一番星の日常を観測する (谷川涼)
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「「一番可愛いのはだあれ?」」

第一回 一番星会議。です!


 チーム一番星。

 まだまだ子供なあたしの仲間になってくれたのは、二人の頼もしいお姉さんでした。お二人とも長い髪がサラサラのツヤツヤで、スゴく大人な感じです……!

 アルストロメリアから、とっても優しい甘奈さん☆

 イルミネーションスターズから、とっても賢い灯織さん。

 強力な仲間と共に、あたし小宮果穂はナンバーワンを目指したはずだったのに……。

 

 まずは他のチームを分析する。そして、他チームでは出来ないことを見つける。

 灯織さんの提案で、あたし達三人は事務所で作戦会議をすることに。

 もう賢いです。この用意しゅうとうさは、あたしを含めた放クラの皆さんには難しいと思います。

 ……でも、なかなか思うようにはいかないみたい。

 事務所のソファに並んで座ってチームピーちゃんについて話していたら、分析どころじゃなくなっちゃって……。

 

 ぼふ! っと、甘奈さんは自分が抱えたクッションを叩いた。

 その顔は、いつものニコニコじゃありません。

「いい? 灯織ちゃん。

 いーっちばん可愛いのは、甜花ちゃんだからね!」

「そう? どう考えても真乃だと思うけど」

 あぅ、二人ともスゴいムッとした顔でにらみ合ってる……。

 特に灯織さんの真顔は、あたしまで怒られてるみたいで。

「甘奈が甜花さんを可愛いと思うのは、ただの身内びいきだから」

「それは灯織ちゃんもでしょ!?」

「違う、私は冷静に見て真乃だと思ってる。

 前にパーティーで挨拶を任されたのも真乃だったし、甜花さんに出来る?」

 灯織さんの強い言葉に甘奈さんがウッとした。

「で、できるよ!? ていうかそれは可愛いとはまた違う話!」

「それだけじゃない」

「な、なに……?」

「合同ライブの時も真乃が皆の中心だった。

 これはもうプロデューサーが真乃に一番魅力があるのを認めてるって事。違う?」

 た、大変です……! 甘奈さんがぐうの音も出ないほど打ちのめされちゃいました。大きなクッションに顔を埋めてうなってる。……ちょっとマメ丸みたいで可愛いかも。

 そのままの姿勢で、甘奈さんがボソボソ言う。

「で、でも甜花ちゃんは甘え上手だから……可愛がられる才能なら、一番だもん」

「……確かに、真乃はそういうところ控えめすぎるかも」

「でしょ!?」

 あ、甘奈さんが復活しました。

「て事はやっぱり甜花ちゃんが一番可愛いよねー☆」

「ち、違う。真乃の控えめさはこっちをもっと気にかけさせる高等技術だから!

 それを素でやっちゃう真乃が一番可愛いことに変わりは無いの!」

 ……どうしたらいいのかな。樹里ちゃんと夏葉さんみたいに言い合いが続いてて、凛世さんが平行線って笑って、ちょこ先輩が……。

「まあまあ二人とも、落ち着いて」って言えば収まるんだけど。

 思わず口に出しちゃったら、なんだか二人にスゴく見られてます。

 ちょっと図々しかったかな……?

「こういうときは第三者の意見を聞くのがいいと思う」

「だね☆ もっと早く果穂ちゃんに聞けば良かったよ」

 えっと、つまり……?

「果穂ちゃんも、甜花ちゃんが一番可愛いと思うよね?」

「まさか。果穂も真乃が一番可愛いと思うでしょ?」

 ……二人の視線がスゴくいたいです。

「えっと……」

「果穂?」

「果穂ちゃん?」

 仲間からこんな目を向けられるなんて、ヒーローでも中々ないピンチ……!

「たっ」

 たすけてー、ジャスティスファイブー。

「た……? たちつ甜花ちゃん?」

「なっ、なにぬね真乃!」

「灯織ちゃん……それはちょっと」

「自分でもどうかと思ったけど、甘奈に言われたくない……」

 お二人の視線があたしから外れてホッとしました。

 二人とも目力が強いので少し怖かったです……。

「あ、あの、灯織さん、甘奈さん」

「どうかした? 果穂」

「その、真乃さんも甜花さんもスッゴく可愛いっていうんじゃ……ダメ、ですか?」

 あたしの言葉に、二人が静かにお互いの顔を見て、うなずいた。

「そうだね、果穂ちゃんの言うとおりかも」

「うん、私達はすっごく可愛いチームピーちゃんを越えられる手段を考えないと」

「は、はい! 目指すは一番星です!」

 良かった。分かってくれました……。

 そうして少し落ち着いてきたところ、部屋のドアがガチャリと開いてプロデューサーさんが入ってきた。

「お、新しく組んだチームで親睦を深めてたりするのか?」

 感心感心。と、カバンを机の上に置いたプロデューサーさんは、そのままコーヒーを入れに向かった。

 ……。

 やっぱりブラック! さすが大人です……!

 でも、そんな苦いものを飲んでても……ふっふっふ。

「甘いですねぇ、プロデューサーさん!」

「ん、何がだ果穂?」

「あたし達は今! 作戦会議をしてるんです!」

「作戦?」

「そうです! 他のチームに差を付けて、一番になる会議です!」

「なるほど、いい向上心だ。果穂は偉いな」

 プロデューサーさんはそう言って、あたしの頭をなでなでしました。

「えっへへー」

 こーじょーしんです!

「しかし、そういう事なら俺が口を挟むのはフェアじゃないな」

「そ、それは、そうかもしれません……」

 残念です……。

「そんな事ないよプロデューサーさん☆」

「そうですね、プロデューサーに教えてもらいたい情報があります」

「お、どうした二人とも。真面目な顔して」

 ……まさか、お二人はあの事を聞いちゃうんでしょうか。

「プロデューサーさんは、甜花ちゃんが一番可愛いと思うよね?」

「なに?」

「プロデューサー。正しくは、チームピーちゃんで一番可愛いのは真乃ですね?」

 やっぱり……。もうその話は済んだはずだったのに。

 

「プロデューサー?」

「プロデューサーさん?」

 

 でも、これで決着が付くならプロデューサーさんの意見を聞くのはいいのかも。

 プロデューサーさんは、何て言うのかな。

 

「き、霧子」

 

「え?」

「は?」

「ここは、霧子が一番と言う事でどうだろう?」

 

「「……」」

 

 うわぁ。甘奈さんも灯織さんも、スゴく冷たい目でプロデューサーさんを見てる……。

「プロデューサー、気遣いは入りません」

「そうだよ? はっきり決めてくれた方が甘奈たちも納得できるから」

 プロデューサーさん、今の答えはもしかして逃げの一手だったんでしょうか?

 ……いえ! あたし達のプロデューサーさんがそんな臆病な選択をするわけがありません!

 そうですよね!? プロデューサーさん!

 

「そうだ。二人に配慮はしていない」

「……では、本気で霧子さんが一番可愛いと?」

「プロデューサーさん……だから、お正月の特番もアンティーカに?」

「いや、それは色々と都合が重なってだな」

 皆さんの晴れ着、スッゴく綺麗でした。

「ともかく。二人は『可愛い』の語源を知ってるか?」

 灯織さんも甘奈さんも知らないみたいで首を傾げてる。

「元は平安時代の『顔映ゆし』という言葉だ。

 これは『顔を向けていられない』『気恥ずかしい』といった意味合いを持つ。どうだ?」

「え? どうって言われても……」

「あれ? 霧子を見ているとそんな感じにならないか? こう、神聖な光に目を覆われるような」

「……ならないかな」

「なりませんね」

「ならないです。あたしも……」

 静かになった部屋の中「そうか」とつぶやくプロデューサーさんがコーヒーを飲んだ。

「つまり、チームピーちゃんでは霧子が一番可愛いんだ」

 そう言い切ったプロデューサーさんは「よし、楽しく話せたな」とカバンから書類を出すと、お仕事を始めた。

 甘奈さんと灯織さんは、きょとんと顔を見合わせる。

「灯織ちゃん、どうしよっか?」

 と、隣に座る甘奈さんがあたしの左手をにぎった。

「うん……まさか同票なんて」

 と、隣に座る灯織さんがあたしの右手をにぎった。

「ぁ、あの……なん、でしょうか」

 二人のすべすべの手が、まるで悪の女幹部の鎖みたいにあたしの手をとらえる。

「果穂ちゃん、ちょーっとだけ教えて欲しいんだけど☆」

「怖がらないで果穂。簡単なアンケートに答えるだけで離してあげるから」

 答えるまで離さない。そんな強い意思を二人から感じます……。

 

「甜花ちゃんが一番、可愛いよね?」

「真乃が一番、可愛いでしょ?」

 

「あぅ……」

 

 あたしの体から力が抜けていくのを感じる。

 チーム一番星。一番にこだわるあたし達はいったいどこに向かうのかな。

 願わくば、空に輝く星のように、高みを目指して……いけたらいいな。

 

 こーじょーしん、です!

 

 

 だから……放クラの皆さん。

 

 はやく来て下さい~!!



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A rabbit and costarring

甘奈は、果穂ちゃん灯織ちゃんとウサギカフェに行くことに……。


 事務所での待機中は、だいたい雑誌を読んでいる。

 ソファに座る甘奈の隣には、宿題をする果穂ちゃんと、音楽を聴いている灯織ちゃん。

 灯織ちゃんってば、時々果穂ちゃんに質問されるから、イヤホン付けるの片方だけになっちゃった。

 でも灯織ちゃんって教えるの上手だよね。横で聞いてて分かりやすいもん。声も落ち着いててスッと入ってくるし。先生とか向いてるかも。

 そういえば勉強の漫画でも、クールな先生が一番人気だし。

 そりゃ果穂ちゃんも灯織ちゃんにばっかり聞くよね。

 ……うぅ、ソファに座ってる並び順のせいだと思いたい。

 

 ……気を取り直して、今日の雑誌の特集は……ウサギカフェ?

 なになに。

『最近では、鳴き声を出さないのと、ケージで飼うことができるため、犬・猫に次ぐペットとして、一人暮らしの方にも人気があります』

 へー。

『ウサギは品種や育つ環境で様々な性格を持ちますが、大まかには三種類に分けられます』

 そうなんだ。

『まずは警戒心の強い慎重派。呼んでもすぐに寄ってこず、遠くから様子をうかがうタイプ。ゆっくり親しくなっていきましょう』

 これは灯織ちゃんウサギ。

『そして元気で人懐こいタイプ。すぐにじゃれついてきたり、自由に跳ね回ったりします。ただ、成長すると我儘になったり、自分がリーダーになろうとしたりします』

 果穂ちゃんはそんな事ないよね。

『後は甘えたがりの寂しがり屋。飼い主が離れると音を立て、飼い主を呼ぶようなタイプ。懐き方は可愛らしいですが、留守番もできなくなる可能性があります』

 ……甘奈、留守番ぐらい出来るから。

「甘奈?」

「な、なに? 灯織ちゃん」

「その、雑誌見ながらムッとしてたから。何か変なことでも書かれてた?」

 灯織ちゃんが心配そうに見てくる。

「ううん……何て言うか、性格診断でちょっとした図星を突かれた感じ?」

「へぇ……見せてもらっていい?」

「え、うん。いいけど」

 はい。と雑誌を開いたまま渡すと、灯織ちゃんが不思議そうな顔をした。

「ウサギカフェ?」

 何で? といった顔で甘奈を見た灯織ちゃんだけど、その隣にいた果穂ちゃんの反応の方が大きかった。

「ウサギカフェ!? ですか!?」

 果穂ちゃんの目がキラキラしてる。

「果穂ちゃんはウサギ好き?」

「はい! ウサギさん、モフモフでかわいいです!」

「だよね☆ 写真だけでもめーっちゃ癒されるよ」

「はい! 特にこの後ろ足だけで立ってる子! とってもかわいいです……!」

「果穂ちゃん。その仕草、警戒中なんだって」

「えぇ!? そう言われると、なんだかキリッとしてるように見えてきました……!」

 果穂ちゃんがすっかり雑誌に夢中になっちゃった。宿題の邪魔しちゃったかな……。

「あ」

 灯織ちゃんが小さく声をあげた。

「どうかした?」

「うん。このウサギカフェの場所、今プロデューサーがいる現場の近く」

 ……よく知ってるね、灯織ちゃん。

「それじゃあ、事務所で待ってるのもなんだし、お迎えついでに行っちゃおっか?」

「あ、甘奈さん。ウサギカフェにですか?」

「もち☆ 果穂ちゃんも来る?」

「行きます! 行きたいです!」

 果穂ウサギちゃんは、すっごい元気。

「よし、決まりだね。じゃあ行こっか」

「あ、甘奈」

「灯織ちゃん? 行かないの?」

「い、いや行くけど。ウサギカフェのついでに、プロデューサーと合流するだけだから……」

 だよね。灯織ちゃんが言い出したんだし。

 灯織ウサギちゃんは、あんまり素直じゃない。

 

 ・ ・ ・

 

 というわけで、やって来ましたウサギカフェ。

 スリッパに履き替え、手を消毒し、エプロンを身につけて、やっと準備完了。ウサギは繊細なんだよね。

 隣を見ると、果穂ちゃんが目を輝かせて店内を見渡している。

「……! ウサギさんが、いっぱいいます!」

「果穂。足下、気を付けて。ウサギは骨が弱いから、ちょっと当たっただけでも大変って」

「そ、そうなんですか!? 気を付けます!」

 さすが灯織ちゃん、予習はばっちり。

 ウサギがウロウロする中を店員さんに案内されて、甘奈たちは一つのテーブルの周りにある座布団に腰を下ろした。

 すると早速ウサギたちがやってくる。

 いきなり脚に上ってくる子や、鼻先でツンツンしてくる子。もちろん離れたところからジッと見てる子もいる。

 果穂ちゃんは、膝の上に四匹も乗せて夢心地に。

「小っちゃくてかわいいです……!」

 その様子をジッと見る灯織ちゃんの膝の上は空いていた。一匹も乗っていない。なんとなく悲しそうな顔をしている。

 なるほど。類は友を呼ぶとはよく言ったもので、灯織ちゃんの後ろには、灯織ちゃんの様子をジーッとうかがうウサギたちがいた。たぶん、灯織ちゃんに近付きたいんだよね。

 でもごめん灯織ちゃん、甘奈は動けない。

 ついさっきから甘奈の太ももを占領して、だらしなく寝転がっている子がいるから。

 ぽつんと座る灯織ちゃんを見かねたのか、店員さんがドライリーフを灯織ちゃんに渡しに来た。

 一瞬、嬉しそうな灯織ちゃんだったけど、すぐにキリッとした顔に戻った。「おやつの数には限りがある、失敗は出来ない」そんな表情だった。

 真顔の灯織ちゃんが、四つん這いになってウサギたちに近寄る。

「お、おいで……!」

 そう言った灯織ちゃんが差し出したドライリーフは震えていた。ぷるぷると、その緊張はウサギにも伝わりそう。

 緊張の一瞬。

 案の定、その震えはウサギたちへのラストアピールとなった。

 ウサギたちは散り散りに。灯織ちゃんのメンタルはボロボロに。

「どうして……」

 大変……! これじゃあ悪徳記者の人にすっぱ抜かれちゃう!?『高嶺の花、風野灯織はウサギにも距離を置かれる悲しいアイドルだった!?』なんて見出しが頭の中をよぎった。そんな事させない……!

「灯織ちゃん! この子をどうぞ!」

 甘奈の太ももでダラダラしてた甜花ちゃんウサギは、甘奈にされるがまま灯織ちゃんに差し出された。

「えっ、甘奈?」

「抱っこ、してあげて?」

「で、できるかな……」

 灯織ちゃんは、そう言っておずおずとウサギに手を伸ばす。

「大丈夫だって。甜花ちゃんみたいに優しいから」

「甜花さん?」と、つぶやいた灯織ちゃんは、両手にウサギを乗せた。

「……」

 目と目が逢う~♪

「……」

 ウサギと見つめ合った灯織ちゃんは、意思疎通が出来たのか、無事にその子を胸に抱いた。心なしか誇らしそうな顔をしている。

「甘奈、ありがとう」

「どう致しまして。でも、お礼はその子に言ってあげて」

「うん。甜花さんウサギも、ありがとう」

 灯織ちゃんの胸に抱かれたウサギは、その言葉が聞こえているのかいないのか、目をつぶりながら、灯織ちゃんの胸にフワフワのあごをスリスリ。

「ふふ、可愛い……」

 灯織ちゃんが優しい笑顔でウサギを見る。よし、これなら悪徳記者さんも悔しがるよね。

 

「いいなぁ……」とは、果穂ちゃんのつぶやき。

「どうしたの? 果穂ちゃん」

「あ、甘奈さん……。あたしも、ウサギさんを抱っこしたかったんですけど」

 下を見る果穂ちゃん。そこには、元気にはしゃぐウサギさんが四匹もいた。クッションに座る果穂ちゃんは障害物。まるで、追いかけっこでもしているみたいにウサギ達はじゃれていた。

「ウサギさん達、つかめる隙がありません……」

「果穂ちゃん……」

 どうしよう。甘奈の甜花ちゃんウサギは灯織ちゃんに渡しちゃったし……。

「果穂」

 灯織ちゃんが、元気のない果穂ちゃんに声をかけた。

「灯織さん……」

「この子、抱っこしてみる? 大人しいから」

「い、いいんですか!?」

 灯織ちゃんは胸に抱いているウサギを差し出そうとしている。でも動じない、甜花ちゃんウサギは大物だから。

「ほら、果穂」

「は、はい!」

「ウサギの両手の下に片手を入れて、反対の手でお尻をすくうように抱き上げて」

 果穂ちゃんは、灯織ちゃんが言ったことを復唱しながらウサギを抱いた。

 そして見つめ合う二人(?)

「……ウサギさん。か、かわいい……!」

 盛り上がる果穂ちゃんにも、甜花ちゃんウサギは動じない。将来が楽しみ、もしかしたら共演する事があったりして。

 

 カシャ!

 

 カメラのシャッター音に振り返ると、そこにはプロデューサーさんがいた。

「プロデューサー、お疲れ様です」

「おつかれさま~」「お疲れさまです!」

「ああ、お疲れ。今、三人の写真撮ったけど、これ使っていいか?」

 甘奈たちのオッケーを聞いたプロデューサーさんが、そのまま携帯を操作する。

「はづきさんに送っておくぞ。

 ……いや中々いい写真だなこれ」

 低いテーブルの前で、ウサギを抱っこする果穂ちゃんが中心の写真。カメラを意識してない、甘奈たちのウサギカフェでのワンシーン。

 あとで甜花ちゃんにも見せてあげようと思う。

 プロデューサーが携帯をしまって、甘奈たちを見た。

「それじゃあ、そろそろ次の場所に移動していいか?」

「はい」「りょーかいです!」

 ……そういえば、甘奈だけウサギさん抱っこしてない。

「甘奈?」

「え、あっ、うん。お仕事だもんね」

 後ろ髪を引かれるような、なんとなく悶々とした気分で、甘奈たちはウサギカフェを後にした。

 

 ・ ・ ・

 

 あの後、ちょっとしたお仕事を終え帰宅した甘奈は、もう寝る準備万端でパジャマの甜花ちゃんにおみやげを付けた。

「な、なーちゃん……? これ……?」

「ウサ耳だよ☆ 甜花ちゃん可愛い~」

「なんで、いきなり……?」

「んー、なんとなく☆」

 ぎゅー! と、甜花ちゃんを抱きしめると、お風呂上がりの温かさと良い匂いが全身で感じられた。

「やっぱり、甜花ちゃんが一番だね!」

「ぇと、良く分かんないけど……嬉しそうで何よりです……」

 甘奈にされるがままの甜花ちゃんは、しばらく身動きが取れなかった。

「甜花ちゃん。甘奈も寝る準備してくるから、先寝てていいよ」

「え……?」

「今日は一緒に寝ようね、甜花ちゃん」

「ぅ、うん……?」

 甜花ちゃんの戸惑いがちな返事を背に、自分の部屋に着替えを取りに行く。

 

 今夜は、ウサギカフェの話をしよう。

 そして、今度は甜花ちゃんも連れて行こう。

 あ……、アルストのイメージカラーとウサギって相性いいかも。子供向け番組いけそう。

 これは千雪さんとプロデューサーさんにも話してみなきゃ。

 

 でもその前に、ウサギ甜花ちゃんを堪能かな☆



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ホットプレートの温度は180℃。温まるまで少し待つ。

正月明けの事務所で、私達三人は料理を作ることに……。


 私達アイドルの主戦場、それはステージ。なんだと思う。

 私達のライブパフォーマンスは録画され、編集され、商品化されたものがファンの皆の元に届く。でも、そこにいつも付け加えられるものがある。

 特典映像というもの。

 それに収録されるのはステージで輝く私達じゃなくて、等身大の私達が参加する企画。

 そう、ステージじゃない他の戦場。

 中でも多めなのが料理に関する番組。偶然にも私、風野灯織がそれなりに出来る分野だ。

 

「灯織さん! キャベツ洗いました!」

 事務所のキッチンに立つ私の隣、エプロン姿の果穂が洗い終わったキャベツをまな板の上に乗せている。

「うん。果穂は千切りって出来る?」

「えっと、焼きそばに入れる大きめのなら切ったことあるんですけど……」

 果穂が残念そうに言う。正直でよろしい。

 困る果穂を気にしたのか、少し離れて冷蔵庫の中を物色していた甘奈が寄ってきた。

「じゃあ甘奈がやっちゃうね?」

「……! ありがとうございます!」

「果穂ちゃんは中に入れる具材、選んでくれる?

 これが味を決める、いーっちばん大事なお仕事なんだから☆」

「はい! りょーかいです!」

 そう言って、今度は果穂が冷蔵庫の方に向かった。あ、手帳にメモをとってる。冷蔵庫を開けっ放しにしないようにかな。偉い。

 甘奈がキャベツを切るリズムのいい音がキッチンに流れる。甘奈も私と同じで、それなりに料理が出来るんだろう。

 ……でも、それなりじゃダメな事は分かってる。上には上がいる。

 今283プロで料理企画をやれば、チームうさちよかめが一番になると誰もが思うはず。定食屋の娘、お菓子まで作れる普通(?)の子、子供心に理解が深いギャル。

 隙がない。ほとんどの客層に好かれる料理を出せそう。

 じゃあ、私達チーム一番星は一番になれないのか。

 違う、そんな名前負けは許されない。

 強者を打ち倒すには意外性と一点突破。幸い、私達にはチームうさちよかめに勝るとも劣らないスキルがある。

 めぐるに粉ものマスターと言われた私。

 放クラで海の家料理を習った果穂。

 そして……。

「灯織ちゃん? そんなにジッと見て、甘奈のキャベツの切り方おかしかった?」

「う、ううん。綺麗に出来てる」

「えっへへー、ありがとー☆」

 そして、年上の皆を押しのけて嫁力が高いとされる甘奈。学生服の上にエプロンを着けてるだけでもう強い。きっとプロデューサーの胃袋を掴む前にハートごと鷲掴みだろう。

 ……つまり。

「灯織ちゃん、千切りできたよ」

「うん、こっちも180℃。安定するまでに生地の用意しなきゃ」

 熱いステージ。私達の戦場は、この鉄板の上……!

「果穂、具材の用意は出来てる?」

「はい! さっきプロデューサーさんが出先でお餅をいっぱいもらってきたそうです。おすそ分けしてもらいました!」

 果穂の衝撃発言に甘奈があわあわしている。

「そ、そんな……!? メインの具材が無味無臭……!?」

「落ち着いて甘奈」

 これが正統派な料理を作ろうとするチームうさちよかめなら厳しかったかもしれない。

 でも私達が勝負を賭けるのは、大味な鉄板料理のB級グルメ。

 大体の味はソースとマヨネーズ!

「大事なのは食感、だから……!」

「食感! そっか、果穂ちゃん!」

「はい! なんでしょうか甘奈さん!」

「確かお煎餅も沢山あったよね? 甘奈はお餅を柔らかくしておくから、取ってきてくれる?」

「はい!」

 果穂が再び飛び出していった。

 甘奈は、切り分けた餅をお湯の入った器に移しレンジへ。

(1、2分で柔らかくなるやつ……)

 私はそれを横目で見ながら、ボウルに片栗粉・水・塩と卵を入れる。そして、少しだけ卵白を切るように軽く溶きほぐす。

「ポイントは卵のコシを残す程度に。じゃないと卵の固まる力が弱くなる」

 ぶつぶつ言いながらボウルの中身を混ぜる私を、甘奈が餅を切りながら見ている。

「さっすが粉ものマスター☆ 詳しー」

「やめてよ、まだまだ勉強中だって」

「おせんべい、到着です!」

 果穂が帰ってきた。ホットプレートの温度も安定。いいタイミング。

 もうすぐ餅を切り終わりそうな甘奈が、果穂に声をかける。

「果穂ちゃん。お煎餅、バラバラにしちゃってー」

「え!? バラバラ、ですか?」

 驚くのも無理はない。お菓子を料理に組み込む発想は、意欲的に料理を調べないと身につかないこと。甘奈も中々に勉強熱心らしい。

「果穂。私が今から生地を焼き始めるから、卵が固まり始めたら小さいお煎餅を入れてほしい」

「は、はいっ、わかりました!」

「甘奈もね」

「おっけー☆ もう準備できてるよ」

 

 生地をホットプレートに流し込む。

「ジュッてしました!」

 果穂がはしゃぐけど、ここからが私の戦い。

 卵の固まり方が均一になるように、菜箸でほわっと混ぜる。お好み焼き粉とはまるで違う繊細な作業。そして、やがて半熟になれば……。

「果穂、甘奈っ」

「はい!」

「いっくよー」

 生地の上に様々な大きさの餅や煎餅が乗る。

 後は、これを生地で包みながら焼いていく。

「……あの、灯織さん?」

「何?」

「もしかしてこれ、味付けとかしてないんでしょうか?

 前に鉄板でお料理をしたときは、焼き始めたらスッゴくおいしそうな匂いがしてきたんですけど……」

 果穂が少し申し訳なさそうに言っている。

「甘奈も気になってた。

 灯織ちゃん。これ、本当に美味しくなるの?」

「心配しないで二人とも。ちゃんとお好みソースかけるから」

 あれが美味しいのは科学的にも証明されてる、はず。

「「えー……」」

 二人の疑惑の目が辛い。

「そ、それに、今回は卵の生地で包むとん平焼きだから、お好み焼きみたいにべったりソースでこってりじゃないんだって」

 なんて話をしていたら程よく焼き色が付いてきたので、とん平焼きを大皿に移す。

「ほら二人とも、切り分けるから他のお皿にキャベツを盛り付けて」

 と言ったら、果穂がビックリした。

「あ! キャベツ、一緒に焼いてません!?」

「うん。今回はね」

「珍しいよね? こういうのでキャベツを添えるのって」

 甘奈の言葉に果穂も同意する。

「はい。お好み焼きにキャベツがいっぱい挟んであるのは、見たことありますけど……」

 もちろん予定通り。

「プロデューサーは年末年始で食生活が荒れてそうだし、本当はキャベツだけでいいかとも思ったんだけど」

「そこは『うさちよかめ』にただで料理番組を振られるわけにはいかないよね」

「そういうこと」

 番組向けの一風変わった料理が出来るところ、少しは見せておかないと。

 相槌を打つ私に、果穂がキラキラした目を向けてきた。

「スゴいです灯織さん! プロデューサーさんの健康まで考えてたんですか!?」

「料理は、食べる人のことを考えて作るものだから」

「家庭科の先生と同じことを……! 灯織さん、プロです……!」

「果穂。いいから、プロデューサーのためにキャベツ盛ってあげて」

「はい!」と、返事をした果穂がお皿にキャベツを盛って渡してきた。

 私は、そのキャベツの上に一口サイズに切り分けたとん平焼きを乗せてソースをかける。

「これで出来上がり」

 キャベツonとん平焼き。

「なんだかお寿司みたいです!」

 果穂の反応に甘奈が笑った。

「シャリがキャベツで、ネタがとん平焼きってこと?」

 お寿司よりは少し大きいけど、でもプロデューサーなら確かにお寿司みたいに一口でいける、かな。

「お寿司かぁ」

「何? 甘奈」

「ん~……。灯織ちゃん、切り分けたやつの半分ぐらい、お好みソースかけないでおいてくれる?」

 甘奈……何か、思いついたのかな。

「分かった。私はもうプロデューサーのところに行くけど?」

 料理を注文した人を待たせるのは愚行。

「うん、先に行ってて。

 あ、果穂ちゃんは甘奈のこと手伝ってくれる?」

「は、はい! なんでしょうか?」

 私は果穂の返事を背に、甘奈の企みを期待してキッチンを出た。

 

 プロデューサーは、デスクで書類仕事の真っ最中。

 仕事の手を止めてしまっていいものか。料理を乗せたお皿を持ったまま立ち止まっていると、顔を上げたプロデューサーと目が合った。

「お、もう出来たのか? 灯織」

「は、はい。手軽につまめるものを用意しました」

「なんだか悪いな、年末にしまい損ねたホットプレートの片付けを頼んだだけなのに」

「いえ、大した手間ではありませんから」

 自分の料理の練習も兼ねてるし。

 完全に仕事から手を離したプロデューサーが、私の持つお皿を見た。

「何を作ったんだ? キャベツの上に、薄いオムレツ?」

「これはとん平焼きです。豚肉がなかったので、ただの薄い卵焼きみたいになってますけど」

「なぜ千切りキャベツの上に……」

「……本当は、キャベツも卵で包むものらしいんですけど、今はサッパリしてる方がいいかなと、思いまして」

「なるほど、ずいぶん気の利くシェフだな」

 そんな、シェフだなんて。

 褒められて動きそうな顔を心の中で抑えた私は、とん平焼きが並んだお皿をプロデューサーに突きだした。

「どうぞ、食べるなら食べて下さい」

「ああ。それじゃ、いただきます」

 割り箸を割ったプロデューサーが、一つを口に入れる。

 飲み込むまで待つ時間が、ライブの本番が始まる前みたいに長く感じられた。

「ど、どうですか? プロデューサー?」

「どうって、味か?」

「はい」

「味は美味しいぞ。お好みソースの味だけど」

 ですよね。

「しかし、ソースの味だけじゃないな。卵に包まれてたバリバリしたやつを噛むと海鮮? の味がほのかにして、いいアクセントになってると思う」

 それは甘奈のアイデアです、お煎餅。

「あと、このグニグニしたのは果穂にあげた餅か? 煎餅のバリバリとキャベツのシャキシャキとで、少し癖になる感じだな」

 そう言って二つ目を食べた。

「うーん、美味しいな……。いや頭ではただのソースの味だって分かってるんだが、これは中々止まらない」

 三つ目もいった。

 上出来……だけど、最大の壁は冷蔵庫の余り物でプロ並の料理を出してくる恋鐘さん。

 ……何か、もう一押しがいる。プロデューサーの理性を崩す何か。

 ただのお好みソースを極上のものに変える何かが。

 

「おっまたせー☆」

「お待たせしましたー!」

 来た。

 主役は遅れてくると言わんばかりのタイミング。

 甘奈と果穂がプロデューサーのそばに寄る。あれが放クラとアルストのレッド。

 そして、果穂が持ってるとん平焼きは……赤いソース!?

「甘奈、それは?」

「じゃーん! 甘奈特製トマトソース!」

 じゃーんって……最初から見えてたけど。

 でも、そっか。お好みソース自体を別のものに変えてしまえば……。

「トマト缶がしまってあったのを思い出して」

 その甘奈の言葉にプロデューサーが少し考える。

「ああ、あれどうするか困ってたんだ」

「お好みソースの代わりにかけてみたらどうかなーって」

 果穂が「かけてみました!」と言って、プロデューサーにお皿を突き出す。

「じゃあこっちも頂こう」

 プロデューサーが甘奈のとん平焼きを口に入れた。食べるところを甘奈にじーっと見られているプロデューサーは、困ったのか目を閉じて味わっている感を出している。

 やがて待ちきれなくなったのか、甘奈が聞いた。

「プロデューサーさん。どう、かな?」

「美味しい……!」

「よかったー」

「和風だったのが一気にイタリアンになった。

 うん、これ凄いな」

 笑ったプロデューサーがちゃんと褒めてるのが分かる。

 ……私としたことが、粉ものマスターの称号に囚われすぎてたみたい。和風のものを洋風にアレンジするなんて発想は、そこそこあるはずなのに。

 後悔していると、プロデューサーの携帯が鳴った。

 お仕事再開、かな。

 

 プロデューサーから離れてソファに座った私達は、残りのとん平焼きを食べ始めた。

「果穂ちゃん、灯織ちゃん。お茶でいい?」

「あ、うん。ありがと」

「甘奈さん、ありがとうございます!」

 甘奈がお茶を入れに向かった。

 また先を越された。あれが283プロトップクラスの嫁力……。

 まだまだだな……。そう自嘲する私の隣では、果穂がとん平焼きをぱくぱく食べている。

「おいしいですね! 灯織さん!」

「え……そ、そう?」

「はい! スッゴくおいしいです!」

 そう言って満面の笑みを浮かべる果穂。その幸せそうな笑顔は、見てるこっちまで幸せが伝わってくる。

「そんな大したものは作ってないんだけど」

「そんなことありません!

 あたしも、灯織さんや甘奈さんみたいにおいしいお料理を作って、みんなに美味しいって喜んでほしいです!」

「う、うん。その気持ちがあれば、すぐにでも出来るようになるよ」

「はい! がんばります!」

 

 そう、だった……。

 料理は競うもの、じゃなかったのかも。

 食べてくれる人を笑顔に、その笑顔は作る人を幸せにする……ものだったかもしれない。

 

 普通に料理が出来るようになって、続けてきて、半ば作業になっていたのかも。

 

 初心、忘れるべからず。



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バレンタインデーの残り香

チーム一番星の皆が恋バナで盛り上がっている……?


 バレンタイン。

 アイドルの皆にとっては大忙しのイベントだ。

 どのユニットも、それぞれが受けた仕事を精一杯こなし、着実に人気を高めている。それは、ネット上のファンの反応を見ても間違いない。

 中でもアンティーカの演技は評判が良い。

 忙しい中、練習に協力した甲斐があったものだ。最も、霧子に食べられる練習ならいくらでも時間は割けるだろう。

 

 

 そんな慌ただしかったバレンタインデーが過ぎ、ようやく平常業務に落ち着いた事務所。

 書類仕事やPCだけで片付く仕事。中途半端に紙とデータが混ざった時代。

 雑多な事後処理に追われる中、今日も事務所には甘奈・果穂・灯織のチーム一番星が待機(?)している。

(果穂……というか、放クラの合同レッスン以外はオフだったはずだが)

 甜花なんかはバレンタインイベントが終わると同時に、お休み要求メールを連打してきた。まあ、これはすぐに誤送信だと分かったから、休みは一週間だけにしておいた。

 テンションが下がる音がした。

 甘奈も家で甜花が休んでいるだろうに、ここで果穂の相手をしてくれている。頼んだわけじゃないが、助かるから何も言わない。今は、はづきさんもデスクワークで手が離せないし。

 それに、ユニット外のメンバーと仲が深まるのは良い事だ。他の事務所と比べて何となく気にはなっていたからな。

 こうして仕事をしている最中にも、果穂たちの楽しそうな話し声がラジオのように流れている。

 たいして聞き取れはしないが、学校での話だろう。ああいう風に皆が楽しそうにしてくれていると、仕事の手も進む。

 

「えーっ☆ 果穂ちゃんって恋バナとかするんだー」

 

  ( ゚д゚) ガタッ

 

 思わず席を立った。

 声を出さなかった自分を褒めたい。

「あっつ――」

 コーヒーをこぼしていた。

 声を抑えて気付かれないようにした自分を褒めたい。

 コーヒーがPCに届く前に慌ててティッシュで壁を作ると、ふきんの増援が現れた。どうやら灯織には気付かれたらしい。

「プロデューサー? 大丈夫ですか?」

「あ、ああ」

「やっぱり、疲れてますよね? 睡眠時間は取れてますか?」

 灯織は、寝ぼけてコーヒーをこぼしたと思っているらしい。そう誤魔化したいところだが、それでは灯織の小言が増えるだろうから……。

「ちゃんと寝てるぞ。灯織の『事務的に羊を数えてみた』動画でぐっすりだ」

「は、はぁ……。それは、どうも……」

 灯織が何とも言えない表情をした。よし、何とか躱せたな。

「ほらこっちはいいから、灯織もあの二人と学校の話に花を咲かせてきたらどうだ?」

「そうですね。仕事の邪魔がしたい訳じゃ、ないですから」

 そう言った灯織はソファの方に行こうとしたが、立ち止まって振り向いた。

「あの、仕事以外の用事があったら言って下さいね。私、今日は予定ありませんから」

「ああ、助かる」

 というか、担当アイドルのスケジュールは把握している。オフなのに何で来たんだ? という言葉を投げかける前に、灯織は戻っていった。

 コーヒー入れの練習でもしているのかもしれない。この前は果穂の紅茶いれの特訓に付き合ったしな。

 ……そうだ果穂だ。

 さっき恋バナをしているとか何とか言ってたか……?

 少し三人の会話に耳を傾けてみるか。

 

 いやいや、仕事だ仕事。椅子に座れ。

 

「きゃー☆ 本命チョコレート!?」

 

 

ε=ヾ(⌒(_´-ω・)_ズコー

 

 今、ありのままに起こったことを話そう。

 椅子に座ろうとしたら、なぜか床に尻餅をついていた。自分でも何が起きたか分からない。

 少し動けずにいると、再び灯織が来て手を差し伸べてくれた。

「……すまない」

「……いえ」

 妙な沈黙が流れた。

「……プロデューサーは、果穂の話が気になってるんですね?」

 灯織が、ほんの少し不満そうな顔をしている。

 悪戯がバレた子供のような気分だが、素直に白状しよう。

「果穂にはまだ早すぎる」

「あれぐらいの女の子は、ませてますから」

「しかしアイドルとしての立場がだな」

 しかも放クラだぞ? そういうのとは縁遠い元気ユニットのリーダーが恋バナ……。

「果穂のご両親にも申し訳が立たない」

「あの、プロデューサーは勘違いしてると思います」

 なに?

「あれは果穂の友達の話です」

「い、いや、友達の話に見せかけた自分の事を相談とか」

「違います。果穂はそんな事をする子ですか?」

 ……そう、だな。

「余計な勘ぐりをした、すまない」

「いえ、別に……でも、そんなに気になるなら――」

 灯織が言いよどんだ。

 何か後ろめたいことでもあるような表情だ。

「なるなら、なんだ?」

「……私が今から聞いてきて、後で報告しても……」

 仕事が手に付かないようなので。と、言い訳がましく言う灯織は、自分のスパイみたいな発想に嫌気がさしているようだった。

 だが、スパイやクラッカーに義賊など、見方によっては正義側になることもあるわけで。

 そうだ、クールなスパイ役の灯織なんて、実に絵になる女主人公で格好いい。

「うん……、灯織はいい女が似合う」

「……。

 …………。

 とにかく。私が話を聞いて来ますから、大人しく仕事を進めてて下さい」

 灯織はそう言って、再びソファに戻っていく。

 視線を移すと、果穂と甘奈の話は盛り上がっていた。

「あ、果穂ちゃんもプロデューサーさんにバレンタイン渡したんだ」

「はい! 写真も撮ってあります!」

「見せて見せて~」

 果穂が「どうぞ!」と言って甘奈にスマホを見せている。

 あのチョコスコーン、本当に美味しかった。いつものコーヒーが王族御用達のコーヒーにでもなったような気がした。暖かな幸せの味とでも言うんだろうか。わざわざ作ってくれたというのがまた……。

 甘奈が果穂のスマホを見て「すごーい」やら「作ったの?」とか反応している。そうだろうそうだろう、果穂はしっかりしてるからな。

 

「もしかして、果穂ちゃんも本命チョコだったり~?」

(!?)

 何てことを聞くんだ甘奈、それはパンドラの箱だぞ。

 果穂の返事は……?

「もちろん! 義理っ義理の義理! です!」

 ……当たり前だろう。

 ……果穂は、しっかりしてるからな。

 果穂の返事を深く受け止めていると、何だか灯織から冷たい目で見られているような気がした。

 暖かかった気持ちが、再び固まる。体が、チョコレートに……なりはしない。

 しがない事を考えている間にも、甘奈たちの話は進んでいる。

「義理っ義理の義理? 何それ~?」

「これはですねぇ……。

 夏葉さんがプロデューサーさんに義理チョコは寂しいと言ったので、樹里ちゃんが新しく命名してくれた必殺技です!」

 確かに必殺だ。そんなに義理だと強調されると、さすがに堪える。

「へー、夏葉ちゃんが義理じゃ寂しいかぁ……」

 ……この話は、もう終りにしてくれないものだろうか。

 うろんな目で眩しい子達を見ていると、颯爽と灯織が会話に割って入った。

「果穂、友達の恋バナはもういいの?」

「はっ、そうでした……!」

 果穂の気がそれた。甘奈が少し残念そうな雰囲気だが、いい判断だ灯織。

「あの、クラスの子に恋愛相談されたんですけど、あたしには難しくって……。

 きっと放クラの皆さんに聞いても……」

 果穂が困った顔をするが、灯織は動じない。ずいぶん頼もしいな。

「言ってみて果穂。

 甘奈ならそういうの慣れてるから」

 何? 甘奈は恋のlesson初級編をクリアしていた……?

「ちょっと灯織ちゃ~ん?

 甘奈は、相談されることが多いってだけだからね」

「え、うん。だから慣れてるんじゃ……?」

「~っ……そうなんだけどっ、恋愛慣れしてるみたいに聞こえるのはダメだよ?

 甘奈たち、アイドルなんだから」

 いやアイドルだからダメって訳はないんだが……。まあ、アルストは他より大事にした方がいいかもな。ファン層的に。

 ふと、甘奈と目が合った。甘奈も年頃の女の子だっていうのに申し訳ない。と、目で謝っておいた。

 あわてて目をそらされた。悲しい。

「そ、それで果穂ちゃん。何が難しいのかな?」

「えっと、その子はバレンタインデーに本命チョコだけじゃダメだって言って、ネクタイもプレゼントしたんですけど」

「ネ、ネクタイ?」

 甘奈が「小学生で……」と驚いている。

 そういえば、クリスマスに甘奈からネクタイもらったな。咲耶もだし、めぐるはネクタイピン。

 ……はやってるのか? ネクタイ。

「それでですね、その子がネクタイをプレゼントしたところまでは良かったんですけど」

「け、けど……?」

 甘奈が恐る恐る聞いた。

「相手の子が、まだそのネクタイをしてるところを見たことがないって」

 そりゃ、小学生で付ける機会はそう無いだろう。

「それは、小学生だから」

 灯織もそう言っている。

「はい、あたしもそう思ったんですけど……。

 その子はあの場でネクタイを結んであげられなかったから、今も付けてきてくれないんだって悩んでて……」

 小学生でそんな悩み方するか?

 それ本当に小学生か?

 いや、果穂の友達ならあり得るのか?

「それで、お二人にも聞きたいんですけど」と、果穂が甘奈と灯織を見た。

「な、何かな?」

「聞くだけなら……」

 二人とも及び腰になっていた。

「男の人って、本当に、自分の着るものを女の人に手伝ってもらって嬉しいんでしょうか」

「……」

「……」

 二人とも黙ってしまった。

 甘奈も灯織も、視線で互いを牽制している。

 ちなみに、経験談としては小恥ずかしいな。

 そう果穂に伝えてもいいが、人は悩んで成長するものだろう。乙女よ、悩んで育て。

「あの、どうかしましたか……?」

 果穂が困っている。やっぱり言いに行った方がいいか?

「甘奈さんは、分かりますか?」

「ぅえっ!? 甘奈?」

「はい!」

「え、えーっと……う、嬉しいはずだよ!?

 ちゃんとプロ――知り合いのプレゼントは上手くいってるみたいだし!」

 甘奈がチラリとこちらを見た。そういえば今日は、落ち着いた赤色のネクタイだったか。

「そうですか……灯織さんは?」

「い、いや私は、ネクタイは結んだことないからちょっと」

 逃げたな灯織。こっちはあの時の羞恥を、マフラーを見る度に思い出すというのに。

 しかし、果穂探偵の耳は誤魔化せなかったようだ。

「ネクタイ『は』?

 灯織さん、つまり……?」

「あっ」

 灯織も自分の迂闊さに気付いたらしい。

 その灯織に、甘奈が過剰な反応をした。

「えええぇっ!? 灯織ちゃんも何か身に付けるものをプロデューサーさんにあげたの!?」

「えぇ!? あ、あげてないって。

 ……というか甘奈、もしかしてネクタイ付けてあげた? プロデューサーに?」

 相変わらずいい勘をしている。果穂と灯織で探偵もの、いけるな。

 甘奈が、トリックを見破られた犯人のように口をあんぐり開けている。

 灯織探偵が、勝ち誇った顔で甘奈に優しく話しかけた。チェックメイトだ。

「ダメだよ甘奈。私達、アイドルなんだから」

 前に自分が言った言葉を突き返された甘奈は、顔を赤くして、言葉にならない声をあげた。

「~~~~っ!!」

 いい薬だろう。最近の甘奈は、外でも誤解されかねない事をやってくる。

 これで少しでも大人しくなれば……。と思っていたら、甘奈はまだ折れていなかった。灯織に向かって指を指し、異議ありとでも言いたげな顔をした。

「灯織ちゃん! 話をそらそうたって、そうはいかないんだから!」

「そうです! 灯織さん!」

 果穂も甘奈側に立っていた。

 灯織が狼狽えた顔をするが、逃げ道はない。

「灯織ちゃん! ネクタイじゃないなら何をあげたの!?」

 正直に言えば痛み分け。甘奈の視線はそう言っていた。

 対して、目を泳がせた灯織が答える。

「わ、私がプレゼントしたのはCDだから。べ、別に……」

 その灯織の発言に反応したのは、果穂が以前に買ったヒーローの変身ガジェットだった。

 ビープ音を鳴らすそれに気付いた果穂は、灯織を見て悲しそうな顔をした。

「灯織さん」

「な、なに?」

「ウソを、つきましたね?」

「えっ?」

 灯織のために言っておくが、一応嘘ではない。クリスマスにもらったのはヒーリングCDだからだ。

 だが、今話してるのはそういう事じゃないからな。それを見分けられる最近のおもちゃ、ずいぶん高性能な嘘発見器を搭載しているらしい。

「ヒーローに、ウソは通用しません」

「そうだよ灯織ちゃん! 観念して!」

 甘奈が、ヒーロー然とした果穂のノリに乗っかるように小芝居を始めた。

「甘奈たち、かけがえのない仲間だと思ってたのに……」

「あ、甘奈……」

 灯織の顔が、結構な罪悪感に苛まれている。

 そんな灯織に、果穂が畳みかけるように迫る。

「灯織さん! 今ならまだ、ウソツキ完全体にはなりません! 正直に白状して下さい!」

「くっ……」

 灯織が、心を蝕むウソツキウィルスに抵抗している。

 がんばれ灯織! 負けるな灯織!

 一番星の煌めきで、立ち向かえ灯織!

 

「さあ灯織さん! 悔い改めて下さい!」

 その一言が決定打だったようだ。

 ヒーロー果穂の前で、苦しそうだった灯織の表情が晴れていく。

「灯織さん。あなたは、プロデューサーさんに何をしたんですか?」

「……私は」

 その光景は、まるで太陽に照らされる月。

 神秘的とも言える雰囲気は、周りの全てを浄化しそうだった。

「私は、待ち合わせに遅れて走ってきた、プロデューサーのマフラーが乱れていたから、巻き直しました」

 正直に言った灯織に、果穂も甘奈もうんうんと頷いている。

 チーム一番星の仲はさらに深まっただろう。

「って、それ甘奈がネクタイ結んだのと変わらなくない!?」

 全くその通りだった。灯織もたまに驚くようなことを唐突にしてくるからな……。

「灯織ちゃん!? どういうつもり!? しかもそれ外だよね!?」

「い、いや、あの時は、つい手が勝手に……」

 灯織が甘奈の追求にしどろもどろになっている。そんな灯織に、果穂が言った。

「灯織さん。『つい』という言葉は正義ではありません……!」

「ご、ごめん……」

「いったい何度、ちょこ先輩がその言葉で体重を増やしたと思ってるんですか」

 アイドルの敵とも言える言葉だった。後で夏葉にトレーニングの見直しを相談しよう。

「チョコちゃんの体重はどうでもいいの!」

 良くないぞ甘奈。

「灯織ちゃん! そんなところ写真でも撮られたらどうするの!?」

 至極全うな注意だが、自身にもして欲しいところだ。

 呆れていると後ろから、くいくいとスーツの裾が引っ張られている事に気付いた。

 振り返ると、凛世がいた。向こうの三人と違い静かに佇む様は、実に雅だ。

「おはよう、ございます。プロデューサーさま……」

「ああ、おはよう凛世。もうそんな時間か」

「はい。果穂さんを、お迎えに……」

 凛世は一番星の三人を見ると、柔らかく微笑んだ。

「ふふ。今日も、賑やかな事務所のようで」

「ん……まあ、そうだな」

 仕事を進める環境ではなくなっているが。

 改めて三人を見ると、甘奈と灯織は言い合いを続けていた。しかし、それを見る果穂は再び不思議そうな顔をしている。

 やがて、こちらの視線に気付いたのか、二人を置いてトテトテとやって来た。

「凛世さん、おはようございます」

「はい、おはようございます」

 果穂に元気がない、由々しき自体だ。

「果穂、どうかしたか?」

「あの、プロデューサーさんにネクタイとかマフラーをプレゼントするのって、いったい何がいけないんでしょうか……」

 何もいけなくはないんだ果穂……。しかし、あの残念に言い争う甘奈と灯織をどう説明すればいいものか。

 いや、説明するのは簡単だ。

 ただ、果穂にはまだ早い。早いはずだ。

「プロデューサーさま」

「うん? 何だ凛世?」

「ここは……凛世に、お任せを」

 いいのか? という視線に、頷く凛世。

 そうか……では、お手並み拝見といこうじゃないか。正直、助かった。

「果穂さん」

「はい?」

 果穂を見る凛世の目は優しく、これこそが283プロのあるべき姿だと胸が温かくなる。

「これは、想いの問題なのでしょう……」

「おもい……?」

「ヒーローは……どうして、人助けをするのでしょうか」

「それは、優しくて困った人を放っておけないから……?」

「……では、悪の幹部が、人助けをしているのを見たことは……?」

「……あります」

 たまにあるな。策士系の悪人が一般人を騙したり。

「その悪人は……優しくて、人助けを?」

「い、いえっ。あれは下心です! 助けた人を操るための!」

「ふふ。そういう事……で、ございます」

「えっ?」

 つまり?

「果穂さんは、プロデューサーさまへの贈り物……どんなお気持ちで?」

「……喜んでほしくて、です」

 喜んだぞ。果穂がナンバーワンだ。

「見返りを、求めない。

 果穂さんのそれは……無償の愛に、ございます」

「むしょーの愛……?」

「『愛』の字にある、真ん中の心……真心とも、呼べるもの。

 この気持ちは……プロデューサーさまへ贈っても、問題ありません」

「えっ? 喜んで欲しい以外にどんな気持ちが……」

 なるほど、凛世もよく勉強したな。

 しかし凛世が言う前に、果穂も気付いたようだ。

「あっ! 下心! ですか!?」

「はい。

 下心……またの名を『恋』と言います」

「で、でも凛世さん。恋は素敵なものなんじゃ……?」

「はい、それはもう。

 ですが……こと贈り物に関しては、様々な思惑が飛び交うようで」

「おもわく……?」

「マメ丸さんは……まぁきんぐ等、するのでしょうか?」

「え? はい! 家の中でもして大変でした……!」

 また凛世も随分アレなものに例えたな。

 確か、縄張りを守るのと、自分の存在を他の犬に誇示する行動。だったか?

「つまり……プロデューサーさまが身に付けるものを贈る、という事は――」

「プロデューサーさんに、マーキングしようとしてます!」

「そして、まぁきんぐが重なると……?」

「縄張り争いが始まります!」

「争いが起きてしまうのは、283プロにとって良くないこと……」

「たしかに……!」

 その通りだ。

 果穂の答えに満足した凛世は、ふわりと微笑みながら、未だに言い合う甘奈と灯織を見た。

 

「あのお二人が、どう想っているかは……凛世には分かりませぬが」

 

 

 バレンタインデーが過ぎたばかりの事務所。

 恋愛という甘い残り香を皆と味わう。

 

 そんな中、はづきさんは耳栓をして、一人もくもくと仕事を進め続けていた。

 

 すみません、後でおごります。



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ホワイトデーの裏側

 寝起きドッキリ。

 それはアイドルが避けて通れないイベント。

 我が283プロのアイドル達も、そろそろ新人とは言えなくなる頃合い。

 いつか来るはずの企画に向けて練習が必要だと、親心ではないが思った。

 しかし社長である私がアイドルにドッキリなど仕掛けては、なんとかハラで問題になるのは必然。

 なのでアイドル同士でやってもらうように、プロデューサーに頼んでおいた。

 前に雪山で使ったハンディカメラにドッキリの映像を収めてもらっている。

 もし使える映像になっていたら、283プロのWEBチャンネルに公開するのもありだろう。

 インターネットの難しい事は分からんが、はづきがやる。

 私は検閲の仕事といこうじゃないか。

(ふっ、寝起きドッキリか……)

 懐かしい。昔はテレビでよく見たものだ。

 アイドルのプライベートを覗くような感覚がファン達に大受けしていた。

 刺激的な映像になっているかもしれないから、あのプロデューサーに検閲をやらせるわけにもいくまい。

 私が全責任を背負うのがいいだろう。彼にはまだ未来がある。

 

 

『はいー……ここからは、甜花カメラ』

 

 さて、まずは大崎甜花の撮影か。

 相変わらず気の抜けた声をしている。

 

『甜花は、なーちゃんにドッキリ……』

 そうつぶやいて、抜き足・差し足・忍び足。

 恐る恐る進む彼女はドアの前に立った。

『ここが、なーちゃんのお部屋……です』

 ドアノブに手をかけ大きく深呼吸した彼女は、静かに、ゆっくりとドアを開けた。

『は、入る……ね?』

 いったい誰に許可を取っているのだろうか。

 そして、部屋は当然だが暗かった。

 彼女のカメラの前を小さく照らしているのは、懐中電灯の光。これは、照らし方を見るに頭に付けていそうだ。

『あぅ。なーちゃんの部屋、いつも、綺麗……』

 小さなライトに照らされる部屋は、確かに片付いていた。

(悪くない、これなら彼女や283プロのイメージアップにも繋がる)

 最も、あのプロデューサーの元に居て、だらしがないアイドルなどいまい。

『ぇっと……まずは、部屋の物色』

 寝起きドッキリの定番だな。

 アイドルの寝顔や寝起き姿だけでなく、部屋をいじるのもファンが喜ぶポイントだ。

 とはいえ、この部屋は片付いている。あまり見るところが無さそうだが……。

『ど、どうしよ……』

 悩む彼女の声と、あちこちに揺れるカメラ。

 ふらふらする映像に苛立ちを覚える。

 次に会ったときに注意してやろうかと思ったが、私がアイドルに干渉するのも――。

『あ』

 嬉しそうな声色が見つけたのは、学習机だろうか。

 机の上にある小さなデジタル時計は3月13日4時。

 こんな早くに起こされる妹が可哀想で仕方がない。というか、姉の方がこの時間にちゃんとしているのはどういう事だ?

 アイドルとして仕事をするという自覚が出てきたのなら、喜ばしいな。

 そんな立派になった気がする彼女は、机に近寄ると偉そうに言った。

『なーちゃん。アルバム、出しっぱなし……。

 甜花が、片付けてあげる。けど、その前に……』

 これはアルバムのプライベートな写真を見せる流れだろう。

 なかなか良いものを見つけた。

 アルストロメリアはツイスタの投稿画像でも、日頃から幸福論を誕生させ続けているからな。

 投稿には至らなかったオフショットなどは、ファンからすれば垂涎ものだろう。

 さあ、早く見せるがいい……!

 

 表紙をめくったそこには、華やかな彼女たちの日常が――!

 

『……!』

 

 男との2ショット写真がずらり!!

 

 ……いかんな、私も歳か。

 見えてはいけないものが見える。これが老眼?

『なーちゃん、プロデューサーさんと……』

 何? プロデューサー?

 ……確かに、よく見ればあのプロデューサーだった。

 距離感もそこまで近くないし、まあ……。

『で』

 で? デート!?

 デート中の写真だとでも言うのか!?

 

 

『出前、とってる……ピザ、おいしそう』

 ……この、事務所でピザを食べてる写真か。

 確かに……チーズが上手く伸びて、CMに使えそうな一枚になってはいるが。あのプロデューサーが映っていたらダメだろう。

 

『あ、ここ……限定プリンのお店。

 なーちゃん、仮装して行ったんだ……』

 仮装……? この紙袋を抱えてプロデューサーと映ってるやつか。

 何の衣装かは知らんが、この大崎甘奈の恥じらいを隠しきれていない控えめな笑顔。こんな魅力的な表情は雑誌撮影の仕事でも見た事がない。

 この写真にプロデューサーが映っていなければ……。

 

『……これ、プロデューサーさん?』

 開かれたページの中で、一枚だけスーツではない服を着た男がいた。

 写真の題名は『似合うかな?』と書かれている。

『うん、似合う……と思う』

 ん? これには大崎甘奈も映っていない、ラフな格好をした男が一人。

 顔は確かにあのプロデューサーだが……何の写真だ?

 

 いや、考えていても仕方がない。

 こんな映像WEBに公開できん!

 削除だ削除!!

 

 

「ふーっ……」

 思わず大きな溜め息が出た。

 まさかアイドルの寝起きドッキリを見る前に、自分がドッキリさせられるとはな。

 まあいい、我が283プロが誇るアイドルは他にもいる。

 気を切り替えて、さっさと次を見るとしよう。

 

『えっと、こちら、真乃カメラです』

 

 優しい声と共に映像が映る。

 あまり女の子の部屋といった感じはしない。

 次は櫻木の撮影か。

 声の中に緊張が混じっている。まだ頼りなさそうな感じは抜けないが、そこが応援したくなるポイントなのかもしれん。

『ただいまの時刻は午前5時。あ、3月14日です』

 別に日付は言う必要ないんだが……。

 しかし、彼女も眠そうではないな。最近の子は早起きだったりするのか?

『私は今、灯織ちゃんのお部屋に来ています』

 ……ああ、もう風野の部屋に入っていたのか。

 さては、カメラの電源を入れ忘れていたな。

『灯織ちゃんのお部屋、整理整頓されてて綺麗ですね』

 良い事だ。最も、風野なら当然だろう。

 カメラを持って辺りを見回した彼女は、机に目を向けた。

『あっ、あんなところに日記帳があります』

 そう言って机に寄った彼女は、他の物には目もくれずに日記帳を手に取った。

『灯織ちゃんがどんな事を書いてるのか、気になりますね。

 皆さんも、気になりますか?』

 それは、ファンからしたら知りたいだろう……しかし大丈夫か?

 お笑い芸人ならまだ笑えるだろうが、内容によっては写真より危ないものが出てくる気が……。

『はい。皆さんの気持ち、わかりました。

 皆さんを代表して、私が読み上げます』

 何だ? このトントン拍子に進む感じは。

『3月○○日。

 ホワイトデーのために材料を買いに行った。

 きっと真乃もめぐるも用意してくるから、それに負けないぐらい良いものを作りたい。

 粉ものマスターのスキルは、お菓子作りにも適用される!』

 そういえば、この撮影日がホワイトデー当日か。

『ふふっ。灯織ちゃん、なに作ってくれたのかな?

 後でめぐるちゃんも呼んで食べようね?』

 寝ている風野に話しかけるように言った。起こすなよ? 寝起きドッキリなんだから。

『3月△日。

 真乃、めぐると室内動物園に行った。

 動物と遊ぶ二人を見ていると癒される。

 でも、フクロウとの勝負は熾烈を極めた。

 一瞬でも目を離したら負ける。そんな緊張感が私とフクロウの間にはあった。

 まるでメンタルが減った状態のフェスのよう。その中で私はパーフェクトなアピールを決めた。

 まさに伝説の一瞬、フクロウ敗れたり』

 

『2月□□日。

 真乃、めぐるとアルバイトCMの収録。

 私達はレストランのホールスタッフ役で、可愛い衣装を着させてもらった。

 CMが街頭モニターにでかでかと映されて驚いたけど、まあまあ見れるものになっていた。と思う。

 あと、給仕の仕事は貴重な体験になった。

 粉ものマスターも、作るだけじゃね』

 

 ……なんだ?

 風野は粉ものマスターとやらが気に入っているのか?

 どうやら自分の事らしいが……。

 まあ、そんな事はどうでもいい。

 やっと使える映像になりそうだな。個人的な日記と聞いて心配していたが、無難な活動記録で安心した。

 少し首を傾げる表現はあるものの、風野らしくていいんじゃないだろうか。

 

『2月14日。やってしまった。

 バレンタインにチョコフォンデュ、プロデューサーと食べる私。

 これではプレゼントにカウントされてない気がする。まずい。いや、プロデューサーと食べたから美味しかったけど。どうする? 改めてバレンタインチョコを贈るのもおかしいし。郵送する? 事務所に? いや、それじゃ咲耶さん宛てのチョコに埋もれるだけ。ダメ、いい案が思いつかない。このままじゃ一年分の私の感謝の気持ちが届かないんじゃ――』

『真乃!? 待って! それ書き直してないところ!』

『ひ、灯織ちゃん!? 起きてきたらっ』

『あっ』

 なんと風野が起きてきて、日記を読む櫻木を止めた。

(書き直し……?)

 まさかこいつら、打ち合わせしてたのか? ドッキリなのに?

 いや、まあ、練習だから構わんが。

 どちらにせよ、この映像も公開できんな。

 削除。

 

 ……寝起きドッキリは、まだ早かったのかもしれない。

 ある程度、バラエティでの立ち回りが分かってきてからにした方が……?

 そもそも、起こすところまでいかないのはどうしたものか。

 

『……おーい』

 次の映像が始まっていた。

 今度は幽谷霧子の撮影か。

 いかにもな子供部屋が映る。

『ふふ、社長さん。見てますか?』

 ……見ているが、私がチェックする事を伝えてあったか?

『時刻は6時。3月15日、です』

 ふむ、外も明るくなってきている。明かりがいらない丁度いい時間だろう。

『わたしは、果穂ちゃんに寝起きドッキリ』

 放クラか。それならいいリアクションが期待できるかもしれん。

 ドッキリ役が彼女なのは気になるが、アンティーカとしてバラエティ番組はこなしているはずだ。

『大丈夫……摩美々ちゃんにドッキリの事、教えてもらったから』

 なるほど、それは重畳。

『ちゃんと準備、してきました』

 儚げな声に自信の色を付けた彼女は、自身が持つ小さい買い物カゴのようなものを映した。

 カメラがアップで映したのは、折り重なる爬虫類が入ったカゴ。

 まるで死骸の山なそれは、実に気味が悪い。

(田中摩美々、いったい何を考えている……)

『ぬいぐるみでも、迫力満点です』

 …………ああ、分かっていたとも。

 この私がその程度、見抜けないとでも思ったか。

 いやしかし待て、これを寝起きの小学生に見せるのは大丈夫か? 泣かせるなよ?

 そんな私の心配は届かず、彼女は小宮果穂のベッドに近付いてゆく。

 物音一つ立てずに忍び寄る様は、まるで必殺仕事人。

 仕事の完遂こそを是とした隠密の凶器が今、残酷にも幼い子供に振り下ろされる……!

 

『あれ……? いない?』

 すやすや眠るはずの小宮果穂が見当たらない。

 頭から布団を被っているわけでも無さそう。

 どういう事だ?

 画面をくまなく見ても、存在が感じられない。

 

『わぁーっ!!!!!!』

『きゃ』

(!!!?!??!?)

 

 突然の大音量に不意を突かれた。

 画面の中では、小宮が幽谷に抱きついている。

『あ、あれ? 霧子さん、ぜんぜんビックリしてない……』

 小宮が落胆した声を出した。

 ちなみに、私も全く驚いていない。

 大方、どこかに隠れていて驚かす機会をうかがっていたのだろう。こんな子供だましに一々驚いていたら社長業は務まらん。

 しかし、幽谷は驚いて固まっているようだ。私には分かる。まだまだ子供だな。

 小宮が抱きついたまま、少ししてから幽谷がもぞもぞ動き出した。

『び、びっくりした……』

『え! びっくりしましたか!?』

『う、うん……とっても』

『えっへへー』

 満面の笑みな小宮がバンザイをして言った。

『ドッキリ大成功ー!!』

 てってれ~。と、ミッションクリアの音が鳴る。

 幽谷のカメラに撮られる小宮は、笑顔でフィナーレを迎えていた。

『果穂ちゃん、おめでとう。

 社長さんも、これで満足です』

 おい、何を勝手に満足したことにしている。

 ふん、この訳の分からん映像も使えんな。

 削除だ。そう思ってパソコンを操作しようとしたが、幽谷の声が聞こえてきた。

『ふふ……。

 いくら社長と言えど、乙女達の無防備な姿を覗けるとは思わないでほしい』

 何……?

『咲耶さんからの、伝言です』

 

 まさか、最初から一杯食わされていたとでも?

 ……ふっ、今回はこれで引いてやろう。

 だが私をみくびるな。

 私の勝利の方程式は、お前達が考える以上に……パーフェクトだ!!



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私、不器用ですから……

私、不器用ですから……

 

 今日は、真乃・めぐると後から合流する事になっている。

 それまでは事務所で待機。

 いつものように音楽を聴いて過ごす予定、だったんだけど……。

 

「「気の利いたことが言えない?」」

「ですか?」

 事務所のソファで甘奈・果穂と話している内に、なぜか私の悩み相談みたいになっていた。

(いつの間に……)

 甘奈は学校でもこんな感じで友達と話してるのかな。

 きっとこの明るい二人には私の悩みは伝わらない。

 不思議そうな顔をした甘奈の隣で、果穂も首を傾げている。

「気の利いたこと……?」

 たぶん言葉の意味が分からない果穂に、甘奈が助け船を出した。

「果穂ちゃん。気の利いたことっていうのはねー……」

 説明しようとした甘奈だったけど、言葉に詰まって数秒、その手はスマホを触っていた。

「えっとね……」

 検索しているのだろう。甘奈の指は忙しく動いていた。

「……褒めること、かな?」

 果穂が、スマホを操作する甘奈を見て目を輝かせている。

「甘奈さん……スゴいです!

 指がシュバババって動いてます!」

 果穂の言葉に、甘奈が自慢げな顔を見せる。

(ふふっ、絵に描いたようなドヤ顔)

 あと、他には……何気ない会話で相手をクスッとさせたり、何か否定する時にも相手の気を悪くさせないようにとか。

 基本、相手の気分を盛り上げるような。

 まあ、甘奈が言うように『褒める』で方向性は合ってる。と思う。

 スマホをしまった甘奈が、頭に『?』を浮かべて聞いてきた。

「灯織ちゃんはイルミネの二人のこと、褒めたことないの?」

 果穂もそれに付け足すように言う。

「真乃さんもめぐるさんも、とっても素敵なお姉さんですよ!」

「あ、あるにはあるけど……」

 日頃から「甜花ちゃん可愛い~☆」な甘奈と「すごいです!」が口癖みたいになってる果穂と比べたらさすがに……。

 口ごもる私を見て、甘奈が口を尖らせた。

「灯織ちゃ~ん?

 まさか二人と会うときに挨拶しかしてないなんて事、ないよね?」

「えっ?」

 挨拶以外に何があるの……と思っていたら、果穂も同じ事を思っていたらしい。

「あの、甘奈さん。

 あいさつの他に何をするんですか?」

 私と果穂に同じ疑問の視線を向けられた甘奈は「……ふむ」と、残念そうに何かを納得した。

(あっ)

「わかった」

「え!? 灯織さん、わかったんですか!?」

「うん、これは間違いない」

「灯織さん……!

 さすが一番星のブルーです! かしこいです!」

 果穂に応援されて自信が付いた私は、なぜかこっちを哀れんだ目で見る甘奈を正面から見返す。

 そして言ってやった。

「挨拶と一緒にする事……。

 それは、ハグ!」

 めぐるは正しかったんだ。

 今までは恥ずかしいから鬱陶しがって離れてたけど、これこそがコミュニケーションを円滑にする秘訣……!

「ねぇ灯織ちゃん。それ、これから会う人みんなに出来る?」

「えっ?」

「現場のスタッフさんとか」

「……一人ずつハグする時間はないかな」

「社長さんとか」

「……怒られそう」

「プロデューサーさんとか」

「そっ、それは無理!?」

「ていうか、それ気の利いた言葉じゃなくてボディランゲージなんだけど」

 呆れた声を出す甘奈に、私は敗北感を抱いた。

 だってプ、プロデューサーに抱きつくなんて――。

「あたしは出来ます!

 みんなとあいさつして、仲良くハグします!」

 果穂が私をかばうように前に出た。その表情は、まさしく私を救うヒーロー!

 どう? 甘奈。これなら言い返せないはず。

「えっとね、果穂ちゃん?」

 甘奈がとても優しい笑みを浮かべた。

 あまりにも迫力のある笑顔が果穂を後ずさりさせる。

「な、なんでしょうか?」

「それはとっても危ないから、しちゃダメだよ?」

「は、はい……」

 有無を言わさぬ甘奈の慈悲深い笑顔は、社長に意見する七草さんを見ているようだった。

 そして、甘奈は頭を抱えるように「まったくもぅ……」と言った後、私達を見た。

「あのね二人とも。

 挨拶しながら褒めることって、第一印象しかないよね?」

 確かに。その日、初めて会った状況だし。

「そ・れ・に! 甘奈たちはアイドルなの!

 見た目にもめっちゃ気を使ってるでしょ!?」

「「……」」

 私も果穂も返事をしなかった。できなかったと言うべきか。

「ファッション気にした事ないの!?」

 驚く甘奈に、果穂が答えた。

「えっと、あたしはお母さんが……」

「あ、そっか。果穂ちゃんは、そうだよね」

 甘奈はそう言って果穂に寄り添い、頭をよしよしとなでた。

「えへへー」

 なでられて喜ぶ果穂は私より背が高いけど、まだ小学生だし。

 オシャレの事なんて、余程じゃないと気にしないと思う。

 しかし、二人の優しい世界を見ていたら鋭い視線が飛んできた。

 甘奈の少し怒ったような眼差し。

「灯織ちゃんは……もちろんファッションにこだわってるよね?」

 思わず目をそらした。

「灯織ちゃん?」

「べ、別に……仕事の衣装ならプロが選んでくれるから」

 私服だって、自信がない訳ではないけれど。

 それを目を光らせる甘奈に言うと、やぶ蛇になりそうだから黙っておこう。

「でも……」

 何か言いたそうな甘奈だったけど、気を切り替えたみたい。

「ともかく! 挨拶して、相手を見て、良いと思ったところを言う!

 特に甘奈たちはアイドルなんだし!

 お互いにチェックするのも仕事の内!」

 言い切った甘奈を果穂がキラキラした目で見ている。

「甘奈さん……! 勉強になります!」

「灯織ちゃん、やってみて」

「えっ?」

「気の利いた挨拶! 果穂ちゃんに!」

 戸惑う私と、驚く果穂。

 気を取り直すのが私より早かった果穂が、こっちを向いた。

「灯織さん、どうぞ! なんでも言ってください!」

(えぇ……?)

 な、何を言えば……。

 そうだ。こんな時、二人なら何て言う?

「灯織ちゃん!」

「せ、急かさないで!」

 真乃、めぐる……!

 まずは真乃を思い浮かべ、意を決した私は果穂の方を向いた。

「お、おはよう果穂」

「はい! おはようございます!」

「そ、その服に描かれた鳥さん、可愛いね」

「……!」

 果穂がハッとした顔をする。

(失敗した……?)

「灯織さん! いい目の付けどころですねぇ……!

 このアニ丸シリーズ、あたしもとっても気にいってるんですー!」

 果穂が嬉しそうに言った。

 パーフェクトコミュニケーション!

(やった……!)

 真乃、やりきったよ。

(むんっ)

 心の中の真乃も、両手をぎゅっとして喜んでいる。

 見た? 甘奈? 私だってやれば出来る。

 そう思って、腕を組みじっとしている甘奈を見返した。

「惜しい」

「えっ」

 甘奈の口から出た言葉は、イマイチだというニュアンスを含んでいた。

「どういう、こと?」

「果穂ちゃん相手だから良かったけど」

 果穂だから良かった……?

「う~ん。オシャレする人って、自分を良く見せるためにしてるから……物を褒めるより、その物を選んだ人のセンスを褒める方がいいかなーって」

 それは、甘奈の言う通りかもしれない。でも。

「い、今のは果穂に合わせた挨拶……だから」

 そう、小学生向けの挨拶。

 決して私のトークスキルが小学生レベルな訳じゃない。

「ふーん。じゃあ、次は甘奈にして?」

「……」

 強がりは簡単に見抜かれたらしい。

 果穂の期待の視線が辛い。

 でも私の心の中にはコミュ力の長、めぐるもいるから。

 私のパーソナルスペースに居座れるめぐるなら、甘奈なんて!

「……おはよう甘奈」

「おはよー」

 めぐるみたいに、言ってみる……!

「今日のファッションも決まってるね、甘奈!」

 ちょっとテンション高すぎたかな……。

 甘奈が困っていた。

「なんか、すごい変……」

 少しの間、甘奈と見つめ合ったけど、気まずすぎたので果穂を見た。

「灯織さん、悪の怪人に操られてるんですか……?」

 悲しい目で見られた。

 失礼な。まるで私に明るいキャラクターの演技が出来ないみたいな雰囲気。

 でも、めぐるを信じてもう一押ししてみよう。

 意気込んだ私は、さっきのめぐるモードで果穂に近寄る。

「果穂ー、そんな顔しないで? 笑顔笑顔!」

「ひっ……」

 本気で怯えられた。果穂のいつも元気だった目の端には、小さな涙が。

(そんなに、変?)

 甘奈が、果穂を守るように間に入ってくる。

「灯織ちゃん? 妙な真似はやめて、ちゃんと自分の言葉で褒めなきゃダメだよ?」

 演技指導が入った。

「自分の言葉……って?」

「さっきから灯織ちゃんが言いそうにないセリフばっかり。

 そういうのお世辞で褒めてるって、すぐに分かっちゃうんだから」

 甘奈が果穂の涙を拭って、そのまま私と果穂を遠ざける。

 そして甘奈は、仕切り直しと言わんばかりにパチンと両手を叩いて、私に向き合った。

「さ、灯織ちゃん。もう一回」

「ま、まだするの……?」

「するの」

 この流れ、私の悩みというか欠点を克服するみたいな形になってるけど、正直なところ困っているわけじゃない。

 イルミネにはめぐるがいるし、一番星には甘奈がいる。もっと言うと、私が不作法な事をしてしまってもプロデューサーが助けてくれる。

 もちろん、自分一人でちゃんと出来れば一番いいんだけど。

(……うん、そうだ)

 チーム一番星の名に恥じぬよう、一番いい結果を目指すべき。

 

 さて、どうしたものか。

 前には仁王立ちする甘奈。

 その顔は、できるまで逃がさないという意思を感じる。私この後、仕事なのに。

 以外とスパルタなのかな? 甜花さんには甘々なくせに。

 ……色々考えても仕方ないのかもしれない。

 甘奈は、自分の言葉で褒めろと言った。

 だったら、私は思ったことを素直に言うしかないのだろう。

(よし)

 腹は決まった。

 甘奈を打ち倒さなければ、真乃とめぐるに会えないというのなら……。

 乗り越えていこう。

 友達の数がコミュ力と関係ないって事、証明してあげる――!

「甘奈。おはよう」

「うん、おはよー☆」

 この至近距離で甘奈が……ウィンクしてきた……。

 めぐるのフレッシュなウィンクとは違うそのチャーミングな笑顔は、私の視覚中枢を刺激し、興奮した血が頭を駆け巡る――。

「あれ? 灯織ちゃん。顔、赤くなってるよ?」

 甘奈が平然とした顔で言い放った。

 まるで、それが日常かのごとく!

(これがアルストロメリアのリーダー……)

 恐ろしい。ただの挨拶一つで私を動揺させた、この少女が。

(私は、これを越えられるの……?)

 違う。越えなければならない。

 たかがウィンクで、この風野灯織を落とせると思ってもらっては困る!

 いつだって私は、真乃とめぐるの柔らかいものに抗ってきたんだから!

 ウィンクなんかに……。

(負けない!)

 

 パッと視界が開けた気がする。

 頭は落ち着き、心は穏やか。

 それはまるで、蒼い風吹く野原の光景。

(いける)

 今ならいける。

 ここからが、私の領域……!

「甘奈」

「なになにー?」

「いつも色んな服を着こなしてて、オシャレだよね」

「ありがとー」

「でも……」

「うん?」

「どんな服を着てても、甘奈の笑顔が一番魅力的だから」

「えっと……そ、そんなジッと見ないでほしい、かな……」

「そうやって恥じらう仕草も、素敵だと思う。

 甘奈を見てると、これが理――」

「もっ、もう終り!!」

「え?」

「合格! 灯織ちゃんは気の利いたこと、ちゃんと言えるよ!?」

 

 ・ ・ ・

 

 甘奈に合格をもらった後、追い出されるように事務所から出てきた。

(あれで良かったのかな)

 あまり手応えが感じられなかった。

 真乃とめぐるにも言ってみる? と、考えていたところで、二人の姿が視界に入った。

「灯織ー!!」

 めぐるが大きく手を振っている。

 その隣にいる真乃も、ちょこんと手をあげた。後ろにはプロデューサー。

 お互い歩み寄って合流を果たすと、早速めぐるが抱きついてきた。

「お待たせ灯織ー。元気にしてたー?」

「もう、いちいちくっつかないの」

「えー、寂しくなかった?」

「寂しくない、子供じゃないんだから。

 ねえ、真乃?」

「えっと、私はちょっと寂しかったよ? いつも三人でいたから」

「そ、そう……」

 真乃の言葉に心が温かくなる。

(あれ? これって気の利いた言葉……?)

 私も言ってみよう。

「……実は、早く会いたかった」

「ほわっ? ひ、灯織ちゃん?」

「真乃の顔を見ると安心する」

「ぇ、えっと、何かあったの? 大丈夫?」

 慌てた真乃が心配してきた。

(私、そんなにおかしい?)

 答えあぐねていると、めぐるが再びギューッとしてきた。

「なになに? 真乃を困らせる子はおしおきだぞー」

「……めぐるの匂い」

「えっ!? 私、匂う!? ご、ごめんね!?」

「めぐるみたいで好き」

「……ま、まーわたしの匂いだしー?

 そりゃあわたしだよね、あはは……」

「……」

「……」

「……」

 なんだか気まずくなった。

 黙ってしまった私達を見たプロデューサーが、おずおずと聞く。

「灯織? 本当に大丈夫か? 事務所で怖い映画でも見せられたとか」

 プロデューサーにも心配されてしまった。

「いえ、問題ありません」

 私の気の迷いです。

 

 

 どうやら、私に気の利いた言葉はまだ使いこなせないらしい。

 とはいえ、練習や努力で何とかなるものでもなさそう。

(仕方ないけど、封印……)

 

 いつかまた、これを使う日が来るのがいいのか、悪いのか。

 自分にも分からない……。



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Magical girl runstar☆

甘奈はこの日、トンファーキックの恐ろしさを知った。


 今日は、日曜の朝から事務所に来ている。

 早朝の街は静かで人も少なかった。

 企業戦士は、ひとときの休息にひたってるんだろう。

 でも甘奈たちアイドルに曜日は関係ない。

 そしてそれは、テレビに映るアニメヒロイン達も同じ。

(あれ? この子達は日曜しか働いてない?)

 まあ、別にいい。色んな働き方があるんだから。

 テレビの中で悪い怪人と戦うのは、それぞれオレンジ・ブルー・ピンク、三人の魔法少女。

(新番組だよね)

 果穂ちゃんがいつも見てるのは戦隊ものだったし。

 この新番組、どうやら中々にシリアスらしい。登場人物の紹介もそこそこに、ヒロイン達はピンチに陥っていた。

 甘奈の隣に座る果穂ちゃんは、今にも助けに行きたそう。

「ま、負けないでオレンジー!」

 ついに果穂ちゃんが声をあげた。

「あっ」

 とても痛そうなキックがオレンジを倒した。これは起き上がれないかも。

 果穂ちゃんが思わず立ち上がってテレビを睨んだ。

「ず、ずるいよ!? なんでトンファー持ってるのにキックするの!?」

 画面の中の怪人は、まるで果穂ちゃんを嘲笑うかのように「カーッカッカッカ!」と叫んだ。

 見事な悪者の笑い声。

 ブルーとピンクも気圧されている。でも、そこは戦うヒロイン。

 ピンクがオレンジを介抱しに行くと、ブルーが一人で怪人に攻撃を仕掛けた。

『ピンク。私が時間を稼ぐから、後のことはお願い』

『ダメ!』「だめっ!」

 果穂ちゃんとオレンジの声が重なる。

 でも、ブルーと怪人はすでに戦っていて聞こえていない。

(ブルー、すごい……)

 怪人のトンファー攻撃に見せかけたキックを、予測していたみたいに避けるブルー。

 激しい格闘の中、ブルーは傷一つ負っていない。

 その涼しい目は、全ての攻撃を計算しているようにも見える。

「いけーブルー! やっちゃえー!」

(勝てそうかも……)

 怪人も攻撃が当たらないことに焦りを覚えたのか、いったん距離を取った。

『カッ! まさかこの技を使うことになるとはな』

 怪人がトンファーを構える。

 まるで、トンファーの先端が銃口のようにブルーを狙う。

「ビームです! 逃げてブルー!」

(ビーム!? トンファーなのに!?)

 でも、こういうのに詳しい果穂ちゃんが言うならそうなのかも。

『喰らうがいい』

 怪人のトンファーに光が集まる。その瞬間、すでにブルーは怪人の懐に飛び込んでいた。

『隙だらけだから』

 そう言ってブルーが、怪人を倒す――

 

「えぇええぇっ!?」

 果穂ちゃんの驚きは、もっともだった。

 怪人のビームが撃たれる前に、ブルーが怪人を倒す。テレビの前の皆がそう思ったはず。

 でも、怪人のトンファービームの方が早かった。正確には、トンファービームという名のキック。

 トンファービーム(キック)

 ブルーですら予測できなかったそれは、一撃でブルーを倒した。

 そして、すかさず流れだすエンディング。

 

 第一話にしてクライマックスなアニメを見せられた甘奈たちは、しばらく言葉を失っていた。

 

 ・ ・ ・

 

 衝撃の展開から覚めた頃。

 ソファで隣に座る果穂ちゃんが、ぽつりとつぶやいた。

「灯織さん、来ないですね……」

「そだね」

「何かあったんでしょうか……」

「何か?」

「あの怪人に襲われてたり」

「えぇっ?」

 果穂ちゃんはそこまでお子様な発想はしない、よね? でも、可愛くて笑ってしまった。

「わ、わかってます! あれはアニメの中の出来事だって!」

「だ、だよね」

「でも、ブルーが灯織さんそっくりだったから……」

「あー」

 そっくりというか、たぶん甘奈たちをモデルにしたキャラデザだった。声まで似せるこだわりよう。声優さんってすごいよね。

 ただ、ピンクが攻撃を受けた時に変な声を出すのはどうかと思う。

 それにしても、自分に似た女の子がボコスカ戦ってると、こっちまで痛くなっちゃうかな。

「灯織さん、大丈夫でしょうか……」

「うーん、じゃあ電話してみよっか?」

「は、はい! お願いします!」

 スマホを取り出すと、部屋のドアが開いた。

「おはようございます」

「あ、灯織ちゃん。おはよー」

「灯織さん! 無事だったんですか!?」

「えっ? う、うん……?」

 果穂ちゃんに抱きつかれた灯織ちゃんが戸惑っている。

 その後ろからプロデューサーさんも入ってきた。

「おはよう、もう来てたのか」

「うん、おはよー☆」

「おはようございます!」

「二人とも普段は学校があるんだし、日曜の朝ぐらいは家でゆっくりしないのか?」

 プロデューサーさんが気遣ってくれるけど、ゆっくりしたかったら事務所にはまだ来ていない。

(甘奈が朝強いのもあるけど……)

 ていうか、なんで灯織ちゃんはプロデューサーさんと来たんだろ……。

 そんな早くから仕事なんてないよね?

(玄関で会っただけかな……)

 だよね。灯織ちゃんだし。

 甘奈が気を取り直すと、プロデューサーさんと果穂ちゃんが話していた。

「プロデューサーさんは見ましたか!? ランスター!」

「ああ、かなり激しいバトルアニメだったな」

「はい! あの怪人……許せません! 灯織さんを!!」

「ははっ。よく似てるけど、283プロはまだ関わってないからな」

 二人の言葉に、灯織ちゃんが「?」を頭に浮かべて聞いた。

「あの、プロデューサー? 私、今日の仕事内容まだ聞いてないんですけど」

「そうだな。丁度いいから三人とも聞いてくれ」

 プロデューサーさんがカバンから書類を取り出して配った。

 甘奈は、ちょっとしたアンケートだって聞いてたけど……?

「さっき果穂が言ってたアニメ『魔法少女ランスター』とうちのコラボが始まる」

「ぅえぇっ!? 聞いてないよ!?」

「あたしもです!」「私も……」

「今始めて言ったからな」

「な、何するの?」

 アニメの魔法少女とコラボなんて、え、何するんだろ……。

「あー、詳細はまだ先方と打ち合わせ中なんだ。今回は意識調査というか、簡単なアンケートに答えてもらうだけだ」

 そっかー……。

 甘奈と果穂ちゃんは納得したけど、灯織ちゃんが困ったように言った。

「プロデューサー……私、そのアニメ見てません」

「ああ、それでいいんだ」

「えっ?」

「こういうのを見ない層の意見も大事だからな」

「それなら良かった……」

 安心した灯織ちゃんを見たプロデューサーさんが、今度は果穂ちゃんの方を見た。

「果穂はメインの視聴者層」

「はい!」

「だから、自分のこだわりとかも語ってくれ」

「りょーかいです!」

「プロデューサーさん、甘奈は甘奈は?」

「甘奈は、あれだな。甜花が見てたら見るんじゃないか?」

「うん、そんな感じ」

「保護者目線で答えてもらおうか」

「おっけー☆」

 甘奈が答えると、プロデューサーさんは急ぐように時計を見た。

「どうかした?」

「ああ、他の打ち合わせがあるから行ってくる。

 質問の紙はさっき渡したやつ。

 アンケートの応答は、ハンディカメラに動画で保存な」

「は~い」「はい!」「はい」

 甘奈がいってらっしゃいを言う間もなく、プロデューサーさんは出て行った。

 今日も忙しそうで、また無理してないといいけど……。

(ううん、甘奈たちも仕事仕事)

「ねえ、誰から撮る?」

「はい! あたしやります!」

「おっ、果穂ちゃん元気☆」

「任せてください!」

「それじゃあ甘奈が質問読むから、灯織ちゃんはカメラ係してくれる?」

「うん、分かった」

 灯織ちゃんが早速、カメラの電源を入れて構えた。

「おっほん。それでは小宮くん、質問です」

「どうぞ!」

「ヒーローに大切なものと言えば正義の心ですね」

「はい!」

「では、ヒロインに大切なものは?」

「えっ……えっ?」

 果穂ちゃんが目をきょろきょろさせて困っている。

 やがて頭がいっぱいになったのか、目をうるうるさせてこっちを見た。

「ひ、灯織さーん。何か分かりませんかー?」

「私? ぇ、えーっと……男は度胸、女は愛嬌、とか?」

「そ、それです! さすが灯織さんです!」

 果穂ちゃんが「どうですか!?」とでも言いたげな顔で甘奈を見る。

「うーんとね、果穂ちゃん」

「だ、だめですか?」

「ううん。ただ、これアンケートだから正解とか無いよ?

 だから、果穂ちゃんが思ったことを答えるだけでいいと思う」

「そ、そうなんですね……わかりました!」

 果穂ちゃんが再び気合いを入れ直す。

「第二問。ヒーローに変身ガジェットは必要ですね」

「は、はい!」

「では、ヒロインに謎の動物は必要ですか?」

「……必要です!」

「その理由は?」

「かわいいからです! いる意味はあんまりないけど、かわいいから必要です!

 ちなみに、あたしのそばにもマメ丸っていう子がいて、とってもかわいいんです!」

「そう言う小宮くんも可愛いですね。

 では第三問、ヒーローと言えば合体ロボ」

「はい!」

「では、ヒロイン達が合体する事について……」

 甘奈に何を言わせるつもりかな。この質問を考えた人は。

(プロデューサーさん、これのチェックしてない……?)

「あの、甘奈さん?」

「あ、なんでもないよ? 質問は以上です☆

 次は……甘奈が答えようかな。灯織ちゃん、質問読んでくれる?」

「うん」

「じゃあ! あたしがカメラ係ですね!」

 果穂ちゃんが灯織ちゃんからカメラを受け取った。カメラを触るのが楽しそう。

「甘奈さん、準備はいいですか?」

「いつでもおっけー」

「それでは皆さん、せいしゅくに……。

 十秒前……8,7,6,5,4,3」

 2,1,果穂ちゃんからキューが出た。

 真面目にやってるのが何だかおかしくて、笑っちゃいそう。

「では大崎甘奈くん、質問です」

「ふふっ」

 笑ってしまった。

「大崎くん? 真面目にやってください」

「ご、ごめ~ん。まさか灯織ちゃんまで、そのノリでやると思わなかったから」

「え、しなくても良かった?」

「どっちでもいーよ」

 ちょっと深呼吸。

「はい、お願いします」

「では第一問。ヒロインの活力となるものは『甘いもの』『音楽』『花』どれがいい?」

 これは、アルストロメリア的に花って言った方がいいのかな?

 あ、逆にかぶらない方がいっか。

「うーん……音楽!」

 スイーツも大事だけど、タイアップのためにもね。

「第二問。ヒロインの家族達の描写は必要だと思いますか?」

「もちろん。お話に奥行きが出来るよね」

 あ、でも甜花ちゃんが見るやつって、あんまり両親出てこないかも。どっちがいいかな……。

「第三問。家族があなたの関わった作品を見るために夜更かしして、生活リズムを崩しています。どうしますか?」

「……パッケージ版、買います」

(他に答えようがない……)

 甜花ちゃんに配信サービスなんて利用させたら、きっと大変なことになる。

「第四問――」

「えっ、まだあるの?」と聞いたら、灯織ちゃんは果穂ちゃんをそっと見て首を振った。

(また変な質問だったのかな)

「それじゃ、交代だね」

 最後は果穂ちゃんが聞いて、灯織ちゃんが答える。それで今日のお仕事はおしまい。

 帰りに三人でどこか寄って、何か食べたいな~。

 甘奈はカメラを構えて、頭の中にスイーツのメニューを広げた。

 果穂ちゃんも質問の紙をぺらり。

「では風野くん、質問です」

「はい」

「当方は女児向けアニメなのですが、いったいどうすれば風野さんのような方にも見ていただけるでしょうか(切実)」

 質問がいきなり低姿勢だった。

「えぇ……」

 灯織ちゃんも困っている。

「えーっと……そう、ですね……。

 ……えぇ…………」

(ちょっとお手伝いしてみようかな)

「逆に灯織ちゃんはどんな番組を見てるの?」

「……あんまり見ない」

 手伝えなかった。甘奈は無力です。と思ったら灯織ちゃんが何か思いついたみたい。

「そうだ、占いコーナーとかどう? あと天気予報も付ければ便利」

「灯織さん……それ朝のニュース番組です」

 灯織ちゃんの顔がしょんぼりした。

「果穂ちゃん、次の質問してあげて」

「はい! 第二問。当方は女児向けアニメなのですが、風野さんがお色気シーンが必要というのであればご用意いたします。だから見て」

「…………えぇ」

 今、心が揺れたね。必死に平静を装ってるけど。

「そ、それなら女児向けアニメだとしても世の男性が見るかもしれませんね。良い案かと。ええ、私には関係ありませんが」

 あの顔はチェックする顔だ。間違いない。甜花ちゃんがごまかす時にそっくり。

「では、第三問です。中盤に出てくる真の桜のプリンセスというキャラクター。彼女が襲われているところをブルーが救うというのはどうでしょう。イルミネーションの下で熱く抱き合うシーンなんかも――」

「良いと思います」

 食い気味に来た。

「いえ、女児アニメにヒーロー然とした展開を加えることで従来の視聴者層とは別のところにアプローチする手腕、お見事です。

 きっと、このアニメは成功するでしょう」

 当然のように早口でまくし立てる。

(興奮しすぎじゃない……?)

 アニメ制作陣に釣られた灯織ちゃんは、まるで営業担当になったかのようにカメラに向かって番組をアピールしている。

(この映像、たぶん表に出ないと思うけど)

 カメラを持っているのが甘奈だから、必然的に灯織ちゃんは甘奈に向かってプレゼンをする訳で。

 灯織ちゃんの熱い想いをぶつけられた甘奈は、思わずカメラの電源をそっと落した。

 

 それからしばらく、帰りに寄り道して食べるスイーツが決まるまで、灯織ちゃんの熱弁は続いた。

 そんな灯織ちゃんの事を、果穂ちゃんが仲間になりたそうな目でキラキラ見ていた。

 

 少しだけ、果穂ちゃんの将来が心配になった日曜日。



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『占い師』果穂

恋占いにコーヒーをそえて
【夜明けの晩に】未対応


 今日は学校で性格占いが盛り上がった。

 例えば血液型占い。

 あたしはA型だから、頑固で我慢強い性格だって。確かに合ってます、スゴいです。

 だから、事務所のみなさんの事も占おうと思って、占いの本を借りてきました。

 ランドセルがちょっと重くなったけど、みなさんの驚く顔が楽しみだから平気!

 

 ・ ・ ・

 

 事務所に着いて、さっそく聞いてみた。

 

 灯織さんは「私? 真面目で几帳面なA型だけど?」

 甘奈さんは「甘奈はね、心配性で臆病なA型なんだって。甜花ちゃんに言われちゃった☆」

 

 うん……、血液型占いなんてなかった。

 A型は多重人格なんでしょうか。

 でもチーム一番星が三人ともA型で、なんだか絆レベルが上がった気がします。

 って、もう血液型はいいです。

 

 あたしは占いの本を持って、灯織さんと甘奈さんが座るソファに再び押しかけた。

「星座占い、しませんか!?」

「占い?」

 灯織さんの目が、きらり光った。

 というか、イヤホンで音楽聴いてても聞こえるんですね……。

「この本、とっても当たるんです!」

「へぇ、そうなんだ。果穂が占ってくれるの?」

「はい! おまかせあれ!」

「果穂ちゃん、甘奈もいいの?」

「もちろんです! お二人の未来を示します!」

「やった☆ 久しぶりの果穂ちゃん先生だね」

「では、お二人の星座を――」

 占いを始めようとしたところで、灯織さんがソファから立った。

「灯織ちゃん? どうかした?」

「うん、ちょっとコーヒー作ってくるね」

「え、甘奈たちのも?」

「あれ? いらない?」

「ううん、いただきまーす。お砂糖入れてね」

「うん」

 コーヒー……。

「ひ、灯織さん! あたしは、その……」

「苦いのダメ?」

「た、たぶん……」

「牛乳は飲めるようになった?」

「果物を入れれば、大丈夫です!」

「そう……じゃあ、お菓子みたいに作るから」

「お菓子……!」

 いったいどんな物が出来るのかな。

 あたしがわくわくしていると、甘奈さんが不満そうに言った。

「えー、甘奈もそっちがいいなー」

「……最近の甘奈、アルストロメリアで毎日スイーツ食べてるところをツイスタで見るんだけど?」

 甘奈さんが悲しそうな顔をした。

「新メニューが増える時期だから……。

 甘奈のは甘さ控えめでお願いします」

「はいはい」

 軽く笑った灯織さんは、そのままキッチンに向かっていった。

 甘奈さんは、まだ落ち込んでいる。

 どうして毎日スイーツを食べて落ち込むんでしょうか? ちょこ先輩だったら、涙を流してお仕事に感謝するところなのに。

「ねえ果穂ちゃん」

「なんですか?」

「ダイエット占いとかある?」

「ないです」

「だよね……」

 まさか甘奈さんみたいに綺麗な人にも、ちょこ先輩のような悩みがあるのかな……?

「じゃ、じゃあ果穂ちゃん」

「はい?」

 甘奈さんが、ふと周りをきょろきょろ見た。

 そして、あたしに顔を寄せて小声で言う。

「れ……恋愛占いとかは……?」

「あります! クラスでも人気でした!」

「へ、へー。それなら、甘奈も占ってもらっちゃおうかな。人気だもんね……えへへ」

 本のページをめくって……あった。

「では、占ってしんぜよう」

「お願いします」

「星座は何ですか?」

「山羊座です」

 えーっと山羊座の、A型は……。

 あった!

「……やぎ座A型の女性は慎重派。そして物事に自分で取り組まねば気が済まないので、すでに自立・完成した人を好みません」

「えっ?」

「手がかかっても伸びしろのある人に好感を抱きます」

「そう、かな……?」

「とにかく自分でやりたがるので、パートナーさえも自分で育てようとします」

「あ、でも……、自分の事は結構だらしないかもだから……」

 甘奈さんがさっきから何かブツブツ言ってる。

「プロデューサーさんがどうかしたんですか?」

「う、ううん? 続けて?」

「はい。えー、なので、尽くしすぎでダメ男に引っかからないように注意が必要です」

「ダメ男じゃないよ!?」

「!? な、何がですか?」

 急に大きな声を出されてビックリしました。

「あっ、な、何でもない……ごめんね?」

「い、いえ……あ、まだ注意点があります。

 しっかり自信を付けてから行動したい性格なため、出遅れがち――」

「ぅえぇっ!? 恋鐘ちゃんとかもっと進んでるの!?」

「え? 恋鐘さん? どこにですか?」

 

「落ち着いて甘奈、恋鐘さんは『あ~ん』までしかしてないから」

 キッチンから戻ってきた灯織さんが、コーヒーカップを三つ乗せたお盆をテーブルに置いて、カップをあたし達の前に配ってくれた。

 コーヒーの濃い匂いがスゴいです。苦そう。

「あーん? あーんって、あの、食べさせるやつ!?」

「他に何があるの……」

「そんなぁ! 甘奈だってまだ一回しかした事ないのに!?」

「……え、したの?」

「…………」

「え、した事あるの?」

 甘奈さんが灯織さんから思いっきり目をそらした。

 目をそらした先は、熱々のコーヒー。

「い、いただきまーす……」

 ふーふーして、一口すする。

「んー、おいしー。何か普通のコーヒーと違う味。さっすが灯織ちゃん」

 本当においしそうです。

 でも、あたしの前に置かれたコーヒーだけ色が違う。何でかな。

 カップと睨めっこしてると、灯織さんが説明してくれた。

「果穂のは牛乳と練乳で煮込んであるから」

 牛乳! そういえば、お菓子みたいに作ってくれるって。

 どんな味なのかな……。

「い、いただきます」

 カップにちょんと口を付けると……、甘くてあったかい!

「どう? 飲める?」

「んー! おいしーですー!」

 大人の匂いに包まれながらコーヒーと牛乳を楽しむ!

 これが成長。だんだん進化してますー!

「灯織さん!」

「何?」

「灯織さんは何の占いがいいですか!?」

 今ならスペシャルです!

「ちなみに、甘奈さんは恋愛占いでした!」

「果穂ちゃん!? い、言わないでー……」

 甘奈さんの声がだんだん小さくなった。なんだか恥ずかしそうです。

 そんな甘奈さんを見た灯織さんは、クスッと笑った。

「じゃあ、私も恋愛占いで」

「りょーかいです!」

 あたしが本を取り出すと、甘奈さんが灯織さんをからかうように言う。

「普段は興味なさそうにしてる灯織ちゃんも、お年頃の女の子だもんね」

 うんうんと深くうなずく甘奈さん。

 でも灯織さんは、そんな甘奈さんを白い目で見た。

「仕事はプロデューサーとなら大丈夫だから。私がアイドルをしていくための不安要素は、悪い虫を見極めて払えるかどうか」

 一緒にしないで。という無言の圧を感じます……。

「え、えーっと! 灯織さんの星座を教えてください!」

「魚座のA型」

「はい!」

 ぺらぺらと、魚座のページを開く。

「えー、A型の慎重さと、魚座の自己犠牲精神が合わさり、非常に奥手です」

「うん……」

「好意があることを悟られるのも恥じらうため、意中の相手が気付かず交際には発展しにくいでしょう」

「……うん」

「そして、相手のことを考えてしまい『NO』と言えない性格から、気のない相手の熱烈なアプローチに流されてしまう事もあるので注意が必要です」

「気を付けます……」

 灯織さんが落ち込んじゃった。

 甘奈さんも、灯織さんの肩をポンポンしてドンマイです。

 もうちょっと読んだらいいこと書いてないかな……。

「魚座の女性と付き合えば、離れられなくなる男性は多い」

「えっ?」

 灯織さんの声が生き返った。

「完璧主義のA型、リアリストとロマンチストの二面性を持つ魚座なので、付き合う男性はまるで夢のようなラブストーリーを現実で体験して、ハマります」

「そ、そうなんだ……!」

 灯織さんの声が喜んで弾んでる。

 いい感じです! このまま気分良く終わらせましょう!

「恋人には甲斐甲斐しく尽くし、親身に寄り添うタイプ」

「うんうん」

 灯織さん、ご満悦。

「そして恋愛にのめり込み、仕事をおろそかにし、恋人を束縛し始めます。つまり重い女」

「…………」

 灯織さんがうつむいて、クッションで顔を隠しちゃいました。

 どうしてこんな事に……。

 灯織さんを励まさなきゃと思ったら、甘奈さんと目が合い、うなずきあう。こくり。

「灯織ちゃーん、このコーヒーどうやって作ったの? お店のエスプレッソみたいに濃厚だよ」

「灯織さん! あたしに作ってくれたのは何ですか!? ホットスイーツ……?」

 スゴい話のそらし方だけど、占いの事はちょっと忘れてもらおう。

 その方が絶対いいです! ねっ、灯織さん?

「……トルココーヒー」

 灯織さんがボソッと言った。

「トルココーヒー?

 甘奈さん、知ってますか?」

「ううん。トルコのコーヒーかな?」

「トルコ……名前は聞いた事ありますけど」

 甘奈さんと二人で首を傾げてると、灯織さんが顔を上げてくれた。クッションをぎゅってして、まだ何となく悲しそう。

「トルココーヒーの粉と水を、小鍋で煮て作るの」

「なるほど。手間をかけた分、美味しくなるわけだ」

 コーヒーの粉……。

 さすが粉ものマスター灯織さんです! こんな、お店で出てくるようなのを作れるなんて。

「あ、もしかして灯織ちゃん……?」

 甘奈さんがニヤニヤして聞く。

「プロデューサーさんに作ってあげるため?」

「べ、別に……いつも、同じので飽きないかと思っただけで……」

 灯織さんの頬がちょっと赤くなってます。

「あ~あ。プロデューサーさん、こんな美味しいコーヒー知っちゃたら、もう灯織ちゃんが入れるコーヒーしか飲めなくなっちゃうなー」

「はい! 一家に一人、灯織さんです!」

「そ、そんなことは……」

 灯織さんがニヤつくのを我慢してます。マメ丸ならもう尻尾ぶんぶん丸です。

「あ」

 甘奈さんが、触っていたスマホを見て声をあげた。

「なんですか?」

「トルココーヒーで検索してたんだけど……」

 甘奈さんがフフッと笑う。

「トルコではコーヒーを上手に入れるのが花嫁修業の一つ、なんだって」

 ニコニコの甘奈さんに見られた灯織さんは、あわてて首を振った。

「ち、違うから! これは占いをするためで!」

「「占い?」」

「そう! カップの底に残ったコーヒーの粉の模様で、占いをするの!」

 模様? そういえば苦い粉が下に沈んでた。

 灯織さんは、あたしと甘奈さんが飲み終わった後のカップに受け皿でフタをした。そして、そのままひっくり返す。

 少しして受け皿に液体が移ったのか、灯織さんはカップをあたし達の前に戻した。

「粉の模様、何に見える?」

 のぞいてみると、なんとなくマメ丸に見えるような……。

「甘奈は花に見えるかな」

「花か……」

「あれ? なーんか良くなかったり?」

「うーん。花の模様は、癒しと穏やかな時間を求めてるときに見えるから……。

 ストレス、たまってる?」

「え? そんな事……ないと思うけど」

「今度、買い物でも行く?」

「行く! 一番星ショッピング☆」

 ……そういえばこの間、事務所で甘奈さんに会っても元気なさそうだった。

 聞いた話だと、千雪さんと何かの賞をめぐって争ってたらしい。

 もし、あたしがそんな事になったら……。

「果穂のカップは何の模様に見える?」

「あっ、はい……。

 灯織さん、これ、マメ丸ですか?」

「うん、果穂にはマメ丸に見えたんだ」

「あんまり、はっきりとじゃないんですけど」

「いいよ。犬の模様はね、信頼できるパートナーの予兆」

「よちょう?」

「今、素敵なパートナーがいるのなら、それは生涯大切な存在になるかもしれない」

「パートナー……」

 放クラの……一番星の……283プロの……だと多すぎるから、パートナーっていうとやっぱり、プロデューサーさんになるのかな?

 でもプロデューサーさんは、みんなのプロデューサーさんだから……。

 あたし――獅子座A型――は、意外と独占欲が強くて尽くされたいタイプらしいし、プロデューサーさんを独り占めしちゃったら、みなさんに迷惑が……。

 でもでも、獅子座A型と相性が抜群なのは『優しい父親のような男性』って書いてあるし、これってプロデューサーさんの事、だよね……。

 

 あたしの、一生のパートナー……。

 

 

どうすれば大切な存在か分かるのかな……?



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『16才のママ』オープニング「公園はヒーローのルーツ」

禁断の話題作!
配信前から物議をかもし、公開中止を余儀なくされた幻のドラマ!
その裏側を283チャンネルで限定公開!


 事務所で、甘奈・灯織・果穂の三人がテレビを見ている。

 ソファに並んで座り、珍しく静かだ。

 目の前のパソコンが鳴らす冷却ファンの音。それが気になるぐらいの部屋。

 

 放送中の番組は、ジャスティスⅤのスピンオフ。

 この前、果穂がゲスト出演したものだった。

 テレビ画面には学生服を着た果穂が映っている。

 普段の元気で明るい笑顔とは違い、はかなく微笑む表情。そのお淑やかな仕草が、思わず仕事の手を止めさせる。

 

(何度見ても良い演技力だ。ヒーローごっこに付き合ってきた甲斐がある)

 不良学園モノのドラマもそうだったが、こっち方面の仕事が向いている、んだろう。

(しかし……)

 画面の中の果穂と目が合う。

 果穂の切なげな視線。控えめな上目遣いに、目がとらわれる。

 それはまるで、愛の告白をされているような。

 

『あなたと、ずっと一緒に……』

 

(……そうだよな)

 ずっと一緒に。果穂と仕事をしていくなら、このふざけた案件は断るしかない。

 決心はついた。

「……ふー」

 静かな部屋で、口から大きな溜め息が出た。

 

「プ、プロデューサーさん……?」

 

 果穂が、おびえる子犬のような目でこっちを見ていた。

 顔色をうかがっている?

「どうかしたか?」

「あ、あの……あたしのお芝居。なにか、変でしたか……?」

「ん? 良かったぞ」

 将来は世界的な俳優に名を連ねること間違いなしだ。スタイルの良さも世界レベルに見劣りしないだろう。

 そうだ、英語を喋れるようになった方がいいのか?

(……この辺りは夏葉に相談か)

 

 などと考えていたら、甘奈にムッとした顔で見られていた。

「プロデューサーさん?」

「な、なんだ?」

 怒ってる? 何を?

「どうして果穂ちゃんの決め台詞を見て、おっきな溜め息ついたの?」

 甘奈の隣にいた灯織も、責めるような視線を向けてきた。

「さすがに、今のは酷いと思います」

「あたしのお芝居……」

「ああいや違うんだ果穂。溜め息は次の仕事で悩んでただけで」

「悩む? プロデューサーさんが?」

 その一言で、三人が一斉に疑問の目を向けてきた。

(しまった。何も言わずに片付けたかったんだが)

 三人が興味深そうにしている。というか、話すのを待っている。

 

「……実は、果穂にドラマのオファーが来ていてな」

「えっ! あたしですか!?」

「ああ、指名だ」

「今度は何なんですかー!? またゲストに呼んでくれてるんですかー!?」

「いや……」

 果穂がやる気全開だ。目が輝いている。

 こっちの困った空気を察してくれないまま、三人は「すごーい☆」やら「あの演技なら」などとキャッキャしている。

 

 三人で一頻り盛り上がった後、いよいよ甘奈が聞いてきた。

「それで、どんな役なの?」

「あたし、何でもやります!」

 そんな事言わないでくれ。

 困った沈黙を灯織が気付いてくれたらしい。

「プロデューサー? 何か問題でも?」

「……ああ、そうだな。果穂には難しいと思ってる」

「プロデューサーが弱気になるほどの仕事……?」

 難しい顔をしていると、果穂が闘志を燃やすように言った。

「あたし、挑戦します! 挑戦したいです!

 戦う前から降参なんて、できません!」

「果穂ちゃんの言うとおりだよ!

 プロデューサーさん、果穂ちゃんの可能性を信じてあげて?」

 この案件の可能性は信じたくないんだが……。

 手元の企画書に目をやると、あまりにも業の深いタイトル。

 

『16才のママ』

 

 確かに、初めて果穂を見たときは高校生ぐらいかと思ったけど。

 いくらなんでも小学生に母親役はないだろう……。

(う~ん)

 改めて企画書を見て、これは無いなと思う。

 

 ふと、優しい花の匂いがした。

 遅れて、甘奈の驚いた声が背中から。

「16才の、ママぁ!?」

 どうやら甘奈がこっそり近付いてきて、背後から企画書を覗き込んだらしい。

 そのタイトルを聞いた灯織が「うわ」といった表情でこっちを見ている。

 耐えられず目をそらしたら、後ろにいたはずの甘奈の顔が間近に。

「プロデューサーさん? どういうつもり? こんなお仕事持ってきて!」

「すまん、あの場では断れなかったんだ」

 業界でも有名なハイマウンテンPとスロープアップP。この二人の案件を断るのは難しい。

 噂では果穂に学生服を着せる指示を出したり、甜花に園児服を着せる指示も、この二人の仕業らしい。

 実際、これで好評を得ているのだから恐ろしい手腕だ。並のプロデューサーでは思いつかないだろう。

(しかし、今回のドラマは……)

 果穂の大幅なイメージダウンに繋がりかねない。

 

「やります!」

 

 果穂の大きな声が部屋に轟いた。

「あたし、お母さん役やります!」

「果穂ちゃん!?」

「果穂、これは辞めた方が……」

「いえ! この役にあたしを選んだ意味が、きっとあるはずです!」

 ただの性癖だと思うぞ。とは口が裂けても言えない。

 というか、説明できない。

 甘奈も灯織も、あわあわしている間に、果穂は己の道を進んでいく。輝く星に、一番にたどり着くのは自分だと言わんばかりに。

 

「ヒーローだって、はじめからヒーローじゃないんです!

 いろんなことを経験して、強くなって、はじめてヒーローになれるんです!」

 

 その前向きさは、とてもまぶしくて……。

 

「だから、あたしも――」

 

 ブランコ、思い切りこいだら空に飛び立てるんじゃないか。

 鉄棒で、ぐるり回ったら、世界が変わってるんじゃないか。

 滑り台の坂を駆け上がれば、時を越えられるんじゃないか。

 

「あたしも、お母さんになります!!」

「「お母さん『役』!」」

 

「はい! がんばります!!」

 そう言って両の拳を握る果穂。

 その可愛らしい気迫が、こっちまで伝わってくる。

 

(童心に返る、か……)

 

 果穂は、いつも希望を抱かせてくれる。

 公園で遊んでいた頃、砂場に自分の理想を思い描いたように。

 

「じゃあ、先方には良い返事をしておくぞ」

「はい! よろしくお伝えください……!」

 

 少し離れたところで、甘奈と灯織が心配そうな顔をしているが気にしない。

 今日、これから始まる伝説を前にして、不安や怯えなどを抱えてはいられない。

 果穂のために出来ることは山ほどある。

(さて、まずは育児雑誌あたりを用意すればいいか?)

 

 ・ ・ ・

 

 ・ ・

 

 ・

 

「灯織ちゃん。これは甘奈たちが、ちゃんとしなきゃだね……」

「うん。いくらプロデューサーでも、この分野は右も左も分からないだろうし」

「……逆に詳しかったらやだよ。そういう事、考える相手がいるみたいで」

「別に、いてもおかしくないと思うけど」

「それは、そうかもだけど……」



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『16才のママ』第一話「アダルト偶然ブックス」

・前回のあらすじ
 業界の大物Pからの案件、ドラマ『16才のママ』主演の仕事を受けた果穂とシャニP。
 さっそくシャニPは果穂のため、資料集めに奔走する。


 仕事帰り。大きめの書店に寄ってみたはいいものの、育児や結婚のコーナーは場違い感がひどかった。

 自分と同い歳ぐらいの女性からの視線。

 少し年上かと思われる女性からの視線。

 まるで珍しいものを見るような目で、全身を舐められる。

 

(探しづらい……)

 

 とりあえず手に取った数冊だけ買って、すぐに帰るか。

 そう思ったとき後ろからよく知る声。いつもの穏やかさはなく、あせったように後ろから呼びかけてきた。

 

「プ、プロデューサーさん?」

 

 振り向くと、このコーナーにいる他の女性と似たような雰囲気。しかし、確かにうちの輝くアイドルがそこにいた。

「千雪か、お疲れ」

「は、はい、お疲れ様です……あの、そ、その本、どう、されるんですか?」

 手に持っていた育児や結婚の雑誌を、千雪がまじまじと見ている。

「ああ、これは果穂のためにな」

「…………はい?」

 千雪の表情が固い。

 書店の空気にひびが入った気がした。

「ん? だから、果穂に読んでもらおうと思って」

 明日からさっそく役作りだ。

 やると決めたからには本気モード。果穂も今頃、親にお母さんになる心構えを聞いているだろう。

 

「…………」

 呆然と立つ千雪は、魂が抜けたかのように動かない。

「そういえば、千雪は何の本を買いに来たんだ?

 その、申し訳ないんだが、結婚とか子育てはまだ勘弁してもらえないか?」

 ここのところ千雪のスケジュールはパンパンで、アルストロメリアとしても波に乗っているからな。

「は、はい。私は、そんな予定ありませんから……まだ」

「ああでも、千雪が絶対にこの人だってのを決めたなら、もちろんスケジュールは調整するぞ」

「い、いえ、大丈夫です……このままで」

「そうか? じゃあ、このコーナーには何を?」

「それは、ほら……プロデューサーさんは背が高いですから。もしかして、って――」

 

「千雪~? 結婚の本あった~?」

 

 恋鐘が、そこそこの大声で喋りながら向かってきた。

 それを聞いた千雪の顔がだんだん赤くなる。

「うぅ……」

「いや、まあ、若いうちから考えておくのはいい事だと思うぞ?」

「何も言わないでください~……」

「すまん……」

 

「あっ、プロデューサー!?

 プロデューサーも本ば買いに!?」

「ああ」

「奇遇やね! 偶然BOOKS!

 これぞ、メインヒロインの王道ばい!」

 恋鐘は満足そうにしている。しかしそれを見る千雪は、なんとも恨みがましい目つきだった。

 

「恋鐘は料理の本か?」

 その手にはパエリアの表紙。

「うん、スペイン料理!

 情熱の国の味、楽しみにしとって!」

「はは。ありがたいけど、いつも悪いな」

「よかよ~。うちも好きでしとるだけたい」

 サンドイッチの差し入れから始まって、かなり餌付けされているような気もする。

(まあ美味しいからな、仕方ない)

「プロデューサーのハートも、ばーりばりに熱くさせるばい!」

「おいおい、今でも仕事への情熱はかなりのものだろ?」

 自分で言うのもなんだが。

 すると、元気だった恋鐘が急にしおらしくなった。

「し、仕事だけやなくて……そ、その」

 もごもごしてしまった。

 とりあえず仕事の事じゃなくて良かった。今以上に働けと言われたら、本当に分身しなきゃならない。

 

 恋鐘と話している間に、千雪は目的の本を見つけたらしい。

(? アイドル雑誌が欲しかったのか? あれなら事務所にありそうだが)

「プロデューサーさん、そろそろレジに行きませんか?」

「ああ、そうだな」

 いつまでも立ち話するわけにはいかないし。

「恋鐘も行くぞ?」

「ふぇっ? あ、う、うん。行く!」

 

 三人でレジに向かって歩き出した。

「そうだ二人とも、俺がまとめて買ってくるよ」

「「えっ?」」

「経費でいいだろ」

 二人の反応は違った。

 嬉しそうな恋鐘と、困ったような千雪。

「ありがと~プロデューサー。はいこれー」と、満面の笑みの恋鐘が渡してきた料理本を受け取った。

「お、裏表紙は変わったケーキだな」

「んふふー、期待しとって~」

「ああ、楽しみにしてる」

 上機嫌の恋鐘は、まだ困った顔をしている千雪に声をかけた。

「千雪~? プロデューサーに買ってもらわんの?」

「う、うん。私は、いいかな……」

「え~? 今年は遠慮せん言うとったたい?」

 そういえば、千雪からの年賀状に書いてあったな『今年は遠慮しないので』って。

 まさか恋鐘にも送ったのか? ……いや、寮で一緒に書いたとかか。

 

 そうこう話しているうちに、レジに着いた。

「千雪、先にレジしていいぞ?」

「えっ」

「ん?」

 千雪は自分が選んだ本を大事そうに抱えている。

「い、いえ、私は後で……」

「そうか? じゃあ――」

 店員さんに「お願いします」と、自分が持っていた本を渡した。

 一冊、二冊……とバーコードが読まれていく。

 

「って、プロデューサー!?」

「どうした恋鐘?」

「ど、どうもこうもなか!

 なっ、な……なしてこがん本ばっか買うんと!?」

「そりゃあ勉強のためにだろ」

 近頃は動画で勉強する傾向らしいが、やはり何冊かの本を比べながら読む方が速い気がする。

「本はいいぞ。果穂に見せるときにも、要チェックなポイントをまとめやすいし、コメントも添えられる」

「……か、ほ? ……こみや?」

「ああ、どうかしたか?」

 恋鐘がポカーンとしてしまったところで合計金額が出たので、店員さんに代金を払って店を出た。もちろん呆けた恋鐘の手を引いて。

 遅れて千雪も出てきたが、その顔は日が暮れたばかりの空と似て、複雑な表情をしていた。

 

 しばらく無言で歩いた。恋鐘の手を引いて。

 

「プロデューサーさん」

「なんだ?」

「あの、歩きながらでいいので……何があったのか、話していただけますか?」

「そ、そうばい! 同じ事務所の仲間、うちにも説明する義理ぐらいはあるやろ?」

「……えーっと?」

 何の話だ?

「果穂ちゃんと、何が――」

 

「プロ゛デューサ゛ーさあぁぁあぁん!!」

 

 前から果穂が走ってきた。

 二人との話をさえぎり、抱きついてきた果穂は、目尻に輝く涙を隠すように顔をくっつけてきた。

 果穂がこんなに取り乱すなんてただ事じゃない。

 千雪と恋鐘も心配そうに見ていた。

「どうした果穂」

 泣くのをこらえて、必死に話そうとしてくれる。

「プ、プロデューサーさんのためにお母さんになるって言ったら、お父さんが怒っちゃって、話も聞いてくれなくて……。

 あたし、おうちにいるのも……」

「そうか……大変だったな」

「はい……」

「でも、会えてよかった」

「はい……」

 ギュッとしがみついてくる果穂の手に、さらに力が加わった。

 やはり、この案件は難しすぎたらしい。

 千雪と恋鐘の顔も難しくなっている。

 

(まずは、親御さんの説得からか)

 明日のスケジュールを考えていると、果穂の温かい体が離れていった。

 見ると、果穂の両手がそれぞれ恋鐘と千雪に握られている。

「プロデューサーさん。とりあえず、寮に連れて帰りますね」

「え、いや――」

「プロデューサーは心配せんでええよ。というか、今二人にさせたら絶対まずか……」

 二人は果穂にも確認を取ろうと迫った。

「果穂ちゃん。今晩はお話、いーーーっぱい聞かせてね?」

「え、は、はい……?」

「果穂! カツ丼作っちゃるけん!

 ぜーーーんぶ、吐かんね!」

「え、はく……?」

 

 謎の気迫にガッチリつかまれた果穂は、そのまま鬼気迫る二人に連行されるように去っていった。

 

(あ。親御さんに、果穂は今日寮に泊まるって連絡しないと)

 

 ・ ・ ・

 

 電話をしてからの記憶がない。

 いつのまにか自分の部屋で朝を迎えていた。

「ふぁ……」

 あくび。そういえば寝ていないのかも。

 

 よし、出社だ。

 今日も一日楽しくいこう。



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第2話「P・肝・P・肝」

・前回のあらすじ
シャニPは育児雑誌を求めて書店に立ち寄った。
そこで恋鐘・千雪と出会うと、シャニPの持つ雑誌が小さな波乱を呼ぶ。
渦中の人である果穂も現れ、一触即発かと思われた。
その後、シャニPは果穂の両親と話して、果穂のドラマ主演の承諾を得た。
「よし、楽しく話せたな」


 今日も一番に事務所に着いて、窓を開けた。

 連休初日の朝の空気が、すっきりとした気分を届けてくれる。

 ぼんやりした眠気を覚ましてキッチンに向かう。

 朝のコーヒー。も大事だが、もっと欠かせない日課。

 小さなジョウロに水を溜め、リビングに戻る。

 お花さんへの水やりと、霧子へのメッセージカードの用意。これをしないと一日が始まらない。

 霧子が掃除してくれている事務所で、霧子と花の世話をする。

 

(……霧子を感じる)

 

 優しい朝の時間。

 目を閉じる。外から聞こえるのは明るい鳥の声。そして、階段を元気に駆けあがる音。

 

「おはようございまーす!!」

 

 果穂がドアを開け放って現れた。

「おはよう。昨夜は大丈夫だったか?」

 恋鐘と千雪に連れ去られた感じだったからな。

 あの優しいを絵に描いたような二人も、寮ではどうか分からない。昔から、アイドルの寮は殺伐とした空間だと聞いている。

 若い子に対して洗礼というものまで行われるとか――。

 

「もちろん大丈夫でした!

 恋鐘さんが作ったカツ丼と肝のお吸いもの、とっっっても美味しかったです!」

 果穂が腕を振って力説する。

 その興奮っぷりは、やはりマメ丸にそっくりだった。

 

(本当に美味しいんだろうな……)

 半熟の卵でとじられたカツ。ひとくち食べれば、とろとろの卵と肉汁に油、恋鐘特製のダシが口の中で広がって……思わずご飯をかきこむ。

 それに、肝の吸いものなんて定食屋より料亭みたいだ。

 想像すると、腹が鳴りそうになる。

 そういえば今朝はコンビニでゼリー飲料だけだったか。

 ひもじい思いが顔に出てしまったのか、果穂が心配そうに見上げてきた。

「プロデューサーさん? なんだか悲しそうな顔をしてます……。

 ごはん待ってるマメ丸みたい……」

 俺もマメ丸だった。

「もしかして、朝ご飯まだなんですか……?」

「うん、まあ……」

 俺の返事を聞いた果穂が驚いたように声をあげた。

「ス、スゴいです!」

「うん? 何がだ?」

「今日の朝、昨日あまったカツ丼を千雪さんが違う料理にしてたんです!

 でも、あたし達の朝ご飯はそれとは違うもので!」

「もので?」

「何してるのか聞いたら、プロデューサーさんの朝ご飯にって言ってたんです!」

 ぐ~。と俺の腹が鳴った。待ちきれないらしい。

「果穂、持ってきてるんだよな?」

「はい! これです!」

 果穂が千雪のカバンっぽいものからタッパーを出して「どうぞ!」と渡してくれた。

 フタを開けると「グラタン?」の未完成?

「あたためてお召し上がりください……!」

「ああ、そういう事か」

 冷たくて固いチーズは、ちょっとした保冷剤がわり? この早朝にしか出来ないことだろう。ありがたい。

「じゃあ温めてくるな。

 あ、役作りのための雑誌。そこにあるから読み始めておいてくれ」

「はい! りょーかいです!」

 そう言って読み始めた果穂を置いて、またキッチンへと向かった。

(カツ丼改めカツドリアか)

 千雪もなかなか挑戦的な事をする。

 チーズがとろけるまでの時間は、コーヒーを淹れるのに丁度よかった。

 

 ・ ・ ・

 

 朝食を済ませ、コーヒーを持ってリビングに戻ると、雑誌を読む果穂の隣に霧子が座っていた。

 霧子は、熱心に読み込む果穂を慈しむような目で見ている。

 小さなツバサをはやす天使が二人。

 

(天国に迷い込んでしまった……)

 

 地上から少し高い空にある事務所。ここは283プロ。一階はペットショップ。

(よし、俺は正気だ)

 

 声をかけるのもためらわれる神々しさだが、こっちだって仕事だ。遠慮はしない。

「おはよう霧子、来てたのか」

 声に反応した霧子が、ゆっくりと顔を上げる。その優美さはまるでメルヘン。思わずため息が出るというやつだ。

「ぁ、おはようございます。プロデューサーさん」

 霧子がふわりと微笑んだ。

 窓から入るそよ風もつられて笑う。

 辺りに咲く草花もざわついて――。

 いや、事務所に草花は咲いてない。

「霧子は今日ビジュアルレッスンだな、まだ少し早いが……」

 待て、霧子にビジュアルレッスンが必要か? 誰だ? そんなスケジュールを組んだのは?

 

 俺だ!

 

「あの、早めに来たのは……プロデューサーさんが、朝から事務所にいるって聞いたので……」

「ん? 何か用事でもあったか?」

「い、いえ……。あの、ご迷惑、だったでしょうか……?」

「迷惑なわけないさ」

 どうやら、わざわざ会いに来たらしい。

(休日の朝からご苦労な……)

 だが、パーフェクトコミュニケーション! にこにこマーク!

 

 にこにこしていると、雑誌を読んでいた果穂に呼びかけられた。

「あのー、プロデューサーさん?」

「どうした果穂^^」

「あたし、まだ、役の設定とか聞いてません……」

「あ」

 そうだな、それが分からないと役作りできないよな。

 カバンから企画書を出して目的の情報を探す。

「えーっと、主人公である少女は女優業、素晴らしい才能で将来を約束されていた。

 しかし、業界のとあるPとの子を身ごもった少女は、16才という若さで人生の選択を迫られる」

 読み終えると、霧子が悲しそうな目でこちらを見ている。

「そんなの、ダメです……」

「そうだな、ダメだ。今から断りの電話を――」

「だっ、だめです!! どうしたんですかプロデューサーさん!?」

 果穂があわてて立ち上がって、俺のスマホを抑えに来た。

「あたしと、この役をやりきってみせるって、約束したじゃないですか!」

「あ、ああ」

 そうだ、果穂との約束を破るやつは人間じゃない。感謝祭の準備中でもヒーローショーに行く。それがプロデューサーってもんだ。

 だが、俺はあと何回ノート埋めを失敗すればいい……。はづきさんは何も手伝ってくれない……。

 

 気を取り戻して、霧子に話しかける。

「そういわけでだな、霧子」

「は、はい……?」

「病院には若い妊婦さんとかも来るんじゃないか?」

「……はい」

「そういう人達がどんな感じか、果穂に教えてやってほしい」

 頼む! と、お願いしたら、霧子は一応笑顔で引き受けてくれた。

(後で、この企画案を出したのは俺じゃないって言わないと)

 

 霧子が立ち上がって、果穂に声をかけた。

「それじゃあ、果穂ちゃん」

「はい!」

「プロデューサーさんのいないところで、お話しよう……?」

「は、はい……?」

(えっ!?)

 なぜだ霧子。なぜそんな思春期の娘が父親にするような事を……。

 ……いや。これは、保健の授業で男子を遠ざける的なやつか?

 

 どちらにせよ、霧子が遠い。

 リビングを出ていった二人、置いていかれた一人。

 それはまるで夏の大三角形。

 夜空に目立つベガとデネブ。

 ひとつ離れた場所のアルタイル。

 輝く彼女達とは居られない。そう言われたような錯覚。

 

 ああ、これが天の川伝説。

 真面目に働かなければ、織姫と会うことは叶わない。

 

(まだ朝食を済ませただけだからな)

 

 一人でも出来る仕事は山ほどある。

 ゴールデンウィーク? こちとら毎日がレインボーだ。



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『16才のママ』第3話「スタンバイレディ」

・前回のあらすじ
Pがキモかっただけ。
まるでシャニPじゃないみたいだ……。


 事務所でのデスクワークが一段落して時計を見ると、昼を回っていた。

(霧子はViレッスンに向かったかな)

 ということは、霧子と話していた果穂もそろそろ戻ってくるだろう。

 そう考えたところでドアが開いた。

 振り向くと、そこには灯織と甘奈。

「おはようございます。プロデューサー」

「おはよー☆ もうお昼だけど」

 今日はオフなはずの二人が入ってきた。

「おはよう。何かあったか?」と二人を見ると、灯織がもじもじと答える。

「はい。えっと……果穂は来てませんか?」

「もー。違うでしょ、灯織ちゃん?」

「えぇ、今日はいいよ……」

 話が読めない。

「えーっと?」

 どうしたものかと思っていたら、甘奈が灯織のカバンから何かを取り出した。

「じゃーん! 愛妻弁当!」

 灯織がたまに差し入れてくれる弁当箱だった。

「……愛妻?」

「そう! 灯織ちゃんがプロデューサーさんの健康を考えて作ったの!」

「あの、甘奈が勝手に言ってるだけですから。

 私は、いつも通りに作っただけなので」

 勘違いしないでください。と、言外に言われている気がした。

「そもそもプロデューサーが私達のことばかりじゃなくて、ご自身の体のことも気遣っていれば、私がプロデューサーの食生活に口を出すこともないんです」

「え、栄養ならちゃんと取ってるし」

「……ゼリー飲料とか言いませんよね?」

 お見通しだった。

 返す言葉もない俺の様子は、甘奈まで刺激したらしい。

「プロデューサーさん……」

「な、なんだ……?」

 一気にしおらしくなった甘奈が、心配したような目で見てくる

「また、無理してお仕事してるの?」

「いや、そこまでは……」

 だからそんな泣きそうな目で見ないでくれ。

「朝もちゃんと食べたし」

「なに、食べたの?」

「カツドリアだ」

 ボリューム満点だった。千雪の旦那さんになる人は大食いだな。

 

「「かつどりあ?」」

 二人して頭の上に『?』を浮かべている。

「ああ、カツ丼の残りをグラタンに入れた感じの」

 その説明に灯織が食いついた。

「プロデューサー……? 料理、できるようになったんですか?」

「ん? いや――」

「え? プロデューサーさん、誰かに作ってもらったの?

 まさか、彼女さん……?」

 甘奈の見たこともないような不安な表情。

「ははっ、千雪だよ」

 つとめて明るく言ったが、あまり意味はなかったらしい。

 甘奈だけでなく、灯織も考え込むような素振り。そしてボソッと言った。

「朝食を用意してもらう状況……?」

 甘奈もそれに続くようにつぶやく。

「しかも、残り物のカツ丼で……?」

 だんだん二人の視線が、俺を責めるようなものに変わっていく。

「プロデューサーさん? 昨夜はどこにいたの?」

「プロデューサー。いくら成人同士とはいえ、さすがにそれはどうかと」

「いやいや完全に勘違いだから。

 カツドリアは果穂に届けてもらったんだよ」

 はっきり言った俺の言葉を聞いても、二人はまだ疑わしげだった。

「証拠は」と、甘奈が言いかけたところで、ドアが開いて果穂が入ってきた。

 

「あ! 甘奈さんに灯織さんも! おはようございます!」

 これが救世主と言う名のヒーロー。

 少女は今日もまた、意図せず一人の人間を救ったのだった。

 

「おはよう果穂」

「おはよー☆」

 灯織と甘奈が俺から離れて果穂のそばに寄っていった。

 二人の視線から解放されてホッとする。

「ねえ果穂ちゃん、ちょっと教えてほしいんだけど」

「はい?」

「今朝、プロデューサーさんに千雪さんが作った朝食を届けたって本当?」

「はい! お届けにまいりました……!」

 元気な店員スマイルで答えた果穂だが、何かを思い出したように声をあげた。

「あっ」

「果穂?」

「あの、千雪さんから『私が用意したって言わないように』って言われてたんでした」

 申し訳なさそうな果穂だが、女子特有の詮索癖はそんなの気にしない。甘奈も例に漏れず。

「どうしてだろ……?」

「さぁ?」

 三人は悩んでいるが、乙女心を忘れない千雪のことだ。おおかた、ちゃんとした弁当箱じゃなくてタッパーだったのを気にしてるんだろう。

(美味しかったら、それでいいのにな)

 

「さて、それで二人は弁当の他に何の用事があったんだ? 果穂を捜してたみたいだが」

 聞くと、甘奈が思い出したように返事をする。

「そうそう。甘奈たち、果穂ちゃんのレッスンを手伝いに来たんだよ」

「レッスン?」

 果穂というか放クラは、ゴールデンウィーク中は一応オフだ。自主練の夏葉以外。

 最近は567プロが業界を席巻していて、ウチに来るはずの仕事も奪われる始末。

 プロデューサーとして腕の見せ所だとは思うが、どうにも相手の方が上手らしい。

 

「お母さんの演技のレッスン☆」

「ああ、それか。どうやって果穂に教えるか悩んでたところなんだ」

 午前中、果穂は霧子に若い妊婦の話を聞いたが、それだけでいい演技ができるとは思えない。

「甘奈と灯織がコーチしてくれるのか?」

「そうだよー」

「助かる。ちょうど二人と同じ歳ぐらいの主人公だしな、適役かも」

 二人を見ると、灯織は自信がなさそうだ。

「その、私達も未知の領域なので、あまり期待されても困るんですが……」

「いいさ。主人公もそんな感じだろうし。

 果穂も、この二人から16才の心情を学ぶんだぞ」

「はい! 勉強させてもらいます!」

 果穂もやる気十分だ。

 ……放クラのメンバーをコーチにとも少し考えたが、ホームコメディになりそうだから却下。このドラマは完全シリアスの予定になっている。

 

「で、どんなレッスンを考えてきてくれたんだ?」

 灯織なら過去のドラマを研究してきた資料とか?

 甘奈なら実体験に基づいた保育の講義とか?

 

「おままごとをします」

 甘奈が何か言った。

「うん?」なんだって?

 

「おままごとを、します」

「……ほう」

 ドヤ顔の甘奈の隣。灯織に説明を求めようと顔を見たら、サッと目をそらされた。

 

「……ああ、エチュードのレッスンか」

 即興劇は確かに演技力アップの効果があるだろう。

 おままごとなんてごっこ遊び、アルストじゃないんだから……。

 

「おままごと、です」

 ……甘奈はアルストロメリアだったな。

 何も言わない灯織は、何か弱みでも握られてるのか? 普段なら絶対やりたがらないだろう。

 

 果穂を見たら、わくわくしていた。おままごとが楽しみなんだろう。

(じゃあ……、いいかな)

 一応オフの日に出てきてもらってるんだし。何より、楽しみながらの方が物事は上達する。これは真理だ。

(なるほど、甘奈はここまで見越して……)

 さすが甜花を人気アイドルにと勧めただけの事はある。将来はプロデューサー側への転向もありか?

(いや、この仕事を譲る気はないぞ)

 

 若き才能に嫉妬するほど老いてはいない。

 だが甘奈プロデューサーのやり方、とくと拝見させてもらおう。

「そうだ、特典用のメイキングムービーのために撮影していいか?」

「はい!」

「オッケー☆」

「えぇ……」

 灯織が戸惑っているが、すまない。

 心の中で謝ってカメラをセット。

 常に見られていると意識するのもアイドルの仕事だ。

 

 おままごとの準備が済んだのか、甘奈が音頭を取るように言う。

「準備はいいですか?」

「はい!」

「うん……」

 

「それでは、今から甘奈たちは家族です!」



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『16才のママ』第4話「おしゃぶりに息をひそめて」

・前回のあらすじ
仕事に励んでいたシャニPは気付く。昼を回っていたことに。
そこへ手作りの弁当を持った灯織と甘奈が現れる。
もちろん弁当はついで。
二人は果穂のために演技のレッスンを考えてきたのであった。


 甘奈・灯織・果穂の三人は、事務所のリビングでおままごとを始めようとしていた。

 俺は灯織に弁当を渡された一人の観客。

 いや、客はもう一台。特典用の撮影をするカメラが、三人を無機質な目で見守っていた。

 そんな中、甘奈が始まりの声をあげる。

 

「それでは、今から甘奈たちは家族です!」

 

 配役すら決めてなかったが……。

 ノリノリの甘奈にワクワクの果穂。

 灯織はそんな二人の出方をうかがっている。

 

 はじめに甘奈が動いた。

「うっ……」

「甘奈さん!? どうしたんですか!?」

「なんだか最近体調がよくなくて……」

 妊娠初期のつわりと言う症状だろう。甘奈が主人公の役をするようだ。

「えぇっ!? あ、あの、何か病気になっちゃったとか……?」

「これはね、大切な人との新しい絆が生まれた、って事を教えてくれてるの」

「は、はい……? お薬とか、いりますか?」

「ううん。お薬よりも、お父さんの愛情が大事だから」

 そう言った甘奈は灯織の方を見た。

 目で「入ってこい」と言われた灯織がおままごとに参加する。

「お、おーい。今帰ったぞー?」

 完全に棒読みだった。台本がないとダメなタイプなのは間違いない。

(俺は台本あってもダメだが……)

 

 甘奈ママが灯織パパを出迎える。果穂も後をついていった。

 いや待て、果穂は何の役だ?

 俺の疑問を余所におままごとは進んでいく。

「お帰りなさい、あなた。お仕事お疲れ様」

「うん……プロデューサーの仕事は大変」

 そういえば、主人公とデキた相手はプロデューサーって設定だったな。

「あなた、ごめんなさい。今日はまだご飯できてないの」

「そうなんだ……。

 えっと、何かあった?」

「うん……あのね、できちゃった。みたい」

「え? さっきご飯できてないって……」

 灯織が真顔で言ってのけた。

 甘奈はそれを見て、がっくりと肩を落とす。

 

「あの、灯織さん。子供ができたって意味だと思います……!」

「あ、そっか……」

 灯織は果穂に教えられて理解したようだ。

 いやだから果穂は何役なんだ?

 

 甘奈が気を取り直して話を続ける。

「ねえ……甘奈、どうしたら……」

 主人公は将来有望な若手女優。

 産むか産まないか。ドラマではここの葛藤をメインに描くことになる。

 葛藤する意味を果穂が理解できればいいんだが……。

「適度な運動がいいって」

「えっ?」

「あと水分補給とカロリーの確保。

 でも、つわりの症状が重いときは入院も考えた方がいいと思う」

「あなた……」

 灯織のアドバイスに、甘奈も二の句が継げないようだ。

 しかし灯織は止まらない。

「色んな栄養も大事。葉酸とかカルシウムに鉄分――」

「灯織さん! そ、そうじゃなくて……!」

「え?」

「その、お母さんはお父さんに寄りそってほしい。んだと思います」

 甘奈がうんうんと頷いている。

 少し灯織の将来が心配になった。

 ウチの他の所属アイドルは皆、いつ嫁に行ってもおかしくないほど良い子揃いだが、灯織とは長い付き合いになりそうだ。

(差し入れてくれる弁当は美味しいんだが)

 この煮物とかも、煮てあれば何でも美味しいだろって言っただけなのに、どんどん俺好みに調整してきている。

 このまま行けば、俺の胃袋のW.I.N.G.をTrueするのも時間の問題だ。

 

 そうして灯織の弁当を味わっていると、背後に凛世の気配。

「煮物なら、凛世も……」

 振り返ると、凛世が弁当を見ていた。心なしか悲しそうな。

(お腹でもすいてるのか?)

「おはよう。凛世も果穂を見に来てくれたのか?」

「はい。おはよう、ございます……プロデューサーさま」

「果穂は見ての通りレッスン中だぞ。あれに何の意味があるかは分からんが」

「ふふ……賑やかなのは、良いことかと」

 そう言った凛世は、おままごとを鑑賞するために近くのイスを隣に持ってきて座った。

「凛世、飴なめるか?」

 少しなら空腹を満たせるはず。

「はい、いただきます……」

 

 そうして新たな観客を迎え、おままごとに視線を移すと、灯織が赤ちゃんになっていた。

 小道具のおしゃぶり装備で。

「ば、ばぶー……」

 やはり棒読みだった。

(父親役を降ろされたのか……)

「ばぶー……」

 目と目がばぶー。灯織が途方に暮れている。

 そんな灯織を気にも留めず、甘奈と果穂はおままごとを続けていた。

「甘奈は……あなたの子を、産むから」

「そ、そんな! 仕事は!?」

「やめる。女優の賞なんかより、この子の方が大切なの」

「でも! 新人賞を逃したら、女優人生が!」

「いいの! 甘奈は、プロデューサーさんと幸せな家庭を築くんだから!」

 甘奈の熱演に心臓が変な動き。

 同時に隣から「ガリッ!」と何かが割れるような、心臓に悪い低音。

 隣を見ると、凛世が無表情で口を動かしていた。

(飴を噛んだ音か……)

 それにしては怖い音だった。まるで、奥歯でも欠けたような。

 

 その音が果穂にも届いたのか、果穂は凛世が来ていることに気付いた。

「凛世さん!」

 甘奈も「え?」とこっちを見た。

「り、凛世ちゃん!? これはお芝居だから!」

 何やら慌てているが、対照的に凛世は落ち着いている。

「承知、しております……」

「そ、そう? ならいいんだけど……」

「ですが……その役に相応しいのは、この凛世かと」

 挑発するような凛世の言葉に甘奈がムッとする。

「どういう意味?」

「甘奈さんは17歳、ですが……凛世は、16歳……!」

 どやあぁぁと目を閉じ涼しい顔をする凛世。

(いったいどう違うんだ……)

 その疑問を抱いたのは俺だけだったらしい。

 甘奈はがっくり膝から崩れ落ち、果穂と灯織は、真打ちの登場に目を輝かせている。

 

「16歳の少女。この凛世が……演じきって、みせましょう」



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