めたのか。真っ直ぐ見つめるライセイの視線が、ゲイルの答えを求めている。

 どんな答えでも受け入れてくれるに違いない。それが本当に俺の意思であれば。

 

 ゲイルは己の生き方を振り返る。ライセイのために苦しいことは何でも乗り切ってきた。

 ネオジオンと戦うという選択によって、とてつもない苦しみを味わうかもしれない。

 ライセイもそれくらいは分かっているだろう。それでも、選んだのだ。それならば、ライセイの願いを支えよう。それが俺の生き方なのだから。

 

「スペクター、俺をガンダムに乗せてくれ」

 

「そう言っていただけると信じておりました。お2人の機体についても、お任せください。活躍を期待しております」

 

 スペクターは軽く頭を下げると、背中を見せて去って行った。

 

「兄さん……」

 

 不安そうに言うライセイ。ゲイルは笑みを見せて言った。

 

「お前がエゥーゴに勝手に参加したときの、お返しだ。文句は聞かないぞ?」

 

 ライセイは小さく笑うと、ゲイルもつられて笑った。弟と共に戦うという選択が正しいのか、ゲイルには判断できないが、弟と一緒にいたいという思いに嘘はない。

 戦う意思を見いだしたゲイルの瞳から迷いが消えた。

 



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頼れる友

 エンドラ級巡洋艦ハイドラのメインデッキから、素っ頓狂な声が聞こえた。

 

「あらま~、アーガマ爆破に失敗しちゃったのかぁ。せっかく、ギルちゃん達が頑張って敵を減らしたのにね」

 

 モニターに映るギルロードに対して、ヘラヘラと笑いながら言うローマン。

 ハマーンの部下によるグラナダに停泊したアーガマの破壊が失敗に終わったという報せをギルロードから伝えられたが、ローマンにとっては関心事ではないようで、普段と変わらない穏やかな表情を浮かべている。

 

 艦長席に座るヘックスは胃がキリキリする思いをしながら、2人の会話を聞いていた。

 またギルロードの機嫌を損ねはしないかと思うとしんどくて仕方がない。

 相手の神経を逆撫でしがちなローマンは続ける。

 

「アーガマのことはハマーン様の部下にお任せするとして、俺達はどうすんの? 地球侵攻に加われるのかな?」

 

「それについては、まだ検討中とのことだ。命令があるまで、変な動きをするな」

 

「は~い。まあ、俺は地球にいい思い出ないから、行きたくないってのが本音なのよね。地球もそんなにいい所じゃないよぉ」

 

 しみじみとローマンは語る。一年戦争の時、ローマンとヘックスは共に地球に降下して戦った仲である。

 地球での敗戦色が濃厚になった頃のことを思い出すと、地球に対して複雑な思いしかないとヘックスも考えていた。

 日に日に押されていき、補給もままならない状況で、1日を生きていくことで精一杯だった日々には戻りたいとは思わない。

 

 宇宙海賊になって、アクシズに合流してからは食う物には困らない生活なので、割と落ち着いて嫌いではないが、どうにも上の連中とは気が合わない。

 ローマンはどう考えているのか読めない男なので、表には出てこないが、自分は顔に出やすい。

 気を抜くとローマンの口車に同調してしまいそうになるので、上との会話には細心の注意を払っていた。

 

「なぁ、ヘックスもそう思うだろう?」

 

 なんで俺に振るんだ、馬鹿野郎。と怒鳴りたくなったが、下手に返すのもギルロードの心象を損ねかねないので、ぐっと堪えた。

 

「我々は命令さえあれば、どこにでも行きます」

 

「またまたぁ、いい子ちゃん面してもダメだよ? ギルちゃん、俺達のこと全然考えてくれないから、すんごい命令されるかもよ?」

 

「俺達は軍人だ。命令に従うまでだ」

 

 ヘックスの適切な回答がつまらなかったのか、ローマンは露骨に肩をすくめた。

 モニターからこちらを見ているギルロードにも変化がないことから、自分の回答は間違っていなかったようで胸を撫で下ろす。

 機嫌を損ねていないギルロードが言う。

 

「ヘックスの言う通りだ。命令を待て」

 

「はいはい。つっても、コロニーの殆どはうちの支配下になっちゃったから、やる事は見回りくらいしかないんだけどね」

 

「不穏分子がいつ現れるか分からん。厳重な警備が必要だ」

 

「エゥーゴみたいな? でも、ギルちゃんのお陰で、また死に体になったんじゃないの?」

 

「いや、エゥーゴは侮れない。即応できた部隊が少なかっただけかもしれん」

 

 珍しくあごに手を当て考え込むギルロードを見たローマンが言う。

 

「まあ、まだ見せてない戦力はあるよね。デュークちゃん達から貰ったデータにも色々と載ってたしさ」

 

 見せていない戦力とは、あのガンダムタイプのことか。

 デュークを迎えに行った際に少しだけ接触したようだが、ギルロードのグラナダ襲撃時には姿を見せていない。

 アナハイム・エレクトロニクスのお膝元のグラナダになら、まだ戦力は隠されていると考えても良いだろう。

 

「では、我々の当面の仕事は各サイドの巡回ということで?」

 

 ヘックスの問いにギルロードは頷いた。

 

「その通りだ」

 

「承知しました。それでは、また何かありましたら、ご連絡を」

 

 さっさと話を打ち切ろうとしたヘックスの言葉をローマンが遮る。

 

「ねぇ、ギルちゃん? そろそろうちのMSを更新してくれない? さすがにガザCのままじゃキツいって」

 

「そうだな。ディクセル様に話だけはしておく」

 

「おっ、気前がいいねぇ。よろしく頼むよ。んじゃなね」

 

 そう言うと、ローマンは勝手に回線を切った。

 これでギルロードが不機嫌になったら、元も子もないだろう。と思ったが言っても無駄なので言わないことにした。

 

「ガンダム……」

 

 ローマンが呟いた。

 

「やり合いたいのか?」

 

「まあね。俺、男の子だから燃えるのよ。ガンダムって聞くとさ」

 

「やるのは勝手だが、やられるなよ?」

 

「やられる気前提で戦うわけないじゃん。勝つ気で行くよ」

 

 おどけたように言うローマンだが、戦いたいのは本音だろう。ガンダムと聞いて戦いたいと思う人間がどれだけいるだろうか。

 自分の身の丈を知っていれば、できれば避けたい相手に違いない。

 そんな相手に挑むのは思い違いをしている者か、本当の猛者のどちらかだ。

 

 ローマンは間違いなく後者である。こいつがいうなら、勝てるだろう。例え相手がガンダムであろうと。

 ヘックスの信頼を知ってか知らずか、ローマンは明るい笑みを見せた。

 頼りになる奴だよ。口には出さないが、ヘックスはそう思った。

 



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その名はアヴァロン

 ゲイルとライセイが現場に復帰できたのは、スペクターと会話をしてから2週間後のことであった。

 その間に、エゥーゴの旗艦であったアーガマがグラナダに寄港し、修理と改修を受けた。

 その際にネオジオンの襲撃を受けたが大事には至らず、アーガマは次の任務である地球に降下し、ネオジオンの地球侵攻軍と戦っているという。

 

 ゲイル達を驚かせたのは、アーガマのMSに搭乗している者達が、まだ年端も行かない少年少女であったことだ。

 子供を戦場に送り込む。それも最前線にだ。エゥーゴのやり方に憤りを感じるが、それだけ切羽詰まっているということだろう。

 使えるものは何でも使う。間違ってはないが、かつてのジオンを彷彿とさせられる行為に賛同はできない。

 

 とはいっても、現場の人間の声が上に届くような現状ではない。その上、やっと現場に復帰できたのに下手な騒ぎを起こして、また待機処分にされたくはなかった。

 アーガマに乗った子供達にできることは、エゥーゴのこれ以上の弱体化を防ぐことだ。

 

 再びガンダムMk-Ⅲのパイロットとなったゲイルは、ガンダムの名を背負って戦う覚悟を決めた。

 ライセイもプロトデルタのパイロットに復帰できたこともあり、勘を取り戻すための訓練に必死に取り組んでいる。

 ただ、2人の正式な配属先は決まってはいない。ケルンの代わりに何に乗るのか。スペクターの話しぶりでは、前線に戻れるはずだが。

 

 訓練を終えたゲイルはコクピットから降りると、同じく訓練を終えたライセイに声を掛ける。

 

「今日はいい動きだったな。俺もうかうかしてられない」

 

「まだまだだよ。兄さんの反応速度が良すぎて、ついて行くのがやっとだよ」

 

「そう簡単には負けられないからな。ガンダム乗りの格好がつかなくなってしまう」

 

「プロトデルタもガンダムに近いんだけどね」

 

 言うとライセイはくすりと笑った。プロトデルタの前身である百式もガンダムの開発に大きく関わっている。

 ガンダムの冠はないが、その根っこはガンダムに近いプロトデルタの性能はガンダムMk-Ⅲに勝るとも劣らない。

 互いの機体を眺めていると、1人の女性が近づく。アオイであった。

 

「2人共、お疲れ様。ライ君、惜しかったわね。もうちょっとで、ゲイルを捉えられると思うわ」

 

「アオイさんのアドバイスのお陰ですよ。いつもありがとうございます」

 

「私が好きでしているから、気にしないで。ゲイルの悔しがる顔も見てみたいしね」

 

 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべたアオイがゲイルに言う。

 

「ゲイルにもアドバイスしてあげようか?」

 

「気持ちだけ受け取っておく」

 

「可愛くないわねぇ。ライ君、頑張ってゲイルに勝ち越してね」

 

「まったく。さて、反省会をするか?」

 

「ちょっと待って。その前に、あなた達に見せておきたいものがあるの」

 

「見せたいもの?」

 

 こくりと頷いたアオイが数枚の写真を差し出した。

 

「これはアーガマか?」

 

「そう。アーガマ級3番艦よ。もう少しで完成らしいわ」

 

「新造船か。エゥーゴの新たな旗艦になるかもな」

 

「かもしれないわね。で、噂なんだけど、この船の艦長は元ジオン軍出身らしいのよ」

 

「そうなのか?」

 

 元ジオン軍の出身ならばゲイル達と同じく待機処分を受けていたのかもしれないのに、新造船の艦長になれるとは余程の実力者なのだろう。

 好き好んで、今のエゥーゴの艦長職につきたいものは少ないと思われることから気概を感じる。

 

「で、これを俺達に見せたのは何でだ?」

 

「あなた達の配属先は決まってないんでしょう? なら、この船が候補かなって思ってね」

 

「なるほど。確かに前線復帰の願いは出しているが」

 

「知ってるわ。だから、私も志願しようかなぁって思ってるの」

 

「アオイが? MSの調整はどうするんだ?」

 

 前線に配備される前の最終調整を行っているメンバーの1人のアオイが抜けるのは、現場にとっては痛手であろう。

 

「まあ、前線を退きたい人はいるから、欠員が出たら喜んで入る人がいるでしょうね」

 

「なんで前線に出たいんだ? 今の方が安全だろう?」

 

「そうなんだけどねぇ……」

 

 アオイらしくない歯切れの悪さにゲイルは小首を傾げた。これ以上、突っ込んで聞いていいのやら判断ができないゲイルはライセイを見る。

 そのライセイは曖昧な笑みを浮かべていた。

 

「ライセイ、何かあったのか?」

 

「い、いやぁ、兄さん、アオイさんと同じ艦に乗れたらいいねぇ」

 

「ん? まあ、そうだな。心強い味方になる」

 

 ゲイルはしっかりと頷いた。それを見てもライセイはまだ曖昧な表情を見せていた。

 何かが引っかかるゲイルにアオイが言う。

 

「もういいわ。そうだ、この船の名前、気になる?」

 

「もう決まっているのか?」

 

「ええ。アヴァロン。伝説上の島の名前がつけられるって、なんかロマンチックよねぇ」

 

「アヴァロンか」

 

 多くの者が知っているアーサー王伝説に出てくる島の名前だ。架空の島の名をつけられた艦がどのようなものになるのか、どんな期待を背負っているのか。

 この時のゲイルはまだ知らなかった。

 



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集いし者達

 アーガマ級強襲用宇宙巡洋艦アヴァロンが完成したのは、アオイからその存在を聞いてから1ヶ月ほど経ってからである。

 それと同時期にゲイルとライセイに辞令が下り、2人共アヴァロンのMS隊所属となり、今日は乗組員との初顔合わせの日であった。

 エゥーゴの施設内にある講堂に集まった者達の中に見知った顔を見つける。

 

 ダンとシマンであった。ゲイルとライセイを見た2人は揃って手招きをする。

 近くまで寄ったゲイルの肩にダンが手を回した。

 

「遅いぞ。ビビって来ないのかと思ったぜ」

 

「ダン中尉、そんなこと言って、2人が来ないかチラチラ入口を見てたじゃないですか」

 

「うるさいぞ、シマン。またしごかれたいのか?」

 

「すんません! 黙りますので、許してください」

 

 軽妙なやり取りをする2人を見て、ゲイルはほっと胸をなで下ろした。

 一時はどうなる事かと思ってはいたが、元気な姿で戻ってきてくれたのだ。喜ばしいの一言しかない。

 2人を見るライセイの顔にも笑みが浮かんでいた。ライセイも安心したのだろう。口に出すことは少なかったが、心底心配していたのは伝わってきていた。

 

「2人とも、よく戻ってきてくれた。よろしく頼むぞ」

 

「だね。ダン中尉、シマン、またよろしくね」

 

 笑みを浮かべた2人の言葉を聞いて、ダンとシマンは照れくさそうな表情を見せた。

 

「ちょっと。私は除け者なの?」

 

 ゲイルの背後から声を掛けたのはアオイであった。不満そうな顔をしている。

 そのアオイを見たダンは顔をしかめた。

 

「はっ! 俺達現場組にしかない絆ってやつを確かめてんだから、あっち行ってな」

 

「へぇ~、そんなこと言うの? じゃあ、他の3人の意見を聞きましょうよ。ライ君はどっちの味方?」

 

「もちろん、俺に決まってるよな、ライ?」

 

 板挟みにあっているライセイは、乾いた笑いをした。

 

「ど、どっちも大切な仲間だよ。ねっ、兄さん?」

 

「俺に振るのか? ダンとは付き合いが長いし、シマンを鍛えたのは俺達だが、その訓練にはアオイもサポートに入ってくれていたな」

 

「だよね? 皆で頑張ったんだから、皆仲良しだよ」

 

 とりあえず丸く収めようとしたライセイに、ダンが噛み付く。

 

「どこを見たら仲が良いように見えるんだ、ライ?」

 

「どこって……。兄さ~ん?」

 

 早々に助け舟を求められたゲイルは、少し悩んで顔を明るくした。

 

「喧嘩するほど仲がいい、という言葉があるぞ」

 

「知らねぇし! あったとしても、間違ってる!」

 

 名言を真っ向から否定したダン。これにはゲイルもお手上げであった。

 どうして、こうも仲良くできないのだろうか。どちらも、気の利いた良い奴だ。

 なのに、上手く行かないのは何故か。ゲイルは何度か考えたが、今回も答えは出せないままであった。

 

「乗船前から仲がいいな」

 

 ゲイル達の輪の外から声を掛けたのは、長身で色付きの眼鏡を掛けた黒人男性であった。

 引き締まった顔立ちに短く揃えた髪から、精悍さを感じる男が続けて言う。

 

「紹介が遅れたな。クラウス・リーバー大尉だ。アヴァロンのMS隊隊長を任されることになった」

 

 ゲイル達はクラウスのことを上官と知ると、敬礼をする。

 敬礼を返したクラウスはゲイル達1人1人をしっかりと見つめると、満足げな笑みを見せた。

 

「良い面構えをしている。ここに集まったのはエゥーゴの精鋭ということだな」

 

「クラウス大尉、よろしいでしょうか?」

 

 ゲイルは言うと、クラウスは頷いた。

 

「MS隊のメンバーはこれで全てでしょうか?」

 

「いや、もう1人いる。ほら、あそこにいるだろう? 金髪を長く伸ばした優男さ」

 

 クラウスの指した方を見ると、集まった乗組員達の最後尾で佇んでいる男がいた。

 確かに優男ではあるが、ひ弱な印象は受けない。年齢はライセイと同年代くらいであろうか。まだ20代前半のように見えた。

 

「あいつはああ見えて腕が立つぞ。グリプス戦役を乗り越えただけはある」

 

「それは心強いですね」

 

「ああ。だが、協調性がないというか、マイペースというか……。ちょっと変わった奴なんだ」

 

「それは苦労しますね」

 

「まあ、そうだな。部下をまとめるのが上官の務めだから、苦労はつきものだ」

 

 その苦労が少し分かるゲイルには、クラウスのことが他人ごとではなかった。

 ゲイルもMS隊の隊長をしていたので、部下との関係で色々と苦労を掛けさせられ、大変な思いをしたものだ。

 それに部下と上官の間に挟まれてしまうのも、MS隊の隊長の務めである。アオイとダンの関係には気を遣うことになるだろうなと、少しだけクラウスの今後を危惧した。

 

 そうこうしていると、壇上に2人の男が上る。演壇の中央に向かうと講演台の前に立ち、姿勢を正した。

 マイクの前に立った男は、どこかで見たような印象をゲイルは受ける。40後半から50代前半と思しき風貌の男は、軍人然とした面構えをしていた。

 隣の男はまだ若い。30代くらいだろうか。こちらも硬い表情をしており、微動だに姿勢を崩さない。

 

 講演台の前に立つ男が言う。

 

「私はフォルスト・イースレット中佐だ。アヴァロンの艦長を務めることになった。諸君、よろしく頼む」

 

 イースレットという性に聞き覚えがあった。何だったか考えていると、ライセイが小声でいう。

 

「兄さん、イースレットって、たしか前に助けたネージュと同じ名前だよね?」

 

 思い出したゲイルはこくりと頷いた。あの時、ネージュを探していた男がフォルストだったとは。

 妙な縁もあったものだ。壇上のフォルストが、横にいる男性に手を向ける。

 

「彼はカイム・ラドルクス少佐だ。アヴァロンの副艦長だ」

 

 紹介されたカイムは素早く敬礼をした。その様子から、よく鍛えられた軍人であることがうかがえる。

 

「エゥーゴは今、存亡の危機に立たされている。ネオジオンの侵攻を許すだけでなく、本拠地のグラナダを襲撃されるという緊急事態だ。そのような事態の中、完成したアヴァロンに求められるものは大きい。各人、エゥーゴを背負っている覚悟で職務に励んでほしい」

 

 アヴァロンは新たなエゥーゴの象徴になりうるものなのだろうか。

 それは、これからの活躍次第であるが、集まった者達の面構えを見れば大体のことは分かる。

 この艦は強い。これならば、ネオジオンにも対抗できるだろう。巡洋艦1隻でできることは少ないが、アーガマは多くの戦果を上げてきた。

 

 今度は我々が。その意思が伝わってくるようだ。

 エゥーゴの期待を背負うアヴァロンがゲイル達を乗せて宙に飛んだのは、それから1週間ほど経ってからだった。

 



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アヴァロンMS隊

 月周回軌道上を航行するアーガマ級巡洋艦アヴァロンから、順々に6機のMSが飛び立った。

 先行するのはクラウスの乗るリックディアスⅡである。リックディアスの強化型で、シュツルムディアスとは別系統のMSだ。

 バインダーの大型化に加えて、機体各所のスラスター、バーニアを改良されており、その性能はシュツルムディアスに負けていない。

 

 火力の面でも専用の二連装メガビームガンは、シュツルムディアスのビームカノンを凌ぐパワーを有しており、MSでは破格の火力と言ってよい。

 ただ、コスト面や扱いづらさもあってか量産化はされず、試作機が1機と予備パーツをいくつか製造しただけに留まっている。

 これを前線に出した理由は2つあった。1つはテストデータの収集。2つ目はアーガマの火力不足をMSで補うためだ。

 

 アーガマ級巡洋艦の課題として挙げられるのが、メガ粒子砲の数が同じような巡洋艦の中でも少ないというものであった。

 これはMSの母艦としての運用をメインに考えられたものであるためで、MSの活躍によって不足している火力を補おうというものである。

 高火力の二連装メガビームガンを持つリックディアスⅡの存在は、アヴァロンにとって重要な役目を果たしてくれる存在なのだ。

 

 リックディアスⅡの後方についているのは、オレンジ色を基調としたネモⅢである。ネモ系統の最新型で、左肩にビームキャノンを装備し、中距離支援も可能にした万能機だ。

 ネモ単体の火力不足を補ったネモⅢは、ネモの代わりとして量産され配備され始めていた。

 これに乗っているのは、金髪の優男と評されたリュート・ラインリッヒ少尉である。ネモⅢを追うように飛ぶのは、ネモのカスタム機であった。

 

 ネモスナイパーと周りからは呼ばれており、専用のスナイパーライフルとセンサーの強化、追加装備の高性能カメラを搭載したバイザーを装備している。

 基本性能はネモと大差はないが、その支援力は格段に向上しており部隊を支えるMSとしては十分な性能であった。

 このネモスナイパーにはネモの扱いに慣れていたシマンがあてがわれている。幸運なことにシマンに射撃の素質があったのか、訓練では上々の成果を上げていた。

 

 リックディアスⅡ、ネモⅢ、ネモスナイパー。そのあとに続くのは、ゲイルのガンダムMk-Ⅲとダンのシュツルムディアス、ライセイのプロトデルタであった。

 出撃したMS隊の中にアオイは入っていない。それは彼女の腕前が劣っているということではなく、他のパイロットに何かがあったとき、全てのMSに対応できるサブ要員としての位置づけだった。

 本人は不服そうではあったが命令に従い、MS隊のサポートを行っている。

 

 そのことについて、普段アオイと仲の悪いダンが珍しく意見を言った。

 サブであれば、シマン、もしくはリュートであり、腕の立つアオイを控えに回すのは勿体ないというものである。

 隊長のクラウスもそれについては理解は示したが、MS隊のバランスを考えてダンの意見は却下された。結果、今の編成となったのだ。

 

 編隊を組んで宇宙を飛翔する6機のMS。

 ゲイルは前方を行くシマンとリュートの動向に注意を払っていた。

 まだ未熟なシマンはもとより、リュートも連携行動については若干独特な癖がある。動きに乱れがあれば、後ろから指示を出すという体制だ。

 

「シマン、もう少し距離を詰めろ。リュート、横に逸れているぞ。クラウス大尉から離れすぎるな」

 

 早速、連携に乱れが生じたので、ゲイルは的確に指示を出す。

 後方のシュツルムディアスとプロトデルタは指示を出すまでもなく、多少無茶な動きをしてもしっかりと付いてくる。

 MS隊としてはまだ万全ではないが、それでもそこらの部隊と比べると頭一つ抜きんでいているのは間違いない。

 

 先頭を行くリックディアスⅡがスラスターを噴射し、更に速度を上げる。

 反応が遅れたのはシマンで加速にもたついたこともあり、ガンダムMk-Ⅲのすぐ傍まで寄ってしまった。

 

「危ないぞ、シマン。もっと、注意深く見るんだ」

 

「はい! 了解です」

 

 加速を始めたネモスナイパーを見て、ゲイルは思う。

 クラウスはシマンの限界を見抜いたような動きをしている。ギリギリのところを攻めて、鍛え上げているようだ。

 それだけの腕前を有しているクラウスとゲイルの模擬戦の戦績は五分五分であった。

 

 MSの性能はややガンダムMk-Ⅲの方が上ということを考えると、ゲイルの腕前の方が若干劣っているということになる。

 悔しい反面、嬉しくもあった。自分よりも強い相手が近くにいてくれることは向上心につながる。まだ成長の余地があると思わせてくれる相手がいてくれたことに感謝をしていた。

 アヴァロンの光がまだギリギリ見える距離で、クラウスはスピードを緩める。

 

「さて、これから模擬戦を行うが、今日は2班に分けてのチーム戦だ。チーム分けは、俺のチームにダンとリュート。ゲイルのチームにライセイとシマンだ」

 

 今回はなかなか良いマッチングだとゲイルは思った。

 先日組んだのはシマンとリュートで、ボロボロに負かされたのだ。1機の性能が高くても戦場では勝てないことを改めて知らされた模擬戦であった。

 それぞれが携行してきた模擬戦用のライフルを手に取って準備を始める。ゲイルは無線のチャンネルを合わせて、ライセイとシマンに言う。

 

「ライセイ、腕の見せどころだぞ。シマン、援護射撃は頼んだ」

 

「任せて」

 

「了解!」

 

 チーム別に分かれたところで、距離を取り、開始の時を待つ。

 モニターに映るタイマーが刻々とゼロに近づいていく。訓練とは言え、漂う緊張感は実戦に負けていない。

 そう思わせるだけの必死さが全員にあるということだ。

 

 アヴァロンのMS隊は間違いなく強い。そして、更に強くなれると思う。

 ネオジオンへの反攻はここから始まるのかもしれない。やられっぱなしは性に合わないんでね。ゲイルは胸の奥に熱い思いを滾らせる。

 タイマーがゼロを告げ、各機のスラスターに光が灯った。模擬戦の始まりだ。

 



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チーム対抗戦

 先手を取ったのはクラウスのリックディアスⅡであった。

 スラスターを全開にし、一気に加速すると訓練用のライフルをガンダムMk-Ⅲに向ける。

 照射されたレーザーポイントをバーニアを噴射して鮮やかに躱したガンダムMk-Ⅲは、反撃を仕掛けた。

 

 リックディアスⅡにライフルを向けると、相手の軌道を予測し射撃のボタンを押す。

 放たれたレーザーを難なく回避するリックディアスⅡ。やはり手ごわい。クラウスはゲイル達の間を断ち切るように動く。

 ライセイはリックディアスⅡの動きに即座に反応すると、ライフルを撃った。

 

 それを見越したのか、リックディアスⅡは急減速。そして、すぐに再加速し、ライセイの攻撃をしのいだ。

 クラウスの目的を察知したゲイルが叫ぶ。

 

「シマン! 避けろ!」

 

 リックディアスⅡの射線上に浮かぶのは、シマンのネモスナイパーだ。

 まさか、ゲイルとライセイがあっさり抜かれると思っていなかったのだろう。反応に遅れが見られた。

 その隙を見逃してくれるほど、クラウスは甘くない。ネモスナイパーのコクピットにレーザーポイントが当てられる。

 

 シマンは撃墜扱いとなった。クラウスの電光石火の動きに後手に回った、ゲイルとライセイ。

 2人はリックディアスⅡの背中を追うようなことはしなかった。次なる攻撃の波を察知したからだ。

 迫るのはダンのシュツルムディアスと、リュートのネモⅢの2機で、二手に分かれて襲い掛かる。

 

 ガンダムMk-Ⅲにはシュツルムディアスが。プロトデルタにはネモⅢが相手となった。

 ゲイルとライセイはお互いの位置をすぐに把握し、合流しようと動くが、その考えを見越したようにシュツルムディアスのライフルがガンダムMk-Ⅲの行く手を阻む。

 打ち出されるレーザーを避ければ避けるほど、ライセイとの距離が遠ざかってしまう。

 

 それはライセイも同じであった。ネモⅢもプロトデルタとガンダムMk-Ⅲを合流させまいとする。

 徐々に距離が離れていく2機。この状況はまずい。ゲイルはあえてシュツルムディアスの懐に飛び込むように加速した。

 内臓をぎゅうぎゅうに押さえつける強烈なGに耐えながら、突進を仕掛けたゲイルの動きはダンの予想の範囲を超えており、一瞬の迷いが生じる。

 

 ダンに生まれた迷いは、たった数舜のことだ。だが、それで充分であった。

 ガンダムMk-Ⅲのライフルが、射程ギリギリを飛ぶネモⅢに向く。当たらない可能性が高いが、撃たれるという結果が大事だ。

 レーザーを放つと、ネモⅢは攻撃の手を緩めて、ガンダムMk-Ⅲに注意を払う。

 

 そこでもまた1つの迷いができてしまった。

 シュツルムディアスが出し抜かれたとしたら、ガンダムMk-Ⅲとプロトデルタの2機を相手にしなければならない。

 高性能機を相手に量産機で戦うのは不利と判断したのか、ネモⅢはプロトデルタから距離を置いた。

 

 距離が空き、攻撃が弱まったことを感じ取ったライセイは、ガンダムMk-Ⅲに向けて加速する。

 急接近するガンダムMk-Ⅲとプロトデルタ。正面からぶつかる。そう思われた瞬間、2機は思考を共有しているかのようにギリギリの距離で互いに避けると、そのまま獲物に向けてライフルを構える。

 相手が入れ替わり、ネモⅢにガンダムMk-Ⅲが。シュツルムディアスにプロトデルタが相対することとなった。

 

 だが、それは先ほどとは立場が違い、ゲイル達の方が優位に立っていた。

 あわや大惨事になるかと思われたゲイルとライセイのコンビネーションに気を取られてしまったのだ。

 一瞬気を取られるだけで、立場が逆転してしまう。戦いの怖さを思い知らされたのは、ネモⅢのリュートであった。

 

 回避行動に移ったのも時すでに遅く、ガンダムMk-Ⅲの撃ったレーザーが腹部を照らしたのだ。

 これでリュートは撃墜されたことになる。プロトデルタも同様にレーザーを放っていたが、ダンの咄嗟の反応により回避された。

 お互いのチームが1機ずつ撃墜されている状況で、まだリックディアスⅡは離れた位置におり、シュツルムディアスは孤立している。

 

 2機で挟めば怖くはない。ゲイルはシュツルムディアスに狙いを定めようとする。

 そのとき、ライセイの声が無線から響いた。

 

「兄さん、クラウス大尉が来る!」

 

 まさかとは思ったが、ライセイの言葉に突き動かされて後方に目を向ける。

 そこには離れていたはずのリックディアスⅡが猛進してきている姿があった。

 あれだけの加速をして駆け抜けていったのに、すぐに戻ってくるとは。クラウスの技量の高さを改めて知ったゲイルは、フットペダルを踏み込んだ。

 

 ライセイならばダンに遅れは取らない。

 あとは弟に託して、ゲイルはクラウスとの戦いに注力することにした。

 高速で迫るリックディアスⅡを相手に、ゲイルは距離を維持しながらライフルを撃つ。

 

 バーニアを細かく噴射したリックディアスⅡにレーザーは当たることはなかった。

 逆にライフルを向けられ、回避行動を余儀なくされる。互いに有効射程距離ギリギリを維持しつつ、ライフルを撃ち合う。

 有効打を与えることができず、苛立ちが募るが焦った方が負けだ。

 

 それはクラウスも理解しているのだろう。無理に仕掛けるようなことはせず、絶妙な加減速でゲイルを揺さぶりに掛けてきた。

 気を抜けばやられてしまう。常に相手の動きを先読みしつつ、変化には柔軟に対応しなければならない。

 ゲイルは自分の限界を引き出すような戦いをしていた。

 

 本能は闘争心むき出しで襲い掛かろうとするが、なんとか理性でそれを縛り付けている状況だ。

 気を緩めてしまえば、すぐに無茶で雑な攻め方になるだろう。冷静な思考を続けてからこそ、勝機が生まれるのだ。

 一進一退の攻防戦が続く。そして、終わりは突然訪れた。

 

 リックディアスⅡが動きを止めたのだ。

 訝しむゲイルに通信が入る。

 

「兄さん、僕達の勝ちだよ!」

 

「勝った? クラウス大尉は?」

 

 ゲイルの問いに、ライセイは嬉しそうに返す。

 

「僕が落としたよ。ダン中尉も落としたから、今日のMVPは僕だね」

 

「本当か? やるな、ライセイ」

 

「兄さんがクラウス大尉を引き付けてくれたお陰だよ。多分、ダン中尉は悔しがっているだろうなぁ」

 

「そうだろうな。間違いなく、悔しがっているさ」

 

 ゲイルとライセイは声を上げて笑う。

 

「ゲイル中尉との戦いに熱中しすぎたな。俺としたことが、簡単にやられてしまった」

 

 クラウスが言うと、今度はダンの声が聞こえた。

 

「くっそ~。ライ、また腕を上げたんじゃないか? あ~、またあいつになんか嫌味を言われる~!」

 

 あいつとはアオイのことだ。こちらも間違いなく言うだろうな、とゲイルは思った。

 

「全員、良い動きをするようになった。これなら、いつ実戦になっても大丈夫だろう。よし、全機帰投する」

 

 勝利の余韻に浸ることなく、アヴァロンへ帰投する。

 ダンの言っていた通り、ライセイは更に腕に磨きが掛かってきていた。それに比べて自分はどうか。

 クラウスに勝てないようでは、ライセイに抜かれてしまうかもしれない。

 

 俺は強くならなければならない。ライセイに危険が迫ったときに守れるように。

 弟のために戦うと決めたのだから。

 ゲイルは帰ったらアオイに教えを乞おうと心に決めた。

 



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不穏な動き

 ネオジオンの地球侵攻は留まるところを知らず、あっという間に地球連邦政府のあるダカールを占拠。勢力を拡大していった。

 先のグリプス戦役で疲弊した地球連邦軍は徹底抗戦を避けているようで、ネオジオンとの和平交渉をという声が大きくなっている。

 その間、宇宙では大きな動きはなく、ゲイルは訓練に明け暮れる日々であった。

 

 入ってくる情報はどれも悲報ばかりで、聞いていると気が滅入ってしまう。

 だが、吉報もあった。エゥーゴの戦力が着々と回復していることだ。建造中だった宇宙戦艦も完成しつつあり、MSの生産も順調で後は兵の練度を高めるだけとなっている。

 ネオジオンの目が地球に向いている今がエゥーゴ再建のチャンスであった。アヴァロンを旗艦とした宇宙艦隊ができあがれば、ネオジオンも地球だけに構ってはいられないはずだ。

 

 その時が来るまでは己の牙を磨き続けなければならない。

 アヴァロンは実戦こそまだだが、訓練時間はエゥーゴの中では群を抜いて長い。

 これは艦長のフォルストが訓練魔だからだ。幾度となく鳴り響いた緊急警報と、日課となりつつあるスクランブル発進。

 

 最初こそは辟易としたが、今となっては生活の一部となっている。といよりも感覚が麻痺しているのだろう。

 とはいえ、訓練だからと気を抜いている訳ではない。艦長のフォルストと副艦長のカイムの厳しい目が常に光っており、少しでも手を抜いていると容赦のない叱責が行われた。

 ゲイルは、これを悪いとは思っていない。生き延びるためには必要なことだ。こうした地道な訓練を続けることで無意識にでも動けるように体に叩き込み、実戦でへまをしないようにすることができる。

 

 戦闘では、日頃からの積み重ねがものを言う。最後は運かもしれないが、そこに至るまでは日々の研鑽があってからこそだ。

 それはMS隊の各員も分かっていることで、最初こそ愚痴をこぼしていたダンとシマンも、今では俊敏な動きで対応している。

 これならば、いつ実戦になっても普段以上の力を発揮できるだろう。

 

 部屋で休息をとっていたゲイルの部屋がノックされた。ドアを開けると入ってきたのはクラウスだ。

 ゲイルは敬礼をする。

 

「ゲイル中尉。君に話しておきたいことがある」

 

「はっ。何でしょうか?」

 

「艦長から指示がでた。我々は単艦でサイド4宙域へと向かう」

 

「単艦でありますか?」

 

 サイド4といえば、すでにネオジオンの制圧下だ。そこに単艦で向かう理由があるのだろうか。

 

「コロニーの奪還にしては、規模が小さすぎると思いますが?」

 

「そうだな。今回の目的はネオジオンの動きを調査するのが目的だ」

 

「ネオジオンはサイド4で何をしようとしているのですか?」

 

「艦長の話ではだが……」

 

 クラウスは表情を硬くすると、ぼそりと呟くように言った。

 

「コロニー落としだ」

 

 ゲイルの表情が強張る。コロニー落とし。戦争で何度も行われた、スペースコロニーを大型の実体弾として、地表に落下させ攻撃する戦法である。

 その被害規模は大きく、都市一つなど簡単に吹き飛んでしまう。それをネオジオンは行おうとしているということか。

 

「クラウス大尉、それが本当ならば、すぐにエゥーゴの全戦力を投入すべきでは?」

 

「いや、それはできない。艦長の推測が正しければの話だからな。エゥーゴからは、ネオジオンの艦隊がサイド4宙域へ向けて動いたという情報しか入ってきていない」

 

「では、真偽を確かめるために向かうと?」

 

「ああ。もし、本当であれば、すぐさま報告することになるのだろうが」

 

 一拍間を置くと、クラウスは続ける。

 

「エゥーゴが動けるとは限らない」

 

 クラウスの言う通りだとゲイルは思った。まだ宇宙艦隊は再建中で、残存戦力をすべて投入してしまえば、エゥーゴの本拠地グラナダが丸裸になってしまう。

 今できることは、ネオジオンがコロニー落としを仕掛けるかどうか。もし、そうであれば、情報を展開して少しでも被害を減らすことだろう。

 思わず、ゲイルは拳を握りしめた。

 

「戦闘になるのでしょうか?」

 

「艦長判断になるが、さすがに艦隊とまともにやり合うわけにはいかん。その可能性は低いと思う」

 

「分かりました。この情報はどこまで伝えれば?」

 

「今はお前までにしておいてほしい」

 

「はっ。了解しました」

 

 部屋を去っていくクラウスの姿が消えたところで、ゲイルは考える。

 コロニー落とし。あの非人道的な戦法がまた使われるとしたら。想像するだけで恐ろしい。

 そして、無力感も覚えた。今のエゥーゴでは止めることができないからだ。

 

 できることが限られているなら、できることを完璧に成し遂げよう。それで人が少しでも救われるのならば。

 ゲイルは気分を変えるため、談話室へと向かった。

 



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初戦

 サイド4宙域に入るとアヴァロンの乗組員はノーマルスーツの着用を指示された。

 メインデッキの艦長席に座るフォルストも他の乗組員同様にノーマルスーツを着用している。フォルストの視線はモニターに向いており、映し出されているのはコロニー群だ。

 数十あるコロニーを最大望遠でくまなく見ていると、1基のコロニーの周りに複数の光点が映ったのが見えた。

 

 ただ、この距離からでは判別ができない。軍艦ではなく、ただの民間船の可能性もあるのだ。

 フォルストは微速前進の指示を出し、注意深く監視を続ける。こちらから見ることができるということは、あちらからも見えているということだ。

 あれが本当にネオジオンの艦艇なのか、確認しなければならない。フォルストは艦影が徐々にはっきりと映るのを固唾を飲んで見守る。

 

 しばらくしてカメラが捉えたのは、エンドラ級巡洋艦であった。他にも4隻の巡洋艦を確認したフォルストは、次に視線をコロニーに向ける。

 コロニーは少しずつだが、コロニー群から離れて行っているのが分かった。そのことから導き出されたのは、ネオジオンがコロニーを占拠したこと。

 そして、そのコロニーを何かに使おうとしていることだ。

 

 コロニー落とし。その言葉が頭の中を過ると、フォルストは指示をする。

 

「回頭した後、グラナダに進路を取れ」

 

 操舵士はすぐさま応じると、回頭するため舵を切る。

 その時、航海士が声を上げた。

 

「センサーに反応! モニター映します!」

 

 表示されたのは、アヴァロンの進路を妨害するように向かってくる船影。

 メインデッキに緊張が走ると、フォルストは通信士に告げる。

 

「第一種戦闘配置だ」

 

 通信士はすぐさま艦内放送を行うと、アヴァロン内に緊急警報が鳴り響いた。

 

 ◇

 

「第一種戦闘配置。これは訓練ではない。繰り返す、これは訓練ではない」

 

 通信士は繰り返し続ける。

 声からも緊張感が伝わってくるため、フォルストの新手の訓練ではないだろう。

 ゲイルは素早くガンダムMk-Ⅲのコクピットに乗ると、起動させる。

 

 ガンダムの特徴のデュアルアイに光が灯った。

 

「ゲイル中尉。まずは様子見だ。ライセイとシマンを連れて、相手の出方を伺うんだ」

 

 クラウスの命令にゲイルは了解と言い、カタパルトデッキに向かう。

 

「ゲイル・クガ、ガンダムMk-Ⅲ、出る」

 

 カタパルトのロックが外れ、勢いよく射出されたガンダムMk-Ⅲ。同時に出撃したプロトデルタに通信をする。

 

「ライセイ。気を付けろ。久しぶりの実戦だからな」

 

「兄さんこそね。でも、大丈夫。あれだけ訓練を積んだんだから」

 

「そうだな」

 

 ライセイからは気負いや、変な緊張感は伝わってはこなかった。1つ不安がなくなったところで、後方から来るもう1つの不安に声を掛ける。

 

「シマン、大丈夫か?」

 

「は、はい! ちょっと緊張してますけど、大丈夫です!」

 

「安心しろ。お前には俺達がいる。狙撃の腕前を見せてやれ」

 

「はい!」

 

 少しは不安が取れただろうか。シマンの腕前も十分上がっている。いつも通りの動きができれば、心強い味方だ。

 先行するガンダムMk-Ⅲに続く、プロトデルタ。そのやや後方に位置するネモスナイパーから通信が入った。

 

「見えました! ムサイ級が2隻です!」

 

 シマンのネモスナイパーは高性能カメラの付いたバイザーを装備しているので、ゲイル達よりも先に敵の姿を捉えたのだ。

 

「あっ! MSです! ムサイからMSが発進しています!」

 

「シマン、何機だ?」

 

「えっと、8機です。こちらに向かってきています」

 

 巡洋艦2隻にMSが8機。戦力は相手の方が上になる。だが、こちらは最新鋭のMS揃いだ。多少の戦力差なら埋めることができる。

 

「よし。速度を緩めて、後続のクラウス隊の到着を待つ。シマン、敵機の詳細が分かったら教えてくれ」

 

 スラスターを調整した3機に向けて、まっすぐ8機のMSが迫る。

 

「ガザDが4。ガルスJが2。ズサも2です」

 

「了解だ。狙撃はもう少し引き付けてからだ」

 

「了解です」

 

 8機のMSが2隊に分かれた。4機ずつに分かれたMS隊は、連携を意識した行動を取り始める。

 数の有利さを活かすなら、正しい戦法だ。だが、こちらのMSを舐めてもらっては困る。

 

「シマン、今だ!」

 

 ネモスナイパーの持つ、ロングスナイパーライフルがビームを放った。

 高出力のビームはガルスJの右腕を貫通し、そのまま腕を持っていく。右腕から火花を散らすガルスJは、後方に下がっていった。

 

「よし、ライセイ、行くぞ」

 

「任せて」

 

 アヴァロンMS隊の戦いが始まった。

 



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アヴァロンの剣

 ガンダムMk-Ⅲとプロトデルタの横に、リックディアスⅡとシュツルムディアスが並ぶと後方からビームが走る。

 ネモⅢのビームキャノンだ。中距離からの支援攻撃によって、ネオジオン軍のMS隊は二手に分かれた。

 

「ゲイル中尉、左の部隊は任せろ」

 

「了解」

 

 ゲイル達も二手に分かれ、敵の動きに対応する。

 迫ってきたのはガザDが2機とズサが1機。右腕を失ったガルスJは撤退を開始していた。

 数は互角。MS性能もこちらの方が上だ。気の緩みさえなければ、難しい相手ではないだろう。

 

 ゲイルは牽制のために、両肩にあるビームキャノンを発射した。

 2本のビームが1機のガザD目掛けて飛ぶが、難なく回避される。だが、そのお陰で連携に乱れが生じた。

 もう1機のガザDにビームライフルを向けると、射撃のボタンを押す。

 

 射出されたビームを避けるガザD。有効射程距離とは言え、まだ距離は離れている。簡単には落ちてくれないか。

 再び、ビームキャノンをガザDに向けたとき、ズサが動いた。大量のミサイルを積んでいるズサの戦法は、一撃離脱。

 ズサがガンダムMk-Ⅲに向けてミサイルを一斉に発射した。今度はゲイルが攻撃を凌ぐ番だ。

 

 スラスターを噴射し、迫りくるミサイルを躱していく。大量のミサイルの嵐が去ると、次に襲い来るのはガザDのビームであった。

 急減速を掛けビームを避けると、お返しにビームライフルの銃口を向ける。撃ちだされたビームはガザDの腹部に直撃し、ガザDは爆散した。

 まずは1機。次の獲物に目を向けると、ズサに向けビームを撃つプロトデルタがいた。

 

 すでにミサイルを撃ち尽くしたズサの手持ち武装はなく、腹部の拡散ビーム砲しかなかった。

 ズサの腹部に光が集中すると、プロトデルタはいったん距離を置く。ズサから発射される幾筋ものビームを縫うように避けたプロトデルタは、すぐさまビームライフルを構えて撃った。

 ビームはズサの肩に着弾し、爆炎を上げる。バランスを失ったズサに、プロトデルタの第二射が容赦なく襲った。

 

 コクピットを的確に射抜かれたズサは宙を漂うデブリへと変わる。これで2機。

 残りの1機のガザDを確認すると、おびえたようにその身をひるがえした。そのガザDの背中にビームが突き刺さる。

 シマンのネモスナイパーが放ったビームだ。バックパックの推進剤に引火したガザDは木っ端みじんに吹き飛ぶ。

 

 瞬く間に3機を撃墜したゲイル隊は、すぐにクラウス隊の応援へと向かう。

 だが、すでに戦の光は消えており、戦闘宙域を離れていこうとする2つの光点だけが見えた。

 

「ゲイル中尉。そちらも終わったようだな」

 

「はい。こちらは全機無事です。そちらは?」

 

「こっちも無事だ。さて、敵はどう動くかな」

 

 クラウスは二連装メガビームガンを構えると、遠く離れたムサイ級巡洋艦の1隻に目標を絞った。

 吐き出されたのは極太のビームが2本。戦艦のメガ粒子砲にも負けない出力のビームが、ムサイを襲う。

 ビームは直撃こそ免れたが、エンジンの一部を掠めたため、ムサイのエンジン部から爆発が起きた。

 

 船首をこちらに向けていたムサイだが、すぐに回頭しメインエンジンを全開にして離脱を始める。

 

「追撃しますか?」

 

 ゲイルの問いに、クラウスは否定した。

 

「いや。もう十分だろう」

 

 戦艦が全力で逃げれば、MSで追いつくのは難しい。

 手負いのムサイだけでもとも思うが、手負いの相手ほど何をしてくるか分からないので、無理な追撃は控えるべきだと考えたのだろう。

 船影が消えると、MS隊に張っていた緊張の糸が少し緩む。

 

「クラウス大尉のメガビームガンの威力には驚かされるぜ。戦艦の主砲みたいだ」

 

「コスト面もなかなか凶悪みたいだがな。量産には不向きな武器だ」

 

「ジェネレーターの出力不足で、俺のシュツルムディアスじゃ使えないのが残念だ」

 

 ダンの言う通り、リックディアスⅡの持つ二連装メガビームガンは、まさに戦艦の主砲クラスの威力を持っていた。

 これがアーガマの火力不足を補う役目のMSかと改めて思い知らされてしまう。アヴァロンの剣と言っても過言ではない。

 味方でこれだけの心強さだ。敵にとっては、厄介この上ない相手に違いない。

 

「よし。全員、よく生き残った。帰投する」

 

 クラウスの言葉に了解といったゲイルは、彼方に浮かぶコロニー群に目を向けた。

 コロニー落としは実行されるのだろうか。もしそうであれば、大惨事は免れない。

 戦いには勝ったが言い知れぬ敗北感を味あわされたゲイルは、少し強めにフットペダルを踏み込んだ。

 



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遺物

 古びたバーのカウンター席に座っている40代中ほどの男性は、バーボンを一息に飲むと店員にお代わりを催促した。

 小さな皺が刻まれている男の表情は暗く、どこか投げやりなものに見える。

 注がれたバーボンを飲もうとグラスに手を掛けるが、その手にそっと別の手が触れた。

 

 男性は顔をあげると、そこにはにこやかな笑みを浮かべる初老の紳士がいた。

 寂れたバーには似つかわしくないハットにスーツ姿の初老の紳士は、男性の隣に座るとスコッチを注文する。

 

「あんたか……。遅かったじゃないか」

 

「申し訳ありません。ちょっと野暮用がありまして」

 

「ふん……。俺の話は後回しか」

 

「そんなことはありません。本当に野暮用だったのです」

 

 初老の紳士は言うと、スコッチの入ったグラスを手に取り笑みを見せた。

 

「どうです? 乾杯しませんか?」

 

 男性は申し訳程度にグラスをあげると、初老の紳士はグラスを優しく重ねた。

 酒を1口飲んだ男性に初老の紳士が言う。

 

「決心していただけて嬉しい限りです」

 

「決心……か。金に目が眩んだ。それだけだ」

 

「いえいえ。あれを長年守り続けてきたのですから、今更お金で心が揺らぐこともないでしょう」

 

「そうでも言わないと、俺の気が済まない」

 

 男性はもう一口酒を飲むと、深いため息を吐いた。

 

「あの日からずっと、俺は守ってきた。誰にも渡しては駄目だ。口にすることすら許されない。そう思ってきた」

 

 独白を続ける男性に初老の紳士は優しく語りかける。

 

「お辛かったでしょう。1人で背負うには重すぎるものです」

 

「ああ、重かったさ。だから、俺は……俺は……」

 

 男性は声にならない声を上げて、バーボンを一息に飲み干した。

 瞳に涙を滲ませた男性は続ける。

 

「だから、俺は言ってしまった。あいつは良い奴だ。きっと俺の気持ちを理解してくれる。そう思って……」

 

「言ったことは無かったことにできません。ですが今、あなたはあるべき所に戻そうと考えておられる。それは勇気のいることです」

 

「勇気……。逃げたいだけさ。あの日、俺に押し付けられなかったら、こんな思いはせずに済んだのに」

 

「それでも、今日まで守り続けてきたではありませんか。並大抵の人間にはできません」

 

「どうだろうな……。やっと解放されるのに、酒がちっとも美味く感じない」

 

 空のグラスを傾けると、中の氷がからんと音を立てた。初老の紳士は物言わず酒を口に含む。

 

「なぁ、あんた。本当なんだろうな、あの話?」

 

「ええ、事実です。あなたがやってきたことが無駄ではなかった。それは証明されます」

 

「そうか……。無駄じゃなかったか……」

 

 ぎゅっと瞼を閉じる男性。頬に一筋の涙が流れる。初老の紳士はそれには触れず、黙ってグラスに口をつけた。

 バーに流れるカントリーミュージックが耳に心地よい。涙の止まった男性が言う。

 

「金はいらない」

 

 男性はズボンのポケットから1枚のメモを取り出すと、初老の紳士の前に差し出す。

 

「それは困ります。契約違反になりますので」

 

「別に良いだろう? あんたにとって損な話じゃないはずだ」

 

「いえ、大きな損失です。我々の世界では契約が全てです。あなたと交わした契約を私が違えば、この世界で私の信用は無くなります」

 

「信用ね。こんな眉唾話を信じて、話を持ちかけてきたあんたが言うと妙に重いな」

 

「はい。ですから、私はあなたに渡さなければなりません。どうぞ、こちらを」

 

 初老の紳士はジャケットの胸ポケットから1枚の小切手を取り出し、カウンターに置いた。

 その小切手に男性がそっと手を伸ばす。男性が小切手を確認したことを見た初老の紳士は、メモを見つめ優しく笑みを浮かべた。

 

「契約成立ですね」

 

「ああ、そうだな。もしよければだが」

 

「はい? 何でしょうか?」

 

「あんたはあれを何に使うつもりなんだ?」

 

 男性の問いに初老の紳士は静かに返す。

 

「秘密です」

 

「だろうな」

 

「あるべき所に戻すのは事実です。ただし、それをどう使うかは教えて差し上げることはできません」

 

「聞いて悪かった。俺はもう一杯飲んでいく。あんたはどうする?」

 

「私は御遠慮させていただきます。早くこの情報を持ち帰りたいもので」

 

 そう言うと初老の紳士は席から立ち上がった。

 

「もし、だが」

 

 男性が少し躊躇いながら言う。

 

「嘘だったら、どうする?」

 

「相応の報いは受けていただきます」

 

「……あいつみたいにか?」

 

 その言葉に初老の紳士は微笑むだけで、何も返さなかった。

 バーを去っていく初老の紳士。バーに残った男は酒の追加注文すると目を閉じて祈るように呟く。

 

「これで良かったんですよね。閣下」

 

 男性の呟きはバーに流れるカントリーミュージックにかき消され、誰にも届くことはなかった。

 



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暗礁宙域にて

 サイド2から外れた位置にある暗礁宙域の傍を、アヴァロンは航行していた。

 浮かぶのは隕石と戦争によって生み出されたデブリ達だ。戦艦やMSの残骸が漂うこの宙域を航行するような船は他にはいない。

 近づけばデブリと衝突してしまう危険性があるためだ。そのような場所に近づくのは宇宙海賊のような後暗い連中か、人目をはばかって危険な任務に挑んでいるかのどちらかだろう。

 

 アヴァロンは後者である。

 サイド4にネオジオンの動向を確認しに行った数日後に、地球のダブリンに向けてコロニー落としが行われた。

 奇跡的にも、コロニーの落着の衝撃は想定よりも小さく、事前に退避勧告が出ていたこともあり被害は最小限だったという。

 

 これはゲイル達が報告した情報を元に、地球のエゥーゴとも言えるカラバという組織と、アーガマが動いことによるものだ。

 コロニー落としは止められなかったが、その被害を少しでも軽減できたのは、フォルストの英断があってこそのものである。

 ネオジオン勢力圏内の宙域に単艦で向かおうと考える者は、今のエゥーゴには少ないと思う。

 

 頼りになる艦長が次に出した命令が、この宙域の捜索であった。

 何の捜索かは聞かされておらず、指定の座標に向かって、そこにある物を回収せよというものだ。

 疑問符が頭から離れないが、命令は命令である。余計なことは考えずに任務を全うしなければならない。

 

 アヴァロンから、リックディアスⅡとプロトデルタが飛び立った。捜索はあの2機でやるらしい。

 ゲイルは留守番であるが暇な時間を過ごすのではなく、MSシュミレーターの傍にあるモニターを熱心に見ていた。

 映し出されているのは、シミュレーターで操作した自機の詳細なデータである。

 

 どのタイミングで攻撃をし、スラスターを噴射したか。無駄な動きがなかったかを確認している最中だ。

 ゲイルの横でモニターを見つめているアオイが言う。

 

「改めて細かく見て思ったけど、ゲイルの戦闘スタイルは情熱的ね」

 

「情熱的?」

 

「そう。相手を撃墜することに集中し過ぎて、勢いで攻めてるときがあるのよ」

 

「そうか? 冷静なつもりなんだがな」

 

 ゲイルは思い返すが、アオイが言うように勢いで攻めているかどうかは分からなかった。

 悩むゲイルに、アオイはコンソールを操作して別のデータを表示させる。

 

「冷静というと、クラウス大尉の戦い方ね。でも、これは参考にならないかも」

 

「何故だ?」

 

「戦闘の駆け引きが上手なの。下手にマネしても失敗するのがオチね」

 

「駆け引きか」

 

 思えばクラウスは、こちらを挑発するような戦い方だけでなく、適度な距離を置いて無駄のない戦い方をする。

 感覚でやっているのか、意識しながらやっているのか。どちらかは分からないが、クラウスの戦い方はゲイルには難しいとアオイは言っている。

 腕組みをしたゲイルを横目に見たアオイは、またコンソールを叩いた。

 

「こっちの方が良いかもね」

 

「これは?」

 

「ライ君のデータ。彼の戦い方は行儀が良いわ。がっつかないし、無茶はしない。あなたには、良い先生になるかもよ?」

 

「ライセイが?」

 

 モニターを眺め、ライセイの動きと自分の動きを重ねる。

 今なら行けるか。そう判断した動きが多いゲイルに比べて、ライセイはここぞという時に攻めかけていた。

 ゲイルの方が撃墜数が多いのは、勢いで押し切るからだろうか。撃墜数では負けているライセイも被弾率はゲイルよりも低い。

 

 冷静な戦い方と言えばそうかもしれないが、少し慎重し過ぎなようにも思えてしまう。

 

「敵を落とせた方が良くないか?」

 

「落とせるに越したことはないけど、無理に仕掛けて反撃されるのも嫌でしょう?」

 

「まあ、確かに」

 

「ライ君だったら、どう動くかを考えてみたらどうかしら? あなたの方が腕は上よ? チャンスを掴む回数は多いんだから、落ち着いて戦えば良いのよ」

 

「ライセイが、どう動くか、か」

 

 考えたこともなかった。ライセイの戦いを一番傍で見ていたはずなのに、その良さを感じ取れていなかったとは。

 ゲイルは今一度、ライセイのデータを見つめる。

 兄弟でここまで戦い方が違うのかと思わされるデータに、ゲイルは苦笑する。

 

「よし。なら、ライセイになったつもりでやってみるか」

 

「素直じゃない? 急にアドバイスを聞いてきたりして」

 

「強くなりたい。それだけだ」

 

「ふーん、まあいいけど。じゃあ、相手してあげるから、始めましょ」

 

 アオイは上機嫌でシミュレーターの準備を始めた。何かあったのだろうか。

 問いかけようとした言葉は緊急警報によって遮られた。

 

「総員第一種戦闘配置。繰り返す、総員第一種戦闘配置。MS隊は出撃準備をせよ」

 

 通信士の声が艦内に響き渡る。

 

「アオイ、続きはまた今度だ。出撃する」

 

「残念。気をつけてね」

 

「ああ」

 

 ゲイルはパイロットスーツに着替えるためロッカーに向かった。

 



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停止した世界

 ライセイの乗るプロトデルタは、暗礁宙域を漂うデブリに気を張りながら進んでいく。

 首を回して周りの状況を確認する。どこからデブリが飛んでくるのか分からないからだ。

 慎重に進むライセイと比べ、先行するクラウスのリックディアスⅡは巧みにデブリを避けて行く。

 

 クラウスの肝が座っているのは知っていたが、少しでも気を抜けばデブリと衝突しかねない状況で機体を止めることなく進んでいくのには驚かされた。

 おそらくゲイルでも、ここまでスムーズな動きは難しいだろう。エースパイロットの中でもクラウスはかなり上位に食い込むに違いない。

 

 心強い隊長の背中を見ていると、リックディアスⅡが振り返った。手招きをしている。

 ここはミノフスキー粒子が濃く、通信がまともにできない状態だ。アヴァロンと連絡を取る手段はないので、もし何かがあっても報告するには一度艦に戻るしかない。

 周囲の様子を伺い、リックディアスⅡが身を寄せている大きな隕石に近づく。

 

 リックディアスⅡはプロトデルタが傍に来たのを確認すると、手を伸ばす。

 両機が触れ合ったことで接触回線が可能となった。

 

「ライセイ少尉。大丈夫か?」

 

「大丈夫です。すみません、遅くて」

 

「気にするな。下手に動いてデブリと衝突なんて笑えないからな」

 

「はい。あの、目的の座標はそろそろですよね?」

 

 センサー類はミノフスキー粒子のせいでまともに使用できないが、座標については問題なく調べることができる。

 

「ああ、もうすぐだ。おそらく、あそこにあるムサイがそうだろう」

 

 リックディアスⅡが指さした方には、半壊したムサイが浮かんでいた。

 あのムサイに目的の物があるというのだろうか。何を探しに来たのかについては、フォルストから説明はなかった。

 クラウスからも何もないということは、機密事項なのだろう。気にはなるが聞いても教えてはくれまい。今はあのムサイに向かうべきだ。

 

 リックディアスⅡが先に隕石を離れると、ライセイも注意を払いながらフットペダルをじわりと踏む。

 小刻みにスラスターを噴かしながら、2機は進んでいく。

 目的のムサイは船体にいくつもの穴が空いており、MSデッキもむき出しの状態であった。

 

 再びリックディアスⅡがプロトデルタに手を掛ける。

 

「あそこから入るぞ」

 

 指さした先は、半壊したMSデッキだ。

 

「了解しました」

 

 リックディアスⅡと共にMSデッキに入ると、そこにはデブリが浮遊しているだけで、MSなどはなかった。

 MS用のパーツや武器なども根こそぎないことから、宇宙海賊達に食い物にされた後かもしれない。

 MSデッキから通路に出るためのドアを探すと、その近くでMSを降りた2人は船内へと進む。

 

 クラウスは足を止めると、ライセイの肩に手を乗せた。

 

「ライセイ少尉はムサイの構造については知っているな?」

 

「はい。多少は」

 

 一年戦争時に乗った艦はムサイであったことから、艦内構造についてはある程度把握している。

 その事があって、自分を同行させたのかもしれない。納得していると、クラウスは1枚の紙をライセイの前に差し出した。

 

「この場所は分かるか?」

 

「えっと、ここがロッカーだったから、その隣は確かランドリーだったような」

 

「よし、案内してくれ」

 

「分かりました」

 

 ライセイは言うと、通路を進んだ。逃げ遅れた人達だろうか。死体となって通路を漂っているのを見ると、改めて戦争によって撃沈された船であることが分かった。

 この人達はどのような最後だったのか。辛かったであろう。苦しかっただろう。

 

 もしかしたら、自分も同じような立場であったかもしれないと思うと、死んだ者達を粗末には扱えない。

 進路の邪魔になる場合は、そっと端に寄せて通れるようにする。

 そうやって目的の場所である、ランドリーに到着した。

 

 ドアのロックは解除されており、ドアは開きっぱなしである。中には洗濯物を入れるカゴなどが浮いているが、機密事項になりそうなものは何も無い。

 

「クラウス大尉。ここで合ってると思いますが……。何もないですね」

 

 言ってもう一度確かめるが、ライセイには何も見つけられなかった。

 クラウスは先程ライセイに見せた紙の裏側を読み始める。すると、天井の方にライトを向けた。

 

「あそこか」

 

 クラウスは言うと、天井に手をついてコンコンとノックをし始めた。

 その様子を眺めているライセイ。しばらくすると、クラウスの手が止まった。

 ライセイに向けて、クラウスが手招きをする。天井のパネルの1つを指さして言う。

 

「ここだ。中を見てくる」

 

「えっ? 中ですか?」

 

 ライセイの問いに答えるよりも早く、クラウスは天井のパネルを押し上げる。

 するとパネルが外れ、天井にぽっかりと穴があいた。

 その穴を覗いたクラウスが体を半分ほど突っ込むと、天井裏で何かを始める。

 

 固唾を飲んで待つライセイの前で、クラウスが天井から何かを引っ張りながら降りてきた。

 それは人一人なら余裕で入りそうなジッパーの付いた黒い袋だ。クラウスはそれを床に降ろすと、ゆっくりとジッパーを下げた。

 

 中のものを見たライセイは一瞬戸惑う。戸惑いはやがて疑問に変わった。

 一体、何故このようなところに。困惑するライセイに向けて、クラウスが言う。

 

「ライセイ少尉。ここで見たものは口外してはならない。これは艦長命令だ」

 

「えっ? でも、これって?」

 

「忘れろ。俺にはそれしか言えない」

 

 下げたジッパーを元に戻すと、クラウスは袋を抱えてランドリーを後にした。

 呼び掛けを拒否するような背中に、ライセイは声を掛けることができず、ただ立ちつくす。

 なんで、こんな所に。まぶたに焼き付いた光景がライセイの思考を埋めていった。

 



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弟の背中

 カタパルトより射出されたガンダムMk-Ⅲは、モニターをズームにして接近中の艦影を捉えた。

 ネオジオンのものか判別できないが、こちらに向かって直進してくるのだ。敵の可能性が高いであろう。

 次にアヴァロンを飛び立ったのは、リュートの乗るネモⅢだ。ガンダムMk-Ⅲに並ぶとゲイルは通信をする。

 

「リュート、まだ敵とは決まっていないが、注意しろ。艦砲射撃されるかもしれん」

 

「了解」

 

 リュートの声からは緊張の類は感じない。さすがは幾度も戦場を乗り切っただけの事はある。

 ただ、2機では心許ない。ダンとシマンの合流を待とうかと後方を伺うが、まだアヴァロンから飛び立ってはいないようだ。

 その時、艦影に光が灯った。

 

「回避!」

 

 ゲイルが言った次の瞬間、複数のビームが飛来した。

 メガ粒子砲サイズのビームから敵戦艦からの攻撃と判断すると、アヴァロンに通信を行う。

 

「アヴァロン、敵艦より攻撃を受けた。応戦する」

 

 通信を入れてる最中、艦影より4つの光点が離れていくのが見えた。

 モニターを拡大させるとMSと思われる影が映る。やや大柄な形状からして、重MSの類のようだ。

 それ以外の影にも目を向けていると、リュートより通信が入る。

 

「ゲイル中尉、指示を」

 

「ああ。数では不利だ。ダンとシマンの合流を待つ。それまでは相手の足を抑えるんだ」

 

「了解」

 

 ネモⅢの左肩にあるビームキャノンが光を放った。同時にビームライフルを撃って相手を牽制し始める。

 言われた通りのことをしっかりとこなすリュートに負けじと、ゲイルも敵影に向けてビームを撃った。

 敵のMSはバラバラに分かれると、後方に位置する艦からメガ粒子砲が撃ち込まれる。

 

 これだけ距離が離れていれば早々当たるものでは無いが、やはりプレッシャーにはなる。

 ガンダムMk-ⅢとネモⅢは間断なく動き続けながら、敵にビームを発射した。

 敵のMSの識別コードがモニターに表示される。

 

 迫ってきていたのは、重MSのドライセンが1機とガザDが3機だ。

 動きからして、ドライセンが指揮官機のようだ。気を払っていると、そのドライセンが持つ自身の身長ほどはあるバズーカより、ロケット弾が放たれた。

 狙われたのはガンダムMk-Ⅲである、

 

 バズーカの射程距離としてはギリギリのところで避けるのは難しくないが、下手な避け方をすると残りのMSに狙われるのがオチだ。

 ゲイルは無理に避けようとせず、距離を測りながらバルカンをばら撒いた。

 バルカンに撃たれたロケット弾は爆発。生じた煙を突き抜けるようにMA形態のガザDが向かってきた。

 

 ゲイルは難しい判断を求められる。一直線に来ているのであれば、ビームで迎撃することもできるし、避けられたらMAの苦手な接近戦に持ち込めば良い。

 決断しようとしたゲイルの脳裏に、1つの言葉が蘇る。

 

 ライセイだったら、どう動くか。

 

 頭に浮かんだ言葉に突き動かされるように、スラスターを噴射して距離を取りつつビームライフルで応戦する。

 飛びくるビームをガザDは避けるが、そこに隙が生じた。ほんの僅かな隙だが、ゲイルは見逃さない。

 狙って撃つほどの余裕はない。感覚で銃口を向けてビームを放った。

 

 撃たれたビームはガザDの脚部を貫通する。爆煙を上げるガザDを一瞥し、次なる敵に目を向ける。

 接近してきたのは、ドライセンであった。バズーカの射程距離ど真ん中の位置まで来ていたドライセンを見て、ゲイルは少しだけ身震いする。

 もし、ガザDと無理にやり合っていたら、ドライセンの攻撃に対応出来なかったかもしれない。

 

 できたとしても、ギリギリだったであろう。

 ライセイの動きを意識した結果、余裕を持ってドライセンに対応することができた。

 ドライセンがバズーカを構えたと同時に、ガンダムMk-Ⅲの銃口も向く。

 

 同じタイミングで放たれたロケット弾とビームはぶつかり合うと爆発を起こした。

 更に接近するドライセンに、ゲイルは近距離戦を仕掛けようと踏み込んだ。

 その瞬間、また同じ言葉が蘇る。

 

 ライセイならば。

 

 ゲイルはビームライフルを撃ちながら、間合いを図る。

 ビームがドライセンの肩を掠めたが、その程度では怯まず、右手にある3連装ビームキャノンを撃ち始めた。

 激しく飛びくるビーム。これは下手に接近していたら、いくつか被弾していたかもしれない。

 

 だが、まだ距離があるため、3連装ビームキャノンの猛攻を凌ぐことができた。

 反撃のビームを発射すると、ドライセンはスラスターの噴射角を変えて回避する。

 咄嗟の判断のせいか、ドライセンは大きな回避行動を取ったため、攻撃の手が緩んだ。

 

 単調な避け方になってしまったドライセン目掛け、ガンダムMk-Ⅲのビームキャノンが火を噴いた。

 2筋のビームがドライセンの右肩を抉ると、大きな爆発が生じる。

 火花を散らすドライセンは後退し始めた。追撃のチャンス。しかし、ゲイルは行かなかった。

 

 目の前に集中しすぎている。

 周りをもっと見なければならない。2機をさばいたとはいえ、ネモⅢは残りの2機を相手にしているはずだ。

 すぐに救援に向かわねば。

 

 モニターでネモⅢを探すと、アヴァロンの方角から2本のビームが走る。

 そちらに目を向けると、シュツルムディアスがビームカノンを発射しながら迫ってきていた。

 

「すまん、遅くなった」

 

 増援に気づいたのか、残りのガザD2機は撤退を始めた。

 敵艦からの攻撃に注意を払いながら、ゲイルは通信する。

 

「リュート、よく堪えてくれた」

 

「いえ。ゲイル中尉に比べれば、大したことはしていません」

 

「俺だって、撃墜はしていない。なんとかやり過ごせたって感じだ」

 

 ゲイルの言葉に、ダンが反応する。

 

「おっ? ゲイル、珍しいな。1機も落とさないとは」

 

「まあ、そういう日もあるさ。無事に帰れてホッとしてるよ」

 

「ライみたいなこと言うんだな」

 

 ダンの言葉がゲイルに響く。ライセイだったら、どう動くかを考えた結果、こうして無傷で帰ることができた。

 危うい場面はあったが、それをいなす事ができたのはライセイの動きを意識した結果であろう。

 目の前の敵を確実に落とすのでは無く、一歩引いた戦い方でも十分に戦果をあげることができた。

 

 ゲイルにとって、実りある戦いになったと言える。

 艦影が遠ざかっていくのを確認したゲイルは、ヘルメットのバイザーを上げた。

 

「ライセイの戦い方……か」

 

 弟の背中が思ったよりも大きかった。ゲイルはそう思うと、機体を翻して帰途についた。

 



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再会

 サイド2の暗礁宙域での任務を終えてグラナダに帰ると、衝撃的なニュースが飛び込んできた。

 地球連邦政府がネオジオンと和平交渉を行いサイド3を譲渡したというのだ。

 ネオジオンが地球から兵を引いたことにより、地球連邦政府は危機的な状況を脱したことになるが、宇宙は混沌とした状況が続いている。

 

 宇宙ではエゥーゴとネオジオンの戦いが激化してきていた。

 戦いの中心となっているのは、アーガマに搭乗していた乗組員達である。

 地球から宇宙に上がり、そこでエゥーゴの新造艦であるネェル・アーガマを受領し、正式にネオジオン討伐の命令を受けたのだ。

 ネェル・アーガマに乗って戦うのは、あの少年少女達である。

 

 まだ年端も行かぬ子供達に酷なことを指示したエゥーゴは徐々に戦力を取り戻しつつあるが、大きな戦力を投入するような作戦には出ていない。

 アーガマ級巡洋艦であるアヴァロンもネオジオン討伐の任務には着いておらず、グラナダに寄港後は休暇が言い渡された。

 子供達が命を懸けて戦っているのに休暇とはどうかとも思うが、命令には従わなければならない。

 

 ただ、次に航海に出る時は、ネオジオンとの総力戦になるのかもしれないと思うと、この休暇は大事なものだとも思える。

 それもあって、ライセイはグラナダの繁華街を歩いていた。

 

 思い出すのは、あれの事だ。クラウスからは忘れろと言われたが

 早々忘れられるものでは無い。

 極秘事項を人に言うことはできないので、度々こうして悶々としている。

 ショッピングモールのショーウィンドウに映る自分の顔を見れば、いかにも悩みを抱えている表情をしていた。

 

 ゲイルやダン達から何かと心配されたのは、このせいか。嘘を隠すのが下手な人間だと再認識させられた。

 元々、感情を隠すのは苦手だ。それなのに、あんなものを見せられれば表情に出て当然である。

 もっと上手く切り替えられれば良いのだが。ないものねだりをするライセイは深いため息を吐いた。

 

「ライセイ、どうかしたの?」

 

「えっ?」

 

 思わぬ問いかけに、ライセイは呆気に取られる。

 声を掛けてきたのは目の前に立つ少女だ。グレーのミディアムヘアーの少女は愛くるしい笑みを浮かべている。

 その顔を見てライセイは思い出した。

 

「ネージュ!?」

 

「久しぶり。元気にしてた?」

 

「うん。元気にしてるよ」

 

「ほんと? なんか顔色悪かったけど?」

 

 ネージュは心配そうにライセイの顔を覗き込んだ。大きな瞳がライセイの目を引き付けて離さない。

 しばし見つめ合うとネージュが笑みを見せる。同時にライセイは急に恥ずかしさが込み上げてきて、視線を外した。

 

「そ、そうだ。フォルスト艦長はネージュのお父さんなんだよね?」

 

「えっ? パパのこと知ってるの?」

 

「僕、お父さんの船に乗ってるんだ」

 

「そうだったんだ。偶然ってすごいね」

 

 驚きの表情を見せるネージュにライセイは同調するように頷いた。

 

「ネージュとまた会えたのも、すごい偶然だよね」

 

「えっ? ライセイのことを感じたから会いに来たんだよ」

 

「えっ!? 感じたって?」

 

「前に会った時に覚えたんだぁ。私、知ってる人が近くにいると分かっちゃうの。すごいでしょ~」

 

 自慢気な笑みを見せたネージュを見て、ライセイは1つの言葉が頭を過ぎった。

 ニュータイプ。宇宙に進出した人類が他者と誤解なく分かり合う為に進化した存在。

 ただの勘がいい人間とも言われることもあるが、勘では済まないほどに戦場で活躍したニュータイプを知っている。

 

 アムロ・レイやカミーユ・ビダン。シャア・アズナブルこと、クワトロ・バジーナもだ。

 普通の人では感じる事のできないものを感じ取っていたと聞いている。

 ネージュも、もしかしたら。

 

 考え込んだライセイにネージュが声を掛ける。

 

「どうかした?」

 

「いや。なんでもないよ。ネージュはお買い物?」

 

「うん。パパと一緒に来たの」

 

「フォルスト艦長と?」

 

 辺りを見回すライセイ。ネージュがあっ、と声を上げた。

 

「またパパのこと置いてきちゃった」

 

「またって」

 

「大丈夫、すぐに分かるから。あ、ライセイもパパのところに一緒に行こうよ」

 

「えっと」

 

 返す言葉に悩むライセイはショッピングモールを行き交う人々の多さに気づく。

 ネージュは目を引く可愛さを持っているので、1人で行かせるのは危険かもしれない。前みたいに、タチの悪いやつに絡まれたら大変だ。

 

「分かった。一緒に行こう」

 

「よ~し、じゃあ、行こ。ちょっと待ってね。パパを探すから」

 

 そう言うと、ネージュは目を閉じて集中を始める。

 少し待つと目を開けて、悪びれた表情を見せた。

 

「ごめん、分かんなかった」

 

「そ、そっか。どうしよう?」

 

「じゃあ、デートしよっか?」

 

「デート!?」

 

 明らかに狼狽えるライセイ。これほどストレートな誘いを受けたのは初めてで、どう返したら良いのか困惑する。

 

「え~っと。デートって言って良いのかな?」

 

「うん! パパが見つかるまでの間だけね」

 

「そういうことなら。じゃあ、行こうか」

 

 ライセイはネージュと並んで歩き始める。その表情には1人で悩んでいた時の重苦しさは微塵もなかった。

 



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束の間の休息

 ショッピングモールは親子連れやカップルで賑わっており、笑顔の耐えない場所であった。

 ネージュと歩くライセイの表情も穏やかな笑みを浮かべている。

 話すことは他愛のないもので、あそこの店のランチは美味しいとか、あの店のアクセサリーが可愛いなどだった。

 

 聞けば、フォルストが休みの時は、このショッピングモールによく連れいってもらっていたそうだ。

 普段来ることのないライセイにはどれも新鮮で、しきりに頷いてネージュの話を聞いている。

 喋るネージュが突然立ち止まった。視線の先にはクレープ屋がある。

 

 長い列ができているということは、人気店なのだろうなと思う。もしかしたら、ネージュは食べたいのかもしれない。

 

「ねぇ、あそこのクレープ食べてみない?」

 

「え? でも、いっぱい並んでるよ?」

 

「大丈夫だよ。待つの嫌いじゃないし。あ、でも、フォルスト艦長のこと探さないとダメかな?」

 

 すっかり失念していたことを思い出した。

 このデートはフォルストを探しに行くついでのようなもので、時間は限られている。

 ゆっくりしていてはネージュを探しているだろうフォルストも心配してしまうに違いない。

 

 だが、ライセイの言葉にネージュは首を横に振った。

 

「ううん。パパなら大丈夫。多分、どこかの喫茶店で時間を潰していると思うから」

 

「それって大丈夫なの?」

 

「良いの。じゃあ、早速並びましょう」

 

 ネージュはライセイの手を取ると、列の最後尾に並ぶ。強引な子だと思うと、積極的な行動も納得してしまう。

 急に誘われたデートだったが、普段からこんな感じで人と接するのだろう

 そう思うと、照れくささも感じなくなった。店員から配られたメニューを2人で眺めて、どれを食べるか話し合う。

 

 こんな風に満ち足りた時間を過ごしたのは、いつ以来だろうか。ゲイルやダン達と出歩くことはあるが、今感じているような充足感はなかった。

 ネージュと話していると、待ち時間もあっという間に過ぎていき、気づけばベンチに座って2人でクレープを食べていた。

 

 お互いの味の感想を言い合い、一口ずつ味見をし合っては、また味について語る。

 充実した時間を堪能していると、ネージュの視線が人混みの方に向いた。

 

「ネージュ、どうかしたの?」

 

「私達のことを見ている人がいる」

 

「見ている?」

 

 ライセイはネージュの視線を辿って人混みを見ると、柱の影に隠れる人影を見つけた。

 後ろ姿から誰か特定できたので呆れながら柱の裏に回る。そこには、苦笑いを浮かべるダンと呆れ顔のゲイル、そして顔をニヤつかせているアオイがいた。

 

「何してるの?」

 

 低い声で問いただすと、ダンが乾いた笑い声を上げる。

 

「いやぁ、奇遇だなぁ。こんな所で何をしているのかな?」

 

「それはこっちのセリフ。まさか、ずっと見ていたんじゃないよね?」

 

 この問いにダンは答えず、アオイが逆に問うてきた。

 

「ねぇ、ライ君。あの子、彼女? 可愛いじゃない。何で教えてくれなかったのよ?」

 

「彼女じゃないですよ。知り合いです」

 

「ほんとかなぁ? 仲良くクレープを食べ合う仲なのに~?」

 

 いやらしい笑みが顔に貼り付いて取れないのか、ずっとアオイはニヤついている。

 否定しても無駄そうな気がするが、認める訳にもいかない。ライセイはゲイルに助け舟を求めた。

 

「兄さん、なんとか言ってよ」

 

「まったく。あの子とは以前、会ったことがあるのは間違いない。それ以降は会ってないと思うぞ」

 

「そうそう。それにフォルスト艦長の娘さんなんだって。偶然って、凄いよね」

 

 見事にゲイルの助けに乗っかったライセイだったが、その言葉にアオイが反応した。

 

「偶然じゃなくて、運命かもしれないわよ?」

 

「そうだぞ、ライ。女は運命という言葉に弱いんだ。行ける時にガっと行かないと逃げられるぞ」

 

 普段、あれだけ仲の悪い2人が見事なコンビネーションで攻めてきた。

 完全に悪ノリをする2人に返す言葉が見つからない。

 

「あ、ゲイルだ」

 

 背中越しにネージュがゲイルに声を掛けた。

 

「久しぶりだな。本当にフォルスト艦長の娘さんだったとはな」

 

「もしかして、ゲイルもパパの船に乗ってるの?」

 

「ああ、ここにいるやつは皆そうだ」

 

「そうなんだ。パパがいつもお世話になってます」

 

 パッと笑みを咲かせたネージュを見てダンが何度も頷いた。嫌な予感しかしないので、強引にゲイルに話を振る。

 

「ねぇ、兄さんはどうしてここに?」

 

「アオイから出掛けないかと誘われてな。で、ダンが勝手についてきたんだ」

 

 アオイがゲイルを気にしているのは知っていたが、直球勝負を仕掛けていたとは。

 それをダンは邪魔したいのか分からないが、2人の仲が益々悪くなることだけは間違いない。

 一番の問題はゲイルだ。アオイの好意に気づく素振りが感じられない。ここまで鈍感だと、見てるこっちがハラハラする。

 

 何も考えていないであろうゲイルが言う。

 

「ここに立ったものもなんだ。どこか座れる所に行かないか?」

 

「あ、じゃあ、いいお店知ってるから行きましょ」

 

 答えたのはネージュで、こちらの意向を聞くことなくスタスタと進み始めた。

 

「ネージュはここに詳しいんだってさ。行こうか」

 

 ライセイが言うと、ネージュに連れられ喫茶店の中に入る。

 店内はクラッシックな作りで、落ち着きのある空間であった。店の中を見回すライセイは、客の1人に目が止まる。

 

「あれ? フォルスト艦長?」

 

 そう言ったライセイの隣にいたネージュが手を振る。

 

「パパ、お待たせ」

 

「今日は随分長かったな。少し心配した」

 

「ごめんなさい。ついつい長引いちゃって」

 

 悪びれた様子のネージュを庇うようにライセイが言う。

 

「すみません。僕がネージュを連れ回してしまったんです」

 

「安心したまえ。怒ってはいない。いつもの事だからな。それに皆が揃ってくれたのは都合が良い」

 

「都合、ですか?」

 

 フォルストは席を立つとライセイ達の前に立つ。普段の厳格な表情を更に険しくさせた。

 

「ゲイル・クガ中尉、ダン・ロクスター中尉、アオイ・スオウ少尉、ここにはいないがシマン・トガワ少尉は、アヴァロンを降りてもらうことになった」

 

「なっ!? どういう事ですか!?」

 

 声を上げたのはゲイルであった。

 

「ライセイはどうなるんですか!?」

 

「ライセイ少尉には、引き続きアヴァロンのMS隊にいてもらう。正式な辞令が直に下りるだろう。話はその時にしよう。ネージュ、行くとしようか」

 

 フォルストは話を一方的に打ち切ると、ネージュを外に出るように促す。

 不安そうなネージュは、ライセイとゲイルを交互に見るが、勘定を済ませ出ていくフォルストの後を追っていった。

 

「おい、どういうことだよ? 何で俺達が降りて、ライは残るんだ? 今まで一緒にやってきたのによぉ」

 

「分からん。上からの指示なんだろうが……」

 

 渋い表情のゲイルとダンに、アオイがとりあえず席に着くように促した。

 飲み物の注文を済ませた4人の間に会話らしい会話はない。

 

 なぜ、自分だけがアヴァロンに残るのか。自分だけが取り残される理由が何かあるのか。

 考えるライセイの頭の中に浮かんだのは、あれのことであった。

 

「まさか、そんな……」

 

「どうしたの、ライ君?」

 

「あ、いえ。なんでもないです」

 

 アオイの問いかけに嘘を返したライセイは思う。あれが関わっているとしか思えない。

 ただ、あれを知っていることで、なぜ自分はアヴァロンに残らなければならないのかが分からない。

 先程までの穏やかな時が嘘だったかのように、重苦しい空気が漂う。ライセイの尽きない悩みの種が増えたのだった。

 



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虎視眈々と

 エンドラ級巡洋艦ハイドラに接舷しているのは、パプワ級補給艦であった。

 多数の物資の補給がなされる中で、パプワに乗船しているローマンは積荷の1つをしげしげと見つめている。

 それはダークグレーで染められたMS。ザクⅢ改であった。

 

 ザクの正当な後継機として作られたザクⅢはネオジオンの最新鋭機の1つだ。複数の試作機が製造されたが、その中でもエースパイロット用にカスタムされたのがこのザクⅢ改である。

 通常型でもその推力はガザDの倍以上あるが、カスタマイズされたことにより更に推力が増強され、ネオジオンの戦力の中でもトップクラスの性能を誇っていた。

 ただ、その性能の高さが故に乗れるパイロットが厳選されてしまい、データ収集も兼ねた乗り手を求めて、ハマーン直轄の艦隊ではなくディクセル艦隊に回されたという不遇の機体である。

 

 しかし、そんなことはローマンにはどうでも良かった。高性能機が配備されれば、それだけ生存確率は上がるし、戦果も稼ぐことができる。

 それに、じゃじゃ馬の方が乗りこなせた時の気分の良さは格別だ。ガザDでは物足りなくなっていたローマンにとってはザクⅢ改の配備は、僥倖ともいえるものであった。

 ガザDの配備も進んだことで、ハイドラの戦力はザクⅢ改とガザDが5機という巡洋艦の保有する戦力としては上々のものとなっている。

 

 これなら、あの戦艦とでもやりあえるかもしれない。

 ローマンは先日入手した情報を思い出すと、僅かに口角を上げた。

 アーガマ級巡洋艦1隻にネオジオンの巡洋艦2隻で挑み返り討ちにあったというものだ。そのアーガマ級にはエゥーゴの最新鋭機が満載されているため、現在のエゥーゴではトップクラスの戦力である。

 

 戦力の中にはエゥーゴ離脱組であるデュークの情報にあったガンダムMk-Ⅲとプロトデルタが入っており、その性能の高さを存分に発揮しているようであった。

 それにリックディアスの改修型と思われるMSのビームライフルとは思えない火力も驚異的だった。

 有効射程外と思われる距離からでもムサイのエンジン部をえぐるパワーがあるのだ。MS単体の火力で行けば、この時代でもかなりの上位なはずだ。

 

 出会わないに越したことがない相手ではあるが、もし遭遇した場合は戦わざるを得ない。

 果たして勝てるのか。ハイドラMS隊の操縦技術はそれなりに高いが、突出したパイロットはローマンを置いて他にはいなかった。

 自分1人で戦うには荷が重い相手とは思うが、ザクⅢ改のスペックを見れば負ける気はしない。それほどまでの性能なのだ。

 

 ザクⅢ改をハイドラに移動させる準備が整ったようで、パイロットスーツを着た兵士がコクピットに近づく。それをローマンは制した。

 

「あとは俺がやるから大丈夫だよぉ。君は休んでてよ」

 

「えっ? しかし」

 

「良いから良いから」

 

 半ば強引にコクピットに着座したローマンは、コンソールや操縦桿を触って感触を確かめる。

 まだこの機体は飼いならされていない。自分好みの機体に仕上げてみようじゃないか。

 ザクⅢを固定していたワイヤーが外されると、ゆっくりとMSデッキから宇宙空間を目指す。

 

 パプワを離れるとスラスターを噴射した。

 その瞬間、機体が猛加速し、シートに体が押し付けられそうになる。強烈なGに襲われるローマンの表情に不敵な笑みが浮かぶ。

 

「これだよ、これ! こういうやつを待っていたのよ!」

 

 宇宙空間を縦横無尽に飛び回るザクⅢ改。加速に減速、旋回にとその全てに癖があり、思い通りになってくれない。

 抑え込もうとすればするほど反発するザクⅢ改を操縦するローマンは破顔した。

 こいつを乗りこなせば、ガンダムにだって負けはしない。戦場の悪魔として名高いガンダムを狩ることができれば、大きな戦果となる。

 

 もし、そうなれば今の地位よりも高いところに行くことだって夢ではない。仲間にもっといい暮らしをさせてやることができる力を、このザクⅢ改は秘めている。

 何としても使いこなさねば。ローマンは持てる技術の全てをぶつけるように操縦をする。

 暴れ馬から振り落とされないように必死に乗り続けるカウボーイの気持ちが少し分かった。こいつは面白い。もっとだ。もっと暴れて見せろ。

 

 ローマンの強い願いは通信によって阻害された。

 

「何やってんだ、お前は!」

 

 怒鳴ったのはヘックスであった。

 

「積み荷の確認に行った奴が、仕事を放り出してMSに乗ってるとはどういう話だ!?」

 

「ごめんよ、ヘックス。ほら、新しい子に少しでも慣れたくてさ」

 

「訓練なら後でできるだろう!」

 

「でも、もしかしたらエゥーゴに襲われるかもよ? 今のうちにやっておいて損はないよ」

 

 屁理屈をこねるローマンに、ヘックスが更に怒りをぶつける。

 

「だったら、先に補給を終わらせろ! 乗りたきゃ、そのあとに乗れ!」

 

「は~い、分かりましたよっと」

 

 姿勢制御をすると、パプワへと向かった。と見せかけて、急旋回しハイドラのメインデッキの前に躍り出た。

 艦長席で硬直しているヘックスに手を振るザクⅢ改。顔を赤くしていくのがモニター越しにでも分かる。

 怒鳴られる前に通信をオフにすると、改めてパプワのMSデッキに向かった。

 



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自分の幸せ

 辞令が下ったのはショッピングモールでフォルストと会話をしてから2日後のことだった。

 ゲイルとダン、アオイ、シマンはアヴァロンを降りて、再編の進む宇宙艦隊の新造艦アイリッシュ級巡洋艦のMS隊の所属になるとのことだ。

 ライセイがアヴァロンに残ることについてゲイル達は疑問を投げかけたが、戦力の均等化を図るためだとの回答しかもらえなかった。

 

 確かにアヴァロンには戦力が集中していた。

 今後、ネオジオンに反攻することを考えると1隻に戦力を集中するのは勿体ないかもしれない。

 アイリッシュ級巡洋艦はアーガマ級巡洋艦よりもMSの搭載数が多いことから、ゲイル達のベテラン組を配属させ戦力の中心にしたい気持ちも分かる。

 

 上層部の意向は分かるが、ライセイと離れることについてゲイルは苦悩していた。

 今まで傍にいたから守ることができた。離れてしまえばライセイを守ることができなくなってしまう。

 一度下された決断はそう変わらないだろう。それを曲げることができるかもしれない男に、ゲイルは連絡をしていた。

 

 相手はスペクターである。ゲイル達をエゥーゴにスカウトし、一度現場を外された際には裏で手を回し前線に復帰させることができた男だ。

 以前教えられた連絡先宛に何度も電話やメール、手紙を送ったが一向に返事がなかった。現れるときは勝手に現れるくせに、こっちの用があるときはでてこない。

 受話器を下すと、ベッドに横たわり考える。

 

 ライセイの腕前は上がっているのは間違いない。ダンとだって渡り合えるほどに成長しているのだ。

 そう簡単には墜とされることはないだろうが、いつだって何があるか分からない。その何かが起きた時に自分が傍にいれないことが辛いのだ。

 自分ならばライセイを助けることができる。根拠はないが自信はあった。今までそうやって生きてきたのだ。

 

 だが、自分の手が届かないところに行ってしまってはどうすることもできない。

 過るのは嫌な想像だけだ。ライセイにもしものことがあるかもしれない。そうなると思考がループしてしまう。

 ただ、ライセイ自身は、今回の配属に異を唱えることはしなかった。

 

 何か思うところがあるのかしれない。あの調査を終えた辺りから、ライセイは思い悩むことが多かった気がするが、それが関係あるのだろうか。

 たとえライセイが配属に不満を言っても命令は覆らないと思うが、言ってくれても良かったのではないかと思う。

 兄弟が離れ離れになることをライセイはどう思っているのか。気にはなるが、言葉に出すことができないでいた。

 

 ドアがノックされる音でゲイルは気分が滅入る思考から解き放たれる。

 招く言葉を発すると、入ってきたのはアオイであった。

 

「元気、じゃないわよね」

 

「まあな。色々と手は尽くしているが上手く行きそうにない」

 

「そっか。ライ君と離れるのは辛いわよね」

 

「……ああ。俺の家族はあいつしかいないからな」

 

 ゲイルの脳裏に子供時代の光景が映る。そして、両親が死に、ライセイを育てると決意してからの半生も浮かんだ。

 あの時から、俺はライセイのために生きてきた。それなのに、こんな時に限って。

 ネオジオンとの抗争が激化しようとしている中でなければまだマシに思えただろう。こんなことなら、あの日、エゥーゴから抜けるべきだった。

 

 悔いるゲイルにアオイが言う。

 

「ねぇ。もう、ライ君のためだけに生きなくても良いんじゃない?」

 

 アオイの言葉に、ゲイルは呆気に取られ声を出せなかった。

 

「ゲイルは十分、ライ君のために生きてきたわ。これからは、あなた自身の生きる意味を見つける時だと思う」

 

「俺の生きる意味……。いや、だが、ライセイは」

 

「ライ君は大人よ。あなたが子供扱いしているだけ。彼は独り立ちできるわ。でも、あなたがそれを止めてしまえば、ライ君はあなたに甘えてしまう。依存した関係になってしまうわ」

 

「依存だと? 俺はただライセイの」

 

「ゲイル!」

 

 アオイの声に気おされたゲイルは言葉を失う。寂しげな瞳をアオイは見せた。

 

「ライ君をダシに使わないで。あなたの人生をライ君に押し付けてはダメよ」

 

「じゃあ、どうしろっていうんだ? 俺が今までやってきたことがダメだったっていうのか?」

 

「そうじゃない。でも、もう十分なのよ。もうライ君を傍で支えなくてもいい。彼の成長を見守ってあげて?」

 

「見守る……」

 

 ゲイルは黙ると、目を閉じて思い返す。支えることがライセイの成長を妨げているのか。

 もう、ライセイは俺を必要としていないのか。ならば、俺はどうしたらいいのか。

 思考の渦に飲み込まれたゲイルにアオイが言う。

 

「前に聞いたわよね? あなたの幸せって何、って」

 

「ああ」

 

「見つかった?」

 

「いや。分からなかった」

 

「そっか。じゃあ、私が探すの手伝ってあげる」

 

 そういうとアオイはベッドに腰かけて、ゲイルをじっと見据えた。

 

「思い出してみて。あなたが幸せだって思っていた頃を。うんと小さな時でも良いの。思い出して」

 

 ゲイルは言われた通りに思い出を掘り起こす。

 幸せな時。何も不安がなく、何も背負うことがなかった頃のことが思い出された。

 両親が健在で、皆で公園に遊びに行った時のことだ。

 

 あの時は楽しかった。両親の手を引いて歩き、ライセイとはしゃぎ回ったあの時は。

 満ち足りていたと思う。とうに色あせてしまった思い出だが、その時の感情は間違いなく幸せだった。

 あのような時間を味わえているだろうか。両親が死んでからは、そんな思い出は残っていないと思う。

 

 ライセイと一緒に生きるのに必死だった。ライセイを立派に育てるのに必死だった。

 どんなことにも耐えることができたのはライセイのことを思えばだが、そこにあの時のような幸せはあっただろうか。

 ゲイルは小さく頷いた。

 

「ああ、思い出した。子供の頃のことだ」

 

「どうして幸せだったのか分かる?」

 

「どうして……。あの時は何も考えずに目の前のことだけを楽しめたからだと思う」

 

「じゃあ、今は楽しめてない?」

 

 問われたゲイルは首を横に振った。

 

「楽しいときはある」

 

「どんな時?」

 

「ライセイやダン。アオイと話している時だ。くだらない話でも楽しいと思える時がある」

 

 ゲイルの言葉を聞いてアオイが小さく笑った。

 

「どうして、くだらない話でも楽しいと思えるのかしら?」

 

「……分からない。ただ、楽しいのは間違いない」

 

「そう。じゃあ、今日はここまで。次回までに、何で楽しいのかしっかりと考えておくこと」

 

 そういうとアオイはベッドから立ち上がり、ドアへと向かう。

 

「ゲイルの答え、楽しみにしてるから。それじゃ」

 

 声を掛ける間もなく去っていったアオイ。ゲイルはベッドに寝ころび、目を閉じた。

 どうして楽しいのか。楽しいと思えた瞬間を思い出しては、なぜ楽しかったのかを考え続けるゲイル。

 両親の死で止まっていた幸せの針が動き出そうとしていた。

 



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未明の出港

 夜中に突然の召集命令によって目を覚ましたライセイ。伝えに来た者に聞けば、アヴァロンの乗組員は集合するようにとのことだった。

 またフォルストの新手の訓練か。ライセイは寝ぼけ眼を擦りながら服を着替える。

 

 外に出たところで鉢合わせたのはクラウスとリュートであった。

 

「ライセイ少尉、急ぐぞ。遅れたら何を言われるか分からないからな」

 

 クラウスは言うと停めてあるエレカに乗り込んだ。その後を追ってリュートとライセイも乗った。

 車が発進すると、運転をしているクラウスに問いかける。

 

「また訓練ですよね? 何も夜中にしなくても」

 

「敵はこっちの都合は聞いてくれないからな。こういう訓練も大事なんだ」

 

「確かにそうですね」

 

 ライセイは納得すると、姿勢を正して座っているリュートを見る。

 ゲイル達と離れた今、MS隊で一緒に戦ったことがあるのはクラウスとリュートだけになってしまった。

 寡黙なリュートとは普段、あまり会話をしていないことを思い出したライセイ声を掛ける。

 

「さすがに寝起きの訓練は辛いよね。リュート少尉は?」

 

「いえ、自分は特に」

 

「そうなんだ。タフなんだね」

 

「そんなことはないです」

 

 短い会話しか続かなかったことに、ライセイは肩を落とした。

 人と仲良くなるのは得意な方だと思ってはいたが、なかなかリュートとの距離感を掴めないでいる。

 他の皆はあまり積極的に接さないが、もっと仲良くなった方が良いとライセイは意気込み再び声を掛ける。

 

「確か、歳は近かったよね? リュートって呼んでも良いかな?」

 

「構いません」

 

「えっと、もうちょっと砕けてくれるかな?」

 

「砕けるとは?」

 

「ん~……。まあ、いいか」

 

 とりあえずは一歩前進したと思うことにしたライセイは車窓から街並みを眺める。

 まだ夜中であるため、普段よりネオンの光は少なめだ。多くの人が眠りについているだろう。

 ゲイルも訓練の気配で起きたとは思うが、今は寝ているかもしれない。

 

 このまま静かな時間が続けばと思うが、そうも行かないだろう。

 ネオジオンとエゥーゴは相容れない仲だ。全面戦争も時間の問題だろう。

 そう思うと、全幅の信頼を置くことのできたゲイルとダンと離れたのは痛い。

 

 アヴァロンMS隊の連携は他と比べて良いのは事実だが、ゲイルとダンと組んだ時の方が訓練成績は間違いなく良かった。

 新しく配属される者達もいるとは聞いているが、その者達と今まで以上の連携ができるかは疑問だ。

 戦力ダウンのアヴァロンを支えなければならないとの気概はあるつもりだが、不安感は拭えない。

 

 車は夜の街を抜け、宇宙港へと入っていく。

 アヴァロンの停泊しているエリアに行くと乗組員達が整列しており、ライセイ達も慌ててその後ろについた。

 続々と集まる乗組員達。しばらくすると、フォルストとカイムが乗組員達の前に姿を見せた。

 

 時計を見ていることから、訓練であったのは間違いなさそうだ。

 何を言われるのか固唾を飲んでいると、フォルストがアヴァロンに目を向ける。

 その姿を見ていると、カイムが声高らかに言った。

 

「これより出港準備に入る!」

 

 まさか更に訓練が続くのか。乗組員達も気が重いのか、表情が暗い。

 寝起きで実戦さながらの訓練をさせられれば、そうもなる。

 それに航行中の艦ではなく、羽を伸ばせるグラナダにいるのだ。普段よりも余計に気が滅入るだろう。

 

 アヴァロンに乗船をし、MSデッキに向かうライセイ達。

 整備士達が忙しなく動く中、ライセイはプロトデルタのコクピットに乗り込んで起動準備に取り掛かる。

 モニターに光が灯った時、艦内放送が響いた。

 

「アヴァロンはこれよりグラナダを出航する」

 

 航行付きの訓練とは恐れ入った。これには乗組員達も苦笑していることだろう。

 ライセイはMSデッキに立つジムⅢに目を向けた。

 ジムⅢは地球連邦軍で正式に採用された量産型のMSで、その生産性の良さからエゥーゴでも量産化されている。

 

 次期主力かと思われていたネモⅢについては、量産体制から外されたようだ。

 ジムⅢに搭乗するパイロットについてはまだ紹介されていないが、コクピットに人影がある。

 今日の訓練から参加だったら、初日からきつい洗礼を浴びたことになるので、少し可哀想に思えた。

 

 エンジンが掛かったのか、重低音を響かせながらアヴァロンがゆっくりと進み始めた。

 宇宙に出たら、今度はMS隊の訓練が始まるのだろう。

 気を抜くと眠気が戻ってきそうなライセイには、この出航がエゥーゴでの最後の航海になるとは知る由もなかった。

 



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グリプスに眠る遺産

 出航から1時間が経過した。

 その間にクラウスのみがメインブリッジに招集されたが、まだ帰ってきていない。

 ライセイ達は待機のまま時間が過ぎるのを待っていた。

 

 フォルストのことだ。いきなり発進準備などという指示が飛んできてもおかしくない。

 心構えはできているし、今まで散々繰り返してきた訓練だ。それに新入りに格好の悪いところは見せられない。

 モニター越しにMSデッキ内を見回していると、通信が入った。

 

「MS隊各員、MSを降りてブリーフィングルームに集合だ」

 

 クラウスの声であった。

 訓練の反省会でもするのだろう。プロトデルタを降りたライセイはブリーフィングルームへと向かった。

 通路ですれ違う乗組員達の表情は、どこか緩んでいる。もう訓練も終盤だからだろうか。

 

 ブリーフィングルームに到着すると、中で待っていたのはクラウスだけであった。

 他の乗組員はおらず、モニターに宇宙地図が投影されている。

 困惑しつつ問いかけた。

 

「クラウス大尉。他の人達は?」

 

「いや、まずはMS隊の者達への説明をするようにと言われてな。ついでに新入りの自己紹介もしようと思っている」

 

 何の説明だ。と問いかけようとしたが、あとから入ってきたパイロットスーツの者達の敬礼を見て、言い出すタイミングを逸した。

 ライセイも敬礼を返すと、3人の新入りがヘルメットを取る。

 

 2人は男で1人は女性だ。

 全員若く、まだ大学生と言っても差支えがないあどけなさが残っている。

 最初に声を上げたのは、女性からであった。

 

「シンリー・ラウ曹長であります! アヴァロンのMS隊に配属できたこと、光栄に感じております!」

 

 シンリーは短めの髪に勝気な顔立ちと、快活な印象を受けた。

 その横にいる男が慌てて言う。

 

「あ、自分はウォレン・シュミット軍曹です。よろしくお願いします」

 

 髪をやや伸ばしているウォレンは、軽薄そうな雰囲気を受けた。どことなくシマンを彷彿とさせる。

 最後に名乗るのは、短髪で表情を微動だに変えない男だ。

 

「ロック・バロック、軍曹です。よろしくお願いします」

 

 緊張とは違った硬さを感じる声音だった。朴訥とした印象を受けるが、果たしてどうなのだろうか。

 個性的な面々にライセイも自己紹介をする。

 

「僕はライセイ・クガ。少尉だよ。皆、よろしくね。困ったことがあったら何でも聞いていいから」

 

「リュート・ラインリッヒ少尉だ」

 

 手短すぎる自己紹介をしたリュート。やっぱりよく分からない人だとライセイは思う。

 トリを務めるのはクラウスだった。

 

「俺はクラウス・リーバー大尉だ。アヴァロンMS隊の隊長を務めている。厳しく鍛えてやるから覚悟しておけ」

 

 初めから手厳しく言ったクラウスの言葉に、新入りの3人は踵を揃えて了承の声を上げた。

 これでとりあえずは自己紹介が済んだ。気になるのはもう1つの話の方で、訓練の反省会ではないように思われる。

 クラウスがモニターの前に立ち指示棒を手にすると、ある一点を指した。

 

「アヴァロンは極秘任務のため、現在、グリプスを目指している」

 

「グリプス?」

 

 疑問の声を上げたのはライセイであった。

 

「グリプスは無人だと聞いていますが?」

 

「ああ、そうだ。だが、そこにある物を回収しに行かなければならない」

 

「あの、そのある物とは?」

 

 ライセイの頭の中に浮かんだのはあれのことだ。

 同じようなものであれば、クラウスは答えてくれないだろう。だが、クラウスは頷くと話を続けた。

 

「ティターンズの試作MSがグリプス工廠の奥に残されているということが判明した。データから非常に危険な代物であることが分かり、ネオジオンの手に渡る前に回収をすることにしたのだ」

 

「試作MSで、そんなに危険なんですか?」

 

「ああ。完成していれば、エゥーゴにとって厄介な相手になっていただろう」

 

 クラウスの表情はいたって真面目なものである。ティターンズとの戦争を経験した者が言うのだ。それほどの危険なMSなのだろう。

 どのような代物かは分からないが、そのまま放置して敵の戦力にしたくない気持ちは理解できる。

 もしかしたら、あわよくばエゥーゴはその試作MSを自分達の戦力にしたいと考えているのかもしれない。

 

「では、今回の出航は訓練ではなく」

 

「ああ、本番だ。もしかしたら、戦闘になるかもしれない。各員、気を抜かないように」

 

 その言葉に表情が強張ったのはシンリーとウォレンだ。ロックの表情は変わることがなく、直立不動を崩していない。

 不安にさせたままなのも可哀想なので、ライセイは明るい声で言う。

 

「大丈夫。実戦になったら、僕達がフォローするから。それにこれから訓練漬けの日々になるから、嫌でも強くなれるよ。だから、気にしなくて大丈夫」

 

「ライセイ少尉の言う通りだ。今までの訓練がお遊戯会だったことを思い知らせてやるから、覚悟しておけ」

 

 それでは余計に緊張してしまうではないか。口から出したかったが、ぐっとこらえた。

 クラウスが解散というと、新入り3人は揃ってブリーフィングルームを後にしていく。残ったのはクラウスとライセイ、リュートの3人だ。

 

「クラウス大尉、戦闘になるんでしょうか?」

 

「ネオジオンがこの情報を掴んでいるかは分からないが、可能性はゼロとは言えないな」

 

「じゃあ、MS隊の編成はどうしましょうか?」

 

「俺がウォレン軍曹とロック軍曹を率いる。ライセイ少尉はリュート少尉と共にシンリー曹長をサポートしてやってくれ」

 

「了解しました。リュート、頑張ろうね?」

 

 ライセイが言うと、リュートはこくりと頷いた。

 本当に大丈夫なのだろうか。言葉には出さないが、不安に思う。

 クラウスが手をパンッと叩いた。

 

「ここにいる3人で頑張るしかない。今まで以上の活躍を期待しているぞ」

 

 3人。そうだ。もうゲイルもダンも、アオイもシマンもいないのだ。

 自分が頑張らなければ、新入り達が危険にさらされるかもしれない。仲間を守るために戦うと決めたではないか。

 身の引き締まる思いのライセイは、姿勢を正して敬礼をする。

 

「はい! 絶対に味方を死なせるようなことはしません!」

 

 ゲイルの元を離れたライセイは、甘えでできていた己の殻を破ろうとしていた。

 



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三度目の出会い

 アヴァロンが月を離れ、漆黒の宇宙を航行し始めてから数時間が経過した。

 その間にライセイはMS隊の面々とミーティングを行い、互いの位置取りや連携を確認し、MSシミュレーターを使って訓練をしていた。

 新入り3人の操縦技術を一通り確認して思ったことは、まだまだ訓練が足りないというものだ。

 

 パイロットになるための訓練時間はこなしたから配属されたのだろうが、それで戦えるほど戦場は甘くはない。

 自分も学徒動員でMSに乗って戦場で戦ったが、逃げ回ることしかできなかった。それで生き残れたのだから、自分は運がいいとライセイは思う。

 逃げようとしても、逃げれないことは多々あるのだ。逃げるにしても技量が要求されるため、自分の身を守るためには訓練をする以外他にない。

 

 今後のことを考えると不安はあるが、フォルストとクラウスに鍛え上げられるのは想像に難しくないので、ある程度のMS技術は習得するだろう。

 そこからはセンスがものを言う。自分にセンスがあるのかは分からないが、腕前は上がってきている実感はあった。

 勘がさえてきたといえば良いのだろうか。直感的に相手の動きが読めたりする時がある。

 

 訓練と実戦を繰り返してきたから、その積み重ねによって予測ができるようになり、偶々当たるようになってきた。そういう感じだろう。

 MSシミュレーターの横にある大型のモニターに映った各人のスコアを見て、クラウスが感想を述べている。

 この反省会が終わると、アオイに色々とアドバイスをもらっていたが、もうその本人はこの艦に乗っていない。

 

 頼れる人がいなくなったことを、もう実感してしまった。この先、何度この気持ちを抱くことになるのだろうか。

 ライセイは少しだけ気を重くした。

 

「ライセイ少尉、どうかしたか?」

 

 クラウスの不意な呼びかけに、ライセイの肩が跳ねる。

 

「なんでもありません」

 

「そうか? 何か言いたそうだったが?」

 

「えっと……。いやぁ、お腹が減ったなぁと思いまして」

 

 乾いた笑い声をあげたライセイに、クラウスは厳しい言葉を投げることはなかった。

 

「そうか。もう飯の時間になるな。ライセイ少尉。シンリー曹長とウォレン軍曹を食堂まで連れて行ってやれ」

 

「あ、はい。了解です。じゃあ、2人とも行こうか」

 

 適当に口にした言葉が通るとは思っていなかったライセイは、一瞬反応に困るがすぐに2人を連れて食堂へと向かった。

 シンリーとウォレンは対照的な存在に見える。真面目で優等生なタイプがシンリーなら、ウォレンは不真面目とまでは言わないが熱意は低いタイプだ。

 その熱意の低さは、悪いことばかりではない。やる気がありすぎて、から回ってしまうこともあるのだ。ほどほどにこなせるタイプが理想ではあった。

 

 2人が合わさると丁度いい具合になるかもしれない。そんなことを考えながら、他愛もない話をしていると、食堂へと着いた。

 すでに多くの乗組員が列を作っており、ライセイはプレートを取って最後尾に並んだ。

 どのような食事だろうか。列の隙間から見える料理に目を向けたとき、聞き覚えのある声がした。

 

「皆さん、お疲れ様! しっかり食べていってね」

 

 ライセイは背伸びをして視線を高くすると、列の先頭に料理を配っている人物を見た。そこにはアヴァロンにいるとは思えない、ネージュの姿があった。

 驚きのあまり声を失ったライセイは、列が進む間中ずっとネージュがここにいることを考える。

 先日までは乗っていなかった。ということは新たに配属された人なのかもしれないが、ネージュが戦艦に乗るような子には思えない。

 

 それをフォルストが許すだろうか。娘を心配していた父親が、戦艦に娘を置くようなことはしないはずだ。

 分からないことだらけのライセイは、遂に列の先頭になった。

 

「あ、ライセイ。お疲れ様。いっぱい食べてね」

 

「えっと、ありがとう。ねぇ、なんでここにネージュがいるの?」

 

「あ、それについては後で話すよ。今はお料理を配らなきゃいけないから」

 

「そ、そうだね」

 

 料理を受け取ったライセイは食堂の一角に座ると、食事を始めた。

 口の中に料理を運ぶと思わず、声を上げる。

 

「うまっ!」

 

 なんだ、この料理は。先日まで食べていた料理と全然違う。

 戦艦の料理人は厳選された者達で構成されていると聞いたことがあるが、今回の人選は素晴らしすぎる。

 厨房の方に目を向けると、前に配属されていたコック達が総入れ替えされたのか、見慣れない人達で構成させていた。

 

 前にいた人がいなくなったのは寂しいが、料理が美味しくなったのは歓迎すべきものである。

 舌鼓を打つライセイ。シンリーやウォレンも味を楽しんでいる様子だ。

 

 食事を終えて人心地ついていると、コーヒーを4つプレートに乗せたネージュが、ライセイ達の傍に立った。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう」

 

 コーヒーを配り終えたネージュが、ライセイの隣の席に座る。

 言葉を発したのはライセイからであった。

 

「ねぇ、ネージュがどうしてアヴァロンに乗っているの?」

 

「あ、私、エゥーゴに入ったの。そしたら、この艦の配属になったんだぁ」

 

「なんで、わざわざエゥーゴに? 危険だよ?」

 

「危険だよね。でも、私にもできることがあるから」

 

 そういうと、ネージュはコーヒーを口に含んだ。

 ライセイ達も習って、コーヒーを飲み始める。口に広がるさわやかな苦みが広がると、ライセイはふぅっと息を吐いた。

 

「美味しい」

 

「良かった。そのコーヒーはコック長が淹れてくれたの」

 

「コック長?」

 

 ネージュは頷くと厨房を指さす。そこにはただならぬ雰囲気を醸し出す、いぶし銀な男がいた。

 あれはただ者ではない。ライセイの直感が、そう伝える。思わず、ごくりと唾を飲んだ。

 そんなライセイを見て、ネージュがくすりと笑う。

 

「怖そうに見えるけど、すごく優しい人だよ。料理のことも色々と教えてくれたし」

 

「そうなの? 今日の料理さ、すごく美味しかったよ」

 

「えへへ。ありがとう。私も頑張ってお手伝いしたんだ」

 

 照れくさそうに笑うネージュは時計を見て、あっと声を上げた。

 

「もう次の班の人達が来ちゃう。じゃあ、ライセイ、またね」

 

 言うとコーヒーを一息に飲んで、素早く席を立って厨房の方に向かった。

 回答らしい回答をもらっていないライセイだが、厨房で働くネージュを見て思わず目じりが下がる。

 父親のことを少しでも助けたいと思ったのかもしれない。その思いに根負けして、フォルストは乗船を許可したのだろう。

 

 両親を失っているライセイにとって、親子の愛情はとても新鮮に感じられた。

 



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強化人間

 ネオジオンがサイド3を地球連邦政府より譲渡されたことにより、地球から撤兵して1か月が過ぎようとしていた。

 宇宙を航行するのはムサイ級巡洋艦クレイトスだ。ディクセル艦隊所属のクレイトスは、ネオジオン本隊が宇宙に戻ってきたにも関わらず哨戒任務についていた。

 何故、ハマーン直轄の艦隊ではなく、ディクセル艦隊が宇宙の警備を続けているのか。

 

 ディクセルがハマーンから全幅の信頼を寄せられているわけではない。逆に警戒されていることもあって、中央から遠ざけられていると言ってよい。

 元ザビ家親衛隊の隊長を務めていたディクセルを慕う者達は多い。特に古参の兵士達にその傾向が強く、若手が目立つハマーン直轄の軍隊とは毛色が違っている。

 ミネバというジオンの象徴がいることでハマーンとディクセルは手を取っている形だ。そうでなければ、ディクセルは第二のデラーズフリートになっていたかもしれない。

 

 影響力のあるディクセルをハマーンは上手く使っている。ミネバがいる限り、ディクセルにネオジオンの主導権を握られることはない。

 ジオンの大義を引き継いだのはネオジオンのハマーン・カーン。ミネバの後見人である限り、その立場は揺るぐことはなかった。

 では、ネオジオンはミネバがいればハマーンの元で一枚岩でいられるのだろうか。もしかしたら、誰かがミネバを奪い、ネオジオンを簒奪するかもしれない。

 

 ハマーンの独裁を快く思っていない者達も大勢いることから、その可能性は否定できないのだ。

 だから、ハマーンはディクセルを警戒している。ネオジオンの新たな拠点となったサイド3のコロニー、コア3にディクセルは未だ呼ばれてはいない。

 仮にも艦隊を率いている者が、数か月の間、ミネバへの謁見を認められていないのは異常と言える。

 

 ネオジオン本隊が地球に降りている間、宇宙を守り続けてきた者に対しての仕打ちがそれであった。

 これにディクセルは表立って遺憾の意を表明してはいないが、内心苛立ちを募らせているであろう。

 実際、クレイトスに搭乗しているギルロードも怒りで心が煮えていた。

 

 溜まった怒りを放出するように厳しい訓練を部下に課せ、自らを苛め抜いて憂さを晴らしている。

 度々、姉のセティにたしなめられるが、それでも時が経てば怒りが込み上げるのだ。

 当事者ではない自分でこれほどの怒りならば、ディクセルは心中はどうなのだろうか。

 

 考えるだけでも、また腹が煮えてきた。

 哨戒任務で晴らせる憂さは少ない。どうせなら、ディクセル艦隊だけでグラナダを強襲してほしいところだ。

 そうしたら好きなだけ暴れることができる。戦っているときには苛立ちを覚えることはない。その瞬間に全てを掛けることができるからだ。

 

 ただし、愚鈍な連中に足を引っ張られなければであるが。ギルロードにとって、多くの兵士は己の足の枷だと思っている。

 自分のように何故できない。それは緊張感が足りないからだ。ならば、緊張感を持って職務に当たらせるためには、自分が厳しくしなければならない。

 その思いが強いギルロードは強化人間になったことによって、不安定さと相まって更に拍車が掛かっていた。

 

 セティが止めなければ、怪我人だけでなく死人が出ていたかもしれない。それほど苛烈な一面をギルロードは見せる。

 暴走しがちなギルロードを唯一制することができるセティは、心のよりどころでもあった。

 時々、どうしようもない感情に襲われる時がある。そんなとき、セティに優しく触れられて声を掛けられると心が落ち着くのだ。

 

 ギルロードにとってセティは己の半身と言っても良かった。常に行動を共にし、自分という存在を優しく受け入れてくれるセティにギルロードは依存している。

 姉の存在を演じているだけだとは露も知らずに。

 

 ◇

 

 ギルロードはMSデッキでセティのガ・ゾウムの調整を手伝っていた。

 感度が控えめに設定されていたのを、セティに合わせたチューニングを行っているのだ。

 セティは自分の腕前をあまり評価していないが、ギルロードはそうは思っていない。他の兵士達と比べれば、一枚上手である。

 

 だから、少し敏感に設定した方が戦果もあげられるに違いない。

 セティの動きを想像しながら、調整を進める。

 

「ギル、ありがとうございます。でも、私の腕ではガ・ゾウムの本領を発揮できないことは知っています。ほどほどで構いません」

 

「そんなことはない。姉さんならやれる」

 

「そうでしょうか。いえ、ギルが言うならできるのでしょうね」

 

「そうだ。私が言うんだ、間違いない」

 

 言いながらコンソールを弄っていると、警戒警報が鳴り響いた。

 作業を中断したギルロードは、すぐにメインデッキに急ぐ。

 警戒警報で慌てて持ち場に着く者達を横目に見ながら、メインデッキへと入った。

 

 中央のモニターに映し出されたのは、1隻の艦影である。

 まだ距離があるため、その形状は判別できないがこの宙域を航行する予定の船ではなさそうだ。

 

「艦長、あれは敵か?」

 

「まだ分かりません。ですが、発進の準備だけはお願いします」

 

「言われなくともする」

 

 そういうとギルロードはメインデッキを後にする。

 通路を通ってMSデッキに辿り着いたとき、何かの気配を感じ取った。妙に生暖かく、非常に気味の悪いものだ。

 嫌悪感が顔から滲むと、セティが心配そうに声を掛けた。

 

「ギル、大丈夫ですか?」

 

「……何でもない。出撃の準備をする」

 

「エゥーゴですか?」

 

「かもしれない。姉さんもMSに」

 

 頷くセティを見て、ギルロードはバウ・エーデルのコクピットに座る。

 起動準備を掛けていると、警戒警報がもう一段階引き上げられた。間違いない。敵と遭遇したのだ。

 知らず知らずの内に口角がじわりと上がっている。久しぶりの実戦に心が高ぶっているのだろう。

 

 どのような敵が来るのだろうか。せいぜい、楽しませてくれよ。まだ見ぬ敵に期待を寄せる一方、1つだけ気がかりなことがあった。

 あの気配は一体、何だったのか。無遠慮に人の肌を撫でるような不快感だったが。

 言い知れぬ感情に戸惑いを覚えたギルロード。だが、MSデッキのハッチが開き宇宙空間が広がると、そのような感情は消えていった。

 

「ギルロード・シュヴァ。バウ・エーデル、出るぞ!」

 

 宙に飛び立ったバウ・エーデルは一直線に敵影に向かって加速をした。

 



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一進一退

 アヴァロン内に緊急警報が鳴り響く。

 MS隊の出撃命令が下ると、ライセイはプロトデルタを起動させカタパルトデッキへと向かう。

 先に飛び立ったのはシンリーのジムⅢだ。初の実戦で緊張しているのか訓練のときよりも加速がついているように見える。

 

 もう1つのカタパルトから射出されたのはウォレンのジムⅢで、シンリーの後を追うように飛んでいった。

 どちらも訓練通りの動きではない。ライセイはカタパルトで加速し、宙へと飛ぶとスラスターを強目に噴射しつつ、通信を入れる。

 

「シンリー曹長、ウォレン軍曹! 先行し過ぎている。訓練通りに動くんだ」

 

 ライセイの通信にシンリーが慌てた様子で答えた。

 

「す、すみません。下がります」

 

 シンリーのジムⅢが減速すると、ウォレンも速度を合わせる。ウォレンはシンリーのカバーに回ったのだろう。

 落ち着いているのか訓練通りの位置取りをしている。代わりにシンリーはまだ動きが固かった。

 気負いすぎてるのかもしれない。ライセイは再度通信をする。

 

「2人とも僕の後衛に回って。大丈夫、この日のために訓練してきたんだから」

 

 言ったは良いが、正直訓練はそれほど積めていなかった。

 アヴァロンに配属されて、まだ半月も経っていないのだ。時間が足りていないとしか言えないが、敵に通用するいい訳では無い。

 後方を見ると、後続のMSの発進が確認できた。

 

 伝え聞いた情報通りであれば、敵艦は巡洋艦1隻ということだ。ならば、戦力としては同程度だろう。

 後続組と合流を優先しようとした矢先、モニターに高速で近づく光が映った。

 早い。ライセイが声を上げる間に、光はもう目前に迫っていた。

 

「2人とも気をつけて!」

 

 ライセイは言うと、スラスターを噴かして加速を始めた。

 まずは自分が相手をして、2人が戦場の空気に慣れるまで時間を稼がなければ。

 プロトデルタのビームライフルが迫り来る光に向けられた。

 

 放たれたビームをすっと最小限の動きで躱したのは、ギルロードの乗るバウ・エーデルだ。

 ビームを撃たれたギルロードは、にっと口角を釣った。

 なかなかの腕前と見た。楽しませてくれる相手になるだろう。

 

 トップスピードのまま、バウ・エーデルは宇宙を駆け抜けて行くとプロトデルタにビームライフルを向け発射した。

 撃たれたライセイは冷静に射線を見極めてバーニアを噴射する。

 こちらも無駄の無い回避であった。

 ギルロードは自身の胸が高鳴るのを感じ、声を上げて笑う。

 

「良いぞ! もっと動いて見せろ!」

 

 バウ・エーデルはビームライフルを2射すると、プロトデルタも応戦のためビームを1発返した。

 一歩も引かない両者の間に、シンリーのジムⅢが入り込む。

 

「ライセイ少尉、援護します!」

 

「駄目だ! シンリー曹長!」

 

 ジムⅢから放たれたビームがバウ・エーデルへと走る。

 だが、そのビームはバウ・エーデルを捉えることはできず、虚空に消えた。

 シンリーの横槍に反応したのはギルロードだ。

 

「邪魔だ! 雑魚め!」

 

 減速知らずのバウ・エーデルはビームサーベルを引き抜くと、シンリーのジムⅢに直進する。

 バウ・エーデルの速度についていけていないシンリーは、慌ててシールドを構えた。

 ビームサーベルの一振がジムⅢのシールドを真っ二つに切り裂く。そして、駆け抜けざまに体を蹴られるジムⅢ。

 

 姿勢の制御を失ったジムⅢは、バーニアを必死に噴射し体勢を整えようとした。

 そんなジムⅢにAMBACで振り返ったバウ・エーデルのビームライフルが向けられる。

 シンリーの目に銃口が映ると目を閉じた。そのとき横からの衝撃によって、体を揺さぶられる。

 

 次の瞬間、爆発の光が見えた。

 モニターに映ったのは、片腕を失ったプロトデルタだ。

 ジムⅢを庇ったプロトデルタは、ビームライフルを撃ってバウ・エーデルを牽制した。

 

「ライセイ少尉!」

 

「下がって! こいつはやばい!」

 

「了解です」

 

 後退するジムⅢとバトンタッチするように、リックディアスⅡがプロトデルタの傍に回った。

 

「無事か?」

 

「腕をやられましたが、行けます」

 

「無理はするな。やつの相手は俺がする」

 

 リックディアスⅡの2連装メガビームガンから、極太のビームが撃ち出された。

 戦艦の主砲クラスのビームに流石のギルロードも顔色を変え必死に回避行動を取る。

 バウ・エーデルはビームの直撃は避けたが、余波によって足の装甲を焼かれていた。

 

 モニターに足の損傷を訴える警告の表示がされると、ギルロードの表情が険しくなる

 

「やるな! エゥーゴ!」

 

 不調を訴える体に更にムチを振るうように加速したバウ・エーデル。

 遠距離では分が悪いと判断したギルロードはビームサーベルによる接近戦を試みるが、クラウスは離れた距離を維持しようと動き回る。

 だが、バウ・エーデルの推力の方が上だった。徐々に距離が縮まっていく。

 

 バウ・エーデルがリックディアスⅡを捉えた。応戦を余儀なくされたかに見えたリックディアスⅡの脇をビームが抜けていく。

 すんでのところで反応したバウ・エーデルだが、避けきれず腰のサイドスカートを貫かれた。

 爆発によって姿勢を崩すバウ・エーデル。

 

「くそっ!」

 

 苛立ったギルロードは、リックディアスⅡの影から見えるネモⅢに憎しみの視線を向けた。

 クラウスとリュートの連携プレーによって、バウ・エーデルに手傷を負わせたのだ。

 

「絶対に殺す!」

 

 ギルロードの怒りが頂点に達した。

 



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遠吠え

 バウ・エーデルのスラスターが一際輝く。

 強烈な加速でリックディアスⅡへと迫るが、その動きを制するようにネモⅢがビームキャノンを発射した。

 回避せざるを得ない状況にギルロードは舌打ちをする。

 

 ネモⅢの牽制が厄介であった。出鼻をくじくような、いやらしいタイミングを狙ってくる。

 落としたくなるが、無理をすればあの極大なビームに襲われる可能性が高い。

 リックディアスⅡの2連装メガビームガンは脅威だが、取り回しが悪いのは見て取れた。

 

 距離を詰めて戦えば、あのビームを活かすことができなくなる。

 分かってはいるが、リックディアスⅡとネモⅢの連携によって近づけない。

 苛立ちが募るギルロードの表情が険しくなった。

 

「邪魔だ!」

 

 堪えきれずネモⅢに向けビームを放ったギルロード。それを待っていたかのように、リックディアスⅡの2連装メガビームガンが火を噴いた。

 

「ちっ!」

 

 宇宙を切り裂くような2筋のビームが、バウ・エーデルの左手をかすった。

 だが、圧倒的な熱量によって、かすり傷に留まることなく左手の半分が溶解する。

 バウ・エーデルの手にしたビームサーベルが誘爆し、左手から大きな火花が飛び散った。

 

 コクピットのモニターに警告の表示がいくつも浮かぶ。

 押されるギルロードに余裕は残されていなかった。リックディアスⅡのパイロットの技量の高さもあるが、あのネモⅢも侮れない。

 単体であれば、負ける相手ではない。ギルロードがギリッと歯を食いしばる。

 

 武器は右手に持つビームライフルしか残っていなかった。

 接近戦を仕掛けるならば、ビームライフルを手放さなければならない。

 だが、それは自殺行為だ。射撃武器を捨てて戦えるほど、甘い相手ではあるまい。

 

 ジリジリと袋小路に追いやられる感覚を覚えたギルロードに通信が入る。

 

「ギル! 下がってください!」

 

「姉さんか!?」

 

 バウ・エーデルの後方より飛来するのは、MA形態のガ・ゾウムとガザD2機だ。

 リックディアスⅡとネモⅢにビームを放ちながら、接近する3機に援護されたバウ・エーデルはスラスターを噴射し、リックディアスⅡに肉薄する。

 

 3機の援護を回避しながら応戦することはクラウスにはできなかった。

 猛進するバウ・エーデルに2連装メガビームガンを向けている暇はない。

 クラウスはビームサーベルを選択し、接近戦に備える。

 

 バウ・エーデルも接近戦を仕掛けるのか。ギリギリまで見定めたクラウスは、バウ・エーデルの特攻をいなし、背後から撃つことを選択した。

 リックディアスⅡの脇を抜けていくバウ・エーデルは、ビームライフルの銃口を直線上に向ける。

 ギルロードの口元に愉悦の笑みが浮かぶ。

 

 銃口の先にはリックディアスⅡの影にいたネモⅢ。

 ネモⅢの視線からではリックディアスⅡとバウ・エーデルが重なってしまい、突進に対応するのが遅れていたのだ。

 バウ・エーデルのビームライフルから放たれたビームがネモⅢのコクピットを貫いた。

 

 パイロットであるリュートは一瞬で蒸発し、ネモⅢは爆散。宙に浮かぶ残骸と化す。

 

「リュート!」

 

 クラウスが叫んだ。自分の判断ミスだ。敵の動きを注視しすぎて、後方のことが見えていなかった。

 後悔の念がクラウスの判断を鈍らせていく。怒りに突き動かされるように駆け抜けていったバウ・エーデルに向け、2連装メガビームガンを発射した。

 だが、加速がついたバウ・エーデルを捉えることはできず、逆に背中をガ・ゾウムとガザDに晒してしまう。

 

 ガザDの1機がMS形態に変形し、ビームサーベルを抜き放つ。

 絶体絶命のクラウスは目を見開き、息を飲んだ。

 

「クラウス大尉!」

 

 リックディアスⅡに切りかかる、ガザDの横っ腹にビームが突き刺さった。

 ビームを放ったのは片腕のプロトデルタだ。

 後方に控えているジムⅢ3機も、残るガ・ゾウムとガザDにビームを撃った。

 

 倍の数の相手からの射撃に、たまらず後方に下がったガ・ゾウムのセティはギルロードに通信を入れる。

 

「ギル、引きましょう。こっちが不利です」

 

「くっ! 仕方がないか……」

 

 ガ・ゾウムとガザDは大きく旋回してライセイ達の射撃を躱すと、そのまま母艦のクレイトスへと向かった。

 すでにバウ・エーデルも戦場から離れており、残されたアヴァロンMS隊はその後ろ姿を見ることしかできない。

 クレイトスの砲撃を避けるため、ライセイは後退の提案をクラウスにしようとした瞬間、リックディアスⅡがクレイトスに向け、2連装メガビームガンを撃った。

 

 だが、それは負け犬の遠吠えのように、虚しく宙に消えていく。

 

「帰投する」

 

 普段と変わらない冷静な声音をしているが、それがライセイにとっては逆に不安であった。

 帰らぬ人となったリュート。まだ現実味がない。アヴァロンに戻れば、また会えるのではないかとライセイは思ってしまう。

 失ったものの重さを知るのは、まだ先であった。

 



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宙を行く

 リュートの葬儀は略式のものとなった。

 任務中であるから仕方の無いことではあるが、ネモⅢの残骸の回収を早々に切り上げたのにはライセイも腹が立った。

 任務を優先するのも分かるが、仲間が死んだのだ。探せば何かしら遺品が見つかるかもしれない。

 

 それなのに、フォルストはグリプスへ向かうため艦を進めた。

 理解はできるが納得にまでは至らないのは、他のMS隊メンバーも同じのようだ。

 クラウスは不満を漏らさず努めて冷静にしているが、時折見せる暗い表情からリュートを失った悲しみに苛まれているのは間違いなかった。

 

 同僚を失うのは初めてではない。だが、慣れるものでもない。

 空のMSハンガーを見ては、そこにあったネモⅢが思い浮かぶ。

 冷静な人だった。無理はしないし、指示通りにこなせる技量の持ち主だった。

 共にチームを組んだ時には、背中を任せるに値する人物だと思えた。

 

 そんな人を失ったのだ。ライセイは自分の顔が悲しみで歪むのが分かり、MSデッキを後にした。

 ライセイは談話室へと入り、飲み物を取ろうとドリンクボックスを開ける。

 すると、別の手が伸びてボトルを2つ取って、そのうちの1本がライセイの前に差し出された。

 

 ドリンクを差し出したのはネージュだ。ライセイに向けて、優しい笑みを浮かべている。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう」

 

 ライセイはドリンクを受け取ると、ソファに座った。その隣にネージュが座る。

 

「怒ってる?」

 

「えっ?」

 

 思わぬ問いかけに、戸惑うライセイ。

 

「怒ってるって?」

 

「パパのこと。リュートさんのことを置いていったから」

 

 リュートのことを置いていく。

 それは、まだ宇宙を漂うネモⅢの残骸に宿るリュートの魂を思っての言葉なのだろうか。

 ライセイは首を横に振った。

 

「怒ってるわけじゃないよ。ただ、悲しいんだ。仲間が死んだのに、何もしてやれないのが」

 

「もしもだけどね。私が死んだときだけど……。悲しまないでほしいな」

 

「えっ? どうして? 悲しむに決まってるよ?」

 

「ううん。笑って生きてほしいの。悲しんでくれるのは嬉しいけど、悲しんだ顔を見るのは辛いから。だから、笑って長生きしてほしい」

 

 ネージュの言葉を聞き、以前ゲイルがダンに掛けた言葉を思い出した。

 死んだやつにしてやれることは、生き続けることだと。

 後ろを見るのではなく、前を見て生きる。失った人への思いに囚われず、前に進め。

 

 ゲイルが言いたかったのは、こういうことではないだろうか。

 少なくともダンとシマンは前を向いて歩み始めた。それに比べて自分はどうだ。

 何もできなかった無力さと悲しみに囚われて、前なんて向いていない。

 

 そんな姿を見て、リュートはどう思うだろうか。

 想像してみるが普段の寡黙な表情が浮かぶだけで何も答えてはくれない。

 いや、死者に答えを求めているようでは駄目だ。どう生きるか。どうしたら、死者に恥じない生き方ができるのか。

 

 それは今の自分にできることを、全うすることだ。

 アヴァロンMS隊を、これ以上を失わせない。仲間を守れるように強くなってみせる。

 ライセイは自分の答えを見出した。

 

「ネージュ、僕は生きるよ。一生懸命に。もっと強くなって皆を守れるようになる」

 

「皆の中には私も含まれてる?」

 

「当然。ネージュのことも守ってみせるよ」

 

 ライセイが爽やかな笑みを見せて言うと、ネージュはくすりと笑った。

 

「ライセイって、恥ずかしげもなく、そんなこと言うんだ」

 

 指摘されたライセイは、自分の発言を思い返し顔を赤くする。

 

「いや、だって、ほら。仲間だからさ」

 

「ふふっ。でも、嬉しいなぁ。そんな風には言ってくれて。私が仲間かぁ……」

 

 遠い目をしたネージュを見て、ライセイは言葉を失った。

 それは、その横顔が儚くて、とても美しかったからだ。触れたら壊れそうなガラス細工。

 今のネージュを見て、そう思った。

 

 ふと我に返ったライセイが慌てて言う。

 

「ネージュ、あんまり僕のことを、からかわないでほしいなぁ」

 

「ごめんね。でも、嬉しいのは本当だから。じゃあ、私は仕事に戻るね」

 

 そう言うとソファから立ち上がる。仕事を抜け出してきたのか。

 ライセイはネージュに確認しようとしたが、喉の手前で止めた。

 きっと落ち込んでいた自分を元気づけようとして来てくれたのだろう。

 

 今、ネージュに言うべき言葉ではない。今、言えるのは。

 

「ありがとう、ネージュ。僕、頑張るから」

 

 ライセイは言うと握り拳を高々と上げる。それを見たネージュは微笑みを浮かべて手を小さく振ると、談話室を後にした。

 死者に恥じない生き方。今、自分がすべきことをやり遂げるために、ライセイはMSデッキにあるシミュレーターに向かった。

 

 

 ムサイ級巡洋艦クレイトスに帰投したギルロードは、バウ・エーデルを降りるや否や自室へと戻っていった。

 セティはその背中を追いかけ、ギルロードの部屋に入る。

 そこには、ベッドに腰掛けて項垂れるギルロードがいた。セティはその隣に座る。

 

 カタカタと震えるギルロードの表情は形容し難いものであった。

 思った以上の手傷を負わされたことによる屈辱で、精神が不安定になっているのだ。

 普通の人間でも心に傷がつくことが、強化人間であるギルロードにとってより深い傷になっているのであろう。

 

 更に完璧思考の強い性格も追い打ちになっていると思われた。

 感情のコントロールが上手くできないギルロードの肩をセティはそっと抱く。

 

「ギル、大丈夫ですよ。あなたを責めたりしません。私はあなたの味方なのですから」

 

「ねえ……さん……」

 

「ええ、私はここにいますよ。あなたの傍にずっと」

 

「ねえさん……。ねえさん……」

 

 徐々に落ち着きを取り戻すギルロードの体をそっと傾けて、胸の前でギュッと抱きしめた。

 ギルロードの手がセティの手に触れる。弱々しく握ってくる手を見て、セティは思う。

 

 愛おしい、と。

 



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偵察任務

 廃棄されたコロニーであるグリプスに到着したアヴァロンからMS隊が発進する。

 修理の終わったプロトデルタでの出撃となったライセイは、ジムⅢのシンリーを連れてグリプス周辺の偵察の任務を行っていた。

 戦争の名残であるMSや戦艦の残骸が宙を漂っており、ミノフスキー粒子の濃度も高くアヴァロンとの通信はすでにできなくなっている。

 

 シンリーのジムⅢの肩にプロトデルタが手を乗せた。

 

「シンリー、僕から離れないようにね。何か見えたら、すぐに教えて」

 

「はい! 了解です!」

 

 まだ緊張をしているのか、声に力が入っている。

 偵察任務とはいえ、何があるか分からないので緊張するのは仕方がない。少しでも緊張を緩めるためにライセイは言う。

 

「もし敵が」

 

「敵っ!?」

 

 慌てて周囲を警戒し始めたシンリー。ライセイは急いで否定をする。

 

「違う違う。もし敵が来たらの話」

 

「す、すみません。私、まだ緊張してまして」

 

「して当然だよ。僕だって、最初の頃は酷かったんだから」

 

 ライセイが軽く笑うと、シンリーが不思議そうに問いかけた。

 

「ライセイ少尉が、ですか?」

 

「そうだよ。僕の初陣なんて逃げることしかできなかったんだから。でも、シンリーはちゃんと戦えてたじゃない。だから、僕より優秀だよ」

 

「私は……。優秀なんかではありません」

 

 声のトーンが低くなった。気落ちしたようにシンリーが言う。

 

「訓練や練習では上手くできるんです。でも、本番に弱くて……」

 

「そっか。本番は緊張するから、思う様に力が出せないことってあるもんね。そうだ、シンリー良いこと教えるよ」

 

「良いこと、ですか?」

 

「そう、戦いで緊張しないコツ」

 

 ライセイは少しもったいぶると、声を渋いものに変えて言う。

 

「敵を嫌いな上官と思え。ってね」

 

「上官ですか?」

 

「そう。昔、一緒に訓練していた人から教えてもらったんだ。嫌いな上官っているでしょ? 敵をその人だと思って撃つんだよ」

 

「ライセイ少尉にも嫌いな上官がいたんですか?」

 

「いたよ。すごい怖くて、厳しくて、うるさかった。あんなに嫌いな人、早々いないよ」

 

 笑って言うと、シンリーも少し笑った。

 

「意外です。ライセイ少尉は優しそうだから、人を嫌わないと思っていました」

 

「そんなことないって。そこまでお人好しじゃないよ」

 

「そうなんですか? 結構、人からからかわれたりとかしませんか?」

 

「うっ!?」

 

 痛いところを突かれたライセイは、返事に詰まった。

 普段はダンからからかわれているし、アオイからも時々ある。最近はネージュからも受けたので、いじられやすい性格をしているのは間違いない。

 

「そ、そんなことないんじゃないかなぁ」

 

「そうでしょうか? 図星なんじゃないんですか?」

 

 ぎくりとしたライセイは、また返事に窮してしまう。

 返す言葉を模索していると、シンリーの笑い声が聞こえた。

 

「分かりやすい方なんですね、ライセイ少尉は」

 

「やめてよね、からかうの」

 

「分かっていますよ。でも、しない保証はないですね」

 

 楽しそうに言ったシンリーに対し、不満そうにライセイは言う。

 

「一応、先輩だからね?」

 

「はい。心得ております」

 

「まったくもう」

 

 そういうと、どちらともなく笑い声を上げた。

 任務中であることを忘れているような会話をした2人は、グリプスの外周を一回りする。

 シンリーのジムⅢの動きから固さが抜けたような気がした。

 

 ライセイとの会話で余計な力が抜けたのだろう。

 シンリーの訓練成績は上々のものなので、力を発揮できれば味方として心強い。

 こうやって人のメンタルをケアするのは初めてであった。普段はゲイルやダンが気にかけてくれていたことを思い出す。

 

 周りから助けられて生き抜いてこれたのだと、妙に感慨深く思うライセイはふと視線をグリプス内に向けた。

 一瞬だけ、何かが光る。太陽の光が反射したのか。浮かんだ疑念を晴らすために、ライセイはシンリーに言う。

 

「シンリー、何かが見えた気がする。ちょっとコロニーの中に入ろう」

 

「了解!」

 

 スラスターの角度を変えてコロニー内に入ったプロトデルタとジムⅢ。

 回転の止まったコロニー内は無重力状態である。眼下には街並みや工場がいくつも並んでおり、人の営みの形跡があった。

 

 2機はそのまま飛翔して行くと、いくつもビルが並び立つ区画に入った。

 先ほどの光はこの辺りであった気が。ライセイの視線は1つのビルとビルの間に向いた。

 そこから、にゅっと伸び出た何か。それが何かを考える前に、ライセイは声を上げると共にプロトデルタを上昇させた。

 

「シンリー、避けろ!」

 

 ビルの間から伸び出た何かから、吐き出されたのは銃弾であった。

 ガトリングガンが唸りを上げながら、プロトデルタ目掛けて銃弾を大量に放つ。

 高度を上げたライセイが見たのは、ビルの陰に隠れていたMSであった。

 

「バーザム?」

 

 そこにはティターンズ製のMSバーザムが、長銃身のガトリングガンを腰だめに構えている姿があった。

 



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かつての栄光

 アヴァロンがグリプス宙域に到着した同時刻、人気のないグリプス工廠にある研究所で濃紺の宇宙服を着用した者達が室内のものをあさっていた。

 彼らはデスクやロッカー、棚などあらゆるものを物色し、値打ちがないと判断したものは放り捨てている。

 めぼしいものがないと分かると別の部屋に行き、同じように室内を荒らしまわった。

 

「ちっ。研究所なんかに金目のものはないか」

 

 1人の男が言うと、鍵の掛かった引き出しにバールを突っ込んでこじ開ける男が同調した。

 

「まったくだな。あっても事務用品かよく分からん資料だけだからな。おい、バリー。なんかあったか?」

 

 バリーと呼ばれた男は、手際よく引き出しを開けながら言う。

 

「ないな。研究所が閉鎖されて長い。目ぼしいものは残っていないだろう」

 

「仕方ねぇ。あれが見つかっただけマシだと思うか。あ~あ、ティターンズに入ったら人生バラ色かと思っていたのによぉ。今じゃ、火事場泥棒かよ」

 

「ジェイムス、それぐらいにしろ。過去のことを言っても仕方がない。俺達は生き残るんだ。あれを持っていけば、まとまった金になる。そうしたら、身分を偽って人生がやり直せるんだ」

 

 目を向けることなく言ったバリーの言葉に、ジェイムスは肩をすくめる。

 ティターンズは地球連邦軍の中でもエリートのみが入れる部隊だった。それも地球生まれの者達だけで構成された特権階級者の集まりでもある。

 地球から追い出されたスペースノイドとは違うのだという価値観を植え付けられたティターンズの者達は、エゥーゴによって壊滅させられた。

 

 だが、生き残りも少ないながらいる。バリー達はグリプス戦役の生き残りであった。

 幸いグリプス戦役直後はエゥーゴが疲弊していたこともあり、ティターンズの残党は追撃を受けずに難を逃れたのだ。

 命からがら逃げ伸びた者達に待っていたのは、ティターンズ出身者への厳しい軍事裁判であった。

 

 ただ上の命令に従っただけの者達が次々と厳罰に処されていく様を伝え聞いたバリー達には投降するという選択肢はなかった。

 一部の者達はネオジオンに降ったという情報も聞いたが、スペースノイドを迫害した者が今更どの面下げてお願いするのだ。

 生き残りで話し合った結果が、ティターンズに残されている金目の物を奪おうというものだった。

 

 その案を提示した者はティターンズの技術部門に所属しており、グリプス戦役末期にグリプス工廠で密かに製造されていた試作MSを見たと言ったのだ。

 試作MSであれば、いい値がつくのではないか。それを売った金で別の人生を送るため、危険を冒してグリプスまで来たのだった。

 

「しかし、まさか2機もあるとはなぁ」

 

 ジェイムスがロッカーをこじ開けながら言う。

 

「どっちもほぼ完成状態とか、俺達ってツイてるな?」

 

「ああ。あとは起動して持ち去るだけだ。予定通りなら、今日中には動かせると聞いたが」

 

「らしいな。1機は俺が乗ることで決まりだな」

 

 自分を指さしたジェイムスが得意げな顔を見せると、バリーは呆れるように言う。

 

「聞いていないのか? あれにはサイコマシーン用のシステムが組み込まれていると」

 

「サイコマシーン? なんだそれ?」

 

「ニュータイプ用。いや、強化人間用と言ってもいい。ただの人間には手に負えない代物だとさ」

 

「げぇ~。じゃあ、あいつを乗せるのか?」

 

 露骨に嫌がるジェイムスは続ける。

 

「てか、あいつ使えんのか?」

 

「命令をすれば素直に従うからな。MSの操縦についても訓練済みらしい」

 

「ちっ。ニュータイプとか強化人間とかやべぇ奴しか乗れねぇMSには興味がないぜ」

 

「愚痴るな。それだけ希少価値のあるMSということだ。さて、ここは切り上げるとしよう」

 

 物色を終えた者達が部屋を出たとき、宇宙服の男が慌てた様子で近づいてくる。

 

「た、大変です! エゥーゴと思われる艦が、グリプスに近づいてきていると」

 

 男の言葉に反応したのはジェイムスだった。

 

「んだと!? なんでエゥーゴが!?」

 

「分かりません! 見張りの話では、アーガマ級だということでした」

 

「アーガマだと?」

 

 バリーの片方の眉がピクリと動いた。険しい表情で言う。

 

「ジェイムス、すぐにMSに乗るぞ」

 

「おい、エゥーゴとやり合うってのか? こっちは2機しかないんだぞ?」

 

「あれに奴を乗せればいい。そうしたら、やれないことはない。上手くやれば、アーガマを奪えるかもしれん」

 

「へへっ、なるほど。おい! 整備班に伝えとけ! すぐにあれを動かせってな」

 

 ジェイムスが大声で伝えると、男は敬礼をして去っていった。

 男が去っていった方向とは逆の方に、バリーとジェイムスは向かう。

 研究所を後にすると、2人は建物の陰に隠すように置いているマラサイとバーザムに乗り込んだ。

 

 バリーの乗機はマラサイで、ジェイムスはバーザムであった。

 マラサイは銃身の長いビームライフルであるフェダーインライフルを持っており、バーザムは大型のガトリングガンを手にしていた。

 2機は同時に飛びあがると、ビルの立ち並ぶ一角へと向かう。

 

「ジェイムス、あそこで待ち構えるぞ」

 

「OKだ。見てろよ、エゥーゴめ」

 

 ビルの陰に身をひそめる、マラサイとバーザム。その時、グリプスの外を飛ぶ光が2つ見えた。

 声を潜めたバリーが言う。

 

「2機だな。仕掛けるか?」

 

「いや、数が少なすぎる。まだやる時ではない」

 

「そんなこと言ってたら、囲まれるかも知れねぇだろ?」

 

 2人が会話をした直後、グリプス内に侵入するMSが2機。ライセイのプロトデルタと、シンリーのジムⅢだ。

 ジェイムスはバリーとの会話を切り上げ、ビルとビルの隙間から2機の動きに注目する。

 

「おい、ジェイムス」

 

 止めるバリー。迫るプロトデルタに狙いを定めたバリーは、バーザムのガトリングガンを掃射した。

 マズルフラッシュの輝きが、彼らの儚い栄光の光のように見えた。

 



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ティターンズの亡霊

 ガトリングガンから大量の銃弾がばら撒かれるが、ライセイの反応が一枚上手であった。プロトデルタは銃弾を避けて飛ぶ。

 

「くそったれ!」

 

 毒づくジェイムスは、ビルの陰から姿を見せ、次はシンリーのジムⅢに目をつける。

 

「落ちろや!」

 

 再び火を噴いたガトリングガン。銃弾を必死で避けるジムⅢだが、射線は確実に迫っていた。

 そのとき、上空から一筋のビームが放たれ、銃弾を吐き出していたガトリングガンを貫いた。

 爆発するガトリングガン。ビームを撃ったのは回避行動を取りながら感覚で銃口を向けたプロトデルタであった。

 

「シンリー、大丈夫!?」

 

 ライセイは問いかけた。瞬間、ぞっとするものを感じ、思わずスラスターを噴射する。

 その刹那、プロトデルタのすぐ横をビームが抜けていった。発射したのはマラサイのフェダーインライフルだ。

 

「外したか」

 

 バリーは冷静だった。すぐさま、ビルの陰から飛び出して、別のビルの陰に身をひそめる。

 同じようにビルの陰に隠れたバーザムに乗るジェイムスに言う。

 

「ジェイムス、無事か?」

 

「ああ。クソッタレめ。お気に入りをよくも壊しやがったな」

 

 バーザムは腰に取り付けていたマシンガンを手にする。

 火力はガトリングガンと比べて格段に落ちるが、ないよりはマシであった。

 ジェイムスはビルの陰から上空を伺う。

 

 上空ではライセイがビームの発射位置から、敵の潜んでいる場所を特定しつつあった。

 離れてしまったシンリーの傍までプロトデルタを飛ばす。

 ジムⅢの盾になるようにピタリとついたライセイは言う。

 

「敵は少なくとも2機。1機のガトリングガンは壊したけど、もう1機のビームが厄介そうだ」

 

「では、どうしますか?」

 

「僕が引きつけるよ。敵が動いたら撃って。大丈夫、シンリーならできるから」

 

「分かりました。お気をつけて」

 

 ライセイはジムⅢから離れると、ビルの並ぶ一角にビームを発射した。

 ビームに貫かれ、崩れ落ちるビルの陰から飛び出たのはバーザムだ。

 マシンガンを構えると、プロトデルタ目掛けて撃つ。

 

 敵の動きを予測していたライセイは、銃弾を回避しつつビームライフルを向ける。

 単調な動きだ。そう思ったとき、ライセイの直感が警鐘を鳴らした。

 慌ててスラスターを瞬かせると、プロトデルタがいた空間をビームが貫く。

 

 射手はビルの陰に隠れたマラサイであった。回避したプロトデルタに向け、更にビームを撃つ。

 バーニアを噴かして少ない動きで避けるプロトデルタ。

 撃ったビームがかすりもしないことに、バリーは表情を渋くさせる。

 

 プロトデルタの次の動きを予測しビームを再度発射するが、それをひらりと躱すだけでなく、ビームライフルで反撃をされた。

 慌てて飛び退いたマラサイを、プロトデルタのビームが追う。

 右足の傍をビームが掠めると、バリーに焦りが生じた。

 

 ティターンズであったバリーとジェイムスは、パイロットとしてエリートである。

 機体の性能差があったとしても早々引けは取らないはずだ。だが、ライセイの成長は著しいものであり、すでにエースパイロットとしての技量は有している。

 じわりじわりと追い詰められたバリーがジェイムスに言う。

 

「ジェイムス! 援護を頼む!」

 

「任せろ!」

 

 応じたジェイムスは、シンリーのジムⅢにマシンガンを発射する。

 撃ちかけられた銃弾をジムⅢはシールドで防ぎながら距離を取ってビームライフルで反撃をした。

 しかし、回避行動を取りながらの反撃ではまともに狙いが定まっていない。ジェイムスはビームに臆することなく、マシンガンを打ち続ける。

 

 ジムⅢが防御のためにシールドで身を完全に隠したとき、ジェイムスはにやりと笑い、バーザムの腰にぶら下げていたハンドグレネードを投擲した。

 ハンドグレネードは一直線に飛ぶと、ジムⅢの頭上で爆発する。

 

「きゃあっ!」

 

 突然の爆発に悲鳴を上げるシンリー。機体に深い損傷は受けてはいないが、爆発の衝撃でカメラがダメージを負ったようで、モニターが一部ブラックアウトしてしまった。

 亀のように防御に徹したジムⅢを捨て置いて、ジェイムスのバーザムはプロトデルタに向け飛翔する。

 ビームサーベルを握ったバーザムは、プロトデルタの真後ろに位置しており、絶好のタイミングであった。

 

「もらったぁ!」

 

 バーザムがビームサーベルが振り上げた瞬間、プロトデルタが振り返りざまビームライフルを向ける。

 目を見開いたジェイムスの瞳に映ったのは眩いビーム光だった。

 コクピットを射抜かれたバーザムは爆散する。

 

「ジェイムス!」

 

 バリーの慟哭が響く。

 バーザムを落としたライセイは続けてマラサイにビームを発射した。放たれたビームはマラサイの左肩をえぐると爆発を起こす。

 左手を失ったマラサイは、片腕で照準の定まらないフェダーインライフルを構えて撃つ。

 

 必死の一撃はプロトデルタを捉えることはできなかった。バリーとは逆に、しっかりと狙いを定めたライセイはビームライフルを発射する。

 銃口から吐き出されたビームはマラサイの胸部を貫通した。爆炎を上げるマラサイは、その後四散した。

 

 瞬く間に2機を撃墜したライセイは汗が噴き出るのを感じ、ヘルメットのバイザーを上げる。

 危なかった。バーザムの気配を感じなければ、落とされていたのは自分だったかもしれない。

 ライセイは研ぎ澄まされていく自分の感覚に、少しだけ違和感を覚えた。

 

 どうして、敵の気配を捉えることができたのか。偶々そういうこともあるのかもしれないが、妙に生々しくハッキリとした気配だった。

 自分の中の変化を感じ取っていると、シンリーから通信が入る。

 

「ライセイ少尉、ご無事ですか?」

 

「こっちは大丈夫。シンリーも無事?」

 

「はい、おかげさまで。さすがはライセイ少尉ですね。1人で2機をほぼ同時に」

 

「偶々だよ。他に敵がいるかもしれない。警戒しないと」

 

 そう言った瞬間、ライセイは強烈なプレッシャーを肌で感じた。

 何かが来る。凶暴な悪意を持った何かが迫ってきている。

 ライセイが視線を向けた先には工場の建屋があったが、直後に地面から幾筋もの伸びる光によって蒸発した。

 

 ビームの光だ。建屋の下から姿を見せたのは、濃紺色のMSであった。

 だが、データベースで見たことのない姿をしている。ガンダムフェイスに近い顔立ちをしているがモノアイで、額の左右から獣の耳のように伸びるアンテナが特徴的であった。

 次に目を引くものが大型のバックパックを背負っていることだ。MSの全長ほどはあるバックパックは2つに分かれると、肩の上で巨大な腕へと変化した。

 

 異形な腕を生やしたMSのモノアイが怪しく光ると、巨大な手の指先にビームが収束される。

 放たれるビームがグリプス内の建物を焼き払った。

 獣の咆哮のようにビームを撃ち続けたMSのモノアイが、ライセイ達に向く。

 

 MSの名はヴェアヴォルフ。人の形をした獰猛な獣が牙を剥き、ライセイ達に襲い掛かる。

 



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人狼

 ヴェアヴォルフの巨腕がライセイのプロトデルタに向くと、指先にビーム光が宿る。

 先ほど街並みを破壊しつくしたビームの威力を目の当たりにしたライセイは、すぐにプロトデルタのスラスターを煌めかせて回避行動に移った。

 指先から放たれたビームは指一本につき一筋のビームではなく、複数本のビーム。

 

 ビームの雨がプロトデルタに襲い来る。スラスターとバーニアを駆使し、かろうじてビームを避け切ったライセイはビームライフルを構えると発射した。

 撃ちだされたビームは攻撃を終えて硬直したヴェアヴォルフに直進する。捉えた。だが、ライセイは次の瞬間、顔色を変えた。

 ヴェアヴォルフが大きな手をビームに向け伸ばすと、直撃コースだったビームが目の前で消滅する。

 

 見えない壁によって消えてしまったビームを見て、ライセイの頭の中で1つの言葉が蘇った。

 

「Iフィールドだって!?」

 

 Iフィールドはミノフスキー粒子を用いたバリアーの一種で、ビームなどの粒子兵器を偏向、拡散させることで無力化するものだ。

 巨大MSやMAに搭載されることが多いIフィールドをMSサイズで搭載しているヴェアヴォルフにライセイは戦慄した。

 ビームを無効化したヴェアヴォルフはスラスターを噴射させ、プロトデルタへと迫る。

 

 これはライセイにとっては好機であった。

 ヴェアヴォルフはその巨大な腕のせいで接近戦は不得手と思われるからだ。あの腕があっては鈍重な動きしかできないだろう。

 そう判断したライセイは距離を詰めるべく、一気に加速をした。

 

 その判断が間違いだったことをライセイは次の瞬間知ることとなる。

 ヴェアヴォルフの背中から生えていた巨腕が本体から分離して、宙に上がったのだ。

 

「ファンネル!?」

 

 10メートル以上の大きさのファンネルという規格外の武装を見たライセイは慌てて急制動を掛ける。

 ヴェアヴォルフのサイコ兵装である、ハンドファンネルから大量のビームが照射された。プロトデルタを蜂の巣にせんばかりの攻撃。

 急旋回で生じるGに歯を食いしばりながら耐えるライセイは、ビームの嵐を乗り切ったことに安堵した。

 

 その気持ちが一変する。

 巨腕という重りを失ったヴェアヴォルフがビームサーベルを引き抜いて、プロトデルタに迫っていたのだ。

 避けている暇はない。ライセイはビームサーベルで応戦することを選択し、武器を選択する。

 

 プロトデルタが抜いたビームサーベルと、ヴェアヴォルフのビームサーベルがぶつかり合い、眩い閃光が生じた。

 つばぜり合いを制すため、ライセイはパワーで押し切ろうとする。押されるヴェアヴォルフ。機体の性能自体はプロトデルタの方が上のようだ。

 一気に決める。ライセイの下した決断は、すぐに己の直感によって覆った。

 

 ライセイに対する殺気がヴェアヴォルフとは違うところから伝わってきたのだ。

 スラスターの角度を変え、するりとヴェアヴォルフの脇を抜けていったとき、ビームがプロトデルタの後ろを通過した。

 視線をビームの射手に向けると、そこには2基のハンドファンネルがスラスターを光らせながら飛んでいる。

 

 危なかった。あのままビームサーベルでのぶつかり合いを続けていたら、ビームを食らって死ぬところであった。

 ライセイの額に汗が噴き出る。再び、ハンドファンネルの指先に光が宿った。

 撃ちだされたビームのシャワーを避けるプロトデルタ。コロニー中に穴を開ける、その威力はまさに脅威であった。

 

 戦い方を決めかねるライセイに通信が入る。

 

「ライセイ少尉! 援護に回ります」

 

 シンリーのジムⅢはモニターが回復し、戦える状態となっていた。

 1機よりも2機。そうシンリーは判断したが、ライセイの考え方は違った。

 

「ダメだ! 下手に近づけば墜とされる。シンリーは、応援を呼んできて」

 

「しかし!」

 

「行くんだ! じゃないと、全滅する!」

 

 ライセイから出た全滅という言葉に、シンリーは息を呑んだ。

 エースパイロットと呼んでも過言ではないライセイが口にした言葉の重みはすごい。

 唇を噛んだシンリーは、ジムⅢのスラスターを噴かすとグリプスの外へと向かった。

 

 その光に反応したヴェアヴォルフはハンドファンネルを1基向かわせようとしたが、ライセイの接近がそれを制する。

 ハンドファンネルから降り注ぐビームを避けるプロトデルタに、ヴェアヴォルフがビームサーベルを構えて迫った。

 ビームによって退路が絞られた状況では、ライセイはビームサーベルでの応戦しか選択できない。

 

 再びぶつかり合うビームサーベル。直後にハンドファンネルから放たれるビーム。

 プロトデルタは後退し、ビームを避けるがヴェアヴォルフは追撃を仕掛けてきた。

 このままでは同じ展開になる。徐々に攻撃のタイミングが良くなっていることから、次は無事では済まないであろう。

 

 だが、ライセイにできることは限られていた。ヴェアヴォルフの斬撃を躱す余裕はない。ビームサーベルで切り結ぶしかないのだ。

 追い詰められたライセイの脳裏に浮かぶのは死という言葉だった。

 こんなところで死にたくない。死を拒絶するライセイの頭の中に1つの選択肢が浮かんだ。

 

 これしかない。生き延びるためにはこれしか。

 ライセイはプロトデルタのスラスターを噴射させ、前のめりになると、そのままウィングバインダーを射出した。

 質量弾として飛ぶウィングバインダーをまともに正面から受け止めたヴェアヴォルフは大きく弾かれる。

 

 バランスを崩したヴェアヴォルフをプロトデルタのビームが射抜いた。

 股の付け根から肩まで貫かれたヴェアヴォルフは爆発しながら、地表へと向かう。

 一瞬の判断でピンチから逆転したライセイは、肌を刺すような強い執念を感じた。

 

 浮遊するハンドファンネルはまだ動いており、ウィングバインダーを失い機動力がガタ落ちのプロトデルタに指先を向ける。

 収束するビーム光。残ったバーニアで回避できるか。疑問をすぐに否定する。絶望的だがやらない訳にはいかない。

 回避行動に移ろうとしたとき、ハンドファンネルの1基が頭上から降ってきた太い光に串刺しにされる。

 

 光の正体は、リックディアスⅡの2連装メガビームガンであった。

 残る1基はそれでもライセイに執着するように、プロトデルタ目掛けてビームを放とうとする。

 その1基には、3機のジムⅢから放たれたビームが殺到し、爆炎を上げ落ちていった。

 

 どうやら、あのIフィールドは、手の前面にしか展開できなかったようだ。

 ライセイが深く呼吸をすると、ヴェアヴォルフの落下した場所で大きな爆発が発生した。

 死の恐怖から解放されたライセイは、深呼吸をする。

 

 もう、あのプレッシャーは感じない。あの凶暴で獰猛な気配はなんだったのだろうか。

 ヴェアヴォルフから伝わってきたのは間違いないが、なぜそう感じたのか。ライセイは開花し始めている自分の才能にまだ気づいてはいなかった。

 



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白き人狼

 ヴェアヴォルフとの死闘を終えたライセイは一度アヴァロンに帰投していた。

 ウィングバインダーを失った状態ではまともに戦えないからだ。

 アヴァロン内でウィングバインダーの予備を装着していると、シンリーのジムⅢがMSデッキに戻ってきた。

 

 シンリーのジムⅢも戦闘で消耗していたからだろう。一足先に帰っていたライセイが出迎える。

 

「シンリー、お疲れ様。何かあった?」

 

「はい。グリプス内を調査中に、1隻の輸送艦が封鎖されたドッグから飛び立っていきました」

 

「それって、あのMSに乗っていた人達の仲間かな?」

 

 ライセイの質問にシンリーはこくりと頷いた。

 

「おそらくは。ですが、クラウス大尉の判断で追撃はしませんでした」

 

 クラウスは恐らく、敵の罠があるかもしれないと踏んだのだろう。

 無理に危険を犯す必要は無い。ライセイもクラウスの考えを支持した。

 

「それで良かったと思うよ。無駄な戦いは避けたいしね」

 

「そうですね。今、クラウス大尉達はグリプスを見張っていますので、準備が整ったら探索に向かいましょう」

 

「分かった。探し物が見つかると良いけど」

 

 ライセイは先程戦ったヴェアヴォルフを思い出した。あれが戦争に投入されたら大きな損害が出たのは間違いない。

 見たことがないMSだったことから試作MSの可能性が高いが、そうであれば目的の物を手にはできないことになる。

 ネオジオンに渡さないことが目的でもあるので、それなりの結果ではあるが。

 

 思案するライセイを乗せたアヴァロンは、グリプスのドッグに接舷した。

 

 ◇

 

 グリプス内での戦闘から、数時間が経った。

 今、ライセイ達の前には、先程戦ったヴェアヴォルフと同型機がMSハンガーに収まっている。

 違うのは色だ。戦ったのは濃紺色だったが、この機体は白を基調としたものであった。

 

 MSを見上げるライセイが言う。

 

「さっきのMSと同じだ。もう1機あったなんて」

 

 ライセイの呟きに答えたのはクラウスだ。

 

「そのようだな。だが、ここを調べてみたが、あの巨大な腕の兵装は見つからなかった。あれはどうやら1機分だけだったようだな」

 

「では、目的は一応、達成でしょうか?」

 

「十分に達成だ。こっちに来てくれ」

 

 そう言うと、クラウスはMSハンガーとは別のエリアに向かう。

 後をついて行ったライセイは、そこでMSよりも大きな蜂の巣のようなものを見た。

 蜂の巣に見えたのは、大小様々なコンテナを繋ぎ合わせたものである。

 

 蜂の巣を想起させる物を見たライセイは率直な疑問を投げかける。

 

「なんですか、これ?」

 

「拠点防衛用兵装、ヘカトンケイル。そう呼ばれていたようだな」

 

 手にした紙を見るクラウスは続ける。

 

「あの真ん中に空いたスペースにMSをドッキングさせて、巨大MAとして使うようだ」

 

「MAですか? じゃあ、これも目的の1つですか?」

 

「ああ。さっきのやつと同等の危険な代物だ。このままにはしておけない。我々で回収する」

 

「回収ですか?」

 

 これだけ巨大な物を回収するのは、それなりの労力がいる。

 いつネオジオンに襲われるか分からない状況で、悠長にやっていて良いのだろうか。

 

「クラウス大尉、こいつを破壊してはダメなんでしょうか?」

 

「任務の目的は回収だ。壊しては意味が無い」

 

「意味が無い?」

 

「そうだ。これは艦長命令だ。我々はそれに従う。いいな?」

 

 反論の余地を持たせない物言いに、ライセイは黙って頷いた。

 何故、そこまで回収に拘るのだろうか。疑問を持ちながらも、問うことはできなかった。

 クラウスは艦長の意図を知っているのかもしれないし、知らないかもしれないからだ。

 

「ライセイ少尉。あのMSの起動チェックをしてほしい。動かせそうなら、先に回収する」

 

「分かりました」

 

 そう言うと、ライセイは白いヴェアヴォルフのコクピットへと向かった。

 コクピットに着座をし、コンソールを叩いて機動の準備をする。

 モニター類に光が宿るのを見ていると、ライセイは違和感を覚える。

 

 周りにいる人達の気配を感じるのだ。

 モニターに映っている人だけでなく、MSの陰に回っている人達の気配も感じ取ることができた。

 自分を取り囲む気配に少し気分を悪くしたライセイは、コクピットから外に出る。

 

 すると、先程までの感覚は無くなった。

 一体、なんなのだろうか。得体のしれぬ感覚にライセイは身震いした。

 ティターンズのサイコミュ技術の粋を結集した兵器、ヴェアヴォルフ。

 

 白き人狼の目覚めは、もうすぐであった。

 



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アヴァロンを追え

 アヴァロンが月を発ってから、2週間が経とうとしていた。

 

 月面都市グラナダ近郊でのMS隊の訓練を終えたゲイルは、MSハンガーで訓練の成績を眺めていた。

 自分の成績は過去最高のものを記録しており、着実に腕前が上昇していることが見て取れる。

 個人別の成績をランキング形式のものに変更した。エゥーゴのパイロットの名前がずらりと並ぶ。

 

 ネオジオンへの反攻作戦が本格的に始動しようとしていた。

 宇宙艦隊の再編もほぼ終わり、あとはMS隊の総仕上げといったところだ。

 ゲイルは宇宙艦隊の旗艦である、アイリッシュ級巡洋艦のMS隊の一員である。

 

 同じ艦にはダンとアオイ、シマンがおり、抜群の連携を見せていた。

 普段はいがみ合うダンとアオイだが、戦闘では背中を任せあっている節がある。

 不思議な信頼関係を持つダンとアオイも訓練を終え、ゲイルの傍に来ていた。

 

 モニターに表示されるランキングを見てダンが頭を抱える。

 

「くそっ! 負けてる!」

 

 忌々しい表情を浮かべるダンの横でアオイがすまし顔をみせる。

 

「ま、こんなもんかなぁ」

 

 アオイの発言で、ダンが顔を真っ赤にする。

 

「もう一度だ!」

 

「いやよ。私、疲れたし。今日は切り上げ」

 

「はあっ!? おいおい、敵さんはそんなこと言っても許してはくれないぜ?」

 

「あら? 負けた敵がすぐに再戦できるのかしら?」

 

 更にヒートアップするダンの肩にゲイルが手を置いた。

 

「今日はもう良いだろう。明日、頑張れば良い」

 

「ったく。仕方がねぇ。明日、白黒ハッキリつけてやるからな」

 

 ビシッとアオイに指をさしたダンだが、今日はハッキリ黒であるとはゲイルは言わなかった。

 反省会を続けていると、一足先に訓練を終えていたシマンが駆け寄ってきた。

 

「ゲイル中尉、ダン中尉、アオイ少尉!」

 

「どしたぁ、シマン? 俺はすこぶる機嫌が悪いぞ?」

 

「召集が掛かりました。全員、執務室に来るようにと」

 

 シマンの言葉で、空気が張り詰めた。

 ついにこの時が来たのだ。ネオジオンとの全面戦争。

 これから始まる戦いがゲイル達の表情を険しいものにした。

 

 執務室に向かう間も言葉少なめである。

 廊下を歩くゲイルは、アヴァロンに乗るライセイのことを思い浮かべた。

 話によれば、アヴァロンは極秘任務に当たっているとの事だ。

 

 おそらくはネオジオンに対してのものだと思われる。

 ライセイとは戦場で出会えるのであろうか。無事であれば良いのだが。

 ゲイルは不安を胸に抱きながら、執務室のドアをノックする。

 

 中から招く声が聞こえると、ゲイル達は中に入った。

 執務室には2人の男がいる。1人は執務用の机の奥におり、もう1人はその机の前に立っていた。

 2人の視線を受けたゲイル達は敬礼をし名乗ろうとしたが、それを椅子に座った男が遮る。

 

「余計な話は省こう。君達、4人には特別な任務についてもらうこととなった」

 

「特別な任務とは?」

 

 ゲイルの問い掛けに答えたのは、机の前に立った男だ。

 口周りに蓄えた髭が雄々しいが、人の好さが滲みだしているのか柔和な顔立ちをしており、好感の持てる人物であった。

 髭の男が言う。

 

「アヴァロンの追跡だ」

 

「追跡? アヴァロンに何があったのですか?」

 

「分からんから追跡なのだよ」

 

「極秘任務に当たっているという話を伺っていたのですが?」

 

 髭の男が椅子に座る男に目配せをする。椅子に座った男が軽く頷くと、髭の男が続ける。

 

「あれは嘘の情報だ。訓練の為の出港との話だったが、途中で連絡が取れなくなった」

 

「では、アヴァロンは?」

 

「何をしているのか掴めていない」

 

「そんな……」

 

 ゲイルは絶句した。アヴァロンに何かがあれば、ライセイの身に危険が迫るからだ。

 嫌な想像が頭を過る中、椅子に座る男が言葉を発する。

 

「我々が一番危惧しているのは、アヴァロンがネオジオンに寝返ることだ」

 

「そんなこと、あるわけが!」

 

 否定したゲイルを髭の男が制す。

 

「ゲイル中尉、やめないか。あくまでも最悪なパターンの話をしているだけだよ」

 

「しかし」

 

「アヴァロンの艦長のフォルスト中佐は元ジオン軍人だ。エゥーゴの中には、またデュークのような離反者が出てもおかしくはないと思っている者達がいるのだよ」

 

「上層部はまだジオン出身者を疑っているのですか?」

 

「残念ながらな」

 

 髭の男が嘆かわしいというように首を左右に振った。

 エゥーゴ内ではデューク達の事件がまだ尾を引いているということだ。

 そう考えると、アヴァロンの艦長がジオン出身者ということで、亡命を画策しているのではと考えるのも仕方がないことかもしれない。

 

 だが、ゲイルにはフォルストが寝返るような人物に思えなかった。

 何か理由があって、連絡ができなくなっているだけだ。もしかしたら、ネオジオンと遭遇して隠れているだけかもしれない。

 それならば、追跡は一刻も早くすべきだ。

 

「任務はアヴァロンの追跡だけなのですか?」

 

「うむ。それ以上については、現場判断に任せるそうだ。お陰で胃に穴が開きそうだよ」

 

 軽く笑う髭の男。ゲイルは髭の男に問いかける。

 

「あなたが現場の指揮を?」

 

「そうだ。私の名はドルフ・メーメル。サラミス級巡洋艦ウイントフックの艦長だよ」

 

「では、我々は?」

 

「私の艦に乗ってもらうことになった。強者揃いと聞いているから、心強いよ。ゲイル中尉、君にはウイントフックのMS隊隊長の務めてもらう。頼んだぞ」

 

「はっ! 了解いたしました!」

 

 ゲイルにならって、ダン達も敬礼をする。

 姿を消したアヴァロン。ライセイ達を乗せてどこに行ったというのだろうか。

 不安と心配を胸にいただいたまま、アヴァロンの追跡が始まろうとしていた。

 



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追跡行

 サラミス級巡洋艦ウイントフックが月を発ったのは、ゲイル達が召集された次の日であった。

 MS隊以外の乗組員は任務前からウイントフックに乗船していたため艦内の連携は取れている。

 士気も高いようで、MSデッキ内をキビキビと動く乗組員達を見たダンが満足そうに頷いた。

 

「結構イケてる艦じゃねぇか。これなら、ネオジオンと戦っても引けは取らないな」

 

「ですね。母艦がしっかりしてるってのは、なんか安心できますよね」

 

 同調したシマンもしきりに頷く。

 確かにMSは戦場の花形とはいえ、母艦が落ちてしまえばただの鉄の棺桶にしかならない。

 帰る場所を守ることができる乗組員で艦は構成されていなければ、安心して戦うことができないのだ。

 

「シマン、お前も分かってきたな」

 

「ありがとうございます! これもダン中尉のお陰っす!」

 

 妙な上下関係のダンとシマンが楽しそうに笑う。上官と部下と言うよりは、師弟関係に近いのかもしれない。

 MSデッキに並ぶのは、ゲイルのガンダムMk-Ⅲとダンとアオイのシュツルムディアスが2機。そして、シマンのネモスナイパーだ。

 全員が使い慣れたMSにそのまま乗ることができるのは幸運である。

 

 エゥーゴ本隊の戦力を削っての追跡になるので、MSの乗り換えはあると危惧していた。

 ただ、それだけの戦力が必要になるということの裏返しであると考えると手放しでは喜べない。

 サラミス級巡洋艦としては、破格の戦力なのだ。この追跡行が危険な任務であることは間違いない。

 

 アヴァロンは今、どうしているのだろうか。

 ゲイルは度々、ライセイの顔を思い出す。もし、撃沈されていれば、そのような情報も入って来るはずだ。

 何もないのは良い便りと言えるのかもしれないが、やはり不安は尽きない。

 

「ゲイル、大丈夫?」

 

 アオイが不安そうに問いかけた。

 

「ライ君ならきっと大丈夫。それにフォルスト艦長が裏切るなんて考えすぎよ。だって、コロニー落としの時だって単艦でネオジオンの勢力圏内に入ったんだから。ネオジオンに寝返るなら、その時でも良かったはずよ」

 

「そうだな。寝返りは考えすぎだろう」

 

「そうそう。もっとポジティブに考えましょう」

 

「ああ。悪いな、いつも気を遣わせて」

 

 ゲイルの言葉にアオイが目を丸くした。

 

「えっ? 今、なんて?」

 

「いや、いつも気を遣ってもらっているからな」

 

「一応、分かってはいるんだ」

 

「何が一応なんだ?」

 

 首を傾げたゲイルを見るアオイの視線が湿ったものになった。

 

「やっぱり分かってない」

 

「ん? 何がだ?」

 

「別にいい」

 

「良くはない。気になるだろう?」

 

 アオイの好意に気づく気配がないゲイルを見たダンとシマンがニタリと笑う。

 

「何見てんのよ?」

 

 目を据わらせたアオイが言うと、わざとらしく怖がった振りを2人はする。

 

「シマンくん、怖いねぇ」

 

「ほんと怖いですねぇ、中尉~」

 

 ケラケラと笑う2人を見たアオイのこめかみに青筋が浮かんだ。

 事態を理解していないゲイルが言う。

 

「何を言ってるんだ、お前達?」

 

「気にすんな、ゲイル。お前はそのままで良い。そのまま育ってくれ」

 

「何の話か分からんが、何か嫌な感じがするな」

 

 流石のゲイルも、自分に関して何か言われている可能性に気づいたようだ。

 だが、鈍いことに変わりはなく、それ以上深くは考えなかった。

 MS隊のやり取りに、乗組員達からも笑みがこぼれる。

 

「仲が良さそうで何よりだ」

 

 声の主はドルフであった。

 敬礼をするMS隊員を見て、軽く笑う。

 

「長く艦長職をやって来たが、これだけ仲が良さそうなMS隊は初めてだ」

 

 褒め言葉にダンが照れ笑いを浮かべて言う。

 

「ありがとうございます。ただの仲良しではないところを次の出撃でお見せしますよ」

 

「それは心強いな。何があるか分からん。それこそ、ネオジオンと一戦交えるかもしれんのだ」

 

「俺達に掛かれば、そこらのネオジオンなんて目じゃないですよ」

 

「そうか。ダン中尉の昇進の日も近そうだな。ゲイル中尉、ちょっと良いかな?」

 

 手招きするドルフの傍によるゲイル。耳元に口を寄せたドルフが呟く。

 

「君は弟を撃つことができるかね?」

 

「えっ?」

 

 思わぬ言葉にゲイルは身を引きかけた。ドルフは続ける。

 

「もしもの話だ。裏切りがないとは言いきれんだろう?」

 

 ゲイルは言葉を返すことができず、固まってしまう。

 ライセイが裏切るはずがない。そんなことがあるわけが。

 口から否定の言葉を出そうとするのをドルフが遮った。

 

「私は撃てと命じる。だから、覚悟だけはしておいてほしい」

 

 そう言うと、ゲイルの肩にそっと手を乗せた。

 

「私から言えるのは、それくらいだ。あとは」

 

 ちらりと視線をアオイに向けて、再びゲイルの耳元で囁く。

 

「女性を待たせるのは、いい男のやることでは無いな」

 

 ポンッと肩を叩くと、ドルフはMSデッキを去っていった。

 ライセイを撃つ覚悟。そんなものある訳がないだろう。そもそもライセイが裏切るはずがない

 心の中で何度もそう呟いた。考えたくない想像が頭を過ぎっては、無理やり消してを繰り返す。

 

 ドルフの考える最悪のケース。それはゲイルの心を大きくかき乱した。

 



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告白

 アヴァロンのMSデッキに新たに並んだ白いヴェアヴォルフ。

 ティターンズ製のMSということもあり物珍しいのか、整備士以外の乗組員達もMSデッキに顔を見せることが多かった。

 今は何の変哲もないMSだが、乗ったときの感覚は他のMSと大きく違う。異常に感覚が敏感になるのだ。

 

 人の気配だけでなく、その人の感情が頭の中に流れ込んでくるような、他人が自分を蝕んでくるような感じがした。

 危険な代物と呼ばれているのは、何もあの巨腕や拠点防衛用の兵装だけではないのかもしれない。

 その本体であるヴェアヴォルフもまた危険な存在だとライセイは考えている。

 

 哨戒任務のため、パイロットスーツ姿でMSデッキに来たライセイは、普段見かけない顔に気づき声を掛けた。

 

「ネージュ、どうしたの?」

 

「あ、ライセイ。お疲れ様。これから、お仕事?」

 

「うん。哨戒任務だよ。ネージュはお休み?」

 

「そう。休憩時間なの」

 

 会話を交わしていると、ネージュの視線がヴェアヴォルフに向いた。

 

「この子、怖いね」

 

「怖い?」

 

「普通の子と違う。人を凶暴にする力を持っている」

 

 ネージュの言葉で、ライセイは濃紺色のヴェアヴォルフを思い出した。

 凶暴で獰猛な気配を放っていたヴェアヴォルフ。なぜ、あそこまで負の感情を発することができたのか。

 そこでふと思い出したのが、自分がヴェアヴォルフのコクピットに乗ったときの感覚であった。

 

 自分の周りの人が自分に溶け込もうとする感覚。それが非常に不快で、気持ち悪さを覚えた。

 もし、繊細な人があれに乗った場合は、精神に異常をきたすことあるかもしれないし、自分の魂を犯そうとする者に対抗するため攻撃的な行動に出る恐れもある。

 濃紺色のヴェアヴォルフのパイロットも、ライセイと同じような感覚に気が狂ってしまったのかもしれない。

 

 あの気持ち悪さを生み出すMSを2人で眺めていると、ネージュが思い出しようにポンと手を叩いた。

 

「ねぇ、今から外に行くんだよね? 私もMSに乗せてくれない?」

 

「えっ? ダメだよ。何かあったら、どうするのさ?」

 

「補助シートだってあるんでしょ? じゃあ、私、ノーマルスーツ着てくるから」

 

 そういうとネージュはさっさとMSデッキを後にした。

 残されたライセイは額に手を当て、ため息を吐く。この強引さには逆らえない自分を情けなく思っていた。

 だが、それを嫌と思っていない自分がいることも知っている。

 

 では、ネージュに対してどのような感情を抱いているのか。考えれば、答えに辿り着くのに、そう時間は掛からなかった。

 惹かれているのだ。あの優しさ。あの強引さ。ネージュを構成する全てに惹かれている。

 

「好きってことか……」

 

 急に込みあがってくる緊張感。これからネージュと2人きりの時間を過ごすことになるのだ。

 好きな相手と一緒にいて緊張しない訳がない。心を落ち着けるライセイ。

 

「お待たせ」

 

「わっ!?」

 

 背後からの声に肩が跳ねるライセイは振り返る。ノーマルスーツ姿のネージュが準備万端とばかりにヘルメットを被っていた。

 

「さ、行こう」

 

「あ、うん。一応、言っておくけど、怒られても知らないからね?」

 

「そのときはライセイも一緒でしょ? なら大丈夫」

 

「何が大丈夫なのか分からないけど。じゃあ、目立たないように、行こうね」

 

 プロトデルタのコクピットに近づいた2人は、人の視線が向いていないときにネージュを素早く乗り込ませて、次いでライセイが乗り込む。

 コクピットハッチを閉じたところで、ふうっと安堵の息をライセイは漏らした。

 

「わくわくするね、こういうの」

 

 楽しそうに語るネージュに、ライセイは苦笑いを浮かべる。MSの起動を行うと、ネージュが呟いた。

 

「この子は好き。温かい感じがするから」

 

「そう? 僕にはよく分からないなぁ」

 

「ライセイを守ってくれる、いい子だよ。人の願いを叶える力がある。そんな気がするの」

 

 ネージュの言葉にライセイは首を捻って悩む。そんな力があるようには思えない。

 ヴェアヴォルフに乗ったときのような別の感覚は抱いたことがないのだ。

 ネージュが何を見て、そう言ったのか分からないが、一緒に戦ってくれた相棒を褒めてくれるのは嬉しいものだった。

 

 オペレーターの指示に従いMSデッキを出て、宇宙に飛翔するプロトデルタ。

 ネージュがいるため、無理な操縦はできない。

 ゆっくりとスラスターを噴射させて加速をする。グリプスの周辺を飛んで回って何か異変がないか調査するのが仕事だ。

 

 警戒しながらMSを操縦していると、ネージュがあっ、と声を上げた。

 

「ネージュ? 何かあった?」

 

「うん、地球が見えた」

 

「地球?」

 

 モニターに映るのは本当に小さな地球であった。

 普段だと、ただの風景にしかならないため、目を止めてじっくりと見るのは久しぶりであった。

 

「綺麗」

 

 ネージュは言うと、ライセイも同調する。

 

「綺麗だよね」

 

「一度、行ってみたいなぁ」

 

「僕もだよ。宇宙暮らしも好きだけど、一回だけで良いから行ってみたい」

 

 2人でしばし地球を見ていると、ライセイはネージュを見つめる。

 胸が高鳴るのが自分でもわかった。ここで、なんていえば良いのか。ライセイは次の言葉を探る。

 

「ねぇ、ライセイ?」

 

「うん? どうかした?」

 

「前に私のこと、仲間だって言ってくれたよね?」

 

「うん。仲間だよ。それがどうかしたの?」

 

 ライセイの言葉を聞いたネージュは一度目を伏せた。

 

「私は、パパの本当の子じゃないの。私のパパは……。ううん、私はザビ家の人間なの」

 



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血の呪縛

 ザビ家。地球連邦政府に対し、スペースノイドの自治独立のために戦争を仕掛けた一族である。

 ライセイはネージュの告白に困惑し、返す言葉が見つからなかった。

 

「驚くよね。だって、私も聞いたときは驚いたもん。あんな戦争を引き起こした人達と同じ血が流れているなんて」

 

 一年戦争のことをネージュは言っていた。人類の半数を死に至らしめた戦争。その中で行われた非道な戦略であるコロニー落とし。

 自分にザビ家の血が流れているとしたら、このことについてどのように思うだろうか。ライセイは慎重に言葉を選んだ。

 

「でも、ネージュはネージュだよ。ザビ家にだって、悪くない人はいると思うよ?」

 

「ありがとう、ライセイ。でも、そう思ってくれる人は少ないと思う。だって、戦争を引き起こしたのは間違いないから。それに……」

 

 一度口を閉じたネージュは、ぼそりと言う。

 

「今も戦争をしているもの」

 

 ネオジオンにいる、ミネバ・ラオ・ザビのことを言っているのだろう。

 ザビ家の遺児として、旧ジオン軍残党をまとめ上げる象徴となっているミネバ。

 本人の意思がどうかは分からないが、ザビ家が戦争に関わっているのは間違いない。

 

 コロニー侵攻、地球侵略、コロニー落としと、数々の戦いを繰り広げたネオジオンは、サイド3を譲渡されることで兵を地球から引いた。

 戦争の火は一時的に消えたかもしれないが、まだ依然として火種は残っている。

 いつまた再燃するか分からない状況は戦争中といっても間違いではないだろう。

 

 ライセイの頭の中に浮かぶ言葉はどれもチープな慰めしかなく、ネージュの心を打つようなものは見いだせなかった。

 黙っているとネージュが微かに笑う。

 

「色々と考えてくれて、ありがとう。ごめんね。変な話をしちゃって。私も自分の血筋を聞いたのはちょっと前だったから。誰かに打ち明けたかったのかも」

 

「僕、誰にも言わないから。それは信じてほしい」

 

「そう言ってくれると思ってた。ねぇ、ライセイ。あなたは今でも私のことを仲間だと思ってくれる? 守ってくれる?」

 

 ネージュのまっすぐな瞳が、ライセイの心を確かめようとしている。

 返す言葉は最初から決まっていた。変わらぬ思いをライセイは伝える。

 

「守るよ、君のことを。絶対に」

 

 嘘偽りのない思いを告げられたネージュの瞳にうっすらと涙がにじんだ。

 見つめ合ったままの2人はゆっくりと引かれるように顔を近づけていく。

 と、こつんとヘルメット同士がぶつかった。

 

「あっ、ヘルメット邪魔だったね」

 

 照れ笑いを浮かべるネージュと同じく、ライセイも笑みを浮かべた。

 ヘルメットを取った2人は、体を引き寄せてきゅっと抱きしめる。

 

「ネージュ、好きだよ」

 

「……私も好き。ライセイのこと、大好きだよ」

 

 想いを伝えあった2人は顔を突き合わせ、ゆっくりと唇を重ねた。

 甘い時間に酔いしれ、何度も口づけを交わす。

 

「離さないでね、ライセイ。信じてるから」

 

「うん、離さないよ」

 

 ネージュの頬に涙が一筋流れた。ライセイはそれをそっと拭って言う。

 

「何かがあったら、僕を呼んで。絶対に助けに行くから」

 

 更に涙を流すネージュは、笑みを浮かべ頷いた。

 ネージュの血筋がなんであろうと関係ない。好きになった人を守り通すのだ。

 ライセイの決意は固かった。だが、ザビ家の血筋の呪いは簡単に解けるものではないことを、後に知る。

 

 宇宙世紀0088年12月。ネオジオン内でザビ家の血筋を巡る戦いが起こるのは、もう少し後であった。

 



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野心、滾る

 グワジン級大型戦艦グワンザムにMSと共に戻ったギルロードとセティは、ディクセルの艦長室にいた。

 アヴァロンに戦闘を仕掛けて撤退したことを包み隠さず伝えたギルロードに、椅子に深く腰掛けたディクセルが言う。

 

「厄介な相手だったということか。エゥーゴもなかなか侮れんな」

 

「はい。ですが、次は負けません。あのアーガマ級を沈めて見せます」

 

「心強いな。なぁ、セティ?」

 

 含みを持たせた視線をディクセルはセティに向ける。

 セティは表情を変えることなく、静かに頷いた。

 その視線にギルロードは気づくことなく、声を張り上げて言う。

 

「ディクセル様、お願いがございます。私にあのアーガマ級の追撃の任をお与えください」

 

「ふむ……。残念だが今、それどころではない」

 

「どういうことでございましょうか?」

 

「グレミーがハマーンに対して反旗を翻した」

 

 ギルロードはグレミーという名に覚えがあった。若くしてハマーンの側近になった優秀な将校だ。

 そのグレミーがハマーンに対して反乱を起こしたというのは、どういうことだろうか。ギルロードは疑問をぶつける。

 

「なぜ、グレミーが反乱を?」

 

「ミネバ様の摂政という立場を使って、ネオジオンを私物化しているハマーンを打倒するという檄文を発したようだ。グレミーの言いたいことは、分かりやすくて良いものだな」

 

「その規模はどの程度なのでしょうか?」

 

「アクシズを占拠しているそうだ。正確な数字は分からんが、若手将校の支持を得ているようだな」

 

 若手将校が反発するほど、ハマーンの政治に不満を持っている者が多かったということだ。

 ディクセルやギルロードもハマーンのやり方によって苦渋を飲まされてきたことから、反乱は起きるべくして起きたのかもしれない。

 低く笑ったディクセルが言う。

 

「グレミーめ、人手が欲しいのだろう。私に支援を求めてきおった。ザビ家の復興のために力を貸してほしいとな」

 

「ザビ家?」

 

「グレミー自身がザビ家の血を引いているそうだ」

 

「そのような世迷言を」

 

「いや、あながちなくはないぞ?」

 

 ギルロードの言葉を否定したディクセルは、椅子から立ち上がるとギルロード達の傍に立ち声を潜めた。

 

「デギン国王の隠し子という話もある」

 

「本当ですか?」

 

「真実は勝者が作り出すものだ。グレミーが勝利すれば、それが真実となるだろう」

 

「グレミーが勝つ見込みはあるのでしょうか?」

 

 ギルロードの問いに、ディクセルは薄っすらと笑みを浮かべた。

 

「私の艦隊が合流すれば、可能性は高くなるだろう。だが」

 

 一拍置くと、歪な笑みを見せた。

 

「誰が支援などするものか」

 

「では、ハマーン様の」

 

「あのような小娘を助けたところで、我らの身分は変わらんよ。今までのように顎で使われるだけだ」

 

「まさか」

 

 ギルロードは何かを察し、口を閉じた。

 口角を釣り上げたディクセルは目をぎらつかせて言う。

 

「我らがネオジオンを統べるときが来たのだ」

 

 ディクセルの言葉にギルロードは打ち震えた。

 遂にこの時が来たのか。今まで煮え湯を飲まされ続けた苦しみを晴らす機会が訪れたのだ。

 ディクセル艦隊の先駆けとなって戦う決意をギルロードは発する。

 

「ディクセル様、私は自分の命を惜しみません。存分に私の命をお使いください」

 

「ギルロード、そう言ってくれると思っていたぞ。お前用の新型MSの搬入作業が今行われている。どうだ、見に行っては?」

 

「はっ! いただいたMSで必ずやハマーンとグレミーを打倒して見せます」

 

 踵を揃えて敬礼をすると、艦長室を後にした。

 残ったセティにディクセルが告げる。

 

「あれは今のままではダメだな」

 

 吐き捨てるように言ったディクセルに、セティが抗弁する。

 

「お待ちください。あれは相手が悪かっただけです。ギルロードの戦力は我らにとって十分な存在です」

 

「今、整備を進めているMS。あれを動かすのには、強化人間の力を限界まで使う必要がある。そこに余計な感情は不要だ。命じられたままに戦う人形であれば良い」

 

「それでは、再調整を?」

 

「そんな時間はない。このような時のために研究所から渡された薬がある。それを打てば、あれは本当の操り人形だ」

 

 冷酷な言葉にセティは拳をギュッと握りしめた。

 ギルロードが、ギルロードではなくなってしまうことに恐怖と怒りを覚えている。

 

「セティ、最後はお前の手で終わらせてやれ。それがあれに対しての最後の慈悲になるであろう」

 

「……承知致しました」

 

 愛する者をこの手で殺せというのか。セティは告げることのできない想いを胸に抱いたまま、艦長室を後にする。

 ディクセルに忠誠を尽くすために調整された強化人間ギルロードの末路に救いはなかった。

 



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極秘任務

 人払いを済ませたエンドラ級巡洋艦ハイドラのメインデッキにはお馴染みの2人がいた。

 ローマンとヘックスの前のモニターには、ディクセルが映し出されている。

 珍しいこともあったもんだと、ヘックスは思った。

 

 何かしらの連絡事項がある場合は、基本ギルロードを通して行われてきたため、ディクセルとこうして通信をすることは滅多にない。

 ギルロードではなく、ディクセル本人でなければ言えない何かだとしたら、これは面倒な話になる。

 聞く前から気が滅入りそうなヘックスの横で、ローマンは暢気な笑みを浮かべていた。

 

「ディクセル様から通信するなんて久しぶりだねぇ。ギルちゃんは、どうかしたの?」

 

 上官に向かって馴れ馴れしい口の利き方をするな。と怒鳴りたくなるが、初めからこれなので今更修正しても仕方がないとヘックスは諦めている。

 それにこのディクセルのことは、どうも好きになれない。ザビ家親衛隊の隊長を務めていたとのことだが、親衛隊がらみの噂はろくなものがなかった。

 上の気分を害したからといって、鉄拳制裁は当たり前。ひどい話では、ミスをした隊員に対して同じ部隊の隊員達で袋叩きにさせるなんて胸糞悪いものもあった。

 

 幸い、ヘックスとローマンはそのような被害にはあってはいないため恨みを抱いてはいないが、ハイドラの中に被害者がいるかもしれない。

 もし、そうだとしたら、ディクセルの下で働くのは複雑な気分であろう。

 悪名高いザビ家親衛隊の隊長であった者が冷笑を浮かべた。

 

「相変わらずの口の利き方だな、ローマン?」

 

「生まれつきこんなんだからさぁ、許してよ?」

 

「まあ、良い。私はお前の腕を買っているのだから、多少の不敬には目をつぶろう」

 

「だってさ、ヘックス?」

 

 俺じゃないだろう、この野郎。とヘックスは怒鳴りたくなったが、そんなことをしても3文芝居を見せるだけなので、憮然とした表情を浮かべるに留まった。

 低く笑うローマンにディクセルが言う。

 

「前置きはこれぐらいにしておこう。お前達に極秘任務を与える」

 

 ピクリと眉を反応させたのは、ヘックスであった。

 極秘任務。その言葉を聞くだけで先が思いやられる。

 

「どんな極秘任務?」

 

 ヘックスとは違って、顔色の全く変わらないローマンが問う。

 

「エゥーゴのアーガマ級巡洋艦アヴァロンの確保だ」

 

「確保? 撃墜じゃなくて?」

 

「そうだ。心配するな。噛みつかれたりはしない」

 

 くつくつと笑うディクセルにヘックスは嫌悪感を抱いた。

 悪い笑みというのは気持ちがいいものではない。

 

「じゃあ、簡単な任務じゃん。ヘックスの心労が心配だったんだよねぇ」

 

「簡単とは言えない。何があるか分からんから、お前達を向かわせるのだ。いいな、なんとしてもアヴァロンを確保せよ」

 

「了解~。任せちゃってくださいよ」

 

 ローマンが言うと通信が打ち切られた。

 

「アヴァロンっていえば、あのガンダムが乗っていた艦だよな?」

 

「そうだねぇ。確保かぁ……。な~んか、胡散臭い話が出てきたね」

 

「デューク達のような裏切りかもしれん。注意だけはしないとな」

 

「だねぇ。あ~、残念だなぁ。ガンダムとやり合いたかったのに」

 

 おもちゃを取り上げられた子供のような顔をするローマンにヘックスが言う。

 

「バカなことを言うな。危険なことに自分から突っ込んでいくなんて、どうかしてるぞ?」

 

「どうかしちゃってるのが俺達じゃないかぁ。ま、どうなるか分からないけどね、実際のところは」

 

 薄く笑みを浮かべたローマンを見てヘックスが首を傾げたとき、秘匿回線で通信が入った。

 通信をオンにすると、初老の紳士がモニターに映し出される。

 

「あれ? 久しぶりじゃん、元気にしてた?」

 

 ローマンが人懐っこい声で言う。ヘックスも見知った顔を見て、軽く声を上げた。

 

「おお、あんたか。久しぶりだな」

 

「ローマンさん、ヘックスさん、お久しぶりです。お元気そうでなによりです」

 

「あんたが通信をしてきたってことは、何か仕事だろう? 悪いが俺達はネオジオンで働いているんだ。そっちの仕事はできないぞ?」

 

「存じております。知っていて、お願いしたいことがあるのです」

 

 微笑みを浮かべたまま言う初老の紳士にローマンが返す。

 

「良いよ。聞いてあげる」

 

「バカか、お前!?」

 

「だって、今までお世話になった間柄じゃん? そんな人が折り入って頼みたいことがあるって言うんだよ? 聞いてあげるのが筋って思うけどねぇ」

 

 ローマンの言うことは一理あったので、ヘックスは黙り込む。

 宇宙海賊時代に仕事を回してもらったことが何度かあった。報酬の払いも良かったし、こっちの都合も割と考えてくれた依頼主だったので悪い印象はない。

 だが、自分達がネオジオンにいることを知っての頼みということに危険を察知したのだ。

 

 何を考えているのか知る前に了承するのは危険すぎる。まずは話を、と切り出そうとしたヘックスをローマンが遮った。

 

「ヘックス、俺を信じてくれないかい?」

 

「ローマン……。勝手にしろ」

 

「ありがとね。じゃあ、話を聞こうじゃないか、スペクター」

 



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亡命のアヴァロン

 アヴァロンがグリプスを発ってから3日が経過した。

 グリプスで回収した拠点防衛用兵装ヘカトンケイルについては、MSデッキに入る代物ではないため艦底に係留されている。

 ヘカトンケイルのコンテナには、様々な兵器が満載されており、拠点防衛用の名にたがわぬ武装っぷりであった。

 

 コンテナの中にはミサイルやバズーカだけでなく、ランチの役目をこなせるコンテナまである。

 武装の多様さによって絶大なる火力を誇るが、乗るパイロットに対してかなりの負担を強いるものだった。

 操作系統が複雑すぎるのだ。まともに動かすにはかなりの訓練を要するのは間違いない。

 

 ライセイは心の中で愚痴りながら、ヘカトンケイルと連結したヴェアヴォルフのコクピット内で悪戦苦闘していた。

 これはクラウスからの指示であり、グラナダに持ち帰ったとき動かせるパイロットが欲しいというものだ。

 半ば強制的に乗ることになったライセイ。ただでさえ薄気味悪いヴェアヴォルフを動かすのでさえ、気乗りしないのに更にしんどいことを任されてしまった。

 

 この3日間は寝食を除けば、そのほとんどをヘカトンケイルの操作方法の習得に捧げている。

 命令だから仕方がないが、本音を言えばネージュと話がしたかった。あの日のことを思い出しては、時々赤面している。

 好きと伝えあったもの同士なので、恋人になったのは間違いない。ネージュの顔を思い浮かべるだけで幸せがこみあげてくる。

 

 同時に、会える時間が限られており寂しさも、その分募っていた。言葉を交わせるのが食堂で食事の受け渡しのときだけだというのが、また辛さを引き立たせる。

 今、ネージュは何をしているのだろうか。ぼーっと考えていたライセイに通信が入る。

 

「ライセイ少尉、聞こえるか?」

 

 クラウスの声であった。

 

「はい。どうかしましたか?」

 

「そろそろ飯の時間だ。切り上げていいぞ」

 

「分かりました。キリが良くなったら上がります」

 

 やっとコクピットから解放される。

 いや、嬉しいのは食堂でネージュと顔を合わせることができることだ。

 さっさと機体の電源を落として、アヴァロンに戻ろう。ライセイはコンソールを叩いて、ヴェアヴォルフを停止させた。

 

 アヴァロンに戻ったライセイは一目散に食堂へと向かう。

 唯一の楽しみと癒しを堪能しようとしたライセイの耳に、緊急警報が鳴り響いた。

 

「第一種戦闘配置、繰り返す、第一種戦闘配置」

 

 オペレーターの声が艦内に鳴り響く。

 ライセイは踵を返すと、MSデッキへと向かった。

 すると突然、警報が鳴りやむ。

 

「各員、その場で待機したまま聞いてもらいたい」

 

 フォルストの声である。先ほどの警報が誤りだったと伝えるのだろう。

 周りの乗組員の表情と同じようにライセイもほっと胸を撫でおろした。

 

「我々はこれより、ネオジオンと共に行動する」

 

 その言葉にライセイは呆気に取られた。ネオジオンと行動を共にするとは、どういうことなのだろうか。

 乗組員達の間でざわめきが広がる。

 

「下手な抵抗はしてはならない。アヴァロンはすでにネオジオンの艦の主砲で捉えられている。軽挙妄動は控え、各員はこのまま航行を維持するように。以上だ」

 

 艦内放送が打ち切られると、誰も唖然として言葉を失っていた。

 次第に声が上がると、艦内は混乱し始める。艦長の放送が本当なのか。ネオジオンの艦に狙われているのは本当なのか。

 答えを持たない乗組員達の元に姿を見せたのは、副艦長のカイムであった。

 その後ろに控えている兵士4人は自動小銃を手にしており、険しい視線を乗組員達に向ける。

 

「艦長の指示に従え。命令に従えば、無事に帰ることができる」

 

「ちょっと待ってください!」

 

 ライセイは声をあげると、一歩前に踏み出した。

 

「ネオジオンと行動を共にするって、どういうことですか? エゥーゴを裏切るということですか?」

 

「その通りだ。我々はアヴァロンと共にネオジオンに亡命する」

 

「なんで、そんなことを!?」

 

 さらに一歩前に進んだライセイに銃が向けられる。

 

「ライセイ少尉、控えろ。他の者もだ。身の安全は保証されている。いつも通り命令に従え」

 

「本気ですか?」

 

「でなければ、このようなことはしない。ネオジオンへの亡命者は、この艦内に複数いる。下手な動きを見せれば、すぐに分かるぞ?」

 

 カイムは周りをぐるりと見て言うと、最後にライセイを真っ直ぐ見据えた。

 

「ライセイ少尉。艦長がお呼びだ。艦長室に行くように。他の者は持ち場に戻れ」

 

 銃をチラつかせた兵士には抵抗はできないと判断したのか、乗組員達は持ち場へと戻っていった。

 ライセイも指示に従い、艦長室へと向かう。通路ですれ違う者達の表情には不安の色が浮かんでいた。

 ネージュもきっと不安に思っているだろう。どうしてこんなことになってしまったのか。

 

 アヴァロン内の多くの者達が考えているであろう疑問に悩まされながら、艦長室のドアのブザーを鳴らす。

 

「ライセイ少尉か?」

 

「はい」

 

「中に入りたまえ」

 

 ドアのロックが解除されると、ライセイは艦長室の中へと入った。

 艦長室の中は非常に質素なものだ。執務用の机に、応接用の机とソファがある程度で調度品の類はない。

 その応接用ソファにフォルストは座っていた。

 

「かけたまえ」

 

 フォルストが自分の対面のソファに座るように促す。

 ライセイは頷いて、ソファに座った。艦長と2人きりの状況。

 もしここで艦長を捕らえることができたら、この亡命劇は終わるのか。

 

 考えたが、答えはNOであった。カイムの言ったことが正しければ、他にも裏切り者がいると言うことだ。

 今、下手に動いても事態を悪化させるだけだろう。

 ぐっとライセイは堪える。

 

「ネージュから聞いた。君に自分の血筋のことを言ったそうだな」

 

「……はい」

 

「ネージュの言ったことは事実だ。そして、ネージュは私の子供ではない。自分語りになるが、少し聞いてもらえるかな?」

 

 聞く他にない状況にライセイは頷いた。

 フォルストは遠い目をして語り出す。

 

「あの子の母親と出会ったのは、一年戦争でジオンが敗北した直後だ。私は当時、輸送艦の艦長をしていた。地球連邦に負けた日、私はサイド3を離れようとするもの達を大勢乗せたのだが、その中にあの子の母親がいた」

 

 フォルストは襟元を緩めて、続ける。

 

「私は早くに妻を亡くしていてね、子供も一年戦争て失ってしまっていた。そんな私の気持ちをどうやって察したのか、優しく声を掛けてくれたのが彼女だった。だが、彼女もまた先立ってしまったがね」

 

「その方がザビ家の方だったんですか?」

 

「いや、違う。彼女は名家の末娘ではあったが、ただの女性だよ」

 

「では、本当の父親がザビ家の?」

 

 ライセイの問い掛けにフォルストは口を重くした。

 

「あの子の父親は……。いや、君に語りたかったのは、そんなことでは無い。私が話したいのは、ネージュの事だ」

 

「ネージュ。そうですよ、ネージュはこの事を知っているんですか? ネオジオンに亡命するだなんて?」

 

「知っている。知っていて協力してくれているのだ。あの子をジオンの新たな旗印とする計画にな」

 

 そう言ったフォルストの目は冷静なものであった。

 



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ザビ家の象徴

 ネージュを新たなジオンの象徴にしようという計画。

 それは今のネオジオンと何ら変わりのないものであった。ミネバの立場をネージュにすげ替えるだけだ。

 それにそんな計画が、上手く行くわけが無い。支配体制が確立されている状況なのだ。

 

 上を単純に変えただけで、下が簡単に着いてくるとは思えない。

 ライセイは疑問をそのまま伝える。

 

「失敗しますよ、そんなこと。ネージュが危険に晒されるだけです。考え直してください」

 

「失敗はしない。何故なら、我らにはあれがある」

 

 含みを持たせた言葉で、ライセイは心の片隅に残り続けていたものを思い出す。

 

「やっぱり、あれは」

 

「そうだ。だが、あれだけでは何の意味も持たない。ネージュと共にあることで、初めてあれは役に立つのだ」

 

「どうしてですか? そこで、なんでネージュが?」

 

「落ち着きたまえ、ライセイ少尉。私は君の意思を確認したいだけだ」

 

「意思?」

 

 フォルストは頷くと、ライセイの瞳をじっと見つめた。

 

「君はネージュを守ると言ってくれたそうだな? あの子の血筋を知って言ったと」

 

「はい。僕はネージュを守ります」

 

「そうか。ならば、今は従ってほしい。あの子を守るためにもな」

 

「僕にネオジオンに入れ、とは言わないんですか?」

 

 ライセイは挑発するように言った。フォルストの言い分が身勝手なものであったからだ。

 良いように扱われようとすることに対する不満であった。

 

「その必要はない。今はただ、あの子を守ってあげてほしいだけだ。その後は我々でなんとかする」

 

「なんとかって。そんなのでネージュを守りきれるんですか?」

 

「ありがとう。もう十分だ。持ち場に帰りたまえ」

 

「フォルスト艦長!」

 

 ライセイは感情のままソファから立ち上がると、大声で言う。

 

「ネージュは道具じゃないんですよ!? いつも笑顔だけど、泣く時だってあるんです! それを」

 

「ありがとう、ライセイ少尉。その優しい思いは伝えておく。持ち場に戻りたまえ」

 

 そう言うと、フォルストは艦長室を後にした。

 立ち尽くすことしかできないライセイは、拳を強く握りしめて込み上げる憤りを堪える。

 ネージュは道具ではない。ギリッと歯を噛み締めると拳で壁を殴った。

 

 ◇

 

 アヴァロンと並走するようにハイドラは航行していた。

 主砲は全門アヴァロンに向いており、何かがあればすぐに発射できる体制にしてある。

 今のところ、アヴァロンから不穏な動きは感じない。ディクセルの言う通り、黙ってこちらの指示に従っている。

 

 ローマンはメインデッキから肉眼で捉えることができるアヴァロンを見て言う。

 

「本当になんもしてこなかったねぇ。ちょっと期待してたんだけど」

 

 残念そうに言ったローマンに、ヘックスが不機嫌そうに返す。

 

「何を期待していたんだ?」

 

「そりゃ、ドンパチだよぉ。せっかくの新型をお披露目する機会がなくてさぁ」

 

「ったく。何もないに越したことはないだろう?」

 

 当然とばかりに言うヘックスだが、ローマンは持論を述べる。

 

「順調すぎるときほど、怖いものはないからねぇ。物事にはちょっとくらいアクシデントって必要だと思わない?」

 

「思わん」

 

 バッサリと切って捨てたヘックスを見て、ローマンは肩をすくめ軽く嘆いた。

 

「やだねぇ。年寄りになると、すぐ守りに入っちゃうんだから」

 

「大して歳は変わんねぇだろ!」

 

 相変わらずのやり取りをする2人に、オペレーターがアヴァロンから通信が入った旨を伝えてきた。

 ヘックスが繋げと言うと、モニターにフォルストが映し出される。

 表情はいたって平静であった。戦艦ごと寝返る作戦を考えた人間だ。肝が据わっていて当然だろうとローマンは考える。

 

「私はフォルスト・イースレット中佐だ。貴艦の艦長はあなたかな?」

 

「ああ、ヘックスだ。あんたらをディクセル様の所へ案内する。変な動きはするなよ?」

 

「承知している。進路については貴艦の指示に従う」

 

「分かっているなら、それでいい」

 

 ヘックスは義務的な会話を二言ほど話すと通信を切ろうとしたが、ローマンがそれを遮った。

 

「フォルスト艦長さん、聞いても良いかなぁ?」

 

「何かな?」

 

「裏切るのって、どんな気持ち?」

 

 隣にいるヘックスが怒鳴り声を上げようとするのを、ローマンが手で制する。

 表情はいつもと変わらず朗らかなものだが、瞳に宿る色が違ったことにヘックスは気づくと口を閉ざした。

 フォルストは表情を変えずに言う。

 

「自分の居場所に帰るのに、特別な感情は抱かないと思うが?」

 

「自分の居場所、ねぇ。ありがとね、フォルスト艦長さん。勉強になったよ」

 

「話が終わりならば通信を切らせてもらうが、よろしいかな?」

 

 承諾の言葉を発しようとしたヘックスに、オペレーターが告げる。

 

「後方から接近する艦を補足!」

 

「どこの艦だ!?」

 

「巡洋艦級とのことです」

 

「総員、第一種戦闘配置だ!」

 

 ハイドラ内に響く警報。MS隊の隊長であるローマンも持ち場に行く必要があるが、なぜかメインデッキに留まっている。

 ローマンの視線はモニターに映るフォルストへと向いたままだった。

 

「おい、ローマン、どうかしたのか? 早くMSの出撃準備に取り掛かれ」

 

「良いこと思いついちゃった。ねぇ、フォルスト艦長さん?」

 

 にやりと笑うローマンがフォルストに言う。

 

「アヴァロンのMS隊で対処してよ。ここで誠意ってやつを見せた方がさぁ、心証いいじゃん?」

 

 ローマンの提案は酷なものであったが、裏切りが本当かどうかを確かめさせるにはいいやり方である。

 この提案にはヘックスも横やりをいれることなく、フォルストの言葉を待った。

 

「MS隊を出撃させる」

 

「追い払い方はそっちに任せるよ」

 

「承知した。通信を切る」

 

 モニターがブラックアウトすると、ヘックスがローマンの肩を叩いた。

 

「良い案じゃないか、ローマン。楽ができるな」

 

 上機嫌なヘックスとは違い、ローマンはあご髭をさすりながら思案している。

 

「やっぱMSに乗ろうかな。ヘックスは状況判断よろしくねぇ」

 

 そういうと、ローマンはメインデッキを離れる。

 後ろからヘックスの怒鳴り声が聞こえるが、知ったことではなかった。

 アクシデントの予感がする。それも楽しいアクシデントな。

 

 ローマンは自身の勘に絶対的な自信を持っている。

 一年戦争、デラーズ紛争で戦場を生き抜いてこれたのは、この勘のお陰だった。

 その勘が告げている。きっと楽しいことが起きると。

 

 期待に胸を膨らませながら、ローマンは通路の壁を蹴ってMSデッキへと向かった。

 



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対峙

 緊急警報が鳴り響くウイントフックのMSデッキでは、発進の準備が行われていた。

 艦上に姿を見せたガンダムMk-Ⅲはカタパルトに足を乗せると、前傾姿勢になる。

 モニターを見るゲイルの表情は強ばっていた。緊張ではない。困惑によるものであった。

 

 通信によれば、アヴァロンはネオジオンのエンドラ級巡洋艦と並走しているということだ。

 アヴァロンはこちらの通信には応じないらしく、ゲイル達に下された命令は偵察任務であった。

 アヴァロンの今の状況が分からないからであろう。

 

 アヴァロンがネオジオンに拿捕された可能性もあれば、逆にエンドラを拿捕していることもありえるのだ。

 ゲイルは最悪なケースである、裏切りについては考えないようにしていた。

 連絡ができない状況なだけだと自分に言い聞かせていたが、今の状況を見せられると、嫌でも裏切りという言葉が頭にチラついてしまう。

 

 きっと大丈夫だ。裏切りなんかあるはずがない。

 自分に言い聞かせたゲイルは、オペレーターからの発進の指示に従う。

 

「ゲイル・クガ。ガンダムMk-Ⅲ、出る」

 

 カタパルトのロックが外れると、ガンダムMk-Ⅲは猛烈に加速した状態で宙に飛んだ。

 本来であれば後続を待たなければならないが、ゲイルはスラスターを噴射させ、アヴァロンへと急行する。

 オペレーターからの通信が入るが知ったことではない。

 

 今、アヴァロンに何が起きているのか。浮かぶ裏切りという言葉を必死に振り払いながら、ガンダムMk-Ⅲは更に加速をした。

 

 ◇

 

 アヴァロンに響き渡る緊急警報を、ライセイはプロトデルタのコクピット内で聞いていた。

 MSに乗っているのはライセイとクラウスだけで、シンリー、ウォレン、ロックは待機を指示されている。

 ライセイとクラウスがMSに乗っているのは、フォルストの命令によるものであった。

 

 接近する艦を追い払え、という命令で、下手な行動をすればアヴァロンに危険があるというものだ。

 その命令にライセイは従うしかなかった。どうしてこんなことに。

 何度も自問するが答えは出ないままMSデッキのハッチが開くと、ライセイはカタパルトデッキへと向かう。

 

 横を見れば併走するエンドラ級巡洋艦ハイドラの姿があった。

 主砲は全てアヴァロンに向いており、何かあればすぐに撃沈することができる状態である。

 艦全体が人質になっている状況で、ライセイにはこの事態を好転させる案は思いつかないでいた。

 

 オペレーターからの発進指示に従い、プロトデルタは宇宙を舞う。

 後方から迫る艦から光が飛び立つのを捉えたライセイは、後続のクラウスを待たずに加速した。

 味方を追い払う方法など考えたこともなかったライセイには、対話以外の選択肢が浮かばなかったのだ。

 

 相対距離が縮まると、次第に機影がハッキリしてきた。

 そして、モニターに識別コードが表示されると、ライセイは驚愕する。

 ガンダムMk-Ⅲ。ゲイルの乗っていたMSであった。

 

 ◇

 

 ゲイルはモニターに捉えたプロトデルタを見て、通信のチャンネルをオープンにした。

 

「ライセイ! 聞こえているなら、返事をしろ!」

 

 返答がないまま、更に距離が縮まっていった。

 焦りが顔に滲むゲイルは声を大にする

 

「ライセイ! ライセイなんだろう!?」

 

 必死に問い掛けるとか細い声が返ってきた。

 

「兄さん」

 

「ライセイ! 無事なのか!? 何があったんだ!?」

 

「兄さん、こっちに来てはダメだ!」

 

 思わぬライセイの言葉にゲイルは急制動を掛ける。

 プロトデルタは手を大きく広げて、これ以上ゲイルが近づくのを拒む。

 戸惑うゲイルが言う。

 

「ライセイ? どういうことだ? 一体、何があったんだ?」

 

「兄さん、引き返して」

 

「何を言っている? 何があったか教えてくれ!」

 

 声を荒らげるゲイルに、ライセイは訴えかけるように返す。

 

「お願いだよ、兄さん! このままじゃ、皆が不幸になってしまう!」

 

「だから、何を言っている! 訳が分からない!」

 

「アヴァロンはネオジオンに亡命したんだ!」

 

 ライセイは涙混じりの声で叫ぶと、声を殺して泣く。

 一番予想したくなかったことが事実だと知ったゲイルは言葉を失った。

 そのとき、2筋の大きなビーム光がガンダムMk-Ⅲの横を走る。我に返ったゲイルはビームの射線を辿ると、そこには2連装メガビームガンを構えたリックディアスⅡがいた。

 

「ライセイ少尉、余計なことは言わなくていい。ゲイル中尉、今のは警告だ。引いてもらいたい」

 

 冷静な声音で言うクラウスにゲイルが噛みつく。

 

「余計なことだと!? 分かっているのか? 亡命だぞ!?」

 

「分かっているから警告をしているんだ。昔の仲間を撃ちたくはない」

 

「分かっているだと? まさか、お前?」

 

 確信めいたゲイルの言葉に、クラウスが言い放つ。

 

「ああ。俺も亡命の賛同者だ」

 

「貴様!」

 

 スラスターを煌めかせて、リックディアスⅡに迫るガンダムMk-Ⅲ。

 ビームライフルの照準を合わせようとすると、射線上にプロトデルタが立ちふさがる。

 

「ライセイ!?」

 

「兄さん、ダメだ!」

 

「裏切り者だぞ!?」

 

「分かってる! でも、アヴァロンには裏切者じゃない人がいっぱいいるんだ! 兄さん達が引かないと、撃たれるかもしれないんだ」

 

 アヴァロンの乗組員が人質にされていることを知ったゲイルは、アヴァロンと並走するハイドラを見た。

 至近距離から狙われているアヴァロン。もし撃たれれば、なすすべもなく落ちるのは確実だ。

 ネオジオンがどのような手に出るか分からない状況に、ゲイルも迂闊に動けなくなった。

 

 歯噛みするゲイルにクラウスが言う。

 

「そうだ。それがお互いのためだ。後続の者にも伝えろ。俺達には人質がいるとな」

 

「くそっ!」

 

 裏切者は一部の者達だけで、他の大勢は亡命に巻き込まれた味方だ。

 その味方を殺すようなことはできない。身動きが取れないゲイルにライセイが言う。

 

「兄さん、ここは引いて。そうしたら、アヴァロンは大丈夫なんだ」

 

 説得に折れたようにガンダムMk-Ⅲはビームライフルを下げた。

 うなだれたゲイルは拳を握って、コンソールに怒りをぶつける。なんでこんなことに。

 何もできない自分に悔しさがこみ上げる。

 

 嘆きの言葉をゲイルがこぼそうとしたとき、センサーが急接近する熱源に反応した。

 識別信号はネオジオンのものだ。高速で接近する機影を捉えたゲイルは反射的に距離を取った。

 モニターにズームで映し出されたのは、ダークグレーで塗装されたザクⅢ改。

 

 ローマン・ローランドの愛機だ。

 

「見つけたよ! ガンダム!」

 

 無線から入ったローマンの声は嬉々としたものであった。

 



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海賊の流儀

 急接近するザクⅢ改に気づいたゲイルは、スラスターを噴射して後方へと下がりつつビームライフルを構える。

 それと同じくザクⅢ改も最高速度で突き進みつつ、ビームライフルの銃口をガンダムMk-Ⅲに向けた。

 同時に発射されたビームはぶつかり合うと、眩い光を放ち微粒子となって宇宙に散る。

 

「やるじゃないか!」

 

「邪魔をするな!」

 

 距離を取ろうとするゲイルに対し、ローマンは限界ギリギリまで速度を上げて接近する。

 ザクⅢ改の足を止めるべく、ゲイルはビームライフルを2射した。

 走るビームはザクⅢ改に迫る。だが、バーニアを調整して軌道を変えられるとビームはザクⅢ改の傍を抜けていった。

 

 距離を取ろうと動くガンダムMk-ⅢをザクⅢ改が追う展開となる。

 ゲイルは時折振り返りながらビームを発射するが、的を絞らせないザクⅢ改の動きによって捉えることができないでいた。

 徐々に距離が詰まってくると、ゲイルは攻めに転じたい気持ちが生ずる。

 

 ゲイルは己の欠点が顔を出そうとしていることに気づけないでいた。

 それだけ、ザクⅢ改に乗るローマンのプレッシャーが強いのだ。

 ジリジリと追い詰められる感覚がゲイルの平常心を奪おうとした。

 

「やめろ!」

 

 ライセイの叫びと共にビームが一筋宙を穿った。

 制動を掛けたザクⅢ改と、距離を取ることができたガンダムMk-Ⅲ。両パイロットの視線がプロトデルタへと向いた。

 

「兄さん! 逃げて!」

 

 プロトデルタがビームライフルの照準をザクⅢ改に向けると、無線からローマンの低く笑う声が聞こえた。

 

「美しき兄弟愛だねぇ。でも、良いのかなぁ? アヴァロンがどうなるか分かってる?」

 

「そうだ。ライセイ少尉、アヴァロンを守る使命を忘れるな」

 

 クラウスの言葉にライセイは発射ボタンに掛けつつあった力を抜く。

 悔しさで顔を歪めるライセイ。その時、通信が入った。

 

「ゲイル! 何をやっているんだ!」

 

 ウイントフックから発進した後続のダンの声であった。

 

「あ~あ、来ちゃったかぁ」

 

 ダンのシュツルムディアスに気づいたローマンが肩をすくめて言う。

 更に、その後方からはアオイの乗るシュツルムディアスが迫って来ていた。

 

「さぁて、どうしようかなぁ」

 

 ローマンの視線がガンダムMk-Ⅲへと向く。

 まだまだ遊び足りない。もっと俺の力をぶつけさせろ。

 内から湧き上がる熱に身を焼かれる思いのローマンは言う。

 

「ガンダムのパイロットさん、聞こえる?」

 

 応答を求められたゲイルは躊躇しつつ応える。

 

「ああ、聞こえる」

 

「1つ提案があるんだけどさぁ?」

 

「提案?」

 

「俺と決闘しようよ。そっちが勝ったらアヴァロンを解放してあげるよ」

 

 言葉を失うゲイル。だが、ローマンの表情は真面目そのものであった。

 決闘などこのご時世聞いたこともない。その上、ゲイルが勝ったらアヴァロンを解放するなど何故ローマンは提示したのか。

 確認するように問いかける。

 

「決闘だと?」

 

「俺はガンダムと戦いたいんだよ。邪魔がいると楽しめないじゃん?」

 

「戦争を楽しんでいるのか、お前は?」

 

 理解が及ばない相手にゲイルは苛立ちを募らせた。

 命のやり取りの場を楽しむなど、どうかしている。ゲイルの考えはまっとうなものだ。

 だが、それはローマンには通じなかった。

 

 ローマンの口角がニッと上がる。

 

「俺は楽しいと思うことしかしないよぉ。楽しくないことをしても人生詰まんないじゃん?」

 

 くっくっと笑ったローマンにゲイルは言い知れぬ感情を覚えた。

 一体、この男はなんなのだ。理解の範疇を超えている男が確認の言葉を発する。

 

「で、どうするの? まあ、嫌だってんなら、ハイドラに積んでいるMS全機出していいよ。あと弟くん達も合わせたら、数ではそっちが圧倒的に不利だけど?」

 

「くっ」

 

 ゲイルは苦渋の表情を浮かべる。ハイドラから現れたのは、このザクⅢ改のみで他の戦力があると考えて間違いないだろう。

 それにアヴァロンを人質に取られたライセイは敵側に回らずを得ず、クラウスは敵側の人間であるため更に形勢は悪い。

 後続のダンとアオイ、シマンが戦闘宙域に入ってきた。3機に向けてゲイルは言う。

 

「ダン、アオイ、シマン、戦闘はまだするな。ここは俺が戦う」

 

「ゲイル!? 何を言ってるんだ? 敵の言うことを信じるのか?」

 

「今の状況では、逃げるか決闘を受けるしか道がない。可能性がある方に俺は賭ける」

 

 的を得た言葉だったのか、ダンは口を閉じて顔を渋くした。

 

「ゲイル、絶対に勝ってね」

 

 アオイは言うと、指を組んで祈るようにガンダムMk-Ⅲを見る。

 

「ああ、俺は勝つ。勝って帰るから安心しろ」

 

 言うと視線をライセイのプロトデルタへと向ける。

 

「ライセイ。俺が勝ってアヴァロンの人達を助ける。お前を助けてみせるから安心しろ」

 

「兄さん……。信じてるよ」

 

「任せろ」

 

 ゲイル達の会話を黙って聞いていたローマンが催促の言葉を放つ。

 

「そろそろ良いかな?」

 

「待たせて悪かったな。決闘に応じる」

 

「良い答えだよ。さて、始めようとするか。んじゃ、カウントは弟君に頼むとしようか?」

 

 話を振られたライセイは眉間にしわを寄せた。ローマンの嫌がらせと感じたのだ。

 だが、兄はきっとローマンに勝つ。こんな奴に負けない。兄の勝利を信じ、カウントを始めた。

 

「スリー、ツー、ワン、ゴー!」

 

 ゲイルとローマン。両者目を見開き、スラスターを輝かせて互いの間合いへと入る。

 アヴァロンを賭けた決闘が今、始まる。

 



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ガンダムVSザク

 接近するガンダムMk-ⅢとザクⅢ改。先に仕掛けたのはガンダムMK-Ⅲであった。

 両肩にあるビームキャノンが火を噴く。迫るビームをローマンはバーニアを調整して、すっと避けた。

 歯噛みをするゲイルに、ザクⅢ改のビームライフルから放たれたビームが襲い来る。

 

 次はガンダムMk-Ⅲが華麗にビームを回避した。

 お互い一歩も引かず、スラスターの輝きは更に増す。距離が縮まるとゲイルはビームライフルの照準を合わせることに拘らず直感で撃った。

 宇宙を切り裂くビームはザクⅢ改を捉えていたが、すんでのところでスラスターの角度を変えられる。

 

 虚空に消えるビームを背に、今度はザクⅢ改からお返しのビームが放たれた。

 相対距離が縮まった状況では高速で向かってくるビームを避けるのは難しい。

 だが、ゲイルはそれを見切った。スラスターとバーニアを使い、ロールするようにしてギリギリの距離で躱す。

 

 正面衝突が避けられないほどにまで迫った両機は同時にビームサーベルを抜く。

 振りかぶったガンダムMk-Ⅲと、横に構えたザクⅢ改が間合いに入った瞬間、同時にビームサーベルが振るわれた。

 閃光が瞬く。ぶつかり合いも一瞬で、勢いそのままに距離を取った両機はAMBACで振り返るとビームライフルを射撃した。

 

 ビームが衝突するとビーム光が眩く輝く。その光に目もくれないゲイルとローマン。

 再び距離を縮めて近接戦を仕掛ける。

 両者、ビームサーベルで切り結ぶ。つばぜり合いとなった2機はパワーを全開にしてビームサーベルを押し込み始めた。

 徐々に押され始めたのはガンダムMk-Ⅲだ。

 

 じりじりと押されるゲイルの表情に焦りが生まれる。

 スラスターの角度を調整し、つばぜり合いから逃れたガンダムMk-Ⅲ。

 背中を見せたガンダムMk-ⅢにザクⅢ改は首を回してその後姿を捉えた。

 

 そのとき、ザクⅢ改の口元にビーム光が宿る。

 口から射出されたのはビームだ。出力はビームライフルよりも劣るが、十分な破壊力を持ったビームがガンダムMk-Ⅲの右足のふくらはぎに突き刺さる。

 ビームに貫かれた部分が爆発を起こし、制御を一瞬失うガンダムMk-Ⅲは残った手足でAMBACをする。

 

 姿勢を制御しつつ、ビームライフルをザクⅢ改へ向けて射撃ボタンを押した。

 銃口から吐き出されたビームをザクⅢ改は右肩のシールドで受け止める。冷静に対処したローマンにゲイルは苦々しく顔を歪めた。

 形勢が徐々にローマンに傾く。それも無理ないことだった。

 

 最新鋭機とはいえ、ガンダムMk-ⅢとザクⅢ改の間には明確な性能差がある。

 グリプス戦役末期に作られたガンダムMk-Ⅲと比較して、ザクⅢ改はつい最近作られたもので、更にチューンを加えられたMSなのだ。

 その性能差は大きい。足を片方失ったガンダムMk-Ⅲの機動性は明らかに落ちていた。

 

 ザクⅢ改の接近を妨げるためビームキャノンを撃ち、更にビームライフルを撃ち放った。

 殺到するビームを読み切ったローマンは、小刻みにスラスターとバーニアを噴射し、難なく避ける。

 ザクⅢ改に隙が見えない。ゲイルは焦りによって、心がじりじりと焼かれていく。

 

 衝動に身を任せて得意の接近戦で勝負を決めたい。

 だが、ザクⅢ改のパイロットのローマンも接近戦は得手であった。

 ゲイルに残された道はプレッシャーを掛けつつ、一瞬でも隙を作ることである。

 

 機体のバランスが悪くなったガンダムMk-Ⅲは一定の距離を維持するため飛び始めた。

 不利な状況であっても、無理な戦い方をしない。ゲイルは着実に進歩していた。

 そんなゲイルの動きにローマンは感心する。

 

「やるじゃない。さすがはガンダムのパイロットだねぇ」

 

 ローマンが敵を褒めたのは久しぶりであった。

 今まで歯ごたえのない敵とばかり戦ってきたので、ゲイルとの戦いは心躍るものである。

 にやりと笑うローマンは、一気に加速を掛けた。

 

 全推力を発揮したザクⅢ改の速度は、ゲイルの常識を覆す。

 気づいたときにはビームライフルで対応ができない距離まで近づいていた。

 咄嗟にビームサーベルを構え、ザクⅢ改の斬撃に対応しようとする。

 

 だが、ザクⅢ改はビームサーベルを振らず、ガンダムMk-Ⅲの腹部を蹴りつけた。

 強烈な衝撃がゲイルを襲う。頭を揺さぶられたゲイルの思考が一瞬飛んだ。

 蹴られたことで距離が空く。それはザクⅢ改のビームライフルの射程内に入ったことを指していた。

 

 銃口に光が灯る。確実な死がゲイルを捉えた。

 

「うぉぉぉ!」

 

 咆哮を上げたゲイルがビームライフルを手放すと、バルカンを放った。

 撃たれたのはガンダムMk-Ⅲのビームライフルだ。ビームのエネルギーパックに当たった銃弾によって、ビームライフルは爆発を起こす。

 目が眩む光に、ローマンは一瞬ビームライフルの射撃ボタンを押すタイミングが遅くなった。

 

 発射されたビームはガンダムMk-Ⅲの傍を抜けていく。

 ローマンの攻撃をしのいだゲイルはスラスターを全開にして、お返しとばかりに急接近をする。

 ビームキャノンで牽制し、ザクⅢ改の懐に入り込むと、そのまま体当たりをした。

 

「ごふっ!?」

 

 今度はローマンが脳を揺さぶられた。思考を奪われたローマンは、ビームサーベルを構えて接近するガンダムMk-Ⅲに気づく。だが、ビームサーベルで応戦する猶予はなかった。

 ゲイルは必殺の一撃を繰り出す。その瞬間、ローマンの口元に笑みがこぼれた。

 

 右肩のシールドの内側から尖った何かが射出される。それはガンダムMk-Ⅲのコクピットの傍に刺さった。

 その尖った何かからはワイヤーが伸びている。ワイヤーに電気の光が宿ると、ガンダムMk-Ⅲを高圧の電流が襲う。

 

「がぁぁぁぁ!」

 

 絶叫するゲイル。ガンダムMk-Ⅲを襲ったのは、海ヘビと呼ばれる特殊兵装だ。

 電流を流すことで電子機器を破壊するだけでなく、パイロットを殺傷できる程の力を持っている。

 隠し武器を使用したローマンは珍しく安堵の息を漏らす。

 

「さて、これで終わりかな」

 

 ザクⅢ改は悠々と近づき、ビームサーベルを振りかぶった。

 



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離別

 ザクⅢ改は海ヘビに電流を流したまま、ビームサーベルを構えるとスラスターを噴射しガンダムMk-Ⅲに接近する。

 感電するゲイルには迫りつつある死を認識することすらできなかった。

 焼き殺されるのが先か、ビームサーベルによって蒸発させられるのが先か。死を待つ身となったゲイルにライセイの声が響く。

 

「やめろぉ!」

 

 プロトデルタのビームライフルから射出されたビームがザクⅢ改とガンダムMk-Ⅲの間を貫いた。

 減速したザクⅢ改に突撃するプロトデルタ。ビームサーベルを抜き放つと、海ヘビのワイヤーを切断した。

 電撃から解放されたゲイルは朦朧(もうろう)とする意識の中、ライセイの名を呼ぶ。

 

「ライ……セイ……。やめ……ろ」

 

「やらせない! 兄さんは僕が守るんだ!」

 

 直情的にビームを撃つライセイの戦い方は普段のものとは違った。

 冷静さを欠いた攻撃はローマンに通じることはなく、逆に反撃を食らうこととなる。

 ザクⅢ改のビームライフルから放たれたビームがプロトデルタの左肩に突き刺さった。

 

「ぐっ!?」

 

 爆発の衝撃に苦痛の声を上げたライセイだが、目には熱い魂が宿ったままだった。

 ビームライフルを乱射するが回避行動を取ったザクⅢ改を捉えることはできない。

 ザクⅢ改の口に光が灯る。口から放出されたビームはプロトデルタの左足を焼き切った。

 

 姿勢制御を失いつつあるプロトデルタだが、それでもライセイから戦う意思を奪うことはできない。

 兄のために命を投げ出す。その覚悟の言葉を発する。

 

「兄さんは僕の命に代えても守る!」

 

 その言葉を無線で聞いたローマンはふふっと笑う。

 

「素敵な兄弟愛だねぇ。じゃあ、ここで仲良く死のうか」

 

 スラスターの輝きが増すと、ザクⅢ改が攻めに転じた。

 プロトデルタに猛進するザクⅢ改はビームサーベルで切りかかろうとする。

 そのとき、プロトデルタの背中にリックディアスⅡが取りつくと、ビームを収束する前のビームサーベルを突き付けた。

 

「そこまでだ。これ以上は見過ごせない」

 

「クラウス大尉! 邪魔をしないで!」

 

「良いか、よく聞け。お前はアヴァロンを見捨てる気か?」

 

「くっ!?」

 

 ライセイに戸惑いが生まれた。ザクⅢ改は速度を緩めると、プロトデルタのコクピットにビームサーベルを向ける。

 

「言い残したい言葉があるなら聞くよ?」

 

「……兄さん、生きて」

 

「最後まで兄弟思いだねぇ。お兄ちゃんにはすぐにまた会えるからさ。安心して逝っちゃいなよ」

 

 ビームサーベルを徐々にコクピットに近づけるローマン。じわじわと装甲が焼かれていく。

 死神の足音を聞くライセイの耳に希望の声が聞こえた。

 

「ゲイル! 返事をしろ! ゲイル!」

 

 ダンのシュツルムディアスがガンダムMk-Ⅲを抱えるようにして、ライセイ達から遠ざかっていく。

 ライセイがローマンと戦っている隙を突いて、ゲイルを救出したのだ。

 去っていくダンのシュツルムディアスをカバーするように動いた、アオイのシュツルムディアス。

 

 追撃の構えを取ろうとしたザクⅢ改を高出力のビームが襲う。

 ローマンが素早い反応で避けたビームは、ネモスナイパーのロングスナイパーライフルから放たれたものだった。

 出鼻をくじかれたローマンはゲイル達を追うようなことはせず、視線をリックディアスⅡに向ける。

 

「なんか気分が変わっちゃったなぁ。その子のことは、そっちでお仕置きしといてよ」

 

「分かった。しかるべき処分はする」

 

「はいは~い。えっと、ライセイだっけ?」

 

 ローマンの問いかけに、ライセイは険しい顔をし返事はしなかった。

 

「素敵な兄弟愛だったよ。家族ってのは大事にしないとね。んじゃ、俺は帰るから」

 

 そう言うと、ザクⅢ改はハイドラへと帰投した。

 その後姿を見たライセイはシートにもたれ掛かり、ゲイル達の母艦であるウイントフックに視線を動かす。

 ウイントフックは回頭して後退しているようだ。無事だろうか。ゲイルの身を案じるライセイにクラウスが言う。

 

「ライセイ少尉。覚悟はできているだろうな?」

 

「はい」

 

「ならば良い。アヴァロンに戻るぞ」

 

 プロトデルタを掴んだリックディアスⅡは、そのままアヴァロンへと向かう。

 ライセイの視線はウイントフックが見えなくなっても、その姿を追い続けた。

 



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幸せの意味

 薄らと目を開けたゲイルの視界に2人の男女がいた。

 不安そうにこちらを見る2人が瞳を潤ませると、女性がゲイルをキツく抱き寄せる。

 

「ゲイル。ああ、良かった、ゲイル」

 

 女性の声を聞き、ゲイルはやっと2人のことを理解した。

 父親と母親だ。涙を流す母親の肩にそっと手を乗せた父親が言う。

 

「母さん、ゲイルが苦しがってるぞ?」

 

「あ、ごめんなさい。ゲイル、大丈夫? 痛くない?」

 

 問われたが意味が分からず、ゲイルは首を傾げた。

 特に体は不調を訴えてはいない。答えに悩むゲイルに父親が優しい笑みを浮かべた。

 

「無事で何よりだ。あの時はびっくりしたぞ? でも、ありがとう。おかげでライセイに怪我はなかったんだ」

 

 ライセイ。そうだ、ライセイはどうなった。

 キョロキョロと見回したゲイルは、ベッドの横で寝ぼけ眼を擦っているライセイを見つけた。

 小柄なライセイはゲイルの顔を見ると目を丸くして、わっと泣き出す。

 

「ごめんね、お兄ちゃん。僕、僕」

 

 泣きながら謝る弟を必死でなだめる両親。

 思い出した。ライセイがオートバイに轢かれそうだった猫を助けようしたのを庇ったのだ。

 どうやら、ライセイに怪我はなかったようで一安心する。

 

 ゲイルは泣き続けるライセイの頭に手を乗せて、優しく撫でた。

 

「気にするな、ライセイ。俺なら無事だ」

 

「お兄ちゃん……」

 

 ぐすりと鼻をすすったライセイに、母親がハンカチで涙を拭ってやる。

 ついでに鼻をかむと、目を赤くしたまま笑った。

 

 その顔を見てゲイルもつられて笑う。

 両親も心から安心できたのか、やっといつもの笑顔を見せた。

 家族みんなで笑い合うのは、とても久しぶりな気がする。

 

 全てが満たされた気分になったゲイルは、これが幸せというものだと理解した。

 自分を心の底から心配してくれた両親と弟。家族に対する愛情があるからこそ、こうして素直に笑うことができるのだ。

 幸せの意味を噛み締めるように、ゲイルは家族の姿を心に焼き付ける。

 

 ふと、ゲイルの耳に聞きなれた声が聞こえた。

 

『兄さんは僕が守るんだ!』

 

 大人の男性の声だ。

 

『兄さんは僕の命に代えても守る!』

 

 頭の中に響く声は、とても身近な人の声だ。

 誰だ。この声は。大事な人の声に違いない。その声を聞くだけで心がキツく締め付けられるからだ。

 

『兄さん、生きて』

 

 ライセイの声に導かれるように、ゲイルは夢の世界から抜け出した。

 

 

 ゲイルは目覚めると、蛍光灯と無機質な天井が視界に映った。

 ぼうっとした意識が徐々に明瞭になっていく。我を取り戻したゲイルの耳に大きな声が聞こえた。

 

「ゲイル!?」

 

 声を上げたのは、ベッドの横の椅子に座っていたアオイだった。

 喋り掛けようと口を開こうとしたとき、また聞き覚えのある声が聞こえる。

 

「ゲイル!? 大丈夫か!? どこか痛いところはないか?」

 

「ゲイル中尉! 良かった。マジで良かった」

 

 何かと心配するダンに、涙を流しそうなシマンを見たゲイルは、思うように開かない口をゆっくりと開けた。

 

「ライセイは?」

 

「お前、自分のことを心配しろよな。アヴァロンに戻る光が見えたから、恐らくだが無事だ」

 

 恐らく。誰にも確証はもてないため、ダンは希望的な言葉を口にした。

 だが、ゲイルは言葉を素直に受け取る。

 

「それなら良かった。ライセイなら、きっと無事だ」

 

 そう言ったゲイルは安堵の表情を浮かべる。

 それは、まだ意識が晴れきってないため考えが及ばない訳ではなく、直感的にそう思えたからだ。

 目を閉じればライセイの命の鼓動が感じ取れる。そんな気がしていた。

 

 ダンが神妙そうな表情から、少しだけぎこちない笑みを浮かべた。

 

「それよりも、まずは自分のことだろ? お前がいなくちゃ、俺が苦労するだろうが」

 

「ああ、そうだな」

 

 深く呼吸をしたゲイルは、自分の手に温もりがあることに気づき目を向ける。

 そこには、ゲイルの手を握っているアオイがいた。

 不安そうな表情でじっと見据えるアオイの手を握り返す。

 

「アオイ、俺は無事だ」

 

「もう、心配掛けさせないでよ」

 

「悪かった」

 

 詫びるゲイルにアオイが瞳を潤ませて、不満そうに言う。

 

「次、あんなことしたら、怒るからね?」

 

「ああ、今度からは無茶はしない」

 

 そう返したゲイルの言葉にダンがちゃちゃを入れる。

 

「お前、ライにも同じこと言ってなかったか?」

 

「ちょっと、ゲイル。それ、本当?」

 

 アオイの反応にゲイルは噴き出し、笑い声を上げた。

 呆気に取られるアオイの横でダンも声を大にして笑う。続けてシマンも笑いだし、最後はアオイも笑みを見せた。

 周りの表情を見たゲイルは、自分の心が温まるのを感じる。

 

 それは両親とライセイで笑いあったときに感じたものであった。

 幸せ。大事な人達に囲まれて、笑顔で満たされたときに感じた気持ち。

 ゲイルはアオイのことの目をじっと見た。

 

「アオイ、前に俺に聞いたよな? なんでお前達といると楽しいのかって」

 

 こくりと頷くアオイに、ゲイルは微笑みを浮かべて言う。

 

「お前達のことが好きだからだ。幸せなんだよ、お前達といると」

 

「ゲイル……」

 

 涙を浮かべるアオイが、手で目をこすった。

 

「お前達って、一括りにされるのは気に食わないけど、許してあげる」

 

「何を許すんだ?」

 

「もういい」

 

「いや、良くはないだろう」

 

 乙女心を全くと言って良いほど理解していないゲイルの肩に、ダンがいやらしい笑みを浮かべながら手を乗せる。

 

「ゲイル、良いぞ。そのまま真っ直ぐ生きてくれ」

 

「あんたは黙ってなさいよ!」

 

「おお、怖っ。シマンく~ん、あのお姉さん怖いねぇ」

 

「ムカつく~。今度、シミュレーターでボコボコにしてあげるから」

 

 いつものダンとアオイのやり取りが始まる。

 それを見ていると、生きて帰ってきた実感が湧いた。皆といる幸せを噛み締めたゲイルには、もう1つやらなければならないことがあった。

 

 ライセイを救うこと。俺が生き延びれたのは、ライセイのおかげだ。

 そのライセイが窮地に立たされているなら、俺が助けに行こう。

 兄の役割ではなく、たった1人の家族を救いたい。

 

 幸せな日々に戻るため、ゲイルはアヴァロンを追う決意をした。

 



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語る過去

 薄暗い営倉の中、簡易ベッドに腰かけたライセイはひたすらに兄の無事を祈っていた。

 海ヘビがどの程度の破壊力を持っているのか分からないが、早々に人を殺せるものではないはずだ。

 ゲイルはきっと無事に違いない。ライセイは手を組んで祈る。

 

 命令違反を犯したライセイに下された処罰は営倉行きであった。

 死を覚悟していた分、その処罰の軽さに呆気に取られたが、命拾いしたことは素直に喜べることだ。

 もうゲイルと出会うことはないと思っていたが、また会える可能性がゼロではなくなった。

 

 あとはどうしたらアヴァロンから無事に帰ることができるかだ。

 フォルストの話であれば、余計なことをしなければ身の安全は保障されるということだった。

 本当に信じていいかは分からないが、今はそれを頼みに生きるしかない。

 

 もし、それが嘘であったのなら。そのケースも考えなければならない。アヴァロンを脱出したところで、行く当てがなければ宇宙を漂って死ぬだけだ。

 ネオジオンに参加する以外道がないのではないか。ただ、命令違反を犯したライセイが受け入れられるかといえば微妙なところだ。

 待ち構えている死に少しずつ近づいている気がする。

 

 それならば、せめてゲイルだけは助かってほしい。ライセイは心の中で願い続けると、ドアの開く音が聞こえた。

 かつかつと響く足音がライセイのいる営倉の前で止まる。うつむいていた顔を上げて音の方を見ると、フォルストが感情を殺したような表情でライセイを見ていた。

 

「少しは反省したか?」

 

 フォルストの問いかけに、ライセイは言葉を返さなかった。

 

「君の軽率な行動が艦を危険にさらした。分かっているだろう?」

 

「それを艦長が言うんですか? あなた達のせいで僕達は巻き込まれたんですよ?」

 

「それについて謝罪はしない。我々の目的はそれほど重要なものだ」

 

「僕達の命はずいぶん軽い扱いなんですね」

 

 珍しく皮肉を言ったライセイに、フォルストは平静に言う。

 

「そうだな。命の重さは人それぞれだ。私にとって、君達の命は軽い方かもしれない」

 

「艦長なのに、よくそんなことが言えますね?」

 

「君にとってゲイル中尉の命は他の者よりも大事なのではないか?」

 

「くっ」

 

 返す言葉を失ったライセイは目を逸らして口をきつく結んだ。

 言われればそうである。ゲイルを助けることができるなら、見捨てる命は出てくるはずだ。

 フォルストの言っていることは正論である。そのフォルストが静かに言う。

 

「ライセイ少尉に聞きたい。もし先ほどの戦闘でゲイル中尉が死んでいたとしたら、あのMSのパイロットを許せるか?」

 

「許せるわけないでしょう? 絶対に敵を討ちます。兄さんが望まなくても、僕はそいつを許さない」

 

「そうか。……少し、昔話をして良いかな?」

 

 思わる言葉にライセイは小さく頷いた。

 フォルストはありがとうと呟くと、虚空を見つめる。

 

「私には息子がいた。私とは違って気が利いて、愛嬌があって周りから愛される人間だった。私がジオン軍の出身だということは知っているだろう?」

 

 アヴァロンに乗る者ならば誰もが知っていることである。

 フォルスト本人も隠している様子はなかった。ライセイはこくりと頷く。

 

「一年戦争。君も経験した戦争だ。息子は学生だったが、戦争末期の学徒動員で戦場にでることになった。心優しい息子に戦場は似合わない。そう心配する私に息子はよく手紙を送ってくれたよ」

 

 そういうと、フォルストは服の胸ポケットから一枚の紙を取り出した。

 何度も読んだのだろう。細かなしわがいくつもついていた。手紙に目を落としたフォルストが言う。

 

「ここには暗い話は1つも書かれていない。明るい話題で私の不安を解消させようとしてくれたのだろう。その中で度々出てくる名前がある。ライセイ・クガ。君の名前がね」

 

「えっ? でも、イースレットって人は?」

 

「イースレットは偽名だ。本名はフォルスト・イバンズ。息子の名前は、ブライアン・イバンズ。覚えているかな?」

 

 ブライアンという名でライセイの記憶が刺激される。同じ隊にいたムードメーカーのブライアンは、隊の面々から慕われており、ライセイも何度となく助けられた。

 敵のことを嫌いな上官と思えと冗談交じりで教えてくれたのもブライアンである。思い出が蘇ったライセイは、フォルストの言葉を思い出し目を見開いた。

 

「息子が前に死んだって……。まさか、ブライアンが?」

 

「ああ、死んだ。だが、戦争ということは嘘だ。本当は仲間の手によって殺されたのだ」

 

「えっ!? 仲間がそんなことするわけがないですよ! だって、皆から好かれてたんですから」

 

「そうだな。ブライアンは君と別の部隊に行ったが、そこは軍隊でも異色であった。ザビ家親衛隊。優秀だったブライアンは、そこに抜擢された」

 

 ザビ家親衛隊。ジオン公国を治めるザビ家直轄の部隊で、普通の軍事系統から外れた者達だ。

 その権限は一般兵の同じ階級の者よりも高く、度々、戦艦などに搭乗し陣頭指揮を執っていたと聞く。

 戦争も末期になったこともあり、ザビ家親衛隊も人手不足になったのだろう。優秀なブライアンが引き抜かれたのも頷けた。

 

「ザビ家親衛隊がどういうところか知っているか? 色々と噂は聞いているだろうが、ザビ家のためという言葉に酔った者達は多くの者達に傍若無人な振る舞いをした。だが、それは外に対してだけではなかった」

 

 ライセイは固唾を飲んでフォルストの言葉を聞く。

 

「内部も腐っていたのだ。上官の気分次第で殴るのは当然で、仲間内で殴り合いをさせるなど聞くだけで反吐が出そうになるものばかりだ。そんな組織の中に息子は入ってしまった」

 

「ブライアンは、そこで?」

 

「ああ。ブライアンは直属の上官のミスをかばったそうだ。それが上には気に食わなかったのだろう。上の命令でブライアンは仲間達にリンチされ、そして死んだ」

 

「そんな……」

 

 うなだれたライセイ。思い出すブライアンの顔は笑顔ばかりだった。辛く折れそうだった人に優しく励ましていた。そんな心優しいブライアンが。

 残酷な現実を聞いたライセイの手がわなわなと震える。

 

「ライセイ少尉。君に礼を言いたい。息子は君の優しさに救われたと書いていた。そんな君に、このような仕打ちをして申し訳ない」

 

「フォルスト艦長、聞かせてください。何故、それでもネオジオンに行くんですか? ブライアンはそんなことは望まないと思います」

 

「あの子ならば、そう言うだろうな。だが、決めたことだ。私はネオジオンに行く」

 

 頑強な一枚岩のように表情を崩すことのないフォルストの意思は、固いことが伝わってきた。

 フォルストの心に届くような言葉を持たないライセイだが、1つだけ言わなければならないことがあった。

 

「ネージュは、そのことを知っているんですか?」

 

「知っている。知っている上で、協力してくれた」

 

「……そうでしたか」

 

「私の話は以上だ。君はまだしばらくここにいてもらう。だが、安心してほしい。必ずゲイル中尉と会えるようにする」

 

「えっ?」

 

 背中を見せたフォルストにライセイは声を掛けようとしたが、無情にもドアが閉じてしまった。

 ゲイルとまた会えるということは、フォルストはライセイの命を救ってくれるということを言っているのだろうか。

 ブライアンを殺したザビ家の遺児のいるネオジオン。そこにザビ家の血を継ぐネージュを連れて亡命するフォルスト。

 

 一体、何を考えているのか、ライセイには理解ができなかった。

 薄暗い営倉の中でライセイにできることは、ゲイルの無事を祈ることと、ブライアンの死を悼むことであった。

 



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無謀な作戦

 敗北から一夜が明けると、ゲイルはドクターの目を盗んで病室のベッドを去る。

 向かうのはメインデッキにいるであろうドルフの元だ。現在、ウイントフックはアヴァロンの追跡を中断しているとのことだった。

 こうしている間にもアヴァロンはネオジオンに合流しようと遠くに行ってしまう。これ以上の遅れをとるわけにはいかないため、ドルフに進言をしようと考えていた。

 

 メインデッキのドアを開けるとオペレーターが、あっ、と声を上げる。

 その声でドルフも首を回した。ゲイルを見ると、目を丸くする。

 

「ゲイル中尉。無理をしてはいけないよ。ゆっくり休みたまえ」

 

「ドルフ艦長。お願いがあります」

 

「アヴァロンを追え。と言いたいのだろう? アヴァロンが裏切ったことは分かった。これ以上、無茶をするわけにはいかないよ」

 

 ドルフの判断をゲイルは間違いと思わなかった。

 ウイントフックに指示されたのはアヴァロンの追跡で、それ以降は現場判断に任せるというものだ。

 ネオジオンの艦と行動を共にしているアヴァロンを追うのをサラミス級巡洋艦1隻では無謀である。

 

 だが、それを分かってゲイルは進言をしに来たのだ。

 

「アヴァロンの乗組員全員が裏切った訳ではありません。まだエゥーゴとして戦う意思を持った者も大勢いるのです」

 

「そうかもしれん。だが、ウイントフック単艦でどうしようと言うのだね? まさか、アヴァロンを救えと言うのかな?」

 

「それは不可能です」

 

「ならば、答えは1つではないかね?」

 

 ドルフは聞き分けのない子供に言い聞かせるように問いかけたが、ゲイルは首を横に振った。

 

「ウイントフックもネオジオンに降ります」

 

 ゲイルの提案に聞き耳を立てていた乗組員は唖然とした表情をする。だが、ドルフは何かを察したようで顔つきを険しくさせた。

 視線の集中したゲイルは続ける。

 

「もちろん、降るのは偽情報です。敵を混乱させるのが目的です」

 

「そんな子供だましが通じると思うのかね?」

 

「アヴァロンが一枚岩ではないことは敵も承知しているはずです。ネオジオンも合流して、しばらくは信用できないでしょう。混乱させれば、敵はアヴァロンを信用できなくなるでしょう」

 

「そんなことをしたまえ。アヴァロンが撃墜されてしまうかもしれんぞ? そうなっては元も子もない」

 

 またもやドルフは正論を語った。ゲイルの作戦は非常に楽観的で、希望的観測のものであるとしかいえない。

 しかし、ゲイルは表情を変えず、ドルフの言葉を否定する。

 

「墜とされません。いえ、墜とせない理由があります」

 

「その理由とは?」

 

「ライセイです。いえ、ライセイは何かを知っている。アヴァロンの亡命が何なのか」

 

「どうして、そんなことが分かる? 直接、聞いたとでもいうのかね?」

 

「俺達が引けばアヴァロンは大丈夫と言いました。何故、そう断言できたのか。それはアヴァロンに何かがあるからです」

 

 ゲイルは自分の直感でものを言っており、余人には到底理解できないものである。

 語られた根拠を聞いた乗組員達に失望の色が見えた。そんなこと信用できるものか。誰もが思ったことを、ドルフは表情に出すことはなかった。

 

「では、何かね? 君の直感に従って、この艦を危険に晒せと言っているのかね?」

 

「はい。アヴァロンを助けるためには、今しかありません」

 

 真っ直ぐドルフの瞳を見据えたゲイルの目には確固たる意思がみなぎっていた。

 熱い視線を向けられたドルフは目を閉じて、深く息を吐くと艦内放送につながる受話器を取った。

 

「総員、よく聞け。我々は今からアヴァロンのクルー救出のため、全速力でサイド6宙域へと向かう。単艦での作戦となるが、諸君らならば任務を全うできると信じている。必ず仲間を救い出すのだ」

 

 受話器を戻したドルフがゲイルに言う。

 

「君にほだされた訳ではないと言っておこう。私は天邪鬼でね。周りが取ろうとする行動と別のことがしたくなる。それに」

 

 頬を緩めたドルフは、優しい目を見せた。

 

「仲間を見捨てることが一番嫌いなのだよ。まだやれることはあるはずだ。ゲイル中尉、補給艦とのランデブーに備えてくれ。MSと武装の補給があるそうだ」

 

「補給艦が、このタイミングで?」

 

「アヴァロン追跡のための補給とのことだ。我々の行動を予測していたようで薄ら寒いな」

 

 ふふっとドルフは笑う。この手回しの良さにゲイルは、スペクターの顔を思い出してしまった。

 偶然だろう。あいつが得になることは何もない。ゲイルは結論付けると、敬礼をしてメインデッキを去ろうとした。

 

「ゲイル中尉」

 

 呼び止められたゲイルが振り返ると、ドルフが楽しそうに笑みを浮かべる。

 

「MSの受け渡しにはアオイ少尉と2人で行くと良い」

 

「えっ?」

 

 ゲイルは一瞬困惑したが、MSの扱いに長けたアオイと一緒に行った方が良いのだろうという結論を出した。

 周りのアシストに全く気付かない男は頷いて言う。

 

「分かりました」

 

「うむ。期待しているよ」

 

 何を期待しているのだろうか。よく理解できていないゲイルは、小首を傾げつつメインデッキを後にした。

 アヴァロンの救出作戦。果たして上手く行くのだろうか。いや、絶対に成功させる。この艦の乗組員の命を預かったのだ。

 必ず助け出す。ライセイ、待っていてくれ。

 

 ゲイルの願いを叶える力を乗せた船の到着は、そのすぐ後であった。

 



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想い人

 コロンブス級輸送艦がウイントフックに接舷すると、乗組員総出で補給任務に取り掛かった。

 輸送艦に乗り込んだゲイルとアオイはMSデッキへと向かうと、そこには大型のビーム兵器であるメガ・バズーカランチャーが立て掛けられている横に、トリコロールカラーのMSが1機。

 そのMSを見たアオイが息を呑んだ。

 

「ZⅡ(ゼッツー)。量産されていたのね」

 

 ZⅡはZガンダムの発展型として開発された機体である。

 コストの高いZガンダムと比べて、単純な変形機構を採用したZⅡはコスト面が優れていたこともあり、少数生産されたのだ。

 火力もZガンダムに劣らず、高出力を誇るメガビームライフルを装備しており、クレイバズーカを装備できるなど単機での戦闘能力はガンダムMk-Ⅲを上回るものである。

 

 ハイスペックなMSであるZⅡの、その1機がゲイル達の目の前にあるのだ。

 

「すごい機体なのか?」

 

「今のトップクラスの性能と言えるわ。変形機構があるから機動力も、そんじょそこらのMSでは対抗できないでしょうね」

 

「MA形態があるということか」

 

 アオイの話を聞いたゲイルは、拳をギュッと握りしめた。

 機動力の面で、あのザクⅢ改に後れを取っていたからだ。火力も高ければ機動力も高い。欠点のないMSのように思えるが、問題が1つあった。

 

「MA形態の操縦は難しいのか?」

 

 エゥーゴのMSでは可変機は量産されておらず、一般の兵士が乗ることは滅多になかった。

 MSシミュレーターでも使用したことがない機体にゲイルは不安を抱く。そんなゲイルにアオイが優しく言う。

 

「私が経験あるから大丈夫。シミュレーターも使えば、ゲイルならすぐに乗りこなせるはずよ」

 

「そうか。このZⅡには俺が乗って良いのか?」

 

「あなたが乗らなくて誰が乗るのよ? あなた以外に、あの化け物と戦えるパイロットはいないわ」

 

 ローマンの操縦技術とザクⅢ改のスペックの高さに対抗できるMSは他にない。

 新たな愛機を見るゲイルの瞳に熱い思いが宿る。次は負けない。アヴァロンの元へ向かえば、あのザクⅢ改は必ず出てくる。

 それを倒さなければ、アヴァロンの乗組員を助け出すことはできないのだ。

 

「ねぇ、ちょっとZⅡに乗ってみない? どんな感じなのか見てみたいの」

 

「コクピットに入るだけなら、問題ないだろうな」

 

 そういうと、ゲイルとアオイはZⅡのコクピットを開けて2人で中に入った。

 シートに座ったゲイルの上にアオイが乗っかると、ヘルメットを取って髪をほどく。

 髪をかき分けるしぐさにゲイルは珍しく女の色気を感じた。

 

 すると、アオイがゲイルのヘルメットに手をかけて、ゆっくりと取る。

 

「なんだ、急にヘルメットを取ったりして?」

 

「良いじゃない。こっちの方が、より近い感じがするでしょう?」

 

「まあ、そうだな」

 

 納得したゲイルに、アオイがもたれ掛かった。

 息遣いだけがコクピットの中に響く。言葉を発しない2人。アオイがゲイルを見上げると、ゆっくりと顔を近づけた。

 それが何を意味しているのか。ゲイルは拒否することはなく、アオイの口づけを受け入れた。

 

 長い口づけが終わると、アオイが小さく笑う。

 

「逃げるかと思ったわ」

 

「断る理由がない。だが、本当に俺なんかで良いのか?」

 

「もう、朴念仁なんだから。あなただから良いの。女にここまで言わせるのもどうかと思うけど?」

 

 不満そうに頬を膨らませたアオイを見て、今度はゲイルから口づけをした。

 そのとき、コクピットのハッチが開く。

 

「おい、ゲイル。中で何を。んん!?」

 

 ダンが驚きの声を上げると、その後ろからシマンがコクピットをのぞき込んだ。

 

「ちょっと、何2人でイチャついているんですか?」

 

 慌ててアオイとの口づけを切り上げたゲイルが言う。

 

「なんでもない。本当になんでもない」

 

「ちょっと? なんでもないって、どういうことよ?」

 

「あ、いや、なんでもない、訳じゃない」

 

 慌てふためくゲイルにアオイが不満そうに言うと、ダンがからかい始めた。

 

「ゲイル中尉は部下をたらしこんだのか。シマン君、どう思う、これ?」

 

「はっ! 上官の地位を乱用したもので、非常にけしからんことだと思います!」

 

「黙れ、2人とも! さっさと持ち場に戻れ」

 

 ゲイルが一喝すると、2人はニヤニヤ笑いながらZⅡのコクピットから離れていった。

 安堵の息を吐くゲイルの頬をアオイがつねる。

 

「なんでもなくないわよね?」

 

「ああ、なんでもなくないな」

 

「じゃあ、私達って、どんな関係かしら?」

 

 アオイの意地悪な質問に逡巡したゲイルは穏やかに言う。

 

「恋人。ってのはどうだ?」

 

「分かってるじゃない。じゃあ、もうちょっとだけ2人でいましょう?」

 

 そういうと再びZⅡのコクピットのハッチが閉じられる。

 2人が戻ったときには、ウイントフック中に話が広まっていたのは言うまでもなかった。

 



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悲劇

 ディクセル艦隊の旗艦、グワンバン級戦艦グワンザムをモニターで捉えたヘックスは隣であごひげを擦るローマンに言う。

 

「やっと着いたな。厄介な仕事だったぜ、まったく」

 

「そうだねぇ。まあ、アクシデントは付き物だから」

 

「俺はまだ許してないからな?」

 

 ギロりとローマンを睨んだヘックスは、先日のガンダムMk-Ⅲとの決闘のことを言っていた。

 そんな視線など何処吹く風と言った具合にローマンは軽く笑い声を上げる

 

「まあ、勝ったから良いじゃない。俺が負けるって思っちゃったわけ?」

 

「お前が負けるところなんて想像できないが、万が一ってことがあるだろう?」

 

「嬉しい言葉、言ってくれるじゃない。万が一ってのが余計だけどね」

 

 低く笑うローマンに冷めた視線を送ったヘックスにオペレーターが声を掛ける。

 

「艦長、グワンザムから通信です」

 

「繋げ」

 

 モニターに映ったのはギルロードではなく、ディクセルであった。

 ハイドラにアヴァロンの確保を命じたのがディクセルであったことから、おかしなことでは無いが何か引っ掛かりをヘックスは覚える。

 

「予定よりも1日遅くなったようだが、何があったのだ?」

 

「エンジンが不調だったんだよ。酷使してきたからねぇ。これでも急いだ方なんだよ?」

 

 答えたのはローマンであった。

 相変わらずの物言いだが、それをディクセルは気にしている様子はなく、早々に話題を変える。

 

「アヴァロンの確保は上手く行ったようだな」

 

「ちょっとアクシデントはあったけどねぇ。ま、被害は出てないよ」

 

「それならば良い。ハイドラはアヴァロンをグワンザムに誘導した後、艦隊に合流せよ」

 

「はいは~い。了解だよぉ」

 

 通信を終えるとヘックスが首を傾げて言う。

 

「なんで、こんなに早く誘導するんだ?」

 

「ディクセル様がお急ぎなようだから、何かあるんだろうけど」

 

「何か、か。じゃあ、俺達の仕事はアヴァロンをグワンザムに届けるまでって、ことか」

 

「そうだね。さっさと終わらせて次の仕事に取り掛からないと」

 

「次の仕事か。お前にしては、珍しくやる気じゃないか?」

 

 ニヒルな笑みを浮かべて言ったヘックスに、ローマンは笑みを見せるだけで返事はせず、遠くに目を向ける。

 ハイドラの行先にはグワンザムを始めとして、エンドラ級が2隻、ムサイ級が3隻というディクセル艦隊があった。

 MS総数40機という大艦隊のトップであるディクセルが何を目論んでいるのか。

 

 ローマン達には知る由もなかった。

 

 

 ギルロードはグワンザムのMSデッキにいた。

 MS2機分はあろうほどのスペースを取っている、巨大MSに目を向けていた。

 白を基調としたMSは並ぶガザDよりも2倍近い全長をほこり、肩と背中に大きな翼のようなものが付けられていた。

 

 MSの名はクィンマンサ。

 ニュータイプ専用機として作られた、このMSは全身に多数のメガ粒子砲を備えているだけでなく、ファンネルも多数搭載されており、1機で戦局を変えうる力を有していた。

 だが、求められる技量はその分高く、並のパイロットでは扱いきれないものである。

 

 このMSに乗ることとなったギルロードであるが、クィンマンサの力を十分に発揮できないでいた。

 ギルロードの強化人間としての限界なのか、ファンネルを十分に活かしきれないのだ。

 ファンネルを完璧に扱えないようでは、クィンマンサの戦力は半減してしまう。

 

 焦れば焦るほどクィンマンサに振り回されるギルロード。

 訓練を切り上げると自室に籠り、マニュアルに目を通す。

 もう何度読んだことか。読んだところで、ファンネルを使いこなせるものでは無い。

 

 それはギルロード自身も分かっていた。

 だが、それでも何か掴めるかもしれないという淡い期待を捨てきれずにいる。

 そうして、マニュアルを見つめていると、部屋にブザー音がなった。

 

「ギル、開けてもらえますか?」

 

 セティの声を聞き、ギルロードは部屋のドアのロックを解除した。

 部屋に入ってくるセティは、手を後ろで組んでいる。

 

「ギル、時間がありません。私の言う通りにしてください」

 

「急にどうしたんだ、姉さん?」

 

「いいから聞いてください。あなたはこれから、ディクセル様から何を言われても全てに、はい、と答えてください。他に喋ってはなりません」

 

 矢継ぎ早に言うセティにギルロードは困惑気味に返す。

 

「私はディクセル様の命令ならば、何でも聞くつもりだ。別に言われなくとも」

 

「違います。あなたは物言わぬ人形の振りをするのです。でなければ、あなたは」

 

 セティは辛そうな表情を見せると、後ろで組んでいた手を離す。

 その手には注射器が握られていた。

 

「私はあなたにこれを打つように命令をされました。これはあなたの意識を奪い、あやつり人形にする恐ろしい薬です」

 

「命令? 一体、誰が?」

 

「ディクセル様です。時間がないのです。私はあなたにこれを打ったと報告します。あなたは私の指示に従って」

 

 そう言いかけたとき、ドアが開いた。

 そこに立っていたのは、ディクセルと2人の兵士だ。

 

「セティ、ここの部屋の音声は筒抜けなのだよ。非常に残念だ。君のような有用な部下に裏切られるとは」

 

「ディクセル……」

 

 悔しさで顔を歪めるセティは腰に手を回すと、銃をホルスターから抜く。

 その瞬間、兵士の1人が持つライフルが火を噴いた。

 セティの胸を銃弾が貫くと、パッと鮮血が舞う。その血がギルロードの頬に当たった。

 

「姉……さん?」

 

 無重力空間のため、セティの体は宙に浮いたまま力なく漂う。

 

「ギ……ル……」

 

 消え入りそうな声で言うと、ゴホッと血を吐く。

 そうして動かなくなったセティから死を感じ取ったギルロードが慟哭した。

 

「姉さん! 何で!? ディクセル様、何故、このようなことを!?」

 

「私を裏切った者の末路だよ。ギルロード、お前は私を裏切らないと信じている」

 

「姉さんを殺しておいて、何を!」

 

 ギルロードがセティの握る銃に手を掛ける。

 それを見越したように2人の兵士がギルロードを取り押さえた。

 暴れるギルロードを冷たい視線で見るディクセルが言い放つ。

 

「セティはお前の姉ではない。姉の役目を演じていたにすぎない」

 

「うるさい! 姉さんを、よくも!」

 

「やれやれ。強化人間はこれだから、扱いづらい」

 

 そう言うと、セティの手から注射器を抜き取るって、ギルロードの首筋に当てた。

 

「これからの活躍を期待しているよ、ギルロード」

 

 突き立てられた針から薬が注入されると、ギルロードは徐々に意識を失っていく。

 

「ね……え……さん」

 

 薄れいく視界に映ったのは最愛の姉の死に顔であった。

 



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ギレンの血脈

 グワンザムに接舷したアヴァロンにネオジオンの兵士が数名乗り込んできた。

 それを出迎えるように待っていたのはフォルストとネージュで、その後ろにはジッパーのついた大きな黒い袋が浮かんでいる。

 ネオジオンの兵士が銃を構えると、フォルストは手を挙げた。

 

「抵抗の意思はない。我々はネオジオンへ亡命するためにここに来たのだ」

 

 フォルストの言葉を聞いても、ネオジオンの兵士は銃を下ろさなかった。

 睨み合いが続くと、ネオジオンの兵士達が通路の脇に整列する。

 兵士達の前に姿を見せたのはディクセルであった。

 

「無礼な歓迎になってすまない。私はディクセル・ニールゲン。貴官がフォルスト・イースレット殿か?」

 

「はい。その通りです」

 

「では、後ろにおられる方が」

 

 ディクセルの視線は、フォルストの後ろに立つネージュへと向いた。

 少しだけ怯えた表情を見せたネージュを見て、ディクセルが怪しく笑う。

 

「ご心配なさらず。あなたに危害は加えません。もちろん、あなたのお父上にも」

 

 うやうやしく頭を下げたディクセルは、グワンザムに続く通路を進むよう促す。

 

「ここで話すのもなんですから、我が艦にいらしてください。フォルスト殿もご一緒に」

 

 こくりと頷いたネージュ。

 兵士の1人が案内をするようにディクセルに指示されると、その後ろをフォルストとネージュが歩き始めた。

 更にその後ろを歩くディクセルに続いて、アヴァロンに乗り込んだ兵士が黒い袋を持ってグワンザムに引き上げていく。

 

 すると、グワンザムとアヴァロンを繋いでいた通路が外され、2隻は分断されてしまった。

 振り返るネージュにディクセルが優しく言う。

 

「ご安心ください。あなたを今後、お守りするのは我らの役目。アヴァロンには、後ほど我が艦隊に入れるよう手筈が整っております」

 

「あの、ネオジオンに亡命を望まない人もいます。その人達を解放してあげられませんか?」

 

「心得ております。サイド6にあるコロニーに話をつけてありますので、そちらに寄り次第、順次解放いたします」

 

 解放の言葉を聞いたネージュだが、まだ顔のこわばりは取れていない。ネージュは止めていた足を進める。

 兵士が案内したのは、艦長室であった。中に入るよう促すディクセルに従い、フォルストとネージュは艦長室に入る。

 

「どうぞ、そちらのソファでおくつろぎください。フォルスト殿、1杯やりませんか?」

 

 そう言うと、ディクセルは戸棚からグラスとワインボトルを取り出した。

 

「いただきます」

 

「そうこなくては。今日はおめでたい日です。こうして、ネージュ様と会うことができたのですから」

 

 テーブルに置かれた2つのグラスにワインが注がれる。

 芳醇な香りが漂うと、フォルストとディクセルはグラスを持った。

 

「新たなジオンの後継者、ネージュ様に乾杯」

 

 グラスの縁を重ねると、ディクセルはワインの香りを楽しみながら口に含んだ。

 同じようにワインを飲んだフォルストが言う。

 

「ディクセル殿、これからのことですが」

 

「フォルスト殿、そう急ぐこともあるまい」

 

「まだあれの確認をされておりません」

 

 ふむ、とディクセルは言うと外の兵士に指示を出し、艦長室に黒い袋を持ってこさせた。

 兵士が去ると、ディクセルは怪しく笑いながら袋のジッパーをゆっりと下げる。

 あらわになったのは、人であった。生命の鼓動を感じないそれは、紛れもなく死体である。

 

 低く笑うディクセルの声が段々と大きくなった。

 声を大にして笑うディクセルは、破顔したままネージュに視線を向ける。

 

「こちらは見られましたかな?」

 

「いえ……」

 

「ならば良い機会です。ご覧下さい。あなたのお父上の姿を」

 

 袋を剥ぎ取ったディクセルが死体の肩に手を回して、愉悦に歪んだ笑みを見せる。

 

「ギレン・ザビ総帥。そう、あなたのお父上、その人です」

 

 防腐処理をされたであろう死体は、生前のギレン・ザビの姿のままであった。

 死体から目を背けたネージュにディクセルが続ける。

 

「おや? ネージュ様、いかがなされました? ちゃんと見て差し上げるべきかと。それとも、やはりもう1人の自分を見るのは気持ちが悪いですかな?」

 

 目をつぶったネージュは首を振って、ディクセルの言葉を聞かないようにしている。

 だが、それを嘲笑うようにディクセルは言った。

 

「ギレン・ザビのクローンである、あなたには、ね」

 

 凍てつくような冷たい声音で放たれた言葉が、ネージュの心に突き刺さった。

 



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墓守

 寂れたバーのカウンター席で、ウィスキーをちびちびと飲む中年男性がいた。

 男は安いブルゾンに擦り切れたジーンズという出で立ちで、生活水準はあまり高くないように見える。

 だが、男はその身なりに不釣り合いな精巧に作られた時計を手に巻いていた。時計を気にした男がバーのマスターに言う。

 

「もう1杯貰えるか?」

 

「まだ飲むんですかい? まあ、常連さんだ。私もお付き合いさせていただきましょうかね」

 

 男のグラスに氷を入れてウィスキーを注ぐと、マスターも同じように自分の酒をついだ。

 男がグラスを持ち上げると、マスターは乾杯をして、酒を口に含む。

 

「かぁ~。仕事終わりの酒はいいものですねぇ」

 

「そうだな。そんな風に思っていたときが俺にもあった」

 

「おや? 今は違うんですかい?」

 

 男はグラスを少しだけ傾けて、酒を舌で味わう。

 グラスをカウンターに置くと、カランと氷が音を立てた。

 男は遠い目をして独白するように言う。

 

「もし……。もしもの話だが。金になる死体を持ってたら、あんたは売るか?」

 

「死体? そんなもん気持ち悪くて持ちたくもないねぇ」

 

「それもそうだな」

 

 目を伏せた男は、また酒を少しだけ飲んだ。

 

「プライド、だったら、どうだ?」

 

 男は酒に目を向けたまま言った。

 

「プライドねぇ。まあ、それなりの値段なら売っぱらうかな」

 

 かっかっか、と笑うマスターを男は伏し目がちに見る。

 

「そうか。マスター、つまらないジョークを言っていいか?」

 

「どうぞ。どうせなら、面白いヤツが聞きたいですがねぇ」

 

「ギレン・ザビの死体を俺は売ったんだ」

 

 沈黙が訪れると、マスターが乾いた笑い声を上げた。

 

「お客さん、つまんないにも程がありますぜ」

 

「俺はあの日、ギレン閣下の死体を処理するように命令されたんだ。だが、俺にはできなかった。ザビ家親衛隊の俺には」

 

 そう言うと、男は酒を一息に飲み干した。

 遠い目をして、男は語る。

 

「俺は閣下の死体と共に逃げ回った。誰にも渡しては行けない。地球連邦はもちろん、ザビ家だって信用できない。そうして、俺は閣下の墓守となったんだ」

 

 男は空になったグラスの氷を指でクルクルと回す。

 

「死体に防腐処理をして、誰にも見つからないように隠し続けた。いつの日か、これを託せる人が現れると信じて」

 

 沈んだ表情の男が、薄らと笑う。

 

「どうだ? つまんなかっただろう?」

 

「お客さん、本当につまんない話だったよ。3流作家でも、そんなの書かないよ」

 

「全くだな。俺もどうかしちまったぜ。すまないな、長居しちまって」

 

「いやいや、今後ともご贔屓に。ところで、お客さん?」

 

 マスターが男の腕に巻いている時計を指さした。

 

「良い時計してるね。高かったんじゃないか?」

 

「これか? よく出来た偽物さ。俺の作り話より、こっちの方が本物っぽいってことか」

 

 低く笑った男に、マスターが手を頭に当てて笑う。

 

「いやぁ、最後にいいオチをつけましたねぇ」

 

「だろう? じゃあな。また来るよ」

 

 そう言うと、男はバーを後にした。

 家に帰るための薄暗い道を歩くと、あの日のことを思い出す。

 初老の紳士。スペクターと名乗った男だ。

 

 ギレン・ザビの死体のことを話した同僚が死んでから数日後に現れたスペクターは、こう切り出した。

 死体を守っているのは、あなたでしょうか、と。

 

 穏やかな口調での語りに思わず頷きたくなったが、男は黙りを決め込みスペクターのことを無視した。

 だが、その数日後、行きつけのバーにスペクターが現れたのだ。

 そこで、男は2枚の写真を見ることとなった。

 

 1枚は淑やかな女で、もう1枚はまだあどけなさの残る少女。

 男は淑やかな女性に見覚えがあった。ギレン・ザビの身辺警護をしていた時に何度か目にしたことがある。

 少女の顔立ちから女の子供であることを察した男にスペクターが語り掛けた。

 

 この少女はギレン・ザビの娘であると。

 そう言うとスペクターはカバンを男に手渡すと去っていった。

 中にはDNAの検査キットと、少女のDNA情報が記載された紙が入っていた。

 

 スペクターは、ギレン・ザビと少女の血縁関係を自らの手で調べろとは言わなかった。

 だが、興味の湧いた男は早速、死体の保管場所で検査を行った。

 結果は血縁関係がありというものだ。

 

 その後、スペクターは度々姿を見せたが、死体の話はせずに少女の境遇を語った。

 そのようなことを何度も繰り返す内に、スペクターにならば死体を託せるのではないかと考えるようになった。

 少女がギレン・ザビの子供であることの証明として。

 

 何に使うのかは最後まで教えてくれなかったが、悪いようには使わないと男は思っている。

 それは少女とその父親の話を聞いたからであろう。

 心優しき者の手に渡れば、死体を正しき方向に使うと信じたのだ。

 

 ギレン・ザビの死体という見世物ではなく、ザビ家の魂の宿った器として次代に一石を投じてくれるだろう。

 それが例え、ザビ家を滅ぼすことになろうとも。

 

 男は吹っ切れた表情を見せ、家路へと急いだ。

 



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遺恨

 ギレン・ザビの亡骸を手に入れたディクセルの高笑いが艦長室に響く。

 ネージュは目をつぶって顔を歪めていた。それは死体が気持ち悪いというものではなく、死んだ人が物のように扱われていることが許せなかったからだ。

 優しい心を持つネージュの隣に座るフォルストは平然とした様子で、ワイングラスを傾ける。

 

 その様子が気になったのか、ディクセルは死体を抱えたまま言った。

 

「フォルスト殿は、ギレン・ザビの死体を見てどう思われましたかな?

 

「特には。あくまでも死体はネージュがザビ家の。いや、ギレン・ザビのクローンであることを証明するための道具に過ぎませんから」

 

 表情を変えることなく言った。

 ディセルは、ふむ、というと死体を宙に放ってテーブルに置いてあった自分のワイングラスを手に取る。

 

「では、改めて乾杯といきましょうか。ギレン・ザビであるネージュ様に」

 

 ワイングラスが触れ合うと、チンッと高い音がなった。

 上機嫌のディクセルは一息にワインを飲み干すと、フォルストがワインボトルを手にして、ディクセルのグラスにワインを注いだ。

 

「これは、ありがたい。フォルスト殿は、あまり進んでいないようですが?」

 

 ディクセルの視線がフォルストのワイングラスに向いた。

 

「アルコールは少々苦手でして」

 

「なるほど。それは悪いことをしましたな。では、ネージュ様がネオジオンの象徴になられた日には豪勢な食事を用意させますので、その日を楽しみにしておいてください」

 

「ありがたい言葉です。その日が来るのは、いつ頃になるのでしょうね?」

 

「そう遠くない日です。あなた方は知らないかもしれませが、今、ネオジオンの本隊は真っ二つに分かれているのですよ」

 

 見世物でも楽しむように笑うディクセルに、フォルストは落ち着いた声で尋ねる。

 

「真っ二つですか?」

 

「そう。ハマーン・カーンの専横をよしとしなかった、グレミーという若手将校が反乱したのです」

 

「では、ディクセル殿はその戦いを静観しつつ、疲弊した勝者を潰しに掛かる。ということですか」

 

「そういうことです。ハマーンがエゥーゴに対して行ったことと似ておりますな。因果応報というものでしょうか」

 

 ディクセルは笑いながら膝を叩く。

 ネオジオンの勢力を二分した戦いは、まだ終結は見えておらず、一進一退の攻防戦となっていた。

 その情報を握っているディクセルにとっては、今の状況が堪らなく嬉しいのだろう。

 

 まさしく漁夫の利を狙おうとしているディクセルはワイングラスを眺めて怪しく笑った。

 そのとき、今まで口を閉じていたネージュが言う。

 

「あの、お手洗いをお借りしても?」

 

「おお、これは失礼しました。外の者に案内をさせますので」

 

 そういうと、ディクセルは兵士を呼び出し、ネージュをトイレに連れて行くよう指示を出した。

 2人きりになったフォルストとディクセルの間に会話はない。

 

「因果応報……」

 

 ぽつりと呟いたフォルストの言葉に、ディクセルの眉がピクリと反応した。

 ワイングラスをテーブルに置いたフォルストは手を膝の上で組んで、じっとディクセルの瞳を見据える。

 

「果たして、そのようなものがあるのでしょうか?」

 

「どういうことですかな?」

 

「我々は軍人です。人を殺してきました。因果応報があるのならば、我々の人生は暗いでしょうね」

 

「なるほど。フォルスト殿は少々ネガティブな思考をされているようだ」

 

 鼻で笑ったディクセルは、ワインをぐっと飲むと一息を吐いた。

 フォルストは変わらぬ表情と視線のまま、淡々と言葉を紡ぐ。

 

「ザビ家親衛隊の隊長であった、あなたには多くの人間の恨みがこびりついているはずです」

 

「何が言いたいのかな?」

 

「因果応報。今、まさにこの瞬間に訪れた。ディクセル・ニールゲン。お前を断罪しに来た」

 

 言い放った言葉にディクセルは人を小ばかにしたように笑う。

 

「断罪とは、大きくでたな。フォルスト・イバンズ」

 

「知っていたのか。ならば、話は早いな。ブライアンの仇を取らせてもらう」

 

 そういったフォルストは腕時計を操作する。

 怪訝な表情のディクセルを見たフォルストは少しだけ口角を上げていた。

 

「あの死体には爆弾を内部に詰め込んである。この部屋ぐらいならば木っ端微塵だ」

 

「なるほど。もう少し検査をするべきだったな」

 

「そうだ。ザビ家に縛られた人間には、ギレン・ザビの血はどうしても欲しかったのだろうが詰めが甘かったな」

 

 フォルストは起爆装置である時計に手を当てたまま、いつでも爆発できるようにしていた。

 死の宣告を受けているはずのディクセルに焦りの色は見えない。

 平然とワインボトルからワインを注ぎながら言う。

 

「悪いが、私はブライアンなどという人物に心当たりがなくてね。君の情報を調べたら、知っただけだ。末端の兵士のことなど、いちいち覚えておられんよ」

 

「では、ブライアンの死の原因を知らないということだな」

 

「知っているさ。内通者がいるのだから」

 

 フォルストの表情が強張ったのを見たディクセルはにんまりと笑う。

 

「カイム・ラドルクス。元ザビ家親衛隊で、私の部下だった者だ。残念だったな、フォルスト。君の作戦は察することができたということだ」

 

「いや、ここで私が起爆装置を押せば」

 

「押せるかな? 娘を巻き添えにしてまで」

 

「何っ?」

 

 驚くフォルストは部屋のドアが開く音で振り返る。

 そこには銃を突き付けられたネージュと、死んだ魚のような眼をしたギルロードが立っていた。

 ぎりっと歯を噛み締めたフォルストを見たディクセルが歪んだ笑みを見せる。

 

「押せるかな、君に? 赤子の時から育ててきた娘を? それとも息子の仇討ちを優先するか?」

 

 重い選択を迫られたフォルストは、ネージュとディクセルの顔を交互に見やる。

 最愛の息子であったブライアン。愛した女の子供で、数年間を共に過ごしたネージュ。

 天秤に掛けられるはずもなかった。

 

「パパ! 私のことは構わないで! 仇を討って!」

 

 涙ながらに訴えるネージュだが、それが余計にフォルストを追い詰めた。

 答えに迷うフォルストにディクセルが、囁くように言う。

 

「娘もああ言っている。押してはどうかな? あの世で最愛の息子だけでなく、娘とも会えるのだ。悪い選択ではないと思うが?」

 

「押して、パパ! その人は怖い人なの! このままだと、もっと悲しいことが起きてしまう。だから、ここで断ち切って」

 

「悲しいこととは。私はザビ家を救う人間になるのですよ? ひいてはスペースノイドの希望の星となるでしょう」

 

「そんなことさせない。あなたはここで死ぬの。これ以上、スペースノイドをザビ家に縛らせてはダメなんだから」

 

 ディクセルとネージュの言い合いが、更にフォルストを混乱させた。

 ネージュの言っていることは正論だ。ここでディクセルを野放しにしてしまえば、新たなネオジオンの誕生を許してしまうことになる。

 だが、ネージュは自分の半身と言っても良い。それを切り捨てることなど、早々簡単にはできなかった。

 

「さて、どうするね? もし、君が思いとどまれば、今回の一件はなかったことにしよう」

 

「パパ! あの人、嘘を吐いている。私には分かるの!」

 

 ネージュの必死の叫びも、フォルストに決断をさせる力はなかった。

 じりじりと時が過ぎていく。時計に触れていた指の力がゆっくりと失われていく。

 にやりと笑うディクセル。それに気づいたネージュが叫ぶ。

 

「ライセイ! 助けて!」

 

 ネージュの願いが宙に響いた。

 



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真相

 フォルストとネージュがアヴァロンからグワンザムに移ったと同時刻。

 営倉に入れられているライセイには外で何が起きているのか知る由もなかった。

 ベッドに寝ころび、フォルストの言葉を思い出している。

 

 ブライアンをザビ家親衛隊に殺されたのに、そのザビ家の血を継ぐネージュをネオジオンに渡すということがライセイには信じられなかった。

 ザビ家にそれほどの忠誠心があるのだろうか。だが、それなら何故ネージュを象徴とする必要があるのだろうか。

 今のネオジオンにはミネバがいるのだ。たとえギレン・ザビの遺体を持っていたとしても、ネージュがその座につけるとは思えない。

 

 自分が知らない何かがあるのだろうが、それが何か。ライセイには想像できなかった。

 目を閉じたライセイは次にゲイルのことを思い出す。無事に生きているだろうか。もしそうであれば、次に会えるのはいつだろう。

 そのとき、自分はどんな顔で会えばいいのだろうか。好きな女の子を守ることができなかった自分を、ゲイルはどのように思うだろう。

 

 きっとゲイルなら優しく迎えてくれるだろう。そして、それに自分は甘えてしまう。

 そうして、過去の傷を見ないようにして生きていくことになる想像ができてしまった。

 だが、本当にそれでいいのか。ネージュは自分に言ってくれた。離さないでね、と。

 

 それはネージュの本心なのではないのだろうか。本当はネオジオンに行きたくないのかもしれない。

 それを確認する手立てはないが、あの時のネージュの瞳は嘘を吐いているようには見えなかった。

 自分の勘を信じる。ライセイはネージュに伝えた言葉と決意を胸に抱く。ネージュを助けに行くと。

 

 だが、営倉にいる身分では何もできない。今、考えることができるのは、アヴァロンから如何にしてネージュを助けるかだ。

 悩むライセイの耳にドアが開く音がした。近づく靴の音を聞き、体を起こしたライセイの前に、副艦長のカイムが立つ。

 

「ライセイ少尉。君の力を貸してほしい」

 

「えっ? どうして急に?」

 

 困惑するライセイを閉じ込めていた営倉の扉が開くと、カイムが手招きした。

 まだ懐疑的なライセイだが、カイムの真剣な眼差しから本当に自分の助けを求めていることが伝わる。

 頷くライセイは営倉を出てて、先に歩みを進めたカイムの後を付いていった。

 

 背後のライセイを見ることなくカイムは言う。

 

「君に謝罪する。この亡命劇はエゥーゴの作戦だ」

 

「えっ?」

 

「ネオジオンの勢力を削るためだ。ネージュのザビ家の血筋を利用して、野心を秘めていたディクセルをおびき出し、それを叩くという作戦なのだが」

 

 振り向いたカイムは苦しそうに言う。

 

「その作戦はフォルスト艦長の命を賭して、ディクセルを殺すというものだ」

 

「そんな! フォルスト艦長がなんで死ななければ!?」

 

「復讐のためだ。ブライアンを殺した張本人のディクセルを殺す。相打ち覚悟でな」

 

 ブライアンの敵討ち。深い愛情があればこその行動なのだろう。

 前にフォルストが言っていた。もしゲイルが殺されたら、殺した相手を許せるかと。

 それはフォルスト自身にも言っていたことなのだろう。

 

 平然としていたフォルストは、あのときどのような気持ちだったのかを想像したライセイにカイムが続ける。

 

「私も同罪だがな」

 

「どういうことですか?」

 

「ブライアンを殺したのは私達の隊だからだ。それに」

 

 目を伏せたカイムが、ぽつりと言う。

 

「私のミスを庇ってくれたのがブライアンだ」

 

 ライセイは目を見開いて息を呑んだ。

 ブライアンが殺された原因は上官のミスを庇ったためというもので、それが気に食わなかった上司がリンチを指示したと聞いている。

 

「艦長から話は聞いていたようだな。私のせいでブライアンは死んだ」

 

「上の命令なら従わない訳には……」

 

 軍人である以上、上官の命令は絶対である。

 それが悪名高きザビ家親衛隊ならば尚更だ。命令に違えれば今度は自分が同じ目に合うのは明白である。

 

「ありがとう、ライセイ少尉。私は自分のことが許せなかった。そんな私の前にフォルスト艦長が現れたのは、半年前だ。ブライアンの父親だと知ったときは、遂に終わりを迎えることができるのかと、どこかでほっとしていた」

 

 遠い目で語るカイムに、ライセイは口を挟まむことはなかった。

 

「だが、艦長は私のことを許してくれた。ライセイ少尉と同じように私の立場を理解してくれたのだ。そして、この話を持ち掛けられた。私はブライアンのためならば、何でもすると言った。そして、私はディクセルに情報を流したのだ」

 

「スパイのフリを?」

 

 ライセイの問いかけに、カイムは小さく頷いた。

 

「ザビ家親衛隊の隊長であったディクセルが次のネオジオンの代表になるべきだと焚きつけ、ネージュの存在を伝えた。最初は疑っていたが、ネージュと母親の話、そしてギレン・ザビとのDNAの適合情報を流したら食いついてくれた」

 

「あの、じゃあ、アヴァロンは初めからこの作戦のために動いていたんですか?」

 

「そうだ。全て計画した通りに動いた。いや、計画と違うことが1つだけあったな」

 

 カイムは口元を緩める。

 

「ライセイ少尉。君をアヴァロンに乗せ続けたことだ」

 

「どういうことですか?」

 

「艦長が君は信頼に足る人物だと、ね。きっと私達の力になってくれると」

 

「艦長がそんなことを?」

 

「何か思うことがあったのだろうな。だが、それは正しかった。君の力を貸してほしい」

 

 そういうと、カイムは艦底へと向かった。

 ライセイは度々、訪れた場所である。ヴェアヴォルフに装着されたヘカトンケイル。

 そこに繋がるハッチの前で10人の男が厳めしい特殊な宇宙服を着こんでいた。

 

 その1人に見覚えがあり、ライセイは声を上げた。

 

「コック長!?」

 

 不愛想なコック長はライセイを一瞥すると、手にした銃にマガジンを差し込んだ。

 唖然とするライセイにカイムが言う。

 

「彼らは特殊部隊だ。ネージュを救出するために、この艦の乗組員に扮してくれていた。特に彼は凄腕だぞ。料理の腕前以上の力を持っている」

 

 コック長はそれに反応することはなく、淡々と装備の点検を始めた。

 理解が追いついたライセイは、カイムとコック長を見ながら言う。

 

「これから、どうするんですか? ネージュを救出って?」

 

「彼女は今、ネオジオンの艦にいる。彼らは今から、そこに乗り込むのだ」

 

「どうやってですか?」

 

「ヘカトンケイルのコンテナの1つがランチになっている。君はヴェアヴォルフに乗って、ネオジオンの艦の傍で彼らのコンテナを切り離してほしい」

 

 確かにヴェアヴォルフのコンテナの1つがランチになっていたのは、ライセイも知っていた。

 だが、このような使い方をすることになるとは思ってもいなかったため困惑する。

 まだ迷いがあるライセイの肩に、コック長が手を乗せた。

 

「ネージュが待っている」

 

 その一言でライセイの迷いが吹き飛んだ。

 ネージュはネオジオンの艦の中にいる。それを助けるためには、彼らの力がないとできないのだ。

 そのために自分がすべきことは。

 

 ライセイは力強く頷いた。

 

「行きます。すぐにパイロットスーツに着替えますので」

 

 そういうと、コック長がライセイにパイロットスーツを放り投げた。

 苦笑するライセイは着込みながら、カイムに問う。

 

「こんなことになるなら、ヴェアヴォルフのパイロットはクラウス大尉に任せた方が良かったんじゃ?」

 

「そのクラウス大尉が君に託したのだ。彼にも考えがあったのだろう。ライセイ少尉、ネージュを頼む」

 

「分かりました。絶対に助けます」

 

 ライセイはパイロットスーツのジッパーを上げてヘルメットを被る。

 その瞳には熱い炎が宿っていた。

 



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白き人狼の覚醒

 グワンザムと並走していたアヴァロンが徐々に離れていく姿をハイドラのモニターで確認したヘックスが言う。

 

「本当にやるんだな?」

 

 真剣な眼差しで問われたのはローマンだ。ヒゲをさすりながら朗らかな笑みを浮かべる。

 

「やるよぉ」

 

「どうなっても知らんぞ?」

 

「そんときは俺がなんとかするよ」

 

「お前ならやりかねんな」

 

 肩をすくめたヘックスだが、ローマンならばなんとかするだろうという妙な信頼感を持っていた。

 でなければ、ネオジオンを裏切るようなことができるはずがない。

 ローマンの鋭い嗅覚が何をかぎ取ったのかは分からないが、その勘で生き抜いてきたのだ。

 

 きっと今回も。心を決めたヘックスが指示を飛ばす。

 

「メインエンジンをカット。アヴァロンの前に出るまで速度を落とせ」

 

 ヘックスの命令によって、ハイドラのメインエンジンが停止した。

 ロケットから光が消えると、ゆっくりとアヴァロンとの相対距離が縮まる。

 そのことに気づいたのかグワンザムから通信が入るが、ヘックスは慌てたふりをする。

 

「エンジンの故障だ。悪いがちょっと速度を落としてもらえるか?」

 

 言うだけ言ったが、聞き入れてくれるかどうかは分からない。

 作戦としては、今のところ順調であるが果たして本当に予定通りに行くのだろうか。

 モニターでアヴァロンを見る。

 

 ハイドラが迫ってきたため、減速をしつつ船首をずらして回避行動に移ろうとしていた。

 それでは困る。ヘックスは更に指示を出す。

 

「微速前進だ。アヴァロンとの距離を今のまま維持しろ」

 

 ハイドラとの接触を避けようとしたアヴァロンだが、ロケットに火が付いたのを確認したのか、一定の距離を置いたまま前進を始めた。

 今のアヴァロンは艦隊から一番離れた位置にいる。そして、その前に立ちふさがるハイドラ。

 これであれば艦隊からアヴァロンの動向は見づらくなっている。あとはアヴァロンがどうするかだが。

 

 固唾を呑んで待つヘックスにローマンが言う。

 

「久しぶりだねぇ。こんなにひりつく空気は」

 

「ああ。デラーズ紛争以来だな」

 

「だねぇ。ヘックス、付いてきてくれてありがとね」

 

 微笑みを浮かべたローマンを見て、ヘックスは思わず涙ぐんだ。

 こいつも1人で生きていける訳ではない。それが分かったのが嬉しかった。

 仲間達がいるから、ローマンは生きていけるのだ。そしてローマンがいるから仲間達は生きていける。

 

 ならば、返す言葉は1つだ。

 

「バカ野郎。礼なら終わってから言え」

 

「確かに」

 

 からからと笑ったローマンと、仕方なさそうに笑うヘックス。

 ディクセルを出し抜く戦いが、今始まった。

 

 ◇

 

 ハイドラがアヴァロンの進路を塞ぐように動いたことは、艦底で準備を進めるライセイ達には見えなかった。

 ヴェアヴォルフのコクピットに乗ると起動準備に取り掛かる。

 コック長を筆頭に特殊部隊の面々がコンテナのランチに乗り込んでいった。

 

「準備完了だ」

 

「了解!」

 

 ヴェアヴォルフのモノアイに光が宿ると、ライセイをあの不快感が襲った。

 人の気配が鮮明に伝わってくる。徐々に自分の心の中を侵食するような感覚にライセイは険しい顔を見せる。

 だが、これに耐えなければ、ヴェアヴォルフは使えない。

 

 心を強く持て。自分に言い聞かせたライセイの心に聞き覚えのある声が届いた。

 

『ライセイ! 助けて!』

 

 ネージュの声だ。自分の名前を呼んでいる。助けを求めている。

 ネージュのいる場所はあの一番大きな戦艦からだ。あそこからネージュのぬくもりを感じる。

 

「ネージュ、今すぐ助けるから」

 

 通信機を通して、ヘカトンケイルを係留していたワイヤーの解除を要請する。

 ワイヤーによる拘束が解かれたヘカトンケイルの大型スラスターに光が灯った。

 

「ライセイ・クガ。ヴェアヴォルフ、行きます!」

 

 スラスターから眩い光が発されると、ヴェアヴォルフは急加速をする。

 アヴァロンを追い抜き、その前を行くハイドラの艦底を通り抜けると、グワンザムに一直線に向かった。

 ライセイはコンソールを叩いてヘカトンケイルから伸びるアームで、コンテナから武器を取り出す。

 

 選択したのはバズーカ2丁であった。

 グワンザムにロケット弾を乱射すると、船体から火の手が上がる。

 

「コック長! 切り離します!」

 

 グワンザムの艦底をすり抜けようとしたところで、コック長の乗るコンテナを分離させた。

 ヴェアヴォルフは更に加速をし、前方を行くムサイのロケットエンジンに向けてロケット弾を放つ。

 ロケット弾の火薬が炸裂すると、エンジンか火を噴いて制御不能に陥った。

 

 ムサイのメインブリッジに迫るヴェアヴォルフは、最後のロケット弾を撃つと急旋回をする。

 1隻のムサイが轟沈する様を見た他の艦が対空防御の構えを見せた。

 

「させない!」

 

 1つのコンテナが切り離されると、コンテナの蓋が外れた。

 そこにはミサイルがぎゅうぎゅうに詰め込まれており、宙を漂うと一斉にミサイルが発射される。

 ミサイルの雨が降り注ぎ、1隻のムサイの艦上を火の海にした。

 

 轟沈するムサイ。これで2隻だ。だが、まだグワンザム、エンドラ級が3隻とムサイが1隻。

 崩壊していくムサイからMSが数機飛び立っていく。たとえ、ヴェアヴォルフのヘカトンケイルが驚異的な力を持っているとは言え、単機でどこまで戦えるか。

 考えながらも手は止めなかった。

 

 次にコンテナから取り出したのは、大口径のグレネードランチャーを2丁だ。

 迫ってきたMSはガザDが2機。グレネード弾を撃つと、内部の火薬が炸裂して散弾が吐き出される。

 MSを破壊できる程の力はないが、動きを制するには十分だ。

 

 速度を緩めたガザDの1機に向け、駆け抜けざまにグレネード弾を至近距離で放つ。

 直撃したガザDは爆散した。一気に加速するヴェアヴォルフに、戦艦からの対空砲火が襲う。

 この図体で安易に近づけば蜂の巣にされるのがオチだ。

 

 距離を取ると、グレネードランチャーを格納し、両サイドのコンテナからジェネレーターを搭載したビームライフルとロングバレルを取り出した。

 ビームライフルとロングバレルが結合され、ハイ・メガランチャーとなる。エネルギーをチャージすると照準をムサイに合わせて、高出力のビームを放出した。

 船体を貫通するビーム。爆炎を上げるムサイから、MSが4機飛び立つ。

 

 エンドラ級の2隻からもMSが発進していた。ライセイの前に立ちふさがるMSの総数は24機。

 分が悪いにもほどがある。だが、ここで諦める訳にはいかない。ネージュを助け出すのだ。

 ヴェアヴォルフのサイコミュによって拡張されたライセイのニュータイプの資質が、ネージュの魂の鼓動を捉える。

 

 敵意の中に捕らわれたネージュを救出するための死闘が幕を上げた。

 



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孤独な闘い

 グワンザムにヴェアヴォルフが放ったロケット弾が着弾すると、船体が大きく揺れた。

 

「なんだ!?」

 

 声を上げたのはディクセルだ。

 予想外の事態なのだろう。うろたえたディクセルとは違い、作戦を把握していたフォルストは冷静に動いた。

 ネージュを捕えていたギルロードを蹴り飛ばす。

 

 解放されたネージュの手を取り、すぐさま艦長室を後にした。

 背後からディクセルの声が聞こえるが、そんなことを気にしている場合ではない。

 ネージュだけは助けなければならない。何も知らなかった娘をこんな作戦に巻き込んでしまったせめてもの償いだった。

 

 作戦通りであれば、グワンザムの艦底から特殊部隊が潜入する予定だ。

 地図ならばネージュと共に見飽きるほど確認した。合流場所ならば間違いなく行けるが。

 フォルストの嫌な予想が現実となる。ネオジオンの兵士が2人を追いかけに来たのだ。

 

 追ってきたのならば、それでいい。フォルストは時計を操作し、爆発の信号を送った。

 轟音が鳴り響くと、その音に気を取られた兵士達。すぐさま2人は艦底に繋がるエレベーターに乗った。

 エレベーターの扉が閉まると、ネージュがフォルストにひしと抱き着く。

 

「パパ、ごめんなさい」

 

「いや、良いんだ。これで良いんだ。無事でよかったネージュ」

 

 抱きしめ返したフォルストの胸の中で涙を流すネージュ。

 艦底に辿り着いた音がすると、フォルストはネージュを壁に押し付ける。

 そのとき、銃声が鳴り響き、エレベーターの壁に穴が大量に生まれた。

 

「そう上手くはいかないか」

 

 口惜しい表情のフォルストと不安に押しつぶされそうなネージュの耳にまた銃声が響いた。

 だが、それはエレベーターに向けてのものでないことに気づくと、フォルストはそっと顔を覗かせる。

 そこには特殊部隊の宇宙服を着た者達がネオジオン兵士を始末した姿があった。

 

「艦長、迎えに来ました」

 

 コック長は踵を揃えて敬礼をする。

 

「すまん。私は作戦を遂行することができなかった」

 

「まだです。ライセイ少尉がいます。艦長は彼のことを信じたのでしょう? ならば最後まで信じるべきです」

 

「……そうだな。これより我々はアヴァロンに帰投する」

 

「はっ!」

 

 特殊部隊が先導する。その後ろをついていくネージュがフォルストに問いかける。

 

「ライセイが戦っているの?」

 

「ああ。彼の可能性を信じてみた。ネージュを助けると言ってくれた彼をな」

 

「ライセイ……」

 

 目を閉じたネージュはライセイの気配を探る。

 しかし、この大型戦艦の乗組員が多すぎてライセイの存在を確かめることができなかった。

 それでも届けたい。ネージュはライセイの無事を祈る。

 

 ライセイ、生きて帰ってきて、と。

 

 ◇

 

 迫る敵機に向け、ヴェアヴォルフのハイ・メガランチャーを撃った。

 ビームは接近してきていたガルスJの肩をえぐると、更にその余波でコクピットを蒸し焼きにする。

 1機を戦闘不能にしたライセイは更に1発発射した。

 

 だが、そのビームが狙ったズサに躱される。その反撃で、ミサイルを一斉射された。

 迫りくる十数発のミサイル。ライセイはヴェアヴォルフを加速させ、回避行動を取る。

 ミサイルの嵐を凌いだライセイに次の攻撃の波が襲い掛かった。

 

 ガザD2機とガ・ゾウム2機が編隊を組んで猛進してきている。

 MA形態の機動力を相手にするのは厄介だ。ヘカトンケイルのせいで、AMBACが使えないため後ろを取られるのは危険である。

 ライセイはビームを放つ4機のMSを避けて飛ぶ。それを見越したかのように、MA形態からMS形態に変形した敵機。

 

 だが、ライセイもそれを待っていた。

 ヴェアヴォルフに狙いを定めた4機の前に、太いケーブルが漂う。

 ケーブルには丸い地雷のようなものが取り付けられており、4機の内、3機のMSにケーブルが絡みついた。

 

 その瞬間、目が眩む爆発が起きる。爆導索。地雷除去兵器としての役割を持ったものだが、ライセイはそれを武器として使ったのだ。

 3機のMSが戦闘不能に陥ると、残ったガ・ゾウムは明らかにうろたえており、一度距離を置いた。

 ライセイは背後を確認することなく、更にヴェアヴォルフを加速させる。

 

 射線上にエンドラを捉えると最後のエネルギーを使ったハイ・メガランチャーを発射した。

 船体を貫かれたエンドラが火を噴く。エネルギー切れになったハイ・メガランチャーを放って、再びグレネードランチャーを取り出した。

 殺到する敵機に向け、グレネード弾を乱発する。散弾が敵機の装甲をへこませプレッシャーを与えたライセイは、ヴェアヴォルフを旋回させた。

 

 残り20機。ライセイは呼吸すらままならない状態で戦っている。

 ヴェアヴォルフ1機に殺到する敵MS。残りの武器も半分以上使ってしまった。

 まだグワンザムとハイドラを含めたエンドラ級が2隻とムサイが1隻ある。

 

 戦艦を落とせば、敵の戦意を削ぐことができるが、もうそう簡単には近づかせてはくれないだろう。

 グレネードランチャーを手放し、次の兵装であるガトリングガンを2丁手にする。

 接近を仕掛ける敵に銃弾の嵐をお見舞いすると、2機のMSが穴ぼこだらけとなって爆散した。

 

 だが、ヴェアヴォルフの射程内に入ったということは、敵の射程内ということであった。

 一斉に発射されるビームを回避するためにスラスターを噴射させたが、1本のビームがコンテナに直撃し、爆炎を上げる。

 

「くっ!?」

 

 爆発する前にコンテナを切り離すと、次の瞬間、コクピットまで震わせる衝撃が伝わった。

 一瞬でも遅れていたら、ヴェアヴォルフに致命的な損傷を負っていたかもしれない。

 冷や汗が滲むライセイは、回避をしつつ、ガトリングガンから銃弾をばら撒いた。

 

 射程外からの攻撃であれば、回避することは難しくない。

 余裕を持ってガトリングガンの射線を避けた敵機にライセイは歯を噛み締めた。

 じりじりと追い詰められている感覚がする。自分を取り囲む悪意の奔流に巻き込まれそうになったライセイの心に、温かなぬくもりが届いた。

 

『ライセイ、生きて帰ってきて』

 

 まぎれもなくネージュの声だった。死の恐怖から来た幻聴ではない。ネージュが自分のことを心配してくれている。

 こんなところで諦める訳にはいかない。まだ戦うための武器ならあるのだから。

 戦意を取り戻したライセイは、肌を焦がすような熱量が迫ってきたのを感じ、その方角を見た。

 

 極大なビームが宇宙空間を奔り、ムサイのメインデッキを貫いたのだ。

 ビームが発射された方向から、1つの光点が迫ってきていた。

 伝わる熱い魂を感じ取ったライセイは笑みを浮かべ、喜びに満ちた声を上げる。

 

「兄さん!」

 

 宇宙を駆けるZⅡ。パイロットのゲイルがにやりと笑う。

 

「待たせたな、ライセイ」

 

 孤独な闘いから、兄弟の共闘へと変わった瞬間であった。

 



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雪辱戦

 ライセイがヴェアヴォルフを起動させたとき、ゲイル達を乗せたウイントフックは艦隊の影を捉えていた。

 捕捉できた艦影は8隻。大型戦艦が1隻と巡洋艦級が7隻という編成である。

 この中にアヴァロンがいるのか。艦長のドルフは難しい判断を求められていた。

 

 迂闊に近づいてしまえば、敵に捕捉される可能性が出てくる。

 サラミス級巡洋艦のウイントフックで、あれだけの艦隊を相手にできる訳がない。

 敵がハイドラだけだと考えていたドルフにとって、手が出せない状況であった。

 

 撤退。

 その2文字が頭の中をちらつくが、見過ごしてしまえばアヴァロンに乗るエゥーゴのメンバーを切り捨ててしまうことになる。

 ギリッと歯噛みしたドルフに通信が入ると受話器を取り上げた。

 

「艦長、ゲイルです。いつでも発進できます。指示を」

 

「ゲイル中尉」

 

 喉から出かかったのは、この宙域を離脱する。というものだった。

 口を開けば後ろ向きな言葉しか発せない状況のドルフにゲイルが言う。

 

「艦長。我々が発進したら、回頭して撤退してください」

 

「なに?」

 

「これはMS隊の総意です。アヴァロンの仲間を救うことができる可能性は今を置いて他にありません」

 

「自殺行為だ。アヴァロンを助ける前に撃墜されるのが関の山だ」

 

 ドルフの口にした言葉は正しい。たった4機のMSであの艦隊を相手にできる訳がないのだ。

 腹を決めたドルフは撤退の言葉を口にしようとした。

 

「俺の命はライセイに救われました。今度は俺が命を懸けて、あいつを助ける番なんです」

 

 ゲイルの言葉がドルフの心に刺さる。地球連邦軍からエゥーゴに移ったのも義の精神があったからではなかった。

 ティターンズが気に食わなかったのだ。何かにつけて権力を振りかざしたティターンズはドルフの同僚に汚れ仕事をさせ、それを苦にして同僚は自ら命を絶ってしまった。

 同僚の死を悼むものはティターンズには誰もいなかったのを葬儀の場で知ったドルフは、自分だけは味方を見捨てないと心に決めたのだ。

 

 自分が指示を下せば、それに従った部下が命を落とすだろう。

 それを黙認するのは、味方を見捨てることになるのではないか。しかし、このまま撤退すれば、アヴァロンを見殺しにしてしまうことになってしまう。

 ドルフは逡巡すると、決断を下した。

 

「ゲイル中尉、私は君に死ねと命じることになるが、承服できるかね?」

 

「その覚悟はあります」

 

「分かった。ウイントフックはこのまま全速力で突き進む」

 

「艦長……。ありがとうございます」

 

「礼を言うのはまだ早い。では、作戦だが」

 

 そう言ったとき、モニターに映った艦影から火の手が上がった。

 通常のMSの倍以上の大きさの影が艦隊の間を高速で動くのが見える。

 一体、何が起きたというのだろうか。次の瞬間、1隻の巡洋艦からも盛大な爆発の光が発せられた。

 

 ドルフは目の前の事態を好機と捉えると、すぐにゲイルに指示を出す。

 

「ゲイル中尉、まずはネモスナイパーとメガバズーカランチャーを射出して、遠距離からの狙撃を行う。続いてZⅡの発進だ」

 

「了解です」

 

「次はダン中尉のシュツルムディアスだ。こちらは、メガバズーカランチャーと連結させて複数回の射撃が行えるようにする。最後はアオイ少尉のガンダムMk-Ⅲの発進だ」

 

「分かりました。必ず成功させてみせます」

 

 通信が終わると、ドルフはふうっ、と息を吐いた。

 モニターには次々と爆発の光が広がっている。誰かが戦っているのだ。

 ネオジオンと敵対する誰かが。その者は大事な味方かもしれない。ならば、尚更見過ごすことはできない。

 

「メインエンジンを全開にせよ。我々はこのまま敵艦隊に突撃する」

 

 一世一代の大博打。こんなに分が悪い賭けは初めてだな、とドルフは自嘲した。

 

 ◇

 

 ウイントフックのカタパルトデッキにネモスナイパーとメガバズーカランチャーが姿を見せた。

 シマンは緊張のあまり顔色が悪く、今にも吐き出しそうだ。

 自分には荷が重すぎる任務。遠距離から戦艦を狙撃するなど、やったことがない。

 

 しかも、マニュアルに目を通しただけのメガバズーカランチャーを使用するなど想像の範囲外だ。

 逃げ場のないコクピットで震えるシマンに通信が入る。

 

「お~い、シマン。ビビッてんじゃねぇぞ。外したって気にすんな。代わりに俺が無双してきてやるよ」

 

 ダンが軽口を叩くとアオイが呆れた声を出した。

 

「無双なんてできる訳ないでしょ? シマン、落ち着いて。あなたの狙撃のセンスは確かなものだから」

 

「ダン中尉、アオイ少尉……」

 

 激励の言葉に涙ぐむシマン。何もできなかった過去が思い出され、その悔しさを糧に訓練したことが頭の中を過る。

 あの頃とは違う。今の自分なら成功させることができるはずだ。

 共に戦ったアヴァロンの乗組員達のために、今できることをやり遂げてみせる。

 

 決心がついたシマンにゲイルが優しく言う。

 

「前に言ったよな? 悔しさを知ったお前なら強くなれると。ネオジオンの連中に見せてやろうじゃないか、お前の力をな」

 

「ゲイル中尉……。はい! 成功させてみせます!」

 

 発進許可が下りると、シマンは息を吸って腹に力を込める。

 

「シマン・トガワ! ネモスナイパー、行きます!」

 

 カタパルトによって射出されたネモスナイパーとメガバズーカランチャー。

 ネモスナイパーのバイザーが下りて、メガバズーカランチャーと接続されるとスコープで覗いた世界が広がった。

 円の中心にある照準を敵の戦艦に向ける。一度、深く息を吐いてから、ぐっと呼吸を止めた。

 

 スコープの片隅でZⅡがMA形態に変形し、飛翔する。

 この作戦の要は自分の一撃に掛かっていると言っても良い。一発も外してはならない。

 いや、外してたまるか。

 

 照準が敵巡洋艦のメインブリッジを捉えた。

 シマンが射撃ボタンを押すと、メガバズーカランチャーより強力なビームが発射された。

 宇宙を切り裂くビームの光が、敵戦艦に吸い込まれるように進んでいく。

 

 着弾の光が届くと、シマンがガッツポーズを見せた。

 

「見たか! ネオジオンめ!」

 

 シマンは第2射に備えて、照準をのぞき込む。

 ZⅡのスラスターの光が遠のいていくのを見て、ゲイルの無事を祈った。

 



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魂の声

 ヴェアヴォルフが戦場を飛び回るのを見たローマンとヘックス。

 その火力の凄さに唖然とするヘックスに対して、ローマンはヒゲをさすりながら真面目な表情を見せていた。

 ヘックスが我を取り戻すと、すぐにオペレーターに指示を出す。

 

「おい、アヴァロンに通信を入れろ。こちらに敵意はないとな」

 

 オペレーターが驚愕の表情を浮かべる。

 

「早くしろ! こっちにまで飛び火したらたまったものじゃない」

 

「りょ、了解!」

 

 オペレーターがすぐにアヴァロンに通信を始める。

 ヴェアヴォルフについては、アヴァロンの艦底にぶら下がっているのを見ていたが、ここまでの力を秘めているとは想像できていなかった。

 この力があれば、この劣勢を覆せるかもしれない。

 

 そう思ってみていたが、ヴェアヴォルフから火の手が上がった。

 コンテナを撃ち抜かれたのだ。爆発を起こすと、ヘックスは冷や汗をかく。

 もし、あれが墜とされれば作戦は失敗する可能性が濃厚になる。なんとか生きてもらわなければ困るのだ。

 

「ローマン! 助けに行かなくて良いのか!?」

 

 焦りの色を見せるヘックスだが、ローマンは表情を崩すことなかった。

 ローマンは腕組みをして言う。

 

「俺達の出番はまだ先だよ。あのパイロットの動きから察するに弟くんだろうけど、彼は強くなる。間違いなくね」

 

「強くなるじゃ困るだろ! 今だよ、今!」

 

「ここで弟くんが負けるなら、そこまでだよ。俺達の運が尽きただけさ」

 

「じゃあ、いつ出るんだ!?」

 

 声を荒げるヘックスは、ローマンが向けた視線の先に目を向ける。

 それは大型戦艦グワンザムであった。ローマンは冷静に言う。

 

「あそこにギルちゃんがいる」

 

「確かに、ギルロードのバウは見てないな」

 

「何か事情があるんだろうけどねぇ。勝負所はここじゃないって俺の勘が言うのさ。山場はもうちょっと先かな」

 

 ローマンの冷静さによって、血の上っていた頭の熱が下がるのをヘックスは感じた。

 やはり、こいつはただ者じゃない。俺達を導いてくれる存在だ。

 真っ直ぐ見据えるローマンの横顔を見てヘックスは思った。

 

「じゃ、そろそろ準備するかな。グワンザムに動きがあったら教えてよ」

 

「ああ、分かった。すまんな、怒鳴ったりして」

 

「そんなのいつものことじゃん。リラックスしていこうよぉ。頼りにしてんだからさ」

 

 ポンッとヘックスの肩を叩いたローマンは、いつもの朗らかな顔を見せメインデッキを後にした。

 頼りにしている。その言葉だけで、この戦いが乗り切れそうな気持ちになったヘックスは艦長席に深く座りなおした。

 ローマンの期待に応えるべく、ヘックスは戦況を冷静に分析し始めた。

 

 ◇

 

 激しいめまいと甲高い耳鳴りに襲われたディクセルは通路の壁に身を預けた。

 額と頬から血を流し、顔を赤く染めている。めまいが治まってくると、今度は痛みが襲ってきた。

 思わず声を上げて転げまわりたくなるような痛み。

 

 だが、それに負けないほどの怒りで心が煮えている。

 フォルストがギレン・ザビの死体に仕込んだ爆弾から逃れるために艦長室を出たが、爆発の威力は艦長室を破壊するだけでなく通路にまで及ぶものだった。

 荒い息遣いをするディクセルの横に佇むギルロード。

 

 命令されるまで動かない完全な操り人形がディクセルを見下ろしていた。

 

「ギルロード……。奴らを殺しに行くぞ。準備をしろ」

 

「はい、マスター」

 

 ふらつくディクセルは何度も壁に体をぶつけながら、MSデッキへと向かった。

 警戒警報が鳴り響く中、MSデッキに入るとMSの発進準備が進められており、整備士やパイロットが飛び交っている。

 血に濡れたディクセルを見た整備士が声を上げ近寄ってくるが、ディクセルは一喝した。

 

「クイン・マンサの発進準備だ! 私も乗る! 必ずアヴァロンを沈めてやる!」

 

 怒鳴り散らすと傍にいたはずのギルロードがいないことに気づく。

 周りを見やると、1つのMSハンガーの前に佇んでいた。それはセティの乗っていたガ・ゾウムだ。

 ディクセルはそれが癇に障った。ギルロードの頬を殴りつける。

 

「お前に姉などいない! あれは偽物だ!」

 

「はい、マスター」

 

「お前は私の命令を聞けば良いのだ!」

 

「はい、マスター」

 

 ギルロードの襟を掴んだディクセルは怒りに顔を歪めるが、整備士がクイン・マンサの発進準備に入ったことを告げたため手を離した。

 

「いくぞ、ギルロード。奴らを皆殺しだ。私に逆らった報いを受けさせる」

 

「はい、マスター」

 

 ディクセルが床を蹴りつけて宙に上がる。

 その様子を見たギルロードは、もう一度ガ・ゾウムに視線を向けた。

 

「ね……え……さん」

 

 魂の残滓なのか、姉の名を呼んだギルロードだが、すぐにディクセルの操り人形となってクイン・マンサへと向かった。

 



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兄と弟

 ゲイルの乗るZⅡはヴェアヴォルフに迫る敵勢に、メガビームライフルとクレイバズーカを発射した。

 突然現れたZⅡの攻撃を避けるため、敵は回避行動を取る。

 その僅かな隙をライセイは狙った。

 

 ヴェアヴォルフのガトリングガンから吐き出された銃弾はズサ1機とガザD1機を捉えると、その体を蜂の巣にされる。

 戦場を駆けるZⅡは前方のガ・ゾウムに急接近を仕掛けた。

 発射されたクレイバズーカのロケット弾を避けるガ・ゾウム。

 

 そのまま過ぎ去るかと思われたZⅡがMS形態へと移行し、AMBACをした。

 完全に後ろを取られたガ・ゾウムの背中をメガビームライフルのビームが貫く。

 爆散するガ・ゾウムを見ることなく、ゲイルはZⅡを変形させ高速機動に入る。

 

 敵勢に確かな動揺が見て取れたライセイはゲイルに通信を入れた。

 

「兄さん、ありがとう。助けに来てくれて」

 

「当たり前だろう。家族なんだからな」

 

 ふっ、と笑ったゲイルに、ライセイも笑みを浮かべて答える。

 

「だね。兄さん、今の状況なんだけど」

 

「迫る奴らは全員敵。で、良いよな?」

 

「うん。こいつらを倒さないと皆を守れない」

 

「了解だ。新型の力を見せてやる」

 

 一時的に困惑した敵も落ち着きを取り戻したのか、ZⅡとヴェアヴォルフに勢力を分散させた。

 だが、ZⅡの機動力の高さに追い掛ける敵は離されて行ってしまう。

 追いすがる敵からの攻撃を細かくブーストを調整して避けるゲイル。敵がZⅡを捉えるのは、まだ先であろう。

 

 敵の数が分散したことでヴェアヴォルフへの攻撃の嵐が弱まった。

 敵機に向けガトリングガンから銃弾を吐き尽くすと、今度はコンテナから多弾倉のロケットランチャーを取り出す。

 接近してきたガルスJとガザD2機に、ロケット弾を一斉に発射した。

 

 一斉に放たれたロケット弾を必死に避ける3機だが、ガザDの1機に着弾すると連鎖的に爆発が起こり、爆発の衝撃に巻き込まれ3機とも宇宙の藻屑となった。

 全弾を撃ち尽くしたロケットランチャーを手放すと、今度は小型のコンテナごとアームで掴む。

 

 コンテナの前面の蓋が外れると、そこには2つの大きな砲門が開いていた。

 砲門に光が収束されると、拡散されたビームが大量に放出される。

 視界を埋めつくさんばかりのビームの雨に晒された敵機は、次々と爆発していった。

 

 一撃でエネルギー切れを起こした拡散メガ粒子砲を詰んだコンテナを捨てると、今度はビームライフルを2丁手にする。

 残りのコンテナは2基。ヴェアヴォルフが相手をしていたMSは残り3機まで減っていた。

 

 1機はドライセン。2機はガザDだ。

 距離を取ったライセイは、ビームライフルを連射する。

 そのビームをかいくぐったドライセンが3連装ビームキャノンでヴェアヴォルフの行く手を遮った。

 

 ビームアックスにビームを収束させたドライセンは一気にヴェアヴォルフに迫る。

 その時、ライセイは1基のコンテナにアームを動かした。

 コンテナの蓋が外れると、アームが連結したのは大きなカニばさみのようなクローである。

 

 クローが開くとビームが収束され大型のビームサーベルとなると、接近したドライセンを横一文字に斬りかかった。

 ドライセンは大型のビームサーベルに対しビームアックスで挑むが、その圧倒的な出力で繰り出された斬撃を止めることができず、両断されてしまう。

 爆発したドライセン。残りの2機のガザDは示し合わせたように二手に分かれると、MA形態に変形してヴェアヴォルフに同時に襲い掛かる。

 

 そのとき、クローから発せられていたビームサーベルが消えると、先端を1機のガザDに向けた。

 クローに光が収束すると一筋のビームが放たれる。

 ビームに貫かれたガザDは四散すると、残りの1機にはヴェアヴォルフの持つビームライフルを発射した。

 

 ガザDの脚部を撃ち抜き、制御不能となったところに更にもう一射するとガザDは爆発の光を発する。

 付近の敵を一掃したライセイは、深く呼吸をした。ゲイルが来なければ、こうはならなかっただろう。

 敵が戦力を分散してくれたお陰で、倒すことができた。

 

 ライセイはゲイルを追いかけようとスラスターを噴かしかける。

 その瞬間、ライセイは強烈な殺気を感じ、思わず振り返った。

 そこにはグワンザムのMSデッキから出撃するクィン・マンサの姿があった。

 

 

 ZⅡを追いかける8機のMS。

 ZⅡの機動力に着いてこられているのは、2機のガ・ゾウムくらいで、残りの6機とは距離が開いている。

 ガ・ゾウムから撃ちかけられるビームを巧みに避けるゲイルは、スラスターを全開にして更に加速した。

 

 必死に食らいつくガ・ゾウムの2機の前で、ZⅡが突如軌道を変える。

 骨が軋みそうなGに襲われたゲイルは直進するガ・ゾウム2機を見て、笑みを浮かべた。

 ガ・ゾウムのパイロットが見た最後の光景は、シマンのネモスナイパーが狙いをつけたメガ・バズーカランチャーのビームであった。

 

 強力なビームに一瞬で蒸散したガ・ゾウム2機。放たれたビームは更に、その先にいるガザDを1機を撃墜する。

 残りの5機をゲイルは確認すると、目を引かれたMSがあった。

 緑色に塗装されたシュツルムディアスが3機、ZⅡに向けビームカノンを放つ。

 

 スラスターを噴射して迫るビームを回避したZⅡは駆け抜けざまに、MS形態に変形してメガビームライフルの銃口を1機のシュツルムディアスに向けた。

 撃ちだされた高出力のビームがシュツルムディアスの胸部を貫通し、爆発してバラバラに砕け散る。

 素早くMA形態に移行したZⅡに追いすがる、1機のシュツルムディアスがオープンチャンネルで怒声を張り上げた。

 

「エゥーゴめ! よくも仲間を!」

 

 その声に聞き覚えがあった。デューク・ウェインズ。エゥーゴを裏切った者の1人だ。

 

「久しぶりだな、デューク大尉」

 

「その声はゲイル中尉か!? 我々の邪魔をするとは!」

 

「それはこっちのセリフだ。俺は急いでいるんだ。悪いが、さっさと墜とさせてもらう」

 

「ほざけ!」

 

 煽るゲイルに乗せられたデュークは、一直線にZⅡを追いかけた。

 MS形態に変形したZⅡはメガビームライフルからビームを撃ちだし、デュークを牽制する。

 するりとビームを交わしたシュツルムディアス。

 

 熱くなってはいても、デュークの技量は確かなものであることを知ったゲイルは、間合いをはかりながらビームを放つ。

 冷静沈着で丁寧な攻撃にデュークはZⅡに近づけないでいた。

 残りのMSがZⅡを取り囲もうとしたとき、二筋のビームがガザDを背中から射抜く。

 

 ビームを発射したのは、アオイの乗るガンダムMk-Ⅲであった。

 

「私を忘れてもらっては困るわ」

 

 1機を失い、残るはシュツルムディアスが2機とガザDが1機。

 ビームを撃ちながら接近するアオイが言う。

 

「ゲイル、こっちの2機は任せて。あなたはデュークを」

 

「分かった。死ぬなよ」

 

「私のスコアを知ってるでしょ? そう簡単には落ちないわよ」

 

 そういうと、ガンダムMk-Ⅲはビームライフルとビームキャノンで敵機を狙う。

 連続で撃ちだされるビームに足止めされた2機を横目に見たゲイルは、デュークに一騎打ちを仕掛けた。

 落ち着いた射撃をするゲイルに比べて、デュークは直線的な攻撃を仕掛ける。

 

 その攻め方を見て、かつての自分を重ねたゲイルは、デュークの次の手が何かを読み取ることができた。

 ビームで牽制しながら、一気に間合いを詰めての斬撃。

 その思惑通りにデュークは動いた。

 

 ビームピストルをZⅡに連射すると、ビームサーベルを抜き放って加速をする。

 距離が縮まり、シュツルムディアスの間合いに入ろうとした。そう思えたとき、ZⅡのメガビームライフルの先端にビームが収束される。

 銃口から伸びたビームサーベルでシュツルムディアスに斬りかかった。

 

 ビームライフルの銃身の分だけ、間合いの広いZⅡのロングビームサーベルがシュツルムディアスを袈裟斬りにした。

 ビームの熱量によって溶解した部分から爆炎が上がる。それはシュツルムディアスのコクピットのある頭部を飲み込んだ。

 

「ジークジオン!」

 

 デュークは言い放つと、プツンと通信が途絶える。

 エゥーゴを裏切った者の末路は、あっけないものであった。

 ゲイルは残るMSを探したが、そこにはガンダムMk-Ⅲの姿しかない。

 

 辺りを確認するゲイルにアオイから通信が入った。

 

「遅い。私が2機とも仕留めちゃったじゃない」

 

「2機ともか!? やるな」

 

「すごいでしょう? じゃあ、アヴァロン救出に向かいましょうか」

 

「ああ」

 

 ZⅡとガンダムMk-Ⅲは戦闘の光が発せられる元へと向かった。

 



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共闘

 1つのコンテナを残したヴェアヴォルフは、グワンザムからぬっと姿を見せたクィン・マンサに向けてビームを放った。

 一直線にクィン・マンサに突き進んだビームが直撃寸前で消え去る。

 クィン・マンサは肩にあるバインダーを前面に出していた。

 

「くっ。Iフィールドか」

 

 ライセイは苦々しい表情で言うと、ゆっくりと宇宙に飛び上がったクィン・マンサに向けビームライフルを連射した。

 全てのビームがクィン・マンサの肩のバインダーが発するIフィールドによって消失してしまう。

 宙に浮かぶクィン・マンサの頭部、胸部、腕部にビーム光が宿るのを見たライセイは、スラスターとバーニアを噴射させた。

 

 クィン・マンサより一気に放出された拡散メガ粒子砲からのビームの嵐がヴェアヴォルフに襲いかかる。

 咄嗟の判断でビームの回避に成功したライセイは、スラスターを更に噴射させて距離を詰めた。

 ビームサーベルであればIフィールドの効果範囲の内側に入ることができるからだ。

 

 接近戦であれば勝機が見えてくる。

 次のビームが放たれる前にカタをつけようとしたライセイは、クィン・マンサから射出された小さな光を見て急制動を掛けた。

 その刹那、ヴェアヴォルフの前を複数のビームが行き交う。

 

「ファンネル!?」

 

 バーニアを細かく操作し、ビームの雨を縫うように避ける。

 宇宙空間を自由に飛び交う移動砲台のファンネルから、次々とビームが放たれた。

 

「くっ!?」

 

 スラスター部を一筋のビームが貫いた。

 爆炎が上がると、ライセイはコンソールを操作して、ヘカトンケイルを切り離す。

 爆散するヘカトンケイルから放り出された最後のコンテナ。

 

 ライセイはコンテナを目指すが、その行く手をファンネルのビームが遮る。

 周りを取り囲むファンネルが着実にヴェアヴォルフを捉え始めた。

 追い詰められるライセイ。ファンネルが作り出した牢獄に足を踏み入れたことに気づいたが、すでにビームがチャージされていた。

 

 ビームの光を灯したファンネルの1基を鋭いビームが射抜く。

 爆発したファンネルが作り出した牢獄の隙間をライセイは突き抜けると、ビームの射線を辿った。

 そこにはダークグレーの塗装を施したザクⅢ改の姿があった。

 

 ◇

 

 ヴェアヴォルフとクィンマンサが戦闘に入ったとき、ハイドラに警報が鳴り響いていた。

 

「全機出撃しろ! 識別信号は変更しておけよ! 撃たれたらかなわんからな」

 

 ハイドラのMS隊に指示を出したヘックスは、グワンザムから現れた大型MSを注視した。

 これがローマンの言っていた山場なのだろうか。

 ディクセルはとんでもない隠し玉を持っていたという訳だ。

 

 ズームした画像が映し出すのはヴェアヴォルフが必死にビームを躱すところであった。

 クィン・マンサより放たれたメガ粒子砲。巡洋艦の主砲に匹敵するであろう出力にヘックスは度肝を抜かさた。

 あんなのと、どう戦えば良いと言うのだろうか。

 

 流石のローマンでも危険なのでは。

 嫌な想像が頭を過ぎる中、真っ先に飛び出したのはローマンの乗るザクⅢ改であった。

 慌ててローマンに通信を入れる。

 

「ローマン、とんでもないのが出てきたぞ。下手にやり合うのは危険だ。契約通り、アヴァロンの撤退の手伝いを優先だ」

 

「何言ってんのさ。あれを倒さなきゃ、おちおち逃げることもできないって」

 

「それは」

 

 ローマンの言葉は正しかった。

 全速力で逃げたとしても、あの火力で後ろから襲われたら一溜りもない。

 だが、ここでローマンを失う訳にもいかないのだ。ヘックス達を引っ張るのはローマンなのだから。

 

「アヴァロンと繋げ!」

 

 オペレーターに指示を飛ばすと、モニターにカイムが映し出された。

 

「おい! そっちのMS隊を出撃させろ! こっちだけじゃ手に負えん」

 

「承知している。こちらも間もなく出撃準備が整う」

 

「早くしてくれよ! まだグワンザムには戦力があるはずだ! 数で負ける訳にはいかん」

 

「分かっている。こちらのMS隊は4機だ。そちらは?」

 

「6機だが、1機はあの化け物の所に行ってしまった」

 

 焦るヘックス。グワンザムには10機のMSが搭載できたはずだ。

 今、出たクィン・マンサを含めれば、残りは9機である。

 ハイドラとアヴァロンのMS隊が出撃すれば、数としては負けない。

 

 同じように考えたのか、カイムが頷いた。

 

「数ならば同等だな」

 

「数ではな。腕前なら、こっちの方が場数を踏んでる分、上だぞ」

 

「頼もしいな。味方になってくれて助かる」

 

「はっ! 礼ならスペクターに言っときな。こっちは金で雇われただけだ」

 

 つっけんどんな返しをしたヘックスに、カイムが苦笑する。

 例え金を積まれたとしても、この艦隊を相手に裏切るのは難しい。

 ヘックス達にスペクターから依頼されたのは、アヴァロンの撤退を支援するもので、もしMS隊を出して戦えばボーナスがつくというものだった。

 

 金に目が眩んだと言えば、それまでだが、ローマンはここまで見越していたのではないかとヘックスは思っている。

 どう見ても無謀な賭けだったのが、じわりじわりと優位な方に傾いている。

 だが、クィン・マンサが出てきたことによって、また不利な方に勝負の針が向いたのではないだろうか。

 

「アヴァロンが落とされれば、全てがおじゃんだ。さっさとMS隊を出してくれ」

 

「ああ。不思議なものだな。エゥーゴとネオジオンが手を組むのは」

 

「もうネオジオンじゃない。生き延びたら、気楽な宇宙海賊に逆戻りだ」

 

 微かに笑ったヘックスは通信を切ると、発進するMS隊のスラスター光を見る。

 この内、どれだけ生き残ることができるのか。

 仲間の無事を祈ることしかできない自分が恨めしくなった。

 

 ◇

 

 警報が鳴り響くアヴァロンのMSデッキでは、今まさに出撃の時を迎えていた。

 クラウスは、まだ事態を飲み込めていない新入りの3人に言い聞かせる。

 

「識別信号だけは気をつけろ。ネオジオンのMSでも味方がいるからな」

 

「クラウス隊長。よろしいですか?」

 

 シンリーが困惑しながら問いかけた。

 

「我々はエゥーゴとして、ネオジオンと戦えば良いのですよね?」

 

「そうだ。ライセイ少尉だけに任せる訳にはいかんからな」

 

「ライセイ少尉が……。分かりました。ネオジオンと戦います」

 

 迷いを吹っ切ったシンリーのジムⅢはカタパルトデッキへと向かう。

 同じくクラウスのリックディアスⅡも出撃態勢に入った。

 

「クラウス・リーバー。リックディアスⅡ、出るぞ」

 

「シンリー・ラウ。ジムⅢ、行きます」

 

 同時にカタパルトから射出された2機の前方を飛ぶガザD。

 識別信号は味方のものを示していることをクラウスは確認した。

 そのとき、グワンザムから次々と光点が離れていく。

 

 MS隊のお出ましである。

 

「各機、俺が前面に出る。後方からの支援は頼んだぞ」

 

 そう言うと、迫る光点に向け2連装メガビームガンを発射した。

 宇宙の闇を払うような一撃が、光点の1つに直撃する。

 爆発の光が輝くと、クラウスはスラスターを噴かして加速した。

 

 ディクセル艦隊との戦闘は大詰めを迎えようとしていた。

 



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兵士崩れの宇宙海賊

 クィン・マンサの射出したファンネルを1基撃墜した、ザクⅢ改。

 戦場の視線は自然とザクⅢ改へと向いた。

 

「ローマン! どういうつもりだ!?」

 

 ディクセルの怒号が飛んだ。

 怒りを向けられたローマンは、片側の口角を吊る。

 

「見たまんまだよぉ。今日限りでネオジオンとは、おさらば、ってこと」

 

「貴様っ! 拾ってやった恩を忘れたというのか!?」

 

「悪いけど拾われたつもりはないよ。来て欲しいって言われたから行っただけ。なら、抜けるのも自由でしょ?」

 

「ふざけるな! 殺れ!」

 

「はい、マスター」

 

 抑揚のない声で答えたギルロードは、ファンネルを操ってローマンの乗るザクⅢ改に集中砲火を浴びせる。

 だが、それもMSとして桁違いの推力を持つザクⅢ改を捉えることはできなかった。

 ファンネルのビームを華麗に避けたザクⅢ改はビームライフルの銃口をクィン・マンサに向ける。

 

 射出されたビームはクィン・マンサの肩のバインダーが生み出すIフィールドによって消失した。

 

「ありゃ? Iフィールドかぁ。これまた厄介なものを積んでるねぇ」

 

 射撃態勢から素早く姿勢を変えると、一気に加速した。

 一筋縄では行かないと判断したローマンは無線をオープンチャンネルにする。

 

「弟くんだよね? 1機じゃ苦が重すぎるから、手伝ってくんない?」

 

 通信を受けたライセイは戸惑いながら言う。

 

「あの? 味方なんですか?」

 

「そ。今日だけはね。色々と思うところはあるだろうけどさぁ、ちょっとだけ忘れてくんないかなぁ?」

 

 会話をしながらもファンネルの追撃を避け続けるローマン。

 クィン・マンサはファンネルを呼び戻すと、今度は複数の拡散メガ粒子砲をザクⅢ改へと向けて発射した。

 逃げ場のないビームの暴風をザクⅢ改はスラスターを全開にして避ける。

 

 体が圧縮されそうなGを受けてなお、ローマンはまだ笑みを失っていなかった。

 こんな化け物と戦う機会はそうない。だが、心が踊らないのは、パイロットからの熱量が伝わらないからか。

 ディクセルがMSを動かせるとは思えない。他の誰かの存在を確認すべく問いかける。

 

「ねぇ、ディクセル様。ギルちゃんはどうしたの?」

 

「ふんっ! ギルロードならば、私の前にいる」

 

「へぇ。ギルちゃんにしては、大人しい攻め方だね。感情が伝わって来ないよ」

 

 ローマンの言葉に、ディクセルは得意気に低く笑った。

 

「そうだ。ギルロードは、私に尽くしてくれる人形となったのだ。もう不安定な強化人間ではない」

 

 高々と笑うディクセルに、ローマンは珍しく嫌悪感を覚えた。

 人それぞれ信念はあるだろう。それを否定する気は毛頭なかった。

 だが、ディクセルは人を犠牲にすることを厭わない外道である。

 

 険しい表情でローマンが言う。

 

「やっぱり、あんたの元から去ったのは間違ってなかったねぇ」

 

「今更、戻ると言っても聞かぬぞ? お前はここで死ぬのだ、ローマン」

 

「そうやって、あんたは部下を殺してきたんだろう? 元ザビ家親衛隊隊長さん」

 

 ローマンはスペクターから聞いた話を思い出す。

 ディクセルの過去に行った非道の数々。権力を振りかざして、弱者をいたぶってきた者の情報を聞かされた。

 スペクターはローマンの信念を知っているかのように話すと、それでもディクセルの元にいるのか。と問われた。

 

 ローマンは戦場で共に戦った仲間を家族と同じように思っている。

 部下でも、それは変わらない。

 だからこそ、ディクセルの行いが許せなかった。何人もの部下の死骸で積み上げてきた玉座に座る男。

 

 裏切りの決定打となった者のことを語る。

 

「ブライアンだっけ? フォルスト艦長の息子さんを仲間になぶり殺しにさせたのは」

 

「お前もその名を呼ぶか! たかが、新兵の1人が死んだくらいでガタガタと」

 

「つくづく分かり合えないねぇ、あんたとは」

 

「宇宙海賊上がりが偉そうなことを! ギルロード! ローマンから先に殺せ!」

 

 クィン・マンサから放出されたファンネルが、ザクⅢ改に殺到する。

 多方面からの一斉射に流石のローマンも冷や汗をかく。

 

「こいつはちょっとヤバいかもね」

 

 苦笑するローマンはライセイに通信を入れる。

 

「弟くん、なんか策があるんじゃないの?」

 

 ローマンは直感でものを言った。

 それはヴェアヴォルフが宇宙を漂うコンテナを目指していたからだ。

 ライセイには、何か策があるのではと踏んでのことだった。

 

「あります」

 

「なら、時間を稼ぐから、よろしく頼むよ」

 

「分かりました。でも、僕はあなたのことを許した訳じゃありませんから」

 

 会話を切り上げたライセイに聞こえないように、ローマンは呟く。

 

「恨みってのは怖いねぇ、本当に」

 

 迫るファンネルの1基をビームライフルから発射したビームで撃墜する。

 だが、まだまだファンネルは宙を舞っていた。

 残りのファンネルは28基。まともにやり合うには数が多すぎる。

 

 愚痴が零れそうになったとき、クィン・マンサの腕部と胸部の拡散メガ粒子砲に光が収束した。

 

「やばっ!」

 

 ローマンはバーニアを駆使して飛来するビームを避ける。

 だが、その動きが不味かった。ビームの隙間を縫ってファンネルが接近してきたのだ。

 ファンネルの存在に気づいたローマンだが、拡散されたビームも飛ぶ中で回避するための選択肢は多くなかった。

 

 ビーム光が輝くファンネルからビームが発射される。

 射線上にはビームを必死で避けるザクⅢ改。

 撃ち出されたファンネルのビームがザクⅢ改の装甲を焼き切った。

 

 爆炎が上がったが、それでもザクⅢ改は態勢を崩すことなく、ビームを避けきる。

 一先ず、クィン・マンサからローマンは距離を置いた。

 機体の損傷をモニターが表示する。

 

 だが、まだ戦える。致命傷にはなっていない。

 もし、拡散メガ粒子砲のビームを受けていたら、こうはいかない。

 損傷を最小限に食い止めるため、ファンネルのビームの幾つかを敢えて受けることにしたのだ。

 

 余裕のない表情となったローマンに、ディクセルの高笑いが響く。

 

「どうした、ローマン!? その程度か!?」

 

「随分と強気じゃないの? そういうのって、足元をすくわれがちなんだよね」

 

「ならば、やってみせるがいい! ギルロード!」

 

 再び、拡散メガ粒子砲に光が宿る。

 ファンネルも合わせたかのように飛び始めた。

 次は避けられるか。自問をしたとき、クィン・マンサの肩部が爆発をおこした。

 

「なんだ!?」

 

 驚きの声をあげたディクセル。

 クィン・マンサの視線の先には、ZⅡとガンダムMk-Ⅲの姿があった。

 



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好敵手

 ゲイルのZⅡが持つクレイバズーカから射出されたロケット弾は、クィン・マンサの肩部バインダーに直撃した。

 だが、装甲は厚くバインダーを損壊させる程のダメージを負わせていない。

 続けて、ゲイルはメガビームライフルから高威力のビームを撃った。

 

 クィン・マンサは肩部バインダーを迫るビームに向ける。

 直撃コースだったビームがクィン・マンサの手前で消散した。

 

「くっ! Iフィールドか。なら!」

 

 実弾であるクレイバズーカの砲口をクィン・マンサに合わせて、ロケット弾を撃ち出した。

 Iフィールドはビームなどの粒子兵器を偏光、拡散するものであるため、実弾には通用しない。

 大型MSであるクィン・マンサの機動性は高くないため、バズーカなどの実弾は天敵とも言える。

 

 だが、そのロケット弾を撃ち落とせるのがクィン・マンサの強みであった。

 ZⅡとガンダムMk-Ⅲを標的にした拡散メガ粒子砲から無数のビームが放出される。

 ゲイルは咄嗟にMA形態に変形すると、ビームが着弾する前に飛び去ることができた。

 

 しかし、ガンダムMk-Ⅲのアオイはそうはいかず、ビームを必死に避けるが機体の装甲を焦がされ、損傷を受ける。

 

「アオイ!」

 

「大丈夫! 私に構ってないで、あれをなんとかして」

 

「分かった。アオイは援護に回ってくれ」

 

 ゲイルは言うと、味方の識別信号を発するザクⅢ改に通信を入れた。

 

「あの時は世話になったな」

 

 この言葉にローマンはくすりと笑った。

 

「根に持ってんのかい?」

 

「ああ。今すぐにでも、戦いたい気分だ」

 

「じゃあさ、あれを倒してからにしない? あれに親玉が乗ってんだよねぇ」

 

 クィン・マンサから一定の距離を維持するZⅡ。

 ローマンの言う通り、脅威的な戦力を持つクィン・マンサを落とさなければ、決着をつけるなどできようもない。

 

「分かった。なら、俺達で仕掛けるぞ」

 

「ちょい待った。弟くんに考えがあるみたいだよ? それまでは、あれを」

 

 ローマンが言いかけたとき、クィン・マンサから拡散メガ粒子砲が放たれた。

 ひらりとビームを避けるローマンが言う。

 

「って、簡単にはいかないか。落とす覚悟でやらないと負けるかもね」

 

「そうみたいだな。なら、バズーカを持っている俺が攻める。お前はあいつを引き付けてくれ」

 

「簡単に言ってくれるねぇ。ま、やってみますか」

 

 機体に傷を負ったザクⅢ改がスラスターを輝かせて、クィン・マンサに突撃を仕掛ける。

 クィン・マンサの背後でZⅡはMS形態に変形すると、バズーカを構えた。

 呼吸のあった2機の攻撃に、クィン・マンサはファンネルで対抗する。

 

 並みの強化人間では制御不能な数のファンネルを宙に放つと、ザクⅢ改の行く手をビームで遮った。

 同時にZⅡが放ったクレイバズーカのロケット弾を着弾手前で撃ち落とす。

 完璧な連携に見えた2機の攻撃をさばいたクィン・マンサは、目の前にいるザクⅢ改に拡散メガ粒子砲の砲門を向けた。

 

 ザクⅢ改はビームを避けるため上昇したが、拡散メガ粒子砲の有効範囲から逃れられない。

 死をもたらすビーム光を宿したクィン・マンサ。

 諦めることなく機体に鞭を打ちながら、加速を続けるローマン。

 

 ビームが撃たれる直前に、ザクⅢ改に迫る影があった。

 

「掴まれ!」

 

 MA形態に変形したZⅡだ。

 ローマンは口角を吊ると、ザクⅢ改の手をZⅡに伸ばす。

 ZⅡに掴まったザクⅢ改の足元すれすれを、クィン・マンサから撃ち出された拡散ビームが抜けていった。

 

「いやぁ、悪いねぇ。助かったよ」

 

「お前が落ちたら、こっちがヤバいからな。仕方なくだ」

 

「そういう判断ができるのは、有能な証拠だよ」

 

 微かに笑ったローマンはザクⅢ改の手を離して、クィン・マンサから距離を置いた。

 

「さぁて、どうする? おにいちゃん?」

 

「気持ち悪い呼び方をするな。ライセイなら、きっと来る。それまでに、やつを少しでも疲弊させるぞ」

 

「それしかないよねぇ。じゃあ、またやるとしますか」

 

 二手に分かれてクィン・マンサに迫る。

 熟練者のみが持ち合わせる呼吸で、互いの動きをカバーし合う様は敵同士ではなく相棒のようであった。

 



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最後の希望

 ZⅡとザクⅢ改が死闘を繰り広げる中、ライセイのヴェアヴォルフは流されたヘカトンケイルの最後のコンテナに向かっていた。

 あれが切り札になる。あれがなければ、クィン・マンサを倒すことは難しい。

 ライセイはスラスターを更に噴かすと、コンテナ目掛けて飛翔する。

 

 そのとき、ライセイの直感が警鐘を鳴らした。

 バーニアを噴射して軌道を逸らしたとき、高威力のビームがヴェアヴォルフの傍を抜けていく。

 視線を向けると、グワンザムより出撃したMSが2機、ライセイに向かって飛んできていた。

 

 1機はドライセンだ。そして、もう1機はバウ・エーデルであった。

 バウ・エーデルの姿を見たライセイは身構えたが、発せられているプレッシャーは前と比べると格段に低い。

 あのときのパイロットと違うのか。一瞬考えるが、敵が弱くなっているなら好都合だ。

 

 コンテナに向かえば、背後を取られかねない。

 2機を相手にするしかない。だが、やれるのか。ライセイの乗るヴェアヴォルフはグリプス戦役末期に製造されたものだ。

 プロトデルタに力負けしたのを考えると、素のヴェアヴォルフは決して強くはない。

 

 対して敵は量産機の中でも高性能の2機だ。

 圧倒的に不利。しかし、やらない訳にはいかない。

 ライセイは2丁持ちしていたビームライフルの1丁を放って、ビームサーベルを引き抜いた。

 

 どのように戦うか。敵の出方を伺うライセイに仕掛けたのは、バウ・エーデルであった。

 巨大化したスラスターを煌めかせたバウ・エーデルであったが、ライセイの知っているほどの速さではない。

 ライセイは冷静に相手の動きを見据えて、バーニアを細かく噴射した。

 

 バウ・エーデルの放つビームを避けたヴェアヴォルフはビームを2発放つ。

 発射されたビームはバウ・エーデルの左肩を貫通し、盛大な爆炎を上げる。もう一撃。

 狙いをつけようとしたライセイの勘が冴えわたる。

 

 スラスターの出力を上げて上昇すると、太いビームがヴェアヴォルフの足元を掠めた。

 射手はドライセンで、装備している大型のビームバズーカから放たれたビームである。

 バウ・エーデルはドライセンと合流すると、2機でビームを撃ち始めた。

 

 距離はまだ空いている。ライセイは注意深く敵の攻撃を見て、的確に避けた。

 敵はヴェアヴォルフを捉えられないことに苛立ちを見せると、ムキになったように更に銃撃を続ける。

 迫る銃火を巧みに回避したヴェアヴォルフが、ビームライフルで反撃をした。

 

 射出されたビームはドライセンの持つビームバズーカの銃身を溶解させる。

 ビームバズーカを捨てたドライセンは手にしていたビームアックスにビームを宿らせた。

 示し合わせたのか、バウ・エーデルがビームライフルで牽制をすると、ドライセンは左腕部にある3連装ビームキャノン撃ちかける。

 

 殺到するビームをライセイは冷静に対処した。

 ヴェアヴォルフのスラスターとバーニアを細かく調整しながら、最小限の動きでビームを避ける。

 そこにビームアックスを振りかぶったドライセンが肉薄した。

 

 振り下ろされるビームアックスをヴェアヴォルフは半身になって躱す。

 そのまま、ヴェアヴォルフはくるりと回って、ビームサーベルでドライセンの背中を斬りつけた。

 両断されたドライセンは一瞬間を置いて爆発の光を放つ。

 

 残るはバウ・エーデル1機。ライセイが敵を見据えたとき、バウ・エーデルを極大なビームが飲み込んだ。

 見覚えがあるビームの射線を辿ると、リックディアスⅡが接近してきていた。

 

「ライセイ少尉、無事か?」

 

 クラウスは辺りを警戒しながら言った。

 

「クラウス大尉、ここは任せても良いですか? このままじゃ、あいつに皆やられてしまいます」

 

「あの大型MSか。ライセイ少尉、託してばかりですまない」

 

「なら、戦いが終わったら恨み言を1つか2つ言わせてください」

 

 軽口を叩くライセイにクラウスは苦笑しつつ返す。

 

「何番目になるか分からんが良いか?」

 

「待たせてもらいます。だから、死なないでください」

 

 ヴェアヴォルフのスラスターを全開にして、コンテナの回収に急ぐライセイ。

 宇宙を漂うコンテナに接触したライセイは、クイン・マンサの元へと急行する。

 切り札となる、このコンテナ。

 

 だが、それを使ったとしても勝てるかどうか分からない。

 もう一手何かが欲しい。あの高火力では接近する前に墜とされるかもしれないのだ。

 そのとき、ライセイは温かな風が吹いた気がした。

 

 まるで春の温かな日差しの下で吹く風が、肌に優しく触れていったような感触。

 この温かさに覚えがある。ライセイは思わず笑みを零した。

 

「ネージュ、ありがとう」

 

 愛しき人の思いを受け取ったライセイは、クィン・マンサの元へと急行した。

 



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宇宙に還る

 ネージュを乗せたランチはグワンザムから離れ、アヴァロンに着艦した。

 無事に帰ってくることができた。もう会えないと思っていた父親と一緒に。

 ネージュはフォルストに抱き着くと、大粒の涙を流した。

 

「パパ……。パパ……」

 

 もう二度と離さないようにフォルストの服をひしと掴んだネージュ。

 そんな娘にフォルストは優しく頭を撫でる。

 

「すまなかった。こんな作戦に巻き込んでしまって」

 

「ううん。パパが無事だったんだから。私はそれでいいよ」

 

「そうだな。……だが、ディクセルを始末できなかった」

 

 表情を曇らせたフォルストにネージュは安心させるように優しく語り掛ける。

 

「パパ、ライセイがきっとなんとかしてくれる。そんな気がするの」

 

「ライセイ少尉か。ああ、彼ならきっとやってくれるはずだ」

 

 ライセイに思いを託したとき、ネージュは押し寄せる悪意を感じ取った。

 ディクセルが発していたものだ。そして、もう1つ感じ取ったものがあった。

 泣いているように感じた。儚く消え入りそうな気配は、あのディクセルの強力な悪意の傍にいる。

 

 泣いている人の心の叫びに耳を傾けた。

 しくしくと泣く子供のような人は、姉さん、姉さん、と言い続けている。

 この人もディクセルの被害者かもしれない。悲しみにまみれながら、悪意に従わされる哀れな人。

 

 悪意に抗う人達の熱い思いも伝わってきた。

 知っている気配がある。ゲイルだ。ゲイルもここに来てくれたのだ。

 皆が戦っている。あの悪の権化であるディクセルと。

 

 ただ、あれに勝てるのだろうか。

 あれだけの悪の感情を抱いた人を、そう簡単に倒せるとは思えない。

 自分に何かできないのか。祈るだけでなく、もっと何か。

 

 ネージュは1つのことに思い当たった。

 すると、すぐに行動に移す。ランチのドアを開けて、MSデッキで修理中のプロトデルタのコクピットに近づいた。

 呼びかけるフォルストの声を無視して、ネージュはコクピットのハッチを開ける。

 

 中に入り込むと、ライセイがしていたようにMSの起動手順を行う。

 計器類に光が点ると、プロトデルタのデュアルアイが光った。

 起動したプロトデルタのコクピットの中で、ネージュは指を組んで必死に祈る。

 

 このMSには、人の思いを叶える力を感じた。

 きっとそれがライセイを救ってくれるはずだ。自分の感じとれる全ての心に向けて祈った。

 ディクセルの生み出す悲しみの連鎖を止めてほしい。

 

 強い祈りとネージュのニュータイプの力が、プロトデルタに眠っていたシステムを刺激する。

 バイオセンサー。想いを力に変えるシステム。

 ネージュの思念は宙に舞い上がり、戦場で戦う人達の元へと向かった。

 

 ◇

 

「ギルロード、早く奴らを墜とせ!」

 

 頭に響く声。何十にも重なって聞こえる声が、思考を奪っていく。

 

「はい、マスター」

 

 拒否することなどできない。すれば、またあの吐き気がする声を聞くことになるのだ。

 指示に従えば聞かずに済む。ならば、そうするしかないではないか。

 クィン・マンサの拡散メガ粒子砲から大量のビームを発射すると、今度はファンネルを放出した。

 

 大量のファンネルを操作すると、頭の中が煮えてしまいそうに熱を持つ。

 だが、そうしなければ、またあの声が響く。脅迫なんて生ぬるい。

 逆らおうものなら首を絞められて頭を揺さぶられ、従うまで許されないような程の恐怖感。苦しみから逃れたいために思考を奪われるのだ。

 

 そう思える程度には、ギルロードの魂は残っていた。

 だが、それも限界を迎えつつある。強化人間の力を更に強める薬によって、一時的に能力は上昇したが、それは諸刃の剣であった。

 元は人間なのだ。酷使すれば限界が訪れるのは当然のことである。

 

 命をすり減らしながら戦うギルロードに、またあの不快な声が脳を犯す。

 

「ギルロード! 良いぞ! もっとだ! 殺し尽くせ!」

 

 何度も攻めかかるZⅡとザクⅢ改をファンネルのビームが射抜いたのだ。

 左手を失ったZⅡと左足首を焼き切られたザクⅢ改。機動力の落ちたザクⅢ改を見て、ディクセルが歓喜の声を上げる。

 

「そのままローマンを殺せ! 私を裏切った罰を与えるのだ!」

 

「はい、マスター」

 

 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。

 ギルロードの心はぐちゃぐちゃにされながらも、思考は無理やり戦場へと向く。

 なんでこんなことに。助けて、姉さん。

 

 だが、思い出せるのはセティの死に顔だった。

 それが、更にギルロードを絶望させる。姉さん、姉さん、姉さん。何度も心の中でセティのことを呼ぶ。

 だが、思い出のセティは何も語らない。

 

 あの優しい声が聞きたい。あのぬくもりに包まれたい。あの慈愛に満ちた笑みを見たい。

 ギルロードは消え入りそうな魂から出せる精一杯の声で叫んだ。

 誰にも届くことがないであろう叫び。そのとき、ギルロードの頬に温かなものが触れた気がした。

 

 温もりはギルロードの吐き気を抑え、混濁しつつあった意識を明瞭にさせる。

 そして、今までフィルターが掛かっていたような視界が晴れた。そこには、あの慈しみの笑顔を浮かべるセティがいた。

 

「姉さん?」

 

「ギル、頑張りましたね。でも、もう良いのです。そんなにボロボロになるまで頑張らなくて良いのです」

 

「姉さん……」

 

 溢れる涙によってセティの姿が歪んで見えてしまう。

 ギルロードはセティに向け手を伸ばすと、その手が優しく包み込まれた。

 いつも傍にあった温もりが戻ってきた。ギルロードの顔に笑みが浮かんだ。

 

「姉さん、大好きだ」

 

「私もですよ。ギル、行きましょう。2人で。もう1人にはしませんから」

 

「ああ。行こう、姉さん。2人で」

 

 ギルロードの魂が肉体を離れ、宙に昇る。

 ネージュの願いがバイオセンサーの力によって増幅され、その力がセティの魂を呼び戻したのだ。

 セティの魂はギルロードと共に宇宙に還る。二度と離れないように、手を固く繋いだ2人の魂を見届けたネージュの頬に涙が流れた。

 



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切り札

 クィン・マンサから放たれたファンネルが動きを止めた。

 突如として訪れた静寂にディクセルはギルロードを罵倒する。

 

「ギルロード! 何をしている!? 奴らを殺せ! この役立たずめ!」

 

 ディクセルはギルロードの肩を掴むと、ぐっと引き寄せた。

 そこでディクセルは生気を失い、力なくシートのもたれ掛かったギルロードの顔を見る。

 最初は驚き。そして、次第に怒りが湧いてきた。

 

「使えない強化人間め!」

 

 吐き捨てるように言うと、邪魔なギルロードの死骸を奥にやってディクセル自ら操縦を始めた。

 MSの操縦経験はほとんどなかったが、知識だけはある。ディクセルは拡散メガ粒子砲を乱射した。

 だが、狙いが定まっておらず、負傷したゲイルやローマンを捉えられることができない。

 

 それでも撃ち続けた。エネルギーなど関係ない。全ての者を殺し尽くすまで撃ち続けてやる。

 宇宙にただばら撒かれるビーム。その虚しさがディクセルの権勢の終わりを告げているようであった。

 

 ◇

 

 ファンネルが突如動きを止めたことで、ゲイル達は命拾いをしていた。

 あのままファンネルと拡散メガ粒子砲で撃たれていたら、避け切れなかったかもしれない。

 残った脅威は拡散メガ粒子砲だが、先ほどまでと違いむやみやたらに撃っているように見える。

 

「おにいちゃん、あれってどういうことかな?」

 

 ローマンが距離を取りながらゲイルに問いかけた。

 

「分からん。だが、ファンネルがなければ」

 

「でも、相手にはIフィールドがあるからねぇ。接近するには、あのビームは厄介だよ?」

 

「ああ、そうだな。だが」

 

 一拍置いてゲイルが言う。

 

「ライセイがいる」

 

「弟くんかぁ。来てくれるかなぁ?」

 

「来るさ。きっとな」

 

「んじゃ、もうちょっと頑張りますかねぇ」

 

 ZⅡとザクⅢ改は再び、クイン・マンサに攻撃を仕掛ける。

 ビームはことごとく消されてしまい、ダメージを与えることができない。

 次の一手を求めるゲイル達の元に1つの光点が迫っていた。

 

 ◇

 

 クイン・マンサと戦うゲイル達のビームとスラスターの光を捉えたライセイ。

 コンテナを押しながら戦場へと向かう、その間中、ずっとネージュの存在を感じていた。

 自分の背中を押してくれている。必死に励まして、支えてくれているように感じた。

 

 そんなネージュの期待を裏切る訳にはいかない。

 次々と思い浮かぶネージュの顔。自分に向けてくれた優しい笑顔は、この戦いから戻ったらどんな笑顔を見せてくれるのだろうか。

 そう思うと、自然と体が軽くなった。

 

 この一撃が戦いを終わらせる。クイン・マンサの姿をモニターが捉えると、ゲイルに通信を入れた。

 

「兄さん! 僕が仕掛ける! だから、フォローをお願い!」

 

「ああ! 頼んだ!」

 

 頼んだ。ゲイルが自分を頼ってくれている。それが堪らなく嬉しかった。

 ますます、負ける訳にはいかない。ネージュとゲイルの想いに応えなければ。

 ビームを吐き出し続けるクィン・マンサの背後を狙って、ヴェアヴォルフはコンテナを思いっきり投げた。

 

 クィン・マンサに迫るコンテナにビームライフルの照準を合わせる。

 

「くらえ!」

 

 ヴェアヴォルフのビームライフルが火を噴いた。

 撃ちだされたビームはコンテナを射抜くと、コンテナは爆散。

 そして、宇宙にキラキラと輝く粒子が舞った。

 

 背後の爆発に気づいたディクセルは、クィン・マンサを振り返らせて、ヴェアヴォルフに拡散メガ粒子砲の砲門を向ける。

 ビームが収束され、解放されたとき、ビームは散り散りになって消えた。

 唖然とするディクセルとゲイル達。

 

 ライセイが持ってきたコンテナの正体はビーム撹乱膜であった。

 名前の通り、ビームを撹乱させて無効化する力を持っている兵器だ。

 この粒子に包まれている状態では拡散メガ粒子砲でも、無効化されてしまう。

 

 ビーム撹乱膜の効果に気づいたのは、ゲイルとローマンであった。

 一気に距離を詰めたZⅡとザクⅢ改は、ほぼ同時にクィン・マンサのそれぞれの手を両断する。

 両手から爆発を起こすクィン・マンサ。

 

 焦りの色を浮かべるディクセルは再び、拡散メガ粒子砲を発射する。

 だが、ビーム撹乱膜によって放たれたビームは消散してしまった。

 

「くそっ! なんで私が!」

 

 操縦桿をむやみやたらに動かし、宙をくるくると回ったクィン・マンサに接近する白き人狼。

 ヴェアヴォルフがビームサーベルを輝かせ、クィン・マンサの頭部へと襲い掛かる。

 

「墜ちろぉ!」

 

 ライセイの渾身の一突きが、クイン・マンサの頭部を貫く。

 ディクセルは恐怖で顔を歪めたままビームに焼かれて、その存在と共に振りまいていた悪意は消え去った。

 動きを止めたクイン・マンサはゆっくりと宙を漂うと、火花を散らせて、大きな爆発を上げる。

 

 ディクセルの野望が潰えた瞬間であった。

 

 ◇

 

 クィン・マンサの爆発の光を見たヘックスは、すぐさまオープンチャンネルで通信をする。

 

「各艦に告げる! これ以上の戦闘は無益だ。これより我が艦は負傷者、漂流者の救出を行う。各艦の賢明な判断を祈る」

 

 通信を切ったヘックスは、艦長席にだらしなくもたれかかった。

 緊張の糸がやっと緩んだのだ。味方の識別信号は1機も減っていない。仲間を失わずにすんだことに、安堵の息を吐く。

 

「これで良いんだよな、ローマン」

 

 ヘックスはそう言うと、ハイドラの乗組員に負傷者の救助を指示した。

 

 ◇

 

 戦闘の光が消えたことで、やっと深く呼吸ができる。

 ゲイルはヘルメットのバイザーを上げると、息をゆっくりと吸った。

 

「ゲイル! 無事!?」

 

 ガンダムMk-Ⅲに乗るアオイが語り掛けながら近づいてきていた。

 

「ああ、アオイも無事なようで良かった」

 

「あなたがいてくれたお陰よ。じゃないと、私も墜とされていたわ」

 

「奴がいてくれたお陰でもある」

 

 ゲイルの視線はローマンの乗るザクⅢ改へと向いた。

 通信回線はまだ生きている。この機会を逃せば、もう出会うことがないかもしれない。

 やるのならば、今を除いて他にないのだ。

 

 ゲイルはおもむろに口を開く。

 

「助かった。礼を言う」

 

 言われたローマンは呆気に取られると、次に楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「おにいちゃんとの一戦は間違いなく、俺の中でのベストバウトだったよ」

 

「もう一戦やるか?」

 

「万全な状態でやり合いたいからねぇ。今は勝ち逃げさせてもらおうかな」

 

「なら、自分の艦に戻ると良い。色々と言いそうな奴が来ているしな」

 

 ゲイルは視線を迫ってくるウイントフックとシュツルムディアス、ネモスナイパーに向け言った。

 低く笑ったローマンは礼を言う。

 

「ありがとね。弟くんにも、お礼を言っておいてね」

 

「ああ、伝えておく」

 

 そうゲイルが言うと、ローマンはザクⅢ改をハイドラへと向けて去っていった。

 その光を眺めていると、アオイが不安げに問いかける。

 

「良かったの?」

 

「ああ。これで良いと思っている」

 

「そっか。やっぱり優しいね、ゲイルは」

 

 アオイの言葉を聞き、ゲイルは再びザクⅢ改のスラスターの光を追う。

 おそらく、もう二度と会わないであろう男に心の中でもう一度礼を言った。

 

 ◇

 

 ライセイは全てが終わったことで脱力しきっていた。

 もう何もしたくない。できれば、このまま寝てしまいたい。

 押し寄せる疲労の波に揺られていると、無線からゲイルの声が聞こえた。

 

「ライセイ、無事か?」

 

「兄さん!? うん、無事だよ」

 

「そうか。良かった。自力で帰れそうか?」

 

 ゲイルは心配するように優しく問いかけた。くすりとライセイは笑う。

 

「もう、子供じゃないんだから。これからは、もっと頼って良いんだからね、兄さん?」

 

 ライセイの軽口を聞いたゲイルは声を上げて笑う。

 笑みを残したままライセイに言った。

 

「そうだな。これからは頼りにさせてもらう。ライセイ、頑張ったな」

 

「兄さんこそ。来てくれて本当にありがとう」

 

「礼なら後でゆっくり聞かせてもらう。アヴァロンは、もう大丈夫なのか?」

 

 ゲイルはアヴァロンの亡命劇の裏側を知らないため、どうなっているのか事態を掴み損ねていた。

 全てが計画だったと伝えれば良いのだが、それには時間が掛かる。

 ライセイはゲイルの不安を取り除く言葉を口にした。

 

「うん。全部、終わったんだ。帰れるんだよ。皆で」

 

「そうか。帰れるんだな。それなら、早く帰ってやれ。待っている人が大勢いるだろう?」

 

「分かった。兄さん、また後でね」

 

 そういうと、ヴェアヴォルフのスラスターを噴射してアヴァロンへと向かう。

 途中ですれ違うリックディアスⅡとジムⅢに手を振ると、そのままアヴァロンのカタパルトデッキに着地した。

 MSデッキの隔壁が上がると中に入ってMSハンガーに収まる。

 

 コクピットのハッチを開いて外に出ると、突然衝撃に襲われた。

 それはネージュが胸に飛び込んできたものによるものだ。ライセイの体をきつく抱きしめたネージュが言う。

 

「ライセイ、おかえり。本当にありがとう」

 

「ただいま、ネージュ。僕の方こそ、ありがとう」

 

 ライセイもネージュの背中に手を回して、しっかりと抱きしめた。

 彼らを翻弄したネオジオンとの戦争は、この数日後、ネェル・アーガマ隊の活躍によって終結に向かう。

 時に宇宙世紀0089年1月。表舞台に上がることがない彼らの活躍を知る者は少なかった。

 



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終幕

 第一次ネオジオン抗争が終結して、3ヶ月が過ぎようとしていた。

 ハイドラのメインデッキには、お馴染みの2人が揃ってモニターを見ている。

 映し出されているのは初老の紳士、スペクターであった。

 

「今回も素晴らしいお仕事をしていただき、ありがとうございます。これほど頼りになる方々は、そうはいません」

 

「礼なら良いよぉ。こっちはお金のためにやっているだけだからさぁ」

 

 ローマンの返事にスペクターは微笑みを浮かべたまま返す。

 

「では、今回の報酬につきましては、例の口座に振り込ませていただきます」

 

「はいは~い。またお仕事があったら言ってね。台所事情がちょっと厳しくてさ」

 

「おや? 以前のお仕事で奮発してお支払いしたつもりでしたが?」

 

 珍しく表情を変えたスペクターに、呆れ顔を見せたヘックスがローマンの代わりに言う。

 

「こいつ、艦を降りる奴らにしっかりと金を払ったんだよ。今までの礼金だとさ」

 

「だってさぁ、無一文で降ろしたら可哀想じゃん? やっぱり元手がなきゃ、やっていけないって」

 

「だからって、奮発しすぎなんだよ。お陰で宴会すらできなかったじゃねぇか」

 

 不機嫌顔のヘックスをなだめるようにローマンが言う。

 

「まあまあ。金なら、また稼げばいいんだしさぁ。てことで、スペクター。美味しい話があったら、教えてちょうだいね」

 

 話を振られたスペクターは、また微笑みを浮かべて頷いた。

 

「そうですか。では、早速ですが、ご依頼をしてもよろしいでしょうか?」

 

 スペクターの言葉を聞いた2人は、お互いの顔を見合って拳をこつんと合わせた。

 幾多の戦場を乗り越えた2人。彼ら宇宙海賊は、この後、長きに渡って恐れられる存在となった。

 

 ◇

 

 スペクターはエゥーゴ高官と通信を行っていた。

 エゥーゴの高官は、今回のディクセル艦隊壊滅のためにアヴァロンを利用することを認めた男だ。

 男はネオジオンの勢力の一部を葬り去った功績で、エゥーゴでの地位を確固たるものにした。

 

 ディクセル艦隊の件とアヴァロンの亡命の件については、緘口令が敷かれたこともあり、歴史の闇に葬り去られている。

 残ったのは、それを裏で操ったというエゥーゴ高官の手際の良さで、その手腕を恐れた者達がこぞって男に取り入ろうとしていた。

 自分の思い通りにいったことに満足したエゥーゴの高官と事務的な話を終えたスペクターは通信を打ち切る。

 

 ふう、と一息ついたスペクターは、別の人物に通信を入れた。

 映し出された人物を見て、スペクターはいつもの微笑みではなく、真剣な表情を見せる。

 

「お久しぶりです。この度は勝手な真似をしてしまい、申し訳ございません。ディクセルは、必ずやあなたの障害になると考えての行動でした。罰ならば甘んじて受け入れます」

 

 モニターに映った人物は首を横に振って、優しい笑みを浮かべた。

 それを見たスペクターはほろりと涙を流す。

 

「ありがとうございます。これからもあなたのために命を捧げます」

 

 ディクセル艦隊壊滅のために裏で糸を引いていたスペクターの暗躍はこれからも続いた。

 

 ◇

 

 エゥーゴの本部を歩くゲイル。

 見知った顔の者達と二言、三言交わして本部の外に出るため、ゲートをくぐろうとした。

 

「ゲイル、俺らに挨拶はなしか?」

 

 掛けられた声に反応したゲイルは、そちらに振り返る。

 そこにはダンとシマンがいた。

 

「ゲイル中尉、本当にエゥーゴを脱退しちゃうんですか?」

 

 シマンが悲しそうに問いかける。

 エゥーゴ脱退の件については、すでに2人には話をしていた。

 何度も話した結果だが、それでもシマンは引き止めたい気持ちがあるのだろう。

 

 ネオジオンとの戦争が終わり、ゲイルにエゥーゴを続ける理由がなくなったのだ。

 それに今後のことを考えての選択でもある。

 

「悪いな、ダン、シマン。あとは頼んだ」

 

「おう、頼まれたぜ。エゥーゴでの俺の活躍を聞かせてやるから、グラナダに戻ってきたときは酒に付き合えよ?」

 

「ああ。楽しみにしている。ダンなら、すぐにエースになれるだろう。それにシマン」

 

 微笑みを浮かべたゲイルがシマンに言う。

 

「お前はもっと自信を持っていい。一人前の戦士なんだからな。お前の才能なら、ダンを抜けるかもしれないぞ?」

 

「あっ!? 聞き捨てならねぇな、ゲイル。俺がシマンに負けるってか?」

 

「その可能性があるってだけだ。お前もうかうかしてられないぞ」

 

 ゲイルはダンとシマンの傍に行くと、1人ずつ、その胸に拳を軽く当てた。

 

「2人とも死ぬなよ」

 

「当たり前だろう。誰に言ってんだよ」

 

「はい。ゲイル中尉に鍛えられたんです。そう簡単には死にません」

 

 二ッと笑みを浮かべた2人。

 後に、ダンとシマンはエゥーゴからロンドベルへと、その活躍の舞台を移す。

 名コンビとして幾多の戦場を乗り越えるのは、もう少し後の話である。

 

 ◇

 

 グラナダの宇宙港のゲートの前には、ゲイルとアオイ、ライセイとネージュ、フォルストがいた。

 大型のキャリーケースを持つのは、ライセイとネージュ、フォルストだ。

 ゲイルとアオイは手ぶらで、ここに来ていた。

 

「兄さん、見送りに来てくれて、ありがとね」

 

「当たり前だろう。次に会えるのは、だいぶ先になるだろうからな」

 

「そうだね。まさか地球に行くことになるとは思わなかったよ」

 

 笑って言うライセイ。その隣でくすりと笑うネージュ。

 フォルストとネージュは今回の事件の中心であったこともあり、地球でエゥーゴの監視下に置かれることになったのだ。

 ライセイも多くのことを知っており、それならば共に行きたいとスペクターに依頼したことで、地球行きが決まった。

 

 ゲイルも一緒に行くことができたかもしれない。だが、そうはしなかった。

 ライセイはもう一人前だ。俺がいなくてもやっていける。そう思って、ゲイルはスペクターに何も言わなかった。

 

「兄さん、来月からアナハイムでテストパイロットをすることになったんでしょ? その前に勘を取り戻しといた方が良いよ」

 

 エゥーゴを脱退する決意をスペクターに話をした次の日、アナハイムエレクトロニクスからテストパイロットにならないかとの打診を受けたのだ。

 スペクターの配慮であろう。ゲイルは、その申し出を受けたことで、テストパイロットとしての道を歩むことになった。

 

「そうするか。練習相手ならいるからな」

 

 そういうと、横にいるアオイを見た。

 アオイもエゥーゴを脱退し、元いたアナハイムエレクトロニクスに復帰することになっている。

 

「そうね。今のゲイルになら勝ち越せるかも」

 

「簡単に負けると思うなよ? 恋人だからと言って、手は抜かないぞ?」

 

 ゲイルの言葉に、アオイが嬉しそうに表情を崩す。

 

「恋人って真面目に言えるゲイルって、ちょっと怖いわね」

 

 にんまりと笑うアオイ。

 ゲイルはよく分からない表情を浮かべるが、ライセイやネージュが笑っているので、悪いことではないのだろうと考えた。

 宇宙港にライセイ達の乗る便のアナウンスが響く。

 

 言葉を交わせる時間はもうあまり残っていない。

 ゲイルは見送りの言葉を贈る。

 

「ライセイ、ネージュ、フォルスト艦長。皆、元気で」

 

「大げさだなぁ、兄さんは。またすぐに会えるからさ。手紙も出すし」

 

「そうだな。新婚旅行先は地球にしておく」

 

「新婚旅行!?」

 

 声を上げたのはアオイであった。

 頬を赤らめたアオイは、言葉を遮ったことを謝る。

 

「ごめんなさい。続けて」

 

「そうか? ライセイ」

 

 ゲイルはすっと右手を差し出した。

 その手をライセイはギュッと握る。

 

「またな」

 

「うん。またね」

 

 固い握手を交わすと、搭乗口へと向かう3人。

 シャトルに乗ったのを見届けると、アオイがゲイルの靴をこつんと蹴った。

 

「ねぇ、さっきの話、本当?」

 

「さっきの話?」

 

「新婚旅行!」

 

「怒鳴るな。行くなら地球だと考えているが、嫌なのか?」

 

 真っ直ぐな目で言うゲイルに、アオイは恥じいながら小声で言う。

 

「嫌じゃない」

 

「ならいいが。どこに行くか、あとで話すか?」

 

「ちょっと待って。ちゃんと言ってよ、ゲイル。私の目を見て」

 

 ほんのり頬を赤く染めているアオイは、じっとゲイルの目を見つめた。

 ゲイルも真っ直ぐ見つめ返す。ゆっくりと口を開いて言った。

 

「俺と結婚してくれないか?」

 

 人目をはばからず言ったゲイルの胸にアオイが飛び込む。

 

「うん。嬉しい、ゲイル」

 

「アオイ……」

 

 ◇

 

 抱きしめ合った2人をシャトルの小さな窓からライセイがのぞく。

 きっとプロポーズしたに違いない。ゲイルの決断の良さと早さは自分が一番よく知っている。小さくガッツポーズをするライセイにネージュが声を掛ける。

 

「ねぇ、ライセイ。本当に良かったの?」

 

「うん。僕はネージュと一緒にいたいからね。大好きだよ、ネージュ」

 

「私も大好き、ライセイ」

 

 2人は口づけを交わそうとした。

 

「んんっ!」

 

 フォルストの咳払いが響く。

 ぎろりとライセイを見るフォルストの目は背筋が凍りそうなほどに冷たかった。

 前途多難な2人を乗せたシャトルは地球を目指して発射する。

 

 ゲイルとライセイ。2人はパートナーの手を握って、互いの人生に祝福があらんことを願う。

 彼らに訪れる幸せな日々は長く長く続いた。

 

 fin

 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

亡命のアヴァロンに最後までお付き合いいただき、感無量でございます。
また別の作品で出会えることがあれば、そのときはまたよろしくお願いいたします。

ご感想などをいただけると、次の作品への意欲に繋がりますので、よろしければお願いいたします。

読者の皆様に少しでも楽しい時間を提供できたなら幸いです。
本当にありがとうございました。


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