TS系魔法少女、引裂ちゃん。 (moti-)
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TS魔法少女は邪道ではない(鋼の意志)

 現代日本人の感覚からすると滅多に日々に感謝することはないが、それはきっかけ次第であっさりと変化する。死の危険というものをなかなか実感しない現代人は、それはそれは現在の生を当然であると享受するものだ。自分もそういうものだと思っていた。

 

 昨日までの日々を振り返ると、今日よりもあきらかにいい日だったのは間違いないのだ。寝起きの頭でそう考える。それは間違いがないと確信を持っている。

 

 なぜかと言われれば簡単だ。

 

『──だから、僕と契約して魔法少女になってくれよって言ってるんだよ』

 

 ポストに入ってた変なステッキがそんなことを俺に向かって言ってきた。

 

 ──明らかに厄ネタ──!

 

 

 

 

 俺、村崎(むらさき)引裂(ひきさき)は自宅警備員である。一人暮らし。年齢は19。父親は自称魔法使いであり、母親は自称魔法少女で永遠の17歳。少女の定義は20までなので間違ってはいないだろう。でも息子より年下を騙るのは厳しいと思うよママン。

 

 という奇特な家族だからか、自分が働かないことをあっさりと認められたのである。というか「20年以内にお前は世界に名を轟かせる魔法使いになる。星がそう告げている」とかちょっと痛いと思うよパパン。

 

 むしろ積極的に肯定してたのは親としてどうなんだろうか。

 

「んで……俺、男なんだけど。魔法少女ってどういうことだよ」

 

『そのままの意味だよ。君は魔法少女に高い適正がある。だから僕と契約して魔法少女になっておくれよ』

 

 さて厄ネタ。流石に俺も魔法に対して憧れる年じゃないしそもそも男だし、と断ったがなかなかしつこい。魔法少女になるというまで耳元でささやき続けるという脅迫まで駆使してきやがった。

 

 そうまでして俺に魔法少女をさせたい理由は……どうも、魔法少女の適正が高いということなんだけど。

 

 まぁ、両親が魔法使いらしいしそういうもんなんだろうか。

 

「却下。せめて女に頼め」

 

『なんでそういうこというの……』

 

 ステッキの声が泣き出しそうになってる。

 

 でもこのステッキの声、めっちゃ渋いおっさんの声なんだよな……。

 

『いや、ね。僕も他の人に頼もうかと思ったりはしたんだよ。でもね、君ほどの天才を見てしまうとそのどれもが霞むんだ。だから君に頼んでるんだよ』

 

「俺は嫌だっつってるんだ。はよ他のところあたれ──」

 

 爆音が響いた。

 

『──もう来たか……! 君、早く僕と契約して変身してくれ!』

 

「待てよテメェなに厄介事持ち込んでやがる折るぞ」

 

『僕は人の手では折れないようになって──ちょっ、待ってマジで折れるからストップ──!』

 

 ふざけたことをぬかしたステッキを握り、そのまま力を込める。みしみしと音がして、命乞いの声が聞こえた。

 

 まぁ折れないので力を抜く。

 

 その瞬間、ステッキが輝いた。

 

『……ふ、ふふ……握ってしまえばこっちのもんだ──! 契 約 決 定 !』

 

「はぁ!? ちょ、お前、ふざけんな! ──どわぁ!?」

 

 その光はまたたく間に全身に伝播する。体から何かが吸われる感覚と共に、服が消し飛んだ。()()()()()()()()()()()に包まれ、その変化ののち、下着から装備が作り出されていく。

 

 光が開け──そして、また別の光に世界が染め上げられた。

 

 轟音と同時に、何かに押しつぶされたのだった。

 

 

 

 

「──ぷぁっ、死ぬかと思った……って俺の家ぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 どころか、周囲の家まで消し飛んでる。……クレーターから身を起こして、とんでもない惨状に開いた口が塞がらない。

 

『あー、隕石落としてきやがったか。向こうもガチだねぇ……』

 

「はぁ!? 隕石? まじかよ……っつーか、なんか声が変……?」

 

 違和感から喉に触れる。と、自分のものではない肌触りがした。もともと喉仏も目立つ方ではなかったが、けれどここまでなかったはずがない。

 

 というか頭が重いし、体はすーすーするし、下着の肌触りが変。嫌な予感に動かされるまま、手を頭に、顔を下に向ける。

 

 そこには、だれがこんなの着るんだよ、というくらいにところどころが露出したロリロリしているファンシーな服と、明らかに自分のものではない華奢な体があった。

 

「ふ、ふ、ふ……き れ そ う」

 

『ああ、魔法少女適正が高すぎたんだねぇ……魔法少女に適した体に完全に変質してるよ。これ、たぶん元に戻らないかな』

 

「あぁゴミカスぅ──!! 死ねぇ──!!」

 

『ふ、少女の力で僕を折れるといたいいたい折れちゃうからストップぅぅぅぅぅ!!』

 

 へし折ろうとしたステッキが手から抜け出した。くそが。

 

「てことは……俺、一生このまま?」

 

『うん。でもよかったね、こんな奇跡を起こせる魔法少女はたぶん君だけだよ』

 

「……うれしかねーよ、くそが」

 

 吐き捨てる。立ち上がり、頭を触ればコンクリートの破片がぽろぽろと落ちた。……にしても隕石って。そんなの落とせるのかよ。なんでそんなのにこいつは狙われてんだよ。

 

「……くそが」

 

『ふざけるのはここまでにしようか。とりあえずここから逃げよう。じゃないと次の攻撃が来る』

 

「……てか、俺んちどうしてくれんだ」

 

『別次元に逸れたから、元の次元に戻ったときには建物は無事だよ。今この世界には、攻撃してきたやつらと僕たちしかいないはずだ』

 

 ひとまず、その場から走り始める。次の攻撃がくるとなると、こんな住宅街じゃ危ないだろう。はやく安全なところを見つけないと。

 

 ……とはいえ、隕石とか落としてくるやつの攻撃に安置なんかあるのか?

 

『あるよ。たぶん、一箇所にとどまりすぎなければさっきみたいな攻撃はできない』

 

「ナチュラルに心を読むな」

 

『僕たちは契約によって一心同体になったんだ。僕の魔法演算領域を貸してあげてるんだし、そんなことは言わないでほしい』

 

「……新しいワードを出すなよ……」

 

『まぁ魔力自体は君のを使ってるけどね』

 

 クソが。

 

 多分、字面から想像するに魔法演算領域ってのは魔法の発動に使われるものだろう。それしかわからん。

 

 ……でもそうか。魔法少女になったんだったら、こうして律儀に歩く必要はないな。どうやるのかわからんけど、空を飛んで移動できたらそれが一番速い。

 

 なにせ建物を無視して動ける。遮蔽物がない。それだけで移動にかかる時間は大きく変わる。

 

 よし、やってみよう。

 

 体を空に飛ばすイメージを組んだ。背中に羽があって、それを使って飛んでいくイメージ。それを組み上げた。それを構成するのは……

 

 ……そういえば、変身する時、体からなにかが吸われる感覚があった。あれは魔力の感覚だろう。あれを使えばいいのかもしれない。

 

 体から何かが抜ける。それは、背に集まって翼になった。腕と同じような感覚で動かすと、体は簡単に宙に浮く。

 

「……おお、できたできた。よし、さっさ逃げよ」

 

『……本当に、天才だな……ただ飛ぶだけなのに、ここまで緻密な魔力操作をするなんて……!』

 

 これそんなムズいか?

 

 とりあえず、空を飛びながら質問する。

 

「お前……なんて呼べばいいかわかんないけど、とりあえずお前! 状況を説明しろ! まず……なんで狙われてる!? 敵はどこだ!」

 

『そうだね……僕の説明からしよう。僕の名前はバルガ・ゾラ。世界に9本あるステッキの一つさ。気軽にゾラって呼んでね。

 それでなんで狙われてるか……なんだけど、その前にこの世界について説明したほうがいい。

 まずこの世界には、【魔法使い】、【呪術師】、【教会勢力】、【血族】、【変身ヒーロー】がいるんだ』

 

「いきなりぶっこんできたなぁ……」

 

 まぁ、魔法使いに関しては父親がそう主張してたし、そんなに気にならない。こう、自分が変身した時点でそれは諦めている。

 

「じゃあ魔法少女は魔法使いの陣営か?」

 

『違う。魔法少女は各々が好きなところに与するね。だからこそ狙われやすいんだけど……

 まぁ、それで。今回攻撃を仕掛けてきているのは教会だね。儀式で術を展開するから、基本大技を撃つのが得意なんだよねあそこ』

 

「なんで教会は攻撃してくるんだ? 魔法少女は仲間に引き込みたいんじゃないのか?」

 

『そうなんだけど……その魔法少女が()()()仲間にならないってわかってたら、他に渡る前に始末するよねぇ』

 

「……なんでそう言い切れるんだ?」

 

『……ごめん。昔教会と喧嘩したからさ……』

 

 ……ふんふん。

 

 つまり全部こいつのせいでは?

 

「やっぱ厄ネタじゃねぇかお前ぇ……!」

 

『ごめんってばー! ……ついでにだけど。たぶん術者は外国にいるから、どうにかして倒す方法を考えないとだねぇ……』

 

 規模がががが。どうすればいいんだこれ。

 

『とりあえず、敵がどこから攻撃してきているのか察知しなきゃだね……』

 

「それどーやんのぉ!?」

 

『敵の魔力を──』

 

 ──鐘の音がする。

 

 その瞬間、俺を囲むように無数の魔法陣が展開された。そしてそのどれもが、エネルギーを充填しているように光り輝いている。

 

 危機感。それが体を滑らせた。包囲された中、放たれたのは光の砲撃。その隙間に体を入り込ませ、一射目を回避する。魔力の翼が消し飛んだ。しかし、瞬時に風を引き裂く音と共に復活する。

 

 ──体を前へと押し倒す。ぴりっ、と、嫌な予感が肌に焼き付く。魔力を放出して加速し、体を傾けわずかに高度を下げる。

 

 頭の上を、光が通過した。過ぎ去っていった場所は、どことなく空気が美味しく思える。

 

 息を吸うと、体になにか入ってきた。……これ、魔力だろうか。多分そうだ。

 

 上から、下から──360度から迫る砲撃を、回避する。魔力を回収しつつ動いているから、移動に使った魔力以上のリターンを得られている。この調子じゃあ、凡ミスしない限りでは被弾しないだろう。

 

 ……ちょっと楽しいかも知れない。

 

『……っ、敵の魔力を集めて、僕に送ってくれ! 僕が解析して、場所を洗い出す!』

 

「一心同体じゃないの?」

 

『僕が君からもらう魔力は君の魔力の割合が多いから、解析に時間がかかってしまう! だから吸い込んだ魔力をこっちに!』

 

「あいよ」

 

 溜めた分の魔力をゾラへと回す。結構な量の魔力が吸われた。……ひょっとして、この飛び方はコスパ悪いんだろうか? 今度練習しないとな。

 

『──解析完了。……地球の裏側だね』

 

「どうすればいいんだよそれ!?」

 

『慌てないで。僕が場所を設定するから、なにかしら──地球の裏まで届きそうな攻撃を!』

 

「……おーけー」

 

 地球の裏まで届きそうな攻撃──というと。

 

 ……正直自信がない。だから、とりあえず全力で──砲撃をイメージする。

 

「……あ、あれがあるじゃん」

 

 と、そこでふと思い出した──地球の裏からの攻撃を、どでかいのを一発食らったじゃないか。

 

 ──魔力で球を作る。それはどんどん大きくなっていく──そして、空を覆い尽くした。

 

 それでも肥大化は止まらない。それは遥か地平線までを埋め尽くし、世界に影を落とす。

 

『──は、はぁっ!? おかしいだろ、なんだよこの魔力量!』

 

 ──そうだ。名前を付けよう。

 

「ゾラぁ! 投げるぞ! 準備はいいか!?」

 

『う、嘘だろ!? これ投げるの!? ──座標指定はオッケーだけども……!』

 

「よっしゃぁ──!」

 

 よし、ここは安直に──

 

 

「──めてお!!」

 

 

 ──そして、世界から音が消え去った。

 

 

 

 

 

 ──そして、俺は家に戻ってきていた。

 

 体は変身したままで戻っていない。ステッキが俺の手から離れた時に服自体は戻ったが体はそのままだった。かなりショック。

 

『……たぶん、今回の件で教会はこっちに手を出してこないけど……派手にやりすぎたね。絶対やばい連中に目をつけられた……』

 

「……まじ?」

 

『教会が何万人の魔力を合わせて生み出しただろう隕石……それ以上のものを、一人で作っちゃったからね。そりゃあやばいってもんさ。さて、今後どうなるもんかね……』

 

「でもあれで魔力ほとんど使い果たしたし……」

 

『人が一人であんな規模の技を使えるのがおかしいの! ……それに、君の攻撃の何がおかしいってあれで()()()()()ってところだからね。ほんとに、将来有望な魔法少女だ』

 

「誰が魔法少女だよ」

 

 ……怒る気力も沸かない。たぶん魔力を使いすぎたからだ。

 

 ああ、本当に──

 

「……夢なら良いなぁ」

 

『ん? 夢じゃないよ? むしろこっちが夢って疑いたいんだけど……あら、殆ど寝かけだね。こうしてると美少女なのになぁ……』

 

「……俺は男だぞ」

 

『……ふふ。そっか』

 

 ──最悪の朝だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『──この子なら、この世界を変えてしまうかも──』

 

 

 ……おやすみ。




二秒で考えた世界観。たぶんエタる。


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だいたいのインフレバトル物は属性を盛りすぎる

 昨日の夜中天啓を受けてふとタグにBL、GL、精神的BLを追加しました。それ以前にご覧になった方で地雷だって方はほんとに申し訳ございません。


『──じゃあ、ほんとに何もないんだな?』

 

「う、うん。大丈夫だって。怪我もないし」

 

『そうか。ならよかった。……ところで、お前……そんな声だったか? 昔っから女みたいな声だったけど……』

 

「あ、あー! ちょっと周囲にヘリウムガスが散布されててー!」

 

『……大丈夫か? 今どこにいる?』

 

「だ、大丈夫! 大丈夫だから! 切るぞ!」

 

 返事は待たなかった。通話口の向こうから「ちょ──」なんて聞こえた気がするがスルーだ。それがいい。……この場面を見られたら、困る。なぜなら、今は魔法の練習をしているからだ。

 

『今のは知り合いかい?』

 

「おう。高校のときからの付き合いだ」

 

『ふーん……君にも友達がいたんだねぇ。僕は少し安心したよ。僕がきてからというもの、君は毎日部屋にこもってゲーム三昧……外に出るそぶりすら見せないときた。心配にもなるってもんさ』

 

「後方保護者面やめない? あ、これで500個同時操作だな」

 

『ほんとに魔力の扱い上手だね君』

 

 ──俺が魔法少女になって、一週間が経った。その期間、細かい動きはなにもない。一向に姿は戻る様子もなく、そしてこのステッキも俺の前から消え失せる様子を見せない。さすがにこの間のように突然の攻撃をもらうのがこわくなって、魔法の練習を始めたのだ。家の中でだけれど。

 

 今やっていることは、魔力を自在にコントロールする練習だ。この間使い果たした魔力は2日も寝ればすぐに復活した。自分がすこし恐ろしくなる。

 

 ──俺が天才過ぎて怖いわぁ。いやー怖いわぁー!

 

『んー……魔力の扱いはもうわかったし、次のステップに進むべきかな。術式の扱いに』

 

「術式って……そういえば、呪術も魔法も教会術も全部術式を使うんだろ? ひょっとして俺も使える?」

 

『派閥の専用術式は基本的に秘中の秘だし、呪術と教会術は魔力では発動しないからねぇ。使えるにしても魔法なんだけど……』

 

「あれ、なんでその2つは使えないんだ?」

 

『呪術は呪力、教会術は魔力を精錬しないといけないんだ。教会術は複数人で1つの術式を扱うからね。魔力の癖を取り除く必要があるんだよ。呪術に関しては……まぁ、魔力とはまた別なんだよ。呪力は持っている人間が少ない上に、魔力より扱いが危険なんだよ。呪術師が表に姿を出さないのは、敵を作りやすいってこと以上に呪術師自体が少ないからなんだ』

 

「ほえー……あ、魔法ならいけるんだな」

 

『魔法少女は魔法少女術式を使えるけど、普通の魔法も使えるには使えるね。魔法少女術式をおすすめするけど』

 

 やだよ。桃色のビーム撃ったり純愛♡十字砲火したりするんだろうし。誰がやるか。

 

『それと、血族の隷属魔法も使えるよ。彼らは血に含まれる魔力経由で契約を履行するから』

 

「お前みたいだな」

 

『はっはっはー、……僕をあの寄生虫共と一緒にしないでくれ』

 

「……ごめん」

 

 謝っておく。ガチトーンだった。……そんなに嫌なんだろうか? 教会に対してよりももっと重たいものを感じたんだけど。

 

『……君が血族の魔法を使うのは不本意だけど、一応術式を持ってるから使いたいなら使っても良いよ。君が使いたいならだけど』

 

「血族魔法って……たしか、人の血をもらって従者になるんだよな? 飼われたい欲ないから別にいいや」

 

『…………………………ほっ

 

 クソデカため息だ……。

 

 にしても……術式がどんなものなのか、よくわからない。術式を持ってるって言ったし、ひょっとしたらなにかしらデバイスに保存しておくものなのだろうか。だとしたら、使いたい術式をゾラ経由で引っ張り出す必要があるのかもしれない。

 

 戦闘中にそんな細かい指示を出せる自信はないなぁ……。

 

『だからこそ、これがあれば万能! っていう、自分の術式を用意するんだ。これは既存のものだと対策されやすいから、オリジナルの術式のほうがいいかな。有名なところだと【勇者】が使う【神代回帰】とかだね。これは結界系の術式なんだけど、引きずりこんだ相手に対して()()()()()()()効果を持ってる』

 

「なにそのチート……」

 

 そんな効果を付与できるってなんだよ……。

 

『一応、使わせないもしくは引き分けに持ち込むとかで対策はできるんだけどね。それにしても規格外の術式だよ』

 

「つーか勇者とかいるんだ」

 

『うん。魔王もいるね』

 

 いつからこの世界はファンタジーになったんだろう。

 

『まぁ、術式作製から行こうか。君が、どんな場所でも使えると思う、汎用性のある術式を考えてくれ。それを僕が術式に加工する』

 

「おー」

 

 と、考え始めたところでインターホンが鳴った。

 

「……うげ」

 

 相手は親友だった。

 

 

 

 

『家にいるよな?』

 

『もしもし?』

 

『ひょっとしてでかけてるのか?』

 

『返事をくれ』

 

「ちょっとまって、……と」

 

 ケータイに届いた怒涛のメッセージに、なんとか返す。

 

 ……体はもとに戻っていない。どうしようか? たぶん、このままで出たらすっごい警戒される。けど家から逃げるのも難しいだろう。

 

 ……どうすればいいんだ。

 

『じゃあ前の君に誤認させる術式を使おう。たぶん、それで大丈夫だと思う』

 

「ほ、本当か? よし、頼む」

 

 ゾラを持つ──魔力がゾラへと移る。魔法陣が展開され、術式が発動した。

 

「これでほんとに大丈夫だな!?」

 

『うん。一般人相手ならこれで問題ないよ』

 

 よし。

 

 メッセージに今出る、と返して、そのまま玄関へと向かった。すごくどきどきする。……まさか、家に来るとは思ってなかった。あんまり遊ぶこともなくなってたから、来ないものだと思っていた。メッセージのやりとりはずっとしてたが。

 

 深呼吸1つ。

 

「お、お待たせ。久しぶりだな」

 

「誰だお前」

 

 ちゃきん。

 

 そんな音がして、俺の額になにかが突きつけられた。ひんやりとした……鉄っぽいものが。

 

「その程度の幻術で俺を騙せると思ったか? サキはどこだ。返事次第では殺す」

 

「ふぇぇ……」

 

 変な声が出た。

 

 でも流石に、親友に銃を突きつけられて殺害予告されたらこうなると思う。

 

 てか、なんだこの銃? こんな形状のものは見たことないけれど……なんか、変身ヒーローが使ったりするやつによく似ている気がする。

 

 そんなことを思っていると、ゾラが俺の手から離れて親友に向かって突撃した。ゾラは槍のように尖っているため、当たるといたいはずだ。と思うと、親友は飛び退いて離れた。ゾラが手に戻ってくる。魔法陣が展開された。魔力を注げば、魔法が発動する状態。

 

『で、なんで君はここに来たのかな──返答によっては、殺す』

 

「バルガ・ゾラ……()()()()()。だが宿主が未熟だな。今のお前なら楽に()()()

 

 新しいワードがでてきた。災厄の龍王ってなんだ。他にも龍王がおるんか。

 

『試してみるか? ()()()()()

 

「──吼えるな。封印された龍王風情が」

 

 親友の腰にベルトが巻き付いた。そして、なにかアクセサリーのようなものを取り出し、

 

「──変し──」

 

 

「みにめてお」

 

 

 俺は小規模の隕石を落としたのだった。

 

 

 

 

 

『なんで僕を介さず魔法を使えるんだこの子……』

 

「変身中の攻撃は卑怯だろう。怒るぞ」

 

「まず俺が怒ってんだよ座れ」

 

 とりあえず、地べたに2人を正座させた。ゾラはステッキだから地べたに突き立てた。

 

「んで……お前はしんゆ……んっ、時峰(ときみね)零時(れいじ)だよな?」

 

「ああ」

 

 親友呼びしてるのが気恥ずかしくなり、セリフの路線変更をする。それに対して普通に返事を返された。やっぱり親友は親友だったらしい。

 

 ……あの銃が気になるが。あとゾラを知ってたこと。

 

「俺を親友と呼んだってことは、お前は俺のソウルメイトことサキちゃんで良いんだな?」

 

「ちゃん付けやめろ。……そうだよ。てかじゃあなんで銃向けてきたんだよってかあの銃何?」

 

「そりゃあ、これまでこっちの世界とは無縁だったお前の家に、お前に見せかけるように幻術を使うやつがいたら警戒するだろ。銃は……まぁ、俺の武器だ。にしてもお前が魔法少女か……」

 

「……なんだよ」

 

「似合ってるぞ。ステラさんも喜ぶだろうな」

 

『すてッ……!? 流星の魔法少女!? なんでその名前が……』

 

「ん? なんだ、知らなかったのか? ステラさんはこいつの母親だぞ」

 

『あー、どーりでこんなに魔法少女適正が高いのか……魔神の子供だもんなぁ……』

 

「俺も知らなかった設定が唐突に明かされ始めた件」

 

 流星の魔法少女ってなんだよ。魔神ってなんだよ。

 

 たぶん、魔神は父親だろう。有名人なんだろうか。にしても、身内が恥ずかしい二つ名を持ってるってなると……こう……精神にダメージを負うな。

 

 とりあえず、さっきの緊迫した雰囲気は霧散した。よし。親友と戦いとか、したくないもんな。

 

『というか、だから君も彼らとつながりがあったんだねぇ……』

 

「まぁ、そういうことだな。普通の学生で、後ろ盾もなにもなかったからあの2人には本当に世話になった」

 

「……いつの間にそんな仲良くなってんだよぉ」

 

 キレそう。

 

『ああ、ごめんね。有名人と出会ったもので、ちょっと話に集中しちゃった』

 

「嫉妬か? サキは変わらないな。よしよし」

 

 頭に手を置かれた。子供扱いしやがって、俺はこんなのじゃ喜ばないからな。

 

『うわぁ……めっちゃ尻尾振ってる幻覚が見える……』

 

「馬鹿なこと言うなよ!? ほ、ほら、もういいだろ!?」

 

「あとちょっと、動くな」

 

「なんでぇ……」

 

 頭から手が離れた。思わず、さっきまで手があった場所を触れる。ちらり、と親友を見上げて、

 

 親友の手が素早く動き、何かを掴んだ。

 

『狙撃か』

 

「ああ。場所は──あのビルの上だな」

 

「え? ……え?」

 

 親友の手にあったのは、溶けた金属のようなもの。それを素手でにぎってて大丈夫なんだろうか? と思ったが、大丈夫なんだろう。ちょっと指を伸ばしてみる。

 

 手を遠ざけられた。

 

「熱いから触るな。ちょっと行ってくる」

 

「え、行くって──」

 

 と、言い終わる前に、親友は走り出した。家の壁を蹴り、そのまま屋根へとあがり、屋根伝いで走っていく。

 

 俺も急いでゾラを取り、飛行魔法を発動した。

 

 飛行魔法も、最初のときのものからだいぶ変化させた。翼をあまり大きくせず、最低限の大きさにしたのだ。魔力の消費は、これでだいたい三分の一くらい。

 

 ゾラ曰く、もっと効率的な飛び方があるらしいが、そっちはどうもイメージが付かなかったのでこのとびかたを今でも採用していた。

 

「──てか、速いなあいつ! 割と本気で飛んでるんだけど!?」

 

『単純な速度の差だね。人間が出せる最高速を明らかに越している。どれだけ変身して戦ってきたんだろうね、彼。状況判断といい、体の使い方といい、明らかに熟練者の動きだよあれ。君とはまた別の方向での天才──かな。僕を削げるって言ったの、あながちブラフじゃないかもねぇ……ふふ。君と出会ってから驚かされっぱなしだよ』

 

「そうか……? ってうわ、壁走ってる。なにあいつ……」

 

 昔から運動は得意だったはずだが、あれは完全に人外の動きだ。そう言ったら、銃弾を素手で掴んだりも十分おかしいんだけど。

 

 ──目的地にたどり着く。

 

「……俺を待ち構えたのか、サキを待ち構えたのか。どっちにせよ迷惑な輩だ」

 

 そこには、10人ほどの女性の集団が待っていた。あー、なんならめておを使って先制攻撃してもよかったかもしれない。

 

『まぁ、結界は張られてるから別にそれでもよかったけどね』

 

「あ、張られてたんだ? 全然気づかなかった」

 

『気付けるようにならないとね。結界は基本、戦闘開始の合図だから。自分が狙われてることを察せれるようになったら、心構えができるようになるよ。目指そうね』

 

 はーい。

 

 見ると、親友がさっきも見たベルトを装着していた。そして、

 

「変身」

 

 ──その姿が変化する。見慣れた親友の姿から、変身ヒーロー──まるでそれのような容貌に。

 

「……さて。一瞬で終わらせよう」

 

 そして、

 

 

 

 

 ──気づいたときには、すべて終わっていた。親友は倒れ伏した集団の向こう側にいて、変身を解除している。

 

 なにが起こったのか? 疑問に思い、ゾラへと目を向ける。

 

『……時を止めたんだ』

 

 なんだそれ。

 

 マジか、そんなことができるのか。変身ヒーローすげぇ。俺も魔法少女じゃなくてそっちがよかった。

 

『酷いなっ!? 君なら術式さえ組めば時間を止めることくらいできると思うよ』

 

「そういうもんかなぁ……」

 

 ……あれ?

 

 親友が、また変身している。なんだろうか。そう思った瞬間、俺は親友の腕の中にいた。

 

 時間停止でこっちまで来たのだろう。そして、その場から飛び退き──

 

 ──そして、先程までいた場所に、雷が落ちた。

 

 衝撃に身をすくませる。目を開くと、雷が落ちた場所にはだれかが立っていた。

 

『──マジか、嘘だろ!? ラスボスクラスのくせに、急に──』

 

「──()()()()()()()

 

 人影が、呟いた。

 

「そして、()()()()()()()()()()()

 

 その手に握る剣の重みなど感じていないかのように、片手で軽々と振るいながら。

 

「──意思を、計りに来た」

 

「……()()──」

 

 ……は?

 

 勇者って、あの?

 

 ……えー。




 勇者

・相手に絶対負けない能力
・すべての種族に対する特攻能力
・1ターンの間に4回行動できる
・相手よりも高いステータスになる
・すべての攻撃がクリティカルになる
・自身に作用するデバフを全無効化する
・技量も超一流、基本的に攻撃は回避不能
・なにがあろうとも絶対死にたどりつかない

・????


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最近のゲームは敵の形態が多すぎる傾向にある

 あとがきで今回出てきたやつの設定をちょっとおもらししてるよ。ネタバレもちょっとあるかもだよ。
 評価つくの早すぎてハーメルンほんと人口増えたなって思う。


 斬撃が虚空を裂いた。かろうじて回避ができた。けれど、今後回避できる保証はない──意識を集中する。実戦経験などないに等しい。けれど、この1週間、なにもせず寝てたわけじゃない。

 

 魔力を探知する──意識を、それに向ける。髪の毛にかかっている防御術式を解いた。魔力が余計に削られる要因になるから、そのわずかな差が命取りだと理解しているから。

 

 魔力が()()()()()()()()──攻撃が来る。身構え、即座に動き、……そして一拍置いて勇者が剣を振った。

 

 技巧派かよお前。ゾラが展開した術式を、魔力で発動する。

 

 この間の隕石だって対応できるほどの障壁。

 

 ──それを、勇者の剣があっさりと引き裂いた。

 

「ふッ──!」

 

 斬られる。そう覚悟をした瞬間、()()()()()()()()()()親友が、勇者を蹴り飛ばした。吹き飛ぶ体を、地面に手をつくようにして止め、親友のほうを一瞬見る。

 

「……ここ、空中だぞ……」

 

『彼も一応、術式使いだからねぇ……空気を固めたり、浮いたり程度は簡単なはずさ。……それより、早く地上戦に持ち込まないと救援は期待できないよ』

 

「わかってるよ……!」

 

 空の上での戦闘など、練習したこともない。それに相手がどの角度から来るのかを限定できない以上、地上戦に持ち込んだほうが有利なのは間違いがない。

 

 けれど勇者からすれば、地上よりも空中のほうが有利だ。だからこそこちらを地上に落とさせない。

 

 ……やりづらい。そもそも、相手の攻撃が苛烈すぎる。このままじゃいずれ負けるだろう。そしてそのいずれはそう遠くない。

 

「雷光よ」

 

 剣に雷が纏われる。それを、横薙ぎにして──拡散させた。高度を上げ回避を──

 

「遅い」

 

『まずい、防御を──』

 

 ──当たった。振り下ろした剣に、肩を引き裂かれる。それは身に纏っている防御を容易く引き裂き、その下にあった肉までたどり着き、幼き少女の姿を2つに両断した。

 

「……やるじゃないか、魔法少女……!」

 

「集中しろ──」

 

 だが、それは幻影。魔力で作った囮であり、それによりわずかな時間が稼げた。そしてその間に、

 

「ゾラぁ! 術式出せ!」

 

『フィールド展開──!』

 

 魔力で足場を作り出す。魔力こそかなり持っていかれたが、かなりの広さで展開できた。そして足場を作れば、頼れる親友が戦闘に参戦できる。俺の隣に降り立った親友は、仮面に隠されわからない。けれどその雰囲気は。

 

 刺すような雰囲気は──彼の闘志を、はっきりと俺に伝えてきた。

 

「ふ──はは、ははははははは! 良いな、いいな、楽しいなぁ! 計りにきただけだったが──心地良い殺気だ! 堪らぬ戦意だ! ──だから俺も、貴様らに応えようじゃないか!」

 

 勇者は笑う。その体に魔力が吸い寄せられるのを見て──嫌な予感がした。

 

「──術式展開」

 

 けれど、遅い。既に術式は完成しているのだから。

 

 そして、フィールドが塗りつぶされた。

 

 新しい法則が生まれた。絶対の法則が。それこそが、勇者の持つ、シンプルにして最強の術式。

 

『……神代回帰……!』

 

「そういえば……バルガ・ゾラ。お前と戦うのもこれで三度目か。こうなると、何か因縁めいたものを感じるな」

 

『二度と戦いたくなかったけどねぇ……!』

 

 これが発動されると、絶対に勇者は()()()()()()()()()()()()()()()。勇者は負けない。ただそれだけを、絶対的なルールとして強制してくる術式。

 

 なんでこんなのと戦ってんだろ、俺……。

 

 1週間前の出来事を恨む。というかこっちは一般人だ。そんな相手に本気出すってこの勇者、頭がおかしいんじゃないのか?

 

「サキ」

 

「なんだよ親友!」

 

「勝つぞ」

 

「……おう」

 

 ……ちょっと、立て直した。

 

 そうか。勝てないって思ってると、絶対勝てないから。だから、

 

「勝とう」

 

「ああ。俺と、お前ならできる。そうだろ?」

 

「……いっつもいっつも、どっからその自信が出てくるんやら!」

 

 ──意識を切り替えた。

 

 視点を変えろ。絶対に勝てない──それは何故だ? 

 

 相手の術式のせいだ。

 

『……君、ひょっとして』

 

 ……ならば。

 

 相手の術式を壊すか、乗っ取るかすれば──!

 

『……今まで、この術式を解析できた者はいない。それでも……君なら、ひょっとして……賭ける価値はあるか』

 

「なにか思いついたのか」

 

『でもこれは──』

 

「バルガ・ゾラ。可能性はあるんだな?」

 

『……とても、薄い頼みだけどね』

 

「なら教えてくれ。俺は何をすればいい?」

 

『…………』

 

 だが。俺は術式の解析なんかしたことがない。やり方を知らない。そして、できる保証もない。

 

 つまるところぶっつけ本番だ。だから、2人に大部分を頼ることになる。

 

「……時間を稼いでくれ」

 

「任せろ」

 

 親友には、それだけで十分だった。だから、俺は俺のことに集中しろ。

 

 ゾラ。俺は、どうすればいい?

 

『──僕と、同調する。僕の持つ術式の知識を君に転送する』

 

 了解。

 

 

 

 

 ──気づけば、なにもない真っ暗な空間だった。

 

 これは、たぶん、ゾラと同調した、ということなのだろうか? 意識に潜っているのかもしれない。

 

「──やぁ」

 

 声が、聞こえた。知らない声だ。

 

 その方向を振り向けば、そこには男が立っていた。知らない男だ。知らない。知らないはずだが──その正体にすぐに気づいた。

 

「……ゾラか」

 

「正解。この姿は初めてかな。一応、これが僕の本来の姿ではある」

 

 あー、とか、なにか言葉を呟いて。

 

「話している暇もないね。君に、僕の知識を授けよう」

 

「……ああ。了解」

 

 ゾラの手が俺に触れる。

 

「……呑まれないでね?」

 

「……は?」

 

 ──そして、頭の中に知識が流れ込んできた。

 

 それは膨大な数の術式。

 

 尋常でない数の、感情。それはすべて術式に込められているものだ。頭の中を感情が奔る。だれかの喜びを。だれかの悲しみを。だれかの呪いを。

 

 ──感情に、塗りつぶされた。けれどそれは、その先にはなにもなかった。奥へと進む。それごとに、どんどん感情は希薄になる。

 

 代わりにあったのが、

 

 虚無。

 

 何もないがあった。それはだれかが、全くの感情をこめずに術式を作った証左だった。周囲にはすでにそれだらけだった。

 

 ──ぉん……

 

 ふと、音が聞こえた。

 

 そして、何かに体が引き上げられた。

 

 それは猫のようだった。それは祈りのようだった。それは救いのようだった。それは願望のようだった。それは絶望のようだった。それは怨嗟のようだった。それはなにでもなかった。なにもないそれは水のようだった。同時に星のようだった。

 

「おぉぉぉん」

 

 それは、俺を見て、確かに言った。

 

 ──やっと──。

 

 それは俺の胸へと頭を擦り付けて──

 

 ──そのまま、俺の中に溶けた。

 

 

 

 

「──術式展開」

 

 理解した。それはあの猫がもたらしたものなのか、なんだったのかわからない。

 

 けれども、俺は()()()()()()()()()()。それは確実だった。

 

 ──だから、術式を返せる。

 

 

「【神代回帰】──!」

 

 

「おいおいおいおい、冗談だろ!」

 

 世界の法則を書き換える。勇者に作用している効果が、俺にもたらされる。

 

「俺の術式を盗みやがった! 良いな! 最高だ! 貴様らは最高の好敵手だ──!」

 

「……やったのか、サキ」

 

「おうよ、親友」

 

 これで──形成は逆転する。

 

 

「──故に、俺も本気を出そう。なぁ、【エクスカリバー】」

 

 

 ──その瞬間。

 

 腹に穴が、空いた。

 

 

 

 

「──あ、ぐ……」

 

 腹に穴が空いた。相手の剣が突き刺さっていた。

 

 それに、全く気づけなかった。

 

 そのまま、横薙ぎに払われる。剣は抜けて、俺は吹き飛んだ。

 

 術式を頭の中から引っ張り出す。回復術式。傷を力任せに塞ぎ、そして勇者の足止めをする親友を見た。

 

 親友は、勇者の攻撃をさばき続ける。俺は早々に食らったというのに。

 

 勇者の姿はあたかも分身しているかのように複数見える。そのどれもが、見えないほどの速度で剣を振るっている。

 

 それをさばけるのは、おそらく能力を小刻みに使っているからだろう。しかし……動きが鈍くなってきたようにも思える。

 

 疲弊しているのだろう。

 

 次の手段を考えなければならない。

 

『神代回帰は展開されている……のに、何故だ』

 

「バルガ・ゾラ。お前は阿呆か。俺の術式を盗むのはいい。だが、俺が俺の術式の効果を最大限発揮できるのは──」

 

 そして。

 

 勇者の剣が、親友の足を裂いた。

 

「──俺が強いからだ」

 

『出鱈目野郎が……!』

 

 直感に任せて体を半歩逸らした。そこを、勇者の剣が通り去った。魔力察知……は、あの剣がまとう魔力が周囲に満ちていてよく読めない。動きの揺らぎすら感じ取れない。

 

 対策された。

 

「どうした、魔法少女。もう手札は底ついたか? 次の1手はないのか? もう戦意は失せたか?」

 

「うるせぇよ……!」

 

 こちらで術式を展開する……それと同時に、ゾラに術式を展開させる。

 

 炎の魔法に、氷の魔法。そのどちらもを完成させ、

 

 ──放った。

 

 空から放った。それは勇者を仕留めるために、彼を追尾して放射され続ける。それに対して、勇者は剣を振った。そこから放たれた雷の波動が衝突し、押し負ける。こちらにまで飛んできた雷を回避する。そして、今度は小規模の隕石を落とす。それをも勇者は──今度は、剣すら使わずに。

 

 打ち砕いた。

 

「次だ!」

 

 勇者の声が響く。

 

 親友が、飛びかかった。それは、神速のキック。それまで何人もの敵を打倒してきただろう、必殺の蹴り。体が赤熱するほどの加速を経て放たれた蹴りが、

 

 勇者に当たり、

 

「──温い」

 

 勇者を数メートル吹き飛ばし、

 

 叩き潰された。

 

 ──魔力の床が、崩壊した。これまでの攻防に耐えたフィールドは今の一撃で完全に崩壊した。

 

「──が──」

 

 そして、マトモに攻撃を食らった親友の変身が解除され、落ちる。

 

「──零時ぃ──!」

 

 まずい。

 

 まずいまずいまずい! 彼は飛べない。だから、フィールドを作ったのに。

 

 魔力を放出する。落下する彼に手を伸ばし──触れた。それに、安堵した。そのまま、地上を目指して、落ちていく。

 

 そこで、背後からの衝撃。防御を超え、体に響く攻撃。

 

 それに押されるように、地面へと落ちる。親友をかばうため、自分を下にする。防御を親友にかけ、そして、激突した。

 

「──っつぅ……ぐ、げほっ……」

 

 喉からなにかせり上がってきた。飲み下せない。吐き出した。それは血だった。体の中が傷ついたんだろうか? 回復術式を使う。

 

 そして、親友にも使う。抱きとめている親友の体は、腹の中身がこぼれかけていた。……修復し、元の状態に戻す。

 

「……っ」

 

『……残り魔力、あとちょっとだ。回復しきれてなかったんだろうね』

 

「……まじか」

 

 ……まずい。これ、詰んだかもしれない。

 

 頭はもう覚束ない。目玉が圧迫されてるみたいに痛い。それに付随して頭も痛い。まるで徹夜したときみたいだ。

 

 親友の意識は戻っていない。どころか、未だに口から血が溢れている。喉を詰まらせるといけないから、吐き出させる。

 

 ……そして、勇者が地面に降り立った。

 

「舐めプしやがって」

 

「何。これだけ面白い戦いを直ぐに終わらせるほうが無粋というものだろう? それに、お前らは逆転の可能性を残している。……これで、期待せぬ方がおかしくはないか?」

 

『……君、そんな性格だったかい?』

 

「人も変われば変わるものだろうよ。ここ数十年、まともな戦闘をしていない。どいつも本気を出す前に負けていった。時々本気を出せば、どいつも戦意を喪失する。……退屈なのだよ。戦闘の愉快を感じたのは、久しぶりだ。だから、少し楽しんだっていいだろう」

 

「……戦闘狂ってやつか?」

 

「まぁ、そんなところか? ……それで。お前は思いついたか? 俺を打倒しうる、逆転の1手を」

 

「わっかんねぇよ……!」

 

 なにせ、魔力がない。それに親友もいない。この状況で、どうやって勝てば良いのだ。

 

『……ちっ』

 

「……お前は気づいたようだな。そうだ。そうすれば、可能性はあるだろう」

 

「な、なんだ?」

 

「……そしてお前は……いや、そもそもこちらに足を踏み入れてばかりか。ならば仕方ないか。なぁ、()()()()()()よ」

 

 ……あっ。

 

「気づいたか。そうだ、お前は血族の血を引いている。当然その性質を受け継いでいるだろう」

 

 血族は、たしか……主従契約を交わすんだったか? 下僕となり、主に仕えるときに能力が向上するだとか。それは主人を持つという誓約を背負うことによる、条件的な出力の向上。

 

「血族の長は、契約により一介の魔法使いから魔神と呼ばれる域まで上り詰めた。どれだけ重い契約をしたのかは知らんが……しかし、契約すればもしかすると、俺を超える領域まで覚醒するかもしれん」

 

 ……けれど。

 

 血族が契約をするのは、主からのリターンが大きいからだ。

 

 死後の魂を貰い受ける。

 

 寿命を貰い受ける。

 

 そういう、悪魔的な契約こそが血族の契約。そしてその出力は誓約──取り結ぶ契約が、ハイリスクであるほどに増していく。

 

 だから、それは──

 

 

「わかった、やろう」

 

 

 ──なんて。

 

 親友が起き上がりながら、そう言った。

 

「──いいのか、お前。焚き付けた俺が言うのもなんだが……血族の契約はそう軽いものではないぞ」

 

「……じゃあ話題に出すなよ」

 

「試しただけだ。ここでお前が相手の意思を無視して契約するようなら殺していた」

 

 俺の言葉に、勇者がそう返した。一体どこまでがほんとなのかわからない。

 

「……正気か?」

 

「ああ。お前に命を預けるくらいできなくて、何が親友だよ」

 

『……あーもう。わかったよ、存分に契約すればいいよ! 僕としては不本意だけど!』

 

 ……ああ。

 

 そういえば、血族の術式の成り立ちは強欲だ。こいつが毛嫌いする理由もわかる。

 

 だけど──

 

「……い、いいんだな。ほんとにやっちゃうぞ、親友」

 

「ああ」

 

 そして、親友は指を噛み切った。術式を展開する。

 

 ──血を摂取すれば、それで契約が完了する。

 

 ……だから。

 

 俺は、親友の口から溢れた血を舐め取った。

 

「……んあ!?」

 

「うるせぇ、こっちのほうがなんかそれっぽいだろ」

 

 というか、なんとなく──こっちのほうが、良い気がした。術式の成り立ちを理解したからか。こっちのほうが、儀式として……俺が求める関係として、適切だと思った。

 

 俺が望むのは、対等だから。

 

「……これで、契約完了……か?」

 

『契約の条件を決めないとね。それを彼が了承すれば契約完了だ』

 

 ……条件。条件、かぁ。

 

 だったら、こうしよう。

 

「……条件は。親友が、絶対死なないこと」

 

『ちょ──』

 

「わかった」

 

『──馬鹿!? なんで君もこれで了承するのさ!?』

 

 ……なにか、やらかしたのだろうか。

 

『君ら、自分がした契約の意味がわかってるのか!? 今のは──』

 

「絶対に死なない、か。なかなか酷い条件を取り付けたものだ。それは、その男を永遠にこの世に縛る楔だと言うのに」

 

「別にいいさ。友に一生を捧げる覚悟は、とっくの昔にできている」

 

 その言葉で、契約の完了となったのか。

 

 

 膨大な魔力が流れ込んできた。

 

 

 体にかかっていた重りが、全部取り払われるような気がした。全身が光に包まれた。そして、衣服が変化する。

 

 新しいコスチュームに、変わっていく。

 

 今までのものと違い、シンプルになった。動きを阻害しない程度のものになった。ひらひらとしているのはスカートと、腕の装飾だけだ。そして、胸元には無色のクリスタルが追加された。

 

 ──それを見て、直感的に喚んだ。

 

「──来い」

 

 それだけで十分だった。俺の中から、何かが飛び出した。

 

「──ぉん」

 

 それは、小さく鳴いた。そして──こちらを見た。

 

「────おん」

 

 そいつは、ずっと俺と一緒にあったのだ。術式の記憶を見ることで、力を取り戻したそれは──

 

「──始まりの術式か……! 魔神も自らの子に、とんでもないものを宿したものだ──!」

 

『──始まりの術式……魔神……! なら、こいつは──』

 

「レイズ」

 

 術式を、昇華させる。それは、契約によって増幅された膨大な魔力によって強引に成された。

 

 放出する。

 

「リミットオーバー」

 

 そして、呼んだ。俺の中にあった、最古の術式を。

 

 契約によって封印を解かれた、あまりの危険度に禁術に指定された、世界最古の術式を。

 

「──メルゴノアーク!!」

 

 ──ぉん。

 

 俺の呼びかけに応え──世界のすべてが水に沈んだ。




 この作品がっちがちのライブ感でやってるからストーリーが決まってない問題

 始まりの術式:メルゴノアーク

 名前の由来はわかりやすいかも。

 主人公の膨大な魔力の元になっている。魔神によって赤子の頃に主人公の中に封印された禁術。術式自体が意思を持ち、主人公が裏の世界の情報に気づかないように秘匿し続けていた。
 そしてその封印が契約により解かれ、主人公の中から出ることが可能になる。
 主人公のことが好き。

 血族の契約

 基本的に血族側から一方的に契約することが可能。その条件も血族側で勝手に決めれるからこその強欲が生んだ術式。

 主人公と零時の契約は、『零時が絶対に死なないようになる』という契約。
 これは主人公の両親が結んだのと同じ契約である。
 この契約によって主人公の母親は17歳から成長しなくなった。でも17歳の魔法少女は無理があると思うよ。

 エクスカリバー

 勇者が愛剣にかっこいい名前をつけただけ。実際は銘などない。
 ただ重く、頑丈で折れずよく切れるだけの剣。シンプルであるが、勇者がどれだけ雑に扱おうと折れることがないうえ、重量があるため馬鹿みたいな筋力の勇者からすればこれ以上ないものである。

 ただの剣だったが幾つもの死闘を経て魔剣へと進化している。

 序盤に詰め込みすぎたかなーって思う


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戦闘中とそれ以外で口調が変わるキャラの数は数え切れないほどよくいる

 ──それの脅威を知っている。

 

 もとはといえば、ただ試しにきただけだった。意思を確かめるつもりだった。世界に仇なす意思がないか。だが、それだけで終わるつもりだった。

 

 けれど。予想以上の奮闘、ついつい心を踊らせてしまった。そしてその結果──相手は、自分に届きうる存在を、顕現させてしまった。世界はこんなはずじゃなかったことの連続で構成されているとはいえ、けれど、けれどだ──まさかここまでやってくれるとは思っていなかった。そもそも、術式を盗まれただけでかなりの驚愕だったのだ。だがこれは──次元が違う。

 

 始まりの術式、メルゴノアーク。その属性は水。すべてを飲み込む激流である。だがそれだけでも脅威だと言うのに、さらに驚くべき点がある。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。これが術式の危険性を引き上げていた。

 

(かつてのヤツからすれば信じられんな)

 

 知っているメルゴノアークは、ただ意思もなく、能力のみを役目とし、世界を滅ぼそうとしていたとんでも術式だ。勇者、魔王、魔神、魔法少女、冬の一族、教皇、名無しの復讐者、正義の味方──世界でも指折りの実力者が束となり、ようやく()()できた代物である。しかも最後に残ったのは魔神だけである……つまり、それら殆どを()()()()、正真正銘の化物。

 

 そんなものが、()()()()()()()──それが、何よりも彼には信じられなかった。

 

 そして期待する。自分と相対している魔法少女が、いずれ世界を変えることを。

 

「だいこうずい」

 

 ──そして、禁術が発動した。

 

 

 

 

「──だいこうずい」

 

 猫のように、『ぉん』と鳴いた。そして気ままに尻尾を揺らすかのように、世界を水で満たしていく。それは止まらない。あっという間に世界が浸水していき、世界のすべてが水で満ちた。

 

 けれど息はできる──水中で息ができるなんて不思議な感覚だ。けれど、それくらいできることを知っている。

 

 いつからこいつは俺の中にいたんだろう? そんなことを、ちょっと疑問に思った。

 

 ──勇者の動きが目に見えて落ちた。逆に、この水の底ではこちらは軽快に動ける。思う通りに……いや、思った以上に体が動くのだ。さも当然のように絶対的有利な状況を作り出したメルゴノアークだが、このフィールドの本質はそこではない。メルゴノアークの作ったフィールドは、発動者に対して絶対的なアドバンテージを齎す。

 

「──水の底から見ると、太陽の光ってほんとにきれいだよな」

 

 ──ぉん。

 

 それの言葉に相槌をうつように、小さく鳴いた。勇者が空を見上げ、そして、はっとしたようにその場から飛び退いた。

 

「──しゃいにんぐ」

 

 術式を発動する。太陽の光が収束し、そして勇者めがけて落下する。回避する勇者のあとを、その光線はけして弱まることもなく追った。

 

 ──メルゴノアークの領域で発動された術式は、なにをどうしようとも必ず当たる。

 

 そして──

 

「──ちっ」

 

 勇者が剣を振り抜いた。普段であれば、きっと容易く切り裂いたであろう攻撃。だがそれは逆に、勇者の手から剣を弾き飛ばした。

 

「──おおあめ!」

 

 そして──無数の激流が、勇者を襲った。

 

 この領域の一番の強み。

 

 それは、時間が経過するごとに相手の能力は奪われ、こちらの能力は上昇する効果にある。

 

 だからこそ、勇者に全ての攻撃がヒットし、

 

 その意識を刈り取ったのだった。

 

 

 

 

 ──ぉん。

 

 そう一言残して、メルゴノアークは俺の中に帰った。そして同時に術式が解除された。世界規模の術式というとんでもない荒業だったが、けれど自分の魔力はほとんど残っている。ひょっとすると、消費を肩代わりしてくれたのかもしれない。だとすると、すごく助かった。

 

 今度何かをあげよう。……猫缶とか、食べるだろうか。

 

 ──♪

 

 大丈夫らしい。よし、あとで買ってこよう。

 

『……まぁ、君の世間知らずというか常識知らずは今に始まったことじゃないからね。僕は何も言わないよ』

 

『……ぉん』

 

『うわぁ!? 君、思念に割り込んでこないでくれよ! びっくりしたぁ……』

 

『……ぉん?』

 

「にぎやかになったなぁ……」

 

 疲れた。さすがに、ラスボスレベルの敵が序盤から出てくるのはやめてほしい。そっとため息をつくと、親友が俺の頭に手を置いた。そのまま雑に撫でてくる。正直、今は手を持ち上げるのもめんどくさい。頭を振って抗議すると、親友は「すまん」とだけ言って手を退けた。わかればよろしい。

 

「……負け、か」

 

 勇者が目を覚ました。気絶からあんまり時間経ってないのに復活するとか、やっぱり体の作りが違うんだろうなぁと思う。ともあれ、戦闘準備は忘れない。術式を待機状態で置いておく。

 

 それをみて、勇者は少し笑った。

 

「安心してください、もう戦う気はありません」

 

「誰だお前!?」

 

 ……なんか、物腰がめっちゃ柔らかくなってる。

 

 戦闘中のこいつはいかにも不遜といった態度だったのに、今はなよっとした……なんというか、好青年然とした雰囲気だ。あまりの変化につい叫んでしまった。

 

「よく言われます。俺、昔から戦う時と普段で意識を変えてるからか、戦ってるときは口調が荒くなって……なんか恥ずかしいですね、これ」

 

「……えぇー……」

 

「にしても、ちょっと確かめるつもりだった相手に負けるとか……鍛え直さなきゃですね。またやりましょう。次やるときは俺が勝ちます」

 

「やだよ。こんな寿命縮めること二度とやりたくない」

 

 そう言うと、少し残念そうに勇者は笑った。そして、親友を見て、

 

「焚き付けた俺が言うのもなんですが、ほんとに良かったんですか? あの契約内容じゃ、零時さん……あなた、寿命でも死ねないでしょうに」

 

 ……え?

 

「光栄だな。勇者様に名前を覚えてもらっているとは」

 

「有名人の名前くらい知ってますよ。二年前、始まりの術式を求めた組織を一人で滅ぼしたんだ。あなたの名前を知らない人間は、我々の中ではいないはずです。……そんなことはどうでもよくて。あなたは、契約を結んで良かったんですか?」

 

「言ったろう。友に一生を捧げる覚悟はできている」

 

「……なるほど。そのベルトが、あなたを選んだ理由がわかりました」

 

「ちょ、ちょっと」

 

 待って。

 

「あの、え、俺、そんなつもりじゃなくて」

 

『わかってなかったかー……』

 

「……ああ、なるほど。純粋に、死んでほしくないだけだったと」

 

「血族の契約は基本的に契約者を騙すために曖昧な表現を曲解するようにできているんだったか? 俺は別にこのままでいいぞ」

 

「俺がよくないの!」

 

『再契約すれば条件は変えられるし。今はこのままの契約でもいいんじゃないの? 血族……騙し……うぐぐぐ、頭が……』

 

『……ぉん。ぉおん』

 

『メルは優しいね……』

 

「勝手に名付けんな」

 

 くそう。ちょっとセンスいいと思ってしまった。

 

 というか、血族の契約は再契約できるのか。……なら今のままでも良いかも知れない。

 

「あ、そうだ。零時さん通話術式持ってます? 連絡先交換しましょうよ」

 

「……すまない。魔力を持ってないから術式が使えないんだ」

 

「あー……じゃあケータイ持ってます? そっちで交換しましょ」

 

「わかった」

 

「なんでお前らはそんなマイペースなの!?」

 

 なかよくなってやがる。

 

 ちくしょう。女子の身だから入り込むには気が引ける。なんせこの2人、でかいのだ。今は幼女でもとおるかもしれないくらいの身長になった自分からすれば巨人のようにも思える。ちょっと話に入るのが怖い。

 

「そういえば……あいつ、遅いな」

 

「あいつ?」

 

 その言葉に疑問を覚え、首を傾げると、勇者は「ああ」、と言って直ぐに説明してくれた。

 

「幼馴染っすよ。零時さんに瞬殺されましたけど、あれでも一応優秀な術士なんですよね」

 

「……ああ、あいつか! ……ん? でも幼馴染……?」

 

 たしか、何人もいたはずだけど。どういうことだろう。

 

「術士が前に出ていたらそりゃあ倒すだろう」

 

「ですよね。あいつも隠れてると厄介なんですけど……ちょっと拾ってきます」

 

 と、言って勇者はその場からかき消えた。風がスカートを揺らして、少し嫌な気分になる。そして、手に気絶した少女を担いで帰ってきた。

 

 ここまで、5秒もかかっていない。どんだけ速いんだこいつ。

 

 勇者が回復術式を使うと、少女は目を覚ました。

 

「……こいつ、幼馴染のフェリアです」

 

「……はっ!? わ、私はなんでここに……さっき見た大洪水は……夢か。なーんだ。って標的さん2人だぁ!? すいません! 命は許してください!」

 

「謝罪で許せると思ってんのかぁ──!」

 

「わぁ──! ごめんなさい! わりとガチで! いや、こっちも事情がですね……この勇者! もともと計画を立てたのはこの勇者なんで怒るならこいつに怒ってください! た、たぶんこいつのことなんで殺しかけたこと謝りすらしてないですよね!?」

 

「……たしかに」

 

 そういえばこいつ、襲ってきたくせにろくに謝罪もしてないぞ。しれっと流してたけど。

 

「まぁ、死んでないしいいだろ」

 

「マジかよ親友」

 

 親友の価値観がおかしい。

 

 ひょっとすると俺もこうなってしまうんだろうか……? そう思うと、魔法少女って怖いな。これで給料出ないとかブラックとかいう次元じゃない。

 

『所属を決めるとお金は振り込まれるよ』

 

 とは言われても、どの陣営にも就くつもりはない。一応、就くとすれば魔法陣営だが……親友はどこにも属してないっぽいしなぁ。

 

『ぉん』

 

 ん? ああ、父親のことは結構認めてるんだ。んー、こうして聞くと父親って意外とすごい人なのかもしれない。

 

『──ぉん』

 

 強かった。へぇー、意外だ。家ではあんなに子煩悩で母親大好きなやつなのに。

 

『ナチュラルに会話が成されてる……!』

 

「メルゴノアークだけが癒やしだよ……」

 

「サキ。俺は?」

 

「お前は親友だろ」

 

「これがてぇてぇってやつですか?」

 

 何言ってんだ。

 

「あれ? というか、ひとりだけなのか? 他のやつらは……」

 

「ん? ああ、私のあれはゴーレム操作ですよ。一応、自分の体よりも上手に動かせると自負してます!」

 

 なるほど、それで。魔力探知とかしてなかったし、気づかなかった。ゴーレムたちはもう転移でホームに送っているらしい。

 

 転移とか使えるの、すっごい羨ましい。術式はあるけど場所指定が難しいので、今度ひっそり練習してみようかなぁ。

 

「じゃあなんで前に出てたんだ?」

 

「だって、いきなり狙撃したのに本体は隠れてこそこそしてるって、すっごい嫌じゃないですか」

 

「そういうものかなぁ……」

 

 そういうあたり、根はいい子なんだろう。あるいは今回の件は勇者が全面的に悪いのかもしれない。

 

「んー……すみませんね。今回のは一応、こっちにも事情がありまして……」

 

「ふざけた事情だったら一撃入れる」

 

「怖いなぁ……あれですよ。尋常じゃない魔力を持っている魔法少女なんて、ただでさえ警戒される人材がさらに血族の血……それも、最も高貴な血を引いてるんですよ? 場合によっては始末することも視野に入れておかなきゃならないくらいの事態です。だからこそ、俺が確認する必要があったんです。あなたの人柄を」

 

「そもそも魔法とかと無縁だった一般人が何をしでかすと思ったんだ……」

 

「いやー、すみませんね。それでたかをくくってたらとんでもないことになった事例がありまして。でも安心してください、俺が確認しました。だからそういう方面であなたに手を出す人間は、いないと思っていいでしょう」

 

『勇者はどこにも属していない中立の立場だからね。いろんな方面に顔がきくし、信用もある。だからこれは嘘じゃないかなー。……でも多分半分くらいは自分の趣味も混ざってるよ』

 

「今回に関してはとくに含みもないですって。あ、もしそれでも手を出してくるやつがいるときは、手におえそうになかったら俺を呼んでください。これ、俺の連絡先です。……あー、通話術式は使えますよね?」

 

「まぁ、それは。試したことないけど、術式持ってるし」

 

「じゃあそっちで。……てか、今更ですけど自己紹介してないですね」

 

「あ、またやらかしてる。コミュ障ー! 友達ひとりー! 電話の相手はほとんど魔王-! あ、私はフェリアです! よろしくねライダーさん、魔法少女さん!」

 

「うるさいな。魔王とは気が合うんだから仕方ないだろ」

 

「なんかすごい事情を聞いた気がする……」

 

「ああ、サキは知らないか。勇者と魔王はそれこそ神話の時代から戦いあってたからな。最初こそいがみ合ってたが、今では親友同士だと言われている」

 

「……神話の……時代……?」

 

 見た目どおりの年齢でないことは知っていたが、そんな昔からいたというのは流石に信じられない。

 

 というか、それと幼馴染と言うんならフェリアは何歳なんだろう。

 

 微笑まれた。ひぇぇ。

 

「えーと、勇者ことフレンです。気軽にフレンって呼んでください。あと魔王とはそんな親密じゃないですから。腐れ縁ってやつですよ」

 

「あ、うん。村崎引裂だ。適当に呼んでくれ」

 

「かわいくない!」

 

「うるせぇっ!?」

 

「かわいくない! かわいくないよ!? ステラさんネーミングセンス死んでるよ!? ゾンビだよぉっ!? 女の子につける名前じゃないよ!?」

 

「女じゃねぇよ!」

 

「……女じゃ、ない……? はっ、もしかしてこれが噂のとてもかわいらしい男の子……男の娘というやつなのではっ!? えへへ、怖くないですよぉ、だからお姉ちゃんの胸の中にどうぞ飛び込んできてくださいね!」

 

「落ち着け。そもそもお前はお姉ちゃんって年じゃないだろ。現実を見ろ」

 

 

 空気が凍った。

 

 

 物理的に凍った。ぴしりと周囲の気温が下がり、空気が結露する。地面からそりあがった氷柱を指でつんと触れてみる。冷たかった。

 

「……ふ、ふふふ……フレン……? お前は今触れてはならぬ逆鱗に触れたよ……? その罪の重さが分かる……? たとえば魔法で体型が維持できるからって夜中にコンビニにスイーツを買いにいったらおなじみの店員さんに若くないからほどほどにしなって言われたときよりも罪が重いよ今の……」

 

「嫌に具体的だ……」

 

「経験があるんだろうな。深い憎しみを感じる」

 

「憎んでいる……全てを……がるるるる……っ!」

 

 野生に帰った……。

 

「そもそも、お前、事情は知っているだろう? 魔法少女ができるように体を作り変えられただけで、もともとは一般的な男性だって。……ですよね、引裂さん」

 

「あ、うん。そうだけど」

 

「私はね、かわいいに性別は関係ないと思うんですよ。冬が終われば春が来るように、不幸のあとには幸福が訪れるように、祈りのあとに小さな花を咲かせるように。私は思うんです……人工のかわいさでもかわいければそれは真のかわいさなのでは……?」

 

「本人が嫌そうだろ」

 

「私の信条はノータッチだから大丈夫。ツイッターとかで流れる漫画にいいねして尊いって呟くように、私はただ見て尊みを感じるだけなので」

 

「一体なんでここまでこじれてしまったんだ……魔王……これも魔王のせいか。あいつのせいだな、よしそうしよう」

 

 魔王への風評被害は置いておく。じっとこちらを見てくるフェリアにやりづらさを感じ、親友の後ろに隠れた。

 

『ぉん』

 

「メルゴノアークってほんといい子だな……」

 

「そうなのか?」

 

「そうなの。お前にもこの優しさが分かるときが来るだろう」

 

 そんなことを言っていると、勇者がフェリアを気絶させた。

 

 親友の影から出る。

 

「すいませんね、こいつアホで。もう帰ります」

 

「お、おう」

 

「ですがその前に1つだけ聞きたいことが。──所属はもう決めましたか?」

 

「え? ……いや、まだだけど」

 

「でしたら1つ提案を。中立の立場を俺からは推します」

 

『……それがいいか』

 

 え、なんで?

 

『──ぉん』

 

 ああ、なるほど。メルゴノアークを持っているってのが危険なのか。確かにそうだな。

 

『ナチュラルに会話するのやめなよ……あと、問題はメルだけじゃないよ』

 

「ええ。始まりの術式もそうですが、引裂さん自身も俺の術式を真似してしまえるほどの術士ですし。それに、引裂さんが所属するとなると零時さんも同じ場所に所属することになります」

 

「俺は別にいいぞ?」

 

「……あなた方は自分の価値を低く見すぎです。今は拮抗している勢力ですが、あなた方2人が入るとパワーバランスが崩れます。特に、あなた方は魔法陣営と親しい。現状所属の可能性が高い場所は魔法陣営になります。ですが、あそこは現状でも強い組織ですからね」

 

 ああ、そういえば、一応今回で勇者に勝ったという箔がつくことになるのか。言わんとすることがわかった気がする。

 

「戦力は争いの火種になりますから。ですから、中立の立場をおすすめします。なんなら俺が後ろ盾になってもいいですし。……どうですか?」

 

 すこし、考えた。

 

「親友はどっちがいい?」

 

「乗ったほうがいいだろうな」

 

「じゃあそうしよう。ありがとうな、フレン」

 

「いえいえ、仕掛けたぶんの償いと考えれば全然です」

 

 では、さよなら。

 

 そう言って、勇者は消えた。

 

 転移術式だろう。

 

「……帰るかあ」

 

「送っていこう」

 

「このあと時間ある? ひさびさに遊ぼうぜ」

 

「いいぞ。ゲームは持ってきていないが」

 

「じゃあスマブラ。俺も練習してきたし」

 

 うん。

 

 平和が一番だよな。




 次回からは戦闘よりキャラの掛け合いが話のベースになるかなって感じです。
 特殊タグ嫌いなひといるけどソシャゲ的表現をするならほしいんですよね。頻度を下げたら許されないかしら。


 フレン

 戦闘狂なところがある以外は基本常識人。魔王とは気が合うが腐れ縁程度の関係だと思っている。なお魔王からは……。
 実は作中でも屈指の年長者。


 フェリア

 こじらせばーば。いわゆる元勇者パーティのやつ。あと2人ほど仲間はいたが、姿を隠してしまった。見た目こそ20程度だが実際は。魔王が勇者を押し倒しているのを見てからてぇてぇに目覚めた。
 もともと役割に徹すれば強い。


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基本的に主人公の元へと厄介事は舞い込んでくるものと相場が決まっている

 一話の文字数減らしたい(死に目)
 書き溜め……ないから……
 一日一日急いで書いてるよ???

 前回の話から少しだけスタンスを変えています。


 ……外の世界。

 

 私は今、出られはしませんが、あなたと同じ月を見ていますように。

 

 それだけが、私の祈りです。

 

 

 

 

 

 

 変な夢を見た。やけに明瞭な夢だ。その軌跡を追って、ゾラと親友を連れてわずかな期間の旅に出た。魔法少女ルックスではなく、女子用の服だ。

 

 聞き込みを続けて、夢に見た景色を追う。けしてそれに意味があるとは、自分でも思えなかった。けれど、漠然とした予感が胸にまとわりついて離れない。

 

 意味などないが、意義ならあるような。

 

 夢の中の誰かに呼ばれているような、そんな気がした。

 

「──それで、2人は向かっているわけか。どこにあるのかもわからぬ地を求めて」

 

「変ですかね?」

 

「いいや、変ではないよ。夢に突き動かされることなんて、誰にだってある。

 流石に、嬢ちゃんのような不思議な体験ではないけども」

 

「……あなたにもあったんですか?」

 

「そうさなぁ……

 今、そのさなかだ」

 

 そう言って、顔をお面で隠した男性は言った。

 

 今、俺たちはとある村の、既に宿主のいない、寂れた神社にいた。現代日本の、辺境のほうならばあるかもしれないもの。そこで一夜を明かそうというときになって、彼はふらりと現れたのだった。雨宿りと言う名目で現れた彼は、俺たちをどことなく懐かしんでいるようでもあった。

 

 彼が人間であるか、そうではないのか。それは興味がない。けれど、夜も深くなるというのに、この場所にとどまっている時点で。

 

 只人ではないのだろうと、そう思った。

 

「……聞いてもいいですか?」

 

「聞いても楽しいものじゃないが、……宵の肴にはなるか。

 ちっと馬鹿馬鹿しい話だ。笑うなよ?」

 

 ええ、と頷いた。親友もどうやら興味があるようだ。基本的にいろんなことに興味のない親友にしては珍しい。

 

「……今も夢に見るんだよ。餓鬼の頃の話だ。

 こういっちゃあなんだが、俺は屈指の悪ガキだった。気に食わねぇやつなら年上でも泣かせたし、男女も関係なしだった。

 嫌なことは全部暴力でねじ伏せた。嫌でなくてもねじ伏せた。あの頃は、それしかやり方を知らなかった」

 

 ……意外だ。

 

 今目の前にいる人は、どことなく浮世離れした印象を覚える。話の頃の姿が想像できない。……そもそも、この人の子供時代も想像できないけど。

 

「そんないっつもだったから、爪弾き者だったよ。そのうち俺の周りには、誰も寄り付かなくなった。親父は滅多に家に帰ってこないし、お袋は俺に余所余所しい態度ばっかだった。

 そこで漸く、孤独ってもんを感じたわけでさぁ。

 だからと言って俺の日々は変わらなかった。時々出る猪と喧嘩して、森の動物と拳で語り明かした。

 ……そんな日々を、ずっと過ごしてきた。

 そんな時に、1人の女と出会ったんだ」

 

 彼はそこで、ふと目を伏せた。

 

「夜中だ。親父が帰ってきて、大喧嘩した。それで家を飛び出して、河原に行った。

 そこで石切をしていたんだ。

 それを見て、『それはなんですか』っつってよ」

 

 ……ひょっとすると、それは、俺の探しているものなのかもしれない。

 

「びっくりしたわけさ。触ると砕けそうな女だった。乱暴者だと言われた俺も、流石に丁寧に扱わねぇとと思ったわけさ。

 それで、そいつに石切を教えた。最初はヘッタクソだったが、コツを教えて回数をこなすと、どんどん上手くなった。

 それで、そいつは言ったんだ。跳ねた回数で勝負しろってよ。

 乗ってやったんだ。それで、俺の圧勝だった。

 何回も勝負した。それで、あいつがへとへとになった。

 その頃には遠慮もなくなってきて、座り込んでぽつぽつと、お互いの身の上話をした」

 

 まるで夢見たいな話だろ? と彼は言った。俺は、頷いて、続きを待った。

 

「あいつは、お嬢様ってやつだったらしい。親が厳しくて、家の外に出してもらえなかった。だから抜け出してきたんだーって、威張ることじゃねぇのに言った。

 俺は、話を聞くのが楽しかった。まともな口をきいたのが久しぶりだった。だから、今思えばあいつのヘッタクソな語りに心を踊らせたものだった。

 ……そして、雪が降ってきた。夜中で雪にまみれて、凍てつくようだった。俺らは身をより合わせて、それで、温かいだなんて言ったもんだ。

 一緒に月を見た。それで、約束した。

 また会おうって。また、こんなふうに会って、それぞれの話をして盛り上がろうって。そんな約束をした。

 それ以来、あいつとは会ってない。俺の夢だったんじゃねぇかって思うほど、何の音沙汰もない」

 

「…………」

 

「そして、今も未だ待っている。こんなふうに月の綺麗な雨夜は、期待する。また会えるんじゃねぇかって。

 そんで、今日もまた駄目だった」

 

「……何年待ってるんですか」

 

「数えちゃいねぇが、チビな悪ガキがこんなになっちまうまでだ」

 

 親友の言葉への返答に、彼の言葉の重みに気づく。

 

 きっと、何十年も待っているのだ。たった一晩の約束のために。

 

 俺は、きっと彼のように待つことはできない。それだけの間待ち続けることができるほど、強い思いを俺は持っちゃいない。

 

「馬鹿な男の昔話だ。話半分に聞いてくれたら、それでいい」

 

「……あなたは。いつまで待つんですか?」

 

「さてな。死ぬまで待つかもしれんし、今日で最後になるかもしれん。

 死ぬまで続けるつもりだが、明日死ぬならそれが最後だ。

 ……そもそも、これは俺のただの自己満足だよ。俺はただ、あの月光が見たいだけなんだ。

 初めて美しいと思った、水面に映る淡い月を」

 

 そう言って、男は雨を見やる。

 

 まだまだ止みそうにない雨を。

 

「さてと……この調子じゃ、今晩はここで夜を明かすことになりそうだ。おふたりさん、邪魔するがいいかな」

 

「「はい」」

 

 親友と声が重なった。男は、それに軽く笑う。

 

「ほんとに仲が良いことだ。……さて、何か寝られるものがないか探してこよう。2人は、自分の分は持っているか?」

 

「はい。寝袋を持ってます」

 

「ならば俺のものだけでいいな。

 神社のものを漁るとは、罰当たりだが。こう寂れていると既に神も社から発っているだろうしな」

 

 そう言って、彼は奥に消えていった。

 

『……ふぅ。中々珍しいタイプの人間だね』

 

 と、そこでリュックにしまっていたゾラが顔を出した。そして、『あれは珍しいくらい善性に寄った人間だよ』と続ける。

 

『所謂人徳者とか、聖人とか呼ばれる類の人間だ。それに、仙人になりかけているな。一体どれだけの期間ああしてきたのか……いずれにせよ、信じられないくらいの精神力だ』

 

 やはり、そういう類の人間か。

 

 ゾラがここまで褒めるのも珍しい気がする。だが冷静に考えると、魔法だとか、そういうものが関係ない世界で自然に仙人に成りかけるなど、とんでもないことだ。

 

『……ぉん』

 

「メルも結構気に入ってるんだな」

 

 そういえば、我が家のメルゴノアークの呼び方はメルに決定した。候補としてノアもあったが、メルのほうがしっくりきたのだ。

 

 にしても、メルは人懐っこいタイプではあるが、それにしても高評価である。

 

 やはりあの話は本当なのだろう。彼にとっては、それは今も忘れることのできないほどの出会いなのだ。

 

「……サキ。お前の見た夢は、月を眺める夢だったんだよな?」

 

「おう。どこかで、誰かが月を眺めていた。それは水面に反射して、世界がまるで月光に染められたみたいで……」

 

「ひょっとすると、それは……あの人の探しているものなのかもしれない。できるなら、明日ついていこう」

 

「……そうだな」

 

 俺は、言った。

 

 正直なところ、彼の邪魔はしたくはない。けれど、自分が夢に見た場所がきっとそこなら──

 

 俺に夢を見せた存在が、そこにいるのかもしれない。

 

「……にゃおん」

 

「ん?」

 

 振り向くと、猫がいた。メルではない。少ししっとりしているから、この雨で濡れたのだろう。かなり弱っているのか、もしくは人懐っこいのか、俺が触れても逃げ出さなかった。

 

 軽く撫でていた手を離すが、手で押さえられた。肌寒さから、体温をほしがっているのかもしれない。

 

「おお、いつの間にか1人増えているじゃあないか」

 

 と、ぼろぼろの布団を引きずって彼が帰ってきた。猫が、俺の手から彼のほうへと移る。足にまとわりついた猫に、彼は少し驚きつつ座った。そしてこちらを見る。

 

「悪い、とっちまった」

 

「あ、いえ。野良にしては人懐っこいですね、この子」

 

「昔飼い猫だったのかもしんねぇなぁ」

 

「ですね。……あの、そういえば名前は何ていうんですか?」

 

「うん? 名前か。

 和邇(わに)煉瓦(れんが)というんだけど。2人は?」

 

「あ、俺は村崎引裂です。こっちは時峰零時」

 

「ほーん。じゃ、引裂と零時でいいか?」

 

「あ、自由にどうぞ」

 

 彼は、持ってきた布団を敷き、そしてそこに猫を置いた。その背を撫でながら、煉瓦さんは、こちらを見ながら、

 

「恋人同士だったり?」

 

「違う」

 

 これは親友が否定した。まぁ、元の俺を知ってる以上、そういう気分にはなれないだろう。

 

 ──雨は、少し強さを増した。この調子だと明日も降り続けるかもしれない。

 

「……煉瓦さん。俺が見た夢、話しましたよね」

 

「おう。中々珍しい夢だ、どこの誰とも知らぬ輩の夢を見るなんてな」

 

「ひょっとすると、煉瓦さんの言ってた場所が……俺の探してた場所かもしれません。ですから、明日……もしよければ、その場所に一緒に向かってもいいですか?」

 

「別にいいが、引裂の嬢ちゃんの言ってた場所とは違うと思うぞ? なんたって、あそこ自体は只の川にすぎない。それこそどこにだってあるだろうし」

 

「誰かの祈りが俺に夢を見せたんなら、誰かが心から大切に思った場所だと思うんです。ひょっとしたら、煉瓦さんの言ってた女性が俺を呼んだのかもしれない。

 その人、親が厳しいって言ってましたよね。それだったら……たぶん、あなたと見た景色が、すごく思い出に残っていたのかもしれない。そんなふうに思うんです」

 

「……わかったよ。嬢ちゃんの夢に、俺も乗ろうじゃないか」

 

 猫が鳴く。そして、布団を抜け出して、煉瓦さんの膝で丸くなった。

 

「──」

 

 それで、煉瓦さんは不思議なくらいに目を見開いていた。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「……いや」

 

 彼は笑った。

 

「ちっと、昔のことを思い出しただけでさぁ」

 

 穏やかで、どこか嬉しそうな笑みだった。

 

 

 

 

 そして、翌日になった。煉瓦さんに案内される道をついていく。

 

 普段は夜に行っていたらしいが、今は朝だ。俺たちを案内するのは、早い方がいいと言っていた。別にそんなに気にしないが、ここは彼の優しさに甘えることにする。

 

「こんな明るいうちにこの道を通るのも、久しぶりだな」

 

「結構、険しい道なんですね」

 

「歩き慣れてない現代っ子には厳しいかもしれんなぁ。零時は何か、運動かなにかやってるか?」

 

「ああ、はい。格闘技やってます。齧る程度ですが」

 

「なるほどなぁ、それで体幹がしっかりしてるわけだ。だいぶ強いだろ」

 

「えっと、多少は覚えがあります。わかるんですか?」

 

「餓鬼の頃、強いやつの動き方はさんざん見たからな。……逆に、引裂の嬢ちゃんはあんまり外にも出てないっぽいが」

 

「うっ……家で引きこもってますよ俺は……」

 

「鍛えるのは大事だぞ。次また夢を見た、ってなったときに備えておいたほうがいい」

 

「俺、今回が初めてだったんで……こんなこと、そんなに起こらないと思いますけど」

 

「1回あったことはまたあると見たほうがいいぜ。俺も何回か覚えがある」

 

 ……確かに。

 

 魔法少女になってから、変な事態に巻き込まれること3回目だ。それも1月の間にそれが起こっている。今後も起こりうることだと考えておくべきだろう。

 

「そうですねぇ……」

 

 ふと声が聞こえて、後ろを振り向いた。

 

「どうした?」

 

「いや、猫の声が……気のせいかな」

 

「ひょっとすると、ついてきてるかもしれんな。

 ……もうすぐ着くぞ」

 

 そして、そこについた。

 

 水が太陽の光を反射して、輝いている。

 

 月の光ではないが、それでも──

 

「ここです」

 

「は?」

 

 煉瓦さんの間の抜けた声が聞こえた。

 

 俺は、念を押すように、言った。

 

「ここが、夢で見たところです」

 

「間違いとかじゃなくてか?」

 

「いえ、ここです。たぶん……間違ってない、はず」

 

「……嘘だろ」

 

 彼は、昨日の俺の仮説を思い返しているのかもしれない。

 

 俺は、川へと近づいた。ここは──間違いない。俺が見た場所だ。

 

 夢で見たような、綺麗な場所ではない。けれど、これは……間違いなく、夢に見た場所。

 

「──サキ!」

 

 親友の声が聞こえた。そして、気づけば俺は親友に抱きかかえられていた。何かと思い、顔を上げる。

 

 ──そこには、巨大な鶴がいた。それが何かは、自分の中に類似したものがいるため、すぐに気付けた。

 

「──術式か!」

 

 意思を持った術式。

 

 それが、実体を伴ってあった。

 

 術式は煉瓦さんを見て──

 

 ──そして、煉瓦さんへと向かっていく。

 

「な、なんだ、これは……! ぐ……引っ張られる……!」

 

「ゾラ!」

 

『了解!』

 

 ゾラを手に取り、そして魔法少女に変身する。そしてメルに呼びかけた。

 

 メルの特性の一端に、『秘匿』がある。だから、こちらへの認識をぼかすようにお願いする。

 

『──ぉん』

 

 そして、親友が術式を煉瓦さんから引き剥がした。離れたところに、雷の術式を呼び出して攻撃する。一瞬怯んだが、けれど向こうはまだまだやる気のようだ。

 

「親友! 煉瓦さんを任せる!」

 

「了解だ」

 

 だから俺は──あの術式を、沈静化する。

 

 ゾラからもらった記憶から、そしてメルが体の中にいたことから、俺は術式の持つ感情と、術式に込められた感情を理解できるようになっていた。

 

 だからこそ、わかる。

 

 誰かへの祈りで作られた術式が、誰かへの呪いに転じてしまっていることが。

 

「──そんなの、悲しいじゃないか」

 

 俺はわかる。()()()()()、俺がやる。

 

 魔法少女なんてクソだと思っていた。俺がやる必要なんてないと、そんなふうに思っていた。

 

 けれど。

 

 今ここで、術式について理解があるのは俺だけだ。

 

 意思を持つほど強い、誰かの祈りによって作られた術式だ。それが望まぬ在り方になってるなんて、

 

 誰かの強い祈りが──悪として踏み潰すしかないなんて。

 

 そんなの、悲しいじゃないか。

 

 だから。

 

「だから……お前を、正しい在り方に戻してやる」

 

 これが、俺の魔法少女としての役目だ。




 今後、今回みたいに他人の物語に関わって、少しづつ成長する主人公を描く構成にしていこうと思っています。
 それに伴い主人公視点以外から描くことも増えると思います。すみません。

 意思を持った術式

 実は作成者の想いや技量によりできることもある。
 だがその術式は、意思を持つが故にその在り方を変質させることも多い。
 彼らは長い時の中で、始まりの想いを喪失する。そして負の方面へと変化していくのだ。
 この変化が特に大きく、世界に多大な影響を与える可能性を持つ術式は、一般に『禁術』と言われる。
 メルゴノアークもこの禁術に指定されている。



 ここからは蛇足
 本編未登場の主人公の母親の絵をついつい描いてしまったので掲載しておきます。雑ですが。たぶんあんまりイメージはないはずだけど、イメージを壊したくない方は閲覧非推奨です。



【挿絵表示】


 17歳だからね。


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月夜に見る夢とありふれた奇跡の起こし方

『私の具合が悪い時に、母はいつもこうしてくれたんですよ』

 

 そう言って笑った顔を憶えている。

 

『──また逢いましょう。今日のような、月の綺麗な夜に』

 

 それには……なんと返したのだったか。

 

 それから毎日そこへ行った。飽きることもなくそこに行った。綺麗な月は、その日以来見ていない。

 

 すべて、短な夜に見た夢だったのかと思うほどだった。その夜の体験は、何よりも素敵で、何よりも鮮烈で、その経験があったからこそ今の自分ができたんだろうと思う。

 

 その日から、夜が長く、静かに感じるようになった。

 

 

 

 

『私は、誰かを嫌うよりも、誰かを愛していたいのです』

 

 その少女は、嫌われ者だった男には眩しすぎた。

 

『私を優しいと思うあなたのほうこそ、優しいのですよ』

 

 そんなわけがない、と否定することは簡単だった。

 

『あなたはただ、人の愛し方を知らないだけですよ。

 まず最初に、あなたはあなたを愛してあげてください。

 あなたこそが、ぼろぼろなあなたの一番そばにいるのですから』

 

 

 少女が人を愛していたいと言ったから。

 

 少女が自分を愛してやれと言ったから。

 

 ──和邇煉瓦の人生に意味はない。意味などない。

 

 けれど、意義ならある。

 

 彼はその日、初めて生きている理由を知ったのだった。

 

 

 

 

 反転した術式を正位置に戻すのは、基本的に難しい。

 

 それはそもそも、()()()()()()()()()()()()()からだ。ある程度推測こそ建てられるが、その推測が元の術式とそれていた場合、ねじまがった術式になってしまう。

 

 だからこそ完全に元に戻すのは、難しい。

 

 だが俺は違う。ゾラの記憶から多くの術式の記憶を知っている。メルという、意思を持った術式の中でも最高といえるほどのものの事例を知っている。

 

 ──だから、俺は理解できる。

 

 正位置を。元に戻す方法を。道標に寄り添うように、母が子を手まねくように。俺は術式を正位置へと案内できる。

 

 それをする方法は──一度、術式を弱らせる必要がある。今の術式は、久しぶりに起動したばかりで衝動を押さえられていないのだ。だから、一度弱らせて俺の声に耳を傾けてもらえるようにする。

 

 その方法は──

 

「メル」

 

『──ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおん』

 

 呼び掛けに、応えた。

 

 うちにメルを持つ俺が一番うまく扱えるのは、水の属性だ。だから俺は、水で弾丸を作り出した。それを放出する。相手の防護を貫通して着弾した弾丸は、確実に相手にダメージを与えた。呻き声……相手が怯んだのを見て、もう1発加える。

 

 それを術式は、頭突きで相殺し──飛んだ。

 

「逃がすか」

 

『空中戦は得意分野だ──!』

 

 この間の反省から、空中戦の特訓をしたのである。故に、術式に容易に追いつき、

 

「捕らえろ」

 

 閉じ込めた。

 

 それは水の檻だ。相手を拘束する檻。術式が体当たりをするが、けれどびくともしない。当然だ。

 

 ただの術式に、始まりの術式の本気が破れるはずがない。

 

「──お前の記憶、見せてもらうぞ」

 

 そして、触れた。

 

 メルの術式の得意分野は秘匿である。

 

 秘匿に優れるが故──暴きも、相応に存じているのだ。

 

「術式展開」

 

 ゆめのつづき(同調術式)

 

 

 

 

 ──それは、記憶だった。

 

『ねぇ、あなたは何をしているの?』

 

 鮮烈に焼きついた1日の記憶。それは彼女が、永遠に求めていた記憶。

 

 彼女は何も知らなかった。

 

 彼女は何も知らなかった。

 

 外の世界の綺麗さも、初めて見る川のせせらぎも、喉にへばりつく冬の空気の冷たさも、初めて感じた愛という感情も。

 

 だから、彼女は何もかも知らなかったが故に──愛してしまったのだ。

 

 けれど。

 

 奇跡の如き邂逅は、再現性を持つことのない──それこそ、夢のような奇跡でしかなかった。

 

『今日もあの人はいるのかしら?

 ……ふふ。ああ言われたけれど、あの方は私のお家を知りませんものね』

 

 そう思い、夜中に再び家を抜け出した彼女は、昨日と同じ道を通り、──そして、たどり着いた。

 

 変わり果てた、その場所に。

 

 川は都市化の影響で汚れ、月などもう映りそうにもない。河原は縮み、すぐそこまで泥のような水が来ていた。

 

『──え?』

 

 たった一晩。

 

 たった一晩だけで──その場所は、信じられないほど荒れ果てた。昨日、ここで2人出会ったことがまるで嘘のように……何もかもが、変わり果てていた。

 

 翌日も、その翌日も。

 

 水面に映る月も──ここで、確かに笑いあったはずの少年も。姿を現すことはなかった。

 

『……こんなところに、毎晩なんの用があるというのだ』

 

『……父様』

 

『ここは、既に死んだ土地。お前が求めるものなどなにもないよ』

 

『そんな──嘘です。私はたしかにここで見ました!

 雪の降る中、水に映る月を……つい、この間!』

 

『夢でも見ていたのか』

 

『違います! たしかに私は……彼と……!』

 

『……なぁ、娘よ』

 

『……なんですか?』

 

 

『雪など、降っておらんのだ。

 ここ一ヶ月……世界は、信じられないほどの快晴が続いている』

 

 

『……え』

 

 彼女は、けれど。

 

 確かに見たのだ。

 

『で、でも……私は……』

 

 本当に?

 

 

 

 

 

「──お嬢様が経験したのは……きっと、次元のズレですね」

 

「世界は時々、揺らぎますから。その揺らぎが他の時間と交わったときに、本来ありえない邂逅が起こり得るんです」

 

「……お嬢様は、その彼の事をどれだけ思っていたんですか?」

 

『生まれて初めて、好きになったの。みんなみたいに、父様が雇ったわけではない人。……初めて、私そのものを見てくれた人。ボロボロで、今にも擦り切れそうなのに……私に優しくしてくれた、とっても優しい人』

 

『傷を舐めあっただけの、勘違いに過ぎない恋心だとしても……本当に、心の底から好きになれたの』

 

「……神様は、残酷なものですね」

 

「たった1度の奇跡が、どれだけ人の支えになったとしても……」

 

「二度と、与えてはくれませんもの」

 

 

 

 

 

 

「……お嬢様。何をなさっているのですか?」

 

『祈っているの。あの月を、あの方が眺めていることを』

 

「……」

 

『……』

 

『本当は、わかってるの。あの方からすれば、私との出会いなんて大したことではないことを』

 

『……』

 

「……」

 

『あの方が』

 

『私のことなんて忘れてしまって、誰かと添い遂げて……今も笑っていることを。

 月を誰かと見ていることを』

 

『……あの方が。

 幸せであることを。

 それが、私の幸せだから』

 

「……お嬢様」

 

『……?』

 

「……その。なんといえばいいか……」

 

「……それでいいんですか?」

 

『シュガー。あなた……今日はどこか、変ですね』

 

「……泣かないんですか?」

 

『……』

 

『私は、あの方が元気であればそれで』

 

 

 

 

 

 

『……それ、なんですか?』

 

「折り鶴です」

 

「お嬢様の祈りを込めて、いずれ届けてくれるように」

 

『……』

 

『作り方、教えて下さい』

 

「そういうと思っていました」

 

 

 

 

 

『……退屈です』

 

『私が美しいと思ったのは……』

 

『あなたと、一緒だったからなのでしょうか』

 

『……』

 

『……』

 

『夜は、退屈です』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『祈りましょう』

 

 

『あなたの行く末を。……あなたが私にそうしてくれたように』

 

 

『…………』

 

 

『……………………』

 

 

『……少しだけ、寂しいです』

 

 

 

 

 

 

 ──触れた。

 

 術式に触れた。濁流のように、想いが流れ込んでくる。それは祈り。

 

 少女が経た、月夜の邂逅。それが楔になっているのは、何も1人ではなかった。

 

 方や人を想い続け、その身を仙人にまで昇華させようという域までたどり着いてしまった男。

 

 方や人を想い続け、時間を超えて祈りを届けてしまうほどの奇跡を起こしてしまった少女。

 

「──術式展開ィィィイイイイイイ!!」

 

 だから、この奇跡が、とても大きな少女の祈りが、彼女が吐いてしまったわずかな弱音で台無しになってしまうなんて──そんなのは、認めない。

 

「元に戻れ──!!」

 

 ──俺が知った祈りを、術式が忘れてしまった祈りを、同調術式を経由し無理やり流し込む。そして不純物となってしまった弱音を、俺のほうへ引っ張ってくる。

 

 無茶な行為だ。術式側の抵抗は、ほとんどない。けれどこれはそもそも、ゾラと俺のように、互いが混ざり合わさった状態でなければ出来ない裏技。常人よりも遥かに多いと勇者に言われたほどの魔力が一気になくなっていく。

 

「──が」

 

 そして、同調が切れた。維持するだけの魔力がなくなったのだ。宙に浮く魔力もなくなった。落下しながら、──鶴を見た。

 

「──サキ、大丈夫か!?」

 

『魔力の使いすぎだよ。攻撃をもらったとか、そういうのではない』

 

「すまん、ありがとな、親友」

 

 ──雲が、散った。

 

 鶴は、空に咲き誇った。羽に光を受けて──儚く、輝いた。

 

「……綺麗だな」

 

「だな。……煉瓦さんは?」

 

「あそこだ」

 

 指をさされたほうを見ると、煉瓦さんの前に、鶴が降り立つところだった。親友に背負われそこまで向かう。

 

「……お前は、一体どこからきたんだろうね。

 俺も長いことここで人を待っていたけど。

 お前みたいなやつと会うのは初めてだ」

 

『────』

 

「はは、くすぐってぇよ。よしよし。さっき俺を引っ張ったのも、あれか。

 お前、寂しかったんだな。だから仲間がほしかったんだろ?

 だったら、俺でよければ、一緒にいてやるよ」

 

『────────』

 

「……さっきの姿。

 久しぶりに、何かを綺麗だと思ったんだ。

 そう思ったのは、俺が餓鬼の頃以来なんだ」

 

『──────────』

 

「ありがとよぉ。おかげで、思い出したんだ。

 俺があいつに、なんて言ったのか。

『今度は、俺がお前に会いにいく』ってよ。

 馬鹿な俺は、場所を聞くのを忘れちまったけど。

 馬鹿みたいな間、待たせちまったんだから……頑張って、探すことにする」

 

『……──────────』

 

 ──鶴が、鳴いた。煉瓦さんの周りをくるくると舞い、そしてその胸に顔を擦り付ける。

 

『──────────────』

 

 そして、高く空へと舞い上がった。

 

 遠く、遠く、飛んでいく。

 

 きっともう帰ってこない。

 

「振られちまったな。

 ありがとう、助かったぜおふたりさん」

 

「……いえ。もともと、俺が頼まなければ煉瓦さんは巻き込まれなかったはずですから」

 

「お前らのおかげで俺はあいつに会えたんだ。

 感謝こそすれ、責める気はない」

 

 そういって、煉瓦さんはくくくと笑った。

 

「……あの。煉瓦さん。言いづらいんですけど……その……

 煉瓦さんが、今会っても……相手は、わからないと思います。

 でもそれは忘れてるとかじゃなくて、ただ……時間のせいで。相手は、ずっとずっと煉瓦さんのことを……ずっと。思っているから」

 

「……そうかい」

 

「……すみません」

 

「いいよ、別に。あの鶴みたいに……世の中には、俺が知らない不思議なことがたくさんあるんだろ。

 それがなんなのか言わなくていい。だけど、お前がもし知ってるなら教えてくれ。

 あいつは今も、月を見ていたか?」

 

 ……ああ。それは──

 

「──はい。月を、見ていました」

 

「……そぉかい、そぉかい」

 

 そう言って、煉瓦さんは空を見た。

 

 川に、陽の光が反射していて、とても綺麗だった。細々とした光が揺れるのを見て──俺は、呟いた。

 

「星みたいですね」

 

「そうさなぁ。

 綺麗すぎて、泣いちまいそうなほどだ」

 

 そう言った煉瓦さんの顔は、お面で見えはしないけど。

 

 なんとなく、想像がつく気がした。

 

 

 

 

 

 

「俺は行くよ」

 

 しばらく、そうしているうちに、煉瓦さんが言った。

 

「……そうですか」

 

「もう、ずっと待ったんだ。……待たせたんだ。

 今度は、俺のほうから探しに行くよ」

 

「じゃあ、俺は……奇跡が起きるように、祈りますね」

 

 親友が、言った。

 

「……ふふふ。

 ありがとう。……君たちには、いろいろ世話になった。

 これもある意味夜の奇跡──かな」

 

 そう言って、彼は、去っていった。

 

 その後ろ姿に手を振って──俺たちは、不思議な夢から始まった旅の、その終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──少女は、家の外から出たことがない。それは彼女の持つ気力が、他人を害してしまうためである。

 

 一般的に徳を積んで、他者の害気に耐えられる人間でなければ、彼女といるだけで体を病んでしまう。

 

 だからこそ、彼女は外に出ることが許されないのである。

 

「──あら……? ふふ、はじめまして」

 

 そんな少女の元へと、巨大な鶴が飛んできた。彼女はその頭を撫で、鶴へとその笑みを向ける。

 

「……私は今日、夢を見ました。とっても美しい景色の夢です。

 あなたみたいに自由に飛べたら、たくさんの景色を見られるんでしょうね。……ふふ、妬いてしまいます」

 

『────────』

 

「……どうしました? なにか……きゃっ!?」

 

 鶴は、小さくなって、少女の胸へと突撃する。ぶつかる、と思ったが衝撃を感じず、彼女はゆっくりと、閉じていた目を開いた。

 

「──あれ」

 

 少女は、そして……何かを、忘れているような。大事なものが欠落してしまったような気分がして、窓の外を見た。

 

 綺麗な月だ。

 

 ……けれど、どこか味気ない。

 

 気づけば、涙が流れていた。なにが悲しいのか、何がそうさせているのかわからないけれど。

 

 なにか、大切なものを──

 

 

「──どうした、嬢ちゃん」

 

 

 ──そして。

 

 あふれる涙を、男の指がすくった。

 

「こんなに月が綺麗な夜だ。涙は似合わねぇよ」

 

 お面をつけた、長身の男だ。見たことがない。見たことがない。

 

 けれど。

 

 ──きっと。自分が生まれるよりずっと前の彼を、()()()()()

 

「……ふ、ふふふ。なんですか、それは」

 

「な……あんまり笑わねぇでくれよ。カッコつけた俺が恥ずかしい」

 

 そういって、彼女の頭を撫でる男は……きっと。

 

 

「はじめましてだな、嬢ちゃん」

 

 

「はい、はじめまして」

 

 

 生まれる前に、好きになってしまった相手だ。

 

 

 













 和邇 煉瓦


 仙人になった。
 人の理から外れたことがきっかけだろうか。
 何年も願った奇跡を起こすことが出来た。



 少女


 未来の彼女が起こした奇跡が、1つの結末を呼び寄せた。
 時間を超えた、細やかな約束の物語の終わりを。


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女三人集まれば姦しいが男三人集まればジェットストリームアタック

 前回とは変わってコメディシナリオです。


「──不幸がさっちゃんに訪れる兆しが見えたのである!」

 

 さっちゃん言うな。

 

 ──我が家に時々遊びに来るフェリアが連れてきた少女が、俺にそういった。それも邂逅一番にである。

 

「あ、さっちゃん良いね。私も今度からそう呼ばせてもらお……うぐぐぐ、ソアラにセンスで負けるとは……。フェリアちゃんの長い人生における一番の失態だよ」

 

「お前も隠さなくなったなぁー……」

 

 最初のころなど、年齢について考えると睨んできたくせに。

 

 煉瓦さんと出会った例の一件が終わってから、2週間経った。その期間は何もなく、平和な毎日を過ごしている。とはいえ、この発言……厄ネタのどきついにおいに顔をしかめつつ、俺はコップに注いでいた麦茶を飲んだ。

 

「……ぐふっ、ごっ!?」

 

「地味な不幸がっ!?」

 

「私の占いはよく当たるのだ。その私が不幸を占った……あれ、これこの場にいる私も不幸に巻き込まれるとかあるであるか? 逃げていい?」

 

「あははー。占った本人が逃げるなんて許さないよ」

 

「ぬぐっ!? フェリアやめろ首が締まるうぐぐぐぐ!」

 

「……あー、落ち着いた」

 

 単純にむせただけだ。別に、不幸が訪れたとかそういうわけではないと思う。

 

「それでフェリア……その子は?」

 

「む? 何者か、と問うかこの私に! よかろう! ならば刮目してみるがよいである!」

 

 少女はふふん、と腕を組んで、

 

「──魔王軍元幹部、ソアラ・グレインフォードである!」

 

 椅子の上に立ち、指を高く掲げたのだった。

 

「行儀が悪いぞ」

 

「これは失礼なのだ! 日本にはとんと来たことがなくてだな。マナーもよくわかっていないのだ」

 

「日本じゃなくても椅子の上に立つのは良くないんじゃないのか?」

 

「む? そうなのか? 魔王様はよく玉座の上に立ってぶっこわしてたけど」

 

「マジかよ魔王様……」

 

 まぁ、あの戦闘狂勇者と親しいんだからそのくらいぶっとんでいるのが当然と思ったほうがいいか。

 

 俺の中の魔王像がどんどん壊れていく……。

 

「さっちゃんは魔王様と会ったことはないのであるか?」

 

「ああ、ないな。……というか、そっちの業界の人間とはあんまり会ったことはない。あとさっちゃん言うな」

 

 仙人になりかけという、一般人と言って良いのかわからない人とは会ったが、あの人は一応一般人である。

 

 あったことがあるといえば親友と両親、ゾラにあとは勇者にフェリア、ソアラと、実は裏の社会の知り合いは少なかったりするのだ。

 

「それは結構意外であるな。魔法少女と言うと魔王様はいつも会いに行くし、さっちゃんのことも結構気になってたっぽいし。んー……まぁ、そのうちアクションはあるのではないか?」

 

「それはそれで嫌だけどな。あとさっちゃん言うな」

 

 お茶を一口。

 

「んごふっ!?」

 

「またむせた。やっぱり私の占いはよくあたるのだ」

 

「当たってほしくなかったけどね。あーあ、今日はさっちゃんのお洋服を買いにいく予定だったのに……やめといた方がいいかなぁ」

 

「さっちゃん言うな」

 

 でも、たしかに2回連続でむせるとはなかなかないことである。ひょっとすると、本当に今日は不幸な日なのかもしれない。

 

 厄ネタだ……。2週間休んで魔力は万全だが、あんまり戦いたくないものである。

 

 いや、でもそう簡単に戦いがほいほい起こることってあるか……?

 

 それに、この間買った服では足りないし。そして自分のセンスは自信がないから、せめて頼れる女子が一緒にいる時に行きたいものだ。

 

「……よし、こうなったら」

 

 俺はスマホを取り出した。そしてラインを開き、あるグループに投下する。

 

 

『魔王軍元幹部のソアラさんに不幸占われた』

『でも服買いにいきたい』

『たすけて』

 

ステラ:『お母さんに任せなさい』

 

パパン:『お父さんもついてっていい?』

 

『周囲に女子しかいないけどいい?』

 

パパン:『すまない、俺の力が足りないばっかりに……!』

 

ステラ:『じゃあ私は行きますね』

 

パパン:『一応何かあったら連絡しろよー』

パパン:『お父さん国1つ更地にくらいできるから』

 

「……父さんには絶対協力をお願いしないでおこう」

 

 とはいえ、母親になにかあったら飛んでくるんだろうなぁとは思う。

 

 空間を。

 

「どーしたの?」

 

「ん、いや、せっかく来てくれたし今日服買いにいこう」

 

「でも危ないよ?」

 

「だから母さんを呼んだ」

 

 と言うと、フェリアが虚をつかれたような顔になった。

 

「母さんって、あの?」

 

「俺の母さんが他にいると思うか? ……っと、もう来たのか」

 

 インターホンが鳴って、扉が開く。そこに立っていたのは予想通り母さんだ。

 

「久しぶり、サキちゃん」

 

「久しぶり、母さん」

 

 この体になってからは初めて会う。母さんは、こちらの姿を見て、

 

「サキちゃんったらかわいくなったんだから。それで……ソアラちゃん来てるんだっけ?」

 

「うん。あとフェリア」

 

「中々のビックネームね……お母さん、息子の人脈にびっくりなのですよ……」

 

「なんだよそれ。というか、母さんも有名人のくせになに言ってんだ」

 

 母さんを連れて、リビングに戻る。

 

「久しぶりですー!」

 

「久しぶりなのだ!」

 

「あれ、面識あったんだ」

 

「サキちゃんの中の子を封印するときにね。そういえば、始まりの術式はどうなの? あの子は合意でサキちゃんの中に入ったらしいし、あんまり心配はしてないけど……」

 

「ああ、メルは、──出てこい」

 

『──ぉん』

 

 呼び出すと、俺の胸の中から小さなサイズのメルが飛び出した。手に乗せてやると、そのまま腕を登って頭に座り込んだ。俺の頭はちっちゃいから、少し重い。

 

「こんな感じで。……まぁ、仲良くやってるよ」

 

『──おん!』

 

「猫乗りさっちゃん……幼女……ぐっ……これがkawaiiってやつですか……!」

 

「落ち着くのだフェリア。頭に乗せてるのはメルゴノアークである。あのメルゴノアークである」

 

「ふ……ふふふ……知ってる? ソアラ」

 

 フェリアはこちらを指差し、

 

「かわいいに!! そんなことはどうでもよいのだぁ──!!」

 

「ふふ、わかってるじゃないフェリア!」

 

「ステラさん……! わかってくれるんですか……!」

 

「ええ。そういえば知ってる? あの子が零時くんのことずーっと親友って呼んでる理由。あれ、名前呼びが恥ずかしいからなのよ。絶対親友のほうが恥ずかしいのにねぇ」

 

「──んなっ……!」

 

 なんで知ってるんだ!?

 

 一応、これは親友にしか言ったことがない。でも親友は俺の味方のはずだ。あのとき、ちゃんと口止めしたから言うわけがない!

 

「ふふふ、そもそも私の前でもずっと親友呼びしてる時点で悟られるのは当然なのよね……」

 

「す、ステラさん! 他にはなにかないんですか!?」

 

「だぁ──!? やめろ馬鹿!? 母さんは絶対長々と騙るから……!」

 

「たっくさんあるわよ!!」

 

「母さ──ん!?」

 

 そうだ、メルなら俺の恥ずかしい話を秘匿してくれるはずだ。視線を持ち上げ、こちらを覗き込んでくるメルにお願いする。体は離れていても、一心同体の身である。言わんとすることはわかったはずだ。

 

 メルはこくりと頷いて、フェリアの肩に乗った。

 

『──ぉん』

 

「メルぅ!?」

 

 そして続きを促したのだった。

 

 まずい。ひょっとすると、俺のあれもバラされるかもしれない。ていうかたぶんバラされる……! なんとか母さんの口を止めないと……!

 

「実はねぇ……サキちゃん、昔から体が細くてね。始まりの術式を封印した影響なんだろうけど、──はっきり言うと、女の子みたいな見た目だったの」

 

「男の娘ってやつですか。たしかに、始まりの術式って基本的に女性面が強いですよね」

 

『──ぉん』

 

「……かわいかった、って、褒め言葉じゃないんだよメル……! 俺の中にいたならわかるだろ!? 俺がどんだけ嫌だったか!」

 

『──ぉん』

 

 封印されててよくわからなかった、と。

 

「いや待てお前裏のほうの情報秘匿してたって聞いたぞ」

 

『……ぉん?』

 

 そんなこともあったなぁ……って白々しいぞお前。

 

「まあ、そんなだったからね。ずっと、ずーっとね」

 

「ばッ……やめろって母さん! わりとマジで!」

 

「あの子──男の子にばっかり告白されてたの」

 

 

 秘匿は破られた。

 

 

「だから普通に接してくれた零時くんの事を親友って言ってるのよねー」

 

「なるほど……それはなんとかわいらしい……」

 

「いっそ殺せぇ……」

 

「まぁ、親としては零時くんみたいな子が友達でよかったと思ってるけど」

 

 信じられる? と言って、

 

「あの子ね、サキちゃんのためにこっちに足を踏み入れたのよ」

 

「……え?」

 

 なんだ、それ。

 

 初耳の事実に、びっくりした。

 

「ほら、サキちゃんって、この子……メルちゃんを封印してたからね。隠そうとしても、事実は変わらないし。だから、結構狙われてたの。メルちゃんがいくら秘匿していたって言っても、術をかける前からバレてたら意味ないし……それに、封印されてたから本来の力を発揮できなかっただろうし」

 

「……ああ、狙われてたっていうのは、零時さんが有名になったあの一件ですね。……ひょっとして、あのときまでは一般人だったんですか?」

 

「そうね。正真正銘、ただの一般人だったわ」

 

「才能の差を感じるのだ……」

 

 混じってんじゃねぇよ占い師。

 

 と、言いたいがこの話は自分も気になるため、言わないでおく。

 

「零時くんのすごいところってね、サキちゃんみたいに血統とかみたいな事情がない、真正の一般人が、神話の時代から生きてた最初の血族を倒しちゃったところなのよね。あれを倒すのは、私達も厳しいのに」

 

「私なんかが戦ったら絶対負けますね。さっちゃんとか、フレンとかはたぶん倒せると思うけど……そっか。そう言われるとたしかに……それに零時くんの武器って、不完全なベルトですよね。すごいなぁ」

 

「私もびっくりである。まあフェリアと違って私は勝てるが。フェリアとは違って」

 

「喧嘩売ってるの? へそ出しメガネ」

 

「私にいつも勝てないくせにやる気と自尊心だけは一丁前であるな!」

 

「喧嘩すんなよ……。で、それってどれだけすごいの?」

 

 最初の血族、と言われてもよくわからない。でも最初の──と言うからには、俺の先祖だったりするのかな。

 

 神話の時代とか言われても、ピンとこないものだ

 

「えーっとね、ぶっちゃけると格としてはフレン級。神代回帰がないかわりに触られたら死ぬフレンって言ったらわかりやすいかな」

 

「死ぬわ!?」

 

 こちとら神代回帰をぶんどっても本気を出した勇者に手も足も出なかったんだし。メルに力を借りれば一応なんとか……と言ったところだし。でも万全の勇者だったら絶対負けている。

 

 むしろ勝てないとは言わないソアラとか、母さんとかのほうが恐ろしい。多分戦ったら完敗する。

 

 というか、俺のためにそんなやつとまで戦ってたのか……。

 

「……うふふ」

 

「べ、別になにもないからぁ!? ありがたいなーって思ったくらいなんだからな!?」

 

「何も言ってないわよ」

 

「すごく……すごく青春エネルギーを感じます……自分がおばさんになったような……うっ」

 

「フェリアがおばさんなら私もおばさんになるのであるが。やめろよそういうの……やめろよ」

 

 ──このあと、俺が無理やり話を中断するまで、俺の過去暴露は続いたのだった。




 ソアラ

 元魔王軍幹部。戦闘能力で言えば低いが殺傷能力で言えば勇者の次に優秀。
 若干ロリ。

 最初の血族

 神話の時代から生きる一番最初の血族。
 その戦闘力は高く、同時に逃げに躊躇をしない性格から勇者ですら討伐はできなかった。
 
 メルゴノアークを手に入れ、術式の成り立ちに触れることで自らが神になりかわろうとしていた。
 だが彼の企みはただの人間であった零時の手により、彼そのものごと滅ぼされたのであった。


 零時のベルト

 彼の扱う変身ベルトは不完全なものであり、他のベルトよりも力の劣る、変身にだって制限時間のあるベルトだった。

 だがいくつもの修羅場を超え、零時が成長していくにつれ、ベルトはどんどん力を増していった。まるで使用者に応えようとするかのように。


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人が人に惚れる理由なんて案外どうでもいいことである(菩薩)

「ああ鬱だ、死のう」

 

 人生の袋小路を想像し、将来に疑問を覚え死にたくなった。そう思い立ったが吉日ということで、ベランダから飛び降りた。

 

 

「──まったく、我じゃなかったら死んでたわい!」

 

 

「……は、はぁ」

 

 

 自殺は未遂に終わったのだった。

 

 福間(ふくま)水槌(みづち)、19歳。

 

 彼は知らない。己が頭から激突した少女が、裏の世界でも指折りの怪物であることを。

 

 ──そして、その怪物に奇跡のような口吻をしてしまい──それにより、怪物に惚れられてしまったことを。

 

 彼は知らなかった。

 

 その怪物の名はレギオン・ガリオン・バルガルドーラ。

 

 一般的に、魔王として名を轟かせている──真正の怪物である。

 

 

 

 

 魔王は困惑していた。

 

(長く生きてきたのだが──なんであろうか、この胸の高鳴りは。

 勇者のヤツに覚えたそれよりももっと……)

 

 魔王は唇をなぞる。彼に奪われた唇だ。これまでの人生で、数えられぬほど口吻はしてきた。けれど、こんなのは初めてなのである。

 

(ひょっとして──これが殺意か!)

 

 魔王は鈍かった。

 

 その圧倒的な力により、誰かを殺す気など抱いたことがなかったのである。戦闘の高揚こそ知っているが、しかし彼女にとってそれはあくまで戦意。

 

 初めて知る感覚を既存の知識と当てはめるとき、だいたい人は己のものさしで判断する。

 

 戦闘以外に能がなかった魔王が己の感情を殺伐なものと勘違いするのは仕方ないことである。

 

「……本当にすまない。まさか下に人がいるとは……」

 

「ふむふむ。お主、名前は?」

 

「え? 福間水槌って言うんだけど……」

 

 ふむ、と魔王は頭の中で名前を復唱した。

 

 名前も、その声すらも、心をぞわぞわとさせる。

 

 やはり殺意に違いない。魔王はそう納得した。

 

 

(うわぁぁぁぁ名前押さえられた……訴えられるんだ……鬱だ……死にたい)

 

 そしてこの男はアホであった。

 

 マンションの4階から飛び降りて、押し倒してしまったのだ。怒っていないわけがない。

 

 4階から落下してきたものにぶつかって、少女が痛がるそぶりを見せていないことをまず怪しむべきではないだろうか。けれど彼は今自分のことでいっぱいいっぱいである。そんなことには気が回らない。

 

「……では水槌と。お主、このあと暇か?」

 

「……は、はい」

 

 

(ふ、ふふふふ……この私の殺意を気にしていないとは鈍いのか、それとも豪胆なのか……! いずれにせよおもしろい男である!)

 

(はー俺の人生終わるんだぁ……お母さん、お父さん、ごめんなさい……お金の支払いは任せた……)

 

 

 2人が2人、すれ違った勘違いをしたまま──交流は、始まったのである。

 

 

 

 

「へぇー、サキちゃんったら仙人の卵とあったの? すごいわね……」

 

「一般的に仙人になろうとする人と言うと、1日の大半を瞑想で過ごしたりするのですよ。だから会えたのはすごい確率ですね」

 

「うぬ、私は仙人のマネごとできるであるよ。成りかけの仙人なんかよりよっぽどすごいのだよ」

 

 自慢すんな。

 

 と、思いながらパフェをぱくり。スプーンですくって食べる。うん、甘い。

 

 今日はなんか、ゾラの元気がない。と思ったが、女子の集団だからいまいち出ていけないとのこと。人を無理やり魔法少女にするようなやつにそんな配慮ができたとは驚きだ。メルなんかは外に出てきているのに、こいつが尻込みする理由はないと思うけどなぁ。

 

「にしても……まさか、作ってる途中でアクシデントなんてねぇ」

 

 と、母さんが1人食べ終わっていない俺を見て、言った。

 

 ……そう、途中でなにかあったようで、俺のパフェが到着したのは周囲が食べ終わる頃だったのである。不幸だ。地味な不幸だ。まじかよ……と思う気持ちはあるが、想像していたものと比べればまだまだかわいらしい。たとえば、鳥のフンが落ちてくるとかみたいなものよりかは。

 

 ──ばしゃあ。

 

 走っていた女の子が、俺の座っていた椅子にひっかかりこけ、持っていたカップの中身が俺を濡らした。

 

「……ふぇっ……わ、わたしのフロートぉ……」

 

「……」

 

「……ふ、ふぇぇぇぇん……!」

 

「わー!? 泣かないでぇ!? ちょ、ちょっと……!」

 

「す、すいませーん!! ああ、べっちゃり……ほんとにごめんなさい……」

 

「だ、だいじょうぶですから……! ああもう、不幸だ……!」

 

 フラグを立てたからか。というかなんでちっちゃい女の子なのにメロンソーダのフロートなんだ。炭酸に慣れるの早すぎだろ、すっごくべとべとする。

 

 一応、服は買っているから着替えることはできる。清掃術式を使えば元の状態に戻すこともできる。べとべと感も同様だ。だから、こちらはあまり問題ではないのだ。

 

 問題は、このちっちゃい女の子だ。どうしようか……と考えると、母が立ち上がった。

 

「はーいお嬢ちゃん、この猫ちゃんを見て?」

 

「ふぇ……?」

 

 メルをその手に持って、である。さすがに生き物は入れられないので、今のメルはお人形モードである。

 

「この猫ちゃんがなんと……! おっきくなっちゃった-!」

 

 ハンカチで隠し、それを退けた一瞬の間にメルのサイズが変化した。抱きかかえるのに適したサイズの大きさだ。

 

 流石にそれには驚いたようで、彼女だけでなく母親まで目を見開いている。その間に、俺は財布からお金を取り出して、母親に差し出した。パフェとフロートで迷ったため、値段は憶えている。

 

「いえ、こちらの不注意が原因ですから……」

 

「いえ、でも全部落としちゃいましたし……」

 

「……で、でも……」

 

「……ゾラ」

 

『君ってほんとに馬鹿だよね。はい術式』

 

「受け取ってください?」

 

「……は、はい」

 

 そう言って、女性にお金を渡した。そのまま女の子を連れて、母親はまたカウンターに向かっていった。よし。ゾラはあとで曲げる。

 

「……ふう」

 

「地味に高度な術式を使ったであるな……褒めるべきか? これ」

 

「まぁ、さっちゃんの人柄を信用してなかったら私が打ち消してたから、むしろ邪心なしであれができたさっちゃんを褒めるべきじゃないかな?」

 

「メルちゃん、ありがとうねー」

 

 そう言って母は席に戻り、俺の姿を見た。

 

「サキちゃん、着替えてきなさい」

 

 そして、そう言ったのだった。

 

「え? なんで……」

 

「そのとおりである。さっさと着替えてくるのだ」

 

「女の子だらけだからよかったけど……うん、早く着替えてくるべきだよ」

 

「……たしかに」

 

 自分の格好を見下ろして、そう思った。

 

 そりゃあ濡れると透けるよな。特に白いと。

 

 

 

 

「……ど、どうだ、美味しいか?」

 

「……は、はい。すっごく美味しいです……」

 

 けど、と水槌は心の中で続けた。だが魔王が尋常でないほど喜んでいる様子なので、彼は何も言えなかった。

 

 彼らがいる場所は、喫茶店である。そこでカップル限定とされるパフェを頼んだのである。そして張り紙を真似、魔王が実行した。

 

 所謂『あーん』を。

 

(や、やべぇ……なんで俺こんなとこにいるんだ……あ、あれか? 美人局……? 俺を財布扱いに……? ふんだくるだけふんだくってから、きっちり慰謝料ふんだくっていくやつか……?)

 

 彼は馬鹿である。衝動的に死にたくなり、そしてベランダから飛び降りた真正の馬鹿だ。そんな馬鹿なので、女性経験は皆無だった。そんな、顔を真っ赤にしてテンパる彼を見て、相対する彼女は笑った。

 

 まどわせるような色香を込める、魔性の笑みだ。そして水槌は確信した。自分の考えが正しいことを。

 

(く、くそ……せめて、何か反撃を……!)

 

「あ、あの……ドーラさん」

 

「ん? どうした?」

 

 そして、水槌はドーラの手からスプーンを取った。そして、パフェを少しだけ──彼女の小さい口に入るくらい──取って、

 

 差し出した。

 

「……は、はい。どうぞ」

 

「……」

 

「……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……ふぇ」

 

 ぼんっ! と。

 

 そんな擬音がぴったりなほど、魔王の顔が赤く染まった。

 

 

(……な、なんだこの胸の高鳴りは……顔も、たぶんすっごく赤いぞ……!? ひょ、ひょっとして……怒りか!? この我が……水槌の、今の行為に、怒りを抱いていると言うのか!? ……わ、我はそんなに狭量なものであったか……?)

 

 

 彼女はやはりずれていた。

 

「……や、やっぱり俺なんかじゃ嫌ですよね! すみません」

 

「い、いや……嫌というわけでは、ないぞ? 食べる、食べるから!」

 

(ま、マジか……これに乗ってくるのか……!? ど、どうしよいきなりめっちゃ緊張してきた……死ぬ……)

 

(わ、我が断ればたぶん、あのままあいつの口に……だ、だめだだめだ! それはなんか、こう……すっごい怒る! ……ぬ、ぬぅ……魔王たる我がこの程度のこと、できずしてどうするのだ……!)

 

 そして、魔王はゆっくりと口を開く。震える手が、ゆっくりと口に近づいているのが怖くなり、魔王はぎゅっと目を閉じた。

 

「……あ、あーん……」

 

「……んむっ」

 

 そして、口の中に入った。スプーンの上から口の中に移したものを飲み込み、ようやく魔王は目を開く。

 

「……う、うむ……甘い、な」

 

「で、ですよね。……甘いの、好きですか?」

 

「……実はあんまり。た、ただ……その、限定って言葉には、ちょっと惹かれた」

 

「……」

 

 そして、2人は黙り込んだ。

 

(こ、こここここれは罠だ、巧妙な罠だ! こんなかわいい人が俺なんかまともな相手にするわけがない! 期待するな期待するだけ無駄だいやいやそういえば今のって間接キスなんじゃ……ま、まじか……この人まじか……! で、でも躊躇してたし……!)

 

(……う、む……言葉がぁ……言葉が出てこん……普段はこう、即興でも演説できるのに……な、何故だ……なぜこうも言葉が出てこんのだ……!? な、何故だ……違う、我は普通の話ができんわけでは……!)

 

「「あ、あの」」

 

((被ったぁ──!!))

 

 お互いに、熱でショートしそうな頭をどうにか働かせながら、次の言葉を考える。

 

「……み、水槌から頼む……」

 

「……は、はい。……あの、ですね、ドーラさん……

 

 ……さっきの、間接キスになりましたけど……大丈夫ですか……?」

 

「間接……キス……」

 

 復唱して、

 

「…………ふぇ」

 

 魔王の頭は情報を処理しきれなかった。完全に思考が空白になる。

 

(……か、かわいい……)

 

 そして、意図していなかったところを突かれた魔王を見て、この男の頭もショートした。

 

 

 

 

(……き、ききき……キスぐらい今更! とっくのとうに慣れているし、なんなら最初もした! なのに何故だ……なぜこうまで、心を乱される……! ……あ、相手が水槌だからか……!? な、なんだ……我はそんなにもこいつに殺意を覚えていたのか!? 自分で自分がびっくりだぞ!?)

 

(……さっきから、ずっと無言だ……そりゃそうか……キモいこと言ったしな……鬱だ、死のう。日本人は武士である……武士道とは死ぬこと……内臓30メートルくらい飛ばして死のう……)

 

 ──店から出て、街を行く。

 

(……ひょっとして、この人……実はあんまり俺に怒ってないんじゃ……?)

 

 と、そこで、ようやく男は正解にたどり着きかけた。

 

 先程、金目当てだったのではないかと思ったが、先程のパフェの代金は彼女が全部払ったのである。そのことで店員さんから「男なら甲斐性見せな」という旨のことを言われたが、自分としても払う覚悟くらいしていたのだ。

 

(……なぜだ、なぜこの人は俺を誘う……聞いてみるか?)

 

 と、水槌が思ったときである。

 

 魔王が、水槌の手に自分の手を重ねた。そして、指を絡めるように握りしめる。

 

「……」

 

「……」

 

「……はぇぁ!?」

 

「……い、嫌だったか……?」

 

「……」

 

「……す、すまない……」

 

「……い、嫌じゃないです、よ」

 

「……」

 

「……」

 

 寂しそうに離された手を、水槌のほうから取った。そして、無言になる。

 

 気まずい。水槌はそう思った。

 

(お主のほうから来るなど想像できるかぁ!? わわわわ……し、心臓がすごくうるさい……)

 

 魔王はテンパっていた。

 

「……あの」

 

「ひゃい!?」

 

「……すみません……」

 

「あ、わ、ぜ、全然!? 大丈夫だぞ!?」

 

「……は、はい……」

 

 魔王の顔はもう、ずっと真っ赤である。

 

「ドーラさんって、どこの国の人なんですか?」

 

 水槌はひねり出した。あたりざわりのない話題を。なんとも無難な話題である。彼は自賛した。

 

 問われた魔王のほうはというと、赤い顔を更に赤くして、「イギリスらへんです……」と答えた。実際は全然違う場所である。なんなら地図上には存在しない。

 

「へぇー……日本に来てから長いんですか?」

 

「いや、全然。昨日初めて来たばかり」

 

「ほー……にしては、日本語上手ですね」

 

 ぎくり。

 

 魔王は術式に翻訳を任せているので、勉強せずとも話すことができる。が、それは一般的にはおかしいことだろう。だからこそ言い訳を考え、

 

「う、歌が好きでな! ずっと聴いてたら、覚えれたのだ!」

 

「日本の歌? ……ふふ。歌、好きなんですか」

 

「う、うん。……水槌は歌、好きなのか?」

 

「ええ、大好きです」

 

 そう言って、福間水槌は。

 

『──お前には才能なんかない』

 

『なんでこんな事もできないんだ』

 

『逃げるのか、将来ろくな大人にならんぞ』

 

『──たす──水槌──』

 

 

『なんで助けてくれなかったの?』

 

 

『──ああ鬱だ。最低な気分だ。死にたいなぁ』

 

 

『──ざまーみろ、もう恋なんてしない、馬鹿な思い出にばいばいだ』

 

『──だからもう、俺にはこれしか残ってねぇんだって』

 

 ──福間水槌は。

 

「心のそこから、大好きです」

 

 そう言って笑った。

 

「……あぅ」

 

 それは恋愛下手な魔王様には、威力抜群の笑みだった。

 

 彼女は気づけない。福間水槌が抱える過去の傷も、彼が捨てたはずの思いも、

 

 そして、とうに捨てたはずのものに、再び火が灯りかけていることも。

 

 彼女はまだ、知らないままだったのだ。




 福間水槌

 一般人。
 魔王に惚れられた彼はこれからどうなるのか。


 魔王

 水槌に一目惚れしてしまった人。
 戦闘力は高いかわりに恋愛能力を失った。美少女。
 水槌の前でこそこんなだが、実際はとんでもないカリスマ性で今は教会勢力の頂上に立っている。
 魔王だからって悪い子じゃないんやで。


 実はパフェの食べさしあいっこの最中にソアラに見つかった。


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男と女でカラオケボックス……何も起こらないわけがなく……なんてことは創作の中だけだから期待するな。

 最初の書き出しから魔王様視点にする方向で書いてたらめっちゃ書き直しするハメになったので遅れましたすみません


 福間水槌について。

 

 彼は正真正銘の一般人である。和邇煉瓦のような才能もない。凡人である彼だが、1つ他人に誇れるものがあるとすれば、音楽が好きというところだけだ。彼は音楽を愛している。音で感動を知ったから。新しい世界を幻視したから。

 

 だから彼は、自分の音を目指し始めた。創作者としてごく一般的な衝動。自己表現に必死だった。誰にも言えない、やるせなさがあったから。厭世観も合わさって、彼は彼の音を作ったのだ。

 

 安っぽいポップな曲は趣味じゃない。ひねくれた煩わしい歌詞には興味がない。直球な思いにも興味がない。ただ、誰かが作った音が好きだった。誰かが持っている世界観が好きだった。だから彼も、音楽が好きになった。中古の安いギターを買って、ゴミ山からチープでぼろぼろな電子ピアノを引っ張って、中古屋のオンボロなパソコンで音を作った。ジャンキーなものでも、音が出ればいい。それは彼の音だ。福間水槌の音なのだ。

 

『──貴方の音楽を聴きました』

 

 暇つぶしの動画投稿。今思えばひどく陳腐で、独善的で、己のためでしかないような歌だった。評価など期待していない。けれど、心のどこかで彼は同じ傷を舐めあえる仲間を求めていたのだろう。じゃないと、アンチ一般論のくそったれた歌なんて歌えやしない。どこにでもある厭世観なんて、彼の独自の色ではない。

 

 けれど、それが認められてしまったから。

 

 一般人は歌を歌う。きちりきちりと音を立てるのはこぼれかかった心臓か?

 

 おお神よ! 汝は夢見る卵殻に、どうして外を見せてしまったのか!

 

 知らない。わからない。理解しないのさずっとずっと。

 

 ──福間水槌は夢を見ない。彼が夢を見せるのだ。

 

 記憶は水底へ。喪った場所へ彼を導くのは、果たして誰だろうか。

 

 1つわかることは、彼の扉が開きかかっていることだけ。

 

 それだけだった。

 

 

 

 

「魔王様ってな、実は寂しがりやなのだ」

 

 突然のソアラの発言にその場の空気が一瞬困惑の色に染まった。

 

 場所を変え、今はカラオケである。不吉な占いこそあったが、でも家に帰っても変わらない可能性があるので、どうせなら被害の少ない外で今日のぶんの不幸を消費しようと考えたのだ。そして部屋に着き、歌う順番が2巡ほどしたときに、ソアラがこの発言をした。

 

「いや、な。ここに来る途中で魔王様を見たのだが……その……な? なんか男捕まえていちゃいちゃしてたから……」

 

 ……あれ、魔王って女なのか? 戦闘狂のおっさんかと思ってた。

 

 しかし、魔王……ひょっとすると厄ネタか? 今日は不幸がうんぬんだし、全然可能性はあると思うんだが。

 

「私の魔力にも気づいてなかったし、たぶん緊張してたのであろうな」

 

「大丈夫かそれ」

 

「そもそも魔王様は細かいことに興味がないから、スルーした可能性もあるが……まぁつまり、そういうことなのだ」

 

「どういうことだよ」

 

 よくわからない。というかその男とやらもひょっとしてこっちの業界の人間か? と考えて、既に染まってきている自分が嫌になる。でもこの間の煉瓦さんの一件から、ちょっと自覚も出てきたのだ。魔法少女として……というか、メルの主として。将来的には術式トラブル専門でなにかやっていきたいなーとは思い始めている。

 

 それはそれとして。

 

「でも魔王がこっちに来てるって、中々のニュースじゃないの? フレンからは何も聞いてないんだけど?」

 

「お忍びであろうな。私も知らなかった」

 

「目的として考えられるのはなんだろうね……やっぱりさっちゃん目当てかな?」

 

「流石にそれはないだろ。それだったらもっと早く来てるはずだ」

 

 勇者が来てから、結構時間が空いた。動くタイミングとしてはあれくらいなものだと思うんだけど。

 

 まぁ、俺は魔王について知らないからなんとも言えないが。

 

「……場合によっては、私も動くけど? ソアラちゃんはほんとに何も知らないの?」

 

「さっぱりである。たぶんそう大した理由はないかな。だって魔王様昔から結構失踪してたし」

 

「……んー、わからん。というかなんで魔王が寂しがりやってとこに行き着いたんだ?」

 

 うむ、といい、ソアラは言った。

 

「魔王様な、実はぼっちなのだ」

 

「まじかよこの元幹部」

 

「まぁでもぼっちだもんね。ぼっち煽りめっちゃ効いてたし」

 

「人形ごっこの女に言われたくないって言葉でブチギレてたのはどこのだれであろうな?」

 

「はーいソアラ、あんたは私の逆鱗に触れたからね。核地雷踏み抜いたからね。次やったら埋めるよ」

 

「お前地雷多すぎだろ?」

 

 と、言ってコップの飲み物を一気に飲み干した。見れば、みんなのコップの中身もなくなりかけている。

 

「飲み物入れてくる。なにがいい?」

 

「任せるね」

 

「じゃあ私も任せる」

 

「お母さんも一緒に行くー」

 

「うい」

 

 任されたぶんは……適当に、入れるか。

 

 ドリンクサーバーのところへと着き、適当に飲み物を入れる。

 

「……歌、上手ですね。よく聴き込んでるんだなーって思いました」

 

「ふふん、我にかかればこんなもの──む?」

 

 声が聞こえる。どうやらちょうど他の客も来ていたようだ。早く場所を開けようと、急いでコップを持ち、

 

「……な、んな、んなぁ……」

 

「……サキちゃん、ほんとについてないわね」

 

「あれ、ドーラさん。知り合いですか?」

 

「知り合いというか……なんと言うか……ええい! なんで貴様がここにおるのだ!」

 

 と、そんなやり取りがあった。

 

「母さん、知り合い?」

 

「さっき言ってたでしょ。まさかブッキングするなんて思わなかったけれど」

 

「……まさか」

 

 そこまで言って、察する。

 

 ひょっとして、魔王も来てるのか?

 

「こういう庶民的なところに来るとは思わなかったわ」

 

「それはこっちのセリフ! なんで! 貴様は! ……はっ、ひょっとするとあの男も……!?」

 

「あの人は忙しいから。今日は女子会」

 

「……ふむ。ならばよい。それでそこのは……貴様がよく自慢する子供か?」

 

「うん。かわいいでしょ?」

 

 やめろ。

 

 ここでようやく、はっきりと姿を見た。

 

 普通の女子だ。容姿はずば抜けているが、それだけ。口調こそかなり妙だが、それでも魔王というにはなんというか……迫力の欠けるような。なんとなく、借りてきた猫を彷彿とさせる。これは一緒にいるヤツのためだろうか?

 

 隣の男の方は、死んだ目以外は普通の容姿だ。……でも、妙に既視感のある顔をしている。なんだろう?

 

「ところでそっちの男の人は?」

 

「んなっ!? な、なにをいきなり!?」

 

「あーらやだ。なんでそこまで動揺するのかしら? ちょっと聞いただけよ?」

 

「そ、そのだな。水槌は……その……説明が難しいというか……。

 ……そうだ! 貴様の部屋を教えろ! 少し聞きたいことがある」

 

「307号室よ。でも私に構っている暇はあるの? せっかくのデートなんだし」

 

「で、デート!?」

 

 と男の方が大きく反応した。顔が赤くなっているのも見える。

 

 ちょっと好感度上がった。

 

 にしても水槌……なにか、頭に引っかかるものがある。

 

「……で、でーと……か。う、うむ? そ、そういうものでも、あるのかもしれない?」

 

「ちょ、ドーラさん!? ま、マジですか……?」

 

「……ふふふ。サキちゃん、行きましょ。あ、どうしても気になるなら相談しにきていいわよー」

 

 と、言って立ち去る母さんについていく。頭の中の引っかかりに意識を向けていると、メルが記憶の底にあったものを引っ張り出してくれた。

 

「……あ」

 

「……? どうかした?」

 

「いや……あの、男の方なんだけどさ」

 

 ──そう。俺は知っていた。

 

「中学のときのクラスメイトだよ。なんか、暴力沙汰で転校になったやつ」

 

 福間水槌。彼のことを。

 

 高校生と喧嘩して転校になった噂と一緒に。

 

 

 

 

 

腐った自意識によっている 今日も眩んで朦朧としている

 

 

盛った野良猫も 宵に酔った俺も きっとなにひとつかわりはない

 

 

積んだ灰は灯りもしないのに 夜の孤独を照らしていた

 

 

ハローシニカルロックシティ お前の灯りは弱いから

 

 

離れらんないのさ 馬鹿みてぇに依存してんだ

 

 

 歌が好きと言うだけあって、水槌の歌は慣れている歌いぶりだった。それを聴きながら、ストローでオレンジジュースを口へと送りつつ魔王は考える。

 

 彼女は耳がいい。故に、聞こえていた。特に隠すつもりもなかったのであろう、さっきの2人の会話が。

 

(暴力沙汰……水槌が? 男であればそのくらいあるんだろうが……にしても、どうにも引っかかる)

 

 彼女は一応魔王だ。それも、ずっと戦いの中に身を置いていた魔王だ。だからこそ理解できる。彼が、そう簡単に喧嘩という行為に向かわないことに。

 

 体つきを見ればわかるのだ。どうみても荒事に慣れていない。……だからこそ気になる。

 

 だが、聞くべきかを迷う。

 

 だって、それは隠したいことなのだろうから。

 

 転校するほどのことなんて、滅多なことだ。彼女にもそれはわかる。一応、神学校に顔を出したりもしているのだ。教会のトップとして。

 

 ……けれど。

 

「なぁ、水槌」

 

「なんですか?」

 

 気になるのだ。

 

 彼が飲み込んでいるのだろうそれが。

 

「昔、喧嘩して転校になったって、ほんとか?」

 

 彼の反応は、わかりやすいものだった。わかりやすく動揺し、そして握り込んだマイクを離す。

 

「……ひょっとして、あいつの……未来(みらい)の友達ですか」

 

「誰だそれは。知らん」

 

「じゃあ、どこで知ったって言うんですか。そのことを知ってるやつなんて、全然いないはずだ」

 

「……そうか」

 

 いつ話したのか、ということになるから、どこで知ったのかは言わない。

 

 少しして、水槌は「それがなんですか」といった。

 

「なにが知りたいんですか。それを俺に聞いて、どうするつもりだったんですか」

 

「いや。気になっただけだ。お主みたいなやつが、どうして喧嘩なんてしたのか」

 

「知りたいですか」

 

「違うと言ったら嘘だ」

 

「……そうですか。……いや……じゃあ、聞いてください。昔のことです」

 

 そうして、水槌は語る。過去に置いていった話を。

 

「家が厳しくてですね。

 優秀な兄がいました。親にずっと比較されて……それで、兄ができることを俺ができなきゃ、怒られました」

 

「……」

 

「音楽だけは、ずっと俺のほうが得意だったんですけど……それ以外がダメダメで。それで、ずっと怒られてました。

 兄は、そんな俺を心配して、幼馴染と一緒になにかしら励ましてくれました。それで、なんとかがんばれました」

 

「いい兄だったんだな」

 

「ええ、本当に。

 ……それで、昔。すっごく昔のことです。俺が家から逃げようとして、出ていったとき。

 幼馴染……未来が俺を探そうとして。それで、……まぁ。なんというか。悪いやつらに見つかっちゃって」

 

 それで、と続け、

 

「……俺はなにもできないで。それ以来、あいつは男が苦手になって。だから思ったんですよ。もうなにもかもがどうでもいいって。

 だからやったんです。それでどうなろうとどうでもよかったんです。俺はただ、めちゃくちゃに殴って……まぁ、ボコボコにされました。人数が違いますからね。……そこを兄に助けられたんです」

 

「……なるほどな」

 

「まぁ、とはいえ、俺を背負ってその場から逃げたので、手を出してはないです。それで、俺は結構ガッツリ殴っちゃったから、停学になりました。それで、今の家に追い出されました。親からは金の支援以外は縁を切るとまで言われましたね。でもそんなのはどうでもいいんです。

 俺は、好きだった子のピンチに何もできなかった。それが一番、嫌だったんです」

 

「──」

 

 これで終わりです、と水槌は言った。唯一音楽だけが残ったものだった。

 

 それを聞いて、魔王はわずかながら目を伏せた。

 

「……俺のこと、軽蔑しますよね」

 

「いやべつに」

 

 即答だった。

 

 その返答に、水槌は少し驚いた。

 

「……え?」

 

「今わかったことがある。我はお主のことが嫌いではなかったらしい。いや、むしろ好きかもしれない」

 

「……え、いやいや……なんでそんな」

 

 水槌の言葉に、魔王は言う。

 

「我の部下にはもっと酷いやつがごろごろいる。だから安心しろ、我がお主を嫌いになんてなるか」

 

 魔王様は倫理観が狂っている。

 

 これまで凄惨な死体だってたくさん見てきた。酷いことなんてたくさん知っている。だからこそ、魔王からすれば水槌の悩みなんて些細なことでしかなく、まして魔王様は水槌に惚れている。故に、その程度は些事であると切り捨てた。

 

「だがその女子は気の毒だ。よし、任せろ。我がどうにかしてやる」

 

「……は、はぁ……?」

 

「なぁ、水槌」

 

 浮遊するような動きで机を飛び越え、魔王は水槌の膝の上に、対面で座った。

 

 その肩に手を乗せ、椅子の背を掴む。

 

 唇が触れ合いそうなほど顔を近づけ、魔王は言った。

 

「その程度で嫌いになるほど、我は軽くはないぞ」

 

「────」

 

 頬同士がくっついた。女子の、もっちりとした肌と体温、匂いに、水槌の顔が一気に赤くなる。魔王はその身をぎゅっと密着させ、水槌の足に自分の足を絡ませる。押し倒すようにして肌をすり合わせ、そして笑う。

 

「……か、体は軽いですよ」

 

「ぬふ。うまいこと言ったつもりか? だが良いだろう。そんなお前が好きだ」

 

「──! そ、そんなこと言ってると誤解されますよ……ってあー! なんでもっとくっつくんですか……!」

 

「んふふ、誤解ってどんなだ?」

 

「そ、その……俺のこと好きなのかなーとか、なんか……!」

 

「……好きだぞ。……すっごく」

 

「えっ」

 

 水槌の頭はもはやろくに働かない。暫く感じることのなかった女性の感覚に、邪な思いを抑えることだけでほとんど限界だった。だから、よくその言葉の意味がわからなかった。

 

「でもなんだろうな。フレンとか、バルザールとか、リースとか、メルメルメとかに対する好きとはまた違うんだ。こんな思いになったのは水槌が初めてなんだ。なぁ、知らないか?」

 

「な、なにがっ!? なにを!?」

 

「他の誰とも違うんだ。こうしてくっついて、ぎゅっとして、話して、笑って、一緒にいたいのはお主がはじめてなんだ。声が聞きたいって思ったのも、ふれあいたいって思ったのも、いっしょにいてこんなにどきどきするのも、全部お主が……水槌がはじめてなんだ」

 

「……え」

 

「……我は、おかしくなったのかな。今までこんなことはなかったんだ。でも、なんでかわからないけど……すっごく、一緒にいたいんだ。全部知りたいんだ。そして、全部を知ってほしいんだ」

 

「──え、え」

 

 ──耳元でささやく声。熱を帯びた声音。知らない。わからない。

 

 こんな直球な音は、色は、わからない。

 

「──んっ」

 

(なんでそんな声ぇ──!?)

 

 後ろに手を回しただけなのに。いけない。

 

 このままじゃ、熱に流される。だれか、なにかどうにか──

 

 と、そこで水槌は扉の向こうに目を向けた。一瞬なにか映ったのだ。そしてそれは、気の所為ではなかった。

 

「はわわ……す、進んでる……あの戦闘狂魔王のくせに私よりも遥かに進んでるよ……? こ、これが恨み……コレガココロ……? キレキレフェリアになるよ……?」

 

「うるせぇ静かにしろ今いいとこなんだから! がんばれー……がんばれ魔王……福間……! メルもゾラも応援してるから……!」

 

「サキちゃんったらノリノリねぇ。自分がマトモな恋愛してないからかしら?」

 

「魔王様がメスの顔してるのだ……」

 

(なんかめっちゃ覗いてる……!)

 

(だってラブコメの波動を感じたんだもん……!)

 

(人の思考に割り込まないで……!)

 

(ごめん……!)

 

(許す……!)

 

 おかげで冷静になれた。そう思いつつ、水槌は魔王の頭をなで、

 

「ドーラさん。友達に見られてるよ」

 

「のわぁ──!?!?!?」

 

 めちゃくちゃ機敏な動きで逃げられた。

 

「……いつから見られてた?」

 

「わかんない」

 

(抱きついてから……!)

 

(だから割り込まないで……!)

 

(ごめん……!)

 

「……最初からみたい」

 

(ごめん……!!)

 

「……。すまない水槌。少し席を外す」

 

「う、うん。いってらっしゃい……?」

 

 扉の向こうが蜘蛛の子を散らすようにバラけたのを見て、少し。

 

「……もう恋なんかしないって、決めたはずなのになぁ」

 

 先程の体の柔らかさも、匂いも、なにもかもが焼き付いている。

 

 彼の語ったことなんて吹き飛ばしてしまえる、どうにでもできることみたいに彼女は笑うのだ。抱え込んできたことは、意外と普通に、今日あった少女に受け入れられて。

 

「……あーやばい。負けた」

 

 福間水槌は呟いた。

 

「完全に惚れちまったなぁ」

 

(こ、これは……良質なラブの気配……! 応援してます……!)

 

(ああうんほんと。もういいよ割り込んできて。てかきみ誰だよ)

 

(ありがとう……!)

 

 誰だよ。




 この時勢にカラオケで濃厚接触とか大丈夫か?????????????

 一応言っとくと歌詞っぽいなにかは自作です


 作業用BGMはたべるんごのうたとかでした。アイドルマスターまったく興味なかったけどちょっと気になったよ

 あとは勇者のくせにとかだよ
 作曲系ぶいちゅーばーってみんなこんなガチなのか……!とか思って驚愕したよ。だいぶアルバムほしくなった。気になった人はようつべとかで勇者のくせにを検索してください。あの勇者観は素晴らしいと思う。

 ついでに水槌くんの兄はまーた例にもれず一般人的には天才です
 この作品天才安売りしすぎじゃない??大丈夫???


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もともと人間はオンリーワンで2つとない

 ──祈ることしかできなかった。

 

 祈りではなにも変わらないことを、知っていたはずなのに。

 

 そして、それは呪いになった。

 

 命をつなぎとめる呪いになった。

 

 

 

 

 結局捕まり、こちらの部屋……307号室へと戻ってきた。魔王もこちらに来ている。わりと全力で逃げたので、少し疲れた。消音の術式は使ってたし、廊下に他の人はいなかったから迷惑にはなってないはずだ。……たぶん。とはいえ、迷惑なことをしてしまったので少し反省する。

 

「で、なんで貴様らまでいる。怒るぞ。我めっちゃ怒るぞ。怒って暴れるまであるぞ」

 

「ガチギレ魔王様……一部に需要がありそうなのだ」

 

「地獄かなにか?」

 

 と、俺は言うが、魔王の方はどうにも思い当たるところがあるようで、俺は魔王の側には関わらないようにしようと決めた。

 

 見えてる地雷だし。

 

 問題はその地雷のほうから来る。まぁ、今回は俺も乗ってしまったが。

 

 仕方ないのだ。ラブコメの波動を感じるとちらっと見たくなるのだ。これは俺でなくともそうだと思う。

 

『ぉん』

 

『いや君等くらいだよ。さっきのはほんとに命が要らないのかと思ったんだけど。君、厄ネタがどうのこうの言うくせにさっきのはどう考えても自分から首突っ込んだからね。いやわりとマジで』

 

 うるせぇ黙れ折るぞそんなこと俺もわかってんだよ。

 

『逆ギレかぁ……』

 

 怒ってないよ。

 

「でも貴方がああまで人に執着するのは珍しい。昔から知ってる人からしたら気になるものでしょ?」

 

「……そういうものか?」

 

「そういうものなの」

 

「そうか……そうか。うむ。すまなかった」

 

 素直すぎない?

 

 謎の理論にあっさりと流された魔王に、少し驚く。なんというか……あれだ。こうしてみれば見るほどに魔王らしくはないように感じる。

 

『それ、彼女の前で言うなよ。面倒なキレ方するから』

 

 めんどくさいやつ多すぎじゃないかなぁ。

 

 思念で伝えてくるゾラに俺はそう思う。まぁ、そのくらい癖の強いやつでないとこっちの世界ではやっていけないのだろう。真っ当な感性ではおかしくなってしまいそうな領域だし。そう考えて、その考えを撤回する。うん。俺はまともだ。そうだまともだ。

 

『君がまともなわけないじゃないか』

 

 はっはー、曲げる。

 

『わぁこわーい』

 

「……」

 

『……』

 

「……」

 

 ゾラを掴んだ。

 

『わぁー!? マジで折る気だ! マジで折る気だ! 誰か助けて-!!』

 

「折れろクソステッキ……!」

 

「待ってサキちゃんはしたないから! ストップ! 落ち着いて! いくらそいつが気分でいろんな勢力に喧嘩売ってステッキに封印された馬鹿龍王だからってさすがに折ったらダメだから!!」

 

『ねぇ!? ちょっと待ってそんな昔のこと持ち出してくるのよくないって! 一応僕も反省してはいるんだから! 反省してないと魔法少女の手伝いとかできないだろ!? な!?』

 

「やっぱ厄ネタじゃねぇかテメー折れろ」

 

「ここまで問題のあるステッキってこれくらいなんじゃないかしら……」

 

「つーかこいつ、もともとやばいレベルのクズなのだ。クズがクズらしくしててむしろ好感持てるのだ」

 

「ふふふソアラ。この龍王だけはダメだからね。あんた結構惚れっぽいんだし」

 

「クズに惚れるわけがないである」

 

「お主らちょっとひどすぎないか?」

 

 魔王に憐れまれるステッキってなんだ。

 

 てか魔王に憐れまれるほど酷い言い草だったのだろうか。こいつこれまで一体何をやらかしてきたんだろう。みしみし音を立てるステッキにそう思いつつ、だいぶ落ち着いたのでゾラを開放した。

 

 カバンの中にすごすご引っ込んでいったゾラは、なんとなくかわいそうに見えた。今度謝っておこう。

 

 さて、

 

「……で、魔王はなにか母さんに話があるんじゃないっけ」

 

「まぁ、そうだ。いや別に、そこの魔法少女じゃなくてもいい。ちょっと聞きたいことがあってな」

 

 その、といい、少し言いづらそうに顔をしかめ、逡巡ののち、ようやく言った。

 

「……その。一緒にいてどきどきするー、とか、くっついていたいー、とか、そんなに思うんだけど……これって、なんだ?」

 

「「「「…………」」」」

 

 ……………………。

 

「いや、最初は怒りとか殺意とかかなーって思ってたんだ。でも、なんか……こう……そうじゃないんだなって。なんか、こう、……言いづらいけど。あいつの好きなものはこっちも好きだし、あいつが嫌なことは我も嫌だし、なんというか……その、わかるか?」

 

「わかる」

 

「わかる」

 

「わかるのだ」

 

「わ、わか……わか……うぅ、言えない……私はそんな素敵体験したことないなんて……!」

 

「行き遅れなのだ」

 

「はい逆鱗」

 

「逆鱗多すぎなのだ。モンハンか?」

 

 なんでモンハンとか知ってるんだろう……。

 

「……そうか? わかるか? なら、これがなんなのかもわかるか?」

 

 まさか一番純粋なのが魔王とか誰が思うんだろう。

 

 母さんが言う。

 

「ずばり教えてあげましょう。それはね……ラブなのです」

 

「……らぶ?」

 

「つまりあれですよー。すきすきだいすきあいしてるーってことですよー。はぁーマジ無理しょげる……」

 

「めんどくさいなお前……」

 

 自分がダメだからって露骨にダウナーになるな。

 

 ともあれ、魔王はその言葉の意味を考えるように、少しの間考え、

 

「……は、はっ? はぁぁぁあああああああああああ!? 愛してるって、あれ、ラブって、いやそんな……は? え!?」

 

 わかりやすく狼狽えた。

 

「いやいや……え!? そ、そんな……え!? そうなのか!? え!? ちょっ……なぁ──!? で、でも……そうか……いやいや……え!?」

 

「こまってる……」

 

「へーん。どうせ私は行き遅れですよー。……あぁ!? 誰が生き遅れだぁ!?」

 

「自分の言葉でキレんな」

 

 めんどくささが渋滞してる。

 

 

「……なるほど。わかった。これは……愛なのだな」

 

 と、ほどを置いて魔王が言った。「それで」、と続け、

 

「ど、どうしよう……どうすればいいんだ……!? 我はこれからどうすればいい!?」

 

「決まってるじゃない」

 

 母さんは言う。

 

「告白し──」

 

『 告白するのでっすよ-!! 』

 

 

 机の下から現れた、手のひらサイズの少女がそう言った。

 

 誰だよ。

 

『お願いなのです! 早くくっついてほしいのですよ!!』

 

 だから誰だよ。

 

『もう時間はないのです。今日、強い魔力を持った人がこんなに揃ったせいで……この地に宿った精霊が目覚めてしまったのです!』

 

 ちょっと待て。

 

『急がないと、この土地が地図から消えてしまうのですよ!!』

 

 厄ネタじゃねぇか。

 

『お願いなのです、どうか──』

 

 ──世界が揺れた。

 

『……! 動いたのですよ! もうそんなに……! っ……!』

 

 そして少女の体が、どんどん消えていく。

 

 と、そこで気づいた。

 

 この少女、術式だ。だから、ゾラを持ち、魔法少女の状態へとノーモーションで変身する。そして同調術式を展開した。

 

 やることは、煉瓦さんのときの応用だ。術式と同調し、そしてこちらから魔力を供給する。これは、おそらくこの少女が魔力の供給源から断たれたのが原因の維持限界だ。だからこそ魔力を送りこみ、

 

『……すみません。助かったのですよ』

 

「それより、なんで告白したらなんとかなるんだよ」

 

 維持を可能にする。俺より場馴れしているだけあって、皆この状況で、それぞれができる警戒態勢に。さっきまで呆けていた魔王ですら、先程とは全く違う──おそらく、抑えていたのだろう力を開放している。

 

 赤の混じった黒髪は、燃えるように真っ赤な髪に。普通の洋服は、黒のドレスに。大量のフリルがついている。それが戦闘衣装なのだろうか。どうでもいい方向に逸れ始めた思考をもとに戻す。少女は『はい』、と言って、

 

『昔、この土地に封印された精霊なのです! それが、長い時間の中で力を付けたせいで、ここまで強力になっているのですよ!』

 

「それが! なんで告白がどうこうにつながるんだよ!」

 

『……その術式は』

 

 少女は言った。

 

 

『私と将来を約束した人の、成れの果てなのです』

 

 

 

 

 

「──なんっ……だ、この揺れ……!」

 

 建物が傾いた、と言うほどの揺れ。地震かと考え机の下に隠れるが、けれどそれとは何か違う。一瞬の強い揺れのあとには何もない。

 

 扉の外を見る。悲鳴が上がっているが、外に人の姿はない。

 

 ──調べるか? 水槌は、一瞬湧いた自分の考えを即座に否定する。なにせ危険だ。と考え、自嘲した。

 

 現金なものだ。死にたがりだったはずの自分が、危険を恐れ動けない。馬鹿みたいだ。

 

 これも、全て彼女のせいか。……いや、おかげか。そう考え、突如首筋に触れた悪寒に振り向いた。

 

 

「──貴方は──」

 

 

 そこに、人がいた。白髪の男だ。端正な顔つきをしている。着物を着こなしており、腰には刀を携えていた。時代錯誤も甚だしいが……それよりも疑問がある。こいつはどこから出てきたのだろうか? 自分が先程座っていたソファーの、上に立っている。

 

 扉は開いていない。どこから入ってきたのか、と思うと、男は水槌を見て瞠目する。疑念も一瞬。男は、水槌の手を取って立ち上がらせる。そして、扉を見た。

 

「……お前は誰だ?」

 

「私は……いえ、話は後です。今はとりあえず、この場をどうにか切り抜けましょう」

 

「どういう……」

 

「来ますよ」

 

 と、その言葉からまもなく。

 

 壁が壊れた。狭い個室の扉すら巻き込んで、壁は消えた。

 

 そして、そこにいたのは──

 

「……卵?」

 

「未だ孵っていませんか。なのにこれだけの規模……となると、私には手が負えませんね。足止めします。その隙に逃げてください」

 

 どういうことだ、とは聞けなかった。現状が危険なことはもう理解している。現実味がないが、それは今日、彼女とあったときからそうだ。水槌は知っている。現実は、意外と変なことばかりなんだと。

 

 だって、そもそも──

 

 そして、男が卵と激突した。

 

「──行ってください!」

 

「──!」

 

 よくわからない。よくわからないが、知っている。逃げるのが一番である、と。

 

 このカラオケは大きい作りで、巨大な階段がある。そして吹き抜けになっており、1階に食事用のスペースがあるのを、上から見下ろせる。その脇にそれぞれの通路があるのだ。

 

 移動手段はエレベーター。だが、これは人が集まっている。だから……使えるのは、階段だ。

 

「…………──!!」

 

「なっ……! 待て、貴様の相手は私だ……!」

 

 追ってきやがった。舌打ちをする暇もないが、したい気分だった。卵のような、巨大な白い球体は廊下をところ狭しと転げ回りこちらに向かってくる。潰されると……まず、生存は絶望的だろう。

 

 そして、吹き抜けが見えた。なんとか通路を抜け、そして──

 

 奥の通路から、もうひとつの球体が現れた。階段を登ってくる姿も見える。これでは階段は使えない。

 

 舌打ちひとつ。そして、考える。この状況を突破する方法を。

 

 あの球体は、水槌を狙って来ている。それは間違いない。途中にいた、他の人には目もくれないのだから。故に考える。

 

 一か八かで正面突破? リスクが大きい。

 

 もうすぐ後ろに迫ってきている。なんとか白髪の男が食い止めてくれているようだが、すこしづつ近づかれている。

 

 だから。

 

 福間水槌は、飛び降りた。

 

 3階ぶんの高さを見て、それでも躊躇なく飛び降りた。

 

 死ぬ気はない。うまく着地して、そしてこの店から出ていく。そのルートを、頭の中で構築する。

 

 

「──まったく、お主は飛び降りるのが大好きだな」

 

 

「……ええ。俺の人生、落ちてばかりです」

 

 

 ──だが、それは無駄になった。

 

 飛び降りた水槌を、空中で抱きとめた姿があったからだ。

 

「我がいなかったら、死ぬかもしれなかったな?」

 

「死にませんよ。あなたがいるんで」

 

「そうか、そうか。……ふふ。そうか」

 

「ええ」

 

 そして水槌は付け足す。

 

「その姿も似合ってますね」

 

「……驚かないんだな」

 

「ええ。だって」

 

 水槌は赤い髪に、そっと触れて。

 

「最初にあった時から、あなたの髪は燃えていたから」

 

 だから、驚かない。

 

 髪の毛が赤に発光する人間なんて、普通はいない。だから──彼女がなんであろうとも、彼からすれば今更だ。

 

「……んふふ。我としたことが、うっかりしていた」

 

「そうですか? でも、そのおかげであなたの秘密を知れた気がしました」

 

「知りたいか?」

 

「ええ」

 

「ならば教えてやる。お前に、全部」

 

 ──通路から飛び出た球体が、すべて2人に襲いかかる。

 

 それにまったく動じることなく、むしろ余裕すら感じさせる振る舞いで、

 

 彼女は。

 

 レギオン・ガリオン・バルガルドーラは。

 

 高らかに、彼女の力を謳い上げた。

 

 

「──【ノスタルジック・グレイ】」

 

 

 魔王の固有の術式が発動する。

 

 それは自分より未熟な対象との戦いを『省略』し、勝利した結果を残す術式。

 

 故に、発動の瞬間に球体は全て潰え、消え去った。

 

 当然だ。彼女は魔王。

 

 この世界の最強の一角なのだから──この程度の術式など、いくら有っても敵ではない。




 まだ続くよ。

 インプットをもっと増やさないとなぁと思うのは自堕落生活すかすか脳みその脆弱由来。実際技名のときめっちゃ迷うんですよね。


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人の数だけドラマがあるなら、たまには軽率な救済があってもいい。

──羽化。術式はまだ生まれていない。だが魔力を蓄えすぎている。すでに生まれるまであと少し……そして、生まれるとどうなるか。

 

 それはもう、破壊の限りを尽くすだろう。それが役割だ。

 

 俺が見てきたすべてを統合して考えると、術式というものは自身の存在定義に沿って行動する。その定義は生まれる前に与えられたものだ。祈りでも、呪いでも、なんだっていい。それが術式というものだ。そして、現状覚醒しかけの術式の役割は……考察するなら。

 

 復讐だ。

 

 嘆き、悲しみ、妬み、そして墜つる。それが今、覚醒しようとする術式の性質であるだろうと、俺は考える。

 

『サキさん、どうするですか?』

 

「どうもこうもねぇよ。封印しても根本的な解決にはならないから──」

 

 俺は、言った。

 

「性質を反転させる」

 

『そんな──無理なのです! 性質を捻じ曲げるなんて、負荷が……!』

 

「経験はある。一応他のやつより理解があるつもりだ」

 

 というか、

 

「お前がやろうとしたことに乗っかるだけだよ。未練を取り除いて、その隙に干渉する」

 

『……』

 

 なんとなく察している。こいつは、この地に術式を封印した本人だ。……自分の想い人を封印しなければならないなんて、酷い話だ。

 

 そして、彼女はそのときに自分の体を犠牲にした。本体の体が残っていない。

 

 自分自身を封印の術式に変換したのだ。

 

 術式性質は、封印だ。となればここまでの察しはつく。こちとら【神代回帰】すら解析してコピーした天才様だぞ。そのくらい察せないわけあるか。雑にイキっていると、卵が見えた。

 

「ゾラ」

 

『うん』

 

 それだけだ。適当に魔力を渡すと、卵が吹き飛んだ。なんの術式だろうか。近づけば吹き飛ぶので、おそらくは反発の術式だ。ならそれでいい。対象を限定する。術式に干渉するのは、俺の特技だ。そして出力を上げた。

 

 俺の放った術式に押され、卵は空の彼方まで吹き飛んでいった。

 

「……つーか、空間がループしてやがる。これも術式のせいか?」

 

『いえ、昔はこんなことできなかったのです』

 

「成長したか、他のなにかか。何がなんでも分断したかったのか?」

 

 ……そう。

 

 俺は、迷っていた。

 

 俺たちがいた場所はカラオケの3階のはずだ。けれど、気づけば6階にいた。転移だろう。そして、いくら進んでも階段は見えない。エレベーターもこない。扉をこじ開けると、その先も鏡のように通路が続いていた。

 

「特定のルートをたどれば出れるか、そうではないか。どっちだと思う?」

 

『たぶん……起点を壊さないといけないのです』

 

「わかった。メル」

 

『──ぉん』

 

 探しものは俺の得意分野だ。秘匿の逆位置なのだから。拡大解釈──術式使いならば、扱わない理由がない。術式の応用幅が広くなるからだ。使いこなせれば、という前提はつくが。

 

 メルのサーチによって、起点となっているだろう宝石を発見した。ゾラで軽く叩く。呪いはかかっていない。だがかなり硬そうだ。

 

 破壊するなら……どうしようか。俺の得意属性は水だ。メルが水の属性の術式だからだ。メルを宿している俺自身の特性だって、水になる。だが得意なのは洪水などのような範囲攻撃で、一点に攻撃を集中させるのは苦手なのだ。

 

「……どうしよっかな」

 

『……私がなんとかします』

 

「ん? じゃあ任せる」

 

 別に壊せないことはないだろうが、こういってくるということはなにかしら、あるのだろう。彼女はふ、と宝石に触れると、一瞬気持ちの悪い感覚の後に、エレベーターの前に転送された。階層を見る。3階。なんとか突破できたようだ。

 

『……ふぅ』

 

「大丈夫か? てか何したんだ?」

 

『発動に必要なぶんの魔力を吸い取ったのですよー。それでわかったのですが、やっぱりサキさんの魔力をかなり吸い取ってるみたいなのです』

 

「マジか。ひょっとしてあんまり術式は使わないほうが良い?」

 

『なのです。サキさんは魔力がすっごく多いからなんとかなってますが……普通の退魔師なんかが術式を使うと、すぐに干からびちゃうのですよ』

 

「それは怖いなぁ……」

 

 たぶん、自分に作用するタイプの術式ならばセーフだ。だが攻撃に術式を扱うと、相手を強化するハメになってしまう、と。中々厄介な相手だ。今日集まったやつらはフェリア以外が術士だ。フェリアはゴーレムを操作するが、実は本体も格闘タイプなので、今回のような場合は向いているだろう。

 

 魔王は……言うに及ばず、物理型。勇者と殴り合ってたらしいしな。術式の扱いも相当なものなのだろう。

 

 今回、相性が良くないのは俺と母さんだ。俺は知ってのとおり攻撃手段は殆ど術式を介するものである。攻撃術式でないなら、神代回帰やメルのだいこうずいがあるが。これは相手にも作用する。だから、今回に関しては俺は殆ど置物だろう。同調術式で性質反転を狙う以外に、俺はできることがない。

 

「……む、さっちゃん! さっちゃんも転移してたのだ?」

 

「ああ。他のやつらは?」

 

「他の階だろうな」

 

「ていうか、どうやって突破したんだ?」

 

 彼女はああ、と言って、

 

「人の気配がなかったから。階層を爆破したのである」

 

「やることが豪快……!」

 

 ほら、と爆弾を見せていってくるソアラに、少し引いた。なんで爆弾を持っているのかわからないが……まぁ、スタイルなのだろう。準備って大切だよな。

 

 と、そこで母さんとフェリアも戻ってきた。少し疲れたようにため息をつき、

 

「さっちゃぁん……疲れたよぉ……」

 

「お前そんなんでよくフレンについていけたよなぁ……」

 

「私は働きたくないから。というか、ちょっと面倒だったんだよ」

 

 まぁ、フェリアは範囲攻撃を持っていないから仕方ないか。

 

「母さんはどうやって抜けたの?」

 

 そういえば、俺は母さんの手札を知らない。流星の魔法少女という二つ名は知っているが、どういう戦い方をするのかわからない。母さんはうーん、と少し唸って、

 

「面倒だったから隕石落としたの」

 

『これが血筋か……』

 

 おいこら。

 

 

 

 

 1階の開けたスペースに向かうと、魔王たちが座っていた。見たことのない男もいる。近寄ると、すぐに気づかれた。

 

 適当に近くから椅子を引っ張ってきて座る。そこそこの団体になる。

 

『……あなたがいるなんて、びっくりなのですよ』

 

「ああ。私も、君と再び会えるなんて思ってもなかった」

 

 少女と、知らない男がそう言った。

 

 少し注視してみるとわかる──男も、術式である。とすると……あれか?

 

「術式から排斥されたか?」

 

「……! ええ、そうですが……貴方は……?」

 

「なるほど、なるほど……つまり、こいつのいう想い人がお前か」

 

 俺は納得した。それから自己紹介する。

 

 しかし、となると──厄介だ。彼が術式に囚われたままであれば、まだどうにかなった。善意がわずかにあれば、その比率をいじってやるだけでいい。しかし、排除されたとなると……残ったのは、悪意の塊だ。

 

 どうする? 反転などさせずに封印するべきか。そう考えていると、母さんが俺の頭を叩いた。ちょっと痛い。

 

「痛いじゃなくて。サキちゃん、そんなだからあなたはコミュ障だって言われるのよ? 友達何人いたの? 即答できないでしょ?」

 

「それは関係ないだろ!?」

 

 ……まあ、とりあえず。

 

「……生まれるまであとどれくらいだ?」

 

『もうすぐなのですよ。はやくどうするかを……』

 

 どうしようね、本当に。

 

「よく理解できていないのが」魔王が、言った。「どうして我が水槌に告白したらいいんだろうか」

 

「こ、告白!? え、……それ、ドーラさんからじゃないとダメですか?」

 

 ……。

 

 よかったね、魔王様。真っ赤になったふたりを見て俺はそう思った。

 

 ひとまず、ある程度理解できている俺から解説しよう。

 

「どっちからでもいい。『告白して、結ばれた』っていう事実が一番大事になる。

 ()()()()()()()()()()()()んだ。悲恋から生まれた術式に、あり得たかもしれない可能性を突きつける。場合によってはこれだけでも状況が解決する」

 

「……未練を無くすということか?」

 

「そういうこと。最低でも術式強度は確実に下がる。そうなったら、無理に戦わなくとも封印することが可能だ。……お前が言っていたのはこういうことだろ?」

 

『……はいです。全部わかっていたのですね』

 

「いきなり言われると訳がわからないけどな。考える時間があればこれくらいは」

 

 で、と俺は続けた。

 

()()()()()()()()()()

 

「……どういうこと?」

 

 男がこくり、と頷いた。自分自身だっただけあって、事態に一番くわしいのは、おそらく彼だ。

 

「強くなりすぎたんだ。それに……私を吐き出してしまっている。本来の成り立ちすら、すでにあやふやでしょう。効果はあっても、あくまで多少でしかない」

 

「たしかに、そうであるな。なにせ、中身がない」

 

「つまり現状、戦って封印する選択肢のほうが可能性が高い」

 

「でもでもさっちゃん! 戦うっていったって、このメンバーだと大変じゃない?」

 

「うん。フレンを呼んだら確実だろうけど……時間が足りない」

 

 真っ当に戦うとなると、時間制限が酷いのだ。それがなければこの選択肢も全然あった。

 

 相手は、悪意の塊だ。俺たちと戦うことなんて放って、情動のままに暴れるだろう。

 

 被害は食い止められない。

 

 それに相手の特性も厄介だ。魔力を吸収する──隔離したとしても、世界を構成している魔力をすべて奪ってこちらに出てくる。

 

 だからこそ、自身の体を犠牲にしての封印。……本来はここまで強くなかったにせよ、その選択肢を取る理由もよくわかる。

 

「……勝てないとは言ってないけど、戦うにしたって、この街の被害は甚大になる」

 

 だから、

 

「彼と俺を、同調術式で重ねる」

 

「……まさか」

 

 母さんはすぐに気づいたようだ。

 

「彼を再び術式の中に送り込む。それなら、最初の方法で隙を作れる」

 

「なるほど。だがお主、魔力は? 魔力を吸収する敵に同調するのなら、お主の魔力も吸い取られるだろう?」

 

「そこは拡大解釈する。魔力の在り処を『秘匿』すれば、むしろ魔力はぶんどれるだろう」

 

「……始まりの術式か。たしかに、そいつならなんとかなるだろう」

 

 俺の術式操作の精度は、わりと魔力によるゴリ押しが大きい。本当は攻撃術式に秘匿を使えるならそれがいいだろうが……だが、攻撃をぶつけたときに性質は霧散する。攻撃するなら、奪われるのだ。

 

 だが俺自身からは奪われない。魔王は納得したように頷いた。赤面しながら。

 

「なら、お主がそこの男を同調で引っ張っていったあとに……こ、告白すればいいのだな? 我が! 水槌に!」

 

「うわー、顔真っ赤。真顔で通そうとして失敗しちゃってるわこの子」

 

「魔王様……ファイトなのだ」

 

「ええい黙れ! だって恥ずかしいじゃん! 仕方ないであろう!?」

 

「あの、ドーラさん。俺も恥ずかしいんですけど……」

 

「あ、水槌。あの、その、嫌なわけでは……その、ないぞ? ただ恥ずかしいだけで……うぬぬぬ、なんで見られながら告白せねばならんのだ-! 我は魔王だぞ? 魔王なんだぞ!?」

 

「あ、告白組じゃない人は街に被害が出ないようにガード頼んだ。たくさん一般人を巻き込んでるのは……まぁ、上の人がなんとかするだろうけど」

 

「うむ。それくらいしかやることがないから仕方ないであるな」

 

 おそらく、これでなんとかなる。

 

 告白で術式が揺らいだ隙に、俺がその性質を反転させる。善としての有り様を見ているのだ。(しるべ)はある。だから、あとは……煉瓦さんのときのようにやるだけだ。

 

『……。サキさん、本気で術式を……』

 

「ああ。お前の手は借りないよ。なんせ俺は魔法少女だからな!」

 

 そう言って、近づいてきた少女の頭をぐりぐりと指で撫でる。

 

 俺は魔法少女だ。魔法少女だから──悲しみに、別離に終止符を。

 

 誰かの祈りを、踏みにじられた祈りを。誰もすくいとれないなんて、悲しいから。

 

 ──街が揺れた。空に浮かびながら、少女が言った。

 

『……来ます』

 

 さて。談笑は終わり。

 

「メル」

 

 ──おん。

 

 普段よりも、力のこもった声だった。自身に秘匿を施しながら、同調術式の準備をする。魔力の残りは十分以上。

 

「じゃあ、頼む」

 

「……ええ。ありがとうございます」

 

「まだ早いだろ。そういうのは全部終わったら──」

 

「ええ、そうですね」

 

 同調する。術式に介入するのは、この間でコツを掴んだ。だからミスはない。やり遂げる。

 

 世界を切り裂くように、巨体が姿を現した。

 

 ──それは竜だ。積もり積もった怨念で出来た竜。

 

 悲しい竜。かわいそうな竜。在り方を忘れてしまった竜。

 

 だから、お前に意味を与えよう。冬が終わり、春が訪れるように。お前の心にも春を──

 

 メル。

 

『──おぉぉぉぉぉ──ん!!』

 

 術式展開。

 

 ──ゆめのつづき。




 インプット並行中です。
 執筆速度がめっちゃ落ちてますすみません。


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冬のあとに春がくるように、螺旋階段に終わりがあるように、あなたが今日もあなたでありますように。

『──起きるのですよー!』

 

『んなッ、ちょ、──いたっ!』

 

 夢の続きを見ている。いつかあったのだろう、過去を見ている。

 

『むふふ、目が覚めました? ほら、早く支度するのですよ-! 今日は大事な大事な、退魔師試験の日なのです!』

 

『……そっかー』

 

 寝ぼけ眼で男は答えた。ややあって、はっとしたかと思うとわなわなと震え始める。

 

『今日は何月の何日?』

 

『3月の12なのです』

 

『……試験じゃねーか!』

 

『やっぱり寝ぼけてたのですね……』

 

 

 

 

 

『──私、■■と申します。これまで、魔を払った回数は4度! 1級の敵を2体払っております』

 

『ああ、【白雲】の。知っているよ。少年が、1級の魔と正面から打ち合って下したと。素晴らしい成果じゃないか。むしろこちらから願うほどだ。──合格以外にあるまい』

 

 

 

 

『──あれ。お前、ひとりなのか』

 

『■■? どうしたのですよー?』

 

『ああ、すまない。すぐ行く』

 

 

 

 

『……■■? それはなんなのですよ?』

 

『卵だろう。……何が生まれるかは、私にもわからない。ひょっとすると命が灯っていない可能性すらある』

 

『……ふふ。生まれてくれるといいですね』

 

『ああ。──本当に』

 

 男は、過去に出会ったひとりの小さき友の残した卵が孵ることを、こころから楽しみにしていた。

 

 

 

 

『──超級!? 一級よりも上ですか……?』

 

『ああ。そんな化物を相手にしないといけねぇ……本部は俺らを見捨てるつもりだ。お前は逃げろ』

 

『……いえ。私は友を見捨てない。……師匠の名を、貶すわけにはいかないのです』

 

『馬鹿野郎! お前を無くすと退魔師は一気に衰える! お前はもう、その域にまで至っちまってんだ……! 頼む、無駄死にする事ないだろ!? 生きてくれ……生きてくれれば、俺らは……!』

 

『すまない』

 

『……っ、勝手にしやがれ……』

 

『……すまない……!』

 

 

 

 

『【白雲】──流石、退魔師最優と呼ばれるだけはある』

 

『……私の勝ちだ』

 

『ああ、お前の勝ちだ。……そして俺に勝ったことをいつか後悔して死ね』

 

『……ぐっ!? こ、これは……』

 

『俺に止めを刺したな。お前は何れ、俺に成り果てるだろう……く──く、ふ、ふ──』

 

 

 

 

『……苦しいのですか?』

 

『……ああ。いつ君に刃を向けるかわからない。そうなったときは、私を──』

 

『わかっているのです。そのときは……』

 

『……君には迷惑をかけてばかりだ』

 

『──ぴゅわっ』

 

『……ああ、大丈夫だ友よ。私はまだ堕ちていない』

 

『……ぴゅっ』

 

『君にも迷惑をかける。昔から、手伝わせてばかりだ』

 

 

 

 

『──いつから寝てないのですか?』

 

『憶えていない』

 

『…………』

 

『……二月ほど前から』

 

『……もう、すぐなのですね』

 

『私はもう駄目らしい』

 

『……まだです! まだ希望は……。…………』

 

『……』

 

『……どうしても、無理なのですか?』

 

『……どうしてもだ』

 

『おかしいのですよ。まだ成人の儀も終えていないのです。まだ結ばれていないのです。それで、お別れなんて、あんまりなのですよぉ……!』

 

『……君を悲しませるヤツから君を守ると誓った。

 ……私が、それに成り果てたか』

 

 

 

 

 

 

『──時間か』

 

『…………』

 

『最優の退魔師と呼ばれた私が、よもや魔に成り下がるとは……これも報いか?

 いくら理由を付けたとて、斬ったことには変わりがない』

 

『……ぴゅわっ』

 

『ああ、友よ。君にはつらいことを頼むな。……すまない』

 

『ぴゅわ』

 

『彼女を頼む。私が逝った後、あの子が幸せを掴めるように──』

 

『──幸せになんて、なれるわけがないのです』

 

 

 

 

『──馬鹿な。やめろ。私はそんなこと望んでいない』

 

『……私が、決めたのです』

 

『やめろと言っている!』

 

『嫌です! あなたをひとりにするくらいなら、私の命なんて──!』

 

 

 

 

『……なんだ、これは』

 

『……どうして私だけが……生き残っている? あの子はどこだ? 友は?』

 

『──ああ、ああ。漸く解った。これが私への罰か』

 

『──師を見捨てた私が、幸せを望むなど』

 

 

 

 俺は、全ての記憶を見た。隣の男は閉じていた目を開き、こちらを向く。

 

「……これが私の全てです」

 

「ああ。……だからあんたは、福間を羨んだか」

 

「……ええ。想い人と引き裂かれる気持ちは知っています。それでいて、先に進めたあの方が……私には、とても眩く見える」

 

「見てわかるものか? それ……」

 

「ええ。目が、そうでした。私と同じだった」

 

 同調しているから、彼の感情は分かる。

 

 ……俺には、想い人を亡くした痛みはわからない。逢いたい人に、逢いたいとさえ言えない……そんな気持ちを、完全に理解することなんてできない。そんなのすべて想像だ。親友を喪いそうになったことを思い返す。……それですら、心が軋みをあげるのだから。

 

 彼の立場になると、俺は耐えられない。

 

 最近出会うのは想い人に対して真摯過ぎる人たちばかりだ。彼らは皆、一様に届かない望みを抱き続けている。

 

 ──だから。

 

 手助けしたいと思ってしまうんだろう。

 

 

 

 

 ──それの脅威を知っていた。

 

 魔王、レギオン・ガリオン・バルガルドーラは始まりの術式と正面から対峙したことがあるのだ。そして、知っている。その術式の顛末を。

 

(──合意での封印、だな。結局……どれだけの戦力を集めても、戦いにはならなかった。

 だが、空白だったヤツに在り方を決定づけた。……なんという奇跡だろう。あの神ですら、そんなマネは不可能だった)

 

 そもそもその神は何かに意味を持たせること自体が尋常でなく苦手であったが。

 

 ともかく、術式に意味を持たせるなんてことは、普通は不可能だ。

 

 特に、意思を持った術式に関しては。なぜなら術式を変質させるには、それだけ術式に親しむ必要がある。……同調術式ではない。それとはまた別。もっと、術式に対する──無意識のラインでのものが必要だ。

 

 一体どんな生き方をしてきたのか。あの魔法少女は、術式と人間の境がない。いや、どころか世界に対して自分を開け広げにしすぎている。他者との境界も曖昧だ。だからこそ同調できる。

 

 その生き方は──限りなく、難しい。純情というものはそれだけで尊いものだ。だからこそ、汚される。無垢は汚される。

 

 だがそれを保っている──それが、あの魔法少女を、魔法少女たらしめているのだろう。

 

 純粋であればあるほど、魔法少女は力を増す。そしてそれだけではない。本人の、圧倒的な才能も相まって漸くできること。

 

 まさに奇跡だ。

 

 だが、だからこそ──術式を封印する以外の手段が取れる。

 

 魔王が正面から戦えば、あの術式を封印することは簡単だ。だが、それをすると……白髪の男と少女は、またこの地に縛られる。

 

 だから。

 

「水槌」

 

「はい」

 

(む、落ち着きおって。これから告白だというのに……)

 

 それとは別に惚れた男とくっつけるしなーという思いもあった。

 

「……その、私は……お前を……」

 

「…………」

 

「…………」

 

 言葉が出てこない。顔はもう真っ赤だろう。どうしたらいいのかわからない。

 

 そんな魔王を見て、水槌が笑った。

 

 彼女の手を取った。ぴくりと跳ねた体の前で、目を閉じる。

 

 彼は言った。

 

「ドーラさん」

 

「……は、はい」

 

「──好きです。俺と、付き合ってください」

 

 返事。へ、へっ、へんじ……。

 

 魔王はもう真っ赤になりながら、開いた口から言葉を引き出そうとする。

 

「……ぁ、ぅ……はい……」

 

「……──っ!」

 

「ぇ──わひゃぁっ!?」

 

 ──福間水槌は、抱きついた。

 

「……ありがとう。こんな俺を受け入れてくれて」

 

「……んふ。違うぞ。私は……お前だからこそ、好きになったんだ」

 

「それでも……ですよ」

 

 

 

 

 

 ──竜が、停止した。

 

 

「──やった……!」

 

「フェリア、警戒を……」

 

「いえ、もう大丈夫」

 

 流星の魔法少女は。

 

 自身の子の力を、彼女はなにより知っている。

 

 竜が輝き──そして、光は弾けて空へと散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──どれだけ、春が来ただろう。

 

 馬鹿な子供だった。傷つくのが怖かった。それは心の傷だ。体の傷より、心の傷のほうが遥かに痛かった。

 

 だから逢うことを恐れた。けれど、肯定されて……だからこそ、進むべきだと思ったのだ。

 

「──ただいま」

 

「おかえり」

 

 言葉を返された。久しぶりに出会って、なにを思っているのだろうか。

 

「……じゃあ、行こうか」

 

「ああ」

 

 そして、部屋に入った。どれだけひさしぶりだろう。ここで3人で集まるのは。

 

「……久しぶり」

 

「うん。ひさしぶり」

 

 部屋には、少女の姿がある。長い前髪は、顔を隠すように。けれど後ろ髪は短く。女性らしさを削ろうとしているかのようだ。

 

 対して──先に座った、出迎えた人物は、髪を長くながく伸ばしている。中性的な顔立ちのせいで、女性に間違えるものは多いだろう。

 

「……ごめん」

 

 謝った。荒れていた頃、ふたりにはとても迷惑をかけたのだ。結局謝れもしなかった。頭を下げると、ふたりは笑ってそれを許した。

 

「……そんなことより、水槌が向こうで何してたのかを知りたいな」

 

「そうそう。大丈夫? ご飯ちゃんと食べてた?」

 

「流石にそれは。……そうだなぁ、この間、すごいことがあってさ」

 

 ──話し込んだ。

 

 もう過去には戻れないが、それでも……思い出すことがあるのだ。

 

「……水槌は、今幸せかい?」

 

「ああ」

 

 それだけは断言できた。

 

 

 

 

 がちゃり、と玄関から音が聞こえる。ふたりがやばい、という顔をした。

 

「俺、帰るわ」

 

「え、今……? 大丈夫? 水槌、あの人たちのこと嫌いだったでしょ?」

 

「まぁ……でも、今はどうでもいいからな」

 

 部屋から出る準備をしていると、部屋の扉が開いた。

 

 怒りの感情を貼り付けて、嫌いだった人が立っていた。

 

「……お前とは縁を切ると言ったぞ」

 

「ああ。俺もそれを納得した」

 

「ならば何故お前はここにいる」

 

「俺はお前らとの縁を切った。兄貴と切った憶えはない」

 

「……二度と我が家の敷居を跨ぐな」

 

「ああ。二度と来る気はねぇさ」

 

 なぜなら、

 

「俺は居場所を見つけちまった」

 

「……良い顔をするようになった」

 

「あ?」

 

「行け。お前を待つ人がいるんだろう」

 

「……ああ」

 

 部屋から出ようとする。が、その前に。忘れていたことを思い出した。カバンから紙を取り出す。

 

「未来」

 

「ん? なにー?」

 

「俺の彼女の連絡先。何か相談があるならってよ」

 

「……水槌」彼女は言った。「馬鹿だよね」

 

「昔からだ」

 

 それで終わりだった。

 

 子供の頃以来だった、実家訪問は──これで終わった。

 

『……水槌』

 

「ん? どうしたよ白雲」

 

『いや。貴方がそれでいいなら、何も言わないでおこう』

 

「ああ」

 

 手のひらサイズの白髪の男が、ちょこんと頭の上に乗った。その姿は、他のひとには見えないらしい。

 

 電車に揺られ、家へと戻る。都会の景色になってきた。

 

 歩く。CDショップの上の街頭ビジョンでは、聞き覚えのある曲の広告を流していた。

 

『──である、福間さんのNEWアルバム──』

 

 歩く。

 

 歩く。

 

 どこにでもあるようなマンションの4階。エレベーターから一番遠い、通路の奥の部屋。

 

「──ただいま」

 

「んふ。おかえり、水槌」

 

 笑った。

 

『んも-! ドーラさん! 調理中なのですよ-!』

 

「おっと、すまない。そういうわけだ。期待して待っててくれ!」

 

 エプロンをしている彼女が、去っていった。

 

『愛されてるな、貴方は』

 

「お前もだろ?」

 

 さて。

 

 パソコンの前に座り、起動した。

 

 たった1日で、たくさんのことがあった。自身の垣根がぶっ壊されたあの日。飛び降りから始まった、なんとも驚くような恋。

 

 ……結局、不定なのだろう。傷は癒えた。ふさがった。すべてがすべて過去のものだ──希望を語ってみてもいいだろう。

 

 人は変わっていくものだ。変わらないものはない。けれど、変わらずにいることはできる。

 

 すべてが変わってしまっても──彼の音は彼のものだ。だれの指図も受けない。どこまでだって羽ばたいていくだろう。

 

 悟った卵殻は夢を見る。あの日、竜が生まれたとき、彼もきっと生まれることができたのだ。

 

「──きゅっ!」

 

「お前は元気だなぁ。けど、子供ってのはそれくらいがちょうどいいか」

 

 飛びついてきた竜の子に苦笑した。望みのものはわかっている。

 

 立て掛けてあったギターを手にとった。

 

 軽く弾くと、福間水槌の音がした。






 福間水槌

 実はボカロ曲を作ったりしてた。本人も時々歌う。この一件以降は清純派な曲を投稿するようになった。意外と受け入れられているようである。
 また、兄、幼馴染との関係は多少改善したもよう。

 最近の悩みは兄がめちゃくちゃ女性らしいことと、裏の業界の事件との遭遇率がちょっと高いこと。
 それに恋人のアタックが激しいこと。体目当てとか思われたくないらしい。


 魔王

 この一件から、水槌の家に住むようになった。仕事があるとき以外は基本水槌といちゃついている。
 水槌の家が快適になるようにめちゃくちゃ術式で防護してる。年中快適な室温になるようにしてるし防音も完璧!

 子供はいつできるんでしょうね。


 青年と少女

 魔王の魔力で体を維持している。

 術式としての役目がなくなったので、現代をみにまむぼでぃで楽しんでいるらしい。ちなみにときどき大きい体になったりもする。


 竜

 水槌の家のペットになった。

 性質は反転し、祈りの竜に。水槌のギターがお気に入りらしい。かわいい。

 体からは春の香りがする。かわいい。




 次回予告です!!!!!

「結婚したのか、俺以外のヤツと……」

 魔法少女になってから半年とちょっと。出会うやいなや求婚してくる彼と再会してしまったアナタ。

「お前と結婚するのは、俺だと思ってた……」

 テレレレレー↑

「今夜は、帰したくない」

 次回「神、降臨」。勇者もあるよ!


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忘れてはいけないこと:勇者は大概クソ野郎

 ──夜の肌寒さのような、そんな気配。

 

 小さく息を吐く。羽の生えた女性に連れられ、とある場所へと向かう。どこなのかは知らない。だが、向かっているということだけはわかる。ともあれ、連れられ、ある程度進むと扉が見えた。女性がそれを開ける。その奥へと向かう。ここから先には同伴してくれないようだ。

 

 部屋に入ると、景色は一変した。夜を幻視する世界から一転し、光がさした。

 

 ──雲の上だった。

 

 そこに、ひとりの男がいた──全てのパーツが、あるべき場所に存在する。この世の最上級のパーツを、丁寧に敷き詰めた、それでいて破綻しない顔。……つまるところ、世界単位で見て最上位に位置するほどに、その男は完成していた。そんな男が、ちらり。こちらを見る。

 

「──やぁ、やぁ」

 

 そう言った。声も、話し方も、発声も、イントネーションも不快感のないものだ。いや、むしろ心地よくさえある。ずっと聞いていたいと思うような。いわば、最上位の引き手が最上位の楽器を使って奏でた音のように、声すら完成していた。だがしかし安物イヤホンでゴリゴリに潰れた音源を聴くことを好む俺には『すげー』と思うがその程度。こうかはなかった。

 

「久しぶりだね」

 

 ……そう。俺はこいつとあったことがあった。子供の頃だ。詳しくいつだったかは忘れたが、少なくとも、同じ場所で話したことは憶えている。その内容というものは……思い出したくない。だがこいつを見ると否応無しに記憶から引きずり出されるというものだ。

 

「じゃあ、約束どおりに」

 

「おい。ガキの頃の口約束だろうが。ノーカンだノーカン」

 

「けれど君は確かに頷いた。違うかい?」

 

「ばーか。あんなのカウントされねぇよド変態。死ね」

 

「困ったな……。既に子供の数まで計画していたんだが」

 

 ……そう。

 

 こいつは、俺に求婚してきたのだった。

 

 当時の俺は、あんまり疑いもなくオーケーしたんだったか。子供の純粋さを利用するなんて、なんて卑劣な輩だ。生かしてはおけない。だがゾラがいない。だから術式が使えなかった。

 

 ……それに、メルが意外と喜んでいるから困る。

 

「君が嫌だというのなら仕方ない。僕は愛人でいいよ」

 

「いやそういうことじゃなくてだな。てか普通逆だろ」

 

 立場が違うだろ。というかその顔でしれっとそういうことをいうからなんかギャップがすごい。困る。

 

「……そもそもお前は誰だ」

 

 俺の至極当然な問いに、

 

「僕は神だよ」

 

 と、男は言った。

 

 しれっと言いやがった。魔法少女として活動してからそこそこ経っているから、そう言われてもあんまり驚きはしないが……しかし神か。一応俺の親愛なるお父様も魔神という二つ名を持っていたはずだ。……それと同じような称号じゃないのか?

 

 と、思うがこいつは微笑んでいるばかりで何も言わない。いや、別に帰ってくることを期待していたわけじゃないが。しかし……神のくせに読心も使えないのか? ひょっとすると大したやつではないのかもしれない。

 

「そのとおり、僕には君の心は読めない。その子が隠しているからね」

 

「ひぇっ……」

 

 すこし背筋が震えた。読めてるじゃん。

 

「読めてない。君は表情が豊かだからね。そこからある程度はわかるさ」

 

「……。キモい」

 

「君は率直にものを言うね。いや、いいよ。それが君の魅力でもある」

 

 ……。

 

 どうしよう。というか、これ帰れないかな。どうしたらいいんだろう。

 

「……お前は相変わらず変なやつだよなぁ」

 

 と、そこで後ろから声が聞こえた。ものすごく聞き覚えのある声だ。振り向くと、父さんが立っていた。

 

「よっ」

 

 よっじゃねえよ。

 

 しかし、どうにもふたりは面識があるらしい。男は父さんを見て、わずかに気を緩めた……ように見える。親しいのだろうか?

 

「やぁ、久しぶりだね。秋雨(あきさめ)

 

「会う気はなかったけどな。俺は俺の世界に満足してんだよ」

 

 秋雨は父さんの名前である。見た目はどう見ても外国人なのだが、育ちは日本だから日本名だ。

 

 ちなみに母さんも日本人じゃない。あれ? 俺って完全に外国の民では……?

 

 なんでこの年まで考えてもなかったのか、残念な俺の頭はともあれ。

 

「お前がこいつに執着する理由はわかる。唯一自分にできないことをできるやつがいりゃあ、ほしくもなるわな。お前はそれ以外のすべてを持ってる。気持ちは理解できるぜ」

 

「ああ。そのとおりだ」

 

「だが認めん。娘は渡しませんわよ」

 

 娘じゃねーよ。ダメだこの親父。かばうように前に出た父さんの背中を指で突く。ダメージはないのだろう、全く反応をしない。……魔神とか言う二つ名のくせにわりと体がしっかりしているのがちょっとムカつく。

 

 見た目が無駄に若いのもムカつく。小学校のときの参観日は両親じゃなくて兄と姉とかいうふうに見られてたのもちょっとムカつく。高校のときは彼氏とか言われた。俺は男だよバカヤロー。今は違うけど。

 

「秋雨。君の気持ちもわかる。けどね、これはどうしても必要なことなんだよ」

 

「ほう。必要だって? ああわかった言ってみろ。言い分によっては全殺しで勘弁してやる」

 

 おはぎ……?

 

「彼女の中には僕の最初の子供がいるだろう? だから責任を取らないといけないと思った」

 

「よしわかった。お前は死ね」

 

 ちょっとお腹を押さえた。まぁ違うか。メルのことだ。間違ったことは言ってないが、その言い方がものの見事に間違っている。

 

 ……別に俺は女じゃないから。

 

「彼女はこの世界で唯一僕の子たちの親になれる人なんだ。君には悪いが認めてもらう」

 

「……俺の娘を見ろ」

 

 父さんは俺の前から体を退けた。

 

「犯罪なんだ」

 

 ……。

 

 俺の今の見た目は幼女と言って問題ないものだ。たしかに、それに求婚したとなると中々な問題である。

 

「それがどうした。僕を法ごときで縛れると思うな」

 

「良識ってもんがあるだろうがぁ──! お前は馬鹿だなほんとに! せっかく俺が落ち着いて諭してやろうとしたのによぉ──!」

 

 そのまえに殺しにかかってませんでした……?

 

 いよいよキレた父さんは術式を介さず魔力で魔法を発動した。常人がやろうとすると頭がパンクして死ぬそれをしれっと行使し、空に太陽を複製した。それを超速で落とす。

 

 それを男は指を振っただけで消し飛ばした。なにをしたのかわからない。おそらくは魔法だろう。

 

「満たせ。揺らせ。そのまま廻せ」

 

 詠唱が発動した。世界に浮かぶ星々全てが、標的一点をめがけて降った。

 

「彼方。此方。狭間の天秤。揺らがず、流れず」

 

 対して詠唱。時間が止まった。世界の時間が止まり、流星が停止する。あとは男が腕を振るだけで、全てがあっさりと痕跡を残さずに消えた。

 

「……まぁ、術式勝負じゃ決着が付かねぇわな」

 

「それはそうだろう。魔神と術神。私たちはどちらが上というわけでもない」

 

「来いよノスタリア。術なんて捨ててかかってこい」

 

「なるほど、名案だ。なら3、2、1を合図にしよう」

 

「解った。じゃあいくぞ」

 

 すう、と息を吸う音が聞こえた。

 

「「3!」」

 

 そしてお互いに言ったことを守らなかった。

 

 術式が展開し、ぶつかりあう。魔力の奔流が激突し、世界を蒼に染めた。足場はとうに崩壊している。魔力の乱気流によって、しかし立ったままの体勢をキープできる。

 

 そして父は炎を。

 

 男は氷を。

 

 放出し、──なにもかもが消し飛んだ。

 

 

 

 

 

「……夢か」

 

 汗がすごい。体がじっとりとして気持ち悪い。軽くシャワーでも浴びるかなぁ、と思いつつ、ともかく……だ。びしょ濡れの寝間着を脱いだ。

 

 部屋にタオルを放置するたちではない。脱衣所にすべて置いてある。取りにいくために、着替えを持って、脱衣所に向かった。

 

 

「おや、起きたのか」

 

「あ──! 見るんじゃねぇロリコン野郎!」

 

 

 ……さっき夢で見たふたりがいた。

 

 無視して着替えることにした。

 

 

 

 

 タオルで体を拭いて、下着までぱっと替えて、顔を洗ってリビングに戻ってきた。床に倒れている神と、それを心配するように顔を叩くメルに、拳を掲げて勝ち誇る父さん。ソファーの上ではゾラがぐったりと倒れている。折れてないから大丈夫だろう。

 

 男をまたいで、俺は冷蔵庫からお茶を取り出した。コップを出して、注いで、飲む。寝汗のせいで喉が乾いていた。冷蔵庫にお茶を戻す。

 

 ソファーに腰掛ける。メルがぴょこんと膝に乗ってきた。

 

「……で、なんでいるの?」

 

「さっきのだよ。ちゃんと話さないとな」

 

 と言って、父さんは男を蹴った。むくりと起き上がった男が、寄ってきて俺の隣に座った。

 

「そういうことだ。まずは自己紹介からだろう。僕はノスタリア。この世界を作った普通の神さ」

 

「ああうん。半年前から会う人のインフレが進んでる気がするんだけど俺呪われてるのかな」

 

「ふふ、僕と結婚したいって? 素直になったじゃないか」

 

「言ってねぇよ。てか近づくな。触ってくんなっ!」

 

 ゾラを握って威嚇する。この間使った反発術式の用意はしている。魔力をこめると発動する状態だ。近づいてきたので発動した。ソファーの端まで吹き飛ばされたノスタリアが少し笑う。

 

「冗談だ。僕も流石に友人の子を無理やり手篭めにする気はない。殺される」

 

 それが本音だろ。

 

 父さんが言った。

 

「サキは神の成り立ちについてどれだけ理解してる?」

 

「いや全く。神とか全く知らない」

 

 これは真面目に。術式に関してはそこらの術士よりも理解があるつもりだが、裏の業界自体には自分は疎い。魔王とはメアド交換したから、教会についてはちょっとだけ知っているが……魔法使いも、血族も、変身ヒーローもよく知らなかったりする。呪術師に関してはあったことすらない。

 

 この間の一件で出会ったふたりに関しては呪術師勢力のできる前の勢力らしいし。

 

 ……退魔師は、あの一件以降順調に廃れていったらしい。それに成り代わるようにして呪術師が誕生したのだと聞いた。……それだけだ。

 

「そもそも神ってのがいることすら知らなかった」

 

「こっちの業界の神は俺らふたりだけだからな。そりゃあそうだ」

 

 じゃあ魔神って、単なる二つ名じゃないのか。そのとおりの意味なのだろう。

 

「ノスタリアについては、この世界を作った神だからな。管理は杜撰だが、神として生まれるべく生まれた」

 

「それとは違って、秋雨は勝手に神になった世界のバグだよ」

 

「つまり俺は天才ってこったな! ほら、褒めろ!」

 

「調子に乗るな。焼き肉のとき肉ばっか食うな。俺のほうにくるぶんが少なくなるんだよ」

 

「だってお前少食じゃねぇか。てか俺が稼いだ金だぞ。俺が食って当然だろ?」

 

「器が小さいよね。神様なのに。褒める気なくしたなー。なにかおいしいものおごってもらわないとだめだわーこれー」

 

「……何が食いたい?」

 

「ケーキ買って。チーズケーキ」

 

「仕方ない……天才たる俺が買ってきてやろう」

 

「やったー! 父さん大好きだよ」

 

 そういうと、父さんがノスタリアに勝ち誇った。

 

 醜い争いである。

 

「で、神の成り立ちについてだったけど……どういうこと?」

 

「ああ、神が生まれた理由だよ。世界を豊かにするために生み出された。今世界にある全てのものの基礎はこいつが生み出したものだ」

 

 ……てことは、父さんが神になったのは、魔法の分野に特化して世界を豊かにすると判定されたためか? ……誰に?

 

「人が求めたのさ」

 

 俺の疑問には、ノスタリアが答えた。

 

「あ、なるほど。ノスタリアのときとはまた別なんだ。ノスタリアは、世界の発展の基礎として生み出されたから最初から神だったけど……父さんは、多数決で神になったわけってこと?」

 

「正解」

 

 つまるところ、たくさんの人が発展に不可欠だと判断したから神になったわけだ。でもその理屈だったら、神はもっといるはずだ。歴史上の著名人なら、なにかしらで成し遂げれると思うのだが……

 

「秋雨の場合は特別だ。血族の長としてあった上に、魔法の才能もあった。それに世界を4度ほど救っている。その功績を認められてさ」

 

「……なにやってんの」

 

「巻き込まれただけだっての。俺だって望んで世界の命運がかかった戦いなんかしたくねぇよ」

 

 俺が事件に巻き込まれまくるの、ひょっとすると遺伝かもしれない。小さくため息をついた。

 

 ──と、インターホンが鳴った。誰だろう? 玄関へと向かう──前に、そいつらは上がりこんできた。

 

「──揃ってますね」

 

 フレンだった。親友を連れている。よ、と父さんが手を上げた。

 

「遅かったじゃねぇか」

 

「すみません。俺もちょっと準備がありまして。……では行きましょう」

 

「どこに!?」

 

 俺の問いに、フレンは「言ってないんですか?」と言った。父さんは頷いた。

 

 この野郎。

 

 勇者は言った。

 

「──これから、呪術師の学校に殴り込みます」






 メンバーがだいたい畜生。



 ノスタリア

 主人公の「術式に意味を与える性質」がほしいから小学校低学年時のサキちゃんに求婚した。愛がないわけではない。


 村崎秋雨

 主人公の父親。はっきりいうと前作主人公のようなキャラクター。戦闘力自体は勇者と魔王より下。洞察力が鋭い上、魔法に対する理解が優れている。血族の長でもあり、多方面に顔が効く。

 実は主人公のお爺ちゃんは生きている。日本育ちということは……?
 サキちゃんはあったことがない。


 バルガ・ゾラ

 最近影が薄い。

 実は力をもう取り戻している。ステッキの封印を解除できるほどには。



 ちなみにサキちゃんはゾラで変身しないとメルの術式とか魔力弾くらいしか使えません。サキちゃんが最近使わない「めてお」とかは魔力弾の応用なので変身しないでも使えます。
 変身しなくてもそこそこ戦えるけど防護がないからきけんがあぶない


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不幸は連鎖するものである

 ──ため息。

 

 見事勇者たちに連行された俺がやってきたのは、学校だった。一見すると普通の学校に見える。だが目を凝らしてみると、結界が張られていることに気づいた。つまりあれだ。中身はおそらく、外見と違うのだろう。

 

 この間の、不幸の件はわりと自業自得なところがあったのであんまり不幸だとは言わない。だが今回のこれは他人から持ち込まれた不幸だ。この野郎勇者。

 

 ……ともあれ。

 

「本当に学校でなんか起こったりするのか? ちょっと信じられないっていうか……」

 

「いえ、あります」

 

 フレンは断言した。親友が、学校のほうを見て、

 

「気配が強い。間違いなくここだろうな──」

 

「──()()()()()

 

 そう、親友が過去に戦ったという、最初の血族。それが呪術学校にいるという情報が入ったらしいのだ。かつて、それを倒した親友がいうんなら間違いないのだろう。

 

 だが解せない。何故俺を連れてきたのか、だ。メルを狙っているんなら、俺をここに連れてこないほうがよかったんじゃないだろうか。

 

「──いえ。そのために術神を連れてきたんですから。むしろここのほうが安全ってくらいですよ」

 

「たしかにそれはそうだが……」

 

 

 

 

 

 

 ──と、いうやり取りを経て、突撃。

 

 

 現在、森でひとりぼっちである。

 

 

「……言ってること、違うじゃん」

 

 それは突然だった。結界の中へと突入した瞬間、俺にだけ転移の術が働いて、気づけば森に立っていた。

 

 これは完全に狙われていたのだろう。読まれていた。完全に。

 

 警戒は解かない。ゾラはいるのだ。だからどうにか現状の打破をしなくてはならない。だが──

 

「……魔力の消費が多い」

 

 おそらく、この空間は魔力を散らしてしまう。術式の展開にも魔力を少量消費するから、魔法を使おうにも大変だ。防護をはっているだけでもガンガン魔力が削られる。

 

 ああ、読まれている。魔法少女の弱点は術を使えなくすればなにもできないところだ。

 

 そこそこやり手なのだろうか……と、考えたときに、ふと気配を察知した。メルは外に出ているように見えてもそれは魔力で作った分身だ。本体は必ず俺の中にいる。だから、何かを暴けばそれを俺に伝えてくれる。

 

 振り向けば、草むらからぴょこんと飛び出した……人の髪の毛のようなもの。

 

「……」

 

 罠、だろうか。流石にここまでしっかり術士殺しを考えてきた輩だ。間抜けだとは思わない。……というか考えたくない。

 

 ……。

 

「おい」

 

「なぁ──! 何故バレたのだ──!?」

 

「なんででしょうね師匠。でも見つかったんなら仕方ないでしょう。腹くくりましょう」

 

「う、うむ……そうであるな」

 

 草むらからばっ! と勢いよく飛び出したのは、……子供と、優男。

 

「くらえぃ! ほつれ砲!」

 

「いや俺ですか……まぁいいっすけど」

 

 向かってきて軽く小突いてきた男が、少年に言った。

 

「ダメです、効きません」

 

「がっ!! でむ!!」

 

 少年が、手に持っていたものを地面に叩きつけた。……巻物?

 

 そしてはっとしたように男を見て、

 

「待てほつれ。ノリでやっちゃったけどお前今全力出してなかったじゃん」

 

「いえいえ師匠。俺はわりと真面目にやりましたって。ほら、手もこんなに赤くなってる。まっかっか」

 

「……たしかに。うむ、疑って悪かった」

 

「いえいえ、元はと言えばやる気のなかった俺のせいですから」

 

「そうかそうか。……ん? やる気なかったって」

 

「気のせいですよ」

 

「気のせいか?」

 

「気のせいです」

 

「そうか……気のせいか……」

 

 マジかよお前。

 

 マーカーペンで手を赤く塗った男に、しれっと騙される少年。この関係性がよくわからなかった。

 

 ……敵対、という雰囲気でもない。だがしかし、油断はできない。

 

「なぁ、お前」

 

 俺は男に話しかけた。たしかほつれ、だったか。

 

「はい、何です?」

 

「強いだろ」

 

「はは、なんのことやら」

 

 ほがらかに笑って流したが……だがわかる。

 

 こいつは俺の天敵だ。

 

 おそらく、戦うと負ける──そういう感覚がある。

 

 父親たちとは違うのだ。もっと恐ろしいなにか──存在として上位にあるような。

 

 ノスタリアは俺のことを求めている。好意的だ。だから、わからないが──これまで出会ったなかで一番やばい相手だ。……俺にとっては。

 

「まぁ、安心してください。今の俺はあなた狙いじゃありませんから」

 

「今の、ねぇ……」

 

「子守りもありますし」

 

 師匠じゃなかったの?

 

 ……まぁ、信用してもいいだろう。今のところ敵対する気が鳴いのはわかる。

 

「……ふふん。今日のところは勘弁しておいてやろう」

 

 と、少年が言った。そして去っていこうとする姿を走って押さえつける。

 

 「やめろー!離せ-!」と暴れる少年をしっかりと、足を絡めて逃走を阻害した。少しすると疲れたのか、あるいは無駄だと思ったのかその動きを止める。そんな様子を男が笑って見ていた。

 

「──ほ、ほつれー! こいつを退けるのだ!」

 

「はっはっは」

 

「笑ってないで! は! や! く! なのだぁー!」

 

「どうでもいいですが師匠。なんでそんな口調なんですか? キャラ立てが露骨で反応に困ります」

 

「今それ関係あった!? というか口調は仕方ないだろ! 呪いなのだ!」

 

「ええよく存じておりますとも。師匠が呪いで子供の体にされてしまったのも、それを解くために術の作成者であるバルガ・ゾラを狙ってこんな空間を作ったのもよーく存じております」

 

『えっ、僕のせい?』

 

「厄ネタポイント加点な」

 

 10溜まったら曲げる。

 

「しかし短絡的でしたね、師匠」と、男がその雰囲気を一変させて、「解かれました」

 

 直後、男は()()()()()()()()()()、その身に連撃を食らった。

 

 血は流れない。だが威力は絶大だ。ダメージはしっかりと通ったのだろう。膝をつき、周囲に視線を這わせる男が、一点──俺の後ろを見つめる。

 

「──さて。どうしてくれようか」

 

「……俺はただのモブ術士なんですけどねぇ」

 

 振り返る。

 

 親友が、そこにいた。

 

 

 

 

 鉛を舐めたような、そんな気分だ。

 

 眼前に倒れている少女を見下ろしながら、勇者──フレンは鼻を鳴らした。

 

「……ば、馬鹿な……今の私は殆ど完全体だというのに……」

 

「……君の術式は恐ろしいね」

 

「こんなのは児戯だ。俺の未来を軽く捻じ曲げているにすぎん」

 

 喀血し、どうやら立ち上がることすら困難らしい。つまらない。フレンが求めているのは強敵との──負けを前提とした戦いだ。だがそんなものは魔王程度だ。

 

 触れれば死ぬというのなら、触れなければいい。そういうものだ。

 

 倒れた()()()()()を見下ろしながらフレンは剣を抜いた。

 

 漸く抜いた──ここまで、彼は無手で勝負していたのだ。剣を抜くまでもなく、完勝。

 

 ──それが勇者・フレン。陣営に所属するだけで全ての均衡を破壊してしまう、最強の一角。

 

「──殺しはしない。だが貴様が二度と悪巧みできぬよう、全ての力を削ぐ」

 

「……おのれ、勇者め……!」

 

 フレンは刃を突き立てた。少女の矮躯を地面に縫い止め、そして──その手足が、200に分断される。

 

 それは力だ。彼女の力を200に分割した。特にその耐久力を削った。銃弾が体に突き刺さるだけでも死に届く可能性がある程に。

 

 そして、それは風に流され消えていく。

 

「せいぜい細々と生きるといい。俺から隠れていたように」

 

「……君、容赦ないよね。だが分かる。──悪巧み以外の楽しみを知ると良い」

 

 ──そして、最初の血族は完全に沈静化した。

 

「……ふぅ」

 

 フレンは小さく息をつく。

 

 疑問だった。

 

 呪術学校の生徒を、ここまで見ていない。

 

 ひょっとしてこいつは撒き餌だったのか──そう考えたタイミングで、何かが降ってきた。

 

「……?」

 

 上を見る。空だ。だがそれの中に、何かが混じっている。

 

「──嘘だろ?」

 

 だが現実だ。ノスタリアも気づいたのか、珍しく焦り、術を発動する。立ち上げたのは回復の術式だ。それを見て、フレンは走る。空を蹴り、落ちてきたものを抱える。

 

 それは少女だ。それも、よく知っている少女だ。だが──その姿は。明らかに異常だった。

 

 落ちてきた少女──村崎引裂は。

 

 その下半身をどこかに忘れ、空から落下してきたのだった。

 

「戻れ」

 

 回復術式が発動する。だが、その身は戻らない。まるでその状態が正常であるかのような。まるで、その状態で固定されているかのような。血は出ない。だが意識はない。

 

 フレンは焦った。彼にしては珍しく焦った。

 

「引裂さん! ……ちっ、起きない……!」

 

「……いや。死には……けど……」

 

 どういうことだ? 唐突すぎて、何が起きているのかわからない。

 

 

「……ゆうしゃ」

 

 

 目を覚ました! 喜びも一瞬。彼女の表情が歪む。おそらく、今ですらぎりぎりの状態なのだろう。そんな状態でも言葉を残そうと、半分を喪った体で考えているのだ。

 

「……ぞらが……」

 

「バルガ・ゾラがどうした」

 

「てきに」

 

「……何?」

 

 その言葉は、なによりも疑問だった。バルガ・ゾラは村崎引裂に執着していた。自分の今の立場に、そこそこ満足しているとも語っていたのだ。あの龍王は研究者気質を持っている。出来の良い教え子たる彼女を手放すとは思えない。

 

「うばわれた」

 

「……」

 

「まほうしょうじょに」

 

 ……ステッキを二本、ということだろうか。だが……そんなことはできないはずだ。

 

 いや、だからか。フレンは納得する。彼女は、かつてフレンとの戦いでバルガ・ゾラと一心同体になったといった。それは冗談でもなんでもなく──事実。

 

 ステッキを引き剥がされた彼女は、自らの半身を喪ったのだろう。

 

 けれど、とその仮説を否定する。そうなればステッキのほうにも影響があるはずだ。

 

 ……全て、宿主に寄生していた? ゾラ自身はなんのコストも負っていない?

 

 可能性は浮かぶ──可能性は。だがそれは。

 

 バルガ・ゾラが元から裏切るつもりであった可能性を、どんどんと浮き彫りにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──はるか上空。

 

 そこに、ひとりの少女がいた。

 

「……つまんないの」

 

「君が動くのは何年ぶりだろうね」

 

 彼女の持っていたステッキが変化し、人の姿を作り出す。

 

「どうしたんだい? なんで今になって? というか君──帰ってきてたんだね」

 

「質問が多い。区切って」

 

「じゃあひとつにしよう。君はどうやって戻ってきた?」

 

「決まってるの」

 

 彼女は笑った。とても美しい笑みだった。

 

「──地球が私を呼んでたから」

 

 彼女は。

 

 かつて、地球から追い出された──魔女は。

 

 地球を眼下に、へらりと笑った。










 実はラストの子、以前こっそり話題にあがってます。


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C-D

「現代教育の観点からすれば、気軽に正解を求めることはタブーらしい」

 

 だがそれをしてしまう術式がある。

 

 【神代回帰】。それはそういう術式だ。

 

 発動すると、正解を求めることができる。──いや。正解の未来に確定する。

 

 適当に振った拳が偶然相手の顎にヒットして運良く意識を奪えるように。

 

 【神代回帰】という術式はそういうものである。確実に相手に勝てる未来を作り出す。だがそれは、術式同士が激突したときにお互いにひっかくことが致命傷に成りうる状態になるわけだ。

 

 だからこそ──【神代回帰】同士をぶつけた時、勇者の優勢を揺るがない。逆転の1手になりえない。それはない。そもそも、勇者はそれを使わずとも最強なのだから。

 

 そういうものだ。

 

 いくら穴を運で埋めたとしても、途方も無い数の砂をまく必要があるのだ。穴を埋める前に振り切られる。

 

 そして相手がその術式を発動すれば。

 

 ──鬼に金棒、である。

 

 

 

「本当に反則だよねぇ」

 

 魔王の部下、リース・ゴーフェスはそう述べた。

 

 彼女は術式専門の幹部である。魔王に対しての忠誠心はないが、研究者としての魔王への興味はある。彼女の目的は世界でも指折りの実力者たちが生み出した術式だ。【ノスタルジック・グレイ】も、【神代回帰】も研究の対象として求めている。

 

 そして、ある程度の目安を付けていた。

 

「美しい比率さ。黄金率、とでもいうのかな?」コーヒー片手に、彼女はくすり。笑って述べる。「砂粒を完璧に誤差なく敷き詰めてたどり着ける域だ。まさしく神から賜った技能。天賦の才だ。只人には扱うことさえ難しい」

 

 ──才能というものは往々にして残酷であるものだ。多くのものの幻想をねじ伏せる。

 

 心折れるものも多いだろう。世界で最強の戦士が最強たる所以は、圧倒的な身体能力に戦闘勘。それに尋常ではないほどの魔力量。そして──類まれなるほどの、魔力制御。

 

 それを全て持って、尚研鑽を怠らず、最後まで諦めないものだからこそ──最強になったのだ。

 

 だからこそ多くのものが勇者・フレンを最強だと考えた。こいつには勝てないと考えた。

 

 ──だが。

 

 彼は勇者だが、正義の味方ではない。

 

 彼は情けも容赦もしない。あくまで世界のために動いているからこそ正義のようにみえるだけであり──彼は、正義に味方はしない。

 

 敵の敵なのだ。

 

 

 

 

 ──ふらり。少女が舞い降りる。月の香りを立ち上らせて。月の涙を携えて。月の夢を今、飲み込んで。

 

 それを、勇者は見た。

 

 村崎引裂の上半身は、ノスタリアの存在する領域で安置されている。下半身をなくしたが、心ではいないようだ。だがかなり危険な状態だ。

 

 いつ死ぬかもわからない。

 

「──はれれ? はれれ? なんちゃって。ひさしぶり、勇者様」

 

「君とは二度と会いたくなかったよ。魔女」

 

 魔女と呼ばれた少女は、ステッキを調子を確かめるように振り回しながら、勇者を見る。

 

 ──怨嗟の瞳だった。よく知っている。ああ、これは恨みの味だ。

 

 彼女に恨まれる理由を、勇者本人がなにより解っていた。最強の心臓が音を立てる。きちり。ひとつ。きちり。ふたつ。

 

 そして心を錆びつかせた。そうすれば、戦いに迷わないから。

 

「潔く死んでおけばよかったものを。わざわざ俺に殺されにきたか」

 

「──怖い目。嫌な目なの、それ」彼女はいう。「嫌なものは──なくさないと」

 

 そして、術式が展開された。

 

 魔女の手札の中で堅実かつ確実な札は、勇者の知る限り彼女の固有術式だ。

 

 夢を塗りつぶす──非道の札。幼き少女が、穢された処女が抱いた諦観。彼女が望んだ世界の崩壊を、成し遂げることができるだけの力。

 

 否定術式。

 

 ──【死ぬ前に死んだ赤子(だれもいないよ)】。

 

 純粋だった魔法少女は、不埒な魔の手に囚われた。

 

 あるいはそれは、村崎引裂のあるかもしれない姿だった。

 

 対して、勇者も己の切り札を切る。

 

「【神代回帰】」

 

「あはっ」

 

 世界の法則が捻じ曲げられる。世界は彼に屈服する。全てが全て、勇者の勝利を演出するための装置に成り下がる。

 

「お前は殺す」

 

「ひどい人ね、貴方は。だから消しちゃう。こわいものは消しちゃうの」

 

 踏み込んで、振った。冴えた剣技。少女のその身を容易く裂いてしまいそうな剣。

 

 それに対し、魔女はステッキを這わせた。

 

 ──勇者の剣と、ステッキが拮抗する。

 

 それは異様な光景だった。いくら中にレベルの高いものが封じられていたとはいえ、勇者の剣と真っ向から打ち合えるステッキなど信じられない。しかし現実、そうなっているのだから──魔女を知るものはその眉を顰め、そうでないものは惚けるだろう。それだけの自体に、当人である勇者は表情ひとつ動かさずに次の刃へ流れるように移行した。

 

 だがそれも、ステッキは防ぐ。少女の矮躯に届くことを否定するかのように。

 

 これこそが固有術式【死ぬ前に死んだ赤子(だれもいないよ)】の恐ろしさ。

 

 抱いた怨みの数だけその重みを増す。ひとつのちいさな怨みで21グラム。世界の全てを怨み、憎む少女が扱うとその重さは尋常ではない。

 

 斬れない。そう悟った勇者は、ステッキを()()()()本体を狙う。重く、固くなる──なるほど防護に優れた術式だ。

 

 勇者ですら斬れそうにないほどだ。だが、斬れないならばそれなりにやりようはあるのだ。内部に衝撃を響かせるなり、なんなりと。

 

 柄での殴打が少女を叩いた。

 

「いたいっ!」

 

 ひとつ、ふたつ、みっつ。ガンガンと頭を叩くと、少女がその度に悲痛な呻き声を上げる。

 

 それを、勇者は無視した。殺すと決めたのだ。この程度で止まれるわけがない。これで止まるわけがない。ないのだ。

 

 敵に容赦はしない。誰かを傷つけた人間はいずれ報いを受けるべきだ。

 

 勇者はそんな報いの手段のひとつだ。

 

 誰かが誰かを呪うように。誰かが誰かを悼むように。故に衝動に従うように。勇者は、どうしようもない人のために、誰かを殺す。

 

 だから──ろくでもないのだ。こんな称号も、意味はないのだ。

 

「いたい、いたいよぉ」

 

 毒色の波動が凪いだ。弾かれ、後ろに下がる体を、地面にめりこむほど強く足を打ち付けることで固定する。目に悲しみをにじませた少女が、ゆるやかにその魔力を放出した。

 

「……らしくなってきたじゃないか」

 

「……いたいよ……」

 

 悲しみは地に落ちた。世界の全てを否定するように放たれた愛されない毒色が、【神代回帰】を侵食し、そして呑まれる。

 

 

 今の世界を否定するものと、世界を味方につけるもの。

 

 戦闘は未だ、始まったばかり。

 

 

 

 

 あいにくと、頭のネジがトンでるもんでして。

 

 呪怨(じゅおん)ほつれは鼻で笑った。己の首を締めている少女のことを。

 

「──殴られて痛い。蹴られて痛い。そりゃ当然っすよ。でもいただけないのは泣いて駄々こねてモノ壊すとこだ。何歳だお前。いつまでもガキみたいなことしてんじゃねーですよ」

 

 既に戦線は崩壊気味だ。

 

 

 

 ──何故こうなったのか。

 

 それは村崎引裂が途端に空へと吹き飛んだことから端を発した。

 

 空の彼方に吹きとんだ直後に、入れ替わるようにして少女が現れたのだ。

 

 それは魔女。かつて世界を怨み、漂白し、新しい世界を作り出そうとした魔女。──かつて勇者と戦い、半死半生のところを魔神に追放されたと聞く。

 

 そんな魔女と戦うなど、どこにでもいるような平凡な呪術師には不可能だ。いくら最初の血族を倒した男が仲間でも、かませ役になって死ぬのがオチだ。

 

 ──と、思っていたのだが。

 

 どうにも魔女はモブにご執心らしい。最後のひとりに残ってしまったほつれは、こうして魔女にマウントポジションを取られて首を締められている。

 

 ──呪怨ほつれは、ただの一般呪術師だ。

 

 だが、呪術師というものはあいにく諦めの悪いものである。己の血を媒体にし、生贄に捧げ、呪いを行使するものだ。彼らの戦いは我慢比べのようなもの。怯めば死ぬし、臆せば死ぬ。常人が行かぬような場所へと一歩踏み出してしまうのが呪術師である。

 

 だからこそ──ほつれひとりしか見ていない魔女の不意を打つには、全てが盤石すぎた。

 

「朽ちろ」

 

 言葉の力を甘く見るな。それは人を殺しうる力だから。

 

 魔女の両腕が腐り落ちた。

 

 ほつれを掴んでいた手は、首の振りにすら耐えきれずにちぎれる。右の人差し指と中指の先を噛みちぎる。体を起こし、その勢いのまま()()()を振り抜いた。

 

 魔女の脇腹を半ばまで裂き、そこで静止する。

 

 血が溢れ出し、少女が声を上げた。

 

「い──いたい! いたいよ、おにいちゃん! なんで!? なんで!? なんで──!?」

 

「……誰と間違えているのかは知りませんが、俺は貴方の兄なんかじゃない」

 

 固めた血の維持をやめた。どろり、とほつれの血と少女の血が混ざり、わからなくなる。

 

 少女の瞳が、縋るようにほつれを刺した。

 

「……あ、そうなの。そういうあそびなんだね。今日は、そういうあそびなんだ。わかったの、おにいちゃん」

 

「俺は兄じゃない」

 

「え、えへへ……ご、ごめんね、おにいちゃん。ごめんなさい、ごめんな」

 

「──俺を兄と呼ぶなッ!!」

 

 叫んだ。びくりと少女の体を跳ねた。すでに涙目で、震えながらも、けれど無理やり笑みを作ろうとする姿は……見ていられない。

 

「ごめんなさい」

 

「……いえ」

 

「ごめんなさい」

 

「もういいです」

 

 その言葉を聞いて、少女はより一層取り乱しながらほつれにしがみついた。

 

 謝罪の言葉の羅列が流れる中、ほつれは己が師匠と呼ぶ少年に目を向けた。

 

 魔女の腕と同じように、両腕は腐り落ちている。回復の術士を呼べばなんとか治るだろう。

 

 その師は、少女を複雑そうな目で見ていた。

 

「ごめんなさい、おにいちゃん。もっとちゃんとする。するから。できるよ。わたし、できるから。やります。おしえられたとおりにできますから。……ごめんなさい、だから、許して……おしおきも、うけますから……」

 

「……重度のトラウマ、なのだ」少年は言った。「魔女が世界を漂白しようとした理由──なのだ。見てられない」

 

「……俺もですよ、師匠」

 

「どうするのだ?」

 

「……この後、場合によっては俺を殺してください」

 

 ほつれは、少女に触れた。

 

「……おにいちゃん?」

 

「……怨め」

 

 呪え。

 

 少女の体が、末端から消滅していく。ゆっくりと崩壊する。どころか、周囲に散らばる力が吸収されていく。

 

 呪怨ほつれが呪術師である最たる理由。

 

 ──彼は、その身に無数の鬼を封印していた。

 

 力を溜め込んでしまう素養。体の中に鬼を飼って、尚正気を保つ素養。だが──魔女の力を吸うとなると、呪怨ほつれはパンクする。

 

「──おにいちゃん? や、やだっ! いやっ、やっ、いやっ──」

 

 ──そして、少女が完全に消滅した。

 

「……ほつれ」少年は彼に声をかける。返事はない。「ほつれ?」

 

「……ふふ」

 

 何が悪かったかとするならば。

 

 まず運が悪かったのであろう。

 

 もしも魔女が現れなかったら、もしも村崎引裂がいなかったら、

 

 もしも勇者が最初の血族をしっかりと殺したのであれば──こんな事態にはならなかったのに。

 

 ──呪怨ほつれは。

 

 いや、彼の体を奪った最初の血族は。

 

 己の師である少年に、その毒手を向けた。






 鬼は『魔』と同じです。いろんな呼び方があるのんね。

 サキちゃん、この魔女の一件がラストになると思います。今の実力はこのくらいってので、無理せず完結させていこうね。


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い、いや待って、え、えー……ぇー? マジでいってる……? な、なー……。

 今回タグにあるような描写あるんで駄目な人はさよならーしてくだしあ


 ──夢を見ない。ああ、それはいつだって甘美だから。そいつはいつまでも絡みつくのだ。そして振り払えない。私の弱さを突きつけられる。いつだってそうだ。喉元に絡みついて離れない。過ぎ去る素振りも見せやしない。

 

 夢にとらわれる私は、結局いつまでも弱いままなのだろう。灰色の脳に火は灯らない。既に種となるものもない。

 

 夢を見ないために現実を見た。それはいつだって悲痛だった。見続けていると、こころがどうにかなりそうだった。そんなこと、私には許されてはいないのに。

 

 悪夢みたいだった。それはそれでも現実だった。星の下で、私ははじめて見たのだった。夢にも見た、正義の味方を。すこしだけ、羨ましかった。

 

 

 

 

 

 両腕は枯れた。既に戦えるだけの力はない。いや、もともと全てとうの昔に奪われている。

 

 少年──いや、呪いの龍は、自身を師だと慕う男が伸ばす手を、両腕を喪失した身で回避する。

 

 昔ならばまだ、なんとかなった。バルガ・ゾラに力を奪われる前は。あのやろー、絶対泣かせる。そう心に誓ったのだったが、その前に彼の命の灯火が消え去りそうだった。

 

「まったく、ホントに出来た弟子なのだ──めんどいなぁ」

 

 ぼやき、術を発動する。呪術に必要なのは基本的にその体だ。モノを生贄に捧げ、それを燃やす。それが呪いになる。現実に齎すものは陰湿で、残酷なもの。

 

 故に呪い。

 

 だが、呪いの龍には燃料がない。かつてはいくらでも燃料にくべられた。だが今は──その殆どを喪失している。

 

 身体能力だって奪われている。子供レベルでしかない。それこそ、魔法を使わない魔法少女にすら負けるほどの。

 

 ちっ、と舌打ちひとつ。勝算はあるといえば、ある。

 

 だがそれは──

 

「……死人に鞭打つようなものなのだ」

 

「余裕だな、お前」

 

「いやいや余裕ないのだ。わりとガチで。キツイ。日を改めてくれない?」

 

「全員殺す」

 

「聞く耳ないのだぁ……」

 

 ともあれ。

 

 地面を踏みしめた。作製した空間に作用する。最初の魔法少女専用に作っていた空間から、彼のための空間に変貌させる。

 

 そこは、異型の森だった。地は砂漠のように砂で埋もれ、全ての木々が死に絶え、緑はない。全て葉は散り、巨木は死んでいる。

 

 枯れ木たちが絶唱した。

 

「──ごー。なのだ」

 

「……なるほど」

 

 それは怨嗟だ。養分と見て人を襲う、飢えた木々どもの声。

 

 夥しい数の枝が最初の血族の体を刺した。

 

 力は還元される。相手から奪った力を贄とし、術を行使。両腕を生やす。

 

 これでどうにか、切り札を取り戻すことができた。

 

 問題があるとすれば、

 

(……疲れたなぁ……足痛いし、お腹いたいし……)

 

 運動不足由来の体力の枯渇だった。

 

 

 

 

 戦闘跡は甚大なものではない。結界を張っていなければ大変なことになっているだろう。なにせ、村崎引裂のときからそうだったのだ。それよりもはるかに強い、魔女との戦闘となれば、推するべし。

 

 ──勇者の剣が、空間を割って巨大な斬撃跡を残す。道路を割断し、コンクリートがめくれあがる。

 

 怪獣大戦争かと疑うほどの破壊跡が、街に広がっていた。

 

 ビルの殆どは倒壊し、中には遥か地中深くまでめり込んでいるものもある。木々の葉は全て散り、無惨に地面に横たわる。

 

 その全てが人形範疇の生物ふたりの激突によって生み出されたものだとは、到底思えないだろう。それだけの破壊。

 

 空を走り、剣を振るう。逃げ場を作らないその剣技。それを魔女が転移で抜ける。斬撃で編まれた箱が、ざっくりとガラス張りのビルを細切れにした。塵の破片を足場に加速し、魔女の首に剣が突き立つ。だが安全ピンが突き立ったと同じほどのダメージでしかなかった。首に触れる剣を気にせず、魔女が勇者の腹にステッキを当てて砲撃を放った。

 

 轟音で、鼓膜がおかしくなるほどの砲撃。雲を消し飛ばし、あるいは月にすら届こうかというほどの砲撃が放たれ、吹き飛ばされる前にとっさに勇者は魔女の首を掴んだ。そして砲撃が己の腹を貫通していることを気にもとめず、その目に剣を突き立てる。

 

 潰れた。それに驚いたのか、咄嗟に距離を開けられた。

 

 お互いが血にまみれている。勇者は穴の空いた体に手を触れ、回復した。魔女は目を押さえて小さく嗚咽をこぼした。見れば、大粒の涙がぽつりと零れ落ちている。

 

 ──どうしてこうも、壊れてしまったのか。勇者は知っていた。彼女がこうなる前の彼女の事を。

 

 彼女は真っ当な魔法少女だった。愛されるような魔法少女だった。だが、今やその面影はない。彼女自身が怨みを抱いているのではない。怨みが彼女を覆っている。

 

 どうしてこうなったのか。

 

『私は、頑張ってる人が報われるべきだと思うの』

 

『そうですね。俺もそう思います』

 

 自分自身が報われなきゃ、意味がないのに。

 

 これは勇者の感情ではない。フレンの感情だ。

 

「──くす」

 

 声が聞こえた。涙と血が混ざって、地面に墜ちる。

 

 月がこぼした血のようだった。

 

「こうすればよかったの──ふふ、やっとわかった」

 

 ──ふと、気づいた。彼を肯定する世界がゆっくりと消えていたことに。警鐘。最強の脳みそが熱を上げるほど回転した。そして、すぐに答えを導き出す。

 

 勇者は剣を振った。詠唱を阻止するために。だが遅い。既に術式は完成した。

 

 ──血が、広がって形を成す。複雑な紋章だ。小さな狂いでもあれば壊れてしまうような、複雑に絡まり、成立していることが奇跡である術式。

 

 それを、彼は誰よりも知っている。己の魂に刻み込まれたような、その紋様を、誰よりも知っているのだ。

 

 

「──【神代回帰】。発動、ね」

 

 

 世界の法則が塗りつぶされた。絶対優勢の法則は消し飛び、世界は互いに利をする。

 

 だがそれよりも──この術式を盗まれたということは。

 

 魔女を倒せる人間が限られたことを示している。

 

 

 

 

 

「……お前は、助けに向かわないのか?」

 

「あ? ああ。俺が戦う必要もねぇよ。どいつもこいつも俺より強い」

 

「……そうだな。お前は弱い」

 

「ひっでぇ」

 

「だがお前の強みは戦闘力ではない。どんな苦境でも諦めず、そして最後には勝利を勝ち取るところだろう」

 

「……親父からの遺伝だよ」

 

「ああ、知っている。誰よりもな」

 

「だからこそ心配してねぇんだよ」

 

「──自分の子が死にかけてても、か?」

 

「ちぎれた程度じゃ死ねねぇよ。俺だって溶岩に捨てられたり宇宙に放逐されたり首だけになったり異世界に飛ばされたりとか結構あったしな」

 

「そうか。……そうだな。体ではない。意識と、魂こそが俺たちを作る」

 

「ああ、だからこそ──ここで、あいつが出す答えを待つ」

 

「俺は戦うことにした」

 

「俺も戦うことにした」

 

「だがあいつは──」

 

「ああ、あの性根なら間違いねぇさ」

 

 

「共存を選ぶ。それが理想論であったとしても。それが俺の息子で、親父の孫だ」

 

 

 

 

 ──ここはどこだ。

 

 時峰零時は、暗闇の中にいた。

 

 このようなことは、たまにある。決まって悪夢を見る。そしていつも問われるのだ。

 

『力がほしいか?』

 

 ──と。声が聞こえたほうへ振り向くと、くらやみが彼にまとわりついた。振り払おうと手を振るが、それでもまとわりついて消えない。苛立ちにひとつ、舌打ちがあった。

 

『お前は、その心を錆びつかせた。守るために命を奪った。だが既に──お前が守りたかったものはない』

 

「……」

 

『お前も、解っているんだろう? 戦う意義を無くしでもしなければ、あの程度の分身に負けるわけがないからな』

 

「……」

 

 そのとおりだ。認めよう。零時はわずかに目を伏せた。

 

 いつからか大きく動かなくなった表情は、最悪なほどまずい正論の味にも動くことはない。錆びつかせたのだ。ただの高校生が、最初の血族を殺すだなんて──そんな、本来ありえないことを成し遂げたのだ。

 

 代償がないわけがないのだ。人為的に奇跡を起こすならば、相応の代償を求められる。21グラムを失うこともあった。

 

 いつから、日陰に染まったのだろう。いつから日常の翳りを背負ったのだろう。いつから、それでいいと思うようになったのだろう。いつから──無邪気に笑う親友の手を取ることに、躊躇を覚えるようになったのだろう。

 

 全て彼が背負ったものだ。穢されなかったことに安堵した。自分が穢してしまうことを恐れた。見せないように、ずっと糸で縫い止めて隠していた。

 

 ──それが壊れて、少し安堵したのは何故だろう。

 

「力があれば、よかったのか?」

 

 問いかけた。このくらやみは、零時の敵ではない。いつもそうだ。こいつは零時の迷いを拭うために現れる。正論の刃でもって、零時の心に先んじて傷を付ける。大きい傷にならないように。

 

 耐性をつけるように、正論で刺すのだ。

 

『よかったとは言わん』

 

 と、くらやみは言った。珍しく迷いを感じられる声音だった。

 

『お前に力があったとしても、変わらなかった』

 

「なら」

 

『だが、次がある』

 

 意味がわからなかった。

 

『次に誰かを守るとき──お前は、同じ後悔をするのか』

 

「……次なんてない」

 

『…………』

 

「次なんてないんだ。俺にとって、あいつの代わりはない。俺の中で、あいつより高いものはないんだよ」

 

『……そうか』

 

 くらやみとは長い付き合いだ。零時の弱さも、なにもをこいつは知っている。小さく呟かれた言葉には、同情の色が入っていた。

 

『……お前には次はない。戦う意義もない』

 

「……そうだ」

 

『──お前は、信じられていないんだな』

 

「……どういうことだ」

 

『そうだろう。お前は、早々に見切りを付けた。つまり──』

 

 くらやみは言った。

 

『お前は信じていないんだ。自分の親友すら』

 

「黙れ」

 

『そういうことだろう。お前は時間を止めた。だから見た。半身を喪った親友を。だから諦めた。──生きているだなんて考えない』

 

「黙れ」

 

『それは、信じていないからだろう?』

 

「黙れと言っている」

 

 そんなことはない。そう言ったとして、虚しく心に響くだけだ。伽藍堂のようだ。なにもこもっていない。

 

 お前にはわからない。交わした血族の契約まで消えたとあれば──そんなの、答えはそれしか残らないだろうが。

 

 苛立ちのまま、拳を振った。彼自身の研鑽が伺える拳だった。鋭く、速く、精度のいい拳だ。だがこんなものに意味はない。

 

「──お前になにがわかる」

 

『わかるさ。お前のことは手に取るようにわかる。──友だと想っていたのだろう? 初めて、自分の本音で話せる友だったのだろう? 命を賭しても惜しくない、そんな友だったのだろう?』

 

「知ったふうに言うな」

 

『そして──少女になった友に、わずかに惹かれた』

 

「そんなことはない」

 

『認めればいい。だからこそわずかに距離を置いた。気づかれなかったことに安堵した。どうすればいいのかわからなくなった』

 

「黙れと言っている」

 

『──あの半仙人のときだな。あのときが、決定的だった。お前はたしかに親友に──惚れていた』

 

「…………」

 

『認めたな。ずっと見ないふりをしていた。一番嫌がることだと知っていたからだ』

 

「…………」

 

 ──白状しよう。

 

 彼女に惹かれたことは、確かだ。

 

 だから距離を置いた。遊ぶときの、わずかな仕草に目を奪われる自分がいることに気づいて、それが何より気持ち悪かったことを憶えている。餌を吊り下げられるとすぐになつく、警戒心の薄い野良猫のようだった。それが時峰零時だった。

 

 友人でいたかった。それでも、どうしても惹かれていた。命を救われたせいか。いや、違う。答えは──ただ、馬鹿なだけだった。

 

「……ああ、そうだ」

 

『…………』

 

「俺は、あいつのことが好きだ」

 

『──なのに、信じないのか』

 

「すり減ったんだ。俺にはもう、夢を見れない。舌も、喉も焼けて──苦味を感じなくなった。現実主義者になってしまった。──冷めた目でしか、世界を見れない」

 

『…………』

 

「魔法少女の側にいるには、一番似合わない人間だ」

 

 言い捨てた。

 

 だって、そうじゃないか。俺のような日陰者は、花につく虫のようなもの。

 

 眩い光には似合わない──

 

 

「ばかやろ──ッ!!」

 

 

 後ろから頭を叩かれた。

 

 振り向くと、そこには顔を真っ赤にした、親友がいて──

 

「……どうして」

 

「こっちのセリフだよ! 気づいたらこんなで、散歩してたらなんか変なこと言い出して! なに!? なんなの!? やめろよそういうの、恥ずかしいだろ!」

 

 零時は無言で彼女に触れた。軽く頭を撫で、そのあとその頬に触れてつまむ。引っ張るとよく伸びた。

 

 触れられるということは幻影ではないらしい。

 

「あばばばばば──にゃうッ!」

 

 殴られた。

 

「……本物か?」

 

「それ以外の何があるんだよ……」

 

「……そうか」

 

 時峰零時は夢を見ない。

 

 だから──これはきっと、夢ではないのだろう。

 

 いつから、奇跡が信じなくなったんだろう。大人になるのは残酷で、彼が進んでいく中でも、村崎引裂は変わらなかった。いつか、置いていってしまうと思っていた。

 

 だから。

 

「……な、なー……」

 

 零時は彼女を抱きしめる。

 

 決断しよう。

 

「サキ」

 

「……な、なんだ……?」

 

「好きだ」

 

「にゃ、にゃぇ」

 

「別に答えてくれないでいい。俺のただの我儘だ」

 

 そして、その体から手を離した。

 

 くらやみに向かっていう。

 

「──力は要らない。俺の手で掴むことにする」

 

『そうか、そうか。──それでこそ、ふさわしいというもの』

 

 ──闇が、晴れた。

 

 世界が光に置換されていく。この空間で、初めてみる光景だ。それがなんであれ、別にいい。理解する必要はない。

 

 時峰零時が時峰零時であればいいのだ。

 

 

 

 

 体はうまく動かない。ほぼ死に体だ。いや、いっそ死んでしまえばいいとすら思っていたのだろう。彼にとって、少女はそれだけ大事だったのだ。

 

『──も、もう! 言い逃げしやがってこのやろー!』

 

 すまない、と軽く心の中で述べた。

 

『……ま、まぁ、別にいいけど……な』

 

 変身は解除されている。額を切ったのか、血塗れだ。腕はうまく持ち上がらない。折れたか?

 

 腹が熱を帯びている。口に溜まった血を吐き捨てた。どうやら魔女は彼にかなり怨みでもあるようだ。全身出血している。心配の感情が、なんとなく伝わってきた。

 

 ……一心同体、というやつか?

 

 まぁ別にいい。関係ない。むしろ──力が湧いてくるほどだ。自分の単純さに笑ってしまいそうになる。

 

 体はうまく動かない。捻出できる力も少ない。無理をすれば死ぬだろう。だが、そう。問題はない。意志はある。ならば万全だ。

 

 もう折れない。違えない。

 

 なんとか立ち上がる。

 

 どうやら、魔女はいなくなったらしい。だが代わりに共闘した男が、師と呼んだ少年と戦っている。あの気配は憶えがある。最初の血族だ。起き上がった零時を見て、瞠目している。

 

 ──そして。

 

 時峰零時は。

 

「──変身」

 

 

 

 

 

 青年は崩れない。いつだって、絶望的な戦いでも、その身を起こして戦ってきた。

 

 ──それは、誰かの目には。

 

 いつか求めた、正義の味方のように映ったのだった。



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ふーん。へぇー。ふーん??

 正義の味方はいない。冷めた意見かもしれないが、それは絶対の法則である。なぜなら正義というものは人により姿を変える風見鶏であり、各々がそれぞれの正義でもって戦っているからだ。復讐鬼だってそうだ。だれに関わらず、戦闘には理由がある。単一の正義というもので縛れはしない。それができる人間がいるのなら、それはきっと嫌われものだろう。

 

 いつだってそうだ。正論は耳に痛い。頭を焼く。体を木っ端微塵に壊してしまう。だから、絶対的な正義という正論は、きっと誰にとっても痛いのだろう。

 

 受け入れれば、

 

 壊れてしまう。

 

 それはだれに限らずそうだった──あの勇者ですら敵の敵だ。絶対的に不変な正義の味方には成りえない。だが、結果として正義の味方が誰か? それを上げるのなら勇者・フレンが上げられるだろう。

 

 いつだってそういうものなのだ。救われたから、多くの人の正義に衝突しないから、だからこそ勇者は正義の味方と扱われる。

 

 だがそれは、頭の固い意見にしか成りえない。いつもそうだ。大人は狡く、悟ったような言葉で本心を覆い隠す。中途半端に現実主義で、いつかは自分も嫌ったかも知れないそれに成り下がってしまう。変わらないものはない。人は変わっていくものだ。だからこそ、村崎引裂は眩いのだ。純情で、擦れて曲がることはない。彼は彼のまま純粋に成長する。それがどれだけ難しいか、察することすら難しい。大人は自分を顧みれない。気づいたときには、既に手遅れなのだ。

 

 人はすぐには変わらない。だが──それでも。それでもだ。

 

 影響され、少しだけ変質することはできる。

 

 いつのまにか変わってしまう誰かも、いつかは。

 

 

 

 

「お前は、いつもいつも私の前に──!」

 

 もはや死にかけだ。その顔を覆う仮面すら、生成できるエネルギーもない。半ばで割れ、血に濡れた時峰零時の顔を外気に晒している。

 

 呪いの龍はすでに力尽き、その結界を維持すらできていない。意識を喪っていないのは最後の意地だろうか。幼き子供程度の身体能力しかないのにひとりで持ちこたえたのは称賛に値する偉業だ。触れたらアウト、という状況なのだ。

 

 

 ──最初の血族の能力は、触れた相手を自らの制御に置くものだ。廃棄からなにまで自由自在。つまり、相手は触れた相手を自由にできる。故に即死の敵。ゲームで出せば酷評不可避の能力。それが最初の血族のものだった。

 

 対して、時峰零時の能力はそれと限りなく相性がいい。時間の停止で逃げられるからだ。

 

 能力の燃料はお互いに意志。焚べる感情次第で、その能力の制限は決まる。故に、

 

 今の時峰零時にとって、時間は障害にならない。

 

 静止した時間の中。時峰零時だけがこの世界を理解できた。

 

 ──いや、彼の中にいる少女もだ。

 

『……すげー』

 

「そうか?」

 

『うん。水の中みたい』

 

「そうか」

 

 たしかに、時間という流れの中でとどまるというのは水中にいるにも似た感覚だ。言われてみれば、理解できる。

 

 水の属性を持つ彼女だからこそ、そのたとえが浮かんだのだろう。零時にはない視点だ。

 

「サキ」

 

『……なに?』

 

「聞いておこうかと思ってな。──お前は、こいつを殺したいか?」

 

『……え』

 

 指差し、聞いた。止まった時間の中、固まって動かない最初の血族のことだ。

 

 零時は人殺しだ。既に人をひとり殺している。誰かのために戦う人だった。共闘したこともある。最後は海に沈んで死んだ。それは零時のせいだ。

 

 ──この時間停止は、そのときに芽生えた力。最初の血族を殺すために生まれた。零時の力。起源がそれだ。殺意で生まれた力だ。

 

『……わかんねー』微かな間のあと、彼女はいう。『でも、殺すのはよくないと思う』

 

「何故だ?」

 

『向こうにも理由があるのかもしれないし』

 

「その理由がなかったときは?」

 

『…………』

 

「理由があったとして、それで殺さない理由になるのか?」

 

『……わかんねーって』

 

「人は殺すぞ。意味もなく。なんとなくで人を殺す。なんとなくが人を殺す。この世界で、一体何人の人殺者がしかと理由を持って人を殺したんだ? あるいは一切の理由はない。俺ですら、殺した理由なんて俺のためだ。正当な理由にはできまい」

 

『…………』

 

 嫌味な言い方だ。自覚している。正論の味は苦いということは、何よりも彼が知っている。

 

『正論?』零時の思考に、ふと少女が声を上げて割り込んだ。『正論なんかじゃねぇよ。それは対話の放棄だ。やってみる前から諦めるなんて、そんなの嫌だ』

 

「それで危険に晒されたら?」

 

『踏み壊せばいい』

 

 それは強いものの考え方だろう。余計に自分に傷を付けるだけだ。特に、理想を抱いた彼女へと。

 

 身勝手な信頼。だがそれも、らしいといえばらしいのだろう。それで裏切られたとして、きっと少女は受け入れるのだ。信頼とはそういうものだ。

 

『……別にそんなんじゃねぇけど。何もしないで見切りをつけるのが嫌なだけ』

 

「ああ。ならばそうしよう」

 

『……え?』

 

 少女がぽかんと声をあげた。

 

「そもそも、俺のほうから言い出したんだ。お前の意見に従うよ」

 

『えぇー……さっきのは何なんだよ。俺、なんであんなに聞かれたの……?』

 

「好きなヤツには悪戯したくなるんだ。悪かったな」

 

『ぬぇ』

 

 今度は素っ頓狂な声だ。零時には顔が見えないが、きっと変な顔で顔を真っ赤にしているのだろう。熱でとろけそうなほどに。餅のようによく伸びるかもしれない。

 

 だが、そうか。ならそうしよう。

 

 だから──時峰零時が求めるのは、対話の力だ。相手との話し合いの土台をつくる。それが彼の、掴み取るべき力。

 

 大人は正論ばかりだ。よく知っている。そういう狡い大人に成り下がったのは自分自身だ。だが、自分が大人だからこそできることもある。いつだって、子供の我儘に付き合って、責任を取るのは大人だろう。

 

 理想論にだって、乗っかってしまえばいい。そういうものだ。若さは過ちを招く。そして牙を失う。だが、大人はその過ちを肩代わりしてやれる。

 

 違えたときは怒ればいい。

 

 いつだって、世界はそういうものなのだから。

 

 

「──故に最愛の人の君へ」

 

 心を決めれば、それでいい。

 

 ああ、子供に引かれ、どこへだっていこう。固まった脳みそは解けた。新しい見解はいつだって解凍(解答)を齎してくれる。さらば先程までの俺よ。

 

 仮面は要らない。涙は流さない。そして、自らの醜い心を隠すものは要らない。

 

 たまには子供らしくやってやろう。初心に帰るのも大事らしいから。

 

 

 

 

 

「──このっ、色男が──!」

 

「……は? いや、おまえはなにをいっている」

 

 時間の停止を解除した途端、最初の血族の手が伸びる。回転寿司のレーンを出てきた瞬間に取るようだ。相手が感情をむき出しにしており、子供らしさを垣間見たからだろうか。

 

 その手の側面を叩き、零時はもぐりこんだ胴体に、小さいモーションながらそれに似合わない威力を伴う拳を放つ。研鑽の拳だ。固めた拳はあたかも鉄塊。刃物が風を斬るような鋭さで打ち込まれた拳は、呪怨ほつれの存外大柄な体の内部まで衝撃を通す。

 

 だが相手はそれに怯まない。この程度のダメージは慣れっこなのだろう。零時だってそうだ。いつのまにか、痛みに鈍くなった。打った自らの拳の痛みを感じることもない。お互いそうだ。そんなお互いが取った攻めの姿勢は、ふたりに蹴りを選択させる。

 

 お互いの足がぶつかりあい、加速のぶん零時がわずかに打ち勝った。だが姿勢を崩しそうになったとみるや、最初の血族は手を差し伸べる。倒れることに一切の恐怖がない。そんな思いはとっくに凍結している。

 

 決して触らぬように、零時は退いた。

 

「ちっ」最初の血族が、忌々しげに舌打ちする。「いっつもそうだ! お前はいつだって……くそッ!」

 

「なにか言いたいことがあるならいえばいい。戯言ならば聞かないが」

 

「ああそうですか! なら言ってやるよ!」

 

 きっと、頭に血がのぼっていたのだろう。その気持はよくわかる。心臓が壊れてしまいそうになる。それが酸っぱい叱責の味だ。そして過ちの味は(から)い。だから、辛酸を舐めたような表情なのだ。

 

 よくわかる。時峰零時には、その感情がなによりもよくわかる。

 

 だが彼が共感できたのはそこまでだ。なによりも、彼は人の精査な感情なんか理解できはしなかった。同じ景色を──共有できなかった。

 

「私は──お前が、羨ましい……!」

 

「……は?」

 

 予想外の言葉に、時峰零時は停止した。

 

 時を支配する彼のほうが、まるで時間を止められたかのように停止した。相対する最初の血族は──上っ面ではない。奥に隠れた、少女の想いを隠していた扉を、己の手で開く。それはまるで幼子のようだった。

 

 自身を世界に明け透けにした──純粋な、幼子のようにしか見えなかった。

 

「だって、だってずるいじゃないか……だれかのために戦えるなんて、そんな理由があるなんて、そんなの……」

 

 迷い子のように揺れる瞳。しかし、その主が繰り出す手腕はまさに苛烈──相当に肉体の制御に長けている。

 

 だがどうにでもできる。

 

 感情任せの腕は読みやすい。

 

「私には何もないのに──!!」

 

 ──そして、相手は新しい方法を取った。このままじゃ埒が明かないと思ったのだろう。

 

 地面に触れ──そして、土塊(つちくれ)()()()とその頭を持ち上げた。

 

 術式の拡大解釈だ。触れた者を制御する→触れたものを制御する。一部の置換だが、その能力の干渉域ははるかに増す。人から万物へ。

 

 だがそれでも、意識して操れるものには限界があるのだろう。土塊は固めた拳を、零時めがけて打ち下ろす。それを迎撃しようとして、

 

『触っちゃ駄目!』

 

 即座に回避に変更する。

 

『術式の拡大解釈で──あれも腕の一部になってる』

 

「まったく、面倒だ」

 

 どうする? 殺さずに撃破するのは。どうすれば対話の舞台にあげられる?

 

 考えろ。先程の言葉はなによりも雄弁な判断材料だ。なにせ饒舌に、相手自身が述べた言葉だ。考えるのだ。

 

 ──そして、相手と同じ景色を共有できない程度の冷めた脳みそが導き出した答えは。

 

 

「わかった」自信はない。だが自信満々に突きつける。「お前、寂しいんだろう」

 

 

「──────」

 

 

 ──途端、土塊が自壊した。木っ端微塵に砕け散った。それは操作していた相手もそうだった。最初の血族のこころは図星を刺されて木っ端微塵に砕け散った。頭が真っ白になったという顔をしている。

 

「……どうして?」

 

 ()()()、と、呪怨ほつれの皮の中から少女のその身が現れる。呪術的分離。その顔は驚きに染まっていた。

 

「どうして、私がわかった?」

 

「俺にはわからなかったさ」

 

「じゃあなんで」

 

「俺にはわからなかった」零時は変身を解いた。すでに必要はない。「お前が教えたんだ。最初から、ずっとヒントを出していたもんな」

 

「そんなことは……」

 

 少女は、そこで言いよどんだ。その先に続く言葉が出てこなかったのだろう。

 

 ()()も、()()も、言えない。

 

「ひとつわかったらあとは全部解ける」

 

 何故彼女が始まりの術式を求めたのか。

 

「──お前は昔、神になると言った。その理由は?」

 

「……ぁ、う」

 

「愛したかったんだろう。愛されなかったから、愛したかった。でも本音を言うことが恥ずかしくて──だから言えなかった」

 

 図星ふたつ。今度は、彼女の頭が弾けた。熱でどろりととろけるようだった。顔はもうすでに真っ赤で、とろりと落ちそうなほど。

 

「あ、あうあうあうあうあ……」

 

「ああ、よくわかる。俺だって、自分の本心を隠し続けたからな」

 

「……お、おまえも」疑問の声のようだった。「おまえもそう……だったのか?」

 

「ああ。だがお前のほうがひどい」

 

 零時は切って捨てた。じとーっとした視線と感情を感じる。

 

「──お前らは、よく似ているよ」

 

 その言葉の意味は、きっと、最初の血族にはわからなかった。

 

 似ている。最初の血族と、村崎引裂は。ただ、前者のほうが素直になれなかったというだけで。

 

「……お前、名前は?」

 

「……私は」

 

 問いへの返答は言いよどみだった。果たしていくら待ったのだろうか。一秒か、一分か、一時間か。さてはわからないが、待ち──ようやく、最初の血族は言った。

 

「アグニスクリス」

 

「そうか。それが真名でも偽名でもどっちでもいい」

 

「うぐっ……」

 

 わずかな間。

 

「ほんとは名前なんて、ない」落ち込んだ声音で少女は言った。「私は生まれたときからひとりぼっちだったから」

 

「そうか。ならば今の名前が真名だ。よろしくな、アグニスクリス」

 

「やっぱ長い。クリスでいい」

 

「……わかった。よろしく、クリス」

 

 そして、零時は手を差し出した。それは零時がしようと思って差し出した手だ。

 

 少女は、それの意味がよくわからないようで、まごついてその手を見て、おずおずとその手を自らの頬に当てた。

 

「違う」

 

「ち、違うのか。そうか」

 

「手を重ねるんだ。こうやって」

 

 そして、零時のほうから少女の手を取った。彼女はすぐにその手を引っ込めようとするが、しっかりと零時を握っているからどうしようもない。触れ合わせる。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……はじめてだ」

 

 彼女は言った。

 

「私、誰かの手を握るの、はじめてだ」

 

「そうか。ならこれから増やしていけばいい」

 

「──」

 

 ややあって、少女は言った。顔に笑みを貼り付けて。

 

「……そっか」

 

「奪ったぶん優しくしろ。それが償いになるとは死んでもいわないが、憎しみが続くより遥かにマシだ」

 

 ──人殺しの自分が、真っ当に死ぬとは零時だって思わない。だがそれでいい。いつか惨たらしく死ぬまでは、誰かのために生きていればいい。

 

「なあ」

 

「なんだ」

 

「……いいや、なんでもない」

 

 なにが言いたかったのだろうか。

 

 けれども、悪いことではないだろう。彼女の顔は笑っていたから。












『ふーん。俺のことが好きだっていったのに他の女と手ぇつないだりするんだ。ふぅーーーん??』

「いや、ああするのが最適だと思ってだな、他意はないんだ」

『つーん』

(くそ、俺にどうしろっていうんだ……ちょっと嬉しいぞ……)

『……へんたい』

「違う」

『さっきからずっと言い訳ばっかり。大人がどうとか、子供がどうとか。自分がどうしたいかで語れよつーん』

「……わかった」

『にぅ』

「照れるなよ」

『…………へんたい』

「待て。今のはお前の自業自得だろ。おい。おーい?」

『……ひみゅぅ』


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18話

「……くそ、クソ、クソッッ!!」

 

 男は自らの不運を嘆いた。

 

 完全犯罪だ。既に被害者は宇宙の塵であり、全ては明るみに出ることはない。そのはずだった。全てが塵に消えたはず。

 

 ……そのはずだったのだ。

 

 苛立ちに任せて机を叩く。手が傷もうが、そんなことはどうでもよかった。

 

 男は──ガーベルド・ドゥーラは、魔法使いである。それも、はぐれの。

 

 陣営に所属せず、自分の研究にのみ没頭した。そんな男が目をつけたのは──かつて、未だ純粋だった魔法少女だ。

 

 まずはその両親を買収した。ろくな親ではなかった。金で買えるような命だった。あまりの順当さに思わず笑ってしまうほどあっさりと、魔法少女の命は落札された。

 

 そうすればあとはもう楽だった。純粋な少女を汚すのに、なにも特別なことは要らない。かんたんに魔法少女は壊された。男の目的も果たされた。古い体を捨てて、そうして新しい体に成り代わったのだ。

 

 ──その少女が、まさか暴走したときは肝を冷やしたが。世界をまるごと漂白するという目的を掲げた彼女は、しかし多数派の味方である勇者──そして、魔神によって宇宙に追放された。

 

 宇宙で、人間が生きていられるはずもない。

 

 できたとて、地球には戻ってこれない。

 

 故に完全犯罪。確実な隠蔽は完了し、全てが終わったはずだった。

 

 そのはず、だった。

 

「いないよ」

 

「何故だ……何故だ!? 私はいつ来るかわからない追手に怯え続けなくてはいけないのか!? どうしてあの小娘は……!!」

 

 奥歯が砕ける、というほどに歯ぎしりし、男は椅子を蹴倒した。物に当たらねばやっていられなかった。

 

「いないよ」

 

「どうしてだ……どうしてだ……!! 何を間違えたッ!! 私は何を間違えたッッ?!」

 

 魔法少女を利用するなど、最初から考えなければよかったのだろうか。しかし彼女が一番安全に利用できそうな実力者だった。だから彼女を利用するという選択肢は間違ってなかったはずだ! まさか、足りなかったとでもいうのだろうか。彼女を利用するならば、もっと徹底して傀儡にする勢いで利用するべきだったのだろうか。

 

 既に汚されていない場所がない、というほどに徹底的に蹂躙されて──まだ足りなかったとでも言うのか!

 

「いないよ」

 

「──っ……」

 

 電話がけたたましく鳴いた。

 

 ガーベルドはどうするか、考える。この場所に電話をかけてくるのは彼の同士くらいだろう。いや、しかしこと今になってはその考えは甘いかもしれない。既に彼の犯罪は露見していて──出れば、死刑宣告されるのかもしれない。

 

 果たして彼の考えは、当たっていた。悪い方に。

 

 留守録が再生される。

 

 

『いるよ』

 

 

 そして、男は気づいた。さっきまで()()()()()()()()()ささやき声に。慌てて周囲を確認する。だが何もない──恐ろしいのは、それだ

 

 『いない』のに、『いる』。背筋が嫌に震える。口内は一気に水分を無くし、舌が嫌に貼り付いた。

 

「──な、なんだ!?」

 

 ──いる。その確信がある。だがなにも見えない。目が嫌に明滅する。視界が眩む。恐ろしさか? それはなにか?

 

 わからない。既に思考能力すらなくなった。

 

 再び、着信。ガーベルドはそれに飛びついた。何かにすがらないと、恐ろしさで押しつぶされそうだった。

 

「いるよ」

 

 と、声。しかし、どこかおかしかった。受話器を当てた右の耳でなく、左の耳から聞こえたような──

 

 恐れもなく、振り向いた。

 

 そして男の意識は『漂白』された。

 

 

 

 

 鉄を木刀で殴っているような感覚だ。中々どうして攻撃を通すには骨が折れる──物理的にも。

 

 都会の街の風景は、既に変わってしまっている。建物もなにもが灰燼に帰した。それが人間範疇生物の激突での衝撃によるものだとだれが思うのだろう。

 

 あちこちに散らばった魔力の欠片が充満しており、魔力の濃度は尋常でなく高い。これは耐性のないものが酔い、意識を喪ってしまうほどの濃さを誇っている。勇者と魔女ですら例外ではなく、呼吸は浅くなっていく一方だ。

 

 呼吸が浅いということはお互いに、だんだんと頭も鈍ってくる、ということ。

 

(──早く──)

 

(さっさと──)

 

「「死ね!!」」

 

 故に決着を急ぎ──世界がお互いを勝者に立てようとし、攻撃が互いに不規則に曲がる。それは照準を大きく外れ、対象に空気の揺らぎすら感じさせない。

 

 いわば泥仕合。ひとつひとつが相手を殺しうる大技合戦でありつつ、やっていることは派手に見せるだけの見世物バトル。

 

「埒が明かないの」

 

「そうか、なら貴様が消えろ」

 

「耳が腐る……それしか言えないの? Botなの?」

 

「はっ」勇者は笑った。「それは貴様だろう、復讐に縋る精神弱者」嘲笑だ。「何かを拠り所にするしかない貴様に、俺を語れるものか」

 

「私の想いに名前を付けるな」

 

 充満していた魔力が、一点に。

 

 濃密な魔力を纏い、それに浮かされ気色ばんだ顔を外界に晒しながら、術式が成る。

 

 そして、放出された黒の砲撃が大地を大きく穿った。

 

 ──地面が消失した。

 

 そして、地球が割れた。

 

 放たれた砲撃は正反対まで突き抜け、その点から崩壊が始まる。拡散するように地球が割れた。

 

「──あっははははははは!!」

 

 そして、全く同じ威力の砲撃が合計1024発放たれる。

 

 大地に刺さり、勇者に刺さり、何もかもを細断していく。ブロック状になった勇者のひとかけらに触れ、魔女はにこやかに笑った。

 

「勇者様──ああ、勇者様。だいじょうぶ、また一緒に……」

 

 魔女は無邪気に笑う。世界を滅ぼしたことなど、些事であるかと言うように。

 

「作り直すから」

 

 

 

 

「否定する」

 

 ──放たれた砲弾の寸前で、勇者は結界から離脱した。そして頃合いを見計らい再構成。

 

 滅んだ世界はなかったことにされ、時間の狭間に押しつぶされる。

 

 そして、勇者は無防備な彼女の頸に自らがもっとも信頼する刃を振るい──

 

「あ」

 

 一瞬の抵抗。しかしそれを押しのけ、

 

 魔女の頭を体から断ち切った。

 

 ごとり、と地面に頭が落ちる。勇者はそれを足で踏んだ。

 

 血は流れない。どころか、頭だけになっても魔女は意識を残している。──死んでいない。

 

「……汚いの」

 

「靴が汚れるようなやわな戦い方をするか。土で靴を汚すような輩はド三流だ」

 

「気分の問題」魔女は唇を尖らせた。「それで、ここからどうするの?」

 

「──さて、どうしようかな。俺はこれからどうしてもいい。お前を殺してもいいし、生かしてもいい。どっちがいい?」

 

「希望なんか聞かないくせに、ひどい人」少女はくすりと笑った。「けど──貴方は私を侮ったの」

 

「──あー」

 

 いいつつ、剣を振り下ろした。尋常ではない剣速は言葉よりも早く到達する。頭を4つに断割され、魔女はそれでもなおも声を放った。

 

「いるよ」

 

 たった三文字。それだけで起こせる奇跡──それが魔法。

 

 

 

 魔法にも種類があり、詠唱が術式の役割を成すタイプの魔法や術式で発動するタイプの魔法がある。どちらも利点と欠点を有しているがゆえに、魔法使いは両方を扱えてこそとされている。

 

 詠唱タイプはアクションが早く、手を加えることが容易だ。だが音を発する以上隠密には向かず、詠唱を禁じられると発動できない。また、その効果が想像しやすく、最良の効果を発揮しにくいという欠点を持つ。

 

 だが固有術式を持つものの詠唱術式は違う。本人の性質が効果を発する以上、本人の意志が性質を纏って自由自在に変質し、変化する。

 

 故に。

 

 たった三文字──三文字でも、本人の性質と意志にマッチすれば、とてつもない力を発揮することができる。

 

 

 

 存在を主張した魔女は、そこに『いる』。誰がなんと言おうと、いくら否定しようと本人がそう主張する以上は『いる』のだ。

 

 故に魔女はそこにいる。万全の状態で、そこに立っている。虎視眈々と復讐の時を待っている。

 

「なるほど」勇者は言った。「()()でお前は地球に戻ってきたのか」

 

「だっているんだから、当然でしょ?」

 

 くすりと笑った。勇者は振り向く。

 

 そこに、万全の魔女が立っていた。先程頭だけになっていたのがまるで夢だったかのように、万全の状態で立っていた。

 

「それじゃ、第二回戦といきましょ?」

 

「……面倒な手合いだ」

 

 剣を振った。勇者の剣が風を切った。魔女が今まで通りにステッキで対応する。

 

 ──変わらない光景のハズだった。

 

 だが、剣はステッキと打ち合わなかった。

 

 滑るようにくぐり抜け、そして斬れないはずだった魔女の肩を袈裟に引き裂いたのだった。

 

「──!?」

 

 初めて魔女が驚いたように、その表情を歪める。切り裂いた肩を押さえて後退した。吹き出す血がその手の隙間から零れ落ちていく。

 

 血が地を濡らす。信じられないと言った風貌の少女に、勇者は笑っていった。

 

「わからないか」

 

「なにが」

 

「調子に乗ったな、お前」

 

 魔女の顔が歪む。

 

「どういうこと」

 

「簡単だろう。お前が俺の術式を盗んだように、俺もお前の術式を解析して──無効化した」

 

「そんなこと、できるわけ……」

 

 そこで、気づいた。

 

 首を切られたとき──警戒はしていなかったとはいえ、術式は解いていなかったのではないか?

 

 いや、違う。解いていた。そのはずだ。しかし──どうにも記憶が曖昧だ。……嫌? 待て。何かがおかしい。魔女は頭を振った。

 

「……私から術への信頼を奪うつもり?」

 

「さて、どうかな。けど──()()()()な?」

 

 だから、と続け、

 

「お前の勝ちは──もうない」

 

 勇者は踏み込んだ。

 

 魔女の細い四肢をちぎり取り、そしてその首に剣を突きつける。

 

「……いたい」

 

「そのくらい耐えろ」

 

「でも、お腹の中をかき回されるよりはましだね」

 

「…………」

 

 ──ふと、違和感があった。

 

「1つ教えろ」

 

「……ん」

 

「お前はなんで、そうなった」

 

「んー」

 

 魔女は笑った。魅惑の笑みだ。心を奪われてしまうほどの笑みだ。

 

「ないしょ」

 

「そうか」

 

 そして、勇者は、剣を振り下ろし、

 

 少女の体を引き裂いた。

 

 

 間に現れた村崎引裂の体を──引き裂いた。

 

 

「──な」

 

「い」口から血が溢れた。「ってぇぇぇ……」

 

「なぜ──!?」

 

 その場の誰もが驚いた。勇者だけでなく、魔女さえも。

 

 第三者が乱入するなど思わなかったし──そのうえ、魔女を助けるなど。だれが考えるのだろう。

 

 魔女の血と、魔法少女の血が混ざった。何が起きているのかわからない。最強の脳みそが混乱している。導き出せない。どこに正答があるのか。あるいはないのか──その魔法少女は、どうして血を流しているのか。

 

 勇者のせいだ。

 

「──引裂さん、どうして……!」

 

 フレンは、つい問いかけた。理解ができなかった。どうしてこうなったのか。

 

 少女の体は、しっかりある。半分にちぎれてはいない。──なら。

 

 まさか、とフレンは思う。

 

「裏切ったんですか」

 

「裏切るとか、そんなんじゃねーよ。もともと俺はどこにも着いてない」

 

「…………そうですか。わかりました」

 

 フレンは言った。

 

「なら──あなたは、俺の敵だ」

 

「そうか」その宣言を受けたうえで、少女は言う。「けど残念だったな。もう死ぬ」

 

 見ろ、と少女が自分の下半身を指差した。そこには、裂け目がある。

 

 それは、一気に広がっていって──完全に断割された。

 

 ちぎれた下半身の断面に魔女が吸い込まれた。そして、その場から消え去る。しまった。勇者は自分の迂闊に顔を歪める。

 

 逃げられた。確実に殺せるタイミングで。

 

 動揺していなかったといえば嘘になる。だがそれに気を取られ、敵を見逃すとは──勇者の名が廃る。

 

 舌打ちひとつ。

 

「最後に聞かせてください」

 

「……なに?」

 

「どうして裏切ったんですか?」

 

「……かんたんだよ?」

 

 ──そして、魔法少女はにへらと笑う。

 

「誰も死なないでいい選択肢があるなら──それを選びたいだけ」

 

「……彼女は人を殺す」

 

「殺してないだろ。ただちょっと、人の悪い部分を消しただけだ」

 

「……あなたはそれを生きていると言うんですか」

 

「……死んではない。……そもそも殺人者がどうこうっていうなら……お前も、親友も、父さんもみんなそうだ」

 

「ですが」

 

「いいたいことはわかるけど──ああ、駄目だ。時間だわ」

 

 そうして、少女は笑った。

 

「──考えようぜ。殺す以外の選択をさ」

 

「…………」

 

 それが、最期の言葉だった。

 

 その言葉を最期に──村崎引裂は、死んだ。






 勇者と魔女の決着は時系列的には魔女がほつれくんに乗っかってるときあたりです。


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何かをしないよりしたほうがマシだと思う。これも強いヤツの意見かもしれないけれど。

 ざらついた空に手を伸ばしてみる。

 

 空は遠く、とても遠くて、いくら伸ばしたって触れそうにもない。

 

 わたしは小さく息をついた──お父さんも、お母さんも、帰ってこないから。

 

 わたしの世界に、ふたりはいない。部屋と、わたしと、お兄ちゃんだけですべてが完結してしまっている。引き伸ばされず、そして自ら引き伸ばすつもりもない。

 

 そんなわたしの小さい世界は、ある出会いによって壊された。

 

 

 

 

「……はじめまして」

 

「うん。はじめまして、なの」

 

 

 それはあまりにも突然だった。

 

 お父さんも、お母さんも、そしてお兄ちゃんだっていなくなってしまった冷たい部屋。わたしのからだより大きな洗濯物を、引きずらないようにがんばって運んで、ベランダから取り込んでいるときのこと。

 

 空から、男の人が落ちてきた。

 

「……あ、あはは……」

 

「あなたは……?」

 

 彼は、ベランダの中に降りて、わたしの目を見てから、

 

「ごめんなさい! 怪しい人じゃないんです!!」

 

 そういって、土下座をしたのだった。

 

 

 

 

 

 おもちゃや、ゲームや、裁縫道具。絵本にケータイにパソコンにテレビ。そのどれもがわたしに与えられた、わたしの部屋。それでもわたしのほしいものはない。

 

 その『ほしいもの』は、空を連れて、わたしの前に来てくれたのだった。

 

 彼の名前はバルガ・ゾラ。

 

 わたしの世界を広げてくれた、こころやさしい龍王さま。

 

 

 

「■■は、この家にひとりなのかい?」

 

「お兄ちゃんがいたけど、遠くにいっちゃった。お父さんとお母さんは忙しくて、夜にしか帰ってこないの。だからいっつも、わたしだけ」

 

「ふぅん。君の年なら学校とかに行ってそうなものだけど」

 

「ああ、それは」

 

 わたしは、ゾラに「みてて」と言った。引っ張ってきたのはハサミ。それで、自分の指を切った。

 

 ゾラは慌てて私の手をとったけど、それをとめて。すぐに変化はやってきた。

 

 切ったところが、みるみるうちに治っていった。

 

「これは……」

 

「ね。こんなの、こわいからって、いかないようにしたの」

 

「なるほど、風水みたいなものだね。体の配列事態が術式になってるから、勝手に治癒術が発動してる。」

 

「……?」

 

 どこか、納得しているみたいだった。

 

 驚くとおもってたのに。すこしだけ、複雑なきもちになった。ふくらんだわたしの頬を、ゾラがつついてきた。わたしの口から空気が抜ける。

 

 それをみて、ゾラは笑った。むぅ、空から落ちてきただけあって、このくらいはそんなに驚くことじゃないのかな。

 

 にやついた顔でゾラは「ごめんごめん」といった。

 

「すごい才能だね。僕も長生きしてきたけど、こんなに治りが早い人は久しぶりだよ」

 

「……わたし以外にもあったこと、あるの?」

 

「一応ね」

 

 なんか、そう言われるとショックだ。わたしだけだと思ってたのに。

 

 せっかくの「特別」が、意外とありふれてると聞かされるとき、人はこうにも落ち込むものなのか。

 

「その特性を持ってた人は、だいたいが目覚ましい活躍をしてた」

 

「目覚ましい?」

 

「ああ、すごいってこと。教科書とかに載った人もたくさんさ」

 

「教科書……」

 

 それってすごいのかな? 首をかしげたわたしに、ゾラは「あー」、と困った様子で。

 

「テレビとかにも出てたりするんだ」

 

「すごい!」

 

「だろ? だから、■■のそれは立派な才能だよ」

 

「でも、他にもいるんでしょ?」

 

「そうだね」

 

「そっかー」

 

 落ちこんだわたしを、ゾラが笑って慰めた。

 

「大丈夫だよ。たくさんいるわけじゃないし……君は、まだこどもだ。未来がある。どこにだって行けるし、何にだってなれるんだ」

 

「……こども扱い、しないでなの」

 

「こどもは嫌かい?」

 

「うん」

 

 ゾラは、「そっか」といった。どことなく悲しそうな、そんな声だった。

 

「でもね。こどもは悪いことじゃないんだよ」

 

「……どうして?」

 

 わからなかった。お父さんとお母さんは大人だ。お兄ちゃんだって、最近大人になった。お兄ちゃんはきらきらしてた。

 

 ゾラは、こどもにどこにだっていけるというけど。

 

 わたしからしたら、大人のほうがどこにでも行けると思う。

 

「■■。忘れないでほしい。君は──」

 

 ゾラは。

 

 そのとき、なんて言ったのだっけ?

 

 

 それから、ゾラとの交流が──しばらく続いて。

 

 楽しいときは、永遠に続くと思っていたわたしに、ゾラは言った。

 

「しばらく会えそうにないんだ」

 

 

 

 

 

 ステッキを抱きしめて、わたしは眠った。

 

『僕は会えないけど──代わりに、これを■■にあげる』

 

 なんて、最後にゾラは言った。いろおとこめ。やさおとこめ。

 

 男ってやつは、ほんと勝手だ。テレビの人が言ってたことが、よくわかる。

 

 ぎゅっと胸に抱いて、わたしは眠りについたのだった。

 

 

 

 

 

 そして、わたしは空を飛んだ。

 

 その日、わたしは魔法少女になった。

 

 

 

 

 

 振り払う。過去は変わらない。全て幻想だ。

 

「それで──こんなもん見せて、何がしたいってんだ」

 

 俺は言った。その言葉に苦笑したのは俺と心を同じくしている龍王だ。

 

「君はほんとに……強い人だ。だからこそ、わからないこともある」

 

 バルガ・ゾラが、俺の前に立っていた。

 

 

 体がちぎれ、魂に傷がついた。そのまま死ぬのを待つだけだったのを、メルが引っ張り上げた。

 

 だからこそ、今の俺は幽体だ。心だけと言ってもいい。あるいは、損傷した魂は直しようがないから──既に、俺は村崎引裂とは言えないなにかになってしまっているのか。

 

 記憶は、ある。心もある。

 

 だが、それが完全に最初の──普段の俺と同一である保証はない。

 

 けれど、そんなのはどうでもいいのだ。

 

 別に俺が村崎引裂でなくたって──俺は俺だから。

 

「お前はなんで俺をここに呼んだ」

 

「君に聞きたいことがある」

 

「さっきのやつが関係してるのか?」

 

「そうだね」

 

 ゾラは、昔を思い出すように、目を伏せて。

 

「僕は、君が彼女の敵になるなら──死んででも止めるよ」

 

「……なるほどな」

 

 つまり、ゾラは味方をしたいというわけだ。

 

 下を見た。そこには、勇者と戦う少女の姿がある。

 

「俺に勇者の敵になれって?」

 

「……そうなる」

 

「どころか、父さんの敵にもなるかもしれない」

 

「…………」

 

「まぁ、これを呑むヤツは馬鹿だろうな」

 

「…………そうか」

 

「手伝ってやる」

 

 そういうと、ゾラが呆けた顔を晒した。

 

 ちょっとおもしろい。

 

「……本当かい?」

 

「……まぁ、な」

 

「勇者と戦うことになるんだぞ?」

 

「それでもいい」

 

「どころか──世界中が敵になるんだぞ」

 

「誘ったのはお前だろ」

 

 ってか、世界中が敵って……そんなレベルかよ。びっくりするんだけど、なんで俺がそんなのに巻き込まれてんだ。

 

 だが、決めたのだ。

 

 さっき見た記憶の中の彼女は、ただの少女だった。そんな少女が、今──目で見てわかるほどに歪んでしまっているのは、きっとそれだけのことがあったのだろう。

 

 だから、あれは本質ではない。

 

 彼女の本質は──ただの少女なんだ。

 

「歪んだ在り方を正位置に戻すのが、俺の魔法少女としての役目だからさ」

 

「……そうか」

 

「…………」

 

「そうか……いつの間にか、忘れてたんだろうね──僕も」

 

「なにを?」

 

「願いを叶える方法」ゾラは言った。「彼女に言った、『こどもらしさ』さ」

 

 

 

 

 そして勇者の前に姿を現し、少女の代わりに斬られた。

 

 その衝撃で体は完全に死んだが、意識だけは残っている。新しい体を作るには力が足りない。メルの顕現にも似た莫大な魔力を必要とするのだ。

 

 復活のために、親友の体の中にしばらく留まっておくことにする。

 

 ゾラと俺の繋がりは切れていない。勇者が本格的に動く前に、俺が復活して──彼女の味方として、その歪みをほどく必要がある。それが俺の、選んだ道筋だ。

 

「サキ」

 

「なにー?」

 

「呼んだだけだ」

 

「ははは。……オイ。付き合いたてのカップルかってんだよ」

 

 ──まさか、親友から告白されるとは思いもしなかったが。というか煉瓦さんのときあたりから意識してたってマジか。としたら、一緒に24時間耐久モンハンの途中で俺が寝落ちしたときとか、……なにかされてないよな?

 

 ……ま、いいか。されてたとしても親友だし。

 

「夢の中で話すっていうのは、不思議なものだな」

 

「まぁ……俺も普通に生きてたら、こんなことはなかっただろうなー。昔読んだ小説でさ、夢の中でつながるーみたいなやつみたよ。……」

 

 いらないところまで思い出した。たしか、他人の夢につながった主人公が、その夢の主である誰かを犯すという描写があった。

 

 さて。

 

 いまこの状況で、()()()側はだれだろうか?

 

「……サキ? どうした、顔が赤いぞ」

 

「風邪かなー」

 

「意識にも風邪ってあるんだな」

 

「人の体調って、結局気の持ちようみたいなところがあるんだよ。嫌な気分なら連動して体が重くなったりね」

 

「そうか。それでサキ」

 

「……ん、なに?」

 

「なんで顔が赤いんだ?」

 

「……ないしょ」

 

 そう言った俺に、親友が笑った。

 

「なぁ」

 

「なに?」

 

「お前が俺の考えてることがわかるように、俺のほうにもお前の考えてることがわかる」

 

「えっうそッ!?」

 

「ほんとほんとー」

 

「…………へんたい」

 

「つまり、そう言われるようなことを考えてたのか」

 

 その言葉に、雲を掴んで投げつけた。綿のような触り心地だった。夢だから、こんなこともできるのだ。次に引っ張ってきた雲から雷を落とす。

 

「……謀ったなぁ……! へんたい! 同性愛者! 変質者!!」

 

「言い過ぎだろ」親友は、俺の両手を片手で掴んで。「それにお前、自分が男だって思ってるみたいだけど……」

 

 そしてちらりと髪と、服を見た。

 

「気づいてるか?」

 

「なにに!?」

 

「お前、食事のときとか髪がテーブルに乗らないように手で退けたりするし、ズボンよりスカートばっかり履いてるし、()()()()ことだろ?」

 

「にゃ、なにゃなななんっなにを」

 

 まずい。

 

 この体勢、頭おかしくなる。

 

「……なんてな」

 

「このやろー」

 

 あっさりと手を離された。

 

 なんとはなしに敗北感。とはいえ、言われたことはなんとなく自覚はしているのだ。意識だけのこの状態でも体はいつもどおりの魔法少女のものだし、自分が女子の姿を基本だと認識しはじめてきていることは間違いない。とはいえ……それを突きつけられるというのは、思った以上に気分がよくないものだ。

 

 むっとした俺の頬に、親友が触れる。そのまま引っ張られた。ここは夢のなかだから、際限なくぐいっと伸びる。痛みはない。ただ、不格好だ。伸び切った頬を両手で押し戻していると、親友が「真面目な話をしよう」と言って空中に胡座をかいた。

 

「どうするんだ? どうやってあの魔女を止める?」

 

「そこなんだよなぁー……」

 

 親友には、事情を教えてある。そして共犯者になってくれた。場合によっては勇者と戦うことになると言ったが、それも了承してくれた。

 

 だが、もともと俺の肉体の性質由来の血族の契約は消滅した。そして復活した俺と再契約できる保証もない。血族は基本的に無性生殖とはいえ、虚無からそれを再現できるかといえば答えは難しい、である。

 

 だからこそ、以前みたいなパワーアップは期待できないし、親友は戦いの中で命を落とす可能性もある。これが意外と引っかかる。

 

「一応、案はあるんだよ。固有術式の性質を反転させて、祝福の方向にする。固有術式は本人の性質によって変わるから、逆説的に固有術式の性質が変わったら本人の性質も変わる──ことにできると思う」

 

「だが、意思のない術式だろう。できるか?」

 

「穴が大きいよなー、これも。それか、こっちのこころを開放して伝える。こっちも穴は大きいし、危険度は高いね。逆に俺が飲み込まれるかもしれない」

 

「それに、向こうが乗ってこなきゃ意味なくないか?」

 

「ほんとそれ……」

 

 まぁ、俺が飲み込まれないようにする方法はあるのだが。

 

 それはちょっと恥ずかしいというか……なんというか、親友に依存するものだし。ただ危険度を下げられるのなら、親友はきっと乗ってくるだろう。しかもたぶん、喜んで。

 

 問題があるとしたら俺のほうなのである。……恥ずかしいし。

 

 ……まぁ、一応言っておこう。

 

 喜んで乗ってきた。くそぅ、こいつに恥の感情はないのか。

 

「……俺の新しい能力がどうなるか次第で、手札も変わるか」

 

「んぇ? なにそれ?」

 

 俺、そんなの知らないんだけど。いつの間にそんなものを……?

 

「まだ種だけどな。俺次第で、どんな能力にもなるふたつめの種だ。俺の時間停止も、同じように生まれた能力だった」

 

「ほえー……なるほどな。親友はどうなると思う?」

 

「さて、どうだろうな。なにかを殺す力かもしれないし、なにかを生かす力かもしれない」

 

 そう言って、親友は笑った。どことなく──そうはならないだろうと思っている顔だった。

 

「物は使いようだ。世界を壊す力だって、振ってくる瓦礫から誰かを助ける力にできる。結局のところは……そうだな。自分がどうするかにかかってるんだろう」

 

 例えば、悪用すれば大変なことになる力はたくさんあるけれど。それも人のために使えれば、良い力になる。

 

 こころの問題だ。

 

 お互いの正義があって、どうしようもなく対立することもあるけれど。あるいはお互いに譲りあうことだってできる。譲って。譲られた側が今度は譲って。

 

 そんなこころのことにさえ、見切りをつけたくはない──話し合いで解決しないと、最初から諦めるようにはなりたくない。当然、うまくいかないこともあるだろう。だが排除するということを最初から決めてしまうのは、それは違うのだ。

 

 諦めることでしかない。

 

「なら、親友はどうしたいんだ?」

 

「手をつなげる力だ」

 

 即答だった。

 

「きっと、それが一番いいだろうから」

 

「……ふ」

 

「笑うことか?」

 

「ぬぇ」

 

 にやけた俺の顔を、親友の手が掴んだ。すっぽりと俺の口が覆われる。ほっぺがぐにっと押しつぶされた。

 

 噛むぞこのやろー。

 

 

 

 

 翌日。魔力もかなり回復してきて、体を再構成するまであとちょっとというところ。

 

 俺は親友と一緒に意識を召喚されていた。その体はデフォルメのようになっていて、二頭身で頭が重い。手足は小さく、動く感覚がかなり違う。意識体だから、意志で動いたりもできるが──体の感覚がまるきり違うのは、やはり違和感だ。

 

 周囲を見た。暗い。光は小さい。振り返ると、青い球体があった。その中に、ぽつりと大陸が見える──あれ地球か。それが見えるということは、ここは地球じゃないらしい。

 

 とんでもないところに召喚されたものだ……と思いつつ、地面のでこぼこの中心で寝転んでいる少女を見た。困った様子で彼女を膝枕しているのは、体を取り戻した災厄の龍王ことバルガ・ゾラだ。

 

「きたの」

 

 と、言って、少女はこちらを手招いた。デフォルメサキちゃんと化した体で近づく。

 

 彼女は不思議そうに親友を見て、ちょんとその頭を指で突いた。ふらつく親友。ちょっとだけ好奇の色が少女に見えた。どうやら彼女はこの二頭身ボディが気になるようだ。同性だと思って気を許しているのか、そうではないのか、俺の体を次はつんつんと突きはじめた。衝撃にすぐ転びそうになる。不便だ、この体。

 

「……それで、どうしてここに呼ばれたんだ?」

 

「ん。そうね。地球上で私に好意的な人の意識を召喚したの。私をかばってくれた貴方はいると思った。こっちのひとは?」

 

「俺の親友」

 

「そうなの?」

 

「うん」

 

 少女のその手の中で、まるでハムスターかのように指で頭を撫でられ続ける。髪に触れる手はどことなく楽しそうだった。

 

「それで──」少女は言う。「貴方たちは、なんで私の味方なの?」

 

「誰かを殺しておしまいより、全員が笑えるような世界のほうがいいだろ?」

 

「……そう」

 

 俺の言葉に、彼女は気まずそうに顔に陰を落とした。

 

「……私は世界を漂白するの。貴方はそれを許せる?」

 

「それ、どうしてもしないといけないのか?」

 

「だって、嫌なの。すごく、すごく憎くて、怖いの。私をこんなにしたやつが、そんなのがたくさんいることが」

 

「……なにがあったんだ?」

 

「知りたい? いいよ、教えてあげる」

 

 そして、少女は俺に夢を見せた。

 

 それは、幼い少女を壊した日々の記憶。

 

 

 

 ──それは、見ていて吐き気がするような光景だった。

 

 休みのない蹂躙の記憶。あるいは、拷問のようでもあった。遊び半分で壊されていく、少女の体の中に作られたそれは、最初の誰かの思惑によって形作られるはずだった中身が消されてしまった。

 

 それが決定的だった。それまではかろうじて耐えていた少女の心臓は木っ端微塵に砕け散った。ぐずぐずに溶けて死んだ。

 

 その日、少女は魔女になったのだ。

 

 

 

 ──圧縮された記憶。それを見て、それでも俺は言った。

 

「……お前のことを守る。だけど、世界の漂白はさせない」

 

 少女は、困ったように「そっか」と言った。

 

 ──黒の流動。それは可視化した呪詛。幼い心を憎しみに染めて、少女はふらりと起き上がった。

 

「じゃあ、私の邪魔ができないように認めさせてあげるの」

 

 殺意はない。それもそのはず、これから始まるのは意志のぶつけ合い。

 

 お互いの心をぶつけあって──それでも尚、自分の想いを保てるほうが勝利する戦いだ。

 

「させるか。むしろ認めさせてやる」

 

 

 そして、こころとこころが混じり合った。

 

 



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宇宙空間で声が聞こえないわけないでしょ(にっこり)

 灰色は恐ろしい。いつだって側にあるからだ。

 

 恐ろしいと思ったことが、多くあればあるほどに、そいつは強度を増す。やがて現実すらおおいかくしてしまう。それに怯えれば、また終わらない──永遠に続くかのようにも思われる。

 

 その想いから抽出された想いが、俺を焼いた。体が焼ける。だが俺の属性は水。逆にその火を取り込んで、魔力を吸収する。そしてその魔力をメルに与えた。そしてこれで、俺が復活するに足りるだけの魔力を吸収できた。当然、その後の戦闘にも耐えうるほど吸収はしている。

 

「とう!」

 

 そして、俺は二頭身のミニマムボディから開放された。幼女・村崎引裂だ。いや認めたわけではないが──ともあれ。デフォルメ体だった先ほどまでから、この普段の姿に変化した意味は簡単だ。

 

『──否定する』

 

 俺の向かって飛んできた怨念を、()()()()()()()()()()が掻き消した。

 

 ──そう。俺は、再構成した体の中に親友を取り込んだ。意識の共有。心の同体化。それこそ、肉体を再構成した理由である。

 

「わかってほしいの」

 

「すまんな、俺もこれは譲れないんだよ──俺が俺であるために」

 

 激突した。

 

 心と心が衝突する。相手の感情が流れ込んでくる。相手の、俺に対する感情が浮かんできた。それを感じて、すこし笑ってしまう。そんなことを考えていたなんて、やっぱり本質はただの少女じゃないか。

 

 それを歪めているのは──強迫観念か。

 

 死ぬ前に死んでしまった──悪意に殺された、子供に詫びるための。

 

 一瞬引っ張られかけた意識を取り戻し、魔力で体を前に飛ばした。今の俺にはステッキの補助がない。だからこそ、できることはメルの性質を扱うことだけ。だが、ただの魔力操作ならできる。魔力で体を編む行為は、それだけ精密な魔力操作を要求されるのだ。

 

 肉体が死んだときから、意識だけの体になりより魔力への理解が増した。

 

 今の俺は、死ぬ前よりも強い。

 

「転生力か……!」

 

 ゾラがちょっと理解のできないワードを呟いた。なんだそれ。向かってきた彼女の魔力と、俺の魔力が混ざる。先程の俺の困惑が伝わったようで、彼女がくすりと笑った。

 

『ゾラって、昔から変なことばっかり言うの』

 

『だよな! あいつよくわけわからんこと言うよな!』

 

 彼女にもあいつと過ごした時間がある。お互いに伝わるその想いが一致し、お互いに目を合わせて笑う。

 

 自己紹介は必要ない。それよりも、こころのほうが雄弁だ。

 

 ──衝突した。

 

 暗い記憶だった。つらい記憶だった。ただ、蹂躙される少女の記憶だ。何度助けを求めたのかもわからないほどの、長かったか、そうではないか、しかし永遠にも思える責め苦の記憶。

 

 それに、一瞬呑まれそうになる。だが歯を噛み締めた。違う。これは俺じゃない。俺ではなくて彼女の記憶だ。

 

 俺の記憶を見た彼女は、悲しそうだった。その想いが伝わってきた。その気持ちはよくわかる。俺だって、逆の立場であれば同じように思っていただろう。いや、思っている。俺は、俺自身を羨んでいる。

 

 自我が溶けてきた。まずい、飲み込まれる──と、思ったところで、誰かが背中を押した。

 

 ──いや。気のせいだ。押されてはいない。けれど、伝わってきたものはある。

 

『私と貴方の違いは、そこなのね』

 

『ああ、よくわかってるよ。俺は人に恵まれた』

 

『もし私にも、貴方みたいに助けてくれる人がいたら──』

 

『……今からじゃ、遅いか』

 

『……んふ。その気持ちは嬉しいけど──そこから先は、私を止めてからなの』

 

『ああ、じゃあそうするよ』

 

 

 

 ──俺の、村崎引裂の性質とはなんだろうか?

 

 属性は水。特性は純粋。あるいは、誰かに意味を与えるもの。

 

 なら性質は?

 

 村崎引裂とは、一体なんなのだろうか。それが持つ性質は──

 

『────』

 

 流れてきた。その想いに、思わず笑ってしまう。だがそうだ。たしかにそうだ。俺はそういう存在なのだろう。ならばそうする。

 

 村崎引裂が、俺が関わってきた全てがそれを肯定した。

 

 

 いつかに出会った男は、仙人になった。そして念願の再開を果たしたらしい。そこには、大きな鶴が寄り添っている。あの鶴ははるか未来から来て、そして──長い時の間、会えなかった。その在り方を見失うほどに。俺の魔力で起動し、ネジ曲がったままに暴れまわる。それがどうしようもなく悲しくて、俺はそれに対して同調して……その在り方を、変質させたのだっけ。

 

 正位置は祝福。悪感情の反転は、祈りに咲く。

 

 春の竜もそうだ。正位置は祝福だった。

 

 俺は術式の在り方を、誰かの壊れてしまった祈りを祝福に変えた。

 

 それが俺の祈りなのだ。

 

 故にここに断言する。村崎引裂の──俺の性質は、祈りだと。

 

 遡る。遡る。お互いのすべてを明かすために、全てが遡られている。

 

 ──激突。

 

 

『わたしはね、大人になったら……誰かのためのひとになりたいんだ』

 

『へぇ……でもそれって、今じゃ駄目なのかい?』

 

『……ばか』

 

『えっ、なんで!? 僕なにか間違えたかい!?』

 

『わたし知ってるよ。ゾラみたいな人のことを、いろおとこっていうんだよね』

 

『違うと思うよ、モテた試しないし』

 

『……ばかだもんね』

 

『なんで!?』

 

 

「「あははは!!」」

 

 お互いに、笑った。目が合わさった。まるで幼馴染であったかのように、昔からいっしょにいたかのように、俺たちはお互いのことをよく知っている。

 

 これは、ただのじゃれ合いだ。どこでもよくある、くだらない意地の張り合いだ。ある意味で互いの正義を確信し、相手の正義に『確かに』と思いつつも、謝ることは自分から言い出しづらく、相手から言い出されることを待っている。

 

 ゆだった頭で、意地を張り続けているだけだ。

 

『サキ』

 

 ──わかってる。あくまでも感覚でしかない。だがお互いを明け透けにして、相手に直接伝えているから、感覚としてはその程度のものになってしまっている。

 

 それがいいことなのか、悪いことなのか。

 

 でも、俺は彼女の事がよくわかっていいことだと思った。だから──

 

 激突。髪の毛が舞って、重なった。

 

 お互いの意識が混ざる。ふたつがひとつになりかける。思わずそれを受け入れかけた。自分が村崎引裂なのか、彼女なのか、わからなくなりそうになる。メルが咥えてひっぱり上げた。親友が頭を撫でた。その感覚で、俺は自分が俺であることを思い出す。

 

『■■』

 

『──っ、ありがとなの』

 

 俺の呼び掛けに、彼女は自分自身の確信を取り戻したようだった。

 

 もうなにが本当か、わからない。なにもがぐちゃぐちゃだ。あるいはそのぐちゃぐちゃこそが、それこそが本質なのかもしれない。魔力が放たれる。記憶が、すでに俺なのか彼女なのかわからない。いや、記憶なんてどうでもいい。俺が俺である確信がゆるがなければ、それで構わない。むしろ混ざればいい。彼女の想いを、俺が吸い取れたら──それが、きっと最善手なのだろう。

 

『だめだよ、サキ』

 

『でも──』

 

『わたしの記憶はわたしのもの。つらいことも、なにもかも──貴方に背負わせるわけにはいかないから』

 

 彼女の主張に、俺の中に溶けた記憶が本来の在り処へと戻っていく。だが俺と違って、彼女には記憶に実感が伴うのだ。俺が貰い受けたぶんは、その決定的な部分と……最初の記憶。つらくて、いたくて、くるしいその記憶。実感がないからこそ耐えられた。だが、彼女は──

 

 一筋、涙が溢れた。彼女の流した涙だった。それは間違いなく涙だった。記憶に涙するほどの弱さを、彼女はとりもどして──そこで、耐えた。

 

 復讐心はすでに限りなく薄まっている。ただ、俺のほうにどうしようもない憤りがある。

 

 どうして。彼女が堪える必要はない。悪いのは全部、あの男だ。あいつさえいなければ。殺さないと。全部沈めないと。俺にはそれができる。メルゴノアーク──始まりの術式がある。地球を水に沈めることくらい、簡単にできる。彼女の敵を俺が殺す。そうしなければいけない。殺せ。全て水の底に──

 

 ──ぉん。

 

 頭に冷水が浴びせられたかのように、俺の怒りは鎮火した。それをやったのはメルだ。危なかった──用意していた自己を保つための秘策も、俺が自分のままに狂ったら意味はない。

 

 彼女の髪が舞う。呪いがどんどんと薄まっている。少しづつ、距離が縮まってくる。手を伸ばせば触れられる位置に彼女が近づいている。──激突。伸ばした手は、わずかながら届かない。

 

 

『あなたの名前、なんていうの?』

 

『僕は……バルガ・ゾラ。中々イカしてる名前だろ?』

 

『日本の人じゃないの?』

 

『うん。……そういう君の名前は?』

 

『わたしの名前は──』

 

 

「──灘華(なだか)!!」

 

 ──心臓が破裂した。それこそ言葉の刃だった。

 

 裏切られた、売られた彼女が忘れ去ろうとした、無くそうとして──そして、誰の記憶からも抹消した、名前のない魔女のほんとの名前。破裂した心臓が、しかしなくした名前を思い出したことによる歓喜に埋め尽くされ──彼女、灘華は困惑した。

 

「なんで」

 

 ありえるはずもない感情に、彼女はなにより困惑している。捨てた名を呼ばれ喜んでいる? 彼女自身が驚きだ。そんなこと、あるはずもないとすら半分確信を持っていたのに。脳みそが崩れた。感情の制御が不可能である。彼女にとって、特別な意味を持つ符号は──無意識の感情を引っ張り出して、炸裂した。

 

 その困惑が、俺に溶けた。俺も困惑する。なんでだろう? 親友に頭を叩かれ、治った。いや叩くなよ。実際には叩かれていないが、そんな文句を言いそうになる。

 

 俺のその感情が伝わって、彼女の目線に文句を言いたげな色が挟まった。だが俺はそれを無視して、差し出したのだった。

 

 手を。

 

 既に、届く位置にあった。確実にだ。彼女の手が、ゆっくりと伸ばされ──俺の手に、被さった。

 

 こころが衝突した。

 

 

(だれもいない小さい部屋。まるで牢屋のような部屋。なんでもあるように見せかけて、実のところわたしのほしいものはなにもない──『あって』、『ない』。

 ──そんな世界は、前兆もなにもなく木っ端微塵の粉微塵にされた。狭い世界は壊された。牢獄のようだと思った世界が愛おしくなったのは、それは──)

 

 

 溢れた。

 

 俺だったのか、灘華だったのかわからない。それでも、ぽろりとこぼれて落ちた。──あるいはそれは両方だ。

 

 

「──そっか。わたしは、これがほしかったんだ。これを──取り返したかったんだ」

 

「……灘華」

 

「サキ」

 

「君は灘華で」「あなたはサキ」

 

 そうして、同時に腕を広げた。抱きしめた。抱き合った。涙で濡れて、濡らして、髪が触れて、体が触れて、境界線がなくなった。けれどお互いがお互いの存在を確信していた。だから混ざらない。決して混ざらない──

 

 俺は村崎引裂で、

 

 彼女は神薙(かんなぎ)灘華だ。

 

 そう確信して──世界が、ゆっくりと広がった。

 

 彼女の世界には、何もない。部屋と、彼女と、ゾラだけですべてが完結してしまっている。引き伸ばされず、そして自ら引き伸ばすつもりもない。

 

 そんな彼女の小さい世界は、その垣根は──今更になって、壊された。

 

「──こんな、単純なことに気づけなくなるなんて……やなの」

 

「そっか。俺も、恨みだけで生きるのは、何もかもを捨てちゃうのはやだな」

 

「……そうね。サキのいうことが正しいの。わたしは、はっきり間違えちゃった」

 

「やり直せるって信じてる」

 

「やり直せるかな」

 

「大丈夫だよ。反発があるなら、俺が跳ね除ける。俺が灘華のために戦うから」

 

「……そっか。──そっか」

 

 彼女は、言った。

 

「サキと、もっと早く会えたらよかったのにね」

 

「──……俺も。もっと早く、この世界のことを知ってたらよかったと思うよ」

 

「でも、あなたが持てるものには限度があるから……無理しちゃだめなの」

 

「──そっか」

 

 今まで、俺が関わってきたことなんて、それこそ数えるほどでしかない。けれどその『数えるほど』のことの中だけで、俺がもっと早くこの世界にいたら──そう、強く思ったのだから、昔からいた俺というのはどういうふうなことを思って、なにをするのだろう。

 

 わからない、けど。

 

 結局、過去は変わらない。なにをしようと──変わることはない、はずなのだ。

 

 本来あるべき姿から逸脱することはない。朝焼けを見ようが、夕焼けを見ようが、変わることはないのだから──

 

「……そうだな」

 

 望むな。それはこころに傷を付ける。

 

 お前はお前だ。──俺は俺でしかない。なにものでなくたって、お前の正義があるだろう。夢を見て、それに浮かされ、感化され──それを現実に引っ張り出そうとする無鉄砲さこそがお前・村崎引裂の武器なのだ。

 

「ありがとう」

 

「……」

 

 俺の言葉に、灘華はなにも言わなかった。どうしたのか、と思い、振り向いた。

 

 ──何かが、迫ってきていた。

 

「ゾラぁ!」

 

『──そうだね』

 

 ステッキの姿になったゾラが、俺の手に収まった。繋がりが強固になる。術式を展開。放つのは水弾。しかし向かってくる姿は、それを切り裂いて──月面に着地したのだった。

 

「……引裂さん」

 

「よぉ、フレン」

 

 ──勇者だった。どうやら、地上から月まで飛んできたらしい。

 

 マジかこいつ。

 

「……考えました。そして決めました。それでも俺は、俺を曲げない。だから──」

 

 そして、勇者は、その力を開放した。

 

 【神代回帰】が月面を侵食する。そして、惜しみなくその力を開放する。

 

 この間戦ったときなんかより、遥かに力強い脈動。そこにあるだけで世界を支配するかのような、そんな迫力。

 

「だから、その意志を証明してみてくださいよ──村崎引裂ぃッッッ!!」

 

 半ば、絶叫のような声だった。既に世界は掌握されている。宇宙空間だからといって、お互いの言葉に支障などない。

 

「わかった」

 

 今度は、一切の手加減なし。

 

 どころか──こちらを完全に殺しに来る、万全の状態の()()()()

 

 それは闘気を滾らせて、こちらを睨みつけていた。



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欠けた歯車

 ※理解の追いつかないような超展開です。あとがきにて軽い解説があります。


 ──興味がない。そう言ってしまえたら、どれだけ楽だっただろうか。

 

 

 

 

 月が消滅した。

 

 それは勇者の先制の一撃が、世界の法則を塗り替えつつ刺さった結果によるものだった。その一撃を回避するために転移で地球に落ちた。正確な座標がわかれば転移は可能だ──とはいえ、どうして灘華が転移を使えなかったかといえば、純粋に術式を知らなかったからだろう。

 

 俺にはゾラからもらった術式の知識がある。世界に存在する、ゾラが知るだけの知識を頭の中に転送されているからこそ転移の術式も扱えるし──自力では展開できずとも、俺の相方がゾラである以上、魔力さえあれば術式は起動できる。

 

 つまるところ、俺の戦い方はゾラ頼りなところがある──ということだ。ゾラがいたからこそ、これだけ多くの術式を扱えるし、最初から術式を難なく扱えた。

 

 しかし、彼女の場合はそうではない。彼女のステッキは意志を持たない以上、魔法の補助はできてもそれは自分のリソースに依存する。

 

 脅威だと思うべきは、そこだ──彼女は杖による正確なバックアップがなかったとて、魔法少女として活動することができた。

 

 必要なぶんの術式を自分で展開できるのだ。俺の場合は、メルという裏技があるからできることを、ただの少女ができていたということがまず驚きなのだ。

 

 

 空を見上げれば、月は再生されている。結界で、先程の結果は時間の狭間に葬り去られたのだろう。

 

 そして、──空から勇者が落ちてくる。

 

「サキ」

 

「逃げろ」

 

「でも、わたしも戦える」

 

「安心しろって、負けないよ」

 

「……でも」

 

「というか、お前が死ぬのが一番駄目だからな。俺がなんとかする」

 

「…………」

 

 灘華はそう言って、黙った。ため息ひとつ。そして肩を軽く回し、

 

 勇者が地上の一切を消し去った。

 

 先程まで周囲にあった建造物は、彼の着地と同時に生み出された衝撃によって消滅した。ただの落下の衝撃だけで、こちらの防護を必要とするようなほど規格外な相手。

 

 前回勝てたのは奇跡だ、ということを強く思い知る。勇者と視線があった。その瞬間、怖気を感じてしゃがみこんだ。

 

 そのまま背後の空間は一掃された。それが剣の振りだけで巻き起こされたことだということに気づくのに、遅くはなかった。次の斬撃に対応できたからだ。

 

 一撃を放つごとに、尋常でない規模の破壊が巻きおこる。それが勇者の本気だった。

 

 これで空中にも対応できるあたり、絶対なにかがおかしい。才能だと言って切り捨てるのは簡単だ。しかし、これはそれでは収まらないような──

 

 【神代回帰】を発動する。お互いの領域が拮抗し、勝利のための空間が成立する。世界の法則の方が頭を垂れるその術式は、しかし発動しても圧倒的な力の前では無力だ。そもそもの実力が雲泥の差。100回やって100回負けるような相手が、『必ず勝つ』術式を使うとなると俺には対応しようもない。

 

 だからこそ──こちらも一切の躊躇をしない。

 

「ゾラ、メル」

 

『了解……!』

 

 ──ぉん。

 

 ぴちょり、と水音。

 

 そして世界が洪水に飲み込まれた。

 

 水が全てを包み込む。これは俺のフィールドだ。そして、自分の体に作用するのはゾラに任せた術式。肉体強化のものである。

 

 これでかろうじて、本気の勇者の動きを目で追えるようになる。そして──メルが勇者の魔力を奪って顕現した。

 

「────ぉぉおおおおおおおおおおおおおおん」

 

 前回は、力をセーブした体だった。自発的な行動をしない、不完全な顕現。それは俺の力が足りなかったからだ。

 

 しかし今回は違う。メルは完全は顕現を遂げた。

 

 故にそれは、最強の術式の本気である。

 

「ぉん」

 

 そして、つぅ、と水が溢れた。世界が黒ずんでいく。勇者が血を吐いた。俺にはなにも起こっていない。

 

 メルの術式は効果を及ぼす先を明確に分ける。味方には効果を及ぼさないようにできる。

 

 このままいけるか? と思いつつ、これでは未だ足りない。光を集めて、放出する。それが勇者に突き刺さり、更に空から飛来した夥しい光の槍が勇者を地面に縫い止める。地面が動き、勇者を掴み取った。勇者の体から水が全て抜け出した。干からびた勇者に、水の斬撃が放たれる。それは勇者の堅牢な防御をあっさりと突き破った。世界の全ての水の重みが勇者一点に伸し掛かった。その重みに、地中深くに勇者は消えていった。

 

 沈んだ場所から、勇者が顔を出す。戻ってきた。そして、重みを知りつつもこちらに向かって歩いてくる。

 

「がっ」

 

 その勇者の体から、血が噴出した。全身からだ。全身余す場所ないところから、彼は血を流していた。

 

 それでもこちらに向かってくる勇者に、ふたたび光の槍が突き刺さった。

 

 ──それで、勇者の動きは完全に停止した。

 

「……死んでる……?」

 

 俺のその言葉に、反応はない。一切の動きを勇者は見せず、困惑する。

 

 どうしようか、困った。俺がそう思った時、手に小さく線がはしっていることに気づく。なんだろう、と思って手を持ち上げたら、指がちぎれた。ちぎれて、落ちた。

 

「──ぇ」

 

 落ちたのは指だけじゃなかった。腕も、なにもかもが落ちていった。視界が下がっていく。頭も落ちた? 倒れた体で見ていると、そこには胴体だけが浮いていた。

 

『──』

 

『────』

 

 なにか、声がする。でも聞こえない。なんだろうか。既に、考えることも、叶わず────

 

 

 

 

「偶然」と、男は言った。「この世界で起きることの全ては偶然だ」

 

 その真意は測りかねた。

 

 俺はため息をひとつついて、彼が話している相手を見た。

 

 それは幼い少年だった。その側には、世界中のありとあらゆる全てのものが存在していた。だから、その中で少年だけが浮いていた。彼だけが、モノではなかった。

 

 俺はその少年に見覚えがあった。あるいは、あることのほうが当然だ。この世界の全ては俺に理解のできるものになってしまっていた。そういうふうに、されていた。何故だろうか。この全能感だけは、途方も無い違和感を持って俺を締め付けた。糾弾した。

 

「死ぬのも、生きるのも──全てが偶然でしかない」

 

 そして、男は──ノスタリアは。こちらを見た。

 

「はじめまして、未来人。僕の世界にようこそ」

 

 ──今日も今日とて回る世界をよろしく。

 

 彼はそう言って、無造作に俺の体を掴んで引き寄せたのだった。

 

 

「人が在ることは、はじめから全てが偶然にすぎない。偶然の繰り返しが人生ならば──君がここにいることも、ただの偶然にすぎないし。あるいは未来の僕があることも全てが偶然だ」

 

 言っている意味がわからなかった。そんな俺の困惑を見透かしたように、ノスタリアは俺を見た。

 

 俺の体を無遠慮に触るこいつに、反抗する気が起きないのは……これは、相手が無感情に、『ただそうあるべきだから』そうしているといったようなものを思わせて、こちらの気も削がれるからだろうか。

 

「君はいつの生まれだい?」

 

「さぁ? 今がいつなのかもわからない」

 

「そうか」彼は続け、「話せる生命体ははじめてだ。それは何語だい?」

 

 言われて、気づいた。意志の疎通に言葉を用いているが、相手の言葉は聴いたこともないものだった。細かなニュアンスまで理解できているような気がして、俺はその違和感に顔を顰めた。

 

「……日本語」

 

 なんとか絞り出した言葉だ。

 

「なるほどね──君の未来では、言葉の統一は成されなかったわけだ。なんでだい?」

 

「なんで、って言われても……各々の文化が別れてるからだろ」

 

「ふぅん、そんなことになっているのか。興味深いね。他には何かないかい? 僕が好みそうな話は」

 

「ない」即答した。「そういうのは、もっと頭のいいやつに聞け。俺は咄嗟には出てこない」

 

「残念だ」

 

 ほんとに残念そうだった。

 

「……そこの子は誰だ?」

 

 指さす。ひとつだけ異端なその少年が、一体なんなのか──どうしても気になるのだ。

 

「術式だよ」即答だった。「正しくあるためだけの術式」

 

「なんでそんなものを」

 

「必要だからだ。絶対的な秩序が」

 

「なんで」

 

「……僕は」

 

 ノスタリアは言う。

 

「この世界を管理する気はない。バグも、エラーもあるだろう。それを潰すため……いわば、それは僕の代わりだ」

 

「……なんで、管理する気がないなんて……」

 

「長く生きた。そして、これからも長く生きる。僕に死はない。──もう疲れたんだ」

 

「……なるほど」

 

 その気持ちはよくわかる。疲れて、もう嫌だとなることは誰にだってあるものだ。俺も経験がある。

 

「……君、体を作り変えてるね」

 

 と、彼は突然そう言った。俺の腹を撫で回したあとの言葉だ。

 

「元は男の体だったのか? ……君、そういう趣味があるのかい……?」

 

「違うんだけど!?」

 

 少し気まずそうに言ったノスタリアの頭を叩いた。

 

 今度ゾラを曲げる。

 

 

 これは夢だ。あるはずのない夢。ありえない偶然の果て。

 

 けれど、俺はたしかにそこにいた。

 

 

 ──元の時間軸に戻るその時。

 

 ノスタリアは俺に言った。

 

 

「君は世界の異物だよ」

 

 

 ──それは。

 

 一体、何を意味していたのだろう。

 

 

 

 

 意識を取り戻す。

 

 先程のことなんて、なかったかのように──全てが巻き戻ったかのように、世界は最初の姿を見せていた。なにが起きているのか、あるいは起きていないのか──そんな疑問を待たず、勇者は剣を放った。消し飛ぶように、その場の水だけが消え去った。

 

 途方も無い違和感。それを感じながら──なんとか勇者に対抗するために水の斬撃を放つ。当たった。その体を後ろに跳ね飛ばした。しかし俺の体にヒビが入る。まただ。また崩壊した。体がぐちゃりと潰え、そして死に至る。

 

 だが再び、巻き戻った。世界は先程と同じ姿を見せていた。

 

『────』

 

 おかしい。なにもかもが狂っているような。なにかを違えているような。そんな思いがして絶えない。勇者に接近戦を挑んだ。あっけなく敗北した。彼に殺されるよりも先に、自壊して死んだ。

 

 ──狂っている。世界が、か。あるいは認識がか。すでに俺は死んでいるのだろうか。これはひょっとして死後の世界だったりするのか?

 

 そんな疑念が起きるほどに、俺は勇者と向き合い、そして死に続けていた。

 

 選択を間違っているのか、あるいは俺にはどうすることもできないことなのか。いつまでこれが続くのか。

 

 

 3年ほど、同じ時間を繰り返した。もしくは一瞬だった。現実味が世界から失われていた。これは時間のズレなのか。

 

 意識を共有しているはずの親友の声も届かない。何が起きているのだろうか──わからない。わからないのだ。

 

 あるいは、これは全て現実であるようにも思えてくる。世界が狂っているのではなく、俺が狂っているのだと理解が追いついてきた。なるほど、そういうことか。自分で自分の頭を潰した。元通りだ。いままでにない動きでも、当然のようにそこに現実は横たわっている。俺のあがきなど効果はないかのように。

 

『────』

 

 だれの声も聞こえない。ただ、死に続けている。俺は死に続けている。その事実だけがある。間違いなく、俺は死んで──死んで、死んで? それがどうしたのだろう。体の痛みはもう慣れた。足が千切れても、もう動じることはない。

 

 そうしていると、気づくことがある。世界の綺麗さについて。

 

 それが唯一の娯楽になる。綺麗だ、と思って、眺めて──それを何度か繰り返して。

 

 ちょっとずつ、わかってきたことがあった。世界の構成だ。世界そのものが、どういったものなのかがわかってきた。

 

 理解が及ぶようになると、それを分解できるようになってきた。世界が俺に屈服するかのように、世界自体が俺に従い始める。どうにでもできる。

 

 持っているステッキなんて不要だ。そんなものはなくても、もう術式は利用できる。十分以上に。

 

 

 一万年は経っただろうか。あるいはまだ、一秒すら過ぎてはいないか。

 

 勇者に勝てるようになってきた。そのあと自殺する。それが目的じゃない。今はそんなの、もういらない。名前は忘れたが、あの神様のいた場所にいたときのような全能感がある。

 

『────』

 

 わずかに頭に走るノイズ。それを吐き出した。目が覚めるような気分だ。最初からこうしておけばよかったのだ。

 

 理解した。なんにだってなれるし、どうにだってできる。

 

 理解した。

 

 

「──つくりなおそう」

 

 

 だから、そうすることにした。

 

 あの神様が言っていたことは、結局こういうことなのだろう。

 

 俺は世界の異物だ。いわばバグだ。

 

 世界から外れているが故に──拡大解釈する。

 

 世界の全てを知った。それでいて、世界から外れている。

 

 それは──神という存在に、他ならないのではないか?

 

 

 

 

 異変は、一瞬だった。

 

 勇者・フレンと魔法少女・村崎引裂の戦闘は開始早々に異変の色を察知する。

 

 村崎引裂の体に勇者の剣が通り、両断。それで呆気なく終わったはずの話。

 

 だが、そうはならなかった。体が千切れ、死を待つだけの体で──少女は、勇者の体に触れた。

 

 それだけだった。勇者・フレンの体は爆散し──地に伏す。

 

 ほんの一秒前まではありえなかったはずの光景。彼女に投げ捨てられたバルガ・ゾラはステッキの体から生身に戻り、信じられないといったように目を見開いている。

 

 神薙灘華は目の前の少女が自分の知る彼女とかけ離れた存在であるように見えて、ステッキを構えた。

 

 そして、渦中の村崎引裂は。

 

「つくりなおそう」

 

 そう、宣言したのだった。

 

 それは一体どういう意味か──と、理解するより先に、異変は始まった。世界の在り方が変わっていく。法則が終わっていく。必然性を得ていたものが偶然性すら喪失し、ありとあらゆる道理はひとりの前に屈服する。

 

「魔法なんていらないね」

 

 ありふれた奇跡が消滅した。

 

 特別な力は全て消滅し、術式の概念を世界が喪失する。

 

 巨大な鶴が消滅した。祝福を告げる龍はいなくなった。魔法少女はただの少女になった。勇者もただの人間になった。魔王もただの人になった。

 

 世界から特別な力が消えた。仙人も、なにもかもが消え去った。

 

 神は超常が否定された世界から姿を隠す。

 

『──ぉん』

 

 そして、悲しげにひとつ鳴いて──始まりの術式さえ、消え失せた。

 

 そして、村崎引裂は。

 

 自身の起こした結果にため息をついて、雲の向こうへと消えていった。

 

 ある意味で、世界はあるべき姿に戻った。超常は死んだ。帰ってこない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞き慣れたインターホンの音。家主はいない。帰ってこない。鍵は不用心にも空いていて、入ったら少しばかり少女らしい趣味が男子らしい趣味と混在したリビングが見える。人の気配はない。誰も帰ってこない。

 

 部屋から出て、ヘルメットを被る。どこにいくというわけでもない。なにをするというわけでもない。ただ、惰性にも似たなにかだ。

 

 ──たった1週間で、世界はこうまで変わるものか。

 

 家に戻る。扉を開けて、部屋に入った。

 

 

「あ、零時さん。おかえりなさい」

 

「ん。おかえりなさい、なの」

 

「ちょっ……あー!! メル!! やめてやめて僕を噛むのヤメテ!?」

 

「ぉん……ぁぅぁぅ、にゃ」

 

「鳴き声おかしいってぇ!?」

 

 

 途端、やってくる声。ため息ひとつ。

 

 ──世界は変わった。だが、変わらないものもある。

 

 だから、時峰零時は。

 

「ただいま」

 

 (親友)と戦うことにした。










・今回のサキちゃんに起こったこと


 死にました。

 今度は意識体だけどっかに向かわせることのできない状態、ということで時が巻き戻りました。
 ゲームオーバーでセーブした地点までやり直すのに似た状態ですね。

 それで、サキちゃんは何回も本気の勇者と戦って死にまくって、途中で擦れました。クソガキ化。
 何回もゲームオーバーになって何回も巻き戻って、ってしているうちに世界の法則に目を向けるようになりました。サキちゃんは全部のことを知ってる感覚を知ってるので、それとすりあわせる感じです。

 そして世界の全部を知るうちに、サキちゃんは一つの結論を出しました。「個人で戦う手段がなかったら全部解決なんじゃね」と。

 だから魔法とかを消したわけですね。長過ぎる時間が経過して、今まであった人のことなんてとっくに忘れてます。だからこんなことができたんですね。



 だいたいこんな感じのこと。「ノスタリアとの会話」は実際はこのお話が始まってからどこかに挟まった話です。それが今のサキちゃんの認識と絡まってるだけなのです。だから、実際はもっと昔にあった会話だったり。


 つまり簡単に言うと:サキちゃん、闇落ち。ラスボス化。


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間違った世界の直し方

「おい時峰。お前どこのクラスになった?」

 

「1ホームだ」

 

「あー、じゃあ離れたな。くっそー、そっちでも元気にやれよ……!」

 

「大げさな」

 

 ──そう思ったが、本当はこうして悔やむべきなのだろうか?

 

 時峰零時には、詳細な感情がない。表情もあまり動くことはない。あまりの仏頂面に、よく怒っているのかと勘違いされる。

 

 だがそれは正しくない。時峰零時はただ、何事にも靡いたことがないだけだ。

 

 感情が靡かない。だからこそ、心から何かに対して取り組んだことがない。

 

 人と心から打ち明けることもない。……それが間違っていることだと思っても、直すことができない。直し方を知らないからだ。

 

(感情はどこだ、あるいはないのか)

 

 そもそもからないものに、すがっていても意味はない。靡かない感情と一生向き合っていけばいい。

 

「──あれ」

 

 靴箱で話し込んでいたから、気づいた。ホームを通知する用紙は一枚。人が集っていて、それでもその奥から必死に覗き見ようとする姿があることに。

 

 小さい体だ。それこそ、女児といえるほどに。いくら頑張って背伸びをしたところで、自分のホームを確認するのには時間がかかるだろう。

 

「…………」

 

 別に、そうする義理はない。放ってそのまま自分のクラスに向かった方がいい。

 

 そうとはわかっているのに、零時は何故か男子用の制服を着た少女に向かっていった。

 

「名前は?」

 

「えっ、え、あ、……」

 

「お前の名前だ」

 

「え、えと……引裂……」

 

 名字か、あるいは名前か。しかしとんでもない名前だ。親は大層破滅的なセンスを持っていたに違いない。

 

 それだけ特徴的な名前だから、すぐに見つけることができた。零時は同年代よりは頭ひとつぶんくらいは身長が高いので、人が沢山いても壁に貼り付けられた紙を見るには厭わない。

 

 零時と同じ1ホームである。そうと伝えると、彼女は無邪気なほほえみを携えて、零時に言った。

 

「ありがと、助かった」

 

 その瞳は。

 

 どこまでも裏も、表もなく──故に、自分を映し出されているように思えたのだろう。

 

 その瞬間だけ、彼の心は激しく波打ったのだった。

 

「……礼を言われることじゃない」

 

「わ、かっこいい。知ってるよ、それ、クールってやつだよね」

 

「じゃあ、また教室で」

 

「あ、え、えっと……」

 

「どうした?」

 

 友人とはまだ話の途中だった。だから、その輪に戻ろうとする零時を、彼女は呼び止める。

 

 彼女は頬を赤らめつつ、小さく言葉を絞り出した。

 

「い、一緒に行かない?」

 

「……けど、俺は」

 

「行け! いっちまえ時峰!」

 

「いきなり可愛い子引っ掛けやがって……行って来いよコノヤロー!」

 

「……なら、そうするか」

 

 背後からのよく聞こえる囁き声に軽く頭を悩ませつつ、零時は彼女の提案に乗った。

 

 

「え、えっと……名前、なんていうの?」

 

「時峰零時」

 

「ん、じゃあ……時峰、でいいかな」

 

「好きに呼んでくれ」

 

「か、かっこいい……」

 

「…………」

 

 反応に困る。

 

 どうにもこの少女は、零時の雑な反応がクールなものに感じられるようだ。零時はただ話すのが下手なだけなので、そう言われると気まずく思える。

 

「僕もそうなれたらいいんだけどなー……時峰はすごいね」

 

「いや、別に……ん?」

 

 何かが引っかかった。零時は何に違和感を憶えたのかを考えて、すぐに思い至る。

 

 一人称だ。少女の口から放たれるにはやや特殊なそれが、嫌に馴染んでいる。本来女子がそういうと、どことなく演技臭く聞こえるものだが……そういったふうな違和感もない。

 

「……引裂」

 

「なにー?」

 

 首を傾げる姿。かわいらしく思えるその仕草。だが、しかし。

 

「お前、男か?」

 

「やだなー、当然だよ」

 

 その時の衝撃が、零時をかの魔法少女に惹きつけたのだろう。

 

 ──動くことはないと思っていた感情。それが大きく突き動かされたのはこれから先、村崎引裂のためだけだったのだから。

 

 

 

 

『我!! いず!! ウィナぁあああああ──!!』

 

『あああああああ天命が忖度したあああああああああ』

 

「煩いぞ馬鹿ふたり」

 

「フェリアうるさい。魔王様も静かに。メルが起きるの」

 

「……ぉん?」

 

「違うよ。まだ寝てていいから。よしよし」

 

「……ぉん」

 

 パソコンの画面で、両手を上げて勝ち誇る女性と、机に崩折れる女性の姿。

 

 このビデオ通話中にどうやらふたりだけでこっそりゲームをしていたようで、暴走する姿にフレンはため息をついた。

 

「……どうするんですか。まさかこんな事態になるとは思いませんでしたよ」

 

『まぁそうだよねー。えっと、こっちは魔法使えなくてパニックになってるけどそっちはどうなの?』

 

『こっちは……まぁ、生身の人間がふたりと羽の生えた猫が増えたくらいだな。部屋がちょっと狭くなった』

 

『ドーラさん、これほんとに相手に見えてるのです!?』

 

『興味深いな……この板で一体どうやって私たちを映してるのやら』

 

『ああこらふたりとも、邪魔するなって! ドーラさん、ごめんなさいね!』

 

『んふ、全然邪魔してもらってもいいんだぞ。ああそうだ、最近ちょっと寒いな。どうだ水槌、こっちに』

 

『やぁってらんねぇですよッッッ!!』

 

 ずどん、と鈍い音。行き遅れ(フェリア)が台パンしたんだろうな、とすぐに思いつき、フレンは嘆息した。

 

「──で」灘華が言った。「まだサキがどこにいるのかはわからないの?」

 

『昔みたいに術式で連絡取れたりしないからねー、調べようにも大混乱。こっち側の勢力はもうアテにしないほうがいいかな』

 

「情報源がない……か」

 

『一応、ツイッターとかで見つけられないかとかは調べてるけど……こっちは広大すぎて無理だねー』

 

「……どこか、能力を使えるところはないか?」

 

『全部駄目。可能性がありそうな魔神は消えちゃったし……お手上げかな』

 

「そうか」

 

「…………」

 

 どうするべきか。

 

 フレンは考える。

 

 勇者の力はもうない。今のフレンは出涸らしだ。常人よりも身体能力自体はあるが、けれどそれも一般的な達人程度のものに過ぎない。

 

 そんな身で今の村崎引裂と、もし戦うことになったら──なにができるのか。

 

『へいへーい、フレンビビってるー?』

 

「喧嘩売ってるのか?」

 

『む、喧嘩か? 混ぜろ』

 

『や、やれらぁ! 頂上決戦だぁ!』

 

「フェリア、この間からテンションおかしいの」

 

『うぐっ』

 

 そう言うと、彼女にしては珍しく沈んだ顔が浮かぶ。

 

『……正直、すごく不安ですね。今まであったものがなくなったんですから』

 

『気持ちはわかる。貴様、基本ゴーレム操作しか能がないもんな』

 

『んだとゴラァ!?』

 

「噛み付くなよ人間不信のチワワかお前は」

 

「人間不信のチワワ……かわいい」

 

『狂犬とよべぇーい!』

 

 どういうノリだよ。

 

「……お前らは何を話してるんだ……」

 

「あ、零時さん。起きたんですね」

 

 自分の部屋で寝転んでいた零時が、降りてきた。既に外出の準備をしている。

 

「どこに行くんですか? この間の傷、治ってないでしょう」

 

「動けるようにはなった」

 

「俺も行きます」

 

「いや、これは俺だけで行く」

 

「……どこに行くんです?」

 

 軽く脇腹を抑えて、零時は言った。

 

「知り合いに会いに」

 

 

 

 

 

 

 バイクに乗って、半日ほど。かつて訪れた、廃神社。

 

 ありとあらゆる奇跡はなくなったが、それでも変わらずに独特の雰囲気を持つ男は、少女と一緒にぽつりと縁に座っていた。

 

「──よぉ、零時」

 

「……奇跡、起きたんですね」

 

「おう。今日ここにいるのも、奇跡に違いねぇわなぁ」

 

「……あの、お師匠様。この方は……」

 

「お前と会えるきっかけを作ってくれたやつさァ」

 

「──まぁ」彼女は、少し瞑目して。「……本当に、ありがとうございます」

 

 零時は、何も言えなかった。ただ、目を瞑って──彼の長い祈りの果てを、ゆっくりと祝福した。

 

「……お願いがあります」

 

「おぅ、なんだ?」

 

「親友──村崎引裂を見かけたら、俺に連絡をくれませんか?」

 

「おぅ、任せろ。──で。それだけじゃないんだろ?」

 

「……よくおわかりで」

 

 男──和邇煉瓦は立ち上がった。そして、その拳を零時に見せつける。

 

「よく見てろ──こいつは誰だって、同じことができる。実際、俺は自然にできるようになった」

 

 ──始まりは、力強い踏み込みだった。

 

 理想的な肉体運びで、拳が振られる。それが岩に触れる。

 

 拳がその表皮を削り取り、爪痕を残した。

 

「……やっぱり、そういう技術はなくなってないんですね」

 

「ああ。気は使えねェが、こういうのはできるわけよぉ。結局、これは力の使い方だ。これを身につけると、ある程度動けるようになる」

 

「──お願いします。俺に、それを教えてください」

 

「おぅよ」男は笑って言った。「キツイぜ」

 

「それは……望むところです」

 

 零時は言った。それは本心だ。

 

 消え去った親友を取り戻すためなら、時峰零時は何だってしよう。

 

 それが彼の在り方なのだから。

 

 

 

 

 奇跡が消え失せたというのに街は一切変わる気配を見せない。それはそうだ。基本的に、奇跡なんて必要としない人間が大半である。奇跡はなくとも困ることはない。

 

 呪怨ほつれはケータイを突きながら、街の様子を観察していた。

 

 彼ひとりではない。同伴者はいる。それも、とびきりのビッグネーム。

 

「……長。これ、どうしようもなくないですか? 一言で言うなら──無理ゲーです」

 

「お前の貧相な語彙はともかくとして、まぁそうだな。呪術を取り戻すなど不可能だ」

 

「ならどうします? まさか恋愛ゲーみたいにコミュ回積み重ねるわけじゃないでしょう」

 

「お前そろそろ現実をちゃんと見たらどうなんだ?」

 

「性分でして」

 

 呪怨ほつれはそういう人間だ。自分でそう定義した。

 

 だが、しかし呪術がなくなったとあれば──ことばで自分を縛る必要も、もうない。

 

「名字、もとに戻そっかなー……」

 

「……本当に良かったのか?」

 

 男の言葉に、へらりと笑う。それが呪怨ほつれだ。いつも飄々としていて、どこかつかめない男。

 

「まぁ、今更昔の名前に未練はないですし。親もろくでもなかったし、今の名前は結構気に入ってますから」

 

「そうじゃない」男は言った。「()()()()()()()()()()──それでよかったのか、と聞いている」

 

「…………」

 

 そして、呪怨ほつれは。

 

 否。

 

 ──神薙ほつれは、難しい顔をして、ぽつりとこぼした。

 

「俺、主人公じゃないんですよ」

 

「そうか」

 

 それだけだった。

 

 呪怨ほつれはモブキャラだ。それ以外にはなにもない。だからこそ、誰かの物語に少しだけ登場するようなものが望ましいし──主役に認知されるなど、烏滸がましい。モブキャラはモブキャラらしく山も谷もない起伏に乏しい人生をおくるのが一番である。

 

「……それで」沈黙に耐えかねて、彼は言った。「魔神のほうはどうなんですか?」

 

「連絡はかろうじて取れる。だが、こちらに戻ってくるには難しいそうだ。向こうのほうで説得を試みるらしい」

 

「そうっすか。……しかし、まさかこんな事態になるなんてねぇ」

 

 呪怨ほつれは街を歩く。同伴者は、既に老躯であるが、年を感じさせぬ足取りで彼と並走する。

 

「自分の孫がやらかすなんて、まさか思ってなかったでしょう」

 

「否定すれば嘘になるな」長は言った。「やらかすのは息子(バカ)だけだと思っていたが……やはり、血は争えぬ」

 

「長だって相当ヤンチャしてたでしょう」

 

「そんな可愛らしい表現を使うのはお前だけだろうな、ほつれよ」

 

「俺、昔から表現が絶妙に下手だって言われるんですよねぇ……」

 

「それは……」

 

 長は言い淀んだ。長とあろうものが言い淀んだ。

 

 束の間の沈黙を破り、長が言った。

 

「お前、センス全般が絶妙に死んでるからな」

 

 ──呪怨ほつれはファッションセンスが死んでいる。

 

 洋服の上から半纏を羽織り、下はジャージにクロックス。そこそこ整った顔立ちを、服装が完全に殺していた。

 

 

 

 喫茶店にて。

 

「ヤローふたりで喫茶店って、なんかあれだと思いませんか? ギャルゲーで筋肉ルート選択するみたいな」

 

「肉でも食うか?」

 

「それはそれで嫌ですけどね」

 

「ならばあれか。スタバとやらに行くか?」

 

「俺スタバ行ったことないんですよねー。ああいうの、イキリ中高生が集るイメージ強くて地雷です」

 

「足の踏み場もないな」

 

 そんなバカ話をしながら、適当に注文をしてタブレット端末を操作する。

 

 チャットツールを展開し、選ぶのは自己主張の激しいアイコンだ。

 

 送られてきていた動画ファイルを開いて、テーブルに端末を置いた。

 

『──なーっはっはっはっは! こんな状況になったら私、大活躍であるな!』

 

『はいはーい、煩い黙れ黙って要点だけまとめろ』

 

『リースのくせに生意気であるな? 喧嘩か? 今なら私最強であるが?』

 

『イキるな合法ロリババアクソメガネ』

 

『あっれー!? 罵倒の語彙が堪能であるな!? いっつも人を罵るからそうなるのであるぞ!』

 

『事実を陳列しただけなんだよね』

 

 そのやりとりが暫く続いたのでほつれは黙ってシークバーを動かした。

 

『高度に発達した科学は魔法と見分けがつかない……ということでー、ちらっとオカルト入ってるであるが転送システムをちらっと作ってみたのである。命が惜しくないやつは私に言ってくれたらいつでも実験台にするからこいなのだ!』

 

「この誘いに乗るやついるんですかね」

 

「いるんだろうな」

 

 というか、知り合いにも結構いる。

 

 呪術師は基本的に命に無頓着なのだ。

 

『この調子でもっといろいろ造るから、期待しとけーい! なのだ!』

 

「……なるほど」

 

 端末をスリープモードにしつつ、テーブルの端に寄せる。タイミングよく店員が商品を持ってきた。

 

 ほつれにはコーヒー、

 

 長にはパフェだ。

 

「……あの、長」少し引き気味だったかもしれない。「イメージに合わないというか……その」

 

「ウケ狙いで注文した」

 

「自分でキリつけてくださいよ」

 

「このくらいわけないわ」

 

 と、言って実際にあっさり食べ終わるのだから恐ろしいものである。ほつれは甘いものが苦手だから、見ているだけでも少し気分が悪くなりそうだった。

 

 どうにか視線を甘いものから逃がそうと、ほつれは窓の外に目をやった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 神薙灘華が凝視していた。

 

 見なかったことにして、店内の様子に目を移す。女性客や、家族連れの客。ひとり客にカップルなど、いろんな客がいる様子だ。

 

「お一人様でしょうか?」

 

「いえ、待ち合わせてます」

 

 なるほど。逃げ場はないようだ。観念して、ほつれは正面に視線をやった。

 

 

「……サキのお爺ちゃん、なの? すごい人なんだ。おにいちゃん、すごい人と知り合いなんだね」

 

「俺は貴方の兄じゃありませんよ」

 

「酷い兄だな」

 

「ほんとにですよねー」

 

「…………」

 

 素晴らしく気まずい。

 

「……それで、貴方はなんでここに?」

 

「零時さんが知り合いに会いに行くって言ってて。おにいちゃんのことかなって思ったの」

 

「俺は彼と仲がいいわけじゃないので」

 

「……ふふ」

 

 嫌な笑みが浮かんだのを見て、ほつれは気まずさに目を逸らす。どうにかして、この状況を回避できないものか。

 

 果たして、ほつれの望みどおりに状況は進展した。

 

『──あー、あー、あー』

 

 ──端末が勝手に起動し、少女の顔を映し出した。

 

 それはほつれのものだけではない。店内のあちこちから同じ声が聞こえる。おそらくは全てのケータイの画面に映っているのだ。外を見れば、自分のケータイを見ている姿がよく見える。

 

『まいくてす、まいくてすてす。……聞こえてるかな』

 

「……向こうから来ましたね」

 

「おにいちゃん、貸して」

 

「待て。警戒しろ。呪われるかもしれないぞ」

 

『聞こえてるっぽいね。ならまずは自己紹介』

 

 そういって、モニターの向こうの少女は。

 

『私は神様。よろしくね』

 

 空を飛びながら──そういった。

 

『えーっと、この世界を発展させる手段を思いついたからー、ちょっと試してみよっかなって思ったの』

 

「……舐め腐ってますね」

 

『思った以上に文明の成長が遅かったからさー、もどかしくてね。だからちょっとこの世界を一気に発展させてあげようと思ったんだ』

 

 舌打ちひとつ。呪怨ほつれは考える。何が起こるのか、を。

 

『あとさ、言葉多すぎ。人も多いし、いろいろバラけすぎなんだよ』

 

 彼女は言った。

 

『──統一しなきゃね』

 

 そして、世界が動き始める。







 仙人は仙人になった瞬間なんかいろいろ目覚めます(ここガバ)


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爆弾魔

 光の柱が落ちた。それは周囲の大地を根こそぎえぐり取り、あまりの光量に離れていたとしても直視はできない。それでいて、近くにいたとしても熱をまったくかんじないのだから不可思議だ。

 

 光が晴れたとき、そこにはひとつの塔ができていた。

 

「……世界を貫いたか」

 

「なんです、それ」

 

「要はあれでまとめようってことだ。たぶん、他の場所にも同じ用に刺さっているだろう。そしてその座標はまとめられている」

 

「つまり……あれを使ったら簡単に外国に行けるってことですか」

 

「おそらくは、そうだろう」

 

 ほつれは納得する。一介のモブ呪術師であれど、術に触れているなら分かる原理だ。拡大解釈こそが術式の真価であり、進化。わけのわからない理論であれ、それが現実になってしまう以上この程度の理解は容易である。

 

「つまりは転移術式の大規模バージョンって考えでいいですか?」

 

「設置型のな。あれだけデカイ理由は……周囲から魔力を吸い取るためか」

 

「……つまり、あれは既存の原理ですか? 世界の発展がどうこう言ってましたけど、やってることは秘匿されてたもんを公に出しただけですか」

 

「……いや……」

 

 そこで、長は言い淀んだ。難しい顔がある。それはきっと、ほつれのようなモブキャラにはわからないものなのだろう。

 

 まだ何かがある? そう考えて、塔を見た。

 

 

『勘のいい人がいるみたい』

 

 

 そして、目があった。

 

「……!」

 

 確実に目があった。塔の上には少女が立っている。一瞬だけ、タブレットに目を移す。そこにはわかりづらいが、塔の鈍色がちらりと映っている。

 

 視線を戻す。間違いない。ほつれは視力に自信があるわけではないが、これでも多少の死線はくぐり抜けている。だからこそ理解できる。あれは間違いなく、そこにいる。見間違いではない。

 

「長」

 

「気づいてらぁ。嬢ちゃん、ここからあの塔までどのくらい掛かる?」

 

「えっと……目算だけど」神薙灘華は言う。「だいたい30分くらい」

 

 魔法少女は基本的に空戦が得意だ。距離感覚は他人よりも優れている。

 

「行きますか?」

 

「ああ。──既に、動いてるぞ」

 

 

 

 

「さて──どうしようか」

 

「お主も来たか」

 

「ああ。早いな?」

 

「嘗めるな。今でこそ力はないが、私は魔王だぞ?」

 

「……まぁ、そうだな」

 

 塔を眼前にして、勇者と魔王は合流した。

 

 以前のように圧倒的な力はない。月まで飛ぶほどの力は、彼には残されていない。

 

「……入るしかないか」

 

「登らないのか?」

 

「今の力でそれができると思うほどうぬぼれてない」

 

 つまり、塔の上にいるであろう村崎引裂のもとへと向かうには難しい、ということだ。

 

 真っ当に向かうには──塔の中から駆け上っていくしかないが。

 

「それで駄目だったらどうする?」

 

「なら別れるか?」

 

「そうしようではないか」

 

 と、決めたはいいものの、どうやらその必要はないらしい。

 

 地面を突き破り──巨大な猫が飛び出した。

 

『──ぉん』

 

「始まりの術式……の、抜け殻か」

 

「囮になろうか?」

 

「……いや」

 

 勇者は言った。

 

「倒すぞ」

 

「……正気か? 万全でも勝てない相手だぞ?」

 

「なんだ、臆したか?」

 

「……安い挑発だ」

 

「冗談だ。勝算はある」

 

「……乗ってやろう!」

 

 ──世界が水に沈んだ。

 

 けれど勇者は剣を抜いて、放たれた水の弾丸を()()()()()

 

「──やっぱりな」

 

「……ああ、なるほど。これならたしかに、勝算ありだ」

 

 世界の法則が塗り替えられる。勇者が剣を投げる。それが不可思議な軌道で、始まりの術式に刺さり──洪水が世界から消滅した。

 

 ──【神代回帰】。消滅したはずの、勇者の術式が、発動していた。

 

「……結界を張ったのはヤツ自身だ。しかし──それがヤツの首を締める」

 

「結界内部の世界は次元をズラして存在する。拡大解釈の上ではここは──平行世界ということになろう」

 

「ここは『術式が存在する世界』だと──拡大解釈したわけだ」

 

 故に、勇者はその力を行使できる。

 

 故に、魔王はその力を行使できる。

 

「さてさて──久しぶりに、しがらみもなく本気で戦える」

 

「……意外と繊細なやつよの」

 

「煩い」

 

 勇者は言った。それはきっと、押し隠してきた本音だった。

 

「勝手な定義で切り捨てるのは、──どうにもやりづらいんだ」

 

 

 

 

「お兄ちゃん、もっと飛ばして」

 

「あああああああああ他人事だと思いやがってえええええええ俺はお兄ちゃんじゃなあああああああああい」

 

「叫ぶ暇があるならペダルを回せ。遅いぞ」

 

 嘘だろ爺さん。

 

 平然と自転車に並走する長を見て、ほつれは戦慄しながら目に入る汗に眉を顰める。

 

 自転車はパクってきた。ママチャリとはいえ、相当飛ばしているのだ。これに並走してくるほうがおかしい。

 

「……青春の気分だ……」

 

「あ──! おーいほつれ──!」

 

「嘘だろシッショー」

 

 前方に、同じく塔に向かっていたと思われるほつれの師匠がいることを見て彼の目は死んだ。

 

 すれ違い間際、長が素晴らしい手際で少年をかごに乗せた。途端に重くなった自転車は、ふらつきつつもスピードを維持しようとする。

 

「青春ってクソ──!」

 

「若人がそう言うものじゃないぞ。俺が乗ってないだけマシだろう」

 

「長が漕げばよくないですか?」

 

「いいけど置いてくぞ」

 

「それでいいんですけどね……」

 

 呪怨ほつれはモブキャラだ。最終決戦に参加しないくらいでちょうどいいのだ。

 

 中途半端に強いせいで「な、なんだ!? お前らどうした!?」とか言った次のコマで殺されるようなモブではないのだ。

 

「ああああああつらああああああああああ」

 

「だ、大丈夫!? お兄ちゃん盛大にキャラ崩壊してるよ!?」

 

「家に帰ってゲームしたい……」

 

「……む、止まれほつれ」

 

「自転車は急にはとまれないー!」

 

「ふん!」

 

 強制停止した。吹き飛びそうになる体をなんとか抑えていると、空から竜が降りてくる。

 

「よし」

 

 長が自転車を担ぎ上げた。

 

「え、あの長なにやってんですか」

 

「お兄ちゃん……ぎゅっ」

 

「嫌な予感が……」

 

「着地はうまくやれよ」

 

「察した──!」

 

 

 そして、自転車と3人は宙を舞う。

 

 

 人間の筋力ではありえない、だいたいビル3階ほどの高さまで吹き飛びつつ、推進力を持った自転車は塔をめがけて進んでいく。

 

「きゃ────!!」

 

「着地どうすんだこれぇぇぇぇえええええええええ」

 

「こ、これ絶対着地の衝撃でかごのフレームがめちゃくちゃ痛いのだ──!?」

 

 灘華がほつれの背中にぶらさがった。

 

「ばーか! お前ばーか! この状態で動くなこける!」

 

「で、でも絶対このままいったら私のおしりが駄目になるの」

 

「知るかぁああああああああみんな駄目になるわぁぁぁあああああああああ!!」

 

「──おー、まい、ごっど」

 

「師匠──!?」

 

 地面が迫る。

 

 着弾した。

 

「あぐっふ」

 

「あああああああああいってぇえええええ」

 

 衝撃で少年がかごから飛び出すのを、なんとか右手をのばしてキャッチする。重たい足をなんとかまわして、ガタガタになった自転車で息も絶え絶えになりながら彼らは再出発する。

 

「おらぁ──! やったったらぁ──!!」

 

「お兄ちゃんまでフェリアになったの……」

 

「あんなことがあったら、そりゃあハイにもなる」

 

「背中がぁ……背中が痛いのだぁ……腕が枯れたときより痛いのだぁ……」

 

「かごに乗ってなくてよかった……」

 

 ひでぇ女だ。そう思いつつも、自転車を走らせていると、塔はもう目前だ。

 

「すっげぇぎちぎちいってるけど自転車大丈夫これ!?」

 

「やばい」

 

 ばつんッ! という大きい音のあと、ペダルが空回りし始めた。

 

「チェーン外れたわ」

 

「やばい」

 

「ブレーキ効かないわ」

 

「やばい」

 

 うーん、とほつれは一瞬考えて、

 

「──ダイナミック乗り捨てだ……!」

 

「やばい」

 

 かなりの速度がある。しかしこのままいけば塔の真正面ルート。

 

 かごから少年が飛び降りた。着地に失敗してこける様子は瞬く間に視界から消える。

 

 塔の入り口に入るコース。サドルに両足を置き、蹴り飛ばすようにして後ろに飛び退く。塔の中に入った自転車はある一定まで進んでその場から消滅した。きっと外国のどこかの塔から飛び出してくるのだろう。着地ミスで地面に倒れ込みながら、ほつれはそんなどうでもいいことを思った。

 

「お兄ちゃん! 登るよ!」

 

「無茶言うなお兄ちゃん言うな」

 

「酷い目にあったのだ……」

 

 しかし、と思う。後ろを見て、ほつれは考える。

 

「……どうして足止めの必要が?」

 

「ここから誰かがくると邪魔だったとかじゃないの?」

 

「……いや、それはない気が──」

 

 ──ちゅどぉ!! という音と共に、極大の爆発が起こった。先程ほつれたちが通ってきた道である。

 

 地響きのような音。そして、甲高い──少女の、声のような音。

 

 そして、彼ら──長と、ソアラ・グレインフォードが、先程のほつれたちに追いついた。

 

「はーっはっはっは! 私の技術を舐めるなー! 特技は無差別の毒殺であるぞー!!」

 

「お前の地獄みたいな特技はどうでもいい」

 

 はっはっは、と笑う彼女はちらり、と空を見て。

 

「この上にさっちゃんがいるでいいのであるな?」

 

「ああ。今もいるぞ、しっかりこっちを見ている」

 

「わお」

 

 次に塔に視線を移して、触れてから「ふむふむ」と言った。

 

「よしわかった」

 

 

 そして一切の躊躇なく爆破した。

 

 

「わひゃ──!?」

 

 そんな声が、上からした。へし折れた──どころか跡形もなく消し飛んだ塔の上から、少女が降ってくる。

 

「あっ──」声だ。少女の声。「たまおかしいんじゃないのかな……!? 人が上にいるってわかってなんで爆破するのかな!? 私、すっごいわかんないんだけど……!」

 

「やるじゃないか」

 

「いえーい、もっと褒めるのだ」

 

「無視したなぁ!? この私が! 至極まっとうな意見を言ったというのに!!」

 

「自分で主張するのやめとけよ、痛いぞ」

 

「あーすっごく怒りそう」

 

 まったく、といいつつ、彼女は軽く手を持ち上げた。

 

 直後に塔が再建された。

 

(あ、しれっとヤバい能力使ってるわ。モブキャラには荷が重いなぁ)

 

 そう思いながら、ほつれは疲れた体に鞭打って、神を名乗る少女を見据える。

 

(──そう言えば。今……他の神様は何をしているのやら……)

 

 手を貸してくれると嬉しいなぁ、と思いながらほつれは手を握り締める。

 

 

 

 

「ノスタリアの『の』ーはー、野原ひろしの『の』ー!!」

 

「なんでそうなるのか僕にはまったくわからないんだけど」

 

「ノスタリアの『す』ーはー、すげぇウザいの『す』ー!!」

 

「喧嘩なら買うけど」

 

「ノスタリアの『た』ーはー!! たくさんお食べの『た』ー!!」

 

「意味がわからないよ」

 

「ノスタリアの『り』ーはぁああああああああああ!! リカちゃん人形の『り』ー!!」

 

「は?」

 

「あ、開いた。リカちゃん人形で開いたぞ」

 

「うっそだー……」

 

 空の向こう。言葉のとおりではなく、もっと概念的なそれ。

 

 その向こうに封印されたふたりは、今も封印を解除しようと奮闘中である──!!



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男、疾走。

 ──空気が張り詰める。世界でも有数であろう、生身で戦ってきたものたちが纏う戦意だ。

 

 一触即発の、さながら剣のような闘気に目を細めながら少女は言う。

 

「それで──」どことなく、違和感のある話し方だ。「あなた達は私の邪魔をしたいのかな?」

 

「そうなるな」

 

「まさしくそのとおりなのだ」

 

「なら、そんな気も起こらないくらいに潰してあげようか」

 

 ──空気が揺れた。

 

 まず一番最初に狙われるのは、間違いなく眼鏡の少女──ソアラだろう。現状、一番破壊力を持っているのは彼女だ。なにをしてくるのかわからない、というトリッキーさも持つ。一番警戒されているのは、彼女のはずだ。

 

(──の、はず……!?)

 

「まずはひとり」

 

 しかし、真っ先に狙われたのはほつれだった。

 

 直接攻撃。今までの彼女にはないそれは、しかしほつれにとっては有効だった。直接的な喧嘩は、あまり得意ではないのだ。

 

 呪怨ほつれの得意分野は呪い合戦。しかし現状、呪術は使えない。ゆえに得意分野は潰され、こちらは攻撃手段を持たない。だから、狙うのは一番最後だと思っていた。

 

 だが──

 

「せい!」

 

「──っ、よく追いついたね!」

 

「その程度の速さなら追いつける」

 

「じゃあ、先にあなただ」

 

 割って入った長が彼女を弾き飛ばした。

 

 始まるのは高速戦闘。身体強化もない人間の目には追えないほどの戦闘が──そこで、繰り広げられている。

 

「……っ」

 

「わぉ……お爺ちゃん、強いね」

 

「ああ。あの人は物理型の呪術師だからな」

 

「物理型?」

 

 んーと、と前置いて、

 

「基本的に呪術師って身体強化術式を持たないんだよ。基本超遠距離から悟られないうちに呪い殺すから。ただ、どうしても素で殴り合うことがあったりもする」

 

「なるほどなの。え、じゃあお爺ちゃんのあれって」

 

「完全に素」

 

「……魔法とかよりそっちのほうがファンタジーじゃないの?」

 

「ですよねぇ」

 

 この戦闘に割って入れるものは、相当な使い手でなくてはいけないだろう。いよいよ自分が場違いに感じて、ほつれはためいきをつく。

 

「──俺はモブ術士なんですけどねぇ……」

 

「……質問なの。お兄ちゃんのそれ、()()?」

 

「おっと鋭い。大正解ですよ」

 

 だからこそ起こせる奇跡がある。

 

「相手が魔力の攻撃を撃ってきたら、手札はあるんですけど……」

 

「私が()()に気づいていないと思ったか?」

 

「ですよねぇー。……いつのまに後ろに?」

 

「今この瞬間──」彼女を腕を振り上げて、「だ!!」

 

 振り下ろした。

 

 衝撃。前方に吹き飛ぶ体。地面に落ちそうになる。手をついて、衝突を回避する。

 

「手首ひねった……」

 

「おにいちゃん、ドジだよね」

 

「どうにか戦いの土俵を作らないと……」

 

 しかしこちらに攻撃が来たということは──

 

「……ひょっとして今のサキ、お爺ちゃんより速いの?」

 

「そんなサラマンダーみたいな……」

 

「いや、実際速いのだ。見えてないとは……まだまだだな!」

 

「マジか」

 

 喉になにか絡まっている。吐き出すと血だった。

 

「……内臓が逝った……」

 

「わぁ──!?」

 

「あいるびーばっく」

 

「それは違うの」

 

 それは冗談として、とにかく勝算が見込めない。

 

 それはそうだ。向こうが魔法ありなのに対して、こちらはそれがない。この時点で戦いとしては子供の集団対プロの格闘家みたいなものである。

 

 勝てるか。

 

「術式さえ使えれば……」

 

 かすかに見える残像は、ビルを蹴っての空中戦へと変化している。こうなるといよいよほつれには何もできない。

 

 この空中戦はどうしようもないのか、なのだ系眼鏡少女までこちらに向かってきた。

 

「いやー、まずいのだ。これどうする?」

 

「どうするもこうするもどうしようもなくないですか?」

 

「およ、さっき手札があるって言ってたのはどうなのだ?」

 

「魔力がないからどうしようもないですね……」

 

「魔力……」

 

 彼女がぽん、と手をうった。

 

「魔力なら、たくさんあるのである」

 

 そして彼女が指したのは──塔だ。

 

「名案ですね」

 

 ほつれもぽん、と手をうった。

 

 

 そして、塔が再び爆破された。

 

 

 「なぁ──!?」という少女の叫び声が聞こえるが、今は無視する。ほつれはその塔の残滓に触れる。

 

 そして──残骸に込められた魔力を、根こそぎ吸い上げた。

 

「──!」

 

 途端、上の神様が焦ったようにほつれに敵意を向ける。けれど遅い。

 

 既に体中を、魔力が満たしている。

 

 先程は周囲から根こそぎ魔力を奪う塔が、ほつれの中に残った魔力を根こそぎ吸い上げていたからこそできなかった『術式の存在しない世界』においてのほつれの切り札。

 

 既に一度、使えることは確認している。

 

「人の体質までは消え去ってないようで──!」

 

「くっ、この──!」

 

 目の前に、巨体が転送された。それは巨大な猫のように見える。それが始まりの術式だと気づいて尚、ほつれは切り札の発動を止めない。

 

「どっ」

 

 ──拳を振りかぶった。

 

「せぇぇぇぇえええええええええい!!」

 

 そして、世界に風穴が開いた。

 

 その世界の裂け目から飛び出したのは──ふたりの人影と、車だった。

 

 それだけではない。世界を穿ち──限定的に、消え失せた幻想が姿を見せる。消し飛んだ世界の法則が復活する。

 

 世界の法則が屈服する。始まりの術式が後ろに吹き飛んだ。

 

 その前に、ふたりの人影が立つ。

 

「まだいけるか?」

 

「当然。むしろあったまってきたところよ」

 

「よし、──行くぞ」

 

 剣が先の先を奪い、始まりの術式を引き裂いた。

 

 こちらはふたりに任せるとする。もう片方へとほつれは視線を向けた。

 

「──はーっはっはっは! 中々根性のある坊主だぁいくぞノスタリアァ──!!」

 

「遅いぞ、もっと飛ばせ」

 

「了解!」

 

 ビルの壁面を車が駆けた。上半身を窓から乗り出した魔神が世界に干渉する。

 

 ほつれが作ったきっかけから、世界が喪ったものを取り戻された。

 

 そして、──魔女はその手にステッキを取った。

 

「ゾラ。──やるよ……!」

 

『了解──』

 

 飛び立った。残されたほつれは、座り込んで彼女を見上げる。

 

「……置いていかれたであるな」

 

「ま、俺の役目はこれですから。ちょっとピンチの時の打開案を提示するだけのモブがお似合いですよ」

 

「『いつも物語の核心には至れない』」

 

「…………」

 

「それがお前の縛りなのだから。……選んだことを後悔するか?」

 

「……ええ」

 

 呪怨ほつれは──神薙ほつれは。

 

「今は、違います」

 

「……そうか」

 

 

 

 

「はーっはっはっは──! 父より優れた息子など存在しねぇ──!」

 

「絶好調だな」

 

「そりゃあもう! まさか爺とふたりで息子とやりあうことになるとは思わなかったけどな!」

 

 言って、魔神──村崎秋雨は車の窓から飛び出した。重力で自由落下しそうになる車をノスタリアが無事着させつつ、魔神は空を駆ける。

 

「ち……あの封印を……」

 

「おう、リカちゃん人形の凄さを思い知ったわ」

 

 まぁ、と続ける。

 

「とりあえず降りて話そうか」

 

 そして、振り下ろした拳が少女を地面に叩き落とした。

 

「……なるほど」

 

「悪いが俺は」そして、地面に降り立った男は言う。「もともと物理派だ。魔法使いになったのは両腕が千切れたときの対策だぜ」

 

「面倒な手合いに見える」

 

「もともとはステラのほうに魔法全般任せてんだ。おら来いよ不良息子。グレたお前をぶん殴って叩き直すお父さんだ、感謝しろ」

 

「不良息子はお前の方だろうが」

 

 その隣に、老人が降り立った。

 

「親子喧嘩しようぜ? もちろん勝つのは俺だ」

 

「いいや、俺だ」

 

「おっ、三つ巴やるか? それもまた一興だな」

 

「あなたは……」

 

 彼女は困惑を色濃く映し出している。どうしても理解できないといった顔だった。

 

「どうして、私の邪魔をする? わかるでしょ、この世界の進みは遅い。どうにかして進めないと」

 

「まぁ落ち着けよ。案外現状のままでも、困ることはないだろ」

 

「なんで? 私の造るとおりにすれば、死者は減る。限りなく減らせるのに」

 

「死なないことがいいことなのか、っつー話なんだぜ。死んでも誰かを助けたいー、って思うやつがいる理由がわかるか?」

 

「…………?」

 

「そうか」

 

 魔神は拳を構える。

 

「──ま、ならあとは若人に任せるだけだ。それまでのつなぎで悪いが、ちっとだけ殴り合おうぜ!」

 

「脳筋が」

 

 そして、拳が衝突した。

 

 

 

 

「──【神代回帰】」

 

 世界の法則が重ねがけされる。既に満ちていた確定勝利のルートは、重ね合わさったことにより相手に絶対敗北を押し付ける。

 

 打ち込まれた砲撃が始まりの術式をえぐり、着実にその体を弱らせていく。

 

 空間を引き裂いて、一匹の猫が現れた。

 

「……ぉん」

 

 その猫が、始まりの術式を吸い込んでいく。

 

 そして、その姿が完全に飲み込まれた。

 

「──ぉん」

 

「なんとかなったか。……いやぁ、疲れましたね」

 

「……というか、お主【神代回帰】パクられておるでないか」

 

「ははははは。……俺も【ノスタルジック・グレイ】パクろっかな」

 

「やめい」

 

「……おつかれ、なの」

 

「マジで疲れた。……そちらこそ、お疲れ様です」

 

「いえーい」

 

「女の子がそう足を広げるんじゃありません」

 

「勇者様ったら、えっち……なの」

 

「はっはっは。斬ってもいいですか?」

 

「野蛮人……!」

 

「冗談ですよ」

 

 そういって、フレンは周囲を見渡した。

 

 きっと、彼もこの場に向かっているのだろう。故に──心配はない。

 

「……これ、今も放送されてたりするんですかね」

 

「む、……どうなのだ?」

 

「えーっと」灘華は言った。「今も中継されてるの」

 

「魔法の秘匿はもう不可能じゃないですか?」

 

「そうだね」

 

 と、会話に入ってきたのは神……ノスタリアだ。

 

「できるといえばできるけど……まぁ、する必要がない? って感じかな」

 

「え、どういうことですか?」

 

「んーと」と、言ってノスタリアは指を軽く回して、言葉を組み立てた。

 

「あくまで超技術として受け入れられてる感じなんだよね。だから、普通にそのままで通りそうというか」

 

「あー……なら、必要はないのかな?」

 

「まぁそれは今後として」

 

 彼は少女のほうに目線を向ける。

 

「──彼女のヤンチャは、もうすぐ終わるかな」

 

 

 

 

 

 

 状況は、あまりにも劣勢。魔神はそれだけ圧倒的だった。

 

 半分涙目になりながら、少女は声を放った。

 

「あーもう! 今日は帰るもん!」

 

 体が薄くなっていく。空の向こうに帰るつもりなのだ。

 

「……間に合ったな」

 

 魔神は呟く。

 

 そして、消える瞬間に──飛んできた男が、彼女を抱きかかえた。

 

「──間に合った」

 

「……あなた」

 

 自分を抱きとめている相手に、少女は目を丸くした。

 

 ここは雲の上。人間が立ち入ることのできない、空の彼方。

 

 

 

「ようやく捕まえたぞ──サキ」

 

「……。誰?」

 

 

 ──時峰零時は、村崎引裂の下へと、たどり着いたのだった。




想定より伸びたぶん巻きで。


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おしまい

 ──昔から()()だった。

 

 情動の薄い俺に感情をくれたのは、いつだってそいつだった。初めて出会ってから、ずっとそいつは俺に何かをくれた。

 

 だから、そいつのために戦うことを決めた。死んでもいいと思えたのは彼が初めてだったから。

 

 いずれ人は別れ、忘れていく。思い出すことだって難しくなることがある。それでも──出会い、その一瞬を分かち合うことはできるのだ。

 

 そうでなければ、これだけの人がわざわざ戦いに赴くことがあるか。

 

 ──そう思う。

 

 

 

 

 床に押し倒された少女が、小さくいった。

 

「……誰?」

 

 本当に誰だかわかっていない様子だ。

 

 おそらく、勇者と戦っているとき──なにかがあったのだろう。零時が気づけなかった何事かが。体を同じくしているのに気づけなかったということはもっと高位の次元の事象だろうか。

 

 会って、何をいうのかはもう決めていた。

 

「お前を迎えに来た」

 

「私は、そんなの頼んでないよ。それに答えになってない」

 

「そうか。名乗るほどの名前でもないが、名乗ろう。──時峰零時。お前の親友だ」

 

「……私の?」

 

 心底わからない、といった顔だった。上に乗った零時をはねのけ、その体を起こす。

 

「……あなたが一体、何をしたいのかはわからないけど……ん? ひょっとしてあなた──」

 

「……」

 

 ……なんだ?

 

 少女が零時の顔に手を当て、疑問の声を上げる。

 

「……おかしいな。あなたみたいな人……知らないのに」

 

「……?」

 

「……なるほど。バグかな? なら排除しないと駄目だね」

 

 そのまま、首に手が伸びてくる。

 

「──!」

 

 後ろに体をずらして、それを回避した。

 

 かろうじて、と言ったところだ。かなり危険だったかもしれない。

 

「ん、そう簡単には壊させてくれないか」

 

「──ちっ」

 

 手を横に振り抜いた。

 

 融合し、己の体の中にあるベルトは、零時の意識で呼び出すことができる。素早く腰に巻きつけ、手を触れる。

 

 同時に彼女が動き出した。踏み込み。それだけで、あっという間に距離は半分になる。

 

 彼女の歩幅からすれば考えられない加速。静止の状態から、その動きができるのは素直に恐ろしい。

 

 だが、その動きは、既に遅い。

 

 零時のベルトは音声の認識を求めない。

 

 手を触れる。その時点でもう、変身は可能なのだ。

 

 爆発。体の表面を、機械的な装甲が覆う。

 

 しかし顔だけは、目元を覆う透明なゴーグルがあるだけだ。それ以外の装備はない。

 

 それでいい。時峰零時は、既に仮面を必要としていない。

 

「はっ──!」

 

 伸ばされた手は、しかし圧倒的な加速のせいで崩れている重心のバランスを崩すにはちょうどいい。

 

 手を取って、背後に投げ飛ばす──力は最小限に。投げるのに、己の力はいらない。自分がそれに力を使わなくとも、世界にはたくさんの力で溢れているのだ。

 

 投げ飛ばされた彼女は、空中で体勢を立て直して、着地した。

 

 その顔には、驚愕が映し出されている。

 

「あなた──」

 

「どうした。俺を排除するんじゃなかったか?」

 

「……」

 

 小さく、魔力の躍動を感じた。

 

 勘に任せて飛び出せば、足元から魔力の奔流が突き上げる。

 

(追ってくるか)

 

 自身の足元の軌跡を、魔力が彩った。蒼のそれは、一見すると華々しいが、触れると己の肉が焼ける。

 

 術士の集中を乱すしかない。

 

 ただ、相手もちょっとのことでは術式の発動をやめないだろう。

 

「!」

 

 上から、魔力が降ってくる。

 

 足元から飛び出した魔力が、そのまま零時めがけて落ちてきたのだ。

 

 それはかつて彼女に食らった『ぷちめてお』のようであり、しかし威力はそれとは比べ物にならない。さて、どうするか。

 

 殆ど思考の時間はなかった。

 

 零時は自身のベルトに触れる。時間が停止し、魔力の雨の間をすり抜けた。

 

 時間が再び動き出す。魔力はお互いに干渉しあい、消滅した。

 

「──なるほど、その力だね」

 

「解かれたか」

 

 間一髪だった。時間停止に干渉されたのは、これが初めてだ。時間が停止しても問題ないように対策されたことはあるが。

 

 またそれとは違う。相手に()()()()()()()のだ。

 

 次からは、時間停止は通用しないだろう。一回限りの切り札を早々に使ってしまったのは痛い。

 

 だから、踏み込む。

 

 遠距離に離れられることが一番危険だ。だからもう、撃たせない。

 

 ──拳を放つ。

 

 溜めは一瞬。それで最大に溜めをできる。それよりは、大地から練り上げた力のほうが重要だ。それを殺すことなく推進力に変えられれば、激突の衝撃はより強く、力強くなる。

 

 ガード越しからでもダメージを与えられたようで、少女の歪んだ顔を認識した瞬間に次を放った。

 

 しかし、次の攻撃は対策された。背後に跳ぶことで威力を殺される。もっと速く衝撃を通す必要がある。

 

 つまり、もっと速く──

 

「流石に半日じゃモノにできないか」

 

「驚いたぁ──君、仙人になりかけてるね」

 

「冗談だろ、まだろくな修行積んでないぞ?」

 

「いや、これは昔から──いや、そんなことはいいや」

 

 打突はもっと素早く。だが逸るな。力は付随する。

 

「これはどうかな?」

 

 上空から、糸が降る。それは斬撃の糸だ。だがその隙間をくぐり抜けることは可能。体を糸に触れない位置に滑りこませ、そして気づく。

 

 糸は広い範囲に散らばっている。その穴は、かなり大きい。

 

 とても零時を狙ったようには思えない──ならば、どこを狙ったというのか?

 

「しまっ──」

 

 言葉よりも早く、糸が床に接した。

 

 そして、透明なそれを断割する。

 

 固定していた魔法も消滅したのか、床は落下していく。それに乗っている零時も同じくだ。

 

 どうする? と考え、すぐに決めた。ぶっつけ本番だが──やるしかない。

 

 透明であるが、床の欠片はしっかり見える。自分の場所が一番に崩れたようだ。上方に、破片が散らばっているのが多くみえる。

 

 それをめがけて、零時は跳んだ。ほぼ直角と言ってもいい、その破片。それの上を蹴り、走って少女のもとを目指す。

 

「させないよ」零時めがけて、蒼の魔力の奔流が放出された。「──落ちて」

 

「落ちるか──!」

 

 殆ど、奇跡のようであった。相手の攻撃に気を配りながら、一歩間違えると自由落下という状況の場所を駆け抜けるなど。

 

 そして、零時は再び舞台へと舞い戻る。

 

「──しぶといね」

 

「しぶといって……それが親友に言うことか?」

 

「だからぁ……僕は君なんか知らないって」

 

「────」

 

 思わず、笑ってしまった。そんな零時を怪訝そうに少女は見る。

 

 だが、しかし──仕方ないだろう。あまりにも懐かしい響きだったのだから。

 

「知らないならそれでいい。思い出させてやるだけだ」

 

「……むぅ……」

 

 ──やはり、彼女は何一つ変わっていない。

 

 仕草も、何もかも、よくわかる。

 

 彼女に一体なにがあって、どういう理由で零時のことを忘れたとしても、それだけは変わらないだろう。

 

「いくぞ、サキ──!」

 

 拳を放つ。

 

 これまでの何よりも、理想的な体の運びで打てた。

 

 零時の、機械的なアーマーの腕が赤を帯びる。あまりの速度に空気と擦れあい、摩擦で熱が発生したのだ。

 

 そして、その拳が彼女を打った。

 

 何よりも、会心の手応えだ。受けた彼女は、目を見開いて停止する。

 

 それは一瞬の出来事だったかもしれない。だがしかし、それは零時の前で晒すには長すぎる隙だ。

 

 拍子もなく、最初から最高速で零時の拳が放たれ──そして、少女の防御を弾き飛ばす。

 

 体勢を崩し、後ろに崩れ落ちる少女。

 

 零時がベルトに触れた。途端、ベルトは発光し、零時の足が赤熱化する。

 

 地面を蹴り、空中で一回転。

 

 背部から虹の粒子が噴出する。とある龍王の、暴虐の再現として組み上げられたその奔流。しかし、それは贅沢にも──推進力を増すために使われる。

 

 零時がかつての戦いで、何よりも頼りにしたその必殺技。勇者との戦いで、しかし彼にダメージを与えられなかった必殺技は──かつてよりも遥かに出力を増し、今、放たれた。

 

「はぁ──ッ!」

 

「…………っ」

 

 先程までとは比べ物にならない、魔力の奔流が放たれる。

 

 まるで彗星のような、莫大な魔力を注ぎ込んだその奔流。

 

 ──世界など、容易に壊してしまうだろう、そんな砲撃。

 

「まだだ──!!」

 

 それを前にして、更に力強く粒子は噴出される。

 

 零時の体自体が、熱でダメージを負うほどの状態にあってなお、彼はその出力を強めたのだった。

 

 ──拮抗が、崩れ始める。

 

「な──なんで!?」

 

 理解ができない、という声だった。

 

 それもそのはず。ただの人間が、対抗できうるようなものではないのだ。

 

 しかし──それでも。

 

 それでも尚、時峰零時が優勢である理由は。

 

 

『──ぉん』

 

 

 小さく、声がした。

 

 それに、零時は笑う。

 

「そうだよな」

 

 世界が弾ける。

 

 視界を妨げていた魔力の奔流は、完全に零時に破られ──呆けたような少女の顔が、そこにはあった。

 

「──おおおおおおおおぉぉぉ!!」

 

 

 そして、零時の()()が、少女へと触れた。

 

 

 ──芽吹いた。

 

 時峰零時の新しい能力が、発動する。

 

 それは記憶。

 

 これまで、零時が彼女と一緒に生きてきた記憶が、少女に流れ込んだ。

 

 ──着地する。体は熱を帯びていて、とても熱い。装甲は一部溶けているところもあった。変身を解除して、火傷している部分の多い体を外気に晒す。

 

 そして、零時は少女に手を伸ばした。

 

「──迎えに来たぞ」

 

 顔を赤くし、俯いていた少女は、その言葉に顔を持ち上げる。

 

 そして、零時の手を見つめ──おずおずと、その手を差し出した。

 

 手が触れ合う。零時が少女を引っ張り上げると、恥ずかしそうに少女は笑って、

 

「その……ありがと」

 

 と、笑う。

 

「別にいいさ」

 

「その……な、親友」

 

 少女は零時の手を取って、緊張にその喉を鳴らす。

 

 『??』と零時が頭の上に浮かべたのを見て、少女は焦って上ずった声で、

 

「わ、私も──お前のことが、好きだよ」

 

 そう言った。

 

「……はは」

 

「……ふ」

 

「──はっずかしい……!」

 

 そして顔を覆った。

 

 そんな彼女を見て、零時はなんとなく視線を逸らす。

 

 そこで、綺麗な日の光が目に入った。

 

「──おお」

 

 思わず、そんな声が出てしまうほどだった。空の上からこうして、空を見るのは初めてだ。

 

 いい天気である──そしていい日だ。

 

「──帰ろう」

 

「……ん。あ、あの……親友。ちょ、ちょっと待って」

 

「ん?」

 

 その言葉に、彼女のほうに顔を向ける。

 

 どうしてか問う──それより先に。

 

 宙に浮いて、零時の顔の高さに視線を合わせた少女が、彼の唇に唇を重ねた。

 

 ──術式が展開される。それがふたりを包むようにまとわりついた。

 

 知っている。これには覚えがある。

 

 血族の契約だ。

 

「──懐かしい」

 

「でしょ? やっぱり、これがあってこその私達かなって思って……」

 

「……そうだな」

 

 自分たちだけのの関係には、これが一番合っている。

 

 時峰零時は、そんなことを思った。

 

 

 

 

 

 長い戦いだった、と思う。

 

 実際にはそうではなかったかもしれない。

 

 辛いこととはいえ、終わってしまえば笑い話にできるものだ。

 

 本当につらいことはその限りではないかもしれないけれど、少なくとも何回も死んだりするのに関してはそうだった。

 

 ……私がするべきではないのかもしれないけど。

 

 私のやったことを許せない人はいるだろう。たった1週間とはいえ、世界から術式が消えたことでどれだけの影響が出たのか計り知れない。

 

 ……新しい術式を齎したことで許してくれた人も多いけど、その1週間だけでどれだけの人が死んだのか。

 

 私の体はひとつだ。危ない人にはこっそりと術式を使って治したりもしていたけど、だからと言って全員にそれができたわけじゃない。

 

 ──だから、私のやったことを肯定する気はない。

 

「いろいろあって忘れてたけど──とりあえず、20歳の誕生日、おめでとう」

 

「……零時もおめでとう」

 

 そう言って、お互いに包みを差し出しあった。

 

 ──さっきまではいろんな人が来ていたけれど、みんな夜遅くになる前に帰った。だから、ここには私と零時だけがいる。

 

 先程までの賑やかさに慣れたから、少しばかり沈黙が気になるけど。

 

 それでも、この静かさが心地いいようにも感じる。

 

 交換した包みを開けると、そこには髪飾りがあった。

 

「…………」

 

 自分の渡したものとの落差で少し、目を逸らしてしまう。

 

 まさかこんなに真面目なものが送られるとは思っていなかったのだ。

 

「これは……?」

 

「……うぅ、なにがいいのかわからなくてニンテンドープリペイドカード買ってきたんだぁ……」

 

「……まぁ、お前らしいといえばお前らしい」

 

「やめてやめてそんな慰め聞きたくないよぉセンスなくてごめんねぇ」

 

「いや、別にいいけどな」

 

 床に倒れ伏す私の頭を零時が撫でた。

 

「……親友ぅ」

 

「なんだ?」

 

「……好きだよ」

 

「俺もだ」

 

 ──まったく、まさか私のほうがオチるとは思わなかった。

 

 けどまぁ、そんなことがあっても別にいいか。

 

 ──なんて。

 

『──ぉん』

 

 メルが鳴いた。

 

 どことなく、嬉しそうな声だった。

 

 

 

 これから、どんな困難があったとしても、突き進んでいけるような気がした。

 

 錯覚でも、そんなような気がしたのだった。







 これで完結です。だいたい二ヶ月くらいかな?お疲れさまでした。
 作者的な意見ばちこりのあとがきを活動報告に掲載するつもりですので、興味のある方はぜひ。

 読了ありがとうございました。


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