音声作品研究会の日常 (榎田 健也)
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登場人物紹介(随時更新)
持内(もちない)飛理也(ひりや)
主人公。学力は平均少し上、身体能力は平均少し下。想像力は変態クラス。政秀は唯一の友人だが、少し複雑な感情を抱いている。SNSのダイレクトメッセージで仕事を受注し、報酬はギフトカード前払いのみに指定している、一切外部に出ない音声作品専門台本作家「ランス」の正体。由来は名前の後ろ読み。好きな音声作品は愛のある耳かきボイス。
須藤(すどう)政秀(まさひで)
転校生。音声作品研究会(非正式)の会長。学力も身体能力も全国クラスで、学年の人気者。「ランス」の音声作品の大ファンだが、その正体を過大評価しており飛理也だとは全く考えていない。飛理也が(ランスとして)書いた音声作品の台本をを気に入り、音声作品研究会に勧誘した。
小佐野(おさの)詩波(しなみ)
政秀の幼馴染。小学生の時に政秀と仲が良かったが、政秀の父の転勤によって疎遠になっていた。声は可愛らしいが、外見は成熟している。好きな音声作品はイケボの耳舐めボイス。
須藤(すどう)麻衣(まい)
政秀の妹。一年生。見た目は幼女だが、言動は痴女そのもの。
作者の一言(本編とは無関係です。文字数足りないので)
持内飛理也
名前の由来は「モテない非リア」。ラノベの主人公らしさを全て剥ぎ取った「ただの陰キャ」です。本来は政秀と仲良くなるはずなかったのですが、音声作品という共通の話題から唯一の友人に。最強のスペックを持つ政秀と友情を深め、協力し合いながらも嫉妬の感情が隠し切れない……そんな人間らしい感情を持ったヤツです。部活動中はごく普通にタメ口で会話をしますが、本来は女子と喋る度胸なんてない陰キャ。部活で関わる女子たちは政秀と近しい人物だけ。そのため「どう思われてもいいや。俺なんて眼中に無いだろうし」という考えから悪口でもなんでも言います。志波は一年程度の付き合いだから眼中に無いことはないのですが……。
須藤政秀
名字は何となく、名前の漢字は織田家の家老「平手政秀」からで、「まさひで」という名前は「優秀」から。自殺するわけではないです。女子に囲まれる根っからのラノベ主人公体質で、スペックも高い。唯一の欠点は、現実の女子に興味が無い事。行動力もあり、音声作品研究会を創設した張本人。ランスの大ファンであるが、正体が飛理也だとは一切考えていません。
小佐野志波
名前の由来は「幼馴染」から。声が可愛いが、外見は成熟しており、胸もビッグ。政秀に会ってそのままホイホイ音声作品研究会に入るが、一時期辞めたがっていたようです。そこには飛理也の影響があるとか。
須藤麻衣
名前は「妹」の音読み。言動は痴女ですが、実は結構ピュア。この作品の裏テーマは「外見と中身の差異に苦しむ奴ら」なのですが、この子の場合は大人ぶろうとしている子どもそのもの。
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第一話
温かいお言葉はやる気に、厳しいお言葉もやる気になります。
あすみる部を知っている方は忘れてください。ボツりました。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」
息が乱れ、足は重くなる。肌は触れる空気を冷たく感じ、耳は自分の荒い息にしか反応せず、目に見えるものは全て揺らいでいる。
だが、それでも走る、走る、走る。
走らないと、死ぬ。
発端は些細な出来事だった。上司の誘いを断りきれずキャバクラに行った事が、少し情緒不安定な妻にバレてしまった。
理由は香水の匂いとキャバ嬢の名刺。香水はともかく、名刺は決定打である。焦っている間に妻が台所から包丁を持ってきたので、スーツを脱いで逃げた。普段は俺を支えてくれている良き妻であるが、少し情緒が不安定なのだ。少し。……そう、少し。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
近くに公園を見つけたので、妻や妻の知り合いがいないかどうか周りを見回してから入る。少しベンチに座って休みたい。もう限界だ。
まあ、知らない公園だし結構走ったからな、流石にここまで来れば大丈「見つけたわよ、あなた」ぶぇぇぇぇ……。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
恐怖の余り、汗はみるみる引いていく。背筋が冷たくなり、身体が震える。さっきまで動いてくれた足は膝だけが横に動き、立つことは辛うじて出来るが、逃げることは出来ない。
「待って……待ってください! いっ、一回、話し合おう!」
疲れで切れ切れにさせながらも必死に叫ぶ。
「他の女の所に行くのなら、私が……!」
それでも、妻は聞く耳をもってくれない。まるで、俺の必死の叫びが聞こえていないかのように。
「この後、私もいくから……!」
妻の身体が近づき、ぐさりと音が聞こえ、腹に痛みが走る。視界が深紅に染まり、力が抜けていく。瞼は抗えない力で降りていく。意識が闇に溶けていく。
「…………ごめん」
俺は死んだ。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……! ……ふぅ」
目を開けると、そこは俺の部屋の天井だった。両手を見ると汗でじっとり濡れているがよく見慣れた両手だったことに安堵した。俺の名前は持内(もちない)飛理也(ひりや)。十七歳の男子高校生。うん、帰ってこれた。
荒い呼吸の後、落ち着いたので事後の如き溜息を吐いた。シたことないから分からんが。だが場所は布団で、俺は今汗をだくだくとかいている。そこだけは一致しているからよくね?
「布団の上で聞くんじゃなかったな……」
人は寝ている間に、夏は約六〇〇ミリリットルの汗をかく、と何かで聞いたことがあるが、春にも関わらずそれ以上汗をかいてしまっている。これは、俺の想像力が原因である。
俺は想像力が人よりも強いらしく、小説などを読むと頭の中にアニメが再生され、話しかけられても気づかない。極めつけは音声作品を聞くときで、話しかけられても気づかないのは勿論のこと、今回のような殺される作品を聞いて呼吸困難になったことがある。救急車を呼ぶ程ではなかったが、もう少し酷かったら危なかった筈だ。というか危なかった。
スマホを開き、概要欄を確かめる。……大丈夫、しっかり条件を満たしている。高評価を押し、寝るためのASMR動画を探すことにした。
ASMR――オートノマスなんちゃらかんちゃらの略で、直訳すると「自律感覚絶頂反応」となる。別に絶頂反応といってもいかがわしいわけでもなく、波の音、川が流れる音、霜柱を踏む音など、テレビの五分番組でやってそうな「心地よい音」に近い。囁きや耳かき、スライムやタイピング音などや咀嚼音、雨の音やペンで紙に何かを書く音など多岐に渡り、動画投稿サイトや同人サークルの音声作品などがある。殆どがリラックスや睡眠を目的に利用されている。……少し、ほんの少し、いかがわしいのはあるが。
そんな訳で、俺は寝る前にリラックスの為毎日聞いている。十八禁ではない。あれは寝る前に聞いては行けない。ムスコが目覚めて眠れなくなる。あと、今日はやむを得ない事情があったし寝るためではなかったが、ヤンデレはヤンデレでも耳かきしてくれずに殺すのは駄目だ。眠りどころか永遠の眠りについてしまいそうだ。現に想像の中では死んだ。今も少し腹が痛い。
ちなみに、動画の探し方は簡単、「耳かきボイス」と調べるだけである。そうすれば女の子が耳かきしてくれる音声作品の動画がうじゃうじゃ出てくる。やはり一番は耳かきだ。
もう声だけでいい。リアルの女は醜いだけだ。可愛い声をヘッドフォンで聴ければそれでいい。耳が音声を聴ければそれでいい。耳かきだって耳舐めだって耳吹きだって添い寝だって、十八禁だって何でも出来る。俺の想像力で何とかする。だからひたすら動画を漁り、癒されまくる。そして――
音声作品の台本も、作る。俺の手で、最高の音声作品を「台本」という観点から作るのが俺の目標だ。
試聴履歴が残っていたので、念のためもう一度さっきの動画の概要欄を確認する事にした。
『こわ~いヤンデレ奥さんを演じてみました!
こえ:れもん
台本:ランス様(素敵な台本をありがとうございました!)』
うん。ちゃんと俺の名前が入っている。……素敵な台本、と言われちゃ照れるが。
俺の名前は持内飛理也。十七歳の男子高校生。ペンネームは「ランス」。音声作品業界で知らない人はいない、音声作品専門の台本作家だ。
目指せ、毎日投稿!(希望的観測)
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第二話
温かいお言葉はやる気に、厳しいお言葉もやる気になります。
1話2000文字以上を目指しています。
物語の始まり方は大きく二つに分けることができると思う。主人公とヒロイン含めた主要人物たちが出会う前から始まるか、出会った後から始まるかである。
あくまでも、俺が読んできた範囲――すなわちほとんどラノベであるが、大体どちらかだ。緑の文庫は前者、青の文庫は後者が多い気がする。ピンクは半々。多分、合わせると前者が多い。
恐らく、出会う前なら主人公と主要人物が出会う過程からしっかり描くことができるからであろう。
ただ、別に前者だからおもしろい、後者だからつまらない、というわけではない筈である。実際、どっちが良いのだろうか。
そんな事を、ふと思ったので話してみた。
「なるほど……。飛理也、つまり、仮に僕が主人公だとして、去年の四月から物語が始まるとしたら前者で、今から始まったら後者ってことかい?」
「ああ、その通り。流石だな、政秀(まさひで)」
多分マジメに聞いてくれていたのだろう……俺の唯一の友人である須藤政秀が言ったのは至極その通りである。流石主人公スペックである。
須藤政秀。学力も身体能力も全国クラスで、学年の人気者。俺TUEEEなスペックを持つ、ほぼ主人公である。なんなら主人公でいい。
「で、それがどうしたんだい? 耳かきボイスと関係があるのかい?」
いや、俺が口を開けばすべて耳かきボイスの話になるわけじゃねえよ。まあ、確かに普段はそうだし――
「そう、関係ある。次の音声作品の台本の話だ」
「あぁ、それで。……二人も呼んだほうがいいかな?」
二人とは、俺が所属し政秀が会長を務める「音声作品研究会」の他の会員のことであり、次の音声作品とは、その「音声作品研究会」で制作する作品のことである。
音声作品研究会とは、去年俺達四人にで結成した同好会であり、名前の通り音声作品を研究、そして制作する。音声作品が好きな俺は政秀に勧誘され入会することになった。この高校の校則にある「会員は六人以上」を満たしていないため不正式ではあるが、ある特殊な事情により存続を許されている同好会である。ちなみに部活動は十二人以上必要らしい。無理。
「あいつらはいいだろ。いても役に立たん」
「ひどい言い様だなぁ。一応、演じるのはあの二人なんだけどね……」
それもそうだが、台本制作にあいつらは不要なんだよ。余計なことしか言わねぇし。
「それで、だ。……聴き手が話し手と会っていない音声作品ってアリだと思うか?」
やっと言いたいことが言えました。前置きが長かった気がするが気にしないでおこう。
「う~ん。……ストーキングしていたヤンデレに遭遇した、片思いしていた人に話しかけた、とかかな。一応、恋愛感情が無いのなら耳かき屋さんとか――」
「愛の無い耳かきはただの掃除だッ!」
「結構耳かき屋さんのボイスあるけど……」
「愛の無い耳かきはただの掃除だッッ!!」
「わ、わかったから……」
「愛のない耳かきは――」
「わかったって!」
本当に分かったのだろうか。まあ、耳かき屋の店員が自分に片思いしている同級生、なんてのもあるから一概に否定もできないのだが。
「そういえば、他に嫌いな設定はあるのかい?」
嫌いな設定、か。確かに、いい声、いい音なのに残念ってのはたまにあるな。そう、例えば、
「主人公に俺くんとか名前がついているのは感情移入しにくくて嫌だな。運動部ってのも想像しにくくてやりにくいな。右耳か左耳か確認するのは自分でしたから必要ねえし、耳かきされる音がされていない方の耳にも同じように聞こえるのは流石に耐えられない。シチュエーションボイスと言いながら『ひーくんさんスパチャありがと~』とか言ってくるのもうれ――迷惑だ」
「途中から設定関係ないし、なんかスパチャで貢いでる! 嬉しいって言いかけてたよね!?」
言ってない。なんで俺が裏アカで貢いでること知ってんだ。俺今言ったっけ。言ってないよな?
「まあ、それはいいとして……結局どうするんだい?」
「出会った後……だろうな。初っ端からイチャコラしたい」
そしてずっとイチャコラしてたい。ところでコラってなに? 怒られるくらいイチャついてるってこと?
「……ま、まあ。台本は君に全て任せるよ。ランスさんのを超える台本を期待してるよ!」
「お、おう」
こいつはランスの台本のファンらしく、俺と初めて会った時も俺の台本がランスのものと似てるってので絡んできた覚えがある。まあ、似てるっつうかランス本人だからな、俺。まったく気づいていないが。
「そういえば、ランスさんの台本にも無かった気がするなぁ。どうだったっけ……」
「さ、さあな」
一応、俺の作風が似てるのは俺もランスのファンだから、と言っているから聞いてきたんだろうが……本人に聞いてるんだよなぁ。あったかどうかは覚えてねえけど、今度書いてみっか。
「てか、ほんとあいつら遅えな。補習でも受けてんのか?」
普段は三十分以内に全員そろって何やかんやするのだが、今日は遅い。……いや、別に心配なわけじゃないぞ? 本当だぞ?
「あぁ。麻衣(まい)は補習で、志波は委員会だって。麻衣は迎えに来いって言ってたから、ちょっと行ってくるね。荷物番よろしく」
言うやいなや腕時計を見て、約束の時間が近かったのか知らないが教室を飛び出していった。麻衣がわがままなのもそうだが、こいつはこいつで妹の事に関しては結構抜けてんだよなぁ。つーか荷物置いてくな、ここで待てってのか俺に。
「……帰りてえ」
アイツの荷物もあるし、無断で帰ると少し面倒なことになるから帰らないが、ぼやくぐらいなら別にいいだろ。……はぁ、帰りたい。
前者だと冴えカノに似てしまうのでや止めました。でも後者は後者で生徒会の一存に似てしまう気がします。気をつけなければ……。
愛のない耳かきはただの掃除だッ!!!
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第三話
温かいお言葉はやる気に、厳しいお言葉もやる気になります。
R15にするか迷った。
「なんでお前だけここに来るんだよ……兄ちゃんはどうしたんだ」
「イクの遅かったから待ちきれなかった♡」
須藤麻衣(まい)。音声研究会唯一の一年生で、声優担当。須藤政秀の妹で、煩悩に頭を支配されたバカである。見た目は小柄で可愛らしいが中身は本当に残念な痴女。おかげで全く興奮しない。
「あのなぁ……約束の時間を破った奴はもちろん悪い。ただ、約束をしたにも関わらず相手を信じずに勝手に行動するやつも、勿論悪いぞ。……アイツが戻ってきたら謝れ」
「柄にもなく常識人みたいなこと言います……びっくりです」
「俺は常識人じゃないと!?」
俺がコイツにするのと同じく、コイツも俺に酷い評価を下しているらしい。
「まったく……一応、俺先輩なんだけど。その態度どうにかならない?」
毎度毎度こいつは嫌味ばっかり言ってくる。この前は俺の外見を挙げ、「だからせんぱいは彼女いないんですよ、改めてください! そうしたら私が考えてあげます!」とまで言われた。猫背はともかく、整形しないと俺に恋人は出来ないのかよ。ていうか目つきの悪さって整形でどうにかなんのかよ。あと何を考えんだよ。
「え~、敬ってないのに敬語使っているし、せんぱいって呼んでるじゃないですか。……それとも、タメ口であ兄ちゃんって呼んでほしいんですか? このへんたい!」
そんな願望ねえよ。ていうか、変態に変態って言われるの割と凹む。
「お前は血の繋がったお兄ちゃんがいるじゃねえか。俺より全てのスペックで優ってるぞ、あいつ」
「アレが兄貴なんてサイアクですよ! スペックが何とか知りませんけど、全然私の為に動いてくれないんですよ! 妹想いスペックはゼロです!」
「……ツンデレってやつか?」
俺の知るラノベ主人公の中で、妹から好かれていない主人公など一人もいない。当然、こいつもそうな筈である、だって主人公スペックだもの。
「違います。ツントゲです」
何だそりゃ。まあ、ツンデレは自分の事ツンデレって認めないからな。まったく……。
「まあ、私は好きな人に大人の色気でアピールしますからね! せんぱいもわたしの色気でムスコさんを元気にしていいんですからね?」
「残念だな、お前みたいなバカの前ではいい子に寝てんだよ」
てか、色気なんて全くないし、他の所で勝負した方がいいと思う。
「別に私で元気になってもいいじゃないですか……というかバカとは何事ですか! バカとは!」
「はぁ!? お前はバカで変態だろ!」
本来の俺はとても紳士的であり、女性に暴言など決して吐かないのだが――あ、いや、別に女性が苦手なわけではないぞ! 本当だぞ! そもそも女性と話せないわけじゃ……! って誰に弁明してんだよ。……俺は紳士だから女性に暴言など決して吐かないのだが、コイツを含めた一部の女子は別だ。理由としては、「政秀に惚れているな違いないから、俺が彼女らにどんな感情を持たれても関係ない。むしろ、恋人の友人ともうまく付き合うことが必要」というもの。だって、こいつ妹だから絶対惚れてんじゃん。
「ひどいです先輩! こうなったら先輩が女子を泣かせる鬼畜ってウワサを学年で流しますよ!」
「残念だったな、そんな噂を流しても『二年の持内先輩……だれ?』となるだけだ。人の噂も七十五日、とはよく言ったものだが、俺の噂は七十五秒で終わる」
「一分五秒で終わるんですか先輩のウワサ……ま、まあ、ウワサになっても私が困りますけどね」
「なるほど俺の知り合いだから迷惑と。……あと、一分は60秒だバカめ」
少し心配になってきた。コイツ、数学の補習を受けてきたのではあるまいか。
「ちょ、ちょっと間違えただけです! そんなにバカバカ言わないでください!」
顔を紅くして弁明しているバカ。こんな感じで幼い感じを出せばいいのに。
「ん、どうしたんだバカ。現実を突きつけられてショックなのかバカ」
「本当に鬼畜です! こうなったら――」
おうおう、こうなったら?
「――先輩はホモで兄貴とカップルだってウワサを流します!」「申し訳ありませんでした」
それだけは止めてほしい。シャレにならん。俺と政秀は確かに友人ではあるが、一緒にいる姿を勘違いされるのは本当にマズい。
「悪かったよ、マジで勘弁してほしい。帰る前に自販機でジュース買ってやるから」
椅子に座ったまま机に頭がぶつかるまで頭を下げた。人に物を頼むとき腰は低く、交換条件を用意して、だ。
「まあ、カ〇ピスで勘弁してあげますよ。……先輩の、今出してもいいですよ♡」
「おう須藤妹。カラダにピースしてやろうか。目だぞ」
「目潰しって言うんですよ、それ。……あと、須藤妹は止めてくださいって言ってるじゃないですか」
いや、確かに須藤は二人いるから止めろと言うが、いくらどう思われてもいいとはいえ名前で呼ぶのはどうなんだとは思うんだが。
「まあ一応、友人の妹だからな……『親戚のお兄ちゃん』みたいに呼べばいいか」
「ま、まあ? 別の関係でもいいですけど?」
別の関係ってなんだよ。奴隷になるつもりはねえぞ。……親戚のお兄ちゃん、親戚のお兄ちゃん……クソ、親戚に会ったことねえ! 美人の従姉が欲しかった!
「もうさっさと兄ちゃん呼んでこいよ、ま……麻衣……」
おかしいな、何回か呼んでいた筈なんだが、猛烈に恥ずかしい。
「はぁい、じゃあ行ってきますね飛理也先輩!」
「あ、あぁ……。って、ならアイツの荷物を……っ!」
……行ってしまった。寂しいわけじゃない。別に好意を抱いているわけではない。
ただ、ただ……少しアイツが羨ましい。
パロディを控えようとは思っているのですが、理性を抑えられずにカル〇スを出してしまいました。
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第四話
温かいお言葉はやる気に、厳しいお言葉もやる気になります。
一応、一話がプロローグ、二話から四話が一章ということになります。
手持ちぶさたな風薫る五月の放課後。友人から荷物番を頼まれ帰るに帰れない俺は、頬杖をついて台本の内容を考えていた。自習? するわけねえだろ。
机の木目をぼうっと見ていると、眠くなってくる。だが、少し浮いてきた頭の時こそいいアイデアが浮かぶこともある。そして――
そういう時こそ、邪魔が入る。ガララとドアがスライドし、誰かが入ってきた。
「あれ? マサくんと麻衣ちゃんは?」
声の主は荷物を机の上に無造作に置くと、俺の正面に座った。
「……ここに政秀の荷物があるから近いうちに戻ってくる。……委員会お疲れさん」
質問に答え、更に委員会の激務をねぎらう。良い男すぎて自分に惚れそうだぜっ! なんつて。
「何でアタシが委員会に行ってたなんて知ってんの? ストーキングは良くないわよ」
「してねえよ。何でお前を尾行しなきゃいけねえんだよ」
「いや、だって――」
「ああ、わかったわかった。これ以上俺を妄想に巻き込まないでくれ」
小佐野(おさの)志波(しなみ)。音声作品研究会の編集兼声優担当。政秀とは小学校低学年の時に同じクラスだったらしく、その後転校してしまったが高校で再会した、というドラマのような関係である。当然、政秀に好意を抱いているはずなのだがその間に何かが捻じ曲がってしまったらしく、今は政秀と俺が小佐野を取り合っている、という妄想をしている。
いや、タイピング速度は早いし、編集もできるし、重要な人材ではある。あるんだが――
「もう、照れちゃって~」
うぜえ。ただただ、うぜえ。いや、お前政秀のこと絶対好きだろ。好きになりようしかないシチュエーションだろ。なんで俺と争わせるんだよ。俺は争わんからいいって。俺も左手でキーボード打って、右手で自分を慰めるから。
「そういえば、なんであの二人いないの?」
「あぁ……まあ、補習終わりの妹を兄が迎えに行った、て感じ」
「なんだ、たまにはお兄ちゃんするのね」
あいつは約束の時間を直前まで忘れていて慌てて飛び出したんだがな。まあ、言わずが花とも言う。言わないでおいてやろう。
「……そうだな」
あいつは麻衣にとっては大切な兄であり、小佐野にとっては大切な幼馴染であり、俺にとっては大切な友人である。
誰かに大切だと思われることは素晴らしいことであり、誇らしいことである。つまりあいつと俺は違うってことだな。…………。
「どうしたの? 怖い顔しているけど」
正面に座っている小佐野が俺の顔を覗き込んでいた。思わず頬杖をやめ背筋を伸ばした。びっくりしただろうが。
「何でもねえよ。少し考え事を……顔紅いぞ、風邪か?」
「あ、暑いだけよ。まだ衣替えの時期じゃないのにもう暑いから、ちょっとね」
確かに暑いが、この教室――学校のはずれにある第三小講義室には冷房器具が無い。我慢してもらうしかないな。
「でも確かに、こう暑いと冷たい飲み物が飲みたくなるよな」
「何? 買ってきてくれるの?」
「自分で買いに行け。これ以上奢ってたまるか」
俺は今日既に、あの痴女にカルピスを奢る約束をしてしまっている。バイトはしてないので昼食代兼お小遣いから引かれることになるため、明日はから揚げ定食から1ランクダウンして薄いカツを乗せたカツ丼を食べる派目になる。2ランクダウンはかき揚げうどん。これ以上、じゃないか。これ以下は考えたくないので割愛。たかが昼飯、と思われるかもしれないが、寝起きはお腹が空かない体質のため朝飯を抜いている俺にとって、昼食に何を食べるかは重要なのである。
「……これ以上?」
あ、やべ。
「な、何でもねえよ。忘れてくれ――」
「先輩戻りました! さあさあ、先輩のカルピスを!」
あぁもう、本当、何だかなぁ!
「麻衣ちゃん、カルピスって何の事?」
「志波先輩! さっき持内先輩がカルピスを奢ってくれるってなったんです。志波先輩もいかがですか?」
「いいね、じゃあ私もカルピスで!」
おい勝手に決めんなお前ら。おい、政秀助けてくれ!
「僕もカルピスで」
「政秀、お前もか。ていうかなんでこんなに遅かったんだ」
正確に時間を計ったわけではないが、一年生の教室から戻るならもっと早くも度れただろう。どこで道草食ってたんだ、まったく。
「ああ、今日の仕事について聞いてきたんだ。今日は無いそうだから帰ろうか」
なら仕方ないか。まあ、今日は無いってことは明日とかが大変そうなんだが、そこはそれ。まずは目の前の現実に向き合おうか。
「さあ、自販機まで早く行こうか。さっきの話の続きとしゃれ込もう! 設定は音声作品において重要だからね!」
なんでお前リアルの彼女できそうなのに音声作品にドはまりしてるんだよ。なんでそんなに熱い情熱燃やしてんだよ。
「先輩、流石に制服は駄目ですが、Yシャツにならカルピスこぼしてみてもいいですよね!」
知らん。シミになるかもしれないからやめとけ。
「こういうイベントって、飲み物が入れ替わっちゃって間接キ、キス? が定番よね!」
だから知らんて。自分言い出したことに照れてんじゃねえよ。
「はぁ……本当にこいつらは……」
翌日。
「うどん、旨い!」
昼食が素うどんになりました。
香川のうどんを食べると価値観が変わります。具体的に言うと、乾物うどんが食べられなくなります。マジです。
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第五話
温かいお言葉はやる気に、厳しいお言葉もやる気になります。
毎日投稿、辛えぜ……
音声作品研究会の活動は、大まかに分けて二つある。
まず一つは、音声作品についての活動である。普段は音声作品の研究――という名の雑談で、たまに音声作品の制作――という名のパソコン弄りがある。制作とか言いながら、録音は小佐野と麻衣は別々に行い、小佐野がパソコンでそれをいい感じにしてくれるので、俺達三人はネットの海を好きなようにサーフィンしている、というわけだ。
そして、二つめが少し厄介なもので――
「よし、その書類が終わったら次はこれだ。まだまだあるぞ」
「もう少し手心、というものを加えていただきたいのですが。生徒会長」
「こ、こんな公共の場でくわえるなんて……!」
「痴女は黙れ」
生徒会の雑用である。生徒会にも働き方改革の波が来たようで、昨年度から週2休暇制度を採用している。これは月曜日から金曜日までの内2日を生徒会役員の休暇にするという制度であり、その休暇の日にある仕事を正式な同好会でない俺たちがやることによって会の存続を認められている。そしてそれは、あるパイプが無いと成り立たない関係である。
「手心なんてあるわけないだろ。最終下校時刻まで働いてもらう。さもなければお前らの同好会は解散だ!」
「飛理也、その書類は僕がやるよ。……夜野(よるの)先輩、その書類も僕が」
「お、サンクス」
書類を適当に取って渡す。元凶こいつだしな。
「政秀くん、そんな面倒くさいもの持内にやらせればいいのよ」
「ひどい待遇だ! 労働組合に訴えてやる!」
「モチくん、諦めよう……。生徒会に労働組合も何も無いよ……」
小佐野が夢も無いことを言ってくる。ていうか、マサくんだのモチくんだの二文字にするの好きだなお前。「アンタ気持ち悪い」を「キモ」に略したのお前か? あの二文字が俺をどれだけ傷つけたと思ってんだ。
「持内、お前はこれだ」
目の前に置かれる書類の山。
「ドS! ドS生徒会長!」
「ふっ……何とでも言うがいいさ……」
「普段は優しいんだけどね……」
「ば、バカな事を言うな!」
夜野真夏(まなつ)。この高校の生徒会長であり、政秀の従姉である。ほんとこいつは……。政秀は優しいと言うが絶対信じない。だって俺に一番仕事させるんだもの。そして当然政秀のことを好きだろうし、生徒会長が悪口を広めるのは不信任ものだから俺は安心してドS生徒会長と呼ぶ。このドS生徒会長!
「夜野先輩、確かに飛理也だけやけに書類が多い気がするんですが……」
「だよな、政秀! 明らかにおかしいよな! ドS生徒会長!」
さっきから、ストレスの余り声が大きくなってしまっている。俺の全部の台詞にびっくりマークがついている感じだ。正確には……何だったか、エクスクラメーションマークっていうんだったか。まあいいやびっくりマークで。
「私にドSなんて言うからよ。自業自得、というやつね」
「おかしいな~。俺は真実を言ってるだけなんだけどな~」
「そういうとこですよ、先輩」
「まったくよ」
ここにいる女子全員が敵になってしまっている。……やっぱり、持つべきは同性の友達だよな!
「政秀、お前は俺の味方だよな……?」
ここに居る唯一の男子、政秀の方を見る。お前だけが頼りだ。
「言い過ぎじゃない?」
「お前もか」
ここに俺の味方はいなかった。昔から思ってたけど、「ぼっち」って「孤軍奮闘」って言い換えたらめちゃくちゃかっこいい。俺は孤軍奮闘中だぜ!
「でも、確かに多いですよね。……先輩、こんなにたくさん♡」
「いや、今の間でそれを思いついたのは感心するけどもう遅いだろ」
「こんなにたくさん♡」
「不屈の精神……!」
「え、せーし?」
「言ってねえよ! あぁ疲れる」
書類は多いし下ネタ多いしほんと――
「減らしてほしいわ……」
「え、フェ――」
「もうやめろ」
一応、口を動かしながらでも対応できているが流石に下ネタを聞きながら作業するのは精神的に辛いものがある。なぜだろう。……思えば、親が留守の時に半裸で十八禁音声を聴いたときにもにたような辛さがあった。あの時は脳に必要な血が下半身に流れることによる脱力感だと考えたが、今は正常に血が流れている。本当になぜなのだろう。
「モチく~ん、イチャついてないで終わった書類ちょーだーい」
「あ、悪い。……つーかお前は俺と麻衣がイチャついてていいのかよ」
小佐野は生徒会室備品のノーパソを使って、俺達が書類からピックアップして蛍光マーカーを引いたデータを表にまとめてもらっている。そしてこいつは妄想大好き女子で、俺と政秀を美化し取り合いをしている、という妄想をしている。だから俺と麻衣がイチャついてる、とからかうのはどうなんだ、と思って訊いてみた。小佐野と麻衣は仲が良いが付き合いは一か月ちょいなので妄想での関係性がわからん。……いや、まあ知りたかないけど。本当に俺、なぜ訊いてしまったんだ。
「一部のシナリオにはライバルとして別の女の子が出ることもあるの。だからその子から妨害を受けることもあるの。まあ、大体その子は自爆しちゃうんだけどね」
「なに? 乙女ゲーのシナリオの話になるのかよ。訊くんじゃなかった」
「違うわよ。でも、私と麻衣ちゃんは友達だから。生徒会長といっしょでライバルではあるけど」
「し、志波先輩っ!」
「わ、わたしは、別に……」
何のライバルだよ、と呆れすぐに気づいた。こいつら政秀を狙う恋のライバルだった。俺だけ蚊帳の外なんだよなぁ。
「い、いいから口の前に手を動かせ! 早く終わらせないと帰らせないぞ!」
「「「……はい」」」
俺たちは同時に答え、
「ははは……」
三人をライバルにさせた男は、苦笑していた。
今日は寝ない予定です。昨日は午前四時に寝て午後四時に起きました。
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第六話
温かいお言葉はやる気に、厳しいお言葉もやる気になります。
ついに、あの伏線が回収!
「ふわ~あ」
五月の朝。風は冷たいものの太陽はとても暖かい。ゴールデンウィークはとっくに終わり中旬ではあるが五月病はまだ完治しておらず、ぼーっと歩き、あくびをし、ぼーっと歩いて学校に向かっていた。ふわ~あ。
俺が登校する時間は始業チャイムギリギリに教室にたどり着く時間。ギリギリまで寝ていても寝足りないが、今のところ遅刻はない。……今学期中は、だが。
『お前昨日のアレ見た?』
『おう見た見た。すごかったよなアレ』
『だよな~』
前方には歩みの遅い三人の男子グループがおり、俺と歩調が合わないため抜かしたいが抜かすのはちと難しい。しかたないので、俺は歩みをそいつらに合わせ、話に内心ツッコミをすることにした。意外に暇をつぶせ、お笑いスキルも上がる。目指せR1優勝! 相方作れねえのかよ。
『そういえば小テストの勉強やった? 俺全然やってなくてさ』
やったやつの台詞だぞそれ。やってねえやつはそんな話題振らねえよ。
『お~余裕余裕』
やってねえやつの台詞だぞそれ。多分こいつテスト直前に丸暗記するタイプだ。
『う~ん、昨日一通り復習したんだけど三平方の定理の応用ができなくてさ』
『さ、三平方……?』
わかってねえじゃねえか! てか、そういう場合は基本を完璧にしとけ。そうしたら応用もある程度出来っから。
『そういえばウワサで聞いたんだけどさ』
お、学校のウワサか。共通の話題としては知っておくべきかもしれないが、政秀はあまりそういう話はしないからな。盗み聞きをさせてもらおう。
『今年の体育祭は応援合戦が無くなるらしいぜ』
お、それは嬉しい。六月上旬に体育祭が予定されているが、去年の体育祭は蒸し暑くてしんどかった。水分補給を勧められてはいたが、応援で喉が渇いて本当にしんどかった。だから応援をひたすらやる、というプログラムである応援合戦が無くなるのは非常に助かる。
『そういえば、なんか俺らの学年に女子を泣かせまくっているクズ野郎がいるらしいぜ』
うわ、最低だな。一人の男として腹立たしいし、軽蔑する。一体どんな奴なんだ、まったく。
『落合っていうらしいんだけど、そんな奴二年生にいたっけ?』
『落合……だれ?』
……………………俺には関係ない。そうに違いない。とりあえずあの痴女に会ったら問い詰めるが、俺には関係ない。そう思っておこう。俺の名前とよく似ているが、気のせいだ、気のせい。いや、本当に。気のせいだし関係ない。……そう思わないとやっていけない。
『……おい、正門でなんかやってるぞ』
『うわ、持ち物検査じゃねーか、あれ!』
持ち物検査。昔の学校では当然のように行われていたが、今はプライバシーとかなんとかで廃れた行為。俺も中学生の頃までどこの学校もやっていないと思っていたのだが、驚くべきことにこの学校では以前から導入されており、風紀委員会と生徒会が週に一度合同で行う。最近めっきり行かなくなったが、遊園地や大型イベントで行われるような大掛かりなもので、カバンの中はもちろんポケットの中までくまなく検査され、服装検査も兼ねる。
俺は以前、持ち物検査はクリアできても「前髪が長い」と服装検査に引っかかったことがあり、以来気をつけるようになった。
「お、おはようございます」
「おはようございます。それでは鞄を開けてください」
正門から学校敷地内に入ると工事現場でよく見る誘導棒で複数の列に分けられ、朝の挨拶の後鞄を開ける。風紀委員の女子だったが、こ、コミュ障でも挨拶くらいは出来る!
「特に違反しているものは――おや、この本は何ですか?」
本……うわ、休み時間に読むものだが、見られては非常にまずい。ラノベだから挿絵と表紙が際どい、ていうのもあるが他にも理由がある。ブックカバーもしているし、とにかく誤魔化すしかない。
「しょ、小説です!」
「マンガのようなサイズですが……」
何だよ、近頃の風紀委員は文庫本とマンガのサイズも分からねえのかよ! ……まあ、最初のカラーページは漫画なんですけどね……。でも一応ラノベ。一応小説。
「まあ、小説なら問題はありません」
ほっ。
「では、次にポケットを確認させていただきますポケットの中身を全部出し、何も入れていないか証明してください」
細けえな、と思いながら素直に従う。従わない場合は執行妨害として反省文を書かされるらしいし、女子に逆らう気力はない。……痴女と妄想女とドS女は別な。
「はい、携帯電話の電源も切ってありますし、問題ありません。……始業まで時間が無いのでお急ぎください」
「はい、ありがとうございました」
返してもらった財布とスマホとティッシュをポケットに入れ、カバンを受け取った。よし、無事に終わった。時間もないし、さっさと教室に行こう。
『夜野先輩! これは違うんです!』
『何が違うんだ、証拠ならここにあるではないか!』
……よし、見なかったことにしよう。時間もないし、さっさと教室に行こう。そうしよう。
『あ、飛理也! 助けて!』
『も、持内! お前もちょっと来い!』
しまった、見つかった。
「つーか何してんだよ。持ち物検査にでも引っかかったのか? 優等生なのに」
こいつは成績優秀で生活態度も非常にしっかりしており、人当たりもよく音声作品厨というスペックの優等生だ。持ち物検査に引っかかるはずがない。
「いや、僕は……持ち物検査に引っかかってしまった……。ごめん、飛理也……!」
「なん……だと……?」
そんな……バカな……!
「あー。……とりあえず生徒会室行くぞ」
一人空気を読まなかった。
明らかになる真実……!
次号、センターカラー!
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第七話
温かいお言葉はやる気に、厳しいお言葉もやる気になります。
今回出てくる飛理也の昼休みの過ごし方は本当にお勧めです。長々と弁当食ってるよりよっぽど建設的だと思います。
朝の生徒会室。放課後は何度もあるが、朝の生徒会室は初めてな気がする。……何も変わらねえな、紙の匂いがするだけだ。
「で、何で俺もここに連れて来られないといけないんだよ……」
「でも、確かになんで飛理也も連れてきたんですか?」
「き……気まぐれだ! お前もどうせ違反したんだろう!」
「してねえよ! 偏見がひどい!」
いったいこのドS生徒会長は俺を何だと思っているんだろう。そして、気まぐれだったらもっと持ち物検査を何だと思っているんだろう。
「で、政秀。お前は何を持ってきたんだ」
「ああ、これだ。持内、お前も何か言ってやれ!」
「飛理也、これを見て分かってほしい。……僕は無実だって」
……何これ? 俺が生徒会長の言い分と政秀の言い分を判断しなくちゃいけないってことか? 友人である政秀の弁護をしたいところだが、コイツには一昨日裏切られているからなぁ……カルピス……。
「じゃあ、もう一度このカバンを開けるぞ」
「だから違反しているものは入っていないって……!」
「はいはい、わかってるから。お前がそういうの守るって俺はわかってるから」
そう政秀をなだめて、カバンの中身を覗き込んだ。そこにあったのは――
「長芋、パックに入ったエビフライ、つまようじ、炭酸水、綿毛になったタンポポ、ねこじゃらしの草……」
「ね、飛理也! 違反になるなんて不当だよね!」
「政秀……残念ながら、これは駄目だ」
うなだれる政秀。逆になんでいいと思ったのだろう。……まあ、ある程度わかるが。
「おい持内、なんで政秀はあれほど自身があったんだ? 同好会で使う、とかほざいていたが」
うん、まあ……その通り。
「音声研究会で使うからですよ……耳かきとして」
「…………は?」
うん、気持ちはわかる。政秀の気持ちも、生徒会長の気持ちもわかる。とりあえず、生徒会長に説明してあげることにした。
「えっと、これら全て『耳かきボイスに使われている』ものなんです。耳かきボイスは通常耳かきや綿棒で、耳の形をした音質が良い状態で録音ができる『バイノーラルマイク』を擦って録音するのですが、最近は変わり種も多いんです。長芋は先端の細長い部分、つまようじは持つ方の溝でやったりしますね。ちなみに炭酸水はそれほど変わり種でもなく、綿棒に浸して使うことが多いですね。」
「だからといって、長芋やエビフライを使うのは頭が――」
「これ以上はやめましょう! 許可を取ってないんですから! ごめんなさいファンですチャンネル登録してます!」
「急にどうした……まあいい、没収だ。エビフライと炭酸水以外は下校直前に取りに来い」
「そ、そんなぁ……え? どうしてエビフライと炭酸水?」
確かに、なぜだろう。何か共通点は……あっ。
「昼食だろ? ……持っていけ!」
「よ、夜野先輩……」
なんだ、ドSなだけじゃなかったのか。……ちょっと見直したぞ。
「すみません、僕……エビフライそんな好きじゃないし、炭酸飲めないんですけど……」
台無し。
「へ~、そんな事があって朝の会遅れたんだ。……私、となりのクラスで本当によかったわ。問題児もいないし」
「おい、待て。俺は問題児じゃない。」
「僕もさ」
いや、俺は少しお前への評価を考え直しているよ……相変わらずの音声作品厨だが、ここまでとは思わなかった。
「兄貴、昔からダメだよね~、おいしいのに。……持内先輩! 先輩は私のジュース飲めますよね♡」
「あのなぁ……ちょっとそれは下ネタ強いぞお前」
「え? 何よ、普通の会話じゃない。何を考えているのか知らないけど、変態なんじゃないのアンタ」
「うん……お前は知らない方がいいし、知らないでいてほしい。ついでに言うと俺は変態じゃないし、麻衣は変態だ」
そして、「私のジュース」なんてフレーズを下ネタに変換できてしまった俺も少しマズいのではないだろうか。俺は麻衣に毒されてしまったのではないだろうか、と思う今日この頃。
「で、だからと言って放課後にエビフライをおすそ分けするバカがどこにいるんだ」
「えへへ……二本は食べたんだけど、まだ十本あってさ」
「そういう音声作品があるからって学校に持ってきたのもおかしいけど、それでエビフライを1ダース買うのもおかしいと思うわ……」
「おう、とりあえずお前がまともで良かったわ……。妄想の時はアレだけど」
「何よ、アレって。何かひどい事を指している気がするんだけど」
正解。指示語を正確にして丁寧にすると、「お前が妄想している時は気持ち悪い」になります。でもそういう事を直接言わず、しっかりぼかしてくれる俺に感謝してほしいですね。
「実はね、昼休みに飛理也にあげようと思ったんだけど、いなかったからさ。」
「さっさと学食でメシ食って図書室でのんびり本を読むのが、俺の最高の昼休みの過ごし方だからな。てか、俺じゃなくていつもギリギリまで一緒に飯食ってるお前のダチにでも頼めばよかったんじゃ……?」
ちなみに、昼休みの図書室は静かだし、昼休みの担当らしいいつもいる図書委員も話しかけてこないので快適だが、誰かいると俺が本に集中できないので人に勧めた事はない。そして勧める相手もいない。政秀は長々とメシを食ってるし、麻衣と小佐野は本を読まない、はずだ。バカだから。
「…………あっ」
どうやら、もう一人バカ候補がいたらしい。勘弁してくれ。
次回、エビフライ戦編突入(?)
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第八話
温かいお言葉はやる気に、厳しいお言葉もやる気になります。
一分遅れたッ!
「で、これどうすんだ?」
第三小講義室に一つだけある中型の机の中心には、エビフライ十本が入ったパックが置かれている。政秀が昨日の夜にスーパーで買ってきたものらしい。そもそも賞味期限は大丈夫なんだろうか……?
「そういえば昨日、冷蔵庫の奥に入ってたような気がしますね。ちゃんと保存してたから大丈夫なんじゃないですか?」
「おいおい、ナチュラルに心を読まれてんだけど。こういうのって小説特有の表現じゃないの?」
「仲良いわねアンタら……」
どこがだ。お前の目は腐ってるのかよ。ちなみに、俺の顔は腐る通りこして死んでいる。
「志波先輩もじゃないですか!」
「わ、私は同じ学年だけどクラスは違うし……ていうか持内、アンタ今私の事バカにしなかった?」
「しっ……してないしてない」
何だこいつら怖い……。俺が痴女とか妄想女とか読んでいる事もばれているのだろうか。勘弁してほしい。
「で……で、だ。ここにエビフライは十本ある。男三本、女二本で十本。これでいいだろ」
「「「異議あり」」」
三人同時の異議あり。麻雀の同時ロンじゃあるまいし。アレをされた時は本当に自分の運を憎んだ。
「僕、さっき二本食べたからもう無理……。胃もたれが……」
「いやお前、胃が弱すぎない? 二本で限界とかおっさんじゃあるまいし……」
いや、俺の親父も揚げ物は結構食うからお爺さん? か。とりあえずお前は胃腸薬持ち歩け。そして三本食え。
「じゃあ、先輩はたくさん食べれるってことですね! ……ほら、こんなに太くて大きいのがたくさぁん♡」
「いや、俺は油ものとか制限しているからそんなに食えんぞ」
「え、持内アンタ食事制限してるの? その年で?」
そう、俺は食事制限をしている。まあ、食事制限とはいってもあまり厳しく制限してもストレスがたまるだけだから緩くではあるが、それでも糖質と資質をある程度制限している。その二つは太る原因になるからだ。……当然、エビフライには脂質が含まれている。
「先輩、流石に食事制限するには早いと思うのですが……成長期だし……」
「いや、食事制限とはいえど量を思い切り少なくするわけじゃない。ただ、摂取栄養素を調節しているだけだ」
「違いがわからないですけど……まあ、いいです。私の分食べてください」
「……俺の話聞いてた?」
だからそんなに食えねえっつってんだろ。五本だぜ五本。
「私のもよろしく。……乙女にカロリーは大敵なのよ」
だからそんな食えねえっつってんだろ。七本だぜ七本。
「とにかく、お前らは二本食え。カロリー取った分運動すればプラマイゼロだ。頑張れ」
俺の持論、「食った分動けば太らない」。もっと世間に広まるべき。ちなみにカロリーは主に糖質、脂質、たんぱく質を足した表記だが、実はたんぱく質はまったく太る要素ではないため、カロリーだけで判断するのはあまりよくないので気をつけよう。
「せんぱ~い、食べ終わったら私と一緒に運動しましょ♡」
「おう、食べた直後に運動するのは身体に悪いから、あとで腹筋に効く筋トレを教えてやるよ」
「思ってた運動と違う……むぅ」
ん? 腹筋じゃなくて、なけなしの胸を少しでも増やすために胸筋の方が良かっただろうか。
「まあ、とにかくアンタが食べた分運動すればいいのよ。十本だから……十キロ走れば痩せるんじゃない?」
「うん、とりあえず今は『走れば痩せるって安直すぎるだろ! 逆に痩せにくくなるという説があんだよ!』などというツッコミは抑えておこう。……十本も食えるかッ!!」
「まあまあ、頼むよ飛理也。僕も一本は頑張って食べるからさ」
「ま、まあ……お前はこいつらよりもちゃんとした意識があってよかったよ。いくら主犯とはいえども」
そう、いくら主犯とはいえども。
「志波先輩、少し考えが」
何やらごにょごにょしているが、何を企んでいるのだろう。
「え!? ……うん」
小佐野の顔が赤いが、何を企んでいるのだろう。
「わ、わー。こんなにも大きくて太いから入るかなー」
「小佐野やめろ! エビフライ如きでお前まで麻衣みたいなこと言わなくていいんだ!」
余りにアレな光景だったので、仕方なく一本ずつ食わせ、俺は七本食った。
タルタルかマヨネーズが欲しかった。
文字数が足りねぇッ!
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