古き死の王の目覚め (流星カナリア)
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王国編
Prologue


 今から300年前、トブの大森林と呼ばれる森の中に、一つの大きな城があった。その城を襲った悲劇について、まずは語ろうと思う。これは、まさしく悲劇だった。誰も悪い者は存在しない。ただ、そう。言うなれば、もしも神がいるのならば、その神によって運命を狂わされた男の話だ。

 

 

 

 その城は、森の中にある事から、余程近付かなければその全貌が分からない。しかし、誰もがその城を初めて見た時、その美しさに溜息が零れたと言われている。

 その城は、とある貴族の居城だった。トブの大森林の一部を含めた周辺一帯を管理しており、誠実で温和な人柄は、多くの民達から慕われていた。城主とその妻は非常に仲睦まじく、そして勤勉な夫婦だった。二人は魔法詠唱者(マジック・キャスター)だった事もあり、常に新しい魔法について研究していた。城の中には研究室が多数存在しており、そこで二人は新たなマジックアイテムを開発する事も多々あった。使用人達は、二人が魔法ばかり研究していて、子供を作る気は無いのだろうかと内心ハラハラしていたらしい。

 そんな彼らに、遂に待望の男児が生まれた。名はモモンガ。両親がどちらも強力な魔法詠唱者(マジック・キャスター)であった事からか、彼は生まれながらにして膨大な魔力をその身に秘めていた。きっと彼は偉大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)になるに違いない。彼らはそう考え、幼き頃から様々な魔術を教え込んだ。その甲斐あってか、モモンガはどんどん知識を蓄えながら魔法を覚えていった。モモンガは楽しかった。新しい魔法を覚える度に両親が喜んでくれるからだ。幼いながらも、自分は二人を超える魔法詠唱者(マジック・キャスター)になるだろうと確信していた。

 

 だが、そんな幸せな日々も長くは続かなかった。

 

 ある日、いつものように魔法について勉強していると、母が体調が悪いと言って、昼食を食べて直ぐに寝込んでしまったのだ。

 モモンガは今月、正式にアインズ・ウール・ゴウンの名を継ぐ事になっている。15歳で成人の儀を済ませた後、その後二十歳になるまで領地の経営の仕方やその他様々な事を今までよりもより詳しく学ぶ、というのがゴウン家のしきたりだった。そしてようやく大人として認められると、その名を継ぐ事になっている。モモンガは先月二十歳になった。本来ならば式典は二十歳の誕生日に行うのだが、今回はどうしても外せない魔術師組合の会合がその日に合ったので、式典は一ヵ月延長になったのだ。その式典の準備等で両親が忙しく動いている事は知っていた。

 だから、恐らくその疲れが原因だろうとモモンガは考えた。

「母さん、疲れたのかも知れないな」

 父にそう告げると、どことなく父も疲れたような表情を浮かべている。大丈夫だろうか? と心配していると、それを察したのか、彼は微笑を浮かべてモモンガの頭を撫でた。

「そうだね。母さんは少し休ませてあげよう。父さんは大丈夫だから」

「……」

 本当は父も休んだ方が良いとモモンガは思ったが、式典では父もやる事が多い。だからこそ、休む訳にはいかないのだろう。だがそれ以上に、最近の二人は疲れやすくなっている事に気付いていた。それについて何か言おうにも、何て言えば良いのか分からない。モモンガが悩んでいる内に、父は書類整理の為に部屋から出て行ってしまった。

 残されたモモンガは、母の寝込んでいる寝室と、父が出て行った扉を交互に見ると、顎に手を添え暫く部屋で何かを考え込んでいたのだった。

 

 

 その日の夜。

 自室で横になっていたモモンガは、両親の体調不良に加えて、自身の魔力の変化について考えを巡らせていた。

(ここ数年、自分の中に宿る魔力の量が飛躍的に増幅している気がするんだよな)

 子供の頃から自分の魔力が桁違いだという事は薄々気付いていたが、最近は以前にも増して際限なく増大しているように思えてならない。それに比例するかの如く、両親が体調不良を訴える回数が年々増えているのだ。モモンガの心の中に、漠然とした不安がじわりと広がっていく。もしかしたら、自分のせいなんじゃないのか? そう思ってしまうのもこの状況では仕方ないだろう。だが、だからと言ってどうすれば良いのか。自分にはこの増え続ける魔力を抑え込む術は無い。両親が見ていない隙にマジックアイテム等を漁ってみたが、魔力を抑え込むような物は見つからなかった。伝えるべきか? だが、確証が無い。その状態では正直に話す訳にもいかないだろう。八方塞がりだ。モモンガは小さく呻きつつ、何とか解決策は無いかと頭をフル回転させたが、結局何も思い付かなかった。

「どうにかしないと、このままじゃ取返しのつかない事になりそうだ」

 己の魔力の危険さは重々承知している。

 だからこそ、何か対応策を練らなければと思う。しかし、今のモモンガではどうする事も出来ないのだった。

 

 

 次の日、モモンガは両親からある男を紹介された。

「モモンガ。君に紹介したい人がいるんだ」

 そう言って父がある男を部屋に通した。男は、小麦色の髪に焦げ茶色の瞳を持った、ごく一般的な男のように見えた。

「初めまして。トーマス・カルネと申します」

「カルネ? カルネって確かカルネ村の――」

 彼の言葉を聞いて、モモンガは父へと視線を向けた。父はモモンガの視線に気付くと、大きく一度頷いた。

「そう。彼はカルネ村の村長だ。実は彼はある特殊なタレントを持っている事が分かってね。時々私達の研究を手伝って貰おうかと」

 カルネ村。それは、トブの大森林の近郊にある村の名前だ。ゴウン家の領地でもあり、普段から交流も多い。その村の村長がタレント持ちだと? モモンガは興味深げに目の前の男を観察した。

 

 タレント。それは生まれながらの異能と呼ばれるものだ。生まれた時に得る能力であり、どの能力を得るか選択は出来ないし、変える事も出来ない。その為、自分に合う能力を選択出来ないので、噛み合う事は滅多に無い。

 その能力を持つ人間は200人に1人ほどの割合で存在する。

 そんなタレント持ちが目の前にいるのだと思うと、探求心がムクムクと芽生えてきた。

 昨晩は色々と考え込んでしまい、朝の目覚めもあまり良くは無かった。なので気持ちを切り替える為にも、目の前の男に意識を向けるのは良い考えだと思う。

 男――トーマス・カルネ――は、軽く会釈をすると、モモンガの方へ顔を向けた。

「私のタレントは、どれ程強力な魔力にも耐えうる事が出来るというものです」

「魔力? 魔法ではなく?」

 不思議に思い尋ねてみると、トーマスは「はい」と頷いた。

「魔法への耐性は無いのですが、その魔法を使う人物の持つ魔力……つまり、気配や圧力ですね。それへの耐性を持っている訳です。因みに殺気等も含まれますね。私はそれらを無効化する事が出来るんです。何分魔法を受ければ普通に傷を負うので、あまり活用した事は無いのですが……」

 そこでチラリと彼は父を見た。

「この話をお父様にしたところ、興味を持たれましてね。ゴウンご夫妻と言えば、強力な魔法詠唱者(マジック・キャスター)です。そして、息子である貴方も。貴方達の魔力がどの程度人への影響を及ぼすのか、それを調べて欲しいと依頼を受けたんですよ」

「!!」

 その言葉に、思わずモモンガは目を見開いた。

『魔力がどの程度人への影響を及ぼすのか』

 それは、今の自分が一番必要としている情報だ。それを両親が知ろうとしている事には驚いたが、これはまたとないチャンスだ。モモンガは内心の動揺を何とか理性で押さえつけると、表面上は穏やかに見えるよう、トーマスに問いかけた。

「魔力の人への影響ですか。成程。それは俺――いや、私も興味がありますね」

「あぁ、モモンガ様、普段通りの話し方で結構ですよ。私はあくまでもタレント持ちの一般人です。必要以上に畏まらないで下さい」

 笑いながらそう答えてくれた男に対し、モモンガは好印象を覚える。こういう人間は親交を深めやすい。今後の為にも、彼とは是非仲良くなっておきたいものだ。

「じゃあ、お言葉に甘えて。因みに、俺の魔力はどう感じる?」

 試しに意識的に魔力を放出させると、トーマスはこれは……っと感嘆の声をあげた。

「――噂には聞いておりましたが、二十歳でこの魔力の量は素晴らし過ぎます!」

 素晴らしい! と目の前で声を荒げる姿に若干引きつつも、自身の魔力はやはり強大なものだと再認識する。そうなると、人への影響もきちんと考えなければならない。普段は意識して魔力を放出しないようにしているが、その抑えが最近あまり効かなくなってきている。

「なぁ、この魔力、普段は出来る限り抑え込んでるんだけどさ、仮にこの魔力を抑え込まないとどうなる?」

 そう尋ねると、トーマスは今までの興奮を一気に沈め、真面目な顔付きで返答してきた。

「間違いなく、周囲への影響が甚大なものになりますね」

「……」

 しん、と静まり返る室内。彼の隣に立つ父は、何か思い詰めた表情を浮かべている。

 

(まさか)

 モモンガの中で、不安が一気に膨れ上がる。

(まさか、父さんはもう気付いている? 俺の魔力が、二人に影響を与えているって――)

 だからこの男を呼んだのか?

 そう考えると辻褄は合う。わざわざ式典を今月に控えたこの時期にトーマスを呼び寄せる訳。ただ、自分達の研究の為だと言われるよりも納得出来る。

 

 危険だ。

 

 自分は危険な存在だ。

 

 このままでは、マズイ。

 

 誰も巻き込みたくない。

 

 そんな気持ちが次々と浮かび上がる。だが何処へ行けば良い?

 何処へ行こうとも、周囲には人が住んでいる。

 

「トーマス、ちょっと確認したいんだけど」

「何でしょうか?」

 モモンガは意を決して口を開いた。

 

「――俺が魔力をもう抑えるのが限界だとしたら、何処で自滅すべきだと思う?」

「モモンガ!?」

 父が驚いて声を上げた。

「何を言っているモモンガ!? 自滅など、そんなのは許さんぞ!?」

 モモンガは努めて冷静に彼を見つめ返した。

「父さん。父さんももう分かってるんだろう? 俺は多分、もうそろそろ限界を迎える。これ以上、自分の魔力を抑え込む事が出来ない。だからこそ彼を呼んだんだろう? その対処法を探す為に」

「……ッ」

 父は悔し気に唇を噛み締めた。

「でも、多分無理だ。俺の魔力は今もどんどん増大している。それを止める事は出来ない」

「それは、そうかも知れんが……きっと何か方法はある筈だ! なぁそうだろう? トーマスさん!」

 父がトーマスの肩を掴む。だが、トーマスはゆるりと首を横に振った。

「ゴウン殿。こうして今、息子さんの前にいて彼の魔力を感じているんですが、恐らく普通の人間では耐え切れずに体調を崩すか、倒れてしまいますね。この城にいる使用人達は、息子さんが幼い頃から側にいたので、耐性が付いているのでしょうが……それでも、もしも彼の魔力が制御を失い暴走した場合、この城はまず崩壊するでしょう。そして、トブの大森林の三分の一程度も消失するかと思われます」

「そ、そんな……」

 トーマスが語る恐ろしい事実に、父は体を震わせながら呆然としていた。対するモモンガは、自分が恐れていた現象と彼が語る内容がほぼ一致している事が分かり、やはり自分の考えは間違っていなかったと頷く。自分はもう、何処へも行けないだろう。ならば、周りに動いて貰うしかない。

「父さん。正直に言うけど、俺の体は式典まで保つかどうか分からない。父さんや母さんにも影響が出始めているのは、多分、同じ魔法詠唱者(マジック・キャスター)として魔力が共鳴し合ってる可能性もある。だから、出来るだけ早くこの城から去った方が良い。使用人達も全て連れてだ。俺は、この城と共に消える」

 真っ直ぐにそう告げると、父は信じられないとばかりにモモンガの言葉を否定した。

「駄目だ、そんなのは許可出来ん!! お前だけを残してこの地を去るだなんて、そんな事出来る訳が無い!!」

「でも、そうしないと皆死んでしまう。俺の魔力のヤバさは、俺が一番よく理解しているつもりだ。俺の抑制を振り切って全てが解放されてしまったら、確実に全員死ぬぞ」

 父の握り締めた拳が、ふるふると震えている。既に感情論ではもうどうにもならないレベルまできているのだ。理性で判断しなければ、被害が拡大してしまう。自分一人の犠牲で何とかなるのならば、それが一番の手だろう。

「父さん」

 実の子を見殺しにしろと言っているのだとは分かっている。しかし、解決策はこれしかない。

 やがて父は大きく息を吐くと、強い眼差しでモモンガとトーマスを見据えた。

「――分かった。明日、母さんにもこの事を話そう。その後、使用人達にも知らせる。確実に反対意見は出るだろうが、命令として押し通そう。我々はこの地を離れ、何処か遠い地へ赴く事にする。この地は、思い出が多過ぎるからな……」

 そう呟き、父はモモンガを優しく抱きしめた。

「モモンガ。お前が我らの息子である事を、誇りに思っているぞ。お前は自慢の息子だ。愛しているよ」

 こうやって抱きしめられたのはいつ振りだろう? もう、この温もりを感じる事が出来なくなるのだと思うと、少しだけ悲しかった。

「父さん。後の事は頼むよ。俺も、父さん達の息子で良かった」

 そっと父の背中に腕を回して抱き返す。二人から沢山の愛情を貰ってここまで育てられた。その恩に報いる為にも、自分はここで死ぬ。

(けど……)

 モモンガの中には、こうして話しながらも先程からある一つの仮定が浮かんでいた。だが、それをここで父に話すのは余りにも酷だった。その仮定は、ある意味死よりも残酷だからだ。恐らくトーマスは気付いている。しかし、敢えてそれを言わないところを考えると、彼も自分同様、父の心情を思って口を噤んでいるに違いない。

「モモンガ。悪いけど、私は少し休む。何かあったら私の部屋に来てくれ」

 抱きしめていた体を離し、そう父は告げてくる。モモンガは静かに頷くと、トーマスの方へと視線を向けた。

「俺は少しトーマスと話したい事があるから、ここに残るよ」

「分かった。それじゃあ、また後でな」

 くるりとこちらへ背を向けると、父は静かに部屋を去って行った。

 後に残された二人は、黙ってお互いを見つめ合う。

「――モモンガ様」

 先に口火を切ったのは、トーマスだった。

「多分、気付いていらっしゃるとは思いますが」

 モモンガは彼が言わんとしている事が分かり、思わず苦笑を浮かべた。

「あぁ、分かってる」

 その一言で全て理解したのだろう。彼は「そうですか」と小さく呟いた。

「では、ハッキリと申しますね。貴方の魔力が暴走した場合、お父様には貴方が死ぬと仰いましたが、実はもう一つの可能性があるんです。むしろ、そちらの方が可能性が高いと思われます」

「奇遇だな。俺もそちらの可能性の方が高いんじゃないかって、今まで話しながら考えていたんだ」

 自嘲気味に溜息を吐きつつ、モモンガはソファーへと腰掛けた。天井を見上げ、両手で顔を覆う。吐き出すように、その可能性を告げた。

「アンデッドになってしまうんだろう? それも、ただのエルダーリッチなんて比じゃない。それ以上の何かへと」

「……はい」

 トーマスは静かに頷いた。

 

 本で読んだ事がある。

 強力な魔法詠唱者(マジック・キャスター)が、その魔力の作用で死をも超越し、その身が高位のアンデッドへと変貌する事があると。それはただの魔法詠唱者(マジック・キャスター)がエルダーリッチへと変化した場合と違い、さらに上位の存在になる。

 死の支配者――オーバーロード――と呼ばれる存在だ。

 それは死の王とも呼ばれ、多くの異形種や魔物を支配出来る力を持つと言われている。勿論、人間もだ。

 理論上、その存在はこの世界の何処かに最低でも一人はいるらしい。だが、見つかっていない所を見ると、恐らくその一人にこれからモモンガがなってしまうのだろう。

 

「私はこのタレントのせいもあって、様々な魔力について調べていました。ですが、その中でも貴方の魔力は格別です。だからこそ、貴方が魔力を暴走させた際、死ぬのではなくオーバーロードへと姿を変える可能性が非常に高いと判断します」

「人では無くなるのかぁ……ハハッ、なんか、全然現実味が無いな」

 ソファーに沈み込ませた体が重い。

「モモンガ様。私はどれ程の魔力を浴びようとも何も影響は受けません。ですので、もしその時が訪れたら、私を側に残してはくれないでしょうか?」

「え?」

 深く頭を下げる男に、思わずポカンと口を開けてしまった。

 モモンガとしては、トーマスも含めて全員この城から避難させるつもりでいる。だからこそ、そう進言されるとは思ってもいなかった。

「事の顛末を見届け、それをお父様方へ伝えるのが私の役目かと思ったのです。ですがその際、貴方がアンデッドになってしまったとは、言わない方が良いとは思いますが――」

 モモンガもそれは言わない方が良いとこの瞬間までは思っていた。だが、ふと違う思いが脳裏に浮かぶ。

 

(もしもこの先、世界の何処かで俺と同じような奴が生まれてしまったら?)

 

 その時、彼らはどうするのだろう。俺という前例の存在を知らず、ただただその身を嘆くのではなかろうか。それは、余りにも酷な話だろう。ならばせめて、自分という存在を後世に伝えた方が良いのではないか。被害を最小限に抑える為に、何をすべきかも伝えた方が良い筈だ。

 

「いや、トーマス。正直に伝えてくれ。俺がオーバーロードという存在になってしまったと」

「!?」

 驚いて息を飲むトーマスに、モモンガは先程浮かんだ考えを訴えた。

「お前が父さん達に伝えたり、他の人間に伝えてくれれば、もしかしたらこの話は後世でおとぎ話として残るかも知れない。だが、勘の良い奴なら、これが実際に起こった事だと気付くだろう。そうすればもしも100年、200年、300年と先にその存在が現れたとしても、俺の話から何かしら対処法を見つけてくれるかも知れない。それに俺は期待したい」

「モモンガ様……ッ」

 トーマスは思った。まだ、この方はアインズ・ウール・ゴウンの名を継いではいない。だが、確かにその精神はアインズ・ウール・ゴウンそのものだ。慈悲深く、未来を見通す目を持つお方。まだ出会ったばかりだが、出来れば、この方に一生仕えたいと思える位には、トーマスはモモンガの心に感銘を受けていた。

「そのお言葉、しかと聞き届けました。責任を持って、お父様方にお伝えする事を誓います」

「頼んだぞ。まぁ取りあえずは、俺がそうなってしまったら数百年位は身を隠そうかと思ってる。父さん達が寿命で亡くなるまでは、表立って行動は出来ないからな。そして、その後はアンデッドである事を隠しつつ、表の世界に出てみようかと考えているんだ。俺の持つ魔法の知識は、恐らく一般的に考えて計り知れない量の筈。だから、その知識を必要とする相手に教えてやろうかと思ってるのさ。なかなか良い考えじゃないか?」

 そう言って軽く肩を竦めると、感心したようにトーマスは頷いた。

「成程。とても素晴らしい考えだと思います。モモンガ様の魔法の知識は、きっと未来でも存分に人々を導く事が出来る筈です」

 トーマスのその言葉に、モモンガは「そんな大層なものじゃないさ」と苦笑を浮かべた。

「俺は沢山の魔法の知識を得たが、研究に費やしてばかりでそれを人に教える事が余り無かったからな……どうせなら、そういうのも良いかと思ったんだ。要するに自己満足だよ」

 それでも、トーマスはその心意気をとても好ましく思えた。知識を教えたがらない賢者も多いからだ。

 自分を尊敬する眼差しで見つめるトーマスに気付き、モモンガはわざとらしく咳払いをして話題を戻した。

「さて。取り合えず俺の魔力が制御を失う前に、この城一帯に結界を張って隠蔽しようかと考えているんだ。まぁその前に父さん達や使用人達を避難させたりと、色々やる事は多いがな」

「そうですね。では、その指示もきちんと出せるように少し話し合いましょう」

 

 その後、二人で今後の事を暫く話し合いながらその日は終わった。

 

 トーマスが軽く会釈をしながら部屋の扉を閉める。それを確認すると、モモンガは勢いよくベッドに潜り込むと、静かに溜息を吐いた。トーマスの前では気丈に振る舞っていたが、実際、アンデッドになる事への不安は大きい。

(アンデッドになったら、人間の事をどう思うんだろう?)

 本によれば、アンデッドは精神攻撃が無効化される事から、己の感情もある程度抑圧されるらしい。そして、生者を憎むか、もしくは人間等取るに足らない存在だと考える者が殆どのようだった。だからこそトーマスには、前もって、アンデッドになった後何をしようと考えているのか、それを打ち明けたのだ。今の内に彼に話しておけば、オーバーロードになった時、仮にその考えをどうでも良いと思ったとしても、流石に一度決めた事を取り止めたりはしない筈だ。それも踏まえた上で、モモンガは人間としての自分が、今の内に出来る事を全てやっておこうと決心した。

 

 モモンガという人間は一度死ぬ。そして、オーバーロードという絶対的な死の王として目覚める。

 

 だからその前に、やるべき事は全て終わらせる。いつ自分の魔力が暴走するか分からない今、自分が出来るのは父や母、使用人達を安全に外へと送り出す事だ。それさえ出来ればもう、オーバーロードとなってしまっても思い残す事は何も無いだろう。仮にもし誰か一人でも欠けてしまったら、それならば残った全てを何としてでも救うしかない。それ以上の犠牲は許されない。その決意は、揺るぎないものだった。

 

 

――そして後日、奇しくもその決意は正しかったと証明される。何とも残酷な現実によって。

 

 

   ・

 

 

 母が死んだ。

 

 朝、母を起こしに行ったメイドの悲鳴が城内に響き渡った。

 慌てて駆け付けた父とモモンガが見たものは、目の前で眠るように亡くなっていた母の姿だった。

 

 もう、猶予は無い。

 

 母の死を悲しむ暇も無く。それからの行動は早かった。

 父はトーマスを呼び出し、三人で急いで現状の確認を済ませた。母の遺体は安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)に包んで大切に保管する。父もモモンガも、復活魔法を習得してはいなかった。だが、何処か大きな町ならば復活魔法を行える神官がいるかも知れない。それに賭けると父は言った。勿論モモンガも了承した。

 

 その後、全ての使用人達を集め、モモンガとトーマスから現状分かる事全てを告げた。

 使用人達は驚き、そしてモモンガがこの城と共に死ぬと決意していると知るや否や泣き崩れる者が殆どだった。だが、母が死に、もう猶予は残っていないと伝えると、彼らは泣く泣く納得してくれた。彼らにも家族や恋人、友人がいる。死ぬ訳にはいかない。

 トーマスが己のタレントを利用し、モモンガと最期まで共にいると話すと、それがせめてもの救いだと彼らは思ったようだった。

 急な話し合いにも関わらず、彼らはこちらの指示にきちんと従ってくれる。荷物を纏め終われば、直ぐにでもこの城から出て行く事だろう。彼らは自分の決意に報いる為にも、悲しみや嘆きを心の奥底に沈めて動いてくれている。それがどれだけ有難い事か。モモンガは、自分がオーバーロードになった後、心を締め付けるようなこの感覚を忘れたくないと思った。

(でもきっと、そんな感覚さえも失ってしまうんだろうな……)

 だとしても、今の自分がそう思っていたという記憶だけは、決して忘れやしないだろう。それが唯一の救いだった。

 

「モモンガ」

 使用人達の姿を眺めていると、父が声をかけて来た。

「……父さん」

 目の前に立つ父は、様々な感情を混ぜ合わせた表情を浮かべている。

 母が死に、その事実に悲しむ間も無く自分も彼の前から消えるのだ。もう二度と会う事は無い。

 父の手が、力強くモモンガの手を握った。

「モモンガ。私からはもう何も言う事は無い。いや、言えない、な。これ以上どうする事も出来ないというのは分かっているんだ。ただ、それでも――お前まで失ってしまうのは、とても、辛い」

 目尻に涙を浮かべながら、父は呻く。それに対して、モモンガは何も言えない。

 母が死んだのは自分のせいだ。それなのに、父はそれに対して怒りを露わにしなかった。ただただモモンガの身を心配して、今なおこうして自分の為に嘆いている。

「父さん、今までありがとうな。俺はちゃんと幸せだった」

 だからこそ笑顔で見送ろう。

 モモンガは精一杯の笑顔を浮かべた。まだ人間でいる内に、きちんと笑っておこうと。

 そんなモモンガを見た父は、感極まったように静かに涙を零したのだった。

 

 

 

「皆さん、いなくなりましたね」

「そうだな」

 その日の夕方。城にはモモンガとトーマスの二人だけしかいなかった。

 誰もいなくなった城は、やけにガランとしている。人の気配が無いと、こんなにも物寂しいものなんだなと頭の片隅で思う。

「さてトーマス。お前には色々と頼んでしまったが――」

「大丈夫ですよモモンガ様。しかし、今日お父様方を城から出されたのは正解でした」

「と言うと?」

 トーマスはジッとモモンガを見つめた。

「……モモンガ様。既に貴方もお気付きの筈です」

 静まり返った室内。モモンガは己を見つめるその瞳を、真っ直ぐに見据える。それを確認した後、トーマスはゆっくりと言葉を紡いだ。

「貴方はもう、限界だと」

「…………」

 

 彼の言う通りだった。

 

 モモンガは、自身の魔力が限界まで膨れ上がっている事に気付いていた。

 母の死を目の当たりにし、モモンガの心は激しく揺れ動いた。そして、魔力の制御が効かなくなったのだ。

 それでも、父らがいる間は出来る限り抑圧していたのだが、こうしてトーマスと二人きりとなった今、既に限界に達している。今、こうして普通に会話をしているのが奇跡に近い。

 

「モモンガ様、もう無理はなさらないで下さい。此処には私しかおりません。貴方の魔力を浴びても、私は平気ですから。きちんと事の顛末を、見守る覚悟は出来ております故」

 そう深々と頭を下げる。トーマスのそんな姿を見て、モモンガは小さく笑みを浮かべた。

「分かった。では、今からこの城を中心として周辺一帯に結界を張る。これによって周囲からこの場は認識されなくなるし、誰も侵入する事は出来なくなる。つまり、全てが済んでお前がこの城から出て行けば、結界を解くまで二度とこの地へは入って来れなくなる訳だ」

「そうなりますね」

「だから、その、ここまで付き合ってくれた礼だ。何か望む物は無いか? 時間が無いから手短にな」

「え?」

 どうだ? と首を傾げるモモンガに、トーマスは驚いて声を上げた。

 まさかそんな事を言われるとは思わなかったからだ。

 だからこそトーマスは、何か無いかと頭を悩ませる。だが、この短時間で望む物と聞かれても直ぐには思い付かない。

(何か、今後使えるような物でもあれば――)

 そう考えた時、ふと頭の中である考えが思い浮かんだ。

 

「――でしたらモモンガ様。モモンガ様の魔力を、あるマジックアイテムに宿しても宜しいでしょうか?」

「どういう事だ……?」

 トーマスが告げた願いは、モモンガにとって意味が分からない内容だった。自分の魔力をマジックアイテムに宿してどうしようというのか? 

「モモンガ様はアンデッドになった後、数百年は身を隠すおつもりなのですよね? でしたら、再びそのお姿を現しになった際、未来のカルネ村が貴方様を出迎えてくれるよう、モモンガ様の魔力を察知したら鳴るようにする鐘を設置しようと思いまして」

「お前……そんな先の事まで考えていたのか?」

 まさかそんな事を考えただなんて。だが、普通に考えてアンデッドを人間が受け入れてくれるのだろうか? 一応、バレないように仮面でも付けて人前に出ようと考えてはいるが、それはあくまでも自分の正体を隠した上での話だ。最初からアンデッドだと説明したら、どう考えても不審がられる筈。その疑問が顔に出ていたのだろう。トーマスは大丈夫です、と声を和らげた。

「村の者達にはきちんと説明します。我らの子孫にまできちんとこの約束を継がせるよう、言い聞かせますし。それに、未来の貴方が一人この地に残るのは、あまりにも悲しいですからね」

「……!」

 じわっと、目尻に涙が浮かぶ。彼の純粋な優しさは、酷く眩しかった。

 例え未来のカルネ村が、自分を受け入れてくれなかったとしても、トーマスがこうして自分の為に行動してくれた事実さえあれば、一人でも大丈夫だと思える。

 モモンガは目尻に溜まった涙を拭いつつ、コクリと頷いた。

「ありがとうトーマス。お前の気持ちは素直に嬉しい。では、その鐘を持って来てくれ。俺の魔力を注ぎ込もう」

 そう言うと、トーマスは嬉しそうに口角を上げた。

「了解です!」

 

――その後、トーマスが持ち込んだマジックアイテム『約束の鐘』に魔力を注ぎ込むと、モモンガは周囲一帯に結界を張った。二人は大広間へと移動し、豪華なシャンデリアやステンドグラスを見上げながら、その時を待った。

 

 そしてついに、その時が訪れる。

 

「……ッ」

 ガクンッと、唐突にモモンガが膝から崩れ落ちた。

「モモンガ様!」

 側に控えていたトーマスが、慌てて彼の肩を掴む。その瞬間、視認出来るレベルの魔力の奔流が、トーマスを襲った。

「!!」

 ゴウッとうねりを上げながら、モモンガの体から魔力が溢れ出す。それは紫色をした荒れ狂う暴風だった。

 彼の魔力の波動が、豪華なシャンデリアが設置されている高い天井にまで昇り詰める。シャンデリアはパリンッと甲高い音を響かせて、床へと落下してきた。ガタガタと地鳴りが鳴り響き、まるで地震が起きているかのようだ。自分がタレント持ちでは無かったら、きっと一瞬で死んでいただろうとトーマスは思った。

「大丈夫ですか、モモンガ様!?」

 モモンガの体が非常に熱い。苦しそうに呼吸をするその姿は、まだ人間のままだ。

「だ、いじょうぶ、だ。だが、熱いし苦しい」

 力強くトーマスの腕を握る。その手がまだ人間である事が可笑しくて、思わず笑ってしまった。

「ハハッ、こんなに、魔力が溢れ出てるのに、まだ、人間のままってのが、笑え、る、なぁ」

 息も絶え絶えにそう零す。もしかして、この体は抗っているのだろうか? ぼんやりと頭の片隅でそんな事を考えた。

 

 更に魔力の渦が濃さを増していき、轟々と唸りを上げて城中を満たしていくのが分かった。美しいステンドグラスが無残にも割れ、割れたそこから外へと魔力が吹き出していく。止まる事を知らない勢いは、きっとモモンガが張った結界ギリギリまで満たしていくだろう。

 段々と意識が朧げになっていく。その中で唯一分かるのは、トーマスがしっかりとこの手を握っていてくれる事だけだ。

「トー、マス」

 殆ど声にならない声だったが、それは確かにトーマスの耳に届いていた。

「はい。何でしょうか、モモンガ様」

 力強い返答が返ってきた事に満足しながら、モモンガは笑顔を浮かべた。

「トーマス・カルネ。貴殿の、働き、を、ゴウン家の一族として、讃えよう。――ありがとう、な」

 

 その瞬間、モモンガの体にドス黒い炎が踊るように沸き上がった。それでも、トーマスは繋いだその手を決して離さなかった。彼の手から徐々に肉が削げ落ち、細く鋭利な骨となっても。彼の体が本来よりも大きく、そして禍々しいローブを纏った姿へと変わっても。彼の顔が、眼窩に血のように赤い光を宿す、恐ろしい骸骨のものへと変わっても。

 決して、離さなかった。

 

 

   ・

 

 

 意識がハッキリとなるにつれて、モモンガは自分の心がやけに冷静な事に気が付いた。

 次いで現状把握の為に、そっと自身の体を見下ろす。そこには、着た覚えの無い、いかにも邪悪そうなローブを纏った骸骨の姿がある。胸元を大きく開けたそのローブは、金と紫の糸で縁取られており、いかにも高級そうだった。

 そして、伽藍洞の体の中に浮かぶ、謎の紅玉。よく見るとそれは、ぼんやりと光を放っていて、魔力の流れを感じた。恐らく、何かしらの巨大な魔法を使う際に補助として使うのが良いかも知れない。そんな機会、そうそう無さそうだが。

 たった一瞬の内にそこまで考えた自分に驚愕しつつ、一先ずは目の前の男に声をかけるのが先決だろうと考える。

「トーマス」

 自身の発した声が、一瞬誰のものか分からなかった。以前のものよりも、かなり低い声へと変わっている。それに加え、漠然とした感覚だが、精神年齢もこの見た目に合わせて飛躍的に上がっている気がした。まるで、ずっと昔からこの体だったかのような感覚もある。王としての振る舞いを、自然に出来る気がした。

「面を上げよ。トーマス」

 支配者然とした声色が、特に考えずとも口から放たれる。

 その声を聴きながら、トーマスはそっと顔を上げた。

 モモンガの体からは先程と同様に、未だ魔力の暴風が吹き荒れたままだ。城内はモモンガの魔力の影響で、一気に何百年も経ったかのように劣化してしまっている。たった一瞬で古城へと変貌してしまったのだ。その光景を視界に収めつつ、モモンガはフッと苦笑を浮かべた。

「私の予想が外れたようだ。私がオーバーロードになれば、魔力の暴走も収まると思ったのだがな」

 一人称が俺から私へと変わっている事に、モモンガは後から気が付いた。やはり精神が肉体に引き摺られているのは確かなようだった。

 トーマスは荒れ狂う城内を今一度見渡しながら、モモンガと同じように苦笑を浮かべる。

「そのようですね。ですが結界が張ってありますので、そこからこの魔力が溢れ出す事はまず無いので大丈夫ですが……」

 暫し考え込むトーマス。

「――これ程の魔力となると、生き物に影響を然程与えないレベルにまで抑え込むのに、かなりの年月が必要になるかと思われます」

 眉間に皺を寄せながら、トーマスはそう告げた。その間も轟々と魔力の風は吹き荒れている。モモンガは問題無いとばかりに軽く手を振った。

「大丈夫だ。どうせアンデッドは死なないし、時間だけはたっぷりあるのだ。何百年かかろうと抑え込んでみせよう。でなければ外の世界に出られないからな」

 そう言うと、トーマスが意外だとばかりに僅かに息を飲んだ。

「……モモンガ様。失礼を承知でお尋ねしますが、モモンガ様はアンデッドの特性をご存じですよね? その上で、まだ人間へ魔法の知識を与えようとお考えなのですか?」

 トーマスの問いは最もな問いだ。現にモモンガは今、人間に対して、今まで持っていたような興味が殆ど失われているのを感じている。それでも、この願いは叶えようと考えていた。

「遺言のようなものだからな」

「遺言、ですか?」

 不思議そうに首を傾げるトーマスに、モモンガは静かに答えた。

「人間として死んだモモンガの最期の願いだ。遺言と捉えても良かろう? 今の私には、嘗てのような感情は浮かばない。最早彼と私は別人のようなものだ。残滓のようなものが僅かに残っているような状態、と言えば分かるだろうか? まぁそれでも、お前に対しての感謝の気持ちは、きちんと残っているぞ」

 そう言って微笑む。カタリと頬骨が鳴った。トーマスはそれを聞いて、ようやく安堵したようだった。

「あぁ、そう仰って頂けるとは、本当に嬉しいです……!」

 肩の力を抜いた彼は、再びぐるりと周囲へ視線を向けた。モモンガは黙って彼の言葉を待つ。

「私の推測ですと、城全体とトブの大森林の一部、その結界内全ての魔力を抑え込むまでに、多く見積もって300年はかかりますね」

 300年。

 想定よりも時間はかかりそうだが、特に問題は無いだろう。

「フム。取りあえず、300年あれば魔力は抑え込めるのだな?」

「はい。そうすれば貴方の魔力が生き物へ致死量のダメージを負わせる事は無くなります。ですが、アンデッドとなった貴方の魔力は、どう隠しても僅かに溢れてしまいます。勘の良い相手には、貴方が人間では無い可能性を考える者もいるかも知れません」

 心配そうに告げるトーマスに対し、モモンガは面白いとばかりに眼窩の灯火を大きく揺らした。

「ほぉ? それはそれで面白いじゃないか。その上で私に対しどう行動するのか、見物だな」

 今までだったら、そんな風に人を試すような事はまず思わなかっただろう。だが、アンデッドとなった今、まるで実験動物を見るかのようにそういった人物を観察するのも悪くはないと考えている。その思考回路は、トーマスから見れば酷く危険なものに見えるかも知れない。それでも構わなかった。彼ならば、そんな自分でも受け入れてくれる自信がある。事実、彼は僅かに眉を顰めたが、直ぐにその表情は掻き消えた。

「取りあえずモモンガ様。今後の方針は、以前お話しした通りで宜しいでしょうか?」

「それで頼む。私がアンデッドになった事も、しっかりと伝えてくれ」

「了解です」

 深く頭を下げるトーマス。

 

 そういえば、自分の魔力をあの鐘に注いで欲しいと言われた時、再び姿を現した際にその魔力と反応させると言っていたが……あの時から、モモンガの魔力がどう制御しても僅かに溢れてしまう事に気付いていたのだろうか。でなければ、あんな意見は出ないだろう。まぁ、モモンガの魔力にかなり驚愕していたようだし、それ位考え付くのも当たり前だな。自分はそういうのに疎いから、思い付かないだろうとモモンガはぼんやりと思った。こういう、少し抜けた部分は、どうやらアンデッドとなった今でも変わらないようだ。

 

「ではトーマス。私はこれから300年、魔力の制御に全てを費やす。長き眠りに就くようなものだな。そしてその間に、何事も無ければ、お前は寿命で死ぬだろう」

 真っ直ぐに、モモンガはトーマスを見据えた。

「これが今生の別れとなる」

「――そうなりますね」

 静かにそう呟くトーマスは、名残惜しいとばかりにその瞳を震わせた。

「モモンガ様。貴方とは出会ったばかりでしたが、その僅かな時間で貴方様の人となりをしっかりと感じました。心から尊敬の念を送りたく思います。貴方と出会えて本当に良かった」

 彼は名残惜しさを振り切り、優し気な笑顔を浮かべた。それを見たモモンガは、何もない伽藍洞の体の中が、じんわりと温かくなるような感覚を覚えた。

「私の方こそ、貴殿と出会えて本当に良かったと思う。これからの事も色々と頼んでしまったが、きっと貴殿なら上手くやってくれると信じているぞ」

 そう言ってスッと手を差し出す。トーマスはその手を、迷いなく握った。

「任せて下さい。未来で貴方がカルネ村を訪れて下さるのを、心待ちにしております。どうか、お元気で」

 骸骨相手にその言葉は何となく面白いな……と思いつつ、モモンガは深く頷いた。

「トーマス。お前も達者でな」

 

 

 こうしてモモンガは300年の眠りに就き、トーマスは事の顛末を人々へ伝えた。それがどのように後世に伝わるかは分からない。だが、どんな形でも、この話が誰かの耳に入り、モモンガの存在を少しでも認識してくれるのならば、トーマスはそれで構わないと思った。

 

 彼の価値は、我々人間が測っていいレベルでは無い。彼の知識を学べば、世界はきっとより良い方向へ進むだろう。彼を異形だからと言って弾圧するのならば、世界は彼の怒りに触れて瞬く間に支配されてしまうに違いない。それは流石に避けた方が良いだろう。個人的には、彼を否定するような存在は死んでしまっても構わないのだが。

(その戦いに善良な人々が巻き込まれたら流石に可愛そうだ)

 

 そうならない為にも、どうか未来の人々が、彼を受け入れてくれますように。

 

 オーバーロードという特性を考え、彼がもしかしたら取るかも知れない行動が頭を過ぎりつつも、出来るだけ穏便に事が進むようトーマスは切に願ったのだった。

 

 

   ・

 

 

「これは………」

 白金の鎧から、愕然とした声が発せられた。彼は目の前の光景を見ると、その鎧をふるりと震わせる。久しく感じていなかった恐怖が、じわりと広がるような感覚を感じた。

 

――何も知らない人間ならば、そこは何の変哲も無い森に見えたであろう。だが、彼は違った。彼にはしっかりとその城の姿が見えていたし、その城を中心に周囲一帯に結界が張られているのも見えていた。そして、その中で荒れ狂う禍々しい魔力の奔流も。

 

 彼の名はツァインドルクス=ヴァイシオン。通称ツアー。白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)と呼ばれる彼は、アーグランド評議国の永久評議員を務めるドラゴンだ。最強の種族と言われるドラゴンの中でも、彼は特に優れた知覚能力を持つ。遥か遠方の地でも、相手を察知する事が可能だ。だからこそ今回、ツアーはトブの大森林で異常な程の魔力が発生した事を察知出来た。

 ツアーは普段、アーグランド評議国にある本拠地にて、嘗て位階魔法を開発した高名な魔法詠唱者(マジック・キャスター)達が作り出した、ワールドアイテムと呼ばれる物を守護していた。それらは現存する物で最後の代物だ。それに、作成方法も残されてはいない。失ってしまえば、二度と作り出す事が出来ないかなり貴重なアイテムだった。

 これらの理由から、ツアーは直接外へと出る事が出来ない。その代わり、中身の無い空っぽの白金鎧を遠隔操作する事で、この世界を監視・偵察している。

 ツアーとしては、世界の理を歪める脅威――世界を穢す者――を早期に発見し、それに対処する事でこの世界の安寧を保とうと考えていた。

 

 そして今回、とうとうそれに該当する存在を発見してしまった。

 

 恐らくその存在は、この城の中にいるのだろう。さてどうするか。ぐるりと周囲を見渡して見ると、結界の外はどうやら何も影響を受けていないようだ。結界の中では、今にも爆発しそうな質量の魔力が、結界ギリギリまで押し寄せている。

 このまま中へ突入するべきだろうか?

 そう思ったが、恐らくこの結界は外部からの侵入を防ぐ意味合いもあるのだろう。かなり高度な魔術式が組み込まれているのが見て分かる。

 そこまで考えて、ツアーは「もしや?」と幾分頭の中が冷静になるのを感じた。

 もしも世界を破壊しようと考えているのならば、こんな強固な結界を張る必要性は無い。むしろこれは、被害を最小限に抑え込もうとしているように見える。

「……」

 ツアーは暫し考え込んだ。

「暫くは様子見にしておくか……」

 もしかしたらこれは罠で、時が来たら結界を破り、世界を蹂躙する可能性もある。だが、現状ツアーに何か出来るかと問えば難しいところだ。先程はこの結界内に侵入し、大元を叩くかと考えたが、何も情報が無い状態で迂闊な行動を取るのは控えた方が良いだろう。

 久しく世界の脅威足り得る存在が現れなかったせいか、少々焦ってしまったようだった。気を付けなければ。

 ツアーは今一度深呼吸をすると、再び意識を鎧へと戻した。

「フム。取りあえず、この城の周囲に他にも傀儡を派遣して、定期的に監視を続ける事にするか。後はそうだな――」

 この森に来る途中、近くに小さな村があった事を思い出す。

「あの村の住民に、この城の事をそれとなく聞いてみよう。先ずは情報を集めなければ」

 それからどうすれば良いか考えるとする。

 ツアーはそう判断すると、一度だけ城を振り返った。恐ろしい魔力の中心部。これ程までの力を持つのだ。きっと想像以上に悍ましい存在に違いない。もしもの事を考え、しっかりと対策を練らねばいけないだろう。ツアーは足早にその場を去ると、件の村へと向かった。

 

 

 その後、ツアーは無事カルネ村へと辿り着く。そこで彼は、この城を襲った悲劇について知るのだった。

 




トーマス・カルネさん。Web版だと彼がカルネ村を開拓した事になっているので、どうにかして彼を上手い事使ってみたかったんですよね。


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第1話 目覚めの時

 この世界には、数多くのおとぎ話が存在する。

 誰もが憧れるような英雄譚であったり、身分違いの恋に燃える男女の話だったり。

 勿論、悲劇だって数多ある。

 中でも特に有名なのが『嘆きの死の王』の話だ。今からおよそ300年前に作られた物語であり、長い時の中で多少話の展開が変わったりもしたらしいが、大筋は変わってはいない。

 

 それは、悲劇の中でも特に救いが無く、後味も悪い事で有名だった。

 

 その物語は、とある広大な森林の一部を領地としている貴族の城が舞台である。その城に住む城主の息子モモンガは、強大な力を持つ魔法詠唱者(マジック・キャスター)として有名だった。

 だが、その強大過ぎる力は人には扱いきれぬものだった。ある日、彼の魔力に当てられて、彼の母親が急死してしまう。それに絶望したモモンガは、己の力に危機感を感じ、父や使用人達全てを城から避難させた。そして、自分一人だけが残ると、遂にその力が暴走を始める。彼はその魔力に飲み込まれて、人間からアンデッドへと変貌してしまった。

 しかし、余りにも強大な魔力を持っていた彼は、ただのアンデッドではなく、それよりも上位の存在――死の王と呼ばれるオーバーロードへと変わってしまう。彼の力は、全ての生ある者を死へと誘うものだった。彼は己の身を嘆き、城諸共この世界から姿を消してしまった。物語はそこで終わっている。

 

 実はこの物語には、舞台となった場所があると噂されていた。

 まず、この城があったとされる広大な森林について。それは、多くの知識人達の認識では、トブの大森林の事なのではないか? と言われていた。しかし、現在その森に城は存在しない。嘗てそこにあったという話も聞いた事が無かった。300年という時の流れは、人間から見ればかなり大昔の話だ。普通に考えて記録が消えてしまったとしても可笑しくは無いだろう。歴史書でもあればそれに真実が記されているのだろうが、そういった物は国が厳重に管理している。その為、一般の人間が読む事は出来ない。わざわざ「おとぎ話の真実を知る為に見せてくれ」と言っても見せてくれる筈が無かった。

 だから、全てが憶測でしかないが、彼らの総意としては、300年前、悲劇の舞台となった城は確かに此処にあったのだろう、という事だ。

 それ以外の人々は、この話はただのおとぎ話だと認識している。むしろそういった人間の方が多いだろう。

 

――だが、とある村では、その話は真実とされている。

 その村の名はカルネ村。300年前、トーマス・カルネという人物が、初代村長を務めた村だった。

 

 

   ・

 

 

 その日、エンリ・エモットはいつものような朝を迎えた。母の手伝いで森へ水汲みに行き、戻って来ると家族揃っての朝食を取る。その後、いつも通り家族と共に畑仕事へと出向く筈だった。

 しかし、その日は違った。

 何やら村の中央から、鐘の音が聞こえてくるのだ。

 それは、村の中央にある広場に設置されている鐘の音だった。だが、通常それは正午を告げる為に使われる鐘であって、こんな朝早くに鳴らす物では無い。

「何で鐘の音が?」

 妹のネムと顔を見合わせ、不思議そうにしていると、何故か両親は慌てたように家の扉を開けた。そこには、村長の姿があった。恐らく、急いでエモット家へ来たのだろう。息を荒げたまま、父に掴み掛かるような勢いで声を上げた。

「聞こえたか!? あの鐘がついに鳴ったんだ!」

 明らかに興奮した状態の村長の姿を見て、エンリは目を白黒させてしまった。

 どういう意味なんだろう?

 何やら外の様子も慌ただしい。村人達が家の外へ出て、広場へと急いで駆けて行く姿が見えた。

「お父さん、どういう事なの? 鐘ならいつも鳴ってるじゃない?」

 そう問いかけると、父もまた興奮したように早口で答えてきた。

「エンリ。よく聞いてみるんだ。いつもの鐘の音と違うだろう?」

 言われてみると、確かにいつもの鐘の音とは若干の違いがあった。いつもの鐘の音が、カァン、カァンという、軽い音だとすると、この音はもっと重みのある――ゴォォォン、ゴォォォン、という感じだ。

 何故なのか分からず首を傾げると、村長が更に驚くべき事を口にする。

「この音はね、あの鐘自身が出しているんだ。今、あの鐘はひとりでに鳴っているんだよ」

「え!?」

 思わず妹のネムも声を上げた。

 あの鐘がひとりでに鳴っている。それはつまり――

「あ、あの!! それって……ッ」

 エンリは両親や村長と同じように、興奮を隠しきれずに言葉を飲み込んだ。

 村長が、力強く頷く。

「そう。君達ならより詳しく知っているだろう? 何せ、苗字は長い時の中で変わってしまったが、エモット家は彼の子孫なのだから」

 父が、ようやくこの時が来たのだとばかりに、エンリの肩に手を置いた。

 

「モモンガ様が、遂にお目覚めになられたのだ」

 

 

 中央の広場へエモット家が到着すると、そこには既に村中の住人達が集まっていた。その視線は、未だに鳴り続けている鐘へと注がれている。重苦しく鳴っているその鐘は、村長が言った通り、誰も鳴らしていないのに勝手に動き鳴り続けていた。

 

 村長が一歩前へと進む。一斉に彼らの視線が、村長へと動かされた。

 

「……あの鐘の正式名称は『約束の鐘』だ」

 約束の鐘。嘗て、エンリ達の先祖であるトーマス・カルネが、モモンガに頼み魔力を注いで貰った特別な鐘。

 彼が、暴走する魔力をある程度まで抑え込み、結界を解いて外へと出た際、彼の体内に収まりきらなかった魔力に反応して鳴るよう設定されている鐘だ。

「約束の鐘が鳴り響いている。それはつまり、モモンガ様が遂にお目覚めになられたという事になる」

「おぉ……!」

 人々の歓喜の声が、ざわりと空気を震わせた。

 

 300年前、自身の魔力が暴走しアンデッドへと変貌してしまった悲劇の存在。

 そんな彼が、長き眠りにつく最後まで共にいたのが、トーマス・カルネである。彼は、まだ出会ったばかりだったモモンガの優しさや器の大きさに感銘を受け、モモンガの事を最後まで見届けようと決めた存在だった。

 本来、アンデッドとは生ある物を憎み、呪う存在。だが、ただのアンデッドよりも高位の存在――オーバーロード――へとその身を変えたモモンガは、最後まで共にいたトーマスに対し、感謝の言葉を述べたと言われている。アンデッドとしての特性がある筈なのに、トーマスに対し感謝していると告げたのだ。それがどれだけ大きな事か。

 トーマスは彼と約束した通り、この話をカルネ村の住人達、そして彼の父親や使用人達に伝えた。彼が、まだ人間としての心も僅かに残しているとも。そんな彼だからこそ、きっと将来、この世界を大きく変えるであろうとトーマスは確信したのだ。

 だからこそ、人々はこの話を他の人間達にも伝えた。あくまでも旅人から聞いた話だが、という設定で。大抵の人々はおとぎ話としてその話を受け取ったが、それでも良かった。何せ、真実は自分達が知っているから。そして、この世界にどのような形であれ、モモンガの存在が残る。もしかしたら遠い未来、世界を変えるかも知れない彼の存在が。それなら何も憂う事は無かった。

 

「――エンリ・エモット」

「は、はい!」

 突然名を呼ばれたエンリは、緊張した面持ちで返事をする。

「使者として、私と共にモモンガ様の元へ向かうぞ。大人だけでは警戒される危険性がある。まだ若い娘である君が共にいれば、その警戒も解いてくれる筈だ。それに、君はトーマス様の子孫。それを告げれば、我らに友好的に接してくれるだろう。彼がトーマス様との約束を覚えていて下されば、きっとカルネ村へと訪れてくれるに違いない」

 村長の言葉に、エンリは何度も頷いた。

 

 正直、まだ戸惑いの方が大きい。

 何せ、彼がお隠れになってから300年も経っている。トーマスとの約束を覚えているか分からない。

 それでも、自分達はこの日を待ち続けた。何世代にも渡って。

 ならば、自分は己の役目を果たすまでだ。トーマス・カルネの子孫として。

 

「村長。精一杯、自分の役目を果たさせて頂きます!」

 

 こうして、村長とエンリの二人は、トブの大森林へと向かう事になったのだった。

 

 

   ・

 

 

 どれ位経ったのだろう。

 モモンガは、徐々に自分の意識が形を成していく事に気が付いた。

 それと同時に、自分が放っていた荒れ狂う魔力が、殆ど収束へと向かっている事を理解する。

 生ある者を全て死へと変える己の力は、余りにも強大過ぎた。その為、その力を抑え込むのに全神経を集中させようと(骸骨なので神経は無いのだが)モモンガは眠りに近い形でその意識を飛ばしていた。

 その意識が浮上したという事は、すなわち、目覚めの時が訪れたという事。

「……」

 ゆっくりと、眼窩の灯火を揺らめかせながら、モモンガはハッキリと意識を覚醒させた。

 その瞬間、己を取り巻く魔力の流れが落ち着いたのを感じる。

「終わった、のか?」

 久々に出した声は、思った以上に室内に木霊した。

「いや、まだ分からないな。取り合えず、城の外に出てみるか」

 そう判断すると、モモンガは早速転移の魔法を発動させようとする。その時、今の自分が使えるスキルや魔法の数々を、直観的に理解出来た。

(やはり死霊系魔法に特化されているみたいだな。攻撃魔法も幾つか習得しているようだが、威力は低そうだ。それにしても――予想以上に膨大な魔法の数だな。もしかしてこの魔法の数は、オーバーロードという種族としての特性に、私自身の魔力の量が影響したのか?)

 恐らくそうなのだろう。

 だとしたら、まさに様々な魔法を操り死を運ぶ『死の王』と呼べるのかも知れない。

 この力の使い所をきちんと考えなければ、あっという間に自分は全世界の敵となってしまうだろう。

「そういえば、昔読んだ本に世界の守り手の話があったな」

 世界の守り手。それは、この世界最強と言われるドラゴンの事だ。世界を脅かす存在を排除する為、人知れずこの世界を監視・偵察しているらしい。そんな存在に目を付けられれば厄介だ。もしも出会ってしまったら、問答無用で戦闘に入りそうな気がする。

「確かアーグランド評議国だったか? そこにいるらしいが……調べるとしても慎重にやらねば」

 一先ずその問題は後回しにする。今自分がすべき事は、現状の確認だ。

 モモンガは意識を切り替えると、直ぐに転移の魔法を発動させ、城の外へと姿を消した。

 

 

 城の外に出てみると、やはりそこも魔力の嵐はすっかりと収まっていた。

 飛行魔法を使い、ぐるりと周囲を見渡してみたが、結界ギリギリまで溢れていた筈の魔力の嵐は、もう何処にも見当たらない。

 どうやら、本当に魔力の暴走は収まったようだった。

「――結界を解いても大丈夫なのか?」

 ゆっくりと地上に降りながら考える。正直、まだ不安は残っていた。自分では分からないが、もしかしたら致死レベルの魔力が滲み出ている可能性だってあるのだ。迂闊に結界を解くのは如何なものかと考える自分もいる。

 だが、こうして確認している限り、特に問題は無いようにも見える。どちらにせよ、何かしらの行動を起こさなければ、モモンガは此処から先に進む事は出来ないのだ。

「うだうだしていても仕方がないな」

 もし何かあったとしても、今の自分ならある程度対処出来る筈だ。流石に結界を解いた瞬間、目の前に例のドラゴンがいたなんて事は無いだろう。いや、無いと願いたい。

 モモンガは意を決して空を見上げた。薄い膜のようなものが、城とその周辺一帯を包み込んでいる。長きに渡り、魔力を抑え込む壁として機能してくれた魔法。あれからどれ位の年月が経っているのかまだ不明だが、その間しっかりと役割を果たしてくれた。念の為、一番強力な結界魔法を選んでおいて正解だったと、安堵の息を漏らした。

「解除」

 短く告げると、結界は薄い膜が破けるように、天辺から徐々に消えていく。そうして全てが消えるまで、それ程時間はかからなかった。

 結界が消えたお陰で、周囲の様子がハッキリと見える。どうやら、このトブの大森林は、嘗てモモンガが眠りにつく直前に見た姿と、殆ど変わっていないようだった。

「国はどうなっているんだ? 此処は確か王国の辺境地だった筈だが」

 それこそ、カルネ村はまだ存在しているのだろうか?

 恐らく麓まで行けば、村の姿が見えるだろう。そこまで行ってみるか?

 だが、今の自分はアンデッドの姿だ。仮面か何かで顔を隠した方が良い筈。城の中を探せば、もしかしたら何かそれらしい物があるかも知れない。

(いや、もしトーマスがしっかりと私の事を伝えていれば、私がアンデッドだという事は知っている筈だよな? だとしたら、別に素顔のままでも良いんじゃ……)

 不安は大きい。しかし、ここはトーマスの事を信じたい。

 モモンガは暫し悩んだが、結局彼に賭ける事にした。

「となると、やはり麓まで下りて行ってみるか」

 そう判断し、いざ下りようとした時だった。

「……?」

 何やら、人の気配を感じた。

 その気配はどうやら二人。真っ直ぐこちらへと向かって来ている。

 幾ら何でもタイミングが良過ぎじゃないか?

 思わず警戒心を抱いてしまったが、ふとトーマスとの会話を思い出した。

 

――モモンガが再び目覚めた時、その魔力に反応して鳴る『約束の鐘』……

 

 もしかして、その鐘が鳴ったのか?

 ならば今、こうしてここに向かって来ているのも分かる。

 通常、この森にはあまり人間は入って来ない。入って来たとしても、麓付近に群生している薬草の採取に訪れる程度だ。

 こんな奥にまで来る事は殆ど無い。

 

「だとしたら、やはりカルネ村の人間かもな」

 先ずはあれからどれ位の年月が経っているのかを知る必要がある。それに、周辺国家の情報。人間や亜人種、異形種達の分布も知っていた方が良いだろう。

『モモンガという人間』だった時、その知恵を人々に教えたいと願っていた。その遺言は叶えてやるつもりである。ただし、それは人間に限定はしない。求められれば、他の種族にも教えるつもりだった。せっかくオーバーロードという種族になったんだ。その知恵を人間にだけ授けるのは勿体無いだろう?

(それに、他の種族にだけ伝わる特殊なスキルや魔法があるかも知れないしな)

 それらを知るのもなかなか面白そうだと、モモンガは考えていた。

 

 そんな事を思っている間にも、人の気配はどんどん近付いてくる。

 暫くその場で待っていると、やがて遠くから二人の人影が見えてきた。

 

 一人は、40代半ば程の男。もう一人は、若い村娘のようだった。

 二人はモモンガの姿を見ると、一度ピタッと歩みを止めた。歓喜に打ち震えるかの如く、口を手で覆いプルプルと震えている。そして、二人で頷き合うと、モモンガ目掛けて勢い良く駆け寄ってきた。

「モ、モモンガ様!! モモンガ様で宜しいんですよね!?」

 興奮した様子を隠しもせずに、男は縋るようにモモンガを見上げた。その隣では、同じように自分を必死に見つめる娘の姿。

 どうやら、トーマスを信じて正解だったようだ。

 

「――如何にも。私がモモンガだ。長きに渡る眠りから、先程ようやく目覚めてな。そこで、幾つか聞きたい事があるんだが」

「はい! 私共で良ければ何でもお答え致します! あ、ですがその前に、私は現カルネ村の村長です。こちらはエンリ・エモット。長い時の中で苗字が変わってしまいましたが、彼女はトーマス・カルネ様の子孫に当たる者です」

 男――村長がそう言って娘の肩に手を置いた。

 モモンガは、彼の言葉に僅かに驚いて彼女を見下ろす。

「子孫? トーマスのか?」

「はい。エンリ・エモットと申します。村には両親と、妹もいます。家族を代表して私が参りました」

 ペコリと頭を下げる彼女を見て、モモンガは村長に尋ねた。

「村長。私が眠りについてから、どれ位の年月が経ったんだ?」

「おおよそ300年程です」

 300年。トーマスが予想していた通りだ。

 それ程の時が経つ中、彼の子孫が生きている。その事実が嬉しかった。

「そうか……300年か。その間、トーマスの血筋は途絶えなかったのだな。それは大変喜ばしい事だ。彼には世話になったからな。その恩を、お前たちに返そうと思う」

「そ、そんな! 恩だなんて!」

 慌てて首を横に振るエンリに対し、モモンガは気にするなとばかりに軽く手を振るった。

「まぁ、こんな所で立ち話も何だ。早速だが、村まで案内してくれないか?」

 嬉しそうに頷くエンリの姿は、嘗てのトーマスを思い起こさせるものが確かにあった。

 

 

   ・

 

 

 道すがら、モモンガは幾つかの質問を彼らに投げかけた。それで分かった事は、やはり国の分布図は昔と然程変わっていないという事。

 それと、モモンガが長き眠りについた後の父の話も教えて貰った。

 

 父は、母に復活魔法を施せる人物を探す為、この地からは遠い都市、エ・レエブルに居を構えたらしい。それでも、領地はここトブの大森林周辺のままだったので、時折様子を見にやって来ていたそうだ。それに、カルネ村に寄贈した数々のマジックアイテムの調子を確認する必要もあった事も、理由の一つだった。

 当時のカルネ村は、両親が発明したマジックアイテムを日常の中で活用する事で、辺境地にしてはそこそこの生活水準だったと記憶している。

 それらを活用しつつ、暫くは平穏な日々が続いていたらしい。だがある時、父が病にかかり床に臥せってしまった。

(どう考えても心労だろうな……)

 母を復活させる為に、様々な神官や魔法詠唱者を頼ったらしい。だが、もしも復活魔法を施したとしても、肉体が耐え切れずに灰と化す可能性が高いと告げられ、父は悩み抜いた結果、母を復活させる事を断念したそうだ。

 そんな折に彼は病にかかった。彼は、特にこれといった治療もせず静かに亡くなったと伝えられている。きっと、母の元に早く逝きたかったのだろう。恐らく、息子である自分も一緒にいると思ったのかも知れないが、残念ながらモモンガはそこにはいない。自分は『死』そのものとして、この世界に新たに生まれ変わってしまった。

(すまないな、父さん。私――いや、俺は、こっちの世界で色々したい事があるんだ。見守ってくれとは言わない。恐らく俺は、父さん達の信条に反する行為を沢山するかも知れないからな。何せ俺は、オーバーロードだからさ)

 だからその変わり、あの世で母さんと幸せに過ごしてくれ。それが『人間としてのモモンガ』の最後の願いだった。

 

――話を戻そう。

 

 父が亡くなり、カルネ村の住民達は大いに悲しんだ。だからこそ、カルネ村は授かったマジックアイテムを大切に使っていた。子から孫へと受け継ぐ形で。だが、残念ながらそれらは既に失われてしまったそうだ。

 

 それは、200年前に起きた帝国との戦争が理由に挙げられる。

 

 モモンガが人間として生きていた当時、帝国との本格的な戦争はまだしていなかったのだが、何となくキナ臭い空気は漂っていた。そしてついに200年前、帝国が戦争を仕掛けてきたそうだ。

 その際、資金源として、村にあったマジックアイテムは根こそぎ王国が徴収してしまった。『約束の鐘』が奪われなかったのは、見た目がただの鐘にしか見えなかったからだろう。

 帝国との大きな戦争は、その200年前に一度起きたきりだったようだ。しかし、全国土を巻き込む大規模な戦争だった為、一気に王国の国力は低下してしまった。それ以降、その影響で新たなマジックアイテムを購入出来るような余裕も無く、カルネ村は徐々に生活水準が低下していったらしい。

 

 そして200年の時を経て、ここ数年、再び帝国が戦争を仕掛けてくるようになった。それも、わざわざ収穫の時期を狙って。このままだと、王国は破滅へと向かうだろう。

 それでも王国は、何も対処していないようだった。それこそ、魔法を戦争で使うという考えも無いらしい。

 

(無能の集まりだな)

 ただの村娘であるエンリでさえ「魔法詠唱者(マジック・キャスター)を集めれば良い戦力になると思うんですがね」とぼやいているというのに。それさえも浮かばない辺り、やはり数百年前とは言え、魔法に関わった事があるカルネ村と、そうではない王都の連中では、考え方が違うのだろう。

 

 村長やエンリの話を聞いていると、彼らは魔法への理解もきちんとあるし、魔法を軽視する王国の考え方を嫌悪しているようだ。二人は村を代表して何度も王都へ赴き、辺境地であるカルネ村の苦しい現状を何度も訴えたそうだ。村長がそういう行動を取るのは理解出来たが、何故エンリも? と問えば、彼女なりに村を良くしたいと考えていたからだと力強く返された。その熱意をそのまま王に伝えたそうだが、その都度有耶無耶にされてしまったらしい。それでも諦めきれずに、定期的にこの訴えは続いているそうだ。このままでは国が滅ぶと、二人共分かっているのだろう。

「フム……」

「どうかされましたか?」

 顎に手をやり考え込んだモモンガを見て、村長が首を傾げる。

 それに対し「気にするな」と軽く手を振りながら、モモンガは自分の考えを纏める事にした。

 

 とりあえず、カルネ村の住人達の考え、そして自身に対する対応を見てから、今考えている案を計画に移すことにしよう。彼らを試すようで悪いが、まだこの二人からしか話を聞いていない。もしかしたら、エンリ達がそう思っていないだけで、モモンガへの不信感を持っている者もいるかも知れないからだ。どれだけ小さい染みでも、それは大きく広がる可能性がある。何事も慎重に事を進めなければ。

 そして、何も問題が無いのであれば、モモンガは計画を実行に移そうと心に決めた。

 

 今、自分がしようとしている事は、王国に真っ向から勝負を挑むようなものになる。しかし、それでも構わないとモモンガは思った。

 

 正直、人間に興味が無いのは事実である。だが、そんな人間達の中でも、温情を与えても良い価値のある者達はいる筈だ。トーマスがまさにそうだった。だからこそ、彼への恩を返すべきだろう。

 彼の子孫であるエンリは、しっかりとした常識もあり、そして現状を打破しようと藻掻く姿勢も見せている。そういう者こそ、モモンガは自らの庇護下に置くべきだと考えた。きっと彼女は、周囲に良い影響を与える。彼女を中心に知識を与え、自分の庇護下で村を繁栄させる事こそ、トーマスへの恩返しになるだろう。

 

 そんな事を考えている間に、モモンガ一行はカルネ村へと到着した。

 

 

 

 村の中央の広場に、大勢の村人達が集まっている。

 モモンガらの姿を確認すると、住人達は喜びの声を上げた。

「モモンガ様……本当にモモンガ様なんですね!?」

「あぁ、遂にお目覚めになられた! トーマス様との約束を、果たして下さった!」

 口々に彼らは感謝の言葉を述べてくる。その顔に、アンデッドへの恐怖心は感じられない。

 ぐるりと人々の顔を見渡した。どの顔も、モモンガへの感謝の気持ちと、出会えた喜びで彩られている。

 驚くべき事に、村に来る前に考えた『モモンガへの不信感を持つ者』は、誰一人としていなかった。

 だが、まだ警戒を緩めてはいけない。今からする質問で、モモンガはこの村を今後どうするか決めるつもりだった。

 

 ゆっくりと彼らの前に立ち、漆黒のローブをはためかせる。そして、眼窩の灯火を一際大きく輝かせた。それだけで、村人達はモモンガの意を察し、しんと静まり返る。それを満足げに見渡しながら、モモンガは彼らに問いかけた。

「――先ずはこの300年、私の目覚めを待っていてくれた事を嬉しく思う。だがお前達に尋ねたい。何故そこまで私に対し感謝の言葉を述べるのだ? 感謝ならば、代表して村長やトーマスの子孫であるエンリから既に受け取っている。必要以上にそうする必要性は全く無いのだぞ? 私はあくまでも、300年前に生きていた人間と約束をしただけだ。今を生きるお前達には、それこそおとぎ話の世界だろう。聞いたぞ? 私の話は、今ではおとぎ話として世界に知れ渡っているとな。ならば、お前達だっておとぎ話のままにしておく事が出来た筈だ。300年も昔の約束等、守る必要も無かった。その選択肢もこの長い時の中であった筈。なのに何故そうしなかった?」

 モモンガの問いに、村人達は誰ともなく顔を見合わせた。そして、その中の一人が、そっと手を上げた。

「失礼ながら、私が答えても宜しいでしょうか?」

「構わんぞ」

 気立ての良さそうな若い男だ。彼は深く頭を下げてから、真っ直ぐにモモンガを見つめた。

「モモンガ様。我らの先祖はトーマス様より、アンデッドの特性を代々伝え聞いております。貴方はアンデッドですがオーバーロードと呼ばれる存在。正しく死の王。生者を憎む代わりに、生者に無関心になったらしいと。そんな中、貴方様はトーマス様に対して、深い信頼を置いて下さった。それは貴方にとって些細な事でも、種族として考えると有り得ない事だったのですよ」

 彼の言葉に、村人達も力強く頷く。

「貴方はきっと、貴方だからこそ、人間としての心を完全には失わなかったんだと思います。だから我々カルネ村の人間は、貴方の事を未来に伝えようと今まで語り継いできたのです。再び貴方が目覚めた時、アンデッドである貴方を受け入れられる場所で在れるようにと」

「……」

 

 モモンガは、その言葉を深く噛み締めると、安堵の息を漏らした。

 

(合格だな)

 

 彼の言葉はどこまでも真っ直ぐだった。そして、それに同調する村人達の姿も。

 この村は、トーマスの意志が根付いている。

 

 確かにアンデッドである自分は、もしもカルネ村が受け入れてくれなかったら、正体を隠して各地を巡るつもりだった。だがもう、その心配は必要無い。

 むしろ、堂々と姿を晒し力を見せつける事で、この村を守る事が出来れば、それに越した事は無かった。

 

 この村はそれだけの価値があると、今、確かに証明されたのだから。

 

「お前達の気持ち、しっかりと私には伝わった。そこでだ。そんなお前達に一つ提案がある」

「提案、ですか?」

 モモンガは、村長とエンリの方へ視線を向けた。

 

「――実は、国を作ろうと考えているんだが……」

 

 

 




この作品におけるカルネ村は、原作のナザリック的立ち位置です。あと、モモンガ様は死の王としての特性から、自然と支配者たる言動・行動が取れるという設定にしています。それに対するストレス等は無い模様。


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第2話 歪んだ正義の行方

 リ・エスティーゼ王国、ロ・レンテ城内にあるヴァランシア宮殿は今、不気味な程に静まり返っていた。

 その中のとある一室。その上座には、国王であるランポッサⅢ世が座っている。その隣には第二王子であるザナック、そしてその隣には第三王女であるラナーが無言で座っている。そして、王の直ぐ後ろに立つように、彼の忠臣であるガゼフ・ストロノーフが立っていた。

 他に同席しているのは、王が信頼出来ると判断した重臣や貴族達ばかりだ。だが、誰もが口を閉ざし陰鬱な空気を醸し出している。

 玉座に座るランポッサⅢ世は、特に顔色が酷かった。

 それも無理は無い。何せ、王国は今、大きな二つの問題を抱えていた。

 

 その一つ。それは、第一王子であるバルブロの裏切りだった。

 

 事の発端は、第三王女ラナーの友人である冒険者、ラキュースから齎されたある情報がきっかけだった。

 彼女はラナーの依頼で、冒険者『蒼の薔薇』のメンバーと共に、王国内に潜む帝国の密偵について調査していた。勿論、そのような指示をラナーに与えたのはランポッサⅢ世だ。近々帝国との戦争を控えている今、情報は何よりも大事だった。

 

 その密偵が、あろう事か第一王子であるバルブロと繋がっている事が判明したのだ。

 

 急ぎラナーはそれを王へ伝えたのだが、最初彼はその内容を信じようとはしなかった。いくら何でも、第一王子が敵国へ情報を送る筈が無い。そう信じたかったのだろう。

 だが、念の為と探りを入れたところ、残念ながらバルブロが密偵と繋がっていたのは事実と判明した。

 流石に数々の証拠を叩き付けられると、彼もバルブロを擁護する事は不可能だった。

 そして、バルブロを支持するボウロロープ侯や、常日頃悪評ばかりを聞いていたブルムラシュー候等、六大貴族達からも、芋づる式に証拠が見つかる始末。

 

 王は計り知れない衝撃を受けた。

 ここまで、王国は腐っていたのかと。

 

 自分はただ、バルブロには安全に生きて欲しかっただけだった。

 下手に戦いで死ぬ事の無いよう、戦争が起きた時でもそこまで前線に出す事もしなかった。

 父親なりに愛情をかけていたつもりだったのだ。

 だが、それはどうやら伝わっていなかったらしい。

 

 彼を捕らえた時の、怒りの声が頭から離れない。

 

『父上! 貴方は何も分かっていない!! 貴方は私の力を全く信じては下さらなかった……ッ! それがどれだけ屈辱的で、どれだけ自尊心を抉った事か!! だが、帝国は違う! あの国は、才能さえあれば誰でも重用してくれる! この私を、認めてくれるのだ!』

 

 違うのだ。私は決して、お前を信じなかった訳ではない。

 そう言いたくても、あの瞳を見てしまえば何も言えなかった。

 

 本来ならば、彼は重罪人だ。その立場を考えれば、死罪が妥当だろう。

 だが、こうなるまで放っておいた自分にも責任はあると王は思った。だからこそ、彼は城の地下へと幽閉された。

 二度と、地上へは戻れないだろう。

 

「父上」

 物思いに耽っていた王を心配してか、ザナックが気遣わしげに声をかけてくる。それに静かに頷くと、王はゆっくりとその場にいる全員を見渡した。

 

「バルブロの件は、暫くは情報を漏らさぬように。国民らには、彼は病死したと伝える事にしよう」

「それが宜しいかと思います、陛下」

 恭しく頭を下げたのは、レエブン候だ。六大貴族の中で最も力があり、王派閥・貴族派閥その両方をさまよう蝙蝠として認知され、忌み嫌われていた存在だが、実際は何よりもこの国を思い行動していた男。今回の騒動でそれが王派閥に理解され、彼への認識は大きく変わった。

 バルブロの裏切りが発覚した際、それの真偽を確かめるべく、彼の部下だった元オリハルコン級冒険者達が、ラキュース達と協力して調査に参加したのが決め手だったと言える。

 彼の真摯な言葉は、心から王家を思う言葉だった。だからこそ、王派閥の者達は彼への認識を改め、敬意を表した。

 彼ならば、王を支えるに値する人間だと。

 

 しかし、そんな彼も皆と同じように疲れ切った顔をしている。バルブロの裏切りの件もあるが、もう一つの大きな問題についても頭を悩ませているからだった。

 

「では、その件はまた後程詳しく話し合うとして――例の『死の王』についてなのだが……」

 王のその言葉に、全員が困惑と恐怖の色を浮かべる。

 

 王国内を揺るがす一大事が起きた今、また新たな問題が生じたのだ。いや、むしろこちらの方が一大事と言えよう。

 

 それは、時折王へ謁見を求めに来る、カルネ村の村長と、エンリという村娘が齎したものだった。

 

 

   ・

 

 

 先日、再び彼らが王への謁見を求め王都までやって来た。いつものように村の状況を伝えに来たものだと思ったのだが、その日は違った。

 謁見の間で出会った彼らの表情は、酷く晴れやかなものだったのだ。

 そして、王を困惑させる言葉を放つ。

 

「陛下。遂に我々の悲願が達成されました」

「……それはどういう意味かね?」

 村長は、何処か王を哀れむような視線で、静かに告げた。

「我々は、モモンガ様について行きます。300年もの間、彼が再び目覚める事を、カルネ村の住人達は待ち続けておりました故」

 彼が何を言っているのか全く分からない。

 不安に思った王が、隣に立つザナックへと視線を向ける。どうやらザナックも同じようで、困惑の色を隠せずにいた。後ろに立つガゼフも同様のようだ。

 そんな三人の隣で、ラナーだけがいつものような微笑を浮かべたままだ。ラナーの様子に引っ掛かりを覚えたが、それが形になる前に今度はエンリが口を開いた。

「陛下は、嘆きの死の王の話をご存じですか?」

「嘆きの死の王? あ、あぁ、勿論知っているとも。有名なおとぎ話だろう?」

 そう問いかけると、エンリはニコリと笑みを浮かべた。

「あのお話は、おとぎ話なんかじゃありません。事実なんです」

「――は?」

 思わず間の抜けた声が出てしまった。

 何を言っているのだろう? 

 あの話は、どう考えてもおとぎ話としか考えられなかった。一部の者達はあれが事実だと考えているようだが、とてもそうとは思えない。

「陛下。確か古い歴史書等はこちらで管理なさっているんですよね? でしたらその中に、アインズ・ウール・ゴウンという貴族が、300年前に存在していた事実がある筈です。そこの一人息子である、モモンガ様という魔法詠唱者(マジック・キャスター)の事も」

「娘、あまり戯言を言うでないぞ!」

 訳の分からない彼女らの言葉に業を煮やしたのか、近衛兵がそう叫んだ。だが、エンリも村長も全く表情を変えない。それはいっそ不気味ですらあった。

「では、証拠をお見せしますね」

「何を――」

 何を言って、と続く筈だった言葉は、そこで途切れる。

 彼女は背負い袋を床に置き、袋の口を開けた。そして、その中からどう考えてもそれに入る大きさではない大きな鏡を取り出したのだ。

「!?」

 明らかにそれはマジックアイテムだった。そうでなければ説明が付かない。その場にいた者達に動揺が走る中、彼女は慣れた手つきでその鏡を操作していく。その操作を手助けするように、村長も鏡に手を翳しながら何かを探しているようだった。

 暫くすると、二人の手が止まる。

 そして、その鏡をその場にいる全員に見えるように動かした。

「この御方こそ、我々を導いて下さるオーバーロード――死の王であらせられるモモンガ様です」

 

 鏡に映ったその姿を見て、彼らは絶句する。

 

 王族でも手に入らないであろう、豪華な漆黒のローブに身を包み、玉座に腰掛ける存在。

 それは、アンデッドだった。眼窩には血のように赤い灯火が揺らめき、こちらを見つめている。

 

 近衛兵達から悲鳴があがったが、それを咎める事等出来る筈もない。

 

「ご安心ください。例のおとぎ話の通り、彼は元々人間です。そして、人の心も消えてはおりません。彼はカルネ村の初代村長、トーマス・カルネ様との約束を果たす為、再びカルネ村へと訪れて下さいました。この日を、我々はずっと待っていたのです」

 エンリは力強い瞳を王へと投げかけた。

「モモンガ様は、現在のカルネ村の状況を酷く憂いて下さいました。そして、こう宣言されたのです。『国を作るから、私の庇護下に入らないか?』と」

 

 ざわっと。

 空気が大きく震えたのが分かった。

 

「これについて、後日陛下とお話をしたいそうです。ですので今日は、それをお伝えする為にこちらへ赴きました」

「――こちらから、使者を送った方が宜しいかね?」

 なんとか絞り出すようにそう問えば、彼女はコクリと頷いた。

「えぇ。それをモモンガ様も望んでおられます。では、一週間後で宜しいでしょうか?」

「構わない。そう、伝えておいてくれ」

「分かりました」

 そう言うと、エンリはその大きな鏡を再び背負い袋の中に仕舞い込んだ。

 村長と何やら小声で話し合うと、彼女はくるりと振り返る。その瞳は、ただの村娘にしてはやけに力強い光を放っていた。

「陛下。この国は遅かれ早かれ滅びるでしょう。我々が何度進言しても、貴方は動こうとはしなかった。そんな貴方に、我々を止める権利はありません。不敬と思われても結構です。我らの命は、既にモモンガ様に捧げると決めておりますからね」

 

 それは、決意の眼差しだった。

 余りにも眩しく、そして、もう自分には無いもの。

 

 唖然とする王達を尻目に、二人はさっさと歩き出す。用件は済んだとばかりのその態度は、確かに余りにも不敬だった。だが、誰も彼らを止める事等出来やしない。あの、恐ろしいアンデッドの姿を見てしまえば、そんな彼に従う彼女達を刺激する訳にはいかなかった。

 

 

   ・

 

 

「歴史書を確認しましたところ、確かに300年前、トブの大森林の一部と、カルネ村周辺を領地としていた、アインズ・ウール・ゴウンなる貴族の存在が確認出来ました。余りにも昔なので、情報はかなり少ないですが……」

 レエブン候がそう呟く。

「いや、彼が本当に実在したと分かっただけでも大きい」

 王は小さく息を吐いた。

「つまり彼は、嘗てゴウン家が支配していた領地を国としたいという事だな?」

「恐らくそうでしょうな父上」

 ザナックが顎に手を当てながら考え込む。

「そして、カルネ村の初代村長、トーマス・カルネについても調べたのですが――こちらは殆ど情報を得られませんでした。モモンガ殿は一応貴族だったから歴史書に残っていたようなもので、ただの村長についての記述は残念ながら見つからず……」

 申し訳ないと謝る息子に、王は大丈夫だと軽く手を上げた。

「現状、認めざるを得ないだろうな。何よりいくら彼が元人間だと言っても、彼は今アンデッドだ。そして、強力な魔法詠唱者(マジック・キャスター)でもある。魔法に疎い我々では、どう考えても勝ち目は無いだろう。それに、言い方はアレだが、カルネ村は辺境地だ。失ったとしても、特に直接的な損害は無い」

 苦し気に宣言する王の姿に、一同は同情するしかない。

 損害が無い訳では無いのだ。だが、現状どうする事も出来ないだろう。あんな化け物が国を作るというのは恐ろしいが、アレに従おうとするのはカルネ村くらいだと考えていた。

 いずれ彼の存在を知った何処かの国が、討伐隊でも組むかも知れない。だが、返り討ちに合うのが目に見えている。そうして他国が疲弊でもしてくれれば、王国としては都合が良かった。滅びると告げられても、手の施しようが無い事は分かっている。だったらせめて、他国も同じくらい疲弊してくれればという魂胆だ。王として余りにも情けないのは理解している。しかし、そう思わずにはいられないのが王国の現状だった。

 

「では、約束通り一週間後に使者を送る形で良いか?」

「それで大丈夫だとは思いますが、その使者はストロノーフ殿が適任かと思います」

 それまで一切口を挟まなかったラナーが、凛とした声を響かせた。

 黄金と呼ばれる美貌を惜しげも無く晒しながら、ラナーはゆるりと微笑む。

「お父様もそれはお考えだったでしょう?」

 ラナーが確かめるように小首を傾げる。王はそれを見てチラッとガゼフを見上げた。

 ガゼフは戸惑いがちに身を震わせる。

「お前の言う通り、確かにそのつもりだった。ガゼフ。どうかその役目を果たしてはくれないか? 現在の王国上層部は、バルブロのせいで混乱を来している。そんな中、ここにいる者達を無闇に動かす事は出来ない。となると、貴族ではないお前が動くのが一番問題にはならないかと思ったのだ」

 王の説明を聞いて、ガゼフはようやく理解が出来たとばかりに背筋を伸ばした。

「ハッ! 陛下がそうお望みでしたら、この私、精一杯お役目を務めさせて頂きます!」

「ウム。頼んだぞ。そうだ、使者として送るのならば、それなりの恰好をさせねばなるまい。王国の五宝物の内、行方が知れていない一つを除く他全てをお主に装備させて送り出そう」

 王の言葉に、集まった全ての者が動揺したのが伝わった。言われた当の本人は、特に顕著なものだった。

「!? そ、それはなりませんぞ陛下!! そんな恐れ多い物、もし何かあったら――」

「構わぬ。それ位の誠意は見せておいた方が良かろう。相手は底知れぬ人外の存在だ。幾ら元人間と言っても、あそこまで人から離れた存在となっては、その心も何処まで残っているか怪しいもの。カルネ村の事は、縁があるから守ろうとしているのかも知れないが、その他の人間等どうでも良いと思っているかも知れぬ。だったらせめて、礼儀正しく誠意を持って接するべきだろう。要らぬ不快を与えるよりは、その方がマシだ」

 尤もな言葉に、一同は成程と理解する。こちらが何か不手際を起こさなければ、取りあえず会話は成立するに違いない。

 ガゼフもそれを理解したようで、何度か頷くと深く頭を下げた。

「承知致しました。では、陛下のお望み通り、その宝物を装備して向かいたいと思います」

 王はザナックと顔を見合わせ、安堵の笑みを浮かべた。これで一先ずは安心だろう。

 ラナーがジッとガゼフを見つめると、それに気付いたガゼフが「何か?」と首を傾げていた。

「――いえ、何も。ただ、ストロノーフ殿は誠実なお方です。ですからお父様も気に入られたのだなと思いまして」

「そんな……私はそこまで殊勝な人間ではありませんよ」

 照れたように頬を掻くガゼフに対し、王はそっとガゼフの肩に手を置いた。

「そこまで謙遜する必要はないぞ、ガゼフ。お前のその心を、私は気に入っているのだから」

「あ、有難きお言葉……!」

 恐縮だとばかりに体を固くする男に、王は優しげに微笑む。しかし、ラナーがガゼフの事をそういう風に言うのは珍しかった。普段はお付きの剣士であるクライムにしか興味を示さないのだから、こんな風にガゼフを褒めるのは珍しい。

 だが、きっとこれはガゼフの事を立ててくれたのだろうと王は考える。

 

「では、モモンガ殿への使者はガゼフに行かせよう。何か他に意見のある者はいるか?」

 ぐるりと彼らを見渡す。特に反対意見等は無さそうだった。

「では、今回の会議はこれにて終了する」

 

 

 こうして一週間後、ガゼフ・ストロノーフはカルネ村へと赴く事になる。

 そこで、己の人生が大きく変わる事になるとは、この時の彼はまだ、知る由も無かった。

 

 

   ・

 

 

 ガゼフが王城を出立したのを確認した後、ラナーはクライムと共に自室で休憩していた。

 香りの良い紅茶を楽しみながら、傍らに立つクライムを見上げる。

「クライム。貴方も一緒に飲みませんか?」

「い、いえ、ですが……」

 落ち着きなく視線を彷徨わせる姿に、クスリと小さく笑みを浮かべる。

「貴方が一緒に飲んでくれないと、この紅茶もあまり美味しく感じませんから」

「……!」

 ね? と言えば、クライムは体から力を抜いて、ようやくソファーへと腰掛けた。

 そして緊張した面持ちで紅茶を口にする。

「美味しいでしょう?」

「は、はい!」

 ごくっと喉を鳴らしながら、クライムは頷く。

 このやり取りはいつもの事だった。だが、それをラナーは面倒だとは思わない。自分の行動で、彼が様々な表情を浮かべてくれるのは、とても愛らしいからだ。

 

 自分が拾った青年。真っ直ぐにこちらを見上げた瞳は、ラナーの事を恐れてなどいなかった。当時、周囲がラナーの考えを理解出来ず、腫れ物でも触るかような態度を取る中、彼が自身へ向けた感情は澄んだ湖水のように輝いていた。

 それを見て、どうしても彼が欲しくなった。普通の人間のように、彼の喜ぶ顔が見たいと思った。

 

 ラナーはクライムの前でだけ人間になれる。

 それ以降、人前に出る際に人間のフリをするのが上手くなったのは、正直良かった事かも知れない。

 それまでのラナーは、周囲に合わせる事が出来なかったのだから。それ故に要らぬ不和を招く事も多々あったので、今のラナーは昔とは違い、人々に優しい黄金の姫という器を作る事に成功している。全てはクライムの理想を演じる為だ。

 

「ねぇクライム。確か貴方はおとぎ話が好きだったわよね?」

 そう問いかけると、クライムはビクッと肩を大きく震わせた。

「……はい。勿論、嘆きの死の王の話も読んだ事があります」

 複雑そうな表情を浮かべながら、クライムは頷く。

「ですが、まさかあれが事実だとは思いもしませんでした。確かに、数ある悲劇の中でも、かなり完成度の高い物語ではありましたが――」

「そうね。あのお話は舞台にもなる位、悲劇の中では人気が高かったですから。それにあの衣装。昔私が読んだ絵本に描かれていた姿と同じでした」

「誠ですか!? 私が読んだ本に絵は描かれていなかったので、描写で想像はしていたのですが……でも、私が考えていた姿と似ていたのは事実ですね。やはり描写が細かかったのは、その姿を間近で見ていた人物がいたからでしょうか?」

 その問いかけに、ラナーは肯定の意を示した。

「そうでしょうね。それが恐らくカルネ村の初代村長、トーマス・カルネだと思います。色々と調べたのですが、どうやら彼には特殊なタレント能力があったらしいのです」

「特殊なタレントですか?」

 ラナーはテーブルに置かれたクッキーを齧りながら、自らが調査した結果をクライムに教えた。

「簡単に言えば、彼は魔力を無効化出来る力を持っていたらしいわ。魔法には耐性が無かったらしいけれどもね。モモンガ殿は魔力が暴走した結果、あの姿になったらしいけれど、その魔力を浴びても死なずに済んだのは、そのタレントのお陰よ」

 宮廷会議の時、ラナーはこの情報を父であるランポッサ三世に伝える事はしなかった。

 彼の子孫であるエンリに、もしかしたらこの能力が宿っていても可笑しくは無い。もしそうでなかったとしても、この情報を得たランポッサ三世が、迂闊にエンリに接触しようとしたら危険だ。モモンガはトーマスの血族を特別視しているのは明白。下手にモモンガを刺激しない為にも、この情報は秘密にしていた方が得策だった。

 

「クライム。この話はくれぐれも内密にね? お父様はバルブロお兄様の件もあって、少々焦ってらっしゃるわ。不必要に情報を流して、カルネ村の住人に下手に接触されては困るもの。それがモモンガ殿の機嫌を損ねる原因にでもなってしまったら最悪よ」

 真っ直ぐにクライムを見つめてそう話すと、彼は真剣な表情を浮かべて了承した。

「――分かりました。このお話は、決して誰にも話さないと誓います」

「ありがとう。それにしても、これから私達はどうなってしまうのでしょうね……あんな存在が国を作るとなると、他の国が黙っている訳がないわ」

 不安そうに瞳を震わせると、クライムは力強くラナーの手を握ってきた。

「ラナー様。例え何があろうと、貴方様の事はこの私が全身全霊を持って守らせて頂きます。ですからそのようなお顔はなさらないで下さい。貴方は、笑顔が似合いますから」

 あの時と同じ、澄んだ湖水のような煌めきを瞳に宿したクライム。

 ラナーはその瞳を見ると、他の全てはどうでも良いと思えた。この子が好きだと言った笑顔を浮かべて、ラナーは小さく頷く。

 

 死の王モモンガ。

 彼は人間だったが化け物になってしまった。そして恐らく、角砂糖一個分くらいは人間の心を持っている。

 ラナーは化け物だった。だが、クライムのお陰で人間のフリをする事を覚えた。クライムの前でなら、大勢が望む完璧な人間を演じる事が出来る。

 

(一体どちらがマシなのかしらね……)

 

 その答えが分からないまま、ラナーは再びクライムとの会話に花を咲かせるのだった。

 

 

   ・

 

 

 ガゼフ・ストロノーフは、数人の部下を連れて馬を走らせている。

 彼らの表情はどれも固い。無理もないだろう。今から自分達は、死の王と呼ばれるアンデッドへ使者として謁見するのだから。

「戦士長殿! もう少しでカルネ村に到着します!」

 隣を並走する部下がそう告げてくる。ガゼフは「うむ」と頷くと、王国の宝物に身を包んだ己の姿を見る。

 装着するだけで確かに力が漲るのを感じた。だが、それでもあのモモンガに勝てるとは思えない。

(いや、戦うのではなく、話をする為に我々は向かっているのだ)

 軽く頭を振って、ガゼフは眼前に見えてきた村をジッと見つめた。

「……?」

 ふと、何か違和感を感じる。

 以前来た時と、少しだが村の様子が違っていた。

 

 先ず、村を取り囲むように大きな塀が築かれていた。最早それは砦と言っても過言ではない。その塀の向こうには物見やぐらも見える。開かれた重厚な門の中、村の幾つもの場所に街灯が設置されているのも視界に入った。

「もしやあれは永続光(コンティニュアル・ライト)か?」

 王国では見た事が無いが、帝国では数多く設置されていると聞く。今はまだ昼間なので光が灯っていないが、恐らく夕暮れ時になれば光り出すのだろう。

 恐らくモモンガが設置したのだと考えられる。

 更に距離が近付くと、村の入り口に二人の人影が見えた。

 村長とエンリだ。

 ガゼフ達は彼らの少し手前で馬を止めると、馬から降りて彼らに近付いた。

「出迎え感謝する。王より命を受けこちらへと参った、ガゼフ・ストロノーフだ」

 軽く会釈をすると、二人も同じように頭を下げた。

「存じております。私の名はエンリ・エモット。申し遅れましたが、先日新たにこの村の村長となりました」

 にこりと微笑む彼女を見て、思わず目を見開いた。

「何と……!」

 部下達も僅かに動揺しているのが分かった。

「では、後の事はエンリに任せたぞ」

 元村長はエンリに軽く手を振ると、村の中へと去って行く。後に残されたエンリは、特に緊張する様子も無くガゼフに向き合った。

「モモンガ様がお目覚めになられた事で、トーマス様の子孫である私がこの村の村長をしてくれると助かる、と先日仰られまして。何分、人の上に立つような立場になった事がありませんので、どうしたものかと考えたのですが――」

 エンリは村へと視線を向ける。その視線には、確固たる意志が宿っていた。

「あの方は、私がランポッサ王へ村長と共に意見を申し上げに行っていた事を、大変褒めて下さいました。この村を良くする為に動く姿は、称賛に値すると。元村長は年齢的にそろそろ次の村長を考えるべきだと思っていたらしく、モモンガ様の提案を快く引き受けて下さいました。私は二人の期待に応える為にも、新村長として、上に立つ者としてこの地を守ると決めたのです」

「エンリ殿……」

 彼女は既に、上に立つ者として立派な考えを持っている。

 まだ自分よりも遥かに若い少女が、多くの民を背負って前へ進もうとする姿は、嘗てのガゼフが憧れた民を守る戦士のようだった。

「――すみません、長話をしてしまいましたね。行きましょう。モモンガ様の元へご案内させて頂きます。馬は村の者が預かりますので、そのまま村の中へ入って貰って構いません」

「ありがとう。では、そうさせて頂くよ」

 エンリを先頭に、ガゼフ達はゾロゾロと村の中へ入った。

 そこで彼らは更に驚くべき姿を目撃する。

「あれは、ゴーレムか!?」

 村の中には、幾つもの畑がある。そこに、巨体を機敏に動かしながら土を耕す、ゴーレムの姿が何体も確認出来た。

 その他、見た事もない騎士の姿もある。

「ガ、ガゼフ殿、あれは……」

 震える声でその騎士を見る部下に、ガゼフは「気を付けろ」と小声で注意する。

 戦士としての勘だろうか。その騎士は非常に危険な存在だと直感した。

 どう見てもあれは、アンデッドだった。

 身長は2メートル程だろうか。黒色の全身鎧には血管のような真紅の紋様があちこちに走り、鋭い棘が所々から突き出している。ボロボロの漆黒のマントを身に纏い、顔の部分が開いた兜には、悪魔のような角が生えている。顔は腐り落ちた人間の顔だった。ぽっかりと空いた眼窩の中には、モモンガと同じように血の如く赤い灯火が揺らめていている。

 彼らはゴーレム達と同じように畑を耕す者もいたが、中には大量の木材を運ぶ者もいた。恐らく、ゴーレムよりもその数は多い。その内の一体が、エンリ達に近付いて来た。

「!!」

 思わず身構えそうになるガゼフ達を気にせず、エンリは彼に駆け寄る。よく見ると、その騎士の左腕に白いスカーフが巻かれていた。

「あぁ! ズィークさん! 今日も森へ狩りですね?」

 そう尋ねるエンリに、ズィークと呼ばれた騎士はコクリと頷いた。

「では、ある程度狩りが終わりましたら、今日はそのままご帰還下さい。その後、いつものように村の裏手の畑の開墾作業に入って貰えると助かります」

「オオアアァァ――ッ!!」

 恐らく返事のつもりなのだろう。ガゼフ達にとっては身震いしてしまうような、悍ましい唸り声を上げて、彼は凄まじい速さで村から出て行った。

 呆然とするガゼフ達を見て、エンリは苦笑を浮かべる。

「すみません、驚いちゃいましたよね? 彼らは死の騎士(デス・ナイト)と呼ばれる存在で、モモンガ様が作り出したアンデッドなんです。本来なら死の騎士(デス・ナイト)は生者を憎む存在らしいんですけど、その辺はきちんとモモンガ様が制御しているので大丈夫です」

 その言葉に、ガゼフは訝し気に眉をひそめた。

「アンデッドという事は、元になる死体がある筈だが?」

「……カッツェ平野から、死体を幾つか持ってきてモモンガ様がお作りになったんです。あの、一応カッツェ平野は誰の物でも無いですし、明らかに身元が特定出来なそうな死体だけを拾ってきました。それなら大丈夫かなと思ったんですが」

 マズイですかね? と問いかける彼女に対し、ガゼフは頭を悩ませてしまう。

 確かに彼女の言う通り、あの平野は誰の物でも無い。よって、そこの死体をどう使おうが構わないのかも知れないが――

(人道的な意味では許される事では無いだろう)

 だが、別にモモンガが誰かを殺してアンデッドにした訳では無いのだ。

 一般人に過ぎないガゼフにとって、どう解釈して良いものなのか分からない。

「すまない、俺なんかでは判断出来る案件では無さそうだ。だが、こちらとしては特に非難するつもりはないと思って欲しい」

 そう伝えると、彼女はホッと肩の力を抜いた。

「それは良かった! 開墾や狩り、村の防衛等で彼らには沢山お世話になっているので、今更駄目ですって言われても強行突破するしかないなって思ってたんですよ!」

 サラリと告げられた言葉に、ガゼフはヒヤリとしたものを背筋に感じた。

 それを紛らわす為に、ガゼフは彼女に問いかけた。

「そ、そういえば先程、彼の事をズィークと呼んでいたが」

「あぁ、それは私が付けた名前なんです」

 歩きながら彼女は答えた。

「彼はモモンガ様が初めてお作りになったアンデッドなんですよ。オーバーロードとしての特殊スキルで、能力がかなり強化されているとか……私も特別にその場に居合わせて、アンデッドを作り出す所を見たんですが、モモンガ様は本当に凄いお方なんだなって再認識しました。モモンガ様は、私に命名権を下さったので、昔読んだ本に出てきたズィークという人物の名前を付けたんです」

 嬉しそうに話す彼女は、とても機嫌が良さそうだ。

「それに、モモンガ様は死の騎士(デス・ナイト)達の指揮権を私にも与えて下さいました。基本的にはモモンガ様の命令が最優先事項ですが、有事の際、モモンガ様が側に居られない場合は私が指揮を執る事になっております」

「――ッ!?」

 咄嗟にガゼフ達は顔を見合わせた。

 つまり、何かあれば実質的に彼女がモモンガと同等の権利を持つという事だ。

 どう考えても、その力は強大過ぎる。

「名前を付けるという行為は、彼らにとって創造主に生み出された事と同じ位、大きな意味を持つらしいんです。それによって自我にも影響を及ぼすのだとか。ズィークさんに名前を付けたところ、名前無しの死の騎士(デス・ナイト)よりも思考能力が高くて、会話もスムーズに行えました。なので、今は実験的に何人かの死の騎士(デス・ナイト)に名前を付けて、行動を観察している段階なんですよ」

 スラスラと語られる内容は、余りにも理解の範疇を超えている。彼女達は一体、何処を目指しているのだろうか? この村をどうする気なんだ? 悶々と悩む間に、どうやら一行は馬小屋のある場所まで到着した。

「では、此処に馬を繋いでいって下さい。そしたら、トブの大森林へと向かいます。そこに、モモンガ様の居城がありますので」

「了解した」

 取り合えず、今は彼女の指示に従う事が先決だろう。ガゼフ達はそそくさと馬小屋に馬を繋ぐと、彼女の元へと戻る。

 それを確認すると、エンリは再び歩き出した。

「そうそう、ズィークさんの腕に白いスカーフが巻いてあったでしょう? あれは、死の騎士(デス・ナイト)達を見分ける為に付けているんですよ! 名前付きの死の騎士(デス・ナイト)には全てスカーフを巻いています。そしてそれが誰なのかは色で判断してるんです。でも、よくよく見ると彼らって少しずつ違いがあるので、スカーフを外しても誰が誰だか分かるようになったんです。自分でも驚きですがね」

 ははは、と笑うエンリの姿は、普通に見ればただの村娘にしか見えない。

 だが、彼女はとんでもない兵力を保有する存在だ。彼女もまた、モモンガ同様下手に刺激しない方が良いだろう。

「モモンガ様からは指揮官の才能があるって言われましたが、まだまだ精進しなければなりません。モモンガ様の期待に応えられるよう、もっともっと頑張らないと……!」

 グッと拳を握る姿は闘志に燃えていた。

「ハッ! す、すみません、何だか一人で熱くなっちゃって――これじゃあンフィーにも落ち着けって言われちゃうのも仕方ないなぁ」

「ンフィー?」

 新たに浮上した人物名に、ガゼフが首を傾げた。

「あぁ、時々カルネ村に薬を訪れる薬師です。ンフィーレア・バレアレって名前で、エ・ランテルだと結構有名だと思うんですが」

 バレアレ、と聞いてガゼフは思い出した。確かバレアレと言えばエ・ランテル最高の薬師と言われるリイジー・バレアレの事を指す。そしてその孫ンフィーレアは『あらゆるマジックアイテムを使える』という、とんでもないタレント持ちだ。

 まさかこんな所で繋がりがあるとは。

「その、ンフィーレア殿はモモンガ殿の事をご存じなのか?」

 そう聞くと、エンリは首を横に振った。

「いえ、まだ話していません。ですが、近々エ・ランテルに赴いて、彼とリイジーさんにお話するつもりです。その上で、今後カルネ村とどう付き合うのか、決めて貰おうと考えています」

 

――成程。外堀から埋めて行くつもりか。

 

 末恐ろしい娘だ、とガゼフは考えたが、勿論エンリはそこまで考えてはいない。

 

 実はモモンガは、ポーションの作成についても意欲を見せていた。

 彼の居城には、300年前に彼が開発した様々な効能を持つポーションが残されている。

 何故残っていたかと言うと、父親が城を去る前に、自分が開発したマジックアイテムや巻物(スクロール)、その他の研究資料を、この城に残して欲しいとモモンガが彼に頼んだからだ。

 本来ならば貴重なそれらを残す訳にもいかなかったが、モモンガの最期の望みだと考え、父親は了承したとの事。勿論、モモンガは自分が再び目覚めた時の為にそれらを残そうと考えていたのだが。

 それらはモモンガの魔力の暴走に巻き込まれぬよう、城の地下に厳重に封印していたらしい。そして目覚めた今、無事それらはモモンガの手で全て回収した。

 ちなみに300年も昔の物なので、それらのポーションが使えるのかどうか不明だったが、動物で実験した結果、特に異常無く効能を発揮していたので問題は無い。恐らく封印魔法を施していた事で、劣化していなかったのが大きな理由だと考えられる。

 それに、彼が開発していたポーションは、通常の青いポーションではなく赤いポーションだった。それも理由の一つだと思われた。

 

 彼曰く、300年前はポーションの色は赤と青の二種類だったらしい。元は500年前に位階魔法を開発した魔法詠唱者(マジック・キャスター)達が作り出したのが、赤いポーションだった。その知識が代々受け継がれていたそうだが、赤いポーションは希少性が高く、余程の魔法詠唱者(マジック・キャスター)でなければそれを生成する事は出来なかったらしい。だが、そんな魔法詠唱者(マジック・キャスター)がそうそう現れる訳も無く。だからそれよりも生成方法が簡単な、青のポーションが徐々に普及していたそうだ。

 300年前は、まだ市場での赤いポーションと青いポーションの割合がギリギリ半々くらいだったそうだが――

 どうやらここ数百年で、赤いポーションの知識は失われてしまったというわけだ。

 

(ンフィーレアやリイジー様の話をしたら、モモンガ様、凄く興味を示されていたし……きっと話が合うと思うのよねぇ……そうすれば、きっと赤いポーションを開発しようって話が盛り上がる筈!)

 それならば、モモンガもンフィーレア達も仲良くなれるかも知れない。ンフィーレア達はカルネ村の住人では無いから、ガゼフ達のようにアンデッドであるモモンガを警戒する可能性が高い。

 しかし、エンリを通して話し合えば、きっと分かりあえる筈だ。

 

 エンリはただ、自分の親しい相手にもモモンガの知識を分け与え、より良い発明をしてくれれば嬉しいと思っていた。それがンフィーレア達の願いだと知っていたからだ。自分は彼らの長年の願いを叶えてやりたかった。友人の願いを叶えたいと思うのは、当然の事だろう。

 

 今後の事を考えながら歩を進めて行くと、次第に目の前が開けた空間へと到着した。

 その向こうに、モモンガの居城が聳え立っている。

「これが、モモンガ様のお城です」

「おぉ……!」

 どよめきが一行を包み込む。

 それは、美しい白亜の城だった。森の木々に囲まれている為、外からは見えなかったが、近くで見るとその大きさと美しさに圧倒される。王城の美しさとはまた違った荘厳さが、目の前に広がっていた。

「本来ならばモモンガ様の魔力の暴走の影響もあり、朽ち果てた古城になっていたんですが……リペアの魔法で元に戻したと仰っていました」

「つまりこれは、当時の姿のままという事か?」

 驚いて声を上げると、エンリは「そうですよ」と自慢げに胸を張った。

「さぁ、では参りましょう。モモンガ様がお待ちです」

 城門には警備の為か、死の騎士(デス・ナイト)が二人立っていた。こちらは村に居たのとは別で、完全武装をしている。右手には赤黒いオーラを纏わせた1メートル以上はあるフランベルジュ。左手には、体の四分の三は覆えそうなタワーシールドを構えていた。それぞれ左腕に青と赤のスカーフを巻いている。

「青いスカーフの方がペイルさん、赤いスカーフの方がストライフさんです!」

 名を呼ばれたと思ったのか、ペイルはガチャッと鎧を軋ませながら、片膝をついて頭を下げた。それこそ騎士のように。

 隣に立つストライフは、フランベルジュ構えると、そのまま力強く真横に振ってから地面へと突き刺し、エンリに対し軽く頭を下げた。

 二人の行動に、ガゼフは目を丸くする。

「――彼らには、個性があるのだな」

「はい! ペイルさんはそれこそ騎士の鑑って感じの方で憧れますし、ストライフさんは堂々とした立ち振る舞いが凄く恰好良いんですよ!」

「ヴァ、ァァアアアッ!!」

 エンリに褒められたからか、二人が呻き声を上げつつ眼窩の灯火を忙しなく点滅させている。もしかして照れているのだろうか?

「あ、そうだ。モモンガ様から言われていたんですけれども、ストロノーフ様達がモモンガ様と謁見する際に、ストライフさんも供として来て欲しいって言っていましたよ」

「ォアア?」

 俺? とでも言っているようだ。首を傾げてエンリを見つめている。

「えぇ、そうです。今回の謁見は、私とストライフさんの二人で、モモンガ様のお側にお控えさせて頂く事になりました。なのでペイルさん。その間此処の守りは貴方一人だけになってしまいますけど、どうか宜しくお願いしますね?」

 エンリの言葉に、ペイルは胸に手を当て頷いた。ストライフはモモンガからの指名を喜んでいるのか、一度大きく雄叫びを上げると、ガゼフ達の先頭に躍り出た。

 

 何だかもう訳が分からなくなり、ガゼフはそっと部下達に声をかけた。

「……なぁお前達。これから俺達はどうすれば良いんだろうな……?」

「分かりません……ただ一つだけ言えるのは、モモンガ殿と村長殿には決して逆らってはいけないという事でしょうかね」

「あぁ、それには同意するよ。本当に、な」

 

 深く溜息を吐きながら、ガゼフ一行はエンリとストライフに続く形で、遂にモモンガの城の中へと足を踏み入れるのだった。

 

 

   ・

 

 

 豪華なシャンデリアが天井から垂れ下がり、淡い光を放っている。

 赤い絨毯は埃一つ無く艶を放ち、玉座へと伸びていた。

 その玉座に腰掛けるのは、強大な魔力を持つ魔法詠唱者(マジック・キャスター)であり、オーバーロードと呼ばれる死の王モモンガ、その人である。

 頭上に漆黒の後光が射しており、知らず冷や汗が額を伝った。

 眼窩で赤く輝く灯火が、ジッとガゼフを見据えている。彼の隣には、案内を務めてくれたエンリが右側に立ち、左側にはストライフがフランベルジュを携えながら立っている。

 

 モモンガが、静かに口を開いた。

 

「――まずは、此処まで来て頂いた事に感謝しよう。王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ殿」

 低く、重厚な声が謁見の間に轟く。

「こちらこそ、こうしてお会いする事が出来、光栄です。モモンガ殿」

 そう言って頭を下げると、モモンガは構わんと軽く手を振るった。

「さて。君の事はある程度調べさせて貰った。何せこちらは300年のブランクがあるからな。今は色々な国の情報をかき集めている最中なんだが……君はどうやら、平民の出身らしいな?」

 顎に手を当て首を傾げるモモンガに、ガゼフは内心の動揺を押し殺して返答した。

「は、い。そうです。私は平民の出ですが、王は私の才能を高く評価して下さいまして……こうして、王国戦士長等という地位まで頂きました」

「その情報は知っている。ランポッサ三世は、決して悪い人間では無いという事もな。だが、彼にはそう――全てを動かす力が足りなかった。結果、王派閥と貴族派閥は対立し、そして、第一王子は国を裏切った」

「ッ!?」

 何故その情報を!?

 ガバッと顔を上げると、彼の隣に立つエンリは何食わぬ顔で立ったままだ。

 どうやら彼女もこの情報を知っているらしい。

 部下達が動揺からか、ガチャッと鎧が軋ませる音が聞こえる。

 ガゼフは声を荒げぬよう抑えながらも、モモンガに問いかけた。

「その情報は、まだ何処にも流してはおりませぬ。何故それを、貴方が知っているのですか?」

 ガゼフの問いかけに、モモンガはカタリと骨を鳴らした。恐らく、笑ったのだろう。

「お前はどうやら正直な男のようだ。知らぬ存ぜぬと無視しても良かっただろうに。まぁ、私としては正直な人間の方が好きだから、それで構わんよ」

 肩を竦めながら、モモンガは続けた。

「召喚魔法の中に、悪魔を召喚出来るものがある。その中に、隠密行動に長けた影の悪魔(シャドウ・デーモン)という奴等がいてな。彼らを少々、王城へと忍ばせて貰ったのさ。エンリ達が王城へ行った時にな」

 エンリの影がぐにゃりと歪んだ。驚いてそれを見ると、再びそれは元のエンリの影へと戻る。

「……つまり、彼女の影に忍ばせていたと」

「そういう事だ。悪く思うなよ? こちらは何せ、300年眠っていたのだ。先程も言ったが、何も情報が無い状態で、国を作る訳にはいかないからな。下準備はしっかりしなければ」

 国を作る。やはり、その意志は変わらないようだった。

影の悪魔(シャドウ・デーモン)は他にも何体か王都にいるのだが、王都は酷い有様だな。税は重く、帝国との戦争で若者達は徴兵され、生産量は落ちる。そこにまた重い税が伸し掛かり、民は苦しむ。魔法への知識も疎く、私が人間だった300年前と比べても、魔法詠唱者(マジック・キャスター)への扱いは酷いものだ。これでは国が滅びるのも仕方ないというもの」

 呆れたように溜息を吐くモモンガ。ガゼフはそれに何も言えなかった。全て事実だからだ。

「だからこそ私は、国を作ろうと思ったのだよ。トーマスへの恩返しの為にも、カルネ村は王国から鞍替えをさせる。そして、種族関係無く、私の魔法の知識を求める者は、私の国に招き入れよう。私の力で、どの国よりも素晴らしい国を作り上げて見せようではないか」

 力強く宣言するその姿は、まさに自分が何時か想像していた、王とはこうあるべき者という姿そのものだった。

「良いかガゼフ・ストロノーフ。滅びをただ待つだけの人間に興味は無い。だが、価値のある者は別だ。私にとってカルネ村がそうなのだよ。そして、私はオーバーロードだ。人間の王が滅びへと向かっている中、アンデッドの王が国を作り繁栄させれば、周辺国家はどう思う? 危険だと思うだろう? だが同時に、手を出すべきではないとも思う筈だ。そして、真に賢い者ならば、その知識を得ようと近付いて来るに違いない。そういう者こそ信じられる。同盟を結び、互いに知識を共有し、世界の質をより向上させる事が出来るのだ」

 まさか。

 ガゼフは、彼が目指しているものを察し、愕然とする。

 ガゼフの様子に気付いたのか、モモンガの声色が喜悦を帯びているのが分かった。

「私は不死。永遠に王として君臨する事が可能だ。そしてオーバーロードとしての圧倒的な力もある。私の庇護下に入れば、世界は平穏に包まれるだろう。温情を与えても良い、価値のある者達だけを私の国に集め、永遠の繁栄を約束する」

 いっそ穏やかに告げられるその内容は、余りにも信じられないものだった。

「私はな、カルネ村を守る事が出来ればそれで良いと思っていたんだ。トーマスへの恩返しさえ出来ればと。その為に国を作り、この村が害される事無く繁栄出来れば良いと考えていた。だが、各国の様々な情報を集め始めて気付いたのだ。世界はこのままでは滅亡の一途を辿るだろうと」

 ゆっくりと、死の王は立ち上がった。まるで、足元から闇が這い上がってくるような緊張感を感じる。

 ガゼフは、彼から目を逸らす事が出来なかった。

 静かにモモンガは歩を進めて来る。やがてガゼフの前で立ち止まると、彼は前に掛かったマントをバサリと撥ね除けた。

 漆黒のマントが広がる様は、まるで黒翼が全てを包み込もうとするかの如く、大きく広がる。

「――勿体無いと思わないか? もしかしたらその中に、価値のある者がいるかも知れないじゃないか。だとしたら、そういう者だけを選抜し、それ以外を切り捨てた方が、この世界にとっては正義なのではないか?」

 

 モモンガの骨だけの指先が、恐ろしいくらい優しくガゼフの肩に置かれた。

 

「私にこんな欲があるとは正直思っていなかったんだがね。フフッ、この体になって初めて知ったよ。力を持つ者は、それを正しい事に使わねばならないんだ。だから私は国を作る。そしてそれが引き金となって世界は変わる。私が望んでいるのは世界の変化だ。カルネ村も守り、世界を導く。それがアンデッドとして、オーバーロードとしての私の願い」

 

 いっそ悪意の塊であればまだマシだった。

 だが、彼は恐らく善意で考えている。

 その善意の根底にある歪んだ正義が、彼を突き動かしているのだ。

 

(どうすればいい?)

 

 ガゼフはぐるぐると頭の中で思考する。だが、何も良い考えが思い浮かばない。

 モモンガは伝えたい事を伝えて満足したのか、ゆっくりとガゼフの肩から手を離した。

 

「カルネ村の住人達は、私の考えに賛同してくれたよ。後はランポッサ三世と話すだけだ」

「……承知しました。では、王に今お聞きした事を全てお伝えしておきます」

 今はそう答えるしかない。今の自分がやるべき事は、この話を王へ伝え対策を練る事だけだ。

 モモンガはこれ以上話す事が無いのか、元いた玉座へと再び戻ると、ゆっくりと腰掛けた。

「では、今回の謁見はこれにて終了とさせて頂こう。後は君がランポッサ三世にこの話を伝え、私と彼との会談の場を設けてくれれば全てが整う」

 満足げに眼窩の灯火を細める。ガゼフは静かに頭を下げると、部下を引き連れ立ち上がった。

「モモンガ殿。この度は謁見の場を設けて頂き、ありがとうございました。お陰で、貴方のお考えが僅かですが理解出来たかと思います」

「フム。それならば良いのだがね」

 ガゼフは未だ震える部下達を叱咤しつつ、深くモモンガへ頭を下げた。

「それでは、会談の日程が決まり次第、カルネ村へと連絡させて頂きます」

「承知した。それまで君達も身のフリ方を考えておくのだな。個人的にはガゼフ殿。君は価値のある人間だと思っているよ」

 恐らく、自分の情報を調べたと言っていたのだから、何かしらの評価を得たのだろう。

 しかし、あくまでも自分は王国の戦士長ガゼフ・ストロノーフだ。王を裏切るような行為は出来る訳が無い。

「――お気持ちだけ、受け取っておきます」

「フフッ」

 ガゼフのやんわりとした拒絶に、モモンガは軽く笑うだけだった。

 

「では、次会う時は会談の場になるだろうが……その時を心待ちにしていよう」

 

 彼の言葉を聞きながら、ガゼフ達は謁見の間を後にした。

 

 

 

 歪んだ正義ほど、恐ろしいものはない。彼の善意で、世界の滅亡が早まる可能性の方が圧倒的に高いのだから。

 

 ガゼフは王都までの道のりを、沈んだ面持ちで進む事しか出来なかった。

 

 

 




モモンガ様って、これが正義だって思うと一直線に進んでしまう気がするんですよね。原作のたっち・みーさんへの信頼度の高さとか見てると。

あと、エンリ村長は原作ではゴブリンを従えていましたが、このお話ではデス・ナイトを従える事になりました。覇王への道を突き進んでおります。ちなみにデス・ナイト達の名前とスカーフの色には元ネタがあるんですが、気付いた人は「あれかぁ」って思ってくれると嬉しいです。


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第3話 『アインズ・ウール・ゴウン』

 リ・エスティーゼ王国の都市、エ・ランテルは三重の城壁に囲まれ、城塞都市の名を冠している。

 各城壁内はそれぞれの特色を持っており、軍の駐屯地として利用されたり、行政関係の要所になっている区画もある。最も多くの人間が行き交うのは、市民のためのエリアだ。所謂一般的な街と呼ばれるのは、この区画の事である。

 

 その街の中、ポーション等の薬品を売る店が軒を連ねる通りがあった。この区画は、つんと鼻にくる匂いが立ち込めている。それは、薬品や潰した植物の匂いだった。

 中でも特に匂いが濃い区画があった。そして、その匂いが最も強いのは、リイジー・バレアレの家である。

 その家屋は、工房に工房を付け足して出来ていると言っても過言ではない。

 エンリ・エモットは扉を押し開け、その中へと入った。

 上に取り付けられていた鐘が、大きく店内に響き渡る。

 

「いらっしゃいま――エ、エンリ!?」

 部屋の奥には、一人の少年が立っていた。

「こんにちは、ンフィー!」

 ンフィーと呼ばれた少年――ンフィーレア・バレアレは、その長い前髪の隙間から、驚きに目を丸くしていた。

 植物の汁が色々な所に付着した作業着を着た少年は、突然のエンリの訪問に慌てて部屋の奥から駆け寄って来た。

「ど、どうしたのエンリ? 君がこの店に来るなんて珍しいじゃないか……!」

「ごめんね、突然来ちゃって。実は、ンフィーとリイジー様にお話があって来たの。出来れば、急ぎで」

 エンリの真剣な表情に何かを感じ取ったのだろう。

 ンフィーレアは咄嗟に表情を引き締めると、コクリと一度頷いた。

「……何かあったんだね? 分かった。今、おばあちゃんも呼んでくるよ。っと、その前に」

 ンフィーレアは入り口の扉に店仕舞いの札をかけると、しっかりと鍵を掛けた。

「大事な話なんでしょ? 取りあえずこれで誰も入って来ないだろうから安心して」

 彼の気遣いにエンリは感謝しつつ、長椅子に腰掛けた。

 やがて、部屋の奥からンフィーレアと共に一人の老婆が姿を現した。

 

 彼女こそが、この街で一番の薬師と言われるリイジー・バレアレだ。

 非常に高齢だが、それを感じさせない意思の強い瞳はいつも圧倒されてしまう。

 

「それで? 折り入って話とは一体何があったんだい?」

 

 二人が席に着くのを確認すると、エンリは静かに口を開いた。

 

 

   ・

 

 

「――という訳なんです」

 エンリは緊張した面持ちで全てを語った。

 自分の話を信じて貰えるかは分からない。だが、自分がすべき事は果たせた筈だ。

 チラッとエンリは、椅子の下に伸びる自身の影を見た。ンフィーレア達には見えない位置で、その影がぐにゃりと蠢く。だが、それも一瞬だった。次の瞬間には何事も無かったかのように、いつものエンリの影へと戻る。

 再び視線を二人に戻すと、リイジーがわなわなと体を震わせていた。

 何事かと身構えると、リイジーはガタンッと椅子から立ち上がり、エンリへと掴みかかってきた。

「そのモモンガ殿は、確かに『赤いポーション』を持っていたんだな!?」

「え、あ、はい、そうです!」

 あまりの剣幕に「ヒェェ!」と悲鳴を上げながらも、エンリは必死で頷く。

 それを見たリイジーは、興奮状態のままンフィーレアへと振り向いた。

「ンフィーレア! これはワシらに転機が訪れたのじゃ!」

「うん、そうだねおばあちゃん――!」

 ンフィーレアも、リイジー程では無いが、確かに興奮気味に頷いている。取り合えず、彼らはエンリの話を信じてくれたようだ。

「くくくっ……ふはははは! この数百年で失われてしまったと言われている『赤いポーション』が存在している! しかも、それを作れる存在が、300年の時を経て目覚めたとな!? まさにおとぎ話の世界じゃないか!」

 リイジーはグアッと目を見開き、興奮で顔を赤く染めながら再びエンリへと視線を向けた。

「しかも何だ? ソイツはワシらに興味を持ってくれたらしいじゃないか……ワシらと協力して、赤いポーションを再び作って欲しいんだろう!?」

「そうです! 今後モモンガ様は国を作ります。その際、より良い物を国内で販売したいと仰ってました。そこで、青のポーションより、赤のポーションを流通させたいと考えたそうなんです。でも、モモンガ様は国を作るにあたって色々準備をしなくてはいけないので、ポーション作りにだけ時間を割く事が出来ないんです。そこで、リイジー様やンフィーに手伝って貰えれば、きっとその研究も捗るに違いないと――」

 エンリの言葉に、二人は歓喜の声を上げた。

「何と――何と有難い事か……ッ! モモンガ殿もそうじゃが、エンリや。お前にも感謝する……ワシらの夢を、叶えてくれようとはな……」

 リイジーの瞳に、じわりと涙が浮かんだ。

「僕からも礼を言うよ、エンリ。本当にありがとう……未だに信じられない気持ちが強いけど、君が僕らに嘘を言う筈が無いもの」

「こちらこそ、私の話を信じてくれてありがとう。本当は、ちょっと不安だったんだ。信じて貰えるかなって。でも、二人がずっとより良いポーションを作りたいって言っていたのを知ってるから、だったらこのチャンスを逃しちゃ駄目だって思ったの」

 ニコリと微笑むエンリを見て、二人は彼女の優しさに思わず心が震えるのを感じた。

「じゃあ、これからどうします? カルネ村としては、リイジー様達が定期的に研究をしに来てくれれば――」

「いや。ワシらはカルネ村に引っ越す」

「え!?」

 キッパリとそう宣言するリイジーに、エンリは驚愕してしまった。ンフィーレアもそれが当然だとばかりに腕を組み、うんうん頷いている。

「良いんですか!? だって、リイジー様はこの街一番の薬師ですよ!? そんな貴方がこの街を去ってしまうと、大きな痛手になるのでは――」

「そんなの知らん! 元々ワシらはポーションの研究の為に店を開いたんじゃ。それに、ワシらの他にもポーションを売ってる連中は沢山いるじゃろう? ソイツらももっと研究に勤しむべきなんじゃよ。良い機会だ。ワシらがいなくなる事で、この街のポーション技術を上げようと躍起になるに違いない。それに、ワシらが今からやろうとしているのは、失われた技術の復活じゃぞ? この街と比べれば、明らかにそちらの方が価値はある!」

 そう捲し立てるリイジーの勢いは、恐らく止める事は出来ないだろう。その剣幕に押されながらも、エンリは彼らの意志をしっかりと理解した。

 そんな二人だからこそ、エンリも安心して任せられる。エンリの影が再びぐにゃりと歪むと、中から何かが飛び出すように影が伸びた。恐らく、モモンガへ知らせに行ったに違いない。

 直ぐにそれは元の形へと戻る。

「では、二人共カルネ村へ引っ越す形で良いんですね?」

「それで良い。直ぐにでも引っ越したいが、材料や生成器具が大量にあるからのぉ……少し時間はかかると思うが、それでも大丈夫か?」

「はい、それは別に構いませんよ。あ、あと、さっきも説明しましたけど、カルネ村はゴーレムや死の騎士(デス・ナイト)が沢山います。最初は驚かれるかも知れませんが、きちんとモモンガ様が支配しているので、ご安心下さいね」

 その言葉にリイジーは苦笑を浮かべた。それも仕方ないだろう。ゴーレムならまだしも、死の騎士(デス・ナイト)なんて存在はそれこそ物語にしか出てこないようなものだ。それも、その存在を知っている人間の方が少ない。伝説過ぎて知らない人間の方が多いのだ。そんな存在が沢山いると言うのだから、モモンガの魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての力の高さは異常だと言える。

 まぁ死の王――オーバーロード――として君臨している事を考えると、一般的な常識で考えてはいけないのだろう。

「じゃあ、モモンガ様に話をしておきます。引っ越しにかかる時間は、大体一週間位ですかね?」

「そうじゃな。それ位はかかるじゃろう。よし、そうと決まればンフィーレア、早速準備に取り掛かるぞ!」

「分かったよ、おばあちゃん!」

 二人は張り切って立ち上がった。その目は希望に満ちている。

(良かった。二人とも、凄く嬉しそう)

 ホッと肩の力を抜くと、エンリは慌ただしく準備を始める二人を、優し気な眼差しで見つめた。

 

 

   ・

 

 

「成程な」

 モモンガは、影の悪魔(シャドウ・デーモン)からの報告を聞き、満足げに頷いた。

(取りあえずポーションの問題はこれで解決出来そうだな。まぁでも、赤いポーションの材料は、私が残していた物しかないから、まずはそれで幾つか生成して感覚を掴んで貰った後、その材料とは別の材料で赤いポーションが生成出来るか、彼らには研究して貰おう。当時の材料が現在も手に入るか分からないからな)

 一先ずこの件は問題無く進められそうだ。

「さて。後はランポッサ三世との会談だな」

 玉座に深く腰掛けながら、モモンガは考え込む。

 国を作るとしても、現在自分の領地となるのは此処、トブの大森林の一部と、カルネ村周辺だけだ。国としては実に小さい。しかし、モモンガが抱える戦力は近隣諸国の兵力よりも確実に多い。何故ならば、死の騎士(デス・ナイト)がいるからだ。それに、モモンガは様々な召喚魔法も使えるので、規模から考えるとぶっちゃけ過剰戦力とも言える。カルネ村に配置している戦力だけで、正直に言うと王国を潰せるだろう。

 そもそも国を作ろうと考えたのは、あの村を守る為だった。だから、その意味では何も問題は無い。何かあった場合を想定すると、過剰戦力くらいが丁度良いとモモンガは考えている。

(そう、戦力は問題無い。ただ、将来的に友好国や属国等が出来るだろう。その場合、もっと配下がいた方が動きやすいのは確かだ。内政や細かい業務を任せられるような――)

「ふむ……」

 今、玉座につき従っているのは死の騎士(デス・ナイト)達だ。彼らは戦力としては申し分ないが、それ以外の活用と言えば開墾作業等の力仕事くらいしかない。

 そこでふと思いついた。

死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)を作るか」

 彼らは知性が高い。行政や書類仕事にはもってこいの存在だ。

「アンデッドの副官を作り出すのも良いが、あれは大量に魔力を使うらしいからな。まぁ私の魔力量を考えると問題は無いが、いざという時の為に取っておいた方が良いだろう」

 その他、死の騎士(デス・ナイト)達を纏められる存在もいた方が安心だ。エンリに一応指揮権を与えてはいるが、彼女は人間だ。無理はさせられない。

 そう考えると、指揮官系の特殊技術がある地下聖堂の王(クリプト・ロード)も作っておけば良いかも知れない。彼らは支配下においているアンデッドを強化出来る能力を持っているし、指揮能力も高い。

 基本的に死の騎士(デス・ナイト)達はモモンガが支配下においているので、地下聖堂の王(クリプト・ロード)の強化効果は発揮されないが、指揮能力の高さを考えると配置しておくべきだろう。

 隠密系のモンスター達は既に召喚済だ。一応、護衛も兼ねて不可視化した八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達も何体か配備している。もしも他国の要人と会う際は、それよりも高レベルのハンゾウを召喚して連れて行けば良いだろう。ランポッサ三世との会談の時は彼を連れて行く事にしている。

 

 モモンガは、時間を見つけては自身のスキルや使用出来る魔法を確認していた。その中で召喚魔法やアンデッド作成のスキル等々様々調べていたので、このように配置する配下を誰にすれば良いのか、直ぐに思い付く事が出来た。

(自身の能力を知る事は大事だ。何せ、自分以外のオーバーロードがいないのだからな)

 ふと、モモンガの眼窩の灯火が揺れた。

 

――自分のような存在は、本当に他にはいないのだろうか?

 

 人間から異形へと変わった存在。

 もしもそんな存在がいたら、本当の意味で孤独ではなくなるに違いない。

 

 今の自分には、エンリ達カルネ村の住人がいる。

 だが、それでも自分と同じような存在がいればと願ってしまうのだ。

 

「……国を作ったら主要国家に知らせを出す予定だが、そうすれば届くかも知れないな」

 

 自分と同じように、何かしらの理由で人間から異形へと変わってしまった存在に。

 そうであって欲しいと、モモンガは願う。

 

(そんな存在、いないかも知れない。でも、私という存在がいるんだ。可能性はゼロじゃない)

 

 深く息を吐く。

 肺など無い伽藍洞の体だが、何故か呼吸の真似事が出来た。

 

「よし。取りあえず今考えられるのはこのくらいか。後は、ンフィーレア達がカルネ村に来たら顔合わせを済ませて、ランポッサ三世との会談に向けて色々と要求を纏めておこう」

 

 それと、一番大事な事。

 

 国の名前だ。

 

 それはもう、決めてある。

 

 

   ・

 

 

「王よ、モモンガ殿が参られたようです」

 レエブン候が、不安げな表情を浮かべたまま、玉座に座るランポッサⅢ世を見た。

 ヴァランシア宮殿内のとある一室、そこは、前回の会議同様緊張した雰囲気が漂っていた。

 メンバーは前回と同じだ。ランポッサⅢ世、ザナック、ラナー、そしてガゼフ。その他王が信頼のおける貴族達。

 ランポッサⅢ世が「扉を開けよ」と言う前に、その扉がゆっくりと開かれた。

「――!」

 一斉に視線がそちらに集中する。

 ギィッ……と鈍い音を立てて、扉が開いた。

 

「初めまして、というべきかな? 前回は、鏡を通して見ただけだからね」

 

 低く、地を這うような声が、室内に響き渡る。

 ゆらりと深い影のように、彼――モモンガは室内へと姿を見せた。

 

 漆黒のローブに身を包み、落ち窪んだ眼窩には血のような灯火が浮かんでいる。

 皮膚も内臓も無い骸骨の体は、新雪のように白かった。

 

 アンデッドであるモモンガが、何故こうして王城までやって来れたかと言うと、簡単な話だ。

 幻術で、顔を人間のものに見せて通って来た。

 これを見破れる可能性がある者は確かにいるが、調べたところ依頼で遠くへと旅立っており、今この地にはいない。

 だから、モモンガは幻術をかけて王都へとやって来たのだ。

 それも王城へと入ってしまえば、もう幻術をかける必要も無い。モモンガは素顔を晒して、こうして一同の前にいる。

 

「さて。では会談を行うか。と言っても、私の答えは変わらんがね」

 肩を竦めながら、モモンガは席に座った。

「嘗てゴウン家が治めていたトブの大森林の一部と、カルネ村周辺を、私の国として頂きたい」

 ジッと王を見据えて、モモンガは告げる。

 ランポッサⅢ世は、苦々し気に顔を歪めた。

「……ガゼフから貴方の話は聞きました。貴方が目指している世界も。貴方のそれは、最早人間には理解出来ない考えだ」

 王の後ろに立つガゼフが、沈痛な面持ちで王を見つめる。

「神にでもなるおつもりか?」

 モモンガは、ハッと鼻で笑う。

「神に? まさか。アンデッドが神になるなど、笑い話にもならない。私はただ、トーマスへの恩を返し、嘗て人間だったモモンガという男の遺言を叶えたいだけだ。知識を誰かへ伝えたいというな。だからそれを叶える。私が価値があると判断した相手に、私の魔法の知識を教えようと」

「その為に、罪のない者達が死んでも構わないと?」

 ざわりと、空気が震えた。

 モモンガはぐるりと室内を見渡す。眼窩の灯火が、怪しげに揺れた。

「あぁそうだ。価値のある者だけを残し、そうでない者は排除する。それが一番世界の為になると思わないかね?」

 王の隣で、ザナックが苦々しげに唇を噛んだ。ラナーは相変わらず微笑を浮かべたままである。モモンガはチラッと彼女を見たが、直ぐに視線を戻した。

「――この王国のように無能な者達が上に立つと、国は滅びる。300年経っても王国は変わらなかった。いや、むしろ悪化した。それが答えだ。そんな国に、カルネ村を預けてはおけない。私の、そう――唯一の理解者が生きていた村を、滅亡させるわけにはいかないのだよ」

 力強く言い放つ姿は、王としての威厳を放っている。

 ランポッサⅢ世は、最早彼を止めるのは無理だと理解した。

「……分かった。貴方の要求を受け入れよう。ゴウン家の領地だった範囲を、貴方の国として認める」

 異論は出ない。それもそうだ。モモンガが来る前に何度も彼らは話し合った。結果として、やはり彼の要求を受け入れるしかないと結論は出ている。それでも、直接彼と話す事で、何とか彼の考えを曲げられないかと思っていた。極僅かな可能性にかけていたのだが……やはり、無理な話だった。

 ランポッサⅢ世が深く頭を下げると、モモンガは満足げに頷く。

「では、許可も出た事だ。改めて自己紹介と行こうか。私の名は『アインズ・ウール・ゴウン』そして、『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』の王である」

 彼は椅子から立ち上がると、ジッとランポッサⅢ世を見据えた。

「愚かな王だ。もっと早くに動いていれば、ここまで王国が腐る事も無かっただろうに」

「……」

 何も言えなかった。最もな言葉だったからだ。

 モモンガ――いや、アインズは、彼の後ろに立つガゼフへと視線を向けた。

「ガゼフ・ストロノーフ。貴殿はどうする? 私の元へは来ないのか?」

 ガゼフは、静かに頷いた。

「私はランポッサ王に忠誠を誓っている身。例えこの国が滅びようとも、彼の側を離れる事は出来ない。私は王の剣だからな」

 力強くそう言い放つ姿を、アインズは眩しそうに見つめる。

「――お前のような男には、どうか生き延びて欲しいものだな」

 小さく呟くようにそう言うと、アインズはスッと空中に手を伸ばした。

転移門(ゲート)

 その瞬間、突如として黒い空間が現れた。それに驚く彼らを気にせず、モモンガは優雅にそれに近付く。

「ランポッサⅢ世。私は主要国家にアインズ・ウール・ゴウン魔導国の建国を宣言する。その際、王国からの承認を得ている事もしっかりと含めよう。それによって王国がどう扱われるかは、私の知る所ではない。精々、足掻いて見せるが良い」

 それだけ告げると、アインズはその空間へと姿を消した。それと同時にその黒い空間は消え失せる。

 まるで、最初から誰もいなかったかのように、そこに彼の痕跡は何一つ残らなかった。

 

「……すまないな、皆の者」

 深く息を吐きながら、ランポッサⅢ世は項垂れた。それを見たザナックが、慌てて彼の肩に手を置く。

「おやめください父上! あの者は最早、我らで対処できる存在ではありません! ですからどうか、頭をお上げ下さい!」

「そうですよお父様。一先ず、此処にいる誰もが生きている事に感謝しましょう?」

 ラナーが微笑を浮かべる。

 それを見てランポッサⅢ世は、力なく頷いた。

「そうだな。そう思う事にしよう……」

 ふと外を見ると、空には暗雲が立ち込めていた。

 まるで、王国の行く末を見ているかのようで、王はサッと視線を逸らす。

 

 心臓を掴まれたかのような苦しみが、なかなか抜けそうにはなかった。

 

 




アインズ・ウール・ゴウン魔導国建国です。


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第4話 皇帝とエンリ・エモット

誤字脱字報告いつもありがとうございます。めっちゃ助かってます。


 バハルス帝国の帝都アーウィンタール。

 そこは、帝国のやや西側に位置する都市だ。皇帝であるジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスのいる皇城は、帝都中央部にあり、そこから放射線上に様々な重要機関が置かれている。

 王国とは違い、ほぼすべての道路がレンガや石で覆われており、その技術力の高さに訪れた者からは感嘆の声が上がるものだった。

 

 さて。そんな帝国の皇城内の一室。ジルクニフの執務室には、現在複数の人間が集まっていた。

 まず、皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。色白の肌に映える輝く金髪。切れ長の濃い紫色の瞳は、見る者全てを圧倒するオーラを放っている。彼はソファーに腰かけ、一枚の書状を呼んでいた。

 そのすぐ側に立っているのは、フールーダ・パラダイン。身長の半分程もある白髪をたたえた老人だ。勿論ただの老人ではない。彼こそが、第六位階魔法を使用出来る、大魔法詠唱者(マジック・キャスター)。英雄を超えた逸脱者とも呼ばれる男だ。

 二人に向かい合うように立っているのは、雷光と激風と呼ばれる騎士達。

 この帝国内ではトップクラスの実力を持つ騎士達だ。

 顎髭を生やし、ガッシリした体格を鎧で覆う雷光こと、バジウッド・ペシュメル。彼は、平民――それも裏路地出身ではあるが、騎士としての実力がジルクニフに認められ、今では彼の警護として供回りをする役割を務めている。

 その隣に立つのは激風こと、ニンブル・アーク・デイル・アノック。金髪に深い青の瞳。爽やかな風貌は、人々が想像する騎士像そのものだろう。彼はその優秀さから、ジルクニフから伯爵位を与えられている。

 

 帝国でも有数の実力を持つ者達が、こうしてこの場に集まっているのは、先日帝国に届いた一通の書状が原因だった。

 

「――遂にきたな」

 

 ジルクニフは、薄い笑みを浮かべながら彼らに視線を向けた。

 フールーダが興奮を隠しもせずにジルクニフに詰め寄る。

「陛下、直ぐにでも使者を送るべきですぞ! あぁ、やはり私の見立ては間違っていなかった! あの物語は真実だった……ッ!!」

 両手を広げ、天を仰ぐように歓喜の声をあげる男に、ジルクニフは呆れたように溜息を吐く。

「爺よ。気持ちは分かるが少し落ち着け」

 しかし、魔法の深淵を覗きたいと常日頃願っているフールーダにとって、今回の件はかなりの衝撃だったに違いない。興奮するなというのが無理な話だとジルクニフも理解していた。

 そんなフールーダの姿を見て、バジウッドがカラカラと笑う。

「ハハハ! 陛下、俺らだって信じられねぇ気持ちなんですから、フールーダ殿がこうなっちまうのも仕方ないっすよ」

 皇帝に対してかなり砕けた口調だが、彼の場合はそれが許されている。どんな相手だろうが、実力さえあれば取り立てるのがジルクニフのやり方だった。

 彼の隣で、僅かに眉間に皺を寄せながらニンブルも口を開ける。

「そうですね。正直、未だに嘘なのではないかと思いたくなるのですが……」

 その視線が、ジルクニフが手に持つ書状へと向けられた。

 

 この書状には、300年の時を経て目覚めたアインズ・ウール・ゴウンなるアンデッドの王が、嘗て世話になった男がいた村を庇護下に置き、その上でその周辺一帯を国として支配する旨が書かれていた。

 

 そして、自分が例のおとぎ話に描かれている『嘆きの死の王』である、とも宣言している。

 

 自身が300年の眠りにつく原因ともなった、膨大な魔力。だが、その魔力があったからこそ、アインズは豊富な知識で様々な魔法の実験を成功させる事が出来た。そんな彼が、乞われれば自分の魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての知識を生かし、その知恵を貸そうと書状に記されている。

 

 フールーダが興奮していたのはそれが原因だった。

 

「しかし、書状に書かれてある内容はそれだけでしたけど、実際の狙いは違うのですよね?」

 ニンブルが冷静に問いかけてくる。ジルクニフはフールーダを宥めながら優雅に頷いた。

「あぁ。お前らも知っているだろうが、例のいけ好かない王女から流れてきた情報によれば、その死の王とやらは、私がしている事を世界規模で行うつもりらしい」

 それを聞きバジウッドが首を傾げる。

「陛下がしてる事って言ったら、アレですかい? 無能な奴や邪魔立てする輩は消すっつーアレ。代わりに有能な奴は取り立てるぜってやつ」

「その通りだ」

 

 ジルクニフは、父親である前皇帝が死亡後に即位した。その後、驚くべき早さで母方の貴族を皇帝暗殺容疑で断絶させる。母親である皇后は事故死したが、恐らくジルクニフが手を下したものだと周囲は理解している。

 自身の兄弟達も次々に処刑し、反対する貴族達を騎士団の力で制圧。忠誠心の強い者だけを残し、中央政権を確立させた。その結果、鮮血帝と呼ばれることになる。

 さらに、無能な貴族達からはその地位を剥奪し、有能であれば平民からも取り立てる政策を行った事で、その権力を確固たるものへと変えていった。

 

「奴は私がしているそれを、人間種のみならず他種族にも広げるつもりらしいな」

 ジルクニフ個人としては、彼の考えには共感出来る。無能な者達が世界に蔓延れば、いずれそれは破滅の道へと繋がるからだ。

「しかしそれは、所謂世界征服というものではないでしょうか……?」

 恐る恐るといった雰囲気でニンブルが問いかけた。それに対しジルクニフは、至極軽い口調で答える。

「まぁ、そうだろうな」

「まぁ、そうだろうな――じゃないですよ陛下!! 下手したら帝国が潰されるかも知れないんですよ!?」

 声を荒げるニンブルに対し、ジルクニフは薄く笑みを浮かべた。

「だから、そうならないように行動すれば良いだけの事だ。フールーダに調査させたんだが、どうやらこの書状は他の主要国家にも送りつけられているらしい。となると奴は、それらの国々がどう動くのか注目するだろうよ。どの国が、自分に害を為そうとするのか。どの国が、自分に取り入ろうとするのか」

 そう語るジルクニフの隣で、フールーダは憤慨した表情を浮かべる。

「聖王国等は、恐らく御方に対して不敬な態度を取るでしょうな」

「あぁ、その可能性は高い。あの国は宗教色の濃い国だ。神殿勢力が黙ってはいないだろう。だが、今はそれどころじゃないだろうな。あの国は亜人への対策で手一杯だ。あの国にも書状は届いているのだろう? だがまぁ、他国の事などどうでも良い。要するに、帝国さえ存続出来れば何も問題は無いのだから」

 フフッと笑うジルクニフを見て、バジウッドが楽し気に肩を揺らした。

「つまり陛下は、最終的に人間国家は帝国さえ残っていれば、それが人類にとって良い事だって考えなワケですね?」

「そうだとも。それだけの価値が帝国にあると、奴に理解して貰わなければな」

 書状を眺めながら、ジルクニフは今後の対応について考える。

 そんな彼の様子を、ニンブルは意外そうな目をして見つめた。

「……私は陛下の事だから、てっきり死の王を倒そうとするのかと思いました。それこそ、潜在的な帝国の――いや、人類の敵に成りえる力を持った存在ですから。なので、周辺国家と同盟を組み、連合を作って対策を練るのかと考えていたのですが――」

 その方が彼らしいとニンブルは思う。対してジルクニフは「最初はそれも考えた」と苦笑を浮かべた。

「だが冷静に考えてみろ。相手はアンデッドだぞ? しかも、強大な力を持った魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。自身の弱点となる属性も、確実に対策は取っているだろう。第一『死の王』だぞ? どう考えても勝てる要素が浮かばない。それに、奴はアンデッド故に死ぬ事が無い。永遠に王として君臨する事が出来る。対して我々は人間だ。勿論寿命があるので死ぬ。しかし、人間という種族を残す必要があるだろう? その場合、不死の王の庇護下に入る事で、未来永劫人間が存続出来るのならば、それに越したことは無い」

 薄い唇を三日月型に歪ませて、ジルクニフは目を細めた。

「……まぁ、正確に言うのならば、帝国が未来永劫存続するのならば、というのが一番の理由だがな。その為なら奴に頭を下げるのだって安いもんだ。しかし、最初から属国を提案するのではなく、まずは同盟国として契約を結ぼうと考えている。奴はこの私のように、有能な存在を評価するからな。だから、最初から下について慈悲を乞うのではなく、対等な存在として自身をアピールする。上手く取り入ったら機を見て属国を申請するつもりだ。それなら、なかなか好待遇を受けられるんじゃないか?」

 長々と語った自らの王に対し、バジウッドは感心したように頷いた。

「俺、アンタが皇帝で良かったなぁって思いますよ。王ってのはなかなか頭を下げたがらない奴が多いですからね。それに、王国なんかは幾ら自国が滅びの道を辿っていようが、死の王と同盟を組もうとは思わんでしょうな」

「それには私も同意しますよ。あの国は庇護下に入るという考えも浮かばないでしょうね。それこそ、あんな化け物の庇護下に入るのはカルネ村だけだと考えている筈です」

「そうでしょうな。しかし、かと言って戦うわけにもいかず、結局どうする事も出来ないまま、ただ破滅を待つだけでしょう」

 フールーダが呆れた様子でそう話す。

 

「さてと。そんな王国だが、次の戦争で私は完全に潰そうと考えている」

「!!」

 

 真剣な表情を浮かべて、ジルクニフはそう宣言した。

 彼のその眼差しを見て、三人も姿勢を正す。

 

 ジルクニフは丁寧に書状を封筒へと仕舞うと、ゆっくりと立ち上がった。

 

「その為にも、まずはアインズ・ウール・ゴウンと接触しなければなるまい。そこでだフールーダよ。私と共にカルネ村までついて来い、お前達二人もだ」

「陛下自ら行かれるのですか……? それは、些か危険では……」

 戸惑うニンブルに、ジルクニフは「大丈夫だ」と軽く手を振るった。

「私には爺がいる。それならば何も問題はあるまい。爺の弟子達も何人か連れて行こう。城の警備は騎士団の連中に任せるが――そろそろお前達以外にも、もう少し強い奴を探しておく必要があるな。有事の際にお前達二人を連れ出すとなると、何かあった時の城の警備が、やはり多少心配だ」

 ふむ、と顎に手を当て考え込む彼に、ニンブルが進言した。

「それならば陛下、レイナース・ロックブルズなどは如何でしょうか? 彼女の戦闘能力は非常に高く、下手をすると我々二人よりも高いかと思われます」

 その言葉に、ジルクニフの目が興味深そうに見開かれた。

「ほぉ? そんな人物がいたとは。最近はお前達がいれば十分だと思っていたから、あまり他の騎士の事は調べていなかったのだが……いかんな。慣れとは時に逃してはならない瞬間を逃す可能性がある。気を引き締めなければ」

 軽く頬を叩きつつ、ジルクニフはニンブルへ視線を戻した。

「では、色々片付いてからにはなるが、そのロックブルズなる人物に会ってみるか。だがまずはアインズ・ウール・ゴウンを優先的に考えよう。明日にでも、カルネ村へと向かうぞ。そこで彼との謁見が可能か確認を取る」

 そこまで言ってから、ふと気付いたようにジルクニフはフールーダに問いかけた。

「そういえば、カルネ村の様子は確認出来なかったのか?」

「えぇ。何やら特殊な感知阻害の魔法をかけているようでして。いやはや流石ですな。なので、実際に現地に行ってみない事には、その村の様子は分からないのですが」

「構わん。むしろそうだろうなとは思っていた」

 軽く肩を竦めながら、ジルクニフは答える。

「では、明日出立する。今日はその準備に取り掛かれ」

「ハッ!!」

 三人は深くお辞儀をすると、足早に執務室から出て行く。それを見送ると、ジルクニフは再びソファーへと腰を下ろした。

 

「はぁ。一気に疲れたな……」

 彼らの前では皇帝として完璧に演じて見せたつもりだ。

 だが、やはりあのアインズ・ウール・ゴウンなる男の出現から、正直胃がキリキリと痛んでいる。ラナーの元に送り込んでいるメイドから情報を得た時は、それこそニンブルが言うように世界の終わりだと思ったものだ。

(だが、まだ希望はある。奴は、殺戮を好んでいるわけではない。あくまで、自身に歯向かう存在には容赦しない、と宣言しているだけだ。現に奴が庇護しているカルネ村は、王国から鞍替えした後、目覚ましい発展を遂げていると聞く)

 

 そこなのだ。

 どうやら彼は、自分が守ると決めた存在には惜しげも無く力を貸す。それを狙うしか生き残る術は無い。

 奴と正面切って戦おうとするなんて愚か者のする事だ。それこそ、完璧な計画だと考えていたら唐突に奴が現れて「ところで何をしているんだね?」と止めを刺しに来るに違いない。絶対そうだ。そんな目には合いたくはない。帝国の未来を守る為にも、自分はあの化け物に従うしか道は無いのだ。

 

(何であんな存在が目覚めたんだ!? いっそそのままずっと眠っていれば良かったのに……)

 

 そういえば、この世界には『世界の守り手』と呼ばれるドラゴンがいるらしい。

 彼らはこのアインズ・ウール・ゴウンに対してどう対処するのだろうか?

 アインズ自身も、その存在は知っている筈だが――国を作るなどという目立つ事をするのだから、何かしらの考えはあるのだろう。

 

 だが、幾ら考えたところで、自分に出来る事は限られている。

 ならばそう。余計な事は考えない事だ。今は明日の為に頭を働かす事にしよう。

 

 流石に尋ねに行ったその日の内に謁見が出来るとは思わないが、念の為、そうなった場合も考えて書類仕事は今日中に片付けておこう。

 ジルクニフは重い腰を上げ、机の上に溜まっている書類へと目を通すのだった。

 

 

   ・

 

 

 豪華な馬車が、豊かな草原を駆けて行く。

 肌寒い風は、馬車の中では勿論感じる事は無い。様々な魔法を施してあるこの馬車は、帝国がかなりのコストをかけて作った為、振動も無く、温かな室温が保たれている。馬は普通の馬ではなく、馬に似た魔獣、八足馬(スレイプニール)だ。

 馬車の周囲には、警護の為の騎士達が馬に乗って複数並走していた。

 

 ようやく目的地の村が見えてくると、速度を増して走り続ける。

 だが、一行は窓から見える村の様子を見て、驚愕に息を飲んだ。

 

(何だこれは……これが『村』だと?)

 

 馬鹿な。

 今、目の前にある村は、どう見ても要塞にしか見えなかった。厳重な塀が村の周囲全てを囲っており、中の様子が見えないようになっている。だが、その塀の向こう側に物見やぐらがあるのがチラリと見えた。

 

「フールーダよ、報告によれば、確かカルネ村は小さな農村だった筈だが?」

「その筈です陛下。しかし、これがただの農村だなんて、そんな事ある筈が無いですぞ……!! これこそが、アインズ・ウール・ゴウン様のお力だと言うのでしょうか……」

 素晴らしい、と歓喜の声をあげるフールーダ。

 まだ村にも入っていないこの状態で既にこれでは、先が思いやられる。

 

 ただの村だった筈のカルネ村が、ここまでの発展を遂げている。それを実際にこの目で見る事が出来たのは、ジルクニフにとっては都合が良かった。

 やはり奴の庇護下に入るという考えは正しい。

 それが確信へと至る事が出来たのだから。

 

 ジルクニフが満足げに頷いていると、馬車の速度が緩やかなものへと変わった。

 そして、ピタリと止まる。

 どうやら村の入り口に到着したようだった。

 

「陛下、バジウッドから伝言(メッセージ)が届きました。村長と話がついたようです。私が先に行きますね」

「あぁ、任せた」

 

 同席していたニンブルが周囲を警戒しながら戸を開ける。すると、バジウッドが村長の元から戻って来たらしい。大丈夫ですぜ、と言ってジルクニフらを呼んだ。

 ただ、その表情には困惑の色が浮かんでいる。

 馬車から降りながらも、どうかしたのかと彼に問いかけると、予想外の言葉が返って来た。

「いや、そのですね。彼女が問題無いって言ってたんで大丈夫だとは思うんですけど……俺ではちょっと判断が付かないので、実際にフールーダ殿に見て頂いた方が宜しいんじゃないかなって」

「何だと?」

 フールーダの瞳が、力強い光を放つ。

 彼を必要としているという事は、魔法的な何かだろうか? ジルクニフは更に詳しい説明を求めようとしたが、その前にフールーダが村の入り口を見て――固まった。

「? おい、どうし……」

 フールーダの視線の先。ジルクニフがゆるりとそちらへ視線を向けると、そこには村長と思わしき女と『何か』がいた。

 

「な、んだアレは……!?」

 

 それは、アンデッドの騎士だった。

 身長は2メートルはあるだろう。黒光りする全身鎧には、血管のような真紅の文様があちこちに走り、鋭い棘が所々から飛び出している。

 ボロボロの漆黒のマントを身に纏い、顔の部分が開いた兜には、悪魔のような角が生えていた。

 顔は腐り落ちかけた人間の顔だ。不思議と腐臭はしなかった。

 ぽっかりと空いた眼窩には、滴り落ちる血のように赤い灯火が揺らめいている。

 右手には赤黒いオーラを纏わせた、1メートル以上はあるだろうフランベルジュ。左手には、体の四分の三は覆えそうなタワーシールドを構えている。

 

 それが二体、目の前にいた。

 何故かそれぞれ左腕に、赤と青のスカーフを巻いている。

 彼らは一人の少女を守るように立っていた。恐らくあれが、村長のエンリ・エモットだろう。

 

「く、くくく……フハハハハハ!! 素晴らしいいいいぃぃぃ!! 素晴らし過ぎますぞ!!」

「!?」

 突如、フールーダが高らかに笑い出した。

 一同が驚いて彼を見ると、両手を空に掲げ、その目尻には涙がジワリと浮かんでいる。常日頃、賢者然とした雰囲気の彼からは、想像もつかない程その感情は昂っていた。

 他の馬車に乗せていたフールーダの高弟達も、目の前にいるアンデッドの騎士達を見て呆然としている。中には腰を抜かして座り込む者もいた。

 フールーダを筆頭に、明らかに様子が可笑しい。

「おい! あのアンデッドの騎士達は一体何なんだ!?」

 腰を抜かしていた青年に言い寄ると、彼は震える声で説明し始めた。

「あ、あれは死の騎士(デス・ナイト)と呼ばれる存在です……! 魔法省の最下層に、我々は一体の死の騎士(デス・ナイト)を拘束しているのですが、未だに支配が出来ておりません! その為、封印に近い形で警戒態勢が敷かれております……そいつを捕縛する為に、師と、我々弟子達が何人も協力して捕縛したのです!! 奴一体だけでも、帝国が崩壊する危険性があります!!」

 最後は最早悲鳴に近かった。

 ぶわりと背筋に悪寒が走る。バジウッドやニンブルも、目の前の存在から視線が逸らせない。逸らした瞬間、首を撥ね飛ばされるのではと思う程の気迫が、二体のアンデッドから発せられているからだ。

 その二人に挟まれる形で、平然と立っているエンリという娘は、明らかに異常だった。

 

「そんな死の騎士(デス・ナイト)が二体もいる! しかも、見たところきちんと制御されているではないか!? それをやってのけたのがあの御方だと言うのならば、まさに死を支配する王!! 魔法の深淵に至った存在!! 至高なる御方と言わざるを得ない!!」

 そう叫ぶフールーダの瞳は、爛々と輝いている。そこには、魔法の更なる高みを目指す、英雄としてのオーラが確かにあった。

 

 フールーダをここまで豹変させる存在。彼らが持つ死の気迫とも言うべきそれらを、一切感じていない様子で立っているエンリという少女。だが、その表情にはどこか困惑の色が見て取れた。それもそうだ。目の前でこんなにも騒がれれば、流石に戸惑うのも無理はない。

「あ、あのですね、実はその、死の騎士(デス・ナイト)さん達は二体だけじゃないんです!」

「――な、んだと?」

 彼女の言葉に、フールーダはプルプルと体を小刻みに震わせた。

 ジルクニフらも、信じられない気持ちで彼女を凝視する。

 一体いるだけで帝国を崩壊出来る存在が、二体以上いるだと――!?

 信じられないとばかりに、一同は戸惑いと恐怖を隠せずにいた。

「そ、それは真か!? 一体あと何体おる!?」

 フールーダの勢いに若干引きつつも、エンリは正直に答える。

「じゅ、十人はいます!! 全て、アインズ様がお作りになったんです!」

「十人、だと……ッ!?」

 あまりにも規格外の人数に、フールーダは呆然と立ち竦んでしまった。

 勿論、ジルクニフ達も同様だ。

 

 有り得ない。

 いや、あってはいけない事だった。

 だが、現実に死の騎士(デス・ナイト)は存在している。その事実に、ジルクニフは眩暈がしそうだった。

 

「ヴァ、ァアア」

 不意に、赤いスカーフを巻いた方の死の騎士(デス・ナイト)が、エンリに向けて何かを訴えた。

 それを受けた彼女は、うんうんと頷いている。

「そうですね、彼らは恐らく大丈夫だと思います。わざわざ皇帝陛下自らがいらっしゃった位ですしね」

 そう会話するエンリを見て、フールーダが驚きに声を上げた。

「ま、待ってくれ! お主、もしかして死の騎士(デス・ナイト)の話している事が分かるのか!?」

 彼の問いかけに、エンリは軽く頷いた。

「えぇ、そうですね。私が名前をつけた死の騎士(デス・ナイト)さん達は特に分かります。他の名無しの死の騎士(デス・ナイト)さん達が話している事も、何となくですが理解は出来ていますよ。アインズ様が仰るには、私が死の騎士(デス・ナイト)さん達に名前を付けた事で、指揮官系の能力が生まれたそうなんです。それ故に、彼らを指揮する上で彼らの思考を理解出来るようになったんじゃないかって」

 そう語るエンリの傍らで、二人の騎士は自慢げに胸を張った。

 ジルクニフは、エンリが話した内容を頭の中で理解すると同時に、驚愕で目を見開いた。

(待て。今彼女は何と言った? 『彼らを指揮する上で』と言っていたよな? 彼女が死の騎士(デス・ナイト)を指揮するのか――!?)

 その衝撃と疑問は、勿論フールーダも感じたらしい。

 慌てて彼女に詰め寄った。

「お主、死の騎士(デス・ナイト)を支配出来るのか!?」

 それに対してエンリは、苦笑を浮かべつつ小さく頷いた。

「大元の支配権はアインズ様ですがね。私にも一応指揮権は与えられていますが、それは私がアインズ様から何人かの死の騎士(デス・ナイト)さんの命名権を与えられたからってのが大きいです。勿論、名無しの死の騎士(デス・ナイト)さん達も私の指示に従ってくれます。基本的にアインズ様がいらっしゃらない場合――つまり、普段の村での生活ですね。その時は私がトップとして彼らを動かしていますよ」

 普段、アインズ様はお城にいらっしゃるので。と彼女は語った。

 

 余りにも、過剰戦力過ぎる。

 これは一つの国家だ。この小さな村は、まさに『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』に相応しいだけの戦力を有している。これ程までカルネ村を重要視しているのか。此処を起点に、彼は世界を掌握しようとしているのかも知れない。

(いや、事実そうなのだろう。この村の状況を見せつけ、自身に歯向かう事の愚かさを暗に示しているに違いない。何かあればこの村にいる死の騎士(デス・ナイト)達が、お前らの首を撥ね飛ばすぞという意思表示だ……!)

 何て恐ろしいのだろう。

 やはり彼と同盟を組み、ゆくゆくは属国となる計画は帝国にとって正しい道だと思えた。

 

「では、そろそろ村の中へご案内しますね。ここで立ち話も何ですし」

 そう言うと、エンリは二人の死の騎士(デス・ナイト)を引き連れ、重厚な門を軽く叩くと声を上げた。

「ズィークさん! 門を開けて大丈夫です! バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス様がいらっしゃいました!」

 彼女の声に答えるように、門が鈍い音を立てて内側から開いていく。

「あ、申し遅れました。私、カルネ村の村長を務めさせて頂いております、エンリ・エモットです。こちらの赤いスカーフを巻いているのはストライフさん。青いスカーフを巻いているのはペイルさんです」

 彼女に紹介された二人の騎士は、返事をするかの如く一度大きく呻いた。

「こちらこそ、挨拶がまだだったな。そちらが先程紹介してくれたように、私の名はジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。バハルス帝国の皇帝だ。そして先程騒々しかった爺がフールーダ。こちらはバジウッドとニンブルだ」

 軽く一同を紹介すると、エンリはニコリと笑みを浮かべた。

「ご紹介、ありがとうございます。それでは、まずは村の案内をさせて頂きますね」

 そう話している間に、門が完全に開いた。その先には、先程ズィークと呼ばれていた存在――やはり死の騎士(デス・ナイト)だ――が、エンリに対し深く頭を下げていた。

「ありがとうございます、ズィークさん」

「ォアアアア!!」

 雄叫びを上げつつ、ズィークは頭を上げると、その巨体を揺らしながら門の側に再び立った。

 ジルクニフ達が村の中へと入ると、再びその重厚な門を閉めていく。

 完全に門が閉まるのを確認すると、ジルクニフ達はゆっくりと村の様子を見渡した。

 

 まず、村のあちこちに永続光(コンティニュアル・ライト)が街灯として設置されているのが目に入る。

 王国ではまず見かけないものだ。アインズが設置したのだろう。

 そして、村のあちこちにゴーレムや死の騎士(デス・ナイト)達がいる。スカーフを巻いている者とそうでない者。それらは半々くらいだ。先程ズィークと呼ばれていた死の騎士(デス・ナイト)は、左腕に白いスカーフを巻いていた。

 彼らは丸太を運んだり、農工具を大量に運んでいる。獣の死骸を運んでいる者もいた。

死の騎士(デス・ナイト)さんやゴーレム達には、主に農耕作業と狩りを任せています。力仕事なので、凄く助かってるんですよ!」

「おぉぉ……! これぞまさに、我々が研究していた分野そのもの! アンデッドは疲労などのバッドステータスが無いですからな。これは是非とも御方にご教授願いたいものだ……」

 フールーダの言葉に、エンリが嬉しそうに笑みを浮かべた。

「是非そうなさって下さい! アインズ様もきっとそれをお望みですよ」

「本当か!? あぁ、そうならどれ程嬉しい事か……」

 恍惚とした表情を浮かべながら、フールーダは弟子達に視線を向けた。

「お前達、仮に至高なる御方から知恵を授かる機会があるのならば、その全てを頭に叩き込むのだぞ?」

「も、勿論です我が師よ!」

 慌てて頷く弟子達を見て、フールーダは満足げに頷いた。

 

「……なぁ陛下。フールーダ殿は大丈夫なのか?」

「恐らく大丈夫じゃないな」

 バジウッドが小声で耳打ちしてくる。対してジルクニフは、仕方ないなとばかりに肩を竦めた。

「こうなった爺はもう止められない。それに、問題は無かろう。エモット殿の様子を見る限り、むしろ好印象を与えているようだしな」

 そう小声で返すジルクニフ。その隣で、ニンブルも大きく頷いた。

「取り合えず、掴みは問題無いという事でしょうね」

「だろうな。一先ずは安心だ。さて、カルネ村がどのように発展しているのか、良い機会だ。じっくりと見て回って今後の参考にしよう」

 

 一同はエンリに連れられてぞろぞろと歩き出した。

 村人達は既に死の騎士(デス・ナイト)に慣れているらしい。彼らが畑を耕す直ぐ横で、同じように鍬を持ち土を耕している。ゴーレム達も同様だ。死の騎士(デス・ナイト)の他にはスケルトンも何体かいる。彼らは村の子供達と共に、薬草を潰す作業をしていた。死の騎士(デス・ナイト)よりも細かい作業が得意なのだろう。

 薬草を潰していた一人の子供がエンリに気付くと、元気よく駆け寄って来た。

「お姉ちゃん!」

 ひしっとエンリに抱き着く子供。元気一杯といった感じの少女は、どうやらエンリの妹のようだった。

「ネム。薬草の方はどう?」

 ネムの頭を優しく撫でながら、エンリが話しかける。ネムは、ニシシと笑みを浮かべた。

「バッチリだよ! ンフィーレアのお兄ちゃんに頼まれた分も、もう直ぐ終わりそうなの!」

「え、そうなの? 随分頑張ったのねぇ! 偉いわよ、ネム」

 妹の頑張りを見て、エンリは更に彼女の頭を撫でた。ネムは自信ありげに胸を張る。

「スケルトンさん達にも一生懸命教えてあげたんだ! 最初は上手く出来てなかったけど、段々上手に薬草を潰せるようになったんだよ。私もお姉ちゃんみたいな『しきかんけい』の力があるのかなぁ?」

 小首を傾げる妹を見て、エンリは隣に立つ二人の騎士を見上げた。二人はネムと同じように、僅かに首を傾げている。

「ペイルさん、ストライフさん、どう思います?」

「ヴァ、ァァァァア、ア?」

「ですよね。まだ分かんないですよね」

 エンリはネムへと視線を戻すと、小さく苦笑を浮かべた。

「まだネムは小さいから、その力があるかはよく分からないんだって。でも、スケルトンさん達に色々教えてあげるのは良い事よ。これからも、その調子で頑張ってね?」

 姉の励ましに、ネムは大きく頷いた。

「うん! ネム、頑張るよ!」

 そう言うと、ネムはエンリの後ろにいたジルクニフ達をチラッと見た。

「王様、あのね、死の騎士(デス・ナイト)さん達はちょっと怖いかも知れないけど、お姉ちゃんに凄く優しいの! だから、倒しちゃ駄目だよ? アインズ様が村の為に作ってくれた大事な人達なの。だから、そっとしといてね!」

「大丈夫だよ小さなレディ。そんな真似はしないとも」

 そうジルクニフが返事をすれば、安心したように彼女は笑った。そして、再び勢いよく元居た場所へと駆け出していく。それを見届けると、エンリ達は再び歩き出した。

「あんな小さな子供も、死の騎士(デス・ナイト)達に慣れているのだな」

「えぇ。でも、流石に最初は驚きましたが、そもそもアインズ様がアンデッドですので。直ぐに慣れましたよ」

「それもそうか」

 そんな中、ニンブルが真剣な表情を浮かべてエンリに問いかけた。

「……失礼。少々お尋ねしたいのだが、アンデッドという事は元の死体がある筈。それは何処から調達してきているのですか?」

 ピタッとエンリの足が止まった。ジルクニフ達を振り返ったその視線は、どこか申し訳なさそうに彷徨っている。

「その、カッツェ平野から持って来てるんです。あの地は誰の物でも無いですから、問題は無いと思うのですが……これは以前、王国戦士長殿にも問われたので、同じように答えました。帝国の皆さんはどう思われますか?」

 そう問われ、ジルクニフはフールーダへと顔を向けた。フールーダは長い髭を触りながら、一つ頷く。

「ふむ。それについては特に問題は無いと思われますな。確かにあの地は現状誰の物でもない。ちなみにその死体とやらは、どの程度の破損でも問題なく死の騎士(デス・ナイト)を作り出せるのですかな?」

 そう問うフールーダ。エンリはうーんと小さく唸った。

「分からないです。今の所、アインズ様が持ち込んだもので私が見たのは、比較的綺麗な死体だったので。先程門番をしていたズィークさんは、アインズ様が初めてお作りになった死の騎士(デス・ナイト)さんなんですが、彼は原型を留めていましたからね」

「では、こちらの二人は?」

 エンリはまず、赤いスカーフが巻かれた方――ストライフを見上げた。

「ストライフさんは、右腕が取れた状態の死体でした。あと、お腹に刺された痕がありました」

 ストライフは、自身の腹を見下ろし、直ぐに視線をエンリへと戻した。彼に生前の記憶はあるのだろうか?

 続いて彼女は、青いスカーフの巻かれた方――ペイルを見上げる。

「ペイルさんは、胸を刺された状態の死体でしたね。その他は特に目立った傷跡はありませんでした」

 ペイルは自身の胸を軽く触り、ゆるりと首を傾げた。

「どの死体でも、きちんと死の騎士(デス・ナイト)さんになっているんで、多分、損傷が酷い場合でも問題は無いんじゃないかなって私は考えてますね」

「成程。良い話が聞けました」

 満足そうな笑みを浮かべるフールーダは、その瞳にいつも以上の探求心を燃やしている。

 彼の探求心が満たされる事は、帝国にとっても良い事だろう。

「あんた、随分と肝が据わってるんだな。他の村人達はその死体の状態を見ていないから少しはマシかも知れんが、アンタは実際にゴウン殿が死の騎士(デス・ナイト)を作り出す場面を見たんだろ? こえーとか思わなかったのか?」

 バジウッドの視線が、エンリから死の騎士(デス・ナイト)へと向けられる。彼らはバジウッドの視線をどう感じたのか、ジリッとエンリを庇う様に僅かに前に出た。

 エンリは少しだけ考え込みながらも、バジウッドの疑問に澄んだ瞳で答えを出した。

「……正直、怖いとは思った気がします。でも、それ以上に、この力があればカルネ村を守れるんだって気持ちの方が強かったです。今まで私達は、何度もランポッサⅢ世に村の現状を訴えに行きました。でも、毎回有耶無耶にされるだけで、明確な答えが返ってきた事はありません。税を減らす措置も取られず、人手が足りないと言っても、兵を貸し出す事も無かった。でもアインズ様は違いました。アインズ様は、私達の訴えを認めてくれた。そして、村を守る力を貸してくれました。ようやく私達は、前へ進む事が出来るんです。自分達の手で、未来を創る事が出来る。諦めたくなくて、みっともなく足掻いて、それでも駄目なのかと悔しい思いをしていた私達に手を差し伸べてくれたのは、アインズ様だけだったんです。ですから、私も、村の住人達も死の騎士(デス・ナイト)さん達を受け入れる事が出来るんだと思います」

 その答えは、何よりも本心だった。

 ジルクニフは、この村が今までどんな思いであの王に訴えてきたのか、何となくだが理解出来た。

 この村の住人達は十分に戦ってきたのだ。

 それを、王は気付かぬ振りをしてきた。見て見ぬ振りをして、その内解決出来る筈だと答えを先延ばしにしていた。その結果がこれだ。カルネ村の現状を嘆いて、アインズが鞍替えさせるのも当たり前だ。

 みすみす大事な村を滅亡させる訳にはいかないだろう。

 

(やはり王国はもう駄目だな)

 

 救いようがない国。それが王国だった。

 

「成程。君達の考えはよく分かったよ。そして、村の為にと動くその姿勢は評価されて当然のものだ。それを見て見ぬふりをした王国の程度の低さが窺えるな」

「――そう仰って頂けると、有難いですね」

 

 その顔には、様々なものを背負う上に立つ者としての強さが見えた。

 ジルクニフは思う。

 彼女だからこそ、アインズはカルネ村にここまで加護を与えているのではないか、と。

 最初こそ、トーマスという男への恩を返す為だったのだろうが、エンリ・エモットという力強く足掻く、アンデッドには無い生者としての輝きを見たからこそ、ここまでこの村を発展させようと考えたのではないかと。

 

 そんな事をジルクニフは考えながら、一同は再び村の様子を見て回る為、歩を進めるのだった。

 

 




エンリさんはその精神が強いと思います。


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第5話 幕間:モモンガ、エ・ランテルに行く

今回は少しだけ時間を遡って、アインズ様が国を作る前、各国情報を得ようと動いていた時の話です。この時点ではまだアインズと名乗っていないので、名前はモモンガのままです。
また、この世界はユグドラシルのようなゲームの世界ではなく、完全なるファンタジーな世界なので、アンデッドの特性や魔法の仕組みについて、多少の捏造が含まれます。ご注意下さい。


 モモンガは、キョロキョロと辺りを見渡しながら、エ・ランテルの街並みを歩いていた。

 勿論、アンデッドであるモモンガがこんなに堂々と歩いているのには訳がある。

 まず、現在のモモンガはその身を軽装の全身鎧で覆っていた。クローズド・ヘルムも被っているので、骨の体は一切見えていない。一応、ヘルムの下には幻術で人間の顔も作ってある。

 そんな今のモモンガの姿は、パッと見、駆け出しの冒険者に見えるだろう。むしろ、それを狙ってモモンガはこの装備を魔法で作ったのだ。

 

――ここで先ず、モモンガの魔法について説明しよう。

 モモンガが300年の眠りから目覚めた時、城の外へ出る為に転移の魔法を使おうとした。

 その際、モモンガはオーバーロードとして使える魔法やスキルの数々を直観的に理解出来た。

 その理由は、彼が無意識の内に『オーバーロードとしての自分が出来る事は何か』を考えた事が原因だった。それによりモモンガの頭の中には、現状使える膨大な数の魔法やスキルが思い浮かんだのである。

 勿論、その全てを一気に理解出来る筈が無い。大雑把にこんな大量に使えるのか、と理解しただけだ。

 

 因みにモモンガは、その膨大な量に圧倒されてしまい、取りあえず自分が『オーバーロードという種族ならば使えるだろう』と思った魔法のみを記憶に留めた。だからこそ、死霊系の魔法は殆ど覚えている。

 つまりそれ以外の『自分の元々の魔力+オーバーロードとして底上げされた魔力のお陰で使用出来るようになった魔法』の幾つかは、まだしっかりと認識出来てはいない。

 

 要するにモモンガの魔法やスキルは『この状況で何が使えるだろうか?』と疑問に思う事で、それに対応する魔法やスキルの使い方が頭の中に浮かんでくる。それによって使用可能となるわけだ。

 ただし、人間だった際に使用出来ていた魔法は、そんな事を考えなくても普通に使用出来る。それこそ転移の魔法がそれだろう。

 

 今回モモンガは、鎧を作れるかどうかを考えた。それにより、自分の魔法の中に上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)という、第七位階魔法がある事を知った。人間だった頃には覚えていなかった魔法だった為、試しに魔法を発動してみたところ、あまりにも立派な全身鎧が完成してしまった。これでは目立ち過ぎるという事で、かなりランクを下げてもう一度作ったのがこの鎧である。

 しかし、あの立派な鎧は今後重要な機会に使ってみるのが良いだろう。一度着用してみたが、戦士としての能力がかなり向上する事が分かった。モモンガは魔法詠唱者(マジック・キャスター)なので、戦士としての戦い方や知恵等は余り詳しくは無い。だが、あの鎧を着た時、自身の中に圧倒的な力が漲るのが分かった。試してみたいと思うのは仕方ないだろう。

 

「あの漆黒の全身鎧、滅茶苦茶恰好良かったよなぁ……」

 思わず人間だった頃の口調に戻ってしまった。ハッとしてモモンガは咳払いをする。

「ゴホン! し、しかし、あれでは目立ち過ぎる。今回は出来るだけ目立たないようにしなければな」

 モモンガがこの街を訪れた理由。それは、情報収集の為だった。

 

 エンリ達に国を作ると宣言したは良いが、自分は300年眠りについていた。なので、圧倒的に現在の情報が足りない。

 カルネ村の住人達から、基本的な主要国家の関係性や情報は聞き出したが、あの村は辺境地だ。最新の情報が届くまでに時間がかかる。だから、こうして自ら動いて情報を得ようと考えた訳だ。

 

 エ・ランテルは、城塞都市であり、隣国であるバハルス帝国の領土に面している為、交通量が多く、物資や人、金、様々なものが行き交っている。その為、他の街と比べても明らかに栄えている都市と言えよう。だからこそ、情報収集にはうってつけの街だった。

「城壁の外周部は軍の駐屯地のようだな。そこはわりとしっかりしているのか」

 むしろ、この領地だけはしっかりしているのだろう。モモンガはそう判断した。

 

 さて。情報を得るにはやはり宿に行ってみるのが良いかも知れない。勿論、その宿に泊まる訳では無い。不可視化の魔法をかけて、コッソリと中に入るのだ。

 高級宿屋の場合、高ランクの冒険者達が泊まっていると聞く。

(もしかしたら、この幻術を見破れる者がいるかも知れないな……)

 エンリ達に聞いたが、そういう存在がいるかどうかは分からないと言っていた。それもそうだろう。彼女達は基本的に村の中で生活が完結している。週に一度、薬草を売る為にエ・ランテルに訪れる程度で、そこまで詳しく強者の情報を得る事は難しい筈だ。

 

 チラッとモモンガは、目の前に見えて来た安宿を見上げた。此処は、冒険者御用達の安宿だ。主に駆け出しの冒険者や銅や鉄級の冒険者達が使う一番安い宿で、1階が酒場、2階と3階が宿になっている。

 此処ならば、そんな高ランクの奴らに遭遇する心配も無いだろう。

 意外とこういう所でこそ、貴重な情報が得られたりもする。駆け出しだからこそ、様々な情報を掴もうと躍起になる者達が多いのだ。

 一先ずはこの安宿で冒険者達の話を聞いて様子見をしてみよう。

 影の悪魔(シャドウ・デーモン)達を放つのは、ある程度情報を掴んでからの方が良いとモモンガは考えていた。闇雲に放つのと、一定の情報を得てから放つのでは、かなり意味合いが変わってくる。

 

(――それにしても、高級宿屋は少し気になるな。300年前には無かったぞ)

 確か、黄金の輝き亭という名前だった。

 此処、エ・ランテル自体は、勿論300年前もあった。だが、時の流れもあってか、昔と今ではわりと街並みが変わっているようだった。なので気持ち的には、ほぼ初めて見る街に近い。

 そんな街の高級旅館と聞けば、いくら元貴族のモモンガでも多少は気になるというもの。

(正直、幻術がバレる心配が無ければ泊まってみたい気持ちはある。情報の精度もより高いのは確実だろう。それに、泊まる分の金は余裕であるしな)

 

 実はモモンガは人間だった頃、ずっと貯金をしていた。元々慎重な性格だった事もある。何か起きた場合に備えて、両親にも言わずにコッソリと貯めていたのだ。勿論それは自身が眠りにつく前に、城の地下にマジックアイテムや様々な資料と共に封印しておいた。エンリ達に見せたところ、現在もその貨幣は使える事が分かったので、当分は金に困るという事は無い筈だ。そもそもモモンガはアンデッドなので、食事や睡眠の必要が無い。食費がかからないというのは、かなり助かった。

 

 国を作る際、まずカルネ村が領土となるので、彼らの村を発展させる為にも大規模な畑を作ろうと考えていた。その為の資金として自分の貯金は使うつもりだったので、食費がかからない分そちらに回せるのは大きい。

 そんな事を考えつつ、モモンガは宿の物陰に隠れ、自身に不可視化の魔法をかける。最初から不可視化をかけて街を見れば良いと思うかも知れないが、モモンガとしては道行く人に色々と聞きながら情報を仕入れる事も大事だと考えていた。実際、黄金の輝き亭や冒険者達の話は、そうやって得た知識である。

 ある程度情報を得たら、影の悪魔(シャドウ・デーモン)達を王国各地に送り込もう。それは他国に対しても同じだ。

 ただ他国の場合、現状自分が現地に赴いて情報を得るのは厳しい。王国以上に情報が無いので、下手に動くのが危険だからだ。なので他国に関しては、危険性も考慮した上で最初から影の悪魔(シャドウ・デーモン)達に任せる事にする。

(取り合えず今後の計画としてはこんな所か。さて、誰か宿に入ろうとする奴はいないかな?)

 思考を切り替え、モモンガは宿屋の入り口付近で様子を見る事にした。

 

 

 暫く待っていると、宿に向かって一人の女冒険者が歩いてくるのが見えた。燃えるような赤髪が、風に吹かれてサラサラと揺れている。

 丁度良い。

 彼女が扉を開けた瞬間、その隙間に素早く体を滑り込ませる。

「ん?」

 彼女は不思議そうに首を傾げたが「野良猫かな?」と呟くと、特に気にせずそのまま宿の中へと入って行った。

 

 こうして無事宿の中へと入ると、モモンガは部屋の隅へと移動した。

(ふむ。やはり思った通り安宿だけはあるな)

 明らかにガラの悪い連中が多い。馬鹿騒ぎまではいかないが、作法も何も無く飲み食いする者達が何人かいる。思わず顔を顰めてしまった。

 だが、全てが全てそういう人間ではなさそうだ。

 先程一緒に入って来た女冒険者は、壁際のテーブル席に迷わず進むと、鞄から青いポーションを取り出しジッとそれを見つめている。何やらやり切った顔をしていた。

(……青いポーションか)

 モモンガが人間だった頃、ポーションは赤いポーションと青いポーションの二種類あった。だが、此処まで来る間に薬師の区画を見て回ったが、どうやら赤いポーションは売っていないようだった。

 カルネ村の住人達に聞いてみたが、やはり現在の世界は青いポーションが主流だという。

 そもそも当時でさえ、赤いポーションは生成するのがかなり難しかった。その為に青いポーションが台頭してきていたのだが、この300年で遂に赤いポーションは失われてしまったのかも知れない。

 

 しかし、その効能は明らかに赤いポーションの方が格段に良かった。

 

 モモンガとしては、赤いポーションをもう一度作り出したい気持ちが強い。元々、ポーションについては父と共に研究していた資料を城に残していた。勿論材料や器材も含めて。

 だが、当時でさえ貴重だった材料が、現在もある筈が無い。なので、その代わりとなるような材料を探し出し、研究しようと考えていた。

 もしそれが上手くいって赤いポーションが完成したら、国を作った際、それを自国で流通させようと思う。それは良い売りになるだろう。

 

 ポーションを見つめる女から視線を外し、周囲を見渡してみる。ガラの悪い連中は視界から外し、カウンターの直ぐ近くの席に座っていた二人の冒険者に目を止めた。

「あー、やっと鉄級冒険者になれたな俺達……!」

「そうだな。まぁ、先は長い。今まで通りコツコツ依頼をこなして上を目指して行こうぜ!」

 どうやら鉄級冒険者に昇級したばかりらしい。モモンガは彼らの近くまで移動すると、二人の会話に耳を傾けた。

「お前って確か『蒼の薔薇』に憧れてるんだろ? あの域まで目指すってなると、相当時間がかかるんじゃないのか?」

「う、それは分かってるけどさぁ……」

 項垂れる仲間に、男はカラカラと人の良さそうな笑みを浮かべた。

「まぁ彼らは王都を中心に動いてるけど、此処エ・ランテルにもよく来るらしいからな。もしかしたら会えるんじゃないか?」

 そう問いかける男に、彼は「だといいんだけどな」と肩を竦めた。

「――前にも言ったけど、俺、蒼の薔薇の人達に命を救われた事があるからさ。その時は死にかけてたのもあって気が動転しちまってて……回復魔法で回復して貰った時も、ろくに礼も言えなかったんだ。他にも俺みたいに重症な村人達がいたから、彼女達もそっちに行っちまったし。だから、もし偶然会えたのならきちんとお礼がしたい。そんで、貴方達みたいな冒険者になりますって伝えたいんだよ。自己満足でしかないけどさ」

 蒼の薔薇。

 どうやら、かなり高ランクの冒険者達らしい。

(これは当たりだな。もう少し話を聞いておくか)

 男達はモモンガの存在に勿論気付いていない。そのまま彼らは会話を続けた。

「蒼の薔薇はアダマンタイト級冒険者。それぞれがとんでもなく強いんだけど、中でもやっぱりリーダーのラキュースさんは凄いと思うよ。彼女は戦士としての実力もあるけど、神官としての力もかなりのものだ。何てったって第五位階の蘇生魔法が使えるからな」

 

 蘇生魔法。

 それを聞いた瞬間、眠るように亡くなった母の姿が脳裏を過ぎった。

 もしもあの時、蘇生魔法を覚えていれば――いや、それでも彼女の体が保たない可能性の方が高かったと、カルネ村には伝わっている。

 今更何を……と思った、その時。

 

「――は?」

 

 思わず、小声で呟いてしまった。

 慌てて二人を見るが、どうやら聞こえてはいなかったらしい。

 それよりも、だ。

 今、頭の中にぼんやりと浮かんできた魔法。それは、紛れもなく蘇生魔法だった。しかもそれは複数ある。

 

 信じられなかった。

 

 何より自分はアンデッドだ。それなのに蘇生魔法が使えるだと?

 オーバーロードという存在は、生も死も操る事が出来るのだろうか。だとしたら、何たる皮肉だろう。

 本当に生き返って欲しい人間は、もう決して手の届かない場所にいる。

 蘇生を行うには、その肉体が必要になる。300年も経っているんだ。骨さえ残っていないだろう。

 

 そう思っている内に、精神の動揺が急速に収まっていく。

 アンデッドの特性として、感情の高ぶりが一定量を超えると、強制的に鎮静化されてしまう。今回はそれが起こる程の衝撃だった。それでも僅かに残る感情の燻りが、その心を静かに焼いていく。

 

 それを感じつつも、自分ではどうする事も出来ない。

 モモンガは無理矢理二人の会話に意識を集中させる事にした。

 

「ラキュースさんは、同じアダマンタイト級冒険者、朱の雫のリーダーであるアズスさんの姪っ子なんだけど、俺的にはラキュースさんの方が実力があると思ってるんだ」

 男は力強く告げた。

「ほら、例の聖なる泉の精霊から受け取ったとされる聖剣キリネイラム。その聖なる力で悪しき存在を浄化すると言われている剣! あの剣の威力は本当に凄いんだぞ……!!」

 ダンッとテーブルを叩きながら、男は興奮気味に語る。

「お、おう。その話は俺も知ってるが、そんなにヤバいのか?」

 仲間の男が問いかけると、男はその瞳に熱を宿しながら何度も頷いた。

「俺はラキュースさんに命を救われた。その時に振るっていた剣がまさにそれだったんだ。聖剣キリネイラムから放たれた超技『神聖剣超弩級衝撃波(セイクレッドブレードメガインパクト)』の威力は凄まじいものだった……」

 男は当時の記憶を思い出しているのだろう。遠くを見つめるように目を細める。

「あの剣は魔力を注ぎ込むと、刀身が膨れ上がって無属性エネルギーの大爆発を起こすんだ。村を襲ってきたモンスター達はその爆発に巻き込まれて、一匹残らず消え去ったよ。あれを見てしまったら、そりゃもう憧れるに決まってる」

「成程な……それなら確かに憧れるのも分かるな」

 しみじみと同意する男に、彼は更に続けた。

「それに、彼女はどうやら精霊の世界と交信出来るらしいんだ。仲間のガガーランさんが、部屋で天井を見上げながら、こっそりと精霊に話しかけている彼女を見たそうだ」

「マジか!? そりゃ凄いな……」

 

 二人は興奮冷めやらぬ雰囲気でその後も会話を続けていた。だが、専らリーダーのラキュースの話ばかりで、他のメンバーの話がなかなか出てこない。彼は恐らく蒼の薔薇というより、ラキュース個人に憧れているようだ。

 

 モモンガは、蒼の薔薇の情報をより詳しく探るべきだと判断する。

(取りあえずそのラキュースとかいう女は危険だな。私の属性は今は悪だ。聖剣を使う事を考えると、万が一戦闘に陥った際、かなり不利な立場になる)

 他のメンバーについても何か話してくれないものかと考えていると、彼らの会話がようやくラキュース以外へと変わった。

 

「――あとはそうだな、イビルアイさんもヤバイよな。あの人は魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)だけど、彼女も第五位階魔法を使えるんだ。その威力も相当強い。飛行の能力が一級だとは聞いてるし、転移魔法も使える。実力で言えば蒼の薔薇の中でトップらしい。王国最強の魔法詠唱者(マジック・キャスター)と言っても過言ではないんじゃないか?」

 まぁでも俺の一番はラキュースさんだけどな! と彼は笑った。

 

(イビルアイという魔法詠唱者(マジック・キャスター)……私はオーバーロードとなり、第十位階の魔法も使えるようになった。だが、これは例外中の例外だ。そもそも一般的に魔法とは、第三位階まで使えれば天才と言われる。そんな中で第五位階魔法が使えるとは――)

 ラキュース以上に警戒すべきだろう。他のメンバーについても彼は話していたが、やはり一番に注視するべきはこのイビルアイという魔法詠唱者(マジック・キャスター)だとモモンガは認識した。

 

 王国でさえこんな存在がいるのだ。そうなると、王国よりも魔法に力を入れているとされる帝国なら、それ以上の魔法詠唱者(マジック・キャスター)がいる可能性が高い。

 モモンガは早めに影の悪魔(シャドウ・デーモン)達を帝国に送り込もうと考えた。

 

「それに、ラキュースさんは王国の第三王女様とも仲が良い。何しろ貴族だからな。彼女の指示で、色々と動いているらしいぞ」

(……ほぉ?)

 男の言葉に、モモンガは興味深そうに眼窩の灯火を大きく瞬かせた。

「第三王女のラナー様は、友人であるラキュース様に色々と国内を調査させているらしいんだ。本当は王族がそんな事を勝手にしてはいけないらしいんだけど、個人的な頼みという事で特別に動いているんだと」

「流石は黄金の姫と呼ばれるだけはあるな。そんな姫とご友人とは、ラキュースさんの人柄の良さが窺える」

 ラキュースを褒められて嬉しかったのか、男は満足気に頷いた。

 

 王国の第三王女。

 個人的にアダマンタイト級冒険者に依頼を出して国内を調査させる姫。

 少しばかり興味が湧いた。

(丁度王族達の情報も得ようと思っていたしな。王城へ影の悪魔(シャドウ・デーモン)を送り、特にラナーの様子を観察して貰おう)

 

 モモンガは今後の計画を立てていく。それによって今後どう動くべきか決めなければならない。使えそうな人間がいれば、有効に利用する事も一つの手だ。

 協力して貰う代わりに、何か褒美を与える形を取るのが良いだろう。

 

(よし、良い感じに考えが纏まってきたな。初手としてはこれ位で良いのか? こんな行動を取るのは初めてだから、手探りで進めていくしかないが……)

 

 これ以上、この二人から何か情報が出てきそうな気配も無い。

 モモンガはそっとその場から離れると、扉を開けて出て行く客に紛れて、自身も宿の外へと進み出た。

 

 

   ・

 

 

 宿の外へ出ると、モモンガは不可視化を解き人の波に紛れ込む。

「さて。取り合えず蒼の薔薇の情報は出来るだけ常に把握しておく事、それから、ラナー王女を筆頭に王族の情報を調べる事、同時に帝国にも影の悪魔(シャドウ・デーモン)達を送り込む。他の国も同様だな」

 小声でブツブツと呟きながら、モモンガは歩き出す。

「あぁそれと、世界の守り手の動向も気を付けなければ。国を作るとなると確実に目を付けてくるだろう。だが、最初こそそれを恐れたが、今はそんな事を言ってはいられない。カルネ村を守る為にも、私には情報と力が必要なんだ」

 世界の守り手であるドラゴンがいるのは、アーグランド評議国だ。そこに影の悪魔(シャドウ・デーモン)を送り込むか?

(いや、危険だ。どうせ国を作れば否が応でも関わってくる可能性が高い。こちらから手を出す事は、現段階では止めておいた方がいい)

 なので、アーグランド評議国には影の悪魔(シャドウ・デーモン)は送らない事にする。

 他の国となると、エンリ達に聞いた辺りだと、ローブル聖王国や都市国家連合だろう。地理的に此処からは距離があるが、アーグランド評議国よりは危険度は低い。まずはそちらに送り込む事にした方が良さそうだ。

 色々と考え込みながら歩いていると、前方に人だかりが見えて来た。

「ん? 何だ?」

 何かあったのだろうか?

 人間達のざわめきがその場を満たしていく。

「すみません、何かあったんですか?」

 壁際に出店を出していた店主に声をかけると、彼は嬉しそうに声を弾ませた。

「どうやら蒼の薔薇の人達が来たみたいなんだよ! 多分、任務か何かの途中で寄ったのかもな。恐らく、黄金の輝き亭に向かう途中だろう」

「蒼の薔薇の皆さんが?」

「あぁそうだよ。アンタ、見たところ駆け出しの冒険者っぽいけど、運が良かったな! 彼らはアダマンタイト級冒険者だ。見ただけでその実力が分かる位のオーラが出てる。良い刺激になると思うよ」

 ほら、あそこだ! と彼が指差す方向を見ると、そこには道路を挟んで向かい側、五人の女性が人々に囲まれながら歩いて来るのが見えた。

 

 先頭を歩く女性が、リーダーのラキュースだろう。

 美しい金髪に、緑色の瞳をしている。背筋をピンと伸ばし、堂々と進む姿は迷いが無い。

 続いて男のような大柄な体躯の女性。短く切り揃えられた金髪に、獣のように鋭い瞳、そして逞しい大胸筋がやたら目立っている。彼女はガガーランだ。

 その次は双子の忍者。ティアとティナが歩いてくる。

 二人の髪はオレンジに近い金色。そして、二人ともスラリとした肢体だ。あれなら確かに忍者として動きやすそうだ。

 そして最後。彼女こそが例の魔法詠唱者(マジック・キャスター)、イビルアイだ。

 小柄な体だが、他のメンバー同様に堂々とした立ち振る舞いをしている。

 額に朱の宝石を埋め込んだ仮面、すっぽりと体を覆ったローブ。フードの隙間から見える長い金髪が、歩く度にサラサラと揺れていた。

 

 モモンガは目立たないように、そっと道の端に移動した。

 この人混みだ。そうそう視線が向く事は無いと思うが、なるべく後ろの方から彼女達を眺めていた。

 イビルアイからは、特にこれといった魔力は感じられないが、恐らく探知阻害系のマジックアイテムを使っているのだろう。自分も念の為、使用出来る位階を探知されないようにする指輪を嵌めている。

 

 彼女達が目の前を通り過ぎた時、最後尾を歩いていたイビルアイが、ピタッと歩みを止めた。

 そして、真っ直ぐにこちらへと顔を向けてきた。

「――!!」

 見間違いかと思ったが、彼女はジッとこちらを見ている。何か勘付かれたのだろうか。しかし、ここで慌てて背を向けると余計に怪しまれる。

 内心ヒヤヒヤしながら見つめ返していると、彼女は訝し気に首を傾げつつも、視線をモモンガから外し再び歩き出した。

「……ギリギリバレなかった、のか?」

 無い心臓がドクトクと鳴っている気がした。

 取り合えずは何とも無いようだが、彼女が自分の存在に疑問を感じたのは確かだろう。

 あまりこの場に長居しない方が良さそうだ。

 モモンガは彼女らの姿が見えなくなると、足早にその場から姿を消した。

 

 

 次に向かったのは墓地だ。

 そこは、エ・ランテル外周部、城壁内の西側地区にある巨大な共同墓地である。城壁内のおおよそ四分の一を占める巨大な墓地である為、強いアンデッドが生まれる前に冒険者や衛兵隊が巡回しているらしい。

 モモンガがそこに向かった理由は一つ。モモンガは種族のスキルで、周囲のアンデッド反応を感知する事が出来る。なので、もしも此処に強いアンデッドがいれば、服従させてカルネ村の警備にでも使おうかと考えていた。

 だが、モモンガのスキルに反応する存在はいない。

 どうやらきちんと冒険者達が仕事をしているようだった。

「まぁ、こんな所でそうそう強いアンデッド等が出来る筈も無いか。ある程度の強さのアンデッドとなると、やはりカッツェ平野に行ってみるしかないかな」

 門番に怪しまれる前にそそくさとその場から去ると、モモンガはヘルムの上から顎に手を当て、思案気に首を捻った。

「カッツェ平野は王国と帝国の戦争の場所だ。アンデッド多発地帯と聞いているし、処理しきれなかった死体も沢山あるみたいだしな」

 あの地は誰の所有物でも無いらしい。

 ならば、そこから死体を持ってきてアンデッドを創造し、カルネ村の警護や狩り、開墾作業等の力仕事に回すのが良いだろう。

 小さな村では人手が足りない。ならば、疲労を感じず、食事も睡眠も必要無いアンデッドは優秀な働き手だ。

 ただ、それを住人達が受け入れてくれるかどうかだが――

 

(そもそも私がアンデッドだしな)

 

 恐らく驚きはするだろうが、受け入れてくれるだろうとモモンガは信じていた。

 

「よし、後でカッツェ平野に行ってみるか!」

 

――この時のモモンガは、すっかりと忘れていた。

 自分がオーバーロードという最上位アンデッドであり、そんな自分がカッツェ平野に赴く事で、より強いアンデッドが生まれてしまう事を。

 それにより多くの冒険者達が死闘を繰り広げ、そして実際死んでしまう冒険者達がいる事を、モモンガはまだ知らない。

 そのアンデッド討伐の為に、ちょうどモモンガが王城へと赴いたあの日、蒼の薔薇が依頼を受けてカッツェ平野へと向かう事になるとは、露程も思っていなかった。

 結果としてあの日、蒼の薔薇と遭遇する事が無かったのだから、良かったのかも知れないが。

 モモンガ本人は、それを知る由も無かった。

 

「さてと、一先ず今日はこれ位にして、明日にでも影の悪魔(シャドウ・デーモン)達を放つとするか」

 

 モモンガはくるっと振り返り、エ・ランテルの街並みを眺めた。

 王国の中でも、この街は活気に満ちている。少しはマシなようだった。店の数も多いし、品物も品質が良いものが多かった。

 

 だからこそ、この街が欲しいと思う。

 

 腐った王族達が国を破滅へと導く中、この街が共に滅びるのは何とも勿体無い気がした。

 この街ならば多くの物資が手に入る筈だ。それらをカルネ村に回せば、あの村はかなり豊かになる。

 

「帝国は王国と戦争しているのだし、上手い具合に手を組めれば良いかも知れんな」

 

 ふとそんな事を、モモンガは考えるのだった。

 

 




ラキュースの魔剣キリネイラムは、この世界では聖剣になりました。中二病なのは変わらない模様です。


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第6話 同盟締結

前回は幕間の話でしたが、今回からまた元の時間軸に戻ります。


 深夜。一人の少女が全身鏡を見つめながら、静かな笑みを浮かべていた。

 リ・エスティーゼ王国内、ロ・レンテ城のとある一室。

 そこは、第三王女であるラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフの私室だ。

「おや、また笑顔の練習か?」

 アインズはそんな彼女の様子を見ながら、ゆっくりとその姿を現した。

 闇に溶け込むような漆黒のローブ。骨の指には美しい宝石が填め込まれた指輪が幾つも嵌められている。

 眼窩に灯る血のように赤い灯火と、胸元が開けられたローブの隙間から見える紅玉が、ぼんやりと淡い光を放っていた。

 アインズのその姿は、常人ならば恐怖を覚えるだろう。

 だが、ラナーは違った。

「こんばんは、アインズ様」

 ドレスの裾を細い指で摘まみ、優雅に一礼をする彼女に、アインズは軽く手を振った。

「良い。此処には私と貴様しかいないのだ。貴族の礼など取る必要は無いぞ」

「あら、それは助かりますわ。でも、理想の貴族を演じるのも、なかなか楽しいのですがね」

 クスリと笑うラナーに、アインズは肩を竦める。

「それはお前の可愛い子犬の為だろう? それにしても、王族の中に貴様のような存在がいるとは、なかなかに驚いたぞ」

 来客用の椅子に腰掛けると、アインズは頬杖を突きながらラナーを見つめた。

「しかし、他の王族や貴族達は愚かだな。お前のような逸材を使わずにいるのだから」

 ラナーはアインズに向かい合うように椅子に座ると、仕方ないですわと唇を三日月型に歪めた。

「彼らはただの人間ですもの。私や、貴方とは違いますからね」

 自分は人間ではない、とでも言うような言い方だが、アインズとしては確かに彼女が人間だとは思えなかった。

 言うならば、精神の異形とも呼ぶべきだろうか。

 影の悪魔(シャドウ・デーモン)を彼女の側に放ち、その本質を知った時、アインズはこの機を逃してはならないと直感した。

 ラナーこそ、今後の計画を遂行する上で重要な立ち位置になる。彼女がいる事で、アインズの計画はかなり円滑に進める事が出来るだろう。

 

 薄暗い部屋の中でも、彼女の美貌は曇る事無く輝いている。確かにこうして見るだけでは、彼女の中身が化け物だとは思いもしない筈だ。純粋で国民思いな、麗しい黄金の姫。それは彼女がクライムの為に演じているに過ぎない。

 

「それで、今後の流れだが……以前話し合った通りの流れで構わないのだな?」

「えぇ。それが恐らく一番王国にとって打撃を与えられると思います」

 一切王国に未練を感じさせないその態度は、最早感心してしまう域だ。

 ラナーにとって王国はその程度の価値しかなく、全てはクライムとの幸せの為に生きているのだろう。

 ある意味、化け物の癖に人間らしいとさえ思った。

「では、皇帝が接触を図って来たら、そのように提案してみよう。きっと頷いてくれる筈だからな」

「そうでしょうね。彼は貴方の力を心底恐れています。その為に同盟を組み、ゆくゆくは属国として貴方の下に付き、帝国を守ろうと考えている様子。その判断は確かに正しいですわ」

 王国とは違いますもの、と彼女は微笑む。

「では、計画通りにお願いします。私はどのような形であれ、クライムと共に生きられるのであれば、それで構いませんから」

 アインズはそれを聞いてゆるりと頷いた。

「うむ。私も丁度あの魔法は試したいと思っていたからな。お前で無事成功したならば、今後何かあった時にそれを交渉に使おうと考えている。それと、何度も言っているがもし失敗したとしても恨むなよ? あの魔法は初めて使う事になるのだから」

 念の為そう告げると、ラナーはコクリと頷いた。

「恨むなんてとんでもない。本当の私の姿と、クライムへの愛を理解してくれる存在――そんな相手と出会えただけで、私は嬉しいですもの」

 そう微笑む姿は、どうやら本心のようだった。

 化け物であり、人間でもある。

 それがラナーという生き物だとアインズは認識している。

(私にはもう人間の残滓が僅かに残る程度だが……)

 ラナーはクライムを愛する事で人間の心を保っているのだろう。

 

 では自分は?

 自分は何故、人間の残滓が消えずにいるのだろうか。

 それはやはりトーマスがいたからであり、そしてその残滓を消さずにいるのは、エンリ達カルネ村の住人がいるからだ。

 

「フフッ……どうやら化け物というのは、誰か大切な存在がいるとその心をギリギリ崩壊させずに済むらしいな」

 アインズが楽し気に眼窩の灯火を細めると、ラナーは口元に手を当てて小さく笑みを浮かべた。

「そのようですね。ですが、その存在を守る為ならどんな手でも使ってみせるのが化け物です」

「それには同意するよ」

 だからこそ、こうして自分はラナーと密談をしているのだから。

 ギシッと椅子を軋ませながら、アインズは立ち上がる。

 薄暗い室内に、その巨体が闇と同化するかの如く立ち昇った。

「では、この計画が上手く進む事を祈ろう。また何かあれば影の悪魔(シャドウ・デーモン)に伝えてくれ」

「了解しました」

 ラナーも立ち上がると、優雅に一礼をした。

 彼女が顔を上げた時、既にアインズの姿は消えており、残ったのは夜の深い闇だけだった。

 

 

   ・

 

 

 アインズは、玉座に腰掛けながら、目の前にいる人間達をぐるりと見渡した。

 その内の一人、金髪の男がゆっくりと前へ進み出る。

「お初にお目にかかる。私はバハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。隣にいるのは主席宮廷魔術師のフールーダ・パラダインという男だ」

 アインズは彼の隣にいる老人へと視線を向けた。

 先程から、その老人が自分を凝視している事に薄々気付いてはいたが、その理由については既に分かっている。ラナーからの情報で、彼が魔法について並々ならぬ情熱を注いでいる事を教えられていたからだ。

 フールーダは、わなわなと体を震わせたかと思うと、勢い良く額を床に擦り付けた。

「じ、爺!?」

 ジルクニフが驚いて声を上げる。

 フールーダはガバッと頭を上げると、アインズを真っ直ぐに見つめた。

「至高なる御方よ……貴方のような素晴らしい存在に出会えた幸運を、心から感謝いたします!! 私は長年、魔法の深淵を覗き込みたい一心で、魔法に全てを捧げて参りました。その為に寿命を延ばし、200年以上生きておりますが、未だその領域まで届かず、悔しい思いをしているのです……ッ」

 彼の視線が、玉座を挟んで並び立つ二人の死の騎士(デス・ナイト)へ向けられる。彼らはエンリとよく行動を共にしている、ペイルとストライフだ。それぞれ左腕に巻かれた青と赤のスカーフは、ピクリとも動いていない。

 不動の姿勢を保ち、アインズの両脇に控えているその姿は、完全に彼らを支配下に置いている事の何よりの証明だった。

「失礼を承知で申し上げます。貴方様は今、探知阻害のマジックアイテムをお使いになっていらっしゃいますな? 私は魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)に限り、使用出来る位階を見破る事が出来るのですが――現在の貴方からは、どの程度の位階魔法を使用出来るのか見えないのです。ですからどうか、貴方様の本来の御力を、お見せして頂けないでしょうか……!?」

 再び額を床に擦り付けるフールーダ。彼の弟子らしき者達も、彼に続くように頭を下げている。

 その様子を見て、ジルクニフの騎士と思われる二人が、困惑気味にジルクニフに視線を送っているのが見えた。

 ジルクニフはと言うと、こうなる事も想定済みだったのだろう。苦笑を浮かべつつも、特に焦った様子は感じられなかった。

「すまないな、ゴウン殿。爺――もとい、フールーダは魔法の事となるといつもこうなんだ。特に、貴方のような大魔法詠唱者(マジック・キャスター)とも呼ぶべき存在……人の域を超え、まさに死の王となった特殊な存在は、我々にとっても規格外の存在なんだ。だから、そんなゴウン殿の御力の一部だけでも、その目で見たいと思ってしまったのだろう」

「成程な。その気持ちは理解出来なくもない。だが、この指輪を外すと、恐らくジルクニフ殿やそこの騎士達、弟子の魔法詠唱者(マジック・キャスター)達は大丈夫だろうが、フールーダ、お前の場合は危険だぞ? お前のそれはタレントなんだろうが、その精度が高ければ高い程影響を受ける。それでも良いのかね?」

 そうアインズが尋ねると、フールーダは力強く頷いた。

「覚悟の上です陛下。私は魔法の深淵を覗き込みたい……その為に生きているのですから」

 そう言い切る彼を見て、アインズは静かに眼窩の灯火を瞬かせた。

「――ふむ。その心意気、評価に値する。では、貴様に私の力の一端を見せてやろう」

 ゆっくりと、骨の指に嵌められた指輪の一つが外された。

 その途端、アインズの体から圧倒的な魔力の波動が溢れ出す。

「……ぉ、おおおおおおぉぉお!!」

 それは魔力の暴風のようだった。フールーダはその圧倒的な力を前に、胸を抑え蹲る。

 アインズはジルクニフ達は大丈夫だと言ったが、フールーダのようなタレントの無い彼らでさえ、その異常なまでに膨れ上がった覇気に圧倒されていた。

「こ、これは――これは、伝説の第十位階……ッ!! 貴方様は神なのか!? いや、神は我らを直接救ってはくれない。貴方様ならば、我らに知恵を与えて下さる!! 手を差し伸べて下さる!!」

 涙を浮かべながら、フールーダはジルクニフを振り返った。

「私の可愛いジルや……お前の考えは正解だった。死の王であらせられるこの御方は、神代の力の持ち主。我々人間如きが勝てる相手ではあるまいよ」

 何処か達観した物言いのフールーダに、ジルクニフはごくりと生唾を飲み込んだ。

 

 ここまで彼が言い切るのだ。

 バハルス帝国の皇帝として、帝国の未来を守る為に、ジルクニフは行動せねばならない。

 

「――ゴウン殿。今日、我々がこの場に来たのは、貴方の国であるアインズ・ウール・ゴウン魔導国と同盟を結びたいと願ったからなんだ」

 力強い光を宿した瞳が、アインズを見据える。

 アインズは、ゆるりとその骨の指先を顎の下に当てた。

「ふむ……実は、私にとっても、君達バハルス帝国と同盟を組む事は利益になるんだよ」

 カタリと骨を鳴らす。それは、アインズが笑う際に鳴る骨の音だ。ジルクニフらもアインズが笑っていると声色で気付いたのか、どこか緊張した面持ちを浮かべた。

「利益になる、とは?」

「帝国は毎年、王国と戦争をしているんだろう? 今回の戦争で、君達は王国を完全に潰す気でいる。違いないな?」

「……そうだ。そのつもりだ。いつまでも小競り合いばかりしていては、時間の無駄だからな。だからこそ、今回の戦争で私は王国を帝国に併合しようと考えている」

 ジルクニフの返答に、アインズは満足そうに頷いた。

「ジルクニフ殿。私はエ・ランテルとその周辺一帯が欲しい。その為にもバハルス帝国と同盟を組むのはこちらから願いたいと思っていた位だ」

「――ゴウン殿は、王都では無くエ・ランテルが欲しいのか?」

 訝し気に眉を顰めるジルクニフに、アインズは説明する。

「あの街は王国の中では比較的まともな都市だろう? 人も物資も多く集まる。それは、バハルス帝国の領土に面しているせいもあるのだがな。それと、地理的にあの街はカルネ村にも程近い。だからあの周辺一帯が欲しくてね。エ・ランテルを私の支配下に置けば、カルネ村をより発展させる事が出来るからな」

 カルネ村をより強固な村にするには、それが一番手っ取り早い方法だった。

「それに、バハルス帝国と同盟を組めば、私という存在をより周辺国家に周知出来るだろう? そして、それを知った何者かが、君達のように私へ接触してくる可能性が高い。それこそ、今回の戦争でコッソリと私を監視するかも知れない。私の狙いはそれさ。敵と味方を知る為にも、ね」

 そう語ると、ジルクニフは暫し考え込んだ。

 探るような視線がアインズを射貫く。

「エ・ランテルよりも王都を支配下に置いた方が、ゴウン殿を周知させるという意味では良いのではないか?」

「それはそうだが、あくまでも『帝国と王国の戦争』だろう? だったら、皇帝である君が王都を直接の支配下に置いた方が良い。私は同盟国であり協力者という形で参戦させて貰おう」

 軽く肩を竦めると、ジルクニフは納得したとばかりに何度か頷いた。

「成程。それならば話が分かる。ただ、こう言っては何だが……アンデッドである貴殿が街を支配するというのは、やはり反発が強いのではなかろうか?」

 ジルクニフの隣で、フールーダが「陛下!!」と叫んだ。

「陛下、それは不敬でありまするぞ!? 御方の素晴らしい力を理解出来ない愚民共が愚かなのです!!」

「フールーダよ、お前の気持ちは嬉しいが、一般的な感覚で考えるとジルクニフ殿の疑問が正しい」

 憤慨するフールーダに、アインズはひらひらと手を振るった。

「し、しかし――」

「だからこその同盟だ、フールーダ」

 そう告げると、フールーダは不思議そうに首を傾げた。

「バハルス帝国の同盟国である、アインズ・ウール・ゴウン魔導国。その王である私と、バハルス帝国の皇帝、ジルクニフ殿。この二人が友好的な関係を築いていると、民衆に理解して貰うのだ。そこで、私がエ・ランテルを支配下に置く際、ジルクニフ殿と共に凱旋を行うつもりなのだが、その時に私の事をジルクニフ殿、君に紹介して貰う」

 ジルクニフは頭の中で様々な計画を練っているのだろう。眉間に人差し指を当て、考え込んでいる。

 その後ろで、ジルクニフの騎士達やフールーダの弟子らが、不安げに彼を見つめていた。

 やがて考えが纏まったのか、ゆっくりと息を吐くと、ジルクニフは顔を上げた。

「つまりゴウン殿は、王国の民は私を信用すると?」

「あぁそうだ。君の評判は、この王国にも広く知れ渡っている。愚かな王族達よりも、帝国のような圧倒的なカリスマ性を持った存在が上に立ってくれれば良いと、酒場で話している冒険者達もいる位だ。民衆は重税で苦しみ、冬を越えるのが厳しい農村だってある。しかし、決定的な政策を出さず、王国は滅びの一途を辿っている。だからこそ、今回の戦争で圧倒的な勝利を収めて、君が王国の新たな王となる必要があるのさ。そしてそんな君が私を信用していると言えば、アンデッドである私の事は信じられずとも、君の事ならば信用出来るだろう?」

 それならば、現在と同様とまではいかなくても、それなりの活気は維持出来る筈だ。

 

(だがまぁ、私がこれからしようとしている事を思うと、どう考えても根強い恐怖心は残るだろう。しかし、一定の恐怖心は敗戦国を支配するにあたって必要なものだ)

 

 アインズは、自分の力を行使した際、どの程度の威力を他者に与えるのか、それをまだ実験していない。

 今まで自分のスキルや魔法を確認する為に行っていたのは、無人の場所で魔法を発動してみたり、動物相手に行使してみたりと、その程度のものだった。

 

 要するに、アインズはまだ人間で試してはいなかったのである。

 

 今後の事を踏まえると、それは確認しておいた方が良いだろう。

 どの程度で人間は死ぬのか。どの程度ならギリギリ情報が吐ける程度に生きていられるのか。

 力加減を見極めておかなければ、不用意に人間を殺してしまいかねない。

 だからこそ、大掛かりな実験の場が必要だとアインズは考えていた。

 そして今、それにお誂え向きの場所がある。

 

――戦場だ。

 

(魔法もそうだが、例の漆黒の全身鎧を装備した状態での戦闘記録は必要だ。今回はあの鎧を着て参戦しよう。戦士としてどの位まで力が上昇しているのか、非常に興味があるしな)

 今回は漆黒の全身鎧の能力を調べる事に重点を置くとする。王国の兵達には実験体になって貰おう。それに対しては特に思う事は無い。やはりアンデッドと化した事で、嘗ては自分も人間だったというのに、同情心も何も浮かばないようだ。

 

 そうつらつらと思考を繰り広げていると、ジルクニフがゆっくりと口を開けた。

 

「一つ聞きたい。ゴウン殿、貴殿はラナー王女と知り合いか?」

 この質問は来るだろうと思っていた。

 勿論、即座に頷いて見せる。

「彼女も王国を潰す事に賛同しているよ。君に、さっさとこの国を併合してくれと言っていた」

 そう笑って伝えると、彼は「はあぁ~……」と盛大な溜息を吐いた。

「あのいけ好かない第三王女、バルブロの件といい今回の件といい、本当に頭が回る奴だな。それで、彼女は何かゴウン殿に要求をしたのかい? あの女の事だ。どうせクライムとかいう少年絡みだとは思うが」

「フフッ。彼女はなかなか面白い女だな。君はいけ好かないと言うが、私個人としては、ああも自分の欲に忠実なのは最早称賛の域に達するよ。同じ『化け物』としては、彼女の方がまだ人間らしい」

 その言葉に、一同がギョッとして顔を見合わせていた。

 あの女を人間らしいと称したのが、余程意外だったらしい。

 そこまで彼女の精神の異常さが伝わっていると考えると、ラナーという存在が如何にこの世界で孤立していたのかが理解出来る。

 だからこそ、あの子犬に何かを見出したのだろうが。

 

「そ、それで、あの女は何を?」

 気を取り直し、ジルクニフが再度尋ねる。

「……君の予想通り、クライムとの幸せを願ったさ。ただ、その願いを叶える為の過程は、まだ教えられない」

 ざわりと空気が震えた。

 アインズの返答に、何か不穏なものを感じ取ったのだろうか。だが、特にアインズはそういう意図は含めていなかった。

「あぁ違うんだ。君達が誤解するような事は無い。ただ、全てを話しては勿体無いからな。それと、私がどういう形で君達の戦争に協力するのか、それも直前まで情報は伝えない事にする。こちらも万全を期して実験に取り組みたいからな。君達を信頼していない訳では無いが、仮に何処かから情報が洩れると厄介だ」

「――実験、と言ったがそれは我が軍には影響は出ないだろうか?」

 鋭く視線を投げつけるジルクニフ。その態度に感心しつつ、アインズは首を縦に振った。

「勿論。ただ、恐怖はするかも知れんな。実害的な被害は無いと思うが。それと、私が戦場に現れた際、君達は手を出さないで貰いたい」

 ジルクニフの後ろに控える騎士達が、何か言いたげにこちらを見てくる。しかし、それに気付いたジルクニフが彼らを睨み付けた。

「やめんか、お前達」

「けどよ陛下、戦場で俺達に出るなって言ってるんだぜ? この御方は。それは騎士としてどうなんですかい?」

 随分と砕けた物言いだが、恐らくそれを許される立場なのだろう。事実、ジルクニフは特にそれを咎めはしなかった。

「騎士としてどうではなく、私達が目指すのは圧倒的な帝国の勝利だ。その為にゴウン殿が何かをすると言うのならば、それに従うまで。未来を見据えて考えろ、バジウッド」

 ジルクニフの言葉に、彼――バジウッドは、渋々ながらも納得したようだ。チラッとアインズを一度見たが、直ぐに視線は逸らされた。

「へいへい。陛下がそう仰るなら、従いますよっと」

「ニンブルもそれは分かっているな?」

 バジウッドの隣に立つもう一人の騎士に彼は問いかけた。ニンブルと呼ばれた男は、直ぐに頷く。

「勿論。それが帝国の為ならば従うまでです」

 彼らの答えを聞き、ようやくジルクニフはアインズへと振り向いた。

「すまないな、話の腰を折ってしまって」

「いや。君らの疑問も尤もだ。しかし、今回ばかりは私の指示に従って欲しい。下手をすれば君らは一瞬で死ぬ」

 思わず一同は息を飲む。

 その様子を知ってか知らずか、アインズは己の骨だけの手をジッと見つめた。

「まだ力加減が分からんからな。その為にも実験しなければ……」

 独り言のように呟いたが、その言葉はハッキリと彼らには聞こえていた。圧倒的な強者故の発言に、内心冷や汗をかいてしまう。

「ま、そういう事だ。何かと秘密が多くなってしまったが、それは当日のお楽しみという事にしておいてくれ。私の力で、帝国を圧倒的な勝利へと導いてみせよう」

 ゆっくりと玉座から立ち上がり、アインズはジルクニフらの前へと歩み寄る。

 そして、骨だけの手をジルクニフへと差し出した。

「ではここに、アインズ・ウール・ゴウン魔導国と、バハルス帝国の同盟を締結しよう。宣戦布告の宣言文は、後程話し合って決める形で宜しいか? エ・ランテルを奪う為にも、大義名分を作らねばならぬからな」

 ジルクニフは、差し出された手に己の手を重ねながら頷いた。

「そうだな。まぁその位なら特に考えずとも適当に並び立てるだけで良いとは思うが。毎年の戦争はそのような形で始まっているよ」

 彼は軽く肩を竦めて見せた。要するに、理由は何でも良いのだろう。それが戦争というものだ。

「それもそうだな。まぁ今回は初陣となる訳だし、君との交流を深める為にも、宣言文の話し合いはしておくべきかと思ったまでさ」

 それに対してジルクニフは、成程、と小さく呟いた。

「――そちらがその気ならば、そうさせて頂こう」

「うむ。では、そのような流れで頼んだぞ」

 ところで、とアインズはフールーダへ視線を向けた。

「エンリから聞いたんだが、魔法省の最奥に死の騎士(デス・ナイト)を封じているんだって? カッツェ平野で自然発生したものらしいが……もし良ければ、見せて貰っても構わないかな?」

 眼窩の灯火が瞬くように点滅する。フールーダはアインズの言葉に、喜び勇んで頷いた。

「勿論です我が師よ!! 未だ私は奴を制御しきれないのですが、貴方様の御力があれば、きっと何か掴めるかと思います……!」

 深く頭を下げる彼に対し、アインズは「我が師……?」と思わず呟いたが、運良くそれはフールーダには聞こえていなかった。

「まぁそれは追々だな。今は王国との戦争について色々と段取りを確認するのが先だ。ジルクニフ殿。今後色々と迷惑をかけると思うが、宜しく頼む」

 アインズがそう告げると、ジルクニフは未だ感動に打ち震えているフールーダを宥めつつ、苦笑を浮かべた。

「――こちらの方が、貴方に迷惑を掛けると思うがね。では、諸々の話し合いは後程帝国で行う形にしよう。その際は馬車をこちらに送るので、手間を掛けるがそれに乗って帝国まで来て頂きたい」

「それは構わないとも。あぁでも、それは最初だけで良い。一度行けば、転移門(ゲート)の魔法で一瞬で行き来出来るようになるからな」

 事も無げに言うアインズに、一同は驚きの声を上げる。そんな魔法があるとは、フールーダも知らなかったからだ。

「それでは、今日のところはこの辺りでお開きとしよう。今後とも、君達とは良い関係を続けていける事を願うよ」

 カタリと骨を鳴らし、アインズは笑う。

 

 

 こうして、アインズ・ウール・ゴウン魔導国とバハルス帝国は、この日を境に同盟国となった。

 帝国はそれを内外に公表し、アインズ・ウール・ゴウンが有名なおとぎ話である『嘆きの死の王』である事も伝えた。

 人々は半信半疑だったが、実際に帝国でアインズの姿を見た者達は、それが真実であると理解する。

 同時に、アンデッドである事に恐怖を覚えたが、あのジルクニフが同盟を組み、そして帝国内に招いているのだ。きっと大丈夫だろうという彼への信頼が強かった。

 そして、ジルクニフと話すアインズの姿は、理知的で常識があり、生者を憎むと言われるアンデッドとはとても思えなかったのも大きい。

 帝国の国民達は、少しずつだがアインズの事を受け入れるようになっていった。

 

 勿論、その情報は王国にも流れてくる。特に、帝国の領土に面しているエ・ランテルは多くの情報が行き交う街だ。

 商人や旅人らが、アインズの情報をエ・ランテルの人々に流していたのである。その中には、ジルクニフが敢えて流していた情報もあるのだが。

 

 王国の人々は、帝国が王国よりも栄えている事実を勿論知っていた。そこに、死の王と呼ばれる異形の存在が加わる事で、帝国の力が更に強大になるであろう事も予想出来る。

 それは、ここ数年行われている戦争への恐怖心を煽るものには、十分過ぎるものだった。

 

 その恐怖は、勿論王都でも広がっている。

 ランポッサⅢ世ら王族や貴族達は、アインズが帝国に付いた現状に最早絶望するしかない。

 そして、誰もが理解する。

 

 王国は既に、終わりが決まっていたのだと。

 

 




着々と戦争準備が開始されました。


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第7話 戦争準備とそれぞれの思い

色々詰め込んでいたら、思いの外時間が掛かってしまった。申し訳ない。今回は戦争準備回です。恐らく今までで一番長い。戦争までイケるかなぁと思ったんですが、ちょっと長くなり過ぎたので次回になりました。


「しっかし、とんでもねぇ事になっちまったなァ!」

 ガンッと大きな音を立てながら、酒の瓶がテーブルに置かれる。ガガーランは半分程飲み干したそれを眺めながら、ガッシリとした筋肉のついた肩を、これ見よがしに竦めてみせた。

 王都の大通りに面したその宿屋は、王都の中でも最上級の宿と名高い。今、ガガーラン達が居るのは一階の酒場兼食堂だった。それなりに力のある冒険者達がよく此処を利用する。実際、彼女達の他にも何組かの冒険者達が酒を煽ったり、料理に舌鼓を打っていた。だが、どことなく彼らの雰囲気がいつもとは違う。それは、言い知れぬ不安と王国への疑心が混ざり合った、不安定なものだった。

 仕方が無いとガガーランは思う。自分達も彼らと同じなのだから。

 彼らから視線を戻し、ガガーランは目の前に座るイビルアイに問いかけた。

「リーダーから聞いた時は、おいおいマジかよって思っちまったけどさ、お前だってそう思っただろう?」

 彼女はガガーランの問いに、コクリと小さく頷いた。

「アンデッドの王と帝国が手を組むなんて……悪夢にも程がある」

「あれだろ? おとぎ話の『嘆きの死の王』だったか。俺もあの話は吟遊詩人が語っているのを聞いた事があるぜ。まぁ、今の彼奴は嘆いてなんかいないだろうがよ」

「恐らくな。でなければ帝国と手を組んで、王国を潰そうとは考えん」

 イビルアイは、深く溜息を吐いた。

「――アンデッドが王だなんて、上手くいく筈が無い」

 ボソッと呟かれた言葉に、ガガーランは敢えて特に反応を示さなかった。

 代わりに、今この場にはいないリーダーの居場所を尋ねる。

「そんで? リーダーがいないようだが、何かあったのか?」

 因みにティアとティナは、独自に魔導国を調査すると言って偵察に出かけた為、この場にはいない。しかし、リーダーであるラキュースは、特にそういった秘密裏に動くような作戦は取っていなかった筈だ。

 イビルアイはチラッと窓の外へ視線をやる。やがて、ゆっくりと口を開いた。

「この間、リーダーに昔、命を救われたと礼を言いに来た小僧がいただろう?」

「あー……そういやぁ、そんな奴いたな。それで冒険者を目指すようになったとか」

 つい最近、任務でエ・ランテルに赴いた時の事だ。蒼の薔薇は、国内でかなり人気が高い冒険者チームという事もあり、通りを歩いているだけで、多くの民衆が一目見ようと集まって来た。その中に、例の青年がいたのだ。

 どうやら彼は、以前、蒼の薔薇が助けた村の住人だったらしい。特に、ラキュースに命を救われた事から、彼女に対し強い憧れと尊敬の念を抱いたと語っていた。

「ソイツに、今回の招集には応じるなと伝えに行ったんだよ」

「は? その為だけにエ・ランテルに行ったのか?」

 困惑するガガーランに、イビルアイは「奴の気持ちも多少は分かる」と言った。

「――自分が救った命だ。今回の戦争で無残に殺されるよりは、生きていて欲しいと思ったんだろう」

 そう告げると、ガガーランは僅かに表情を曇らせた。

「あぁ、成程な。確かにそうだ。俺達を招集するなんざ、もうこの国は終わりって言ってるようなもんだ」

 事実、そうなのだろう。

 でなければ、本来戦争には手を出さないと決めている冒険者達に招集をかける訳が無い。

 

 ランポッサⅢ世は、今回の帝国との戦争で、民衆のみならず、冒険者達にも参加するよう御触れを出した。

 勿論、多くの冒険者達は事の重大さを理解している為、その招集には応じるつもりはない。冒険者は人間を守る為に存在している。それなのに戦争に駆り出されてしまえば、人間を殺さなければならなくなるのだ。

 それは絶対に避けなければならない。一度参戦してしまえば、キリが無くなるのは目に見えている。

 

 蒼の薔薇がラナーに呼ばれたのは、つい一週間程前の事だ。

 一体何があったのかと思えば、どうやら例年通り、帝国から布告官が訪れたらしい。そこまではいつもの流れだった。だが、彼の持ってきた帝国の宣言文が問題だったようだ。

 

 要約すれば、内容はこういうことになる。

 

 バハルス帝国と同盟を組んだ、アインズ・ウール・ゴウン魔導王は、嘗て300年前に世話になった男の生きていた村、カルネ村が、当時と比べてかなり衰退している事に心を痛め、王国から魔導国へと鞍替えをさせた。その際、民の訴えに耳を貸さず、王族や貴族達だけが豊かなこの国は、このままでは衰退の一途を辿るとランポッサⅢ世に忠告したものの、彼は何も打開策を提案しなかった。

 民の苦しみを理解せず、自らが動く力も無い国王が君臨する現状は、最早緩やかな死へと突き進んでいると言えよう。その惨状を、アインズ・ウール・ゴウン魔導王は非常に憂いたのである。

 それを聞いた皇帝は、このままでは愚鈍な国王のせいで、民らが今以上に苦しむだろうと考えた。

 そこでバハルス帝国は王国に対し、無条件の降伏を要求する。

 王都リ・エスティーゼを皇帝の支配下に置き、ランポッサⅢ世の直轄領であるエ・ランテルを魔導王に割譲する事が、王国にとって最善の道であると皇帝は確信している。

 故に、これを認めぬ場合、帝国はアインズ・ウール・ゴウン魔導王と協力し、王国に侵攻を開始する。

 これは正義の行いであり、愚かな王から多くの民らを救う為のものである。

 

 ラナーから伝えられたその内容は、真っ向から否定出来ない内容だった。

 実際に王国は衰退の一途を辿っている。辺境の村々が冬を越すのも厳しい事は、ガガーラン達も理解していた。

 しかし、だからと言って無条件に降伏など出来る筈もない。

 王国は例年通り帝国からの宣言文に異を唱え、事実上戦争への道が開かれたことになる。

 

 ランポッサⅢ世も、この戦争に勝ち目が無いこと位は分かっていた。

 しかし、もうどうすることも出来ないのが事実。だからこそ、本来戦争には干渉出来ない冒険者にまで招集をかけたのだろう。だが、それがいけなかった。王国内では王族への不信感がじりじりと燃え始めている。

 ラナーはそれを察知したが、自分ではどうすることも出来ないと悲しげに眉を下げていた。

 こればかりはガガーラン達でも動くことは出来ない。

(やれやれ、面倒な事になったなァおい)

 内心毒づきながら、再び酒を頼もうかと考えた時、入り口の扉が静かに開けられるのが見えた。

「お?」

 そこにいたのは、どうやら偵察から戻って来たらしいティアとティナの二人。

「おー、戻って来たか!」

 ガガーランが声をかけると、二人はどこか緊張した面持ちで彼女らの座るテーブル席へとやって来た。

 その表情を、ガガーランは訝しげに見つめる。

「どうしたんだお前ら。まさか、偵察中に何かあったのか……?」

 相手はあの魔導国だ。何があっても可笑しくは無い。ガガーランが真剣な表情を浮かべると、二人は顔を見合わせ、慎重に言葉を紡いだ。

「――例のカルネ村だが、あれは最早村では無かった。巨大な要塞だ。下手したらエ・ランテルと同じ位、いや、それ以上に要塞として機能を果たすと思う」

 ティアの言葉に、イビルアイも反応する。

「……カルネ村が魔導国に鞍替えしてから、まだそれ程時間は経ってない筈だ。しかし、もうそこまで開発が進んでいるのか?」

「間違いない。この目で見たからな。それに、想像以上にヤバイ連中がいた。それが何なのか、イビルアイに聞きたい」

「私に?」

 訝し気に問いかけると、ティアはカルネ村で目にした恐ろしい存在の事を口に出した。

「イビルアイ、お前はアンデッドの騎士について、何か知ってるか?」

「!!」

 ガタンッと。イビルアイが勢い良く立ち上がった。

 それに驚いたのはガガーラン達だ。まさか、こんなにも彼女が動揺するとは思いもしなかったのだから。

「お、おい、大丈夫か!?」

 ガガーランが慌てて声を掛けると、イビルアイはハッとして椅子に座り直した。

 幸い、このテーブル席には盗聴防止の魔法をかけているので、彼女達の騒ぎは全く周囲には気付かれていない。

 イビルアイは、握り締めた拳を微かに震わせながら、恐る恐るティアに尋ねた。

「……アンデッドの騎士。それは恐らく死の騎士(デス・ナイト)と呼ばれる存在だ。一体いるだけでも、あの帝国ですら滅ぼせるやも知れん」

「な!?」

 唖然としてイビルアイを見つめる。とてもじゃないが信じられなかった。だが、彼女が嘘を吐く筈もない。

「ティア、一応聞くが、死の騎士(デス・ナイト)は複数居たのか?」

 ティアはティナと視線を合わせると、緊張した面持ちで頷いた。

「――確認出来ただけで、十二体は居た」

 その言葉に、ガガーラン達は一瞬で静まり返った。

 各々が緊迫した空気を放っている。

 イビルアイの言葉が正しければ、これは、絶対にあってはならない事だ。

 一体いるだけで帝国すら崩壊させる危険性のある存在が、十二体も居るという事実。

 それが、あの小さな村に配備されているというのだ。

(有り得ないだろ……!)

 ガガーランは頭を掻き毟り、小さく呻き声を上げた。

「オイオイオイ、そりゃヤベェってレベルじゃねぇぞ? どうすんだよ。もしソイツらが王国に侵攻して来たら」

「いや、恐らくそれは無い。そう、()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。理由があってあの村に配備している筈だ。それをおいそれと動かす可能性は低い」

 ガガーランの方へ視線を向けて、イビルアイは問い掛ける。

「忘れたのか? 死の王は、トブの大森林の中に城を持っているんだぞ」

 トントンと彼女は指先でテーブルを叩いた。

 その言葉に、一同は顔を引き攣らせる。

「まさか、城の中にも?」

「奴に直属の部下は居ない。だが、カルネ村を領地としている以上、奴一人だけでは動くのにも限界がある筈だ。その際に自らの手足となって動くよう、多くの死の騎士(デス・ナイト)を生み出したとしても可笑しくは無いだろう? もしかしたら他にもアンデッド達を多数配備しているかも知れないぞ」

「それは確かにそうだな……」

 イビルアイの指摘は尤もだ。いくら強力な死の王だと言っても、一人では限界がある。まして国を動かすとなると、一定数の部下が必要になってくるだろう。そして、その部下達も自分達が想像している以上に強力な存在に違いない。

 そんな恐ろしい力を持ったアインズ・ウール・ゴウン魔導王と、王国は戦うというのか?

(王国の被害は相当なものになるだろうな、こりゃあ)

 ガガーランは眉間に皺を寄せながら、深く息を吐いた。

「それで? 俺達はこれからどうすりゃ良いんだい?」

 それに対しイビルアイは、一瞬の迷いも無く答えた。

「我々はアインズ・ウール・ゴウン魔導国とは一切関わらない。それしか生き延びる術は無いだろう」

「つまり、鬼リーダーが帰還したら、国外に逃げるという事?」

 ティナが小さく手を上げ尋ねる。イビルアイは彼女へ顔を向けると、コクリと頷いた。

「今回の戦争で、王国は帝国に併合されるだろう。直ぐにとはいかないかも知れないが、まず、王都は確実に皇帝が支配下に置く筈だ。それに、死の王がエ・ランテルを手に入れるだけで満足するとも限らない。何か他にも要求する可能性もある。その際、我々冒険者にも影響が出ないとは言えないだろう。もしかしたら、戦力として軍門に下れと言ってくるかも知れない。これら様々な可能性がある中で、現状王国に居続ける事は危険だと、私は判断している」

 イビルアイの判断は正しい。

 今の王国は、滅びへの道を一直線に突き進んでいる。そして、その道から逸れる事は出来ないだろう。

 王国には、それだけの力がもう無いのだ。

「逃げるにしても、何処に行く気?」

 ティアとティナの二人が、顔を見合わせ首を傾げた。

 イビルアイは、ゴソッと懐から地図を取り出すと、とある国を指差した。

「カルサナス都市国家連合。そこに行こうかと考えている。此処なら王国からも距離があるし、冒険者組合もある。我々の実力なら、何も問題は無いだろう」

 ガガーラン達は彼女の指示した国を見る。確かに此処なら、今まで同様冒険者として活躍できる筈だ。

「でもよ、俺達アダマンタイト級冒険者が他の国に拠点を変えるのを、王国の冒険者組合が許すと思うか?」

「そこはもう押し通すしかない。誰だって命は大事だろう?」

 そう告げると、ガガーラン達は深く頷いた。

「それもそうだな。じゃあラキュースが戻ってきたら、とっとと逃げる準備をしたいところだが――姫さんの事はどうする?」

「それは……」

 ラキュースの事だ。王族であるラナーが、この国から逃げる事は出来ないと分かってはいるだろうが、それでも、どうにかしようとするかも知れない。

 しかし、ラナーはきっと王族としての務めを果たそうとするだろう。ならば、自分達は無理矢理にでもラキュースを連れて逃げる必要がある。最悪、彼女を気絶させてでも。

(生きてりゃどうにでもなるんだ。今は耐えるしかない)

 ガガーランは残り僅かになった酒の瓶を一気に煽ると、プハーっと豪快に息を吐いた。

 

 恐らく、王国は帝国に併合された方が、豊かにはなるのだろう。

 だが、それにアンデッドの王が手を貸すというのが恐ろしいのだ。それは、人としての根源の恐怖。

 仮にあの死の王が善政を布いたとしても、この恐怖ばかりは消えようがないとガガーランは思う。

 バハルス帝国の皇帝であるジルクニフは、確かに鮮血帝と呼ばれ恐れられている。だが、あくまでも彼は『人間』だ。

 だが、アインズ・ウール・ゴウン魔導王は人間では無い。アンデッドである。この違いは、余りにも大きかった。

 

 

   ・

 

 

 六大貴族の一人であり、政治手腕において彼を凌ぐ者はいないとされるレエブン候。彼は今、第二王子であるザナックの執務室を訪れていた。

 テーブルを挟んでソファーに座る二人の顔色は、どこか疲れ切った面持ちである。

 レエブン候は顔を隠すように覆い、深い溜息を吐く。それを見たザナックが、重苦しく口を開けた。

「――それで、我が妹が我々を裏切ったと言うのは本当なんだな?」

 ザナックの問いかけに、レエブン候は力無く頷いた。

「えぇ。間違いないでしょう」

 第一王子であるバルブロを、ラナー・ザナック・レエブン候の三人で罠に嵌めて粛正させるまでは良かった。

 だが、問題はその後。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導王という化け物が現れてから、全てが狂い出した。

 

 元々、ラナーの異常性にいち早く気付いたのは第二王子であるザナックだった。彼はその異常性に恐怖を抱いたが、同時にその類稀なる頭脳を、王国を動かす為に使えるのではと考えた。

 そこで、彼の協力者だったレエブン候にラナーの正体を告げ、王国の未来の為に彼女を仲間にするのはどうかと提案したのだ。当時二人は、第一王子であるバルブロの愚行に頭を悩ませていた事もあり、どうにかして信頼の置ける仲間を引き入れたいと願っていた事もある。

 レエブン候は最初こそ王座を狙っていた時期もあったが、自分に子供が生まれてからは考え方がまるっと変わった。何に代えてもこの子を守りたいと思ってしまったのだ。彼の中で、野望に燃えていた自分が木っ端微塵に吹き飛んだ瞬間だった。それから彼は、家族の為にこの国をより良い国へと導かなければならないと決意する。だからこそ、王国の未来を考えた場合、第二王子であるザナックの方が、常識もあり、知恵もあり最適だと考えた。

 だからこそ、彼からラナーの事を聞かされた時は、好機だと思ったのだ。聞けば、彼女はクライムという自分の世話役との幸福の為だけに動いている。ある意味、分かりやすかった。その為にはあのバルブロは邪魔だ。平民を見下し、横暴な態度を取る輩。真っ先に彼を消しましょうと言われた時も、然程驚きはしなかった。

 

 そう。そこまでは良かったのだ。

 

「一体いつ、あの魔導王と接触したのかは分かりませんが、我々との密談の回数も以前と比べると格段に減っております。そして、伝えられる情報の量も減りました。唯一正確性があると思われるのは、カルネ村の情報でしょうか。何でも、あの村は最早村では無く、要塞と言っても過言ではない位に急成長しているとか。それも全てアインズ・ウール・ゴウン魔導王の力だと、彼女は言っていましたが」

「それ以上の情報は、まだ仕入れていないのだな?」

「えぇ。というよりも、ラナー様に聞いてもやんわりと話題を変えられました。明らかにこちらに『自分はもうお前達とは手を組まない』という態度を見せつけていたと思います」

 ザナックは、眉間を揉む様に指を動かすと、目を閉じながら告げた。

「……では、アインズ・ウール・ゴウン魔導王は妹と何か契約を交わしたという訳だな。自分に協力するのならば、何か見返りを与えようと」

 恐らくそれは一つしかない。

 クライムだ。

 あの青年との未来を約束して貰ったのだろう。

 だが、どうやってその幸せを掴むというのか。相手は死の王。その代償は計り知れない筈だ。

(それでもラナー様はそれを選んだに違いない。彼女にとってこの国は、足枷でしか無いのだから)

 今のままでは、ラナーはクライムと結ばれる事は難しい。王族と平民のままでは、どう考えてもその愛を実らせる事は不可能だ。だが、それを可能にする計画を彼女はきっと考えたに違いない。そしてそれをアインズ・ウール・ゴウン魔導王は了承した。

 彼女は己の幸せの為に王国を売ったのだ。

 やってる事はバルブロと同じだが、当時とは状況が違い過ぎる。相手はアンデッドの王。そんな男に、自らの価値を認めさせ、そして自分の未来をも託すような女。末恐ろしい存在だった。

 

「正直に言いましょう。ラナー様が裏切った事で、我々はもう敗北が確定しております」

「分かっている……! だが、それでも戦わねばならない。父上も言っていたが、無条件降伏等出来る筈も無いのだ。王都とエ・ランテルを何もせずに明け渡す事など、出来る筈も無いだろう?」

 そう言って顔を上げた彼の顔は、酷くやつれていた。第一王子が地下へと幽閉された今、実質次期国王の座はザナックにある。その為、今まで以上に動かなければならなかった。だからこそ、その疲れが溜まっているのだ。しかし、それはレエブン候も同じ事。ラナーを探り、王国内の情報をかき集め、魔導国の情報も入手する為に奔走していた。しかし、結局ラナーは口を割らず、魔導国の情報も噂程度のものしか手に入らなかった。

 

 戦争は、始まる前に終わっていたも同然だ。

 

「では、我々がすべき事は――」

「妹が計画した通りに動くしかあるまい。例えそれが敗北への道だとしても。それ以外の道を、我々は作る事が出来なかったんだからな……」

 フゥと息を吐き、ザナックは背凭れに寄りかかった。

 その目は、どこか遠くを見つめている。

「……すまなかったな。俺がもっとしっかりしていれば、こんな事にはならなかったものを」

「何を仰いますか! 殿下は精一杯この国の為に動いて下さいました! それだけで私は、どれ程の感謝の念を抱いている事か……ッ」

 思わずレエブン候は立ち上がり、ザナックへ深く頭を下げた。

「ザナック殿下。ラナー様がどのような契約をアインズ・ウール・ゴウン魔導王と交わしたのかは分かりませんが、もしそれで王族や我々貴族が殺されたとしても、貴方を恨む事は無いでしょう。ラナー様の事も、私は恨みはしません。彼女はただ、幸せになりたかっただけなのですから。全ては、運が悪かったという事でしょうかね」

 自嘲気味に笑うレエブン候に、ザナックはかける言葉が見つからなかった。家族を幸せにしたいと願った男が、こんな風に笑うのは見たくは無かったのに。己の力不足を悔やみ、ザナックは拳を強く握り締めた。

「レエブン候、まだ悲観するのは早い。もしかしたら、生き残れる確率だってあるんじゃないか? あの皇帝の事だ。優秀な奴はどんな者でも採用する。ならば、お前の頭脳を必要とするかも知れんぞ?」

 確かにあの皇帝は、有能ならば平民からも取り立てる政策を打っている。だが、敵国である王国の、ましてや貴族にそれが適用されるかどうかは分からない。過度な期待はしない方が良いだろう。

「……そうだと良いのですがね。私は家族が無事ならそれで良いです。私の命一つで妻と子が救われるのなら、それに越したことはないですから」

 フッと小さく口角を上げると、レエブン候は静かに告げた。

「なるべくしかならないでしょう。我々に出来る事は、来るべき時まで必死に生き抜く事です」

 ザナックはレエブン候の言葉に、深く頷いた。

「そうだな。私も王子としての役割としっかりと果たさなければなるまい」

 どんな結末になるかは分からないが、どうか無様な死に方だけは避けたいものだ。出来れば、痛みなく死ねると良いのだが。もし処刑されるとなった時は、あの死の王に頼んでみよう。どうせ死ぬのなら、その位の望みは叶えてくれるかも知れない。

 そんな事をザナックが考えていると、レエブン候と視線が合った。恐らく、同じ事を考えていたのかも知れない。

 二人して苦笑を浮かべてしまった。

 

――こうして、真に王国の未来を憂いていた者達は、終焉へと突き進む王国の現状を、静かに受け入れるしかなかったのだった。

 

 

   ・

 

 

 その男は、つい最近所属していた傭兵団を辞め、個人で用心棒として活躍していた。その剣の腕前は確かなもので、あの王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフと互角とまで言われている。

 元々彼はただの農夫だったが、剣の才能に恵まれた為、戦場ではかすり傷以上は受けたことが無かった位だ。

 最近まで所属していた傭兵団は、金払いが良かった為暫くの間所属していたが、馴れ合いのような空気がどうも肌に合わなかった。なので、収入は減ってしまうが、個人で動いた方が自由も利く為、こうして一人、エ・ランテルを歩いている。

 パッと見ほっそりとした体躯だが、その体は鋼のように引き締まっている。それは、戦の中で鍛え上げられた身体だった。髪は自分で切っている事もあり、ぼさぼさと四方に伸びている。しかし、その深い青色の髪は非常に目立つので、用心棒として働く際に相手の記憶に残りやすい。

 そもそも、彼――ブレイン・アングラウス――は、その名が広く知れ渡っている。

 嘗て、御前試合でガゼフと戦ったという功績は、王国内でも有名な話だ。そこで彼はガゼフに敗北したが、その戦いぶりは多くの民の心を惹き付けた。

 ブレインはその敗北で、自分が井の中の蛙だった事を知った。だからこそ、より強くなりガゼフに勝利するべく、対人間に特化した戦い方を習得しようと、傭兵団に入団したのだ。

 そこで、ある程度は自分の能力が向上したのが分かったが、それでもまだ足りなかった。

 あの傭兵団は余り評判も良くなかった事から、しっかりとした依頼が来た事は少なかった。戦争ともなれば国に駆り出されていたのだが、普段は自分よりもかなり弱い相手を叩っ切る日々。最初こそ、どう切れば相手に有利なのか、色々と研究する為に一人で多くの人間を殺していたが、それも段々と飽きてきた。パターンが読めてきたのである。それも傭兵団を辞めた理由の一つだった。

 

 そして、そんな彼は今、エ・ランテルに居た。

 元々ブレインは依頼があれば王国内のどんな所にも向かう。ただ、王都はガゼフがいる為、自分の精神安定上、依頼が無い時は出来る限り近付かないようにしていた。今回は、丁度ポーションの調達をしにエ・ランテルに寄っていたところを、依頼主に声を掛けられた次第である。

 ()() ()はどうやら、エ・ランテルの生まれでは無いらしい。

 

 彼女は、最近よく話題に上るカルネ村の住人だった。

 

――アンデッドの王が支配する村。

 

 勿論、その情報をブレインは知っていた。

 そして、彼女がその村の村長だと聞かされた時、もしかして自分はとんでもない依頼を引き受けようとしているのではないか、と思った。

 だが、その肝心の依頼内容はまだ聞いていない。ただ、ブレインの腕を見込んで、カルネ村に来て欲しいとだけ言われている。依頼内容は村を訪れた際に伝えると。

 

 十中八九ヤバい案件だろう。

 

 それ位は分かっている。

 だが、わざわざ自分を指名している事。そして、アンデッドの王が支配する村の村長が、ただの村娘である筈が無い事――事実、彼女を初めて見た際、何かしらの能力を持っている事を、戦士の勘とも言うべきものでブレインは理解した――を考えると、今回の依頼を断る事は非常に危険だと結論付けた。

 

「一体何が待ち受けているのやら」

 ブレインは獰猛な瞳を光らせながら、彼女が待つ宿へと向かう。

 そこは、ランクで言えば中程度の宿屋だった。

 入り口の扉を開けて中に入ると、壁際のテーブル席に件の依頼主が座っている。それを確認すると、彼女が気付く前にこちらから声を掛けた。

「よぉ、依頼主さん。遅くなって悪かったな」

「あ! ブレインさん!」

 慌てて立ち上がりペコリと頭を下げる少女。彼女こそが、カルネ村の村長、エンリ・エモットだ。

「用事はもう済んだのですか?」

 ブレインに椅子を進めながら彼女が問いかける。ブレインはドカッとそれに座ると「おうよ」と返答した。

「予定通りポーションも買ったし、取り合えず俺の用事は全部済んだところだ。それで? アンタの依頼の件だが、詳しい内容はやっぱり此処では教えられないのか?」

 そうエンリに尋ねると、彼女は眉を下げつつ苦笑を浮かべた。

「……すみません。先程も言いましたが、依頼内容は村で直接お伝えしたいと指示を受けていますので」

「成程な」

 つまり、村長である彼女に指示を出せるような相手。

 それは一人しかいないだろう。

(アインズ・ウール・ゴウン魔導王……)

 恐らく彼が自分に依頼を出したのだ。

 しかし、その理由がさっぱり分からない。自分はただの用心棒だ。どう考えても化け物相手に自分が出来る事は無いと思う。それこそ、何かドデカイ魔法を一発使えば、簡単に敵を滅ぼせる筈だ。

 何が狙いなのだろうか?

 それが分からない事が不安を煽るが、今の自分には、この依頼を引き受けるという選択肢しか存在しない。

「ま、いいぜ。その依頼、受けてやる。丁度他に依頼も受けてないしな」

 ブレインがそう告げると、エンリは嬉しそうに目を輝かせた。

「本当ですか!? あ、ありがとうございます! 良かった……これであの方はもっと強くなれる……!」

「は? どういう意味だ?」

 彼女の言葉に、思わずブレインは首を傾げた。

 ただでさえ強いというのに、その更に上を目指すというのか?

 訝しげに眉を顰めると、エンリはハッとしたように慌てて椅子に座り直した。

「ンンッ、で、では、今からカルネ村にご案内します。ただ、初めてあの村を訪れる方には、幾つか説明をしなければなりません」

「説明?」

「はい。私達の村は普通の村とは違います。まず、カルネ村はアンデッドであるアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下が治めております。故に、魔導王陛下がお作りになったアンデッドの騎士達が村に常駐しているのです」

「……は?」

 アンデッドの騎士だと?

 思わずブレインの口から間抜けな声が出てしまった。

 そんな情報は全く耳にしていなかったからだ。

(いや、もしかしたら敢えてその情報を隠していた可能性が高い。必要な相手にだけ情報を流し、信用出来るかどうか試しているのかも……)

 そもそもアンデッドである、という時点で潜在的に命ある者の敵だ。そんな存在が王を名乗っているのだから、普通に考えても敵の方が多いと判断するだろう。

 それを思えば、村の情報を余り流さないのは正解だと思った。

 そして、何か理由があって村を訪れる者にだけ、その情報を与える。確かにこれならば、必要以上に情報が広がる事は無い。

「その騎士達は主に村の開墾作業や、土木作業等に従事させているんです。彼らはアンデッドなので、疲労や空腹を感じません。なので、カルネ村にとっては貴重な働き手となっています。私達はもう慣れましたが、外から来る方が初めて彼らを見た場合、かなり驚かれるのではと思いまして」

 彼女の言葉は尤もだった。そのアンデッドの騎士とやらがどれ程のものなのか想像も出来ないが、確実に自分より強いだろう。あのアインズ・ウール・ゴウン魔導王が直々に作り出した存在なのだから。

「ですので、このように先にお伝えする事になっているんです。それと、これが一番重要な事なのですが……彼らは自分が攻撃をされない限り、相手に危害を加えようとはしません。ですので、決して彼らを刺激するような行動は取らないで下さい。その場合、命の保障は出来ません」

 真剣な眼差しがブレインを射貫く。

 ブレインはその眼差しを受け、勿論直ぐに頷いた。

「それは流石に分かってるさ。そもそも、依頼者が支配する村で問題行動なんか起こさねぇよ。それに、ソイツらは村の連中と上手く共存してるんだろう? それなら大丈夫な筈だ。俺はただ、依頼をこなせば良いだけの話だ」

 ブレインの返答に、エンリは安心したのだろう。ほっと小さく息を吐くと、チラッと壁に掛けられた時計へ視線を移した。

「――では、注意事項についての話も終わりましたので、そろそろ村へ行きましょう。馬車を手配しておりますので、もう直ぐエ・ランテルに到着する筈です」

「了解っと。んじゃ、検問の所まで行けば良いのか?」

「はい。あ、それと、ブレインさんはこれから暫くはカルネ村に居る事になると思います。何か必要な物があれば、今の内に買っておいた方が良いかと」

「あぁ。それは別に大丈夫だ。ポーションなんかはもう買ったし」

 そう告げると、何故か彼女は楽しげな笑みを浮かべた。

「実は、カルネ村にはポーションについて研究する工房があるんですよ! なので、ポーションについては何も心配はありません! 色々と実験しているみたいなんですが、その過程で出来たポーションも、なかなかの効果を持つ物ばかりでして……折角ですし、良ければブレインさんも使ってみる事をお勧めします!」

 ポーションの工房まであるとは、これはもうただの村じゃねぇなとブレインは思った。

 恐らく、カルネ村に行けば自分の常識なんかはガラガラと音を立てて崩れ落ちるに違いない。

 現時点でブレインに分かるのは、その事実だけだった。

 

 

 その後、迎えに来た馬車に乗り、二人はカルネ村へと向かった。

 馬車に揺られる事暫く。ようやく目の前に現れたその村を見て、ブレインは唖然としてしまった。

 それは最早要塞だ。村なんて柔なものじゃない。

 高く聳える重厚な門に、塀の向こうには物見やぐらが見える。

(何だこれは――エ・ランテル並みに頑丈に見えるぞ……? いや、もしかしたらそれ以上かも知れねえ」

 そこまでの力を持つアインズ・ウール・ゴウン魔導王。一体どんな人物なのか、ブレインは戦々恐々としながらエンリの後に続く形で馬車から降りた。

 

「ズィークさん! 私です! エンリです! 予定通り、ブレイン・アングラウス氏を連れて来ました! 門を開けて下さい!」

 エンリが門に向かって声を張り上げると、直後、それは鈍い音を上げながらゆっくりと内側から開いた。

 そして、そこに立っていた存在に、ブレインは思わず生唾を飲み込んだ。

 

(コイツが、アンデッドの騎士ってやつか……!)

 巨体をゆっくりと動かしながら、それはこちらへ視線を向けてきた。

 身長は2メートルはある。黒光りする全身鎧には、血管のような真紅の文様があちこちに走り、鋭い棘が所々から飛び出していた。

 その身に纏うボロボロの漆黒のマントが、風に揺られてひらりと宙を舞っている。顔の部分が開いた兜には、悪魔のような角が生えていた。

 顔は腐り落ちかけた人間の顔だ。

 窪んだ眼窩に灯る赤い灯火が、品定めをするように自分を見ているのが分かる。

 背筋にぞわりとした悪寒が走ったが、努めて冷静さを失わないよう、気を強く持った。

「ズィークさん、お疲れ様です。アインズ様はお城ですか?」

 彼女の問いに、ズィークと呼ばれたアンデッドの騎士は、コクリと頷いた。

 その騎士は何故か左腕に白いスカーフを巻いている。それが禍々しい外見と反して、どこかアンバランスな雰囲気を出していた。

「なぁ、何でコイツはスカーフなんて巻いてるんだ?」

 不思議に思って問いかけると、エンリはニコリと笑って答えてくれた。

「このスカーフを巻いている方は、私が名前を付けた方々なんですよ! 村にいる騎士さん達の半分くらいでしょうか……あ、そうそう。彼らは死の騎士(デス・ナイト)って呼ばれる存在です。この村にいる死の騎士(デス・ナイト)さん達は、アインズ様の支配下にいますが、私にも彼らを使役する権利が与えられているので、普段、アインズ様がお城にいる間は私が指示を出して彼らを動かしています」

 サラッと伝えられた内容に、ブレインはギョッとして目を見開いた。

 この少女が、あの騎士達を使役するだと……?

「コイツらを使役するなんて、そんな事が出来るのか!?」

 信じられないとばかりに声を上げると、エンリは苦笑しつつも頷いた。

「私には、指揮官系の能力があるようなんです。それによって、死の騎士(デス・ナイト)さん達を従える事が出来るだとか――詳しくはよく分からないですけど、アインズ様がそう仰ってました。実際、彼らはきちんと私の指示に従ってくれますよ。特に、私が名付けた死の騎士(デス・ナイト)さん達は、より村の為にと働いてくれています」

 

 ブレインは理解した。

 自分が信じていた『力』というものは、あまりにもちっぽけなものだったと。

 こんな規格外の世界を知ってしまえば、あのガゼフ・ストロノーフでさえ、手も足も出ないだろう。

 そんな世界に、自分は触れてしまったのだ。

 心底恐ろしいが、同時にそんな『力』を持つ存在が、自分のような人間に依頼を出してきた事に対し、歓喜にも似た感情が沸き上がるのを感じる。

 どんな理由であれ、そんな存在の目に自分が留まったというのが、奇跡のように思えた。

 

「では、お城の方に案内しますね」

 その言葉を合図に、二人の後ろで門がゆっくりと閉じられていく。

 まるで、自らの退路を断たれたような気持ちになったが、それでも構わなかった。

 

 

   ・

 

 

 トブの大森林。そこは、深く立ち入るとモンスター達が生息する危険な森だが、それ程奥まで行かなければ、比較的安全な森でもある。そこに、白亜の城が建っていた。

 周囲の森に囲まれて、表からはハッキリとその姿は見えないが、近くで見るとその荘厳さが伺える。

「こちらです」

 エンリに声を掛けられ、ブレインは後を付いて行く。少し歩くと、大きな門が見えてきた。その両脇には、二体の死の騎士(デス・ナイト)が立っている。それぞれ左腕に赤いスカーフと青いスカーフを巻いていた。彼らもまた、エンリから名を授かった者達だろう。

「ストライフさん、ペイルさん! お疲れ様です」

 ペコリとエンリが彼らに頭を下げた。すると、彼らもまた頭を下げる。

「事前にお伝えしていましたけど、ブレイン・アングラウスさんを連れて来ました」

 二体の死の騎士(デス・ナイト)達は、眼窩の赤い灯火をブレインへと向ける。ブレインは緊張した面持ちでその視線を見つめ返した。暫しの沈黙。やがて、二体は互いに頷き合うと、背後の重厚な門へと手を掛けた。

 ギギギ……と、鈍い音を立てながら、ゆっくりと門が開く。

 薄らと漂う冷たい空気に、ぶるりと体を震わせた。

 エンリに続いて門を潜り、敷地内へと足を踏み入れる。

 言い知れぬ気配が、この地に漂っている気がした。

 

 城の扉をエンリが開く。

「さぁ、どうぞお入り下さい」

 エンリが城の中へ先に入ると、くるりと振り返り軽く会釈をした。

 ブレインは意を決し、ドアの隙間から城の中へと体を滑り込ませる。

 後ろ手に扉を閉めて周囲を見渡した。

 天井には美しいシャンデリアが飾ってあった。

 敷き詰められた赤い絨毯は、これを踏んでも良いのだろうかと思うほど柔らかい。

 室内は永続光(コンティニュアル・ライト)によって明るさを保っているようだ。

「アインズ様は玉座の間におりますので、そちらまでお連れします」

 エンリがそう言って歩き出す。壁に飾られた絵画や、棚に置かれているマジックアイテム等を見ながら、ブレインは広い城内を進んで行った。

 やがて、一際大きな扉が現れた。

「アインズ様! エンリ・エモットです。ブレイン・アングラウスさんをお連れしました!」

 声を上げるエンリ。すると、目の前の扉がゆっくりと左右に開かれた。

 開かれたその扉の向こう。

 玉座へと伸びる通路の先に、その死の王は鎮座していた。

「――ッ!!」

 ヒュッと反射的に息を吐く。

 それは、確かにアンデッドだった。

 深い闇色のローブを羽織り、ゆったりと玉座に腰掛ける『死そのもの』

 白い頭蓋は、傷一つなく美しい。

 曝け出された腹部には、ぼんやりと光る赤い球体が浮かんでいた。

 両手には、明らかに何らかのマジックアイテムであろう指輪が嵌められている。

 眼窩で揺らめく赤い灯火が、ジッとブレインを見下ろしていた。

「お前が、ブレイン・アングラウスだな?」

 低く、身体に絡み付くような声がこの場を支配する。

 ブレインは、無意識の内に彼の前へと歩み寄り、膝を突いていた。それを見ながら、エンリは静かにアインズの座る玉座の横へと移動する。膝を突いたブレインを、そうするのが当たり前だと言わんばかりに見つめていた。

「……はい、私がブレイン・アングラウスです。今回は私に依頼をして下さり、ありがとうございます」

 そう述べると、死の王――アインズ・ウール・ゴウン魔導王は満足気に頷いた。

「うむ。実はある人物からお前の話を聞いてな。あのガゼフ・ストロノーフと互角に戦ったとか」

「互角、と言えば聞こえが良いのかも知れませんが、私はアイツに負けました」

 悔し気にそう訴えると、アインズはカラカラと笑った。

「だが、接戦だったのだろう? そもそも、御前試合でガゼフ・ストロノーフと戦える立場にあったという事実が素晴らしいものだと、私は思うぞ」

 心の底からそう思っているとばかりの言い方だった。

 ブレインは、この恐ろしい死の王が、自分の実力を認めてくれたという現実を、信じられない気持ちで受け止めていた。

「さて。そこで、だ。君程の実力者ならば、私の依頼を頼めるに違いないと確信したのだよ。私はこれから、大掛かりな実験をするつもりなのでね。その準備を、君にも手伝って貰いたい」

 アインズは、玉座の肘掛けに肘を突き、顎の下で骨だけの指先を絡め合わせた。そうしてコテリと小首を傾げる仕草は、まるでこちらを誘う悪魔のようにも見える。恐怖に心が支配されるが、それと同時に彼の醸し出す、抗い難い魅力に惹かれている自覚があった。

 ブレインがアインズを真っ直ぐに見据えると、彼はそっとその手を差し出し、こう言った。

 

 

「ブレイン・アングラウス。私に剣を教えてはくれないか?」

 

 




次回、いよいよ戦争です。また長くなりそうな予感を既にヒシヒシと感じていますが、そうなったらいつもの事だと笑って下さいね!!!!


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第8話 開戦

ようやく開戦です。


 カッツェ平野――常に霧に覆われ、死の大地と呼ばれる場所。

 そこは、アンデッドやその他のモンスター達が蠢く恐ろしい大地だ。そして、彼らを覆い隠すように漂う薄霧は、それ自体がアンデッド反応がある。その為、アンデッド探知が無効化されてしまい、多くの冒険者達が敵からの奇襲を受けて散々な目に合っていた。中には命を落とす者だっている。

 呪われた地と言われる赤茶けた大地は、生命の息吹きを一切感じさせない世界だ。薄霧が漂うその大地は、常ならば晴れる事が一切無い。

 そんなカッツェ平野だが、年に一度だけ霧が晴れる日がある。

 それは、帝国と王国の戦争が行われる日だ。

 その時ばかりは、大地を覆い隠す薄霧が晴れ、天から太陽の日差しが降り注ぐ。どうしてそんな現象が起きるのか、未だに不明だが、まるでそれから始まる命の奪い合いを、愚かだと神が見下ろしているかのように思えた。

 

 帝国軍は、そこに巨大な建築物を築いていた。

 大木を無数に使い、頑丈な塀が作られている。その周囲には堀も作られており、そこから尖った木の枝が上へと向かって突き出している。これは、アンデッドに対する備えでもあった。

 塀の向こうには、多くの旗が揺らめいている。此処には、今回の出兵に対し帝国が動員した六万の騎士達がいた。その全てをこの駐屯基地に収めている事から、この基地が相当な規模である事が窺える。

 帝国に所属している多くの魔法詠唱者(マジック・キャスター)達によって、数年に渡り作られた基地。それが此処だった。

 

 今、そこに作られた檀上に、一人の男が立っていた。

 彼こそが、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス――バハルス帝国の皇帝だ。

 その両脇には、彼の身辺警護を任されているニンブルとバジウッドが立っている。常ならば側にいるフールーダは、もしもの事を考え、帝国に残してきた。本人からすれば、あの魔導王の側でその力を見たいと思っていたのだろうが、流石にそこは飲み込み、国に残る事を承諾してくれた。代わりに、彼の高弟達を何人か連れて来ている。

(爺がこの場にいたら、今から俺がする事を真っ先に止めそうだな……)

 目の前に整然と立ち並んだ騎士達を見回しながら、ジルクニフは口を開いた。

「まず、あの男が此方に来る前に皆に伝えておかなければならない事がある」

 魔法の効果で拡声している為、六万の騎士達を前にしてでも、彼の声は全ての者にハッキリと聞こえている。だからこそ、ジルクニフの言葉を耳にした彼らは、彼が言うあの男が誰なのか、全員が理解した。

 間違いなくアインズ・ウール・ゴウン魔導王の事だろう。

 彼が来る前に伝えなければならない事とは、一体何なのか。騎士達は固唾を飲んでジルクニフを見つめる。

 それを確認したジルクニフは、切れ長の瞳を僅かに曇らせながら、深く頭を下げた。

「――すまなかった。私があの死の王と同盟を組んだ事を、快く思っていない者がいるというのは分かっている。だが、帝国が存続する為には、これしか方法が無かったのだ。許せ」

 ざわっと、動揺が走った。

 あの皇帝が、民に頭を下げたのである。

 この重大さを理解出来ない者など存在しない。

 集まった騎士達が動揺する中、ジルクニフの両脇に立っていたニンブルとバジウッドが、慌ててジルクニフの肩を掴んだ。

「お、おやめください陛下! 陛下が頭を下げるなど――!」

「そうですぜ陛下! あんたはバシッといつも決めておかなきゃ、俺達の調子が狂っちまう!」

 二人の言葉に、ジルクニフはようやく頭を上げた。

「いいや、お前達。今だからこそこうして頭を下げ、私の考えを皆に伝えなければならないんだ」

「陛下……」

 不安げにジルクニフを見つめる二人を制し、ジルクニフは再び騎士達へと振り返った。

「この数ヵ月、帝国に魔導王が度々訪れ、私と話している姿を見た事がある者も多いだろう。だからこそ分かると思うが、あの男はただのアンデッドではない。理性があり、知識もある。奴は、人間だった頃の記憶も全て有している。これは、通常のアンデッドではまず考えられない事だ。だからこそ恐ろしい。奴は人間の心を理解出来る化け物なのだから。まだ、人間の心が分からない化け物だったならば、対処の仕様もあっただろう。魔導王は人間の心を理解しているからこそ、上手く立ちまわる事が出来るのだ」

 

 ジルクニフの語った内容は、確かに納得のいく話だった。

 彼と会話をしている時の魔導王は、物静かで思慮深い人間のように見える。その外見が骸骨だというのに、それを意識の外へとやってしまうような、そこに一人の人間がいるかのように錯覚してしまうのだ。

 

「そんな化け物に真っ向から戦いを挑んだとして、この帝国が魔導王に勝てる保証は無い。あのフールーダよりも上位の魔法詠唱者(マジック・キャスター)だぞ? そんな化け物相手に戦ってみろ。すぐさまこの国は焦土と化すだろうな」

 苦笑を浮かべるジルクニフは、どことなく疲れが見えているようだった。

 だが、それを振り切るように、彼は鋭い眼差しをこの場にいる全てに向ける。

「私は、この帝国を未来へ残さなければならない。故に、あの男と手を組んだ。今回の戦争で、彼が何をしようと考えているのか、それはまだ分からない。だが、確実に目を覆いたくなるような惨状と化す事は容易に想像出来る。お前達は恐怖に震え、この場から逃げ出したいと思うかも知れない。だが、どうか耐えてくれ。正直言うと、私だって恐ろしい。だが、しっかりと記憶に焼け付けておかなければならないのだ。アインズ・ウール・ゴウン魔導王に歯向かうという事は、どういう事を意味するのか。そうならない為にも、私は彼と今後とも良好な関係を築き上げていくつもりだ。理解してくれると、助かる」

 

 そう告げたジルクニフは、今度は軽く頭を下げると、直ぐに顔を上げた。その瞳は、力強い輝きが宿っている。全てを背負った、王の目だ。

 

 彼はこの国の為に、たった一人であの男と対峙している。

 

 その事実に、騎士達は皇帝への忠誠心を今まで以上に膨らませた。

 ジルクニフの為に自分達が出来る事は、彼の意思を理解し、そしてその意思を貫く為に行動する事だ。

 

 全ての者が気持ちを一つにする中、基地の入り口から一人の騎士が小走りで駆けて来た。

「皇帝陛下! 魔導王陛下が到着なさいました!!」

「来たか……よし、そのまま通してくれ」

「ハッ! あ、あと、その――」

 何か言いにくそうに言葉を濁す騎士に、何があったのかとジルクニフは訝しむ。

「どうした?」

 ジルクニフの問いに、騎士はふるりと震えながらも答えた。

「はい。その、魔導王陛下が仰るには、もう一人ある人物を連れて来ているらしいのです。こちらは全く情報には無かったものでして、陛下は何かお聞きしていらっしゃいますか?」

「なんだと?」

 ジルクニフは、思わずニンブルとバジウッドを振り返った。

 二人も困惑気味に顔を見合わせている。

(一体誰だ? こちらに情報が回ってきていないとなると、直前まで情報が洩れる事を危惧していた可能性もある。それ程までに隠しておきたい人物だと――?)

 帝国にそのような人物がいるとは思えない。ならば、王国の民か? しかし、だとしたら一体誰なのか。王国にそこまで優秀な存在はラナーくらいしかいなかったと記憶しているが……。

「――ふむ。それは私も知らない情報だったが、今回は構わん。魔導王が信頼を置いている人物なのだろう。であるならば、我々も丁重に扱わねばなるまい。そのまま通すのだ」

「了解しました!」

 騎士はビシッと敬礼をすると、再び元来た道へと駆けていく。やがて、門が開く音と共に、二人の人物がコチラへ向かって堂々と歩いてくるのが見えた。

 

 その姿を見て、一同は騒然とする。

 

「あ、あいつは……!!」

 

 一人は勿論、アインズ・ウール・ゴウン魔導王だ。漆黒のローブを翻しながら、眼窩の灯火を力強く瞬かせている。手にはあまり派手では無い装飾が施された杖を所持していた。

 そして、その後ろ。

 彼に付き従うように歩いているのは、帝国でもその名は広く知れ渡っている戦士。

 

――ブレイン・アングラウス。

 

 青く染められた髪が、ふわりと風に揺れている。

 鋭い眼差しは、動揺に揺れている帝国軍をジッと観察するように眺めていた。

 口元には薄っすらと笑みが浮かんでいる。

 そこからは、圧倒的な自信を感じ取れた。

 

(何故あの男が魔導王の元にいるんだ!? どういう経緯で知り合ったのだ……!? くそっ!! これは完全に予想外だ……一体何を考えている?)

 ジルクニフは表向きは平静を装いつつも、内心かなり動揺していた。

 顔が引きつりそうになるのを何とか堪えつつ、アインズに笑みを浮かべる。

 

「ゴウン殿。ようこそ来て下さった」

 ジルクニフがスッと手を差し出すと、アインズは軽く頷きながら手を握り返した。

「うむ。もしや、少々遅れてしまったかな?」

「いや、時間通りだ。それより、貴殿の後ろにいるのは――」

 視線を彼の後ろにやると、アインズは「あぁ」と声を弾ませてブレインへと振り向いた。

「君も名前を聞いた事はあるだろう? 何せ、あのガゼフ・ストロノーフと互角に戦えた男なのだからな。紹介しよう。ブレイン・アングラウスだ。少し前から、彼に剣を教わっているんだ」

「……え?」

 ジルクニフは、アインズの言葉を理解するまでに多少の時間がかかってしまった。

――剣を教わっている?

 ジルクニフの困惑を尻目に、アインズの後ろに控えていたブレインが、アインズに促されて軽く会釈をした。

「お初にお目にかかる。俺の名はブレイン・アングラウス。訳あって、魔導王陛下に剣を教えているんだ。魔導王陛下は戦士としては素人だったからな。陛下の場合、ある程度は力技で押しきれるが、ここぞという時にきちんと構えて戦えるように指導したってところだ」

「ま、待ってくれゴウン殿! 貴殿は魔法で戦うのではないのか!?」

 驚きに声を上げると、アインズは「勿論」と頷いた。

「勿論魔法も使う。だが、以前言っただろう? 実験をすると。戦士として戦うのも実験の一つなんだ。自分の力がどの程度人間に影響を及ぼすのか。それを確認したくてね。ブレインと接触出来たのは幸運だった。彼程の戦士から指南を受けるとは、まさに光栄と言える」

 手放しに褒めるアインズに対し、ブレインが照れ臭そうに肩を揺らした。

「陛下、あんまり褒めないで下さいよ。俺はただ、自分の力を生かせる場所を見つける事が出来た。ただそれだけッスからね。俺は今まで、人に自分の技術を教えた事は無かったんですが、こうして陛下に出会って俺の技術を伝授した事で、それもまた己の鍛錬になるって分かったんです。誰かに教える事で、再度自分を見つめ直す事が出来る。それがきっと、今までの俺には足りなかったところなんですよ」

 そう言って笑う姿は、どこか達観した雰囲気を出していた。そして、現状に心から満足しているように見える。

(――成程。どうやらこの男は、完全に魔導王側の人間のようだな)

 二人の会話を聞いていると、互いに心から信頼し合っているのが分かる。どうやらブレインから剣術を指南されていた数ヵ月の間で、その距離は随分と縮まったようだ。

 まさかブレイン・アングラウスと手を組むとは思わなかったが、冷静に考えてみるとあのラナーがアインズに情報を与えた可能性が高い。一本取られたな、とジルクニフは歯噛みした。

 

 もしも帝国で、馬鹿な奴が魔導国に喧嘩を売った場合、真っ先にブレインが消しにかかってくるだろう。優秀な部下として、その役目を与えられるのは明白だ。それだけは避けなければならない。帝国の存続がかかっているのだから。

 国民達はアインズの存在を恐怖しているが、最近では徐々に受け入れ始めているように見えた。だが、アンデッドだからという理由で、この同盟に反対している者達が多い事も分かっている。その者達が下手な行動に出ないよう、釘を刺しておかねばなるまい。幸い、ジルクニフには騎士団という大きな力がついているのだ。武力行使に出れば、奴らも大人しく従ってくれるだろう。それでも反対するのならば、簡単な話だ。殺せば良い。

 帝国の将来を思えば、個人の思想など消し炭と同じなのだから。

 

「あぁそうだ、ジルクニフ殿。私が戦士として動くのは、初手で魔法を撃ってからになる。そこは当初の予定通りだから安心して欲しい」

 そう付け加えたアインズに、ジルクニフは慌てて頷いた。

「そうか。それなら助かる。それにしても、戦士として戦場に出るのならば、鎧が必要になると思うのだが……」

 尤もな疑問に、アインズは問題無いと軽く手を振った。

「私が習得している魔法に、上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)という第七位階魔法がある。それを使用すると、様々な武装を生み出す事が出来るのだ。だから今回は、その魔法を使って鎧や武器を装備する」

「だ、第七位階……」

 この場にフールーダがいたならば、それこそ矢継ぎ早に質問攻めをしていたに違いない。

 アインズは第十位階魔法まで使えるらしいが、そんなのはまさに神話の領域だった。ジルクニフの常識を根本から覆してしまう。

(いや、余計な事は考えない方が良い。下手に首を突っ込んでは、余計に頭を抱えそうだ)

 そう判断すると、ジルクニフはブレインへ視線を向けた。

「ところで、ブレイン殿も今回の戦いに参戦するのかな?」

 その問いに対し、ブレインはニヤッと口角を上げた。

「いんや、俺はただの付き添いですよ。何せ、魔導王陛下の初陣ですからね。しかと目に焼き付けておかないと、勿体無いでしょう?」

 そう笑うブレインの瞳は、これから始まるアインズの戦闘に心踊らせているのか、爛々と輝いている。

「――まぁ、上手くいけばガゼフと再戦出来るかもなとは思ったんですがねぇ……なんつーか、魔導王陛下にお仕えするようになったら、少し考え方が変わりましてね」

「ほう?」

 興味深そうに相槌を打つと、ブレインはふっと遠い眼差しを浮かべた。

「俺が目指していた強さってのは、ガゼフを倒したいって気持ちが強かった。だが、それだけでは駄目だって分かったんですよ。俺は魔導王陛下の元でなら、人間の限界まで己を鍛え上げる事が出来ると思った。俺が真に目指しているのは、強さの頂きだ。目の前の敵だけを見るんじゃなく、もっと大きな視野で考えなければいけない。その為に俺は、魔導王陛下に力を貸す事を決めたんです。そして、陛下自身も俺の力を必要としてくれる。なら、話に乗らない理由は無いって事だ。皇帝陛下、アンタには理解出来ないかも知れないが、戦士ってのはそういう生き物なんですよ」

 ブレインはジルクニフの背後に控えるニンブル達を見た。

 そして、自分達の目の前に整然と並び立つ騎士達をぐるりと見渡す。

「……帝国は正しい選択を取ったと、俺は思いますよ。元より、俺は王国に未練なんて更々無いんで、どうでも良いっすけどね。でも、彼らはきっと、後悔するだろうなァ……。魔導王陛下と敵対した事を」

 最後の一言が、やけに冷たくその場に響く。

 ジルクニフが何か言う前に、アインズがブレインの肩に手を置いた。

「ブレイン。お喋りはそのくらいにしろ。そろそろ準備をしなければ」

「おっと、そうでしたね!」

 パッと両手を上げて軽く笑みを浮かべると、ブレインはジルクニフ達に背を向け、アインズの背後に控えた。

「では、ジルクニフ殿。予定通り諸君らも軍を動かしてくれ。私も所定の位置に向かおう。それ以降の流れは私に任せてくれ。しっかりと実験をする為にも、お互いの擦れ違いは避けたいからな。間違って貴殿の騎士らを殺してしまっては、流石に後味が悪い」

 そう淡々と語る姿に、部下の騎士達が震え上がるのが視界に映った。

 恐らく、本心はちっとも悪いとは思っていないのだろう。

 だが、建前上こう言っているだけだ。

 要するに、自分の邪魔を決してするなという事。

「――承知した。我々は予定通り軍を展開し、その後の流れは貴殿に任せよう。ところで、今回の戦争にあの死の騎士達は動員しないのかい?」

 そう尋ねると、アインズは眼窩の灯火を一際強く燃え上がらせた。その獰猛な気迫に、思わずジルクニフは息を飲む。

「フフッ。それなんだがね。今回私は、実験の為にこの戦争に参戦している。それを考えると、死の騎士(デス・ナイト)達を引き連れて来た場合、逆に彼らが()()になるんだ」

 つまり、彼は単騎で王国軍を相手取ろうとしている。

 普通に考えれば、それは到底無理な話だ。何せ、今回王国が動員した兵の数はおよそ二十五万。それを一人で相手取るなど、狂気の沙汰だった。だが、このアインズ・ウール・ゴウン魔導王ならば、それがきっと可能なのだと思える。

 

 何せ彼は人間ではない。

 死の王、オーバーロードだ。

 我々人間の物差しで考えてはならない存在。一種の災害のようだとジルクニフは考えている。

 人間、いや、全ての生ある者は、この災害とどう向き合うかを考える必要がある。そして考えた結果、帝国はその災害へ正しい対応を取る事が出来た。だからこうして、彼と今、表面上でも対等に会話が出来ている。

(実際は、私達が遥かに下の存在であり、その気になれば帝国は直ぐにでも滅ぼされてしまうのだがな)

 全く、とんだ綱渡りだ。

 

「そうか。なら、これ以上私から言う事はないな」

 ジルクニフはニンブルとバジウッドへと振り返った。

「お前達。予定通り我々も動くぞ」

「了解です!」

「了解っす!」

 二人が敬礼をすると、それに倣って他の騎士達も敬礼した。

 それを見たアインズは、感心したように頷く。

「流石帝国軍。実に素晴らしいな。後々カルネ村に置いている死の騎士(デス・ナイト)達にも、もう少し軍の規律というものを教えておいた方が良いかも知れん」

 その言葉を聞いてジルクニフは、これ以上強くなって貰っては困ると冷や汗を浮かべていた。

 

 

   ・

 

 

 赤茶けた大地を、乾いた風が撫でていく。

 両軍は互いに睨み合ったまま、まだどちらも動き出そうとはしていなかった。

 今回、王国軍は約二十四万五千という、今までにない規模の兵を動員していた。

 三つの丘を利用し、右翼、左翼共に七万、中央十万五千と展開している。

 一方、帝国軍の数は六万。王国が動員した人数と比べると、圧倒的に少ない。

 だが、彼らはその差を全く問題視していなかった。何せ、帝国は王国と違って専業戦士である騎士達を動員している。付け焼刃の王国の兵達とは天と地程の差があった。

 そして今回。

 帝国にはあのアインズ・ウール・ゴウン魔導王が協力している。

 それがどれ程危険な事か、ガゼフは勿論理解していた。

 その身を王国の至宝に包んでいても、あの魔導王に己の剣が届く想像が出来ない。

 何か不可思議な魔法を使われて、気付かぬ内に死んでいた――そんなビジョンが脳裏を過ぎる。

 知らず身震いをしてしまっていたのか、着ていた鎧がガチャッと音を立てた。

「大丈夫ですかな?」

 その音に気付いたのか、隣に立っていたレエブン候が声を掛けてきた。

 戦場において、王が控える本陣。そこに、ガゼフとレエブン候はいた。

 昔ならば、レエブン候の真意を理解していなかった事もあり、彼に対してあまり好意的ではない態度を取っていたかも知れない。だが、バルブロ王子の件で、彼が心から王国の為に動いていたのだと王派閥の者達は知った。それもあり、ガゼフはレエブン候に対し一定の信頼を置いている。

「――正直、この至宝に身を包んでいても、あの魔導王に勝てるとは到底思えない。漠然とした恐怖心を抱いてしまってね」

 そう正直に告げると、レエブン候は仕方ないとばかりに苦笑を浮かべた。

「それが当然の反応ですよ、ガゼフ殿。私も、一応元オリハルコン級冒険者達を身辺警護に置いていますが、やはり不安は大きい」

 レエブン候の指した方向を見ると、そこには五人の人間達がいた。全員そこそこの年齢のようだが、それでも漲る覇気のようなものを感じる。彼らのような存在を側に置いたとしても、やはり不安を感じてしまう程に魔導王は危険な存在だった。

 何せ彼は人間ではなくアンデッド。

 そして、元人間だ。つまり、人間の善意も悪意も理解している。理解した上で、あの死の王がどんな行動を取るのか想像がつかないのが一番の恐怖だった。

「それにしても、帝国側は全く動く気配がありませんね。最終勧告は既に終わっていますし、直ぐにでも行動するのかと考えていたのですが……」

 もしや、何かの準備をしているのだろうか。

 恐らくそうに違いない。だとしたら、自分達はただ此処で向こうが動くのを待っているのが正しい行為なのか疑問に思ってしまう。だが、嘗ての戦争で帝国が動くのを待たずに、王国が先手を打った事があったが、その結果は悲惨なものに終わっている。当時の王国はそれが原因で多大なる被害が出たらしい。

 

 何かが来ると分かっていても、どうする事も出来ない。

 

 そのもどかしさにガゼフが眉を顰めると、不意に視線の先が動くのが見えた。

 どうやら帝国軍がようやく動き出したようだ。

「レエブン候。遂に動き出したようだ」

 緊張した面持ちでそう告げる。レエブン候は帝国軍の陣地へと鋭く目を向けた。

「あれは……」

 二人の視線の先。帝国軍は道を作るように二つに分かれた。

 そしてその中央。何人かの帝国の騎士達が、帝国のものとは違う紋章が記された旗を掲げ進み出た。

 それは、通常では考えられない事である。

 だが、そうまでしなければならない理由。それはたった一つ。

(アインズ・ウール・ゴウン魔導王)

 魔導国の紋章の旗を掲げた帝国の騎士達。彼らがある程度進み出ると、突如、彼らの前に黒い半球のようなものが浮かび上がった。

 どよめきと共に全ての視線がそれに集中する。

 そしてその中から、一人の男が現れた。

 ゆっくりと半球から巨体を揺らし現れたのは、恐ろしい骸骨の顔を晒したアンデッド。死の王であるアインズ・ウール・ゴウン魔導王だ。彼はゆったりとした足取りで数歩進み出た。その眼窩の灯火は、まるで実験動物でも見るかのように王国軍を眺めている。

 これだけの距離が離れているというのに、彼から叩き付けられる『死の気配』がガゼフの心臓を締め付けていく。チラッと横を見ると、レエブン候もまた、同じように目を見開き、僅かに身を震わせていた。

 それは兵士達も同じだ。噂に聞く魔導王が本当に化け物だったと知り、腰を抜かしている者もいる。無理もない。自分だって、初めて見た時は恐怖と焦りで死んでしまうと思ったのだから。

 

 アインズはくるりと振り返ると、誰かを待つようにその場に立っていた。

 やがて、その半球の中からもう一人の男が姿を現す。

 その男を見て、ガゼフは驚愕に声を上げてしまった。

「――ブレイン・アングラウス!?」

「な!?」

 間違いない。あの男をガゼフが見間違える筈が無かった。

 レエブン候もそれに気付いたのだろう。信じられないとばかりに徐々に顔色が青くなっていった。

「な、何故あの男が魔導王側にいるのだ!?」

「分からん……分からんが、これは非常にマズイぞレエブン候。彼の実力は分かっている。彼は例え千の弓矢が飛んできたとしても、その全てを防ぎきる事が出来るだろう。そして、彼が持つ武技。それらも非常に優秀だ。だからこそ、その力が魔導王の為に使われるとなると――」

 ガゼフの言わんとしている事を理解したのだろう。レエブン候はゴクリと喉を鳴らした。

「ガゼフ殿。もし彼と戦う事になった場合、王国の被害はどの程度になる?」

 その問いに、ガゼフは目頭を押さえて低く唸った。

「相当数になると考えた方が良いだろう。まず、魔導王がどのような魔法を使ってくるのか見当が付かないんだ。彼による被害がどの程度になるかも分からない状況で、これ以上被害を考えろと言われても、正直、考えたくも無い」

 そう答えるガゼフに、レエブン候は何も言えなくなる。

 二人の間に、重苦しい空気が流れた。

 それを裂くように、彼らに声が掛かる。

「レエブン候! それにガゼフ殿!」

 それは、レエブン候の配下である元冒険者達だった。馬に乗った彼らは、焦りを浮かべながら駆け寄ってきた。

「あれがアインズ・ウール・ゴウン魔導王と呼ばれるアンデッドなんですね!? あれは危険過ぎます!! 冒険者としての勘が告げているんです、彼は、我々の想像を遥かに超えるレベルで危険だとッ」

 リーダーと思われる男が、そう叫ぶ。彼は首から下げた聖印を力強く握り締めながら、レエブン候に訴えた。

「ブレイン・アングラウスが彼の元にいる事も勿論大問題ですが、それよりも我らが考えるべきはアインズ・ウール・ゴウン魔導王の事です。あれは最早、神代の力の持ち主と言っても過言では無いでしょう。何せ、これだけ距離が離れているにも関わらず、私は今、死の恐怖で震え上がっているのですから!」

 冒険者達は互いに顔を見合わせながら頷いた。

「撤退をすべきです、レエブン候。もっと早くあの死の王の情報を集めておくべきでした。あんな者と戦おうなんて、正気の沙汰とは思えません」

 確かな実力を持つ元オリハルコン級冒険者達がそう言うのだ。

 レエブン候は意を決し、彼らの要求に答えた。最早、これまでなのだろう。

「撤退しよう。それしか生き残る術は無い。ガゼフ殿、すまないが王へ撤退の進言を頼みたい。私は自軍に戻る」

「了か――」

 ガゼフは最後まで言い切れなかった。

 アインズが、スッと腕を一振りする。それと同時に、彼を中心に十メートルはあるだろう巨大なドーム状の魔法陣が展開された。彼の隣に立つブレインもその中に包まれているが、特に異常を感じている様子は無い。仲間には影響を与えない魔法なのだろう。

 魔法陣は蒼白い光を放ち、半透明の文字や記号のようなものが浮かんでいる。それらはめまぐるしく形を変えて、一瞬たりとも同じ文字を浮かべてはいなかった。

 その光景を見た王国軍の兵士達は、一体何が起こるのかと恐怖で騒めいている。

「ガゼフ殿。出来るだけ被害を最小限に抑えて、エ・ランテルへ帰還しましょう。陛下やザナック殿下、それにラナー王女の守りはお任せします!」

 今回、この戦いには兵士らの士気を高める為にと、ラナー王女も戦場に赴いていた。彼女は王と共に本陣の奥にいる筈だ。ザナック殿下はたった一人残った時期国王候補である事から、直接戦場に出る事を王が反対していた。だが、王子としての立場を考え、出陣すると彼は言い張り、結局、一番本陣に近い位置に軍を展開する形となった。

 王へ進言しにいく途中で、ザナック殿下にも話をつけよう。そう判断し、ガゼフは馬に飛び乗る。

「了解した! どれだけ自分の力で守れるかは分からんが、陛下の御身は必ずやお守りしよう。脱兎のごとき撤退をするしかあるまい」

「えぇ、そうでしょうな。ではガゼフ殿、どうかご無事で!」

「貴方こそ、無事を祈りますよ、レエブン候!」

 言い知れぬ不安と恐怖を抱えたまま、彼らは慌てて動き出す。ただし――

 

――全ては、遅過ぎた。

 

 




時間がかかってしまいましたが、ようやく開戦しました。次回はアインズ様の楽しい実験タイムです。ブレインも横で「さすが陛下! 俺達に出来ない事を平然とやってのけるッ! そこにシビれる! 憧れるゥ!」ってなってると思います。


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第9話 蹂躙

アインズ様「人殺しは初めてだなぁ」


 いないな。

 アインズは魔法陣を展開しながら、そう判断した。

 これだけの人数がいるのだ。王国軍の中に、もしかしたら自分のように何かしらの原因で異形種へと変貌した者がいるかも知れないと考えていた。その存在が人間に化けて紛れ込み、こちらの情報を得ようとしているのではと思っていたのだが、この様子ではどうやらいないらしい。もしもそいつが魔法の知識を持っていたとすれば、この()()()()()について何か知っている可能性がある。こんなにも分かりやすく魔法陣を展開していて、何も妨害が来ないという事は、そういった存在はいないと判断して良いだろう。

(――誰か一人くらいは、いるかと思っていたんだがな)

 やはり自分は、独りなのだろうか。

 少しだけ気持ちが落ち込みそうになるが、今はそんな事を考えている時ではない。

 小さく頭を振って横を見ると、上空に展開された魔法陣を興奮気味に見上げるブレインがいた。その様子に、幾分か心が軽くなる。やはり、自分の魔法を見てそういう反応をして貰えると、嬉しいものがあった。

「どうだ? こんな魔法陣見た事無いだろう?」

「そりゃそうだ!! 何だこれは!? 俺は魔法についてあまり詳しくは知らねぇが、これはとんでもない魔法だって事だけは分かる!!」

 興奮のあまり彼の口調からは敬語が抜けていた。それに気付いたのか、ハッとしてブレインは口を閉ざした。

「す、すみません、つい興奮してしまって」

「いや、良い。むしろ、そこまで喜んでもらえるのは素直に嬉しいよ。私としては、別に無理に敬語を使わなくても気にしないとも。君はこの数ヵ月、私の為にその力を貸してくれた。そんな君の事を、私は信頼しているからな。より親しみを持って君とは接したい」

 そう告げると、ブレインは見るからに嬉しそうな笑みを浮かべた。

「そんなに褒めたって、何も出ませんよ? でも、お気持ちはめっちゃ有難いっすね。じゃあお言葉に甘えまして――」

 ブレインは照れ臭そうにガシガシと頭を掻いた。

「陛下が今から発動させようって考えているこの魔法って、普通の魔法とは違うのか?」

 ブレインの問いに、アインズはコクリと頷いた。

「あぁ。これは超位魔法と言ってな。位階魔法を超える究極の魔法らしい。私の魔法の知識の中に幾つかあったんだ。その中にはもっと派手で、あっという間に王国軍を壊滅へと追いやれる魔法もあったんだが……今回私は実験の為に参戦している。一瞬で戦闘が終わってしまえば意味が無いだろう?」

 そう小首を傾げれば、ブレインは納得したように何度か頷いていた。

「成程な。そりゃあ言えてる。しっかし、どんな魔法なんだこれは?」

「……念の為言っておくが、割とエゲつない魔法だぞ? 自分で言うのもアレだが、人間であるお前から見れば吐き気を催すレベルだ。大丈夫か?」

 そう尋ねるアインズに、ブレインは一瞬キョトンとした表情を浮かべた。だが、何が可笑しかったのか、彼は肩を震わせ小さく笑い出した。

「な、どうした!? 何か可笑しな事を言ったか!?」

 突然笑い出したブレインに、アインズは珍しく動揺した。といっても、精神が強制的に沈静化される程では無いが。

 慌てるアインズに対し、ブレインは「いいや」とその言葉を否定した。

「ただ、ちょっとな。アンタは今から死ぬだろう大勢の王国軍の事は何とも思わないのに、俺の事は心配してくれるのかと思うと、素直な奴だなって思っただけだ」

 その言葉に、アインズは不思議そうに眼窩の灯火を瞬かせた。

「ブレイン。それは当たり前だぞ? 今から死ぬ王国軍の連中はどうでも良いが、お前は別だ。お前は私の大切な仲間だ。もし私の魔法を見て、体調を崩したりすれば流石に申し訳ない。だから、無理に此処に居なくても良いんだが……」

 そう伝えると、ブレインは大丈夫だとアインズの肩をポンポンと叩いた。

「アンタに付くって決めた時から、それは覚悟していた事だ。今更そんな風に心配しなくても大丈夫だぞ。それに、俺の主人の力を見せつける事が出来るんだ。最高じゃねぇか」

 不敵に笑うブレインを見て、アインズはホッと肩の力を抜いた。

 

 やはり、この男を引き込んでおいて正解だった。彼は裏表が無く、こうして話していると穏やかな気持ちになれる。まるで自分が今でも人間のように思えてしまうのだ。

 だが、それを嫌だとは思わない。元々人間だったという事実を思い出すのは大事な事だ。モモンガとしての残滓を消してしまうのは容易い事だが、それをしないのは、トーマスやエンリ、そして彼らがいるカルネ村やブレインに向ける温かな感情が無くなってしまうのを恐れているからだった。

 彼らが自分へ向ける想いを心地良く思っているからこそ、そう感じられる自分の心を消したくはなかった。

 

――そして、そんな彼らを守る為にも、今から自分は王国軍を蹂躙する。

 

「さてと。では、この超位魔法がどれ程のものなのか、実験を開始するとしよう」

 アインズの手の中には、小さな砂時計が握られていた。

「陛下、その砂時計は何だ?」

「これは最近発明した、魔法の詠唱を省略出来るアイテムだ。使い捨てなんだが、これがあれば強力な魔法も詠唱無しで発動出来る」

「おぉ! そりゃすげぇな」

 まだ発明したばかりで個数もすくない。だが、ここぞという時には必要となってくるアイテムなので、今後も研究を重ねて増やすつもりだ。

「これは完全に自分専用のアイテムにする。だから、他言無用で頼むぞ?」

「了~解。んじゃ、陛下の初超位魔法、特等席で見させて貰うぜ」

 そう笑うブレインに釣られて、アインズもカタリと歯を鳴らした。アインズなりの笑い方だった。

「では、いくぞ」

 アインズは手に力を込める。

 砕けた砂時計が、周囲に展開する魔法陣に風とは違う動きをもって流れていく。

 そして、超位魔法は即座に発動した。

 

〈腐敗の風〉

 

 アインズ達の頭上に、霧に包まれながら巨大な頭蓋骨がゆっくりと姿を現した。頭蓋の眼窩には青色の炎が揺らめいている。その視線が、王国軍左翼の陣地へと向けられた。

 騒めく王国軍を他所に、それの口がギギギ――と骨を軋ませながら徐々に開いていく。

 そしてそこから、薄紫色の息吹が一気に吐き出された。

 

 

   ・

 

 

「ぎゃああああああああああぁぁぁ!」

 一瞬の沈黙の後、王国軍に絶叫が轟き渡る。

 あの息吹をもろに食らった左翼の兵七万。彼らの体が、ドロリと腐り始めたからだ。

 着ていた鎧はあっけなく溶け落ち、次に肉体がどんどん腐り始める。

「いやだあああぁぁぁあああ!」

「おぼ、おおおおおおぉぉ!」

 皮膚が爛れ落ち、身体の組織は腐敗汁を出して溶け始める。顔の皮膚が溶け落ち、目玉が半分溶けた状態で地面に転がる者もいた。腐敗ガスにより顔や腹が膨張し、歪な形で事切れる者や、片足が取れ、血と体液でドロドロになった者もいる。既に骨まで溶け始めている死体もあった。

 何より、生きながらにして肉体が腐敗していく様を実感しなくてはならない絶望に、自ら心臓を剣で突き刺し死ぬ者もいた。

――それが七万。

 その場は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 勿論戦線は崩れ去り、多くの人間達が逃げ惑っていた。助けを求めようにも、伸ばしたその手が腐敗し、溶け落ちる。駆け出そうとした足が腐敗し、膨れ上がり破裂する。

 絶叫。嘆き。嗚咽。その合唱が王国軍を包む込む。

 そこに身分は関係無かった。貴族だろうが農夫だろうが、腐敗し骨となり、その骨すら溶けて消えてしまえば、何も残りはしない。

 

 平等に、死が与えられていた。

 

 左翼に齎された腐敗の息吹は、周囲にも拡散する。その範囲外にいた人間達に助けを求めようと彼らがしがみつくと、彼らに触れられた箇所が同じように腐敗し始めるのだ。それを見た人々はパニックに陥る。それがどんどん伝染していき、それはやがて巨大な渦となり王国軍を混乱へと陥れていった。

 近付いて来る腐敗し始めた兵士達を殺す者も多くいる。その顔はどれも必死だ。次は自分がああなるかも知れないのだから。剣や弓で応戦し、次々と殺していく。首を跳ね、心臓を貫き、矢で頭を射る。

 ただでさえ赤茶けた大地が、人間達の血を吸って更に赤黒く変色していった。

 

「撤退だ! 撤退をしろ!!」

 その叫びに弾かれるように、全ての兵達が次々と走り出す。もはや腐敗を始めた人間達に助かる見込みは無い。彼らを見捨てるしか、自分達が生き残れる道はなかった。

 充満する腐敗臭。肉が溶ける音。断末魔の叫び。全てが非現実的で、これは夢なんじゃないかと願いたくなる。しかし、苦しみ藻掻き絶命していく人間達を目の当たりにして、今目の前で起こっている事は夢では無く現実なんだと否が応でも認めざるを得ない。

「助けてくれ、助けてくれえええぇぇ!」

 必死に助けを求める声に耳を塞ぎ、人々は逃げ惑う。

「すまない……ッ」

 苦しみながら絶命していく死体を跨ぎ、彼らは走る。

 最早これは戦争ではない。ただの虐殺の場だった。

 

 

 馬を走らせ、レエブン候は自軍へと戻り最早悲鳴に近い声を上げた。

「撤退だ!! 今すぐ撤退するんだ!!」

 あんな悍ましい魔法が存在するなんて、想定出来る筈が無いだろう!

 レエブン候の言葉を聞き、周囲の兵士達は慌てて逃げ出す。

「お前達、先に逃げるんだ!」

 配下の元オリハルコン級冒険者達にそう告げると、彼らは驚いてレエブン候を見た。

「――候はどうするおつもりか!?」

「王の元へ行く。私は最期までこの国の為に生きると決めているのだ。だからこそ、お前達も生き抜いてくれ」

 その迷い無き眼差しに、彼らは全てを察した。

「……分かりました。どうかご武運を!」

「すまない、ありがとうお前達」

 彼らの声を背中に聞き、レエブン候は王のいる本陣へと馬を走らせた。

 しかしその途中、信じられない光景が視界に入り、思わず馬を止めてしまう。

「な、んだと」

 有り得ない。

 その一言が口から出る。だが、どう見てもあれは、アインズ・ウール・ゴウン魔導王だった。

 

――ただしその姿は、漆黒のローブを身に纏った魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての姿ではなく、屈強な全身鎧に身を包んだ、戦士の姿をした魔導王だったのだが。

 

 

   ・

 

 

 帝国軍は、目の前で起こった恐ろしい出来事に、誰一人声も出せずにいた。

 確かに、アインズが巨大な魔法陣を展開した時点で、何らかの魔法を放つだろうというのは分かっていた。しかし、誰が予想できるだろうか。

 七万という、この戦場に出陣した帝国軍の総数よりも多い人間を、あんな悍ましい魔法で殺すだなんて。

 ニンブルはあまりの恐怖にガチガチと奥歯を鳴らしながら、人々の絶叫が響き渡る王国左翼を見る。

 

 あれは、もしかしたら帝国が辿ったかも知れない道だ。

 

 アインズの危険性を考慮し、即座に同盟を結びに動いたジルクニフの判断は、間違いなく正しかった。

 それを、この場にいる全員が理解する。

 あの死の王に従わなければ、人間の作り出した国家など、一日となく滅ぼされてしまうだろう。

 ニンブルは横目でそっとジルクニフを窺う。彼は、険しい表情を浮かべて王国軍を見つめていた。

 まるで、彼らの悲惨な結末を記憶に焼き付けているように見える。

 実際そうなのだろう。あのアインズ・ウール・ゴウン魔導王に逆らえばどうなるのか、それを王国で試しているようなものなのだから。

 

 視線をアインズへと戻すと、彼はあの凄惨な光景を生み出した巨大な頭蓋骨に何か指示を出していた。まさか、まだ追撃するというのか? と恐怖に慄いたが、どうやらそうではないらしい。その巨大な頭蓋骨は、ゆっくりと霧を纏って消えていった。

 それを確認すると、アインズはくるりとこちらへと振り返る。全ての騎士達が、恐怖で震え上がっているのが分かった。

 そのままブレインを引き連れジルクニフの元まで歩んでくると、軽い口調でジルクニフに話しかけてきた。

「最初の実験は概ね成功だ。七万の兵を一気に片付けられるか少々不安だったんだが、杞憂だったようだ。ただ、私の予想ではもう少しじわじわと腐敗が進むのかと思っていたんだがね。案外早く腐敗が進む魔法のようだ。これは朗報だぞ? ブレインが言うには戦場とは時間との勝負らしいからな。さっさと死んでくれた方が楽だ」

「――そうか、それは何よりだな」

 答えるジルクニフの声は固い。

 だが、それに反してアインズは陽気な声で笑っていた。

 それが圧倒的な恐怖としてニンブル達へ襲い掛かる。

「流石陛下だな。あんな魔法をブッ放すなんて。これなら、次の実験も問題無く出来そうじゃないか?」

 そして、そんな化け物の元に下ったブレイン・アングラウスという男。

 自分達は恐怖によってアインズに従っているが、この男は違う。純粋に彼を尊敬し慕っているのが分かる。彼がそうなった理由は開戦前に聞いていたが、やはりそれでも到底理解は出来なかった。強さの頂きを目指す為に、異形の存在に魂を売ったようなものなのだから。それがどれ程危険な事か、彼だって理解している筈だ。それなのに彼はアインズに忠誠を誓っている。強さを求め過ぎると、こんな風になってしまうのだろうか。

 そうニンブルが考えている間にも、二人の会話は続いていく。

「あぁそうだな。だいぶ数も減った事だ。後は私が直接戦場に出て実験しつつ、王国軍の連中を殺すとしよう。ブレイン、お前も手伝え」

「え、俺もか? 俺はただの付き添いのつもりだったんだが」

「馬鹿な事を言うな。お前と私の二人で動いた方が、さっさと片付けられるだろう? ただし、ランポッサⅢ世や王族達がいる本陣――あそこには勝手に手をだすなよ? そこは私が直々に向かう。その時は伝言(メッセージ)を送るから一緒について来い。恐らくガゼフもそこにいるだろうが、構わんな?」

 そう問いかけるアインズに、ブレインは了承の意を示した。

「構わねぇよ。というか、アンタと行動している時点で、アイツにも俺の存在はバレてるだろうし。ま、丁度良い。俺は完全に陛下側の人間だぜって伝えておくとするかな」

 そう言ってブレインは、王国軍の方を見つめた。

「よし。では、我々は戦場に向かうとしよう――上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)

 アインズがそう唱えると、ニンブル達の目の前で彼はその姿を変えた。

 漆黒のローブを着た、いかにも魔法詠唱者(マジック・キャスター)といった見た目が、瞬時に漆黒の全身鎧へと変化する。金と紫色の紋様が入った絢爛華麗な全身鎧。面頬付き兜(クローズド・ヘルム)を被っていたが、アインズはそれを外した。顔を隠す意味が無いからだ。背中側には真紅のマントを割って、二本のグレートソードが柄を突き出していた。それは先端が扇状に広がっており、およそ150センチはあるだろう。

 圧倒的な戦士としてのオーラが、その姿からは感じ取れた。恐らく、ブレインが教え込んだ結果だとニンブルは思う。

 そのオーラに圧倒されている内に、アインズはブレインを連れて戦場へと向かって行った。

 

 

   ・

 

 

「さてと。では、始めるとするか」

 ブレインと二手に別れて、アインズは周囲を見渡した。

 七万の兵を腐敗の風で殺したが、どうやら上手い具合に周囲に感染したようだ。見たところ、当初の予定よりも多くの人間達が死んでいた。

「うんうん、順調なようだな」

 アインズは嬉しそうに頷いた。これだけ死んでくれれば後が楽だと笑う。

「よし」

 背中に背負った二本のグレートソードを取り出し、ブレインが教えてくれたように腰を低くして構えた。

 逃げ惑う兵士達が、アインズの存在に気付いたらしい。悲鳴を上げてその場から離れようとする。だが、それをアインズは許さなかった。

「――〈絶望のオーラⅠ〉」

 アインズの種族的スキルである絶望のオーラⅠ。それを発動させる。それは相手を〈恐怖〉の状態異常にする事が可能だった。〈恐怖〉は怯えることによって、ありとあらゆる動作に対してペナルティが与えられる。

 既に彼らは自分に対し恐怖しているようだったが、その状態でさらに絶望のオーラⅠを与える事で、どんな状態に陥るのか興味があった。

 彼らはアインズが発動したスキルによって、更に恐怖心を倍増させたようだった。

 大きく目を見開き、その場にへたりと座り込んでしまう。ガタガタと体を大きく震わせ、顔面は蒼白だ。

「た、助け……ッ」

「ふむ」

 アインズは攻撃の姿勢を取ったまま暫し考える。

(確かブレインは、敵が逃げないように足の腱を切れば良いと言っていたなぁ)

 へたり込んでいる男の隣で、恐怖で足が竦んでしまい棒立ちになっている兵士がいた。

(うん、コイツにしよう)

 アインズは素早く彼に接近すると、彼の足を目掛けてグレートソードを振るった。アインズとしては、大分力加減をしたつもりだったのだが――

「あ」

 バキィッ!!と、骨が砕け散る音がした。

 それと同時に、男が絶叫を上げる。血飛沫が勢い良く噴出し、アインズの鎧にビチャリとかかった。

「が、あ、あああああぁぁぁああ!!」

 あまりの痛みに顔面を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら、男は地面へ倒れ込む。

「すまない。かなり力加減をしたつもりだったんだが……足を切り落としてしまったな」

 淡々と語るアインズの姿に、周囲の兵士達は悲鳴を上げた。しかし、アインズが発動させた絶望のオーラⅠのせいで、その場から動く事が出来ない。体が恐怖で固まってしまっているからだ。

「しかし、足を切り落としただけではやはり死なないのだなぁ。うむ。これは勉強になる。まだこの状態なら会話が可能だ。何か情報を得ようとする時は、これもまた一つの手か」

 アインズは痛みに絶叫を上げ続ける男の顔を、無理矢理掴んで自分へと向けさせた。

「あ、が、あぁ、あッ」

「さて、君はどこまでやったら死ぬのかな?」

 顔を近付け、カタリと骨を鳴らす。男は余りの恐怖に失神しかけていた。

「私はまだ()()()()()()()()()()()()のでね。魔法でならさっき、君達が見た通りだが。あれはこの手で直接殺したわけではないからなぁ。だから、直接手を下すとなると、どの程度で死ぬのか実験する必要があるのだよ」

 彼の顔を掴んでいた手を放し、アインズは再びグレートソードを構えた。

 次はどこを切るべきか。足は切ったのだから、やはり次は腕だろう。

 アインズは、彼の右腕めがけてグレートソードを振り下ろした。

 再び骨が砕ける音と共に、男の右腕が吹き飛ぶ。

「ぎゃあああああああぁぁぁぁ!!」

 鮮血が噴水の如く吹き出し、赤茶けた大地に大量に染み込んでいく。頬骨に返り血が飛んできたが、特に気にする事なくアインズは男を観察した。

「まだ痛みで気を失うレベルでは無いのか。案外しぶといな」

 男は、最早息も絶え絶えといった状態だった。気を失ってはいないようだが、意識が朦朧としているようだ。流石にこれだけ出血していれば、そうなってしまうのも当然だろう。アインズはそう考え、切り落とした男の足――むき出しになった肉の部分を、尖った骨の指先で抉ってみせた。

「あ゛あ゛あ゛あ゛ああああ!!」

 あまりの痛みにのたうち回ろうとするとが、それを押さえ込むようにアインズは圧し掛かる。

「こらこら動くな。あまり動くと余計に痛むぞ?」

 グチュリと肉を掻き分け、アインズはその奥にある骨へと触れる。そして、そのまま骨を引き抜いた。

 ブチブチと肉が切れる音と共に、骨が引き抜かれる。今までの比ではない量の血液が吹き出し、それと同時に男はぐるんと白目を向いて、意味を持たない言葉を叫んた。だが、それも徐々に小さくなり、遂に小さく痙攣すると事切れた。

「おや? 流石に死んだようだな」

 アインズはゴロンと死体を地面に転がすと、気紛れにその死体を踏み潰した。グチャリと頭が潰れる音が、その場に響き渡る。ブーツの裏に付いた肉片や血液を地面に擦り付けながら、アインズは気付いた。

(――何も感じない)

 先程は魔法で殺したから実感が湧かないのかと思っていた。だが、こうして直接殺してみても、やはり何も感じない。人を殺す高揚感や背徳感も、何もない。ただ、人を殺したという事実のみを実感している。

(成程。これがただのアンデッドではなく、オーバーロードという種族の特性か。通常、アンデッドは生ある者への憎悪を持つが、上位種であるオーバーロードはその段階を飛び越え、生ある者への興味が無い、というわけだな)

 それをまざまざと実感した。やはり、自分で実践してみるのは大事だ。まだオーバーロードという自分の存在すら、詳しく理解していないのだから。

 

 つまり自分は、大切だと思う人間以外、本当にどうでも良いらしい。

 

「まず一つ目の実験は終わった。どうやら私は、やはり人間を殺しても何も感じないようだ」

「あ、ああぁぁぁ……!!」

 無残に殺された男の死体を見て、他の兵士達が恐怖に慄く。ボロボロと泣き崩れる者、狂ったように叫ぶ者、呆然と座り込む者。

 そのどれもが平等に殺される権利を持っている。

「安心してくれ。この男のお陰で、どの程度手加減をすれば良いのか何となくだが分かったからな。それと、どの位やれば人間が死ぬのかも」

 何も安心出来ないと彼らは思った。

 アインズは、その場にへたり込む兵士に視線を向けた。

「私はアンデッドだからなのか、武技というものを使えなくてな。ただ、見様見真似でそれに近いものは出来るようになったんだ」

 再び腰を低く落とし、グレートソードを構える。神経を集中し相手の急所のみを的確に狙う。太刀筋すら見えない速さで斬撃を繰り出す。狙うは頸部だ。

 ブレインが得意とする技――虎落笛。それをアインズは模倣した。

 彼の場合〈領域〉――その範囲内にいる全ての把握を可能とする武技と、〈神閃〉――その速度のあまり血すらも刀身に残らない、高速の一撃を繰り出す武技――の併用でこの一撃必殺の技を使用しているが、アインズは武技が使えないので、己の身体能力の高さを利用し、それに近い事をしている。

 すなわち、とにかく素早く相手に攻撃を加える。

 単純だが、それだけに全てを注ぎ込んだ。ブレイン曰く、アインズのそれは最早〈神閃〉と変わらないが、やはり見たところ武技ではないと言っていたので、種族的な問題なのだろうと考えている。確かに、別段力が漲るような感覚も感じないし、自分の能力が向上している感覚も無い。結果論として、それが〈神閃〉と同じレベルになった、という話だろう。

 

「では、いくぞ」

 アインズは地面を踏み込み、一直線に駆け出した。その衝撃で地面が抉れる。猛スピードで兵士に近付くと、その視線を頸部にのみ集中させた。

 グレートソードをクロスさせる形で頸部に斬り込む。そのあまりの衝撃で、兵士の首は有り得ない高さまで吹き飛んだ。頭を失った体はバランスを崩し、アインズの方へ倒れ込みそうになる。その前にアインズは、それを素早く袈裟斬りにして蹴り飛ばした。体は首と同じく遠くまで吹き飛んでいく。

 アインズの漆黒の鎧は、今や半分程が返り血で赤く染め上げられていた。

 

「ブレインが殺せば、もう少し綺麗に出来たかも知れんな」

 まぁ鍛錬ではなく実戦は初めてなんだ。アイツもきっと許してくれるだろう。そう思いながら、アインズはもう少し綺麗に殺さなければと反省した。

 残る兵士達はどう殺そう。うーんと首を捻りつつ、彼らへ視線を向けた。

 あまりここで時間をかけて、ランポッサⅢ世が撤退してしまっては意味が無い。しかしラナーに付けている影の悪魔(シャドウ・デーモン)からの報告では、まだ彼らは本陣にいるようなので、あと少しは実験していても大丈夫だろう。

「綺麗に殺すとしたら……」

 アインズは震え上がっている兵士の一人に目を付けた。

「やはり心臓かな?」

 グレートソードを無造作に投げる。普通ならばそれが目標に当たるとは思えない。

 しかしそれは、アインズの腕力で投げられたものだ。人間ではまず到達出来ない速度で兵士に襲い掛かった。

「うぼぉお゛ッ」

 ゴフッと血を吐き出しながら男は絶命した。投げたグレートソードは見事に心臓を貫いている。地面に倒れ伏した男からはドクドクと血が流れ出していた。

 アインズはそれに近付くと、男に突き刺さったままのグレートソードを引き抜く。

「うん、さっきよりは綺麗に殺せたぞ」

 喜色を滲ませながら、アインズは残る一人を振り返った。

 ぶるぶると震えながらこちらを凝視する姿に、ふと思いついた。

(そういえば、素手での力はどれ位あるんだ……?)

 先程兵士を踏み潰した時は、そこまで力を入れたつもりは無かった。だが、案外簡単に潰せた事を考えると、握力もそこそこあるに違いない。

(確かめてみるか)

 グレートソードを鞘へ戻し、アインズは兵士に近付いた。

「一先ず実験はお前で終わりにしよう。あとは適当に殺しつつ本陣へ向かわねばな」

「あ、あ、ぁぁぁ……」

 己の最期を悟ったのだろう。目の前の兵士はボロボロと泣き崩れながら俯いた。アインズは男の頭をガシッと両手で挟み込むと、そのままゆっくりと力を入れていく。ミシミシと骨の軋む嫌な音が響いた。

 男は苦し気に呻き、必死にアインズの鎧を叩くが勿論ビクともしない。

「お前達には感謝するよ。私の実験に付き合ってくれたからな。おかげで、人間というのは何と脆い存在なのか、それを確認する事が出来た」

「や、やめ、ぁ、ああ゛あ゛あ゛!!」

 グッと一気に力を込める。その瞬間、男の頭は水風船のように弾け飛んだ。

 ドサッと地面に力無く倒れ込む死体を横目に、アインズは鎧に付着した肉片を煩わしそうに払い除けた。

「なかなか良い実験だった。さて、あとは適当に殺しつつ本陣を目指すとしよう」

 ブレインに教わった殺し方もそうだが、自分のやり方で殺しながら進むのも悪くは無いだろう。ただ、そちらはブレインのように綺麗に殺すのではなく、周囲に恐怖を与える為に割とえげつなく殺す方法なのだが。

「うーむ、半々くらいで殺していくか」

 そう決めると、アインズは周囲に転がる死体を跨ぎながら歩き出した。

 

 どうやらアインズの殺戮はかなり派手に行っていた為、多くの兵士達が目撃していたらしい。

 アインズが歩き出して直ぐに、多くの兵士達が泣き叫びながら逃げ出した。

「ハハハ、効果は抜群だな」

 もっと恐れると良い。

 このアインズ・ウール・ゴウンに逆らう者がどうなるのか、それをしっかりその頭に叩き込んでおくべきだ。

「そうだ。殺したらそれらの死体を持ち帰って良いかジルクニフ殿に聞いてみよう。きっと大量に死の騎士(デス・ナイト)を作れるぞ」

 そうすれば更に戦力を増強出来る。

 

 アインズは、まるで玩具が増えて喜ぶ子供のような気分で戦場を進んで行った。

 

 




超位魔法〈腐敗の風〉は、丸山くがね先生の資料に名前だけ書いてあった魔法らしいです。詳細不明という事なので、色々と捏造して使わせて頂きました。人生で初めて人間の腐り方を調べたんですが、なかなか勉強になりましたね。


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第10話 終戦

終わりと始まり。


 逃げ惑う兵士達を捕まえては殺し、そうかと思えばわざと逃がすなどを繰り返している間に、アインズは遂に本陣近くまで到着した。そろそろブレインを呼ぶかと考えた時、視界に見慣れた鮮やかな青が映り込んだ。

「ブレイン!」

 思わず叫ぶ。すると、ブレインはこちらの声に気付いたらしい。足元に転がる死体を避けながら、刀を鞘に戻しつつアインズの元へ駆け寄ってきた。

「よぉ陛下! 丁度合流出来たみたいだな。あんたは遠目からでもかなり目立つから、見失わずに済んで良かったぜ」

 にしても、と彼は続ける。

「アンタ、随分派手に殺しまくってたな。漆黒の鎧が今じゃ真っ赤じゃねぇか」

 笑いながらそう指摘されて、アインズはふと自分の鎧を見下ろした。

 確かに、今までの戦闘で浴びた返り血が鎧の大部分を赤く染め上げている。グレートソードには血糊と共に肉片が付着していた。それを乱暴に振り落とす。

「面目ない。どうも綺麗に殺すのが苦手みたいだ」

 そう伝えると、ブレインはだろうなとばかりにアインズの体をまじまじと見つめた。

「……アンタの場合、力加減ってのが難しいだろうし、俺が教えた通りに殺したとしても、相手の肉体が派手にブッ飛んじまうしなぁ」

「お前、見てたのか」

「まぁな。面白ぇ位に首が吹っ飛んでったのには、流石の俺も唖然としちまったぜ。流石は魔導王陛下だ」

 ニヤッと笑うブレインに、アインズも釣られて笑ってしまった。

「さてと。お喋りはこれ位にしておいて――もう直ぐ本陣に着く。今更特に準備する事も無いが、何かやり残してる事とか無いか?」

 一応確認を取ると、ブレインは素早く首を横に振った。

「いんや。無いな。このままさっさと王様ん所に突撃しようぜ。と言っても、今回こそ俺は付き添いって形で良いんだよな?」

 ブレインの問いにアインズは頷く。

「あぁ。今回は私が全て動く。それについてお前がどうこう動く必要は無い。もしガゼフが何かしそうだったら、お前が相手をしてくれ」

 それも全て計画の内だ。ラナーにもそう伝えてある。後は無事に計画通り進むことを祈るしかない。

「では、行こうか」

「おうよ!」

 そして二人は、混乱極まる王国軍の中を悠々と歩き出した。

 

 

 ランポッサⅢ世のいる本陣は、王国軍の最も奥深くに位置する。

 先程までは無数の貴族達がいたのだが、アインズが戦士として戦場に現れたと、レエブン候が慌てて伝えに来た事で状況は一変した。それを聞いた貴族達の殆どが逃げ出したのだ。だが、それを責められる訳も無い。

 それらの情報を、ラナーは影の悪魔(シャドウ・デーモン)を通じてアインズに事細かに伝えていた。なので、王国本陣の状況は全てアインズに筒抜けだった。

 

 勿論ランポッサⅢ世らはそれを知らない。

 

「陛下、早くお逃げください! あの魔導王は戦士としての能力もまさに人外。我々には最早どうする事も出来ません! 今直ぐにでもエ・ランテルに戻るべきです!」

 レエブン候が必死に訴える。だが、王は静かに首を横に振った。

「王たる私が逃げてどうする? 逃げるのならばお前達の方だ。こんな愚かな私に、今まで仕えてくれたお前達こそ、生き延びて欲しい」

 その言葉にガゼフが声を荒げた。

「陛下、そのような事を仰らないで下さい! それに、お言葉ですが陛下が今この場にお残りになられても、何も出来る事はありません。レエブン候が仰ったように、この場から逃げてエ・ランテルに戻った方が懸命かと……」

「父上」

 第二王子であるザナックがランポッサⅢ世を促す。その横でラナーもコクリと頷いていた。彼女の直ぐ後ろに控えたクライムは、不安げにラナーを見つめている。

「……分かった。では、逃げるとしよう」

 そう、ランポッサⅢ世が告げたその時だった。

 

「お前達に逃げ場などは無いぞ」

 

――噎せ返る血の匂いと共に、死の王が現れた。

 

 

   ・

 

 

「久し振りだな。こうして直接会うのはカルネ村の一件以来か?」

 アインズはゆっくりと彼らを見渡した。隣に立つブレインは、チラリとガゼフへ視線を向ける。ガゼフもまた、ブレインへ射貫くような強い眼差しを送っていた。

「……アインズ・ウール・ゴウン魔導王」

 絞り出すようにランポッサⅢ世が呟く。アインズの視線が彼を見据えた。

「愚かな王。お前のせいで王国の兵士達は死んだ」

「何を言う!! それは魔導王、貴様の魔法のせいだろう!? あんな――あんな悍ましい魔法を使うだなんて……ッ」

 レエブン候が悲鳴をあげたが、アインズはそれを一蹴した。

「原因を作ったのはお前達だ。それ位は分かっているだろう?」

「――ッ」

 そう言われたレエブン候は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「私が眠りについていたこの300年の間に、王国は滅びへと突き進んでいった。その結果がこれだ。国王とは名ばかりで、何も選択が出来ない。それではバルブロが帝国側に寝返るのも無理は無い話だ」

 やれやれと溜息を吐く。無論、アインズはアンデッドなので肺など無いが。

「それに、レエブン候のような有能な部下がいても、それを上手く扱えなければ意味が無い。だろう? ブレイン」

 そうブレインに問いかけると、ブレインはニヤッと口角を上げた。

「そういうこった。俺は魔導王陛下の配下になって正解だったと思うぜ。陛下は俺の力を認めてくれて思う存分暴れる事が出来る。王国と違って身分の差によるしがらみも無い。対等に意見を交わし合えるのさ。陛下は俺の技術を学んで、より強くなろうとしているし、そんな姿勢を見せられれば、俺ももっと強くなりたいと素直に思える。王国にいた頃はただの用心棒だった俺だが、魔導国では陛下の直ぐ側で思い切り好きなように動けるんだ。それは俺の性に合っているしな」

 その言葉を聞いて、ガゼフは静かに口を開いた。

「――その話しぶりから察するに、どうやら魅了などの魔法をかけられている訳では無いようだな。ブレイン、お前は本気で魔導王殿の側についたのか」

 ブレインは、力強く頷いた。

 そんなブレインをアインズは満足そうに見つめる。

「さてと。そういうわけだ。ブレインは自分の意思で私に従ってくれている。ならば君らがそれに対してとやかく言う筋合いはないだろう? 出来れば彼のような人間が、もっと増えてくれると嬉しいんだがね」

 そう告げるアインズに対し、ランポッサⅢ世はそれを強く否定した。

「有り得ん。我々と貴殿はあまりにも違い過ぎる。多くの民は貴殿を否定するだろう。アンデッドの王など恐怖でしかない。今の貴殿の姿がまさにそうだ」

 ランポッサⅢ世の枯れ枝のような指が、アインズを指した。一同の視線がアインズに集まる。アインズの漆黒の鎧は、今や返り血で赤く染め上げられている。拭いきれない死臭が、アインズからは漂っていた。

 だが、アインズはそれを一切気にする様子は無い。有象無象の返り血を浴びたところで、アインズは痛くも痒くもないからだ。

「人間じゃないから? だが、それでも私を理解してくれる者達はいるぞ? カルネ村の住民や、ブレインがそうだ。今後もそんな人間達が出てこないとは言い切れんだろう。そもそもお前達は勘違いをしている」

「勘違いだと?」

 訝し気に問うランポッサⅢ世に、アインズは不敵に笑った。

「私がしている事は帝国と同じような理念だ。不要な者を排除し、有能な者達を引き入れ国を豊かにする。そこに違いは無い。違うのは、人間か人間じゃないか、ただそれだけだ」

 その違いこそが、彼らが憤る要因なのだろう。

 だが、アインズにしてみればそれはほんの些細な違いでしかなかった。人間だって戦争を引き起こし、そこで大勢の同族達を殺す。ただ、アインズは少しだけ殺し方が違っただけだ。

「お前らだって人殺しだろう? ならば私と同じだ」

 その言葉に、誰も反論出来なかった。

 所詮、彼らは綺麗事を述べているだけだとアインズは思う。人間ではないアインズの残酷な殺し方を見て、このままでは人間という種が滅ぼされると考えたのだろう。だからこそ、アインズを否定する。お前は存在してはならないと。だが、時には人間だって残酷な殺しをすることは多い。金の為、欲の為に多くの人間を殺す者だっている。

(人間という種族は面倒だ。私にはもうそんな欲など無い。だからこそ、こうして客観的に考える事が出来るのだろうがな)

 

 正直言って、アインズは人間を滅ぼす気など無い。

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「言いたい事はそれだけか? では、諸君らにはこの王国をここまで衰退させた責任を取って貰おう」

「何を――」

 何をする気だ、と続く筈だった言葉は、途中で掻き消える。

 アインズが、化け物じみた速度でランポッサⅢ世に剣を振り翳したからだ。

 その速度はあまりにも早過ぎた。ガゼフでさえ、反応が遅れた程。

 だが、アインズはその行動を行う前に、ラナーにだけ分かるように合図を送っていた。アインズの影が、ぐにゃりと蠢く。そのたった一瞬を、ラナーは見逃さなかった。

「お父様!!」

 止めるザナック達を押し退け、ラナーはランポッサⅢ世の前へと躍り出る。

「ラナー!?」

 驚愕に目を見開くランポッサⅢ世。直ぐに彼女を庇おうと動いたが、既に遅かった。

 アインズはそのままの速度で、ラナーの首を撥ね飛ばしたのだ。

 噴き上がる鮮血。

 ゴトン、と床に落ちるラナーの首。それから少し遅れるように、彼女の体もまた床に倒れ伏した。

 

 一瞬の沈黙。

 

「あ、ぁ、あああああああ!!!!」

 真っ先に叫んだのはクライムだった。

 床に転がったラナーの首を抱きしめ絶叫する。それと同時に、弾かれたように世界が動き出した。

「そ、そんな……」

 ランポッサⅢ世は現実を受け止めきれず、呆然と娘の亡骸を見つめる事しか出来ない。力無く崩れ落ちた彼を、ザナックとレエブン候が素早く支えた。だがその二人も、目の前で唐突に行われた殺人行為に対し、恐怖で体が震え上がるのを必死に抑えていた。

 そしてガゼフは、アインズへと素早く剣を構えた。その体からは、目に見える闘志が沸き上がっている。

 彼は今、王国の秘宝で身を包んでいた。その一つ、剃刀の刃(レイザーエッジ)は魔化された鎧すらもバターのように切り裂く魔法の剣だ。もしかしたら、アインズにこの刃が届くかも知れない。そう思いガゼフは力強く踏み込み、アインズ目掛け剣を振り落とした。だが、それはアインズに届く前に阻まれる。

「――ブレインッ!?」

「悪ぃなガゼフ。陛下にゃ指一本触れさせるワケにはいかねぇんだわ」

 ブレインの刀が、剃刀の刃(レイザーエッジ)を受け止める。勿論それは、剃刀の刃(レイザーエッジ)の性能によって真っ二つに割れてしまった。

 だが、その刃が自身に届く前に、ブレインはガゼフの腹部目掛けて蹴りを繰り出す。咄嗟の行動にガゼフは身を引くが、一歩遅かった。ガゼフはブレインの蹴りをもろに食らい、勢い良く吹っ飛ぶ。その拍子に持っていた剃刀の刃(レイザーエッジ)が地面へと転がった。

「こいつは俺が貰っておくぜ」

「なッ」

 ツカツカと歩み寄ると、ブレインは剃刀の刃(レイザーエッジ)を拾い上げた。ついでに、起き上がろうとするガゼフから、無理矢理鞘も奪い取る。この剣は特殊な剣なので、それ専用の鞘でなければその刃によって切り裂いてしまうからだ。

「ブレイン、よくやった」

 一連の流れを見守っていたアインズは上機嫌にブレインを褒めた。

 王国の秘宝の一つ、剃刀の刃(レイザーエッジ)。ラナーから話を聞いた時、もしもそれが自分に向けられた場合、無傷では済まないだろうと考えていた。

 アインズには上位物理無効化という常時発動型のスキルがある。低位のモンスターの攻撃や、低威力の武器からの攻撃による負傷を完全に無効化するスキルだ。だが、剃刀の刃(レイザーエッジ)の性能は恐らくそれを突破する恐れがあった。なので、前もってブレインに奪えそうなら奪えと命じていたのだ。

「これで最早お前達に勝機は無い」

 アインズの言葉が、重くその場に圧し掛かる。

「――しかし、その娘の我が身を犠牲にしてまで父を救いたいという想い、それは称賛に値するものだ。私にも嘗て家族がいたからな。気持ちは分かるぞ」

「何が、言いたい?」

 力無くランポッサⅢ世が問う。

 アインズは、グレートソードに付着した血糊を払うと、それを鞘へと納めた。

「ランポッサⅢ世。エ・ランテルを明け渡すのならば、そこの娘、復活させてやっても構わんぞ?」

「!!?」

 ガバッと、クライムが顔を上げた。ランポッサⅢ世は、信じられないとばかりに目を見開いている。ガゼフ達もそうだ。

「しかしその代わり、娘は我が魔導国に連れて行く。王族という立場を捨て、ただの一般人としてカルネ村で生きて貰おう。要するに、戦利品として彼女を貰い受ける」

「ま、待ってくれ、お主、本当にラナーを生き返らせることが出来るのか!?」

 ランポッサⅢ世が声を荒げる。無理もない。今しがた娘を殺した張本人が、その娘を生き返らせると言っているのだから。ただし、その為にエ・ランテルを犠牲にしなければならないが。ガゼフ達も、本当にそんな事が可能なのか半信半疑だった。

「可能だ。私は生と死を司る存在。お前がエ・ランテルを私に寄越せば、娘の命は助けてやろう」

「陛下……ッ」

 クライムが、縋るようにランポッサⅢ世の腕を掴んだ。

 クライムの気持ちは痛い程よく分かった。自分の娘の命と、エ・ランテルの未来。王としてならば、エ・ランテルを取るべきだ。

 しかし王の前に、自分は一人の父親だった。

 ゆっくりと息を吐き、ザナックとレエブン候、そしてガゼフを見つめる。三人は、王の決意を察したのだろう。様々な感情を含んだ表情を浮かべていた。だが、誰が彼を責められようか。誰だって、家族の命を優先させるに決まっている。

 

 その為に大勢の人間の命が、魔導王の手中に収められたとしても。

 

「――分かった。エ・ランテルを貴殿に明け渡そう。その代わり、ラナーを復活させてくれ……ッ」

 絞り出すようにそう嘆願するランポッサⅢ世を見て、アインズは全てが上手くいったとほくそ笑む。

「良かろう。では、ラナーの遺体をこちらへ」

 クライムが彼女の首を、ランポッサⅢ世が彼女の体をアインズの目の前に横たえた。

 それを確認すると、アインズは鎧姿からいつもの漆黒のローブ姿へと戻る。そして、懐から小振りな杖を取り出した。その杖をラナーの亡骸へと翳して口を開く。

<蘇生>(リザレクション)

 その言葉と共に、ラナーの亡骸が淡い光を放った。そして、切り捨てられた頭部が体と融合する。それと同時に光は消え、ラナーの瞼がゆっくりと開いた。それを見た一同は驚きの声を上げる。

 ラナーは本当に生き返ったのだ。

 つまり魔導王は、大掛かりな儀式をせずとも復活魔法を使用出来るという事。その事実はあまりにも衝撃的だった。

「ラナー様!!!」

 クライムが感極まって彼女を抱きしめる。

「クラ、イム?」

 ラナーは自分を抱きしめるクライムの背に、おずおずと手を回した。その視線の先に、静かに涙を流すランポッサⅢ世がいる。

「あぁ、お父様。ご無事だったのですね。良かった……」

「お前が身を挺して庇ってくれたお陰だよ、ラナー。そして、お前は一度死んだ。だが、魔導王の力で再び生き返ったのだ」

 父の言葉に、ラナーは大きく目を見開いた。そして、アインズへと振り返る。

「まさか」

「そう、そのまさかさ。君を復活させる代わりに、エ・ランテルを私へと明け渡す。そう君の父と契約を交わした。そして、その他にも幾つか要求がある」

 アインズの言葉に、クライムはラナーを抱きしめる力を強くさせた。そして、真っ直ぐにアインズへ視線を向ける。

「魔導王陛下。ラナー様を魔導国に連れて行くのであれば、私も共に連れて行って頂きたい。私はラナー様の従者であり、ラナー様によって、命を救われました。であればこの命、最期までラナー様に捧げるまで。どうかこの願い、聞き届けては頂けないでしょうか?」

「ほぉ?」

 物怖じせず力強くアインズを射貫くその瞳は、燃え盛る炎のようだ。

(成程な。彼女が気に入るのも何となくだが分かる)

 元より、ラナーの願いもあってクライムも共に連れて行くつもりだった。だが、こうして本人が命をかけて自分に乞う姿は、他の王族達には見られなかった『真の覚悟』を感じた。

 そういう人間は嫌いではない。

 どうやらブレインも彼を気に入ったらしい。隣で興味深そうにクライムを観察しているのが分かった。

「……良かろう。その願い、叶えてやる。彼を連れて行っても良いな?」

「元より、我らに選択肢は無い。貴殿の好きなようにしてくれ」

 ラナーを復活させた事で、エ・ランテルはアインズの物になるのは確定した。

 実質この戦争は、王国対帝国ではなく、王国対魔導国だった。そして、アインズはその戦いに勝利したのである。これ以上、王国側が何か意見を言えるような立場ではないのは、誰の目から見ても明らかだった。

「では、ラナーとその従者クライムを魔導国の民として受け入れよう。それとあと一つ。ガゼフ・ストロノーフ」

「!!」

 突然己の名を呼ばれたガゼフが、ビクッと肩を震わせた。

 アインズはガゼフに近付くと、静かに肩に手を乗せる。彼の重圧が、ガゼフの身を固くさせた。

「王国が今後どうなるかは、全て帝国に任せるつもりだ。ただ一つハッキリしている事は、ランポッサⅢ世は皇帝の命で処刑される。城の地下に幽閉されている第一王子も、そして第二王子であるザナックもだ。他の貴族達がどうなるかは分からんがな。そしてストロノーフ殿。君は、私の元へ来て貰いたい」

「それは――」

 ガゼフは言い淀む。それは、以前も言われた事だ。

 だが、自分はランポッサⅢ世に仕える身。彼が処刑されるというのならば、自分も共に死ぬべきだ。そう口を開こうとする前に、ランポッサⅢ世がガゼフに声をかけてきた。

「ガゼフ。お主は生きろ。生きて、魔導国の行く末を我々の代わりに見届けてはくれまいか?」

 久しく見ていなかった王の柔らかな笑みを見て、ガゼフは彼が本気でそう願っているのだと理解した。その両脇で、ザナックとレエブン候も頷いている。

 

 彼らは自らの終わりを受け入れていた。

 

 ならばその決意を、無駄にするわけにはいかない。

 

 ガゼフは意を決して、アインズに向き直る。

 そして、アインズの提案を了承した。

 

「分かった。貴殿の申し入れ、受け入れよう」

 アインズは、望む結果を得られた事にとても満足していた。やはりラナーと早めに接触出来た事が全ての要因だったと言えよう。

 ラナーの知識があれば、カルネ村をより発展させることが出来る。ガゼフもいれば、ブレインと二人、最強の戦力になるだろう。クライムはまだ剣士としては頼りないが、ブレインが気に入ったようだし、上手くいけば彼を鍛えてくれるかもしれない。将来の戦力を育てるという意味では彼もまた期待値が高かった。

(良し。後は全部帝国に丸投げしよう。ジルクニフ殿が上手い事やってくれる筈だ)

 無責任かも知れないが、そもそも自分は色々と実験する為にこの戦争に参加したのだ。そして、必要な人材を引き抜く為にも。それが今叶ったのだから、この戦場に長居する理由は最早無かった。

「あぁそうだ。言い忘れていた。王国軍の死体は私が持ち帰る。何、全てとは言わん。構わんな?」

「……」

 何に使うのか、とは聞けないかった。

 しかしここで拒否等出来る筈も無い。無言で頷く。

「では、エ・ランテルの明け渡し、近日中に速やかに頼むぞ。手続き等はジルクニフ殿が行う事になっている。なので彼に書状を送れ。あと、やり残した事があるのならば、死ぬ前にやっておく事だな。王国は帝国に併合される。その際に王族らは処刑されるだろう。それがいつ頃になるかは分からんがね」

 淡々と告げられる内容に、彼らは王国が本当に終わってしまったのだと実感せざるを得ない。そして、アインズがその事実を、本当にどうでも良いと思っている事も分かった。

「ブレイン、帝国軍の本陣に戻るぞ。全ては終わったと伝えなければ」

「了解っと。んじゃ、ガゼフ。お前とはまた後で会う事になるが……俺はお前が陛下に選ばれて本当に良かったって思ってるぜ? お前さんから見れば、陛下は恐ろしい存在だって思うかも知れねぇが、カルネ村で暫く過ごせばそれだけの人じゃないって分かる筈だ。だから、あんま気構えなくても良いからな?」

 先を歩くアインズを追いかけながら、ブレインはガゼフにそう伝えた。ガゼフが何と返事をすれば良いのか悩む間に、彼はさっさとアインズの隣へ駆けて行く。

 結局何も言えないまま、ガゼフは二人を見送るしかなかった。

 

 

  ・

 

 

 帝国軍の本陣に戻ったアインズ達は、王国軍の本陣で行った事全てをジルクニフに報告した。

「――つまり、全ては君の計画通りという事か?」

「そうなるな。ラナーも無事王国から引き抜く事が出来たし、ガゼフも魔導国の一員となる。剃刀の刃(レイザーエッジ)も手に入った。これで魔導国の戦力は一気に増強出来たわけだ」

 しかし、だからと言って気を緩めてはいけない。油断していると思わぬところで足を掬われてしまうものだ。

「後の事は帝国側に任せよう。諸々の手続き等は君が行ってくれるそうだが、私が顔を出さなければならない時は、遠慮なく呼んでくれ」

 そう告げると、ジルクニフは心得たとばかりに頷いた。

「では、我々は帝国に戻るとしよう。ゴウン殿はどうなさるおつもりか?」

「うむ。王国軍の死体を幾つか持ち帰りたいのだが、可能かな?」

 アインズの問いに、周囲の騎士達がざわりと反応した。それをジルクニフは視線で黙らせる。

「勿論、構わんよ。今回の戦争の貢献者は君だ。戦利品として自由に扱えば良い」

 その答えに、アインズは安堵の息を漏らした。

「それは助かる。一応、ランポッサⅢ世から許可は取っていたんだが、もし君に駄目だと言われれば諦めるしかなかったからな。では、幾つか死体は我が城へ持ち帰らせて頂く」

 あの惨状を引き起こした張本人から「死体を持ち帰っても良いか?」と問われたランポッサⅢ世の心情を察すると、悉く人間の心を折るのが上手いとジルクニフは思った。しかし、そんなジルクニフの内心を知らないアインズは、どんな死体を持ち帰ろうかとブレインと相談を始める。

「お前が殺した死体ならばそこそこ綺麗な筈だし、そいつらを幾つか持ち帰るか」

「その方が良いんじゃないか? アンタが殺した奴らは原型留めてないのが殆どだしな。あれ? でも、確か死の騎士(デス・ナイト)にするんだったら、別に死体の損傷度が高くても問題は無いんじゃなかったっけ?」

「それはそうなんだが、今回はエンリにも手伝って貰うつもりだからな。あまり見た目が酷いのは止めておこうかと」

 その言葉に、ブレインが「あー……」と苦笑を浮かべた。

「成程な。だったら確かに損傷度が低い奴を持ち帰った方が良いわ」

「だろう?」

 二人は楽し気に話しているが、その内容は死体の話だ。一同は必死で何も聞かないフリをしていた。

「では、我々は先に戻らせて頂こう」

 ジルクニフがそう言うと、二人はようやく会話を止めた。

「分かった。私達は死体を回収次第、我が居城へ戻る。先程も言ったが、今後の方針について何かあれば直ぐに連絡を入れてくれ」

「あぁ。恐らく色々と今後について話し合わねばならない事も多いだろうからね。お互いの城を行き来する機会も増えるだろう。その時は宜しく頼むよ」

 

 

 こうして、帝国と王国の戦争は、アインズ・ウール・ゴウン魔導王の参戦により、帝国の圧倒的勝利で終わった。

 その後、帝国は王国を併合。王国はバハルス帝国リ・エスティーゼ領と名を変え、帝国の領地となった。当初は流石に混乱もあったものの、ジルクニフの手腕によって、想定していた以上の混乱や暴動は起きなかった。

 むしろ、王国の民達は度重なる重税により、王家への反発を強めていた矢先の併合だった。そして、帝国の発展具合は王国の民達も知っている。その為、ジルクニフが考えていたよりも彼の統治は広く受け入れられる事となった。

 

――それは、エ・ランテルも同様である。

 

 あの戦場から生還した者達から、どれだけ悍ましい魔法が使われたのかを人々は聞いた。だからこそ、アインズ・ウール・ゴウン魔導王に対し強い恐怖心を抱いていた。

 だが、アインズとジルクニフがエ・ランテルで演説をした際、その恐怖心は僅かだが和らいだのだ。

 

 それは、第三王女ラナーが関わってくる。

 

 ジルクニフは王国を併合した際、王族や貴族達を大勢処刑した。だが、その中にラナーの姿はなかった。彼女の従者であるクライムや、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの姿もない。彼らは何処へ消えたのか――そう、国民達が考えている矢先に、アインズとジルクニフが演説を行ったのである。

 その内容はこうだ。

 

 王族や貴族達は、王国の民達の救いの声を聞かず、醜い勢力争いばかりを繰り広げていた。そんな中、第三王女であるラナーは、平民の声を聞き届け、それを政策として実行しようと動いていた。だが、それをやっかんだ貴族達から妨害を受け、彼女の案は悉く潰されてしまう。それを知ったアインズは、彼女に手を差し伸べたのである。それは、魔導国への亡命だった。アインズは民の為に国があると考えている。その民を思い行動した者が疎まれる事を、アインズは良しとしなかった。

 王家は既に落ちぶれている。このまま、民を思う彼女をその波に落としてしまうのは忍びない。だからこそ、アインズは彼女を魔導国へと誘った。

 そして、同じようにガゼフ・ストロノーフにもアインズは声をかける。平民上がりの彼は、政治の場で意見を言う事が出来なかったらしい。周囲の貴族達からは虐げられ、頼みの綱である王も彼らに強くは言えない。ガゼフの存在は、貴族達からしてみれば邪魔な存在だったようだ。

 アインズは元々貴族である。だが、アインズの父親が治めていたカルネ村とは対等な関係だった。困った事があれば村人達は父に相談しに来たし、父もまた、民の意見に耳を傾け、出来る限り問題を解決しようと動いていた。

 

 しかし、現在の王族や貴族達からは、それを感じられなかったとアインズは語る。

 

 だからこそ、心から民を思うラナーと、そんなラナーに救われ、自分のように路地裏で死を待つだけの民を無くそうと決意したクライム。そして、平民上がりであり、彼らの立場を理解し、民を救いたいと願っていたガゼフ。この三人を、アインズは選んだ。

 

 その演説を聞いた人々は、彼はおとぎ話で伝えられていた通り、確かに元々人間だったのだと理解した。

 アンデッドは生ある者を憎む存在。

 だが、アインズは違う。民を思う心を持っている。でなければ、彼らに手を差し伸べたりはしないだろう。

 先の戦争は、王国の未来の為にも帝国が圧倒的な勝利を収める必要があった。

 だからこそアインズは、強大な魔法を使ったのだと人々は結論付ける。

 

 全てはこうなるまで現状を変える事の出来なかった、ランポッサⅢ世の責任だ。

 

 人々はこうも思った。

 それ程の力があるのならば、エ・ランテルだけでなく王国全てをアインズが支配下におけば良かったのではないかと。だが、そう質問した民に対し、アインズはそれを否定した。

 あくまでも、自分は私情で参戦したまでに過ぎないと。

 元々例年の戦争は王国と帝国の争いだ。だったら帝国が王国を終わらせ、支配するのが相応しい。そうアインズは判断したそうだ。

 その代わり、参戦した報酬として、自分は王の直轄領だったエ・ランテルを受け取る。それで丁度良かったとアインズは告げる。

 

 アインズの言葉は、不思議と人々の心にするりと入り込んだ。

 彼の言葉が正しいと、何故かそう思ってしまう。

 

 これは人々の与り知らぬところだったが、この時アインズは、こっそりと魅了の魔法を少しだが使っていた。その方が人々が混乱せずに話を聞くと、フールーダから進言されたこともある。最初はそれはどうなのかと頭を捻っていたが、こうして真剣に話を聞く人々を前にすると、魅了系魔法も割と役に立つのだなとアインズは思った。

 

 そんな風にアインズが思っているなど気付く事なく、元王国の民達はアインズへの警戒心を薄めた。大事なのは嘘の中に真実を混ぜる事だと、ラナーが語っていたのを思い出す。

(まぁ今回の場合、概ね真実だったがな)

 人々の視線を集めながら、アインズは小さく溜息を吐いた。

 

 この演説の筋書きは、ラナーとジルクニフが考案してくれたものだ。

 もうその時点で成功するとアインズは分かっていたが。

 結果は上々。アインズへ集まる視線からは、恐怖の色はかなり薄れたと思って良い。流石頭脳派二人だと、アインズは舌を巻いた。

 

 

――こうしてジルクニフによる王国併合と、アインズへのエ・ランテル割譲は、周辺国家が驚くほど円滑に行われたのだった。

 

 




ジルクニフ「色々任され過ぎて禿げそう」


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魔導国編①
第11話 頑張るエンリさん


今回アインズ様の出番はありません。新たにカルネ村の住民となった、ラナー・クライム・ガゼフ達とエンリの話です。いつもより短い。


「初めまして。魔導王陛下から私の事は聞いていると思いますが、改めて自己紹介をさせて頂きますね。私の名はラナー。こちらは従者のクライム、そして――」

「元王国戦士長のガゼフ・ストロノーフだ。我々は今後、魔導国の一員としてカルネ村に住まわせて頂く事になった。どうか宜しく頼む」

 そう言って頭を下げる三人を見て、流石のカルネ村の住民達も緊張した面持ちを浮かべていた。

 特に村長であるエンリは、かなり――かなり緊張していた。

 先の戦争で何があったのかは、アインズから既に聞いている。彼らがアインズの選定で選ばれた者だという事も。

 しかし、彼らは元第三王女にその従者、そして元王国戦士長だ。ガゼフとは以前一度会っているからまだ緊張はしないが、流石に元王女となると違ってくる。普通ならばまず関わり合う事など無かった存在。緊張するなと言う方が無理な話だった。

 そして、この三人をカルネ村に連れてきた張本人であるアインズは、現在バハルス帝国の皇帝と共に、エ・ランテルで演説をする為留守にしている。なので、必然的に彼らの世話は村長であるエンリに回って来るのだ。アインズからは「普通に接すれば良い」と言われたが、それはアインズが魔導王という立場だから言えるもの。ただの村長である自分では、到底普通に接するなんて難しい。

 エンリは内心を表に出さぬよう、必死に押し込めながら笑顔を浮かべた。

「こちらこそ初めまして。ストロノーフ様には、以前お会いしましたね。ラナー様とクライム様には、初めてお会い致します。私の名はエンリ・エモット。このカルネ村の村長を務めさせている者です」

 エンリがお辞儀をすると、クライムが何故か慌てて声を上げた。

「わ、私はただの従者です! 様付けなどせずにお願いします……!」

「あら。でしたら私もですわ。私はもう王女ではありませんもの」

 そう朗らかに笑うラナー。するとガゼフもまた「その通りだな」と口を開いた。

「私も最早戦士長ではない。慣れないかも知れないが、どうか普通の村人として我々に接してはくれないだろうか?」

 村人達は彼らの言葉に顔を見合わせた。

 確かに、自分達が遠慮していれば彼らも同じように遠慮してしまう。緊張するのは当然だが、それは向こうだって同じ筈だ。今までとは違う生き方をしなければならないのだから。平民上がりのクライムやガゼフは兎も角、ラナーは元王女。それがいきなり村人として過ごせと言われても、何かと不便かも知れない。ならば、出来る限り自分達が積極的に話しかけて、この村での生活を良いものにして貰いたい。そう、彼らは考えた。

 エンリもそう考えたのだろう。村人達からの視線を受け止め、力強く頷いた。

「分かりました。では、ラナーさん、クライムさん、ガゼフさん。我々カルネ村の住民は、貴方達を新たな住民として歓迎します! この村はアインズ様が様々なマジックアイテムを開発して下さったお陰で、以前と比べるとかなり発展してるんですよ。だから、かなり住みやすいと思います」

「だろうな。この村は最早要塞都市だ。もしも外敵からの襲撃があったとしても、何も問題は無いだろう。死の騎士(デス・ナイト)もいる事だしな」

 ガゼフが周囲を見渡す。村のあちこちで死の騎士(デス・ナイト)が作業をしていた。開墾作業や木材を運んだりと、彼らは重労働を主に担っている。

「はい。それに、最近アインズ様は新たに死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)さん達を沢山作ってました。何でも、死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)さん達は知識欲が高くて、行政や書類仕事にはもってこいの存在らしいです。エ・ランテルを手に入れた事で、そちらを管理する上で必要になってくるだろうと」

「成程……確かに死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)の英知は常人を凌ぐと言われている。エ・ランテルを管理する上で彼らを使うのは理にかなっているな」

 ガゼフは思案気に腕を組んだ。

 アインズの居城はトブの大森林の中にある。カルネ村を管理するのならば、そこを拠点とするのは何も問題は無いと思うが、エ・ランテルを手に入れた今、恐らくアインズはあの都市を主な拠点とする筈だ。

 エ・ランテルはカルネ村と違い、規模の大きな街だ。帝国にも隣している為、人や物資の重要な流通拠点となる。

「エンリ殿、ゴウン殿は今後、拠点をエ・ランテルに移すのか?」

「恐らくそうだろうと思いますね。エ・ランテルは大きな街です。戦争で勝ち取った街ですし、暫くはあの街を拠点とするんじゃないかなって考えてます。支配体制も変わる事ですし、色々とやらなきゃいけない事が増えるって仰ってました。だから自分の留守を任せる為に、お城にも死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)さんを何人か置いてるみたいですよ。直接アインズ様の指示を受けて動くのは確か――司書Jさん、って名前だったかな?」

 会ってみますか? とエンリが尋ねると、ガゼフは首を横に振った。

「いや、恐らく今後会う機会があるかも知れない。その時にでも挨拶をしよう。まずは村の生活に慣れなければ」

「それでもそうですね。じゃあ、一通り案内します! 皆さん、後は私が彼らを案内するので、各々自分の仕事に戻って大丈夫ですよ」

 エンリが広場に集まっていた村人達にそう伝えると、彼らは口々に「頑張ってね!」とか「宜しく頼むぞ!」と声をかけてくれた。

「エンリ!」

 それに笑顔で答えていると、エンリの元へ駆けて来る青年がいた。

 ンフィーレアだ。

「どうしたの、ンフィー?」

 不思議そうに首を傾げるエンリに、ンフィーレアは息を整えてから口を開けた。

 相変わらず体力が無いなとエンリは内心苦笑する。でも、肉体労働が出来ない分、彼はポーション作りに精を出してくれている。適材適所というやつだとアインズが笑っていたのは記憶に新しい。

「実は、三人に渡したい物があって……」

「まぁ、私達に?」

 ラナーが興味深そうに声をあげた。クライムとガゼフも何だろうと顔を見合わせている。

 ンフィーレアはゴソゴソと鞄の中身を漁った。

「アインズ様が選んだのなら必ず意味がある筈。それはこの村の全員が思っている事です。だから、慣れるまで時間がかかるかも知れないですけど、これからお互いに協力していきたいなって。そういう意味も込めて、僕らからのプレゼントです」

 そう言ってンフィーレアは鞄から三本のポーションを取り出した。

「本当はお婆ちゃんも来れば良かったんだけど、工房に引き籠ってるから――はい、どうぞ皆さん。これはラナーさんへ。美容に効果があるポーションですよ」

 ンフィーレアがラナーに手渡すと、ラナーは驚いてポーションを見つめた。それは薄紫色のポーションだった。エンリは見た事が無い代物だったので、恐らく新作かも知れない。美容系ならエンリも興味がある。あとでコッソリ聞いてみようと心の中で決意した。

「まぁ、そんな効果があるポーションもあるんですね! 凄いです……ありがとうございます!」

「まだ試作段階のものなんですけどね。良ければ使った後にどんな効果があったか教えて貰えれば、今後に生かせるなぁって……」

 ンフィーレアは照れ臭そうに鼻を掻いた。

「それと、こっちはクライムさんの分。これは筋肉の凝りを解す効果があります。クライムさんはラナーさんの従者ですし、鍛錬も沢山していると思ったので。大切な人の為に強くなろうって思うその気持ち、とても素晴らしいと思います!!」

 力強くそう宣言するンフィーレアに対し、クライムは顔を真っ赤にさせてチラチラとラナーを見ている。ラナーはそんなクライムに気付き、クスクスと幸せそうに微笑んでいた。

(アインズ様がこの二人の関係を教えてくれたけど――凄く幸せそうね)

 亡国の姫とその従者。あの戦争を経て二人は結ばれたとアインズは言っていた。まるでおとぎ話みたいだ、なんて思っている間に、クライムが紫色のポーションを照れ臭そうに受け取った。

「あ、ありがとうございます! 大切に使わせて頂きます!」

 見た目のわりにはしわがれた声で、クライムはペコリと頭を下げた。

「そしてこれがガゼフさんの分です。ガゼフさんは元王国戦士長ですし、周辺国家一の戦士と言われる存在。そんなガゼフさんには、戦闘前に飲むと筋肉の伸縮性が向上して体の動きが良くなるポーションです。これもまだ試作品ですけど、今までで一番出来が良い物ですよ」

「なんと……そんな素晴らしい物を作って下さるとは……! 有難い。感謝する!」

 しげしげと赤紫色のポーションを見つめつつ、ガゼフは大事そうにそれを受け取った。

「しかし、こんな色のポーションは今まで見た事が無いな」

「そういえばそうですわね。クライム、貴方も見た事が無いでしょう?」

「えぇ。こんな色のポーションは初めてです」

 不思議そうにする三人に、ンフィーレアは説明を始めた。

「僕とお婆ちゃんは、アインズ様に頼まれて赤いポーションの生成を目指しているんです。赤いポーションってのは、アインズ様が生きていた頃にはまだ流通していたそうなんですけど――今の世界だと、それはもう失われた技術らしくて」

「ほぉ。それは興味深い」

 ガゼフが、受け取ったポーションを軽く揺らしながら呟いた。

「赤いポーションは現在流通している青いポーションよりもかなり性能が良いんですよ。でも、材料がもう殆ど存在していなくて……だから、アインズ様が残していた研究資料を基に、似た効能を持つ材料を集めながら研究している最中なんです」

 エンリはンフィーレア達が日々必死に研究しているのを知っている。だからこそ、紫まで色を近付ける事が出来たのは、とても凄い事だと思っていた。素人目に見ても、そこまでの道程がどれ程大変なものだったかは分かる。それをやってのけたンフィーレアは、本当に尊敬できる友人だった。

(いつの間にこんなに頼れる人になったんだろう?)

 ちょっと頼りない人だと思っていたのに、気付けば村の為、アインズの為に人一倍頑張る立派な青年に成長していた。その事実に、何故か心が熱くなる。この感情は、何なんだろうか?

 胸を抑えながら、エンリは不思議そうに首を傾げた。

「エンリ? どうかしたの?」

「え!? う、ううん、何でもないわ! それより、ここまで赤に近付けるなんて本当に凄いわ。アインズ様も、きっと喜んで下さるに違いないもの!」

 そんなエンリの言葉を聞いたンフィーレアは、顔を赤く染め上げてわたわたと手をバタつかせた。

「そんな、僕なんてまだまだだよ! だって、アインズ様は実際に赤いポーションを作った事がある。貴重な現物だって見せて貰ったけど、とても今の僕らじゃ到達出来ない代物だった。何とか頑張って紫色なんだよ」

 でも、と彼は続けた。

「―――でも、エンリにそう言って貰えるのは嬉しいな。ありがとう、エンリ」

 長い前髪の隙間から、こちらを見つめる瞳が見える。

 綺麗な青い瞳は、彼の純粋さを表すように澄んだ色を浮かべていた。

(ンフィーのこういう、目的の為に真っ直ぐな姿勢って、本当に立派よね)

 自分も見習わなければ。

 うんうんと頷いていると、ンフィーレアはラナー達へと再び振り返った。

「それじゃあ僕はこの辺で。皆さん、これからどうぞ宜しくお願いします!」

 ペコリと頭を下げて、ンフィーレアは自宅兼工房へと戻って行った。

 その姿が見えなくなると、エンリはポンッと手を叩く。

「じゃあ、皆さんのお家にご案内しますね。こちらへどうぞ」

 そう言って三人を引き連れ、エンリは村の中を進んで行く。少し歩くと、一つの家が見えてきた。それ程大きくは無いが、二階建ての家だ。

「前もって伝えられたとは思いますが、此処はブレインさんのお家です。ガゼフさんはアインズ様のご意向で、彼と一緒に住む事になります。お互い色々あったと聞いてはいますが、今は同じ魔導国の民。そこのところを踏まえた上で、彼と接して貰えると助かりますね」

 エンリが若干心配そうにガゼフを見上げると、ガゼフは苦笑を浮かべた。

「心配せずとも大丈夫さ。確かに色々あったが、大事なのはこれから先の事だ。私は魔導国の行く末を見届けなければならないからな」

「ガゼフさん……」

 ガゼフの瞳が、何処か遠くを見つめている。

 エンリは何と声を掛けるべきか分からず、結局口を噤むしかなかった。

 

 アインズから、あの戦争で本当は何があったのか、エンリだけは聞いていた。村長として知っておくべきだと思ったからである。

 カルネ村の他の住民達はそれを知らない。彼らはラナー達が本当に亡命したのだと思っている。

 でも実際は違う。

 本当は、ラナーは一度アインズに殺されていて、復活させる代わりにエ・ランテルを手に入れたのだ。

 エンリはそれが正しい行為だとは思わない。けれども、アインズはカルネ村を守り、より発展させる為にこの方法を取った。であるのならば、それはカルネ村にとっての正義となる。そして王国は、アインズにとってカルネ村の害となる存在だった。だからバハルス帝国と手を組んで潰されたのだろう。

 

 アインズはこれからも取捨選択をしていく筈だ。

 そして多くの敵を作るに違いない。それでも彼は前へ進んでいくとエンリは分かっていた。

 アインズはこの世界に落胆している。眠っていた300年の間、世界は彼が思っていたよりもかなり衰退していたらしい。

 だからこそ、人間という枠組みを超えオーバーロードとなり、多くの魔法や知識を持った自分が、もっとこの世界を発展させようとアインズは考えていた。

 バハルス帝国は、元々魔法に力を入れている。王国とは発展具合も天と地程の差があった。普通に考えてもそちらと手を組むのは当たり前だ。アインズにとって、滅びゆく国よりも実りのある国をより発展させる方が、世界にとって最善と判断したに違いない。

 そして、そんなアインズの事を理解してくれる人物が、自分達以外にもきっと現れるとエンリは信じている。

 

――世界を良くしたいと願う心は、例え犠牲が出たとしても、その想い自体はきっと悪では無い筈なのだから。

 

「ガゼフさん、今は取り敢えず、難しい事を考えるのは後回しにしましょう? 今日、ブレインさんはアインズ様の警護でいませんが、先にお家で休んでいて下さい」

 ね? と笑みを浮かべる。そんなエンリを見て、ガゼフは少しだけ気を緩めたようだ。小さく息を吐くと「あぁ」と頷き、残る二人へ軽く会釈をしてから家の中へと入って行った。

 

「あとはお二人ですね。お二人のお家はもう少し先です」

 ブレインとガゼフの家から暫し歩いた先。村の外れに位置する場所に、二人の家が建てられていた。

 ブレイン達の家もラナー達の家もアインズが指示を出して建てたものだが、ラナー達の家は彼らの家と比べると、若干広い。それは恐らく、ラナーを考慮したものだろう。王宮で暮らしていた彼女が村で生活するとなると、やはりかなりの違いは生じる。なので、村に馴染むレベルで出来る限り彼女が不便を感じない程度の規模で作ったらしい。

 アインズは何かとラナーを気にかけている。一度殺した相手だと言っていたが、それは相手も了承した上での計画だったらしい。つまり、ラナーは最初から王国側ではなく魔導国側の人間だったという事だ。

 末恐ろしい元王女様である。

「まぁ、庭があるのね。春になれば綺麗な花が咲きそうだわ」

「そうですね、ラナー様。この家はどうやら、ガゼフ殿達の家よりも少し大きめに作られているようです。きっと、ラナー様に配慮して下さったのでしょう」

 クライムが興味深げに家を見上げていた。

 ラナーは庭から視線を戻すと、うっとりとした表情を浮かべてクライムを見つめる。

「己の立場も気にせず、こうして貴方と共に居れる事が私はとても嬉しいわ」

「ラ、ラナー様……!」

 エンリの目の前で、ラナーはクライムに抱き着いた。

 クライムはまだ慣れていないのか、ぎこちない動作でラナーの背中に手を回す。

「うんうん、幸せそうで何よりです!」

 エンリが腕を組んで頷くと、ラナーが嬉しそうにこちらを見た。

「ありがとう、エンリさん。全てはアインズ様のお陰よ。そして、そんなアインズ様と繋がりが持てたのは、カルネ村があったお陰でもある。だから、私は貴方達にもとても感謝しているわ」

 その言い分に、エンリは「おや?」と首を傾げた。

 先の戦争の真実は、自分やブレイン、そしてジルクニフやラナーだけが知っている筈だ。

 なのに、ここでアインズへの感謝を述べれば、クライムにそれがバレる筈。

 まさか。

 そう思ったのが顔に出たのだろう。ラナーはコクリと頷いた。

「戦争が終わった後、全てをクライムに話したの。彼から否定されるだろうとは考えていたわ。でもね、私は私の全てを曝け出したかった。もう、我慢はしたくなかったのよ」

 そう告げるラナーに対し、クライムが静かに口を開いた。

「ラナー様がやった事は、決して許される事ではありません。ですが、王国が王族や貴族らのせいで衰退していたのは事実です。どのみち、もう長くはなかった。今だから正直に言いますが、ラナー様の意見を却下した貴族達の事を、恨んでいなかったといえば嘘になります」

 眉間に皺を寄せながら、クライムは言い放つ。

「――そして、そういった意見を出していたのも全て、私の望む『黄金の姫』を演じる為だったと知った時、心の底から湧き上がったのは、怒りでも憎しみでもなく、愛でした」

 クライムの瞳が、真っ直ぐにラナーを見つめる。

「何も無い私をラナー様は愛してくれた。それこそ、王国すらも裏切って。そして私は、その愛を嬉しいと思ってしまったのです。その時点でもう、後には引けないと確信しました。全ての罪を背負った上で、私はラナー様を愛しています」

 その言葉に、ラナーは感極まったように体を震わせた。その瞳には、涙が滲んでいる。

 心底幸せそうに、彼女は泣いていた。

 

 沢山の屍の上に、二人の幸福は咲いている。

 それは周りから見れば悍ましいものなんだろう。しかし、エンリはそれもまた一つの愛なのだと思う。

 だって自分達だって同じだ。

 エ・ランテルを奪い、王国を帝国に併合させてこの地の平穏を保っている。

 アインズは世界を憂い、そんな世界に生きる人々に、それ相応の価値があると判断すれば手を差し伸べる。だが、そうでなければ切り捨てるのが彼だ。彼の理想とする世界には、必ず犠牲が生じる。それは帝国が行っている政策の比では無いだろう。

 だが、自分達はその考えを受け入れた。ならばこの二人と同じようなものだとエンリは考えている。

 

 皆幸せになりたいだけだ。

 

 それがアインズの場合、何だかんだと世界規模になりつつあるだけで。

 

(私ももっと頑張らないとなぁ。カルネ村も今後は忙しくなるだろうし、今以上に私が動かなくちゃいけない場面も出て来る筈だわ)

 確か先の戦争で持ち帰って来た死体で死の騎士(デス・ナイト)を作る際、名付けをする為に自分も呼ばれていた。他にも、帝国魔法省の地下深くに封印している死の騎士(デス・ナイト)を見に行くから、一緒に来てくれとも言われている。

 どう考えても村長以上の仕事を任されているが、その分信頼されているのは嬉しい。彼の期待に応えたい。だからこそ、このカルネ村をどんどん発展させていきたいのだ。その為に頭脳派とアインズが言っていたラナーの知識を借りる必要がある。私なんかのお願いを聞いてくれるか分からないが、この様子ならば多分聞いてくれるとエンリは思った。

 

「それじゃあ私はこの辺で戻ります。後はお二人でお家の中を色々見て回って下さいね。此処は村外れですが、日当たりが良い場所なので、天気が良い日はお二人で日向ぼっこするのもオススメですよ!」

「それは良いですわね! お城にいる時は、日向ぼっこでさえあまり長い時間出来ませんでしたし」

「そうですねラナー様。では、今日は天気が良い事ですし、一通り家の中を見て回ったら庭に出て日向ぼっこでもしましょう」

 クライムが優し気に目を細めた。

「それではまた後で。お二人とも、これから宜しくお願いしますね」

 エンリが手を振ると、彼らは手を振り返して家の中へと入って行った。

「さてと。これでまずは一つ仕事が終わったわね……」

 何だかとても疲れた気がするが、まだまだやる事は沢山ある。今日は食糧庫の点検に、両親と一緒に森へ薬草摘みに行く予定だ。少し休憩を取ったら始めよう。

 エンリはう~んと一伸びすると、軽い足取りでその場から去って行く。

 

――カルネ村の村長、エンリ・エモットは、今日も一段と頑張っていたのであった。

 

 




クライムだって多少歪んでいても良いんじゃないかなって。


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第12話 魔導王とアインザック

既にご存じかと思いますが、私はアインザックがめっちゃ好きです。


「うーん……」

 アインズは、目の前の牢に繋がれた男を見下ろしながら、顎に手をやり考え込んでいた。

「どうだろう、ゴウン殿。彼はなかなか優秀な男だ。他の王族達同様に殺すのは勿体無いと思わないか?」

 隣に立つジルクニフは、アインズに対しそう提案してきた。

 バハルス帝国の皇城地下深くに作られた此処は、窓も無く薄暗い場所だ。そんな中、ポツンと時折灯っている永続光(コンティニュアル・ライト)の光に照らされて、ジルクニフの白く美しい肌が際立って見える。

 対するアインズも、その光に照らされて、悍ましい骸骨の風貌が闇の中にぼうっと浮かび上がっていた。

「しかしなジルクニフ殿。私の元には既にラナーという化け物がいるんだぞ? 別に必要無いと思うんだが」

 そうジルクニフに言うと、彼は渋い表情を浮かべた。

「――あの女は例外中の例外だ。それに、君はこれからエ・ランテルを主な拠点として活動していくんだろう? その際、あの街の事を詳しく知る人物を配下に入れておいた方が良いと思うんだ。実は以前から気になっていたんだが、君は人間の部下がいなさ過ぎる。というか人間の部下はエンリやブレインしかいないだろう?」

 若干呆れたような声色でジルクニフが問う。そう言われてアインズは視線を天井へと向けた。

「言われてみればそうだな。私のメインの部下は死の騎士(デス・ナイト)や彼らを指揮する地下聖堂の王(クリプト・ロード)、それと死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)達。あとは護衛用に不可視化させたハンゾウや八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達に、情報収集用の影の悪魔(シャドウ・デーモン)達、それから――」

 頭の中で思い浮かんだ人員を数えつつ、アインズは思わず手で顔を覆った。

「何と言う事だ。人間の部下が全然いないぞ……?」

「そりゃそうだろう。君は部下を召喚したり、正真正銘『作って』いるのだからね。軍事力の強化としてその方法は正しいと思うが、今後国として他国と交流していく際、人間の部下が全くいないとなると、交渉事をする時なかなか難しいと思うんだ。彼らは君が元人間だと知ってはいるが、やはり初対面ではどうしても君を死の王として見てしまう。人間の心を理解していないと考えるのも無理はない」

 ジルクニフが語る内容は尤もな話だった。

 現状アインズの周囲を固めているのはどれも人外ばかり。人間の部下と言えるのは、エンリやブレイン位だ。因みにジルクニフはあくまでも同盟国の皇帝であって、直属の部下では無い。

「それに、君はラナーを表舞台に出す気は無いと言っていた。彼女の願いは、あの子犬と誰にも邪魔されずに平穏な日々を過ごす事。それを考慮すると、彼女を再び表舞台に引っ張り出すのは約束を違える事になる。だから、何かあれば彼女から助言を乞う程度に留めるんだろう? そうなると、やはりラナーは頭数には入らない」

「その通りだな。となると、やはりこの男は生かしておくべきか? 優秀なのは確かだしな」

 ラナーがいるから他はいらないと思っていたが、ジルクニフの言う通り、先程の理由からラナーに頼りっきりは不可能な話だ。そうなってくると、彼女とまではいかなくとも、そこそこ優秀な人間を部下にしておく必要がある。

 アインズは男――レエブン候をジッと見据えた。

「聞こう。お前は私の部下になる気はあるか? 私はお前達の王を殺した、君から見れば悪の親玉だがな」

 そう問いかけると、レエブン候は暫し逡巡した後に口を開けた。

「……私が貴方にお仕えする事で、妻や子供の生活が保障されるのでしたら異論はありません。元より死を覚悟していた身です。あの二人の命さえ無事なら、この身など如何様にもお使い下さい」

 その言葉に嘘は無かった。

 アインズはレエブン候の決意を聞き、ジルクニフへと視線を向ける。

「ジルクニフ殿。この男の妻と子供は、帝国の方で預かってはくれないか?」

「構わないとも。では、レエブン候は君の部下として引き取る。それで良いんだね?」

「あぁ。取り合えずエ・ランテルで政務を行う際、彼を宰相として採用しよう。その他は行政や書類仕事が向いている死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)達を作って配備する予定だ。これで暫く行政面は問題無いと思うが、どうだろう?」

 アインズが問いかけると、ジルクニフはふむ――と考え込んだ。

「現段階でこれ以上人間の部下を増やすのはまだ無理だろう。そうなると一先ずはこれで大丈夫だと、私は考えるよ」

 その答えに、アインズはホッと胸を撫で下ろした。

「よし。ではレエブン候。君を此処から解放する。そしたら私と共にエ・ランテルへ向かうぞ。確か、私があの地を支配すると分かって逃げ出した連中がいた筈だ。その中に元都市長の館があってな。そこを拠点として使おうと考えている。君は主にその館で今後生活して貰う事になると思うが、必要な物があれば遠慮なく言うといい。私の庇護下に入った者は不自由なく生きて貰いたいからね」

 そう言いながら、アインズは牢屋の鍵を外した。

 それを見て恐る恐るレエブン候は立ち上がる。そして、ゆっくりと牢屋から姿を現した。

 アインズは両手を広げて彼を向かい入れる。

「おめでとう。君は運良く選ばれた。これからは私が君の王だ。共に良き国を作る為に尽力していこう」

「……仰せのままに。我が王よ」

 レエブン候は胸に手を当て、深くお辞儀をした。

 その指先が小さく震えている事に、ジルクニフは目敏く気付く。

(哀れな男だ。まだ亡国への未練があるだなんてな。いい加減目を覚ますべきだ。今回の決定は良い具合にコイツの心を折る事だろうよ。それに――)

 ジルクニフはアインズを横目で窺う。

 

 ジルクニフがレエブン候をアインズに推薦した理由は、アインズの側に人間を置く事で、これ以上化け物共を増やさないようにする為だった。アインズは軽い気持ちでポンポンモンスター共を召喚したり作ったりする。そして、そのどれもがただの人間では太刀打ちできないレベルの存在だった。そんなものが彼の居城やカルネ村にわんさか居るのだ。

 まるで化け物共を産み出す女王のようだとジルクニフは思っている。勿論、そんな事絶対に口が裂けても言えないが。

(正直、部下などいなくてもコイツ一人で戦力は桁外れなんだ。これ以上モンスター共を召喚されたらストレスで禿げてしまう……!)

 最近頭頂部が薄くなってきている気がする。気のせいだと何度も言い聞かせているが、ニンブルから気遣うような視線を感じるので、そろそろ本格的にヤバイかも知れない。

 

 そんなジルクニフの内心など知る由も無く、アインズは、人間の部下を増やした場合、彼らの為にも護衛用のモンスター達をもっと召喚しておかなければならないな、と考えていた。

 

 

   ・

 

 

 エ・ランテルの元都市長の館。そこは、アインズの居城と比べるとかなり見劣りする館だ。

 だが、別にそれ自体は気にならない。此処は仮の住居だからだ。何かあれば直ぐに転移門(ゲート)を使って城に戻れば良い。エ・ランテルの住人達もアインズの本拠地が此処ではなく、トブの大森林内にある城だという事は知っている。なので、元都市長の館を増築する事なく使用しているアインズの事を、特に不思議がったりはしていなかった。

「まず、君に話しておく事がある」

「ハッ、何でしょうか?」

 アインズの執務室。そこには現在、アインズとブレイン、そしてレエブン候の三人が居た。アインズが座る執務席の直ぐ後ろにはブレインが立っている。彼はアインズ直属の護衛だ。勿論この部屋にいるのは当たり前である。そして、そんな二人の目の前にはレエブン候が立っていた。ただし、彼はブレインとは違い未だに緊張した面持ちでアインズを見つめている。それもそうだろう。彼はまだ、最近アインズの部下になったばかりだ。それに、元々殺される筈だった男。肩身が狭いのも無理は無い。

 アインズは、椅子の背凭れから少しだけ身を乗り出しつつ口を開けた。

「この館には、私の護衛の為に不可視化した八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)と呼ばれるモンスター達を配備している。今も天井に張り付いているんだがな。ソイツらは私に何かあれば即座に敵に襲い掛かり、その命を奪う事だろう。そんな彼らだが、今後は君にも何体か付ける事にした。今の君は魔導国の宰相。その地位の重要性を考えた上での対処だ。理解してくれると有難い」

 机の上で手を組みながら、アインズはそう告げる。

 それはつまり、いつだって監視しているぞという意味もあるのだろう。勿論、レエブン候に拒否権は無い。

「了解しました。陛下のお心遣い、感謝致します」

 そう言って頭を下げる。そんなレエブン候をアインズは満足げに眺めた。

「さて。本題に入ろう。実は、街中に潜伏させていた影の悪魔(シャドウ・デーモン)達から気になる情報を貰ったのでな。それについて君の意見を聞きたいと思ったんだ」

「気になる情報、ですか?」

 何だろう。何か問題事でも起きたのだろうか。

 だが、このエ・ランテルが魔導国に割譲されてから、大きな犯罪等は起きていない筈だ。何故ならば、都市の中を死の騎士(デス・ナイト)達が警備しているからだった。彼らは幾つかのグループに分けられ、各々が決められたルートを巡回している。

 初めこそ人々は彼らを怖がったが、彼らはアインズに忠実な存在。アインズは、都市の警備の為に彼らを配置しており、決して人々に危害を加える事はないと何度も説明してきた。その甲斐あってか、エ・ランテルの住民達は、少しずつだが死の騎士(デス・ナイト)達を受け入れるようになってきている。

 疚しい事が何も無い人間にとって、死の騎士(デス・ナイト)は脅威にはならない。だが、何か後ろめたい事をしている者達は、もしかしたら自分の悪業がバレてしまうのではと恐怖した。その結果、死の騎士(デス・ナイト)達のお陰で犯罪者を炙り出す事に成功したのだ。

 よって、アインズがエ・ランテルを治め始めて間も無く、多くの犯罪者達が捕まった。勿論、殆どが半殺しの状態で。これにより、エ・ランテルは犯罪者には住み難い都市となり、街の治安は格段に良くなったのである。

 

 だからこそ、今のエ・ランテルで何か犯罪が起きるとは考えづらい。一体何があったのだろうか。レエブン候が訝しんでいると、アインズは眼窩の灯火を何度か瞬かせながら答えた。

「実は、冒険者組合が殆ど機能していないらしい」

「それは――」

 アインズは、レエブン候が言いたい事が手に取るように分かった。後ろでブレインが半笑いを浮かべているのも何となく気配で分かる。

 そりゃそうだろう。

 何せ、エ・ランテル周辺はアインズ・ウール・ゴウン魔導国のもの。勿論警備態勢も怠る事はなく、死の騎士(デス・ナイト)を中心に街道の視察を行い、魔導国内の治安を維持している。結果として、モンスターの脅威が取り除かれるのだ。そして、今後もそれらを続けていく事を考えると、冒険者達の活躍の場は無くなる可能性が高い。

 そうなってくると冒険者組合が存在する意味も無くなるだろう。まず、依頼が来ないのだから。

「陛下が統治している以上、冒険者の出番は今後無くなるだろうなぁ」

 ブレインが頭の後ろで手を組みながら、そうアインズに話しかけてくる。

「そうだな。しかし、冒険者という存在を無くすのは勿体無いとも思うのだ。人間の中ではわりと戦力にはなる連中だ。何かに使えるとは思うんだがなぁ」

「それはそうですが……しかし、魔導国は魔導王陛下という絶対的存在が君臨しています。そうなりますと、冒険者達が存在する理由が無いかと。兵力は陛下自身や死の騎士(デス・ナイト)達がいますからね。何か他に、彼らに使い道があれば話は変わってきますが」

 そう答えるレエブン候から視線を外し、暫し考える。

(冒険者か。300年前も彼らはいたが、今よりあまり国に縛られている感じは無かったな。勿論モンスター退治も行っていたが、もっとこう未知を求め、自由に――)

 

 その瞬間、アインズの脳裏にある一つのアイデアが思い浮かんだ。

 

(未知を既知へと変える。それは、もしかしたらこの世界の何処かにいるかも知れない、()()()()()()()()()を探し出すのに使えるのではないか……?)

 

 アインズの眼窩の灯火が、一際赤く煌めいた。それを目敏く気付いたブレインは、ニヤッと口角を上げる。

「何か思い付いたのか? 陛下」

「あぁ。これならば、私の目的を果たせるかも知れない」

「目的とは一体……」

 若干緊張した表情を浮かべたレエブン候。だが、それを気にせずアインズは視線を窓の外へと向ける。

 

 この空の下、何処かにいるのかも知れないのだ。

 しかし、それは結局ただの願望でしかない。そんな事は分かっている。分かっているがどうしようもない。

 人間でもなく、ただのアンデッドでもない、唯一無二の存在。恐らくそれが今のアインズなのだろう。けれどもアインズは同類が欲しかった。この孤独を本当の意味で理解出来るのは、自分と同じ元人間だけだとアインズは考えている。

 

 結局、独りが嫌なだけ。

 

 国を作り、多くの民を従える王となったアインズ。しかし、その心には消えない願いが燻っていた。

 

「――君が考えているよりも、かなり人間臭い目的だよ、レエブン候」

 アインズの言葉に、レエブン候は訝しげに眉を顰めた。

「それはどういう」

 視線を彼へと戻し、アインズは静かに告げる。

 

「私のように、人間から異形へと変わってしまった者を探し出す、という目的さ」

 

 己の孤独を、埋める為に。

 

 

   ・

 

 

 プルトン・アインザックは項垂れていた。

 

 先日、突然冒険者組合にレエブン候がやって来たのである。

 彼がアインズの配下に下ったという話は、エ・ランテルの民ならば周知の事実だろう。

 ランポッサⅢ世らの処刑の場に、彼の姿は無かった。そして、アインズとジルクニフの演説でも彼の名前は上げられなかったが、あの二人は優秀な人材ならば身分も立場も関係無く採用すると宣言している。

 レエブン候は貴族の中ではわりとマシな人間だった。領民達からの信頼も厚かったそうだ。そんなレエブン候だからこそ、アインズは彼を引き入れたのだろうとアインザックは考えている。

 そしてアインズは、どうやらブレイン・アングラウスともいつの間にか接触していたらしい。先の戦争で、ブレインはアインズの右腕として戦ったと聞いている。実際、あの処刑の場で、アインズの後ろに控えていたブレインを見た時は、噂は本当だったのだと確信した。

 そんなブレインは、アインズの護衛として常に彼の側にいるので、何か用事があると真っ先に動かされるのは自分だと、レエブン候は言っていた。

 

 そのレエブン候が、先日アインザックに一通の手紙を渡しに訪れて来た。

 手紙の内容は、今後の冒険者組合について直接話し合いたいという旨の内容だった。それを読んだ瞬間、アインザックの頭の中には、冒険者組合の終わりが見えたのである。

 どう考えても、現状この国に冒険者達は必要ないだろう。何せ、魔導国は絶対的支配者であるアインズが、強大な戦力をフル動員して警備している。モンスター討伐の依頼など、入って来るわけが無い。事実、ここ最近冒険者組合には依頼が全く届いていなかった。

 

「はぁ……ま、仕方ないか。まさかアンデッドの王に支配されたお陰で、街が平和になるとは思わなかったがな」

 冒険者組合の執務室。椅子に座り、机の上で手を組みながら考える。

 確実にエ・ランテルは王国に属していた時よりも平和だった。そんな平和な世界に、冒険者の存在意義を見出せる筈もなく。

 何の解決策も無いまま、アインザックはアインズとの話し合いの時間を迎えるのだった。

 

 

   ・

 

 

 アインズは受付嬢に案内されて、冒険者組合の組合長、プルトン・アインザックの執務室を訪れた。扉の前にブレインを配置し、自身の影にはハンゾウを忍ばせておく。ブレインを外に置いたのは、外部からの敵の襲撃を防ぐ為。ハンゾウは室内で何か起きた時の為だ。何事も警戒するのは大事である。

 室内に入ると、目の前には緊張した面持ちの男が一人立っていた。

 恐らく彼がアインザックだろう。元冒険者だという情報を得ていたが、確かに屈強な体格をしている。年齢は40代前半くらいだろうか。

「ようこそお越し下さいました。私は冒険者組合の組合長、プルトン・アインザックと申します」

「うむ。今日は突然の申し出に応じてくれて助かる。知っての通り、私がこの魔導国の王、アインズ・ウール・ゴウンだ。先日レエブン候から手紙が届いたと思うが、今後の冒険者組合について、少々話し合いたくてな」

 そう言ってアインズは椅子に腰掛けた。それを確認してから、アインザックも向かい側の席に腰掛ける。

「現状、冒険者組合には殆ど依頼が来ていないと聞いたがそれは確かか?」

 アインズが問いかけると、アインザックは渋い表情を浮かべて頷いた。

「はい、事実です。エ・ランテル周辺は、死の騎士(デス・ナイト)達が巡回しています。モンスターの脅威が無くなった事もあって、依頼が全く来ないのが現状です」

「だろうな。そして今、冒険者達は仕事が無くて困っていると」

「……仰る通りです」

 項垂れる姿が若干哀れみを誘うが、アインズはその悩みを解決出来るであろう策を今から提案する。故に、慎重に言葉を選ばなければならない。彼らが興味を持ってくれるように。そうすれば、どちらも良い結果を得られるのだから。

「アインザック。私は今後も冒険者組合には存続して貰いたいと思っているのだよ」

「え?」

 その言葉は予想外だったのだろう。

 アインザックは驚いて目を見開いた。

「し、しかしですね陛下。冒険者は主に、人々をモンスター等の外敵から守る為に存在しています。それが今、陛下の御力でその脅威はほぼ無いに等しい。そうなると、我々の存在する意味が無いのではと――」

「それが一般的な冒険者の仕事だろう。だが、私が君達に望むのは、単なるモンスター殺しの傭兵ではない」

 アインズの眼窩の灯火が、力強く輝く。それを見てアインザックは、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「そ、それは一体どういう意味でしょう?」

「私が君達に望むのは、未知を既知へと変える事だ。冒険者達には、まだ見ぬ未開の地へと足を運んで貰い、その土地の調査を行って貰いたいのだよ。そこで魔導国の宣伝をして欲しい。この前の演説でも言ったが、魔導国は人間のみならず、多種族を受け入れる国にするつもりだ。私の前では命は平等。そこに身分や種の違いなど存在しない。そんな理想の国があると、冒険者達の力を借りて、世界に広めて欲しいのだ」

 そうアインザックに告げると、彼は目に見えて動揺した。

 あまりにも想定外の内容だったからだ。

「恐れながら陛下、そのお言葉の意味を理解しているのでしょうか……?」

「というと?」

 アインザックは、恐る恐るアインズを見つめた。

「他種族を受け入れるという話は、演説の際、陛下がそれぞれの種族間の争いを避ける為に、きちんと禁止事項を盛り込んだ法律を制定すると仰っていました。だから、多少時間はかかるでしょうが、それはいずれ解決出来ると私は考えています。何より、この国の王が既に人間では無いのです。しかし少しずつですが、お互いに歩み寄る事が出来ている。だからきっと、この問題は大丈夫な筈です」

 ですが、とアインザックは眉を顰めた。

「もう一つが問題なのです。陛下は、冒険者組合を魔導国に取り込むとお考えになっているのですよね? 今話された内容は、どう考えても組合の力だけでは実現する事は不可能です。資金も人材も不足しています。通常、冒険者組合は国家の下にはつきません。人の戦いに冒険者の力が利用されないようにする為です。弾圧や戦争に使われ、多くの死者を出すようなことには協力出来ない……それが冒険者組合の立場です。いくら互いに歩み寄っていると言っても、冒険者の立場としてこれは素直に頷けません」

 無論それは分かっている。

「そうだ。それが冒険者組合の立場だ。だが、それは魔導国には当てはまらない。何せ、この国で人々を守るのは冒険者ではない。私だ。それだけの戦力を私が持っているからだ」

 静かに話を聞くアインザックの表情は、様々な感情が含まれていた。

「だからこそ、冒険者にはもっと別な仕事をして貰いたいと思っている。それが先程言った、未知を既知へと変えるという話だ。もしかすれば、まだ見ぬ何処かに万病に効く薬草などが群生している可能性もある。私が君達を傘下に収めた暁には、そういった新たな発見をして貰いたいのだよ」

 そして、とアインズは続けた。

「そういった事は私の部下達には出来ない内容なんだ。見れば分かると思うが、私の部下達は殆どアンデッド系や悪魔達だ。どう考えても初見での印象は最悪だろう。もしかしたら戦闘になる可能性もある。他のモンスターや精霊を召喚すれば良いと思うかも知れないが、私の持つ魔法は殆どが闇属性に偏っていてな。そういった部類の奴らはかなり少ないんだ。天使なんかも召喚出来るには出来るが、数に限りがある。となると、警戒されず、そして友好的に相手と接触する事を目的とするならば、お前達冒険者を使った方が理にかなっているのだ」

「成程。それは確かにそうかも知れません」

 考え込むアインザック。だが、話はまだ続く。

「勿論、これは危険な内容だ。魔導国として全面的に援助したいと考えている。その為には冒険者組合を国の傘下に置く必要があるだろう?」

「確かにそうですね。仮にもしも依頼として陛下が我々にそれを指示し、何かしらの問題が起きた場合、それは我々冒険者だけで対処しなければなりません。ですが、国の傘下に入っていれば、陛下の御力をお借りして解決する事が出来る――そうですよね?」

「その通りだ。そのような危険な状況に陥る可能性も考え、冒険者組合を国の傘下に収める。そして、全面的に私がバックアップを約束すれば、お前達も安心出来る筈だ」

 そこまで話すと、アインザックの瞳が力強い光を宿した。

「陛下のお考え、とても素晴らしいと思います。ただ一つ確認したい事が。未知の世界で冒険者達が得た情報を元に、陛下がその地へ侵攻する、などという事は無いのでしょうか?」

 その疑問に、アインズは顎に手をやり考え込んだ。

「うむ。そうする事で魔導国へ利益があるのならば、もしかしたら行うかも知れん。そうでなければそんな事はしない。一概には言えんがな。それは国家として当たり前の事だ。だが、あくまでも私がお前達に望むのは、未知を探し新たな発見をすること。どのような種族がそこに住んでいて、どういった特産物があるのか。そして、彼らに魔導国の存在を伝えて欲しい。上手くいけば、貿易相手になる可能性もあるからな」

 そう語るアインズに対し、アインザックは頭の中で考えを纏めているようだった。

「どうだろう? 悪くない話だと私は思うんだがね」

「……私個人としては、陛下のお考えには賛同出来ます。もしもそれが本当に実現出来れば、多くの冒険者達が職を失わずに済みますし、何よりモンスター退治よりも夢がある。とても魅力溢れる話です」

 そうだろうな、とアインズは頷く。誰しも未知への興味や関心はあるものだ。そこで新たな発見があれば喜びも大きいだろう。

「冒険者達への説明は任せよう。その上で、冒険者が魔導国に所属する構成員の一員であることに否定的な者は、無理に所属しなくとも良い」

「よろしいので?」

「構わんよ。無理矢理働かせても、お互い不利益になるだけだ。まぁ、いきなり組織ややり方を変えれば混乱も大きい筈だ。暫くはある程度、現状のやり方で進めて行こう。一先ず組合長の上に、魔導国の審査機関が置かれる形になるかな?」

 そう提案すると、アインザックが了承の意を示した。

「あとは魔導国の支援の形だが――まず、訓練所を設立しようと思う。秘境の地でモンスターに殺されてしまっては、元も子もない。なので、モンスターとの実戦形式を取り入れた本格的な訓練所が必要だ。チーム戦に慣れて欲しいからな……ダンジョンを一つ作って、そこを攻略して貰うか」

 まずは低レベルのスケルトンなんかを配置し、そこから少しずつ強いモンスターを倒していく形が良いかも知れない。

「それならば安心して鍛える事が出来ると思います。ただ、それらの施設を作るとなると、初期費用がかなりかかるのではと」

「それは問題ない。こう見えて生前はかなり慎重な性格でな。両親にも秘密でかなりの額を貯金していたのだ。それらを崩せば、初期費用としては十分なものになるだろう」

 そう答えると、アインザックは驚いて声を上げた。

「そ、そんな! 陛下の大切な資金を使うわけには!」

「良いんだアインザック。今回の話は私にとってもメリットが大きいからな。その為に金を出すのであれば、何も惜しくは無いさ」

 カタリと骨を鳴らして笑う。

「低位の冒険者にとって、その訓練所はかなり魅力的な筈だ。だが、中位・高位の冒険者となるとそれだけでは魅力を感じないだろう。そうなるとやはり報酬の額が関わってくるだろうか?」

「それもあると思いますが、より強いモンスターと戦う為には、強力な武器や防具、マジックアイテム等が必要になってくると思います。ですが、そういったものは高額なので、普段手に入れるのは難しいのです。なので、それらを与えるというのはどうでしょうか?」

「ふむ、それもそうだな。マジックアイテムは私が開発している物が城に数多くある。それらの使用実験も兼ねて、冒険者に安価で貸し出すというのも手か……。武器や防具は、まだ何とも言えんな。そちらは追々考えるとしよう」

 そこでアインズは、自らが研究しているポーションの事を思い出した。

(ンフィーレアが、生成の段回で失敗作だと言っていたポーションが幾つかあったな。しかしそれらは効果としては十分なものだった。あれを冒険者達に配布すれば良いんじゃないか?)

 戦闘を行えば、必ず怪我はするだろう。特に、低位の冒険者は尚更だ。冒険者にとってポーションは命綱である。しかし、まだ駆け出しの冒険者ではポーションを買う余裕すら無い者も多い。それに、ポーションなら中位・高位の冒険者達にも魅力的だとアインズは考えた。

「アインザック。実は私はポーションについての研究をしていてね。現在、カルネ村でンフィーレア・バレアレに命じて、少々特殊なポーションを開発中なんだ」

「バレアレ!? ま、まさか、バレアレ家はカルネ村に引っ越していたんですか!?」

 バレアレと聞いて、アインザックは思わず身を乗り出した。

 

 バレアレ家は、エ・ランテルでは有名な薬品店を営む家だった。だが、ある日突然辺境の村へと引っ越すと言い出したのである。それに慌てたのは都市長やアインザックだ。彼らの作るポーションは他の店と比べてもかなり効能が良く、冒険者達にとってなくてはならない店だった。必死で二人は引き留めたが、リイジー・バレアレも、その孫のンフィーレアも頑なに首を縦には振らず、結局二人は引っ越してしまった。

 

 そんなバレアレ家が、カルネ村でアインズ指導の元、ポーションを研究している。それは、アインザックにとって余りにも予想外過ぎた。

 

「彼らが作ったポーションの中には、失敗作だと言っている物も多い。だが、回復薬としての効能はきちんとあるので、それらを冒険者に渡すというのはどうだろう? まだ強力な武器や防具を用意する目途が立たないんでな。その代わりと言っては何だが」

「是非ともお願いしたいです!! バレアレ家のポーションと言えば、他の店と比べてもかなり優れています! ですから、それを配ると言えば、多くの冒険者達が集まるかと……!」

 かなりの食い付きを見せるアインザックに若干引きつつ、アインズは「そ、そうか」と頷いた。

「では、ンフィーレア達にその事は伝えておこう。あぁ、それと重要な事がもう一つ。訓練所で鍛えられた冒険者が、他国の冒険者組合に鞍替えする事は禁止だ。国の機関だからな。それは反逆行為に値する」

「それもそうですね……。分かりました。それはきちんと説明しておきましょう」

「よし。取り敢えずはこんなところか。お前も様々な者達の意見を聞く必要があると思うし、後程また詳しく話し合うとしよう。その時は連絡をくれ」

「分かりました。それにしても、陛下が冒険者を必要として下さるとは、正直思ってもみませんでした。未知を既知とする、その考えはとても素晴らしいと思います。ですが、陛下程の御方が本当にそれだけの理由でこの考えを出したとは、到底思えないのです。本当の目的が他にあるのではないかと――」

 真剣な眼差しでそう告げるアインザックを見て、思わずアインズは笑ってしまった。

「へ、陛下!?」

「いや、その、なんだ。どうやら私は、随分と買い被られているようだなと思ってな。生憎、お前が考えているような深い目的などは無いさ。確かに本当の目的はあるが、それは随分とちっぽけなものだよ」

 アインズはフッと小さく息を吐いた。

「――私はただ、同類を探したいだけなんだ」

 どことなく寂しげな雰囲気のアインズを見て、思わずアインザックは息を飲んだ。

 眼窩の灯火を仄かに揺らしながら、アインズは語る。

「この世界の何処かに、もしかしたらいるかも知れない。私のように、元人間の異形がな。だが、勿論それはただの願望だ。いるかも知れないし、いないかも知れない。でも、それに縋りたいのさ。私だけがこうだとしたら、それは余りにも寂しいじゃないか」

「……!!」

 アインズが吐露した内容は、アインザックにはかなり衝撃的なものだった。

 圧倒的な力を持って魔導国を支配する死の王。

 そんな彼が、まさか寂しいだなんて感情を持っているとは思いもしなかったのだ。

 動揺を隠し切れないアインザック。だが、それに気付かずにアインズは軽く肩を竦めた。

「全く、何が魔導王だ。笑わせるよ。こんな人間臭い感情を持っているだなんてな」

 ハァ、と溜息を吐くアインズに、アインザックはゆっくりと首を横に振った。

「良いんですよ陛下。そういう感情は、むしろあった方が良いと思います」

 不思議そうに首を傾げるアインズに、アインザックは柔らかく笑みを浮かべた。

「むしろ安心しました。貴方は確かに、人間だったんだと」

「……? よく分からんが、お前はこんな感情を持つ私を情けないとは思わないのか? これは叶うかどうかも分からん淡い願望だぞ?」

「情けないだなんて思う筈がありませんよ。誰だって願いというものは持つでしょうし。寂しいと思う心も、同類に会いたいと願う気持ちも、陛下が大事にするべきものだと私は思います。その気持ちがあるからこそ、貴方は貴方として存在出来ているのではないでしょうか?」

「――それは」

 似たような事を、以前カルネ村の住民に言われた事があった。

 そう。アインズが300年の眠りから目覚めたばかりの頃。

 初めてカルネ村を訪れたアインズが、彼らを信じても良いのか試す為に、色々と疑問をぶつけたのだ。その際、似たような内容が返って来たと記憶している。

(何て言えば良いのだろう。そんな風に思ってくれるお前達に、私はどう感情を表せば良いのか分からない)

 ただ、酷く眩しいものだと思った。

 あの時も、その真っ直ぐな純粋さを感じて、アインズは彼らを信じようと決意したのだ。

 であるならば、このアインザックという男の事も、信じても良いのではないだろうか。

「……」

「陛下?」

 どうしたのかとこちらを見つめ返す男を、黙ってアインズは見据えた。

「お前は多分、良い人間なんだろうな」

「はい?」

 訳が分からないと目を白黒させるアインザックに、アインズは眼窩の灯火を静かに細める。

「トーマスを思い出すよ」

 

 懐かしい男の姿が、一瞬脳裏を過ぎった。

 

「……まぁ、そういうわけだ。私は同類を探す為にも、冒険者達に様々な場所へ足を運んで貰い、情報を得て欲しいと考えている。だからこそ、この提案をしたんだ。他の者達も、この案に賛同してくれると良いんだが」

 アインズがそう言うと、アインザックは力強く頷いた。

「そうですね。私も陛下の願いが叶う事を祈っております。陛下が提案した冒険者への支援の仕方は、我々にとってかなり魅力的なものです。きっと、理解を得られると思いますよ」

 何となく、この部屋に入ったばかりの時よりも、アインザックの纏う空気が柔らかくなった気がした。

「さてと、では今度こそ話は終わりだ。先程も言ったが、組合側で話が纏まったら、出来るだけ早く連絡を入れるんだぞ?」

 ガタッとアインズは椅子から立ち上がった。今日話すべき内容は全て話した。後は自分でも今一度考えを見直しておこう。

「では、また後でな」

「畏まりました、陛下」

 アインザックも立ち上がり、深く頭を下げる。それを確認した後、アインズは部屋の外へと出て行った。

 

 

 廊下に出て来たアインズに気付き、ブレインが軽く手を上げる。

「お疲れさん陛下。で、どうだったよ? 掴みはイイ感じか?」

「そうだな。思った以上に話がスムーズに進んで、自分でも驚いているよ」

 パチクリと灯火を瞬かせつつ答えると、ブレインは楽しげに笑みを浮かべた。

「そりゃ良かった。んじゃまぁ一先ず帰るか!」

「あぁ」

 恐らくこの提案は、近い将来通るだろう。アインザックならば、上手く説明してくれる筈だ。

 彼は信頼出来る。まだ出会ったばかりだが、先の会話を通してアインズは確信していた。

 

「良き出会いに恵まれたと思っているよ。本当にね」

 

 アインズは喜色を交えた声色で、ブレインにそう告げたのだった。

 




原作でもアインザックへの好感度が高いアインズさん。この世界でもどうやらそのようです。


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第13話 ハムスケ

癒し動物ようやく登場です。


 アインザックとの面会が終わった次の日の事。彼から、今後の冒険者組合についての話し合いは、約一週間程かかると連絡が届いた。

 アインズとしては、もっと時間がかかるだろうと考えていた為、その連絡は吉報だ。

「となると、一先ずこの案件はアインザックに任せておいて大丈夫だな」

 エ・ランテルの執務室で、アインズは書類に目を通しながら頷いた。

「レエブン候、今日は何かエ・ランテル内で急ぎの用などは無いよな?」

 幾つかの書類に判を押していたレエブン候は、顔を上げ、僅かな間を置いてから頷いた。

「……はい、特に急を要するものは無かったかと」

「ふむ。では、今日はもうカルネ村に戻るかな。ブレイン、お前も共に来い」

 後ろに控えていたブレインに声をかけると、彼は嬉しそうに身を乗り出した。

「お? マジで? ちょうどクライムの稽古がイイ感じに進んでたからな。俺がこっちにいる間は、ガゼフに頼んでたんだが――今日はじゃあ二人で見てやるか!」

「ブレイン殿、それでは彼が疲れ切ってしまいますよ。貴方達と違って、彼はまだ体力が無いのですから」

 レエブン候が呆れた視線をブレインに向けるが、ブレインはどこ吹く風だ。

「大丈夫だぞレエブン候。クライムには疲労を軽減できるマジックアイテムを装備させているからな」

「そういう問題では無いのですが……」

 アインズの言葉に、レエブン候は何とも言えない表情を浮かべた。内心「コイツ意外と脳筋なのか?」と思っていたのは秘密である。

「よし。では後はレエブン候に任せて我々はカルネ村に行こう」

「おっしゃ、じゃあさっさと行こうぜ陛下!」

 アインズは目の前に転移門(ゲート)を出現させると、ブレインを引き連れてさっさとその中へ入ってしまう。

 あっという間に二人の姿はこの場から消えて、後に残されたのはレエブン候ただ一人だ。

「……ハァ」

 レエブン候は深く溜息を吐いて、椅子に腰かけた。

 アインズの配下に下ってから、まだそれ程時間は経っていない。だが、少しずつ彼の性格が分かってきた。

 まず、彼は自分の庇護下に置いた存在にはとても慈悲深い。つい最近まで敵だった自分に対し、体調は大丈夫か、仕事量は多くはないかと普通に心配してくる。これには流石に驚いてしまった。

 それと、彼は本当に良き国を作ろうと努力している事も判明した。全てはカルネ村の為なんだろうが、結果として国が平和になるのならば、余計な口出しをする必要は無いだろう。

 あの戦争を経験した身としては、一体どれ程恐ろしい世界を作るつもりなのかと恐怖したものだが、蓋を開けて見れば、嘗ての王国と比べても、この魔導国はかなり善政を布いていた。

(皮肉なものだな。生者ではなく、死者の王が君臨した事で国が平和になるとは)

 

――そこまでの犠牲は計り知れないものだったが。

 

 確かにアインズの言う通り、全ては遅過ぎたのだろう。ならば生き残った人間として、魔導国が目指す世界を見届ける義務がある。今のレエブン候が出来ることは、ただそれだけだ。

「それにしても、あの二人はさっさと行ってしまったが……仕事が無いわけではないんだがね」

 手元の資料を見下ろしながら、レエブン候は本日何度目かの溜息を吐いたのだった。

 

 

   ・

 

 

 アインズ達がカルネ村へと姿を現すと、それに気付いた村人達がわらわらと集まって来た。

「アインズ様!? こんな昼間に来るだなんて珍しいですが……エ・ランテルでの政務は宜しいので?」

「あぁ。特に急ぎの用も無かったからな。レエブン候に任せてきた。ところで、ラナー達はどうしてる?」

 話しかけてきた村人に尋ねると、彼は村の中央広場を指差した。

「ラナーさんはエンリ村長と一緒に、クライム君の稽古の様子を見ていますよ。あの元王国戦士長に直々に鍛えて貰えるなんて、とても光栄だと言っていました」

 そう話す彼に対し、ブレインが「ほぉ?」と口角を上げた。

「アイツ、俺の事は何か言ってなかったのか?」

「え? あ、その、ブレインさんの事は、そろそろガゼフさんに勝てると良いですね、と」

「……よし。アイツの特訓メニュー倍にするわ」

 一応、ブレインはあの戦争でガゼフを負かした事になっている。しかし、あれはガゼフの心の動揺も大きかった。その為、今度は正真正銘勝ってみせるとガゼフに宣言していたのだが、生憎ブレインはまだ彼に勝利していない。勿論、ガゼフから奪った王国の至宝、剃刀の刃(レイザーエッジ)を使うのは反則過ぎるので、普通の剣で勝負している。今のところ互角と言ったところか。

 隣であまり宜しくない雰囲気を放っているブレインに気付き、アインズは呆れたように溜息を吐いた。

「ブレイン。そう熱くなるなよ。そういうところがガゼフと比べられるんだぞ?」

「分かってるっての! あーもう、絶対勝ってやっからな!」

「お前、ガゼフに勝つのは別にもう良いみたいな事言ってなかったか? もっと大きな視点で考えるとか……」

「確かにそう言ったし、その考えは変わってない。だがな、やっぱこう、目の前に立たれると越えなきゃならねぇ壁みたいに思っちまうんだよ」

「成程な」

 きっとそれが戦士というものなんだろう。アインズにはよく分からないが、彼らはそういう生き物なのだ。

「では、彼らの様子を見に行くか」

「おう!」

 二人は村人達に軽く声をかけつつ、中央広場へと足を進めた。

 

 暫く歩くと、剣を交える音が聞こえてくる。

「やってるようだな」

 ブレインが嬉々としてそう呟く。やがて中央広場に到着すると、そこには激しく剣を交える二人の姿があった。

「あら、アインズ様! それにブレインさんも」

 ラナーがアインズ達に気付き、軽く頭を下げる。彼女の隣にいたエンリは、慌ててアインズ達の元へ駆けて来た。

「ア、アインズ様⁉ 今の時間に来るだなんて珍しいですが……何かあったんですか?」

「いや、特に何も無いさ。ただ、君達の様子を見に来ただけだよ。それで、どうだ? クライムは順調に強くなってるか?」

 アインズが問いかけると、エンリは笑顔で頷いた。

「はい! クライムさん、飲み込みが早いみたいで、最初はガゼフさんの剣に押されてましたけど、今では何とか耐えきれるようになりましたよ」

「ほぉ? それは凄いな。この調子でどんどん強くなって貰えれば、カルネ村の戦力として期待出来るというものだ」

 満足げに頷くアインズを見て「そういえば」とブレインが口を開けた。

「今のカルネ村は陛下が作った死の騎士(デス・ナイト)達が警備してるし、この村自体が要塞化してるから大丈夫なんだろうけどよ。今までこの村ってモンスターに襲われた事は無かったのか?」

 ブレインの疑問に、エンリは目をパチクリとさせた。

「……そういえば、言われてみるとそんな話は聞いた事が無かったです」

「え、マジか?」

 嘘だろと驚くブレインに、エンリはゆるりと首を横に振った。

「本当に聞いた事が無いんですよ。お父さん達からも、今までに村がモンスターに襲われたって話は一度も聞いた事が無くて。普通、森が近くにあれば、そこからモンスター達がやって来る可能性があるんですけど――」

 そう話すエンリを見て、アインズは顎に手をやり何やら考え込んだ。

「何か心当たりがあるのか?」

 そんなアインズに気付き、ブレインが問いかける。

「うむ。確証は無いが、心当たりがある。だが、まさかアイツがまだあの森にいたとは……」

「な、何かあの森にいるんですか?」

 若干怖がりながら問うエンリに対し、アインズは「心配するな」と声を和らげた。

「森の奥にいるのであれば害は無い。ソイツはな、私の両親が若い頃、南のとある国から連れてきた魔獣なんだ」

「魔獣⁉」

 思わず声を上げたが、それも無理は無いだろう。何せ、今までそんな存在が森の中にいるなんて聞いた事が無かったからだ。

「へぇ。そんな奴がいたのか。全然知らなかったぞ?」

「だろうな。何せソイツはきっと、私の両親の言いつけをずっと守っているのだろうから」

「言いつけ?」

「うむ」

 アインズは視線を森の方角へと向けた。

「ソイツは当時絶滅したと言われていた『ハムスター』なる生き物だった。本来、ハムスターとは掌に収まる程度の大きさしかないのだが、そのハムスターは何やら実験動物として様々弄られたらしくてな。その体は人間よりも巨大になってしまったんだ」

「えぇ!? そ、それってかなり大きいですよね!?」

 エンリは驚いて声を上げた。人間よりも大きいだなんて。でも、実験動物として弄られた結果そうなってしまったのならば、それは本来あってはならない事だ。

 エンリの憤りを感じ、アインズは「まぁ待て」と彼女を手で制した。

「ある時の事だ。新婚旅行でその国を訪れていた父さん達が、その研究施設を偶然発見した。流石にこれはマズイと思ったのだろう。二人で施設を破壊してしまったんだ。勿論、施設を運営していた連中は、そこの都市長へと突きだしてやったらしい」

「流石陛下の親御さんなだけあって、やる事が凄いな……」

 ブレインは感心したように頷く。

「その施設を破壊している最中、二人はそのハムスターを発見した。ソイツは二人に助けを求めたんだ。勿論、そこの施設にいた実験動物達は、父さんの知り合いの手も借りて、全て保護するつもりだったがね」

 そう言ってアインズは肩を竦めた。

「二人は彼女の願いを勿論引き受けた。それに、彼女は戦闘能力も高かったので、共に施設の破壊作業に加わってくれたんだ。彼女は施設の人間達に、力を制御する魔法がかけられた部屋に閉じ込められていたんだが、そこを二人は破壊した。だから彼女は存分に力を振るう事が出来たのさ」

 たった二人で施設に乗り込み、そこまでやってのけてしまうアインズの両親に対し、エンリ達は感心の念を抱いた。その行動力は、確実にアインズに引き継がれている。

 

「結果として二人が想定していたよりも早く施設の鎮圧が成功した。そしてその後、彼女は自分を救い出してくれた両親に感謝して、二人に付いて行くと言い出したんだ」

「なかなか忠義に厚い奴なんだな、ソイツ」

 そういう奴は嫌いじゃないとブレインは笑った。

「まぁ、父さん達もなんだかんだソイツの事を気に入ってしまってな。結局、ソイツを連れて旅行から帰って来たわけだ。ソイツはかなりデカイから、城に置いておくわけにもいかず、さてどうするかと考えた時に、森の中に置いておくのはどうかって話になったんだ」

 

 そう語るアインズに対し、二人はもしやと顔を見合わせた。そんな二人の様子を見て、アインズもコクリと頷く。

 

「当時のカルネ村は、森からモンスターが下りて来て村を襲う事が度々あった。だが、ソイツを森に置いておけば、彼女を恐れて村まで近付かないだろうって二人は考えたんだ」

 アインズは、静かに森へと視線を向ける。

「勿論、彼女を利用する形になってしまうから、申し訳ないとは思ったらしい。だが、彼女は恩を返す意味も兼ねてそれを快く了承してくれた。それ以降、彼女はトブの大森林を縄張りとして生活するようになったのさ」

「成程……だから今までカルネ村はモンスターに襲われる事が無かったんですね」

「そういう事だな。しかし、まさかあれから300年経った今でも彼女がいるとは思わなかったな」

 眼窩の灯火を揺らめかしながら、アインズは懐かしそうに語った。

 

「因みにソイツに名前は付けてるのか?」

 アインズの両親がそれなりに愛着を感じていたのならば、名前を付けていても可笑しくは無い。

「あぁ。確か、ハムスターの生き残りだから『ハムスケ』と名付けていたよ。何でも、南の国の国民達は、名前の末尾にスケやマルとかつく者が時々いるとか。それを意識して付けたらしいが、その後、それは男にだけ付けるものだと知ったんだ。ハムスケがメスだと気付いたのも、かなり経ってからだったそうだしなぁ」

 アインズはそう言って苦笑を浮かべた。

「会いに行っても良いんだが、多分、私があのモモンガという青年だったとは気付かないだろう」

「それでも、一応会いに行ってみてはどうですか? 話せばきっと、分かってくれるんじゃないでしょうか?」

 エンリがそう提案してきたが、アインズは乗り気にはなれなかった。

「あれから300年も経っているんだ。会ったとしても混乱させてしまうだろうよ。嘗ての恩人の息子が、アンデッドとして目の前に現れればな」

 

 本心では、ハムスケに再会したいと思っていた。だが、彼女の中では自分はもう死んでいる身だ。あの日、城から多くの人間達が避難した時、実は父にハムスケの事も頼んでいた。だからてっきり、ハムスケも共に避難したと思っていたんだが――

(ハムスケ程の魔獣がいなければ、トブの大森林にいるモンスター達がカルネ村まで下りて来る可能性は高い。それが無かったとなると、やはりまだ彼女は森に居るんだろう)

 彼女なりの忠義の示し方だったのだろうか。そう考えると、やはり一度会っておくべきなんだろう。

 

「うーむ……どう反応されるか分からんが、一応会いに行ってみるか。お前達はどうする? 共に行くか?」

「いや、せっかくの再会なんだ。俺達も一緒じゃあ邪魔になるだろうよ。俺はガゼフと一緒にクライムに特訓をつけるぜ」

 ブレインはそう言うと、未だ特訓を続けているガゼフ達の元へと向かって行った。

「私はンフィーの所に行きます。ポーション作りの状況の確認でもしておこうかなって」

「そうか。何だかすまないな、お前達に気を遣わせてしまった」

 ポリポリと頬骨を掻くと、エンリは軽く手を振って微笑んだ。

「気にしないで下さい。アインズ様の場合は特殊な事例ですから、会いに行くのを戸惑うのも分かります。ですが、会える相手がいるのならば、絶対に会っておいた方が良いって私は思いますよ」

 その言葉の重みを、アインズは勿論分かっている。だからこそ今、ハムスケに会っておこうと決心した。

「そうだな。お前の言う通りだ。ありがとう、エンリ」

 アインズは目の前に転移門(ゲート)を出現させると、直ぐにその中へと姿を消した。

 

 

   ・

 

 

 トブの大森林。記憶が正しければ、その奥まった場所にハムスケの住む洞穴がある。

 アインズはその周辺まで近づいた。

「ハムスケ!」

 声を張り上げる。

 ただ、この声をアインズの――モモンガのものだと分かるだろうか。

「ハムスケ! 俺だ! モモンガだ!」

 生前の自分を思い出し、アインズは叫んだ。

「俺は300年前、魔力が暴走してアンデッドになってしまったんだ! それから魔力を抑え込む為に、ずっと城の中で眠り続けていた……だが、遂にその暴走を抑え込む事が出来て、俺は300年振りに目を覚ました! だからこそ、お前にそれを伝える為に此処まで来たんだ! 俺はもうあの時のモモンガではなく、人間ではない。だが、生前の記憶は全て覚えている。お前と共に、父さん達と笑いあっていた日々を、俺は確かに覚えている! 俺は、人としての心がまだ残っているから――だから、またあの時のように、お前に会いたい……!」

 ざわりと、森の空気が変わった。

 洞穴の奥から、何かがやって来る音が聞こえる。それは、巨体が必死に体を動かす音のようで――

 

「殿~~~~ッ‼」

 

 洞穴から、一匹の巨大な魔獣が勢い良く飛び出してきた。

 

 雪のように白い毛並みに黒くつぶらな瞳、そして、巨大な丸い姿。20m以上はある長い尻尾が、喜びでブンブン振られている。

 

 記憶と寸分違わぬハムスケの姿に、アインズは眼窩の灯火を大きく瞬かせた。

 

「ハムスケ!」

 その巨体がアインズに思い切りぶつかって来る。普通の人間ならば吹っ飛んでしまうだろうが、アインズは人間よりも耐久力がズバ抜けて高い。ハムスケを難無く受け止めると、グリグリと頭を押し付けてくる彼女を懐かしそうに撫でてやった。

「本当に久し振りだな、ハムスケ。それにしてもお前、俺が怖くないのか? さっきも言った通り、俺はアンデッドだぞ?」

 アインズの言葉に、ハムスケはムクッと顔を上げた。

「そりゃあちょっとは怖いでござる! しかし殿の纏う気配は昔とは違うでござるが、その中心にある魔力は昔と同じもの。だから某は全然平気でござるよ!」

 髭をピクピクと動かしながら、ハムスケはアインズの顔をじっと見つめた。

「そうか……そう言ってくれるのは嬉しいよ。それにしてもお前、あの時父さんと一緒に逃げなかったんだな。何でだ?」

 そうアインズが問いかけると、ハムスケは短い腕をよっこいしょ! と組んで答えた。

「某、殿が生まれた時に父君から殿の事を支えてやって欲しいと頼まれたでござる。その時から某の忠誠は殿のもの。だから、殿がこの地にいるのならば離れる訳にはいかないと思ったんでござるよ。それに、某がこの地を離れれば、カルネ村にモンスター達が下りる可能性が高くなってしまうでござる。父君はマジックアイテムを設置してそれを防ぐと言ってござったが、正直それでは限度があるでござろう? だからやはり某は此処に残って、殿達が守ろうとしたあの村を、殿達に代わって守ろうと決意した次第。そうやって300年、この地を守ってきたでござる!」

 えっへん! と胸を張る姿に、アインズは思わず抱き着いた。

「そうだったんだな。ありがとう、ハムスケ。お前のお陰で、俺が眠っていた300年の間、カルネ村は一切モンスターに襲われる事は無かったそうだ。一人で大変だっただろう?」

「そんな事は無いでござるよ。あのトーマスとかいう男が時々来て、一緒に薬草を探したり狩りをしたりしたでござる。その時に、殿はいつか絶対に目覚めるから、その時まで待っていてくれって言われたんでござる。だから某は安心してこの地に残っていたんでござるよ。長い留守番だと思えば、気にならなかったでござるし!」

 短い腕を必死に振ってそう伝えてくるハムスケ。

 その姿は、まるで自分を心配させまいとしているように見えた。

(いや、実際そうなんだろう。300年の間、ハムスケはこの森にずっと一人だったわけだし。いくらトーマスが時々来ると言っても、彼の死後はあまり人もこの森に入って来なかったと思うしな。寂しい思いをさせた事に代わりは無い)

 アインズはハムスケの鼻を傷付けないように、そっと骨の手で撫でてやった。

「これからは時々此処に来るよ。実はな、俺は国を作って王になった。だから少々忙しくてな。来れる時間は限られるかも知れないが、その時は色々魔法を見せてやろう。この姿になってから、使える魔法が笑える位増えたんだ」

 そうやってカタリと骨の音を鳴らして笑うと、ハムスケはピンッと尻尾を伸ばして驚いていた。

「殿、王様になったんでござるか⁉」

「あぁ。実はそうなんだ」

 アインズは、目覚めてから現在に至るまで何があったのかをハムスケに全て伝えた。ハムスケは驚いたり怖がったりしていたが、取り合えずアインズの選んだ道について、否定はしないようだった。

「誰だって自分の国を守ろうとするでござるよ。だから人間達は戦を引き起こすでござるし、殿が王国軍を虐殺したのだって、カルネ村の為にもそうする必要があったんでござろう? この世は弱肉強食。王国が民を救う力を失って、滅びの道を進んでいたのは明白でござるし、それだったら未来ある帝国側につくのは当たり前でござる」

「だよなぁ。俺もそう思うよ。王国は本当にどうしようもないところまで堕ちていたんだ。だから、エ・ランテルを俺が貰って、他を帝国が支配する形にしたのさ。正直言って、まだカルネ村しか領地が無かった俺にとって、いきなり一国を支配するのは難しいと思ったからな。取り合えずエ・ランテルを支配下に置いて、そこで色々と国を運営する為の能力を鍛えようって思ったのさ。皇帝からはそのまま王国を支配下に置けば良いって言われたが、やんわりとお断りしておいたよ。まずは出来る事からコツコツと、堅実にってな」

 そうアインズが説明すると、ハムスケはうんうんと頷いていた。

「殿は昔から慎重な男だったでござるからな。そこはどうやら変わっていないようで安心したでござる」

 鼻をひくつかせながら、ハムスケはコテリと首を傾げた。

「ところで殿。殿はエ・ランテルを拠点にしているようでござるが、そこには某の種族はいるでござるか?」

 ハムスケは、当時から自分の種族を探したいと言っていた。絶滅したと言われていた種族だった為に、その思いが強いらしい。

「今のところそんな情報は無いな。だが、今冒険者達を様々な未知の地へと送り出す計画を練っているところだ。そこでもしかしたら、お前の種族を見付けるかも知れないぞ?」

 そう言ってやると、ハムスケは瞳をキラキラと輝かせた。

「ほ、本当でござるか⁉ 某、もう一人は嫌なんでござるよ!」

 その言葉に、思わずアインズは息を飲んだ。

 

 自分も一人は嫌だ。

 だからこそ、同類を探し出したい。何処かにいる筈の同類を。

 

「……必ず、見つけ出そうな」

 

 ハムスケの気持ちが痛い程よく分かる。

 アインズは彼女の鋭い爪を、キュッと優しく握り締めた。

 

 

 

――その日以降、ハムスケの住処には、アインズの他にエンリやブレイン達が度々訪れるようになる。

 

 実に300年振りに出来た新たな友人達に、ハムスケは大いに喜んだそうだ。

 

 

 




まるでヒロインみたいだな……。


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過去編
第14話 500年前


今回の話は、今後の展開に関わって来る重要な話になります。500年前に一体何が起きたのか……。


 この世界には始原の魔法と呼ばれる、魂を用いて発動させる魔法が存在している。

 

 ある時、それらの魔法を扱う特に優れた魔法詠唱者(マジック・キャスター)達は、魂を消費するというリスクをどうにか出来ないものかと頭を悩ませていた。このリスクさえ無ければ、より効率的で高度な魔法を作れるだろうと考えていたのだ。

「しかし、我々だけの力で新たな魔法を開発するなど、流石に厳しいのではないか?」

「ならば、アイツに協力を仰ぐというのはどうだろう?」

 一人の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の発言で、その場の空気がやけに重くなった。

「アイツか……」

「確かに奴は我らよりも遥かに優秀だろう」

「だが、問題が多過ぎる」

 ざわざわと会議室が騒がしくなる。

 彼らが『アイツ』と呼ぶ魔法詠唱者(マジック・キャスター)は、この場にいる全員よりも遥かに強力な魔法詠唱者(マジック・キャスター)だった。だが、彼は少々性格が歪んでおり、多くの魔法詠唱者(マジック・キャスター)達から忌避されている。出来れば、関わりたくはない存在だった。

「全く、どうして奴はああも性格が捻じ曲がっているんだ?」

「ご両親は素晴らしい人格者だというのにな」

「仕方ないだろう。奴は元々孤児だ。養子として御二方に引き取られた事は、不幸中の幸いだろう。もしもあのまま孤児として成長していたら、今頃世界に対して反逆の狼煙を上げていたかも知れないぞ?」

 その言葉に、一同は神妙な面持ちで頷いた。

「――それを考えると、まだマシだと思った方が良さそうだな」

「えぇ、そう思った方が良いわ」

「それで? どうするのだね?」

 一人の男が問いかけた。

 

「奴に協力を仰ぐのかい? あの、ウルベルト・アレイン・オードルに」

 

 

   ・

 

 

 ウルベルト・アレイン・オードルは、世界の全てを呪っていた。

 

 孤児だった自分を引き取ってくれた両親には、唯一感謝しているが。

 お陰で、自分が魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての才能を持っている事に気付く事が出来た。

 彼ら自身は魔法の才能が無いものの、伝手を使って魔法詠唱者(マジック・キャスター)を家に呼び、魔法の知識を学ばせてくれたのである。

 その甲斐あってか、ウルベルトは膨大な知識を得る事が出来た。その中で彼は、悪魔を召喚する魔法など、闇属性に偏った魔法を好んで習得していった。勿論それは、両親や教師達には秘密にしていたが。

 

 ウルベルトは「悪」に対して並々ならぬ情熱を注いでいたのだ。

 

 孤児として生きてきたウルベルトは、悪意にとても敏感だった。汚らわしいものを見るような冷たい瞳。嘲笑うように己を蹴った、醜悪な男の顔。そのどれもが澱んだ悪意で満ちており、ウルベルトはそんな奴らをいつか殺してやると幼心に思っていたものだ。

 そして時は流れ、今の両親に引き取られて様々な常識を学んだ結果、ウルベルトはあれらの悪意は所詮薄っぺらいものだったのだと気が付いた。あれは、自分よりも下の者を見る事で、己の立場の優位性を何とか取り繕っていた、弱い人間の行動だったのだろう。何とも情けないじゃないか。

「だったら俺が、本当の『悪』というものを見せてやる」

 本当の悪とは、あんな薄っぺらいものではなく、より圧倒的に他者に対して力を振るうものだとウルベルトは考えている。己を批判する者達を、その反抗心が沸き上がらない程に力の差で捻じ伏せる。優雅に、大胆に、美しく悪として降臨する。それがウルベルトの目指す悪だった。

 自分は下を見て満足などしない。より上を目指すのだ。その為にもより多くの魔法を習得し、薄っぺらい悪を振り翳す連中共を殺す。

 

 ウルベルトは日々そう考えて、黙々と研究に時間を費やしていた。

 

 

 

 そんな矢先の事である。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)の組合から連絡が届いたのは。

 

 

   ・

 

 

「それで? 都合が良い時だけ俺の手を借りたいと?」

 ジッと目を細めながら問いかけると、組合のメンバー達は居心地が悪そうに視線を逸らした。

「そういうわけではない。ただ、此処にいる我々よりも、君の力の方が圧倒的に上だ。だからこそ、君の手を借りたいと思ったんだよ」

 組合の長がそう説明するが、ウルベルトは「ハッ」と鼻で笑う。

「そんなんはどうせ建前だろう? ま、別にイイがな。お前らが俺の事をどう思ってるかなんて、当の昔に知ってるさ」

 そう言って肩を竦めて見せた。

「それに、新しい魔法を開発するって案は俺も興味がある。魂を消費せずに魔法が使えるようになれば、効率性は格段に上がるしな」

「では、協力してくれるのかい?」

 ウルベルトは、ニヤリと口角を上げた。

「あぁ。いいぜ。手伝ってやるよ」

 その言葉に、一同はあからさまにホッとしていた。恐らく、ウルベルトの協力が得られなければ、新たな魔法の開発も諦めていた事だろう。そんな彼らを見て、ウルベルトは冷ややかな感情が心の内を占めるのを感じていた。

(まずは自分達でやってやろうって気持ちは無いようだな。だから嫌なんだ。誰かの救いの手を求め、自分達は何もしない。そんな連中はクソ野郎だ。本当に望みがあるのならば、何が何でも成し遂げるべきだろう。どんな手を使ってでもな。それがこの世界で生きる為に必要な事だ)

 孤児だった自分だからこそ分かる事。ウルベルトは、この世界の残酷さを嫌という程理解している。

 目の前の連中は、恐らくそれを分かっちゃいないのだろう。だがまぁそんな事はどうでも良い。ウルベルトとしては、その新たな魔法とやらを開発して、より強大な悪の魔法を生み出してやる。それが目的だった。

(恐らくその頃には、父さん達は死んでるだろうしな……)

 

 彼らは幼いウルベルトを引き取った時点で、そこそこの年齢だった。今ではもう、歩くのもやっとといったところか。

 ウルベルトは、両親にだけは唯一感謝していた。だから、彼らが生きている間は『少し性格が捻くれている青年』を演じようと思っていたのである。彼らは自分に対し、愛情を注いでここまで育ててくれたのだ。そんな彼らを悲しませるような事はしたくはない。

 だから、二人が天寿を全うした後に、ウルベルトは悪として本格的に活動しようと計画していた。

 

 そんなウルベルトの内心を知る由も無く、一同は今後の研究について話し合っている。

 

(精々利用させて貰うとしよう)

 

 

 

――こうして、ウルベルト達は新たな魔法の開発に着手する事となる。

 

 そしてその一年後。彼らは遂に新たなる魔法、その名も『位階魔法』の開発に成功したのだった。

 

 

   ・

 

 

「父さん、母さん。今までありがとうな」

 

 両親の墓の前で、ウルベルトは穏やかな声色で別れを告げる。

 

 位階魔法の開発に成功し、それを両親に報告した翌日の事だった。

 二人が、眠るように息を引き取ったのは。

 彼らは自分の死期を悟っていたのだろう。葬儀の手配や、今後の手続き等が書かれた手紙が残されていた。

 そのお陰で目立った混乱も無く葬儀が執り行われ、ウルベルトは改めて二人への感謝の念を抱いたものだ。

 

「これで、二人に心配をかけさせる事も無い」

 シルクハットを深く被り、マントを翻してその場を去る。恐らく、もう二度と此処には来ないだろう。

 

 位階魔法を開発した事で、ウルベルトは自身の魔力に応じた強大な魔法を会得する事に成功していた。

 これならば、そろそろ計画を発動させても大丈夫な筈だ。

「さて、ではまず何処から襲撃するかね」

 この数週間の間、ウルベルトは情報収集に精を出し、様々な『悪』の実態を確認していた。勿論、その情報収集に使ったのは悪魔達である。

 その中で特に気になったのは、あの魔法詠唱者(マジック・キャスター)達の中で、秘密裏にとあるアイテムを作成している連中がいた事だ。

 どうやら奴らは、始原の魔法と位階魔法を組み合わせて、強力な効果のあるアイテムを作成していたらしい。しかもそれは、ウルベルトを殺す為のようだった。

「ククク……まさに『悪』じゃないか!」

 彼らは恐らく、ウルベルトが闇の魔術について研究している事に気付いたのだろう。しかも彼らは、ウルベルトの才能が自分達を遥かに上回っていると理解している。だからこそ、このままでは危険だと判断したに違いない。

 闇の魔術は悪への道ともいわれており、その魔術に傾倒する者達は例外無く世界に危機を及ぼす。勿論ウルベルトはそれを知った上でそれらの魔法を研究していた。

 

 彼らは機を狙って襲撃を企てているようだが、それらの情報はウルベルトが放った悪魔達から伝えられており、全て筒抜けだった。

 

「せっかくだ。あの計画を前倒しにするか。きっと奴らは驚くぞ」

 

 ウルベルトは、まるで悪魔のような笑みを浮かべる。己の内で蠢く魔力が、どんどん膨れ上がってくるのを感じた。

 

「――儀式の準備をしよう」

 

 

 

   ・

 

 

 

 崩れ落ちた教会。その祭壇の前で、ウルベルトはまるで指揮者のように優雅に手を動かしていた。

 目の前には、荒縄で縛られて床に転がった男達。

 そこに本来ある筈だった長椅子は、廃教会という事もあり、全て朽ちて崩れ落ちている。それらを祭壇の両脇に退けて、空いた空間に男達を並べていた。そして、その床には巨大な魔法陣が描かれている。

「やぁやぁ。今宵は良い夜だ。月も無く、常闇が全てを支配している」

 カツンと踵を鳴らして、ウルベルトは男達に声をかけた。

「それで? どうだい? 俺に全てが筒抜けだった感想は?」

「クソッ、何故バレたんだ⁉ 計画は完璧だった筈だ……」

 男の一人が苦し紛れに吐き捨てる。それを見たウルベルトは、可笑しくて堪らないとばかりに腹を抱えた。

「お前それ本気で言ってんのか? なぁ、考えなかったのかよ。俺が悪に傾倒してるのならさ、悪魔を使役出来るって事くらい」

 なぁ? と首を傾げる。その足元の影が、ぞわりと蠢いたのを彼らは見てしまった。

「ひぃッ!」

「ま、そういうワケだ。お陰で俺も計画を前倒しにする事にしたんだがな。本当はお前らじゃなくて、別な連中を使おうって考えてたんだけど、お前らは一応魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。だから、お前らから魔力と命を奪っちまえば、恐らく成功するだろうって考えたのさ」

 ゆっくりと彼らに近付くと、面白い位に彼らの表情が引き攣った。

「い、一体何をする気なんだ⁉」

「その前に。お前ら、この床の魔法陣が何で出来てるか分かるか?」

 ウルベルトの言葉を聞いて、彼らは床に描かれた魔法陣を見た。それは、赤黒い液体だ。既に描かれてから時間が経っているようで、完全に乾いている。だが、よくよく匂いを嗅ぐと、どことなく生臭い匂いがした。

「……ま、まさか、これは」

 恐る恐るウルベルトを見上げる彼らに、ウルベルトは金色の瞳を楽しげに歪めた。

「血だよ。お前らの長のな。全く、馬鹿な奴だ。俺を殺そうとするなんてなァ。その為に作ったアイテム――聖者殺しの槍(ロンギヌス)だったか。アイツはまんまと騙されて、俺の幻影に向かって使ったのさ。その結果、幻影は完全に消滅し、アイツも死んだ。どうやらあのアイテムは、使用者と相手の両方を殺すアイテムだったようだな。そうまでして俺を脅威だと考えたのは、正直正しいと思うぜ? 結局は無駄だったけどよ」

「あ、ああぁぁ……ッ」

 一同の悲鳴が、ウルベルトの耳に心地良く届く。

「さぁ、儀式を始めよう」

 その一言と共に、魔法陣がぶわりと光り出した。それと同時に、教会内に膨大な魔力の渦が吹き荒れる。

 その中心で、ウルベルトは両手を広げて天を仰いだ。

「君達という生贄に感謝しようじゃないか!」

 ウルベルト自身の膨大な魔力と、床に転がった男達の魔力、そして命。それら全てが混ざり合い、勢い良くウルベルトを飲み込んだ。黒く、悍ましい力の奔流がウルベルトの体を包み込み、彼らの呪詛が己の力に変化していくのが理解出来る。

 断末魔の叫び。消えゆく命の最期の足掻き。その全てが心地良く、自らの肉体と精神が人間とは違うものへと変質していくのを実感した。

 

 

 

 

――その日、ウルベルト・アレイン・オードルは、自ら人の器を捨てたのだった。

 

 

   ・

 

 

「たっちさん、本当に行くんですか?」

 とある街の工房。そこに、一人の聖騎士が訪れていた。

 その工房の主は、心配そうに彼に声をかける。だが、彼の決意は揺るがなかった。

「えぇ。招集がかかりましたし、何より人間だった頃の彼を知る身としては、放っておく事は出来ませんから」

 複雑そうな表情を浮かべる男――たっち・みーは、今世間を騒がせている恐ろしい悪魔の事をよく知っていた。

 

 

 一ヵ月前の事だ。

 突然、膨大な魔力を持った悪魔が街に姿を現した。

 彼はバフォメットのような山羊頭の悪魔で、スーツにシルクハット、そしてマントを身に着けた、見るからに高貴な悪魔だった。左肩には大輪の赤い薔薇が飾られており、まるで社交場にでも舞い降りた貴公子のようにも見える。

 彼は金色の瞳を光らせながら、驚く人間達を見て楽しげに笑みを浮かべた。

「初めまして。俺の名はウルベルト・アレイン・オードル。皆さんに絶望を与える存在ですよ」

 優雅にお辞儀をすると、ウルベルトはスッと天空を指差した。そして、一言呪文を唱える。

「……隕石落下(メテオフォール)

 その瞬間、雲を引き裂き巨大な隕石が空から落下してくる。それは、燃え盛る炎を纏って一気に地上へ向けて接近してきた。恐怖に叫ぶ住民達を見ながら、ウルベルトは笑う。

「ここの連中、確か麻薬を作ってるんだってなァ。それで人生狂って死んじまう奴らも多いんだとさ」

 教会の屋根の上に浮かびながら、ウルベルトは地上へ落ちていく隕石を満足そうに眺めていた。

「じゃあな、人間共」

 

 ウルベルトの姿がフッと消える。

 

 次の瞬間、この街は跡形も無く吹き飛んだのだった。

 

 

 

 その後、僅かに生き残った人間達は口々に語る。

『あれは大災厄の魔だ』と。

 

 

 

「――彼と初め出て会ったのは、私が聖騎士として街を巡回している時でした」

 その時のウルベルトは、路地裏にみすぼらしく座り込んだ、小さな子供だった。明らかに孤児だと分かるその姿に、たっち・みーは思わず眉を顰めた。

「直ぐにでも保護するべきだと思ったんです。ですが、当時私と共に巡回していた騎士達は、それは自分達のするべき事ではないと言ったんですよ。それは違う部署の連中が担当している内容だってね。自分達はあくまでも窃盗等、何か事件が無いかを見て回るのが仕事だと」

 苦しげに顔を歪めて、たっち・みーは吐き出した。

「正直、憤りはしましたよ。命を救うのに理由が必要なのかと。でも、私は結局、彼に救いの手を伸ばす事が出来なかった。誰かが助けるだろうと、そう判断してその場を去ったんです」

 

 遠く嘗ての記憶が蘇る。

 あの日を忘れた事は無い。組織を理由に己の正義を曲げた日を。あれはたっち・みーにとって、拭いきれぬ罪となって未だに心を蝕んでいるのだから。

 

「たっちさん……」

 心配そうにコチラを見上げるあまのまひとつに気付き、たっち・みーは再び口を開けた。

「時は少し遡ります。以前、私は賊に襲われそうになっていた、ある貴族のご夫妻を助けた事がありました。その一件から彼らと交流する機会が増えたんですがね。ある日、彼らから養子を迎え入れたと連絡があったんですよ。そして、彼らに招かれてその子と対面したんですが――」

 たっち・みーはその日の事を思い出したのだろう。苦しげに息を吐いた。

「その子は、私が以前手を差し伸べる事が出来なかった少年でした。向こうも私を覚えていたらしく、一瞬、どこか蔑むような笑みを浮かべてこちらを見たんです。それで確信しました。この子は、人間の汚さを私なんかよりも沢山見てきて、その汚さの中には、あの日の私が含まれているんだと」

 あんな目を向けられた事は今まで一度だって無かった。だからこそ、衝撃的だったのだ。

 それもあり、たっち・みーは彼の事を『ウルベルトさん』と呼んでいた。

 どう考えても、普通の子供のように接する事など出来なかったからである。

 

 項垂れるたっち・みーに、あまのまひとつは何も言えなかった。だが、彼はある事を決意する。

 自分がたっち・みーに出来る事は、一つしかない。

 

「すみません、こんな事急に話しても困りますよね」

 たっち・みーは無理に明るく笑うと、工房の奥の方へ視線を向けた。

「それで、頼んでいた鎧は完成しましたか?」

「えぇ。特注ですから少々時間がかかりましたが、無事完成していますよ。悪属性への耐性を付与した特殊な鎧。たっちさん専用の鎧です」

 ですが、とあまのまひとつは続ける。

「それを渡す前に一つお願いがあるんです」

「?」

 不思議そうに首を傾げるたっち・みーに、あまのまひとつは真剣な表情を浮かべた。

「私も共に行かせては貰えないでしょうかね?」

「な⁉」

 驚くたっち・みーを見て、あまのまひとつは更に続けた。

「今回作った鎧はたっちさん専用に作った物なんで、点検など素人には任せられないんですよ。だから、何かあった時の為に、私も同行して鎧の調子を確認しつつ、たっちさんに戦って貰った方が良いかと思いましてね」

「ちょ、ちょっと待って下さい! 何言ってるんですかあまのまさん! 今のウルベルトさんは悪魔です! 人を殺す行為に何の躊躇もしない! 死ぬかも知れないんですよ⁉」

 あまのまひとつの肩に手を置き、必死にそう訴えるたっち・みー。だが、あまのまひとつはそれも承知の上だと頷いた。

「たっちさん。私がたっちさんにこうして装備品を提供するようになったのは、貴方の正義に惹かれたからです。それを貫くのは確かに難しい。でも、それでもその正義の心を持ち続ける貴方が、とても眩しかった。だから、少しでも役に立ちたくて、私はせっせと防具や武器を作り続けていたんです」

「あまのまさん……そんな、私はそこまで高尚な人間じゃないですよ。この正義心だって、結局は自己満足に過ぎない。組織に組み込まれてしまえば、その正義から目を逸らすしかない時もある。ウルベルトさんの事だって――」

 瞳を曇らせる彼に、あまのまひとつはゆるりと首を横に振った。

「正義の心が無い人は、そんな風に悩んだりしませんよ。だからこそ、そんなたっちさんが万全に戦えるように私は手伝いたい。なぁに、工房の方は弟子達に任せれば大丈夫です! アイツらもなかなか腕が良くなってきてますからねぇ!」

 そう言って腕を組むあまのまひとつに、たっち・みーはまだ何か言いたげな顔をしていたが、やがて諦めたように溜息を吐いた。

「……本当に危なくなったら私を置いて逃げて下さいね?」

「まぁそうなったらたっちさんもヤバイ時でしょうがね」

 あまのまひとつの言葉に、たっち・みーは思わず苦笑を浮かべた。

 それもそうだろうなと思ったからだ。

 だが、彼のその言葉は、少しでもたっち・みーの心を軽くさせようとする軽口だと、彼は分かっていた。

 

「――ありがとうございます、あまのまさん」

 そう礼を告げると、あまのまひとつは「気にしないで下さいよ」と肩を竦めた。

「そんじゃ、頼まれていた鎧、持ってきますね」

 あまのまひとつは、工房の奥から一際大きな鎧を運んできた。

 その美しさに、たっち・みーは目を見開く。

「これがたっちさん専用の鎧です。鎧自体には悪属性への耐性を付与していますが、胸の部分の巨大なサファイアには、それに加えて装備者の善属性を上げる効果を付与しました」

 目の前に置かれた鎧は、穢れのない純白の鎧だった。それと同じように純白の盾も手渡される。それらを大事そうに受け取りながら、たっち・みーは力強く瞳を光らせた。

「あまのまさんには感謝してもしきれませんね……。では、準備が出来次第出発しましょう。騎士達への招集は、緊急事態なので各々で動けという意味での招集なんです。ですから、割と自由が利くんですよ」

 そう言ってたっち・みーは瞳を光らせた。

「それもあって私は、確実にウルベルトさんを倒せるように、タイミングよく彼に接触しようと考えました」

 スッと懐から小さな羊皮紙を取り出す。その中には何かが書かれていた。それを覗き込みつつ、あまのまひとつは尋ねる。

「これは?」

「ウルベルトさんの行動パターンをメモしたものです。彼はこの短期間で都市を幾つも落としていますが、どうやらそこで使用した魔力は直ぐには回復出来ない、と考えて良いでしょう。彼は魔法を使用した後、およそ三日間は沈黙を貫いている」

 そして、とたっち・みーはメモを指差した。

「前回の都市への襲撃は昨日。よって今日、彼は何処かに身を潜めているに違いないんです」

「成程……でも、一体何処へ?」

「この街から北東に進むと、エ・ランテルがありますよね? そこに行く途中に大きな山脈があります。そこは人間も寄り付かない場所。ですから、この近くで身を隠すとなると、そこが考えられるんですよ」

 憶測でしかないが、今はこの可能性にかけるしかない。たっち・みーは、今日中にウルベルトを見付けるべきだと考えていた。これ以上被害を広げない為にも。そして、これ以上彼が罪を犯さない為にも。

 

 最初、ウルベルトは麻薬栽培をしている街や、奴隷商人の街など、所謂悪人の集まっている箇所を集中的に襲撃していた。だが、最近はどうやら無差別に破壊し回っているらしい。

 恐らく、精神が悪魔の肉体に引き摺られているのかも知れない。悪魔は人間の悲鳴や絶望を好む。今後、より多くの人間が集まる都市に拠点を移動する可能性も否めない。そうなる前に、彼を止めるべきだ。

 

「でも、あれだけ強力な悪魔を本当に倒せる術があるんですか?」

 恐る恐るあまのまひとつは尋ねる。

 話に聞くだけでも、ウルベルトに勝てる要素が思い浮かばなかったのだ。勿論、勝てる見込みが無くてもたっち・みーに着いて行く気ではあるが。

 たっち・みーは顎に手を当て、暫し考え込んだ。

「――厳密に言えば、倒すわけではない。私は彼を封印しようと考えています」

「封印?」

 思いもよらなかった案に、あまのまひとつは目を大きく見開いた。

「私は聖騎士です。光属性の魔法も幾つか習得している。だから、その魔法と私の剣技を自己流で合体させて、封印術を編み出しました。ただし、これが上手くいく保証は無い。ぶっつけ本番でウルベルトさんにぶつけるしかないんです」

「……たっちさん、貴方もしかして最初から単騎で彼に挑もうと考えていたんですか?」

 たっち・みーの今の言葉は、どう考えても最初から自分だけでウルベルトに挑もうとする内容だ。咎めるような声色に、たっち・みーは僅かに苦笑を浮かべた。

「そこはご想像にお任せしますよ。さて、私はこの新しい鎧に着替えてきます。時間はそれ程かからないと思いますが、ついでにアイテムの補充等もしようと考えていますので……1時間位は必要ですかね。あまのまさんも、その間に必要な物を揃えて置いて下さい」

 色々と言いたい事はあったが、あまのまひとつは静かに頷いた。

 どうもこの人は自己犠牲の精神が強い。

 やはり自分も共に行くと言って正解だった。

 

 

   ・

 

 

 山脈までの道程は特に問題なく進んだ。

 というのも、たっち・みーは騎士団の中でも屈指の実力を持つ存在。彼の手にかかれば、そこら辺のモンスターなど敵では無かった。

 襲い掛かって来るモンスター達を蹴散らしながら、二人は山脈へと進んで行く。

 途中、あまのまひとつは鎧の調子を確認していたが、どうやら不具合等は無さそうだった。これなら、万全の状態でウルベルトに挑めるだろう。

 

 やがて二人は目的の山脈へと到着した。時間は半日と掛からなかった。

 その理由の一つに、鍛冶職であるあまのまひとつも、ある程度なら戦えた事が大きい。

 彼は素材を集める為に一人で散策する事も多々あったので、戦闘職ではなくても自力で身を守る程度の力は持っていた。その為、一般の人間と比べると、そこそこ戦闘能力が高かったのだ。お陰で、道中二人で協力しながら戦闘を行う事が出来たのは、たっち・みーにとっても有り難かった。

 

「此処まで来ると、流石にモンスター達も出て来ませんね」

 鬱蒼とした森は、人間だけではなくモンスターの侵入も防いでいるようだ。リス等の小動物の姿は確認出来たが、ゴブリンやトロール等の姿は見えない。

「えぇ。それがきっとウルベルトさんにとっては好都合かも知れません。ゆっくりと魔力を回復させる事が出来ますからね……」

 地面から盛り上がるように生えている太い木の根を跨ぎながら、たっち・みーは注意深く周囲へと神経を研ぎ澄ませる。

(微かだが悪の気配を感じる。恐らく、向こうも私達がこの森に来た事に気付いた筈だ)

 たっち・みーの鎧の胸部にある巨大なサファイア。それは、装備者の善属性を上げる効果があるとあまのまひとつは言っていた。その性能故か、微かな悪の気配も敏感に感じ取れるらしい。

 ウルベルトはこの森の何処かに居る。だが、此処からはまだ距離があるのだろう。現在たっち・みーが感じ取れている悪の気配は、まだ微弱なものだ。

「あまのまさん。僅かですが悪の気配を感じます。しかし、此処からではまだ距離があるようです。もう少し奥まで進まなければ、恐らく居場所は掴めないでしょう」

「――人間であるたっちさんが気付いたという事は、悪魔である彼も気付いたと思って良いんですよね?」

 確認するように尋ねるあまのまひとつに、たっち・みーは頷く。

「しかし、その彼が動く気配は無い。どうやら、お前らの方から来いという事だろうな」

 まるで深い闇への入り口のように、森の奥は薄暗い。彼がどれ程奥へ居るのかは分からないが、道なりに進んで行くしかないようだ。たっち・みーは周囲への警戒を怠らずにそのまま進んで行く。後に続くように、あまのまひとつも歩を進めた。

 

 

 どれ位歩いただろうか。

 気が付くと、かなり深い所まで二人は進んでいた。

 そしてたっち・みーは、周囲の空気が変わった事を察し、素早く剣を抜いた。

「たっちさん⁉」

 慌てるあまのまひとつに、たっち・みーはサッと目配せをする。それを見て、あまのまひとつも腰に下げていた剣を抜き、緊張した表情を浮かべた。

「来ます」

「‼」

 たっち・みーがそう呟いた瞬間、目の前で強風が吹き荒れた。それを盾で防ぎつつ顔を上げる。

 そこには、天から優雅に舞い降りて来る一人の悪魔がいた。

 

「ウルベルトさん」

 

 黒を基調としたスーツとシルクハット。そしてマントを身に着けた山羊の顔。

 金色の瞳は探るように二人を見下ろしている。

 嘗て見た人間としての姿とはかけ離れた、悪魔としてのウルベルトだ。

 たっち・みーは、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「何やら目障りな気配を感じたと思えば――やはり貴方でしたか、たっちさん。それと、隣に居るのは確か鍛冶師だったかな? よく、たっちさんが装備品を買いに行っていると、父さん達から聞いた事がありますね」

 チラッとウルベルトはあまのまひとつを見る。その金色の瞳孔に見つめられた彼は、びくりと体を震わせた。

「どうやら余計な物を作ってくれたようで。たっちさんからいつも以上に目障りな気配が出てるんですよねぇ。まぁ、お陰でこの森に侵入して来た事が分かりましたが」

 そう言ってウルベルトは肩を竦める。そのどこまでも余裕そうな姿に、たっち・みーは更に警戒心を強めた。

「それで? 他にお仲間はいないようですが……あぁ、もしかしていつもの偽善ですか? 貴方は私に対して負い目を感じていますからね。せめてこれ以上、人間を傷付ける前に自分で手を下そうとでも思ったんですか?」

 ニヤリと口角を上げて、ウルベルトが問いかける。たっち・みーはギリッと剣を握る手に力を込めた。

「君の言う通りさ。私は君に対して負い目を感じている。だからこそ、他の人間ではなく私が君を終わらせるべきだと思ったんだ」

 その返答に、ウルベルトはスッと目を細めた。

「本当に貴方は身勝手な人間ですね。自分に都合の良い正義を振り翳している。さぞ気持ち良いだろうな。上に立って底辺の人間達を眺めるのはさ」

「――ッ私は決してそんな事は!」

「したじゃないか。あの時アンタは俺を見た。そして哀れんだだろう? 何て可哀想な人間だろうとな。そういうのが一番ムカつくんだよ……ッ」

 先程までの丁寧な口調とは打って変わり、ウルベルトは素の口調で声を荒げた。隠し切れぬ憎悪がその声色には宿っている。

「この世界は生まれた段階で二極化され過ぎている。不公平なんだよ、何もかもなァ。だからさ、一度全部真っさらにしちまおうって考えたんだ」

 大仰に両手を広げてウルベルトはそう告げた。その内容に、あまのまひとつは思わず目を見開く。

 

 ようするに、彼は世界を滅ぼす気でいるのだ。

 

「た、たっちさん」

「えぇ、分かっていますよ。恐らく貴方が今考えた事と、私が今考えた事は同じです」

 二人の様子を見て、ウルベルトは楽しげに笑みを浮かべた。

「そう、その通り。アンタらが考えた事は正解だよ。俺はこの世界を滅ぼすつもりだ。そして一から作り直すのさ。世界を悪魔で埋め尽くして、平等に支配させる」

「そんなもの正気の沙汰じゃない……! それのどこが平等なんだ⁉ それは君達悪魔の奴隷だろう⁉」

 どう考えても、そんな世界は地獄でしかない。全ての生き物は悪魔の奴隷として平等に扱われるだろう。それは真の平等では無い。

(やはり、悪魔になった事で精神が歪んでしまっている――)

 たっち・みーはそう察した。明らかにこれは、今までの彼の意志とは違い過ぎる。彼が望んでいた平等とは、決してそんな世界では無かった筈だ。

 

 ギリッと奥歯を噛み締めて、己の剣を真っ直ぐにウルベルトへと向けた。

 

「もうこれ以上、君を歪ませる訳にはいかない。此処で終わりにしよう、ウルベルト・アレイン・オードル」

 敢えてその名で呼んだ。オードル家の子供だった、ウルベルトという人間がいたのだと、たっち・みーはそう主張したかった。

 たっち・みーの決意を、あまのまひとつは眩しそうに見つめる。何処までもこの人は高潔であり、そして人間の良心を信じたいと願える存在だと思う。だからこそ、彼と共にウルベルトに挑むべきだろう。剣を構えて、同じようにウルベルトを睨み付けた。

「へぇ? たった二人で本気で俺と戦う気なのか? 馬鹿げた奴等だ」

 嘲るように嗤うウルベルトに、こちらも笑みを浮かべた。

「貴方は昨日魔法を使ったばかりだ。まだ魔力は回復しきっていない筈。今の貴方にならば、勝機はありますよ」

 たっち・みーがそう告げると、ウルベルトは途端に忌々しげに瞳孔を細めた。

「――なら、やってみろよ」

 低く唸り声を上げながら、ウルベルトが右手を上げる。

 すると、彼の背後に突如として黒い空間が出現し、その中から無数の悪魔達が姿を現した。それらが一斉に二人に襲い掛かって来る。

 素早くたっち・みーが盾を構えて、そのまま彼らに突進した。あまのまひとつが作ったこの盾は、かなり頑丈だ。そのまま悪魔達を押し退け、真っ直ぐにウルベルトへと向かっていく。

「たっちさん! そのままウルベルトさんをお願いします! コイツらは私に任せて下さい!」

「えぇ! 頼みましたよ!」

 振り返らずにそう返答し、たっち・みーは地面を蹴る。

 攻撃は当たらなくても良い。彼の注意がこちらに向いてくれればそれで良かった。

 案の定、剣を振り翳したたっち・みーへとウルベルトは顔を向ける。

「遅ぇんだよ!」

 ウルベルトは、グローブに生えている長い爪で力強く剣を弾いた。その瞬間、たっち・みーは小声で何かを呟く。

「……?」

 だが、それはウルベルトの耳には届かない。しかし、何か呪文のような言葉を彼が紡いだと、彼の口の動きからウルベルトは気付いた。

「お前、今何て言ったんだ?」

 訝しげに問うウルベルトへ、たっち・みーは何も返さない。それを見て彼は腹立たしげに舌を打った。

「何をしようと意味は無い。お前達は此処で死んで、俺が勝つ。それだけだ!」

 ウルベルトはたっち・みー目掛け、叫んだ。

焼夷(ナパーム)!」

 本来ならば、もっと上位の魔法を使えた筈だった。それこそ、都市を襲撃する際に使用している魔法は第10位階魔法である。だが、ウルベルトの魔力はまだ回復しきれていない。それでも、今の魔力の量ならば第7位階魔法までは使用可能だった。

 たっち・みーの足元から、天空目がけて火柱が吹き上がる。

「チッ!」

 反射的にそれを避けたが、僅かに炎が鎧を掠めた。左足を覆う鎧の表面が少し溶けてしまっている。しかし、そのまま彼はウルベルトへと突進した。

 地面が抉れ、土埃が舞う。砂塵を掻き分けるように、たっち・みーは斬り込んだ。

「……ッ!」

 再び爪でそれを弾く。そして、やはりたっち・みーは何かを唱えていた。

「お前、一体何を企んでやがる⁉」

 たっち・みーの実力ならば、ウルベルトにもっと深い攻撃を加える事も可能だ。だが、それをせずに斬り込んでは下がり、また斬り込んでは下がる。薄気味悪さを覚え、ウルベルトは苛立たしげに爪で襲い掛かった。

 それを剣で受け止めつつ、たっち・みーは真っ直ぐにウルベルトを見据える。

 そして、今度こそはっきりとその呪文を口にした。

「――我が剣は祈り、我が剣は楔……」

「な、んだそれは?」

 聞いた事も無い呪文に、ウルベルトは一瞬戸惑う。その隙を逃さず、たっち・みーは剣を受け止めているウルベルトの爪を勢い良く斬り落とした。

「‼」

 ハッとして後ろに飛び退くが、装備していたグローブの爪は全て粉々になっていた。

「てめぇ……」

 再び魔法を唱えようとするも、その時間を与えずにたっち・みーが斬りつけて来る。

 元々魔法職であるウルベルトは接近戦が苦手だ。遠距離から魔法を発動させる事に長けている。しかし、聖騎士であるたっち・みーにとっては接近戦こそが得意とする戦術だろう。

 ちらりと彼の背後を見れば、召喚した悪魔達があまのまひとつと戦闘している姿が視界に入る。どうやらあまのまひとつは、鍛冶職の癖にそこそこ戦闘も出来るようで、見たところ五分五分といった戦いを繰り広げていた。

(さっさと片付けちまわねぇと面倒だな)

 しかし魔法を詠唱しようにもその隙を与えずにたっち・みーが攻撃を仕掛けて来る。それならばこちらも接近戦で挑むしかなく、それはウルベルトにとって大変不快なものでもあった。

 

 コイツの目が嫌いなのだ。

 

 その身が清廉潔白では無いと理解している癖に、それでもまだ正義を貫こうとする。その意思を宿した目を、間近で見る羽目になる。それが気に食わないし心底腹立たしい。

 

「お前は俺を救えない」

 剣を振り上げ、無防備になった腹部へと蹴りを入れる。その衝撃で後方へと吹っ飛んだが、それでもたっち・みーは立ち上がった。口の中で呪文を唱えながら。

「――贖罪の剣よ、断罪の剣よ、我が祈りを聞き届け給え」

 僅かに剣が光を帯びる。

 忌々しい善属性の光を感じ取り、ウルベルトは顔を歪めた。

 それと同時に、何故か自分の体が動かない事に気付く。

「な……⁉」

 驚くウルベルトに対し、たっち・みーは冷静に呪文を唱え続けている。その背後で、悪魔達の断末魔の叫びが轟いた。

 どうやら、あまのまひとつが勝利を収めたようだ。

「糞ッたれが‼」

 無理矢理体を動かそうとするも、まるで地面に足を縫い留められたかのようにビクともしない。

 そうこうしている間に、たっち・みーの隣へあまのまひとつが駆けて来た。

「こっちは終わりましたよ!」

「ありがとうございます。こちらも予定通りです」

 そう告げると、再び視線をウルベルトへと向ける。そして、呪文を唱え続けた。

「――汝の罪を此処で断つ!」

 地面へと剣を突き刺す。そこから光の線が現れ、ウルベルトを取り囲むように魔法陣が描かれた。

 それはウルベルトが知るものではない。恐らく、この男が独自に編み出した魔法だろう。その事実にウルベルトは深い憎悪を滾らせた。

「糞ッ! 糞ッ! 何だこの魔法は⁉」

「貴方を封じる為の魔法ですよ」

 静かにそう告げるたっち・みー。彼がそう呟いた瞬間、魔法陣が強く輝き出した。

「‼」

 そしてそれは、ウルベルトの足元から結晶を作り出す。そのスピードはウルベルトの抵抗を上回る速さでどんどん彼の体を飲み込んでいく。

「てめ、ぇ、よくもッ」

 もう体の半分まで結晶に埋もれてしまった。そんなウルベルトを、たっち・みーはジッと見つめている。

「……貴方は此処で終わるべきです。もうこれ以上、人間の心を失わない為にも」

 そう告げるたっち・みーを見てウルベルトは何かを思い付いたらしい。

 もう肩まで結晶がその身を包み込んでいたが、彼は高らかに笑い声を上げた。

「そうか、そうか――お前らは、人間である事に誇りを持っているんだなぁ……」

 だったら、と低く呟くと、ウルベルトは自身に残された全ての魔力を放出した。

 

――目の前の、二人目掛けて。

 

「だったらそんなお前らの意思を潰してやるよ‼」

「⁉」

 

 膨大な魔力の奔流が、二人を包み込んだ。その瞬間、ウルベルトの体が全て結晶の中へと包み込まれる。

 彼の最期の足掻きが、たっち・みーとあまのまひとつへ襲い掛かったのだ。

 

 それは恐ろしくも濃い呪詛の塊だった。

 

 その質量は想像以上に重く、苦しく、二人は地面へと倒れ込んでしまう。

 だが、辛うじて意識を保っていると、やがてそれは何とか収まった。

 

「だ、大丈夫ですか、たっちさ――」

 直ぐにたっち・みーの無事を確認しようと、あまのまひとつが声をかける。

 だが、それは途中で止まってしまった。

「えぇ、何とか大丈夫で……」

 顔を上げたたっち・みーも、同じように言葉を失ってしまう。

「たっち、さん……?」

「あまのまさん、ですよね?」

 

 ウルベルトを封じ込めた結晶の表面が、ガラスのように二人の姿を映し出す。

 

 

 そこにいたのは、悍ましいトンボのような姿をした蟲人と、蟹の怪人だった。

 

 

「ッ‼」

 たっち・みーは、咄嗟に吐き気が込み上がってきて、思わず口に手を当て再び崩れ落ちてしまった。

「たっちさん!」

 後ろを振り返らずとも、今の自分は、背後で慌てるあまのまひとつの姿がハッキリと見えた。

 何故ならば、この体は自分の真後ろまで視界が広がっているからである。

 そして、口に触れた事で牙のようなものが生えている事も分かり、たっち・みーは震える手でそれを触った。舌は触手のように蠢いており、それが生理的な嫌悪感を生み出している。

 

 対するあまのまひとつは、たっち・みーに駆け寄りつつ、やけに背中が重いと感じていた。

 チラッと結晶の表面へ視線を向ける。そこに映し出された姿は、どう見ても巨大な蟹だった。

 どうやら背中が重いのは、己が背負った大きな甲羅のせいなのかも知れない。そして、その甲羅からは二本の大きな爪が腕のように生えており、それらも相まってずっしりと重みを感じていた。足も完全に蟹のものになっていて、尖端が地面を抉って何本かの線を刻んでいる。

 知らずギチギチと音を立てているのは、自身の口だった。扉のように左右に顎脚が付いており、それが無意識に音を立てていたのである。慌てて意識を集中させてそれを抑えると、たっち・みーの背中へと手を伸ばした。

 

 しかし、自身の手が触れそうになったところで、思わずそれを止めてしまった。

 何と声を掛ければいいのか分からないからだ。

 自分だって混乱していると言うのに、ましてや彼に掛ける言葉など思い浮かぶ筈が無い。

 

 結局、あまのまひとつはその手を下ろし、視線を彷徨わせた。

 

 

「――ウルベルトさん」

 ゆっくりと顔を上げて、たっち・みーはウルベルトを見る。

 結晶の中で、ウルベルトは勝ち誇ったような笑みを浮かべたまま、物言わぬ存在となって己を見下ろしていた。

「確かに私では、貴方を救えないのでしょうね」

 ポツリと零れ落ちた言葉は、悔しげに震えている。

 

 先程までの戦闘が嘘のように静まり返った森の中。二人の元人間は、様々な思いを胸に宿し佇んでいた。

 

 

 

 こうして、一人の悪魔の放った呪詛は、二人の運命を大きく変えたのだった。

 

 

 




何だかんだ言って、一番人間臭いのはウルベルトさんだと思います。
追記:感想で名前に違和感がある、と頂いたんですが、たっちさんとあまのまさんの名前は偽名です。何故偽名なのかは追々判明します。今回は説明を省いたので多分皆さんそう感じたかもなぁと……。


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第15話 動き出す者達

過去編は今回で終了です。次回から時間軸は元のアインズ様に戻ります。

たっちさん達の本名について:アインズ様と謁見する際に本名を名乗らせる予定でしたが、話の都合上、今回の話から本名を名乗る事にしました。なかなか彼らの名前に慣れないかも知れませんが、どうぞ宜しくお願いします。


 その悪魔は待っていた。

 

 時が満ちるのを、ただ只管に待ち続けていた。

 

 この長き時の中で、世界には多くの悪が生まれ、そして消えていった。

 彼は封印されていながらも、その気配を敏感に感じ取り、彼らの悪のエネルギーを静かに、静かに、蓄えていったのだ。

 

 それは、常時この封印を守り続けていた、たっち・みー達でさえ気付かぬ程に。

 

 本来、善属性に傾いているたっち・みーならば、その異変に気付いても可笑しくは無かった。

 だが、彼は蟲人になった事で、その善性も僅かに変化していたのだ。しかし、それを本人が気付く事は無かった。

 その違和感に気付かない事こそ、異形へと変貌してしまった弊害だったと言えよう。

 

 つまり彼は、人間だった頃と比べると、悪属性への探知能力が幾分か劣っていたのである。

 

 結果、彼はウルベルトが着々と魔力を蓄えていた事に気付く事無く、時は流れた。

 

 

 

――そして500年。

 

 遂に悪魔は、目を覚ます。

 

 

   ・

 

 

 ウルベルトの呪いによって異形へと変わってしまった、たっち・みーとあまのまひとつ。

 二人は勿論衝撃を受けたが、まずはウルベルトの封印が上手くいったのか確認する事が先決だった。

 たっち・みーによると、この封印は彼自身でさえいつまで保つのか分からないものだと言う。もしかしたら直ぐに解けるかも知れないし、何百年も保つかも知れない。つまり、不確定要素が大きいのが現状である。

「……あまのまさん、私はこの封印を守り続けようと思います」

 暫し考え込みながら、たっち・みーは告げた。

「これはあくまでも封印です。何かの拍子に魔法が解ける可能性だってある。ぶっつけ本番の魔法だって、以前お話しましたけど、本当にそうなんですよ」

 ウルベルトを封じた結晶を眺めながら、たっち・みーは苦笑を浮かべる。あまのまひとつは、彼がそう決意したのならば、自分もそれに従おうと考えていた。

「たっちさんがそのつもりなら、勿論私だってそうしますよ。覚悟はしていますからね」

 そうあまのまひとつが告げると、たっち・みーはホッと息を漏らした。

「しかし、四六時中ずっとこの場に居続ける訳にはいきません。時折人間の街へと下りて、外の世界の情勢等は確認しておいた方が良いでしょう」

 たっち・みーは顎に手を当て、暫し考え込んだ。

 

 異形種という種族に寿命は存在しない。その為、人間とは時間の感覚が異なる可能性があった。

 二人は蟲人と蟹の異形種へと変貌したが、その法則は恐らく二人にも適応される筈だ。

 ずっと森に籠っている間に、気付けば100年経っていた、なんて事もあり得る。

 

「――人間との時間の感覚のズレは注意しなければなりませんね。どの位ウルベルトさんを封印したのか分からなくなるのはマズイです。私の封印術がどの程度効果があるのか、きちんとそれを把握しておく必要がありますから」

「そうですよねぇ……となると、やはり定期的に人間の街へは行った方が良いと思いますが――」

 あまのまひとつは、己の大きな蟹の爪を動かした。

「どう考えても、私はこの身を隠す事は出来ません。なので、街へ行くのはたっちさんにお任せします。たっちさんなら、ヘルムを被れば後は問題無いでしょうし」

「確かにあまのまさんのその体では、変装も出来ませんしね」

 そう言うとたっち・みーは自分の荷物の中からヘルムを取り出した。

 

 普段、たっち・みーはヘルムを被る事は殆ど無い。

 聖騎士達がヘルムを被るのは、式典に参加する時くらいだ。なので、実用性より装飾性重視のデザインになっている。一応、防具としての機能はそこそこあるのだが、実戦で使う事は殆ど無かった。

 そんなヘルムなので、たっち・みー自身はあまり気乗りしなかったのだが、上層部からそう指示されては従わざるを得ない。その為、出来るだけシンプルかつ美しく見えるデザインを、以前あまのまひとつに頼んで作って貰ったのだ。

 

 ウルベルトとの戦いに備えて、念の為そのヘルムを準備したのだが、式典用という事もあり保存状態はそこそこ良かった。なので、今回鎧を特注した際、新たなヘルムの注文はしなかったのである。

 結局戦闘では使用しなかったが、持って来ていて正解だったと言えよう。

 顔を隠す事もそうだが、何より複眼のせいで急に広がった視界に慣れるまでは、此処でも時々ヘルムを被っていた方が良さそうだからだ。

 

「一先ずはその流れでいきましょう。私が街へ行っている間は、あまのまさんに此処をお任せしますが、何かあれば直ぐに伝言(メッセージ)を送って下さい。巻物(スクロール)を渡しておきますので」

 伝言(メッセージ)の魔法が込められた巻物(スクロール)を、たっち・みーは何本かあまのまに手渡した。

「了解です。気を付けて見張っておきますね」

 巻物(スクロール)を受け取りながら、あまのまひとつは頷く。

「やる事が多いですが、そうしなければ私達はどうにかなってしまいそうですからね……」

 ポツリとたっち・みーが零す。

「あまのまさん、私が何を恐れているか分かりますか?」

「それは――」

 たっち・みーの問いかけに、あまのまひとつは言い淀んだ。

 彼が何を言いたいのか分かったからだ。

 

 たっち・みーはウルベルトを封じた結晶体へと視線を向けつつ、静かに口を開けた。

「……私は異形へと変わってしまった事で、自分の人間性を失う事が怖いんです」

 絞り出すように呟かれた内容は、あまのまひとつが無意識に視線を逸らしていた懸念そのものだった。

 

 ウルベルトは悪魔となった事で、確実にその人間性を欠如させていた。

 自分達も、もしかしたらそうなってしまうかも知れないという恐怖が、二人に重く圧し掛かる。

「彼の場合は悪魔だったから、余計にそうだったのかも知れません。ですが、我々とてそうならないとは言い切れない。人外になってしまった段階で、人間とは別の精神構造をしている可能性だってあります」

「そう、ですよね……」

 先の見えない恐怖が、心の中に沸き上がる。

 この恐怖を抱えたまま、自分達は気の遠くなる程生きなければならないのだろうか?

 それはまさしく呪いと言えよう。

 震えるあまのまひとつに、たっち・みーはハッとして顔を上げた。

「すみません、今は悩んでる場合じゃないですね。兎に角、出来る事をしましょう。それと――」

「?」

 たっち・みーは口に手を当て、暫し考え込んだ。

「――村の慣習に従って今の名を名乗っていましたけれど、もうこの名は使わない方が良いと思います。自分の理想を込めた大切な名前ですけど……もう、既定の10年は経っていますからね」

 それに、と彼は続ける。

「人間だった頃の理想を異形の身で名乗るのは、どうも居心地が悪くて」

 今の自分には、眩し過ぎるんです。

「……!」

 そう語るたっち・みーに対し、あまのまひとつは思わず大きく目を見開いた。

 

 

   ・

 

 

 二人は、とある小さな村の出身だった。

 その村では成人した際、本名とは別にもう一つ名を付ける慣習がある。それは成人した事で、どんな大人になりたいのか、その目標等を名前に込める意味合いを持っていた。

 その名前は、成人してから10年は名乗る決まりになっている。その10年の間に、自分の掲げた目標に向けて精進するんだぞ、という訳だ。別にそれが達成されなくてもお咎めは無い。ただ、慣習として現在まで残っているだけだった。

 

 因みに、その名は他所の都市へと出た場合も名乗らなければならない。なので、偽名と疑われるのを防ぐ為に、公的文書が村長から手渡される事になっていた。これを見せれば、取り合えずは問題無く活動が出来る。

 だが、自分の目標等を名付けるという事もあり、わりと奇抜な名を付ける者も多かった。そしてそれは、たっち・みー達も例外では無い。

 

 たっち・みーは、誰かに頼られるような人間になりたいという願いを込めて、西方の国で『私を頼れ』という意味を持つこの名を己に付けた。安直だとは思ったが、これ位分かりやすい方が良いだろうと自身は思ったのだ。

 友人等からは「センスが無い」と散々言われたが、たっち・みーはそれでもこの名を押し通した。結果として、無事に村長から承諾されたが、恐らくたっち・みーの熱意に負けたのだろうと彼らは語る。

 

 あまのまひとつは、鍛冶の腕を上げたいと思っていた事もあり、南方の国で鍛冶を司る神の名を己に付けた。以前、各地の鍛冶に纏わる本を読んでいた際、偶然見つけたものだ。どうせなら、夢は大きい方が良いだろう。

 しかし、神の名を人間如きが名乗っていいのかと正直悩んだりもした。だが、神という存在は偉大である。きっと許してくれるだろうと、持ち前の前向きさであまのまひとつはそう解釈したのだった。

 

 兎も角、そんな理想を込めた名を、二人は既に10年以上は使っていた。

 

 村での成人は15歳。それを考えると、もうとっくに本名に戻しても良い頃合いだったが、その間に二人は村を出て大きな都市へと行き、目まぐるしい日々を送っていた。なので、本名に戻す機会を逃していたのだ。

 

 

   ・

 

 

「――そういえば、もうとっくの昔に10年以上経ってましたね」

 あまのまひとつは、ぼんやりと遠くへ視線を向けた。

「区切り、という意味で名を戻すのが丁度良いかと思うんです。これからは人間としてではなく、異形へ変わった元人間として、本来の名を名乗ろうかと。そうすれば、自分が何者であるかを忘れずに済みますから」

 深く息を吐きながら、たっち・みーは真っ直ぐにあまのまひとつを見据えた。

 

「『アノマ・メアト』さん」

 

 久々に聞く自分の名前が、酷く新鮮なもののように思える。

 あまのまひとつ――アノマは、ゆっくりと口を開けた。

 

「『ドラーク・シュネーヴァイス』さん……ハハッ、何か、不思議な感じです」

 

 本来の名で呼ばれたたっち・みー、もとい、ドラークはむず痒そうに肩を竦めた。

「それで、どうですか? ドラークさんは、この10年で理想の自分を目指せましたか?」

 アノマの問いに、ドラークは憂いを帯びた表情を浮かべた。

「……私は結局、理想には追い付けませんでしたよ。この名を己に付けた時は、もっと輝かしい誇りのようなものを持っていた気がするんですがね。ウルベルトさんの事だって、私は手を差し伸べる事が出来る筈だった。誰かの助けになるような、誰かに頼られるような――そんな、正義の味方になりたかった筈なのに」

 そう言って、ドラークは己の手を見つめる。

 救えた筈の人を、自分は救わなかった。その結果がこれだ。

 何が正義の味方だ。きっと自分は、都合の良い理想を描いていたに過ぎない。世界の汚い部分を、見て見ぬ振りをして。

「それでも私は、その理想を捨てられないんです。この名はもう使えませんが、心の中に刻んでおくつもりですよ。嘗ての私は、確かに本当の正義を目指していた……その証として」

 静かに語る姿を見て、アノマはそっと声をかけた。

「きっとそれで良いんだと思いますよ。私も、こんな御大層な神様の名前を付けちゃいましたけど、結局、まだまだ自分は力不足だなって思いますし。これからは、異形となった自分達の性能をよく調べて、それにあった装備を作っていきたいですね」

 アノマの言葉に、ドラークはふと周囲を見渡した。

「でしたら、此処に工房でも作りましょうか? ウルベルトさんを監視しつつ、色々と作れるように。材料等は街で揃えれば良いですし」

「え、いいんですか?」

 ドラークにばかり無理をさせてしまうのでは、とアノマは心配した。だが、彼は大丈夫だと頷く。

「良い装備が出来れば、それに越した事は無いですからね。もしもに備えるのは大事です」

 封印がいつ解かれるか分からない。だからこそ、万全の状態を維持しておく必要がある。その為に色々と準備するのは大切だとドラークは説明した。

 その説明にはアノマも納得した。何が起きるか分からない状態では、自分達で出来る事をしておくしかない。

 

 

 

――こうして二人は、異形としての道を歩き始めた。

 

 二人が危惧していた精神の変容も、この時点ではそこまで大きなものではなかった。

 

 しかし、時が経つにつれて、自分達が人間だったという認識が、確かに薄れてきている事に気付いてしまう。

 それが何よりも恐ろしく、そういう時は二人の子供時代の事を語り合う等、出来るだけ昔を思い出すよう心掛けた。記憶までは消える事が無いと思っていたのもある。

 実際、所々朧気ではあるが、二人は昔の事を覚えていたし、それを思い出すと自分は確かに人間だったのだと安心出来た。

 

 そうやって精神の変容を抑え込みながら、二人は100年、200年と生き抜いた。その間、ドラークは様々な人間達と交流していたが、人間に対しての同族意識というものが無くなっている事を理解した。だが、別に彼らへの嫌悪感等は無い。だから、きっと自分達はウルベルトのようにはならない筈だ、とアノマにも伝えていた。 

 アノマは森の外へ出る事は無かったが、ドラークが話す人間達の話を聞いて、確かに自分も、人間への同族意識が消えている事が分かった。

 

 しかし、恐らく自分はドラークと違って、今後人間と関わる事は無いだろうと考えていた。

 

 魔法が使えればこの身を隠せたのだろうが、自分は魔法職では無いし、第一そんな魔法が込められている巻物(スクロール)はとても高価である。ドラークも自分もそんな金は持っていない。

 

 だからこそ、アノマは自分よりもドラークの事を心配していた。

 彼は元々善性が強い人間だった。それが異形へと変わってしまった事で、何かが変わるのではないかと不安だったのだ。しかし200年が経っても、彼は相変わらず彼のままだ。人間達に対しても、以前と変わらずに接しているらしい。

 それならば多分、彼の善性は失われてはいないのだろう。

 そう信じるしか、今のアノマには出来ない。

 

 言いようのない不安を抱えたまま、更に時は過ぎていく。

 

 

 

 そして気付けば、500年が経とうとしていた。

 

 

   ・

 

 

「そういえばアノマさん。実は、街で興味深い話を聞いたんですけど」

 

 ある日、ドラークがいつものように街から戻って来ると、開口一番そんな事を言い出した。

「何ですか、その話ってのは?」

「それがですね、結構前に、アインズ・ウール・ゴウン魔導国という国が出来たらしいんです」

「アインズ・ウール・ゴウン魔導国……?」

 魔導国と付くからには、魔法に力を入れている国なのだろうか。不思議そうに首を捻ると、ドラークは更に言葉を続けた。

「その国の王は、なんとアンデッドらしいんですよ」

「え⁉」

 驚愕に声を上げると、ドラークも同感だとばかりに頷いた。

 

 アンデッドと言えば、生者を憎み殺す存在。

 そんな存在が王になるなんて、どれ程恐ろしい国なのかとアノマは恐怖で体を震わせた。

 

「そ、そんな存在が王様なんて大丈夫なんですか⁉」

 焦るアノマに対し、ドラークは真剣な表情を浮かべた。

「――それがですね。とても平和的に統治しているらしんですよ」

「……は?」

 嘘だろ、と叫びそうになった。

 どう考えても有り得ない。

 その思いが伝わったのか、ドラークは「ここからが大事です」と念を押してきた。

 

「実は彼、()()()らしいんです」

「‼」

 

 今度こそ、アノマは声にならない声を上げてしまった。

 

 そんな事、信じられなかったからだ。

 

 まさか自分達以外にも、元人間の異形がいるだなんて。

 

「彼の場合、膨大な魔力の暴走によってアンデッドになってしまったそうですが……種族の特性を考えると、彼が王としてきちんと国を統治しているというのは、非常に重要な事ですよ。彼は、人間性を失ってはいないという事ですから」

 

 それはまるで、一筋の希望のように思えた。

 

 アンデッドとは、悪魔とは違うベクトルで人間性が著しく欠如している存在だ。

 そんな存在が、人間性を失わずに王として君臨している。

 きっと何か理由がある筈だった。

 

「彼が人間性を失わずに済んでいる『何か』――それが分かれば、我々にとって非常に大きな一歩に繋がると思うんです」

 グッと拳を握りしめて、ドラークは告げた。

「因みにその情報は誰から聞いたものなんですか? 街の人間がそんなに詳しく知っているとは思えないんですけど……」

「あぁ、それはですね。その魔導国から派遣されたという冒険者の方々から聞いたんですよ。話を聞いてみると、魔導国は冒険者の育成に力を入れているらしく、彼らの他にも様々な地へ送り出されているそうなんです。それにしても、彼らの話は驚きの連続でした」

 ふっと複眼が何処か遠くを見つめた。きっと、そのアインズ・ウール・ゴウン魔導国を思い描いているのだろう。

「魔導国の王、アインズ・ウール・ゴウン魔導王は、多くのアンデッドを生み出し、それを国の警備に使っているそうなんです。にわかには信じ難い話ですが、全てのアンデッドは魔導王の支配下に置かれているので、暴走する事もなく、都市の治安はとても良いらしいですよ」

「凄い国ですねそれ……」

 唖然として呟くと、ドラークは更に話を続けた。

「それと、魔導国は亜人のような異種族も受け入れているらしいんです。極僅かですが異形種も中にはいるとか。最近では、土地を追われてしまって保護を求めてきたゴブリン達や、食糧難で身内同士争うのを避ける為に、魔導国に救いを求めたリザードマン達が住み始めたと聞きました」

 

 亜人も異形種も受け入れる。そんな国は今まで聞いた事が無かった。

 魔導国はそれをやってのけているという事だろう。

 それが如何に困難な事か、二人は理解しているつもりだ。

 

 何せ、現状自分達はその身を隠して生きているのだから。

 

 だが、どうやら魔導国では、そこに住む人間達が、亜人や異形種達へ一定の理解を示し、共存出来ている。

 それは不可能と言われた話だった。

 

(これがきっと、真の平等な世界だ)

 

 不意にドラークは、嘗てウルベルトが語った言葉を思い出した。

 

 世界を一から作り直して、悪魔達に支配させる。

 それでこそ平等な世界が出来ると彼は笑っていた。

 

 だが、彼が本当に望んでいた平等とは、そんな世界では無かった筈だ。

 

 それこそ魔導国のように、身分も関係無く、全ての種族が平等に暮らせる世界。それがウルベルトが願っていたものだと、ドラークは考えている。

 

「彼らはまだ暫く街に滞在するみたいです。せっかくですし、もう少し話を聞いておきますね」

「えぇ、是非ともお願いします!」

 

 

 こうして二人は、魔導国へと想いを馳せながら夜を明かした。

 

 

 翌日。

 ドラークは先日の冒険者達にまた話を聞こうと街へと下りて行った。

 

 アノマはある程度工房の掃除を終わらせてから、いつもの日課である封印のチェックを行う。

 

「うん、結晶に罅割れも無いし、何処かが欠けてる様子も無いな」

 ドラークが書き記してくれた聖なる呪文も唱え終わった。

 一先ずは大丈夫だろう。

 そう判断し、再び工房へと戻ろうかと思った時だった。

「アノマさん!」

 かなり焦った様子で、何故かドラークが戻って来たのである。

 そのただならぬ雰囲気に、アノマは何事かと驚いた。

「どうしたんですか⁉」

「それが――」

 チラッとドラークは、ウルベルトが封印された結晶へと視線を向けた。そして、小さく頭を振る。

「……街に、悪魔達が現れたんです」

「えぇ⁉」

 予想外の発言に、アノマは動揺を隠せなかった。

 今まであの街がモンスターに襲われたという話を、聞いた事が無かったのも大きい。

 ましてや悪魔に襲撃されるだなんて。

「私は街の人々の避難と、悪魔達の撃退に向かいます。此処までやっては来ないと思いますが、念の為、それを伝えに来ました。何かあったら直ぐに伝言(メッセージ)を!」

「――分かりました。私も周囲への警戒はしておきます。ドラークさんもお気をつけて!」

「はい!」

 ドラークは用件を伝えると、直ぐに街へと向かって走り去っていった。

 

「よりによって悪魔だなんて……でも、野良の悪魔ってそんなに居なかった筈なのに」

 

 一体何が起きているんだ?

 ぞわりとした悪寒が走り、思わず身震いをしたその時だった。

 

 

 

「――相変わらず正義面してるようだな」

 

 

 

 ハッキリと。

 あの男の声が聞こえた。

 

 

「な、」

 

 

 直後、ウルベルトを封じていた結晶体が、内側から破壊されるように砕け散った。

 それと同時に爆風がアノマの身を襲う。

「ッ!」

 咄嗟に地面に転がり、何とか爆風の威力を抑える事は出来たが、それどころではない。

 

 あの悪魔が、目覚めてしまったのだから。

 

 恐る恐る顔を上げる。そこには、辺り一面に散らばった結晶の欠片を踏み潰しつつ、優雅にコチラを振り向く悪魔の姿があった。

 

「久し振りだな。あまのまひとつ――いや、アノマ・メアトさん?」

「ど、どうしてその名を」

 震える声で問いかけると、ウルベルトは「あぁ」と笑みを浮かべた。

「お前達の会話は全部聞いていたからな。しかし傑作だったぜぇ? アイツが未だに自分の掲げた正義に縛り付けられてるってのはさぁ!」

 一歩、ウルベルトはアノマに近付く。

「なぁ、何で俺が封印を解けたか、分かるか?」

「……ッ」

 無駄だと思いつつも、アノマは己の大きな爪を目の前に構えてウルベルトへ視線を向けた。

「この世界にはさ、沢山の『悪』が存在する。そいつらのエネルギーってのが俺には分かるんだよ。だから、その気配を絡め取って、少しずつ、少しずつ蓄えていったんだ」

 ウルベルトは己の手を空へと翳し、力強く握り締めた。

「気の遠くなるような作業だったが……復活する為には必要な事だったからな。地道に500年、それを続けてきたってワケさ」

 アノマの目の前まで、彼はやって来た。

 こちらを見下ろすウルベルトの瞳を見て、アノマは直観する。

 

 彼は、全く自分を相手にしていない。

 

 だからこうして、ベラベラと話しているのだろう。

 

 彼に対抗できるのは自分ではない。ドラークだけだ。

 

「そんでまぁ、そこそこ力も溜まった事だし、封印を解こうと思ったんだ。だが、此処にはたっちさん――あぁ、今はドラークさんでしたっけ。彼もいるだろう? 彼が厄介なのは身に染みてよく分かってる。だから、どうにか暫く奴を此処から遠ざけようって考えたんだ」

「まさか、それで悪魔達を?」

 封印されている状態で、そんな事が出来るのだろうか。

 その疑問を、ウルベルトは直ぐに答えた。

「俺は悪魔になった事で、数々の悪魔達を召喚出来るようになった。例え封印されていたとしても、魔力さえあればそれは可能だったのさ。だから、召喚場所をあの街に設定して、後は呼び出すだけで良い」

 金色の瞳が楽し気に歪む。それはまるで、闇の中にぼんやりと浮かぶ三日月のようだった。

「アイツなら絶対に助けに向かうだろう? まぁ、異形になった事で多少善性が変化しているようだったが……元々の善性が高いからな。どうやら、ちゃんと俺の思惑通り街へと向かってくれたワケだ。そしてアイツがいない今、俺はこうして無事に復活を遂げた」

 ウルベルトはニタリと笑みを浮かべたまま、ゆっくりと首を傾けた。

「それにしても、なかなか面白い話を聞かせてくれたな。アインズ・ウール・ゴウン魔導国だっけ?」

「!」

 ハッとしてアノマはその場を飛び退く。

 次の瞬間、闇を凝縮したような巨大な複腕が、先程までアノマがいた地面を勢い良く抉っていた。

「――本当に人間が、自分とは違う存在と共存出来ると思ってんのか……?」

 唸るようにそう呟いたウルベルトの表情は、様々なものが入り混じっている。

 人間と違って、表情が分かりづらい山羊の顔だというのに、アノマにはそれが分かった。

 恐らく自分も同じ異形だからだろう。

 ウルベルトは複腕を地面から引っ込めると、苦々しげに口を開いた。

「同じ人間でさえ地位や名誉で争うんだぞ? それによる差別だって腐る程ある。そんな中で亜人や異形種と共存だなんて――信じられっかよ」

 吐き捨てるようにそう言うと、ウルベルトはふわりと宙に浮かんだ。

「ウ、ウルベルトさん!」

 慌てて立ち上がると、ウルベルトは複腕をアノマの目の前に突き出した。

「あのクサレ正義野郎に伝えておけ。俺が復活したってな。それと、理想は理想だ。そんなもの、叶う筈が無いと」

 それだけ言うと、ウルベルトは己の後ろに転移門(ゲート)を出現させた。

「じゃあな」

 咄嗟にアノマは手を伸ばしたが、己の爪が虚しく宙を切るだけだ。

 その爪の先で、ウルベルトは虚空へと姿を消したのだった。

 

 

   ・

 

 

 その後、アノマは急いで伝言(メッセージ)を発動させ、事の次第をドラークに伝えた。

『――色々話し合わねばならないようですが、先ずは悪魔達を倒してからそちらに向かいます!』

「えぇ、その方が良いと思います。ウルベルトさんが何処へ消えたのか分からないですし」

 あの様子なら恐らく魔導国へ向かいそうだが、まだ復活したばかりだ。何処かで力が安定するのを待ってから、行動を開始するだろう。ウルベルトの性格を考えると、その筈だとアノマは考えた。

『では、さっさとこちらは片付けます!』

 そう叫んだのを最後に、伝言(メッセージ)はプツンと途切れた。

 

 

 それから暫く経ち、ドラークはアノマの元に姿を現した。

 その顔は、やはり焦燥感に駆られている。

 地面に砕け散った結晶の残骸を、苦々しげに見下ろしながら、ドラークは口を開けた。

「遂に、目覚めてしまいましたか」

「……えぇ。どうやって目覚めたのかは、伝言(メッセージ)の通りです」

「世界に蔓延る『悪』ですか……」

 実に悪魔らしい復活の仕方だ。

 そればかりは、ドラークの手でもどうしようもなかった。

「多分、ウルベルトさんは魔導国に向かうと思います。でも、まだ目覚めたばかりですし、直ぐにとはいかないでしょうけど」

 不安そうにアノマがそう告げる。

「恐らくそうでしょうね。だとしたら我々がすべき事は、魔導国へ赴き、魔導王へ彼の事を伝える事でしょう」

 先程までの焦燥感を消し、ドラークは力強く頷いた。

「例の冒険者の方々は、私達と共に悪魔退治に協力してくれました。彼らはまだ街にいるので、魔導国へ案内して欲しいと頼んでみます」

「彼らにウルベルトさんの事を話すんですか?」

「いえ、余計な不安を与えてはいけませんし、その事は伏せます。ただ、私とアノマさんが異形種である事は告げておきましょう。魔導国の住民なら、我々の姿を見せても問題は無いでしょうし」

 それもそうだとアノマは思った。

 魔導国の人間ならば、恐らく異形である自分の姿を見ても、あまり取り乱したりはしない筈だ。

「それで、一度彼らにこの森の麓まで来て貰って、アノマさんと合流させる形でどうでしょうか? そうすれば、他の人間に見られる心配はありません。彼らにだけアノマさんを見せる事になるので、心配は要らないかと」

「でも、道中は大丈夫なんですかね?」

「それも問題無いと思いますよ。魔導国では、冒険者にも亜人や異形種が混ざっているそうです。彼らの仲間という形で同行すれば、周囲に何か聞かれたとしても誤魔化せますし」

 そうドラークが答えると、「でも」とアノマは疑問符を浮かべた。

「冒険者はプレートを下げてますよね。あれ、私達は持ってませんけど」

 するとドラークは事も無げに言い切った。

 

「簡単な話です。偽造すれば良いんですよ」

 

「……え⁉」

 

 まさかそんな事を言うとは思わず、アノマはまじまじとドラークを見つめてしまった。

 ヘルムを被ったドラークの表情は勿論見えない。だが、きっとこのヘルムの下では、平然とした表情を浮かべているのだろうと、その声色から察せられる。

 

「冒険者の方々からプレートを見せて貰って、それに近い物をアノマさんが作れば良いんです! アノマさんの実力なら、それ位出来る筈ですから」

 ね? と尋ねるドラークを見て、アノマは「そう、ですね……!」と言わざるを得なかった。

 

 今までのドラークならば、いくら緊急事態と言ってもこういった偽装工作をしようとは言わなかっただろう。

 ウルベルトが話していた、ドラークの善性の変化なのだろうか?

(でもまぁ、この位ならまだ大丈夫だろうし)

 元々が善性の強い人間だった事で、恐らく異形となっても、そこまでそれが損なわれ無かったのかも知れない。

(念の為、様子見はしておいた方が良いかもな)

 ドラークには自覚が無いようなので、自分が気を付けて見ておくべきだ。密かにアノマはそう決意した。

 

「では、私は彼らと話をしてきます。アノマさんは今の内に、偽プレートを作る準備をしておいて下さい。因みに彼らは白金(プラチナ)級冒険者ですので」

白金(プラチナ)級? それはなかなか腕の良い冒険者なんですね」

 こんな僻地まで来る位だ。そこそこ実力はあるのだろうとは思っていたが。

 白金(プラチナ)級なら、魔導国への道程も特に問題無く進めるだろう。

 

「それじゃあ私は工房の方に戻ります。麓まで来たら、連絡下さい」

「了解です」

 

 

 

 

――その後、二人の異形種は魔導国へと旅立つ。

 

 彼らがアインズ・ウール・ゴウン魔導王と接触する事で、一体何が起こるのか。

 この時はまだ、誰も知る由も無かった。

 

 

 

 




あまのまひとつ→アノマ・メアト……本名:天野真一説から。天野をアノマに変えた感じです。あとはそれっぽく付けました。
たっち・みー→ドラーク・シュネーヴァイス……本名:龍巳説から。ドラークはオランダ語で龍という意味。シュネーヴァイスはドイツ語で白。純白の鎧を装備している事から、この名にしました。

原作とは全然違う名前なので、慣れないかとは思いますが、今後は世界観を踏まえこちらの名前で通します。


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