闘神は踊る (カサミノ)
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原作開始前
闘神と天空の巫女


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「師匠! 師匠!」

 ギラギラと太陽が照り付ける砂漠のど真ん中で目を覚ます。師匠と一緒に寝ていたはずだが何処にもいない。唯一信用していた師匠は何処に行ったのだろうか。探しても探しても見つからない。

「師匠! 置いていかないで!」

 探しても探しても見つからない。声が枯れるまで師匠を呼び続けた。喉が渇いて痛くても呼び続けた。でも、師匠は見つからない。

「師匠……。何処にいったんだよ……」

 師匠を探している内に俺は力尽きてしまった。最愛の師を見つけることは叶わず、このどこまでも広がる無機質な砂漠で死ぬんだ。そう思った時だった。

「おい、坊主どうした?」

 大きな手が差し伸べられた。そしてその手をとって…………。

 

 …………懐かしい夢だな。今日はかつてない大仕事に向かうからだろうか。俺が妖精の尻尾に加入する時の事を夢に見てしまった。

「気合入れてくかぁ〜」

 顔を洗おうとベッドから立ち上がり、ふと時計を見て気がついた。今からだと多分列車に間に合わない。

「やばいやばいやばい」

 急いで顔を洗って昨日準備していたリュックをからって全速力で駅に向かう。俺の魔法を使えば間に合わんこともないが街にも少しばかり被害が出る。妖精の尻尾はタダでさえ街への被害を出し過ぎて上から怒られてるんだ。問題をこれ以上起こす訳にはいかん。

 街の時計を見る感じ頑張れば間に合いそうだ。大丈夫、俺はやればできる子! 

「ひぃー、ひぃー」

 なんとか無事に駅まで着いた。しかし、夏場なのに走るんじゃなかった。全身から汗が吹き出したせいで服が身体に張り付き凄まじく不快だ。

 そして、走り過ぎて呼吸音が大変なことになって周囲の注目を集めてしまっている。これから大仕事だってのに締まらねぇなぁ。

 荒い呼吸で周囲の注目を引きながら目的地に向かう列車に乗って今回の仕事内容の確認をする。

 今回の仕事内容は凄く単純。人里を襲う魔獣の群れの駆除。人物の護衛とか荷物の警護なんかはダルい事になりやすい。それに比べ、駆除や討伐などの依頼は凄く簡単なんだ。魔法でぶっ飛ばすだけだからな。

 簡単だけど今回のは規模が大きいんだ。そいつらのせいで小さな村が壊滅状態に陥った事もある程だ。

 走ったし腹減ったな。そういや弁当を買って……ないな。焦ってたから。……やばいな。俺は飯を食わねぇと魔法が使えないんだ。こりゃあ、車内販売で弁当を買って補給する必要があるな。

 腹を鳴らしながら空腹にひたすら耐えているとお待ちかねの車内販売がやってきた。

「注文をどうぞ」

「かしわ飯弁当を十五個とお水を下さい」

「かしこまりまし…………十五? 食べ切れるんですか?」

「もちろんです」

「返品は受け付けませんよ?」

 訝しむ目が俺に突き刺さる。この人美人だから余計ダメージがあるよ。いつもの事だから慣れたけど。仕方ない魔法を使う為なんだ。

「えぇ、大丈夫です」

 渋々といった様子で弁当と水をくれる。受け取るとすぐに開いて食べ始める。俺に食レポの能力は無いから表現は出来んが美味いぞ。マスターには何食っても美味いしか言わないから悪食家とか言われてるけど美食家なんだぞ! 

 なかなかの速さで全部を平らげる。腹減ってたのもあっていつもよりも速く食ってしまったな。俺の食いっぷりを見てあの美人の人も驚いてたぜ。ちょっとしてやったり感がある。

 腹ごしらえをしっかり済ませて二十分後くらいで目的の駅に着いた。目的の駅からは一時間くらい歩いた所に依頼者のいる村がある。

 駅の周りには小さな町があったが三十分も歩くとすっかり森だ。ある程度ちゃんとした道があるから迷わないけど道がなかったら迷ってたと思う。そのぐらい深い森だった。

 そんな森を歩くこと更に三十分、ようやく村についたが村には急ごしらえだと見てとれる大量の頑丈そうな木の柵がある。ただ事でない緊張感を帯びた村の雰囲気を鑑みるに一度襲撃を受けたのだろう。柵の残骸らしきものが見られる。

「あんたがギルドの人か?」

「そうです。俺は妖精の尻尾から来ました」

「依頼を受けてくれてありがとう。早速俺の家まで来てくれ」

 村の中でも一際やつれた顔をした男が俺に声を掛けてきた。その男の家に入ると簡素なベッドとテーブルと椅子が二脚しかなかった。必要最低限の物しか無いじゃないか。

「さぁ、座ってくれよ。依頼の確認をしようか」

「はい、失礼します」

「依頼は俺の村を襲った魔獣の群れの駆除だ。紅色の角を持った灰色の狼を見つけたらそいつらを駆除してくれればいい。場所は大抵この村から西に向かった所にいる」

「分かりました」

「駄目そうだったら逃げてくれて構わない。自分の身の安全を第一に考えてくれ」

「ありがとうございます」

 優しい依頼主だな。駆除系の依頼を出す人は結構過激な人が多めなんだけど。まぁ、穏やかなことはいいことだ。

 西の方角に向かって進んでいく。迷子になってしまいそうだな。しっかりと覚えやすい形の木を覚えたりしとかないと。後、魔獣は知性が高い。背後からの不意打ちだったり、卑怯な手を使ってくるからしっかりと周囲を警戒しながら進もう。

 慎重に進んでいると誰かの悲鳴が聞こえる。多分女の子だろう。一人で歩いている所を狙われたか。

 悲鳴の方に走って向かう。森を走るのは仕事柄結構得意だが、森が深過ぎて気をつけておかないとこけてしまいそうだ。だからってそんな事で速度を落としたら間に合わないかもしれない。

 少し開けた場所には綺麗な藍色の髪の少女が意識を失い倒れていた。その近くには白い羽の生えた気品のある白猫が心配そうに少女に色々と声を掛けていた。あの猫喋れんのかよ。

 喋れる羽付き猫というとウチのギルドのハッピーと名付けられた猫を思い出す。奴は青色で気品っちゅうもんが欠けているがな。

「どうした。大丈夫か?」

「見たら分かるでしょ! 大丈夫じゃないわよ!」

 怒られてしまった……。確かに少女は見た感じ大丈夫じゃなさそうだ。鋭い刃物で切り裂かれたみたいな傷が全身至る所に走ってる。出血量も酷そうだし大丈夫じゃないだろう。

「すまない」

「すまないじゃないわ! この場所にいると奴らに匂いを嗅ぎ取られちゃう!」

 そう言うと藍色の少女を運ぼうとするが白猫の羽が消えた。羽を出す魔力が切れたのだろう。

「白猫、俺が運ぶ」

「その申し出はありがたいけど、私は白猫じゃないわ。シャルルよ」

「シャルル、どこに運べばいい」

「そうね」

 シャルルは顎に手を当てて考え出す。気品溢れる感じと相まって凄くさまになるな。ウチの青猫とは大違いだぜ。あいつは口を開いたら魚だからな。

「近くに村とか町はあるかしら?」

「そこに運べばいいか?」

「えぇ、そうしてちょうだい」

 少女を背負って走り出す。にしてもおかしいな。あの魔獣は凄まじく狡猾で残虐だ。いくら空を飛べるからって易々と逃がしてくれるかね。

「お前達が襲われたのはどんな奴だったんだ?」

「紅色の角がある灰色の狼よ」

「なら、村に行くのはやめよう」

「どうしてよ! あんた、ウェンディを見捨てる気?!」

「いや、そういう訳じゃない。ただこのまま村に行くと村ごと滅びる」

 シャルルは首をかしげている。説明が足りてないんだから当然の反応だよな。

「奴らはお前らをあえて殺さなかったんだ。理由は単純。半殺しにしておけば誰かがお前らの処置をする為にお前らを連れて村や町に戻る。それをつけていって大量の人間を食うためさ」

「という事は私達つけられてるの?」

「あぁ、もう囲まれてる。周り見てみろ」

 周りには紅色の角を生やした狼が大量に居た。一目見た感じ聞いてたより群れの規模がでかいな。この群れを駆除するってS級クエストに匹敵するくらいの難易度だぞ。

「ごめんね。ウェンディ。私がついていながら……」

「大丈夫だよ……。私を置いて逃げて……」

 少女の意識が戻ったようだ。全身の傷が酷く痛んで辛いだろうに人の事を心配できるのか。なんて並外れた心の優しさだ。

「諦めるな。俺がなんとかしよう」

 その自己犠牲の精神は素晴らしいが今は必要ない。俺がどうにかしてみせる。それが恩人への恩返しにきっとなると思うからな。

「ダメです……。逃げてください……」

「俺は魔導士だ。それなりに腕も立つ。出来るだけ守ってみせよう」

 魔力を高めて魔獣のヘイトを集める。よしよし、大分俺に集中してくれてるな。

「必ず守るから俺の後ろにいてくれ」

 ここまでの大仕事だとは予想もしてなかったがやり甲斐があるじゃないか。



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闘神と紅角狼

文章が上手くなりたいです。
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 魔力同士がぶつかり合い緊張が高まると群れの中の一匹が飛びかかってくる。そいつの首を魔法で強化した肉体で蹴り飛ばす。手応え的にあんまり強くはないみたい。

 群れを見た感じ一本角の奴と二本角の奴が半々ってとこで一本角は身体が小さくて感じる魔力も弱いが二本角の奴らは身体も大きく感じる魔力も強めだな。

 俺が様子を見ているように狼のみなさんも様子を見ているようだな。さっきから一本角の奴しか飛びかかってこない。

 

「あんた中々やるじゃない」

「中々やるだろ?」

「見た事ない魔法使ってるみたいだけど」

「そりゃあそうだろうよ。俺は力の滅神魔法を使ってんだ」

「力の滅神魔法?! てことはあんた」

「そうそう。『闘神』とかって巷じゃ呼ばれてるソル・グランドだ」

 

 話してる場合じゃなさそうだ。今度は二本角が飛び出して来やがった。拳を頭に叩きつけ地面に落とす。やっぱり割と強いな。もう少し魔力を使うか。

 一本が三頭、二本が二頭も飛びかかってくる。どうやらこちらの事を餌ではなく排除すべき敵だと認識したようだ。

 

「シャルル! しっかりその子を見ておいてくれ!」

「言われなくてもそうするわよ!」

 

 五頭を一気に回し蹴りで弾き飛ばす。更に弾丸のように数頭飛び出す。ちったぁ出来るじゃねぇか。でも、まだまだ遅い。高めた魔力を腕に纏う。

 

「闘神の豪腕!」

 

 魔力を込めた腕でアッパーカットを繰り出す。拳は何処からどう見ても空を切ったようにしか見えない。しかし、拳から放たれる強い風圧が飛び出した狼を全て吹き飛ばす。

 今ので恐れを成したのか狼達はもう飛び出してこない。引き際も見極めてるのか。やっぱり知性が高いな。奴さんも引くみたいだし、俺もウェンディとシャルルを保護するために引くか。討伐は後回しにしよう。

 

「群レヲヨクモメチャクチャニシテクレタナ。人間」

 

 村に引き返そうとすると怒りの篭った声がどこからか聞こえる。声を発した方へと顔を向けようとするがそれよりも速く何が弾かれたように飛び出してくる。

 間一髪で回避に成功したが、速い。これまでの奴らとは比較にならなさそうだ。

 飛び出してきたのはやはり狼。だが、角は三本。色は群れのどいつよりも鮮やかで鮮血のよう。全身の毛は深い闇を見ているような気分になる漆黒。サイズは一本角、二本角の奴らの倍以上、纏う魔力に至っては数倍ある。物凄く禍々しい狼だ。

 間違いないコイツだ。コイツが沢山の犠牲者を出す原因になっている。あの群れは報告にある被害を出すには弱すぎた。でもコイツがいるなら納得がいく。

 

「あいつよ! あいつがウェンディをやったの!」

 

 コイツは人語も解することの出来る知性がある。半殺しにして人間を食う作戦もコイツが考えたと見ていいだろう。

 ようやく任務の本番だな。拳を構え直し魔力を四肢に纏う。

 奴も身を低くしてこちらを狙っている。体格と魔力から考えるにあの速度は直線だけだろう。回避はそう難しくない。

 低く三本角が吠えると俺の足目掛けて周りの狼が来る。飛び上がって躱した所に三本角が飛んでくる。三本角の横っ面を殴って吹き飛ばす。

 やはりこれまでの奴らとはまるで違う。速度、パワー、耐久が桁違いだ。その上群れを手足のように扱える。

 三本角は吹っ飛ばされた方にある木を蹴ってこちらに戻ってきた。それと同時に群れに指示を出して、群れの中の数頭が俺に飛びかかる。絶妙に避けられないタイミングで飛びかかってきているな。なら、全て弾くしかない。

 

「闘神の戦斧!」

 

 魔力を込めた渾身の回し蹴りは三本角を吹き飛ばすだけではなく飛びかかってきた狼全てを弾き飛ばした。

 この群れのボスとさっきの奴らは戦闘不能。群れを見てもボスがやられて戦意喪失と。

 

「まだやるか?」

 

 多分他の狼には人語は伝わらないだろうけど魔力を限界まで高めておけば脅しにはなるだろう。

 魔物はこうやって脅しておくと知性がなまじあるだけ恐怖が強く染みつく。恐らく奴らは人間が怖くて仕方なくなるはずだ。その証拠に今くぅ〜んと情けない声を上げて森の方へと帰っていく。

 

「本当に強いのね」

 

 感心したようにシャルルは言う。見た目が頼りなさそうと妖精の尻尾内では有名だからな。あんまり役に立たないと思っていたんだろう。

 

「割と名のある魔導士だからな」

「全然そうは見えないけどね」

「ははは、そうだよな。そうだよな……」

「…………なんかごめんなさい」

「いや、いいんだ……。頼りなさそうだもんな……」

 

 やっぱりそうかよ。もうちょっと頼れるナイスガイになりてぇなぁ。ギルドの見た目が頼れそうな奴に聞いてもロクなアドバイスは授からなかったし仕方ないはず……。

 そんな感じで一人と一匹で仲良く? 話していると村についた。女の子も助けられたし、依頼も達成できたな。丸く収まって良かった良かった。

 

「戻ったのか?!」

 

 依頼者の男は目を丸くして驚いている。お前も頼りねぇと思ってたのかよ! だから、逃げてもいいって事ね。なるほどね! ひでぇな! おい! 

 

「そんな事よりもこの子を頼む」

 

 内心悲しみでいっぱいだが、そんな様子を一切出さずになるべく冷静に頼れる感じを装って言ってみる。我ながら頼れそうな感じだぜ。

 

「……声まで頼りないわ」

「酷い怪我だな。こっちに来てくれ」

 

 カッコつけたら、声まで頼りないと言われてしまった……。俺、頼りないのかな? 頼れそうなのは二つ名だけなのかな? 考えてると悲しくなってくるが今は我慢だ。いつか頼れる漢になれるはず。そう信じて依頼者の男が案内してくれた場所に進む。

 

「ここに寝かせてくれ。これでも医術の心得があるんだ」

 

 ウェンディを指定されたベッドに寝かせると傷の手当てをテキパキと進める。その手際は素晴らしい物で見惚れてしまう程のものだった。

 男はあの大量の傷の手当てをほんの数分でしてしまったようだ。なんて頼りになる技術なんだ。……それに見た目も頼りになりそうだ。

 

「ところで君達はこれからどうするつもりだ?」

「俺は依頼を達成したのでギルドに帰ろうかと思います」

「私はウェンディの回復を待ってから帰るわ」

「ギルドの人はそれでもいいかも知れんが、嬢ちゃんと猫ちゃんはやめといた方がいい」

「猫?! …………まぁ、いいわ。でも、どうして?」

「紅角狼が色んな動物を喰い荒らすせいで森の獣は気が立ってんだ。この村自慢の狩人なんかがいれば二人を無事に送り届けることも出来たんだが……。申し訳ないが件の狼のせいで狩人達はみんな療養中だ」

 

 なるほど。つまり、安全に帰るには狩人達の回復を待つ必要があると。結構時間がかかりそうだな。この二人にそれを待つだけの時間があればいいんだけどな。無ければ少し面倒だけど……。

 

「私達、早くギルドに帰らないといけないんだけど、どうにかならないの?」

「狩人達は村を守る為に戦って大怪我を負っている。すまないが待ってもらうしか」

「……そうね。ウェンディの回復を待つ必要もあるから仕方ないわね」

「いや、回復を待つ必要は無い。俺が二人を送りましょう」

「いいの?! ギルドの魔導士が依頼以外のことをしてもメリットはないのよ。私達お金払えないし」

「今月はある程度大きな依頼をいくつかこなしてる。このぐらいなんてことないよ」

「あんた、相当人がいいのね」

「そういう訳じゃないが、そう思ってもらえるなら嬉しいよ」

 

 この申し出は好意が九割で街への被害で評判がちょっと悪い妖精の尻尾の評判を少しでも上げようなんて全然考えてないんだからねッ! 

 でも、今ちょっと考えて気付いたんだけども依頼から相当遅れて帰ってくるって怖い怖いミラさんから怒られるのでは……? 

 まぁ、なんとかなるでしょ!! ……………………多分。

 もしかしてこんな風にカッコつけても先を考えて焦るから頼れるナイスガイになれないのかも知れない。

 

「…………守れなくてごめんなさい、シャルル」

「いいのよ、ウェンディ」

「すみません。守ってくれてありがとうございます」

「謝る必要はないよ」

「でも、私、滅竜魔導士なのに、全然戦えなくて……」

「もう、ウェンディ泣かないの」

 

 ウェンディは何故かもう泣き出してしまいそうだ。やばいぞ。俺に女の子を泣き止ませるテクニックはない。ギルドにそういうの得意そうな奴いるから聞いとけば良かったぜ。

 って、そういう場合じゃねぇよ。今、滅竜魔導士だって言ったよな。なら、聞かなきゃいけないことがある。結構心の傷になってるかも知れないから頼れるおっさんの退室を待って聞こう。

 

「急なことで申し訳ないんだが君はドラゴンに育てられたのか?」

「そうですが、どうしてそんな質問を?」

「いや、友人に滅竜魔導士がいるんだ。ソイツが滅竜魔導士に会ったら聞いてほしいって言ってたからな。あと一ついいか?」

「あっ、はい。構いませんよ」

「X777年7月7日にそのドラゴンは姿を消していないか?」

「どうしてそのことを?! もしかしてグランディーネが何処にいるのか知ってるんですか?!」

 

 弱々しげなウェンディがありえないほど強い口調になった。あいつや俺と同じく心に大きなしこりが残ってるか。

 

「すまない。何処にいるかは知らないんだ。不躾な質問をしてしまい申し訳ない」

「いえ、私も熱くなってしまって……」

 

 不味い質問をしてしまったみたいだ。凄まじく気まずい沈黙が三人を包む。正確には二人と一匹だけど……ってそんな事どうでもいいわ。なんとかしてこの沈黙をどうにかしないと流石に居心地が悪すぎる。

 

「あの、あなたを育ててくれたドラゴンはどんなドラゴンだったんですか?」

 

 どんなドラゴンか。師匠はれっきとした純正の人間なんだけどな。ドラゴン見たいなもんだからいいか。

 

「俺の師匠はドラゴンじゃない。人間だよ」

「ご、ごめんなさい……。つい、早とちりしちゃって……」

「でも、ドラゴンみたいに強かった。山を砕いて、海を割る。そんな感じだった」

「や、山を? 一体どんな魔法を使うんですか?」

「滅神魔法ってのを使う。細かくいうと力の滅神魔法だな」

「滅神魔法ってことは神様なんですか?!」

 

 師匠の話をするとウェンディは目を見開いて俺の顔を見つめている。さっきからリアクションが物凄く可愛いな。なんか、こう、言い表し辛いけど凄く庇護欲がかき立てられるというか、なんというか。

 いやいや、そんな事を考えんなよ。これで新しい扉を開いてしまったらギルド内で頼りないだけじゃなくロリコンもおまけで追加されちゃう。それだけは、それだけは回避しなければ。

 

「う〜ん……。神様じゃない人間……………………だと思う」

 

 あの師匠、神様かどうか聞かれると神様である事を否定しづらいんだよな。化物じみた強さに加えて、無限にも思えるほどの魔力、ありとあらゆる魔法に精通する知識…………。考えれば考えるほど神様っぽいよな。

 

「とっても凄い人なんですね」

「あぁ。ところで傷は大丈夫なの? 結構深めだったと思うんだけど」

「滅竜魔法は竜の体質に体を変える魔法なんです。だから魔力がある限りは普通の人よりも回復が速いし、身体も丈夫なんですよ」

「なるほど」

 

 通りで我がギルドが誇る滅竜魔導士はどんなにこっぴどくやられてもすぐに元気ピンピンになるのか。謎の復活の早さの理由は滅竜魔法によるものだったとは。ならば、奴の酷すぎる乗り物酔いもそのせいだったりするのか。

 

「もしかして乗り物酔いとかする?」

「しませんけど?」

「そうかそうか。なるほどね。乗り物酔いは滅竜魔法と関係ないのね……。これはいい事を聞いた」

 

 乗り物酔いは滅竜魔法の副作用ではなかったらしい。もしかしたら奴は街を依頼の度に破壊したせいで乗り物の神様に嫌われて乗り物酔いの呪いを何重にもかけられたのかもな。

 

「なんだか悪い顔になってますよ……」

「ごめんごめん。友達に面白い話が出来ると思ってな」

「あんた、何を話すつもりなのよ」

「乗り物酔いの下りだよ」

「そんなもの話して何になるのよ」

「いいお灸になるのさ」

「不思議な話ね」

 

 我らの滅竜魔導士は乗り物酔いを滅竜魔法の副作用だと最近言い張ってるからな。そのせいであいつの相方の青猫は困ってんだ。これを教えてやりゃあ、少しは青猫のストレス軽減にも繋がるだろうよ。それにリアクションと新たな言い訳もきっと面白いだろう。

 

「すまんね。付き合わせてしまった」

「いえいえ、私は大丈夫ですよ」

「俺はここいらで失礼するよ。滅竜魔導士であっても傷を治すには十分な休養が欠かせない。ゆっくり眠るといい」

「ありがとうございます」

「シャルルは一緒にいるのかい?」

「当然よ」

 

 リュックを背負って部屋から出ようとすると後ろから声をかけられる。

 

「あ、あの名前を聞いてませんでした。お名前を教えてもらってもいいですか?」

 

 すっかり名乗るのを忘れてしまっていたようだ。滅竜魔導士がいるということでそちらにばかり興味を持ってしまった。

 

「俺はソル。ソル・グランドって言うんだ」

 

 依頼者の大きい家の外に出ると村長さんやら色々な人がわざわざ俺のところまでお礼を言いに来てくれた。その内の一人がウェンディを送るまでの間家に泊めてくれるらしい。野宿をしようと思っていたからありがたい申し出だ。



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闘神と妹

今回とても短いです。

最近の悩みはヒロインは一人に据えた方がいいのか、複数いた方がいいのか。分かりませんな


 カーテンの隙間から陽が溢れる。布団に入ったままグーっと身体を伸ばして起き上がりカーテンを開く。

 太陽はちょうど山と山の間からちょこっと顔を出し、村を照らしていた。太陽の傾きから見て、いつもと変わらぬ起床時間に目が覚めたらしい。だったらいつも通り顔を洗うことにしよう。

 この家の住人から借りているタオルを持って洗面台に向かう。今回の依頼をした村は大きな家がいくつも立ち並んでいる。どれも豪邸と言えるほどではないが広い。この家も例に漏れず広い。だから、洗面台に行くのも少しだけ面倒くさい。

 洗面台のある部屋には陽が届いておらず、寝室との温度差がかなりあるのか時期外れの寒さを感じた。

 洗面台に備え付けてある鏡に映った自分の顔がどことなくいつもより頼りなく感じ一人で苦笑する。妖精の尻尾のマスコットである青い猫には優しい顔と評されたのだが、それで頼りなく見られてしまうのはいい事なんだか、悪いことなんだか。

 顔を洗って寝起きの独特な体の怠さがすっかり抜けた。どうやら、この家の住人も目覚めたようなので朝食の準備でも手伝いに行こう。

 埃一つなく片付いた部屋と廊下を見て住人のマメさを改めて思い知らされる。台所も調味料などが綺麗に整頓されている。そんな綺麗な台所に目立つ背の高い艶のある金の髪が腰ほどまで伸びている女性の姿を見つける。どうやら朝食を作っている最中らしい。

 

「もう起きていたんですか? あと少し眠っていてもいいんですよ」

「いつもこのくらいに起きるので大丈夫ですよ」

「大変なんですね」

「もう慣れてしまいました」

 

 彼女が朝食を作り終える時にはこの家にいる全員が居間に出てきた。この家にいるのは子供が三人に父と母の五人家族だ。みんな綺麗な金髪に碧眼を持っていて説明不要の美男美女である。

 仲のいい美人家族に一人突っ込まれると非常に居心地が悪いがみんな優しく話しかけてくれるおかげで結構馴染めた。いつもは一人飯だがこうやって誰かと食べる食事もいいものだなぁ。

 仲の良い家族と一緒に食事を取った後はウェンディの見舞いに行くことにする。友人の回復力を参考にするともう治っているか、治りかけにまでなっているはず。

 

「失礼するよ」

 

 ドアをノックして病室に入る。ウェンディの傷の具合は思った程は良くなっていない。しばらくはこの村に滞在することになりそうだ。

 

「ソルさん、来てくれたんですか?」

「傷の具合を見に来たんだ」

「痛みはだいぶ引きました。でも、完治には遠いですね」

「まぁ、ゆっくり治すといいよ。俺もちょっと休みたかったから」

「治癒魔法で自己回復が出来れば良かったんですが……」

「ウェンディ! それを言っちゃダメよ!」

「ごめん、ついうっかり……」

「治癒魔法が使えるのか?!」

 

 こりゃ驚いた。治癒魔法といえば失われた魔法。凄く大事な秘密じゃないか。知られれば闇ギルドやらなんやらから希少性故に狙われる事間違いなしだ。

 

「あんたも絶対に他言してはいけないわ」

「分かってる。ウェンディ、これからは絶対に言うなよ。俺みたいに言わない奴ばかりじゃない」

「はい、すみません……」

 

 そう言ったウェンディは泣きそうだ。やばいやばい。泣き出したら止める方法を俺は知らんぞ。あぁ、ギルドの色男に聞いておくんだった……。でも、結局、奴の方法が少女にも効く気がしないから意味が無いな。

 

「はぁ〜、泣いてどうするのよ」

「ごめんね……」

「ソル、あんた確か妖精の尻尾の魔導士よね?」

「そうだけど、それがどうしたんだ?」

「ウェンディ、色々聞かなくていいの? 妖精の尻尾好きなんでしょ? 昨日はあんなに明日来てくれたら聞くんだーって言ってたじゃない」

「そうだった! 質問してもいいですか?」

「なんでもどうぞ」

 

 さっきまでは泣きそうだったのにシャルルが上手く回避した。長い付き合いなだけあって上手いな。

 てか、妖精の尻尾がよっぽど気になるんだな。目がキラキラ輝いてる。割と嫌われ者だと思ってたけど好きな人もいるなんて。

 

「ナツさんってどんな人なんですか?」

 

 よりによってそれ聞いちゃう? まぁ、同じ滅竜魔導士だし、有名な魔導士だから気になるのは当然か。

 俺とナツはずっとチームを組んできて奴のことは結構知ってると思う。でも奴はなぁ。う〜ん、表しづらいな。

 

「猛獣みたいな奴だな」

「猛獣、ですか?」

「そうだ。猛獣だ。めちゃくちゃ強いし、やたらに火を吹きまくるし、依頼を受ければ何かを壊して帰ってくる。おかげでギルドの評判はガタ落ちだ」

「あんた、途中から悪口しか言ってないじゃない。というか猛獣って例えも悪口よね」

「ま、俺も一緒になって大暴れしてるけど」

「人のこと言えないじゃない!」

「そうなんだよ。けどな、あいつは誰よりも仲間思いなんだ。仲間の悲しみを背負えるんだ。仲間の為に怒れるんだ。仲間の喜びを共に喜べるんだ」

 

 なんだかチームメンバーの事を話してると気恥ずかしくなってくるな。話してみると思ってることが整理されて普段は考えてもいないようなことがすらすら出てしまって恥ずかしさマシマシだ。

 

「他にも色々聞いてもいいですか?」

「どうぞ」

 

 それから俺はウェンディとしばらくの間話し続けた。途中お昼ご飯を食べたりしたが、ずっとおしゃべりをした。

 

「あんたたちよく話すわね。もう夕方よ」

「ウェンディと結構気があってさ」

「ソルさんとは色々話が合うんだよ」

 

 気がついたら日が傾いて部屋が橙色に染まっていた。随分と長い間、話し込んでしまったようだ。シャルルはこの長時間、話に付き合っていてくれたようだ。

 

「ごめんよ。シャルルを付き合わせてしまった」

「ごめんなさい。シャルル」

「いいのよ。それにしてもあんたら兄妹みたいね」

「ソルさんがお兄ちゃん…………」

 

 シャルルが兄妹みたいと言ったのがよっぽど気に入ったのかウェンディは瞳を輝かせて俺の顔をじっと見てソワソワと落ち着かない様子だ。

 

「あ、あのお兄ちゃん?」

「ん?! お兄ちゃん? 俺が?」

 

 急にお兄ちゃんと顔を真っ赤にしながら呼ばれたら変な扉が開いてしまいそうだ。落ち着け、頼りないロリコンとかただの不審者だ。これ以上ギルド内の立場を下げる訳にはいかんのだ。

 

「い、いやですよね? 私、年の近い友達が居ないし、お兄ちゃんが欲しくて……。それで嬉しくてつい……ごめんなさい」

 

 悲しんでいるウェンディを見ていると胸が張り裂けそうだ。お兄ちゃんって呼んでもいいよって滅茶苦茶言いたい。でも、それをしたら何か踏み込んだらいけない場所に踏み込んでしまう気がする。耐えろ、耐えろ。そこに行ったらいかん。いかんぞ! 

 

「嫌じゃないよ。喜んでくれるなら構わないよ」

 

 師匠、俺は踏み込んではならない領域に進んでしまったかもしれません。

 

 こうして、俺に可愛い妹が出来ました。



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闘神は帰還する

原作開始前編は終了です。次からは鉄の森編です。楽しみにしていただけると嬉しいです。


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 ウェンディにお兄ちゃんと呼ばれはじめてから二週間後、ウェンディの傷は完治した。普通の人であるならば一ヶ月ほどかかる傷を短期間で治癒したのは流石滅竜魔導士と言うべきだろう。

 今日は傷が治ってギルドに帰れる嬉しい日だと思うんだけどなんだか機嫌が悪い気がする。いや、機嫌が悪いというよりなんだか不安そうな感じを受ける。

 

「ソルさん、本当にありがとう!! 嬢ちゃん達も気をつけてな!!」

「こちらこそ!」

「お世話になりました!」

 

 村の人と別れた時まではこんな感じで元気よく挨拶したりしてたんだけどな。森に入ってギルドが近づいていくほどに口数が減っていって、不安そうな感じも増している気がする。

 

「……」

「……」

「……」

 

 き、気まずい。ウェンディにどうしたのか聞いてみれば済む話なのだがウェンディが放つ雰囲気はそんな事が出来そうではない。

 森の猛獣達も活性化していると言われているが全く出てこない。ウェンディのプレッシャーが凄まじいせいかもしれんな。

 

「…………お兄ちゃん、今何考えてたんですか?」

「な、何も」

 

 失礼なことを考えていたのがバレている……だと?! 

 ごめんよ、ウェンディ。お願いだからハイライトをONしてくれ。多分今、八割増くらいで頼りない顔してる。

 シャルルに助け舟を求めて視線で訴えてみるとため息をつかれてしまった。

 しばらくハイライトOFFウェンディ、シャルルと一緒に歩いていると森が開けた。その先には民家が立ち並んでいる村があって、村の一番奥に猫みたいな耳と目がついてるテントみたいなのがギルドだろう。村人の方々はあまり見かけない衣装を着ている。民族衣装だと思うのだが本当に見かけないものでびっくりした。

 

「着きましたよ」

 

 ギルドまで帰ってきたところでウェンディのハイライトがONに変わった。雰囲気も心なしか嬉しそうな感じに変わってはいる。確かに変わってはいるのだが不安そうだ。そして、俺のことをチラチラと見ている。失礼なことは考えていないのだが。

 村の中央にある広場に着くと何処からか帰ってきたぞ、という声がした後に村中の人がすぐ集まってくる。みんなウェンディの帰りを待っていたんだ。

 少し遅れてギルドから立派な長いお髭を蓄えたおじいさんが出て来る。あの人がマスターだろう。

 マスターらしき人を見た人達はマスターが通れるように道をさっと開いた。

 

「ワシはローバウル。この化け猫の宿のマスターだ」

「俺はソル・グランドと言います」

「グランド?」

「はい、そうですが……」

 

 名を名乗ると首を傾げられ、顔をじっと見つめられた。知り合いにグランドと言う姓を持つ人でもいるのだろうか? 

 

「いや……そんなはずはない。もう400年も前のことだ……」

「あのー」

「すまない、少し取り乱してしまった。この度はウェンディを助けてくれてありがとう。なぶらありがとう」

「いえ、助けられる人は助けると決めていますから」

 

 助けられる人は助けるんだ。妖精の尻尾の評判を少しでも上げるためになぁ! 

 それにしてもどうしたんだ。さっきからローバウルさんの様子がおかしいぞ。耳がいいから呟きを全部拾ったが四百年前? 一体なんのことなんだ。もしかしてグランド姓の持ち主が伝説の大魔導士だったのか。それならこの頼りない男にも箔がつくのだが。

 

「これからどうするおつもりですか?」

「列車に乗り、マグノリアに帰ろうと思います。ギルドのみんなが心配してるでしょうから」

「そうですか。なら、迷わないようにウチから案内を出しましょう」

「大丈夫ですよ。森の中を歩くのは慣れてるので道は覚えました」

 

 マスターのローバウルさんとの会話の後に村の人達___ほとんどがギルドの人らしい___に感謝され、お揃いの民族衣装を貰って帰った。

 森を進んでいると後ろから足音が聞こえる。振り返るとウェンディがいた。相当急いで来たんだろう。息が上がっている。

 

「ウェンディ、どうしたんだ?」

「お兄ちゃん……どうしても話したいことがあるんです」

 

 あの不安そうな感じと関係があるのだろうか? 村に戻って不安な感じは吹き飛んだと思ったのだが勘違いだったのか。

 

「……また、会いに来てくれますか?」

 

 今日で一番不安そうな表情を見せた。何かに怯えてるみたいだ。何かは分からないけど。

 

「もちろん」

「信じていいんですよね?」

「必ず来るよ」

 

 まだ、不安そうな表情は取れない。どうしてだろう。何に怯えているんだろう。分からない。頭の中の知識を全て絞っても何も出てこない。

 ……そういえばウェンディはドラゴンが姿を消してからギルドに入るまで何をしていたんだ。これだけは聞いたことがない。

 

「私、前にもこんなことがあったんです……」

「前?」

「はい。グランディーネが居なくなってから一人でグランディーネを探していたら偶然ジェラールって言う人と会ったんです。それからしばらく二人で旅をしてたんですけど急に置いていかれちゃって……」

 

 涙を必死に堪えていたようだけど遂に耐え切れずに泣いてしまった。これで何に怯えてるか分かった。グランディーネやジェラールのように誰かがいなくなることに怯えているんだ。

 

「それで俺も二人みたいにいなくなると?」

「はい……」

「寂しいの?」

「はい……。ギルドのみんながいるんですけど、それでも寂しいんです」

 

 ウェンディは短い間だが俺を本当の兄のように感じてくれていた。それだけ仲が良くなった人が居なくなってしまうのだ。寂しいのは当然だろう。

 

「なら、ちょっと待ってろ」

 

 リュックを下ろして中身を漁る。確か、このポケットに……あった。取り出したのは盾の上に槍が乗ったような形の銀のエンブレムの付いたネックレス。それをウェンディに渡す。

 

「これは?」

「師匠がくれたんだ。お守りとしてな」

「そんな大切なものを……」

「もう一個あるんだ」

 

 そう言ってから服に手を突っ込んでネックレスを出して見せてあげる。

 

「でも、いいんですか?」

「あぁ、コイツは師匠から大切な人に渡してやれって言われてんだ。ウェンディは大切な俺の妹だ。だからこれを持っていてくれ」

「ありがとうございます」

 

 ウェンディが嬉しそうにはにかむ。不安そうな感じがなくなった。ちょっとの間、会えないだろうけどコイツを俺だと思ってくれよ……ってこれ会わない感じがする台詞だな。

 

「じゃあな、ウェンディ! また会おう!」

「またね! お兄ちゃん!」

 

 それからしばらく話した後にウェンディと別れ、列車でマグノリアに戻った。



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ガルナ島の呪いと月の雫
闘神とS級クエスト


次は鉄の森編と言いましたが嘘です。飛ばしてガルナ島に変更です。
滅神魔導士ということでシェリアやナナキアと組ませた方がいいのかなぁ?
魔法を食べてパワーアップってロマンで溢れてるよね!


 あれから三年の月日が経った。

 この三年の間に色々あった。と言ってもナツ絡みの評議院ブチ切れ案件が主だが。いやまぁ、ナツはどうでもいいんだ。些細なことだ。

 この三年間の内で最も大事なのは最近ウェンディに好きな人が出来たこと。シャルルから聞いた。初恋らしい。ち、畜生! 愛しの妹がとられちまう! どうやったらウェンディに相応しい相手であるかどうかを見極める方法を必死に考えていたら、シャルルに呆れられた。ウェンディが大変そうだとさ。ウェンディと相手の奴は大変だろうさ。とても。だけどね。お兄ちゃんこうでもしないと安心できないの! そう言ったらそういう意味じゃない。気がつけ。と怒られてしまった。分からん。

 ともあれ、その事の衝撃がデカすぎてもう何もしたくない。働きたくない。寝ていたい。

 

「おい! ソル! 仕事だ! 仕事行くぞぉ〜!」

「あい!」

 

 家のドアが乱暴にぶち開けられる。ドアの向こうにいたのは桜色の髪の毛がツンツン立ってる事とつり目が印象的な青年___ナツ・ドラグニルとその相棒であるまん丸大きなお目目が可愛らしい青毛の羽付き猫___ハッピーだった。妖精の尻尾最強、いや最恐のお騒がせコンビが一体どうして? 

 

「これだよ。これ」

 

 満面の笑みで依頼書を見せてくる。ふむふむ。ガルナ島の呪いを解いてくれ? ん? これってまさか……

 

「おい、ナツ。これって」

「驚いたか! S級クエストだ!」

「やっぱり! やめとけ、バカヤロー! マスターにボコられんぞ!」

「やだね! S級クエストに行かなきゃいつまで経ってもエルザには勝てない。俺はS級クエストに行って強くなるんだ! そして、エルザをぶっ飛ばす!」

 

 両腕を力強く天に向かって伸ばし、大きく開かれた口の奥にはチラチラと炎が輝いている。うわぁ、やる気だよ。こうなったナツは誰にも止められない。

 

「もう! ナツ! S級は危ないんでしょ! 命が幾つあっても足りないわよ!」

 

 常識的な指摘をナツにした彼女はルーシィ・ハートフィリア。希少な聖霊魔導士で黄道十二門の鍵を数本所持している。新入りにして問題児ナツとチームを組んでいる。そして、凄く可愛い。ブロンドの髪が非常に美しく、顔立ちの整い方も何処か気品溢れる感じだ。

 やいやいと気品溢れる顔からは想像もつかないほど騒がしくナツとルーシィが揉めている。

 

「お前ら、仲がいいのはいいんだがどうして俺の所に来たんだよ」

「ん、ああ。その事か。お前、S級行きたいって言ってたじゃねぇか」

「それはS級魔導士になってからやりたいっつー意味だよ!」

「ははは、そうだったか! 悪りぃ、悪りぃ」

「でも、それだけじゃないよ」

 

 ナツに説教垂れてやろうとしたらハッピーに遮られた。ハッピーの後ろから黒い外套を着て、黒い布で顔を覆った人物が出て来る。四肢が包帯で覆われていて背中に奇妙な形の杖が5本ある所が余計に不気味だ。胸の膨らみから女だと分かるが一体誰だ? こんな奴知らないぞ。いや、一人だけ知ってるがアイツは男だ。

 

「ご主人様、帰って来ちゃいました」

 

 そう言って黒い女は顔を隠していた布を外す。中身は栗毛の美少女だ。余計に疑問が深まった。こんな美少女知らないぞ。

 

「誰?」

「ひどいです! 私です! アキレアですよ!」

「アキレア! 帰ってきてたのか?!」

 

 アキレアはハッピーの栗毛verだった筈だ。こんな美少女じゃないぞ。いや、美人猫だとハッピーは言っていたが。

 

「昨日、ミストガンの所から帰ってきたんです」

 

 アキレアはミストガンに一週間付き纏って無理やり弟子入りしたんだ。弟子になるまでは物凄く嫌がられていたが弟子になった後は優秀で教え甲斐があるって喜んでたな。

 

「だから、久しぶりに一緒に仕事に行きたくて」

「S級クエストじゃなくても良くない?」

「でもせっかくなら大きな仕事したいじゃないですか?」

「う〜ん……」

「俺とお前が組んで失敗した事ねぇだろ?」

 

 確かにそうだが……。S級クエストにおいては話が違いすぎるんじゃないのか? 

 

「そっかぁ。じゃあ仕方ねぇな。行くぞ。ルーシィ、アキレア」

「えっ、いいの」

「いいんだ」

 

 そう言うとナツはゆっくりと港に向けて歩いていく。とてもゆっくり。俺を待ってるのか? でも、俺は行かんからな。

 

「ねぇ、ソル」

 

 ハッピーを残して俺の事を説得させるつもりか。何か俺を行かせるためのいい策があるのだろう。ハッピーは笑顔で話しかけて来る。どんな策だろうと俺は行かんぞ。

 

「なんだ。いかねぇぞ」

「このクエストに行った話ってさ。妹さんにいいお土産になるんじゃない」

 

 な、何?! コイツ、一体どこで義妹がいるのを知りやがった?! それは置いておいて、S級クエストの話がいい土産になるだと? 

 

「S級クエストってきっと大冒険になるよ。その話をしたら妹さん絶対喜ぶよ」

 

 た、確かに。ウェンディは冒険の話が大好きだ。S級クエストはこれまでとは比較にならんくらい難しい。そんな依頼なら今まで以上の大冒険になること間違いなしだ。

 

「待て! ナツ! 今行く!」

 

 手早く準備を済ませてナツの元まで走る。ナツとハッピーは顔を見合わせて笑っている。作戦成功と言ったところだろう。

 

「ハッピー、何を言ったらこんなにやる気になったの?」

「ルーシィには教えてあげないよ」

「ケチ〜。いいじゃない! ちょっとくらい!」

 

 やいやいとハッピーとルーシィが揉める。それにナツも加わり大惨事。騒がしいが楽しくなりそうだ。きっと、いい冒険になるぞ! 

 それにしても……

 

「アキレア、その布なんでまた巻いたんだ」

「かっこよくないですか? ミステリアスな魔導士…………いいですよねぇ……」

 

 不気味なだけだろ!

 



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闘神と紫の月

 家がハルジオンという港町にあるから港まではすぐだった。その道中もずっとナツはソワソワと落ち着かない様子だった。きっとS級クエストが楽しみなんだろうな。ハッピーは相変わらず魚をムシャムシャ食べているが。

 そんなに元気だったナツだが船で行くと言うと急に元気を失い、顔を青白くして泳いでいくと言い張る。無理だろ。ガルナ島って結構遠いらしいし。そう伝えても駄々をこね続ける。ウェンディとは同じ滅竜魔導士でもこうも違うものなのか。ウェンディを見習って素直で大人しくなれよ! 

 駄々をこねるナツを引きずり港の船着場に行って船乗りに片っ端から声をかけていく。

 

「ガルナ島?! あんな島近づくのも御免だね」

「ガルナ島っつたら海賊でも避けるぞ。行けるはずないだろ?」

「呪われたガルナ島の名前を出さないでくれ!」

 

 こんな感じで声を掛けた船乗り全員に断られてしまった。最後のおっさんにも断られてしまい八方塞がりだ。

 

「よーし、やっぱ泳ぎだな!」

「あい!」

「無理だ! ガルナ島は遠い!」

「無理よ!」

 

 やいやいと揉め始めようとした時に急に肩を掴まれる。誰だよ。急に人の肩を…………。

 

「みーつけた」

 

 振り返ると薄着の黒髪で垂れ目が印象的なイケメン___氷の造形魔導士グレイ・フルバスターがいた。大方マスターからの命令でナツを捕まえに来たってとこかな。

 

「グレイ?! どうしてここに?!」

「連れ戻してこいって言うじーさんの命令でな。ってかソルもいるのかよ」

「もうバレたのか?!」

 

 逆にナツよ。バレないと何故思ったのだ。優秀なミラちゃんが依頼者の管理をしてんだぜ。すぐにバレるに決まってんだろ。

 

「おい、お前らすぐにギルドに戻れ。今なら破門を免れるかもしれねぇ」

「破門?!」

「やなこった! 俺はS級クエストやるんだ!」

「お前らの実力じゃ無理なんだよ!」

 

 ナツは実力を指摘するグレイの言葉が不服だったのか今にもグレイに殴りかかっていきそうだ。

 

「それにこの事がエルザに知れたら……」

 

 その場の全員が一瞬で青ざめた。連れ戻しに来たはずのグレイまでもが俺達の処遇を考えてしまって青ざめている。ハッピーに至っては無理やり連れてこられたと主張し、保身を図っている。

 

「俺はエルザを見返してやるんだ! こんなところで引き下がれねぇ!」

「マスター勅命だ! 引きずってでも連れ戻してやる! 怪我しても文句言うんじゃねぇぞ!」

「望むところだ!」

 

 しかし、今日のナツはエルザ程度では引かない。

 ナツはその手に炎を、グレイは氷を纏って殴り合いを始めようとする。この二人が出会ったらこうなるに決まってるよなぁ。早く止めないとまたハルジオンの街がぶっ壊されちまう。

 

「もしかして、あんたら、魔導士なのか?」

「あぁ、そうだ」

「なら、乗っていってくれ! あんたらなら島の呪いを解いてくれるかもしれねぇ」

「まじか?!」

「今だ!」

 

 おじさんの突然の提案にグレイが驚き、隙が生まれた。ナツはその僅かな隙を突いてグレイを気絶させる。こりゃ、後戻りできんな。帰ったらどうなることか……。

 ナツはグレイが動かないようにガッチリと縄で縛る。おい、そこ真結びになってんぞ。別に解くつもりが無いからいい? そう言う問題じゃねぇだろ。

 

「しゃあねぇ、この船に乗っていってやらぁ」

「それならすぐにでも出発するぞ」

 

 

 意気揚々と出発し、船に揺られること数時間。

 

「うぇっぷ……。気持ち悪りぃ…………。うぷっ……」

「見えてきたぞ。あれがガルナ島だ」

 

 ようやくガルナ島付近まで来た。日が落ちて辺りは完全に暗くなっている。島は墨で塗り潰されたみたいに真っ黒で島全体を覆っている深い森が月の光を吸い込み閉じ込めているようだった。正に呪いの島という名が相応しい不気味さであった。海が海流の影響で荒れているのも相まって不気味さは相当なものだ。

 

「見て! あそこ何か光ってる!」

 

 ルーシィが指を指した所を見ると確かに山の頂上が光っていた。なんだろうか? もしかしたら、島にかけられた呪いと関係があるのかもしれない。

 

「あんたらにあの島の呪いが解けるかな? この悪魔の呪いが!」

 

 船乗りのおっさんは着ていた外套をめくり、己の左手を俺達に見せる。その腕は深い青色に染まっていて所々針が生えている。悪魔の腕としか形容のしようがなかった。

 

「あなたもあの島の?」

「あぁ、俺もあの島の住人だったんだ」

 

 ナツ以外の全員がその腕と元住人であった事に驚いていると船が急に傾いた。大波だ。家一つ簡単に飲み込みそうな大波に船が飲み込まれそうになっている。

 

「みんな! 船体に掴まれ! バラバラになるぞ!」

「あれ?! あのおじさんは?!」

 

 船乗りのおっさんは居なくなっていた。その事も気になるがまずはこの大波を乗り切らなければ。いくらグレイと言えどもこの大波を凍らせる事は不可能。アキレアや俺にもこの波を相殺する魔法は使えない。グロッキーのナツに非戦闘要員のハッピー、ルーシィは尚更だ。

 俺達は大波に飲み込まれその衝撃で意識を手放した。

 

 意識が戻る。海水で体がベタベタして最悪だがみんなも荷物も無事みたいだった。

 見たところ、グレイが一番最初に意識を取り戻したみたいだな。あのキツい縄も解けてるみたいだ。

 

「なんとか、無事に島まで着いたな」

「そうね」

「よし、船からやっと降りれたことだし探検するぞ!」

「あい!」

「こらー!! 勝手に行こうとしないの!」

 

 ナツは意識が戻るとすぐにハッピーと共に森の奥へと突き進んで行く。ルーシィが止めるが聞く様子は全くない。チームなんだから相方の意見くらい聞いてあげて……。

 

「おい、待てよ」

「あ? もう船は壊れてんぞ。連れ戻すなんて出来ねぇだろ?」

「いや、俺も行く。お前だけS級クエスト達成するのは癪だ。きちっと依頼をこなせば爺さんも文句言わねぇだろ」

 

 そんなこんなでグレイをチームに加えて探検を開始する。とりあえずの目的地は依頼者の村なのだが先程述べたように森が深いから進むのも一苦労だ。

 そういえばウェンディと会った森もこんな感じだったなぁ。

 

「ねぇ、ナツ。ソルがニヤニヤしてるよ。絶対やらしいこと考えてるよ」

「考えとらんわ!」

「じゃあ、妹さんのこと〜?」

「うっ……」

「本当にシスコンだよねぇ。このままじゃ、お兄ちゃん、うざいって嫌われちゃうよ」

 

 えっ……。まさかね……。

 そう思いつつもお兄ちゃん、うざいの言葉がウェンディの声で何度も再生される。……妹離れしなきゃな。

 

「あんた達、さっさと来ないと置いてくわよ!」

「あい!」

「…………うっす」

 

 沈み込んだ感じで依頼者の住む村へと向かう。ルーシィのおかげで夜になってしまったが村の前まで辿り着くことが出来た。

 辿り着いた村は一言で言えば異様だった。魔獣対策で高い柵や塀、深い堀が村中に張り巡らされるのはよくあることなのだが、ここまで高く他を拒絶するように作られた物は初めてだった。

 柵やその他防衛施設をまじまじと観察しているとルーシィが門番を見つけて声を掛けていた。門番からギルドマークの提示を求められたので提示をした。本当に依頼を受けてやってきたことに凄く驚いていたようだ。こんな恐ろしい呪いの島からの依頼なんて受けたがらないと思っていたのだろう。

 

「ねぇ、なんだか魔獣の口に入っていくみたいじゃない?」

「縁起の悪いこと言わないでよ!」

 

 ハッピーはだいぶ失礼なことを言っていたが少し違えど本当にそんな印象を受けた。俺にはこの柵に囲われた村は呪いの化身で俺達を腹の中に入れようと口を開いたという風に見えた。

 全ての村人が村の中央に集まっているようだ。門番も降りてきて集団に加わっている。

 先頭の村長だと思われるもみあげの凄まじい爺さん以外はフード付きの上着を着たりして顔を隠し、身体を隠している。ますます妙だな。

 …………この不気味な雰囲気の中でももみあげに感動できるナツは大物だよ。うん。

 

「依頼をお受けくださりありがとうございます。早速ですが私どもにかけられた呪いをお見せします」

 

 村長の合図で全員が身体や顔を隠していた布を取り外す。あのおっさんと同じような悪魔の身体がどこかしらに発現していた。

 余りにも惨い光景に言葉を失った。ここまで酷い呪いなのか。

 

「…………まじかよ」

「これが私ども、いや島全ての生き物にかけられた悪魔の呪い……。この呪いはいずれ身体だけでなく心までも蝕むのです……。身体だけでなく心までも悪魔に堕ちた者は……殺すしか……」

「他に方法はねぇのかよ?!」

「放っておけば牢を壊し、村人を襲うのです。だから……こうするしか……」

 

 村長は手に持った写真を見ながらすすり泣く。その写真の人物には見覚えがあった。俺達をここまで連れてきてくれたおっさんだ。

 

「あのおっさんが消えた訳が分かったぜ。そりゃあ、浮かばれねぇわな……」

「ゆ、幽霊?!」

 

 そうだったとしてもおかしくない。強い想いは魔力となってこの世を彷徨うことがあるのだ。己の想いを晴らす為に。

 重く息が詰まるような雰囲気が辺りに張り詰めた時だった。雲の切れ目から月が顔を覗かせた。青白いはずの月は派手な紫色をしていた。奇妙な月の登場と同時に村人が苦しみ出す。そして、その身を完全に悪魔へと変貌させてしまう。

 

「こ、これが……ガルナ島の呪いなのか?」



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闘神と氷漬けの怪物

ものすごくピザが食べたいです。


「見れば見るほど不気味だね」

「早く閉めなさいよ。あの光を浴びすぎると私達も悪魔になるって村長も言ってたでしょ」

「あい……」

 

 ハッピーと一緒に宿泊用の家から紫の月を眺めていた。しばらく見つめていると魔物の瞳のようにさえ感じられ、ほんの少しグロッキーだ。

 村長曰くこの島の呪いを解くには月を壊さなければならないらしい。はっきり言って無理だ。

 

「それにしても参ったなぁ」

「流石に月を壊せってのはな……」

 

 グレイはともかくナツが弱気になってるのは初めて見た。非常に珍しい光景だな。

 

「一体、何発殴れば壊れるのか見当もつかねぇ」

「壊す気かよ?!」

 

 前言撤回、全然やる気でした。静かなのは弱気なんじゃなくて殴る回数を考えてたのかよ。本当にナツらしいぜ。

 

「何考えてんだよ……」

「そうね、月を壊すのはどんな魔導士にも不可能だと思うわ」

「でも、月を壊せってのが依頼だぞ。依頼をこなさなきゃ妖精の尻尾の名が廃る」

「出来ねぇもんは出来ねぇんだよ。第一どうやって月まで行く気だよ?」

「ハッピー」

「えっ?! 流石に無理……」

 

 月を地上から壊すのはどんな魔導士にも不可能。月まで行ったとしてもあんな巨大な塊を破壊できる魔導士はいない。その上、月まで行くことすら不可能だ。ハッピーやアキレアの(エーラ)で飛んだとしても宇宙に行く前に身体が持たなくなるだろう。更に耐えたとしても魔力が必ず切れる。

 

「月を壊せっていうけど、もっと色々調べれば他に呪いを解く方法があるはずよ」

 

 確かにその通りだ。月の魔力が呪いを掛けているのであれば世界中で同じような呪いにかかる者がいるだろうが悪魔の呪いの話なんて聞いたこともない。きっと、何か訳があって呪いがかけられているのだろう。

 考えられる可能性を探っていると誰かの靴下が頭に引っ掛かった。酷い脱ぎ癖があるグレイの物だろう。

 

「難破して一日歩き続けて流石に疲れたぜ〜」

「何故、脱ぐ?」

「慣れろ。あれがグレイだ」

「嫌よ! ってか、ソルは何で慣れてんの?」

「よく一緒に仕事に行くからな。お前もあと三ヶ月もすれば慣れる」

「絶対、嫌!」

 

 嫌だと俺も最初は思ったさ。でも、気が付いたら慣れてるもんだよなぁ。人間の適応力って末恐ろしい! 

 

「よし、それなら明日は探検だ! 今日はもう寝る!」

「あいさー!!」

「考えるのは明日だ」

「そうね、私も眠いし寝よ」

 

 みんな、疲れてるみたいだな。俺も歩きづらい道を長時間歩いて疲れてるし寝よう。

 

「さぁ、ご主人様一緒に寝ましょう!」

「アキレアは変身魔法を解け、一緒に寝たら完全に犯罪の匂いがするだろう?」

「え〜……」

 

 ミストガン風の格好ではなく、栗毛美少女状態のアキレアは頬を膨らませ、不満を表すがすぐに変身魔法を解いて不貞寝する。俺の布団の中で。一緒に寝ないとしばらくぐずるからな。大人しく寝よう。

 明かりを消して数分後にはナツとグレイが眠りに落ちた。その事を証明するように獣のようないびきとやたら煩い寝息が部屋に響く。いびきはナツのもので寝息がグレイの物だろう。

 

「って、獣と変態の間でどうやって寝ろっていうのよ!」

「慣れろ」

「絶対、いやよ!」

「…………」

「無言で親指を立てないで!」

 

 ルーシィが二人の騒音に堪らず飛び起きる。まぁ、普通はそうなるわな。最初、ナツやグレイと組んだときは俺もそうだったさ。でも、慣れるんだ。どんなに嫌でもな。

 

 そして、翌朝になる。ルーシィはもう既に目を覚まして探索の準備を始めているようだ。

 

「早いな」

「全く眠れなかったのよ。この二人のせいでね」

 

 とても怒っていらっしゃる。顔が東の国でいうところの般若のようになっている。ハッピーがルーシィは怖いと教えてくれたのだが何となく理解してしまった。

 

「それよりあんた、それどうにかしなさいよ。犯罪の香りがするわよ」

「?」

 

 急にルーシィは俺の胸の辺りを指差す。胸の辺りを見るとアキレアがくっついている。あれだけ解けと言った変身魔法を使った状態で。

 あぁ、隙を見せるんじゃなかった……。

 アキレアを無理矢理起こし、準備を始めさせる。何がダメだったのかとむくれている。別に猫状態でくっつくのは構わんよ。ダメなのはウェンディよりも小さい年頃の子になってくっつく事なんだよ。

 

「ウェンディ、ウェンディって言って落ち込んでるから代わりになってあげようかと」

「やめてよ! いらない優しさ! 余計に悲しくなるだろ!」

「妹さん、ウェンディって言うのね」

 

 そういえば、ナツたちにもウェンディの事はあまり詳しく話していなかったな。にしてもやけに兄妹の話題に食いつくな。

 

「妹って言っても義理なんだがな」

「でも、大切な人なんでしょ?」

「あぁ、かけがえの無い大切な妹だ」

「いいなぁ〜。私、ずっと一人だったからさ。そう言うのが羨ましくて」

「今は違うだろ?」

「えっ?」

「ギルドって言う家族が出来たじゃねぇか」

「……そうね!」

 

 …………一見、元気そうだけど悲しいって顔をしてるな。特に『ずっと一人だった』と言った時。彼女も辛いことがいっぱいあったんだろう。人には言えないような。その苦しみが妖精の尻尾で少しでも癒えることを願う。

 

「まぁ、破門されそうですがね……」

「それを言うな、アキレア……」

 

「さぁ、それじゃあ出発するわよ!」

「あい……」

「あい……」

「あい……」

 

 それから大体三十分後にナツ達は叩き起こされ、探検に駆り出されることになった。寝起きということもあってか三人ともテンションの低いハッピーみたいになった。本物のハッピーも一人にカウントされているのだが。

 ブーたれながらも三人は森の奥に進んでいく。ルーシィは時計座の星霊であるホロロギウムを呼び出してその中に入っている。

 

「ところでよ。星霊の使い方合ってんのか?」

「だって実体が無いものって怖いじゃない……と申しております」

「心配すんな、呪いなんて炎で焼いてやる」

「恐れるこたぁねぇよ。呪いも凍らしてやる」

「やっぱ、あんた達馬鹿ね……と申しております」

 

 ルーシィがホロロギウムに入っている時は会話はホロロギウムが代行して行うようだ。中々にシュールな光景だな。

 急にアキレアが杖を構え、全員に注意を呼びかける。彼女はミストガン直伝の珍しい魔法を使える。そのうちの一つに索敵系の魔法があったはず。ということは敵意を持った者がいる。

 

「前です!」

 

 前方には馬鹿みたいに大きい緑色のネズミがいた。身に纏うメイド服が絶妙に似合っている。可愛い訳ではないのだが別に拒絶感もない感じだ。

 

「なんだコイツ!」

「ね、ネズミ!? っていうか何であんたも中にいるのよ! あい! と申しております」

「メイド服の似合うネズミ……腹立たしいですね! 私だって似合いますとも!」

「張り合うなよ! そしてアイツ美少女なのか?!」

 

 全員が突如現れた巨大ネズミに驚いている。アキレアだけはメイド服が似合うというところで張り合っているが。

 ネズミは俺たちが驚いている間に息を吹き付けてきた。

 

「く、くさい!」

 

 なんて匂いだ! 腐臭に近い感じだ。この酷い匂いの中じゃナツは戦えないだろう。まぁ、ナツだけではなく俺たちも戦えそうにないし、ルーシィの星霊も臭すぎて帰ったみたいだ。

 ネズミから逃げるが執拗に追ってきて息を吹きかけ続ける。嫌がっている俺たちを見て喜んでいるようだ。

 

「こうなったら、アイスメイク・(フロア)!」

 

 グレイがネズミの足元を凍らせて滑らせた。そのおかげでネズミはこけて行動不能になる。

 ルーシィは遺跡を見つけ、今のうちに遺跡に入ろうと提案するがナツとグレイとアキレアは話を聞くことなくネズミをボコボコにしていた。数分後に気が済んだのかルーシィに従い、月の紋章を掲げる遺跡に入っていった。

 遺跡内部は風化が進んでおり柱や床はボロボロでいつ崩れてもおかしくなさそうだった。注意して行動しなければ床が抜けるかもな。

 

「これ床とか大丈夫なのか?」

「おい! ば」

 

 制止の声を出すよりも速くナツが踏んで確かめていた床が抜ける。重力に従って勢い良く地下に落ちていく。

 相当な高さから落ちたみたいだが全員無事だ。この高さではハッピーとアキレアの力でも全員を上に上げるのは厳しいだろう。

 

「遺跡の地下みたいだな」

「秘密の洞窟だーっ! せっかくだし、探検しよーぜ!」

「おい、また後先考えずに暴れるんじゃねぇーよ!」

 

 ナツが嬉しそうに奥の横道に走っていく。また床ぶち抜いて地下の地下とかに行かないことを願う……。

 

「な、なんだ?!」

 

 ナツが奥の方で驚愕の声を上げる。続いて俺を含めた全員も同じように驚愕の声を上げた。

 横道の奥には氷塊があった。ただの氷塊ではない。中には怪物が閉じ込められていた。人型だが膝は逆関節、身体中にトゲが生えていて爬虫類のような尻尾を持っている。おまけに大きく開かれた口には大量の牙が生えている。

 

「デリオラ?!」



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