吸血鬼は淫魔の夢を見るか? (マスター冬雪(ぬんぬん))
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一章
第1話★(改)


ワンクッション
ショタ/攻めフェラ/強姦→和姦?

完結と同時に改稿。


気が付いたら真っ白い部屋に居た。

 

 

扉と、戸棚と、部屋の中央には大の大人が飛び跳ねられそうなくらいに広いベッド。内装は四角く簡素である程度広く、正しく寝るだけの部屋と言っていい程に出ている物は少ない。寝るだけの部屋……或いは。

ぼんやりと夢心地な頭を振り、現実逃避もそこそこに目の前を直視した。

 

「ぁ、う……は、ン……っ、ぅ、」

 

金髪に、意志の強そうな太い眉。鋭い目尻。ぷくりとした果実のような唇。その身体は元が白いのだろう、今は汗に濡れながら赤く染ってしまっていて。

苦しそうに身悶えするその美しい少年は一糸まとっておらず、擦り合わされたスラリと伸びる白い脚からは少年らしい“ソレ”の先が涙を零しながら覗いて─────

 

プロジェクターか何かで壁に投影された文字にはこうある。

 

 

【SEXしないと出られない部屋︰0】

ご丁寧に英訳まで書かれておりまして。

 

 

……そういうのが許されるのは創作物だけだろう。

 

 

記憶を辿るに、今日も平々凡々な1日であった筈だ。

早朝に出勤し。晩まで仕事して。無能上司の尻拭いの為に金にならない残業をし。クタクタになりながらコンビニ飯をカッ食らってベッドに倒れ込んで。

……これは夢か?なら間違いなく悪夢だろう。

夢は己の願望が表に出ると言うが、これが己の本性だとでもいうのか。覚えがあり過ぎて疑い切れないのが辛いところだ。過去がこんなにも俺を責め立てる。

しかも、なんだ?この文の最後の0とは。まさか回数制か?ノルマが目に見えないとか、この部屋の主はアホなのか。もっとマシな頭を持って生まれ直してはくれないだろうか。夢の中という事は俺の願望か。俺が生まれ直すべきか。

一般論的に言えば不思議な色気はあれどこんな子供を犯せとかちょっと倫理観に欠けていやしないだろうか。マア、それが俺の本性と言われればぐうの音も出ないが。人間刺激と暗示がありゃ勃つだろう。……普通勃たない?そう……他人の都合は知らないなァ。

 

懐かしいくらいの性の匂い。

潜められた甘美な嬌声。

 

「……」

 

……これは……つまるところ据え膳ッて事だよな……?

 

恐らく媚薬を盛られているだろう少年は耐えられず自身を慰め始めていた。ぐちぐちとその手からは生々しい水音が漏れ出し、淫靡な喘ぎと共に譫言には罵倒が混じる。

見た目通り、外国人なのだろう。少し古めの訛りが聞こえて何処の方だったかと頭を回すが思い出せない。彼処は此方には気付いていないようだが……時間の問題だろう。

───……明日も仕事だというのに……───

自分は何を見せられているのか。頭痛がする。身体が怠くぼんやりしている。

ふつふつと沸く理不尽な怒りが舌打ちとなって口から溢れ、それを聞き取ったらしい少年がバッ!と俺を見て硬直した。

 

「!?What、who's……a……whoa、……pervert?!」

「“誰が変態だ。こっちに気付かずナニおっぱじめやがって……”」

「“なっ……僕は好きでこんな事してる訳じゃ……っ”」

 

切れ切れに誘拐犯扱いされ、こんな悪趣味な事をするなんてと怒りと屈辱に震えている子供には俺も怒りを通り越して呆れるしか無かったが。こちらも被害者だと告げたが信じちゃいないだろう。

扉は蹴りつけてもビクともしない。……ここで少年が身体を震わせた。

戸棚にはズラりと並べ立てられたアダルトグッズ。……脱出に使えそうなものは無い。

ビンテージかアンティークもののようなプロジェクターは何故か操作する為のレバーもボタンも固定されたかのように動かない。飾りか。

 

「こちとら疲れてんだから大人しく寝かせろよ……」

 

がしがしと頭を掻き毟り、とっとと終わらせようとベッドに乗り上げてネクタイを解く。

手立てが無ければ指示に従う他あるまい。それが仕立人の意図通りであろうが、このまま何もせず留まって出られる確証はなく、……まアそれを言うなら彼を犯して外に出られるという確証もない事だが。ただ、早く外に出なければと。

 

「“な、なん……?!や、めろ、まさか……!あの壁の文字が事実だとは限らないじゃあないかっ!や、やだ、来るな……!”」

「あー……“ま、犬に噛まれたと思って諦めな、少年”」

 

 

……今思えば、あまりの疲労で思考が麻痺していたのだろう。

犯しゃあ終わる。終わらなければなんか別の手立てを考える。少年が何を思おうが関係はなかった。所詮は夢の住人だろう?彼も媚薬かドラッグか知らんが、その効果が解消されるか気絶によって解放されるなら願ったりだろう?自慰の手伝いッてな訳だ。

あと単純に背後で泣きながら喘がれているのが思考の邪魔。

 

……俺は“あの頃”とひとつも変わっちゃあいない。変わる必要性も見出せなかったから、俺は“あの頃”からずっと、停滞を選んでいる。

 

「さ、触るなッ!来るな、寄るなァ……っ!」

 

ぎしりとベッドに乗り上げて髪を掻き上げる。厚いレンズの伊達眼鏡を外して放り投げ、シャツの襟とネクタイを緩める。

 

「怖いの?」

「ッだ、誰が……ッ!」

「経験は?今から俺が何をしようとしているか……わかってる?」

「ッ……」

 

嗚呼、理解っているのか。

彼の纏う空気というか、言葉や仕草とまだ日の経たない身体の傷から何というか、少年の生きる背景が見られる気がして、何だか面倒臭いしやっぱり頭痛がしたので思考を敢えて止める。

……というか俺、今勃つのか?疲労がピークにあると勝手に勃つか全く勃たないかだが。

いやそも、セックスの定義だが。挿入れないと駄目なんだろうか。俺にもほんの少しでも彼に対する同情とか罪悪感がない訳でもない。

……まアいいや。取り敢えず1個ずつやっていけば。

 

「経験があるなら早目に割り切っちまえよ。ガールフレンドか、気になる誰かを思って目ェ瞑ってな」

 

ペッティングとオーラルセックスで駄目なら挿入れるか。

抵抗されて力の抜けた拳が当たるが、その手を逆に拘束してベッドに押し付ける。そのまま膝を割るように身体を入れ、気怠げに彼を見下ろす。

 

「ひっ……」

「そう怯えてくれるなよ。気持ち良くなってりゃあ直ぐ終わる」

 

あー、煙草吸いてェ。

 

 

 

「ぁっ、う……ひゃ、め……んぁっ……!」

 

跳ねるその肢体を宥めるように触れながら様子を窺う。

セックスに必要なのは技術ではなく、反応を見る観察眼だと思っている。

少年を見るに、初めは恐怖、次に戸惑い、そしてまた恐怖を抱いている。

その身体は明らかに他者によるものであろうという傷が多い。恐らく虐待か、それに近しい何かを受けている。恐らく性的にも。

なら初めの恐怖は手荒な性的暴行を予想した反射、自己防衛と考えるべき。

だが俺の触れる手が思いの外優しげであったから戸惑ったのだ。拘束も早々に解いた為に、今彼の腕は所なさげに俺のシャツを握っている。

身体が媚薬の効果以上に反応を始めて、今は触れていない筈の性器から今にも精液を溢れさせかねないという状況に恐怖している。例え薬が盛られていたとしても、それは快楽に屈したという事の証左だから。

解放されたくて、けれど屈したくはない。それが拒絶となって表れている。

 

「や、らっ!やめ、ァはっ……ぃ、うゥ……!」

「イキたい?」

「っ!!だ、れがぁ……っ!あ、は、ァァ、!なん、でっ、からだ、触られてるだけ、なのにっ!」

「気持ちいいんだ」

「っっ、く、すり、の……せい、だ……!」

「そっか。じゃあ別に気持ち良くなってもおかしくないね」

 

髪に指を通し、頭皮からゆっくりと撫ぜる。

 

「ぁ、う……」

「辛いだろ?先にイっておこうぜ、な?」

「ひゃ、らぁ……!いや、ら、さわるなぁッ!ゃ、やだァっ……あ、ァ、あァーー……ッッ!!」

 

突如びくん!と身体を跳ねさせた少年は断続的に痙攣して、身体を弛緩させた。

 

「……あーあ、触らないで射精しちゃった」

「う、るさいっ!」

 

幼いながらも迫力のある目力にやんわりと嗜虐心が刺激される。目を下に下ろせば未だ少年のペニスは力を失ってはいなくて、どうやら媚薬の効果は継続中のようだ。随分強力なの盛られたな……3度達してこれか。しんどいだろうなァ、なんて他人事である。

 

「ぁ、ウ……もういやだ、!なんで、なんでぼくが、」

「……」

 

……めんどくさ。

誰にするでもないが弁明させて欲しい。俺はこの2、3ヶ月睡眠時間が毎日2時間あるかないか位の瀬戸際なのだ。漸く明日の午後から半休を頂けた頃合なので、万一にも朝起きられませんでした、では話にならない。早く終わらせたい一心なのだ。口に出してないのでノーカンで。

 

ちらりと映し出されたプロジェクターに目を移すが、やはりペッティング程度では反応はないらしい。

 

溜息を押し殺して、彼の顬と、額と、鼻先に唇を落とす。

 

「落ち着けよ。全部薬の所為だ、そうだろ?」

 

何もおかしい事はないさ、と。いや、何もかもおかしいんだが。こういうのは思い込みとかで何とか。

子供にしては頑なで、さぞ凄惨なトラウマがあるのだろうと察して余りあるが。

玉のような汗が身体から流れ落ちて、白人特有の白い肌が真っ赤に染まって、耐え難いくらいのもどかしさと快感に振り回されて尚。

 

「全部忘れちまえ」

 

首筋、鎖骨、薄い胸に傷の残る腹。順にリップ音を立てながらキスを落として、その肢体が跳ねるのをじっと見つめる。

はあはあと息を荒らげて、その様子を視線で追いかけていた彼は、膝を広げ、その白い内腿に唇を寄せた事で信じられないと見開く事になる。

 

「お、まえ……ッ」

「苦……そりゃあそうか、幼くとも精液は精液だもんなァ」

 

カッと耳が染る。まだ赤くなれるのか。何だか面白くなってきたな?

 

「や、めろ、そんなところ、ッ」

「うん?知らない?フェラチオ……そォか……まア、頑張れ」

 

まだ力を失わない幼いそれに舌を伸ばして、根元から先までひと息に舐め上げる。

 

「ひぃああ……ッッ?!」

 

びくんと直接的な快感に少年の腰が浮く。

閉じそうになる身体を無理矢理開かせて、ちぅちぅと未成熟な陰茎に唇を落としていく。

 

「は、アッ、あ、ゃ、やぁぁ……ッ!」

「はァ……ちゅぅ、」

「ッや、やだっ!跡付けるな、」

「甘噛みで付くかよ」

 

キュンキュンと迫り上がってきている陰嚢に舌を這わせて会陰を舌で押し上げれば、彼は一際強く嬌声を上げる。ウーン、才能を感じる。

そのまま口を開けて、彼の股に顔を埋めた。

 

「なっ、は……ァ゙あっ?!や、め、やめてぇっ……!た、べないで、」

 

空気を含ませるようにかぽかぽと音を立てながら、また映写機の方を見る。……カウントは無い。ドアが開いてもいない。最悪だ。マジで?経験はあるようだがほぼほぼ処女とセックスするの?準備は出来てそうなのがチョット嫌。

根元を指でちゅこちゅこ扱きながら、口を窄めて顔を動かす。

それにしても、彼が子供で良かったというか。何処とは言わないが小さくて。

 

「ひゃぁあっ?!ぁ゙、あ、や、出る、出ちゃうから゙ァッ!離せ、離して、もうやだァ……っ!!」

「らひていいろ」

「んぐっ!?ふぅ、ふぅ、や、だ、ッあ、ぁ、あ゙……ッ!!」

 

口を離したと同時に、随分薄くなった白い淫液が顔に散った。

 

「ン……これでも駄目みたいだな」

「はあ、はあ……、ぁ、え……?」

「本当に残念な事だが、まだ終われんらしい」

「ッ……!」

 

舌打ちしそうになって直ぐに喉の奥に飲み下す。やはり最後までやれという事だろう。ンなもんさせて誰が得するというのだろうか。夢の癖に、勝手がよくないな。どうせなら思うようになってはくれないか。

 

イヤに鮮明な夢の中。

匂い。音。味。感触。

顔を拭う。

 

荒れた内心を悟られる事のないよう、柔く目尻に唇を落とし、滑らかな太腿を掠める程度に指先で触れた。強張りが解け出していく。

 

「良い子だ」

「ッ!!……うるさい。もう、さっさと終わらせろ……っ」

 

良い傾向だ。嘔吐するくらい嫌な訳じゃなくて本当に良かった。寧ろ無理矢理にしろ何にしろ慣れてるなら要らぬ手間を掛けなくて良い。素人もいいところだろうが欲は言うまい。

 

大人しくしておけばいいのだというように、慣れたように身体から力を抜いて目を瞑った少年の額にキスを落として、横腹あたりに手の平を乗せ、するりと撫ぜた。

性を匂わせる露骨な感触に身を強ばらせるも抵抗はない。

……よし、早く終わらせよう。前戯にしては冗長過ぎた。正直眠気でしんどい。

こんな精神的に疲れの取れなさそうな夢から醒めて、泥のように眠りたいのだ。

 

 

─────と、まあ。

この少年にとって俺は“怖い大人”、なのだろうけど。もしくはそういう“設定”なのだろうけど。

 

見た事も会った事もない、次に会うかも分からない(暫定)夢の中の住人に配慮なんてものは欠片程も無く。なのに真綿に包むように優しくしてやるのは、泣き叫ばれても萎えるからという至極爛れて冷えた理由で。……だってスるのなら、お互いタノシくてキモチイイ方が良い。と、そう思う訳だ。

 

相手は未成年極まりない子供だが人間穴がありゃできない事ァないんだよなァ。因みに俺は初めに犯された時はしこたま嘔吐したものだがね。

 

 

浅く上下する華奢で薄い胸。心臓の真上に手を置いて、見下ろさぬようにしながら、そっと耳に囁いて許しを乞う。

 

「触れてもいいかな」

「……」

 

緊張したようにおずおずと頷いた少年にそっと口付ける。

それじゃあまあ、遠慮無く。

 

 

 

サイドテーブルにあった潤滑油を手に取り、散々吐き出した少年の未成熟な陰茎に柔く触れる。

 

「ン……ひ……っ、」

 

こめかみにキスを落としながら、ただ少年に尽くすように。

同時に準備も進めていく。なるべく刺激にならないよう、ゆっくりと焦らず。幸い前の刺激に翻弄されているようで、ちらりと此方を見たきり、声を殺すのに必死になっているらしい。

 

「んん……ふうっ、ァ……」

「んー……こういう風にされるの初めて?」

 

随分劣悪な所で育ったんだなあだなんて、酷く他人事のように思いつつ。

くすんだ金髪から覗く耳に口付けて少しだけ歯を立てると、少年は腕の中でびくりと震えた。

経験もそこまで多くはないのだろう。強姦……というか、金銭目的の売春か。少し古めの癖のある……確か、イギリス英語。

丁寧な抱き方も他人を誘う抱かれ方も知らない、かわいそうな子供。まア子供がそんな事知ってたら殊更酷い環境だと思うのだが。

結局のところ、そんな事情はどうだっていい。目的はただ抱くだけ。そこに挟まるものは快楽だっておまけ程度……なのだが。

 

うん。なんかこう、ショタコンの気持ちが分かった気がする。こういう無知な子に本当のセックスを教えてやりたいという欲が起きたのも確かだ。

そもそも、最近の俺は自慰もまともに出来ないくらいに草臥れていた。寧ろ性欲が今まで残っていたかと心配してしまうくらいには、そういう事に興味を失っていた訳だ。それは男としてどうなんだと今は思うが……やはり現実の俺は社会の闇とやらに洗脳されていたのだろう。もっと自分を労わろうそうしよう。

 

ぢぅ、と白く骨張ったうなじを吸い、赤い痕をつける。

 

「ゥあんっ!?ぁ、なに、する……、!?」

「感じた?」

「そんなんじゃ、ッゥ、あ……!」

 

付けた痕の上からべろりと舌で舐って甘く噛むと少年はくしゃりと顔を歪めて身体を跳ねさせた。

同時、ナカを拡げていた指を追加してぐりりと指の腹でそこを押し込む。

 

「ァ、は、ぁ゙ぁ……ッ?!ァ、〜〜〜ッあ、っ!」

 

甘い声。

遂にその潤んだ瞳が雫を零す。ああ、泣いてしまった。とは言っても嗜虐心が疼く顔をしているのが悪いよなァ。

 

「あぁ、ャ……っ!ン、ひぅうっ、!ぅ、あ……」

「ここか」

 

ぶるりと身体を震わせ、恐れと期待の目で俺を見るのでそれに応えてやる事にする。

 

「ゥ……っ!ふ、ああっ、あ、は……っ、あぁ、そこ、っん、ンっあ、つよ、ぃぃ……っ!だ、め、イクっ!で、るから、っん、」

「いいぜ」

「ふ、ンン!!ァ、イ、クっ、い、あぁぁぁっ!!」

 

一拍。

ぴゅくぴゅくと腹に白が飛ぶ。

大きく声を上げた少年は身悶えしながら快感に振り回されているように見えた。

 

「ァ、ァ、ん、ああっ!や、だっ、!今、指ぃ……っ、」

「気持ちいいな」

「んッ、あぅ……!っふ、だから、嫌なんだ……っ、んッも、いいっ!早く突っ込めよ……っ!」

「だめだよ、ちゃんと拡げてからじゃあないと」

 

痛いのは嫌だろ、と聞けば慣れてるのだと返って来る。

 

「俺がヤなの。痛がってるの見たら萎えそう。付き合ってて」

「こ、の……ッ!ゥ、やああァ……っ!」

 

ゆっくりと、ゆっくりと。嬲るように。

譫言を零す唇を塞いで、跳ねてむずがる身体を余すこと無く触れて。

指の感覚だけで身体が極まるくらいに敏感にさせて、ナカを抉り。

甘く蕩かしながらも意識をトばさぬように。だって反応がなくなってしまったら愉しくないだろう?

 

 

 

ちゅ、ちゅ、と身体全体にキスを落としながら拡張する事数十分。

そろそろいいかと指を抜く頃には少年はもうすっかり出来上がってるというか、イッちゃったというか。

やり過ぎ?まさか。

 

「ァ、……ひ、ぅ……ァふ……っ、ぅう……」

 

寄せられていた眉は白痴みたいに八の字に下がり、もう声を取り繕う事も考えられないという風に完全に快楽に屈している。びくりびくりと細い手足を痙攣させて、滂沱と泪を零し、下肢は潤滑油と精液に塗れている。紛れもなくやり過ぎ。知ってた。

 

「朦朧としてるとこ悪いけどまだ挿入れてないから終わろうにも終われねぇよ?」

「ぁ、……?な、に……、」

 

そっと上から覗き込むとやはり身体を強ばらせるので、掌で目を覆う。

……ああ、そうか。そうだった。この子供は俺とは違う、ただの子供か。

心做しか声がゆるく、宥めるように穏やかになる。

 

「見なくていい。ただ、気持ちいいのを感じてればいいよ」

 

柔く頭を撫で、頬に唇を落とす。ただ、慈愛だけを感じるように。

肩口に凭れさせるようにしてそっと脚を広げさせる。

まあ、触ってないから勃ってないんだけどな。俺も少年の首筋に顔を埋めて自身を扱く。

 

「挿入れるよ」

「ん……ん……、っ、ぅ、ふ、ゥア……?!ッ、あ゙あぁぁあ゙ああーーッッ!!」

 

痛みはなかったのだろう。圧迫感に僅かに眉を顰めたが、前立腺を掠めたあたりで背中が弓形に反れた。ぴん、と足の爪先が空を掻いて引き攣る。ぶわりと、少年の見開かれた目に涙が浮かんだ。

 

「やっ!やァ、ゥ、あガ……ッ!?あぁ、やら、ァ……は……っ!大きっ、大き、過ぎるぅ……っ!ゥ、あ、そんな、いきなり……っうああ゙っ!」

「ぐ……せっま……」

 

痛いくらいの締め付けに喉の奥から声が出るのを抑えつつ。

灼熱に蕩けたナカは俺を離すまいと絡み付いて、それと相反してぎゅうぎゅうと外へ押し出そうとしてくる。それを少しだけ強引に引き剥がし、ぐいぐいと奥へ押し込んだ。

突き上げる度に少年は顔を真っ赤にしながら頭を振り乱す。汗がしっとりと彼の薄い身体を濡らす。

 

「ウゥッ、ああ、や、ッ!は、ぁんッ?!ぁ、なんで、なんでぇ!?こんな、今までのとちが……っ!ヤ、もうやぁっ!きもちい、の、もういやぁぁ……っ!」

「あ、気持ちいいんだな。よかった」

「も、いやって、言って……!」

「よしよし、もうちょっとだからな」

「アゥッ?!ぅ、あ……あっ、あっ、あんっ!きゃんっ!や゙、あ゙あっ、やら゙あっ!ゃ、ゃ゙っ!きもちいの、きもちぃよぉ、ぉ゙!は、ああっ、いいっ、イ、ゥ!こんなの知らない、しらないぃ〜……ッ!」

 

あまりの未知の感覚に泣きが入っているようだ。焦らし、感度が増した状態での挿入は初めてか。

それをあやしながらある程度奥まで入ったのでゆっくりと抜き差しを始める。

スローセックスってこっちからするとかなり辛いんだが。散々煽られて溜まってるし。まあそこは少年に対してできる最大限の配慮という訳で耐える。

 

「あっ、あっ、!も、だめ、それだめぇ!」

「イク?」

「んッ!ん、イクっ、イクゥ……っ!いや、ンああぁぁーー……っ!!」

 

締め付けが更に激しくなって俺は思わずシーツを握り締めて悶える。流石にイってる時に突くのは子供の身には辛いだろうしなぁ。

 

にしてもこの子供……ヤベェくらい滅茶苦茶気持ちいいな。初めの時の高飛車というか強気な所といい、そういう性格が出ている綺麗な顔立ちといい、悪い大人を引き寄せそう。その子が治安の悪い場所で売春擬きしていたらホイホイ引っ掛かるだろうな。なんて所感がぽつり。

 

「ぁー……っ、は、うぁ……!は、ぁ……っ、」

「……少年、もう動いていいかな」

「んッ……!ァ、待ってた、のか……?」

「そりゃあイキっぱなしは辛いだろ……え、まさか極め続けたかったとか?」

「っ!!」

 

必死に顔を横に振る少年の頭を撫ぜる。

 

「ならしねぇよ」

「……、……襲ってきた癖に」

「そいつァ、俺にも事情があるんでね。とっととこの夢から覚めねぇと……仕事があるんだよ」

 

俺の事情という言葉にムッとしたのか、顔を歪めた少年は細足を俺の腰に絡めてグッと引き寄せた。おおう、良くやる。

 

「ッ……うっ、!ふ、お、前も、早く、」

「おいおい無理すんなよ……」

「うるさいっ!僕に命令するなっ!」

 

はいはいわかったわかった。騒ぐな泣かすぞ。……もう泣いてたな。

 

「あっ、んっ!ん、んッ!ふ、ゥゥっ!」

「くふ……あー、気持ちい。……なあ少年、キスしてい?」

「はぁっ、ゥ、……勝手に、しろ、」

 

ちぅ、とバードキスを落とし、開いた口元に舌先を入れる。

歯列をなぞり、舌を絡めさせ、上顎を舐める。

じゅる、と滑る舌を吸えば少年はこれもまた初めての感覚だったのか、目を見開いて身体全体を跳ねさせた。

 

まるで蜂蜜のような瞳をしている。

顔を離してじっとその目を見れば、少年は顔を欲情に赤くしながらもキスを強請った。

 

「んぅ、……ふ、ゥア、んむ、ん……」

「ちゅ……ン、」

「ンはっ!ふ、……ん、ッ、ァ、まって……ンンンっ!ぁ、っ!!」

「……、今軽くイった?」

「……うるさい」

 

怖がったと思えばキスに気を取られて薄ら目を開くんだもんな……。子供は生意気でも何処か素直だ。

 

「もっと……」

「はいはい」

 

舌の表面を合わせ、角度を変えて舌に吸い付く。少年も拙いながらそれを手本になぞるので尚更優しくなるというもの。

その間も緩く腰を動かしながら。

 

「そろそろイク……いい?」

「はっ……ン、ァっ、」

 

こくこくと、少年が分かっているのか分かっていないのか素直に頷いた。

浅く、それでも少し逸る気持ちを抑え切れずその小さな尻に肌を打ち付ける。

ぱちゅぱちゅと音を立てて揺さぶられ、少年は再び眉根を寄せて、それでも幾分素直に嬌声を吐いた。

 

「あ……あっ、あんっ、ふ、ぁ、!ぁ、あ、ああっ、」

「ン、……出す、っ、」

「あっ……!ゥ、アア……っ!」

 

ぶるりと腰が震える。

ああ、この快感も久しぶりか。ぞわぞわと背筋から上ってくる快楽を押し流し。……どうやら少年も前立腺の刺激で達したらしく必死にシーツを掴んでいた。

 

「はあ、はぁ……っ、んぅ、」

「ふ……ン、」

 

自然とキスを交わして舌を吸い、目を合わせて余韻に酔いしれる。少年は無意識か否か俺の首に腕を回し、より深くを望んで舌を挿し入れて。

 

ふつりと銀の糸が切れる。

 

「……」

「……」

「お前、は……淫魔か?」

「おま、言うに事欠いて……」

 

視界の端でプロジェクターが奇怪な音を立てて動き出し、あれだけ強固だった壁が軋みを上げて、至極あっさりと扉の鍵が開いた。

 

「……開いたな」

「ん、……んぁっ……!」

 

ゆっくりと自身をナカから抜く。

漸くこのおかしな夢も終わるのか。……終わるんだろうな?

ヤリ損とは言わんがくたびれもうけは御免だぞ俺ァ。

 

「やれやれ……眠気がピークだ。夢の中なら眠気くらい無くして欲しいもんだぜ」

「ァ……、っ、おい、お前ッ!」

「何だ?」

「……っお前の名前は?」

 

……さて、名乗るべきか名乗るまいか。

面倒くさいのは特定された時だ。こんな子供に何をとは思うが、それでも偽名を名乗ったとして此方に損は無いので。

 

「ナミセ」

「ナミ、セ……」

「じゃあな」

「まっ……、!」

 

 

 

 

 

かち、かち、かち。

聞き慣れた時計が針を刻む音。

ちらりとそちらに目を向ければ、短針は2時を示していた。

なんと、ベッドに倒れ込んで未だ30分と経っていなかったのだ。

ぼうっとする頭で起き上がり、もそもそと皺の寄ったスーツを脱ぐ。

 

「……溜まってんのかな」

 

頭はこれ以上ないくらいスッキリしていて。腰の重みも無く。かと言って夢精してる訳でも流石にない。……勃ってないのか。

明かりをつけてぐるりと部屋を見渡す。

コンビニ弁当のゴミが散らかった汚ぇ部屋だ。ベッドの周りは脱ぎ散らかした服やらで足の踏み場もない。

 

「頭おかしくなってたんだろうな……」

 

漸く、正気に戻れたとでも言うのか。

随分長い時間を無意味に掛けてしまったものだ。

ベッドサイドに腰掛けながら、頭を抱えて深ーい溜息を零す。

 

掠れた声に眉根を寄せ、のそのそと浴室へ。

 

鏡に映る爪痕と赤い痕に気付くまで後─────、

 

 

***

 

 

母が、亡くなった。

父はツキに見放されて母が死んだだの店が潰れただのと言っていたが、全てはこの父が母に何もかも押し付けては暴力を振るい、毎日毎日働きもせずに酔い潰れていたからだ。父が、母を殺したのだ。気紛れに殴られない事が愛だ情だなんて思っていた自分を殺してやりたかった。そんなもの、母と同じ思考停止だ。現実逃避だ。

悪態を吐くばかりの父は嘗ての生活と同じ量の酒を求めた。この僕に稼いで来いと怒鳴りつけ手を上げたのだ。

 

母を亡くした、父への失望に小さくないショックが残ったままだった、僕は─────

 

 

 

汚れた身体を川で必死に洗い流す。

立ち直らざるを得なかった。殴られた痛みは怒りとなり、喪失の痛みは憎悪となって。

 

汚い、汚い、汚い!!この身体を巡るアイツの血が憎い!!!気が狂いそうになる程に─────!!!

 

掻き毟り過ぎて川に流れ出した血を無意味に拳で殴り付ける。

ああ……帰ろう。あのクズを地獄に落とすまでは、僕は“死んでいられない”。

 

脱ぎ捨てていた服を纏い、ふらふらとあの家に戻る。

鼾を掻いて寝る父親を腐ったものでも見るような目で見下ろして自分も寝床に潜り込み─────

 

 

 

目を覚ましたのは身体を襲う未知の快楽によるもので。

明るくて綺麗な白い部屋。肌触りのいいシーツの上、僕は何一つ服を纏っていなくて。

疼き。耐え切れず自慰を始めてしまってしまう程に、身体が嫌に火照っていた。

……自身に触れた時の快感と言ったら。思考も記憶も霞んでしまうくらいの快楽に酔い、夢中になってしまう……その前。

そう、その時に、あの男が。

 

顔を隠すように覆うくすんだブルネットの髪に、日に焼けていない象牙色の肌。コーカソイド系の顔立ちをした、恐らく東洋人のハーフだろうという男─────

 

自分も閉じ込められたのだと扉や壁を蹴り付ける男は整った顔立ちも霞むくらいに濃い隈が充血した目の周りを黒く染めていたし、若干頬も痩けていたと思う。

壁に映し出されていた文字に意識を向けさせられた僕の思考は止まり。その間に持て余した身体を遠慮も容赦もなく触るものだから、混乱窮まってパニックを起こしかけた。

 

何故自分ばかり、だなんて。……口にする気はなかったのに。

 

 

存外優しい声音が頭頂部から掛けられ、その指は鳥の羽のように繊細に僕に触れて。

あのスラムでされた行為と同じにはとても思えないくらいに、その仕草は優しくて。

甘くてどこか苦い口付けは脳が痺れるような感覚を僕に刻み付けた。

 

 

 

アイツ、は。淫魔だ。間違いなく。

 

甘く、優しく、蕩けてしまいそうになるくらいのオーガズム。

あのキスの感覚が脳を刺激して止まない。

そっと唇に触れて、感じた事の無い甘い疼きを腰に感じて身体を抱き締める。

 

ああ、アレは一体何だったんだ。

 

「……ナミセ、」

 

ぽつりとその名を呟いて首の後ろを手で覆う。

曇った鏡越しに、赤い印を見付けてしまった。途端に気恥ずかしくなってしまったのはやはりアイツが淫魔だからなのだろう。……今更、たかがキスマークくらいで。

 

 

***

 

 

 

 

─────ああ、あの頃の俺は紛れも無く人生の絶頂だったのだ。

 

バカをやって、遊び回って。女は嗜好品か何かのように扱って。そういう風に見られていた事もそれが事実であった事も理解している。それを望まれていたから、俺はそのように振舞っていた。

倫理観も道徳も何もかもを放り投げていた。そもそも、そんなもの備わっていなかったし、教わりもしなかった。

どいつもこいつも色慾と愛と性欲に狂って、俺という人間の外側しか見るつもりのない空虚な人間性しか持てない者ばかり。

俺の味方は俺しかいないと、客観的な事実を胸の内に落とし込んだのはいつ頃だろうか。

 

……いや、心のどこかでは、誰かが。俺の事を理解してくれる誰かが、この広い世界にいるのではないかと。幼い俺は切望していたのだ。

……それが“あいつ”だった。少なくとも、俺はその時そう思っていた。

 

小学生来の親友と思ってたそいつが俺を本当は嫌っていたのだと、ただ利用していただけだったと聞いてしまった。俺とつるむ事でお零れに与るのが目的だったらしく、俺を利用していた。まあ確かに、そいつに唆されなければサークルなんて作らなかっただろう。いやぁ参った。本当に。

俺はあいつの為になんだってしたのだ。利用されたって構わなかった。だけど、俺なりに彼に友愛を持って接していたのだ。あいつも、それと同等かそれなりのものを俺に向けていたと思っていたのに。

恍惚に冷水を掛けられたようだった。

らしくもなく混乱したし、呆然としたし、それでも夢の中のようにふわふわとしていて、その所為で怒りすら湧かなかった。

……裏切られた事よりも、利用されていた事よりも、なによりも。

あいつ如きに欺かれていた事に欠片も気付かなかった自分にショックだったのだ。

別に今まで他人を食い物にしてきたという自覚はあったんで、利用されるのはよかったんだ。利害関係を否定する程純粋でもない。ただ、友情なんかで目を曇らせて、無条件に人間を信じた腑抜けた己を縊り殺してやりたいくらいだった。

 

 

大学を卒業してからは自罰も兼ねて絵に描いたような真面目になった訳だ。食傷気味になっていたし、あいつに求められていた娯楽の殆どに正直飽きていた。

なので当初所帯持ち男性陣多めの所を職場に選んだのだが、まさか安全圏だと思われた筈の男達が誘蛾灯に誘われた虫の如く寄ってきて誘ってくるとは。女なんて山程いるのになんで俺を選ぶのか?……要するに自分に自信を失っていたというか、自分という存在を見失っていたというか。俺は俺を客観視出来なくなっていた。その時も未だ夢の中、揺らぐ足元を歩いているようにぼうっとしていた。

 

無意識の内の自己防衛だった。職場を辞めた。他人の全てが自分の理解出来ないものだった。それはまるで、幼年期の頃に戻ったような心地だった。誰も俺を知らない場所に行きたいと思った。何だか、全てに疲れていたのだ。息を吸って吐くのすら億劫で。

 

未成熟な身体を這い回る()の手。

俺に侮蔑を向ける()の目。

 

“不倫相手になるのはいけないことだ”。

いけないことはしちゃダメだ。

間男扱いなんて冗談じゃない、なんて。

 

 

で、逃げた先が物理的にも息苦しくなるこのブラック企業であったと。

 

顔を隠し、姿を誤魔化し。徹底的に。

そうして性的に見られない代わりに人権を失った者の末路が此方であった。

嗚呼、本当に、馬鹿ばっかだ。

 

 

 

半休をもぎ取った俺は何とはなしに眠る気になれず、……というのも昨日が非常に安眠出来た為なのだが……ともあれ、散らかりに散らかった部屋の掃除を始めた。

 

溜まった洗濯物を洗濯機にぶち込み、ゴミは分別してゴミ袋に纏めてゴミ捨て場へ。埃を拭き取り、掃除機を掛け、洗濯物を干し、床の拭き掃除まで終わらせてしまった。

 

そこで草臥れてしまった俺はやはりと言うべきか、体力も筋力もかなり落ちてしまっていたようで。……まあ、思うところはある。鍛え直そう。

テレビを付けてぼんやりと番組を見るも直ぐに飽き、昼飯にと買ったサンドイッチを口にしながら思うのは、あのブロンドの少年の事。

 

「……、……エロかったな……」

 

我ながら知能指数の死んだ感想だ。

 

テーブルに置きっぱなしだった煙草に火をつけて口に咥え、烟を吐き出す。

そういう事が御無沙汰だったのもある。だがそれ以上に、前に手篭めにした女達の中でもとびきりの上玉……になるだろうという少年だった。……うん、流石に幼過ぎたわ。ホント良く勃ったな俺?

夢と呼ぶには非現実的な事が起きたので断定には難しい。

 

首の裏と首元に爪痕と下手くそなキスマーク。

アレは果たして、本当に夢だったのか。

 

「なんてな。我ながら胡散くせェ……」

 

 

 

さて、アレから3日後の事である。

 

何の心境の変化か……いつもやっていた仕事が非常に苦痛で、何度あの上司の頭を張り倒してやろうかと思った事だろう。そのお蔭で今日も絶好調に煙草が減っていく。

が、帰ったと同時にベッドに倒れ込むなんて事は無くなった。今日は帰りに24時間営業のジムに寄る余裕すらあった。

帰って、飯を適当に作って食い、シャワーを浴び、そのまま就寝。

 

 

と同時にやって来た既視感のある白い部屋。

【SEXしないと出られない部屋︰1】

 

 

 

……うっっそだろおい。

 

 

 

 




前の投稿時より性的になりましたかね……


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第2話★

ワンクッション
ショタ

修正。


デカいベッドの上、すやすやと眠るブロンドの少年に顔も引き攣る。

頭を痛めつつベッドに近寄り、無造作に髪の毛を撫でた。

いや、またも同じようなシチュエーションで夢を見るとは思わないだろう?そこまで溜まっている訳でも無いのに。

 

「起きろ、少年」

「ん……、っ?!」

 

ばっ!と音が付くくらいに勢い良く起き上がった少年は目を見開いた。

 

「はー……また会ったな」

「な、ん……ナミセ、ッ?!」

 

正直また会うとは思ってなかった。出会いたいとも思わなかったが。虚構の出会い程虚しいものは無い。

 

「ん……?何か身長伸びたか?」

「あ……当たり前だろう、あれから1年経ったんだ」

「……マジで?コッチじゃ3日しか経ってねぇよ」

 

それには2人して無言になる。

ああ、確かに。顔立ちも少し大人びたというか、染まったと言うべきか。少し鉄錆の匂いがするような。

 

「今日は媚薬は盛られてないんだな」

「……盛られて溜まるか」

「素面で大丈夫かよ?」

 

ほらアレ、とプロジェクターを指差すと少年は顔を僅かに引き攣らせた。

 

「……お前が抱かれればいいだろ」

「あ、謹んでお断りするわ」

「不公平だ!」

「気持ち良くならない訳じゃあねぇけどサァ」

 

少年はそんな身体を持て余しておいて、俺を抱けるのだろうか?

見たてじゃあそうには見えないので。

 

「どうせなら気持ちイイ方がいいだろ?お互いにな」

 

そっとその唇に口付けると、少年はまるで警戒する猫のように後退った。

 

「フフ……怖がるなよ少年」

「誰が怖がっているだと……」

 

グッと言葉を堪えた少年は今度は此方を真っ直ぐに見て指を突き付ける。

 

「それに僕の名前はディオだ。少年なんかじゃあない!」

「ふぅん、そう、ディオ君な」

 

くつくつと笑ってベッドに横になる。

 

「外の世界での時間の流れはかなりゆっくりのようだが、進んでいるのは確かだし……このままでは本物の死体になっちまうぜ?……ああ、なんなら賭けでもするか」

「……賭け?」

「先に勃った方がボトム()。ハンデとして俺からは触らない」

「僕の事を嘗めてるのかお前……!」

「そうやって苛立ってる内はまだまだ子供だよ、“少年”?」

「……いいだろう、その挑発に乗ってやるよ……!」

 

ウーン典型的売り言葉に買い言葉。

上に跨ってきた少年ににっこりと笑いかけ、俺は彼に身を任せた。

 

 

 

 

 

シャツの釦を外し、胸元に手を入れては横腹へするりと滑らせる。首筋を柔く噛み、乳首を弄り始めた辺りからくすくすと笑声が溢れた。

 

「……おい」

「いや……スマン、フフ、可愛らしいと思って」

「反省の色が見えない」

 

がじりと乳首を噛まれる。ごめんて。

今更後に引けないらしくその手が諦めて下に掛った。

 

「口を開けろ」

「はいはい」

 

侵入してきた舌を優しく迎え入れ、思うように任せる。

ちゅ、ちゅ、とリップ音を響かせながら、舌を食んでみたり絡めさせてすりすりと擦らせたり、と。随分と上手くなったものだと感心する。

まあ、まだまだ子供の域だが。

顎に伝った唾液を舌が舐め上げて、再び口が塞がれる。

その間、俺のペニスに愛撫を絶やさず。

……どこか夢中になっているかのような、性急というか、焦れているような口付けに疑問を抱いて口を開く。

 

「ン……ふ、ァ、ちゅぅ、ッ……ふ、ちゅ、んむ……」

「ん、ァ……あ、……?おい、ン、少ね、んんむ、」

「はぁ、はぁ……ん、喋るな、しづらいだろ……」

 

「お前、もしかしてもう勃ってねぇ?」

 

「……」

 

ぴたりと動きが止まる。おう図星だな?

脚に擦り寄せられるそこは明らかに膨らんでいて、服越しだというのに酷く熱かったもので。

 

「……気の所為じゃないか」

「ほーぉ?……なら脱げよ」

「はあ?なんでお前の言う事を聞かなきゃあならないんだ、」

「しらばっくれんなよ。まさか、この俺に対して隠す気か?疾しい事がなけりゃ脱ぐくらいどうって事もねぇよなァ?」

「……、」

「なら疚しい事があるって事だ。この戯れは無効だなァ〜、ああ残念だ……文句はねェだろ」

 

嫌な予感がしたのか上から退こうとした少年を抱き締め拘束し、加減無く口腔を蹂躙していく。素直に言やぁ優しくしてやったものを。

 

……嘘だ。優しくするつもりは欠片も無かった。

 

「んっーー!!?ん、んんっ、ン、んっ!んぅぅっ!!」

 

口内を掻き回し、舌を絡め取って自分の内に。

ジュルジュルと唾液を啜り、舐め、口に溜めた2人分の唾液を上を向かせた少年の口に流し込んで呑み込ませてやった。俺自分の唾液相手に呑ませるの興奮するタチなんで凄く興奮した。抵抗したくても抵抗出来ない少年可愛いなオイ。

 

「んっ、んぅ゙……!ん、ん゙〜っ、んッ、ゥゥ、ぅ゙、ふぅぅ゙……っ、ん、ァ゙……んむ゙っ?!ちゅぶ、ん゙、んぐ、ごく……ごく、こくん、ん……ふ、ぁ゙っ、ぁ、ぅ、ン゙ンンっ〜〜〜っっ!!」

「んーーー……っぷはっ。ふぅ……どうよ、少年?」

「ぇふっ……けふっ、ァ、うぅ……!」

「はは、勃つ勃たない以前にイっちまったか?」

 

少年を抱き締めたまま片手で少年のズボンを寛げれば忽ち湿り気のある下着がお目見えした。弱々しい妨害を避けてずるりと引き下げれば、まだ色の淡いペニスからはとくとくと精液が滴り落ちる。

 

「こ、んな事で……っ!」

「気持ち良かったんだなぁ……もっと啜る?」

「うるさいっ!……ふ、?!あ、何を!?」

 

勃ち上がった少年のペニスを掴み、俺自身のペニスと一緒に手の中で一纏め。

 

「先にイクとかずりぃ。俺もイかせてくれよ」

「あああっ?!ぅ、あ、くそ、やめ……ッ」

 

ぐりぐりと擦り付けながら手筒を動かせば、丁度裏筋同士がごりごりと抉られて少年は身悶えして背を反らした。後ろに倒れ込まないよう背中を支え直す。

 

「ああァァァ……っ!!ふ、ァ、まだイったばかり、ゥアア、っ!やだ……ぁっ!!」

「ッ……くふ、気持ちイ」

 

肩を掴まれ、離れたいのか離したくないのか分からないが……まあ、快楽に支配された良い顔なのは確かで。

 

「他人と擦り合わせるのもまあ悪くねぇだろ?……ああ、少年は先を擦るのがいいか」

「あっ、あ゙、や、やだっ……ン!!ッゥあああっ!や、やだあ、それはっ……!は、ァ、や、いや、ぁ、ぁ、ッ!!」

 

びゅるっ、と顔に精液が飛んできて避け損なう。

2度目。……元気なものだ。

 

「あー……」

「ぁっ、は、……は、ぁ、ッう……」

「……少年、今俺両手塞がって忙しいから拭いてくれる?」

「は、……?ぅ、う……ッ!」

 

ぶるぶると痙攣が収まる頃合にそう声を掛けるとデコルテ辺りまで赤く染めた少年はぼんやりと此方を見、屈辱そうに顔を歪めて俺に顔を寄せた。

 

「ン、……え?あ、マジか」

「あー……ぺろ、……ちゅう、!ぁ、はぁ、ちゅ、ちゅぅ……」

 

……いや、俺は別に手でも良かったんだが。まさか自分で出したものを自分で舐め取るとかウーン。なんつーか、可愛いなぁ。誰かに教わったのか?

舌を出してぺろぺろと舐め取って、唇を這わせて吸い取って。

 

「少年、キス」

「ン……」

 

ちぅ、とその舌を吸うと、身体がひくんと跳ねた。

少年の唾液の味と青苦い精液の味にヤケに興奮して、服を脱がせながらも掬い上げるようにしてその舌を弄ぶ。

ぴちゃぴちゃと、舌先が外で戯れて音は大きく、少年は泣きそうな顔になりながらも存外心地良さそうに舌を出して積極的に絡めてきた。

 

「は……ちゅぅ、ちゅぱ、」

「ちゅ、ゥあ……ちゅ、ちゅ……」

 

舌が外で絡むキスが終わる頃には流石に口の周りがベッタベタである。

指で唾液を拭い、指を咥えて湿らせて少年の後孔に潜り込ませる。

 

「ン……ゥ、くそ……結局こうなるのか、」

 

身体を動かすのも億劫だと抵抗は極僅かだ。本当に嫌がっていたのかも怪しい。……お前感じ過ぎだし俺相手にタチは向いてねぇよ?

 

「ん、最近は身体使ってなかったみたいだな」

「……、……そうやって稼ぐ必要が無くなったんだ」

「へえ。少年……確かに、身体の傷も少なくなった」

 

一生物の傷痕になってしまったそのひとつに口付けると少年は嫌そうに髪を引っ張った。

 

「もう僕は誰にも虐げられない。誰にも見下されない。全部食い物にして、僕は1番になるんだ……」

 

深く沈んだ目がぎらぎらと向上心に輝いている。

静かな口調ではあったが、それは怨嗟だと思った。呪いだ。地獄から放たれる、のうのうと今を生きる人間達全てへ向けられる怒りだ。

 

「良いんじゃないか?特に全部食い物にしてって所とか。人間らしくて実にいい」

「……やはり淫魔は人間とは価値観が違うのか」

「だァれが淫魔だ」

「大抵の人間はそういう事を聞くと止めるか軽蔑する。一部の狂った人間くらいだ、肯定するのは。お前は狂っているようには見えない。……こちら側じゃあない」

「人を殺していないから?」

 

肯定を示すように黙った少年に、ああ、彼はまだ人間について全て理解してはいないのだと察した。彼に気付かれないよう鼻で笑ってしまった。

 

「ン〜……そうだなァ。人を殺すよりも罪深い事とは何か、考えた事はあるか?」

「……宗教か?この僕に説法でも聞かせようとでも?」

「いいから聞けよ。……命あっての物種だの、命があるからこそだのとよく聞くが、命があったとしても生きていけない時もあるのではと俺は思う訳だ。そういう風に人間を追い詰め陥れる事、それを罪にも思わない事こそ罪深い事と俺は思うよ」

 

生き地獄こそ殺人よりも残酷だ。

死にたくても死ねない状況こそが、一息に命を奪うよりも罪深い。

……昔話をしよう。

 

「俺は幼い頃母に懸想され、父に殺されかけた」

「!」

「奪われる事への忌避感は本能だったのかもしれないね。……酷く失望した。家族は四散した。父母はそれぞれ別の精神病院へ行った。俺は親戚の家を転々として、手元には奪い取ったものばかりが残った。父母の物そっくりそのままだ。それが罪だとはその時の俺は思わなかったものだ」

 

人を破滅させて、自分はそれを食い物にのうのうと息をする。それは俺にとっての当たり前で、周りはそれを咎めず、噂だけを聞いて見当違いな同情を向けてきた。

ちゅ、と彼の首元に口付ける。

 

「この前様子を見に行ったかな。対外的なアピールの為に。抜け殻のようだったよ。話を聞くに時折正気に戻って発狂するのだそうだ。身体がベッドに括り付けられて。……愛も憎悪も心も金も意欲も愛する人も何もかもを奪われた末路。ああ、これが俺の罪の証だと漠然と思ったものだ。それだけだったけどな」

 

だってその前に彼らは俺から奪っていたのだから。

何せもう今の俺は彼らとは名実共に完全に他人同士だったから。

嗚呼、なんて俺は罪深いんだろう!……なんてな。

 

「今はいち社会人として使い潰される歯車に過ぎないけどね。いや俺も頭がおかしかった。この状況に甘んじるなんて、本当に、……俺らしくもない」

 

くつくつと笑い、今1度問う。

 

「人を殺すよりも罪深い事とは何か」

「ナミセ、」

「……ところで少年。この話、何処までが本当だったと思う?」

「なっ、お前ッ、?!」

 

ずぷりと指を抜き、何を言われる前にその身体に杭を打ち付けた。

今までの話は何だったのかって?唯の暇潰しだ。あちらから始めた事だし、話が終わればまた始めるだけだろ。

意表を突かれて目を剥いて、素の状態で目を白黒させながら、まだ薄い胸が反れる。

 

「アッ、ぐ……ゥッ!!ゥ、ああっ!は、き、さまっ、ン゙ンンっ!!」

「お前は充分人として正常だよ」

「ふっ……!ンっ、ゥ、……ァ゙、!ああ……っ、お、前は……充分狂ってる……っんは、」

「知ってる」

 

その尻を掴んで欲を打ち付けると少年はぎゅうと俺を抱き締めて快楽に啼いた。

納得出来たかな?どっちにしろ屑は屑なのだ。

 

少年は嗤っていた。

 

 

 

 

 

 

脳が、焼き切れそうだった。

自分の嬌声が耳を通して頭に反響して、酔ってしまいそうで。

 

「ああ、!ナ、ミセ、!ナミセ……!」

「イクか?」

「んっ、んっ!い、くっ!イク、イクっ!!」

 

揺さぶられて、抉られて、腰から頭の先まで快楽に串刺しにされて。

あの時のように優しくないのに、僕に触れる手はあの時と同じで。

何度か、身体が自分のものではないかのように跳ねた。自分が耐え症がない訳じゃあない。この男が遅漏か、もしくはこの男が巧過ぎるだけだから、だから……───

 

「ディオ……っ」

「─────ッッ!!」

「うっ……わ、ちょ、締め過ぎ、!」

 

気紛れなのだろう。呼ばれた自分の名に腹の底の疼きが強まって、脳がとうとう焼き切れた。

 

「───ァ、ああぁっ?!!ゃ、ん゙ぁあッ!!と、まらなっ、は、や、ァ、ァあ゙〜〜〜……っ!!」

「クソ……ディオ、出す……ッ、ぐ、」

 

脈打つ肉棒が熱く滾って、僕は目の前の身体に縋る事しか出来なくて。

 

「……─────ッッ!!」

 

身体中を走る電流のようなそれは、最早衝撃としか感じなくて。

 

馬鹿みたいに痙攣する身体が、快楽を振り切ろうとして無意味に振り乱す頭が、飛びそうな意識を無理矢理押し戻す快楽の白い濁流に犯されて。

何もかもが僕を苛んだ。

 

凄まじい、依存性のある幸福感。

 

ああ、これは味わってはいけないものだ─────

最後は呆気なく、ふつりと意識が途絶えた。

 

 

 

 

 

痴呆のように喘ぎながらも気が付けば、男は僕の大腿を使って欲を吐き出すところだった。

 

「あ、気ィ付いた?おはよう。いやぁまさかアレでトぶとは、」

「……勝手に使うな」

「ああうんスマン。体力が戻り始めたら今度は性欲がな……」

 

……そういえばコイツ、前も1度しか達していなかったか。

よくよく顔を見ればまだ頬が痩けている気はするものの隈も充血もなくなっており、あの時よりも幾分顔色も良さそうだ。

 

「人間働き過ぎると死ぬな。うん……洗脳って怖いわ」

 

しみじみと何事かを呟いて頷くナミセは、もう扉は開いていると告げてベッドから腰を上げた。

 

「もう行くのか」

「ん?まだ居て欲しいのかよ?」

 

手元にあった枕を投げ付けた。

 

「はは、ジョーダンジョーダン。俺は明日も仕事なんでな」

 

……そうだ。この僕も明日は、ジョースター家に養子に行く日だ。戦いだ。侵略なのだ。

 

この日のために、僕は今まで努力してきたのだから。

 

「……ま、気負わずにな」

 

愉悦を孕んだナミセの目は、どこか懐かしいものが含まれていた気がした。

 

 

 

 

 

 

今日も安眠である。

いやはや、ディオ様々だ。やはり快楽は良い。

 

もう自罰とか辟易とかどうでもいいってなっちゃうなァ〜。自重なんてクソにもならない。いいじゃん爛れてて、気持ち良けりゃいいんだよ。

社会の評価に拘る必要なんて欠片も無かったし?結果がこんなブラック企業に就職なんて笑い話にもならない。

自分が最も嫌っていた、自罰に至らせるまでに至ったはずの、“目を曇らせて”、“無条件に利用される”事だ。

ああそうだ、“俺は何も変わっちゃあいない”。

 

 

人間は信頼すべきじゃあない。真に信じられるものは己しかいないのだ。そう、だからあちらが利用してくるのならば、こちらも利用し尽くさねば。

ともなれば、なんだかんだ言って長引かせていた退職の準備をせねばなるまい。出来るなら今の割り振られている仕事をどうにかしてまるっとあの無能上司に押し付けてやりたい。勿論部署内全員が押し付けられてる分もな。自分の仕事は自分でしろよ、社会人だろ?

 

そうするにはやはり……あの上司をクビにさせない程度に貶めて、地位を底にまで落としてやるしかない。新しく頭に据える人材は此方が手配出来れば重畳。俺の息が掛かったソコソコの屑を宛てがえば、あのクソ上司はただでさえ寂しい頭皮が禿げ散らかるまでこき使われるだろう。いい気味。

 

一気に壊すのは簡単だが、ある程度にまで抑えるともなれば加減が難しい。さて、どうするか。

シャワーを浴び、髪を乾かしてスーツに着替えながら笑みを浮かべる。

 

 

ああ、本当に─────今、とても愉しいな。

 

 

やはり俺は普通の人間としては異常なのだ。

右に倣えなんて態度、燃えないゴミにでも出しちまえばいい。クソの役にも立ちやしねぇ。

 

俺は俺だ。

必死こいて培った筈の倫理も常識も投げ捨てて。

……思うがままに、愉しんでしまおうか。

 

 

 



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第3話★(改)

ワンクッション
ショタ/攻めフェラ・精飲/捏造設定/


「は、少年その怪我どうしたよ」

 

目を覚ませばそこは例の白い部屋で。顔を走る痛みに舌打ちする。どうやらあれから寝落ちしたらしい。

 

「……別に、なんでもない」

 

僕の迂闊だ。奴の爆発力を甘く見ていた。

 

ジョジョは自分の為ではなく、他人の為に力を発揮するタイプなのだ……これから気を付けねばなるまい。まさかあのエリナとかいう女のために性分とも言える甘さを捨てて遮二無二殴り掛かってくるとは思いもしなかった。顔に食らった頭突きに怯んでいる隙に、この僕に拳を食らわせたのだ。

……屈辱だ。この上ないくらいに。

胸の中を憎悪が蠢くが、それが喉の先に出る前に再び腹の底に沈める。

今は、そう。雌伏の時に違いないのだから……。

 

底で煮立つ衝動は、屈辱は。奴にぶつけなければ晴らす事など到底出来やしない。

 

「手酷い反撃を喰らったな……養生しろよ」

「言われずとも」

 

それは一先ず置いておくにしろ……この部屋に来たという事は、出るにはやはりこの男とセックスしなければならないという事か。……まあ、下手な奴より数段良いが。

 

身に離さず置いていた所為か持ち込めたナイフでさえ扉に穴を開けるどころか傷一つも付かなかった。ナイフの刃にもひとつのヒビすら入らない。それ程の力で切り付けても、だ。それに、この部屋の存在している場所も分からないまま。

これは夢に違いない……奴の言い分を真に受ける訳では無いが、いっそ楽しんでしまった方が良い。何せ現実では痛みの伴わない傷痕くらいしか影響がないのだ。あらぬ所が痛まぬのも、後処理する手間が省けるのも良い。現状性欲処理にも目があるだろう。どうにも出来ないならば丁度いいと考えた方が建設的だ。

 

「肉付きが良くなったな。触り心地が良い」

 

そう言って奴は僕の身体に手を這わせる。

言い方と触り方が気に食わない。なんだその女にするような手付きは。

肩を押して睨み付ければナミセは肩を竦めて、髪を掻き上げながら軽く謝罪した。

 

「……随分と機嫌が良いな」

「そう見える?ならそれは少年のお蔭かもなぁ」

「気色悪い」

「ひでぇ言い方」

 

その目には希望と言うには昏過ぎて、憎しみと言うには輝きのある何かがきらきらと瞬いていた。

 

「思うがままに生きる事を思い出しただけだよ」

 

愉しくて愉しくて仕方ないね、と。

少しばかり肋の浮いていた身体がしっかりとした物になってきたのに気付いて手で触れてみて。……ああ、恐らくは、“戻ってきて”いるのだと思った。

 

“前”のナミセに、……この僕のお蔭で。

その瞳に、掠れたような虚ろな瞳に、こちらが茫洋としてしまいそうになる。

非常に複雑だ。

 

 

僕のお蔭だと宣うならばその分奉仕して返せと言うと、それすらも愉しいと言いたげにナミセは僕の足元に跪いて笑う。

 

 

 

 

 

恭しくソックスを脱がせたかと思えば事もあろうに奴は足の爪先に口付けて指を舌で舐り始める。

気でも狂ったのかと疑わざるを得なかった。

 

「おいやめろ、変態か貴様」

「ちゅ……ただの挨拶じゃあないか。……にしても、」

「……、なんだよ」

「これでそんなに欲情した顔をして、どっちが変態なのやら、」

「踏み潰すぞ」

「くっくっく」

 

女豹のように身体をしならせたナミセは僕のシャツの下に手を滑り込ませては腹や胸に口付けて痕を残し。膝の間に割り込んではそこをスラックス越しに、尖らせた舌でぐりぐりと抉る。

 

「……っぐ、ゥゥ……!」

「ン〜……相変わらず反応が美味しい」

「、この変態クズ野郎……!!」

「それ俺が1番知ってる事だから」

 

思わず呻けばそれをからかわれ。

罵倒しても尚愉しげにされてしまえばこちらは黙るしかなくなる。

ファスナーを口で下ろされ濡れた下着越しに音を立てて吸われた時は、喉の奥から細い悲鳴が飛び出るところだった。……くそ、これのどこが奉仕だこの鬼畜淫魔め……。

 

 

絡みつく舌の感覚と、引き攣って締め付ける喉の感触。

空気を含むように撹拌されて、ぐぽぐぽと態とらしく立てられる水音。啜られて張り付くような頬の内側の感覚。

走る快感に声を抑え、くしゃりと奴の髪を掴んだ。

 

「ちゅぶ、ちゅ……じゅるる、っ」

「ン……は、」

 

容易く根元まで呑み込んだナミセは僕を見上げてふと目元を和らげる。

 

「気持ちイイ?」

「っ、ふ……ン、いい、」

 

思わず零れた言葉に笑みを深めるとよく出来ましたと言いたげに奴はリップ音を立て、横合いから茎に口付ける。

吊り上がった口角。薄い唇。伸ばされた赤い舌。細められた目。

 

ああ、本当に……コイツは。

 

「く……、は、ァ、ッ」

「イきそ?いいね、出して」

「んっ、ふ……ぅう、っ!!」

「ングッ、!!」

 

……気付けば奴の頭を乱暴に掴んで引き寄せて、膝で挟み込みながら達していた。

 

「ぐ、ぶ……ん、ン……ふ、ァ、ごぷっ、」

「ッふ……っ、は、はぁ……っ、づ、!」

「ン、ぐ、ごくん……っ!ちゅ、ちゅぅぅ……っ、ぷはっ。……はー、溺れるかと思った……」

「……まさか、飲んだ、のか……?嘘だろ、」

「ン……押し付けてきた癖に。フフ、ごちそうさま」

 

機嫌良さげに笑ったナミセは残った精液も残さず飲み込んで愉しげに笑う。と同時に僕はベッドに押し倒された。

 

「ちょっぴり興奮してきたカモ?セックスしようぜしょーねん」

「っ……待ても出来ない駄犬か貴様……!」

「なぁに、少年。俺がそんなお行儀のいいワンコだと思ってた?あははは……!喰っちまうぞ」

 

不埒な手に息を詰まらせながら罵倒するも、尚獰猛に笑って首に齧り付いてくる。

ああ、こんな事で。身体に走るコレは確かに期待というやつで。

 

「んぅ、っ……ぅ、咥えていた口でキスするな、」

「あ、精液の味混じってた?ふはは、お前が出したんだろうに!……イイ顔だ。顔逸らすなよ、」

「きさ、ァ、ンぅ……!」

 

青苦くて吐きそうなのに。微かな甘さを感じてからはそれすらも快感に落とし込まれて。

舌が撫ぜる。絡み合って、絡み付いて、唾液を飲ませ合って。

 

───最高に興奮した。

 

 

「ァは……」

「可愛いなァ、少年。キスだけでトロトロになっちゃって」

「うる、さい……」

「可愛い」

「うるさいっ……!」

 

早く、僕に───。

きゅうきゅうともの欲しげに蠢く下腹部を押さえ付けながらキスを強請る。

 

脚に擦り付けられたソレに、脳が痺れたような感覚が走った。

熱くて、硬くて、大きい……。

 

「は……」

 

ああ……欲しい。

あの快楽が、無意味に頭を掻き毟りたくなる程の快感が。

目の前が真っ白になるような電流が。

 

「な?シよ?」

 

セックス。

 

「……、……、し、たい」

「ン、うん」

「セックス、したい……お前、と」

 

 

熱量に溶けた、上擦った声だった。

 

 

 

 

 

 

溶ける。蕩けてしまう。

 

「ああッ、ぁ……あン、ひゃ、ぅう……〜〜〜ッッ!」

 

ぐりぐりとそこを抉られて悲鳴を上げても、ナミセは止まらずに僕を鳴かせ続ける。

酷い、酷い、酷い。

ナカで太くて長くて、大きく張り出した硬いそれが行ったり来たりして、その度にぬるぬると擦れて。

奥までこじ開けてノックでもされるように穿かれてしまえば、頭が真っ白になって。

 

「気持ちイ?なあ、答えてよ」

「ひ、ああああっ、!あ!あぅァ……!!」

「言って?」

 

そんな事、今の僕の姿を見れば分かるじゃあないか。

前を触られずに、後ろの刺激だけで何度も何度も達して。何処を抉られても嬌声が口を突いて。さっきなんて、乳首を噛まれてキツく吸われただけで絶頂してしまったのに。

なのに、この僕に言わせようとするなんて、酷い。

 

「ィ、もち、ヒィっ、」

「なんて?」

「き、ィもち、ィ、っ!気持ち、イ……っイイ〜……ッ!」

 

引き攣る喉から締め出すように口にした言葉に、奴は、……奴も。蕩けたように笑って僕にキスを落とす。

 

「良い子だ、ディオ」

「ァ、」

 

……この男の口から自分の名前を聞いたらいつも、頭が可笑しくなってしまいそうになる。

じわりと頭の奥で熱が溢れたような錯覚を感じたと同時。バチン!!といういっそう強い衝撃が脳裏を焼き切った。

 

「ッッ、あ゙あぁぁああ゙ぁ゙ッ!!!あ、や、やら゙ああっ!!は、ああああ゙っ!!」

「ッ、やっべイク……ッ、」

「あ゙っ、あああ゙っ、きもちい゙、気持ちイイ!!あ゙、やあん!!やあっ!イイ、いいよぉ……!あっ、んは、あああっ!!あっ、あ゙っ、や゙、ゃめ゙、イクゥ!い゙、いぃくっ、イクっ、い……あ゙あああーーーっ!!!」

 

満ちていく熱い迸りに目の前が白む。

 

「しゃ、せぇ、精液っ、!きもち、い゙、ン゙ンっ!ナミセぇ……!」

「……っつゥ〜……やっぱ心構えあっても耐えらんねぇわ……良い子良い子」

「くゥゥ……っ、!ン、ク、ふゥゥ……っ!」

「あは、くぅーんだって。お前のが余程仔犬だぜ」

 

好き放題、言いやがって……。

頭や頬に感じる大きな掌に擦り寄りながら、背中に回した腕に力を入れる。

 

「どうした、」

「っ、もっと……ン、もっと、欲しい」

「、」

「寄越せ」

「マジでお前……そういうトコ、」

 

1度ナカで出したら用は済んだとばかりに部屋を出て行くのは知っている。例外は僕が失神したあの時くらいで、アレは特別なのだ。きっと今もそのつもりだった。

とうに部屋の扉は開いている。

 

「っん、ふ……ほらどうした、っは……はやく、動けよ。まさかもう弾切れ、なんて言うんじゃないだろ、な?」

「、はーぁ……どうしてこうお前は、俺の嗜好どストライクな事を……」

「ァ、……!」

 

吊り上がる口角を手で覆い隠したナミセは瞳孔の開いた目で僕を見下ろす。

 

「そういうトコだぞ、お前」

「ああ……う、ぁ、あ゙あっっ!!」

「だから俺みたいな大人に目を付けられるんだ。反省しろ」

 

ずぶりと奥に押し込まれて、僕は脚を引き攣らせた。

 

「あ゙あッ、はあ……っ!ン、望む、とこ、っはぁ……!あっ、」

「フフ……喰い殺してやろうかコイツ」

 

 

 

 

 

そこらじゅう、それこそ髪や足の先に至るまで。ナミセの歯が皮膚を削る。ガジガジと、けれど跡が残るようなものでは無い。ただ、感覚が鋭敏になっていく最中で、その刺激は耐え難いものへ変わりつつあった。

 

「は、ぁ゙ぁッ……!も、噛むな……ッ!」

「ヤダ♡」

「ン、くゥゥ゙……〜〜ッ!」

 

硬質な歯の感覚が皮膚を滑るだけで、ディオの身体に快楽が走る。

 

「はぁっ、はぁっ、アッ!?や゙、だぁぁ……ッ!おくっ、きもちい、っ……!」

「はは。きもちいンだ?身体中噛まれて、蕩けた奥の方、こうして抉られるのが……」

「ッ……!い、言うな、このマヌケぇ……っ!」

 

じわりと肌が朱に染る。

 

顔を隠すように、声を抑えるように、覆っていた腕を剥がして。ナミセはディオに口付ける。

 

「ンッ?!……ゥ、ん、ふっ……ふぅ……っ」

 

滲んでいた涙がぽろりと落ちる。ナミセは“コイツ涙腺緩いナア”などと思いながら、次々と頬を流れる涙をべろりと舐め上げた。

 

「ひぁっ?!ゃ、ンッ……!あ゙〜〜〜ッ……!」

「何処も彼処も敏感で……かわいいね」

「うる、さァ……ッい゙、〜〜〜ッ……!」

 

ごつ、ごつ、と剛直が胎内を往復する度に、ディオは視界が明滅する。

揺れる足先やシーツを握る手が心許なく、堪らずディオはナミセにしがみついた。

触れる、低い熱。しとしとと濡れる肌。

どれもが心地好くて、好ましくて、このまま何処までも落ちていきそうなのが少し不安で。より強くその身体に爪を立てる。落ちるのなら、お前も道連れにしてやる。

 

「あ゙っ、あ゙ッ……も、だめ、いく、イく、イくっ……ッ!」

「はァ……いいぜ、気持ち良くイきな」

「ひゃめろ゙、そんなっ、奥突くな゙、あ゙、ぁ゙?!ひゃ、やだ、やらぁっ……!ひぐ、ぅ、あん゙っ、あっ、ゥ、あ、ぁ、っ〜〜〜……ッ!!ァ、」

「ン、く……ッ」

 

身体を一層反らせ、強ばるままに、解放の快感に打ち震える。燻る熱と、暴れだしたくなる程のオーガズム。息を詰め、ディオは自身のナカでじわりと滲む迸りを手足をぴんと伸ばして享受する。

唇を噛んで、痛みに逃げようとして、逃げられなくて。

 

「あ゙〜〜ッ……ァ゙、あ゙……!」

「ッ……ふ、は。……おら、へばるなよ。挑発したのはお前なんだ、まだ付き合ってもらわなきゃあな」

「ッ?!や、やめ、!まだ動かないでぇ……ッ!」

「だァめ」

「なか、い、イってる、イってるの、とまんな、からァ……!」

 

不埒な手が、指が、薄く白い肌を這い回る。ごつごつとした硬い皮膚が神経の集まる柔い所を掠める度、ディオの幼い肢体に快楽が注がれていくのだ。

 

「きもちイね、ディオ?」

「ッひ、ァァ!?や、め、呼ぶな、!名前、呼ぶな……っ」

 

耳朶を打つ、甘く苦い、低い声。耳元に掛かる息にぞわぞわと肌を粟立てて、涙に滲む視界できろりとナミセを睨む。

それが誘われているように思われる事を、ディオは知らないのだろうけれど。

名前をその夜のような深い声音で呼ばれる度に、制御の効かない幼い身体は、胸が締め付けられるような錯覚をディオに与える。

 

「ディオ。ディオ……」

「ひ、ひぅ……ッ!?ひゃ、んんっ!や、だぁ〜……!やだ、いやだ、呼ばないで、お前の声、きらい……ッ」

「酷い事言うなよ。俺はお前の声は好きだよ」

 

幼さ故に高く揺れるディオの嬌声を、ナミセはまるで音楽を聞くかのように求めている。

耳の軟骨が歯に挟まれて、こりこりと感触を楽しむかのようにして、飽きたら舌を這わせて、態とぬちゅぬりゅと音を立てる。赤く、熱を持った耳が、ナミセの口内よりも熱くて、ナミセは声無く笑うのだ。

ぬろ、と、ナミセの薄く長い舌が、ディオの耳孔に入り込む。

 

「んゃ、ぁぁ……!」

「耳、敏感だな」

「ぁ、ぁ、」

 

くるりと白目を剥きかけて、快楽に柔く叩き起される。終わらない、絶えず与えられる快感に振り回され、抵抗しようにも身体に力が入らず、ディオはその魔手が再び自分に伸ばされるのを見ているだけしか出来ない。

 

「安心しろよ。壊さないように遊んでやるからさァ」

 

揶揄の滲むその声を睨み付けて、ディオはシーツに横顔を埋める。

言い出したのは自分だ。なら、まだ、今日だけは、好きにさせてやってもいいんじゃあないか?そのように思ってしまった自分を内心で殴りつける。もう、何もかもおかしくされてしまった。この、目の前の男に。素直に反応を示してしまう身体に呆れ果ててしまいそうだ。

けれど、もう、すべてがどうだっていい。

全部、この男に、今日だけは。預けてしまおう。

 

 

 

 

 

「途中で手加減してやれなかったらどうなってた事か、分かってるんだろうなァ?」

「……ふん」

 

その言葉を鼻で笑って、ナミセの腕の中で身動ぎする。

つまるところそれは奴から少しでも余裕というやつを奪えたという事に他ならないと自白しているようなもので。

まあ、今はそれでいいだろう。……でも何れは、僕でなければ勃たないと言わしめてやりたい。

痛む体と枯れた喉。

少し苦くて甘い、奴の匂いに包まれながらうとうとと微睡んで。

 

「眠いのか?少年」

「ン、」

「それなら1度外に出てからの方が、」

「僕に……命令するな……」

 

そんな事をしたら枕がなくなるじゃあないか。

 

空いていた間を詰めて更に密着しながら擦り寄れば、仕方ないと言いたげにナミセは僕を抱き寄せる。

 

「1時間だけだ」

「……みみっちい奴」

「何とでも言え」

 

そう言う割に僕の髪を撫でる仕草は存外優しげで、僕はストンと眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

「やあ、おいでダニー。仲直りをしよう。僕が悪かったよ……」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

髪を切った。

鬱陶しかったが、それでも余計なトラブルを起こさぬように自罰を兼ねて伸ばしていた髪。

鏡に映った自分の顔は思いの外痩せていたが、その目は不思議と生命力に溢れているようにも見える。顔色も良い。

 

「お兄さん、凄くかっこいいですね……!」

「そうかな?君の腕が良いからってのもあるよ、きっと。フフ……かっこよくしてくれてありがとう」

 

軽く頭を振って店の外へ。

髭のない顎を摩りつつ。……背後で腰を抜かせた店員を置いて。

 

 

 

ああ、さて、どうするか。

ふらりと立ち寄ったカフェに入れば客寄せの為かテラス席に案内された。商売根性逞しい。俺はそういうのを好ましいと思うタチなので快く承諾する。

ぱちりと小型の端末を立ち上げながら笑みを含める。

本日の休みは年下の同期の弱味を握ってもぎ取った物である。いやあ、実に簡単な事だった。まさか奥さんが不倫していたとはなぁ、ご愁傷様、なんてな。ホテルに入っていく証拠写真を見せながら囁けば精神を揺らすのなんて容易いものだ。まだ歳若いというのに、とても可哀想。所詮他人事、他人の不幸は蜜の味とも言う。

 

───君新婚だろう?可哀想に。家にクタクタになって帰っても温かく迎えてくれる奥さんが……ねえ?今も奥さんを愛しているかい?そうだろう、そうだろうね。

ちょっと俺に休みを譲ってもらえればいいだけなんだ。そうしたら奥さんを取り戻してきてやる。チョット俺の仕事を手伝ってくれさえすればいいんだ。何、簡単な事さ。規定の時間に先方に1件電話するだけだ。その為だけに出社だなんて、非効率的だろ?

安心しろよ、奥さんに手は出さないし、別に犯罪を犯す訳じゃあないんだからさ。お前は大切な同僚だ、協力したいと思うのは当然の事じゃあないか───

 

結果?ンなもん俺の端末に連絡先が増えたって聞きゃあ分かるだろ。……約束通り手は出してないさ。今はな。

 

届いた珈琲を口にして、軽食に手を付ける。そこそこ美味い。

さて、そういう経緯で今日は休日になったのである。

貸し1とはいえアイツは俺に頭が上がらなくなった事だろう。何せ奥さんが泣きながら懺悔して縋り付いてきたのだから。あの夫婦はアイツが奥さんに熱烈にアタックして射止めた……というか奥さんが根負けした形で結婚した。その奥さんがアイツに捨てられまいと必死になるというのは、男としてはとてもクる訳だ。これで多少の無茶もしてくれるようになるだろう。

 

そんな簡単に勤務を交代を見逃してもらえるのか?穴埋めが出来りゃああの無能も文句あるまいよ。あったとて言わせるものか。

 

端末を指で操作しながら珈琲を飲む。

所詮、この世は弱肉強食。強い者が弱い者を搾取し喰らう。だからといって慢心は良くない。俺のように、地の底からその首を狙う何かも息を潜めているかもしれないのだから。

過剰に恐れるのも良くない。それは何の為に頂に座したのか分からないじゃあないか。恐怖で凝り固まった心では見える物も見えなくなるというものだ。

 

愉しもうぜ、何もかもを。この世の全てを味わい尽くした者が完全無欠の勝者なのだ。吊り上がる口角を隠して、俺は席を立つ。

 

 

***

 

 

……あれからもう1年は経つが、未だあの白い部屋に呼ばれていない。普通はそれは喜ばしい事なのだろうが、こちらはかなり欲求不満……いや、溜まっているという訳ではなくて。……まあ要するに、現在僕は受け身側として疼く身体を持て余していた。

 

 

 

僕を殴ったジョジョに犬を焼却処分する事でちょっとした復讐を果たした後。僕は悔い改めて心を入れ替えたという仮面を被り、ジョジョとは理想の義兄弟、ジョースター卿とは理想の親子を演じる事にした。

何せ今の自分は子供……何をするにも保護者の目がある。つまるところある程度……そう、財産を法的に自由にできる年齢になるところで、ジョースター家の財産を丸ごと頂く事にしたのだ。その為には正式にジョースター家の養子になる必要があり、僕は耐える事にした……のは、いい。

 

世間一般、13にもなればある程度性に関して興味を持ちだす頃合いだからと性欲処理がてらガールフレンドとやらを作ってみたりはしたし、目を盗んで僕に興味を持った男に身体を貸してやったりもした。結果は女相手は兎も角、男相手では思ったような快楽は得られず。寧ろ痛みばかりが際立って不快感の割合が強かった覚えがある。……いや、正確には確かに快楽を感じはしたのだが……こう、奥まで届かない。届いても硬さが足りない。なのに痛い。奴の方が数段デカくて凶悪なのに、どうしてこうも違うのか。前戯か?

 

想像していたのは何もかも分からなくなるような、意識の吹っ飛ぶような快感そのものだ。だというのに女は行為の最中に水を差すが如くくだらない愛の言葉を求めるし、男は自分が気持ち良く出せればいいとでも言いたげにこちらの都合など考えない自儘ばかり。都合を考えないのならばこちらをイキ狂わせるくらいの勢いで来いというものだ。こちらが求めてももう無理だのなんだのと───主導権がこちらにあればその無理も通させてもらうが───……なんだか腹が立ってきた。それもこれも、あの淫魔の所為だ。

求めれば返すし、その分だけ求める。それだけの関係。幸いの事、アイツはイエローモンキーだが顔立ちは良いし、その肌は滑らかでガタイのいい身体は抱き着くには丁度良く、

─────張り出したカリと太い幹でごりごりと前立腺を磨り潰しながら1番奥まで突き入れ、その先の肉壁をこじ開けられた時の─────

 

「……っ、」

 

ずぐん、と腰に走る疼きに唇を噛み締める。

ハマっている。自覚はある。

だが心は許してはいない。身体の相性が良いのは確かなのだが、如何せんその他の全てを知らない不審者なのだ。心を許せる方がどうかしている。奴は相性の良いパートナーでしかないのだ。

 

「早く呼べよあの愚図……」

「?ディオ……何か言ったかい?」

「いや。何も言っていないよJOJO」

 

にこりと微笑めばジョジョは少し身動ぎして視線を逸らす。ふん、一丁前に警戒なんかして。笑っちまうぜ。

視界にふわりと揺れたブルネットの髪を無意識に目で追って、ついと目を逸らす。

……そう言えばアイツは、3日毎に呼ばれていると言ったか……。

馬車の外を眺めて足を組み直す。

そもそも、何故こちらは不規則なんだ?もしかして本当は規則性があるのか?

向こうは言わずもがな……奴の言い分を信じるのならば、3日毎。こちらは……思い出せ。初めは、……母を亡くして間も無い頃、浸る間もなく手酷い輪姦をさせられた後、か。次はあのクズを殺害せしめた後。最後にジョジョに反撃を食らった後……。

 

怒り、憎悪、殺意?それとも単に感情が昂ればいいのか。

……、試してみるべきか。

 

 

その日の夜、今までで1番感情を昂らせたであろうその頃を思い出して目を瞑る。……ああ、何故そこでアイツに甘く愛でられた時の事を思い出してしまうのか。

 

目を開けばそこは見慣れてしまった白い部屋で。

結局、アイツの事を思って眠る事で来れてしまったという自体に打ちひしがれていた。何だそれは、まるで歯の溶けそうなくらいに甘ったるい菓子のような思考ではないか!

 

 

 



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第4話★

ワンクッション

ショタ/騎乗位//


 

順当に行けば3日後の今夜、眠りに着けばまたあの白い部屋に招かれる筈だが───当たっていたな。

 

「よう」

「……」

 

何故殴る??

 

「また身長が伸びたな。今度はどれくらい経った?」

「……半年」

「ふぅん」

 

ちらりと壁のプロジェクターに目を向ければ壁には【SEXしなければ出られない部屋︰3】と映し出されていた。

艶のある髪を指で辿れば手を払われる。

 

「随分身形が良くなったものだな」

「……。お前もな……髪、切ったのか」

「まあな。鬱陶しくなったから。……似合う?」

「ウザイ」

「はははコイツ」

 

目尻を尖らせていた少年は溜息と同時に態度を改めてベッドの上で身体から力を抜く。

俺も倣うようにベッドに腰掛けた。

 

「お前はいつも愉しそうだな。お気楽なもんだぜ」

「愉しくて何が悪い?限りある人生愉しんでこそだろ、老い先短ぇ老人じゃねぇんだから。え、お前楽しみとか趣味とかないの?」

「誰が老人だ」

 

普段何してんの?学校?13ねぇ。家でも勉強して本読んでるのか、真面目だね。彼女は?いる?へえ、なのにこの部屋に呼ばれてるのか。ご愁傷さま……うん?俺は独り身だよ。所帯持つとかめんどくさいし、ンな暇ないし。切り捨てられても問題ない下っ端も下っ端は辛いもんだよ。おーい、笑うトコじゃあねぇぞ。

などと、ツラツラと。

 

「ふん……なんだ、今日はやけに話すじゃあないか」

「フフ。お前こそ……俺に何か話したい事でもあるんじゃあないか?」

「!」

 

目を見開いた少年は徐々に剣呑に目を細めて、下から俺を睨め付けた。

 

「……ナミセ。この白い部屋はお前の仕業じゃあないんだな」

「俺にそんな力はないぞ。何せ普通の人間だ」

「……」

「何でそこで疑わしそうに見るんだよ……皮膚を裂けば血は出るし首を裂けば死ぬんだが?お前まだ俺の事を淫魔とでも思ってんのか」

 

その言葉に少年は外方を向いた。おい。

 

「何か分かったのか?この部屋の事で」

「さあ?」

「……。……ま、いいけど」

 

首を竦める。だって気持ち良けりゃそれでいいんだから。

浮かべた笑みにギクリと身体を強ばらせた少年は深く薄く息を吐くと俺ににじり寄る。

 

「どうした?」

「……分かって言ってるな、お前」

「くっくっく……おいで、相手してやるよ」

 

大方、他を試しても満足いかなかったのだろうな。服を剥げば胸元と背中に鬱血痕が散らばっている。よしよし、やはりお前は可愛いな。

同じように俺のシャツを脱がせた少年はそこで動きを止めた。その視線の先は─────

 

「お前が良くて俺が駄目、とは言わねぇよな」

「……言う訳が無いだろ」

 

俺だって溜まるものは溜まるんだぜ。……不満がないと装うならその顔も偽れよ少年。

眉根を寄せた少年は鎖骨あたりに残っていたキスマークに噛み付いてキツく吸い上げた。……、いや、おま……噛み過ぎじゃね?ガジガジと歯型が付けられて思わず苦笑が零れる。

その勢いで俺をベッドに押し倒した少年は上に跨ってニヒルに笑う。

 

「乗ってやるよ」

「わお。いいね、」

 

くつりと笑って少年のベルトを緩めてやれば、彼は素直に腰を上げた。

 

 

 

「ン、く……ゥ、ふ……!」

 

ぶるると身震いしながらアナルに呑み込んでいく。少しずつ、逃げそうになる腰を無理矢理下ろしながら。

 

「ア、は……ッ!はー……っ、はー……っ、」

「ふは……良い子」

「うるさ、い」

 

頬に触れようとした手を払った少年は息を荒くしながら浅く腰を動かし始める。

 

「ン、んっ、ン……っ、ふ、ぁ、!ふ……」

「(いーい眺め、)」

 

口に出せば本気で嫌がるだろうから心の内に留めて。

汗の浮く赤く染った白い肌。均衡の取れた少年らしいしなやかな身体。醸される少年独特の色気。体毛の薄い身体に、勃起してなお可愛らしいサイズのペニス。

上から下まで丸見えのローアングルなんて、絶景以外の何物でもないだろう?……いやはや何とも、快楽を追って必死に腰を動かす少年の淫らで美しい事か、なんて。正直俺よりも淫魔らしいのでは。これ口にしたが最後殺されるな?(名推理)

自分は他人を淫魔扱いする癖に自分がされればブチ切れるとか理不尽過ぎるな。そこも少年のいい所だけど。

手持ち無沙汰に剥き出しの太腿を撫でればじとりと睨まれる。

 

「余計な事をっ、する、な……!」

「えー」

 

少年の積極的なとこ見て何もしないとか勿体なさ過ぎるだろ。そう言って厭らしく弾む腰やら波打つ腹やらを撫で摩れば、少年は次第に泣きそうな顔になって甘く声を上げた。

 

「あっ、あっ、ああ……!イク、ンン、イ、クッ!は、あぁっ……!!」

「ん、」

 

膝を震わせながら背を反らす少年の腰を支え、滴る精を腹で受け止める。

 

「ん、ふ……っ」

「ふは、……絶景だけど生殺しっての?つーか動いていい?」

「は、……ははッ!駄目だ。人形のように大人しくしていろよ」

「俺はダッチワイフか何かかよ」

 

態となのかきゅう、と締め付けられて眉根を寄せるとさも楽しいと言いたげに少年は笑う。

 

「ん……動く、……っ!」

「ふ……おいおいマジか」

 

本気か?この俺にマグロでいろと?

さっきよりも激しく腰を浮かせては根元近くまで咥え込むのをただ眺めてるしか出来ないとか控えめに言っても地獄かよ。そんなにも主導権を握りたいか。

 

「ンッ……ふ、ナミセ……待て、だ」

「お前なァ……」

 

呆れたように言ったのが気に食わなかったのか、強く締め付けられたまま引き出されて思わず呻いた。

 

「ぐ、ッ!」

「んァ……ふ、ハハ、無様だな……!」

「っははは。泣かすぞ」

 

……ま、いいだろう。好きなようにやればいい、付き合ってやるさ。

 

 

 

 

 

それはつまり飢えに近い欲情だったのだろうと思う。

 

「ン、は……なあ、まだか?」

「ァは……ま、ァだ」

 

愉しそうに“おあずけ”を繰り返す少年に従順に“待て”をし続けてどれくらい経つか。

身体中から汗が吹き出て流れ落ちる。……現在気力で理性を保ってるのだが、俺は多分そろそろキレていい。

出そうになる直前で動きを止められる。そもそも達するまでの刺激が与えられない。……よく萎えないなと自画自賛しても許される。多分きっと。

 

「自分は好きなだけイってる癖にィ……」

「……ァ、勝手に触るな、」

 

少年のペニスを無遠慮に掴んで摩れば、少年はぶるりと身震いした。ぬるぬると精液で滑るそこを弄ぶと少年は俺の手を払った。

 

「なあ、まだ駄目?」

 

するりと頬に触れ、指で唇を撫ぜる。

 

「ン……ッ、まだ……」

「ディオ……早くお前が欲しい」

「く……っふ、はは……っ!良い子だ、ナミセ……っ」

 

……嬉しそうに愉しそうに笑うお前が今は憎たらしくて仕方がねぇよ。蟀谷のあたりがひくひくと引き付けを起こしている気がするくらいには。

その双眸には支配欲と恍惚とした快楽が映っている。

 

「ふ、ふふ……!そんなにもこのディオが欲しいか?まるで餌を前にした飢えた野良犬のような目をして……!」

「ああ、欲しいね。今にも喰らい付いてしまいそうなくらいだ」

 

ぞわりと肌を粟立たせる少年はその先の、目の眩む程の快楽を求めていて。……ああ、まだるっこしい。いや、他でもない俺が応じたのだが。

要するに少年は他でもない俺から求められたかったのだ。それこそ獣のように。

この茶番はあくまでポーズに過ぎない。素直に求めるにはプライドが邪魔をしていた。自分を抱け、だなんて言える程狡い大人ではなかったという訳だ。少年は少年だった。その分俺が大人になってやったとも言う。その割に振り回されて煽られてるけどな。……うーんこのドツボに嵌る感じ。

 

「煽ったのはお前だぜ。今更尻込みするんじゃあないだろうな」

「誰が。……ふん、精々僕を満足させてみろよ」

 

GOサインも頂けた事だ……ハハハ。

手始めにこの俺を焦らしに焦らした事、後悔させてやろうな?

 

 

 

ああ、これだ。これが欲しかったんだ。

 

「ンはああっ!あ!ァ、ああ……っ!ゥ、あ……ッ!!」

 

僕に動かせて、腰を沈ませると同時に下から突き上げられるのが、先程よりも段違いに気持ちイイ。

ナミセのペニス全体が、ごりごりと僕のイイ所を抉り抜いて押し上げるのだ。思わず背中を反らして頭を振り乱す位には、快楽が身体を走り抜けている。

相性が良いのもあるのだろうか?ただ突き上げるのに技術なんて要らないだろうと思っていた僕が間違っていたのか。

上に乗ればある程度は主導権が手に出来ると思っていたのに、今はもう与えられる快楽に完全に振り回されている。

 

「早漏過ぎやしないか?ン?」

「はァ、ンっ!う、るさ───ひぅ?!ア、いやだ、イってるから、ァ、っ!」

「生憎こっちはイってないんでな」

「あっ、あ、!は、ァァ……っ」

 

脚が震える。

 

「力を抜けよ少年。奥までクるのが怖いか?」

「ッ……」

 

図星、だった。

上に乗った時もこの奥にまで沈めたら駄目だという、紛れもない恐怖そのものが過ぎったのだ。

痺れるような、頭が白くなるような、快感の前兆。ソレをされれば最後には失神してしまう、というのは、今までの白い部屋の房事を思い返せば自明の理である。

唯、膝の力を抜いて座り込むだけなのだ。それが恐ろしくて仕方ない。

快楽の引き金を引くのはいつもナミセが先で。

ごくりと唾を飲み込む。不安、恐怖。そして……期待。

逆に言えば、それを僕はずっと求めていたのだが。

 

「ァ、ウゥゥ……ッふ、は、……あァ、ぐ、」

「ああコラ、爪を噛むな……口寂しいならキスしてやるから」

 

身体を起こして柔く唇を重ねてきたナミセに眉を寄せながらも舌を伸ばす。

口寂しいだけじゃあない。分かれよ、お前が引き金を引け。そうしたら僕は浸れるのだ。

 

「俺からはしないぞ」

「!」

「今日はそういう気分なんだろう?」

「貴様……っ」

 

その言葉の続きは飲み込んでしまった。

ナミセは耐えかねる、という余裕のない顔で、ギラギラとした目でこちらを見ていたのだから。

……端的に言えば、欲情した。

腹の奥が切なくきゅうきゅうと甘く痛み、散々欲を吐き出した筈の昂りは自然と立ち上がって。

 

「─────く、ゥア゙ァ゙……ッッ!!」

 

目の前の身体にしがみついて、下半身から勝手に力が抜けた。

ぐりりと奥の奥を抉った感覚に意識が一瞬トんだ。

 

「んッ……!は……良い子だ、少年……、ッ出すぞ……!」

「ァ゙、ァ゙……っ、や゙、ァあ゙んっ!!あ゙っ、やら、あぁァァ……っ!」

 

熱い、迸りが満ちて。茹だった身体がまた深く絶頂する。

 

「ふは……ホント、お前はココが弱いなァ」

「ゥゥ……ッ、あぁっ!ァァ……っ!アォォ、くァァ……!」

 

苦しいくらいの、電流のような痺れを伴う快楽。痙攣する身体は連続する絶頂を全て受け止めて。

 

「ぁー……っ、はァ、……ゥ、ア……」

「フー……落ち着いたか?じゃ、動こうか」

「ア……ッ?や、やめ……!んひァッ!!ぅあんっ!あっ!あっ、あっ!あ、ゥ、んギぅ……ッ!」

 

先程のように倒れ込んだナミセに、僕は自分で身体を支えざるを得なかった。

後ろ手にベッドに手を付いて、背を反らすように。

 

ナミセのその目が、僕を。咄嗟に猛ったそこを手で隠す。

 

「やっ、!いやだ……ッ!」

「さっきと同じだろ?フフ、今度は俺も手伝うけどな」

「や、アアアッ!!ゆ、揺らさなっ……っ!ああっ、!!や、め、ァ、!イ、ひぁっ!あっ、あっ……あ〜……っ!あっ、ゥ、ああっ……!も、ま、たぁ……っ、!!ゥ、イッ……あぁぁぁぁっっ!!」

 

下から突き上げられて奥をグリグリと抉られれば昂ったままの身体は容易く達してしまった。

 

「ッはは、またイった?ほら、腰を上げて、」

「ゥ、あ……!ャ……あ……は、はぁ……ァ……ん、ふ……は……ああ……、いっぱい、イくの……キモチイ……ッ」

「かーわい」

「ッあ、ォ……っ!ああっ……」

 

気持ちイイ。気持ちイイ……。

頭が溶けてふわふわと夢心地で。

ずる、ずる、と腰を揺らしながら奥まで呑み込んで。気持ち良くて気持ち良くて。自然と先程と同じように後ろ手に手を付いて腰を揺すっていた。

 

「あ、は……ぁ、また、イク、!い、いく、いくっ!あはァ……!」

「ッ欲求不満だったみたいだな。いつもより積極的……今までの相手じゃ味わえなかった?」

「ン……ン……、全然駄目だ……痛いし、無意味に舐め回されて気色悪かった。お前が良い……、」

「そうかそうか……それは災難だったな。……少年、まだ続けるか?」

「……ん。まだシたい」

「……トんだ時の少年本当に可愛いんだけど。父性超えて母性湧くわ笑える」

「ぁ……なんだ、?」

「何でもねぇよ。それよかキスしようぜ、少ー年」

「ん……」

 

もっと……もっと、─────

 

 

「忘れろ」

「無理」

 

過呼吸寸前までされてそのまま疲れて寝ちゃったとかあざと過ぎて。

 

***

 

ぐい、と背を伸ばす。パキパキと骨を鳴らしてベッドから降りた。今日とてあちこちに噛み跡やらキスマークやらが散らされていたが、同衾者はベッドにはいない。

 

「ショタコンじゃあなかった筈なんだがな」

 

着替えを箪笥から取り出してシャワールームに向かいつつ首を回す。

奇妙だ。1度や2度ならば俺も溜まっていたのだろうと流せたのだが、3度4度5度ともなれば流石に無理があるというものだ。

性欲を発散しても徹夜を通そうとしても結局は白い部屋に呼び寄せられる。明晰夢にしても鮮明に過ぎる、夢。

 

ディオという少年。生まれやその背景の何一つ知らない子供。彼は俺を淫魔と呼ぶが、俺からすれば彼の方が淫魔だ。部屋の仕様でセックスの際の好みばかりが無駄に知識に加わり続けている。そのお蔭か否か、彼は子供にあるまじき色気を持ち始めているが……素養もあるだろう。まあ、そこは正直どうでもいいな。勝手にしてくれ。

 

シャワーのコックを捻る。頭から湯を被りながら、曇る鏡に映る自分を見つめる。

 

母方の祖父に似たという日本人にしては彫りの深い顔立ち。ハッキリした目鼻立ちに、甘やかに垂れた切れ長の目。日に浴びない所為で青白い黄色肌。正直見慣れているが、世間一般的に言えば非常に整っているとされているようだ。……ああ、幼い頃に母親に見せられた宗教画にも見たような気もする。

……母親に犯され父親に殺されかけたのならば、それはある種の呪いだと言ったのは誰だったか。それを言ってしまえば俺もお互い様なのだが─────。

 

呪いか。然しながら、言い得て妙。

髪を伸ばして伊達眼鏡で顔を隠して気弱を装っていた社会人3年目の頃が周りの人間の普通の視界であり世界なのだと理解した時は、却って新鮮だった覚えがある。今まで俺は常に人に囲まれていた。何処へ行っても、何をしても。

大して伸びていない髭を剃り、シャツを羽織って髪をタオルで乾かしながらソファーに沈み込む。

 

……上司のお気に入りらしい女性職員が目を盗んでこちらにアピールしてきてかなり鬱陶しい今日この頃。連日サビ残徹夜は当たり前のブラック企業でよくやるなと感心してしまいそうだが……とうの上司に伝わるのも時間の問題だろう。その内営業に回される。花形といえば花形だが、ウチでは顔だけの押し売りとも言う。そんな所(別部署なんか)に飛ばされればちょっとした復讐なんて出来るものじゃあない。何せ俺の人生は今後も続く訳で……いや正直、この企業に拘りは無いので辞めたって構わないのだ。幸いの事、蓄えならば腐る程ある。ツテを辿れば今でも俺に使われたいと思う奴は両手指以上の数いる。

 

 

やろうと思えば、俺は。

 

 

─────何にだってなれるのだ。

 

 




その様は飛ぶ事を思い出した鳥か、
……或いは。


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第5話★

ワンクッション


 

 

 

「──さん、最近変わりましたよね。なんていうか、色気が凄いっていうか……」

 

その視線はネクタイをしっかりと締めても覗く噛み跡に向けられていた。

 

「そうですか?自覚はあまりないんですが。……髪を切ったからかな」

「絶対それだけじゃないでしょ。……彼女さんですか?」

「さあ……どうでしょうか」

 

彼女……恋人ね。興味が無いな。個に対し特別を望んだ事は記憶に無い。

曖昧に言葉を濁すにも追求されて内心眉根を寄せる。……引き際の分からぬ気の利かない女だ。内心大きく溜息を吐いた。

 

「ンー……恋人なんて自分には勿体無い気がするんですよね。相手が出来ても現状時間もあまり取れないですから寂しがらせてしまうでしょうし」

「優しいんですね。でも、やっぱり勿体ないですよ!興味が無いわけじゃないんでしょう?……あ、それなら私立候補しちゃおうかなぁ〜!」

「ええ?……もしかして揶揄ってます?」

「そんな事ないです!私はいつだって真剣ですよぅ。お仕事だって私なら理解ありますし!……ね、職場恋愛なんて、夢があると思いませんか?」

 

……随分と驕った言い方をする。もしかしなくても駆け引きのつもりか、その程度の言葉でこちらが揺らぐと見下しているのか。どちらにしろヌル過ぎて笑ってしまいそうだ。

覗き込まれるように見上げてくる目。香る甘ったるい香水の匂い。

 

「はは。恋愛云々は兎も角、食事くらいなら」

「ホントですか〜?じゃあ今度の早上がりの時に行きましょ!もちろん、2人っきりで……」

 

 

 

 

 

 

 

最近噂のディオ・ブランドー。

女にも男にも紳士で、いつも微笑みを絶やさない皆のリーダー。

頭脳明晰、スポーツ万能。容姿も端麗だ。

ひとつたりとも欠点のない彼は義兄にも気遣いを忘れない。常に義兄を立てて、今じゃ学校一の仲良し義兄弟。

ほら、学年一のマドンナだってディオ・ブランドーにお熱だ。

同年代の男にはない色気を振り撒く彼には歳上のレディだって頬を染めるだろう!男だって偶に彼に見惚れている。

そんな彼も年頃だ、流れる浮名だってチラホラと。

 

「なあ、あのキスマークは誰のものだと思う?」

「窓際のあの子かな」

「いいやきっと貴族のパーティーで熱い視線を送ってる、可愛らしい白百合のようなレディだろう─────」

 

だってディオ・ブランドーは稀に見る好青年。

彼には深窓の令嬢くらいがお似合いなのさ─────

 

 

 

 

……呆れた噂だ。

それをまるっと信じたお節介で馬鹿な義兄の誤解を丁寧に解いてやる。

 

「だって、」

「たかがキスマーク程度に……フゥ、JOJO、君はまだ経験が無いのか。まさか知識もないなんて言うんじゃあないだろうな」

「なっ、!……僕は心に決めた人としか、」

「おいおいそれは僕がそうじゃあないとでも言いたいのかい?」

 

……あの淫魔め、付けるにしても場所を考えないか。

窮屈に締めたスカーフを指で調節しながら、外面は困ったように笑う。

 

「僕だってそうさ。けれど人間、どうしても相性というものがあるんだよ……悲しい事だけれどね」

 

ああいう輩はオレに抱かれただのオレを抱いただのという一種の商品価値が欲しいだけなのだ。そうやって他者に自慢して自分の優位を示したいが為に。何せオレはかのジョースター卿の義息子で皆の人気者。ブランドとしては十分だ。

 

「君は紳士で優しくて身持ちが固いからね。その分こちらに来るのさ」

 

等と嘯いて自室に戻る。

 

「ああ、避妊はしっかりしているからそこは安心していいぜ」

「ッ?!ディオっ!き、君ってやつは……!」

「ハハハッ!ほんの戯れさ、初心を揶揄って悪かったよ。でも、大切な事だろう?……ふふふ、じゃあ僕は部屋に行くから、夕食の時間になったら呼んでくれ」

 

唯の利害の一致だ。こちらは性欲処理がしたい。あちらは他者にオレとの関係を自慢したい。

そういう年頃にはまだ早いからか、背伸びをした子供やらこちらに大人の遊びを教えてやりたい図体だけが育った自称大人ばかりだ。生温くて甘い、頭のネジが緩んだ人間が。

鼻で笑う。どいつもこいつも、甘い蜜を吸いたいだけなのだ。何が人気者、だ。馬鹿馬鹿しい。馬鹿ばかり。

 

部屋の中、ベッドに腰掛けて息を吐く。

この頃は止むを得ない場合以外は女相手ばかりだ。男となるとどうしてもアイツと比較してしまう。

素直に認めるには癪に障るが事実、アイツより上手くて後腐れのない相手は他にいないだろう。何せオレにオンナの快楽を教えた張本人だ。それまでは怒りと屈辱と不快感と憎悪を育てるだけの行為でしか無かった。

……あの部屋では後処理の必要がなくて楽に快楽が得られて良い、というのもある。

あの白い部屋で過ごす時間が苦痛だと思ったのは最初だけだった。アイツの齎す快楽は微睡みのようにも濁流のようにも様相を変えてオレを快楽に浸した。このディオが振り回されるというのには些か思う所はあるが何をしても抗えないのだから、原始的な本能とは斯くも思考を置き去りにするものだと思わざるを得ない。

 

甘く蕩かされて爛れる快楽も良いが、一心不乱に叩き付けられ、抉られ、掻き回される乱暴なそれがいっとう好みだ。

アイツの繕われた理性という名の服……いや、あの頑健な鎧を剥ぎ取ってやった時の背筋を上る悦楽たるや。それは征服欲に他ならない。

支配し支配される。食い食われる。呑まれればそれまで。 セックスフレンドと言うには荒々しく殺伐としているが、アイツとの関係はそれでいい。

……。

 

「……今日、行くか」

 

 

 

 

 

 

「よう」

「ああ」

 

珍しくあちらが待っていたようで、アイツは持ち込めたと思わしき煙草の火を小さな陶器の灰皿に押し付けて消す所だった。

 

「……吸うのか」

「知ってたろ」

「まあ……」

 

身の回りに幼少からパイプをふかす奴がいるもので。

 

「良さが分からん。そんなもの、肺を汚して寿命を縮めるだけの毒じゃあないか」

「うーんド正論。俺は一種の合法的なドラッグだと思ってるけどな……ああ、それを言うなら酒も、女もそうか。全部過ぎれば毒になる。表立った毒性の違いに過ぎん」

 

……お前が煙草を止めたら、お前の匂いには甘さしか残らないんじゃあないか。ちょっとした危惧だった。

後ろから近付いて首元に顔を寄せればいつもより濃い苦味に加え、いつもとは違う匂いが混ざっていて思わず顔を歪める。

 

「……酒と香水か」

「ンッフフ……犬かよ。シャワーは浴びたんだぞ」

 

甘ったるい鼻に残る花の匂いはコイツには似合わないから直ぐに分かった。甘さといっても香辛料のような辛味のあるそれが奴の匂いなのだから。基本、コイツは客観的に見て自分に合わないものは付けないのだ。

 

「仕事上の飲みニケーションに下っ端は強制参加たァ世知辛いモンだぜ」

「……晩餐会か?」

「ふふふ……!そんな大したもんじゃあねぇよ。下町で見掛ける仕事帰りの酔っ払いの集まりが精々。庶民も庶民だよ俺は」

 

お前のような人間が庶民ならそこは魔境に違いない。

あるはら、もらはら、せくはら、ぱわはら、じぇんはら、と呪文のように言い連ねて指折り数えるナミセの目は僅かに澱んでいる。

 

「それは何だ」

「ン〜、お前の罪を数えろ的な?」

「……?」

「おっとジェネレーションギャップ」

 

分からなくてもいいとも言いたげに一笑の内に隠してしまった態度が気に食わず眉を寄せる。ナミセはくつくつと笑いながらお前はいい匂いがするとオレを抱き寄せた。

ぎしりと引き寄せられる勢いで膝を乗せたベッドが軋む。

 

「おい、誤魔化すな、」

「お前が気にする程の事でもない、一社畜の些細な愚痴さ……。ん、お前は……オーデコロンか?それと、少し薔薇の匂いがする」

「ッ……薔薇は……屋敷の庭に、」

 

擽ったい。

身体を押し退けようと手を伸ばすも逆に奴の手に絡め取られて腕の中に収まるしかなくなる。

 

「お前には薔薇が似合う。華やかで艶やかな大輪の薔薇が」

「何だ、今日は……やけに甘ったるく口説くな」

「悪酔いしてんだよ。原液みてぇな度数の安酒をたらふく呑まされたんで」

 

首元に顔を寄せ小さくリップ音を立てながら啄まれ、不埒な手がシャツの裾から這い上がってきた。

 

「殊勝なお前なんて気色悪い、んッ……」

 

腿の上に乗り上げ、下から押し付けられる唇に口を開く。

煙草の強い苦味とアルコールの混ざる奴の味。……クラクラする。本当に酒精の強い酒を浴びる程呑まされたらしい。

こちらまで、酔ってしまいそうだ。

 

「ン、ふ……ちゅ、ァ、ン……はぁ、」

「酒は苦手か?」

「嫌いじゃないが、ン、好きじゃあない……」

「クク……まあ、もう少ししたら良さがわかるさ……」

 

柔く触れる唇も、戯れにすらならない言葉も。いつもなら悪態を零して拒絶するのに緩く受け入れてしまっているのは、他でもない奴の目に食い殺されてしまったからだった。

表層に現れた獰猛な熱。箍なんて既になく、蕩けそうなマグマのような灼灼とした色に、オレは呑まれてしまっていた。

奴からこんな目を向けられるのはセックスの終盤くらいだった。貪欲にオレを望む濡れた目。

これが勝負ならオレの勝ちだろう。主導権すら握って、思うように奴を甚振れる。前の時のように犬のように従えられる。ご馳走を目の前に吊り下げて、イタズラに焦らして。

熱が、移った。ぼんやりと夢心地だ。

この目に蹂躙されたい。きゅうぅと無いはずの胎が切なく痛んだ。

 

 

 

 

 

甘く擦り寄せられる舌。寄せられる肌に縋り、首の裏に腕を回して。

 

「ん、んっ、ン……ゥ、も、キス……いい、」

「ン……まださせて、」

「っふ……ゥ……、」

 

汗ばむ肌に漸くシャツに手を掛けたナミセは、どこかオレに甘えているようで。

腰に回された腕にぞわぞわと期待が過ぎる。

 

「ディオ……」

「ンッ……!」

 

腰を浮かせると同時に目の前の頭を抱え込む。

 

「は、やく」

「ふ……分かった」

 

もどかしさに小さく言えば更にその目が熱で蕩けた。……この目はどれ程までの熱量を孕めるのだろうか。

ぬるりと潤滑油のまぶされた指がナカに入り込むのを浅く息を吐いて許容して、腕の力を少しだけ強める。

その感覚はもう慣れたもので、違和感と異物感は蠢いては淵をなぞるようにぐるりと掻き乱しても体から力を抜けた。

大きく深く息を吸って吐いて。

 

くん……っ、!

 

「ゥああァ……っ!ァ、ん……!」

 

不意打ち気味に前立腺を押し上げられて声を上げた。

それに満足したのかまた拡げる動きになる指。

……ああ、本当に、性格が悪い。声を聞きたいというのもあるのだろうが、途中で萎えてしまわぬようにという懸念が最もなのだ。……今更、萎える筈がないというのに。オレはそれにすら煽られるばかりで。

 

「ふ……ふ、ゥ……、ん、あぁっ!ッは、ァ……あ、ふ……」

 

気遣いなんていらないのに。もどかしいと思うのに。好きなようにさせればいい、とオレの中で声がする。

今日のオレは、少しおかしい。

 

「ナミセ、」

「なん、っん……」

 

浅く唇を重ねると奴は大人しく開きかけた口を閉じて緩やかに舌を這わせた。

 

「ちゅ、ちゅぅ……ん、ふ、ん……ん、」

「ん……ちゅ、ん。ふは……、ああ悪い。結構切羽詰まってたんだな、少年」

「ッ?、は、ゃ……オレは、別に、」

「可愛い」

「っちがっ、何を勘違い、しッ?!」

 

ぐち、ぐり、ぐりゅ……ぐちゅ!ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅっ!

 

─────ァ……、?

抉られる。高く鼻の抜けるような甘ったるい声が裏返って飛び出た。指が前立腺だけを挟み込んでは磨り潰す。

ぐるんと目が裏側に回ってしまうような、唐突な暴力だった。……、まるで突き落とされたような心地だ。

思わず身震いしながらその快楽に背中を反らす。

 

「ク、ぅぅぅァァァ……っ!ふ、ふぅ、ゥゥ、ぅぅぅううううぅぅ〜〜〜〜〜っっ!!」

「可愛いなぁ“少年”。お前は、いつまで経っても」

「!」

 

明らかに、揶揄いの含みのある響きだった。快楽に茹だる頭に怒りの滲む理性が手繰り寄せられてしまった所為で現状を直視してしまい、どろどろに溶けたこの醜態に理性はふたたび弾けてしまった。

 

「っっこ、のォ!ァ、ッアはぁっ!ぁ、ァ、ばかに、するな、ァ、〜〜〜〜ッ!!!ぅあっ、や、やら、ァアンっ!!」

「お前は可愛いよ、ディオ」

「ッだま、れっ!ゥ、ッく、そッ!!」

 

息を荒らげながら奴の首元に額を当ててせめてもの抵抗とゴツゴツと頭突きしてやる。痛いと笑いながらもぐりぐりとそこを抉る指は止められず。……引き出しては突き入れて、抉っては撫で摩って。

 

「ェ、ひっ!ひ、ヒィっ、?!ゥ、ああ゙あ゙っ!!や゙、やめれ、やめろぉ゙っ!も、まっれ!まって、まて、ぇゥ、ゔッ……ぅ、っ!いってぅ、いってるぅ、からぁ……っ!!」

「可愛い可愛い俺のディオ。俺が育てたエロかわいい“少年”」

「ぁ、や、やだあっ!オレは、お、お前のじゃあなぃッィア……!んむ、んっ、ンは……ァ、ッン、ふ、ッううっ……?!ああっ!や、まて、ヤ、ァん、んんっ、ふ、ゥ……ちゅ、くふっ、うッゥあああっ……!!」

 

言葉はキスに閉じ込められて、ただ喘ぐ事しか出来なくて。

 

「俺のディオ」

「ャ、あァァァ……ッ!!!おまえのじゃ、おまえのじゃあなぃっ、!いやあっ、いやだいやだ、ッなまえ呼ぶなぁっ!!」

 

奥が、切ない。

嫌なのに、身体はこの刺激に逆らえない。奴の首筋から背中までガリガリと爪で掻き毟っては身体を強ばらせて一際強く絶頂した。目の前が白んでちかちかと瞬くのだ。

 

「ォ、ご……ッ!ひ、っあ、ゥア……ああ゙ぁ゙ッッ……!!!ぁ、ぐ、ぁ……ッ、っ、ひゅ、ぅ……っあーー……っ、はあ、ぁ……っ!ふ、あぁ……っ、あー……!」

「フフ……冗談だ。お前は他でもないお前だけの物だよ……くくく、プライドのクソ高いお前が好きだぜ」

 

……なんでそんなに嬉しそうな顔をする。

滲む視界を奴の指が拭い、小休止とでも言いたげに指が抜かれる。……。まだ挿入れられてもないのに翻弄されていたなんて気付かなかったフリをしてしまいたい。

節くれだった指によって遠慮容赦なく蹂躙されたナカがひくついている気がして羞恥に表情筋が死んだ。いっそ理性が死ね。

 

「……お前の物じゃない」

「ん。そうだな」

「、一体何なんだ……」

「いや、嫌がるだろうなと思って」

「死ね」

「ふはは。……お前は支配される側じゃあない。支配する側の人間だ。“変わっていないようで”安心した」

 

“お前は、いつまで経っても”

 

“可愛い可愛い俺のディオ”

 

─────“少年”

 

「……少年って、揶揄って……子供だという意味で言ったんじゃ、」

「何の事かな?」

 

まさか此方が挑発に乗るように態とあんな言い方をしたなんて言うんじゃあないだろうな?

……返って来たのは悪辣なしたり顔で。

 

「殺す」

「ン〜……フフ、可愛い」

 

くつくつと喉で笑う奴に拳を振り上げる寸前。

 

「俺は“子供”とはセックスしない」

「……」

「それに……くく、少年はもう“子供”という歳でもないだろう?大人びたガキではあるがな」

 

取り敢えず殴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

緩い抽挿に小さく声を漏らしながら唇を合わせる。音がやけに耳につく。それは興奮の材料に他ならないが。

背中に感じる柔らかなシーツの擦れる音、接合部から泡立った潤滑油の混ざる音、自分のかすかに震える息遣いと、ナミセの静かな落ち着いた声。

本当は荒々しいものを想定していたのだが、今日のコイツは思った以上に優……優しくは、ないか。

 

「ン、ふ……そんなもので、ん、機嫌が取れると思うなよ、」

「そんなんじゃねぇよ」

 

覗き込むようにしてまたひとつキスを落とす。

 

「本当は初めから優しくするつもりだったんだぜ?だけどお前が可愛いからつい、な」

「……悪趣味か。このオレを捕まえてそんな感想が出るなんて、ん……やはり頭に蛆が湧いてるんだろ、は……」

 

もう17になる。身長だってもうすぐナミセと同じくらいになるし、体格だって最近ラグビーを始めたのでもしかしたらこちらの方がしっかりしているかもしれない。

 

「俺の中では少年はいつまでも少年だからなぁ……」

「目も腐ってるのか?」

「辛辣ゥ」

 

腰を柔く摩られて身動ぎする。大した動きではないのに口からは熱い息が零れた。

こんなセックスも出来たんだな、と思う気持ちもあり、やはりこいつは淫魔だからか、とひとり納得もした。女の好きそうなスローセックスだと鼻を鳴らす。

 

「ん……ん、ふ……ぁ、んっ、」

「不満そうな割に随分ヨさそうだ。顔赤……」

「……る、さい、この、酔っ払い……ンン……ッ、ん、ふ、」

 

また、キス。

酔うとどうにも口寂しくなるのだと寄せられる口付けに、腰が砕けてしまいそうだった。ずくずくと腹の底が甘く痛んで、五感を全てコイツに犯されて。

 

「ァ、は……は、ン……ぁ、ナミ、セ、」

「イきそ?」

「ん……」

 

ぞわ、ぞわ、と断続的に背に上る鳥肌が立つような予兆にナミセの背中に腕を回す。

 

「ン、ン、イク、……っ、ふ、」

「く……ふ、俺もイきそ。出してイ?」

「い、から、はやく、イかせッ、ぁんっ……!」

 

言葉を言い切る前に強くそこを抉られて、弾かれたように喉を晒す。

 

「ン、ン、ふ……ゥゥ!ん、ん゙〜〜〜……っ!」

「ん、ぐ……!ふは……」

 

我を失う程では、ないのだが。

じっくりと解されたそこは甘ったるい快楽を余すとこなく受け止めてしまって、腰の奥から深い絶頂の波がゆっくりと長く続いて。脳髄にじわりと痺れが走る。

 

あつい……。

ちらちらと目の前に光がチラついて、意識を失う程ではないにしろ頭の端が白く染まる。

 

「んん、ん、ふ、ァ……あ、は、」

「少年、」

「ァ……?……ん、ちゅ……ちゅ、ふ、は、ちぅ……」

 

回した腕に力を入れてキスに応える。

……きもちいい。

激しいものではなく、じわりと底から這い上がるような快楽は、快感よりも痛いくらいの幸福感を感じさせるもので。

温かい何かに浸るような、揺蕩うような、微睡むような。

 

「ん、ん……ナミセ、もう1回……」

「ん……ああ。動くぞ」

 

こういうのも悪くない、なんて。ああ。

……本当にどうかしている。

 

 

 

 

 

「あっ、あっ、あ゙……〜〜〜〜ッ……!……っ、……ん、んはっ、ゥ、あ……んっ、んっ、ふ、ゥゥ……ッ!ァ、ん、!」

「ン……じゅぅっ!じゅる、ちゅ……じゅるる……っ」

 

甘く攻め立てられている間も、後ろからではキスが出来ないと不満そうなナミセがオレの首裏に齧り付いて舐め啜る。

 

「ンぁ……ふ、やめ、ろ……汚い音を立てるな、ンン……っぅ、こう……すれば、いいだろ、」

 

しょうがない奴だ。

上半身を捻って後ろを向けば、ナミセは目元を緩めながら唇を寄せた。

 

「ん、ん……」

「んー……キス気持ちイ、」

「く、」

 

クソ……なんで今日のコイツこんなにあざといんだ。まだ初めの方が正気だっただろうが!……まるで猫みたいじゃあないか。

インクカラーの目は普段よりもとろりと灰がかっているように見え、その目尻は甘く垂れている。

 

「しょーねん」

 

甘ったれているのに獰猛で。

飼い猫のようなのにふとした時に野性を剥き出しにする。

確かに仕草は猫そのものだが……とんだ猛獣だ。

……悪く、ない。……悪くはない。

 

「ナミセ……」

 

今度はこちらから唇を寄せ音を立てて啄んだ。

下唇を食んで柔く噛めば、ナミセはひくりと身動ぎして更に身を乗り出してのしかかる。

ほぼ真上から唾液が舌を伝って、自然とそれを飲み込んだ。

 

「フフ……かわい、」

「頭おかしいんじゃあないか」

「フッ、フフフ……!」

 

再び始まった律動にオレは再びシーツに沈み込む。

横向きに転がされ脚を掴んでぐいと奥へ突き入れられて、その衝撃に思わず呻いた。ぐちゅりとカリ首で前立腺抉られてぐりぐりと嬲られれば罵声も嬌声に変わってしまう自分が情けなくて。……あまりの羞恥に憤死しそうだ。

 

「ゔ……ぁ、くゥゥ゙……!!」

「何処も彼処も感じる少年かわい、」

「いい、かげん、黙れ!っ、ん゙あっ……!あ、ャああっ!は、あっ、あっ……はぁ、あっ、ぁ、〜〜〜っ、ぅああっ!あ、や゙、ぁひ、ひ、ぅ、あ、あ、」

「ふ、ふふ……腰揺れてる。かわいい」

「……るっ、さい、へたくそ……!」

「説得力ねぇよ」

 

クッションを抱えて顔を埋めればそれを無理矢理奪われて顔を上げさせられる。

 

「ちゅーしよ?」

「……今更、何……んっ」

 

言葉ごと舌に絡め取られた。コイツは人の言葉を最後まで聞く気は無いのか。

唇は時折触れる程度の、舌を出して絡ませるキス。

 

「フフ……!このキス、慣れてないな。初めの時に教えたろ?」

「ン、ふ……黙れ、この淫魔め」

「……もしかしてそれ褒め言葉なのか」

「調子に乗るなよ、褒め言葉な訳がないだろうが……んゥ、」

 

どれもこれも、何もかもが気持ちいい。

乳首をくにくにと弄ばれるのも、戯れにペニスを擦られるのも、緩くナカを穿つ律動も。

……好き勝手、しやがって。

 

「ん、も、イく……でる、ン、」

「いいよ、イッて」

「、あ……────ッ!」

 

眉間に皺を寄せながらぶるりと身体が勝手に震えるのを抑える。奴も何度かナカに擦り付けてナカに出したようで、その度に身体が跳ねてしまう。

じりじりと脳裏を焼くような快楽。……そう、これだ。他でこれは味わえない。

 

「ぃ、……う、!ゥ、ふ……ぅぅ、っ!んん……っ、」

「ふは……大丈夫?」

「ん……」

 

波が過ぎ去ってくたりと力を抜く。

もう、いい。満足だ。

ずるりとナカからペニスが抜かれて身動ぎすれば、宥めるように頭を撫でられた。

 

「……おい」

「なんだ?」

「……ん」

「ああ。……ン」

 

得心が行ったのか唇を重ねてきた奴の首に腕を回す。

 

「キスも良い物だろ?」

「……うるさい」

 

……執拗くされたから、却って口寂しくなっただけだ。

気の済むまでキスを交わして離れる。唾液の橋がプツリと切れた。

俯せで枕に頭を乗せる。

ベッドの縁に腰掛けたナミセが小さく欠伸を零したらしい。

 

「ふ……ぁ。眠……」

「……なら此処で寝ていけよ。今ならこのディオが同衾を許してやるぞ?」

「……、何もしねぇ?」

「どうだろうな」

「うわぁ不安しかねェ」

 

……ただ少し、人肌恋しいというのか。今日の交わりが甘ったるいものだった所為だろう。

 

今日は此奴を存分に愛でたい気分だった。

 

 

 

 

***




皆様、このご時世ではございますがどうかご自愛くださいませ。かしこ。


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第6話★

ワンクッション

♡喘ぎ/吸血/独自設定・捏造


ぐーっと背を伸ばす。バキバキと骨が鳴ってじわりと血液が通うような感覚が抜け、漸く強張りが解けた。

 

「お疲れ様です」

「ン……ああ、お疲れ様です」

 

この仕事で気に入っているのはデスクワークさえしていれば文句を言われない所だろう。ノルマの量は主に部長の所為で半端ないんだが。終わるまで帰れないのはこの部署の常識である。労働基準法は果たしてどこにいったんだろうな。

差し出された珈琲は給湯室で淹れたもののようで、白いカップの中で波紋を作っている。ソーサーを手にしている白い手を辿れば女は人好きのする笑顔でそれを差し出した。

 

……ああ、そういえばこの女、確か部長の─────

 

「ありがとう。イイ匂いだ……ん、インスタントじゃあ無さそうだケド、」

「ふふ、あのヒトにはナイショですよ?」

 

……もしかしなくてもチョットお高めの物でも使ったのか。露骨な特別扱いは普通の男なら喜ぶやつだ。単純だからな。そういう生き物だ。まして清純そうな女がすれば尚更の事。実質は清純の欠片もねぇけどな。

ま、あの太鼓腹部長は味の差なんて分かんねぇから少し減っても気にしねぇだろうしよ。

飲み会の時の安酒でイッキをやらされた光景を芋蔓式で思い出して内心舌打ちした。前座ならてめぇでやれ。

 

「あの、今晩何か予定あります?」

「無いですよ」

「ならこの後私とご飯行きましょ」

「……自分と、ですか」

「あら、私とじゃ不満かしら?」

「そういう訳じゃあないですよ。ただ、良いのかな、と」

「……ああ、部長の事気にしてるんですか?良いんですよ、同僚とご飯くらいで目くじら立てられても困っちゃいます」

 

あの無能上司の愛人。オフィスにあるとある一室は専らこの女と部長のヤリ部屋である。

部長は言わずもがな、この女も相当だ。顔の良い、もしくは地位や金のある人間には簡単に股を開くと陰で良く噂されている。

 

「この前早川さんと“食事”に行ってたのナイショにしてあげますから、ね?」

 

……決定事項という訳か。1度や2度抱いてやった女の事を盾に迫られても痛痒にもならないというのが本音、だが。

自信有り余る様子に期待に沿ってやっていいですよと応えてやる。

最近漸く同僚や先輩ら全員の弱味やら貸しやらが手に入ったので、自分の仕事以上のものを押し付けられる事もなくなった。それが出来るのはこの部署ではもう部長くらいだろう。その部長も今日明日は休みだ。それを見越しての誘いなのだろう……。

 

それにしても定時退社できるとは素晴らしい。書類の塔が出来るなら建設する原因を排除すればよかったのだと何故気付かなかった?

とはいえそれはそれで面倒な事になっていただろうが……現状のように。

 

「(……まあ、“コレ”を利用してあの太鼓腹部長にちょっとしたイヤガラセが出来れば……多少、面白い事になるかもしれない)」

 

興味で、好奇心だ。

それで誰かがどんな不幸な目に遭ったとしても、自分に降り掛からなければどうでもいい……なんて考える俺は、どう見ても外道の類いなのだった。フフ、知ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

体調は良好だ。酔いもない。そもそも親しくもない人間の前では酔う事が出来ない体質だ。しこたま飲まされて悪酔いするのは除く。

あの後ちょっとしたバーで料理なり酒なりを奢ってやって、何事も無く家まで送り届けて自宅に帰ってきた。ああいうのは焦らせばボロを出す。思い描くシチュエーションとしては、あくまであちらが手を出してきたという名目が望ましいのだ。

帰り際頬にキスをされたが挨拶程度に赤面する程純粋じゃあない。掠める程度に頬に返して睦言じみた言葉を囁いてやった時の顔は見物だった。まだ少年の方が一筋縄ではいかなくて愉しい。

 

ネクタイを解いてワイシャツを脱ぐ。脱衣場にそれを放り投げながら何気なく鏡映る背中に目をやった。

首の後ろから僧帽筋全体にかけて伝う、十を優に超える蚯蚓脹れ。血が滲んだ跡が瘡蓋になっていた。他にも腰やら二の腕やらにもそれは残っている。

 

「これが残ってる間は他とセックス出来ねぇかもな」

 

あんまりにも深くエグい傷痕だ。セフレだろうが絶対引く。

ああ、だが何だかんだ言って別に困ってはいないのだ。3日毎に例の部屋に呼ばれる事であるし、少年に対し欠片も飽きがこないからだ。

初めが自分ではないとはいえ少年の身体をソウイウ風に躾けたのはこの俺だ。

涎が出るくらいにエロいしなやかな身体。教えれば素直に学ぶ癖に生意気で不遜な態度。美しく勝気に整った顔。

傲慢な程の強気を無理矢理組み伏せて啼かせた時の悦楽は麻薬に並ぶ。

会う度会う度に成長し、今では俺との身長差は無いに等しい。あの小さく薄い身体が懐かしいくらいだが、実を言えば少年と会ってからまだ2ヶ月も経っていない。

 

俺は今では、あの部屋の出来事は唯の夢ではないと確信していた。

あの傷の残る滑らかな肌も。意志の強い顔立ちも。プライドの高い猫のような性格も。下衆な策をポンポンと思い付く汚泥のような精神性も。感度も。声も。減らず口も。

あの頃の俺では考え付かないくらいに唆られる存在が、唯の夢であっていい筈がない。

 

「……ハマりそうだ」

 

上擦って震え、明らかな興奮と愉悦を孕んだ己の声。口を掌で覆う。

人の心を転がせる智謀を持っているのに何処か純粋なあの少年に、人間の壊し方を1から教えてやりたい。文字通りその身に実践してやって教え込ませるのも愉しいだろう。壊れてしまうならばそれはそれで。成り果ててしまうのも悪くない。あの子供はまだ、人間というものの底無しの穢れを知らない。澱みを知らない。

 

だが……未完成だからこそ美しいのかもしれない、とも思う。

純粋な意志。黒にしろ、白にしろ、悪にしろ、善にしろ。純粋な物ほど汚したくなる。この感情を愛おしさというのだろう。その少年もゴミを処分するように躊躇いなく棄てられるのだが。少なくとも、今は。

壊すにはまだ勿体無いと思っているのも事実なのだが。

 

エデンの園でイヴに果実を食べさせた蛇のように、甘く誘いを掛け続けよう。いつか彼が、自ら狂いたいと願うまで。

 

ああ、待てるさ。待てるとも。

だって俺は、悪い大人だからな。

 

 

「そんないつかは来ないだろうけど」

 

 

俺の勘は当たるのだ。

だが、望んだっていいだろう?夢に閉じ込めてしまいたくなるくらいには彼を愛してるんだから。

 

……ンフフ、我ながら白々しい!

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「どうした少年?今日はやけに上の空だな」

 

思い詰めたような翳りの晴れない顔だ。柔く笑いかけながら自身を抜き、浅く息を吐く彼に腕を貸してやる。1度しか出してないが生憎無理に欲を押す程飢えてもいない。鍵は開いた。今日はもう終わりでいい。

 

「は……、別に」

「別にという事はないだろ。手口のバレた詐欺師のような面をして」

「……」

 

微妙な顔をした。当たらずも遠からず、というところか。同時に何やら野望のような、欲望のような、ぎらぎらした何かが垣間見えるが。目の前に蜘蛛の糸を垂らされた極悪人のよう、とも。

こういう飢えた獣のような目は大変好ましい。あくなき向上心というやつだ。停滞を唾棄する思考はどれだけ欲しい物を掻き集めても満たされぬ不毛を想起させて実にイイ。

まあ何だっていいんだけどなとニッコリ笑えば彼は胡散臭いものでも見たかのような顔で鼻を鳴らす。詳細は聞くなという事だろうか。

 

「……もう行く」

「おー。いってらっしゃーい」

 

と、別れたのが3日前。

 

 

 

 

 

 

まさか子猫と思っていた遊び相手に、文字通り噛み付かれる事になるとは思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

息荒く部屋に現れて早々、俺の胸倉を掴み上げて押し倒し。

馬乗りになってその五指を俺の首に突き立てたのである。

 

……驚いた。いや本当に。

何の変哲もない人間の指がずぶりと人体に食い込んだのだ。信じられるものじゃあない。だが事実だ。夢の中ではある。だが、このままだと俺は死ぬ。確実に。危機感がそう囁いた。それだけは確信を持てた。

ぐぶりと吐血する。

 

「おいおい……お前、俺の血を吸っているのか」

「……KUAAaaa……」

「よく見なくとも随分と大怪我をしている。全身火傷に……ああ、喉も爛れてしまって。それに、この傷。刺されでもしたか?」

 

焼け焦げた匂い。服はあまりの火の勢いに燃え尽きたのだろう。笑みを崩さぬまま剥き出しになった少年の身体を指先で撫ぜる。

全身に赤黒いケロイドと剥き出しの肉と骨。端麗な容姿は見る影もなく。右脚に到っては殆ど肉が焦げ付いてしまっている。

……こと酷いのは腹の傷だろうか。両手が収まるくらいにどデカい風穴の痕。肉で埋められ塞がって尚血が溢れ流れていた。うーんグロい。ほぼほぼゾンビ。ホラーかな?

 

ただ、まるでカタツムリの這うような速さではあったが、ジワジワと逆再生でも見るように傷が小さくなっていっているのには目を細めた。

 

「……吸血鬼か。セオリーでいけば、それ程の怪我……1人の人間の血では癒える事は無いだろう」

 

その手がぴくりと反応した。

 

「お前が俺を殺してもイイと思うなら全て吸い尽くせばいい。人は容易く死ぬ。……そしてお前がそのつもりでこの俺の血を吸うのなら、例え夢から醒めて生きていたとしても今まで通りとする気は無いぞ」

 

それは害だ。

殺す気ならば、お前は俺の敵だ。

 

鈍い鈍い刃物のような、冴え冴えとした殺意のいろ。

少年は目を見開く。なあ、慣れていない訳では無いが、そこらのゴロツキのようなものとは一緒には出来ないだろう?

殺してもいいと思っても、お前はその手を引く。恐れていないのに気圧される。只人ならば諾々と従ってしまうような強さを孕んだ傲慢が、俺のそれにはあるのだから。

少年は初めて味わう筈だ。

……ま、多分通じるのは今回だけだろうけど。今はそれで十分。

 

「フフ……良い子だ、少年」

 

快楽の末に死ぬのは良い。死は恐れるものでは無い。

だが“コレ”は頂けない。それは愉しくない。その原因に対し何もせずにいられる程、俺はなまっちょろい存在じゃあない。

 

「互いに愉しいと思える事をしよう。一瞬で終わっちゃあつまらない」

 

そっとその頭を抱き、首を晒す。

ごくりと唾液を呑む音がこちらにも聞こえた。

 

 

「少年。セックスしよう」

 

 

 

 

 

 

俺にとってセックスとは。

 

相手を堕すためのツールであり、手軽に快楽を摂取出来る行為であり、情動を発散させる道具。

まさかそれを文字通り自分の命の保身の為に使う事になるとは、人生分からぬものだ。それだからこそ面白い。

 

伸し掛る少年に欲を擦り付ければびくりとその肢体が跳ねる。

人間の生存本能か。死の危機があると子孫を残そうと性欲が高まるとはよく聞くが、自分が経験するとは思ってもみなかった。

余裕はない。興じさせねば俺は彼に殺されるだろう。彼は文字通り上位種となったのだ。生きる為には媚びねばならないという訳で。

誇り?矜恃?ンなもん犬にでも食わせとけ。怪我人といえど多少は頑丈な筈だ。なら、この俺が本気で堕とそうとしても、大丈夫だろう。多分。

……ああ、少年には俺を殺せば等と脅したが。俺は今から、殺し殺されるよりも残酷な事をする。

もう既に侵されているその身体に、致死量のドラッグを注ぎ込むのだ。

 

─────セックスをしよう、少年。

首に少年の顔を押し付け、逆の手で少年の孔穴を慣らす。

 

「ァウ……」

「怪我が原因か人間から吸血鬼になりたてだからこうなったのか……本能に呑まれたのかな。理性はあるみたいだが。吸血鬼も難儀なようだ」

 

血の出が悪くなったのかがぶがぶとその鋭い牙が膚を削った。

指で顎を擽って上を向かせ、俺の口を指差す。

少年は先程吐血した分の血を舌で辿り、新たに口の中を噛み切った為に溢れる血を追い掛けて口付けする。

 

「ン……ン……」

「挿入れるぞ」

「ん、……ふ、?ゥあ……っ!?ァ、ヤ、んあぁんっ!!」

 

ぶるりと身震いをしたもののいつものように身体が弛緩し、俺の自身を受け入れた。教え込まれた身体は無意識に緩む。

 

「良い子」

「ん、ぁ、あ、ゥ……?うっ、あ、」

 

何をされているのか理解していないというようなキョトンとした顔が、少しずつ快楽に染まって蕩けていく。

力が強い。爪を立てられたそこは再びずぶりと埋まるが、血を吸われているような感覚はない。もう一度良い子だと口にして耳を舐れば少年はイヤイヤと首を振りながら腰を浮かせた。明らかに快感を拾い上げている。

 

「優しく突き落としてやるからな……お前は唯々感じていればいい」

「ゃ、あ……っ!ぁあ……」

 

柔く強く突き上げれば内壁全体をぐじゅりと抉る。入れ過ぎたローションが結合部からぶじゅぶじゅと溢れ、歯を食いしばる少年はとろりとした目で恍惚に浸りながら腰を波打たせている。少年の腹から滲む血が俺の腹にべたりと擦り付いた。

 

「ぁーー……ゥ、んあー……、ぁ、あ……ひゃぁん……っ!あぁ、」

 

陶酔と、陶然と。とろりとその目の色が霞がかる。

その恍惚が冷めないようにゆっくりと。確実に。潜め切れない捕食者の気配を覚えさせる。喰われる事に忌避を抱かぬように。

 

「気持ちイイな。もっとヨくなろうな……」

「ォ、おぅゥ……!ゥ、あぁーー……!ん、あ、ぁ、あ、!あぅ、は、ぁぁ、!ぁ、う、はぁ、はぁ、んん……!ぁ……!ゃ、やっ……!あああっ!!や、やぁんっ!あぁんっ!ぁンっ!ァン……ッ、」

 

ごちゅごちゅと掻き回され突き上げられる音が響く。規則的な律動の水音は至極卑猥だ。奏でられる声も併せればまさに演奏と言ってもいい。素直に声を出す少年はとても愛らしい。

 

「ハ、ハ、ぁ!ぁ!ャ、やあっ……!や、あんっ!あん、んん、ッ!んーーーっ……!んんう、んあ、やあ゙……!や゙、あ゙ーーーー……っ!」

「ん……そろそろイきそう?イク?」

「ァ、ぁ、ア、アッ!ひ、ぃい、い、くっ!イク、イクぅ!あっ、あっ、もうらめ、いく、ぁぁ、!ッッいっぐぅ、ーーーー!!」

 

焦点の合わない目を見開いて体を波打たせて達した。彼も命の危機に身体が興奮しているのだろうか。

浮いて跳ねる腰を押さえてぐりぐりと抉ればヒンヒンと甘い声を出しながら、快楽の頂きから降りられず苦悶する。

ぎゅう、と寄せられた眉は八の字に下がり、その鋭い歯が唇に食い込んでぶつりと切れた。

 

「ンッフフ……やっと喋ったかと思ったらイクぅ!か……」

「フー……!フー……!ゥ、あ……」

「ん。そんなに腰を揺らして……もっと欲しい?」

「ん、ん……」

「じゃ、やるよ」

「ゥ……くひんっ!?んっ、ふ、ゥア……」

 

ぎゅう、と逞しい脚が俺の腹を挟んで締め付ける。……いてて、このままだと肋が折れそうだ。

 

膝裏を掬い上げて今度は俺が上から伸し掛るように少年を押し倒した。

 

「次は俺も、な。お前のナカでイかせてくれよ……しょーねん」

「ゥあ……」

 

ジワジワと、傷が癒えていく。

 

 

 

 

 

 

少年が自らも積極的になり始めたのは、俺が最初に中出ししてからだ。

心臓あたりの傷がじゅう、と音を立てて目に見える形で薄くなったのだ。ぞわぞわと肌を荒立たせ、見開いた目が再び快楽に溶けてしまうまで、時間はそう掛からなかった。

 

「お前……本当はサキュバスだったりする?」

 

人間の精気を吸収して傷を癒す、なんて。

背後から硬い尻を揉みながらずぶずぶと責め立ててやりつつ。

確かに硬い。筋肉質で硬い骨ばったゴムボールのようだが、それはそれ。目下かなりの絶景である。俺の自身を咥えて口を大きく広げ、尻を揉まれる事で形をぐにぐにと変えるアナル。シーツに擦り付けられながら精液混じりのカウパーを垂れ流すペニス。律動の度にたぷたぷとゆれる陰囊。

無防備で非常に良い。

全身火傷で痛々しいが中の具合は極上のままだ。一突き毎に体全体が快楽にのたうつ。肉棒を扱き上げるようにきゅうきゅうと締め付けて尻を跳ね上げるのだ。反射だろうがなんだろうがそれは紛れも無く雄に媚びる動きだ。精を強請る行為だ。それをとうの少年は知る由もない。

 

「ぉお゙っ……!ゥ、お゙、ご……あぉ、っ!お、ぉっ!ゥ、……ぁあ、は、はぁ……っ!あ゙あ゙ッッ!!」

「ンン……、あは。フフフ、お前ほぼほぼ死にかけだしなぁ。何だかんだ素直に吸血を止めたのはこっちのが効率が良いと本能が察したからじゃあないか?」

「……!」

 

睨まれた。

大分人としての理性が戻ってきているらしい。いつもとは目の色は違うが、いつもと同じ目をしている。それでも、生存本能には逆らえないようだが。

 

「フ、フフフフフっ!嘘だよ。殺さないでいてくれたのは有難いと思ってるんだ。お蔭で俺も、こうしてイイ思いが出来てる」

 

出すぞ、と本日通算3度目の射精。少年が1番感じる奥の方、すぼまったどん詰まりの手前、刺激すれば亀頭を覆って吸い付くそこ肉の壁に向けて吐き出した。

 

「や、やぁっ、ゥグぅぅ……っ!!ぅ、ん゙ッ!ぅ、あああ゙あ゙〜〜っ!!あ、あ、あ゙!や゙、あぁ……っ!!」

 

搾り取るようなナカの動きにぶるりと腰が震え目を瞑る。薄く深く息を吐く。押し拓いたそこは入口から奥にかけてキツく締め付けてくる。

激しい快楽に耐える為に少年の肩に噛み付いた。滴る汗の塩味が低い体温には不釣り合いで、それが少し可笑しく感じて口角を吊り上げて笑った。

 

「ゥ、ゥ、あっ、ああ゙っ……ァ、んは、!ァ゙ーー……!」

「少年、分かる?ココ……この先がS状結腸。ここの周辺は刺激されただけで頭がおかしくなりそうだろ?人体って面白いよなァ……?」

「オ゙、ゥゥ、!や、め゙……っ!ぅ、うぅっ!ぅ、ぅ゙……!」

「限界までイかせてやるよ……完全に堕としきってやるつもりだから」

 

再び枕に顔を埋めた少年に腰を上げさせ、叩き付けるように責め立てる。見開いた目からはぼろりと生理的な涙が零れ、その白い背中は限界まで反らされてびくびくと跳ねた。

覗き込んだ顔はまるで白痴といった様相で、何も考えられない程の快楽のスパークに目を白黒させていた。

 

「────ッ!?っ!!〜〜〜〜っカ、はッ!っあグ、!ぅ、うああ……っ!ァ……あ、あああっ……!」

「足りないか?足りないよな。安心しろよ、直ぐにでも次をくれてやる。動く気力になる程度には注いでやる。後は夢から醒めた後で頑張るんだな」

 

後ろから風穴の縁を辿り、幼少の頃の傷の殆どが癒えている事に気付いて残念に思った。齧りついて付けた歯型も癒えてしまう。

白い肌は白さを増し。肌は死人の肌のように冷たいのに柔いまま。鮮やかな紅茶色の目は鋭く。

 

「どんなに突き落とされても、報いに遭っても、こびり付いて落ちない油汚れのような邪悪さが俺ァ愛おしいよ」

 

何を知っている、とも言いたげな震える目ににっこりと嗤って涙の筋をべろりと舐め上げる。

何も知らねぇけどな。

ぶちゅりと前立腺を磨り潰した。くひん、と鼻にかかったような声を上げて三度枕に顔を沈めた少年の様子がとても哀れで愛らしい。

 

「……何度犯せばお前はイかれるかな」

 

愉しみだよ、ディオ。

 

 

 

 

 

 

「ん……ふ、フフ。フフフフフ……少年、見ろよ。ココの傷。骨まで見えていたのにもう肉が覆い、薄皮まで出来てるぞ」

 

頭がぐらぐらと揺れ、瞳孔は定まらず。それでも腰から下は貪欲に精を求めてゆらゆら揺れている。

正常位は顔が良く見えていい。痴態を余す所なく視姦できる。

 

「あっ、あぅ゙♡あぁん゙っ……!ぁ゙……♡」

「何回目だっけ。お前は覚えてる?お互い頭がイかれるくらい続けてるもんな……」

「ァゔ……あっ♡ぁんっ、あん、ん゙ん、あぁっ……♡や゙、ァ……っあ、あ、ひ、〜〜〜〜っひ、ぅぅ、♡!」

 

あつい。

額から何から滝のような汗が噴き出して、視界の邪魔だと手の甲で拭い髪を搔き上げる。同時に少年の顔も同じように汗を拭ってやる。

 

「!……フフ……すげぇ顔。色んな液体が全部出てる」

 

涙も唾液も鼻水も。痴呆になったかのようなだらしない顔だ。開いた口からは喘ぎ声と共にひたひたと舌が浮いては力なく垂れて。

非常に唆られる。

 

「ッ?!ァ……くぁンッ♡♡!!あゥ゙、ウヴぁ゙ぁ゙……っ♡♡!!」

「おっと。悪い悪い。敏感になってるとこなのに……フフ、ついデカくしてしまった。あんまりにも可愛いから」

 

出す物も無くなったのに勃起する彼のペニスを指先で撫ぜる。

力の抜けた腕で嫌だと押し退けようとするのを抑え、指を絡めてシーツに縫い付ける。

 

「ゥ、も……ゃ、だ、!」

「お」

「もう、いらない゙ぃ……!」

 

流血が止まったからか、疲弊しきったからか。

未だぼんやりとしていたが少年は‪涙で濡れた顔を歪めながらゆるゆると首を横に振る。まるで子供のようだ。少年は声を潜めて泣く子供だった。

 

「気持ち良くなかった?」

「そ、じゃ、な……」

「少年の身体だってまだこんなに酷い怪我だ。まだ痛むだろう?」

「でも、も……無理、」

「腰、揺れてるぜ」

「んぁぁ……ッ♡!ぁ゙、あぁ、やめ……!」

 

揺れる腰に合わせて動かせば小さくしゃくりあげながら震えた声を上げる。普段ならデカイ図体だとしても哀れに思うところだろう。……まあ、今は唯劣情を煽るだけだったのだが。

 

「しょーねん。ちゅー」

「ン、む……っ!んむ、ん……ん、ちゅ、ちゅう……ぁふ、ん……」

「ちゅ、ちゅ……、……少年、あと1回。な?」

「ん、ん……」

 

快楽ではなく血、つまり精気のみが欲しいのだ。知っている。

だがこちらとしては、ここまで煽られれば途中で抜く訳にもいかない訳で。

どろりと少年の理性が再び呑まれた。手をシーツに縫い付けたまま、より密着させた状態でピストンさせる。

 

「ァ……っは、ぁ!あァ、ンンッ、あ゙ん♡!ァ゙、」

「気持ちイイ?」

「い、ィ……っ、あ、もっと、ン……精気、ほしいィ……っ、」

「いいぜ。ちゃんと飲み干して元気になれよ」

「ァ、い、いい……っ!もっとぉ……♡♡」

 

大きく口を開いた少年は唾液を滴らせながら牙を突き立てた。

首元に再び齧り付かれ、加減無く血が吸われていく。

あ、ちょ、それ死ぬからストップストップ。……ってさっきからそう言ってんだけどな。お蔭で全身噛み跡血塗れである。

止められて不満そうに口を離し名残惜しげに首筋を舐める少年の頬に軽くキスをして、より強く打ち付ける。

 

「ンはあ゙ぁっ!あ゙、ァ……しぇ、き、ィっ♡、ふ、ぅああっ!あ、ガ、ゥ……!ぅ、あ、ぁ……ぁぁっ♡♡!は、やぐっ!はやぐぅぅ〜〜〜……ッ!」

「くふ……っ、ああ、出すぞ、ディオ……っ!」

「あ゙、あ゙♡、ァギ、ィ……っ!!ぁ、あ゙、ら゙しでぇ、はやぐら゙しでぇ゙ぇ〜〜〜っっ!!ッッオ゙ご……─────ッッ!!」

 

ぐぢゅぢゅ、ごちゅり。

入口から前立腺をごりごりと抉りながら1番奥を穿いて押し上げれば、喉を晒して喘いでいた少年が突如形容し難い呻きを上げて白目を剥く。

……ぷしゅり。少年のペニスから透明な液体が飛び散った。

精液ではなく、尿でもない。……潮吹きだ。

ぷしゅぷしゅ、びちゃびちゃと連続して潮が噴き出てはがくんがくんと腰が跳ね上がった。

 

「っ〜〜〜♡♡♡!!?っ〜〜〜〜〜♡♡♡♡♡!!!」

 

……いや、まさか潮を吹くとは。ホント飽きねぇなァ……。

あ、やっべ手ェ折れる。握り締められた手がギチギチと不穏な音を立てて軋むのに眉を顰めて深く抉る。いってぇなゴリラかよ。

射精しながらもそのままぐりぐりと少年の弱い所を抉ると血管が浮くくらい込められていた力が抜けて、少年は大人しく身体を跳ねさせた。

 

「♡♡、ッッ?!?!ぐぅうっっ?!?!や゙あッ?!やぇ……それ、やめ゙、でぇ……!ぇ、ゥ!ぅ、ああ゙、あーーーーっ♡♡!!あ、ァ、アァ〜〜〜……っっ♡♡!!ぁ〜〜〜……っっ♡♡♡!!!」

「ふは……あー……久しぶりにこんだけ出したわ……ごちそーさま」

「ッッ……ん、ぁ゙ー……♡ぅ゙ぁーー……っ♡」

 

がくん、がくん、と何かの玩具のように身体を跳ねさせては背中やら腰やらを反らす少年は意識がトんでいるようだ。白目を剥きかけて尚見苦しくないのは少年の容姿が並外れて優れているからか。

 

存分に中出ししてずるりと萎えたペニスを抜けば、ぐするようにその腕が俺の首に回る。

 

「ゥ……あ、ェ……ふ、ゥゥ……っ、」

「おー、よしよし。喰うなよ。喰うなら現実で別の人間を喰え。な?」

「ひ……っ、ひ……っく、ゥ、」

 

……ホントにぐずってるとは思わねぇわ。

くすんくすんと鼻をすする少年が珍しくて思わず肩口に顔を埋める少年の頭を撫でていた。

 

「おお……泣くなよ……よしよし。気持ち良かったな……初めての潮吹きだもんな。よく頑張ったな、」

「ひぅ、ひっく……っ、くすん、ふ、ぅぅ……!ぁう、うっ……う〜……っ!」

「驚いちゃったのかな?フフ、かわいいかわいい。……けど血は勘弁しろ?」

 

大分貧血でやべーくらいなのでマジで勘弁しろ。

まだまだケロイドの残る身体を労わるように抱く。……傍から見れば重症人にオイタするクソ外道なんだよなぁ。実際クソ外道なんだけどなぁ。俺に捕まってしまった少年は今日も今日とて可哀想である。

痛み、グラグラと揺れる頭。歪む視界、目眩。完全なる貧血の症状である。ああ、めんどくせぇな……夢の癖に。舌打ちする。

 

「ひぅ……ァぅ……、……ナミ、セ……」

「おー……どうした」

「……まだ、足りない、たりない、精液じゃなくて血がいい、気持ちいの、もうイヤ……」

「いやだからお前……残りは外でな」

「……」

「向こうで女の血でも飲んどけよ、な?処女でも何でもお前なら老若男女選び放題だろうが」

 

吸い過ぎ、ダメ絶対。なんちゃって。

起き上がってふらりと立ち上がり扉に手を掛ける。

 

「……、ナミセ」

「なんだよ」

「……何でもない」

「おー……?そうか」

 

 

 

 

 

起きたと同時にベッドから跳ね起き、トイレに駆け込んで胃の中の物全部吐いた。

 

「おぇ……ちょ、マジで血ィ足りねぇ、」

 

この後必死こいて病院行って輸血してもらった。

事故るかと思った。

 

 

 

「……キミは吸血鬼でも飼ってるのかね」

「え〜?ははは、まさか、そんな訳ないじゃあナイデスカー」

 

 

 

 

***

 

 



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第7話★

ワンクッション
短め。
潮吹き/連続絶頂


「ディオ様」

「……ああ」

 

……このディオが吸血鬼となって1週間が経った。

到底本調子とは言えないが、痛みは大分薄れてきた。アイツの……ナミセからのアレが無ければ、恐らく未だに車椅子から立てずにいただろう。人外の力を手にしたとしても、それを機能させる血肉が無ければ十全に発揮する事も出来ない。

 

……ジョースター邸での前後、白い部屋に呼ばれてしまったのは意図した事では無かった。

焦り、動揺し、実験と称して使った石仮面の真の力に高揚した結果が前日であり。思わぬ反撃に激しい怒りと憎悪を抱いたのがその後日の事である。

 

奴……ジョジョは、今後の為に消しておかなければならない。人智を超えた存在となったこのオレが警戒し、全力で排除するに足る存在である。

ジョナサン・ジョースター……。

きっと奴はオレの後を追うだろう。オレが大きく動き始めれば、あの大甘ちゃんは必ずオレを止めに来る。

奴はオレの障害となる。その確信があった。

感情が高ぶる時、その夜。意図せずあの白い部屋に呼ばれるのだとしたら。……その全てに、ジョジョが関わっていた。

 

町を渡り、血を吸い、夜の闇に紛れてまた渡る。

傷を癒し、下僕を増やし、然るべき時に向けて。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、来たか」

「……」

 

……気を昂らせ過ぎた。

2度同じ事をしてしまうとは、義兄の事に関してはどうにも、オレは自制が足りない。

 

 

どうにもこの部屋の所為かこいつの所為かは分からないが、此処では効率良く精気が摂取できるらしく、奴は男であるのに血の味は若い女の血よりも勝るとも劣らないものなのだ。少なくとも現実では精液を身に受ける事で傷が治ったりはしない。……と、思う。試した事は無い。こいつ程身体の相性がイイ男はそういないと思っているので態々他に手を出そうとは思えないのだ。

 

実際、学生時代にあれこれ漁ってみたがどれもこれもこんなものか、という程度でしかなかった。好き好んで不味いものを食おうとは誰も思わないだろう?食傷気味になれば女を抱けばいいというだけの話だ。

 

 

「傷は癒えたか?」

 

手にした書類を放り投げ、眼鏡を外しながらナミセは問う。

露出の無い隙のない格好。奴はまだ仕事中なのだと想像に難くなかった。転寝でもしているのか?その手は黒い革手袋に覆われている。

 

「……まだだ」

「ふぅん……」

 

手招きされ、渋々近寄って奴の前に立つ。

するりと服の裾にその手が差し込まれ、何処か官能的に服をたくしあげる。……やると思った。

 

「火傷はある程度治ったようだが……ああ、この腹の傷か」

「……このオレにこんな事をして殺されないのはお前くらいだぞ」

「フフ……それはイイな」

 

何とも思っていないような顔をして。

ちゅ、と感覚の鈍い腹の傷に唇が落とされる。

引き寄せられるのに任せてベッドに乗り上げれば調子に乗ってキスを重ねてくるので、その頭を極めて軽く叩いた。バガンと音を立てる。撫でる程度でなくては頭蓋が陥没し首が捥げるくらいには吸血鬼の膂力は凄まじい。……いや、人間が貧弱な生き物なのだ。

死体とセックスする趣味は無い。

 

「いってぇ」

「フン……惰弱な生き物め」

「……フ、もうすっかり吸血鬼だな」

 

頭を擦りながら読めない笑みを浮かべるナミセにその意を問う暇無く、奴に唇を塞がれた。

 

「ん、おい……それを付けたままオレを抱く気か」

「ああ……」

 

するりと手袋を外したその手には薄く包帯が巻かれている。

 

「それも」

「はいはい」

 

現れたのは哀れなくらいに青黒くなった痕の付いた手。

 

「お前が付けたんじゃあないか、あの夜に」

 

あの夜。

飛び掛けた意識。シーツに押し付けられた手。

 

 

─────もういやだ、

─────はやく、早く終わって、ああ、

─────きもち、いい……いやだ、あ、だめ、止めないで……

 

「……あれか」

「そうそう。お前が理性飛ばして自分から腰振って早く精気欲しいって泣きながら強請ングフっ!」

「喚くな下等生物が……!」

 

加減して掌を顔に叩き付ける。

堅苦しく留められたシャツの下、包帯とガーゼを取ったその身体は夥しい数の噛み跡と圧迫痕で埋め尽くされていた。

 

「気色悪……、」

「お前なァ」

 

少し力を入れただけで痣になるとは……人間とはやはり脆い。1日2日では消えないそれに不便だという印象を僅かに抱く。

首元の匂いを嗅いで違和を覚え試しに牙から血を吸えば、……どうやら“混ぜ物”をしたらしく色々と混じっていて顔を歪める。折角の血が台無しだ。

 

「不味くはないが美味くも無い」

「あー輸血……馴染むまでもう少し掛かるんじゃないか?」

「……ふん、趣味が悪いぞ。この匂いは……男か。歳は、」

「ああやめろやめろ皆まで言うんじゃあない」

 

そう言うならせめて若い女の血でも混ぜれば良かったものを。

選べるもんじゃあないんだよ医療現場では、とナミセは微妙な顔でそう口にする。

 

「人間が多量に出血した際別の人間の身体から血液を移せば極低確率で生還できる……と本で読んだ覚えがある。それか?」

「……、ああ。血液には大まかに4つ区分があってな。組み合わせが悪ければ血液中の抗原と抗体が反発を起こすんだと。極低確率とはそういう事だろう」

 

4つの区分以外にもRhにMNS、Lewis……血液型にも多くの種類がある。正しい者に正しい血液を輸血しなければならないのだ、と告げられて目を見開く。そんな学説は聞いた覚えがない。

だが、成程……同じ性別同じ位の年齢でも味に差があるのはそういう事か。

 

「今のお前にはそういう医療なんかは不要だろうが、生憎俺は唯の人間なんでな」

 

そのシニカルな笑みは何処か人を辞めたオレを揶揄っているようにも見えた。

─────いや。正しくは自分以外の全てを無意識に見下している、か。

 

「……」

「いッてェ!てめ、顔はやめろ顔は!」

 

 

 

 

 

 

「っ……」

 

ずぶり、とその長大な杭が肉を割り、体内へ収められていく。痛い筈なのに、しつこく慣らされた孔穴は容易くそれを呑み込んで。

圧迫感と、充足感と、期待。

───今日は初めから激しくしていいか?───

態々そんな事を言うなんて、どれだけの事をするというのか。

 

けれどオレも、今は昂った衝動を、快楽に叩き付けられて鎮めたいと思っていた。この前の、本能に支配された時の死ぬ程気持ちイイセックスが頭になかったとは……決して言えないが。

あの時。酷く甘やかされながら抱き潰された血の匂いの噎せ返るあの夜から、オレは少しおかしい。

 

「く、ふ……っ!ゥ、うぅっ……!ぁ、ああ……っ!っ、……っは、……はあ、はあ、」

「ん、入ったぜ」

「ふ……わかっ、てる、ンッ……!」

 

ごつりと最奥にまで届いた肉棒に目の前が白む。

 

「っ、?!ン、は……あああっ!!ぅあ、グ……いきなり、奥までなんてっ……、あは……っ」

 

うつ伏せの状態でシーツを握り、腰骨を掴まれて引き寄せられて身体を震わせる。

いつもよりも荒く激しい律動が酷く興奮を煽った。無遠慮で獣じみたまぐわいは頭が一気に茹で上がるくらいに気持ちが良い。

首元に擦り寄るナミセはオレの髪に顔を埋めながらギラギラとした目でオレに喰らいつく。

自分勝手に腰を振っているように見えて此方の弱い所を的確に抉ってくるからたまらないのだ。だから大人しくされるがままになっている。

項が晒されて噛み付かれ舌が這う。襟足の根元からぬるりとした感覚が絡みつくようで、思わず薄目を開けて快楽に打ち震えてしまった。

 

「アゥ……ん、んっ、んヴっ……っ!ふ、あっ!あっ、は……ァんっ!あ、っ、あ……」

「く……フフ、そんなに締めるなよ。直ぐに達してしまうだろ?」

「っ……るさ、いぞ貴様、っんッグぅ……?!っは、ああああァァァ……っ!!」

 

お前は唯腰を振っていればいい。ごりごりと内壁を抉りながら突き上げられて悲鳴のような悲痛な嬌声が零れ落ちる。

 

「ああ、ああっ!イイ、イイぃ……っ!もっと、それ、寄越せっ!」

「ふはっ!少年らしいオネダリだな……!いいぜ、くれてやる」

「ッふ……!ぅ、あ、ああっ!あ゙!ああ……っ!」

 

齧りつかれ、背中や腰に鬱血痕を散らされながら深く突き上げられる事の心地良さたるや。頭が白く染って快楽に支配されていく。

もっと。もっと。もっと。

 

「かはっ……!ああ、あああっ!も、イく!いく、いくいく!もうイかせて、イく、イ……っあああぁぁああぁぁっ……!!!あああ……っ、は、あ、あ!ん、ぁ……」

「んッ……くは、おいへばるなよ。まだ俺はイってねぇぞ」

「ッッ!!?ぅ、あああっ、あ、だめ、動く、な、まだ……!ああんっ!!あ、あ、イって、イってるぅ、!ぅ、あ、あ……ぁ♡くそぉ……、!あ、ああっ……」

 

気持ちいい。気持ちいい。……良過ぎる、だめだ、達したのに。ペニスから飛び出た精液がシーツに擦れてぐちゅりと微かに音を立てる。崩れ落ちた腰が持ち上げられ尻を突き出すような形で支えられた。

止まらない。止めて、くれない。

押し上げられた快楽の頂きに、無理矢理留まらせるのだ。

 

「ァはっ?!あ、あ、も、止ま、れぇっ!あああっ!!や、やァんっ!や、あはあアァッ!あああっ、あ、い、ぐっ!!?ゥゥ……!!っ……くぁんっ!あん、あんっ!ぐっ、こ、の猿ッ!遅漏ォ……!!」

「わざとだって失礼な」

 

続く快楽の波に溺れ掛けながら訴えるも押さえ付けられて揺さぶられて。

 

「やめ、やめて、やめろ、も、イッ……あぁっ!!イく、またイくっ!いっ……くぅうぅ……っ!!」

「脱力すんな、ホラ、っは……」

「ひゃめ、ゥ、あ……!!ま、て、アアンッ!!イ、イク、いくいくぅっ!?ァ!あ、は、げしぃ、っ!おねがっ、だめ、これ以上イったら……っ!」

「激しくするって言ったろ?」

「そ、だが、こんなぁ……っ!!〜〜ッッ!!?お゙っ、ぉ、お゙お……っ♡」

 

……イイ。強引に貪られるのも。

息を詰めて身悶えする。

何度も何度も続け様に頂きに押し上げられて、……押し上げられたままで。頭が真っ白になって、とめどなくイキっぱなしで。まるで何かを確認したいとでも言うような。

 

「あ、あ、や、だぁ……!あ、っ、ヒぎ、アア、きもち、い゙……ッ、くるし、やぁんっ!!」

「ん、く……はは、すげぇ痙攣してる」

「やら、やらぁぁ、も、っ、ひゃ、ァ゙っ、ゃ、めて、ぇぇーーっ!!まだしていいからっ、あ゙、や、とまって、すこしでいいから休ませ、っ!お、おねがいぃぃ、ッあ゙ああっ……!」

 

喉がかひゅかひゅとイカレた音を出し始めて、その甘ったるい快楽が苦痛になり始めた頃辺りから、ナミセが更に激しくソコを抉り抜いてきて。同時にシーツに擦り付けていたペニスが扱かれる。

 

「ひィっ?!ぃ゙、や、あ゙あ゙っ!も、おまえッ、!は、早く、イけ、も゙、早く、早くっ……ナカっ、出せよォ!!」

「くっふふ……かわい。出す」

「早くしろ、っ!あ、あっ!あ……〜〜〜っっ♡♡!!」

 

─────ぷしゅり。

 

「かハっ、ぁあ、ぁ、ぉ、おああぁぁああーーー……っっ♡♡♡ぁ、はー……っ♡あぁっ♡おぅぅ……っ♡♡んああぅ、ああ……♡♡」

 

ぷしゅ、ぷしゅ、びちゃ、ぷちゅり。

……ああ、また、潮吹きしてしまったのか。

下肢が濡れる感覚と、身体中を走る終わりのない快感。

ナカに溢れるどろりとした大量の精液。ごぼごぼと後孔から溢れる程のそれは、こいつがそれ程我慢したからだろうか。逆流し流れ出す精液がまた格別にきもちがいい。

脳髄がびりびりと凶悪な甘い刺激に痺れ、痴呆のように何も考えられなくなる。ただ、きもちいい、としかわからないのだ。

 

「ぐ、が……ぁあ、あっ、はあ♡……あぁ〜〜〜っ……♡♡」

「ん、上手にイけたね」

「ン……はっ、ァ、やっぱり、これ、すご……っはぁ……♡」

 

ぼんやりと霞む意識。

身体の中を暴れ回る電撃。

勝手に緩んだ涙腺がぼろぼろと涙を零して、あちこちが痙攣を起こしている。

触れられている全てが性感体であるかのような。

 

「ッや゙っ!やだ、いま、触るな……ぁあっ……」

「ココ、頑張れば入れそうだと思ってたんだよな」

「……、……あ?ッォごっ……?!」

 

ナカに入ったまま仰向けにされて悶絶した。……こいつ、なんて事を。

トン、トン、と腹に指を置く感覚にも悶えながら、ナカでビクつくペニスが突き刺したままの奥、比喩でもなく内臓が押し上げられているソコの“先”へするりと指をスライドさせる。

ぞわりと悪寒が走った。

 

「あっ、あっ、な、ん……、」

「結腸抜きと言う。“コッチ”としては申し分ないんだが、穿くと先ず相手側が快感でイカれるんだなこれが。ま、それは普通の人間の話だ」

「ァ、ま、さか、」

「吸血鬼になった少年なら耐えられるんじゃないかと思っ、」

「絶対にするな……!」

「気持ち良くするのに」

 

これ以上続けたら、コイツは必ず“それ”をするだろう。悪寒が背筋を走った。

口を尖らせるナミセの胸を押し、未だ硬さを失っていないペニスをナカから抜く。大人しくそれに従った男を睨め付けつつ。

結局、1度しか出していない。何をそこまで耐えてまで確かめたかったのか。にんまりと笑う男は口を開く。

 

「少年が素面の状態で可愛く喘いで盛大に潮吹くとこ見られたんでまあ満足、いってぇ!!」

 

脛を蹴り付けた。最低に下劣過ぎる。

 

 

 

 

 

 

「(……殺されるかと思った)」

死なない身であるのに。

 

指先が奴から触れられた場所を、無意識になぞった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「もしもし?……ええそうですが。どうかされましたか。……はい。ええ。その案件の必要書類は既に畑中に渡しておりますよ……はい、……、……ああ、見つかりましたか。それは良かった。ええまあ、申しつかった案件は期日の3日前には処理しておくのが基本ですからねぇ。ああいえ、揶揄だなんて、そのような事はけして。ええ。……ああ、はい。お疲れ様です」

 

 

がちゃん、なんて激しい音に目を細めつつ携帯端末を放り投げる。

 

「なぁに、お仕事?」

「ン……ま、そんなトコ」

 

敬語に合わないわね、なんてケラケラと笑う女に笑みを繕って、女が横たわるベッドに腰を下ろす。

 

「吸ってい?」

「いいわよ」

 

口に煙草を咥えて煙りを吹かす。苦く、甘く、重い煙を肺に落とし込んで、ひと息に吐き出した。

 

「こう見えて上に忠実な社畜なんだが」

「ウソ」

「嘘じゃねぇよ」

「だってアナタ、いつか喰い殺してやるっていう顔してるもの。ぞくぞくしちゃうワ」

 

同僚?上司かしら。

 

……聡く賢い女は好ましい。目を向ければ追求はしないと赤いルージュを歪ませて艶美に笑った。

 

 

 

この女とは随分昔から関わりがあった。年の離れた女家庭教師と生徒。母からの愛を失う事を恐れた父の無駄な足掻きだった。息子である俺に女を宛がって、俺はその意味を理解し、女はそれを許容した。

ただ父の誤算は……それが裏目に出て母の俺への慕情を更に燃え上がらせてしまった事か。結果として、全てに見切りをつけた俺によって、家庭も自分自身の身も滅ぼしてしまった。

女とはそれ以来連絡を取っていなかったが、どこで嗅ぎ付けたのか、俺が開き直った直後にあの3ヶ月の続きをしないかと誘いに来た訳で。それからは成り行きだ。

 

この女とのセックスはイイ。後腐れのない所も、自分が相手の特別だと驕らない所も、技術も、具合も。仮に彼女は本職だと第三者に言われたとしても俺は驚かないし、恐らく信じる。

 

「アナタ最近お嬢ちゃんに絡まれてるわね」

「……お嬢ちゃん?」

「ほら、黒髪の」

「……、……ああ、アレか」

「アッハハ!“アレ”だって。酷い男」

「地位があるからってだけで脂ぎった太鼓腹親父の上に乗る阿婆擦れを、自分と同じ人扱いする奴がいるのか?理解しかねる」

 

あとアレはお嬢ちゃんという年齢ではない。

何にせよどうせ顔目当てで、この俺をアクセサリー扱いにでもしたいんだろうよ。

 

「“お嬢ちゃん”よ。一生懸命で可愛らしいじゃない。あれは精一杯背伸びしてるの。大人の遊びを楽しんでいて、一人前のレディみたいに男を手玉に取ってるのよ、って」

「ふは、嘲ってるじゃねぇか」

「やぁね。人聞きが悪いわ……ふふふ……」

 

女はあの時と変わらず……いや、それ以上に艶やかに笑った。女はとうに盛を過ぎているというのに、今も若々しく美しい。

 

「女に年齢は禁句よ、坊や」

「……アンタの“坊や達”とは違ってマザコンじゃねぇんで、そういう扱いされると萎えるんだが?」

「ふふ!ごめんなさいね、ついクセで……。怖い顔しないで?アナタにはとびきり甘やかして欲しいのよ、私……」

 

欲で潤む瞳。誘惑するように覗く赤い舌。ぬるりと身体に這う、赤く彩られた指。

ふと浅く溜息を吐いて、口角を吊り上げた。

 

「俺から言葉は必要か?」

「あら、口説き文句のひとつも吐けないなんて、アナタの口は何のためにあるのかしらねぇ」

 

「“アンタにキスする為さ”」

 

「!!……ッフフフっ!気障ったらしい。似合わないわよォ」

「だが、こういうのが好みだろう?」

「ふふ……ホント、狡い男……」

 

 

 



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第8話

ワンクッション
捏造過多/本番無し/ディオ視点による原作(1部)ダイジェスト風味/.ディオ.ジョナ.風味/主にオリ主の世界での話メイン/オリ主×オリキャラ描写/エピローグ


お前の生まれが羨ましい。

お前の境遇が羨ましい。

 

綺麗な、傷の無い、

 

─────お前の身体が羨ましい。

 

 

 

 

夢を、見た。

 

吸血鬼も夢を見るのかと思う前に、夢見が悪くて吐き気がした。

忌まわしい少年期。劣等感に苛まれながら、変えられない過去に苦しんで。

慣れぬ贅沢な暮らしに嘔吐する事もあった。

その生活を当然のように享受する奴が、拷問にかけて殺してやりたいくらいに憎かった。白く傷のない清い身体はいっそ奪って取り替えてやりたいくらいで。

 

仮面を被り、偽りの笑顔を向け、身体が環境に慣れていって。

ああ、だけど、それでも、ふとした瞬間に薄汚れた掌がオレの脚を掴むのだ。血を吐き、地を這い、泥と反吐に塗れた幼い“僕”の手が。

 

 

 

水を浴びて汗を流す。

奴は本当に……オレを掻き乱してくれる。

忌々しい。

 

鏡に映るオレの身体にはあの頃の傷は無く、代わりとでも言うように、ジョースター家の女神像によって貫かれた腹の傷が変色して残っている。

俺の身体はもう、醜くなどない。

それでも、奴への羨望が溢れて止まないのだ。

……憎くて憎くてたまらない。

あと一歩でジョースター家の遺産を手に入れられた。それを邪魔し、挙句吸血鬼となった後も炎で焼き殺されかけ。

 

……同時に、オレは奴の事を認めているのだ。

あの爆発力。他人の為に驚くべき力を発揮する、ジョナサン・ジョースターという男の事を。

 

吸血屍生人にした東洋人の男、ワンチェンがジョジョの手によって害され逃げ帰ってきた。その右頬はドロドロに爛れていた。

呼吸。波紋法。吸血鬼や屍生人の弱点となる力……。

確信を得た。ジョジョは必ず、このディオの元へ来る。

吸血鬼となったオレを止め、殺す為に……!

 

えも言われぬ感慨が湧き上がる。あの、紳士然としたジョナサン・ジョースターが、仮にも義兄弟であったこのオレを殺しにくるというのだ。

美しい天使像を汚泥に汚すような背徳すら背筋を這い上がった。

 

 

ああ、楽しみだ。早く、早く此処に、オレの元に来い……ジョジョ──────!!

 

 

 

 

 

下僕とした数多の屍生人ども。

ジャック・ザ・リパー。

女王の騎士 タルカスとブラフォード。

 

次々に困難を突破し、奴はこのディオの目の前に立つ。

似合わぬ怒りと憎悪に駆られたその姿は、その感情は、全てこのオレだけに向けられていて。……まるでこのオレのいる場所にまで、この男が堕ちてきたように錯覚すらした。

“清廉潔白なこの男に負の感情を与えたのはこのディオだ”。

そう考えればあんなに嫌悪し羨望し憎悪したジョジョが最も近くに感じられ、この男はこの手で引導を渡すべきだと強く思えた。いや、それだけでは勿体ない。

 

この男を吸血屍生人とし、永遠なる自分の下僕として従えよう。

 

 

 

 

 

オレの身体が弾け。溶け落ち。塵へと消えていく。

─────甘かった。自分は詰めが甘いと自覚していたにも関わらず。

……全力を。全霊を持って、殺しにいかねばならない相手だった。

下僕にしようなどと考えていられる相手ではなかった、奴は。

ここまでこのオレの思い通りにならない奴はいなかった。ある種、オレは感心している。

既にその爆発力だけではなく、奴の存在自体を認めていた。何度となくこのディオを追い詰め、今ではオレは首だけの身。

 

ジョジョ。ジョナサン・ジョースター。このオレの唯一にして最大の好敵手。

 

お前は……貴様は、必ず殺す。必ず、必ず……。

 

 

 

 

 

─────ゆら、ゆら。

 

一際大きな波の音の後、コポコポという泡の弾ける音以外の音が鈍く沈んでいく。

沈む。沈んでいく。冷たく暗い水底へ。

静寂の海底。

感覚の鈍い身体も奴の抵抗であると考えれば愛おしく感じた。

 

奴がいなければオレが吸血鬼となる事もなく、奴がいるからこそオレは完全になれなかった。

オレと奴の運命は、初めからひとつだったのだ。

 

ふたりでひとつ。

 

ああ、最期のあの瞬間。オレは奴とひとつになったのだ。

奴は爆発し沈む船の中で共に果てる事を望み。

オレは奴の運命と、奴の肉体と共に生きる事を望んで、今、此処で時を待っている。

 

何年……何十年……もしかすればそれ以上。この暗く寒い海の底で、オレは待つだろう。待ち続けるだろう。

奴は永遠を望まなかった。オレの肉体としても、婚約者との生に対しても。

ああ、だがオレは生きるのだ。お前がそれを望まなくても。

皮肉な事に、今この時になって、あれほど欲していたこの身体を手にしている。

 

綺麗で、傷の無い、美しい身体……。

 

……オレのものだ。ジョジョ。そうだろう?

 

この体をもって、オレは至高へと至ろう。お前とひとつになり、完全となった己で。

 

 

ジョジョ。我が宿命。我が運命。

 

 

 

 

 

揺らぐ。揺れる。

ゆら、ゆら、ゆら。

孤独の水底。悍ましい程の静寂。

霞む意識。

揺れる、揺れる、揺れる。

ゆめうつつ。

 

 

肌を刺す凍てついた空気。

包まれるような温もり。

着々と減りつつある肉体の生命エネルギー。

口に注がれる甘露。

耳が痛む程の静けさ。

降り注ぐ陽射しのような言葉。

 

未だ目覚めぬ。衰弱と、冷たい揺籃の中で微睡み。

唯、錯覚のようなソレを浴びながら。

 

 

 

 

 

 

 

映写機は壁に何も映さない。ただ無色の光を壁に当てているだけで。

唯一の出入口である扉には鍵が掛けられていない。

男は困ったように眉根を下げながら硝子の器を両手で抱え、その表面をただ撫でる。

微かに響くのは呼吸音。時折男が身動ぎし、ベッドが軋む音。

水の音。

硝子の器を撫ぜるのは、どこか温度を感じる気がしたからで。

 

「───」

 

呼気に混じるような声。

目を覚まさないソレに男は目を伏せたまま煙草を燻せた。

諦めたように、仕方ないと言いたげに、確かな慈愛を含んだ笑みを貌に乗せて。

その笑みは己への自嘲か、それとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

「顔色が悪いですよ」

「……そうですか?」

「体調、良くないんですか?」

「いえ、そんな事は。大丈夫ですよ、少し貧血気味なだけです。お気遣いありがとうございます」

 

男は微かに微笑んで帰り支度を整えて席を立つ。

 

「お疲れ様です」

 

 

 

帰り道途中にあるスーパーで車を停める。うっかり食材と調味料を買い忘れていた。なるべく切らすことのないよう買い溜めをしていたのだが。まあ、色々あったので。

他に色々と生活用品を補充しておこうとカートを押す。この時間になると人が少ないらしく、レジはガラガラに空いていた。

 

夏日、空は夕日で赤く染まり、肌を生温い風が撫でていく。

砂利を踏みつけ、ぼんやりと空を見上げて。

何処か懐かしい気分で。

 

─────懐かしい声がした。

 

「よう。久しぶり、京ちゃん」

 

「……、敦?」

 

安っぽく染められた金髪と耳に空けられた大量のピアス。へらへらとだらしなく笑う顔は、一部の人間からすれば軽薄な、一部の人間からすれば末っ子気質で仕方ないと思わされるような印象を持たせるだろう。

レジ袋を手に店から出た俺を待ち伏せするように、猫背の男が俺の車に背を預けて立っていた。

足元には大量の吸殻が落ちている。

躾のなっていない仕草は今となっては全てが俺の琴線に触れる。

顔に出さない故か、俺がこの男に何を思おうが興味が無いからか。男は変わらず薄っぺらい笑顔で馴れ馴れしく俺を笑った。

 

「大学ぶり。やっぱりこの車京ちゃんのだったんだね。再会の記念に久しぶりに呑みに行かね?いい所知ってんだ」

 

……押し付けがましい態度。断られる等欠片も考えていない図々しい仕草。

ああそうだ、こいつはそんな奴だった。

この俺を欺き、食い物にした挙句……舐め腐り虚仮にして。

 

厚顔無恥にも今、目の前に立っている。

 

「……いいぜ、乗れよ。家に荷物置いてくる」

 

 

 

 

 

 

薄暗い店内の小洒落たバーに、此奴はひどく浮いて見えた。

客層は年齢層が高いようで明らかに身に纏う服の値が違う。

それを言うならばツレである此奴の身形は不相応に良かった。モノの価値を知らない故か、アレもコレもゴテゴテと雑多な印象を持たせてしまうものだが。えらく羽振りがいい事だ。真っ当に手に入れたモノとは疑わしい。

 

店内に入れば奇妙にも視線が此方に向く。先導する敦に対し馴染みの者に向けるには冷たい白けた目を。そして俺にはどこか値踏みする目を。

 

明らかに普通では、ない。

……深い闇のニオイ。

 

 

「や、バーテンさん」

「どうも。……2名様で?」

「うん。カウンター座るね」

「……どうぞ」

 

思わずポーカーフェイスが崩れそうになった。ツレとしてここまで恥ずかしい奴はいない。

吐き出しそうになった溜息を呑み込んで隣に腰掛ければマスターと目が合う。ロマンスグレーの、鋭い目の壮年男性。温度の無い瞳とその奥の感情の色が実に魅力的で目を細めれば、彼はちらりと敦を見、俺に目を戻して瞼を伏せる。

……成程、彼もコレとそこそこ顔馴染みだと。相変わらず良くも悪くも顔を覚えられやすい男だ。

 

「何飲む?オレマティーニね」

「……ジントニックで」

 

 

 

 

どうだ懐かしいだろう、などとアレソレ。

小学から大学までの腐れ縁だ、話のネタなら事欠かない。……いや、甘い蜜を吸う為だけに俺に付き纏っていただけで、此奴にとって俺は“友達でも何でもなかった”のだが。

フフ、ひと息に縊り殺してやりたい。

 

「それでさぁ、ソイツなんて言ったと思う?!」

「さあ、なんて言ったんだ?」

「この間男め、ってよ!!最近のドラマでも見ねぇよンなセリフ!!つーかそもそもアッチが誘ってきたんだぜ?筋違いだと思わねぇ?!」

「ははは」

 

つまらない。くだらない。下世話な浅い話で馬鹿笑いするコレはとうに酔っ払っている。酒は口を滑らかにするからな……。

肯定も否定もせずぬらりくらりと話を躱せば頃合だと見たのだろう、途端に声を潜め始めた。─────何が頃合だ。此方は途中から薄めた酒しか呑んでない。このマスターも良い仕事をする。

 

「なあ、聞いたぜ。最近また派手にやり始めたって」

「何を?」

「しらばっくれんなよ、オレとお前の仲じゃねぇか」

 

耳に口を寄せてくる。その界隈では、俺の存在は有名な話であったのだとか。

 

「今まで聞かなかったのが不思議だったんだよな。大学の時アレだけヤッてたからさァ。やっぱお前はそうでなきゃ」

「……それで?もしそうだとして……お前に何の関係がある」

「冷たい事言いっこなしだぜェ京チャンよォ〜。よしみだろ?良い儲け話があるんだよ……お前に、オレ達に、ピッタリのな」

 

毎日毎日蟻みてぇに働く必要なんてねぇよ。もっと力抜いてさ……楽に生きようぜ?

そうして見せびらかすように装飾品を此方に見えるように向ける。

 

執拗に同意を求めるこの男は、俺が断るとは微塵も思っていないらしい。

まあ……そうだな。前は確かにそうだった。やってみようぜと誘われれば、この男の身を案じる意味合い7割で1度は一緒に馬鹿をやったものだ。本当に危なければ、つまんねぇからやめようぜ、それよりもっと楽しい事がある、等と暗に促して手を引かせて。常よりこの男の危機管理能力はポンコツだったもので。

あけすけな、底の浅い男。さも俺の事を全て理解していると言わんばかりの傲慢。

 

 

───警戒が薄く、人を害する事に抵抗のない此奴と遊ぶのは、自分がまるで普通になったかのようで楽しかったのだ。

どんなに人を貶めても痛まない良心とやら。心の無い化け物だの、悪魔だの、散々言われても湧き上がらぬ罪悪感。

俺が両親を精神病院にぶち込んだ後も変わらず隣で笑っていた此奴を見て、俺は普通であると錯覚したがったのだ。

 

 

俺は初めから歪みを開き直っていた訳では無い。母から肉欲を、父からは嫉妬と殺意を受け続けて、承認欲求ばかりが肥大していた幼少期。

それを満たしたのが此奴だった。

人の世に馴染めぬ癖に孤独が何よりも恐ろしかった。歪みを歪みのまま受け入れてくれた愚かな此奴に傾倒した、この俺こそが何よりも愚かだった。

 

 

手酷く裏切られたというのに……怒りと憎悪の内側で、今も尚お前に傾倒する。救い難い程の莫迦野郎が1匹、執着を抱え、抑え込んで。

今もそこに寂しく佇んでいるだけ。

 

それだけの事、だった(・・・)

 

 

「お前はただセックスすればいいよ。相手はオレが見繕うからサ」

「バカ言うなよ。それで納得する訳ねぇだろうが。出資の出処は?」

「あー?あー……オレの上司?的な……」

「お前まだ彼奴らとつるんでるのか。アレだけ筋者はやめとけと言っただろ、碌な事にならんぞ」

「アッ、……しーっ!!滅多な事言うんじゃあねぇぜ……ッ!」

「フン……やはりケツモチはそういう奴らか。大方フラフラして脛齧るばかりで、とうとう尻でも叩かれたか?上納金が払えなくなったか?手っ取り早く稼げる方法を出して猶予貰おうって腹だろう」

 

筋者。要はヤクザの事だ。少しちょっかい掛ける程度に留めて裏とは関わらずに生きるのが賢い生き方だというのに、楽に大金を得ようだとか、成り上がりだのとかと不相応な夢を見て……挙句に俺に泣き付くらしい。

それとも俺をまた食い物にしようと、食い物に出来るとでも思ったか。

 

この男は、この俺を……余程、虚仮にしたいようだ。

 

「アハー……バレちった?なぁ頼むよぉ〜、来月にはモツ売らなきゃなんねぇの。オレを助けると思ってさ」

「いっそ腎臓の1個くらい売っ払っちまえばいいんじゃねぇの」

「ひっでぇ!!オレ達親友だろぉ!?助けてくれよ京ちゃぁん……!!」

 

足抜けは意図にない、という事は現物ではなく継続的な稼ぎが欲しいようだ。あちらさんは随分と腹に据えかねているらしく、此奴はかなりの焦りを滲ませている。

親友。親友か……。よく回る口だ。軽率に腹から殺意が湧く。それを冷やすように薄い酒を飲み干した。

 

「はー……マスター、モヒートを」

「……はい、承りました」

 

酔わなきゃやってられない。此奴の前なら酔えてしまう己が憎い。

腕を組み、指を叩く。

 

 

「親友ねぇ……この俺を“体のいい玩具箱みたいなものだ”とか言った口でよくもまあほざけるもんだぜ」

「……あ?」

 

 

馬鹿笑いしながら。

アイツに友情なんて感じた事なんてねぇよと女を腕に抱いて言ったのだ。この男は。

 

「は、……ははは!!おま、いつの話してんだよ!!あん時のは誤解だってことで終わったじゃねえか!!」

 

終わった事。此奴の中では。終わった事か。そうか。そうだな。

 

「ふは……!そうだろう、そうだろうよ……もう終わった事さ。“オレが言えば彼奴は絶対に頷くぜ”。そりゃそうだろう、お前は俺の親友だからな……!」

 

小学の頃のイタズラも、中学の頃の初恋も、高校の頃の勉学も、大学の頃の肉欲も。全て俺が成就させ満たしてやったのだ。全て、全て、この俺が!

 

笑みを深めれば敦も引き攣った笑みを顔に乗せて恐れの目で俺を見る。

ああ。その目。その目だ。他人が俺を見る目。

 

─────お前は変わってしまったんだな?……悲しいな。それは悲しい事だ。俺はお前の向こう見ずな、恐れるものなどないというあの目が気に入っていたんだ。

 

俺を、何の呵責なく見つめるその目が……。

 

 

店の中が静まる。俺の一挙手一投足に視線が集まる。

 

 

「いいぜ。協力してやるよ」

「は、」

「協力してやるって言ってんだよ。大切な親友の頼みだからな……3日で今の仕事、残ってる全部にカタをつけて。お前の頼み事に尽力してやろう」

「ぁ、はは、マジで?」

「ああ」

「は……ははっ!お、驚かせんじゃあねぇよ、ったくよぉ!」

「代わりに俺の頼み事を、……お前は聞いてくれるか?」

「モチ!あ、でも分け前は7・3だぜ?」

「要らねぇよンな端金。……俺の行動指針、お前は覚えてるか?」

「……面白い事愉しい事を気の向くまま、だろ?」

「そう……それと、やらなきゃいけないコトはキッチリと……」

 

早く店を出たいと言いたげな様子の奴の腕を取り。指を這わせ。顔を寄せる。

 

「俺に抱かれろ」

「……、……は?」

 

みるみるうちに顔を青ざめさせる様に喜悦が這い上がる。

そう、そうだ。俺はずっとそうしたかった。

その上で俺は、この怨みを晴らすように蹂躙し、支配してやりたいのだ。

お前の意思を、心を、身体を、人生を、全てこの手で操作して。

 

「じょ、冗談、だろ?」

「本気だ」

 

お前に選択の余地は無いだろう?何せ自分の命に関わっているからな。

その顔が絶望に染まる。

 

何処まで行っても俺の掌の上だ。何一つ信じられなくなればいい。

お前は単純で、不確かな直感に頼るような考え無しだ。差し伸べられた甘い言葉に直ぐに飛びついてしまう。

絶望の縁に立たされた時、最後の最後に垂らされる蜘蛛の糸の先に元凶である俺が笑っていたら、お前はどんな顔をするだろう!どうやってもどうしようもないから、お前は俺に縋るしかないのだ。俺無しでは生きられない腑抜けになるのだ。

ああ、そうなったら少しだけ遊んでから捨ててやろう。お前が俺にしたように。

 

大丈夫、俺の造る悦楽に浸れば何も分からなくなる。知っているだろう?何人もそう(・・)なったのを目にしては笑っていたのだから。

俺を満たせよ。代わりに俺もお前を満たしてやる。

壊れてしまえばいい。そっちの方が、愉しいさ。

 

 

 

 

 

 

転がるように出て行った彼を余所にモヒートを口に流し込む。

 

「騒がしくしてすみません」

「いえ……」

「彼奴の分の金は俺が払うので」

「……分かりました」

「……煙草、吸っても?」

「どうぞ」

 

差し出された灰皿を受け取り礼を告げ、煙草に火をつける。

烟を肺まで満たし、ゆっくりと重たいソレを吐き出す。

 

「……キッツい」

 

ポロリと零れた言葉は意識していなかったものだった。

 

俺が彼奴へ向ける執着から現実逃避する意味合いもあったのだ、大学を卒業した後誰にも何も告げる事なく逃げるように生家に戻り、その周辺で就職先を探したのは。

建前なら幾らでも作れた。

 

これは決して愛ではなく、始まりすらも恋ではなかった。

 

唯の依存。唯の執着。孤独を恐れたが故の悪癖。それを切り離すのは、自らの骨から肉を削ぎ落とすような所業に等しい。

 

……お前となら俺は何だって楽しかったのだ……。

 

あの時、お前の本音を聞きさえしなければ、俺は今も目を逸らす事が出来ていた筈だった。聞きさえしなければ、俺はここまで壊れきる事もなかっただろうに。

 

 

「……あの人は。自分に向けられる感情の正負に関して、不思議なくらいに過敏で」

 

まるで独り言のように、マスターはカクテルを作りながら口を開いた。

 

「所属する場所でも上手く立ち回っています」

「……」

「それに甘えていたが故の今回の事案でした」

「ふぅん」

「前もそのような事がありました。……察しますに、そういう性分なのでしょう」

 

甘えたがり。甘ったれ。

可愛がられる。

仕方ない子だと思われる。ある種、得な人間だ。

振り回されるのは此方だ。いやまあ、俺が勝手に振り回されているのだが。

 

「良い薬になったかと」

「フフ、そりゃどうかなァ」

 

夢を見ていた。

あの頃の俺は。

ずっと。

……莫迦莫迦しい。

同じ目線で笑い合える人間だと思っていた。俺は独りではないと思っていたかった。

幼き日々だった。

俺はもう独りで立てる。擬態も上手くなった。

似た性分である女の知り合いもいる。

だけど、今でもお前を忘れる事は出来ない。そうする気がない。引き金を引いたのはお前だった。

 

 

今まで俺が破綻せずにいられたのは紛れも無くお前のお蔭なのだろう。

正常な世界で狂人が独り。精神が成熟するその時までそれを直視せずにいられたのは、お前がいたからだ。

お前が俺を道具としてしか見ていなかったとしても。

だからこそショックだった。聞いた事を無かった事に出来なくて、全て投げ出して逃げてしまうくらいには。

 

 

ことりと目の前にグラスが置かれる。濃いピンクをしたカクテルだ。

 

 

「このお代は頂きません」

「……」

 

そっと口を付ける。

 

「……アイスブレイカーか。手厳しいな。だが、今の俺には丁度いい。ありがと」

「いえ……」

 

 

目は覚めたさ。

大丈夫。今度は俺がお前に。

 

 

舌先で甘酸っぱい酒の味を転がしながら、いつか来たる日を夢に見る。

 

 

 

***

 

 

 

先ずした事と言えば、部長の今までの所業を文面に纏め社長へ提出した事だろうか。

 

本来なら数ヶ月後の予定であったが、3日で片付けると決めたので大幅に早めた。多少強引に進めた。久方振りに自分の身を売る羽目になったが2、3日腰を痛める程度ならばコラテラル・ダメージだ。(好き勝手打ち付けやがってあのクソオヤジめ)

 

他にも細々と口にするのも憚られる事をヤったり貶めたり脅したりしたが犯罪スレスレだったのでセーフである。身体を売ったのも初めの1度だけだしな。勘違いさせたままぬらりくらりと躱すのは割と簡単だ。

 

元部長は減俸の上降格処分。新しく部長が来るまでその席は空席だ。元部長は上司であったとはいえ扱いは良くない。元々自分の仕事を権力を盾に他に割り振っていた為直属の社員の心象は頗る悪かったし、数ヶ月もの仕事場改革(意訳)の甲斐もあったようで、年齢序列は彼に対してのみ適応外である。

 

後日譚の形なのは面倒だからと言うだけではない。特に描写する程のものが無いのである。

 

“交渉”の末早急且つ人知れず元部長の席替えがされ、公然の噂に刺すような目を会社全体から向けられ、辞めて引越ししようにも“何故か”再就職先が無く、引越しも難しく、生活の為にはこの会社で働き続けざるを得なくなったというだけだ。針の筵である。ざまあない。

 

 

そして唯一奴を求めていた愛人はといえば今俺の隣でお茶汲みをしていたりする。

 

「まったくもって蝙蝠のような女だな」

「酷い言い草ね。泣いちゃうわよ」

 

あの夜の情熱的だった貴方はどこへ行ってしまったの?

大袈裟に嘆く女に対し何も言わずに微笑みを向ければ、女はほうと溜息を吐いては苦し紛れに本当に狡い男だと口にした。

 

「狡い男は嫌いか?」

「……嫌いなんて言える訳ないわ。その蕩けたような甘い瞳に、すっかりハマっちゃったんだから」

 

不細工に歪めた顔を鼻で笑う。

 

「それより、あの噂は本当?」

「あの噂?」

「ココ、辞めちゃうって」

「ああ……そのつもりだったんだが、直ぐには難しそうだ」

 

書類を脇に寄せ、湯呑みの中に浮ぶ波紋を眺める。

 

「フフ、少し脅しが過ぎたようでな。思うように行かないものだね……」

「嘘。貴方が加減で下手をするなんて有り得ないわ」

「買い被り過ぎさ。俺だって失敗はする」

「それこそ嘘よ。貴方程自分の魅力も実力も引き際も分かってる人間なんていないもの」

「賢い奴はそもそもこんな博打はしない」

「貴方は賢いと言うより狡猾ね。自分が楽しければそれで良いんだわ。自分を客観的に見て、他の人間の思考を簡単に操って。悪魔的だわ。人非人よ。……そういう所にも惹かれちゃってるなんて、本当に私、馬鹿よね」

 

本当にな。自己陶酔気味で中途半端に賢い女より扱い易いものはない。

……それと。

 

「操ったんじゃあない。動いてもらったのさ」

「同じ事よ!」

 

風聞が悪いじゃないか。

 

 

 

ともあれ肉体関係のある人間がいる仕事場で仕事なんて面倒極まりないのも事実。近い内にこの仕事は辞めるだろう。

 

─────彼奴の動向も全容が掴めたところであるし。

 

再度顔を合わせ、口八丁に丸め込まれて俺に抱かれた後、逃げるように俺の住む町から逃げてしまった彼奴だったが……服に発信機が仕込まれていたなんて考えもしなかったのだろう。駄目じゃあないか、折角成った仕事なのに詳細を詰める前に投げ出しちゃあ。

 

仕方がない。

詰めの甘いお前の事だ、やはり俺が何とかしてやらないとな?

─────殺されないように生かさないように、お前を飼えるのは俺くらいだろう。

 

何よりも。

 

 

「追い掛けられるよりも追い掛ける方が愉しいじゃあないか」

 

 

裏の世界も、それはそれで楽しいかもしれない。

お前がいるなら、それは確実だ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

白い部屋。

壁には当たり障りない戸棚と、鍵穴のない扉。

大きなベッド。灯りがないにも関わらず明るい部屋には、古風な映写機が目を引く。

 

男は目を開けばその部屋にいた。

 

最近では3日ごとではなく、毎晩の事だった。

初めは『セックスしないと出られない部屋』などと頭の湧いた文字が壁に映し出されていたものだが、一緒に閉じ込められているもう1人が文字通り首だけになった時以降、映写機は機能を止めて沈黙している。同時に唯一の出入口である扉に鍵を掛けられる事も、“どこからともなく感じていた視線のような何か”を感じる事もなくなった。

 

男がベッドへ足を踏み出す。

そこに横たわるのは、艶やかな金の髪の美しい大男……吸血鬼となったディオその人である。身長は大体2mくらいか。目を閉じて薄い息をしているその姿はまるで彫刻のように整っている。

身体はよくよく鍛えられたもので、浮いた筋肉はどんな格闘家よりも優るだろうという程に隆々としていた。不思議な事に、首から上と首から下は肌の色が若干異なっている。まるで別の人間の身体を繋げたかのように。

 

彼の首には紅い傷がぐるりと1周、深く濃く残っていた。

 

「まだ目が覚めないか」

 

微睡み、眠りについても目を覚まさない。

まあ、この空間はただの夢ではないが、それと共に夢でしかない訳で。夢の中で目を覚ますというのもおかしな話か。男は思う。

 

そっと枕元に立つと男は手に持ったナイフで自身の手首を裂く。

瞬く間に玉となりぼたりと落ちる赤い雫は、まるで紅を引くようにベッドに眠るディオの唇に滴り口腔へ滑り落ちていく。

 

「漸く傷は全て癒えたが……イマイチ馴染まないのだろうな」

 

指が首の傷をなぞり、胸元から正中線に沿って腹、下腹部へと這う。

ぎしりとベッドが軋む。男がベッドに乗り上げたのだ。

覗き込むように顔を寄せ、額に唇を落とすと、男はディオの腹の上に跨る。

 

「毎夜毎夜睡眠妨害しやがって」

 

にこりと美しく微笑み、肌を擦り寄せ、出の悪くなった手首を噛んで抉りながら舐めて、眠る彼の唇に口移しする。

 

「ふは……可哀想にな、首だけになったかと思えばここまで衰弱する羽目になって、……この身体も。折角足の先まで調教し尽くしていたのに」

 

舌が首に這う。

はたしてこの血の味は、いったいどちらの物か。

 

「もっと血が欲しいか?」

 

血に濡れた指が印でも付けるように赤い線を引く。男自身の首筋にその色はよく映えた。

 

「口をあけような……」

 

鋭く伸びた牙は容易く人の肌を貫く。

頭が動かないよう腕に抱え、自らの首筋に彼の牙を埋めていく。

 

「ん……」

 

薄く目を開いたらしいディオは焦点の合わない目でぼうっとしながらも、本能だろうか。男の首筋に舌を這わせて血を吸い取っていく。

 

「ふは……」

 

痺れるような、感覚が鈍っていくような、虚脱感を伴うそれは紛れも無く快感であった。

血液と共に生命エネルギーを吸い取られているのだ。此処が夢であるからこそ、互いの精神、魂が露出した状況下、その効率は非常に良い。

時が経って身体と首がある程度馴染めばディオは目覚めるのだろう。肉体の全てが彼の物になってしまえば。肉体の意思が極力まで奪われてしまえば。それまでは。

 

男はディオの身に起きた事は欠片も知らない。前述したものは全て感覚的な物であり、実際がどうなのか知る術は今はない。

 

少しずつ、少しずつ。殺してしまわぬように、殺されてしまわぬように。

積み重なる経験値によって男は自身の限界というものを完全に把握していた。

 

「ン、ふ、」

「はぁ……ァ、ん……少年、もうそろそろ、」

 

口を離させる男に抵抗しようとしたのか、ディオの指がぴくりと動く。しかしそれきりで、ベッドに力なく落ちた腕は持ち上がりさえもしない。

未だ身体を自由に動かせないディオに対し、男はその挙動を目にしながらも容赦なく身体を起こした。

 

「今日はオシマイ」

 

また明日な。

噛み跡の増えた首筋を手で覆い、男は上気した頬をそのままにその唇に口付けを落とす。

 

「ははは!不服なら早く目覚めないか。じゃないといつまで経ってもペット扱いだぞ」

 

薄く覗いていた赤い瞳は今はもう白い瞼で閉ざされている。

 

「……フン」

 

一瞬スリ落ちた笑顔を拾い上げながらディオの上から退き、男は彼の頭を抱え、自身の膝の上にそっと下ろす。

 

「昨日は風呂に入れてやったからな。今日はマッサージでもしてやろうか。……吸血鬼に按摩なんて意味無いだろうか」

 

まるっきりペット扱い、良くて介護である。

 

 

男はディオが眠っている間、色々と“部屋”を改めていた。

戸棚の中のアダルトグッズはどれだけ破損しても消費しても次の瞬間には補充されていたり、アレソレがないと零せば5分もせずにその現物が戸棚に増えていたりと……“監視者”の目が離れたと確信はあったが、なにやらもうひとつ、何かが此方の動きを見ていると思ったのだ。

 

機械的で、意思はなく、此方の脳内を覗き、要求をある程度酌むナニカ。

 

仮に“監視者”と“管理者”とするが、彼らは恐らく主従関係にあると見た。“監視者”はある程度の条件を“管理者”に科し、“管理者”が部屋の形成をする。最初ならば“セックスしなければ鍵が開かない部屋”を作る事、今ならば“必要なものがあればある程度対象の要求を呑んでいい”、とかであるか。

 

……此処で男は思考を止めて鼻で笑う。

監視する者がいる事は男の中で決定しているが、その想像はあまりにも突飛だ。眠りについた人を夢の中の一室に引き摺り込み、セックスさせてそれを鑑賞して解放する。……非現実的だ。今更なのだが、それでも馬鹿馬鹿しいと切り捨てたくなる。それらが本当ならとんだ悪趣味だ。

 

もっと建設的に、合理的に使えるだろう、そういった力というものがあるのならば。

 

 

先日はといえば試すだけタダだと風呂が欲しいなどと口にした結果、部屋全体がバスルームと化した。男は思わず声を上げて笑ったものだ。男が想像した通りの、暗めのライトが印象的なラブホテルの風呂場そのものだったのだ。部屋の中央で意識の無いまま湯に浸かってしまったディオを見てしまえば笑うしかない。

ベッドがあった場所がバスタブであったので仕方の無い事だと言われればそうなのだが。そのまま全身を丸洗いしてやった。

この男、好き勝手やらかし過ぎである。

 

部屋の大きさやアダルトグッズのある棚、形を変えてはいるが鍵穴のない扉などは変えられないらしく、それらは若干浮いていたように思う。

 

……因みにまだ先の話にはなるが輸血パックを所望してディオに飲ませたところ、あまり食い付きが良くなかったと男は残念そうにディオに語る。得体の知れないもの(何の血かも分からないもの)を飲ませるんじゃあないと殴られる羽目になるのをこの時の男は分かっているのか否か。

 

 

 

男はディオの髪を撫でながら片手で彼の手を掴む。

硬い筋肉に覆われた腕。ひと回りは大きい掌。……知らない人間の身体。このような形で自分のものにしてしまったのだ、きっとディオにとって、この身体の主に少なからず思う所があったのだろう。憎か、愛か、……それとも。

 

何にしろ知る由のない事だろう。そも、追求など、男とディオの関係には不要なものなのだ。ただそこには快楽があればいい。

 

「しっかし……これはこれでエロい」

 

嘗て可愛がった身体が惜しいとは今も思っているが、筋肉の密度のあるむちむちとした肉体は感度も良く抱き心地が最高なのである。身長が195cmもあるが。

 

男は睡姦は好みではない。気が付いたら調教済だったという展開は魅力的ではあるがそれはそれとして。

 

 

「……部屋の主さんよ、マッサージオイルとか出せる?」

 

 

ともあれ何事も愉しんでこそだと、男は物言わぬ肉体美を堪能する為、今日とて要求をするのだった。

 

 

 

 

 

 

***一章 終

 

 

 




Q.ジョジョといえば?A.\スタンド/
以上、一章終了。以下蛇足。


一章はオリ主の性質を主に比重を置いた。ただエロい話が書きたかっただけなのに何故だ。まあ没入感というか、ただ頭の可笑しい人だと思われたくなかったからなんだけども。未だに本名出てないけど。次の閑話あたりで出す。
主に性描写はディオ様とだけでいいんだよなぁ。オリ主×オリキャラのベッドシーンとか誰得だよ。自己陶酔かよ。と思ったのでオリ主×敦の甘エロ初夜は敢え無く全カットですお疲れ様でした。それだからオリキャラがモブと化すんですけどね。背景背景。
オリ主をクソデカ感情持ちにしたら何故かヤンデレに。後悔。やっぱ此奴頭おかしいな?

ディオ氏の視点からすると彼の一生はジョースター家の血脈に翻弄されたものだったなあと改めて。主にディオ氏のやる事為す事がジョースター家の因縁になり過ぎて草生えた。そういうところもSUKI。お前がナンバーワン。漫画読み返してていっつもディオ氏のセリフのとこで笑ってしまう。言葉選びが独特過ぎて草ァ!あとなんでそこまでえっちなの?衝動に駆られて書いた。後悔してるけど反省はしてない。多分またやらかす。

取り敢えず今後はオリ主とディオ氏の仲を深めて頂きたい。やっぱりね、体の関係があったらね、割と感情移入しやすいと思うんだよね。でもやっぱりお互いがお互いに1番じゃないっていう。ディオ氏はふたりでひとつ( )してるのでまだ視野は広いでしょう。手に入れた者の余裕というやつですね。オリ主は敦に対して盲目状態なので割と真面目に頑張って欲しい。全てはディオ氏にかかっている。まだ閑話途中しか書いてない。

そんなこんなでオリ主とディオ氏の関係性に関してはぼんやりしたままです。それは意図的なので。進展するのは次以降なので。主に生前(?)編みたいな前哨的なアレなので。腐れ縁の馴れ初めみたいな。
エピローグはあっさり風味だけどだってまだこれ夢での逢瀬程度なんだよ?現実で会ったりとかしてないんだよ?部屋の謎とかもまだ解明してないし???
なのでまだまだ続く。アホみたいに続く。メインは三部時空以降なので先が遠い。意欲が続くかわからぬ。パトスとパッションの続く限り続く。オリキャラは多分まだ出張る。
そういう訳で害悪系お腐れ野郎は声を上げる。
ソドミーはいいぞ!!!!!
以上蛇足。それではまたいつか。


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閑話
第9話


番外編
本番無し/オリキャラ視点/ディオ様は添えるだけ


篠原敦は焦っていた。

約束の期日は目前で、その道の先輩からは再三の催促が携帯端末を鳴らしている。その様はまるで取り立て屋のようで、恐れ知らずの極度の楽観主義である敦も流石に肝を冷やす程。

 

「(協力は取り付けたにしろまだ何も考えてないとか言えねぇ……!)」

 

痛む腰とあらぬ所。

しかし同時に迫り上がるような得体の知れない快感を思い出してしまい、大袈裟に頭を振った。

 

─────1度だけでいいんだぜ?

 

蕩けた蜜のような……甘やかで官能的な声が、まるで彼を愛しているとでも言うように、敦の耳に注がれる。

 

─────加減はする。ハジメテだろ?お前は俺とビジネスパートナーになるんだ、壊してしまったら愉しくない……

 

足元から這い上がるのは蛇のような、蟲のような怖気。

 

─────俺にすべて任せておけよ……お前の望むもの、全部俺が叶えてやるから

 

 

あの頃よりも数段、何十倍にもヤバい(・・・)

 

 

篠原敦が、─────“水瀬京一郎(あの悪魔)”の友であった事など、1度たりともない。

 

 

 

 

 

 

出会いは幼少期。幼稚園のクラスの中でひどく浮いているのに、何故かみんなの中心にいた京一郎に関わりに行ったのが始まり。

 

「(なんだあいつ、きもちわりぃ)」

 

その頃から、敦は京一郎が生理的に受け付けない、気持ちの悪いモノだと思っていた。

儚げな大人しい子供だったからか、休み時間も静かに教室で本を読んでいて。それでも人と話す時は爛漫と笑っていたから、周りには常に人がいた。その容姿はまるで少女と見紛う程のそれはそれは大層な美少年で、母親とはとても仲が良いと近所でも噂だった。

 

……敦はふとした時、京一郎の目が淀むのを知っていた。雨の中の道端の、粘土のようにぐちゃぐちゃになった泥。そんな、気味が悪い墨色になるのを。

 

関わりに行ったのは、京一郎と話していた1人の少女の事が好きだったからだ。その女の子と話したいという意味半分、コイツに取られたくないという意味半分。

……案外、つるんでいて楽しかったのが意外だった。悪い事も肯定したし、彼から提案する事もあったから。とても居心地が良かったのだ。

それでも嫌悪感は拭えないまま腐れ縁は続き、小学、中学と進学する時も彼らは一緒だった。

 

 

 

小悪党的に好奇心旺盛だった敦はある時、クラスメイトに夜の旧校舎へ肝試しに誘われた。悪い事はやってみたい年頃だった。

敦は大体京一郎とセットか、もしくは約束自体が京一郎目的であったから、それには当然京一郎も付いてきた。それだけは非常に不満だったが、楽しい事をしていればその嫌悪感も直ぐに忘れられたので、寧ろ誘いがたくさん来る京一郎は体のいい誘蛾灯だった。お零れに預かった結果、最高に気持ちがイイ思いが出来たのだ。

 

それが何故か今回ばかりは違った。興味無さげなのを隠して笑みを浮かべていた筈の京一郎が、横から煙に巻いて約束を先送りにしたのだ。

 

「……敦、やめた方がいい」

「……何で?びびってんの?」

 

不満だ。なんで。折角楽しそうなのに。特に鍵を壊して忍び込むってトコが。

 

「ちげぇよ。あそこさ、」

 

授業開始のチャイムが鳴る。気を削がれたような素振りを見せた京一郎は机から教材を取り出しながら言う。

 

「ハッテン場だぜ」

「……、……は?ハッテン……なんて?」

「変態野郎の巣窟。週末夜七時以降は特にヤバイ」

 

夜な夜な中学や付近の高校のOBが集まって、無理矢理連れてきた女だの男だの子供だのを食い物にしているのだという。食い物、というのは勿論、“性的に”。

 

「……なんでそれ、知ってんの?」

「……、……父親が。そこに俺を突っ込もうとしてやがった」

 

まあ、途中で思い留まったようだが。

眉間に皺を寄せた京一郎は皮肉げに笑う。

 

「だから、やめとけ」

「……そうする」

 

授業が終わった後は直ぐに担任によるSHRが始まったのでその後、敦は京一郎を連れて部活動場所まで競争した。毎週金曜は競争をして、負けたら1日勝った方のパシリをする約束だ。

クラスメイトに忠告するのなんて、すっかり忘れていた。

 

 

週明け、そのクラスメイトは学校を休んでいた。

 

 

まずったなぁとは思ったが大して仲のいい友達でもなかったので。京一郎の取り巻きになってお零れに預かろうとしていた奴であったし。ひっそりと転校していった時も直ぐには理由が思い至らなかった。あーあ、そっかあ、ごめんね、ゴシューショーサマ。けどおれ悪くねーよな?

 

 

「悪くねぇよ。下調べしなかったアイツらが悪い」

 

 

京一郎は全て知った上で見捨てたのだとは、敦は欠片も思わなかった。知っていたとしても自分には関係ないので、恐らく直ぐに忘れた。

 

 

 

 

 

幼稚園の頃の初恋は初恋の内に入らないと思っている。ので、中学2年の頃のそれが敦の初恋である。

好きな子程虐めたがる敦はその子に嫌われており、しかし一人の人間なりに恋の悩みに悩んだ末、猥談でもAV鑑賞でも最も余裕のあった京一郎に相談した。聞けばなんでも答えてくれたから、京一郎に相談を持ちかけるのは最早癖だった。

 

「付き合いたいの?」

「ん゙……うん」

「んー……ま、いいよ。協力してやる」

「マジで?!サンキュー京ちゃん!!」

「言っとくが正攻法はもう無理だぞ。お前本気であの子に意地悪し過ぎ」

「えっ」

「……なにその、“えっ”て。無自覚かよ、サイコパスじゃねぇか」

 

 

 

 

 

高校受験の為に敦は頭を抱えながらも京一郎に教えを乞うていた。

 

「あああああ……もっと簡単な方法ねぇの?!頭痛てぇ」

「お前これ中2初期の問題……」

「もうだめ、もうむり、京ちゃん何とかしてぇ……定期試験みたいにヤマ張ってよ、おれソレ丸暗記するから!」

「無茶言うな馬鹿。……ヤマは張ってやるから死ぬ気で解き方覚えろ」

「ひぇ……キチク……ひとでなし……」

「そう言うなら今からでも志望校下のに下げるか?オレは志望通り〇〇高校行くけど」

「あーーー!!折角オレが京ちゃんを1人にしないように頑張ってんのにンな事言うんだああああもげろ!!!」

「うっせ……」

 

 

 

「ねー京ちゃん」

「なあ京ちゃぁん」

「京ちゃん助けてぇ〜……!」

 

 

 

そう言えば京一郎は仕方ないなという顔をして敦を陰に日向に手助けしてきた。

 

 

 

転機は、高校3年。

 

 

 

「敦……俺もう駄目だ」

「……、……、め、ずらしいね???どしたの京ちゃん、あっくんに話してみなさぁい!」

 

夕陽の差し込む高校の玄関で、京一郎はぽつりと呟くようにして弱音を吐いた。軽い気持ちだった。

 

「俺の家……家庭環境がよくねぇの、知ってるだろ」

「まあねえ、色々愚痴ってたから……」

 

この頃には京一郎の母親と父親は来る日も来る日も喧嘩ばかりで、母親は更に京一郎に傾倒し、養育費と引き換えに京一郎からの愛欲を求めていた。ほぼほぼ脅しに近かった。……そんな“京一郎に”父親は我慢ならなかったのだろう。……制服のシャツの合間には大きな痣が覗いていた。既にその暴力は日常化していた。

 

 

「元から親を親とは思っていなかった」

「殺したい程の興味もなかった」

「でも」

「耐えられない。……耐えたくない」

「もう、アイツらの顔も見たくない」

 

 

「いいんじゃねぇの?」

 

 

「……いいんだろうか」

「ずっと耐えてきたじゃん。いいと思うよ、オレは」

 

ふーん、へー、あっそう。正直興味がなかった。

だって他人事だもの。

 

 

だから、それから3日経たずで両親を離婚させた上精神病院にぶち込んだと聞いて。表ではヘラヘラと笑いながらも─────心底気持ち悪いと思ったのだ。

 

こいつ本当にやりやがった。

人でなし。

血の繋がりの情はねぇのかよ。

信じらんねぇ。

血も涙もない。

 

 

化け物。─────悪魔だ。

 

 

敦の馬鹿な頭でも、京一郎が相容れないイキモノなのだと漸く理解出来たのだ。

 

 

 

─────でも、京一郎の傍にいる事で吸う甘い蜜が惜しかったので。

敦はその後も京一郎と行動を共にする。

 

血の繋がりのある両親を切り捨てられるんだ、きっとお前はオレも切り捨てるんだろ?

 

 

 

「アイツ?別に友達とかじゃねぇよ……腐れ縁だって」

「アイツの近くにいると色々便利なんだよなぁ。頼めば何でもしてくれるし」

「あはは」

 

「アイツは玩具箱なんだよ。愉しい愉しい道具箱」

 

「たったそれだけ」

 

 

 

 

 

 

「やっと来たか敦よォ〜〜〜〜……!!」

「い゙、痛いっす痛いっすスミマセンデシタァ!!」

 

腰は痛いし、孔はヒリヒリするし、……腹の奥は未だに疼くし。センパイにはこめかみをグリグリされるし。今日は厄日だ。一応マッサージはされたものの痛いものは痛いまま。

あの後逃げるように部屋を後にしたので、もっと言うとその後京一郎を避けたので、話を詰める所ではなかったのである。

とはいえ敦は自称するくらいには馬鹿なので、事業を立ち上げる方法も業務形態も何もかも決められない。分からない。そして学ぶ気もない。

 

「それで?もう待てねぇけどよォ……ちゃんと考えてきたんだろうなぁ」

「そ、それは、……」

 

……敦の知らぬ事ではあるが、この“先輩”。敦に対し何の期待もしていない。馬鹿だし、今までは運が良かっただけ。それだけならばこの世界では掃いて捨てる程いたからだ。コイツはもう駄目かもな、とも思っている。チョットした悪さをする自分に酔うチンピラ。半グレ未満。裏の世界で脛を齧り、上納金も払えず好き勝手して。そういう青い子供を食い物にするのが裏社会の常。本気で敦を組織の一員にするつもりは、そもそもの話なかったのである。

そも、どのコミュニティでもルールを守れない奴は爪弾きに遭うのが当然だ。

 

段々顔色が険しくなるセンパイに敦は真っ青になりながらしどろもどろと口篭る。

 

「実は、」

 

「敦!」

 

「「!!」」

 

センパイにとっては聞き覚えのない声。敦にとっては聞き覚えしかない声。双方がなんで、という心地でその声を振り向く。

 

艶やかな黒い髪。

桃色に染まる薄い唇。

ぼんやりと薄く靄がかっているような、垂れ気味の切れ長の目。

悍ましくも美しい─────悪魔のような男。

 

礼儀正しく先輩に会釈した京一郎は、一見嫋やかにも見える仕草で敦に向き直る。眉根を下げた、困ったような顔だ。

 

「忘れ物だぜ。駄目じゃあないか、折角説明しに行ったってのに、資料も金も何もかも忘れてちゃ……」

 

説明?

資料?

金?

……なんの話をしているんだ?

 

「初めまして。事業主……篠原敦の旧友の水瀬京一郎です。先輩の事は、敦からかねがね」

「、おお。こんな別嬪が出てくるたァ思ってなかったわ。やるじゃねぇか敦」

「え、あ、はい……?」

 

一変して愛らしく微笑んでみせた京一郎は丁度いいからと手に持った袋から分厚い茶封筒を取り出す。個数は2つ。

 

「一先ず、1ヶ月分です」

「……、……何だって?」

「ヤですね、売上ですよ」

 

敦の手にそのひとつを握らせ、先輩に手渡させる。

 

「漸く軌道に乗ったばかりなので多くはありませんが、40万。そしてこちらが……××組は月の上納金は、新参が20万でしたね?敦がどれだけ借金してるのか分かりませんが……120万。半年分程此方に用意してあります。それ以上ならまた後日お伺いする事にはなりますが」

「……ほー?随分羽振りが良いじゃねぇか」

「協力してくださった方やお得意様の手があってこそですよ。……と言っても上納金自体はほぼ私のポケットマネーですけれど」

 

もうひとつの茶封筒も敦に手渡し、京一郎は生き生きと話し出す。

 

「説明の方は、入用でしょうか?」

「……、ふは!はははっ!イイねぇあんちゃん、肝座ってるなぁ。気に入ったッ!!ヤクザの支部に堂々と入り込んでは強面のオレにンな口を聞いて……お前さんホントはどっかの組員か?」

「真っ白な一般人です」

「んな訳!ははは……ッいや、笑わせてもらったわ。事業内容書を見る限りグレーって感じだが、よくもまあ法律の穴を突いてある……察するにコネもツテもかなりあるんだろう?」

「友人が多いだけの男ですよ、私は」

「ふはっ……顔も良けりゃ鼻も利く。金もある。どうやらその身体も極上のようだしなぁ」

「……フフ、」

 

その指先、が。おとがいを這い、首筋を伝い、胸から腹へ太腿へ、際どく、婀娜やかに。

ごくりと誰かの喉が鳴る。

 

「味見してみますか?」

 

なんて。

京一郎は目を細めて笑う。

 

「いざとなれば私を売れば宜しいでしょう。担保程度にはなるかと。末端とはいえ組の者である敦は兎も角、他ならぬ私に逃げ道が残るのはフェアじゃない」

「……おいおい、本気かよ?」

「正気ですよ」

 

京一郎は檻である。道を塞ぎ、逃げ場などないと獲物に知らしめたいが為だけに身を売る、正気を装う人非人。狂気をアクセサリーのように身に飾る悪魔のような男。

だって自分を追い詰めるそれすら、興奮の一要因にしかならないのだから。打算も勿論あるけれど。

 

「是非とも、これからもどうぞ宜しくお願い致します」

 

な、敦。びくりと身体を震わせた様に、京一郎はクスクスと悪辣に嗤う。

 

「これを機にお前さんも組に入らねぇか?口利きしてやるし歓迎するぞ、イロイロとな」

「私はあくまで敦に雇われた一般人ですので……」

「なぁに言ってんだ、シマでここまで稼いでおいて」

「……私は何か悪いコトでも致しましたでしょうか?既に国に届出は出していますし、後ろ盾もなく、組の援助もなく、ここまで軌道に乗せたのはほぼ独力なのですけれど。ああ、勿論、敦のね」

「……、……、フハッ!!もー、いいわ。オレの負けだ。好きにやれよ。上にはオレが言っておく。事業内容書はよく出来ていたしな、それで結果が出たならそれでいいだろうよ」

 

敦には何が何だか分からないまま。

金さえ入れば文句はねぇさ、と先輩は笑い、中々面白かったと敦と京一郎の頭をくしゃりと撫でて踵を返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

無言のまま、敦と京一郎は並んで歩く。

帰路に着く訳でもなく、宛はなく。

居心地の悪い沈黙に敦は恐る恐る口火を切った。

 

「あの……、京ちゃぁん?そのぉ、なんてーの、……えっとぉ、」

「なんだよ鬱陶しい。言いたい事があるならハッキリと言え」

「うっ……その、結果的に金とか工面して貰っちゃったしィ?仕事?の件とか……」

「だから?」

「その!あ、ありが─────」

 

 

「……はは、ふははははっ─────

 

─────何を勘違いしてるんだ、お前」

 

 

冷たく凍てついた、熱く蕩けた声。

ぞわりと背筋を震わせるそれは正しく、あの夜の熱情に侵された京一郎の声で。

敦はヒュッと息を呑んで足を止める。

 

「分かってねぇなァ敦……。フフフ、だからお前は馬鹿なんだ」

「な、ん、」

「俺が。この俺が。無償で。お前の為に身を削ったとでも?お前如きの為に?」

 

這い上がるのは怖気だ。昔感じたそれよりも何十倍にも濃く、甘やかな、恐怖による悦楽だ。

感じるのは毒霧だ。鼻腔へ入り込み、肺を侵し、五臓六腑を爛れさせる、色慾の毒だ。

 

「敦」

 

ひたりと触れる。

 

「お前は俺の親友だろう?」

 

けしてそんな事など思っていないような顔で口にする。

 

「既にお前と俺とは一蓮托生だ」

 

愉悦を含んだ上擦った声が、敦の脳裏をガリガリと掻き毟る。

 

「安心しろよ、俺がいればお前は大丈夫だから、な?」

 

甘く、密やかな、それでいて噎せ返るような甘苦い匂い。

 

 

「逃げられると思うなよ」

 

 

それは紛れも無く怨嗟だった。

それは紛れも無く、愛の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

「───♪」

 

持ち込んだ紙束に走り書きしながら歌を口ずさみ、片手はさらりと金の髪を撫でる。

 

男─────ナミセ改め水瀬京一郎は上機嫌であった。

 

“全て”が手に入ったという訳ではない。寧ろそれを、京一郎は望んではいなかった。

 

─────追い掛けられて、追い付かれて、引き離したかと思えば回り込まれて。 その繰り返しによって絶望と希望に振り回されては疲弊して、それでも目の前に垂らされた蜘蛛の糸に縋りついて。

そのようにして、絶頂から悪夢に引き摺り落としてやりたいのだ。

生かさず殺さず。

不幸なお前はいっとう愛らしい。

愚かで可哀想なお前を、一生飼い慣らして可愛がりたい。

 

だからまだ壊れないようにしなければ。

 

「───♪……フフ、」

 

“神の声を聞いたことはあるか?”───などと聖句の皮を被った悪魔の話を歌いながら、京一郎は夢と現実を行き来する。

 

 

水瀬京一郎は幸福である。

 

 

 

 

 

 

 




エピローグ補足。
閑話は短編もどき。
自営業( )の内容は考えたけども外道臭に吐き気がしたので敢え無く省略。書いててこれはダメだと思ったの初めてなんですが。


p.s:えろいのかきたい。


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第10話★

ワンクッション
オリ主×女 性描写アリ/最後にオリ主×ディオ少々

詰め合わせっぽくなった。


女郎蜘蛛は動かない。

巣の中でただ獲物が掛かるのを待ち、糸で捕え、その毒牙で弱らせ、身動きが取れなくなった所を捕食する。

 

 

 

 

 

 

 

ぎしりと軋む。

白く柔い躰が波打つように跳ね、紅を塗った肉厚な唇がキスを強請る。

それを避けて、ざらりとした壁を擦りながら突き上げた。

 

「あンッ!っもう、意地悪……ぁあ、」

 

何処も彼処も柔く華奢で掴めば指が沈み込む。太腿、尻、腹へと掌を滑らせれば女は甘く啼いた。

 

「キスは嫌なんだろう?」

「あっ、あ、ちが、オーナーなら、」

「俺なら?……フフ、それはとても光栄な事だ」

「本当なの、水瀬さんだから、私……っ」

 

“仕事”を始めて暫くになる。最古参に入るだろうこの女は初めに募集を掛けた時からの付き合いで、勤務態度も良く総合的な収益も上位に食い込む程だ。入れ替わりの激しい、良く言えば縛りが少なくいつでも始められいつでも辞められるアルバイトのような緩い職場である為、此処まで長く残るのも……いや、少なくはないが、多くもない。

その為ある程度の経年数になればボーナスの支給の際に要望を聞くようにしているのだが……身も蓋もない言い方をするならば、こういう古参の大半は俺が目当てなのだ。収益に応じて報酬を与えるのも吝かではないのでまあいいかと抱いてやるのだが。

“仕事上”あれだけされておいてプライベートでも欲情出来るな、と半ば感心している。恋愛とは斯くも度し難い。

 

けれど、分からなくもないのだ。俺もアイツに求められれば喜んで抱くだろう。アイツが俺を求めるなんて天地がひっくり返っても有り得んが……ん、いや然し、想像しただけでも愛しいな?いっそ飼い殺してやりたいくらいには。

 

「俺だけに、その唇をくれるのか」

「っ……ン、そうよ、そうなの、貴方だけに……」

 

心酔し切った潤む瞳。

よくもまあ、なんとも。

 

「ああ、早く、水瀬さん。キスして、私に……」

 

赤く色付きぷくりとした、肉厚な果実のような唇。

女の肌に触れ、雫を零す欲求と懇願の眼差しに、俺は漸くキスをしてやった。

 

 

 

 

 

 

愛、恋、執着、畏れ、欲求、盲信、心酔、金。相手に求めるものは多種多様だが、その代わりに彼ら彼女らは俺に自分が払える対価を捧げるように押し付ける。これだけのものを払えるから、自分が欲しい物を、その分だけでも与えてください、と。

全てを他人に差し出す人間達の気が知れない。己という存在は誰でもない己だけのものだろう。心も身体も、傾けるなら兎も角全部捧げてしまう人間達は、きっと頭が弱いのだろうなと思う。虚像に酔い、信仰に目を曇らせて、偶像を崇拝する。ここまでくれば宗教そのもの。色慾とは、情とは、掌で転がせるほど小さくて可哀想だ。

 

 

 

“店”の方針としてNG行為はきちんと定めており、違反した場合は“組”から雇った警備が従業員のヘルプコールに応じてストップを掛けに部屋に雪崩込んでくる仕組みになっている。

どんなプレイも許容するがキスだけはNGで。なんて事も従業員によってはよくある事だ。

それが悪い訳では無い。人は多様性の集団だ。価値観も感性も何もかもがばらばらで、それは受容して然るべき、と俺は考えている。

であればそれを踏まえた上で環境を整え、従業員の精神と身体を守るのがオーナーとしての役目だ。……だがそれ以外は管轄外である。個々人に係う時間すら本当は惜しい。宣伝も勧誘もバックアップも何もかも全て俺が担っている為に、幾ら時間があっても足りないのだ。それでも尚、俺は態々手間をかけてやっている。……まあ、1から10まで自分が決められると考えれば前の職場よりは数段良いが。

そして上顧客となった者の大半はというと、こちらも俺に相手をして欲しい人間ばかりであったりする訳だ。

 

このような仕事の根底に俺ありきなど、業務態勢としては下も下甚だしいが、俺の標的はあくまでアイツなのでこちらの方が却って都合が良い。生かすも殺すも俺次第というのが実に俺好みなのだ。

 

雇用条件は自由度の高さを。アルバイト感覚で気軽に始め、後腐れなく辞められる事、尚且つ従業員の安全と安寧を充実させ、リスクを限り無く減らし、顧客との摩擦を極力無くした形態で。

 

そうしてこの“仕事”が成り立っている。幸いにしてクオリティの高さはその道に詳しい顧客のお墨付きである。此処までクリーンに偽装した“ビジネス”は無いとすら言われたが。偽装とは人聞きが悪い。ただこちらは堂々としているだけの事だ。

ああ、表側はあくまで立地のいいビジネスホテルで、大衆向けのサービスももちろん存在する。

裏側の事業はお察しの通り法的にはグレーである。あくまで“自由恋愛”を謳うソープなんかの風俗と一緒。不幸な事にバックには警視庁だの警察庁だの議員だのの官僚サマがいるので暫くは安全だ。金とコネの力とは偉大だと言うべきか、この世界が腐り切っている事を嘆くべきか。俺のような人間にとってはとても居心地が良いのだが。

 

まあ、いっそバレてもいいんだ。勿論探られれば俺が出る事も吝かではないが。その時が来れば全て蛻の殻にして逃げるし、さもなくば全て囮にしたとしても彼ら彼女らは俺を赦すだろう。然しながら万が一にも不利益を被らないようにするのが、“暗躍”、というものだ。

 

 

それでもそこまでいけば俺は表の世界を歩く事すらできなくなる。だがまあ、……それも悪くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よォ“京チャ〜〜ン”。儲かってるゥ?」

 

自分用に誂えた執務室にて今後の算段やら月末決算をしている京一郎の元に、チンピラ然とした、然れど何処か底知れぬ、より濃い暴力の気配を服を着るように纏った猫背の男が現れる。少し派手派手しいシャツも、不思議と男は着こなしているように見えた。

 

「ああ、いらっしゃいませ“先輩”。ボチボチですかねぇ……。言って頂ければ御出迎えしたのですが」

「あ〜いいっていいってそういうのは。堅苦しいのは言いっこなしだぜ」

 

京一郎の、というよりも敦の“先輩”である彼に京一郎は眼鏡を外しながら、敦は今“外回り”に出ておりますよと口にする。

 

「そっかァそらぁ残念だ」

 

白々しい程に興味が無さそうな声音である。

 

「申し訳ありません。私で良ければお話の相手を努めましょう。どうぞ、お掛けになって」

 

見る者の思考の方がぼんやりしてしまうような、うっそりとした蠱惑的な笑みが京一郎のデフォルトである。

なめらかな天鵞絨のような声音は耳触りが良く柔和な印象を持たせるが、男は知っている。それは擬態に過ぎず、本性は自分達のような黒い背景を持つ人間と全く同じ者であるという事を。下手な組織の上層よりも余っ程厄介な化け狸だ。何せ、何処に繋がりが伸びているか見当も付かないのだ。バックに何があるか分からないというのは、それだけで恐ろしい。人間というのは社会性の生き物なので。京一郎の事だ、その“繋がり”の先にいる相手は、どれだけの感情を京一郎自身にむけているのやら。

 

男がどさりと質のいいソファーに腰を下ろせば、柔く笑んだ京一郎が珈琲を差し出す。

 

「いつも紅茶は飲まれないようなので」

「……いやぁ悪いねェ〜」

 

“いつの間に”、とも、“いつから”、とも。

隙という隙ではないにしろ、観察されていたという事がここまで恐ろしい人間もそうそう居まい。そしていつかは此処に“自分が彼に会いに現れる事”を予見していたという事が、男の肝を冷やさせる。

礼を言えば京一郎は花が開くかのように艶やかに、且つ淑やかに微笑んで向かいに腰掛ける。

 

「最近の楽しみは此処に来ていただける方とお茶をするくらいだったので、とても嬉しいんですよ。近頃は何処に行くにも視線が付き纏っていて、外に出るのも億劫になってしまう」

「……視線?」

「ええ。どうにも若い組員の方のようなのですが」

「ほー……そらァ良くないな」

「そうなんですよ。この仕事を初めてまだ数ヶ月。今の時期はお得意サマにのみ裏のサービスをしていきたいので、あまり探られるような事はされたくないんです。……火種が小さいと、容易く消せてしまうでしょう?少なくともあちらさんにそう思われてしまう事自体が問題なんです。なのでもう少し日を置くべきだと考えている」

「道理だな」

「でしょう?気が早って排除に働きそうな方がチラホラいるので……また、“彼と同じ二の舞となってしまうのが”、とても心苦しい─────」

 

─────“彼”は偶然にも、裏切り者の鼠であったから良かったものの。

 

「その節はすみませんね?勝手に排除してしまって。止める暇もなく、気付いたら……フフ、東京湾に沈んでいました」

「いやいや、誰もお前さんを責めやしねぇよ。よくある偶然なんだからな」

「……、フフ、まあ、“そのようにしておきましょうか”」

 

嘆息する様すらも艶やかで麗しい。

 

どう見ても女性的とは言い難いのに、その美貌だって同等程度の者が他にいるだろうに、何故こうも目が離せなくなるのか。きっとこの男は、老いさばらえたとしても、今が春よと言わんばかりの薫香を辺りに撒き散らすのだろう。

 

「ああ、そういえば、3日程前に良いワインが手に入って。先輩はワインはお好きですか?お帰りになる時にでもお包みしますよ」

 

伏せられた瞳が獲物を定めたと言いたげに真っ直ぐと見つめられる。

ああ、これはダメだ。

彼は捕食者だ。獲物に、この雄に喰われたいとすら思わせる魔性の毒だ。牙をぬらりと濡らす毒は、人を死に至らしめるものではない。

 

「─────……“先輩”?」

 

麻痺毒にも似た、痺れと陶酔だ。

他の女にはないそれは天性のもの。

この存在は、色々と“拙い(マズイ)”。

 

「フッ……フフフ、」

「……、なんだよ」

「いや、すみません。つい、揶揄い過ぎてしまいました」

 

あんまりにも警戒しているものだから、と。

ぱっと溌剌とした笑みを浮かべた京一郎は未だにくすくすと笑いを湛えている。

……完全に呑まれていた。呑まれまいと気を張っていたのに。いや、気を張っていたからこそ、か。

完敗だと整えた髪を掻き混ぜながら深い溜息を吐き出す哀れな敗北者を見下ろしながら、京一郎は軽やかに笑いかける。

 

「そう怯えなくても、取って食いやしませんよ」

「……そう見えねぇからこんな事になってんだろ」

「フフッ!仰る通りで」

 

楽しくいきましょうよ、と魔性の男は慈悲深く微笑んで、目の前のソファーに座っている。

 

京一郎は一切動く事無く、ただ言葉と仕草だけでそのように振舞って見せたのだ。あの這い寄るような気配は錯覚でしかなく、触れられた感覚は幻影でしかなかった。

それを見て男は、ああ……、と。

 

「……それもそうだ」

「でしょう?」

 

水瀬京一郎は女郎蜘蛛なのだと漠然と思ったのだった。

 

 

 

「さっき言ってたワインだが、今開けてくれよ」

「よろしいので?この後のご予定は……」

「ねーよ。元々暇でぶらついてただけだからな」

「左様で、」

 

「……それに、おっさんに手酌で呑まれるよりお前さんのような別嬪に酌してもらった方が、酒も嬉しいだろうよ」

 

 

 

返って来たのはひどく悪辣で、何よりも美しい、徒花のような艶笑であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

少年が薄らとではあるが、目を開けていられる時間が伸びてきたような気がする。

少年、と呼称するには成熟しきった大男の頭をいつものように膝に乗せ、手持ち無沙汰に髪を撫ぜたり、血を与えたり。

 

「ん……」

「美味いか?」

 

焦点の合わない目がじっと俺を見上げ、味わうように伏せられる。

癒えぬ渇きを覚えているのか。尖った犬歯が手首の皮膚を削り、血管を傷付ける。

 

「ん、ん……ッ、ふ、ゥ゙、ぁ……、」

「フフ……よく味わえよ」

 

思い立って薄桃の口腔に血を塗した指を突っ込む。

死体のように冷たくも柔らかい、生きた肉の感触だ。血と唾液に滑る口内。

肉厚な舌を指で挟み、ぬるりと扱いてみたり。爪で軽く口蓋や頬の裏、舌根を掻き、喉の付近まで指2本を含ませてみたり。

 

「ァ、が……ぅあ、ェう……っ、」

「可愛い」

「は……ふぅ、ゥ、はふ、ん、」

 

少年はぎゅう、と眉を寄せ、視界の端で足の爪先でシーツを掻いた。

すっかり唾液に濡れた指を軽く舐め、はくりはくりと開け閉めする口にキスを落とす。

 

「ゥ、」

「フフフっ……!食事中に悪かったよ。ほら、もっと飲んでいいぞ」

「っン、ふ……」

 

苛立ち混じりに更に深く手首に牙を食い込ませた少年に笑みを深めつつ。

 

 

 

「ふ……、ふ……ん、ぁ」

「……、ん?ああ、」

 

僅かに下肢が強ばったのに気付いて目を遣れば、ソレがボトムスを押し上げていた。

 

少年がこの姿になって俺が血を与え始めてから、こういう事はよくある事だった。……まあ、先程イタズラをした所為もあるかもしれないけれど。

吸血鬼の生態は知らないが、生殖本能はあるのだろうか。生き物である以上おかしい事でもない。

放置すれば収まるとはいえそのままにしておくのも同じ男として思う所があるので。

 

「少し体勢を変えるぞ」

 

手首を離させ膝枕の体勢から、少年を押し倒す体勢に。

 

「ぁ、」

「触るよ」

 

身長と体格に見合った逸物だ。下手をすれば最大値は幼児の腕くらいの太さはありそうで。

ベッドサイドからローションを取り掌に落とし、体温で温めて手を添える。

 

「ァ、ふ……」

 

一瞬びくりと身体を震わせたが、優しく撫でるような感覚に強ばりが解けた。そのまま手筒を動かして、……あくまで緩やかに。

 

「ぁ……、ぁ、」

「気持ちイイ?」

「ぅ……」

 

……薄く目を開けているものの何を見ているという訳でもなさそうだ。

胸の突起を軽く甘噛み、鎖骨に口付け、濡れた唇にキスをして舌でなぞる。

少年はぞわぞわと身体を震わせ、喉を晒して、吐息混じりの蕩けた声が溢れては落ちる。

 

「は……、ふ、……ァ、!」

「イくか?……イっていいぜ」

「ぁ、あ……、ッ……」

 

静かに吐息を零して達した少年をあくまで優しく愛でながら、ゆっくりとその弛緩した肢体を指先で愛撫した。それだけで小さく跳ねる身体。この身体は随分と感じやすい。これは開発が実に楽しみだ。

 

「は……、ぁ……?」

 

ふと、その視線が絡んだような気がした。

 

「少年……?」

「ゥ、あ、」

「!……ああ、俺だ。俺がわかるか」

「─────……、……」

 

するり、と。まるで漣に泡が攫われていくように。物が重力に従って地面に落ちて転がるように。力尽き目を閉ざし再度眠りに飲み込まれた少年を見下ろす。

 

─────“ナミセ”。

 

確かに今目の焦点が合い、俺を見て、俺の名を呼んだ。

 

 

「フフ、ッはは……!」

 

まさか本当に目を覚ますとは。タイミングがタイミングなだけに笑ってしまった。

いや、確かに伊達や酔狂でギリギリまで血を与えていたという訳でもないが。

 

「フフフ……早く起きろ。まだ俺の本当の名を知らないだろう?」

 

偽名を名乗っていた事を怒るか?呆れるか?

お前に話したい事がある。色々……そう、色々あったんだ。

眠っている奴に言葉を重ねる事程不毛な事もない。

細く息をする彼の両頬を手で覆い、指で目の下をなぞる。

どれだけ時間をかければお前は目覚めるだろうか。1年?10年?それともそれ以上?

……この俺は、いつまでこの夢を見ていられる?

分からない。分かる筈もない。だってこれは、俺にとって唯の夢でしかないのだ。幾ら調べても原理も学説も存在しない、頭のおかしいオカルトだの妄想だの、はたまた病気だのばかり。

……だからなのだろう。いつ終わるかも分からない逢瀬であるからこそ、飽きる事無くこの存在に尽くせている。

ああ、結局は俺は俺が愉しければそれでいいのだ。

 

ひとりのヒトを使った人形遊び。現実でも虚構でも同じ事。

理屈を捏ねくり回したが、結局は妄想でも何でも構わないのだ。愉しければ。それだけが俺の中での唯一の正義なのだから。

 

「早く起きろ」

 

でなければもう、飽きてしまうぞ?

 

 

 




読者を積極的に振り落とすスタイル。
エロいの書きたいのに書けない

20200623/多少訂正


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二章
第11話


心情捏造/マッサージ/本番無し


夢を、見ている。

 

 

 

馬鹿馬鹿しいものだが、黒く染まった視界の中。考える事も億劫で、それでも何か考えていないとこのまま化石にでもなってしまいそうで。

寒さなど感じる筈がないのに、凍える程に寒くて。身体がまだ馴染んでいないからだろう。

 

─────この世界に、あの男がいたら。おれの傍に侍っていたとしたら。

 

少しくらいは、息がしやすかったのではないか、と。

不毛な事だ。ああ本当に、馬鹿馬鹿しい。アレが側にいて何になる?何の役に立つ?運命は決して変わりやしない。

弱くて脆い、ただの人間だ。そうなのだとアイツ自身も言っていた。

……だが、恐らくは、少なくとも。

アイツだけはおれを、最後まで否定しなかっただろうとは……思った。

 

 

 

夢を見ている。

 

 

 

あの掃き溜めでは、共に子供じみた悪巧みをして。

あの屋敷に行く時は、おれはアイツを侍従として連れていっただろう。

卿を殺そうとした時には、もっといいやり方があっただろうと呆れながらも、仕方がないなと笑って。

人を辞めた時にも、それもまあ愉しいだろうと肯定し。

……アイツなら確実に首だけになったおれを嗤う。罵って怒鳴りつけても、厚顔無恥にも最後まで付き従ってはおれを嗤う筈だ。

船の中で爆炎に包まれた時は……お前といてそこそこ楽しかったよと、最後まで人のまま、あの笑みを浮かべて、そのまま死に絶えるだろう。

 

反吐が出る程歪み腐った性根。他人も、自分の命ですら自らの愉悦の礎にする人非人。だからこそ、アイツはおれをも受け入れただろう。

 

ジョジョは些か優しい……いや、敵に対しても歯が溶けそうなくらいに甘過ぎたが、それ以上に分かり合えぬと確信してしまう程に、おれとの間にズレがあった。世の中の汚い事など知らないと公言しているようなものだった。明らかな境界、クレヴァスの如くあちらとそちらを仕切るものだ。区別とも言っていい。何も知らない。何も分からない。だからこそ分かり合えない。単純な話だ。何も知らないで、見えるものだけが全てだと爛漫に笑うジョジョの事が……幼少の頃は、形振り構わず殺してやりたいくらいに憎かった。羨ましかった。おれの手には何も無かった。アイツは何もしなくても沢山のものが与えられていた。

 

何故だ。

 

お前と共に生きたいと願ったのは嘘ではない。最初にして最後の、唯一、おれが尊敬した人間。今ならお前に語れる気がした。おれの全てを。お前の言葉を聞ける気がした。お前の全てを。

もう遅い。お前は物言わぬ骸となり、おれの肉体(もの)となった。

おれはこの結末を後悔しない。これは当然の帰結だ。運命だったのだ。おれ達の結末はきっと、何度繰り返しても、このように終わるだろう。

もう戻らぬ青き日々。

生き辛く、息の詰まる、我が愛しき……。

 

 

問いたい。ヒトと呼ぶには憚られる精神を持つ、化け物と呼ぶには惰弱なお前に。

ディオ・ブランドーという存在を、底を、おれ以外の誰よりも理解したお前に。

 

 

お前はディオ・ブランドーの成れ果て(おれ)を見てどう思う?

 

 

 

夢を、見ている。

 

 

 

おれの人生の半分もの間。

頻度はそこそこ。行き方を知った後は定期的に。

互いが生きる時代も、流れる時の速さすらも異なった夢の中。

常に寄り添っていたと言うには時間が足りず、それでもそれを否定するには、奴はおれの中身を知り過ぎた。

思考も、性質も、弱味も、甘えも。おれを取り囲む環境の詳細以外は、ほとんど全て知られている。

身体を重ねた回数分。

ただの夢ではなく、しかしそれは所詮夢でしかなくて。それが存外忌々しいものだったという事だけは、奴は知らないだろう。

切り捨てる事も出来ず、かと言って手に入れる事も出来ない。いっそ忘れてしまえればよかったのだ。……だが考えてみれば、何故自分が諦めなければならないのだ、と。

おれは頂点だ。ならば手に入らないものなど、ありはしないのだ。

 

 

 

 

─────夢を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

海底に沈み、視界は微睡みの黒に閉ざされていた。その筈だった。

目を開けばそこはもう見慣れた白い部屋で、背には柔らかなシーツの感触がした。

身体は倦怠に重く、腕を動かす事すら億劫で。

 

「……ぁ、」

 

声は長らく出していなかったというのに、不思議と、あまり掠れはなかった。

周りに気配はなかった。暫く目を閉ざしていれば、そのうち小さく靴の踵を打つ音が響く。

 

「よう、少年。来たぜ」

 

慣れたように髪に触れ、そのまま頬を撫ぜる指に既視感を覚えた。

 

「今日はもう目が開くのか。順調そうで良かったよ」

「……」

 

弧を描く目元。とろりと綻んだ笑みとひと呼吸。

……鼻先を掠める甘苦い匂い。

より毒々しさの増したような華やかさすらあった。この男は、ここまで凶悪な芳香を薫らせていただろうか?

ナミセはおれにキスをするとぎしりとベッドサイドに腰掛けて流れるようにおれの頭を膝に乗せた。あまりの自然さに驚く暇すらなかった。

 

「なあ、“管理者”さんよ。今日はどれくらい経った?……1週間?俺の方では変わらず毎晩なのだがな……」

 

かたかたと何かが動く音。これは、視界の端にある映写機のものだろうか。“管理者”とはまさか、この部屋の……。

 

「2日、3日、5日、そして1週間。少年が眠りについてから、向こうとここの時間の経ち方が少しずつズレてきているのは確定だな。いつか向こうの1日がここの10年になる時が来る。……俺がこの部屋に来る事も、もしかすれば……」

 

……その推察は、おれの中にほんの小さな、ひとつの波紋を齎した。

この男との逢瀬は薄氷の上のものだ。いつ終わるかも分からぬものと理解はしている。が、この男のように、“そのように終わるのも悪くないだろう”とは考えられない。

 

このおれが、だ。

このおれが、10年以上もの月日、この男に抱かれていたのだ。

抱かせてやっていたのだ。

 

味わうだけ味わって、おれを満たさぬまま、終わる事を良しとするだと?─────……巫山戯た事を。

 

力を込めれば指先が鈍く動く。……駄目だな、まだ身体が馴染まぬ所為か、身動ぎすら覚束無い。

目敏くそれを見たナミセは、まるで面白そうなものを見たと言いたげに目を細めて笑う。

 

「もしかしなくても、意識があるな?少年」

「……だっ、た、ら……」

 

なんだと言うんだ。

 

ゆっくりと瞬きをする。

奴が、目を見張る程の喜色を浮かばせた。

 

「っフフ、フフフ……!漸くか!いや、飽きる前で良かったよ。じゃなけりゃいつか痺れを切らせて、あの時みたいに直接精気を注ぎ込むところだった」

 

それはつまり睡姦するつもりだったと。

にこりと感じ良く笑っても口にした言葉はゲス以下だ。

やはり意識がある内でないと楽しくないからなと、言動は置いておいて存外嬉しそうに笑う。いつかこの身が動くようになった暁には諸々含めて必ず槍玉に挙げる。

 

「連日お前の口に血を注いではいたが、やはり俺の僅かな量の血程度では高が知れるだろう?このまま死ぬのではないかと憂慮していたんだ」

「……」

「確かに眠り続ける少年を構うのは人形遊びをしているようで、それはそれで楽しかったんだけどな?」

「しね」

「ンフフフ……っ!少年は本当に可愛いな」

 

唇に落とされた柔い口付けは、仄かに血の香りがした。

 

「今日も血をやるから、早く動けるようになってくれよ」

 

滲んだ赤を指で辿り唇に塗りながら。

その顔はまるで、おれをいとおしいと思っているかのようで。

 

……血迷った考えを掻き消した。この淫魔が万が一つにも、有り得ん。

 

 

 

 

 

 

「今日はマッサージでもしてやるよ」

 

と言うなりおれは奴に身体を引っ繰り返された。

 

 

奴が突拍子のない事を言い出すのはいつもの事だった。

呆れたような目を向けるも柳に風といった様子で露にも思わない。

剥き出しの肌が触れる。

 

「ん……」

 

吸血鬼の感覚に合わせて誂えたのか、マッサージオイルの香りは強過ぎないものだった。花の匂いだろうか……。

 

「安全性は保証する。“管理者”は“監視者”に定められたもの以外は俺達に寛容みたいだ」

「“監視者”……?」

「俺達のセックスを舐めるように見ていた誰か」

 

思わず顔を歪める。悪趣味な……見世物じゃあないぞ。

 

「“監視者”の意志によって“管理者”がこの部屋を作り、少年と俺を入れてもだもだするのを楽しんでいたのはまあ、憶測だが、どうも今は目が離れているようなんだ」

「知っていた、のか」

「視線の事?何となく。害意はなかったし、わかったとてどうにもならねぇし、正直どうでもよかった」

 

どうでも良くない。

顔が寄せられたのか衣擦れが聞こえる。耳元に吐息を感じた。

 

「映写機。セックスする度にカウントされていただろう?少年が首だけになった時からは途切れている。代わりに何かを問えば返答を“管理者”がしてくれるようになった。あの映写機を通してな」

 

戸棚の中の備品の補充から、ある程度の裁量が“管理者”にあると仮定し、回答の無機質さから“管理者”は半機械的な“人ではないもの”と─────

 

「ふ……ゥ、はぁ、」

 

背を滑る掌がぐいぐいと強張りを押し解す。

 

「……フ、気持ちい?」

「……」

「素直じゃねぇの」

 

腰を這う手はじわりと重みを増させてはゆるりと移動する。

 

「く……ふ、ぅっ……ん、」

 

擽ったさを僅かに含むが、確かに気持ちが良かった。

クッションに顔を埋めながらうつらうつらと目を閉じかける。

 

「多分“監視者”はグロテスクなものには耐性がないんじゃないか?少年が首だけになった時から視線が途絶えたぞ」

「……しる、か、……」

 

知った事か。

……、……?

 

「なぜ、おまえが……」

「ん?」

「おれが、くびだけになったと……」

「そりゃお前が首だけになって硝子に詰められて此処にいたからだろう」

「……」

「なんだよその顔。ふは……屈辱だから忘れろって?どうしようかな」

 

その手が臀を掴む。

 

「ッ!おまえ、っ、」

「マッサージマッサージ」

 

強く鷲掴んだかと思えば、形を確かめるように撫ぜ揉みしだかれる。されど先程と変わりない手付きは、性的な、安直に言ってしまえばいやらしいものでもなんでもない。

 

「ぅう……ンふ、ゥ……」

「感じやすいな。按摩してるだけだぜ?」

「……る、さい」

 

大腿から脹脛へ滑る。

 

「はぁ、ぁ、!ん……」

 

ああ、そうだった。コイツは本当にタチが悪いのだ。

あくまでマッサージであるなどと宣って……あながち間違ってないのが憎たらしい。本当に、上手いのだ。そこには下心とも呼べぬ好奇心や興味の類しか存在せず、だからこそ始末に負えない。

 

「ふぅ……ふぅ……んん、」

「ははは、やーらし」

「ころすぞ」

「ふははは、!」

 

掌が脚から離れ、再び背中を、今度は撫でるように。次いでオイルが追加される。

 

「っ、んー……」

「眠い?寝てもいいぜ」

 

お前が最初から最後まで真面目にするなら遠慮無く眠るのに。

じっとりと睨むが、奴は変わらず貌に笑みを乗せて美しく笑っている。

 

「無駄に警戒心なんて持っちまって……いや、お前は小さい頃からこんなだったか」

「……しるか」

「俺は昨日のように思い出せるぞ?まぁ実際半年程しか経っていないしな」

 

……まだ半年なのか。

人生で上位を争う程の濃密な年だとナミセは上機嫌に告げる。

指が脇腹から肋骨を這い、徒に骨をくりくりと弄る。

 

「んんっ……!」

「見れば見る程美しいなこの身体は……均衡のとれた……まるでギリシャ彫刻のようだ。お前が見初めるだけある」

「気色の悪いことをいうな。そういうんじゃあない」

「悪い悪い。ま、俺は少年の元の身体も好きだったぞ。猫みたいで」

 

それは褒め言葉ではないしそういう意味で否定したのでもない。

 

「一切の無駄のない引き締まった肢体は少年の努力が垣間見えて、それなのに肉感的で。しなやかで。ラグビーを始めた頃には更に厚みが増したよな。それで漸く環境に慣れてきたんだと分かったよ……初めはあまり栄養が足りていなかったようだから」

「お、いっ……!」

 

再び仰向けにされる。

どこか艶のある表情に顔が引き攣った。力が入らない身体を必死に動かして触れてくる手を抑えるが容易く退けられてしまう。

 

「やめ、」

「フフ、怖がるなよ。マッサージするだけだって」

「んん……このディオが、こわがってなど……」

 

腹をなぞり、後ろ腰から寄せるように、少し強めに前面に向けて揉み込まれる。

 

「ぁ……んふ、ゥ……」

「少年の血液がこの身体に回り切れば、少年は動けるようになるだろう?」

「んん……ふ、おそらく、は」

 

要は、吸血鬼のエキスが循環されればいい。そうする事で肉体が吸血鬼の物へ作り変わる。

吸血鬼のエキスは心臓で作られるが、おれは首から上のみが自身の物だ。頭部に巡るエキスのみでは首から下を惰弱な人間から吸血鬼へと作り変えるのは時間が掛かる。その間エキスの量は増えず、更には肉体は死んでいて血流を生み出す筈の心臓は止まっていたので、エキスを生み出すどころか、少量のエキスを身体に巡らせる事すら難しい状態だったのだ。

今は辛うじて心臓を動かせてはいるが、そこまで大量の吸血鬼のエキスは生産出来ていないと思われる。1度死んだ肉体の心臓は、例え吸血鬼の物へと変わっても貧弱なままなのだ。……もしかすると、ジョジョの執念がおれのものとなるのを拒絶しているのか。もしそうなら、なんと可愛い抵抗なのだろうか。

 

足の付け根、骨盤の付近。そこから大腿と脹脛を揉み解される。

 

「吸血鬼としての栄養源である血液を摂取させる事で“人を吸血鬼にするナニカ”を増幅させて、血流と共に身体に巡らせる。どうだ?理に適っているか?」

「ん……あんがい、考えていたんだな、おまえ……」

「少年は俺をなんだと思っているんだ?」

「淫魔」

「だろうな」

 

気持ちイイ?

再び奴はそんな事を聞く。

 

「……きもちいい」

「フフ……そりゃあ良かった」

 

 




今回から水底編が始まります。
より一層の捏造が多発しますし、より欲望に忠実に書いていくので振り落とされないようお気を付けください。
落ちても拾わないからな。置いていくぞ。


なおこの話でのDIO氏は終始全裸である。


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第12話★

ワンクッション

リバ(DIO攻め)/フェラ/甘/捏造設定

1話2話修正してます(受身で感じない→感じる)
行き当たりばったりで書いてるからこうなるんだよなあ……


これまでに特筆するような出来事は無い。

基本少年は眠っていたし、俺の方も相変わらず連夜部屋に呼ばれていたが大した事は何も無かった。気紛れに少年の世話を焼き、血を与え、早く動けるようになれるようリハビリの手伝い程度はしたが、所詮はそれだけで。

 

次の夜。訪れた先、広いベッドの上にて身体を起こしていた少年が気怠げにその紅茶色の目を俺に向けていた。

 

「少年」

「……ナミセ」

 

その首に腕を回して、ベッドに乗り上げながら少年を抱き締める。

大きく逞しい身体。……もう力尽くで押し倒す、なんて事は出来なさそうだ。そこは多少、いやかなり残念な事ではあるが。

目元と唇にキスを落とす。

 

「もう大丈夫だな」

「……」

 

存外柔く背中に腕が回る。

何か物言いたげな顔をしているのに、促しても重く口を閉ざす。話さないのなら、まあ、それもいいだろう。

するりと腕を解く。

 

「……少年?」

 

背中に回ったままの腕に首を傾げて呼びかければ、漸く解放される。

 

「フフッ……どうしたんだ?人肌恋しい?それともまだ眠いのか……」

 

くすくすと笑えば少年は眉間に皺を寄せて、俺の両脇に手を差し入れた。

ひょい。くるり。

容易く持ち上げられて背中を向けさせられ、じっとそれを見たかと思えば抱き枕のように抱かれて共にベッドに倒れ込んだ。意表を突かれたが、なんともまあ贅沢な掛け布団である。

 

「……小さいな」

「……言いたい事は沢山あるけど、そりゃあお前がデカくなり過ぎただけだぜ」

 

さっき言いたそうだった言葉はそれじゃあないだろうとか、抱き枕が必要なタチでもないだろうとか、お前今身長幾つだとか、まあ色々と。

分厚い胸板と硬くて大きい腕と、脚に絡む脚と。

 

「いつからだ」

「ん?血の事か?……さあどうだったかな?向こうの換算でひと月か、ふた月か、それ以上か……」

「毎日、か?」

「コップ1杯程度だけどな」

「……」

 

それを聞いたきりまた黙り込む少年。

おーい。俺ァもう飽きてきたぞ。煙草吸っていいか。

身動ぎでもすれば腕の力が強まるので、渋々そのままの体勢である。もういっその事このまま寝てしまおうか。

 

「……おい寝るな。起きろ」

「じゃあ起きてられるようになんか話すかいっそ離してくれる?煙草吸うから」

 

それともセックスでもするか、なんて冗談めかして。

 

「……ああ、それもいいな」

 

……肯定されるとは思わなかったが。

ぎしりとベッドのスプリングが軋む。ああ、このベッド。一番最初の頃は此処までデカくなくてもいいんだが、なんて思ったものだが、今となっては丁度いいくらいだ。

ずしりと伸し掛る重みは見知らぬ誰かのもの。此処まで見事な肉体美を持った人間とスるのは初めてかもしれない。格闘家や武術家なんか目じゃないくらいの、ギリシャ彫刻のような男。

 

「俺を抱く気か?」

「だとしたら?」

「……」

「何だ、不満なのか」

「嫌ではないけれど」

 

少年が怪訝そうに問うた。受け身だろうがなんだろうが、気持ち良ければいいという俺にしては珍しい反応だったからか。

内心を正しく表すとすれば“えぇー……?”だ。声には出さなかったが顔には出ていたのだろう、特段隠した訳でもない。

少年のその身体は十中八九初物だろうし慣れてる俺が挿入れられる方がいいんだろうけど。

 

「俺も暫くぶりだし、少年のデカいから直ぐには入んねぇわ」

 

裂ける心配はしてないが。何しろ少年は経験豊富だと思うので。

少し振り向いて少年の顔を見上げつつ指の背で少年の股座を辿る。なまじ最大値を見た事ある分神妙にもなる。挿入らないまま不完全燃焼で終わるのはお断りだ。いや本当に。

 

「……そんな事か」

「妥協は好かない」

 

痛いだけなのも頂けないし、相手が満足いかないのもよろしくない。

 

「ちょっと面倒かもしれないケド、それでもイイ?」

「愚問だな。多少の手間など想定内だ」

 

甘えるような声音で強請れば、少年は口端を吊り上げて笑った。

 

 

 

 

 

 

白皙の肌、冷たい体温、見れば見る程惚れ惚れしてしまう肉体美。

眉間に唇を落とし、自身の服を緩めながら口付けを交わす。

 

「こうするのも久しぶりのような気がするな」

 

少年からすれば尚更の事。俺の方はそれ程濃密な日々を生き急いでいるからだが。

小鳥のような啄むキスをしていれば少年が煩わしいと言いたげに俺の口内に舌を入れる。

 

「ン、ふ……」

「ん……、」

 

自然と押し倒される形になった所為で口端から唾液が溢れて伝っていく。

ぬるりと舌が口蓋を撫ぜ舌の裏を這い、奥に差し込まれては擽られるのが気持ちイイ。

思わずおっ勃ちそうなくらいの濃厚なキスだ。少年の背中に回した腕に僅かに力が入る。お返しにその肉厚な舌を甘く吸い上げて舐れば、軽く肌に爪を立てられた。

 

「んあ……ぁ、はぁ……」

「ふ……少しくらい殊勝にしていられないのか貴様は、」

「はふ……、そんなの、お前にしおらしくしたって……何を企んでいるのかと言われるだけだろ?」

 

それとも俺のそういうとこ、見たい?

首に腕を回して、彼の耳介に歯を立てる。

 

「……ただの無駄だな」

「ひっでェ言い草」

 

俺が少し誘惑すれば、大抵の奴は獣みたいにがっついてくるのだが。

少年の手がスラックスのベルトに掛かるので、少し身体を離して脱がせやすくする。

 

「ん」

 

ずるりと下着ごと下げられ、シャツは大きく広げられ、分厚い掌が太腿と腹をゆっくりと撫ぜる。手付きが至極やらしい。くふりと笑い声になり損なった吐息を零して、同じように少年の身体に触れる。相手の劣情を誘う仕草なんて、最早染み付いていた。

 

「……ナミセ」

「ん〜?」

 

首筋に歯が当てられ、より良い場所を探すかのように肌の上を滑らされる。やはり吸血されながら抱かれるのだろう。頭を横に向けたまま視線だけを向ける。

彩度を増した赤い目が、ぎらぎらと獲物を見つめていた。

 

 

 

 

 

慣らし終えるまではフェラでもしてあげようかと浅く勃ったペニスに舌を這わせる。

口腔を晒し、舌をべろりと出したまま先を咥え、舌で雁首を巻き付かせるように舐める。下手すると攣るのだが、俺は舌が長いし慣れてるので。

ちゅぅ、と鈴口に舌先を当てて啜ってみたり根元を手で扱きながら裏筋を舐め回したり、好き勝手している内に少年のペニスは十分に勃ち上がっていた。反り返り聳り立った、少年の逸物。

 

「はぁ……おっきい。うまそ、」

「……喰うなよ」

「ふっ、フフフっ……!どうしようかな」

 

四つん這いで少年の股に顔を埋めて根元に歯を立てれば、ごつりと極めて軽く頭に手の甲を当てられた。

 

「しないよ」

「当たり前だ」

 

陰嚢に口付けて舌で転がすように舐めていれば、先走りがねとりと糸を引いて頬に張り付いた。

 

「ふふ、こっちも忘れてないよ……」

「遊ぶんじゃあない」

「遊んでない。口寂しいだけ」

 

くぷくぷ空気を含ませつつ音を立てて亀頭を口で覆ってピストンすると、少年は息を詰まらせながらもういいと俺の額を押さえる。

 

「えー。折角イラマしてやろうかと思ってたのに」

「それよりもコッチだ」

「あ、おい……」

 

先程から指を挿入れていた後孔に少年の指が入り、縁に引き攣るような痛みを感じて眉根を下げる。

 

「もういいだろう」

「ンー……そうだな」

 

指を抜けば潤滑油が音を立ててどろりと溢れる。

徒に指を引っ掛けられて2本指でぐぱっと広げられて、ナカにひやりとした空気が入って身震いした。

 

「ん、やだ、」

「此方に尻を向けろ」

「ふふ、はいよ」

 

顔に出さないようにしてるけど、結構興奮してる?

そう聞けばそうじゃなければ続けていないと存外余裕のなさそうな声で言うので、うっかりこちらまで興奮してしまった。少年が性的なのが悪い。

 

「はあ……少年、そろそろ頂戴」

「挿入れるぞ」

「ン。……ふ、ァ、」

 

尻臀が広げられ、何度かにゅるりと挟んで擦り付けられ、そこに押し付けられて、孔が亀頭を食んだ。

 

「んぁ……あ、っ」

 

苦しいくらいの圧迫感に指を噛む。

ずる、ずる、と奥に奥に結構な重みを押し付けられ、身体が勝手に跳ねた。確実に快感を拾い上げては頭の中を染め上げるので堪ったものではない。

 

「んー……っ、ふ、はぅ、」

「っく、ゥ……ッ、」

「は、は……、ん、しょ、ねん、とまって、ぞ……?」

「る、さい、」

 

きゅうきゅうと軽く締め付ければ、首筋に牙を突き立てた少年が低い声でやめろと言った。

 

「引き摺り込まれる、」

「ふはっ。よく言われる」

 

根元まで埋められて力が抜けかけた。拙いな、これは。どうにも少年とは相性がいいらしい。

 

「はーぁ……マジででけぇ、気持ちイとこ奥まで全部当たってる、」

「ふー……っ、ふー……っ、くそ……動くぞ、」

「んん、いいよ。……っふ、ァ、」

 

抜かれる度に走る快感で、魂まで抜き取られてしまいそうな。

あんまりにも吸い付くようだからか少年は低く呻いて俺の首筋をがじりと噛んだ。ぶつり、膚を貫いて溢れた血を、音を立てて舐め啜る。

 

「はあ、はあ、っん、は……っ!あ、しょ、ね、それイイ、そこ、」

「ナミセ……っ」

「そこ、イイ、もっと、ァうぅ……っ!ん、は、ああっ、あッ!!」

 

ずぶん、と奥まで突かれて上体が潰れた。腰だけが少年の手に鷲掴まれて持ち上げられている。

少年の吐息が耳朶に掛かる。

 

「っ、チィッ!ナミセ、っ!」

「あ、ァあ、いい、イきそ……しょうね、少年、もっと、そこ、!」

 

久しぶりなのに、ここまで良くなるものか。

笑みを作る余裕すら失せ、シーツが血塗れになるくらいに強く噛まれても全身が快楽に打ち震えている。

……凄い。凄いなぁ。他の誰よりも、俺の身体を悦ばせる。

ずる、ずぶん。ずちゅ、ぬりゅ、じゅぶん。

揺らされ、揺さぶられ、少年の髪が肌を掠めて擽ったくて、何処も彼処も気持ちがいい。

 

「ふふ、ふ、フフっ……きもちい、イく、少年、も、イく……っ、ふ、!」

「ぐゥ、!出す、ッ!」

「─────ァはっ!」

 

ナカで達して、びりびりと快感の波が浅く意識を浚う。腰が思わず浮いてしまうような快感が、脳を刺激して、身体中に雷のように走るのだ。吐き出された精液の温かさに今更ながらゴムをしていなかったなぁとぽつり。

ここまで達するのが早かったのは初めてかもしれない。

息荒く白んだ視界を掻き消せば、少年が再び律動を始めていた。

 

「ァ、んっ!しょ、ね、」

「まだいけるだろ、」

「っふ、フフ、いいよ。気が済むまで、っ、」

 

犯して。

振り向いて少年の顔を仰ぎながら、意図して腹に力を入れて少年のペニスを締め付けて続きを促してやれば、少年はひとつ悪辣に舌打ちをして俺の腰骨を掴んで思いっ切り打ち付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、しょ、ね……タンマ、っ!」

「駄目だ」

「やめろって言ってんじゃあないんだから、1回、休ませ、ッあぁ……!」

 

全く、話を聞かない奴だ。

俺と同じくらい汗だくで息をゼイゼイと荒くしている癖に、今離せば逃げられるとでも言いたげに俺の膝を抱えて脚を広げるようにして押さえつけ、脇腹から指で血を吸い、ごちゅごちゅと腰を打付けるのだ。

俺も、少年も、発情しきっていた。まるで獣同士の交尾だ。

俺は快楽の逃がし方や抑え方を知っているから未だ耐えられているだけであって、普通の人間なら廃人又は中毒、もしくは発狂一直線だろう。それか衰弱死。流石は吸血鬼、体力が桁違いだ。なまじテクニックもあるのでセーブしなければヤリ殺されそうだ。

軽い貧血を起こしている自覚があるが、今の少年には欠片程の良心も望めそうにない。……やれやれだ、本当に。

際限がないのだ。求めて、果てて、それでも尚止められない。

手っ取り早いのは“少年に満足してもらう”なのだが、現状維持なら確実に俺がヤり殺される方が先だろう。……だがしかし、それ以外に方法といえば俺が失神する位しか思いつかない。更に言えばどうせ叩き起されるだろうが。

困った事に自分の思考も茹だってしまっていて、ひとつも良案を思いつかないのだ。だって気持ちいいんだもの、仕方ないね。

同じアホなら踊らにゃ損損、という言葉が思い浮かぶ時点で最早手遅れである。馬鹿になりそう。

 

「はあ、はあ……っん、しょうねん、」

「は……っ、なんだ、何度言っても止めは、」

「キス、」

「……」

「キスも、んん、駄目か?」

 

ばちゅばちゅと肌と肌が合わさる音が響く。

拘束が緩んだと同時にそっと足の指先で腰辺りを撫であげる。

少年は興奮で胸元まで赤らんでいて、汗がぼたぼたとシャワーのように俺の顔に降り掛かっていた。伏せられた(かんばせ)は感じ入っているようで、そんな顔すら美しい。

寄せられた眉根は、理性を手放さないようにする為だろうか。

染まった目尻がどうにも愛らしい。

そっと瞼が押し上げられ、物言いたげに欲に潤んだその果実のような赤い目が俺を見下ろす。

 

「駄目なのか?」

「貴様は」

 

ぎらぎらと向けられるのは、捕食者としての視線に違いなかった。

 

「どれだけおれを煽れば気が済むんだ」

 

……そのまま暴発でもしてくれりゃあ楽なんだが。

お互いやめ時を見失ってしまっているので、続ける以外の選択肢はなかった。それだけの話だった。

腹の中でぎりぎりまで張り詰めた少年のペニスが奥深くを穿き、堪らず喉を晒す。……ああ、たまらない。

ナカをごりごりと抉る開いた傘といい、デカさといい、精液の量といい、少年が雄として優れている事はよぉくわかった。

 

「ァはっ!は、ァアっ……!」

「ナミセ……」

「んん、しょうね、んむ、」

 

唾液で絖る舌同士が擦れ合う心地好さに愛おしさが増し、シーツを掴んでいた手を少年の背中に回す。脚で腰をホールドすると動きにくくて煩わしい筈なので膝で軽く細い腰を挟んで、律動を受け入れたまま。

 

「おれの名を」

「……ふふ、呼んで欲しいか?」

 

額を合わせ、鼻先が触れ合う。

態と笑みを含ませて少年の下唇を噛む。

 

「まさか、覚えていないとは言うまいな?」

「それこそまさかだぜ」

 

俺は鳥頭などではないぞ。心外だ。

舌先で唇を辿れば少年の舌に絡め取られてしまった。鋭い牙が舌に触れる。じゅっ、と何度か吸われて解放されたが、どうにも俺は咎められているらしい。

 

「……まだ足りないか?」

「ァん、っふ……脅しか?かなりの回数俺のナカで射精しておいて……、」

 

入口から奥までゆっくりと抽送されて、瞑っていた瞼を僅かに押し開ける。

あ、やば、イきそう。

ぶるりと身体が震える。と、同時に何故か少年の動きが止まる。

 

「ァ……おい、焦らす気か。まだそんな余裕があったとは思わなかったな」

「呼べ」

 

ちょっと揶揄って意地悪しただけだというのに。

脇腹から抜かれた指が唇に触れる。

鉄錆の匂い。口紅のように血糊を乗せられ、俺はその指を唇で食んだ。

 

「……ディオ」

「……もっとだ」

「ディオ」

「ん、もっと……」

 

まるで自身の存在を確かめるような。

他者との関わりがない常人には長過ぎる時間は、吸血鬼といえど堪えるのだろうか。

キスの合間に彼の名を呼び、身体全体で彼を誘惑しながら、俺自身も愉しんで。

 

「ん、ンは……おく、気持ちイ、っ!ぁは……ゆっくりすんの、好き、ァア、!ゃ、イく、も、ディオ……っ、ん゙、ぅぅっ……!」

「は……っ、は……っ、く、ナミセ、ッ……!」

 

彼の腕の中に抱き込まれながら、絶頂の感覚に身を委ねる。

 

「ァ、はぁー……は、ぁ、ン……あ、」

「はあ……っ、はあ……っ、」

 

ほぼ同時に達したのだろう、ぬぷりと隙間から精液が溢れ出す。

 

「んは、……フフ、ディオ。気持ち良かっ……?!ンッ!おい、なんでまだ動いてるんだ、」

「まだだ……」

「……」

 

俺の片脚を肩に掛けてがぱりと豪快に開脚させたディオは、熱に浮かされているような、どこかとろりとした顔をしていて。

嫌な予感に顔に乗せた笑みが固まった。額から汗が流れ落ちる。

そうか、いや……うん。これは何を言っても無駄だな。

フーーー……ッと深い溜息を吐き切り、俺は彼の頭を抱き締める。

 

「次、上に乗ってやるよ」

「……ナミセ」

「ギリギリまでとは言わない。全部搾り取ってやる」

 

お前が満足するまで、とことん付き合ってやろうじゃあないか。

 

 

 

 

 

 

「く、ぅ゙……ん゙あ、っはーーー……もうだめ、動けねぇ」

 

全て出し切ったらしい逸物をナカから抜いて、くたりと彼の上に倒れ込む。

あれから5発は確実に出された。もしかしたらそれ以上かもしれない。何とか理性の糸を掴んではいたものの所々で意識がぶつ切りになっていたし、喘ぎ過ぎて喉が痛むし、未だに快感の波が引かずにいる所為で胎が緊張と弛緩を繰り返していて溜まったものではない。くぱくぱと開閉する孔から濃い精液が溢れて違和感しかない。腰は既に痛みを訴え出しているわ貧血で軽く頭がくらくらするわで最悪だ。気持ちは良かったが。

それに比べて彼は最初より気分も体調も良さそうだ。実に腹立たしい。彼は俺を淫魔と呼ぶが、やはりそれは彼にこそ相応しいのでは?彼の体調が見るからに良くなったのは血を吸った為だけではない筈だ。

彼は自身の上で頽れた俺を哀れんだのか、その大きな掌が頭に触れる。感触を確かめるように2、3撫で付けると、何も言わずに背中に手を置いた。

その厚い胸は先程までの激しいセックスに大きく上下している。

 

「……足りねぇとか言うなよ?」

「言うか」

 

お前が搾り取ったんだろうが、という呆れたような視線。一先ずプライドは守り切れたらしい。あれだけ大見得張っておいて満足させられていませんでしたとは口が裂けても言いたくないので。それならいいやと彼の上から退いて横に転がる。ベッドが広くて良かった、今はちょっと動きたくない。

 

「ぁふ……、」

 

いやはや、本当に相性がいいと何度果てても止まらないんだな。正直腹上死するかと思った。

 

「……吸血鬼(このおれ)を相手に食い下がれるなど、お前本当に人間か……?」

「人間だけど?」

 

酷い言いがかりでは?

顔を見上げれば本気で言っていたようなので軽く頬を摘むと、彼はその指を掴んでがじりと噛んだ。ぶつりと牙が皮膚を貫く。この痛みももう慣れたものだった。

 

「お前とスるのは久しぶりだったが……こんなだったっけ」

「いや……この身体だからだろ」

「……後ろの具合が気にな、」

「あれだけヤってよく言えるな貴様」

「実際その身体、感度は頗る良いからな。どうなのか気になる」

 

齧られている方とは逆の手で彼の腰を撫でれば、ゾワゾワしたのか上から掴まれた。

 

「……」

「感じた?」

「黙れ」

「かーわい。ちゅーしよ」

「バカにしやがって、んむっ……」

「んんっ……んは、……フフ。その身体もヨくしてやるから、期待して待ってろよ」

「調子に乗るんじゃあない、このマヌケがぁ……」

 

 

 

 

 




気が付いたらオリ主の方が掘られていた。何が起こったのか(ry


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第13話

ワンクッション

捏 造 過 多/色々詰め過ぎ


前話前書きに記載通り1話と2話修正してます


ぼろぼろと涙の筋を幾つも流しながら、快楽に蕩けた顔で、甘く喘ぐ。

おれの下で。

あの男が。

何をしたって受け入れた。強請り、このおれに媚を売り、止まらぬ衝動のまま貪り尽くされて尚。

 

興奮に絖る舌が蠢く。

寄せられてゆるく八の字になった柳眉。

滑らかな象牙色の肌を流れる汗。頬に張り付く絹のような黒い髪。

赤く染った身体。程よく付いた筋肉と、その上に薄く乗る脂。硬いが、吸い付くように柔い表皮。

なだらかな弧を描いている脚。骨格がしっかりとしているのに、その筋張った肉は喰らいつきたくなるような魅力を薫らせる。

指がシーツを掴む。

媚肉を押し広げれば慎ましやかな肉輪がひくひくと薄赤のナカを覗かせて。狭くて、突き入れればどれ程心地好いかわかる程に蕩けていて。

静かで艶やかな、娼婦の色よりも密やかでいながら、甘みのある深い声。

振り仰いだ墨色の瞳が、愉悦に笑う。

赤い唇が歪む。言葉を形作る。

 

『おいで』……と。

 

 

 

いや、えげつないくらいに暴力的な光景だった。あれで勃たない男は不能だろう。ストレートであろうと道を外しかねないそれは、包容力のある底なし沼そのものだった。

理性が効かず……いや、本能がノンストップで快楽を求めるなんて経験は初めてだった。相性がいいという相手はそこそこ居たが、あれは埒外というか、飛び抜けていたというか。彼奴にハマる人間が多いというのも───彼奴の自己申告でしかなかったが───頷ける。正しく魔性。正しく麻薬。油断すれば此方が競り負けて喰われていた。……いや、普通セックスはそもそも喰い喰らわれなんて決死のものではないので、凄まじい快楽ではあったもののそれ相応に疲労感が蓄積してしまったが。セメルパルスでもあるまいし。ああいう相乗して煽られ止められなくなるような獣じみたそれは偶にでいい。アイツ相手では理性が効かなくなる。本当に。

 

 

 

 

 

現実に戻って真っ暗闇な身動きもできない水の中で過ごすより、夢の中で部屋についてでも調べて暇を潰す方が有意義だと、自問自答懇々と考えを巡らせるのをやめて夢の中で起き上がったのが何日か前。

部屋はおれの想像出来うるものは大体が再現出来た。マアそれはつまり、おれの想像外のものは再現出来ないという事でもある。更に言えばおれとナミセの記憶や経験はお互いが利用する事は出来ない。自分の物と他者の物の区切りは何かに仕切られているかのように確固としていた。あくまでこの部屋は“再現する”という機能だけ備えられている。

 

映写機は簡単な質疑応答は出来るが、一方で“この部屋の持ち主は誰か”などの個人に関わる情報は一切が遮断されていた。当然とも言えるが。でなくともおれはこんな巫山戯た部屋の持ち主を縊り殺すだろう。

この部屋についてはそれぐらいで興味が無くなった。分からない、端的に言って不可思議な事だらけなので、かえって好奇心が萎えてしまったのだ。

どう考えても遮断し規制された情報からでは探れるものは推測上のものでしかない。無駄、そのものだ。

ナミセが暇潰しにと用意した、記憶を元にして作ったらしい積み重ねた本を脇に置き、出させたソファーに腰掛け、のんびりとワインを飲みながら読書に興じるのである。

 

 

 

未だ、倦怠は抜けないが。

暗闇に囚われて思考を発酵させてしまうよりは、この白い部屋で不自由と鬱憤を誤魔化すに限る。口にする気は無いが、孤独や不安や恐怖といった類の感情は、アイツがいつかは必ず部屋に来ると確信がある間は案外紛れるものだった。

元来。幼年期はともあれ、少年期から今までのディオ・ブランドーという存在は、常に1人で生きてきた。他者を利用し、喰らい、踏み台にして。1人で何かをするというのは慣れたもので、それがおれの常であった。

それでも傍には誰かしら何かしらの甘い蜜を吸いたいという自称友人が侍っていたし、真に1人であった事はそうなかった。

 

静かである。

 

自身の息遣いと衣擦れと、頁を捲る音。そして遠く、恐らく現実世界の─────微かな、水が流れる音。小さな泡沫が浮かんでいく音。

それが今のおれの世界だった。

ああ、なんと小さく狭いのだろう。窮屈な閉じた世界。それに幽閉されたおれは、なんと惨めなのだろう。

それでもこの小さな世界は、おれだけ。そう、おれだけで、完結していた。もどかしい心地でもある。それでも僅かに、心の隅の方で、何処か満足感のようなものがあった。

“安心”であった。

記憶にある限り初めてかもしれない。或いは嘗て、遠き過去に抱いていたかもしれないが。確かに焦燥はあるが、おれは吸血鬼だ。不死だ。いつかは必ずあの世界に戻るという確信があった。それ故に今おれは、安寧というものを初めて味わっていたのだ。

生温く、停滞している。おれは今安堵しているのだろう。─────然れど現状で確かなのは、此処はおれの求める世界ではない事だけだ。

満たされているのに飢えている。不自然な、居心地が良いとは単純に言い切れない感覚。

この飢えは決して、この鎖された世界では癒せはしない。

 

 

 

 

 

それから幾らか経った。

慢性的な空腹感はあれどただ眠っているだけの吸血鬼の身体は年単位の絶食をももろともしないだろう。

ふと顔を上げると扉のすぐ横で壁に凭れるようにしてナミセが立っていた。

 

「来たぜ」

「別に……待っていないが」

「ツれないね」

 

煙草の烟を燻らせ、古びた映写機をひと撫で。

 

「今日は何日だった?」

 

カタカタと音を立てて映写機は文字を映し出す。

 

“10日”

「ん……規則性は変わらず無し、と。不安定過ぎて却って笑えるな。君はどう思う?」

“質問の定義が不明”

「もう少し自己感情を育むといいぜ。世界が色付いて見えるし、そっちの方が楽しいぞ」

“……”

 

そう言って踵を返したナミセは持参したらしいハードカバーの本を俺の傍にあるサイドテーブルに置いて、向かいのソファーに腰掛ける。幾ら記憶力が優れていたり、部屋が対象の脳を正しく読み取れる───本人が忘れたと思っても脳には記憶が残っているのだという学論があるらしい───といえど、実物に優るリアリティーはない。

 

「意味があるのか、アレに話し掛けて」

「んん、多少は」

 

煙草の灰が零れそうになった時、奴の手元に灰皿が現れ、ナミセは嬉しそうに映写機に向けて礼を口にする。

 

「少なくとも初めはこうして自発的に気を遣う事はなかったからな」

「……」

 

疲れたようにソファーに行儀悪く沈み込み、天井を見上げながら烟を吐き出す。

 

「煙草、」

「ん?」

「やめろ。血が不味くなる」

「本数は前より減らしたんだけど」

「短命な人間の癖にその上で早死したいと?」

「ははは、そうは言ってもな」

 

けらけらと笑って不遜にも“嫌だ”と言うナミセに鼻を鳴らす。何奴(ジョジョ)此奴(ナミセ)も、このマヌケ共め。

テーブルに積まれた新しい本に手を掛ければ、ナミセは咥え煙草をしつつ一緒に持ってきたらしい書類や手紙の束を捲り出した。

夢の中にも仕事を持ち込むなんて、ご苦労な事だ。

 

「……」

 

ぱらり、ぱらり。

おれ1人だった空間に、奴の呼吸と動きに附随する音が重なる。

 

「一体何しに来たんだお前は……」

「少年の顔を見に〜、なんてな」

 

見ていないだろうが。今もその視線は紙束に落とされている。

 

「……面倒な報告が上がっているから、早めに片付けておきたくて」

 

目を伏せるナミセは1枚の書類を指で突く。

 

「……面倒?」

「対処は簡単なんだが後始末がね。野次馬根性宜しく人目を気にせず辺りを嗅ぎ回る鼠が1匹、と」

 

経歴書か何か。見知らぬ小汚い東洋人らしき人間の精巧な絵……随分と鮮明なこれは写真、だろうか。それがその書類に添えられている。

腕を伸ばして角張った異国の文字が書かれた書類、ではなく、写真の方を手に取る。書類はテーブルに放り捨てた。それらは興味の欠けらも無い。

 

紙質は若干硬いが表面はつるつるとしている。限りなく目で見たものと同じような色と像は、此方では再現出来まい。

 

「写真が珍しい?」

「……ああ」

「持って帰れはしないだろうが、……なあ、ポラロイドカメラを出してくれるか」

 

くすりと笑い、漸く顔を上げたナミセは映写機に向かって声を掛ける。

そうして手に乗せられた黒い機械。

 

「それで、どうやって使う?」

「このカメラはここがレンズになっていて、ここを押すとシャッターが切れる。で、ここから写真が出てくる」

「その場で現像されるのか……」

「代わりに彩度は落ちるが。この写真はデジタルカメラで撮影して、プリンターで印刷したものだろうね」

 

パーソナルコンピュータだとかインターネットだとかデータだとか印刷機だとか、その他大雑把に説明されたが、おれはただ人間の技術の革新具合に目を瞬かせるしかなかった。まるで別世界の事じゃあないか。本当に同じ世界の人間なのだろうか、此奴は……。

矯めつ眇めつ。フィルムを入れてファインダーを覗きボタンを押せば、じじじ、と音を立ててゆっくりと紙が出てくる。

黒く写った紙は徐々に像を浮かび上がらせた。

 

「上手く写った?」

「ん、」

「フフ、そう……」

 

慣れたようにレンズに顔を向け目を細めて笑う、セピア色に褪せたナミセの姿だ。

何処かの絵画のように妖しく、美しく微笑む、ナミセの。

 

「─────……」

「……んん、どうした?」

「……相変わらず腹の立つニヤケ面だと思っただけだ」

「それは初めて言われたな?どれ、少年のそのいけ好かない顰めっ面も撮ってやろう」

「誰がいけ好かない顰めっ面だ、要らん」

「遠慮するな。ほらこっちを見ろ」

「ッ……貴様、このおれに気安く触るんじゃあない!仕事はどうした!?」

「形はある程度出来たから休憩する。な、それとも一緒に撮るか?膝の上乗せて」

「やめろ来るなマヌケ、」

「そんな猫みたいに毛を逆立てるなって」

「誰が猫、おい……っ!」

 

無防備に膝の上に乗ってカメラのレンズを向けてくるのでその手を押さえ付けてやる。

 

……手の大きさ。その背中。体躯。……もう、片手で捻り潰せそうな程に小さい。幼少の頃は、この背中は何よりも大きく見えたというのに。

ナミセはおれが無駄にでかくなったからだと笑う。“俺は何も変わっていないぞ”、と。

 

灰皿の上で短くなった煙草が細く烟を上げる。

 

「ディオ」

「!」

 

耳元を擽る、吐息混じりの自分の名。

頬に当たる柔い感覚と熱、パチリと押されるシャッター。

 

「隙あり」

「……」

「ンな嫌そうな顔するなよ」

 

笑みを含ませて身体を離そうとする奴の満足げな様子がヤケに気に障ったので、意趣返しにその肩を掴んで足払いしてやった。

がくんと背中から倒れ込んできたナミセは目を見開いておれを見上げている。

 

「っ!?あっぶな……!え、何……、」

「そのマヌケ面も撮っておけば良かったなァ?ん?」

「……愉しそうね」

 

眉根を下げて苦笑した奴は、そのまま新しい煙草を咥えて火を付けた。烟を手で払えばくつくつと笑って火種を遠ざける。消せよ。

 

 

 

 

「最近よく俺を腕に抱くけれど、そっちはそんなに寒いのか?」

 

今日は一段とよく喋る日だな。暫くすればまたナミセは口を開いた。鬱陶しいと思わないのは、気付かぬ間におれも沈黙に飽きが来ていたからだろうか。

吸血鬼に寒さなどない。が、人より低いと言えど奴の体温が、夢の中でさえ纏わり付く凍て付いた水底ではそこそこ心地好いのは確かだった。口にはしないが。ああ、口になど出せるものか。

 

「お前も海の底に沈めば分かるだろうよ」

「海にいるのか」

 

言っていなかったか。

知らなかったな。

 

「……態々言う事でもあるまい」

「そう?まあ少年がそう言うなら、そうなんだろうな」

 

ぱらぱらと、おれは先程まで開いていた頁まで手にしていた本を捲る。

奴もおれの膝の上で本の頁を捲り始めていた。寛ぎ過ぎではないか?

 

「吸血鬼なのに海か。流水平気?」

「そこらの迷信と一緒にするんじゃあない」

「じゃあ、大蒜も太陽も銀も心臓に杭を打つのも?」

「ああ」

「……その反応はどれか正しいのがあったな。どれかな……、……分かった。日光だろう?」

 

何故分かるのか。

頁を捲る。

視線を合わさず、ほつりほつりと意味の無い言葉を交わし、文字を流し見て。

服越しの肌の感覚と、熱と、息遣い。

真白い首筋。

 

「ナミセ、それ」

「それってどれ」

「上から3番目」

「ああこれか。はい」

 

大量に積み重なった本は、最近になって集め始めた物らしい。“お前の影響で洋書ばかり集めてしまった”とは他愛のない雑談の中のひとつ。

ふと見下ろせば、ナミセは縦書きの、やけに角張った文字と丸っぽい文字の羅列を読んでいた。あのテーブルに放られたままの紙にも書かれていたあの文字だ。カンジ、といったか、東洋で使われている……。丸っぽい記号は何だろうか。接続詞か何かか?

 

「よくそんなごちゃごちゃしてるもの読めるな……」

「これはこれで情緒があって面白いぞ」

 

此奴が情緒などと口にする事自体が違和感しかない。

 

「日本は昔は閉鎖的な国家だったし、今では大分人の世界に侵食されたけれど日常的に自然に囲まれた島国だからな。日々の季節の移り変わりや些細な出来事を幾つもの表現で描く。独特でいて斬新。日本語は詩的で美しい」

 

子供の頃に読んでいた小説の続きが何冊か出ていたからと紙面に目を落として指で文章をなぞる。

 

「ふん、辺境のド田舎じゃあないか」

地震台風津波洪水土砂災害に大雪火山噴火(自然災害)が身近にある国だが?」

「地獄か?」

「外国からはそう言われているらしいな」

 

少なくともタイフーンは風物詩ではない。

 

「お前にも愛国心があったのか」

「良い物に“良い”と言っているだけだ。帰属意識など欠片もありはしない。……良いと思えるものを“良い”と言えるのは恵まれているよ。俺が子供の頃は出来なかった事だった」

 

“嫌なものを嫌と言う事は愚か、前者すらも出来なかった、惨めな子供”。

嘗ての己を見下ろしているかのように男は文字に目を走らせている。

 

「マゾヒスト」

「何故そうなる??」

「おれなら弱かった過去の自分を好んで見ようとは思わん」

「ああそういう……」

 

思い出す事はあれど、後ろを向いて劣等感に駆られるなんぞ、非生産的で無駄な事だ。

ナミセはそれを肯定しながら、だけど、と続ける。

 

「実際悪いものばかりではなかったし……反吐が出るような生き方をしていたとしてもそれは紛れも無く自分の事だろう?自分だけでも、過去の自分を愛してやらないと……それは“可哀想”なままだ。……掃き溜めに蹲る過去の自分を救えるのは自分だけだ。自分だけしかいない。他者のそれは憐憫だ。それじゃあ意味が無い。更に惨めになるだけだ。自分を貶める最悪だ。……受け入れる必要は無いが、唾棄して捨て去るよりは余っ程良い。糧に出来るのなら、それを思い出す事も悪くは無い」

 

過去の自分は何処へ行く?記憶の底、心の隅で、人知れず。泣いても泣いても救われぬと知らずに尚泣いている。

“誰も救ってくれないのなら、俺だけは()を抱き締めてやりたいんだ”。

紛れも無い自分が愛しているんだ、過去の自分にとって、それは最も幸せな事だろう?

 

ナミセは人から乖離したような、形容し難い笑みをその貌に乗せた。憂いているような、憐れみのような、慈しんでいるかのような。それでいて何もかもに無関心かのような。明らかにチグハグでいるのに違和感無く混じり、そこにあった。

吸血鬼とは違う、精神的にヒトを超越した“ナニカ”の視線。

 

「恥じる必要などない。この世に無駄は多いけれど、無意味なものはそうそうないんだから」

 

ふと顔を上げたナミセは長居し過ぎたと何処か虚ろに呟くと身体を起こす。手にした本を読み終えたらしい。あっさりとおれから離れ、本は置いておくからと口にして書類を手に扉に歩いていく。

その背に声を掛ける。

 

「……ナミセ」

「なに?」

「いっそ此処に居たらどうだ」

「ずっと?……フフ、暇だからって?……冗談」

 

また来るよ、と笑うナミセにもう来るなと言ってやった。心做しか、おれの声音は低く唸る。

 

「拗ねなくたって」

「拗ねてない」

「少年が俺に飽きるまでは通うさ。不可抗力ってのもあるが、少年との時間は割と気に入っているんだ」

「……早く行け」

「フフフっ!はいはい、」

 

……このおれの誘いを断った癖に、よくも厚顔無恥にもそう言えたものだ。

 

 

また、沈黙が満ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────……

 

「自分だけは過去の自分を抱き締めて、愛してやる、か……」

 

バカバカしい。……そう笑えないのは、何故か。

あの男の所為だろう。あの目の所為だろう。何処まで逸脱すれば、あのような笑みを世界に向けられるのだろう。自分にすら、それを向けられるのだろうか─────

 

 

─────気付けば瞼の裏に、遠く忘れたと思い込んでいた、微かに残る母のぬくもりに縋る子供がいた。

 

部屋が見せる幻だ。おれはそう断じた。

ドレスを腕に抱え、声を押し殺して泣く子供。

 

 

「ふん……」

 

……このディオが、かつての自分と言えど……子守りなんぞ。

 

貧相な腕を掴みあげ身を屈めて抱き上げれば子供は身を縮ませて怯える。気にせずそのまま背中を柔く摩った。母の声も、顔も、その掌も朧気になったおれが倣ったのは、似た何かをおれに向けた、あの男の手だった。

 

暫くして、子供はそっとおれに腕を回した。

 

“……かあさん”

「……馬鹿め」

 

愚かな女だったと思っていなければ、取るに足りぬ存在だったと思っていなければ、おれはあの酒臭いボロ屋の隅から動けなくなっていただろう。只管に上を見て、野心に燃えていなければ……。

置いてけぼりだった感情が、この小さな子供となっておれに巣食っていた。

決して消えぬ。消えたとしても、いつかはまた、真白い布に落ちたインクの染みのように、絢爛たる我が覇道に影を落とすだろう。

 

抱き締めて、愛してやる、なんて。おれでは考えつきもしない、なまっちょろい方法だった。そしていっとう、残酷な決別の仕方だった。

 

もう過去の弱者であった自分が、疎ましいだけだとは言えなくなってしまった。

 

 

「もう泣き止め。お前はこのディオなのだぞ」

 

 

ひくりとひとつ喉を鳴らした子供は唇を噛み締めて静かに頷くと、空に解けるように暗闇に消えていった。

 

 

 

 

母の声を、久しく思い出す事のなかったそれを聞いた。

 

くだらないとあの時は一笑した教え。

神などいない。

母に渡された聖書。

 

 

……【天国】の存在。

 

 

暗闇と沈黙と、凍て付いた水の感触が、先程までとは違い、おれに明晰を与えた。

 

 

 

沈黙の時を経て、其れは何れ満ちるだろう。

 

 

 

 




足掛かりになるだろうきっかけ未満の出来事。男主と出会っても出会わなくても同じ道を行くだろうなって。心情捏造。はよオバヘを読め。読んでない。四部読んでる。形兆兄貴がァァァアアア



【彼と彼のデフォルトについて】
Q.どうしてそんな体勢で読書してるんですか?暑くないんです?
「……んー、なんでだったっけ」
「覚えがない」
「それな」
「大した事ではなかった筈だが」
「ああ、……あと少年は体温が低いからひんやりしてて気持ちイイんだよ。ーーーーも良かったら乗ってみるか、」
「遠慮しておきます」
「食い気味じゃあないか‪w‪w‪w」
「その前にお前はおれに許可を取れ」
なんて会話があるかもしれないしないかもしれない。


取り敢えず漫画読んで矛盾が生じたら変更します。


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第14話★

ワンクッション

後半エロ/DIO受け


目を覚ますと手元には置いてきた筈の本と書類があった。

 

あの部屋に物を持ち込んでしまう時は実物を持って行っている訳ではなくあくまで複製であり、あの部屋の管理者が気を利かせた結果“装飾品として”持ち込めているだけ、と考えていい。装飾品、或いは服飾品の持ち込みが出来ないなら、あの部屋に行く度に全裸というある意味目も当てられないような光景が都度見られる事になるしな。

監視者が否と言えば勿論出来ないのだろうが。流石に対象外の生物は無理のようだが。つまりあの部屋に対象にされているのは俺と少年に他ならぬという事……。いや、そんな事とうに分かり切っている話か。

 

 

 

小さく欠伸を零しながら仮眠室から書斎へ。本をひとつひとつ棚に仕舞い、書類をシュレッダーに掛ける。根気のある人間ならこの程度では復元しかねないのだがそこまで重要でもなかったので。機密文書ともなれば相応に処理する為問題は無い。

 

時は丑三つ時、今回の滞在時間はこちらの時間でおおよそ30分程だったようだ。身体は気怠く、短過ぎる睡眠時間に駄々を捏ねている。だけど再びベッドで横になる気分でもなくなっていたのでゆったりとオフィスチェアに背を預けた。

煌々と照る灯りを見上げて。手持ち無沙汰に指がつつ、とデスクの上に山のように積まれた書簡を辿る。

 

「……フフ、」

 

酔狂だの、道楽だの、俺のやる事成す事全てを馬鹿にしていたその手の競合者が皆、掌を返したように俺を畏れ、褒め讃え、どうにか甘い汁を吸おうと他者を槍玉に挙げて善人ぶる。自分の犯した過ちを無かった事にしようと必死に尻尾を振るのだ。

 

彼奴は貴方の事をこう言っていた、其奴は貴方の足を引っ張ろうとこんな事をしていた、だから此奴は信用しちゃあいけないよ。その点私はこんなにも貴方に尽くしますよ、勿論貴方だけに……なんて。

 

可哀想で可愛らしい人間達だとぼんやり思う。此方は多少、いくらか、利益が上がった程度なのだが。マア、サポートしてくれた皆の御蔭で随分と早く場が整ったのも確かだけれど。

引き締めるところは引き締めて、弛めるところは弛めて。ルールは厳守させるのではなく、いつの間にか従っていた、かのように仕組み。態と騒ぎを起こす商売敵は何か一つでも長所があれば引き抜いて逆に利用してやって。迎合してくる人間は自分から全てを献上させるように引き込んで、取ってこいの出来る猟犬(ペット)に躾けて。

 

そうして根を張っていけば、後は坂から転がり落ちるようなものだ。俺はただナイフとフォークを手に椅子に座っていればいい。

何一つ手を下さないまま。勝手に集まって勝手に潰し合って勝手に畏れ、俺の目の前には美味しく調理された料理が並べられていく。

 

喰われるとは知らずに自ら火に飛び込んで、気付けば骨の髄まで喰い散らかされている。喰われていると自覚も無い者も多くいる。喰われる事こそが誉と勘違いして自分こそが選ばれたのだと盲目になる者もいる。

 

だがその人間性を馬鹿馬鹿しいと見限りはしない。それも人の個性の内と自らの常識の中に柔軟に受け入れて、ありのままを見詰め、愛で、同じように───同じ物を渡す事は難しいが、その分の対価を───返してやるのだ。

 

だって俺も同じ人間だから。

仲間はずれは良くないよな?

 

……戯言。

ぱらぱらと同じような内容ばかりの手紙を捲っては燃やしていく。残っていても碌な事にならない。共倒れは御免だろう、俺にしろ、彼らにしろ。

内容は兎も角、宛名は全て頭の中にある。

器の中で灰になっていく。その上から薪を次々に投下していき、炎が輪となって広がって黒く煤けていくのを眺める。

ああ。灰になっていく。無価値……いや、平等に、等しく同じ価値へ還っていくというのか。

 

コンコンコン。

……扉を叩く小さなノックの音。

 

「どうぞ」

 

扉の向こうの気配が返ってくると思っていなかった声に揺れる。まさかこんな時間に俺が起きているとは思っていなかったのだろう。此処は俺の執務室で、更に言えば鍵なんて取り付けている訳でもなく、……つまりはそういう事。

短い逡巡から、そこそこ順応性と柔軟性があると上方修正しておくが誤差程度だろう。今は紙屑となった資料を思い返しながら、俺は指を組んだ。

 

「起きていらっしゃったのですね」

「ああ。目が冴えてしまってね」

 

寝起きだというのは悟られているだろう。肩口に届きそうな程まで伸びた髪はいつものように束ねてはいないし、シャツは皺が寄って襟が緩んだまま。

目に毒だと言いたげに、写真より幾らか身嗜みを整えた男が目線を少しズラした。

 

「報告書を。急ぎではないんですが、早目に目を通して頂いた方が良いかと思いまして」

「ん、そう……ありがとう。遅くまですまないね……キミのような子がいてくれて助かるよ」

 

それでも無理はしてはいけない。明日はゆっくり休むんだ。いいね?

 

「……子、と呼ばれるような歳じゃあないんですがね」

「おや、嫌だったかな?」

「あー……いや、そうじゃないですけど」

 

吐息を零すように笑えば、男はぎゅっと眉を寄せる。

 

「帰る前に、ちょっと休憩していくといい……酷い面だ。ちょうど、ハーブティーでも淹れようと思っていたんだよ」

 

それを飲み終わるまででいい。話し相手になってはくれないかな。

 

 

 

 

 

 

その男はまるで悪魔のようなと喩えられるに相応しい。

 

 

 

“彼”は記者だった。それもスキャンダルやゴシップ記事を書く、他人に嫌われる類の。

好きでその仕事をしていた訳では無い。寧ろ不満ばかりだった。面白い記事が書けないが故に食うに困って渋々手を出した。妻と、腹の子のためにと……。

上からは叱責ばかり。今では普通のインタビューなんかを書けば叩かれる始末。やめられなくなっていた。やめた所で、飯のタネに出来るモノなんて転がってきやしないのだ。

何でもやった。どんな後ろ暗い事も。そんな彼を妻は見限り子と共に家を出た。

 

社会の闇に食われるならば、逆に食い物にしてしまえ。

裏の情報網を使う事すら手馴れたもので、高く売れるものはないかと安い酒を舐めながら耳を澄ませる。

そんな中でも多く囁かれたのが、その男の名前だった。

名前だけなら、随分前から噂されていたが。誰も彼もが下衆な笑みを浮かべ、その男に気に入られれば甘い蜜が吸えると喉を鳴らしている様は一種異様で。聞けば、表の世界でも若き敏腕経営者として名が知れてきているとか。

ともなれば状況を見計らってその男のスクープをすっぱ抜いて売れば、さぞ高値になる事だろう。失脚を恐れるなら相応の金額で売り付けてやっても構わない。そういう風にしてこの十数年生きてきた。

 

誰だって下世話なニュースは涎を垂らして喜ぶ。だって悪を晒しあげて正義を声高に叫ぶのは酷く気持ちがいい事だからだ。

それを知っているから、彼は真偽不明の煽り文を書き続ける。嘘は書いていない。少し誇張して、ちょっと捻じ曲げて、それを読めばそう考えるだろうという誘導をしているだけ。

今回もきっとイイ食い物(エサ)になる。

彼はより詳細な情報を手に、その男の元へと足を向ける。

その情報の中には何故か、顔写真だけは存在しなかったが。

 

 

 

駅前の一等地に構えられたビジネスマンから上流階級の人間まで幅広く対象にしたホテルは、老舗のそれと同格のようでありながらリーズナブルな価格でサービスを提供しているようだった。ホテルマン等の従業員は経営者であるその男自らが指導しているらしい。アミューズメントであったり細かなアメニティであったり食事であったり、このクオリティはどうすれば維持出来るのか、採算が取れているのかと疑わしいまでに洗練されていた。という事はやはり、何処か別口の稼ぎがあるという事ではないか?

確かに上流階級の人間に対するサービスはあるが、それでも程度がある。

それとなく従業員に声を掛けて経営者について聞くも、ぬらりくらりと躱される。そう、全員に、だ。普通なら口の緩い人間が1人2人いてもおかしくない筈だというのに。

 

……ならば直接探ってみる他あるまい。危険は承知の上だ。

そうして潜り込んで数ヶ月。完全実力主義であるのが幸いし、長年色々と培った潜入技術でどうにか秘書方の末席に座る事が出来た。

 

あんまりにも厳しい、厳し過ぎる道程だった。

何故かって、あの男の周りには才能のある人間が多く侍っていたのだ。経歴を調べれば有名大学の出であったりとか、外国からの引き抜きであったりとか、元某巨大企業の人間であったりとか。全て従業員職員の方からの申し出であるのが、恐ろしい所だ。

 

競争率と言えば皆鬼気迫る程で、追い縋るのさえ血反吐を吐く。裏に手を回し、引き摺り落とし。本来なら相手に警戒させないように自分の実力だけで暗躍するつもりだったのだが。どうやってもこのチャンスを“譲らない”と言う人間しかいなかったのだ、金にも、他の望むものをやると言っても、絶対に。

 

何故か、という疑問は直ぐに消えた。あの男が現れたその時に。

 

後ろで束ねられた緩く波のある豊かな黒髪と、見ているこちらが茫洋としてしまうような墨色の瞳。

彫りの深いどこか人外じみた整った相貌。

気崩さない正装(スーツ)の禁欲的さも裏腹に、性的にすら見られるスタイルの良さ。

そして何よりも、平伏してその足の爪先に口付けたくなる程の圧倒が、より近くに侍りたいと思わされる程の恍惚が、その男には存在していた。

 

「京一郎様」

「オーナー」

「おはようございます、オーナー」

「ん。おはようございます、皆さん」

 

放たれる言葉には隠しきれない傲慢が滲む。見下ろされている。下に見られている。丁寧で柔和な声音だったのにも関わらず、強く、それを感じた。

 

───ああ……なんと美しいのだろう───

 

やはり美しい人間は傲慢であればある程イイ。数々のモデルや女優を目にしたが、この男程それが似合う人間は見た事がない。

頭を振る。

しっかりしないか、自分が何の為に此処に来たのか忘れたのか。

 

「初めまして、オーナー。私は、」

「ああ……キミ、ーーーくんだったね」

「!お、ぼえて、」

「勿論。皆に働いてもらっている訳だから、顔と名前くらいは」

 

まさか、このホテルにどれだけの人数が勤めていると思っているのか。まだ怪しまれているからと言われた方が信憑性がある。

ぐっと奥歯を噛み締め、笑みを浮かべて光栄だと頭を下げる。

 

「何か困っている事はないかな?秘書部の業務マニュアル、もう少し効率良く出来るとは思うんだけれど……」

「いえ、大丈夫です。皆さん良くしてくれていますから。マニュアルも、後は個々人のやり方で応用するくらいなので充分ですし」

「そう言ってくれて助かる。これから私もキミを頼る事があるだろう。その時は是非とも宜しく頼むよ。同じ場所で働く人間としてね」

「はい……こちらこそ、よろしくお願い致します、オーナー」

 

「京一郎様、今日のご予定は───」

「水瀬さん、実は経理部で───」

「オーナー、本日のディナーの件ですが調理部の方で───」

 

……理想の上司像に目頭が熱くなったのは気の迷いだ。気を確かに持たなければ……。

 

 

 

 

 

 

「最近の趣味なんだ」

 

口に合うといいんだが。

京一郎が差し出したカップには琥珀色の液体が揺れている。

デスクを挟んで椅子に腰掛けて、“彼”は男の声に耳を傾ける。その声はするりと耳に入り、無条件にそれを聞いた者の心を蕩かせる。

毒に浸されるような。

痛みは伴わない、指先から徐々に溶かされていく感覚だ。

駄目なのに、危険だと分かっているのに、抵抗しようという気力が働かない。

 

……そうして出来たのが常より侍るあのハーレムなのだろう。

皆一様に熱に浮かされた目で、京一郎の視界に入りたい、出来るならその寵愛を賜りたいと囲む人の群れを、ハーレムと言わずしてなんと呼ぶのか。

もし今の状況を彼らに知られでもしたら、自分は文字通り日の目を見れないだろう。ぞわりと背筋が冷たくなるのを誤魔化すように彼はカップに口を付ける。

 

「!……美味しい、」

「フフ……それは良かった」

 

さらりと男の頬に髪が落ちる。それをそっと指で掬い、耳に掛けた。

 

……。

日中はいつ見ても隙のない恰好であるから、今の着崩れた京一郎は何処か気怠げで色っぽかった。僅かに伏せられた瞼。ふるりと揺れる長い睫毛。弧を描く色付いた唇。

そっと彼は目を逸らす。まるで吸い寄せられるように視線が向かってしまうのだ。何度逸らしても。どうしても。

 

京一郎はその様子を音もなく笑う。その振る舞い殆どが意図したものであるが故に。ふとした瞬間の無意識はグッとくるものがあると言うが、それすら演出出来る確信犯程恐ろしいものは無いとも言える。確実に京一郎はそのタイプだ。

 

「オーナーは、家に帰られたりとかはしないんですか?」

「偶に帰るけど殆ど隣の仮眠室で寝泊りしてるかな」

 

ベッドが此処のが良くてね、つい。ふふ、物臭がバレてしまった。少し恥ずかしいね……。

……、……ははは、そうなんですね。

 

どうにかこの男から情報を得たい彼は慎重に言葉を重ねていく。とはいえ内心では所々で系統の違う誘惑を掛けてくるのはやめて欲しいと悲鳴をあげているが。

 

「家より居心地がイイのも考えものだよ。ホラ、地下のプールも視察兼ねて入ったり、なんて」

「それは……ある意味騒ぎになりそうな……」

「そう。そうなんだよな。その時は流石に秘書長に叱られてしまった。今じゃあ人気のない時間帯にこっそり」

「それオープンしてる(お客がいる)時間帯に変わりないんですから絶対怒られますよ」

「えー」

 

あと確実にバレているだろ、あの秘書長だぞ。オーナーの予定を一分一秒全て把握しているという“信者”の中でも相当の。

……各所属長は個性というか、皆等しく我が強い。その分能力も桁違いなのだ。彼が早々に彼らにはついていけないと見切りをつけて短慮且つ直接的にトップの部屋に凸るくらいには。

 

それにしても、肝心な言葉が引き出せない。彼は内心歯噛みする。全くの世間話しか出来ないのだ。そのように誘導されていると言葉を操る職に勤めている彼は直様気が付いた。あまりに自然。あまりに巧み。この男ならば稀代の詐欺師としても名を馳せるであろう。

その笑みに歪む眦すらも憎たらしい。

気付けば用意されたハーブティーはおかわりまで全て飲み干され、茶請けにと広げられた色とりどりの菓子は袋だけが散らばっている。

 

「多少は腹の足しになっただろうし、帰ったらゆっくり風呂にでも入って休むんだよ?」

 

このまま締め出されてはかなわない。

焦りのあまり喉から飛び出した、あの!という言葉に、京一郎は不思議そうに、どこか無垢に首を傾げる。

 

「ん?」

「いや、その……」

 

続く言葉が出ない。はくり、はくりと魚のように口を開け閉めするばかり。

どうする?次にこんな機会が巡ってくるとは思えない。約束を取り付けたとして、それは徒に信者達の警戒を煽るだけだ。

ぐるぐると巡る思考に声が割り込んだ。

 

「んー……そうだね。このまま秘密のお茶会が終わるのも味気無いような気がするし。……良かったらまた来るかい」

「は……」

「皆にはナイショで、ふたりっきりで。ね?どうかな」

 

くすくすと空気を震わせるように滲む笑い声。

デスクに両肘を付いて指を絡め、それに顎を乗せたまま柔く微笑むその姿は。

 

仕事仲間にはよく回る口と皮肉られる程の饒舌はここで完全に錆びたように固まり、彼はぎこちなく頭を上下に動かすのが精一杯だった。

 

「日時はキミが決めるといい。場所は此処で良ければ此処で。入り口にご意見ボックスがあるだろう?アレ実は私が管理していてね。それに日付を書いた紙なり何なり入れておくれ。どうせ誰も見ないんだから丁度いいだろう」

 

……逃げ道を塞がれたような心地がしたのは何故だろう。

虎穴に入らずんば虎子を得ず、と云う。危険を冒さなければ成功は手に入らない。その危険とは企みが京一郎や京一郎のシンパに露呈する事の他に、京一郎へ傾倒してしまう可能性も含まれている。

 

 

彼はその覚悟を決めたまま、京一郎の手を取る(掌で踊る)のだ。

 

 

 

 

 

 

「ふは、やはり俺の見立て通りだっただろう?少年」

「……うるさい」

 

端的に言おう。

受け身に回った少年がセックス中に過呼吸起こした。

 

 

 

 

 

何かとつけて少年の身体に触れてはいたが。マッサージであったり、普段の振舞いひとつであったり、思い付きに巻き込んでやった時であったり。因みにマッサージという言葉の前には性感と付く。さもありなん。

それでも挿入はこの身体では初めての事だったのだ、少年の知らない所でこの身体が抱かれていなければ。反応や具合は初めてのものだったのでそれはないだろう。

 

「少年、そろそろ挿入れるよ」

「ん……。……ウ、ぁ、……?」

 

口で丸め込んで押し倒し、無抵抗に指を受け入れた少年は伝わる快感の違いと早くに昂り始めた身体に疑問を抱いてはいたものの、うつ伏せで枕に顔を埋めつつ挿入前までは身体を俺に預けていたのだが。

 

漸く先が入ったところで少年がストップを掛けた。

 

「ァ、あ……??や、待て、ナミセ、何か、ッ、!ぁ、……い、いや、っ、ふ、ああ……ッ?ひぁッ!!あ、だめだ、1回抜け、」

「えぇ……折角入ったのに?」

「ヒィ……ッ?!い、いいから、抜けよ……ッ!!ぅぐっ、!ふ、貴様、このおれに何か盛ったのかッ?!」

「吸血鬼に効果のある媚薬なんぞ記憶にねぇよ」

 

そもそもお前には薬も毒も意味がないのではないだろうか?効くとしたら血行を良くするとか、代謝を良くするくらいのものくらいだと思われる。少年の言う程に強い効果のある媚薬なんぞ、吸血鬼の身体が直様解毒というか、無効化してしまいそうだが。

瞬く間に首裏まで肌が真っ赤に染まったのには驚いたが、まあ戸惑っているだけで続行しても大丈夫だろうとゆっくりと突き入れる。此処でお預けはちょっと。先を挿入れただけでコレは気持ちいいぞと思えるくらいで、その癖締め付けが良く、唾液が溢れる程に美味そうだったので。

 

「アッ!?や、め、止まれ、ダメだやめろ、本当におかしいッ、んは……っ!!あ、や、だ、いやだ、いやだ……ッ!あ、ああ、ア、っ?!ナミセッ……」

「ふは、少年がこの程度で音を上げるなんて本当に珍しいな……」

「ぐ……ッ、」

 

俺を振り払おうと腕が持ち上がったが、その隙にぐちゅりと弱点を抉ればかくんと体がシーツに落ちた。

吸血鬼がちょっと腕を振るっただけで人間なんて容易く壊れてしまうので。マア、悪いようにはしないので許してもらおう。

 

ぎしりと掴まれた柵が軋む。血管が浮き出るくらいに握り締められたベッド柵はひしゃげそうでいてひしゃげない。この部屋の物はそもそも破損しないか、しても直様元に戻るのだ。

ぎちぎちに締められては身動きが取れなくなるので、背後から腕を回して少年の立派な胸筋に乗る乳首をぎゅっと摘む。

 

「んあああっ?!は、ああ、やめ、やだぁ……っ!や、めろ、って、ぇ、〜〜〜〜ッ!!」

 

興奮に尖る突起を指で弾き、乳輪から順に円を描くように指の腹で撫で回してぷくりと主張したそこを愛でていれば、少年は腰を震わせて少しずつ力を抜いた。

 

「はぁーーっ、はぁーーっ、!いやっ、ナミセッ……!今日は、もう終わりに、」

「ここまで来たんだ、痛い訳じゃあないんだろう?大人しく受け入れろよ」

「っこ、のやろ……ッ?!ッッい゙、ギッ……?!ひ、ゃ、や、あああ〜〜〜ッッ……!?」

 

がくん、と再度頭がシーツに落ちる。

丁度前立腺を抉ったらしい。半ばまでオレを呑み込んだ後孔はひくひくと収縮を繰り返している。

 

「ぁ、ぁ?っ?」

 

小さく声を漏らして困惑を露わにする少年は背後からでも目を白黒させている様が分かるくらいだった。まるで子供の頃に戻ったようだなと笑みが滲む。

 

「奥、いいな?」

「ァ、う、ャ、ィや……、まって、いま、だめ、」

 

多大な戸惑いと弱い拒絶は聞こえないフリをして、ずにゅ、と更に押し入れる。

 

「あッ!ア、!や!やぁぁ……ッ!ア、ガッッ!!?」

「……ふ、っはは、気持ちイ……」

 

息を詰めた音。どうにか快感を逃がそうと力なく悶える身体。

少年の足の指がシーツを搔いて、一際強く柵が軋んだ音を立てた。

 

「ふー……、入ったよ。……少年?」

「ァ、ッ、ッ、!ぅ、!ぁ、!」

「……おーい。ちゃんと息吐けよ」

「カ、ッ、……?ぅ、ひゅぅっ?ぜひゅっ!ぁ、ォ、っ、??」

 

……あまりの衝撃に呼吸の仕方も吹っ飛んだか。

上手く息を吐けず吸ってばかりのようで……要するに過呼吸である。

四肢は強ばったまま声が出ない事に混乱はしているが、苦しさは無いようで困惑しきっている。流石は吸血鬼、呼吸も必要ないのか。

 

「しょーぅねん。1度呼吸を止めて。ゆっくりと、息を吐くんだ」

「ァ、ぁ、……」

「……無理そう?じゃあ少しこっち向いて……」

 

だからといって抜かないけども。息を詰まらせる毎に後ろがきゅっきゅっと締まって気持ちがイイ。

片脚を上げさせて側臥位に返し、上から唇を合わせる。

 

「ん、ぉ……、んん、」

「ン」

 

腹部から胸部を腕で抱き締める形で少し圧迫しながら、鼻を指で塞いで少年の吐き出した薄い息を吸う。舌を舐め、絡め取って、唾液ごと。ふ、ふ、と小さく息が吐かれるのを吸い取って。

 

「ぅ、ん、」

「ふ……はい、さっきみたいに息吸って……、……ちゅぅ、」

「ちゅぷ……、ふ、ふ、ぅ、ンン……っ、」

「また吸って……ん、」

 

ゆっくりと息を吐かせ、吸わせを何度か繰り返し、気持ち良さそうに舌を絡めてくるようになって漸く口を離した。……キスに集中し過ぎて呼吸が疎かになっては意味が無いぜ、少年。

唾液が糸を引く。赤い口内は俺の体温が移って粘膜が熱く蕩けているようだった。舌が時折ひたひたと浮いては肉厚な唇にだらりと落ちる。

 

「大丈夫?息吐ける?」

「ふ、は……はぁ……、ア、」

「大丈夫だな」

 

まだ腹の中のペニスの所為で正気には戻れていないようだが。

案の定少年はトコロテンをキメていたらしく、ぴくぴくと震えるペニスからは精液がボタボタ滴っていた。

快楽に蕩けた目元に唇を落とす。

 

「続けるからな」

「は、ぁ……な、みせ、」

「ん、どした、」

「……」

「、!……ふはは!少年は相変わらずだな!」

「っ、んゥ、ッふ、ぁあっ!あ、や、んあぁ……っ!アガッ……?!」

「ほら、頑張って息吐けよ。また止まってるぞ」

 

立てられた中指に思わず笑った。

 

 

 

 

 

やはり途中途中で呼吸を止めてしまうので、声を出させたりキスして呼吸を操作してやったり、最終的に背面座位で無理矢理揺さぶっていた。

 

「ゥあ、ああッ♡!!ォご、おほ……っ♡おっ♡おおっ……♡んおぉっ♡あぉ……っ♡」

「大胆だなぁ、そんなに股開いて。気持ちよさそうな声出して。まるで女のようじゃあないか。どうなんだ少年?ん?」

「き、さま、黙ってできないのかっ、……ッ♡♡!!っ、ッア゙アっ!!ふぁ、あ、あッ……っ!?おく、そんな、突くな、ぁ、あつい、あづいぃ、ぃ゙んん゙っ……♡♡!ンあ゙あ゙あぁぁぁ……っ♡♡!!」

 

ここまでの乱れっぷりは例の血塗れセックスの時以来ではないだろうか。

背中を反らして腰を浮かせる少年を支えながら(彼の今の体重は体躯に見合うくらいには非常に重いので上手く重心をズラしつつ)、欲を煽るように言葉を囁き、身体に触れる。

揺さぶられて達し、中出しで達し、扱かれて射精し。身体中精液で濡れているのにそれでもまだ限界ではないのだ。精液だって体をなしたまま、多少色が薄まったがその程度。

ちゃんと理性は残っているし、要所要所では蕩けた目で俺を睨み、腰を揺らしてキスにも応えている。

握り締められたその手は口元に当てられたり、額を押し付けたり、最後に俺の太腿に置かれた。

内心は兎も角セックスは愉しんでいるようだ。じゃあなければ途中で俺を押し倒して騎乗位仕掛けたりしないだろう。

 

ばちゅばちゅと肌が合わさる音がする。少年は激しい抽送でナカを掻き回され、奥を串刺しにされるのも好みだ。陰嚢の裏をごりごりと抉られながら、一際感じる奥の肉壁をぐりぐりと嬲られるのが。強弱織り混ぜれば唇を震わせる。

思わず自分から腰を振って押し付けてくる程度にはもっともっとと強請るのだ。壊れるくらいに激しく犯せ、などと。

今イったばかりだというのに本当に良くやる。

 

「う、ぁ゙、あ、なみせ、あんっ♡!も、イク、イって、る、ゥゥッ!はぁ、ッ、ぁ、っ♡っ……ァ、あ゙ーーーーっっ♡♡!!あ゙〜〜〜〜〜っっ♡♡♡!!!」

「はは……!噴水みてぇ、イキっぱなしだなオイ」

「っ……!ん、は、ぁあ〜……ッ♡♡!!んおぉ、っ♡お、ぉっ♡!ぉ、お……っ♡」

 

扱き上げていたペニスからびゅるるる!と勢い良く精液が飛んだ。少年の身体が跳ね上がる。四肢を強ばらせたまま少年はびくびくと震えていて、ナカがぐねぐねと肉棒に纏わり付いてくる。快楽の波をなんとか受け流して笑った。限りのある此方は耐える他に選択肢は無い……のだが、中出しした時の彼の悶えっぷりは一入で此方は煽られるばかりで。

太腿に爪を立てられて皮膚が裂けるが、それもこれも極上の快楽の前には大した事でもない。

どうやら“コッチ”でも相性が良いらしい。理性を保つ為に食い縛った唇はぶつりと裂けて血が落ちる。

 

「ぁ、は……、は……、ぅ、っは、あ……ッ!くっ……フーーー……ッ、フーーーッ……!」

「ふは……っ、ああ、少年……血、吸うか?」

「ッ、んん……♡」

 

身震いしながら頷いた少年に手首を差し出す。舌で膚を舐め、鋭く尖った牙が這い、貫いた。

同時に俺もサイドテーブルから蓋が開いたままのペットボトルを手に取り口を付ける。小休止も挟まないと直ぐにバテるからな。汗がぼたぼたと滴る。噛み切った鉄錆の味がした。

掴まれている手に指が絡みつく。ひんやりと冷たい指先が俺の体温でじわじわと温くなっていく。

 

「はぁ……ッ♡!ひはっ……!?ぁ、ふ……ン゙ぅーーーっ……♡♡!!」

 

張り付く髪を掻き上げて少年の傷のある首を晒し、星型の痣のある首筋に歯を立てながら突き上げれば、少年は恍惚に染った啼き声を上げる。少年の開きっぱなしの口から血液混じりの唾液が垂れた。

感じ過ぎだなぁ。いいねぇ、最高。

やはり少年が少年であるからこそ輝くのだ。肉体は確かにとびきりだが、それは然したるものでは無い。元となった肉体の本来の持ち主がどんな人間だったか気になるがそれはそれ、これはこれ。

 

 

─────硝子に収められた血濡れの頭はあの時から少年の腕の中にあった。

よく手入れされていたらしい美しいブルネット。

凛々しい眉。閉じられた目。

口元は緩く弧を描く。

 

後悔のない死を迎えたのだと無関係である俺にすら分かる安らかな顔。

少しずつ白骨化していく頭蓋を少年は決して無碍にはしなかった。

 

 

「ァ、♡ぁ、♡……んは……、ナミセ、」

「続けるか」

「……ン、」

 

向かい合うように体勢を変え俺の首の裏に腕を回した少年は興奮で顔を赤くしたまま唇を寄せる。幾筋もの伝う汗を拭う事もせず、張り付く髪もそのままに。

少年とのキスは殆ど血の味がするから、俺まで吸血鬼になったと錯覚してしまいそうだった。遠慮容赦のない濃厚な口付けは彼の興奮を如実に表している。肉厚な舌が口腔を這う。それに重ねるようにして絡めた舌が鋭い牙に触れる。

逃がさないと言いたげな据わった目も、頭を固定するように回された腕も、もどかしげに揺れる下肢も。何もかもが俺の欲を誘う。

ぬちゅ、と舌が抜かれる頃には最早伝う唾液がどちらのものかも分からぬ程にどろどろだった。

 

「少年……血ィ吸いながらしたい?」

「あ……はぁ、っ、♡♡」

 

乱れた髪に手櫛を入れる。引っ掛かりのない流れるような美しい柔らかな金。その間から血のように紅い瞳が覗く。欲情しきった、獰猛な雄の目。明確にお前が欲しいと言う目だ。

ここまで強烈に性的な印象を持たせる人間はそう多くない。

 

少し荒々しく俺の上に腰を落とした少年に腕を回す。ハジメテでもあれだけ擦られて揺すられれば挿入れるのも慣れるか。きゅっきゅと締め付けながら根元まで咥え込んだ臀を柔く掌で愛でる。いい子だ。ぷちゃりと少年のペニスから液が散る。身体をくねらせ、陶然としながらも俺に回した腕からは力は抜けない。

どれだけヤっても緩む事無く締め付ける肉壺が、こちらを煽る獣のような甘い嬌声が、どれだけ快楽を注がれても全て飲み干してしまう精神力が、限界を超えても喰らい続ける貪欲さが。何より愛おしい。

 

「いいよ、吸って」

 

くらりと揺れた瞳、細まった瞳孔。唇から覗く白い牙。赤い舌。

首筋に鋭い痛みが走る。

ぎゅう、と頭が腕の中に抱え込まれ、存外柔らかな感触が身体に押し付けられる。胸筋と言うより最早乳だった。右手で柔い胸を優しく揉むと更に反応が顕著になる。

 

「ん、ふ、ふ……ぅゔ、♡」

「ふは……少年、そんなに抱き締められちゃ動けねぇよ」

「……黙って喰われてろ……んん……♡」

 

指から吸われるのはあんまり好きじゃないと言ったからか、少年は大人しく首筋に牙を突き立てる。少年からすれば派手に汚れるので口から吸うのは好きじゃなさそうだが。今だって白い頬や顎にまで赤い飛沫が飛び散っている。

ゆさゆさと揺さぶり突き上げて、少年の頭を地肌から撫でながら片手で少年のペニスを扱く。

 

「ぅ、あ゙……、ッは、くふ、ゥ……ッ!ぁ゙は……♡」

「たのしそうね、」

「ああ……?お前だって、おれのナカでガチガチに勃たせたままの癖に、」

「そりゃ少年がえっちだからなあ……」

「抜かせ……、っ♡!!」

「フフ、その身体でも気に入ったみたいだな?」

「っ、気に食わなかったら、とうに吸い殺している」

「おー怖。じゃあ今度は満足してもらえるように頑張らないとなあ」

「ッ!ア、あ゙っ……ふぁ、っ!!」

 

出が悪くなったらしい、じゅるりと最後に首筋を啜ると少年は自ら腰を浮かせて言葉なく続きを強請る。

ああ、抱かれ慣れてるなあ、などと。俺が言える事でもないか。

腰骨を掴んで無理やり引き寄せ、奥から腸壁を余すところなく舐り抉りながらぎりぎりまで抜いてやれば、少年は腿に力が入れながらぶるりと身を震わせて呻いた。

 

「ん゙、あ゙、あ゙……っ♡♡あ゙ぁ、イイ゙、これぇ゙……♡♡今のイイ……ッ♡♡」

「奥、突かれるのと今みたいに入口まで抜かれるの、どっちが好き?」

「ふ、ゥ゙ッ、ぅ、あ、!んん゙ッ♡!!どっち、も、イイがらぁ゙〜〜〜ッ……♡♡」

「なら次奥でイって、その後ゆっくりシようか」

「んはっ!ぁ、んん゙っ!ぁ゙、あっ……!ぅ、う、ッ♡♡っか、勝手に、すればい、ッんぉ゙お゙っっ……♡♡!!?」

 

体勢を入れ替えて押し倒し、どちゅんと奥に叩き付けた。奥のすぼまった行き止まりがくぱりと僅かに開いてしまうくらいに。

息を詰めてはくはくと口を開け閉めする様は魚か犬か。

まるで白痴のように目を白黒させていて、無様で可哀想で愛らしいと思った。

 

「ぁ、が……ッ?!ひぎ、ャ゙っ……♡♡!!んあ゙、あ……あ゙、ァ゙……♡!ヒュ、ァ、!ひぃふッ!ひゅふぅぅ……ッ!!ぅ、あ゙あ゙っっ!!あ、ィ、!ッん、は、は、あ゙、あォ、ッあ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ーーーーーっ♡♡!!!」

「また呼吸が引き攣ってるぜ」

「ひ、ぅあ……!ぁあんっ!!は、ぁ゙ぁっ……♡♡!!らっで、らっでぇ……♡♡!!あ゙あ゙、ッだめ、だめ、だめぇ゙っ……♡♡!い゙、ぐっ!あは、きもちイ゙……っ♡ッッいぐ、いぐぅっ♡♡♡!!!」

 

……俺もそろそろイきそうだ。

ばちゅ、ばちゅ、ばつん。ぐちゅん。小さく口を開けたそこが、亀頭を咥えて吸い付いているようだ。もっともっとと追い縋ってくるのを無理矢理引き剥がして、熱く蕩けた肉壺を抉りながら引き抜き、柳腰を掴んで奥に打ち付ける。見開かれた目からはぼろぼろと涙が溢れ、晒された喉に唾液が伝う。赤を彩る金の長い睫毛に雫がまるで宝石のように瞬く。ひくりひくりと痙攣する喉仏は男らしくも色っぽかった。鬼気迫るような顔が可愛らしい。

伸ばされた腕を逆に掴み取って更に激しく揺さぶった。

 

そろそろやめにしてあげないとな。あまり執拗いと却って機嫌を損ねる。足りないのも飽きられやすいので良くないが。八の字に下がった眉が可愛らしくてこめかみに唇を落とすと眉根を吊り上げて口にしろと強請られる。

 

あー滅茶苦茶気持ちイイ。止まんねぇわこれ。

 

 

その後中出しと同時に少年はまたも過呼吸になった。

 

 

 

 

 

 

で、今に到る、と。

 

「前の身体より感じやすそうだとは言っただろうに」

「……やめろと言ってもやめなかった」

「彼処でやめても不完全燃焼だったと思うぞ?他ならぬお前が」

 

それとこれとは別だと少年は俺の首元に噛み付きながら言外に言った。気分を害したというフリをしているだけで怒ってはいないが不機嫌ではある、と。正しく読み取って俺は笑みを含ませつつ彼の背中に腕を回す。

要は身体は初めての筈なのにあんなに感じてしまった事を屈辱と感じているのだ。

 

「脳が覚えていたんだろ、絶頂の感覚とか」

「……」

 

あるある。脳内麻薬が分泌される感覚って堪んねぇよな。

赤い目元を指で擽るように撫でると嫌そうに振り払われた。

牙が更に深く首元を抉る。口寂しくなってもセックス中でも無ければキスを強請れない少年が可愛らしい。

いっそ開き直ればいいのに。少年がそれを理解するのはいつになるだろうか。賢い彼の事だから、きっと直ぐに気付く筈だ。

代わりにと彼の頭頂部に唇を押し付ければ、彼はじろりとその赤い目で睨んだ。

 

「なあに、邪魔はしてないじゃあないか」

「鬱陶しい」

 

本当に鬱陶しかったら口より先に手が出る癖して。

俺はそれを知っていて、彼は俺が知っている事を知っている。

互いの性質や癖、好みなんかを口にせずとも理解する程度には濃い関係を築いている自覚があった。短期間だが、短期間なりに。だがそれは運命的ではなく、行き摺りのそれでしかない。

 

肝心な事は知らないけれど知らないままでイイ。知る必要はない。どうせ心の根っこから全て分かり合える事など、俺達のような唯の人間に出来る筈もないのだから。利己的で欲深。愚かで醜くも愛おしい人間の本性。

好きな時に好きなようにあればいいし、楽しみたい時に楽しい事をすればいい。

 

「フフ……可愛い」

「……お前の目は節穴か?」

 

ばちんと音を立てて大きな掌で口を塞がれる。

 

「……いふぁい(いたい)

「戯言しか吐かないのならいっそ黙っていろ」

 

嘘は言っていないんだけど。まあ確かに、今の少年は可愛いと言うより美しい、逞しい、という言葉の方が相応しいかもしれないが。

 

顎を掴まれたままの為それ以上言うでもなく少年の髪に手櫛を通す。

 

「しょうねん、たばこすいたい」

「駄目だ」

「けち」

「ああ゙?」

「なんでもない」

 

すげぇドス効いてた。

これ以上言うと顎砕かれそうだからやめておいた方が賢いな。少年の事だから吸血が終わったら吸わせてくれるだろうし。

 

なんだかんだ言って、少年は割と俺に甘いのだ。諦めとも言う。

 

 

 

 

 

 

……まだ初めてだから手加減していたなんて言ったら流石に接触禁止令出されるだろうか。初めより慣れてからの方が感度が跳ね上がるなんて言ったら腐ったものでも見るような目で見られそうだな……。言わないでおこう。だってまだ味わい切ってないしな。

 




書き直ししつつ。

即落ち二コマかな?????


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第15話

エロなし(キスはある)

水瀬京一郎のターン


彼の不幸はいつから始まったのであろうか。

あの男に仕事を持ち掛けた時?あの男に自らの本心を聞かれた時?あの男を餌に愉楽を貪っていた時?

否。否である。彼の不幸とは、あの男と目を合わせて言葉を交わしてしまった幼少のあの時から始まっていたのだ。

 

 

 

あの忌々しくも爛れた一夜から程なくして、何もせずとも通帳に金が振り込まれるようになった。(彼はあの男に通帳の口座番号を教えた覚えはない)。彼はそれはそれはビクビクしていたもので、初めの内はどんどん桁を増やしていく記載が恐ろしく、いつ見返りを求められるかわかったものでは無いと通帳を戸棚の奥に仕舞い込んでいた。マア、とはいえ彼は懲りるという言葉を学ぶ機会すらあの悪魔のような男に奪われていたので、どんなものでも喉元過ぎればとやらであった。彼は碌に稼ぎ方も知らぬ。バイトも長続きするものでなし。あの悪魔からの干渉もはたりと止んでいたので。生活に困窮する事自体に慣れていないが故に。借金するにも“センパイ”の耳に入ればなんと言われるか。

 

嗚呼、ならば月1回手元に転がり込んでくる多額の金を、チョットだけ、いやもう少し、大丈夫、大丈夫、そんな風に使い始めるのも早かった。彼の自制は飢えた獣にも劣る。

 

さて、話は変わるが彼の父母は存命である。幾らクズといえど彼も人の子であるので、親がいるのも当然の事。色々と口を出されてウンザリはするが、だからと言って身体的に害したり、増してや精神的に殺したりなどはする程ではなく。暴言は吐くがそれだけで、彼が気侭な一人暮らしを始めた時もその後も何かしらの縁は続いていた。とはいえ裏の世界に足を踏み入れてからは殆ど疎遠であったし、あの男に自身の行動範囲の全てが把握されていたと気付いた時からは一人暮らしの家にすら帰っていない。友人の家かホテル暮らしが主である。小賢しくも転々と居を移して。されど住所変更などの手続きをする事なんてのは頭に無く。きっと郵便受けには郵便物が雪崩のように外に溢れているんだろうなとはチョット思ったがそれまでである。

 

 

 

ふらりと泊まっていたホテルを後にした彼は次は何処に行こうかと周りを見回して歩き始める。あまり遠くに行けばセンパイからの呼び出しに応じられないが、近過ぎれば瞬く間にあの男に補足されて最悪監禁なんて事になりかねない、などと自意識過剰気味に思い込んでいた。当たってもないが的外れでもなかった。

 

─────なんて事は無い。突如として彼の目の前に停められた黒塗りの車から伸びた腕が、彼を車内に引き摺り込んだのである。

 

「いってぇッ!?くそ、誰だテメ、ぇ、」

「よぅ。半年ぶりだなァ敦」

「な、ん……っ、京一郎……ッ?!」

 

目の前で長い脚を組み、うっそりと微笑む水瀬京一郎。

動揺する間に扉は閉められ、車は緩やかに発進する。

 

「これだけ尽くしてやっているこの俺を避けるなんて、お前は本当に酷い男だな」

 

いっそう洗練された佇まいといい仕草といい雰囲気といい、より美しくなった男に見慣れていた筈の彼も一瞬見惚れてしまっていた。それを認めまいと頭を振ると彼は恐れと警戒を滲ませて男を睨み付ける。

 

「なんで、なんの用、」

「買い物。付き合ってくれるだろう?」

 

拒否権などあるはずがないじゃあないか。さもそう言うような、いっそ甘美な程の従わざるを得ない傲慢であった。

 

 

 

 

 

それから敦はあちこちと連れ回された。

先ずは腹ごなしと完全個室のレストランで食事を摂り、幾つか服屋だの靴屋だのに立ち寄り、ぐるりと駅前の総合百貨店を回り、最後にハイブランドブティックへ。

 

「いらっしゃいませ水瀬様。お待ちしておりました」

「ん……頼んだ物は用意出来ているかな」

「はい。勿論でございます」

 

彼らを迎えた男へ目を向けて目を細めると、京一郎は敦の腕を引いて此方だと笑った。

 

「っオイ!?」

「着てみろよ。ホラ、」

 

京一郎から押し付けられた一抱えの箱。促されるままそれを持って広い試着室へと押し込められる。

 

「一体なんだってんだよ……」

 

途方に暮れたような顔で敦が閉められるカーテンを見つめるのを、京一郎は少女のような笑い声をころころと上げて見送った。

 

 

 

 

 

「ウン。存外似合っているじゃあないか」

 

見立て通りだな、と京一郎が薄ら笑みを浮かべる。

三つ揃えのスーツには金の釦とダークレッドのシャツに遊びのあるネクタイ。カフスは品のあるルビーで彩られ、敢えて緩く着崩させる。ストレートチップの革靴や細やかなアクセサリーまで、全てがオーダーメイド仕様であった。

 

「猿でも分かるブランド品で全身塗り固めるなんて……成り上がりの拝金主義丸出しな、センスと頭の出来を疑う格好よりはよっぽど良い」

 

マア、些か着られてはいるが。

余計なお世話だと敦は苦々しげに内心で吐き捨てた。こうして身に纏ったそれと比べれば、何を口に出して言えるでもなかったのである。言える言葉があったとて、敦が京一郎に言える筈もなかった。

 

「こっちに来い。髪、整えてやるよ」

 

適当な所で染めたんだろ?こんなに傷んでる。

お前は金より茶のが似合うぜ。いい所に今度連れていってやるからな。

ピアスも用意があるんだ……ん、コッチのが合う。ああでも、他に気に入ったのがあったら言えよ?全部買ってやるからさ……。

 

弓形にした笑みと甘く意識を蕩かすような声。触れる指先は繊細とも扇情とも呼べた。ぞわりと走るのは怖気と、僅かな快楽。

毒を流し込まれる明確な感覚であった。弾かれるように敦は京一郎の手を払う。

 

「ッッ!!」

「……、……フフ」

 

気付かれずに浸らせる事も出来た筈なのに、京一郎は敦に解るように触れた。幼子に言い聞かせるかのように、態と手を翳してみせたのだ。

馬鹿にしたように見下し、それでも溢れんばかりの愛で満ちた言葉を列ねて。憎悪で汚泥のように腐った瞳にはきらきらと光が瞬いていて。……その比があまりにおそろしい。気色悪い。

荒く肩で息をする敦の青くなった頬を京一郎の指が掠める。

 

「─────っふ、ははは!いや、冗談だよ。冗談だ。そう怖がるなって……チョット巫山戯ただけだろ?」

「……は、」

「いや、お前今日1日ずっとビクビクしてたから、つい。あー可笑しい」

 

けらけらと笑って敦の肩を叩く京一郎に先程までの影は無い。

 

「大丈夫だって。もうあんな事はあれっきりって約束したろ?」

 

今日は詫びのつもりだったんだけど。……少し強引だったか……?悪かったよ。

まるで、高校時代に戻ったかのような顏をしていた。

 

「着替え終わったし、時間もちょうどいい。行こうぜ」

「い、行くって……何処に、」

「何処って……お前ホントに家に帰ってなかったンだな」

 

だろうなとは思ってたから代わりに返信しといたんだが。フフ、笑って許せよ。

脅かし過ぎたな、と京一郎はにっこりと笑い、今度はしっかりと行き先を告げる。

 

「○×ホテル3階、開始は20時」

 

安心しろよ、高校時代の同窓会だ。

 

 

 

 

 

 

「久しぶり、お前篠原だろ?!全然変わってねー!」

 

相変わらず水瀬と連んでんだな!

悪意のない元同級生の言葉に顔を引き攣らせつつ、敦はグループに混ざっていく。

揃って会場に現れた上、細部は異なるが何処か似通った意匠のスーツを纏っていたのもあるだろう。グラスを受け取って薄らと笑う京一郎をちらりと窺い、掻き消すように頭を振って嘗ての同級との話に集中する。京一郎の纏う艶やか且つ淑やかな空気に当てられて、誰も彼もが視線を向けながらも話し掛けるのを躊躇っているようだった。アイツはオレにおっ勃てる変態なんだぞ、と喉の辺りまで出かかったが、グラスのワインで流し込むようにして呑み込んだ。そんな事を言ってしまえばヤツに何をされるか分かりきっていた。

 

 

「さこちゃん久しぶり〜!変わんないね!」「みこちゃん!?そっちは随分変わったねぇ〜、今都心に住んでるんだっけ?」「なあ飲み物足りてる?」「えー?」「これ美味ぇな!もうちょい取ってくるわ」「飲み過ぎんなよお前。誰も送んねぇからな」「薄情!」「皆呑んでるー?」「ね〜この後二次会行くらしいけど、ウチらで抜けよ?」「あはは!」「アレ?2組って人数これで合ってるっけ?欠席?」「なんか1人、数年前に死んじゃったんだって。交通事故で」「ちょっと、誰か一緒に水瀬くんに声掛けてこようよ、一生のお願い!」「玉の輿〜?それならもっと手頃なのにしときなよ、名取とかさ。水瀬くんは絶対倍率高いって。例の駅前ホテルの社長だよ」「それはオレに失礼じゃね……?」「滅茶苦茶デカいとこじゃんか……やっぱ持ってる奴は違うわ」「つーか一生のお願い何回使ってんのよ、アンタ」「聞いて?ねえ聞いて???」

 

 

アルコールに強い訳では無い。ふわふわと覚束無い足元に同じような足取りの級友。肩を組まれてヘラヘラと笑う。

酒に酔うのは好きだ。気分は高揚するし、大勢で呑むのは楽しい。

 

「うっわ顔赤っ!?酒臭ェ!」

「もう出来上がってんじゃんコイツら、笑い上戸と絡み上戸かよ!」

 

ぶつかった壁に凭れ掛かれば、それからは不思議と甘苦い匂いがした。酒に溶け込んで混ざって蕩けるにおい。顔に当たる柔らかい布。冷たい感覚が頭に当てられて心地良いような、そうでも無いような。入り込んだ風が思いの外寒くてぶるりと身体を震わせる。

 

「あー……、馬鹿笑いして散々べったべたに絡んだ挙げ句潰れるんだわ、此奴」

「ウゲ……最悪じゃん」

「水瀬くんかわいそ。誰かタクシー呼んで〜」

「ヤ、いいよ。此方で迎え呼んでるから」

「なになに職権乱用〜?」

「……フフ。あぁ、だから悪いけど、二次会はパスで。明日も仕事なんだ、俺も此奴も」

「えー?!水瀬カラオケ来ねーの?!勿体無ェ〜ッ!!」

「埋め合わせはするから……ホラ、敦。水飲めるか」

 

押し付けられたコップを勢い良く呷って噎せ込んだ。

 

「酒じゃねぇよ、少しは酔い覚ませってンだ……立てねェか?分かった分かった、背負ってやるからジャケット脱げ。皺になる」

 

仕方ない奴だなァ、お前は。

どこか遠くで、熱に浮かされたような上擦った、甘ったるいそんな声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

乱雑に此奴を車内に落として、反対側に身を滑り込ませる。

 

「出します」

「ん」

 

タイを弛め、体勢を崩して後ろに流れていく窓の外の景色に目を遣る。

 

「今日は一日、楽しめましたか」

「そこそこ」

「左様で」

「酔えればあの会場も楽しめたんだけれどね」

「……」

「ああでも本当に、面白くなかった訳じゃあないさ。どっちかと言うと午前に此奴で遊んでた時の方が心が動いたというだけ」

「……お疲れのようで」

「ふは。……疲れたよ。本当に」

 

壊さないように逃げられないようにするには酷く気を使うから。

……間抜け面で呑気に眠ってやがる。奴の前髪を片手でぐしゃりと握る。馬鹿だなァ、あんなに警戒して嫌っていたのに、どうしてお前は容易く無防備な姿を晒しまんまと拐かされるんだ。この頭蓋には何が詰まってんだ?

甘く嬲ってやったあの夜、喘ぎながらではあったが生理的嫌悪で吐瀉物を寝床にぶちまけた癖して。染めた色が地毛に戻り始めて根元が黒くなっていた。強く掴んでいた訳ではなかったので、パッと手を離せばこてんと首が傾いて、髪の合間から大量に穴が空いた耳が覗いた。

 

此奴には時間を掛けて刷り込んだ。此処は全てが与えられる場所。此処は望みが叶う場所。世界でいちばん幸運な場所だと。

本能が乖離を起こしているから、吐き気がするのに安心してしまうのだ。分かっている。俺がそうした。だからこうなっている。わかっている。

 

その首に手を掛けて頸動脈を指で撫でる。此処。顎の下のこの辺り。どくどくと指先が鼓動を感じる。憎くて殺してやりたいと何度となく思って、今此処で殺す事は慈悲だと己を制止する。壊す事すら生易しい。狂おしいこの殺意は慕情である。俺は衝動に蓋をする。手放すには惜しい愛玩動物。溢れんばかりの殺意でお前は甘やかされ、愛でられて愛でられてそうして死ねばいい。知らずの内に俺に溺れて狂い死ね。愛は簡単に人を殺すのだから。そのやり方こそ、この俺に相応しい……。

 

「キミ。犬は好き?」

「好きでも嫌いでもないですね」

「私はね。嫌いではないよ」

「飼いますか?」

「躾の途中さ」

「成程」

 

次は飼い主の横を歩く事を覚えさせなくては。

取り敢えず此奴が持ってるピアスはある程度捨てさせようと思う。身を飾る程度のものを定める気はなかったが、これではあまりに品がない。少なくとも耳輪内側に使うスタッドピアスは幾つか捨てさせる。それに舌は良いが鼻は駄目だ。眉付近のそれもやめさせる。人にも寄るが此奴の場合は、虚勢を張って誰彼構わず唸るチワワのようだった。

犬は嫌いじゃないが、隣に置くならば愛玩されるだけの可愛らしいそれよりも、走らせれば獲物を狩ってくる猟犬が好ましい。

 

 

マア、期待はしていない。

 

 

 

 

 

 

 

それは、押し固められた絶望にも似ていた。

 

 

「犬は嫌いだ」

「嫌いかァ」

「大嫌いだな」

 

くつくつと喉で笑う男の口を塞いで呼気を吸う。この場所にいながら外の話を持ち込むなんて無粋にも程がある。外に出られないおれへの皮肉か?

細められた眦に揶揄が滲むのがひどく気に障る。舌に牙を立てようとするとぬるりと逃げられて上顎を舐め上げられた。鼻を抜けるような声が漏れて眉根を寄せる。

セックスをする時以外にも戯れに口付けを交わすようになったのはいつからだったか、何方からだったか。

 

「咬むなよ。アレは流石に痛かったんだ」

 

べろりと出された薄い舌は二股に分かれていた。少し前に“勢い余って”噛み千切ったのだ。

 

「マ、それだけ気持ち良かったって事だしなァ?」

「……減らず口を」

 

コレで舐め擦られるのは存外心地好かったりする。良かったな、お似合いじゃあないか。この淫奔蛇野郎。

 

「ん……スる?」

「……今日はいい」

「ふふ、じゃあキス」

 

ただ無意味に唇を合わせるだけの作業が胸の裡を僅かに疼かせる。

滑り込ませた舌が擦り合って、ぬるぬると絡んでは離れる。

性を煽るような口付けは、然れどセックスをしようとは思わせない。ただのキスで満足感すら覚えているのがまた憎たらしい。

 

「……─────お前はつまらない」

「おや」

「面白みのない人間だ、お前は」

「ふぅん。それで?」

「ん。……お前が来たところでこの退屈は紛れない」

 

にこにこと変わらず笑いながら相槌を打つヤツが心底気に入らないのだ。

 

「……嫌いだ」

「うん」

「顔も見たくない」

「フフ、そう?」

 

どうにかその面を歪ませてやりたくて、キスの合間に罵倒を混ぜる。

 

「……、」

「もう遊びは終わりかな」

 

 

 

 

“つまらない反応だ”と言うけどお前、まるで愛おしいひとに愛しているとでも言うような穏やかな顔をしているよ。

 

 

がじりと立てた牙は、獲物をぬるりと逃すばかりだ。

 

 



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閑話

乱文。エロなし


 

■爪紅の話

 

 

ひらひらと手を振り扉から入ってきたナミセの指が真っ赤なマニキュアで彩られている事に気付く。

本の頁を捲る指先を、なんとはなしに目で追っていた。

整えられた荒れの無い滑らかな象牙の白。

 

「フフ……視線が擽ったいね」

 

部下に強請られたのだとナミセは言う。

白く細い指に映える、ムラなく丁寧に塗られた赤い紅い爪紅。

 

「……そうだ、少年。お前にも塗ってやろう」

「いらん。……おい、聞いているのか。やめろ、」

 

黒く塗られた指先に、ナミセは唇を落とす。

白皙の吸血鬼には鮮烈な紅と、相反する黒がよく似合う。

 

 

 

 

 

■天国の話

 

 

天国とは何か?

生の先にあるものとは?

進化・成長と昇華の違いとは?

生きる意味とは?

人の形と神の関係性は?

何故神は人の繁栄を赦したのか?

人は何故未完成なのか?

人の可能性とは何か?また、吸血鬼に可能性は存在するのか?吸血鬼の先には何が存在するのか?

可能性を足し算すれば、人や吸血鬼は神、或いは運命を左右する力を得られるのか?

 

 

 

「人の心に地獄はある。人は心によって感情を感じ取り、自ずと灼け付き凍て付くような苦しみを味わう」

 

―――ならば天国の場所とは何処か?

 

「さあ?」

 

地獄があるならば、逆説的に天国もあると云えようか。

 

「それはきっと地獄の中にあるだろう」

 

 

 

―――生の先にあるものとは?

 

「生の先にあるものと死の先にあるものは同一だ。無。無がある」

 

自分とは、自己とは、唯一無二のものである。同一個体は平行世界であろうと存在しない。あるのは限りなく似た別人だ。

故に個を忘れた時点で忘れる前の自分とは別のものとなる。

なれば生死の先にあるのは無だ。

 

 

 

神は人の繁栄を“赦した”のではない。“止められなかった”のだ。

何故なら神は人の形をしていたから。

何故なら人は未完成だったから。

人は可能性の塊だったから。

 

 

 

 

 

―――神を信じるか?

 

「神。神ねぇ……」

 

神とは己自身だ。誰もが神に成り得る可能性がある。神は嘗ては人だった。人の進化の果てにある可能性の一つが神であるから。

可能性の一つでしかない、という意味で。

 

 

 

 

 

『吸血鬼は夢を見るか?』

吸血鬼は夢の先を見られるのか?

 

さて、はて。

 

 

 

 

 

■化け物と人間と精神と肉体の話

 

 

人並み外れた精神を持つ人間と、未だ人の精神を持った吸血鬼。

 

「どうすればおれは到れると思う?」

 

本の頁を捲りながら少年は言う。

 

「到る?」

「ヒトの精神のままでは“駄目”なのだ」

 

そちら側に到れば、成り果てる事が出来れば、きっと今一歩先へ進めると思っているのだ、少年は。

 

「肉体はヒトを超越した。魂はそれに相応しいものだ。足りぬのは精神だ。それを得るには、今度は何を奪えば良い?」

 

夢の中は鮮烈で、褪せている。虚でありながらも実が存在している。

安寧でありながら焦れったく、安心しながら恐怖を抱く。揺り籠のような場所で。

 

少年は頁を捲る。手持ち無沙汰に、思案に落ちながら。

これはきっと自身の考えを整理する独白だ。返答などあってもなくても構わないのだろう。

必要があれば奪い、それを手繰り寄せ、得ようとする。……彼は考えにないのだ。何かを得るには時に、何かを失う必要がある事を。

俺が彼に抱くのはどういった感情なのか、俺自身も分かっちゃいない。

懐古、憐憫、感傷。情と共感。どれもが当てはまり、どれもが的外れだ。

 

ふと口を開く。

こちら側には来ない方が良いと俺は言う。

 

「何故だ」

 

底知れぬ怒りを滲ませた彼を笑う。

これは愛だろうか。それとも只の哀だろうか。

俺はそれを失って欲しくないと思っているのか、否か。

少なくとも彼が抱く願望の否定ではない。

 

「おまえは今まで失った多くを補填する為に獲得してきたね。今のおまえは失わない為に得ようとしている。おまえのやりたい事はそんなもの?」

「貴様におれの何がわかる。多くを得て妥協し、更に上を目指す事無く。失ったものを失ったままにする空虚な臆病者が」

「確かに俺は多くを失ったように見えるだろう。違うね。俺は失ったと気付いた時に捨てたんだ」

 

向上心、目標、恐怖、悲しみとか、そのあたり。

地に落ちた飴玉を拾って洗って食べようとするか?俺はしない。俺には飴玉のような価値しかないが、人によってはそれが宝石に見えたりするのだろう。

それが俺を今、俺たらしめる―――彼が逸脱した精神性というものの正体なのだ。

 

仏の道に進むものは煩悩を捨て、縁起を把握し克服する事を求められる。

厳密に言えば違うのだろう。だが俺は人の本能に逆らい“到る”事とは即ち人間性を捨て去り人ではないナニカに成る事と思う。

果たしてそれは完全と言えるだろうか。彼にとって、望んだ結果に成り得るだろうか。

良い気分ではないよ。少なくとも人間の世界で生きる俺にとっては。

 

神になる道がそのようなら、きっとこれ以上に失うのだろう。

その果てに俺は俺のままでいられるか?―――少年は、少年のままでいられるか?

 

 

少なくとも俺はまだ、人としての生を愉しみたい。

 

 

「D、I、O」

 

どこぞの国では神を表す言葉。空にスペルを書きながら笑う。

 

「“少年は神になりたい?”」

 

ソファーに寝そべり、天井を見上げ、独り言ちるように。

その響きは愉しげにも、言祝ぐようにも、か細くも、憂うようにも、空間を微かに揺らす。

視界に彼の姿がのそりと現れる。

眉根を寄せ、如何にも不機嫌そうに。紅く深く輝く二つの紅玉が美しいと思う内にその顔が近付いて、唇に冷えた熱が落とされた。

 

 

「……お前と共に居たら此方の肉体が腐り落ちてしまいそうだ」

「フフ。そうしたら一緒に融けてしまおうか」

 

お前はそれを選ばないのだろうけれど。

その時が来るならば俺は手放してしまえるのだと、どこかで確信があった。

 

 

 

 

 

■白い部屋について

 

 

「夢の中ってある種、無防備なものだと思わないか」

 

ナミセがペンを置いて、此方を見もせずに言う。

 

「脳内、或いは精神、スピリチュアルで言えば魂。夢が自分の意志で変化するのは明晰夢―――脳が半分起きている状態である場合に限られる。……つまりそれは自身の本質、本心を赤裸々にしていると同義じゃあないか?」

 

ひとたび指を振るうと、白い壁がパッと明らんで、水中を映し出す。否、水中は水中でも光がキラキラと瞬く海中だ。魚群が渦を巻き、捕食者はそれを噛み千切って喰らう。厳しくも美しいコバルトブルー。

 

「やめろ」

「……フフフっ!そうか、おまえ、今海底にいるから嫌なのか!」

 

からから嬉しそうに笑って、ナミセは天井の、海水で歪む太陽を見上げる。

 

「それとも、太陽が気にくわない?」

 

ナミセの意思によって今度は満点の星空が映し出される。

星が命を燃やして放つ、何光年先にも届く光の河。

 

 

「これは明晰夢?それとも無意識に見ている夢?」

 

 

星明かりのみに照らされるナミセの顔は、吸血鬼の視界ではよく見えた。

 

 

 

 

 

 

“星を見るか?泥を見るか?”

 

 

地に堕ちよ、星。

 

 

―――“果てへはひとりでいい”

 

 

 

 

 

■影響の話

 

 

「水瀬さんの英語ってカナディアンかなと思ってたんですけど、どことなく違う感じしますよね」

「そう……かな?自分では気付かないものだね」

「うーん……えーとぉ、どこだろ」

「……、あぁ、イギリスでは?」

「あっ!そう!クイーンズイングリッシュだ!」

「……!」

 

 

 

「少年の話し方の癖が移ったみたいだ」

 

思えば少年とは長くはなくとも濃い付き合いだから、仕方ない事かもね。

 

「……」

 

考え方と咄嗟に出る言葉の癖が似通ってきているなど、それに気付いてしまった事など、此奴にだけは言って堪るものか。

 

 

 

 

 

 

―――だけどお前は全てを投げ棄てられる程、俺を愛しちゃいないのだ。

俺を愛しはしないのだ。

お前の瞼の裏にはいつも、遠く光る星がある。

いっとう眩しくて美しい星が。

 

 

 

 

 

みっともなく足掻くのが気持ちいい

 

踊ろうか 誰かの掌の上で

 

 

 

 

 

 

 

 

■逃避行 表

 

怖気が走る筈なのに安堵してしまう。嘔吐してしまうくらい拒絶しているのにどの女を相手にしても得られない快楽をもう一度欲しいと思ってしまう。

 

あんまりだ。もう耐えられない。気紛れに振るわれる鞭の痛みは、安っぽい飴玉に慣れた敦の精神を着実に蝕んでいった。

 

―――「“これ”、要るか?……ふふ、冗談だって」

 

―――逃げよう、今の内に。奴が本気でオレの脚を切り落とす前に。

 

 

幸いにして奴はオレを嘗めているので、逃げ出す事なんて考えていない筈だ。逸る気を抑え付け、錆び付いた脳味噌で計画を立てていく。先ず先立つものは金だ。金さえあればどうとでもなる。だが、奴が勝手に振り込んでくる金は使えない。借金するにもセンパイの目がある。……そう、それに、組の脚抜けには膨大な金が必要だ。奴に言えば肩代わりもするだろうが、行動を起こしたという事自体を知られるのは拙い。なら逃げるしかない。何もかもから、煙のように掻き消えるしか。

 

何処に逃げる?日本は駄目だ。少し窮屈で不自由しても、遠く離れた発展途上国がいい。

奴の知らない裏のツテを頼って偽造パスポートを用意して……外国で戸籍を新しくしよう。

 

 

初期費用は両親に頼み込んで、クレジットカードを使い過ぎたとでも言って30万程現金を貰い、怪しまれないよう慎重に行動を始める。

今までの行動を急に変えないようにして、僅かな隙を見逃さないように。

 

 

 

奴が視察だかなんだかで県外に離れた。今が最後のチャンスだ。オレは何でも無いように新幹線に乗り込み、バスに乗り。ビジネスホテルにチェックインして。

服を替え、荷物の殆どを部屋に置き去りに空港行きのバスに乗る。

 

空港まで辿り着き、周りを警戒しながら飛行機に乗り込み。離陸して漸く息を吐いた。

逃げれた。確信した。スマホにGPSが付いているかもしれないから、服に盗聴・発信器が付いているかもしれないから、スマホも服も置いてきた。これならもう、追いかけようがないだろう!

胸に去来するのは開放感と、蜷局を巻くような不安感だった。大丈夫だ、大丈夫。オレはおかしくなっていたから、奴におかしくされていたから、奴のそばにいないと落ち着かない気にさせられていた。だからこの不安は、奴から離れて暫くしたらきっと良くなる。

頬が緩む。やっとオレは自由だ――――

 

 

 

「可愛いだろう?アレで逃げられたと本気で思っているんだ」

 

 

 

現地に着いたと同時に強く肩を掴まれる。その姿には見覚えがあった。……組の人間だ。

あまりにも早過ぎるッ!オレは誰にも気付かれることなんてしていない、

 

「馬鹿な奴だ。“相方を騙して金を盗み”、その金で高飛びたぁ太ェ野郎だなぁ?」

 

―――京一郎……ッ?!!

 

「残念だったな。……おい、行くぞ」

 

 

 

 

 

■逃避行 裏

 

 

逃げるなら海外だろうな。アイツは世界は広いと思い込んでいるタチだから。

小賢しく服を替え、スマホも荷物も置き去りに出国なんて、アイツにしてはよくやったよ。

 

「全部読み切って掌で転がして。喜びから絶望に叩き落とすたぁアンタ悪魔みてぇな事すんなぁ」

 

“先輩”は目の前でグラスを手にニヤニヤと笑う。

 

「いいのかい?大事にしてんじゃなかったか?疵物になっちまうぜ」

「悪い事をしたら仕置きは当然でしょうに。いえ、この場合はケジメ、ですかね」

「ははは」

「小指一本でアイツが飼えるなら、私は別に構いませんし」

 

あくまでアイツは組の構成員でしかなく、組の所有物だ。満足に義理も通さず逃亡という最悪の形で“飼い主”の手を咬んだアイツが悪い。

組の構成員の手によって日本に連れ戻され、アイツは今、一室でケジメを取らされている。暴れ狂うのを無理矢理押さえつけられ。切り落とされる恐怖に泣き喚き。―――激痛に悲鳴を上げる。

 

「小指が切り落とされる程度で良かったなぁ、敦」

 

脚ではなくて。

“先輩”のグラスに酒を注ぎ、自身もグラスを傾ける。

 

「何処まで計算尽くだったんだ?」

「予想はしてましたので。それをちょっと突いて行動させただけですよ」

「可哀想になぁあいつも。実家に戻ったとて、手回し済みか」

「ちゃんと挨拶しましたよ。彼は自分の相方なので、“裏に関わった挙げ句海外に職場の資金を持って逃亡し掛けた”くらいで、見捨てやしませんってね」

 

警察官も一緒に来られれば信じざるを得ない程度には、彼の両親は善良な一般人だった。かの両親ならアイツを叱り飛ばして俺に贖罪しろと言い付けるだろう。裏に関わった証拠に、アイツの小指はさよならしているので。

 

アイツの敗因は善にもなれず、割り切った悪にもなりきれなかった事。中途半端が一番いけない。

 

「いっそスケープゴートでも用意して、人ひとり身元不明の死体でも作ってしまえば、まだ騙されたかもしれませんね」

「アイツにゃ無理だろ。自分で殺すどころか、自分が原因で人死にを出すのも尻込みすらぁ」

 

ああ、確かに俺は殺人だけは肯定しなかったしな。否定もしていないが。

アイツは俺を気味悪がって拒絶していたが、善悪の基準を知らず歪められていたとは結局気付かないままか。

暴力も窃盗も恐喝も陵辱もヤッたのに、いつもいつまでも被害者面して。

 

「では、これでアイツは組を抜けるという事で」

「纏まった金も貰っちまったしなァ。マ、これからもお前さんとは懇意にさせてもらうって事やから、特別にな」

「嬉しい限りです」

 

 

淑やかに、艶やかに微笑む。

ゲームはおしまいだ。態と自由にさせて嬲って甘やかしてを繰り返したが、もう酷い事はしないとも。

ちゃんと、骨の髄まで蕩かせるように。甘く甘く愛でてやろうな。

 

 

 

 

 

「随分と機嫌が良さそうだな」

 

少年が平坦にそう口にする。

 

「そう見える?」

「気色悪い顔だ」

「ンン、酷い言い草。おまえ俺の事取り敢えずで罵倒するよな」

 

此方の顔を碌に見ていないくせに、この美しい吸血鬼は俺の中身など知ったものとして鼻で笑うのだ。

 

「大方、例のお気に入り関連だろう」

「フフ。あたり」

 

でもまァアイツは、お気に入り、ではないけれど。

 

アイツは俺の無聊を慰める為のオルゴールのようなものだ。生き物である事を加味すれば金糸雀といった所だろうか?なんでもいいが。

 

「逃げる姿もよかったけどな」

 

そう言ったきり口を噤めば、彼は趣味が悪いと吐き捨てた。

 

「見目が良い訳でも、鳴き声が美しい訳でもない凡夫を飼うなど」

「鳴き声は悪くなかった。少しクドかったがね」

 

満たされたか?などと、彼が似合わず言うものだから。言葉の意味も相まって思わず哄笑してしまった。

 

「ン……っふふ!ふ、は。あ―――、は、ははははッ!!ッけほ、」

「噎せる程笑うな」

「ふ、く……フフ!ふ……あまり声を上げて笑うのは、ふふ、慣れていなくてね」

 

満たされたかだと?……可笑しな事を。

 

「満たされる訳がないじゃあないか。アレは俺を煩わせる事も出来なかったんだぞ?」

「そうだったか?」

「過去に依存していたのは認める。それを疎ましいと思った事も否定しない。けれど結局アレは俺の前に立ち塞がる事も、側で虎視眈々と付け狙う事も、前と同じように媚びて甘い蜜を吸う事もせず、剰え抗う事すらやめたんだ。俺に愛玩される事すら烏滸がましい怠慢さ」

 

愛玩犬である事をやめ、野犬に戻る事も出来ず。猟犬にもなれず。なんて可愛らしくて可哀想なのだろうね?

 

「俺の価値はその程度か?……なぁ少年」

 

 

向かいに座る彼の脚に自分の脚を擦るように絡める。

アレが本当に俺に相応しいとでも?

 

彼は薄く嘆息すると俺を流し見、俺の隣に腰掛けるとそのまま両足を俺の膝に乗せた。

 

「少年?」

「……」

 

これはつまり、“そのくらい分かれ”、と言う事だろうか。

 

「ふふ……!おまえはこう言いたいのか?“おれの足置き程度には価値がある”?」

 

それともこうされるだけの親しさを与えるには評価している?

傲慢だ。この俺をして足置きだと?俺をその程度だと貶めているのだ、この男は。

 

嗚呼、それはなんて―――素晴らしい。

 

他の有象無象にされた訳ではない、この美しく強靱でしなやかな男にならば構うまい。完全を目指す、未だ人間性を残した美しい吸血鬼。完全を目指しておきながら、この俺に言葉無く隙を見せている。それはいつでも殺せる矮小な人間ではなく、俺の精神性をある種の指針として見ているが故の―――

 

「それは俺を懐柔したくてしているのかな」

「この程度でお前を懐柔できるのならば今まで苦労はない」

「懐柔したって“そこ”からおまえを出せるはずもないしなァ」

 

ギロリと強く睨まれてくつくつと笑う。

 

「だけど俺はおまえを愛しているよ」

「……嘘くさ……」

「ホントなのに」

「ならばお前はその世界を捨てられるか?このおれの為に」

 

その問いには曖昧ににっこりと笑っておく。それに回答をつけるには早過ぎる。

彼は今度こそ強く舌打ちした。

 

 

「飲むか?血」

 

袖の釦を外しながら言えば、彼はじとりと半目で睨みつつ、俺の胸倉を掴んで起き上がる。

そのままソファーに縫い付けるように覆い被さるとシャツのフロントボタンを引き千切って首に齧り付いた。

嗚呼、今日はしこたま啜られるなァなどと暢気に思いながら、その艶やかな金糸に指を滑らせる。

 

 

 

「明日は休日だから……たっぷり愛してやろうな?」

「……抜かせ」

 

 

 



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第17話

彼らのエンドロール


 ──夢を見なくなった。

 

 

 

 水瀬京一郎は篠原敦を手に入れた後、次の目標に迷った。それは道を見失ったという意味ではなく、目の前には多くの選択肢があり、どれから手を付けてやろうかという意味で。そういう意味で、京一郎は舌舐めずりする獣のように貪欲であった。

 

 仕事の方は順調で、信仰まで捧げ始めた部下が増え、ひとりの男の人生としてはまさに絶頂期。帰れば少し物足りないもののすっかり従順になってしまった愛玩動物がいる。

ㅤ過程としては上出来で、京一郎もこれに満足していた。最早道を塞ぐものは何ひとつとしてなかった。もう少し骨のある奴が敵になれば良いものを、とさえ思ったものだ。

ㅤ敵などという上等なものはおらず、容易く踏み潰して踏み躙って道端の石にしてしまうのも、割り砕いて棄てるのも、気紛れに拾って磨いてやるのも彼の自由だ。

 

 邁進する彼は満ちていて、飢えていた。彼はそれ故に更に美しさを増していった。“先輩”は以前、出会った当初は探せば見つかるだろうという印象を受けたが、今はそのような事、口が裂けても言えまい。

ㅤ染められ、磨かれ、高められた。あの静寂の水底で。京一郎は金色の吸血鬼に捧げる事で、彼もまた吸血鬼から与えられた。表社会では得られる筈もない、暴力的なまでに色濃い血の香り。文字通り血を啜り肉を喰らう享楽と、迷妄しながらも至り掛けた神秘の欠片。まるでそれは、ヒトとしての一線を超えてしまったような。

 

 夢の中は確かに停滞していた。かの吸血鬼がいたとて飽きるのも時間の問題かと思っていたので、京一郎にさしたる未練はなかった。眠る度に遠のいていく時間を惜しいと思えども、それならそれで良いと京一郎は頬杖を付いてにこにこと見守っていた。1から育てた肉体は彼を悦ばせたが、なくても別に困らない。きっとかの吸血鬼もそう思っている事だろう、京一郎は夢の中の事を過去の物として記憶の底へ沈めた。

 

 そうだ、と京一郎は近くの部下を呼び止めて、一対指輪を用意するように言い付ける。従順になったペットにはそろそろ首輪とリードを付けようか。外には出さないので周囲のアピールという訳では無い。ならば何故かって、それを見たペットはよりその矮躯を縮めて怖がる事だろうから。籍を入れたりなんなりはしない。めんどうだし、そこまでしてやるには媚が足りない。

 

 秘書が今日の予定を口に出す。……ああ、“先輩”が来るのか。珍しくもアポイントメントがあると。いいね、面白い事が起きそうだ。

 

 

「どう思う?」

「は……どう、とは?」

「本格的に食い込んで、頭から爪先まで毒に浸してしまったら、もっと愉しいかな」

「京一郎様の仰せのままに、我々は貴方様に捧げます」

 

 

 “先輩”はどんな話を持ってくるのだろう? 彼は、彼らは、俺の敵になってくれるのか。それとも腹を見せて降伏してしまうのか。なんだっていい、此方が飼われたとて構わない。この退屈しのぎが続けばいい。楽しませようとしてくれるのであれば、実際が楽しくなくてもいい。

 京一郎は気が長い方なので、待つのも嫌いではなかった。

 

 

 ──そういえば、結局彼に本当の名前を教える事もなかったな。

 

 マア、その程度だったのだろうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──夢を見なくなった。

 

 

 

 それに気付く前にDIOは水底から引き上げられた。久方振りの空を見上げ、周囲を囲む3人の人間を喰らい、DIOは再び蘇った。ぎこちないものの思う通りに動く宿敵の肉体。喉が震えた。身体が戦慄いた。伸びた髪がざわりと逆立つような思いだ。

 吠えるように、哄笑した。

 

 ──“おれの勝ちだ、ジョナサン・ジョースター……ッ!!”

 

 100年の時はあまりにも長過ぎた。あの男がいたので悪くはなかったが、良くもなかった。いつかの日に奴に直接言った、共にいるとこちらの肉が腐敗しそうだというのは本当だ。DIOは自らの停滞は好まない。確かに啓蒙は受けたが、おれは奴のようにはならないと決意さえした。

 

 その後1人の老婆がDIOの元に訪れた。

 拠点は近場であるエジプトとした。DIOに忠誠を誓い、DIOを世界を支配するに値すると崇め、DIOにとある物を見せた。弓と矢。幽波紋というものの存在。

 DIOは自分を崇める者を集め、従え、準備を進める。

 

 

 夢を見なくなったと気付いた。待てども呼ばれず、行こうとも行けず、腹に蟠る疼きを抱えたまま悪態を吐いた。あの色情魔め。

 

 

「エンヤ婆」

「はっ。ここに……」

「夢を操る、或いは魂に干渉するスタンドはあるのか?」

「夢に魂……ふむ、暫し時間を頂ければ、直ぐにでもお探し致しましょう」

「頼めるかね」

「ははぁ!」

 

 

 労力を尽くす意味はあるのか? 奴はただの人間だった。あの白い部屋も奴の力ではなかった。

 それでも尚その価値が、奴にはあるのか? 

 ──奴はこのおれに相応しいか? 

 否。否である。奴はやはり力のない唯の人間だ。

 

 故に──支配する。

 奴の精神、奴の魂、奴の肉体。元より余す事無くアレはおれの物だ。

 奴は夢から解放されておれの存在を過去の物として捨て去っただろう。そうはいくものか。

 

 堕ちろ、堕ちろ、此処まで来い。

 逃してなるものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──夢を見た。

 

 

 

 キラキラしたものが好きだった。

 

 宝石や星、海。貝殻。ビルから漏れ出る光。古い映像。夕陽。純粋に美しいな、と思ったものは、みんなキラキラして見えた。

 手の中に転がして眺めるのが好きだった。でもそれは“欲しい”という意味ではなくて、時折取り出して目にする事が出来ればそれで良かった。

 

 ごく普通の人間だった。特別優れたものもなく、特別強い野心もなく。──ちょっと変わった趣味はあったかもしれないけれど──それでも枠にピッタリ収まるくらいで。

 

 “「好きだなぁ、と思った事は、大切にしなさい」”って、お母さんの言葉に、子供なりにとても納得して、大きく頷いた記憶がある。

 

 

 人並みに人付き合いして。人並みにアニメや漫画が好きで。人並みに芸能人やカッコイイ男の子に目がいって、キャアキャアはしゃいだりして。

 正直、ここまでハマっちゃうなんて思ってなかった。彼は陰があって、それでも朗らかで、かっこよくて、優しくて。どこか儚げで。危うくて。冷たくて、酷い人。

 

 芸能人のおっかけしてる人ってこんななのかなァ、なんて思いながら、進路希望は話に聞いたあの人の進む学校で。

 別に付き合いたいとか、そういうんじゃなくて。ただもう少し、そばで見ていたかっただけ。

 なりたいものはなかったし、この人はとても頭が良かったけれど、私の頭でも行ける位の学校に通うって聞いたから。多分、いつも隣にいたあの人に合わせたのかな。

 

 近過ぎず、遠くない場所で。廊下とかで擦れ違う程度の場所。……よく考えなくてもストーカー? ……犯罪行為はしてないよ? 本当だよ? 

 

 こんな人が主人公なんだろうなって。色々、女遊びの噂聞いたし。最近流行りの勘違い系とか成り上がり系じゃなくて、この人こそが選ばれたのだっていう、羨望めいたものがあったのかも。でもそれは投影して楽しんでいた訳じゃなくて……うーん、言語化って難しい。

 

 言い方は悪いけど、娯楽だったのかも。見て、楽しんでいた。

 

 影から見ているだけで良かった。彼の周りには常に人がいたし。ああでも、彼自身は周りにあんまり興味がなかったみたい。いつも傍にいるあの人を喜ばせる為に、そういったワルい友達とつるんでいたような気もする。

 

 稀に周りに誰もいない時があって、その時の彼は一番最初に見た時みたいに、透明な水を思わせる、キラキラした星みたいな人のままだったから。

 

 

 大学に通って、彼を目で追って、明日も講義かぁ、課題の提出期日いつだっけ、なんて考える日々。

 ──私が事故に遭うまでは。

 

 死んじゃったのは、偶然。狙った訳じゃない。来世なんて信じてなかった。あったらいいな、面白いな、って程度。

 だからまさか、痛みで閉じた瞼がもう一度開くなんて、思ってもみなかった。

 

 

 自己の証明は、私は記憶だと思う。経験の積み重ねが自身を証明する。赤子が言葉を覚え、周りを見て学び、立って歩けるようになるように。

 私は私のまま、次の私になった。

 

 その世界が前世と“違う”なんて肌で判った。歴史も地理も一緒。多分。詳細なんて覚えてなかったし。

 肉体は変わり、違う環境で育ち、一人の人間になっていく。

 前の私の時より少しだけ昔で、何もかも違うのに、私は私のまま体だけが成長していく。

 

 その時に私は出会ってしまった。

 

 何を見たと思う? ──スタンドバトル! ここはあの世界で、私はスタンド使いだった! 

 ひと通りはしゃいで、出来る事を知って、──魔が差した。

 

 “出来る”と思ったら、“やりたい”と思うのは自然な事でしょう? 

 前世とも呼べるあの世界で最期まで追っていたあの人と、この世界ですきだなぁと思っていた彼。

 “好き”と“好き”が一緒にいるところ、見たいと思わない方がおかしい。

 止める人はいなかった。阻む物はなかった。──ちょっと尻込みする自分はいたけれど。

 もう一度、あの人が見たい。手に取って、掌で転がして、色んな、それこそ見た事のない彼の輝きが見たくて、見たくて! 

 

 だって私は彼を確かに愛していて、本当に、何だって出来ると思っていたから。

 

 嫌いなものも、好きなものも、変わらないまま。

 

 

 

 キラキラしたものが好きだった。

 宝石や星、海。貝殻。ビルから漏れ出る光。古い映像。夕陽。純粋に美しいな、と思ったものは、みんなキラキラして見えた。

 手の中に転がして眺めるのが好きだった。でもそれは“欲しい”という意味ではなくて、時折取り出して目にする事が出来ればそれで良かった。

 

 手の中に転がして見ているだけでよかった。

 そっと箱の中に入れて、眺めているだけで。

 

 

 

 

「ああ、素敵」

 

 

 素敵だけど、一瞬見掛けたあの人は、ちょっと、やっぱり、怖かったから。

 昔の頃なら。スタンドを知らないあの頃なら。

 スタンドを覚える前までだから。

 

 大丈夫、きっと知られないから。だって、世界すら違う夢の中での話でしょう? 

 

 

 

 

 

 

 




これにて水底編は終了。次回エピローグの後、新章。


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第18話★

エロあり
彼らのエピローグ



 

 

「魂や夢に関するスタンド使い……ですか」

 

 

男はトランプをシャッフルする手を止めて僅かに小首を傾げる。

 

「それは私や弟以外に、という意味で?」

「ああ」

 

そうですね、と男は記憶を探るように瞼を伏せる。

男の名はダニエル・J・ダービー。最近DIOの元に仕えるようになったスタンド使いである。彼のスタンドは古代エジプトの冥界の管理者『オシリス神』の暗示を持つ人型のスタンドだ。対象の心の隙を突いて対象の魂を奪い、コインにする事が出来る力を持つ。

それ即ち、魂を知覚出来るという事。

彼の弟であるテレンス・T・ダービーも似たようなスタンドを持っており、彼の『アトゥム神』は奪った魂を人形に入れて保存できる力だ。

 

「弟はなんと?」

「知らないそうだ」

 

執事として屋敷から出る事はあまりありませんから、と皮肉げに、その屋敷の主であるDIOはそのように聞いた。

 

「夢はともかく、魂……、ああ。確かではありませんが、ひとつ心当たりが」

 

あれはそう……数ヶ月前にイギリスのカジノから帰る途中に、妙な気配がありましたね。

 

「妙な気配?」

「ええ。……私達が人間から魂を抽出する時、心の隙を突く必要があるのはご存知かと」

 

それは、対象が“勝負に敗北した”と心にダメージを負う事。

 

「“あれ”はそれによく似ていましたが───かなり荒っぽい印象は受けましたね」

 

感覚的なものを言語化するのは非常に難しい。ダニエルは所々で言葉を選びながら、ゆったりと口を開く。

 

「あれは……そう。無理矢理眠らせ、無防備にした上で抜き取り、何処かに仕舞い込むような印象だ。私達はコインなり人形なり実体のあるものに変えるないし封じ込めますが……私が魂の気配を感じ取れたのは一瞬だったので……恐らくは……スタンドの中に収めた……のでしょう」

 

多分。

飄々とそう語ったダニエルはシャッフルの済んだカードを5枚差し出す。

 

「何分、ほんの一瞬の事でしたので」

「……いや、十分だ。後は……そうだな。弟の方にでも探させよう」

「フフ。左様で」

 

弟の方は兄に対して、自分は兄より勝っているとコンプレックスを抱いている。ちょっと刺激すればきりきりと働いてくれる事だろう。ダニエルはDIOのその考えに口角を上げながら、止める事無く、自身も5枚のカードを引いた。

 

「私の方でも探してみましょう。……あの近辺は1歩進めば大通りで、人通りもそこそこありましたし。屋外での事なら人目に付く」

 

一戦どうです?

穏やかに微笑むダニエルを鼻で笑い、DIOは無造作にカードを表に返す。

 

「服に仕込んだ仕込みを無くすなら考えなくもない」

 

開かれたカードに刮目したダニエルは笑みを深めて肩を竦める。

 

「お見事」

 

 

DIOはそこで初めてカードに触れたというのに───紛れも無く本気でイカサマを仕掛けたというのに───スペードの10から1までのカード5枚が並べられていた。

 

 

 

 

 

 

「イギリス某所、数ヶ月前。対象は恐らく自身の身を守る為に仕方なく能力を行使したのだと思われます。他に、人間が突如意識を失って以降目覚めないという事例は起きていない事から、顕示欲は薄いものと考えられます」

 

テーブルに置かれた数枚の書類に目を落とす。1枚目は目を閉じている男のマグショットと指名手配と思しき写真が並べられている。

男の名前はジャック・B・ドゥ。凶悪な連続殺人犯で、強盗・強姦・薬物乱用等余罪が見られるが……イギリス某所にて道端で倒れているところを通行人が発見、救急車で病院に搬送、身元の照会にて判明、後医療刑務所へ収監される。現在は目を覚ましており、人が変わったかのように大人しく、暴動など起こさず、粛々と刑務所で過ごしているとか。

 

「犯行の殆どを自白した彼は刑務官の質問に“もうあんな事はごめんだ”とだけ話したようです」

「それで?」

「純粋に魂を扱うだけならば、魂は肉体を離れると徐々に衰弱し死に至る……が、この囚人は意識を失った後はそのような事はなく、ただ眠りについているかのように目覚めず。ある時自然と目を覚ましたと」

 

目覚める前と目覚めた後の間に、“あんな事はごめんだ”と思うような事が起きたという事。

 

「DIO様の仰せの通り、魂、或いは夢を扱うスタンド使いに該当するかと」

「目星は付いているのか?」

「勿論です」

 

テレンスは書類を滑らせ、2枚目を晒す。

 

「ユリコ・テイラー。近辺のマンションに住む女性ですね。当日、ジャックに襲われて返り討ちにした一連の流れが監視カメラに映っていました」

 

因みに通報は彼女自身が行ったもののようです。

 

 

 

 

 

 

某日、夜。

日の暮れた街中のいちマンションの3階。女はいた。

気侭に一人暮らし。配偶者はいない。両親は数年前に事故で他界した。悲しみは時が癒したが、寂しさは女の心をしとしとと濡らしている。それを誤魔化すように、女は趣味にのめり込んでいた。未だパーソナルコンピュータは女の思う時代には至っておらず、少しばかり不便をしているが、ないよりはマシ。早く携帯端末が欲しいし、分厚い鈍器のような起動と読み込みの遅いモニターも進化して欲しいし、某イラストコミュニケーションサービスを覗きたいともだもだしている。最近現れた同人誌を売る会社の新刊が今の彼女の唯一の楽しみである。

 

彼女はスタンド使いだった。素質はそれ程ないが、ひとつの事に掛ける熱意で世界を超して対象の意識を引き寄せ、ひとつの箱に収められる程度には情熱があった。スタンド像が現れ、どんな事が出来るのかを把握した時、その使い方しか頭になかった。彼女は萌えに飢えていて、推しと推しがわちゃわちゃする中で壁か天井になりたいタイプのオタクだった。

 

スタンドの名前は作品での通例に合わせて『ホール・ロッタ・ラブ』、某楽曲より拝借した。和訳は胸いっぱいの愛を。フィルム式の古風なゴツい映写機のスタンドである。

レトロでアンティークなスタンドの中に閉じ込められた対象は、設定されたノルマを達成しなければ外に出られない。その間対象の肉体は眠りについた状態となる為、非常に無防備となる。彼女は数ヶ月前に連続殺人犯に襲われた際、この能力によって反撃したのだ。

 

スタンドに目覚めたといえど彼女は元21世紀日本を生きた一般女性。戦いも、人を殺す覚悟もない彼女は、殺人犯であったとて再起不能にする事も出来ずに、更には安易に救急車を呼んで去るなどしたのだが。

 

碌な隠蔽もせず、自分がした事に“やってしまった”とその時限りに思う程度でしか実感のない状態、且つ日和見な感性により───彼女は今、このような状況に陥っている。

 

 

ぴーん、ぽーん……

 

 

夜半も近く。静けさの増す頃合に鳴り響くチャイム。

彼女は肩を震わせ、首を傾げる。こんな時間に、誰が、何の用で?

怪しみ、警戒し、居留守を使うか迷う。

 

ぴーん、ぽーん……

 

急かすような再びのチャイム。

確実に自分に用があるのだろう。ぎしりと床板を軋ませながら玄関に近寄る。

彼女のスタンドに直接的な戦闘能力はない。だがその能力は、目の前にいる人間なら一瞬の内に無抵抗に出来る。詳細な位置や対象の顔をはじめとする肉体情報の把握さえ出来れば、遠くからでも行使できる。並のスタンド使いでもそうだ。自分はスタンドを衆目で使った事は片手の指より少ないので、前情報すら与えずに先制攻撃を出来る。そもそも、彼女はスタンド使いがこちらを襲ってくる事などないだろうと考えていた。彼女は徹底的に、スタンドを使える事を隠してきたので。

 

ぴーん、ぽーん……

 

「は、はいはい。わかりましたよ……何方ですかー?」

 

ところで、彼女は忘れていた。

この世界の暗黙のルール。スタンド使いが何時の時代も争いの渦中にいる理由。

 

───“スタンド使いはスタンド使いと引かれ合う”。

 

ドアチェーンを掛けたまま玄関扉開けた途端、彼女の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

目を覚ました彼女は見知らぬベッドの上にいた。

そこは薄暗く、周りはよく見えない。何処かのホテルのような気もする。広く、少し薄ら寒い。

着の身着のまま何処かへと連れ去られたのだと彼女が把握する前に、一人の男が声を掛けた。

 

「目を覚ましましたか」

「っ?!だ、誰……」

「突然の訪問をお許しください。何分、この時間でしか行動出来ず、またあまり衆目のある場所では少し、都合が悪かったもので」

 

彼女からすれば、記憶の端に引っ掛かる声。聞き覚えのある話し方。“人は声から忘れていく”。彼女は咄嗟には思い出せなかった。

 

「此処はお住まいから直ぐ近くのホテルです。ほら、向かいの……そして私は」

 

暗闇からぬっと現れた手が、カーテンを開ける。月明かりが青白く差し込み、男の姿を照らした。

 

「テレンス・T・ダービー、と、申します」

「!!」

 

女は驚愕を押し殺した。

特徴的な、頭に長髪を上に巻いたような髪型。TDというイニシャルのピアス。胸のハートと、独特なスーツ。

彼が現れたという事は。この時間でしか行動出来ないという事は。衆目のある場所では都合が悪いという事は。

まさか、まさか。そういう事なのか?

何故、いつ、どうしてバレたのか。もしかして、いや、それだけで全て特定されるなど!

 

「ほう。知り合いか?ひどく驚いているな」

「ぁ……」

「詳しい話を……聞きたいものだ……キミのその、能力についてもな……」

 

そう耳元で囁くような、甘く響く低い声音。聞き覚えなんてあり過ぎた。

その声が上擦り、息遣い荒く、甘美に咽び泣くのを、女は知っていた。何ならその声が余裕無く“彼”を抱き、艶やかに鳴かせるところまで知っている。

 

ならば、そうなのだ。だから彼らは此処に来たのだ。……嗚呼。

 

女は、そう。

しめやかに、己の命運が尽きた事を悟ったのである。

 

 

 

「……も」

「も?」

 

 

 

 

「申し訳ッッ!!御座いませんでしたァァァッッッ!!!!」

 

 

 

 

ベッドの上で五体投地する女に呆気に取られるテレンスとDIO。

 

「つい、つい魔が差しましてェ!!!己の欲望の侭にスタンド能力を使いましたァァ!!!!1度使ったら止まらなくなっちゃいましたァアア!!!もうしませんし何なら色々と協力ならしますんで拷問死だけはご勘弁をォォオオ!!!!」

 

流れるようなジャバニーズ土下座。そして命乞い。

静寂をブチ破る絶叫に耳をキーンとさせながら、DIOはそこから離れて自分の執事の近くに寄る。

DIOはあんまり見ないタイプの女にちょっと引いた。そらそう。この女、時代を先取りし過ぎた擬態のできる少数派オタクという未知の生物なので。

 

「死んで産まれて外国だし、それでも今世で生きようって頑張ってたら両親死んじゃうし、寂しくなって止まんなくなるし職場はブラックだし推しはいないし作品は少ないしそもそも媒体自体良くないし推しより歳上って精神に超クる……同人作品自体がないなら自分で書こうってしたら本棚埋まったしどっかに投稿しようかと思ったけどバタフライエフェクトで神作品が出なくなったらと思ったら出来ないしそんなんあったら首吊る……そもそも二次創作とかの投稿サイトすらない……オワタ……黎明期以前の問題……」

 

そのままシーツの上でしくしく泣き始める女に思わずDIOはテレンスの顔を見る。テレンスは静かに首を振った。手遅れです。

 

「アー……ミス・テイラー?」

「は、はい!なんでしょうか!!」

 

やけっぱちな様子で顔を上げた女に疲れたような溜息を吐いて、改めて向き合うDIO。

 

 

 

 

 

 

「───つまり、キミは前世と呼ばれる生で死に、記憶を持ったままユリコ・テイラーとして生まれたと」

 

女……ユリコはその通りですと罪人のように身を縮ませながら言った。

 

「その前世に読んだ漫画が、この世界だと」

「はい。前世ではスタンドなんてなかったですし、何より……その、」

「……私たちの存在がその証明である、と」

「はい……」

 

つまり、異世界とこの世界を、たったちっぽけなスタンド一機で繋いでいたと、この女は言うのだ。

にわかに信じ難い。それ程のスタンドパワーをこれには感じなかった。

テレンスに目を向ければ、彼は確かに首を振る。彼のスタンド『アトゥム神』は魂を使うスタンド。魂の状態を見る事で2択で答えられる質問の正確な答えを引き摺り出せる。嘘を判別出来るのだ。……彼女に嘘は、無い。

 

「つまり広義的に言えば、……キミは未来が分かるんだね?」

 

身を強ばらせたユリコは唇をキツく噛み締め、……ここで初めて、強い眼差しでDIOを直視した。

 

「それだけは、言いません」

「……なんだと?」

「未来について、私に言える事はありません」

 

その睥睨に抗うように、女は掌を握り締め、背筋を伸ばし、真っ直ぐとDIOを見つめる。恐れに汗が止まらなくても、涙で視界が霞んでも、決して。

 

「私は他の命まで背負えない。それ程の覚悟はない。変える勇気もない。だからこれまでずっと、傍観を選んだ。無関心を選んだ。絶対に言えません。私はあなたの絶対的な味方にはなれません。けれど、あなたの敵の味方になるつもりも、ありません。私は変えられない。それをして、失う筈ではなかった命まで消えてしまったら、私は私を許せない。それをするくらいなら此処で死にます。───『ホール・ロッタ・ラブ!!』」

 

戦闘能力が無いと言ったその口でそのスタンドを呼んだ女。背後に立つテレンスが戦闘態勢に入り、『アトゥム神』を呼ぶ。

片手を上げてそれを制した。

じっと、DIOは女の黒い目を見下ろす。覗き込む。右手で女の首を掴み、爪を食い込ませ……───尚、女は視線を逸らさずにDIOを睨む。……恐怖で身が悴んで、尚も。

 

「───……」

「こ、殺すなら……!せめて痛みなくお願いしますッッ!!!」

「……ふん」

 

DIOはその手を離す。……何とも気が削がれる女だった。

 

「キミにはまだ利用価値がある。私はそれが目的だから……殺しはしないさ……まだ、な」

「ヒョェ……」

 

 

 

 

 

ユリコの言い分は一先ず据え置かれた。そもそも、DIOはあまり未来だの予言だのに興味はなかった。道というのは自らの脚で敷いて行くもの。先を知る事のメリットはあれどイマイチ唆られない。知りたければ色々と知った後に肉の芽でも埋めれば良いのだ。

 

あと、あまり良い気はしないものだ。漫画の自分達を娯楽として鑑賞されるというのは。彼女の言う“一部”……自身の過去の事など、はぐらかされずに知った気で告げられた時には、首を握り潰す程度で済ませられる気がしなかった。

 

「それで……スタンドの中に私を閉じ込めた件だが……」

「申し訳ございませんんんん……!!」

「謝罪はいい。今も“出来る”のか?」

「えっっ、あっ、はい、デキマス」

 

ユリコは不思議そうに頷く。

 

「それは、“奴”にも?」

「あ、あの人にも……?ええと、うーん……ちょっと待ってください」

 

困ったように眉根を下げたユリコは自らのスタンドに手を触れ、目を閉じる。

 

「あー……やっぱりちょっと遠い……彼、前に比べてこっちに意識が向いてないような……届くかなぁ……」

 

ひと息吐いたユリコはDIOに向き直る。

 

「ええと、一度掴んだ意識……というか魂は紐付けられた状態で……こう、糸が繋がっている状態です。設定したノルマを達成出来たら身体に戻れるようにそうなってるんですね。一時期暴走して部屋が開きっぱなし(スタンド像が消せないよう)になってた時はあるんですけど……まあさておき。一応制御が届いたのは届いたんですけど、強制的に連れてくるには物理的に遠いので、それは無理そうなんですよ。今の彼、物凄く魂を引き止める力……引力の強度してて、引っ張ったら糸の方が切れそうなんですよね……」

 

それを出来るようにしていたのが、この女だ。

ジャパニーズは危機感が無いのか、真剣にしてはいるが必死ではない。DIOはそう判断した。

が、女は最早命を捨てる覚悟を決めている。ともなれば……鞭ではなく、飴をぶら下げてやる方がいいか。

女の望みなど決まっている。女が今までこの世界と奴を繋げた原動力。

 

 

「ユリコ」

「はぇ……な、なんでしょう?」

「奴をあの部屋に呼ぶ事が出来たら……キミの要望に応えよう」

「よう、ぼう?」

「例えば───」

 

耳元に口を寄せる。

 

「───キミの望むシチュエーションで……奴が私を犯すか……私が奴を犯すか……キミが決めていい」

「───?!?!?!」

「どんなものでも許そうじゃあないか。部屋を作るには脱出の条件設定の必要があるんだろう?」

 

息を詰めたユリコは内心、天国と地獄を味わっていた。

推しに何でもしてやるよとリクエストを出すよう言われ、実際にそれを見せてくれるという天国。推しに自分の性癖を言えと言われる地獄。というか最早推しに認知されている現状がヤベーのでは?ここに来てユリコ、現実逃避から意識が戻ってきそうなのである。

 

見たくない知らないままでいたい地獄(理性)と齧り付いてでも見たい天国(本能)。どちらを選ぶかなど決まり切っていた。

 

女は1度死んだ事で、自分の命の重さを測りかねていた。今世はボーナスタイム然り、好きな事を好きなだけして終われるなら、今終わったっていい、が根底にあったのである。

 

「はわわわ、ま、マジで?いいの?本人御公認……?!ちょっと誤てば地獄だがこれは……、……、……3分お待ちください」

 

オタクに餌を投げたらそらそうなる。捏ねくり回して魔改造までが日本人の性。輸入した料理を魔改造して外国に輸出したりする。歴史の偉人すら美少女になる。そもそも母国語自体が外国から輸入し魔改造された結果なのである。

やっちまったかなーとDIOは思ったが、それでやる気を出したなら別にそれはそれで。

 

 

「では行きます」

 

 

生命力から捻り出してでも、という気概のユリコはスタンド像に手を当てる。

目を瞑ったDIOは、自身の体から抜け出るような感覚を覚えた後……一瞬の暗転。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

白い部屋は変わらずそこにあった。

戸棚に、広いベッド。テーブルにソファー。端に佇む映写機。

開かずの白い扉、その前に、男は立っていた。

 

「……ん、久し振りに呼ばれたようだけれど」

 

いつもの茫洋とした目で、蕩けたように艶やかな微笑みを乗せた、美しい男。

 

「元気そうだね、少年」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

DIOは口を開かずにいた。目の前にいる男は変わらず美しかった。潜在していたそれが表に出た事で、目に見える形で現れていた。

 

「どうかした?……怒っているのか」

 

眉間に寄った皺に触れようとする手を掴んで引き寄せる。

 

「少年?」

「夢を見なくなってから」

「うん」

「貴様はおれを諦めたな」

「……」

 

目を見開いた男は沈黙を返す。それが肯定を示す事が如実に分かり、DIOは怒りに任せて胸倉を掴んだ。

 

「少年は……俺を過去にはしなかったんだな」

 

掴まれた胸倉など気にもせず、純粋に驚いた様子で男は独り言のように零す。

 

「何故?所詮は夢の中でだけしか会えない存在なのに」

 

何故?何故かだと?

 

「貴様、何年おれの夢に現れたと思っている?」

 

100年だ。100年もの間、おれの夢の中に、おれの精神に、おれの魂に。浅い傷を付け続けたと分かっているのか。

許されない事だ。DIOの過去を、人間という弱者であった頃を知る、今は唯一の存在がこの男だ。

 

「おれはお前を許さない」

「……困ったな。どうしたら許してくれる?」

 

DIOははくりと声にならない言葉を形作り、頭を振る。

 

「これが最後のチャンスだ」

 

もう二度とこの夢には来ない。来れなくなるだろう。

……残念だ、などという言葉だけでは許せない。慰めにもならない。

お前も傷付けばいい。おれのように。

深く刻み付けてやりたい。

 

 

「……抱けよ」

 

 

 

 

 

 

今まで。性欲処理と言わんばかりに互いを貪り合っていたものだが、口付けて身体に触れ、緩く性感を刺激するような戯れは初めの時以降なかった。

いつかの日に興奮して牙で裂いた先の割れた舌に、DIOは自身のそれを絡めて吸い付く。視線を合わせ、確かめるように目を伏せて、1枚ずつ服を床に落とし、ベッドになだれ込む。

男は眉根を下げて仕方ないといった様子で、いつも浮かべていた笑みを服と共に擦り落とした。

 

押し倒されるままに横たわる男にDIOは唇を合わせたまま、じっとその黒い瞳を覗き込む。男もまた、DIOの瞳を見つめている。

男の掌がDIOの背中を撫で、太腿を這う。DIOの掌が男の胸板から腹筋まで撫で上げる。

まるで会話でもしているようだ、と。ふと思う。静かな水底でほつりほつりと、思い出したかのように交わされるそれに似た戯れだ。繊細で、ささやかで、水の中を掻き分けて泳ぐように緩慢に。

強請るかのようにDIOが男の唇に吸い付いて先を促す。

 

伺い立てるように縁を這い、濡れた指が入り込む感覚。もうこの感覚に慣れ、声を漏らす事もなくなった。吐息と、舌が滑る音、心臓の鼓動と身動ぎしかない空間で、どこか遠くの方で泡が立ちのぼる音がした気がした。

 

「は、……ん、」

 

指が一点を押し上げたのには流石にひくりと喉を揺らした。男の首筋に顔を擦り寄せ、どくどくと脈打つそこに唇を落とす。

背中に置かれていた男の手がDIOの髪を掻き分けて耳を擽って悪戯すれば、嫌がるようにDIOが男の首筋を牙で辿った。

 

 

 

 

「あ、ふ……っ!ふ、ゥア……っ!」

「……ふ。声、出していいよ」

 

ぐっと息を詰めて首を横に振るDIOの耳元で男は囁く。

 

「俺がおまえの声が聞きたい」

 

身体を起こして掻き抱くように抱えた男は柔くDIOの頭を撫ぜた。

 

「ぁくゥっ!は、ナミセ、ッ」

「いいよ」

「……っっ、」

 

男の背に腕を回して、DIOは男に身を任せる。

静寂を破り難かった。全て晒すのに抵抗があった。男は一段と精神が常人から遠ざかった印象を受けたのだ。だが、男は男のままだった。促すように、許すように、DIOの耳に囁かれてしまえば……もう、駄目だった。

 

「は、ァあッ!あっ、あ、アッ!ナミセ、ナミセ……っ!」

 

突き上げる度にDIOの身体に、脳に、痺れを伴う快感が走り回る。身体を縮めて男に縋りながら、譫言のように男の名を呼ぶ。外面も、躊躇いも、何もかも剥ぎ取られてあえやかに浸る様を、男はふと緩んだ眦で見ていた。

 

「ァ、や゙ァっ……深、ぃ゙……~っ!」

「っ……押さえ付けられて奥を突き上げられるの、好きだったよな」

「あぐっ……?!ァは、手、離……っあ゙、ッッ……!!」

 

脚と腰を掴まれたままの律動に堪らず身体を揺らして嫌がるも途端に力が抜けて好きにされてしまう。

 

「ぁひ、や、いく、だめ、ぁうっ!ァ、や……、!」

「……長く続けたいからまだイきたくない?」

「……、……ん」

「吸血鬼の体力相手じゃあ俺の方がもたねぇよ」

 

男は小さく笑いながらいつかの日のようにDIOの目尻に唇を落とす。それに眉間に皺を寄せたDIOが男の顎を掴んで唇に噛み付く。

 

「するなら口にしろ、」

「フフ……わかったよ」

 

男は彼にそう言わせたくて態と口以外の場所にキスをしている。男がDIOの手首を掴んで引き、体勢を入れ替え彼をベッドに押し倒した。

 

「っっ……」

「動くよ」

 

DIOの脚を肩に掛け、身体を寄せるように上体を倒した男は挿入を深めていく。

 

「あ、あ、ぁ……!!」

「くふ。夢を見なくなったという事は、海の底から上がったんだろう?シなかったのか?敏感で可愛いね」

「うるさい黙ってしろ、ふ、あァ、!!」

 

肉襞を掻き分けて奥まで、上から突き入るように挿入れられれば、DIOは堪らず喉を晒してうち震える。晒された喉に口付けられ、ひくりと喉仏が上下した。

身体を丸める形で足を開き、圧迫されるように抉られるのが、屈辱的でありながらも酷く興奮する。DIOは初めは嫌がったが、押し潰されるかのようなより密着する体勢に、自らも首裏に腕を回すくらいには受け入れた。

 

「ぁあ、や゙、あ゙あアッ!!それ、やめ゙、奥抉れゥ、!」

「ああ、気持ちいいなあ?腹を押さえたらもっとイイよ」

「あグッ?!」

 

そうして下腹当たりを掌で圧迫されながら引き抜かれ、DIOの宙に浮いた爪先がぎゅう、と空を掴む。

口角を吊り上げた男の心底愉しそうな笑みとナカで感じる男の猛ったペニスの形と、その双方にひどく悶えてしまって、あまりの羞恥と屈辱にDIOは憤死しそうだった。それすらも気持ちが良いのだから、もうどうしようもない。

 

「んぁあ゙あ゙!!ぁ゙、い、く、イく、ゥ、……ッ!」

「イっていいよ、ッ」

「あ゙、は、ッッーーーーっ!!」

 

上体をシーツに押し付け、背中を反らし。

どん、とDIOの踵が男の背を殴る。

 

「……悪い足だ」

「ぁ、は……ッ」

 

霞んだような男の目に、ぎらりとした色が差す。

 

 

 

 

「ァお゙っ!?ぉ、あああ゙ッ!!ゃ、やら゙、やだ、それやだァ゙、あ゙あ゙ああっっ!!」

 

仰向けにさせ片足に跨り、もう片足を抱くように掴み上げ。そのまま容赦無く腰を打ち付ける。

所謂松葉崩しはDIOが苦手とする体位だった。入口から奥までのストロークとなだれ込むような快感に息も絶え絶えになる。逃げようとも逃げられず、快楽を何処にも逃がせないのだ。寧ろ逃げようとする事で腰がくねって余計に気持ちよくなってしまうので、与えられる快楽に耐えるしかなくなる。

けれどDIOが1番嫌なのは、ピストンの度に当たり破裂音を奏でるような臀への衝撃すら心地好いと思えて来た、自分の物になった筈の肉体の制御不能さなのだが。

目を見開き、艶やかな金の髪が律動の度に波打った。

クッションを握り締めて顔を埋めながらも嬌声を止められないDIOに追い打ちを掛けるように、男はクッションを取り上げようと手を掛ける。

 

「しょーぅねん。顔見せて」

「ッ、ッ!」

「嫌々しないで、ほら。早く見せろよ」

 

ぎちりとクッションが引き裂けそうな音を立てる。吸血鬼の豪腕に力いっぱい握られたクッションが悲鳴を上げている。

 

「……ディオ」

 

促すように呼ばれた名前。

深く荒い息遣いをしながら、DIOはゆっくりと腕の力を抜いた。

 

「かわいいね、キスしようか」

 

男の背筋にぞくぞくと嗜虐が這い登る。

汗の伝うこめかみ。涙に潤み赤く染った眦。弱ったかのように八の字に寄せられた眉。戦慄く厚く色の薄い唇、隙間から覗く真珠のような牙と、赤く絖る舌。

キスを誘えば途端にクッションを手放すいじらしさが、何処かネコ科の動物じみていて愛らしい。

 

「ちゃんと俺を見て、イって、その顔見せて」

「……くそやろう」

「俺が欲しかったんだろう?夢から醒められても、俺を夢に引き摺り落として、夢に見るくらいに」

 

……はくり、と、DIOの口が物言いたげに形を作る。

おれが欲しいのはお前から得られる快楽だけではない。お前という存在自体が欲しいのに、お前は何故分からない?

分かっていながらそのように言うのなら、おれはお前を殺してやりたい。

 

お前は結局、おれをどうとも思っていないのか。

 

「……、泣くなよ。意地悪して悪かった」

 

快感による生理的なものではない、感情の乗った落涙に、男は眉根を下げて目を細める。

 

「許さない」

「ディオ、」

 

DIOの腕が男の頭を引き寄せる。

震える唇が柔く重ねられ、息がかかる程の、開かれた瞳の色すらぼやける程の近さのまま。

 

「それなら全部捨てておれの物になれよ、ッ」

「……───」

「……ぁ、」

 

ふと顔を離して背けた為に、男が何処か呆気に取られたような、茫然としたような表情を浮かべていたのを知らず、DIOは自身の言葉を後悔した。惨めで女々しい。……そのように誘うつもりはなかったのだ。

もっと、奴の方から、自分の物になりたいと、そう言わせるつもりだった。……奴があまりにも、自分をそのように見ないから。

 

「……悪い、」

「やめろ。惨めにな───か、はッ!?」

「先に謝っとく」

 

荒々しくベッドに押し倒され、驚く暇もなく奥に突き込まれた熱に身体がシーツの海に溺れる。

 

「ッッ何しやが、」

「……可愛いなおまえ」

 

───壮絶な笑みだった。

見た事もないくらいに荒々しく、獣の笑みを思わせる程に口角を引き攣らせ、頬を紅潮させ、見開いた瞳孔が収縮している。

思わずDIOは胎を疼かせてしまった。それ程に、目の前の雄は魅力的に見えたのだ。

 

───先程の謝罪は、今からする事の謝罪でしか無かった。

 

「は、はははッ!なんだよ、おまえそんなに愛らしかったか?どうして今までそれを見せなかった?いや、魂が抜けたかと思ったぞ。魂消たってこういうのを言うんだなア」

「ァがッ?!やめ、なん……っぁゔッ!!」

「ふは。……まだ始めたばっかりだろ?」

 

恍惚としていた。紛れも無く人を殺しかねない程の熱情(殺意)だった。それこそ、彼の1番に対する執着を優に超えてしまう程の、そこまでの衝動。決して酔う事のなかった男が、醜く本性を剥き出しにして、大口で哄笑っている。

獲物を見る目だ。初めて男がDIOに焦点を合わせたかような、真っ直ぐに歪んだ目だった。

 

───見られている。醜態も、痴態も、何もかも。

ぞくりと走った何かを、……快感だとは認めたくない。認めたくないのに、身体が熱を持って、息が荒くなる。欲情、していた。見られている事に、たまらなく興奮していた。

 

「そんなにも俺が欲しかったのか、おまえ。行き刷りの、性欲処理役じゃあなくて?俺そのものが欲しかったのかっ!?ちっぽけで惰弱で愚かな醜い人間いっぴきをっ?!」

「───あああ゙あ゙ッッ?!!とま、とまれ゙、やめ、や゙らぁ゙ぁッッ♡!!やめで、とまっ、っっ~~~~あ゙ああっっ♡♡!!!」

 

限界まで脚を開かされ、閉じた奥を抉じ開けんばかりにばちゅんと叩き付けられ、DIOは堪らず絶叫する。

ぐちゅん、ごりゅ、と窄まりを剛直が貫く。

襞で扱くように男根が抜かれてごりゅごりゅと角度を変えて抉られる度に、身体が玩具のように跳ね回った。頭の中で火花が散る。普通に抱かれるのだって、あんなに気持ちが良かったのに、この快楽は嫌だと思った。激しくて、許容量を容易く超過してしまう。自我も身体も全て、男に犯されていく。

 

「あ、あぁぁ……ッ♡だめ、頭チカチカする、なみせ、だめ、まっで、ぁう、ふぅ、ぅ~~~……ッッ♡!!」

「あは。そういえば確かに、水底でも、人を辞める前も、おまえの俺を見る目は幼少期から変わらず“そう”だったなア?なんだ、俺が節穴だっただけかよ。ホント、悪かったなァ少年。余所見してばっかで、おまえをちゃんと見ていなかったッ!」

「ひっ?!んあぁ゙ッ♡!!とまっで、とまぇ゙っで言っで、ッッんぉ、あァ……っ♡♡!!!」

 

男の言葉が耳に入って、言葉を返(罵倒し否定)したいのに、他でもない男に与えられる快楽の所為で何もかもがイカレていった。貫かれて満ちるのも抜かれて切なさに疼くのも、心地好くて。加速度的に絶頂が重なって発狂しそうで、吸血鬼の頑強さ故に残った精神が理性を手放させずにダイレクトに脳を麻痺させる。

最早何度イったかも分からない。男の与えてくる快楽に弱い身体は瞬く間に絶頂を繰り返す。扱かれ先を抉られてペニスから精液が溢れ、何度となく腹の上を塗り潰し。興奮に勃起した乳首を爪で引っ掻かれ、抓り上げては柔く撫でられ。耳穴を舌で嬲られて、ねちねちと水音にも過敏になった触感にも犯され。視界が明滅してはその度に脳が絶頂を訴えた。幸福が脳の奥からびしゃびしゃと溢れている。

 

ここまで来るとDIOは最早必死で、外面など気にしている場合ではなくなる。溺死寸前のように大きく口腔を晒して、獣のように目を細めた男に舌を食まれる。フェラでもするかのように舌先に触れ、咥えて、啜るようにじぅじぅと吸われでもしたら、唾液も涙も滴らせたまま痙攣し、浸るしかなくなる。

 

「あ゙、あ゙っ♡♡だめ、ひゅぐっ♡♡?!ぁ゙~〜~っ♡♡?!まぇ゙、いじるのやめ、ェ゙、扱くのだめっていっでぅ、あぐぅぅ゙ッ♡♡!」

 

滔々と口を動かしながらも身体が何度も性感を抉るのに逆恨みのような怒りを抱くも直ぐに掻き消える。

過去の自分を暴かれる羞恥も、“見られている”快感も、何もかも白く塗り潰されていく。

 

それを嘲笑うように、男はDIOの理性を叩き起こすかのように言葉を列ねて悪魔のように美しく微笑むのだ。

 

「嫌悪?羨望?憧憬?共感?厭忌もあったよな。おまえはおれの停滞を理解しなかった!おまえは決して俺を1番にしなかったが、おまえは確かに俺を愛していた!」

「ッッやめろ、言うな゙、ぁ!!……っくそ、このクソ野郎っっ!!屑が、マヌケ、ぁはっ♡♡ぁ、ヘドロのような性悪め、!ッもう言うな、暴くな……ぅゔッ!やめろォ゙……ッは、ァう、やだ、やらァっ!あひ、ぅああ、っ♡!!や、も゙、イく、イくッッ、ッあ゙ぁぁ゙ああぁぁぁ♡♡!!!」

 

羞恥でどうにかなりそうだった。

身体が痙攣して、与えられる快感が恋しくて、愛おしくて、胸がきゅうと痛む。勝手に奥が開いて、貫かれて、瞳がぐるりと裏返る。

 

「っ、ふは……ッ!奥に出すから呑み込めよ、ディオ!」

「お゙、ーーーーッッ♡♡♡!!!」

 

どくどくとナカに溢れる精液の感覚()すら覚えさせられ、前以上に快楽に浸されていた。身体だけでなく脳髄にまで、咥え込むのは気持ちのいい事だと教え込まれて。

 

「ッッかはっ♡♡ぁ、はーー……っ♡はーーー……っ♡♡ひゃら、ァァ、?!あああぁぁっ♡♡!!」

「精液を吸収する(呑む)感覚でも、イくのか?……ふふ、!おまえ、本当に淫乱だなア?」

「ッ!き、さまッ、!っの、死ね……ッ、あ、やめろ、今触るな変態野郎ッ、ァお゙、乳首コリコリやめ、ぇ~~っ♡♡!!ひびくぅッッ……♡♡」

「俺だけに“そう”なのか?どうなんだ、嘘を吐いても分かるぞ?」

「知るか、ァ、屑め、ッ♡♡!!ぁお゙♡♡!?だから触るな、てぇ゙……っ!」

 

余すところなく絶頂の快感に溺死させられた。

……とける、おちる。

 

「なみせ、ぇ……♡♡」

「いいこ」

「あぅ゙……♡♡な、みせ、腹の奥っ……疼く、ゥ……ッ♡さっさと動け、よ、ッ♡」

「ふは……!今度は恥ずかしいのでもイけるようにしてやろうな」

 

 

 

 

 

 

DIOの意識が浮上したのはそれから数分も経たずの内に。舌にぬるりとした血の香る感触と、ナカに馴染んだかのように挿入れられたままの異物感。

 

「気が付いた?」

 

何度か腫れぼったい気のする瞼で瞬きし、一先ずDIOは目の前の男を殴った。

 

「いっった……」

「下衆野郎が……」

「ん、ふふ。このまま終われるとでも?」

 

血の混じる唾液を手の甲で拭いながら身動きするも、途端に走る快感に息を詰める。

 

「なア、アレ、もう一度言ってくれる?」

「……無理矢理暴いておいて、言うに事欠いてもう一度だと?」

 

デリカシーの欠片もないクソ野郎だと改めて思いながらぎろりとDIOは男を睨み付ける。

 

「おれはもう言わん」

「じゃア、俺から言うか」

 

男は機嫌良さげにDIOの頬を指で撫でる。

 

「おまえの1番が俺でないように、俺の1番はおまえではないけれど。───俺はお前を愛している。全部捨ててやるよ。俺の全部、おまえのものだ」

「……」

 

 

最低な状況といい、最低な台詞といい、クソ程最低な告白があったものだ。

DIOはそう吐き捨てながら、男の口付けを目を閉じて受け入れた。

 

 

 

 

 

「抜け。次はおれが上だ」

「……今の状況で言う?」

 

DIOが指差した方向に目をやると、映写機が壁に文字を映し出している。

 

 

“ボトムを前後不覚にしないと出られない部屋(攻守交替制)”

 

 

 

「……本気か?」

「正気ではないだろうなァ」

 

 

 

 

 

「……その前にひとつだけ言ってなかった事があるんだけど」

「……まだ何かあるのか」

「ウン。実はナミセって偽名なんだよな」

「……」

「いっっってえ?!?!そんなマジで殴る?!?!」

 

 

 

 

 

でも俺はおまえにナミセって言われるのが好きだから、今更だと思うんなら俺はもうナミセでいいよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、おまえの物になるのはいいけど、どうやったらそっちで目覚められるんだ?」

 

噛み跡、手跡塗れの身体を起こして欠伸をひとつ。

ナミセ改め水瀬京一郎は紫煙を燻らせる。傍らのゴミ箱にはぽつんと無造作に指輪が投げられている。

代わりと言わんばかりに深く噛み跡が薬指に刻まれて、未だ血が流れていた。

 

「……おい、ユリコ。見ているな」

「ユリコ……?」

『───は、はい、見てますゥ……』

 

何処からか聞こえてきた女の声に京一郎が目を見張る。

 

「んー?……嗚呼なるほど。キミが視線の主かな」

『ヒィィ推しに認知されてた……』

「ンふふ……楽しかったかい、私達のセックスの見学は」

『ごめんなさい(白目)』

「いいよ。興奮したしね」

『ヒエェ推しがこんなにもR-18ィィ……!!』

 

DIOとユリコによる経緯の説明に目を瞬かせながらも呑み込んで、その能力によりこの白い部屋が構築されているならば信じる他ないと京一郎は頷く。

 

『ち、ちなみに……水瀬くんは漫画とか……読んでるタイプ……?』

「友人や部下に勧められたものは読んでるね。幼少期は娯楽品も決められていたから、その頃のものは殆ど知らない」

『唐突なる闇ィ……』

 

何処か安心したようにユリコが息を吐く。……成程、未来の出来事を自分が知っているか確かめたかったのか、と京一郎は頷く。

 

「少なくともキミの言うそっちの世界の未来は知らないよ」

『そ、そう……』

「……本題に入る」

 

───京一郎がDIOのいる世界で生きるには、魂の波長に合う肉体を用意する必要がある。

 

「出来うる事ならばスタンド使いの肉体が望ましい」

「俺にスタンド使いになって欲しいが、作られた肉体がそれに値するかは定かではないから、か?」

『……精神的な素養は……ありそう……』

 

スタンドを操るには闘争心が必要だといわれている。スタンド使いを人工的に作る弓と矢というものがあるが、適応出来ずに死ぬ人間も多くいる。先天的にスタンド使いとして生まれる人間もいるが。

 

「そもそもの話、魂の波長なんて見えない要素をどうやって判別する?外にいる魂を剥奪出来るスタンド使いの兄弟に用意させるのか?」

『オービ……ごほんごほん。ダービー兄弟でも波長を見るのは難しいんじゃないです?直接水瀬くんを見た訳でもないですし……』

「じゃあキミが探すって事になりそうだね」

『やっぱりぃ?!』

 

DIOの事なので、ユリコは逃げられないだろう。外には見張りがついている筈だ。

 

『……それって、私が選んだ人が死ぬって……事ですよね……』

「……チッ」

 

DIOが面倒臭そうに舌打ちする。ユリコは自身が切っ掛けで他者の命が失われる事に忌避を覚えているのだ。

 

「……ユリコさんは私の事、人の死を疎むような人間だと思ってる?」

『え……、その、……いいえ』

「うん。私が肉体を得てそちらの世界に行ったとして、人死が増える可能性もあるし、それこそ漫画の内容に背いてシナリオを壊してしまって、キミの思う最悪な未来に至る可能性だってある。それに関してはどう思っているのかな」

『……』

 

暫く考え込むようにユリコは沈黙を返す。

 

『……言いたい事はわかります。私は、私が要因で人が死ぬのが嫌なのは、人に責められたくないからだって。分かってるんです。私が何もしなくても、DIO様達は人を殺します。私はそれを止めようともしないんですよ?私は私の所為で人が死んだんだって言われて責められるのが嫌なだけの、唯の偽善者。原作を伝えたくないのだって、お前の所為で世界が滅んだんだって責められるのが嫌だっていう、それだけ。滅んだ世界を目の当たりにして、ちっぽけな私が耐えられないだけ』

 

「……マア例え私がキミが切っ掛けでそっちの世界で何をしたとしても、私だけの責任だけどね」

『……そう、なりますか、?』

 

「切っ掛けは切っ掛けでしかないと私は思うよ。人生どうにもならない時はある。キミが静かに暮らしてたって、殺人犯に出会って反撃せざるを得なかった時のように。キミが事故に遭った時のように。……未来ってのは枝分かれして然るべきだ。パラレルワールドって知っているかな。キミの言う原作準拠の世界があるだろう、キミが生まれたその世界があるだろう、私が生きるあの世界だってあった。全て同じものだよ。ただキミには、そのひとつを窺い知れる方法があったというだけ」

 

疲れる生き方してるなあと京一郎はのんびりと紫煙を吐いた。

 

「けれどそうやって生きるキミは一般的で、人として正しい。他者からの悪意が怖いのは、可笑しい事じゃあない。滅びの未来を避けようと危険を忌避するのは、生き物として当然の事」

『……うん』

「……まだ不安?」

『ちょっとだけ。……私、私ね。水瀬くんの事好きです』

 

じとりとその目が京一郎を見遣る。

 

「うん」

『好きなものは大切にしないといけないんですよね』

「大切にしたいと思うなら、ね」

『……生まれ直して。今の私は、前の人生のオマケみたいな感じだって思って生きてきたんです。子供の時からちゃんと勉強した方がいいっていうのも理解してて、人付き合いとかのマニュアルがあって、順風満帆って。前の人生じゃ飲めなかったお酒も飲めるようになって。外国旅行だって行けて。……、……水瀬くん。水瀬、京一郎くん。私の最初で最後の、大切な恋(好きなヒト)。……嫌じゃなかったら、私の人生のその先を、あなたが歩いてください』

 

私はこの世界を歩くの、ちょっと疲れちゃいました。

知らない人だろう私に言葉を尽くしてくれて。迷惑も、掛けちゃって。今の私の孤独を癒して、励ましてくれた。

 

『あなたの為になら死んだっていい。……なんて、多分、水瀬くんは聞き飽きてる言葉かな』

「……。……フフ、どうだろうね?」

『はー。ホントに推しは身体に良いわ~。多分そのうち癌にも効くようになる』

「……預けてくれてありがとう、ユリコさん……ああいや。

ㅤ……荒牧 楓さん」

『!!』

 

図書館でこっそりこちらを窺っていた記憶があるのを京一郎は思い出した。

 

『……久し振りに聞きました、自分の名前』

「そっか」

『やっぱり私、前世に全部置いてきてたんだなぁ……』

 

少し啜り泣くような声がして、気拙そうにもういいですよDIO様~……とユリコの声が響く。

 

「……はァ」

『ひぇ……推しの呆れの溜息ィ……めんどくさくてごめんなさぁい……』

「もういい。出来るんだろうな?」

『えっと、魂の方を肉体に寄せる形でなら出来ます。向こうの世界にある魂の尾を切るのと同時進行で調節するんですけど……水瀬くんの姿形をイメージまでってなるとちょっと大変で……』

「……うん?」

 

『このままだと私の姿in水瀬くんになってしまうというか……』

 

なので、おふたりには水瀬くんのイメージしてもらって、部屋内部のイメージ構築作用と肉体へのフィードバックというスタンド能力の特性を利用した形でやります。肉体を作り替える訳ですから、魂が移った後はちゃめちゃに痛いので、覚悟しておいてください、ね。

 

『ほら……水瀬くんの身体なんて……ね?DIO様……理解ってますもん、ね?水瀬くんも知らないあんなとこやこんなとこまで……』

「えっち♡」

『ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙!!!』

「茶番は大概にしろ。……ジャパニーズはこんなのばかりなのか?」

『熱い風評被害』

 

ユリコは単に吹っ切れているからで、京一郎はそれに悪ノリしただけである。

 

『それじゃあ、準備が出来たら───』

 

 

 

 

 

 

 

スタンドの能力によるエネルギーの生起に、テレンスは目をそちらに向ける。

ユリコ・テイラーのスタンド、『ホール・ロッタ・ラブ』からふたつ、魂が解放されたのだ。ひとつは主であるDIOへ。もうひとつは───ユリコの肉体へ宿り、その身体が倒れる。

テレンスはスタンド内での出来事は知らない。が、途中で彼女が鼻血を出したのも奇妙な笑い声を上げていたのも知っている。正直ちょっと気持ち悪くて目を逸らしてた。粗方の察しはついてる。

 

「ん……」

「お目覚めで」

「ああ……奴は」

「今……作り替えられているようで」

 

耳を塞ぎたくなる程の異音。そう、異音という言葉が正しい。

 

───骨が折れ、削れ、伸び、入れ替わり。

皮膚が剥げ、血肉が飛び散り、逆再生のように戻り、収縮と膨張を繰り返し。

髪が落ち、爪が落ち、目玉がぱちゅんと弾けては再生され。

赤い内臓が溶け、白い脂肪が熔け、ピンクの筋肉が溶ける。

 

「……ここまで執拗に変えられるんですか……」

「……、」

 

おえ、とテレンスは口を覆って目を逸らす。

……変化が終わる頃には、ホテルの外は日が登っていた。

スラリと伸びた四肢。頭を覆う柔らかな黒髪。一変して男性らしい骨格となり、その身体は筋肉質に引き締まっている。

 

「おい」

「……」

 

身動ぎし、起き上がる。

ぼう、と宙を見る男は、DIOを見慣れたテレンスが息を飲む程に美しく───また、淫靡であった。

 

「ナミセ」

「……ディ、オ」

 

男の前に立ったDIOは男の顎を掴んで上を向かせる。

けほりと小さく咳き込んだ男は、茫洋とした目で彼を見上げ、とろりと蕩けた声で彼の名を呼んだ。

 

「……。おまえ、おれの姿をイメージする時、同時になにを考えた?」

 

明らかに“人間の身体じゃあない”んだが?

 

「……」

 

……何処か気拙げに視線を逸らしたのはDIOの方だ。

 

テレンスは目を瞬かせる。見た目はそう、人外のように美しい。それこそDIOと謙遜無い程には。けれど、人間ではないと言い切る程の異変は見られないのだ。

 

「……おい、少年」

「おまえは、」

「……」

 

「……淫魔だろ」

「……だからって本当に淫魔にする奴がいるかよ!」

 

 

 

 

 

京一郎の魂の袂、今は眠るスタンドの中で。女は苦笑し、おかしそうに、幸せに、祈るように笑った。

 

 

 

 

 

 

吸血鬼は淫魔の夢を見るか?

水底編 Fin




ユリコ「どんなものでも許すって言ったから……(ハッピーセッッを選んだ人)(私が作りました)(鼻にティッシュ詰め)」

因みに例の連続殺人犯ドゥはユリコによって『CoC クローズドシナリオ《毒入りスープ》(イージーモード)』にブチ込まれました。脱出条件は『シナリオをクリアし生還する』。ノーマルエンド。多分彼には探索者の才能がある。温情はあるが精神的に殺しに掛かってて草。



難産。
京一郎×DIO様は書いたがDIO様×京一郎は書かなかった。流石に冗長になると思って。要望あれば番外と称して書く。アンケ付けとく。
あとキャラ紹介が裏話込みで必要なら書き起す。自分だったら読み飛ばすしぶっちゃけ要らんと思うが、一応アンケの候補に突っ込む……。
次の章まっったく構成考えてない。終わったわ

続きは気長にお待ちくださいませ


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三章
第19話


───目を覚ます。

 

 

雨が少なくからりとした気候は外が高い温度であるにも関わらず比較的過ごしやすい。真白いシーツから身体を起こす。夜、偶にベッドに入り込む“彼”の所為で無惨に破かれてしまうので、寝る時に服を着る事を諦めた。その肉体は濡れたような象牙の肌、張りのある筋肉に覆われ、且つしなやかに曲線を描く。

伸びをする。

 

今日はなにをしようか。一日中ベッドでごろごろしているのもいいけれど、今日は屋敷を散策して、誰かと話をしたい気分だ。

 

 

 

ベリーダンサーを思わせる、胸どころか腹まで開いたタイトなプランジネック、臀付近まで開いたサイドスリットの服を着て───これ以上の布面積のものはクローゼットになかった───屋敷を歩く。背中も剥き出しで下着すら布がないような服を着せて喜ぶのなんて、それこそ俺を性的に見ている人間くらいだろうに。

この屋敷には多く人がいる。使用人、部下、出入りする人間達の殆どが血の匂いを纏わせていた。嗚呼あと、“彼”の餌となる女が幾らか住んでいる。

 

「おはようございます、ミナセ様。お食事は如何されますか?」

「おはよう、テレンス。今はいいかな。……私に“様”など付けなくても良いと言っているだろうに」

「いえ、そういう訳には……」

 

擦れ違い様、きっちりとスーツを身に纏った青年が恭しく礼をしながら慇懃に言う。

 

「私もキミたちと同じ立場じゃあないか」

「ははは……ご冗談を……」

 

招致されたスタンド使いという立場としてはテレンスとも同じであるが、京一郎は出身から食客に近い扱いを受けていた。

普通の人間より頑健で、餌と同様でもあるが殺されずに済んでいる。寧ろ幾ら喰い殺しても収まらぬ衝動を発散させる為に最終的に京一郎の元に来る事も少なくないので、ある種寵愛を受けているとも言っていい。

ので、テレンスとしては京一郎と同じとは言い難い気分でいる。“彼”にダル絡みしても生きていられる京一郎とは一緒にしないで欲しい。

 

「手伝って欲しい事があったら言っておくれ。私に出来る事なら何でもしよう……キミたち兄弟には恩があるからね……」

「お気持ちだけで……」

「ん、ふふ。つれないね」

 

睦言でも囁かれるように耳元で話されて、テレンスは思わず視線を逸らしながらたたらを踏むように離れた。

Bye、と京一郎はまた、ふらふらと屋敷を歩いていく。

 

「……本当に心臓に悪い方々だ、」

 

 

 

集められたスタンド使いたちは、今はまだ向かってはいないが、いずれは世界のどこかにいるジョースターという家系の系譜を根絶やしにする為に送り出されるのだという。

この世界は体躯が大きい者が多い。刺客たちの中では直接戦闘を行うでもなし、筋肉量が少ないのもあってか京一郎は小柄の類だ。テレンスと同じ身長ではあるが。

その存在感故絡まれる事が多いが、ぬらりくらりと受け流したり軽く牙を剥いてみたり、或いは時に喉笛に噛み付いてやったりしていれば、愛玩される身であれど京一郎を嘗めて見下してくるような輩は殆どいなくなった。 ……全くでは無いというのがスタンド使いの個性の強さを示している。

時折憎々しげに見られる事はあれど、実害が無ければ興味も唆られない。

 

「アラ、ミナセさん?こんな所でどうされたの?」

「マライアにミドラー……んー、散歩?」

 

気付かぬ内に2人がいる部屋付近までやって来ていたようで、部屋の中にいた彼女らに声をかけられる。浅黒い肌の足の綺麗な女と、紫色の髪をしたセクシーなロマの女。

どうやら化粧品のカタログを見ていたようで、複数テーブルに散らばっている。

男でも化粧をする人間が多い事もあり、容姿も相まってその中に京一郎が入り込んでも不思議ではない。

 

「あっ、ねえこの色とこの色、どっちが似合うと思います?!」

「どれ?……ンー、こっちかな」

「やっぱりぃ~?」

「色合いで言うとこっちが素敵だけど」

「あー、そのブランドの、私結構肌荒れしちゃうんですよねぇ」

「そういえばこれ!ミナセさんに似合うなってずっと思ってて」

「ああ、それ……確か“彼”が取り寄せてたような……良いね。今度借りようかな」

「やだぁノロケ?DIO様にもそういう態度取れるのなんてミナセさんくらいじゃあなァい?」

「やっぱ美しさって罪だわァ」

「そういう種族になっちゃったのだからしょうがない」

 

マライアもミドラーも素敵だよ。キミたちが許しをくれるなら、一夜を欲してしまいたいくらいにね。

両隣りの彼女らに目をくれて言うと2人して頬を染めて顔を背ける。

 

「も、もう!あんまり揶揄っているとDIO様に報告しますよ!」

「私ミナセさんは好みじゃあなかった筈なのに~!」

「んふふ……ひどいね、本気なのに」

フラれてしまった、と肩を竦めて京一郎はソファーから身体を起こす。

「邪魔したね」

 

 

 

「よォ、ご機嫌いかがかねェ〜寵姫殿?」

「ラバーソールか」

 

背後から覆い被さるように肩を組んでくる長髪をオールバックにした上裸男を横目に見て、京一郎は口元だけで笑う。

 

「機嫌は悪くないね。キミも調子が良さそうだ……」

「ええ、ええ。そらァもう」

 

視線が上から下まで行ったり来たり。肩にあった手が腰まで滑り落ちる。

 

「相変わらずお美しい限りで。DIOサマのお手付きじゃあなければ今すぐにでも可愛がって上げたんですけどねぇ~~~。昨日はどうだったんですゥ?」

「昨日?普通に独り寝だったけれど?」

「へぇ〜?こんな美人捕まえておいていいご身分で……それならオレが誘っちまえば良かったなァ〜?これだけ長続きしてるんだ、さぞアッチの具合も良いんだろうしなァ」

 

何を勘違いしているのか、京一郎をDIOの寵姫と呼んで、娼婦を相手するように言う。確かにしている事はしている為娼婦と言われても仕方の無い事だと思うが、京一郎は受け手より攻め手に回る方が多いので、ラバーソールの想定としては些かズレていた。京一郎からしてみればそういう所が可愛らしいので、態々教えたりしないが。

……そしてそれ以前に、京一郎もまたスタンド使いである。

するりとスリットの間に掌が入り込んだ手を握って止める。

 

「それ以上するなら───私のスタンド能力の試金石になってもらうけれど?」

「おお怖い怖い……」

「生憎、彼は私に他の男の匂いが付くのが嫌いなようだから……私を抱きたいなら彼に許可を貰ってからおいで」

 

此処に鋼入りのダンまでいたらセクハラが更にヒートアップしていたので、まだマシなところだが。

取り上げた手首の内側にキスする振りをしてやって、手の甲の形を指で辿るようにして手を離す。

 

「彼が私に飽きたら、その時には抱かせてやってもいい」

 

 

 

「ダニエル」

「おや、こんにちはミナセ」

「今日もよろしくね」

 

テレンスの兄であるダニエルからは、魂にまつわるスタンド使いの先達として教えを受けていた。

 

京一郎の種族は後天性の淫魔である。

成り立ての時自身の変化が直ぐに分かったのは、彼の目には常に魂の形が見えており、彼の鼻は生物の生気とも呼べるものを嗅ぎ取れ、彼はそれを栄養と出来たからであった。

DIOは生命エネルギーを血液を媒介に吸収する、人外としての感覚と機能が備わっている。彼の想像の通りに構築された肉体にはそれが組み込まれていたのだ。

肉体スペックは吸血鬼に劣る。が、生物が生きる上で余剰に発する生気を肌で吸収する事で、人間の傍で息をするだけで生きられるようになったのである。人としての食事など最早娯楽の域に落とし込まれ、人よりは優れた膂力のある上位生命体へと至った。

 

その感覚は京一郎の物となったスタンドをより使い勝手の良いものとした。

 

 

「あれからなにか変化はありましたかな?」

「距離があっても覚えのある魂の気配は世界中の何処にいるかわかるようになったくらいかな」

「それはそれは……」

 

つまりそれは、何処にいても京一郎のスタンドの効果範囲内になるという事だった。

 

「スタンドを使う感覚にも慣れた。もう勝手に暴走したりはしないと思うよ……」

 

掌を差し出すようにすると、京一郎の身体から像が浮かび上がる。

そのスタンド像は、女性の形をしていた。

黒いドレスを纏う球体関節の四肢をした女型のスタンド。

嘗てユリコ・テイラーが本体であった頃のそれの名残をドレスの腹部に残し、京一郎のものとなって形を変えた。

 

「もう『ホール・ロッタ・ラブ』(前のスタンド)とは言い難い様相だ……」

「ウン。だから私は彼女に別の名前を与えようと思っているんだ……どうかな」

「ええ、よろしいかと」

 

くすくすと淑やかに笑うスタンドをレディと呼び、京一郎は草臥れたかのように息を吐く。彼女の暴走には手を焼いた。その力は前と変わらず脱出条件を設定して部屋を作り、対象の魂を監禁するものであった。暴走状態では傍にいる生命体を片っ端から取り込んでは条件を強いたので。それに取り込まれるように、本体すら部屋に引っ張られたものである。

 

「しかし……やはりと言うべきか。貴方の肉体にはユリコ・テイラーの魂が混ざり込んでいるようで。大半は肉体に宿る生命エネルギーとなっているが、一部はスタンドの自我となっている」

「道理ではあるよ。肉塊になっても彼女は彼女だ」

 

淫魔の体にこのスタンド能力は非常にマッチしていた。一度対象を“直接目視しながら”スタンドを発動しなければ魂を拘留できなかったものの、今や何の対価(生命エネルギーの過剰消費)なく、捕捉した魂を取り込めるようになったのである。

以前は付け込めたスタンド発動のタイミングに攻撃するという対抗手段が取りづらくなったというのは、対象に大きなアドバンテージを得られるものだ。気付かれぬ内に相手を致死の領域に誘える事と同義なのだから。

 

「部屋の数に制限はないけれど、インターバルは致命的だ。刺客が隠れていれば私はその間無防備そのものになる……インターバル中はスタンドが使えないから、その間に敵スタンドに攻撃されれば抵抗すら出来ない」

 

スタンド像はスタンド像でしか攻撃は出来ない。

吸血鬼の吸血とは異なり、淫魔の吸精は即効性に欠ける。

 

「ひとつの肉体に2人分の魂とは、厄介なものですな。明らかにスタンド能力の向上が見られる」

「けれど弱点は多い。相手がスタンドを発動させていたら、部屋でもスタンドが出たままっていうのもね」

 

部屋自体がスタンドなので、部屋をスタンドで攻撃されれば強引に破る事も出来る。その際のフィードバックは腹を突き破られる程のもの。部屋の硬さはあれど、スタンド攻撃相手にはあまりに脆い。

 

「そればかりはどうにもならないから、精々気を付けるよ……」

「それにしても、スタンド能力の仔細が理解出来たというのは僥倖。この教導も今日限りですかな」

「キミが屋敷に留まってくれればもう少し早く終わったよ」

「フフ……それは大変申し訳ありませんでした」

「ギャンブル。……色々と娯楽は嗜んできたと思っていたけれど、あまり経験はないね。……楽しい?」

「それはもう」

「なら次はそれを教わろうかな」

 

この時間がなくなるのは惜しいからね。京一郎はそう言って、子供のように目を輝かせて破顔するダニエルに微笑んだ。

 

 

 

夕時に差し掛かり、京一郎は宛てがわれた部屋に戻ってきた。

スタンド使い達の傍にいるのは心地良い。その生命力故か余剰エネルギーも多く、少しの交流で空腹も起きない。京一郎にとって生気は何とも言えない甘露だった。その感情それぞれに味に変化があっていい。畏怖、友情、嫉妬、羞恥、歓喜、性欲、期待、高揚。感情の色を知る事の楽しみは尽きない。それは人間の感情の多様さと同じ分だけある。

勿論、肌を合わせて精を直接受ける事には及ばないものの。

 

京一郎はスタンドを現して手を差し出す。

その手を取ったレディの手の甲に唇を落としながら、ベールに隠された顔を見上げた。

 

「スタンドは使い手の半身だという。傷付けば私の身体にも傷が入り、触れられればその感覚が伝わる。……レディ。私の───俺の半身」

 

穏やかに慈悲深く微笑む豊満な聖女の手を握る。

 

「貴女に名前をあげよう。貴女が俺に肉体を捧げたように」

 

『ホール・ロッタ・ラブ』は某洋楽から引用したのだろう。それならば俺も、それに準えて。

 

「貴女の名は『ホワイト・ポニー』。知っているかな、deftones……色々と共感するものがある。俺自身を象徴する名。人々を侵す麻薬の名。侵された人間は自らを傷付け溺れて死ぬ、苦くて無臭の甘い毒」

 

まるで夢のよう。覚める時に絶望を味わい、もう一度を望んでしまう中毒性。

 

「それが貴女と、俺の名前だ」

 

 

 

夜半、部屋の扉が開かれる気配に目を覚ます。そのままその気配はベッドの前に立ち、シーツを剥ぎ取った。

 

「少年……突然シーツを剥ぐのはやめてくれ」

「寝ている貴様が悪い」

「人間、夜中は寝るもんだぜ」

「貴様は淫魔だろうが」

「じゃあ淫魔も」

「巫山戯た事を」

 

問答無用で起こされて抱き寄せられる。

 

「ん、血の匂い。あと女の匂い。満足しなかった?」

「女はすぐ死ぬ」

「だからって男は血の味が気に食わないんだろうに」

 

ざわめくような苛立ちと中途半端に煽られたかのような性欲の気配。背中に爪を立てられて皮膚がふつりと裂けた。

 

「俺も男だけど、俺の血は美味いのか?」

「そこそこ。元より不味くはなかったが……女の血の味もする」

「元は彼女の肉体だからかな……」

 

俺にする力加減で女を相手にしたら、そりゃあ女は直ぐ死ぬだろう。ましてや血を吸いながらだと。

京一郎は目を瞬かせながら彼の背に腕を回した。

 

「睡眠周期をおれに合わせろ」

「んー?フフフ、おまえ、起きた時に俺が寝ていたらつまらないんだ」

 

それはいい事を聞いた。京一郎は眠気にうとうとしながらDIOの首筋に頬擦りする。

 

「淫魔は睡眠を取らなきゃあ栄養失調で死んでしまうんだぜ」

「嘘言え」

「ンは……人の頃の習慣が抜けないんだよ。慣れるまで、朝までコースはお預け」

 

べろりとそこを舐めて歯を立てると、DIOは堪え難いと言いたげに喉を唸らせて、京一郎の髪を引っ掴んで引き剥がし。口に齧り付く。一方的に、熱を持った舌を、口腔を荒らしながら、腰を引き寄せて主張するそれをぐりぐりと擦り付けられる。

 

「んんぅ、ん、……ちぅ、んふ……」

「ふー……ふー……、じぅ、ちゅ、」

「んは……フフ、ちょっとやる気出てきたかも……」

 

ねっとりとした空気を含ませながらのキスは水音が大きく響いて聴覚をも犯す。

近しい生命体の深い欲情に触発されてされてしまうという点は、淫魔として制御が叶わない類にある。ご馳走を目の前にして待てと言われる飼い犬のよう。喰えと言われているのに我慢をする程、自罰を捨て去った京一郎は躊躇わない。

薄く長い舌がDIOのそれに巻き付いて、ちろちろと口蓋を擽った。

 

「女相手で不満だったなら、俺が下になろうか」

 

俺ならおまえを満足させられる。

そうして淫らに微笑んだ京一郎を、DIOはベッドに押し倒した。

 

 

 

 

 

 



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第20話

お品書き
・異世界から現世へ
・裏切りの夜の魔女
・それは『』の似姿をしている


京一郎が肉体をこちら側で得た時、肉体と魂の齟齬は欠片としてなかった。異世界よりイギリス某所からエジプトへ。テレンスからスタンドとは何かという教えを受けながら、京一郎は不思議な力もあったものだと感心しきりであった。

 

1986年。京一郎が生きていた時代から約40年前。ともなれば、何かと周囲のものに見覚えがあまりなくとも仕方の無い事だった。携帯電話がショルダーバッグのように大きいものであったり、テレビはブラウン管で、カメラはフィルム式。ビデオやカセットテープだって現役だ。京一郎も幼少期に使った事はあるが、やはり馴染み深いのはスマホだの、薄型液晶だの、デジタルカメラだのである。前者の媒体を使う時は精々が数える程度の証拠作りくらいしかない。

 

とはいえ、不安はなかった。ゼロから繋がりを作る事など数年前に経験済みだ。道具だって無くても不都合はない。何せ今の京一郎は気楽で身軽な戸籍のない唯の人外なので。

にこにこと楽しそうにテレンスの話を聞く京一郎は膝に頭を乗せて目を閉じるDIOの髪を撫ぜている。

 

「どこから突っ込めばいいのか……」

「?何がかな」

「いや……その状況ですよ」

「彼、海に沈んでいた時は暇になっても夢の中で本を読むか寝るかしか出来なかったからね」

 

あとセックスとか。言わない代わりに含みのある笑みを向けると、察したような顔でスルーされた。

プライベートジェットは広いので、彼が横になるスペースは十分取れている。2m近い巨躯が膝に懐いてくるのは何処か愛らしくて癒される。win-winである。

 

「硬いって文句言う癖にね」

 

 

 

 

名目上京一郎がDIOに連れられたのは使えるスタンド使いである為、である。スタンド像の確認は出来たが能力の発動までは制御が出来るか分からないので、エジプトに戻ってから検証を始めるようにという事で、未検証のまま。

 

「俺は彼の所有物(モノ)だからね」

 

京一郎が屋敷に踏み入れる事を反対したのは、DIOの側近であるエンヤだった。

神を誘惑する悪魔め、裏切り者の夜の魔女め、この御方から繁栄を奪う淫売め、とまで言われて京一郎は面食らった。もっと酷い罵倒もされたが京一郎はいつもの茫洋とした目でDIOをちらりと見上げ、思わずくすりと笑ってしまう。

 

「な、な、なぁにが可笑しいんじゃあこのアバズレェェーーーッッ!!」

「つまり貴女はこう言いたいんだろう?お前の存在は彼の野望を阻む害にしかならぬと」

 

おかしな話だ。京一郎を悪魔だと喩え、リリスだと喩えた。嗚呼、本当におかしな話……。

 

「俺は既に彼の物だ。悪魔は契約に従順だ。楽園を出たリリスはアダムとイブに膝を折るなどすまい。……彼は神などという何もしない傍観者(支配者の偶像)ではない。世界そのものだ。彼が私を意のままに扱うと言ったのだから、彼の考えを貴女が否定するのは忠言ではなく背信じゃあないか」

「なんじゃとォ~~~?!い、言うに事欠いて、貴様ァ!!」

「私がそのような生き物であると知っていて彼は彼処から俺を引き摺り下ろした(自分の物とした)んだ……それとも、何かな?少年は……俺に堕落させられてくれるのか?」

 

俺を理由に世界である事を辞めてくれるのか?

───否。断じて否である。

彼の手が京一郎の首を握る。

猫のように機嫌良さげに目を細めて、京一郎がその手を両手で握ると、DIOは京一郎を見下ろして鼻で笑う。

 

「たかが淫魔に何が出来る」

「おまえを悦ばせる(の無聊を慰める)くらいは」

 

俺からは何もしない。おまえの行く末を眺めていたいだけなのだから。今はおまえに従う快楽を味わっていようとも。

 

「おまえの望む通りに動くさ……何でも命令してくれ。出来うる限り、おまえの望みを叶えて見せよう」

 

傍に控えるテレンスが首を左右に振る。

それに目を遣っていたエンヤが歯噛みして威嚇するように喉を鳴らす。

 

「おのれ……今は、今だけは目を逃してやろう……じゃが忘れるでないぞ!!DIO様に少しでも背反してみろ……このわしの『正義(ジャスティス)』がッ!貴様にあまりある苦痛を齎して殺してくれるッッ!!」

 

去っていったエンヤを眺めながら、DIOは溜息と共に手を離す。

 

「信心深いね、彼女……アレじゃあ正しく魔女裁判のように拷問に掛けられて嬲り殺しにされそうだ」

「なんで楽しそうなんです……?」

「面白いからね。飽きそうにないというのは良い事だ……」

 

ここまで初対面で敵愾心を抱かれるのも珍しい。彼女は優れた占い師という話だし、私は彼女と仲良くなりたいんだけれどね。

 

 

 

 

 

 

京一郎が自身が得たスタンド能力の詳細を悟るのに時間は掛からなかった。何故ならその大本となる『ホール・ロッタ・ラブ』の能力の詳細を本体であるユリコ・テイラー自身に聞いていた事で、大凡の形が見えていたからだ。それに加え制御しきれていないスタンドの暴走。まるでスタンド自身が(・・・・・・・)自分はこのような事が出来るのだと本体に教えるかのように。

DIOや京一郎自身、教導していたダービー兄弟、たまたま側にいたケニーGやヌケサクと呼ばれている吸血鬼、スタンドを使えるハヤブサのペットショップ、屋敷に滞在していたンドゥールetc.....屋敷にいた者やDIOの側近ら多くを巻き込んでの暴走に流石の京一郎も頭を抱える。条件付けも人選も京一郎に不都合がない程度に収められていたのが更に頭が痛い点だ。殆どが呆れたり仕方ない事だと肩を竦めたり存外楽しかったと笑ってくれたりと反応もまだマシであったので。

 

「レディ」

 

くすくすと笑いながら現れた『ホワイト・ポニー』は京一郎に撓垂れ掛かるように触れ、うっとりとその身体に身を寄せる。

 

「楽しかったかい」

 

ベールが揺れる。

 

「そう。それはよかった」

 

まるで悪巧みをするように彼女は京一郎の耳元になんぞ囁きかける。それにあどけなく笑って頷いて、今度は京一郎が二、三彼女に呟くと、彼女は口元を抑えてころころと笑った。

 

「───ナミセ」

「ああ、少年」

 

ふと入口に現れた気配に京一郎は笑顔を向ける。壁に凭れるように腕を組む金色の偉丈夫の前で『ホワイト・ポニー』は恥ずかしげにしながらも美しくカーテシーをすると、ふわりとその身を空に溶かした。

 

「何を話していた」

「んー?そうだね。能力の事とか?もっと面白い使い方があると言うから、それに合わせて俺の考えを零したり」

 

『ホワイト・ポニー』はその性質上、部屋に収監した生命体の記憶を始めとする思考を読み取る。スタンドとの意思疎通、フィードバックがされ、空間に反映されるのだ。

無機質であった彼女が魂の一部を得たとはいえ、それ以前より京一郎が何くれと話し掛け、語り掛けた事が無意味だったとは言えない。水底でマメに映写機を通してスタンドと疎通していた名残でもあるが。

 

「彼女はシャイだから、憧れのキミに精一杯なんだ。多少の不躾は許してやって」

 

その憧れと本体を同じ部屋に閉じ込めてセックスさせるスタンドのどこがシャイだ。DIOは鼻で笑い飛ばす。

京一郎はうっそりと微笑んで小首を傾げる。

 

 

「スタンドが見える者はスタンド使いだと聞いた。……少年のスタンドはどんな姿をしているんだ?」

 

 



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第21話

お品書き
・銃口、硝煙とシガーキス
・今は未だ、


 

屋敷にいるスタンド使いは大きく分けて2つ。

ひとつはエンヤによって集められたタロットの暗示を持つ者達。

もうひとつはDIO自ら集めたエジプト九栄神の名を持つ者達。

 

エンヤは俺の事を毛嫌いしているのでタロットのスタンド使いとも険悪か、と言われればそれは違うと答える。

世界を移動して未だふた月程度ではあるが、スタンド使いは存外自我が強い。精神の強固さがスタンドの強度に繋がる為か否か……主と仰ぐDIOの存在もあるだろう。異世界から連れられて来られた元人間ともなれば興味を寄せるのも無理からぬ事だと俺だってそう思う。

囁かれる噂は多々あるだろうが。遠くから見てくる者も近寄って話し掛けて来る者も、俺から話し掛けるのは俺が相手に興味を持った時に限る。

 

 

 

煙の残り香を何となく追って、屋敷の中を歩く。そこらにはDIOが吸血した後と思しき女の死体が転がり、献上された財が無造作に隅に寄せられている。素足で歩くには散らかり過ぎている。隙間を縫うように、ふらふらと。

 

「煙草の香りの元はキミかな」

 

びくりと肩を震わせたテンガロンハットの男の手には今漸く付けたばかりといった風の煙草が赤い火種をじりじりと燃やしていた。

 

「こ……れは、これは。どちらさんで?DIO様の食糧……いや、男だからねーか……?」

 

西部劇のガンマンを思わせる立ち姿を少し上から手摺に身体を預けて見下ろす。血の匂い。立ち上る上質な生命エネルギー。───スタンド使いだ。

 

「ふた月前に此処に来たばかりでね……知らないのも無理はないよ」

「!……アンタもスタンド使いか?」

「そう……キミもそうだろう?」

 

階段を滑るように降りて横並びに立つ。

 

「私はミナセ。キミの名前を……教えてくれるかな」

 

見蕩れ、気圧されたような顔でホル・ホースだと漏らした男はハッとして口を噤んで1歩退く。

 

「煙草」

「あっ……もしかして禁煙だったか?す、すぐ消すんで……」

「ううん……咎めに来たんじゃあない。……実は私も喫煙者でね……うっかり切らしてしまったから、1本頂けないかなって」

 

くすくすと笑う。そんなに驚かなくたって。

 

「そうしたら、此処でこそこそしていた事。内緒にしてあげる……」

 

別にこの屋敷の間取りを見回る事が悪いとは言わないが。殺し屋として万一の為に周辺の安全を確認するのは大切な事だろうから、その程度でDIOやエンヤが咎めるとは言い難い。

ははは、と空笑いを零したホル・ホースが胸ポケットから箱を取り出して差し出した。

 

「……んふふ。契約成立だね……」

 

差し出された火を先に灯して一息、ふと薄く吐いた。

 

「ガンマンさんはどちらかな……エンヤ婆から?DIO様から?」

「あー……エンヤの婆さんからだな」

「そうなんだ。彼女、すごい占い師なんだってね……1度占って欲しいものだけど、私は彼女に嫌われているから……」

「……ん?つー事は、アンタはDIO様から?」

「そ……地位も故郷も捨てて自分に尽くせって言われてね」

「そらァ熱烈な勧誘で……」

「でしょう?彼の傍はきっと退屈はしないだろうから、私は彼の物になったの」

「はぁ、アンタ変人だな……」

「ひどい言い草だなァ」

 

ホル・ホースの目が上から下までさり気なく走るのが肌で分かる。どのような立場なのか、どのような戦い方をするのか、脅威か否か。

 

「……オレを何故ガンマンだと?」

「西部劇が好きそうだから?」

「ああ、そういう……」

「あと知り合いにそういう人がいるから……利き手、火薬の匂いがする。拳銃かな……でも携帯している風ではないから、……ああ、これは流石にマナー違反か」

「……そういうアンタは殺し屋ではなさそうだな。血の匂いがしない。前線で戦うタイプじゃあない。どっちかってぇと、従えて後方で命令するタチだ」

「フフ!正解……」

 

つ、と流し見るとホル・ホースは油断なく、けれどリラックスした様子で俺から目を離さないでいる。

 

「警戒するなよ。キミを見極めに来たとか、監視に来たとか、そういうんじゃあないんだから」

「……」

「良い事を教えてあげる……私は別に、彼に忠誠を誓ったり心から彼に従っている訳じゃあない」

「!」

「キミだって……彼には金で雇われたから、表面上従って見せているだけ……。……ねえ、私たち、仲良くなれそうじゃあないか?」

 

ふわりと紫煙に視界が紛れる。1歩進み追い詰めるように身を寄せる。息を詰め、唾液を飲み下す音が大きく響いた気がする。

 

「……ふふ!なんてね」

 

吸殻を彼の手元にある携帯灰皿に押し付けて身体を離す。

 

「気が向いたらまた話そうか」

 

 

 

 

殺せる、とは思った。鼻腔にこびり付くような甘い匂いを忘れるように、かぶりを振る。

───同時に、殺されるとも思ったが───それはDIOに初めて対面した時のそれと同じようにも。

露出の多い服は一見してDIOの餌である女たちを彷彿とさせた。が、その振る舞いは喰われるばかりの女たちとは一線を画して、いっそ高貴なもので。暗がりから顔を出した男はDIOの横に並んでも謙遜ない程美しく、またDIOとは異なる、性を知った女のような色香があった。

淫蕩で蠱惑、倦怠。余りある包容。

毒々しいまでに瑞々しい象牙の肌。黒い水が流れ落ちるかのような髪が白に泳いだ時にどのような香りを齎すか───

……成程、DIOがこの男を下したいと思った一端がしれた気がするのだ。この戯れすら、男にとっては気紛れでしかないのである。並の人間ならばそれすらもう一度、或いはあわよくばと思いかねない。

……嗚呼、此処は本当に魔境である。

 

 

……彼の不幸は。これからもどこからともなく現れるミナセに何だかんだ煙草を強請られる羽目になり、それが吸い終わるまで色々とちょっかいを受ける未来が待っている事だろう。

 

 

後日、ミナセと名乗った男が異世界から喚び寄せたDIOが寵愛する淫魔であると知らされた時の、ホル・ホースの内心での絶叫たるや。

 

「言えよ!!」

「ふは……っ!キミ、本当に面白いね」

 

 

 

 

 

 

───DIOはよく机に向かう。

 

その姿を執事のテレンスはおろか、エンヤ婆すら知らないだろう。京一郎はDIOがそこまで筆まめな方ではないと理解していたので、何をしているのだろうなとニコニコその後ろ姿を眺めていた。面白がっていた。彼にとっては重要な事なのだろうな、と京一郎は朧気ながら確信していた。DIOが時折京一郎の事を、観察しているかのような、見透かしているかのような、そのような目を向けては思索に耽っている様を、京一郎は理解した。あれは過去を思い返していると思った。

自分を見つめ返す事は良い事だ。こと、DIOが常々望んでいる、『天国』へ、より深い幸福の(きわ)に手を伸ばすのには、少なくとも必要不可欠だ。

京一郎はDIOの言う『天国』を知らない。けれど、何となく理解はした。それは淫魔となり、魂を蒐集出来るスタンド使いとなり、魂の形と色、それが放出する生命エネルギー……或いは感情と呼べる波を感知出来るようになってからは、顕著なものだった。

その事を、京一郎はDIOに口にする事はない。それはDIOの望みを唯の思想のひとつに陥れる愚行であったし、そのような形で阻むのは京一郎の本意ではない。それは侮辱であり、蹂躙であり、嘲弄し足蹴にして嬲り殺すような所業だからだ。

京一郎はあくまで、神のゆく道を傍で誘惑し、堕落させんとする悪魔であるべきなのだ。それがエンヤによって暗示された夜の魔女としてやるべき使命である。そのように在れと、他ならぬ自分を求めたDIOが望む事なので。

京一郎はDIOの望みを叶えてやりたいと思っている。夢から引き上げられた京一郎は、簡単に言えばDIOに絆されたのである。……いや、それは正しい表現ではない。京一郎とDIOは互いを互いに利用し合っている。精神の在り方。快楽の交換。単純に能力を買って。或いは戦闘員として。魂を操り弄ぶ者として。

京一郎は嘗ていた世界で限りなく頂点に近しい場所にいた。その精神を怠惰に腐らせて停滞していながらも、京一郎には見えていたのだとDIOは確信していた。自分が最も欲している『天国』への道の先を。スタンドを持たぬ身でありながら。唯の卑小な人間でありながら。単に“つまらないから”と敢えてそこに到る事を拒んで。

その姿が業腹であった。怠惰だと、怠慢だと罵り続けるのは、DIOとしては認め難いが、嫉妬であった。

DIOは先人が歩いた道を辿るような屈辱は許し難いと思っている。京一郎がそのようにしているのは都合が良いものだったが、納得は出来ない。

京一郎はその様すら嗤うのだ。にまにまと、悪魔のように。望みを叶える姿を見るのもいい。そこでどのようになるのか、京一郎は楽しみだ。けれど、惑って迷って、快楽に堕ちてしまう様も悪くは無いなと思いながら、京一郎はDIOを見ている。

 

 

 

ぎしりと椅子が軋み、深い溜息が宙に溶ける。薄闇に混ざった空間は何とも言えぬ甘い残滓が香り、そこが京一郎の定位置のひとつだと明確にした。

 

「どうしたの。気が滅入っているようだ……行き詰まった?」

 

ベッドに座る京一郎の膝に足を乗せ、ごろりと横たわるDIOを不思議そうに見る。

じとりとそちらを見るDIOは重々しく口を開く。

 

「いつまでそうしているつもりだ」

「……抽象的だね」

「いつまで、そこで怠惰を貪っているつもりだと聞いている」

「ああ……精神の話か……」

 

ぼんやりと宙に視線を向ける京一郎を、DIOは睨むように見上げている。

 

「おまえの望むように、魂を扱う力には慣れたよ……胎に仕舞い込むだけなら何十でも……けれど、おまえはそうでは無いと言うんだろう……」

 

京一郎は謳うように言う。

 

「得るには喪わなければ。身を削り他者に与えるのではなく、他者より剥奪するのではなく、自ら価値のある物を捨て去らなければ」

「それで何が得られると?」

「……、……おや、聞く気になった?」

「……」

「けれど、こればかりは俺でも教えられない。そうしておけば、おまえは恐怖で留まるだろう?」

 

激昂の前にころりとDIOに寄り添い横になった京一郎は茫洋と笑う。

 

「おまえはわかってしまったんだ。人を辞めてその頂点に立つ事が幸福か?財や権力があれば幸福か?……ああ、可哀想に。そこで留まっておけよ、あそこはあまりに退屈だぞ。あるのは随分と平坦な、所詮は理想で造られた匣でしかない」

 

溺れてしまえと京一郎はDIOを抱き寄せて首に顔を寄せる。足が絡む。絡み合う。時に京一郎は敢えてDIOを憤慨させる。燻る怒りを忘れさせぬように。激情は人間性だ。唯一彼に残された。

 

「どうやって見出す?どんな風に苦悶する?おまえ自身が答えを出さなきゃあ意味が無いんだ。俺は楽しみだけれど、だけど導くと同時に妨げよう。俺は夜の魔女なんだから」

 

どうしても行きたいというのなら。その覚悟が出来たのなら。

俺はおまえの未練になろう。そうやっておまえを阻んでやろう。最後のさいごまで。

 

「最初の助言をやろうな……。先ずおまえは得なければ。満ちなければ。悟るには未だ足りない。喪う段階にすらない。さあ、何が足りないのだろうね」

 

京一郎はDIOが自らの深みに耽ける様が好ましい。彼はDIOの望みを叶えてやりたいと思っている。けれど同時に到らなければ良いと願っている。京一郎はDIOのスタンドを知らない。その能力を知らない。今後何が起こるかなど知る由もない。

けれどぼんやりと理解はしていた。彼に足りないものも、彼が持ち過ぎているものも、彼が欲するものも、何となく。 そして彼が何れ何処に到るのかも。

 

 

京一郎はエンヤによって、形が定められた。京一郎自身がそれを肯定した。京一郎の中で何かが噛み合ったのだ。京一郎は京一郎自身の行く先(在り方)をも見えてしまった。───ならばそうしよう。望まれるままに。

嘗てイエスを誘惑した悪魔のように。そのように。

……マア、イエスとは違ってDIOも闇の世界を生きる怪物であるので、快楽に酔うのも時として興じるが。そこも京一郎としては好むところか。

 

 

 

京一郎はDIOの頭を胸に抱いて、そのまま目を閉じる。今はまだ。

 

 

 




DIOは水底での名残か、何も言わず京一郎の元を訪れては眉根を寄せて目を閉じた。暗中模索、吸血鬼の目ですら見通せない暗闇を、手探りで探すのだ。
惑い惑え。この時間を京一郎は気に入っている。


ホル・ホースとはシガーキスしてると嬉しいなってすごく思う。

No.2として組むには京一郎は相性良くないね。淫魔(参照吸血鬼)として普通の人間よりは力があるからスタンドとしても割と筋力はあるだろうな。能力は中~遠距離っぽい。スタンド能力のステータスよく分からんのだ。


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第22話★

お品書き(R-18)
・屋敷及び私室について
・18話 DIO×京一郎


太陽の光が入らない屋敷の奥、DIOの居室に近い場所が京一郎に宛てがわれた部屋だった。

 

英国風の屋敷は広い。ケニーGの『ティナー・サックス』による幻覚は通常時は成されていないが、それが無くとも広大だ。使用人、刺客として雇われたスタンド使い、DIOに忠誠を誓う部下、そして餌。この屋敷に滞在する者は数多い。本邸の上に塔とも呼べる建物が2つあり、地下空間までも存在する。ふらりふらりとあちこち歩き回る京一郎も全て把握するまで1週間は掛かった程。

 

眠りから覚めたDIOは先ず食事をする。餌である女を階下のホールか居室に呼ぶのだ。足りなかった際にその足で京一郎の元に訪れる事が出来るという点がひとつ。

餌と同じ場所にという案もあったが途端に不都合が出た。ひと目京一郎を見た女が彼に惹かれてしまい、夜半京一郎の元へと訪れて来てしまった事があったのだ。これは駄目だと側近や部下達の意見が一致。隔離されるように移動となったのがもうひとつ。

 

「楽だから俺は別にいいけれど」

 

京一郎の居室はひと通りの家具類は揃っている。

天蓋付きのキングサイズのベッドとソファーにローテーブル、備え付けの小さな冷蔵庫にウォークインクローゼット。それに何某かから貰った本を入れる本棚が少し。

 

この世界に移ってからというものの、京一郎から彼の所に訪れるのは気軽に出来なくなったが。何せ彼はこの屋敷の主人なので。

 

屋敷の奥に居室があるという事は、周囲を人に囲まれて生活するに等しい。人の放出する生命エネルギーを喰って生きる彼からすれば、この部屋は心地好い他ない。

どうしてもシたい時はDIOを白い部屋に引き摺り込むか、適当に外で漁れば良い。別に彼はこの屋敷から出るなとは言われていないのだ。確かに京一郎はDIOの物にはなったが操立てしている訳では無い。DIOが食事兼性処理兼実験のために女とくんずほぐれつしているのだから、お前は駄目だとか言われても聞く義理はないと京一郎は思っていたりする。だって彼は淫魔なので。

勿論DIOがやめろと言うならば一考するが。一考は。実際にするかどうかはDIOの頼み方次第である。

 

 

 

 

……余談ではあるが。

 

「は、ああ゙っっ♡!!ァ゙、んあ゙♡♡!!あ、なみ、せッ♡!!」

「気持ちイイね……ここも好き?」

「ッッ~~~~っ♡♡♡!!!」

「はぁ……可愛い。……わかる?浅い所弄られて、熱くてぐずぐずに蕩けてるのが……」

「っ……はァ゙ッ!!ァは、ぁ、あ゙、イく、イくッッ……♡♡!!」

「コラ、ちゃんと聞いて。……わからないか?仕方ないな」

「?!ッひぐっ……♡♡ぁ、指、指入れるなっ!入らなっ……♡♡ァあ……っ!?んひ、広げるなあッ、ナカ、ゃ、やめ、つめた、ぁぐっ♡♡やんっ!ゔぁ、ぃ、いきたぃぃッ……うぐぅっ!?」

「ほら……糸を引くくらい滴ってる。おまえは俺の精液は呑んでしまうから、これは全部おまえのだよ」

「変態野郎ッッ、……はあっ♡!!はあ、はぁ、はあっ!っくそ、早く、奥……!」

「イくのは良いよ……けど、奥はまだ」

「っなんで、……っ♡♡!!んォ゙?!は、あ゙ぁあぁぁ゙ッッ♡♡?!!〜〜ッッ!!ァ゙、あ、はァ、ッ♡!なんれ、あ、ぅ、またいりぐちっ!ッ止めるな、ナカ、奥ゥ……ッ♡!早く犯せぇっ……!」

「んー?……っフフ!もうちょっと、狂おしいくらいに飢えたらひと思いにトドメさしてやるよ……」

「はーっ、はーっ、ッこの、サド淫魔ァ゙ッ♡♡!!」

「ァは、褒め言葉♡ちゃんと理性残しておけよ……」

「も、もうや、♡♡やらぁっ……腹ん中、あつくてくるしィ……っかはッ♡♡あ゙あ゙ぁぁッッ!!!なんれ、なんれぇっ!ほじ、ほしぃ、くそ、ォ゙ッッ」

 

白い部屋でのセックスではどれだけ声を上げようと聞かれるのは本体であるユリコ・テイラーくらいだったのでなんの問題もなかったが。ちょっとでも扉に隙間でもあれば、ただでさえよく通るDIOの声が激しい嬌声となって響く。

それは京一郎がアンダーでも同じで、寧ろ性に特化した淫魔の媚声の方があまりにも耳に毒だとは、双方の場合に遭遇してしまった某執事の呑み込んだ言葉である。

 

「はやぐ、ナミセッッ♡♡」

「ンー?……ふふ、はぁい♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

ぎちり、と。

うつ伏せに、手首を拘束されるかのように握られながら、京一郎は尚もくすくすと笑う。

 

「逃げやしないのに」

 

先の交合いでしっとりと吸い付くように肌は濡れ、淡く上気している。身動ぎしたように揺れる腰に粗暴な感情が沸き上がる。掴んだ臀に女のような柔さはない。前に垂れ下がるモノは先程まで自身を翻弄していた雄の象徴だ。

けれど慎ましやかにあるその孔穴が蕩け、媚びを売るようにねっとりと締め付ける様を、DIOは知っている。

使いかけのローションが垂らされ冷たさに京一郎の臀が浮く。丸みを帯びた臀の表面を滑り、割れ目に流れていく。

DIOの指が割れ目をなぞるのをもどかしそうに身を捩るのは、彼がすれば途端にわざとらしい。

 

白い部屋の脱出条件は《双方がアンダーで前後不覚にならなければ出られない》というもの。先程まで京一郎はDIOを抱いていたので、次は自身の番だとDIOに押し倒されたのである。

 

 

馴染むのは早いものだった。慣らすために挿入れた指を蕩けた内壁が迎え、指2本を軽く呑み込んだのだ。

 

「ぁは。言っておくけど……あれからおまえ以外に抱かれてはいないよ。自分で慰めていただけ……」

 

動揺、とまではいかなかったが、驚きのようなものを感じた京一郎が先んじて言う。振り返り、うっそりと目を細めながら。

 

「なぁに、そんなに息を荒くして……俺に挿入れたい?ふふ……俺もおまえに挿入れられたかったんだぜ」

 

なんてね。

そう言い捨ててまた枕に顔を埋める京一郎は明らかに機嫌が良い。自身の自由を奪うその手に更に力が込められようとも、苛立ち紛れに頭部を押さえつけられようとも変わらず、寧ろくつくつと悪辣に笑いすらする。

欲情に茹だり、苛立ち、早急に拡げるとDIOは京一郎に覆い被さった。

 

「は、ぁあ……っ、」

「ッく……、」

 

赤く熟れた胎は熱く、DIOの猛った屹立を包み込むように、締め付けるようにまとわりつく。京一郎は孔穴の淵に引き攣るような痛みを覚えながらも笑う。胎を埋める重み、臀に当たるずっしりとした興奮を感じて、至極嬉しそうに、愉しそうに、当然とでも言うように。

獣のように組み伏せながらのセックスは双方の興奮を如実に表していた。下肢を上げて、ぴったりと腰を押し付けて突き上げる単調で荒々しい交合いが、溶けそうな程に心地好い。

DIOは京一郎のうなじに顔を埋めて荒く息を吐きながら、京一郎の汗とぴりりと香る甘い匂いに興奮を深める。

 

「あ、ぁ、ッ……は、ん……はぁ、くらくらする、」

 

腸壁を抉り、襞を貫く度に京一郎の腿が強張る。亀頭のくびれが引っ掛かり、無理矢理抜き差しされる事の快楽は筆舌に尽くし難い。喪失に切なくなる前に突き入れられるので、京一郎は衝撃に髪を乱しながらうっとりと浸れた。

それはDIOも同じくである。キツく、吸い付くような襞が、何もしなくともDIOの肉棒を扱くので。奥に突き上げればまた格別で、きゅっと窄まったそこは柔くもより締まり、突き入れた先端を刮ぐように刺激する。京一郎もそこで感じるようで、その度に収縮し、まるで吸引でもされているかのような圧力すらあるのだ。射精感を堪えながらでなければ、瞬く間に果てていただろう。

耽溺する。相性が良いのもある。だが最もなのは、双方が性に長けているからだろう。

まるで貪り合う、乱暴で暴力的。セックスと呼ぶには血腥い殺し合いのような殺伐さ。

 

「きもちい、ね、少年……ぁ、ん!」

「ッ……ふ、ゥ、!ン、ぐ……っ、ナミ、セ、ッ」

「あは。イきそう?イっていいよ……はぁ、俺もイく……っ」

「ッッ───!!」

 

ずん、と深く、強く突き上げられたと同時、京一郎が身震いして、掌に爪を立てる。

 

「か、は、───ッッ」

 

息を詰まらせて身体を跳ねさせる。びくり、びくりと身体が痙攣する度、滴る汗がシーツに飛び散った。

どくどくと精液が開かれた奥に満ちる。その感覚だけで京一郎は重ねて浅く達した。

先程DIOが前後不覚になるまでセックスしていたばかりで、唯の人間である京一郎はかなり体力を消耗している。ただでさえ昂っていた身体を好きにされれば無理もない事だ。

くったりとベッドに沈んでいる京一郎を容赦無く引っ繰り返したDIOを、京一郎はぼんやりと見上げる。

 

「ゥ……ああ、そうか。俺が限界になるまでだったか……」

 

自身の精液が垂れる腹を撫でながら、見下ろすDIOの頬に手を伸ばす。

 

「ン、ふふ……おまえ、俺の事が欲しくて欲しくてたまらないって顔してる……可愛いね。俺はもうおまえの物なんだから、好き勝手してもいいのに。……此処とか……勿論此処もね」

 

媚びるように、挑発するように、片脚を抱えて見せて、口を開けて二股に裂けた舌をくねらせ、喉の奥を晒す。淫靡過ぎる降伏と服従のポーズだった。

 

「ッ……調子に乗るなよ」

「あはあは♡」

 

それで反応させては世話もない。

 

 

 

 

 

笑みを象る唇に舌を差し入れる。

京一郎はDIOの髪に指を通してくしゃりと柔く握り、顔を寄せるようにしてキスに応じた。

京一郎は背後にDIOの熱を感じながら踊るように腰を揺らす。DIOの手が背後から悪戯するのを受け入れながら、半ば座り込むように膝立ちして抽挿を繰り返す。

 

「は、ンン……ちゅ、ぁ、ん!」

 

粘着質な水音と破裂音。陶酔に染まりながら、京一郎は髪を振り乱す。滝のように汗が伝い、下腹部を自身の体液で濡らしながら、淫蕩にDIOを求めるのだ。

 

「はぁー……♡はー……♡きもちイ、ァんッ?!……ァは、いきなり引っ張っちゃダメ……」

 

胸の飾りに爪を立てるDIOの手を上から柔く握り、下肢を震わせる。赤く腫れるくらいに弄られた胸の飾りは京一郎が律動を止めてしまうくらいには性感帯となっていた。

べろりと舌が京一郎の首筋を舐め上げる。そのまま耳孔を犯し、耳輪を這う牙の感覚に、京一郎はうっとりと目を細める。

 

「は……っんん、ぅ、」

「はぁ……止まっているぞ」

「わ、かって、る、ゥ……」

 

促されるまま腰を沈めた京一郎は大きくグラインドして腰を打ち付ける。DIOがぐっと息を詰めた気配に口角をあげながら、態と肉棒を締め上げてギリギリまで引き出しては咥え込む。

 

「ッッあ゙ぐ、ゥ、っ♡♡!」

「ぐ……ッッ?!」

「はぁ、♡ンン゙ッッ……ふ、あ゙ァ゙ッッ♡♡!!」

「く、そ、ナミセッ……!」

「あはァ♡すご……おまえのペニス、っ奥の手前までキてるぜ……ッ♡」

 

呻き声を上げるDIOににんまりと猫のように嗤うと、京一郎は膨らみのわかる腹を撫でて腰を上げる。腸液と先走りとローションに濡れた剛直がぬろろ、と肉を掻き分けて現われる様を、京一郎は愛おしそうに覗き込む。

 

「蕩けきってるから、このまま貫けそうだな……。ん、はぁ……♡教えただろ、しょーねん。この奥……おまえは嫌がったもんな……気持ち良くて頭イカれそうになるって……♡」

 

俺は嫌じゃあないから、貫いていいぜ?京一郎は誘うように振り返る。伏しがちの茫洋とした眼差しが涙で潤み、色付いた肌は果実の如く。伝う水滴が京一郎の睫毛をまるで涙しているかのように濡らす。

 

「ぎちぎちなくらいの締め付けの先。誰も、俺ですら触れていないから、……きっと真綿のように柔いだろうな……?」

「───ッッ!!」

 

DIOは脳がカッと焼けたような感覚に襲われる。本能のままに、腕が京一郎の腹と脚を掴んで引き寄せる。覆い被さるように隙間なく抱き締められ、京一郎の視界はDIOの美しい金糸の髪に覆われた。まるで黄金色のカーテンのようだ。京一郎は自身の匂いを付けるようにそれに頬を寄せる。

そうして、込み上げる笑いを堪えもせず。手伝うように身体を捻らせて、……突き上げられると同時に思い切り、体重を乗せた。

 

「─────ァ♡」

 

弁を幾つも貫いた、ごぼん、という異音。

この時京一郎は一瞬意識を飛ばした。手脚を引き攣らせ、瞳が瞼に隠れる程裏返って。背中を反らしてDIOに押し付けるようにしながら。淫らに、はしたなく、あえやかに。

 

「───ぁ、ッッは、♡♡ァ、……?」

 

肩口に走る痛みが何かも判別が付かず、今自分が何をしていたのかすら吹っ飛ぶ衝撃から戻る頃には、胎の奥で射精したDIOが、息荒く再び律動を始めるところであった。

 

「はァッッ♡♡ナミセ、ナミセ……ッ♡」

「ァゔッ、?ァ、は、ア゙アッ!!な、ん……は、ァ゙ッ♡♡お、れっ、♡気、やってた……ぁっ♡♡?」

「フーーッ♡!フーーッ♡!」

 

何も言わず皮膚に深く牙を立て、荒く獣のような息遣いで夢中になって突き上げるDIOを目にすると、京一郎は自身も暴れ悶えてしまいそうな快楽に振り回されながらも堪らない心地にさせられた。思わず舌舐りする。愛らしいのだ。目の前の肉欲に溺れて、どろどろに溶け合う事を望む様が。

 

「あ゙あぁ゙ッ♡♡ン゙ッ、はぁ゙っ♡♡は、ァ゙んん゙ッ♡♡!!こ、ぇ、ゃば……ッ♡♡でぃお、もっと、強く噛んでっ!また、っ……とびそ……♡♡」

 

京一郎がDIOの腿に爪を立てる。絶えず絶頂に襲われながら、快楽を何処にも逃がせず蹂躙され、理性の端を掴んだまま意味のある言葉を吐く事の難しさたるや。

ノルマとしては京一郎が前後不覚になれば良いので、最適解はこのまま京一郎が理性を飛ばす事だ。

が。

 

「折角、なら……っもうちょっと……♡たのしみたい、だろ、?は、ぁあ゙ッッ♡♡」

 

DIOの手が京一郎の両手首を軋み上げんばかりに握り締める。深く噛み跡をそこら中に刻み付けながら、余裕無く、DIOは京一郎に低く囁いた。

 

 

 

 

京一郎からしてみれば、自分を軽々抱え上げられるような相手は殆ど居ない。されるがままに引き上げられ、あれよという間に抱き上げられ、そのまま揺らされた時は、快楽の前に何をされているのか意図が全く掴めず呆然とした。

掴まっていろと言われ首の裏に手を回し、膝裏を掴まれた時の困惑も束の間。重力のままに突き上げられ、素のままの嬌声を上げる羽目になった。

 

「ッン゙あ゙ああっ♡?!は、はぁ……ぇ、しょうね、マジかよ……っぁはあ゙ぁッッ♡♡」

 

奥まで受け入れてから直ぐの事だったので、1度抜かれたと言えど容易く貫かれる。ぴったりと収まったそこを何度となく、体重と重力の衝撃に突き破られそうな錯覚すら覚えながら、京一郎は齧り付くようにDIOにしがみつく。

 

「あぅ、く、ふぅうっっ♡♡!!ゥウ、」

「ふ……ッ、どうした、さっきまでの勢いは、ン、どこに行ったんだろうなァ?」

「アはッ♡このやろ……ん゙んゥ゙ッ♡慣れて、ねーの、ォッ♡こんな、ッあ♡された、事ッ……なかった、アアッ♡♡苦し、けど……っきもちイ、」

 

京一郎は目の前にある赤く染ったデコルテに甘噛みして、汗の流れる首筋に唇を這わせる。咎めるように強く打ち付けられて、京一郎は腕により力が込められる。

 

「ッッはあ゙ぁぁあ゙っっ♡♡!!ぁ゙、ン゙……ふふッ!おまえだって、ェ♡ギリギリなんだろ、♡♡もう、出しちまえよ……♡」

「ッ」

「ん、ふふ!俺がずっとイきっぱなしなの、分かってる癖に……♡」

 

喘ぎ掠れた声が明確な毒を以て注がれる。

 

「ゾクゾクして、ナカがずっと痙攣して……ッくゥ♡おまえのが欲しくて腹の奥きゅうきゅうして……♡頑張ってたのに、っ、2回しかくれないなんて、……!ん……、狡いね……♡」

 

さっき搾り尽くしたのは俺だけど、と。

くすくすと笑う。

 

「それとも……もう打ち止め?」

「……はっ。そうやって挑発しようとて無駄だ、おまえに余裕が残っていない事などわかっているんだ」

 

強く突き上げられ、京一郎が息を詰めて身体を跳ねさせる。

 

「欲しいのなら乞え。惨めに、淫らに」

 

おれに“お願い”しろ。“どうかわたしにお慈悲をください”と。

低く、どこか苦しさすら滲む押し殺したような声で。

再びベッドに押し付けられ、京一郎は妖しく微笑む。

 

「ンふふ……♡お慈悲、ねぇ……───ちゃんとおまえの言う通りにするから……俺のとろとろになった、おまえが欲しくてきゅうきゅう切なくなってるナカに、孕んでしまうくらいに精液注いで?ディオ、“お願い”……」

 

後ろ手に腕を回し、自ら咥えたままの孔穴に指を掛けて拡げ、哀れみを誘うように切なげに眉根を下げ、目を細める。

 

「50点だな」

「……オネダリなんていつも散々言ってるだろ……。あと、俺はおまえの物だから、おまえの好きなようにされるのが好きなの」

 

つん、と唇を尖らせて見せる京一郎を鼻で笑い、DIOは京一郎の左手薬指から指輪を抜き取り、ぐわりと口を開けてその指に牙を立てた。ならば“これ”は要らないだろう?京一郎は噴き出すように笑った。まるで指輪の代わりみたいだ。

京一郎はDIOの左手を取り、同じように齧り付く。

 

 

「んふふ……。じゃあディオ───続き、シよ♡」

 

 

 

 




狂宴は終わらない


えろが足りなくて捩じ込んだ……
アンケートありがとうございました
登場人物紹介は完結次第載せようかなと思います


2022/08/01 04:24 /誤字、内容セリフ訂正


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第23話

お品書き
■爪先に口付けろ。さもなくば死ね
■這い摺るように跪えよ
■呪いの行き着く墓場にて


 

「DIO様」

 

ぽつりと呟くように京一郎が言う。

 

「……って、呼んで欲しい?」

「何だ突然」

「ヴァニラに言われて」

 

ディオだの少年だの、主に対して失礼ではないかと、あの強面が見下ろしながら言ったのだ。

足首から膝あたりまでスリットの入ったゆとりのあるボトムスを履く。京一郎は脱ぎ捨てた服を四苦八苦して纏う。渡される服の殆どが京一郎にとって難解すぎた。何だこの紐。数本の紐で形成された布の塊など最早服ではない。

 

「不敬だって。んふふ、今更じゃあないか」

 

髪を掻き分けて首輪のようなゴツイチョーカーを付ける。

 

「ちゃんと大人しく首輪も付けてる。外に散歩に出ても帰ってくる。多頭飼いでもじゃれ合うだけで喧嘩は起こしてない」

 

言う事はちゃんと聞くし守る、俺は良い犬だろう?

 

「あ、犬は嫌いなんだっけ」

「おまえは犬というより猫だろ」

 

宛もなくふらふらと彷徨き、命令も好きなように解釈する。じゃれ合いと称したがアレは猫が鼠を甚振るようにしていただけだろう。

DIOの言葉に機嫌良く笑うと京一郎はベッドに横になる彼に顔を寄せる。

 

「じゃあ、俺の事は嫌いじゃあないって事かな」

「抜かせ」

 

鼻先にキスを落とすとDIOはぐわりと口を開け、京一郎の鼻に噛み付く。

 

「で、どう?」

「おまえにそう呼ばれるのは気色悪い」

 

口先だけでも寒気がする。

 

 

 

 

 

「聞いてただろう?」

 

気色悪いとまで言われちゃったよ、と扉の前に立っていたヴァニラ・アイスに京一郎は肩を竦める。

 

「彼と私はそういうやり取りばかりだから、改めてそういう態度をすると気味悪がるんだ」

「……。……そのようだ」

「キミからすれば面白くないだろうけれど……納得してもらえるかな」

 

ゆるりと微笑めばヴァニラは首を振る。

 

「あの方が望まれるのであれば」

「安心して。私は私なりに、彼を愛し、彼を慕っている」

 

キミは真面目で敬虔だね、私は好ましいと思うよ、と京一郎は彼の肩に触れる。

 

「彼がキミを傍に置くのもわかるよ。盲目なまでのキミの信仰は、彼を上位者たらしめる」

 

誑かしたくなるけれど無理そうだ。ここまでの脈ナシは本当に珍しい。京一郎は謳うように言う。文字通りヴァニラ・アイスという人間の全てがDIOの物だと、彼の目が物語っていたので。

 

「エンヤはDIOという存在に偶像を見出して崇拝している。キミは彼の存在自体に信仰を見出している。これは大きな違いだ」

 

彼の欲している悪に偏った存在とは違うから、彼の未来の糧にはなれないけれど。

常に影の落ちる屋敷の中、浮き上がるような彼の姿を顔だけで振り返り見る。彼は無機質なまでの静謐を湛え、奥の方に滾るような熱を抱え、京一郎を見ている。

 

「キミの血くらいなら、彼もきっと口にするだろうね」

 

 

嗚呼、とても美味しそう。

 

 

 

 

 

 

少年に呼び出された客間にて、突然スタンド能力の試し打ちに遭った時はどうするべきか。

薄暗い屋敷は蝋燭の火に照らされる事で明るさを保っている。その中奇妙に影が揺らげば、余程危機感のない奴でも無ければ異常を感じ取れようものだ。足を引く。

 

「……ちょっと、何をするの」

「じっとしていろ」

 

みるみるうちに視線が下がっていく。……これは、身体が縮んでいるのか。

 

───ぐちゃり。

 

 

「────」

「────」

「────」

 

……もしかして今俺は肉塊か?肉体の時間を巻き戻す類いのスタンド?視覚も聴覚も失い、けれど身体が蠢く感覚を覚えている。

 

「────が、成程」

 

身体が動く。淫魔としての優れた視覚が、まるで徒人になったかのように色を映す。

 

「京一郎、いや、ユリコか?」

「……いいや、京一郎のままだよ」

 

自分の声ではない。あの白い部屋で聞いた声……だろうか。自分の口から出る声は他人に聞かれる声とは違うとは知っている。だとするならばこの身体は今、ユリコ・テイラーのものという事になるか。

 

「彼女の魂の残滓はもう私のスタンドとなっているから……死人にその能力は通じない。霧散した自我は戻らない」

 

顔を上げればそこには興味深そうに見下ろす少年(DIO様)と、怯えた様子の髪に鈴のついた男(アレッシー)が……、?

これは拙い、か?水瀬京一郎としての記憶が消えていっている。ユリコ・テイラーとしての記憶に差し変わっている。肉体に魂が引っ張られている。

 

「……どうした?そんなに青ざめて」

「記憶が消えている。肉体がユリコのものの所為で、ユリコ・テイラーとしての記憶が情報として魂に食い込んできている……」

 

ひとつの肉体に魂はひとつ。淫魔として融合していた肉体と魂の結合に齟齬が出来てしまっている所為だろうか、変異前の肉体に過剰な大きさの魂は、肉体を蕩かせかねない。魂を見る事が出来ない今、死が襲い来るのを身を以て実感していた。

 

「『ホワイト・』……いや、『ホール・ロッタ・ラブ』!」

 

現れたスタンド像は彼女のスタンドである映写機型だ。舌打ちする。

 

「私の魂を観測してユリコのものと剥離、ユリコの魂を保全しろッ!」

 

ごっそりと何かが奪われ、それが映写機に吸い込まれていくのを感じる。

 

 

 

「……。……ああ、殺す気か?オイ」

 

ふらり、ゆらりと身体を起こし立ち上がる。

重心がふらつく。下半身が重い。その癖胸が張るし、股が軽い。

服が緩くダボついていた。

 

「フン……そうなるのか」

 

……?

なんだ、此処は?俺は一体何をしていた?

 

「ンン?……少年?此処は……何処だ?夢の中ではなさそうだけど」

 

手指は女の物だ。見覚えはない。目の前には少年と見知らぬ男。場所は何処かの応接間か……?隣には……白い部屋で見ていた映写機がある。けれど……俺は眠ったか?確か……いや、確かに俺は眠った。久し振りに白い部屋に呼ばれて、彼を抱いて、彼に抱かれて、その後は……そう、俺は少年の手を取って。それから、それから……?

……駄目だ、情報が無さ過ぎる。頭痛もする。

訳知り顔の少年がいる事だ、恐らく彼が何かやらかしたか。

 

「俺を女の身体にして何がしたい?血か?それともそういうプレイ?」

 

慣れぬ身体に歩こうにも服が邪魔でふらつき、映写機に凭れかかり……魂の糸の繋がりを通して記憶が、知識が雪崩込む。補填されていく。今の俺に必要な知識、使い方。

 

「ウン?……うん、ふぅん、ああそう。ありがとう映写機くん」

 

スタンド。スタンドね。俺の身体の元になった彼女のスタンドである映写機が、知識を投げ渡してきた、らしい。いいね、自己がしっかり育ってて嬉しいよ。

 

「悪戯が過ぎるね……『セト神』は本体を気絶させれば解除が出来るんだって?」

「?!」

「ほう?……ユリコの記憶か」

「要らない知識まで寄越されたよ。ユリコさん(ホワイト・ポニー)から、次のセックスのご希望とか」

 

随分ハードな要求だが、殺されかけたんだからしょうがないね。

 

「で……アレッシー、だったよね。自分から能力を解除するか、俺のスタンド能力で精神的に死ぬか、肉体的に死ぬか、どれがいいか選ぶといい。……キミ、拷問の経験はある?される方ね。嗚呼あとクトゥルフ神話って知ってる?地球に眠る神話的存在や現代にまで脈々と息衝く怪異、遊星の化け物との戦闘経験は?怪しい行動は取るなよ、逃げるのも駄目だ。影を揺らすな。動くな。お前の魂はもう捕捉した。俺のスタンドは戦闘意志をコンマ1秒足りとも見逃さない」

「ヒィ?!……ディ、DIO様ァ?!か、か、解除してもよろしいでしょうかァ?!」

 

相手は明らかに血の匂いがする。ならばと思って殺気を向けたが、想像以上に怯えられてしまった。惰弱か?

 

「……まあいい。解除していいぞ」

「は、ハイィ!!」

 

 

 

 

「俺で試すなよ。まだこの世界に来て2ヶ月も経ってないんだぞ」

 

3度も肉塊体験させられるとは思わんだろうが。

膝を着いて許しを乞うアレッシーに柔く微笑んでやりながら少年に苦言を呈す。

身体が内側から破裂しそうなくらいに膨れ上がる感覚が分かるか?末端からグツグツに蕩けて落ちる感覚は?全身が骨も残さずグチャグチャになってから組み上げられる痛みの癖に、気絶の概念すらない魂の鈍痛は?

……色々言いたいが、マア良い。全部呑み込んで嗤ってやろう。

『ホール・ロッタ・ラブ』から抜け道を知ったので、これで彼に仕置きをすると俺は今決めた。

 

「アレッシー……といったか」

「は、ハイ……!」

「私はキミには怒っていないよ。良いスタンドだね……それ、彼の為に使ってあげて。そうしたら、キミの欲しいもの、やりたいこと……出来うる限り、私も協力しようね」

「あ、ありがとうございますゥ」

 

ソファーに腰掛けながら足を組み、そっと彼の頬に指先を掠める。

 

「おい」

「誑し込むなって言うんでしょう?わかったわかった……」

 

彼は他でもない少年の部下だもの。俺の私兵にはしないって。

 

今の俺に信奉者は必要ない。

 

 

 

 

「呪いがあるとするならば、俺は何度殺された事だろう」

 

酔いもしない酒を啜り、京一郎は呟くように言う。

 

「これでもよく慕われたものだけど、それ以上に妬まれ憎まれた覚えはある」

 

ぼんやりと思い返すように。

 

「人として生きている限り逃れられるものか」

「……キミのスタンドのように?」

「これはいち側面でしかあるまい」

 

アメリカインディアンの男はウィスキーのグラスを呷る。

夥しい程に刻まれた古傷は男の能力故の物だ。彼は殺し屋だった。それも人を呪い殺す呪術師の。

2人はDIOの館にあるバーで並んで酒を呑んでいた。偶然居合わせただけ、京一郎が誘い、少し話そうかと酒の瓶を傾けて。

 

「人として生きている限り、ね。確かに、そもそも他者と触れ合う事なく仙人のように生きていれば、そういった(わずら)いからは逃れられるか」

 

人は社会性の生き物だから、悟りでも開いていなきゃ、そうやって生きれば心が先に死ぬだろう。

 

「そもそもそんな生き方、ひとりでは繁殖できないし。生き物としては破綻しているとは思うけれどね。個性の範囲ではあるけど」

「……人外らしいな」

「そう?こういった考えの人間はいるよ。科学畑の類とか」

 

つくづく人間は多様性の生き物だと感慨深そうに京一郎は目を細める。

 

「感情ってのは時に爆発的な力を生む。……彼は理性的に生きるひとだったから、そういった感情の力に対し警戒していたように思える」

「……オレにその話をしていいのか?」

「キミはこの話をされて、何かする気なのかな」

「……。……フン、確かにな。今のオレはあの方に金で雇われた身だ。無駄な事はしない」

「キミ、感情を利用するのに、結構冷静だね。彼を斃せば裏社会に君臨する事も夢じゃあないのに」

「殺し屋だからな。こんな職でもプライドがある。雇い主に武器を向けてはプロの名が泣くぜ」

「んふふ、それはそうだ」

 

空いたグラスに琥珀色の液体が注がれる。グラスの中でカットされた氷がからんと音を立てた。

 

「スタンドは……その人間特有の個性とも言える。気質、生まれ、育った環境、その人間の今までを表す集大成。或いは最終的に成る未来の暗示のようにも、無数にある可能性のようにも。……側に立つものとはよく言ったものだよね」

 

もしそうだとしたら、キミはどんな人生を歩んできたんだろう。どんな終わりを迎えるのだろう。

京一郎は視線を上げる。

 

「……殺し屋の最期なんざ、決まったようなもんだろう」

「殺すか、殺されるか」

「そういうこった」

「……ふふ。嫌いじゃあないよ、そういうの」

 

そういうお前はどうなんだと男が問う。

 

「何故この屋敷にいる?オレ達のように金で雇われている訳でも、信奉者共のようにあの方を信仰している訳でもあるまい」

「泣いて縋られて」

「面白くない冗談だ」

「あは。……面白そうだと思ったからかな。世の中、悪は善に打ち倒されるように定まっている。圧政が革命に覆されるように。悪は蔓延る事はあっても、その摂理には抗えまい。棲み分けは大事だよ、けれど彼はその不問律を破ろうとしている。面白そうだろ?」

「……善じゃあなくて正義とは言わねぇのか」

「正義と相対するのは別の正義でしかない。それは主張にしかならない。正義とは善と悪の、それぞれの別名さ。対他的で、時勢で流動する」

「そんなものか」

「善悪は個人によるけれど、正義は他者に押し付けられるものだ」

 

内緒ね、と京一郎はグラスで口元を隠して笑う。

 

「正義は自分以外の主張を否定する。正しさなんてまやかしだ。正義っていうのはね、人間だけに許された聞こえのいい免罪符なのさ。所詮は自分が何を優先するかを示す言葉に過ぎない」

「……あの婆さんには聞かせられねーな」

「私は彼女の事嫌いじゃあないんだけどね」

 

闇に生きる人間に正義なんて名だけのものは不要だ。

 

「正義が金になるか?快楽になるか?精々他者を嬲る名目にして悦に浸るくらいにしかなるまい。それを真に必要とするのは国くらいだ」

「くは!……オレァお前の考えの方が好ましいな。いや、思想と言った方がいいか?」

「やめてくれよ、私は派閥を作りたい訳じゃあないんだから」

 

殺して(呪って)欲しい奴がいたら割引してやると言われ、京一郎は苦笑する。

 

「報酬の為に。彼に任された仕事をしてくれればそれでいいよ」

 

彼の為の協力ならお願いするけれど、と。京一郎はグラスを差し出すと、男───呪いのデーボと呼ばれる殺し屋は、商談成立と言わんばかりにグラスを軽くかちりと当てるのであった。

 

 

 




どこまで行っても京一郎とエンヤ婆は仲良くなれない気がする
3章は時間軸順不同


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第24話

お品書き
■未来を知るということ
■口に蜜あり腹に剣あり
■誘えるヒュプノス


未来を知る事で、少なくとも人は覚悟が出来ると、『トト神』の名を称するスタンドの持ち主である少年は言った。

 

 

 

「未来は変動する。……と、私は思っていたけれど」

 

『トト神』は本のスタンドだ。非スタンド使いにも見えるツール型。確定した未来によって漫画としてイラストが描かれていくスタンド。後ろの方は白紙が連なっている。

快く見せてもらったそれを閉じて差し出す。

 

「ありがとう」

「い、いえ……もういいんですか?まだ、予言は出てない、ですけど」

「いいよ。予言は絶対なんでしょう?なら見ても見なくても同じ事。……ミステリー小説は読む?私はね、自分のペースで読み進めている所に、横から犯人の名前を言われるのが嫌いでね」

「は……はあ、」

 

京一郎がボインゴにスタンドについて尋ねる事、そして『トト神』を見せて欲しいと言い出す事は予言に書かれていた。見せた方が良い事が起きるという予言についても。

 

「予言を見て別の行動をしようとしても結果は変わらないのかな」

「えっと、その場合は……別の人に、降り掛かる、です。予言は絶対、なので」

「つまり決定した事象のみが書かれるのか……或いは、予言する事で未来を決定する事がスタンドの本質なのか……もし後者なら相当のスタンドパワーが必要になる」

 

キミの成長によっては、予言の範囲が広まる事だろう。もっと先へ、或いはもっと深みへ。

 

「平行世界。もしもの世界にまでその予言の範囲が広まれば、そしてそれを自在に取捨し、引き寄せる事が出来るようになれば。キミの、キミ達の努力の程度によって、運命すら操れるようになるかもしれない」

 

結局のところ、スタンドとは己自身。自分の根底を大きく変えられれば、スタンドもそれに応えるだろう。……マア、意思の強いスタンド使いだからこそ難しいのだろうけれど。現にボインゴは難しそうな顔をしている。

 

「……ああそうだ、予言には『トト神』を見せたら良い事が起きるとあったんだったね」

 

何がいい?京一郎がそう尋ねると、ボインゴは傍らの兄を見上げてどうしようと聞く。

しゃがみこんで後ろを向いた2人がこそこそと相談するのをのんびりと京一郎は待っている。

 

「ど、どうしようお兄ちゃん」

「どーもこーも、この人はあのおっかねーDIO様のお気に入り!っつー事は色々と便宜を図ってもらえるのは間違いねぇ。金だ!たんまり貰ってやろう!」

「い、いいのかな……」

「なぁーに、本人がいいって言ってんだ!ほら、予言にも出てる!」

 

と。丸聞こえな相談を聞かなかった事にしてやった京一郎は、決まったかな、と声を掛ける。

 

「え、ええ!それで、報酬なんですが……」

「何でも言って。私に出来る事なら……金でも、女でも……」

 

つ、と京一郎の指が自身の頬を、そして唇を撫でる。

 

「好きに、ね」

「金でお願いしますッッ」

「ん、ふふ。揶揄い甲斐があるなァ。……金か……そうだな、」

 

ついっと視線が部屋を見渡す。収めきれない献上品(現物)のある一角が真白い指に示される。勿論、DIOに捧げられる物程質も量もないが。

黄金の杯に、輝かな宝飾品。これらはDIOの信奉者がついでと言わんばかりに顔を出し、或いはDIOと共にいる所を見られ、熱に浮かされたように一様に京一郎へ捧げてきたものだ。

京一郎の存在は屋敷の中で密やかに噂される程のもの。使用人がこっそり京一郎の下着を入れ替えたりする程度には京一郎は美しい。事後の気だるさを纏う京一郎は言うまでもない。盗まれた下着をナニに使うかは京一郎の知ったこっちゃない。

 

「あそこから適当に持って行って」

「えっ、いいんですか?!」

「ウン。私の趣味じゃあないから」

 

要らないって言ってるのに1度でいいから身に付けてほしいと言われて、付けたら付けたで感無量と言わんばかりにそのまま帰っていくのだから、私だってもう好きにするさ。

 

「今度はお茶とお菓子でも用意しておくから、また遊びにおいで」

「あ、……は、い」

 

思わずといった様子で頷いたボインゴの頭を柔く撫で、京一郎は包む物でも渡そうと部屋の外にいる使用人に声を掛けた。

 

 

 

 

 

 

博物館に喋るスタンドがあるらしい。

DIOがそちらに赴くと言うので、京一郎は気紛れにそれに着いて行った。DIOは自分だけの手駒が欲しい時、自らがふらりと夜の町へ出る。酒場で話を聞いたり、世界各地を飛び回るダービー兄の話を聞いたりして。噂を確かめに、そして気晴らしに。

侍らせるならば優秀な護衛か、或いは美しいオンナが相場だろう。とはいえやはり情報収集に出る時は1人が多い。酒場ではよく女が擦り寄ってくるので、気が乗ればそのままお持ち帰りするからだ。

つまるところ、目的が決まっていると京一郎は着いて行く。面白い事が起きる筈だ。何せ、スタンド使いはスタンド使いに引かれ合うのだから。……京一郎はこの知識は誰から教わったのだったかと首を捻る。

 

「来ないなら置いていくぞ」

「ン……今行く」

 

 

 

夜の町は静かだが静まり返ってはいなかった。時折車が傍を走る。夜が本番である酒場の扉から光が漏れている。

DIOが人間として生きていた頃、電灯もないので、夜になれば町は真っ暗で寝静まっていた。日の暮れた町でも明るいのは人の文化の発展によるものだ。人は闇をひどく恐れる。

 

「こうしておまえと外を歩けるとは思いもしなかった」

 

閉ざされた部屋から始まった交流は今や外へ広がった。京一郎は夜風に髪を靡かせながら、先を歩くDIOを見上げる。

 

「おれは忘れていないぞ。お前が諦めた事」

「まだ言ってんのかよ」

「幾らでも言ってやるが?」

「やーね、執拗い男は嫌われるぜ」

 

誰も見ていないからと普通の男のようにケラケラ笑う京一郎をDIOは鼻を鳴らす事で一蹴する。

 

「世界は広がったな」

「馬鹿を言うな、寧ろ狭くなった」

「視野の違う男は言う事も違うね」

「白々しい」

「ふ……今じゃあ飛行機で何処にだって行ける。おまえがそう言うのも無理はない」

 

酔っ払いの千鳥足を躱しながら笑う。

言葉遊びは彼らにとって他愛ないコミュニケーションだ。それに時折暴力とも呼べない小突きが入るのもご愛嬌。

 

「列車でのんびり長旅も悪くないよ」

「列車のスタンド使いは勧誘した」

「そういうンじゃねーよ」

「交通機関など移動手段の他にあるまい」

「風情が無いな……」

「風情で腹が脹れるか?」

 

少なくとも、せかせか働く現代人の心のゆとりにはなるよ。京一郎は嘗て社畜だった頃を思い出す。ああ、やだやだ。あれは命を削る。そういう削り方は良くない。快楽の伴う削り方のがまだマシ。

 

「博物館。どうせなら見て回ろうぜ」

「無駄な事を……」

「おまえは精力的に働き過ぎ」

「お前は怠け過ぎだ、マヌケ」

「で、どうやって入るんだ?」

「警備員を操るか、扉を割る」

「んふふ。童心に返りそう……」

 

敷地内駐車場にいた警備員に手早く肉の芽を埋めたDIOを追い、京一郎は博物館内に足を踏み入れる。

暗闇にぼうっと浮かび上がる展示品の数々に夜目の利く2人はすいすいとその間を歩いていく。ある種、幻想的ですらあった。小さな博物館ではあったが、特有の空気は冷たく、厚く、重い。DIOはそれを古臭くて黴臭いとでも言うだろうが。

 

「こういう、考古学的な出土品は……興味無い?」

「無い。金にもならんくだらないガラクタだろう」

「……そのくだらないガラクタの中に、もしかしたら、得体の知れない奇妙な物が紛れているかもしれないのに?」

「───……」

 

何か思う事があったのか、思案するように指を口元に当てると、DIOは少しだけ足取りを緩める。

それに並び、京一郎は流し見るようにして展示品を眺めている。

 

「目的地は何処?」

「倉庫」

「ああ……気味悪がられたのか。可哀想に」

「この現代で人を斬り殺せばそうなるだろうな」

 

こうして飾られるのもあまり良いものでは無さそうだが、碌に手入れされる事もなく保管とは、意思のあるスタンドとしては辛いものがあるだろう。きっとそれは人の手がなくては動く事すら儘ならない。

 

「ツール型の非スタンド使いにも見えるスタンドで、本体はいないんだって?」

「周辺にスタンドが見える人間はいなかったと聞いている」

「そういうタイプもあるんだな」

 

本体が死ねばスタンドも消えると思っていた。京一郎は古文書の模造品を指でなぞりながら呟く。

 

「俺が死んだらレディはどうなるんだろうな」

 

半端に自我がある『ホワイト・ポニー』は、もしかすれば、本体である京一郎が死んだ後も存在しているかもしれない。

呼んだ?と言わんばかりに現れた『ホワイト・ポニー』を京一郎はなんでもないよと帰した。

 

「……」

「おや……おまえ達も仲が良いね」

 

DIOは視線を背後に向ける。側に立つものと呼ぶに相応しく、黄色の巨人がそこにいた。

マスクを被ったような顔に引き締められた口。隆々とした肉体。緑の瞳は無機質にも、静謐を帯びたようにも見える。

───『世界(ザ・ワールド)』。

 

「……お前に悪影響を受けた」

「レディが勝手に出てくるのは俺の所為じゃあない」

「お前のスタンドだろうが」

「おまえが彼女を俺の肉体にしたんだろ」

 

片や睨み、片や嘲笑を滲ませ。ひやりとした空気は2人が視線を逸らした事で霧散する。

 

「……フフ。ムキになっちゃって。可愛いね」

「お前に言われたくない」

 

歩く度に小指が擦れ合うくらいの近さで肩を並べながら、ぐるりとおざなりに、順路を適当に辿り、staff onlyの札の掛かる鍵付きの小部屋へと辿り着く。

 

「此処だな」

「此処だね」

 

スタンドの気配、或いは宿る魂の香気、もしくは引かれ合う感覚。五感とは違う引力の先。

───鍵を壊し、埃で澱んだ空気の中にそれは在った。

雑多に収納されたケースの中に、1口の刀剣があった。鞘に収められた反りのある片刃の刀。大きさは太刀程だろうか。鍔は蝶の羽のように拡がる形をしており、古い形の意匠ではあるが非常に美しい。

 

「……なあ少年。気の所為かな、俺は今無性にこれを抜いてみたいと思ってる」

「誘引、魅了か」

「恐らく」

 

ガラスケースの中にあるそれを手に取ったDIOは、何を思ったかそれを京一郎に投げ渡す。

 

「……一応聞くけど、俺にどうしろって言ってる?」

「抜け」

「マジでェ?」

 

元より理性が強く今は魅了と堕落の生命体である京一郎であるからこそ、鞘から刀身を抜きたいと思わされるそれに抗えているのであって、それを抜けば先の非スタンド使いのように人斬りをする事となりそうな気配を京一郎はひしひしと感じていた。

 

「……。せめて外にしないか?」

 

 

 

直ぐ外の開けた場所といえば駐車場だろう。

眉根を下げて、こういう刀剣は使った事なんてないんだがと京一郎は苦笑する。

 

「……」

 

無言の圧に今一度溜息を吐いた京一郎は、お手柔らかにねと刀剣に声を掛けて、柄を握った。

 

 

 

 

 

 

 

晒された抜き身の刃は僅かにある電灯の光を鋭く反射する。

それと同じような色を瞳に乗せて、京一郎は目の前に立つDIOを睨めつけた。

 

「『……おれをあのホコリ臭い倉庫から出してくれた事は感謝する』」

 

殺意、もしくは戦意だろうか。真っ直ぐにそれを向けられ、DIOは面白そうに僅かに口角を吊り上げる。

何が目的だ、と京一郎……否、“彼”は言った。

 

「言葉を話す、意思あるスタンドがあると聞いて来た」

「『!……成程、スタンド使いか』」

「キミが……そうなんだね?」

「『……いかにも。オレは『アヌビス神』……500年前に造られたこの剣に宿る、本体のいないスタンドッ!』」

 

そうして『アヌビス神』は経緯を話し出す。

本体である刀鍛冶が死んだ後、人の手から人の手へ、戦いの時代を渡り歩いて数百年。1度味わった経験を蓄積し強くなっていくスタンドである彼は、その時こそ重宝された。が、今の平和な時分では生粋の武人である自分は妖刀扱い。次第にそれは勝利を与えてくれる達人の為の剣ではなく、引き抜いた者を暴力衝動に駆らせる魔剣に変わり、気味悪がられ、その歴史的価値の為だけに博物館の倉庫で埃を被っていた。

 

「『万年にも続こうあの湿気った暗闇がどれ程恐ろしかった事か……だからおれはお前に感謝している……』」

 

この男にこのおれを引き抜かせたお前は何を望む?まさかお前もアイツらのように、ショーケースに入れて鑑賞しようだなんて言うんじゃあないだろうな?

 

「いいや。その剣をそんな風に錆らせていくにはあまりに惜しい……」

「『ならお前はおれに何を望む』」

「お前に役割を与えてやろう」

「『……役割だと?』」

「お前には血湧き肉躍る戦乱こそ相応しい。使われぬ剣に意味などない」

「『おれに殺して欲しい人間でもいるのか』」

「このDIOをそこらの凡人と一緒にするな」

「『……、ふ、はははッ!!そうか、成程……ッ!お前はおれに、闘争を与えてくれると言うのかッ!!暗闇から引っ張り出してくれたに飽き足らずッ!お前はおれを使ってくれると言うのかッッ!!』」

 

歓喜に身を震わせ、狂喜に顔を歪ませ、『アヌビス神』は笑う。

 

「『おれはお前に仕える為に、何十年もあの場所で待っていたのやもしれん』」

「ならば、」

「『だがッ!おれは剣に宿るスタンドの前に、いち武人であるッ!』」

 

『アヌビス神』は剣先をDIOに向けて構える。

 

「『このおれが忠誠を誓うに値する主人であるか……確かめさせてもらおう』」

「……良かろう」

「『その意気や良し!では行くぞッ!!』」

 

肉体に宿る膂力を十二分に使い、『アヌビス神』はDIOに襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

「……で、勧誘は出来たみたいだな」

 

鞘に収められた剣をしげしげと見つめながら京一郎は使わない筋肉を使ったような違和感を覚える身体を手で摩る。

 

「素人でも一流の剣士になれるスタンド……使う者によっては凄まじい戦力になるだろう」

「そりゃ良かったな」

 

身体に痛みはないが、強いて言うなら喉が痛い。京一郎は声を張り上げるような話し方は知らないので。

 

「中々面白いスタンドだった。1度味わった技を憶え、使う肉体に適応するのが真価……刀身の透過は初見殺しにも使える。それを様子見にすれば、相手の観察もより深く出来ようものだ」

「ふぅん。ならコレは殺し屋とかに渡しておけば良さそうだね」

「今はお前が持っておけ」

「……なんで?」

「これは屋敷に置いておくが、常に抜き身で置いておく訳にもいくまい。だが『アヌビス神』はショーケースに仕舞われて飾られるよりは使われなくとも誰かの手の中にいたいと言う。向かわせる殺し屋を見繕うまではお前が持て」

「……そこらの信用出来ない殺し屋に渡して売られるよりは安心出来るって事か……」

 

スタンド使いは既に自分の戦闘スタイルを確固としているので、新たに剣を使うような事はしない。それは却って弱体化の危険すらある。何せ刀身を剥けば人間は『アヌビス神』に乗っ取られるのだから。

 

「中々見込みがある、という事だから、『アヌビス神』がそれを望んだ」

「……はいはい、わかったわかった。精々護身用として持ち歩いておくよ」

 

発揮する事はあまりないが、京一郎の肉体は吸血鬼であるDIOの肉体情報を参照して『ホール・ロッタ・ラブ』が作り上げた劣化吸血鬼とも言える膂力を有している。身のこなしも前の世界での立場上護身術を嗜む為まるっきり素人とも言えないので、悪くはなかったのだろう。京一郎はDIOと戦った記憶は無いのでどういう風に動かされたのかは知らないが。

そういう訳で、一時とは言えど京一郎は『アヌビス神』を帯刀する事となった。

 

「……刀剣の手入れの仕方、学んでおくかな……」

 

 

 

 

 

 

『ホワイト・ポニー』は自我のあるスタンドである。限りなく京一郎の意思に沿うものであるが、彼女はユリコ・テイラーの魂の一部を保持し、更にはユリコ・テイラーの記憶を知識として記憶している。それは元本体であるユリコ・テイラーの意向により、京一郎が望まぬ内は京一郎に反映しないようになっている。

彼女が京一郎のスタンドパワーを借りて現れる事は、頻繁では無いがあった。京一郎が『ホワイト・ポニー』を制御しきれていない訳では無いが、何せスタンドを得て日が浅い。スタンド能力の検証は急務だと彼女が判断し、例の有差別能力発動事件が起きた。

彼女の行動理由は京一郎が自発的にスタンドを出した場合、京一郎に必要だと彼女自身が判断した場合、そして、京一郎の無意識下での感情の如何による場合だ。

 

 

 

事後、一糸纏わぬ姿で同衾している時、ひと足早く目を覚ました京一郎は眠るDIOの顔を眺めながら、DIOが少年期の、まだディオ・ブランドーであった頃の姿を思い出している。

今こそ首から下はジョナサン・ジョースターという男の物だが、首から上はディオ・ブランドーの物だ。幼い頃の面影を残す美丈夫の眠る姿はどうにも京一郎に過去の記憶を思い起こさせる。

痛みと怨みと耐え難い飢餓と、荒れ狂うような怒りを内に秘めている子供だった。今もまあ、静謐もあれど、変わらないか。対する京一郎は現代社会に薄汚れ、魂をくすませた草臥れた社畜であった。

 

 

柔らかな髪が顔に掛かるのを指でそっと避ける。

彼の飢餓は、怒りは、眠る時と性に耽る時にしか紛れない。命を摘んだ時も味のしないパンを食べているかのように腹を鳴らしている。彼は際限なく求める続けるのだろう、と京一郎は思う。そうして世界を手に入れた後、彼は満足するのだろうか。

……嗚呼、出来る筈もない。彼は全てを手に入れる栄光への道を歩きながら、自らの破滅へ向けて堕ちていく最中なのだ。引っ繰り返された砂時計の砂のように。けして満たされない空白に虚しさすら抱えながら。

凡人には分かるまい、得る事というのは失う事だ。支配し君臨する事は確かに傍から見れば神々しいように見えるだろう。そうするに相応しいと崇められ、それを踏み付けにして到り、それに悦に浸れるのはそれを見る他者だけなのだ。DIOという男はそれで満足してしまうような愚物ではない。きっと気付くだろう。自分が支配した全ての、何と小さきことか、と。

彼は聖人ではない。非支配者に導きを齎すような性質はない。彼は生粋の“奪う者”だからだ。いっそ、敬虔な聖人であれば良かったのだ。そうすれば、非支配者を導く事で、他者を幸せにする事で満たされた筈だ。

いっそ信徒であれば良かったのだ。神なぞというモノの為に得た全てを捧げられるような。そうすれば少なくとも、目的と手段を確固と出来た筈だ。

地球に留まらず、きっと空の彼方へと手を伸ばすだろう。彼の欲は、飢餓は、決して満たされる事は無い。星を落とし、遠き闇すら染めても尚。

 

薄く眉間に皺を寄せたDIOが京一郎を引き寄せる。

されるがままに胸に抱かれた京一郎は促されたように目を閉じる。

そっと、閉ざされた視界の奥で『ホワイト・ポニー』が寝台の横に佇んだ。手を伸ばし、DIOに触れる。

 

「……だめだよ、レディ」

 

それは、彼が望まない。

指先を握り込んだ『ホワイト・ポニー』は何処か寂しそうに腕を戻す。

いっそ胎に取り込んで、安寧に微睡めば良いのだ。永遠に揺り籠の中で、いっそ無垢に、何もかも忘れて。

そう考えになかったとは京一郎は口が裂けても言えまい。京一郎はそうしない。彼が望まない限りは。

安心に微睡めないDIOは決して言わないだろう。京一郎は知っている。それを面白いと思っているし、見ていたいと思っている。

だから京一郎はDIOの情人なんぞやっているのだし、彼の燻る感情を欲として発散させている。完全なる忘却による眠りを齎す術を胸の内に隠して。所詮、人外となって寿命から解き放たれた者の戯れだ。

 

 

けれど。彼が“もう疲れた”と言うのなら、俺は。

 

 

 

 




アヌビス神は好きですよ

お察しの通り、三悪エピソードはひと通り書くつもりである


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第25話

お品書き
■甘美なるパンドーラー
■天高く、空遠く
■飴が欲しいか、鞭が欲しいか?


「ミナセさーん」

 

サングラスを頭に乗せたスラリと伸びた脚の綺麗な褐色肌の女が楽しそうに男の名を呼ぶ。

 

「マライア」

「次はあのお店に入りましょ」

 

穏やかに笑う男は腕にショッピングバッグを提げて女の元へと歩んでいく。

 

「ああ、此処か。そういえば此処のリップバームが欲しいと言っていたね」

「そう!覚えてくださってたのね」

「勿論。キミの口にした言葉は聞き漏らさないとも」

「うふふ。嬉しい」

 

一見して1組のカップルを思わせる2人が裏社会を生きる者とは誰も思わないだろう。

 

 

 

 

時間帯は太陽の輝く日中。京一郎はマライアに連れられて町でショッピングと洒落込んでいた。

きっかけというきっかけはない。世間話の過程で気になっている服があると聞いた京一郎が一緒に行こうかとマライアをデートに誘ったのだ。体のいい荷物持ちである。

 

涼しい店内であれこれと目に留まった物を見て、京一郎がそれに二、三言えばマライアは頬を染めながら頷く。

 

「ね、ミナセさん。これどう?」

「おや、キミがこれを?」

「違うわよォ、これはナミセさんに」

「ン……似合う?」

「似合う〜!」

 

新品のサンプルの蓋を開け、薬指に乗せて紅を引く。

京一郎の唇を彩る口紅にマライアはきゃらきゃらと笑って素敵だとはしゃぐ。

 

「キミがそう言ってくれるなら、私も買おうかな」

「ふふ、そう?……あ、ねえこれとか、」

「彼に似合いそう」

「でしょう?」

「お土産に買っていこうか」

 

そういう風に更に数軒店を回り、丁度いい時間帯なので手近のカフェに入ってランチを食べようと席に座る。

 

「今日はありがとうございます、付き合ってくれて」

「うふふ、私も楽しんでるから。可愛らしい人とのデートをね」

「ほんっと、ミナセさんってそういうとこ〜〜!」

 

さり気なく荷物は持ってくれるしコースは決めてくれるし車道側歩いてくれるし。服のコーディネートも自分と似たような系統で合わせてくれていたし!顔を手のひらで扇ぎながらマライアが顔の熱を冷まそうと目を逸らす。

 

「DIO様に悪いわァ」

「彼昼間は外を歩けないからね。ショッピングだなんて鼻で笑われそうだ」

 

京一郎はくすくすと淑やかに笑声を零す。

 

「こうしてゆっくり町を歩きたかったのも事実だから、私こそマライアには感謝しなきゃね」

 

紅茶のカップに口付けながら京一郎は伏せていた目をマライアに向けて悪戯げに細めて見せた。

 

「……もう降参っ、ちょっとは手加減してくださいよ」

「うふふ」

「ミナセさんモテてたでしょ」

「どうかな。見た目で寄ってくる人が多くて」

「あ、わかった。付き合ってる内に嫉妬されちゃうのね」

「どうして人って比べたがるんだろうね」

「私から見ても綺麗だもの。しょうがないわ」

「胸焼けしちゃうんだってサ」

「ダメねぇ、嫉妬しちゃうくらいなら観賞用にしなきゃ」

「悲しいな……脈ナシって事?」

「はいはい、ミナセさんにはDIO様がいるでしょ」

 

彼からすれば私は数ある情人の1人なのに。眉根を下げる京一郎をあしらうマライアは顔が良過ぎるから隣に立つのも勇気がいるのよと笑う。

 

「お似合いよ」

「互いが互いを1番に考えられないのに?」

「あはは!そんなの当たり前じゃない。一緒にいて苦じゃあなければそれでいいの」

「……ふふ、それもそうだね」

「あと、態としおらしくしないで頂戴。バレバレなんだから!」

「それに惑わされてくれるマライアはとっても愛らしいよ」

「も、もう!やめてって言ってるでしょ!」

 

 

 

 

その後も店を梯子し、レストランにてディナーを口にしながらマライアは思う。京一郎は確かにイイ男である。けれどこうして友人として付き合っている方が楽しいのだろうと。京一郎がそのように振舞っている所為だろう。

口では女を喜ばせる言葉を吐くが、どうにもそのような色を匂わせずにからりと笑っている。

 

女の扱いは丁寧で悪くない。細やかな気遣いはこちらが気付こうとしなければ気付かなかっただろう。物腰柔らかで、けれど異性を明確に思わせる掌の厚さだとか、身体の大きさだとか、声の低さだとかにときめなかった訳では無い。

けれどどうしても、彼をそのように見る程に到らなかったのだ。

 

「ねえ、どうして?」

「そうやって直接聞いてしまえるところ、私は好きだよ」

 

ああ、こんなにも下心のない“好き”を聞いたのは初めてだ。

 

「私としても、キミとこうして気兼ねなく話せるのが楽しくて。失い難いと思ったからかな」

 

フォークを皿の上に置きながら京一郎は淡く微笑む。薄暗い店の明かりに照らされる鮮烈で静かな美貌に見蕩れ、マライアはうっとりと目尻を染めた。

 

「私はね、マライア。キミと友人になりたいと思って」

 

ふと、マライアはDIOがスタンド使いの勧誘をする時の姿を思い起こす。それとはまた違うようなあたたかみのある言葉ではあったが、何処と無く似ていたのだ。やはり彼らは似ている。仕草、香るにおい、ふとした時に使う言葉。

 

「……ね、私たちは友人かな?」

「……もう少しね」

「ふふ!そうか、もう少しかぁ……。じゃあまた、今度は映画や劇でも観に行こうか」

「そうね……でも次は、ミナセさんが行きたい場所に行きましょ」

 

ああ、けれど、異性だけれど。こんな普通の、血の匂いのない気安い友人関係は悪くない。

 

 

 

 

 

 

ペット・ショップと名付けられたハヤブサの若鳥。生まれて半年程で巣立ちは済んでいる。世にも珍しい動物のスタンド使いだ。

 

元はハヤブサを飼育している人間が所有していたが雛の頃から不可思議な事を起こすと殺処分すら視野にあったものをDIOが引き取った。DIOはペット・ショップの恩人(?)である。

 

スタンドの名は『ホルス神』。エジプト九栄神の名を戴く氷と冷気を操るスタンド。姿は翼のない翼竜をしている。

主人は勿論DIOだ。彼に命じられ、ペット・ショップは屋敷の番鳥として、侵入者や怪しいヤツを仕留める役割を担っている。

 

屋敷には連日多くの人間が出入りする。出入りを許可するのは執事という役割を持ったダービーという男が迎えた時など、館で働く人間が側にいた時のみだ。

 

出てくる飯は美味いし、住処は暖かく涼しい。ペット・ショップは此処を気に入っている。強いて言うなら愛らしく気立てのいい番が欲しいところだが。

 

 

 

「ペット・ショップ」

 

呼び掛けに振り向けば、吹き曝しの屋敷の塔で人間の形をした雄が立っている。

そろそろ日暮れか。翼を広げてそちらへと羽ばたく。

 

この雄は最近屋敷に来た主人のお気に入りだ。番ではないらしいが、まあ似たようなものだろう。非常食にしては長くもっているし、この雄の身体からは誰よりも濃く主人の匂いがする。

 

「お疲れ様。今日はテレンスの代わりに俺がご飯をやるね」

「キョーン」

 

丸々と太った鳩を細長い指が摘み上げて嘴に寄せられる。チョット啄いてからばくりと銜える。爪で引っ掛けて抑えて嘴で羽毛を毟りながら肉を喰らえば、雄は小さく息を吐いた。

 

「本当はあちこち飛び回って獲物を探す方がのびのびとしていいかもしれないけどね」

 

首を傾げる。スタンドを使えば獲物なんて容易く仕留められるので、確かに羽を伸ばすのは楽しいが、別にどちらがいいとか考えた事は無い。寧ろ獲物は番鳥として侵入者を追う方が狩り甲斐があっていい。それに、主人は昼間の行動こそ命じたが、夜の間は自由にしていいと言った。住処に帰ってくるのは当たり前の事だが、だからといってあちこち飛び回れない何て事は無い。この雄はおかしな事を偶に言う。

 

「ペット・ショップは良い子だね」

 

自分は主人の館を護る優秀な番鳥である。雛を褒めるような言葉は自分に相応しくないのだ。

 

 

 

……だが、まあ。

自分はこの雄の自分を毛繕いする指が心地好くて気に入っているので、色々と失礼な物言いは聞かなかった事にしてやるのだ。自分は優秀な番鳥なので。主人の住処も主人も主人の番もちゃんと護ってやるのである。

 

 

 

 

 

 

鋼入りの(スティーリー)ダンと顔を合わせた時、京一郎はまた屑そうな奴だなァと思ったものである。ラバーソール然り、J・ガイル然り。DIOはスタンド使いでも悪人を集めたがる節があるので。善性の人間は先ず肉の芽で操らなければDIOに従う筈もない。肉の芽を植えるとスタンドパワーが目減りするらしいのであまり多用したくないとはDIOのボヤきである。

 

さて、このダンという男。スタンドはタロットの『恋人(ラバーズ)』の暗示を持つ。例によってエンヤに呼び寄せられた裏の人間だ。DIOの威容に幾らか冷や汗を掻いたようだが外面は辛うじて保ったようだ。威圧を緩めたDIOにダンは胸を撫で下ろす。

 

それからDIOの元にいた京一郎の姿を上から下まで舐めるように見て嫌に鼻につく柔和な笑みを浮かべたものである。

 

「DIO様……この方は?」

「気にするな。スタンド使いだが殺し屋ではない」

「京一郎・ミナセです。よろしく」

 

僅かに乱れた着衣、屋敷の主人であるDIOの傍でリラックスした様子でソファーに腰掛け本を開く京一郎に何を思ったか知らないが、大方DIOに近しい人間ならば上手く行けばコネになるとでも思ったのだろう。

 

「ええ。よろしくお願いします、Mr.ミナセ」

「───……」

 

 

 

 

屋敷を歩きその姿を見かける度にダンは京一郎に話し掛けに来た。友好的に振る舞い、時にバーで酒を飲まないかと誘ってきたり、さも京一郎と友人になりたいのだと言わんばかりに。

 

───烏滸がましい。

 

京一郎はこの世界に来る前、現代日本の首都の一等地に構える高級ホテルを1から作り上げたオーナーであった。集団の頂点に立ち、財界や政界、警察に芸能界にも多く繋がりを持つ敏腕と名高い、実質社長の位置にいた男だ。確かに初期はその身を売ってコネを無理矢理繋げたものだが、それだけでは唯の一時凌ぎにしかならない。会社を盛り立て、成長の一途を辿り続けていた彼の辣腕は明らか。それもたった2年でそこまで叩き上げたのだ。

 

その自分を、安易にもDIOへの媚の為だけに利用しようと言うのだ。

少しスタンド能力が特殊なだけの、いち殺し屋の、いち凡人の、いち人間の分際で?この俺を?

等価を差し出す訳でもない癖に、利益だけを貪ろうというのか。嘗め過ぎだ。せめて俺に面白いと思わせてからにしろ。

 

おおよそ人心掌握に長けた京一郎が分析するにダンは典型的なインテリを気取った破落戸(チンピラ)だ。多少頭は回れど詰めが甘い、他人に厳しく自分に甘いタイプ。自分の思い通りにならなければいずれ焦れて暴力に訴えるだろう。……スタンド使いは大体血の気が多いような気がしてならないが。

 

因みにダンとラバーソールが同時に来ると鬱陶しさが倍になる。間に挟んで言い合うな。俺を言い合いのネタにするな。

 

 

 

今日もまた1人バーでグラスを傾けていたところ、無断で隣に腰掛けたかと思えばペラペラと“営業トーク(売り込み)”するものだから、京一郎は最早赤べこのように規則的な相槌を打つ玩具になっている。

 

「……ふぅ。なァダン、私は何か頼まれてもそれを叶えられるとは限らないとは言ったよね」

「またまたァ」

「私は唯の情人でしかない。少しばかり貴重なスタンドを持っているだけで、我儘が通るかどうかは別の話だ。彼が……恐ろしいひとなのは、キミも知っての通りだろう?」

「……へえ?今まで食い尽くされるでもなし、かなりの頻度で何度も呼ばれてるらしいじゃあないか。それはアンタだけでしょう?」

「……ラバーソールの入れ知恵かな」

 

肩に乗せられる手を押し退ける。それにまた苛立ったのか、ダンは舌打ちを喉の奥に押し込みながら引き攣る笑みに剣呑さを乗せる。

 

「……優しくしてりゃあいい気になりやがって……」

「それが本性か。随分荒っぽいね……」

 

酒で気が大きくなっているのもあるだろう。どん、とカウンターが拳で殴られる。

 

「!」

「いいか!お前がどんなスタンドを使うか知らねぇが!痛い目見たくなけりゃあ下手な言い訳せずに言うこと聞きゃあいいんだぜッ!」

 

びりりと右手に走る衝撃に京一郎は目を見開く。この衝撃は。

 

「……スタンド攻撃」

「はは!……正解だ、褒めてやるよ」

 

つ、と横目にダンを見遣る。目視する内にスタンド像は無い。ならば体内に潜り込んでくる寄生タイプか、否か。

 

「もうお前はおれの術中に嵌ったんだ、よォ!」

 

今度はダンの右脚が椅子を強打する。脛に走る一般人なら骨が折れるような痛み。……右脚だ。

 

「成程……キミのスタンドがいるのは私の脳かな」

「!」

「本体の痛みを対象に潜ませたスタンドが共有し、何倍もの痛みとして伝えられると……そういう能力だ」

「……少しは頭が回るようだ」

 

平然とした様子で悠々と思考を巡らせる京一郎を、ダンは気味悪く思う。普通、痛みが走れば困惑と苦痛に顔を歪める筈だ。なのにこの男は眉一つ動かさずに笑みすら浮かべている。

 

「耳か、口か、鼻か……いずれの経路を通るにしろ、大き過ぎれば脳まで到達しない。なら血管に沿って流れたか……その割に違和感は欠けらも無い。ならば大きさはミクロ単位……スタンドの大きさを変えるには非常に気力を使うからね……つまり、そのミクロ単位の大きさが、キミの本来のスタンドの大きさという事」

「ッああそうさ、だがお前に何が出来る?脳を切り開くか?自分のスタンドを脳に侵入させてみるかァ?!」

「……阿呆かな、キミは」

 

呆れたように京一郎は嘆息し、氷で薄くなった酒を呑む。

 

「ああ゙ッ?!」

「こちらのスタンドの能力も知らないのに何故そうも迂闊に詳細を肯定してしまえるんだ?勝利を確信するには早過ぎるとは思わないのか?俺から血の匂いがしないから、荒事には不向きなスタンドだと?」

 

怯んだように後退りしたダンにもう一度、京一郎は嘆息する。

 

「何奴も此奴も、人殺しがトロフィーのように……殺し屋としてプライドを持つのはいいが、手ずから殺人を犯していない人間を殺人童貞として蔑み侮るのはどうにかならないものか」

 

京一郎の場合、邪魔だなァと一言言えば周りの人間が場合によってはこの世からも排除してくれたものだ。

必要がなかったのでしなかった。京一郎が殺人をしなかった理由などそんなものだ。今更生死くらいで揺らぐ精神などない。それは自分の命でもそうだ。

 

「キミは今獅子の口の中に入ったんだ。相手が冬に空腹で目覚めた熊でなくて良かったね」

「な、何を───」

「死なない程度に……“行ってらっしゃい”」

 

その時、がくんとダンの身体が床に崩れ落ちる。

突如意識を失ったダンはスタンドごと意識が堕ちたのだ。そう……夢の中へ。

そっと京一郎の両肩に手を乗せ、頭の上から『ホワイト・ポニー』が顔を出す。

 

「キミの好きなゲームの元ネタを読んだよ、レディ」

 

嬉しそうに京一郎の首に腕を回して抱き着いた『ホワイト・ポニー』を笑んで宥めながら、京一郎は興味深そうに顎を摩る。

 

「神話と言えば太古より信仰に繋がっていると思っていたけれど、まさか創作としても造られていたとは思わなかったんだ」

 

中々面白い世界観だと感心したように。

 

醜悪な神々の詳細なイラストやゾクゾクと脳裏を掻き毟る邪悪で悍ましくどこか神々しい描写。這い寄るような恐怖と畏怖。そして時に残酷に、無情に終わる結末。

 

「ゲームの方も賽子に命運を任せるところが気に入ったよ。唯の矮小な人間が如何にして神話生物を相手に藻掻き足掻くか……。アレは徒人だからこそ面白いんだよな」

 

『ホワイト・ポニー』は熱心に頷く。

 

「彼がどんな風に足掻けるか……愉しみだね、レディ」

 

 

 

 

 

 

 

クトゥルフ神話“RPG”、シナリオ名《悪霊の家》

脱出条件

《シナリオのクリア》

追加条件

《プレイヤーはスタンドの使用を許可する》

《プレイヤーは一部技能をダイスにて判定する》

《キーパーは公平を期す事》

《プレイ中の損傷は現実の肉体に適応しない》

《SAN値を大幅に失った場合、ゲーム終了時精神分析を行う》

 

¦

¦

¦

 

 

 

 

「おかえり♡楽しかったね」

「こんなン二度とゴメンだわクソッタレッッ!!」

「うふふ……凄くびびってたもんね……怖かったね……途中でキーパー兼NPCの私に縋っちゃうくらいに。可愛かったよ」

「う、うううるせぇ!!!」

「弱みを掴むどころか見せちゃって……。ねえ、私……キミの事気に入ったから。また遊んでね」

「二度とゴメンだって言ってんだろうがぁッ!!!」

 

 

 

 




クトゥルフ神話好きです

取り敢えずマライアは綺麗だなと思うしペット・ショップは可愛いしダンはわーぎゃー言ってて欲しい。
不容易に色々触って命の危機的なドッキリにひたすら遭って神話生物と対面した時にSAN値チェック失敗して隣に立ってる京一郎に抱き着いて無理無理無理ィ!!って言ってるダンを想像するだけで楽しい


そろそろえっちなのかきたい


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第26話★

お品書き(R-18)
■おしおき (前編)


 

押し倒して身体に触れ、DIOの身体から力が抜けた頃合いで、そういえばと京一郎は思い出したように口を開く。

 

「あの時の仕置が済んでなかったな」

「……は?」

 

呆気に取られたようにぽかんとした顔をするDIOは訝しげに眉根を寄せる。

 

「ほら、アレッシーの。俺を肉塊にしたろ」

「……根に持ってたのか」

「ケジメ付けとかなきゃ、おまえの事だからまたやるだろ?」

 

寧ろなんでお咎めなしだと?

不思議そうに首を傾げるとDIOが口端をひくつかせる。

 

「仕置って言ってもまだ犯しきれてない場所がある事だし……今日はそこだけで勘弁してやるからさ」

 

つ、と。スラリとした指が筋肉の陰影を作る下腹部からずっと上まで辿る。

至極嫌そうな顔で睨むDIOに京一郎はにっこりと笑いかけた。

 

「優しくする」

「……どうだかな」

 

 

 

 

正直なところ。興味がなかったとは言わない。散々犯されてそこに触れられた時は半狂乱になる程嫌がったが。あの京一郎があそこまで我を失ってしまう胎の奥を、怖いもの見たさではあるがこの身体で暴かれてみたいと思わなくもない。そしてそれに触れるのは京一郎がいいとDIOは漠然と思う。互いに快・不快はよく知っているので下手な事はしないだろう。何より京一郎は比較的自制のできる淫魔なので。

 

いつもよりじっくりと慣らされ、文句を言おうにも口付けで誤魔化されてやりながら、DIOは薄らと肌に汗が浮かぶまで焦らされている。

 

「ン……ちゅ、ふゥ……あ、ン……れ、ぇう」

「……んゥ、もうちょっと待って、ね」

「はぁ、ふ、……早くしろ、」

 

もどかしく腰を揺らして掌に押し付ければ、京一郎はくつくつと喉を鳴らす。惑わされることなく変わらぬ手付きのまま。

 

「急ぐと後が辛くなるからな」

「チッ……」

 

大口開けて食い合うように舌を絡め、DIOの腕が京一郎の頭を抱き寄せる。DIOは不服を示すように頬に齧り付き、それを宥めるように京一郎がDIOの耳朶を指でなぞる。

縁を辿り、柔いそこを摘んで、裏の方をすりすりと撫でるように。時折爪で刮ぐようにして。

 

「ン、ふぅ……ッ!耳、触るな、」

「フフ……すっかり性感帯だな」

「煩い、お前がしたんだろう……!」

「そうだな……俺がおまえを、そうしたんだ」

「……!───ッ」

 

京一郎が触れていた耳も、目尻も、カッと赤く染る。やけくそで言った言葉を肯定され、自分が京一郎に変えられたと認めた事に気付いてしまったのだ。

唇を噛み締めて戦慄くDIOに触発されたかのように、京一郎が笑みを深めて指をもう一本挿し入れる。ふるふると震えるDIOが愛らしいので、京一郎は直ぐにでも挿入れたくなるのを耐えるのが精一杯なのだ。

ぐずぐずに蕩けて解れるまでは、まだ。

 

「は、ぁ……っ、あ、っなみせ、も、もう、」

「もうちょっと」

「さっきも、ン、言ってッ」

「うんうん。ごめんな、」

 

京一郎の唇が湿った目尻に落とされる。それを首を振って払い除けながら、DIOは京一郎の指が蠢く下腹部を見下ろす。もう3本だ。もういいだろう、いつもなら2度は達しているのに。

昂り、反り返り、解放されたいと震える自身は哀れみすら浮かばせる。

これ以上焦らせば体勢を入れ替えて自分を犯しかねないなと京一郎は得心した。それは困る。だってこれは仕置への前段階でしかないのだから。

 

「俺は言ったからな」

 

……京一郎の指の間に糸を引く腸液とローションがいやにDIOの目を引いた。

 

 

ベッドが軋む。覆い被さるように手を付いた京一郎が未だ異物感の残る孔穴に男根を突き入れるのを、思わず喉を鳴らし、晒してしまうくらいにはDIOは待ち侘びていた。

ずぷ、ぬぷ、と解れた肉が薄ら赤を覗かせて屹立を呑み込んでいく。窮屈な襞を掻き分けながら、ずりずりぐいぐいと前後に肉輪を通る感覚にすら快楽を感じ取りながら。

 

「あ゙、は……っ!ン゙……ゥ゙ヴ、ッ、ッ〜〜ア゙、ぁああ゙あ゙ッッ!!」

 

挿入と同時に押し出されるようにDIOは吐精した。ごりごりと内壁を削り、体内から前立腺を押し潰されてしまえば、迫り上がっていた淫液が迸るのも無理はなかった。びゅくびゅくと鈴口から精液が飛び散る度に、じん、と脳裏が甘く痛む。

 

「早……」

「ッ、お前が、焦らすからだろ、」

「ウフフ。そうだね。ごめんね、」

 

いっぱい気持ちよくするから許して、と京一郎に耳打ちされ、未だ耳朶を嬲られた感覚の抜けないDIOは掌で京一郎の顔を押し退ける。

 

「御託はいいからさっさとやれ」

「ふふ!仰せのままに」

 

目下、やはりと言うべきか奥を慣らす事が優先らしく、京一郎は無理に押し込むような事はせずにゆるゆると腰を揺らす。まだ慣らすのかとウンザリしながらもDIOは京一郎からの口付けに応える。

 

ひどくもどかしい。ひと思いに犯せばいいのだ。吸血鬼の身体は頑強なので多少の傷は直ぐに治る。真綿で包むような仕草はかえって苛立つ。

 

「俺はおまえを犯しこそすれ、傷付けた事はなかっただろう?」

 

というかDIOが吸血鬼となって以降、京一郎では傷付けられないが正しいのだが。流血する程手荒な真似をするのはDIOばかりだ。舌打ちする。

DIOが手荒くされた方が興奮する事など京一郎は知っていたけれど、だからといってそのようにすれば最後まで堪えられないだろうなぁと思っているので聞き流す。

 

「ハ、ぁ……ッ、あ、ンン……っふ、」

 

暫くナカを嬲られ、漸くより深くにペニスが入り込む。微弱な快楽が身体を赤く火照らせ、酩酊するような感覚に陥らせる。この感覚はきらいじゃない。ずん、ずん、と規則的に突き上げられる事の心地好さは眠気すら誘う。

その間も身体は京一郎の手指に甘く蕩かされ、深い口付けに翻弄されていた。

 

骨と筋肉の凹凸のある腹、真白いシーツを掴む腕、時折悶えるように突っ張る爪先、頸をぐるりと囲む紅い継ぎ目、桃色に勃起した乳首。過敏に反応して腰を揺らす様を京一郎が笑い、DIOは屈辱に顔を歪める。

 

「寝るなよ」

「誰が、ッはァ、!あ゙、まぇ、押すな、ッッ!!」

「おまえがもう1回出したら奥に触れるね」

「〜〜〜っ!!」

 

はくり。空を食むように大きく口腔を晒して、走った快感に声なき悲鳴を上げる。掌に押さえ付けられたそこはぐずぐずに蕩けた肉を耕すようでごりごりと肉壁を荒らした。行ったり来たりする京一郎の自身が、狭く痙攣する襞を無遠慮に掻き乱すのだ。

仰け反り、ちいさく頭を振るDIOの突き出された舌を京一郎が指で摘む。口端からたらりと飲み下し損ねた唾液が垂れる。

 

「あ゙、お゙ッ♡!!ッ……ァ、め゙ッ、やめ、ェ゙♡!」

「気持ちイね。そろそろイこうか」

「は、……ァ♡♡!?ア゙ッ、ィ、ぐっ、イくっ〜〜〜ッァ゙ああ゙あ゙っっ♡♡!!」

 

がくんと下肢が跳ね上がる。

一定のラインで抑圧されていた快感が解放された時の衝撃たるや。ぎしぎしとベッドが軋む音がひどく耳に障る。自身の荒く引き攣った息遣いも、京一郎の小さく息を詰め、零した笑声も、何もかもDIOの気に障った。歯を食いしばる。

 

「ひ、ゥ♡は、ぁあ、……ン、ゥゥ♡ふ、ぅ、」

「落ち着いた?」

「……」

「奥、触るから。暴れるなよ」

 

……もう好きにしてくれ。力が抜けて、脳が痺れて、DIOは最早投げやりにそう思った。冗長な前戯から、2度の絶頂。それで尚京一郎は1度も出していないのだ。射精を堪えてでも“それ”がしたいというのは、京一郎のスタンドの白い部屋でも経験があった。酷い目に遭ったのは記憶にある……主に気持ち良くて苦しくなる方向で。多少なら良い。京一郎ならば、いい。猿でもあるまいし、本気で嫌がれば自身の欲を抑えて止まるだろうから。いざとなれば吸血鬼の膂力で手足でも捥ぐか。DIOはこの時そう思っていた。

 

ぐっと力が込められて窮屈なそこに入り込む。爪先でシーツを握り込み、敢えて呼吸を深くして。

ぐらりと頭が揺れるような重い快感が脳裏を焼く。

 

「っあ゙ッッ♡♡!!」

「っ……いつもはここまでだったけど、この先ね……」

「ァ゙、ま、て、ゥ゙ぐ……っ♡♡」

「腹、力入れて……上手だね、」

「は、ッち、がっ♡待てと、言って……ッッ」

 

拒むように力を入れるも京一郎はにこりと笑ってDIOを褒める。ごぼ、とまた京一郎の剛直がその奥を貫く。

 

「あがっっ♡♡?!ァ、?は……ッ♡♡!ァ、ちが、ちがう、止まれなみせ、ッッ♡♡」

「あと1回……」

「ひゃらっ、待て、待てッ!止まれ、ッ!」

「……なァに?俺もうギリギリなんだけど」

「はーーッ♡はーーッ♡そ、れ以上、はっ♡」

「ウン。トんじゃうだろうなァ……俺がそうだったろ?淫魔の俺がだぞ」

 

人間の頃より快楽の耐性が付いたという京一郎でさえ貫いた瞬間意識が吹っ飛んだのだ。頑健といえどDIOが耐えられる保証などない。

 

「大丈夫だって、おまえもきっと気に入るよ……今までのセックスが生温く感じるくらいにね」

「ッッ……」

 

淫蕩に甘く、包容に淡く微笑んだ京一郎は正しく淫魔としての顔で、獣性を剥き出しにしていた。

ぞくりと背筋に甘い寒気が登る。歯の根が合わないような恐怖、怯えのような、期待のような。瞳孔を細めたこの雄に、DIOは意志を貫けた試しがない。

額に、目尻に、そして唇に落ちる口付けに、DIOは静かに受け入れた。

 

「いくよ」

「……ッ♡」

 

ごぼん。

 

「─────ッッ♡♡♡?!」

 

天地が引っ繰り返った、かのような。

最後の砦を無理矢理喰い千切った京一郎にDIOは絶叫する。嬌声の甘さと、身体が千々に裂かれたような悲痛さが、まるで処女喪失かのように室内に響く。

 

喪失と、津波のような快楽の奔流。声すら無くして身体を突っ張らせ、最奥に迸る京一郎の精液を呑む感覚にばたばたと無意味にDIOの四肢が強ばる。びくびくと雷を浴びたかのように痙攣し瞬く間に絶頂に到った。

 

「ひ、ィ゙♡♡♡?!ァ゙、が、ア゙─────♡♡♡」

「ッッァは、締め過ぎ……♡」

 

萎えたペニスから精液が垂れ流しになる程には、あまりある甘い痛みだった。

悶える度に奥がぐりぐりと嬲られ絶頂から降りられずにいる。

 

「ひゃ゙、め゙、あ゙ッッ!?ャ゙、あ゙ぁぁあ゙あ゙ッッ♡♡♡!!」

「ゥ、ふふ……!自分で動いてる所為だろ、そんなに気に入った……?」

 

違う。苦しくて、辛くて、たまらないからだ。

呼吸が止まり、身体がのたうち回る。逃げ腰になろうにも京一郎の脚が絡み、伸し掛るように逃げ場を塞ぐので、京一郎の腕の中で腹の力を抜こうとするしか無くなる。力を入れなどすれば自分の首を絞める事になるから。

 

「ひ、ひぅ……ッ♡♡いぐ、いぐぅ……っ♡♡や、やだ、や、らァ゙……ッ♡♡」

「うんうん、気持ち良くてヤダね」

「は、ァン゙ッ!あ゙〜〜〜……ッ♡♡!!や、やめ、まっれ、ぇ♡♡」

 

身も蓋もなく喘ぎ、自分の呼吸と飛び出る声の震えにまた悶え、絶頂が重なる事に嫌な予兆が過ぎる。前もあった。前にもあったのだ。脳が白く焼け切れて、快楽の奴隷となって、理性が戻るまで泣き喚きながら京一郎に媚びて、与えられるそれを貪って。飼い慣らされた獣のように、……京一郎に屈して。

眼球の表面に張っていた涙が目尻を濡らす。

 

「〜〜〜ッッいや、だ、ァ゙、ッッ♡♡♡」

「……、そんなに嫌?屈辱的?」

 

DIOから立ち上るかのような馥郁たる感情の波を啜りながら、京一郎は前も言ったような気がするが、などと呟く。

 

「勝ち負けなんてないし、従順になる事の何が悪いの?俺に従うんじゃあない。───おまえは俺に酔うんだよ。快楽に浸るのが酒に酔うのと何が違う。振り回されると考えるから変に意固地になる……」

 

飼い慣らせよ。出来るだろう?

ちゃんと受け入れて。

荒く息を吐き出しながら、DIOはぐっと唇を噛む。

 

「……いいこ」

「〜〜〜か、はッッ♡♡!?」

 

同時に京一郎の意思で奥が突き上げられ、暴かれ慣れていないそこは堪らず頭を白くさせる。一時的な失神すら京一郎はDIOに許さない。

 

「っ……ちゃんと息して」

「ッ、ッ、♡♡ッ、ァ、ン、っは……♡♡」

「そう……しっかり覚えてね」

 

常人には耐えかねる快楽を飲み下し、多幸感で鈍る頭で京一郎からのキスに応える。京一郎の背中に加減の知らない力で幾筋もの赤い線を引きながら、その温もりに両足でもしがみつく。

DIOがここまで明確に縋り付いてくるような事はほぼなかったので京一郎は自分が単純だと自嘲しながらも疼きを抱え、DIOの前髪を掻き上げてやりながら目尻を撫でた。

 

滅茶苦茶に暴き立てたい、ドロドロに甘やかしてやりたい、焦らして虐めて懇願させてやりたい。京一郎は理性で全て捩じ伏せる。

 

「ア゙、やめ、ろ゙……っ♡」

「んふふ。こんなので感じちゃうんだ」

「ッッ〜〜は、ゃく、おわら、せ、ぇッ♡♡」

「あは……じゃアお言葉に甘えて」

「ッッ♡♡!っ、ァ゙〜〜〜ッッ♡♡♡!!っ、は、ァっ♡ン、ふ……ふぅ、ふぅ、ッ……!〜〜〜んんッ……♡あ、はぁ……っ♡」

 

ぐちゅ、くちゅ、ちゅぷ。気を遣っているのか息が詰まってしまわないような啄むような口付けに夢中になって、DIOは自分からも舌を伸ばして続きを強請る。ぼろぼろと快感に落ちる涙を舐め取り、京一郎はその舌をぱくりと食んだ。

 

「ァ〜〜〜……っ♡♡ンは、ァ……っ♡♡ァ、ッ〜〜〜♡♡!」

「とろとろになって……素直で可愛いね」

 

快楽の海から理性が浮き上がるようにして顔を覗かせる。

潤んだ紅茶色の目が揺らぐ理性を帯びながらもじろりと京一郎を睨んだ。

 

───ぶつり。

 

「ッッ……」

 

舌に丸い穴をふたつ開けた京一郎が身体を揺らす。DIOが京一郎の舌に噛み付いたのだ。

 

「……」

 

京一郎は手で口を覆い、目を怜悧に細める。ぽた、ぽた、とシーツに赤い斑点が落ちるのを見ながら。

血を顎先から滴らせ、眉根を寄せた京一郎が顔を寄せ、DIOの口腔に舌を入れた。薄く長い二股が、DIOの喉の奥にまで。

 

「ングッ?!ゥ♡ンンッッ♡ん゙、ん゙ーーーッ♡♡」

 

じっとりと頬の内側から舌の根元を。時折血液混じりの唾液を飲まされながら、ぞりぞりと削るように上顎を舐められる。今度は噛み千切られないように親指を歯列の間に挿し入れたまま。

 

「ンふぅ……っ♡ン゙ンッ……♡ッぐ、ゥゥ……♡♡!ンゥ……ッ♡♡ゔぅ゙〜〜〜ッ……♡♡!」

 

DIOが京一郎を押し遣るように肩を掴むも瞬く間に力が抜ける。何度となく性感帯となった場所を嬲られるので、DIOは為す術なく翻弄されるしかないのだ。その間にも奥が強弱あれど刺激を受け続けている。

京一郎の下でDIOの陰茎から薄まった淫液が何度かびゅくびゅくと勢いなく滴る。瞳が振れながら半分瞼の裏に隠れる。反射的に腰が跳ね、その所為で奥が更に抉られて、DIOの身体に甘く鋭い快楽が雪崩込むのだ。

 

「……ふ、は。おまえな、痛いだろうが」

 

……治り切るまで7分ほど。それまで散々口腔を嬲られ、DIOは何度か視界を白くさせた。吸血鬼に酸欠はないので、単に快感で白んでいた。

 

「ぁ、お゙……、っ♡」

「……、……まあいいや。折角おまえが意思表示してくれたんだ……たんと馳走してやろうな、」

 

極上の快楽を。

 

 

 

 

 

「ひ、ィぎッ♡?!ァ、ぐ、ゥ゙……ッッ♡♡!あン゙、ア゙、ぉ゙ぁ゙ぁ゙〜〜……ッッ♡♡!!」

 

腹をぐりぐりと掌で押さえられながら、後ろからガン突きされて脳が溶ける。奥で快楽の受容器官でも作られているかのような、意識を端から順に摺り潰される恐怖にも似た感覚。丹念に捏ね回されては自分から雄蕊をねっとりとしゃぶらされる。浮き出た血管すら、受け入れた最奥は美味そうに反芻しているのだ。みっちりとふわふわに蕩けて、いつもとは比べ物にならないくらいに火照り、京一郎の肉茎をぎゅうぎゅうに締め付ける。

皮膚を掠める髪の一筋や落ちる汗の感覚だけで、DIOは頭を振り乱す。

 

「ェぐッッ♡♡?!ァ、ャ゙……ッ♡♡」

「大分馴染んできたね」

「はぁ……ッッ♡♡ぁえ゙、?っ、お゙、あ゙♡♡!?〜〜〜ッヤ、ぁ゙……♡♡あ゙あ゙ああーーッッ♡♡♡!!!」

 

ぷしゅぷしゅと何度目かの潮吹き。最早DIOのペニスは勃起すら放棄して、身体を貪る雄に快楽を感じている事を知らせる器官に成り下がっていた。くったりとシーツの上に落ちて、透明な液体が滴り水溜まりのようになって、じわじわと染みていく。

 

「どれだけ出るかな……」

「?!……っひ、ィや゙、い゙、ァ゙あ……ッ♡♡!!」

「はは、まだ意識保ってるのか……吸血鬼も良いモンじゃあねェな」

「ひ、ぃグッ♡♡!!ァ゙、うぁ゙、あ゙あ゙〜〜〜ッッ♡♡!!」

 

譫言のような啜り泣く嬌声は濃艶とした室内に婀娜やかに沈む。

栓を失ったかのように滂沱と溢れる涙を抱え込んだクッションに染み込ませながら、好き勝手される腰を自らも振りたくり、打ち付けられて色付いた臀で京一郎の屹立を大きく口を開けて美味そうに呑み込んでいる。

 

「ァはッ♡♡ぁ゙ーーっ、あ゙ーーーッッ♡♡♡?!!」

「わかる?孔も奥もくぱくぱして、よォく俺を味わってるの」

「っら、ゃら、やら゙ッ♡♡!!ゃめ、ぉ゙っ♡♡!!いぐっ……♡♡」

「しっかり咀嚼して。おまえを今犯してるのは俺だよ」

「ッッ!!ッ……ぁ゙ーーーーー……っっ♡♡♡!!!」

 

DIOを言葉で犯す事も怠らない。嬲り、頭蓋の中の海馬に刷り込んでいく。京一郎はシャワー後のような滝汗を荒っぽく拭いながらゆらりと微笑んだ。

 

「気持ちイね」

「ン゙ぐ……ッ♡」

「かわい……今のおまえ、凄く綺麗だよ」

 

此処も、此処も、と京一郎の指が曲を描く臀をなぞり、尾骶骨を這い、背骨に乗る。京一郎の視線を示すかのように。その肉体美が蛇のようにくねる。

 

「あ、はァ……っ、は、ァんっ……♡」

「汗がね……流れる様がまた艶やかで。呼吸の度に肺が膨らんで肩が上下する様も愛らしい」

「っ……る、さ……ィみ、ァ、る……ッ」

 

うるさい、みみがくさる。

今にも途絶えそうな喘鳴が聞こえそうな程、息も絶え絶えにDIOは吐き捨てる。

それに反して腹の中をきゅうきゅうと締め付け、素直にその言葉に反応をするので、京一郎は腹の底でくつくつと笑った。

 

「存外俺が好きだよなァ、おまえ」

 

───“俺もおまえを愛してるよ”。

 

淫魔として意識されたどろどろに相手を蕩かす聲に、限界を超えていたDIOの脳はバグを起こした。

 

「ッ〜〜〜〜〜ッッあ゙ああ゙ぁ゙ぁ♡♡♡!!」

 

破裂、或いは発露。そのように京一郎は感じた。

DIOは愛など信じゃちゃあいない。特に今覆い被さっているこの男に関しては。けれど、その声が錯覚を齎す程に体の芯の方()を揺らしたので。

それは淫魔として与えられた力に相違なかった。

あまりに満ちた絶頂感。理性が痺れて、本能をも麻痺する。

 

「ひ、ゃ、ちが、ぁあッ♡♡♡!!」

「ッ♡……すご、ァは、イく……っ!」

「あ゙おッ♡♡!!ほ、ぉお゙……っ♡♡!!」

 

まるで番を得た獣のような。

本能的に欲する他者を自身の物にしたかのような。

所有する充足と所有される悦楽。情動に理性が流れていく。

 

「ん、ふふっ……ふふ、ふ、ンン……ッ!流石に出しながら笑って噎せるのは阿呆過ぎる……」

 

何を思ったのと揶揄い交じりに問う京一郎にDIOは憤懣たる様子で顔を赤らめた。

 

「そこまで俺が欲しいとは思ってはいなかった」

 

ならなるか、番に。

酷い侮辱を受けたと言わんばかりに唸るDIOを見下ろして、京一郎は本気だと囁く。

 

……手に入れた犬を繋ぐ手段をこのDIOに使おうと言うのだ。嗚呼、この男の言動は酷く気に障る。DIOは覚えている。あの白い部屋の屑籠に、未練も葛藤もなく無造作に捨て去った銀の輪の事を。

京一郎が聞けば捨てたのはおまえだぞと笑うだろうか。

 

「まあいいけど。考えておいて、頭の隅にでも。───まだ、もう少し。刷り込んでやろうね、」

 

 

 

 

 

 

 

くったりと白いシーツに沈みながら、DIOは未だ残留する快感の余韻に小さく喉を痙攣させる。摩れるシーツの感覚も、撫でる空気の流れにすらも快楽を感じ、じんと脳が甘く蕩けるのだ。

今はもう入っていない筈なのに孔は収縮を繰り返し、意識は忘我から半ば戻れずにいる。

正しく極上、だった。吸血鬼の意識すら落とすとは流石は淫魔といったところか。房術に於いては何よりも優る。

 

「まだ寝てる?」

 

肩にシャツを引っ掛けて部屋に戻ってきた京一郎は緩く首を傾げる。さらりと髪が肩口を滑った。

 

───ぎしり、と。ベッドが京一郎の重さに沈む。

 

「ッッか、はっ……♡……ァ♡」

「……、もしかして今ので軽くイったの?」

 

少年の物覚えがいいのか淫魔の肉体が凄いのかもうよく分からんな。

手にしていたボトルの水を喉に流し込みながら京一郎は困ったように笑う。

 

「ぁ……?な、みせ、?」

「あは♡少年がそんなに喉枯らしてるの久しぶりに見た」

「……」

 

お前の所為だろうが。という目でDIOは京一郎を睨む。

京一郎は胸ポケットから取り出した煙草に火を付けながらそうだな、と肯定した。

 

「……、ああ、これ?貰ったんだ。おまえを崇拝する信奉者から、捧げ物代わりに。俺に媚を売っても何も無いのにね」

 

ぷかりと烟で遊びながら、京一郎は余所行きの蠱惑的な笑みを浮かべる。

 

「……」

「そういうのが悪いんだって?……ふふ、どうやら俺は少年のお気に入りらしいからね。どうにか他より気に入られたいんだよ」

 

うつ伏せに横になるDIOの顔を見る事無く彼の言いたい事を読む京一郎を、DIOは鬱陶しそうに鼻を鳴らした。

 

「あ、でもそういうのとは寝てないから」

「……」

「どうでもいいとか言うなよ、寂しいだろ」

 

愉しそうに笑みを浮かべた京一郎はDIOの頭部の横に手を付いて覆い被さるように見下ろす。柔く髪に触れた京一郎をちらと横目に見上げたDIOは触るなと睨んだ。

 

「……フフ、」

 

それを敢えて無視した京一郎は自身の掌越しに、DIOの額に唇を落とす。

 

「わかっているから」

「……」

「俺はおまえを愛している。おまえがそうでなくても」

 

閨事での事はそれとしてなかった事にしてもいい。

嗚呼、そういう所が、DIOは気に食わないのだ。さも自分は聞き分けの良いと言わんばかりに振舞う様が。選択肢を投げ渡して、どちらを選んでも愉しそうに笑っている余裕が。

 

DIOは身体に走る快感を堪えながら仰向けに転がる。

それだけで絶頂しそうになるのに熱い息を吐きながら、何も言わずに京一郎に視線をくれてやるのだ。

何も言わずとも分かるなら、今自分が何を欲しているのかくらい分かるだろう、と。

 

京一郎は幼げに破顔しながら、唇を合わせるだけのキスをDIOに捧げた。

 

「おまえはもっと俺を束縛すべきなんだよ」

 

 

 

 




イマイチ満足してないので書き直す可能性微レ存

20220830/訂正済


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第27話

お品書き
■片生 子を抱く
■Dead or Obedience-死か恭順か-
■プレイ・ザ・ゲーム!



 

生後半年に満たない赤子がこの屋敷にいる。血の匂いと、暴力と、女の嬌声と。呑まれるかのような暗き深遠さを帯びるこの館に。

 

 

───赤子の泣く声がする。

 

 

死神を冠するタロットの暗示、『デス・サーティーン』のスタンドを操る赤子、マニッシュ・ボーイ。母親は一般人だがその子供は早熟していた。言葉を解し、欲があり、スタンドを操る知性を有する。

タロットの暗示という事は何の縁かは知らないが───エンヤお得意の占いの結果か否か───エンヤが見出したスタンド使いなのだろう。生まれながらのスタンド使い。或いはエンヤが“矢”を使った事で発露した、言わば“矢”に選ばれた(適応した)スタンド使い。

DIOからすれば“欲しい”と思うようなスタンドだった。夢の中に他者を引き摺り込み、嬲り殺すスタンド。夢の中(精神世界)はその者の魂を表出させる。夢の中で傷付き死んだ者は現実世界でも傷付き死ぬのだ。

似たようなスタンドだからと館にいる間の世話を投げ渡され、京一郎はいつもの困ったような微笑みでその温もりを腕に抱いた。それまでは子育ての経験のあるエンヤが世話していたものだが。

屋敷の主の命令ならば仕方がない。とはいえ赤子の世話など嘗ての同僚や部下の又聞きでしか知らないので、けれど物を考えられる時間が限られているとはいえ大人顔負けの知性を持った子であるので。マアなるようになるかと京一郎は赤子の頬を撫でる。

 

「少しの間だけど、よろしくね」

 

 

 

 

言う程しんどいものでもなかった、というのが京一郎の感想だ。

眠る必要のない淫魔の身体はいつなんどきに泣き声で呼ばれようと構わなかったし、大体は何を欲しているのかを察せたので。確かに体力気力の要る仕事だとは思ったが。賢い子だと思う。

普通の人間なら四六時中目の離せない事だから大変なのだろうが、この赤子はちゃんと自分で物を考えられる。

 

食事は離乳食で問題ないようだったし、下の世話は見様見真似だが出来なくはない。時折外に出て散歩したり手遊びしてやるくらいで、家事も食事も使用人に任せてしまえる気楽な育児である。

 

眠りに落ちて覚めるまでに何度か違和感があったので、スタンド攻撃かな、とちょいちょい自分の魂を弄っている内に、マニッシュ・ボーイの造る“悪夢世界”───本人曰くそういうものらしい───での記憶を現実でも引き出す事に成功した時は、『デス・サーティーン』越しに赤子にドン引きされたが。

悪戯でも度が過ぎるものは、メッ、である。

 

 

 

 

 

『普通は精神を弄るなんてキケンな事しねーし出来ねーんだよ』

「私はそういう生き物だから大丈夫なんだよ」

 

遊園地のような場所で、足も胴もない道化師のようなスタンドに京一郎は笑いかける。

 

「キミと私のスタンドはよく似ている。他者の精神()をひとつの世界に取り込んで夢に落とし、現実でもその状態を反映できる……」

 

キミは私のように対象を強制的に眠りに落とす事は出来ないし、私はキミのように無条件で夢の世界を作り上げる事は出来ない。

テーブルに出された紅茶を飲みながら、京一郎は穏やかにティータイムと洒落込んでいた。ゆらりと揺れる湯気の奥で、男は薄く、瞼を伏せる。

『デス・サーティーン』……否、マニッシュ・ボーイは思う。この男とDIOとかいうあの恐ろしい吸血鬼。両者は外見こそ似ていないが、非常によく似ている、と。どこがと言われれば分からないと答える。DIOからは鉄のような血の匂いが、京一郎からは蕩けるような甘い、夜の匂いがする。自分のようなミルクの匂いではなく、母親のような化粧品や花の匂いでもない。抽象的だが、この2人は酷薄だ。他者に興味が無い訳でも、自己愛が無い訳でもない。けれど、どうしようもなくなれば自分の命すら投げ出せてしまえる。危うさ。危険な、妖しくて悪い、人外たち。

 

最初。

満足に動けない自分の世話をする人間が───正確に言うなら人外だったが───このような象牙の肌をした若い男で。これなら老婆の方が良かったかと思ったものの、構われ過ぎず放って置かれ過ぎずで存外ストレスの掛からないものだった。特に面白くもない“いないいないばあ”などされないのがいい。いないいない(その)程度で不安に思うのなら親元から離れていない。

 

適度にゆりかごを揺らされ、大体10代前半に読むような本をしっとりとした声で読み聞かされ、暇潰しに昼、偶に夜に悪い事と称して散歩に出る事もした。そのくらいの距離感の方が好みだった。マニッシュ・ボーイは大人を馬鹿にしていたが、同じような“夢”を扱うスタンドを持つ京一郎は仲間として認めてやって良いかなと思う。自分の“悪夢世界”に引き込む事が出来れば京一郎の事など簡単に殺せるだろうなとは思っていたが。それ故に自分のテリトリーで尚隙を見せる京一郎が、何処と無く空恐ろしいもののようにも思えて仕方がない。

 

悪戯は許してもその域を1歩出れば、京一郎は自身の領域にマニッシュ・ボーイを引き込んでしっかりと叱る。チョット苦手だな、と思うがどこか温かい気持ちにもなる。教育ママにも似ているあの老婆の狂気的な一面よりはずっといい。

 

 

「今、満足してる?」

『……満足ゥ?はん、まだまだ遊び足りないねッ』

「……ウフフ、いいね。彼が気に入る訳だ」

 

 

幼子ほど純粋で残酷なものはないからね、と。知った顔で笑みを深める京一郎には、まだ幼いマニッシュ・ボーイの知らない何かがあった。親から子に対する無償の慈悲ではない、欲と言うには密やかな。

知らない事も悪い事では無いのだ。いずれ分かるから、と京一郎自身が言った。ならばそうなのだろうなとマニッシュ・ボーイは思っている。

 

 

 

お包みに包まれた似ても似つかぬ他人の赤子を腕に抱え、記憶の端に引っかかっていた子守唄を口遊む。

本人が聞けば笑うだろうが、その横顔はまるで我が子を見下ろす聖母にも似ていた。

 

 

 

 

 

 

朗朗と。低く深い、腹に、脳に響くような声が。

カリスマ性、というのだろう。この声の主はそれを遺憾無く利用し、雇われの殺し屋たちに身の程というものを知らしめていく。

より強大なものを恐れ、畏怖し、萎縮する者。闇色の輝きに導きを見出す者。齎されるだろう金銭に頬を緩める者。自身に課された仕事に心算を巡らせる者。単に闇に浮かぶその美しさに感嘆する者。誰も彼もが、彼を見上げている。

 

うつくしい、そして何よりもおそろしい。

冷たく、鋭く、強靭で。背筋が凍ると同時に安らぎすら抱く事だろう。

 

 

朗朗と。

淫魔の常人より優れた聴覚が、階下で命令を下す声を聞く。

今いる居室はDIOの物だ。置かれたソファーに行儀悪く横になり、長い脚をはみ出させながら、京一郎は目を瞑ってその声を聞いていた。タロットの暗示のスタンド使いは初対面こそDIOへの忠誠がない。金によって繋がれた縁こそ脆いものは無い。命を対価に掛けなければスタンド使いは意志の力で敗れるのだ。死にそうになったら逃げ腰になるなど新兵もいいところ。必要なのは忠誠だ。死する事となっても主君に勝利を捧げんとする狂信こそが人間を縛り、より強い力を引き出す。

 

だから京一郎は、エンヤの集めた刺客たちは“弱い”な、と思ってしまう。殺し屋としてのシビアな価値観は状況を見極める力に優れているが、同時に進退の判断が利くという事。敵に媚びを売り助命を乞うなど、場合によっては容易く行うだろう。

 

それでは駄目なのだ。

 

確固とした意志を持って競合するなら良し、益によって利用し合うも良し。それこそ、金でも、地位でも、愛でもいい。

けれど途中で契約を反故にする事だけはあってはならない。

 

 

声が響いている。

京一郎はエンヤの集めた刺客たちを順繰りに送り出す事は反対だった。口には出さなかったが。そういったプロアマ問わずの雇われを雑多に送り出す事で、相手に経験を与える事となる。経験というのは時に時間よりも希少だ。戦力の逐次投入程愚かな事は無い。戦いの経験を経る事で雑兵は新鋭へと変わるのだ。

 

スタンド使いは自分の能力を隠したがるが、組み合わせ次第で無類の強さを発揮する事が出来るというのに。とはいえ京一郎も彼らのスタンド能力の概要程度を知るくらいで、二の矢だったり応用だったりは知らないが。そして京一郎もまた、自身のスタンド能力についても殆ど知らせていない。夢に閉じ込めるだとか、魂を感知するだとかとしか。教えたとて何になる?京一郎は刺客として外に出されない。どんな人間が標的かでさえ教えられていない。京一郎は籠の中で囀る金糸雀だ。彼は“使える”スタンド使いは手元に置いておきたがる。

 

いいのだ、どちらにしろ。京一郎に何かを変える気は無いので。

 

 

朗朗と。響いている。

忠誠が必要なのだ。退くとしても、執念がなくてはならない。必ず仕留めるという意志が。或いは生きて彼の元に戻るのだという決意が。意志の力こそが、我々スタンド使いの源なのだから。

死に物狂いで踊らなければならない。彼に仕えるのならば。

彼の為に死ななければならない。

京一郎は思う。俺は彼の為に死ねるだろうか。

 

「……愚問だったな」

 

 

声が止んだ。

 

 

 

 

無駄死には罪だ。それだけは矜持が許さない。俺が俺を許せない。

無駄でなければ死ねるだろうか。

否、彼の手を取った時点で俺は1度死んだのだ。彼の為に、俺は1度殺された。ぐちゃぐちゃどろどろの肉塊となって。

 

開いた本を顔の上に乗せ、瞼の裏の闇の中で、夢うつつに。

誰かが嗤っている。俺の顔をした何かが。

本能が疼く。喰らえと言う。欲望のままに喰らい尽くせと化け物が嗤っている。腹が減ったと喚いている。真夏に塵に集る蝿のような耳障りな羽音で。幾つも反響し、高低に、強弱に、喰らいたいと鳴いている。啼いている。

 

 

「ナミセ」

 

半覚醒の状態で、夢の狭間に立っている。

声が遠のく。彼の声が振り払うようにして。

瞼の裏がほんの少し明るくなる。顔を覆っていた古びた紙の匂いが遠ざかる。

 

「いつまで寝ているつもりだ」

 

朗朗と。夜闇の匂いを纏って、声は落ちる。

それは束の間の黎明。全てが青に染るブルーモーメント。或いはマジックアワーの深い蒼穹。

夜明けのようだった。

 

「……おはよう」

 

顰めっ面の彼にぼんやりと掠れた声で言う。目を閉じる。

 

「おい」

「聞いてたよ。良い声だった」

「子守唄にでもしていたのか」

 

聞いていなかったんだろうが、と彼は呆れたように見下ろしている。

 

「俺はね、少年」

 

きっと俺は俺の為にしか死ねないだろうな、と。今は奥に引っ込んだ幻聴に思う。彼はぴくりと片眉を上げて訝しげにした。

 

「けれど、おまえになら殺されたっていいのかもしれない」

 

だから逃げもせず、まるで海底に沈んだあの白い部屋のおまえのように、俺はこの屋敷にいるのだろう。

それに“強い意志”は介在しているのか。

 

「……おれが知るか」

「ウフフ。それもそうだ」

 

目を開く。

焦点の合わない視界で尚、鮮烈な金の髪と赤い瞳が見える。

 

「……お腹が、空いたね」

 

 

 

 

 

 

ピコピコ、ぴちゅーん。そんな、どこか懐かしさを感じるチープな効果音。軽快な8bitのBGM。

京一郎が生きていたのは2000年代。スマートフォンやタブレットが流通し、ブラウン管テレビは絶滅危惧種で薄型液晶テレビが一般的。ゲームもそうだ。PCによるネットゲームに家庭用ゲーム機は全世界の人間と競い合え、オープンワールドすら盛り込まれる程。

画面の中、ドットで構成された平面をキャラクターが走ったり飛び跳ねたりするのを眺めながら、夢中になってコントローラーのボタンを叩く後ろ姿を見遣る。

 

懐かしい。そう、京一郎もゲームをした事がある。しかも幼少期に、母親による制限があったのにも関わらず。

快活に笑う幼いアイツの姿。何も知らない己の何と幼気なものか。ふすりと薄く溜息と共に感慨を吐き捨てながら、そういえば向こうの世界はどうなったんだろうなぁと京一郎は益体のない事をつらつらと考えている。

 

「……で、いつまでそこにいるつもりですか」

 

ひと通りステージをクリアしてコントローラーを置いたテレンスがじっとりと京一郎を見遣って呆れ混じりに問う。

 

「暇だったから」

「私は何故、ではなくいつまで、と聞いたんですが?」

「キミはもっと私に興味を持ってくれていいんじゃあない?」

 

返ってくるのは冷たいばかりの視線で、京一郎は肩を竦めてテレンスがあと1面クリアするまでかな、と答える。

 

「どんなゲームをしているのか気になると言った癖にロクに画面を見ないじゃあないですか……」

 

テレンスは傍らの人形をつつく京一郎に態とらしく溜息を吐く。

 

「ごめんごめん。……マア、やはりというか……此処は私が元々居た場所より前の時代だからか、随分懐かしい気持ちにさせられたよ」

「……ふうん?」

 

京一郎の言葉に興味が湧いたのか、テレンスはステージを選択しながら続きを促す。

 

「詳しい事は知らないよ、又聞きだしね。……シューティング、アクション、RPG、アドベンチャー、レースにパズルにシュミレーション。……あと何があったかな……。現実と見紛う程にうつくしいグラフィックに、一種の世界とも言える程に広大な地形(マップ)。それも町の一つや二つ所では無い、正に世界を股に掛ける程のね。それはひとつのジャンルでしかないが。……勿論、これのように今までずっと愛される……ええと、そう。横スクロールのアクションゲームもあるし、全世界の人間とネットワークを介して競い合えるPvP……だったかな……そんなのもあったよ」

 

指折り数えながらパッと思いつくだけのゲームを口遊めば、テレンスは目を輝かせながら頷く。

 

「貴方が生きていたのは……2020年代、でしたか?」

「そうだね」

「……先は長いですね。私は60代ですか……」

「あっという間さ。毎年新しいゲームは出るだろ?」

 

それか彼に頼んで吸血鬼にしてもらいなよ。若い心持のまま先の文明を拝めるぞ。京一郎は愉悦に笑みテレンスを誑かすように囁く。

 

「……。……やめておきます。碌な事にならない気がするので」

「その割に大分悩んでいたようだけど」

 

耐え切れない笑声を零しながら京一郎は人形をスツールに置き、ゆったりとテレンスの元に近寄る。

 

「……なんです?」

「面白いのかなと思って」

「ええまあ……やってみますか?」

「ウン、少しだけ」

 

 

 

 




京一郎は“悪夢世界”で為す術なくやられるとは言っていない。淫魔は夢魔ともいう。“眠り”という世界では種族としての特徴が顕著に出る事だろう。彼はまだ、夢の中では、スタンドの力しか使っていないのだ。



夢魔って夢が広がるね


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第28話

お品書き
■歪み、悦楽に嗤え
■復讐の甘い蜜
■それはきっと輝ける黒金剛


 

生粋の悪とも呼べる人間は方向性は違えど多く屋敷に集まる。筆頭たるDIO、そこに集う数多のスタンド使いたち。京一郎も例外ではない。

 

「ン……やあJ・ガイル」

「ああ、ミナセか……。よォ、相変わらず暇そうなこった」

 

道すがら出くわせば挨拶する程度には、意外にも彼らは会話をする。

彼らは互いが互いに獲物足り得ず、また同僚に過ぎない。ダル絡みするでもされるでもない2人は存外良好に顔見知りであった。

 

J・ガイル。両手が“右手”の男。エンヤの愛息子であり、自らの欲望の為に無垢なる少女を嬲り殺し、何人もの無辜の人々を平気で盾に取っては暗殺を繰返す卑劣な男である。

それを京一郎は知っている。知っていて尚、京一郎はそのように振る舞う。

 

「ウフフ。キミは忙しいっていうの?」

「そりゃあな」

「……ああ、そうか……これから向かうんだね」

 

これまで会敵した刺客の全てがジョセフ・ジョースター率いるスタンド使い達に敗れ去っていった。“教皇”、“塔”、“戦車”、“月”、“力”、“悪魔”、“節制”……“教皇”と“戦車”に到っては埋め込まれたDIOの細胞、肉の芽を取り除かれ、一行の仲間となってしまう始末。

 

彼らが此処エジプト、カイロへ進んでいくルートは凡そ定まった。行く先々で待ち伏せては自身の狩場としたエリアで刺客達は彼らを襲い、また彼らはそれを退けてきている。

その為、館の主たるDIOは心底不機嫌だ。呆れ、失望し、行軍して来る彼らに対する忌々しさに苛まれている。

 

「斃せると思う?」

「殺せないと思うのか?」

「さあね……ホル・ホースと行くんでしょう、彼はクレバーな男だから、抜け目なくやってくれるだろうさ」

 

ホル・ホースの能力は単純明快であるが故に強力だ。繰り手である彼自身もまた、期待値は高い。目的の為に1歩下がる事の出来る人間はここぞという時にこそ粘り強いのだ。

その彼が選んだJ・ガイルという男もまた、悪人らしく狡猾で。人間の善悪に囚われる事無く自身の欲望に従ってしまえるので、蜷局を巻く蛇のように瞬く間に獲物を毒牙で殺すだろう。

 

「“彼”はキミに期待しているよ。とてもね」

 

京一郎の言葉を鼻で嗤い、どうでもいいと言いたげにJ・ガイルは悪辣に口角を吊り上げる。

 

「あの方の言葉を語る程おまえは偉くなったのか?」

「……確かにね。チョット烏滸がましかったかな」

 

京一郎は気に障ったような素振りもなくコテリと首を傾げる。

 

「言い換えるよ。俺はお前に期待している」

「奴らを殺す事に?」

「お前が彼の望みを叶える事に」

 

それは信頼や信用などではなく挑発だった。お前にそれが成せるのか?本当に?今まで送られた刺客達には成せなかった事を、お前は何の根拠があって自信満々にそう言えるのか。

 

京一郎はいっそ純真無垢に目を瞬かせる。おかしな事もあったものだと。

それにJ・ガイルは苛立つ様子もなく、面白くもないジョークを聞いたかのように肩を竦めて見せた。

 

「ねえ、キミ。いってらっしゃい」

「オゥ、いってくらァ」

 

京一郎は彼がこの屋敷に戻ってくればいいなと思っている。暗殺の達成、不達成に関わらず。悪人の魂は幾らあってもいい。それをDIOが望んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

アンダーグラウンドの事はアンダーグラウンドで聞くのが定石だ。噂話を囁かれ、青年は招かれる。暗い部屋にぼうと浮かぶ白皙の大男が、もうもうと立ち込める煙の奥で妖艶に笑っている。

男の右手に巻き付いた……否、男の右手から生えた紫色の茨が、水晶に幻想像(ビジョン)を映し出す。青年の抱える望み、信念、苦痛、怒り、憎悪、絶望。青年の目にはそれが自分の中に秘めていた力に類するものだと気が付く。その力は普通の人間には見えない。力を持つ人間でなければ、その力は目に映す事さえ叶わない。

 

───両右手の男。

 

青年は積年の仇を、その男の明確な手掛かりを、漸く得る事が出来たのだ。

この男ならばきっと、仇の尻尾を掴んでくれるだろう。青年は男にそう思わされた(・・・・・)

 

甘美に、静かに、忍び寄る夜闇のような声が耳穴から脳髄に沈殿していく。脊髄を滑り降り、腹の底が昏い悦びに満ちていく。

蜜のようにどろりと、……毒のようにじわりと。

 

目を曇らせていく。沈んでいく。くすんでいく。

黄金色の蜜に身を固められている事も分からぬまま。

 

 

 

 

 

 

ジャン=ピエール・ポルナレフ。銀の甲冑を身に纏う騎士のスタンドを持つ、その精神を肉の芽で歪まされて一派の一員となった青年の名前だ。

 

“彼”が肉の芽を使う時は、“欲しい”と思った人間が善に傾倒していた場合や、向けられる忠誠に不純物が混ざっていた時に限る。肉の芽はスタンド使いのスタンドパワーを目減りさせるのであまり取りたい手段ではないと言った。いくら“彼”でも高潔で清廉な表側の人間には精神を歪ませる他に下す手立ては少ない。ほぼない、と言ってもいい。

 

正義とは自分勝手なものだ、主張など人の数だけある。

復讐に身を窶しているがその性根は間違いなく善性だ。彼は何方にも転ぶだろう、闇に身を呑まれかねない危うさがあり、けれど導かれれば光の中に立つ事が出来る。

 

操る事をせず、約束通りに仇を殺させてしまえば、恩義という形で彼を縛る事も出来ただろうに。エンヤの愛息子でさえ無ければ。逆説的に言えば、それ程の価値がポルナレフにはなかったのだろう。

エンヤという老婆を“彼”は重宝している。大西洋に浮かぶクルーザーに引き上げられ、僅か3人ばかりの食糧を得るも───あわや飢えか、太陽に殺されかけた所に現れた、エンヤという老婆の事を。

 

 

 

肉の芽を植えられたポルナレフは金メッキのように悪人のガワだけを纏っているので、いつも張り詰めたような辛気臭いツラをしていた。魂が奥底に閉じ込められてしまっているので、今の彼自身に面白みなどない。何度か暇潰しに話し掛けて何かと友好的に振舞ってやり、幾分か揺さぶりを掛けるように忠誠心を呼び起こすような言葉を吐いたものだが。肉の芽の強制力が抑圧となり“彼”以外へ向ける忠誠を許さないようで、酷い頭痛を覚えさせてしまった。その時の記憶は都合の悪いものとして消えていた。

 

話し相手として、共に同じ人物に仕える者として、結局はその程度に留まった。

 

話せば話す程、その精神は騎士道という言葉に相応しいなと思ったものだ。己の正義に則った発言は機械がショートしたかのように口篭り記憶からも消されるのでそれ程分からなかったが。

 

側近とまでは言わないが、剣として手元に置いておきたいなと思う人物だとは思った。扱い易く、惑わし易い。それ故に重い枷こそ彼に必要だった。肉の芽は唯の言い訳の材料にしかならない。洗脳されていたのだから仕方がない、だなんていう、克己心の苗床にしかならない。

彼の、彼自身の意思で、彼は自らの魂を汚さねばならなかった。そうする事で漸く、彼は自らの価値観に苦しみながらも恩義の元裏切れぬ、主を絶対とする忠臣となれるのだ。

 

今となっては、最早詮のない事だが。

 

その彼がジョースターの一行に敗れ、肉の芽を除かれて、その牙を此方に剥いてきたと聞いて。だろうな、と思わざるを得なかった。仇が此方の陣営にいるのだからさもありなん、誑かしてやりたかったナアなどと嘯くに留まった。

 

 

 

 

 

 

 

「よく覚えちゃあいないんだがよォ……。……友人が、いたんだ。あの薄暗い屋敷で」

 

場所も、話した内容も、ソイツの顔も朧気だが。

 

「スタンドは使えるようだったが、刺客じゃあなかった。血の匂いがしなかったからな。立ち振る舞いもまるで素人だ。……気紛れにおれの元を訪れては何気ない話題を振ってくる奇妙なヤツだったぜ。食いもんは何が好きだとか、何が趣味だとか、この屋敷は退屈だとか。……ソイツと話している時だけ、胸の奥を苛む感覚が薄くなる気がした。血の匂いを、忘れられた気がした。それまでずっと、夢の中にまで、おれは妹が殺されるところを思い出して魘されていた。ソイツが例え敵だとしても、その苦しみを慰められたのは事実だ」

 

───アンタはどうしておれに構う?

───こんな場所だから信用も信頼もないだろうけど、その場限りの話し相手にはなるだろ

 

唯の暇潰しだと笑った横顔が、ひどく美しいと思った事だけは覚えている。

友人と呼ぶには浅く───向こうも関係性に名前を付ける事を疎んでいた気がする───態度も言葉も表面をなぞるように当たり障りないものでしかなかったが。

 

「アレは一体、誰だったんだろうなァ」

 

 

 

 

 

 

 

 

京一郎の顔に色を乗せる。瞼の上に、目尻に、唇に。

なんて贅沢なキャンパスなのかしら。ミドラーは目を伏せる彼を眺めてほぅ、と溜息を零す。

 

宝石のような光沢が灯された蝋燭の火を映す。きらきらと、乱反射するかのように。

スタンド能力の関係上鉱石には詳しいミドラーでも、京一郎に誂えるならどんなものか、考えるのも難しい。

 

七色の輝きを放つオパールだろうか?

冷たく鋭い色を見せるサファイア?

光によって劇的なカラーチェンジをするアレキサンドライト?

 

常に浮かべている仄かな笑みすら失せたその貌は人外じみた美しさを帯びている。邪魔にならないよう前髪を纏めて横に流しているので更に顕著だった。美の女神さながら、生気の薄い石造りの彫刻のような。色を乗せる事すら躊躇してしまう、陶器の白と宝石の黒に彩られた麗しい悪魔。

 

 

「迷っているのかな」

「あ……いえ、すみません」

 

目を伏せたまま、形のいい薄い唇が真珠のような歯を覗かせて京一郎はミドラーに問うた。添えた指を握られたかのような、恋人に耳元で囁くような、甘い残滓を薫らせる少し掠れた声で。気配だけが忍ばされる。

思わず狼狽えて視線を彷徨わせ、改めて息を吸って向き合う。

 

彼の顔に化粧を施しているのは、酒の席でミドラーの言葉を聞いた京一郎が了承した為だ。世辞だとてその顔に化粧を施してみたいと言ったのはミドラーの方なので。世辞のつもりはなく本心であったけれど。まさか本当にこうなるとは思ってはいなかった。

恐縮するものの今はいっそ開き直って楽しんでやろうとミドラーは筆を取った訳である。

 

シャドウは砂のように細かいラメの入った物を。

眦や唇には差し色として紅を差して。

 

あまり手を加えなくても、いや寧ろ手を加え過ぎると素材の良さを潰してしまう。

しっとりと夜露に濡れた月のような男。

仕上げにメイクキープミストを吹き掛けてミドラーは化粧品を片付ける。

 

「……ン、終わった?」

「はい」

 

ゆっくりと目を開く。

白目と黒目の境がぼんやりと掠れた、見た者が茫洋とするかのような黒い目。近くで見れば若干青が滲んでいるような気がする。その顔立ちといい、コーカソイド系の血が入っているのだと彼は言っていただろうか。エキゾチックな象牙色の肌がその美貌に生を乗せている。もし彼が白人種であったのなら、正しく大理石の彫像のように思っただろう。

 

赤と黒と白に彩られた美しいひと。

 

「んふ。キスしたいの」

 

見詰める内に間近まで近付き過ぎていたらしい。まるで吸い寄せられるかのように……。

 

「だァめ、折角の口紅が落ちちゃいますから、」

「嗚呼……残念、」

 

……、……あ、あっぶな〜……!

流石にDIO様から怒られてしまう。あの威圧感をちくちくと味わうのは勘弁だ。

ぐいぐいとその背中を押して彼を立たせて入口へ押し遣る。

 

「渾身の力作ですよ!DIO様に見せてきては如何かしら?」

「うふふ……そうするよ。ありがとう、ミドラー」

 

ちゅ、と触れるか触れないかくらいのチークキスを貰い、その姿が軽やかに去っていく。

 

 

「あざといわァ〜……」

 

アタシもやるけど、やるけど!

キザったらしいのもぶりっ子も似合っちゃうなんて、ホント、美形って得だわァ。

ぱたぱたと火照る頬を冷ましながら。

 

 

……ふと脳裏に過る。

飄々と、かの人の手にかかれども“征服されない”輝きの彼。

悪魔をも欲しがるだろう美しき淫靡。

“超越”、“革新”、“不屈”、そして“誕生”。

……彼は。

 

強く、硬く、しなやかで、黒々としたブラックダイヤモンド。

 

 

 

 

 

 




この後DIOの寝室にやってきた京一郎はめっちゃメイク落とされた。キスする時にルージュが移るのが嫌な模様。
このDIO様は化粧を積極的にする。

京一郎自身を彩るならまた別なんだろうが、彼自身を宝石に喩えるならブラックダイヤモンドかなって。宝石詳しくないから知らん。

後4話くらい書いて、広げた風呂敷が畳めたらおしまいにする。


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第29話★

おしおき(後編)

ワンクッション
淫語/♡喘ぎ/概念的二輪挿し/玩具責め/射精管理


 

 

さほど前と間も開けず。しかし記憶から僅かに薄れた頃合に。

京一郎はDIOを自らの夢の中へ引き摺り込む。夢現に、けれど現実世界での感覚もはっきり分かるように繋げたまま。

自らの肉体も半端に覚醒した状態で。スタンドにも意識を乗せられるというスタンド自体の性質を利用した裏技である。戦闘時としては感覚が鈍くなるのであまり役に立たないものであるが。

無防備に横たわる肢体に恍惚とした笑みを滲ませて、京一郎はその身体に跨った。

 

きっと耐えられなくなるだろうから、自由に動くその腕には部屋由来の鎖を巻き付けて。

やさしく、どろどろに蕩かして。最後はきれいに食い尽くしてやろう。その為に色々と画策したので。

 

「おきて、少年♡」

 

 

 

 

 

「仕置の続きをしようと思う」

 

白い部屋で目覚めるなり拘束された状態で跨られていた時点で、嫌な予感はあったのだ。

確かな違和感を感じていたので、柔く齎される快楽にこんなものかなどと油断はしなかった。鎖で拘束されるまでもなく、我を忘れる程でもない。無理矢理やっても意味が無いのだと京一郎は含み笑う。

 

「そろそろいいかな」

「は……、ァ?ッ?な、ん、」

「ンふふ!……気付いた?」

 

触れられていない筈なのに触れられる感覚。此奴の手が更に2つ増えたかのような。

確かに奴の手は腹の上に置かれている。だというのにその不可視の手は胸の上を這い、柔く握られていた。

スタンドではない。その姿は見えない。なのに。

背中はシーツに当たっているのに、じんわりと伝わる冷たい温もりは奴の物だ。……後ろから、抱かれている……?

 

「な、にを……ッ?!」

「ネタバラシにはまだ早い……当ててごらん」

 

舌舐めずりした奴はおれに唇を落とす。

その間も背後の気配は背中に幾つか鬱血痕を残しながら、挿入っているのに挿入っていない孔をくるくると弄り、ナカを慣らすように指が入り込んだ。

 

「ぅ、あ……、指が、は、挿入って、」

「力が抜けて……良い子だね。欲しがるようにきゅうきゅう締め付けてる」

「ま、さか……現実で……?!」

「正ー解♡感覚の共有も出来ているようで何より。マルチタスク、割と出来るものだなァ?」

 

思い至った想像にざっと血の気が下がる。

此奴、現実でもおれを犯そうとしているのか───実質、2人のナミセに犯されているようなものッ!!

 

「このまま現実でもする気じゃあないだろうなッ?!」

「これは仕置だって言ったろ?」

「ッ今直ぐやめろ!こ、こわれる……ッ」

「聞けないなァ。うふふ……ちゃーんと気持ち良くするからな♡」

 

ぐちりと前立腺が指に押し潰されて身体が跳ね上がった。

 

「あ゙ッ!!や、やめろ!なあ、今止めるなら、今ならゆるしてやる、から、」

「良い子良い子……」

「ひ、ぐ……!?は、ァ、やめ、動かすな、っ!」

 

がちゃん、と一際強く鎖の音が響く。此奴、この為に……!

絶頂で昂った身体が過敏に反応してのたうつ。

 

「解れてきたね、」

「ゃ、め、」

「ダメ♡現実でも俺を気持ち良くさせてね」

「───あ、」

 

現実で押し付けられたペニスに喉が締まる。息が荒く、興奮と同時に有り余る恐怖に身が悴む。

 

「い、いや、いやだ……ナミセ、考え直せ、ッ」

「うふふ!そんなにも期待されたら興奮しちゃうだろ?」

 

一緒にトんでしまおうよ。今迄よりずっと、沢山気持ちイイよ。

 

「ね、ディオ。かわいいね」

「ひ、」

 

ずぶ、ん。

2本目のペニスが易々と肉輪を穿いた。

 

「アガッ?!ァ、や、め゙、ぇ……♡!!?ィ゙、〜〜ーーーッ?!ぁ、や゙、あ゙ああぁぁあ゙あ゙ッッ♡♡♡!!!」

「あ゙ッッ?!……やっ、ば、♡これ、俺も拙いかも、……ッッ」

 

二重に重なる快楽に悶え死にそうになる。腹の上で身を縮ませたナミセを気にする余裕など最早なかった。

 

「は、は……ちょっと、反則だけど……俺の方は感覚切っとこ」

「あ゙、あ゙、ゃ゙、え、……ッやめ、ろ、ぉ゙……っ♡♡」

 

ずりずりと張り出したカリに前立腺が擦り潰されて、夢の中では奥が犯されて。瞬く間に精液が噴き出す。

 

「ひぎッ♡♡?!」

「はあ……♡……あー吃驚した……淫魔が快楽で腹上死なんて馬鹿みたいな事態になるトコだった」

「ィ、ひゅ、ひ、ゃ……♡ゃ゙、ァ゙、……♡♡」

「あは……かわいい」

 

ちゃんと素直に“ごめんなさい”が言えたら考え直してあげようね。

 

 

 

 

 

引き攣った呼吸をか細く零しながら、時折思い出したかのように、腕の鎖を解こうとして、がちゃがちゃと藻掻く。吸血鬼の膂力はどうしたのか、徒人のようなか弱さで。

目元を涙でしとどに濡らし、何処も彼処も赤く腫らして火照らせながら、律動とは別に投げ出した脚を震わせる。緩くなった口から涎が垂れる。爪先がシーツを突っ張っては、ぎゅうと皺を寄せた。

這い回る掌と指とが京一郎の物だと分かるから、それを快楽として受け入れる。そのように、長い年月で教え込まされた。無意識に、無自覚に。

蕩けた肉を耕すように、肉杭が入口から奥までをずるずるどちゅどちゅと絶え間無く、交互に、DIOの雄膣を嬲る。

果実のように赤く肉厚で艶やかな舌が口外にはみ出ては宙を舐った。

 

「ォ゙……ッ♡♡おぐ、ゃら……♡」

「うふふ。弛んでるんだもの、入っちゃうよ」

 

ぐぽぐぽと伺い立てるかのように窮屈に閉じたそこを先が突き入る。

 

「ひぅ゙ぅ……ッ♡♡」

「現実からも夢からも、同時にこの奥が貫かれたら……どうなっちゃうと思う?」

「ッッ……!!」

 

がちがちと白い歯が怯えに噛み締められる。

ただでさえ結腸口は気が狂う位に暴虐的な快感に突き落とされるというのに、それが単純計算2倍となって襲うともなれば……意識がトんで、戻って来れるかわからない。

 

「や゙、ゃ、あ……それ、それだけは、ッ……!」

「ンフ……!そんなに怖いんだ。萎えてる」

 

爪先で力を失った精液まみれのペニスをなぞられて身震いする。

過度な快楽は拷問に等しいとDIOは最近知った。

腹の下で精液を潤滑油にして牡茎が扱かれるのを、ただ見ているだけしか出来ない。

 

「ゔ、ゔ、ゔぅ゙〜〜〜……ッッ!!」

「ふふ、機嫌直せよ。……イイモノやるから」

「な、に、言って……」

 

そうして白い部屋(スタンド)から取り出された、───円柱状のシリコンの質感の何かが、DIOのペニスにぬるりと被された。

 

「────ぎ、ァ゙、ッッ♡♡?!?!」

「知ってる?知らないよなァ。おまえには俺がいるから必要ないもんな?……オナホールっていうんだぜ」

 

がくん、とDIOのおとがいが上を向く。雄々しい脚がぴん、と伸ばされて引き攣った。

複雑にうねり、絡み付き、吸い付くような圧力と。全体を舐られるかのような強い締め付けと。

俺の“カタチ”の特別性だと囁かれるも、そんなもの、この身で何度となく味わっているのだから分かりきっていた。

 

「ンふふ……!ココは正直でいいね……」

 

オナホールの中で瞬く間に芯を持った屹立に揶揄するような笑みを浮かべながら、京一郎は弄ぶかのように強弱に、ねっとりと手を動かす。

同時に、止まっていた律動を浅く、けれどより深く、再開する。

 

「ッ……ィ゙、ぎっ……♡♡」

「なァディオ。俺の“おねだり”、聞いてくれるよな?」

「ひ、♡ィ、いや……っ♡イヤぁ゙……♡♡」

「どうして?こんなに気持ち良くしてやってるのに?」

「い゙、ィ゙、ッッ……♡」

 

きぃん、と耳鳴りがする。鉄板の上で炎に炙られているような焦燥感を、度を越した快楽からの逃避の為に。

 

「こら、気を逸らすな」

「ェ゙おぉ゙っっ?!」

 

ごぼっ。

夢の中のDIOのナカが、ふたつめの堰を破られる。

 

「ひ、ガ……ッ♡♡?!!」

「ああ、かわいそうにね。まるで虫がひっくり返されたみたい」

 

うっとりと悪夢のように微笑む京一郎は滲む汗を指に乗せながら容赦なくDIOの下腹を掌で押し潰す。

現実でちょうど、そこをごりごりと揺すっているので。

夢の中ではそこは弄られていないのに、混濁したDIOの脳ではそれすらわからない。

 

「あ゙あああ゙ぁ゙ぁッッ♡♡!!」

「あは、うふふふ……かわいいね、可愛がってやろうね」

 

こんなもの、セックスなどではない。

おれは今犯されているのだ。

無理矢理組み伏せて、弄んで。

おれの意思など無視して。

 

「ひゅ、ゥウ……っ」

 

仰け反って喉を晒し、後頭部をシーツに押し付けて、身体を硬直させて。くらくらするくらいの甘さに縛り付けられる。

 

「なあに、俺が怒ってないとでも思ったの」

「な、みせ、……」

「俺は俺の意思でおまえに殺されたっていいけど。だからって不意打ちは面白くないだろうが」

 

俺はそんな安い男じゃあない。おまえが欲して求めるくらいには価値がある。おまえはおまえの価値をも貶めたいのか?

DIOの肌に抉る程爪を立てながら、影のかかる顔にぼうっとギラついた瞳が浮かんで、DIOを睥睨する。

 

「気紛れに、戯れに、花を摘むみたいに無為に。そのような事二度と出来ないように。……躾けないとなァ」

「ァ……ゃ、いや、いやだ、ッ……」

「うふ。イヤイヤばっかり。お仕置の方が好み?」

 

力加減無くDIOのペニスの根元を紐で戒めた京一郎にざっと血の気が下がった。

 

「それ、それは、嫌……っは、外せ、ナミセ……っ」

「ちゃんと泣いて懇願してね」

 

ぐちり、と。その手がDIOのそれを容赦なく扱いた。

 

「あ゙ッッ♡!!は、ァ、は、はずして、外してくれ、ナミセ、!悪かったから……」

「……ふふ。言葉の表面をなぞるように白々しい」

 

気に障ったのか、ぐっと奥に押し付けられて、DIOは早まった呼吸を止めた。

 

「ァ、あ、い、いや……」

「このままナカで扱いて、」

「あ゙、」

「貫いて、揺さぶって」

「ッゔ、あ゙……♡」

「気持ちイイね?」

 

じゃらじゃらと鎖の擦れる音がする。

どう答えたとしても、この先の事を止める気は無い癖に。

 

諦めてしまえばいい。前と同じように。

だから早く、トドメを刺して。

 

「、ァ……────」

 

口走った言葉の意味すら頭にない。

ただ、じりじりと炙られるような焦燥感と、もどかしくて喉が乾いて、逆流する甘い痛みに堪えかねて。

多分、強請ったのだろう。京一郎が笑みを深めて額にキスを落としたので。

 

「怖がらなくてもいいさ。いつもみたいに、直ぐに悦くなる」

 

期待、していた。認めざるを得なかった。

滂沱と涙を零しながら、身体を痙攣させて、呼吸を引き攣らせ、打ち上げられた魚のようにシーツの海に溺れて。

餓えている。あんなに嫌だと言っているのに、今でも嫌なのに、それが欲しいと身体が熱っぽく疼いた。

 

 

 

 

 

 

「あ゙、あ゙……」

 

どれだけ犯されていただろうか。

1時間?3時間?……もしやそれ程経っていないのだろうか?

もう何もわからない。

ぐちり、と。京一郎のナカを模した性具で放った精でねっとりと絖るペニスを扱かれる。

 

「ひ、ぁ゙、ッッ♡♡」

「ウフフ……ちゃんとこっちを見て……余計な事は考えるな」

「ァ゙」

 

ごりごりと肉壁が、交互に蹂躙される。目の前が白く、黒く、けれど快感に叩き起されて。

 

「言ってごらん。どんな感じ?」

「ゥ、あ゙……」

「言え」

 

黒く淀んだ目がDIOを見下ろして弓形に嗤う。

 

「言わないと終わらないよ」

「ェ゙あ゙……!」

 

引き攣る喉が柔く締められる。嫌がって顔を動かせば顎を掴まれて固定された。汗で張り付いた髪がしっとりと京一郎の手を濡らす。

 

「喋れない?仕方ないね、」

「ォ゙ご……ッ?!」

 

開いた口に京一郎の指が捩じ込まれる。舌で押し出そうとして絖り、走った快感にDIOの抵抗が硬直する。

そのまま指が弛緩した喉奥をぐりぐりと抉った。反射的に迎え入れるように、喉が開いた。

頬の内側を擦れ、舌根を扱く感覚にすら快感を見出す程に、犯される事に慣れてしまっていた。嘔気を伴うそれすらも気持ちイイ。

 

「ォ゙え……っ」

「どんな風に犯されている?」

「……ッう、ぁ゙……ゃ、ゃら、や゙……♡♡っは、ァ゙、……な、が、ァ゙……」

「うん」

「にほ、おまぇの、ぉっ……!」

「俺の、なぁに」

「お 、まえの、ォ゙ッッ♡♡♡ぁ、あ、ぺにしゅ、ひぎぃ゙ぃ?!!」

「違うだろ」

 

身体も、意識も、残ったプライドも、全て粉々に。千千に踏み潰されるかのように。縺れる舌が媚を吐く。

 

「教えたよな?」

「ッックソ……♡ああ゙ッッ♡♡?!ぁ、あ、いう、言うがらぁ゙……!!……お、まえの、ッ……おまえの、ッ、おちんぽ、ォ゙、ナカで、ゴリゴリ、おくぅ゙ぅ゙♡♡」

「俺のおちんぽが、お前の何処を?」

「ぜ、ぜんりつせ、と、ォ゙オ゙ッッ♡♡け、けっちょ、くちぃ゙ぃ゙♡♡♡!!こ、交互、にイ゙っっ♡♡すりつぶ、おぐ、つぶぇうぅ゙〜……っっ♡♡♡」

「で?」

「ぇぐ……っ♡ま、ぇ゙、おれの、が、おまえのナカに、ずぼずぼ♡♡ぉお゙っ♡♡じで、ぇ゙……♡♡」

「うん。それで?」

「ち、ちくびぃぃ゙っ!乳首、なめまわされへ、ぐにぐにッッ♡♡ひ、ひぐっ♡かまれへっ?!す、すうなあ゙っ♡♡♡!ひっぱうな、ァゔあ゙ああ゙あ゙あ゙っっ♡♡♡!!」

「うん」

「みみぃっ!みみ、舌が、ァァァ……♡♡ぐちゅぐちゅ♡あな、なめられへ、おとォ゙っ♡!!こ、腰に、ィ゙、ひ、ひびく、ぅ゙♡♡……ぁ゙あ゙、ぐぅぅッ?!ぁえ、?!ひっ……!ぃ、いや、あああ……!っまぇ゙ッッ!いっでる、しおふきしでぅがらっっ♡♡!!どめ、で、とめで、とめでぇえ!!!やだあ゙ぁあぁぁ゙あ゙♡♡♡!!!」

「出すね」

「らめ、らめ、ナカ出すな、ッッぃギ……?!ィ、いまらめえ゙ぇぇえ゙え♡♡!!!ぉ゙、ほ……ッッ♡♡ぉ゙……ッッ♡♡ぁ゙、ぁぁああ゙あ゙……っ♡♡♡」

 

胎の中が灼熱する。女のように、ナカで吐き出されて脳が白く染まる。脳裏が此奴のペニスに余さず犯されて、侵されて、冒されて。

自らの精液が腹に落ちる感覚すら、身体を絶頂に押し上げる。

腹が苦しいくらいに張っている。飽和して吸収しきれない、奴の淫液。

抜かれる感覚に、蜜壷が痙攣して締め付ける。まるでまだ欲しがっているかのように……。

 

「だめだよ。ほら、力入れて……」

「や゙……ァ……ッ♡」

 

漏れ出す前に指が塞ぐ。苦しいから出したいのに。これ以上吸収したら、まるで媚薬でも仕込まれたかのように身体が昂って堪らなくなるのに。

指の代わりに、冷たく硬い何か(アナルプラグ)が押し挿入れられた。

 

「ひぎっっ♡♡?!ぃ、や……ぁ、あ゙ッッ♡♡やめ、ろ゙ォっっ♡♡あがッッ?!ァ゙、や゙ら゙ああ゙あ゙〜〜〜っっ♡♡♡」

「ちゃんと吸収するまで前扱くの、止めねぇからな」

「あぐッッ♡♡ひゃめ、ひゃめれぇ〜〜ッッ♡♡しおふき、ィ゙、とまんな゙、あ゙ッッ♡♡♡」

「そうだなァ」

「あ゙、あ゙、ぁ゙やま、ぅ、がらっ!わる、かっだから゙、ァ゙!!も、しな、ァ゙ッ♡♡♡」

「そうだなァ」

「かはっ……♡♡♡あ゙、あ゙、あ゙あ、ぁ゙、ッ……!っ、あ─────」

 

 

「……あ、気絶した?……悪かった、じゃあなくてごめんなさいって言えたら許してやるかな。じゃあ次は現実で」

 

 

 

─────……

 

「おはよう♡ディオ」

「な、みせ、貴様ッ、ころしてや゙、ぁあああ゙っっ♡♡?!!」

「あは。元気だね……じゃあ、現実でもがんばろっか♡」

 

寝ている間にも犯されて、身体はぐずぐずで、脳味噌は混乱と快楽に浸されて。

いつもと違って、外でも精液で身体がどろどろで。

 

「や゙、や゙ぁあ……っ♡♡も、やめっ……」

「魂の抜けた身体でも控え目に喘いでいて、可愛かったけど……やっぱりおまえはこうでないとね」

 

悶えながら必死に後ろにいる京一郎の腿に爪を立てるDIOを愛おしげに、京一郎は汗の伝う真白い背中に唇を落とす。

 

「じゃあ、言ってみようか。ほら……“ごめんなさい”」

「い、うか、クソ野郎っ……!」

「ンー、いつまで続くかなァ。そのクソ生意気」

 

 

 

 

 

 

喉が枯れ果てるまで泣き叫び、結局、幼子のようにごめんなさいと繰り返し。訳が分からないまま、奴の言うように。

卑猥な言葉だって吐かされた。媚びを売れと言われて自ら上に乗って腰を振った。口で奉仕だってした。それのどれもが気持ちが良くて狂い死にそうだった。

このままずっと犯されていたっていいくらいの、どろどろとした多幸感。薬なんて目じゃない、淫魔からの甘美なオーバードーズ。

どんな醜態だって、この淫魔はゆるすから。

 

「オ゙ッ♡♡♡ァ゙、あ゙あ゙あああっ♡♡♡」

「はー……♡……反省、した?」

「じ、じだっ、じだがらっ♡♡!も、おぐやら゙っ♡♡きもぢよぐでッ、馬鹿になる゙ッ……♡♡し、死ぬ……ッ!!ァ、あ゙、ッいぐいぐいぐッ……♡♡っ、ご、めんら、さ、ごめんらさぃ゙い゙、ィ、イく……っ♡♡」

「……ウフフ♡」

 

……。

俺ももうむり。

 

 

 

 

 

 

「……、……、……、」

「……」

 

ぐったりとベッドに横たわる死屍累々。DIOだけでなく、京一郎も疲れ果てて指一本すら動かせない。

最初からDIOは白旗を上げていたが、最終的に京一郎の方が限界で終了したようなものだった。

省エネとはいえ、白い部屋での時間の引き伸ばし、現実との齟齬の擦り合わせ、その状態の継続と保持。これこそスタンドと才能の無駄遣いである。

……更には生気の過剰摂取で、京一郎は現在酷い嘔気に襲われている。

 

「ぉえ、」

「……、……、吐くなよ」

「吐くもんがねぇよ」

「おまえ、阿呆だろ」

「否定出来ねぇ……」

 

今迄見た事がない程に顔を白くして大量の汗を流す京一郎に、DIOは苛立ちと憤怒を腹に残したまま呆れを呈した。いつもの薄ら笑いすらない。無様極まりない醜態を晒すこんな奴なぞに当たり散らす事も馬鹿らしい。

出る物が枯れる程出し切ったので、疲労感もあるがスッキリしているからというのもある。寧ろ爽快感すらある。

虫のようにぐったりと動けずにいる京一郎を見下ろして、身体に纏わりつく乾き掛けの体液が視界に入る。同時にそれが不快に思ったので、DIOは体を起こして。……何を思ったのか京一郎の腕を掴み上げた。

 

「……、……なに、」

「風呂に行く」

「……、……あんま、動かさないでくれると……嬉しいんだけど……?」

「知るか」

「……ゥぷ、むり、まじで、」

 

セックスの後は決まって後始末までする京一郎がこのような状態になるのは、今迄で本当に初めての事で、DIOは非常に興が乗った。嫌がらせも兼ねて。

 

「ゃめ……」

「は、聞こえんなァ?」

「報復の方向が……陰湿……」

「このベッドはおれのだ」

「クソ……横暴……ひとでなし……」

「おれもおまえも人じゃあないだろうが」

 

大人しく浴室へ引き摺られていく京一郎に、DIOは口角を吊り上げて嗤った。

 

「ごく稀にならまたやってもいい」

「頼まれたってヤダよ……何、少年真性マゾ?」

「落とすぞ」

 

 

 

─────

いっそ殺すように乱暴に犯し()て、だなんて。

なんて情熱的で淫靡な誘い文句なのかしら。

DIOの腕の中で(に拘束されながら)、不可抗力なのだと京一郎は腹中でそっと呟いて、濁る湯を指で弾いた。

 

 




このDIO様はフェラをさせた事はあってもさせられた事はないので下手設定。口の中は調教済みなのでイラマでびくんびくんしてると尚良し、最中に京一郎から下手くそって言われて悔しくて、多分後日布団に侵入して咥えるんじゃあなかろうか。思う壷。
くっ殺(してやるぞッ!)は可愛い。即落ち二コマもわりと好き。

書きたい事が書ききれず。書き直すかも


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第30話

お品書き
■惑い迷宮
■憐れみに強請れ
■夜の魔女は聖女となり得るか


 

 

能力の関係上、想像力は必須だ。

スタンドとは可能性。或いは自らの象徴、証明、未来。

使い手次第で如何様にも変わる。

固定概念こそが天敵だ。探求者、求道者じみた見方をすれば。けれど揺らがぬ意志も必要だ。自分自身を信じられなければ生き抜けまい。

 

 

 

「───この意匠はその当時に使われた建築法から発展していて……、」

 

ただ長く広く演出するだけではなく、どれ程違和感を抱かせる事無く錯覚させるかが大切なのだと、彼は俺に胸を張って言った。彼は“彼”に高額の報酬で雇われた人間だ。対象にした人間に幻覚を掛けて惑わせる『ティナーサックス』。より鮮明に明確に、視界だけではなく五感すら影響下に置けるそれは、幻覚の中で人を殺す事すら出来る。

目隠しされた人間が肌に押し付けられた常温のスプーンで火傷を負うように。

自らのイマジネーションに殺されるのだ。

顔を紅潮させ、拳を振るわせて話す男の話を中庭の陰に置かれたベンチで聞きながら、スタンドによって現れる蜃気楼のような幻に目を奪われる。

彼は建築物に造詣が深いようで、違和感なくこの屋敷に幻術を掛ける事が出来るという。それは敵襲があっても屋敷を迷宮状にする事で要塞と化すのがこの男の役割だ。

 

度々、屋敷にいる人間と戯れに話をする。外出すれど近場で留まっている───“彼”が何を言った訳でもないが、長時間出歩くのは些か不服であると察した───からなので単純に暇潰しでしかないが、なかなかどうして面白い。

組んだ脚に頬杖をついて、絶対の自信を以て魅力を生き生きと語る様に相槌を打つ。もっと、好きなように、自由に。その様を見るのが、俺は好ましかった。

 

「……あの、つまらなくはありませんか?」

 

恐る恐る俺を見遣った彼に、そんな事は無いと否定する。

 

「元々そういった歴史的建造物について興味があったし、色々なスタンド使いの話を聞くのは楽しいよ。───……深く(・・)強く(・・)、私はキミを知りたいとおもっている」

 

下から見上げるように、足の爪先を遊ばせるように動かしながら、俺は彼を賞賛する。

 

「キミのその創造力(スタンド)を、私はとても評価している。キミは現実世界で、私は夢の世界で……自在にすべてを創造し、君臨出来る力だ……」

「き、京一郎サマ……!」

 

目を眩ませたようなケニーGの様子に艶笑を滲ませる。

 

「キミの研鑽に期待している。キミは今よりずっと強く、美しくあれるだろう」

 

さあ、もっと聞かせておくれ。キミの、すべてを。

 

 

 

 

幻を自在に操る力は確かに強力だが、然して所詮、幻は幻である。それは夢の力も同じだ。

想像力を膨らませるならマニッシュ・ボーイと茶会をするのが最適だ。子供の想像力は突飛でありながらも実に幅広い。

今までずっと、京一郎は淫魔としてスタンド能力を試行してきた。知識を元に記憶を再現し、先達であるスタンド使いの意志を、魂の輝きを視ながら、試行錯誤の連続だ。自分自身を知るという事は時に、他者のすべてを知る事よりも難しい。

───もう一段階先へ。もうひとつ上の領域へ。

京一郎は飢えている。飢えこそが、人間の最大の原動力だ。

 

「……なんて、飢餓とは程遠い人外となった俺が言うのも可笑しな事か」

 

そんな事よりも、何よりも、京一郎は今を愉しんでいる。

他者を良い様に転がすのも、他者を参考に自分を高めていくのも、なんの意図も無く戯れに興じるのも。

敵のいない箱庭で囲われて生きたあの頃も、悪くはなかった。今もそう、───悪くは、無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

あの人を突き回すのはやめた方がいい。

京一郎に絡んだ様子を見て、ダンはラバーソールにそう忠告した。

なんだ、ひよったのか?とラバーソールはケラケラ笑ってダンの肩に腕を回した。ダンはそれを嫌そうに振り払い、マジで言ってンだぞと凄んでみせる。

 

「怒らせちゃあいけねぇ。ありゃあDIO様に並ぶおそろしい野郎だ」

 

戯れと愉悦で精神をぶっ壊そうとしてくるんだとダンは今は見えなくなった京一郎の背を睨む。

 

「このオレをだぞ?DIO様に同じように仕え、重用されているこのオレを!」

「そりゃあおまえ、いつもみてぇに脅しに走ってヘマしたんだろ。あの人は確かに人間臭ぇが立派な人外だぜ」

「……おまえそれを知っててあんな絡み方してんのかよ」

「だぁってあんな美人そうそういねぇよ?!しかも淫魔(サキュバス)だっていうじゃねぇか!」

 

男だろうが女だろうが関係ねェ!ナンパしなくていつすんだよォ!などと。とうの京一郎からは何ひとつとして思われてはいない。完全なる無関心。性欲丸出しでセクハラを繰り返すそのような相手を受け流したりスルーしたりするのは何も不思議な事では無い。

彼曰く、ラバーソールは暇な時に戯れに指先でつついてやる程度の慰めにはなるとか。最早触ったら音の出る玩具の扱いである。別に京一郎は今、そういう意味で飢えてはいないので。傍には極上とも呼べる金色がいる。

……とはいえそれはダンも同じく。度々出会い頭に夢に落とされ、京一郎の描いたシナリオを演じる羽目になっている。どれだけ狂気に犯されようと死のうと現実世界で起きられるのだから、京一郎はダンの事は割と気に入っているのだろうか。真偽は京一郎の中である。

 

「おまえ……」

「ンだよ。おまえは思わねぇのか?」

「オレはノーマルだし、あの御方だけは無理」

 

 

 

 

「よォ寵姫サマよ」

 

いつもの一歩間違えたら下劣極まりないセクハラを受けながらも京一郎は変わらず、まるで日中散歩途中に道端で知り合いに会って“やあ”と挨拶でもするような朗らかさで、けれど夜の匂いを香らせながらにこりと微笑む。

見れば見る程極上な男だ。どんなに自制のできるいい大人であろうと、酒の席で侍らせて酌をされれば前後不覚になるくらいに呑み過ぎてしまうだろう。夜の灯りに照らされるのが良く似合ういい(オンナ)である。

 

「飽きないね、キミも」

「美人は3日経っても飽きる訳ねぇぜ」

「そういうキミも、とてもハンサムだよ」

「だろぉ〜?!」

 

今日は気が乗ったのか京一郎は腰に回る掌に手を添えてくすくすと淑やかに笑う。

 

「今日は何の用事で屋敷へ?」

「あー、DIOサマから仕事を任されてね。それの達成報告ってトコ」

「そう……お疲れ様」

「まあ?オレにしてみれば楽勝ってもんだったけどなぁ〜っ!」

 

そっと京一郎の掌がラバーソールの頬を掠めて首の裏に回る。突然の京一郎からの接触に流石のラバーソールもぎしりと身体を固める。

 

「キミは逞しくてとても強いから」

 

ご褒美あげようか。

愉悦に弧を描いた、掠れたような瞳に、まるで吸い込まれるようだった。

映画のワンシーンのように幻想的で、あまりに蠱惑。

 

「ミナセさ、」

「なんてね。キミのいちばん欲しい報酬は金だろ?」

 

するりと。風に攫われる花弁のように、京一郎はラバーソールの腕から抜け出る。

ひらひらとドレスのような裾が名残のように掠めていく。

ダンスを踊るようにくるりと回ればふわりと袖が揺れた。

 

「お話しよう。……おいで、キミの度重なる誘いに免じて、部屋に招いてあげる」

 

ころころと様相を様々に変えて惑わし、京一郎はいっそ可憐に笑う。

 

「参った、アンタ……本当に魅力的だな、」

「キミには負けるよ」

 

そっと差し出された手を取ったラバーソールは感化されたかのようにその甲に唇を落とす。気圧されたのだ。傾国の悪女そのものな彼が触れ難くなるくらいの清廉さを醸し出す事すら出来るなど、ラバーソールは知らなかった。

 

「そうしている方が、私は好きだよ。いつものように触れられるのも……、……マア、悪くは無いけれど」

 

偶にはそういう姿を見せてね。そう言う京一郎にラバーソールは熱に浮かされたようにぎこちなく首肯した。ああ、性に合わず流されているななどと思いながら。

調子が、狂う。

 

時々、本当に稀に。

この御方から齎される気紛れな愛嬌と慈悲に、傅いてしまいたくなる。自分の命に勝るものなどないというのは変わらないはずなのに。

 

それは恋では無く肉欲に付随する劣情だったが、焦がれるそれによく似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

沈潜。

 

時折、手慰みに猫を撫でるかのような手付きで、俺の身体に触れながら。

 

床に脚を崩して座り、椅子に腰掛けたDIOの膝に凭れて大人しくその手を受け入れる。

 

「今度は何が欲しいの」

 

蛇のようにきょろりとした感情の読めない目でDIOを見上げ、京一郎は口元に笑みを乗せる。

 

「うふふ……聞いたよ。使っていたスタンド使い、殺しちゃったんだって?どうして?あんなに重用していたのに」

 

ねっとりと、じっとりと、直接の主であるDIOにも目をくれず。京一郎にそのような目を向けていた事を、強く覚えている。即物的で俗、けれど愛欲じみた感情の産物。

京一郎はDIOの命令であればそれを受け止める肉としてそのようにされるのも構わなかった。何故なら今、京一郎はDIOの所有物だからだ。

手を止めたDIOの手に自ら頭を擦り付けて続きを促しながら、京一郎は与えられる微睡みを甘受する。

 

「何だっていいだろう、気に食わなかっただけだ」

「そう……?別に俺は良かったのに。その程度で穢される魂は持っちゃあいないよ」

 

実の所、DIOですら、何が気に食わなかったのか分かっていない。仕事ぶりも、性根も、悪に寄っていて逸材だった。

仕事を十二分に果たして屋敷に戻ってきて、その時は機嫌が良かったのだ。報酬に何だって叶えてやろうと寛大に思うくらいには。

ただ、京一郎が欲しいと言われるまでは。妻に迎えて、けれどそのままDIOの元で、ふたり、共に変わらぬ忠誠を捧げると言われて。

 

衝動のままに縊り殺していた。

 

それは愛などという乳臭いものではない。執着などというものではない。けれど、京一郎に別の誰かの手垢が付くのを嫌った。

 

「例え矜恃が蹂躙されても、俺はそれを為した者の血で穢れを雪ぐよ」

 

それはおまえも理解っていた事だろう?

淡々と、疑問を呈する。京一郎は初めにその男と会ったきり、顔を見た覚えもなかった。どうでもよかったのだ。ただ、あの男ひとりで京一郎が求める程の生気を賄えるとは到底思えなかったが。

けれど此処であのスタンド使いという“損失”が出てしまった。

 

「俺に任せれば、あの男程度手玉にとって、指1本触れられる事無く全て絞り尽くす事だって出来た」

「……あのスタンド使いの妻になりたかったのか?」

「あは!俺が?あんな足置きにもならなそうなちっぽけな人間の?冗句にしてはつまらないね」

 

……マア、だろうなとは思ったが。

吐き捨てた嘲笑すらも何処か高貴で美しい。

 

「ねえ、少年。……今のおまえは何が欲しい?」

 

DIOは京一郎を見下ろす。

穢れを纏い、けれど穢れに染まらぬ悪魔のような男。

こうして今のように跪いておきながら、何者にも屈さない黒き高潔なる精神。

無機質にも、無垢のようにも見える瞳の先の、奥底。

夜の魔女と呼称されたこの男は、今は遠き母やエリナ・ペンドルトンと並ぶ聖女になりうるか。……DIOは度々、それを考え耽る。

成り果てる事を望まない、けれどそれを見続けようと自分の存在全てを賭けてこの世界に下った、水瀬京一郎という元人間。

欲に塗れ、けれど堕落はなく。DIOがいるからと自由を手放し、此処に留まり続ける。

与える者、奪う者、受け継ぐ者、……そして、捨てる者。京一郎はどれもに当て嵌り、どれもが的外れだ。

DIOは手元のノートを見遣って、京一郎を見下ろす。

往々にして、DIOの野望を阻んだのはジョースターと彼らに庇護される聖女だ。先のジョナサン・ジョースター、現在のジョセフ・ジョースターと空条承太郎。彼らにもそういった存在があった。

ならば手元に聖女となりうる誰かを置いておくのも悪手ではあるまいと、DIOは考えていた。

理解とまでは言わないが───敬虔で献身ともいうべきその奇妙な性質を。奪われたものをその者なりに取り戻さんとする輝きのようなものを。

 

「俺を通して、誰かを見ているの」

 

連れ去った当初京一郎がそのような者だとは考えてはいなかった。今、ただ本当にふと、思いついただけで。

京一郎の纏う服の裾がまるで白蛇のように床に横たわっている。じりじりと蝋燭が焼ける匂いがする。

 

「今度はそれが欲しい?」

「いや、」

 

京一郎の瞼がぱちりと瞬きする。

 

「欲しい訳じゃあない」

 

癖のある射干玉色の髪に指を絡ませながら、強く否定する。

そう、自分に聖女などという存在は必要ない。寧ろ足枷にすらなるであろう。

 

「……ふゥん」

 

つ、と京一郎は目を細める。

 

「俺はおまえの望むようになれるかしら」

 

観察する程度の価値が、俺の生き様に表れるだろうか。

などと、まるで不安の欠片も表さずに。

 

「成ろうとして成れるものでもあるまい」

「……ンふふ、それはそうだ」

 

演出は出来ても、魂が変わらなければ。それは本物とは呼べない。そんなものに価値は無い。それを京一郎も知っていた。

挑発し、戯れ、試すように。

それは宛ら導き。妨げ。そして、(いざな)い。

するりと指が頬を滑り、頸を緩く辿る。

 

「おまえがそのように望んだから、俺は今こうなっているんだぜ」

「戯言を。おまえは前からこうだった」

「そうだっけ?」

 

記憶を辿るように目を伏せる。

生まれ。育ち。経歴。それによって破綻した人生。いや、寧ろ自ら道を外れて。そうしてこの世界に堕ち、寿命の無い───正しく言うならば生命体がいる内は寿命が無いに等しい───人外となった。

 

「素養はあった。けれど、俺を到らせたのは……やっぱりおまえだよ、ディオ」

 

伏せられた頬に落ちる睫毛の影に、DIOの指が触れる。

 

「あの時おまえが俺の夢に現れなければ。……俺はあの世界で上手く生きる事も出来ずに朽ち果てていたさ」

 

添えられた手を握って、その掌を自らの頬に押し当てながら、京一郎はDIOを見上げて目を開く。

 

「おまえの“想い”通りに、俺は“成った”んだ」

 

DIOが堕ちてこいと言ったその瞬間から、京一郎は“はじまった”。

 

「……ふん、思い通りになどならない癖に」

「あは。だってそれじゃあ面白くないもの!」

 

ニィ、と口端を吊り上げた京一郎を見下ろして、DIOは深く溜息を吐いた。

 

「おまえはそういう奴だ」

「うふふ……これからも可愛がってね♡」

「調子に乗るな」

 

 

 

 



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第31話

お品書き
■悪の救世主と闇に生きる者達の寄る辺
■茫洋たる淫夫と今は褪せた法皇
■神に到らしめよ、賛歌。
■お前の首に口付けるわ


 

まるでそれは闇に浮かぶ灯火。導きの光。眩むようなそれではなく、安らぎにあたたかな寄る辺の炎。

 

 

盲目であるンドゥールには、常人には見えないものが見える。……見える、というのは語弊があるか。けれど確かに感じる事が出来る。

悪の救世主と喩える彼はあまりにも眩く、美しく、荘厳でいて魅惑的な輝きであった。彼について行けば、きっと自分は救われるだろう。危うく、大きく、深く。だからこそ抗えない程の心酔。

 

 

─────

 

「キミがンドゥール?私は京一郎・ミナセ。よろしくね」

 

彼に忠誠を誓う皆が、目の前に立つ男を奥方と揶揄している。彼の手によって直々に異世界から降ろされたスタンド使い。

 

───“揶揄”。けれどかの方に会い、話した者は皆が親しみを持ってそう呼んでいた。決してそれは侮蔑ではなく、不思議とミナセは彼の部下に同輩として迎えられているようだった。それもまた、彼とは違うカリスマと呼べるものなのだろう。

そして彼はそのように云われる程の執着を、ミナセに向けていた。……後日、雇われのスタンド使いがミナセを欲して処分された事から暗黙の了解だった。ああ、馬鹿なヤツ。まアそうだろうなァ、だなんて。

 

薄らと、ンドゥールは盲た目をミナセに向ける。

におい、気配、音。朝露のように濡れ、夜のように薫る。鼻先を擽るように煙草の紫煙がくゆりと掠める。

 

うつくしく、煙るように“くすんだ”ヒトだ。

 

エンヤ・ガイルはミナセを毛嫌いして魔女と言って憚らないが、確かに、この人は正しく魔女なのだろう。魔性。この方に堕落すれば、骨の髄まで蕩かされて腹に収められてしまう───生粋の捕食者。今は彼に侍ってはいるが、ミナセはきっと、その飢えを彼に向ける事をも躊躇わないだろう。

 

隣に立つ彼がきろりとした目で此方を見下ろしている。

 

「はじめまして。宜しく御願い致します、奥方様」

「ふ、ふふ!奥方?私が?」

「ええ。皆がそう話していますよ」

「私は唯の情人だよ。ねえ?」

 

可笑しそうにころころと(酷薄に)笑って、衣擦れの音。

 

「今は気に入られていてもいつかは飽きられて切り捨てられる程度の男で、彼はそれをするヒトだ」

 

……それはひどく、ンドゥールを怯ませる言葉だった。

彼はンドゥールにとっての存在意義だ。その彼から切り捨てられるという事は、死すらも忌避しなかったンドゥールの唯一の恐怖。

その怯えすらも掌に乗せて、ミナセは甘く微笑む。

 

「ン、ふふ……怖がらせちゃった?安心して、彼はキミの事、とても大切にしているよ」

 

ンドゥールは思わず安堵を零して、はっと息を呑む。

今、自分は安堵したのだ。他でもない、この京一郎・ミナセの言葉によって。その安堵は、彼によって与えられなければならない事だというのに。自分は確かにこの男を“上に立つ者”だと“認識”したのだ。

あってはならない。あってはならない事なのに。自分は今安心している。まるで母の腕の中に微睡む赤子のように。

 

「あまり揶揄ってやるな。ンドゥールは真面目な男なんだ」

「うふふ。つい、ね。気に入っちゃった。くれない?」

「やらんぞ」

「だよなァ」

 

無邪気に言葉尻を弾ませるミナセが、想像以上の怪物であると。ンドゥールは項にひとすじ汗を滲ませる。

力が強い訳では無い。スタンド能力が無類のものであるというだけではない。確かに強いと言えるが、不意打ちや真っ正面からの攻撃には脆い。

ミナセのおそろしさとは、相手の思想と感情の察知が異様に早い事。それをどう転がせばどのように反応を返すのか、それを知り尽くしている事。ミナセの思う通りに、感情から思考を操作されてしまうという事。そして、それを可能にしてしまう化け物じみた技術を持っているという事。

彼とは違う、空恐ろしい───精神操作の(感情を喰らう)怪物(魔物)

 

「貴方は───とてもおそろしい人だ」

 

本心から、この2人は似合いだとンドゥールは思う。

 

「じゃあ、私とは仲良くしてくれないのかな」

「いいえ……いいえ。私で良いのであれば、ご随意に」

 

触れた冷たい体温が、自分は今顔を火照らせているのだと知らせた。

その手に触れられる事の、どれ程安心する事か!

この手に、どれだけの人間が抗えるだろうか。愛でられる事を甘受して、そのまま堕落してしまう人間がどれ程の数に及ぼうか。

けれど数多の屍を踏み付けたその上で、ミナセという男は変わらず微笑むのだろう。魔性のように、天使のように。

 

「……触れても?」

「どうぞ」

 

杖を落とし、掌で柔く頬を覆う。つるりとした髪が、滑らかな肌が、顔の凹凸が、ンドゥールの盲た目に映る。

 

「瞳の色は」

「グレーに似た黒だと言われるね。光の加減では青が混じるらしい」

「髪の色は」

「黒。くせっ毛なんだ」

 

瞼に触れ、ふるりと睫毛が震えた音がする。

弧を描いた唇は湿り気を帯びて潤んでいた。

ぼう、とンドゥールの眼球の裏、暗闇に浮かんだのは、天に愛され、けれどそのまま地の底にまで堕ちた、そのような貌をしている。

 

「ありがとうございます」

「ふふ……どういたしまして」

「貴方はハトホル神のようだ。或いはメルセゲル神か……」

 

闇に堕とされ夜に愛された美しき女神。

此処で音もなくDIOは失笑したが。

 

「じゃあ……改めて。ンドゥール、私とよろしくしておくれ」

「はい。……ミナセ様」

 

 

 

 

「詐欺だな」

「やっぱり酷ェ言い草。俺の外面(そとづら)に何か怨みでもある?」

 

おまえだってやるだろ、と、京一郎はソファーの背を仰け反ってDIOを見遣る。だらけきったみっともない姿だ。そうして、にんまりと悪辣に嗤う。

 

「おまえに従う人間たちは少し手が早いけれど、そういうのも悪くないね」

 

あちらにいた時は確かに暴力(ヤクザ)の方にも手足はいたけれど、どちらかと言えば情報戦に強い人間が多かったような。現代社会の弊害かな。

そういえばあの時篭絡したセンパイの上司の若頭くん、どうなったんだろうか。無事に親殺しして順調に海外乗っ取ってる?

従業員達は万が一の為にオーナーが居なくなっても各所に引き続きしてやって行けるような環境を作っておいてあるから、路頭に迷う事はないだろうが。

報酬が自分の身体以外の手配は済んでいるとはいえ、問題はそこだ。あの時あのままこの世界に引っ張ってこられたので、魂の抜けた後の死体がどうなっているのかも定かでない。見つけたのがホテルの従業員なら普通に葬儀でも挙げてくれるかな。ヤクザ関係だったら最悪死蝋化かな、剥製かな、死姦は確実だなァと思っている。

 

「おい」

「、ン〜?なァに」

「こっちを見ておけ」

「……前から思ってたンだけどさァ。何で俺が向こうの事考えてたって分かるんだ?」

 

京一郎の視界に映る逆様のDIOはむっつりと不機嫌そうな顔で京一郎を見下ろしている。

何も答えないDIOに笑みを深め、体勢を戻して席を立つ。

 

「まアいいや。今日は無理言って紹介してくれてありがとう。会ってみたかったんだ……盲目の賢人」

 

おまえに会う前は随分とやんちゃしていたようだけれど。

強盗、殺人、恫喝。警察に追われても返り討ちにする、死すらも恐れぬ箍の外れた男が、こうまでも綺麗に衝動を内に隠して、DIOに忠誠を尽くすようになるとは。

 

「お礼は何がいい?今迄シた事のないプレイ?出し渋る金蔓の取り立て?勧誘したいスタンド使いの篭絡でも良いよ」

「殺し、と言ったら?」

 

ひたり。京一郎が扉の前で脚を止める。

 

「ふふ、」

 

ああ、彼は俺に、どう足掻いても引き返せない一線を越えさせたいのだなァ。

うっとりと目を細め、京一郎はDIOを振り返って、言った。

 

「……誰を殺して欲しいんだ?」

 

 

 

 

 

 

肉の芽を植えて強制的に下した2人目のスタンド使い。

日本出身の学生である花京院典明は、家族旅行でエジプトに出掛けた所、DIOに気に入られた。

平穏な日本に住まう、けれど心に孤独を飼う少年の心の隙間に、DIOの魔手が入り込んだ。善の心を喰らい、恐怖を忠誠に固め、抵抗を悪に染めて。

 

 

おそろしいひとでしょう、と京一郎は花京院の隣で嘯く。

 

「仕えるに相応しい主かと」

「マア、そうね。そこらの企業の(一般人)よりは、真面目に働いている内は良い上司だろうよ」

 

恐怖で統率を図る事以外は。

窓の外は穏やかだ。人が行き交い、喧騒は遠く。

新緑の長ランを着崩さず礼儀正しく座る花京院の額には肉の芽が蠢いている。

 

「3日後に日本へ経つんだって?」

「耳が早いですね」

「みんな何処か慌ただしいから」

「……私が日本で彼らを討てば、そのような準備も無駄になるというのに」

「ウフフ!自信家だ」

「至極真っ当でしょう」

 

負ける要素が見当たらないと花京院は昏く凪いだ目で、けれど不満そうに眉根を寄せる。

 

「彼は慎重派なんだ。それ程ジョースターを警戒している」

「つい最近スタンドに目覚めたばかりの者に、私が負けると?」

「キミ、意外と熱い男だな。負けず嫌いで誇り高い」

 

ぷかりと紫煙を吐いた京一郎をちらと見て、花京院は眉間に深く皺を寄せてそっぽを向く。

 

「拗ねるなよ」

「拗ねてません」

「キミの『法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)』は強いよ。人体操作、索敵、罠にと幅広い」

「ヘタな慰めは要りません」

「手強いねェ」

「知ってるんですよ。そのような事を他のスタンド使いにも言っているでしょう」

 

食えない人だと花京院は視線を逸らしたまま吐き捨てる。

 

「私は嘘は言っていないよ」

「なら、貴方は誰が1番“強い”と思いますか?」

「おっとォ。そいつァ難しい」

 

困ったように笑った京一郎に花京院はニヒルな笑みを忍ばせた。

 

「キミの言う“強さ”は何だろうね」

「敗者は悪だ。生き残った者こそが勝者であり正義。それ故に最後に立っていられる力を持つ者」

「成程。道理だ」

 

ううん、と考え込む京一郎にそのような顔をさせただけで花京院的には一矢報いて満足感を得られてはいるが。それはそれとして、様々なスタンド使いと出会っているだろう京一郎の思う強さに興味があった。

 

「生き残る事に長けた者は多い。それらは闇に生きる者としてあって然るべき嗅覚であり本能だ。そして……負けない事と勝ち続ける事はまた異なる……」

 

状況によって、場所によって、相手によって。スタンド使いは如何様にも強く在れる。

 

「マ、単純な地力では彼だろうね」

「DIO様ですか。……貴方はかの御方のスタンドをご存知で?」

「一応ね」

 

戯れに遊ばれただけだけれど。

スタンドパワーが起きたと同時に何時の間にか目の前にいた筈のDIOが背後に立っていて、何をされたのか理解が及ばなかったものだ。

 

「単純にねェ、吸血鬼ッてのは反則なものだよ。肉体の全てが常人には致死になり得るのだから」

 

太陽の下に出られないのもハンデとして成立しない程度には。

 

「単純な損傷は瞬く間に治癒する。欠損も部位が残っていればくっつく。頑健で不死身な超生物」

「貴方は吸血鬼という存在に憧れているんですか?」

「うふふ、この私が?とっくに人の身ではないというのに?」

 

吸血鬼より力は無いとはいえ人っ子一人の首を捻じ切る事くらいは出来るんだぞ。

くつくつと態と行儀悪く笑って、京一郎は煙草の火を押し消す。

 

「憧れちゃあいないさ。強さに興味は無いしね」

「持つ者が言える言葉に違いないな」

「キミは私のスタンドが強いと思う?」

「ええ、まあ。少なくとも不意打ちをされれば一溜りもない」

「そう?じゃあ私も刺客として奴らと戦ってみる?」

「……付いてくる気ですか?」

「……許しが貰えたらなァ」

「なら無理ですね。あの方が貴方を容易く送り込むとは思えない」

 

でしょう?“奥方”様?と。花京院は目元だけで笑う。

 

「故郷が日本だからな。チョット帰省してみたかったものだけど」

「諦めが肝心ですよ」

「それもそうだね」

 

花京院が腰をあげる。京一郎はそれを見上げて、もう行くのかと問うた。

 

「ええ。飛行機の時刻がもうすぐなので」

「……なァ花京院」

「なんですか、京一郎さん」

「帰ってきたら、キミの故郷付近を観光案内しておくれよ」

「……ふふ。なんです、エジプトから日本にまたトンボ帰りしろって言ってるんですか?」

「良いだろ、奥方命令な」

「開き直る事にしたんですか」

「言われ慣れちゃったの」

 

日差しが雲に遮られ、京一郎の顔に淡く影が乗る。伏せられた瞳が朧気に青みを増した。

 

「いっておいで」

「ええ」

 

花京院は赤い髪をエジプトの乾いた風に靡かせ、屋敷を後にしていく。

それを京一郎は膝に頬杖を着きながら、その背中が見えなくなるまで見送った。

 

 

 

 

 

花京院は飛行機の中で窓の外を眺めながら目を伏せる。

甘く、苦く、香る。記憶に残る顔のない男。声も知らず、けれど話した内容は残っていた。

 

「花京院?どうかしたのか」

「いえ……少し、思い出していただけです」

 

隣に座るアヴドゥルは考え至る。この少年は数ヶ月ではあったがDIOに忠誠を誓い、従っていた。その頃の傷が膿んで、彼に深く残っているのだ。

なんと言えば良いのか、惑うようなアヴドゥルの視線に気付いた花京院はふと笑みを零す。

 

「大丈夫ですよ。……確かに僕はあの時の恐怖を、恍惚とした崇拝を、それまでの屈辱を覚えている。けれど、……」

 

あの時の穏やかな言葉の応酬が心地好くなかったとは、これから先も僕は言えないだろう。

“あの人”はDIOとは違ったカリスマを持っていた。どんな風にも偽れる、けれどその全てが本性なのだという、美しく在り続ける毒華を象ったかのような人外。

それは、DIOのものとは異なり、けれど酷似した。

心に刻み付けられた傷に相違ない。

 

 

 

 

 

 

「だからッ、〜〜〜ッッ!何故わからない?何故わかろうとしないのだ……!」

「それはこちらの台詞だぜ、神父サマ?」

 

この時のDIOの心境は、まぁたやってるよ、である。通算10回目を超えた所でDIOは数えるのをやめた。

地団駄を踏みそうなくらいに声を荒らげるのはDIOの“友人”であるエンリコ・プッチである。普段は穏やかで冷静な気質のプッチが感情的になるのは、相手が京一郎であるからだろう。

気紛れに会わせてみたら“こう”だ。性質が似通っているから合うかと思いきや、プッチと京一郎は何もかもが反対だった。好き嫌いの好みであったり、善と悪であったり、思想であったり。まるで鏡合わせかのように。

 

“嫌いでは無いのだ”。片やバツが悪そうに、片やにまにまと愉しげに。思考回路は似通っているし、議論を交わせば自分の考えに及ばなかった事がぽんぽんと出てくる。話していれば楽しい相手。

ならば何故そのように衝突しているのかというと、自分の思想を相手にも共感してもらい、同じ方向を見て進む事ができたら、それはとても幸福な事だと分かりきっていたからだ。

だが、折れない。

京一郎はプッチに諭されないし、プッチは京一郎に惑わされない。善に殉じる彼に、悪に興じる彼。

───DIOを神のように信仰する彼と、DIOが成り果ててしまう(神に成る)事を阻む彼。

彼らは似ている。譲れないと思ったら梃子でも動かない。ひとつの為に挺身する事も厭わない。根本にある、敬虔と従順。グツグツと煮立つような感情の坩堝。

 

 

 

 

「俺から彼と仲良くする気はないのか、だって?」

 

京一郎はその言葉を鼻で笑う。

 

「今がいちばん楽しいんじゃあないか」

 

表面上同意を示す事は簡単だ。互いは互いの思考の方向を読めるので、片方が片方に沿うと、合流した川のように広く、長く、勢い良く流れていく事だろう。

けれど京一郎はそうしない。プッチは割と頑固なので。

衝突し、言い合い、時にスタンドすら背後に浮かび上がる程の激情。刺々しい殺意に似た重たい感情の発露。ひとつの言葉を馬鹿正直に受け止めて、反動のようにそれを返される事のなんと楽しい事か!

その全てが京一郎にとって心地好い。

聖者を揶揄い、冒涜し、誑かすのは悪魔の本能なので。

 

「だって俺は淫魔なので」

 

 

 

 

他者が京一郎を貶したのを耳にした時、プッチは不愉快そうに眉根を寄せる。

どうしたのかと問えば、自分でも気付かなかったと言いたげにプッチは視線を逸らす。

 

「不快に思った……のかも、しれない。彼の事を碌に知らない癖に、何故彼をそのように罵るのか」

 

彼はとても口が悪く頑固だが、存外思慮深く賢しい。淫魔だからとその内面を見ずに容姿から邪推をするのは如何なものか。

普段の口喧嘩の方が余程だと思うが、少しの動揺の後自分はいいのだと開き直るオチが見えた気がして閉口した。言わぬが花、沈黙は金である。

 

 

 

 

 

この前フライド・エッグに何をかけるかで何故か今後50年の経済の話にまで飛躍していたプッチと京一郎。

 

「おーい、神父サマ。珈琲淹れ直してくるから、一旦休戦しよう」

「……、ふー……。僕も頼めるかな」

「良いよ」

 

湯気の立つカップを口にして、ふとひと呼吸を置く。

 

「美味しいよ」

「ンふ、マア慣れたからね。神父サマとお話しすると茶が進むナァ?」

「ッ……それは、君が中々折れてくれないから……」

「お互い様だろ」

 

茶菓子の好みだったり、珈琲の砂糖の数であったり。アレルギーの有無なんて当たり前のように。

 

「……君は、どうしてDIOを、」

「彼の進む道を阻むのか?」

 

視線を珈琲の水面に向けたままのプッチに、京一郎は柔く笑う。

 

「彼がそのように俺に望むから……というのもある。……プッチ。キミは神という存在をどのように考える?宗教観は抜きにして、人が神に到ったとなると。その人間はその人間の人格を保ったまま、思考を保ったまま、神に到れると思う?」

「……人が、神になる……」

「無理だね。人間の根底にあるのは欲望だ。神とはそれ即ち天。故に不変。止められた時の中で欲を失って、人間の人格は健康に保たれると思うか?答えは否だ」

 

吸血鬼とは人間の進む道を1歩はみ出した存在である。それは人間から派生したが、地続きではない。人間の悪を抽出し濃度を高めた、人間の欲望の塊だ。

それ故に彼は悪人こそ強き力を発揮できると悪人のスタンド使いばかりを集めている。

 

「神となった彼が欲望を抱えたまま枯れず、焦がれ、求め続けられる道理がない。決して揺るがぬ安寧と平穏の先で、彼の精神は何れ死ぬ」

 

敵がいる内はいいだろう。けれどその先は?

 

「彼は闘争と血の中でしか、その人間性を保っていられない。何故ならば彼は極悪人だからだ」

「……、……彼には覚悟がある。その安寧の形にもよるだろう」

プッチは真っ直ぐと京一郎の弓形になった目を見つめ返す。

「彼は成し遂げるだろう。彼が上へ、上へと目指していけば、最後に到るのはきっと“其処”だ」

「───“天国”」

「そう。そして彼は全人類に齎すだろう。今現在彼に従う者に与えられている“安寧”を。彼が神に成る事で。彼の強い意志があれば」

「神父サマよ。教えてくれ。……その後は?彼はその先で、幸せになれると思うか?」

「“天国”とはそのような場所だ」

「アダムとイブは自ら知恵の実を喰らい“天国”に程近い楽園から追放されたというのに?」

リリス(お前)がそれを語るか」

()だから語るのさ」

 

同時、珈琲を口にする。

 

「俺は人が成り果てた後の精神の磨耗を識っている」

 

そこにあるのは機械的な機構だ。そこに至るのには欲も、意志も、魂すらも手放さなくてはならない。

 

「俺は彼を子供の時から知っている」

 

プッチは内に湧き上がる嫉妬のようなものを感じて胸を握る。手の内でロザリオが音を立てた。

 

「その衝動を手放した時、彼は真に満たされるか?彼は自らを手放せるか?自己の為に生きていた人生を全て投げ出せるか?その先にある“天国”とは本当に彼にとっての楽園となり得るのか」

 

教えてくれ、エンリコ・プッチ。それでも彼は神となるべきか。

プッチは沈黙を返す。

 

「……などと。ここで話していようがいまいが、彼はそれを目指すだろう。俺が阻むのは俺の都合でしかない。俺はキリストの傍で囁きかける悪魔でしかないのだからね」

「彼は君の囁きを跳ね除けるだろう」

「知っているさ。それでいいんだ」

「僕は君が分からないよ。阻むと言った口で、君は彼を神に押し上げようと言うのだ」

「俺にだって、彼の事は分からないのさ」

 

それでいい。今は、それで。

 

「全ては神の御心のままに」

 

 

 

俺はもう帰るよ。今日はコッソリ来たんだ。京一郎は席を立つ。

 

「今日も、の間違いだろう?」

「ンッふふふ!それはそう」

「……また来て欲しい」

「また来るよ、神父サマに相談(懺悔)しに、ね」

 

艶のある黒い外套は、魔女とも呼ばれる京一郎に良く似合っていた。

 

「今度は向こうでも会おう。いつだってキミを歓迎する」

「ああ……また、向こうで」

 

靡く外套の内側に招かれたプッチは額に唇を受ける。

 

「敬虔なる神の信徒に夜の魔女から祝福を」

「……呪われそうだ」

 

 

「呪ったのさ。我が写し身。生涯唯一の敵対者(対等なる者)。鏡合わせの自分にね」

 

 

 

 

 

 

眠る彼に口付けをした。それはさながら、銀盆に乗るヨカナーンの頸に口付けしたサロメのように。

 

 

 

テレビに映る白黒の映画。画質も音質もチープだが暇潰しにはなる。

画面の中で女が踊っている。1枚、2枚と服を脱ぎ落として。

くありと欠伸を零して俯せに目を閉じる。

 

「サロメか」

「ン〜、そう。適当にビデオテープ入れたらそれだった」

「その割に碌に観ていないが」

「だって、このサロメより俺の方が綺麗だもの」

 

囚人に恋した娘が女へと変わり、狂おしい程の愛に咲う。

兄を蹴落としてその座を奪ったユダヤの王エロド。妃の娘であるサロメはエロドから向けられる劣情を孕んだ目に嫌気がさしてパーティを抜け出した。その先で預言者ヨカナーンと会い、一方的に恋をする。終いには物言わぬその首を求めて自らも処刑される。

呪われた娘サロメ。

京一郎の言葉を鼻で笑い、おまえの方が余程巧く演じられそうだとDIOはソファーに腰を下ろして足を組んで言った。

 

「……うふふ。でしょう?踊ってみせましょうか、王様?」

 

むくりと身体を起こした京一郎が素足を床につける。

 

「布は7枚もないけれど」

 

何枚もの布を重ねたような服。ふわりとその場で回ると、しゃらりと装飾が音を立てた。

 

「報酬に何を貰おうかな」

 

初めは可憐に、無垢に。ドレスの裾を掴むように、1枚。

 

「ダンスはミドラーに教わったんだ」

 

くるりと手首を返し、布を落とす。

腰元の1枚を抜き去って顔を隠すように片腕を上へ伸ばし、ステップを踏んで片足を前へ。

 

「……うふふ」

 

恋を知り、女の顔へと変わるサロメ。

キスがしたいの。熟れた果実に噛み付くように、その唇に歯を立ててやるわ。

1枚、もう1枚。

激しく躍る肉体が婀娜めかしく蝋燭の灯りに濡れる。

首と、手足と。最低限の布を纏って、京一郎(サロメ)は頬を染めて咲う。

 

「おまえは美しいよ、今でも」

 

その金色の髪も。今は紅く輝く瞳も。蝋のように白いその肌も。

 

「“おまえの唇にくちづけするわ”」

 

差し出された手を掴んで引き寄せられた。

膝立ちで上から見下ろして、京一郎は首を傾げる。

 

「おまえはおれをエロドとして見ているのか、ヨカナーンとして見ているのか。統一しろよ」

「そこはホラ、口実だよ。察しろ」

 

誘惑したいしくちづけしたいんだよ。暇だから。

 

「俺にとっておまえはヨカナーンだよ」

「抜かせ」

 

 

 




※6部未読につき変更する可能性大
プッチ神父どんなキャラなんだ?


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第32話

お品書き
■魂を賭けて
■死なずの男が見たもの
■夜闇に孕む
■酒と女と歌を愛さぬ者は一生阿呆で過ごすのだ


「ギャンブル、教えておくれよ」

約束したもの、ね?

 

 

京一郎に強請られて快く受け入れた。ダニエルは生粋のギャンブル狂なので、色々な人とより多くの賭けを交わせるのであれば願ってもいないのである。

 

「───そう。そこで更に駆け引きを持ち掛けるのです。言葉でも、仕草でも、挑発して……相手の動揺を誘う」

「ふむ」

「そも、賭けというのは相手に持ち掛ける前から始まっていて───」

「……何をしているんですか」

「ああ、待っていたよ」

「っと。おや、テレンスじゃあないか」

 

その声に京一郎が振り返る。

どこか呆れたような顔でこちらを見下ろすテレンスの姿が部屋の入り口にあった。

 

「やァ」

「やァじゃあありませんよ。急に軽食と飲み物を部屋に運んでくれだなんて仰るから、何事かと」

「私のじゃアないよ。彼にね」

「私にですか?」

 

目を僅かに見開いたダニエルに京一郎は鷹揚に頷く。

 

「そろそろ昼時だ。人間は腹が減るといけないね」

 

熱が入ると1食くらい抜いても構わないと思ってしまう。

どうせこの後も続けるつもりだったのだろうから先んじて遣いを飛ばしておいたのだ。

 

「いやはや、一本取られましたなァ」

「ふん。まあいいですけど」

「さっきの質問だけれど、ダニエルには賭け事を教わっていたの」

「……ああ。はいはい、いつもの好奇心(暇潰し)ですか」

「ピンポーン。当たりィ。キスでもくれてやろうか」

「結構です」

 

クロッシュに覆われたそれに賭けをしようと京一郎はダニエルに投げ掛ける。

 

「ははあ、では何を」

「クロッシュの内側にある軽食の内容。賭物は罰ゲーム」

 

京一郎が勝ったらダニエルは京一郎と一晩共寝してもらおうか。ダニエルが勝ったら京一郎はダニエルと一晩賭博場巡りって事で。

 

「これは本気を出さねばなりませんな」

「やーんそれはどっちの意味で?」

「貴方の筋が宜しいので、とお答えしておきます」

「……」

 

テレンスは内心付き合いきれねぇと思っている。

 

 

間。

 

 

今晩賭場巡りが決定したところで、手にしたサンドイッチをダニエルが口にする。

 

「やっぱり兄弟だから以心伝心するのかな?」

「気色の悪い事を言わないでください」

「失礼しちゃうな……」

 

京一郎はテレンスにメニューを限定させる事も出来たはずだ。けれどそれをしなかったのは何故か?

 

「どうせなら俺も参加したかったし、勝負事はフェアじゃなきゃあ。……というのは建前で、イカサマはバレないようにしないとね。今の俺にダニエルを欺く技術は無い」

「……グッド。才能ありますよ、ミナセ」

 

慣れぬ内は冒険しないのがコツだ。けれど、スリルを楽しむというのも才能のひとつ。

培った自身の技で、全て賭して競り合うギリギリの感覚が楽しいのだ。

 

「場数を踏んで。他人から技を盗むのも経験になる」

「こんな風に?」

 

傍らのトランプをシャッフルして5枚引き。表に返す。

 

「手癖の悪い……」

「まだ荒いですが、この短時間で見事なものです」

「んふふ。稀代のギャンブラーに教わっているのだから、この程度はね」

 

何度も手を替え品を替え仕掛けられていれば、イカサマのひとつやふたつ覚えるというものだ。

黒一色のロイヤルストレートフラッシュを指で小突きながら、プレイヤーとして競り合って楽しいと思って貰えるように頑張るよと京一郎は笑う。

 

「その時を楽しみにしていますね」

「余裕ぶっているのも今の内かもね?」

 

 

では、次に本気でする時には─────“魂を賭けて”。

 

 

 

 

 

 

DIOの住まう屋敷の中には、碌に名前を呼ばれもしない、1体の吸血屍生人がいる。自分には──という立派な名前があるというのに、皆が皆、ヌケサク、ヌケサクと呼ぶ。主人であるDIOですら。

スタンドを持たず、戦闘力も碌にない、怪我も治らない、DIOの戯れで生み出された屍生人。身体の裏面に女の身体があるだけの、非力で間抜けな。けれど憎めない。

 

「──」

 

けれど唯一、彼を彼の本当の名で呼ぶ人間がいた。……いや、正しくは人間では無い。吸血鬼とも屍生人とも違う、元人間の淫魔だという男。名前を水瀬京一郎。名は極東の国のものだが、その顔立ちは西洋人のものをしており、肌が黄色でなければ彼の血の中にアジアのものが入っているなど考え付かないだろう。

DIOに見初められ、屋敷に招かれ、食客としての扱いを受ける同僚(仲間)。淫魔に相応しく、DIOとは違ったカリスマと色気を醸す───魔性の男。

 

「──、──。いないのかい」

「……ハッ!こ、此処にいますッ!」

「ああ……そんな所にいたのか」

 

確りと筋肉の付いた身体であるのに、目に毒な程にエロティックな。見せ付けて誘うかのように上半身に何も身に付けていない京一郎に、──は視線を僅かに下に下ろして窺う。見てはいけないものを見ているかのような、そのような神聖さが彼にはあるからだ。

 

「ねえ、少し頼み事をしたいのだけれど……頼まれてくれないかい」

「え、ええ!勿論です!何でも仰せになってください!……あ、いや……太陽の下に出ろとかそういうの以外なら……」

「あは。そんな酷い事、キミにさせる訳ないだろう?」

 

指先、髪の一筋すらも輝かな美が──の頭に触れる。頭を伏せる──に、彼の息が吹きかかりそうな程にまでの近さ。ふわりとスパイシーな甘い香りが鼻先を擽った。

 

「キミだって、かけがえのない……彼に仕える者のひとりじゃあないか」

「み、ミナセ様……!」

 

甘く、爛れ蕩けたような声が暗幕のように降り注ぐ。彼は夜だ。夜の闇だ。日の光を忌避するこの身からすれば、まるで母親の胎の中のような安らぎだ。

 

「キミ、よく彼の吸い残しをおやつ代わりに糧にしているだろ」

「!……は、はい……も、申し訳、」

「え?いいんだよ、彼も気にも留めていないさ。……その死体だけど。……健康そうなのひとり、2階の空き部屋に持ってきてほしくって」

「は……え、えっとぉ、ミナセ様も食べられるんで?」

「……うふふ。私、死体は食べられないよ」

 

理由は聞かずに、ね。語気の鋭い言葉に震えをひとつ。──はYESと返事を返す。

 

「ありがとう。あとあればでいいから、工事用の大きいブルーシートも持ってきてくれないかな。大きく広げて、その上に、女の死体を置いて」

「しょ、承知致しましたッ!直ちにッ!!」

「ゆっくりでいいよォ。しないといけない事があったらその後でもいいからね」

 

“そうしたら、チョットだけ。私の血を吸わせてあげる”。

甘く、淡く、しどけなく。そのように耳元で囁かれる。

──は歓喜した。彼の血を吸うのは主人であるDIOだけだ。彼の身体に触れるのも、それを許されるのは、言ってしまえば有用なスタンド使いに限る。それもこれもDIOと京一郎の目溢しに過ぎない。だが自分は許可された。他の誰でもない、京一郎自身に!

優越感が身を包んだ。彼に最も必要とされているのは自分なのだ!、と。

 

「頼んだよ」

「はいッ!!」

 

 

 

 

 

未知を既知へと変える作業は蟠りを解き1本の糸にするかのような快感と達成感を味わわせてくれる。

なまじ人も物も欲すれば手に入るような立場を持っていたので、他人よりも未だ経験していない未知というものも少なかろう。

現代日本に於いて、水瀬京一郎が知らぬ事は他人より少ない。持っておいた方が良いもの、欲しいと思ったものは全て周りから齎された。

「さて。レディ……はじめようか」

 

傍らに浮かび上がる人形の女は、常より変わらぬ慈母の笑みを浮かべて男の掌にその手を乗せる。

 

「年齢は……10代後半から20代前半かな。死後硬直が始まって間も無い。微かに温もりすらある……肉付きは平均的、持病は無いとして考えておくか……」

 

吸血屍生人の嗅覚を信じよう。

京一郎の手が女の腕を持ち上げ、ぱたりと手が離される。

皮膚の感触、肉の付き方。血管の形、首の下の動きを止めた動脈と、背面に裏返して脊髄から後頭部にかけて。

 

「レディ、手伝っておくれ」

 

こくりと頷いた人形女はズッ、と腕を死体の内部へと沈ませる。

 

「はぁ、人間の内臓はこうなっているのか。此処が腸、此処が心臓、此処が肺……頭蓋の中も……こうなっているのか」

 

スタンドの見えない者からすれば、男の掌の下、女の死体の皮膚の下がひとりでに蠢いているように見えるであろう。

掻き混ぜ、けれど破らぬように繊細に。

 

「最後に……此処も、見ておかなければ」

 

下腹部。男には無い器官。子を孕む、女を女と呼称する象徴───子宮。縦長い袋状の内臓。血の塊に覆われる三角の空白部分に、子が宿る。よくよく感触を嬲り、確かめ、腕を引き抜く。

 

「ウン。充分だ。───解剖しよ(切ろ)う」

 

傍らに置いていた腑分け用の牛刀がギラリと光を反射する。

 

「やっぱり実物に勝るものは無いと思うんだ。視覚というのは明確に情報を齎してくれる」

 

女の白い肌に赤が浮き出る。全身の血を抜かれたとはいえ乾涸びる程では無い為か、まだ僅かに血が溢れる。

身体の中央から下腹部にかけて、丁寧に開かれていく。

 

「解体新書の杉田玄白もこんな気分だったんだろうか?」

 

首の下から顎先までをズッと刃を入れると、でろりと力を失った舌が血と共に溢れた。

 

「ああ、食道と気道まで裂いてしまった……これが……肺に繋がっているから気道だね。こっちは胃に繋がっているから食道だ」

 

肋を押し開き、青く赤く白い内蔵と肉を掻き分ける。

心臓付近の血管を切った時にぷしゅりと顔に血が飛び散る。

 

「ンう。……生臭くて鉄錆臭い」

 

べろりと舌でそれを拭う。

そのまま、縄状の腸を取り出していく。これがまた長いのだ。これだけの物がちっぽけな一人の人間の体に詰まっていたとは、生物とは実に神秘なものだと思わざるを得ない。

解剖医の真似事。ごっこ遊びにしかならぬ暇潰し。

邪魔な骨を割り、ゆっくりとそれを取出す。

 

「ン〜……成程」

 

中身を潰してしまわないように、それを縦に切り分ける。

体液に塗れたその指が、二つに分かれたそれをなぞる。

 

「……ふん。次は頭蓋骨を割って脳味噌でも見てみようか───」

 

 

 

 

その部屋を開いた時、むわりと噎せ返るような血と死臭が鼻をついた。辛うじて換気の為か窓が開けられていたものの焼け石に水だ。

調度品も何もかも壁際に寄せられたその部屋の中央で、安っぽいビニルのブルーシートの上で、京一郎は血塗れで座り込んでいた。

ぐちゃぐちゃと、水気のある掻き混ぜるかのような音。ぷちゅんと何かが潰れる音。ちらと見えた握られる刃物は血脂に絖って最早刃物としては使えまい。

 

「……京一郎」

「あ、少年。いらっしゃい」

 

くるりと何事も無いように振り返って見せた京一郎の貌には、白い肌に酸化して変色した赤茶の血がこびり付いている。

 

「一応聞くが……何をしている?」

「……うふふ。人間の、更に言えば女のナカミが知りたくて」

 

からりと牛刀を手放した京一郎は体を起こして立ち上がる。

 

「もうコレは要らないな。後で焼却炉に入れて貰おう」

 

ブルーシートの端と端を結んで覆い、更に麻布にそれを入れる。

 

「──には感謝しなくちゃア。これの処分も頼まれてくれた事だし」

「──?」

「おまえがヌケサクと呼ぶ吸血屍生人だよ」

「……ああ、アイツか」

 

実験も兼ねて生み出した屍生人。魂の無い動く死体。男と女の2つの生命体を合体させた、過去に行った最後の実験体。

 

「彼は死体で魂が無いから、お前が本当に望んでいた結果とは程遠いものだった」

 

腕を真っ赤に染めるどろりとした血を、京一郎はじっと見下ろして、舌を這わせる。酸味と苦味と、鉄錆の甘ったるい味。

姿を現した真白い肌は、赤黒と対比して美しく見えた。

 

「もしも魂を複数その身に受ける事の出来る強度を持った人間を作れるとしたら」

 

ぴくりと、DIOはその言葉に反応を示す。

 

「俺は、魂をこの身(スタンド)に留める事だけならば可能だ。何十でも、何百でも」

 

服をたくしあげて、京一郎は自身の腹を撫でる。

皮膚の下、肉を掻き分けた先。白い胎に、血がべとりと張り付く。

天を仰ぎ、何も入っていない胎を抱え、その先に坐す神をも冒涜するような笑みを浮かべる様は正しく背徳的。血を纏って立つ姿のあまりに美しいこと。

まるで美しさを求めて処女の生娘の血の風呂に浸かったエリザベート・バートリーのように。

 

「俺には出来るよ、ディオ」

「ああ、」

 

1歩。目を見開いたまま、その真偽を見極めるかのように。

 

「構想はある。現実味はないけれど」

 

傍らに立ち、DIOは京一郎の胎に触れる。

 

「……試してみる?」

「……、……今はまだ」

「ウフフ!いいね、おまえの覚悟が決まったら、いつでも言って……」

 

その唇が触れ合う寸前。

 

「あ、あのォ……」

「……おや、──。来てくれたんだね」

 

つい、と京一郎のおとがいが逸らされる。

恐る恐る声を掛けてきた──に微笑み、京一郎はその血に濡れた指で麻袋を指差す。

 

「助かったよ。キミの御蔭で、色々と勉強になった」

「は、はぁ、それは良かったです……?」

「それ、焼却炉に。約束の報酬は明日の夜にでも……私の部屋においで」

「は、はい!……ヒィ?!」

 

──は身を竦める。苛立ちのような、殺気じみた視線が上から降ってくるのだ。

 

「こら。彼はちゃんと俺の言う通りの事をしてくれたんだから、見合った報酬を受け取るのは当然の権利だろう」

「……チッ、用が済んだら出て行け」

「もう……ごめんね、──。彼、少し虫の居所が悪かったみたい。気にせず俺の頼み事を終わらせておいで」

 

そうして、──は足早にその麻袋を引き摺って外へ逃げ出た。ちらりと振り返って盗み見た時、京一郎はDIOの首に腕を回し、踵を僅かに持ち上げて、DIOに撓垂れていたところだった。

 

 

 

 

 

 

「ここに、子宮を仕込む」

 

唇を離し、垂れる唾液を舌で拭いながら、京一郎は掠れたような囁きでそのように口にした。

 

「物理的には出来ない。俺はおまえのように治癒の力などないからね」

「ならどうすると?」

「スタンド。『ホワイト・ポニー』の夢の世界で空間を作る力を使えば。現実にもそれを反映する力があれば。それを胎に仕込む事が出来れば。……俺は現実でも孕む事が出来る」

 

子の為にそのような環境を保つよう部屋の調整を行い、実現させる───否、実現するという強い意志があれば、それが叶うのだと京一郎は強く言う。

 

「必要なのは、母体となるものの精神力───これはスタンドを十月十日保つ為に。子となるものの魂───器の中身がなければそれは生命とは呼べない。そして、魂と適応する肉体の元となる情報───魂、肉体が揃っていなければそれは唯の本能に生きる動物にしかならない」

 

夢の世界から現実に反映する力で、多くの魂に堪えうる肉体の強度を調節する。

京一郎は掠れた瞳を弧に歪ませる。

 

「子となる魂は全てを捨て、全てを母胎に委ねなければならない」

 

過去を手放し、現在を手放し、未来を手放し、肉体を手放し、精神を手放し、魂すら手放さなければならない。

 

「子というのは、純新無垢でなくてはならない」

「それは生まれる前の存在と同一ではないだろう」

「……うふふ。おまえがそう思うのならば、そうなんだろうなァ?」

 

揶揄でもするかのように、京一郎は淫蕩に微笑んでみせる。好きなように、望むように。京一郎はすべてをDIOに委ねている。

 

「摂理に抗い、天を嘲笑い、運命を引き千切る。そのようなもの。そうでなくては、おまえはさだめから逃れられない」

 

予言をおまえにさずけよう。

京一郎は声を低くしてそのように告げた。

 

「おまえの。その肉体に対する執着も。その精神に根付く野望も。その肉体に連なる血族の因縁も。その魂に張り付いた欲望も。全て。凡て。総て。すべて。断ち切ってこそ、おまえは神として再誕する事が叶う」

 

出来るのか?おまえに。

出来ないだろう。今も尚囚われているのだから。

出来ないだろうさ!だって、おまえはそれを出来る程、俺に委ねられない(他人を信用出来ない)

 

「俺は妨げる者。阻む者。覚悟無くして先などない」

 

何故ならば俺はおまえが成り果てる事を望まないからだッ!

両手を組んで神に祈るように。

悪辣に嗤い神を嘲笑うように。

悪魔のように笑む。何故ならば京一郎は悪魔なのだから。他ならぬDIOが、そのように京一郎に望んだのだからッ!

 

「だけど俺はおまえを祝福しよう。おまえの道行きに幸多からん事をッ!」

 

夜の魔女だと定義したのはエンヤ・ガイルだ。けれどそれが、水瀬京一郎という男をそのようにした。

それ故に水瀬京一郎はそのように振る舞う。その後に自らの破滅を招こうとも。

 

「俺は言ったよ。おまえの予備案程度にはなったろ?諦められたら俺の手を取りなよ。場合によってはこの手を掴んだとしても振り払うけどな」

 

そうして、京一郎はDIOの胸元に懐きながら、機嫌良さげにその手の血を自分の服で拭った。さながら、“とってこい”が出来た犬が飼い主に褒めて貰いたくてしっぽを振るように。

 

「……はァ。お前は分からん奴だ」

「俺はおまえを愛している。おまえは何よりも、誰よりも美しい(醜い)この俺が嫌いか?」

「扱いづらいとは思っているが?」

「ウフフ。正直者め」

 

だからこそ、DIOは思っている。

もしも京一郎が女であるならば、良い母親になるだろうと。

聖女にはならない。世紀で最もと言っていい、一際の悪女なのだから。

それ故に。このDIOに相応しい。

 

「褒美をやろう」

「わァい。何にしよう?炎天下での1日デート?」

「お前はこのDIOを殺したいのか?」

「ジョーダンジョーダン!……なら今夜、」

 

とびきり優しく抱いて。無垢な少女を夜の街(ワルい事)エスコートする(誘い出す)みたいにね。

物足りなくなる癖に。半ばブーメランのような事を考えながら、DIOは何も言わずにそれを承諾した。

 

 

 

 

 

 

異世界の歌を。

京一郎は歌いながら、気持ち良さそうに酒を呷っている。

淫魔の身体は酔いはしない。元々、人間の頃も心を許せない人間と呑んでも酔わなかった。酒の味は嫌いでは無いので、けれど酒の席も付き合い程度に留めるくらいだ。けれど同行者がいる時に限り、京一郎は酒を嗜む。ひとりで水のように酒を啜ったって、楽しくもなんともないので。それを誰かに言ったりもしない。興醒めもいい所だ。

なら何故。ともなれば、単に場酔いをしているのだ。

 

本日の同行者はそこらに歩いていたオインゴである。引き摺られていく兄の姿を横目に、弟は眠たげに宛てがわれた部屋に帰って行った。無情。

 

珍しく盛況な屋敷のバーに目を見開きながら、いつもの席に座って早速ボトルを開ける。

チョット視線は集まったものの、京一郎が席に着いたと同時に何事も無かったかのように会話の続きに興じるスタンド使い達。オインゴは恐縮しながらも開けられたボトルの銘柄を見て嬉しそうにグラスを手に取った。

 

京一郎は機嫌が良かった。今日はとびきりに。これから数多の血が流れるであろう。これから数多の命が溶け落ちるだろう。

どれだけの人間と会えなくなるか、それは悲しい事だけれど。だけどそれが一等楽しいのだ。……歌でも歌ってしまいそうなくらいに。酔いの回った誰かが、囃し立ててそれを助長する。

 

初めは口遊むような音だった。ゆったりと流れるジャズのような───屋敷のバーにそれを流すラジオなどという洒落たモノなどなかったので───バックミュージックには丁度いい、耳触りの良い、歌詞の無い歌。

それから口を湿らせて、スタンド使いや人の生死に触れる彼らに相応しい、夜を薫らせるかのような安寧と闘争の歌。

そこからはスタンド(ユリコ・テイラー)の知識も混ざって、サブカルチャーなどの主題歌も。ピッタリだからとこの世界を外側から観る者達の作った曲なんかも。

 

決して大きくない声であった。伴奏もない。声質は良いがプロには及ばない。気紛れに知識から引き出された、歌いたい曲をつらつらと。けれどバーにいた者はそれに聴き入り、時折拍手や野次、リクエストなんかを酒やツマミと共に差し出すので、京一郎はにこやかに快く受け入れて歌を歌う。

こういう時があったって良いじゃあないか。こんな素人の歌よりも、マライアやミドラー達(女性)が歌ってくれた方が花があるだろうに、と思わないでもないが。それは無粋というものだろう。

望まれるのが自分ならば、それならそれに沿うだけだ。

京一郎は機嫌が良かった。それぞれが個々人で呑んでいたのが、いつの間にやらテーブルをくっつけて、カウンターに座っていた者は椅子を近付けて。まるで宴会だ。

酒と、歌と。ついでに女も加えておこう。それらを楽しめないのはその人生で損というものだ。

 

小さなリサイタルは暫く続いた。屋敷の主人であるDIOが顔を出すまでは。

 

思わず場が静まってしまったが、その中で京一郎だけは慎ましやかな佇まいでにこりと笑ってみせる。

 

「煩かった?」

「いや。その程度で目くじらは立てんさ」

「流石に眠っている時はしないよ。フフ、それとも枕元で子守唄でも御所望で?」

「要らん」

 

ころころと笑声を上げる京一郎は首を傾げる。

 

「何か酒でも注ごうか。それとも、おまえも歌をリクエストする?」

 

俺じゃあなくても声の綺麗な女はいるよ、ミドラーにマライアにネーナ。ラバーソールやホル・ホースも良い声しているし。

名指しされた各人はぴょっ、と身体を跳ねさせたり硬直させたり後退ったりした。

 

「……お前でいい」

「うふふ。承知致しました。……マライア、彼にお酌して差し上げて?」

「は、はい!」

 

緊張もあるが、少し嬉しそうにマライアがDIOの腰掛けた席の隣に座る。マライアはDIOの顔が好みなので。

 

「下手の横好きでお耳汚しを失礼。……では、1曲」

 

 

 

 

 

嘗て、白い部屋で。DIOは微かに覚えている。

海の底。意識を微睡みに落とし、動かぬ身体に苛立ちを抱えていた頃。

歌を聞いた。この声を聞いた。

特別上手い訳では無い。けれど、伸びやかに響くテノールは耳に馴染む。

海の底に沈む前。幼少期から。普段話す声と比べるべくもなく、歌唱の声は異なった。存外高く啼けるのは知っていたが。甘やかだが何処か酷薄な声音は夜が忍び寄るようだ。

子守唄。先程奴が言ったように、確かにそれは眠りに良いだろう。

 

「───。……ご清聴ありがとうございました」

 

ぱらぱらと拍手が齎される。DIOもまた、礼儀として手を打った。

 

「どう?」

「マアマアだな」

「だよなァ〜ッ。酒宴の場だからって事でお目溢しください」

 

困ったように微笑み、マライアに手渡されたグラスをぐいと呷る。

 

「はァ……楽しかった。もう少し呑んだら部屋に戻るよ」

 

すっかり出来上がったラバーソールがダンやオインゴに絡んで、陽気に歌っている。それに苦笑するダニエルや呆れるテレンス、デーボは我関せずと視線を逸らし。ホル・ホースはダニエルのイカサマにまんまと引っ掛かって賭けに惨敗して頭を抱えている。

壁の方に凭れていたンドゥールをアレッシーが手招いた。

 

「ミナセさん。お酒、お注ぎしますわ」

「ありがとう、ミドラー」

 

DIOは目を閉じる。今夜程度は、大目に見ようとでも。

 

 

 

最後の夜。

明日から、刺客達はジョースターを殺しにエジプトを発つ。

依頼が済めば金を持ってまた、何処へと飛び立つのだろう、或いはこれからも変わらずDIOに仕えるのだろう。達成出来ず命を落とす者もいる筈だ。

だから、今宵ばかりは。今宵だからこそ。

闇に生きる者たちは酒を酌み交わす。今この時、この出会いを祝するように。

 

 

 



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第33話

 

 

目的とは終わりであってはならない。何故ならその目的に達した時、人は生きる意味を失ってしまうからだ。

 

 

 

 

 

 

着々と、ジョースター一行は此処エジプトへ近付いてきている。

終りの音が聞こえる。

まるでそれは嵐の前の凪の海。過ぎ去った過去を想いながら感慨深く思う。

 

この世界に堕ちて、色んな人と会った。あの世界では多くなかった、個性の強い人々。けれどあちらとこちら、さしたる差など無いなと思った。……彼以外は。

 

彼の存在は、自分がこちらに堕ちた甲斐があったと思わされる程のものだった。彼を中心に、様々なものが集まっていく様が小気味良かった。さながら、引力のようで。

 

彼は友人のようで、唯の愛人で、理解者で、どうしようもなく分かり合えない、自分が心を傾けるに相応しい男だった。美しい、人外。未だ幼い、化け物になりたいと願う愚かな徒人だった。

 

惑い、悩み、止まる事を知らずに突き進んで。その姿をもっと、言うなればずっと、見ていたくて。自分はこの世界に堕ちたのだし、邪魔をした。確信があった。彼は自分の妨害を喰い千切ってでも進んでいくだろう。だから気兼ねなく邪魔をした。彼からすれば飼い猫が足元に戯れついて来ている程度にしか感じていなかっただろう。

 

───彼は俺を踏み越えていく。

 

だから俺は彼を愛した。彼は信じようとはしないけれど。

本当に、愛しているのだ。元々生に執着の無いサガを持って生まれたけれど。彼にこの命を、この肉体を、この精神を。路肩に散ったゴミのように踏み潰されて捨て置かれたって構わないくらいには。……俺にだってプライドはある。そこらの人間より気位の高い自覚はある。自分の今の美しさに自負がある。だから他者が俺を無碍にして掌を返す様が気になって、手元に置いて、観察して。

だけど、そんな有象無象に向けるようなそれとは、明らかに異なっている。

 

俺はそれを愛と称した。

俺は、愚直に、哀れに、無垢に、純粋に。ひねくれて、人間不信で、自信過剰で、皮肉屋で、溝のような性格で。

歩みの先に道があると信じ切っているのが可愛くて、その先には崖しかないというのに突き進んでいくのが可哀想で。

 

 

そんな彼に、焦がれる程の───恋をしたのだ。

 

 

 

 

 

 

断ち切れるだろうか。彼は。

───無理だろうな。

スタンドが教えてくれる。この先に待っているのは紛れもない終着だと。

 

警戒を促している。けれど、それを止める事はしてはいけないと、戒められている。

 

強制力があった。魂が、そのような枷を嵌められている。

細く、脆く、容易く引き千切ってしまえる程度の、薄弱な鎖。

敢えて、それに従っている。その通りにしてしまう事が、彼の望む事だと分かっていた。

 

だから俺は、彼の脚を切り取ってしまうような事はしなかった。簡単に出来たのだ。そのようにして、彼を腑抜けにしてしまう事なんて。

彼は破滅を迎える。……そして、それは俺自身も。

 

構わなかった。だって、それは、彼と共に破滅に陥るという事。彼と共に終わるという事。それはなんて劇的で、ロマンティックなのだろう?

その時に彼が心底から悔しがって、怒って、憎んで、当たり散らして、泣いてしまったりしたら。俺はそれだけで永遠を幸福に生きられるだろう。嗚呼、その時には慰めてやりたい。責め立てて、嘲笑って、はじめから間違っていたんだと突き付けてやりたい。彼に罵られながら、彼を絶望に陥れてしまいたい。

 

そんな事になったら。

だけど。嗚呼。

その時は彼を切り捨ててしまうのだろう、俺は。

だから、幸せの絶頂で。

 

俺は彼に殺されたい。

 

 

 

 

 

 

魂の感知から、どんどんと見知った気配が消えていく。

残ったものも弱ってしまって、数ヶ月間は正常に戻るまい。

見知った魂は世界のどこにいても感知出来る、とはいっても、距離が遠のけば遠のく程、その感覚は曖昧なものへと変わっていく。

けれど、消えていく。俺を魔女と定義した占い師も、狂信の果てに血に沈んだ。

 

苛立ちと失望に暮れる彼に、俺を刺客に送り出せと甘言を吐いた。

彼は少しの思案の後に、首を横に振った。

どうして。

問えば、何も言わずにただ、準備をしろとだけ言った。

 

最近、彼はずっと、俺に殺しを求める。護身用だった拳銃も撃ち慣れてしまった。

魂の全てを糧にして、土壌にしろと仰せだ。

身体を大切にしろと。───まるで妊婦にでも言うように。

彼の望みを───唯の保険だろうが───俺は知った。

 

ああ、勿論。命令には従うとも。だけど、俺の好きなようにしていいという事だろう?俺に委ねるというのは、そういう事だ。

彼は何も言わなかった。

彼は何も言わずに、俺を抱いた。

 

 

 

 

 

 

永遠を求めてはならない。

 

 

 

 

 

 

彼はアメリカ、フロリダ州へ飛んだり、戻ってくるなり其処の友人を屋敷に呼んだり、苛立たしそうに机に向かったりして、忙しそうにしている。

彼は彼なりに考えがあるのだと、生涯唯一の敵対者が、僅かな優越と共に言った。正直なところその発言には納得したが、それの言い方が至極腹立たしかったので、売り言葉に買い言葉の子供じみた言い合いをした。その時は珍しく2人して彼に叱られたものだ。敵対者はすっかり落ち込んだ(悄気返った)ので、言い合いに勝負はつかなかったが、結果的には俺の勝ちって事で。

 

 

 

 

 

 

彼の方が余程、修道者だ。

悟りを開こうと頑張っているナアと他人事。すっかり屋敷は静まり返ってつまらない。暇を持て余して執事に執拗に絡んでウザがられている。やめる気はないけれど。

 

この沈黙はまるで、あの時の水底のよう。

俺はあの時の、停滞した沈黙を愛していた───否、今も愛しているので、成程、俺がこのスタンドを得たのは道理だったのだとひとり納得した。彼女が俺の一部となったのは、彼の言葉を借りると、運命だったのだ。……まア、俺は運命などというものは偶然の連続か、或いはなるべくしてなった必然だと思っているので、所詮は戯言なのだが。

 

スタンドとは精神のあらわれ。要するに、彼女が俺に惹かれたのも、俺が彼女の生前を憶えていたのも、それは必然だったのだろう。絶妙に、マッチしていた。彼女と知り合っていれば、俺はきっと彼女から悟りを受けていたに違いない。他人のふり見て我がふり、なんて。……実際に知り合ったとて、俺は彼女を有象無象のひとりとしてしか見なかっただろうが。

 

もしも、だなんて考えるだけ無駄な事。そう切り捨ててしまう程度の事を考えてしまうなんて、嗚呼。本当に、退屈な事だ。

 

 

 

 

 

 

不変を求めてはならない。

 

 

 

 

 

 

九栄神の皆が屋敷を発って直ぐの時に、拠点を移した。

屋敷はまるで箱庭だ。広い部屋でひとり、怠惰を貪る。腹は空いていないけれど、どうにも飢えを持て余して、俺は外へ抜け出した。

 

遠目に見たジョースター一行は太陽のような、星のような、輝かしい魂をしていた。闇に慣れた目が焼けてしまいそうな、そのような。

ポルナレフも、花京院も、それに引っ張られるように研磨されて、美しく輝いていた。

 

自然と、視線が向けられたのを感じた。ヴェールに隠されて顔は見られなかっただろうが、あちらも何かを感じたのだろう。じっと、ただじっと、俺がその場に留まっているのを見ていた。

 

ジョセフが首を傾げ、何事かを承太郎に話す。承太郎はその視線をうろと彷徨わせると、帽子を深く被り直して首を振る。一行全員の視線が、そうして逸らされた。

 

帰った俺は彼に叱られた。そりゃあそうだ。

ごめんって、謝ってるじゃあない、もうしないよ。

 

 

 

 

 

 

運命を捻じ曲げてはならない。

 

 

 

 

 

 

門鳥のペット・ショップが死んだ。鳥の魂の感知なんて出来るのかと不思議に思う。スタンド使いは魂の波長が非常に強い。案外、判別も出来るものだ。嗚呼、可哀想に。気高い隼だった。アニマルセラピー要員としてとても可愛がっていたのに。

 

明日、ジョースター一行がこの屋敷に招かれる。

明日、明後日。それで、彼らの旅が終わる。彼の全てが終わる。俺は未だに信じられてはいない。もしかしたら彼が勝利するかもしれないのに。だって、それ程彼は無類の強さを持っている。

 

だがまア、この世界は良い暇つぶしになった。

彼次第で、俺は残された手段をどうするか。具体的には、それを目の前で踏み潰して彼の絶望を嗤うか、彼の願い通りに能力を行使するか───決めるとする。

 

お膳立てされておいて、未だに決めかねているのかって?

そりゃあそうだろ、俺は俺の楽しい方を選択する。

快楽主義の刹那主義。希死念慮すらある。幸福の絶頂、死んだっていいと考えてしまえば、俺はそのようにする。

 

俺の心は、俺ですら分かっていない。

だから、彼も───俺を信用しないだろう。だから保険なのだ。予備案ですらない。滑り止め程度にもならない。

彼がそれを赦すので、俺はそれを貫くだけだ。

 

 

 

 

 

してはならない。してはならない。してはならない。

 

誰に決められた?

それに従う道理などありはしない!

 

 

 

 

 

 

どちらを選んだかって?

 

今の君の目の前にいる俺の姿を見れば、分かりきった事だろう?

 

 

 

 

 

 

負けるつもりはなかった。DIOは自分のスタンドに絶対の自信を持っていたし、過去、最大の好敵手であるジョナサン・ジョースターの肉体を奪っている。その子孫が何するものぞ、と。

けれどまア、現実は無情な事で、より大きな意志と、世界観やシナリオ通りに、何一つ変わらず終わりを迎えた。

 

とはいえ、彼───水瀬京一郎というイレギュラーが何も生まなかったかと問われれば、それは否である。

 

少なくとも刺客の彼ら彼女らは頭の隅に彼の存在が色濃く残っていたし、実際、所々で彼の存在を匂わせる発言をしたりした。

 

花京院典明は水瀬京一郎との何気ない会話を語ったし、ジャン=ピエール・ポルナレフは水瀬京一郎の美しさに友情を見出していた。

デーボは水瀬京一郎と呑んだ酒の味を覚えていた。

ラバーソールは痛みと恐怖による恫喝に水瀬京一郎の存在をチョイと小出ししてしまったし、ホル・ホースは2番目に組む相棒に水瀬京一郎の顔を思い出した。

J・ガイルは次の雇い主に水瀬京一郎を候補にしていたし、エンヤ・ガイルは最後の断末魔に夜の魔女め、神に仇なす事があればあの世で屈辱なる2度目の死を馳走してやると罵った。

スティーリー・ダンはあの狂気の坩堝よりはマシか、いやコッチはコッチで無理だと病床で呻いている。

マニッシュ・ボーイは送られるなら水瀬京一郎の元がいいと赤子のように泣いた。

ミドラーはこのような姿でも水瀬京一郎なら愛してくれるだろうなと思った。

ンドゥールは闇を歩くDIOの傍に夜のような水瀬京一郎が共に在れば良いと願った。

オインゴとボインゴは自然と水瀬京一郎の元に帰ろうと思ったし、アヌビスはどうか錆びる前にナイル川から引き揚げてくれと一時期持ち主であった水瀬京一郎に喚いた。

マライアは自分が敗れてもDIOの傍に水瀬京一郎がいれば問題無いだろうとほくそ笑んだ。

アレッシーは自身のスタンドで幼児化した敵に、やっぱり肉塊になったあの方は異常だったのだなあと、強烈に残る記憶を思った。

ダニエルは奪った2人のチップを弄びながら、水瀬京一郎ならまだ長くもったぞと思考の端にあったし、ペット・ショップは嘗ての自分の鳥生を走馬灯として思い、あの主人の番は弱いのにと思わなくもなかった。

テレンスは残されたスタンド使いの数を思い返して、あの人は動くだろうかと思考を痛みから飛ばした。

ヴァニラ・アイスは塵に消えながら、この状況でも怠惰を貪るようなら削り取ってやろうと呪ったし、ケニー・Gはあの人を逃がさないとと主人の命令に力を振り絞った。

ヌケサクと呼ばれた──は太陽の光に消える前にどうか自分を連れて逃げてくれと泣き叫んだ。

 

 

……DIOは。ディオ・ブランドーは。

 

今際の際、ジョナサン・ジョースターとの青春を。吸血鬼としての始まりを。“天国”への切望を。友であるエンリコ・プッチへの信頼を。

ジョースターに連なる系譜への憎悪と感嘆と、言いようのない悔しさと。何処か、行き着く先まで来たのだという、達成感にも似た飢えを。

 

それらを思い返してから、水瀬京一郎を“見た”。

 

真にディオ・ブランドーという人間の人生に寄り添っていたのは彼だった。

彼は鍵だった。差し込む鍵穴も、それを使う人間も、いない。けれどそこにあるだけの鍵だった。

 

彼の過去などどうでもいい。彼の未来もどうでもいい。けれど、現在を共に生きるにはちょうどいい、それだけの存在だった。

ディオ・ブランドーは愛を知らない。知る必要がないと切り捨てていた。寧ろ唾棄すべきものだと考えていた。

 

水瀬京一郎は、それを愛と言った。共に寄り添い、安堵を少しでも得られるのであれば、それは愛だと。

 

これで終わるのだと、DIOは思ってもみなかった。青天の霹靂、寝耳に水、……表現の仕方などどうだっていい。

ずっと、これが続くのだと、漠然と思っていた。それだけだ。

 

“時よ止まれ”。全てが自分の手中にある事の充足があった。

 

夢の中の停滞が、足を止める事が、恐怖だと、不安だと感じた。

 

何故なら。何故ならば─────

 

 

 

水瀬京一郎という男は、これを愛していたのだと。終の間際、DIOは少しだけ理解してしまった。

 

 

 

朝が、くる。

 

 

─────

太陽の下に、男はいた。

逃げてくれと送り出された先、男はひとり、そこにいた。

男はどこか虚ろに、幸せそうに、この世全ての不幸を背負ったかのように、掠れたような瞳で無表情に笑っていた(嗤っていた)

ひとりの男はこてりと、まるで人形のように首を傾けた。

 

「満足か?」

 

男はひとりの人外を見下ろして、瞬きもせずに言葉を落とした。

 

「飢えは癒えたか?」

 

流麗に、沈み込むような夜と、忍び寄るような闇の、美しくも俗世から離れたような神秘的で冒涜的な魔女を思わせる、そのような声だった。

 

「そこはおまえの安寧か?」

 

塵に消える残骸を、しゃがみこんで片手に掬う。

 

「おまえの望み通りの世界が広がっているか?」

 

さらさらと、それは手の中から風に巻き込まれて消えていく。

 

「嗚呼……分かっている。分かっているとも。選ぶ刻が来た」

 

胎を撫で、さて困ったな、と男は云う。

 

「おまえは俺の報復を受け取っていないな」

 

ひたひたと、湿った水のような気配を帯びる。

恨みがましい、おどろおどろしいそれ。

 

「理解した。俺は俺の中のそれを、確かに。……あまり良いものでは無いな」

 

ひとつ、瞬きをする。

 

 

 

「おまえが作り出したものだ。おまえが喰らって、俺を終わらせろ」

「おまえが生み落としたものだ。おまえが終わらせるのが道理だろう」

「決めたよ、少年」

「決めたよ」

「これが、俺の愛の終着か。呆気ないものだった。酸鼻極まる。けれど、」

 

 

「これから始まる」

 

 

「終わりを迎えるのも……存外早くなりそうだが」

 

 

 

 

男は灰となった肉体を放り捨てて踵を返した。

最早抜け殻に興味はなかった。

 

 

 

 

 

 

腹に残っていたのは、経験した事の無い程の灼灼とした怒りだった。

自分が嘗て味わった屈辱よりも、乾いて疼く憎悪。失望。歓喜。……愛。感情に色があるのならば、今の自分の腹の中は真っ黒であろう。

 

肉体の強度など目に入らぬ。

頭痛が襲おうと、血涙が流れようと、身体が融け落ちようと。

 

 

気が付けば傍には彼の執事が控えていた。

周りには彼の部下が揃っていた。

話を聞くに、どうやら自分はあの後闇に潜り、片っ端から彼らを勧誘して回っていた。らしい。勧誘というのも憚られる、誘惑だとか、堕落だとか、兎に角本能を誘引させる一種の暴力、或いは蹂躙だったという。

身体が気怠げなのは淫魔としての能力を常に最大出力で使い、“スタンドすらも常時発動させていた”からだという。

 

淫魔の頑健さは衰えに衰え、自分はベッドの上から動けない状態だったのだから、余程の事である。

正気を取り戻した時、執事が手に持っていた物を全て取り落として医者を呼んだのだから。

 

「……あー、記憶が戻って来たかも」

「それは、良うございました」

「うーん、……無茶したなァ俺。迷惑かけたね、テレンス」

 

医者からの触診を受けながらケロリと言うと、テレンスはがっくりと肩を落として大きな溜め息を吐いた。

 

「まったく……“身重なんですから”、母体と子に関わるような事はおやめ下さい」

「……ウフフ、そうね。お前の、お前たちの、大事な主人の為だものね……」

 

勧誘の言葉に“主人たるDIOの復活の為に”、だなんて文言を使っておきながら、なんという無理を繰り返しただろうか。

 

素直に集まるなら良し。もう二度と経験したくない、普通に生きて平穏に死ぬんだと逃げ回るスタンド使いを追い回し、罠にかけ、死を選ぶ間際まで肉体的にも精神的にも追い詰め、絶望と共に赦してくださいと忠誠を誓うまで。執拗に。

人殺しが何を今更。コンビニにチョット出掛ける事すら出来ないくらいにまで社会的に潰すぞ。これまでの3ヶ月で現代社会の大半に深く爪痕を残すくらいに根を張っている者の言葉は重い。

 

「……プッチさんも心配しておられましたよ」

「彼を、だろ。(アイツ)DIO至上主義だから内緒にしてくれれば良かったのに」

「まア……代わりと言ってはなんですが、彼には内密に、DIO様の子の情報を入手しているので」

「っ嗚呼!本当?場所は?生活はどうしているのかしら。彼、どうにも難のある女ばかりを孕ませていたから心配していたんだ」

「京一郎様、お気を静めてください。お身体に障ります」

 

医者の言葉に閉口する。

 

「会いに行くのなんて以ての外ですよ」

「どうしてそんな酷い事を言うの」

「貴方は絶対安静です!今も手足が肘膝まで蕩けているのが分かりませんか!」

 

やっと血涙が止まったのに!とテレンスが声を荒らげてタオルを押し付けてくる。

 

「血涙は脳が融けるくらいオーバーヒートしたからだよ。もう世界中の人間の魂を観測してスタンド使いやスタンド使いの素養がある人間を探す、なんて事してないから……」

「そういう問題ではないです!」

「信用無いなァ……」

「あるとお思いで?」

 

テレンスがいつもはきっちりと纏めてある髪を解れさせ、にっこりと微笑みながら顳かみに青筋を立てている。

 

「兎に角今は絶対安静です。面会も謝絶。何度腹の子も危うくなったか……」

「わかったわかった、言う通りにするから。……取り敢えず腹が減ったなァ」

「……ふーーー……承知致しました。何かリクエストはございますか?」

「鉄分補給出来そうなやつ。タンパク質も。あとハグ(生気)ね」

「はいはい……」

 

立ち上がったテレンスが両手を広げるので、するりとその身体を抱き締める。

 

「ありがとう、テレンス。これからも宜しくね……俺と、彼の為に」

 

包帯で覆われた腕で、労わるようにして。

 

 

 

 

「……仰せのままに。我らが大いなる夜の魔女よ」

 

 

 

 




以上で 吸血鬼は淫魔の夢を見るか? ひとまず完結です。
駆け足で進んでいきましたが(何となくシリ切れトンボである)如何でしたでしょうか。作者の性癖でした。はい。まさか評価バーに色が付くとは。これ匿名じゃあなかったか?匿名だったよな。ウン。

実はというと四部前の時空でDIOの息子達を一時期集めて親として幼少期を送らせたり、DIOの息子達がいる状態でDIOが再誕したり夢の中で胎の中のDIOと蜜月()したりする構想も練っていましたが、そこは最早蛇足でしょう。そこまで書いたらパッショーネ某ボスと出会したりとか四部杜王町編とか六部神父をひたすら妨害する編とか書かなくちゃあならなくなる。キリがねぇよ。あったとしても一巡終了までだよ。無理だよ六部読んでないもん。プッチ神父の偽物感スゲェのなんの。また書き直すかもしれん。すまん。

リハビリがてら短編書きに来るかもしれませんが。その時は「ああ、こいつ今スランプなんだなあ」という広い心で迎えてください。


今後の予定としましては、宣言通り設定集を投稿後、作品の匿名を解除します。で、暇になったら前述した蛇足を書きに来ます。というかR18書きたくなったら頻繁に来ます。

長々と後書きで失礼しました。
今までこの作品を追ってくださいました皆々様、感想、評価等つけて頂きました御方方に、多大なる感謝の思いを記してこの作品の〆とさせて頂きます。


……ところで皆もDIO様受小説書いてみない?僕はやりました。キミもやってくれ。


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吸血鬼は淫魔の夢を見るか? 設定集兼裏話

 

・水瀬京一郎

 

正直コイツ主人公で良いのかクソ悩んだけど考えるのを止めて投げた。

人の心をよく理解しているけどそれを利用する系クズ→人の心、感情を喰らって生きる人外へ。イメージは黒い聖女、夜の魔女でありサタンの妻であるリリス、イブを誑かす楽園の蛇。

 

母によって道を外れ、父によって不信になり、篠原敦によって導かれ肯定されて明後日の方向に突き進み、ディオによって完結する。自分と他人もどうでもいい、欲するなら可哀想だから与えるけどお前は俺に何をくれるの?人間という生き物可哀そ可愛いねっていう何かの教祖とかのカリスマ系ド屑。だった。予定としては。途中から好き勝手に動き始めて制御が難しいものでした。

 

労働に金を与えるように、働きや欲求、対価に応じて自分の身も穢すが、魂をも穢れる事は終ぞなかった。

刹那的、快楽主義、破滅を望んで相手も滅ぼしてしまう運命にある。

 

人は人であるが故に幸福であるので、もしかしたら自分はもう人間ではないのかもしれないと人間の頃から無意識に思っていた。人では無い事は、人ではなくなるという事は、とてもつまらない事だ。良いものでは無いよ。水底編でDIOに肯定されてからその思想が加速した。

鬱陶しいな、邪魔だな、と思ったら何であろうと排除に向かうのは、過去に父母にした時と同じようにすればいいと無意識に考えているため。

常識は敢えて無視する。

 

水底編後、淫魔の身となってからは思考が人外寄りになり、ユリコ・テイラーの魂をも受け入れた為に女性の要素を抱え込んだ。スタンドが軽度の暴走を起こすと時折混線する。スタンドが薄弱な自我を持っているため、彼女の意思で必要と感知したら原作知識が与えられる。

 

“女は尽くされれば尽くされる程、男は尽くせば尽くす程若く美しく在れる”を体現していると良。

関係性に名前は付けないが、本質を掴んでいる派である。

 

彼はDIOをディオと呼ぶ。

彼は決して、DIOをDIOとは呼ばない。

 

一人称:俺(ジョジョの世界の異物である為)、私(人外として)

二人称:キミ、お前、(DIOに対して)おまえ

 

エンリコ・プッチに対し、鏡の像と称し、生涯の敵対者であると認めると同時、奇妙な友情を感じている。鏡像とは決して交わらないものだと考えている。

 

 

作業BGM:

『イ/ン/ゲ/ル』超学生様

『浴槽/と/ネオン/テトラ』REISAI様

京一郎×X『愛/じゃ/ない』ダズビー様

 

 

 

 

 

・DIO(ディオ・ブランドー)

 

ちょいちょい京一郎に振り回され、時に振り回し、やっぱり振り回されている人。愛を知らないし、理解出来ない。そしてそれをそのまま理解する必要のない事と捨て去ったと作者に捏造された。

京一郎とは他人では無いが親しい訳ではなく、水底編では全てが停滞した環境と彼との関係にずっと無意識にイラついていた。三部編では腐れ縁、からの所有と被所有関係、後に愛していないけれど(愛と認めないけれど)傍に居るのが普通であるモノ、となる。京一郎が誰に触れようと別にいいが、他者が京一郎を求めて触れた途端吸血鬼の拳が飛んでくる。手垢を付けられたくないと思う程度には執心しているが、いつか手放す必要が来た時は躊躇無く手放せる。

本作ではずっと悟りを開く為に思案に耽っていたひと。

 

関係性には敢えて名前を付けたくない派。ジョナサンに向けるような激情を京一郎に向けてはいないが、それはそれとして他に執着を向けて疎かにされると不機嫌になるタイプ(水底編より)。

 

常識はあるので京一郎の一挙手一投足にドン引きしたりする。ドン引きされたりもする。

 

京一郎の傍は認めたくないが安らぎである。それは彼がまだ幼く弱かった頃を知っているからではなく、理屈など関係なく、京一郎の纏う空気は息がしやすくて、それが駄目だと思っていた。

 

最終決戦ではケニー・Gに命令して京一郎を屋敷の外に逃がすように言っていた。それは予備策の為に。そこに何かしらの感情がなかったかと問われると口を噤む。

 

柵が多過ぎて、最期の時まで彼に何も告げる事はなかった。

何も告げる事はなかったが。京一郎はそれを愛と呼ぶのだろうなとは思った。馬鹿馬鹿しいと切り捨てたが。

 

 

 

 

 

・水瀬瑠璃子(旧 ラピス・オルティス)

 

京一郎の母親。父がコーカソイド系の外国人でハーフ。母方に似た為純日本人的容姿。蝶よ花よと育てられた箱入りだった。入籍と同時に帰化した。実家とは絶縁している。父親が死んだ故郷を思い出すと悲しみに暮れてしまう為。円満なる絶縁であった。

 

初恋は父であり、それにそっくりである京一郎によって道を踏み外す。愛に理屈は無い。夫の事は愛しているが、淡い笑みを浮かべて微笑む亡き父の面影に暴走を止められなかった哀れな人。京一郎によって堕落した後精神的ショックが与えられ衰弱する。

 

水底編の終了時には意識すら怪しいレベルにまで持病が進行する。その後、彼女は看護師や医者による看護も虚しく病院にて息を引き取る。

 

 

 

 

 

・水瀬礼一

 

京一郎の父親。初めは京一郎の事を我が子として愛していた。が、妻の変容と同時に憎悪へと反転する。

苦悩に塗れた10年。妻を正気に戻そうと諭し、叱り、涙を零し。憎いと思う心を留めようとした。だって京一郎は血の繋がった愛しい我が子だった。本作で一番一途で愛情深い人だった。

奇しくも感情の荒波を鎮めたのは原因である京一郎だったが。

 

愛も憎悪も記憶からも解放され、水底編終了時には穏やかな時を精神病院にて過ごしている。もう少しすれば通院は必要ながら記憶から離れた場所で日常に戻れるらしい。過去の自分と、愛と、あまりに大きなものとを引き換えにして。

 

 

 

京一郎の気質である愛情深く、狂気を帯びたようなそれは血筋である。

 

 

 

 

 

・篠原敦

 

京一郎とは腐れ縁。加害者であると同時に被害者。ド屑。享楽的。人並みに情はあるし、馬鹿ではあるがある程度生物の持つべき常識はある。良くも悪くも等身大の一般人だった。

スペックは普通だが常人の持つだろうブレーキを踏む機能(意思)を養えなかった為にある種の狂人となっている(京一郎が敦が痛い目を見る機会を奪っていた)。究極のKY。

よくいるDQN系陽キャをもっと害悪寄りにしたイメージだったので、パリピ系陽キャとは相性が良く、歳上に可愛がられる為、交友は浅いが広い。怖いものなどないと驕っていたが、水底編前ですっかり牙を折られた。京一郎の意図した通り、京一郎を唯一にして最も恐ろしいものであると強く意識するようになる。

水底編では京一郎に外堀を埋められて二進も三進もいかなくなる。最後は京一郎を受け入れる事も拒絶する事すら出来ず、小指をヤクザによってケジメつけられて、京一郎がオーナーをしていたホテルに軟禁されていた。自覚のないままありもしない希望に縋って京一郎を待ち続ける。

 

水底編後、オーナーの死に動揺し混乱するホテルからまんまと逃げ出すものの、最悪の裏切り者として、京一郎と縁があった政界、財界、裏社会等などから懸賞金を懸けられた後呆気なく捕らえられ、海外の刑務所にて衰弱し獄中死する。

 

 

 

 

 

・荒牧楓(ユリコ・テイラー)

 

腐女子。京一郎の元クラスメイト。

京一郎をオタク的な意味で崇拝している。小学生の頃から気になる男の子だと思っていたが中学でオタに目覚めたと同時に沼った。第三者的立ち位置では京一郎の内面を察していた最たる人物。

京一郎のスタンド『ホワイト・ポニー』の前身である『ホール・ロッタ・ラブ』という映写機型のスタンドの本体だった。

水底編にて交通事故に遭い死亡しているが、ジョジョ世界にて記憶を保持したまま転生を果たす。

自分は大した事の無い人間であると自称し、推しにモテるよりかは推しと推しがわちゃわちゃしているのを眺められる天井になりたい派閥所属であった。

どう足掻いても自分は特別ではなく、それを望んではいけない。スタンドを使えたとて同じ事。原作に介入したかったが無理だと悟って細々と暮らす。京一郎とDIOの件はやってみたら出来ちゃったらしい。

非常にDIOを恐れているのは、一度、一瞬だけその姿を見ただけで心が折れた為。が、前世の推しであったので軽率に軽率した。スタンド覚える前のディオ様ならセーフだと思って……アウトでした。彼らがひとつの部屋に招かれた原因。

水底編終了時DIOがジョナサンボディーに馴染むのを機に接続を切った。が、三章にてDIOの配下であるダービー兄弟によって居場所を特定され、京一郎の世界間転移による礎となり、依代となって2度目の死を迎える。

 

現在、京一郎の魂の傍、『ホワイト・ポニー』の自我の一部となって、京一郎の行く末とDIOとの蜜月を眺めて七転八倒している。オアアァァ!!(悶絶)

 

 

 

 

 

・スタンドについて

 

 

『ホール・ロッタ・ラブ』(胸いっぱいの愛を)

 

京一郎のスタンド、『ホワイト・ポニー』の前身。名前の由来は洋楽。ユリコ・テイラーのスタンド。

アンティークな映写機型。スタンド内部に魂を閉じ込めるスタンド。本体であるユリコは主に悪漢からの逃走用、DIOと京一郎の視姦用にのみ使用していた。

 

使用出来る空間は1度にひとつ。直接空間に意思を反映する事は出来ず、行えるのは生成時に定めた脱出条件と部屋の内装設定のみ。物の破損の復元にはスタンドパワーが使用される。空間の展開をすると対象が脱出した上で空間を閉じなければスタンドパワーは消耗し続ける(基本は脱出と同時に閉じる)。

 

DIOと京一郎に関しては思い入れ、思いの丈が強過ぎた為に半ば暴走状態にあった。 時間、世界すら超えてしまう力があったが、イマイチ自信やスタンドに対する信頼、闘争心に欠けており、十全に力が引き出されないまま所有権が京一郎に移った。

 

潜在能力としては京一郎を上回っていたが、理解度や応用能力、自己肯定の低さなどにより劣っていた為、スタンド使いの中でも中の上程度の強さだった。

 

因みにスタンド名は大体押しつけみたいな愛の示し方っぽかったので、そういう意味でもピッタリ。

 

 

 

『ホワイト・ポニー』

 

破壊力:B スピード:B 射程:B※ 持続性:A 精密動作性:C 成長性:B→C

※……魂の波長を見る淫魔としての能力により、一度補足した者ならばほぼ自由自在にスタンド能力を行使できる。

 

淫魔として人外化している為破壊力、スピードが向上している。本来は直接的な戦闘能力がない。

 

元はユリコ・テイラーのスタンド『ホール・ロッタ・ラブ』だが京一郎の世界間転移により本体の肉体が乗っ取られ、同時に変質した。

黒いドレスを纏った球体関節を持つ女型のスタンド。因みに生えている。要するにふたなり。

 

対象の魂をスタンド内部に引き摺り込んで閉じ込める能力。その数に限りはなく、『ホール・ロッタ・ラブ』とは異なりエネルギーを大量に使う代わりに幾つでも魂を拘留する部屋を作れる。

 

彼女の内部は異空間となっており、魂を奪われた対象は眠りに落ちる。栄養不足などで肉体が衰弱死する可能性はあるが、それ自体に殺傷性はない。が、夢を操る事が出来る淫魔としての能力により、腹の中にいる対象は魂に宿る生気・感情を奪われていく為、脱出出来ずに力尽きれば肉体は緩やかに自然死する。

 

夢に取り込まれた対象は部屋の設定によって条件を達成しなければ脱出できない。が、スタンドごと取り込まれた場合、A以上の破壊力を以ってすればスタンド内部から部屋を破壊する事も可能。スタンドを発現しないまま夢に取り込まれると対象はスタンドを発現出来ない。

 

また、制約として脱出条件を設定する必要がある。難題にすればする程生成時に多くエネルギーを消費するが、元々省エネタイプの上生命力を多く持つ京一郎には意味の無い制約である。

 

部屋の生成時、詳しい条件を設定する事で現実世界でもその効果を対象の肉体に反映する事が出来るため、夢の中で死ねば現実世界でもそのような死を迎える事となる。

取り込んだ対象の記憶を読み取ってそれを映し出す事も出来る。その為、大人数を一度に取り込み、その記憶から広大な世界を構築する事も可能であったりする。

 

成長性によって、対象の遺伝子情報と魂があれば擬似的に懐妊する事が出来るので、対象となった者が死亡した場合、魂も記憶も肉体も再構築を出産という形で行う事が可能となった。

 

……これを悪用すると、赤子の懐妊と吸収を繰り返す事によりその身を呪物:コトリバコに変えるなど、可能になる。

 

真っ当に成長すれば、取り込んだ他者の記憶や経験、老いという時間の概念すら閉じ込める檻になる、かもしれない。

 

京一郎のスタンド。

名前の由来は麻薬のストリートスラングであったり、洋楽バンドのアルバム名からだったりする。deftones、WHITE PONYより。

 

ホワイト→黒い姿と相反。純潔の喪失、魂が純粋なものでは無く混じってしまったというイメージ。

黒いドレスの女→夜の魔女(リリス)=悪魔と交わり悪魔を孕む=DIOとの交わりや再誕などから。

レディ(京一郎からの呼び名)=コカインの別名であるホワイト・レディから。また、コカインはスターダストとも呼ばれる=三部の暗示。

女性型=肉体、精神への影響、胎に抱える一種の“世界”。

 

 

 

 

 

・転移前に信者と化していたホテル従業員、及び各界の重鎮たち(海外にもいる)

 

死屍累々。京一郎の死後1年は謎に包まれた世界的な経済恐慌に陥る。

 




約束は果たしたぞジョジョーーーー!!


そうです、ボクが匿名希望の害悪お腐れ野郎でした。
落ち着いたので連載書く……書け……書けたらイイナァ……


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四章
第34話


三部と四部の間にある話。
遅くなりましたがクリスマスプレゼントってことで。


 

手足は生えた。

そう、生えたのだ。手足は肘膝まで熔けていた。蕩けていた。淫魔に欠損の治癒能力は無い。吸血鬼のエキスによって造られた屍生人と同じように。だが実際に、京一郎は生気をより多く摂取する事で無事に治癒した。それは今、胎の中に吸血鬼の子がいるからだろう。スタンドの現実反映の影響と見ていい。或いは子が母胎を守る、自己本能の類の為か。

さて、だけど未だ安静期間である。時間なら幾らでもある。そろそろ胎の子に意識が宿る頃合いだ。魂が目覚める時だ。そんな訳で、京一郎は早速夢の中へ堕ちた。

 

 

 

落ちて、落ちて、───受け止められた。

鏡のような水面と、それに映る青。太陽の姿はないのに、何故か明るいその場所に。

京一郎を夜とするならば、彼を受け止めた男は月と称するに相応しい。

 

「よう、久しぶり。3ヶ月ちょっとかな」

 

逞しい腕の上に臀が乗る。そっと治ったばかりの両手で、彼の顔を包むようにして覗き込む。

 

「ウン。何処から見ても相変わらずカッコイイね、ディオ♡」

「……ナミセ」

 

するりと伸びた手足の一部の肌の色が違う。筋肉が剥き出しになった場所もある。未だじくじくと痛みがある。なまじ痛覚が戻ったが故に。

けれど京一郎は笑いかける。無邪気な、無垢な子供のように。

きゃらきゃらと、楽しそうに。身体を前後に動かして、脚をパタパタと動かして。

───ひたりと。止める。奇妙な静寂が空間に沈む。

 

「……何故、……」

「……何故。何故と言ったか?今、おまえは何故と言ったのかァ?ッ……ふ、ははは!おまえが言ったんだろう?そのようにするから用意しておけと」

 

揺れる、紅い瞳。首をぐるりと巡る赤い“痣”。肩口の()

吸血鬼。かのジョースターの体を自らのものとした姿で、ディオ・ブランドーはそこにいた。その白い部屋にいた。京一郎の(ナカ)にいた。

 

「俺はおまえの言う通りにはしなかったよ。わかるか、ええ?」

「……この身体は……生前と何ひとつ変わっちゃあいない」

「そうだ!おまえが望んだのは数多の魂を蓄えられる器ッ!俺はそれをしなかった!何故だか解るか?」

 

おまえが勝手に俺を残して死んだからだ。

すとんと声の熱が零下にまで落ちる。

 

「何故だ?何故おれの代わりに雑魚を片付けておけと言わなかった?何故おれの為に命を投げ出せと言わなかった?おまえはあの時あの場所で死ぬと分かったからだ。おまえは生を諦めたんだ。何故そんな負け犬野郎に褒美を呉れねばならんのだ」

 

だから俺は目の前で踏み潰して絶望をくれてやる事にした。

だけど。だけどな。京一郎は続ける。

 

「おまえの終わりを認められなかった。おまえが果てる時は俺も一緒に殺して欲しかった。なのにおまえが死んだから。あの一晩で、おまえは呆気なく死んだから。……俺はおまえを生む事にした。おまえにこの俺の胎を喰らえと言いに来た」

 

京一郎は清廉に微笑む。淫蕩に微笑む。慈悲深い聖女のように。悪辣な悪女のように。

 

「これは報復だ。報復だよ、ディオ。これが俺の結論だ」

 

容赦はしない。これからおまえを阻む。何を以てしても。

 

歩みを止めないなら脚を切ろう(愛している)手を伸ばすなら腕を切ろう(愛している)遠きを見る目は抉り取ろう(愛している)。それがおまえに対する復讐だ。俺を棄てたおまえへの恩讐だ」

 

睦言のように、譫言のように、DIOの顔の皮膚に爪を立てて。

 

「どうして今になって言った?」

 

溜息混じりの言葉に京一郎はにっこりと笑う。

 

「俺だっておまえが死んで砂漠の塵になった時に気付いたんだもの」

 

ぎゅうとDIOの首に抱き着きながら京一郎は囁くように言う。

 

「おまえがあんまりにも俺の言葉を信じないから」

「おまえを遺しておくのは予備策からして当然だろうが」

「知った事か!そも、俺を信用してなかった癖に何言ってンだよ?……何を感じ何を考えようと俺の勝手だぜ」

「……」

 

吹っ切れたような自己中心的な言い分にDIOは頭が痛そうな顔で京一郎の首に顔を埋めた。

 

「京一郎」

「なァに。何言っても言った事を覆しは、」

「おれもおまえを愛している」

「……!」

「おれはおまえに生かされた。……否、死んだのは確かだ。おれは死んだ。が、おまえが死の暗幕からおれを掬いあげたのだ。それを横に置いて、他を咎めてグチグチと文句を言う程おれは愚かじゃあない」

 

その割に、愛の言葉には苦味が多く混じっているが。

今更何の柵もなくその感情を理解しようと出来る筈もあるまい。DIOは今度こそ苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てる。

 

「……うふふ。つまり俺達は似たもの同士だって事だ」

 

京一郎の愛にも、憎悪と怨嗟が混じってしまった。最早これは死による安寧を迎えるまで解けまい。

 

「おまえは俺を縛る為にソレを吐いた。ナア?軽率に口に出した言葉は取り消せないぞ?なんて浅はかで可哀想で莫迦な野郎だぜ」

「誰が浅はかで可哀想な莫迦だ、この大マヌケの淫売婦め」

 

遠慮の無い下品な罵倒が、けれどそれを吐き捨てた互いの顔には安らいだ笑みが浮かんでいる。

 

「……愛してる」

「ああ、」

 

深く、深く。結びついている。今、彼らの肉体はひとつにある。

 

 

 

───本来ならばDIOの肉体が、首から下が、自分の知らない他人のものである事すら許し難い。別の物に差し替えてしまおうかと思った。折角断ち切れた血統の因縁を、端と端を摘んで繋げるなんて、と。

けれど、それはしなかった。

その肉体は最早死骸でしかない。それに嫉妬するなどそれこそナンセンスだ。

それに。それに、彼の大事にするものは、自分も大事にするべきだ。それだけは踏み潰して踏み躙ってはならないと、その一線は越えてはならないと本能が云っていた。

ジョジョ。ジョナサン・ジョースター。DIOの唯一無二の一等星。

彼がジョナサンの肉体を手に入れて自らのそれとした。その時点で、彼は本当の意味でジョースター家の者となったのだ。それに彼の意思は関係無い。そして、それは死したとしても変えられぬ事。決定事項。それを運命と呼ぶのなら、なんという事だろう。

薄らと纏われるその気配。それがジョースターの血、或いはその正体を情念、ジョナサン・ジョースターそのものとするならば。

京一郎はそれを憎み怨む。変えられぬと恨めしく、腹の底がジリジリと焦げる心地がする。胸が、心臓が締め付けられる。

所詮は死人だ。死人だからこそ越えようのないとも言うが、敢えて、京一郎は言う。“違う”と。死の喪失は時間と他者によって風化するものだと。後は朽ちるだけの存在に、自分の意識を割く事すら勿体ない。

……DIOとジョナサンは別にそのような関係ではない事だし?京一郎は腕の中にいる存在を見下ろす。

今彼とこうして唇を合わせて呼気を交換し合う者は俺しかいないので、と。

良くはないが、もういいのだ。時には妥協も必要である。

彼にはまだ必要(・・)なのだ。

彼はまだ、生まれてすらいない赤子なのだ。

可愛い可愛い、俺の子。大切にしなくては。大切に育てなくては。

聖女が望んだのはジョースターの一員として、海底から目覚めた後は善人として生きる事だろう。

だが京一郎(魔女)は言う。変わらぬままをと(悪であれと)迷う事ないようにと(闇から逃れる事のないようにと)

京一郎は呪いのように繰り返し自分の声を自分の中で響かせて、今はただ、再会の悦びに身を預けるのである。

 

 

 

 

 

 

ディオによって肉の芽を植えられていた信者は軒並み死んでいた。主人がいなくなった事で、子株である肉の芽は歯止めを失い暴走したのだ。

あの一晩で多くの人間が死んだ。あの夜あの街で直接的に彼に害された人間達。世界中にいた肉の芽を植えられていたパトロンであった信者の大多数。それと有用だが反抗心のあるスタンド使いが幾らか。彼1人の命では贖えない程に大量の。

その所為で世の情勢がイマイチ不安定にある。現状もあるが、俺が言っているのは未来の話だ。経済だの政治だの国家間の緊迫だの。そういう話だ。

世界中で起きた死傷者は謎の奇病だとかテロリストによるものだとかで収まった。否、これの所為もあって国家間での溝が深まっているので、収まったというのは違う。寧ろこれから起こるのだ。

水面に石を投げ込めば、波が波紋となって向こう岸にまで届くような。波及するのだ。ここ5年は収まるまい。

面倒だなアと思いながら、俺はニュースペーパーを畳んで無造作に放った。

 

胎を抱えて4ヶ月にもなれば、流石のテレンスも屋敷内を自由に歩く事の許可を出した。

此処はエジプトではない。何しろ過ごしていた屋敷はボロボロの上スピードワゴン財団によって家探しされた後。散り散りになったスタンド使いを探す為に、身を隠す為に様々な場所を飛び回り。けれど何度となく母子共に危篤に陥りもすれば拠点を何処かしらに留めざるを得なかったというか。

 

という訳で中国である。

本来なら人民の坩堝であるアメリカが候補にあったが、アメリカにはプッチがいるので敢えて真反対にさせた。俺はアレを嫌いでは無いが、膝元にいるのは断固拒否の姿勢を崩さなかった。何故って?何となくだ。何となく座りが悪かったし、子に会いに頻繁に来られるのは割と迷惑なので。実際は常識的な範囲であったが、正気を取り戻す前後は殊更、手足を蕩けさせた事などくどくどと説教(神に仕える神父的な意味で)を受けるのがとっても面倒だった。根を下ろすと聞いていたプッチはアメリカに呼ぼうとしていたらしく、電話でなんで中国なんだと盛大なブーイングを食らったが。理由の八割はアレに対する嫌がらせだ。まアなんだ、諭されてもチョット困る。

 

人口は多いし紛れ易い。屋敷に仕える人間の人種的に浮いてはいるが影響力の拡大とでも言えば成程と納得された。事実、アジア人の信者(パトロン)は増加傾向にある。主人である俺が黄色人種であるから、まだ納得の範囲にあるのだ。配下達にとっても、周囲の人間にとっても。

唯、ディオを殺したジョースターの血統が同じアジアである日本にいるのだけが懸念事項だが。

まア、だが、それも大した問題では無い。侮っているとかそういうのではなく、大して大きく動いてはいないし、そもそも俺は悪い事はなァんにもしていない。まさか殺した筈の仇敵が男の胎の中でスクスク育っているなどと思いもしないだろうし。寧ろ盲点だろう。

 

“スタンド使いは引力を発している”。

ディオの言葉にもプッチの言い分にも、俺は確かにと得心している。俺の場合は統計に基づいたものだが。

3ヶ月という僅かな期間ながら、俺はこの地球上にいる生命の魂の概ねを観測している。全世界というには俺の許容範囲は広くなかった訳だが。

俺は元々の肉体の器であったユリコ・テイラーと引き合ったし、彼女を媒介としてディオに、そしてディオの配下のスタンド使いに出会った。偶然の連続にしては出来過ぎている。だから彼らはそれを運命と呼称した。

馬鹿馬鹿しい事だが、それがこの世界の摂理なのだろう。林檎が重力に引かれて地に転がるように。雨が海に流れて蒸発し、雲となって地に降り注ぎ、川から海へ流れるように。スタンド使いの魂がそのような性質にあると。出会いは劇的であれと。この世界がそのように望んでいる。

スタンド使いでありより強い引力を持つディオが胎にいる俺もまたスタンド使いで、他者よりも誘引が働いているような。全てががデウス・エクス・マキナに仕立てあげられたかのような、そのような違和感。それは俺が異物であるという事の証明だ。

 

話を戻そう。俺の周囲の事、現状の事だ。

そのような引力があるのだから、出会うも出会わないもタイミングの問題でしかない、という話だ。それ故にいつかはあのジョースターの系譜と出会わなくてはならないのであれば、この地球上の何処にいようとて同じ事だ。なので、俺は何処に拠点を置こうと同じ事だと、思考する事も警戒する事も無駄な事だと、そのようにした。

中国というのは、居心地という意味に於いては普通である。そもそも正気を取り戻したのは最近で、療養期間に入ってからは未だ屋敷の外へ出掛けた試しがないが。けれどだからといって身体を動かさないままなのは妊夫としてもよろしくない事だ。庭先程度なら歩いて良しと医者の太鼓判もあって、程々に広く作られた西洋寄りの屋敷にて。俺は水底の白い部屋にいた時のように停滞した箱庭で生きている。

屋敷といってもエジプトで過ごしたあの建物程大きなものではない。管理が面倒だし、見栄を張る必要も無い。外敵に害されない環境というのは息がしやすいものだ。刺激に欠けるが。

気分は良い。リハビリがてら生えたばかりの両脚で歩き、庭の薔薇の手入れをする。手慰みのようなものだ。屋敷には庭師もいる。土弄りは彼らの担当である。

彼の肉体が収まっている胎を撫でながら、少し膨れてきたかなと思う。彼の肉体情報を得て造った肉とはいえ、まだ魂との調節が必要だ。なのでなるべく、人間の妊婦と同じように。

パトロンの間では未亡人として扱われる環境は都合が良い。俺を男と知りながらそのように扱ってくる奴らの気が知れない。まア、理解しなくても別にいいだろう。所詮は他人事だ。それで勝手に生気を捧げてくるので、それはそれとしてやはり都合が良いとしか。

ぱちりと、手元で傷んだ花が落ちる。

 

屋敷の外に留まる気配を感じてそちらを見遣れば、地元の少年だろう姿が見えた。郊外に立つ屋敷の周囲に居住区はない。彼の目的は“以前から”この屋敷の筈だ。

視線が合って近寄って来た俺に身体を硬直させた彼に、そっと微笑んでみせる。

 

「こんにちは」

「あ、……こ、こんにちは」

「何か御用?珍しいね、ここらには何にもないのに」

「その、いや、別に……」

「花に興味がある?」

「ぼく、花に興味は……あんまり、」

「そう?じゃあ、甘いお菓子は?紅茶は飲めるかな。ちょうど暇していたんだ……、少し話し相手になってくれないかい。中へ入っておいでよ」

「は、はい……」

 

 

 

外の事を教えてちょうだい。対価を渡すように茶菓子を差し出せば、子供は屋敷の外に出られない私を哀れんだか、箱入りの坊ちゃん、という歳でもないが……まア、似たようなものだ。そのような俺に物を教えるかのように、少年は語り出す。

学校を抜け出して街を彷徨いているのだという少年は、口いっぱいに菓子を頬張りながらぽつぽつと語り出す。

少年の住む街の事。いつも行く友人との溜まり場の事。つまらない学校での事。上手くいかない両親との事。少年の中で蟠る不満と、漠然とした不安感。

聞き出す事は難しい事ではなかった。良くも悪くも普通の、思春期に悩む子供。

 

「あなたは……なんで外に出ないの?ぼくに聞くって事は、出たいんでしょ?」

「ン〜?……フフ、なァに?私の事が知りたいの?」

「そ、そういうのじゃあなくって……!」

「ふ、ふふ。揶揄って悪かったよ。……そうだねえ。私は前に……酷い病に罹ってね。此処で休養していたのだけど」

 

今もまだ包帯に覆われている腕を撫でて。

 

「大分、良くなったと医者にも言われたから、庭先程度になら出歩いてもいいと執事に言われたのが最近になっての事、という訳なのよ」

 

こう言えば生まれつき病弱だと思われると知って、俺は敢えてそう言った。少年の心に寄り添い入り込んだ上での言葉。嘘は言っていないし、そもそも俺は意味の無い嘘を吐かない。この少年に嘘を吐く程の何かしらは無い事だし。

額面通り受け取ったらしく少年は同情を向けてくる。可愛らしいものだ、その程度でムキになる程の事では無い。

 

「ねぇ、キミ。またおいでよ。それこそアテもなくフラフラしているよりは余程有意義だと思わない?」

 

皿の上を綺麗に空にした少年は空の模様を見て帰らなければと思ったのだろう、何処か名残惜しいような、寂しげな顔になったので。

 

「名前は敢えて名乗らないでおこう。私はキミの、秘密の友人さ」

「い、いいの?」

「勿論だとも。……ねぇ、キミ。───私の友人になってくれるだろう?」

 

 

 

 

「かわいそうに」

 

テレンスは少年の後ろ姿を見ながらそう言う。

 

「あの少年に何を見出したんです?」

「なァんにも。見所のない、世間知らずの唯の子供だ」

「……かわいそうに」

 

空になった皿を片付けるテレンスはひとつ嘆息しながら再びそう呟く。

 

「何故?今しか見えない彼のちょっとした自尊心を擽ってやっただけじゃあない」

「彼、明らかに貴方に見惚れていたでしょう」

「ああ。確かに……そう見えたかな」

「あの年頃なら初恋もまだでしょうに」

「ンッふふふ!俺が彼の初恋だって?笑っちゃうね」

 

残っていた紅茶を一口飲んで、テレンスに声を掛ける。

 

「テレンス、紅茶冷めちゃった」

「今日の散歩はもう終わりです。紅茶は部屋に戻ってから」

「はァい」

「……応接間にホル・ホースが来ています。それと、報告が1件」

 

DIO様の御子息について。

それに少し動きを止めて、にこりと微笑む。

 

「続けて」

 

俺の肩にカーディガンを掛けて、テレンスはワゴンを押しながら粛々と答える。

 

「DIO様の息子で発見されたのは4人。上から汐華初流乃、リキエル、ウンガロ、ドナテロ」

「よく見つけられたね」

「苦労しましたよ。貴方がご自分で作り上げられたコネクションと、世界中に散った我々……DIO様の配下。それらを使って漸く発見出来た事です」

 

彼が4児の父か。笑ってしまいそうだ。

 

「それぞれあまり宜しくない家庭環境のようですね。彼らを育児放棄だの、虐待だの」

「そう」

「生まれながらにスタンド使いである者もいます」

「それは……さぞ生きづらいだろうに」

 

そっと目を伏せる。

 

「見付けたという事は、彼らが今何処にいるのかも分かるという事だろう?……フフ……。……ねぇテレンス。お前……私の言いたい事が分かるかい」

「……彼らを此処に呼ぶおつもりで」

「彼らが望まなければそのまま其処に置いておく。チョットだけさ。彼らがひとりで歩けるようになるまでの、ほんの僅かな時間だけ……」

 

いつか場所も変えよう。もっと住み良い場所、住み慣れた場所がいい。腹の子の為にも、平和ボケした長閑な場所へ。

 

「私の体調が戻り次第、その子の元へ行こう」

「直接会うつもりなのですか」

 

……一笑。

 

「いずれ私は彼らの母になる。直接会わずしてどうするの」

「……やれやれ、何処までも我儘な御方だ」

「それでも付き合ってくれるんだろう?」

「DIO様よりはマシですから」

 

彼のちょっかいはねぇ……割と反応に困るよね。ブラックジョークと命の危機すらあるやり取り的な意味で。護衛も付けずに国を越えるとかザラだし、穏やかに試してくるし。

 

「今は見守るだけだけどね。引き取るにはあまりにも幼過ぎる。彼ら自身に、選ばせなければ。……どうせならホル・ホースを連れて行こう。緊急性の高そうな子は誰?」

「緊急性……となると、やはり生まれながらのスタンド使いであるドナテロ・ヴェルサスでしょうか」

「そう。じゃあ、そのように手配しておいて」

「承知致しました」

 

ああ、早く会いたい。話してみたい。触れて、愛らしければ尚良い。

血筋とは水より濃い。きっと、彼らはスタンド使いの素養があるに違いない。

 

“エジプトの屋敷から持ち出した”、“スタンド使いを作る石の矢”、その“2本あった内の1本”。それの使い道が来る。そのように、俺は予見している。

 

 

 

 

 

 

足首まで水に浸かっている。

足の裏は砂や岩ではなく、水の表面に触れるような張り付く滑らかな感触がする。

其処は何もしなければ太陽の無い蒼穹と見渡すばかりの漣すらない透明な、底の無い海が広がっている。

けれど、風は吹いている。それは鏡のような水面を少しも揺らしはしないけれど。

夜のように絖る黒髪を靡かせて、其処に京一郎は立っていた。

シミもシワのひとつもない艶やかな象牙の肌。青の混じる掠れたような灰の瞳。妖しくも美しい微笑み。男であると理解出来るのに女のようにも見える匂い立つ色香。

正しく夜のような男。月を包み込み、静かなる安寧を齎す魔女。

 

「代わり映えの無いつまらない場所だ」

「おまえが望めば変わるさ」

 

ぱしゃりと京一郎は足で水を蹴る。

 

「母なる海と云うだろう?」

「おまえの精神性を表した場所だな」

 

呆れたようにDIOは零す。停滞を愛し、ただ微睡みだけが在る。そのような京一郎を示すに相応しい場所だ。

 

「俺はおまえの息子たちに会うよ」

「……それで?」

「彼らが望むのなら、俺は彼らの母になる。彼らが現状で幸せを感じていないのなら、きっと俺を受け入れてくれるだろう」

 

聖母のように微笑みながら、どうか彼らが不幸であるようにと望み、蕩けたように指を組む。

 

「おまえが生まれる頃は……まだいないかもね」

「興味が無い」

「おまえにとって彼らは駒だものね」

 

ころころと京一郎は笑う。

 

「顔を見ただけだけれど。写真でね?まだふくふくと幼くて、まだ母親に愛されていると思っているような無垢な顔をしていたの」

「……ふん」

「おまえの子だもの。俺はあの子達を愛せるよ」

 

そうはにかんだ京一郎の首に、DIOが手を伸ばす。

その赤い眼差しに京一郎はくるると喉を鳴らしてみせた。

 

「恋しているの」

「子にか」

「おまえが紡いだ血に、ね」

 

おまえが与えた。宿命、運命とおまえが言うそれ、命、肉体、魂。すべてが愛おしい。奪うばかりだったDIOに、京一郎はそう言う。

 

「俺はずっと、おまえに恋しているの」

 

京一郎の母は恋を知らなかった。京一郎の父は愛を奪った。京一郎はそれを、自分自身の手で手に入れた。

きっと京一郎はDIO自身から、その子から、与えられるだろう。

 

「独善的なものだ」

「そういうものでしょう、この世の人間はそうして恋を知る。愛を得る。それはそういうものなんだよ、ディオ」

 

うっとりと、乙女のように。

そう言うにはあまりにも、京一郎の目には、沈み込むような憎しみと怒りが蠢いていたけれど。

 

「馬鹿馬鹿しい……」

「おまえはそれを散々利用してきただろ?今更なァに」

「おまえにそれを向けられるというだけで吐き気がする」

 

押し倒されて、京一郎の身体をふわふわとしたシーツが受け止める。

 

「受け入れるしかないんだよ、おまえは」

「……もう黙れ」

 

そうして、DIOは京一郎の肉に溺れた。

 

 

 

 



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第35話

皆様へお年玉orお年賀と称しまして。良いお年を。


 

汐華初流乃は憶えている。幼い頃、母に家に置き去りにされた夜の闇。恐ろしくて、けれど泣いても誰も来ないと知って、震えるしか無かった絶望を。

 

夜に目を覚ましたある時、そこに人影があった。母では無い、もっと大きな人影が。身体を強ばらせて、影になったその人影を呆然と見上げて。

 

「……嗚呼、泣きもしないのか」

 

夜の闇のような声だった。確かにはっきりと覚えている。

無感情にも、哀しげにも、愛おしそうにも、熱に浮かされたようにも。夜の闇のように恐ろしいものだったけれど、その声には初流乃の知らなかった何かがあった。

そっと、手が伸ばされて。強ばる体はその大きな掌に解れて。身体が持ち上げられ、胸元に寄せられる。

微かな体温が感じられるだけで、その声の主はとても冷たかったけれど。だけど、とてもあたたかかった。

 

「よしよし、良い子だね……初流乃は良い子だ。怖いのに、よく頑張っているね……」

 

泣きそうになるくらいにその声があたたかくて、微かに鳴る心臓の音に安心して、揺らされる手付きに母を感じて、初流乃はその時初めて、夜の闇に安堵した。

 

「初流乃、初流乃……よくお聞き。おまえが健やかに、不自由なく生きているだけで、私はそれだけで嬉しいンだ。けれど……おまえが幸せに……そう思わない時が来たら。私の名をお呼び。私はいつだっておまえの味方だ……」

 

その時が来たら、おまえの事をいつだって……攫ってしまうよ。

幸せでなければ、初流乃はこの夜の闇に攫われるのだ。それならもうこの場で自分を攫って欲しい。……だけど、この声は本当に、初流乃の幸せを祈るように言うので。

きゅう、とその服を握って、初流乃はその甘い匂いを覚える。その声を、その冷たい温もりを。

 

「良い子……良い子……初流乃は良い子だね……」

 

夜の闇が怖くないように、子守唄を歌ってあげようね。

揺籃のように、影は初流乃を揺らす。

 

「彼から教わったのよ。おまえの知らない、けれどおまえの知っている……彼にね……」

 

初流乃はその子守唄を覚えてはいないけれど、その声の響きが、初流乃が眠るまで続いていた事は覚えている。

翌朝起きた時にはその影はいなかったけれど、握られた手の中には、真っ白いハンカチが。K.Mと刺繍のされたハンカチが、しわくちゃになって残っていた。

 

 

初流乃はもう夜の闇が怖くは無い。夜に目を覚まして、あの人影が無い事を残念に思って、少しだけ、ベッドの上が冷たいような気がするだけ。

初流乃はあれからずっと思っている。母の事は嫌いでは無いけれど、あの時あの夜に攫われてしまいたかったな、と。

 

 

 

 

 

 

初流乃は本当に我慢強かった。他の子は孤独を抱えていたり、家族に愛されていなかったり、不出来さに卑屈になったりして、最後には俺の名を呼んだ。

けれど初流乃は母親がイタリア人の男と再婚してイタリアに移る前も、義父から暴力を受けても、町の悪ガキにどれだけ虐められても、俺の名を呼ばなかった。

 

「おれはアンタに命を救われた恩義がある。だが、彼を見守るのはアンタに言われたからじゃあねェ」

 

初流乃が命を救ったのだからと拾った男はそう真っ直ぐな目で言って、ただそっと、静かに、ひとりの人間として。彼を見守り続けてくれた。

その町では名の知れたギャングだった彼は初流乃に受けた恩を返すように、そのように接した。ギャングに貸しのあった義父に言い含め、町の悪ガキにそれとなく話を通し。まるでそれは寡黙な父のように、背中で語るように。

 

「本当に良い男だね、お前」

「やめてくれ。信者共に殺される」

 

あとお前の息子達にもな。じっとりと背後から睨む視線に男は首を竦める。

 

「そんなに心配なら会ってやりゃアいいだろう」

「彼からしたら何の関わりも無い男だよ、私は。今まで救いもせず、手も出さず、お前のように周りを変えようともしなかった私が。今更どうして会えようか」

「おれが彼に見つけられる前まではお前がそうしていただろうが」

 

ちょいちょい、と京一郎が扉の方に手招きをすると、恐る恐る3人の子供達が近寄ってくる。お膝においでと京一郎が微笑めば、嬉しそうな顔で膝の上を取り合う、愛おしい息子達。

 

「……多分、彼はお前に気付いているぞ」

「だとしても、だよ」

「パーパと呼びたいんだとよ。デケェ独り言だったぜ」

「……」

 

成程、だから珍しく会いに来たのか。膝に乗れなくて膨れた子の頬をぷにぷにと弄りながら、京一郎は物憂げに視線を向ける。

 

「……パーパとマーマは既にいるでしょう。私の事はマードレとでも呼びなさいな」

 

ねえ、“パードレ”?

京一郎は今も部屋に入ってこない小さな子に微笑んで、そのように言って聞く。

 

「……」

「……、はあ。そう伝えとく」

「勝手におし。それで、今回の報酬だけれど、」

「要らん。それを受け取ればおれは金の為に彼を見守っている事になる」

「毎回の事だけど。……ふふ、お前のそういう律儀で堅苦しいところ、嫌いじゃあないよ」

「だからやめろっつってんだろ」

「ならこれ、あげるよ。手慰みにと渡されたけど趣味じゃあなくてね」

 

投げ渡した包みには煙草が入っている。奇しくも、男が吸う銘柄の。

 

「……相変わらず迂遠というかなんというか……律儀……?」

「おや、お揃いだ」

「やめろ」

「ンン、ふふふ」

 

どんなに弄っても子の為に声を抑える男がおかしくって、京一郎はころころと笑声をあげる。

 

「ねえ、またおじさまにお土産を貰ったんでしょう?お礼は言ったかな、可愛い子たち」

「言ったよ!」

「ちゃんと言った」

「おれも、言ったもん」

「まあ、良い子達だこと!流石ママの子だ」

 

おいで、良い子にはキスしてあげましょう。恥ずかしそうに額を差し出す彼らに、京一郎はひとつひとつキスを落とす。

 

「……お前の方が余程良い親だ」

「ウフフ。お前も私の子になるかい?」

「マジでやめろ」

 

 

 

 

 

 

初めに初流乃に会いに行く頃、俺は日本に居を移していた。……大分、それはそれは反対を受けたけれど。

ジョースター、それも空条承太郎に対してトラウマを持った者が多く、だけど押し切った俺に、本当に渋々の事だった。なるべく日本に滞在させない事を条件に、常駐させる者としてディオの配下ではない他の配下を連れて。場所は日本のM県S市。駅からは遠いひっそりとした場所に屋敷を建てた。

腹の子は大分大きく育って、見るからに妊夫という身であったので。今までいた屋敷周辺は顔が知れてしまったからというのもある。

骨張った肩を隠し、喉仏の浮き出た喉を隠し、化粧で幾らか顔を変えれば、顔立ちは変えられずとも中性的な女性として見られるだろう。それは配下達のお墨付きである。

 

そうして俺は今、日本にいる。

医者の勧めもあって、チョットした散歩は度々している。以前は悪阻も酷い時があり、その時ばかりは動く事すら儘ならなかったものだが。

……吐き気がするのに血が飲みたくて堪らなくなって。中国にいた頃は何度となく信者を喰らってしまったものだ。幸いな事に彼ら彼女らが望んだ事だったので。

そのような悪食は収まっている。長引いていた悪阻も、もうすっかりなくなっていた。それを機に、少し場所を変えたかったのだ。

……初流乃も……この日本にいる事だし、と。

 

穏やかな日差しの差す町を歩いて、公園を見つけてベンチに腰掛ける。

ああ、重たい。数kgなんて大した重さでは無いのに。吸血鬼として造った身体は想像以上に急速に成長していく。加速度的に、今も尚、数mgずつ重さを徐々に増している。これは大変な出産になりそうだ。それも、自然分娩など以ての外。帝王切開すら目では無いくらいに。……女じゃあないので自然分娩なんてそもそも出来やしないのだけど。

掌で腹を撫でていれば、どん、と今までにないくらい強く腹の内が蹴られて目を見張った。

 

「あ゙、っ?!……ンン。どうしたの、少年……?」

 

どん、どん、と。痛みを感じるくらいに。何かを知らせるかのようなそれ。

腹に力を込める訳にもいかず、必死に宥め賺す。

 

「ッ……く、ゥ゙……待って、ねェ。分かったから……」

「あの……大丈夫?お姉さん」

「……!」

 

目の前に立つ少年の姿に、鈍い痛みが止まる。

 

「ぁ……?……ぅ、うん、大丈夫。心配してくれてありがとう」

「アレ?おにい、さん……?」

「……ウフフ……サア、どっちだろうね」

 

何故今痛みが走り、この少年の姿を見たと同時に収まったのか。分からない。分からないけれど───ひとつだけ分かる事がある。……この少年は、スタンド使いだ。

 

「はァ……びっくりした……もう、そんなに蹴っちゃあ駄目よ」

「? ??……おにい、さん?お姉さん?は……妊婦さんってヤツなのか?」

「そう……お腹にね、赤ちゃんがいるよ」

 

切らせた息を整えて、チョッピリ疲れた笑みで彼を見遣る。

 

「へぇ〜〜。おれ妊婦さん初めて見た」

 

無邪気に目を輝かせる少年は膨れた腹を興味津々で見つめている。

 

「……触ってみる?」

「え!いいの?!」

「いいよ……触ってご覧」

 

人懐っこくベンチの隣に座ると、少年は恐る恐る腹に掌を当てる。

どん、と。先程のような蹴りに、やはりと言うべきか。彼に対してそのように反応していると確信した。

 

「わっ」

「……ウフフ。今日のこの子は元気みたいね」

「すっげぇ、こんな力が強いんだ……!」

「この子が特別な気がするけどね……」

 

未成熟のまま生まれたくはないでしょう、ちゃんと上手くしておくから、大人しく胎で微睡んでいなさい。そう言い聞かせるように、腹を軽く撫で叩く。

 

「あとどのくらいで生まれるの?」

「今が5ヶ月目くらいだから……あともう半分。5ヶ月後かな」

「て事は、秋か冬くらいに?」

「そうだねぇ」

 

のんびりとそのように話す。

 

「妊婦を見るのが初めてだって言ったけれど……妹さんや弟さんはいないの?」

「ウン」

「そう……それなら、驚いたんじゃあない?こんなに大っきなお腹見て……」

「まあ……。でも、テレビでは見た事あるぜ。でもさァ、やっぱ直接見るのと全然違うっていうか〜〜っ」

 

快活そうに笑う少年にふと笑みが溢れる。

 

「じゃあキミのハジメテ、私が奪っちゃッたって事かァ……」

「え、ええ?」

「なんでもないよォ」

 

目を細めて少年を見下ろせば、少しドギマギしたように視線を彷徨わせて、不思議そうに首を傾げる。

 

「サテ、そろそろ私は帰らなきゃア。家のヒトに心配掛けちゃう」

「お兄さん黙って外出てきたのか?家を出る時は何処に行くのかッてのと、“行ってきます”ッて言わなきゃあ駄目なんだぜ!」

「あらあら……叱られてしまったね」

 

ベンチから腰を上げて、頭を撫でようとして……止めて。代わりに頬を掠めるように撫で、彼の方を振り向く。

 

「ねェ、キミ……」

「なに?」

「……その髪型。キマっててカッコイイよ。……キミに似合ってる」

「!」

「じゃあね、また会えたら……この子とも仲良くしてね」

 

 

 

ちょっとの間ぽーッとしていた少年はハッとなって家路に急ぐ。門限が近い。

家に帰りついて、やっぱり遅くなった事を叱られて。

 

「……おれ、今日さァ……すっげー綺麗な人と会ったんだ」

「エッ。なァに仗助、初恋?!流石に早くなぁい?!」

「その人さァ、妊婦さんでさァ〜〜……お腹触らせてくれたんだよ。あんな大きなお腹抱えてさぁ、そン中に赤ん坊がいるんだって。あと5ヶ月したら生まれるから、その時には仲良くしてくれって言われたァ〜〜」

「あっ、そういう……そうよね……まだ5歳だし……」

「あの人お兄さんだったンかなぁ、お姉さんだったンかなぁ……」

「……妊婦さんなんだから……女の人じゃあなかったの?」

「声低かったし、胸なかったし……でもお腹にちゃんと赤ん坊いたぜ?」

「???」

「???」

 

 

 

 

 

 

「アレは確かにジョースターの血筋だった」

 

それも、本家筋に近いくらいに血の濃い。

夜に夢の中に降り立てば、途端にディオはそう口にした。腹の中から、肉体的な繋がりを感じたが故に、危機を知らせる為……基、近寄らせたくなくて、本能的に腹を蹴って知らせたという事だろう。

 

「ンン?でもジョースター家はジョージ・ジョースターから連なるひと通りしか無いのではなかった?」

「その筈だが……」

「ジョナサン、ジョージニ世、ジョセフ、ホリィ、承太郎。子供はひとりずつ?」

「……ああ」

 

無言による静寂が広がる。

 

「それってさァ……つまり、浮気って事?」

「……ジョナサン・ジョースターは万に一つも有り得ん」

「年齢的にジョセフかホリィでしょう?女性であるホリィが誰にもバレずに浮気して子供を孕むなんて土台無理な話ね。ならジョセフだ」

「幾つの子だ……?」

「あの子は大体4、5歳くらいだったから……あの時のジョセフが70くらいだと考えて……65歳……?」

 

元気なこと。呆れてものも言えないとディオは眉根を寄せているが。

 

「避妊くらい出来ないものかねぇ……」

「知った事では無いわ。だが……ジョースター家でも異端だろうな、あの男……」

 

それを言うならおまえもそうだけどな。

初流乃やリキエル、ウンガロ、ドナテロ。それらが生まれたのは彼が生まれたという年代から約120年後である。そしてその全てが腹違い。いやはや、何とも。

 

「何か……言いたそうな顔だな……?」

「あは。元気なのはお互い様だなァって」

 

避妊無しでセックスいっぱいするもんなァ。と。

 

「……おれは敢えてそうしたんだが?」

「婚外児とか私生児って意味では同じだろうに」

 

うふふ、とっても心外そうである。

 

「過ぎた事だけど……もうあんなに強く蹴らないでね。チョット触れる程度でいい。じゃないといざッて時動けなくなっちゃうからさァ」

 

見本を見せるようにディオの手を取って俺の頬に当てさせて、その上から手の甲をとん、とんと叩く。

 

「肉体と魂の齟齬は大方無くしたけれど、動かそうと思って動かせるものなのか?」

「……まだ肉体に意識が乗っている訳では無い。あくまで腹の中の赤子の範囲でしか調節は効かない」

「10か100かって事?やーん、お腹破けちゃう♡」

 

すりすりと頬を擦り寄せて、ぎゅうと抱き着く。

 

「はぁ……♡おまえを俺という箱庭に収めている事といい、子供たちが愛らしい事といい、俺はとても幸福だよ……ねェおまえ、このまま胎から出なくても良くない?」

「願い下げだな」

「いけず……」

 

つん、と唇を尖らせれば、彼の反対の手が俺の頬を掴む。

 

「ンむ、」

「少しは警戒心を持っておけ」

「過ぎた警戒は無駄な疑念を生むよ。程々でいいのさ」

 

俺の代わりに護衛する皆が警戒するし。無駄な事は手間だ。効率良くいこう。

 

「おまえは他を利用するではなく、任せるではなく、頼る事を覚えなきゃアな」

「覚える意味など無いだろうが」

「そうかな」

 

そうしてただ、淑やかに笑ってみせる。

 

「まアいいや。この町にジョースターの血筋がいるという事はいつかはジョセフか承太郎か……訪れる可能性があるという事。精々楽しみに待っているとしようか、ナア?」

「……只無意味に見付かるなよ」

「はァい♡」

 

 

 

 

 

 

「落としましたよ」

 

その言葉に振り返る。

差し出されたハンカチを手に取って、首を振った。

 

「ありがとう。だけどこれは私のハンカチではないよ」

 

綺麗にたたみ直して差し出せば、彼は俺の手を掠めるように触れながらハンカチを受け取る。

 

「そう、でしたか。すみません」

「いいえ。親切にありがとう」

 

にこりと微笑んで先を行く。……親切な割に、視線はあまり合わない人だったな、と。

 

 

「……嗚呼、見付けた。わたしのモナ・リザ……」

 

 

 

 

 

 

臨月となった。

陣痛も絶えず襲い、胎は限界まで大きくなっている。

吸血鬼の成長速度はあまりにも早いもので、加速度的に大きくなって行く胎を抱えて、まだ、もう少し待ってと言い聞かせる事が常となっていた。

 

「もう生まなければ、母子ともに危険となる」

 

担当医もテレンスもそう言うが、俺には分かる。まだ、もう少しだけ早いのだと。

 

「通常で言うなら16ヶ月目にも相当します。最早母体は限界です!京一郎様、産んでください。でなければ命を落とします!」

「十月十日だ。それは違えない」

「京一郎様ッ!」

「これは普通とは違うんだよ、俺のお医者様。俺は今、嘗て生きていた吸血鬼を。出産する機能のない男の胎で育てて。産み直そうとしている。この意味が分かるか」

 

医者は奇跡だなんだと言ったな。何故この懐妊に制約がないと思ったのだ。こんなにも雁字搦めに縛られているというのに。

 

「十月十日だ。……もうこの話題は口にするな。頭が痛い……」

 

ずきずきと、あちこちが痛む。腹の子は静かに時を待っているというのに、外ばかりが煩くて堪らない。

医者を退室させてヘッドボードに凭れ掛かる。

 

「もう少し……もう少しだ、ディオ。もう直ぐに、生んでやれるからな」

 

皮膚の下で微かに身動きして、彼は静かに眠っている。

 

 

 

 

 

気絶するように眠りに落ちたらしい。触れる冷たい温もりに目を開く。

 

「……ディオ?」

「……」

 

何も言わず、髪に触れたり目元を撫でたりとしているディオの膝の上で、俺は横向きに寝ていた。

 

「もう少しだけ、待っていてくれよ。ちゃんと産めるから……不自由無いように、健康に産んでやれるから……」

「京一郎」

「……ん、」

 

言葉を選ぶように、言うか言わないか惑うように。ディオは少し、戸惑っているように見えた。

 

「……待っている」

「……うん」

 

嗚呼、その言葉だけで、俺はまだ頑張れるよ。

 

 

 

 

 

それからもうひと月して。意識も朧気のまま、明日に出産をすると告げる。しんしんと少し早めの雪が降りしきる冬の事だった。

 

「針と、糸と……縫合に使う物だけ用意して……お前たちは全員外で待っていろ」

「は?!」

「京一郎様、一体何を……」

「俺の腹が内側から裂けるところがみたいのか?淫魔としての肉体を知らないものが手を付けられると思うのか。……お前たちは俺の肉を粗雑に扱えまい。……俺の身体が限界なのは俺が1番よく知っている。お前たちが出来るとすれば……産後、雑に縫ったそれを綺麗に縫い直す程度だ」

 

出来るというのか?非力な人間が。常人の首ならばへし折って捻り潰せる人外相手に。麻酔無しに押さえ付けて縫合する事が?……現実的に考えて無理だろう。出来る事などありはしない。

そう、突き放すように言う。最早俺に余裕は無い。

 

「……それでも、何も出来なくとも。私はあなたの担当医です」

「……万が一にも上手くできない事があれば私もスタンドを使ってでも押さえ込むので。ご心配ならご自分にどうぞ」

「……、……勝手にしなさいな、馬鹿な子たち……」

 

 

 

 

 

凄惨、極まる。それは人類の神秘である出産と同一視しても良いものか惑う程度には。

 

「ガ、ア゙ア゙ァ゙ァア゙アア゙ァ゙ァ……ッッ!!!!」

 

獣のように吼え、ひとりでに蠢き突き破らんとする腹に絶叫する。堪えかねる。喉を潰し、身体をのたうたせ、腹に爪を突き立てる。

ぎち、ぎち、みぢ、みぢ、と。ゆっくり、ゴムを千切るような鈍い音を立てながら裂けていく白い腹は、瞬く間に赤黒く染まっていく。

まるで力任せに、けれど腹の子には傷を付けぬように。呼応するように腹の子も手を伸ばして肉を掻き分け、内臓を潰し、這い出てくる。

血液が湯水のようにシーツを濡らし、床に滴り落ちていく。

急激な失血に朦朧としながらも、京一郎はスタンドすら操って腹の傷を大きく開いて、そっと彼を抱えあげた。

 

「……ァ、」

 

血で真っ赤に染まった金の髪。血の気を失った白い肌。赤く染った瞳が、瞼の下からそっと覗いた。

 

「は、ァ……お、かぇ、り。ディオ……」

「……」

 

力が抜けそうになる身体を支えながら、京一郎は傍らの糸を通した針を無造作に手に取って、片手でまろび出た内臓を正しい位置に戻し入れながらざんばらに縫い付けていく。破れて潰れた内臓は、いつか時が癒す。治るまではスタンドが機能を賄うだろう。

見守る医者と執事がはっと意識を取り戻したのは、京一郎が力尽きて気絶した後の事だ。

ベッドの横に立つ金糸の髪を持った幼児は、ただ、ずっと、その様子を見つめていた。

瞬く間に騒がしくなっていく京一郎の周囲で、恐る恐るテレンスがその後ろ姿に声を掛ける。

 

「……DIO、様……?」

「……」

 

ふとその顔が見えた時、テレンスは漸く思ったのだ。───主人が帰ってきたのだ、と。

 

 

 

 

 

京一郎は眠っている。傷を癒す為に、周囲の人間の生気を喰らいながら。

3歳ほどの体躯で生まれた彼はその様子をじっと見つめている。時折短時間だが京一郎が目を覚ます事があれば一言二言言葉を交わしている。

ぱっちりと開いた吊り気味の赤い目。首筋を擽る程度の短い金の髪。首の周りをぐるりと囲む赤い痣。そして肩にある星型の印。

幼児の姿をしていても、彼はDIO、その人であった。

長い時間は傍にはいられない。京一郎は無差別に生気を喰っているので、一般人ならば30分も傍にいれば力尽きてしまう。

 

「DIO様、そろそろ……」

「……ああ」

 

それはスタンド使いであり吸血鬼であるDIOも同じくであった。

まだ真白い顔をした京一郎をちらと見遣り、DIOは部屋を出て行く。

 

DIOは3歳程の姿で再誕した。京一郎が産むと決めてから数時間程は目に見えて成長が早まったものだが、それでも相応の体躯を京一郎は胎に収め続けていたという事。母親の執念と言ってはアレだが、京一郎はやり遂げた。

その事について、DIOは内心を誰にも告げなかったが。付き従うテレンスはただ漠然と、主人は変わったなと思っている。

人としての食事を栄養にする事ができるが、基本は血液を糧にしている。日の下に出る事は出来るが、長くいれば肌が溶け出していく。

DIOのその身は人間としての要素は強いが確かに吸血鬼であった。

 

「これは京一郎がした、子であるおれを守る為のものだろう」

 

DIOは眠る京一郎を眺めながら呟く。何れ人間としての性質は消えて完全に吸血鬼へと戻ると。

全身に母体の血潮を浴びて生まれたその姿は正しく人外、吸血鬼に然るべしといった有様で、あまりにも恐ろしく見えたものだが。

産湯とも呼べる始めの湯浴みの後、その下には天使と見紛う紅顔の美少年がいたのだから、この世はうまくいかない事ばかりだと思わざるを得ない。

 

「“呼ばれて”はいないのですか?」

「ない。夢に忍び寄る気配もない。此奴はただ深く、眠っているだけだ」

 

ただ、ただ、深く。

DIOは部屋を出て屋敷を歩く。3歳児の歩幅なので至極ゆっくりと。

 

「……配下の者にDIO様の復活を告げてあるので、近々会いに訪れるとは思いますが」

「そうか」

「嗚呼、あとご友人であるエンリコ・プッチ様も明日明後日には邸に到着の予定だそうです」

「!……彼奴はプッチと親交があったのか?」

「え?ええまあ……毛嫌いはしていませんでしたが馴れ合いはしたくないと、拠点選びの際には真っ先にアメリカは候補から外していましたが」

「ふん……相変わらずの仲の悪さ(良さ)だ」

 

似たもの同士である()に。DIOはそのように吐き捨てながら、口元に笑みを乗せている。

 

「貴方がいなくなって1年でしたが、随分と濃いものでしたよ。京一郎様は矢鱈と精力的に動き回って……」

「……“京一郎様”?テレンス、お前は彼奴をそのように呼んでいたか?」

「あ゙。……っと、いえ、その。ミナセ様がそのように呼ぶようにと……」

「……ふん。構わん、好きにしろ」

「ええ、まあ……はい」

 

テレンスまでも魅了されたのかと思っただけだったので、DIOは続きを話せと促す。

 

「ええと。そう、あの人はスタンドを常に発動させた状態で、世界中の魂を観測し続けたので……3ヶ月で手足が蕩けて、常に血涙を流し続けていました」

 

逃亡したスタンド使いを追い込んで追い詰めて再び忠誠を誓わせるまで。

そのように弱いものいじめで気を紛らわせなければ堪らない程には焦燥し苛立っていたかと。

 

そう、それから、DIOの魂が京一郎の胎で目覚めた。

 

「勢力はアジアを基本に伸びています。配下の割合は京一郎様とDIO様で半々、京一郎様は基本的にスタンド使いではなく政界や財界、法曹界といった世界の中枢を担う者を中心に信者を増やしている……ともとれますね」

「彼奴らしいな」

「中にはジョースターと関わりの深いスピードワゴン財団に勤める者もいます。……まあ、怪しまれるのを避ける為、個人的に連絡を取り合う友人として振舞っているようですが……流石に、中枢には潜り込めてはいないようです」

「スタンド使いを使えば容易いだろう」

「そのようにする価値は未だないと。そのような些事に貴重なスタンド使いを遣るくらいならばまた別の方面に遣わせるという考えのようです」

「……平和な事だな」

「ええ。この国は平穏そのものですよ」

 

潜伏にはちょうどいい。ジョースターの人間がいるからどのような事になるかと思いましたが。

テレンスはDIOの部屋にワゴンを入れて、紅茶の準備をする。

 

「暫くはあちらにも動きはないでしょう。今は水面下で、その手を伸ばしていく……」

 

然るべき時が来るまで。

 

 

 

 

 

「DIO!よく無事で……」

 

悔いるような、それでも喜びを隠せない様子のプッチを迎え、DIOは口元に笑みを乗せる。

 

「もっと早くに来たかったものだけど、」

「構わんさ。彼奴が嫌がったのだろう?」

「ああ、まあ、うん……それで、彼の様子は?」

 

DIOが首を横に振って見せればプッチは心配そうな面持ちでそう……とだけ零す。

 

「キミは彼奴が嫌いでは無いのかい」

「まさか!ああいや、なんというか……似ているんだよ、僕達は。他人とは思えない。けれど……何もかもが真反対で、相容れない。それがどうにももどかしくて。……彼はその方が良いのだと笑うけど」

 

悩む様に嘆息して、プッチはかぶりを振った。

 

「キミがジョースターに斃されたと聞いて……僕は、もう二度とキミに会えないのだと……」

 

DIOはその言葉に苦く笑って。

 

「そういえば……プッチ。キミは私があげた骨を……まだ持っているかい」

「うん?勿論だよ」

「そう。それならいいんだ」

 

DIOはゆっくりと口元に艶笑を浮かべて、プッチに囁く。

 

「キミは天国に行くんだ。プッチ、キミが天国へ行く道を作り、私がついて行く」

「!DIO、それは───」

「キミにはそれが出来る。寧ろキミが、私を押し上げるんだ。キミにしか出来ない事なんだよ」

 

承太郎かジョセフか……日記は燃やされてしまっただろうが。プッチならば、何としてでもそれを見出す事が出来るだろう。その術は既に彼の手にある。きっと、京一郎はそれを妨げるだろう。けれど。

 

「キミなら出来る」

「DIO……」

 

プッチは力強く頷いてみせた。

彼にならば、それを成せるだろう。

 

 

 

 

 

“謁見”に来た配下たちは1年前と変わらずのようであった。逃亡したと思しき人間は酷く怯えてはいたが。

 

「やーんDIO様かわいい〜!」

「ホントホント!こんな時もあったのねぇ〜」

 

マライアとミドラーに捕まって着せ替え人形にされてはいるが。

 

「服は貰っておいて損は無いでしょう、ただでさえ2週間で丈が合わなくなるんですから」

 

テレンスは山と積まれたショッピングバッグを片付けながらDIOにそのような事を言う。

 

「……まアいいが」

「ねェテレンス、京一郎様は?お土産持ってきたのだけど」

「まだお目覚めになられていません」

「そうなの?心配ね……」

「まあ……けれど、大丈夫でしょう、今日も変わらず配下の生気を吸っておられるので」

 

でも、もう1ヶ月になるでしょう?前の時も相当だったけど、まだ動けていたから。

……京一郎が昏睡状態に陥って1ヶ月。腹の傷はまだ色濃くあるが確りと縫い直され、内蔵の修復もその位置も正常になりつつあった。医者の見立てではもう暫くすれば目を覚ますだろうとの経過観察を述べている。

眠りに沈む今も変わらぬ美しい男。

……淫魔(夢魔)が眠りに囚われるなど御笑い種だ。

 

「……早く起きろ」

 

待たせ過ぎだ、マヌケめ。

 

 

 

 

 

 

耳元で泡が浮かぶ音がする。

薄目を開ければ、光に揺らぐ波間の模様が見える。

海の底から、俺は見上げている。

既視感があった。これは誰の記憶だろうか。

波間に漂い溶け合う事が、どれだけの幸せになるだろう。この憎悪から、この怒りから解放された時、俺はどうなるのだろうか。

嗚呼、きっと、俺は異物だから。

混ざれずに放り出されるのかも。

……それでもまア、いいか……。

 

愛すべき沈黙の中で、俺の耳は何かを認識する。

ざぱりと波を掻き分ける音。何かが沈み込む音。……誰かの声。

 

「───」

 

嗚呼、嗚呼。残念だ。起きろと言うのね、おまえは。目を覚ませと。おまえはいつも、俺に安寧は許さないの。

 

「……っは、何故沈んでいるんだ」

 

探すのに手間取った、と。

その顔に金の髪を張り付かせて、彼は俺を引き上げた。

 

「……おはよう」

「大寝坊だ、たわけ」

 

このDIOをこれだけ待たせるなど、と続く彼の口を塞ぐ。

微睡みに今は浸りたい。妨げる彼の声が邪魔で、鬱陶しくて、憎らしくて、俺はまだ怒っているのだ。なのにそれを分かっていながら、荒っぽく俺を起こすから。

どうして起こしたの。もうおまえに俺は必要無いだろうに。このまま沈んで朽ちてしまえば、おまえは何をしたって誰も咎めないだろうに。

 

どうして、もう何者にも自分の物を奪わせないなどと言うの。

 

「俺は面倒臭い男だろう?」

「……たわけめ」

 

海の底より、おまえの腕の中の方が安らげる。俺も焼きが回ったかな。

誰かからの妨害も、一方的な愛も、憎悪も、怒りも、全て自分のものだなんて、なんて傲慢。

だから愛しているの、おまえの事を。おまえは俺にひとつも諦めさせないの。そういう所に俺は恋しているの。

 

「(だから、あげないよ)」

 

まだ、彼は俺と一緒にいくの。

お前には、お前にだけは、まだあげない。彼を地獄へ連れて一緒に沈む事が出来るお前にだけは、まだ。

彼とお前は2人でひとつなのだから、いいじゃない。彼の生きている間は俺に頂戴。彼が諦めるまでは。彼が俺によって破滅するまでは。

 

 

仕方ないな、という吐き気のするくらい優しく穏やかな笑みに見送られて。……俺の作った都合の良い幻想かもしれないけれど。

 

 

 

 

─────目覚める。

 

 

 

 

 

 

 




モナ・リザの手って男性的にも女性的にも見えるって話を聞き齧った覚えがあるので。


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第36話

 

初流乃の母親がイタリア人の男と再婚し、イタリアへ発つと聞いて。その義父となる男が初流乃を疎ましく思っていると配下の者に聞いた時、俺がどう思ったか語るまでもないだろう。

初流乃はまだ4歳なのだ。あんな、便所のシミにも劣る男のストレス発散の道具に使われるなどあってはならない。

けれど、俺は今も唯の他人である。産後間もなくの頃で昏睡していたのもあり、渡伊は先送りにされて内心もどかしくしていたものだが。代わりに送った配下の言葉からよろしくない環境なのが伝わって、いても立っても居られずイタリアへ飛んだ。

 

 

度重なるネグレクトと身体的暴力にすっかり捻くれてしまった初流乃に心を痛めながら見守る事数ヶ月、初流乃がとあるギャングの男の命を拾ったのを見て、俺は彼の治療を請け負った。

彼は気っ風の良い義理堅い男で、ひとりの少年が自身の命を救ったと知るや否や、彼を見守る役目を負ってくれたのだ。

彼がいるのなら、初流乃は大丈夫だ。

 

俺はせっつかれていたのもあって、日本へ帰還した。……途中、助けを求めたディオの息子たち……リキエル、ドナテロ、ウンガロを連れて。

 

リキエルは義家族に育てられてはいたが何処か緊張症の気があって、誰か正しいものに導かれなければ容易く堕ちてしまうだろうと思ったから半ば誑かしたが……素直過ぎて逆に心配である。

ドナテロは後に生まれた腹違いの妹ばかり可愛がられる生活に随分ウンザリしていたようで、屋敷に来たばかりの時には疑心ばかり募らせていたように思う。勿論、愛情を偏らせる様な事はしなかったが、どうにも試し行動が多いような印象を受けた。……まア、ただ可愛らしいだけだったが。

ウンガロは本当に運がなかった。救い出した時には既に親類によって麻薬を投与されて身体が蝕まれており、取り出すのに苦労した。暴れるし、泣くし、禁断症状があまりにも酷くて。けれど、初期で止められて本当に良かった。

 

それぞれ、何処か彼に似ていた。彼に似ずとも、彼の血族を思わせる似方をしていた。

 

一気に3児の母である。嗚呼、ディオも含めれば、そして初流乃も含めれば、5児であるか。

皆に俺を要らないと思うまでは居ておいでと言ってある。外に出た後も、本当に助けが要る時は呼ぶようにとも。

愛おしい、愛おしい、俺の子供たち。

 

「京一郎様、ますます綺麗になりましたねぇ」

「そう?母性のお蔭かな」

 

キレイなお姉さんに母を見たのか少し怖がる様子で物陰に隠れる子供たちを見守りながら、マライアに問う。

 

「それで、最近はどうだい?」

「変わりはないですわ。そういえば、空条承太郎ですが……娘が生まれたんですって」

「おや?そもそも結婚していたの?」

 

へえ、あの承太郎がねぇ。一端に家庭を築いているの。へぇ〜。だから何だって話だが。

 

「ああいうのはいけませんよ、京一郎様。女は3歩下がって、とか、言わずとも分かる、だとか。安全の為に何も話さないでいるとか以ての外です!」

「大分力入っているねぇ、マライア。元カレがそうだったのかな?」

「ちっがいますよぉ!一般論です!」

 

一般人はそんな危険な事なんて滅多に無いのだけど。

まア、確かにそう。貞淑な大和撫子を望むなんて時代錯誤が過ぎるというものだ。箱入りお坊ちゃまには酷かしら。

 

「私は彼一筋だから……」

「京一郎様は自分のお好きなように殿方を誘導しますもんね?」

「そこで肯定すると教育にとっても良くないからノーコメントで♡」

「あざといんだから♡」

 

誰だって子供にはいい顔したいじゃあない。

 

「……何をしている?」

「っ……」

「あら、DIO様」

 

子供たちがビクリと身体を震わせた気配がする。

 

「気になるなら中に入れば良いでは無いか」

「ぁ……いや、僕達は……」

「京一郎が少しでも嫌がったか?」

「えっと……いいえ……」

「マライアがお前たちに嫌な事をしたか?」

「ううん……」

「ふん。……入るぞ」

「どうぞー。何か飲む?紅茶?」

「ああ」

 

椅子を用意しようとしたマライアを止め、両手を広げて待つ。

 

「ん」

「……、……はあ」

 

深ぁい溜息の後、大人しく両手に収まった彼を抱えて椅子に座り直す。

 

「何て言うか……京一郎様って大物ですわぁ」

「そうかしら」

 

髪、伸びてきたねぇとディオの髪を弄れば手を払われる。

 

「切ってあげようか」

「おまえが……?」

「やだ、疑ってる?揃えるくらい俺にも出来るよ」

「どうだろうな……」

 

彼の髪はふわふわで柔らかいから、ちゃんと綺麗に伸ばしてあげたいのだ。勿論短髪でもいいけれど。あと彼の幼い姿が懐かしいので。

そのまま彼を膝に乗せてマライアと言葉を交わしていれば、痺れを切らせたちいさな影が飛び出す。

 

「っ……ママ!僕も……っ、」

「ちょ、リキエル……?!」

 

ぱっと物陰から出てきたリキエルにしっかり目を合わせて、うん?と首を傾げる。

 

「ぼ、僕も、ぼくも、ッ……」

「うふふ。ゆっくりでいいのよ、My love」

 

泣きそうに潤む瞳に愛おしいと伝えれば、リキエルはぐっと掌を握り締めて俺を見上げる。

 

「僕も、ぎゅって、して……」

「よく出来ました。ほら、おいで……ぎゅっとしましょう」

 

椅子から降りて片腕を広げれば、途端に飛び込んできたリキエルを、彼ごとぎゅっと抱き締める。

 

「ッおい……」

「ほら、ディオも」

「……〜〜〜ッッ」

 

団子になってぎゅうぎゅうとハグする俺達に、ウンガロも飛び込んでくる。

 

「ママ!お、おれも!」

「勿論よウンガロ。おいで」

 

きゃらきゃらと笑うリキエルに恥ずかしそうに笑むウンガロ。少しして3人を離して、俺はぽつんとそこに残されたドナテロに膝を着いて両腕を広げる。

 

「ドナテロはママにハグしてくれないの?」

「っ……!」

「I miss you.ドナテロ、」

 

そっと眉根を下げて微笑む。

どれだけでも、幾らでも待とう。彼こそ愛情に飢えていると分かっているから。

恐る恐る、にじり寄るようにして近寄ったドナテロが、指先を伸ばす。

 

「ぁ……」

「つかまえた」

 

壊してしまわないように、ドナテロを腕に引き込んで抱き締める。

 

「ああ、ドナテロ。愛しているよ」

「ママ……」

「うん」

「ママ、ママぁ……っ」

「私はここよ、ドナテロのママはここにいるよ……良い子ね、My Dear……」

 

周りに知らない人が多くて怖かったのかな、寂しかったのかな。寂しい時は寂しいと言っていいのに。此処にはお兄ちゃんなんだからと、余所者なんだからと言うような人間はいないのだ。そのような輩は真っ先に屋敷から排除している。

 

「我慢しなくていいのよ、ドナテロ。不安ならいつだって来ていいの」

 

顔中にキスの雨を降らして、涙でお目目が溶けちゃうわと笑う。

 

「本当に……綺麗になられましたね、京一郎様。まるでマリア様だわ」

「……それ程似合わん例えも無いがな」

「あら、DIO様?私達闇に生きる者にとっては、彼こそがマリア様よ。DIO様をまたこの世に産み落とされた方ですし?」

 

まあ私、キリスト教徒ではないですけどね。

マライアは口元に手を当ててくすくすと笑う。

 

「マライア。途中だけど、ドナテロが泣き疲れちゃったみたいで」

「あら、いいんですのよ。京一郎様、ごゆっくりなさって?」

「ありがとう。またお茶会しようね」

「はぁい、勿論!」

 

うとうとと目を擦るドナテロを抱え上げ、リキエルとウンガロを連れて寝室へ入る。

 

「ディオは?」

「いい」

「うん。じゃあまた夕飯時にね」

 

俺が座っていた椅子に腰掛け───座高が足りないのでクッションを引いてある───新しい紅茶をマライアに注がせている。彼からすれば茶番だろうに、律儀に付き合ってくれる分彼も随分と優しい事だ。

 

「さ……みんな、私とシエスタしましょうか」

 

お眠じゃあない子は絵本でも読んであげよう。それかお歌がいいかな。そろそろお勉強も始める時期だから、テレンスに教材か何かを取り寄せて貰わなければ。

 

大切に育てよう。彼らが俺を要らないと言うまでは。

 

 

 

 

 

 

マライアが京一郎を聖母と称した。それに似合わないと返したが。昼間、子を抱いて、子に囲まれて、穏やかに微笑んでみせた京一郎に……清廉で慈愛のそれを幻視するにも無理はなかった。

10と幾らかの子供だったおれを部屋の脱出の為とはいえ犯したとは思えない姿だ。……水瀬京一郎という男は根底をそのままに変わった。彼奴はおれが自分を変えたのだと宣うだろうが。

 

「おまえ、今もおれを抱けるのか?」

「……うん?現実世界の、という事?」

 

流石に精通もしてない幼児を犯すのはチョット……。そこまでとは言っていない。

 

「……まア、おまえはおまえだし……」

「変態か……?」

「いやおまえさァ……言わせておいて」

 

そもそも夢の中とはいえ今も抱いたり抱かれたりしている時点で今更だろうに。

おれの上でうつ伏せに横たわる京一郎は頬を僅かに上気させたまま苦笑する。

 

「もし逆でもおまえは出来るだろ?」

「逆?」

「俺が子供で、おまえが俺を犯すの」

 

思わず京一郎を見下ろす。眠そうなトロリとした目で、掠れた瞳が笑っている。

 

「おい寝るな」

「それも……楽しそうだけどね……おまえがしたいのは、穢して貶めても聖母は聖母のままなのか……それが知りたいだけでしょう……?」

 

そうして、京一郎はおれに、子供(庇護者)にくれるような眼差しを向けて目を閉ざす。

 

「おい」

「……なぁに、もう俺眠いんだけど」

 

そうして瞼も開けずに口元に笑みを乗せている。

 

「おまえは眠くないの?本でも読む?歌でも歌おうか……」

「このDIOに向かって子供(ガキ)扱いを……」

「……ウフ。今くらい子供を楽しんだって、誰も咎めないのに」

 

そのまま何も言わなくなった京一郎を叩き起してやろうかと思ったが、やめた。

 

「……マヌケ面」

 

あどけなく無垢で、けれど何処か淫猥な寝顔に何をする気も削がれ、一つ嘆息して上を見上げる。何処までも蒼く、遠く、太陽のない空が広がっている。

 

 

 

1ヶ月前、自分を再び産み落とした後。京一郎は確かに、徐々に徐々に弱っていた。周囲の人間の生気を吸ってはいたが、その量も減少し。最後には傷は治っても生命力が尽きかけていた。それ程に危うい状態であった事を、屋敷の誰一人として知らない。京一郎だけが、分かっていた。京一郎とおれだけが。

 

陰のある死相が、嘗て見た譫言を垂れ流す母によく似ていた。

京一郎はただそっと、微笑むだけだったが。

 

「おまえは哀しいんだね。ずっとずっと、何かに悲嘆している」

 

ベッドから起き上がれない癖にふてぶてしく、そう言い逃げして夢の底へ堕ちて、堕ちて。覚めなくてもいいかもな、などと囁いて。

緩やかに自死しようとしていたのだ。

何のために、だとかそういうものはないのだろう。世の中の常識に当て嵌めるのならばマタニティーブルーとやらか。自らの中へ。安寧たる内裏へ。眠るように。海の底へ。記憶の底へ。

胎の中にいた時にいた場所に入り込めたのは、奴が比較的夢の表層にいて、そしておれが傍で眠っていたからだ。

 

奴は海の中で微睡んでいた。薄く開いた目は水面の光の網を映し、思考は複雑に絡まり混線した記憶を見ていた。

 

正しく、死人のイロ。……奴のスタンドは真価を全て発揮している訳では無い。肉体元であるユリコ・テイラー───だったか?最早記憶に薄い───の記憶の断片を有するスタンド。時空を超え、未来を覗き見る種のすべてを使えば、人類を、世界を支配する事など容易い事だろう。

それ程までに強力ならば、自らも浸蝕される危険もあろうものだ。現に京一郎はそのように混ざっている。

 

京一郎は昏睡の中で、様々に織り交ぜられていた記憶をその瞳に映していた。それが、奴の潜在している希死念慮を必要以上に引き出している。

 

ドイツの哲学者であるフリードリヒ・ニーチェはこう残している。

Beware that, when fighting monsters, (怪物と戦う者は、)

yourself do not become a monster…(その過程で自分自身も怪物に)

for when you(なることのないように)gaze long into the abyss.(気をつけなくてはならない。)

The abyss gazes(深淵をのぞく時、深淵もまた)also into you.(こちらをのぞいているのだ)

 

何かを理解しようとすれば、自分もその何かになってしまう危険が常に付き纏う。

より沈もうとする奴を引きあげたのは、何故だったか。考える必要もあるまい。無駄な事だと確信があった。敢えて、考えないようにしている。それはおれを弱くするものだった。

 

「おれがおまえを手放すとは、考えぬ事だ」

 

利用価値がある。だけでは、無い。それは至極屈辱的なものだが。けれど。だからこそ、おれはその衝動に身を任せる。

 

「おまえを愛している」

 

その言葉だけで縛り付けられるのであれば、幾らだって吐いてやろう。

決して楽に死なせるものか。おまえがおれに“生き地獄”を望んだように。

裏切って、甚振って、これ以上は無いという程の陵辱をしてやろう。それがおまえの恩讐に対する、このおれの“こたえ”である。

 

 

 

 

 

 

「ああ、ごめんなさい。怪我はしていない?」

 

初流乃の様子を陰から窺い、イタリアの街並みを出歩いていた頃。ケープで顔を隠し、大きくなった胎を抱えて。

人の少ない近くの路地で肩をぶつけた。

 

「あっ、だ、大丈夫です」

「そう……?ならいいのだけど」

 

何かから隠れるようにして身を縮めていた彼からは血の匂いが香る。

それに気付いたと同時、彼も肩をぶつけた俺の顔を一瞬見たのだろう。

 

「徒花の魔女(女皇)、何故此処に……」

「……おや、私を知っているのね」

 

失言をしたと口を噤んだ彼に微笑んで、ケープを深く被る。

 

「お互いの為にも、無かったことにしましょう?私、今はプライベートなの……ねぇ、どこの誰かも分からない少年」

 

口元に人差し指を当てて、しぃ、と息を細く吐く。

 

「……ええ……そうですね」

「うふふ。また表で会う事があったら、その時はよろしくしましょうね……」

 

足音を立てながら振り返らずに路地を抜ける。

見た事の無い顔だった。純真そうだったけれど、何処か引かれるような感覚がした。勘に頼るのは些か不愉快だが、けれどこの世には奇怪な事が多過ぎる。故に。

 

一応、覚えておくとしよう。赤みの強い桃色の髪の少年、ね。

 

 

 

 

 

 

子供たちを迎え入れてから、外を出歩くのは近所の公園に散歩に出るくらいしかない。子供たちは活発に外で遊ぶような子では無いし、少し運動するくらいなら屋敷の敷地内で出来る。それに、彼らはまだ俺から離れて遊びたいと望める程俺を信じていなかった。いつか自分以外の誰かに心を傾けてしまうかもしれない。愛情を注いでくれなくなるかもしれない。捨てられてしまうかもしれない。自分に宿る力が暴走してしまうかもしれない。そんな不安がまだ、彼らに巣食っていた。

 

「ま、ママ……あのね、絵本、読んで欲しいの……」

「いいよウンガロ、ママのお膝においで」

「ママぁ……また目が開かないの……暗いよぅ、手を握って……」

「まあ大変!ママの腕の中においで……手だけじゃあなくて、ぎゅってしてあげましょうね」

「っ、ママ!」

「なぁに、ドナテロ?」

「っ……な、んでも、ない……」

「そう?……ねぇドナテロ、ママの宝物。ママ、ドナテロにハグされたいなぁ。こちらにおいで、ママにキスしてくれないかな?」

「……っ、うん……」

「うふふ。ありがとう……さァ、みんな。今からママとご本の時間にしましょうね。ウンガロはどの絵本がいいのかな」

 

淫魔の丈夫な身体は不調とは縁の無いもので、子供たちも段々と甘え上手になってきている。自分と同じような境遇の彼ら同士でも遊んだり、困っていたら手を引いて俺の元へ連れてきたりして助け合うような素振りも見せるようになった。

相変わらず人見知りというか、公園で遊ぶ他の子供達には少し怖がる様子で俺の元から離れないが。

 

あと、まだ短時間だが勉強の時間を作った。家庭教師相手にはまだ警戒しているので、今は俺が彼らに文字や計算を教えている。これでも大学を出た身、幼児がするような勉強くらいは教えられる。それから勉強に対して意欲が沸けば良いのだが。知識は武器だ。彼らが独り立ちする時に、よくよく考えて行動ができるように。自我の成長と知識の量はスタンドの目覚めにも関係しているのだから。

 

そう、スタンド。血統の業か否か、彼らにはスタンド使いの素養があった。ドナテロ、そして2人の子にも。

ジョセフや承太郎やホリィ然り、ディオ(星の一族)の血は子にも受け継がれている。

魂がそのように覚醒へ向かっている。緩やかに、確実に。

魂の性質がスタンド像を決定しているのか、スタンドが魂の性質を示しているのか、自我がそのようにスタンドとして表されるのか。それは俺には分からないが。分からずとも構わないだろう。

なので、スタンドに関しての話もしてある。まだ御伽噺のように、寝物語だが。

 

……子と触れ合う様子を見た配下が俺を崇めて拝んでいるのにはチョット共感出来かねる。

 

嗚呼、サテ。そう、俺が外に出歩かなくなった事で。行動範囲が極端に少なくなったという話だった。

暇潰しにと配下が色々と物を持ってくるので、屋敷にはかなり物が増えた。断捨離がとても面倒臭い。金の他に酒や食べ物、パトロンをしてやっている芸術家の絵に小説に骨董。果ては勧めの漫画なんて。最近新気鋭の漫画家が出て来ているとかなんとか……ダークでリアルに差し迫るストーリーに迫力ある絵柄が好みで、今ではすっかり購読している。何かと賛否両論で、それでも自分を貫くところ、捻くれているけれど真っ直ぐで好ましい。

 

この杜王町は平穏で平凡だが、この町に住まう人々が何かと特徴的で飽きないものだ。何せ行方不明者が多い。魂の消える感覚が多い。定期的に、何十人と消えている。事故も事件も報道されていないにも関わらず。

それに、死んで彷徨う魂がとある小道へ吸い込まれてから消えていくのにも。何処かに地獄の一丁目か黄泉路でもあるのだろうか。

 

子供たちが成長したら拠点を移さないかとディオや配下から言われているが……この場所には何か、磁場のような何かを感じている。それは長きに渡って蓄積して固まる原石のようにも見えるのだ。要するに、ナニかが起こる。面白くなりそうなナニかが……。

引力。そう、彼の言う引力を。

俺は信じている。彼の言った言葉を。

魂の持つ“力”を。

 

 

 

 

 

 

「この町でスタンド使いが急増している?」

 

目を閉じてそのような事を口にした京一郎は静かに笑みを浮かべて頷く。

 

「自然に目覚めたのではなく、急に“起こされた”ように思う」

「それは───」

 

ちらりと、厳重に保管されたソレに目を遣って、京一郎を改めて見遣った。

 

「そう。スタンドの矢……それによるものと良く似た目覚め方だ」

 

昏く、(くら)く、愉悦に満ちた闇色の微笑み。普段信者や子らには見せない歪んで掠れた瞳。

 

「時が満ちつつある、という事だと俺は思っている」

「それがおまえの目的か?」

「目的という程高尚なものでも無いさ。子供たちが成長するまでの暇潰しよ」

 

子。あれらは確か今年で9か10かになる頃だっただろうか。毎年毎年盛大に祝うもので無駄な事を覚えてしまった。

 

「スタンド使いは引力に引かれる。この町には多く要素が点在している。ジョースターの私生児、スタンドの矢、連続殺人鬼に魂の黄泉路。何も起こらない方が不自然だ」

 

顔を歪める。ジョセフはこの前胆石か何かの手術をしたという事だから、来るならばスピードワゴン財団の人間か、血縁者である承太郎……いや、十中八九承太郎がこの町に来る。

呼応するようにスタンド使いは引かれ合い、そしてそれはおれや京一郎も例外ではあるまい。

 

「楽しみだ。ワクワクする。まるでクリスマスの朝に枕元に届いたプレゼントのリボンを解く子供のよう!」

「年齢を考えろ」

「ンふ。辛辣」

 

京一郎は淫魔の性質か、魂の異常や飛躍を感知すると感情を昂らせる。

衝動が落ち着いたのかいつもの表情を顔に乗せた京一郎は組んだ足を組み直して、口を開く。

 

「そういう訳だから、出歩くならそのつもりで♡」

「このDIOが敗れると?」

「この町には“おまえが嘗て肉の芽を植え付けた”人間がいるのを忘れたか?」

 

……一度死んだ事で制御を離れた肉の芽は宿主を襲った。普通はそれらは肉の芽の細胞により融合、変質し死に至るが、この町にいる1人の人間はそれを乗り越えて不死の生き物と化している。日光は弱点では無いが人間とは言えない、知能の低下した所詮死に損ないだが。

 

「虹村か……奴は良いスタンド使いだった」

「ンふふ!良いスタンドを持った人間だった、の間違いだろうに!」

 

金を対価に使っていた虹村は忠誠心に欠けていた。裏切れば多少なり不利益が生じるスタンドであったので肉の芽を植え付けておいたのである。

 

「その周辺でスタンド使いが増えているのと無関係ではあるまい。今周囲を配下に調べさせているから直に報告が上がるだろう」

 

……恨みか、怒りか。だが、おれはそれを踏み潰すだけだ。目の前に立ち塞がるのであれば、何者であろうと。

 

「なら好きにしなよ。でも死んだりしたら殺すからね」

「ハッ……誰に物を言っている?」

「夜の帝王“DIO”様♡」

「貴様馬鹿にしているな?」

 

 

 

 

 

 

最近、『ホワイト・ポニー』が落ち着きない。

勝手に出て来てはそわそわと袖を引いてきたり、本を読んでいるとその上からじぃ、と顔を覗き込んでみたり、夢の淵にすら現れてくるくると踊る事もあった。

 

「どうしたんだいレディ。はしたないよ」

 

背後から抱き着かれてそのまま彼女を背負って歩く。

 

「言いたい事はわかっている。キミはこの時を楽しみにしていたものね……」

 

彼が生きていた頃は緊張と恐怖と不安に楽しむ以前の問題だったのだ。本体であるこの俺を監視し、シナリオ通りに事が進むか固唾を呑んで見ていた。それ程彼女にとってあの時期は大切なものだったのだろう。

 

この町は平穏で長閑で、場所は違えど慣れた故郷。危険はあれど乗り越える力を手にした今、彼女は連れ出したくて堪らないのだ。その目で見たいのだ。その肌で感じたいのだ。彼ら、もしくは彼女らの奮闘を。群像劇を。……はて、群像劇?ひょっとしてこの町はシナリオの続きかそれに類する別の何かの舞台で、今回のテーマが群像劇、なのだろうか。

 

行こう、行こうと俺を誘う。

 

「劇的にしよう、レディ。今はこの期待を楽しむのも悪くはないよ」

 

 

 

 

 

 

 



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第37話★(改)

ぬるいエロが入ってるので一応★付き→がっつりえろへ
短めですがキリがいいので


 

───

「京一郎様……奴が町に

入ってきました」

 

粛々と。細身の男がこうべを垂れてそのように言う。

 

「奴が……空条承太郎が」

 

薄暗い部屋の天蓋の裏、気怠げに寝そべる人影はその言葉に白い瞼を持ち上げる。その瞳は掠れたように茫洋と、見る者全てがぼんやりとしてしまうような艶美を帯びていた。

曲線を描く肉体美を薄布1枚で隠し、けれどそれがいっそう彼の暴力的な、悍ましい程の美と淫蕩を醸し出している。

 

「空条……承太郎……」

 

息を細く吐くような密やかな笑みに配下である男は熱に浮かされたような感嘆を吐く。他の男の名を呼んでいるという嫉妬すら起きない。

 

「随分と……遅かったものだね。ジョセフ・ジョースターの遺産相続で……一から調査をし始めて。短い期間ながらも漸く此処に辿り着いたのだから……まア、一応褒めてやるべきか」

 

写真を手持ち無沙汰に眺め、ひらりと床に落とす。こうべを垂れた男の目線に落ちたそれにはひとりの男が映っていた。

 

「片桐安十郎。通称アンジェロ……そいつがこの町に潜伏を始めた事を、ジョセフ・ジョースターが感知した……それを聞いた承太郎は……ジョセフの落胤である東方仗助に会うついでに調査に来たという訳さ……」

「……消しますか?」

「万一にも気取られてはならないからって?……フフ。キミが手を下すまでもないよ。……それに、そんな小悪党……容易に足をつかせて……誇りの欠片も無く……足跡を消す事すらしない……必要が無いとすら思っている。そのような馬鹿は嫌いさ」

「つまり、下に置く価値もないと」

「放っときなァ。どうせスグに終る……」

 

淫靡な男───京一郎は布を肌から滑らせて落とし、こうべを垂れる男の頬に指を掠めさせる。

 

「私の云う事が聞けるね……?私のかわいい猟犬……」

「……ruff(わん)

「ウフ。Good boy……良い子にはご褒美をあげなくてはね」

 

 

 

疼き。肩にある星の痣を押さえながら、金髪の青年は顔を上げる。

 

「来たか……承太郎……」

 

同じ部屋で漫画を開いていた少年も同じ場所を指で叩き、声を上げる。

 

「リキエル、ドナテロォ。ママは?」

「いつもの報告」

「じゃあ知ってんだ」

「多分ね」

「……ジョータローは無理でも、ソッチで遊んじゃあダメかな」

「手を出す価値は無いって言ってたぜ」

「欲しいって言ったらくれるかなァ〜」

「ほっときなよ。ママが価値が無いって言ったんだ。直ぐに死ぬよ、そいつ」

「チェッ」

 

紅茶を楽しんだり、小説を開いたり、ゲームをしたり。それぞれが好きなようにしている彼らは、金髪の青年が“嘗て生きていた頃”の息子たちで、彼らは“金髪の青年を含めて”全員が腹違いの兄弟であった。

年齢にして10程。けれど金髪の青年の実年齢は6、7歳頃であるのにその見た目は15歳程、他の兄弟よりも成長しているように思えるのである。

 

「そんな事よりさあ、ウンガロォ。この面全然クリア出来ないんだけど」

「ああ?そこはさァ、」

「待って待ってヒントだけくれよ!全部言っちゃあ面白くないじゃん!」

「わーったわーった、」

 

───ひたり。と、何かが滴るかのような不思議な沈黙と、擦るような足音に全員の視線が入口に向かう。

ひた、ひた、ひた。少しずつ大きくなる音にそわそわとリキエルが足を揺らし、ゲームの画面をテーブルに伏せる。

本の間に栞を挟んで閉じる。

漫画を座っていたソファーに置く。

用意していたカップに湯を注ぎ、捨て、温めてから紅茶を注ぐ。

 

「おはよう、可愛い子供たち……」

「っママ!」

「おはようママ。お寝坊さんだよ」

「漫画……新しい巻届いてたよ。ピンクダークの少年の」

 

緩く癖のある髪を背中まで伸ばし、羽織るだけの薄着で、男は淡く微笑んでいる。

あまりにも美しい。頬に落ちる髪の一筋ですら月光の銀の輝きを帯びているかのような。

無造作にはためく見事な絹の織物ですら霞む、女神のような、けれど妖しさを隠せぬ魔女のような男。

 

「うふふ……お茶にしようかと思ってね」

 

それぞれの頬にキスを交わし、愛おしそうに抱き寄せて、男は笑う。

 

「これからの事も話をしておこうか」

 

 

 

「何もせずともあちら側から持ち込んでくるさ」

 

京一郎はそう切り出した。ドナテロが淹れた紅茶に美味しいと頬を緩ませて、長くすらりとした脚を組んで。テーブルの上座に座る京一郎は目を細めている。

 

「私達はスタンド使いで、お前達は星の血を継いでいる。今はまだしも、外へ出歩けば必ずお前達に勘付く事だろう……それが如何な事か、解っているね?私の愛しい子供たち……」

「“危険”だって言いたいんだろ、ママ」

「でもディオ(パパ)曰く、ジョータローは大分衰えてるッて話じゃん?そんなに心配する様な事?」

 

ウンガロが聞き飽きたという風に零し、リキエルは眉根を寄せて言う。

 

「運命の天秤は常により清廉で潔白な“正義”に傾く。衰えたと言えどその気質は変わっていない。寧ろ、受け継がせる者として成熟しているとも言える」

「……ああ、ジョースターの婚外児。そういう事……」

 

ドナテロが納得したように呟いて視線を逸らす。

 

「どういう事?」

「不容易に接触すれば拙いって事。ママの言う事が確かなら、きっと次代の受け継がれる人間はそのジョースターの婚外児って事だ。少しでも疑われれば何を企んでいるのか調べ尽くされてあっという間に監視下に置かれる。……パパもいるしね」

 

視線がそちらに向かう。その先にいるディオはちらと向けられた視線を見渡し、興味を失ったかのように紅茶に描かれる波紋を眺めている。

 

「可能なら不可侵に、無理でも観察対象程度で済ませないと」

「前提としては気付かれないように、じゃあないの?」

「遊びたいじゃん」

「一緒にしないでよッ!ぼくはそういう意味で言ったんじゃあないッ!」

「……ウンガロはいっつもそうだ」

 

くすくすと、葉が擦れるような笑声が零れる。

 

「ママはウンガロの遊び好きなところも、ドナテロの慎重なところも、リキエルの素直なところも、大好きよ」

 

のびのびと生きる様子が愛らしい。……チョット人間の人権を軽んじる所は見られるが、闇に生きる者に育まれているのだ、その程度愛嬌だろう。

 

「お前たちは歳の割に賢く、強い子よ……。けれどまだ10になったばかりなのだから。まだ、足りない。運命を跳ね除ける力が。対峙するに能う知識が。魂の成熟が。……あなた達が私の事を要らないと思うまでは……未だ……ママの腕の中にいてくれないかしら……」

 

口には出さないがさみしいのだと目を伏せる京一郎に、純粋な子供たちは同じような顔で京一郎を見上げる。

 

「……ママもいつもそう。ぼくたちにもそれが通じるって?」

「……うふ。だけどお前たちは今は騙されてくれるんでしょう?優しい子ね」

「ママの子だもん」

「ぎゅってしてくれるならいいよ!」

「あッ!そういえば新しいゲームが出たんだァ。それ買ってくれたらいいよォ〜」

「マ。なんて賢しい子」

 

とろりと蕩けるような慈母の微笑みとなった京一郎に肩を撫で下ろす。まだ、母を悲しませたくは無い。彼は嘘を吐かない。彼がそう言うのだから、本当に、まだ“早い”のだ。

京一郎は教育熱心なので、予め子供たちに基準を伝えてある。惜しみなく生きる為の知識を、知恵を、力を、学んでいる真っ最中なのだ。

だからこそ子供たちは素直に思うのだ。冷静に、冷徹に、現実的に。───未だ、独りでは生きていけない。

金銭でも、地位でも、知識でも。魂の習熟でも。

“私を利用しなさい”と、京一郎は厳しく、強く、優しく、愛おしそうにそう言う。

ひとりで立ったとしても、京一郎はずっと子供たちを愛し続けると。そう、自分の魂に誓ったのだ。

淫魔という種族は魂の色を視る。それ故に自らの魂に嘘は吐かない。それは魂の輝きを霞ませる事だと知っているからだ。

京一郎の愛とはあまりにも大きいものだ。……“嘗て居た”、自分が生まれてきた胎の女を、もう二度と母とは呼べない程に。

愛のあまりに自分の元から離したくないなど、この母親は言いやしない。決して。

彼らは解っている。そしてそれを信じ、伝える事こそが、京一郎へ返せる愛なのだ。

 

「ママ、愛してる」

「嗚呼……ママもお前達を愛しているわ……」

 

妖しく、冷たく、けれどその温もりがあたたかくてたまらない。

子供たちは全員が理解っている。京一郎は徒花の魔女と呼ばれる程に魔性で、裏で何をしているのかという事も。酷薄で、堪え症のないくらい無節操で、倦怠を帯びた愉快犯である事も知っている。そして、父親(兄弟)であるディオにどのような感情を抱いているのかも。

だけど、それでも、あの地獄から救ってくれた。そして、今まで知らなかった“ソレ”を教えてくれた。傍から見るしか無かった“ソレ”を、惜しみなく与えてくれた。

ならば、返したい。返さなくてはならない。他でもない京一郎が、それを望んでいるのだから。それに喜ぶ、母の顔が見たいから。

きっと彼は、いずれ彼らが成長して独りで歩けるようになったら、何よりも誰よりも喜んでくれる筈だから。

 

 

 

 

 

 

水気のある音が寝室に満ちる。

早い息遣いがふたつ、重なり合っている。

 

「は、っ、はァ……あンッ♡ァ、は……」

 

シーツを掴む手。俯せに身体を震わせる男は、何度も肢体を跳ねさせながら髪を振り乱している。

 

「ァ゙、ャっ!は、ぁぁ……♡ァ、ア、気持ち、ィ♡ディオッ……!も、ッと、ナカ、出して……ぇ゙♡」

「ッ〜〜!……っ言われず、とも……ッ」

 

ぽたぽたと男の肌に汗を垂らしながら、青年は腰を打ち付ける。

飢えた2頭の獣のように、互いの身体を貪り、快楽を啜る。

生気に溢れた青年の欲は留まる所を知れない。律動の度に男の胎内で放たれた精液が、受け入れる事に慣れた菊門から僅かに掻き出されるのを、男は惜しむように指で撫でる。奇しくもその張りのあるふたつの肉を、その先の秘穴を強調するかのような体勢。青年の茹だった頭は更なる欲情にじりりと脳裏を焼かれる。

 

「ア、はぁ……ッ♡うふふ……ッ大きくなった、誘われちゃったの?」

「ッ……黙って犯されてろ」

「ァ゙ッ!……やん、いけず」

 

うっとりと男は顔を弛め、覆い被さる後ろを振り向く。

 

「折角現実(コッチ)でヤッてるんだから、聞かせてやりゃアいいんだよ」

 

男は指に乗せた白濁を舐めて笑う。

淫蕩に、噎せ返る程の色慾に塗れた、男を誘う淫靡な姿。破滅に導く淫魔の誘惑を、青年は跳ね除ける事も叶わずにいる。

 

 

 

ミドルスクール生程の体躯の青年が、20代程の美男を性的に貪る様は背徳的だ。倫理に悖る。その精神年齢は如何程であろうとも。

がしりと京一郎の肘を掴んで引き寄せられ、身を捩るようにされてより深くに打ち付けられた京一郎は背中を反らして悶える他なかった。

 

「あうっ……!は、あ゙、ぁ!」

 

ぼんやりと掠れた黒がディオをひたりと見つめる。

雄膣の腹側をぐりぐりと抉り抜く快感は堪らないもので、京一郎はその雄蕊に媚びるようにねっとりと締め付けて、その律動を受け入れる。それに歯を食いしばりながら、ディオはまた強く京一郎を貫くのだ。

まるで永久機関のように、とめどなく互いを高め合って快楽を募らせる。単調で、あまりに本能的。荒々しい破裂音と粘性の水音は、彼らの興奮を如実に露わにしていた。

 

「は、ァ……ナミセ、ナミセ……ッ!」

「ンあ、!あ、ふ、しょ、ね……ッんはっ♡あ、あッ……い、きそ、少年、も、おれ、いく……ッ♡」

「は……ッ!もうイくのか?この程度で……っ」

「ン、ッ……フフ、!そんなに言うなら、おまえもッ!イかせてやる、よ……ッ」

 

前の呼び名で互いを求め、売り言葉に買い言葉で挑発する。

京一郎はひと息に身体を起こし、掴まれていない方の手でディオの大腿を掴み、ぐっと腰を深くに落とした。

ずぶ、と結腸口のすぐ手前にまで。急激に締め付けの増したナカにディオは喉で呻く。

 

「あは。ほら、早くイけよ♡逃げんな♡」

「ッ!!こ、の、淫売め……ッ!」

「どうした、止まってンぞ?……ふふ!今度は俺が動いてやらねぇとなア?」

 

先程よりも鈍い破裂音が響く。骨同士がぶつかるそれすらも劣情を煽る。京一郎は淫猥に喉を晒して仰け反り、はあ、と恍惚に、その蠱惑的な顔を蕩けさせ。ディオは晒された象牙の肌に強くその牙を埋める。京一郎の仄かに赤く染まる首が美味そうに見えたのだ。

舌が、唇が。赤く浮いたように毒々しい。髪が汗で一筋張り付いて、流れ落ちる滝のような汗は律動にきらきらと散った。

溢れる血を啜り、垂れるそれに舌を這わせ、逃がさないようにと腹に腕を回す。ディオが黒髪に顔を埋めてざりざりと舌で舐る度、京一郎はその瞳を薄く開けて悪夢のように微笑む。

ぐりぐりと円状に腰を揺らし、ぶるりと四肢が戦慄いた。

 

「ディオ、出して……ナカ、ね?」

「な、みせ……っ」

「ほぉら、はやく、出せよ。出せったら……♡」

 

我慢を重ねた肉は痙攣し、浅く唇を噛み、けれど笑みは貌に乗せたまま。

 

「ん゙、はあ、〜〜〜ッ♡!あ゙、ぁ……ッ♡」

「ッく……ふ、ぅ……っ」

 

二股に割れた長く薄い舌が晒され唇に乗る。犬のように大口開けて。絶頂の余韻に瞳が陰った。

 

「ぁ……は……♡ァあ……」

 

 

 

 

満足のいくまで自分本位に搾り取られ、うっとりと余韻に浸る京一郎を腕の中に収めながら、またもこうなったかとDIOはいっそ苦悶を浮かべて顔を歪める。早る若い身体は堪え症なく、目の前にある包容に抱かれるのを望むのだ。そこにDIOの意志は介在しない。

傾城、或いは傾国の美男が自分に侍る事の優越とは馬鹿にならない。それが奴となれば萎えるものもあるが。それはそれとして、変わらず奴の肉は極上だった。寧ろ快楽を貪る度に、奴の呼び名のひとつである徒花のように乱れ散るので、視覚でも犯されるような心地にさせられる。

夢の中で散々犯しておきながら、などと此奴は言うだろうが。

 

「なァに考えてるんだ?」

 

肩口に埋めていた顔を上げて、京一郎は機嫌良く猫が甘えるように、DIOの側頭部に頬を擦り寄せて笑う。

 

「不満ならもう一ラウンド、ヤる?」

「誰がやるか、この淫獣め」

「おまえにだけだよォ」

 

今のDIOの肉体は15歳程度。まだ京一郎の方が上背がある頃だ。感情の澱を啜り、淫猥に笑って、京一郎はずしりとDIOに伸し掛る。

 

「重い」

「失礼しちゃうね」

 

仰向けのDIOの顔の横に肘をついて、見下ろすように京一郎は俯く。緩く癖の付いた長い髪がまるで暗幕のように視界を覆った。その薄暗の中で、京一郎の瞳だけが、ぼうっと青白く浮かぶ。

 

「可愛いね。愛してるぜ」

「……その目で言うか」

 

さも、殺してやると言わんばかりの眼光が細められる。

 

「……うふふ」

 

柔く包み込むような慈愛ではなく、執念深くどろどろと煮詰まったそれこそが、DIOに向けるに相応しいものだと、京一郎は確信を持ってそのように言う。

京一郎はDIOを産み落としたものであるが、それ以前に、京一郎をこの世界に引き摺り落としたのはDIOであるから。それを繋ぐのは執着と、憎悪と、悦楽と、怨恨と、愛と。そのように。

それでいい。それがいい。

 

「……シよ?」

「おい、!」

「あれだけじゃア満足出来ないの」

 

後の言葉を口付けに隠して、侍るように淫魔は嗤う。

 

「無理なら俺が上でもいいよ」

「誰が、」

「うふふ!ならちゃあんと勃たせてね……」

 

しとりと濡れた髪を掻き上げて、京一郎はくつくつと笑う。

腰を揺らし、惜しげも無くその肉を晒して。

舌舐りをする。

 

「あいしてる」

 

 

 

町を歩く。今は人の身とはいえ日中は太陽が眩しくてたまらない。街並みの様子、空気の匂い、全てが馴染みの薄い環境。夜の間はまだ気が紛れる。

奴の故郷と同質にして異なる、極東の日本という島国。

……あまりに平凡。あまりに平穏。血の匂いも荒々しい喧騒もない。夜の匂いすらも違う異国は、いつまで経っても慣れる気がしない。

奴の言う“暇潰し”がどれだけの価値があるか、どれだけの時間かかるのか、奴は決して口にはしない。奴のスタンドが奴に何かを囁いている所を頻繁に見るので、“記憶”関連で良からぬ事を吹き込まれているのかと疑っている。それも愛嬌且つある種の崇拝の証だと奴は笑うのだろうが。

風が髪を揺らす。花の匂いの香る異国の春。

この微温湯のようなそれに浸って何年が無駄に過ぎただろうか。嗚呼そうだ、この時間は無駄だ。無為に、時間だけが過ぎていく。肩の痣が疼く。奴がいる。このおれを上回り破滅させた星の末裔が。

殺せと内側で獣が唸る。老いた奴など今のおれでも殺せる筈だ。

体内の熱を吐き出す。それすら闇に包まれた空に溶けていく。それすら気に食わなくて舌打ちをした。

腐りそうだ。腐り落ちて、グズグズに溶けてしまいそうだ。

……腹が減る。飢えが止まらない。奴を喰らいたい。自分を温く蕩かす奴の肉を貪りたい。

飢えはあの淫魔に向いていた。向けさせられた、ともいう。耐えろと京一郎は声に出さずにそう言っている。そうすれば無聊を慰める程度の娯楽(甘い蜜)を味わえると。

時は来るのだ。その時まで。

自分のこの飢えを癒すのは、天国の存在以外に有り得はしない。

天敵(星の一族)を殺す事でも、肉欲(京一郎)に溺れる事でも、それを埋める事は決してない。まるで自分に言い聞かせるようなその思考に気付いて、不愉快を吐き散らした。

確かめるように、輪郭をなぞる。おれは変わっちゃあいない。変わっちゃあいないのだ。

決して。何ひとつ。

 

 

 

 




誤字報告お待ちしております(他力本願)


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第38話

 

空条承太郎が東方仗助の元を訪れた事を、そして見事片桐安十郎───通称アンジェロ───を打ち倒した事を、京一郎は日本にある片田舎の街にも蔓延る目によって抜かりなく知っていた。依然変わりなく無造作に動き回る彼は会えても会えなくてもどちらでもなどと、運命、或いはスタンド使いの法則による導きに従って街を放浪している。演出は自分の仕事では無いと笑って。信じてもいない運命なんぞに身を任せるなど京一郎にとっては悪ふざけの一種でしかなく、本気ではない。

お蔭で京一郎はちゃんと杜王町の住人として近隣住民を含め他の住民に認められているし、その息子達も密やかではあるものの、存外しっかりと京一郎の子息として見られている。

 

 

スタンド使いはスタンド使いにやがて引かれ合う。

彼と出会ったのは、予想外と言えば予想外。けれど想定の範囲内だった。

切っ掛けなどありふれたもの。物語の導入とは時にチープで“ちゃち”なものだ。

 

 

 

「───あら」

 

夜も更けた頃。子供たちを寝かしつけて、眠らぬ淫魔は散歩に出た。

暗い夜道の傍らで、男が立っている。電灯に僅かに照らされたその後ろ姿は俯いているようで、……否、地面に倒れ伏す人影を見下ろしている。

血の匂い。明らかに致死に近い量の噎せ返る臭気に、京一郎は目を細めた。

漏れ出た声に男が振り返った。

きっちりと几帳面に髪を纏めたガタイのいい学生服の男。その手には古びた弓矢が握られている。

 

「……───見たな」

 

ざざざ。風の音では無い、ざわめき。或いは雑踏とも呼べる規則的な物音。男と京一郎の間に横たわる、不可視の小さな軍隊(スタンド像)

くすくすと京一郎は笑う。

 

「ええそうね。見えているわ(・・・・・・)

 

放たれた小さな弾丸の嵐は京一郎を穿つ事はなかった。

 

「ッ!?何処に、」

「此処」

 

気配無く、声と共にその腕が男の首に回される。

 

「手が早いのね。だけど不用心なこと……」

 

息が吹きかかる程に近い距離。甘く空気を震わせる暗幕の声音。

 

「貴様……スタンド使いかッ!」

「そういうキミは、この町でスタンド使いを量産してる犯人さんかしら」

 

するりと太い首筋を指で撫でると、男はびくりと身体を震わせた。流石に人体の急所を見知らぬ男に触れられれば危機感も湧くというものだろう、じとりと季節外れの汗が滲む。

 

「油断したでしょう?目の前にスタンドが現れたのに無反応だったから。目撃してしまった唯の不幸な一般人だって。標的を前にして瞬きしたでしょう。仕留める瞬間がいちばん油断してはいけないところなのに」

「……ッ」

 

甘やかに、夜を彷彿させるように囁かれる声にも頑なな男を息だけで嗤って、京一郎は腕を解く。同時、男は京一郎から跳び退った。

 

「……何をした。どうやって避けた」

「瞬きと同時にキミの背後に跳んだだけ」

 

瞬きの一瞬だけ、眠りの力を使ったけれど。それ以外は何も。

京一郎は眉根を下げて、仕方ない子でも見るようにくすくすと笑う。馬鹿正直に全て教える筈もなく。

 

「別に、通報しようだとか手を出そうとか探していたとか、そういう訳ではないのよ?見てしまったのは本当に偶然」

「信じるとでも思っているのか」

「信じずとも事実だもの。スタンド使いが増えようと、その過程で人がどれだけ死のうと、興味が無い。……ああでも、キミには興味があるかもしれないね」

 

小さな軍隊が目の前を、後ろを、取り囲むようにして配置されながらも。無防備に京一郎は微笑んでいる。

 

「どうしてそんな事をしているの?愉快犯には見えないし、欲しい能力者でもいるのかしらね」

 

うっとりと、しどけなく。夜に溶け込む美しく淫らに笑う様は、とても人間とは思えない。性別すらひと息に飛び越し、男の真意を無遠慮に穿った。

生かしてはおけないと男が腕に力を入れたところで、京一郎はくすくすと笑い、しぃ、と指を赤い唇に当てる。

 

「あまり派手には動けないの。でしょう?私も、キミも」

「……」

「家の人に黙って外に出てしまったし、見なかった事にしましょ?お互いの為に」

 

これ以上は分水嶺。戦うも抗うも人の目に付く。京一郎の一連の立ち回りは静かなものだったが、男が強行すればそれも無くなるだろう。まだ、事を荒立てる時期では無い。少なくとも今は。

 

「……おれの邪魔をしないと此処で明言出来るのならば」

「良いでしょう。“私は何も見なかった”。私の魂に誓いましょう……契約書にでも認めましょうか?」

「要らん。おれの邪魔をしたと判断したその瞬間に、貴様が穴だらけになるだけだ」

「ウフフ……キミはとても怖い人ね」

 

京一郎は男に見えるように自身の身体に重ねたスタンドを解く。

それを見た男も、潜めていた伏兵を影から戻した。

そのまま背を向けた男に、京一郎は風の音に掻き消される程に小さく囁く。

 

「キミの願い、叶うといいね」

 

 

 

 

 

 

───これは、走馬灯だ。

 

 

夜毎、男───虹村形兆は、妖しく嗤う悪夢のような男と会うようになる。形兆はその男の名を知らないし、男もまた形兆の名を知らないまま。

毎回という訳ではなく、形兆が“成功”した時は現れず、決まって“失敗”した時にのみ。まるで死の匂いを嗅ぎつけたかのように。

 

「キミに大切なモノはある?」

 

 

───突き飛ばす。次いで、身体を走る衝撃。致命的なソレを喰らうまでの、瞬き程の間隙。

 

 

 

通算n回目。最早正確な数など覚えていなかった。それは形兆の失敗の数だ。

男は無視をする形兆に構わず話し掛け続ける。応じなければだらだらとその後を着いてくるので、形兆は仕方なく男の言葉に言葉を返す。損にも得にもならない、戯言。

真っ当でなくなった父親を殺す為。覚悟はあった。やり遂げると決意した。だってもううんざりだったのだ。やり切れない。不死の醜い化け物と化した惨めな父を、どうにかして殺してやらなければならない。そうでなくては、自分はいつまで経っても縛られたままだ。

けれど、終わらない。求めるモノが見付からない。形兆の願いは叶わない。

それで諦められる程形兆は柔軟ではなかったし、それをするにはもう遅かった。彼はもう、多くを殺し過ぎている。

ヒトを殺す為に他人(ヒト)を殺し続ける日々は、痛みに鈍った形兆の心に浅く傷を作り続けている。

 

「譲れないモノの為にキミはヒトのいのちを摘み取っているのでしょう?───キミに大切なモノはある?」

 

そこに目をつけない京一郎ではない。だって、彼は他者のいのちを啜る淫魔なので。

 

人を殺害した余韻を帯びた形兆に、男は恐れもせずに声をかける。

時に無垢な少女のように。

時に男に狂った女のように。

時に歳食って老いた男のように。

 

そのブルーを帯びた黒真珠は愉悦に弧を描いている。

また、突拍子のない事だった。男はいつもそうだ。

“いつも”、などと無意識にその言葉を選んでしまう程、形兆は男に付き纏われていた。男は形兆と遭遇してしまう事は偶然だと(のたま)っていたが怪しいものだ。

どうであれ実際は趣味の悪い遊びに他ならない。

ちらりと薄汚れたコンクリートの建物を見遣り、男はその血のように赤い唇をにやりと歪める。いやらしい、と印象を受けるだろうその仕草には、普通に生きていれば身に付かない艶と、おぞましい程の色香が滲む。

 

「キミは今何を考えた(思った)かな」

 

男は問いに答えは求めていない。けれど、その思い浮かべて“しまった”それは、形兆の“願い”そのものではなく、その“願い”を決定づけた“理由”の方だ。けれどそれは理由のひとつでしかない。

満杯のグラスの水に、あと1滴を垂らした、そのたった1滴の水(後押し)でしかない。

 

怒声と、悲鳴。

泣き声。

物音。

何かが壊れる音。それは家の中から聞こえたのか、自分の中から聞こえたのか、覚えていないけれど。

何かが折れる音。足音。啜り泣き。

 

───形兆はかぶりを振る。もう、止まれないのだ。

惑わせる男の声を振り払うように。ギロリと男を睨む。内心の動揺を見せぬよう、無駄な事を話すなとでも言うように。

 

「嗚呼、そんな怖い顔をするなよ……男前が台無しよ」

「その薄汚ぇ口を閉じろ」

「うふふ!随分かわいい反応をくれるね」

 

舌打ちする。

 

「忘れさせてあげようか」

「……なんだと」

「苛む情も、煩わしい記憶も、疼く心も。そうしたらキミは自由になれる?」

 

侍るような言動で、愛らしく首を傾げて、無邪気に邪気のある提案を目の前に吊り下げる。

 

「貴様……おれを怒らせたいのか」

「ああ!そんなつもりはなくってよ。気に障った?許してちょうだい」

 

もし是と言っても冗談だと取り上げる癖に、よくも白々しく、踏み躙るような真似をしてくれる。

 

「譲れぬモノを持つ者は強いよ。キミはまだ若いけれど。それに振れぬ精神が……黄金のような魂があれば。キミはきっと、誰にも負けない」

 

黄金、などと。

血に濡れたおれに言うのか。

 

「私は囁くだけ。折れぬと知って、私は問いかけるだけ。私はヒトの心の弱さに付け入る悪夢そのもの」

「……」

「さっきの提案は冗談だけど。ほんのひとときだけ、忘れてしまってもいいとは思っているよ」

 

どうだろうか、と。悪夢は耳元で囁く。

切れ掛けの電灯の下で、冷たい熱が形兆の肌にひたりと触れる。

 

 

 

「希望はある。すぐ傍にね。けれど、それに気付く時には死神が鎌を振りかざしているから、気を付けて。運命はそれを運ぶのよ」

 

 

 

───走馬灯を見ていた。

 

 

 

 

 

 

「帰ったか」

「アラ、眠っていなかったの?」

 

もうこんなにも日が登っているのに。

京一郎は悪びれずに朗らかに、夜の1滴を滲ませて笑う。

 

「……臭う」

「ンフフ!犬みてぇ」

「シャワーを浴びてこい」

「上書きする、とは言ってくれねぇの」

「風呂の後だ。望み通り仕置してやる」

「きゃあ。素敵ね、どんな仕置をしてくれるのか……楽しみだ」

 

 

 

 

 

 

鈍い音が足元からした。珍しく彼と歩いていた昼間の事だ。

不愉快そうに眉根を寄せた彼の足元から少し先の道にかけて、赤が線を描いている。ズタボロの袋からはか細い鳴き声と、溢れ出る血が流れている。

 

「ム……」

「あら……子猫かな。あんな袋に詰められて道端に放置だなんて……」

 

気配がなくて気付かなかったのだろう。ちょうど、彼は俺に気を取られて意識を逸らしていた。俺も、勿論気付かなかった。

 

「ああ〜〜やっちまったなァ兄ちゃん」

 

ベンチに腰かける不良然とした青年が態とらしく眉根を下げて哀れんでいる。

 

「今のはしょうがねぇよ、事故だよ。あんな道のど真ん中に、罪のねぇ子ネコを袋に入れて捨てとく奴が悪ぃのさ」

「……」

「まあ……大変。無事かしら……」

 

そう言いながら袋に近寄る俺にもう死んじまってるさと声を掛ける青年……を、じっと見つめる彼。

それにタジタジしながらも引き攣る口元を引き締めるのを横目に拾い上げる。

 

「おや、」

「中は見ねぇ方がいい……あんな勢いだったんだ。きっと骨もバキバキで、目ん玉も飛び出してら。……おれのさぁ〜……ネコだったんだよ……捜してたんだ……声を聞きゃあわかるのさ。漸く見付けたと思ったんだ……それがよォ……見付けたと思ったら、お前さんが蹴り飛ばしてたとこだったんだよなァ〜……!」

「で?」

「?!い、慰謝料払えやコラ!!おめぇはおれの猫を殺した猫殺しだッ!この落とし前はゼニで払ってくれなきゃあなあッ?!」

「あのゴミが貴様のネコである確証はあるのか?」

「ごっ……ゴミだとォ?!こ、このおれが随分面倒見てた子ネコがゴミだと言ったんかテメェ?!」

 

聞くも涙語るも涙な子ネコと青年の青春話をしらっとした顔で聞き、だから?と目を弓形にして笑う彼に、青年は何も言えずに口をパクパクとさせて、身体中汗みずくにして、遂に沈黙した。

 

「ざ、罪悪感が……欠片もねぇ……だと……?と、とんだ人でなしじゃあねぇか……!」

 

そうして音が付く程にこちらを振り向くので、にっこりと微笑んで手を振る。片手に血の滴る袋を引っ提げて。

 

「ひィ……?!」

「“罪悪感”……それがキミのスタンドのトリガーか」

「な、なん……まさか、テメェもスタンド使いかよ?!」

 

この町に何人いるんだ!と堪らず叫ぶ青年には常習性を感じ取る。……まア、知っていたけれど。

 

「生きたモノが入っているならアレなら分かる。血の匂いもネコのものではないしな」

「血……?!」

「さて……キミのスタンド能力……詳しく聞かせてもらおうか……」

 

あは。帝王モードじゃん。

 

 

 

すっかり吐かされた小林玉美はほうぼうのていで逃げ出した。

 

「要らなかったのか?」

「あんな木っ端など要らん」

「そーお?」

「生温い町の生温いスタンドだ。罪悪感をトリガーに発動する重み如き。足元に置いておくだけ無駄、リスクにしかならん」

「フフ。そうねエ……たったあれだけで自分の事をペラペラと話してしまうのだから、きっとチョットの暴力で色んな事を吐いてしまうだろう。直ぐに足がつきそうだ」

 

袋の中から取り出したぬいぐるみに笑う。

 

「子猫いっぴきすら殺せない小物は、おまえには似合わないね」

「おまえが言えた事か」

「ンフフ」

 

人を喰らう(殺す)吸血鬼と、人を喰らう(殺す)淫魔には。

 

「散歩の続きをしようか」

 

この先、霊園の近くに新しく出来たイタリアンレストランがあるんだって。

 

 

 

 

 

 

トラサルディーという名のイタリアンレストランはテーブルが僅か2つしかない。しかも変わった事にメニュー表はなく、入口にある本日のメニューにはお客様次第、とある。

 

「此処はシェフ兼店長のトニオが1人で営んでいるトラットリアだから、席は2つしかない」

「来た事があるのか?」

「1度だけね」

 

含みのある笑みを乗せた京一郎を気味悪げに見たDIOはレストランのドアを開ける。

 

「……」

「どう?結構良さそうでしょう?」

 

品のある店内に調和の取れた調度品。けれど何処か暖かみもある。目の肥えた京一郎も満足のそれにDIOも口を閉じる。

 

「いらっしゃいマセ……おや、京一郎サン。また来ていただけたんデスね」

「ええ、この間ぶりね。とても楽しい時間だったから、是非彼とも来たくてね」

「左様でシタか。それはとても光栄デス」

 

イタリア訛りのある日本語に京一郎はにこにこと微笑む。

椅子を引いて席に座らせたトニオに京一郎は両掌を差し出す。

 

「……?」

「見たでしょう?本日のメニューは“お客様次第”」

「おや、サプライズですカ?」

「そう。人生には時には驚き(スパイス)が必要でしょう?」

「はは!確かに、料理と一緒デスね」

 

初めと変わらず健康デスね、けれど少し栄養不足でしょうカ。そう続いた言葉にDIOは口を開く。

 

「手を見るだけで分かるのか?」

「はい。ワタシは両手をみれば肉体全てがわかりまス」

「……ほう」

「さ、アナタも手を」

 

その言葉にDIOも両手を差し出す。

 

「フゥーむ……アナタもとても健康でスね。けれど……眼精疲労ありマスか?」

「ア、また夜通し読書したでしょう」

「……」

「アナタも少し栄養不足ですネ。いや、珍しい……ここまで健康な肉体を維持しているお客様がお2人も」

 

良い事です、と人の良さの滲む笑みを浮かべたトニオは喜ばしいと微笑み、腕が鳴ると口にして厨房へ向かう。

 

「良い人だろ」

「……ふん」

 

そうして、DIOは手元の水を何口か飲んで、咄嗟に口を押さえる。がちゃん、とグラスが傾いたのを、京一郎のスタンドの腕が支えた。

 

「はっ……?!勝手に、……!」

「ああ、ホラ……ハンカチあげる」

 

自分の意思とは関係無しに眼球から溢れる涙を、身を乗り出した京一郎に拭われる。

 

「なん、だ、これは……」

「わあ。ちょっと眼球しぼんだ?涙目で可愛い」

「……煩いぞ」

 

少量且つ短時間で止まった落涙に京一郎はくすくすと声を潜ませて笑った。

 

「ウフフ」

「スタンドか……」

「多分ね?」

 

おまえはまだ少し人間のままだから、この水でも効果が出るのね。

濡れたハンカチを仕舞った京一郎も水を嚥下する。

 

「トニオはお客に快適な気持ちで帰ってもらえるように料理を出すんだ」

「その通りデス」

 

前菜(アンティパスト)を手にやってきたトニオはにこやかに京一郎とDIOの前に皿を並べた。

 

「こちら、サーモンと塩漬け肉とチーズの盛り合わせデス」

 

栄養たっぷりデスヨ!

トニオに促されるようにしてフォークを手に取る。

 

「ん〜……相変わらず良い腕してる♡」

「ありがとうございマス」

「彼とは少し違うのね?」

「ええ。お2人では必要な栄養素が異なりマスので……と言うよりも、吸収しやすいモノが異なる……と、申しマスか」

「因みにそれはどういったモノ?」

「それは、企業秘密というコトで……」

「アラ、そうね。不躾だったわ、これはトニオの努力の結晶だものね」

「フフ……ありがとうございマス」

 

それぞれでも美味しいが、適度に塩抜きされた肉はチーズにも最適だ。特に、掛けられたソースが。

 

「では、ワタシは第一の皿(プリモ・ピアット)の準備がありマスので……」

「ウン」

 

トニオを見送った京一郎もうひと口料理を口に入れる。

 

「知っているのか?」

「いいや。トニオは唯選んでいるだけ」

 

足りない栄養素を効率良く取れるように、よく似たものを選び取っている。

 

「スタンドで付与している……?いや、スタンドが料理に入っているのか」

「あは。あまり気難しく考えないで……料理を楽しもうぜ?」

「呑気な……」

 

続いて、パスタの皿がスープの器と共に来る。手打ち平麺のクリームパスタと野菜のミネストローネ。

 

「美味しい」

「……、はあ。……そうだな」

「お、諦めた?」

「おまえを見ていると馬鹿らしくなった」

「含みを感じるぞ?失礼だな」

 

 

 

トニオはただ、お客に料理を楽しんでもらって、快適になってもらいたいだけなのだ。料理人にとってそれ以外にはないと、それが彼にとっての生き甲斐なのだと。本当にただそれだけ。

 

「トニオは根っからの料理人だね」

「そうデスね……ワタシには料理しかありませんから」

 

第二の皿(セコンド・ピアット)である牛肉のタリアータ。焼いた牛肉をスライスしたものにバルサミコソースをかけて、ルッコラやチーズを和えた料理だ。

それもぺろりと平らげ、ドルチェのチョコレートのタルトにフォークを刺し込んで。

 

「ああ、本当に美味しかった。身体の底から満たされるヒトの食事はあまりないから……」

 

口に出さずとも、DIOもそれに同意だ。

まさかこの世に───吸血鬼や淫魔の肉体を満たすものが、人間の食べる料理の形をしているものとしてあるとは。

 

「ワタシも修行が足りマセン。コースの品目、少し多かったデしょう?」

「いいのよ、これくらいが食いでがあって丁度いい」

 

京一郎もDIOも肌艶が違うのでわかりやすい。それこそ双方を喰らいあった夜明けの頃に近いのである。

 

「私の屋敷に雇いたいくらいだけど……キミは今のまま、この料理店で、多くの人に料理を食べてもらいたいのよね」

「嬉しいお誘いデスが……」

「ウフ。ご馳走様……また来るね。今度は彼と、私の子供たちも連れて」

 

人数が多いから、予約も忘れずに。

 

「ありがとうございマシタ。またのご来店をお待ちしておりマス」

「Bye♡」

「また来る」

 

 

 

満足して、満ち足りて、帰る道すがら。

 

「おっと、ごめんね」

「あっ……すンません。……おいコラ億泰ゥ!はしゃいでんじゃねーーー!!」

 

 

 

「アレが……東方仗助か」

「凄い偶然。……今日はスタンド使いに、本当によく会う日だったな」

「“偶然”、か?」

「“本当”だ。運命だね……」

「どの口が」

 

 

 

 

 

 



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第39話

第37話★の描写に追加がしてあります。相変わらず生ぬるいですが

追記:
38話と39話の間の話を入れ忘れておりました。最新話の方に入れておりますが、こちらにも入れておきます。次回更新時、最新話の38.5話を消させて頂きます。……ご迷惑おかけしております……。


 

 

「ジョセフ・ジョースターが日本に来る?」

 

あの人ボケてなかったっけ。

動かしていた手を止めて首を傾げる。

 

「キミが言うンだから、確かな事だろうけれど」

 

アメリカからそれを伝えに飛んできたんだから、褒めてあげないと。視線を合わせずに作業を再開する。触れないで、と幼子に言うように言い聞かせて。

 

「ふぅ……そうなると、また事が大きく動くね」

 

電気そのものになれる『レッド・ホット・チリ・ペッパー』というスタンドの事、スタンドの弓矢の行方の事。

 

「ねぇ、私のオネガイ……聞いてくれる?」

 

聞いてくれるなら、これ(・・)だけではなくて……私の身体に触れる事を許してあげる。

 

 

 

「今度は何の悪巧みをしている?」

「やだ、そんな。悪巧みだなんて、はしたないわ」

「おまえが誤魔化す時は、おれにも他の有象無象と同じ口調で話す」

「……よく観察してるな」

 

シャワー上がりに遭遇して、そのように言われてしまえば装う価値もない。暑くて着崩した服をはだけさせたまま、壁に凭れて腕を組む。

 

「ジョセフが来日する」

「!」

「それを護衛する人員に友人が立候補するから、迎えに行こうと思ってな」

 

と、そこまで口にすれば、彼ならば分かるだろう。

 

「極秘だろう」

「偶然会うンだよ」

「は。また“偶然”か」

「俺はどうやって日本に来るか知らない」

 

マ、予想はつくが。

 

「海路か」

「あの飛行機運じゃあな……普通に無理だろうよ」

 

ジョセフが生まれてから10年前のあの旅まで、どれだけの飛行機が墜ちただろうか。記録も言っている、ジョセフに空路は無理だ。年齢もあるだろうし。御歳78だったかしら。

 

「そろそろ動いたっていい頃合だ」

「引っ掻き回すだけだろう」

「結末は変わらないンだ、どう動こうが俺の自由だぜ」

「……おれに警告しただろうが」

「ああ。でももう今更だろ?……虹村形兆は死んだ。虹村億泰はおまえを知らない。東方仗助も同じだ。おまえを知っているのはSPW財団と承太郎とジョセフのみ。更に言えばSPW財団には“幾つか”目を放ってあるからその動向は詳らかだ。それを知って尚会おうと言うなら、俺に止める資格は無い」

 

その弱りきった肉で勝てると言うならそうすれば?

ズボンのポケットに突っ込んでいた煙草を咥えて火を付ける。

 

「彼らは俺の顔を、結局知る事もなかった」

 

おまえが逃がしたんだから。まァそのお蔭で、囚われになる事も保護される事もなかったのだが。

 

「そろそろもうひとつの弓と矢の持ち主も運命に導かれるだろう」

「!……もうひとつ、だと?」

「……?ああ、うん。……駄目だな、また混線していたみたいだ」

 

知らない筈の情報が頭に当然のようにある。もう慣れた事だが、多分、レディは俺が“知っていなければならない事”だと確信しているのだろう。邪魔をしないようにか、ほぼ穴あきなのだが。

はあ、と煙を吐き捨てる。

 

「……やめたんじゃあなかったのか」

「煙草?子供達の為に?……んふ、そうだなァ……まさか、おまえが子を気にするなんて」

「見当違いな事を抜かすな。おれが臭いと思っただけだ」

「他のオトコの匂いよりマシだろ」

「殺されたいならそう言え」

「ジョーダンジョーダン」

 

ふっと彼の顔に煙を吐き付ける。

 

「ッ」

「言えよ。おれ以外に触れられる事を許すなって」

「……けほっ」

「はは。おまえが言うならこんなやり方、やめてやるのに」

「……何を対価にされるか分かったもんじゃあない」

 

ははは。そうか。言わないなら、知らないな。

 

 

 

“友人”の乗った船が港に近付く。ちょうど、報告にあった『レッド・ホット・チリ・ペッパー』の本体であろう男、音石明が海へ飛び込むところだった。

傍にいる東方仗助と……おそらく、広瀬康一は、ぼんやりと海の方を眺めている。

これは……どういう状況だろう?何故無造作に、敵を監視する事なく、ぼんやりしているのだろうか。

血塗れ、だったように思う。戦闘が終了して、音石明が心を改めた……訳が無い。あのような邪悪寄りの、町の人間の命などどうでもいいッて奴。部下のダンとかラバーソールとかJ・ガイルを思い出す。足して割ったらアレになりそう。

ことりと首を傾げて、船はまだかな、と遠巻きな場所に腰掛けた。

……と。暫くして、広瀬康一が音石明がいなくなった事に気付いて大声を上げた。

 

「あッ!!あの!お姉さんッ!」

「うん?なぁに」

「(?!アレッ、男の人?!)こ、此処にいた長髪の男ッ!何処に行ったか知ってますか?!」

「……私が此処に来た時、ちょうど海に飛び込むところだったけれど……」

「そ、そんな……ッ!承太郎さんッッ!!」

 

焦りを滲ませる彼らにこてりと首を傾げて見せる。

 

「よく分からないけれど……とても大変なのね?さっきの男の子、探せばいいのかな」

「エッ?!で、出来るんですかッ?!」

「大体のところでいいのなら……伝えてくれる?船に、その事を伝えたい人がいるのよね」

「は、はい!」

「うん……じゃあ、私を信じて。彼は今……あの船の船内にいるよ。しゃがんでる。荷物でも持ってるのかな。今入ってきた人は、その男の子じゃあない。船内には……お爺さんと、若い……学生さんがいるかしら」

「じ、承太郎さん!今入っていった人は船員さんで、他に船内にいる人間が音石明ですッ!!」

「アンタ……何モンだッ!?あんな距離で、どうやってッ!」

 

警戒したように立ち上がって此方に構える仗助に、頭から被ったヴェールとサングラスを外して、ゆったりと目を細める。

 

「魂が視えるって言ったら……キミは信じてくれる?」

 

 

 

「ジャック!」

「ええ?!き、京一郎さん?!どうして此処に……」

「貴方が言ったんでしょう?今日、日本に来るって」

 

この町に直接来るとは思ってなかったのだけど、まさか本当にこの町の港で会えるなんて!……と、俺は友人にハグをして手を握る。

 

「遠くで感じていたキミの魂が近付いて来るのに気付いて、いても立ってもいられなかったの……仕事中にごめんなさい」

 

即興の演技もできるなんて、とっても良い子だね。Goodboy、流石、私の猟犬だ。

 

「詳細は秘密だって言っていたけれど、危険な仕事だって、電話口で深刻そうだったでしょう?怪我はない?キミは私の大切な友人だから……」

「も、勿論です!怪我はひとつも……」

 

仗助とジョセフの心温まる出会いの後、私は友人と先日振りの再会をしていた。まア、後ろには詳細を知りたい承太郎がいるのだが。こわぁい。

 

「もういいか」

「あっ。ごめんなさい……ジャクソン、また後で会いましょう」

「は、はい!その……お気をつけて」

「フフ!なあに、この人達は信頼出来るって言ったのはキミじゃあないの」

 

心配性だなァ。この程度軽くこなせずして、こんな所にまで出歯亀しにくる訳ないだろうに。

 

 

 

「アンタに聞きたいのは、アンタのその……魂が視えるという下りについてだが……」

「ああ……そうね。ひと口に魂と言ったけれど、それは現世に肉体を持つ魂のみ。大体は死んでしまうと同時に魂は黄泉路へ向かい消えていくから……」

 

魂の形を視て、その人の感情を読み取る事も出来る。察知範囲は……普段は視覚範囲内なら、何処でも。

尋問か。笑ってしまいそう。

 

「……アンタ。これが見えるか」

「ええ。えっと、スタンド……だったかな」

「出せるか?」

「見える、という事はそういう事でしょうに」

 

まどろっこしい。承太郎の考えている事は分かる。要するに、判断しかねているのだ。敵か味方か。スタンド使いって割と自己主張強いタイプが多いから、秘密主義な、味方になるかもしれない人間となると手荒な真似も出来ない。

 

「私は水瀬京一郎。一応、日本人ではあるよ。スタンド、と呼ばれるものはこの世界に生まれた時から傍にいたわ。彼女のお蔭で、私は今まで生きていけたの」

 

寄り添うように現れたレディに承太郎は身構える。

 

「『ホワイト・ポニー』。私の親愛なる“隣人”、私のホワイト・レディよ」

 

この杜王町で暮らしている事を伝えた俺に、承太郎は最後に、と前置きして言う。

 

「前に……私と会った事はないか」

「アラ。うふふ……貴方のような素敵な男性にそう言って貰えるなんて光栄ね。……残念だけれど、会った事はないよ(・・・)。見かけた事はあるかもしれないけれど」

 

 

 

 

音石明は承太郎と億泰の手によって丁寧に脅迫を入れた為、自ら大人しく刑務所に入ったらしい。窃盗による被害総額は5億円。スタンドもボロボロだったので、最早スタンド使いとしても再起不能だろう。使い勝手の良いスタンドだったのだが、致し方ない。

さて、俺は別途に事情聴取をSPW財団の人間に行われた。おそらく身辺調査も秘密裏にされた事だろうが、その点については心配していない。何故ならその人員は俺の“友人たち”であるから。別に俺、SPW財団に入った友人が1人しかいないとは言っていないし。

協力者としてSPW財団と手を結び、けれど彼の事が露呈した訳でも無く。俺は今日とて平穏に、杜王町で生活している。

 

 

 

───おぎゃあ、おぎゃあ!

 

「……ん?」

 

赤子の泣き声?右前方から右後方にかけて高速で走る気配に感覚を疑う。

赤子ってそんな早く動けないだろうし、母親がベビーカーでも手放したか?無責任な……。

放置しておくにも良心の痛む、悲痛な、且つ原始的な感情の訴えにそちらへ足を向ける。

そこには血の滲む溜池に沈むジョセフと仗助の姿……と、目には映らない赤子が、仗助のスタンドに抱え上げられているところだった。

 

「アラ……貴方たち、あの時の……」

「え!?あっ、あん時の!」

 

驚いた拍子に赤子が更に大きな声で泣くので、仗助は慌てて泣き止ませようと腕に赤子を抱え直す。

 

「ああほら、池から上がってきなさいな。風邪を引いてしまうわ。おじ様も……怪我をしているの?」

「く、『クレイジー・ダイヤモンド』ッ!」

 

 

 

池から這い上がってきた2人に事情を聴きながら、腕の中に赤子を抱えあげる。成程、透明だけど確かに“いる”。

 

「透明になるスタンドを持った無意識のスタンド使いの赤ちゃんを助けようとしたのね。可愛いらしいお顔の子ねぇ、」

「み、見えるんスか?!」

「忘れちゃった?私は魂の形が見えるのよ。視界のチャンネルを変えれば肉体の造形も分かるわ」

 

肉体には生命力が満ち満ちている。それ即ち魂と肉体を繋ぐ根源だ。

 

「つまりアンタがいてくれりゃあ……」

「……大変だったみたいねえ……」

 

とん、とん、と赤子をあやして、心臓の音を聞かせるようにしてやれば、赤子はすやすやと眠って、瞬く間に姿を現した。

 

「ね、眠ってる……」

「仗助くん、すまないが……この方は誰かね?」

「あ〜……っとォ……、」

 

「そういえば自己紹介がまだだったかしら。私は水瀬京一郎。スタンド使いでもあるから、事情はある程度分かるわ」

 

赤子を覗き込む仗助はふっと顔を上げて会釈する。

 

「おれは東方仗助、で、こっちにいるのが……」

「ジョセフ・ジョースターじゃ」

「おじ様は初めまして。……そして仗助くんは……改めて、久しぶりね」

「えっ?!……その、スンマセン、どっかで会ってましたっけ……?」

 

思わず噴き出すように笑ってしまったのを、手で隠して謝る。

 

「覚えていないのも無理ないわ。だって初めに会ったのはキミが5歳くらいの時だもの」

「ンン〜〜??」

「公園で、キミは体調を崩した私を気遣ってくれた……お腹の子が生まれたら仲良くしてくれるって」

「!!ああーーッ!アンタ、あン時の妊婦さん?!」

「なんと……?」

 

髪型があの時から変わらなくて、直ぐにわかったわ、なんて。

 

「相変わらずキマっててカッコイイね」

「ッ……へへ、」

「ム……失礼じゃが、お前さんは男じゃろう……?」

「ウフフ……どっちだと思います?」

 

くすくす、と悪戯げに笑ってみせる。

 

「性別なんて些細な事ですよ。私はそういった体質だった。スタンドなんて不思議なものがあるんですもの。出来ないと決めつけてしまうには、この世界はとても広いのですから」

 

携帯端末で部下に連絡して、赤子を探す親がいないかを調べさせているのだが、まだ連絡はつかない。

今日のところは育児の経験のある私か、赤子が懐いているジョセフの元で世話をするしかあるまい。

そこまでしてもらう訳には行かないらしい、赤子はジョセフが預かるつもりのようだが。……ボケたと聞いたが、先程の話から、やはり星の一族は油断ならない。けれど流石に心配というものだ。赤子の世話なんてホリィや承太郎以来だろ。せめてシッターを雇うまではいてやらないと。透明になる赤子を気味悪がらないシッターなんているかは置いておいて。

 

暫くするとSPW財団から迎えが来たのだが、赤子を離そうとしたらグズってしまったので、そのまま一緒に車へと乗り込む。流石に此処で透明になられては困ってしまうだろう。

 

「服も濡らしてしまったようじゃ。礼もしたい」

 

との事なので、お言葉に甘えて。

ジョセフは分かっているようだが、仗助にタオル代わりに貸したショールはカシミヤである。因みに今日の顔布は黒に金の刺繍の入ったフェイスベールだ。チュールの薄い生地にレースをあしらったオーダーメイド品。値段は知らないが、織り込まれた金糸は本金糸のようだし、それなりだろう。

それを濡らしたとあれば、まあ、それはそう。

 

「お気にされなくても大丈夫ですのに」

「あのォ……京一郎さんって仕事何してるんスか?部下(家の人)って……」

「色んな企業の相談役兼カウンセラーってとこかしら。こう見えて人脈はあるのよ?」

「そりゃあ、見ててわかるっつーか……」

「まあ、ありがとう」

 

目を細めて頬を綻ばせる。照れたように耳を赤くして不自然に視線を逸らす彼は本当に愛らしい。

 

「ジョセフさんと承太郎さんはどうしてこの町へ?」

「あ〜……その、承太郎さんはおれと血が繋がっている関係と……その、最近スタンド使いが増えてて……ジョースターさんは京一郎さんに見付けてもらった音石明を探す為に───」

「ああ……確かに。私も会った事あるわ、キミたち以外のスタンド使い」

「えっ」

「ネコのぬいぐるみで悪さする青年と、イタリアンレストランの店主さん」

「あっ、あ〜〜……」

 

 

 

 

 

到着したのは承太郎の滞在先である杜王グランドホテルであった。どうやら急遽ジョセフは此処に宿泊をする事にしたらしい。ジョセフがいなければ赤子はそこらじゅうの物を透明にしてしまう。……俺はほら、彼程は信頼されては居ないけれど。一応母だからね。彼女をしっかり見つけられるし、彼女の目をしっかりと見つめられる。欲しいものも感情を読めば分かる事だし。シッターとしては最上だろ。

予約していた訳でもないので直ぐに案内される筈もなく、予約は1週間先だというので、仕方なく俺の名前を出してホテルのオーナーにお願いしてVIPを開かせたという訳。相手は不動産王だし、かなり大口の顧客だし、オーナーは俺の猟犬なので。

……また集会開かないとだな……彼、俺を悪魔()として崇めたい派閥だったし。対価はそれでいいだろ。

 

「クリーニング、本当にお願いしてもよろしかったの?」

「構わない」

 

部屋の準備をしている間に承太郎が連絡を受けて、取り敢えず自分の部屋に招いてくれた。流石に半分濡れた状態でそのままなのはどうかと思ったらしい。

ジョセフは持ってきていた服を、俺と仗助は態々買ったのだろう渡された服を手にしていた。

 

「仗助、それは……」

「京一郎さんから借りたんス!タオル代わりにって」

「……最高級のカシミヤ製だぞ。30万はする」

「……はあああっ?!?!」

「言わなくたって……」

 

無造作に肩に掛けてたものね。スポーツで使うみたいに。

あの溜池はジョセフの血で滲んでいたから、今では斑な茶褐色に染色されている。

 

「ジョセフさんも言わなかったのに」

「それは悪かった。……ジジイはあまり気にしねぇからな」

「き、京一郎さぁん……」

「いいのよォ。どうせ貰い物だもの」

 

そんな物より、早く着替えてしまいなさいな。そう言って自分もシャツを取り替える。

 

「……仗助くんはなんでそんなに大仰に目を逸らすの?」

「い、いやあ、何となく……」

 

 

 

「ジジイと仗助が世話になったな」

「気にしないで。勝手に首を突っ込んだのは私だもの」

 

───水瀬京一郎。20代に見えるが実年齢は37。8年前に日本の杜王町へ移住した。血の繋がらない養子が4人いる。世界各地を旅して周っていた経歴アリ。その際に人脈を広げ、その審美眼により多くの企業の外部相談役兼カウンセラーとして生活しており、多くの芸術家や創作家のパトロンとして積極的に支援をしている。

スタンドは『ホワイト・ポニー』。常時魂を視認する能力を保有しているが、スタンド自体の能力の真価は不明。

日本人だが母親がコーカソイド系のハーフらしく、京一郎自身はクォーターにあたる。両親とは絶縁状態の上、双方死亡している。詳細不明。

 

その実態の殆どが不明、且つ不自然だった。

何せ8年前以前の記録があやふやなのだ。大病を患っていたから、というにはあまりにも記録が無さ過ぎる。

8年前。当時29であった京一郎は、一体何処で何をしていたのか。

 

「私の事が気になるのかしら。視線が擽ったいわ」

 

青の滲む掠れたような墨色の目が細められる。

 

「謎めいている方が魅力的に見えない?」

「……」

「ウフフ。奥さんいらっしゃる?一途ねえ」

「……私はひと言もそれを言った事はないが」

「そういった勘は働くのよ、私」

 

……此方が調べているように、彼にもそのようなツテがある、という事か。

野暮ねえ、と京一郎は口の中で転がすようにボヤく。

 

「“俺”は友人の多いだけの男だよ」

「それが本性か」

「どれもこれも、これが私のありのままの姿よ……なんて、キミはそれだけでは誤魔化されてはくれないか」

 

何もしないよ。この町の事、今の暮らし。気に入っているの。

 

「確かに、私の元には多くの情報は集まるわ。けれどその殆どは噂話のようなもの。別に意図して集めている訳ではないわ。世界的にも有名よ?ジョースターと、SPW財団の名は。……この力について、そりゃあ気にするわ。生まれ持った、他とは違う力。深くは知ろうとは思わないけれど、記憶力はいいの」

「DIO……という男を知っているか」

「嗚呼、知っているわ。けれど、知っているだけね。12年前突然現れて、情勢を荒らすだけ荒らして、2年程で忽然と消えた。大きな惨劇を世界中に撒き散らしてね」

 

嘘はない。だが、あまりに他人行儀だ。

 

「そのDIOという彼もスタンド使いだったのね。納得だわ」

 

そして、感情の波が少な過ぎる。

肉体の反応にも、精神にも、揺らぎがない。奇妙な程に。

 

「まァ、そんな事は最早どうでもいいわ。もういないのでしょう?その彼」

「……ああ」

「何を調べようとしているのかは知らないけれど、私で良ければ協力するわ。助けになるかも分からないけれど」

「何故?」

「何故って、言ったでしょう?私は今の暮らしが気に入っているの」

 

そうして、京一郎は朗らかに。少女のように破顔した。

 

「契約料に私の能力の訂正をさせてもらうわ。私の感知範囲内は肉体の欠損をしない程度なら、日本国内全域ね」

 

スタンドの射程距離は10m程度だけどね。

 

「……末恐ろしい男だな、おまえは」

「お褒めに預かり光栄だわ。……スタンド能力自体は……もっと仲良くなってから教えてあげる」

 

 

 

月末、仗助はクレジットカードの高額な請求書に絶叫したという。

 

 

 

 

 

 

「……!」

 

頁を捲る手が止まる。魂が驚きにひとつ、波打った。

何処かを見ているかのような、虚空を一点に見つめる様子を不思議に思って声を掛ける。

 

「ディオ。……どうかした?」

「……今。時が止められた」

「……承太郎か」

 

俺の言葉に眉根を寄せる。いつの間にか、ディオの手にあった本は閉じられていた。

 

「……、……断続的だな。それもたった1秒程度、か。……フハッ!……衰えたな、承太郎……ッ!」

「ンー……戦闘中って事かな」

 

音石明は捕まったというのに、町の範囲内で何を相手にしているのやら。

 

「気になる?」

「……」

「今が好機?会いに行って……フフ、殺してしまう?」

 

俺の声に先程の高揚を消し去って、ディオは視線をちらと向け、逸らした。

 

「おまえは自分の手で因縁に終止符を打ちたいんだろう。今行って、殺せる?フフ。時止めも練習してないのに」

「止めれば察知されると言ったのはおまえの方だろうが」

「そうだな。だが事実だ。別に俺はそう言っただけで、やめておけとは言っていない」

 

鼻白んだようにディオは眉間に皺を寄せて、再び本の頁を開く。

 

「時期尚早だ。せめてこの身が吸血鬼として完成するまでは」

「その体が20前後になる頃には為るよ」

「……おれが石仮面を被った時か」

「そういう事♡肉体の最盛期に近い方が何かと都合がいいだろ」

 

それに、因果は繋がっている。おまえがおまえであり続けるならば必然的に。

 

 

 

 

 

 

「ママ!岸辺露伴がこの町にいるってホント?!」

 

ウンガロがぱたぱたと部屋に駆け込んでくる。目をキラキラさせて、その手にジャンプの本誌を抱えて。

 

「まあウンガロ、ママすっごく驚いたわ。そんなに大慌てで、転けちゃったら危ないわよ」

「あ、……えへへ。ごめんなさい、ママ」

 

膝に抱き着いて、にこにことウンガロが頭を撫でる俺の手に擦り寄ってくる。ウーン可愛い。

 

「せめてノックしてから入れよウンガロー」

「わ、わかってるって!」

「ウフフ。ウンガロもお菓子食べる?」

「食べる!」

「ドナテロ、お茶の用意をお願いしてもいいかしら?」

「ママが言うなら、いいよ」

 

今この時間は定期的なドナテロとのお茶会の時間だ。そこにリキエルが座るのもいつもの事で、偶に俺が起きているディオを引っ張ってきたりする。

テーブルに並んだ色とりどりのお菓子はドナテロがカタログから選んで取り寄せたもの。大人ぶって俺の好みの茶菓子を揃えようとするので、その度に自分の好きな物にしなさいと言うのだが、ドナテロはママに楽しんで欲しいのと頬を膨らせて言うので。本当に愛らしい子だ。

 

「ウンガロ、ママの膝ズルい!」

「そう言うなら今度からママの膝に座るんだな!」

「こーら、喧嘩しないの」

「「はーい」」

 

柔い声で諌めれば素直に良い子の返事をするので。

 

「……じゃなくて!岸辺露伴!」

「“ピンクダークの少年”よね?ママも好きよ」

「えへへ、知ってる!」

「今の“好き”、は漫画の事だよ、ウンガロ」

「わかってるし!」

 

傍のサイドテーブルに置いた雑誌を見遣り、そういえばその“ピンクダークの少年”は1ヶ月少し休載するのだったかと思い出す。

 

「じゃなくてぇ〜ッ!」

「フフ!フフフ……ごめんなさい、ウンガロ。ちょっと楽しくなってきちゃって……」

「ママの意地悪ッ」

「ごめんね、許してちょうだい……ママが悪かったわ」

「……。……お菓子、アレ……あーんしてくれたらゆるす」

「これね?……はい、ウンガロ。あーん」

「あー、んん。んー」

「どうかしら、許してくれる?」

「ん〜、ふふ!ゆるしてあげる!」

「嬉しいわ、ありがとうウンガロ」

 

ちゅ、とウンガロの額に口付けると、ウンガロはすっかり機嫌を良くしたようだ。

 

「その岸辺露伴がこの町にいるって、どうして気付いたの?教えてなかったわよね?」

「えー……っとねぇ、えへへ……」

「ウンガロ?」

「……、……スタンド使って」

「そーいえば最近ウンガロずっと絵描いてたよね〜。完成したんだァ」

 

ウンガロのスタンド、『ボヘミアン・ラブソディー』は既存の漫画や絵画のキャラクターを実在化させる能力だ。その物語のキャラクターは物語に沿った行動を行ない、最後にはそのような結末を迎えて元に戻る。……が、その真価はその先だ。実在化したキャラクターに心を惹かれた者の魂を分離させ、そのキャラクターの行動に沿って行動させる。結末まで迎えるとその物語がどんな結末であれ、演じきった後の魂は行方不明となる。つまり残った肉体は死亡するのである。……因みに、実在化したキャラクターは一般人にも目視できる。

 

「遊んでたのね?誰にも見られてない?」

「うん……」

「ごめんなさいできる?」

「うん……ごめんなさい、ママ」

「はい、許します。ごめんなさい出来て良い子ね、ウンガロ。スタンドで遊ぶのはお家だけにしましょう?それか、ママが良いって言った時だけ。ね?」

「うん!」

「それで、どんな絵を描いたの?」

「えっとね、スパイの絵!普段は普通のカッコで町に潜むクールな情報屋でね、殺しはしないの。でね、最後に見た物を依頼人に報告してクールに夜の黒に消えるの」

「かっこいいのねぇ、後でママにも見せてくれる?」

「いいよぉ〜!」

 

外の様子が気になったのか、アニメの影響か、漫画の影響か。そういう使い方も出来るようにするとは。物語の……そう、“依頼を受けて報告する”、の下りは敢えて曖昧にしたのだろう。確固とした設定がないという事は存在が揺らぎやすく消滅し易い(脆い)代わりに自由を利かせられる、と。流石は俺の子だ。無意識か意識的か、どちらにせよ柔軟で強か。

そして、他に損益が生じない範囲内でならごめんなさいで許されると分かっている狡い子だ。良いよ、その程度の悪戯許してあげるとも。この町は行方不明者が多いし、少しくらいなら目撃者も死体も消してあげられるだろうしな。

 

「そうしたら、岸辺露伴を見かけたっていうのかしら」

「そう!新年特大号の表紙ソックリ!傍にいた高校生?も露伴先生って言ってたから間違いないよ!」

「凄いわねぇ」

「〜〜ッ!!ぼくだってそれくらい出来るもん!」

 

向かいで静かだったドナテロが大声を上げて立ち上がる。隣のリキエルがびっくりした顔でカップを揺らしてお茶が少し零れた。ドナテロの後ろに現れたレディが、あらあらといった顔でテーブルで揺れたティーポットを押さえる。

 

「寧ろぼくの方が早く見付けられるよ!ちゃんと暴走しないように制御出来るようになったし!射程距離も長くなった!ちゃんと欲しいもの掘り出せるようになったもん!」

 

ドナテロの『アンダー・ワールド』は、自分の望んだ過去を土中から掘り出す事が出来る。人なら記憶や経験を、物ならその物に起きた事象を、そして現象なら災害すらも。射程距離内で必ず発動し、始まったそれはドナテロすらも止められない。

 

「おれの方が強いし。漫画のスーパーマンだって出せるんだぜ?事故なんてちょちょいだよ」

「スーパーマンだって隕石には勝てないよ!」

「勝てるよ!」

「勝てない!」

「勝てる!」

「勝てないもん!」

 

ああ、涙目になって。おろおろと2人を見渡していたリキエルが助けを求めるように俺を見上げて、何を思ったのかぐっと目を瞑る。

 

「〜〜〜ッッ!!2人ともいい加減にしろ!!ママを困らせるなッッ!!」

 

ぱっとスタンドパワーが起こるとリキエルの右手に爬虫類のようなものが現れ、目にも止まらぬ速さで、何かがウンガロとドナテロの周囲を飛び回る。

 

「うわぁ?!つ、冷たい?!」

「目が開かないッ……リキエルぅ?!ごめんって、解除してぇ〜!」

 

リキエルの『スカイ・ハイ』。右腕に乗ったそれは未確認飛行物体“ロッズ”と意思疎通が出来る能力がある。……果たしてロッズに意思や自我があるのか不明なところだが。魂はあるようだが。ロッズは視認が不可能な程の高速を正確且つ自在に飛行し、動物の体温を奪って生きる生命体だ。……つまりスカイフィッシュ。前の世界でも昔取り上げられていた、写真に映り込む謎の飛行物体。

急激に体温を奪われるという事は、その部位が機能不全を起こすという事。

今リキエルがロッズにした“命令”は、ウンガロとドナテロの瞼の体温を奪う事。……リキエルはパニック障害で瞼が開かなくなる事がある。今はそこまで無いが、ストレスが重なるとやはり度々起こるのだ。今も少し瞼が落ちている。その為か否か、リキエルは医療書などを寝る前の読み聞かせに強請ったりと、勉強を欠かさない。それ故の能力行使。

 

「はい、みんなそこまで」

 

ぱん、と手を合わせる。3人の動きがぴたりと止まった。

 

「リキエル、落ち着いて……息を吸って、ゆっくり吐いて……」

「ママ、」

「大丈夫よ、リキエル。ありがとう、ママの為に怒ってくれたのね?」

「……うん」

「嬉しいわ。おいで、リキエル。ドナテロも」

 

掌でドナテロとウンガロの瞼を温めてやって、ぱちぱちと開くようになったら手を離す。

 

「スタンドは個性と同じよ。それぞれに良いところがある。どれがいちばん強いだとか、いちばん優れているとか、本当はありはしないの」

「……パパは?パパのスタンドは強いでしょ?」

「フフ……確かにパパは強いけれど、パパは承太郎に倒されたのよ?おんなじ能力を持った、パパより弱くて脆い人間にね」

 

彼のスタンドは先出しジャンケンだ。対承太郎では後出しジャンケンだったが。

 

「……相性って事?」

「十人十色って事」

 

何も戦闘力が強ければ良いという訳ではないのだ。勿論、情報収集や暗殺だけが強ければ良いという訳でもない。

 

「他を比べるより、自分がどれだけ成長出来るかを考えた方が良い。備わったスタンドは変えられないのだから」

 

確固たる意志がなければスタンドは脆くなる。柔軟な思考が無ければスタンドの成長は止まる。諦めない心からスタンドは進化するのだ。

 

「ママはウンガロのスタンドも、ドナテロのスタンドも、リキエルのスタンドも。どれも素敵だと思うわ」

 

純粋で、無垢。万華鏡のように如何様にも見え方を変えられる子供たちを、俺は愛している。

どんなに俺を心酔しても、信者らはその在り方を変えられない。

けれど子供たちにとって俺とは世界の理そのものなのだ。俺が白を黒と言えば、どうして黒なのかを自分で考えられる良い子。

それが、堪らなく愛おしい。

これから彼らは俺の元から飛び立つだろう。この箱庭から出て、この広い世界を見て、如何様に変わっていくのか。その変化をも、きっと俺は愛し続けるだろう。

 

「私はあなたたちの孵化する時を、楽しみにしているわ」

 

道を外れて枯れようとも、目覚めて遠い蒼穹を自由に飛び回ろうとも。それが彼らの結末ならば。

 

 

 

「ウンガロは岸辺露伴先生に会いたい?」

 

冷めてしまった紅茶を淹れ直し、時間は少し過ぎたけれど、ティータイムは続く。

みんなそれぞれにごめんなさいをして、良い子だと頬を撫でて、キスを落として。纏めてぎゅうぎゅうに抱き締めていれば、蕩けそうな顔でにこにこと笑う。泣いたカラスがもう笑ってる。

 

「会いたい!サインして貰うんだ!」

「いいね。私も会ってみたいと思ったところよ」

 

目を閉じる。この杜王町に範囲を絞り、その中で“スタンド使いの素養のある魂”に条件を定めて、探る。

 

「……アラ」

「どうしたの、ママ?」

「……ン……多分コレだと思うのだけど……」

 

どうして黄泉への入口に立っているのだろう?

 

 

 

 

 

 

ウンガロの憧れの先生が、漫画の続きを描く事なく失踪してしまうのは、ウンガロが悲しんでしまう。

うろうろと黄泉路で迷うふたつの魂に、迎えに行くかと腰を上げた。幽霊にだって悪人もいる。元は人間だったのだから当然だ。迷い込んだ生者を自分達の仲間にしようと手ぐすね引いている、と思うのがホラーの定石である。

或いは、その黄泉路は迷える魂をあの世へ導く機構を備えているか。そこに死者も生者も関係ない。

 

 

 

コンビニとドラッグストアの間。地図には無い、ある筈のない小道。

 

「ねえママ、ここ、ちょっと怖いよ……」

「ウンガロも魂の一端に触れるスタンドを持っているから、分かるのだろうね」

 

リキエルとドナテロはお留守番、ウンガロの手を握ってそこに立つ。

徐々に2人は、ひとつの薄弱且つ地に縛られた霊と共に此方へ歩いてきていた。

 

「あ、いた!ママ、あの人が岸辺露伴だよ!」

「そのようね」

 

緊張した面持ちの岸辺露伴と広瀬康一、そして少女が1人。何かに酷く警戒しているように見受けられる。それもそう。

 

「あっ。振り向いちゃった」

「……ママ、あそこで振り向いたらどうなるの?」

「連れていかれる」

「……、……何処に?」

「この世ではない場所」

 

よしよし、と何かを察して怯えるウンガロの頭を撫でて。その手を離し。1歩、踏み入れる。

俺の真横を広瀬康一が吹っ飛んだのと代わり、目の前に“いる”、目には見えない手に指を向ける。

 

その手“達”は大きいものから小さいものまで様々で、嫌なくらいに多様性があった。まるで引き込まれたモノがその仲間入りを果たして、そして生者を襲っているかのように。

何処から伸びているのかも定かでない、人体にはありえない程伸び切った腕。魂の一片すらも逃さないと言いたげに、ソレはスタンド像をも捕らえていく。

そんな存在。そんな、怨み淀んだ。けれどそれは死者の魂を正しく導く為の定められた規律の代行者。

 

「迷い込んだだけの生者を連れていくのに領域から出て追い縋りはしまい。彼らが魅入られてしまわないように、断たせてもらうよ」

 

ぴん、と。ヴァイオリンの弦を弾くように。スタンドを重ねた指が(意図)を切る。

 

「……まア、彼はスタンド使いだから。これからもトラブルには巻き込まれるだろうけれど」

 

どうしてキミが岸辺露伴と巻き込まれてしまっているのか不思議でならないが。

 

「コンビニと薬屋の間に、道がない……」

「も、もどれたんだ……」

「手荒に断ち切ったからね。機構が修復するのに2日はかかるだろう」

「!」

「あ、あなたは……あの時の!」

 

広瀬康一の声ににこりと、サングラス越しに微笑んだ。

 

 

 

 

事情を聞いた。話が長くなるとの事で、自分達も考えを纏めたいらしく、近場のカフェに入る。岸辺露伴は持っていたスケッチブックを開いて何かを描いている。先程の経験をメモしているのもあるだろう。

どうやら先程まで彼らと一緒にいた少女は杉本鈴美という幽霊らしい。この町の失踪者はあまりに多い。その一端を担うのが、その少女を殺した殺人鬼であるという。

 

「15年も……。そう、託されたのね」

「は、はい!」

「頑張って、応援するわ。勿論私も出来る限り協力する」

「ありがとうございます……!」

「……オイ康一くん、そろそろぼくにもその人の紹介をしてもらいたいんだが?」

「あっ!す、すみません……この人は……えっと、」

「ごめんなさい、そういえば名乗っていなかったわね。……私は水瀬京一郎。この町の外れに住んでるわ……そして、この子が、」

「う、ウンガロですッ!ファンです!さ、サインください!」

 

緊張した様子の可愛い子に思わずくすくすと笑ってしまう。

 

「私の子です。毎週楽しみにしているんですよ、あなたの『ピンクダークの少年』」

「こ、子供?!京一郎さん結婚してたの……?」

 

未婚だが、敢えて口にしないで微笑んだ。

 

「ぼくの漫画のファンか……」

「おれ、この漫画の迫力のあるバトルシーンとか、キャラクターの個性がしっかりしてるとことか、好きで!」

「私も読ませてもらっているわ。本誌も買って、単行本も揃えているくらいには」

 

〇話のどこそこが、と口にすれば、岸辺露伴は無表情ながら満足そうにしていた。

 

「ほら、サインだ」

「わっ!?いつの間に?!すっげー、あの岸辺露伴の直筆サイン!」

「こーら、ウンガロ。お礼しなくっちゃ」

「あっ!ごめんなさい、ありがとうございます!」

「フフ……これからもちゃんと読んでくれよな」

「はい!……えへへ、ママ!先生からサイン貰えた!」

「良かったわね、ウンガロ」

「……“ママ”?あなたは自分の子どもに母と呼ばせているんですか?」

「ちょ、失礼ですよ露伴先生!」

 

マイノリティとか何とかの話だと勘違いした康一にいいよと手を振る。

 

「この子は養子でね。母親の方に連れられたけれど、家庭環境があまりいいものではなくって。血の繋がりはないけれど……私が引き取って。母親代わりになっている」

 

ジュースを飲みながらこちらを見るウンガロに微笑んで、サングラスとヴェールを外して、ゆっくりと頭を撫でる。

 

「別におかしい事でもないでしょう?」

 

この顔なら尚更ね。

目を見開いたまま固まった2人に首を傾げて呼びかける。

 

「康一くん?露伴くん?」

「はっ!ぁ、いえ、な、なんでもないですッ!」

「……、ゴホンッ!それで、さっきの話なんだが……」

「ウン?」

「あの“小道”で。アンタは言ったな?断ち切ったとか何とか……」

「ああ。私は少々特殊でね。所持するスタンドの関係もあって、魂を持つものの感知と……ある程度の干渉が出来る」

「スタンド使い……?!」

 

そう言って横にスタンド像を現す。がたりと露伴が驚いたように椅子から立ち上がった。

 

「これが……京一郎さんのスタンド?」

 

黒いドレスを纏った球体関節の女性型スタンドが淑やかにカーテシーをする。

 

「名前は『ホワイト・ポニー』。キミ達もスタンド使いなのでしょう?」

「ぼ、ぼくは兎も角……どうして露伴先生もそうだと?」

「私、スタンド使いの素養のある魂が判別できるの。……これ、内緒にしておいてね」

 

承太郎さんにも言っていないんだ、と。今度こそ吃驚した顔をした康一に言う。

 

「私のタイミングで言うつもり。今彼とは駆け引き中なのよ」

 

素直に教えてって言えば教えてやるのになァ。

 

「あの承太郎さんに……?お、大物だなあ……住む世界が違うっていうか……」

「そんな事ないのに」

 

魂の判別から、死んだ者の通り道に生者がいると気付いて立ち寄り。機構と呼べる怪異に、少なくとも無意識に惹かれる事の無いように。魂に結び付けられた縁と呼べるものを断ち切った。

 

「ホラーでよくあるでしょう?1度訪った場所から逃げる事が出来ても、呪いを持って帰ったとか。気付いたら再び訪れる羽目になっていたとか」

 

今回は魂由来の存在の獲物の印だったから何とかなったが、肉体に影響があるタイプだとどうにもならなかったろう。幸運だったね、とひと言。

ゾッとしたように身を震わせた康一。態と妖しい笑みを乗せたからか、余計に怖がっているような。

露伴が鉛筆を動かしている。

 

「キミの事はショージキ苦手だな」

「ちょ、露伴先生?!」

「だが、キミの経験には興味がある」

「おや。私の事を知ってくれるの?」

「せ、先生、『ヘブンズ・ドアー』は使っちゃあダメですよッ!」

 

此処で康一は塾があるからと席を立つ。

 

「急いでいたの?ゴメンね、ここまで付き合ってもらってしまって」

「い、いえ!ぼくも気になってたので……」

 

飲み物代を出そうとする康一にお礼だと言って財布を出す手を止めて送り出す。

 

「康一くんに言われちゃあしょうがない。……が、同意があれば違うだろ?」

「ウフフ!……謎めいている方が素敵じゃあない?」

「残念だがぼくは気になったものは追求したくなるタチでね」

「……誰にも言わない、伝えない、と約束してくれるなら構わないけれど。“今はまだ”、ね」

「……フン。なら今はキミの話を聞くだけに止めておくさ」

 

テーブルに乗せたスケッチブックには、ウンガロに笑いかける俺の模写が描かれていた。

 

「約束してあげる。……これ、私の連絡先と住所ね。良ければ遊びにおいで」

 

 

 

 

 

 

 



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第40話

 

過ぎ去った今でも思い出せる。───その出会いは物語の一幕のようだった。

 

丹念に手入れされた艶やかな桜貝のような爪先。キメ細やかな白い肌。柔く円やかな線を描く細い指。節のある関節すらも愛らしい。

ひと目見て恋に落ちた。

そのヒトに微かに触れられた事があまりある幸運に思えた。

指の表面を滑る肌の感覚。

優美で、きっと粗相なんてしないだろう、淑やかで教養のある仕草。

(彼女)こそが、今の自分の理想の形だった。

 

 

モナ・リザという絵がある。微笑を湛えた女性の絵画だ。作者はレオナルド・ダ・ヴィンチ。……こと、手に感情を乗せる事に長けた作家だ。

幼い頃画集で見たモナ・リザの微笑に、正確に言うならば組まれた手に、少年だった私は性欲を抱いた。写真の手の部分だけ切り取って、それを部屋に飾ってしまうくらいに、どうしようもなく惹かれてしまったのだ。大人となった今も、そのサガは変わらなかった。

美しい手の女性に声を掛けて。……けれど“恋人”となった女性は何もかもが煩わしいものだった。どいつもこいつも自分勝手で、デートの時なんて早く帰ってしまいたいとすら。手を握っていなければ耐えられない。

 

だから、切り取る事にした。

物言わぬ従順な手は本当に愛らしい。何故だの、どうしてだの、鬱陶しい事は何ひとつ言わない。縋ってきたりこちらを嫌悪したりもしない。心の底の何もかもを打ち明けられ、そしてそれを受け入れられる心地良さ。

自分には手があればいい。それ以外は邪魔な付属品だった。

 

 

 

モナ・リザ。私のモナ・リザ。幼き日に夢見た理想。

それが目の前にあった。

 

───「ありがとう。だけどこれは私のハンカチではないよ」

 

声は男の物だったのが、あまりに惜しい。

けれど、それで諦めるには(彼女)は美し過ぎた。……いや、だが、彼は腹が体躯の割に膨れていた。服でそのラインは隠されていたが。彼は女性だったのだろうか?

……いや、いや。最早それは関係ない。

私は彼の手に惹かれた。それ以外は蛇足だ。

あの場は人目に付く場所だった。……もし彼が人目のない場所にいたら。もし彼の家を知る事が出来たら。

私は彼の手を切り取るだろう。

 

 

その日を夢に見て、少し早い時間に家を出る。……(彼女)とすれ違った時間に、(彼女)と出会った場所に。無意識にでも辺りに視線を巡らせて。

 

 

 

───東方仗助らが杉本鈴美によって、矢安宮重清が殺人鬼に爆破された事を知った後。

 

吉良吉影は新しい彼女を求め、オープンテラスで話をしていた女を付け狙っていた。

金と地位(ステータス)目的で彼氏と付き合って、貰った気に入らない指輪を質に出すなどと言う、自分の美しさに醜さの際立つ傲慢となった女。確かにその女は美しかったが、今も頭の隅に残る“理想”と比べるのも烏滸がましい。嘗ての出会いは確実に吉良の美しさのハードルを上げていた。

 

何せ、諦めていたのだ。理想のモナ・リザなどこの世に存在しないと───。

だから、その女は一時の“彼女”として、その手を切り落とそうと。

 

 

「ねえ、少しそこのカフェにでも入ろうか」

 

聞き覚えのある声にふと視線を逸らす。

日傘を持ったレースの手袋。1枚の布を隔てて尚わかる、美しい手のきみ。

ふらりと吉良の足取りが女の背後から離れる。

 

「おまえの好きそうな味の珈琲を出すんだ、此処。ドナテロはまだ練習中だから」

 

柔く、声が隣に掛けられる。

 

「暑い?汗掻いてる……フフ。苦手だもんな、太陽……」

 

その白いレースがハンカチを握る。

 

「我儘、聞いてくれてありがとう。一緒にいられるだけで十分しあわせだよ、俺は」

 

金の髪に触れ、そっと離れていく。

 

「フフッ……本心なのに。……おまえも外に出る気分だった?……そう、」

 

嬉しい、と。指が組まれる。

 

「何にする?俺は軽食でも食べたい気分……珈琲だけでいい?じゃあちょっと分けてあげるね」

 

指がとん、とん、とメニュー表を這う。

 

「これからどうする?このまま散歩だけにして家に帰る?……フフ、それもいいね。それじゃあ少し本屋に寄ってから帰ろっか。おまえの読んでた本の続きが発売されていたから……」

 

行儀良く、慎ましく、指を伸ばした手が揃えられてテーブルに置かれる。

 

「ン〜、水出し珈琲も美味しい。……ホットサンド、食べるでしょう?はい、口開けて、あーん……ンふふ!」

 

流れるような動きでグラスからフォークに触れ、1口大に切り分けたホットサンドが持ち上げられる。

 

「デートも久しぶりだな。……、おまえだから、俺はこれで満足なのだけど?それを安い男なんて言葉で纏めて欲しくないなァ?」

 

拗ねた素振りでツンと澄ましたように、指が擦り合わされる。

 

「……なんてね。そうだよ、俺は案外安い男さ」

 

 

ああ、安いだなんて。とんでもない。

 

清純で、計算高い。蠱惑、けれど純粋無垢にも見える。正しく小悪魔。自分の美しさに傲慢で、それでも嫌味はなく。ありのまま野原に咲き誇る花のように。

淑やかで従順な面だけではなく、隠せない夜の吐息が、あまりに魅惑的だった。誘われている、と。吉良はそのように囚われる。

近付きたい。触れたい。出来るなら“恋人”として。

 

触れたい。触れたい。───触れたい!

 

けれど、けれど。吉良はこの衝動を押さえつける。(彼女)の隣には男がいる。人目も多くある。苛立ち、ストレスで爪が伸びる感覚がする。

見られる、訳には、いかない。

自分の平穏な日常の為に。

ふらりと、吉良は立ち上がる。辛うじて保った理性から、手の付けられていない珈琲の代金をテーブルに置いて。

 

 

正しく、毒。徒花のようなヒト。

掻き毟りたくなる胸を、犯されてしまった心臓を抱えたまま。

 

 

───嗚呼、うつくしい(ヒト)だった。

 

 

 

 

 

「……行ったか」

「随分熱烈な視線だったなァ」

 

顔には見向きされなかったの、割とショックだったりして。

含み笑い、まったくそのように思っていない顔で京一郎は言う。

 

「そんなに俺の手ってキレイ?」

「は。骨張って肉の少ない。女の手と比べるべくもない」

「これ以上肉が付いたら不格好じゃあない」

 

日々の手入れ(優秀な執事)のお蔭だね、と。テレンスでは無い屋敷の使用人を思い浮かべる。執事服を纏う男装の麗人たる彼女は京一郎の世話を1から10までやりたがって、毎度テレンスと言い合いをしている。可愛い可愛い友人のひとり。

 

「でもコレ(・・)で扱かれるの、好きだろおまえ」

「……、……、ふざけるなら先に帰るぞ」

「ンッフフ……ッ!ごめんごめん、」

 

今何を言われたのかわかりません、というような惚けた顔がみるみるうちに不機嫌に歪められる。

愉悦に笑んだ京一郎はおざなりに謝って、伝票を持って立ち上がる。

いつの間にか、京一郎のグラスと皿は空になっていた。

 

 

 

 

 

 

「───つまり、鈴美さんの言う殺人鬼はキミ達の学友である中等部の子を殺した……スタンド使いだと」

 

ヴィンテージの木製の固定電話の受話器を耳に当て、京一郎は目を細めている。

 

「うん……。……そう、杜王町にいるスタンド使いの素養のある人間を全て調べる気でいるのね。それは良いけれど……無自覚な者ならまだしも、後暗い事をしているスタンド使いなら先ず隠すし、バレたとあれば……この15年、証拠を残さず犯行を繰り返した用心深く大胆な人間だ。一撃でも当たれば拙い事になるのは、分かってる?」

 

頬と肩で受話器を挟んで、京一郎は傍らのメモ帳に万年筆を滑らせる。

 

「……決意は固いようね。わかったわ、一晩だけ時間を頂戴。夜は“普通なら”家に帰るものよね?なら深夜から明け方に動きを止めた魂はそこが拠点、自宅という事になる。……でも無理はしないで、この町だけでも“スタンド使いになれる素養持ち”は何十、或いは何百にも及ぶ。スタンドを発現させる程の精神性のあるなしは関係無く、ね。流石の私も視覚外の魂が実際にスタンドを使う人間か調べるには難しい。……ウン。それじゃあね」

 

かちゃん。受話器を置いた京一郎はふと息を吐く。

 

「仗助か」

「正解。マッタク無茶振りしてくれるよなァ?俺に58000もの人口からスタンド使いの魂を見つけて伝えろってサ」

 

嘲笑に歪んだ口元を掌で隠す。人口、プラス、犬猫烏などの動物も踏まえてどれだけになろうか。動物にもスタンド使いはいるのだから。

 

「発熱必至だなァこりゃ」

「適当に済ませればいいだろうが」

「星の一族にンな事出来ねぇだろ……バレたら殴られるだけじゃあ済まねェよ」

 

折角築いた信用がパァである。

そも、彼らの周囲に人死が出た時点で、協力する此方も全力で行わねば不信感を買いかねない。

ベッドに横たわるDIOに腕を回し、きゅうと暫く抱きついた後、京一郎は傍らの真鍮製の呼び鈴を鳴らす。

 

「……失礼致します。御用でしょうか」

「夜までに杜王町の地図と付箋と筆記具を応接室に持ってきておいて。夜から明け方までそこに籠るから、緊急時以外は人を寄せないでね」

「……テレンス、夜はコイツの見張りをしておけ。万一にもないと思うが脳を融かしてくたばりかねん」

「は……?脳、ってまさか貴方、またですかッ!」

「言うなよ」

「前科持ちを自由にさせると思うか?」

「ン〜〜〜ぐうの音も出ねェ」

 

ぐう。なんちゃって。

 

 

 

 

 

魂の見え方というのは、魂に関するスタンド使いによってまちまちである。能力の副産物として魂を扱うスタンド使いや、魂を目視、或いは魂自体を何かに変化させるスタンド使い。それぞれが異なる見え方をする。

 

要するに、スタンドとはスタンド使い本体の思想に多大に影響する。という事だ。

テレンスは魂の色をサーモグラフィー画像のように熱分析した色として。兄のダニエルは半透明に靄を引く幽霊のような姿で。

───魂を胎に仕舞うスタンドと、肉体と魂それぞれから余剰に生み出される生気を喰らう種族である俺はというと。

魂は暗闇の中に浮かぶ火の玉だ。余剰の生命力はぼんやりと浮かぶ炎の表面。目視する姿は生命力を垂れ流した人の姿そのもの。

悪を悪と認識し、それを犯した者の魂の色は濁って見える。淫魔という種族故か、普段からそれを目にしている。……のを、普通の人間の視界のみが見えるように脳の一部を弄っている。これが仗助達に話した“チャンネルを切り替える”行為だ。

因みにプッチの奴はとても澄んでいる。ディオですら濁ってるのに。

 

……俺はスタンド使いを判別出来ないとは言ったが、悪を悪だと認識して尚殺人を繰り返す極悪人を判別出来ないとは言っていないからな。知らぬはなんとやら、だ。

 

「……さて」

 

そろそろ俺の仕事を始めるとしようか。

 

 

 

───その後。

俺は案の定脳の酷使による知恵熱でベッドに押し込まれ、やってきた仗助と承太郎に付箋の貼った地図がテレンスでは無い執事の手で手渡された。

承太郎までやってきたのはおそらく俺を警戒しての事だろう。被った帽子の鍔を下げ、小さく礼を言っていたらしい。陰から見ていたディオが殊勝な事だと鼻で笑って話していた。

 

「あの時程じゃあないだろうに。スタンドを使い続けた訳でもなし。大袈裟だね、」

「あの時程であって堪るものですか。解熱剤です。飲んでください」

「……粉、苦手なんだよなァ。嫌がらせ?」

「まさか。それとも坐薬がよろしいですか?」

「それは流石にやだ……」

「それは大変良うございました」

 

本当に微熱なんだから解熱剤要らないと思うの、俺。

この後生気を貰う為にテレンスにハグを要求した。

 

 

 

 

 

「それで、そのスタンド使いは見つかったのか」

「ばっちり♡」

 

執事達によって頭に乗せられた氷嚢をサイドテーブルに置いて身体を起こす。

 

「ンフフ……罪悪感の薄いサイコパスの割に濁りは濃くてね。随分倫理的で良いご家庭で育ったものだよ……彼の“父親”の方が余程罪悪感で濁っていたけど」

 

悪い事を悪い事だと理解して、だけれどその生来のサガには逆らえず、逆らう気も本当は起きず、父親がそれすら肯定したのだ。

それを引っ括めて。その男は殺人を繰り返す。

 

「京一郎様ぁ〜……あ゙、でぃ、でぃ、DIO様……、い、いらしたんですね……!」

「オインゴ。よく来たね。こちらへいらっしゃい」

 

にこりと慈悲深く微笑んで、有無を言わさずに手を招く。

恐る恐るといった様子で部屋に入ってきたオインゴは跪いて頭を垂れる。

 

「どう?調べられたかしら」

「は、はひっ!ご、ご両人に、報告、申し上げます……!」

 

そうして述べられる男のパーソナルデータ。

名を吉良吉影。父親に吉良吉廣、母親に吉良──。1966年1月30日生まれ。小学校は───

 

「そこ。省いていいよ。後で書面で確認するし」

「ッッ、はいッ!」

 

吉良吉廣は吉良吉影が21の頃にガンで“死亡”。母親も相次いで亡くなっている。死亡原因に不審な点なし。

 

「経歴や学生時代の受賞経験からして、秀でる事も劣る事もない、それこそ平凡なそこそこ優秀な成績を維持する事に徹底していたようです」

「……待て、父親は既に死亡しているだと?」

 

きろりとディオの目が俺に向けられる。

 

「先程おまえは父親の魂を観測したと言ったな?」

「フフ。詳細は報告を聞いてからね……続きを」

「は、」

 

就職先であるS市内のカメユーデパートでも目立った成績はなく、上司の使いパシリをしていたような男。

何とも気味が悪い、神経質なまでに徹底した生活だ。

 

「生活環境もかなり徹底した自己管理をしていますね。毎日23時には就寝してきっかり8時間睡眠。職場での評判は毒にも薬にもならない男。でもまあ任された仕事はそつなくこなしてたようですよ」

「培った平凡をお手本通りになぞっているかのような歪さ。知能レベルは相当に高い。……医学書通りの反社会性パーソナリティ障害だね」

 

その徹底した自己管理には殺人による好調も加味されている事だろう。

 

「それで?“あった”のかな」

「は。ありました……スタンドの弓と矢が」

「!」

「誰かが家屋にいた?」

「はい。……ですので持ってくる事は出来ませんでした……も、申し訳ございません……!」

「いいよ。私は隠密性を優先しろと言った。不問にしよう」

「ありがとうございます……!」

 

上手に“取ってこい”が出来た可愛い猟犬には褒美をやらなくては。よしよし、と頭を撫でてやる。

 

「3日間ご苦労様。報酬はテレンスから受け取って」

「はい!失礼致します!」

 

こう見てるとコミカルで案外可愛いヤツである。彼が死んだ後戸惑いながらも逃げたから追っかけて追い詰めて生殺しにしてやったけど。ボインゴの予言のお蔭か早々に白旗上げてたわ。

バタバタと音を立てて出ていったオインゴに忙しない奴だなと気を逸らしたディオは、さあ続きを話せと視線を向ける。

 

「吉良吉廣はスタンド使いだよ。……魂の感知に引っ掛かったのは吉良吉廣の方が先だ」

 

スタンド使いである吉良吉廣は幽霊、けれど地縛されているのは写真という狭い空間にのみ。スタンドに寄生する形でその薄弱となった魂の外殻を作った。その薄弱さが気にかかったのである。この杜王町の霊は自然と黄泉路へ行く。薄弱となったものから。

 

「じゃあ何故彼はスタンド使いとなったのか?スタンド使いとなるには2つ方法ある。生まれながらのスタンド使いか、矢を使ってスタンド使いとなるか」

 

エンヤ婆が手放した複数の矢の行方を、俺はずっと調べさせていた。そも、スタンド使いを作る矢の大元は何処だったのか。

エジプトからは7本のスタンドの矢が出土された。1つは俺どころかディオもいない頃のものの為行方知れず。残る6本。

 

ディオを目覚めさせたもの。虹村形兆のもの。これらはSPW財団の元に回収された。

ディオの手でプッチに渡されたもの。変わらずプッチの元にあると証言もある。

ポルナレフが回収したもの。これには虫の矢尻が付いているらしい。

俺が屋敷から逃げる際に持ち出したもの。今も厳重に屋敷に保管している。

そして───エンヤ婆の手から日本人男性に渡されたもの。

 

行方の先が、この日本の杜王町。吉良吉廣という男の元が最後。

 

ここまで来るのにどれ程時間がかかっただろう、杜王町という町はキナ臭くて堪らなかった。まさか町に2本もの弓矢が集まるなど。……ああ、俺の含めて3本だな。

吉良吉廣という男の存在から、オインゴに命じた。

今は死んだ吉良吉廣、その息子である吉良吉影。平々凡々な町の片隅に生きる一人暮らしの家にいない筈の2人目のスタンド使い。

 

……まァ、他にも目を放ってはいるが。

理由から逆算した為に確証はなかったが、こうして結果が現れた。

 

「結果には過程が付き物だ。スタンドの矢が関わるなら……、……ウン?」

「……、……おい、どうした」

「───……レディ、キミ、どうしてキミはそんなにもスタンドの矢を気に掛ける?」

 

すっと現れた『ホワイト・ポニー』はいつも浮かべている微笑みを引っ込めて、スンッとした顔をしている。

 

「レディ?」

 

スタンドと本体は密接に関係している。俺の中に“この世界の物語”の知識を意図的に流し込むなどという行為が出来る程には、『ホワイト・ポニー』には自我がある。

なれば、『ホワイト・ポニー』の強い思念が意図せず俺に流れ込むのも止むを得ない事。

 

彼女はついっと顔を逸らし、……そのまま流れるように土下座した。

 

「京一郎。説明しろ」

「……レディは自分の知識にない事象に困惑し、ある種のパニック(暴走)に陥ったそうだ。それがスタンドの矢」

 

びくっと人間臭く身体を震わせたレディは更に床に額を擦り付ける。

 

「聞かないでくださいお願いします……だって」

「フゥン……?」

「けれど、まァ。何となく察しが着いたよ。彼女が気にしたのはスタンドの矢の行方。あるべき所に流れ着いているかどうかの不安。……つまり“あるべき場所では無い”所にスタンドの矢がある事がパニック(暴走)の原因」

『……!……!!』

「彼女は“物語の異常”に甚く気を割いていたからな……それも、自分が影響を及ぼすだろう範囲に。……つまり俺の行動だ」

 

影響を受け始めたのは俺がスタンドの矢を手にしてエジプトを後にした時。

───彼女の“物語”ではスタンドの矢は“6つ”だった。……そういう事だろう?

その言葉を最後に、レディは額を床に擦り付けたまま顔を覆った。

 

───ほう?それは……

 

 

「「良い事を聞いた」」

 

 

まるで悪魔の笑みだったと後に『ホワイト・ポニー』は語る。

 

 

 

「……、あの。アレ、なんです?」

「うん?……反省中」

 

『私は本体に忠実なスタンドでありながら確固な意思もなく本体を無意識に操った挙句数年気付かなかったダメなスタンドです』の札を首から下げた『ホワイト・ポニー』の姿があった。尚、正座は俺の足が痺れるので止めさせた。

どうやら自分に解釈違いを起こしたらしい。札は自主的な物である。正直俺自身の事でもあるので恥ずかしいから早めに止めて(飽きて)くれると嬉しい。

 

 

 

 

 

 




オリチャー発動……してしまった
暴走すな京一郎オマエ


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第41話★

エロあり

女体化/ケモ耳ケモ尻尾/百合(レズセックス)


 

 

機嫌が良かった。興が乗った。悪ふざけとも言う。フラストレーションの発散に最適だとも言う。

厳重に仕舞うだけだったスタンドの矢を取り出し、スタンド使いの素養のある、且つ精神力のある執事や友人へ嬉々として振りかざした。自分の無力に飽き飽きだった者、彼の部下であるスタンド使いばかりがいざと言う時に重用される事に不満だった者。それら、身も心も全て俺に捧げたいと常々考えていた者達。

スタンドの矢に選ばれるには“飢え”と“欲望”が必要だった。

彼らは見事、スタンドの矢に選ばれた。

スタンドの矢は人の業に導かれるが如く、人を選ぶ。

屋敷に出入りする者(殆どは屋敷に住み込みだが)はそれなりに多く、その3分の1がスタンド使いとなった。大盤振る舞いである。スタンドの矢も自分の役目を果たせる事に歓喜しているかのようにびゅーん、ぶすっ。びゅーん、ぶすっ。と、宙を舞った。

隣でアワアワしてダメだと止めようとするレディは保存していた例の『私はダメなスタンドです』の札を翳して黙殺し、俺とディオはスタンド使いを量産した。

時に世界中にいる俺の猟犬達の一部を褒美と称して呼び寄せて。“集会”の時にやったのがマズかったかな……?更に神のように崇められるようになった気がするがまァ良い。今の俺は機嫌がすこぶるいい。歓喜に釣られて連夜ディオと捗る程度には。

 

エジプトの屋敷で過ごしていた時並みの様々なスタンド使いが生まれた。戦闘時支援特化、情報収集特化、直接戦闘特化、広報特化、中には規模がデカ過ぎて使い所が最早ないものなども現れて、ディオも久方ぶりに肉体に引き摺られ子供のように楽しんでいた。

……なんというか、崇拝心の高い者程性能が突飛というか、アレが出来てその他はてんで無理、なんてものが多い印象だ。

 

───悪魔ってヤツは、人間を篭絡し堕落させ、この世に混沌を齎すモノでしょう?俺を存在させたこの世界が悪い。

 

 

「あっは、はは……!楽しかったなァ、ディオ」

「ああ……そうだな」

「……どうしようか、」

「何がだ?」

「この戦力、最早軍隊だろう?」

「……それの何が悪い?」

「そう言われるとなんとも言えねェわ」

 

ああ、うん。

“ちょっぴり”、やり過ぎたな。

無計画は良くないね。スタンドの矢は丁重に元の位置に戻した。

 

取り敢えず各スタンドの習熟と、一般人を装えるような演技の手解きからだな。彼らの勤勉さからあまり心配はしていないが、予期せぬ暴走が起こらない確証は無い。……俺のスタンドという前例があるしな。

誰も彼も、俺に手を煩わせるような事はと萎縮してしまうから、丁寧に解してやらねばなるまい。例えどんなに醜悪だろうが、それは己自身なのだと受け入れなければならないのだから。

 

いやァ、楽しかった。

 

 

 

───と、そんなこんな、ここ数日は屋敷の中だけで完結していたのだが、どうやら承太郎達は無事に吉良吉影に接触を果たしたらしい。が、残念ながら取り逃してしまったようだ。吉良吉影も、吉良吉廣も。弓と矢すらも……。

 

「スタンドの試運転がてら情報収集させていたが、吉良吉廣は既にスタンドの矢で数人程スタンド使いを増やしているらしい」

 

道行く人間に、スタンドの矢の導きのままに。

俺のように魂を見る事が出来ない人間は不憫である。そうでなくても不便ではあろう。スタンドの矢が反応を示さなければ味方のスタンド使いを作れない。……けれど、そんな中吉良吉廣は良くやっている方だろう。1日2日で良くもまぁ……偏に執念の賜物だろうか。

 

サマーシーズンを迎えた杜王町は観光客で賑わいを見せている。

町の人口は2倍にも増え、顔を変えた吉良吉影を追うのは更に困難となった。

その為監視の依頼はあれど無理のない程度で構わないとの事で、承太郎を始めとするスタンド使い達は吉良の行方を追いながらも日常に紛れていく。

 

 

 

───で、俺たちはというと。

 

「……おい。何だこれは」

「ンー?スタンドの練習の賜物?」

 

俺じゃあなくて、俺の使用人のね。

燻るように動く黒い毛並みの紐のようなもの。頭上で動く気配のする三角のナニカ。それに加え、柔く細身になったたわわな肉体。当然のように、普段ある場所に人間の耳は無い。

ベッドのシーツに皺を作りながら寝返りを打つと、いつもは無い胸の脂肪がぐんにゃりと形を変えた。

 

「“もしも”を実現するスタンドの能力でね。持続性はあまりないけれど、中々汎用性があるようで……安全性は確かだから、ちょっと掛けてもらったの」

 

にゃおん、と喉から出るのは人間のそれではなく、正しく猫であった。

呆れたような視線が降ってくるのに構わず四肢を捩り、シーツに身体を押し付ける。理性や知性は人間寄りだが、本能は獣寄りらしい。起き上がると女になった関係上身体のバランスが違う為に違和感があるのだ。横になっている方が獣の身でも馴染みがある。

 

「どう?黒猫ちゃん」

「自ら畜生になるなど……」

「畜生て。可愛いだろ?」

 

するりとその手が肢体を這う。いつもとは違う、柔い肉。白く滑らかな下腹部から筋肉の薄い括れた腹を、膨れた胸の間を通り、喉に触れられ、無意識にごろごろと喉が鳴った。

 

「有用だと思わない?」

「使い方が俗なんだ、貴様は。そういうところだぞ」

「今の俺は猫だから、人間の都合なんて分からないなァ〜」

 

その手に頬擦りして、じゃれるように甘噛みする。彼は惜しげなく晒される肌に視線を向け、咥えられた指で口腔を荒らした。

 

「んん、む、ゥ……ぷぁ、」

「……ふん」

 

多少鋭くなった牙と、薄く僅かにざらつく舌。たしん、と尾がシーツを叩く。頬の内側を摩り、歯列をなぞり、二股に裂けた舌を引っ張る。不愉快だったので顔を振って指を離させた。

 

「噛み千切っちゃうぞ」

「は。出来るものならな」

 

そのまま興が乗ったのか俺に伸し掛かってくるので、俺はくるくると喉を鳴らして背中に腕を回す。目の前に来たのが気になったのか、ピンと立った黒耳に彼の手が触れた。ぴるぴると耳が指を弾く。

 

「……不快か?」

「反射で動くだけ。きもちイよ」

 

その手に擦り寄り、撫でさせるように頭をごつごつとぶつけて見せる。

 

「もっと」

 

さらりと手が髪に差し込まれ、耳を根元から擽られる。その仕草が存外柔いので、回した腕の力を強めながらくるると懐いた。

 

「ン……スる?」

「誘惑しているのはおまえだろうが」

「んふふ……」

 

浮いた背中に差し込まれた腕が臀を揉むので、こてりと首を傾げる。むにむにと彼の手によって肉が形を変える。尾がくるりと彼の腕に絡み付いた。

彼のその目に情欲を見て、舌舐りしながら彼の衣服を解く。シャツの釦を勿体ぶるようにひとつひとつ外して、直接彼の肌を撫でる。

肌の白さはまるで彫刻のそれ。年月を重ねる度に彼は人から遠のいていく。そうしたのは俺だけど、やはり少しだけ惜しいと今でも思う。

感触を愉しむかのような手付きを受け入れる。擦り寄せた胸を掌が包んで先を無遠慮に摘んだ。

 

「ンンッ……ゥ、ふ……っ」

 

弾むように弛む乳房は彼でも目が行く物なのだろう。まじまじと見下ろす観察するような視線が更に興奮を誘う。彼、どちらかと言えば尻派なのにな。

汗が流れる程では無いにしろしっとりと濡れ始めた身体に手を這わせ、下肢に触れるだろうという頃合で───そろそろかな、と口にした。

 

「……?何の話だ」

「ウフフッ……とっても愉しい事」

「……嫌な予感がする」

「あっは♡」

 

───ポンッ!

と。俺とも彼とも違うスタンドパワーが何処からか起こり、ばっと身を起こした彼の身体に纏わり付く。

 

「な……?!」

「ンッフフ……!似合ってるぜ、ダァリン?」

 

ぴょこりと顔を出した金色の毛並みの耳と尾ににんまりと微笑む。毛足の長いフサフサとした尻尾が驚きに膨らみ、耳がぺたりとイカ耳になっていた。

それだけではなく。いつもより幾分か身体が細身になり、柔くなだらかになっている。その顔立ちも骨張ったところはなく、要するに今の俺と同じ女の肉体となっているのである。ピッタリだったズボンが細くなったウエストをずるりとズレる。

 

「きゃあ可愛い♡思った通りの美人だ」

「……」

「怒らないで、ちょっとした好奇心じゃあない」

 

今にも唸り出しそうな苦虫を噛み潰したような顔で、尻尾が苛立ちにばちばちと左右に動いている。

 

「……戻せ」

「やぁん、折角だからこのままやろうぜ」

 

腕を広げて笑みを深める。暫くじっとりと睨み付けていたけれど、俺が譲らないと見て取れたのか渋々ベッドに近付いて腕の中に収まった。そうだよなア、乗り気だったのが男の身体だとて、自分自身である事には変わりないのだ。燻る熱は女の身体であっても残ったままだろう。

 

「挿入れるモノが無いのに出来るか」

「やりようは幾らでもあるけれど」

「……」

 

むっすりと不機嫌な吊り目の美女も可愛くていいなア。多分、俺の欲目もあるだろうけれど。彼が彼だから、好ましいと思うのだ。

 

 

 

 

普段とは違う肉厚な唇に違和が付き纏う。薄い舌同士が絡まるのが、猫科の動物の鑢じみた舌とて中途半端に人間の形をしている故か、多少の刺激の強さはあれど引っ掛かるような感触はない。

 

「ン……ふ、」

「はァ……ん、」

 

ぬちゅ、と唾液が空気を含んで音を立てる。先の愛撫の所為か奴の口腔は熱く、柔い。

至近で見える京一郎の目は蕩け、白い肌は快楽に火照っていた。

両手を絡ませ、胸同士を擦り合わせる。もどかしくて身体を揺らす度に胸の淡い色をした膨らみが擦れ合って、痺れるような快感が走る。

 

「ン……〜ッ、は、ァ、っ」

「フフッ……もう我慢できない?」

「チッ……どっちが、」

 

顔を赤らめ、眉尻を下げた京一郎は垂れた唾液を指で拭いながら卑猥に笑う。

 

「舐めてあげる」

 

そのままベッドに押し倒され、緩くなったベルトをそのままに下着ごとスラックスを脱がされる。

筋肉の薄くなった脚の間に座った京一郎は機嫌良さげに尾を揺らす。リップ音を立てながら腹や膝の裏、腿に唇を落とし、吸い付いて痕を残す。その間も柔く胸を刺激しながら。たったそれだけなのに身体が無意識に小さく跳ねるのが煩わしい。

 

「ッ……するなら、早くしろ」

「んふふっ。はぁい♡」

 

べ、と見せ付けるようにその二股の舌を出した京一郎は蹲るようにしておれの股座に顔を寄せる。

 

「アはッ♡濡れてる」

「クソ野郎が……」

 

湿らされた指で表面を撫で上げられる感覚がいつもと違い過ぎて気味が悪い。

邪魔をするように腰あたりから生えた尾が京一郎の顔を打つ。

 

「怖いの?」

「ッ誰が……!」

「ウフフ。最初は優しくしてあげるから安心して……」

 

尾を扱くように摩りながら退け、その舌がべろりと陰部を舐め上げた。

 

「ひ、ゥ……ッ!」

 

目を離すと余計な事をしかねない、と目を離さずにいたが、走った直接的な快感に思わず喉を晒す。昂った身体は女の物になったとしても己の物だとでも言うかのように、背筋にざわざわと快楽が伝うのだ。

秘裂から、剥き出しにされた陰核まで。唾液でぬるぬるとざらざらしたそれは指とは比べ物にならないくらいの快楽を味わわされた。

 

「きょ、いちろ……ッウゥ……っ!」

「はぁ……美味し、」

「ッこの、淫魔ッ!!」

「淫魔でぇす♡」

 

寄せた脚を広げさせられ、勝手に蜜を零す秘裂を舐め回されて思わず気が遠くなる。此奴が起こす突飛な事は慣れてきたと思っていたがどうやら勘違いだったらしい。

鼠径部や内腿を焦らすように触れるのが鬱陶しい。時折柔らかに舌先で触れられる敏感な部分が腰を突き出してしまう程に気持ちがいい。尖らせた舌があわいを掻き分けて入り込むのには身体を震わせてしまう。

 

「ひ、ゃうッ!んァ……ぁ、は、ァんッ!うァ……ッあ、あ、ッ!」

「えっちな声可愛いね。……ンふ、興奮してきちゃう」

 

もぞもぞと京一郎の手が自身の股座に這う。ぐちゅり、と愛液の絖る音がする。……女の身体になるのはおまえも初めての筈だろうが。順応し過ぎだ。

息を荒げながらも、奴が自慰をする様を眺める。……悪くは、ない。

シーツを握り締めていた片手で奴の頭を掴んで、股座を押し付けた。

 

「んむ……ディオ?」

「は、ァ……ッ、怠けるなよ」

「あは……勿論♡……そろそろ焦らされるのも飽きたろ?このまま1回、イこっか」

「は……、」

 

そのまま予兆のように陰核に口付けた京一郎が、ぢゅう、とそこを吸って。……目の前が途端に弾け飛んだ。

 

「───あ゛ッ?!ン゛あ、あ゛ァーーッ……!!」

「ンッ……ふ、……!」

 

まるで射精でもしたかのような、悦楽の電流が下肢に走る。

背中を反らし、がっちりと膝で京一郎を挟み込んで、絶頂したのだと自覚する。

 

「んむ……っん、ぷは……!……ウフ、ちゃんとクリイキ出来たね?」

「ッる、さい……!」

「照れなくたっていいのにイ」

 

余韻に震える勃起した陰核を柔く舌の表面で撫でられるのに身を捩る。

 

「イ゛ッ、ぎ……ッ」

「あは♡強かった?……ンフフ、次、ナカ触るよ」

「……ッそれ、よりも……」

「ウン?」

 

息を整えて、じとりと京一郎を見下ろす。

おればかりが絶頂しそれを見られるという屈辱を味わうなど許せる筈もない。

 

「おまえもイけ」

「え、シてくれるの?」

「マヌケ。おれの目の前で自慰して惨めに絶頂しろ」

「そんなこったろうと思ったよ」

 

いいけどぉ。と、徐に身体を起こした京一郎はしとどに濡れた股を広げて足を崩し、身体に手を這わせる。

おれの肉体よりは貧相だが十分豊満で整った肉を挑発的に見せ付けて、さも自分以上に優れている者はいないと言いたげに。

 

「───じゃア、ちゃんと見てて」

 

薄ら笑みを消し、伏し目がちに、左手が糸を引く愛液を纏わせて股座を這う。何度か擦り合わせて中指と薬指を潜り込ませ、縁を親指でなぞり、ぐちゅりと音を立てて。右手で胸を揉みながら左手を蠢かせる。

 

「ン……ふ、」

 

切なげに軽く眉を寄せ、右手の指を咥えて唾液を塗して色の薄い上を向いた乳嘴を指の間に挟んだ。

親指で陰核を小刻みに押し潰しながら、左手が浅くピストンする。

 

「ぁ、は……ンン、ふ……ッは、」

 

汗が身体のラインを流れ、細い顎からもぱたぱたとシーツに散る。いっそう、手の動きが荒く、激しく、自らの肉体を弄ぶ。

途端、びくりと華奢な肢体が震え、背中が僅かに反り、唇が微かに噛み締められ、───ひと際強く、身体が震えた。

京一郎の背後で黒い尾がぴんと伸びる。

 

「ぁ、───ッんん……っ!」

 

甘く、絶命のひと声のような声の弾みと共に身体が弛緩した。

肉体の痙攣が収まった頃、きろりと潤んだ黒目がおれに向く。

 

「は……これで、満足?」

「……そう見えるか?」

「ふふ。全然」

 

煽られたのかと囁くような声音に返す言葉はなかった。陰裂から流れる液体に、知らぬ振りをした。

 

 

 

 

挿入れる一物などないというのに、京一郎はおれを押し倒して脚を差し入れ、ぐりぐりと陰部を擦り合わせるように腰を揺らす。

 

「貝合わせってヤツ?」

「は……物好きな」

「俺だって詳しくないからそれ程知らないけどな」

 

男だし、と。

擦れ、散々弄られた陰核が芯を持ち、奴の脚にぐりぐりと押し潰される。無毛である所為か京一郎の性器の形すら明確に分かり、腰を動かす度に表面を掻き乱されて息が上がる。それは上に乗る此奴もそうだろう。

ぬちぬちと何方とも知らぬ愛液が微かに音を立てる。

 

「は、ふ……ッん、ふ……ッ」

「ァ、は、ンンっ……」

 

嗚呼、少し物足りない気もするが、確かにこれはセックスだろう。視界の端で金と黒の尾がくるくると絡み合って揺れている。

身体を倒した京一郎が首を伸ばしておれの頭頂部付近の耳を噛む。目の前に来た奴の喉をざらりと舐め上げれば、ひくりと喉が動き、ぐるぐると音を立てる。己の喉からも似た音が出ていると此処で漸く気が付いた。

 

「これ、っ……悪く、ねぇな」

「ンぅ……ッ、」

 

確かに、悪くない。

ぎちりと奴の脚を掴んで引き寄せて自分の快楽を追う。滑らかな大腿は馴染みがあるようでなかったが、確かに京一郎の物だと自然と受け入れられた。

 

「フーっ、フーっ、……あぁ、イきそ、」

 

飢えたような顔で舌舐りする女の姿に、奴だと分かっていても、外見の清楚とは裏腹な淫猥を感じさせられて目が眩む。

 

「ふ、ゥウ……ッ!ァ、ん、んッ、も、イく、」

「はぁ、ア、俺も、んぅ、ッ」

 

肌がぶつかり合う乾いた音が表皮の軽い痛みと共に響くのすら快楽で、ほぼ同時に達した、らしい。達した後も本能的に腰を揺すり、伸し掛る雌の鼻面を舐める。視線に気付いた京一郎もくるると喉を鳴らすとべろりと頬を舐め、そのまま唇に噛み付いて舌を絡め取った。

 

満足感は、まあまあだ。ただ、やはり少しばかり足りないし、何よりナカが切ない。結局指すら挿入れていないままだ。

それを知ってか知らずか、京一郎は身を起こす。

 

「……お、スタンド効果切れた」

 

瞬く間に男の身体に戻った京一郎へ、獣の本能のままに飛びかかった。

 

 

 

 

 




初めてレズセ書いたけどこんなんでいいのだろうか……?(シンキングフェイス)
続き書くとしたら京一郎×ケモ耳尻尾D様(にょた)になる。アンケ置くんで良ければ

Q.なんでそんなに開き直ってるんですか?
D様「おれは女になっても強く美しい」
京一郎「あっ、そぉ……」


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第42話★

前話の続きと本編。

京一郎×ディオ(女体化)


 

まるで本物の獣になったかのように。

そのままベッドに押し倒すかのように飛び付いて来た彼に思わず目を見開く。先程までその呼吸を落ち着かせていた筈なのに今は荒く、明らかに興奮を示していた。既視感あるよね。

 

「……シたいの?」

「フーッ、フーッ……!」

「そっか」

 

言葉は無く、けれどべろりと顎から目元までを舐め上げられて、成程と頷く。逸るようにその右手が俺の陰茎を握る。手荒くその女の手が上下され、少しでも早く俺を昂らせようと今は平たい胸板や首筋に唾液を垂らしながら舐めては齧る。

押し当てられるふわふわとした胸の柔さが心地いい。仕草とは裏腹に臀から伸びる尾はぴくぴくと跳ね上がりながらも緩く左右に揺れている。脚あたりに擦り付けられる秘部からは愛液が溢れ、ぬちぬちと湿る。

 

「慣らさないと。触るよ」

「───あ゛っ?!ァ、お゛……ッ?!」

 

指を隙間から差し入れれば、彼はびくりと身体を震わせて崩れ落ちる。

 

「あ゛〜〜〜……ッ!んァ、ぁ゛、や、ァァ……ッ!」

 

待ちかねたかのように肢体をくねらせ、俺の腕と指で自慰するように腰が押し付けられる。

乳房と太腿。弾力と柔さにきゅうきゅうと挟まれて右手が大変幸せである。

 

「お、いッ……!」

「ン。なぁに?」

「ちんたらする、なッ!慣らすんだろうがっ、……はァッ、早くしろこのノロマッ!」

 

首元まで肌を赤くしながらもそんな口振りなので、俺はにっこりと微笑んで指を突き入れる。

 

「ァ゛、ひィ……ッ?!んひ、ぁ゛ぁ〜……ッ!」

「じゃあ俺の手でオナニーするの止めような?……ウフフ、凄いね、全部ぬるぬるで洪水みたい」

「い゛うなマヌケぇッ……!!」

 

口が減らない悪いコには指を増やしてあげようか。

指が増やされる度に泣いているかのような嬌声があがる。

 

「はひィ゛〜〜ッ?!ァ゛、あ゛、下手くそ、ォ゛、」

「懲りろよ」

「ァ゛が……?!は、ォあ゛ああーーーッッ!!」

 

ぐり、と指を曲げて腹側の、Gスポットと呼ばれる場所を抉り、陰核を膣から突き上げる。途端、ぎゅう、と指が締め付けられた。

 

「あ゛お゛ッ?!ゃ、や、めろ゛、!つよ、ぃ゛ぃ……っ!」

「“気持ちイ”なぁ?」

「ッ……う゛う゛ぅ〜……ッ!」

 

体勢を入れ替えてしおらしくなった彼をベッドに押し付け、もう少し奥の愛撫まで済ませてぬちゅりと指を抜く。十分熟れて濡れていたので、指の届く範囲で奥を解しておけば痛みもない筈だ。

 

「ナマがいい?スキン付けようか」

「も゛、ろ゛っちれもいいがら、早く、ゥ゛……ッ」

 

……、まァどうせ30分かそこらで彼の身体は男のそれに戻るし、性感染症もお互い持っていないし、このままでいいか。今更だしな。

ぼろぼろと零れる涙を拭ってやる。目尻の赤さが痛々しい。紅を塗ったかのような赤くぷっくりとした厚い唇にキスを落とす。潤んだ瞳を揺らし、存外素直に瞼を閉じた彼の頬に手を当ててバードキスを送りつつ、するりと片手で横腹を撫でる。

 

「痛かったら言えよ」

「……は、ァ……」

 

ぶる、と身体が震え、脚にふさりとした尾が絡む。

恥じるものなどないと言いたげに脚を広げ、鼠径から臀裂にまで淫液で彩った薄赤のそこに、ベッドテーブルの引き出しから出した潤滑剤で自身を濡らして押し付ける。

 

「ぁ、」

「コッチに集中して」

 

少し怯える耳を食んで上を向かせてキスを深める。

下に気を遣り過ぎると要らない力が入る。彼に女として破瓜の経験がある筈も無く。処女なのだからそれはそう。

 

「いつもみたいに、ね」

「……ッ」

 

深く食い合うようにキスを交わし、そのまま腰を引き寄せて、ゆっくりと突き入れる。

 

「ン゛、ふ……ぅう、」

「っは……上手。痛くない?」

「ッうるさい。女扱いをするな」

「悪い悪い、ついね」

 

処女だしなあ……。

快楽に顔を歪めたまま不機嫌そうに言うなんて器用な真似をする彼を宥め、先程指で押し上げた所まで突き上げる。

 

「ンヒッ……?!ぁ、や、また……ッ」

「ゼリー追加するね」

 

そう言いながら小さく主張する陰核に人肌程度に掌で温めた潤滑剤を塗した指を押し当てた。

 

「あ゛ッ!?あ゛、ャ゛、ァがッ───♡ッ!」

 

踊るように身体を跳ねさせて俺の下で悶える彼があまりに愛らしい。広げていた脚も絶頂の波には逆らえず俺を挟み込み、内側からも外側からも刺激を受けてシーツを滑る爪先がきゅうと握り締められる。

 

「……ッはーーっ♡、はーーっ♡、ゥ、あ……っ、!……、……ッッナミセェッ!!」

「うわ吃驚した。なんだよ」

 

割とマジの声量で怒鳴られて首を傾げる。威嚇音すら鳴らされる程キレられるような事したか?変わらず脚に絡み付いている尾をちらりと見下ろしつつ。

 

「っおれの許しもなく勝手に動きやがって、ッ!」

「……気持ち良くなかった?盛大に仰け反ってたケド」

「ッ!」

「おまえ自分のペース乱されるの嫌いだよなア。思わず衝動的に怒るくらいには。他人のペース乱すのは好きなのに」

 

一方的に気持ち良くイかされて屈辱でキレるとこ相変わらずで笑える。

彼はぐぬ、と喉を詰まらせてそっぽを向いた。

 

「おまえのナカはちゃんと気持ちイイから安心しろよ」

「……そういう理由でムカついたんじゃあない。勘違いするな」

 

まァまだ先しか入ってないんだが。

顳かみから流れる汗を拭い、その横顔に唇を落として、その細腰を掴む。

 

「入るよ」

 

達した後のナカは小さく収縮を繰り返すのが気持ちいい。うねるように先を食む襞を丁寧に剥がし、少しずつその身を犯していく。

 

「は、ァう……ッ」

「っは……」

 

ぬぐ、と小さく抽挿しながら押し入れる。体が揺れる度に波打つように跳ねる乳房に顔を寄せて乳嘴を舐めて歯を立てれば、がくんと四肢が大きく痙攣した。

 

「あ゛ぅッ?!ふ、ァァ……ッ!」

「あと半分、」

「ん゛あ……、あ、」

 

腹に手を当ててマッサージするように摩る。

 

「此処まで入るからな」

「う゛、あ……」

 

ぐう、とゆっくりと奥まで。浅イキの感覚に身体が弛緩して、奥から愛液がじゅわりと滲む。

 

「あ゛、あ……はぁ……ッ!」

「ふふ……締め過ぎ、っ……」

「うる、さい、」

 

熱っぽく上擦った声音が深く息を吐き出した。

最奥に届いたと同時に噛んだ指を離させ、代わりに口付ける。

張り付く前髪を避けて、流れる汗を拭う。

下に目を移せば柔い胸の谷間にも汗が伝い、引き締まった腹が呼吸と共にひくひくと蠢いて。剛直を口いっぱいに頬張って震える陰唇が、隙間からはしたなく涎を零している。

 

「処女喪失おめでとう」

「ッ貴様……!」

「時間もないから動くね」

「───う、グッ?!」

 

まるでノックするように軽く揺さぶれば、彼はびくりと身体を跳ねさせて口を噤んだ。どれだけ俺がその身を貶めるような揶揄いをしても何も言えずに睨み付けるしかないその様が愛おしいと思っているとは、多分彼は理解していない。

この舌が裂かれようと、どれだけ身体に穴を開けられようと、例え死んだとてこの悪癖は治るまい。

根元までしっかり埋め込まれて、発情で降りてきている子宮口が亀頭に当たる。

ポルチオを突かれる感覚に疑問を浮かべるのも束の間、彼は瞬く間に蕩けたような色を戸惑いと共に表情に乗せ、ぎゅうと俺の腕を握った。

 

「ゥ、んんーっ♡!ん、ふ、あ、ああっ♡!あ、ゃ、」

「奥、気持ちイイ?」

「調子、に、乗るな……ァ、ッ!は、あ、ッ♡あ♡」

「うふふ……脚、絡んできてる」

 

お手本のようなM字開脚だったのだが、仰け反る形で腰を浮かせ、耐え切れず縋るように膝から下が腰に絡んできている。

 

「そんなに子宮を突き上げられるのが気持ちイイ?あは♡もしかして孕みたいとか?子宮口がこんなに吸い付いて来てる」

「っっ、ん゛んッ♡!!っふ、うァあッ♡!あ゛、あ゛〜〜〜ッ♡♡!!」

「ほら、もっとこの俺に媚びて、精液を強請ってみな?」

「も、黙れぇ……ッ♡」

 

俺の言葉すら興奮の一助にしているのか。普通処女はこんなにも乱れない。俺が女であった時に加えて前戯まで焦らされて、その上で度重なる快感と俺からの言葉。さぞ昂っているのだろう。

肌を打付けると共に縋る指に力が入れられて爪が食い込む。毛足の長い尾がぎちぎちと脚を締め上げている。

粗相をする仕置として浮いた腰の下に手を差し入れて、脚に絡む尾の根元、尾骶骨辺りを指先で叩く。

 

「に゛ゃ、ぁあ゛ッッ♡♡?!」

「この辺り……神経が通っているから気持ちイイだろ?」

「ふに゛ゃっ?!ンぎ、ん゛ぅ〜ッ♡♡!ん゛にィ゛〜ッッ♡♡!!」

 

本能に抗いたいのか抗い難いのか。

力を抜いてしまえば奥を突き上げられる際の快感を、力を入れてしまえば抉り抜かれる快感を。

2点による悦楽はさぞ響く事だろう。

 

「あ゛は、ァ〜……ッ♡あ゛、ォあ、ッ♡」

「はぁ……そろそろ出すから……ちゃんと奥で味わって」

「ッッ……ん、あ゛、あ、」

「返事。……ディオ」

「ッ?!ゥあ゛ッ、ぁぁ……〜っ♡♡」

 

耳元を掠めるように名前を呼ぶと同時、ぐねぐねと腟内がうねり、雄を搾り上げる動きに変わる。ひくひくと跳ねる舌が唇に乗り、八の字に眉が下がり、蕩けた目が生理的な涙を零す。

 

「は、ゥ゛……ッ♡はら、あつい、ィ……ッ♡」

「ふ……良い子」

 

髪を地肌から掻き上げるように撫で、そのままさりさりと耳の後ろを爪で擽れば、くるくる、ごろごろと喉が鳴る。普段なら心地良い感覚も今では過ぎた快楽らしく、更にぎちぎちに締められる。

 

「きつ……、」

「〜〜〜〜ッ♡♡ィぐ、もぉ、イ、くッ!ひあ、〜〜……ッ♡♡!」

「ッ!ふは……!」

 

そうして喉を鳴らしたまま、息を詰まらせつつも身体が跳ね上がり、絶頂に痙攣した。

そのまま奥深くに射精して全て出し切るように腰を揺らせば、噴出する体液の熱さに彼は愚図るようにかぶりを振って身を捩る。

 

「ひゃ、〜〜〜〜ッ♡♡!!ん゛あぁ〜……ッ♡!」

「っっ……は、あ……気持ちイ♡」

「は……♡……ゥ……ア……♡ハ、ぁぁ……♡」

 

中イキの感覚が長引いているのか、胎内から男根を抜いても茫然としている。口を半開きにしたまま喘いでいた為か口の周りは唾液でてらてらと濡れて滴り、怜悧な目元は見る影もなく。

 

「あ……♡♡」

 

きろ、と眼球が緩慢に動く。俺の姿を認めると、彼はぐるぐると喉を鳴らして俺の首をその赤い唇で食む。

 

「吸血鬼の時の牙も持たないおまえがどうやって俺の血肉を食むの?」

「♡」

 

歯が当てられる感覚はなく、ただ子猫の甘え鳴きのような声を零す唇がぱくぱく当てられるだけである。その様が愛らしく、愛でるように耳を擽り、喉を摩る。

身体を捩るのは獣の本能だ。……より受精し易いように。その目には理性はなく、発情のままもう一度……、

 

───という所で、彼の身体が元に戻る。

 

「……、……?」

「ッフ、……ンフフフ……!」

 

ぽかん、と、それこそ彼の言うマヌケ面になったのが分かって、耐える事無く笑う。見る見る内に不機嫌になった彼はヒトの歯で血が滲む程強く俺の首を噛んだ。

 

「ッ……!いって、」

「……」

「おまえもノリノリだったろうに……いたたた、」

 

嗚呼、可愛い。女であろうと男であろうと、彼は幼い頃から変わらず愛らしい。

 

「子供出来てたら大切に育てような、ッ〜〜〜てぇ゛ッ?!」

「次にふざけた言動をしたら食い千切る」

 

ウフフ、いつもの事じゃあないの。俺が戯言を吐くのなんて。好い加減慣れろよな。

 

 

 

 

 

 

岸辺露伴の屋敷が半焼したらしい。

何をどうしてそうなったのか。……どうやら虫眼鏡を放置した所為で発火したようだが、そんなもので火事になるか?とも思った。……まア、露伴くんは漫画家だ。燃えるものなど山のようにある。怪我はないようだが住むところを失った彼はホテル住まいという訳だ。

一応、彼には一時の避難場所として此処を打診したのだ。けれど彼はそれも貴重なリアリティとして、それにジョースターらが泊まるホテルに泊まって彼らを観察したいとの事で、困った時には寄らせてもらうという事だった。露伴くんの今の優先は彼ららしい。とはいえ、俺に対してもそれなりに興味は残っているらしいけれど。暴くのは本腰を入れてから、というのもありそうだ。

 

「自意識過剰じゃあないか?」

 

書庫の帰りか擦れ違い様にそう鼻で笑うディオに首を傾げる。

 

「俺はこんなにも妖しくて美しいのに?」

「おれの方が上だが?」

 

いやん、張り合っちゃって。

 

 

 

ところで、俺の屋敷の大事な使用人のひとりが俺に尽くし過ぎてスタンドを酷使し、その反動で現在入院中だ。そろそろお見舞いに面会しに行ってもいい頃合なので今から出掛けるところである。

 

「帰りに何か買ってきて欲しい物とかある?」

「酒」

「おまえはまだ未成年だからだァめ」

「チッ……本」

「はーい」

「ママ、そろそろ紅茶の葉っぱ無くなりそうだってドナテロが言ってたよ」

「まあ。ありがとうリキエル」

「今日の夜ご飯、久しぶりにママが作ったのがいいなぁ」

「うふふ!分かったわ、楽しみにしていてね?」

「やったぁ」

 

にこりと愛らしくはにかむリキエルの頭を撫でてバッグを肩にかける。手にはお見舞いに1人分のフルーツバスケット。いつものように顔を隠すヴェールとサングラスをして外靴に履き替える。

 

「いってらっしゃーい!」

「ンふ。行ってきます」

 

 

 

 

 

町は今日とて平穏で、スタンド使いからしてみれば少し騒がしい。吉良吉廣()は彼なりに上手くやっているようだ。

 

「やっている事は戦力の逐次投入。愚策も愚策だけど」

 

徒に仗助達の経験を積ませるだけだ。その点、やはり組織的な存在の方が使える手段は多い。十分な財力や求心力は必要だし、裏切りや敵対者にも気を付けなければならないが。ああ後、運とか、審美眼とか。

俺は恵まれている。俺こそが信仰対象だと言わんばかりの頭の弱い人間(誰にも言えない事で悩める仔羊)達も、俺の本性を知った上で心酔する可愛らしい信者(悪魔崇拝者)や使用人達も。俺に付随する金や力、知識、淫魔による快楽を求めて侍る者(利己主義者)も。彼らの望む通りに振る舞うのは少し面倒だが、俺のありのままを愛でるが如く受容(需要)に満ちている。さて、どちらが支配(利用)されているのやら。

……とはいえそれもこれも、お友達である権力者諸君や彼による恩恵がデカイ。前者は徹底的に快楽と恐怖で脳味噌を焼き切ってある。ホラ、俺は美しい(淫魔だ)から。

やってる事は殆ど彼と一緒だ。彼とは違って俺は表には出ないし、不必要に一般人を害さないけれど。俺は別に世界の支配は考えちゃいないので。傾けるなら国で十分なのである。

 

「やらせてる事といえばアイドル(偶像崇拝)と一緒じゃあない?相談事は破格の値段で斡旋から解決までしてるし、それ以上は俺からは特に求めてないし、困窮者には資金援助もしているし」

 

レディはどう思う?

罪な存在だとレディは肩を竦めて見せた。

 

 

 

そんな無駄話(独り言)をしていればあっという間にぶどうヶ丘総合病院に辿り着いた。暇なので散歩がてら徒歩で来たので大分遅くなってしまったが。面会時間ギリギリだが、病院の方には連絡を寄越してあるので予定通りである。あまり人が多いのは好きじゃあない。感情の坩堝である病院は特に()が疲れる。視えづらくしてあるが、完全に視えなくしてしまう程警戒心をなくした覚えは無いのだ。

 

「こんにちは」

「……こんにちは。面会の方でしょうか?」

「ええ。連絡していた水瀬です」

 

面倒臭いというのを隠しもしない看護師は視線を書類に向けたままだったが。俺の声に渋々顔を上げてからというもの、途端に目を見開いて硬直する。

 

「……あの?」

「はっ!し、失礼致しました!○○さんのご面会でしたね?306号室になります!」

「ありがとう。……素敵な笑顔だね、キミの顔が見れて嬉しい(・・・・・・・・・・・)よ」

 

……イラッとしたのバレたかな?思わず変装解いちゃった。

 

 

 

扉のノック音に上擦った入室許可がおりる。

 

「こんにちは。体調はどう?」

 

笑声の含んだ俺の声に耳を赤くしながら、点滴に繋がれた男は笑みを浮かべる。

 

「はい……御蔭様で……」

「倒れたと聞いて驚いてしまったよ。無理をさせてしまってごめんなさい」

「い、いえ!私がしたいと思っての事ですので……!それよりも、貴方に此処まで来て頂いてしまって……」

「いいのよ、私がしたいと思ったの」

 

しなやかに傍の椅子に座り、ベッドテーブルにバスケットを置いて。

彼の痩せた手に触れる。

 

「───ね?」

「ッ……!ありがとう、ございます」

「しっかり療養してちょうだい。キミは無理をしてしまうから、少しくらい休んだって誰も咎めたりしないよ」

 

跳ねるその手を持ち上げて、祈るように、ゆっくりと唇を甲に寄せる。

 

「は。……ぁぁ……、きょういちろうさま、」

「ウフフ。ねえ、私に尽くしてくれる可愛い可愛い子……早く元気になって、私の袂へ還ってきてね」

「───はい。我らが愛しき艶美なる悪魔よ、慈悲深き夜の魔女よ……必ず、貴方の元へ……」

 

涙ぐんで、嗚咽を堪えて、男は爪先に口付けた。

 

 

 

暫く談笑して、食欲がありそうだったので果物を幾つか剥いてやり、体調を鑑みてそこそこで退室する。

全く、俺の信者(友人)はいじらしいなア。これだから愛でるのをやめられない。やり過ぎたら暴走しかねないが、2、3日軟禁でもされて何もかも任せれば満足して解放するのだから可愛いものだ。命が危なくならない程度に周りに粛清されるけど。それで俺がテレンスに怒られる。

ともあれ元気そうでよかった。栄養失調で2ヶ月入院なんて、大分重症だと思うのだけど。生命力が目減りしていたから、彼のスタンドは生命エネルギーを消費するのだろう。退院したら無理させないよう見張らせつつ3食しっかり食べさせてやらなきゃア。

 

エレベーターから降りて受付まで歩いていると、何やら騒がしくて咄嗟に脇に寄る。

あの小さな背は、康一くんだ。

看護師に必死に言い募っていたが無下にされて馬鹿にされ。康一くんは途端に表情を落とすとスタンドを顕にする。

看護師の傍にある薬品棚の上の大きな瓶が数本落ちかけ、看護師が慌てて支えた。けれど看護師は予想外の重さに冷や汗を流す。それもそう、スタンドとは埒外の力だ。物の重さを増す康一くんのスタンドに、徒人が抗える筈もない。

 

「“525号室の噴上裕也”。康一くんがそれを知りたがるって事は、その彼が今起きてるスタンド事件の犯人ってとこか」

 

さて、どんな事件だったかな。報告に上がっていただろうか。

俺はエレベーターの脇に寄り掛かっていたのだが、物凄い速さでやってくる誰かの───仗助くんの為に、エレベーターの開ボタンと5階を押す。

 

「京一郎さんッ?!」

「行きなさいな」

「サンキューッ!助かったぜ、康一、京一郎さんッ!」

 

見事なウィリー走行の後にエレベーターの壁に衝突、同時にエレベーターが閉まる。彼の背後を走る無数の足跡は一部がエレベーターに挟まるも、康一くんの機転によって地べたに這い蹲った。

 

「でも、『ACT3』の『3 FREEZE』は一撃1ヶ所しか攻撃できない!残りのヤツは仗助くんを追っていくッ!」

「止めたらいいの?」

「き、京一郎さんッ?!出来るんですか?!」

「残っているのは止めてあげる。追ってるヤツは仗助くんに任せるよ」

 

このスタンドは1つ1つ同じスタンドの集まりだ。スタンドとは側に立つもの。守護霊のようなもの。魂の半身。魂ならば、俺の管轄内である。

 

「『ホワイト・ポニー』。制限は一応、“スタンドの固有能力の阻害”と“外界との遮断”。脱出条件は“100kmの走破”。幾らでも持っていっていいから───“閉じて”」

 

現れ立つ黒い聖なる乙女は微笑みと共に、かのスタンドを空洞な胎へと収め、ふわりと降り立った。

 

「……案外生命エネルギーを持っていかれたな……。それだけこのスタンドは強いものだという事か」

 

日々からエネルギッシュな彼と戯れていて良かった。蓄えなら潤沢だ。

 

「京一郎さん、い、今のは……?!」

「『ホワイト・ポニー』は内部に魂を閉じ込める檻を作り出す。部屋の中はある程度設定出来てね。かなりスタンドパワーを使うが、制限と脱出条件の設定が出来る。ナカが少し脆いのはご愛嬌ね」

 

どうやらこのスタンドは対象を高速で追い掛け、触れた対象の生命力を吸い取る能力があるようだ。見事に吸い取り合戦が内部で始まっている。何よりも外界を遮断して正解だった。テレポートの力もあるらしく、消えたと思ったらべちべちと弾かれて暴れている。この能力の阻害をするために生命力をかなり消費したのだろう。

一部でしかない癖に生意気だな……半分くらい吸ってしまうか。

 

「見たところ……バイクに乗った仗助くんを“追い掛けていた”という事は……“追い付いてはいない”という事。あの速度は大体時速60km程度でしょう?それなら100km“走破”で1時間と40分。テレポートなんて無粋な真似は条件を満たさない。ちゃあんと“走って”おいで。……それだけあれば仗助くんなら何とか“する”わ」

 

 

 

───さア、ひた走れ。ここから抜け出したくば、このだだっ広く真っ直ぐに伸びる荒野の道路を。

 

『条件は示した。本体が無事な内に……間に合うといいね、名も知らぬスタンドさん?』

『ックソ!誰だテメェ……ッこっから出たらタダじゃあおかねぇぞッ!!』

『ウフフフ……無駄口を叩いている暇があるのかしら』

 

走りなさいな。回し車を走る鼠のように!この俺の()の中で!

 

 

 

「あの短時間でそこまで……!……その、ところで、」

 

後は仗助くんを信じるしかない。という所で、恐る恐る康一くんが問い掛ける。

 

「魂って、スタンドだけじゃあなくて……人間も?」

「ウフフ。ご想像にお任せしようかな?」

「ひぇぇ〜……!」

 

 

 

少しして、外の噴水に噴上裕也が降ってきた。同時に胎の中にいたスタンドを解放する。ある程度スタンドが自立するくらいの蓄えていた生命力は勿論吸収した。収支は若干のマイナス。……まアこの程度で彼らの信用の一部となるのならいいけれど。

 

ボロボロの様相だった仗助くんをそのまま病院で治療してもらい、院内の破損した部分は彼のスタンドが直していった。まるで狐に化かされたかのように目を白黒させていた看護師と医者を背後に家路へ。

仗助くんはトンネルに置いてきたという、養分を吸い取られて動けない露伴くんを助けにバイクに乗って走っていった。緊急事態とはいえ色々な場所を壊してきたらしく、ついでに全て直しに行くそうだ。

別れる前、仗助くんはくるりと俺に振り返って頭を下げた。……そういう所、仗助くんの美徳だな。

 

「京一郎さんもありがとうございましたッ!スッゲェ助かりました!」

「ウフフ……偶然あそこにいたからね。助けになったなら良かったよ」

「ウッス!それじゃ、先行くわ康一ィ、また学校で!京一郎さんも、また!」

「うん!じゃあね、仗助くん!」

「またね、仗助くん」

 

病院の前で仗助くんと別れた後、康一くんと途中まで一緒に歩いた。どうして俺が病院にいたのかとか、俺の屋敷に使用人がいる事だとか、スタンド能力の事だとか。

言うまでもない事だが、俺は自分が普通の人間では無い事も、スタンド能力の一部も明かしていないままだ。

犬の散歩があるという康一くんと別れ、俺も真っ直ぐ家に帰ろうとして。

 

……彼と子供たちの為の買い物を忘れていた。

 

「……。テレンス?ちょっと買い物に付き合ってくれないかしら」

───「手隙の者を寄越しますね」

「偶には付き合ってくれてもいいじゃあない」

───「時間外労働はしない主義なので」

「あー……じゃあ代わりの人選お願いね」

───「承知致しました」

 

 

 

 



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第43話

 

 

「康一くんがいなくなった?」

───「そうなんス。今から裕也……噴上裕也に“臭い”を辿ってもらうつもりなンですけど、京一郎さんにも調べて貰いたいんスよ」

 

……まるっきり便利屋だな。良く言えば気軽に助けを求められる大人とも言うが。

確かに特定の誰かを探すというのは、未成年の彼らからすれば自分の足で行うしかない行為である。命の危険の最中にある彼らが、友人が危機に陥っているかもしれない中で、それに長けた誰かを素直に頼る事は道理で至極真っ当だ。歳を重ねる毎に自分の無知を理解し受け入れ、その上で他人に助けを求め、頭を下げて頼る事は難しくなる。それ故にその青さが、時に大人よりも早く最短を、躊躇いもなく掴み取るのだ。

 

「いいよ。詳しく教えてくれるかな?康一くんがいなくなった場所、時刻───、?……おや、」

───「ど、どうしたんスか?」

「……今キミは何処にいるの?」

───「ぶどうヶ丘総合病院スけど……」

「そう……そのまま、噴上裕也を連れて康一くんの消えたらしき現場へ向かって。そこで私と落ち合いましょう」

───「! 来てくれるんですか?!」

「勿論。私にとっても康一くんは、なくてはならない大切な友人だからね。……それは勿論、仗助くん。キミもだよ」

 

 

 

外着を引っ掴んで玄関を出る俺に、彼はまたやっているのかと言わんばかりの顔で一連の流れを見ていた。

 

「また、奴らか」

「そう。助けが欲しいって言われてね」

「は。ご苦労な事だ」

 

表に車を回させ、直ぐにでも現場へ向かう手筈となっている。

 

「子供に頼られて無碍にする大人は現代日本では“悪”とされるのよ」

「生温いな……」

「意図が無いわけじゃあないさ。俺は悪い大人だからね」

 

19世紀の貧民街を実父にも虐げられて生きた彼がそう思ったって仕方が無い。

 

「愉快でしょう?善人だと見ていた相手が人に巣食うどうしようもない存在だとも知らずに」

 

彼はふと眦を弛めた。

 

「……悪趣味め」

「お互い様だろうに」

 

 

 

程近い場所で車から降りて急ぎ足に現場に現れる。

既にその場にいた噴上裕也と仗助くん、そして仗助くんの腕の中で気を失う女性の姿に、遅かったかと目を細めた。

 

「仗助く───」

「来るな京一郎サンッ!!今此処には敵がいるッ!!」

 

恐怖の滲んだ声音に足を止める。

……仗助くんの周囲が何者かに付け狙われていたという事は分かっていた。尾行者が仗助くんの傍にいた事も。気付かれる事を危惧して敢えて仗助くんにそれを伝えなかったのだが、様子を見るに間違いでもなかったが正しいとも言えない行動だったのだろうか。

そしてその尾行者だが。此方の動向もこそこそと嗅ぎ回っていた。まア碌な情報は得られていないようだったが。一応悪の本拠地と言えなくもない場所なので。……不用意に屋敷を窺うものだから、屋敷を守る使用人に悪意を察知されて逆に個人情報を根刮ぎ剥ぎ取られていたような。

サテ、十中八九人質を取られているだろうこの状況で、俺は顎を摩る。

魂の捕捉は出来ている。今この瞬間に襲撃者を鹵獲する事は可能だ。けれど、俺はその選択肢を即刻切り捨てた。

今“戦っている”のは仗助くんだ。

 

 

 

「(しめた!水瀬京一郎だッ!奴のスタンド能力は計り知れない……優先順位は低くない。空条承太郎の後はヤツだ。そうすればもうボクを止められる者はいないッ!)」

 

仗助の恐怖のサインを見逃さないよう目を凝らしながら、少年は紙の内側に潜んでほくそ笑む。

町外れに近い場所にあった屋敷は警備が厳しく、中を窺うどころか近寄る事すら難しかった。顔と特異な能力だけは写真のおやじに教えられていたが、その詳細もあまり詳しくない。

 

「(その秘密主義は不安要素だが、ヤツも人だ。ボクは恐怖の引き出し方をよく知っている)」

 

今は無理でも次があるのだから、この時は東方仗助と噴上裕也に集中するべきだ。

そうして、致命的に見誤った少年は、仗助の元に姿を現した。

仗助に決定的な恐怖を与える為に。

 

 

 

「ひょっとしたら康一かもしれないと思ったら……万が一でも!康一だっつー可能性があるのなら!───その“紙”を助けに行かねえ訳にはいかねえだろう……!」

 

その言葉が、この場にいた男の心を動かした。

まるで絶望に似た感銘、尊敬、そして自己嫌悪。

その薫香にうっとりと頬を染めながらも、それを啜る事はしなかった。だってこれは俺の物では無い。俺が齎した物では無い。

存分に恐怖を煽った少年は広瀬康一と書かれた紙を車道に飛ばし、車に轢かせようとした。それに恐怖のサインを示しながらも仗助は飛び込んでいき……少年によって紙にされたのだ。

 

 

 

“エニグマの少年”は広瀬康一と書かれた缶ジュースを仕舞った紙を躙り潰し、噴上裕也に向き直る。仗助くんに手を貸さなかったのは賢い行いだったとかなんとか……。噴上裕也の恐怖のサインを指摘し、命拾いだと笑った少年は、次にと俺に向き直る。

 

「さて……次はアンタだ、と行きたいところだが。ボクにも優先順位というものがあってね……」

「フ……なんだ、私の相手はしてくれないの?」

「安心しなよ。空条承太郎の次はアンタだ……だが、アンタに敵対の意思がないなら別だ」

「あら……私の“恐怖のサイン”を探れていない、の間違いではなくて?」

 

俺と少年の間に風が流れる。態とらしく解れた髪を耳に掛け、リラックスしたように笑みを向ければ、少年はひくりと口端を引き攣らせた。

 

「キミ……“焦って”いるね?仗助くんに策を見通されていたのだと知って。『クレイジー・ダイヤモンド』の力でキミのスタンドに抗った姿を見て。強がってはいたけれど……とても圧倒されたでしょう?恐怖、とまでは行かなかったね?どうかな……キミが彼のような立場に立ったとして……キミはどんな“恐怖のサイン”を見せるかな……?それには興味があるわ、私」

「……ッ!」

「……ウフフ。行きたいなら行くといいよ。どうぞ」

 

こちらを警戒しながらポケットから紙を取り出して地面に置くと、忽ちタクシーが姿を現す。

そのまま後退るようにタクシーに乗り込む姿を見送っていると、噴上裕也は俺に詰め寄った。

 

「アンタッ!仗助の味方じゃあなかったのかッ?!」

「そうだよ(今はね)。それが?」

「ッ、おれは……おれは、アイツを助ける。逃げるなら今の内だ」

「……へえ?キミ、あんなに怖がっていたのに。どういう風の吹き回し?」

「これが……これがもし!“紙”にされたのがもし!おれの女だったら……!」

 

バカだけど、いつも元気づけてくれる女どもだったらと思うと……あの女どもの誰かだったらと思うと!

噴上裕也はタクシーの方を憎々しげに睨み付けて、まるで仗助くんに宣誓でもするかのように。

 

「てめー、おれだってそうしたぜ!」

「……ウフ。素敵ね」

 

タクシーを強襲した噴上裕也の『ハイウェイ・スター』は仗助くんの紙を奪取しかけたが……外に追い出された上で車のスピードが上げられて、追跡は出来るが追い付けていない。

 

「やつの紙……開けるだけで仗助と康一を元に戻せたのか……」

「……。オーケー、乗りなさいな。噴上裕也」

 

気絶した女性を横抱きにしながら、乗ってきていた車に噴上裕也を誘導する。

 

「アンタ……」

「行けばいいとは言ったが、追わないとは言っていない。あの場には人質がいたからね……まア、危険は承知さ。私“も”、仗助くんの味方だからね」

 

今のキミはとても良い顔をしているから。

 

 

 

車に乗り込んで直ぐ、前方を走っていたタクシーは停車する。

曲がり角手前で車を降りてタクシーを伺う。タクシーはまるでスリップしたように、けれど事故があったようには見えない不自然さで停車している。

 

「アンタは下がってな!」

 

俺を庇ってか、それとも信用に置けないとカンが働いたか……覚悟を決めた噴上裕也は臭いを辿りながら車を窺い、勢い良くドアを開く。

ぶわりと広がった炎を冷静にスタンドで断ち切り、座席に無造作に置かれた紙を開こうとして、先ず臭いを嗅ぐ為に紙に顔を寄せ……中から現れた蠍に驚いてスタンドの腕を振り上げ。紙から飛び出た蓋の空いた瓶が紙を焦がす。

 

「塩酸、苛性ソーダ、硫酸……といったところか……」

「ま、待て、アンタは触るなッ!“鉄”の臭いだッ!機械か、別の何かか……!っ……、ッちくしょう!開けるしかねえぜ!」

 

開けようとする俺の手を避け、サインを出さぬよう耐えながら、噴上裕也は紙を開いた。

バチィッ!と。噴上裕也の身体に電流が走る。

 

「で、電流だ……!」

「形を留られないものすら紙に封じ込めるとは、……!」

 

譫言のような噴上裕也の言葉には隠しきれない恐れがあった。

“機械”の、臭い。

途端、内側から巻き込まれるようにして紙が“裁断”されていく。

ざくざく、ざくざく、と。

 

「───シュレッダー!」

 

紙の端を掴んで電源を切ろうとしても、改造でもされているかのようにそれはボタン操作を受け付けない。

 

「仗助!康一ィィーーー!!」

「あぁ……。……レディ、頼めるかな」

 

仕方ないと言いたげに、『ホワイト・ポニー』は躊躇いなくシュレッダーの中に手を入れた。

彼女ならシュレッダーを破壊する事はまア、出来なくもないが。直ぐ様稼働を止めるなら、内部の刃を動かなくさせてしまえばいい。

『ホワイト・ポニー』が回転する刃の間に手を差し入れ、握りしめるようにして力を込めた。途端、両手に引き潰れるような痛みが走る。手の骨を、皮膚と肉を、グチャグチャに掻き回し。今も尚食い込む刃の鋭い痛み。幾重にも牙のついたグロテスクな金属のローラーに骨が軋む。

 

「ッ……ふ、」

 

“恐怖のサイン”を見せた噴上裕也が紙となった事で、噴上裕也が仗助くんと康一くんの紙を引っ張り出して開いた。

 

「うふ……やるね、噴上裕也」

「アンタこそ、な……」

 

俺の引き潰れて切り裂かれ、無惨になった両手を見て、噴上裕也は驚いた顔をして、ふと微笑む。

 

「おれの負けだ……マジでビビッたよ───」

 

 

 

後はお察しの通り。

仗助くんは宣言した通りに殺す……ではなく、死ぬより屈辱的で凄惨な生を“エニグマの少年”に進呈した。彼はシュレッダーの中にあった紙と同化するように、『クレイジー・ダイヤモンド』の治す力で本と化したのである。

 

「全く無茶するぜェ〜京一郎サン!」

 

仗助くんのスタンドで両手を治療されつつ、あんまり役に立たないでごめんねと伝える。

 

「役に立ってない事ないですよ!」

「……同感だ」

 

康一くんと噴上裕也にそう言われ肩を竦める。

 

「おれァ……アンタを誤解してた。傍観してばっかで碌に動きもしねえってな……だが、さっきのアンタの姿見て、痛みも恐怖もなく笑ってたのを見て……それが間違いだったって気が付いた」

 

悪かった、と噴上裕也に頭を下げられて、俺は困ったように苦笑した。

 

「事実だよ。あの少年に警戒されて……人質を取られていたとはいえ、もっと早く、スタンド能力を使えば良かったの」

 

ごめんなさい、と。今度はしっかりと頭を下げる。

 

「こんな臆病な大人で、恥ずかしい限りだわ」

 

オロオロと俺たちを窺う仗助くんと康一くんの気配に、俺たちは同時に顔を上げ、苦笑して。

 

「私は水瀬京一郎よ」

「噴上裕也だ。よろしくな、京一郎サン?」

「ええ、よろしくね。裕也くん」

 

 

 

 

仕方がないから、もう少しやる気を出さなくては。

楽しんでばかりだと怒られてしまうね。

あのいたたまれなさは彼らが純真な学生だからだろう。学生時代の俺にそのような時期があったかはノーコメントであるが。

珍しく疲れたように息を吐いたからか、顔を見合せた子供たちはお茶の準備をし始め、リキエルが肩揉みしてあげると引き摺ってきた椅子の上に立って俺の肩に手を置く。

 

「あら……まあ。ありがとうみんな」

「いーよ。ママ疲れてるんでしょ?」

「身体は変わりないのだけど……気持ちは少しだけ疲れちゃったのかもね」

「じゃあおれ達がママを癒してあげる〜」

「……ママはパパがいいかもだけどね」

「ウフ。そんな事ないわ?寧ろパパと一緒にいたら、ちょっかい掛けたくなっちゃうから……」

 

彼らの行動を観察し、その輝きを見つめるのは……薄闇に慣れた目では焼け爛れてしまいそうになる。

まさに黄金。魂の輝き。

……だからか、俺が俺の為に誂えたこの箱庭は落ち着くのだ。

 

「お茶出来たよ」

「お菓子もバッチリ!」

「ありがとう、ドナテロ、ウンガロ。リキエルも……横においで、お茶にしましょう」

「うん!」

 

 

 

 



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第44話

 

 

 

『この文面は焼け焦げている』

 

 

 

 

 

 

男はその日、承太郎らに呼ばれて吉良吉影の捜索へ加わる予定にて外出する。

 

「行くのか」

「呼ばれてしまったから仕方がないね」

「……ふん」

 

鼻を鳴らして、彼は玄関に出る男を見送る。

 

少し掛かるが歩きで向かう途中、雨が降り始めた。

男はごろごろと雷が唸るのも他所に片手を上げて見せた。承太郎から受け取っていた、“川尻隼人”の写真を手に。

8時32分。

 

「やあ、遅れてしまったかな?」

「お、京一郎さん!遅れてんのは露伴のヤローだけッスよ!」

「おはよっす!京一郎さん〜!」

「うふふ……おはよう、仗助くん、億泰くん。康一くんに承太郎さんも」

 

少年を取り囲むような様相に首を傾げつつ。よぉく見ればこの少年、写真の“川尻隼人”本人だ。

露伴が此処で待ち合わせをしたのはこの為だったのだろうか。けれど、当の露伴本人は車を停めたまま忽然と姿がない。

仗助達も少年が“川尻隼人”だと気付いたのか、写真を手に話し掛けている。

少年から香る、絶望と焦燥の感情。けれど少年は犯人に与している訳では無い。

 

「言っちゃダメだッ!」

 

紛れも無く、自分の為ではなく他者の為の言葉。男は手を顎に当てる。決死の言葉。まるで───献身の為に命を絶つ、そのような覚悟。

 

「いきなり叫んで……“言っちゃダメだ”って」

「まだ質問もしてねーのによーっ。いったい“何”を言っちゃあいけないんだ?」

「……承太郎さん、これは……少し拙いのかも」

「……」

 

男の忠告に少し黙り込むと、承太郎は意を決したように少年に向き合った。

 

質問をされる事。その姿を見る事。それが“それ”の起動する条件!!

少年が自ら突き付けたカッターを受け止める小さなスタンドは『キラークイーン』、第三の爆弾『バイツァ・ダスト』。

 

その姿は目にした者の眼球に映り(移り)、その者を爆破する。───

 

「ああああぁぁぁ……ッッ!!!」

 

そして、『また』、辛く冷たい、一日が繰り返───『この文面は焼け焦げている』

 

 

 

 

 

 

男はその日、承太郎らに呼ばれて吉良吉影の捜索へ加わる予定にて外出する。

 

「行くのか」

「呼ばれてしまったから仕方がないね」

「……ふん」

 

鼻を鳴らして、彼は玄関に出る男を見送る。

 

 

「……?……『世界』(ザ・ワール───)

 

 

───『この文面は焼け焦げている』

 

 

 

 

 

 

男はその日、承太郎らに呼ばれて吉良吉影の捜索へ加わる予定にて外出する。

 

「行くのか」

「呼ばれてしまったから仕方がないね」

「……ふん」

 

鼻を鳴らして、彼は玄関に出る男を見送る。

 

「待て」

 

「……?どうかした?」

「何かが……おかしい」

 

男は眉根を寄せる彼に首を傾げた。

 

「違和感が……既視感が、ある」

「承太郎が時でも止めたの?」

「……いや。だが、それに近しい違和感だ」

「似たような。つまり、時に関する干渉という事?」

「……」

「……、ウン。時間も無いし、帰ったら話を聞くさ」

 

行ってきます、と男は家を出た。

 

 

このままでは数分遅れてしまう。待ち合わせは8時30分。多少なら許されても、良い顔をしている大人として、5分以上の遅れは流石に気が引ける。けれど男は歩いて待ち合わせに向かうつもりだったので、少し近道をする事にした。

 

「京一郎様、今日はもう直ぐ雨が降ります。宜しければお乗り下さい」

「……そう?なら頼もうかな……」

 

ガレージから顔を出した部下の言葉に頷く。この部下のスタンドは天候を操る。今はまだ短時間、小規模にしか影響しないが、その分天候の変化に関しては百発百中だ。

雨が降るというなら余計に遅れてしまいそうだな……。

それに、朝の彼の様子も気にかかる。

 

「そうでしょう、レディ」

 

胸騒ぎのする朝だ。スタンドである『ホワイト・ポニー』は困ったように笑う。

朝起きる時間。家を出る時間。いつも通りなのに、ボタンを掛け違えたような違和感。

 

「“運命”の軋みのような───そういう事だね」

 

『ホワイト・ポニー』は困ったようにドレスを揺らして、消える。

 

 

8時25分。男は待ち合わせ時間の少し前に現れる。

 

「おはよう、露伴くん」

「ああ、京一郎さんか……」

「浮かない顔ね?どうかしたの?」

「いや……雨が背中に入って冷たくてね……。それにしても、時間通りに来たのは貴方だけか」

「うふふ、そのようね」

 

男は予定ではもう少し後に来る予定だったのだ、と視線を逸らす。

 

「お、康一くんと承太郎が来たな……」

 

男はふと顔を上げ、視線を、何の変哲もない街角へ向ける。

───闘争の気配。血と暴力の匂いがする。

 

 

雨が上がった。

隣の家ではガス爆発が起きたと言って消防隊や野次馬が集まり。

仗助と川尻浩作……否、吉良吉影が、双方ボロボロの状態で向かい合っている。

戦いは既に最終局面。

血塗れで倒れ伏す吉良吉影に救急隊員が駆け寄って行くのを、止めはしなかった。

 

『キラークイーン』。

『シアーハートアタック』。

『バイツァ・ダスト』。

 

どれも素晴らしいスタンド能力だった。追い詰められ、絶望の縁に立ってこそ、自身の望む力というものが手に入れられる。時の運と資質と。狂気的なまでの執念を。

48人もの女性を殺し。それ以上の人間を消した、稀代の殺人鬼吉良吉影。

素晴らしい悪の魂。美しいまでの感情の味。

絶望。

 

「さようなら、吉良吉影」

 

中々愉しい暇潰しだったよ、と。

 

「『ホワイト・ポニー』」

「『ACT 3 FREEZE』!!」

「『スタープラチナ・ザ・ワールド』!!」

 

 

───……一瞬、視線が向けられる。

 

思わず笑ってしまったものだ。

 

「相変わらず、視線の合わない人だな」

 

最期は呆気なく、目の前で、稀代の殺人鬼は救急車に轢かれて死んだ。

 

 

 

 

 

 

仗助や康一に呼ばれ、杉本鈴美という、振り返ってはならない小道にいる幽霊少女の元へ訪れる。吉良吉影という仇敵を打ち倒した事で未練を解消し、天へと還るのだ。

少し離れた場所には、珍しく姿を晒した彼の姿もある。

関わりはあまり無かったが、見送りは大勢の方がいい。

サングラスをずらす。

無理矢理現世に残り、長い時間が経つ事で少し歪だった魂が、その地縛から解放される。

さぞ苦痛だった事だろう。さぞ孤独だった事だろう。

 

「お疲れ様、杉本鈴美さん。安らかに」

「……ありがとう。不思議なひと……」

 

恐ろしくて、あたたかくて、冷たいひと。

見透かす程に透明な目。

優しくて、強くて、真っ直ぐな子だ。

 

「悪い事は、あんまりしちゃあ駄目ですよ」

「……うふふ。耳に痛いね」

 

俺の事を何にも知らない筈なのに。これだから……黄金の精神を持つ者は、困るね。

そうして、見送って。

 

 

近々、承太郎とジョセフは帰国するらしい。未だ吉良吉影に与したスタンド使いがいるかもしれない中、それでもこの町の、仗助を筆頭としたスタンド使い達が、この町を守るだろうと……そう託して。

 

「水瀬京一郎。お前とは長い付き合いになりそうだ」

「アラ……嬉しい事を言ってくれるね」

「そういう意味じゃあない。……お前は色々と怪しい所があるからな。きっちり調べさせてもらおう」

「ンフフ……それはそれは。楽しみね」

 

何かあればお互いに。利用し合うとしようか。

 

「ジョセフさん。お元気でいらしてね、勿論静ちゃんも……」

「うむ」

 

赤子のその額に唇を落とすと、きゃっきゃと嬉しそうに手足をバタつかせる。赤子……静は、母親が見つからなかったため、ジョセフが引き取るという。……唯でさえ仗助のお母さんの事で夫婦喧嘩していただろうに、これはまた喧嘩の種となりそうだが……俺の関与する事ではあるまい。まア、今の痴呆の薄れたジョセフならば、何とかするであろうが。

 

「京一郎さん!」

「仗助くん」

 

まだ吉良吉影との戦いの怪我の残る彼は康一と億泰、露伴と共に立っている。

 

「怪我は大丈夫?」

「平気ッス!」

「京一郎さん……その……これからの事なんですけど……」

「吉良の残党がこの町にいないか、という関連かな?」

 

こくりと頷く康一に、柔和に笑う。

 

「勿論、私にも協力させてね?スタンド使いの魂の気配があったら、必ず知らせるわ」

「ありがとうございます!」

「あざーっす!」

「ッス!」

「うふふ……私も助けが欲しい時は、キミ達を頼らせてね」

 

虹村億泰は成り損ないの屍生人となった父と共に暮らしている。形兆とは異なり、父と共に生きる為に。それもまた愛の形。形兆のそれも、屈折していたが……愛の表れであった。

 

「どうか元気でいてね、億泰くん」

「?おう!」

 

それが今際の際、形兆の心にあった後悔だったろう。

 

「色々あったが……本腰を入れてキミの事は取材させてもらうぞ、京一郎」

「んふ。漸く?待ちくたびれたよ」

「オイ露伴!」

「本人が良いッて言ってるんだ、邪魔するなよ仗助ェ!」

「ははは……程々にね、露伴先生……」

 

彼ならば、屋敷の中に招いても構わないだろう。損得無く自分の漫画の為の経験を得に、虎穴に飛び込める彼にならば。

 

「驚かないで、内緒にしてね。私の大事な場所(ところ)なの……」

 

くすくすと目を伏せて笑えば、お年頃の青少年は居心地悪そうに頬を染めて視線を逸らした。

 

 

 

「さ、帰りましょうか」

 

日陰の石垣に凭れていた彼に声を掛けると、彼は鼻を鳴らして背中を浮かせる。

 

「つまらん用事に呼び出しおって……」

「いいじゃあない、暇でしょう?」

「このような町ではな」

「ウフ。中々刺激的な事もあったけどなア」

 

時を消し飛ばすスタンド使い。それに運命付けられたスタンド使い達。悪は栄えず、さんざめく眩しい黄金達。

まるで誰かさんと誰かさんみたいに。

俺の思考を悟ったか、彼が機嫌が悪そうに喉を唸らせる。

 

「計画は綿密に、余裕があればある程良い。時間はたっぷり取っておこう。焦る必要はないだろ」

 

何せおまえは悠久を生きる吸血鬼。

そしてその眷属とも言える俺は、醜い程に美しい淫魔。

 

「人間のように生き急いだって……それはそれで愉しいけれど。折角ならおまえも、その身に見合ったように生きてみたら?」

「おまえの魂胆は読めている。このDIOに対して……おまえに堕落しろと言いたいのだろう。……時を忘れる程に」

「フフ……そうだな。俺はおまえが成り果てるのは望まない。終わりの見えないこの生の、ほんのひと時もね」

 

夕闇に陰り、町に夜が訪れようとしている。

じわりと彼の瞳が紅く染まる。───これからは、俺たちの時間だ。

 

「終わりを認められない可愛いひと。最期の最期で親愛なる友に運命を託したひと。……けれど何処までも利己主義な愛しいひと。託した志が上手くいかなかったら、自分の手で叶えようと手を回すのはいつもの事」

 

歌うように言えば、彼は渋面のまま、皮肉げに口角を上げる。

 

「おまえはそういうのが好きなんだろう?」

 

惰弱で脆弱で貧弱な人間のように、生きて足掻けと。そのように苦しむおれの姿が。

少しずつ、夜闇に歩を進めながら、俺は身を捩る。

 

「おまえがどういう思想をアイツに託し、アイツがどんな行動に出るかは知らないけれど。俺は悪魔だから」

 

神の行く手を阻む、夜の魔女だから。

 

「多少の試練は踏み越えていけよ」

 

そうして成るのが神というもので、そうして至るのが天国だというから。

 

「……この、淫魔め」

「おまえがそういう風にしたんだ。おまえが、俺を。そう変えたんだ」

 

この世が終わるまで、踊り狂おうじゃあないか。

おまえこそが、それを俺に望んでいる。

 

 

 

四章 終

 




最後はさっぱりした感じで終わりました……『バイツァ・ダスト』戦、どう書けばええん?困るね

以降あとがき

実は最近四部読み終わったんですよね。読み込み足りてません。……最後の最後に吉良が京一郎を人質に取るシーン入れたかったが、スタンド使いとして知られている京一郎を人質に取るか?と思って……無理でしたね……

京一郎とDIO様、いっぱい暗躍のパート4。
密かに未練であったDIO様の身体的成長を見守る事が出来て京一郎はとっても満足しています。従順で純真な子供たちに囲まれて幸せいっぱい。スタンドの矢やスタンド使いという玩具もいっぱいで物凄く愉しんでた人。それに巻き込まれたり巻き込んだりやっぱり巻き込まれたりするDIO様、苦労人ですね。カワイイネ。スタンド使い量産して今後に備えてますけどね。六部が怖いね

四章の苦戦した所は山あり谷ありの部分が殆ど蚊帳の外だったからです。そらそう。群像劇書くの難しいって事。色々手は尽くした。

というか全然エッッな所書けてないんですけど……!ドウシテ。もっと出られない部屋使おうぜ……
いや、にょた化と猫化書けたのは課題だったから及第点としておいてくれるか……あのオリジナルスタンド、制限時間が無いとヤベー代物になりかねかったから長めに書けなかったのな。もっとネッチョリ書きたかったです。反省。レズレズ書いたの初めて……参考資料(意味深)いっぱいみた( )

『バイツァ・ダスト』戦
京一郎に何とか違う行動をさせたくて、DIO様に頑張ってスタンド使ってもらって違和感抱いていただきました。無理ありそうだけど勘弁して欲しい。消し飛ぶ直前・最中に時止め3秒あったから、その影響が……こう……なんやかんやしたって事で……ハイ

色々なキャラクターと関わりがちょこちょこある、近所のえっちであやしいお兄さん(お姉さん)みたいに書けてたら嬉しいな……悪いコトなんて(今の所)してないヨ!この杜王町、最悪町の住民殺し尽くすスタンドの矢が3つもあったんですよ、こわいね。その内1つはジョースターに見つからなかったんですよ。こわいね。+町1つを一夜で滅ぼす吸血鬼1人と淫魔1人が潜伏してるんですよ。こわいね。

というような四章でした。
読了ありがとうございました。
先生の次回作にご期待ください!(五章はまだかかりそうですすみません)


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