ダーウィンズゲーム ~夜霧の王~ (nani)
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プロローグ
頭を打ち抜かれても死なない人も、死んでからシギルで自己蘇生した人もいるので、多分いると思うんですけど。
「ダーウィンズゲーム?」
放課後。
俺はオタク友達から送られてきたメールを見てそう呟いた。
「悠斗ー! このゲーム凄いんだぜ! 危なかったら俺が守ってやるから一緒にやろうぜ!」
「唐突にどうした? というか危ないってどういうことだ?」
「まぁそれはダウンロードしてからのお楽しみで、はやくダウンロードしてくれよ」
俺がURLをクリックすると、一瞬でヘビのキャラクターがいるゲームのスタート画面が表示された。
危ないって悪質な違法ゲームじゃないよな……? いや、佐藤が言うなら大丈夫だろう。
そして俺はゲームのスタートボタンを押した。
◆
「……あれ、ここは? 俺、さっきゲームの中のヘビに嚙まれた気がするんだが……」
「おーやっと起きたか。これで悠斗もシギル……超能力に目覚めたはずだ。こんなこと一人で独占してちゃ悪いからな。幸せのおすそ分けだ。もちろん、ちゃんと説明するぜ」
超能力?
「ダーウィンズゲームは目覚めた超能力を使って、現実で戦うゲームだ。目覚めた超能力は当たり外れが激しいが、俺は強いシギルだからな。まずゲームにログインして悠斗のシギルを調べてみてくれ」
「……にわかには信じられないが、ゲームから出てきたヘビに嚙まれたのは事実。とりあえずステータスでいいのか……?」
******
所属クラン:ナシ
名前: キリシマ ユウト
戦績: 0戦0勝
クラス:D4
保有ポイント: 30pt
累計ポイント: 30pt
所持シギル:『夜霧の王(ヴァンパイア)』
******
名前、いつの間に入力されたんだ? 佐藤が入れるにしてもフルネームはおかしいし……
そしてシギルって超能力のことだよな?
夜霧の王、ヴァンパイア。凄く強そうな能力だ。
「おぉ! 強そうなシギルじゃん!」
佐藤に褒められて少し良い気分だが、俺自身は使い方も分からない。強力と言っていた佐藤の所持シギルも気になる。比較対象もなく得意げになるのは早い。
「それで? シギルってどうやって使うんだ?」
「息をするように自然に使えるぞ。夜霧って書いてあるし、霧化ぐらいはできるんじゃないか?」
ちょっと自分の手が霧になるところを想像してみる。
すると、肘から先が白い霧となり、周囲に広がり始めた。
「も、戻れ!」
慌てて霧を元の手に戻す。
手はさっきまで霧だったのが嘘のように元に戻っている。
「これがシギル……そしてこれを使った異能バトルか。確かに、凄く面白そうだ」
「だろ!? ちなみに俺のシギルは『超蓄力(バーストチャージ)』、溜めた分だけ次の行動を強化できるんだ。大体一秒で2倍、溜めれば余裕で10mもジャンプできるし、時間さえ稼げればどんな相手でも一撃必殺……ちょっとお前とは相性が悪いみたいだが、悠斗が時間を稼いでくれれば向かうとこ敵なしだぜ!」
そう言って構え、少し静止したと思えば、離れているのに衝撃が伝わってくる正拳突きを放った。
確かに強い。反動もないみたいだし限界までチャージして遠距離から踏み込めば一発KO余裕だろう。むしろ殺さないか心配になる程だ。
「それで他の人たちのシギルってどんなのがあるんだ?」
「強い人のだと、鎖を自由自在に操ったり空間を転移したり全身をタングステンより硬くできるらしい……ただ俺が会ったのだと、包丁や火を操ったりする奴がいた程度で、他は直接戦闘に使えるようなシギルじゃなかったな。8割がたは五感強化とか便利シギルで、1体1じゃ普通の人間だ」
ふむ。上位層でも物理系なら敵じゃなさそうだが火はほぼ確実にダメだな。
その仮説を確かめるため、もう一回霧化して霧の一部を太陽光に晒す。すると喪失感と共に少しずつ霧が蒸発していく。
戻すと何事もなかったように元に戻ったが、大量の霧を蒸発させてしまった日にはこの程度ではすまないだろう。恐らくヴァンパイアというからには血で回復できるはずだが。
しかし、強いが日中の戦闘に制限がある異能か。
明るい場所が苦手な俺に相応しい力だ。使いこなし甲斐がある……いや、ちょっと待て。
「何でそいつらはこのゲームをやっている? シギルも弱いんだろう?」
「それは、このゲームで勝てば大金を稼げるからだ。1ポイント10万で換金できる。始めたばかりのDクラスでも倒せば100万、Cなら300万、Bなら1200万、Aなら6000万だ。そして、このゲームを辞めることはできない。負けた方はその分のポイントを失い、ゼロになれば死だ」
は?
「でも、戦わなければポイントは減らない。対戦を挑まれても、挑まれた方は逃げ続ければ技術点が入り、逃げ切れば勝利だ。さらに一ヶ月毎に生存報酬もあって、Dクラスでも月10万だ。そして何より、シギルがある」
「……まぁ確かにやりたくなるのは分かる。俺だって異能が手に入るなら多少の危険ぐらい許容するしな」
「そういうと思ったぜ!」
「ただ、できれば始める前に言って欲しかった。俺だから良かったものの普通にやりたくない奴もいるだろ」
俺はジト目で相手を睨む。
「それだがな、マニュアルを読んでみろよ。このゲームのことを公にしようとするとアカウント削除、つまり殺される。そして死体は運営のシギルで抹消され、対戦中は民間人に認識されない」
「……リアルでやるってマジなやつか」
「とりあえず軽く一戦やろうぜ。お前今一敗すると即死だからな。誘ったよしみでポイントやるよ。近くにいい場所があるんだ」
この子は手榴弾でダメージを受け、太陽の下で霧化していると蒸発します。発火能力者は無謀、物理干渉力も低い。
まさに、劣化モクモクの実……
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夜霧の王
数分後、俺たちは校舎裏で向かい合っていた。
人はいない。聞けばDゲーム中は人払いがされ監視カメラにも映らないらしい。
「それじゃあ行くぜ!」
「あぁ、俺も危なくない範囲で色々やってみる」
俺は腰を下げて攻撃に備える。
だが、気づくと佐藤は目にも止まらぬ速さで俺を殴っていた。もちろん防御はできていない。
しかし佐藤の拳は俺をすり抜けている。霧化したのだ。
特に痛いという感覚はない。だが霧となった部位が太陽光に晒され徐々に蒸発していくのが感覚で分かった。
これ、部位を霧化したまま霧が全部蒸発したらどうなるんだ? いや……何となく他の部位を霧化すれば補えるような気がする。そして限界までは体内の水分を代償に再生できそうだ。
とりあえず霧を自分の身体を動かすように操作し、佐藤の頭に纏わせる。
「おわっ」
霧の濃度はかなり濃い。佐藤の視界は真っ白と言っていいだろう。
現に身体を霧化して少し移動したら佐藤は霧から離れるために悪戦苦闘している。
(あー、俺の身体が食べられていく……何となく分かっていたけど体温で霧が蒸発しているみたいだ。この濃度でダメとなると死ぬ覚悟で突っ込まないと体内攻撃は無理か)
「はぁっ!」
そう考えていると佐藤が大ジャンプで霧から逃げた。
霧の動かす速さは大体自分と同じぐらいで、それ以上だと追いかけられない。常人並みなら優位を取れるが身体強化系には速度面で不利か。
……そう、さっきから試しているけどヴァンパイアの怪力とかそういうのはないみたいだ。
まぁ霧化と水で回復の時点で十分チートだと思うけど。それに、必勝法も思いついた。
「次はこっちから行くぞ」
俺は佐藤に向かって走っていく。
佐藤がシギルを使うが、俺は無視して突っ込んだ。
「オラオラオラオラオラオラ!」
佐藤が高速連続パンチで霧になった俺を散らそうとするが、空気の流れ的に俺を止めることはできない。そして背後に回った俺は実体化し、佐藤を地面に押し倒す。そして、いつの間に伸びていた牙を首に突き付けた。
「……勝負あったな」
「あー、俺の負けだ。結構強いつもりだったけどシギルの相性が最悪。というかお前ヌケニンかよ、物理攻撃効かないってずりーぜ」
「いや別に物理が効かない訳じゃない。霧だから普通に温度が高い場所だと蒸発するし、攻撃力もない。火は論外として風系統にも流される。それに蒸発した分喉が渇いた」
「血か?」
「いや水だ」
◆
佐藤と別れて家に帰る。
あの後、俺はダーウィンズゲームの基本的な知識を教えてもらい、シェルターというアイテムをポイントで買った。
シェルターはクラスマッチに一週間名前が表示されなくなるアイテム。目の前にいる人にバトルを申し込むエンカウントバトルは防げない。
たったそれだけで10ポイント。つまり100万だ。
だがシギルの使い方を覚えるまでの猶予は必要だ。
水分不足の時にバトルが発生したら抵抗すらできないかもしれない。
佐藤に勝ったおかげで30ポイントもらえて、そこから10ポイント使ったから残り30ポイント。後2回までならリタイアできる。ある程度シギルを使えこなせれば大抵の相手は敵じゃないし、恐らく大丈夫だろう。
「霧の有効射程は2kmぐらい。そして夜ならば霧の蒸発は無視できる。全身を霧化して一帯を覆えば半径1kmは霧に包めるかもしれない」
そして俺は、トマトジュースを飲みながらシギルの検証を行っていた。
判明した中で重要な情報は2つ。
霧化を使った上で水分を取れば、霧をそのままに霧化した部位を復元できる。
霧の物理干渉力が低いが、紙や木の棘ぐらいなら持つことができること。
一つ目は、辺りに霧があれば無制限に再生でき、霧という第三の手を行使することができるということだ。水分を取り続けなければ普通に消えていくという欠点があるが、戦闘前には霧を発生させておくのが定石になる。
ちなみに霧化していて体積の回復はできる。さっき風呂で確認した。水中で霧化すると水に溶けるが、水に入らなければ問題ないだろう。
二つ目は奥の手だ。
唐辛子を常備しておけば目潰しができる。カッコ悪いので積極的に使う気にはならないが、準備しておくに越したことはない。
「まぁ、こんなものか……」
差し当たって問題は日中でのエンカウントバトルだ。
夜なら霧の中で戦闘できる。負けは有り得ない。
だが昼間は太陽光で蒸発する。
解決策としては、周囲の湿度を上げ湯気と同じ原理で蒸発しなくさせることぐらいだが……密閉空間でもなければ風で折角の湿度も散らされる。
一時的に霧化するにしても日中というだけで危険だ。
今日の戦闘的に、何の準備もなく戦闘を始めたら一分も持たずに水分不足で倒れる。
つまり、シギル的に日中は無能。
日陰に隠れてコソコソと逃げ回るという形になるのか……
「まあ別にそれも吸血鬼っぽいし、緊張感があっていいかもな……」
とにかく、当面の目標は、霧化と実体化の高速化、霧の操作性の向上だ。
霧の中で霧化し離れたところで実体化すれば実質テレポート。
そして霧を広げ過ぎると、ごく一部か大雑把にしか操れなかったのだ。
折角の異能、最大限使いこなさないと勿体ない。
異能バトルにワクワクしている、恐らく一般的なDゲームプレイヤー。
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王(ワン)
Dゲームを初めて3日が経った。
俺は、佐藤ともう一人で集まり、廃ビルでシギルの特訓をしていた。この廃ビルは俺のシギルによる広範囲索敵で見つけたものだ。夜という条件が必要だが、霧化すれば誰にもバレず何処へでも侵入することができる。通気口さえあれば密室であろうと例外じゃない。流石に無菌室みたいな場所は無理だが、俺のシギルの長所の一つだ。
室内なら湿度を上げれば霧を維持できる。
そのため誰かが扉を開ければ分かり、佐藤たちもビルジャンプができるから俺たちはここを拠点にすることにした。
「それでそっちの成果はどうだ?」
「あぁ、限界チャージ時間が一秒伸びたぜ! それに二箇所にチャージして交互にバーストさせることもできたぞ!」
そう言って佐藤は右手で正拳突きした後に、左手で正拳突きをする。
衝撃は同じぐらいでちゃんと二回に分割されていた。
「これで相手が二人でも対応できるぜ!」
「黒野は?」
「まずは煙で試してみたんだけど、停止するものの形を把握していればシギルを使えたよ。強度も変わらずだった」
新しくDゲームを始めた佐藤の友達がライターを付けて火を止めた。火を消したという意味じゃない。文字通り火が止まっていた。
シギルの名前は『一時停止(タイムフリーズ)』。
手に触れたものの時間を止めるシギルだ。停止できる時間はそれに触れていた時間に比例し、停止している間は一切の外部干渉を受け付けない。
そして解除後に停止している間に受けるはずだったものを一瞬で受けたことになる。
簡単に言えば紙で銃弾を受け止められるが、解除すると紙が吹き飛ぶ。
「……なるほど、空間認識能力を上げれば座標指定できるようになるかもしれないな。ただの糸を固定化して罠として使うより空気のカッターとか盾の方が遥かに便利だ。不可視だし、銃弾を防ぐ時に服を犠牲にしなくてよくなる。それに自分を囲むように停止させれば最強のシェルターだ」
「それ、僕も考えてみたんだけど解除した時酷いことになるんだよ」
「……俺、お前らと戦いたくねぇわ」
「まぁ攻撃力は佐藤が一番あるし、もしもの時は頼りにしてるから」
そんな時だった。一階に侵入者が現れたのは。
片耳を霧化して一階で再構築する。霧化しても身体が繋がっていることを利用した身体分割だ。
「なんだ? 侵入者か?」
「あぁ、とりあえず撤退準備を」
目と閉じて一階での会話に集中する。
「……ワンさん。多分この霧シギルですよ。毒ガスかもしれないですし、迂闊に入らないほうが……」
「そうみてぇだな……扉を開けたのに外に出ていかねぇ。直接挨拶しに行くか」
(挨拶? 空を飛べるシギルか? 不味い。黒野は俺が運ばないといけないから、間に合わ――)
「こんにちは~、エイスの
その男は唐突にそこに現れた。
ここは5階。つまり、ついさっきまで一階にいたのに10秒も経たずに5階に来たことになる。
「テレポート……!」
「さて、君たちには2つの選択肢がありま~す。俺の下に付くか死ぬかで~す」
「わ、分かった! ここは出ていく――ッ!!!」
佐藤の手が斬り飛ばされた。
「あれ~? 聞こえなかったかな~? この
「ああああああ!!!」
「ひぃぃぃ!」
佐藤が手を抑えて蹲り、黒野が怯えて後ずさった。
ヤバい。
行動がはやすぎる。
何か、とにかく霧を――!!
「あ? 一階の霧はお前か」
「俺が時間を稼ぐ! 二人とも早く逃げろ!」
右手を使って視界を遮れる濃度の霧を
「悠斗、後ろ!」
「くっ!」
霧化で恐らく空間切断だろう斬撃を受け流し、回し蹴りを喰らわせる。
しかしそれは片手で軽く防がれた。
「ああ? 分身か? いや実体はある。身体を霧に変える身体変化系かよ……俺様の攻撃が効かないなんて……ムカつくなぁ」
「ふ、ふふ……相性が悪かったな。仇は取らせてもらう」
俺は息を整えるために一旦距離を取った。
……決して怖かった訳ではないはずだ。
「だが、これはどうだ?」
俺は咄嗟に佐藤を庇う。
――ドンッ!!!
「悠斗!!」
爆発は俺の体積の8割を吹き飛ばし、反射的に霧化してしまったせいで後ろの佐藤は全身血塗れになっていた。痛いと思うと反射的に霧化する癖が憎く思えたのは初めてだ。
幸いにして血という水分が近くに溢れていたため、それを吸収して体積を回復する。
霧化というシギルの特殊性から霧化した部位はなくても行動に支障はない。全身を再構築ができなくなるだけで、筋肉はシギルで代用できる。
だから、俺は骨格と目と鼓膜を再構築して立ち上がった。
「おいおいスケルトンかよ……」
「黒野! 早く逃げろ! いつまでも腰を抜かしているな!」
「む、無理だよ!」
「ホイっと」
一時的に声帯を構築して叫ぶと黒野が怯えた。
そうしているうちに最後のチャンスはなくなり、
――ドンッ!!
何気に遠く、俺が近づく前にその手榴弾は爆発する。
しかし俺からは黒野の前に透明があるように爆発が遮られたのが見えた。
「あ~あ、お前が助けに行かないからあの子も死んじゃったよ」
「いや――」
「……いや、お前に僕は殺せない。僕のシギル『時間凍結(タイムストップ)』は触れている限り効果が続く。そしてこの空気の壁はどんなものであろうと通さな――あれ?」
いや空間切断なら障害物なんて関係ない、そんなことを言う前に黒野はバラバラになった。
「全く、君たちは俺様をムカつかせるのが得意なフレンズですね~」
「黒野はちょっと恐怖でハイになっていたんだ。許してあげてくれよ」
はぁ……とうとうみんな死んで俺一人になってしまった。
何となくこうなることは予想していた。俺のシギルが生存特化していて、こいつみたいな敵に遭遇したら高い確率でこうなるだろうな、と。
そう思っていたからか怒りはあまり湧いてこない。
現状は最悪だ。
手榴弾の影響で室内の温度が上昇している。佐藤と黒野の血のおかげで何とか形を保てているが、それでも徐々に体積が減り、骨があぶられている感覚がする。
こんな状態で危ないと思えば転移できてしまう
逃げるか。
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