天体観測してたら原始の女神に捕捉されたショタの話。 (いしゅキチ)
しおりを挟む

“しょうたのにっき”その1



これをよんでるおにいちゃんへ。

また、いっしょにあそぼうね。

《“しょうたのにっき”表紙裏の厚紙より》



 

○月×日

おにいちゃんがでてった。

カルデア、ってとこでおしごとに行くんだって言ってた。

はなれたくないのに。おにいちゃんはいっちゃった。

いいもん。おにいちゃんなんてしらない。

 

○月△日

おにいちゃんがいない。

いつもいっしょだったのに。どうしていないんだろう。

おかあさんにきいても、すぐにかえってくるしか言わない。

おとうさんもそう言ってたけど少しかなしそう。おとうさんもやっぱりさみしいんだ。

おにいちゃんにあいたい。またいっしょにあそびたい。

 

○月□日

今日は、おとうさんが星をみるてんたい望遠鏡 を買ってくれた。これでがまんしなさいって。

夜のお空はきれいで、ずっとほしかったからすごくうれしい。

でも、おにいちゃんといっしょにみたかった。

 

○月h日

今日は、いいことをきいた!

あたらしいおほしさまを見つければ、見つけた人が名前をつけていいらしい。

なら、ぼくがそれを見つけておにいちゃんの名前にしてやるんだ。

そうすればはずかしくなって帰ってくるにちがいない。

ふふ、みんなが立香星立香星ってそらをみるのを見て顔まっかにすればいいんだ。

 

○月w日

今日は、あたらしい星はなかった。

お月さまがきれいだった。おかあさんがうさぎさんはいた?ってきいてきた。こどもあつかいだ。うさぎさんがむじゅうりょくで生きてるわけないじゃん。

タコみたいなうちゅう人がもちを作ってるにきまってるんだ。

 

○月s日

今日は、夕方にすっごい光ってる星を見つけた。

あたらしい星だってよろこんでたら、おとうさんが金星だっておしえてくれた。ざんねん。

でもきんきらでとてもきれいだった。これからはこれをみてからあたらしいのを探そう。赤い夜の空が近くにあるからすぐにわかるし。

 

○月d日

今日もあたらしいのはいなかった。やっぱりむずかしい。

金星は今日もきれいだった。赤い空もキラキラしてかっこよかった。おかあさんにみせてもきれいねーしかいわない。てきとうだ。ぜったいちゃんと見てない。あたまなでられてもごまかされないもん。

おとうさんにも見せたいけどそのころには見えなくなっちゃう。ざんねん。

 

○月c日

女の人がお空で浮かんでた。

赤いお空でぷかぷか浮かんでた。目つむってたからねてたのかな。

そしたら目をあけてこっちをみた。

すごいびっくりしたみたいで赤いお空にかくれちゃった。

変な目だったけどきれいだったな。金星みたいで。また見えるかな?

 

○月f日

また女の人がぷかぷか浮かんでた。

丁度、おかあさんがいたから見せてたら、見えないって言ってた。うそつき。ませたわねとか言ってた。こどもあつかいだ。足にくっついてこーぎした。

ぼくはこどもじゃないもん。

 

○月z日

女の人は今日もいた。きれいな目でこっちを見てる。

いつもおなじかっこうしてる。赤いひらひら。せんたくしないときたないと思う。せんたくきがないのかな?かわいそう。

おとうさんがかえってきても見えてたから見せた。見えないってわらわれた。うそつき。もうしらない。二人には見せてあげないもん。

 

○月g日

今日は女の人をずっと見てた。

にらめっこみたいで面白かった。女の人も面白そうにわらってた。やさしいせかい。

 

○月k日

今日は女の人を見なかった。

ぼくのしめいは、新しい星を見つけることなのをわすれてた。女の人はどう見ても星じゃない。

はやくして見つけないと、おにいちゃんがかえってこない。

 

○月k日

どれだけ探しても新しいのじゃない。

これじゃあ、おにいちゃんが。

おにいちゃんは今なにしてるのかな。おしごと大変かな。ぼくのこと、ちゃんと覚えてくれてるかな。

 

かなしいから今日は星を見ないでおかあさんとねることにしよう。

 

 

○月y日

望遠鏡をのぞいても女の人しか見えなくなっちゃった。ずっと見てくる。きれいだけどちょっとこわい。

こわれちゃったのかな。でも、ふつうにお空を見ても赤い空しか見えないからちがうはず。

テレビもお空の話ばっかりだった。

なんか、かいきにっしょくってやつみたい。お空の色が変わってめずらしいんだって。

 

おにいちゃんもお空見てるかな?

 

○月r日

いえにふしんしゃが来た。

変なことばを話しててよくわかんなかった。急いでお部屋から出ておかあさんを呼んだけどそのときにはいなかった。

こわい。おにいちゃんがいないから、今日はおとうさんとねよう。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

原始の女神の“執着”

地球は大いなる力を持った者達が集う星である。

 

が、宇宙から見ればそれは森に延びる大樹の一角に過ぎず、銀河から見ればそれから生えている多くの果実の一つに過ぎない。

 

“彼女”にとって、それはいつかに過ぎていったとしても変わらない事実だ。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

遠く離れた無数の銀河の一つ。

 

地球とは違う道行きへと進んだ“蒼輝銀河”。

サーヴァント・ユニヴァースと呼ばれるその宙域には、決して立ち入っては行けない場所が複数ある。

その中で、特級にヤバイとされているのが禁忌宙域――()()()“原始宇宙”と呼ばれていた()()()()場所。

 

 

蒼く澄み渡る宇宙とは違う、煌々と輝き続ける赤の銀河。

 

それは“蒼輝銀河”が産まれるよりも前の、異なる世界法則の残滓である。

 

 

 

 

後に、トキオミと呼ばれる考古学者モドキが導き出した考証には、このような事実がある。

 

 

原始宇宙は、女神である。

そして――女神は、原始宇宙である。

 

 

すなわち、原始宇宙とは()()()()()()()()

世界は神そのもので、文字通り、神は世界そのものだった。

 

それが原始宇宙。

ヒトがまだ雑多な哺乳類でしかない時代に在った銀河である。

 

 

 

 

「………………」

 

 

神の名は、イシュタル・アシュタレト。

虚弱貧弱無知蒙昧であったヒトを(結果的には)慈しみ守り、そしてヒトの進化の過程で不要と排斥され貶められ、終には世界の片隅に捨て去られ――

 

()()()()()、ヒトに忘れ去られた神の名(セカイ)である。

 

 

「……すぅ……すぅ……」

 

 

アシュタレトは激怒した。

必ず無知蒙昧たる人類を原始の塵にしてやると決意した。アシュタレトには自業自得は分からぬ。アシュタレトはただの神である。

気ままに行き、望むまま崇められてきた。

しかし――忘れ去られる事には神一倍敏感であった。

 

つまり。

 

利用するだけ利用して、最後にはポイっと捨てられた(と本神は思ってる)。

なおかつその事すらも忘れ、己の存在を無かった事にしようとしている。

 

その事に怒り狂ったアシュタレトは、貢ぎ物を上げていれば優しくしてくれる創造神から、人類という単語すら消し飛ばす勢いの復讐の女神に変生。

後の銀河である“蒼輝銀河”を消し飛ばさんといきり立ち、その赤の銀河を拡げたのだ。

 

 

「むぅ……にゅぅ……」

 

 

――のも。

 

今では過去の出来事である。

アシュタレトは、“蒼輝銀河”の人類であるサーヴァントの精鋭を華麗にボッコボコにしていたら、一矢報いられていた。

所詮はヒト程度と調子に乗っていた結果(うっかり)である。

とはいえ、神に相応しいラスボスムーヴをかましていたりするが、そういった諸々は云々かんぬん(セイバー・ウォーズ2へと続く)

 

 

ともかく。

彼女は、そうして心臓(コア)を破壊され――彼女は、眠りに就いている。

 

いずれやってくる復讐の刻を夢見ながら。

 

 

 

 

つまり。

これはそういった時に起こってしまった出来事だ。

 

 

 

 

 

「……むっ。むぅ……?」

 

 

揺蕩う原始宇宙での微睡みの中。

ぼんやりとした夢の中で、恭順しようとしてきた人類を無下にして、殲滅。高笑いしていた頃だ。

 

 

――視線を感じた。

 

 

「……だれだ」

 

 

千年程度使われていない喉から漏れた声は、凛と鳴る鈴のように軽やかで可憐な声だったが――不愉快に塗れていた。

この原始の女神を不躾に見る不遜に、侮るような侮蔑に彩られた視線。

彼女にはそう感じた。

 

 

「不敬、な……」

 

 

閉じられた瞳を起こす。

星と月が光点に結び付いた瞳には怒りの色を帯びていた。

 

これだからニンゲンはどうしようもない。

アシュタレトは落胆を込めて、不躾に見つめてくる目と視線を合わせる。

 

どうせ、驕りきった哀れなほど愚かなニンゲンだろう。

そう思って、焦点を合わせ――

 

 

「へっ……?」

 

 

思考が停止した。

 

彼女を見ていたのは、原始宇宙に入り込んだニンゲンでも、ましてや憎き“蒼輝銀河”のサーヴァントですらもなかった。

数えたくもないほど遠い、光年の先にある銀河。そのたわいもない辺境惑星に棲息している――

 

 

塵屑ほどのこどもだった。

 

 

 

「はっ?えっ?…………????」

 

 

 

――意味が分からない。

 

彼女全体に回る眠気は彼方へと消し飛んでいった。

己の身体の瞳が見開いたのが感じ取れるほどの驚きがそこにあった。

それはこどもも同じのようで。

小さなレンズの先にある小さな瞳には驚きが帯びていて――奇しくも、神と人が同じ感情に支配されていた。

 

それが終わったのは彼女にとっては直ぐの事。

こどもの視線がブレて合わなくなった。アシュタレトを見失ったのだ。

 

 

「……どういうこと?」

 

 

彼女が久しく抱いた感情は、困惑だった。

 

だって道理が合わない。自分と相対するのは人類の選りすぐりの精鋭とか、千年に一度の賢者とか、未知を追い求める冒険者とか、そういった……そういったシチュが必要だと思わなくもない。彼女的に。

しかし、現に己を視たのはただのこども。

それもアシュタレトほどの存在が、双眼鏡を覗く程度の動作をしなければ見る事が出来ないほど離れている辺境の惑星から。

 

あり得ない事だった。

 

 

「…………」

 

 

だからこそ、次に湧いた感情は、興味だった。

 

彼女にとって、離れた銀河系としても()()()()()()()()()()が憎悪の対象だったが、息をするだけで消し飛ぶような存在が己を視たという事実に関心を覚えた。

 

それはせっせと動く蟻を見下ろす人間、のような感覚に似てる。

憎い憎くないよりもまず「なんだこいつ」という上からの興味だけが延びてくる。

 

 

――視線を感じた。

 

 

「……ふ~ん。また、この私を視れたのね」

 

 

こどもがまた己を視ていた。何の苦も無く当たり前のように小さなレンズから、彼女を覗きこんでくる。

その横にはこどもに似たメスの人間がいて、なんかやんのかんの騒いでいた。

実に稚拙で愚かだったが――こどもの感情は手に取るようにわかるほど素直なのは好ましかった。

 

彼女の銀河は古いもの。

現在のように連綿と積み重なった複雑な世界ではなかった。

一つは一つ。二つは二つ。とてもシンプルなもの。

「愛してる」を「月が綺麗ですね」なんて取り繕うような事が無かった世界だった。

 

在りし日の己の側にいた人類を見るようで、滲むように拡がる憎悪がほんの少し和らいだのを、彼女は感じた。

 

 

視線が外れる。

だが、アシュタレトはこどもを見たままだった。

眠り、目覚め、遊ぶ。凡庸で下らないこどもの遊びを眺めていた。

 

 

――視線が合った。

 

 

こどもは変わらず、彼女を見ている。こどもに似たオスのニンゲンと話してからはずっとこちらを見てくる。

他の星に目もくれず見てくるのは、アシュタレトの自尊心を大いに満足させた。

 

 

「ふふん。さすが私。何も知らないこどもすら魅了するなんて。なんて罪深い麗しの女神なのかしら」

 

 

そう呟く彼女の声には、仄かな悦びが見え隠れしていた。

 

――辺境惑星の原生生命体にしては、物の道理が分かるじゃないか。

復讐を始めたら、この惑星だけは勘弁してやろうとアシュタレトは思っていた。彼女はチョロかった。

 

銀河級のチョロさは、なびく振り幅も速度も、銀河級に広かった。

 

 

――視線が外れる。

アシュタレトは、彼女が在る神殿が、こどものいる辺境惑星へと近づいて行っているのに気付いていなかった。

そのせいで、通りすがりの星が燃え尽きたり、惑星が超新星爆発を起こしたり、ブラックホールを形成していたりと、宇宙環境をめちゃくちゃにしていたが――それに気づくこともなかった。

 

忘れ去られた己を、見てくれている人間だけに意識が向けられていた。

 

 

――視線が重なった。

 

 

「ふふ、私を見続けるなんて。なんて身の程知らずな人間なのかしら。直接叱ってやりたいわ。このイシュタル・アシュタレトになんたる不遜なの、って。ふふ」

 

 

死ぬほど上機嫌だった。

復讐とはいったい……うごごご……。

 

 

 

――視線が外れた。

それから直ぐに見つめ合うかと思ったが、合う事はなかった。

 

 

「…………?」

 

 

こどもは慌てるようにキョロキョロと他の星を見ている。

己も瞳に映っているはずなのに、一度も視線が交わらない。

 

 

「…………どうして?」

 

 

その顔は悲しみに満ちていて。

見るのも辛いほど歪んでいた。こどもの後ろから心配そうに見つめる矮小なオスとメスと近い感情が、アシュタレトを支配した。

 

どうしてそんな悲しい顔をしているの?

私を見て?そうしてまた楽しそうな顔を見せて?他の星なんて見ないで?

 

だが――こどもがアシュタレトを映す事は無かった。

 

 

「……貴方も」

 

 

こどもは暗い顔で俯いていた。

レンズで空を見ることもなく、己を考える事もなく、メスの側で目を閉じた。

 

 

「……貴方も、私を忘れるのね」

 

 

――アシュタレトの銀河が静かに脈動し始めた。

 

彼女を復讐の女神足らしめたのは、()()()()()()()()()()()

それで、根絶を望むほど憎いのであって――己を知ってくれているヒトは憎い訳ではない。

 

偶発的に己を見たこども。

己の名は知らないだろう。どういった存在で、なんであるかも分からないだろう。

でも、唯一。唯一なのだ。

 

現在、全ての銀河系の中で――イシュタル・アシュタレトを知っている生命体は。

 

故に、それは琴線で。

 

 

 

「私を見ろ」

 

 

アシュタレトの神殿は、光年の果てに辺境惑星の衛星軌道上にいた。

 

地球にとって傍迷惑以上の暴挙で、現に「あの……その、帰っ、て……くれません……?」と消極的ながらはっきりと自己主張していた。ガン無視されてるが。

急な特級にヤバイ侵略者の来襲に、地球の防衛機能が作動し始める一歩手前まで行っていた。

 

地球の空が、彼女の銀河で埋め尽くされ始めた。朝日も昼間も夜空も――赤の銀河に塗り潰された。

しかし、彼女の神殿が見えているのは彼の瞳のみ。それ以外に見せる事はアシュタレトには赦されざる事だった。

 

 

――こどもの目はアシュタレトに釘付けになった。

 

 

「ええ、そう。そうしていればいいの。貴方は私を見てればいい」

 

 

……目に映る場所全てにアシュタレトがいるので、結果的に見るしかなかったという事実は拒絶されていた。

 

アシュタレトは見上げてくるこどもの目全体に己が映っている事に満足気に見つめながら、考えた。

――己と拝謁する栄誉を与えてやろう、と。

 

辺境惑星の原生生命体如きが己を視る不敬を贖わせるのではなく、寧ろその直接話をさせてやろうなんて。

 

 

「なんて素晴らしく慈悲深い女神なのかしら、私は。ええ、ええ。この私に仕えさせるのも一興でしょう」

 

 

であるならば。

彼女は、早速行動を起こした。

 

己の神殿の一部を分離させ、そこから過去に象った姿見の中で一番で華麗な形を取った。

 

蒼き髪をしたヒトの少女の似姿。

銀河を統べる者。その象徴たる角の如き大法冠。纏うローブは宇宙そのもので彩ってる。

 

 

――完璧だ。

アシュタレトの自画自賛は極まっていた。

これならば、何も知らぬ原生生命体でも己の高貴さを理解出来るだろう。

 

 

アシュタレトは、地球の警告を無視して、その領域に踏み入った。

彼女は、似姿の近くに力を持った者達が集まって来ているのを知覚していた。地球の防衛機能――過去の人類の中で、もっとも強い七人が召喚されたのだ。彼女を排除するために。

神殿が攻撃され始めていた。銀河を構成する惑星の一つが、銀河そのものへと攻勢を向けるのは滑稽そのものだった。しかしその苛烈さは、彼女をして驚きに足るものだった。

 

――そんな事はどうでもいい事だ。

 

アシュタレトは、こどもの住居に入り込む。

急に視界に入ってきた彼女の姿に、こどもは腰を抜かしたようにぺたんと尻もちをついた。

 

その様が実に無様で、愛らしいと彼女は思った。己が庇護するに足り得る。

 

 

「……っ……っ……!」

 

 

――ふふん。どうやら恐れ戦いているようね。当然ね、女神だもの。

 

 

畏れ、見上げる彼。慈しむように見下ろす彼女。それはまさしく――運命(フェイト)の始まりのような光景で。

 

 

 

「そう畏れなくていいわ。私の名はイシュタル・アシュタレト。私はあなっ――」

 

「――おかあさぁん!!不審者が部屋にいる!!!」

 

 

 

――地球の危機は去った。

 

アシュタレトが、お気に入りに不審者扱いされたのに落ち込んで、金星辺りに下がって行ったからだった。

しかし、彼女の目は依然としてこどもに向けられていた。

 

 

その涙目には――強い執着だけが彩られていた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

“しょうたのにっき”その2

ぼくの新しいおともだち!

アシュリーさま!

かっこいい!きれい!!やさしい!!!

(名状しがたい人間らしき二人が手を繋いでいる、ように見える絵が描かれている)

≪“しょうたのにっき”文面の余白より≫


○月q日

今日は、一日中お空のお話ばっかりだ。

おかあさんもおとうさんもテレビもともだちも先生もずーとおなじ。

ちょっとあきちゃったのはヒミツ。

 

なんかガス会社の人が新しいガスをお外に出しちゃったせいで、皆既日食(ちゃんと書けた!)がおこっちゃったらしい。ガス会社ってすごい。あの赤いお空はガス会社の人がやったんだね。宇宙しんしゅつか。

 

今日はお空に女の人がいなかった。

おるすかな?

 

 

○月t日

今日は、びっくりした。

女の人が金星の近くでめそめそしてた。かなしいことがあったのかな。

ぼくもおにいちゃんがいなくてかなしい。

つらそうだったから、手をふってみたら、ふりかえしてくれた!

女の人にえがおがもどった。やさしいせかい。

 

 

○月k日

女の人がちかい。望遠鏡がなくても見える。びっくりしたけどちょっとなれた。手をふるとふりかえしてくれる。

ぼくにあいにきてくれたのかも?

お空はまた皆既日食になってる。テレビでガス会社の人が大きい声で、これはガスもれです!ガスもれなんです!ってさけんでるのはおもしろかった。

マネしてたら、うるさいっておかあさんにおこられた。はんせい。

 

ねるまえにろうほうだ!

明日は学校はお休みらしい!よしっ、明日はフィールどワークに出かけよう!

ちがうとこでお空を見ればちがうものが見えるはず。

おとうさんにお日さまが全部かくれる前にかえってくればいいって!おとうさんはやさしい。

 

 

○月g日

今日は、フィールドワークの日!

でも、お外で望遠鏡をたてるのは難しかった。しんせつなおにいさんが助けてくれた。肌が黒くてかみの毛が真っ白な赤いふくのおにいさん!おでこにしわがあってちょっとこわかったけど。

むずかしいことをはなしてた。

 

おにいさんがさよならって言ったときに、ちょうどふしんしゃが出てきた!

思わず、ふしんしゃの人って言ったら泣いてどっかいっちゃった。 ひどいことしちゃったかな?

 

おにいさんにきいたら、きみはそのままでいいって!

よくわかんないけどあやまってくれたし、こわかったけどいいひとだ!

 

 

そういえば、こうえんいったのに星を見なかったきがする!!!

 

 

○月j日

今日は、うれしい日だ!

へやにふしんしゃの人がいたからにげようとしたけど、つかまったの!

でも、ほんとうはぼくとおともだちなりたかったみたい!

 

イソュ夕ル アシュタLト って人!

 

いいづらいからアシュリーってあだ名をつけたら、さまを付けなさいって。だからアシュリーさまだ。

アシュリーさまはお空の女の人で、あそびに来てたのにぼくがびっくりさせちゃったから中々はなせなかったじゃないっておこられた。みためぜんぜんちがうのにりふじんだ。いわなかったぼくはきっといい神士だ!

 

アシュリーさまはこれからあそびにくるから、まどを開けといてって!

ふふん!おかあさんにもおとうさんにもヒミツなおともだち!もちろん!おにいちゃんにだって、おしえてあげない!

 

 

○月c日

朝おきたらアシュリーさまが目の前にいてすごいびっくりした!

あそびにきてくれたみたい!

お空にべる・まあんなさん(お空の大きい女の人のこと!)がいなかった。アシュリーさまにきいたら、金星のちかくにいるんだって。また見たいな。

 

それにしてもテレビでガス会社の人が

 

 

 

△月w日

よーやく日記がかける。

 

アシュリーさまがにっきをかくな。わたしをみろなんておーぼーなことをいったせいで一しゅうかんもかけなかった。アシュリーさまはわがままだ。

アシュリーさまはしずかだけどいい人だ。わがままだけど。

ゲームとかアニメとかテレビとか、色んな話をきいてくれるからたのしい。わがままだけど。

おにいちゃんからかりた星のご本も気に入ってくれたみたいでよんでる。うれしい。びっくりするくらいわがままだけど。

 

 

 

アシュリーさまはとてもそうめいでうるわしくてかっこよくて、わがままをいわないいいひとです。

つぎからは、アシュリーさまが見てないとこでかこう。アシュリーさまのわがままもの!

 

 

△月r日

今日、アシュリーさまからプレゼントをもらった!

地球みたいな青色の星のペンダント!アシュリーさまのところの銀河の地球なんだって!アシュリーさまは物知りだ。

ずっとつけてろって言われたからつけてる。ことわるとほっぺむにむにしながらしきんきょりでみてきて、うんと言うまでやめないおそろしいごうもんがまってるからだ。

 

アシュリーさまのこと。いつかおかあさんにもはなしたい。いいかな?アシュリーさま。

 

 

許可(きょか)しましょう。

(ただ)し、(わたし)我儘(わがまま)などの余計(よけい)なことを()わない(こと)条件(じょうけん)です。

 

 

アシュリーさまはいい人だ!

わがままなのはあとでこっそりおかあさんにいっておこうっと。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

原始の女神の“欲望”

“原始宇宙”においても、神は無数に存在した。

地球が歩んできた歴史のように、多くの神、多くの神話――多くの“人類の生存圏”が在ったのである。

しかし、それら全てを圧倒し、そのなにもかもを蹂躙し、いつしか銀河全てを手中に収めていたのが――イシュタル・アシュタレト。

 

 

“原始宇宙”そのもの。銀河そのものである、不変且つ拡がり続ける最強の女神。

 

 

それがイシュタル・アシュタレト。

人類によって排斥されるまで、銀河に君臨し続けた――――

 

 

「うっ……ぐずっ、ひどい。なんて……なんて愚かなの!?この、私が……このイシュタル・アシュタレトがわざわざ謁見を赦してやったっていうのに……!」

 

 

……たとえ、原始宇宙においては石ころ程度でしかない別銀河の辺境惑星の原生生命体に、泣かされたとしても。

 

――その真実は何も変わらないのである。

 

 

 

 

 

時を遡る必要のない事実がそこにある。

 

アシュタレトは、辺境惑星の少年に不審者扱いされて、泣かされていた。

そもそも拒否られるとすら思っていなかったのだ。

彼女は女神である=出会った瞬間、万歳三唱絶対服従。そういうのが世界の法則であるであるべき、と。彼女は本気で信じていた。そう、信じさせる力がある分、その思い込みが強かったのである。

そもそも彼女は、己が()()()()()()()()事も失念していた。

 

言ってしまえば。

舞い上がっていた。原初の女神ともあろうものが。

 

 

「……まあ、いいでしょう。虚弱貧弱無知無能の人類の、それも取るに足らない辺境惑星の幼生なのだから、この私の偉大さを理解出来ないのはしょうがない事。……そう、しょうがない事なのよ。…………私、女神なのに」

 

 

己に言い聞かせても、押し寄せる感情の奔流に耐えているアシュタレト。

ブツブツブツブツ、と自己肯定と自己否定を繰り返す思春期の多感な少女をしていると――

 

 

――視線を感じた。

 

 

 

「――ッッッッ!!!??!」

 

 

視線を重ねると――彼が、心配そうな顔を浮かべてアシュタレトを見ていた。

そうして何を思ったのか、ひらひらと手を振り始めたのだ。まるで遠く離れた友人に手を振るような気安さで。

 

 

「…………」

 

貴方私をなんだと女神なのよ?別銀河であっても銀河を統べるイシュタル・アシュタレトなのよ?全宇宙全銀河に拡がり続けるはずの原始宇宙の――

アシュタレトは、小さく手を振った。彼が嬉しそうな笑顔を浮かべて、さらに嬉しそうに振り返してくれた。

 

――()()()()()と。

 

彼女は、そう思った。

 

 

 

 

 

――これはもう、次行ったら不審者扱いされないのでは?

 

アシュタレトは確信に近いものを覚えていた。

最初は誰だって怯えるもの。どんなにおいしい匂いをしているものでも、獣は最初は警戒するだろう。彼女にとって人類は獣のようなものなので、それに当て嵌まる……はず。

 

 

――という事で。アシュタレトは、また地球の衛星軌道上に神殿ごとやってきていた。

 

 

地球の空は、彼女の銀河の色に染まり始める。

またやってきた侵略者に“星の意思(ガイア)”は警告も退去勧告も諦めていた。絶対聞いてくれないからだ。それは正しかった。

故に、直ぐに抑止力を召集。

今回は、彼女そのものを攻撃する事を諦めていた。そもそも巨大な川を石ころで埋め立てしようとするような無謀な事していたと認識していた。それも正しかった。

故に、それ以外――彼女が此処にやってくる原因の排除を企んだ。それが無くなれば彼女は消えるだろう、と。

 

その原因は、露骨に見ていたので直ぐに分かった。抑止力の中でも、一番使い勝手の良い掃除屋(エミヤ)を遣わせた。

 

そうすれば侵略者は興味を失って消えるだろう、と。――それは正しくは無かった。

 

 

 

 

 

アシュタレトは、びっくりして見上げる彼の姿に満足していた。そうして直ぐに笑顔で手を振ってくれる姿に大いに満足していた。

 

 

――これはイケる。

 

 

最早、感覚は異性の一挙手一挙動に「こいつ、自分の事好きなんじゃね?」と過剰反応する思春期そのものだった。

だが、アシュタレトはできる女神(オンナ)。ここでがっついては前の二の舞だと理解していた。だからこそ、彼をじっと見て時期を待つ事にした。

彼の生活を見守りながら、最適なタイミングを図るのである。銀河級のストーカーは、超新星爆発の熱量を遥かに凌ぐ熱視線で、彼をずっと見ていた。

 

――チャンスはすぐに訪れた。

 

彼は、己を見ていたレンズを持って家を出た。向かう先は広場で、そこでレンズを設置しようとしていたのだ。

何故か周囲には誰もおらず、静かなものだった。

 

 

「……チャンスね」

 

 

アシュタレトは、己の似姿を近くに降ろした。

狙うは偶然。驚かせないように話しかけるのだ。それに外なのだから不審者も何もないはず。

そうして、彼の近くに接近した頃――

 

 

「少年。ここでなにをしている?」

「えっ…?えっと、天体かんそく……です!」

 

 

――邪魔が入った。

アシュタレトはそっと隠れた。

彼に話しかけたのは、赤の外套を身に纏った長躯の男。浅黒い肌に白い髪。――興味も湧かない人間だった。

 

 

「にしては、手間どってるようだな」

「……スタンドがうまく開かなくて……」

「見せてみろ。……ああ、このツマミを緩めればいいだけだ。そらっ、できたぞ」

「わぁ……!ありがとう、おにいさん!」

 

 

――あいつ、塵に帰すか。

彼に笑顔を向けられるだけで、アシュタレトは癇に障った。それに彼の目には、尊敬の色も乗っていた。それも癇に障った。

 

それを向けられているのは己だけだ。そういう目を向けられていいのも己だけだ。

 

うずまく感情は直ぐにでも男に向くところだったが――その話をぼんやりと聞いて止めた。

 

 

「――それで何を見るんだ?」

「えっと、ね。新しい星を見つけるんだ!おにいちゃんを取り戻すために!」

「そうか――意図的にかの女神を見つけたというわけではないのだね?」

「……?えっと?」

「君は何の因果か恐ろしい者を呼び込んだ。数字を愚弄するほど果ての無い確率に当て嵌まってしまった。だから君はここでおわり――さよならだな、少年」

「……?うん。さようなら、おにいさん」

「ああ――せめて、苦痛は無いようにしよう」

 

 

「――止めろ」

 

 

アシュタレトは、彼が背を向けた途端――視線で、双剣を構えた男の双肩ごと螺子切った。

 

溢れ出たのは血ではなく、薄い青の霊子。

奴はサーヴァント。話を推測しなくても分かる――この星の意思が遣わせた掃除屋だ。

 

 

「……ッッ!?」

「――お前。この私の物になる予定の人間に手を出してただで済むと思うな……!」

「くそっ……!だから私は殺すのは悪手だと忠言してやったというのに……!」

「原始の塵にすらさせん。存在ごと時空の彼方に消し飛ばしてやる……!!」

 

 

――神殿を起動。

直ぐに一斉掃射での殲滅を――

 

 

「あっ」

 

 

小さく、彼が呟いた。

視線を向けると、愛らしい顔をして己を見ていた。

大丈夫。安心して。直ぐに助けてあげる。助ける姿を見せれば、直ぐに懐いて私を崇め奉ってくれるは――

 

 

「不審者の人だ」

 

 

………………………………ふぇ。

 

 

 

――地球の危機は去った。

 

なにげない一言がアシュタレトを傷つけた。神殿は金星辺りに撤退。こうして平和は守られたのである。

 

彼女は泣いた。最後に見た彼の『あっ、ひどいこと言っちゃったかな』って感じの顔をせめてもの慰めにしながら。

……呆れながら「……君はこのままでいてくれ」と彼に告げたやつの記憶を銀河の外に追いやった。このままでいいわけないだろ、しね浅黒。

 

 

 

 

 

 

 

 

――もう、無理やり迫っちゃえばいいと思う。

 

それは彼女の銀河の総意だった。つまり、彼女の意思そのものだった。

短絡的で最低に近い結論だったが、いっそのこと無理やり魅了でも洗脳でもなんでもしてしまえば丸っと事態は収まるのでは?と末期の思考がアシュタレトの銀河を埋め尽くしていた。

――ヤッてしまえば絆されるだろう、という性犯罪者に近しいアトモスフィアがそこにあった。女神とはいったい……うごごご……。

 

そうと決まれば話は早い。

彼女の神殿は、地球の衛星軌道上にまた出現した。

地球の空も適応したのか、元々そうであったかのように彼女の銀河に染まった。

 

地球の意思は半ば諦めていた。

掃除屋の報告を鑑みて、放置を選択したのである。

とはいえ、人類の生存を脅かしたり、星そのもの滅ぼしたりなどの敵対行動を起こした際の対策として――女神のご執心の彼を、即座に宇宙空間に放り出す用意はしていたが、後は野になれ山になれだった。

敗北を認めたと言ってもいいし、毎日のように土砂崩れが畑を襲うのを達観して見るしかない農家のよう、と言ってもいい。

 

 

ともかく。

彼女は、その似姿を彼の部屋に降ろした。

まだ彼は居ないようだった。彼の香りに包まれる部屋は簡素だったが、住み良い環境だった。窓には己を見る為のレンズとその周りには星に関する本媒体が数冊散らばっていた。

ちら、と見れば、さほど文明は進んでいないようだった。

 

 

「だから、私の高貴さを理解出来なかったのね……納得だわ」

 

 

違う、と言ってくれる誰かは不幸にも存在しなかった。

 

とっとっと、と駆ける音が部屋の外から聞こえた。

香りが濃くなった。彼が来たんだろう。

 

狙いは一瞬――入ってきた彼が、口を開く前に。

 

 

「っ!おかあさっ――!!」

「――はい、ストップ。落ちつきなさい」

 

 

似姿で優しく抱き寄せ、口を押さえる。

むーっむーっ!と無駄な足掻きをする彼が愛おしかった。

とはいえ、愛でるのは後。まずは魅了(せっとく)で己が無害な存在であるとアピールせねば、とアシュタレトは力を込めた。

 

――漏れ出したのは、甘い香り。

彼女が神から貶められた際に手に入れた力。女神としての慈愛を女の惑わす色香と侮蔑され、成り果てたもの。

 

――デビルズ・シュガー。

後にそう記録される力が、彼を包みこんだ。

 

 

「……ふぁ……」

「心に刻みなさい。私の名前はイシュタル・アシュタレト。貴方は私が庇護するに足り得る人類に選ばれました。貴方はこれより私と共に生きるのです。感涙してかまいません。しなさい。しろ」

「……ともに?ともだちになりたい?」

「むっ。友人になりたいという訳では――」

 

「ともだち……そっか、友達になりたかったんだねっ!」

 

 

魅了(せっとく)は成功した。少し方向性が違った気がするが――彼女にとっては、満足する道行きだった。

 

 

「ぼくの名前は藤丸翔太!えっと、きみの名前はいしゅたる・あしゅ……」

「イシュタル・アシュタレトよ。ショウ」

「アシュレタト?」

「――アシュタレト」

「……アシュリーちゃんでいい?」

「…………まあ、いいでしょう。せめて、様を付けなさい」

 

「うん!アシュリーさま!!」

 

 

――純粋な好意。無垢な感情。

向けられるのは畏怖でも、崇拝でも無かったけれど。

 

笑顔を浮かべる彼の瞳に、己が映っている――()()()()()()()()

それにひどく満足している己に、彼女は驚いた。

 

それを振り払うように、彼に話しかけた。

 

 

「それにしても、ショウ」

「うん?なあに、アシュリーさま」

「いつも私を見てくれてたのに、不審者不審者とひどいわ。私、とてもかなしかった」

「えっ。…………もしかして、お空の女の人?」

「そう!アレは私の神殿、ベル・マアンナ。あそこから来ていたのに、貴方が驚いて中々お話出来なかった」

「……………」

「……ショウ?」

「――そっか!ごめんね、アシュリーさま。ゆるして?」

 

「っ!ええ!赦しましょう!貴方の神として、この私が赦します。……ふふふ」

 

 

やはり彼は良き人間だ。

過ちを認めるどころか媚びるように謝る――実に、彼女好みの人間だった。

 

 

『しょうー?もうごはんの時間よー?』

「あっ、はーい!」

 

 

話したい事は山ほどあった。

一つ一つ山を崩すようにじっくり話すつもりだったが――もう焦る必要はない。

 

 

「ショウ。これからは窓を開けておくように。……まあ、そうしなくても来れますが」

「……?うん。もう帰っちゃう?」

「明日また会いに行きます。この事は誰にも言ってはなりません。いいですね?」

「――ッ!うん、ぼくたちのヒミツ!」

「ええ、ヒミツです。では、また来ます――私のショウ」

 

「じゃあね!アシュリーさま!」

 

 

 

 

 

 

 

神殿を地球から金星の近くに映す。

離れても、彼女の視線は彼――翔太に注がれていた。

翔太はごはんを食べながら、ニマニマしながら言おうか言いまいかを楽しんでいるみたいで、実に愛らしい。

 

 

「ふっ、ふふふ……」

 

 

漏れた笑いはどういう意味かは彼女には分からなかった。それほどまで自然に漏れた。

ただ、口角が上がるのが止まらなかった。

 

 

「ふふふ、ふふふふふっっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

アシュタレトの似姿は、それから直ぐに翔太の部屋にいた。

 

 

「――寝ているのね」

 

 

時間にすれば、さっきから数時間ほどしか経ってない。

また明日とか言っておきながら、この女神――我慢出来なくて、今日来ていた。

 

小さな身体を包むベッドに腰掛け、翔太の頬を触れる。

 

 

「ふふ」

 

 

それからアシュタレトは、翔太が起きてくるまでずっとそうして過ごしていた。

手中に在る久方振りの人類を愛でるように、ずっと。

 

 

 

 

 

 

『だからぁ!あれこれも全部全てガス漏れのせいなんです!!』

『いや、そんな訳ないで――』

『ガス漏れのせい!』

『いや、ですから――』

『ガス漏れ!』

『……あの――』

『ガスのせい!』

『……そうですね。ガス漏れが原因なのですね』

『はい!』

 

 

「……今日は空が赤くないね」

 

翔太の部屋で、アシュタレトは彼を見ていた。

テレビという遠隔端末から視線を外し、空を見ながら、不思議そうにする翔太を視界いっぱいに映しながら答える。

 

 

「今日は、私だけでこの星に降りたから。ベル・マアンナはこの銀河系の金星に在るわ」

「べる・まあんなって、あの女の人の名前?」

「……そうなるのかしら。アレは私の神殿で、人物って訳ではないのだけれど」

「ふーん」

 

 

そう言うと翔太は何かを書き留め始めた。

尋ねれば「日記!」だという。一生懸命、ペンを走らせる姿は楽しげで――アシュタレトには不満だった。

ようやく気持ちが通じ合ったのに、さっきからテレビやら日記やら……このイシュタル・アシュタレトと対面するなら人生終わってもいいって言った人間がいるのよ私の銀河には!(過去形である)

 

アシュタレトは憤りと共に、翔太を頬を両手で挟みこむと強制的に顔を向けさせた。

むにゅりと潰された彼の顔は実に可愛らしい。

 

「にゃ、にゃにを……」

「――私を見ろ」

「ふぇ……?」

「――日記を書いている暇があるなら、この私を視界に入れなさい」

「えっ、でもこれはにっか……」

「もし書いてるのを止めないならずっとこうしてるわ。朝昼夜、寝てる時もずっとこうよ。それでもいいなら書きなさい」

 

「――おっ、おーぼーだ!どくさいはいくない!」

「何を言ってるのかしら。銀河を統べるこの私に、辺境惑星の生命体が逆らうなんて100億光年早いわ」

「光年は距離だから、年は関係ないって本にあったよ!」

「あら、賢い。ご褒美にもっと力を込めてあげましょう」

「あぶぶぶぶぶぶ」

 

 

我儘に抗う翔太の瞳。

そこには――満面の笑みを浮かべるアシュタレトが映されていた。

 

 

それからの日々は、アシュタレトにとっては瞬きのように直ぐに過ぎ去ったような出来事だったが、彼女の銀河が煌々と輝くほどに――良き日々だった。

 

 

「何を見ているの?」

「あっ、アシュリーさま。こんにちは」

「はい、こんにちは。それで?」

「えっとね。ドラえもん!……なんて言えばいいのかな。色んな事件をすごい道具で解決するお話?」

「ふーん……あら、空間転移装置なんてあるのね、地球(ここ)

「……どこでもドアのことだよね」

「時空移動車両……事象書換装置……意外に文明発達してたのね」

「いや、これお話だから、アシュリーさま!」

 

 

「アシュリーさま。ゲームやる?」

「ゲーム。それも作り物?」

「うん!勇者がお姫さまを助けるためにたたかうゲーム!」

「王道的ね、私は好きよ」

「今はね。仲間の神官のいもうとを助けに行ってるんだ」

「神官。神官って?」

「うーん、神様の……なんか!」

「そう、神のなにかね」

「………」

「………」

「……ごめんね。あんまりよくわかんなくて」

「いいえ。これでも楽しんでるのよ私。金星を粉砕しないように慎重に発散してるんだから」

「……?」

 

 

「アシュリーさま。その本気に入った?」

「ええ。文明にしては、星々について詳しい事が書かれてるわ。呼び方も面白い。でも、この星を出るにはまだまだかかりそうね」

「それね。おにいちゃんが好きなの。だからぼくも大好きなんだ!」

「そう。素敵ね」

「………」

「………」

「……よいっしょっと」

「………」

「………」

「――日記を書くなって言わなかったかしら、私」

「ひゅい!」

「それにこのわがままってなにかしら?この、私の、何処が、我儘、なの、かしら」

「あぶぶぶぶぶぶぶ」

 

 

 

――ふと、反芻が終わる。

金星の近く、神殿でアシュタレトは己の銀河を眺めていた。

 

翔太は良き人間だ。

己を視て、己を愛し、己の側に侍るに足る――人類。

 

最早、彼が何故、別銀河の奥地に居た己を見つける事が出来たかなんて些事はどうでもよくなっていた。

 

アシュタレトの銀河は残滓だ。

それでも――その銀河は、人類の生存圏足り得るほどの宇宙である。

 

 

「逃さないわ――絶対に」

 

 

銀河の中。

翔太の銀河では、地球に当て嵌まる蒼い星を握り固める。

そうすると似姿の手に収まる程度の綺麗な石ころに変わった。

 

これは“原始宇宙”の惑星である。

即ち――翔太の銀河とは、別の法則に則って存在している星である。

 

故に、これを彼に贈れば。

 

 

――翔太は“原始宇宙”の所有物になる。護るべき人類に――

 

 

「貴方は私のものよ。ショウ。もう――()()()()()()()()()()

 

手の平にある、いずれ彼が住む星を眺めながら。アシュタレトは笑う。

 

 

ずっと、こうした日々が続きますように。

いつかの時――神として人類の側にあった、あの時のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――因みに。

 

 

翔太の国には――“和魂”“荒魂”という、神の側面への思想がある。

 

 

“和魂”とは神の優しい、慈悲深い側面。“荒魂”とは神の荒々しく、恐ろしい側面。

 

 

これは一柱の神が持ちうる個性であり、時として別の神と思えるほどの乖離を見せる。

大体、人間が崇めるのは“和魂”、ずっとこうであって欲しいから供物を捧げたり、祭りを行なうなどの儀式を執り行うのである。

 

これが反転し、“荒魂”になるのはそうした事を行わなくなるか。

 

 

――神の機嫌を損ねた時だけである。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

“しょうたのにっき”その3

1 2 3 4 5
(字は汚く、血がつき、なにかに濡れたのか所々ふやけてる)

《“しょうたのにっき”予定表欄》


 

 

 

△月o日

今日もアシュリーさまといっしょだ!

さいきんずっといっしょだ。うれしい。

今日はおにいちゃんの話をしたら、おにいちゃんとわたしどっちがだいじなの?ってきかれた。

両方!って言ったらほっぺをたくさんむにむにされた。げせぬ。

 

おにいちゃんもアシュリーさまもだいすきなのに。

 

 

△月y日

アシュリーさまは、かみさまらしい。はじめてしった。タコ宇宙人のいとことおもってたのはヒミツ。

 

なんかおねがいごとしなさいっていわれた。

どうしようか、なやんだけど、おにいちゃんのいばしょをきくことにした。おかあさんにきいてもおしえてくれないし。

 

そしたら、南極にあるたてものにむかってるんだって!

なんでそんなとこにいってるんだろう?もうすぐつくらしい。

おにいちゃんはメールするって言ってたらしいから、そのとききこう。

 

おねがいのだいしょうに、ぼくの血がほしいっていわれた。いたいけどがまんしてあげた。大切にしてね!

 

 

 

△月h日

明日は、おとうさんもしごとがおやすみらしい。

 

ちょーどいいから明日アシュリーさまのことをおしえよう。

そういったら、ふたりはよろこんでくれて、おかあさんはアップルパイをつくってくれるらしい!あれすき!!

アシュリーさまもたのしみ、っていってた!おめかしするって!

 

今日は早めにねよう。

 

明日はいい日になりますように!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△月e日

 

 

おかあさんとおとうさんがいない。

 

 

 

△月b日

 

いちにちたってもふたりはかえってこない。

そともしずかでだれもいないみたい。テレビもざーざーしかいわなくてなにもみえない。

アシュリーさまもべる・まあんなさんもいなくなっちゃった。

 

皆既日食がなくなって、ひさしぶりの青空。

でも太陽さんがいなくて、天使のわっかがたくさん浮かんでる。

こわい。

 

 

おなかがすいたからかんづめをあけようとしたら、つめがとれちゃった。

いたいってないてもおかあさんがなぐさめてくれない。おとうさんがたすけにきてくれない。おにいちゃんがだきしめてくれない。

 

みんなにあいたい。

 

 

 

△月w日

 

かみさまごめんなさい。

ぼくはどろぼうをしました。

コンビニでなにもいわないでおかしをたくさんもってきました。ごめんなさい。

 

おそとは、だれもいなかった。

車はとおってない。お店にはだれもいない。学校には先生もともだちもいない。

お空にもアシュリーさまがいない。

 

さみしい。

くるしい。

ねむいのに、ねむたくない。

 

 

 

△月d日

おかあさん、カレーが水っぽくておいしくないっておもってごめんなさい。

おとうさん、だいじにしてたフィギュアをこわしたときにボンドでごまかしてだまっててごめんなさい。

おにいちゃん、いっちゃうときにたくさんないてごめんなさい。

 

ぼくはいいこになるから、かえってきて。

 

 

オーブンにアップルパイがあった。おなかすいたのに、おいしそうじゃなかった。

ほんとなら、アシュリーさまといっしょにたべるはずだったのに。

アシュリーさま。どこにいるの?

またきてくれるっていったのに。

 

うそつき。

 

 

 

△月g日

 

おなかがいたい。あたまもいた い。

おかあさんたちは どこにい るのか な。

おにいちゃんはだいじょ うぶかな。

 

ぼくはこのま ま ずっとひ とりぼ っちなのかな。

 

アシュリーさまからもらったペンダントがきれい。

アシュリーさま。アシュリーさま。アシュリーさま。

 

 

 

 

 

 

 

アシュリーさま、さびし

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

原始の女神の“赫怒”

“原始宇宙”が、世界として君臨していた在りし頃。

 

アシュタレトは様々なものを、その手中に収めた。

 

贅の尽くされた晩餐、絢爛華美な装飾品。

美しい光景、美しい男女。果ては、命そのものも。

 

“原始宇宙”において、彼女が手にしなかったものはなにもない。

格下の銀河程度では決して存在しないものなどざらにある。

 

故に。

これはなんてことはない、貢ぎ物のはずなのだ。

 

 

「………………」

 

 

――血。

アシュタレトが自ら結晶化させ、まるでルビーのように輝くソレが彼女の手のひらに転がっている。

血など、それこそ大海が出来上がるほど捧げられたはずなのに。

 

 

「…………ふふ」

 

 

これは彼の血だ。

 

 

「……ふふ、ふふふ」

 

 

翔太の血だ。

彼が初めて捧げた――アシュタレトへの貢ぎ物。

そう思うだけで、まるで他を追随させない唯一無二の宝を手にいれたように思え……いや、これはまさしく宝。

 

彼女が唯一庇護する、“人類”からの宝だ。

 

 

「……むぅ」

 

 

だからこそ、アシュタレトは少し不満だった。

 

それは、この貢ぎ物を手に入れる為に行った契約(の押し売り)のことだ。

 

アシュタレトは何でも叶えると言った。

翔太はそこで――「兄の所在」を尋ねたのだ。

それ自体はなんてことはない。

地球の衛星軌道上にベル・マアンナを顕現させ、地球を見渡せばいいのだから。地球にはいい迷惑だった。

 

問題は、アシュタレトが何でも叶えると言った時に、即行で尋ねるほどに“兄”を想っている事である。

 

…………このイシュタル・アシュタレトの側に在る事が赦されているのだからそこは貴女様の隣にいることこそが私の願いですとかそういう愛のこもった返――――つまりは、嫉妬である。

 

アシュタレトは自分が目の前にいるのに、遠い誰かを想っている翔太が気に入らなかった。

ていうか、そう想わせる相手こそが心底気に食わなかった。

 

ていうか。

あんな可愛いショウの下を離れるとか正気か。いったいどんな脳みそしてんだ。脳の代わりにヒモQでも詰まってんのか。ほんとどうしようもない愚かなニンゲンの鑑のような奴に違いない……!と。

アシュタレトは偏見を抱いていた。

 

神らしからぬが、女神らしい感情だった。

 

 

 

だから、翔太の血を眺めていると。

嬉しいような悲しいような……でも、やっぱり嬉しいような。悲しいような。

そんな複雑な感情を抱ける。

 

それこそがアシュタレトにとって面白かった。

 

人類への苛立ち、失望、絶望――怒り。彼女を復讐の女神足らしめるその感情。

厭うものではない。だが――好む訳では決して無い。それを忘れられる一時が、殊更彼女を楽しませたのだ。

 

 

故に。

彼女にとっては刹那の時――地球の悲鳴(ノイズ)を聞き損じてしまったのは必然だった。

 

 

 

 

異変に気づいたのは直ぐ。

 

 

「……えっ?」

 

 

――地球が白の靄のようなものに覆われていた。

自然現象による雲ではない。人間の傲慢が招いた人災ではない。

それ以外の――明確な害意によって発生した“靄”。善意と侮蔑に満ちた不自然なソレが地球を隠した。一瞬の事だった。

 

 

「……見えない」

 

 

女神の目を以てしても、地球全体を捉えるのに時間が掛かった。

その間に――翔太を見失った。

 

 

「見えない、見えない……見えない見えない見えない!」

 

 

地球はそれなりに大きな惑星である。

だが、アシュタレトにとっては銀河という海に沈む巨大な岩でしかない。

そこから、岩にへばりついたほんのちびっこい細胞を見つけろ、と言うのは無理な話なのだ。普通は。

 

翔太を見つけた時から、それ以降アシュタレトは視線を逸らす事はなかったし、たとえ見失っても、地球は外的侵略者に関してはノーガードだった(地球さんからすればめっちゃ頑張ってた)ので直ぐに捕捉できる自信はあった。

アシュタレトが細胞を愛する奇特な精神性を持っていたからこそ出来た、邂逅だったのだ。

 

 

しかし、靄のせいで見えない。

この靄が、絶妙にアシュタレトの目を惑わせていた。

 

 

「もうっ!なんでショウの星はこんなに小さいの……!」

 

 

柄にもなく、悪態が漏れるほどアシュタレトは焦っていた。

 

 

程なく。……翔太が見えた。

しかし、その存在はしっかりとしていながら朧気で。

何をしてどうしているのかがまるで掴み取れない。誰かと話しているように見えたかと思ったら、寝ていたと思ったら、何処かを元気良く駆けずり回っているようにも見える。

 

 

「どういうこと……?」

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それが今の地球の現状だと、アシュタレトは悟った。この“靄”がソレ。霧のように現在の上に過去と未来を浮かばせている。

 

どうして、なんで、など――アシュタレトにはどうでもいい事だった。

――翔太に危険が迫っている事に、何ら変わりない。

 

 

「……っ!ショウ!」

 

 

アシュタレトは直ぐに似姿を地球に遣わせた。

 

 

 

 

 

 

……目測を見誤った。

翔太の部屋に直接、顕現しようと思ったのに――アシュタレトがいたのは、翔太の家の前だった。

 

 

「…………」

 

 

翔太の家の周りには、気配は無かった。

鳥も獣も、人間も――何も。痛いくらいの静寂が鋭く広がっている。

何か住んでいただけの石くずが並んでいる空虚。薄気味悪い光輪がそんな残骸を嘲笑うように空を支配していた。

 

その光景が――嫌な記憶と重なった。

 

 

――『どうして……?どうして、誰も居ないの……?』――

 

 

在りし日のノイズが内から湧き出るように。

今の彼女を象ったもの――それが、アシュタレトを苛立たせた。

 

 

「……っ」

 

 

アシュタレトは、それを振り切るように家に入る。

中は薄暗く、どんよりとした雰囲気だけが彼女を歓迎し――踏み入れる毎に、アシュタレトの心に嫌な予感が掠めた。

 

 

「ショウ……?」

 

 

――散らばった服。

すえた臭いの食物、バラバラになった端末、林檎が覗く菓子は床に投げ捨てられていて。

血にまみれた金属の器は、トラップのように何かを挟み込んでい――見たくない。

 

 

「…………」

 

 

血は二階――彼の部屋へと繋がっていた。明るい思い出など無かったのように閉め切られているのが、震える視界に映った。

迷いは無かった。ただすがるようにドアを開け放った。

 

 

「ショウ」

 

 

彼はいた。

アシュタレトとよく向かい合っていた机に突っ伏していた。

眠っているのだ。

 

 

「ショウ……起きなさい」

 

 

ほら。

日記を書いている体勢でいる。

ペンを握る手は血に溢れていて、これでは文字を書くのではなく、血を塗りたくっているようじゃないか。

……その間に寝てしまったのだ。

 

 

「ショウ、ショウ。何をしているのです、貴方のイシュタル・アシュタレトの前ですよ。……そろそろ起きなさい」

 

 

彼の手には、アシュタレトが贈った惑星のネックレスが握られていた。彼女の銀河の物だ。

それはアシュタレトの銀河そのもの。地球程度……それこそ“銀河”クラスでなければどんな干渉も受け付けないほどの強力な――ああ、だから。この子は一人になってしまったのか。

 

――私のせいで。

 

 

「ショウ」

 

 

翔太の頭を撫でる。

ふんわりとしていたはずの髪は、油で固くなっていて――彼女の手を跳ね返す。

 

――起きない。

起きて、くれない。眠っているのだ。眠っている。ただ気付かないくらいに深く寝ているだけなのだ。

 

アシュタレトは――もう、分かっている。

虚弱貧弱無知無能の生命体程度。把握出来ないほど、堕ちてはいなかった。

 

 

「ショ、ウ…………っ」

 

 

アシュタレトは、堪えるように瞳を閉じる。

 

直ぐに開かれた瞳には――たった一つの色に塗れていた。

 

 

「――赦さぬ」

 

 

アシュタレトは空に成り代わった光輪を睨む。

たった一目――それだけで、正体もその目的も理解できた。原生生命体の滓程度の秘匿は滑稽なほど意味はない。

 

全人類……過去と現在と未来を燃料に――世界ごと行う逆行現象。

目的は人類の再定義。愚かな人類を少しはマトモにしてやろうとしているのだ。

 

 

「その程度のことで、私のショウを苦しめたのか……?」

 

 

()()()()()

 

 

 

「この惑星の塵屑共は悉くこの私を苛立たせる……!」

 

 

 

彼女の“赫怒”は煮えたぎっていた。それこそ世界全てを焼き尽くすような。

 

奴らへの、そして己への怒りが――アシュタレト自身を焼き尽くすかのような熱量を産み出していた。

 

復讐の女神は、復讐の女神。

結局はその定義は変わることはなかったのだ。

 

人類への失望――憎悪、“赫怒”のまま。

 

 

全ての銀河は終わるのだ。

 

たった一人の、彼女の“人類”が失ったことによって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()

これは全てにおいて幸運だった。

 

 

 

アシュタレトが、直ぐにでも奴らを根絶やしに向かえば。

――()()()()()()()()()

 

アシュタレトが、その銀河を暴走させていれば。

――()()()()()()()()()

 

アシュタレトが、元の銀河に憎悪のまま戻っていれば。

――()()()()()()()()()

 

 

今、この場。彼の側を離れなかった――彼女の無意識の“執着”。

それが、終末を遠ざける事になった。

 

 

――彼女の“赫怒”は煮えたぎっていた。

 

それこそ――()()()()()()()()()()()()()

 

では、その近くに在った彼はどうなるのか。

 

 

――……………………っ――

 

 

燃える篝火に風が吹き荒ぶように。

ほんの少しだけ……燃え残っていた蝋燭(イノチ)に、火が灯った。

時間にすれば10秒もすれば燃え尽きるような、誤差にも等しい灯火。

 

 

それを見逃すアシュタレトではない。

 

 

「――ッッ!ショウッ!」

 

 

アシュタレトが、掻き抱く身体は小さく冷たい。

このままでは失う事実は変わらない。女神とて、死を覆すという事は不可能だ。だけど、ほんの少しだけでも――生に傾いてしまえば、出来ることなど無数にある。

 

アシュタレトは似姿の唇を自ら噛み切る――溢れる血は、彼女の銀河のように赤かった。

 

 

「ショウ……貴方の奉仕に報いましょう」

 

 

ほんの短く、二人の唇は重なった。

アシュタレトの血が、薄く開いた翔太の口に滑り落ちるように入り、彼の体内を侵していく。

 

アシュタレトは一つの銀河を象る女神。

その似姿から溢れ出づる血のほんの一滴――それだけでも、ただの人間には過ぎた妙薬足り得た。

 

 

「んっ――」

 

 

翔太の瞳がゆっくりと開く。

ぼんやりとした焦点が、アシュタレトを中心に捉えると大きく目を見開いた。

 

 

「ショウ……」

 

 

その言葉には強い想いだけが込められていた。

何を話すにしても、この私が来るまで生にしがみついていた事を誉めねば、とアシュタレトが口を開く前に――

 

 

「うそつき」

 

 

一瞬、何処から聞こえた言葉かわからなかった。

それほど冷たかった。気づけたのは――彼の瞳が同じように冷たかったから。

 

「ショウ」

「うそつき……」

「ショウ」

「うそつき……うわぁぁぁぁ……うそつきぃ……!!」

 

 

くしゃり、と。翔太の顔は歪むと、瞳からポロポロと大粒の涙が零れた。

アシュタレトに縋りつき、感情のままに彼女の胸を叩き始める。何の痛痒もない――なのに、痛さをアシュタレトは感じた。

 

 

「またくるって!あいにくるっていったのに!うそつき、アシュリーさまのうそつきぃ…………!!」

 

 

言葉がアシュタレトから出る事は無かった。

何も言わず――何も言えず。ただただ翔太を抱きしめるしかなかった。震える身体が収まるように、ずっと。

 

 

 

――――こうして、全銀河の危機は去った。

アシュタレトの怒りが、己の人類に対する愛の“赫怒”が、奇跡となったのである。

 

 

とはいえ――。

 

地球の危機は未だ燻っているのはまだ続く。

 

 

 

 

 

「で」

 

 

翔太の部屋の中。

ぶっすぅぅぅ…………という擬音語が聞こえるくらい頬を膨らませた翔太が、アシュタレトを見上げる。

 

 

「うそつきアシュリーさまはなんでこんなにおくれたの?」

「えっと……貴方を少しだけ見てなくて……ほっ、ほら。地球って小さいじゃない?だからね――」

「ぼくにとっては大きいですぅ。アシュリーさまのばか」

 

 

彼の身体は茹るように蒸気して、肌に薄くピンクが浮かんでいた。

脂に塗れた髪は、乾ききってない濡れそぼっていて――せっせと、アシュタレトがタオルで水気を拭っている。

 

――身体中ベトベトだからお風呂入りたい。

泣き終えた翔太が最初に口に出した言葉である。でも、電気も水道も回っていなかったので――アシュタレトが自分の銀河から、彼に何の健康的影響の無いお湯を湯船に移し、そこに入ったのである。翔太が彼女から離れようとしなかった為、しょうがなく……そう、彼女にとってしょうがなく一緒に入った。

アシュタレトにとって意図せず発生した至福のお風呂シーンは、彼女の都合でカットされていた。

 

――可愛らしい。

アシュタレトの全銀河はそれだけに満たされていた。さっきまでのムーヴはいったいなんだったんだ、と思うくらいの落差だった。

 

 

「ぼくずっとまってたのに。さみしかったんだよ」

「……それは本当にごめんなさい。これからは何があっても貴方から目を離さない」

「………」

「……ショウ?」

「……えへへ。じゃあゆるすー。来てくれたもんね」

 

 

膨れた口元は緩んで、アシュタレトに抱きつき、甘えるように頭を擦り付ける。

誰もいなかった反動か、いつもはしないほど強いスキンシップ。それにアシュタレトは――――。

 

にゅひっ――と漏れそうになった、女神らしからぬおぞましい呻きを絶大の意思で押しとどめた。さっきの“赫怒”よりも確固たる意思だった。

 

 

翔太は少しじゃれて満足したのか。

彼女に凭れかかるように座ると窓を見上げた。アシュタレトも釣られるようにソレを見た。

 

空に浮かぶ、忌々しい光輪を。

 

 

「おかあさんたち。どこに行っちゃったんだろう……」

「――あそこにいるわ」

「えっ……どこ!?どこにいるの?」

「だから――あそこ」

 

 

アシュタレトが指差すのは、光輪。

……正確にはそれを形成する渦巻く魂の中に在る、翔太の両親を指差していた。

 

 

「……どゆこと?」

「過去現在未来の人類を使った世界逆行よ。人類を再定義するなんて――心底無駄で、愚かな事をする。そんな事をしたって人類は人類でしかないのに」

「……?ん?ん?」

「……なんて言えばいいのかしら」

 

 

こどもには難しいだろう。

アシュタレトはうむうむ、と分かりやすいような説明を考え出す。

 

 

「タイムマシン、あるじゃない?」

「ドラえもん?」

「それ。それをね、世界ごとやろうとしているの」

「……すごいね」

「そう?私も出来るけど。でも、それをやるには膨大な燃料が必要なの。私には必要ないけど。だから人類全てを使ってやろうとしてるのよ。私は私だけで事足りるけど」

「……つまり、わるいやつ?」

「…………そうね」

 

 

言外に告げるマウントもまた、こどもには難しかったようだった。

翔太はプンスコッ!とばかりに頬を膨らませて、光輪を睨んだ。さっきよりも強い怒りがあった。

 

 

「ひどいねっ!わるいやつっ!まわりのめいわくを考えないなんてサイテーだよっ!」

「そうね。とんでもない外道ね」

 

 

周りの迷惑を考えない最低な奴が何か言ってるが、幸いな事に翔太がそれを知る事は一生無い。

 

翔太は少し俯くと、決意したようにアシュタレトを見た。

 

 

「……アシュリーさま」

「――何も言わなくていいわ」

 

 

それを彼女は遮る。

――翔太はこどもだ。本当なら、頼り切っていいはずのこどもなのだ。

 

アシュタレトは翔太の頬に触れる。

慈しむように撫でる指先には――痛々しい涙の跡がうっすらと残っていた。

つらかっただろう。さみしかっただろう。今も、手をずっと離さないのがそれを現している。

 

なのに、家族の為頑張ろうとしている。

――アシュタレトの為でない事は少し不快だったが、決して好ましくない態度ではなかった。

どういう事か。

つまり――うちの子、良い子過ぎてほんとヤバい。

 

 

「さあ――貴方を苦しめた愚か者共をぶちのめしに行きましょう」

 

 

まあ、それはそれとして、アシュタレト的には落とし前をつけさせないと気が済まないという事も本音だった。

 

その言葉に嬉しそうに翔太は頷いた。

「すぐに準備するねっ!」とバタバタと服やらバッグを荒らす愛しい姿を視界に収めながら、アシュタレトは外を見る。

 

そこにある空虚を無感動に眺める。

ふと聞こえるような記憶は、もう湧いては来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……手っ取り早く、地球を元凶諸共消し飛ばした方が早いのだけど……」

「えっ。だっ、だめだよアシュリーさま。おうちがなくなっちゃう」

 

――ヤ メ テ――

 

「大丈夫。私の神殿には部屋が沢山あるの。ふかふかでおっきいベッドもあるわ。移住しましょう?」

「ふかふか……でっ、でもおにいちゃんたちが――」

「――じゃあ、貴方の家族も一緒に」

「えっ」

「三食お昼寝、私付き。アットホームで明るい環境。今だけ」

「えっ……えっ、どうしよう……」

 

――マ ケ ナ イ デ――

 

「………………じゃっ、じゃあ――あっ、ダメだ今週ゲームの発売日だ!それに土曜日はおとうさんがお寿司屋さんに連れてってくれる約束してるの!」

「あら」

「……来週じゃダメ?」

「……仕方ないですね。貴方きっての頼みです。――地球を滅ぼし、貴方が私の銀河に移住するのは来週以降にしましょう」

「うん!」

 

「………………」

「………………」

「……あれ?そういう話だったっけ?」

「そうよ」

「そっか」

 

――チ ガ ウ――

 

 

二人が家を離れ、アシュタレトの頼みで広い所へと向かっている最中に発生した、戦慄の会話の一部始終である。

無垢な者を言葉巧みに騙す詐欺師の手口に似て――いや、そのものだった。

 

あんまりにもあんまりな内容だったからか。

地球自体に干渉され、その機能を奪われつつある“星の意思(ガイア)”が残る力を振り絞った渾身の警告を発していたが――ただの人間でしかない翔太には聞こえなかった。

アシュタレトは普通に無視してた。

 

 

 

「アシュリーさま。広いとこってここでいい?」

 

 

翔太がアシュタレトを案内したのは――彼が通う小学校の校庭だった。

誰も居ないサッカーゴールには、ボールが静かに絡み付いていた。翔太は知らずにアシュタレトの手を強く握る。

 

 

「ええ、良くやりました」

 

 

彼女は安心させるように翔太の頭を撫でた後――パチン、と指を鳴らす。

すると、途端に“赤い銀河”が辺りを包み始めた。

それは直ぐに集まり、一つの形になる――アシュタレトの似姿の中で、多くの人類の畏怖を集めた――巨大な、赤のドレスを身に纏った黒髪の少女。

 

女神神殿、ベル・マアンナ。

翔太が初めて見たアシュタレトの姿である。

 

 

「わぁ。べる・まあんなさんだ!」

「……私もベル・マアンナなのだけれど……まあいいわ。ショウ、もう少し近くに寄りなさい」

「……?こう?」

「ええ、最高ね」

 

 

なにがとは言わない。

アシュタレトはその“神威”を動かす。

ベル・マアンナはおもむろに空間を()()と、それを力強く引き千切った。

 

硝子が割れるように砕け散った空間から覗く――汚らわしい大量の目玉が柱のように無数にひしめき合っていた。

 

現在。過去。未来。

今の地球はそれが全て同じ場所に重なり合っている。故にそれらに時間も距離も無く、全ては薄皮一枚で折り重なっている。

つまり、それを引き千切れば――隠された気色の悪い元凶の居所に通じるという訳だ。

どういう訳かなどはアシュタレトにしかわからない。

ただ――敵は直ぐそこにあった。

 

 

彼女は、()()()()すぐに我に返って、翔太の視界を隠すように腕を伸ばす。

彼にとっては気味が悪いだろうと思ったのだが――

 

 

「かわいい……」

 

 

――小さく呟く、その言葉に思いっきり顔を翔太に向けた。

 

 

「かわ、いい……?アレが?」

「えっ、幼虫の足みたいにモコモコしててかわいくない?」

「……幼虫の足?」

 

 

意味が分からない。

この一銀河たる女神を困惑させるとは実に大したものだ、と混乱のまま、アシュタレトは思った。

よく分からないが、翔太が好きなら一匹……一本?くらいは持ち帰るか、と静かに頷く。アシュタレトにとっては触りたくもない汚物だが、しっかり躾ければ違うかもしれない。……それで駄目なら全て無かった事にするが。

 

空間の前に、アシュタレトは隣の翔太を見やる。

その視線を受けた彼は、ポカンと首を傾げた。

 

 

「……怖くない?」

 

 

彼女の言葉に、翔太は少し確かめるように繋ぐ手をにぎにぎすると、

 

 

「……ううん、こわくないよ」

 

 

そう言った。

そこに何の虚飾も恐怖も無くて――

 

 

「だって――アシュリーさまがいるもん。かなしい、さびしいって言ったら来てくれた。だから、アシュリーさまがいればもう何にもこわくないよ」

 

 

そう健気に笑う翔太に、確固たる意思など粉砕され――

 

 

「……にゅへっ」

 

 

堪え切れず、変な声が出てしまった。

それを誤魔化すように――空間に躍り出る。決して離さないようにしっかりと抱きとめながら。

 

 

「えへへ」

 

 

そんな彼女を、翔太は嬉しそうに見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、()()()()()()()()

現在・過去・未来が入り乱れる時空の彼方。そこに在る元凶へ向かう扉を捩じ込んだ時。

 

触れたその一端。

 

 

こんな――

 

 

こんな――

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

そう理解した時の、奴らへの――そして彼女自身への怒り。

銀河を埋め尽くしたのは、先ほどよりも強いイシュタル・アシュタレトの“赫怒”だった。

 

――世界は知る事になるだろう。

 

 

 

彼女達にとっては、()()()()()

 

奴らにとって。

――そして、“星見台”にとっては()()()()()

 

 

 

全てを台無しにする原始の女神が間近に迫っていた。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最後のマスターの“困惑”

昨今、ナッツでも摘まむように頻繁に発生していた“地球の危機”だが、今まさに地球を包みこんだそれは――まさしく、滅びに等しいものだった。

とある女神による『極限まで擦り切れた縄でバンジージャンプを敢行する』みたいなギリギリ何とかなるようなものではない――ガチである。

 

神話に描かれる蛇のように狡猾で、逸話に語らえる悪魔のように悪辣な――侵略。

細部まで疵すらない計画に、地球は太刀打ち出来なかった。

 

()()()()()()()()()

誰も予測出来ず、誰も防御出来ず、誰も反撃出来ず――そも、攻撃を受けたことすら識る事も無かった。

        

抑止(アラヤ)”は力の源を失い、“星の意思(ガイア)”は浸食され、苦痛に喘ぐ。

 

 

最早、誰も抗する者は居ないように思えた。

 

ただ一つの組織以外は。

 

 

――カルデア。

 

 

それは科学と魔術――両者を兼ね備えた、人類の英知そのものである特務機関。

だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()――地球上に残された、唯一の“人類”の共同体。

 

突如起こった――人類の終焉。

カルデアは、それを阻止するべく奔走する事になる。

逃げる場所はない。故に、それに立ち向かわねばならなかったと言っていい。

茨の道だと分かり切った道行きを臨まねばならぬ苦痛は、絶望と共に彼らを苛み続けた。

 

 

人類の生存の道――それは、元凶との戦いへの道だった。

 

 

人類が歩んだ道筋、人類史――“人理”に、染みのように広がっている不可解な点。

都合七つ、癌のように巣食っている()()()。それらを修正し、正す事が出来れば、この事態を打破し、人類を救う事が出来るだろう。

 

人類の存亡を賭けた大戦争。

その矢面に立てるのは――たった一人の、何も知らない青年(こども)

 

この戦いには特別な素養が必要だった。

多く集められたが、元凶によって、謀殺され、生き残った人員は素養は皆無。

 

であるならば――“彼”、藤丸立香が前線に立たなければならないのは必定だった。

たとえ、彼が何も知らぬただの人間であったとしても。

 

最後の人類――最後の“マスター”は。

 

過去の偉人・英雄を“サーヴァント”として使役し、まだ見ぬ未来の為――歪んだ過去に立ち向かう。

 

 

 

それは、未来を取り戻す物語(Observer on Timeless Temple)

 

 

 

 

 

――まあ。

そんな事は置いといて(詳しくはFGO第一部で検索検索ぅ!)

 

 

藤丸立香には大切な家族がいる。

それこそ――ちっぽけな青年が、世界を救おうとするくらいには。

 

 

 

 

 

―――

――

 

 

 

――母さんは料理が得意だ。

 

和食洋食なんでもござれ。中華もすごい。お菓子作りもお手の物。何故かケバブもできる。

祝い事の為に店を巡るよりも、母さんの肩を揉んでおねだりした方がいいくらい、料理が美味しい。

 

ただ――カレーが死ぬほど不味い。

 

どう作ろうが、何をしようが、水っぽいカレーが出来上がる。いや、もうアレはカレーに失礼だ。あれはカレー風味のお湯だ。そうに違いない。全員に不評なのに、たまに作るのだ。

父さんと俺は、そういう時は何かと理由をつけて食べるのを避けるのだが、弟が「おかっ、ひぐっ……!おかあさんがせっ、せっかく作ってくれたから……!!」とあまりの不味さに半泣きになりながら食べているのを見て、罪悪感から結局俺らも半泣きになって食べたのを――思い出す。

 

……そんな姿を見て、なんで母さんはあんなに満足気にしてたのかは今でも謎だ。

いつか、聞きたいと思ってた。

 

 

 

――父さんはアニメが好きだ。

 

小さい頃からビール腹を揺らしながら、喜色満面に様々なモノを俺たち兄弟に見せてきた。

アンパンマンとかの幼児向け。仮面ライダー戦隊もの。果ては深夜アニメまで。俺はあまりハマる事はなかったけど、弟は紹介するもの全て目を輝かせて見てたものだった。

 

ただ悪趣味なことに、たまに地雷を挟む。

 

地雷というか、ホラー要素というか……。

小学一年生に見せるものじゃないものもたまに見せて反応を楽しんでくるのだ。……思い出せば、直ぐに「ま゛み゛さ゛ぁぁぁぁぁぁん!!」と泣きじゃくりながら腹に突進してきた弟の泣き声が耳の奥から聞こえてくる。そんな弟を意地悪くニヤニヤしている父さんはほんとに悪趣味だった。

それで少しの間避けられて落ち込む父さんも、またケロっとして地雷に突っ込む弟も。

学習能力無いのかと母さんと外野で眺めていたのをーー思い出す。

 

 

帰ってきた時に、秘蔵の物を見せたいと父さんは言ってた。

それが、今ではどうしても気になる。

 

 

 

――弟は。

翔太は、いい子だ。

 

俺によく懐いてくれて、家にいるとちょこちょことついてくる。カルガモか、と良くからかわれていた。

気弱なのに一度決めたら勢いは凄いし、人見知りだけど一度身内認定したら誰であろうと笑い掛ける――目の離せない弟。

両親の謎の英才教育のせいか、泣き癖があって――翔太の思い出は、たいてい泣き声から蘇ってくる。

 

うるさいとは思った事は無かった。

子猫が庇護者求めて鳴いてるのと似ているようで。構えば、満面の笑みで迎えてくれる翔太は、安らぎにもなったし――今でも。

脳裏に浮かぶ半泣きの笑顔は、くじけそうになった時の助けになってくれた。

 

 

 

 

――俺は普通の人間……の、はず。

母と父、そして弟の四人家族。そんな三人が大好きで――ほんのちょっと、大きな夢を持っているこども()()()

 

そんな俺が――

何の因果か、世界を救う事になるなんて。

翔太の泣き声に後ろ髪引かれつつ、家を出たあの時は思いもしなかったんだ。

 

 

 

――

―――

 

 

それは元凶へと向かう一本道。

時空断層の中をーー立香は走る。皆との絆によって開かれた道を、共に戦ってきた少女と一緒に。

 

思えば、随分遠くまで来たなぁ……なんて。

 

立香はぼんやりと思った。今がそんなぼさっと物想いに耽るような時ではないのは分かり切った事なのだが。

 

 

 

――物語(たたかい)は終盤へと突入していた。

 

七つの戦場。七つの苦難。七つの絶望。

そして――七つの希望を以て。全ての特異点を修正し、カルデアは元凶の下へと往く事が出来た。

 

間に合ったのだ。

 

全ての元凶たる、ソロモン七十二柱の悪魔達――“魔神柱”の本拠地、時間神殿へと突入し、最後の戦いに臨んだのだ。

 

 

絶望が――希望へと変わり得る時が来た。

 

七つの特異点(と、実に奇妙(アッパラパー)な特異点)で、共に戦った偉人・英雄達が――力を貸してくれたのだ。

時間すら切り離されたこの地で、小さな縁を手繰り寄せて――ちっぽけな人間を、藤丸立香を助ける為に。

 

ソロモン七十二柱の悪魔――“魔神柱”は、この地では無敵そのもの。

だが、多くの希望による強い意志は、それを覆すに値して。

 

 

 

だからこそ――藤丸立香は、そこへと走っている。

 

魔神柱達が守っていた、時間神殿の中枢部――ソロモンがかつて座した至高の玉座へと。

 

 

 

ふと、立香は胸元に提げていた懐中時計を握る。

 

それは元は無かったもの。

人理を救う戦いの中で、造って貰ったものだった。

 

立香には良く分からない魔術的意匠が施され、何だか良く分からない加護が気付けば追加されたその中には――写真が入ってる。

 

――呆れたように笑う両親と、満面の笑みの弟。皆に囲まれて照れくさく笑う立香。

 

それは、家を出る前の旅行の時に撮った写真。手の平に残った唯一の思い出。

――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

写真をずっと手元に持っていたい、と。

そうして出来上がったのがこの懐中時計だった。

 

いつも何かと茶化してくるダ・ヴィンチちゃん(理想の女性に成り代わったヤベー奴)が、何も言わずきちんと作ってくれた逸品。

 

苦難の中でも、これがいつか戻る道しるべとして。

心強い支えになってくれた。

 

 

写真の立香と、今の立香はまるで違う。()()()()。当然と言えば、当然。

 

肌は焼けた。筋肉も付いて、腹筋はバキバキに、腕にも良い筋が刻まれたし。背も伸びた――生傷は随分と増えた。

写真を見返しては、こいつ誰だよと可笑しくなって笑うくらいには変わっている。

 

全て終わった時。家に帰ったその時。

 

家族はこんな自分に、()()()()()()()()()()()

 

 

「……先輩……?」

 

ふと、我に返る。

手に柔らかな感触。気がつけば足が止まってしまっていた。

隣には、最初から最後まで自分に付き添って――共に戦ってくれた少女がいた。

 

――マシュ・キリエライト。

 

カルデアに来た時から一緒に戦ってきた。

身の丈以上の盾を以て、守ってくれて――守ってきた、“後輩”。

 

 

「マシュ……」

「大丈夫です。きっと、なんとかなります」

 

 

……急に立ち止まったのが不安になったと思ってくれたらしい。

握られた手から伝わる体温が、見つめられる視線が――気遣いの色を示していた。

ほんと、優しい子だ。彼女の命は、もう終わろうとしているというのに。それほどまでに慕ってくれる事実が、ただただ立香は嬉しかった。

 

その綺麗な瞳には――“今”の立香が映し出されている。

 

前とは違う。

戻りたいとも思った事はある。あの時、ああしていれば此処には居なかったのにと益体の無い事を考えたりすることはあった。

 

ただ――後悔の気持ちは、ちっとも湧いて来なかった。

 

 

 

「うん、行こう――終わらせよう、マシュ」

「はいっ!」

 

 

 

そうしてーー極点へ、魔術王ソロモンを戴く、至高の玉座へと至る。

 

藤丸立香は、元凶と相対する。

家族を助ける為に。少女の笑顔に報いる為に。

 

胸元に在る写真のように、また家族と笑いあえる未来の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玉座に在る元凶――魔神王ゲーティアは変生する。

彼が統括する七十二柱の悪魔たちを束ねた超存在へ。

 

木々が強く根付くように、人の形をした異形へと。

 

 

『――さて。敬意は十分に払った。ようやく、報復の時間だ』

 

 

ゲーティアは計画の全貌を立香達に明かした。

それは彼にとっては、無駄な行為に等しい。故に、文字通りの敬意。

ここまで辿り着いた勇者達へと手向ける、最期の華のようなものだったろう。

 

 

今回の“地球の危機”の元凶は――ゲーティア。

遥か昔、良き王として在った魔術王ソロモンが使役していた七十二柱の悪魔達――それらを統括する、術式(レメゲトン)

 

ソレは、人類の『悪しき感情』に深く絶望し――これを打破すべく、七十二柱の悪魔と結託した。

 

 

――人類など悪しきに塗れた汚物。だが、悪しきを取り除けば、もっと良いモノになり得るはず。

 

 

そうした“憐憫”の下――彼らは計画した。

ソロモンの亡骸を乗っ取り、彼が遥か天上の神より賜った千里眼を用いて、“抑止”にも“星の意思”にも邪魔されぬように入念に計画し、決行したのだ。

創世記より2016年までの人類の“熱量”を用いた、世界そのものの時間逆行。

 

ゲーティア自身が、原始惑星――“星の意思”と成り代わる。

悪しきを取り除いた、より良い生命へと変生させる――人類の再定義をする為に。

 

 

『“ようこそ諸君。早速だが死にたまえ”――無駄話はこれで終いだ』

 

 

立香は、静かに身構える。

少女の盾と共に、気丈に敵を睨む。

 

一年間の戦い。七つの特異点を巡ったグランド・オーダー。

ただの少年を英雄へと押し上げた――その集大成。

 

今、結実の時を迎えようとし――――――

 

 

 

「――にょわ!?」

「――ひゃぁ!!」

 

 

 

――間の抜けた声が響いた。

 

気合いでつり上がった目尻がユルユルと下がってしまう。

キャーキャー喚くその声に、立香とマシュは一瞬目を合わしてから、その方向を見やる。

 

そこは今いる玉座から離れた場所。

ゲーティアと在る七十二の悪魔達――“魔神柱”と戦っていた戦場の中で。

 

二柱の女神がそこにいた。

 

美と豊穣、そして戦いと破壊を司る女神、イシュタル。

その血縁にして、冥界の女主人、エレシュキガル。

 

神話に語られる有力な神。

立香が出会った中でもその強さと美しさに息を呑むほどの女神達が――顔を青くして、震える自らの身体を抱き締めていた。

 

 

「なななっ何か掴まれた!がっつり霊核握られた気がするんですけどぉ!ちょっとなんなのよ!」

「何なのだわ何なのだわ何なのだわ!?女神である私の霊核に干渉するなんて……はっ!まさか、お母様?私たちの縁で顕現を――」

「――ちょっとぉ!アンタ只でさえ陰気臭いんだから、縁起でもない事言うんじゃないわよ!!」

 

 

二人の騒ぎに呆気に取られてぼんやりと聞いていた立香の前に、さらなる異変が訪れた。

 

 

『むっ……?』

 

 

突然、今のゲーティアを形成する手の指の一部が解け、一柱の“魔神柱”が出現したのだ。

 

 

『――統括局(ゲーティア)

『どうした、アスタロス。何故、結合を解いたのだ』

 

 

立香はゲーティアを動きを注視しながら、呼ばれた悪魔の名を静かに反芻した。

 

――アスタロス。

 

ソロモン七十二柱の29番目。40の軍団を率いる公爵位の悪魔。

過去、現実、未来の真実を教える力を持つ。

その起源は古く、異教の豊穣の神々に通ずるとも言われ、一説ではイシュタルが悪魔へと貶められ、“淫蕩”と侮蔑された者だとも。

 

それがアスタロス。

起源に寄るとこうも呼ばれる。

 

 

――()()()()()()と。

 

 

 

『――我を弾劾せよ。アスタロスは、時間神殿より追放を求める』

 

『何故だ?』『英霊共に臆したか』『我らの偉大な計画は成就寸前である。その判断は合理的ではない』『何故だ』

――『アスタロス。統括局より回答を命ずる。此処に至って何故、その結論に至った』

 

『それは……それは、 は は は 』

『アスタロス?』

 

――ピシリッ。

小さく、だが確かにひび割れた音が響く。

それは次第に増していき、アスタロスの身体が卵の殻のように砕けていく。

罅の奥からは――“赤い空”が漏れ出し、拡がっていく。

 

 

『あり 得ぬ。ふざけるなふざ けるなこんなこ とがあってたまる か』

『アスタロス!』

『統括 局。早く我を 私を 追放     た すけ 』

 

 

――瞬間。

 

視界全てが赤で埋め尽くされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――……計器が正常に機能していません!……――

 

――……第七特異点を遥かに上回るエーテル濃度を叩き出してる!神代とは比べ物にならない……!……――

 

――……時間神殿内、急速に“変化”しています!なにがどうなっているんだ……――

 

ーー……ッッ!立香君!マシュ!応答を!……――

 

 

――眩む視界。

耳に入ってくるがなり声に立香の意識はゆっくりと覚醒し始めた。

 

「お、俺は……?」

「んっ、んぅ……」

 

いつのまにか気を失い、倒れていたらしい。

寝起きのようにぼんやりする思考からそんな感想しか出てこない。

マシュも気がついたらしく、身体を起こしていた。

 

 

――……応答を!……くそっ、応答をッ!……――

 

――……時間神殿内の英霊の数は変移していません!そして、マスター立香、サーヴァントマシュの生体反応の確認が取れました……――

 

――……モニターの復旧を急げ!状況がわからない!……――

 

 

「応答を……」

 

立香は手首に嵌めた端末を操作しようとするが――返すのはノイズのみ。どうやら何かの反動で機能がおかしくなったようだった。バチリッと小さく火花が散った。

カルデアの皆が慌ててる様子だけが聞こえている。

 

「マシュ。そっちの端末は……?」

「………………」

「……?マシュ?」

 

マシュの端末はどうだろうと訪ねて見たが――彼女は上を見上げたまま、固まっている。

どうしたのだろう、と立香を上を見上げると、

 

 

「……うわっぁ」

 

 

――“赤の宇宙”が、立香達を見下ろしていた。

金色に輝く恒星、七色に浮かぶ星々がその輝きをより美しく彩っている。

時間神殿の空を食い尽くしたように、それだけが(ソラ)を支配していた。

 

「……きれい」

 

マシュの呟きに、立香は静かに頷くしか無かった。

掛け値なく美しかった。今まで見てきた夜空、星、宇宙を以ても比べ物にならないくらいに。

それこそ、此処が戦場でなければ――膝を突き、涙を溢すだろうと思うほどに。

 

 

『あり得ぬ』

 

ゲーティアの声が聞こえた。振り向くと直ぐ近くに立っている。立香達は体勢を起こして、警戒するが――そんな事はどうでもいいように、ゲーティアは呆然と宙を見上げていた。

雑多に聞こえる魔神柱たちの困惑を押し退けるように、ゲーティアも困惑を溢す。

 

 

『我が時間神殿を容易く塗り替える存在など、この星に存在する訳が――――否!仮に在ったとしてもそこまで旧い存在が顕現するはずが……!!』

 

 

――赤い宇宙が音も無く脈動する。

星々が集まり、砕け、爆発しながら――それは一つの形を創り出した。

 

()()()()

 

地球の人々が見慣れた宇宙の蒼を垂らしたような髪。可憐でたおやかな肢体を宇宙が彩り――その小さな頭に埋め込まれた、角のような大王冠が異彩を放つ。

 

全てが異質。だが、全てが王道そのもの。

宙に比べて、小さいのに――何故だが、視界が少女以外を写さない。

 

そうした存在が――赤の宇宙を統べるように浮かんでいた。

 

 

――……新たな反応を確認!これは……霊器反応――サーヴァントです!……――

 

――……クラスはアヴェンジャー!……いや、待て。今ルーラーに。いやまたアヴェンジャー……ああ、もう!クラスがはっきりしない!……――

 

――……サーヴァントだって!?馬鹿な、ここまでの計器反応だぞ!?サーヴァントであるはずが……――モニター回復しました!今映し、……――

 

 

 

「――不快な」

 

 

ふと――鈴のような可憐な声が、響いた。

立香とマシュはそれを聞いて、背筋が一瞬で凍結したような錯覚を受けた。

そこまで声色は冷たく――侮蔑に満ち満ちていた。

 

 

「――貶められた名とはいえ、仮にも私の名を冠する者としてあり得ない。優雅さもないおぞましさ。故に散れ。我が銀河の塵が似合いだ

 

「だが」と少女は、視線を揺らす。

その先を辿ると、イシュタルとエレシュキガルがいた。

 

「其処の者たちは赦す。我が名にふさわしいとは言えぬが、それに見合った格はしている。私は、私と私が愛する者には甘い女神だ」

 

――女神。

少女はそう言った。そう、納得できるほどの威圧があった。

立香は震える身体を何とか抑える。

 

 

“困惑”以外に無かった。

 

アレはなんだ。何故此処にいる?ゲーティアが元凶なのでは無かったのか?どうしていきなり脈絡もなく――こんな存在がここにいる?

 

 

「――我が銀河より、布告する」

 

 

だが、そんな疑問など知らぬとばかりに――

 

 

「滅びよ」

 

 

端的に――女神は、敵対の意志を示した。

 

“赤の宇宙”が蠢き出す。

そうしてそれは直ぐに形となった宙に現れる。

 

時間神殿全体を覆い尽くす――巨大な女神がそこに浮かんでいた。爛々と輝く金星のごとき瞳は、眼下の有象無象を睥睨していた。

 

――絶句。

 

表すならその言葉。

これが何を意味しているのか、時間神殿の全ての者達は理解した。

――この場所全てが、かの女神に捉えられているのだ。

 

女神は眼下の者達を見下ろしながら「そういえば」と軽く呟いた。それだけで嫌な予感を覚える。

 

 

「骸に群がる蛆の分際で高尚な言葉を吐いていたな?仕方ない事とはいえ、その蛆から顕現した身――同じ言葉を贈ろう」

 

 

――スッ、と。

女神はなんとはなしに右手を上げ、人差し指を立てる。そうして、眼下の全てへ指を差す。

 

それはまるで――銃口のようで。

 

 

 

「“ようこそ諸君。早速だが死にたまえ”」

 

 

 

その言葉と同時に宇宙が脈動を始め――――金色の極光が指先へと集まり出した。

 

 

 

その感覚を。

時間神殿内――女神の宇宙にいる全てが理解した。

 

皆の本能が、皆の理性が、皆の存在そのものが――告げる。

 

それはまるで“一個の意志”のように。

 

 

――ア レ ヲ 撃 タ セ ル ナ――

 

 

 

 

「皆!あの女神を攻撃して!!――()()()()()()()()()()()()!」

『統括局より伝達!あの宝具を止めろ!!――()()()()()()()()()()()!』

 

 

奇しくも両者の意見は一致した。

立香が培ってきたマスターとしての勘が、知恵が、経験が、囁いたのだ。

――彼女をどうにかしないとまずいと。

 

このまま争っている場合じゃないのは英霊も、魔神柱も理解した。あの女神の指先から迸るあの極光を、どうにかしないと終わるのだ。

両者向けていた攻撃を、女神に向ける。そこに何ら躊躇いはなかった。

 

終わる、とは。誰も考えたくない結末に終止する。

 

 

「先輩!あれは……あれは……!」

「……落ち着いて。とりあえず、近づこう!ここからじゃあ迎撃もままならない!」

「はっ、はい……!」

 

「マスター!マシュ!」

 

駆け出そうとする立香達に上空から声が掛かる。

見上げると――イシュタルが怒濤のスピードでこちらに急降下してきていた。

 

「えっ……ちょっ、イシュタ――!」

「――いいから乗りなさい!!」

 

イシュタルは地面に激突スレスレで、急浮上。

その瞬間に立香とマシュの身体を掴んで引き寄せた。

イシュタルの天舟(マアンナ)にくくりつけられるように乗せられ、そのまま上空に躍り出る。

 

「っとと!いっ、イシュタルさん!」

「乱暴でごめんなさいね、マシュ。状況が切迫してるでしょ?――このアタシですらそれが分かっちゃってるの!近づきたいんでしょ!行くわよ!」

「――うん、ありがとう。イシュタル」

 

「お礼は宝石でヨロシク。おっきい箱一杯にねっ!!」

 

 

――上空を駆け巡る。

英霊達、魔神柱の攻撃が絶え間なく女神に降り注ぎ、轟音と閃光に何もかも眩みそうになりながら、前へと。

 

 

「先輩……カルデアとは……」

「うん、駄目だ。音は拾えてるみたいだけど……」

 

二人は端末を操作して、何とかカルデアと連絡を取ろうとしたが――無駄で。

あちらの混乱と怒号は聞こえるだけで、応答は出来なかった。

 

支援は無い。

そんな事実に立香は知らず、拳を強く握りしめた。

 

そんな時――

 

 

 

「もう駄目なのだわ……おしまいなのだわぁ……」

 

 

 

ふと――死ぬほど情けない声が、耳に入る。

イシュタルにも聞こえたらしく、苦虫を噛み潰したような顔をした後――溜め息。

減速して、その声の方を向く。立香達もそれは倣うと――

 

周りにキノコでも生えそうなくらいジメジメした雰囲気の中で、膝を抱えているエレシュキガルがいた。

……魔神柱たちと格好よく戦っていた姿は夢だったのだろうか。

 

 

「ちょっと、エレシュキガル!仮にもアタシの血縁なんだからちゃんと戦いなさいよね!」

「無理なのだわ!だってあれは……あの方はお母様(ティアマト)より上よ!?」

 

 

――ティアマト?

立香達が思い出すのは、第七特異点――最後の敵となった、バビロニアの地母神、生命の母だ。

彼女の存在こそがバビロニアそのもので、ティアマトを殺せばバビロニアも同時に死ぬという凄まじい存在……で……。

 

立香とマシュは――青ざめた。

もしエレシュキガルの言が正しければ、ここに在る“赤の宇宙”はあの女神そのもの。

底が見えない宇宙が相手になるのだから。

 

 

「お母様の源流!お母様の……“()()()()()()なのだわ!ここはあの方の宇宙……もう誰にも止められない!」

 

 

エレシュキガルは髪を振り乱すように叫ぶと、暗い暗ぁい眼差しを立香に向ける。ちょっと「うっ……」と叫んでしまうほど負の感情で溢れかえっていた。

 

 

「立香……死んだら私のとこに来て欲しいのだわ……そこで二人で一生仲良く暮らしましょうね……」

「――だぁ、かぁ、らぁ!縁起でも無いつーの!アンタが言うとぉ!!」

 

 

イシュタルは絡み付くような情念を振り切りマアンナを飛ばす。

あの女神へと近づいていた。

 

 

「…………」

 

 

英霊と魔神柱。

それらの総攻撃を受けてなお、びくともせずに極光を高める恐ろしい存在へと。

 

 

「――アイツの言うとおりっぽいわねぇ」

 

 

なんとはなしにイシュタルは呟いた。

 

 

「でもまっ――世界を救うのがアンタたちの仕事でしょ?なら、ちゃっちゃと――――!」

 

 

ふわっと、立香とマシュは地面に投げ出される。

極光迸る女神の正面へ。

 

 

「世界を救っちゃいなさい!大丈夫よ!――この美と豊穣のイシュタルが最期まで見ててあげるんだから!」

 

 

魅力的なウィンク一つ。

イシュタルは、そのまま上空に躍り出てむやみやたらにビームを乱射し始めた。

 

 

「なんか、イシュタルさんらしいですね」

「ははは……」

 

 

呆れやら、元気が出たやら。

だから、それでも。二人が溢す苦笑いには緊張は無くなっていた。

 

 

 

 

 

 

『――来たか』

 

ゲーティアは、立香たちよりも早くそこにいた。

女神の指先の方向――極光が、時間神殿に最初に接触するであろうポイントに。

 

 

「ゲーティア」

『…………我が第三宝具による相殺を図る。貴様らがそこで黙って見ているか――撃ち漏らしを迎撃するかは好きにしろ』

「わかった。マシュ、行ける?」

「はいっ!任せてください!!」

 

立香達はゲーティアの前に立ち、長盾を地面に打ち付ける。

迎撃の態勢――ゲーティアの力を以てしても受けきる事が出来ないのは理解出来ていた。

 

 

高まる極光。輝きは鳴り響く教会の鐘のように重く、高く、拡がりを見せている。

 

「………………」

『………………』

 

だが、立香達の周りは妙な静けさが漂っていた。

だから、ふと立香の口が開いた。

 

 

「ゲーティア」

『………………なんだ』

「この結果は予測出来なかったの?千里眼、ってのがあるんでしょ?」

『……ソロモンの“千里眼”は過去未来全てを見通す。だが――地球という星の中だけだ。“外”は、見えぬ』

「……“外”?」

『…………愚図め。この地球の外、宇宙から来る者に関しては視る事など出来ん。それだけだ』

「……そうなんだ」

 

なら、あの女神は宇宙人。それも侵略者のようなものなのだろうか。

立香はぼんやりと考える――そうやって益体の無い事を考えていないと気がやられてしまいそうになる。

 

 

「なんか変な気分だな。さっきまでいがみ合ってたのにね。でも、悪くないとも思う。……ゲーティアもそう思う?」

『七十二柱の決議を待つ必要もない――虫酸が走る』

「ははっ、だよね」

 

 

――極光は一段と輝き始めた。

英霊の意志も、魔神柱の演算も、意味を為す事は無かった。

 

――極光はまもなく放たれる。

肌でそう理解できた。

 

 

「――任せたよ」

『言われるまでもない――我らの偉業。とくと拝み、咽び泣け』

 

 

時間神殿が動き出す。

魔神柱が計画し、まんまと奪い取った人類の“熱量”。

それが今、束ねられている。

 

 

『我が偉業、我が理想、我が誕生の真意を知れ!』

 

 

立香の視界の後ろが――にわかに輝き出す。七色に輝くそれは人類の命の輝き。

何故だか、背中に妙な温かみすら感じた。

 

 

『――讃えるがいい。我が名はゲーティア!』

 

『人理焼却式――魔神王ゲーティアである!!』

 

 

ぶつかっていく人類そのものの“熱量”。

奇しくもそれは――まるで、全人類が一致団結して侵略者に立ち向かっているような、そんな滑稽さがあった。

 

ぶつかりあっていく極光と熱量。それを睨み付けていると――

 

ふと、立香達の端末にノイズが走る。しばらくして、声が聞こえてきた。

 

 

――……これは聞いているかはわからない。だけど、カルデアの医療顧問として……いや、一人の人間として君たちに伝える事がある……――

 

――……あの極光は、あり得ないほど“質量”を持ってる。地球のありとあらゆる全て――それこそゲーティアの“光輪”を以てしても勝てないだろう……――

 

 

――嗚呼、やっぱりそうか。

立香の胸中に浮かんだのはそんな感想。

金色の極光が迫ってきている。ゲーティアの偉業など塵屑のように蹴散らしながら。

 

 

『……ッッ!ウォオオオオオオオオ!!!!』

 

 

――……時間神殿は今、地球と密接に交わってる。玉座を中心にゲーティアの求める世界へと変わっていく手筈のはずだからね……――

 

――……あの極光をまともに受けたら、時間神殿諸とも地球が消し飛ぶだろう……――

 

 

からん、と足元に何かが転がった。

視線を下げると――カルデアのマークが施されたアタッシュケースがあった。

 

 

――カルデアの、今この通信以外の魔力を 根こそぎそっちに送った。……届いて ると良いん  だけど……――

 

 

ケースはいきなりパカッと勢い良く開くと――視覚化出来ているほどに濃密な魔力がマシュを包み込んだ。

 

 

――……立香 君、マシュ。ボク は君たちに謝らな い といけない 事がある。でも、面と向か って言いたいん だ。こんな 通信越しじゃ なくて……――

 

――……これ が最後の、通信……とは、思いたくな い。でも、最後と 考えて……君たち にお願い、するね……――

 

かすれ薄れていく通信。

だが、迫り来る極光の中でも、それは明瞭に聞こえた。

 

 

――……この世界を、地球を、頼む……無力なボクを赦してくれ……――

 

 

「先輩」

 

ふと、マシュの声が聞こえた。

 

「手を、握ってくれませんか」

 

立香はそれに応えるように、盾を支えるマシュの手に自らの手を重ねた。

発動し、消えていく令呪。高まる魔力。

 

それでも足りないと確信出来るほどの極光を相手に。

――二人は静かに視線を合わせる。

 

 

 

「――いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)!!」

 

彼女の宝具が発動する。意志がある限り、決して崩れる事の無い守りの城を顕現させる。

 

背に世界を庇って。

全身全霊を以て、滅亡の極光に。少年少女は向かい合った。

 

 

 

 

 

 

――時間神殿は崩壊寸前まで行った。

 

言い換えれば、そこまで耐えきれた。()()()()()()()()()

創世記から現代までの人類の“熱量”と世界を救う為、勇気を振り絞った意志が、滅亡の極光を凌いだのだ。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

「ぅ……くっ……」

 

残ったのは満身創痍の者達だけ。

立香達は疎か、英霊達も魔神柱も力を振り絞り切っていた。

敵と味方。決して相容れない者達が地球を、世界を守ったのである。

 

 

だからこそ――

 

 

――女神の指先に、極光がまた迸った時。

誰もがそれを事実として受け止めるのに時間が掛かった。

 

 

「な、ぜ……?」

 

 

息も絶え絶え。

誰かが呟いた嘆き――

 

 

 

 

「――何故?」

 

返されたのは嘲笑だった。

 

「お前達は、人差し指を動かす程度の事で疲労困憊になるのか?」

 

告げられたのは絶望だった。

 

 

「にしても、厚顔無恥にもほどがある。私は滅びよと告げた。ならば、地球諸とも消え失せろ。……やはり心臓が無いと思うように動けぬな。反省の念も込めて、念入りに消し飛ばしてやろう」

 

矢継ぎ早に告げられる言葉も耳に入ってこない。

思考すら放棄したいほどの疲労と絶望に、立香の視界が歪み始める。

 

――握られた手の平は、冷たく震えしか返さない。

 

 

脳裏に浮かぶ、家族の笑顔。

 

溢れる嗚咽も無かった。

 

 

 

 

――最早、抵抗の手段はない。

全ての者達はある種の諦めを以て、放たれようとしている極光の輝きを眺める。

 

だから、だろうか。

誰もが抵抗を止めた事で場に広がった無音の中で。

 

その声は否応無しに、時間神殿に響き渡った。

 

 

「――アシュリーさま!ストップ!すたぁぁぁぁぁっぷ!!」

 

 

――()()()()

音にすればその程度。

 

唐突に訪れた世界滅亡を告げる極光は、そんな音と共に霧散した。

 

 

――は?

 

 

それは誰が呟いたものだったか。いや、誰もが呟いてしまったものかもしれない。

巨大な女神の頭上――そこにいる、小さな少年だった。ぴょこぴょこと跳ねながら何やらアピールしているのが見えたからだ。

 

女神は責めるような目で、巨大な女神を見上げた。

 

「おい、(マアンナ)。なんでショウが外にいる。危ないから神殿の中に入れたはず」

「…………」

「なに?私の活躍を間近で見たいと言ってたから許可した?くっ、おのれ貴様――何も言えなくなるだろうが!」

 

少年は巨大な女神の手の平に立つと、間近まで女神と相対した。何やら慌てるように、女神の手を掴む。

誰もがあり得ないものを見るように眺めるしかない中――立香だけは混乱していた。

 

んんっ!――どうしたの?ショウ」

「おにいちゃんが!あそこにおにいちゃんがいるの!」

「ええ?そんな事ないわ。気のせい気のせい」

「気のせいじゃないもん!」

 

それどころか、女神が放っていた威圧も霧散した。

残ったのは、力が抜けるようななんとも軽い空気だけ。

 

「……ていうか、アシュリーさま?」

「なあに、ショウ」

「さっき、地球諸とも消えろって言ったよね。地球無くなったらおうち無くなるからいやなんだけど」

「………………」

「………………」

 

ぽかん、と浮かぶ呆然の波は、やがて時間神殿を飲み込んだ。

 

あの己を見上げる少年に優しげな瞳を向ける女神が――ほんの数十秒前は、世界に滅びを告げる極光を放った恐ろしい女神だったとは到底思えない解離を見せていたからだ。

数瞬の間が流れる。

 

「…………ちっ

「あー!今舌打ちしたー!」

「してないわ」

「絶対したもんねっ!口がへの字になってたよ!」

「してないわ」

「いや、ぜったい――」

「してないわ」

「あの――」

「してない」

「…………えっ、う。ほっ、ほんとにしてなかったの……?」

「ええ、疑われて悲しいわ」

「……ごっ、ごめんなさい」

「いいえ。いいのよ。ショウはきちんと謝れていい子ね」

「えへへ……」

 

 

 

時間神殿内の全ての者の気持ちは一致した。

 

 

――なにこれ。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

兄の“困惑”

 

立香の弟、翔太に防犯アラームを持たせるようになったのは、幼稚園の年長組に入った頃。

 

――お友達の姉に拉致監禁されかかった時である。

 

当時、立香は横抱きにされた弟が華麗に拉致されていくのを茫然と見守ってしまった。理解出来ない事が起きると咄嗟に行動出来ないんだな、とぼんやりと感じたのは今でも忘れられない。

秒で捕縛された犯人は『私の弟の気がした』『なんか手元に置いておきたかった』と供述し――わかる、と頷いてしまった立香の頭を母が小突いてきたのも忘れる事は出来ないだろう。

 

それから弟は他人に対して、少し警戒するようになり――そのせいで余計やべー奴を引き寄せる結果になったが――兄として、立香は安心していたのだ。気を許した相手にはヒマワリみたいな満面の笑みを浮かべて、ひょこひょこアヒルの子になってしまう翔太が危ない目に遭う事が少なくなったから。

 

でも……でもさぁ……!

 

――まさかこんなトンデモ存在を引っ張ってくるなんて、にいちゃん思わなかったなぁ……!!

 

 

 

 

 

………

……

 

立香の意識は、宇宙の彼方という大海原を漕ぎ出し掛けていた。

出港したら絶対に正気に戻ってはこられない類である事は理性が分かっているので、何とか堪えている体ではあるが――何の脈絡無く変な事を思い出すほどには、立香は現実を直視する事を拒否していた。

 

全身に感じるおぞましいまでの倦怠感。手先にまで伝わる緊張の痺れ。それら全てこれまでの戦いで培った気合いで強引に捻じ伏せ、前を見る。

 

 

「えへへ……えへへへ……――むっ」

「あら、どうしたのショウ」

「おにいちゃん!おにいちゃんに会うためにここまで来たんだよ!」

「……そう。優しい子には私の神殿に永住出来る権利をあげ――」

「あっ、いらない。ベル・マアンナさーん!おにいちゃんの近くに降ろしてっ!」

『………』「………」

「……ねぇ、アシュリーさま?なんでマアンナさん、ハリウッドのピカチュウみたいに顔クシャクシャにしてるの?」

「どうしてなのかしらね。……気持ちは分かるが、女神の威厳をだな貴様……」

『………』

「はっ?私はしてないが?言い掛かりは止めて欲しいのだが?」

 

 

とてん、と巨大な女神の手から地面に降りた弟。その姿はまぎれもなく、見間違えでは毛頭無く、心底本当に――立香の弟、翔太だった。あの笑顔は一年間の戦いの中でも決して摩耗する事は無かった、光だった。

 

 

――頭を抱えたくなった。てか、抱えた。

 

のたうち廻りたくなる疑問が脳内をグルグルしている。

何故異邦の女神によって理不尽に蹂躙されたのか。なんで最愛の弟がこんなところに、しかも女神の側にいるのか。浮かぶ疑問はたった二つだけなのに、それだけで立香の頭はキャパオーバーになっていた。

 

助けを求めるように隣に居るマシュに目を向けるが「えっ……先輩の弟さんが……えっ……えっ……?」と目をグルグルさせて混乱している。駄目だ助けにするにはか弱過ぎる。かわいい、すき。

 

 

「それにしても、やっぱりショウの家族とは思えないわ。危ないから近寄らないようにしましょう?」

「いや、絶対おにいちゃんだって!」

「――おにいちゃんおにいちゃん詐欺よ」

「おにいちゃんおにいちゃん詐欺!?」

「肉親を騙るなんてとんだ外道ね。私の銀河なら先祖まで遡って存在抹消します。いや、するわ。今これから」

「えっと……?」

「平たく言えば死刑」

「ざいけいがおもいっ!ぜったいやめてよっ!?」

 

 

ともかく、落ち付くんだ。びーくーるびーくーる。一瞬、女神の手の平に触れれば即死しそうなブラックホールが形成されたのを見て肝を冷やしている場合ではない。冷やすべきは意識である。

意識を整える為、立香はここまでの道筋を辿る事にした。そうすれば、疑問の答えが見えてくるはずである。

混乱したら、一回立ち止まり、深呼吸をしながら現状把握に努める――というのが、フィールドワークで教わった英霊達の知恵袋である。

 

――――――

 

地球を救う為の最終決戦の場。

通常の時間軸から切り離され、今や“星の意思”に喰い込んでいる時間神殿。

 

人類全てを掛けた戦いは――異邦の女神によって台無しにされた。

 

各々の抱いた意志など塵屑のように蹂躙され、何の理由を以て攻撃されたのすら分からず――滅ぼされる、天災の如き理不尽。

 

しかし、それを止めたのは――救いたかった自分の弟。

 

そしてなんかイチャイチャしはじめた。

 

――――――

 

 

(――わかるかぁ!)

 

落ちつきかけた意識はメダパニの重ねがけにあった。発狂とは、半端に現状を理解してしまう事で起きてしまうのである。

そういえば、バビロニアに出てきたラフムってニフラム効きそうだよね――益体の無いクソどうでもいい事ばかり、知恵袋の結果として出てくる。

 

 

立香は頭を抱えながら――さらに頭を抱えたくなった。

 

 

「なにしてんだよ、翔ぉ……」

 

 

人理焼却はどうなったの、とか。そもそもどこでそんなヤバいのと知り合った、とか。自分が居ない間に何が起きたの、とか。

二つの疑問がねずみ算方式で疑問で疑問を生み……やがて視界の端に在る赤い宇宙を泳いだらどんなに気持ちが良い事だろうなぁ、と現実逃避を始めた頃――

 

 

「――おにいちゃんっ!」

 

 

ふと、話の水を掛けられて、立香は頭を上げる。すぐに弟と目が合った。

こちらに見つめてくる翔太のキラキラした瞳には、米粒ほどの曇りも疑いも無い。

 

――この人は絶対に兄であるという確信に満ちていた。

 

 

「……っ」

 

 

ふと、声に出せないほど熱い気持ちが胸から溢れてくる。

弟の知っている兄は――今、この場に居ない。居るのは、“一年間戦い続けた立香”なのだ。

……気付いてくれるとは思っていた。だけどそれは、知らない人を見て怯える弟を見てからと思っていたのだ。

 

 

「……翔……!」

 

 

その時だけ、全ての疲労を立香は忘れた。

立ち上がり、ふらつくような足取りで近づきながら、手を伸ばす。

端から見れば不審者に見えるような足取りでも、翔太は満面の笑みで駆け出して来てくれた。

 

 

「おっ、にいっ、ちゃぁぁ――!」

 

 

近づいてくる小さな弟――立香の、大切な家族。ただの青年を、救世者足り得るまでにした小さな笑顔。

――報われた。喜びも楽しさもあったけどそれでも苦しみが勝った一年間が、報われたのだ。

……理性が「いや、結局何も終わってないけど……大丈夫?」とかなんとか言ってるのを蹴っ飛ばして、腕の中に迎え入れる――

 

――こつんっ。

 

小さな音。弟が、蹴躓いた音。

 

 

「へべぇあ!?」

 

 

――ぐしゃっ。

 

軽く宙に浮いた後、身体前面が地面に倒れた。

ただでさえ、弟と女神の声しか聞こえてなかった時間神殿に無音が広がった。

数瞬すると――弟の身体がブルブルと震え始めた。姿勢そのままで顔だけが此方を向く――真顔が直ぐにくしゃりと歪んで、

 

 

「お゛に゛い゛ち゛ゃあ゛あ゛……!!」

 

 

助けを求める顔も泣き声も何もかも――前に戻ったみたいで。

立香は頬に何かが伝ったのを感じた。熱いものが。

 

 

「……っ。ったく、危なっかしいなぁほんとに」

 

 

――歯を食い縛って湧き出るそれを押し留める。

兄は、弟を守るもの。であれば弱いところを見せない、見せたくないのだ。

よたよたと翔太の前に近づき、跪くと背中をトントンと叩く。

 

 

「ほら、立てるか?痛いとこあるか?」

「ひぐっ……おにいちゃんの前ですっころんだ心がはずかしいたい……」

「なら大丈夫だ。そらっ――」

 

 

疲労で震える腕を堪えて、小さな弟を持ち上げて立たせる。

派手に転んだにしては怪我が無く、胸元で光る地球のような星のペンダントが目に付いた。

 

ひくひく、と愚図る翔太の肩に手を置く。

手の平から伝わってくる体温が、遅ればせながら、立香に実感を与えてきた。

 

 

「本当に翔、なんだよな」

「……そうだよ。おにいちゃんはおにいちゃんだね。サーフィンでも始めた……?」

「ああ、世界をサーフィンしてきた。そういう翔は変わってないな」

「……?うん」

 

 

()()()

長いようで短い時間の果てに。

 

立香は静かに翔太を抱き寄せる。記憶よりも小さく感じる弟の温もりはすっぽり腕の中に収まった。

ぽかん、と翔太は立香を見上げていると――大粒の涙が零れ出した。

 

 

「おにぃ、ちゃん……!」

「おう」

「おにいちゃんおにいちゃんおにいちゃん……!」

「ああ、お前のにいちゃんだぞ。翔太」

「――うわぁぁぁぁぁん!!おにぃぃちゃぁぁん……!!」

 

 

泣きじゃくる弟の背中を撫でる。

しょうがないと呆れながらも、当然か――と立香は思った。

 

――()()()()()()()()()()()()()()

 

むしろ泣き虫でさびしがり屋な弟が、発見と同時に巨大な女神から飛び降りて来なかっただけでも褒めてやりたいくらいだった。

一年の間に、少しだけ成長したのかもしれない――と、立香は思った。

 

そう考えると、どういう理由か理屈か分からないが、人理焼却から弟を助けてくれた女神に対して――そこだけは――感謝した方がいいかと視線を上げて……素で後悔した。

 

 

「………」『………』

 

 

何の感情も籠ってない瞳で見つめてくる女神と目が合った。熱く昂っていた感動が、瞬間冷却の憂き目にあった。

アレは氷のような、とか。養豚場のブタを見る、とか。そんなのを遥かに超えた、表現も思いつかないほどの無機質な瞳だった。

 

 

「こわい」

「ん……?おにいちゃん?」

「ああ、なんでもないぞぉ、なんでも。うん」

 

 

立香は見なかった事にして、腕に収まる小さな弟の頭に顔を押し付ける。嗅ぎ慣れたシャンプーの香りと一緒に感じる視線の圧が強くなった。こわい。溶岩水泳部よりもこわい。

 

泣いていた翔太は一回、涙を拭くように強く立香の胸に顔を押し付けると――女神の方へ振り向いた。

女神の顔は瞬きの間にふんわりとした、女神らしい慈愛のある笑みになった。

 

 

「アシュリーさま!やっぱりおにいちゃんだったよ!」

「ええ、よかったわね。ショウ」

「うん!」

 

 

えへへー、と女神に笑いかけた翔太はまた立香の胸に顔を押し付ける。

 

――すん、と。女神の顔から表情が抜け落ちる。

 

無機質な瞳は「ショウを抱きしめてる分際でなに余所見してんだこの野郎てかこっちみんな死ねいや殺す絶対殺す貴様がショウの血縁とは絶対認めないぞああショウ早くこっちに来てこんなサーファーもどきなんかよりも私の方が柔らかいのにああショウこっち見てこっち向いてショウショウショウショウ――」と言っていた。

 

ていうか、たぶんテレパシー的なナニカでダイレクトに立香の脳内に突き刺さった。

途中から入ってきたヤベェ思考にも畏れ慄いた。

……後ろの方で小さく「ひぇ」とマシュが怯えた声が聞こえる。もしやこの場にいる全員にテレパシー的なのが広がったんじゃないだろうな。

 

ていうか、弟が見ていない時の表情切り替え器用過ぎるだろ、と突っ込む気も起きないほどの落差だった。エベレストからマリアナ海溝なみの落差。いや、地球基準では表現し切れないかもしれない。

藪を突いて女神を出す度胸は無く、見なかった事に出来るスルー力は一年間の中でもっとも役立ったと思う技能だった。

 

 

 

――『むっ……さっきの、おぞましい思考は……』

 

 

 

ふと、この戦いの元凶の声が聞こえた。

きゅっ――と弟を抱きしめる腕に力が強くなった。むむぅ……と苦しげな声を上げる弟はやけに嬉しげだった。

 

振り向くと、最早元は何があったのか分からない瓦礫の中から――ゲーティアが這い出てきた。木々が巻き付いたような肢体から漏れる魔神柱の戸惑いの声がやけに喧しい。

威厳に満ちた姿は最早無く、立香達と一緒に満身創痍だった。

 

マシュが近づこうとしているのを感じる。

満身創痍でもゲーティアは人間を遥かに超える力を持っている。同じ満身創痍でもゲーティアの方が有利なのは確かだった。

 

 

「――ああ、忘れていたな。おい、私。その屑を押さえろ」

 

 

……確かな、はずだったのだ。

巨大な女神が動き出す。姿形だけを見れば、何も持った事の無いようなたおやかな手は――むんずとゲーティアを掴み上げた。

抵抗をするように魔術を使おうとしているが、その前に霧散した。女神パワーだろうか。

 

 

『ぐっ……離せ!』

「――蛆風情が私の前でのたうつな。気色悪い」

 

 

女神は掴まれたゲーティアを少し見やると――無造作に頭を掴んで、力を入れた。

あっ――と、立香はこの後起きるであろう惨劇を何とは無しに察し、静かに弟の小さな耳を塞いだ。

 

 

『やっ、やめっ……!』

 

 

女神はそのまま――強引に首を引き千切った。

 

 

 

『ぎぃあ『ああああ『ぐあっ『あぎゃっ『ああああああ!!!!!!!!!!!』

 

 

 

響き渡る激痛への叫び。それは何重にも重なり、おぞましい連続。

怨敵の苦しみの声。それだけを思うならば、少しはすっとするものがあるかと思ったが――むしろ心にしこりが残るような感覚だけが残った。腕の中で、何が起きたか分からずきょとんとしている弟が癒しだった。

 

捻じ切れた生首が近くに放り投げられる。

絶妙に空気の抜けたボールのように中途半端に跳ねた後――それはグネグネと形を変えて、一つの人型を象り始めた。

 

蹲る成人男性。

ソロモンが在った国、中東方面に近い肌の濃い男。炎のように揺らめく髪と瞳。

立香にとって、どこか既視感のある顔立ちだったが、今はピンとくる事は無かった。

 

 

「ぐっ……このっ……!」

 

 

呟く声は聞き覚えがあった。

つまり、これはゲーティアなのだと立香は当たりを付けた。ソロモンの死骸を纏ってもおらず、“七十二柱の悪魔達”を束ねていない――真実、一つだけのゲーティア。

特に歯を噛み砕かんとばかりに苦虫を噛み潰したような表情は、立香の想うゲーティア像そのものだった。

 

女神は、声にならぬ声を上げるだけになった魔神王の残骸をそこらに投げ捨てる。ゲーティアを見つめる瞳は、立香を見ていた時よりは感情はあったが、道端で死にかけのセミを見る時よりはマシ程度の感情だった。

 

 

「さて――ショウ、おいで」

 

 

女神は立香の腕の中に収まっている弟を呼ぶ。

呼ばれた翔太は、少し……いやかなり名残惜しそうに顔を胸に押し付けてから離れる。とてて、と離れて行く温もりが、何故だがかなりずっしりと心に来るほど寂しかった。弟に気付かれないようにドヤ顔かましてくる女神にかなりイラっときた。

 

 

「なあに、アシュリーさま?」

「ショウ。コイツが犯人よ」

「むっ……わるいヤツ?」

「そう、わるいヤツよ」

「――この人が……おかあさん達を!」

 

 

翔太の怒りを立香は見た事はあまりない。

あるとすれば、夜は付き添いがいなければトイレに行けない事をちょっとからかって泣きながら怒ってきたくらいで可愛いものだった。

こんな――今にも噛みつかんとばかりに顔を赤くする弟は見た事が無かった。

 

そんな弟を見て、何故だが蕩けるような笑顔を浮かべた女神が軽く手を上げる。すると、空間が波紋のように揺らめき、そこから何某かが飛び出て来た。

ソレに、立香は見覚えがあった。それはまるで、ギルガメッシュ王の『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』に――

 

 

「――という訳で、はい」

「はい?」

 

 

お駄賃をあげるように簡単に、弟に手渡されたのは短剣だった。

 

子供が描く雷にも似た大きくギザギザした刃を持つソレに――立香は、また見覚えがあった。

ギリシャ神話の裏切りの魔女、コルキスの王女・メディアが持っている宝具『破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)』に似ていた。しかし、弟の手に持つソレは全体的に赤かった。宙に在る、“赤い宇宙”のように。

 

 

「……アシュリーさま。すごいかっこいいけど、なあにこれ」

「私の宇宙に在る宝具の一つ。刃で傷つけた有象無象全てを分子レベルまで分解し、消滅させるモノよ。名付けて『消滅すべき全ての界(オール・ブレイカー)』。これならショウにも使えるわ」

「……ええっと?うん?どゆこと?」

 

 

言ってる意味が分からなかったのか、首をこてんこてん、と二転三転させた翔太は――助けを求めるように立香を見る。

立香は震える身体を抑えるしかなかった。

女神の説明が正しければ――――

 

 

「しょっ、翔……それは斬ったやつを跡形も無く消して……その……絶対刃の部分に触るんじゃねぇぞっ……!!」

 

 

なんつうもんあげてんだあの女神!と視線を向ければ、翔太に気付かれないようにドヤ顔をしてきた。

いや、馬鹿じゃねぇのと素で思った。

 

 

「………」

「………?」

「………」

「……??ショウ?どうしたの?さぁ、一思いにその屑に向かってぐさっと」

「――ぴぇ……!?」

 

 

翔太は反射的に短剣から手を離す。

短剣は地面に落ちる――――事は無く、じゅっ……と何かが溶ける音を立てながら地面の中へと落ちて行った。誇張無しの性能だった。

 

 

「あっ……あっ!ごっ、ごめんなさいアシュリーさま!かっこいい剣が……!」

「いいのよ、大丈夫よショウ。アレなら後二、三本あるから」

「でっ、でも……!せっかくアシュリーさまが……!」

「……そうね。じゃあ、何でも一つだけ私の言う事を聞くって事にしましょう。軽いおしおきよ、それでおあいこ」

「……うん、わかった。ごめんね、アシュリーさま」

「頭下げなくてもいいわ。もう、

ほんとにいい子ね、ショウは」

「えっ、えへへ……そうかなぁ……」

 

 

そうだけど……ここでこんな生真面目にならなくていいんだぞ翔太。顔を上げてみろ、何もかも計画通りな女神のしたり顔が見えるぞ。あの女神『ショウなら絶対にこう言うだろう』って予測付けてやったぞ絶対。

――っと言いたかった立香だが、口を噤んだ。これがいつものカルデアの面々なら言うが、あの女神に軽口は死のビジョンしか見えない。

 

ていうか今更だが、ほんとやりたい放題だなこの女神。

 

 

「――ともかく。なにか言ってやりなさい。ショウを苦しめたんだもの。その程度許されるわ」

「えっ……えっと、馬鹿野郎……とか?」

「3点。もっとヒネりなさい。さっ――男の子なんだから、頑張りましょう?」

「うっ、うん、わかった!」

 

 

一歩、二歩と翔太がゲーティアに近づく。

その事に不安は無かった。何故ならカルデアとゲーティアを赤子の手を捻るように捻り潰した女神が側にいるから。不安という文字すら思い浮かばなくなる。

そう思うくらい――ゲーティアに対してガン垂れる女神が怖かった。

 

 

「……なんだ、茶番は終わりか?」

 

 

ゲーティアに抵抗の意思は見られなかった。

だが、屈辱的だという表情は隠そうともしておらず、口から漏れたのは侮蔑に塗れた嘲りだった。

 

それに少し仰け反った翔太だったが、一つ深呼吸すると――

 

 

「あっ、あなたがこんなことをした犯人ですか」

「……ああ、そうとも。人理を焼却し、新たな創世を築こうとした、魔神王ゲーティアである。まあ、貴様の女神に全てを台無しにされたがな。釈然とせん、納得できん。我らの偉大な計画が、別宇宙の存在に妨害されたなど屈辱の――」

「な、んで――」

「んん?」

「……なんで、そんなことをしたの?」

 

「……まあ、いいだろう。貴様を説き伏せる事が出来れば、かの女神も妨害を止めるか」

 

 

そうして語られたのは――立香も聞いた、ゲーティアの計画。

 

人理を焼却し、集めた人類の熱量を用いた世界そのものの時間逆行。

それによって、ゲーティアが“星の意思”に成り代わり、人類を再定義する。

 

苦しみの無い、定命の無い世界へと。

 

 

「………」

 

 

冷や水を掛けられた形の立香は、そんなゲーティアの説明を冷静に聞く事が出来た。

理解出来る、気持ちを否定出来なくなっていた。

確かに人類の歴史は間違いだらけだったかもしれない。過去に起きた戦争だって無ければ無い方がいいに決まってるし、立香が生きている平和な現在も――その平和は、夥しいほどの先人の死体によって築き上げられている。

それでもなお、仮初めに近い。

 

ゲーティアのソレが成されれば――きっと、確かに起き得る苦しみは無くなるのだろう。

 

だけど、()()()()()()()()()

 

理屈はない。論破なんて出来ない。

ただそれでも――認められないと声高に立香は叫べる。冷静になっても、ゲーティアの理想は、立香には認められなかった。

 

 

 

「つまりだ――艱難辛苦の無い幸せの世界になる。今の苦しみは無くなる。そこに何の否があるのだ」

 

 

 

そんなゲーティアの問いに、欠伸を隠さない女神の前で聞いていた翔太は――小難しい事を何とか噛み砕こうとして、目を回していた。

開く口は、どう見ても頭の神経を通してない反射的なものだった。

 

 

「――そっ、そんなこともないもん!」

 

 

否定の言葉にゲーティアは鼻白んだ。

だが、その目は翔太を見定めるようにじっと見つめていた。

 

 

「お母さんは温かいし!お父さんは優しいし!ともだちはぁ……ちょっといじわるだけどっ!たのしいし!おにいちゃんはかっこいい!すてき!ずっといっしょにいたい!」

 

 

矢継ぎ早に叫ぶ言葉に理性は感じられなかった。思い浮かぶ言葉だけを言っていた。

……ちょっと他より特別扱いな感じなのが、立香は結構嬉しかった。ふと「……私は……?」と呟く女神が視界に入る。いや、たぶん焦り過ぎて頭回ってないだけで懐いてると思う。そう慰めを込めて見ていると――殺さんばかりの視線で睨みつけられた。どう見ても八つ当たりである。なんでさ。

 

 

「苦しいとか、悲しいとか……そりゃあ、ちょっとあったし!泣いたけど、それでも幸せになったし!――ええっと、ええっと……!」

 

 

頭に浮かぶ言葉の濁流が無くなったのか、グルグル目のままなにかを考え――こう、言い放った。

 

 

 

「ぼっ、ぼくたちの事はほうっておいてよ!――()()()()()()()()()()!」

 

 

 

はぁ……はぁ……と息を荒らげながら、何か言い放ったよと女神を見る翔太。

女神は良くやった、とばかりにサムズアップしていた。いや、アレでいいのか。論にも何にもなっていない言葉だったけど、と立香は思った。

ゲーティアはどう反応するんだろう、と視線を移すと――

 

 

「――くっ――」

 

 

――思わず噴き出したばかりのような声が聞こえた。

 

 

「くっははははは……ハーァッハッハッハッハ――ッッ!!!」

 

 

ゲーティアは笑っていた。

ぎょっ、と翔太は振り向く、女神はなんだこいつと白けた目をしている。

 

 

「なんだ、なんだそれは!答えにすらなっていない!自分本位にも程がある!餓鬼一人狭い世界で幸せだからいいと?――大きなお世話だと!?」

 

 

ゲーティアの笑いは、立香は何度も聞いた事がある。

初めてあったロンドンでの蔑み。そしてこの時間神殿での嘲り。

立香にとってゲーティアはそういった存在であり、だからこそ倒さなくてはいけない敵だった。

 

だけど――

 

 

「あぁ……これは()()()()()()()()()()()、確かに」

 

 

――ゲーティアの言葉に、蔑みも嘲りも無く。

ただ、納得と――どうしようもない子どもを見つめるような生温かさだけがあるのに、立香はひどく驚いた。

 

翔太は訳分からんとばかりに首を傾げる。

 

 

「えっと……もっ、もうしない?」

「ああ、しない。諦めた。そも、この女神がいる以上、私の計画が成功する事はあり得ない」

「おっ、怒らない……?」

「いや、怒っている。この理不尽、正直君を殺したいほどには。だがそれ以上に――納得した。人類がこうであるならば、私のやる事に意味はないと理解出来た。私の“命題”としてはこれで十分だ」

「ん……?ん……?」

「理解しなくていい。いや、出来なくていい。君の愚かな思考で考えつく“命題”なんて、私にとって侮辱以外の何物でもない」

 

 

ゲーティアの表情に敵意は無くなった。

言葉の端々にゲーティア足り得るトゲはあるものの、穏やかな空気が二人の中に漂っていた。

……それにしても、と立香は思う。ああしていると、やはり何処かで見たような――

 

 

そこで。

 

 

――『ユ』――『る』――『sa』――『ヌ』――

 

 

 

ふと、蠢きが立香の耳に入り込んだ。

底より湧き上がった泥のような湿り気。反射的に振り向くと――

 

 

『認メぬ』『赦さヌ』

『我ラが偉大ナ計画の邪魔をシた愚カ者に罰ヲ』『台無シにしタ異邦の愚者ニ鉄槌を』『反故ニしタ裏切り者に断罪ヲ』

 

 

そこにいたのはゲーティアを失った魔神柱、“七十二柱の悪魔達”だった。

指揮系統を失い、彼らを束ねていた術式(レメゲトン)が解け、魔神王たるその姿は無様に蕩けていたが――その奥から覗く、無数の瞳。

そこに理知の欠片も無く、本能からの意思のみが在った。

 

抵抗への。理不尽への。裏切り者への。――“()()”。

 

魔神柱の感情はそれのみに満たされていた。

 

 

『我ラの計画ハ失敗ニ終わッた!そレは何故カ!?』『カルデアの愚か者共のせいだ!!』『下らぬ理由で邪魔をした愚者のせいである!!』『理もない戯言を飲みこんだ裏切り者!!』『然リィ!デアルナラバ、我ラノヤル事!!!』

『復讐!!』『殺戮!!』『最早、我ラニ日ノ目ハ非ズ!七十一柱全てヲ以テ奴ラ全テニ応報ヲ!!』

『『『応報ヲ!!!!!!』』』

 

 

蠢く魔神柱の残骸。規則性も協調性も無く――ただ怒りのままに襲おうとするソレは、醜悪に尽きた。

 

 

「……馬鹿共め。怒りで思考すら飛ばしたか」

 

 

ゲーティアの目は冷たい。同胞を見ているとは思えなかった。

 

 

「先……輩……っ!」

 

 

ふと、肩に手を置かれる感触。

振り向くとマシュが這う這うの体で立香の前に出た。長盾を持つ手は震え、戦えるはずもない。

 

 

「マシュ!大丈夫だから!」

「いっ、いえ……!私は貴方のサーヴァント!この命は、最期まで……!!」

「いやだから大丈夫。ここは……あの女神に任せよう」

「えっ……」

 

 

立香を守ろうと必死になっていたマシュには見えなかったのだろう。

蠢くソレの怒りに――怯えた翔太を抱きしめる女神の事を。

 

 

『………』

『殺ス!』『殺ス!!』『殺す殺す殺す殺スコロスコロスゥ!!』

 

 

蠢くソレは何の理性も無く、有る物識っている物全てを以て、女神に攻勢を向けていた。

――しかし、効かない。効くはずがないのだ。

さっきまでの戦いで、魔神柱たちも理解しているはずなのに。

それほどまでに“怒り”で我を忘れたのだろう。それほどまでに――口惜しくて、屈辱だったのだ。

 

ある意味、蚊帳の外に追いやられて、場を俯瞰的に見る事が出来ている立香は――魔神柱たちが哀れでならなかった。

 

 

『………』

 

 

最早、言葉を告げる事も億劫なのか、女神は手で合図をする。

すると――巨大な女神のドレスの裾から、無数の極光が飛び出し、それが上空に打ち上げられた。宇宙の彼方に吸い込まれたソレらは一つの星となって、堕ちてきた。

金色に輝くあの星は、見覚えがある。カルデアのイシュタルが時たま使う金星の輝き――その金星そのものが、魔神柱たちへと堕ちている。

 

 

『許サヌ!我ラ、我ラノ悲願!』『我ラノ大望!』『愚カナ人類ヲ導ク為ノ』『私タチハ!!!』

 

 

――そうして、金星は堕ち、魔神柱たち諸共地を抉った。

潰された呻き、死に際の断末魔も、その刹那も無く――魔神柱たちはその命を終えた。あっけなく。

 

 

「ショウ。終わったわ」

「……もうこわいおばけいない……?」

「いないわ。私がやっつけた。えいっ、て。だから安心して?」

 

 

女神の抱擁の中で、翔太はほぅと息を吐いた。

確かにアレは怖かった。威厳だとかそういう怖さではなく、本当に言葉通りの意味で。

 

翔太はのそりとゲーティアに目を向ける。

ゲーティアはそんな翔太を、またどうしようもないものを見るような瞳を向けていた。

 

 

「これで仲直り?」

「いや、それはない。納得はしたが、私のやった事に後悔はない。よって、君にやった事は謝る事はないし――()()()()()()()()()()()も解く気はない。大きなお世話と言われたからな」

「……んぅ」

「もう幸せなのだろう?なら、気にするまでもない」

 

 

ゲーティアは苦笑をこぼして、翔太を見て――此方を見る。

嘲るように歪む瞳も、何処か悪戯な気すら感じられた。

 

 

「だから――これでお別れだ、少年」

 

「ショウ、こっちを向いて」

「……?なあに、アシュリーさま?」

 

 

 

瞬間――眩いばかりの極光が、音も無くゲーティアに降り注いだ。

立香の目の前で、この戦いの元凶は――人理焼却を目論んだ“獣”は痕跡すら残さず、消え去った。

 

 

 

「アレ?さっきの人は……?」

「ごめんなさい。逃がしちゃったみたい。でも、懲りたみたいだし、もう二度と姿を見せないと思うわ――もう、二度と」

「……そっか、悪い事したんだもん。しょうがないよね」

「ええ、そうね」

 

 

 

二人の会話に何とも言えぬ感情を飲み下す。

終わったはずなのに、釈然としないナニカが残ってしまった。

 

最終決戦は最初から最後まで――女神の独壇場で幕を閉じた。

 

蚊帳の外に追いやられた立香は、結果的に生きてるからいいかと楽観的に笑えばいいのか。俺の戦いを盗るなよ、と暑苦しく怒ればいいのか分からなかった。

 

 

「……これで全部終わり?もうこわくない?」

「ショウを苦しめたとんでもない奴らは私が滅したわ。安心して」

「……お母さん達は戻る?」

「順当に行けば、問題無く元に戻るでしょう」

「そっか……そっか!えへへ、ありがとうアシュリーさま!――だいすきっ!」

「にゅふっ――いいえ、私の庇護する人類の為です。女神として当然の事をしたまで」

 

 

……まあ、弟が笑顔で終われるならそれでいいか。

ていうか、ほんとにあの女神大丈夫か。付き合う相手は選びなさいって言ったぞ、にいちゃん不安だぞ……。

 

――立香はぼんやりとそんなイチャイチャしている二人を眺めていると、手首から火花が散った。

 

 

「……っ!」

「――先輩!通信が……」

 

 

マシュも同様のようで、立香は一緒に端末を注視する。

少しの時間――火花がノイズが変わり、青い空間ディスプレイが浮かび上がった。だが、砂嵐のテレビのような画面しか映さない。

また少し――ノイズの中から声が聞こえ始めた。

 

 

――『……シッ!繋がっ……!通信を安定さ……!よぉし、よぉしいいぞ!諸君よくやった!立香くん!マシュも聞こえるか!』――

 

「はいっ!ダ・ヴィンチちゃん!マシュ・キリエライト!先輩と一緒に聞いています!」

 

――『……駄目か、こっちには聞こえない。ロマニ、管制室は!――問題無い!レイシフトはいつでも出来る!――わかった!二人とも、聞いてる事を神に祈るよ……!』――

 

 

立香はマシュと頷き合う。

ゲーティアが居なくなった今、この時間神殿がどうなるかは自明の理だった。……いや、宙はあの女神の“赤い宇宙”なのでどうなのかはわからなかったが。

 

――『こちらである程度の状況は把握出来てる。君たちは生きていて、ゲーティアは死んだ。そこまでの経緯はわからないが、その結果さえあればいい!』――

――『私はカルデアの炉を起動し直して、魔力を戻していた――今なら、君たちを時間神殿から離脱させる事が出来る!』――

 

 

そこで――時間神殿自体が揺れ始めた。

主を失い、存在を保てなくなったようで――遠くからは何かが崩れる音が聞こえ始めた。このまま此処にいる訳には行かないだろう。

視界の端でわたわたと慌ててる弟が見えた。

 

 

――『レイシフトの場所は、突入した最初の場所だ!崩壊の速度を見ても走れば十分に間に合う!迅速に且つ焦らず向かってくれ!』――

 

「先輩!行きましょう!」

「ああ!」

 

 

疲労で震える身体に鞭打って、勢いよく立ち上がる。

何がともあれ、全てが終わったのだから、この後全身筋肉痛で少しの間動けなくなっても何の問題はない。

二人でまた頷き合うと駆け出す――

 

 

「えっ、おにいちゃん……?」

 

 

そこで二の足を踏んだ。

一年間の反射行動で一瞬、弟の事を失念していた己を恥じた。

不安気な表情の翔太を置いて行くなんて、立香には考えられなかった。

 

 

「翔!」

 

 

そう呼び掛けて――はたと止まる。

弟にレイシフト適正があるかわからない事に気が付いたからだ。

時空を渡るレイシフトには適正が要る。立香は魔力に恵まれなかったが、レイシフト適正は限りなく高かった。

……では、翔太は?魔力は遺伝するらしいが、これもまたそうであるのだろうか。不安が残った。レイシフトに失敗してしまったら、翔太は時空の彼方に置き去りになってしまう。

それは――決して許容出来ない。

 

立香は女神に目を向ける。

馬に蹴られるべき邪魔者でも見るような目をしながら『さっさと失せろ』と目が言っていた。

 

 

「ショウ。アレらは勝手に帰るわ。私達は私達で帰りましょう?」

 

 

……業腹だったが、今迄の事を見てこの女神が弟を害するとは思えなかった。

無傷で時間神殿に侵入し、ついでに浸食して自分の宇宙に塗り替えるまでやってのけたのだから――むしろ自分達のレイシフト技術よりも安全に戻る事が出来るような気がした。

業腹だが……ほんと業腹だったが――翔太を任せるという選択肢しか見えなかった。

 

 

立香は女神に任せるぞと視線を向ける。ケムシを見るような目で返された。……快諾だろうきっと。

 

 

「おにいちゃん!どこに行くの!おにいちゃん!」

「翔!直ぐに会いに行くからその人と一緒にいろよ!」

「やだ、おにいちゃん!行かないでよ、おにいちゃん……!」

 

 

立香から離れるのを翔太は嫌がった。

真ん丸とした瞳からは大粒の涙がこぼれる。ひくつくその姿は――立香の心を抉る光景だった。

一年間も離れていてようやく出会ったのにまた離れるのは立香をして嫌だったが、マスターとして培った感覚がそれを許さない。

この後、うんと埋め合わせをしてあげなきゃならないとまた声を掛けようとして――立香は固まった。

 

 

「……()()……」

 

 

立香と……その横にいる女神だけが聞こえただろう。

泣きじゃくる翔太から漏れたとは思えない――暗い声を。

 

 

「翔……?」「ショウ……?」

「やだ、やだやだやだやだ!!行かないで一緒にいようよ!なんで……なんでぼくを一人にするのおにいちゃん!せっかく、せっかくまた一緒に……!!やだぁ……いやだよぉ……!!」

 

 

立香は困惑した。

どこか翔太の様子がおかしい。

弟が泣いている姿を何度も見てきて、それをあやしてきた兄として――見た事も無い取り乱し方だった。

女神が落ちつかせるように抱きしめてなければ這ってでも自分のところに飛び込んでくると思うくらいの感情が渦巻いていた。

 

 

「――()()()()()()()()()()()()()……!」

 

 

そこで――立香の脳内に、一年前の情景が重なった。

 

自分の夢の為――弟の為。

カルデアに向かう当日。荷物を抱えて玄関を出る立香に向かって泣きじゃくった翔太の姿。呆れた母に抱き抱えられて、同じく泣きそうな父に宥められながら叫ぶ――弟の姿。

立香は表現出来ない感情に支配されて、茫然と固まってしまった。

 

 

「翔。俺は――」

「先輩!」

 

 

そこでマシュの声で我に返る。

――時間神殿の崩壊の音が足元から聞こえてくるのが耳に入った。

 

慌ててもつれながら後ろに下がる。

ガラスが割れるようにガラガラと地面が崩壊し、底の無い“赤い宇宙”を映しだした。

 

泣きじゃくる弟との距離が――完全に遮られてしまった。

 

 

――『立香くん!急いでくれ、時間が無い!』――

「先輩!早く来て下さい!」

 

 

急かす声。

立香は胸から込み上げる感情を蓋にした。ここで駄々をこねていれば死んでしまう。

それでは駄目だ。何の為に一年間戦い続けたんだ――家族に会う為だ。皆を救う為――自分の為にここまで来たんだ。

 

――弟には、また謝れば大丈夫だ。

 

立香はそう心に言い聞かせた。

 

 

 

「大丈夫だ、翔!絶対……絶対にこの後会いに行く!約束する!だから、また少しだけ我慢していてくれ!」

 

 

 

立香はマシュの手を取って――振り切るように走り続けた。

レイシフトの渦が見えるまで、無我夢中に。喉の奥から血の味が込み上げても、走り続けた。

 

 

「ショウ……泣かないで。貴方の悲しい声は聞きたくない……私がいるわ。私は絶対に何があっても側にいる。だからお願い嘆かないで……私に笑い掛けて……?」

 

 

弟の悲痛過ぎる泣き声とともに、漂う甘い香りからも――逃げるように。

 

 

程なくレイシフトが始まり、立香とマシュは――カルデアに帰っていく。

その中、立香は世界を救ったという達成感に浸る訳でもなく、誰も犠牲する事も無かったと胸を張るでもなく、手に触れる温もりに安堵するでもなく。

 

ただ、弟の泣き声だけが立香の心に染み込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ふと、意識が起き上がる感覚。

 

立香が目を開けると――見慣れたカルデアの管制室、地球を象ったカルデアスが視界に映った。

 

 

「立香くん、よくやったね」

 

 

声に振り向く。

そこには華美な服装で肢体を彩った妙齢の女性がいた。

彼女は――レオナルド・ダ・ヴィンチ。立香の人理修復への戦いをサポートしてくれた人類史における『万能の人』。……自分の絵画に惚れ、それ自体に成り代わった密かにカルデアのヤベー奴らにカテゴライズされるリアルTS男である。

 

そんなダ・ヴィンチの周りには、陰に日向になって助けてくれたカルデアスタッフも沢山いた。皆、疲れ切った表情の奥で――隠し切れない喜びに満ちていた。

でも、その中に見えない顔があって、立香はダ・ヴィンチへ向いた。

 

 

「あれ……?マシュは?それにドクターも……」

「ああ。急なレイシフトだったせいで、タイムラグがあったようでね。マシュは少し前に着いたんだ。少し無理をしていただろう?ロマニのメディカルチェックを受けてる」

「そう、ならよかった……です」

 

 

マシュは無理を通して、立香の側にいてくれた。

なら、もう――ゆっくり休むべきだ。

だって、世界を蝕む元凶はこの世に居ないのだから。終わったのだ、世界を救う戦いは。

 

 

「立香くん、本当に良くやり遂げてくれた」

 

 

ダ・ヴィンチのその言葉は万感の思いが込められていた。周りのスタッフ達の言葉も代弁するように、それは重く――温かい。

 

 

「世界は元に戻った。外と通信が回復したんだ。一年間はどうやら過ぎてしまった体ではあるようだけど、人理焼却が起きたその瞬間まで、人類は元に戻った。全部、君のおかげだ」

「……いや、それはダ・ヴィンチちゃんたちも――」

「――そりゃあ私たちのおかげでもあるともっ!だ・け・ど!それでも、君のおかげなんだ――本当に、ありがとう」

 

 

そこでわぁ……!とスタッフ達が立香に殺到した。

ありがとう、よくやった、お前は私達の誇りだ、ありがとう、ありがとうと。もみくちゃにされながら告げられる立香の心は遅ればせながら達成感と安堵に満たされた。

涙すら見せて、喜びあう中――耳の奥に、弟の泣き声が反芻した気がした。

 

立香は慌てて、もみくちゃの人波を掻き分ける。

少し離れたところで静かに嬉しさをかみしめていたダ・ヴィンチは驚いた顔を浮かべた。

 

 

「……?どうしたの?」

「――電話!電話は繋がる!?急いで、ウチに……翔に……!」

「ああ……そのこと、なんだけど……」

 

 

――ピンポーン。

 

 

そこで。聞き覚えの無い音が聞こえた。

普通の家のチャイムのようなベル音。それを聞いた立香以外の人々は――唐揚げに善意でレモンを掛けられ、礼を言えばいいのか怒るべきなのか迷うような顔をした。端的に換言すれば、とても微妙な顔をしていた。

 

 

「あっ、来たか。やっぱり」

「やっぱり……?」

「……私はね。立香くん。映画の続編は嫌いなんだ。やっぱり一回ですっぱり締まるような――」

「――いや、何の話!?」

 

 

――ピピピピピピピ、ピンポーン。

 

 

「……まあ、行ってあげな。なにはともあれ、君が一番頑張ったことは私達が一番理解している事だ。報われる時だ。喜ぶべきだよ――後の事は、私達が頑張ればいいことさ!」

 

 

笑顔で背を押された立香は、良い予感がした。

あの女神の事だ――翔太の願いを無下にするとは思えなかったからだ。

 

礼を一言。

立香は直ぐに管制室を出て、廊下を走る。目的地は入り口――立香が初めて気絶したあのちょっと良い思い出の無い入り口へ。

 

 

――本当にここまで来たんだな。

 

立香は通り抜ける()()()()()()()を横目に感深くなった。

この一年、トータルで苦しいに一票だったが――古今東西の英霊たちとのつかぬ間の温かい日々も楽しかった。

幼心に憧れた英雄に会えたのは嬉しかったし、偉人達の含蓄溢れる言葉は本当にタメになった。綺麗な女性たちも………いや、それは思い出さなくていい。忘れよう。特に溶岩水泳部は忘れよう。

 

それにしても、今日は吹雪の音が聞こえないな。もしかして運良く晴れたのかもしれない。

きっとカミサマも祝福してくれたんだろう。ほら……とっても綺麗な……赤い、空が……。

 

 

「………」

 

 

 

立香は立ち止まった。

 

……廊下には等間隔で灯り取りの窓が併設されている。

基本的にカルデアはどっかの雪山に位置する為、吹雪しか映らないが――天気が良い日は綺麗な朝日が在るんだと。スタッフの誰かが言っていた。

立香が来たのは人理焼却の真っ只中。そうなってからは外と断絶された影響か吹雪しか見た事は無かった。

 

だが、吹雪が晴れ――立香の望んだ空が見えた。

 

 

――満天の、“赤い宇宙”を。

 

 

 

「………えっ、まじ」

 

 

良い予感は直ぐに悪い予感に切り替わった。

 

 

 

悪い予感を振り切るのは不可能で、そういう時は満を持して受け入れるしかない――と苦労人の英霊たちに聞いた通りだった。

 

 

 

 

 

 

 

「――きちゃったっ☆」

 

 

入り口を開けた先。

そこにいたのは――満面の笑みを浮かべる翔太と、その少し後ろで仏頂面を隠さずに宙を泳いでいる女神。

 

そして、広がっているはずの蒼の空を、()()()()()()()()()”。

 

 

 

「は、ははは……」

 

 

 

不意に零れた空笑い。

自分が出したのに、どこか他人事のように聞こえた立香は――頭を抱えた。

 

 

「おっ、おにいちゃん!?どうしたの、おなかいたいの……?」

「い、いやなんでもないなんでも……。よく来たな、翔」

「……っ!うんっ!よく来たの、おにいちゃんっ!」

『………』

 

 

慌てて近寄ってくる弟の頭を乱雑に撫でながら、その横から『私のショウに気安く話し掛けんな殺すぞ』とばかりの眼光を放ってくる女神から目を逸らす。

 

――“新たな危機”は、世界の救済者たる青年の前に、ゆるくふんわりと待ち構えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――斯くして。

“地球の危機”は去った。

 

 

青年の確固たる思いと、少年の家族を求める望念が――“憐憫”の獣を打ち倒したのである。

 

過去と現在と未来。絡み合っていた全ては解け、靄が晴れるように元の現実へと回帰していく。

人理は残酷なもので、“過ぎ去った一年”という事実は決して変えられないが――人類は知らずに、元の日常を取り戻した。

 

何も知らぬ無辜の人々は、“過ぎ去った一年”に疑問を覚えながらも、流れる日々を懸命に生きるだろう。

いつしか、その疑問すら忘れて。

 

世界の真実を識る人々は、“過ぎ去った一年”の原因は、今も地球を覆い尽くす赤い宇宙であると考え、不毛な調査を始め――その間に、カルデアは密かに己を守る為に保身に走るだろう。

いつしか、その真実は揺らいで。

 

人類の復活と同時に機能を回復した“抑止(アラヤ)”は女神を利用する為、かの少年を英霊の座に召し上げる事すら視野に入れ始め、“星の意思(ガイア)”はこれから毎週のようにやってくるであろう危機に、無い頭を抱えるだろう。

いつしか、その苦脳は薄らいで。

 

 

 

 

 

 

 

だから――

誰も気付かなかった。

安堵と安寧と、ゆるく迫る半端な危機に包まれて、数億の内の一つの想いなど誰も目にも留まらない。

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

“過ぎ去った一年”を――“過ぎ去った地獄”を。

その苦痛と絶望は決して消える事は無く、小さな燻りとして、少年の心を焦がしている。

 

兄も知らず、親も知らず、誰も分からず。

 

 

女神だけが、そんな少年を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間神殿は崩壊し、人類を“憐憫”した獣は消滅した。

人類を愛するが故に、人類を滅ぼす人類悪……その兆しは、何ら残されていない。

 

だが――残っているモノが、一つだけ在る。

 

 

獣が臨んだ、煉獄の果ての至高天。良き者達のみが赦される理想郷。

 

定命を滅ぼし、艱難辛苦を消し去るはずの世界の中心として用意された、かの御座は――

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 












NEXT ASHTARETH's HINT!!

マ ッ チ ポ ン プ !!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

“しょうたのにっき” その4

――――――――――

ねータロちゃん
タロちゃんではない。
じゃあたけのこ
たけのこでもない。
ならなんてよべばいいの
むしろなぜその選択肢(せんたくし)しかない?
ほんとの名前よんだら体ぱぁんってなるんでしょ?ならタロちゃん か たけのこかなって
女神(めがみ)首輪(くびわ)がついてるとはいえ、(われ)悪魔(あくま)元神(もとかみ)だぞ。もっと(うやま)え。
えー
ていうか、なぜ我らは筆談(ひつだん)などというまどろっこしいことをしている。
だってこの部屋でお話しちゃだめってアシュリーさまが言うんだもん。ペットだからしたがってくれたらうれしいな。
誰が貴様ごときのペッ

――――――――――

 タロスさんってどうやって文字を書いてるのでしょう?
書いて!っていったら、ぶわぁって紙に字がでるの!すごいよね!
 成程。小さくなって面白おかしくなっても流石は魔神柱ってとこか
 馬鹿にしてるのか。殺すぞ めっ!!


――――――――――

ごめん、次はもっとこそこそ話そうね
女神の気に(さわ)るごとに体が爆発四散(ばくはつしさん)するなら拒否(きょひ)する。
なくぞ
やめろ体ぱぁんってなるだろ。
ねー みて。タロちゃんの絵
は?我はもっと気品がある形をしている。
いっしょじゃん
一緒ではないわこのクソガ


――――――――――

似てる。 似てますね。 上手いじゃないか翔太くん。 

まあ、タロスの気持ちも分かってあげなね。
アーキマン死ね

なんでボクの時は怒ってくれないんだい、翔太君!?
――――――――――



(乱雑に破られた紙片には、精巧な魔神柱アスタロスとたけのこの里が描かれている)

『“しょうたのにっき”じゆうちょう欄……に貼られた、淡い赤色に輝く羊皮紙の断片』




 

 

おにいちゃんのとこにきたはいいけど、日記をわすれちゃった。

 

かきたいことがたくさんあるのにどうしようってこまってたら、アシュリーさまが紙とペンを貸してくれたので、少しの間はこれにかいて、帰ったら日記にのりでペタペタすればいいかな。ありがとうアシュリーさま!

 

なんかどっちも赤く光っててまぶしいけど、へやの電気をけしててもかけるからいいか。

 

人の悪いとこをみるんじゃなくて、いいとこをかたれよ!(どぉん)

いつかおにいちゃんにみせて、じまんしよう。きっとびっくりしてくれるとおもう!

 

わすれないように一つずつ思い出しながらかこっと。

 

――――――――――

 

 自慢されたけど、今度やる時は普通の紙にしような

 高そうですもんね←そういう問題じゃないと先輩は叫びたい

 

 

――――――――――

 

おにいちゃんにわかれてからあうまで、いろんなことがあった。

 

こわいとこからアシュリーさまがたすけてくれたこと。おかあさんたちを助けるために、いっしょに世界のげんきょうをぎったんぎったんにしたこと。

 

おにいちゃんがぼくからはなれちゃったこと。

 

やっとあえたのに。おにいちゃんははくじょうだ。とってもかなしかった。

でもぼくはもう今までのぼくじゃない。逆大の発相ってやつ!

 

おにいちゃんがきてくれなかったなら、ぼくからいけばいいじゃない。

 

というわけでアシュリーさまにたのんでおにいちゃんのしょくば、カルデアにとつげきしたのだ。

おにいちゃんのびっくりしたかおが、おもしろかったです、まる。

 

……おなかおさえてたけど、いたかったのかな。

カルデア、雪山にあるしひえちゃってたのかも。ぼくがゆタンポ代わりになりたかったな。

 

――――――――――

 

 確かに翔太さんは抱きしめると温かいですし、素敵だと思います! は?

 

 

――――――――――

 

ぼくとおにいちゃんのあいびき(かっこいい言葉だよね!)はおわりをつげたんだ。

 

にくきあんちくしょうのカルデアのせいだ。

 

そのまんまぎゅーぎゅーして、おにいちゃんといっしょにあそぼうと思ったら、メディカルチェック(でいいのかな?)があるからって言われて、いっしょにいられなかった。ひどい。さいてーだ。再会をたのしむ兄弟になんて人たちだ!

 

カルデアはいやなとこだ。

 

中はぜんぶ真っ白だし、外は雪だらけだから少しさむいし、「今日はもうおやすみ」ってよういされた部屋はすっごい広くてきれいでベッドもふかふか、おっきなスマホもあって、ごはんもおいしかったし(あのときはステーキだった!とてもごうか!)、カルデアの人はやさしかったけど、いやなとこだ。

やなとこだ!へーんだ!ばーかばーか!

 

 

おとまりするつもりはなかったんだけどな。

おにいちゃんをつれてかえって、おかあさんたちのところにかえりたい。

 

カルデアは、てきだ。

 

――――――――――

 

 ごめんな翔。あの時は気付いてあげられなくて

ううん!いいの!ぼくも、さいしょからアシュリーさまにたのんで、おにいちゃんをらちってもらえばよかったよ。

 いや、そんな事したら時間神殿の二の舞だったから!たぶんあの時よりシャレになってなかったから!

 

 

――――――――――

 

アシュリーさまがお部屋をもよう変えしたときはびっくり。

ふっ!としたら、ばぁ!ってすぐにぜんぶ変わっちゃって。

 

お部屋がまっかっかのまっ金金。ふかふかベッドに天井がくっついたし、アシュリーさまのいいにおいだらけ。ぷかぷかお星も浮いてた。プラネタリウム?

 

アシュリーさまがぼくにふさわしい部屋にしたって言ったけど、……しょーじき、目がつかれるから戻してほしいなって。カルデアの人もすごいびっくらしてたよ……

でも、アシュリーさまがすっごいほめてほしそうにしてたから、笑顔でほめた。

 

アシュリーさまも笑顔、ぼくも笑顔。やさしいせかい。

 

ぼくは神士だ。

 

――――――――――

 

 あれはすごかった。まぶしかったけど。

 とてもきれいでした。まぶしかったですけど

 

 ショウ、いやだった?

とてもすごいとおもう

 そうよね

 いやじゃないとは言ってないんだよなぁ

 

 

――――――――――

 

おかあさんから電話がきたのもそのときだったっけかな?

 

おっきなスマホがりんりんって、なり出して。

よくわかんなくてとまどってたらアシュリーさまが代わりにやってくれた!アシュリーさまはほんとものしりだ。

 

なんでか電話で、あいてはおかあさんで。

 

すっっっごいおこられた。心ぱいしたって。

今思えば、いっかいおうちに帰ればよかった。はんせい。

 

こわくてないちゃったけど、うれしかったな。

 

アシュリーさまのいうとおり、おかあさんもちゃんとかえってきてくれたんだって。

うれしくてずっとないてたら、おかあさんがおこるのをやめておろおろなぐさめてくれた。

やっぱりおかあさんはやさしい。

 

 

おかあさんは、ここにすこしの間だけいなさい。おわったらおにいちゃんといっしょに帰ってきて。って。

 

おかあさんもおにいちゃんに会いたいんだ。がんばらないと!

 

 

そういえば。

リツのとこにどうやっていったの?ってきかれたから、アシュリーさまにおねがいしたってこたえたら、またおこられちゃった。

変なおねえさんについていくなとあれほどってくどくど言われちゃった。

 

・・・・

アシュリーさまはおねえさんってかんじじゃなくて、おねえちゃんってかんじだからセーフだとおもう。

 

とーこおねえさんとはちがうのだよ。とーこおねえさんとは。

 

―――――――――――

 

 ねえ、ショウ。その女、だれ?

昔、ぼくをらちって、つかまって。さいばん所からせっきんきんしめいれい?ってのをもらったお人形のおねえさん。皆が会っちゃだめっていうの。

今でもたまに会ってるよ

 一行で矛盾しましたね

 

 翔。お話があるので、今日はおにいちゃんと一緒におうちに帰りましょう。かあさんもとうさんも待ってるって言ってます

 

 

―――――――――――

 

あとは、なにをかこうか。

 

 

カルデアの人のことかな。

 

名前はきいたけど、かかないしぜったいよばない。

すごい美人でアシュリーさまに負けないくらい派手な人。お話はとってもおもしろいけど、おにいちゃんとあわせてくれないからきらい。ぼくがこどもだからってごまかしてくるんだ!

 

でも、お話はほんとにおもしろかった。にくらしい。

とくに、りそうの女の人の絵をかいてたら、そのときのこい人さんにうわきあいてだ!とかんちがいされ、大げんかした話はだいすき。ぼくのてっぱんにする。

でも、きらい。おにいちゃんかえせ。

まじゅつでうごく、きかいの鳥さんくれてもきらい。

にくにくしい。鳥さんだけに。

 

アシュリーさまにもそうだよね!って聞いたら「だれ?きょうみないわ」だって。ぼくはごういがほしかった。

 

でも、ぼくがむくれてたからって、「じゃあやっつける?」はやりすぎだとおもうの。カルデアの人はいじわるだけどお話はおもしろいし鳥さんくれたし。

 

固いとこに足の小指をぶつけるぐらいがいい。

 

――――――――――

 

 ねぇ、翔太くん。そろそろ私の事名前で呼んでくれてもいいんだよ? ていうか!やっぱりあの時の痛みは君が原因か!

人の日記をかってにみちゃいけないんだよ、カルデアの人。

 立香くんたちは見てるのに!

おにいちゃんたちはいいの。次みたら足の指全部やってもらうからね。

 

 

――――――――――

 

これまでの日記分をかいてておもった。

 

カルデアはてきだ。

きっとぼくとおにいちゃんを引きはなそうとしているにちがいない。なんてあくま。おぞましい。

きっとおにいちゃんもぼくにあえなくて、ひんひんないてるんだ。

ゆるせない。おいたわしや、おにいちゃん。

 

きっとあのカルデアの人もきれいな顔はにせもので、顔をビリビリ破いたらちがう顔が出てくるにちがいない。

もらった鳥さんももうふでグルグル巻きにしてやった。悪のてばさきめ!

 

てきを知ることが大切だっておとうさんと見たアニメのだれかが言ってた。

 

だから、あした。

実力こうしをすることにしたの。

 

・カルデアの人にはかてないのはわかるから、アシュリーさまにたのんで早起き!

・朝ごはんをはこんできてくれる前に部屋をでておにいちゃんを見つける!

・アシュリーさまにたのんでおにいちゃんといっしょにおうちにかえる!

 

かんたんなミッションだ!

なづけて、おにいちゃんだっかんさくせんっ!

 

 

でも、アシュリーさまが少し元気がない。

ダルそうにして、今もぼくの首にだきついてはなさない。アシュリーさまは浮いてるから、おもくはないけどちょっとあつい。

なんか「小さなものを見すぎてつかれた」って。なんでだろ?

だいじょうぶ?ちゃんとおこしてくれる?

 

――――――――――

 

 確かに端から見れば、悪の手羽先だよね俺たち

 こどもを家族から引き離して監禁ですからね。実に悪の手羽先めいてます。

 

人のまちがいをあざわらうのはいけないことなんだよ!!!!!!

 

 

――――――――――

 

だっかんさくせん当日!つまり、今なんだけど。

 

まだつかれてるアシュリーさまが、なにかあったらだめだってぼくにプレゼントをくれた!

 

植木ばちに入った目をたくさんあるたけのこ。アシュリーさまがいつもつかってる赤い色をしてる。

ぼくでも持てるくらいちいさな動物で、ぼくのペットなんだって。

 

名前はタロス。だから、タロちゃん!

タロちゃんにはちがう名前があるだけど、アシュリーさまがいっちゃだめって言われてるからそうなのることにしたって、タロちゃんが言ってた。

たけのこなのに言葉が話せるタロちゃんすごい!

ちょっとこむずかしくて、ナマイキだけどきっといい子だ!

 

よし、この子とアシュリーさまといっしょにおにいちゃんをたすけにいくぞ!

 

まっててね、おにいちゃん!!

 

 

――――――――――

 

 翔。一応言っとくけど、タロスはたけのこじゃないぞ

メンマってこと?

 ちがうから。ていうか、もしそうなら俺たちたけのこに滅ぼされるとこだったからな

くつじょくだね。

こちらの台詞なのだが

 

 

――――――――――

 

みちのぼうけんはたいへんだった。

 

ろうかはまっくらだったし、タロちゃんはときどき「とまれ、すこしまて」っていうし、アシュリーさまはアシュリーさまで耳元で「かえりましょ?」ってずっというし!

ゲームでいうとどうなんだろう?

ぼくがゆうしゃで、アシュリーさまはまほうつかいで、タロちゃんはペット?なんだ、いがいにちゃんとしてた。

 

タロちゃんがいうには、ぼくがいたとこはカルデアの中でも一番ふかい地下だったんだって。ぼくがきたときはそんな気はしなかったんだけど。

にしても、すごいよねタロちゃん。よくわかんないけどカルデアの地図をしってるみたいでずんどこすすんでた。

 

そしたらね。

タロちゃんがおねがいがあるって言って。

なに?ってきいたら、ましゅ?ちゃんをみにいきたいって。

 

タロちゃんのともだちのフラウロスって子が、カルデアのましゅちゃんのことが好きだったみたいで、タロちゃんも気にしてたんだって。

ぼくもそのましゅちゃんが、あのときおにいちゃんのとなりにいた女の人だってのおもいだして、いいよって言ったの。

おにいちゃんのいばしょをしってるかもしれないし。

 

ましゅちゃんはベッドでねてた。

 

あのときよりちいさくて、つかれた顔をしてた。

 

タロちゃんがいろいろいってたけど、よくおぼえてない。

足をひきずってるカルデアの人にこの部屋にもどされた時のこともよくおぼえてない。

 

あの顔はみたことある。

ぼくが だれもいないおうちで かが み こわか 

 

――――――――――

 

 あの女神の事とはいえ、君を不安にさせてまでやるべきじゃなかった。私の失策だ。君とちゃんと向き合えば良かったんだ。

 翔太くん。あの時は本当に申し~~~~〰️〆

 

 

 翔太さんへ

所長代理は単純に謝りたかっただけですので、強制的に両足を壁にぶつけるのはやめてあげて、と女神さまにお伝えください。

  あなたのお友達、マシュ・キリエライト

 

 

――――――――――

 

おきたら、カルデアの人の代わりに、ましゅちゃんが笑顔で元気におはようございますっていってきた。なぜだかタロちゃんといっしょに。そういえばおきわすれちゃったかな。

 

えっ、もしやあれはえんぎ?

だとしたらぼく、だまされた?

 

ましゅちゃんにきいたら、かぜをひいてただけだってこわがらせてごめんなさいって。

 

もー!いまおもってもムカムカする!

こわくてアシュリーさまにだきついてずっとないちゃったぼくのきもちをかえして!かえすついでにおにいちゃんもいっしょに!

 

そういったのに。

でてきたのはふわふわもこもこのきつねさんだった。いや、ねこさんだったかな。ほうほういってたし、もしかしたらカルデアではふくろうさんはあんなのなのかも。

なでてたら、むくむく体を大きくしてたし、さすがカルデア。よくわかんないけどすごい。

 

でも、ましゅちゃんがいうには、大きくなるのを見るのははじめてだって。よくわかんないけどすごい。

かわいかったからまたあいたいな。すぐにげられちゃったし。

 

 

――――――――――

 

 ここじゃなきゃ伝わらないと思うから書いとく

 女神へ マシュのことだけは本当にありがとう

 

 それと翔。また見られたからってダ・ヴィンチちゃんの髪を静電気まみれにするのはやめてやれ。あと、そろそろイジワルするのもね。

 はいと言わないと、今日はいっしょに寝ないからな

 

ぼくはいやです。

 

 拒否しながら条件満たすな。一休さんかお前は

 

 

――――――――――

 

ましゅちゃんといっしょにしょくどうにいった。

カルデアにすんでる人がいっしょに食べるばしょなんだって。

 

なんかたくさんいて、ちょっぴりこわかった。

男の人も女の人も、小さい子も大きい人も、いっぱいいっぱい。

おにいちゃんはあんなヤバい人たちといっしょにはたらいてるの?おにいちゃんすごいけど、おにいちゃんしんぱい。

 

そういえば。

しょくどうのコックさんが、ちょっと前にあった黒いおにいさんだった!望遠鏡を直してくれたやさしい人!

さいしょはきづいてくれなかったけど、すぐにわかってくれた!

えみやさんっていうんだって!すごいよね、ちょっとうんめいだよ!

 

でも、アシュリーさまはにらみつけてた。

えみやさんはしょうがない、って言ってたけど、ちゃんとめっ!ってアシュリーさまに言った!

 

おいしいごはんを作ってくれた人にはかんしゃしなきゃだよアシュリーさま!

ものすごいいやな顔された。え、アシュリーさまどんだけえみやさんきらいなの。前になにあったの。

 

 

あと、くまのぬいぐるみとともだちになった。

いっしょだなって。

よくわかんないけど、ぼくはくまじゃないよ。おりおんくん。

 

おりおんくんに、おにいちゃんどこ?ってきいたら。

おにいちゃんは今やらなきゃいけないことがあって、それがおわればあえるってなぐさめてくれた。

 

いいひとだ。となりにいた白い女の人がうるさかったけど。

アシュリーさまその人ガン無視してたけど。なのにずっと話しかけてきてうるさかったけど。

 

 

おりおんくんとえみやのおにいさんがいってたから、信じることにする。

おにいちゃんもおしごとがんばってるんだ。ぼくがちょっとわがまますぎたのかな。

 

 

――――――――――

 

 そういえば、翔太さんの好きな食べ物はなんですか?

じゃがいも

 わかりました!

 

 

翔太くんへ

 カルデア中の植物すべてが、じゃがいもの苗になりました。心当たりがあったら、すぐに私の所にきてください。

 あと、あの赤く光るポテトは食べても平気なのか、女神に聞いといてください。

  君の永遠の友人てきダ・ヴィンチちゃんより

 

 

 

――――――――――

 

ろうほうだ!

ましゅちゃんがおにいちゃんのばしょにつれてってくれるって!

 

ましゅちゃんのおしごとがあるからだけど、今から一時間後に会いにいきましょうって!

お昼だし、おにいちゃんもおなかがすいてるだろうから、おにぎりとかつくっていっしょに食べようって!

えみやのおにいさんにてつだってもらうんだって!

 

おにいちゃんの大好きなこんぶのつくだ煮はあるかな?がんばってつくろう!

 

たのしみだな、おにいちゃんよろこんでくれるかな。

 

もしおしごとがおわってたら、いっしょにあそびたいな。そうだ、アシュリーさまもちゃんとしょうかいしなきゃ!おにいちゃんがいないときのおかあさんたちのことを話したい!

ううん、やることおおい。でも、おにいちゃんといっしょならなんでもいいや!

 

はやく一時間たたないかなあ

 

 

――――――――――

 

 たのしみ だ っ た ね!ましゅちゃん!

 楽しみ で し た ね!翔太さん!

 

え、もしかしてあれの原因の一端ってこれだったりする?

 

タイミングが 悪くて その

 

そうだね!タ イ ミ ン グ が悪かったね!がんばったんだけどね!

そうですね!タ イ ミ ン グ が悪かったですね!事前に伝えたんですけどね!

 

 

ごめんなさい

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 












……我らはこんな間抜けな集団に敗北したのか。

ドンマイ!元気だしなよタロス!

黙れ、ゴミクズアーキマン
鶏のような間抜けな頭をしよってからに、存在自体が舐めてるな貴様は

翔太くん!君のペットがまたボクに悪口を言った!後で注意しといて!

マロンくんなら別にいいかなって

君って、ほんとに立香君以外にはドライだよね!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

星見台の“懸念”……と、小さな功徳。

人は歴史を以て成長する。
愚者は云々賢者は云々、とは良く言ったもので――伝統やら世俗やらの……遺された先人達の残り香。
それらが、人類を――昨日よりかは高尚な存在へと仕立て上げる。


先人達が曰く。

勝って兜の緒を締めよ。油断大敵。好事魔多し。
――ある種のそういう類いの諺。

意味は単純――終わりの時こそ油断をするな。

最後の最後まで気を抜く事がないように、という先人達の苦い教訓。
人々は成長していく内に、これが身に染みてくる。
これを鼻で笑う者こそ――それを経験し、先人達の教えに感銘を受けるのだ。ほぼ全人類がこれに該当する事だろう。

――カルデアもそう。
人の偉業を剣とし、人の知識を盾とした――人の歴史によって生き残った者達もまた、そうした教訓に助けられた。

全人類を救う為に駆け抜けた地獄のような一年間。

その中で、それらの類いの諺がカルデア中で何度駆け巡った事だろうか。特異点を一つ発見する毎に二桁は固そうだ。
特に用意周到且つ粘着質な“七十二柱の悪魔達”が、それを確固たるものにしたとも言える。

――目の前の敵を倒した。
他には誰かいるか?本当に敵は倒せたのか?援軍は?増援は?何らかの妨害を受けたか?幾重にも確認して…………ようやく息を吐く。
そのような、極限までの生存戦。
そうしなければ、彼らは生き残る事は出来なかっただろう。


故に――これは悲劇である。


念には念を、は美徳だが――時としてそれは不和を呼び出す。
先人達はこうも言った。
灯台もと暗し。分別過ぎれば愚に変える。

全てはそうした事が引き起こした……否。()()()()()()()()()()()()()()()


では、どうすればよかったのか。

これもまた先人達はこう述べた。
つまりは、こうだ。


過ぎたるは及ばざるが如し。







 

 

 

 

 

 

 

 

人理焼却の最中。

カルデアには――ある懸念事項があった。

 

これはカルデアスタッフと一部のサーヴァントのみが共有していた事。それは特異点を順々に修復していくほどにより重要性が増していった。

来年の事を言うと(ほんとに)鬼が笑うが、その来年が現実味を帯びてくれば話は違う。

 

その懸念とは。

人理修復後――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

……一年後には人類滅亡してるかもしれねぇのに何考えてるんだこれだから人類は……!!

――と、いつかのゲーティアが知ったらそう言ってただろうか。

 

とはいえ、これこそが人類とも言えなくもない。

それに、苦楽を共にしていくからこそ――細やかなで穏やかな日常を惜しいと感じるのは仕方のない事だったろう。

 

 

当然であるが元凶をぎったんぎったんした後でも、人理は進んでいく。

勇者(カルデア)魔王(ゲーティア)をぶっ殺して世界は平和になった、ラブ&ピース!!…………で、綺麗に締まるのは創作物の中だけ。

待っているのは凱旋ではなく、後処理だ。

 

ゲーティアを排除した際に起こる人理への影響。

それによる世界の変化。それに伴う――混乱。

 

それらを想定し、対策する必要があった。

 

世界は簡単ではない――そも、カルデアが世界を救ったという事を人々は知り得ない。知り得たとして、素直に受け入れてくれるとは思えない。

故の対策。

特に、カルデアのパトロンたる魔術協会に対してはよりいっそう議論が割かれた。

 

 

はっきり言おう、魔術協会はクソであると。

 

説明すると簡単だ。

利権と覇権と歴史と血盟が混じりあい、そこに無関心と非道徳を散りばめたブルーチーズのごとき異臭を放つ古き悪き貴族社会が根付いた組織こそが魔術協会である。

良く言えば味わい深い、悪く言えばただ臭い。

 

カルデアが古今東西を総なめにしてきた英雄達を使役しているなんて嗅ぎ付ければ、何をしてくるかなんて決まりきった事だった。

 

 

――万雷の喝采はいらない。

――正当な評価などもたらされる訳がない。

金も名声も権力も、カルデアの善き人々は望んではいなかった。

 

人理修復が成された後でも――この体制が維持できるように、と。またゲーティアのような存在が現れぬとも限らない。

 

それに――この、暖かな日常が少しでも長く続くように。

 

在ったのは、そうした念のみだった。

 

 

だってそうだろう?

やりたくもない役目をやらされ、散々苦しんだ挙げ句――待っているのはお偉方達の汚ならしい手など…………。

――この世は地獄か。これ世界救わなくてもよくね?と、対策会議中に良く沸き起こったこの問いに否定を返された事はない。

 

カルデア……特に矢面にたった無垢な少年少女は報われるべきで、その土壌を作るのは私達なのだといきり立った。

 

数多の対策を立案し、没案にカルデアの特異点化を添えて、果ては魔術協会との全面戦争まで視野に入れて。

 

 

 

 

 

 

――その時が来た。

 

()()()()()()()()()()()()()()()、時間神殿より最後のマスターが帰投した。

人理を巣くう元凶を倒し、世界を救ったのだ。……新たな“脅威”が間近なのは別として。

 

この時ばかりは皆、全てを忘れて喜んだ。

楽しい事もあったが、大抵は苦しかった一年間。だがそれでも果たされたのだから。

 

そして喜びは――マスターたる少年が、急かすチャイムに駆け出すと同時に薄れていく。

 

 

「……さて。では諸君――感動のエンドロールは一旦お預けだ」

 

 

一年間の中で、カルデアを仕切る司令塔の一翼となっていたサーヴァント、レオナルド・ダ・ヴィンチの言葉で場に緊張が張り詰める。

 

 

「“懸念”は現実の物となるだろう。……新たな脅威もすぐそこだ。この二つの障害――ここからは、私達が矢面に立つ」

 

 

その言葉は覚悟だった。少しの贖罪の念を交えた声色。

モニターに映される地球の空――朝より澄み、昼より輝き、夕方より紅く、夜よりも静謐な……美しくもおぞましい“赤い宇宙”を見つめて。

 

 

「ここからはほろ苦い大人の時間。ふふっ……青臭く立ち向かった立香くん達には似合わないだろう?」

 

 

場に苦笑が混じる。

違いない、と口々に溢れる声色に否はない。

 

苦しい戦いになるだろう。

ある種、単純に敵だっただけにゲーティアの方がマシとも言えるかもしれない。

 

味方とも言える魔術協会と、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

カルデアの人々には、なんとも歯痒い。

それでも――為す。

一寸すら見えない暗闇の中でちらりと覗かせた、暖かな泡沫こそ尊いと信じて。

 

 

「――ダ・ヴィンチちゃんさん。通信です」

 

 

ふと、職員の声が場に響き渡る。

固い声色が、相手が誰かを如実に伝えていた。

 

 

「……噂をすればなんとやらか。スピーカーを管制室全体に。すまないが応答を頼みたい。第一声がサーヴァントじゃあ何言われるか分からないからね」

「了解です。……所長を出せと言われたら?」

「……………………そうだな。今の事態を対処するのに忙しいと伝えて」

「わかりました。通信を繋げます」

 

 

数瞬、微かなノイズが響く中。

管制室全体に緊張が張り詰める。

 

 

カルデアは現在の世界情勢を大まかながら理解していた。

 

――“過ぎ去った一年”と空を覆う“赤い宇宙”

 

カルデアから見れば、奮闘の結果と結末であったが――何も知らない、知る事が出来ない人々から見れば……ふと我に返れば、一年過ぎていて、外はまるで映画の世界に迷い込んだみたいな状況。

 

政府は困惑、メディアは混乱、国民市民はスマホ片手に巨大宇宙船やらエビ人間やらを探している始末。

暴動一歩手前の大パニックが起こっていた。

 

 

では、何も知らないが知る術を持っている人々から見れば、どうだろうか。

 

“過ぎ去った一年”が始まった日は、奇しくもカルデアの初大規模レイシフトの日である事も調査できるし、魑魅魍魎蠢く魔術協会が何かしらの術を元に、カルデアの関連を疑う可能性はかなり高かった。

 

であるならば、まず水を向けられるのは――私達、とカルデアの人々は考え、対策していたのだ。

待っていたのだ、この刻を――!!

 

 

『こちら、協会広報部。これは全ての下部組織、そして協力組織に伝達している内容である』

 

 

だから、最初。

疑問や糾弾の言葉ではなく、何らかの下知を通達する放送である事に、カルデアは驚いた。

 

 

『我ら協会は“過ぎ去った一年”の原因は――今地球を覆い尽くしている“赤い宇宙”であると結論付けた。神代に匹敵するエーテル濃度と――現在もこの惑星を汚染している不可思議な物質が、その理由である。何らかの手がかりが掴めた者、もしくはこの原因を知り得る者は名乗り出よ。繰り返す――』

 

 

――そう。

 

そもそも論。

あまりの美しさとおぞましさを両立させる、地球人類が見た事もない“赤い宇宙”のせいで――“過ぎ去った一年”が他の理由で引き起こされたと考える事もできないのだ。

理由が分からぬ異常と、由来も分からぬ未知が間近に在れば、そちらに関心が向くのは想像に難くない。

 

それに。

魔術協会にとっては、カルデアはとある特務機関でしかなく――レイシフトも英霊召喚もまだきちんと公表されていなかった。

 

 

 

『“過ぎ去った一年”の原因は、今地球を覆い尽くしている“赤い宇宙”であると結論付けた。神代にも匹敵――――』

 

 

 

そうして何となく状況を理解したダ・ヴィンチは、繰り返される放送に「あー……うん……あー」と複雑そうな言葉を漏らすしかなかった。

 

 

「……なんとかなりそうだねこれ」

「……」「……」「……」「……」「……」

「でも、なんか……アレかな。見向きもされないのはなんか複雑」

「「「「「わかる」」」」」

 

 

こうして。

数多の対策会議が無駄になった。

 

 

 

 

 

 

しかし、僥倖ではあった。

世界の全てが目を眩ませている間、カルデアは完璧な偽装工作を図る事ができるのだから。

かのゲーティアすらも驚嘆した、生き残る為の意地汚いほどの強い意思がカルデアにはあった。

さらには、この時は誰も気づく事の無かった干渉もあったおかげで――

 

 

――カルデアは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それこそ、外部から悪辣な侵略者でさえ返り討ちに出来るような。……尚、こちらの常識が一切通用しない例の女神は除く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

何はともあれ。

 

カルデア一同の「いや、いいんですよ?何事もなくこのままでいられるならそれでいいんですよ?でもぉ……そのぉ、私達がぁ……世界をぉ……その……――ねっ!!」という、複雑な想いに目を瞑れば、すんなりと懸念の一つは消える事になった。

 

時間神殿の戦いで分析した“赤い宇宙”――ひいては、女神の情報を小出しにしつつ協会に送り、恩を売りつつ、食糧やら日用品の融通を利いて貰って、色々事後処理をこなす数日。

 

 

 

日常を取り戻したはずのカルデアは――()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「――皆様御揃いのようで。えー、こほんっ。これより第三回『藤丸翔太くん並びに“かの女神”に関する対策会議』を開始致します。進行役は、変わらず(わたくし)が務めさせて頂きます」

 

 

お淑やかな進行役の開始宣言に続いた、パチパチとまばらに響く拍手は若干の疲れが滲んでいた。

 

 

カルデア中枢部、管制室近く。

元『あーあ、魔術協会に宝具爆撃して更地にできたらなぁ』会議室、現『いや、マスターの弟くんマジやばくね?』会議室。

 

部屋の中心に大きな円卓が座し、その周りをぐるりと各々、椅子に腰掛けている。

ダ・ヴィンチと進行役を除けば、皆カルデアの職員達――魔術協会対策会議の面子だった。

 

 

「えー、では皆様。お手元の資料をご覧下さいませ――本日の干渉事項と思われる物の一覧でございます。ふふっ、私……こうした資料作成は些か不慣れでして。お見苦しい所があるやもしれませんが、ご容赦のほどを……」

 

 

恥じらうような進行役の言葉に、職員達は少し癒されながら、目の前に置かれた資料を手に取る。

不慣れと言いながらも綺麗に纏められた文面は、読まずとも見える多さで――胃が軋むように蠢いたのを皆は感じた。

 

そこには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

・魔力炉の精度10%上昇。

・サーヴァント達の霊核硬度50%上昇。

・職員の不眠率低下。

・食糧の鮮度が常に最高値。

・礼装製作中に予期せぬ神性特効が付与される。

・遠坂家より『太古の蛇の化石』の誤配送(偶然通りすがったギルガメッシュ王曰く、王に由来する触媒になり得るだとか)。

 

……等々、エトセトラエトセトラ。

誰もやってもないのに発生した事項――()()

毎日のように発生するソレ、日に日に露骨になっていくソレに。

 

カルデアは頭を抱えていた。

 

 

「……ていうか。またミス・遠坂からか。おい誰か宅配の使い方ちゃんと教えてやれよ」

「教えたさ。教えてこれだよ。ていうかなんつうもん送ってきてんのあの人、前もやべぇの送ってなかったか」

「ああ、魔法剣ゼルレッチっていうトンデモ魔術礼装の設計図でしょ。あんなの普通、家の秘奥として管理する物じゃないの?見なかった事にして送り返したけど」

「ていうか、これ干渉事項に数えるべきか?本人のうっかりのせいじゃないのかこれ」

 

……等と職員がブツブツ喋る中。

 

これまた疲れた表情をしていたダ・ヴィンチは書類の下の方にある『サーヴァントの変化申告欄』を見ていた。

その欄には、最近起こった不可思議なサーヴァント達の変化について書かれている。

 

 

『儂の火縄が一発撃ったら六発出るようになったんじゃが』

『何を投影しても神殺しの由来を持つ剣しか出てこなくなった。これから私が調理担当の時は、神性を持つ者には注意喚起を頼む』

『私のハルペーが往年の姿を取り戻してしまいました。大きくて邪魔なので大人の私に渡しています』

 

 

「えー、えー。皆様ご承知の通り――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ですので、本日の議題も変わらずに――『かの女神の対処』についてですね」

 

 

進行役の言葉に面々は重く頷いた。

その頭の重さが、事態の重大さを懇々と示していた。

 

 

人理を救ったカルデアの残された“懸念”。その一つ。

“赤い宇宙”の主たる、“かの女神”と――その側にいるカルデアのマスター藤丸立香の弟、翔太。

 

当初、カルデアは楽観視していた。

魔術協会の件よりも楽に事が済む話だろう、と。

 

カルデアは特異点修復の道行きの中で、敵側だったサーヴァントを召喚する事し、共に戦ってきた。

ある意味、そうした感じだと思っていたのだ。

……まあ、まさか片手間で惑星を滅ぼせる女神相手にもやるとは思わなかったが。

 

それでも、その女神の側にいたのがカルデアのマスターの弟で、端からわかるほどに女神がその子を溺愛しているというのが大きかった。

 

カルデアにいる、オリオンとアルテミスみたいな関係性と思えばいいのだ。

――少年に不利益が無く、且つ女神の要求をある程度許容すればいい。

 

 

少しの検査と調査を終えれば、立香君経由で翔太くんに「女神さまが悪い事をしないように見張ってて」って言い含めて貰えば、一先ず問題はないだろうとカルデアは結論づけた。

 

ついでに“赤い宇宙”を消してくれるようにも頼もうと。それでもダメなら、生活の中で探りを入れていこうと決めて。

 

そんな思惑の中で。

あの二人をカルデアの中でもっとも強固で安全な最深部の部屋に隔離したのだ。

ほんの二日ほどと期間を設けて。

 

 

そう、簡単に考えていたのだ。当初は。

 

 

しかし。

 

しかしだ。

 

変化は。

――()()は、丁度その時ひっそりと起き始めていたのだ。

 

 

女神がカルデアに入って数時間後。

職員の一人が――カルデアの魔力炉の性能が目に見えて上がっているのに気がついた。

 

魔力炉は、サーヴァント達をこの世に留める為の大量の魔力を生成する重要な器械、まさしくカルデアの心臓である。

だからこそ、改造に改造を重ね――もうこれ以上性能は上がらない!と魔力のエキスパートであるサーヴァントにも言わしめた逸品だった。

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

……明らかな異常事態ではあったが、人理修復の折り気が抜けていたのもあって、どっかのサーヴァントが改造案を思い付いて勝手にやったのだろうと当たりを付け、後で報告すればいいだろうと放置してしまっていた。

 

 

そのあたりで、今度はサーヴァント達が騒ぎ始めた。

曰く『存在がより強固になった気がする』と。

 

サーヴァントが、英霊と呼ばれるように。彼らは本来、幽霊のように儚い存在である。

どれほど凄まじい暴威を誇っていても――魔力が十分に行き渡らなくては力を思うように発揮できないし、供給が途切れればたちまち消えてしまう。

 

そんな者達が、受肉――即ち、実の肉体を持つ数歩手前まで確固たる存在になったと言うのだ。

性能が上がっている魔術炉がそれを後押ししていたのだ。

 

ここでカルデア全体が、何か起きている事に察知した。

 

 

極めつけは――()()()()()()()()

 

これが決め手になった。

 

 

世界を救った今。世界を救う為に戦い続けていた英霊達は無用の存在である

カルデアとしてはそうではないが、事実としてはそうだった。

 

だからこそ、在るとはいえ過去の存在がいつまでも此処にいるべきではないと思うサーヴァントもいた。

……まあ、大半は居座る気満々な者達だらけではあったが。

 

カルデアはそうした者達の意を汲んで、送り出した。

送別会もしたし、マスターと最後の別れもした――また世界の危機になったら喚んでくれ、と。

来てほしいが来てほしくない、そんな苦笑いを溢してしまいそうな言葉を最期に、何名も還っていった。

 

英霊の座。

彼らが本来居るべき、彼方へと。

 

そうして。

消えて行く彼らにしんみりと思い出に浸っていたカルデアは――すぐにその涙を引っ込める事になる。

 

潔く座に還った英霊が――ちょっと気まずい表情で帰還してきたのだ。それも自力で。

 

彼ら曰くー―

『アラヤらしき存在が泣きわめいてカルデアにいてほしいと言ってきた』

『なんでも願い叶えるからカルデアに戻れって捲し立てられた』

『無視しようとしたら気がついたらカルデアに居た』

『気がついたらカルデアに居た』

『ガイアらしき存在がこの我に土下座までして懇願してきて愉快だったから舞い戻ってきた。感謝せよ、雑種』

――などと、などと。

 

 

その時。

カルデアとサーヴァント達は、彼らに起きている不可思議な現象と、今のカルデアの状況を照らし合わせて――理解した。

 

理解、できてしまったのだ。

 

 

つまりはだ。

――常識を無視するほど。

――法則を打ち壊すほど。

――条理を、ねじ曲げるほど。

 

それほどまでに――あの女神が怖いのだ。この惑星は。

 

星の意思(ガイア)”と呼ばれる地球の意識が叫んだ。“抑止力(アラヤ)”と呼ばれる人類無意識の集合体が告げた。

 

なんとしてでも――あの女神を倒せ。追い出せ、と。

 

 

あれから。

 

女神と幼い少年は未だカルデアの最深部にいる。

二日ほどの期間はとうに過ぎ、もう一週間は経とうとしていた。

 

 

「今現在まで含めて――“かの女神”についてはサーヴァントに似た霊基構造をしている事以外、真名も由来も不明。その能力も……神であるならば権能も。アシュリー、と翔太くんに呼ばれてはいますが、一般的な女性名である為、何ら関連は見出だせていない…………これに、相違は?」

 

 

進行役の言葉に、返す者はいない。

 

――これだけだった。

一週間。カルデアが総力を掛けて調査しても――()()()()()()()()()()()()()

 

カルデアは、創世記から今までの多くの逸話、神話、民謡、都市伝説に至るまで沢山の情報を保管している。

それに照らし合わせても――理解出来ない。

 

どうやったってわからない――未知の女神。

正しく――この地球上に存在し得ないはずの、存在。

 

積もるのは焦りと、()()

 

会議室に広がるのはそうした空気だった。

 

 

「では、追加情報がある方は」

「――はい」

 

 

問いかけに、手を上げたのは解析班に属する職員の一人だった。

 

 

「何でございましょう」

「……イシュタル神とエレシュキガル神が――怯えている」

 

「あの二人が……?」

 

 

ダ・ヴィンチは信じられないように呟いた。

かの二柱の神は、旧きウルク――メソポタミア神話の神々であり、天上と冥界を司る強大な神である。

そんな存在が――?と。

特にいつも物静かで腰の低いエレシュキガルはともかく、尊大で自分勝手……まさしく神そのもののようなイシュタルが怯えるなんて――考えられなかった。

 

 

「ああ。どうやら時間神殿でも少しいざこざがあったらしい。曰く――『アレは原始の地母神。お母様と同じくらいとんでもない存在なんだから、命が惜しければ貢ぎ物の一つでも捧げた方が身の為よ』と」

 

ティアマトとは、人理を巡る戦いにおいてカルデアが立ち向かった――人類を愛するが故に人類を滅ぼしかねない『人類悪』という存在、“回帰”を願った獣の名。

彼女を見捨て、次の地平に旅立った子供達を――愛しているからこそ憎み、だからこそまさしく“回帰”を願った。

 

そんな存在と――同等。

いや、それ以上。

 

重苦しい会議室が、さらに重くなる。

 

 

「貢ぎ物っつったって……あの女神――()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「話しかけても無視……というよりかは認識すらしてない風でもある。目の前に宝を置いた所で知らぬ間にゴミがあったとしか思われないんじゃないか」

 

 

ダ・ヴィンチはふと思い出す。

将太と女神の部屋に行った時、女神は将太を一秒たりとも逸らず注視していた。

彼がダ・ヴィンチの事を聞いても、誰それ?と言っていたという報告もあった。

 

 

「……なら、翔太くんを通じて……?」

「………………それしかなさそうだが――あの子を利用したと見なされないか?」

「……もしそう思われたら、()()()()()()

 

 

女神は端から見て――何よりも翔太を溺愛している。

 

お気に入りに変な茶々入れられればブチ切れるのが神の性……おそらく“かの女神”もそれに当てはまるだろう。

つまり、彼を通じてこっちの要求を満たそうとする→お前らの欲望の為に私のショウを利用したな?→ヨシ、死ね→〈〈デッドエンド!〉〉となりそうだ。

いや、なる。

だって、時間神殿でも「ショウを傷つけたから(もしくは、彼が望んだから)ゲーティアを殺しに来た」みたいなニュアンスがあったし。

 

 

つまりつまり。

今の議論の結論は――“かの女神”はティアマト以上に強大な存在である可能性がある、という事だけ。

 

残酷な現実が、よりいっそう残酷になった。

 

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

 

“星の意思”やら“抑止力”が露骨に干渉してくる以上、カルデアは()()()()()()()()()()()()()。彼らのある種の残酷さはサーヴァントから特に聞き及んでいる。

 

しかし、彼らの無言のプレッシャーが、カルデアを追い立てていたとしても――結果はご覧の有り様。

 

 

女神については何も分からず。

分かったとしても――彼女がより強大な存在であると分かるだけ。

 

 

――正直、手立てが無いというのが本音だった。

 

 

当然の事。

だって、地球そのものを片手間で粉砕できる異邦の女神相手にどうしろと?

ゲーティアですら地球をどうこうするのに一年の歳月をかけたというのに。それだけでも皆が認める偉業だというのに。

あの女神は数十秒だ。数十秒で、時間神殿全体を侵食し、ゲーティアをねじ切ったり、星そのもので潰したり、光で消し飛ばしたりしたのだ。

 

差は見上げるのすらも烏滸がましいと言わざるを得ない。

 

……一応、あの時間神殿での戦闘データから、シュミレートを何度かやってはみた。

 

だが、カルデアの全戦力を以てしても――あの極光で150%負ける。

100%はその時点で全滅。

残りの50%は一発耐えきれたとしても間髪を容れずにもう一発撃たれて消し炭になる確率である。

 

 

「……“星の意思”のバックアップがあっても勝算のしの字も見当たらない。弱点らしい弱点は隣にいるがぁ……それはなぁ」

「……ええ……」

 

 

無論、それは――龍の三千倍は敏感な逆鱗である。

触れるどころか触れようと思っただけで、怒りを買う事は想像に難くない。

現にそう言った職員の身体の震えが止まらない。畏れが過ぎただけのプラシーボ効果だと思いたかった。

 

 

それらを抜きにしても――カルデアには何とも戦いづらい理由があった。

 

 

言外に隠していた、あの子供――マスターの弟。立香くんの家族。何も知らない青年が……世界を救うまでに至った目的。

 

 

その子が――カルデアの良心を傷を付けながら……小さな希望と大きな絶望を引っ提げてくるのだ。

 

 

職員達の視線に気づいた進行役は「ふふふ」とたおやかに微笑むと、リモコンを操作し始める。

 

 

「では、本日の翔太くんを確認致しましょうか。本日も可愛らしかったですよ。……“かの女神”は変わらず恐ろしかったですが」

 

 

ピッ――と進行役がリモコンを操作する。

円卓の中央に、立体モニターが出現し――数瞬の間に、ある映像が写し出された。

 

 

――豪奢な赤宝石の部屋。

 

 

第七特異点での、ギルガメッシュ王の居城ジグラッドの一室にも似たそこには――藤丸立香を丁度ちんまりさせたような、可愛らしい男の子、翔太が座っている。

その横では、そんな彼を優しげに見つめる“かの女神”が寝そべるように宙を浮いていた。

 

これはほんの数時間前。

カルデアの監視カメラが記録した今朝の一幕。

 

 

『……ぶぅ、ぶぅ』

『ショウ、ショウ。どうしてそう拗ねてるの?子豚みたいで可愛いわ』

『豚じゃないですぅー!おにいちゃんに会えない……!!うぎぎ、かるであ……!!』

 

 

翔太はあの部屋に軟禁されて以降、こうやってカルデアに対して怨嗟の念を溢し続けていた。主に愛する兄に会わせてくれない事が八割だった。

 

年端も行かない幼子を監禁しているという事実に心を痛めているカルデアが、出来る限りの贅沢やら小さな我が儘を叶えているが――それでも、やはり兄に会わせてくれないので、カルデアを悪の手先と見なされていた。

 

 

ぶぅぶぅと拗ねる翔太に職員達は、罪悪感が沸き起こりつつも少しだけ和むが――それ以上に恐ろしい。

 

あの子と女神の関係性。

 

翔太がカルデアに対して悪感情を高めれば高めるほど――“かの女神”がどうするかなど……

 

 

『――じゃあ、カルデアぜぇんぶ潰しましょう?』

 

 

――分かりきったおぞましい結論だ。

「ひぇ……」と溢れた呻きは、きっと職員全員から漏れ出ただろう。

 

女神は、翔太がカルデアに対する不満を言うと必ずそうやってカルデアの殲滅を提案してきていた。

……パンが無ければ、みたいな気安さでこちらを皆殺しにする提案は心臓に悪いので勘弁してほしい。

 

 

『……ダメ。おにいちゃんがいるもん』

『じゃあ、ソレがいなければいい?』

『…………おにいちゃんはソレじゃないもん』

『……………』

『……………』

『…………ソレじゃないもん』

『あ、あなたの……っ。兄……がっ、いなければいい?』

 

 

そんな汚物相手に大好きですって言わなきゃいけないみたいな、ゴキブリを百匹同時に噛み潰すような顔するほど、翔太くんの親類とすら言いたくないのか……と職員達は黄昏た。

 

女神のカルデア……ひいては立香に対する敵意がヤバすぎて内臓が痛い。

 

 

『……むぅ。それなら、いいか。もう嫌な事はしません、ごめんなさいって反省させてね』

『ええ、勿論――もう二度とショウに悪さ出来ないようにしてあげるわ』

 

 

そうやって微笑み合う二人のあまりの温度差に、背筋に氷柱どころか北極そのものが叩き込まれたような思いだった。

 

翔太からすれば、めっ!みたいな軽いお説教で皆ごめんねこれから仲良くしようね、ぐらいのつもりに見えるのだが――女神の言葉からは、死ねばそんな事は出来ないから大丈夫よ、としか読み取れない。

 

この場の職員が誰もしも思い付く――最悪な想像。

 

もし、翔太がこの提案に頷いてでも、最愛の兄を奪還しようと考えたら……。

そうなれば待っている結末は――――

 

 

――即ち。

カルデアは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

いつのまにやら、カルデアはそうしたか細い糸の上に立っている。

“星の意思”のせいと想っても、“かの女神”のせいと嘆いても――現実は変わらないというのは、ゲーティアの時で理解していた。

 

 

そこで部屋の扉が開く。

すると――ダ・ヴィンチが手に湯気を浮かべるトレーを持って、笑顔で入ってきた。

 

すん、と翔太から笑顔が消える。

 

 

『――はぁ~い!翔太くんおはよう!皆大好き、ダ・ヴィンチちゃんだよ!』

『――ぼくはきらいだよ。カルデアの人』

『……翔太くん以外は大好きな、ダ・ヴィンチちゃんだよ!』

『――言い直してもお名前は言わないからね、カルデアの人』

 

 

ぷいっ、と顔を背ける翔太は可愛らしい。

塩対応だが、ちゃんと言いつけを守ってるのか無視はしないし、食事を渡す時だってありがとうと言うし、嫌いだなんだと言っても下品な事は言わない。

きちんと礼儀正しい良い子……だからこそ――カルデアは良心が痛む。

 

 

『ささっ、翔太くん朝ご飯だよ。今日はなんだと思う?』

『……Tボーンステーキ』

『あっ、昨日の夕飯で気に入ったかい?じゃあ、また近い内にまた頼んであげるね』

『…………ち、近い内なんてないもん』

 

 

せめてもの抵抗で視線だけは絶対に合わせない子供の目の前に置かれたのは、こちらのせめてもの誠意として用意しているエミヤ特製、豪華朝食ランチ。

 

カリカリに焼いたベーコン、ふわっふわのオムレツに瑞々しいサラダ。良い焼き目の付いたトーストにはじんわりと溶けたバターが絡み付く。

 

ラインナップは良くある献立。

しかし、どういう訳だか料理が異様に上手いあのサーヴァントが作れば話は違う。

シンプルだからこそ、基本だからこそ。

誤魔化しようのない美味しさがそこにあるのだ。

 

そんな逸品だから、翔太は不満げな顔しながらも――口許から垂れる涎とキラキラと期待に光る瞳を隠しきれていない。

完全に胃袋を掴んでいた。

 

でも、食べるのは癪なのか顔を背けて耐え始める。

良くある光景だった――そして結末が透けて見えるお約束でもあった。

 

女神をあまり刺激したくないので「じゃあごゆっくり」と去っていくダ・ヴィンチにも気づかず――ただじぃと耐えていた。

 

 

『…まっ、まけない。こんな賄賂じゃぼくは屈しない……!』

 

 

死ぬほど葛藤している。

でも、食欲には勝てないのかするりするりと手はフォークに伸びていた。

 

 

『くっ……!ふっ、ふん!こんなの全然おいしそうじゃないね!こっ、こんなの、た……だの高級ホテルの朝ごはんじゃないか!』

 

 

耐えきれなくなったのか、自分に言い聞かせるようにご飯を貶し始めたが、ほぼ悪口ではなかった。

 

 

『こっ、こんな……こんなぁ……!ぼっ、ぼくは――こんなごはんに絶対まけないぃ……!』

『――良くぞ言いました、ショウ』

 

 

そこでふと、女神がそう呟いた。

見ると見る者を魅了するほどの淡い笑みと共に、翔太に手を伸ばしている。

いきなりの事に目をパチクリさせている翔太の口許からヨダレが垂れる……前に女神がそれを愛しそうに拭った。

 

 

『アシュリーさま……?』

『ショウ。そんな辺境惑星の下等生命体が滓にも劣る思考器官で考え付いたボロ墨よりも役立たない食事とも言えない汚物なんて、食べなくていいわ』

『かなり言うね、アシュリーさま』

『この私の唯一の神官たる貴方には、ふさわしい食事を供しましょう。さっ――』

 

 

女神の手の平の空間が歪み出す。

すると、そこから生えるようにナニカが現れた――まるで、ギルガメッシュ王の宝具『王の財宝』にも似た現象だった。

 

そうして現れたのは、

 

 

『――私の宇宙の中での至上の美食、スペース・黒毛和牛をあげましょう』

 

 

宇宙色に煌めく皿の上に乗せられた――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

職員達の間に、静かな沈黙が流れる。

皆一様に、まるで青色一色のラーメンだとか虹色のタルトでも見ているかのような目をしていた。

 

 

『…………』

『ふふっ、そう緊張しなくてもいいわ。さあさ、たんとお上がりなさい』

『……いただきまーす』

『ええ、とってもおいしっ…………ショウ?貴方の食事はこっちよ?そんな下等生命体が作った物なんてお腹壊しちゃうわ』

『うわぁ、サラダはシャキシャキでタマゴはふわふわ。ベーコンはじんわりと味が広がって、トーストがそれを引き立たせる…………まるで高級ホテルのバイキングに出てくる定番ラインナップみたいだぁ』

『ショウ?どうしてそっぽ向いちゃうの?ほら、私の方を見て?こっちの方が絶対美味しいのだわ?』

 

 

もしゃもしゃとカルデアが太鼓判を押すエミヤごはんを食べながら、翔太はチラリと女神の方を向く。

小さいながら表情をぱぁ、と明るくさせた女神が――ラメ色に発光している生肉の刺身を差し出す。

 

視線だけで撫でるようにそれを流し見た翔太は、そのままベーコンを頬張った。

――がしゃん、とスペース・黒毛和牛なる肉のようにも見える物体Xが床に落ちた。

 

 

『どう、して……?』

 

 

――いや、残当かと……。

まるで世界の終わりにでも直面したような表情をする女神に、職員達はそう呟くしかない。

彼女の言ったのを借りると、一応は翔太も辺境惑星の下等生命体の一員なのだから、職員達と同じ感想を抱いただろうし。

 

 

『もしゃもしゃ』

『……しく、しく……』

『もしゃもしゃ』

『……ショウにきらわれた……』

『……も、しゃ』

『もう生きていけない……』

『………………』

『……こうなったらこのまま超新星爆発を連鎖発生させてこの銀河系ごと彼方に消し飛ばして自殺するしか……』

 

『あっ、アシュリーさま!』

 

 

聞き捨てならないヤバイ台詞が呟いた気がする女神の言葉を遮って、翔太が声を上げた。

ブラックホールのような暗い眼差しを向けた女神に、何故だか姿勢を正しながら「えっと、あの……」と少し躊躇った後――

 

 

『……あーん』

 

 

目を瞑り、小さく口を開けてきた。

恥ずかしいのか――少しだけ頬を染めて。

 

 

『……っ!ショウ!』

 

 

意図に気づいた女神は、足元の謎の物体Xを蹴飛ばした。

そしてまた空間の歪みから同じ物を取り出すと――蕩けるような笑顔を浮かべながら、肉の一片を食べさせた。

 

 

『――ぬ』

『どう?美味しい?』

『……口の中がすごいパチパチする』

『それがとても刺激的でしょう?』

『……なんかわたパチ食べてるみたい』

『……??美味しいって事?』

『そうとも言えなくもない』

『うれしい。もっと食べてもいいのよ。さっ――あーん』

『ひぃん!歯に服を着せるんじゃなかった!』

 

 

「ぼくはNOと言えるにほっ――うにゃあああ!?口の中でお肉が弾けてるよぉおお!!おにいちゃぁああん!!」という悲鳴を最後に、映像は終了した。

 

 

「……」「……」「……」「……」「……」

「本日の翔太くんのコーナーは以上になります。……可愛い、ですわよねぇ」

「「「「「それな」」」」」

 

 

進行役の吐息が混じった深い声に、職員は静かな肯定を返した。

 

 

そう。これだ。これなのだ。

 

あの女神が。

最終決戦に乱入して、敵味方諸とも彼方まで吹き飛ばそうとした規格外の、異邦の女神が。

 

あんな幼子にタジタジしているのだ。

 

くっっそ――かわいいかよ。

アレらを見た職員全員がそう思った。

なまじ、馴染みのある立香を小さくしたような子供と見目麗しい少女の姿がその感情をより高めた。

 

魚料理のような名前をした職員は感深く呟く。

 

 

「……オネショタァ……!世界レベルのオネショタァ……!!」

「世界レベル(滅亡するという意味)」

「比喩じゃないのが悲しいんですけど…………」

 

 

軟禁されて一週間近く。

 

あの少年と女神はああしたやり取りを続けている。

世界征服を企てる訳でもなく、誰かを害そうと――ちょっとは考えているが――そうでもなく。()()()()()()()()()()()()()

 

ただ、小さな部屋で和気藹々と。

 

聞いていればなんてことはない――少女と小さな子供のたわいもない戯れ。

まるで母と子のような、あるいは姉と弟のような、小さな温かみのある日常。

 

少女が地球が拒絶する異邦の女神である事に目を瞑れば――これこそが、カルデアが守りたかった日常だった。

 

そのはずなのだ。

 

 

「…………」

 

 

アレを打倒しなければならない。

 

 

 

「……っ」

 

 

あの温かなものを壊さねばならない。

 

しかし、カルデアは――あの女神の圧倒的な暴威は覚えている。

威圧的な宣言も、一歩間違えれば全て無くなっていたという事実も理解している。

 

戦ったとしても勝てるビジョンはない。

 

しかし、カルデアには選択肢は無いのだ。

“星の意思”の干渉のせいで、どうしても――排除に動かざるをえない。

 

でなければ、カルデアは――この世界に粛清される。

 

 

立ち向かっても……死。

逃げても……死。

このままでもいずれ、あの幼子にも限界は来る。

 

 

つまり…………率直に言えば。

 

 

 

 

 

カルデアは――詰んでいた。

 

 

 

 

 

人類最高の知識。

魔術的、そして科学的な頭脳の結晶達はその結論しか辿り着けなかった。

 

 

だからこそ、『藤丸翔太くん並びに“かの女神”に関する対策会議』は第一回目から、“星の意思”からの露骨な干渉に顔をひきつらせ、翔太と女神のやり取りに和み――どうしようもない現実に押し黙るだけの形式的なものになりかけていた。

 

 

「なぁんかさ。時限爆弾の前にいるみたいな感じだよな」

「……密室の中で?」

「どっちかって言えば、鍵が閉まった扉がある部屋じゃない?」

「で、アレだろ?線切っても爆発。切らなくても爆発ってオチ」

「……アンデルセン先生でもここまで悪辣な物語は書かないぞ……ちくしょう……」

 

 

「取りあえず、結論を、言おうか……」

 

 

重く沈んだ空気の中。

ダ・ヴィンチは、少し取り繕うように口を開いた。

彼女はそんなカルデアの絶望にいち早く気づいていた。

 

故に――モニターの中の笑顔は仮初めだった。

 

 

「まず、彼らについては現状維持。翔太くんには酷だが、もう少しだけあの部屋にいて貰う」

「……ご両親への説明は私が」

「頼む」

「立香くんはどうします?あの子は家族の為に戦っていたでしょう。会わせてあげた方が……」

「……一応、今までの事を記録に残す為にとレポートを書いて貰ったり、理解のあるサーヴァントの皆さんが足止めしてくれたりしてますが……」

「……限界か」

 

 

職員達も会わせてあげたかった。

一年間の苦しみの恩賞としてそれぐらいはしてあげたかった。

 

でも、躊躇してしまう。

だって――()()()()()

“かの女神”が直接、敵意を向けているのは。

その特別な対応が、再会を踏み留まらせてしまっていた。

 

世界すらも怯えさせる存在が、彼に牙を向けたら……そう思うともうダメだ。

 

そんなの認められない。

 

 

「……くそっ。マシュくんの事もあるってのに。どうしてこうも問題が膨れ上がってくるんだまったく……!」

「……マシュちゃん――もうそろそろか」

「はい」

「そっか」

「……はい」

 

 

それに、立香と共に連れ添ってきた少女の事もあった。

彼女はホムンクルスに近しい存在だった。人造的に産み出された――前カルデア体制下における犠牲者。

 

故に、生命活動に限界があった。

普通に生きても後十数年ほど。戦えば、一年程度しか持たないほどに。

 

彼女は戦った。

 

最後のマスターの、最初のサーヴァントとして。

最初から――最後まで

 

――奇跡は、起こらず。

 

順当に彼女の蝋燭(イノチ)は潰えようとしていた。

 

 

 

静まり返る会議室。

もう議題は何一つ無かった。

わかったのはどうしようもない現実だけ。残酷なまでの現実だけだった。

 

 

 

「――皆様。杯中蛇影……という言葉はご存じでしょうか」

 

 

 

だから、凜とした進行役の言葉が会議室中によく響く。

死んだ瞳が集まったのは、進行役の女性だった。淑やかに立つ彼女は静かにソレらを見返していた。

 

 

「……すまない。どういったものなんだ?」

「古くは中国。ある男が杯で酒を飲んでいると、壁に掛かっていた弓が杯の酒に映り、それを蛇だと思い込んで、怯え、病気になってしまいますが――後にそれはただの弓だと知り、けろりと病気が治った……そんなお話が元になったことわざでございます」

 

 

その話で、進行役が何を言いたいのかが伝わってきた。

 

 

「所詮、当事者ではなかった外様の私が言うのは失礼かもしれませんが――“かの女神”や“星の意思”に対して怯え過ぎなのでは。ここは一つ、対話など試してみては如何でしょうか」

 

 

「彼女は蛇ではないかもしれませんよ?」と囁く彼女は――人理修復後、カルデアの外部組織から出向してきた職員の一人だった。

見目麗しく、元はセラピストとして勤務していたからかカルデアでの評判も高く、こちらの“人理修復の戦い”に対して良く理解してくれた事もあり、今では一人のカルデア職員として働いていた。

 

 

「……だが、穏便な態度を取れば“星の意思”が」

「――なにもして来ないかもしれません。我々に対して支援して来ていますが、きちんと『()()()()()()()()()』……とは言ってはおりませんでしょう?」

 

「女神はこちらを認識していないのだから不可能だろう……?」

「――翔太さんに仲立ちをお願いすれば宜しいかと」

「……そうすると」

「いいえ。それは確定した事項ではありません。私たちは女神の性質を()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「セラピーと一緒でございます」と話す彼女の言葉が染み入るように伝わってくる。

 

 

「悩みを解決するには、まず――()()()()()()()()()()()()()()()()。腹の探り合いは陰湿な貴族の性分でございますれば、私達はそうではありませんでしょう?」

 

 

彼女の言葉は、凝り固まった職員達の心を解かし溶かし説かして行く。

 

 

「――()()()()()()()()()()()()。一度世界をお救いしたあなた方ならば、もう一度くらい容易い事でございましょう?」

 

 

流れるような言葉が止む。

また広がった沈黙は――もう重くは無かった。

 

 

「少し、怖がり過ぎたのかもしれないね」

 

 

そう言ったのはダ・ヴィンチだった。

その声色から、疲労が分かりやすいほど無くなっていた。

 

 

「一度手に入ってしまったせいで――“今のカルデア”を失う事に怯えてしまった。それが今の状況を引き起こしてる」

 

 

それに職員達は――ハッとした。

 

 

「マシュくんの事。立香くんの事。私達の道標が揺らいでしまって――()()()()()()()()()()()()()という欲が出ちゃったんだ」

 

 

疲労の中に隠れたモヤのようなものが晴れたかのような心地だった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()。私達はその道を一歩一歩着実に進んで行った。一歩も進まずメソメソ泣いていたら――救えるものも救えなかったのだから」

 

 

その言葉に職員達はお互いを見回して――静かに頷いた。

瞳に映るのは覚悟だった。

 

 

「女神の分析を続けます。分かる事が少ないなら――その分かる事をより深く分析する。そこから見えるものがあるはず」

「“星の意思”と“抑止力”の調査をしましょう。私達が見落としたメッセージがあるかも」

「……いや、サーヴァント達の言い方じゃあ、それに関しては俺らの推測が正しい気がするんだが…………まっ、やるだけやるか」

「翔太くんと立香くんの再会も考えましょう。最悪、テレビ電話とか……!」

 

前向きの話し合い始めた職員達。

奇しくもそれは、まさに――対策会議の様相を呈し始めていた。

 

根本の解決にはなっていない。最悪の想像が全て正しいのかもしれない。それでも――()()()()()()()()()()()()()()

ダ・ヴィンチはそんな光景を眺めながら、功労者に声を掛ける。

 

 

「ありがとう。君がいなければ、私達はこのままずっと沈んで……溺れて行ってしまっていた」

「いいえ。私は何も。ただ、あなた方のお背中を軽く撫でただけの事。他の誰かがいずれ行っていた事でしょう」

「それでも、だよ。ありがとう」

「…………ふふっ、そうやって面と向かって照れてしまいます」

 

 

そうやって笑いあっていると――ふと、耳をすませれば。

 

何やら廊下が騒がしかった。

 

 

「ん?なんか騒いでるな」

「……また誰かの喧嘩か?それとも、また翔太くんの脱走とか?」

「いや、それらは起きたら普通に連絡来るはずだろう?」

「じゃあ、いったい」

 

 

「えっ……?」

 

 

そこでダ・ヴィンチは気づいた。

何かが近づいて来ている。しかしその魔力反応は――()()()()()()()()()()()()()

 

もう、ベッドから出られずにそのまま消えていく蝋燭(イノチ)であったもののはず。

職員達も気づき始め、そんなはずはないと思いながらもソワソワとし始めた。

 

やがて、走る足音が耳に入り。

聞き覚えのある可憐な声も聞こえてきて――バァーン!と扉が大きく開かれた。

 

扉を開けたのは―――――

 

 

 

「ふふふ、良き心持ちであれば良き事に恵まれるものです。――善哉、善哉」

 

 

 

 

そう満面の笑みを浮かべる彼女は、まさしく――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある所。

ある二人は脱稿明けのコーヒーをシバいてた。

 

 

「――なぁ、ウィリアム。ちょっと聞いていいか」

「――おや、どうしました我が友アンデルセン」

 

「最初は善性の塊で、ある事から歪み、最低最悪の権化になった愚か者がいるとするだろう?」

「ほうほう」

「だが、その()()()()()()()()()()()()()――どうなると思う?」

 

「そんなの……そのままの善性で生きていくのでは?なんとも陳腐でつまらない事ですが、そうした者が――聖人になるのでしょうよ」

「ふん。だよな」

 

「……いきなりなんです?」

「――思った事が口に出ただけだ。気にするな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





そう。
結局はそういう事。

いつか至るはずであったモノ。
因果が無ければ、至れる道も無く。


即ち、この世は諸行無我。

済度の日取りは訪れない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

少女の“決意”

感想返しは少し待ってね。
書ける間に書けるだけ書いちゃうから。


 

 

 

 

とある少女には、こういう話がある。

 

彼女は、大切な人の為――敵の圧倒的暴威の前に身を投げ出し、その命を散らしながらも、守りきった。

笑顔を浮かべ――これで良かった、と。

 

しかし。

それを不遇だと思った一匹の“獣”が彼女の魂を救い出し、人並みの生をもたらした。

“獣”もまた笑顔を浮かべた――これで良かった、と。

 

そうして。

少女は愛しい人の隣で、救った世界の綺麗な青空を見上げ――力を失った“獣”はただの獣となり、そんな二人の側に在り続けた。

 

 

そんな話。在るべき話。

しかし――ここでは空想でしかない。

 

奇跡は起こる事は無かった。

 

少女は消え去る事も無く、“獣”は力を使う事も無く。

 

残っているのは、か細い蝋燭を燻らせる少女と――力を有したまま、宙を見上げる“獣”だけ。

 

 

 

奇跡は巡らず、希望が潰えるその瞬間。

そんなものを見て、微笑むのは――きっと悪魔だけだろう。

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

――熱に浮かされて眠るというのは、まるで水平線が見えない海を航海しているようだと、彼女は知っていた。

 

船頭(ドクター)羅針盤(ワクチン)もない。

終わりが見えるのに、終わりが見えない航海は……いつ辿り着くか――どのように辿り着くかもわからなかった。

彼女にとってそれが何よりも恐ろしかった。

 

 

 

ふと、船の中のアンとメアリーが、ラム酒まみれのカトラスを飲みながら「いつになったら大陸に着くんだ!」と声を荒らげた。

船長である黒髭は、穴の空いた樽の中で「もう少し、もう少しで着くから!」と二人に叫ぶ。なにやらよく分からない機械やら古びた手帳の中の一節を見せては「もう陸はすぐに見える!」と屁理屈をこねて、アンとメアリーを宥めた。

樽の穴にナイフが刺さる。飛び出たのは扇情的な同人誌だった。

 

それを数回繰り返して、もう黒髭でサメを釣ろうとまで行ったところで――陸が見えた。

 

青々と生い茂るジャングルの岸。

なんだなんだと現れる原住民風に真っ黒に肌が焼けた円卓の騎士。ランスロットしね。ガン黒で山姥メイクをしたアルトリアがキラリと光る。ランスロットしね。

 

 

それを見た黒髭は「彼らはインドの民。だからインディアンだ!」とぉ……………………?

……?……??

 

 

――あれ?これって、クリストファー・コロンブスさんの逸話じゃないです?

 

 

ふと、霧が晴れた。

するとそこには知らない変な笑顔のおじさんが「諦めなければ夢は叶う!」と叫びながら卵を食べていた。

アンとメアリーに撃たれて、海に落ちた。ついでに黒髭も落ちた。アンとメアリーも落ちた。

船も沈んで、ランスロットは柱に吊るされた。

 

侵略者が居なくなったブリテン・インド領(アメリカ大陸)は平和になり、繁栄が続くと思ったら――モードレッドがブラッドアーサーして滅亡したのでした。

 

ちゃんちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――浮き上がった意識。

ぼんやりとしか見えない視界は、代わり映えのしない白の天井を映していた。

 

 

「う……んっ……?」

 

 

濃霧が絡み付いたように何も分からない。

意識だけがぷかりと浮かんでいて、自分は医務室のベッドで寝ている、という事実以外は理解出来なかった。

 

肌に感じる温もりと、肌から沸き起こる熱の区別が付かなくて――まるで霧状になった身体をシーツで閉じ込めているような錯覚を受けた。

 

 

「――ああ、マシュ。起きたかい?」

 

 

優しげな声。

ぼんやりと霞む視界に見慣れたオレンジが揺らいでいた。

なにか返そうと思っても眠ったように身体が動かず、掠れた喉からは下手くそのヴァイオリンの方がマシと思えるような声が漏らす。

 

 

「……辛いだろう。ちょっと待ってて」

 

 

少しして、濡れた布が唇に触れた。

干ばつした大地に水が染み渡るようだと感じながら、知らず舌の先が布を舐める。

 

 

「……ごめんね、君の喉も弱ってるから誤嚥を起こしてしまうかもなんだ。……マシュ?」

 

 

――すぅ……と意識がまた沈んでいくのを感じた。

 

 

「ああ、マシュ……マシュ、すまない。どうして僕は、こんなにも……!!」

 

 

意識はそんな、小さな慟哭を拾ったようにも思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

雪が見え隠れする森の中。

 

 

「この私の前で帽子を脱がぬとは何たる不敬!この者を引っ捕らえろ!」

 

 

――エクスカリバーを装填したボウガンを手に持っていた。

 

 

「ふっふっふ。お前は狩りの名手であったな。では、お前の息子の頭に乗せたリンゴを撃ってみるがいい。もし出来れば、お前を永遠に赦してやろう」

――と。

 

豪奢な成金みたいな風体のアルトリアがベルギーチョコを食べながら、そう言った。

「似合ってないですね」と言うと、「ですよねぇ……?」と苦笑いが返された。

 

取りあえず言われた通り撃って下さいと言われ、ボウガンを構える。

息子……とは心当たりが無かった。

一体誰なんだろうと前を見ると――紫色の鎧を来たイケ好かない男が立っていた。

リンゴを撃てば大丈夫ですよ、落ち着いて行きましょう。とエールを送ってきた。

 

 

寸分違わず、男の心臓目掛けてエクスカリバーを放つと――何もかも綺麗さっぱり消え去った。

 

 

「どうしましょう」と聞いてみると「しょうがないですね」とベルギーチョコを貰った。美味しかった。

「流石本場ですよね」と笑う。でも、ここはスイスだった。

 

この後、隠し持っていたもう一振りのエクスカリバーを以て、蛮族を蹴散らし、ブリテン・スイス領は繁栄を迎えたかと思ったら、トリスタン卿が音楽性の違いがどうこう言い始め、オーストリアに亡命。

白熱した音楽バトルの末、敗北したブリテン・プロダクションはトップアイドルを輩出出来ず破産。国もついでに滅亡したのだった。

 

めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マシュ、マシュ」

 

 

プカプカと浮かぶ意識は、決して忘れる事の出来ない青年の声に引っ張り上げられた。

鉛のように重い瞼を持ち上げると、ぼやけた蒼色の瞳が見えた。

愛しいその色が見えなくて……痛むはずの胸に痛みはない。

 

 

「せ、……ぱ……」

 

 

それでも来てくれたのだから。

なんとかお話しようと口を開こうとすると――彼の人差し指がそれを止めた。

髪を撫でる感触だけが伝わってくる。

 

 

「ありがとう」

 

 

熱に浮かされながら。

その言葉にこもった熱は、それでも感じられた。

 

 

「ありがとう、マシュ。一緒に戦ってくれて」

 

 

ふと、ぼやけた視界がさらにぼやける。

潤んだ視界は彼の顔を映してはくれない。

 

 

「……苦しかっただろう?それでも一緒に――俺を守ってくれて、本当にありがとう」

 

 

感触の薄れた肌に、温い水が落とされる。

ぼんやりと浮かぶ意識でも、彼の震えた声が――今の彼の顔を思い描いてくれた。

 

 

「だか、ら――さみしい」

 

 

泣いている。

思って、想って――泣いてくれている。

 

 

「マシュ言ってたよな。青空が見たいって、特異点とかじゃなくて――俺たちの世界、今の……本当の青空」

 

 

ふと、そんな事言ったかなぁ――なんて思ってしまった。

言ったと思うが……どうなのだろう。

鈍った意識は大切な思い出を仕舞いこんだまま、仕舞った場所を忘れてしまっている。

 

 

「今は赤い空になっちゃってるけど……あんなに綺麗なのに、段々嫌いになってくる……」

 

 

そこでふと――あの後どうなったのだろう、と思った。

カルデアについた途端、緊張の糸が切れたように倒れてしまったからどうなったのか分からない。

でも、きっと彼は家族に会えただろう。そのぐらい許されるはずだ。

 

 

「……翔に会いたい。母さん達に会いたい。……皆の気持ちはわかるけど、やっと……やっと世界を救ったはずなのに……!」

 

 

だから。

そんな言葉を聞いて、一瞬理解出来なかった。

 

 

「……ごめん。愚痴るつもりはなかったんだけど」

 

 

混乱する意識はどうして、だけで埋め尽くされる。

世界を救ったはず。私たちは為したはず。なのにどうしてこうなっている。

どうして――先輩は、泣いている……?

 

 

「……また来るね。おやすみ、マシュ」

 

 

意識がこんがらがった。

絡まった糸を解こうとして頭に強い熱を感じたかと思うと、すぐに意識が沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昔々、ある所に――浦マシュ太郎という釣り人がおったそうな。

 

ある時、浦マシュ太郎が浜へ釣りに行こうと歩いていると、海亀さんを苛める円卓の騎士達がいました。

浦マシュ太郎は、行って懲らしめようと近づきますが――海亀さんが紫の鎧を着ている時点でその気が失せました。

 

「貴方が寝取らなければ!」「円卓一の寝取り騎士!」「貴方のアロンダイトがオーバーロードしたせいで、ギャラハッドが産まれたんですよ!無責任オーバーロード野郎め!」「いっ、いやその件はエイレン姫が催眠夜這いしたせい――」

 

「――言い訳するとはなんて悪い亀さんですね!」

 

浦マシュ太郎は義憤に燃え、円卓の騎士達と一緒に海亀さんに蹴りを入れてやりました。割りと理不尽な気がしますが、海亀さんが悪いのだから悪いのです。

 

海亀さんはおいおいと泣き出し、助けてくれれば竜宮城に連れてってあげようと、浦マシュ太郎に手を伸ばしてきました。

そこは永遠の楽園で、ずっと遊んでいられる桃源郷だと。

 

……まるで、約束をすっぽかした父親が子供に向かってネズミの楽園を餌にして許して貰おうとしているような構図でした。

 

浦マシュ太郎は、少し悩みましたが――そんなものはいらないと突っぱねました。

 

そうして海亀さんはひいひい言いながら海に逃げ、円卓一の寝取り騎士が居なくなった事により、なんやかんやで円卓が仲良しになって、ブリテン・日本領は繁栄を迎えましたが――どこからか全クラスの騎士王が大量召喚され、『~オール・アルトリア総進撃~ぐだぐだファイナルカムランの丘』が勃発し、泥沼の戦いの末。

特に何も率いる事の無かったキャスターアルトリアが勝利。

ですがその時はただの村娘だったので、国を統べる事は無く、ブリテンは滅亡したのでした。

 

そわかそわか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――これは、君がやったのか。マーリン」

「おや、お気に召さなかったかい、ギャラハッド」

 

 

匂いを感じる事の無かった鼻を、花の香りが優しく撫でた。

それに安心する――のと同時に不快感も沸き起こる。

それは胸の奥にいる英霊――ほんの最初に死に絶えるはずだったのを生かしてくれた恩人の気持ちなのだろう。

 

 

「まあ、そりゃそうかな。なんたって君は――()()()()()()()()()()()()。高潔を旨としている身としては僕の……いいや、僕らの在り方が不満かい?」

「……不満ではないと言えば嘘になる。だが、その道を往くと決めたのは各々方だ。それをどうこうする権利は僕にはない」

「うわあ、真面目」

 

 

ふと、横に目を向けると見慣れた鎧を纏った青年と、花の魔術師が向かい合っている…………ように見えた。

現実である自信は無かった。全ては熱に浮かされた意識が、作った妄想のようにも思える。

 

 

「で」

「ん?」

「このまま何もしないのかい?人知れず世界を救った英雄が、愛しい人と結ばれる訳でもなく――報われる事もなく、ひっそりと亡くなるなんて」

「それが運命ならば」

「…………」

「納得行かなそうな顔だ。ただの村娘を遊び半分で王に仕立て上げた傍観者とはとても思えない」

 

 

瞬間、感じる温もりが掻き消えた錯覚を受けた。

 

 

「……まっ、ともかくだ。僕は君と討論したい訳じゃない――約束を取り付けに来た」

「…………」

「僕の千里眼が――()()()()()()()()。……すごいよね?地球外の存在がいるだけで道筋が滅茶苦茶になって、こうなっている」

「それで?」

「その二つ――どちらを選んでも決戦になる。その時、君は力を貸すのかい?」

 

 

ふと、鎧の青年を見つめる。

霞むその視界にもわかる――失望と、呆れと。ほんの少しの情の熱。

 

 

「……視たのなら、言わずともいい」

「言いな。それが運命だ」

「…………」

 

 

ざらりと撫でられた感触は、心地よくは決して無かったけれど。

 

 

「不義理はしない。()()()()()()()()()()()()()()――それまでは、彼女と共にある」

 

 

その言葉に、冷め続けていた何処かに火が灯ったような気がした。

 

 

「さあって。マシュ。聞こえているよね?君たちには二つの道が示されている。どっちにしろ戦うけど――その度合いが違うんだ」

 

 

花の魔術師は楽しそうに、しかし心配そうに声を掛けてくる。どっちかはわからない。

でも、その声色は真実だった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()――全てはそれに掛かってる」

 

 

ふと、花の香りが強くなる。

意識は薄れて、霧のように広がっていった。

 

 

「だから、それまで踏ん張りなさい。僕には夢を見せる事しか出来ないけれど――それでも夢を望まなかった君なら、出来る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ころりころりと進む夢の中。

 

 

桃マシュ郎は、お供に三人の円卓の騎士を引き連れて、鬼ヶ島に居たランスロットを鬼を尻目にタコ殴りにし。

マシュデレラは、「意地悪な義母や義姉らは私が何とかしましたよ!」と笑顔を浮かべるランスロットをぶん殴って、ボロ着のままで王子様をかっ拐って。

マシュエットは、リツオがバルコニーの下に来た途端に飛び降りて一緒に逃げた。

 

カチカチ山ではランスロットに火を付けて、蛾の剥製を壊したランスロットをこれ幸いにと思いっきり罵倒し、泉の精に「どっちもいらない」と言ったら、金と銀のランスロットを貰ったので両方とも泉に叩き落とした。

 

 

そうして巡る、夢の中。

 

 

『――貴様はこれでいいのか』

 

 

そう囁く声が聞こえる。

そこはきっと森の中。縮尺狂ったキノコが生える森の中。

眠たげに助言する青虫や、胡椒ばかりを使いたがる料理人と無口な公爵夫人に豚になる赤ん坊がいる所。

不思議な不思議な、そんな場所。きっときっと、そんな場所。

 

 

『――何も報われず。苦しんだ末、悲しみに暮れたカルデアの中で死に絶えるのか』

 

 

なんて酷い意地悪な声。

であれば、アレはきっとチェシャ猫だ。無数の目のあるチェシャ猫の、居ない笑いは嘲笑に濡れていて。

 

 

統括局(ゲーティア)の言った通りに従えば良かったのだ。そうすれば、貴様はこうなる事は無かった』

 

 

言い返したいはずなのに。何故か声が出せない。

まるで――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『――そのままでいいのか?死を誉れとするイカれた人類とは違う、とフラウロスは言っていたが、見込み違いだったようだ』

 

 

だって、だって。

そう願っても誰も治せず、そう祈っても奇跡は巡ってこない。

 

ならさ、ならさと――諦めて。そのまま目を隠して闇深く。

ゆらり、ゆらりと――浮かされて。そのまま浮かんで天高く。

 

仕方ないさと涙を堪えて、下手くそなヴァイオリンを響かせて。

せめて――あの人が泣かないように。

 

約束を果たせない後悔だけを滲ませて。

 

 

『そうか――』

 

 

笑って、嗤うチェシャ猫は、どちらかと言えば悪魔のようで。

 

 

『ならば、生かしてやる、マシュ・キリエライト。亡きフラウロスが観測した純なるヒトよ――()()()()()()()()()()()使()()()()

 

 

これは不思議な国のお話。

圧政拡げたハートの女王亡き今も。アリスは――蒼色の瞳のウサギを追いかける夢を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はっ、くっ……!?」

 

 

――意識が急に湧き上がる。

息苦しさと布団が剥がれた寒さ、宙に浮かぶ不安を同時に感じた。

 

首に圧迫感。消え行くソレでも抵抗の意思が湧き出るのか、のそりと両手が首に伸びる。

――ひやりと冷たい柔らかな肌の感触。

霞む視界で、首から伸びる宇宙色を辿ると――

 

 

「――貴様か。ショウを怯えさせたのは」

 

 

“赤い宇宙”と目が合った。

星と月が瞳となって、睨み付けてくる。満点の星空に敵意を抱かれたような錯覚……溢れた息は怯えと畏れが入り交じっていた。

――女神だ。

カルデアの戦いに乱入し、諸とも滅却しようとした――途方も無い存在。

 

それが、目の前に居た。殺意を持って。

 

 

「ショウは、蛆共の下らぬ企みに巻き込まれたせいで――()()()()()()()()()。そんな愛しい子の近くで死に損なうとは…………何たる不敬か。私が今殺してやる」

 

 

万力のように首が絞められる。

歪む視界にチカチカと星が瞬くのを感じた。

 

なんでここに、などという疑問は最早意味は無く。

暴れる力も薄れ、意識が何処か遠くに逝くのを感じ――

 

 

「――なりませぬ」

 

 

ふと、聞き覚えのない声が響く。

痛む眼球でそこを辿ると、カルデアの敵であった魔神柱が……何故か小さくなっており、鉢植えの中に収まっていた。その色は何よりも赤く――まるで“赤い宇宙”のようだった。

 

ピクリ、と女神の顔が動く。

 

 

「……おい、蛆。今この私の裁定に口を出したか?貴様…………ショウにちょっとばかし気に入られてるからって調子乗らないで私にだってその程度のフォルム余裕で擬態出来るんだからありのままの私を愛してほしいからこのままなだけでお前程度の関心なんて私が余裕でかっさらえるんだから――ほんと、調子乗るなよ蛆風情が」

「……ともかく――」

 

 

――パァーン!

音にすればそんな軽快な感じで、魔神柱が爆ぜた。

少しして、“赤い宇宙”が集まったと思うと――元の形で鉢植えに収まっていた。

 

 

「ともかくって何?重要な事でしょうが。舐めた口聞いてると本当に殺すわ」

「…………この者を殺す事は、畏れながらも貴女様に生かされた蛆の身としては賛成しかねまする――御身の計画に障りがあるかと」

 

 

慇懃無礼そのままな声色に「……ふん」と嘲笑った女神に、ゴミを捨てるようにベッドに投げ出された。

けほっ、けほっ、と反射で零れる咳一つ一つに――生きているという実感が湧いてくる。

 

 

「コレがいったいなんだという。私の計画は完璧だ」

「……確か、あの小ぞっ《パァーン!》…………かの愛し子の言質を得る計画ですよね。とても崇高で……この、蛆程度では考えもつかぬほどです」

「そうだろうそうだろう。ふふっ、なんだ。少しは話がわかるじゃないかお前」

「………………お誉めに預かり恐縮です」

 

 

強制的に起き上がった意識が、この緊急事態に戸惑った。

どうして此処に“かの女神”が居るのか。そしてそれに滅ぼされたはずの魔神柱が居るのか。

答えが出ない疑問に溺れて動けない……奇しくも――かの存在の視界から外れていた。

 

 

「そう――()()()()()()()()()()()()()()()。大切な計画だ」

 

 

―――――。

その言葉に一瞬、言葉を失った。

事も無げに告げられた言葉を理解する事が出来ない。

 

 

 

「私は、ショウ以外の全てを憎んでいる。この惑星もだ。速やかに彼方へと還したいほどにな。だが、ショウはそれを嫌がっている。ならば――ショウもまた私と同じになればいい」

 

「たった一言――()()()、だと。()()()()()()()()()()、とそう言ってさえくれれば――私はそれを叶える事が出来る」

 

 

矢継ぎ早に告げられる言葉を飲み込むのがやっとだった。

……せっかく、せっかく――世界を救ったのに。

 

 

「その為にわざわざこんなボロ小屋に入ってやっている。文明と言うには鼻で嗤うしかない程度のこの惑星が、大いなるこの私を前にやる事など手に取るようにわかる」

 

「――()()()()()()()()()()。何も知らない可哀想なショウは身勝手に閉じ込められる現状を嫌がり、そんな中助けもしない家族に失望し見限り……この世界を拒絶する」

 

「……それを待ち、この惑星を灰塵に帰すと」

 

 

「いや」と女神は首を振る。

口許に手を当てて、ニヤリと嗤うその様は可憐で――こんなにも大きな惑星を滅ぼす算段を立てているとは到底思えなかった。

 

 

「ショウはどうやらこの星を気に入っているようでな。ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。丁度良い玩具もある事だし、喜ぶ事だろう」

 

 

「ああ……これを起点にまた私の宇宙を始めるのも悪くはないか。ついでに忌々しいサーヴァント・ユニヴァースの塵屑を、あの子の惑星と蹂躙するのも一興ではある」と――ブツリブツリと思案に耽る女神に、絶句する。

 

 

――()()()()()

これほどまでに――“かの女神”と私達の意識に差があるのか。

 

まるで、要らない物で手作りした小物をプレゼントするかの如く、この惑星を――私達が懸命に救ったこの世界を扱えるのか。

 

ぶわり、と浮かんだ感情に意味を付ける事は出来なかった。

 

 

ふと、魔神柱は「疑問なのですが」と呟く。

思案を邪魔された女神は、その可憐な姿からは想像出来ないほど低い音を出した。

 

 

「なんだ」

「……そんな事をせずとも、すぐ全てを滅ぼし――後に愛し子を説き伏せればよろしいのでは?」

「そんな事をして――ショウに嫌われたらどうする。そんな事も分からないのだから、貴様は我が名に値しない」

 

 

はぁぁぁぁぁ、と深くため息を吐いた女神は汚物でも見るような目で魔神柱を見下ろした。

ゆるりとその手を上げて――指を差す。悪気が走ったのは気のせいではない。

 

 

「貴様の今の名はなんだ。言ってみろ」

「……タロス」

「貴様達の矮小な語り口でその名に何の意味が在る?」

「……全能なる神々の王が、寵愛した人に下賜した――“青銅の巨人”」

「そうだ――貴様はその程度の価値だと弁えろ。我が名を名乗るにも値しない貴様に、わざわざそこらの木偶の名を下賜してやった。故にその意味を汲み、その意味のまま動いていればいい」

 

「そも、お前をショウの召し使いとして生かしてやっているのは――お前が不敬であるが、私の名を名乗っていたから慈悲をくれてやってるに過ぎん。……貴様がショウに気に入られさえしなければ、即刻殺してやったものを……」

 

 

睨み付けられる魔神柱は反応しない。出来ないのかもしれない。

ただ、静かに赤いその身を震わせていた。

 

 

「さて、蛆の調教はもうよいだろう」と女神の視線が――こちらを向いた。

震える身体を押さえつけた。目を逸らそうにも出来ず、ただこちらに伸びる手に震えるだけしかできない。

 

 

「さっさと帰ってショウの元に行かねばな。私が側にいるが、まず私がこれ以上耐えられん」

「…………お待ちを。殺す事は《パァーン!》

「――そろそろいい加減にしろ」

 

 

そう呟いた言葉に温度は何もなかった。

それほどのまでの圧に喉が潰れたようにも思えた。

 

 

「戯れに貴様の謀に付き合ってやってれば調子に乗りよって。もう我慢も――」

「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………だからなんだ」

「その者が死ねば兄が悲しみ、兄が悲しめば――それを聞いた、かの愛し子もまた悲しみましょう。きっと貴女様に、兄の下へ連れてって欲しいと泣きながら懇願するでしょう。……その時、貴女様は断る事が出来ますか?」

 

「…………。………………。…………泣き腫らした目で上目遣いとか絶対断れない」

 

「そうなれば、貴女様の計画が根本から瓦解するやもしれません。ここは一つ、御身の尊きお力で下等な存在に軽くお救いするべきかと存じます」

 

 

流れたのはほんの少しの沈黙。

女神は伸ばしていた手を――ゆっくりと下げた。

 

 

「蛆」

「……はい」

「流石は地を這い、死肉を貪るだけはある。賎しいが悪くない」

「…………褒めてるつもりかこの童児趣《パァーン!》……失礼を」

 

 

女神はそうして、静かに此方に告げてきた。

 

 

「下等生命体。ショウの周りを飛び回る蠅よ。ショウはそんなお前のような者ですら気にしてしまう繊細な優しい子なんだ。故に――」

 

「――祝福をくれてやる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それまで生き、その後死ね」

 

 

その言葉を最後に“赤い宇宙”が視界の全―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――んっ」

 

 

ふと、目を覚ます。

寝ぼけた意識で起き上がる。身体の倦怠感を綺麗に取れ、快眠だったようだ。

 

 

「ふわぁ……先輩を、起こさなきゃ……」

 

 

ルーティンを思い浮かべながら、のそりとベッドから降りて――洗面所へ。

…………行こうとしたのだが、洗面所が何処にもない。

 

 

「……あれ?」

 

 

疑問から意識が完全に覚醒すると――居場所がはっきりと理解できた。

此処は、医務室だった。

自分の身体を見下ろすと――幼い頃に見慣れていた簡素な手術着を着ている。

 

 

「……?……??」

 

 

ふと、目に入った鏡に近づく。

――少し痩せ細った見慣れた顔が映る。少し頬をムニムニしていると、違和感。

常に髪が隠れている目が少し可笑しい気がした。

恐る恐るカーテンを捲るように、髪を掻き分けると――

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()が、鏡に映った。

 

 

「………………」

 

 

頭を過ったのは今までの事。

倒れて、気を失って、――死にかけて。

 

そして――

 

 

『そう――私を苛つかせるこの惑星を滅ぼす。大切な計画だ』

 

 

「―――ッッッ!!!!」

 

 

バッ!と裸足のまま部屋を飛び出したのは反射的な事。

まずいまずいと意識が警鐘を鳴らす。このままでは……このままでは…………!!

 

 

「――おおっ!?」

 

 

飛び出した瞬間、丁度――ドクター・ロマン。

カルデアの医務担当のロマニ・アーキマンとかち合った。揺れるオレンジの髪は驚きに合わせて、多く揺れる。

 

 

「あっ、ドクター!おはようございますっ!あのっ、ちょっといいですか!」

「あっ……えっ……あ、なんです……?」

「先輩とダ・ヴィンチちゃんはどちらに!?」

「えっと……立香くんは自室で、レオナルドはぁ……対策会議中だった……と」

「対策会議!それは確か、管制室の近くの部屋でしたよね!」

「うん」

「ありがとうございました!」

 

 

聞くべき事は聞けた。

一分一秒が惜しかった。その時間で着実に不評を買い続けている。

まずは先輩を!と力強く駆け出したのを……ロマニは所在げ無く見送った。

 

 

「……はぁ、マシュは元気だなぁ。それに比べてマシュは………………ん?」

 

 

「……んん!?!!?!?!」

 

 

 

 

 

 

 

「――先輩!!おはようございますっ!!!」

「うわぁ!?」

「ちょっとすいません、行く所があるので一緒に行きましょう!」

「……えっ、ちょっ……マシュ……マシュ、なんだよね?」

「――行きましょう!!」

「えっ、あっ、ハイ行きます」

 

 

挨拶もそこそこに。

自室で項垂れていた立香の手を取って、マシュは管制室まで駆け出した。

すれ違うサーヴァントや職員が驚いているが、説明は後。

 

まずはすぐにでも情報共有をしなくちゃいけない。

でなくちゃ、私達は――私達の手で人類を滅ぼしかねないのだ。

 

――『君が間に合うか、それとも間に合わないか――全てはそれに掛かってる』――

 

 

そうして管制室近く、時より一部が集まってこそこそしている会議室の扉を蹴破ると――大きく声を上げた。

 

それは、曇天を貫くトランペットの響きのように――

 

 

 

「話は聞かせてもらいました!このままでは――人類は滅亡しますっ!!」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

“しょうたのにっき” その5


カルデアなんてきらいだ
ぼくから、おにいちゃんをうばった。アシュリーさまの言うとおりだ


『フィニス・カルデア最深部、その一室のゴミ箱に捨てられたバラバラな羊皮紙の残骸』


 

 

 

 

 

おにいっちゃん!(ふぅ!)おにいっちゃん!(ふぅ!)

いっつもカッコいいおにいっちゃん!(どっこいしょ)

 

ぼくにやさしいおにいっちゃん!

みんなにやさしいおにいっちゃん!

だからぁ、ストーカーもとってもおおい!でも、ぼくのほうがぁ、もっとぉいる!

 

おにいっちゃん!(あそぅれ)おにいっちゃん!(あっよいしょ)

 

はっぽうびじんなおにいっちゃん!

となりもむかいもあそこもこちらもぜぇんぶおにいちゃんをねらってるっ!

 

防犯ブザーをわすっれるなぁ!鳴らすと他のも寄ってくる!

 

けいさつはあっまりやくたたないっ!(じゃじゃーん)

 

 

――――――――――

 

……なにかなこれ。

おにいちゃんモテすぎの歌。オニギリをわたせなかった時にうらみをこめて考えました。

あー、あの時に。えっ、立香くん。地元じゃヤバヤバ系なのかい?

黙秘権を行使します。

あの、さっきレクリエーションルームからこれと同じような内容の歌が聞こえた気がするのですが。

作曲・アマデウスくん。お歌・マリーちゃん。音きょうき材・アシュリーさま。CDデビューもよていしてます。

やめなさい。

やです。

買いますね、先輩。

マジでやめろぉ!

 

――――――――――

 

 

 

 

 

おにいちゃんのみりょくは世界をこえると思っていたけどほんとに世界をこえるとは思ってなかった。

 

マシュちゃんとオニギリを持って行ってあげたのに…………まあたくさんいる女の人たち!まったくもう!

……おにいちゃんが一人でいるよりはいいけど!それとこれとは話がちがうもん!おにいちゃんのばか!またストーカー作ったっておかあさんに言っとくからね!せっきんきんしれいを出すにはおかねがいるのよっっっ!!

 

いいもんね!

あの後、マシュちゃんからもにげたとこでアシュリーさまとオニギリ食べてた時に、すっっごい美人さんに出会ったから!

黒い服、黒い髪、真っ赤なお目目で金ぴかの飾りをかぶってた。おじいちゃんみたいな言葉だったけどすっごいやさしかった!なぐさめてくれて、オニギリもおいしいって言ってくれた!

瞬間やさしさは、さっきのおにいちゃん1おく万倍こえてたね!

 

また会おうって言われたけどいつ会えるかな。

その時までに呼び方決めなくっちゃ。お名前のかん字も教わったし、なんでもいいって言ってたし。

 

…………/~➰信長ちゃんでいっか。

 

 

―――――――――――

 

まさかあのノッブにあんな呼び方するとは思わなかったぞお兄ちゃんは。

日本での知名度はトップクラスですし、色々な逸話を知ってると流石にああは難しいですよね。下手に知って怖がらないといいですが。

でも。翔太くん、悪ノリでドクロの杯貰っても平気な顔してトマトジュース飲んでたよ。

えっ。

一回受け入れた相手に対して疑わない姿勢にお兄ちゃんは心配です。

 

―――――――――――

 

 

 

なんかカルデアの人があやしい。

きゅうにおへやから出てもいいって。いままでとじこめてごめんとか。あやしい。

さっき中をあんないしてくれた。半分おぼえてないけどおっきな地球儀と虹色のライオンさんが喋ってたのはおぼえてる。

 

いきなりなんなんだろうか。ぼくの日々のたんがんがいきたのかな。いやきっとなんかのさくりゃくだ。

ぼくはだまされないぞ!ぼくはしってるからな!

 

この後、お兄ちゃんと一緒に食堂でディナーだ。またいっぱい美人さんたちいないといいけど。

……とりあえず、オニギリの仕返しにみずうち目掛けて飛びかかろうっと。

 

 

――――――――――

 

むぅ。やっぱりいきなりだったからかこの頃は不信感丸出しだね。

今でも丸出しだよ、カルデアの人。

……ロマニは?

マロンくんはお菓子くれるからまあまあ好きだよ。いっしょにおかしパーティーとか。

……餌付けで得た信頼でパーティーするのは楽しかったかい?ロマニ??

うん、楽しかったけど?レオナルド??

 

…………ねぇ、翔太くん。後で私とお茶会でもやらないかい?

やんない。

 

――――――――――

 

 

 

おにいちゃんとのディナー!って言っても食どうでいっぱいの人と、だけど。

いっぱいの人で疲れちゃったけどとってもたのしかった。カルデアは色んな人がたくさんいるから見ててあきないね。そこだけはいいとこだってみとめてもいいかも。

 

にしても、おもしろかったのは食堂で信長ちゃんに会った時に信長ちゃんって呼んだら、みんながシーン!ってなったとこ!

ふん、きっと知らない内に仲良くなってたからびっくりしたんだろう!どうだカルデアめ!

 

ディナー(バイキング!おにくもおさかなもいっぱいあった!一番美味しかったのはササミのチーズフライ!)は、いっぱいいっぱいだった。

やいのやいの皆がおにいちゃんにまとわりつく。

なんかおかあさんを名乗るふしんしゃと姉を名乗るふしんしゃと奥さんを名乗るふしんしゃがたくさんいた。

しょうがないからぜんいんのお名前をひかえて、あとでおかあさんに見せなきゃ。またせっきんきんしれいがふえるのか。やれやれだぜ。

 

なんかおにいちゃん人気だったな。

美人さんもムキムキさんもぼくみたいなこどももいっぱい。お話をきくとみんな色んな事ができるすごい人だった。

おにいちゃんはぼくをかかえながら、うれしそうにしてた。うれしそうにしてた。

おにいちゃんは

 

 

 

なんかタロちゃんが、アシュリーさまがすねて大変な事になるから何とかしろって言ってきた。もーしょうがないアシュリーさまだこと。大好きホールドできげん直してもらおっと。

 

 

―――――――――――

 

あの、宴会は楽しかったですか?

うん、いろんな事をおいとけば、楽しかったは楽しかった。あの、おじさんの「かぶとかがやくヘクトール!」って帽子取ったらハゲのカツラが出てきたのが大好き。

アレは確かに皆さん大笑いでしたね。

ヘクトールおじさんってやさしいよね。

まあ、あの方の弟君も翔さんと似たような感じですし。ショウは唯一無二なんだけど?

もう!マシュちゃんをいじめないで!やるなら、カルデアの人にして!

いや、私関係なくなぁい?

 

―――――――――――

 

 

えっと、ディナーの後はおにいちゃんと二人きりにしてもらえた。……いや、アシュリーさまはいたけど。空気よんでくれたのかしずかだったからありがとね。

 

おにいちゃんとぎゅーってしながらいっしょにねた。

おにいちゃんのへやは知らないものがいっぱいあってすごい不安になったからなんにも見えないようにぎゅーぎゅーって。

 

とってもうれしかった。おにいちゃんもうれしかった?

いろんなこと話したけどあんまりおぼえてないや。

 

おにいちゃん、カルデアはたのしい?

美人さんもなぞめいたおかあさんらしき人もいて、ムキムキでカッコいい男の人がいて。ぼくぐらいのちっちゃい子どももいて。

 

ねぇ、おにいちゃん。

ちゃんといえにかえってきてくれるよね

 

 

―――――――――――――

 

あー、くそ。この時ちゃんとしてたら!翔を抱きしめるだけで胸いっぱいになって何も言えなくなったあの時の俺をなぐりたい……!

結構、先輩も翔さんの事かなり大好きですよね。

僕も好きだよ!

私も大好きだよ!!

ぼくも好きだよ、カルデアの人。

えっ!ほんとに!?

うん、好きだからぼくのスマホにおにいちゃんの位置わかるやつつけて。

GPSだね任せて!!ちょっと立香くんにマイクロチップ埋め込んでくる!!

よろしく。

 

―――――――――――――

 

 

 

朝起きたらおにいちゃんがびっくりするほどぐっすりしてた。起こしにきてくれたマシュちゃんもびっくりしてた。しぬほどつかれたのかな。

仕方ないのでマシュちゃんとアシュリーさまでカルデアをさんぽした。

 

なんか、あるけばあるくほど発見しかなかったのがほんとうにすごい。

今日はムキムキさんと友(これじゅうよう!)になった。

スパさん。プロレスラーみたいに裸な人。ずっとニコニコしてる。

どうしたらそうなれるの?って聞いたら、ごはんとアッセイへのハンギャクをする事だって。

よく分かんなくてわたわたしてたら、意味をおしえてくれた。

 

アッセイは今がダメダメな時。ハンギャクはそれを何とかするゆうき!だって。

 

……ぼくもアッセイをハンギャク出来たらムキムキになれるかな。そうすればおにいちゃ

 

 

 

 

アシュリーさまがそのままのあなたがすてきって言ってたけどそうじゃないけどありがとうだいすきです!

だからずっとひっついてくるのはやめてね。

 

 

――――――――――

 

アッセイ!

アッセイ!

アッセイ!

アッセイ!

……なんだいこれ?

スパさんへのかんしゃをこめて。スパさんに挨拶する時はこれだからね。はい、マロンくんも。

アッセイ!

ヨシ!

 

――――――――――

 

 

 

おにいちゃんとマシュちゃんが今日もカルデアをあんないするって言ってくれたけど、ことわった。

今日はゆっくりするデーにする事にしたの。どうせどこ行ってもかっこよくてかわいい人しかいないからもういい。

とーこおねーさんとでんわでもしようかな。まだつかえるといいんだけど。

 

 

とーこおねーさんってカルデアの事も知ってるなんて、ほんと物知りだなぁ。ひょっとしてすごい人?

 

 

とーこおねーさんの言うとおり、ちゃんと言ってみないとダメだよね。

 

 

―――――――――――

 

その、とーこおねーさんさんとのご関係は?

たまにお話するくらい?あと、ほしいものを言うと買ってくれたりするんだよ。それとね何でも買えるっていう黒いカードもくれたの。

……それで何を買いました?

ひもQ十本くらい買ったんだ!つなげてなわとびしようとしたら、おかあさんに引くほどおこられた。

 

翔へ。お兄ちゃんが後で行くので、その黒いカードを用意しておいてください。話さないといけない事があります。

 

―――――――――――

 

 

 

今日はけっせんの日。

おにいちゃんはカルデアではたらいてるなら、カルデアの人がせきにんしゃかな?

行ってちゃんと言わなきゃ。

 

おにいちゃんはいつ家にかえれますかって。

 

おかあさんとおとうさんも心配してるだろうし

ぼくもおにいちゃんといっしょにかえりたい。

カルデアがいいとこなのはわかったけど、やっぱり家は家だもん。

 

よし!行くぞ!

……アシュリーさまとタロちゃんといっしょに!!

やっぱり一人だと不安だもん。……アシュリーさまは何言ってもいっしょに来るだろうけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだよね。

そうだよ。カルデアの方がいいよね。

だって、ごはんもおいしいしベッドもフカフカだし、おかあさんよりもやさしくて美人さんもいる。おとうさんよりもたのもしくて強い男の人もいる。ぼくよりも、お利口さんでかわいい子どもはたくさんいるもんね。

 

だって、かてないよ。

カルデアよりもちっちゃい家。

おかあさんはカレーがすごいまずいし。おとうさんはお腹ポンポコたぬきさんだし。

ぼくだって、泣いてばっかでおにいちゃんにめいわくかけっぱなしだもん。カルデアに来る時だってじゃましちゃったし。

 

ぼくたちなんかより、ずっと、カルデアの方が

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おかあさんと電話した。

いっかいかえってきなさいって。いやだって言ってもゆるされなかった。とにかくいっかいかえってこい。しか言わない。

かえらなきゃ。アシュリーさまにたのんで、、、

 

 

また、アシュリーさまいないんだけど。

でも置き手紙があるだけまだしんぽだよね。まったくもう。なぐさめてほしいのに。

それにどこ行っちゃったんだろ、おにいちゃんに会うと泣いちゃいそうだからお外出たくないんだけどな。

さいごは良い子でいたいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ショウへ。

私が(そば)にいなくて不安だったでしょう?大丈夫、私がいなくてもちゃんと貴方(あなた)を見ているわ。

 

ショウ。

分かったでしょう。貴方(あなた)の兄は貴方(あなた)よりカルデアを取ったのよ。そうじゃなきゃ、「まだ(かえ)れない」「(かえ)る事ができない」なんて言わないわ。

もし貴方(あなた)を本当に大切に思うなら、ちゃんと貴方(あなた)に理由を話すし、貴方(あなた)が部屋に閉じ(こも)った時に何がなんでも会いに来ると思うの。

それをしないというなら、そういう事なのよ。

 

きっと、貴方(あなた)()らなくなったのね。

 

ねぇ、ショウ。

いやよね、こんな所。最初は閉じ込めたくせに、いざ外に出たら、貴方(あなた)から大切なものを(うば)ったのをこれみのがしに見せつけるなんて。

本当にいやな所よね、カルデア。それを許してる貴方(あなた)の兄も。

 

 

ショウ。

私は今、管制室(かんせいしつ)にいるの。

おっきな地球儀があった所よ。そこに来て。

分からなかったら、部屋の前にいるペットに聞けばいいわ。

きっと妨害(ぼうがい)してくるだろうから頑張(がんば)って来るのよ。

 

 

 

 

貴方(あなた)(のぞ)みを(かな)えてあげる。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。