将棋をしたことない作者が将棋小説に挑戦してみました (将棋知らないマン)
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将棋のルールは俺が作る!!
時は2080年。
世界中に封印された鬼や悪魔が復活した。
肉体を持たない彼等には、近代兵器は一切通用せず、人間が対抗する手段は一つだけ。
彼等『魔物』が呈示する『ゲーム』に乗るしかない。
ゲームとは、即ちボードゲームであった。
ソーシャルゲームの氾濫により、2060年には世界から全てのボードゲームが消滅しており、人類は魔物が指し示す手段で勝つ事は不可能だった。
AIよりも正確で、オラウータンより柔軟な発想を持つ魔物に、オセロのチャンピオン、囲碁のチャンピオン、チェスのチャンピオンまでもが負けてしまった。
残された最後の勝ち筋は将棋であったが、十三段に至ったチャンピオン夫妻も敗北した。
そしてそれから更に17年の時がたった──────
下級悪魔である『カマセー』は、四国の離島である小豆島の隠れ里を襲撃した。
そうめんとオリーブとゴマ油で有名であった島も、今は寒霞渓麓の隠れ里以外には人がいなくなっていた。
「ハーハッハッヒヘホ、ひーふーみー…全部で十二人か。
これはいい。十二人で殺し合え。
生き残った一人だけを生かしてやろう」
奇妙な嗤い方に含まれたもの。
それは余裕だった。
それは嘲りだった。
それは自惚れだった。
「───ふざけないで!!」
そう叫んだ少女がいた。
少女の名前は
同い年の友人からはナナと呼ばれていた。
それは、悪魔を見れば逃げるか従うかしか知らない人間の印象しかないカマセーには新鮮だった。
「ならば抗うか?
お前に吾輩が倒せるか?」
それは冷酷な否定であり、事実であった。
「ナナ、俺が引き受けよう」
少女への悪魔の視線を遮る様に少年が前に歩み出た。
「…お前がやるのか?
まあいい。名前を言え」
「
「佐藤…?
まさかな、よくある名前だ。
吾輩はカマセーだ。覚えておけ」
佐藤。
その名前を持つ者に、カマセーの『親』に当たる悪魔が倒した人類最後の将棋チャンピオンがいた。
だが、悪魔が言ったように佐藤の苗字は日本ではかつてよく見られたものだった。
「では、始めようか」
カマセーは目の前に将棋盤を呼び出した。
ただし普通の将棋ではない。
「お前、──歩はどうした?」
「ハーハッハッヒヘホ。
吾輩は一歩前に進むことしか出来ないザコキャラの歩が大嫌いでね。
だから吾輩の歩は全て金に変えさせてもらった。
では、会場はあそこの公民館にしようではないか」
そういって自分の側の歩だけ全て金に置き換えた駒が乗せられた将棋盤を持って、一ミリも崩すことなく公民館にカマセーは歩いていく。
汐留達はそれについていった。
カマセーは悪魔の中では下級である。
それ故に、同族の中では見下されている。
だからこそ、更に見下す対象を求めている。
それが人間だった。
カマセーにとって、人間は一歩前に進む以外のことが出来ない歩であった。
そんな歩を使うなど嫌悪感があったのだ。
「では、吾輩から先行だ」
そして強引に先行をもぎ取ったカマセー。
しかし、人間側である汐留には拒否権はない。
カマセーから見て最前列にある左から3つ目の金を前に出した。
次のターンで角でも動かすのだろう。
角でなく、桂馬を動かすにしても、やはり金を前に出す必要はあった。
汐留のターンが来た。
「俺のターンだ。
桂馬を前に出す」
「……はっ?
お前バカか?」
カマセーが言うのも無理はない。
初期位置で桂馬を前に出すには、既にその位置を歩が塞いでしまっている。
「わかっている!!
こうするんだ。
歩!!ライドオン桂馬!!」
汐留は桂馬の上に歩を重ねた。
「なん…だと…!?」
「このターン以降、このニつの駒は一つのユニットとしてカウントされる。
この駒の名は──────軽騎
任意のマスを三歩進む!!」
佐藤の動かし方に、カマセーは何かを思い出した。
まさか…という思いがある。
最後の達人『
その不安を隠すように、右先頭の金を前に出した。
「それで終わりか。
では、最初に出した金を頂くぞ。行け!!軽騎!!」
軽騎は三歩前に出て最初に歩み出た金を倒す。
「しかし、その切り札ももう終わりよ。
知っていたか? 金は斜め前にも進める。
6七金よ同僚の仇を取れ!!」
最初に取られた金の隣にいた金が斜め前に進んだ。
それにより軽騎は取られた───ように見えた。
…金は死んだ。
「…二重死のヒットミー」
それは当然の事だった。
軽騎は歩と桂馬の融合ユニットである。
歩を金が斬りつけたとしても、桂馬は無傷。
攻撃して隙だらけの乗り手の仇を討つのは道理。
本気で殺したければ、二重に殺しに来い。
さもなくば死ね。
これこそが二重死のヒットミー。
汐留の策であり、信念である。
「よもや……。
なるほど、吾輩も少々本気を出さざるを得ない。
『ダークデス』!!」
突如、世界から光が消えた。
室内の蛍光灯が全てオッフになった。
ナナ達が何度電源を入れても無駄だった。
懐中電灯を付けようとしても電池が切れてしまう。
ドアを開けようとしても開かない。
完全な暗黒密室空間に閉じ込められた。
「見えない事は怖いだろう。
しかし、吾輩にとってはそうではない。
駒に刻まれた文字を触覚だけで判別する練習を、封印されていた500年間ずっとやっていた。
努力は期待を裏切らない!!
さあ、恐ろしいブラインド将棋の時間だ…」
汐留を応援するナナ達はパニックになるが、汐留は落ち着いていた。
「それがどうした。倒してもいない相手の駒を触れるのはルール違反だ。
俺が勝手な駒の動かし方をしても、触って確認できないお前は批判する事は出来ない」
「卑怯者!!」
あまりに卑怯な汐留の発言に、カマセーはダークデスを解除した。
いつの間にか盤面が変わっていた。
先程とは反対側の位置にある軽騎以外にも、金と銀を重ねた駒『プラチナ』や、香車と銀を重ねた『戦車』が横一列に並んでいた。
「では、やれ戦車。砲撃!!」
説明しよう。
香車と銀を組み合わせた戦車は、自分が動く事なく前方上にある駒を倒す事ができる。
安全な位置から敵を攻撃する強ユニットである。
汐留の玉将の前に配置されていた戦車は、カマセーの王将の前にいた金を撃破する。
「くっ!!
だが、これの前には何も出来まい!!
己の無力を悔いるがいい!!
『全部歩になるビーム』!!!!」
全部歩になるビーム。
それは、カマセーの最終奥義である。
相手の玉将以外の全てを歩に変えてしまう。
戦車は脅威だが、無力な歩など恐れるに足らず。
更に──────
「吾輩は貴様から奪った歩を手札から直接除外する。
貴様の歩は永久にこの世から消えたのだ。
この効果により金を強化!!
これ以降、吾輩の金は全て同時に動く!!
たった一つの
全ての金よ、一歩前進!!」
壁が迫る様な重厚な前進!!
それは、見守る人々にもプレッシャーを与えた!!
だが──────
「聞こえているか?
共に戦場を駆けた歩になった桂馬が、亡くなった歩を、片割れを惜しむ声が」
「ハーハッハッヒヘホ!!
歩に何が出来る?
弱者に何が出来る?
金である悪魔に、一歩前にしか進めない歩如きが何が出来る!!」
それは、汐留を怒らせた。
「この歩が覚えている!!
片割れの事を覚えている!!
お前が一を犠牲に全を進めるなら、俺達は全の力を一に託す!!!!」
今、最奥中央にあるカマセーの王将の前はガラ空きである。
汐留の手前から3列目には横一列に歩が並んでいる。
「横一列に歩が並んだ時、歩は互いに力を合わせる!!」
ナナ達が盤の周りに並んだ。
そして、それぞれが中央以外の歩に指を置いた。
そして、それぞれが中央に向かって力を込める。
「今、中央の歩には左右から凄まじい力が加わっている。
他の歩が力を与えている。
お前の負けだカマセー」
「…どういうことだ?
歩如きに何が出来る?」
そう、歩に出来る動きは前に一歩進むだけ。
それは歩がただ一人であった場合の話。
「横一列に並んだ他の歩から力を貰った歩は、他の歩の力を借りて強くなれる。
今、それを教えてやる」
汐留は、両端からガチガチに圧迫された歩を力強く弾いた。
強力な圧迫から解き放たれた勢いで、弾け飛んだ歩は一歩だけでなく、五歩進んだ。
王将の前まで…
そして更に一歩前へ──────
「吾輩が、負けた…?
佐藤汐留、貴様の勝ちだ。
やはり貴様は──────」
「違うな。
俺
「そうか──────」
カマセーはそれを認めながら消えていった。
小豆島に訪れた危機は消えた。
しかし、カマセーは所詮は悪魔の中でも最弱。
まだまだ強い悪魔は残っているし、鬼も天狗もいる。
そして、彼らを復活させた名を語るも畏れ多い存在もいる。
しかし、それでも人類は最初の一歩を前進した。
ただ前に足を一歩出しただけ。
それでも、その歩みはいつか王将に届くと信じて──────
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元ネタ
※二重死のヒットミー
小豆島を舞台にした有名な小説
※ダークデス
上の小説をテレビ番組化した時の前番組
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