鬼滅の刃の世界に転生したけど味方に鬼がいませんでした (せとり)
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1.転生

 気がついた時には、そこは自分の知っている世界ではなかった。

 いわゆる転生というやつだろう。

 

 100年以上昔の明治時代。

 東北の寒村。

 そこで自分は別人になっていた。

 前世とは縁もゆかりもない土地に、両親から生まれた娘。

 鳥海 明日藍。

 それが今世の名前だった。

 

 

 

 

 鏡に映る自分の姿を見る。

 将来性を感じさせる端正な顔立ちの幼女だ。

 顎を上げて首筋を見ると、黄色い稲妻のような痣があった。

 この痣は生まれつきあったらしい。そして平熱が異常に高い。

 恐らく40度は越している。おかげで冬場はよく湯たんぽ替わりにされる。

 幼児とは思えないほど身体能力が非常に高く、どんなに動いても全く疲れを感じなかった。

 

 どう見ても鬼滅の刃の痣だ。

 生来の痣者。まるで縁壱のようだった。

 実は透き通る世界も入門している。ちょっと集中すると、生物や物体が透けて見えた。

 本当に縁壱みたいだった。

 けれど原作でのチートっぷりを見るに、自分がそこまで特別な者だとは思えない。

 痣者の寿命の例外にはなれず、早死にしそうだ。

 

 痣者関係なく、80まで生きられると思って漠然と生きるよりも、25までしか生きられないと思って集中して生きた方がより充実した人生を送れそうだと思った。

 25歳を過ぎて生きていれば、ボーナスステージだと思って幸運に感謝する。そっちの方がお得な気がする。

 

 ひとまずの目標は、生活水準の向上だ。

 本当に100年後には現代になっているのかと疑うぐらい、この時代の生活は貧しかった。

 まず電気ガス、水道がない。井戸水や薪の生活だ。

 衣食住もひどい。

 ぼろっちい茅葺屋根の家に、使い古したぼろ着を着回し、おかずなんて殆どない雑穀を混ぜたご飯。

 まさに、ザ・貧乏暮らしという感じだった。

 ひもじすぎて涙が出る。

 

 幼児とはいえ痣者の身体能力によって、大人顔負けかそれ以上の力で畑仕事や内職を手伝ったりしているが、焼け石に水だ。

 そもそも東北の農家の収入が低すぎる。ちょっと労働力が増したぐらいで状況が改善できるなら、初めからこんな貧乏暮らしを送ってない。

 こんな村でもそれなりに裕福な暮らしをしている者もいるが、それは代々積み上げられた富と、小作人からの搾取で成り立つものだ。真似できないし真似したいとも思わない。

 

 勉強して働きに出ても、この時代の女性ではまともに稼げないだろう。

 やはり才能を活かして鬼狩りになるべきだ。

 前世では鬼殺隊がブラックすぎると笑っていたが、とんでもない。時代背景を考えれば圧倒的ホワイトだった。

 隊服や刀が支給されて、福利厚生もばっちりで、給料も貰えるとか、今なら頼み込んででも鬼殺隊に入りたかった。

 ばっさばっさと鬼を倒して昇進して、柱になって故郷に錦を持ち帰るんだ。

 家族の暮らしを良くしてやりたい。

 特に弟や妹たちには、ひもじい思いをさせたくなかった。

 

 鬼殺隊に入るべく、思い出しながら呼吸の型の練習をしていた。

 痣の色と形から見て、適正はおそらく雷の呼吸だ。

 なので雷の呼吸を習得したかったのだが、覚えている型が1つしかなかった。

 他の型は獪岳が一通り使っていたはずだけど、全く思い出せなかった。

 霹靂一閃しか使えないなんて、善逸を笑えない。

 

 まだ体は幼いが、戦力は申し分ない。

 日輪刀はないが、十二鬼月とかでもなければ普通に夜明けまで足止めして殺せる気がする。

 問題は、どうやって鬼殺隊に接触するかだった。

 鬼や鬼狩りの伝承があるみたいなので、鬼と鬼殺隊は存在しているのだろうが、実物には会えていない。

 村に留まって待つだけでは遭遇は難しいだろう。

 本気で探すなら、こちらから会いに行くべきだ。

 鬼を追っていけば、自ずと鬼殺隊と見えるだろう。

 

 思い立てば吉日ともいう。

 夜中、家族が寝静まった頃、こっそりと寝床を抜け出して鬼を探しに遠出する。

 自分の足なら、夜中のうちに山一つ越えて戻ってくるぐらいできるだろう。

 今回は麓に下りて、町に向かってみる。

 現代と違って夜は真っ暗だ。光害がなくて星空が綺麗だが、もう見慣れてしまった。

 徒歩なら3時間ほどかかる距離を、体感20分ほどで駆け抜ける。

 もう夜は遅く、町の住人もみんな眠りについていた。灯りは殆ど見られなかった。

 1~2時間ほど街中を歩き回って警備してみたが、鬼の気配はなく、そのまま帰ることにした。

 

 帰路の途中、林で狸を見つけた。

 肉。タンパク質。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 一瞬で距離を詰めて、首を掴んで延髄をねじ切り、瞬く間に絶命させた。

 悲鳴を上げさせることすらない早業だった。痛みすら感じる間もなかっただろう。

 

「明日は狸鍋かな」

 

 狸を片手に、鼻歌を歌いながら家に帰る。

 こうしてついでに獲物を狩っていけば、夜中に家を抜け出す言い訳になるし、実利もある。鬼探しは長続きしそうだった。

 

 

 

 

 夜のパトロールを始めて1か月。

 いまだに鬼も鬼殺隊も発見できていなかった。

 もしかして鬼なんていないのでは? なんて気さえしてきた。

 もはや鬼探しというよりも狩りに出かけているだけだ。

 お陰で肉が食べれて嬉しい。もっと早くからこうしていればよかった。

 

 その日は山一つを越えて遠くの集落を回っていた。

 山道を軽快に走っていると、遠くから悲鳴が聞こえたような気がした。立ち止まって耳を澄ますと、今度は助けを呼ぶ男の声が、小さいながらもはっきりと聞こえた。

 

『化け物め! くるな! 誰か助けてくれ!』

 

 切羽詰まった声だ。急いで駆けつけるべく全力で走った。

 行く手を遮る木々や藪を最小限の動きでかわし、ぐんぐん景色が流れていく。自分でも驚くほどの速度だった。

 やがて集落の外れの民家が見えた。

 野外を裸足で血相を変えて走る男と、それを追う異様な気配の人――いや、鬼だろう――を見つけた。

 鬼と思われる男の手は血に染まり、民家からは強烈な血の気配が感じられて、仮にあいつが人だろうと手加減は不要だと知った。

 

 逃げる男と風のようにすれ違い、鬼の手足を鉈の背面で打ち据えた。

 肉がつぶれ、骨が砕ける感触がした。

 一応人だった場合を考えて峰打ちしたが、人間だったら確実に再起不能だろう。

 人殺しの犯罪者に慈悲はない。

 

「がああ! なんだ?! 手足が!」

 

 鬼は顔から倒れこみ、口に入った土を吐き出しながら叫んだ。

 何が起きたのか分かっていないようだ。

 透かして鬼の手足を見ると、徐々に再生していた。鬼で確定だ。

 そうと分かれば、もはや容赦は不要だ。

 

「くそ、ガキ! お前の仕業か?!」

 

 鬼がこちらを睨みつけながら地面をはいつくばって体を起こす。

 何も答えないでいると、鬼は恐れを隠すように激高した。

 

「なんとかいえやオラぁ!」

 

 再生を速めていた右手で土を掬い、思いっきり投げつけてくる。

 しかしその行動は、準備段階のうちからはっきりと見えていた。

 飛び散った砂を目くらましにして接近して、すれ違いざまに首を落とし、そのまま背後に回って一息で6連撃。鬼はバラバラの肉塊になった。

 どうやら大した鬼ではなさそうだ。

 まだ夜明けまで時間があるが、余裕で足止めできそうだった。

 

 これだけ実力差があるのに殺しきれないなんて、鬼という生き物は本当に不思議だ。

 時間を撒き戻すように肉体が再生されていく様は感嘆を覚える。

 こんな存在を生み出す善意の医者っていったい何者だったんだ。

 鬼の力をこの目で見ると、とても信じがたい光景で、理外の力を感じた。自分も人のことは言えないが。

 

 無心で鬼の足止めをしていると、逃げた男が様子を見に帰ってきて、バラバラになっている鬼を見て腰を抜かしていた。

 自分も化け物の一種に見えたのか、声をかけるが怖がられて、制止もむなしく大声を出して集落の方へ行ってしまった。

 男に叩き起こされた村人たちが起きてきて、松明や提灯を片手に遠巻きから様子を窺っていた。

 逃げた男の家族と思われる死体も民家から発見されて、大騒ぎだ。

 さて、どう収拾をつけたものか。

 鬼狩りの人が来て事態を収めてくれないかなと思うもそんな都合のいいことは起こらず、鬼の足止めをしながら村人の対応をすることになったのだった。

 

 

 




まだ半分もかけてないけど勢いで投稿します。
5万字ぐらいの予定だし流石にエタらんやろ!(楽観)


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2.出会い

 

「ひゃははは!」

 

 鬼の不愉快な笑い声と共に、鬼の両腕から生やされた機関銃が火を噴いた。

 連続した大口径の銃撃音に、弾丸の着弾音や飛翔音が混じって、まるで戦場のようだった。

 

 鬼狩りの剣士、山形は身を低くして地形の窪にへばりつきながら、大きく息をついた。

 

 ――大物ではないかという疑いはあったが、まさか下弦の弐に遭遇するとは。

 その鬼は血鬼術で両腕から機関銃を生やすことができるようだ。

 鬼本体の力量はそこまで高くない。機銃だけならまだやりようがあったが、鉄条網も出せるようで、鬼の周辺には鉄条網が張り巡らされて近づけなかった。

 機銃による火力は暴力的で、臨時で集められた隊の仲間は接敵から1分もせずにほぼ全滅した。

 数少ない生き残りを逃がすため、山形は殿にあたっていた。

 

 鬼に家族を殺され、復讐を誓い、鬼狩りを志してから5年。

 5年前は何の力もない子供だったが、今では立派な鬼狩りの剣士だ。

 階級だって甲だ。こいつを倒せば柱になれる。

 だが、その道は果てしなく険しかった。

 

 息が荒い。肺が痛い。足がもう限界だ。

 自慢の雷の呼吸も鉄条網が邪魔で攻めに使えず、時間を稼ぐために全力で逃げに使い、既に満身創痍だった。

 いつの間にか鉄条網は茨のように周囲に展開されており、徐々に逃げ道は狭まり、撤退もままならなくなっていた。

 万事休す。

 山形は、死を覚悟した。

 

 だが、ただでは死ねない。

 死んでもあの鬼の首をはねてやると、決意した。

 

「どうした~? 怖気づいたかぁ? いつの間にか周りに鉄線が張り巡らされててびびっちまったか~?」

 

 銃声が止まる。

 硝煙と土煙で、辺りは視界が悪くなっていた。

 今のうちに位置を変えよう。この窪に自分がいると思わせて、別方向から奇襲したい。

 真正面から突撃したのでは、万が一にも勝ち目はない。命を捨てるにしても、少しでも成算を高めたかった。

 体を汚しながら、慎重に、だが素早く匍匐で移動する。

 

「ガタガタ震えてしょんべんちびっちまったかぁ? それとも死んじまったのか~? ぎゃはは!」

 

 射撃が再開された。こちらの位置には気がついていない。

 ――やれる!

 息を整え、瞬時に起き上がり、居合の構えをとる。

 ――雷の呼吸、壱の型、霹靂一閃――?!

 

 飛び出した瞬間、嘲笑する鬼の横顔と目が合った。

 片方の機銃がこちらを照準していた。

 どんな手段をもってしてか、気づかれていたようだ。

 回避しようとしたが、もう遅い。

 一か八かでそのまま踏み込んだが、到底間に合いそうになかった。

 

 時間の流れが遅くなる。

 死神の鎌が振り下ろされるような気持ちで、引き金が引かれて銃口が火を噴くのを見た。

 

 ものすごい衝撃がして、一瞬意識が飛んだ。

 被弾した? いや、そうではない。体に痛みはなかった。

 先ほどの衝撃も、むしろ横合いからのものだった。あれはいったい――?

 とにかく、生きているなら戦うまでだ。

 刀を握り直そうとして、日輪刀が無くなっていることに気づいた。

 

 ――まずい! 落とした?!

 剣士として恥ずべき失態だった。素早く周りを見るが見当たらない。

 そして鬼の様子を確認しようとして、目の前の光景に困惑した。

 

「……は?」

 

 下弦の鬼が頸をはねられて、倒れている。今にも消滅しようとしていた。

 傍らに立つのは一人の少女。まだ幼く、10にも満たない年齢だろう。普通の村娘のような服を着ている。

 手に持つのは、刀身全体が赤く染まった日輪刀。炎の呼吸による色変わりではない。あんな色変わりの仕方もあるのか。

 隊服を着てないし年齢も幼すぎるといった怪しい所もあるが、助けてくれた以上は味方だろう。

 ほっと安堵のため息をつく。

 安心したら力が抜けて、地面に倒れこんだ。足が痛い。

 

「大丈夫ですか?」

 

 少女が近づいてきた。

 暗がりだが、これだけ近づけば顔は確認できた。

 見たことのない顔だ。

 将来の美貌を予感させる幼いながらも美しい顔立ちに、肩にかかるぐらいの艶やかな黒い髪。

 お嬢様みたいな容姿に反して、服装は継ぎはぎの目立つ小袖で、貧乏そうな装いだった。

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 子供の前でみっともない姿は見せられないと立ち上がろうとしたが、少女の手に制される。

 

「筋肉が断裂しかけていますし、関節もやばいです。骨にも罅が入っています。無理をしない方がいいですよ」

「あ、ああ……」

 

 見ただけでなんでそこまで分かる。

 

「これ、お返ししますね。無断で拝借してしまい、申し訳ありません」

 

 そういって渡される日輪刀。黄色い刃文のそれは山形のものだった。

 借りていた? いつ? 赤い日輪刀はどうした? 様々な疑問が頭の中を駆け巡る。

 死を覚悟した瞬間の横合いからの衝撃、消えた日輪刀、帰ってきた日輪刀。

 単純に考えれば、銃撃が体に届くよりも早く助けられて、その際に刀を拝借して、そのまま鬼の首を落としたということになる。

 そんなこと人間にできるのか? それもこんな幼い少女に。

 

「お前はいったい何者だ?」

「この近くの遊佐村に住んでいます、鳥海 明日藍です」

 

 遊佐村というと、鳥海山の南側にある村だったか。

 そういえば、鳥海山の周辺で妙な噂が広まっていたことを思い出した。

 曰く、鬼が出て、幼い少女が夜明けまで切り伏せ続けたと。

 眉唾ものだと思ったが、どうも具体性を持って話されていて、実際に鬼にやられたと思しき死人も出ていて、真偽を確かめるために隠が派遣されたとのことだったが、まさかこの少女が噂の正体か。

 

「お仲間の遺体はどうしましょう。野ざらしは可哀そうですよね。埋葬しますか?」

「いや……そのうち隠がくるはずだ。そのままでいい」

「そうですか。じゃあ、えーと……お名前は?」

「山形だ」

「山形さんは、噂に聞く鬼殺隊ですか?」

「そうだが……なぜそんなことを聞く?」

 

 まさか知らないとでも?

 山形が攻めあぐねていた下弦の鬼を、一瞬にして首をはねたということは、それを可能にするだけの身体能力と技量、そして知識があったはずだ。何も知らない人間が日輪刀を奪い、鬼の首をはねるという行為をするはずがない。

 

「私も鬼殺隊に入りたいです」

 

 無表情にそう言う少女の真意は読めなかった。

 

「まず、鬼殺隊のことをどこで知った?」

「鬼から聞きました。あ、鬼と偶然遭遇してからは夜に周辺を警邏(パトロール)してるんです。弱点とかも鬼から聞きました」

「その強さはどこで手に入れた?」

「生まれつきです」

 

 頭が痛くなってきた。

 少女からは敵意を感じない。話していると一見普通の少女に見える。

 だがその身に秘めた力量は尋常なものではないはずだ。

 よくよく考えてみれば、相手がその気なら自分は死んでいた。警戒する必要はないかもしれないと山形は考えた。

 少女に向かって、山形は頭を下げた。

 

「いや……すまない。少し疑ってしまっていた。遅れてしまったが、助けてくれて感謝する。ありがとう。お陰で死なずに済んだ」

「いえ。どういたしまして」

「厚かましいお願いだが、どうやってあの鬼の首を斬ったのか、再現してもらえないか?」

 

 そういって刀を差しだすと、少女は快諾した。

 

「わかりました。では……あの木が鬼という事で」

 

 指さすのは、50メートルほど離れた先にある杉の木。

 

「いきます」

 

 抜き身の刀のまま居合のような構えをとると、軽く腰が落ちて、音もなく消えた。

 

「は?」

 

 樹木がざわめく音に、標的となった杉の木を見ると、ちょうと機銃の鬼の首の高さ、2メートルあたりで綺麗に斜めに両断されていた。徐々に木がずり落ちていき、やがて限界を迎えて大きな音を立てて倒れこみ、倒木になった。

 

 一瞬遅れて何が起きたのか理解して、鳥肌が立った。

 踏み込みも、50メートルの距離を駆けるのも、首をはねるのも、全てが一瞬だった。

 間近に見ていたのに行動の起こりすら見えなかった。

 神業だった。柱だって無理な芸当だろう。実は神仏の類とか言われても信じてしまうかもしれない。

 

「どうでしょう。合格ですか?」

「……合格?」

「入隊するにふさわしい実力かどうか確かめる、といったような意図かと思ったのですが、違いましたか?」

 

 実力を見たいとは思ったので、特に否定はしなかった。

 

「鳥海、といったか。君はどうして鬼殺隊に入りたいんだ?」

「天職だと思ったからです」

「天職?」

「はい。武力でもって人食い鬼を駆除する仕事。私にぴったりだと思いました」

「……そうか」

 

 鬼狩りになる動機の多くは鬼に対する恨みだが、中には金や、奇抜な理由で隊士をしている者もいる。

 この少女もその部類なのだろう。

 なんにせよ、これほどの実力の持ち主が鬼殺隊に入ってくれるのは喜ばしいことだった。

 

「だが困ったな。最終選別――入隊試験はつい最近行われたばかりだ。次は半年後になる」

「半年後、ですか……」

 

 長いと感じたのか、気落ちしたような声音だった。

 同感だった。これほどの才能、半年も遊ばせるのはもったいない。

 

「この後、一緒に来れないか? お館様に君のことを紹介したい」

「それは当然、日を跨ぎますよね?」

「そうだな、一週間は見てほしい」

「さすがに無理です。何も言わずにいなくなれば家族に心配されます。それにそろそろ帰らなくては」

「わかった、では後日自宅に伺わせてくれ。詳細な住所を教えてくれないか?」

「わかりました、住所は――」

 

 急いで懐からメモ帳と鉛筆を取り出し、少女のいう言葉をメモする。

 道順まで詳しく教えてもらった。これだけ情報があれば何とかなるだろう。

 

「では、そろそろ帰ります。お大事にしてください」

「ああ。本当に助かった。そうだ、お礼がしたいのだが何か欲しいものはあるか?」

「できれば日輪刀が欲しいです。鬼を見つけても日の出まで足止めするのは大変なので」

「なら、俺のを持っていくといい」

「……いいんですか?」

「ああ、当分は養生だからな。俺が持っているよりきっと役に立つ」

 

 そう言って鞘ごと渡すと、少女は嬉しそうに頭を下げた。

 

「ありがとうございます。……では、もう行きます」

 

 もう一度頭を下げると、少女は天狗のように木々を飛び跳ねて去っていった。

 

「はあ……負けていられないな」

 

 もう疑う気持ちはなかった。

 人間でもあそこまで強くなれるのだと驚きと共に感動した。

 全集中の呼吸を知り、人間でも鬼の身体能力に迫ることができると知った時と同じぐらい、気分が高揚していた。

 

 あれだけの幼さであの強さ、まさに天才というにふさわしい存在なのだろうが、それでも同じ人間だ。

 努力し続ければ、影ぐらいは踏むことができるかもしれない。

 

 鬼を滅ぼす。その目標は、鬼狩りの剣士として成長し、鬼の強さを熟知するにつれて、夢物語のように感じていた。

 今日出会ったのは、希望だ。

 夢を現実にできるかもしれない力を持った少女。

 鳥海 明日藍。

 その名は、山形の記憶にしっかりと刻み込まれた。

 

 

 




機銃鬼。
日露戦争に従軍してトラウマと手足を欠損するという重い障害を負い、帰国した。
障碍者となった彼を故郷は実家は冷遇し、耐えられなくなって家を出た。物乞いをして過ごしていたところで無惨と出会い、鬼になった。

全身からマキシム機関銃を生やして乱射する。弾薬は実質無限。
有刺鉄線を生やして操り、陣地構築したり行動を制限したりする。目玉を作って偵察できたりもする。
毎分500発の7.7ミリ機銃を何本も生やして撃ちまくってくる鬼……つよそう。


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3.入隊と柱

 鬼殺隊士の山形さんとの邂逅から数日後、待ちに待った来客があった。

 私服を着た隠の人で、改めて鬼殺隊に勧誘された。

 できれば最終選別を待つことなく隊士になりたかったが、年齢もあるし、一度師の下で学んだ方がいいと、育手を紹介されることになった。

 無給状態で半年間も家を離れるのは嫌だったが、修行中も少ないながら給料は出すし、結構な額の手付け金を提示されたことで、喜んで承諾した。

 やはり鬼殺隊は金満だ。

 

 すぐにでも家を出ることになった。

 家族には鬼や鬼殺隊のことを話したが、半信半疑のようだった。

 それでも手付けとして渡された現金の魔力は大きく、涙ながらに送り出された。

 売られゆく娘に対するような態度だったのがちょっと気になる。何か勘違いされていそうだった。

 まあそのうち誤解も解けるだろうと、気にしないことにした。

 

 そして紹介された育手が、原作でもお馴染み、善逸や獪岳の師匠の桑島慈悟郎さんだった。

 山形さんの伝手だという。山形さんは桑島さんの弟子だったようだ。

 私の呼吸の適正と思われる雷の呼吸を学べるのはラッキーだった。

 

 他の弟子の人とも顔合わせをしたが、獪岳や善逸はいなかった。

 年号も明治だし、原作はまだ先のようだ。

 

 桑島さんの下に来て、ようやく本物の雷の呼吸を学ぶことができた。

 うろ覚えの知識でやっていた壱の型は、似て非なるものだった。

 本物は雷鳴のような踏み込みの音が出るが、私の場合は全くの無音だった。

 師匠に見せたところ、私の型の方が負担が少なく、完成度が高いので無理に変える必要はないということだったが、なんだかもやっとする。

 霹靂一閃だと思っていたものが霹靂一閃じゃなかった。

 新しい型で漆の型と言ってもいいぐらいだそうだが、なんだかしっくりこないので、そのまま霹靂一閃ということにした。

 

 そんなこんなで師匠に弟子入りしてから数日後、もう教えることはないと言われてしまった。

 早すぎる免許皆伝だった。

 とはいえ師匠から合格を貰ったところで最終選別はまだ先だ。

 鍛錬に集中できるようにとお給料も貰っているので、自主練に明け暮れることにした。

 

 某漫画の真似をして1日1万回型稽古を始めてみた。

 壱から陸の型までが1セットだ。

 最初は型を確認する意味も込めてゆっくりやって10時間以上かかったが、徐々に早くしていき、全力でやるようになった頃には1時間を切っていた。

 それだけでは鍛錬にならないと思い、回数を増やして10万回にした。

 全力で肉体を追い込んでいるのに息一つ上がらないのだから、この体はチートすぎた。

 

 一度、自分の限界を知ろうと、飲まず食わずで全力の型稽古をぶっ通しでやってみた。

 結果、2日目にしてやや疲労を感じ始めて、3日目で喉の渇き、空腹を覚え、5日目で少しふらふらしてきて、体のキレが悪くなってきたところで、師匠に止められてそれ以上は検証できなかった。

 実戦と練習は違うが、まあ実戦では消耗が倍になると仮定して、半分ぐらいは見てもいいだろう。実戦でも2日間連続戦闘ぐらいはできるはずだ。

 

 休むことも修行のうちだと説教されたので、休憩のついでに瞑想を始めた。

 自然と一体になってみたり、街中で透かして見て人の動きを観察して予測してみたり。

 すると、だんだんと神経が透かして見えるようになってきた。

 脳が命令を出し、脊髄を伝わり手足に伝達される信号がまるで光のように見えた。

 筋肉や骨を観察するよりも、より素早い反応が可能になった。

 極めれば思考を読むことすら可能そうだったが、まだそこまでの域には至っていない。

 というか至れそうにない。

 脳のどこの部位が活性化しているとかが分かっても、脳に関する知識がないので、具体的に脳のどの機能が向上しているのかが分からない。

 透き通る世界を活かすために、医学の勉強とかして見たかったが、本が難解すぎて挫折した。

 勉強するための勉強が必要なレベル。基礎の基礎からして足りていない感じだった。勉強するために外国語の学習が必要っておかしくないか?

 少なくとも独学で何とかなりそうな気配は欠片も感じなかった。

 

 思えば家の手伝いばかりで、こんなにまとまった鍛錬の時間が取れたのは初めてだった。

 肉体や技量の上達を感じた。

 兄弟子たちは自分のことをすでに剣の道を極めた天才のように思っているようだけど、そんなことはない。

 おそらく自分以上の才能を持っていた縁壱さんなら、この程度はとっくの昔にたどった道のはずだ。

 極めたなんて烏滸がましい。まだ成長の余地はいくらでもある。

 努力をやめなければ限界はない。

 目指すは縁壱だった。

 目標は果てしないが、研鑽を続ければ、いつか届くこともあるかもしれない。

 

 そんなこんなで半年が過ぎて、ようやく最終選別に参加した。

 鬼を全滅させるつもりはなかったが、暇だし歩いていると鬼が目につくので、倒していたらほぼ全滅のような形になった。

 手鬼だけは見逃した。

 かなりの人数が生き残って合格した。

 日輪刀を支給されて握ると、当然というべきか、黄色の刃文が現れた。

 自分の適正は雷の呼吸で正解だった。

 

 初めて言い渡された任務は鬼の捕獲だった。

 見つけた鬼が弱かった場合は殺さずに捕縛して、藤襲山に連れてこいと。

 首を斬って終わりじゃない分、中々面倒な仕事だった。

 

 出身地を配慮されたのか、任務地は東北だった。

 おかげで実家にちょくちょく顔を出し、直接仕送りを渡すことができた。

 私の収入で羽振りが良くなって、段々と生活水準が上がっているのが見れて嬉しかった。

 

 給料を上げるために昇格を急いだ。

 任務が言い渡されるなり任地に駆け付け、血眼になって鬼を探して、鬼狩りに励んだ。

 意外と鬼はそんなにいないのか、1週間に1体見つけられればいい方だった。

 1年ほどかけて徐々に階級を上げていき、下弦1体を含む鬼50体の討伐に成功し、柱への昇格が決まった。

 やったー。

 

 ……無一郎は2か月で柱だっけ?

 1年もかかるとかどういうこと? 実は才能ないのでは?

 密かに落ち込んだ。

 

 

 

 柱合会議に参加することになった。

 隠の人にリレー形式で運んでもらい、鬼殺隊の本拠地、産屋敷亭に到着した。

 耳栓と目隠しをされていたけど普通に周囲の様子が把握できていたことは黙っておこう。

 

「こちらです」

 

 あまねさんに案内されて部屋の前にやってきた。

 もう大体揃っているようだった。襖越しに、柱と思われる複数の強者の気配が感じられた。

 旅館の女将のような美しい所作で、あまねさんは襖を開けた。

 

「失礼します。鳥海明日藍様をお連れしました」

「案内ありがとう、あまね。明日藍も遠路遥々ご苦労だったね。さあ、入っておくれ」

 

 笑顔で出迎えてくれるお館様。

 知っていた通り、非常に安心できる声だった。

 あまねさんを見た時も思ったが、お館様も若かった。

 13~14歳ぐらいか。病の進行もなく、今のところ健康そうに見えた。

 

 とりあえず部屋に入るもその後はどうしていいのか分からず立ち尽くしていると、お屋形様がおいでと手招きしてきた。

 

「彼女が新しい柱、鳴柱となる鳥海明日藍だ。皆仲良くしてあげてほしい」

 

 お館様の言葉に対して、居並ぶ柱たちからは、驚きや戸惑いの気配が感じられた。

 柱たちは、原作では見たことない人ばかりだ。

 原作では最古参の柱である岩柱こと悲鳴嶼さんの姿が見えなかった。どうやらまだ柱になっていないようだ。

 柱は4人しかいない。これで全員なのだろうか? だとしたら定員を大きく割っていた。

 

「恐れながら、お館様。柱となるには彼女は少し、幼すぎませんか?」

 

 見た目でほぼ間違いなく炎柱と判断できる煉獄さんっぽい人が言った。

 

「そうだね。けれど実力は確かだ。こう見えて明日藍は1年で鬼を50体以上討伐し、下弦の壱も討伐している。柱となる条件は満たしているよ」

 

 実績を持ちだされると弱いのか、口ごもる推定炎柱。

 代わりにこの場の最年長と思われる、壮年の男が口を開く。

 

「その者からは強者の気配が感じられません。しかしお館様が嘘を言うわけもなく。……空恐ろしいものを感じますな」

「10やそこらで下弦を倒すほどです。尋常な才気の持ち主ではないでしょう」

 

 落ち着いた雰囲気の青年が言った。

 

「いいねー、将来有望だよ。よろしくね、明日藍ちゃん!」

 

 そう言って笑いかけてくる、紅一点の柱の女性。

 なんだかんだで、反対する者はいなさそうだった。

 

 紹介が終わって、空いていた座布団に座って話を聞く。

 色んな報告や連絡事項を話し合っていた。

 

 私も任務地を言い渡された。

 引き続いて東北と、更に北海道・樺太が加わった地域が担当地となった。

 広すぎない? 新人いじめ?

 そんなことを思ったが、ここ1年で柱が2人も死んでしまって、人手が足りないらしい。

 北国は鬼の出現頻度が低く、更には東北の鬼を私が狩りまくったことでさらに出現頻度が減っていて、恐らく何とかなるとのこと。

 柱になるのに1年もかかったのはそれが原因か。

 大半の鬼は東国や西国で生まれるらしい。他の地域には流れ者の鬼が大半なのだとか。

 確かに無惨ならわざわざ僻地にいったりしなさそう。鳴女の血鬼術で転移すれば済む話だけど、距離に制約があったりするのかもしれない。

 

 事務的な話が終わり、お茶やお菓子が出てきて一息ついて、雑談タイムという感じになった。

 

 ――明日藍の首筋の痣は生まれつきかい?

 そんなお館様の話の切り出しから始まって、話題は産屋敷家の文献に伝わるという痣や赫刀の話になった。

 お館様が話し終えた後、私も知っている限り説明した。

 痣は全集中の呼吸の行きつく先で、肉体強化を行うために呼吸を深めていけば、脈拍と体温が上がっていくのでそのうち浮き出てくるはずと。

 赫刀は、刀を思いっきり握って体温と圧力で刃を赤く染めて、日輪刀の潜在能力を引き出している? 鬼に対して効果覿面で、再生能力を阻害するほか、血鬼術の行使も妨害できると。

 

 赫刀を実演して見せると、おお~という歓声と、小さな拍手。

 各々が刀を抜いて思いっきり柄を握ってみるが、誰も赫刀は出せなかった。

 

「明日藍ちゃん、ちょっと触っていい?」

 

 少し疲れた様子の女性の柱――彩風さんが手をわきわきしながらやってきた。

 頷くと、熱を測るときのように髪をかき上げて額に手を添えた。

 

「熱っ」

 

 驚いたように手を引っ込めて、その後まじまじと見つめられて、体のいろんな場所を触られた。

 くすぐったい。

 

「40度以上は絶対あるわ、これ。もしかしたら50度を超えてるかも……」

「はあ!?」

「すまん、私にも触らせてくれ」

 

 壮年の男――清水さんがそう言って額を触れてきて、結局その場の全員に体温を確かめてもらった。

 しかし50度だなんて。大丈夫なのか人体。

 実家にいた頃は、湯たんぽ替わりにされても暖かいとは言われても熱いとは言われなかったので、今ほど体温は高くなかったと思う。成長して体温も上がっているのだろうか。

 早死にリスクも上がっていそうで少し怖い。

 とはいえ自己診断では健康そのものなので、悩ましいところだ。

 

「こんなに熱があるのに顔色一つ変わらないなんて」

「……凄まじいな」

 

 どれだけの握力が必要なんだという話になって、庭先で披露することになった。

 手入れの行き届いた綺麗な庭で、その辺にゴミとか落ちてないので、握りつぶせる手頃なものが見当たらない。

 仕方ないのでしょっぱなから石を握ってみることにした。

 漫画とかだと石を握りつぶして粉々にしているシーンとかあるけど、そんなこと自分にできるとは思えない。

 とりあえずやってみて、できませんでしたって人間アピールしておこう。

 

「ふんっ」

 

 力を込めて握った瞬間、手の中の石は砕け散った。

 手を開くと、粉々になった石が手のひらから零れ落ちていった。

 あれ?

 柱たちの様子を見ると、唖然とするか、顔が引きつっていた。

 ドン引きされていた。

 唯一お館様だけは満面の笑顔で喜んでいた。

 

「すごい! すごいよ明日藍! まさか石を握り潰すなんて」

 

 興奮しすぎて咳き込むほどだった。

 思わぬはしゃぎように面を食らう。他の柱の面々も普段らしからぬお館様の様子に驚いているようだ。

 

「まるで始まりの剣士みたいだ。他にできることはないかい?」

 

 そう言われたので、透き通る世界のことについて話してみる。

 無駄な動きや思考を削ぎ落し、無我の境地に近づいていくことで、徐々に世界が透き通って見えてくると。

 

 柱の人たちと手合わせすることになった。

 始まりの合図と共に霹靂一閃で首筋に木刀を添える。反応できる者はいなかった。

 それでは学べるものがないので、手解きする形になった。

 さすがは柱たちで、動きは精錬されていて、指摘できる粗はあまりなく、修正も早かった。

 わずかな時間でも、どんどん技量が上達していった。

 柱たちとも打ち解けて、定期的な稽古をせがまれるようになった。お館様からもお願いされる。

 あの、任地は東北以北なんですが。ハードワーク過ぎませんか?

 常人なら過労死待ったなし。

 まあこの身体なら問題なくできそうではあったので、承諾した。

 

 

 




テンションが高いお館様。
まだ若くて老成してない。縁壱の再来だーってはしゃいでいる。

オリ柱たち。
ここしか出てこないので覚えなくていいです。

50度越えの体温。
タンパク質はそのぐらいの温度で変質するらしいですが、縁壱さんなら平然としてそう。むしろ素手でお湯を沸かしたりできそう(偏見)

石を砕く握力。
縁壱さんなら鋼鉄のインゴットを粘土と言って渡しても普通に遊んでいそう。


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4.実家とスタンス

 柱としての任務がひと段落ついて、久しぶりに実家に帰ってきた。

 任地は広大で、予想通り大変だった。

 特に海に隔てられているのが面倒で、いちいち船に乗るのが煩わしかったので走り出してみたら、普通に水の上を渡れた。

 そうなると、むしろ山や障害物が多い陸路よりも、海路の方が走りやすくて近いこともあった。

 東奔西走駆け巡り、鬼を討伐して回っていると、潜伏していた鬼を大半は滅殺したのか、任務の頻度も落ち着いてきた。

 赴任した直後は、同時に複数の案件(しかも位置はばらばら)を抱えていたりとデスマーチ状態だったのが懐かしい。

 

 実家に着くと、そこにはかつての茅葺小屋とは比べ物にならないほど立派な屋敷があった。

 柱になったことで、お館様が金や人やらを手配してくれて家を建て直してくれたのだ。

 かつての家も一応はまだ残っていて、今は倉庫として使われている。

 

「あ! 姉ちゃんだ!」

「おかえりー!」

「わー!」

 

 庭で遊んでいた弟たちが私に気づいて駆けよってくる。

 視線は私が背負う荷物に釘付けだった。

 

「ただいま。皆いい子にしてたか?」

「うん!」

「だからお土産ちょーだい!」

 

 飛びついてくる妹を抱きとめて、持ちあげる。

 

「それを判断するのは母さんかなー」

「えー、けち!」

「今はこれで我慢してね」

 

 ドロップとキャラメルの入った小包をそれぞれに渡す。

 サクマドロップと森永ミルクキャラメルだ。この時代からあったんだと見つけた時は感心した。

 割といい値段がするけど、今の自分からしたらはした金だ。

 

「わーい」

「おいしー」

「ありがとう!」

「虫歯にならないようにちゃんと歯を磨くんだぞ」

「はーい」

 

 口の中を透かして見ても虫歯はないようなので、みんな言いつけは守っているようだ。

 感心感心。

 子供たちを引き連れて、玄関を開ける。

 

「おかえり、明日藍」

「ただいま、母さん」

 

 これだけ騒いでいたからか、母さんが玄関で出迎えてくれた。

 新築の木の香りがする。

 この家で寝泊まりした回数は少ないが、家族に囲まれていると実家に帰ってきたという感じがする。

 

「今回は長くいられるの?」

「いや、明後日には出るよ」

「相変わらず大変ね、体は平気? 怪我したりしてない?」

「大丈夫。ぴんぴんしてるよ」

 

 そう言って笑いかけると、複雑そうな表情をして抱きしめられる。

 最近は背が伸びてきて、いい物を食べているからか同世代と比べて発育が良かった。

 この時代の女性らしい小柄な母とは殆ど身長が変わらない。

 

「いつも頑張ってくれてありがとうね」

「うん」

「こんな贅沢な暮らしができるなんて、母さん考えもしなかった」

「うん」

「でも、辛かったらやめていいんだからね。無理して稼ぐ必要なんかないからね?」

「うん、大丈夫。無理なんかしてないよ」

 

 鬼狩りのことは信じてもらえたのだが、鬼殺隊士の殉死率の高さを知られてしまってからはこうして心配されるようになってしまった。

 私が柱と呼ばれる凄腕の剣士というのは知っているのだが、性別や見た目といった要素がバイアスになっていまいち強さを信用されていないようだった。

 心配されるのは嬉しいが、あまり心配をかけるのは心苦しかった。

 

 

 

 夕飯は豪華だった。

 白米のご飯をたっぷり炊いて、私が一狩りしてきた鹿肉の鍋だ。

 食べきれない肉をおすそ分けして隣人たちに食材を分けてもらって、野菜や、海や山の幸もたっぷりだ。

 最近は食事のレベルも上がっているとはいえ、滅多に見ない豪華さに子供たちははしゃいでいた。

 

「それでどうだ? 最近の仕事っぷりは」

 

 鹿肉をおかずに米をかきこみながら、父が聞いてくる。

 

「元々いた鬼は大体殺しつくしたみたいで、仕事量は落ち着いてきたよ」

「そうなのか? それにしては中々帰ってこれないみたいだが」

「人に稽古もつけないとだし、自分も鍛錬したいしで、平和なら平和でやることが沢山あるんだよ」

「なるほどなぁ」

 

 大きくうなずく父。

 

「だったらもう少し休んで行ってもいいんじゃないの?」

 

 母が言った。

 無理という言葉をどう伝えようか迷っていると、先に父が口を開いた。

 

「お前なぁ、明日藍のやっていることはすごいことなんだぞ。親なら応援してやったらどうだ」

「でも危ないわ。この前だって山形さんが死んでしまったじゃない。明日藍だっていつ死んでしまうかわからないのよ?」

「それでもな、やれる奴がやらなきゃいけない仕事ってのはあるもんだ。その仕事に詳しくない奴がそう口出しするもんじゃない」

「でも……」

 

 口論が始まりそうだったので、強引に話題を変える。

 

「そういえば父さん、発電所を作るとか道を引くとかいった村おこしの話はどうなってるの?」

「ああ、村長たちと話してみたら結構乗り気だったぞ。ただその方面に詳しい人がいないもんで、具体的な話は進んでないが」

「詳しい人は見つかりそう?」

「みんな色々声をかけてくれているみたいだから、そのうち見つかるだろう」

「そっかー」

 

 家ばかりが豊かになっても周りに妬まれそうなので、村に金を落とすために村おこしを考えていた。

 といっても私は金を出すだけで、実行は父やその他の名士たちに任せているのだが。

 父が積極的に動いてくれるお陰で、家にも名士としての風格が出てきたと思う。

 正直、学のない両親に仕送りして使い込んだりしないかななんて考えていたけど、とんだ失礼な考えだった。

 学は無くても考える頭がないわけではない。立派な人は立派だった。

 家のことは父に任せておけば大丈夫だろう。

 

 

 二泊した翌朝、皆に見送られて家を出た。

 いい羽休めになった。

 仕事を頑張ろうというモチベーションが回復した。

 

 

 

 

 原作に対するスタンスは、『基本は原作順守。あとは流れに身を任せる』だった。

 原作通りの流れ――特に無惨が鬼殺隊の本拠地にのこのこやってくるところなんか、千載一遇の大チャンスだ。

 あの場に私がいたら、かなり有利に事を運べるだろう。

 それ以降の犠牲を出さずに無惨を倒すことだってできるかもしれない。

 

 原作は追っていたし、覚えている限りの原作知識は覚書して本にまとめていたが、それでも抜けているところは沢山あり、下手に手を出したらその後にどう影響してくるか、まるで予想ができなかった。

 なので、原作にはノータッチでいく。

 心苦しいが、死ぬのが分かっている人たちを助けようとはしない。

 必要な犠牲ということで、死んでもらう。

 

 とはいえ職務上、現場に居合わせたら助けないわけにはいかない。だが任務地が原作の主な舞台であった東京から遠く離れた僻地なので、原作に居合わせることはほぼないだろう。

 数多の犠牲の上に成り立つチャンスは、絶対にものにする必要があった。

 無惨を倒すための鍛錬は、日々欠かさずに行っていた。

 

 鬼をこの世から消し去った後の鬼殺隊がどうなるのか、たまに考えることがある。

 まあ、鬼狩りという非生産的な組織を1000年にわたって維持し続けてきた産屋敷一族なら、鬼殺隊という不良債権がなくなれば国政を左右するような大財閥になることだって夢ではないだろう。

 あまり平和とは言えない時代だし、全集中の呼吸を修めた超人的な剣士たちは引く手数多のはずだ。

 いわんや柱ともなれば、将来も安泰と考えて間違いないだろう。

 

 原作の開始時期を知るために、元師匠である桑島さんとは文通したり、たまに顔を出したりと交流を続けていた。

 善逸も獪岳の姿もまだ見えない。

 

 悲鳴嶼さんはだいぶ前に柱になったし、煉獄パパさんはやめていったし、宇随さんやカナエさんも柱になった。

 そろそろだと思うんだけどな。

 

 ここ数年で、柱の顔触れはかなり変わった。

 煉獄パパさんみたいに引退した人もいれば、恐らく上弦の鬼に遭遇したのだろう、帰らぬ者となった人もいる。

 定期的な稽古で柱の戦力を底上げして、透き通る世界に至った者がいたし、早死にしようが関係ないと痣を出して赫刀に至った者もいた。それでも死んでしまったあたり、上弦の鬼の壁の高さが感じられる。

 柱の戦力を上げたことで、原作が変わるんじゃないかと思ったが、原作通りになりそうだった。

 複雑な心境だ。

 

 原作で鬼殺隊最強を張っていた悲鳴嶼さんの才能は今まで見た中で一番高かった。

 肉体のポテンシャルは見ただけで分かる。あんな巨漢のマッチョが弱いわけがない。

 ちょっと指導しただけで透き通る世界を体得したし、鍛錬の末に痣なしで赫刀を出すことにも成功した。その気になれば痣も出せるだろう。

 上弦と遭遇しても返り討ちにできそうなくらいだった。

 宇随さんやカナエさんも才能豊かだが、悲鳴嶼さんには敵わない。

 二人もその気になれば痣を出せそうだけど、童磨を単独で返り討ちにできるほどの力はないだろう。

 ここでも原作は守られそうだった。

 カナエさんとは歳も近く、同性ということで何かと話しかけてくれる。

 屈託のない笑顔をカナエさんは私に向けてくれるが、後ろめたくて直視できなかった。

 

 原作順守。

 そのスタンスを決めた頃は、人の命を切り捨てるということを、どこか軽く考えていた。

 見知った人が死んでいく。中には親しくしていた人もいた。

 私が全力を出していれば助かった命かもしれない。でも原作通りに進めると決めたから、手を抜いている。

 原作知識を活用すれば、上弦をいくつか欠けさせることができるかもしれない。

 万世極楽教の上弦の弐と、吉原の上弦の陸。所在がつかめそうな鬼が2体もいる。

 無惨だって、浅草や東京を張っていれば見つけることができたかもしれない。

 珠世さんらと接触できれば、薬の開発を早めることもできたかもしれない。

 炭治郎の生家を見つけ出して待ち伏せすれば、無惨と遭遇することができるかもしれない。

 

 あえて見殺しにせずとも、やれることは沢山あっただろう。

 仕方のないことではない。それしか考えつかなかった、私の無能が全ての原因だ。

 私の意図的な怠慢のせいで、大勢の人が犠牲になっている。心が苦しかった。

 

 私にできることは、お膳立てされた状況で無惨を仕損じないために己を鍛えることだけ。

 そう思っても、もっと他にやれることがあるのではないかと考えてしまう。

 原作知識があって、縁壱のような力を貰って、できることと言えば無限城の最終決戦での犠牲を減らすことだけ? 自分の無能さに反吐がでそうだった。

 

 せめてお館様ぐらいには原作知識を話して相談するべきかもしれない。

 それができないのが私の弱さだった。

 失望されるのが怖かった。

 どうして今さら。なぜ今まで黙っていた。もっと何かできることはなかったのか?

 お館様なら絶対に言わないだろう。でも心のどこかでそう考えるかもしれないと思うと話す気になれなかった。

 話してどうなるという思いもある。

 自分の記憶だけが根拠の曖昧な未来知識。

 信じてもらえたとしても、そんなもので人を動かして、もし間違えればそれは私の責任だ。

 人の命に、責任なんて持てない。恐ろしい。怖くて仕方がない。

 

 傍観者を気取り、自分の力だけで片付けようとしたのは、無意識のうちに責任を避けていたからだろう。

 

 自分って嫌な奴だったんだなと、最近になって大いに自覚した。

 無能で優柔不断で、臆病で利己的で責任を嫌う。自分でも嫌いな要素が満載しているのが私だった。

 多分、鬼殺隊で性格が悪い奴1位は私なんじゃないだろうか。

 

 無惨を倒せるなら命を惜しまない者が大勢いる中で、私は無惨を倒した後ものうのうと生き残るつもりでいる。

 本当に最低だった。

 

 




お館様に相談。
それをすると話が終わってしまうので、主人公のメンタルを弱くしてバランスをとりました。
未来余地染みた勘を持つ人が未来知識を得て武力チートを運用したら、無惨討伐RTAが始まっちゃう。

主人公の性格。
根は真面目で、責任感が強く、努力家で完璧主義。
だけどメンタルが弱く、失敗を恐れ、他人の期待を裏切ることや、責任を負うことを嫌う。
上手くいってる時は自信に満ちているんだけど、失敗すると自信を失って中々立ち直れない。そんな感じです。


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5.味方の鬼

 元号が大正に変わると、柱の顔触れも殆ど原作と同じになってきた。

 あとは甘露寺さんと無一郎君が上がってくれば原作の柱が揃うことになる。

 この冬か来年の冬ぐらいには炭治郎一家が無惨に襲撃されるのだろうか。

 原作開始は間近だった。

 

 私も15歳になった。

 180cmには届かなかったが、かなり身長が伸びた。

 戦う者として体が大きくて手足が長いのは有利だった。

 ただ胸が育ってしまったのは頂けない。単純にデッドウェイトだった。

 

 カナエさんは死んだ。

 最期を看取ったしのぶさんの話によれば、痣を浮かび上がらせて、最後まで勇敢に戦ったという。

 私には真似できない。

 敵わないと思った瞬間、私なら逃げている。

 今まで逃げずに済んでいるのは、単に天から授かった才能があるだけだ。

 精神性はきっとそこらの一般人と変わらない。戦士の心持ではない。

 鬼殺隊一の臆病者だ。

 鬼殺隊最強なんて言葉、私にはふさわしくない。

 

 実家に帰ると安心する。

 年々豊かになっていく村の景色は、原作にはなかったもので、自分が齎した良い影響だと胸を張って言える。

 

 だからと言って罪が消えるわけではない。

 家族と共に過ごす時間は幸せで、だから帰省は最低限にした。

 遊んでいる暇があったら働けと、私の中の良心が囁くのだ。

 

 罪悪感を誤魔化すために、仕事に没頭した。

 忙しくしている間は不安を忘れることができた。

 他の隊士の手伝いをしたり、希望者に稽古をつけて回ったりした。

 行く先々で感謝されたり、尊敬されたりするが、そんな賞賛を受ける資格は私にはない。

 否定しても謙遜と取られて、ますます感心されることが多く、次第に否定することもなくなった。

 実力や名声が独り歩きして、虚像だけがどんどん大きくなっていると感じる。

 期待には応えたいという気持ちはある。

 例え虚像だとしても、自分を信じてくれる人に失望されたくなかった。

 

 冨岡さんに稽古をつけた際、それとなく炭治郎のことを聞こうと任務の話を訪ねると、最近こなした任務の話をしてくれた。

 その中には一家が全滅して、鬼の襲撃に居合わせずに助かった少年を保護して育手を紹介したという話があった。

 名前を聞けば、竈門炭治郎とのこと。

 ついに原作が始まった。

 

 禰豆子のことも聞こうとそれとなく探りを入れたら、

 

「? 生き残りは炭治郎だけだ」

 

 そうとぼけられた。

 失礼だが、冨岡さんにも腹芸ができたのかと驚いた。

 ……すっとぼけただけだよね?

 その任務で鬼を斬ったという話はないから、冨岡さんが禰豆子を殺して原作ブレイクということもなさそうだし。

 しかし冨岡さんが腹芸するなんて、いささか信じがたい。

 まさかとは思うが、禰豆子が鬼化できずにそのまま死んでしまったとか?

 ……考えすぎ、だよね?

 最近はどうも鬱っぽいから、嫌な方向にばかり考えがいってしまう。

 そうだ。冨岡さんが腹芸できて何がおかしい。

 鬼を匿うという事の重大さが分かっているからこそ、嘘をついたのだ。

 

 もしかしたら冨岡さんの自分の中のイメージに二次創作の設定が混じっているのかもしれない。

 冨岡さん=ポンコツというイメージがあるが、それは二次創作で誇張されたイメージで、きっと原作ではもう少ししっかりしていたのだろう。

 何分10年以上前の記憶だ。いろいろと混ざっていても仕方がない。

 

 ちょうど任務に呼ばれたので、冨岡さんとはそれで別れた。

 

 あの時もっと、深刻に考えていれば。

 後年、そう後悔することになる出来事だった

 

 

 

 

 善逸から手紙が届いた。

 内容は、最終選別に参加して合格したという報告と、その顛末だ。

 同期のこともちょっと書かれていた。

 可愛い女の子だから目が行ったのか割と詳しく書かれていたカナヲと、お館様のご子孫に乱暴に振る舞って悪い意味で印象に残った玄弥、それを止めた炭治郎と思しき人のことが書かれていた。

 原作は順調そうだ。

 

 いよいよ事態が動き出す。

 春からは忙しくなる。

 柱合会議の前には上京しておきたいから、関東・北陸の鬼狩りを徹底しよう。

 私の担当地域である東北以北はかなり平和になっていた。

 人殺しや行方不明事件があり、鬼の疑いがあればすぐに0.5縁壱ぐらいの私がすっ飛んでいくのだ。鬼からしたらたまったものではないだろう。

 元々鬼の出現が少なかったのもあって、安全地域と呼べるぐらいには安定している。

 

 関東・北陸の鬼狩りに精を出して一時的に鬼の個体数が激減したことから休暇を貰い、浅草に行く。

 春の陽気が増えてきた、三月下旬の頃だった。

 

 出待ちだ。

 炭治郎、珠世さん、愈史郎あたりが狙いだ。

 無惨はレアキャラだけどエンカウントしたら対応に困る。

 人が多い街中での遭遇戦はやばいし、薬のデバフがかかってない状態で仕留めきる自信もない。見逃すのが無難のはず。

 

 夜にこうして街中を眺めていると、たまに人に擬態した鬼が混じっていたりする。

 そういう時は暗殺同然に周囲にも気づかれないように首をはねている。

 鬼の死体は消えるとはいえ完全に消滅するまでにタイムラグがあるので、どうしても目撃者はいて、夜の町を歩いていると突然首が落とされて死体が消える、という怪談話になってしまっていたりする。

 夜の町の恐ろしさを比喩した作り話だと思われているようだけど、まさか本当のことだとは思うまい。

 

 何日も夜明けまで徘徊するが収穫はなく、時間だけが過ぎていった。

 いつものように夜の浅草を徘徊していると、喧嘩だなんだという騒ぎが聞こえてくる。

 そちらへ向かうと、警察が見える中で現場を一目見ようと野次馬が群がっていた。

 人波をかき分けて中心部へ行くと、炭治郎が鬼を押さえていた。

 警察が二人を引きはがし、どちらも取り押さえようとする。

 原作だと珠世さんに二人とも助けられるはずだが……あれ?

 しばらく様子を見る。周囲の気配にも気を配るが、珠世さんや愈史郎らしき気配は一切感じられない。

 おかしい。

 

「ぐおおおお」

「いってえええぇ!」

「うわっ、大丈夫か?!」

「くそ、こいつ狂人か!」

 

 鬼を取り押さえていた警察官が手を噛まれ、肉ごと持っていかれる深い傷を負って流血した。

 鬼の異常さに気づいたのか、暴力を振るってかなり手荒に大人しくさせようとするが、血の匂いに興奮した鬼が落ち着くはずもない。

 

「危ない! くっ、放してください! 俺はその人に人殺しをさせたくないんだ!」

「何言ってやがる! 大人しくしろ!」

「こいつ、刀なんて持ってるぞ?!」

 

 3人がかりで地面に押さえつけられる炭治郎も拘束から逃れようとするが、常中もできない状態では3人は振り払えなかったようだ。帯刀もばれて日輪刀が取り上げられそうになっているし、もう滅茶苦茶だ。

 

 珠世さんが来る気配もないし、自分が場を収める必要があるようだ。

 この鬼は確か、浅草の旦那だったはず。将来無惨を抑え込むのに一役買う血鬼術を持つ。

 殺すのはまずい。だが、見逃すのも立場的にまずい。

 切腹を迫られたらどうしよう。

 わずかな逡巡。

 鬼は殺すことに決めた。

 ここで珠世さんに回収されていない以上、この後に珠世さんに拾われて味方になるとは限らないし、そうなれば自分がやったことはただ見逃しただけ、助けただけになって、単純に失態になる。

 無惨の動きを封じて薬を打ち込む隙を作り出すのだって、代用は可能だろう。替えの利かない存在ではない。

 

 人波を縫って、一瞬で鬼の首を落とす。

 炭治郎を押さえる警察を軽く払い、炭治郎を片手で抱えて回収して、誰にも気づかれずにその場を後にした。

 

「えっ?」

 

 気がついたら私に抱えられていたという感じで目を白黒させていた炭治郎は、驚きの表情で私を見上げた。

 

「あ、あなたは?」

「鬼殺隊、鳴柱、鳥海明日藍」

「柱……?」

「詳しい話はあとで。口を閉じて、舌を噛まないように」

 

 速度を上げて、夜の町をさっそうとパルクールで移動する。

 都心から離れて人気が少なくなったところで炭治郎を下ろす。

 さて、これからどうしよう。

 こうなるとは思っていなかったので、何のプランもない。

 とりあえず、炭治郎に話を聞こう。

 

「それで、君の名前は?」

「た、炭治郎です。竈門炭治郎、階級は癸です!」

「そう、炭治郎。君はいったいあそこで何をしていた? なぜ鬼を斬る素振りがなく、警官に取り押さえられていた?」

「それは……」

 

 炭治郎は言葉に詰まった。しかしすぐにはっとした表情をして口を開いた。

 

「そうだ! 無惨がいたんです! 鬼舞辻無惨が、人のふりをして! あの人は無惨に鬼にされたんです! まだ人も殺してない! だから取り押さえようと……!」

「なるほど」

 

 柱としては、無惨がいたという報告を受けたら絶対に追う場面だよね。

 でも追いたくない。仮に追いつけちゃったらどうするんだ。

 けどここで無惨を追わないのは柱らしくないし……ああもう、今日は何もかもうまくいかない。どうにでもなれだ。

 

「まずは無惨の足取りを追おう。すでに逃げた後かもしれないが、無惨と遭遇する機会など滅多にない」

「はい!」

 

 炭治郎が元気よく返事をした。

 

「俺、鼻が利くんです! 近くにいけばもしかしたら」

「よし、現場に戻ろう」

 

 そして炭治郎を抱えてとんぼ返り。

 くんくん鼻を鳴らす炭治郎に、どうか見つかりませんようにと祈る。

 だが願いむなしく、炭治郎は何かを嗅ぎつけたようだった。

 

「この臭いは……! 鳥海さん! あっちです!」

「はい」

 

 行きたくないと思いつつも、炭治郎が指さす方向に走る。

 その方向に、透き通る世界の視界で見たくないものが見えてしまった。こじゃれた黒いスーツに白のフェルトハット、マイケル・ジャクソンスタイルの無惨だ。

 二体の鬼を召喚して、何やら言いつけた後に、無惨は壁に現れた襖へと消えていった。

 よし、いいぞ。無惨がいなくなった。

 

「放すぞ」

「えっ?」

 

 重かった足が軽くなり、炭治郎を放って手ぶらになって、一気に加速して路地裏へ。

 何もさせることなく、二体の鬼を瞬殺する。

 無惨に監視されているかもしれないので、首を刎ねた後も二人の視界に映らないようにした。

 

 炭治郎が駆けつけてくるころには、鬼は殆ど消滅していた。

 首を斬られて消滅しかかっている2体の鬼を見て、驚きの表情を見せる炭治郎。

 

「鳥海さん!」

「遅かった。無惨には逃げられた」

「臭いを辿ってみます!」

「いや、無駄だ。襖に消えていく無惨の姿が見えた。恐らく空間系の血鬼術だろう」

「そんな……」

 

 怨敵を逃したショックで、がっくりと膝をつく炭治郎。

 こうも落ち込まれると、みすみす逃がした側からするとかける言葉がない。

 無惨にやられたのだろう、近くで転がっていた人間の死体に近づき、供養するように寝かせておいた。

 

「鳥海さん、彼らは……?」

「無惨と遭遇してしまった一般人だろう。運が悪い」

「ひどい……」

 

 鼻のいい炭治郎なら、どろどろに溶けて壁や地面の染みになっている死者の存在も察してしまったのだろう。口元に手をやって悲痛に表情を歪めていた。

 

「行こう。長居は無用だ」

「はい……」

 

 意気消沈した炭治郎を連れて、路地裏を後にした。

 

 

 

 

 うどんの代金を払っていないことに気がついた炭治郎に付き合って、うどんの屋台にやってきた。

 怒る店主に平謝りする炭治郎の姿を、私は呆然と見つめていた。

 禰豆子がいなかった。箱もない。

 それを炭治郎は気にする様子もなかった。

 初めから存在しないのだろう。

 

 どういうことだ?

 禰豆子がいない?

 そんな馬鹿な話があるか?

 禰豆子がいないなんて、物語の根幹が崩れてしまう。

 

 いや、早合点するな。鱗滝さんの下に預けているとか、そういう可能性がある。

 とにかく炭治郎に話を聞こう。

 

「ごめんなさい、これで許してあげてください」

「えっ、十円券?!」

「迷惑料です。それと二人分のうどんを貰えますか?」

「へ、へい!」

 

 やはりお金の力は偉大だ。金があれば大抵のことは解決してくれる。

 屋台の前でうどんを待ちながら、炭治郎と話し始める。

 

「それで炭治郎、君は鬼を取り押さえようとしたと言っていたね? それはいったいどうして?」

「鬼にも良い鬼と悪い鬼がいると思うんです。あの人はまだ鬼になったばかりで、手遅れじゃなかった。だから助けようとしたんです」

「鬼を見逃すのは隊律違反と理解しているか?」

「……はい」

「そのことで罰するつもりはない。別に被害も……なくはなかったか。警察の人が腕を噛まれてた」

「あ……」

「まあ済んだことだ。死人も出なかったし減給ぐらいで済むだろう」

「はい……」

 

 炭治郎は自分の判断が元で人に怪我をさせてしまったことを悔やんでいるようだった。

 

「炭治郎はどうして鬼殺隊に? 復讐? 金? それとも何か別の理由が?」

「復讐です。俺の家族を皆殺しにした鬼舞辻無惨、あいつだけは許せない……!」

「……皆殺し?」

 

 嫌な表現だ。

 禰豆子の話もでてこないし、まさか本当に……?

 

「俺の家は山奥で暮らす、代々の炭焼きだったんです。あの日は麓の村に炭を売りに行って、夜も遅いからと泊めてもらって、翌日帰ったら、みんなが……!」

 

 その時のことを思い出したのか、怒気を纏って拳をぎゅっと握る炭治郎。

 

「生き残りは、いなかったのか」

「はい……。母さんも、竹雄も、花子も、茂も、六太も、皆……」

「そうか……」

 

 あれ? 禰豆子は?

 

「男の子が3人に、女の子が1人だったのかな? それだけ男が多いと元気いっぱいで、長男は大変だったろう」

「はい……」

 

 在りし日を思い出したのか、炭治郎は涙ぐんだ。

 

「本当は、六人兄弟だったんです。禰豆子っていう妹がいたんですが、幼い頃に風邪をこじらせて……」

 

 !?

 ね、禰豆子さーん?!

 幼少期に死んだとか、そんな馬鹿な。嘘だろう。

 

「そうか、辛かったね。よく頑張った。打倒無惨を目指して、これからも一緒に頑張ろう」

「はい!」

 

 それからのことはよく覚えていない。

 足元がガラガラと音を立てて崩れていくような感覚だった。

 気がついたら炭治郎と別れ、日は明けていて、眠っていた町が活気づき始めていた。

 

「禰豆子が……いない?」

 

 それも幼少期に死んでいたなんて。

 炭治郎一家を探していれば、簡単に気づけたことだった。

 

「うっ」

 

 胃液が喉にせりあがってきた。吐きそうだ。息が荒い。胸が苦しい。

 涙が出そうだった。

 この世から消えてなくなりたい。

 道端でうずくまる。

 

 アホすぎる。

 禰豆子がいない? 何年も前に病で死んだ?

 なぜ私は気づけなかった? 原作のキーマンだぞ。無惨をおびき寄せる最大の餌だったのに。

 原作は崩壊してしまった。

 とっくの昔に既に崩壊していた原作を守るために、私はどれだけの人を見捨ててきた?

 無能、ゴミカス、死んでしまえ。

 

 無惨を笑えない無能っぷりだ。

 頭無惨という言葉が相応しい。

 

「どうしましたか、大丈夫ですか?」

 

 優し気な女性の声と共に、背中を撫でられる。

 一瞬、カナエさんの姿を幻視した。

 もちろんそれはただの幻覚で、見知らぬ親切な若い女の人だった。

 

「はい……すいません、平気です」

「そうは見えませんけど……ちょっと休んで行かれませんか? 私の家はそこなんです」

「ありがとうございます、でも大丈夫です」

「あっ」

 

 ふらふらと立ち上がり、逃げるようにその場を去った。

 

 ぐるぐる町を徘徊して、気がつけば夜だった。

 

 そうだ、珠世さんだ。

 無惨を弱体化させる薬を開発する上で欠かせない、もう一人のキーパーソン。

 原作とずれて、昨日は遭遇できなかった。

 嫌な予感がした。

 

 その日から、私は東京の町を珠世さんと愈史郎を探して歩き回った。

 鎹烏から任務を告げられるまでの1週間、ひたすら探した。

 しかし見つけることはできなかった。

 

 まさか、珠世さんまでいないだなんて。

 そんなことはないよな?

 

 




0.5縁壱。
自己評価。本当のところはわからない。

光の炭治郎。
家族は皆殺しにされて禰豆子もいないのに、原作と似たメンタルをしている。
闇落ちして復讐の鬼になるパターンも考えたけど、ちょっと想像できなかった。



とりあえず折り返し地点(多分)、タイトルの意味回収です。
縁壱みたいな奴が鬼殺隊に入ったのに鬼側に一切テコ入れなしだとバランスが悪いので、味方に弱体化してもらいました。

それぞれこんな感じです。
珠世:ポップコーンする前に、追い詰められた無惨を見て「死ね無惨!」とか言っちゃってぎりぎり呪いが外れていなくて死亡。
愈史郎:人間のまま病死。
禰豆子:幼少期に風邪をこじらせて死亡。


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6.柱合会議

 任務は北海道の沿岸に湧いた鬼だった。

 魚人みたいななりで海に潜む珍しいタイプの鬼で、行動範囲が広く、捕捉するのが大変だった。

 正直、見つけられたのは運がいいだけだ。

 ひたすら北海道の近海を巡回していたら、都合よく海の中を泳いでいた鬼と遭遇して、素潜りして仕留めただけだ。

 

 任務を告げられてからかなり時間がかかっていたし、その間に犠牲者も出ていた。

 頭のいい人ならもっと素早く、スマートに解決できただろう。

 こんな調子で今までどれだけの時間を無駄にして、助けられる人を助けることができなかったのだろう。

 つくづく自分が嫌になる。

 

「カァ~カァ~、任務~! 任務~! 南へ迎エ~!」

 

 日課の鍛錬をしながら鬱憤を発散していると、私に付けられた鎹烏が任務を告げた。

 心臓がドキッとした。

 心がこれ以上無能を晒すのを嫌がっている。

 でも、やらなければいけないことだった。

 

 体が重く感じる。こんなことは生まれて初めてだった。

 

 

 

 明くる月、柱合会議に参加するため、産屋敷亭に向かった。

 禰豆子はいないので、当たり前であるが、炭治郎の裁判はない。

 いつも通りの報告や雑談をして、柱たちに稽古をつける。

 年々雑談の時間が短くなっている気がする。

 いや、気のせいではない。今日なんてお茶を一口飲んだだけだ。お菓子には触れてすらいない。

 しかも終わった頃にはなぜかなくなっている。蜜璃さんが食べているのだ。おいしそうに食べるので注意もしづらい。

 

 近年の柱には、手合わせを願うせっかちな者が多かった。

 強さに貪欲なのは良いことだ。

 やはり原作の柱は才能が豊富で、半数近くが透き通る世界に入門しているなど、戦力向上が著しかった。

 

 残念ながら痣を出さずに自力で赫刀を出せるのは悲鳴嶼さんだけだったが、いざとなれば全員痣を出せるだろうし、痣を出せば大半は赫刀もできるだろう。

 

 柱合会議での稽古の場合、普段の個人稽古とは違って、全員に一斉にかかってきてもらって、9対1の集団戦を行う。

 同時にそれぞれと手合わせできるし、連携の訓練もできる。一石二鳥だった。

 

 皆全力で動いているので、日が傾き始めると徐々に疲れが見え始める。

 昼から始まった稽古は、夕方頃にはお開きとなるのが常だった。

 

 息を荒げ、汗だくになって死屍累々といった様相で庭に転がったり、片膝立ちになっている柱たちの中心で、私は木刀を片手に空を仰いだ。

 

「そろそろお開きにしよう」

「ああ?! ぜえ、まだ……ぜえ、やれるぜ……!」

 

 実弥が息も絶え絶えになって立ち上がり、得物を構える。

 

「ふう、俺もだ。もう一本お願いする」

「はあ、負けていられん! 鳴柱! はあ、もう一本お願いする!」

「……」

 

 悲鳴嶼さん、煉獄さんも立ち上がって構えを取り、富岡さんもふらふら立ち上がって無言で構える。

 

 彼らの持つ武器は全て、木刀ではなく実戦で使う真剣だった。

 訓練用の武器では再現できない特性を持った日輪刀を持つ人が珍しくなく、真剣ではないと練習にならないからだ。

 最初は鍛錬に真剣を用いるのに戸惑うが、そのうち慣れてくれば本気で殺す気で打ち込んできてくれる。それでこそ練習になるというものだ。

 

 最近は稽古の終わりも遅くなっていた。

 今起きられない人も次は立ち上がってもう一本と言ってきたりして、後一本が延々と続いて完全に日が暮れることが続いていた。

 その場合はあまねさんが食事に呼んでくれるので、それが終了の合図みたいになっていた。

 

 今日も予想通り、もうすぐ食事の用意ができるとあまねさんが呼びに来るまで、稽古は続くことになった。

 

 

 

 食事の前に汗を流してくださいと、お風呂場に案内される。

 その場にいるのは女性陣だけだ。

 しのぶさんと蜜璃さん、そして私。

 

 お館様の屋敷にはそれなりに大きなお風呂があるが、一つしかないので、男女は同時に入れない。

 そのため男性陣は遠慮して井戸の水浴びで済ませてしまい、温かいお風呂は女性陣に譲ってくれるのだ。

 

 もはや今の性別に馴染んでいるが、女性と一緒に入るのは気恥ずかしいものがある。

 汗をかいていないとはいえ、あれだけ運動して皆汗だくになって体を洗っているというのに、自分だけ身を清めないのは汚いように思えた。

 かといって男性陣の水浴びに混ざるわけにもいかず、女性陣と裸の付き合いをすることになるのだった。

 

 極力周りを見ないようにしながらお湯を浴びて、髪と体を石鹸で洗う。

 余り手入れをしてないくせに艶やかな髪は、肩を超えて背中辺りまで伸びていた。そろそろ切らなければ。

 本当はバッサリいきたいところだが、この時代に妙齢の女の人の髪が短いと異様な目で見られるので、あまり切れなかった。一度やってしまい、母に怒られたことがある。

 以来、髪を切るのは母に任せることになっていた。そしてそれが帰省のタイミングでもある。

 

 泡と汚れを流して、湯船に浸かる。

 お湯に浮かぶ胸を見て、少しだけ眉をひそめる。この部分は本当にいらん成長をしてくれたものだ。

 

 しのぶさんが斜め向かいで浸かり、蜜璃さんは隣にやってきた。

 3人なら結構な余裕をもって浸かれる湯船なのに、蜜璃さんはなぜか必ずどちらかに密着する。距離が近い。

 

 湯船に浸かっている暇を紛らわすために、ぽつぽつと雑談が始まる。

 こういう場面で饒舌なのは蜜璃さんだった。

 とりとめもないことでも楽しそうに話し、相槌を打っているだけでもずっと話が続きそうだった。

 

「どうも鳥海さんは元気がないですね? なにかありましたか?」

 

 いつもの微笑みを浮かべながら、しのぶさんが聞いてくる。

 その微笑みが最愛の姉を失ったことに起因するものだと知っているから、直視できなかった。

 俯くと、深い谷間が目に入った。

 

「わかりますか?」

「まあ、なんとなく。いつにもまして静かだなーと」

「そっか……」

「なんだかわからないけど元気だして、明日藍ちゃん! 悩みごとがあるなら何でも相談に乗るよ!」

 

 ふんすと両手でガッツポーズして身を乗り出す蜜璃さん。

 

 全ての不安を吐き出してしまいたい気持ちにかられるが、こらえる。

 彼らの前では、私は鬼殺隊最強の柱だった。弱いところは見せたくない。

 適当に誤魔化そう。

 

「大したことじゃないよ」

「えー、話してくれないんですか」

「明日藍ちゃん、私たちってそんなに頼りないかな?」

 

 蜜璃さんは悲しげな表情で、しのぶさんもどこか寂し気な雰囲気だった。

 あれ? これってそんな顔されるような話題なの?

 どうにか場の空気を和らげるべく、茶化せるような言葉を探す。

 蜜璃さんを見て、ふと思いつく。

 

「本当に大したことじゃないです。その……婚期が気になって?」

「はっ?」

「きゃーーー!」

 

 予想通り、蜜璃さんが食いついた。

 

「明日藍ちゃんもついに色を知ったのね! 誰? 気になる人は誰なのー?!」

 

 きゃーきゃー言ってはしゃぐ蜜璃さん。

 予想通りとはいえ、ちょっとそのテンションにはついていけないかもしれない。

 誤魔化し方を間違えたかも。

 

「気になる人とかはいないけど、私たちもそろそろ結婚しててもいい歳だよなーと」

「そうだよねーそうだよねー! 早く相手を見つけたいよね! うんうん!」

 

 やばい。蜜璃さんのテンションがアゲアゲだ。

 その後も男の好みだとか結婚後の生活だとか答えづらいことをマシンガンのように聞いてくる。

 この調子だと、翌日には答えたことが言いふらされて、鬼殺隊の女性陣に知れ渡っていそうな勢いだった。

 やばい、誰か助けてくれ。

 しのぶさん!

 期待の籠ったまなざしをしのぶさんに向ける。

 

「鳥海さんって一番年下ですよね? 実は喧嘩売ってます?」

 

 あ、あれ? おかしいな。どっかで地雷を踏んだみたいだ。なんだか怒気が見えるぞ。

 

「あれ? しのぶちゃんと明日藍ちゃんの二人って同い年だよね?」

「ええ、私が2月24日生まれて、鳥海さんが3月28日生まれです」

「へー、そうなんだ! そういえばしのぶちゃんにもさん付けしてるしね、そっかー」

 

 そして蜜璃さんは、何かに気づいたかのように首を傾げた。

 

「そういえば不死川さんのことを名前で呼び捨てにしていたような?! きゃー、気づいちゃったわ!」

「いやいやいや、違うよ」

「必死になって否定するもの怪しいわ!」

 

 単に不死川さんは兄弟で、紛らわしいから下の名前で呼んでいただけで、でも名前にさん付けするのもちょっと変だし、君付けするのもおかしいだろうと、呼び捨てで名前呼びしてしまったのだが、特に何の反応もなかったのでそのままになっていただけだ。

 そんなようなことを説明すると、蜜璃さんは残念そうに納得していた。

 

「あれれ? おかしいですね。私の記憶が正しければ玄弥くんが入隊する前から不死川さんのことを名前呼びしていた記憶がありますが」

「きゃーー! やっぱり恋だわ!」

 

 何とか誤魔化したと思ったが、しのぶさんはにやにや笑って原作知識故の矛盾をついてきた。

 一端は収まったかのように見えた蜜璃さんのテンションは爆上げだ。

 

 なんだこれは……。何が起きている?

 どうして私はこんなくだらない話で、これほどまでに追い詰められているというんだ?

 ガールズトークって怖い。そう思った。

 

 




那谷蜘蛛山。
炭治郎視点も面白いかと思ったけどほぼ原作だったのでカット。
禰豆子がいない分は、炭治郎が頑張ったり義勇が早く駆けつけたりしたんでしょう。


今さらですが捏造多めです。
適当なことを書いてたりするので原作未読の人は(いるのかな?)注意してください。


今さらついでに。
作者の中で主人公の外見はアズールレーンの鳥海をイメージしています。
名前もAzur Laneをもじったつもり。ガンダムじゃないです。


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7.決意と上弦の陸

 お館様に、始まりの剣士――縁壱さんのことが記されている文献を見せてもらえるようにお願いした。

 とにかく珠世さんの存在を確認しようという意図だ。

 お館様が快諾してくれて、輝利哉様を案内につけてくれた。

 書庫に入った輝利哉様が、目当ての書物を持ってきてくれた。

 

「こちらです」

「ありがとうございます」

 

 丁寧に受け取ってそっとページをめくる。

 達筆な草書体で読めない。

 

「……読めないです」

「失礼しました、読み上げますね」

 

 本を返して、内容を輝利哉様に読み上げてもらう。

 

 400年前の、幼くして代替わりしたお館様の手記のようだった。

 古い文献の内容は興味深いが、長々と拘束するのは悪いので、縁壱さんが出てくる部分だけ、抜粋してもらう。

 何度か読んでいるのか、ページをめくる手に迷いがなかった。

 

 縁壱さんが鬼狩りになって柱になって呼吸を広めるまでは、まだ幼かったからか伝聞調で、原作と大体同じだった。

 肝心の無惨戦の内容は、本人から聞き取りした内容のようだった。

 緊張と共に、耳を凝らして聞く。

 

 その内容は、原作での回想と大体同じだった。

 無惨には七つの心臓と五つの脳が存在したとか、かすったら死ぬと直感しただとか。

 一瞬で切り刻み、命を何だと思っていると無惨に問いかけるまでは一緒だった。

 

「そこで無惨が連れていた女の鬼が無惨の名を叫び、呪いによって死んだそうです」

 

 は?

 死んだって珠世さんが? え?

 

「追い詰められた無惨は体を四散させて、1800の肉片になってばらばらに飛び散ったそうです。日柱はうち1500の肉片を斬ったそうですが、300の肉片を逃して無惨を殺すことはできなかったそうです」

 

 そうか、順番が入れ替わっている。

 ばらばらの肉片になって逃げる前に無惨の名を呼んでしまったから、ぎりぎりで無惨が弱る前で、呪いが外れていなかったのだろう。そして珠世さんは死んだ。

 

 終わった。

 珠世さんがいないという事は、鬼を人間にする薬も、老化薬も、分裂を阻害する薬も、細胞破壊の薬もみんな作れない。

 デバフなしで、無惨を倒さなければならない。

 縁壱さんですらできなかったことが、私にできるのか……?

 

 いや、できるできないではない。

 やらなくてはならないのだ。

 今まで見殺しにしてきた人たちに贖罪し、報いるためには、もうそれしかない。

 

「その後日柱は、無惨を取り逃したこと、兄である月柱が鬼に寝返ったことから、鬼殺隊を追放されたそうです。……日柱に関する記述は、以上になります」

「ありがとうございます。大変参考になりました」

「まだ調べたいことはありますか?」

「いえ、もう十分です」

 

 連れだって書庫を出る。

 

「また何かあったらおっしゃってください。僕にできることならなんだって協力します」

「ありがとうございます、輝利哉様。……さっそくで悪いのですが、お館様にご相談したいことができました。取り次ぎをお願いしてよろしいでしょうか」

「わかりました、父上に聞いてきます」

 

 そう言って、雁夜様は廊下を駆けて行った。

 

 

 

 お館様にお目通りが叶った。

 布団に入ったまま上体を起こすお館様は、私が柱になった当初と比べると、格段に病が進行していた。

 両目にまで及ぶ痣は痛々しかった。

 

「明日藍から話があるなんて珍しいね。どうしたんだい?」

 

 いつも通りの優し気で落ち着きのある口調に励まされて、私は意を決して口を開いた。

 

「任務地を変えてほしいのです。一か所にとどまらず、各地を回って上弦の鬼や無惨を見つけたいと思っています」

「それは、地元を離れることになるけれど、いいのかい?」

「はい。もう我儘はいいません。いままで本当に申し訳ありませんでした」

 

 土下座する勢いで頭を下げる。

 そう、これまで何度か転勤の話はあった。

 安定してきた僻地は他に任せて、激戦区である関東などを任せるべきだ、という話が。

 今まで私は、原作に関わりたくなかったこともあり、地元を離れたくないという理由で固辞してきた。

 

 全てを失って復讐に身を燃やす者もいる中で、その言い訳は一部の者からは大いに反発された。

 それでもお館様は私を擁護してくれて、納得しない者を説得してくれたのはいつだってお館様だった。

 それを今さらになって撤回するわけで、本当に無駄に迷惑をかけていただけだった。

 

「謝る必要はないよ。家族や地元が大切なのは人として当然のことだ。むしろ決断してくれたことに感謝したい。ありがとう、明日藍」

「恐縮です……」

 

 決して責めてこないお館様の態度はありがたくもあったが、心苦しくもあった。

 

「無惨や上弦の鬼とは簡単に狙って遭遇できるとは思えないけど、何かあてがあるのかい?」

「……いえ、通常業務をこなしつつ、努力目標という感じです」

「そうか、とにかく君がこちらに来てくれるのは鬼殺隊にとって喜ばしいことだ」

「私が必ず、無惨を倒します」

 

 決意を表明すると、お館様は少し驚いたような雰囲気を出した。

 

「明日藍がそこまでいうなんて珍しいね。何か心境の変化があったみたいだね」

「はい」

「どんな理由か聞いてもいいかい?」

 

 お館様には嘘をつきたくなかった。

 でも本当のことも話したくない。

 だから言葉を選んで、本心を口にした。

 

「それが私の成すべきことだと……絶対の責務だと思いました」

「そうか……。私でよければいつでも相談に乗るから、あまり思いつめないようにね」

「はい。お館様もどうかご自愛ください。吉報をお持ちします」

「それは楽しみだね」

 

 お館様の笑みを受けて、私は退室した。

 

 原作は既に崩壊していた。

 だったら、今までやれなかったことをしよう。

 まずは一体でも多くの上弦を倒す。

 

 万世極楽教を隠に探してもらう。

 私は吉原だ。

 屋号は忘れたけど、上弦の陸が花魁に化けていることは知っている。

 見つけ出して殺してやる。

 

 

 

 

 見つけた。

 吉原の遊郭を歩き回り、道行く人に性格の悪い花魁を尋ねて目星をつけて、数軒目で当たりを引いた。

 

 かなり性格が悪いと評判で、黒い噂もある花魁、蕨姫とか言ったか。

 きつめの美貌のスタイルのいい人間の女に化けた鬼が花魁装束を纏い、京極屋の一室にいた。

 人食い鬼特有の血生臭い気配に、常人とは思えない身体構造。

 胎の中に何かある。

 一瞬胎児かと思ったが、違った。これが兄の方の鬼だろう。

 

 兄妹を同時に首を刎ねなければ死ななかったはずだ。

 体内にいるなら同時に首を斬るのも簡単だ。

 

 気配を殺して正面から屋内に侵入する。

 本職の忍者みたいにはいかないが、一般人に気取られずに行動するぐらいはできる。

 

 何事もなく、上弦の陸のいる部屋の前にやってきた。

 相手はこちらに気づくことなく、爪の手入れなんかをしている。

 今から死ぬとも知らずに呑気なものだ。

 

 ――雷の呼吸、壱の型、霹靂一閃。

 

 慣性制御染みた身体制御によって音もなく一瞬で加速し、襖を突き破って堕姫と妓夫太郎、二人の首を同時に斬る。

 堕姫は自分の爪を眺めるまま、私に気づくこともなく首を刎ねられた。

 支えを失って後ろに倒れこむ首の瞳に私の姿が映り込みそうになったので、両目を一閃して視界を潰す。

 

 動揺の気配に満ちながら、堕姫が口を開きかけた。

 胎児の妓夫太郎が脈動した。

 

 少し嫌な予感がした。

 私に危害が及ぶ感じではなかったが、周囲に被害がいくかもしれない予感。

 悪あがきを阻止するべく、追い打ちすることにした。

 

 ――参の型、聚蚊成雷。

 

 対無惨を考えて鍛えぬいた連撃の型をお見舞いする。

 無数の斬撃の音が重なり合い、雷鳴のような音が轟いた。

 相手に何もさせることなく、切り刻んでミンチにしてやった。

 赫刀の効果もあって再生すらできない。

 いかな上弦の鬼といえど、そんな状態になってしまえば何もできず、やがて物言わぬ肉の残骸は消滅を始めた。

 

 そういえば、瞳の字を確認していない。

 擬態したまま死んでいったので、傍から見れば上弦の鬼を倒したなんて分からない。

 鎹鴉から見れば、また私が潜伏した鬼を見つけて、サクッと処理したという認識だろうか。

 まあ、それでもいい。

 所詮は上弦の鬼も、無惨がその気になればすぐに補充できる手駒に過ぎない。

 そう、とにかく無惨だ。無惨を倒さなくてはならない。

 

 どうやって探し出せばいいのか、見当がつかないが。

 とにかく手当たり次第に人を透かして見て、心臓が七つと脳が五つある人を探すぐらいしか思いつかない。

 いったいどれだけ時間がかかるのか。果たして見つけられるのか。

 不安しかない。

 

 不法侵入を見咎められる前に京極屋を出る。

 事前に見つけておいた地下空間の上に行く。

 堕姫が捕らえた人を帯に閉じ込めて保管していた場所だ。

 血鬼術が消えて、帯に捕らえられていた数人が外に出され、暗闇の中でパニックになっているのが見えた。

 早く助けよう。

 土砂が降り注がないように注意して、土を掬うような斬撃で地面に大きな亀裂を入れて、地下空間に通じる穴を開ける。

 夜とはいえ、真っ暗闇の空間よりも、外の方が明るかったのだろう、捕らえられていた女性たちが一斉に上を向いた。

 

 穴の底に転がる白骨を見て、痛ましい気持ちになる。

 もっと早くこうしていれば、死ななくて済んだ人も大勢いただろう。

 そう思うと白骨死体が私が殺した被害者に見えて、胸が苦しかった。

 

 パニックになっている女性たちを落ち着かせて、地上に運ぶ。

 謝罪の意味も込めて、それぞれにお金を持たせてその場を去った。

 

 ――助けてくれて、ありがとう。

 そんな言葉が背後からかけられたが、私には受け取る資格のない言葉だった。

 

 



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8.パワハラ会議と無限列車

 琵琶の音と共に、上弦の鬼たちが召喚される。

 一人欠けた上弦の鬼たちが、無限城に集められていた。

 

 童磨が猗窩座に絡んだりと上弦たちが顔を合わせる中、最後に女装姿の無惨が現れる。

 

「!!?」

 

 その姿に驚く上弦たち。

 しかしつい先日行われた下弦の鬼の解体の時と違い、すぐさま跪いたのは年季の深さ故だろう。

 

「妓夫太郎が死んだ。上弦の月が欠けた」

 

 女装姿の無惨が不機嫌そうに言う。

 

「誠に御座いますか!」

 

 場にそぐわぬ軽い調子で、童磨がニコニコと叫んだ。

 

「それは申し訳ありませぬ! 妓夫太郎は俺が紹介した者故……どのようにお詫び致しましょう。目玉をほじくり出しましょうか。それとも――」

「黙れ」

 

 怒気を浮かべた無惨が人の胴体よりも太い触手を生やし、童磨を叩き潰した。

 

「近頃の柱はどうなっている? 追い詰めれば痣を浮かべ、刀を赫くする者ばかり」

 

 鬼殺隊の柱のレベルが、近年急速に上がっていた。

 柱と遭遇した上弦の鬼が追い詰めると、戦国時代の柱たちのように痣を浮かべて、赫い刀を使い始めるのだ。

 相手をした上弦の鬼があわや倒されそうな場面もあり、ここ数年の無惨は上弦たちを不甲斐なく思い、苛立っていた。

 

「それに比べて貴様らはどうだ? 100年前から何も変わらない。産屋敷一族を葬れない。青い彼岸花を見つけられない。挙句の果てに柱にすら負けそうになっている。貴様らは一体、これまで何をしてきた?」

「ヒイイッ、どうかお許しくださいませ!」

 

 青筋を浮かべて怒る無惨を前に、上弦たちは縮こまることしかできなかった。

 

「妓夫太郎は敵の姿を見ることなく、一瞬で殺された。またこの殺され方だ。ここ最近、同じ殺され方をした鬼が増えている。柱の変化も同時期だ。二つの現象に関わっている鬼狩りがいる」

 

 無惨は冷ややかな目で上弦たちを睥睨した。

 

「そいつを見つけ出し、殺せ」

 

 何の情報もないのにどうやって見つけるんだろう。

 そう思った誰かがいたのだろう、無惨は鋭い目をその思考をした者に向けた。

 

「お前は考える頭もないのか? 上弦を殺す鬼狩りが柱でないはずがないだろう? 簡単なことだ。柱を探し、手当たり次第に殺せばいい。わかったな?」

 

 言いたいことだけ言って、無惨は琵琶の音と共に消えていった。

 

「ヒイイッ、承知いたしました……!」

 

 消えた無惨に対して畏まる半天狗。

 引き締まった空気を壊すように、いつもの調子の童磨が口を開いた。

 

「いやぁ、大変だね! あれほど怒った無惨様は初めて見る!」

「仕方ない…事だろう。我らの…不甲斐なさが…原因だ……」

「柱の成長には驚きだね!俺もちょっと前に女の子の柱と戦ったんだけど、いやぁ強かったなぁ。黒死牟殿みたいな痣を浮かべて刀を赫くしてさ! それで斬られると再生が遅くなるんだもの! あれには驚いたなぁ。結局食べ損ねちゃったし」

「赫い刀で斬られると酷く痛むのだ。ヒイイッ、恐ろしい恐ろしい!」

「私は危うく殺されるところでしたよ……」

 

 過去を思い出して震える半天狗と玉壺。

 黙りこくる猗窩座に対し、笑顔の童磨が話しかける。

 

「猗窩座殿はどうだい? 強くなった柱と戦ったかな?」

「……」

 

 猗窩座は答えなかった。

 それに気分を害した風もなく、童磨は矛先を転じた。

 

「黒死牟殿はどうだい?」

「……壮年の柱と…戦った」

「へえ! どうだったんだい?」

「……」

「赫い刀はどう思う? 黒死牟殿は同じことができないのかい?」

「……」

 

 黒死牟はそれ以上話すことなく、鳴女を見た。

 

「そろそろ…送れ…」

「畏まりました」

「えー、もう行ってしまうのかい?」

 

 童磨の問いかけに応えず、琵琶の音が鳴り、黒死牟の姿が消えた。

 

「わ、儂も……」

「ヒョヒョっ」

「……」

 

 それに他のものも続き、順々に送り帰されていった。

 

「おーい、琵琶の君。もしよかったらこの後俺と――」

「お断りします」

 

 べべん。

 最後には鳴女のみが残り、無限城には静寂が訪れた。

 

 

 

 

 夜の駅に来て、機関車番号が無限の客車に乗り込む。

 俗にいう無限列車だ。

 そこに潜むと思われる鬼を倒しに来た。

 下弦の壱の……なんだったか。とにかく催眠系の血鬼術を使う鬼だったはずだ。

 

 列車での被害はまだ報告されていないが、待っていればそのうち来るだろう。

 鬼殺隊士が張り込んでいるのをばれないように、隊服は脱いで一般人に変装して、木造のボックス席に座っていた。

 

 発車までの時間を、窓から外を眺めてぼうっと過ごしていると、よくないものが列車内に入り込んだのを感じた。

 視線を向けて、意識を集中する。

 間の車両や人を透過して、見つけた。

 黒髪の中性的な容姿の、鬼にしては珍しい洋装の鬼だ。

 そいつを見て、原作の記憶が呼び起こされる。あれが下弦の壱で間違いない。

 

 席を立ち、懐に隠し持つ短刀に手をかけながら、車両を移動する。

 下弦の壱もまた車両を移動していた。機関室に向かっているようだ。

 速足で追いついて、肉眼で捕捉する。

 背後からの強襲。

 気配を一切感じさせない神速の居合斬りに、下弦の壱は背後を振り向くことすらなく首を斬られた。

 確実に殺した手応えがあった。

 騒ぎになる前にそのままの勢いで車外に逃走。遠目から鬼の消滅を見届けて、帰路についた。

 

 これで、下弦の壱の被害は未然に防ぐことができた。

 原作通りにすれば上弦の参ともエンカウントできたが、別に猗窩座は下弦の壱と連携していたわけではなかったはずだ。

 別件でたまたま近くにいただけだとメモ帳には書いてあった。

 下弦の壱を倒したことで、猗窩座の行動が変化することはないだろう。

 原作の無限列車の時期に、この線路の周辺に猗窩座がいる可能性は高く、それを捕捉して倒すのが次の課題になる。

 

 時期は、機能回復訓練中の炭治郎達が任務に復帰する頃だ。

 おおよその場所も時期もわかっている。

 そんな有利な状況で見つけ出すことが出来なければ、全国のどこにいるかもわからない無惨を探し出すなど夢物語だ。

 絶対に見つけ出して、必ず倒す。

 

 私はそう意気込んだ。

 

 



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9.上弦の参

 田んぼに植えられた稲は、水面が見えないほどに青々と茂り、緑の絨毯が続いている。

 もう季節は夏になる。虫たちの大合唱が夜闇に響いた。

 夜の田園地帯を、炭治郎たちは虫の音に負けぬほど、賑やかに歩いていた。

 

 傷を癒して蝶屋敷を後にした炭治郎たちは、炎柱に会いに行った。

 なんやかんやあってその任務に同行して、鬼殺を終えた帰り道だった。

 

「――む、気を付けろ! 鬼だ!」

 

 賑やかに談笑していた最中、炎柱――杏寿郎が刀を抜いて、炭治郎らに注意を促した。

 一瞬遅れて、炭治郎、善逸、伊之助は、それぞれの特異な感覚によって、その存在に気がついた。

 杏寿郎が向き直り、遠く田園を隔てたその先に、鬼がいた。

 今まで倒してきた鬼が子供に感じるほどの、恐ろしい気配だった。

 遠目で鬼が、にやりと笑った気がした。

 

 跳躍。

 ものすごい脚力で鬼は田を飛び越えると、炭治郎達がいる道の先に着地して、少しの距離を開けて杏寿郎と対峙した。

 

 全身に藍色の文様が浮かぶ、殆ど半裸の鬼だった。

 間近で感じるその鬼の気配は重々しく、下弦の鬼の比ではない。

 その瞳には、『上弦』と『参』の文字が刻まれていた。

 

「下がれ! 少年達!」

 

 杏寿郎が叫ぶのと、鬼が動いたのは同時だった。

 

 ――破壊殺・空式。

 

 目にもとまらぬ無数の乱打が空を叩き、拳圧で生み出された鋭い衝撃波が炭治郎たちを襲う。

 

 ――肆ノ型、盛炎のうねり。

 

 射線に躍り出た杏寿郎が猛烈な勢いで前方を薙ぎ払い、無数の衝撃波をかき消した。

 

 一瞬の攻防。

 後ろで見ていた三人は、それを目で追う事ができなかった。

 杏寿郎がいなければ、今ので確実に殺されていただろう。

 己が殺される姿を幻視して、善逸は気絶していた。

 善逸ほどではなくとも、炭治郎も伊之助も本能的にわき上がる恐怖によって、少なからず身が竦んでいた。

 

「なぜ弱い者から狙うのか、理解できない」

 

 油断なく敵を見据えながら、杏寿郎が言った。

 何が楽しいのか薄らと笑みを浮かべた鬼が答える。

 

「話の邪魔になるかと思った。俺とお前の」

「君と俺とが何の話をする? 俺は既に君のことが嫌いだが」

「そうか。俺はお前のことを好ましく思ったぞ。その練り上げられた闘気、柱だな?」

 

 鬼の問いに、杏寿郎は静かに肯定した。

 

「俺は炎柱、煉獄杏寿郎だ」

「俺は猗窩座。見ての通り、上弦の参だ。杏寿郎、お前も鬼にならないか?」

「ならない」

 

 猗窩座の勧誘に、杏寿郎は間髪入れずに答えた。

 

「そうか」

 

 足を開いて腰を落とし、猗窩座が構える。

 ――術式展開、破壊殺・羅針。

 猗窩座の足元に、雪の結晶に似た陣が展開された。

 

「近頃の柱は強くなっていると聞く。お手並み拝見といこうか」

 

 獰猛な笑みを浮かべて、猗窩座が杏寿郎に向かって突進した。

 杏寿郎も負けじと踏み込んだ。

 

 

 

 杏寿郎と猗窩座が戦い始めて数分。

 何合にも及ぶ攻防の末、杏寿郎は己の劣勢を悟った。

 パワー、スピード、再生力、全てが今まで戦ってきた鬼とは比べ物にならないほど高かった。

 それでも杏寿郎が未だに無傷でいられるのは、もっと強い人と何度も手合わせした経験があるからだった。

 

 鳴柱、鳥海明日藍。

 鬼殺隊で最も強い彼女は、自身もまた忙しいにもかかわらず、合間を縫っては柱の下に赴き、稽古をつけてくれていた。

 どれだけ打ち込んでも小動すらしない大木のようでいて、反撃は的確で素早く、相手が反応できるギリギリでもって行われる。

 集中力を研ぎ澄まし、無心で応じ続けることで、導かれるように成長していった。

 自分がどれだけ成長して、どんなに早く打ち込んでも、どんなに早く反応できるようになっても、稽古の内容は変わらなかった。

 相変わらず、相手が反応できる限界を見極めた速度での手合わせだ。

 

 猗窩座は確かに強いが、鳴柱ほど強くはなかった。

 

(稽古時の鳴柱の動きの方が、速かったし鋭かった!)

 

 それでも人である以上、疲労は避けられない現象だ。

 全力で動き続けることが出来る時間は短い。

 経験上、夜明けまで持つかは半々で、頸を斬ることも難しい。

 今は互角に渡り合えていても、時間が経つにつれて疲労しない鬼である猗窩座に天秤が傾き始めるのは明らかだった。

 

「素晴らしいな、杏寿郎! この技の冴え、今まで殺した柱の中でお前が一番だ!」

 

 喋りながらも行われる猗窩座による猛攻を、杏寿郎は紙一重で防ぎ、躱し、反撃する。

 猗窩座の身を傷つける斬撃は、時折手足を飛ばすこともあったが、次の瞬間には再生して元通りになっていた。

 

「最近殺されていった柱は皆強かったと聞く。その秘訣は何だ? 教えてくれ」

「答えると思うか!」

 

 ――伍ノ型、炎虎。

 ――破壊殺・乱式。

 

 激しい技と技のぶつかり合い。

 炭治郎と伊之助は、その戦いをただ眺めていることしかできなかった。

 柱と上弦の戦いは異次元で、常中を覚えたばかりの二人が介入できる戦いではないのは明らかだった。

 不用意に近づけば、何もできずに死ぬと確信できる。

 どうにか杏寿郎の助けになろうと、懸命に戦いの行く末を見守りながら、応援するしかなかった。

 

「追い詰めると体のどこかに痣が浮き出て、刀も赫くなったとも聞く。お前はできないのか、杏寿郎?」

「……!」

 

 その言葉で先輩の柱たちの健闘を察した杏寿郎は、自分もまた柱としての責務を全うすべく、死力を振り絞った。

 

(呼吸を深く、体を熱くしろ! もっと、もっとだ!)

 

 寿命を縮めるからと、平時に痣を出すのはよく考えるようにと、お館様や鳴柱は言っている。

 それでも普段から、痣を出そうと鍛錬する者は少なくない。

 杏寿郎もまたその一人だった。

 しかしどれだけ体を熱くしても、ある一線が超えられなかった。

 本能的にそれ以上は危険だと分かっているのかもしれない。命がかかっていない鍛錬ではその限界を超えることは難しかった。

 鳴柱との鍛錬でも、それは同じだ。完璧に手加減された稽古では、命の危険は皆無だった。

 

 死闘を経るにつれて、死の気配にあてられて、箍が緩むのを感じた。

 体が熱い。心臓の鼓動がうるさい。

 だが体の調子はいつになく良かった。

 いつの間にか杏寿郎の頬には、炎のような痣が浮かんでいた。

 

「ほう! それが痣か!」

 

 ――壱の型、不知火。

 今日一番の早さの、杏寿郎の斬撃。

 猗窩座は反応が僅かに間に合わず、左腕を肩口から斬り飛ばされた。

 

「ぐっ?!」

 

 斬られた傷口が、太陽に焼かれたかのように傷んだ。再生も遅い。

 杏寿郎の刀は、赫く染まっていた。

 

 ――弐ノ型、昇り炎天。

 好機を逃さんと、すかさず杏寿郎は追撃を仕掛けるが、早くも猗窩座は痣を浮かべた杏寿郎の速度に対応し始めた。

 多少の手傷は負ったもの、猛攻を凌ぎ切り、斬られた左腕を再生させることに成功する。

 

「それが赫い刀か」

「赫刀という。鬼には効果覿面だろう!」

「確かに、久しく感じていなかった脅威を感じる。だが、所詮は人間だ。疲れもするし怪我も治らない。武器が多少強くなったところで、俺の勝ちは揺るがない」

「いいや、勝つのは俺だ! 人間だ!」

 

 再び始まる攻防。

 赫刀の効果を認識した猗窩座の戦い方は慎重になっていた。

 ダメージ前提の捨て身の動きを無くし、攻撃と防御のバランスをとった、より人間らしい戦い方に変化していた。

 防御が厚くなった分、攻撃の圧は減っていた。

 それは、猗窩座の頸を斬るのがより難しくなった事を意味する。

 猗窩座の堅固な戦法を前にして、杏寿郎は攻めあぐねていた。

 

 元々身体能力では鬼である猗窩座の方が上だ。

 痣を浮かべて懸命に食らいつき、赫刀で再生を阻害したとしても、鬼と人間の差を完全に覆せるわけではなかった。

 持久戦では杏寿郎が圧倒的に不利だった。

 

「鬼になれ! 杏寿郎! そして俺と永遠に戦い続けよう!」

 

 蓄積した疲労が杏寿郎の体を蝕み、徐々に戦いの趨勢は猗窩座の方へと傾いていく。

 杏寿郎の体に、徐々に傷が増えていく。

 猗窩座も同等以上の攻撃は食らっているが、再生を阻害されるとはいえ徐々に傷は回復していく。戦闘行動に支障がない範囲の傷を負うことで、少しでも杏寿郎にダメージを与えることが出来るなら得だった。

 

 それでも杏寿郎は脅威的な粘り強さで戦い続けた。

 空が徐々に白み始めてきた。

 

 このままでは日の出まで持たないと、杏寿郎は思った。

 このままでは夜明けまでに仕留めきれないと、猗窩座は思った。

 示し合わせたように、両者は勝負を決めに動いた。

 双方が相手を強敵と認め、リスペクトしたからこその似通った思考だった。

 

 ――玖ノ型、煉獄。

 ――破壊殺・滅式。

 

 全身全霊の一撃同士がぶつかり合う。

 舞い上がった土埃で視界が遮られる中、そこから飛び出してきたのは杏寿郎だった。

 酷い手傷を負った様子だった。

 

「がはっ!」

 

 膝をついて胸を押さえた杏寿郎は、血反吐を吐き出した。

 鳩尾を殴られ、肋骨や内臓に甚大なダメージを受けていた。咄嗟に飛び退っていなければ、人体を貫通して即死するほどの威力だった。

 対する猗窩座は、腕を失い、胴の半ばまで斬撃が及んでいたが、鬼にとっては致命傷ではなかった。

 

「煉獄さん!」

 

 杏寿郎の苦境を見て、思わず飛び出した炭治郎は、杏寿郎を庇うように猗窩座の前に立ちふさがった。

 

「伊之助、善逸、動け! 俺達で少しでも時間を稼ぐんだ! 夜明けは近いぞ! 頑張れ!」

 

 猗窩座を取り囲むように動き出す3人を、猗窩座は不快な表情をして見た。

 

「弱者は引っ込んでいろ」

 

 気がついたら、猗窩座の拳が炭治郎の目と鼻の先に迫っていた。

 わずかな挙動も見逃すまいと集中していたにもかかわらず、まるで反応できなかった。

 死んだ――炭治郎が諦めかけたその瞬間、雷光が弾ける様を幻視した。

 猗窩座の全身が、細かなブロック状になって弾け飛ぶ。

 

(――え)

 

 一瞬遅れて、ものすごい轟音と衝撃が炭治郎を襲い、尻もちをついた。

 それは音速を突破したことで齎される衝撃波、いわゆるソニックブームだった。

 

 目の前で起きた現象に理解が及ばず、呆然と猗窩座のいた場所を見上げる炭治郎の目に、先ほどまでいなかった、しかし見知った人物の姿が映った。

 

「――明日藍さん!」

 

 長身に隊服の上からでもわかる女性らしい体つき、たれ目がちの優し気な風貌の黒髪の女性。

 どこか父にも似た植物のような雰囲気を持つ彼女は、以前炭治郎が浅草で邂逅し、交流を持った柱――鳴柱である明日藍だった。

 

 あの強大な鬼、猗窩座を一瞬で倒すという偉業を成したにもかかわらず、喜びの表情は少しも浮かんでおらず、まるで普段通りのように平然としていた。

 気配の感じられない幽霊のような人物で、匂いも嗅ぎ取りづらい彼女だったが、膝をつく杏寿郎を見て、僅かに悲し気な匂いを発したのを感じた。

 

「遅くなって申し訳ない」

 

 明日藍は、杏寿郎に向かってぺこりと頭を下げた。

 

「いやとんでもない、助かったぞ! 鳥海殿!」

 

 重傷にもかかわらず、杏寿郎は喜色満面に応えた。

 

「あれは上弦の参だ! 100年不動だった存在を、ついに討ち果たすことが出来たのだ!」

 

 その言葉に、炭治郎もようやく理解が追い付いてきた。

 そうだ――煉獄さんは勝ったんだ! あの上弦の鬼に!

 

「やったぞ!」

「うおおおお! すげええ!」

「わっしょい!」

「……」

 

 歓声が上がる。

 思い思いの方法で喜びを表現し、分かち合った。

 一歩離れたところにいた明日藍も、炭治郎に強引に巻き込まれていた。

 戸惑いながらも一緒に喜ぶ明日藍だったが、その表情はどこか物憂げだった。

 

 




実はこの後、猗窩座は無残に直接報告しに行く予定だったりした。
原作でもあった場面だけど、そんなに細かく読み込んでいなかったし、煉獄さんの死の印象が強すぎて覚えていなかったという設定。
鬼狩りとなって見敵必殺を繰り返してきたので、鬼を見逃して尾行するという柔軟な発想も出てこない。



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10.刀鍛冶の里

「……」

 

 とある邸宅の一室で、育ちのよさそうな少年が額に青筋を浮かべていた。

 怒りに影響されて手を握りしめて、持っていた本が握りつぶされた。

 

「猗窩座め、結局誰一人として殺せていないではないか」

 

 その少年の正体は、とある製薬会社の養子として一家に紛れ込んだ、擬態した姿の無惨であった。

 つい今しがた死んでいった部下の死を悼むことすらなく、容赦なく罵倒した。

 

「またこの死に方だ。全く忌々しい」

 

 柱との戦闘の最中だったとはいえ、猗窩座ですら何一つとして予兆に気づけなかったというのはさすがに異常だ。

 脳裏に浮かぶのは、忌々しい日の呼吸の使い手の男の姿だった。

 

「あんな化け物、早々に生まれるものか」

 

 まだ400年しか経っていないのだ。

 そんな周期であんな化け物が誕生していたら、今頃世界は化け物だらけになっている。

 とはいえ奴に及ばないまでも、それに匹敵しかねない力を持っている可能性はあった。

 

「上弦どもは何をしている。いまだに柱の一人も倒せていないではないか」

 

 どうやらもっと活を入れる必要があるらしいと、無惨は思った。鳴女に上弦を集めるように指示を出した。

 

 

 

 

 夏も真っ盛りという頃、ついに万世極楽教の本拠地を見つけた。

 とはいえ私が何かしたわけではなく、隠が探して報告してくれたのだが。

 便利なネットや通信手段もないし、地道に聞き込みをしたり足で稼ぐしかない。この短期間でよく見つけてくれたという思いだった。

 

 宗教を隠れ蓑にする鬼は他にもいたようで、万世極楽教を探す過程で別の新興宗教に鬼が潜んでいる疑惑が出た。

 それを確かめるために遠出をしていたところで、かまぼこ隊と煉獄さんが猗窩座に遭遇したというのだから、間が悪い。

 救援が間に合い、人死にを出すことなく猗窩座を倒せはしたものの、煉獄さんは痣者になってしまい、寿命が縮まった。

 更には内臓の損傷がひどく、未だに静養中だった。

 聞けばその傷は、私が到着するほんの1分前に負った傷だったとのことで、せめてもう少し早く駆けつけていればと反省しきりだった。

 

 昼間の太陽の下、山の中にある寺院に足を踏み入れる。

 

「……?」

 

 首をかしげる。

 本当にここは極楽教の本拠地か? 童磨の気配がしない。

 だが、建物にこびりついた死臭は感じ取ることが出来た。

 ここで大量の人が死んでいったことは間違いない。童磨だけがいないようだった。

 

「失礼、少しよろしいでしょうか」

「えっ、だ、誰だ?」

 

 中にいた適当な人に話しかける。

 貧しい身形の男だった。ここで寝泊まりしている信者だろう。

 

「……入信希望の者なのですが、教主様はいらっしゃいますか?」

「教主様? さあ、そういえば見かけないな?」

「そうですか……」

「入信希望なら補佐殿に会うといい。今呼んでくるよ」

「ありがとうございます」

 

 そうして教主補佐とやらを呼んで貰って話したが、どうやら教主である童磨は不在のようだった。

 不在なのは残念だが、所在が判明したのは大きな一歩だ。

 帰る振りをして、山の中に潜伏する。

 夜になろうが明日になろうが、何日だって待ってやる。帰ってくるのが楽しみだった。

 

 

 

 そして一週間が経った。

 この山から見る七日目の日暮れだった。

 童磨はまだ帰ってこない。

 もしや気づかれて警戒されてしまったのだろうか。ここまで姿を現さないのはおかしい。

 とはいえ、純粋に外出が長引いているだけかもしれない。張り込み続けるべきだろう。

 

 山の中は食料は豊富なのだが、隠密行動中に煙を出すわけにはいかないので火が使えない。

 肉や魚や山菜を生で齧る。

 あまりおいしくないが、贅沢は言っていられない。

 

 寂しい食事を続けていると、一羽の鴉が下りてきた。伝令役の鎹鴉だった。

 私が隠れ潜んでいることは告げてある。にもかかわらずやってきたという事は、すぐにでも知らせなくてはならない、緊急事態が起こったという事だ。

 齧りかけの塩をかけただけの生肉を口の中に押し込み、荷物を持って立ち上がる。

 

「刀鍛冶ノ里、上弦ノ伍ガ襲来~! 至急救援ニ迎エ~!」

「え……」

 

 馬鹿な、早すぎる。

 原作では半年近く先の話だったはずだ。

 それに結局、童磨はどこに行った?

 

 伝令の内容に衝撃を受けながらも、鎹鴉を抱えて、とにかく走り出した。

 刀鍛冶の里は柱にも秘匿されている。案内役が必要だった。

 

 鎹鴉を抱えていると、全力で走ることが出来ない。私の全力疾走に鎹鴉の体が耐えられないのだ。

 頑丈な自身の体を自壊させかねないほどの全力を出せば音速の壁も突破できるが、さすがにそれは短時間に限る。

 無理のない範囲での全力だ。

 

 口頭で案内されるのかと思ったが、どうも地図を持ってきてくれたようだ。

 鴉の足に括り付けられていた地図を受け取り、目的地を確認する。

 急いで書いたのだろう、筆跡はかなり荒かったが、とりあえず大体の場所は分かった。

 だが遠い。とてもすぐさま駆け付けられる距離ではない。絶望的な気持ちになった。

 鎹鴉を放して、一気に加速する。

 

 早すぎる時期の襲撃の原因はやはり、私だろう。

 それ以外に考えられない。

 

 また私のせいで、大勢の人が死ぬ。

 無意識に歯をかみしめて、酷い歯ぎしりの音がした。

 

(頼む、間に合ってくれ……)

 

 せめて襲撃してきた上弦の鬼を討ち、仇を討ってやりたかった。

 祈るような気持ちで足を動かした。

 

 

 

 

 刀鍛冶の里の警備の仕事が回ってきた時は、幸運だと思った。

 鬼を殺せないから昇進できないとはいえ、逆に言えば鬼と遭遇して戦闘になることがない。

 命の危険もなしに里に寝泊まりしているだけで給料が貰えるのだから、楽な仕事だと思った。

 その認識は、一夜にして覆った。

 

「上弦の鬼なんて……! 冗談じゃねぇ!」

 

 日が地平線に隠れたばかりの逢魔時。

 獪岳は己の仕事を放棄して、無数の魚のような鬼たちに襲われる里の人々を尻目に、全力で逃げ出していた。

 この刀鍛冶の里を襲撃したのは、上弦の伍だった。

 遠目で見たそいつは、壺から飛び出た百足みたいな体のヒョロヒョロした外見の鬼だったが、格の違いは見ただけで分かった。

 勝てるわけがないと瞬時に考え、生きるために逃げ出した判断が、獪岳の命を救っていた。

 

「生き残れば勝ちなんだ……! 他の奴なんてどうだっていい!」

 

 鬼狩りとして鍛えた肉体と技術を駆使して、脇目も振らずに逃げる。

 

「邪魔だ! どけ!」

 

 里の入り口にいた、魚の化け物みたいな鬼を切り伏せる。

 頸を斬っても死なない。再生していた。恐らくは上弦の伍の血鬼術による化生なのだろう。

 見るからに怪しげな壺を壊すと、魚の化け物は絶命の嘶きを上げて鬼のように崩壊していく。

 

 倒した。道が開けた。逃げられる――。

 獪岳が思ったその時、木立の影に幽鬼のように佇む人影に気がついた。

 

 それを見た瞬間、獪岳は全身が凍り付くような感覚を覚えた。体中に怖気が走った。

 長い黒髪を後ろで縛り、六つ目の異貌の剣士の出で立ちをした鬼。

 瞳の中の『上弦』と『壱』の字を確認して、獪岳は納得した。

 

 これが上弦の壱。

 こいつに比べれば、先ほど遭遇して絶対に勝てないと思った上弦の伍が格段に劣って見えた。

 圧倒的な格の違いを思い知らされて、逃走の意思も消え去っていた。

 

(嫌だ! 死にたくない! 生きてやるんだ! その為ならなんだってしてやる!)

 

 全身をがたがたと震わせながら、獪岳は投降するように刀を置いて跪く。地面に頭をつけて土下座する。

 

「どうか……命だけはお助けを……。鬼殺隊を裏切るのも、鬼になるのだって、なんだってします! どうか助けてください! お願いします!」

 

 全力で命乞いをする。

 生い立ち、呼吸、階級、戦歴、聞かれてもいないことをペラペラと喋り、とにかく自分の有用さをアピールして、自分だけは助かろうと必死だった。

 鬼殺隊最強と言われる鳴柱の弟弟子で、稽古をつけてもらったこともある――。

 そう話したところで、上弦の壱――黒死牟の関心を引いたようだった。無言だった黒死牟が口を開く。

 

「その柱のことを…詳しく話せ…」

「は、はい!」

 

 手ごたえを感じて、獪岳は知っている限りの明日藍の情報を話した。

 子供の頃からとんでもなく強かったらしいこと、10にもならないうちに柱になって、鬼殺隊最強と称されていたこと。自分と同じ雷の呼吸の使い手で、異常な強さを持っていて、鬼殺の際も常に一瞬で勝負がついてしまうこと。上弦の参でさえも反応できずに殺されたらしいこと――。

 話すたびに黒死牟の雰囲気が重々しくなっていく。獪岳はびくびくしながら話し終えた。

 

「その者には…生まれつき痣があったか……」

「は、はい、生まれつきかは知りませんが、子供の頃から首筋に稲妻のような痣があったと――」

 

 獪岳の意識が遠のいた。

 死を錯覚するほどの重圧が、黒死牟から発せられていた。

 

「…そうか…」

 

 黒死牟はぽつりと呟いた。ぞっとするほど冷たい声だった。

 

「…いいだろう…お前を鬼にしてやる……」

 

 




最終話近くまでかけたので、ストック放出していきます。
1日2話更新です。


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11.刀鍛冶の里・恋柱

昼頃にもう1話更新してます


 上弦の伍が刀鍛冶の里に襲来したとの報せを受けて、蜜璃は森の中を走っていた。

 

「私が一番近い柱なんだから急がないと……! 里の人を一人でも多く助けなきゃ!」

 

 教えられた刀鍛冶の里の場所は、蜜璃の担当する地区と隣接していてかなり近かった。

 すぐに駆け付けられる距離にいる柱は、蜜璃だけだ。

 自分の働き次第で、助けられる人の数が違ってくる。

 少しでも多くの人を助けるべく、蜜璃は奮起した。

 

 里は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 あちこちに死体が転がり、そこら中から悲鳴や助けを呼ぶ声がする。

 戦う力はなくとも必死で抵抗する人々を、気配からして術で作られたと思しき、大小さまざまな魚の化け物たちが襲っていた。

 破壊された家屋に火の手が上がり、そんな惨状を明るく照らしていた。

 

「やめなさーい!」

 

 追い詰められ、今にも手にかけられようとしていた里の人を助けるべく、蜜璃は日輪刀を抜いて駆けだした。

 ――恋の呼吸、壱の型、初恋のわななき。

 大きな踏み込みから、鞭のような軌道の太刀筋で魚の化け物を切り裂いた。

 

「は、柱だ……!」

「助かった!」

「うおおお、すげえ!」

 

 助けられた里人達が、口々に蜜璃の登場に喜んだ。

 

「遅れてごめんなさい! みんなすぐに倒しますから!」

 

 言葉通り、目につく魚の化け物を片っ端から駆逐していく蜜璃だったが、不意に異様な気配を察知して警戒のために足を止めた。

 壺だ。先ほどまではなかった場所にいつの間にか現れていた。

 

「ヒョッ」

 

 壺から出てきたのは人間のような上半身に複数の小さな腕が生えた、異形の鬼だった。

 目のように見えるのは唇で、額と口に目があった。瞳には上弦の伍と刻まれていた。

 

(うっ、気色悪いわ!)

 

 その人外の造形を見て、蜜璃は思いっきり顔を顰めた。

 目にある唇から声を出して、上弦の伍が話しかけてくる。

 

「よく気づいたなあ。さては貴様、柱ではないか?」

「そうよ! こう見えても柱なんだから強いのよ! あなただって倒しちゃうんだから!」

「ヒョヒョッ、さっそく柱に見えるとは運がいい!」

 

 ぱちぱちと、短い手足を叩いて乾いた拍手をする。

 

「私は玉壺と申す者。柱のお嬢さんにはさっそく死んでもらいましょう!」

 

 上弦の伍――玉壺は新たに壺を生み出して、なにかしようとしていた。

 機先を制して、蜜璃が斬りかかる。

 玉壺が壺へと引っ込んだ瞬間、気配が別の場所へと移動していた。

 そちらを見ると、先ほどまでは何もなかった場所に、壺が現れていた。気配もその中にある。

 

(壺から壺に移動できるんだわ!)

 

 頸への攻撃を避けたということは、斬られたらまずいということ。恐らくはあれが本体。

 とにかく攻撃を続けようと、畳みかける。

 気配を追って、壺から壺へと追いすがる。

 無数の壺を割っているが、本体は中々捉えることができなかった。

 

「もう! こんなに壺が沢山!」

 

 壺の出現に割る速度が追い付かなくなり、無数の壺の間を行き来する気配に追いすがることができなくなった。

 一瞬で行われる移動に駆け足で追いつくのは、土台無理な話だった。

 

「よくも斬りましたねぇ、私の壺を……芸術を! 審美眼のない猿めが! 脳まで筋肉でできているような貴様には私の作品を理解する力はないのだろう!」

「むー! 脳まで筋肉って言った!」

 

 乙女としてちょっと気にしていることを言われて、カチンとくる蜜璃だったが、必死に追いすがっても玉壺に翻弄されるばかりだった。

 

 やがて玉壺にも余裕ができて、逃げるばかりではなく反撃する。

 壺から、身を膨らませた金魚のような魚が飛び出してきた。

 蜜璃が警戒して身構える中、金魚は空中でくるりと反転し、生き残っていた里人達が身を寄せ合っている場所へと体を向けた。

 ――千本針、魚殺。

 その名の通り、無数の箸ほどの大きさの鋭い針が、金魚の口から扇状に放たれた。

 

「危なーい!」

 

 里人の危機を察して、蜜璃が飛び出した。

 ――参ノ型、恋猫しぐれ。

 全身のバネを使い猫のように飛び跳ねて、千本針を打ち落とす。

 

「ヒョヒョッ、他人を庇うとは愚かな! そのまま死ね!」

 

 ――血鬼術、一万滑空粘魚。

 間髪入れず、毒を持った一万匹の粘魚が津波となり、蜜璃と背後の人々を襲う。

 玉壺の卑劣な所業に、蜜璃の怒りは頂点に達した。

 

「弱い人たちを狙うなんて、許さないんだからー!」

 

 蜜璃の全身が燃え上がるように熱くなり、身体能力が向上する。首筋に花びらのような痣が浮かび上がった。

 ――伍ノ型、揺らめく恋情・乱れ爪。

 鞭のような日輪刀を活かした、縦横無尽の範囲攻撃。向かってきた粘魚を一匹残らず切り払う。

 

(全部斬りおった! だがまだだ、毒がある)

 

 ――陸ノ型、猫足恋風。

 自身を中心とした螺旋斬りの剣圧で、毒を宿した粘魚の残骸を吹き飛ばした。

 

(何ぃ!)

 

 ――壱の型、初恋のわななき。

 鋭い踏み込みからの連続斬り。玉壺の体を確かに斬ったが、手応えがない。

 斬ったのは脱皮した後の抜け殻だった。

 本体は、家屋の屋根の上にいた。

 蛇のような下半身に、ふざけた短い手が消えて、逞しい人間のようになった上半身。肩から腕には鱗のようなものが生えていた。

 

「お前には私の真の姿を見せてやる。この姿を見せたのはお前で4人目だ……」

「真の姿だかなんだか知らないけど、負けないんだから!」

 

 体の調子の良さにつられて、ふんすと鼻息を荒くする蜜璃。

 そんな蜜璃に冷や水を浴びせるように、背後から声がかけられた。

 

「大変そうだね、玉壺殿。俺も手伝おうか?」

 

 蜜璃は、息をのんで振り返った。

 閻魔の帽子に、血を被ったような意匠の赤い服、くすんだ金髪のような色合いの長髪に、にこにこと笑う優男。

 感じる威圧感は、目の前の玉壺よりも上回るかもしれない。

 瞳には、上弦の弐と書かれていた。

 

(上弦が二人?! 嘘ぉ!)

 

 玉壺との戦いもこれからだというところでの新たな強敵の出現に、蜜璃は大いに動揺した。

 

「……仕方ないですね、手伝いなさい」

「はーい」

 

 鬼が協力するだけでも驚きなのに、それぞれが上弦の鬼というのは信じられなかった。

 

(これはちょっとまずいかも……)

 

 玉壺と童磨、二体の上弦に挟まれて、蜜璃は顔を引きつらせる。額に一筋の汗が流れた。

 

 




恋柱。
任地が近かったばっかりに……。



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12.刀鍛冶の里・岩柱

「カァー! 甘露寺蜜璃、上弦ノ伍トノ交戦中、上弦ノ弐ガ介入~! 劣勢! 急ゲー!」

「何……! 上弦の弐だと?」

 

 身長二メートル以上もある巨漢の男、行冥は、上弦の伍の襲来の報せを受けて刀鍛冶の里に向かう最中、さらなる続報を受けて驚愕した。

 上弦の鬼は一体でも柱が勝てるか分からない強さだ。それが二体など、絶体絶命の窮地と言っていい。

 

「何とか耐えてくれ、甘露寺……!」

 

 武器の定期的な点検のため、行冥が刀鍛冶の里に向かっていたのは僥倖だった。

 おかげで大変な事態に居合わせることができた。本来なら遠い任地で間に合わないところだった。

 

 刀鍛冶の里が、すぐそこに見えていた。

 火の手が上がっているのか夜闇が赤く染まり、濛々と黒煙が上っていた。

 微かに聞こえてくる悲鳴や助けを呼ぶ声に、盲目の瞳から涙が零れる。数珠を持って合掌し、念仏を唱えた。

 

「南無阿弥陀仏……」

 

 しばしの黙祷を捧げた後、意識を切り替える。

 悲しみに暮れていた行冥の顔つきが、怒りを宿した戦士のそれへと変わった。

 

「悪鬼共め……許さん!」

 

 里と森の境目辺りに来た時、行冥の透き通る世界にまで至った鋭敏な感覚は、何かの気配を察知した。

 森の中、植物のような気配の薄さで佇んでいた。

 紫の袴下に黒の袴、腰に差した獲物は刀と、侍然とした男だった。

 

 視線が合う。

 この重厚な威圧感、間違いなく上弦の鬼だ。それも上位の数字の。

 

(甘露寺の方に弐と伍がいて、参は鳥海が滅した。ならばこいつが上弦の壱か)

 

 隙の無い佇まい、武術においても相当な手練れだった。

 この者もまた自身と同じ領域にいるものだと、両者は瞬時に悟った。

 

「むんっ!」

 

 行冥は、鎖斧の鉄球を加速させ、侍の鬼――黒死牟に向かって投げつけた。

 黒死牟は最低限の動きで鉄球を回避した。

 骨の向き、筋肉の収縮、血の流れ。透かした体内の挙動から回避する方向を瞬時に読み取った行冥は、躱した直後に背後から頸を粉砕するべく、巧みに鎖を操った。鉄球は寸分違わず狙い通りの場所を穿ったが、そこには黒死牟の姿はなかった。

 黒死牟もまた行冥の狙いを看破し、最小限の動きで回避して、己の間合いへと足を進めていた。

 

 ――月の呼吸、壱ノ型、闇月・宵の宮。

 目を見張るほどの速さの踏み込みからの一閃。

 振るわれた斬撃に沿って、大きさが常に変化する三日月の刃が無数に形成された。

 

(これは……奴の血鬼術か?)

 

 初見の技も危なげなく対処し、分析する行冥。

 

(近接での手数は相手の方が上。ならば距離を取って戦うまで!)

 

 大きく飛び退り、距離を取って戦おうとする行冥に対し、一歩も引くことなく追いすがる黒死牟。

 両者の行動は、完璧な予測、精度を以って導かれた最善手を打ち続けていた。

 実力は拮抗していた。戦いの勝敗を分けるのは、ほんの僅かな差だった。

 その僅かな有利・不利が、実力が拮抗した者同士の駆け引きにおいて重要な要素となる。小さな差がさらなる差に繋がり、勝敗を決める大きな差ができるのだ。

 少しでも相手より有利を得るべく、両者は虚々実々の限りを尽くして戦った。

 

 木々や地面が斬られ、抉られ、粉砕されて、森が破壊されていく中、渦中にある両者は全くの無傷であった。

 

「…極限まで鍛え上げられた肉体…透き通る世界にも至っている…素晴らしい…体を温めるには文句なし……」

 

 黒死牟の呟きに、行冥が反応する余裕はなかった。

 

 人間の体力が有限なのに対して、鬼の体力は無限に等しかった。

 持久戦では行冥が圧倒的に不利であり、また今も二体の上弦の鬼を相手にしている蜜璃の救援に向かわねばならず、状況的に焦っているのは行冥の方だった。

 必然、攻勢に出るのは行冥だったが、上手くいなされ、反撃の糸口が見つからない。

 焦って強引に動けば敵の思う壺。そうは思っても、仕掛けなければ始まらない。

 

(これは……一人で倒すには刺し違える覚悟がいる)

 

 躱すだけなら何とかなるが、反撃を考えれば途端に難易度は跳ね上がる。

 痣を出し、死を恐れずに戦うことで、ようやく頸に届くかもしれないというレベルだった。

 

 決断の前に、俯瞰して状況を考える。

 刀鍛冶の里には、現在三体の上弦が確認されている。

 目の前に上弦の壱(恐らく)、甘露寺の方に上弦の弐と伍。

 戦力的には、甘露寺を見捨てて撤退するのが無難だろう。だが仲間を見捨てることなどありえない。

 目の前の鬼を倒し、甘露寺に加勢して他の上弦も倒す。それが理想だった。

 上弦の鬼と遭遇できる機会も滅多にないもので、命の捨て時としては最適かもしれない。

 

 何より行冥には、頼れる仲間たちがいた。

 ここで自分が死んでも安心して後を任せられる、最強の柱もいる。

 

(あとは任せるぞ、鳥海、皆……!)

 

 行冥は、命を捨てる決意をした。

 巌のような体に痣が浮かび上がる。

 体が軽い。力がわき上がる。これならいける。

 腕が一回り太くなり、血管が浮き出るほどに全力で鎖を握りしめる。

 以前は手斧と鉄球を打ち付けるなど一手間が必要だったが、痣が出た状態なら鎖を握りしめるだけで鎖斧全体が赫くなった。

 

「…痣に…赫刀か……」

 

 鎖を握りしめた動作は、隙と言えば隙だった。

 それを見逃すほど、黒死牟は甘くも優しくもなかった。

 ――月の呼吸、陸ノ型、常世孤月・無間。

 刀の一振りが生み出す広範囲の斬撃に、行冥は冷静に対処する。

 

(赫刀には血鬼術を阻害する効果もある。とにかく攻撃を当て、そのまま押し切る!)

 

 ある程度の手傷は享受して、回避動作は最小限に。行冥は斬撃に身をさらして血を流しながらも攻撃の手を緩めない。

 

 ――岩の呼吸、伍ノ型、瓦輪刑部。

 赤熱した超重量の鉄球が途轍もない運動量を得て暴れまわり、黒死牟を襲う。

 刀を犠牲にして、黒死牟は受けきった。

 再生しにくくなった刀は捨て、新しい刀を体から生やして握る。

 

「…勝負に出たか……ならばこちらも応じねば…不作法というもの……」

 

 行冥が死力を尽くした勝負に出たのを察して、黒死牟は応じる構えを見せた。

 黒死牟が手にする刀が伸び、一瞬にして歪な形状のものへと変化する。

 ――月の呼吸、拾肆ノ型、兇変・天満繊月。

 先ほどまでと比べたら間合いが倍以上に伸びた、超広範囲の斬撃だった。

 線ではなく、もはや面の攻撃だ。

 

 臆することなく、行冥は前に出た。

 防御をかなぐり捨てて、ひたすら黒死牟の頸を狙う。

 行冥の攻撃が激しさを増すごとに、黒死牟と行冥、双方の体には傷が増えていった。

 

「ぐっ!」

「……!」

 

 月の斬撃に触れて行冥の腕が飛び、黒死牟の足に赫い鎖が巻き付いた。

 灼きつく赫刀に血鬼術を阻害され、黒死牟は瞠目した。

 

「うおおおおお!」

 

 渾身の力を振り絞り、片腕に持った手斧を黒死牟の頸に叩きつける。

 間に差し込まれた刀を圧し折り、そのまま赫く染まった刃が頸に突き立つが、完全には断ち切れず、頸の半ばほどで止まった。

 そのまま全身全霊の力で押し切ろうとするが、遅かった。

 新たに掌から生やした刀に、残された腕を斬られ、最後の押し込みは切断面から血をまき散らしながら、虚しく空転した。

 返す刀で、行冥の首が飛ばされる。

 

「む、ねん――」

「…良き…戦いだった……」

 

 一部始終を上空で見届けていた鴉は、悲しそうな鳴声を残し、遠くの夜空へと消えていった。

 

 





 

岩柱。
雑なプロットではある程度で撤退して生存する予定だったけど、考えてみたら仲間のために無茶しそうだし、逃げたら当然追ってくるよなということで、死んでしまった。

戦力比的に、登場させちゃった時点で死亡が確定していた感じ。
好きだから活躍の場を与えようと思っただけなのに……すまん岩柱さん……。



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13.集結

 刀鍛冶の里にほど近い場所にある、案内役の隠の休憩所。

 その山小屋に、しのぶと義勇がいた。

 二人の間には、重苦しい沈痛な雰囲気が流れていた。

 

 最初は二人とも、刀鍛冶の里に上弦の伍が襲来したとの知らせを受けて、刀鍛冶の里に向かっていた。

 しかし続報によって状況が変化する。

 里には3体の上弦の鬼が確認され、行冥と蜜璃は死亡した。

 そしてお館様から、この場所で集まり、待機するように指示が出たのだった。

 しのぶと義勇はこの山小屋に一足先に到着し、柱が揃うのを待っていた。

 

 誰かが近づいてくる気配に、二人は俯きがちだった顔を上げ、扉の方を見た。

 乱暴に扉を開けて、息を切らした白髪の古傷だらけの男、実弥が小屋に入ってきた。

 

「ちっ」

 

 開口一番、実弥は義勇の顔を見て、嫌そうに舌打ちした。

 

「状況は、どうなってやがる」

「まあ、とりあえず掛けてください。冨岡さんは水とお茶を入れてきてもらえますか」

「……わかった」

 

 しのぶに言われ、義勇は奥の方へと消えていく。

 義勇を体よく追い出し、しのぶは状況の説明を始める。

 

「すでに報せを受けたと思いますが、まず上弦の壱、弐、伍が刀鍛冶の里を襲い、即座に駆け付けた悲鳴嶼さん、蜜璃さんの両名が亡くなりました」

「……ああ」

「その戦闘での被害は鬼側にはありません。鬼たちは刀鍛冶の里に留まり、生き残りの人々をいたぶりながら、こちらを挑発しているそうです」

「生き残りがいるのかよ? だったらどうして助けに向かわねえ」

 

 実弥から発せられた怒りを受けて、しのぶは重々しく溜息をついた。

 

「戦力の逐次投入は危険というお館様の判断です。これほどの規模の襲撃は例がなく、恐らくは無惨の肝いりの作戦です。まだ伏せられているだけで、上弦の鬼が勢ぞろいしている事もありえます」

「だから、里の人間は見捨てるっていうのかよ?」

「最低5人の柱が集まるか、明日藍さんがやってくるまでは待機とのことです」

「ちっ」

 

 どうやら長丁場になりそうだと思い、実弥は乱暴に椅子に腰かけた。

 

「柱が5人ってのはどういう計算だ?」

「上弦の壱とは、悲鳴嶼さんが1対1でやりあいましたが、惜しくも敗れたそうです。そいつは別格だとしても、上弦の伍と戦っていた蜜璃さんは、上弦の弐が加勢してくるまでは優勢に戦っていたそうです。上限の壱に2人、弐と伍に1人ずつ、予備選力が1人という感じでしょうか」

「その5人はいつになったら集まるんだよ」

 

 そう問われて、しのぶは遠い目をして窓の外を見た。

 

「大体の柱は所在が割れていますが、5人が集まる頃には夜が明けそうです……」

「おいおいおい、夜が明けたら鬼共も帰っちまうだろうが。そうなりゃ生き残りも助からねぇ」

「ええ、夜明けまでに間に合うかどうかは、明日藍さん次第なところがあります」

「その鳥海はどこで何してやがる。足の速いあいつがまだ来てねえなんて、実家にでも帰ってやがんのか」

「遠方へ任務に出ていたらしいですが、詳しい場所までは……」

 

 義勇がお盆に水の入った湯飲みと急須を乗せて、奥から出てきた。

 無言で水を実弥の前に置く。

 

「……ありがとよ」

 

 実弥はぶっきらぼうに礼をいい、走ってきたことで喉が渇いていたこともあり、一気に水を飲み干す。

 義勇は空になった湯飲みに、急須から湯気の立つお茶を注いだ。そして自分の席へと座った。

 

 その後、しのぶから分かった範囲での、血鬼術や戦い方などの詳細な鬼の情報を聞かされる。

 

 

 

「おせぇ……」

 

 情報共有が終わって話が途切れ、無言で待っていたところに、貧乏揺すりをした実弥が苛立ちながら言った。

 

「まだあなたが来てから30分も経っていませんよ、不死川さん」

 

 ちらりと時計を見て、冷静に指摘するしのぶ。

 今まで黙り続けていた義勇が、唐突に口を開く。

 

「苛立ったところで状況は変わらない」

「あん? 何が言いたい、冨岡てめぇ」

「……」

 

 そして義勇は再び沈黙した。実弥の苛立ちは増した。

 そんな険悪な雰囲気の中、小屋の開け放たれた窓に、一羽の鴉が舞い降りた。

 伝令だ。三人は鴉の言葉に耳を傾ける。

 

「鳥海明日藍、刀鍛冶ノ里ニ突入! 上弦ノ鬼達ト交戦! 救援ニ迎エー!」

 

 鴉が言い終わる前に、風のような速さで3人は家を出ていた。

 森を走りながら、実弥が苛立ちながら口を開いた。

 

「あいつは直行すんのかよ! 例え全ての上弦が相手だとしても1人で十分ってか!」

「さすがに、そこまで自信家ではないと思いますが……」

「だが、俺達柱が全員でかかっても手も足も出ない強さだ」

「だから俺達は必要ないってか!」

 

 実弥の怒鳴り声に、義勇が口を開きかける。二人が言い争いでヒートアップしそうなところを、しのぶが口を挟んだ。

 

「彼女は足が速いですから。もしかしたら鴉の続報が届かず、最初の指令に従って行動しているのかもしれません」

「……だとしたら、少しまずいかもな」

「ええ、初見の上弦の鬼を複数相手取れば、流石の明日藍さんでも負けかねません」

「急ぐぞ!」

 

 一行のペースが上がった。

 体力温存よりも、到着の速度を優先した走りだった。

 

 



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14.刀鍛冶の里・鳴柱

少しグロ注意かも。玉壺のアートをちょっと描写してます。




 遠目に見えた刀鍛冶の里はひどい有様だった。

 明日藍も何度か訪れたことがあるが、もはや往時の面影はない。

 建物は崩れ、灰となり、そこかしこに人間の死体が転がっていた。

 もはや廃墟となった刀鍛冶の里には、玉壺の血鬼術によるものと思われる魚の化け物や、童磨の血鬼術らしき氷人形が跋扈していた。

 

(これは……)

 

 目の前の光景に言葉を失う。

 刀鍛冶の里が壊滅していることもそうだが、童磨がいたり、もう滅茶苦茶だ。

 襲撃の時期も大分早いことから、無惨のてこ入れがあったと思われる。

 おそらくは半天狗もいただろう。まさかとは思うが、黒死牟すらいた可能性もある。

 その規模の戦力で完全な奇襲を受ければ、戦闘は一方的なものだっただろう。知り合いである柱たちの安否も気になった。

 

 里の中心辺りに、女子供を中心とした生き残りの人たちが見えた。

 その周りには、上弦の鬼たちがいた。明日藍が殺した参と陸を除く、壱から伍までが勢揃いだった。

 明らかな人質だった。

 暇つぶしにいたぶっていたのか、痛ましい有様の遺体が大量に転がっていた。

 

 痛みと後悔、悲しみ、色んな感情が同時に襲ってきて、目に涙が滲む。

 やがて全ての感情が怒りに染め上げられた。

 

 赦せない。

 とにかく目の前の鬼たちを一匹残らず殺してやりたかった。

 

(まずは人質を助ける)

 

 玉壺にいたぶられ、今にも殺されそうな子供がいた。

 一キロ近く離れているが、ここから全力を出せば、僅か一秒未満で詰められる距離だ。

 しかし流石の明日藍でも、辿り着いて一太刀いれれば息切れし、一息入れなければならない距離だった。

 

 鬼たちにはまだ、明日藍の存在は気づかれていない。

 子供を見捨て、このまま距離を詰めれば、完璧な奇襲を決めて、苦労なく全ての上弦の鬼を殺すことができるだろう。

 だが明日藍は、もう二度と助けられるかもしれない命を見捨てたりはしないと、心に誓いを立てていた。

 

 子供一人のために、準備万端で待ち構える上弦たちの下、不利な戦いに挑むのは得策ではないかもしれない。

 しかし明日藍に迷いはなかった。

 

 ――雷の呼吸、霹靂一閃・神速・六十連。

 それはまさに、地上に雷が走るかのような光景だった。

 規格外の耐久性を持つ肉体が耐えられないほどに、限界以上に脚を酷使する。

 一瞬で最高速にまで加速する。音を置き去りにして、一歩ごとに足場を爆発させながら進む。

 脳の血の巡りも早くして、思考を加速する。音速で動いていてもそれが遅いと感じるほどの知覚と思考速度だ。

 

 警戒網を敷いていた魚の化け物や氷人形の間を通り抜け、童磨と黒死牟の間を素通りし、傷つき蹲る子供に止めを刺さんとしていた玉壺の頸を斬った。

 一瞬遅れて、今と昔の音が同時にやってきて、間近に雷が落ちたかのような、ものすごい轟音と衝撃が轟いた。

 

「はあっ」

 

 大きく息を吐く。

 普段運動しない人が100メートルを全力疾走した時ぐらいの疲労感と、普通の人がビルの十階から落ちて足で着地した時のような痛みを感じた。

 すぐさま次の行動に移るべく、シィィィと特徴的な音を立てて息を吸う。

 

 普通の鬼ならまだ先手を取れただろうが、さすがは上弦の鬼。反応して動き出していた。

 誰よりも先に明日藍に気づいた黒死牟が長大で歪な形状の刀を振るう。

 なぜか上半身裸で、黒い袴にも所々傷があった。恐らくは戦闘があったのだろう。

 切っ先の向かう先には、人質がいた。

 黒死牟の体内の神経伝達を読み取り、瞬時にそのことを理解した明日藍は、呼吸をしながら人質の盾となるように躍り出た。

 

 ――月の呼吸、玖ノ型、降り月・連面。

 ――雷の呼吸、肆ノ型、遠雷。

 無数の三日月の斬撃が様々な方向から人質に向かって降り注ぐ。それを明日藍は真っ向から打ち砕いた。余力でもって、人質の周りにいた6体の氷人形を破壊する。

 

 明日藍は、目の前の黒死牟は後回しにできると判断した。

 視線で黒死牟を牽制し、体内の動きでフェイントをかける。黒死牟の全ての意識が明日藍に集中し、人質への更なる攻撃を防いだのを見て取って、背後の敵の対処に当たる。

 

 ――血鬼術、霧氷・睡蓮ぼ――

 ――雷の呼吸、伍ノ型、熱界雷。

 

 明日藍から全力で距離を取り、逃げながら術を放とうとしていた童磨に一瞬で近づき、神速の斬り上げによって頸を刎ね飛ばした。

 形成されようとしていた氷の菩薩が、像を結ぶ前に崩れ落ちて行く。

 

 ――雷の呼吸、壱の型、霹靂一閃・神速・五連。

 

 人質を攻撃しようとしていた半天狗の四体の分身、積怒、可楽、空喜、哀絶を斬って止めて、人質に向かって刀を振るう黒死牟に対処する。

 足の負担が大きく、急激に速度が落ちていた。最高速の半分も維持できていない。

 技の出を防ぐのは諦めて、後の先を選択する。

 黒死牟の気配は、怒りと焦燥に満ちていた。

 

 ――月の呼吸、漆ノ型、厄鏡・月映え。

 ――雷の呼吸、陸ノ型、電轟雷轟。

 

 無数の月と稲妻のぶつかり合い。

 後ろへの攻撃はすべて防ぎ、勢いのまま頸、胴、両手足、計六か所を切断した。

 

「……縁壱――」

 

 力強く明日藍を見つめる黒死牟の目は、まだ死んでいなかった。

 死ななくとも何もできないように、黒死牟の体を更に細かく切り刻んだ。

 

 最後に残るのは、森に潜む半天狗の本体だ。

 巨大化しつつあった体に潜む小さな半天狗の頸を正確に斬り、しばしの残心。

 周囲を探っても、鬼の気配は感じられなかった。

 戦闘は終わった。

 

「ふぅぅー」

 

 大きく息を吐きだす。

 不利な形の戦闘も、終わってみれば圧勝だった。

 一人の犠牲者も出さない、完全勝利だ。

 

「やれば……できるじゃん……」

 

 少しばかりの達成感と、それをかき消すほどの悲しみと後悔が胸に押し寄せた。

 

 足取りを重くしながら戦闘のあった場所に戻ってきて、人質となっていた女子供の姿を見る。

 酷い恐怖に晒されていたのが一目で分かるほど、誰もが瞼を泣き腫らしていた。

 周囲には、ひどい有様の遺体が転がっている。

 

 少し離れた場所には、芸術と称して、死者の尊厳を冒涜された遺体の数々があった。

 その中に蜜璃と行冥の首や体を見つけて、明日藍は膝から崩れ落ちた。

 ぽろぽろと涙が頬を伝って零れ落ちる。

 自分の人生は失敗ばかりだ。

 また失敗した。守れなかった。

 

「うううぅ……」

 

 ふらふらと、蜜璃の遺体の下へと歩み寄る。

 胴体には蜜璃の日輪刀が体を縫うようにして巻きつけられていて、胸元辺りから突き出た柄の部分に切断された首が嵌められていた。蜜璃の表情は苦悶に歪んでいて、右手と右足は千切れてなくなっていた。言語を絶する悲惨さだった。

 つい先ほどまで童磨が手に持ち、口を汚して食べていた女の足が蜜璃のものだった事にも気がついて、明日藍は既に消滅した玉壺と童磨をもう一万回ぐらい殺したくなった。

 首をそっと持ち上げて、見開いていた目を閉じさせる。

 

「助けられなくてごめん……間に合わなくてごめん……ごめんなさい、蜜璃さん……ごめんなさい……」

 

 心なしか安らかな表情になった蜜璃の首を胸にかき抱いて、明日藍は声を押し殺して泣いた。

 

 



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15.刀鍛冶の里・上弦の壱

おじさん視点です。




 寝返った鬼狩り――獪岳の話を聞いて、黒死牟は明日藍が無惨の言っていた柱であること、縁壱のように神々からの寵愛を受けた人間だと確信して、その打倒に向けて動き出した。

 

(あの御方も勝てなかった……。老いさらばえた縁壱にさえ、私は勝てなかった……だが……)

 

 寿命で死んだ。世の理を外れた強さをもっていても、奴もまた人間であることに変わりはなかった。

 奴もまた、死ぬのだ。

 

 黒死牟と無惨が縁壱に敗北を喫した時、どちらも一対一の遭遇戦だった。

 ならば、戦力を集めて手数を稼ぎ、足手纏いを用意して、奴に不利な状況を作り出したとしたらどうだろう。

 奴も一人の人間だ。対処能力には限りがある。用意した状況を打開されるまでに、手傷の一つや二つを負わせることができるかもしれない。

 そうなれば傷を回復できない人間は、不利になる。

 

 建物を壊して見晴らしを良くした場所に、人質の女子供を連れて布陣した。

 里の周辺には玉壺の化生と、童磨の氷人形によって警戒態勢が敷かれている。物見は万全だ。

 それを突破してくれば、黒死牟が前衛に立ち、残りの面々が中衛・後衛として援護を行う構えだった。

 完璧な布陣だった。

 

 問題はここまで不利な戦場を用意して、馬鹿正直にやってくるとは思えないことだった。

 一晩で全国に散らばる鬼狩りの戦力を結集させるのは不可能だ。短時間で集められる限られた戦力で戦わなくてはならない。

 まともな指揮官なら、里の人間を見捨てて戦力を温存するだろう。

 鬼殺隊は既に柱を二人失っている。一人は明日藍とかいう縁壱のような例外さえいなければ、今の柱で最強と断言していいだろう素晴らしい使い手だった。

 鬼狩りが、復讐のためなら死を厭わない異常者の集まりと言えど、この布陣を見て挑んでくるかは微妙だった。 

 

 日暮れと共に始まった襲撃も、既に鶏鳴――午前二時頃になっていた。

 真夏の今の季節は夜が短い。そろそろ撤収を考えなくてはならなかった

 やはり来ないのかと、黒死牟は落胆と焦りを感じた。

 

「……?」

 

 頸がひりつく嫌な感覚を覚えて、黒死牟は身構えた。

 瞬間、間近に雷が落ち、爆発したと錯覚するほどの雷鳴と衝撃が黒死牟の体を突き抜けた。

 

(何……)

 

 黒死牟は、全身の細胞が恐怖に沸き立つのを感じた。

 弾けるようにして振り返る。

 

 そこには鬼狩りの黒い隊服を身に纏い、背中に滅の字を背負った、一人の女がいた。

 成熟した女の肉体に、芸妓でもやっていた方が似合っているとすら思う整った容姿。

 だが黒死牟の三対の目に映る鬼狩りの女――明日藍の体内は、化け物と呼んで差し支えないものだった。

 

 細身の肉体ながら、異常に発達した筋肉。鋼で出来ていると思うほどに頑強で密度が高い骨。全身を駆け巡る、血管が破裂していないのが不思議なほどの激しさを持って流れる血。

 かつて垣間見た弟の体内に近い光景に、一瞬、縁壱の姿が重なって見えた。

 

(だが……策は機能している……)

 

 殺されそうだった子供を助けるために無理をしたのか、明日藍の脚はぼろぼろだった。

 膝の軟骨は破壊されて、骨同士が接触し合って削れている。筋肉はあちこちが断裂して、頑丈な骨にも大きく罅が入っている。最も酷使したのか、右の下腿の骨――脛骨と腓骨は半ばで完全に折れていた。

 既に手負いの状態。他の柱の援護もなく、一人で突出している形だ。

 望外の状況だった。

 ――いける。

 黒死牟は勝利の期待に胸を躍らせた。

 

 ――月の呼吸、玖ノ型、降り月・連面。

 行動を制限するべく、人質に向かって無数の斬撃が降り注ぐ。

 人質を守ろうと受けに回り続ければ最後、他の上弦たちの攻撃も加わり、削り殺されるだけだ。

 どこかのタイミングで人質は捨てるだろう。奴が攻勢に出るその時が一番の山場だと、黒死牟は考えていた。

 

 ――雷の呼吸、肆ノ型、遠雷。

 明日藍を中心にして、広範囲に稲妻が迸る様を幻視した。

 一瞬にして月の呼吸の斬撃は防がれ、人質の周りを囲うように配置していた童磨の氷人形が全て破壊された。

 

 動きが、まるで見えなかった。

 手負いにも関わらず、この速さ。人質がいなければ、今頃何度殺されていただろう。

 黒死牟の中で、縁壱に対して抱いていた憎悪の感情が、鮮明に蘇りつつあった。強さへの嫉妬と羨望で気が狂いそうだった。

 

(とにかく目だ……目を増やせ……よく見ろ、集中しろ……)

 

 上半身裸の状態で、体中から刀身に至るまで、あらゆる場所から目を生やし、全神経を傾けて明日藍の動きを注視した。

 

(――見えた!)

 

 極限まで集中した黒死牟は、明日藍の体内を透かして見て、僅かな徴候、行動の起こりの動作を捉えた。

 人質を捨て、こちらを狙っている。今にも飛び出さんばかりで、限界まで引き絞られた弓のようだった。

 それを防ぎ、背後から他の面々が攻撃を叩き込み、倒す。

 勝利への道筋が見えて、体が導かれるようにして動き出す。黒死牟は、沸き立つような気持ちを感じていた。

 

 光が瞬く。

 雷の呼吸の壱の型、神速の居合斬り。

 しかし、それを防いだように見えたのは幻だった。

 

 黒死牟の視線の先で、童磨が術を放つ間もなくやられていた。

 間髪入れず、雷光が爆音と衝撃と共に轟き、半天狗の分身達が真っ二つにされていた。

 そのままの勢いで自身の下へとやってくる明日藍の姿が見えたのは、奇跡だと黒死牟は思った。

 

 走馬灯を見るように、体感時間が一気に加速した。

 凄まじい速さで明日藍が迫る中、黒死牟の体は泥の中にいるように、遅々として進まなかった。

 

 先ほど動きの予兆を捉えたと思ったのは、相手に誘導されていただけだった。

 まんまと騙され、あれほど有利だった状況が、瞬く間に覆された。

 もはや黒死牟に援護はなく、間に遮るものは何もない、一対一の状況だった。

 

(ここまでして負けるのか? 多数で当たり、女子供を狙う外道まで行って……)

 

 無力な己への怒りと、迫りくる死への焦燥。

 黒死牟の体は、なんとか技を放っていた。いまだ嘗てない手応えだった。威力、速度、範囲、いずれも申し分ない。しかし普段であれば喜んでいたそれも、明日藍が相手では心もとなかった。

 

 案の定、人質に向けて明日藍を避けるように放たれた斬撃すらも簡単に防がれて、敵の姿を見失った。

 頸、胴、手足に走る、太陽に灼かれたかのような痛みに、黒死牟は己が斬られたことを理解した。

 

 頸が胴から離れる。

 黒死牟の脳裏に浮かぶのは、超然とした雰囲気の弟の姿だった。

 

「……縁壱――」

 

 ここまでしても、お前には勝てないというのか。どこまでふざけた存在なんだ、お前は。

 負けたくない。まだ消滅は始まっていない。頸の弱点を克服できる。まだ負けではない。私はまだ――。

 いつの間にか、全身の感覚がなくなっていた。

 

『お労しや、兄上』

 

 老いさらばえた弟が涙を流し、自身を憐れむ姿が脳裏に浮かんだ。

 

 数に頼り、外道を行い、頸を斬られ、体を切り刻まれてもなお、負けを認めない醜さ。

 ――生き恥。

 そんな言葉が去来した。

 

 こんなことをするために、私は何百年も生きてきたのか?

 負けたくなかったのか? 何をしてでも。

 強くなりたかったのか? 人を食らっても。

 死にたくなかったのか? こんな惨めな生き物に成り下がってまで。

 

(違う。私は――)

 

 私はただ――。

 

(縁壱――私はお前になりたかったのだ――)

 

 溢れる原初の願いを胸に抱き、黒死牟は消滅した。

 

 



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16.蝶屋敷

 

 刀鍛冶の里の惨劇から数日が経った。

 

 刀鍛冶の里の住民は、明日藍が助け出した女子供を除いて全滅だった。

 職人で働き手だった男たちが全滅したことで、鬼殺隊の製造面の能力は激減した。

 空里の維持管理のために少数がそちらで暮らしていたり、里以外に住んでいた人だったり、刀を届けに里を出ていた人など、少ないながらも災禍を免れた職人はいたので、日輪刀の製法が途絶える最悪の事態は免れた。

 今後は職人の育成を進めつつ、足りない分は民間の鍛冶師などに依頼して何とか乗り切っていく予定らしい。

 

 明日藍は、蝶屋敷に入院していた。

 蝶屋敷には何度か足を運んでいたが、患者としてやってくるのは初めてだった。蝶屋敷の皆がかいがいしく世話をしてくれるので不自由はない。

 

 医者であるしのぶの見立てでは、明日藍は剣士として再起不能であるらしい。

 足の怪我は全体的に酷いものだったが、特に膝が深刻で、軟骨は骨と違って一度擦り減ればもう回復しないらしい。柔らかい軟骨がすり減ると硬い軟骨に置き換わり、とても今までのようには動けなくなるとか。

 

 血の巡りを良くして治癒に専念すれば、徐々にではあるが回復していっているので、その心配は杞憂だと明日藍は言ったが、強がりだと思われた。

 そんなわけで、鳴柱の引退という噂は鬼殺隊中にあっという間に広まった。

 

 柱を中心に、交友のあった色んな人がお見舞いに来て、口々に『よく頑張った。あとは任せろ』という風なことを言っていく。

 全ての上弦を一掃して、皆大なり小なり浮かれていた。

 

 だが、全ての元凶である無惨がまだ残っている。

 完全に明日藍という脅威が無惨に知られてしまった。

 間近で見てきた珠代にも、臆病者と評される無惨のことだ。確実に逃げに徹するはずだ。見つけ出すのは至難の業だろう。

 

 明日藍を抜きにした鬼殺隊が、無惨を倒すことはほぼ不可能だ。

 仮に神出鬼没の無惨を、全国に薄く散らばる隊士の誰かが見つけたとしても、単なる隊員が足止めできるはずもない。準備も何もない遭遇戦では絶対に無理だ。

 仮に遭遇した人が柱で、何とか持ちこたえて、近くの柱が駆けつけて複数で戦ったとしても、薬で弱体化してない無惨に勝てるとは思えなかった。

 

 宝くじを買い続けるように、自分が足を使って無惨と遭遇できることを祈るしかない。そう思っていたが、先日行われた緊急柱合会議にて、自分がいかに馬鹿であるか思い知らされた。

 

 地道にやっていくべきだろう。お館様はそういった。

 明日藍が北国でやったように、地域の鬼を殲滅して安全地帯化し、より隊士を集中できるようにして戦力と索敵の密度を高め、鬼狩りの効率化と、無惨の捜索を進めていく。

 今まで柱の死因の断トツ一位だった上弦の鬼がいなくなり、柱の生存率が増せば鬼狩りも捗り、ひいては鬼殺隊全体の生存率向上、練度向上に繋がるだろう。上弦が補充されたとしても以前のような強さになるには時間がかかるはずで、今の柱たちの実力なら、十分相手ができるはずと。

 未来は明るい。悲願である無残討伐にも手が届きかけている。

 お館様は今後の方針を、そう結論付けた。

 

 明日藍は、お館様を改めて尊敬した。

 すらすらと語られる今度の展望は、希望を感じさせるに十分なものだった。

 それに比べて自分は……いや、比べることすら烏滸がましい。

 

 自分にできることはただ鬼を倒すことだけだ。

 まだ、頑張ったなんて口が裂けても言えない。

 これから一生をかけて無惨を追い、奴を殺して初めて、ようやく皆に顔向けできるようになる。

 それまで休んでいる暇なんてなかった。

 

 動かさなければ体が鈍る。

 皆が寝静まった夜。病室から音を立てずに抜け出して、刀を振って鍛錬する。

 安静にしているように言われているが、大げさと明日藍は思った。

 もしも足に後遺症が残ったとしても、引退するなどありえない。足がもげるまで戦うべきだ。自分の価値は戦力だけだというのに、戦うことをやめたらただの最低クズ人間が残るだけだ。

 

 足の痛みは我慢できる程度だった。完治までは結構かかりそうだったが、戦闘は可能だ。

 明日から仕事に復帰しよう。一日だって無駄にはできない。

 

 軽く流す程度で鍛錬のルーチンをこなしていると、屋敷で起き出して、こちらに近づいてくる人の気配を感じた。炭治郎だった。

 

 

 

 庭で行われている何かの気配を感じて起き出してきた炭治郎だったが、その鍛錬風景に言葉を奪われた。

 かろうじて見える速さで行われている型稽古は、ぞっとするほど動きに無駄がなく、あまりにも流麗だった。

 しばらく炭治郎は呆然と見入っていたが、その稽古を行う人物が明日藍であると気付いて、慌てて声をかける。

 

「明日藍さん?! 何をやっているですか、怪我をしてるのに!」

「見ての通り、もう動ける。大丈夫だ」

「ええっ」

 

 引退の噂が流れているほど酷い怪我をしていたというのに、もうあれだけ動けているという事実に炭治郎は困惑した。真偽を確かめるべく、鼻を研ぎ澄まして明日藍の内心を探る。

 相変わらず匂いは嗅ぎ取りづらかったが、自分を責めて、無理をしている匂いが感じられた。

 

「いや無理してるじゃないですか!」

「いやしてないけど……」

「絶対してますよ! とにかく一回やめましょう明日藍さん!」

 

 あまりにも炭治郎が騒ぐので、寝ている人の迷惑になると思い、明日藍は稽古の手を止めた。

 

「こっち! こっちに座ってください!」

「はあ……」

 

 オーバーに騒ぐ炭治郎に促されて、明日藍は縁側に座る。

 

「焦る気持ちはわかりますが、無理は禁物ですよ。今無茶をすれば治るものも治らなくなってしまいますよ!」

「自分の体のことは自分が一番わかってる。大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、炭治郎」

 

 その言葉は本心から言っているようだったが、感じる自責の念から絶対に無茶をすると考え、炭治郎は明日藍を止めなければならないと思った。

 

「ちょっと触りますね!」

「え、うん」

 

 炭治郎がいきなり地面にしゃがみこみ、病衣に包まれた明日藍の足を触る。

 膝を触られて、鋭い痛みが走った。

 

「いたっ」

 

 思わず声に出る。

 

「やっぱり痛みがあるんじゃないですか! 駄目ですよ、安静にしてなきゃ!」

「いや、そんなに痛くないから」

「痛いって言いましたよね今?」

「無視できる痛みだから」

「やっぱり痛いんじゃないですか!」

 

 大人しく安静にしていろという炭治郎と、もう動けると主張する明日藍。両者の言い分は平行線で、やがて炭治郎が別口から切り込んだ。

 

「どうしてそんなに焦っているんですか?」

 

 炭治郎の純粋な問いに、明日藍は無表情に夜空を見上げてしばらく黙った後、おもむろに答えた。

 

「……こうしている間にも鬼の被害は止まらない。本来助かったはずの人が死んでいる。私が殺しているようなものだ。休んでいる暇なんてない」

「え……」

 

 突然の、言っていることのスケールの大きさに、炭治郎は絶句した。

 その間にも、明日藍は胸に抱え込んだ蟠りを吐き出すようにして喋っていた。

 普段なら言葉にしないことがすらすらと口に出ていた。どうしてだろう、炭治郎が相手だと話しやすかった。

 

「私は自分のことしか考えていない最低な人間だ」

「え?」

「自分の都合で何人もの人を見殺しにしてきた。性格が悪い上に頭が悪い。見栄っ張りで嘘つきで、どうしようもないクズだ」

「??」

 

 何を言っているんだこの人は。炭治郎は真顔になった。

 

「今回の件で亡くなった里の人だって。悲鳴嶼さんも、蜜璃さんも。私が殺したようなものなんだ……」

 

 強い慚愧と後悔、悲しみの感情が、明日藍からは伝わってきた。

 とんでもない自己評価に告白だったが、それを明日藍は本気で言っているのだと、炭治郎は理解する。

 思わず立ち上がり、炭治郎は否定する。

 

「それは違いますよ! 明日藍さんは精いっぱいやった! 頑張った! だから少数ながらも助けられた人がいて、上弦の鬼だって全部倒せたんじゃないですか!」

「もっとうまくやれたはずなんだ。私がちゃんとしていれば、既に無惨を倒していた。今起こっている鬼の被害は全て私の責任だ」

「……何を言っているんですか?」

 

 真顔の炭治郎が思わず本心を口にするが、明日藍の話は止まらなかった。

 

「浅草の時もそうだ。周囲に被害を出さないようにしながら戦うという選択もできたはずなのに、怖気づいた私は無惨をみすみす見逃した」

「はあ……」

 

 もはやどこまで信じていいのかわからない話に、炭治郎は気のない返事をした。

 

「炭治郎だって私の被害者だ」

「はあ……はあ? どういうことですか?」

 

 さすがに自分に関することは聞き流せず、炭治郎は聞き返した。

 

「私はあの場に無惨が来ることを知っていた。なのに自分の都合で炭治郎の家を探そうともせずに見捨てるばかりか、自分の家族や地元を豊かにして喜んでいた。本当に最低な人間だ……」

「無惨が来ると知っていたって……未来予知ができるとでも言うんですか?」

「それに近いものがある」

「は、はあ……」

 

 支離滅裂だ。罪悪感で頭がおかしくなっている。失礼だが炭治郎はそう思った。

 明日藍が、これほどまでに心を病んだまでの経緯と苦悩を想像して、炭治郎は涙を流した。

 袖で涙を拭って、優しく炭治郎は言った。

 

「明日藍さん、やっぱり休みましょう。疲れてるんですよ。あなたには休憩が必要だと俺は思います」

「……とにかく明日にはここを出ようと思う」

「明日藍さん……」

 

 頑なな様があまりにも痛々しく、炭治郎はどうすれば明日藍の力になれるかを考えた。

 とても自分一人では説得できそうになかった。助けを呼ぼうと考えて、屋敷の主人であるしのぶの姿が真っ先に思い浮かぶ。

 同じ柱で、聞くところによれば年齢も同じで仲が良いという。適任だろう。炭治郎はそう考えて、しのぶを呼んでくると告げた。

 次の瞬間、目にも止まらぬ速さで炭治郎の腕が掴まれていた。

 

「しのぶさんは……呼ばないでほしい」

「な、なんでですか?」

 

 炭治郎が、腕を掴む握力の強さに顔を引きつらせながら聞くと、明日藍は気まずげに答えた。

 

「その……合わせる顔がないからだ」

「どうして?」

「……しのぶさんの姉のカナエさんが死んだのだって、私のせいだからだ」

「は、はあ」

「蝶屋敷の子たちは、本当に甲斐甲斐しく世話をしてくれる。でも私にそれを受ける資格はない。今は一体でも多くの鬼を殺すことが唯一の贖罪の方法なんだ……」

 

 本当に重症のようだった。とにかく励ましの言葉をかけようと炭治郎は口を開けかけて、縁側の影に潜んでいた人物に気がついた。

 寝間着姿のしのぶだ。表情は陰に隠れて見えないが、ひどく怒った匂いがした。

 

「しのぶさん!?」

 

 炭治郎が叫ぶと、明日藍はびくりと体を震わせて、恐る恐るしのぶの方へ視線をやった。心なしが表情が青ざめていた。

 

「さっきから聞いていれば、ずいぶんと面白そうな話をしていますね、明日藍さん、炭治郎くん?」

「し、しのぶさん、ちょっと落ち着いて! 明日藍さんはその、心を病んでいるというかですね、とにかく誤解なんです!」

 

 どこから聞いていたのか分からないが、誤解されていたらまずい。炭治郎は怒ったしのぶを止めようと、必死に言いつのった。

 

「誤解? 誤解なんてしていませんよ。殆ど最初から聞いていましたから」

「だったら……」

 

 炭治郎の言葉を遮るように、しのぶは話し始める。

 

「鬼の被害が出るのは自分の責任? 無惨を倒せなかったのは自分が最低な人間だから? 挙句の果てには悲鳴嶼さんや蜜璃さん、姉さんが死んだのは自分のせいだ? とんでもなく傲慢な物言いですね。全く度し難いです」

「う……」

 

 分かってはいても直接は聞きたくなかった非難の言葉に、明日藍は身を縮こまらせた。

 炭治郎は慌てて、明日藍を守ろうと二人の間に割って入ったが、しのぶに肩を掴まれて顔を合わせて、体を恐怖に震わせた。

 しのぶは満面の笑みだったが、目は全く笑っていなかった。心の底から本気で怒っている。

 

「炭治郎くんはちょっと黙っていなさい。いいですね?」

「……ハイ」

 

 炭治郎は緩慢に頷いた。しのぶは怒ってはいるが、悪意は全く感じられない。きっと任せても大丈夫のはずだ。

 心の中で明日藍に謝りながら、炭治郎は静かに脇に引っ込んだ。

 

「明日藍さん」

「……はい」

 

 やや震えていた明日藍だったが、やがては死を受け入れた殉教者のように、真っすぐにしのぶの目を見つめ返す。

 

「あなたは酷い思い違いをしています」

 

 うんうんと、炭治郎は陰で激しく同意した。

 

「まずは直近の話をしましょうか。その足の怪我をした時の状況、もう一度教えてくれますか?」

 

 しのぶの問いに、その時のことを思い出しながら、明日藍は答える。

 

「上弦の伍に、今にも殺されそうな子供の姿が見えて……神速の六十連で距離を詰めて……そいつの頸を刎ねました」

「そうですね。一キロ近く離れていたそうですね? 後であなたが通った道を見たら、地面は抉れ木々は圧し折れ、凄まじいことになっていましたね」

「六十連? 一キロっ?!」

 

 なんか色々おかしな話が聞こえてきて、炭治郎は驚きの声を上げそうになり、咄嗟に口を押えた。

 

「そんな芸当ができるのは明日藍さんだけです。子供を救ったのは明日藍さんの功績です。胸を張ってください」

「でも、救えたのはその子と、生き残りの17人だけ……」

「そうですね」

 

 満面の笑みのしのぶに肯定されて、明日藍は深く落ち込んだ。

 炭治郎はハラハラした気持ちで見守っていた。

 

「無理をして助けた子は、実は見捨てる選択もあったのではないですか?」

 

 明日藍は黙り込んだ。しのぶは有無を言わせない声音で言った。

 

「正直に話してください」

 

 観念したように、明日藍が答える。

 

「はい……一瞬見捨てようかと思いました……」

「なぜですか?」

「まだ相手には気づかれていなかったから……そのまま距離を詰められれば、より少ない危険で安全に上弦たちを倒せると思いました……」

 

 その話を聞いて炭治郎は、明日藍が上弦の参――猗窩座を倒したときのことを思い出す。

 相手に全く反応させない、まさに神業というべき所業だった。

 もしあの場に他の上弦が三人いたとしたら、どうなっていただろう。炭治郎はその光景を思い浮かべて、一瞬で頸を斬られる四人の上弦の姿がありありと想像できた。

 

「子供を見捨てていれば、明日藍さんが怪我を負うことはなかったと?」

「……はい……」

 

 明日藍はついに顔を俯かせてしまった。

 

「全てを救う気概でいるくせに、一人を助けるために大怪我をして、こうして入院している。何か矛盾を感じませんか?」

「それは……努力が足りなかったから。自分の実力不足で――」

「違います」

 

 ぴしゃりと、しのぶが遮った。

 はあとため息をついて、呆れたようにしのぶが言う。

 

「まるで違います。馬鹿ですか? ああそういえば自分で言っていましたね、頭が悪いって。そこだけは同感ですよ」

「うぅ……」

 

 純粋な罵倒に、明日藍の瞳にうっすらと涙が滲んだ。

 しのぶは額に手を当てて、本当にあきれ果てたという仕草をしていた。

 

「体を壊すぐらいの無茶をしたところで、一人を救えるかどうか。所詮はその程度なんですよ、一個人の人間ができることなんて」

 

 どこか自嘲気味に言うしのぶに、明日藍は恐る恐る顔を上げた。

 しのぶの悪口にあたふたしていた炭治郎も、しのぶの怒りがだんだんと収まっていることに気づいて、安心していた。

 

「要するに私が言いたいことは、仲間を頼れってことです。私たちはそんなに頼りになりませんか?」

 

 ふるふると明日藍は首を振って否定したが、しのぶは更に言い募る。

 

「確かに明日藍さんからみれば、私たちは子供のようにひ弱で、頼りない存在かもしれませんけどね」

 

 再び言葉に怒りを滲ませ始めるしのぶ。

 

「でも庇護対象と見られていたのだとしたら頭にきちゃいます。私たちは、隊士になった時点でとっくに死ぬ覚悟をしているんです。柱ともなればその覚悟も一入です。そんな私たちを守れなかっただのなんだのと、酷い侮辱ですよ、それは」

「でも……」

「でもじゃありません」

 

 しのぶは笑顔で明日藍の頭を握りこぶしで小突きながら、寂しそうな顔をして言った。

 

「共に命を懸けて、無辜の民を守る仲間だと、私はそう思っていたんですけどね。どうやら勘違いしちゃっていましたか?」

「――違う。私は、皆のことを仲間だと……」

 

 思わず否定した明日藍だったが、徐々に声が小さくなっていく。しまいには大粒の涙を浮かべ、嗚咽し始めた。

 

「あ、あれ……」

 

 まさかここで泣かれるとまでは思っていなかったのか、しのぶは困惑の表情を浮かべて、炭治郎と一緒にあたふたし始めた。

 

「と、とにかく! 仲間だと思うならもっと頼りにしてください!」

 

 ほら泣かないでと、しゃがんで視線を合わせ、ハンカチを取り出し優しく涙を拭うしのぶ。

 抱いて頭をなでたり、背中を優しく叩いたりと、まるで子供をあやすかのようだった。

 

「一人で背負いこまなくてもいいんです。私たちにも肩代わりさせてください。仲間でしょう?」

「うん、うん……」

 

 しばらくして落ち着いてきた明日藍に、しのぶは慈愛の籠った声で言った。

 

「明日藍さんは休んでいてください」

「……でも」

「ちょっと休むから後は任せたと、どーんと構えていればいいんですよ。今まで十分に頑張ってきたんだから、それぐらい許されます」

 

 私も明日藍さんに負けじと頑張りますから。

 笑顔でそう言うしのぶに、今度は先ほどとは違う感情で、目頭が熱くなる明日藍だった。

 

「俺も頑張ります! 明日藍さんの分まで!」

 

 感極まって炭治郎が叫んだ。

 

「きっと善逸や伊之助やカナヲだって頷いてくれます! 他の人にだって俺から頼んできます! だから安心して休んでいてください!」

「他の人に言うのはやめて。恥ずかしいから……」

「じゃあ休んでくれますよね!」

「うん……」

 

 明日藍は小さく頷いた。炭治郎は喜び、しのぶは穏やかな笑みを浮かべた。

 

「ありがとう……炭治郎、しのぶさん。胸のつかえがとれたよ」

「いえ、明日藍さんが元気になれば俺も嬉しいです。少しでも力になれたなら良かったです」

「そうですね。……それと呼び方、しのぶでいいですよ」

「えっ」

 

 縁側に隣り合って座るしのぶの顔を、明日藍はまじまじと見つめる。

 

「同い年なのによそよそしいと思っていたんですよ、私たち。友達じゃないですか。ねえ、明日藍?」

「あ、うん……しのぶ」

 

 その言葉を口にして、明日藍は顔が熱くなるのを感じた。

 しのぶも照れているのか、頬は赤くなり、耳まで朱に染まっていた。

 照れた顔なんて初めて見た。二人はそう思い、どちらともなく息を噴き出し、笑いだす。

 

「じゃ、じゃあ俺はそろそろ寝ますね。おやすみなさい」

 

 気まずさを感じたのか、炭治郎はそう言って寝室に戻っていった。

 残された明日藍としのぶは、暫く共に星空を眺めていた。

 やがておもむろに、しのぶが口を開く。

 

「姉さんの仇を討ってくれて……ありがとう、明日藍」

「え」

「実は改めて、その感謝に伝えに来たんですよ? でも病室にいないし変な話をしているしでおかしな流れになっちゃいましたけど」

 

 思い出して、小さく笑うしのぶ。

 

「さあ、夜も遅いですしもう寝ましょうか。怪我人が夜更かししてはいけませんよ」

「うん」

 

 小さく笑い合う。立ち上がろうとすると、しのぶが体を支えてくれた。そのまま歩きの補助までしてくれる。

 礼を言って、病室まで戻る。

 寝床に寝かせてもらっている途中、炭治郎たちの寝室から、騒がしい声が聞こえてきた。

 

『うわあ! って善逸?! お前泣いているのか?』

『だって、だって、明日藍さんがいっつも苦しんでいるのは音で分かってたから……よかっだ、よがったよぉー!』

『善逸……』

『よがっだよおー!』

『うわあ来るな善逸! はな、鼻水が!』

 

 しのぶと明日藍は、きょとんとした後に、状況を理解してくすりと笑い合う。

 

「おやすみなさい、明日藍。ぐっすり寝てくださいね」

「うん。おやすみ、しのぶ」

 

 暗闇の中、病室で一人横になり、明日藍はいつもと違うことに気がついた。

 こうして休んでいると、常に頭を振り乱したくなるような罪悪感や焦燥感が襲ってきていたが、それが無くなっていた。

 かつてない安心感を感じて、すぐに眠気が襲ってきた。

 みんなと一緒なら、きっと無惨も倒せる。ベッドの中でうとうとしながら、明日藍はそう思った。

 

 




 


 
炭治郎としのぶのカウンセリング。こうかはばつぐんだ!


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17.鬼のいない国

 

「本当に役に立たなかったな、あ奴らは」

 

 視界の同調により上弦の四人が殺される様を見届けて、無惨は吐き捨てるように呟いた。

 そこは無限城の一室。豪華な家具や装飾、本や実験器具が持ち込まれた、無惨の居住空間だった。

 

「せめて手足の一本でも落としてから死ねばいいものを。まるで無駄死にではないか」

 

 いくらでも指示を出せる立場だったのを棚上げして、無惨は一連の戦闘をそう評した。

 

 戦果という戦果は、刀鍛冶の里を潰したのと、どうでもいい柱を二人殺したぐらいだ。

 刀鍛冶の里を潰したのだって、鬼殺隊も馬鹿ではない。技術書の類は保管しているだろうし、里を離れていて難を逃れた鍛冶師もいただろう。一時的に刀の製造、補修能力を大きく削ったぐらいで、大勢に影響はなかった。

 全ての上弦を失い、もはや使える駒は下弦以下のゴミばかり。

 せっかく血を分け与えて重用してやったというのに、本当に不甲斐ない奴らだった。

 

 400年前の悪夢の再来と言えたが、無惨は取り乱しはしなかった。

 結局、無惨が雲隠れすれば、鬼殺隊にそれを探し出す能力はない。

 400年前もそうだった。自分を倒せるだけの力を持った化け物がいたとしても、遭遇しなければいい話なのだ。

 相手は所詮は人間だ。100年も時間が経てば間違いなく死んでいる。

 

 極端な話、無限城に引きこもって一歩も外に出なければ、死ぬ可能性は無くなる。

 一人の人間のためだけに行動を制限されるのは業腹だが、浅草で嗅ぎつかれた耳飾りの鬼狩りのことも考えれば、閉じこもっていた方が安全だろう。

 

 鳴女に血を与えて。新たな上弦にするのもいい。

 今でも便利な血鬼術が更に強くなれば、できることも増えるだろう。

 今まで手元に置いて使ってきたが、鳴女に反抗の意思は見られず、忠誠は確かだった。危険な能力だが問題ないだろう。

 

 上弦の鬼は再編しよう。

 重要な成果は何一つとして上げていないが、有象無象の柱を間引く程度には役に立つ。

 ないよりはあった方がいい。

 

 鬼の素体となる人間は、鳴女に用意させればいい。

 更なる血を与えるのだ。今まで以上に働いてもらおう。

 

「全く、なぜ私がこんな苦労をしなくてはならんのだ」

 

 さっさと明日藍がくたばり、太陽を克服した鬼が生まれることを、無惨は願った。

 

 

 

 

 昭和X年。193X年。

 あれから20年の月日が流れた。

 

 鬼殺隊は、日本から鬼を駆逐していた。

 だが、無惨を倒したわけではない。

 

 10年ぐらいした頃だっただろうか。既存の鬼を殆ど駆逐して、新たに現れるのは雑魚鬼ばかり。鬼殺隊の練度は日進月歩の勢いで高まっていき、先代のお館様の方針通り、無惨を追い詰めつつあった。

 ある時からぱたりと鬼の被害がなくなって不審に思っていたところ、海外で鬼らしき被害が多発し始め、無惨が日本からいなくなり、海外に逃亡したことを知った。

 

 その時の鬼殺隊の反応は微妙だった。

 この頃には若い隊員は鬼に復讐心を持たない金に釣られて集まった者が多くなっていたが、ベテランや幹部には鬼に恨みを持つ者が多かった。日本から鬼を駆逐したのは嬉しいが、無惨にみすみす逃げられたことはむかつく。金目当ての人たちも鬼がいなくなったことでリストラされないかと不安で、色々と動揺していた。

 

 海外まで追うべきか、追わないべきかは大きく意見が分かれた。

 

 その頃の鬼殺隊は、営利団体としての面も持ち合わせつつあった。鬼殺隊の戦力が高まるにつれて、徐々に事業を始めたりと、表に出始めたのだ。

 それは鬼殺隊の運転資金を稼ぐためでもあるし、徐々に強まる国の統制の対策に、隊士たちの表向きの身分を手に入れるためでもあり、鬼のヘイトを引いて鬼を誘引し、一般人への被害を減らす目的など、複数の要因があった。

 

 様々な実業を行い資金を稼ぎ、鬼殺隊員は警備員の名目で雇われていた。関連施設には鬼の――表向きはテロ対策としてある――襲撃に備えて、関連施設はガチガチに防備を固めていた。

 

 お館様の先見の明はやはり凄まじく、投資においてはチート級の働きをした。

 現実でゲームみたいな勢いで金を増やしていくのだから、すごすぎる。

 たまに失敗することもあるみたいだけど、全体の稼ぎからすれば誤差だった。

 

 刀鍛冶の里の壊滅も、刀が届くのがものすごく遅くなったり、刀を砥ぎに出してもなかなか返ってこなかったりと、しばらくはかなりの影響が出たが、今はもう心配いらない。なんなら以前より生産力が増したぐらいだ。

 

 そう言ったわけで現在、鬼狩りには二つの部門が存在した。

 

 実業部門は、海外の鬼は放っておくべきだと主張した。国粋主義の高まりなどもあって、海外で被害があろうがその国の仕事、自分たちは関係ないという隊士も多かった。

 実質の鬼殺隊である警備部門は、地の果てまで無残を追って殺すべきだと強く主張した。意見としては少数だったが、武力では圧倒的だったし発言力は強い。予算は実業部門の業績に影響されるので、あまり強く出れないが。

 

 議論は平行線で、何なら各派閥同士でも細かい意見が合わなくて、言い争いになっていたりした。

 

 結局はお館様の鶴の一声で、海外の鬼の対処を行うことが決められた。

 鬼殺隊の存在理由は、元々人を食らう鬼を退治して、無辜の民の安寧を守ることだ。それは海外の人々も例外ではない。そうお館様は言った。

 お館様のお陰で実業部門は多大な利益を出せているため、お館様の求心力は、ともすればかつての鬼殺隊以上のものがあった。

 産屋敷財閥は、お館様の判断の下、団結して動き出した。

 

 しかし海外に行って鬼を狩ると一口に言っても、実行するとなると大変で、人種や言語、文化の差異などもあって、現地に行って鬼狩りを行うまでが本当に大変だった。

 鬼殺隊は日本に根を張っていた土着の組織だったんだなと思い知らされた。

 

 鬼殺隊の隠れ蓑に産屋敷傘下の企業が進出したり、現地で人を雇って作ったり、そういうことを繰り返していくうちに、鬼殺隊も随分と国際色が豊かになった。

 

 

 

 明日藍は痣者の寿命を克服していた。

 四十も近くなろうとしていたが、死ぬ気配もなく生きている。

 杏寿郎と、実は隠れて痣を出していたらしい実弥と小芭内は、お館様の後を追うように次々と亡くなってしまった。

 特に小芭内は蜜璃が亡くなってからは鬼気迫る勢いで鬼を狩り、蝋燭の火が燃え尽きるように死んでしまった。

 仲間たちとの別れは非常に辛かった。

 

 刀鍛冶の里で行方不明になっていた獪岳が、新たな上弦の鬼になっていたのが判明して、慈悟郎が切腹した。原作を再現するかのように善逸が獪岳を討ち、敵の血鬼術による効果で重傷を負って蝶屋敷に担ぎ込まれた善逸は、何とか一命をとりとめた。

 

 いつものように、世界には悲劇はありふれていた。でも良いことも沢山あった。

 

 かつての同期の柱たちや、少し下の炭治郎らの世代は殆どの人が結婚して子を成していた。

 明日藍も何度かお見合いを提案されたが、前世の意識の残滓を引きずって、なんとなくそう言った気分にはなれず、明日藍は独身だった。

 二十歳から三十歳ぐらいまでは結婚しないのかと度々ネタにされていたが、四十が近づくとだんだん皆その話に触れなくなっていった。なんだか気を使われているようで釈然としない。

 身体制御の極意で体の若々しさは保っている。まだ見た目は二十歳そこそこだった。

 最近は若作りをやめようかなと思っている。

 親友であるしのぶがだんだん老けてきて、自分が置いていかれるような思いを感じていた。

 このままだとしのぶがお婆ちゃんになったとしても、自分は若々しいまま。それはひどく悲しいことのように思えた。

 

 本心としては、一緒に老いて死にたい。

 だが無惨討伐の仕事が残っている以上、戦力的には若さを保っていた方がいい。

 どうしたものかと、ここ最近はずっと考えていた。

 

 だが、明日藍は学んでいた。

 このままうじうじと悩んでいてもしょうがない。こういう時は相談だ。

 

「あの、喧嘩売ってます?」

 

 もはや病院として使われる機会は殆どなくなり、ただのしのぶの私邸となった蝶屋敷の一室で、若い頃より肌の艶が無くなったしのぶが、額に青筋を浮かべて微笑んでいた。

 

 彼女も既に現役を退いていた。引退したのは柱の中で一番早かった。理由は医学の道に専念するためだった。

 鬼を人にする薬といった、鬼関係の研究成果はまだ上がっておらず、これからといったところだが、人体の構造の知見に関しては既に世界最高峰の医学者として名を馳せていた。

 詳しくは知らないが人体の構造についてノーベル賞に値するような論文をばんばん出しているらしく、日本はおろか世界中から注目の的になっているらしい。

 

 しのぶは、明日藍の特殊な視界を利用できただけで自分は医学者としては平凡だと謙遜していたが、間違いなくしのぶ本人の優秀さがなければできないことだ。

 若さを保つ技法だって、しのぶの協力なくしては、明日藍一人では決して成しえないことだった。

 結局その若作りも自分以外は誰も習得できず、少し恨めしそうな目を向けられたが。

 

「いや、かなり本気で相談してる」

 

 明日藍が真剣な面持ちで言うと、しのぶは渋々といった様子で答えた。

 

「正直それを相談されたところで好きにしろとしか言えませんが」

「じゃあ、しのぶはどっちが嬉しい?」

「それは――」

 

 しのぶは言葉に詰まった。

 一緒に老いていきたいという思いもあれば、無惨を倒してほしいという願い、友には若く健康に元気でいてほしいという気持ちもある。

 

「うー……総合的に見れば……」

「見れば?」

「あー……やっぱりなしで」

「ええ?」

 

 しのぶは回答を避けた。

 自分の言葉で明日藍の人生を縛りたくないと、しのぶは思った。

 

「お婆ちゃんになる未来の話をしてもしかたないでしょう。そうなる前に無惨を倒せばいいんです。あとは明日藍が自由に決めればいい。そうでしょう?」

「……そうだね!」

 

 話を逸らしたと思ったが、明日藍は笑顔で頷いた。

 可能性は低い未来だったが、そうなるのが一番だった。

 

 




 
次回、最終話です。
明日更新予定です。


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18.悲願

 

 

 2019年。令和元年。

 また年号が変わったが、未だに無惨は倒せていなかった。

 だが、手が届きそうなところにまで来ている。

 衛星、監視カメラ、ネット、スマホ、ドローン、SNSなど。

 科学技術の発達はすさまじく、今まで追えていなかった無惨の痕跡を捉えるところまで来ていた。

 

 どうやら無惨は相当慎重になっているようだ。普段は無限城に引きこもっていて、外に出ることは滅多にないようだった。

 世界各地の行方不明者の情報を集めて精査して、鳴女の血鬼術による被害者を探し出し、被害状況の分布を調べておおよその潜んでいそうな場所を特定し、その広大な範囲をパトロールして、偶然鳴女が血鬼術を使う場面に居合わせたり、気分転換に外出した無惨とばったり遭遇するのを待ち望む日々。

 

 気が遠くなるそれを繰り返して、気がついたら100歳を超えていて、前世の明日藍が死んだ改元した年になっていた。

 いつからか改元したことは覚えていてもその年号の名を思い出せなくなっていたので、令和と聞いてはっとしたものだ。そういえばそんな感じの年号だったなと。

 

 明日藍の外見は、実年齢を言われても信じられないほど若々しいままだった。

 とはいえ若作りをしているだけで、体はかなりがたが来ていた。

 一応最大出力は若い頃と同じ力を出せるが、それを持続できる時間が全盛期とは比べ物にならないほど短くなっていた。

 無理せずに出せる総合的な力は、かつての半分以下になっていた。

 それでもなお、世界規模の組織となった鬼殺隊でずっと最強を張っているんだから、この身体はチートすぎる。

 

 かつての友人や仲間たちや家族はとっくの昔に亡くなってしまっていたが、その子孫たちや、今も志を共にする仲間もいる。

 たまに寂寥感を感じることもあるが、寂しくはなかった。

 

 

 

 無惨は擬態しないで外に出ることもあるのか、少ないながらも無惨本人――マイケルジャクソン似の東洋人の姿――の目撃情報も集まっていて、その行動はある程度パターン化されて予測されつつあった。

 例えば鬼殺隊の影響力が強いからか、日本やアジア近辺には寄り付かず、主にアメリカやヨーロッパで目撃されていること。

 冬は極端に日が短くなるのを好んでいるのか、カナダ、アラスカ、ロシア、北欧といった北極圏の国でよく見られることなど。

 

 それでも範囲はとてつもなく広いが、宛もなく世界中を彷徨っていた頃に比べれば、とんでもなく状況は好転していた。

 

 明日藍は、真冬のフィンランドのとある町を歩いていた。

 最近行方不明者が出ていて、地元では悪魔や吸血鬼が出たと噂になっている町だった。

 最近は現代人が鬼にされているので、かつてと比べて鬼の行動は合理的なものが多くなっていた。特に証拠隠滅のできない鬼は長く生きられない。理性のない雑魚鬼なんかは、現地の警察にだって勝てない。ある日突然、人を食らう化け物になってしまうその現象はグール病とか言われて、鬼の存在は世界に知られつつあった。

 

 ニット帽とコートといった防寒具は正直いらないのだが、ある程度人に怪しまれないためには必要だった。

 肩にかけた竹刀袋には日輪刀が入っている。

 いくら世界中に根を張り、東洋のロックフェラーやロスチャイルドと言われる産屋敷グループの力でも、一般市民や末端の警察官までは話を通せないので、あからさまに武装して歩くわけにはいかなかった。

 

 いまや全集中の呼吸は東洋の神秘の武術として世界中に知られており、世界各地に剣道道場があるほどの世界的なブームとなっていた。ヨーロッパでも竹刀袋を担いでいる人もちらほらと見かけるので、一人で夜の町を徘徊していること以外は怪しいものはなかった。

 

 感じた気配を辿り、一軒の家の前で足を止める。

 少年の見た目をした若い鬼だった。人の家族に囲まれて一家団欒を過ごしていたが、人間には血鬼術の影響があった。恐らくは精神に作用するタイプの血鬼術だろう。

 直接的な攻撃系の血鬼術よりも、こういった搦め手タイプの鬼の方が生き残る確率も高く、厄介だった。

 

 竹刀袋から日輪刀を取り出して、二階の窓の鍵を壊し、こっそり侵入する。

 他人の家族と団欒を楽しむ少年の鬼は、まるで普通の子供のようだった。いたたまれない気持ちになりながらも、速やかに仕事を終わらせる。

 

 そこからほど近い場所に停められていた、エンジンがかけられたままのジープの助手席に明日藍は乗り込んだ。

 運転席にはがっしりとした体つきの黒人系の男が座っていた。彼は鬼殺隊の支援要員、現代の隠で、明日藍のスケジュールを管理するマネージャーのような仕事や、運転手をしていた。

 恋人を鬼に襲われて復讐を誓い、隊士を志したが、呼吸が使えず、隠になった男だった。

 

 隊士の武器は、未だに日輪刀が主流だった。

 太陽光を人工的に作るとかも試したが、結局は鬼に有効なのは本物の日光と日輪刀――正確には陽光山で採れる猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石を使った武器――だけだった。概念武装めいた神秘を感じる。

 貴重な金属を使い捨てでばら撒く銃は主流になれず、鎹烏の代わりにスマホという現代的なアイテムを持ってはいるが、基本的な装備は大正の鬼狩りのままだった。

 

「お疲れ様です、鳴柱。終わりましたか?」

 

 流暢な日本語で男は聞いた。

 明日藍は邪魔なニット帽とコートを脱ぎながら答えた。

 

「ああ、鬼を一体斬った。念のため、少しこのまま町を回ってくれ」

「ラジャー」

 

 そういって車が出される。

 自動車が普及し、交通手段が整備されるにつれ、明日藍が自身の足で移動することは減っていた。

 世界中を股にかけるようになって移動距離が増え、体が衰えてかつてのようにいかなくなった事情もある。

 索敵のために車外に意識を広げながら、ナビから聞こえてくるニュースの音をぼんやりと聞く。

 

『グール細胞の研究に莫大な予算を投じた政府ですが、未だに目ぼしい成果を上げられていません。長年続く無駄な浪費に、市民は怒りの声を上げてデモ行進を――』

「ちっ、デーモンの研究なんて馬鹿げてる」

 

 ニュースの音声を聞いて、運転手の男が吐き捨てた。

 

「どうせ権力者が私利私欲で不老不死を欲しているだけだ。デーモンを人に戻す研究ならうちがしてるんだからそっちに出資しろってんだ」

「……そうだね」

 

 原作では珠代が成し遂げた鬼を人にする薬は、未だに完成していなかった。

 やはり日光を克服した鬼がいないというのがネックのようだった。

 

 鬼の存在が知られるにつれて、その特異な存在に興味を示し、不老不死や再生医療への利用を考え始めた人がいた。

 その研究も未だ進展はないようだったが、研究が実を結び、第二第三の無惨が生み出されないかと恐ろしくもあった。

 

 ふと、初期設定のスマホの着信音が鳴った。明日藍の携帯だった。

 かけてきたのは同僚の柱だった。透明な世界にも至っている才能豊かな武人だが、イタリアの男らしくプレイボーイで明日藍も冗談交じりに何度か声をかけられていたほど陽気な人間だった。

 どうしたんだろうとスピーカーにして電話に出る。

 

『アスラン! 今どこにいる?!』

 

 普段の様子と違う、興奮して音割れしかけた男の声が、明日藍の現在位置を訪ねた。英語だったが、勉強し直したので会話ぐらいはできる。

 

『フィンランドの……北の方だけど』

 

 キッティラです、と運転席の男が小さな声で補足したが、訂正する前に電話越しの男が声を張った。

 

『ムザンだ! ムザンを見つけた! 心臓が七つで脳が五つ、女の姿に擬態しているが間違いない! デーモンキングだ!』

 

 その言葉を聞いた瞬間、日輪刀に手を伸ばし、臨戦態勢になった。

 ここ百年の間、ずっと待ち望んでいた報せだった。

 

『――場所は?』

『ロシアだ! ロシアのモスクワ!』

 

 遠すぎると、運転席の男は呻きを上げた。

 それでも現場に急ぐべく、男はアクセルを踏んでジープを加速させる。

 明日藍は近いと思った。直線距離で1000キロぐらい。地図を見ればフィンランドからモスクワまでは一直線の道も繋がっていた。

 

「もっと飛ばしてくれ」

「しかし、あまり速度を出し過ぎると警察に止められますよ?」

「それでいい。少しでも体力を温存したい。捕まるまで全速で走ってくれ」

「……ラジャー!」

 

 捕まれば車を捨てて、そこから走っていくつもりだった。

 明日藍の指示に覚悟を決めて、運転手はアクセルを全開にした。

 三百キロ近い速度を出して、卓越した運転技術を披露して前を走る車を次々に追い抜きながら、公道を全力で走り抜けていく。

 

『今から向かう。くれぐれも気を付けて。無理しないように』

『もちろん。今は気づかれていないから遠目に見張っているよ。あのオカマ野郎、金髪の美女になって映画なんて見てやがるぜ! ははっ!』

 

 軽い調子を装った言葉だったが、声はひどく震えていた。彼もまた家族を鬼に殺された被害者で、ようやく見つけられた無惨に怒りが抑えられないようだ。

 

 明日藍は柱の男を落ち着けながら、どうか間に合うようにと、今は亡き仲間たちに祈った。

 

 

 

 

 どうにか三時間ほどでモスクワ近辺にたどり着いた時、明日藍は大きく息を切らして疲労困憊の状態だった。

 若い頃はこれぐらいでは息が切れることすらなかったが、本当に老いたものだ。

 それでもまだゴールではない。ようやくスタート地点に立てるかというところだった。

 

 疲れた体を押して、GPSを頼りに無惨を探す。

 ――奴がお家に帰りそうだ。交戦して足止めする。

 しばらく前に、無惨に張り込んでいた柱の男はそう言い残し、連絡が途絶えた。

 急がなくてはならない。

 煌びやかな夜のモスクワの街を、建物を足場にして跳んで走る。

 

 やがて戦いの気配を察知して、一直線にそちらへ向かう。

 中心地から少し離れた場所にある大きな公園の一角に、無惨はいた。

 白人系の女の姿をして黒いドレスを纏って擬態した無惨は、体から無数の触手を生やして振り回し、つまらなそうに立っていた。

 対抗する柱の男は、目だった外傷はないが、毒が全身に回っているのか痛々しいあばたのような腫れがいたるところに見られた。心臓の鼓動が消え入りそうなほどに小さく、今にも死にそうな有様で、それでもなお懸命に時間を稼いでいた。

 

「お前たちは本当にしつこい。異常者共が。いい加減私に付きまとうな」

 

 本当に嫌気がさした様子で無惨が言う。

 その言葉は日本語で、誰に聞かせるわけでもない愚痴だったのだろう。読唇して離れた距離から聞き取った明日藍は、全身に怒りが満ちるのを感じた。

 

 コンディションはあまり良くない。だがついに無惨と邂逅した。

 百年間、渇望するほどに待ち望んだ瞬間だ。

 たとえ自分がどうなろうと、絶対に奴を殺すという覚悟を胸に、明日藍は強く刀を握った。

 

 ――壱の型、霹靂一閃・神速・六連。

 雷のような速さで無惨に迫った明日藍は、無防備だった無惨の頸を斬った。

 ――参ノ型、聚蚊成雷。

 老いて劣化した肉体が悲鳴を上げるのに構わず、全力で無惨の体を切り刻む。

 赫刀が効果を発揮して、切り刻んだ肉片から再生は殆どしていない。この程度なのかと拍子抜けする。

 こんな奴に今までどれだけの人が犠牲になり、不幸になったことか。

 負の感情に突き動かされて、明日藍は徐々に速度を落としつつも手を動かし続けた。

 

 後ろで人が倒れる音がした。

 柱の男は、明日藍が到着して無惨を切り刻み始めたのを見届けて、安心した表情で事切れていた。

 それを見て、明日藍は奥歯を噛み締めた。

 

「……やった、のか……?」

 

 殆ど固体が無くなるまで微塵切りにした無惨だったものの血だまりを呆然として見る。

 こんな簡単に終わっていいのか? なにか見落としはないか?

 明日藍は何度となく周囲と無惨の状態を確認したが、怖いぐらいに何もなかった。

 

 べべん、と琵琶の音がした。

 無惨の血だまりの下に襖が開き、回収しようとしていた。

 鳴女に動きがあったことに、少し安心する。予想通りの行動だった。

 襖の外に残された細胞がないことを確認して、明日藍は無限城へ飛び込んだ。

 

 明日藍を押しつぶそうと、四方八方から建物が迫ってくる。

 とにかく無惨と明日藍を分断しようという意図を強く感じる、無惨を巻き込むことを厭わない攻撃だった。

 無惨の血だまりの位置を常に意識しながら、鳴女の排除に取り掛かる。

 建物を隔ててそれなりに遠い位置だったが、隠すことのない気配は最初から筒抜けだった。

 質量兵器の攻撃をかわしながら、最短ルートで距離を詰め、霹靂一閃で頸を刎ね、琵琶を弾けないように腕を斬る。

 鳴女が消滅を始め、空間の歪んだ城を維持していた力が消えて、無限城が崩壊していく。

 

 出た先は、先ほどいた場所のモスクワの公園の一角だった。

 積み木をひっくり返したかのように、無限城の残骸が零れ落ちていく。

 明日藍は無惨の下へと舞い戻り、瓦礫に埋もれないように守り切った。

 無惨を守るために剣を振るうことになるとは腸が煮えくり返りそうだったが、瓦礫に埋もれて隠れられると面倒だった。

 

 木造建築の残骸で埋もれる中、明日藍のいる場所だけは不可視の傘でもあったかのようにぽっかりとスペースが空いていた。

 

「はあ、はあ……」

 

 痛みを通り越して、体中の感覚が既にない。目も霞んできた。透明な視界も途切れつつある。

 スマホを取り出して時間を確認すると、まだ午前二時だった。モスクワの一月現在の日の出時刻は約午前九時だった。

 今夜は長くなりそうだと、ちょうどいい高さの残骸に腰を下ろした。

 刀を握り、油断なく無惨を見据えながら、明日藍はただ日の出の時を待った。

 

 

 

 

 

 はっとする。

 一瞬意識が途切れていた。ぼうっとしていたようだ。

 目の前に無惨はいなかったが、なんだか疑問に思わなかった。むしろ使命をやり遂げたかのような達成感に満ち溢れていた。

 気分が良かった。ふわふわとした心地で、天にも昇る気持ちだった。

 

 いつの間にか陽気も良くなっている。

 澄み渡る青空の下に赤い彼岸花が咲き誇り、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 川があり、対岸に無数の人影があった。

 全て、見たことのある顔だった。今は亡き、死んでいった家族や友人や仲間たち。

 みんな笑顔で、こちらに向かって手を振っていた。

 

 懐かしさと感動に、明日藍は涙をこぼした。

 

 明日藍は、不意に思い出した。

 弱弱しい日の出と共に、無惨が太陽の光に焼かれて消滅するのを見届けて、気が抜けて意識を失ったらここにいたことを。

 自分は死んだのだと、明日藍は悟った。

 

 ――皆、見ててくれたかな?

 失敗だらけの人生だったけど、ついにやり遂げたよ。

 みんなと同じ天国には行けないかもしれないけど――。

 

「今、そっちに行くよ――」

 

 明日藍は涙を拭い、手を振り返して、満面の笑みを浮かべて仲間たちの下へと駆け出した。

 

 




 
 
 







 
 
 
というわけで終わりです。最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字報告、感想、評価、ブクマ、大変励みになりました。この場を借りてお礼申し上げます。本当にありがとうございました。

 








あとがきは下の方に置いておきます。
読みたい方だけどうぞ。




























本当はここまで救いある死を主人公に与えるつもりはなかったんですが、流石に可哀そうかなと思って分岐させました。
初期プロットでは蝶屋敷で内心を吐き出すことが出来なくてメンタルケアできず、逆に更にこじらせてしのぶさんとのコミュにも失敗して、孤独なまま一人で戦って普通に老いて平成を見ることもなく寿命で死ぬ予定でした。
無惨様生存ルートです。
死後に大々的に葬式とかが行われて、今まで成してきた功績や救ってきた人やその子孫なんかも登場させて、本人が思うほど意味のない人生じゃなかったと語っておわり……みたいな感じでした。

本作の辿った無惨様死亡ルートは、メンタルケアに成功してしのぶとの友情が深まり、仲間と友に戦って若作りして令和まで生きて、「もう100年経つしあいつも死んだやろ」と油断して出歩くことが増えていた無惨様が、スケスケに目覚めた柱に捕捉されて主人公が到着するという、無惨視点では滅茶苦茶運が悪いことになってました。

何はともあれ最後まで書けて良かったです。
お付き合い頂ぎありがとうございました。




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