ナザリックのお姫様 (この世すべてのアレ)
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独白
モモンガ生誕祭


  

 

「モモンガさん!」

「お誕生日!」

『おめでとう〜〜!!!』

 

 ギルメンの掛け声でクラッカーが鳴り、色とりどりの紙吹雪がキラキラと玉座の間に降り注ぐ。

 黒を基調としたナザリック大墳墓に合う華やかながらシックな飾り付け。目の前に置かれたケーキのオブジェクトはロウソクと沢山の果物、俺の名前が書かれたプレートで彩られている。本物と見まごう精巧さに製作者の本気を見た。

 

 どうやら今日は俺、モモンガこと鈴木悟の誕生日……だったらしい。正直言うと完全に忘れてた。

 

 最近は仕事が忙しくて日課を済ませるだけだったが、ペロロンチーノさんからレイド戦の誘いがあってナザリックに来てみたらこの通り。

 アインズ・ウール・ゴウンのメンバーが勢ぞろいして俺の誕生日会を用意してくれていたんだ。

 

「まさか自分の誕生日忘れるくらい忙しいなんて思わなかったなー……時間大丈夫ですか? さっきから固まってますけど」

 

「だい゙じょゔぶでず……!!」

 

「うわめっちゃ涙声」

 

 感極まった俺にペロロンチーノさんが背中をさするエモートをしてくれた。

 

「ちょっと愚弟〜モモンガさん泣かせないでよ〜」

 

「いや感動してんだろどう見ても、本当に泣いてたとしても俺のせいじゃな」

 

「発案はあんたでしょうが!」

 

「ぐほォ!」

 

 ぶくぶく茶釜さんのたいあたりで隣にいたペロロンチーノさんが吹っ飛んでいった。それを見たギルメンが「またやってるよ」とゲラゲラ笑らい、顔から落ちたペロロンチーノさんに声をかけている。

 俺もつられて笑っていると、弟にトドメを刺しに行った茶釜さんと入れ違いで白銀の鎧が近づいてきた。

 

「ははは、ぶくぶく茶釜さんも素直じゃない。発案者こそペロロンチーノさんだが、ケーキと飾り付けは彼女がブループラネットさんたちに頼んで用意したんだよ」

 

「そうなんですか!?」

 

 ギルドが誇るワールドチャンピオン、たっち・みーさん。本人が言わなかった功績をそっと伝えてくれる面倒見の良さは、現役警察官なのを思い出させる。

 皆にもだけど特にお礼を言わなくては。土下座のエモートを片手で確認していると、たっちさんが呟くように口を開いた。

 

「それに、泣くのはもう少し後にとっておいたほうがいい」

 

「? それってどういう……?」

 

 意味がわからず聞こうとしたが、餡ころもっちもちさんの拍手に遮られる。

 

「はい皆ちゅうも〜く! ちょっとぐだったけどプログラム通りやるよ!」

 

(プログラムなんてあるのか、本格的だなー)

 

 関心する俺に気付かず誕生日会は進んでいく。餡ころもっちもちさんからバトンタッチされた茶釜さんが俺に向かって話し始めた。

 

「おほん。本日はお日柄もよく絶好のサプライズ日和。ケーキは食べられないけど後で私室に移しておくので、ブループラネット以下モデリング班の汗と涙の結晶をゆっくり味わってね」

 

「仮にもケーキなのにその言い方どうよ」

 

「うるさい! そして最後に、皆からプレゼントがあります!」

 

「えっ」

 

 ギィと玉座の間の入口が開いた。いつの間に出ていたのか、さっきまでここにいたウルベルトさんが扉を開けて入ってくる。その後ろに人影が見えるが、ウルベルトさんに隠れて誰なのか分からない。

 コツコツとこちらに歩いてくる2人。いつの間にか他のギルメンは道を作るように整列していた。同じギルドに所属していながらマイペースなメンバーが多いウチでは異様な光景だ。

 

「設定考案、タブラ・スマラグディナ、ウルベルト・アレイン・オードル」

 

 茶釜さんがまるで何かの式典のような厳かな声で名前を読み上げる。口を挟める雰囲気ではなかったので、慌てて背筋を伸ばした。

 

「キャラクターデザイン、ペロロンチーノ、ホワイトブリム」

 

 ギルメンが作った花道を蹄と靴の足音だけが静かに響く。

 

「装備提供、やまいこ」

「ビルド考案、ぷにっと萌え」

 

 並んでいるやまいこさんとぷにっと萌えさんが、こちらを見て小さく手を振ってくれた。

 

「カンパ&レベリング班、たっち・みーとアインズ・ウール・ゴウン一同!」

 

 ウルベルトさんは俺の目の前に来るとそのまま右に曲がり、1人分空いていた列の先頭入っていく。残ったのはウルベルトさんの後ろにいたアバター。

 それは小さい女の子だった。

 

 顎まで切りそろえられたサラサラの白い髪。その下から薄い青と白をツギハギした肌が覗き、瞳はぽっかりと浮かぶような赤色をしていた。

 色こそ冷ややかで禍々しいが、くりくりと大きい目が困ったような顔でこちらを見上げている。

 

 服装は丈を膝下まで短くしたような黒いウエディングドレスで、頭には青い薔薇のカチューシャと、ドレスと同色の細かい刺繍が施されたベールが垂れている。手には白い剣を大事そうに抱いていた。

 闇に祝福された花嫁のような、喪に服した孤独な少女のような、不思議な女の子だ。

 

 (めちゃくちゃ可愛い)(お姫様をゾンビにしてみたらこんな感じかなあ)(でも嫁に出るには小さくないかなあ)とぼんやり考えてから、そういえば茶釜さんはなんて言ってたっけ?と思い出す。

 

「ということでこちら、“モモンガお兄ちゃんが人間だった頃に死に別れたけどなんとか復活させた娘ちゃん(NPC)”でーす!」

 

「な」

 

「なんだってえええ───!!!?!」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 “死の支配者モモンガが人だった頃、戦乙女の妻と一人娘がいた。しかしなんという運命の悪戯か、未曾有の天災に巻き込まれ無常にも引き離されてしまう。

 友の過去を憂いた至高の支配者達は各地を探索し、幸運にも娘の亡骸を発見した。それを繋ぎ合わせ魂を吹き込んだのが現在の姿である──”

 

「そういう訳で彼女が俺達からの誕生日プレゼント」

 

「俺に生き別れの娘がいるなんて初耳でしたよ……」

 

 大草原で埋め尽くされるなか、ひっくり返った俺にタブラさんが説明してくれた。

 

 この子はギルメンが協力しあって“ナザリックのお姫様”として作り上げたんだそう。

 ナザリックのコンセプトと俺のロールの親和性に着目し、天啓(アイディア)を得たタブラさんとウルベルトさんが設定を作って悪ノリに悪ノリを重ねた結果できあがったという。

 

「つっても俺はほとんど相槌係。俺よりもペロロンチーノとホワイトブリムさんが口出てたし」

 

ウルベルトさんがどことなく居心地悪そうにソワソワしていた。隣にいるタブラさんが意味ありげに笑顔の感情アイコンを浮かべている。

 

「まあ。モモンガくんへのプレゼントだけど、居てくれたら嬉しい性能を目指したからナザリックのお姫様に違いないよ」

 

「全弱体無効の汎用支援型ヒーラーでしたっけ」

 

「そうそう。やまいこさんが装備くれなかったら実現できなかったけどね」

 

 やまいこさんとぷにっと萌えさんがうんうんと満足そうに頷いた。

 

「ちょっと待った! 性能抜きにしてもちゃんとお姫様してるでしょ! このヴィジュアル!」

 

「清楚系目指して頑張ったよ(グッ)」

 

「ハイハイ、頑張った頑張った」

 

「ちゃんと好みもリサーチしてホワイトブリムさんと打ち合わせしたのに、適当にあしらわれる俺……あまりにも報われない……」

 

「フェチズムは理解されるの難しいからしょうがないね……」

 

「好みなんて話しましたっけ、記憶にないんですが」

 

「ほら、ホワイトブリムさんがオススメしてくれた『むちむち戦乙女グ「ウオアァァァーー!!!」ゴフゥッ」

 

 言い終えるよりも早く思い出した俺のアンデッドパンチが唸る。返す手でよろめくペロロンチーノさんの胸ぐらを掴んで勢いよく引き寄せた。

 

「酒の席の話は、お互い心の中でしまって置くのが暗黙の了解だったと思うんだが!!?」

 

「ゴメン、ユルシテ、ショウガナカッタ」

 

 完全に取り乱して負の接触(ネガティブ・タッチ)の0pointダメージをポップさせ続ける俺の肩に、ポンと手が置かれた。振り返るとウルベルトさんがなんとも言えない笑顔の感情アイコンを浮かべていた。

 

「皆、全部知ってる」

 

 俺は絶望した。

 

 

 

 

「さて、モモンガさんが泣いた(笑)ところで誕生日会のプログラムは終わり!これは最初にやるべきだったけど、今やるよ!」

 

「ギルドマスター・モモンガの生誕と、アインズ・ウール・ゴウンの繁栄を祝って──乾杯!!」

 

『アインズ・ウール・ゴウン万歳!!』

 

 いじけた主役を差し置いてワイワイと酒盛りを始めたギルメン達を尻目に、気分を切り替えるために息を吐いた。

 自分の性癖を暴かれたショックはまだ引きずっている。いや、かなり引きずっている。けれど皆が俺のために考えて祝ってくれたことに違いはない。

 

 早くも酒が入ったギルメンに絡まれた、物言わぬ自分の娘を見る。設定こそ自分の縁者になっているが、本当はアインズ・ウール・ゴウンにとっての娘なのだろう。娘を囲む皆を見ているとよく分かる。

 

 ……頑張る理由が出来ちゃったな。苦労も多かったギルドの管理が急に楽しみになってきた。

 でもまずは、冷蔵庫にある缶ビールを持ってきてあの輪に混ざってから頑張ろうと思う。

 

 どうか、この楽しい日々が続きますように。

 




至高の41人はほとんど捏造です。
こんな雰囲気いいギルドが続かないわけがない(迫真)


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支配者の“冠”

1話でお気に入り登録してくれた方へ。
前話はマジでなんも考えずに書きすぎたので加筆と修正を行いました。
読み直すか、第1話の後書きをご確認頂けると助かります。
今後も試行錯誤が続くかと思いますが、何卒よろしくお願い致します。




 

「はぁ、気になるけどそんなすぐには思いつかないし、そろそろレベリング行くか」

 

 誕生日会から数日後。俺は娘の隣に座って装備の確認をしていた。

 

 あの後、飲みながらこの子のステータスと育成状況を教えて貰った。

 種族はアンデッド。職業はクレリック等の信仰系を中心に、世にも珍しい隠し職業の勇者(ブレイブ)。ヒーラーとしてほとんど経験値を振っているのでレベル5で止まっているが、確か味方への支援スキルが優秀……だったはず。

 タブラさんの強い希望で取得したと言っていたが、お姫様で勇者なところがギャップ萌えのツボを押すのだろうか。俺にはギャップ萌の属性はないからなあ。

 

 ヒーラーとして育成はしてあるが、カンストまではあえて進めなかったらしい。「娘なのだからモモンガさんにも育てる時間をあげたかった」とぷにっと萌えさんは言っていた。

 なので今は80レベルで止まっている。

 

(80台のレベリングって何処に行けば良いんだったか……しばらく連続でロストすることも無かったから忘れてるなあ。パワーレベリングするには少し心もとないし)

 

 これまで通りなら拠点NPCを育てるのにレベリングは必要ない。

 しかし最近になって拠点を所有するギルド向けのアップデートがあり、作成した拠点NPCを同時に5人まで外に連れ出せる『連れ歩き機能』が追加された。

 最初に連れ出してから一定の期間が設けられ、一部高難易度バトルとPvPを除く全ての戦闘に参加する事が出来る。

 ただし参加できるのはカンストするか、期間が終わるまでの間だけ。その後は『連れ歩き機能』を使っても本当に連れて歩けるだけらしい。

 到来のレベルの振り分けが無くなった訳ではないので、これは一部のコアなユーザー向けに作られたお遊び機能だ。

 もしNPCを連れ歩いてる時に拠点が制圧されても自己責任、という注意書きには少し運営に殺意が湧いた。

 

 レベリングの話に戻ろう。

 高レベルプレイヤーの戦闘で得た経験値で、低レベルなプレイヤー(またはNPC)のレベルアップを高速化するパワーレベリングは一般的な方法だ。

 しかしユグドラシルでの異形種はなにかと狙われやすく、レベリングをするにも一苦労。いくら俺が最上位の『死の支配者(オーバーロード)』を取得していようが格上なんてごまんといるし、同格のプレイヤーに囲まれたらひとたまりもないだろう。

 追加された機能の中には“PvPには参加出来ないがPTリーダーがロストするとNPCもロストする”なんて仕様もあった。

 

 生まれて間も無い娘にそんな苦労はさせたくない。一端の父親になった気分で腕をまくった。

 コンソールでウェブサイトを開き、それらしい情報を漁って記憶を掘り起こしていると、たっちさんから入室許可を求める通知が来た。なんの用だろう?

 

「こんばんは、モモンガさん。日課が終わってないメンバーで集まってるんだが一緒にどうだろう」

 

「あー、すみません。俺はもう終わってて、これから娘のレベリングに行くんです」

 

 「ああ、娘ちゃんの」たっちさんの嬉しそうな声から、娘を気に入ってることが伝わってきてちょっとニヤニヤした。たっちさんのちゃん付けってレアだな。

 

「人手は足りてるのかい?」

 

「いや、実は──」

 

 ぷにっと萌えさんの気遣いを理由に誰も誘ってない事を伝えた。

 

「それなら俺のセバスを貸そう」

 

「いいんですか?」

 

「もちろんだ。困っている友を助けるのは──いや、それもあるが、俺はあまり使ってやれてないからな」

 

「ああ…なるほど。それじゃあ遠慮なく」

 

 申し出を有難く受け取り、さっそくマスターソースを開いた。するとまた入室許可の通知が来たので反射で承認してしまったが、名前を見て「しまった」と少し後悔する。

 

「モモンガ、ちょっとダンジョンに用事が──あ?」

 

「……ウルベルトさん」

 

 最高に空気が重い。犬猿の仲である二人をカチ合わせた後悔は少しどころじゃ足りなかったかもしれない。睨み合う二人に冷や汗を流しつつ、空気を変えようと娘のレベリングの話をウルベルトさんにもした。

 

「へえ、じゃあ俺のデミウルゴスも連れて行けよ。盾にはなるし魔法の練習相手にも丁度いい」

 

「ほう……」

 

「何か文句でも? 人を人とも思わない悪魔と自分のNPCを同じにパーティに入れたくないとか?」

 

「いや、娘ちゃんのレベリングが安全に行えるならそれが良いと思う」

 

「…………」

「…………」

 

 口を挟む隙もなく、火花が散る睨み合いにレベルアップしてしまった。レベリングはしたかったけどこれは違う。

 オロオロする俺に気付いてくれたのか、幸い睨み合いは長く続かず、ウルベルトさんが諦めるようにため息をついてこちらを向いてくれた。

 

「そういえば娘としか呼んでないけど名前はまだ決まってないのか」

 

「……迷ってて」

 

「ネーミングセンスないもんな」

 

「ウッ」

 

 ここ最近悩んでいたことを清々しいくらいにバッサリと切り捨てられた。

 

「だから俺は皆が付けた名前が良いって言ったじゃないですか……思いついた名前は全部、茶釜さん達に『正直ナイワー』で却下されるし」

 

「自分の少ないボキャブラリーで決めようとするからだろ。みんな色々調べてるんだから見習えよ。青い薔薇つけてるから青子とか、モモンガと似てるからムササビとか、適当な名前付けられる娘の気持ちとナザリックのコンセプトを考えろ」

 

「モモンガさんには悪いが、ムササビは俺もどうかと思う……」

 

 ウルベルトさんの容赦ない指摘と、たっちさんの控えめな一言がグサッと突き刺さる。普段、仲の悪い2人の意見が一致してる事実がなお辛い。分かっている、分かっているが俺の心はもう傷だらけだ!

 

 ──そう、悟は困っていた。悟には名前の善し悪しが分からぬ。自分のプレイヤー名も適当に付け、ギルメンと遊んで暮らしてきた。

 飲み会ではタガの外れた仲間にネーミングセンスのなさをネタにされ、メロスもかくやと言わんばかりの苦悩を仕事で誤魔化してきたが、そろそろタイムアップか。

 

「所詮はデータに過ぎないかもしれない。けどせっかくできた娘なんだ、この子もお父さんから名前を貰った方が嬉しいさ」

 

「デミウルゴスはいつでも貸すからじっくり考えろ」

 

 入ってきた時の険悪な様子とはうって変わり、二人揃って退出して行った。

 

 「はぁぁ……たっちさんもウルベルトさんも簡単に言うよなあ、もう」

 

 俺のセンスはパンドラズ・アクターで限界なんだが、いつまでも『No Name』でいさせるのも可哀想だとは自分でも思っていた。

 観念してモモンガを椅子に座らせ、俺も座ってる椅子の上で大きく伸びをする。そのままひざ掛けに寄りかかって頬杖をつき、娘を見つめた。

 

 モモンガの生き別れの娘でナザリックのお姫様。母親はモモンガが愛した女、正確にはちょっとエッチな漫画の主人公がモデル(タブラさんの設定では失われた神話に登場する戦乙女)だけど……この話を深追いするのはやめよう。傷が開く。

 そしてなによりギルドメンバー全員で作った子供。俺抜きとはいえ、ギルドを上げて作ったものなんてスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン以来だ。他のギルドの人間からすればただのNPCだが、ナザリックにとってはワールドアイテム級のNPCに違いない。

 

 そんな子を本当に俺が貰っていいのか。遠慮する気持ちが無いと言ったら嘘になる。

 

 正直に言って、俺はたっちさんの推薦があったからギルド長なんてものやっているだけで、皆をまとめる資格やら資質やらがある訳じゃない。やっていることは雑務だし、ロールプレイのためにビルドを構築したのもあって戦力としても抜きん出たものは無く、ぷにっと萌えさんのように戦術を立てられるわけでも、ペロロンチーノさんのようなムードメーカーでもない。どこにでも居る普通のサラリーマンだ。

 

(──待てよ、そんな俺に皆がここまで心を割いてくれて、その結果創り出されたものならギルド長の証と言ってもいいんじゃないか?)

 

 ハッと閃いた俺は椅子から背を浮かせた。

 

 忘れないうちにブラウザで翻訳事典を開き、目当ての単語をタップして翻訳結果を指で追った。

 

「英語ではクラウン……ドイツ語では……“クローネ”か。うん、女の子っぽくていいな。それにパンドラズ・アクターも俺にとって子供みたいなものだから、ドイツ語が由来なのも良い」

 

 クローネ。その名前が意味する言葉は“冠”。支配者の証を象徴するにはこれ以上になく打って付けだ。

 “ナザリックの支配者として君臨するモモンガにとって、娘こそが己が地位を示す唯一無二の宝である──”なんて、寸劇(ロールプレイ)でもしたくなる設定じゃないか?

 我ながら良い名前だと自画自賛するのは、今だけ自分に許すことにしよう。

 

 それにしてもウンウンとあんなにも悩んでいたのが嘘のように、あっさりと決まってしまって少し拍子抜けだ。俺が頭を痛めていた数日間は一体なんだったんだ……

 もしかしたら本当の敵はネーミングセンスではなく、皆への遠慮だったのかも。

 

(だからといって自惚れるつもりはないさ。認めてくれた皆がいて初めて、俺はナザリックの支配者の冠を被れるんだ)

 

 気を引き締め直してからプロフィールを開き、放置していた名前の欄を記入する。用が済んだコンソールを閉じると、俺と同じ赤い目がこちらを見ていた。

 

「これからよろしく、クローネ」

 

 低い位置にある白い頭を骨の手で撫でても、クローネの表情は変わらない。それでも俺は良い名前がつけられて満足だった。

 

 皆には後で報告するとして、まずは発破をかけてくれたウルベルトさん達にお礼を言いに行こう。

 名前を聞いたみんなの反応を想像しながら、クローネを連れて自室を後にした。

 




評価並びにお気に入り登録ありがとうございます。
完結を約束することは出来ませんが、気が済むまで話は続くぜ!


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崩壊

 
 
ぐわーっ!(評価を食らう)




 

 

 俺がギルド長としての自分を認めてからしばらく、アインズ・ウール・ゴウンはギルドランキング9位にまで登り詰め、ユグドラシルでも指折りの悪の異形ギルドとして有名になった。

 

 ある時は、以前から嫌がらせを続けてくる敵対ギルドに堪忍袋の緒がブチ切れたギルメンが中心となり、綿密に練った作戦でおびき寄せた相手ギルドのワールドアイテムを全て奪取。

 とてつもなく腰が低い嘆願のメールをオープンな掲示板に貼り付け、見せしめにして(ヒール)らしく振舞ったり。

 

 ある時は、未完成だったナザリックの全制作過程が終了し、完成を祝って誕生日会以上のどんちゃん騒ぎ。その結果、過半数が二日酔いと寝坊で会社や家族から大目玉を食らってPKする気も起きず、襲ってきた人間種を瀕死で済ませたり。

 

 もっと個人的な出来事を言うなら、カッコイイと思ってたドイツ語から熱が冷めて、パンドラズ・アクターとクローネを見る度に顔を覆って床を転げ回りたくなる衝動に襲われるようになった。死の支配者(オーバーロード)らしくない情けない話である。

 クローネはともかくパンドラズ・アクターは頭のてっぺんからつま先まで、軍服で敬礼で、全体的にドイツなのが……あああ思い出しただけで恥ずかしい。

 

 ちなみにクローネは期待通り便利な回復キャラとして育成を終えて「何故パーティに誘えないのか!」と回復を兼ねることもある主にタンク役のギルメンに泣いて縋りつかれる程になった。

 奪取したワールドアイテム“聖杯(ホーリーグレイル)”を装備すれば更に万能なヒーラーとして活躍する自慢の愛娘だ。

 ハロウィンイベントで“人化の指輪”を持たせて人間の仮装をさせたら、妙にテンションの高いホワイトブリムさんが常に着けるように迫ってきたっけ。白い髪が映えるようにほんの少し褐色肌にしただけなんだけど……

 

 振り返ってみると有名になる前とやってることはあまり変わらないな。その方がユグドラシルでわざわざ異形種を選んだ俺達らしいのかも。

 

 まだまだ語りきれないほどユグドラシルの思い出はたくさんある。

 しかしその中で最も心に残ったことを挙げるなら『総勢1500人の討伐隊によるナザリック侵攻戦』が一番だ。

 

 あれはギルドのメンバーの誰もが忘れることの出来ない戦いだった。

 俺達が作り上げたナザリックの凄さをユグドラシル中に知らしめる絶好の機会。悪の異形ギルドとして最高のロールプレイが披露できるイベントだ。

 まあ、開始早々、俺は王座の間に放り込まれて、待機していたギルメンと実況ライブを楽しんでいただけだったりするんだけど……

 攻め込んできたプレイヤーを各階層守護者とモンスター達が順番に迎え撃ち、虎の子のヴィクティムで次々とログアウトしていく光景は圧巻だった。

 結局王座の間で俺と対峙したプレイヤーはいなかったが、過去に例を見ない大きな戦いを41人で乗り切ったことが誇らしかった。

 

 どれもこれも、目を閉じればつい昨日の事のように思い出せる。

 

 そう、楽しかった。楽しかったんだ。きっと俺だけじゃない、皆も。

 

 それが崩れ始めた切っ掛けはなんだったのか。

 

 最初の1人が引退した時は「リアルがあるから仕方ない」と引退するメンバーを惜しみながら見送ったことを覚えている。

 

 そこからまた1人、また2人と少しずつ辞めて行く人が増えた。のんきにも俺は残念に思うだけで、落ち込みながらも何処か楽観的でいた。

 まさか全員が全員アインズ・ウール・ゴウンを捨てるはずがないと思っていたのだ。俺達の、栄光あるナザリックを。

 辞めたメンバーがいつ帰って来てもいいように残った人間で頑張ればいいと。

 

 嫌な予感がしたのは、たっちさんが辞めると言った時だ。

 この時ばかりは流石に驚いた。本人の意思は固く、リアルの忙しさを知っていたから強く引き止めることは出来なかった。申し訳なさそうに、でもこれまでの感謝を伝えて、何処までも誠実なまま引退していった。

 

 ワールドチャンピオンに上り詰めるほどやり込んでいた、あのたっちさんが辞める。そこからは早かった。

 

 また1人、また2人、また3人。俺は精一杯、快く見送った。

 元々オンラインゲームは金のかかる趣味だ。いくら社会人とはいえ付き合いで続けるほど安い娯楽じゃない。それに、本人にはどうしようもない事情だってある。辞めると決意した人を引き止める権利なんて誰にもないんだ。

 ナインズ・オウン・ゴールからの付き合いだった6人が特に別れを惜しんでくれたのは、不幸中の幸いとでも言おうか。

 親友と言ってもいいウルベルトさん、ペロロンチーノさんも。

 

 気付いたら1人になっていた。

 

 残ったのは見慣れすぎた装備と溢れるほどのアイテム。そして誰もいない広大なナザリック地下大墳墓。

 ギルドの帳簿にはまだ3人残っていたが、オフラインのまま連絡がつくことは無かった。

 

 この頃、既にユグドラシルは“かつて絶大な人気があったDMMO-RPG”というポジションにいた。運営が用意した未知なる冒険はそのほとんどが掘り尽くされ、イベントも焼き増しばかり。当然の流れだと言えばそうだろう。

 

 1人になってからも俺はログインし続けた。ナザリックの維持には金貨がいる。また誰かが攻略しに来て、俺達の場所を踏み荒らされるなんて耐えられない。

 ソロでギルドの維持費を稼ぐのは大変だけど不可能ではなかった。時間は必要だが単純作業は得意だ。

 

 誰も居なくても俺はナザリックが好きだから、頑張れる。

 

 ────なんて、いま思えば他にやることが無かっただけだ。リアルの俺は侘しくて、つまらない人間だったから。

 生まれて初めて友達が出来て、リーダーに抜擢してもらえて、未知のダンジョンを皆で攻略して、誕生日を祝って貰って……それを思い出にしたくなくてみっともなく縋り付いている。

 

 俺にとってかけがえのないものがアインズ・ウール・ゴウンで、皆はそうじゃなかった。それだけの話だ。

 

 でも、それでも、叶うなら皆ともう一度遊びたい。

 そう願うのは、間違っているのだろうか────

 

 

「…………夢か」

 

 目が覚めるとナザリックの私室で突っ伏していた。

 仕事から帰って、ログインしたまま寝てしまったらしい。やけに懐かしくて寂しい夢だった。

 

「ふあぁ。インタフェース付けたまま寝落ちなんていつ以来だろう、しかも夢まで見るなんて」

 

 インタフェースをずらして目を擦って隣を見ると、クローネを立たせたままだったのを思い出した。今日は俺の気分で人化バージョンだ。

 さっきの夢の余韻が残ってるのか、なんとなく心細くなった俺はいつもの様に白い頭を撫でる。

 

「クローネ、お前も寂しいよな……ごめんな、ずっと連れて行ってやれなくて。だいぶプレイヤーも減ったし、たまには……」

 

 ──ということでこちら、“モモンガお兄ちゃんが人間だった頃に死に別れたけどなんとか復活させた娘ちゃん”でーす!

 

 クローネを紹介した時のぶくぶく茶釜さんの声が甦り、撫でる手が止まった。

 

 ──まあ。モモンガくんへのプレゼントだけど、居てくれたら嬉しい性能を目指したからナザリックのお姫様に違いないよ

 

 ──まさか自分の誕生日忘れるくらい忙しいなんて思わなかったなー……時間大丈夫ですか? さっきから固まってますけど

 

「クソッ!」

 

 もう戻らないと分かっている過去の記憶に苛立ちが抑えきれず、気が付くと机を殴っていた。

 同時に自分の行動の馬鹿馬鹿しさに呆れて頭を抱える。

 

「は、何やってんだろ俺。いくら話相手がいないからってNPCに話しかけるなんて……それにノルマ全然終わってないのに連れ回してどうするよ」

 

「もう自室には来ないようにしようか。特に意味があった訳でもないし、寝る時間は確保しないとな」

 

 まくし立てるように結論を出した後、チラッとクローネを見る。黙ったままこちらを見上げる幼い顔にさっき呆れた自分がまた出てくるのを感じた。

 

「……ごめん、お前の顔見てると思い出して辛いんだ」

 

 そう言い捨てて、俺は思い出から逃げた。

 どれだけ物分りのいい振りをしても自分の心には嘘が付けない。誰も悪くないと分かっているけれど、向き合うのは辛かった。

 いつか、俺が受け入れる少しの間だけ、逃げたかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

ユグドラシル<Yggdrasil>公式サイト

お知らせ掲示板

 

【サービス終了のお知らせ】

平素よりユグドラシルをご利用頂きありがとうございます。

DMMO-RPG 『ユグドラシル<Yggdrasil>』は、予定通り2138年■■月■■日をもちましてサービスを完全に終了致しました。

発売から12年ものご愛顧、誠にありがとうございました。

お客様には深く御礼申し上げます。

 

 

 




 
 
次回「冠無き墳墓」




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リ・エスティーゼ王国編
冠無き墳墓


 

 サービス終了時刻の0時を回った後、ナザリック地下大墳墓はかつてない事態に直面していた。

 

 大墳墓の主人モモンガが察知した異変──それは仮想が現実となり、ナザリックがユグドラシルではない別の世界に突如として転移した可能性。

 

 そして守護者達の預かり知らぬところではあったが、心を持たぬNPCである彼らが意思を持ち行動していることも異変が起きている事の証明だった。

 

 偵察に出ていた執事長のセバスから報告を聞いたモモンガは、この事態に対応すべく守護者統括のアルベドを通じて招集した守護者達に防衛の強化を命令する。

 そこで改めて忠誠心を確認し、終始支配者として振る舞いつつも内心では滝汗を流しながらその場を立ち去った。

 

 セバスがモモンガを追った後も、残った守護者達は興奮冷めやらぬ様子でモモンガの素晴らしさを語っていた。

 ほとんどの守護者は死の王としてのカリスマに胸を震わせ、また上司として部下を労る優しさに感謝していたが……

 

「この大口ゴリラ!!」

 

「ヤツメウナギ!!」

 

 モモンガという男に魅せられた女2人の仁義なき戦い(キャットファイト)。猫のような可愛らしさとは程遠い罵りあいを繰り広げている。

 容赦なくお互いの悪口を並び立てる姿に他の守護者は呆れて遠巻きにする始末。同じく傍観していたデミウルゴスは2人に念を押すため、思ったことを口にした。

 

「私としてはモモンガ様さえ宜しいのならどちらでも構わないがね。既にクローネ様というお世継ぎは居るのだから」

 

 ピタッと罵りあいが止まった。気まずい表情でこちらを見る2人に、メガネを中指で上げてみせた。

 

「クローネ様は女性ですが権利は充分ある。まあ、慈悲深い御方だから我々がお守りする必要はあるにしろ……まさかとは思うが、その地位を脅かすつもりなら私にも考えがあるよ」

 

「右ニ同ジク」

 

「そ、そんなつもりないでありんす!」

 

「モモンガ様に愛して頂けるのなら、確かに子供は欲しいけどそれはそれよ」

 

 本気で焦ってるように見えるシャルティアとは対照的にアルベドは冷静だった。

 口には出さなかったがアルベドはモモンガを愛しているのであって、娘のクローネは眼中にない。むしろ愛するモモンガと他の女の愛の結晶なのだから、そこに向ける感情は推して知るべしである。

 だからといってわざわざ仲間割れの原因にするほどでも無かったが。

 

「それに! このわたしがクローネ様を蔑ろにするはずがないでありんしょう!」

 

「ん? それはどういう意味──」

 

 デミウルゴスが言い終わる前に、その場にいる全員はカッとスポットライトで照らされたシャルティアの姿を幻視した。

 簡単に言えば振り返った顔はそれほど輝いていた。よくぞ聞いてくれた、と。

 

「美の象徴であるモモンガ様のご息女であり、至高の御方々が手ずから蘇らせたあの玉体! 純白の髪にお父上と同じ真紅の瞳! 色の違う肌の縫い跡すら、退廃的で美しい!」

 

「確かにクローネ様はとっても綺麗なお方だよね」

「いや、多分あいつが言いたいことはそれだけじゃないと思う……」

 

 なにかのスイッチが入ったシャルティアを見て、双子がコソコソと小声で話す。仰々しい仕草で美と愛を語る姿はまるで舞台役者のようだった。

 

「ああ、愛しのクローネ様。でもわたしにはモモンガ様が……! ハッ、親子になればお風呂に入って洗いっこもできるでありんす! やっぱりモモンガ様に初めてを捧げてからクローネ様にもじっくり母として性の手解きを」

 

「いい加減帰ってきなさいこの変態!」

 

「フギャッ!」

 

 自分の世界兼趣味劇場を始めたシャルティアにアウラは拳骨を落とした。

 フシューと排気しながら静かに憤慨していたコキュートスも口を挟む。

 

「不敬ダ、全ク不敬ニモ程ガアル。クローネ様ハ14歳デ身体ノ成長ハ止マッテイル。心モ未ダ幼イ。コノ爺ノ目ガ黒イウチニ、ソンナ不埒ナ真似ガ出来ルト思ウナ」

 

(コキュートスはこんな性格だったかしら、子供好きなのね意外と)

 

「アアン!? あんな美貌を前にして欲情せん方がおかしいわッ! そういうコキュートスはどうなんでありんすか!」

 

「ヌ!?」

 

 哀れ、武人コキュートス。シャルティアの性的な追求にしどろもどろになり、瞬く間に劣勢へと追い詰められた。止めるアウラの声もどこか遠くに聞こえる。

 

「はぁ、なんだか冷めちゃったわ。私もモモンガ様の素晴らしいところならいくらでも言えるけど」

 

「それは丁度いい。そろそろ私達に指示をくれないかね、アルベド」

 

「ぼ、僕も早くお仕事したいです」

 

「それもそうね。コキュートス、シャルティア、アウラ! 指示を出すからそこまでよ!」

 

 守護者達によるモモンガ様談義から脱線して暫く、やっと本来の仕事に取り掛かるはずだった。

 

 モモンガから緊急の〈伝言(メッセージ)〉が飛んでくるまでは。

 

 

 

 時間は少し遡り、闘技場から立ち去ったモモンガは自室の前で立ち尽くしていた。やや前かがみになった背中からは哀愁が漂っている。

 

(まさかこんな事になるなんて思いもしなかった。最後だけでも会いに行けば良かったのに……俺って奴は本当に……)

 

 骸骨の顔を手で覆い、自分の不甲斐なさを悔いた。

 あの日、娘のクローネと会わなくなってから1年も経っていた。ずるずると先延ばしにして、ついにはユグドラシルが終わるまで──正確には終わってもなお、受け入れる事が出来ないでいる。

 

 ゲームではただのデータの集合体だったが今は心を持ち、意志があるアンデッドとして今も部屋で待っているのだろう。

 モモンガは後悔と罪悪感に押し潰されそうだった。アルベド達の忠誠心を見た後なのも余計に心を重くする。

 

(腹をくくれ、モモンガ! 許してもらうためならなんだってしようじゃないか。待つ辛さは俺が一番良く知っているのだから!)

 

 グッと骨の拳を握って決心を固めたモモンガは、急に入って驚かせないようゆっくりとドアノブを回した。

 

「……クローネ?」

 

 しかしそこには豪奢な家具や調度品が並ぶだけ。あるはずの姿がどこにも見当たらない。

 

(一体、どこに行ったんだ。そもそも命令がない場合のNPCはどう考えて行動するのか見当がつかないぞ)

 

(…………本当にそうか?)

 

 

 ──ごめん、お前の顔見てると思い出して辛いんだ。

 

 1年前言ったことが頭をよぎり、血の気が引いた。もしアルベド達のように高い忠誠心や愛情があったとして、実の父親に拒絶されたらどんな行動をとるか。身体の自由が許され、誰も見ていないのなら、もしかして──死の支配者(オーバーロード)になっても分からないほど鈍くはなかった。

 

 最悪の事態を確認するため急いでリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで王座の間の廊下へ転移。叩きつけるようにドアを開け、王座に座るとマスターソースを確認した。クローネの名前は、ある。

 素早くこめかみに指を当て、アルベドに〈伝言(メッセージ)〉を繋いだ。

 

「アルベドッ! まだ闘技場にいるか! 階層守護者と下僕(しもべ)たちに伝えて全階層を封鎖しろ、クローネを見つけたらすぐに保護するんだッ!」

 

《承知しました、すぐに動きます。デミウルゴス!》

 

 怒鳴りつけるような声音にアルベドも事の重大さを察して理由も聞かずに指示を出す。

 

《他にご指示はございますか? モモンガ様》

 

「捜索は各階層でスキルによる探知に優れたものに任せろ、あとは私が直接見て回る!」

 

 〈伝言(メッセージ)〉を切りながら、長いローブを引きずって王座の間を駆ける。

 

 まだこの世界に何があるか分からない。全ての階層を捜索してでも外へ出る前に見つけなくては。取り返しのつかない事になってからでは遅すぎる。

 自らの言葉で傷つけてしまったあの子に、これ以上他のことで傷ついてほしくない。

 たとえ失望されていたとしても、守りたかった。

 

 ただの杞憂であれば良い。

 しかし、無常にも嫌な予感は的中することになる。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ──リ・エスティーゼ王国、エ・ランテル領の国境付近。林の中にその姿はあった。

 

 至高の41人が誂え、モモンガが手を加えたその容姿は、当たり前ではあるが1年前と全く変わっていない。

 ただ、虚ろな目ではらはらと涙を流していること以外は。

 

 心細そうに白い剣を抱きしめ、夜風に晒されながら震えて座り込んでいる。帰り道も分からず、途方に暮れていた。

 なにより帰ったところで()()()()()()()()()()()に居場所があるのか自信がなかった。

 

 その近くをサクリ、サクリと草を踏みしめて誰かが近づいてくる音がした。ランプを持っているのか、ゆらゆらと林を抜けるとオレンジ色の光が少女を照らした。

 

「まあまあ、こんな所でどうしたの? この辺の子じゃないわねぇ」

 

 林から顔を出したのは、白髪を後ろで団子のようにまとめた老婆だった。

 本来なら敵対している種族。襲われたらまず逃げられない状態だったが、少女には自分の死すらどうでも良い些末な事としか感じられなかった。

 ぼんやりと老婆を見ていると、目線を合わせるようにしゃがみこんできて、涙を拭われた。

 

「何もしないから家にいらっしゃい、素敵なドレスが汚れたら大変よ。暖かいミルクも用意してあげますからね」

 

 大好きな父とは違う、シワだらけの暖かい手に引かれ暗い夜道を歩いていく。

 この老婆について行くのがいい事なのか悪いことなのか分からないが、今だけは考えるのをやめて流されることを選んだ。

 




 
 
『シャルティアとクローネ』
 実はペロロンチーノの計画によって百合ップルになるはずだったが、百合属性を持たぬモモンガに拒否され頓挫した。
 クローネの外見はシャルティアと対象的になるようデザインされている。キマシタワーはこれからも建たない。

『2年の月日』
 アニメ版だとヘロヘロのみ引退時期が分かってるのでそれに合わせました。2年も1人で運営してたとしたら本当に並々ならぬ執着心。
 追記:時系列がおかしかったのでクローネに会わなかった期間を1年に変更しました。

誤字報告、お気に入り、評価、感想ありがとうございました。
皆様も健康にはお気をつけて〜


次回「待ち続けた子供の話」


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待ち続けた子供の話

 
 
時系列に矛盾が生じたため、モモンガとクローネが会わなかった期間を1年に変更しました。前話は修正済みです。
また拠点NPCの仕様の修正作業ですが、完了次第、最新話の後書きでお知らせします。
 
 


 

 

 わたしのパパはとても友達想いの優しい人。

 死霊を操り、万物の死を司る支配者で、人間からすれば天敵だけど。

 お友達の至高の方々とナザリック、わたしをとても大事にしてくれた。

 至高の方々とはあんまり楽しそうにお話してるから拗ねたくなる時もあったけど、撫でてもらうと嬉しくてすぐに忘れられる。

 

 でもそんな大切なお友達がどこかへ行ってしまってから、パパは出かける時間が多くなった。

 (ナザリック)にいる時はわたしとパパの部屋に来てくれるから寂しくなんてなかったけど、部屋にいる時も忙しそうに何かを見てたし、口数も減ったからすごく心配してた。

 前はあんなにお話を聞かせてくれたのに。お友達が居なくなって寂しいんだって直ぐに分かった。

 

 どんなに忙しくなってもパパは毎日必ず会いに来てくれる。

 わたしは傍にいる事しかできないけど、少しは役に立ってる気がして嬉しかったし誇らしかった。

 守れるほどわたしは強くなかったし、パパも守られるほど弱くはなかったから。

 

 だから顔を見るのが辛いと言われても我慢した。

 駄々をこねて困らせるくらいならひとりぼっちになる方がよっぽどいい。

 それに、優しいパパなら辛いことを乗り越えてまた会いに来てくれるって信じてた。

 

 1人になってからはこうしてパパとの記憶を繰り返し、繰り返し思い出している。

 もう何回目だろう、あと何回でパパは来てくれるかな。ちょっと辛くなってきたけど、きっとあともう少しだよね。

 パパが帰ってきたら何して遊んでもらおうか、またセバスとデミウルゴスとお出かけ出来るかな。

 

 早く、パパに会いたいな。

 

 何度願い、何度繰り返したのか。もう数えるのはやめていた。

 

 今日も開かなかった部屋の扉。少しガッカリしながら諦めて記憶を再生しようとした今日、いつもと違う事があった。

 

 急に胸が焼けるように熱くなって、それから────

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「なんだか妙な胸騒ぎがして、少し見て回っていたら貴女を見つけたの」

 そう語るゲルダと名乗った老婆はクローネを家に招き入れ、温めたミルクにはちみつを垂らして差し出した。

 ランタンに照らされた家は木と石壁で出来ている。クローネが座っている横長のソファーも簡単な作りをしていた。

 

「それは辛かったわねぇ……」

 

 隣に座って小さな背中をさすりながら、辛抱強く話を聞き出したゲルダはそう呟いた。

 聞き慣れない単語が多かったものの目の前でさめざめと泣く子供の状況は理解出来る。

 

 父親に何か辛い出来事がありそれを連想させる子供を遠ざけた。そして何らかの事故か故意か、突然見知らぬ土地に飛ばされてここにいる。

 聞けばそんな芸当が出来るのは特別な指輪を持つ魔法詠唱者(マジックキャスター)の父親だけ。

 真相は定かではないが、いままで抑えこんでいた不安が爆発し、捨てられたと感じるのは無理もない。なにより長い間放置した親を今もなお慕い続け、自分を責める子供をここまで追い詰めた親にも責任がある。

 

 ゲルダは気の毒そうにクローネを見ると、ぽつぽつと控えめに話し続ける。

 

「分かってた、分かってて……考えないようにしてた……パパはわたしを見ると思い出すから、いらなくなっちゃったのかもって……」

 

 実の所、クローネがいつまでも待つつもりでいられたのは最初だけだった。

 何も変わらない部屋に1人で居るのが寂しくて、モモンガに撫でてもらった記憶を巻き戻しては自分を慰めたのは数えきれないほどだ。

 

「本当に、そうかしら」

 

「え?」

 

「いらない、とは言われてないのよね?」

 

「……うん」

 

「なら本当はどう思ってるのかなんて聞かないと分からないわ、たとえ血の繋がった親子でもね」

 

 それは実感の伴った言葉だった。

 ゲルダは父親に全く同情しなかった訳ではない。親にも心があり、どうしようもなくなる事などいくらでもある。

 なにより直接傷付ける前に自分から引き離すような親が、不要になったからと子供を捨てるような真似をするとはとても思えなかった。

 

「で、でも……」

 

「それとも、貴女のお父様はそんな薄情な人なのかしら?」

 

「違う!!!」

 

 ゲルダの挑発にクローネは拾われてから初めて声を張り上げた。響く自分の声に気付いてバツが悪そうに俯き、小さな声で謝る。

 

「気にしないで、私も意地の悪い聞き方をしたもの。でも、今のでよく分かったわ」

 

 ゲルダはクローネの様子を見て確信し、俯く横顔を真っ直ぐに見つめた。

 

「本当はどう思ってるのか聞きに行きましょう。勇気が出ないならおばあちゃんが一緒に行ってあげる」

 

「……でも……もし、いらないって言われたらどうすればいいの……?」

 

「その時は、私がとっちめてやるわ。なんでこんな良い子を捨てるのか!ってね」

 

 クローネがぎょっとして顔を上げると、ゲルダはいたずらっ子のような顔でウインクする。

 

 モモンガは身長170cm越えの生と死を司るナザリックの王。片や魔法も使えない老いた人間。モモンガがその気になれば指先ひとつで消し飛ぶだろう。

 冗談でもそんなこと言う人間が存在するなんて信じられなかった。

 しかし不思議と、怒った老婆にポカポカと殴られ慌てるモモンガが容易に想像できる。

 

「……う」

 

 あまりにも命知らずな光景がおかしくて笑ったつもりが、零れたのは涙に濡れた声。

 

「ううっ」

 

 至高の方々にからかわれても滅多にやり返さず、いじけて部屋の隅に陣取り、自分を撫でる優しい父を思い出したからだ。クローネにとってモモンガという父親はそういう人だった。

 なんだかずっと前の事のように感じて涙が止まらない。

 ゲルダの冗談に“ 自分は幸せな思い出を繰り返していたつもりだった”と思い知らされた。

 

 モモンガは至高の41人を束ね、ナザリックに仕える者にとって絶対の支配者。信じないなんて以ての外、その意志を疑うことは責められて然るべき行為だ。

 エクレアやペストーニャが世話係なのも娘だから。どんなに良くしてくれても、いざと言う時はモモンガの味方になるだろう。

 だからこそ、純粋に自分を心配する言葉も心に響いた。

 責められるべき自分に資格がないのは分かっていたが、優しい父を恋しがって駄々をこねるのを許された気がしたのだ。

 

「うううっ」

 

 声を上げて泣き始めたクローネをゲルダはそっと抱き寄せ、頭を撫でて慰めた。

 

「パパに会いたい……! 会ってお話したい……!」

 

「貴女がそんなに大好きなお父様なんですもの、きっと大丈夫よ」

 

「うん、うん……っ」

 

「大丈夫、大丈夫」

 

 クローネが泣き止むまで、撫でる手が止まることは無かった。

 

 

「今日はもう寝て、明日出かける準備をしましょう。エ・ランテルなら人も多いし貴女が住んでいた所を知っている人がいるかもしれないわ」

 

 老婆は飲み干したカップを受け取って机に置き、クローネを貸した寝巻きに着替えさせてベッドへ連れて行った。

 ベッドに横たわったクローネに毛布をかけ寝るまで付き添うつもりのようだ。

 メイドでもないのに甲斐甲斐しく世話を焼く姿は心に余裕が出来たクローネは疑問を抱く。

 

「あの……いまさら聞くのも変なんだけど……おばあちゃんは何でここまでしてくれるの?」

 

「そういえば、なんでかしらねぇ。ああ、貴女が可愛いから助けてあげたくなるのかもしれないわ」

 

 クローネは泣いて赤かった顔を更に赤くして、口元まで潜った。聞かなきゃ良かったと顔に書いてある。

 わかりやすい反応にゲルダはまた笑い、ぽんぽんと優しく叩いて寝かしつけた。

 

「おやすみなさい、良い夢を」

 

 夜道で出会った時は不安を覚えた暖かさが今は酷く落ち着く。クローネは目を閉じ、ゆっくりと眠りについた。

 

 

 

 

 ──翌朝、クローネは遠くで大勢が騒ぐような音が聞こえて目が覚めた。

 

 眠気で閉じそうになる目を瞬かせながらベッドから降り、朝日が差し込むリビングを覗き込んでもゲルダの姿は見当たらない。まだ音は聞こえている。

 

(おばあちゃんどこいったのかな、それにこの音なんだろう)

 

 くぐもってよく聞こえない音を聞こうと、ゲルダの物と思しき羽織ものを肩にかけ、木製の戸を開けた。

 

 

「いぎゃあぁアアあ゙あ゙!!」

 

 

 次の瞬間、クローネの耳に届いたのは男の断末魔。

 

 戸が完全に開け放たれると何軒か先の家の前で、円柱の兜を付けた騎士に村人らしき男が切りつけられたのが見えた。

 切られた村人は血飛沫を上げて倒れたままピクリとも動かない。村人が沈黙しても、わあわあとそこかしこで誰かの悲鳴が聞こえてきた。

 

 この村は、何者かの襲撃を受けている。

 

 あまりに突然の出来事はクローネに理解する事を遅らせたが、ゲルダを探していたことを思い出し、立てかけてあった自分の剣を持って外に飛び出した。

 

「クローネちゃん!」

 

 丁度その時、脇道からゲルダが血相を変えてこちらに走ってきた。怪我は見当たらない。

 

「無事で良かった……! 早く逃げましょう、出来るだけ遠くへ!」

 

「う、うん」

 

 恐怖で震えながらもクローネを連れていくために引き返して来たのだろう、顔色は白かった。

 手を繋いで走ろうとするゲルダに続こうとしたが、先にいる人影に気付いて慌ててブレーキを踏んだ。

 人影はさっき見た騎士と同じ姿をしてこちらに剣を向けて走ってきていた。もう間もなく相手の間合いに入る距離。

 

「おばあちゃん! わたしの後ろに!」

 

 避けられないと判断したクローネは背にゲルダを庇い、剣を横に振った。

 

「〈魔法二重化(ツインマジック)盾壁(シールド・ウォール)〉!」

 

 剣に合わせて出現した不可視の障壁は振りかぶられた騎士の剣をギンッと高い音をたてて弾く。

 単なる詠唱までの時間稼ぎを狙っていたので破壊されると予測していたが、破られることなくそこにある。

 敵の戦力を推察したクローネは咄嗟に用意していた呪文を切り替え、反動でたたらを踏む騎士に追い討ちをかけるように詠唱した。

 

「〈対人金縛り(ホールド・パースン)〉!」

 

 精神系の麻痺を付与する魔法は正しく作用し、騎士は剣を落としてだらんとその場に立ち尽くす。クローネの推察通り、第3位階魔法が通用する相手だった。

 敵の総数も戦力も分からない現状、悪戯にMPを消費するのを避けるため大きく隙が生まれた相手に試せたのは運が良かった。

 しかしその代わり、魔法の詠唱に気づいたのか村人を斬り殺した騎士がこちらに向かってきている。

 

「おばあちゃん、こっち!」

 

「え、ええ」

 

 呆然としていたゲルダの手を引いて走るクローネ。

 ナザリックを出てから初めての戦いが始まった。

 

 




 
 
『老婆ゲルダ』
 紛うことなき今回のMVP。クローネの精神分析に成功した。
 “第六感(シックスセンス)”という大きくわけて危険と幸運を察知するタレントの持ち主。本人はカンが良いだけだと思ってるので作中で判明することは恐らくない。
 モモンガの事は経験からの推測。

『クローネ』
 ナザリックの箱入り娘。パパ大好き。
 これまで一言も喋らず、自我を持っても泣いてるだけだったが「かわいい」「好き」「尊い」などのコメントが多くつき人知れず作者を困惑させた。
 たぶんドSに死ぬほどモテるタイプ。

『モモンガ』
 娘視点だとめちゃくちゃ酷い父親になっているが、NPCが心を持つなんて状況を予想出来るはずもなく単純に間が悪かっただけ。

『NPCの記憶』
 ユグドラシル時代の記憶は「設定に基づき感情的な肉付けがされた記録」という解釈で書いている独自設定。
 転移しなければなんの感情も持たないデータとして消滅するはずだった。

『魔法〈対人金縛り(ホールド・パースン)〉』
 Pathfinderから引用。原作には登場していない。
 第2〜第3位階相当の麻痺呪文。精神に作用する。

前話までの誤字報告、お気に入り、評価、感想ありがとうございました。
健康には細心の注意を払って参ります。皆さんもどうかお気をつけてお過ごしください。


次回「戦士長ガゼフ・ストロノーフ」


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戦士長ガゼフ・ストロノーフ

 
 
以前からご指摘頂いていた、設定の修正作業の完了をお知らせします。
今作での捏造設定を原作の設定に統合する形で一部変更して残すことにしました。
お手数ですが詳しい設定は2020/04/25の活動報告をご閲覧下さい。設定に基づき2〜3話は加筆修正済みです。

諸事情により前書きでのお知らせになってしまい大変申し訳ありません。
 
 


 

 

「やはり、追いつけんか」

 

 国境周辺の村々が襲撃を受けているとの報告を受け、王の命令で隊を率いて敵を追っていた王国戦士長のガゼフ・ストロノーフは到着した村の惨状を見て苦々しく呟いた。

 他の村より崩れている家は少なかったが、それでも何人かの村人の死体が野ざらしになっている。

 やるせない気持ちで馬から降り、見開かれた村人の目を閉ざした。

 

「戦士長、あれを」

 

 部下の声に肩越しから振り返ると、家の影から数人の村人がこちらの様子を伺っていた。少数であっても生き残りがいたことに安堵して立ち上がる。

 

「私は王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ! 襲撃を受けた村を回っている者だ! 敵ではないから安心して欲しい!」

 

 それを聞いた村人達の中からガゼフに歩み寄ったのは杖をついた老人。しわがれた声で村長が襲撃で亡くなったため代理を務めている者だと名乗り、村人が集まる広場へ案内した。

 

「そうか……間に合わなくてすまなかった、私が謝って済むことではないが……」

 

「おやめ下さい、戦士長様のせいではありません。貴方が心を痛めて下さっているのはよく分かっておりますよ」

 

「いや、気を使う必要はない。殺された者の無念を思えば、私の心労など比べるまでもないだろうからな」

 

 無力感がにじみ出た険しい表情でかぶりを振ったのを見て、老人は黙って頭を下げた。

 

「他の村々も同じように襲撃を受けているが、生き残ったものが明らかに多い。何があったか教えてくれないか」

 

「ええ、実は魔法の心得がある子がおりまして、その子が助けてくれたのですよ」

 

 ガゼフはその隣で話を聞いていた補佐役の戦士と思わず顔を見合わせた。

 言い方から察するにまだ若いのだろう。そんな身でありながら村を守るために力を使って退けたとはよほど優秀なのか。

 老人の視線の先を追うと、老婆に付き添われる明らかに小柄な人影が見える。子供、と戦士が呟いた。

 迷いなく歩み寄り目線を合わせる為に片膝をつく。だが大柄な男が怖いのか不安そうにしていたので、できるだけ穏やかに切り出した。

 

「俺はガゼフ、王国で戦士長をやっている。良かったら名前を教えてくれないか?」

 

「……クローネ、です」

 

 詰まりながらも名前を教えてくれた少女の、自分の手ですっぽりと覆い隠せるほどの小さな手を取り、両手でしっかりと握る。

 

「クローネ、君がこの村を守ったと聞いた。怖い思いをしただろう……だがその勇気に感謝する。本当に、ありがとう」

 

 ガゼフ・ストロノーフは肩書きや見た目こそ屈強な戦士そのものだが根は誠実な男。丁寧な物腰に人柄が伝わったのか、まだ影はあるものの安心したように手を握り返してくれた。

 

「大したことはしてません、戦士長さま」

 

「謙虚だな。俺ならば大声で自慢して回っているところだ、見習わなくては」

 

 軽口に少女が少しだけ笑みを浮かべる。それを見たガゼフの顔も綻んだが、

 

「戦士長、お話中失礼します。周辺の調査が終わりました。敵は北西──やはりカルネ村を目指しているようです」

 

 部下からの報告に緊張が走った。

 

 

「今すぐ護送を必要とするほどの重傷者はいないが、離れて人質にでもされたら打つ手がない」

 

「かといってただでさえ少ない隊を更に分断してはカルネ村を救うことも難しくなります。間に合う保証もありません」

 

 そのまま村長代理の老人とガゼフ達の話し合いが始まり、離れるタイミングを見失ったクローネはゲルダと手を繋ぎながら話を聞いていた。

 しかし先程、カルネ村の名前が出た時の手の震えが気になったので、声を潜めて話しかける。

 

「ねえ、おばあちゃん、カルネ村って知ってるところ?」

 

「亡くなった親友の息子夫婦が暮らしているの、どうしましょう……」

 

 思い詰めた表情で話を聞いているゲルダ。

 すでに騎士達がこの村から発ってからかなり時間が経っていた。どのくらいの距離かは知らないが、話し合う大人の顔を見れば今から追いつくのは難しいと分かる。

 

「早急に決断しなくてはならないな……」

 

 ガゼフの独特な低い声が耳に入り、思ったことを口にした。

 

「あの、馬に加速の魔法をかけてはどうでしょうか」

 

 驚く大人達の視線が集まる。

 クローネの提案はこうだ。まず加速の魔法を途切れさせないようガゼフ達に同行し、その間は村に広範囲の守りの魔法をかける。

 さすがに一日は持たないが、長持ちする簡単な探知魔法を掛けておけばクローネに伝わるので即座に転移すれば対処出来るだろう。

 

「君の実力を疑っているわけではないが、負担がかかりすぎるのではないか?」

 

「どの魔法も簡単なものなので大丈夫です」

 

 同行を願う理由は“ゲルダの知人を助ける”以外にもう二つある。騎士達との装備の差と魔法詠唱者(マジックキャスター)の存在だ。

 第3位階を防ぐほどではなかったが、微かに魔法で強化された鎧。対してガゼフの部隊はとんどが革製の軽鎧。プレートで補強していても魔法防御力など無いに等しい。

 極小数ではあったが魔法で家を焼き放った術者の存在も確認出来ている以上、苦戦は免れないだろう。その間にカルネ村が受ける被害を考えれば協力を申し出るのは当然だった。

 

「分かった、だが危険だと思ったら君だけでもすぐに逃げろ」

 

 村を預かる老人が同意したので渋い顔をしながらもガゼフは提案を受け入れた。すぐに出発の用意をするよう控えていた戦士に命じる。

 

「クローネちゃん、いいのよ、そんな」

 

「ちゃんと帰ってくるから心配しないで。間に合うかは分からないけど、とにかく行ってみる」

 

「……おばあちゃんとの約束は覚えてるわよね。友達の家族が亡くなっていても、絶対にやっちゃダメよ。なによりも貴女の安全が1番なのだから」

 

 ゲルダの言葉に赤い瞳を伏せて頷いた。

 

 家に戻り、昨夜から脱いだままだった装備に着替える。

 足と手の装備は金属製だが、流石にドレス姿は目立つのでゲルダがフード付きのマントを貸してくれた。

 

 諸々の準備を終え、手を引かれて馬に跨る。

 

「戦士長様、どうかよろしくお願いします」

 

「ああ、必ず生きて帰す」

 

 心配そうに胸の前で両手を組むゲルダにガゼフは力強く誓う。

 そして並ぶ部隊に顔を向けた。

 

「──全員揃ったな! 目指すはカルネ村、全速力で向かうぞ!」

 

 登る太陽に届かんばかりに、戦士達の雄叫びが天高く響き渡った。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 数時間後。

 エ・ランテル領北東、カルネ村。

 

 ネムは震える足を必死に動かして走っていた。

 姉のエンリが身を呈して庇い、時間を稼いでくれている。その隙に少しでも逃げなければ。

 

「あっ!」

 

 石に躓いて転んでしまった。擦りむいた手と顔が痛くて目に溜まった涙がポタリと落ちた。

 痛みで動けないなんて弱音を吐いてる場合ではないと、幼いながらも理解しているがもう限界だった。

 

 ガシャ。

 嫌な音がした。さっきまで散々聞こえていた、村を荒し回る襲撃者の足音だ。背後を見上げるように振り返ると、騎士が剣を構えてネムを見下ろしていた。

 血の跡が残る剣は天を向くようにゆっくりと上げられる。

 

 ああ、エンリは、お姉ちゃんは。

 同じくらい怖がっていたのに自分を逃がすために手を引いて走ってくれたお姉ちゃんは。

 逃げる途中に見た血まみれの村人と、騎士へ掴みかかったエンリが重なる。

 ネムは残酷な現実を理解してしまった。もう逃げる気力は──残っていない。

 

 騎士の剣が自らに振り落とされるのを見ていることしか、出来なかった。

 

「────〈対人金縛り(ホールド・パースン)〉!」

 

 

 ところ変わってカルネ村の広場。

 クローネが索敵魔法を使用し、敵の大半がここに居ると分かったのでこちらをガゼフの部隊が。

 まばらに散った騎士を掃討する部隊を補佐役に任せ、今は2部隊に別れている。

 ガゼフ達が予測していた罠、待ち伏せの用意が完了する前になんとか叩く事は成功したものの、村への被害は大きいものだった。

 

「生存者を守ることは出来ましたが、間に合ったとはとても言えませんね」

 

「そうだな、壊滅には至らなかったが復興には時間がかかるだろう。なんとか支援が行き届けばいいが、ままならんものだ」

 

 助けた村人達からは感謝されたが払った犠牲と彼らの今後を思うと素直に受け止めることは難しい。憂いを帯びた目でお互いを労る村人達を見た。

 

「戦士長、ただいま戻りました」

 

「ああ、ご苦労。報告してくれ」

 

「はい。森林までの掃討は完了、村人は数名ですが保護出来ました。重傷の少女が1名いましたが、クローネさんの治癒魔法で傷は塞がりました」

 

「そうか。彼女には助けられてばかりだ、礼は弾まないとな」

 

「ええ、全くです」

 

「──そしてもう一つ報告を。村を囲うようにして新たな敵が接近しつつあります……如何されますか」

 

 敵を目前にしたかのように眉間にシワが寄る。

 

 間もなくガゼフを囮にして村人を逃がす作戦がクローネに伝えられた。

 いくら王国戦士長とはいえあれだけの数の魔法詠唱者(マジックキャスター)相手に生き残るのは困難。つまりそういうことだった。

 同行が許されず落ち込んだ様子のクローネを見てガゼフは苦笑する。

 

「気持ちは嬉しいが君を無事に帰すと約束してしまったからな。

 だが一つ言っておこう、俺は死にに行くのではないぞ。“王の剣”として国と民を守りに行くんだ」

 

「王の、剣……?」

 

 なぜか驚いた顔で見上げるクローネの薄い肩に手を置く。

 

「あとは頼んだぞ」

 

 幼い頃の自分よりもずっと頼もしい子供の、命を惜む優しさが誇らしかった。だからこそ大人として命を賭して守らなければならない。

 平民時代に由来するその決意はガゼフを死地へと赴かせた。

 

 

 

 ──戦線に逃がした筈の戦士達が加わり、不利な戦況でありながらも一時は巻き返したかに思えた。

 しかし増え続ける天使達を切り倒すことで精一杯。間合いを詰めようにも敵の魔法詠唱者(マジックキャスター)の遠距離魔法に被弾し、また天使に道を塞がれる。

 

 部下達は地に伏せ、立っているのは己のみ。

 背中を切られ、腹を貫かれ、鎧も耐久値の限界を超え砕け散っている。

 王国を守護する戦士長としての意地で立ち上がることは出来たが、頭にはこれまでの人生が走馬灯のように流れている。

 

「そんな夢物語を語るからこそ、お前はここで死ぬのだ、ガゼフ・ストロノーフ。その身体で何が出来る?」

 

「お前を殺したのち村人達も殺す。無駄な足掻きを止め、そこに大人しく横になれ。せめてもの情けに苦痛なく殺してやる」

 

 敵の指揮官が嘲り笑い、歌うように死を宣告する。そんなことは言われずともよく分かっていた。

 しかしガゼフにとってあの時からけして叶うことのない夢ではなくなっている。

 

(我ながら虫のいい、守ると誓っておきながら縋りつこうとしている。だが、)

 

「愚かな事だ。夢を見るからこそ希望がある。ここで俺が倒れたとしてもその次が、いつかお前達の喉元に食らいつくだろう」

 

 副長に語った夢を体現する少女がいた。ならば自分も引くことなく戦うまで。そうすればいつかきっと届くはずだと信じて。

 

「だからこそ、今この先へは1人も通さん!!」

 

 溢れ出る血を噛み締めながら、剣を握る手に力を込める。夕焼けに染まった空を覆うほどの天使達がガゼフに容赦なく迫った、その時。

 

『天使よ、去れ。ここはお前たちがいる場所ではない──此なるは死の王が戴く冠なり』

 

 鳥肌が立つような禍々しい威圧感がガゼフを中心に周囲の天使を吹き飛ばし、瞬く間に光へと変えた。

 呆然と上を向いていたが、目の前にいつの間にか先程まで思い浮かべていた人物が背を向けて立っている。

 

「……何故、君が此処に」

 

「あなたと同じ理由です、ガゼフ戦士長」

 

 こちらを見つめる横顔には、あの不安そうな少女は何処にもいなかった。

 

 




 
 
次回「周辺国家最強 対 威光の主天使」
 
 


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周辺国家最強 対 威光の主天使 Ⅰ

 

 

 クローネは至高の御方々に身体を繋ぎ合わされた時、こう願われた。

 

 ───“分け隔てなく、慈悲深くあれ”と。

 

 多くの人間種と敵対するアインズ・ウール・ゴウンにおいて矛盾するあり方だ。

 それがどういった意味を持つのかはよく分からなかったが、神にも等しい至高の存在に望まれたのならそう在ることに疑問など抱く必要があるだろうか。

 幸いにも父に似て穏やかな性格だったので難なく適応できた。人やモンスターを嫌う必要が無くなって喜んだ程に。

 だからゲルダを助けたのは彼女にとって自然な行為だった。

 

 そしてクローネは一つ、やってはいけない事をした。

 それは自分の命を軽視すること。クローネは心を持っているがその身は人でも不死者(アンデッド)でもなく最愛の父の“地位を示す唯一無二の宝”なのだ。

 いくら捨てられたからと自棄になって簡単に投げ出していいほど軽いものじゃない。

 

 だからこそ父の愛情を疑い、存在意義を忘れてしまった自分を正してくれた恩人を助けるのにこれ以上の理由はなかった。

 

(でも、この人たちと敵対することでナザリックやパパの不利益になるような事になったら、その時は……)

 

 信賞必罰。クローネの知る父であれば分かってくれると信じているが、それでもナザリックの不利に働くようであれば、許す許されるに関わらずこの手で責任を取る覚悟だ。

 たとえ命を持って雪ぐことになっても、自らのあり方とナザリックを尊重した結果にすぎない。軽んじることの許されない自分を賭けるほどの恩を受けたのだから。

 それでこの身が滅びるならば、それこそがクローネに望まれた役割なのだろう。

 

 “王の剣”として戦うガゼフと同じく、クローネも“王の冠”として受けた恩を返すためにこの場にいた。

 

 呆然とこちらを見ているガゼフに来た理由を説明する。

 

「予定とは違う形になりましたが村人の避難が終わったので、ここで加勢するのが最善だと判断しました。……すみません、勝手な真似をして」

 

「──無事なんだな」

 

「村の付近を縄張りにしていたモンスターに匿ってもらっているので安全です」

 

「そう、か」

 

 緊張の糸が途切れて膝を突いたガゼフに駆け寄って肩を貸す。息は荒く、出血が酷い。いつ気絶してもおかしくない状態だ。

 

「話は終わったか?」

 

 敵の指揮官、スレイン法国陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインが問いかけた。先程浮かべた嘲笑はそのままに、余裕を感じさせながらも黒い瞳はクローネを油断なく睨んでいる。

 

「その歳で〈退散〉、いや〈消滅〉の能力を有しているとは大したものだ。一体何者だ?」

 

「ただの通りすがりです」

 

「ほう」

 

(チッ、そんな訳あるか馬鹿が)

 

 ニグンは部下の手前、余裕のある態度を崩さなかったが内心では盛大な舌打ちをした。

 〈退散〉は天使やアンデッドなどを退ける信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)の基本的なスキル。その上位に位置する〈消滅〉は自らよりも圧倒的に格下の存在にしか通用しない。

 さっき消滅した天使は部下が召喚した第3位階の『炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)

 つまり目の前にいる小娘は自分と同じ第4位階魔法の使い手である可能性があるということ。クローネは知らなかったがそれはこの世界で一流以上の術者を指している。

 

(しかしそれも数で押してしまえばどうにでもなる、この戦力差ならば勝負にもなるまい)

 

 ニグンの部下は第3位階を修めている一流揃い。迎え撃つ相手は足でまといの戦士を抱えた、毛並みの珍しい小娘1人。恐れる必要がどこにあるのかと思い直し、浮かべた笑みを深する。

 対するクローネは無感情にニグンへ問いかけた。

 

「一つお聞きします、あなた方は何故ガゼフ戦士長様を狙うのですか」

 

「冥土の土産に教えてやろう……とでも言いたいところだが答える必要性を感じないな、貴様如き小娘が理解出来るとも思わん」

 

 分かりやすい挑発に一度目を閉じる。一陣の風が吹き、クローネの前髪を揺らした。

 次に目が開いた時、父譲りの赤い瞳は迷いなく前を見据えた。

 

「そうですか、分りました。

 ────〈集団中傷治癒(マス・キュア・モデレット・ウーンズ)〉」

 

 おもむろに唱えられたクローネの詠唱はガゼフと周囲に倒れた戦士達をやわらかな緑色の光で包み込み、レベルの恩恵を得た魔法は致命傷をも癒す。

 傷が消えた事でまだ意識のあった戦士達が徐々に起き上がり始めた。

 

「なッ」

 

「〈集団雄牛の筋肉(マス・ブルズ・ストレングス)

 〈集団熊の耐久力(マス・ベアズ・エンデュアランス)〉」

 

 ──逆境を跳ね除ける雄牛の肉体を、刃も通さぬ熊の如き加護を。

 

 新しい魔法が唱えられる度に腹の底から力が湧き、分厚い毛皮を着たような硬い感覚が身体を覆う。

 戦士の1人が手を固く握って、武技とは違う新しい力を確かめた。

 

「スキル〈徒党〉対象は王国戦士団。

 〈上級魔法の武器(グレーター・マジック・ウェポン)

 〈上位魔法盾(グレーター・マジック・シールド)〉」

 

 ──何者をも貫く魔法の矛を、あらゆる魔法から守る盾を。

 

 2つの紫の光が戦士達の武器に魔法を込め、身体に魔法への耐性を付与する。

 

「〈上級勇壮(グレーター・ヒロイズム)〉」

 

 ──そして勇猛なる戦士に活力を。

 

 怒涛の連続詠唱の最後は、特に疲労の色が濃いガゼフに一時的だが士気を上げる魔法で疲労感にマスクをかけた。

 された事に気付いたガゼフが少し照れくさそうに「ありがとう」と笑い、クローネの手を借りて立ち上がる。

 いつの間にか戦士達も後ろへ並び、大敗を期してなおも戦意を失うことなく敵を睨みつけていた。

 

「強化魔法を付与しました、これで天使とも対等に戦えるはずです」

 

 ガゼフは全くと言っていいほど魔法のことを知らなかった。だが今まで行動を共にし、絶望的な状況を幾度も覆した少女の言葉を疑う余地などない。

 魔法で強化された拳は確かに戦う前以上の力を感じせる。

 

「全員聞こえたな、反撃するぞ。

 ──王国の民に仇なす敵を討てッ!!」

 

『うおおおおおおおおおッ!!!』

 

 流した血が滲むような力強い雄叫びを上げ、仇敵に迫る王国戦士軍。

 予想外の展開に陽光聖典の術者達に動揺が走ったのを見て、すかさずニグンが命令を下す。

 

「天使を召喚して迎え撃て! たかだか小娘の魔法を纏った程度で、人類の防壁である我々を破れるものか!」

 

 術者は命令通り天使を召喚し、迫り来る戦士に差し向ける。が、しかし。

 

「だあああッ!!」

 

 種族の特性でレベルは同じであってもステータスで勝り、戦士2人で押さえ込むのがやっとのはず、だが戦士1人に止められた。

 追撃に遠距離魔法を打たせても戦士はよろめくだけで歯が立たない。

 

(第3位階魔法をも弾き返す魔法盾(マジック・シールド)だと!? そんなもの聞いた事が……!)

 

 次々と天使達が切り倒され、劣勢に追い込まれたニグンは額に汗を滲ませる。

 

 その反対側で戦いを観察していたクローネは静かに思考していた。

 

(これ以上MPを消費したら相手の切り札が出た時に対応出来なくなる、戦士の皆さんに頑張ってもらって相手の底を引きずりだしてから畳み掛けよう)

 

 ドレスと共に授けられた白い剣『白亜の装飾剣(ゴシックソード・オブ・チョーク)』は回復・支援魔法の必要MPを大幅に減少させるが、それでも限度がある。

 クローネは至高の御方の一人、ビルドを考案したぷにっと萌えがモモンガに語った“ヒーラー3ヶ条”を再び思い返した。

 1、誰よりも先に倒れてはならない。

 2、MPを浪費することなくPT回復に備えるべし。

 3、戦況をよく読み行動せよ。

 

 その実、ヒーラーは頭を使う役割(ロール)だ。攻撃を受けないことも大事だが、無駄な一手のせいで回復が間に合わず全滅もありうる。常に戦況を先読みし、適切な魔法を選択して支援するのが鉄則。

 そしてユグドラシルの基準で考えて手持ちの即死や攻撃魔法などは本業に大きく劣り、100lvが当たり前の環境で育ったため、戦力として役に立たない意識があったのもクローネをより慎重にさせた。

 

監視の権天使(プリンシパリティ・オブザべイション)! 力を行使し、敵を一掃せよ!」

 

 ニグンの声に意識が現実へ戻る。

 見ると今まで奥で控えていた第4位階の天使が前に出た。

 それ迎え撃つは、我らが王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。

 

「彼女の魔法がどれほどの力か、試すには丁度いいな」

 

 好戦的に構え、腰を低く落とす。そこに監視の権天使(プリンシパリティ・オブザべイション)が浮遊しながら近付き頭上からメイスの重い一撃を振り落とした。

 ガゼフはバスターソードの腹で受け止め、押し返して素早く構え直す。

 

「武技〈斬撃〉!!」

 

 下段からの強烈な払い上げは権天使の身体に大きな亀裂を走らせ、体勢を大きく仰け反らせた。

 天使の中でも防御力に特化した上位天使の装甲を容易く破った事実にニグンは目を見開いて驚愕する。

 とどめの横薙ぎで、その場にいる1番の戦力は光の粒となって砕け散った。

 

「馬鹿なッ!! こんなことが有り得るか! 神に仕える上位天使が押し負けるだと!?」

 

「隊長! 天使が全滅しました、我々は一体どうしたら!」

 

 天使は消え、部下達にも戦士の手が迫る。自分が召喚できる最高戦力も今倒され絶体絶命の状況。

 追い込まれた状況を覆すべく、胸元の“切り札”へと震えた手を伸ばし、それを授けた神と神の意志に感謝した。

 

「最高位天使を召喚する! 人類が到達出来ぬ第7位階魔法、その身をもって神の威光を知るがいい──」

 

 取り出した『魔封じの水晶』は光を放ち辺りを照らす。

 ニグンの尋常ではない様子にクローネは〈飛行(フライ)〉でガゼフの横に並んだ。

 

 

威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)!!」

 

 




 
 
次回「周辺国家最強 対 威光の主天使 Ⅱ」
 
 


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周辺国家最強 対 威光の主天使 Ⅱ

 
 
本日中2度目の更新です。ご注意ください。
 
 


 

 

 掲げた水晶から現れたのは、美しい純白の体を持った見上げるほど巨大な天使。日が落ちていてもその存在は天に祝福されたかの如く発光している。

 

「これは……」

 

 流石のガゼフも絶句し、肌で主天使が放つプレッシャーを感じていた。

 立ち向かう人類を寄せ付けぬ聖なるオーラに存在自体を否定されているような感覚は初めてだ。

 

 勝てない。

 

 長年の経験により、そう直感する。

 引くことは出来ないがせめて、クローネだけでも逃がさねばと考えた瞬間、隣から魔法の詠唱が聞こえた。

 

「〈混沌の鉄槌(ケイオス・ハンマー)〉──!!」

 

 突如、主天使がけたたましい音と共に爆撃され、色とりどりの煙が立ち込める。

 

「戦士長様、いけますか」

 

 ハッと隣にいたクローネを見ると、爆風で黒いベールをたなびかせ、取り乱した様子もなく真っ直ぐに主天使を見据えている。

 堂々としたその姿に天使以上の底知れない存在感と、年恰好からは想像も出来ない上に立つものの気迫を見た気がした。

 心強い味方に覚悟を決めたガゼフは問う。

 

「何か策があるんだな?」

 

「成功するかは戦士長様次第です」

 

「そうか、ここで乗らなければ男じゃないな」

 

 クローネが後ろに回り、ガゼフの背中に両手を向ける。

 

「先に謝っておきます、かなり辛いかもしれませんが耐えてください……〈勇者の奇跡〉」

 

 その言葉に頷こうとしたが、身体の中心からゴウ、と業火が立ち上ったような感覚に襲われ、自分の身体が暴れ馬のように制御が効かなくなる。剣を持つ手が震えるのを歯を食いしばって耐えねば身体が引きちぎられそうだった。

 湧き上がる得体の知れない力は身体を燃やし尽くし、ガゼフの肉体を()()使()()()()()()()()()()()()()()()

 

「行ってください!」

 

 クローネの言葉に弾かれたように走り出す。

 身体は未だ燃えていたが一歩進む度に頭が冴え渡り、力が馴染んでいくのを感じる。重かった身体は羽根のように軽く、思考に追いついて加速していく。

 

(構想は以前からしていた。俺ではそこに到達することは出来ないと思っていたが、今なら!)

 

 クローネのスキル〈勇者の奇跡〉は1日に1回、他者を選択した敵一体と同じレベルに引き上げ、その分だけステータスも上昇させる。

 自分に使う場合、回数制限は無いがユグドラシルでは100lvが上限のため、上がりきってしまえば無用の長物。レベルアップで取得できる魔法もパッシブスキルも使えない死にスキルでしか無かった。

 しかし、この世界にはユグドラシルにはない“武技”という技能がある。

 

「行くぞッ!」

 

 気合は十分、ガゼフは主天使が目前に迫っても足を止めることなくソードを構えて勢いよく振りかぶる。

 

「〈魔法距離延長(エンラージ・マジック)高品質変化(マスターワーク・トランスフォーメーション)〉!」

 

 駄目押しの変化魔法が一時的に武器の品質を衝撃に耐えられる物へと変化させる。

 

 クローネの防御力を突破する強化魔法、レベル分のステータス向上とレベル差によるペナルティの無効化、そして日々の鍛錬と才能が合わり、その全てが剣筋に乗る。

 恐らく、誰もが想定していなかった化学反応がここで起きようとしていた。

 

 人類未踏の境地。少なくとも(プレイヤー)の血を引かぬ定命の人間では至ることの無いステージに、ガゼフは片足を踏み込んだ。

 

 

 

「武技────〈八光連斬〉!!」

 

 

 

 渾身の一太刀から生まれた八つの光が棒立ちの主天使を切り裂き、傷口から無数の亀裂を走らせた。

 建物が崩れるような重々しい音を響かせながら地面へと落ち、砂煙を上げて光へと変わっていった。

 

「──ーーッ!!!」

 

 もはや言葉が出ないニグンは、戦場であることを忘れて自らに迫る危険を察知するのが遅れた。

 

 砂煙に紛れて主天使を切った勢いのままこちらに迫るガゼフの切っ先を急所から外したのは意地かプライドか、即死は間逃れたが致命傷には違いない。

 

「が、あ、ッ」

 

 自らが召喚した天使と同じく倒れ伏し、息の上がったガゼフに鼻先へバスターソードを突きつけられる。

 

 完敗だった。しかし1度は倒しかけた人間相手に命乞いをするほど、矜恃を捨てた訳では無い。自分を倒したところで終わるわけでは無いのだから。

 

「ふッ……ふ、ふはは、はは……これで、終わったと思うな、よ……ガゼフ・ストロノーフ……!

 大局の見えないお前では、人類を救う英雄には、成り得ない……決してだ……ッ!! 精々、箱庭の中で、仮初の平和を楽しむのだな……!」

 

 血を吐き滴らせながら足を掴み、血走った目でこちらを見るニグンにガゼフは息を整えて言い放った。

 

「俺は“王の剣”、それ以上でも以下でもない。そんなことは誰よりもよく知っている」

 

 その言葉を最後に喉笛を切り裂かれ、陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインは息絶えた。

 

 

「戦士長──!」

 

 声に振り返ると、敵を鎮圧した部下達がガゼフの奮闘を讃えるように、疲れも忘れて満面の笑みで手を振っていた。

 それに手を振り返そうとして、視界が暗転する。

 

「ガゼフさん!」

 

 意識が飛ぶ直前、自分を呼ぶ少女の声がした。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ガゼフが目を覚ましたのは深夜だった。

 

 夜明け前の深い紺色の空が目に入り、周囲を見渡すと焚き火の近くで引かれた毛布に寝かされていた。

 カルネ村の一角で野営をしているようで、見張りの戦士はいない。

 

 しかしなんだか腹の辺りが暖かい。気になって首を動かしてみると、ガゼフの腹を枕にしてクローネがスヤスヤと眠っていた。

 まだ戦場での高揚感が抜けきれていないのか、なんだか酷く現実離れした光景に見える。

 それでもあどけない表情で眠る少女が可愛く思えて白い頭に手を伸ばそうとした。

 

「う、ぐッ!」

 

 動かした腕から全身に激痛が走る。

 まるで全身が筋肉痛になったよう、というか実際にそうなのだろう。覚えのある痛みに呻き声が出た。

 声で目が覚めてしまったのか、まだ眠たそうにぐずっていたが、悶絶するガゼフを見てクローネは飛び起きた。

 

「え、ガゼ、戦士長さま! だ、駄目ですよ急に動いたら!」

 

「起こしてしまってすまない、そんなつもりは、ぐッ、無かったんだが」

 

「わたしは居眠りしてただけだから良いんです。でも、目が覚めて本当に良かった……」

 

 泣きそうなクローネを落ち着かせるために、ガゼフは長時間寝たままなのも身体が辛いと言って支えてもらい、なんとか上体を起こす。

 焚き火の前に座り、その右隣にクローネが座る。動く度に痛みが走ったが一旦は落ち着くことが出来た。

 

「すみません、こんなに酷い疲労状態になるとは思わなくて、魔法では取り除けないんです」

 

「何を言うかと思えばそんなことか、そんなこと気にしなくていい。君が居なければ俺は今頃──」

 

 言いかけた言葉を察したのか、俯いてしまった。しかし礼を言われて落ち込むようなことは無いはずだが、と疑問に思った。よく見れば顔色も良くない。

 

「どうした、元気がないな」

 

「あの、その事なんですけど、実は」

 

 戦闘で亡くなった部下がいると聞かされた。クローネが加勢する前に致命傷を負った者はガゼフも戦闘中に確認している。

 生き残った戦士によって遺体は回収され、準備を整えてから荷車で王都へ帰還させる手筈だという。

 

「わたし、その……」

 

 思い詰めた顔を見てなるほど、とガゼフは思った。

 

「それはゲルダという女性との約束に関係があるか?」

 

「!」

 

 あの時の会話をガゼフは聞いていた。そして戦場で見たクローネの力は人の枠を超え、あの帝国の化け物魔法詠唱者(マジックキャスター)に匹敵する所か、超えてさえいる。

 致命傷すら完治させる癒しの魔法を使い、その先があるとしたらそれは……

 王国にもその魔法を使う冒険者はいるが、なんの後ろ盾もなく危険な場所に躍り出ることを厭わない少女が使ったとしたら、その末路は言うまでもないだろう。

 

「クローネ、少しいいか?」

 

 名前を呼ばれて恐る恐る顔を上げた。

 

「元々、この任務で俺は死を覚悟していた。罠だということは分かっていたからな。それは部下達も一緒だ」

 

「それを助けてくれた事に感謝しても、助けなかったからと責めるつもりはない。君が背負おうとしているものは俺が背負わなければならないことだ」

 

 ガゼフの労りはクローネを更に辛くさせた。力を持つ自分を許してくれる優しさに応えられないのだから。

 

「だが、そうだな。俺だけでは潰れてしまうかもしれない。困ったな」

 

「え?」

 

 急に話の流れが変わって戸惑うクローネにガゼフは右手を差し出した。

 

「一緒に背負ってくれるか、クローネ」

 

 差し出された手とガゼフの優しい眼差しに目頭が熱くなる。駄々を捏ねた自分に気を使わせてまったことに気づいて恥ずかしくなったのだ。

 

「……はい!」

 

 目を拭ってから左手を置く。まるで大きさの違う貝が合わさるように、大きな手と小さな手が固く繋がれた。

 

「そうだ、良かったらガゼフと呼んでくれないか。堅苦しいのは抜きにしよう」

 

「うん、ガゼフさん。……ありがとう」

 

 焚き火に照らされたクローネのあどけない笑顔。戦場での冷たくも凛とした姿からは想像もできない、普通の少女の顔だった。

 ガゼフは初めて見たクローネの満面の笑みに不思議と目が吸い寄せられる。

 

「?」

 

「あ、ああ。いや、なんでもない。こちらこそ、ありがとう」

 

 一瞬頭をよぎった言葉を頭を振って追い出した。

 まだ認めるには少し早い感情がどう転ぶのか、それはまだ先の話である。

 

 




 
 
『大墳墓の屍姫 クローネ』
 マジのガチの姫。戦い方も姫。
 現地のレベルキャップ無視とかバグ技みたいなバフを持ってる。
 4話でデミウルゴスが言ってた通り剥き出しの状態で放っておいていい存在ではない。
 タブラとウルベルトが考えたとは思えない性格設定だが…?

『ガゼフ・ストロノーフ』
 オリ主タグとはなんだったのか。
 人民を守る勇者にはなれても人類を救う英雄にはなれないし、なろうとしない不器用な漢。
 看病してくれた儚げ美少女が元気取り戻して笑ってくれたらどんな男もイチコロだからしょうがないね。
 他の奴だったら手を出して死んでる。

『ニグン・グリッド・ルーイン』
 助演男優賞。いいヒールでした。

『スレイン法国(監視)』
 は?

威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)
 今作では第7位階相当の召喚モンスター。強さは1.7ガゼフ。

白亜の装飾剣(ゴシックソード・オブ・チョーク)
 見た目は剣でありながら分類はワンド。
 切り付けても相手を殺す事はおろか傷つけることも出来ない。

『魔法とスキル:いっぱい』
 一部元ネタからオバロの表記にあわせて名称を変更しています。

前話までの誤字報告、お気に入り、評価、感想ありがとうございます。

3話の時点で用意していた詳細なプロットはほぼ消化、ひと段落ついたので良いところですがちょっと休憩します。やりきったぜ…
約1ヶ月の間、一緒に走ってくれた読者の方々ありがとうございましたー!


次回「世界征服宣言」(仮)


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始動

 

 

 ナザリック地下大墳墓、第9階層。

 ある部屋に続く薄暗い廊下をアルベドは歩いていた。

 

 至高の存在によって作られた廊下はいつも通りの暗さの筈だが、まるで主人の心を映しているかのように見える。

 廊下から執務室に入り、その奥へ進んでやっとの思いで目的の部屋にたどり着く。ここまで感じた重圧を振り払うようにアルベドは扉越しに声をかけた。

 

「モモンガ様」

 

 返事はない。もう一度声をかけても返事が無かったので一言断ってから部屋に入る。

 

 ──中は酷いものだった。壁にかけられた鏡はひび割れて欠片が床に散らばり、品のある調度品はなぎ倒され、一部の壁は強い力で殴られたように丸く陥没している。

 アルベドは眉を下げ、支配者といえど普段は温厚で慈悲深い主人にここまでさせた深い悲しみに胸を痛めた。

 

 部屋の中を一通り見渡すと背を向けてベッドに腰掛けたモモンガの姿が目に入る。扉が開く音が聞こえたのか、フードで隠れた顔が気だるげそうにこちらを振り返った。

 

「アルベドか」

 

「はい。許可なく入室してしまい申し訳ありません、お返事が無かったもので何かあったのかと」

 

「ああ……少し気が抜けていたようだ、お前の声にも気付けないとは」

 

 主人の休息を邪魔した無礼に跪こうとするアルベドをモモンガは片手で制し、訪問した理由を尋ねる。

 

「ご命令通りナザリックの全階層の捜索と、クローネ様と同様に消失した者がいないか確認致しました」

 

 クローネが居ないと分かった後、真っ先に地上へ繋がる出口をシャルティアの配下で固めさせた。

 階層を跨いだ転移は『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を持たなければ不可能であるし、NPCが自我を持って行動できるにせよ第9階層から第1階層まではかなり距離がある。

 異世界に転移してから多少時間は経っていたが、それでも〈転移門(ゲート)〉を覚えていないクローネのスペックで抜けることは難しいと断言できた。

 しかしいくら探しても見つからない。全ての階層を駆けずり回っても何処にもいなかった。

 

 そしておかしな点が一つ、“誰もクローネの姿を見ていない”のだ。

 捜索の際にモモンガでさえ単身での外出を止められたことを考えれば、保護の指示がなくとも支援に特化したクローネが外に出ようとしたら必ず留めようとするだろう。

 そもそも低位の〈不可視化(インヴィジビリティ)〉では容易く看破するトラップと配下がいるのにも関わらず通り抜けたというにはビルドの構成からして不自然だ。

 だが現にクローネの姿はなく、モモンガの私室を最後に足取りは全く掴めなかった。

 

 そこで異世界への転移が話に入ってくる。

 

 一頻り自分への怒りを爆発させた後、ふと「もしやクローネだけが消えたわけでは無いのか?」とモモンガは考えた。

 転移した理由も原因も分からない以上、何も欠けることなく転移したと誰が言い切れようか。

 気付いていないだけで他のNPCにも影響が出てるかもしれないと、急いでクローネと同じように消えた者や物がないか、手の空いてる者に総出で確認するよう指示を出したのだ。

 

「ナザリックの配下全員の無事を確認しました。アイテムや家具、個人所有の装備も全て所定の位置にあることを確認済みです──ただ一つ気になる事が」

 

「?」

 

「ワールドアイテム『聖杯(ホーリーグレイル)』が宝物殿に返還されていないとの事でした。あれはクローネ様が身につけているものですが、念のためご報告をと」

 

「何?」

 

 モモンガは目元を覆っていた骨の手を浮かせる。

 それはかつて敵対ギルドから略奪したワールドアイテムだった。

 

 『聖杯(ホーリーグレイル)』は本体に蓄積したデータ量を捧げ、いくつかの条件と手順を踏むことで“何かが起こる”アイテム。

 というのも肝心の効果が“発動させた後にしか分からない”仕様であり、消えることは無いにしろ一度使ってしまえば気が遠くなる量を貯め直すことになる。

 発動時に要求されるデータ量は鉱山一つ占拠して入手できる『熱素石(カロリックストーン)』をゆうに凌ぐことから、強力な効果を持っていることは分かっていたが、結局使い所がなく襲撃成功の記念トロフィーとして肥やしになっていた。

 

(すっかり忘れてた……詳細不明のワールドアイテムなら、不可解な点はあるけど最低でもナザリックの転移阻害を通り抜けるくらいなら出来るかもしれないな)

 

 本来ギルメンの承認が必要なアイテムをクローネに装備させていたのには理由がある。

 漠然とした効果が争いの種になることを危惧したメンバーが多数決をとり、ギルド長のモモンガに使用権を丸投げしたのだ。

 押し付けられたモモンガはギルドに何かあった時の切り札として使う事を前提に、副次効果の「回復魔法を使う度にMPが回復する」のみの使用とし、手順の一つである“祈りコマンド”を使えないクローネのロマンビルドの強化に使うことで話を終わらせた。

 

 最後に見たのはいつだったか、1人になってからクローネの持ち物を弄った記憶はない。

 

「クローネがナザリックから出るために使ったのか……?」

 

 何故、起動したのかは分からないがクローネの願いがトリガーになり、それを叶えたとしたら果たして何処へ行ってしまったのか。遠距離の探知を透過する指輪を付けているから魔法での探知はまず無理だ。

 謝るどころか居場所も分からない絶望的な状況に、モモンガはまた目元に手を当てて項垂れた。

 泣きながらナザリックを去るクローネの姿を思い浮かべてしまう。

 

「モモンガ様、無礼を承知で申し上げたい事がございます」

 

「許す、言ってみろ」

 

「もしご自身の意思で出ていかれたのなら、それはクローネ様がナザリックを裏切った……という事でしょうか」

 

 突拍子もない発言だったがアルベドは真剣だった。

 

「いくらモモンガ様のご息女であっても最低限の勤めというものがございます、それを放棄していい理由が存在するとは思えません」

 

 確かにクローネに思うところはあるがそれとこれとは話が別。ナザリックを預かる守護者統括として、創造された者として支配者のモモンガに死ぬまで仕える義務がある。

 立場は違うが同じ使命を持っているはずの相手が責任を放棄するのは生みの親への裏切りに他ならない。

 

 しかしそれを聞いたモモンガは肩を揺らして低く笑う。

 

「はははははは、本当にそうだとしたら幾らかマシだったろう。いっそ裏切って気が済むのならそうして欲しいくらいだ」

 

「いったい何を仰るのです、この世で最もいと尊き御身に反目するなど!」

 

「“お前の顔など見たくもない”」

 

 振り向いたモモンガの眼光に射抜かれた。

 ヒッ、とアルベドが短く悲鳴を上げて恐ろしいものから身を守るように後退る。

 

「……まあ少し違うが、似たようなことを私は言ったのだ。それをどう受け取るのかお前にはよく分かる筈だが」

 

「…………」

 

 胸に手を当てて俯いたアルベドの沈黙がその答えだった。

 すっかり勢いを失った彼女を見てモモンガはベッドから腰を上げて歩み寄る。目尻に浮かんだ涙を指で掬い、可憐な肩に手を置いた。

 

「お前の忠誠心は理解しているつもりだが、あの子は何も悪くない。分かってくれるな」

 

「はい……憶測でありもしない疑いをかけた愚かな私をどうかお許し下さい」

 

「ああ、全て許そう。酷いことを言ってすまなかった」

 

「とんでもございません! 与えられた慈悲に相応しい働きをしてみせます」

 

 頷いたモモンガはこう続ける。

 

「まずはこの世界についての情報収集から始めるとしよう、ナザリックの防衛の件もあるからな。

 同じ世界にいるなら何処に居ようと何年かかろうとクローネは絶対に探し出す。

 あの子が無事ならそれでよし、だがもしそうでなかったら──我らがアインズ・ウール・ゴウンの名を知らしめる時が来るだろう」

 

「!!」

 

 眼窩から覗く赤い光が、思い浮かべた最悪に反応しジリジリと光った。

 だが、これは見えない敵に責任転嫁をしているだけだと気付いて頭を振る。

 

「いや、元はと言えば俺のせいだ、連れ戻して謝らなければ何も始まらない。力を貸してくれるかアルベド」

 

「はい。如何様にもこの身をお使い下さい、モモンガ様」

 

 覇気に翼を震えさせてうっそりと笑うアルベドを連れ、モモンガは今後の方針を話すべくデミウルゴス達の元へ向かった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 数日後。

 リ・エスティーゼ王国、王都中心部ロ・レンテ城。

 

「では打ち合わせ通り頼むぞ」

 

「うん、頑張る……!」

 

 控えていた兵士が扉を開け、2人の姿が貴族と王の前に晒されるとざわめきが走った。

 ガゼフはいつも通りの鎧姿だったが、もう片方は年端もいかない少女であり王国ではまず見かけない容姿。

 身に纏う白い革で作られた軽鎧に、裏地を赤で染めたシミひとつない白いマント姿も珍しく、剣を携えた姿は異国の冒険者という言葉が相応しい装いだった。

 2人は向かい合う貴族の中ほどで足を止め、その場に跪く。

  

「面をあげよ」

 

 王座に座る国王ランポッサ3世の許しを得て顔を上げた。

 

「戦士長、此度の任務ご苦労であった。

 討伐したとは聞いているが、何があったのか改めて聞かせてくれ。

 ……だがその前に、そちらの御仁の名前を聞こうか」

 

 ガゼフに目配せされ、一礼する。

 

「お初にお目にかかります、国王陛下。

 わたしは旅の魔法詠唱者(マジックキャスター)、クローネと申します」

 

 

 




 
 
『モモンガ』
 クソがァ!状態で散らかした部屋は自分で掃除して修繕した。

『ナザリック一同』
 配下たちがアップを始めました。

『敵対ギルド』
 年単位で頑張って聖杯を満タンした直後に襲撃された。
 3話でモモンガが語っていたギルドである。

聖杯(ホーリーグレイル)?』
 クローネがナザリックの外に転移した原因。
 クソ運営が生み出したクソみたいなクソ。

初夏の陽気に爆睡する日々が続き、大変お待たせしてしまったことを深くお詫び申し上げます。
たっぷり休憩したので毎週更新に戻るぜ!よろしくなァ!
前話までの誤字報告、お気に入り、評価、感想ありがとうございました。


次回「忍び寄る魔の手」


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忍び寄る魔の手

 

 

 クローネの挨拶を受けたランポッサが遠路はるばるやってきたことを歓迎すると、彼女がここに居る理由へと話が移った。

 それを説明するためガゼフは襲撃された村々の被害状況、そして今回の事は帝国兵に成りすました法国の工作員によるもので、全て自分をおびき出す罠だった事を報告する。

 

「法国の特殊部隊との戦闘で窮地に陥り、そこをこの御仁、クローネ殿のご助力で討伐する事が出来ました。

 彼女の力が無ければ私は此処に居なかったでしょう」

 

「そうか……」

 

 ランポッサが発した一声はただの相槌だったが、安堵と後悔が滲む複雑なものだった。

 

「我が忠実なる戦士長に加勢し、民を守ってくれた事に心から感謝する。クローネ殿」

 

「勿体なきお言葉です、私の力が少しでも役に立ったのであればそれに勝る喜びはございません」

 

 格式張った返答とは裏腹にやわらかな笑顔で返したクローネを見てランポッサも小さく笑みを浮かべる。

 非の打ち所ない流れるような所作と言葉遣いに、粗相をしようものなら何処の田舎者かと笑うつもりだった幾人かの貴族が舌を巻いた。見目麗しいだけの小娘では無く十分な教育を受けた事が伺える。

 しかしそこに太い声が割って入った。

 

「それにしても、王国が誇る戦士長ともあろう者が旅人の力を借りる事態になるとは」

 

 顔に残る傷跡と声のハリがかつての勇猛さと威圧感を醸し出す男、貴族派閥のトップであるボウロロープ侯が跪く2人を横目で見下ろした。

 

「何を言う、元を辿れば王国の至宝を持ち出さぬよう言ったのはあなた方ではないか」

 

「それは戦士長殿のお力を信じての事、まさか魔法などを使う軟弱な輩に苦戦するとは予想を超えておりましたな」

 

 王派閥からの指摘にも他の貴族がふてぶてしく反論し、王座の間にピリピリとした緊張感が漂う。話題の中心であるガゼフは口を一文字に結んで表情を表に出さないように務めた。

 任務の失敗は回避できたが、王を貶める材料としては十分な結果になったため、確実にそこを突いてくるだろうと予想するのは難しくない。ガゼフを通して助力したクローネを攻撃してくることも。

 

(やはりこうなるか、分かってはいたが)

 

 こうもあからさまな態度を向けられて萎縮していないか心配になったガゼフが隣を伺うが、クローネは先程と全く変わらずに平然としている。

 

「そうでしょうか、私はそうは思いませんが」

 

「ん? ああ、貴殿は元オリハルコン級冒険者を雇っているのだったな」

 

 貴族派閥側に立つ六大貴族の一員、レエブン侯が頷いた。

 

「ええ、魔法も使いようによっては侮れぬもの。個人的には、戦士長殿を追い詰めた術者達がどの程度の使い手だったのか興味がありますね」

 

 レエブン侯の蛇のような鋭い目を追って、様々な意図を含む視線が2人に集中する。

 軽視こそしていないもののガゼフの魔法への知識は貴族達とさほど変わらない。この場にいる唯一の専門家に説明を求められていることは明白だった。

 

「敵方は第3位階の召喚術を操る魔法詠唱者、それも単なる物理攻撃では倒しきれないモンスターを揃えて来ていました。

 王国戦士団よりも少数でしたが、それでも匹敵する練度を有している部隊と言って良いと思います」

 

「はっ、たかだか魔法一つで大袈裟な、力で押し切って仕舞えば良いでは無いか」

 

「お言葉ですが、鉄を包丁で切るようなものです。いくら力があった所で刃が通らなければ意味がないのではないでしょうか」

 

 吹けば飛ぶような幼い外見からは想像もできない、控えめでありながら鋭い切り返しは、野次を飛ばした貴族を言葉に詰まらせた。

 

「それに相手方の切り札は第7位階魔法で召喚された天使、拝見した戦士長様の装備では届くどころか折られていたことでしょう」

 

「第7位階……」

 

 険しい表情で呟いたレエブン侯に、様子を見ていたボウロロープ侯は片眉を上げた。

 

「これは同じ魔法詠唱者としての所感ですが……物理攻撃への対策といい、切り札といい、相手は戦士長様を確実に殺す算段を整えて来ているように見えました」

 

 クローネの推察は派閥に関わらず貴族達をざわつかせた。

 一見すれば、王の信頼を得ているガゼフが死亡することで貴族派閥の有利に働くとも見えるが、それは違う。

 今回の一件は帝国の侵攻により徐々に国力を削ぎ落とされている中でも、己の勝利を疑わぬ愚鈍さを持っているからこその慢心と、権力争いが招いた事。

 貴族派閥からすれば王位継承権第1位のバルブロ王子を王に据えてしまえば、王に仕える身であるガゼフは手中に収めたも同然。置いておくだけで帝国への圧力になる駒をわざわざ殺す必要は無い。

 ただ、祖国を裏切り小金を稼ぐような真似をする輩がいなければの話だが。

 

「戦士長」

 

「はい、私もクローネ殿と同意見です。法国があれ程の戦力を有しているとは予想外でした」

 

 ガゼフの言を“己の力不足の責任転換”として取った貴族派閥のリットン伯が口を挟もうとしたが、ボウロロープ侯に視線で遮られた。

 

「よろしい。では旅の魔法詠唱者(マジックキャスター)クローネ殿の今回の功績を認め、王国に滞在する間は客将として迎え入れる」

 

「なッ」

 

 六大貴族を除く貴族達は王の決定に絶句した。それを意に返さず、ランポッサは秘書官に持たせていたものをクローネに渡すよう言う。

 

「それとは別に、僅かだが此度の働きへの褒賞を用意したので受け取ってくれ」

 

「お心遣いに心からの感謝を申し上げます、陛下」

 

「お待ちください! 素性が明らかでないものを王城に迎えるのですか!」

 

 金貨の入った木箱を受け取ったクローネが深々と頭を下げると、悲鳴のような声を上げて貴族が反発する。

 問いかけられたランポッサは顔色を変えずに言い放った。

 

「此度の襲撃には法国によるなんらかの思惑があったことは明白である。その尻拭いを異国の旅人にさせておいて、何もしないというのは王国の品位に関わるであろう」

 

「ですが、」

 

「恐れながら陛下、その事なのですが」

 

 食い下がる貴族を遮り、ガゼフがクローネを我が家に招きたいと切り出した。

 

「クローネ殿は遠い親族を頼って旅をしてきた身。

 せっかく会えた所で離れて生活するのは心細いでしょう、僭越ながら両名を我が家で持て成そうと考えております」

 

「ふむ……それもそうだな。ならばそのように、我の代わりに頼んだぞ」

 

「承知しました」

 

「もちろん言った通り客将として王城に出入りする身分は与える。お主達の懸念は分かっているつもりだが、正式に召し上げると決まったわけではなく、なんの権限も与えるつもりはない。他の者も留意せよ」

 

「……畏まりました、陛下」

 

 何時になく強気な王に貴族は頭を下げるしか無かった。

 ランポッサが貴族からガゼフとクローネへ視線を移す。

 

「戦士長、今日はもう下がってよい。クローネ殿をよく持て成すように」

 

「はっ、失礼します」

 

 

 権力者たちの争いが渦巻く王座の間から退出した2人は黙って歩みを進め、誰もいない廊下に出たところで揃って息を吐いた。

 

「なんとか打ち合わせ通りにいったね」

 

「ああ、上手くいって良かった。こちらの都合に付き合わせてすまない。

 しかし驚いたぞ、あそこまで弁が立つとはな」

 

「えへへ」

 

 照れたように可愛らしくはにかむクローネの変わりようにガゼフは感心する。

 

 そう、全てはガゼフを初めとした王と王派閥の作戦だった。

 というのも、今回の一件は貴族派閥からすれば敵に対する見込みの甘さ、王派閥からすれば王国戦士団の力量不足と、どちらも突かれれば痛い腹がある。後者は足を引っ張られた結果であり理不尽とも言えるが、派閥が完全に二分することを避けたい王にとっては言及することが出来ない。

 

 そこで無理解であるが故に王も貴族も口を挟めない“魔法”の観点で、完全なる第三者であるクローネが証言をし、どちらの急所も浮き彫りにして着地させたのだ。

 現に途中から気付いたボウロロープ侯は何食わぬ顔で聞き流していたことから、誘導は上手くいったと見て良い。

 

 そして今回協力することでクローネは王という後ろ盾を得ることになった。正式に召し上げられてはいないので、ガゼフよりも政治的に微妙かつ弱い立場ではあるが、身の安全を保証する分には機能するだろう。

 

「だが念の為、レエブン侯の顔と名前は覚えておいてくれ、今回はこちら側についてくれたが……何か良からぬ手を打ってくるかもしれない」

 

「え? う、うん?」

 

 不思議そうに首を傾げたクローネを安心させるように白い頭を軽く撫でる。

 

「ああ、そうだ、夕飯に副長を呼んでもいいか? ゲルダには言っておいたんだが王に話を通してくれた礼をしたい」

 

「だったら急いで誘いに行かなきゃ、おばあちゃんが美味しいシチュー作って待ってるって言ってたよ」

 

「それは一大事だな、早く帰ろう」

 

 王座の間にいた時のようにキリッと表情を切り替えたのがおかしくてクローネがくすくすと笑い、おどけたガゼフも破顔する。

 ちなみにクローネの親族とはゲルダの事。ちょうどガゼフが雇っていた老夫婦が故郷へ帰ったこともあり、クローネの希望を叶えるのに丁度良かったので、ゲルダが家事を請け負うと申し出てくれたのだ。

 元々平民出身で身の回りの事はこなせるガゼフは力仕事に抵抗がないため、特に問題がなかったことも幸いだった。

 

 と、そこで廊下の向かい側からガゼフを呼ぶ声がかかる。

 

「戦士長様!」

 

 歩み寄ってきたのは黄金の呼び名にふさわしい美貌を持つラナー王女。隣には護衛のクライムと、珍しくもザナック王子が並んでいた。

 

「これはラナー様、お散歩中でしょうか」

 

「はい、それに旅の魔法詠唱者(マジックキャスター)様の事をお聞きして、お会いしたかったので散歩のついでに立ち寄ってみたんです」

 

「そうでしたか」

 

 キラキラと輝く瞳を嬉しそうに緩めてラナーは戸惑うクローネの手をとる。

 金髪に碧眼、白髪に赤眼。手を取り合うラナーとクローネの色彩は正反対で、どこか神秘的なコントラストでその場を彩っていた。

 

「ご活躍は聞いています、私にも是非お話を聞かせて下さい。

 友達のラキュースは冒険者で魔法も使えるので、クローネ様が宜しければ今度お茶会をしませんか?」

 

「……え、あ、はい! わたしで良ければ喜んで、ラナー様」

 

 ガゼフの顔色を伺い、問題が無さそうだと分かったクローネが嬉しそうに手を握り返す。

 異形種といえどクローネも女の子、同年代であり同じお姫様の友達が出来るかもしれないまたと無い機会に小さな胸を踊らせた。

 返事を聞いたラナーもニッコリと微笑む。

 

「それでは、落ち着いたら都合の良い日を教えて下さいね」

 

 そのまま帰路に就いたガゼフとクローネをラナーは手を振って見送った。

 

「……ところでお兄様、お話をされないで良かったんですか? ──お兄様?」

 

 隣にいながら一言も喋らなかった兄に話しかけたが、ザナックは2人が去った廊下の曲がり角を頑なに見つめ続けている。よく見れば頬は赤らみ、上目がちな目はらんらんと輝いていた。

 

「…………………可憐だ……」

 

「まあ」

 

 ぽろりと零れた一言。

 ラナーはこの日初めて、人が恋に落ちる瞬間を目にした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ニグン・グリッド・ルーイン率いる陽光聖典が倒された、ですか」

 

 スレイン法国、某所。

 神官長に呼び出しを受けた漆黒聖典の隊長は、最高神官長の前で跪いていた。

 

「それも土の巫女によれば、ガゼフ・ストロノーフが威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を打ち倒したと」

 

「ああ、だがガゼフとニグンの交戦中に()()()()()()()()()が割り込み、ガゼフに力を貸した事は分かっている。

 ──これが由々しき事態であることは分かっているな?」

 

「我々が認知していない神人、あるいは他の“ぷれいやー”の子孫の可能性がある、ということでしょうか」

 

「そうだ、よってお前に重要な任務を与える。

 ──その何者かを一時的に洗脳し、我がスレイン法国へ連行せよ。真偽はどうあれ、それ程の力を持っているならば破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の目覚めへの備えにもなる。

 男であれば報酬を提示してそのまま戦力に、女であればお前の嫁にして子を産ませるのも良かろう」

 

「……お戯れを。此度の任務、拝命致しました」

 

「頼んだぞ、全ては六大神の、人類のための行いである」

 

 そう言って神官長は隊長を王国へと差し向ける。

 その途中で一行は思わぬ強敵と遭遇する事になるが、果たしてどう転ぶのか。

 クローネの預かり知らぬ所で着実に、有無を言わせぬ狂信者達の魔の手が伸ばされようとしていた。

 

 

 




 
『王国戦士団副長』
 登場しなかったけど今回の功労者。
 夕飯に招かれてお土産も貰った。シチュー美味しかったです。

『クローネ』
 冒険者風の服装にお着替え。
 おばあちゃんのシチュー美味しかったね。

『ガゼフ』
 ロリだから気になってる訳じゃないのでロリコンではない。
 晩酌に出された自家製チーズが美味くて酒が進んだ。シチューも美味かった。

『ゲルダ』
 メシウマ聖女大明神。
 よく噛んで食べるのよ〜

『ランポッサ3世&レエブン侯』
 めっちゃ頑張ったで賞。

物凄い不備を見つけて予定より遅れてしまいました。申し訳ない。
時々感想を消してしまわれる方がいらっしゃるんですが、気が向いたらまた感想を聞かせて頂けると嬉しいです。

前話までの誤字報告、お気に入り、評価、感想ありがとうございました。


次回「クレマンティーヌ、死す」
 


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クレマンティーヌ、死す Ⅰ

 
 
 前回の謁見パートを勘違いしている方がいらっしゃったのでヒントを少々。
①ニグン戦で起きた相違点
②謁見に参加しなかったラナーは誰から活躍を聞いた?
③ランポッサとレエブン侯の関係
④現在、王国が動かせる公的な戦力
⑤クローネは子供であり旅人である
 現時点で客将になった背景をこれ以上説明すると、今後に差支えるので致しません。何卒ご容赦下さい。
 また、ご指摘されてる箇所はどうするか考え中です。
 
 


 

 

 鮮やかなトマトのスープに人参やキャベツなどの具材が浮かんでは沈み、表面には香味野菜の香りが移る、黄金色のオイルが食欲を誘うように光っている。

 ゲルダはスープを小皿にすくって、少し冷ましてから味見をする。その隣ではクローネが固唾を飲んで見守っていた。

 

「──まあ! とっても美味しいわ」

 

「ほ、本当?」

 

「本当よ、クローネちゃんは料理も出来るのねぇ」

 

「えへへ……うん、コックの職業も取ってるから」

 

 ゲルダに満点を貰って安心したクローネは胸をなで下ろしてはにかんだ。

 

 職業「コック」はバフ効果を持つ料理を作れる職業だ。

 スキルによる生成は回数制限こそ設けられているがMPを消費しないので、アタッカーやタンクを強化する事前準備に適した職業の一つ。

 特に魔法と共存するバフが盛れて、種族を問わないのも強みだろう。

 更にクローネはとあるメンバーの仕込みでギルドのメンバーの名を冠す“41の料理”を覚えさせられているとかいないとか。

 

「ガゼフさん、喜んでくれるかな」

 

 自信をつけたクローネが期待を込めて呟き、それを聞いたゲルダはふふふと笑った。

 王国でも指折りの人格者として知られる戦士長が心を込めた手料理を喜ばないはずがない。目に見える結果をわざわざ茶化すような無粋はすまいとさりげなく口を抑える。

 そうやって2人が話してると、階段を降りる足音が聞こえてきた。

 

「おはよう、クローネ、ゲルダ」

 

「おはよう、ガゼフさん」

 

「おはようございます。洗面用の水は用意しておきました、お洋服も置いてありますよ」

 

「ありがとう、助かる」

 

 素朴な私服姿で降りてきたガゼフはそのまま洗面所に向かい、ゲルダとクローネは朝食作りを再開する。

 ガゼフが身支度を整え正装に着替え終わる頃には、リビングのテーブルに朝食が並べられていた。

 

 3人が揃って席に着き、食事を始める。

 使用人ならば席を外さなければならないが、家事を任せていても2人は客人として迎えてるので「どうか我が家のようにくつろいで欲しい」とガゼフから先に断っておいたのだ。

 

 それにしても、と並べられた料理を見てガゼフは思う。ゲルダがここまで料理が出来るとは予想外だった。王国で美味い飯を出す店を上回る味に思わぬ幸せを感じる。

 

(昨日のシチューとチーズも美味かったが、今日のも一段と美味そうだ)

 

 スプーンを手に取り、まずは良い香りがするスープを口に運んだ。

 

「美味い……」

 

 野菜から出た甘みだろうか、トマトの酸味を抑えて旨味に変えている。ほんの少しピリリと舌を刺激する香辛料が良いアクセントになっている。控えめに言って絶品だった。

 あっという間に平らげたガゼフに、正面に座っていたクローネはパァァっと表情を明るくしてゲルダを見る。

 ゲルダは微笑み返して、2人の様子にハテナを浮かべるガゼフへ説明した。

 

「うふふ、そのスープはイチからクローネちゃんが作ったんですよ」

 

「なに、そうなのか?」

 

「おばあちゃんのお手伝いがしたくて。本当に、本当に美味しい?」

 

 奇跡のような魔法を使う魔法詠唱者でありながら、王の御前にあって貴族相手に1歩も引かず、更にはこんなに美味い料理まで作るのか。

 もじもじと照れたように頬を染める姿は年相応だが、その多才ぶりにガゼフは驚かされてばかりだ。

 

「ああ、とても美味しかった、もう一杯貰えるか」

 

「うん! ──あれ、その指輪」

 

 スープ皿を受け取ったクローネは、ガゼフが左手の薬指に指輪をはめている事に気が付いた。

 

「ガゼフさん、結婚してたの?」

 

「!? い、いや、そういう相手はいないが、どうしたんだ急に」

 

「えっとね──」

 

 ユグドラシルのNPCは、運営されていた22世紀の常識が多少反映されている。

 世界観を壊すような現代の特有の知識はプレイヤーに聞くか、アーカイブを見ることでしか知る術を持たないが、結婚の文化は常識として組み込まれているらしい。

 

「わたしの住んでいた所では、結婚したら左手の薬指にお揃いの指輪を着けるんだよ。

 王国にはそういう風習ってないの?」

 

「そんな話は初めて聞いたな」

 

「でも素敵ね、私も夫が生きていたらお揃いの物を身に付けて一緒に歩きたかったわ」

 

「薬指に指輪を着けるのは愛の絆って意味があるんだって」

 

「まあ、ロマンチックねぇ」

 

 話を聞いたガゼフは何かを考えるように指輪を見つめ、しばらくしてから視線を外した。

 おかわりを持ってきたクローネからスープを貰って今日の予定を口にする。

 

「俺はこれから仕事だが、クローネはエ・ランテルに行くんだったな。

 王の印が入った身分証があれば何かあっても対処出来るはずだ、忘れずに持っていくんだぞ」

 

「うん、気をつける」

 

 クローネは客将としての身分を与えられ、ガゼフの家でお世話になっているが、全てナザリックへの帰り道を探すためだ。

 転移したゲルダの村からほど近く様々な情報が行き交うエ・ランテルに赴くことは昨日から決めていた。

 ゲルダからある程度の常識は教わったので、まずは冒険者組合長のプルトン・アインザックを訪ねるつもりでいる。

 普通に行けばエ・ランテルまでは数日かかってしまうが、王都へ向かう最中に一度寄ったので、こんなこともあろうかと記憶しておいたのだ。

 〈転移(テレポーテーション)〉を使えば日帰りで帰って来れる。

 

(何か手がかりが見つかるといいな)

 

 その情報収集の帰り道で思わぬ“拾い物”をする事になるのだが、今のクローネには知る由もなかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 エ・ランテルのとある裏路地で女が1人、死にかけていた。

 

 濃い色の金髪は血に染まり、革鎧に付けていた色の違うプレートがそこら中に散らばっている。

 白い腹に空いた穴からドクドクと赤黒い血が止めどなく流れ、充血した殴打痕が痛々しく残っていた。

 

(クソッタレが……)

 

 女の名前はクレマンティーヌ。かつてスレイン法国の漆黒聖典に所属してた戦士であり、秘密結社ズーラーノーンの幹部。

 法国の秘宝である『叡者の額冠』を餌に、送り込まれる追っ手を逃れるつもりだったが、思わぬ人物と再会してしまった。

 

(クソ、クソ、クソッ! なんでコイツがここに居るんだよ、神器を守るのが任務だろうが!)

 

 クレマンティーヌを襲ったのは法国屈指の暗殺者、漆黒聖典第十二席次「天上天下」。

 その隠密能力の高さは、神人を抜けば人類最高峰の戦士の探知を潜り抜け、完全に不意をつく形で腹を貫いた。

 深手を負いながら抵抗するクレマンティーヌを死なない程度にいたぶり、何やら情報を吐かせようとしている。

 

(“ガゼフ・ストロノーフに加勢した魔法詠唱者”なんて知るわけねぇだろ……!)

 

 闇に潜み暗躍していたクレマンティーヌがカルネ村で起こった出来事に興味があるはずもなく、王城に客将として招かれた魔法詠唱者がいることを知る人間をエ・ランテルで探す方が難しいだろう。

 

 十二席次も有力な情報を得られるとは思っていなかった。これはただ、風花聖典が探していた裏切り者をたまたま見つけたので、任務の()()()()半殺しにして聞いてみただけだ。特に意味はない。

 逃げられるのも面倒なので、一度気絶させてから引き渡す。奇っ怪なマスクの下でそう決めた十二席次は、クレマンティーヌの首に指をかけようとした。

 

 ぷっ、と手甲に血が吐かれる。

 見れば死にかけの裏切り者は、未だ反抗的な目でこちらを見ていた。

 その恩恵を受けていた立場でありながら、あろうことか神が残した遺物にこの女は唾を吐いたのだ!

 

 鈍い音が裏路地に響く。何度も何度もその音が続き、辺りに血が飛び散った。

 馬乗りになった十二席次の拳がクレマンティーヌの整った顔を歪めていく。

 

(お前は暗殺者のクセに沸点が低いのが弱点だったよなぁ、風花聖典の性悪根暗共に拷問されて命乞いするくらいなら……こっちの方がマシだ)

 

 天上天下に繋がる言葉は唯我独尊。

 この世界の人間には知りえない繋がりではあるが、皮肉にも悪い意味でその言葉を表している十二席次はプライドも自己評価も高い男だった。

 自分と自分が信仰する神を侮辱されると、今のように烈火のごとく怒り狂う。

 

 クレマンティーヌはその性格を利用した。

 『叡者の額冠』は既にズーラーノーンの手にあり、使わせる人間の目星もつけている。手がかりをみすみす殺せば叱責は免れないだろう。

 どうにもならないならせめて、うっかり殺してしまったマヌケの烙印が押される手伝いをすることで、溜飲を下げることにした。

 

(あーあ……こんなことなら、あの情報屋で……もっと遊んで……おけば……良かった……なぁ……)

 

 意識は遠くなり、思考が途切れていく。

 殴られすぎて痛みなどとっくに通り越した。

 怒りが治まらない十二席次の、腹を貫いた手刀が心臓目掛けて振り下ろされる。

 

(……死にたく、ない)

 

 元漆黒聖典第九席次「疾風走破」と呼ばれたクレマンティーヌは心臓を突かれ──絶命した。

 

 

 興奮状態から我に返った十二席次は自分が犯した失態に気が付いた。いまの法国には蘇生魔法を使える者がいない。その動揺が周囲への警戒を薄れさせる。

 

 そこに飛び込んできたのは死角からの一撃。くぐもった音を鳴らしたその強打は、攻撃されたことすら認識させずに意識を一瞬で刈り取った。

 どしゃり、と横に倒れた崩れ落ちた十二席次の後ろで、風景が陽炎のように揺らめく。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…………や、やった?」

 

 十二席次を襲ったのは木の棒を構えたクローネだった。

 忘れがちだがクレリックは前衛魔法職、その物理攻撃力はモモンガより上である。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「それで連れて帰ってきたと」

 

「…………はい」

 

 ガゼフ家の一室で緊張した様子のクローネと、腕を組んで険しい表情を浮かべるガゼフが向かい合う。

 視線の先には、寝台代わりの長椅子に置かれた女の遺体、心臓を貫かれたクレマンティーヌが血を拭われた状態で横たわっていた。

 

 クローネがクレマンティーヌを拾ってきた経緯を説明するには、少し時間を遡る必要がある。

 

 




 
 
次回「クレマンティーヌ、死す Ⅱ」
 
 


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クレマンティーヌ、死す Ⅱ

 
 
投稿するまでが6月3日だってばあちゃんが言ってました(小声)
 
 


 

 

 朝食を食べてガゼフを見送った後、クローネは直ぐにエ・ランテルへ向かった。

 冒険者組合へ行ったは良いものの、運悪く組合長は不在。

 代理の人間に話を聞いてもめぼしい情報はなく、徒労に終わってしまった。

 

 ゲルダから周辺の地理を聞いても見知らぬ名前ばかり。

 冒険者ならあるいはと思っていたが、(ナザリック)があるヘルヘイムすら聞いたことがないと言われ、流れ者は口が堅いので同じように飛ばされてきた者がいるか、調べる事も出来なかった。

 「異形種がウジャウジャいる墳墓を探してます」なんて馬鹿正直に言ってしまえば人間の興味を引いてしまう。強そうには見えないが、相手はモンスター退治を請け負う冒険者。

 そんな人間を家に招待するわけにはいかない。

 

 あまりにも打ちのめされた顔をしていたのか、帰り際に力になれなかったことを謝られ、説明に使った地図と飴を貰ってしまった。

 用事は済んだので、自分が飛ばされた此処が何処なのかを考えながら宛もなく歩いていると、大通りから外れた裏路地に迷い込んだ。

 

 引き返そうと踵を返したら、そこに金髪の女戦士とアサシン風の男がなだれ込んで来たのだ。

 

 慌てて〈不可視化(インヴィジビリティ)〉で身を隠したので気付かれることは無かったが、驚くことにアサシン風の男は“最近襲撃された村でガゼフ・ストロノーフに加勢した魔法詠唱者を探している”と言っていた。

 

 クローネを探しているなら見た目の特徴を上げればいいが、それをしない。ということはカルネ村で起きた戦いを何らかの魔法を使って見ていたのだろう。

 こちらでは神話の領域らしい威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)をなぎ倒した瞬間もバッチリ見られていたとしたら……

 男の口ぶりから察するに、背後にいるのは法国で間違いない。

 村を襲い、ガゼフを殺そうとした法国が、その妨害をしたクローネを探している。けして穏やかな理由では無いと察するには十分だった。

 

 なので男が油断した隙に距離を詰めて気絶させ「殺した女戦士の死体は自分で処理した」と記憶を操作する。

 そしてどうやら敵対してるらしい女戦士ごと〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉でガゼフ家に戻ってきた。

 蘇生して恩を売り、協力させるために。

 

 

 経緯を聞いたガゼフは険しい顔のままクローネに問いかける。

 

「話は分かった。敵の敵は味方と言うが──本当に蘇生するつもりか?」

 

「うん、このままだとわたしに辿り着くのは時間の問題だと思う。打てる手は打っておきたい」

 

「冒険者のプレートで自分を飾りつけるような人間に、話が通じるとはとても思えないが」

 

 ガゼフの視線の先には銅や鉄のプレートで出来た小山がある。

 女戦士を運ぶ前に痕跡は魔法で消し、証拠になるものは遺体と一緒に持って帰った。彼女の鎧から弾き飛ばされた誰の物とも知れぬ冒険者のプレートも全て。

 

「クローネちゃん、」

 

 後ろでハラハラと見守っていたゲルダが堪らず声をかける。

 クローネは振り向き、申し訳なさそうに眉を八の字にした。

 

「この魔法は使わないって約束したけど、放っておいたら大変な事になるかもしれない。

 おばあちゃんを危ない目にあわせたくないし……だから、ごめんね」

 

 ゲルダとの約束を破ってまで女戦士を蘇生することにしたのは、法国の情報を得るためだ。

 見るからに裏の人間だった男に、裏切り者と呼ばれる女戦士ならば内情を知っているはずだ。法国の実態を知れば、自ずとクローネが探される理由にも見当がつく。

 

 それに自分を探している事も気になるが、カルネ村で戦った特殊部隊の指揮官はガゼフを殺そうとする理由を最後まで語らなかった。

 今まで明るみに出ることのなかった圧倒的な軍事力を用いてまで、ガゼフを確実に殺す算段を整えた意味。

 目的は戦争なのか、他の政治的な理由による物なのか。確かなのは王国に害意を抱いているということだけだ。

 どっちにしろクローネは政治に介入出来ないが、もし法国と戦争する事になれば、得た情報は対抗策を考える材料になる。それは戦場の最前線に立つガゼフの助けになるだろう。

 

 もちろんリスクもある。女戦士の存在が前準備無しに貴族派閥に知られてしまえば、法国と繋がっていると言いがかりを付けられてもおかしくない。

 だが法国に対してこのまま何も備えないというのはそれ以上のリスクになる、そう考えた上でクローネは女戦士を拾ってきた。

 探っていることを相手に気付かれないよう情報を探るには、うってつけの相手だったからだ。

 

「そこまで頭の固いおばあちゃんじゃないわ。……必要なことなのよね」

 

 ゲルダの言葉に頷き、ガゼフに向き直った。

 

「まずは説得、それでもし協力しなかったら────その時はわたしが責任をとって殺すよ」

 

 後ろでゲルダが息を飲む音が聞こえる。クローネの静かに射抜くような赤い目が、ガゼフの柴色(ふしいろ)の目と交差した。

 しばらく睨み合いが続き──折れたのはガゼフだった。

 

「そこまで言うなら任せる。法国の動きが気になるのも確かだからな。

 だが君にだけそんなことをさせるつもりは無い、今度は俺も背負おう」

 

 ガゼフは険しい顔をやめてただ真剣な表情で言った。

 カルネ村での出来事を思い出し、緊張が解けたクローネは心強い味方に少しだけ笑みを浮かべる。

 

 相手を警戒させないために、ゲルダとガゼフを部屋から出し、一呼吸置いてから魔法の詠唱を始めた。

 

(利害は一致するはず、あとはこの人とわたしの説得次第)

 

「〈真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)〉」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 とても深い眠りから優しく揺り起こされるような、そんな感覚がクレマンティーヌを包み込んでいた。

 

 絵に書いたような優しい母の腕に抱かれ、目覚めへと導かれる。

 成人なんてとっくの昔に過ぎていて、弱者をいたぶることに快感を覚える自分には縁のないものだ。しかしとても心地いい。

 ずっとこのままでいたいと思うほどの安らぎだったが、導かれるまま目が覚めてしまい、泡沫(うたかた)へと消えてしまった。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

「……………」

 

 横に目を動かすと、白い革鎧を着込んだ見知らぬ少女。

 そういえば自分は死んだのでは無かったか。あのクソ十二席次に殴られた最後の方はほとんど意識が飛んでいたが、胸を貫かれたのは覚えている。

 

「蘇生を施しました、何か違和感はありませんか?」

 

「今の、アンタがやったの」

 

「はい」

 

 死者を生き返らせるのはクレマンティーヌが知る限り高位の魔法だ。他の国と比べて魔法が普及している法国でも、過去に到達した魔法詠唱者は数少ない。

 ボロ雑巾になった面識のない自分に、理由はどうあれそんな魔法を目の前にいる少女は使ってくれたらしい。

 

「…………天使?」

 

「え!?」

 

 クレマンティーヌは六大神なんて信じちゃいない。居たとしても自分には関係の無いことだ。法国のために尽くしても兄にも化け物にも勝てないままだった。

 だがしかし突然降って湧いた奇跡に、最も近しい言葉がそれしか思い浮かばなかったのだ。

 

 一方クローネは、全く予想していなかった質問に異形種だと見抜かれたのかと心臓が口から飛び出そうになったが、全くの的外れだったので慌てて否定した。

 

「いえそんな! 異形種だなんて、普通の人間です。……あの、本当に大丈夫ですか?」

 

 どうにも格好と死ぬ直前の言動からは予想してなかった態度だ。様子がおかしいので一旦落ち着いてから話し始める事にした。

 

 

 

「へえ、それで助けてくれたわけ。いいよー、協力してあげても」

 

(あっさり言うなぁ……)

 

 さっきガゼフに協力しなかったら殺すとまで言っておいたのに、二つ返事で了承された。なんだか肩透かしである。

 

「話を持ちかけたのはわたしですけど、そんなに軽く請け負っていいんですか」

 

「まあ、利害が一致してて都合が良いのもあるけど、恩返し」

 

「お、恩返し」

 

 話していて分かったが、どうやら完全に見た目通りの性格という訳ではなさそうだ。本人から自己申告された、弱いもの虐めが好きなのは本当だったが。

 

「安心してよ、あのクソと法国を影からおちょくれるなら手を貸すし、クロちゃんのこと裏切ったりしないからさ」

 

 協力関係は結べたが、妙に好意的でクローネはなんだかとても不安になってきた。

 悪い意味でその予感はこの後当たってしまう。

 

 

 

「──そういう訳でガゼフさん、その……協力してくれることになったクレマンティーヌさんです」

 

「もう、クレマンティーヌで良いって」

 

 ゲルダは気を紛らわせるため家事をしに行き、1人で待っていたガゼフが部屋に呼ばれた。

 扉を開けてまず目に飛び込んで来たのは、気まずい表情を浮かべたクローネに絡みつく、冒険者狩りの女の姿。

 あの後に何があってこんなことになっているのか、それに気を取られたガゼフは話を聞き逃した。

 

「すまん、話が頭に入ってこなかった。後で聞こう。

 それよりもクレマンティーヌと言ったか、今すぐクローネを放してくれないか」

 

「はー? いいでしょ別に、何もしないしくっ付いてるだけじゃん、ウッザ」

 

(イラッ)

 

 普段温厚なガゼフには珍しく癇に障る相手だった。

 王国の冒険者を手にかけたかもしれない人間が、命の恩人であり自分を慕ってくれる子供に馴れ馴れしく触っているのを見ると、非常に苛立たしい気持ちになる。

 

「俺はまだ認めた訳じゃない。冒険者のプレートのこともある、お前がクローネを害さない保証がどこにあるんだ」

 

(イラッ)

 

 クレマンティーヌが相手にイラつくことは珍しいことではないが、恩人に手をかけると疑われて良い気はしない。

 何より聞けば相手も同じくクローネに助けられた人間だ。自分のことを棚に上げて何を言うのか。

 

「あ? それはそっちも同じことだろ、この子の弱味につけ込んで利用しようって腹なんじゃないの?」

 

「そんな事は考えていない、それはお前のことじゃないのか」

 

「…………」

「…………」

 

 睨み合うガゼフとクレマンティーヌ。体格差はあるが、迫力ではどちらも負けず劣らずだ。

 2人はお互いの目を見て直感した「絶対コイツとは気が合わない」と。

 

「あの……2人とも、喧嘩は程々に」

 

「無理」

「無理だ」

 

「そ、そっか、じゃあしょうがないね」

 

 にべもなく断られ即座に折れたクローネ。クレマンティーヌの腕の中で2人の後ろに雷が落ち、熊と虎の幻覚が見えた気がする。

 ナザリックで幾度も見た光景に心の中で父親に助けを求めた。

 

(うう……まるでたっちさまとウルベルトさまみたい、パパはこういう時どうしてたっけ)

 

 ガゼフ家に新たな居候としてクレマンティーヌが加わり、法国の追っ手を警戒しつつ生活することになった。

 

 ますます家への道のりが遠くなったと感じるクローネだったが、彼女の知らないところで着々とナザリックは動き始めている。

 

 再会する日はそう遠くないかもしれない。

 

 




 
 
『捨て戦士クレマンティーヌ』
 生き返らせないとは言ってない。
 死因が同レベル帯の相手なので情緒が安定している。
 なお本人は一番後悔するかもしれない選択肢を選んでしまった模様。

『ガゼフ』
 仲良くなれるはずが無かった。
 本人にその気は無いがひとつ屋根の下でハーレム状態である。

『拾い主クローネ』
 拾ったからちゃんとお世話するよ!
 実は腕相撲ならガゼフとクレマンティーヌに勝てる。
 覚えてるレシピが尽くメイド喫茶じみているが、主犯はあの2人。

『漆黒聖典第十二席次』
 冒涜者、殺すべし。
 オリキャラを出したくなかったので出張してもらった。
 この後、作戦中止の知らせを受けて本国へ帰還する。

『貴族派閥に入れ知恵した貴族』
 前回の謁見で自分のやらかした事に気付いて法国と連絡を絶っている。

『職業:コック』関連
 ほぼ独自設定。
 類似した職業は存在するのでそんなに強くない。

 クレマンティーヌは死んだけど元ネタの城之内は死なないという罠。
 ちゃんと見せ場も用意してるので、我らがクレマン大先生の活躍にご期待ください。
 諸事情ありまして、更新遅くなってしまいほんと申し訳ナス…

 前話までの誤字報告、読了報告、お気に入り、評価、感想ありがとうございました。


次回「冒険者モモンと客将クローネ」
 
 


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冒険者モモンとクローネ

 
 
 確認することが…確認することが多い…!
 なるべく帳尻合わせましたが時系列ガバガバです。
 またアニメ版に準拠するため、8巻(風呂回とカルネ村)はゲヘナ後です。
 
 


 

 

「キラキラと輝いて、宝石箱みたいだ」

 

 出立前に1人で過ごしたかったのをデミウルゴスに見つかってしまい、モモンガは少し複雑な気分のまま外に出たが、目の前に広がる見事な星空にあっという間に心を奪われる。

 

「──あの子もこの空を見ているだろうか」

 

 気分転換のつもりで外出したはずが、口をついたそれにモモンガは自己嫌悪に駆られた。

 クローネの事のことばかり考えてはいられない。この世界を知り、大切な仲間達が残した子供達を守ることも同じくらい大事なことだ。

 そこを疎かにしてはクローネの二の舞になってしまう。

 

「ええ、きっと見ていらっしゃいます」

 

 それを知ってか知らずか、デミウルゴスはモモンガを労わるように、また自分に言い聞かせるように言った。

 

「この世界が美しいのは、宿した宝石のその一つがクローネ様だからでしょう。

 モモンガ様のお望みとあらば、ナザリック全軍をもって手に入れて参ります」

 

 それは宝石を世界に例えた、美しくも不遜な言葉遊びだった。

 ふっ、と笑おうとした時、デミウルゴスがかつての親友の姿と重なる。

 

──ユグドラシルの世界の一つぐらい、征服しようぜ?

 

 仲間達とそう語り合ったウルベルト。

 あの時は「随分大きいことを言うものだ」と徹底したロールに関心しただけだったが。

 

(アインズ・ウール・ゴウンの力がこの世界に行き届けば、何処かに行ってしまったクローネを探すのも無理な話じゃない)

 

「世界征服か、それも良いかもしれないな」

 

「───!!」

 

(ま、そんなこと出来るわけないけど)

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 今後の方針を階層守護者に伝え、この世界の情報を求めて準備を始めたナザリック。

 大墳墓の防衛を守護者統括アルベドが指揮し、この手の探索で一番経験豊富なモモンガと護衛のナーベラル・ガンマが、名を変え旅人として情報収集することになった。

 妻として反対するアルベドを落ち着かせ、緊急時の動き方や旅の準備をしていたら、出立するのに時間がかかってしまったが。

 

 こちらの世界の文明レベルを調べるために『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)』で観察していた村がナザリックに一番近かったため、まずはそこに向かい、話を聞くことにしたモモンガとナーベラル。

 

 モンスターにでも襲われたのか半壊した家屋が目立つその村。さっそく旅人のモモンとナーベとして接触し、力仕事などを手伝う交換条件として数日の滞在と、この地方の基本常識を教えてもらう契約を取り付ける。

 途中、村に訪れた薬師の少年ンフィーレアとその護衛「漆黒の剣」を名乗る冒険者チームにも出会い、村人が知らないこちらの事を色々と教えてもらった。

 

 得た情報を元に待機していたセバス達へ指示を出し、この世界の様式に馴染むためコミュニケーションを交わす日々。

 貴重な薬草の採取を手伝った際に、森の賢王と呼ばれる巨大なジャンガリアンハムスターを気まぐれに手懐けたら、思いがけずクローネの手がかりを手に入れた。

 

 情報源はこの村で一番初めに出会ったネムという少女。

 出会った当初はフルプレートを着込んだモモンガに怯えていたが、森の賢王を従えたのを見て弟子入りを懇願してきたのだ。「自分もあの白い剣を振る女の子のように強くなりたい」と。

 聞けば自分と姉を助けてくれた魔法詠唱者(マジックキャスター)の少女も同じように森の賢王を従えたのだと言う。

 名前は知らないが、赤い瞳とやや濃い色の肌をした女の子だったと。

 探している愛娘とピッタリ当てはまる特徴にモモンガの眼窩から光が消えた。

 

 急いては事を仕損じる。その通りに行動したつもりが、最も求めていた情報が目と鼻の先に転がっていたことに気付かず、端的に言えばショックだった。

 フードを被っていたらしく他の村人は治癒魔法を使う少女としか知らなかったので、無理もないのだが。

 

 隣で聞いていたンフィーレアにも弟子入りを頼まれたが受け入れるのは難しい。

 かと言って娘(と思われる少女)に憧れるネムを突き放す気にもなれず、根負けして『ゴブリン将軍の角笛』を渡し「まずはそれで呼び出したゴブリン達と協力するところから初めて欲しい」と伝えた。

 そしてどうやらアルケミストらしいンフィーレアには錬金の確率を上げる『賢者の腕輪』を渡し、弟子入りは断った。

 

 手がかりを得たモモンガはすぐにでも飛んでいきたかったが、クローネが戻ってきても人間社会に溶け込むモモンとしての姿は必要だ。(はや)る気持ちをグッとこらえて、王都に向かわせる予定のセバスにクローネを探させるようアルベドに伝えた。

 

 特に人手が必要だった大工作業はあらかた片付き、モモンガとナーベラルは別れを惜しまれながら、城塞都市エ・ランテルへと向かう。

 同行する漆黒の剣とンフィーレアの紹介で森の賢王ことハムスケの魔獣登録と、冒険者登録を取り成してくれるとのことだったので、文字が読めないモモンガは素直に甘えることにした。

 

 そしてエ・ランテルに着いた矢先、ンフィーレアが何者かに拐われる。

 

 モモンガ達に付き添ったペテル以外の3人が負傷する事態となり、たまたま一緒にいたンフィーレアの祖母リイジーに捜索の依頼を受けた。

 彼に渡した『賢者の腕輪』を頼りに誘拐犯の居場所が墓地であることを割り出したモモンガは、協力を申し出たペテルを連れ、何故か大量発生しているアンデッドをちぎっては投げの大立ち回りを繰り広げる。

 主犯とおぼしき魔法詠唱者とスケリトル・ドラゴンを討伐し、ンフィーレアも救出した。

 冒険者になって一時間足らずでエ・ランテルの危機を救ったモモンガとナーベラルは一躍脚光を浴びる。

 

 その後も目ざましい活躍を続け、ただの冒険者から“漆黒”と呼ばれるアダマンタイト級冒険者に昇りつめた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 シャルティアが洗脳される事件があったため、敵の存在を意識しながら冒険者業と支配者業に精を出すモモンガ。冒険者になって1ヶ月が経とうとしていた。

 

 セバスから上がってきた情報でクローネらしき人物が王都で客として迎えられているのは知っている。だがナザリックの防衛強化に時間を割く必要があったため、詳しい捜索は後回しにするしかなかった。囮のセバスとソリュシャンに接触させる訳にも行かず、モモンガ自身は依頼をこなして金銭を稼ぐのに忙しい。

 それに全ては自分がしでかした事。喜んで手を貸してくれるだろうが、この件で守護者を頼り切るのは気が引けた。

 

 だがクローネのことを考えて悶々とするのも今日で終わる。

 急ピッチで来ていた依頼を消化したモモンガは、最後の依頼を終えたあとクローネを探しに行こうと考えていた。

 

「ナーベ、今日はこのまま王都へ向かう。お前も着いてこい」

 

「はい、モモンさ────ん」

 

(2、3日ぶりに聞いたな。これでも少なくなった方か)

 

 相変わらずの癖に諦めが漂うモモンガ。黙って城門への道を歩いていると、なにやら人だかりが見えた。

 

「なんだ?」

 

 人の隙間から覗き込むと3人組のチンピラが誰かに向かって怒鳴っている。もっとよく見ようと顔を動かしたら、怒鳴られていた相手が頬を張られて倒れ込む。

 

 その相手は、モモンガがずっと探していた愛娘のクローネだった。

 

 

 同じく見ていたナーベラルも気付き、信じられない光景に目をカッと見開いた。

 衝撃的すぎて頭が理解することを拒み、しばらくして事態を飲み込んだナーベラルは怒りと殺意に顔を歪め、剣の柄に手をかけた。

 

(モモンガ様には止められているけど、あの下等生物(クソムシ)はクローネ様に触れただけでなく危害を加えた。──万死に値する)

 

 一歩踏み出そうとしたその時────隣から息が詰まるほどの殺気が噴き出した。

 

 命の危機を感じる重圧。自分に向けられたわけでもないのに、ただ傍にいただけでナーベラルは恐怖で吐きそうになった。

 柄を握った手は震え、額から脂汗が出る。使ってない食道から何かがせり上がってくるのを口を結んで耐えた。

 恐る恐る隣を見ると、背中に背負ったグレートソードに右手を添えて、おどろおどろしい殺気を纏ったモモンガがチンピラに歩み寄ろうとしている。

 

(いけない、モモンガ様!)

 

 一気に頭が冷えたナーベラルは主人の言いつけを守るため、震える手でモモンガの左腕を掴んだ。引き止める手に気づいたモモンガがヘルム越しにこちらを向く。何も言わないのが恐ろしかった。

 

「ここは、人目が、あります……モモンさん、どうか……」

 

 そも殺気というものは感じる側の力量に左右されるものだ。幸い、取り囲む人間はこの殺気に気づいていない。

 ここで人を殺してしまっては、今まで築き上げた英雄モモンとナーベのイメージが崩れてしまう。いつもなら諌められる側のナーベラルだが、完全に我を失った主人の殺気に当てられて同調するほど愚かではない。

 1ヶ月の間、モモンガが叩き込んだ人間への対応がここで発揮された。

 

「…………お前の言う通りだな、すまない」

 

「いいえ、お気持ちは痛いほどよく分かります」

 

 ナーベラルの決死の嘆願は聞き届けられた。殺気を四散させ、グレートソードから手を離したモモンガに安堵する。

 未だ言い争う声を耳にしたモモンガはナーベラルに言付けた。

 

「今は殺さないがあの馬鹿共には痛い目にあってもらう。

 ナーベはここで見ていてくれ、あの子にお前の名前を呼ばれるのは避けたい」

 

「はっ」

 

 本来、ナザリックを生きるものはモモンガに絶大な支配者のオーラを感じるらしいが、今はそれすらも探知出来なくなる効果の指輪をつけている。変装しているモモンガならばクローネに名前を呼ばれることはないだろう。

 

 後ろに下がったナーベラルを確認し、人混みをかき分けながらパキパキと指を鳴らすと、モモンガは娘に手を出した不届き者の背後に立った。

 

 

 

 冒険者くずれのチンピラに絡まれていたお爺さんを庇い、下手に出ていたら叩かれてしまったクローネ。流石に手を出されては黙っていられないので、どうしようかと考えていると、頬を叩いた男が視界から消えた。

 残りのチンピラも左右に吹き飛び、残ったのは黒いフルプレート姿の偉丈夫。

 遠巻きにしていた群衆から歓声が上がり、チンピラを殴り倒したのがエ・ランテルで話題のアダマンタイト級冒険者、漆黒のモモンであることを知る。

 呆然としていると、目の前に黒い手が差し出された。

 

「大丈夫かい、お嬢さん」

 

 クローネはハッとしてモモンを見上げた。モモンの声は、父が支配者として凄む時の声と似ている。

 しかし見えるはずの支配者のオーラはなく、アンデッドの感知も働かず、別人かと少し落胆した。

 

「は、はい」

 

 手を借りてクローネは立ち上がる。

 殴られたチンピラは捨て台詞を吐いて一目散に逃げていき、庇っていたお爺さんはペコペコと頭を下げて、2人にお礼を言って去って行く。

 お爺さんに手を振っていたクローネがモモンの方を見ると目があった。

 

「えっと……モモンさん、であってますか? 助けてくれてありがとうございます」

 

「大したことはしていない、それよりも頬は痛まないか」

 

「これくらいなら平気です」

 

「そう、か。なら良いんだ」

 

 モモンもといモモンガは戸惑っていた。

 たくさん話したいこと、謝りたいことがあったはずなのに、いざ目の前にクローネがいると言葉に詰まる。思っていたよりも元気そうで、明るい表情と整えられた身なりからとても良くしてもらっているのが分かる。

 それだけに自分が傷付けた事実は心に重くのしかかってきたが、それ以上に胸がいっぱいになり、感極まってしまう。

 

(良かった……本当に無事で、良かった……)

 

「モモンさん、よかったらこれを」

 

「?」

 

 クローネに差し出されたものは甘い香りのする包みだった。モモンガの手の上に置くとやけに小さく見える。

 

「おばあちゃんと焼いたクッキーです。すみません、きちんとお礼ができるほど手持ちがなくて。

 でもすごく美味しいので………モモンさん?」

 

 突然ヘルムのスリットを手で覆い、空を仰いだモモンガにクローネが心配そうに声をかけた。

 

(いますぐ連れて帰りたい……)

 

 しかし今の自分は漆黒のモモン。未だ人目もある。

 即座に背筋を伸ばし、咳払いで誤魔化した。

 

「んんっ! これはありがたく貰うとしよう。だが冒険者として当然のことをしたまで、いつかこのクッキーの礼をさせてくれ。……いや、なんならすぐそこでお茶でも、」

 

「あの、モモン様!」

 

 それとなく2人きりになれるよう誘導するはずが、誰かに呼び止められた。少し不機嫌になりながらも振り返ると、頬を染めた幾人かの女性。他にも気がついたらやけに興奮した人間に取り囲まれていた。

 

(は?)

 

「とてもカッコよかったですモモン様! 握手して下さい!」

 

「流石、王国3番目のアダマンタイト級冒険者! アイツら殴ってくれてスカッとしたぜ!」

 

「えっ、あっ、す、少し待ってくれ、いま取り込み中で──ん!?」

 

 モモンを賞賛する人だかりに押されながら、クローネの方を見ると跡形もなく姿が消えていた。辺りを見渡していても目の届く範囲にはいない。

 娘を連れ戻す千載一遇のチャンスを逃したことにワナワナと震え、無意識に〈伝言(メッセージ)〉を繋いだ。

 

(な……な……ナーベラルーーーーッ!!!)

 

《!? も、モモンガ様!?》

 

 裏路地に連れ込んだチンピラをボコボコにしていたナーベラルは、縋るようなモモンガの声に驚いて声を上げた。

 

 

 ──モモンガがナーベラルに助けを求めていた頃、入り組んだ路地をクローネは女に手を引かれて走っていた。程なくして歩きに切り替え、女は来た道を警戒するように睨みつける。

 

「ね、ねえ、クレア、どうしたの? いきなり走り出して、まだ話が途中だったのに」

 

 クレアと呼ばれた、長い金髪と目元を隠す布製のバイザーが目立つ女。

 その正体は生活魔法で髪を伸ばし、クローネの魔法で武装を変えたクレマンティーヌだった。露出の激しさは変わらなかったのでマントは着ている。

 

「あの黒いフルプレート、クロちゃんのことナンパしようとしてたでしょ。

 お茶とか言ってなにするつもりなんだか、ロリコンのド変態にわざわざ付きやってやる必要ないよ」

 

「ろりこん? なんぱ?」

 

 知らないとはいえ、本人が聞いていたら憤死する程の凄まじい勘違いが生まれていた。

 

「さ。せっかく1ヶ月ぶりに外へ出たんだし、婆さんにお土産買ってから帰ろ」

 

「う、うん……」

 

(そんな変な人には見えなかったけど……また会えるかな、モモンさん)

 

 後ろ髪を引かれる思いでクローネは来た道を振り返りながら、クレマンティーヌに肩を押されて歩いた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「クローネ様の捜索は断られましたか」

 

《はい、守護者に限らず下僕は与えられた務めに専念するように、との事でした。

 セバス様も接触を避けるために外出は最小限にと》

 

「……………」

 

《デミウルゴス様?》

 

「ああ、なんでもありません。モモンガ様はどうしてますか?」

 

《いまは宿のお部屋でお休みになられています。しばらくしたら一旦ナザリックへお戻りになるかと。リザードマンの件もありますから》

 

「分かりました、それはアルベドにも伝えて下さい。

 ……すまないねナーベラル、コソコソとこんな真似をさせてしまって」

 

《いえ、私も思いは同じですから》

 

「助かるよ、また何かあったら連絡してくれ」

 

《はい》

 

 

「…………やはり、そうなのですか、モモンガ様」

 

 

 私室で一人呟くデミウルゴス。モモンガの指示に彼は何を思ったのか。

 その答えは、炎の中にあった。

 

 




 
 
『漆黒のモモン(ガ)』
 休憩を与えて自分も部屋で寝込んだ(寝てない)
 包みを閉じてたリボンを大事に持ってる。
 クッキーは栄養重視のボソボソした粉っぽい物しか食べたことがない。
 
『美姫ナーベ(ラル)』
 他の下僕には内緒でクッキーを貰った。
 机の上に置き、床に跪いてモモンガに感謝してから食べた。
 いまこの世で一番美味しい物を聞かれたらクッキーと答える。

『悪魔型悪魔デミウルゴス』
 洒落た言葉遊びは悪魔の嗜み。深読みを発動中。

『クローネ』
 ろりこん、何処かで聞いたような。

『クレア(クレマンティーヌ)』
 謎のバイザー金髪ロングビキニアーマーお姉さん。
 殺気は感知できなかった。

『主犯とおぼしき魔法詠唱者』
 南無三。

『漆黒の剣』
 全員生存。モモンが漆黒と呼ばれることに納得している、良き先輩冒険者達。

『ネム・エモット』
 姉を救った女の子に憧れたらゴブサーの姫になった。

『ハムスケ』
 ガゼフvs威光の主天使戦でクローネに魅了(チャーム)を使われ、縄張りに村人を匿った。

『冒険者崩れのチンピラ』
 こんがりジューシーハンバーグ。
 エントマも絶賛。

 6月に入ってから急に暑くてやってられませんね、皆さんも暑さに身体が負けないようお気をつけて。
 前話までの誤字報告、読了報告、お気に入り、評価、感想ありがとうございました。


次回「カルミアを飾る茶会」
 
 


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カルミアを飾る茶会

 
 
修正報告です。
感想で回答したクローネの裏設定はよく考えたらいらなかったので、前話のクローネとモモンの遭遇~離脱のシーンを少し書き直しました。
気配が感知できなかった理由は別にあるので補足する文章も加筆済みです。
混乱を避けるために感想・活動報告の文言は後ほど消去させていただきます。
申し訳~!!
 
 


 

 

 昼過ぎ。いつもより遅く身支度を終えたガゼフはリビングの食卓でクローネを待っていた。

 向かいには茶を飲んで寛ぎ、長くなった髪をいじるクレマンティーヌ。

 

「別にあたしが送っていけばいいんだから、アンタは先に仕事行ったら?」

 

「今日は王に許しをもらっている。

 それにお前、そうやすやすと出歩ける身分ではない事を忘れてるだろう」

 

「1ヶ月も家に籠もってムサい顔見続けてたら息が詰まるっつーの」

 

「悪かったな、生まれつきだ。俺もお前の顔は見飽きてる」

 

「こんな美女連れ込んで贅沢なヤツ」

 

「変な事を言うな気色悪い」

 

 出会ってから1ヶ月あまり、2人の仲は変わりなくこの調子だった。

 その度に挟まれたクローネが縮こまり、呆れたゲルダに説教されてからここまで落ち着いた。

 今日もまたいがみ合っていると奥の洗面所に繋がるドアが開く。

 

「おまたせガゼフさん! ごめんなさい、遅れちゃって」

 

「ああ、気にしなくてい──」

 

 着替えを終えたクローネがリビングに入ってくる。

 胸元から肩にかけて白い折返しが目立つ紺色のロングドレスを身にまとい、短い白髪の右サイドを耳にかけ、青いバラを模した髪飾りで止めている。全体的に青で統一された装いは瞳の赤がよく映え、清楚でありながら何処か目を引くコーディネートだった。

 出会った時に着ていた黒いドレスとはまた違い、昼の空によく似合う。

 

「へー! 似合うじゃんクロちゃん、可愛いよ」

 

「えへへ、オシャレしちゃった」

 

 クローネを褒めながら、固まったままのガゼフの脇腹をクレマンティーヌが肘で突く。

 ハッとしたガゼフが慌てて声をかけた。

 

「あ、ああ! まだ時間はあるから大丈夫だ! ……その、とてもよく似合っている」

 

「おばあちゃんに選んでもらったの。このドレス可愛いよね」

 

 可愛いのは君だ。ガゼフはそう思ったが、口にするのはなんだか妙に恥ずかしかったのでただ頷く。せっかく譲ってやったのに気が利かない朴念仁にクレマンティーヌは小さく舌打ちし、つまらなそうに頬杖をついた。

 

「夕飯の前には帰ってきてよねー、あたしは芋の皮むきぐらいしか手伝えないし」

 

「うん、おばあちゃんのことよろしくね」

 

「はいはい、任せて。ま、熊のエスコートじゃ無事にたどり着けるか怪しいけど」

 

「クレマンティーヌちゃん?」

 

「あ、なんでもないっす。行ってらっしゃい戦士長サマ」

 

 説教される時は2人一緒だが、今回は運悪くガゼフへの悪口だけが耳に入ってしまった。洗面所から顔を出したゲルダに凄まれて手のひらを返す。家主に無遠慮な軽口を叩くクレマンティーヌにゲルダは人一倍厳しかった。

 自分もズケズケ言っただけにガゼフは少し気の毒そうに見る。かと言って自己申告する気はなかったが。

 

「さて行こうか、クローネ。手を腕に」

 

「う、うん」

 

 差し出されたガゼフのがっしりとした腕にクローネが手を添え、2人は王城へと向かった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「第7位階がそれほどの大魔術とは……彼女がいなかったら本当にお前を失っていたな」

 

 ロ・レンテ城の一室。ランポッサは彫りの深い目元に影を落としてそう言った。向かい側には机を挟んでガゼフとクローネが座っている。

 1ヶ月前にあった謁見の後すぐにガゼフとクローネはカルネ村での出来事を王に話すはずだった。しかしクレマンティーヌの事があったため、理由を付けて今日まで先延ばしにしていたのだ。

 

「此度の一件はすべて法国の(はかりごと)、決して陛下のせいでは」

 

「いいや、私が貴族達を抑え込めなかったのが悪い。

 たとえ敵わなかったとしても出来る準備をさせ、それが叶わないのならお前を行かせるべきでは無かった。愚かなことだ、これでは貴族たちを笑えんな」

 

「それは──」

 

 結局、あの場でどう動こうとも貴族派閥を増長させるのだ。ガゼフが敗走すればそれ見たことかと(あげつら)われ、ガゼフを守るために村人を切り捨てれば心なき王だと嘲笑を受ける。

 最善手は貴族達を抑え込んで至宝を装備させることだったが、それすらも計算に入れていた法国の切り札を知ってしまえば詮無い話だ。ガゼフを失えば国力の衰えが加速し、バハルス帝国の侵攻を許す。

 

「たとえ陛下に落ち度があったとしても、それは貴方の剣である私にも責があります。

 それに、王国の民が虐げられていると知って、黙って見過ごすのは本意ではないでしょう」

 

「そうだな……そうなのだが……」

 

 ランポッサはガゼフを切り捨てることも、民を切り捨てることも出来ない王だ。優柔不断だと誰が罵ろうが、ガゼフはそんな王の愚かしいまでの優しさを尊び、慕っている。

 そしてまた王も、不明を知りながら臣下として忠誠を誓うガゼフを心から信頼し、信じて討伐へと送り込んだのだ。

 

「国王様と戦士長様は、お互いを(おもんばか)っておられるのですね」

 

 空気を読んだのか読まなかったのか、2人を見比べたクローネはそう言った。それを聞いたランポッサとガゼフが顔見合わせて笑う。

 

「ははは。本当によく出来た御子だ、そなたは」

 

「そうあれと望まれたので」

 

「随分と不思議なことを言う。望まれた通りに振る舞えるのはそなたの才能ではないか」

 

 小さく笑ってお辞儀をする姿はやはり堂に入ったものだ。

 クローネの茶目っ気はランポッサの心を軽くさせ、自分が1人ではないことを思い出させた。

 

「陛下、ご歓談中失礼します。ラナー王女殿下がクローネ様をお呼びです」

 

 扉越しに兵士が呼ぶ声がかかり、ランポッサが約束の時間が来たことを知る。

 

「もうそんな時間か。

 クローネ、今日は話が出来てよかった。ラナーとは歳が近い、良かったら仲良くしてやってくれ。夕刻には戦士長を迎えにやろう」

 

「ありがとうございます、国王陛下」

 

 ランポッサと握手した後、兵士に案内されながらクローネは部屋を後にした。

 

 

 

「ご機嫌よう、クローネちゃん。直接お会いするのは1ヶ月ぶりですね!」

 

「はい! お久しぶりです、ラナー様」

 

 部屋に入るとラナーが立ち上がってクローネに駆け寄ってくる。

 謁見の後、使者から手紙を渡され、クローネはゲルダに代筆してもらいながら、2人は文通を重ねていた。その時にラナーから今のように呼んでもいいかと聞かれたのだ。

 挨拶を済ませると手を引かれ、席へと案内される。そこには大きめの丸テーブルを囲むように見知らぬ5人が座っていた。

 

「魔法を使える友達がいると言ったのを覚えてますか? こちらは私の友達、ラキュースと彼女がリーダーを務めている冒険者チーム”蒼の薔薇”の皆さんです」

 

 ラナーの左隣に座ったクローネに、同じくラナーの右隣に座っている女性が自己紹介をする。

 

「初めまして、私はラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。ラキュースと呼んで頂戴」

 

 ラキュースと名乗った女性は、ラナーやクレマンティーヌとはまた違う溌剌(はつらつ)とした金髪の美女だ。

 

「蒼の薔薇のメンバーは私から紹介するわね。

 左からガガーラン、イビルアイ、ティナ、ティ────ん?」

 

 紹介された順からクローネにそれぞれ挨拶をし、最後のメンバーを紹介しようとした時、席から本人が消えていた。ハッとしたラキュースがクローネの方を見ると、忍者装束の小柄な女性がクローネの手を胸に抱き込むように握っている。手を握られたクローネはパチパチと目をしばたかせた。

 

「私はティア。アダマンタイト級冒険者、独身、女。大人になるまで養うから一緒に暮らそう。女同士でしか出来ないこと、全て教える」

 

「へ?」

 

「ティア! あなた約束忘れたの!?」

 

 こうなることを予想してわざわざ自分の隣に座らせて約束までさせたのに、出会って数分も立たないうちに破るとは何事か。ラキュースは机に手をついて立ち上がった。

 普段鬼ボス鬼リーダーと呼んでいる彼女からスッと目を逸し、ティアは言い訳をする。

 

「こんなに可愛いなんて聞いてない」

 

「駄目よ、ガガーラン!」

 

「はいよ」

 

 あああと首根っこを掴まれながらジタバタ暴れるティアを無視して、ガガーランはラキュースの隣の席へ落とす。いつものポーカーフェイスを心なしかしょんぼりとさせながらティアはおとなしく席へ座った。

 王国が誇る蒼の薔薇のメンバーであり青い方の忍、ティアは生粋のレズ。クローネはどうやらそのお眼鏡に適ったようだ。

 

「ごめんなさい、うちのメンバーが失礼を。彼女がティア、ティナとは姉妹よ」

 

「はい、えっと、よろしくお願いしますティアさん」

 

「……よろしく」

 

 あまり気にしてなさそうなクローネを見て、ラキュースはホッと息を吐く。

 一波乱あったが無事に自己紹介を終えた。

 

「話には聞いてたけど、その歳で第4位階の使い手だなんて凄いわ。将来が楽しみね」

 

「わたしなんてそんな……まだまだです」

 

「謙虚だな。謙虚なのは良いことだ」

 

「へえ、お前が褒めるなんて珍しいな」

 

「私をなんだと思ってるんだ、誰かを褒めることぐらいある」

 

 口を挟んだのはイビルアイ。真紅のマントで身を包んで顔を隠す彼女は魔力系魔法詠唱者。少し気難しい性分だが、人間の中では一流以上の力量を持ちながら才能に驕らないクローネを素直に褒めた。

 実際は第10位階の使い手なので、この場の誰よりも神がかった魔法詠唱者(マジックキャスター)なのだが、表向きには第4位階の信仰系魔法詠唱者ということで通している。

 ちなみにカルネ村で第7位階の天使と対決したことは伏せられており、あの場にいた貴族達にしか知らされていない秘匿情報として箝口令が敷かれている。なのでクローネは王国戦士長と六色聖典の戦いに助力した魔法詠唱者ということになってた。

 

(そういえばラナー様はこのこと知ってるのかな、聞かれたことはないけど)

 

「なあ、冒険者にはならないのか? 旅してんだろ?」

 

「え、ああ、はい、王国から出るときは登録しようかなと思ってるんですけど」

 

「“王国の白き冒険者”ってところかしら。うん、いい響きじゃない?」

 

「だ、駄目です! クローネちゃんは王国の客将なんですから!」

 

 ラナーが焦ったように声を上げ、ラキュースは珍しそうに見た。

 

「まあ、ご執心ね」

 

「私の数少ないお友達です、ラキュースにはあげません」

 

「意地悪言わないでよラナー。悪かったわ、この話は終わりね」

 

「むー」

 

 頬を可愛らしく膨らませ、腕を組んでそっぽを向くラナー。すると脇に置いたワゴンが目に入った。

 

「あっ! 忘れるところでした。クローネちゃん、これをどうぞ」

 

 ラナーがワゴンから出したのは黒い焼き菓子。形は円柱で、てっぺんから下にかけて均等に溝が入り、上から見ると花を模っているようにも見える。

 

「あら、カヌレね」

 

 蒼の薔薇の面々の前にも出され、ラキュースが菓子に気付いた。

 

「実はお兄様がクローネちゃんが来るって聞いて用意してくれたんです。

 前回は挨拶もせずに失礼した、って言ってました。今日は用事があって来られないそうなので」

 

「そうだったんですか、挨拶はわたしも出来なかったのに……」

 

 話を聞いた後、早速フォークで一口大に切り、口へ運ぶ。黒い見た目に反して中は卵色でもちもちとした食感だ。甘くて紅茶と合わせると丁度いい。

 

「わあ、美味しい。ザナック王子にお礼をお伝えして頂けますか?」

 

「はい、伝えておきますね。うふふ」

 

 何やら楽しそうなラナーにピンときたラキュース。ザナックが差し入れを持たせるなんて自分が知る限り初めてのことだ。

 

「ね、クローネは好い人とかいる? ちなみにラナーはいるわよ」

 

「それは是非知りたい」

 

 ラキュースの隣でティアが前のめりになり、流れで暴露されたラナーが頬を染める。想い人のクライムは別件で席を外してたのは幸いだった。

 首を傾げるクローネに「好い人」とは「恋人」であることを教える。

 

「えっ! そ、そんな人いません! わたし、まだ子供ですし」

 

「年齢なんて関係ない」

 

「そいつは同感。好きなやつがいないなら、好きなタイプはどうだ?」

 

 ショタコンであるティナも口を挟み、童貞食いのガガーランも乗ってくる。

 2人とも肉欲優先であり血気盛んな冒険者だが、人並みには恋愛話に興味があった。

 

「好きなタイプ……うーん、人間でもモンスターでも別に……」

 

「マジか。いやそういうタイプじゃない、性格とかさ」

 

「性格、ですか」

 

 ガガーランにツッコまれてぼんやりと浮かんでくる理想のタイプを口にする。

 

「わたしは与えられてばかりだったので、わたしがした事を喜んでくれる人がいいです。

 ご飯を作ったら美味しいって褒めてくれたり、頑張ったら大きい手で撫でてくれたら……嬉しいかな」

 

 途端にニヤニヤしだした蒼の薔薇の4人を尻目に、ラナーは真顔になった。

 1ヶ月前に廊下でクローネの頭を撫でていたのは誰だったか。そして手紙に書いてあった通りなら今居る家で料理を作っていたはず、それを食べたであろう人物。

 本人は無自覚なようだが思い至ったラナーは「あ、これ無理筋だわ」と察し、目的のために応援するつもりだったザナックの恋をポイっと心のくずかごに投げ入れた。

 

「恋愛などくだらんな」

 

「うるさいぞ処女」

 

「処ッッ、お前! ティア!」

 

 恋話(こいばな)を鼻で笑ったイビルアイ。彼女が運命の恋に落ちるのも、そう遠くない……のかも?

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ふぅ」

 

 夜。クライムにおやすみを言って見送り、ラナーは自室で蝋燭を付けた。

 

「計算が狂っちゃったわ、でもお兄様の妾にするより手間は省けるかしら」

 

 昼間のクローネの様子を思い出す。

 想い人の存在を否定した彼女はまだ無自覚だが、切っ掛けがあれば気付くだろうか。

 幸い相手は王族でもなければ爵位すら持っていない。役職は立派だがそれだけだ。

 

 たかだか支援魔法を使った程度で神話の存在を相手に、軽微な損傷で済ませた魔法詠唱者。

 ガゼフ・ストロノーフが死んで帝国に吸収される道が遠ざかった今、ラナーの安寧には彼女が必要だ。

 

 一見すれば即戦力となりうる人材ではないが、騎士が最上位の誉れとされている王国で、絶大な力を持つ魔法詠唱者を客将に迎えたとしたら、まず間違いなく貴族からの反発があるだろう。

 大前提として、御しきれぬ身元不明で強力な魔法の使い手など王国の体制では手に余る。

 

 だが、剣の切れ味を増す研石であったなら、それを使わない戦士がいるだろうか?

 

 なにより支援や回復に特化して、王の直属に恩を売れたのが素晴らしい。

 どちらが欠けていても貴族を黙らせることは出来なかった。

 王の信頼を得てもガゼフの優位は動かないし、領分を弁えている性格だったのもいい。

 貴族派閥も権力争いの邪魔にならないなら戦力として、もしくは王を糾弾する材料として利用するつもりだろう。

 

 彼女の行動はそのまま王国内で魔法詠唱者の地位の向上に繋がった。

 この調子で功績を重ねていけば、彼女を中心にして神殿勢力を拡大し、王国の健康水準を上げることも出来る。今まで不遇だった魔術師組合も注目を集めるだろう。

 

 実際はどの程度まで魔法を使えるのかは知らないが、おおよその予想はついてる。あまり詮索しては警戒されるし、あれは鈍感だが見た目よりも頭がいい。父を通して動かしたレエブン侯もそれは心得ているはず。必要なのは功績と地位、名声、そして彼女の定住だ。

 

 まずは機嫌をとって情を湧かせ、禿鷹共も認めざるを得ない功績を積ませる。王国初の宮廷魔術師へ正式に登用し、更にガゼフと婚姻すれば王国を守る象徴としても十分。2人の才能を継ぐ子供が出来れば万々歳。

 

 まだラナーの頭の中にしかないが、上手くいけば確実に王国の未来は変わるだろう。

 

「お父様に聞いた時はどうなることかと思ったけど、なんとか上手くやれそう。

 別に失敗しても良いのだけれどプランは多いほうがいいものね」

 

 蝋燭の火がゆらゆらと揺れ、ラナーの顔を照らす。

 しかしその光はラナーの瞳を輝かせはしない。

 この石ころのような瞳を宝石に変えるのは、ただ一人だけ。

 

「待っててね、クライム。貴方と私が幸せになるのはもう少しだから」

 

 そう言ってラナーは美しい顔に亀裂が走ったような、歪んだ笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「あ、お兄様にはなんて言おうかしら。

 …………ま、いっか」

 

 

 




 
 
『黄金の姫ラナー』
 ズッ友でいましょうね^^
 まさか異形種達を束ねる支配者の娘だとは思っていない。

『影の盟主レエブン侯』
 機嫌を取って定住させ、対法国への戦力として抱き込むために客将へ据えることを進言した。
 ラナーの手の上で転がされているがまだ気付いてない。

『恋する王子ザナック』
 強く生きて……
 片思いしてる相手に少しでもアピールしたかったシャイボーイ。

『ガゼフとランポッサ3世』
 レエブン侯とラナーの思惑は知らないほのぼの主従。
 
『冒険者チーム「蒼の薔薇」』
 将来色々と有望そうな子でホッコリ。
 百合忍者は恋ではなく肉欲。

『お菓子:カヌレ』
 実在する焼き菓子。本来はそんなに甘くないが、苦い紅茶に当たったら誤魔化せるようにと、ザナックの気遣いで甘いものが選ばれた。

『クローネ』
 ガゼフと誰かを重ね合わせている。
 今まで恋愛どころじゃなかったのでそういう目で人を見たことがなかった。


 サブタイが全ての答えだぜ…
 今作では16歳前後を成人。14歳は身分として高校生ぐらいのイメージで書いています。
 ちなみに今回恋愛の話になりましたが主軸になることは恐らくないのであしからず。
 前話までの誤字報告、読了報告、お気に入り、評価、感想、ありがとうございました。
 
 
次回「ゲヘナⅠ 誘拐」
 
 


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ゲヘナⅠ 誘拐

 

 

「ふーん、そういうこと。クロちゃんといいアイツといい、拾い物すんの好きだよねぇ」

 

「それ拾われた側が言う?」

 

 ラナーとのお茶会から更に1ヶ月後の初秋、夕方。

 市場でゲルダから頼まれたおつかいを済ませながら、今朝エ・ランテルから戻ってきたクレマンティーヌに、ブレイン・アングラウスという男について話していた。

 2日前にガゼフが仕事帰りに連れてきた時は酷く憔悴していたが、クレマンティーヌが帰ってきた頃には出かけられるほどにまで回復した。本人から話を聞いたガゼフによればまだ本調子ではないそうなのだが。

 

「あら怒った? 最近人こ、虐めてないから溜まってるのかなー、クロちゃんの頬っぺじゃ発散出来ないか流石に」

 

「らったら、ほっぺれあそばないれ」

 

 肉屋の前で品物を包んでもらっている間、むにむにびよーんと人の頬で遊び始める。協力関係を結んだ時にした“ 人を無闇に殺さない”約束をちゃんと守っているらしく、最近ガゼフと口喧嘩することが多い。口ではやめてと言いつつ気が済むまで好きにさせた。

 

「ところで家の方は大丈夫なの? いま婆さんしか居ないけど」

 

「うん、むしろあの家に居るほうが安全だよ」

 

 クローネは揉みしだかれた頬をさすり、微笑ましそうに見ていた店主から品物を受け取って歩き始める。

 

「あの家には〈守りの秘文(グリフ・オブ・ウォーディング)〉をかけてるから、教えた合言葉を言わないと魔法が発動して動けなくなるんだ。それに”お守り”も渡してあるし」

 

「お守りって、これ?」

 

 クレマンティーヌはエ・ランテルへ出掛ける前に渡されたお守りを取り出した。

 このお守りは『加速のタリスマン』。名前の通り〈加速(ヘイスト)〉が込められている。

 単独で情報収集をする彼女がピンチになった時に離脱できるよう渡したマジックアイテムだ。

 クローネがモモンガに外へ連れ回される際にごそっと渡されたアイテムのうちの一つである。

 

「それとは少し違うんだけど……あっ!」

 

「ん?」

 

「パン買うの忘れてた、戻らなきゃ」

 

 そのまま帰ろうとしたが、途中で買い忘れた物があったのを思い出した。引き返そうとするとクレマンティーヌに止められる。

 

「いつものパン屋でしょ、あたしが行ってくるよ。クロちゃんはここで荷物見てて」

 

「うん、分かった」

 

 持ってた荷物とメモを交換して早足で歩いていった後ろ姿を見送り、道端に避けた。

 最近来たブレインを抜かせば4人暮らしのガゼフ家は戦士2人、育ちざかり1人(本当はアンデッドなので成長しないが人化をしているとお腹が空く)と食料の消費がそれなりに激しい。買い物するのも一苦労である。

 

 ぼんやり人混みを眺めて待っていた時。突然ビーッ!ビーッ!とアラームが頭の中でけたたましく響いた。

 

 クローネは目を見開いて硬直する。家にかけていた探知魔法。防御魔法が破られた時のみ発動するそれに血の気が引いた。

 

 〈守りの秘文(グリフ・オブ・ウォーディング)〉は盗賊などの知覚スキルで探知でき、専門スキルを成功させないと解除できない複雑な魔法トラップ。ユグドラシルでは足止めになるかも怪しいが、侵入者に対して第3位階の魔法を発動するのでここでは十分強力だ。

 それが指すのは、いま家にそれを解除できるレベルの敵がいるということだった。

 

「クレっ、クレア!」

 

 クレマンティーヌはパン屋へ向かっている。この人混みをかき分けて合流するのは時間がかかり過ぎる。その間に、ゲルダにもしもの事があったら──

 

「おばあちゃん……!」

 

 最悪を想像したクローネは居ても経っても居られず、震えそうになる身体を押さえ込んで〈転移(テレポーテーション)〉でガゼフ家へ飛んだ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「おやおや、随分と早いお帰りで。クローネさんとお呼びしても?」

 

「……、貴方は」

 

「私はサキュロント、六腕の一人ですよ」

 

 飛んだ先に居たのは緑のフードを被り、口に傷がある軽装の男。盗賊に見えなくもない。

 その男の後ろで、数人の部下らしき人間の一人が、ゲルダにナイフを突きつけていた。

 クローネは丸い目を釣り上げて男を睨む。

 

「おばあちゃんを、離して下さい」

 

「それは出来ない相談ですね。ああ、魔法は使わないでくださいよ、眠らされようが麻痺しようが、詠唱の間にナイフを引くぐらいならできますからね」

 

 ゲルダのシワが寄る首にナイフが食い込んだのを見て、腰に下げた装飾剣から手を離した。

 

「目的はなんですか」

 

「もちろん貴女です。黙って攫われて頂けるのならこの老人に手は出しません」

 

「クローネちゃん! いいのよ、私の事は……!」 

 

「おっと、無駄話を許すつもりはない。迷うなら舌を切り落として見せましょうか」

 

「その必要はありません、行きます」

 

 即答したクローネにサキュロントは気味の悪い笑みを浮かべて手を叩く。魔法詠唱者でも所詮は子供。祖母を人質にとられ、健気な自己犠牲を見せた少女に皮肉と侮りを交えて称賛した。

 

「ただし、わたしのことは貴方が連れて行ってください」

 

「ご指名とあらば喜んで」

 

 淑女の誘いを受けた紳士のように、わざとらしいお辞儀をしてみせたのをクローネは冷ややかな目で見つめた。

 

 六腕──アダマンタイト級冒険者に匹敵する犯罪者集団の存在は、王都で暮らす事が決まった時にガゼフから教えてもらった。その名前を堂々と名乗ったのなら、それを聞いていたゲルダを生かして返す気などハナからないのだろう。

 

 サキュロントを指名したのは確実にこの場から引き離すためだ。

 先程の口ぶりから察するに、第4位階の使い手という情報を得て人質を取ることを選択している。クローネだけを警戒しているなら実力者らしきこの男さえ居なくなければ、ゲルダは相手が油断した隙に"お守り"を使って逃げられるはずだ。

 

 今のクローネは『人化の指輪』の効果でアンデッドの特殊能力を失っている。

 指輪を入れ替えて精神作用と即死だけはレジストできるようにしてあるが、そうでなくても上位無効スキルを持つクローネは攫われてもそう簡単には死なない。

 

 見る度に感じる怒りを、目を閉じることで鎮め、今できる一番穏やかな表情を浮かべる。

 どうか、ぎこちなくありませんようにと祈りを込めて。

 

「おばあちゃん、絶対に反撃しようとしちゃ駄目だよ、振り返らずにすぐ逃げてね」

 

「クローネちゃん……」

 

 ゲルダを心配させないよう、そう言って〈睡眠(スリープ)〉で眠らされた。

 脱力したクローネを肩に担いでサキュロントは玄関を開ける。

 

「このまま本部へ戻る、ババアは他所に連れて行って始末しろ。痕跡は残すなよ」

 

「分かりました、サキュロントさん」

 

 玄関が閉まり足音が遠ざかっていく。

 任された部下達は解放されて床に座り込んだ獲物をニヤついた笑みで見下ろした。

 どう殺してやろうかと考える(ケダモノ)の目だ。

 

 ゲルダは胸元に下げた"お守り"を怒りと恐怖で震えながら握りしめた。

 ここで死んでしまったらクローネは自分を責める。しかし連れて行かれるのをただ見ていることしか出来ないなんて。覚悟はしていたが無力な自分が情けなかった。

 

(絶対に、絶対にクレマンティーヌちゃんと戦士長様に伝えるから、どうか無事で居てちょうだい……)

 

 クローネが最後に言ったことを守ろうと、扉の方を見て──ゲルダは意識を失った。

 

「ん? 寝たぞこの婆さん」

 

「ははは! まだ何もしてねぇのに気ぃ失ったのガ────」

 

「は?」

 

 部下たちは目の前で同僚の首がズルリと落ちたのを見た。断面から吹き出した血が顔にかかり驚いて後ずさる。

 

「誰か、誰か他にいるのか!? おい、あガッ────」

 

「な、なんだ! おい、何がおきて、ひギッ────」

 

 次々と首が飛んでいく。倒れ込んだゲルダの頬にも血がかかり、ビチャビチャと床が真紅に染まる。

 残った一人が腰を抜かして尻餅をつき、怯えながら周囲を見渡した。

 すると、たまたま目に入った天井に()()()ゆらりと姿を現す。

 

 最後に見たのは、緑色の光と、刃のような虫の脚。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 クローネ誘拐から30分後、場所は変わりロ・レンテ城。

 ラナーに呼び出されたガゼフは用事を済ませて城壁に面した道を歩いていた。

 今日は八本指の拠点を襲撃するための話し合いがある日だ。レエブン侯も参加すると聞いて気は進まなかったが、王国に巣食う犯罪組織を壊滅させるまたとない機会。好き嫌いで決めて良いことではない。

 

 ふと、嫌な視線を感じ、足を止めると目の前にスティレットが突き刺さる。飛んできた方を確認したガゼフの視界に見覚えのあるマントがチラついた。スティレットを拾ってそちらに足を進める。

  

「お前、どうやって入った」

 

「そりゃ入れたから入ったに決まってるでしょ、兵士は誰も傷つけてないから安心しな」

 

 ガゼフがスティレットを投げて渡した相手はクレマンティーヌ。悪びれる様子もなく王城に忍び込んだ彼女に眉間を抑えてため息をついた。

 

「そんなことよりクロちゃんが攫われたよ、婆さんを人質に取られてね」

 

「なッ」

 

 妙に軽い調子で言われたクローネの誘拐。ガゼフはしばし絶句し、慌てて問い詰める。

 

「お前がついていながら何故……!」

 

「一緒に買物してんだけど、ちょっと目を離したら居なくなっててさ。帰ったら帰ったで婆さん倒れてるし血の匂いはするしでホント参っちゃう」

 

 幸いにもゲルダは無事であり、帰ってきたブレインに任せてきたこと、そして誘拐された状況と犯人が六腕の一人”幻魔のサキュロント”であることを教えられた。

 

「六腕、いや八本指がクローネを攫った? 一体なにが目的で、」

 

 スティレットを弄ぶクレマンティーヌに意味ありげな視線を投げかけられた。

 

「────法国か」

 

「多分ね。法国はやっていることがどうあれ悪の組織って自分たちのことは思ってないし、人を食い物にしている連中に依頼するなんてやり方には少し引っかかるけど。自国の客将に手ぇ出す馬鹿はいないでしょ。

 ……それで、どうする?」 

 

 問いかけられたガゼフは腕を組んで考える。

 

「まずは王都を封鎖して八本指の行動を制限する。王国の客将が攫われたなら八本指を襲撃する大義名分にもなるだろう。

 ゲルダが殺されなかった状況も不可解だ、なるべく迅速に動く」

 

「あっそ。ま、そっちは勝手にやってよ、あたしはあたしで動くからさ」

 

「おい」

 

「勘違いしないでくれる? アンタには義理で伝えに来ただけ。

 久しぶりにたっぷり遊べそうな相手なんだから、邪魔したら先にアンタを殺しちゃうかもね」

 

 振り返ったクレマンティーヌは笑っていたがバイザー越しでも伝わってくる子供じみた殺意。拾われてからひた隠しにしていた残虐性をむき出しにしている。

 クローネを抱き枕にして寝たり、ゲルダの説教を正座で聞く姿からは想像もできないが、彼女は確かに数々の冒険者を惨殺した連続的(シリアル)快楽殺人者(サイコキラー)

 多少演技をしていたとしても、人の目玉を抉って穴だらけにして何も感じず、弱者を踏みにじることで快感を得る女だ。

 

「冒険者を拷問するのも好きだけど、『自分は強いんだ!』『だから何をやってもいいんだ!』って思ってる連中を、上から踏み潰すのも最高に笑えると思わない? どんな無様な悲鳴が聞けるのか楽しみでゾクゾクしちゃう。

 ──誰の物に手ぇ出したのかじっくり教えてやらないとね」

 

 今まで見せなかった残酷さと垣間(かいま)見える怒り。ガゼフは不快そうに眉をしかめながら、ほんの少し共感した。クローネは誰のものでもないが言いたくなる気持ちは分かる。

 

 クレマンティーヌが一度死亡して、力が衰えていたのは2ヶ月前の話。ガゼフとの鍛錬で元の力を取り戻した彼女は間違いなくこの王国で一番強い。認めるのは癪だが戦力としては心強かった。自らの欲求を優先してしまわないか一抹の不安がよぎるが、時間も人手も足りない今は彼女の義理堅さを信じるしかない。

 

「分かった、もういい。人目は避けて隠密に徹しろ、まだお前を表に出すわけにはいかない」

 

「アハ、そんなこと言って止めないなんてアンタも相当怒ってるじゃん。すぐ助けに行けなくてもどかしいねぇ、ガゼフ・ストロノーフゥ?」

 

「うるさい、行くならさっさと行け」

 

 心底馬鹿にした顔で(つつ)いてきたので青筋を浮かべて虫を払うように追い払った。

 耳につくケラケラと笑う声が消え失せた頃、ガゼフもラナーの元へと急ぐ。

 

 マグマのように燃えたぎる怒りは一周回って頭を冷静にさせる。

 ここまで頭に来たのはカルネ村以来だ。

 

 必ず助け出す。

 そう決意して、ガゼフは硬く拳を握りしめた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「モモンガ様からお許しが頂けたので作戦を実行する、重要事項は忘れずに頼むよ」

 

「とっくに頭に入れたでありんす!」

 

 シャルティアに大声で返事をされたデミウルゴスは肩をすくめる。

 情報収集に使っていた王都の館で、階層守護者のシャルティアとマーレ、ナーベを除いた戦闘メイド「プレアデス」、そして執事長セバスが顔を合わせていた。

 これから王都で起こす、とある作戦のために。

  

「それとセバスにソリュシャン、現地についてからの道案内には、お借りした八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)に任せてある。交代したらモモンガ様の警護に戻すから、あまり手間をかけないように。役目が終わったらすぐにナザリックへと帰還してくれ」

 

「分かりました」

 

「かしこまりました、デミウルゴス様」

 

 了承した2人に頷いたデミウルゴスは、ゆっくりと参加した全員の顔を見渡す。

 

「皆、分かっていると思うが作戦の一部はモモンガ様に伏せてある。

 今日まで協力してくれて心から感謝する、後のことは私に任せてくれ。

 君たちはデミウルゴスに騙されたとでも言ってくれれば、それでいい」

 

 先程までキビキビと作戦内容を説明していた姿とは打って変わり、弱々しい物言いだった。何かを背負っているような、後ろめたいような。いつもの姿勢の良い立ち姿もどこか力を感じられない。

 それを見かねたプレアデスのリーダー代理、ユリが心配そうに言葉をかける。

 

「デミウルゴス様、それはあまりにも自己犠牲が過ぎます。

 私共は至高の御方に仕える者として、その意志に賛同しました。罰を受けるならご一緒します」

 

「……ありがとう、ユリ」 

 

 礼を言われたユリが目礼をする隣で、シャルティアが首をかしげる。

 

「? なんの話でありんすか?」

 

「すまないね、こちらの話だ。君は本当に何も知らないから私から伝えておくよ」

 

「??」

 

 ますますよく分からなくなったシャルティアに、少し笑ったデミウルゴスは気を取り直してナザリックの指揮官らしく胸を張った。

 

「今回の作戦で、モモンガ様に我々が役に立つことを証明しなくてはならない。

 ナザリックのため、モモンガ様のため、そしてクローネ様の安全のためにも。

 失敗は許されない。逆に、全てのミスを帳消しにするような結果を、お見せするのだ」

 

 並々ならぬ意気込みに、その場に集った者たちも力強く頷く。

 

 王都リ・エスティーゼに帳が落ちる。長い長い一夜が始まった。

 

 




 
 
『キレマンティーヌとキレフ』
 二手に別れて捜索。
 
『ゲルダ』
 無傷だった。クローネが心配で心配で震える。

『捨て戦士ブレイン・アングラウス』
 むしろ色々捨てているというか。
 ガゼフが部下を送り、ゲルダと共に王城へ避難。

『幻魔のサキュロント』
 盗賊みたいな顔のせいで盗賊だと思われてる。
 クローネが施した防御魔法はどうやっても突破できないはずだが、何故か侵入に成功していた。

『アイテム:お守り』
 オリジナルアイテム。
 モモンガが適当にポイポイ入れたうちの一つ。転移系ではない。

『アイテム:人化の指輪』
 ほぼオリジナルアイテム。
 半人間種化する代わりに種族の基本特殊能力を失うが弱点はそのままであり、失った能力のなかに弱体無効があった場合、自力でレジスト出来なくなる。代わりに一部を除き種族スキルはそのまま。
 クローネの弱体完全無効はアンデッドの基本特殊能力に一部依存しているため、これを付けている間は睡眠や毒が通る。

『魔法〈守りの秘文(グリフ・オブ・ウォーディング)〉』
 Pathfinderから引用。第3〜4位階の永続魔法。
 合言葉などの条件を満たさない侵入者を対象に、込められた魔法を発動する魔法トラップ。
 解除するには盗賊系職業の専門スキルが必要。

 今回からゲヘナ編に突入!ナンバリングしてますが通常更新です。
 前話までの誤字報告、読了報告、お気に入り、評価、感想ありがとうございました。最近誤字多くてすみません、助かってます。

 そしてスマホ版に「ここすきィ!(仮)」ボタンが実装されたそうで、さっそく拙作に押してくれた方がいらっしゃってとても嬉しいです。ありがとうございます。
 
 
次回「ゲヘナⅡ 疾風走破 対 鋼の執事」
 
 


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ゲヘナⅡ 疾風走破 対 鋼の執事

 
 
※性的なことを連想させる描写があります、ご注意下さい。
 
 


 

 

 暗い夜道に身を隠すかのように、クライムは静かに走っていた。

 隣には天才剣士ブレイン・アングラウスと、レエブン侯の私兵ロックマイアーが並走している。

 

 ラナーとラキュースが主導する巨大犯罪組織「八本指」の壊滅作戦。

 当初はもう少し準備に時間をかけるはずだったが、急遽予定を早めて実行に移された。

 クライムも実行部隊として斥候及び制圧の任務を与えられている。

 

 走りながら見送りを受けた時の事を思い出す。

 ラナーはいつも通りの微笑みを浮かながら、どこか顔色が悪く怯えているようにも見えた。

 身を寄せられてそれどころではなくなったが、あれはクライムへの心配だけではなさそうだった。

 

 無理もない、攫われたクローネはラナーの数少ない友人であり、王城に来られなくても手紙を送って交友を深めるほどだ。そんな友人が攫われてあの心優しい姫様が平気でいられるはずがない。

 一刻も早くラナーの宝石のような笑顔を取り戻すべく、決意を固める。

 

 そして八本指の拠点に到着したクライム達は、門の前に人影を見つけた。

 

 黒い執事服の屈強な老人。

 彼は黙って門を睨みつけるように見上げていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 八本指の拠点である館の廊下を、一人の男が歩いていた。

 

 男の名はエドマン。太めの体型に整えたブラウンのおかっぱと口髭に、タレた糸目。見た目だけならば温厚そうな男だが、彼は貴族派閥の傘下として名を連ねているそこそこ力のある貴族。

 見た目とは裏腹に野心家であり、八本指のスポンサーとして金を出しているのもその一環だ。

 

 そんなエドマンのもとにある日、法国から使者が送られてきた。

 「カルネ村でガゼフ・ストロノーフに加勢した魔法詠唱者の情報を流してほしい」と。

 報酬がそれなりの額だったこともあり、宮廷会議に参加した貴族を酔わせて聞き出した内容をそのまま伝えたエドマンは、法国とのパイプを利用できないかと考えた。

 内通者としてより高い地位に食い込むための支援を受ければ成り上がることもできる。仮に戦争状態になっても早いうちに信頼を得て恩を売ればそれなりの待遇は約束されるだろう。金も入って一石二鳥だ。

 

 祖国を売り払う悪魔じみた企み。そこで目をつけたのがクローネだった。

 法国には「スカウトはこちらでやる」と断られたが、手間を省けるならばそれに越したことはないだろう。気前よく差し出してやれば取引も有利に運べるというもの。

 なんでも魔法詠唱者らしいが所詮は少女、人質をとってしまえばなんのこともない至極簡単な仕事。

 

 廊下を歩いて牢屋代わりの一室にたどり着く。

 見張りが居ないのは気になるが、そんなことよりも今はこの部屋の中に用がある。

 エドマンは興奮で震える手をドアノブにかけた。

 

 月明かりが差し込む一室。お目当ての少女がベッドに横たわっている。

 鎧を剥ぎ取られ、簡素なワンピース姿で眠る可憐な少女。

 

「おお……これは素晴らしい……」

 

 エドマンにとって唯一誤算があったとすればクローネの外見を知らなかったことだ。

 少女であり珍しい色を持つとは聞いていたが、詳しい容姿は知らなかった。

 

(法国への土産でなければ屋敷で囲ってやったものを。実に惜しい。

 気に入っていたあいつも売って、なかなか好みの女が見つからなかったというのに)

 

 するりと撫でた頬と細い首筋にゴクリと喉が動く。

 

(ああ、ひと思いに散らしてしまいたい!)

 

 エドマンにとって美しい少女とは蕾だ。

 どんなに美しく花開くのか、輝かしい将来を感じさせる蕾。

 それが咲く前に無理矢理開かせるのがどうしようもなく好きだった。

 

 普通に生きていれば村でほそぼそと暮らし、夫を得て子供を作る。

 その幸せな未来を取り上げ、己の下で快楽で喘がせるのがたまらない。

 美しい少女が涙を拭う手で男を悦ばせる光景のなんと甘美なことか。

 心を手折っても身体は成長するので、飽きたら売り払えば金にもなる。

 

 そして目の前にいる少女は、気高く咲くのか可憐に咲くのか、無数の可能性を感じさせるあどけなさ。まさにエドマンにとってこれ以上にない逸材だった。

 

(引き渡す前に少し楽しんでも良かろう。どうせ朝になれば法国へ送り込んでしまうのだから、その前に味見だけでも……)

 

 鼻息荒くベッドに乗り上げ、クローネに覆いかぶさる。

 その芳しい首筋に舌を這わせようとして────

 

「随分と楽しそうですね」

 

 背後から突然声をかけられ驚いて振り返った。そこには執事服姿の見慣れぬ老人。

 邪魔したことに文句を言おうとしたが、強い衝撃がエドマンを襲った。

 ベッドから転げ落ち、赤くなった頬を押さえて自分を裏拳で殴った相手をなじる。

 

「お、お前! 私に、こ、こんなことをして許されると思っているのか!?」

 

「それはこちらの台詞です」

 

 黒く窪んだ片目から覗く赤い光。それにギロリと睨みつけられ、短く悲鳴を上げた。

 

「この御方はお前如きが触れていい存在ではない。

 それもあろうことか身の程も弁えず、この方の身体で欲を満たそうとするとは……愚かな」

 

 カツカツと革靴を鳴らしながら、クローネの父に仕えるナザリックの執事長セバス・チャンは後ずさるエドマンに歩み寄り、壁に追い込んで蝿でも見るような目で見下ろした。

 

「私は拷問などはあまり好きではないのですが、たまには良いでしょう。

 ────楽に死ねると思わないで下さい」

 

 そう言ってセバスは膨らんだ股座に向かって勢いよく足を振り抜いた。

 

「───ーーッ!!!!」

 

 セバスの怒りの込もった蹴りは立ち上がった粗末なものを破裂させ、腰回りの骨の一切を粉砕する。気絶したくなるほどの激痛にエドマンは声にならない叫び声をあげ、粉々になった股を押さえながら白目を剥き、泡を吹く。

 

「今からそんな調子では大変ですよ。これはほんの小手調べ、あとは得意な者に任せるとしましょう」

 

 床に突っ伏してピクピクと痙攣する物体から興味を失ったセバスは、穏やかな寝息を立てるクローネに脱いだ上着をかけ、そっと抱き上げた。

 自分の腕の中にすっぽりと収まる、あまりにも小さく尊い存在。自分たちがどんな思いで少女を守っているのか知りもせず薄汚い欲望のまま陵辱しようするなど。ただ殺してしまっては生ぬるい。

 ナザリックでも穏健派に位置するセバスだが、至高の存在の御息女であり嫁入り前の娘の素肌を触れようとする下劣な存在を許すほど甘くもなければ優しくもない。

 

「すみません、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)。仕事を奪ってしまって」

 

「お気になさらず、私共では血で汚してしまうところでした」

 

 声をかけられた黒い蜘蛛のモンスターがベッドの真上にゆらりと現れた。

 

 この拠点には、セバス達が突入する前からクローネ警護の密命を帯びた八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)の数体が潜入している。合流するまでクローネを守り、この拠点の()()を逃さずナザリックへ送るため加工する役目を負っていた。

 しかし突入と同時にクローネの安全は確保したはずだが、よもやその警戒を掻い潜ることに一生分の運を使い果たす男が居るとは予想外だった。

 クローネの警護役と案内役は別だったので、セバスが手を下さずとも首を跳ねられていただろうが居合わせたのが運の尽きだ。

 

 男はそのまま放っておくように伝え、任務を果たすため部屋を出る。

 

「ねえ、お爺さん、その子をどこに連れて行くのか教えてくれない?」

 

 先を急ぐセバスの前に現れたのは目元を隠した金髪の女。

 クローネを探しに来たクレマンティーヌが余裕そうに腕を組んで廊下にもたれかかっていた。

 

 

 ガゼフと別れてから唯一人身売買が行われている娼婦館に殴り込み、居合わせた奴隷部門の顔役を半殺しにして、知っている拠点の情報を洗いざらい吐かせたクレマンティーヌ。

 そして情報を元に潜入した一つ目の拠点が大当たり。先程六腕の1人を拷問した時にクローネが居ることを知って駆けつけたところだ。

 

「あたしはクレア。王国に雇われてる傭兵みたいなものなんだけど、お爺さんは?」

 

「名乗るほどの者ではありません」

 

「つれないなぁ、もしかして警戒してる? あたしが王国に仕えているように見えないから。

 それとも……お爺さんが王国側じゃなかったりするのかな、たとえば法国とか」

 

「さて、貴女には関係のないことだと思いますが」

 

「いやいや、大アリだから聞いてるんだよ、勿体ぶるなら身体に聞くけど?」

 

 スティレットを抜き、殺意を言葉に乗せたクレマンティーヌは苛ついていた。

 先程六腕のフルプレートを瞬殺し、レイピア使いの男を拷問して遊んでいたのだがさっさと死んでしまい、もっと痛めつけて自分がやったことを後悔させてやりたかったのに期待外れも良いところだった。

 

 そこで鉢合わせたのが目の前にいる執事風の老人。

 関与を疑っている法国は年功序列。老年であるなら諜報員だとしてもそれなりの地位に居るはずだが見覚えはない。ハッキリしない態度から察するに、八本指と繋がりがある貴族の召使いだろう。

 身ぐるみを剥がされたクローネに上着をかけてやる程度の良心はあるようだが、所詮は命令で動く小間使い。クローネを見つける目的も果たせたので思い知らせるには丁度いい相手だ。

 

「……私はいま機嫌が良くないのですが。向かってくるのなら手加減は出来ませんよ」

 

「女だから手加減するとかそういうタイプなんだ、キュンときちゃう。

 あたしそういう奴の吠え面見るのだぁい好き」

 

 男を魅了する甘い声で囁きながらクレマンティーヌはマントの紐を解く。

 下に隠れていたのは、白い肌によく映える、真紅の女性用軽鎧(ビキニアーマー)

 クローネが強化魔法〈魔法の装束(マジック・ヴェスメント)〉をかけてくれた軽鎧は現在の最強装備。術者のレベルに応じて効果時間が引き伸ばされる魔法なのでまだまだ余裕がある。

 

 鎧を見て目を細めたセバスは、抱えていたクローネを廊下に置かれた長椅子の上へ寝かせた。

 

「一応もう一回聞いておくけど、その子をどこに連れて行くのか言う気は本当に無い?」

 

「ええ」

 

「あっそ。まあいいけ、どッ!」

 

 まずは冷静ぶった面の皮を剥いでから聞くことにしたクレマンティーヌは、猫のように体勢を低く構え、その健脚で離れていた距離を一足で詰めた。

 反応せず棒立ちのセバスを完全に獲物だと認識した彼女は、残忍な笑みを浮かべ、バイザーの下で瞳孔を開く。そのまま容赦なく無防備な肩に凶刃を突き立てようとした。

 

 ガキンッ

 

「は?」

 

 まるで鉄を突いたような音と手応えにクレマンティーヌは真顔になった。

 どう見ても布製のシャツなのに金属鎧のような硬さでスティレットが通らない。

 

(武技も使ってる素振りがないし、魔法の力も感じられないのに。……まさか神の御物? コイツただの執事じゃないのか!?)

 

 その一瞬の隙がセバスの反撃を許す。

 

「しまッ……〈不落要塞〉!」

 

 ナザリックでも随一を誇る、肉弾戦最強の一撃。

 腰の入ったその強打がクレマンティーヌの顔に入った。

 

 

 セバスの拳はプレートで補強されたバイザーを割り、クレマンティーヌを廊下の奥へ吹き飛ばした。何度かバウンドした後、ゴロゴロと転がって壁に激突する。

 強化魔法がかかった防具を破壊し武技を貫通するほどの威力。首から上が吹き飛ばなかったのが不思議なくらいだった。何本か歯が折れ、切れた口の中から血が滴る。

 

「ぐッ……うッ……」

 

 痛みのあまり床に這いつくばって唸ることしかできない。

 なんとか顔だけでも動かし、長い髪のスキマからセバスを見た。

 

「ほう、耐えますか。同じ攻撃を受けた六腕の2人はすぐに死んでしまったのですがね。

 ならばこれはどうですか?」

 

 次の瞬間、クレマンティーヌの心臓は縮み上がった。

 まるで凍てつく氷の洞窟に放り込まれたような、絶対零度の殺意。

 室内なのに冷気が頬を叩いている気すらしてくる。

 

 先程の一撃を放ったとは思えないほど相手は平静としている。

 強者を自負する自分が死を予感した攻撃は、相手にとってそうではなかったのだ。

 気迫と拳一つで戦意を喪失させるほど力量差。勝てるわけがない。

 獲物はこちらの方だったと心の底から理解した。

 

(冗談じゃない! また、また死ぬなんてごめんだ!)

 

 クレマンティーヌにとってクローネは命の恩人だが、それだけだ。

 一度失った命を救ってくれたことに感謝こそすれど喜んで命を捨てるほど入れ込んでいる訳じゃない。

 

(この爺が法国と繋がっていようがもうどうでもいい、今すぐここから逃げたい! いいじゃないか逃げたって、誰だって死にたくないだろ!)

 

 クレマンティーヌは震える手を動かし、這ってでも逃げようとすると、指になにかかが当たった。

 

(これ、クローネがくれた、お守り)

 

 自分の身を案じたクローネに渡された逃走用のアイテム。

 それを目にしたクレマンティーヌは我に返り、カチカチと鳴る歯を食いしばった。

 

「……英雄の領域に、足を踏み込んだクレマンティーヌ様が……」

 

 今にも恐怖で逃げ出したくなる身体を、プライドを投げ捨てた無様な自分への怒りで抑え込みながら、壁に手をついてゆっくり立ち上がる。

 

 拾われてからの2ヶ月間、クローネはクレマンティーヌに困った顔をよく向けていた。

 人殺しが好きだと言った時、ガゼフとの口喧嘩に挟まれた時、ちょっとした悪戯をされた時。

 だが抱き枕にされてうなされても一緒に寝るのをやめなかったし、クッキーを冒険者に渡してしまった彼女に自分の分を分けてやったら、はにかんで礼を言ってくれた。

 

 これは、拾ってくれた少女のために改心するとか、そんな綺麗な感情ではない。

 ありのままの自分を拒まなかった少女にほんの少しだけ絆されただけだ。

 

「負けるはずがねぇんだよッ!!」

 

 自分に言い聞かせるようそう叫び、『加速のタリスマン』を割る。

 その上で重ねられるだけの武技を発動し、最後に最高峰の戦士たらしめる自分の異名の元になった武技〈疾風走破〉を全身に纏った。用意を終えたクレマンティーヌは再び体勢を低く構える。

 ここまでやっても勝てる気がしなかったがやるしかない。出来うる力の全てで、床を蹴った。

 

 ────その速さはまさに疾風。

 

 常人の目では捉えられず、ただ赤と金だけが過ぎ去っていく光景は風と呼ぶに相応しい。

 クローネが授けた力と捨て身の攻勢が追い風となって、クレマンティーヌを真なる疾風(はやて)の如き戦士へと変える。

 

(防具に攻撃が通らないなら顔、反応する前に急所を突く! それでも届かなかったら……)

 

 先を考えるのはやめた。

 今はこの一突きに全身全霊を賭けるだけ。

 

「ッああぁああ!!」

 

 狙うのは目。その先にある脳をも貫く勢いで、後ろに手を組むセバスめがけてスティレットを突き出した。

 

 

「狙いは良いのですが、残念でしたね。どれだけ素早くなっても私には見えます」

 

 

 刺突攻撃が決まる寸前、セバスはスティレットを掴むことで止めた。

 この世界でしばしば神や賢者と呼ばれる存在と若干の違いはあれど出自を同じくするNPCと、生存競争に負け住処を追われた人間種。少しバフを盛った程度では埋められない絶対的な差がそこにはある。

 

 クレマンティーヌの決死の一撃は届かなかった。

 

「う……あ……ああ……」

 

 傷一つ無い眼球に見下され、恐怖がぶり返したクレマンティーヌは得物を戻すことも出来ずカタカタと震える。

 

 ブワリと広がる冷たい殺気。下から突き上げられた拳を受けるしか無かった。

 

 

「ふむ、心意気は及第点と言ったところですか」

 

 床に倒れたクレマンティーヌを見下ろし、殺気を引っ込めたセバスはそう呟くと、背後からソリュシャンに声をかけられる。

 

「セバス様、拠点の制圧が完了しました。巡回していた八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)も予定通りモモンガ様の警護へ」

 

「分かりました。ではあの部屋にいる人間は貴女が直接、真実の間へ送って下さい。

 そして加護を受けているこの女性はデミウルゴスに言って保護を。

 今は気絶していますが、クローネ様を探っていた今回の黒幕に心当たりがありそうなので」

 

「かしこまりました」

 

 クローネを抱き上げたセバスを見送り、ソリュシャンは髪で顔が隠れたクレマンティーヌを一瞥してから部屋に入る。

 失神したエドマンの前に立ち、至高の存在に作られた美しい顔をグニャリと歪めて喜んだ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 悪魔ヤルダバオト、襲来。

 レエブン侯の依頼で王都に来たモモンガは、今回の作戦の詳細について聞くためヤルダバオト扮するデミウルゴスもろとも民家に突っ込んだ。

 ヤルダバオト対モモンの激戦を演出する爆撃音が響く中、瓦礫をかき分け、指定された部屋の前にたどり着く。

 

 扉を開けたモモンガを出迎えたのは、デミウルゴスの土下座姿だった。

 

 

 




 
 
『疾風走破クレマンティーヌ』
 オバロ界のイャンクックの底力を出した。
 正直命を救われただけで聖女になるタマには見えない。

『鋼の執事セバス・チャン』
 クローネをペロペロしようした変態にマジギレ去勢キック。
 クレマンを試し、忠犬&爪切りに刺激を与えた。

『ゲオルカ・ラド・リイル・エドマン』
 ソリュシャンに溶かされながらナザリック五大最悪フルコースにご案内。
 全方位に厄をばら撒いていった。

『クライム&ブレインwithロックマイアー』
 裏でサキュロントとゼロに会敵。
 打ち解けたらしい。

『スレイン法国』
 木っ端貴族に情報クレクレした結果、めっちゃ情報持ってる元特殊部隊員がアカン存在の手に渡った。
 カイレが重傷を負ったのでスカウトする方向にしたのにこの有様。


『袋に詰めて投げ捨てられた少女』
 セバスの行動パターンが変わり死亡。仇はとってもらえた。
 
 
 書いてる人はリアタイでキスシーンにコロンビアした勢です。死にてえ。
 前話までの誤字報告、読了報告、お気に入り、評価、感想ありがとうございました。


 次回「ゲヘナⅢ しもべの本懐」
 
 


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