幼馴染が無双するそうなので便乗したいと思います。 (馬刺し)
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キャラデータ 

 

オリ主 

 

宮戸彩華 プレイヤー名【アサギ】

身長159cm 体重46kg

誕生日 9月8日  

 

 

 しっとりと深い黒色の髪、そして目を持つ男性。

 髪はそこまで長いわけではないが、華奢で身長も理沙よりも少しだけ高いぐらい、という、男性らしからぬ体格の持ち主であり、地声が高い。

 何よりも、その顔は楓に負けず劣らずの童顔である。

 

 女に見られやすい……というよりは、男らしさが一切見られないことで、どちらの性別が判断しづらくなり、楓と理沙との距離感が近かったことから、女性だと判断されることが多い。

 

 容姿は整っているも、かなり中性的な顔をしている。

 しっかりと、ワックスや衣装などで見た目を弄れば男前になるのだが、逆もまた同様である。

 もはや、簡易的に相手に女性だと思わせるには、髪を耳にかけるだけで問題ない、というレベルに達している。

 

 中学時代の文化祭にて、女装コンテストとミスコンに同時参加させられだことがあり、三年連続優勝による女装コンテストでの殿堂入り、ミスコンでは楓と理沙と激闘を繰り広げた、という過去を持つ。

(なお、彩華の中ではこの記憶は、完全に黒歴史として扱われている)

 

 

 

 

 

 以下 幼馴染と新装備。

 以降のネタバレを含む。

 

 

 

 

 

 NWOでは【アサギ】という名前でプレイしており、珍しい【投剣】使いとなる。

 

 DEX、AGIをメインにポイントを振り分けているが、一応全体的にステータスを割振っている。

 

 装備はユニークシリーズ『雪の使徒』を使っていて、氷系統の能力を扱うことになる。

 

 浅葱色の袴

 所々蒼のアクセントが入った、白衣。

 そして、淡い水色で雪の結晶がデザインされたヘアピンタイプの髪留めにより、前髪は止められている。

 その見た目は完全に巫女装束であるため、それを装備すると、周りからは男性ではなく女性として見られてしまうことが多い。

 

 

 ドレッドと似たような危険察知の感覚を持っており、回避力はそこそこあるが、サリーと違い、耐久できるようポイントは振られている。

 戦闘時は『氷龍ノ咆哮』による【刃状変化】を多用し、メイプル、サリーとのパーティーでは火力要員を担っている。

 

 

 

 

 

以下 第二回イベント編のネタバレを含む。

 

 

 

 

 

 

第二回イベント開幕時 ステータス

 

※ステータスポイントをHP、MPに1ポイント振ると、それらは20増加する。

 

Lv18 アサギ

 

()が装備 【】が新たに割り振られたもの。

 

HP 10【+100】(+20)

MP 10【+100】(+20)

 

STR 30(+20or45)

VIT 15

AGI 40(+20)

Dex 55(+30)

INT 0(+30)

 

スキル

 

【釣り】【料理Ⅲ】【跳躍Ⅱ】【移動砲台】【気配遮断Ⅱ】【小太刀の心得Ⅰ】【雪隠れ】【建築Ⅱ】【体術Ⅱ】【ヒール】【リフレッシュ】【潜影Ⅳ】【投剣Ⅵ】【歌い手】【踊り子】【一極集中】【超速交換】【ファイアボール】【ウォーターボール】【ウインドカッター】【サンドカッター】【ダークボール】【毒耐性小】【麻痺耐性小】【ペネトレーター】【シングルシュート】【カットエッジ】【ニードルスピア】【プレートブレイカー】

 

 本編が進み次第、気紛れで追加。

 

 



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本編
プロローグ 〜未来の人外たちと幼馴染〜


 

「肝心の理沙が出来ないのに……ゲームなんて、やったことないんだけどなぁ……どうしようかなぁ?」

 

 

 ベットの上にて、黒髪黒眼の少女はポツリと一言呟いた。

 客観視すれば、まず間違いなく美少女と言っていいだろう彼女は暫くベット上で寝転がる。時折、迷いを表すかのようにアホ毛がピクピクと動くのは、きっと気のせいなのだろう。

 

「まぁ……いっか!」

 

 ある程度の時間をかけて導き出された結論は、思考放棄だった。

 

 そして、先程まで親友こと白峯理沙(しらみねりさ)と会話していたスマホを使い、今度は別の人物の元へと連絡を入れるため、迷いのない指付きで画面を操作していく。

 

 何気ない会話でも、緊急時の連絡でも、何回もお世話になっている幼馴染の彼の元へと、連絡を入れる為に……

 

 

◇◆◇

 

 

 いつもより少し、早いな……なんて考えながら、本条楓と表示されている画面を確認しながら、震え続けているスマホを手に取った。

 

 昔、風呂に入っている最中に、テレビ通話を食らったことがあり、それ以来、彼女は俺に、電話をかけるようになっていた。

 

『あっくん!困ったよ、どうしよう!?NWO(NewWorld Online)って言うゲーム持ってるよね?』

 

 瞬間、耳元に放たれるSOSの大声。

 クッソうるさいな、コイツ。

 最近は、近況報告ばかりで少し油断していたのかもしれない。彼女、本条楓は基本的に真面目だが、少々いや、大分天然の色が強い。

 今のやりとりにしろ彼女に悪気は一切ないのだ。

 

 

『……うるさいよ、いきなり……というか、お前な……いい加減、唐突に電話してきて、愚痴り始める癖を治してくれ……これ、凄い昔から言ってるよな?』

 

『いい加減、諦めた方がいいと思うんだけどなぁ〜』

 

 知ってる。

 というか、いつも一言、形だけ注意しているだけで、俺も彼女の癖に順応し始めている。具体的に言えば、夜7時から先は携帯を手元に置いておくことにしている。

 

 先程、いつもより少し早い、とい感じたのも、彼女が毎日連絡を入れてくる以外の理由はない。

 

『……お前が言うなよ…………それで、何のようだ?』

 

『またまた〜あっくんなら、私が何を言いたいかぐらいわかってる癖に〜』

 

 うぜぇ……ただ、彼女が言う通り、何を言いたいのかがわかってしまう為、少しだけ嬉しく感じてしまう。

 そして、それと同時にこちらの考えが見透かされているようで悔しい。

 

『……はぁ、確かに俺も持ってるぞ。NWOのソフトに、VR用のゲーム機本体も、少し前に買ったからな』

 

『やっぱり!……じゃあ、今から一緒にやらない?理沙に言われて買ってはみたんだけど……あんまりこう言うのやったことなくて』

 

『……なのに、肝心の理沙は、勉強中ってことか』

 

 先程の意趣返しではないが、彼女が誘い主を頼るのではなく、俺を頼ろうとした理由を先回りで当ててみる。

 

『そうそう!ってあれ?何であっくんがそのこと知ってるの?』

 

『そりゃ、少し前まで理沙の勉強見てたからな、愚痴ぐらい聞いてるよ……大体、人使いが荒すぎるんだよ、アイツ』

 

『へ〜、二人だけで、仲良くしてたんだ?』

 

『…………』

 

 どうやら、地雷を踏んだらしい。

 

『さっき理沙に、キラキラした目でプレイするだけしてみてって、頼まれちゃったんだよね』

 

『…………残念だけど、俺は理沙に私より"先にやるのはズルいからまだやるな"って言われてるんだよ』

 

『理沙の頼み事は聞いて、私の頼み事は聞いてくれないんだ〜』

 

 どうやら、地雷が誘爆したらしい。

 文字にするとわからないが、コイツ無感情な声だせんのかよ!っと余裕があればツッコミを入れたいレベルで怖い。

 それは、怖がっているのか?というツッコミは受け付けてない。

 

『勘弁してくれ……駅前のカフェ、デザートおごり一回でどう?』

 

『デザートだけ?』

 

『……わかったよ。好きなだけ食っていいから、許してください、楓様』

 

 それで許されるなら、安いものだ。

 …………今月は、無駄遣いできないなぁ。

 

『よろしい、にしても……本当に、あっくんは理沙の尻に敷かれてるよね。逆らえないんだ?』

 

『……その理論でいくと、お前も俺を尻に引いてることになるけどな?』

 

『あははは……うん、じゃあ仕方ない。今日は私一人でやってくるよ』

 

『おい、そこは否定しろ!?』

 

 いきなり、話題を切り上げそう言った彼女に、食い気味にツッコミを入れるも

 

『じゃ、カフェデート楽しみにしてるよ〜!』

 

 プツリ、と通話は切られてしまった。

 

 …………はぁ、デートじゃねぇっての。

 

 

◇◆◇

 

 

 本日の下校時刻は、4時。

 現在の時刻は、4時半。

 

 俺の両手には、掃除用具。いや、おかしいだろ。

 

「………さてさて、それで……話を聞こうか?課題提出ギリギリで、やってないことに気がついて、俺のレポートを掠め取ってた白峰理沙さん」

 

 原因は、もしかしなくてもコイツである。

 栗色の長髪をポニーテールで纏めている、誇張しなくても確実に美少女と言えるであろう幼馴染の白峰理沙さんだ。

 

「いや、あの……その…………ごめんなさい」

 

 昨日、楓に散々、尻に敷かれてるだ、なんだと言われたのだが、事情が有ればそんな上下関係などアッサリと逆転してしまう。

 いや、上下関係を認めたわけじゃないんだけどね?

 

「一応、真面目なお前のことだ、大方、課題の存在自体を忘れてだんだろうがな……人のレポート丸パクリはダメだろ……」

 

 それが、俺たちがここにいる理由。

 つまり、理沙が課題のレポートを忘れていたことに気がつき、なんの捻りもなく俺の物を丸パクリして提出したところ、バレて罰掃除を食らっているのだ。

 

「うぐっ、その………つい、出来心で。バレないかなぁ、なんて思ったんだけど」

 

「バレるわ、アホ!」

 

 実験などをまとめる物ならともかく、作文系のレポートをパクれば、バレるに決まってるだろうに。

 

「ご、ごめん」

 

 普段は、割と雑に扱ってくるくせに、こういう時にだけしおらしくなるのは、少しズルいと思う。

 俺に迷惑しか、かかっていないことに罪悪感を抱いているのか、少し俯いてしまった彼女の頭に、右手を乗せる。

 

「……?」

 

 そして、わしゃわしゃっとその撫で心地のよろしい頭を乱雑に撫でまくる。

 

「……え、あ、ちょっと!やめ、やめてって!髪、くずれるじゃん!」

 

 少しの間そうしていると、彼女は右腕を掴みこちらにジト目を向けて来た。

 

ほんとに、無駄なとこで気が効くんだよね

 

「……なんか言ったか?」

 

 難聴系主人公に成り下がった覚えはないのだが…………いや、成り上がったなのだろうか?大抵、そういう主人公ってモテてるし。

 

「もういいわよ、それより早く掃除終わらせちゃうよ。さっさと帰って勉強して、そんで、絶対にゲームやるんだから!」

 

「その調子、その調子………まぁ、お前先に帰ってていいんだけどな?」

 

「へ?」

 

 俺の言葉に、彼女はこれでもかというぐらいの間の抜けた声を出す。

 何その顔、ちょっと可愛い。

 

「いや、だって先生に俺がパクリましたって言ってあるから、お前が罰掃除してなくても、怒られないと思うぞ。せっかくのテスト期間なんだし、無駄なことしてないで勉強しとけ」

 

 落ち込んでいる彼女を、元気付けるためだけに、わざわざ彼女と話をしていたのだ。

 普段の彼女に戻ったのならば、無理に罰を受けてもらう必要などない。

 たかが、掃除である。

 このぐらいなら、俺が一人でやっても問題ない。

 

「…………いい、私もやる」

 

「……?なんで?」

 

「…………今ここで、彩華に任せて帰ったら人として、ダメな気がするからだよ!!」

 

 

 ああ、申し遅れたな。

 俺は宮戸彩華(みやとあやか)、こんな名前でも歴とした男性。結構、中性的とか女顔やらなんやら言われた記憶もある気がするが、歴とした男性。

 彼女の……いや、彼女たちの幼馴染である。



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1話 幼馴染とプレイスタイル。

 毎日のことながら、登校するのが億劫でたまらない。

 そんな精神状態の俺にとって……これを見させられるのは罰ゲームに近いものがあった。

 

 鼻歌は歌うは、スキップとまではいかないが、普段よりも明らかに足取りは軽く、その表情には、満面の笑みが浮かべられている。

 漫画で表すならば、コマの背景に小さなお花がいくつも咲いているような状態、といえば伝わる人には伝わるのだろうか。

 

 そんな、上機嫌な彼女と、朝起きることすら、面倒な俺の間に、テンションの差が大きく存在するのは、明白なことである。

 

 つまり、アレだ。

 

 腹一杯の時に、飯食いまくってる人を見ると気持ち悪くなってくる時のようなものに似ている感じだ。

 

 結論、もう帰りたい。

 

「何か今、物凄いくだらないこと考えてたでしょ?」

 

 背後から足音がしたと思えば、そう一言声かけられた。

 

「…………なに、読心術取得でもしてんの、理沙?おはようさん」

 

 あまりにも聞き慣れたその声に、特に視線を向けることもなく言い返す。

 

「ああ、うん。おはよ……顔に、帰りたいって書いてあったよ」

  

 ああ、うん。

 本心だからしょうがない。

 

「……分かりやすいって言っても、アレよりは、マシだろ。正直見てて疲れるんだが」

 

 視線だけで楓の方を見ろ、と伝えると理沙がどこか納得したような表情を浮かべた。

 きっと俺が今日、初めて彼女を見た時と同じような感想を抱いたのだろう。

 

「あははは…………楓は随分、NWOにハマっちゃったみたいだね……私も、早くやりたいなぁ」

 

 楓の放つ幸せオーラが感染したのか、理沙までもがソワソワと落ち着かなくなっている。いや、これただテスト終了が待ち切れないだけか。

 俺も、少しやりたくなってるから、人のこと言えないんだけどさ……

 

「…………じゃあ、しっかり勉強するんだな」

 

「うん、そうする!……ということで、今日も、ちょっとテスト勉に付き合って欲しいんだけど……いい?」

 

「……ま、仕方ない。楓にも、声かけてこいよ。後で拗ねられたら、たまったもんじゃないからな」

 

「了解で〜す!」

 

 相変わらず、ポワポワとした雰囲気を放ちながら歩いている楓に、理沙が後ろから抱きついていくのを眺めながら気付く。

 

 NWOか……楓がゲームにハマるのは、珍しいな……

 

 それを思うと、我らが誇る天然娘が、どのようなプレイヤーになっているのか?なんて考えるのも、面白い。

 彼女が惹かれている、そんな理由から俺もNWOに少し、興味が湧いて来た気がした。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 さてさて、時は巡って一週間弱。

 しっかりと、理沙を勉強漬けにすること三日、持ち前の根気強さでなんとか着いてきた彼女は、見事、母親から出された目標テスト点を、乗り越えた。

 楓は、少し点数が落ちたようだが、根が真面目な子だ。

 元来のゲーマーである理沙に比べれば、その点数減少など可愛いもんだ。

 …………理沙も、やればできるんだけどなあ。

 

 俺は俺で、順位を落とす可能性はあるのだが……手応え的には、学年10番以内を逃すことはなさそうなので、問題はない。

 ……得意なことの一つなんだよ、勉強は。

 

 

 そして遂に、待ちに待ったゲーム解禁日が本日である。

 理沙は勿論、俺も毎日のように楓から楽しそうな情報を聞かされていたため、ワクワクドキドキ、当然ソワソワしている……とそうなる予定だったのだがーーー

 

 

 その教室には、動かぬ石像と化した二人の高校生が存在した。

 

 いやね、あのさ……たしかに楓がどんなプレイヤーになるのか楽しみとは言ったよ?

 でも…… 流石にここまで天然を拗らせるとは思ってなかったんだよなぁ。

 

「虫を食べた?」

 

 蟀谷(こめかみ)に手を当てながら、俺が尋ねる。

 

「う、うん」

 

 楓は、どうしたの?とでも言いたげな表情で、その確認を肯定する。

 

「VIT極振り?」

 

 理沙が片頬をピクつかせながら、尋ねる。

 

「う、うん」

 

 楓は、何故そんなことを?とでも言いたげな表情で、その確認を肯定する。

 

「「イベント三位?」」

 

 二人の声が揃う。

 

「うん!」

 

 楓は嬉しそうに、力強くそう答えた。

 

 ………………沈黙。

 

 そして、

 

「「ちょっと待て、タイム!!」」

 

 脳内の情報処理が追いつかなくなったため、遂に俺と理沙が声を揃えてそう言った。

 

 

「おい、NWOって捕食ゲームだったのか?聞いてないぞ、俺」

 

「そんなわけはない……はず……なんだけどね?」

 

 キョトンとしている楓を放ったらかしにして、俺と理沙が小声で会話を続ける。

 理沙のゲーム経歴は、もはやプロと言っても過言ではないレベルであるため、疑いようはないのだが、俺もある程度はゲームに触れて来た人種だ。

 それ故に、知っている。

 

 楓が簡単に言ってのけた、三位という大記録の異常さを。

 

 理沙がいくつか楓に質問していくのを横目に、俺はスマホを使い、幾つか簡単に情報を打ち込んでいった。

 

 NWO VIT 極振り 大楯

 

 この単語で浮かび上がったプレイヤー名を見て、深くため息をついた。

 理沙に加えて、楓もか……これは、頑張らないと振り落とされる。

 

 いくら、NWOがサービス開始から、一ヶ月ほどしか経っていない、若いゲームだとしても、MMOにおいて、名が知られるには、相当な偉業を成し遂げなければならないことを、少しゲームに触れたことのある人ならば分かるはずだ。

 例えば……ノーダメージで、バトルロワイヤルを無双する、とか。

 

 浮かび上がった名前はーーーー

 

「私は、メイプルって名前でプレイしてるんだ!理沙は、どうするの?」

 

 彼女のプレイヤーネームで間違いなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

「初期設定に時間かけたいからな……早めに始めるか……」

 

 食事に、水分補給に、風呂も入った。

 両親にもVRゲームをやるから、急用が出来たら、端末の方にメッセージとして送ってくれ、と伝えてある。

 楓と理沙と遊ぶことは、言わなくても伝わっているようでニヤニヤされたことが、少し気にくわないのだが、仕方がない。

 ちょくちょく、というか一週間に一回ずつぐらいは通い妻のように、俺が彼女らの家へと飯を作りに行っているため、仕方がないのだが。

 ……普通逆だよな?

 一番の特技、というか誇れることが料理なのが、男子として悲しい。

 絶対に、ゲーム内でも、料理は()()()()()()()……だって楽しいし。

 

「それじゃ、リンク・スタート、なんてな」

 

 縁起の悪い冗談を一言呟いた後、俺はそのゲームにログインした。

 

 

 

 

 

 目を開くと、そこは眩い蒼の世界だった。

 

 周りには、ガラスのような素材から出来た何種類もの武器が浮かんでおり、目の前にはメニュー画面が開かれていた。

 

 プレイヤーネームか……いくつもゲームをやってきたが、固定させたことはなかったんだよなぁ。

 よって、変な名前でなければなんでもよかったのだが、楓から注文が入っていた。

 なんでも、最初の文字は"あ"にして欲しいのだと。

 理由は簡単、あっくんと呼んでも問題ないから、である。

 別にいいのだが、高校生にまでなって、あっくん呼びは、少し気恥ずかしいものがないと言えば、嘘になる。

 

 ……話題が逸れたな。

 とりあえず名前を、決めよう。

 基本的に俺はプレイヤーネームを色関連から取ってきている。

 なんとなく、テーマ色を決めておくと選択を迫られた時に"漠然としたイメージ"での決断がしやすくなるからだ。

 だが、今回は名前が"あ"から始まるように言われてるんだよなぁ。

 

 あか、とか、あお、とかはなんだが気に入る名前が浮かぶ気がしない。

 折角ならば気に入った名前にしたいため、久しぶりに脳内回転を上げる。

 

 ここから先は連想ゲームだ。

 好きな色、好きなものから適当に捻り出す。

 好きな色といえば……この空間の澄んだ青とかは、結構好ましい。元々赤系統の色よりは、青系統の色の方が好きなのだ。

 

 丁度、少し青色が薄くなったこのぐらいの色合いが……なんて考えを回していると、その名前の存在を思い出した。

 

 

 浅葱色

 

 

 イメージしやすいのは新撰組の羽織りだろうか。

 

 思いついてからは迷いなどなかった。

 躊躇いなく名前を打ち込む画面に"アサギ"と打ち込む。

 

 次に表示されたのは、使いたい武器。

 先程からクルクルと俺の周りを漂っている武器たちの中から一種類選べ、とのことなのだろう。

 

 予め、二人のプレイスタイルは聞いてある。

 曰く、誰にも貫通できない硬い守りとなる。

 曰く、誰にも当てられない無傷の(硬い)守りとなる。

 目指せ、ノーダメージ勝利とか騒いでいた記憶がある。

 流石に、ノーダメージ勝利は冗談だろうが、一度も死なずに……ぐらいは目標にしてもいいのかもしれない。

 

 二人のタンクがいるのならば、タメが長いであろう魔法使いや、遠距離攻撃可能な弓使い、更に守りを固くする付与術使い、回復使いなどが定番となるのだろうが……定番なんて知らん。

 というか、プレイスタイルを定めるのは良いが、別に武器を今決める必要はないと思うのだ……極振りは別として。

 

 ということで、最寄りにあった短剣を掴み取る。

 

 次に決めるのはステータスポイントの割り振り……大事なのはここだろう。

 ただ、まあここも自分が好きなようにやろうと思っていたのだ。

 

 相手は理沙と楓、気を使ってサポートのしやすいステータス構成にする必要など一切ない。

 多少組み難くても、見捨てられることがないのはわかっているのだ。

 

 そして、割り振った結果が次の通りである。

 

 STR 20

 VIT 0

 AGI 40

 Dex 40

 INT 0

 

 

 現実で不器用であること、足があまり速くないこと、なんて全然関係ないんだからね!(ツンデレ風)

 

 

 冗談もそこらへんにしておいて、周りを見ると、メニュー画面には、転送まで残り13秒という文字。

 どうやら今のが最終チェックだったようだ。

 

「……たしか、集合は噴水前……転送場所と同じか。あいつら、先に着いてたら軽く文句つけられそうだよなぁ」

 

 小声で、泣き言を呟いていると、カウントが0にかわり、俺の体は蒼白い光に包まれていった。

 



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2話 幼馴染と初戦闘。

 目を開くと、そこには……別せーーーん?

 暗い、というかなんも見えねぇ。

 俺今、目蓋あげてるよな?なんて考えること約1秒ほど。

 見えなくても背後から感じる、彼女の気配によって、自分が目隠しされている現状に気がついた。

 ……一瞬、本当に機械の不調を疑ってしまったのが恥ずかしい。

 

「……そろそろ、外の景色を見たいんですけどね、メイプルさん」

 

 確かな理由など何もないが、俺が彼女らを間違えることなどあり得ない。

 

「おお〜!流石、あっくん。よく私だってわかったね!」

 

 そんな声と共に、俺の目を塞いでいた小さな手が外された。

 視界に映ったのは、穏やかな異世界の風景だった。

 

 CMなどの多くの映像で、どのような風景なのかは知っていたのだが、実際に目の当たりにすると、やはり感動を覚える。

 

「……こりゃ、メイプルが気にいる訳だ」

 

 バトル要素がなくても、このクオリティならば、売れてもおかしくないと思う、そう感じさせるほどの魅力が、確かにここには広がっていた。

 

「……それで、あっくん。名前は、どうしたの?」

 

 しばらく景色に見惚れている俺を、放置してくれていたメイプルだったのだが、そろそろ我慢の限界だったらしい。

 俺の脇腹をツンツンとつつきながら、そんなことを聞いてくる。

 

 俺はここで、初めてメイプルに視線を向けた。

 そして、次は彼女の姿に感動を覚えた。

 黒き鎧に、身を包んだ彼女は、もう既に、この世界の住人だったのだ。

 

「似合ってるよ、その装備」

 

「えへへ〜、それほどでも〜」

 

 一応、そう言っておくと彼女は表情を崩して、いつも通りのゆるゆるな笑顔を浮かべた……うん、変わらない安心感って大事だな。すごい落ち着いた気がする。

 

「それで、名前は?」

 

「そうだった。名前はアサギ、ご要望通りに"あ"から始まるようにしたぞ」

 

 知り合いに対して、アサギとして自己紹介するのは、少し不思議な感じがするな。

 

「アサギ、アサギくんか〜!いいじゃん、あっくん!」

 

 結局、あっくんなのね。

 

「……それはそうと、りーーアイツはまだ来てないのか?」

 

「え、あぁ!()()()()もう直ぐ来るって連絡きてたから、時間はかからないと思うよ」

 

「バカやろう」

 

 こっちが、ギリギリで気づいてわざと名前を伏せたのに、コイツ簡単にリアルネーム言っちゃったよ。

 軽ーくチョップをすると、この子がVIT極振りなのがよくわかる。手が痛え。

 

「へ?」

 

 そして、この本当になんで怒られたのか、わからない顔ときた。これが、三位って冷静に考えるとヤバいな。

 

「リアルバレ、っていうのがあってだな。とにかく、こっちではリアルの名前は使わない方がいいんだよ。トラブルの元になるから……というか、分かってて、"あ"から始まる名前にしてって、言った訳じゃないんだな」

 

「え、うん。呼び方変えるのが、難しそうだから」

 

 それから、簡単なマナー違反についての話や、用語などをメイプルに教え続けること5分程、漸く最後の一人がやってきた。

 

 

「お待たせ〜、ちょっと時間かかっちゃったよ……メイプルと……名前何にしたの、結局?」

 

「アサギだよ、そっちはいつも通りか?」

 

 やはり、自己紹介に慣れない。

 もしかしたら、コミュ障の才能があるのかもしれない……そんな才能、要らないな。

 

「うん、サリーで変わり無し。名前変えられると、こっちが面倒なんだけどね?」

 

 毎度毎度、名前を変える俺に対して、ジト目を向けながら彼女は言う。

 

「……なんでもいいだろ、とりあえず今からどうするか決めようぜ。メイプル、最初にやるべきことってあるのか?」

 

 そんな彼女の視線から逃げるようにして、俺はメイプルに話題を振った。

 そして後悔した。

 

「え、えっと……虫を、食ーー」

 

「「食べないからね!?」」

 

 問題発言に対し、二人してツッコミを入れる。先ほどの反省を活かし、チョップは当てない。

 

 『流石、VIT極振り』と先ほどの俺と同様に、腕をさすりながら、呟いているサリーを横目に、今更ながら気づいた。

 

 そうだ、初心者としての過程をすっ飛ばしてる天然娘(メイプル)に聞いたところで、正答が返ってくる訳ないのである。

 

 結局、ゲーム経験豊富なサリーの指示の元、お互いのステータスやスキルなどを見せ合うことで、今後の方針を決めていくことに決定した。

 

 

◇◆◇

 

 

「……二人とも、待ってよ〜」

 

「あ、コレでも速かったか……どうしようかな〜」

 

「AGI 0ってのも難儀なもんだな……がんばれ〜」

 

 一人の少女の声と、完全に他人事扱いをしている少年のだらけ切った声が、草原に響いていた。

 

 

 宿屋を使い、簡単な確認を行った後……普段使っている黒い盾、闇夜ノ写とは別の大楯を作ろうとしている、というメイプルの言葉により、俺たちの行き先は決まっていた。

 なんでも、今の盾では攻撃を受け止めると、相手を倒してしまうので、攻撃を受けることが取得条件となるスキルが、手に入れられないため、普通の盾が欲しいらしい。

 ……何その盾、怖い。

 

 目指すは、草原を抜けた先。

 始まりの街の南に位置する、地底湖……そこに生息している白い魚を狩る予定だ。

 

 

 極振りのデメリットにより、移動速度が低すぎる彼女の姿を見ながら、考えを巡らせる。

 

 

 メイプルは当然、VIT極振りの大楯スタイル……毒系統の強攻撃や麻痺毒を使うことができるらしいので、アタッカーとしても活躍可能。

 サリーはAGIメインの回避盾スタイル。

 ただ、タンクは既に一級品の方がいるので、広くスキルをとっていって臨機応変に戦えるようになりたいのだと。

 

 ログイン前に言っていたことと、あまり変わりはしない……メイプルに攻撃手段があるのは意外だったが。

 対して俺は……やはり、やりたいスタイルが定まっていない。

 

 たが、一つだけ言えることがある。

 メイプルが装備しているのは、そのすべてがユニークアイテム、つまり他のプレイヤーが持つことのない、唯一無二の装備。

 そして、メイプルから聞いたところによると、入手方法は、プレイヤーで初めて、単独でボスを初見撃破、という鬼畜難度のものだった。

 彼女らに付いていくには、俺もその偉業を達成しなければならない時が来るだろう……恐らく、かなり早い段階で。

 

 よって、ある程度の単機性能は持っていないといけないのだ。

 

 彼女らに足りていない物を補うことと、彼女らが掲げている目標……それらを合わせて考えると、段々自分が取るべきスタイルが見えて来た気がする。

 

 考えを纏めているうちに、メイプルがこちらに追いついて来た。

 

「…………仕方ない、おんぶか俵運びかどっちがいい?」

 

 俺よりもAGIが高いサリーにおぶらせた方が、スピードは出るのだろうが、俺が追いつけなくなる。

 一応、男子でもあるため、俺が彼女に力を貸すのが妥当だろう……一応とか言うなよ、俺。

 

「お姫様抱っこで!」

 

「ッ!……却下」

 

 満面の笑みで、こちらを見てくるメイプルに一瞬、心が揺らぎかけたがサリーに脇腹を抓られて、冷静になる。

 サリーさん、痛いです。

 

 メイプルには、その罰ということで俵さん運びスタイルを実行。

 利き手である左手をフリーにするため、彼女を右肩に乗せて準備完了。

 俺たちは地底湖へと再出発を切ったのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 『スキル【釣り】を取得しました』

 

 洞窟を抜けた先に存在した深い青色の地底湖には、そんなアナウンスを聞いて、小さくため息を吐く俺の姿が映されていた。

 

 

 

 あれから十数分かけて、地底湖に辿り着いたのだが、俺は未だ戦闘に参加してはいない。

 というのも、メイプルを担いでいる俺が相手をする前に、少し距離を開けて先行していたサリーが、立ち塞がる雑魚キャラを尽く掃除してしまったのである。

 

 よって、初めて手に入れたスキルは、戦闘関連のものではなく【釣り】である。

 

 先程ため息を吐いたのも、それが原因だ。

 これ、捕食ゲームでも釣りゲームでもないはずなんだけどなぁ。

 ……まあ、ゲーム開始前に料理をしようと意気込んでいた俺が言うのもなんだが、って感じはするが。

 

 暫くの間、無心で釣竿を振り続けること30分程。

 三人で、互いの成果を見せ合ってみると、意外にも俺が一番多くの魚を釣り上げていたことが判明した。

 意外、と言うほどでもないか……恐らく、DEXの値によって釣りやすさが変わってくるのだろう。DEXの値が0であるメイプルは、俺の半分以下の匹数だったしな。

 

 

「私、ちょっと泳いでくるね。その方が、多く倒せそう」

 

 サリーがそう言って、湖の中へと消えてしまったので、今は俺とメイプルの二人で釣竿を振っている状況だ。

 ……泳げないんだよな、俺。

 カナヅチ、とよく言われるが、何故泳げないのか理由はわからない。

 変な実を食って、海に嫌われている訳ではないと思うのだが……苦手なものは苦手なのである。

 

 隣にいるメイプルは、リアルで泳ぐことは出来るのだが、ステータスと装備の問題で溺れてしまうらしい。

 

 よって、竿を振り続けることしか俺にはできないのだが……案外、釣った魚を倒すことで経験値稼ぎになるため、ありがたい。

 

 先程から釣っては倒すを繰り返すことで、Lv5までは上がって来ている。

 プレイヤー2000人斬りのメイプルがLv20であるらしいので、釣りだけでレベリングをしている割には、経験値効率は悪くない。

 

 そんな感じに、穏やかな時間を過ごしていた時だった。

 

 後方からしたヒュンッ……という、空気を切るような音を、俺は聞き逃さなかった。

 サリー程の集中力がある訳ではないため、索敵能力は彼女に劣るだろうが、油断をしているつもりはなかったため、何かが音がした方向にいるのは、判断できた。

 

「メイプル……何かが、後ろからーーメイプル?」

 

 で、困ったのはここからだ。

 こいつ……眠っている。

 

 すやすやと気持ちよさそうに、お眠りなさっている。

 寝顔可愛いなぁ……じゃねぇんだよ!? 

 

「おい、メーーーー!」

 

 急いで、彼女を起こそうとした瞬間、目の前の空間が歪んだと思えば……

 

 

 体力が、四割程、消し飛んだ。

 

 

 は?

 

 

「…………ッ!?」

 

 ダメージを受けたのはまだいい。

 ただ、それよりも重症なのは声が出なくなったことだ。

 

 視界に映るHPバーの隣に、見慣れないアイコンが追加されている。

 人の首から上を横から見たシルエットのようなものだった。

 そのノドの部分に、切れ目が入っていることから、声を出せない状態を表していると見て、間違い無いだろう。

 

 思考回路を、全速力で回し続ける。

 次に確認すべきことは、相手の位置の把握、そしてその外見から何をされたのか予測すること。

 今までのゲーム経験から察するに、恐らく相手は……ビンゴ、蝙蝠タイプですよね〜。

 

 確認できたのは、結構大きめな蝙蝠の姿。

 所々から、黒いモヤのようなモノを発生させているのをみる限り、特殊能力持ちと見て間違いないだろう。

 

 視線は蝙蝠から外さずに、一歩下がる。

 そして、手に持っていた釣竿を地底湖に落とした。

 サリーが早めに気付いてくれることを、祈る。

 今更ながら、短刀を選んだことを少し、後悔している自分がいた。

 

 対空戦には、余りにもリーチが短すぎるのである。

 

 デバフ解除を待っている時間はなさそうなので、いい加減覚悟を決めた。

 左手に短刀を装備。

 右手にはメイプルが腰に装備していた"新月"を借りることにする。

 

 自分のもので無いため、スキル発動は出来ないのだが……無いよりはマシだ。

 

 それまで、羽ばたき続けていた蝙蝠が一瞬だけ、タメのようなものを作った。

 その瞬間を見逃さずに、体勢を屈めて地面を踏み抜く。

 0から100へとスイッチを入れ、可能な限りの速度で蝙蝠の元へと接近する。

 途中、髪の毛を何かが掠めた気がしたのは、恐らく、先程俺が受けた攻撃と同種のものが放たれたからだろう。

 空中を切る攻撃、かまいたち(仮)とでも仮称しておくか。

 サリーほどではないにしろ、AGIにもポイントを振ってあったからか、次の攻撃が来る前に、蝙蝠に接近することができた。

 飛びかかれば、届く距離なのだろうが、リーチが短く、余り使い慣れていない短刀では恐らく仕留めきれずに、空中で反撃を受けてしまうだろう。

 

 よって……俺が取るべき行動は決まってくる。

 

 蝙蝠の正面までやってきた俺は、そのまま飛びかかる……フェイクを入れて、蝙蝠の下へと滑り込んだ。

 迎撃の態勢を取っていた蝙蝠による、かまいたちを、その真下でやり過ごした俺は、右手に持つ新月によって強襲を行う。

 下から上へとダメージエフェクトが入るように、かまいたち発動後の硬直状態にあった蝙蝠を切り裂いた。

 

 そのHPは勢いよく減っていき……レッドゾーンでストップする。

 つまり、蝙蝠は残り1割ほどを残して耐え切ったのだ。

 

「……ッ!…………!」

 

 単純にレベル不足が出たのだろう。

 いくら新月を使おうと、元々攻撃特化の武器では無い短刀……火力が少し、足りなかったのだ。

 

 ならば、もう一度……そう思い蝙蝠の方向を見れば、洞窟内に存在する影が濃くなっている箇所と、逃げるように飛んで行っていた。

 

 何故、そのようなところへ……そんな考えが浮かぶと同時に、先程、蝙蝠が纏っていたオーラの存在を思い出す。

 

「……がすかよっ!」

 

 ようやくデバフが解除されたらしく、俺の声が洞窟内へと響いた。

 今頃解除とか、超遅え!

 

 走っても追いつかないと、見切りをつけた俺は、左手に持っていた短刀を……その蝙蝠目掛けて、投げつけた。

 

 スパッと、気持ちの良い音を立てて真っ直ぐと飛んだその短剣は、ギリギリのところで避けられてしまう。

 蝙蝠が、そのまま直進したのならば、二投目を投げる時間はなかっただろう。

 

「ウインドカッター!」

 

 ()()()()、牽制用に放たれたその風の刃は、確かにその役割を果たした。

 蝙蝠は小さく周るようにして、その攻撃を躱しきり、ついに影が濃くなっている場所へと辿り着いた。

 そのまま、予想通りにズブズブと影の中へと戻っていこうとする蝙蝠の元へ……

 

 

「間に、合えぇぇ!」

 

 

『スキル【投剣Ⅰ】を取得しました』

 

 そんなアナウンスなど聞こえていない程、集中が高まっている少年の、渾身の一撃が突き刺さった。

 



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3話 幼馴染と単独行動。

『レベルが11に上がりました』

 

『スキル【潜影Ⅰ】を習得しました』

 

 そんなアナウンスを聞き流しながら、俺はその場に座り込んだ。

 初戦闘にて、中々の曲者を相手にした俺は、集中が途切れた反動をモロにくらっていた。正直、もう動きたくない。

 

「少し気付くの遅かったかな、ごめん。それにしても、最後よく当てたね?」

 

「半分はラッキーだけどな……二本目を撃ち込む直前に【投剣Ⅰ】をとれたのが大きかったんだと思う。どっちにしろ助かったよ、サリー。多分手伝ってくれなきゃ、逃してた」

 

 釣竿を回収して、地底湖から上がってきたのは、先程、感覚だけで蝙蝠を狙い撃ったであろう化け物(サリー)だった。

 あの牽制がなければ、蝙蝠は俺の攻撃が届く前に、影の中へと逃げていった筈なのだから、流石と言わざるを得ない。

 

「それにしても……メイプルには困ったもんだな」

 

「あははは……通りで、やけに苦戦してると思ったよ」

 

 彼女に視線を向けると、そこには未だ規則正しい息遣いですやすやと眠りこけているあどけない少女がいる。

 

「……眼福だな、メイプルの寝顔は人を幸せにすると思う」

 

 戦争とかなくなりそうなレベル。

 いや、メイプルの為に新たな争いが生じるのがオチか……

 

「アサギ?通報するよ?」

 

「マジすいません、やめてください。冗談です」

 

 青いパネルを操作しながら、絶対零度の視線を向けられると、冗談だとわかっていても少し、焦りを感じる。冗談……だよな?

 結構、本気で謝り倒すこと十数秒、どうせコイツも駅前デザートとかいってくるんだろうな……なんて、罰に対する覚悟を決めた時だった。

 

「……ん、ん?ふわぁ……あれ?私眠ってた?」

 

 その元凶が、目を覚ます。

 

 彼女の目に映ったのは、サリーが俺の首に短剣を突き立てる寸前の光景。

 

「だ、だめぇぇ!!!」

 

 突撃してきた彼女へ、事情を説明することに、少々の時を要したという。

   

 

◇◆◇

 

 

「へぇ、湖の底に未知のダンジョンね……それ、攻略するなら単騎で行く羽目になるぞ?水中戦じゃ、俺とメイプルはロクに戦えないし」

 

 AGIが0のメイプルでは、水中での移動に時間がかかるため、第一、ボス部屋まで息が続かない。

 俺に至っては、カナヅチの戦力外である。

 

「わかってるよ……元々、ユニークシリーズを狙いに行くなら、単騎で初見攻略しないと行けないからね……うん、いいね!余計に、燃えてきたよ!」

 

 常人には考えられない宣言をする彼女を見て、改めて、彼女が様々なゲームのトッププレイヤーとして戦ってきた存在なのだ、ということを思い知らされる。

 

「うわぁ……ゲーマーの目になってるよ、サリー」

 

 その様子には流石のメイプルも、苦笑いを浮かべている。

 ……ん?

 いや、待て。  

 

「………なぁ、メイプル?お前……魚は?」

 

「あ……」

 

 そう、偶々サリーが、隠されていたダンジョンを見つけただけであり、本来の目的はこの地底湖に生息する白い魚だったはずなのだ。

 

「ど、ど、どうしよう、あっくん!ゆったりしすぎて眠っちゃってたよ!」

 

 本来の目的ほったらかしで、お昼寝を堪能していた彼女は、慌てた様子で、どうしようと訴えてくるのだが……知らん。

 俺に、どうしろと?

 

「フッフッフッ、メイプルくん……君が欲しいのは、これのことかね♪」

 

 俺ではなく、サリーがどうにかしてくれるようです。

 そう言えば、コイツも元は素潜りで魚を狩るために、水中探索をしていたんだったな。

 

 芝居がかった話し方で、割り込んできた彼女が取り出した鱗の数はなんと80枚。

 俺とメイプルの釣ることができたのは、20匹ほどだったので、およそ4倍の効率だ。

 本人の名誉のために、内訳は言わないことにしておくことにする。

 

「流石、サリー!凄いよ……こんなに私が貰ってもいいの?」

 

 満面の笑みを浮かべて、受け取った鱗を両脳でいっぱいに抱えて、メイプルはサリーにそう問いかける。

 

「もちろん……私には必要なさそうだしね。代わりに、と言ってはなんだけどさーー」

 

 そして、サリーが何かを口にする前にメイプルが言う。

 

「明日から、毎日ここに来るの手伝うね!」

 

 不意を突かれたようで、一瞬だけサリーがキョトンとした表情を浮かべた。

 その後、彼女も先ほどのメイプルと同じような表情を浮かべて、メイプルに抱きついていく。

 

「ありがとう、メイプル!」

「サリーってば〜、もういいよ〜」

 

 うん、ゆるく百合百合している光景も、目の保養になりますが……俺、居ないものとして扱われてない?

 

「ね、あっくんもそれでいいよね?」

 

 ああ、よかった。

 忘れられてなかったみたいでよろしい。

 

 

 存在を認知されていたことに、安心しながら、俺はメイプルからの誘いを

 

 

 

「え、俺は、明日から別の所に行くけど?」

 

 

 アッサリと()()()()()()()

 

 

◇◆◇

 

 

 翌日

 

 

「さてと……こっちも、負けてらんないな」

 

 メイプルとサリーが、地底湖に向けて出発していったのを見送ってから、俺はそう独り言をこぼした。

 

 既にやることは決めていた。

 目標は、ユニークシリーズの入手。

 サリーがたかだか一層の隠れボスなどに負けることなど考えられなかった。

 よって、彼女らに置いてかれないよう、俺もユニークシリーズを手に入れておきたいのである。

 

 闇雲に攻略することも考えたのだが、残念ながらメイプルほどの豪運も、奇想天外な発想も俺は持っていない。

 だから、少し頭を使わせてもらうことにした。

 

 様々なスキルの取得条件、そんなのアリか?とでも言いたくなるメイプルのスキル欄を見て思った。

 恐らくNWOにおけるゲームマスター(以下GM)は遊び心に富んだ奴なのだ、ということを。

 

 その推測が正しければ、ユニークシリーズを得るためのヒントがここには存在する筈なのだ。

 

 

 カツン……カツン……と、俺の足音だけが、この空間の中に響き渡る。

 始まりの街、中央部に位置するここは……大図書館と呼称されている、人のいない寂しいエリアだった。

 

 GMに関する推測が当たっているならば、全てのスキル、装備やモンスターなどに関して、何処かしらに情報を記してあるのではないか?そう考えたのだった。

 

 例を挙げるとすれば、アニメ映画を見たときだろうか。

 特典として貰える冊子に、小ネタや衣装に関する裏設定などが書かれている場合がある。

 ここには、今の例で言うところの裏設定の情報のようなものが、存在すると思うのだ。

 

 つまり……遊び心で作られたであろうヒントを探すために、最も情報量が多いであろう、この大図書館にやってきたのである。

 

 といっても、大量の本が存在するこの場所から、特定の情報を選び取ることは、運任せではまず、不可能だ。

 

 よって、ここは……他にもユニークシリーズが存在すると仮定して、()()()()()()()()G()M()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 手始めに第1層全体を記した地図を広げた。

 その地図上に、昨日の夜から今日の朝にかけて、かき集めた情報をメモしていく。

 主要イベントクエストの発生位置、重要なアイテムが存在したダンジョンの位置、そしてユニークシリーズを手に入れることが可能、と判断されるダンジョンの位置やネームドモンスターが生息するエリアなど………etc

 

 丸1時間かけて、思いつく限りの情報を地図上に記し終えた。

 そして、間髪入れずに次の作業へと入る。

 次は現在知られているトッププレイヤーたちが、装備している武器や防具の特殊能力や、それを得た場所などについての情報を再び、先ほどの地図上に明記していくのだ。

 

 

 それから3時間ほど経った後……俺の手元には、様々な情報を組み合わせて、出来上がった地図があった。

 

 そして、確認されている装備やスキルを属性ごとにリストアップした表も作ってある。この表を使い、"コレがあるなら、アレがないのはおかしいだろ?"的な意見や、"どの属性が現在、不遇な環境にあるのか"ということなど、多くの情報を、幾つも纏め続け、その一つ一つに関して一からじっくりと考察していったのだ。

 

 そして、得られた二つの結果を組み合わせて考える。

 

 全部で4時間程かけて、導かれた予想は、氷or風系統の装備が、第1層北西部の雪原地帯or西部の山岳地帯のどちらかに存在する(と思われる)ダンジョンorイベントの、単騎攻略で手に入るのでは?と言うものだった。

 

 ここまで予想を立てた後、漸く大図書館の本領が発揮される。

 ここを訪れて直ぐの状況とは違い、今の俺には何を調べるか……という明確な指針が存在した。

 よって、何冊あるかもわからない大量の本の中から、特に関係のありそうな5冊ほどを選び取ることが可能になる。

 俺はその本を軽く流し読みしていくことで、概要を理解していくことにした。

 

 1冊目は、ハズレ。

 2冊目も、ハズレ。

 3冊目は、少なくとも西部の山岳地帯はハズレであると、判断できる情報が存在したため、当たり。

 4冊目を手にして、少し経った後……

 

「っし、ビンゴ!」

 

 右手を握り締め、喜びを表現する俺の姿がそこにはあった。

 

 北西部雪原地帯に関する情報……『氷龍と絆を結んだ巫女の伝承』という括りの中にその情報は存在していた。

 そこでは、現在行方不明とされている"破壊不能"属性を持つ伝承の衣装について、触れられていたのだった。

 

◇◆◇

 

 

 とある管理者たちの会話

 

「おい、メイプルの調子はどうだ?最近はパーティーを組んだんだろ?」

 

「珍しく異常ありません!全く釣れない釣りをひたすら行い続けています」

 

「珍しいな」

 

「珍しいな」

 

「珍しいな」

 

 そこでは、メイプルが普通にゲームをプレイしていることが、とてつもなく珍しいこととして扱われているらしかった。

 

「ただ……一つ問題が」

 

「なんだ?メイプル以外に、何かやらかしてきた奴がいるのか?」

 

「一名、たった数時間で"雪の使徒"シリーズの入手法を0から導き出したプレイヤーが居ます」

 

「は?」

 

「は?」

 

「は?」

 

 空気が凍る、とはまさにこのことだろう。

 

「いやいや、どうやってだ?そんな情報どこにも流出してないだろ?」

 

「その……大図書館に存在する大量の本の中から、必要な物だけを抜き取るようにして、ピンポイントで情報を持ってかれました」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………?おい、コイツこの前、メイプルとパーティー組んでた奴じゃないか?」

 

 

「「「なら、仕方ないな」」」

 

 

 既に、メイプルならば仕方ない……という雰囲気が出来つつある管理者たちが、今の彼女の行動は、序の口であったと気がつくのはまだ先のことだった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 またまた翌日。

 

 昨日は戦闘どころか、一度もステータス画面を見てすらいないまま、集中切れによるログアウトをしたため、今日からは、積極的にレベリングをすることにした。

 

 アレだけ全力で情報を掻き集めたのに、アッサリと死んで、初見クリア失敗……なんてことにはなりたくないからだ。

 

 一日ぶりに見るステータス画面には、振り分けられていないステータスポイントが30と表示されている他、何やら【潜影Ⅰ】と得た覚えのないスキルが追加されている。

 

「文字から察するに、影に入れる……みたいなスキルか?それだとありがたいんだが」

 

 思い浮かんだのは、あの蝙蝠さんである。

 とりあえず取得条件を確認してみると、大方、予想通りのことが書いてあった。

 

【潜影Ⅰ】

 30秒間、影に身を潜めることができる。

 10分後、再使用可能。1日5回まで。

 (潜影時の行動制限はスキルの強さで定まる)

 入手条件

 強化モンスター【影蝙蝠】をスキル【潜影】発動中に撃破。

 条件・DEX30以上

 

 予想外だったのは、蝙蝠さんが強化モンスターだったことぐらいだ。

 強化モンスターとは、稀に現れる通常個体とは異なる能力を身につけたモンスターのことらしい。

 蝙蝠さんは本来【潜影】スキルを持っておらず、かまいたちだけを使用する相手なのだそうだ……確かに、ただの雑魚にしては、厄介なスキル持ちだと思ったんだよな。

 

 まあ、終わったことは気にせずに行こう。

 こちらに不利益なことはないわけだから、深く考えなくていいだろう。

 

 ステータスポイントを振り分けるのは、もう少しスキルを取ってからにするとして、もう一つ注目するべきものが存在した。

 

 スキル【投剣Ⅰ】

 

 生産職についているプレイヤーが持っている貴重な攻撃スキル【投擲】とはまた別のスキルのようで、スキル説明にはたった一言。

 

 装備している剣類を投げたときに、威力上昇の補正がかかる。

 

 とのことだ。

 

 投げればどんな物でも発動する【投擲】スキルと違い、剣限定なのが痛いところだが、恐らく威力上昇の倍率が【投擲】よりも高いのだろう。

 

 注目した理由は簡単……このスキルを軸にして、プレイスタイルを構築していくのも、面白いと思ったのである。

 遠距離広範囲攻撃、接近戦サポートを得意とするメイプルに、中距離戦サポート、接近戦主攻を担えるサリー。

 そこに、遠距離、中距離戦の単体攻撃を行える自分が二人の間に入れば、少なくとも攻撃面に於いての穴は、なくなる。

 

 何よりも【投剣】はサブ武器を軸とするスキルである、ということが大きい。

 主武器として、全く違う装備を用意しておけば、対人戦ではかなり有利に動けるようになるからだ。

 

 色々と尤もらしい理由をつけてみたのだが、最大の理由は別にある。

 

 一昨日、武器を投げた時……凄え、気持ちよかった。

 コレだけである。

 手から放たれた刃が、一直線に相手に向かっていった光景、そして風を切る刃の音。

 そのどれもが、心地良かったのだ。

 

 ということで異論は聞かない。

 

 主武器の前にサブ武器を決定する、という変な状況に陥っているわけだが、もう知らない。

 ゲームなんて、やりたいからやる。

 

 それが許される世界だと思うからだ。

 ……マナーさえ守っていれば、だが。

 

 まずは、金稼ぎ。

 それで【投剣】用の短刀を買って、レベリング。

 短刀がなくなり次第……素材を売って、武器を購入して……ということを繰り返していくことにする。

 

「狩りの時間と行きますか♪」

 

 恐らく、ニヤリと笑っているであろう俺の表情を近くの女プレイヤーに見られて、ギョッとされたが、その程度で心が折れるほど柔ではない。

 ちょっと悲しくなっただけである。

 

 その後、感情が荒ぶるままにモンスターを狩り続けているプレイヤーが居たのだとか、なんだと噂になるのだが……心が折れかけて、モンスターに八つ当たりしてた……なんてことはしてないんだからね!(謎のツンデレ風)

 

 はぁ……真面目にやるか。

 急がないと、サリーがボスキャラを倒してしまう。



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4話 幼馴染と雪精霊の宴。

「っこいせっ!」

 

『レベルが14に上がりました』

 

 撃ち出された鉄の刃が、ホバリングしていたハチドリタイプのモンスターを貫くと、レベル上昇のアナウンスが、戦闘の終わりを告げる。

 現在、俺は一人ゆっくりと目的地である雪原地帯が存在する北西部へ移動している最中だった。

 

 2の倍数レベルで5ポイント、10の倍数の際は10ポイント、ステータスポイントを得られることができるのだが……俺は、最初に振り分けた100ポイント以外のポイントを、全て保留状態にしたままだった。

 

 40ポイントと、表示されているそれを見ながら、小さくため息をつく。

 ……このままボス戦に挑むのは、少々しんどいものがある。

 そのため、そろそろステータスポイントの振り分けを行うつもりだったのだが、現在ではポイント振り分けのやり直しは出来ないので、どうするべきかを迷っていたのだ。

 

 後に聞いたところ、サリーは躱すから問題ないと言って、何も振り分けを行わずに……また、Lv 12の状態でボスに挑んだらしいのだが……それは、アイツのPS(プレイヤースキル)が狂っているだけである。

 

「メイプルはこういう時、迷わなくていいよなぁ。極振りの珍しい長所でもあるしな」

 

 ついつい、弱音が溢れてしまう。

 自慢ではないが、何かを選択することは、あまり得意ではないのだ。

 

 幼馴染のどちらともが、参考にならないのは、少しおかしいと思う。せめて、どちらか一人は常識枠でいて欲しいものだ。

 後に、同じような事を何度も考えることになるとは露知らず、ブツブツと脳内で愚痴り続けた結果……

 

「VITを捨てるのは、ちょっとキツイか」

 

 どこかの回避バカ(サリー)とは相反する結論に至った。

 人並みには、動ける自信はあるとは言え、全く強化しないというのは、現在の防具の貧相さを考えれば、自殺行為に他ならない……せめて、一撃ぐらい受けても、問題ない体力さえ残っていれば、勝ちの目はあると思っている。

 

 迷いが復活しないうちに、思い切って割り振りを行なってしまおう。

 

 結果がコレだ。

(+したものが今回割り振ったものである)

 

STR 20+10

VIT 0+15

AGI 40

Dex 40+15

INT 0

 

 

 ロクな魔法を覚えていないため、INTは0のままで問題はない。

 AGIではなく、DEXを上昇させた理由は、俺が多用している【投剣】の性質にある。

 本来サブ武器用として、扱われるスキルを現状では、メインスキルとして扱っているため、そう遠くない未来に、火力不足の壁に、ぶち当たることは予想できる。

 そのためには、STRと同等なぐらい、弱点を確実につけるためのDEXが必要になってくるはずだ。

 ある程度このスタイルに慣れれば、PSでカバー出来るように、なって来るのかも知れないが、今はまだ、システムの恩恵を受けて、戦うしかない。

 

「……サリーだったら、もう少し上手くやるんだろうけど……俺は俺だからな、しょうがない」

 

 今まで俺が悩み続けていたことを、アッサリと仕方ないで済ませてしまう、元も子もないような発言だったのだが、附に落ちた……と言ったところか、何故だかすごくしっくり来る言葉だった。

 

「…………洞窟か」

 

 周囲を見渡しても姿は、見えない。

 ただ……洞窟の奥から、笑い声のようなものが聞こえた気がした。

 

「…………やり過ごした方が楽だよな?」

 

 少し、どうするかを考えた後、足音を立てないように洞窟内へと移動した。

 いきなりPKされるとは、思っていないのだが……万が一、ということもある。

 

 念には念を入れて、隠れよう、という結論に落ち着いたのだ。

 少し進んだ先に、いい感じの窪みがあったため、そこに姿を隠す。

 

「ーーーでさ、ーーーが」

「……で、……だから、ーーー」

 

 どうやら、二人組のプレイヤーらしい。

 声の大きさから、近付いて来るタイミングを感覚で測って……

 

「【潜影Ⅱ】」

 

 使い続けることで、強化された【潜影】スキルを使った。

 【潜影Ⅰ】と比べて【潜影Ⅱ】は大幅に強化されたと言える。

 身を潜めるだけだった【潜影Ⅰ】に対して【潜影Ⅱ】では、かなりゆっくりな速度だが、影の中を移動することが可能になったのである。

 

 これが【潜影Ⅲ】や【潜影Ⅳ】となった時には、恐らく……攻撃不可の制限が外れるに違いない。

 飛び道具使いからすれば、かなりありがたいスキルに成長してくれそうだ。

 

 また【潜影Ⅱ】に強化されたことによって、影に潜伏できる時間も1分に増加していることもあり、どうにか二人のプレイヤーをやり過ごせたようだった。

 

「【灯火】」

 

 これは、洞窟対策用に俺が買っておいたスキルである。

 街に存在する魔法屋で、スキルの巻物を買えば、誰でもその巻物に書かれているスキルを取得することが出来るのだ。

 

 【灯火】は非殺傷性の炎を、自分の付近に浮かび上がらせるものであり、暗がりでは重宝しているのだそう。

 松明と違い、両手を開けた状態で周りを明るくすることができることも利点の一つだった。

 

 

 

 そんな説明をしている間にも、蝙蝠さんやらゴブリンくんやらが湧いてくるのだが、大抵近寄られる前に、仕留め切ることが出来ていたため、無傷のまま洞窟探索は進んでいた。

 

 そして……

 

「……?……ッ!」

 

 探索され尽くされたであろう洞窟の、抜け道の存在に気がついた。

 恐らく、誰も気にも留めなかった窪みで、覗き込んだところで暗闇が存在するだけ、つまり、普通は行き止まりに見えるであろう場所だが、俺から見るとそれは、全く異なるものに見えた。

 

「【潜影Ⅱ】」

 

 スキルを発動して、進んでいたその先には、何もかもを飲み込む影だけが存在していたのだ。

 

 【潜影】スキルでは、最初に入った影から離れた影へと移ることは出来ない。よって、本来なら、大きく場所を移動することはできないスキルだ。

 ただ、今回は影属性の何かが立体的に存在していた。

 要するに、前から入って後ろから出られる影属性の物体として認識することができたのである。

 

 【潜影】スキル持ちでない人から、すれば、即死トラップとして扱われるこのトラップだが、俺からすれば、これは抜け道だ。

 

「これは……宝箱か?」

 

 トラップの反対側に出ると、未開封の宝箱が存在することに気がついた。

 

 流石にそこまで性悪ではないと思うが、一応、ミミックの可能性を考慮して、一発だけ短剣を投げておく。

 

 短剣が当たっても、変化は見られなかったため、宝箱を本物だと断定。

 

 すぐに開いてみる。

 そこに存在したのはーーーー

 

 

 

 

 

「……出口はそろそろのはずなんだけどな」

 

 宝箱ご開帳から暫く歩くこと、数分。

 一体の大型ゴーレムに出会ってしまったので、仕方なく戦闘態勢に移った。

 

 手始めに、剣を投げること6回ほど……見た目から予想できる通り、ダメージが一切はいらない。

 時間が経つにつれて、ゴーレムを貫通出来なかった剣だけが、地面へと積み重なっていき、その数を増やしていた。

 

 それでも何度も繰り返し、繰り返しストレージから短剣を取り出して、投げ続ける。

 

 攻撃し続けることで、スキルを強化する。

 それが俺に残されている活路だった。

 

『スキル【投剣Ⅴ】を取得しました』

『スキル【超速交換】を取得しました』

 

 幸いなことに、暫く攻撃を続けているとそんなアナウンスが聞こえ、同時に、ほんの少しだけゴーレムの体に、ヒビが入るようになってきた。

 

 やっとダメージが入るようになったのだが、体力を削り切るには遠く及ばない。

 集中を切らさないまま、ヒビを作っている中心部へと剣を取り出しては、投げ続けた。

 

「ぁあああ!!」

 

 回転速度をさらに跳ね上げる、強化されたDEXの恩恵をフルに活かして、武器を装填し続ける。

 

 時折、ゴーレムが腕を振り回して来るのだが、回避の間も攻撃の手を緩めないようにした。

 

 いつしか、小さかったヒビはゴーレムの全身に行き渡るほどの、大きな傷へと変化しており、その体力はすでにレッドゾーンに至っていた。

 

「いい加減……くたばれ!」

 

 ガトリングガンのような勢いで、剣の雨を降らせていくうちに、ストレージに用意しておいた、70本ほどの短剣のストックを使い切ってしまったことに気づいた。

 

 よって、残された攻撃手段は一つ。

 弾かれてしまったため、床に散らばってしまっている短剣を拾い上げ、気合い十分に投げつけた。

 

 その一撃は、こちらに対して、腕を振り上げていたゴーレムのヒビの発生源に着弾。

 遂に、深々と突き刺さったその剣は、残りわずかとなっていたゴーレムの体力を削り切った。

 

『スキル【一極集中】を取得しました』

 

 気になるスキルをいくつも、取得した気がしたが、今はただ休みたかった。 

 だが、直ぐに休むことはしなかった。

 周囲に散らばる大量の短刀を、無心でストレージにポンポンと放り込んでいく。

 

「うへぇ……キツイなぁ〜」

 

 一瞬、立ちくらみの様なものを感じた気がして、膝に手をついた。

 

 今直ぐにでも、腰を下ろして、スキル確認を行いたいのだが……最後の一踏ん張りで、直ぐそばにある出口へと移動した。

 運悪く、先程のような硬い相手に湧かれても面倒だからだった。

 

 

 

【超速交換】

 

 装備中の武器を、ストレージに存在するランダムな3つの武器のどれかと入れ替える。

 任意発動可能 使用制限無し

 

 入手方法

 戦闘中、一分間に異なる30以上の武器を装備する。

 条件・DEX 50以上

 

【一極集中】

 

 5メートル以上離れた位置からの攻撃に適用される。

 初撃を当てた部位以外へのダメージが0となる代わりに、同部位への攻撃が成功する度にSTRが上昇する。

 攻撃を受けること、または、10分間ダメージを与えないことで、この状態はリセットされる。

 ただ、対象を撃破した場合のみ上昇状態は維持され、その状態からの次の攻撃を初撃として扱うこととする。

 (最大上昇でSTR+100%)

 

 入手方法

 戦闘中、5メートル以上離れた位置から、同箇所に攻撃を30回連続で当て続け、部位破壊と、対象撃破を同時に行う。

 

◇◆◇

 

 

「長い洞窟を抜けると雪国であった……か。壮観だな、コレは」

 

 

 

 思っていたよりも、洞窟で過ごした時間が長かったのか、一面に広がる純白の雪原の上には、現実では見ることなどできない、それは大層美しい星空が広がっていた。

 

「アイツらも、今度は連れてきてやるか……」

 

 ついつい、そんな言葉が独り言として生まれる。

 それは一人で楽しむには、余りにももったいないと思わせるほどの光景だったのだ。

 

 

 暫くの間、その幻想的な光景を眺めてから……俺はゆっくりと雪原地帯へ、最終決戦の地へと足を踏み出した。

 

 

 

『氷龍と絆を結んだ巫女の伝承』

 

 

 大図書館にて、その情報を掴んだ後……俺は調べ物を中断した訳ではなかった。

 寧ろ、そこからが本番だったまである。

 

 ここで言う氷龍は、何のことを表しているのか。

 巫女についても同様だ。

 そして、一番、不確かな情報であったのが"絆を結んだ"という単語だ。コレに関しては、明記されている資料が一つしか、なかったため本当に苦しんだ。

 

 ただ、それでも時間をかけて、既に意味は知っている。

 

 

 

 

 

 今からやることに、抵抗感はあると言えばある、それはただ単純にプライドの問題だった。

 

「……今日で、決めにいく」

 

 覚悟は決めた。

 人の気配も、少なくとも感じ取れる範囲にはしない。  

 

「ステータス」

 

 一言そう呟いて、目の前に青パネルを呼び出した。

 そして、殆ど空欄である装備欄に用意しておいた装備を移していった。

 

 頭 【雪の髪飾り】

 体 【踊り子・雪化粧】

 左手 【初心者の短剣】

 右手 【空欄】

 足 【踊り子・雪化粧】

 靴 【舞姫の靴・雪】

 

 ステータスに変化はない。

 完全なオシャレ衣装、と言うものである。

 

 そのどれもが本来ならば、男性は装備不可の衣装であるのだが……やはり、予想通りだ。

 この雪原は特殊エリアとして見なされているのだろう、男性である俺でも問題なく女性用装備を装備できた……これ、システム的に許可出されてるんだよな?

 

 幼馴染の二人に女装を強要された苦々しい過去が思い出されるが……今は気にしないことにする。

 これで、フラグ回収に関係なかったら許さねぇ。

 

  

 雪原に1人立つ。

 装備を替えた瞬間、先程まで、無風状態だった雪原地帯に、俺を中心として回るように風が吹き始める。

 

 ここからが羞恥を耐え忍ぶ本番だ。

 

「〜〜♪〜〜〜♪」

 

 歌を歌い、その場で舞を踊る。

 ユニークシリーズ入手のイベントのため、必要となる歌、そして舞は脳内に叩き込んできた。

 

 

『スキル【踊り子】を取得しました』

 

『スキル【歌い手】を取得しました』

 

 大図書館で得た情報……

 

『雪化粧の舞姫が雪原にて歌を歌う時、雪の精霊は姿を現す』

 

 俺の辺りに幾つもの淡い光が浮かび上がる。

 

『雪化粧の舞姫が雪原にて舞を踊る時、雪の精霊は心を開く』

 

 光は次第に温かさを生み、人としての姿をその地に現界させる。

 

 舞を踊り続ける。

 最初はギコチナイ動き、震える歌声だった舞も歌も、スキルの恩恵を受け、堂々たるものに変わっていく。

 

『雪精霊に愛されしもの、巫女となり氷龍との対話を許される』

 

 演舞が終わると、雪精霊の1人が俺の胸に手を当てて、纏っていた温かな光を受け渡してくれた。

 瞬間、HPバーの隣に信じられないことが表示された。

 全ステータス100%上昇バフ。

 全デバフ無効化バフ。

 HP、MP上限上昇バフ。

 

 その全てが、効果発動時間の制限がない。

 それはつまり……ここから先、このイベント終了時まで、これらのバフ全てが働く、ということを意味する。

 

 このバフが……きっと巫女として、雪精霊達に認められた証だ。

 

 少し前に、氷龍との絆を結ぶ……これが何を意味するか、調べ終わった。

 

 先程そう説明したはずだ。

 

 

 その問いに関しての……答え合わせの時間だ。

 

 

『巫女、()()()()()()()()、絶対の服従関係を結び、永久に壊れることのない伝承の衣装を得た』

 

 目の前に、降り立つは伝説の氷龍。

 

「いくぜ……氷龍!」

 

 この日、短剣を左手で構えた少年は、遂に人外への一歩を踏み出した。

 

 

 



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5話 幼馴染と死闘。

本格的な戦闘描写は初めてなので、温かい目で見て頂けると幸いです。


 氷龍の見た目を簡単に説明するとして、一番似ているのは、モン○ンの○オレウス・希少種だろうか?

 銀色の翼を、大きく羽ばたかせるだけで、状態が大きく崩れる。  

 それでも、ギリギリでスタン状態に陥らないのは、デバフ無効のバフによる恩恵がデカかった。

 

 

「まず……一発持ってけ!」

 

 初手から、左手に装備していた初心者の短剣をぶっ放していく。

 巫女バフ盛り盛りである今、俺のステータスは過去最高の状態である。

 

 心臓部の方が、ダメージは入るのかもしれないが、圧倒的な火力を持つであろう氷龍に対して、優先的に行うべき行動は弱体化。

 よって、目や脳などの重要器官が目一杯詰まった頭部に目標を定めた。

 

 飛来した刃は、クリーンヒットしたように見えたが、氷龍のHPは0.5%減ったかどうか、というレベルである。

 あと200回か……嗚呼、心折れそう。

 いや、がんばるけどね?

 【一極集中】を込みで考えれば、もう少し大変では楽になるかもしれないが、何はともあれ、ここから火力を上げていかなければならない。

 

「【超速交換】!」

 

 先程俺に投げられ、氷龍の頭部に命中するも、そのまま落下していった短剣が、空中で姿を消した。

 それと同時に、先ほどとは違う短剣が、ストレージから取り出される。

 一秒かからずに、重みが左手に戻ってきたことに対して、内心驚きながらも、嬉しい誤算と判断する。

 これで、ストレージ操作を行う隙がなくなる。

 

 二発目を撃ち出そうと、一歩右足を踏み込もうとした瞬間……氷龍の動きが、ほんの一瞬だけ止まったような気がした。

 下手すれば、ラグか何かかと勘違いするレベルであり、戦闘中でなければ気づきもしなさそうな……そんな気がしたレベルの違和感。

 それでも、全速力で体を横に転がらせたのは、勘以外の何物でもない。

 

 轟音

 

 俺が先ほどまで立っていた地面から、刺さったら痛そうな氷が、突き出ており、慌てて距離を取ったにもかかわらず、膝をついてしまいそうになる程、振動が伝わってきた。

 

「……あれ、食らったら即死だな。めっちゃ、痛そう」

 

 起き上がるついでに、手首を高速で動かして、短剣を放った。

 手首の力だけで投げられた、その短剣はコツリ、と本当に当たっただけで、氷龍の頭部に弾き返されてしまう。

 だが……今はそれで構わない。

 

 一発目を当てて、わかった。

 勝負になるのは……【一極集中】スキルが、完全発動してからだと言うことを。

 

「【超速交換】!」 

 

 叫んだと同時に、氷龍が飛びかかりを仕掛けてくる。  

 すれ違いざまに、左手に持った短剣を扱い、勢いを流すようにして受け流すことで、被ダメを防いだ。

 別に、VRゲームでの前衛が、未経験というわけではないため、防御はメイプルよりも巧いのである。

 

 小回りが効く、という点だけは相手に優っている為……すれ違い、互いに背を向けた状態からの接近戦を制したのは、俺の方だった。

 すれ違ったのを確認した瞬間、左足の膝をつき、右足は慣性に逆らう方向……つまり、今氷龍がいる後方へと踏み出す。

 

 VRならではの、イメージできる動きは実際にやることが出来る。

 その特徴を活かした俺なりの最速の動きで、巨大な氷龍の背中を駆け上がり……持っていた短剣を、その背中に突き立てた。

 

 瞬間……至近距離で放たれた咆哮という名の、音爆弾が俺を襲った。

 ダメージは入っていないが、聴覚がおかしくなっている。

 

 窮地に追い込まれた、そう判断した瞬間、一気に集中力を高める。

 

 状況……把握

 敵行動予測……首だけを後方へ振り向かせる可能性、7割!

 

 予想が外れれば、相手の目の前に隙だらけの背中を晒すことになる。

 それを覚悟の上で、背中を足場に体を宙に踊らせた。

 今はまだ、その先は、何も存在しない雪原であったのだが……氷龍は、予測通りに後ろへと首を向け、背中に居る外敵を排除しようとしてきた。

 

 そう、俺は、賭けに勝ったのである。

 

 新しく出来た氷龍の頭(足場)を使い、氷龍の攻撃範囲から離脱するため、AGI全開で飛び上がる。  

 

 

『スキル【跳躍】を取得しました』

 

「今かよ!?」

 

 どんな時でも、ツッコミを入れる自分を褒めてやりたくなった瞬間だった。

 

 ツッコミ云々は置いておいて、左手に握られている短剣に意識を持っていき、感覚で氷龍との距離が5メートル以上だと判断した瞬間、三発目を撃ち出した。

 多少、無茶な体勢からの攻撃だったが、そこは流石【投剣Ⅴ】と言ったところか……しっかりと頭部に命中する、

 

 集中を元のレベルに落とした。

 ーーーっ、一気に頭が重くなった気がするが、多少無理をしなければ、勝てない相手であることは間違いない。

 疲れなんて、忘れろ。

 

 サリーのように、常に未来予知クラスの回避が出来るほど、俺に集中力はない。

 出来るとしても、精度はサリーより低く……継続時間は数秒で、反動も大きい。

 

 ただ、今使わなければ、間違いなく一撃もらっていた。

 瞬間的にサリーと同様の方法で回避を行う、という奥の手を切った甲斐もあって、氷龍の体力は既に3%も減っている。

 

 このままいけば…………って、タフだなぁ、コイツ。

 3%"も"じゃねぇよ!って話だ。

 

 だが……HPが減る以上、勝てない相手ではない。

 

 ブツブツ独り言、泣き言、恨み言を溢し続けて構わない。

 わざわざ、女装までしているのだ……正直もう負けなければ、なんでもいい。

 

「第二ラウンド、行くぞ!」

 

 気合入れを兼ねて、そう叫んだ俺は、四発目、五発目を間髪入れずに打ち込んでから、再び氷龍の懐へと飛び込んだ。

 

 

◇◆◇

 

 

 そこからは、文字通りの死闘。

 

 翼による吹き飛ばしは、地面が雪に覆われていたため、しっかりと受け身を取ればノーダメージで凌ぐことができた。

 地面からの氷による攻撃は、気のせいレベルではあるが、なんとか攻撃のタイミングを見極めて回避して凌ぐ。

 

 体力が8割を切ってからは、巨大な氷柱を真上から降らされたりしたのだが【潜影】スキルを回避に使い、影へと避難。

 影が消えた瞬間、地上に放り出されたことには少し驚いたが、広範囲攻撃を無効化できたのは大きかった。

 

 体力が5割、3割と削られていくにつれて、それぞれ、攻撃パターンの変更が存在したのだが、初見時のみ擬似サリー回避を使用し、どうにか危機を凌ぎ続けている。

 

 だが、その二回の奥の手使用による代償が大きすぎたのだ。

 2時間かけて、相手の体力が残り1割とほんの少しという所まで来たのだが、本能も理性も主張し続けている。

 ラストのパターン変更時には、集中力が残っていない、ということを。

 

 正直、既に意識は朦朧としてきているのだ。

 繰り返してきたパターンをそのままなぞっているだけで、気力などはとうに尽きている。

 

 

 絶望的な状況は、更に重なる。

 

 

 偶々、このタイミングで十二時を回ってしまった結果……天候が、大きく変化したのである。

 

 吹き荒れる風に、視界は雪によってかなり悪くなってしまった。

 最も、影響が大きかったのは、氷龍が天候が発動条件であろうパッシブスキル【保護色】を使用してきたことであった。

 

「……………………」

 

 もう十分だろ、俺にしてはよくやった。

 おかしいのは、アイツらの方だ。

 別に弱くても、アイツらは俺を見捨てない。

 

 うん、確かにそうだよな。

 きっと、ここで負けてもアイツらと、楽しくゲームはできる。

 

 だから、無理をする必要はない。

 

 

 

 

 

 ……で、どうする?

 

 決まってる。

 

 

 

 

 

 

「……ぶっ倒す」

 

 

 

 

 

 

 たった一言、そう口にする。

 確かに次にパターン変更がきたら、そこで負けるのは目に見えてる。

 

 よって……

 

「残り1割ちょい……一撃で、仕留める」

 

 彼は、そう言ってのけた。

 

 ホームラン宣言をする最終打者のように。

 コインを弾く御坂○琴のように。

 構えをとる猿人野菜戦闘民族のように。

 

 相手を真っ直ぐに見据え、投剣の構えを取り、左手に武器を装備する。

 

 【一極集中】の効果は最大上限分発動している。巫女バフも消えていない。

 この状況で攻撃を当てれば、1%程は体力を削ることができるだろう。

 ただ、それじゃ足りない。

 そんなチンケな火力では、全く足りていない。

 

 それが、これまでの最大火力だった。

 氷龍は、それが少年の最大火力であることを、疑っていなかったのだ。

 そう……モノの見事に、氷龍は()()()()()()()()()()()のである。

 

 

「【ペネトレーター】!」

 

 このタイミングまで、温存されていた初の攻撃スキルが放たれる。

 

 加えて、今回の弾は……

 

【小太刀:飛天・竜殺し】

 

 ちょっと侮れない、龍特攻持ちの武器。

 

 残る気力も僅かであるアサギによって、放たれたその一撃は、驚くほど簡単に、氷龍の命を断絶させた。

 

「さく、せん……どーり」

 

 そう、一言だけ残して、ボフッと雪原の上に寝転がる。

 奇しくも、全く同じタイミングでサリーが地底湖のダンジョン奥で寝そべっていたわけだが、もちろんそんなことを知る術はなかったのだが……

 

 

「ほんっと、もう……むり。しぬ……つかれた」

 

 気付けば、泣き言を言っている俺の隣に、宝箱が置かれていた。

 とりあえず、開くだけ開こう。

 そんで……寝よ。 

 

 本当に限界だったようで、戦闘終了後のレベルアップは勿論、いくつか取得したスキルにすら興味は向かず……宝箱の中身だけは取得して、即ログアウト。

 

 その後、何も考えずに眠り続けた。

 

 

 振り返ってみると、勝因は……偶々、洞窟内で竜殺しの武器を見つけたこと……ではない。

 それも、勝利に必要な要素で間違ってはいないのだが、一番の勝因は、あえて……火力が低い短剣のみで、残り体力1割ちょいまで、削り切ったことである。

 

 氷龍には保護色があった、ステータスを考えると、俺の攻撃速度程度、軽々と躱すことも、迎撃することも可能だったはずだ。

 しかし、氷龍は絶対に受けてはならない攻撃を受けてしまった。

 優に100を超える布石によって、避けなくても問題ない……という考えが刷り込まれていたことが氷龍の敗因だったのだろう。

 

◇◆◇

 

 とある管理者たちの会話

 

「おい!遂に【氷龍】が単騎相手で落とされたぞ!」

 

「おい!【地底湖の底の水中洞窟】が、単騎攻略されたぞ!」

 

「「「は?」」」

 

 それは、全くの同タイミングに起こった。

 ある意味、奇跡の瞬間だった。

 

「おい待て、まず【地底湖】の方だ!攻略者は、誰だ?」

 

「め、メイプルのパーティーメンバーのサリーというプレイヤーです」

 

「また、メイプル関係者か!?」

 

「【氷龍】も、同様!この前の図書館野郎のアサギで間違いない!」

 

 …………………………沈黙

 

 そして、爆発。

 

「め、メイプルは俺たちに怨みでもあるのか!?」

 

「クッソー、メイプルめ……」

 

「極振りが〜!」

 

 仮にこの光景をメイプルが見ていたとしたら、こうツッコミを入れずにはいられないだろう。

 私、関係ないんだけど!? と。



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6話 幼馴染と新装備。

「……………体育とかまじ、むり。ほんと、しんじゃう」

 

 昼休み……前の授業が体育であり、運動を余儀なくされた俺は現在、体育に対して怨嗟の声を垂れ流しながら、机に突っ伏していた。

 

「あははは……あっくん、今日は朝からずっとこの調子だね」

 

「ま、私と同じ速度でユニークシリーズを取れたぐらいだし、相当無理したんでしょ」

 

「ごめーとー……はぁ、やる気でねぇ」

 

 昨日、氷龍と戦った時に使った、擬似サリー回避の反動は想定よりも酷かった。

 頭が重いわ、体も怠いわ、何より超がつくほどの無気力状態に、陥ってしまったのである。

 

「しばらくNWOはやらなくて、いいかもしれない」  

 

 ポツリと呟いた俺の言葉に、理沙が苦笑いを浮かべて、ツッコミを入れる。

 

「やり込むために、ユニークシリーズ取ったのに……本末転倒してない?」

 

 なんで、お前そんなにピンピンしてんだよ……スタミナお化けじゃねぇか。

 理沙に対してジト目を向けていると、正面に回り込んだ楓が、半分泣き目で言ってくるのだった。

 

 

「あっくん……もう……飽きちゃったの?」

 

 

 天然天使の楓によって放たれた言葉は、教室中に広まっていき……

 

「ねぇ、ちょっと宮戸くん、ひどくない?」

「アイツ、飽きたって」

「そりゃ、ないわ……男として最低だな」

「飽きるほど、モテてるってか?けっ!」

 

「ちょっと待てぇぇぇ!?」

 

 飽きた女を捨てる、最悪の男……という最悪の風評被害に遭いそうになったところを、理沙に誤解を解いて、助けてもらう羽目になった。

 誤解というより、お前ら、わかってて楽しんでるだけだろうが……

 

◇◆◇

 

「というわけで、やってきました。NWO!」

 

「あっくん、結局ログインしたんだね……」

 

「頼んだのは、お前だろ……半分、やけくそみたいなもんだ。それより、サリーは?」

 

 ログインして、自分の服装が踊り子状態だったこと以外に、発生した問題は特になかった……心が痛い。

 あまりのショックに、無気力状態から、通常運転に戻ったことだけが、救いだった。

 ユニークシリーズについては、3人で揃った時に見ることにしていたため、今は初期装備に変更した状態である。

 

「お〜い、2人とも!ごめんね、ちょっとお母さんと話してて!」

 

 サリーの声が聞こえた方向へと、視線を向けると、そこには随分とオシャレさんになった上機嫌そうなサリーがいた。

 全体的に青を基調とした装備となっていて、泡をイメージしてデザインされたであろうマフラーを、嬉しそうな表情で弄っているのを見ると……何やら微笑ましいものを見ている気分になってくる。

 

 こういう、女の子らしいサリーの姿を見られるのは珍しいため、キチンと心のメモリに、その光景を保存するのを、忘れないようにしておく。

 

 ……サリーの様子を見ていると、俺も自分のユニークシリーズがどのような物なのか、少し気になってきた。

 スキルなどにも関わってくる情報なので、人通りが多い街中ではなく、宿屋に移動してお披露目、ということになった。

 

 サリーが、見た目も性能も、手に入れたプレイヤーに合った装備になるのでは?という予測を立てていたが、まさかな?

 ……大丈夫だよな?

 

 

「あ、これ、大丈夫じゃないかも……」

 

 入手したての装備なので、見つけるのには時間がかからなかった。

 俺が、大丈夫じゃないかも……と呟いた理由は、頭防具の名前からして、そっち系の物だと判断したからである。

 

「それじゃ……装備変更」

 

 

 

 

 

 

 頭 『蒼ノ髪飾』 【AGI+10 】【DEX+10】【破壊不可】

 

 

 体・足 『雪空ノ使者』 【DEX+20】【HP+20】【破壊不可】

 スキルスロット空欄

 

 左手 『氷龍ノ咆哮』【STR+20】【MP+20】【破壊不可】

 スキル【刃状変化・氷】

 

 右手 『凍刃・凛』【STR+45】【破壊不可】

 スキル【凍結封印】

 

 靴 『雪精霊の加護』 【AGI+10】【INT+10】【破壊不可】

 スキル【冬の呼び声】

 

 装飾品

 空欄

 空欄

 空欄

 

 

  

 スキル【刃状変化・氷】

 

 MPを消費して、手に取ったありとあらゆる非生命体を、剣として認識することが出来る。

 MPを消費して液体又は実体のない物質を短剣の形へと変化、固定させ、武器として扱うことが出来る。

 

 【投剣】による全ての攻撃に、氷属性を追加する。

 

 スキル【凍結封印】

 

 物体貫通時に任意発動できる。

 貫通箇所から同心円状に、1分間、触れたもののスキルを無効化する冷気を、広範囲に発生させる。(パッシブスキルは別)

 自分のみ、その効果から逃れる。

 2時間後、再使用可。1日に3回まで使用できる。

 

 スキル【冬の呼び声】

 

 30秒間、半径50メートルの天候を吹雪へと変化。

 自分のAGIを30%増加。

 半日後、再使用可。

 

 【破壊不可】

 

 この装備は破壊されない。

 

 スキルスロット

 

 自分の持つスキルを捨て、装備に付与できる。

 付与したスキルは二度と取り戻すことができず、1日5回だけ、MP消費0で発動することができる。

 それ以降は通常通りMPを使用することで、スキルを使用できる。

 スキルスロットは15レベル毎に、一つ解放される。

 

 

 

 

 

 まあ、性能に関してはこの際なんでもいい。後で考えることにしよう。

 それよりも、姿の話をしようか?

 

「「お〜!巫女さんだ!」」

 

「お〜!じゃねぇよ!」

 

 そう、やはりというか、この装備……女装した状態で手に入れたからか、巫女装束をイメージしたようなものだったのだ。

 袴の色が、名前の通り『浅葱』色であることが、最大の違いだろう。

 デザインも、小太刀を脇差しのような位置に、装備出来るようになっており、丈も見栄えを悪くすることなく、運動の邪魔にならない絶妙な位置にセットされるよう、改造されていた。

 

 本来、白衣と呼ばれる部分……上半身は、雪のような純白を基調としているため、大きな変化は見られない。

 ただ、所々に少し深い青色を使われており、アクセントがつけてられているため、シンプルすぎないところに好感を持った。

 

 髪飾りに至っては、プレイヤーが触っても固定されたままなのか、いじることも出来ないという仕様。

 

 今わかるのはただ一つ……このユニークシリーズ、俺にガチの女装をさせにきている。

 

 最悪……本当に、最悪の場合だが、女装だけならば、別に許せるのだ。

 恐らく、本気でやれば簡単に見分けがつかない程度には、誤魔化せると思われるし。

 

 だが、ほっといてもいっか……ですまない装備が一つ存在した。

 

 その装備の名は、氷龍ノ咆哮。

 名前のゴツさとは違い、水色をさらに白色よりに近づけた、オペラグローブのようなものだった。

 オペラグローブ、というのはものすごく簡単に言うと、長い手袋である。

 

 よって、左腕が装備の統一感を台無しにしているところがある。

 まあ、デザインも問題なのだが、なにより、装備としてもかなり特殊なお方だったのだ。

 

 まず1つ目 

 そもそも扱いが武器な件について。

 コイツ、手袋の分際で左手の武器枠を消費することでしか装備できないので、投げる武器を装備できないのである。

 おそらく、スキル【刃状変化】を利用しろ、とのことなのだろう。

 

 そして2つ目。

 使う価値は十分にあるのだが、スキル【超速交換】や大量に買い占めた短剣君たちの存在価値が消える。

 

 最後に3つ目。

 MP上げやINT上げをやらなければならない、と大幅にステータスポイント振り分けの方針が狂ったのである。

 

 まあ、随分と癖の強い装備に出会った気はするが、メイプルのスキルよりはマシだと思うので、気にするのはやめた。

 

 追記

 

 女装に関しては……諦めることにした。

 案外着てみれば、男か女かわからないだけで、悲しいことに違和感はなかったからである。

 (随分昔に、プライドを捨ててきた男)

 

 

◇◆◇

 

 

「【悪食】」

 

 猪が散る。

 

「【悪食】!」

 

 熊が散る。

 

「【悪食】!」

 

 歯向かうものすべてを、吸い込み、MPタンクへと変えてしまう大楯を、躊躇なく使い続ける少女は、ダンジョンを前進し続ける。

 

「〜〜♪っと、いやぁ〜、悪食は便利だなぁ!」

 

 無邪気に進軍を続けていく、メイプルの後ろ姿を眺めながら……

 

「弱体化のスキル修正が入るに、コーラ1本」

「私も」

 

 成り立たない賭けを行う、保護者が2人。

 

 何気に、メイプルがまともに戦うのを見るのが初めてだった俺は、その異様な戦闘風景に、少し恐怖を覚えていた。

 戦闘……蹂躙の間違いじゃないか?

 

 

 

 現在、俺たちは、第二回イベントにて、参加資格が与えられるのは、第二層に到達しているプレイヤーのみ、という情報を聞いたため、二層へ向かう専用ダンジョンを攻略中であった。

 

「……じゃ、ちょっと私もスキルの試しに行ってるかな〜♪」

 

 しばらくの間、メイプルの蹂躙劇を眺めていた俺たちだったのだが……早く自分の装備を試したいのか、サリーが我慢できずに、メイプルの元へと走っていってしまう。

 

「……俺もスキルを確認しとくか」 

 

 今更ながら、青いパネルを開き、ステータス画面をチェックしていく……なんか、サリーがメイプルの大楯を消していたが、スルーしておこう。

 

 氷龍戦の後、新たに取得していたスキルは3つ。

 因みに、レベルは2上がり16。

 魚ばかりを切り倒していた、というサリーが15レベルだったので、ボチボチと言ったところだろう。

 ステータスポイントはまだ振らないことにしておく。

 

 

【移動砲台】

 

 移動中【投剣】【投擲】スキル発動時のSTRが増加。

 移動中の攻撃に補正がかかる。

 AGIによってその増加量は変化する。

 (最大で50%)

 

 取得条件

 

 AGI 30と認識される速度で走行している間に【投剣】又は【投擲】スキルで、 50回連続で攻撃を当てる。

 

 条件 AGI30以上、DEX50以上

 

【雪隠れ】

 

 天候・雪系統の悪影響を完全無効化する。

 地形・雪系統で、索敵系スキルの影響を受けなくなる。

 

 取得条件

 

 雪原地帯にて、スキル【潜影】を使用する。

 

【大物喰らい】

 

 HP、MP以外のステータスのうち四つ以上が戦闘相手よりも低い値と時にHP、MP以外のステータスが二倍になる。

 

 取得条件

 

 HP、MP以外のステータスのうち、四つ以上が戦闘相手であるモンスターの半分以下のプレイヤーが、単独で対象のモンスターを討伐すること。

 

 

 躊躇いなく三つ目のスキルを廃棄した。

 バカなのか?

 このスキルまともに起用できるやつなんて、極振りぐら、い……しか…………

 

 使い勝手悪すぎる極端なスキルに対して、文句をつけようとしたのだが……目の前で、有効活用している幼馴染が居たため、やめておいた。

 

 最後の一つは、スルーするとしても……前半の2つがかなりの強スキルである。

 今のサリーがどれだけAGIに振っているかは、わからないのだが【冬の呼び声】を使用した時に限れば、サリーと遜色のない接近戦を仕掛けられるかもしれない。

 

 ダンジョン攻略の最中であるのにも関わらず、脳内で、最近手に入れたスキルや装備について考え続けていると、先行していたメイプル達から声をかけられた。

 

「お〜い、あっくん!早くしないと置いてっちゃうよ〜!」

 

 お前のステータスじゃ、無理だろ……苦笑しながらも、そんな無粋な発言をせずに、俺が彼女らの元へと駆けて行ったことは、言うまでもない。

 

◇◆◇

 

 

「……結局、何もしないまま、ボス部屋到達か……そろそろ、働いた方がいい?」

 

 その後も、攻略……いや、侵略の様子は変わることなく……時折サリーの実験台になるモンスターが現れるも、基本メイプルの悪食によって、モンスターは撃退及び、蹂躙されていった。

 

 俺が2人のスキルを何となく、把握した頃には、二層に進むために、倒さなければならないボスがいるボス部屋前まで来てしまったのである。

 

「確かに……そろそろあっくんが戦うところも見たいかも」

 

「というか、私まだ、アサギがどういうプレイスタイルを取るのか、しっかり説明されていない気がする」

 

 そりゃ、一緒に戦ってませんからね。

 メイプルに至って言えば、最初の蝙蝠戦では眠っていたため【投剣】を使うことすら、知らないのでは?

 

「んじゃ、ボス戦でお披露目ってことで、行きますか?」

 

「「りょーかい!!」」

 

 緊張感なく、ボス部屋の扉が開かれた。

 程なくして……中央に存在していた大樹が、巨大な鹿型のモンスターの姿へとその姿を変化させる。

 

「んじゃ、手始めに……サリー【ウインドカッター】くれ!」

 

 この実験が成功した瞬間、俺のプレイスタイルは確定する。

 

「え?あ、うん。【ウインドカッター】」

 

 戸惑いながら、こちらに向かって放たれた風の刃を……

 

「【刃状変化】!」

 

 長剣の形へと変化。

 その柄を左手で、掴み取り……撃ち放つ。

 

 その攻撃は、ボスのギミックによる結界に阻まれてしまったが、普通の【ウインドカッター】と威力と速度は目に見えて違う。

 当然だ、魔法本来の威力に加えて、俺のSTRや【投剣Ⅴ】の恩恵を受けているのだから……その火力は倍以上だろう。

 

「俺の、アサギのスタイルは、魔法に液体、武器や防具、その他諸々。全非生命体を投げ飛ばす……そんな投剣スタイルだ!」

 

「それもう【投剣】じゃないから!?」

 

 目を離してはいけなかったのは、こっちも同じだったか……そんなことを考えながら、サリーは勢いよく、アサギにツッコミを入れるのだった。



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7話 幼馴染と現実デート。

恋愛描写も、経験外……温かい目で見てください。


「【ペネトレーター】!」

 

 撃ち放たれた一撃は、やはり鹿の目の前で防がれてしまう。

 

「……壊れそうにないな、あの結界。やっぱ、ギミックか?」

 

「…………うん、ちょっと本気で調べてくる。メイプル、防御任せるね!」

 

 何度かサリーに協力してもらい、砲撃を放っていた俺だったのだが……鹿を守る結界は未だ、健在。

 手応えからして、ゴリ押しでどうにかなるものではなさそうだった。

 

「任されたよ!【挑発】!」

 

 自信ありげに、ポンッと胸を叩いたメイプルが【挑発】スキルを発動。それを見たサリーが、ギミック解除のために1人離脱した。

 その瞬間、鹿がこちらを見て、地面を踏み鳴らす。そして、それと同時に、足元の地面を突き破る勢いで太い蔓が、俺とメイプルに襲いかかった。

 

「【カバー】!」

 

 メイプルが、俺の前に立ち塞がるようにして、防御を行う。

 女の子に守られているだけ、というのも尺なので、こちらも弾幕を張ってみることにした。

 

「【超速交換】!」

 

 左手に青白いエフェクトが生じたと思えば、手元にあったのは以前大量入荷した短剣。

 防御を気にしなくて良い今、ストレージ内に眠るそれらを、全力で投げ飛ばし始める。

 

「【ペネトレーター】!【シングルシュート】!【ニードルスピア】!」

 

 前回は、作戦により使えなかった、実は習得していたシリーズの小技を使い、何度も攻撃を行う。

 着弾する度に、結界による守りが発動するのだが、その様子を見ていたサリーが、あることに気がついた。

 

「林檎が、原因!ツノは結界の影響を受けてないみたいだから……メイプル、頭部に毒竜!」

 

 結界を展開する度に、鹿が実らせていた林檎が、輝いていたのだ。ヤケクソではじめた攻撃は、意外と役に立っていたらしい。

 

 延々と、相手の蔓による攻撃を【悪食】によって防ぎ続けていた少女は、サリーの言葉にニヤリと、口角を上げて……そのスキルを叫ぶ。

 

「全部、落っことしちゃうよ〜!【毒竜(ヒドラ)】!」

 

 少女に掲げられた短刀、新月から生み出された三つ首の毒竜が、鹿の頭部へと襲いかかる。うわぁ……いい笑顔してる。

 それらの林檎が完全に落とされたことを確認すると、それまで観察に徹していたもう1人の化け物が、本領を発揮し始める。

 

「【ウインドカッター】!……ッ!よし、攻撃が入るようになったみたい!」

 

 そんな報告をしながらも、彼女は向かってくる攻撃全てを、わざとスレスレで回避し、隙あらば攻撃を仕掛け続ける。

 

 攻撃を受けようとも我関せずと、毒竜を打ち込む化け物(メイプル)に、攻撃は当たらないくせに、反撃はしてくる化け物(サリー)

 そんな2人に対して、一層の主である鹿が遂に、本気を出しはじめる。

 

 鹿が雄叫びを上げると、毒竜が与えた最高レベルの毒が回復した。

 そして、先ほどとは比にならないレベルの全範囲攻撃が、俺たち全員に襲いかかった。 

 俺の場合はさらに太くなった蔓が、左右から二本ずつ、叩き落とすように上から一本と計五本の蔓から、狙われたのだが……まだ、回避可能なレベルである。

 となると、当然サリーも無事だ。

 回避は当然、なんなら反撃に転じている姿からは……常人ではありえないPSの持ち主だと言うことを実感させられる。

 

 誤算だったのは、メイプルだ。

 攻撃を直撃しても、体力は一切減っていないのだが……効果時間が、一分以上のスタンを喰らっていた。

 

 盾を手放し、大の字で伸びているメイプルの元へ、全範囲攻撃を回避し終わった俺とサリーが集まる。

 2人で目を合わせると、考えていることは同じだったようだ。

 

「結界が壊れたなら、働きどきかな?」

 

 装備変更で再び『氷龍ノ咆哮』を装備しながら、左肩を回す。VRだから、関係ない……なんてツッコミは知らん、気分だ。

 

「だね……頼むよ、火力要員。【ファイアボール】!【ウインドカッター】!」

 

「【刃状変化】!」

 

 フィイアボールを長剣の形に変化させながら、自力で魔法も、撃てるようにならなければ……と戦闘に関係のないスキル構成を考えている内に、どうやらサリーが仕掛けるようだ。

 

 サリーが攻撃を回避し、鹿の足元へと辿り着いたのを見ながら、攻撃のタイミングを測る。

 幸い、結界で防がれていた際に【一極集中】は発動していなかったようで、狙い放題だ。

 サリーが鹿の背中へと、飛び降りた瞬間、鹿の警戒が完全にこちらから逸れた。

 

 よって、今が最大のチャンス。

 属性・炎と氷という謎すぎる一撃を喰らうがいい。

 

「【ペネトレーター】!」

 

 狙いと寸分違わず放たれた攻撃が、鹿の右目に突き刺さる。 

 ギミックがある分、そこまで体力は多くなかったのか……目に見えて相手のHPは減っていき、ギリギリ残った一割ほどの体力を、サリーがアッサリと刈り取ったことで、俺たちの初ボス戦は幕を下ろした。

 

 ……戦闘後に目を覚ましたメイプルが、府に落ちない、といった様子で俺達のことを、ジト目で見ていたのは、仕方のないことだった。

 

 

◇◆◇

 

 

『暇だよぉ〜!あっくん!』

 

『しょうがないだろ……メンテナンスでゲームが出来ない、なんて愚痴られても困るんだが』

 

 最近はゲーム内で直接会っていたため……楓と電話をするのが、随分と久しぶりに感じる……ゲーム内で直接って、変か?

 

 まあ、細かいことはいい。

 

 そんな、久しぶりな行動をとっている理由は、楓が先ほどから言っている通り、NWOに大規模なメンテナンスが入っているのだ。

 その期間、丸二日である。

 一体何をすれば、そんな長期メンテナンスになるんだか……と思って詳細を見ると、そこには、第二回イベントのための時間加速機能の追加、と記されていたので、文句を付けることなど出来なかった。

 

『む〜……あっ、そうだ!』

 

『……?何、どうかした?』

 

 突然、上機嫌になりはじめた彼女に、何を言われるか不安で仕方がない。

 ……大丈夫、ここは現実怖くない。

 ……楓、メイプルチガウ。

 

『すっかり、忘れてたよ〜!覚えてる?』

 

『だから、何をだよ?』

 

 もうちょい情報くれ、情報。

 ノーヒントとか無茶言わないで頂きたい。

 

『デート!』

 

『は?』

 

 思考停止した、俺に対して……上機嫌そうな楓は、もう一度言ったのだ。

 

『明日、駅前デート!』

 

◇◆◇

 

 

 朝6時半 起床 

 珍しく気分良く起きることができた。

 楓とのデートが楽しみだったわけではない、ただ単純に睡眠時間が長かっただけだ。

 

 最近の生活からゲームの時間だけを抜いた結果……昨日の就寝時間は22時よりも早かったので、快眠である。

 

 二階にある自室から、下の階のリビングへと移動して、先客に挨拶をする。

 

「おはよう、母さん」

 

「あら、おはよう彩華。休みにしては、随分と朝早いじゃない……出かけるの?」

 

 うちの母親の勘、鋭すぎませんかね?

 

「ま、まあ、ちょっと用事があって」

 

 バレるのも面倒なので、適当に誤魔化しておくことにした。

 

 用意してあった、朝食を食べて始める。

 昨日の夕飯の余り物であろう煮物をおかずに、ご飯をかきこみ時間をかけずに、食事を終えた。

 余り、今日の予定について詮索されたくなかったからである。

 

「因みに……どっちと?」

 

「ああ、今日は楓と……って違う!?なんで、最初に、どっちって言う質問が出てきちゃうんだよ!?俺の外出って、いつもアイツらとセットだっけ?」

 

「八割はセットでしょ?」

 

 誤魔化せていなかった。というか、モロバレでした。

 八割を否定できないのが辛い。

 

「……はぁ、なんでもいいだろ」

 

 そこまでバレているなら、隠す必要などない。

 

「今度、理沙ちゃんにも、サービスしなきゃダメよ?お母さん、どっちかを贔屓なんてしたら、怒るからね?」

 

「……わかってるよ」

 

 理沙はそこまで心が狭いとは、思わないんだが……まあ、アドバイスとして受け取っておこう。 

 なんだかんだ言って、困っている時に助けてもらったことは少なくない。

 

「そうそう。どっちかと2人で遊んだら、もう1人とも2人で遊ぶ。プレゼントを送るなら、2人に送る。恋人にするなら、どっちも恋人にーーー」

 

「親が堂々と、二股を推奨すんな!」

 

 やっぱダメだ、この人。

 一瞬でも、頼りになると思った俺が間違いだった。

 

 

 

 準備をするから、そう言って自室へと戻ってしまった息子のことを思い浮かべながら、彼の母親は呟いた。

 

「……冗談でも、ないんだけどなぁ」

 

 開いたスマホのトークアプリには、母親同盟というグループが表示されている。

 知らず知らずのうちに、外堀が埋まってきているのを、彩華はまだ知らない。

 

 暫く時間が経ち、その母親が主婦としての仕事を片付け、コーヒーを楽しむ至福の時間を過ごしていた時のことである。

 

 ピンポーン、という簡素な呼び鈴の音が響いたのは……

 

◇◆◇

 

 

「幾ら相手が楓でも、ある程度は見た目にも、気を使っておかないとな」

 

 服選び、めんどくせぇー!と叫び続ける本能に言い聞かせるように、独り言を溢した俺は、1時間ほどで準備を終わらせた。

 男子にしては、かなり時間をかけた方だとは思うのだが、そこに深い意味はない。

 折角出かけるんだから、と言って本気で服を選んだり……なんてしてないったら、ない。

 

 集合は10時。

 詳しくは聞いていないが、昨日の会話を思い出すに、駅前に向かえばいいのだろう。

 それまでに時間が少し空いていたので、週末課題を終わらせてしまうことにした。

 

 左手に握られたシャーペンの動きが止まることは、滅多にない。

 数学の課題をスラスラと、解き続けている内に……時間を忘れてしまっていた。

 

 気が付いたのは、数学の問題を解き切ったその瞬間である。

 

「ヤバっ、やらかした!?」

 

 机に置かれた時計を見ると、時刻は丁度10時を示している。

 

「ああもう、クソ!俺のアホ!時間忘れるとか、馬鹿じゃねぇの!」

 

 着替えを終わらせていたのが、唯一の救いだった。

 自室から、リビングへと降りて財布を手に取る。腕時計を身につけてから……

 

「はい、コレ!」

 

「おう、サンキュ」

 

 楓から、バックを受け取る。

 そして、2人して『行ってきます』と口にして……

 

「何でいんの!?」

「うひゃあ!?」

 

 かなりの時差を経て、俺が楓にツッコミを入れた。

 いや、お前我が家に馴染みすぎなんだよ。

 

「え、えーと、それは、その……楽しみにしてたら、待ってられなくなっちゃって……来ちゃった♪」

 

 無邪気に向けられる笑み。

 『デート』と本人が意気込んでいただけあって、楓の服装はいつもよりも、見た目に気を遣っているように見える。

 

「やばい、超可愛い」

(お、おう。そうか……)

 

「へ、え!?い、いま……か、かわーー」 

 

 本音と言葉が反対に出てしまった。

 お陰で滅茶苦茶、楓が顔を赤くしている。

 昔、理沙に似たようなことをやらかした時『何で怒ってんの?』と聞いて『怒ってない!』と怒られたことがあったので、楓も怒っているわけではないのだろう。

 ……過去の俺、結局怒られてるとか不憫すぎない?

 

 それはそれとして……

 

「ちょ、超可愛いウサギの形の雲があるな〜!……アハハハ!」

 

 結局、全力で俺がヘタレっぷりを見せると、楓は表情をいつも通りに戻してくれた。

 ため息を深くついた後、一言だけ小声で声をかけてきた。

 

「……いつか、しっかりヘタれずに言ってね」

 

 その時の彼女の表情は、どこか大人びていて、ダメな弟をゆっくりと待っていてくれるような……そんな、優しい眼差しをしていた。

 

「……まあ、いつかな」

「うん、待ってる!」

 

 なんとか一言だけ、そう言い返す。

 

 すると……先程までの、シリアス感はどこに捨ててきたのか問いただしたくなるテンションで、楓は言った。

 

「もちろん、その時は理沙も一緒!皆で、仲良くしようね〜!」

 

 ……お前も、二股推奨者だったりしないよな?

 

◇◆◇

 

 その後、元々はカフェでなんでも奢る、という約束があったため、デートのお誘いを受けたはずが……映画館やら、買い物やら、用事が盛り沢山な1日となってしまった。

 母さんから軍資金を貰っていなかったら、危なかったかもしれない。

 

「それじゃ、またね〜!」

 

「ああ……またな」

 

 ブンブンとこちらに、腕を振ってくる彼女の姿に苦笑しながらも、小さく腕を振り返してやる。

 それに気づいた彼女は、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべてくれた。

 ……本当に、調子が狂う。

 

 彼女がこちらに、好意を抱いてくれていることには気づいている。

 恐らく、もう1人の彼女もそれは同じ。

 俺も、彼女らには好意を抱いている。

 

 だが……そのどの好意も、俺には種類がわからないのだ。

 親愛か、友愛か……家族愛か、仲間意識か……それとも、本当に恋愛感情なのか。

 

 だから……今はただ、真っ直ぐに彼女らに向き合って行こうと思う。

 

 休憩にこそならなかったが、かなり有意義な週末を過ごせた……好意の種類がわからなくとも、その事実に間違いはないのだから。

 

 

 

 



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第二回イベント編
8話 幼馴染と第二回イベント準備。


第二回イベント編の繋ぎ話なので、少し短いです。


それは、あるネット掲示板にて……

 

ーーーーーーーーーーーー

 

672名前:名無しの槍使い

おい、お前ら事件だ。

メイプルちゃんがパーティー組んでた。

 

673名前:名無しの剣使い

kwsk

 

674名前:名無しの槍使い

二層追加されてから中々メイプルちゃんの姿見なくなったろ?

偶々一層に用事できた時に2人のプレイヤーと歩いてるの見た。

仲良さげだから多分リア友。

 

675名前:名無しの弓使い

それ俺も見たわ。

3人とも美少女で、メイプルちゃんみたいに装備も整ってたから、既に化けてるかも。

 

676名前:名無しの大盾使い

極振りじゃないことを祈るしかないな……

 

677名前:名無しの剣使い

ホントそれな……メイプルちゃんが増えたら手がつけられない。

 

678名前:名無しの魔法使い

装備は?やっぱ魔法使いとか?

 

679名前:名無しの槍使い

多分2人とも後衛職じゃない。

青い服を着てる子は、短剣使いっぽいけど、もう1人はわからん。

何かもう……巫女としか言いようがない。

 

680名前:名無しの大楯使い

巫女!?

……巫女の癖に後衛職じゃないのか?

 

681名前:名無しの弓使い

何か脇差しみたいなの腰につけてたな。

 

682名前:名無しの剣使い

まさかの侍スタイル。

まあ、プレイスタイルについては時期にわかるだろ。

メイプルちゃんがいるなら。

 

683名前:名無しの大楯使い

それもそうか。

第二回イベントに期待、ということにしとくか。

 

684名前:名無しの槍使い

そうしとくか。

というか同じ大楯としてお前も頑張れ。

また何かあったら言うわ。

 

685名前:名無しの魔法使い

情報提供ありがとう。

これからも見守るか……

 

686名前:名無しの弓使い

そうだな。

そうしよう。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 しっかりと、女装が成功していたことをアサギは勿論知らない。

 

 

 

◇◆◇

 

「……よかったな、賭けは成功だぞ?」

「……そっちこそ」

 

 俺とサリーが、視線を向けた先には、今回のメンテナンスによる各スキルの調整について、と書かれており……俺たちに関係があるのは【悪食】に回数制限がついたことだろう。

 いや、ついてなかったこれまでが、おかしいんだけどね?なんなら、ついた後でもチート級のスキルである。

 

 さらに、スキルを得るために、モンスターを利用することが難しくなる、モンスターのAI強化……これは、メイプルの取得した1時間攻撃を受け続けることで得られる【絶対防御】のようなスキルを、簡単に得られなくするためのものであると考えられた。

 

 最後に、防御力貫通攻撃の追加。

 武器種によって違いはあるが、3〜5種類の防御力貫通スキルを追加したらしい。

 

 どう考えても、メイプルを狙い撃ちにする調整が多かったのだが、うちの天然娘は……

 

「あ〜あダメージ受けちゃうのかぁ……まぁ、いっか!」

 

 これで済ませられちゃうので、問題ない。

 俺だったら、少しは運営を恨みがましく思ったりすると思うんだが……そんな『たられば』を気にしてもしょうがないか。

 

 

「第二回イベントまで残り二週間……有意義に使わないとな」

 

「そうだね、私も取っておきたいスキルとかあるし……メイプルはどう?」

 

 サリーが俺に同調し、メイプルにそう問いかけると、彼女は大きな声で、重要なことを言い放つ。

 

「あ!そうだ、イズさんに頼んでた大楯が、完成した、って連絡が来てたんだった」

 

 俺とサリーは2人して目を合わせてから、彼女に当然ながらの質問をしたのだった。

 

「「えっと……誰?」」

 

 

 ……ところ変わって、イズさんとやらの工房にて

 

「こんにちは〜!イズさん、大楯が完成したって本当ですか!」

 

「あら?メイプルちゃん!いらっしゃい……とそっちの2人は?」

 

 水色の長髪を持つ、おっとりとした雰囲気の美人さんが、そこにはいた。

 どうやらイズさんとやらは、メイプルがフレンド登録をしてもらっている生産職のプレイヤーのようだ。

 

「えっと……メイプルとパーティーを組んでるサリーです。それと、コレがアサギで、同じパーティーメンバーです」

 

「おい、自己紹介ぐらい、俺でもできるぞ?コレとか扱い雑すぎない?」

 

「……俺?」

 

 サリーに抗議したところ、俺の一人称に思うところがあったのか……イズさんはコテンと、首を傾げる。

 なにそれ可愛い……というか、サリーさん爪先踏まないで死んじゃう。死なないけど。

 

「ああ、ええと……諸事情でこんな装備してますけど、一応男です。面倒ごとが嫌なんで、聞かれなきゃ答えないんですけどね」

 

 異常なのはともかく、メイプルとサリーという美少女たちとパーティーを組む男プレイヤーがいる……なんて噂が立てば、冗談抜きに闇討ちされかねない。

 俺が女装を許容している理由には、そういう面のことを考えたから、ということもあった。

 

「あら……そう、似合ってていいと思うわよ?」

 

 少し興味深そうな顔をして、こちらを見てきた後、イズさんは笑顔でそう言ってくる。

 興味深げにこちらを見ていたイズさんの表情と、昔、女装用の衣装を片手に、にじり寄ってきた幼馴染たちの表情が重なるのだが、変なこと考えてないよな?この人。

 

「……そう褒められると、少し複雑な気分になるんですけどね……メイプル、大楯はいいのか?」

 

 なんとか苦笑いを浮かべて、返事を返す。多少強引だったが、話を切り上げるためにメイプルに声をかけた。

 

 メイプルが、受け取った純白の大楯に『白雪』という名前をつけているのを眺めながら、イズさんには深く関わりすぎないようにしよう……と俺は密かに決心をするのだった。

 

 

◇◆◇

 

 近くのカフェ的な店に移動した俺たちは、これから先の行動について、話し合いを行った……といっても、ブレインはサリー。補佐として俺が話し相手になっているだけで、メイプルはただ、美味しそうにクレープを食べていただけだったのだが。

 

「それじゃ、整理するぞ。第二回イベントは、二週間後。時間加速機能を使って、現実では2時間、体感では七日間を戦い続けることになる。パーティー単位での参加……探索系のイベントで、全部で300枚存在する銀のメダルを、10枚獲得できれば、イベント終了後に、金のメダル1枚と交換できる。前回順位が10位以内のプレイヤーには既に、金のメダルを1枚所持している。ダンジョン探索や、メダルを所持しているプレイヤーをキルすることで、銀のメダルは得ることができる。装備品に関してのロストはなし。また、ダンジョンではイベント限定の装備やアイテムを入手することもできる……とまあ、基本的なイベントの情報はこんなもんだ。オッケー?」

 

「もちろん」

 

「う、うん。多分大丈夫!」

 

 大丈夫だよな、メイプル?

 ルール無視とかは流石にしないとは思うが、既に常識は無視した後なので、少し怖い。

 

「こっからが本題、最初の一週間は各自で必要な道具、スキル、装備を整えることにする……メイプルは、採掘とか遠距離移動とか、DEXやAGIが必要な用事ができたら、どっちかに声をかけること。そんで、その次の一週間は、連携の強化やPSを高めるってことでいいか?」

 

「「りょーかい!!」」

 

 今度は、しっかりと2人の声が揃う。

 士気は上々、俺たちの目標はメダル30枚。

 そして、金メダルの防衛である。

 

◇◆◇

 

 時間は恐ろしいほど、早く過ぎ去っていき……新たなスキルや装備を含む秘策を、それぞれが隠した状態で、イベントの当日を迎えることとなった。

 なんで、隠してるかって?

 そりゃ、ゲームなんだし"面白い"を最優先して、やって行こうと3人で、決めていたからである。

 基本的な動作の連携は行なってあるので、必要時に応じて、それぞれが切り札を使っていくことになりそうだ。

 

 かく言う俺も、大量の秘策を仕込んできた1人である。生粋のゲーマーであるサリーも、こう言うノリは好きだろうし、メイプルは存在自体がビックリ箱のようなものだ。

 

 とにかく楽しい祭りになることは間違いない。

 

「さてと……そろそろ時間だな」

 

 イベント開始地点である広場へ向かう、俺の足取りは、いつにも増して軽かった気がした。



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9話 幼馴染と"ゴブリンの主"戦。

「あ〜!やっとあっくん来た!もう、遅刻するかと思ったよ〜!」

 

 俺が広場へと歩いていくと、こちらの姿を見かけたメイプルが、大きな声で話しかけてきた。

 お前有名人なんだから、ちょっと大人しくしといてくれよ……こっちまで目立っちゃうじゃん。

 

「本当、私も焦ったよ。ログインはしてるのに、中々広場に来ないから……集合場所忘れたのかと思った」

 

 目立ちたくない気持ちは俺と同じなのか、メイプルから少し離れた位置に立っていたサリーまで、そんなことを言ってくる。

 

「悪い、悪い。ちょっと気合入れてきた。これだけ準備して、流石に忘れることはないだろ……にしても、凄い人の数だな」

 

 スペースは問題なさそうだな……なんて、予想していた広場には、人が密集しており、人混みが得意ではない俺は、早くも人酔いを起こそうとしていた。わ〜、超脆弱で悲しい。

 

「確かに、人がこんなにたくさん集まってるのは、初めて見たかも……少なくとも、1回目のイベントよりは、全然多い気がする!」

 

「パーティー単位で参加できるのも、人が多い理由にはなりそうだよなぁ……」

 

 人が多いことで、若干やる気がマイナスされている俺に対して、メイプルを見れば……前回のイベントに参加していることもあり、緊張というよりは、ワクワクが勝っているというような、様子である。

 サリーも、我関せずといった様子で目を瞑り、大会開始に向けて、集中力を高めているようだった。

 うん、この子たち、メンタルがタフなんだよな。いや、俺も人混み酔いをしてるだけで、緊張してるわけじゃないんだけどね……

 

 広場に集まったプレイヤーたちが、イベント開始を今か、今かとソワソワしている時に、メイプルは何やら知り合いを見つけたようで、トコトコとどっかに移動してしまった。

 開始までには戻るんだよ〜、と保護者の様な気持ちで、その後ろ姿を見送ると、メイプルが向かった先とは逆の方向から、澄んだ女性の声が、途切れ途切れに聞こえてきた。

 

「我らーーー帝の国のーーーが、ーーーー!ーーー!」

 

 同じ様な衣装に身を包んだプレイヤーが、周辺に集まっているのを見るに、擬似的なギルドの様なものなのだろう。

 そろそろギルド制度が、導入されるらしいので、早めに作り始めたのかもしれない。

 

 にしても……凄え人気だな、あの赤髪の女性プレイヤー。美人さん感があるのも、当然人気の一つなのだろうが、それだけではなさそうだ。

 堂々と演説の様なものをしているその姿に、一部のプレイヤーは信仰心を持っているかのような、振る舞いを見せている。

 こういうカリスマ性、というのも一種の才能と言えるのだろう。

 

 ボーッとそちらの方向を見ていると、何故だろう……遠くにいるはずの彼女と、一瞬目があったような気がした。いや、気がした……ではないな、現在進行形で目は合っている。

 そして、何故だろう。

 今まで会ったこともないはずの彼女は、凛とした雰囲気を少し崩し……ちょっとだけ、何か共感しているような表情を、こちらに向けている……ような気がする。

 

 ……え、何?

 もしかして、あなたも人混み酔い寸前だったりするの?

 一度そう思うと先程までは、何あれ怖いだった彼女の印象が、何あれ可愛いに変わってしまう。

 いや、まさかな……先程まで堂々と演説を行なっていた人が、人混みを苦手としているわけがない。

 

 もう一度視線で、先程の表情の意味を聞きたかったのだが……アイコンタクトを送ろうとした瞬間、運営からのアナウンスが入った。

 いつの間にか、メイプルもこちらへと戻ってきている。

 

 それから行われたのは簡単なルール説明と、注意事項……特に、一度ログアウトしたら、二度とイベント復帰はできない、ということを念入りに説明された。

 恐らく、時間加速機能を使用するからだろう。

 

 もう一つ新たに知ったのは、前回金メダルを得ているプレイヤーの救済措置についての話。仮に、このイベント中に金のメダルを奪われてしまった場合にも、イベント終了後に銀のメダルが5枚送られることになっているらしい。

 

 ……俺が、わざとパーティーから外れて、打ち合わせ通りにメイプルを倒せば、5枚の銀メダルをノーリスクで確定ゲット出来るのでは……などと黒い考えを浮かべたのは、秘密にしておこう。

 

「二人とも、ログアウトはしない方向でいいよね?」

 

 一応確認だけど、という前置きを挟んでサリーがそう聞いてきたので、俺とメイプルは同時に答える。

 

「「当然!」」

 

 そんな俺たちの様子に、ニヤリとサリーが嬉しそうな笑みを浮かべて……俺たち3人の体が光に包まれた。

 

 

◇◆◇

 

 澄んだ空気、心地よい風が頬を撫でる。

 俺たちが降り立った場所は、草原のど真ん中……なんなら、どちらを見ても草原しかないと言っても過言ではない、そんな場所だった。

 

「……ここなら、幾らでも寝れる気がする」

 

「確かに!」

 

 思ったことを口に出した俺に、メイプルが力強く同意した。

 そんな俺たちの姿を見て、サリーが苦笑いしながら声をかける。

 

「……気持ちは分からなくもないけど、まずは探索だよ。3人分のメダルを集めるなら、400枚中の30枚……全体の10%近くを回収しないとだから、そんなに余裕はないよ〜」

 

 その言葉で、折角の旅行気分は完全に、普段の攻略モードに戻ってしまった。

 ……戻った方が、攻略としては正しいのだろうが、なんだか勿体無い感も拭えない。現に、メイプルは気分が下がってしまったのか、体を地面にめり込ませて、その勢いまま落下してしまーーーーは?

 

「メイプルうぅぅ!?」

 

「うわぁ!?どうしたの、急に叫んでって……あれ?メイプルは?」

 

 地面に沈み込んでいってしまったメイプルの姿を見て、俺が絶叫していると、前方の索敵兼、次に向かう目的地を探していたサリーが、驚いてこちらを見る。

 そして、当然姿の見えないメイプルに、疑問を持った。

 

「地面に沈んでった」

 

「……は?え、ちょ、はい?」

 

 端的に説明してみると、珍しくサリーが狼狽えていた。そりゃそうだろ、俺自分の目が信じられないもの。

 そんな困惑状態に陥った俺たちに、原因となった少女から、声がかけられた。

 

「おーい、あっくん!サリー!なんか、洞窟に落ちちゃったよ〜、隣に道が続いてるんだけど、どうする〜」

 

 地上にいる俺たちからすると、何もないところから声が聞こえてくるため、少し変な気分になるのだが……まあ、それはいい。

 試しにメイプルが沈んで行った位置に移動して、左手を地面についてみる。

 すると、左手は何の抵抗も受けることなく、スルッとその地面を貫通してしまった。

 

「どうする、サリー?」

 

 念のためパーティーのブレインに指示を求めると、予想通りの返事が戻ってくる。

 

「もちろん、乗り込むよ!」

 

 好戦的な笑みを浮かべた彼女に、応じるように俺もニヤリと片頬をあげる。

 俺たちの第二回イベント初の、ダンジョン攻略が、始まろうとしていた。

 

 

 

「……っと、意外と高さあったんだな。下手に落ちたら、死んでたかもしんないな」

 

 本当に存在した地下洞窟の地面に降り立ち、そんなことを呟くと、隣にはそんな心配が全く必要なさそうなメイプルさんが、立っていた。

 ……頭から落ちても、ノーダメなんだろうな。

 ジト目で彼女を見ていると、隣にサリーが降り立ってくる。

 こちらは完璧な着地と言っていいほどの技術で、衝撃を最小まで抑えていた。

 流石の一言である。

 今度、PS特訓でもつけて貰おう、と心のメモに記しておくことにした。

 

「それじゃあ、行こう!横穴があったのは、こっちの方だよ〜!」

 

 俺たちが下に来るのを、随分と待ちわびていたのか、メイプルは満面の笑顔で進むべき方向へと俺とサリーの腕を引っ張ってくる。 

 そんな様子を見て、俺とサリーはついつい苦笑してしまうのだった……何あの子天使か、何かかな?

 そう思ったのは、きっと俺だけでなくサリーも同じだったはず。

 

 

 

 

「……そう言えば、闇夜ノ写は使ってないけど……悪食は温存か?」

 

 一回目の雑魚ゴブリンの襲撃を跳ね除けた後、『白雪』を使い続けているメイプルに、そう聞いてみると、彼女は少し不満そうな表情で、その質問を肯定する。

 

「1日10回しか使えなくなっちゃったからね……しっかりと、使い所で使わないとなくなっちゃうよ……それに【悪食】があることで、自分がどれだけ楽をしてたのか分かっちゃって……もうちょっと、しっかり大楯を使えるようにしないと!」

 

 どうやら不満だった理由は【悪食】の使用回数が定められたことではなく、自分のPS不足を実感させられたから……だったらしい。

 向上心目一杯なようで、何よりである。

 

 二人してサリーに、回避技術のコツを聞いたり、などと歩きながらも技術向上に努めていると……俺とサリーの聴覚が、敵ゴブリン、第二陣の襲来を感知した。

 

「「【ファイアボール】!」」

 

「……そんで【刃状変化】!」

 

 同時に放たれた炎弾は、一つは敵の方へ、もう一つは長剣に変形されて、少年の左手へと握られた。

 そして狙いを定めた後、長剣はスムーズに打ち出される。

 アサギはイベント前の二週間で、既に全属性の魔法スキルを取得し終わっており、今やそのスキルの数は、多芸なサリーにも匹敵する程であった。

 如何にゲームにのめり込んでいたかが、よくわかる。

 

 サリーによる炎弾が、第二陣の雑魚ゴブリンを殆ど倒してしまい、続いて放たれた長剣が、唯一立ち上がろうとしていた第二陣のリーダー格らしい、少し大きめのゴブリンの首を刈り取っていく。

 メイプルが、ようやくその存在に気付いた頃には、既に戦闘は終わっていた。

 

 攻撃する間も無く、本当に一瞬で戦闘を終わらせてしまったアサギとサリーの姿は、ゴブリンからすれば、恐怖そのものと言っても過言ではなかっただろう。

 余談だが、この後の第三陣ゴブリン軍団は、一人だけ戦闘に参加出来ず、鬱憤をため込んだメイプルの【毒竜】によって虐殺されていったという。

 ……俺とサリーはその様子を見て、ため息をつくことになったのだが。

 

 そんなこんなで、入り組んだ洞窟の先に進むこと一時間程だろう。

 これでもか!……というぐらいボス部屋感を全開でアピールしている扉の前に、俺たちは立っていた。

 

「メイプル、闇夜ノ写を装備しておいて。アサギも武器の確保お願い……それと私はボスの姿を確認次第、横からから接敵する。メイプルは私の補助をお願い。それで、アサギなんだけどーーー」

 

 幸い目立った障害もなく、メイプルの【悪食】は10回分きっちり残っている。

 そのことを踏まえて、サリーは対ボスの作戦を話し始める。

 

 俺たちがボス部屋に突入したのは、その5分後のことだった。

 

◇◆◇

 

 

「……あれ、ボス部屋じゃなかったのかな?」

 

 このボス部屋に入ってしばらく経つが、ボスモンスターと思われるモンスターの姿は見られない。

 

「いや、おかしい……絶対ここに……ッ!?」

 

 サリーがメイプルの言葉を否定し、警戒しながらゆっくりとエリアの中心へと、移動していったその瞬間……疑問を抱き、微かに彼女の警戒が緩んだ瞬間、彼女の上空から、そのボスモンスターは姿を現した。

 その攻撃を、サリーが躱すことが出来たのかはわからないが、彼女に振るわれた怪物の右腕を止めるため、飛び出した人物がそこには居た。

 

「【カバームーブ】!【カバー】!」

 

 その一言で、サリーの元へと一瞬で移動したメイプルは、その黒い大盾をサリーと怪物の間に割り込ませて、相手の攻撃を弾き返した。

 それと同時に【悪食】が発動し、怪物に少なくないダメージを与えていく。

 

「ありがとう、メイプル!…………ふぅ、しっかり集中しないと……【ダブルスラッシュ】!」

 

 メイプルがダメージを与える様子を見ながら、サリーは自分の頬をパンッと叩いて、息をついた。

 どうやら、気合を入れ直したようで、そこから先は流れるような攻撃を見せていく。

 

 怪物もとい、ゴブリンたちの主であろうそのボスモンスターは、彼女らの攻撃に怒りを感じたのか、攻撃の速度を跳ね上げた。

 それでも、しっかりの集中しているサリーに攻撃は当たらない。

 それどころか、彼女はもう一段自らの速度を上げていく。

 

「【超加速】!」

 

 なんでも、一分間の間AGIを50%増加させることができるらしい。

 慣れていない人ならば、目で追うことが困難になりそうな程の速度を保ったまま、怪物の全身に斬り傷をつけていく幼馴染が、こちらに目を向けた。

 

「……はぁ、やっと出番か」

 

 これまで俺が、戦いを傍観していたのには、理由がある。

 

「【潜影】解除っと……ぶちかますとするか」

 

 そう、俺はこれまで影の中にいたのだ。

 使い続けた先に【潜影Ⅳ】に強化されたこのスキルなのだが、攻撃不可の制限は外れず、代わりに潜影中でのHP、MPの自動回復や移動速度の上昇、潜影可能時間の増加が行われた。

 

 現在では、最高3分間影の中に潜むことができる。

  

 まあ、今、そこに関してはなんでもいいか。

 とりあえず、俺がするべきことは、全力で怪物に攻撃することだけだ。

 

 

 

 こんな作戦に出たのにも、理由はある。

 

 メイプルの【毒竜】は新月のスキルスロットに付けられたスキルだ。

 そのため、MPの低いメイプルでも日に5回まではMP消費0での連発を可能としている。

 ……前回の大会では群がるプレイヤー達(セルフMPタンク)が存在したため、回数制限のない【悪食】により、やりたい放題やっていたが。

 

 言いたいことは……メイプルの持つ強技は、殆ど全てに回数制限が存在している、ということだ。

 よって、連戦の可能性が含まれる今回のイベントに対して、俺とサリーが立てた対抗策は、メイプルに多く攻撃される前に、なるべく俺がダメージを与える……というものだ。

 

 ようやくゲーム初心者から抜け出しそうとしているメイプルを"温存"という概念で混乱させたくないため、俺とサリーが勝手に動いているだけだが、作戦は簡単だ。

 

 サリーがメイプルよりも攻撃をして、タゲを取った後、俺が急所部分を連打して仕留める。

 ただそれだけのこと。

 

 だが、その結論に至るまでは少し長かった。

 俺が最初から、主攻を担うという作戦もあったのだ。

 しかし考えていくと……メイプル程ではないにしろ、俺も一つ一つの攻撃を行う度に、MPをかなり消耗していくタイプ。

 

 よって、俺の消耗とメイプルの温存を考えた末に……サリーがタンクをして、俺が弱点以外の無駄弾をなくして、削る。

 その作戦に落ち着いたのである。

 

 影に潜っていたのは、万が一にも俺がタゲを受けることがないようにするため、そして急所を確実に当てられるよう、こちらへの警戒を0にするためである。

 

「ふぅ……【ペネトレーター】!【超速交換】!」

 

 敵頭部に、炎の長剣が突き刺さると、同時に次弾を装填、今回はストレージ内に一本しか、武器を入れてきていないため【超速交換】によるランダムでの装備変更だろうと、何を装備するかなど確定であった。

 

「【シングルシュート】!」

 

 撃ち放たれた『飛天』が先程と同様の位置に突き刺さる。

 その二連撃により、多大な被害を受けた怪物は暴れ狂うと……大きな怒声を上げた。

 正直、考えられる中でも最大威力の攻撃だったので倒せなかったのは予想外だった。流石はボスモンスター、と言ったところか。

 

 漸くこちらの姿を確認したゴブリンの主が、メイプルとサリーがいた方向から飛び出して、こちらを踏み潰そうとしてくる。

 確認してみると、その怪物の残り体力は一割を下回っており、俺は次での瞬間、この戦闘が終わることを確信した。

 

「【カバームーブ】!」

 

 焦った表情で、こちらへと飛んで来てくれた少女は、勇猛にも飛びかかってくる怪物の前に立ちはだかる。

 その彼女の優しさに、ほっこりとした気持ちになりながら、俺は右手で手持ち最後の武器を握った。

 

「【悪じーーーへ?」

 

 そして、その少女の頭にポンッと手を乗せてから、()()()()()()()

 右腕を薙ぎ払うようにして、こちらに振り下ろしてきた相手の様子が、よく見えた。

 屈み込むことで、その攻撃を避ける。

 そして、右手に握った『蒼刃・凛』を巨体のどこかしらに突き立てたまま、引き裂くようにして、飛び込んで来た怪物とすれ違う。

 

 最後、消える直前に何故反撃を受けたのかわからない、というような表情をしたそのゴブリンの前に少年は立った。

 

 そして、

 

「投げるだけしか能がない、なんて思った方が悪いんだよ」

 

 そう言って、愉しげに少年は笑った。

 

 

 

 報酬

 

 銀のメダル2枚

 ゴブリンキングサーベル

 

 

 

 



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10話 幼馴染と苦手なアレ。

全力で書いたつもりです。
気に入ってくれることを祈ります。


「さてと、各々利益のある拾い物ができたところで、再出発といくか」

 

 ゴブリンの主との闘いを終え、少しの間休憩をとっていて俺たちだったが、メダルを多く回収するためには、休憩ばかりもしていられない。

 そう思い、二人に声をかけたのだが、メイプルが何やら複雑そうな顔をしていることに気がつく。

 

「……どうした、メイプル?腹でも壊したか?」

 

 もちろん、そんなことではないのはわかっている。

 メイプルも俺が場を和ませるために、わざわざそんな聞き方をしたことに気付いているのか、苦笑しながら首を横に振っている。

 

「……あっくんだけ、メダル貰えてなかったから、いいのかなって思っただけ」

 

 メイプルの言葉を聞いて、少し驚いた。

 それと同時に、どこか納得している自分もいるので、少し複雑な気分だ。

 時々、この子は本当に優しい子なんだ、ということを思い知らされる。

 

「あー、まぁ……そうだな。サリー、俺が言っても納得しないだろうから、代わりに言ってくれ」

 

 同じようにメイプルのことを慈しむような目で、見守っていたサリーにそう前置きを入れて、聞いてみる。

 

「今回、一番得したの誰?」

 

 メイプルが、その質問を聞いた瞬間キョトンとしたような表情を浮かべる。何をそんな迷うことが……とでも思っているのだろう。

 しょうがないなぁ、なんてことを言いたげな顔をしたサリーが即答した。

 

「アサギに決まってるでしょ、ラッキーだったね……ピッタリな武器が落ちて」

 

「え……?」

 

 メイプルは、報酬の取り分けの際……アサギが先に剣を確保していったのは、気を遣ったから、そう思っていた。

 だけど、真実は違う。

 本当に欲しかったから、すぐさま取りに行ったのだ。

 

 ゴブリンキングサーベル

 

 STR+75 【損傷加速】

 

 壊れやすいが、破壊力は大きい。

 そんな"使い捨て"の剣。

 

 普通の剣使いが使えば、手入れは面倒で、肝心なところで壊れてしまうような危険性を持つ武器。

 しかし、俺に渡れば"決め弾"と化す。

 

 そんな剣の能力値を知らなかったメイプルは、しばらくの間『気を遣って損した』に類する言葉をブツブツと呟き続けていたが、照れ隠しにしか見えない。

 

 思いやりが空回りすると恥ずかしいよね!わかる、わかる!

 あ、ちょっと待って、蹴らないで!?そういうのはサリーの担当でしょうが……STR 0だからいいけどさ。

 

 ボス部屋の中にあったゴブリンの玉座の裏に、戦闘中は存在しなかった魔法陣が出現していて、そこに乗ることで、俺たちは草原へと戻ることができた。

 

 未だに"不機嫌です"アピールをしながら、AGI 0の足で、歩いていく彼女の後ろ姿を見る。

 その光景があまりにも微笑ましくて、俺とサリーはニヤケが止まらなくなってしまった。

 その後、二人してニヤニヤしていた様子を見られて、更に彼女は不機嫌になってしまうのだが………移動のペースを上げる際、アサギにおんぶをされただけで、メイプルは機嫌を治してしまったため、サリーが『チョロインすぎる』と思ってしまったのも、仕方のないことだった。

 

 その様子を、第二回イベントの見所として運営が放送しており……参加していなかったプレイヤー達が次々と尊死していく『メイプルちゃん、チョロイン百合事件』がメイプル伝説として、新たに名を刻むことになるのだが、それはまた別の話。

 

 

 メイプルと歩くこと1時間、彼女を背負って走ること30分……格段に上がった移動速度により、俺たちは草原を抜けた先のエリア……樹海に入ろうとしていた。

 その時のことだった。

 

 ドクンと、鼓動が一瞬大きくなった感覚。

 肌がピリッとする"強者の匂い"。

 

 思わず、隣に居たサリーの手を握り、後ろへと飛んだ。

 

「ふぇ?え、きゃっ!」

「……?え、うわぁ!?」

 

 サリーとメイプルの驚いた声を、気にする程の余裕もなかった。

 ……ふぇ?って可愛いかよ、サリーさん。

 可愛かったので気にしちゃいました。

 意外と余裕あるかもしれないね!

 

「ちょ、アサギ……何を……ッ!?【ウインドカッター】!」

 

 最初は、急に回避行動をとった俺を訝しむような目でみたサリーだったのだが……カサリ、と樹海の奥から樹々の葉を揺らす音がした瞬間、戦闘モードへと意識を切り替える。

 一瞬の判断で撃ち放たれた風の刃は、空を切る。

 サリーが集中力を高めて、辺りを索敵してみるも、近くに生物は存在しなかった。

 

「ごめん……逃した」

 

 ゲームで"失敗"と言えるミスをした、と落ち込むサリーなのだが……俺からしたら、障害物が多く存在する樹海で、音だけを頼りとした攻撃を外す……これを失敗と認識するサリーが異常なだけだと思う。

 

「いや、全然問題ない。逃げてくれたなら、まだマシな方だ。多分、接敵してたら少なくとも俺はやられてた」

 

 そのことを確信できる程のものだったのだ。自分でもわからない、先程の感覚は。

 

「え、何?今プレイヤーが居たの!?」

 

 うん、お前が居ると安心できていいな。

 そんな、少し失礼なことを考えているとバレないよう、メイプルに、さっきまで居たけどもう逃げたよ、とだけ伝えとく。

 

「アサギ……さっき、どうやってプレイヤーに気付いたの?」

 

 サリーの質問には、うまく答えることができなかった。

 言語化が難しい感覚だったのだ。

 そのため、一言だけ伝えておく。

 

「……勘、かな?」

 

 そんな俺の返事は、ひどく曖昧な言葉であるはずなのに……暫くの間、サリーは何かを考え続けていた気がした。

 

 

◇◆◇

 

 

 そんなことがあったので、樹海での探索はかなり念入りに索敵を行いながら、することにした。

 そのため、どうしてもペースは落ちる。

 周囲の警戒に、かなり集中力を使っていたサリーに、いい加減、疲れが見られるようになったため、現在サリーは俺の背中におぶさって眠っている。

 ……何度も移動時におんぶをしているメイプルは慣れたのだが、サリーをおぶった回数は、リアルを入れてもあまり多くない。

 今のうちに堪能しておこう……いやね、冗談だから変態を見る目でこっちを見ないでもらいたいな、メイプルさん。

 

 そろそろゲーム内時刻では、6時を回ろうとしている……そんな時だった。

 

「……あれ、なんか……居る?」

 

 先行していたメイプルが、そう呟いた。

 一応、何が来てもいいように右手を小太刀の柄に添えておく。

 そして

 

「わぁ!綺麗な炎……ねぇ、アレって人魂ってやつかな?あっ、あっちにはゾンビがいる……お化け苦手なサリーが眠っててよかったね!」

 

「【潜影】」

 

「へ?」

 

 背負ったサリー共々、メイプルの影へと沈み込んだ。

 ……言い忘れていたが【潜影Ⅳ】に強化された時、一名触れているパーティーメンバーを影の中へと同行できるようになっていたのだ。

 自分の影に沈み込まれたメイプルはというと……

 

「え、ええぇぇぇ!?」

 

 あっさりと一人にされたことに対して、絶叫したのだった。

 

 

 side メイプル

 

 

 あれから私は、一人慌てて、近くに存在していた廃屋に緊急避難した。

 【毒竜】を連打して、立ち塞がる敵たちをなぎ払い進んでしまったが、おそらく外がこの様子では、あっくんに加えサリーも戦力にはならないだろうから、今日の探索はここで打ち止めにすると思われる。

 ならば、使い切っても問題はないはずだ。

 私の足で3分圏内の位置に、休息可能な場所があったのは……影に引きこもっていたあっくんにとって、かなり幸運なことだったと思う。

 

 私なりの全力疾走で見つけた廃屋に入ると、ちょうど3分が経過したのか【潜影】スキルが解けて、あっくんが私の影から出てきた。

 サリーはいまだに眠り続けており、あっくんは半泣きである。

 しばらく彼に謝り倒されたのだが、怒りは全く湧いてこない。

 むしろ、普段と様子が違いすぎる彼の方を心配してしまった。

 

「……ごめん、その……ホラー系は、無理」

 

 サリーに膝枕をしていると、かなり近めの距離に座っていたあっくんが、ポツリとそう言った。

 その姿を、遠い昔に見たことがあった気がして……脳裏に小学生低学年時代の思い出が蘇った。

 

「……あははは、そうだった。あっくん、サリーと同じかそれ以上、お化け苦手だったもんね」

 

 その記憶には、お化け屋敷に入った後、ギャン泣きして係員に助けられていた理沙の姿が強く残っていたのだが……実はこの時、彩華は入る前にギャン泣きして挑戦することすらを拒否していたのである。

 

「ごめん、ほんと……ごめんなさい」

 

 私に敬語を使い始めているレベルだ、精神的には相当まいっているのだろう。

 

 そして……気付いてしまった。

 

 普段から、自分やサリーに振り回されることの多い彼は、自分たちを甘やかすことはあれど、甘えてくることはないことに。

 そして、今。

 無意識なのだろうが、彼は私の手を握りしめて離さないでいることに。

 

 つまり

 

 大好きなサリーに膝枕をしてあげられて、大好きな彼に頼られて…………実は私、今凄くおいしい状況にいるのでは……と気付いてしまったのである。

 

 まあ、そんなことを考えていない、といえば嘘になるのだが……私が本当にしたいのは、この状態の持続じゃない。

 

「……いいよ、あっくん。こっち来ても」

 

「……?」

 

 視線だけで、疑問の意を示してくる。

 普段よりも近くにいるのにって、感じのこと考えてそうだ。

 ……こういう時、アイコンタクトって便利なんだよなぁって、思ったりする。

 

「早く早く、サリーも起こしちゃうね。みんなで、3人で一緒に居れば、怖くないよ♪」

 

 繋いだ手を引っ張って、肩がしっかりとくっつくぐらいに、彼の体を引き寄せる。それと同時に、サリーの肩をトントンと叩いた。

 

「……ん、ん?メイプル……どうしたのって、何処、ここ……って膝枕……って!??!!」

 

 顔を赤く染めて勢いよく、起き上がったサリーは、窓の外の光景を見て声にならない絶叫を上げた。

 瞬間、何で起こしたの!と言うような視線を向けてくる。 

 私は手を合わせて、ごめんねと小さな声で伝えてから隣を見るように視線で促した。

 

 そこに居たのは、普段よりもずっとずっと小さく見える(普段もサリーとあまり変わらない身長なのだが)涙の後をつけた幼馴染。

 

「みんなでいれば、怖くないかなって思って、起こしちゃった」

 

「ん……そっか。そうだね、その方が怖くないかも」

 

 そう言って笑ったサリーは、私の反対側、つまり、彼の隣に移動するとわしゃわしゃっと、彼の頭を撫でて元気付けようとする。

 

 ポツリ、ポツリと会話をしている内に、真ん中にいた少年は、気持ち良さげに寝息を立てはじめた。

 それを確認した後、サリーと目を合わせて二人で笑い合う。

 

『ありがとう』

『そっちこそ』

 

 互いにそれだけを、口パクで伝えてあいそれから先は沈黙が続いた。

 寂しくはなかった。

 その理由は3人で手を繋いでいる間は、何にだって立ち向かえる気がしたから、だと思う。

 

 

 side サリー

 

「……ん、何の……音?」

 

 一人、廃屋の中でサリーは目を覚ました。

 恐らく、昼間から睡眠をとっていたため、他の二人よりも睡眠が浅かったからなのだろう。

 

 そして、感覚がしっかりと機能してくると自分が聞いていた音が、今いる廃屋の下から聞こえてくる呻き声なのだということに、気がついた。

 

「……!…………ふぅ」

 

 そのことに気がついた瞬間、叫び声が洩れそうになるが、全力で抑えきった。

 頑張った、うん。私すごい頑張った。過去最高と言っていいほど、全てをかけた気がした。この頑張りに比べたら、この前の巨大魚なんてチョロいもんだった。

 

 何故、そうまでして悲鳴を飲み込み、助けを呼ばなかったか?

 そうしてまでも守りたかった光景が、すぐ側にあったからだ。

 

 地下から聞こえる呻き声は、そこそこの音量であり、これが長時間続くようならば、隣にいる少年が目覚めてしまうかもしれない。

 それだけは、あってはならない。あっては許されないことである。

 勇気をもらうため、一度繋がれていた手に軽く力を込めた。

 そして、離す。

 まだ、右手に熱は残っている気がした。

 だから、私は動ける。何があっても、大丈夫。

 部屋の中心に置かれたテーブル、絨毯をどかせば、地下へと続く隠し階段が存在した。

 最後にもう一度振り返り、

 

「すぐ、戻ってくるからね」

 

 そう一言言い残して、私は廃屋の地下へと姿を消した。

 

 

 

 そこには、こちらに背を向けて座っている男性が一人居た。

 

 蝋燭に照らし出された彼の体は、血だらけで正気を失っているように見えた。

 

 血の気が引いた感覚。

 指先が動かなくなり、膝が笑い出す。

 段々と、呼吸のリズムさえもが狂っていき、焦点が合わなくなる。  

 

 

 

 

 来るんじゃなかった。

 

 

 

 

 その考えが、脳内に浮かんだ瞬間。

 

 

 熱を……思い出した。

 

 

 右手に残った熱が、私を支えてくれた。

 脳に酸素が回っていく。

 動かなかった指先には、血が巡り……次第に体に起きた異変は、収まっていく。

 

 冷静になった脳は、聴覚から送られてくる情報をしっかりと捉えた。

 

「はぁ……痛い?そんなの【ヒール】かけてあげるから、さっさと黙って!」

 

 先程まで呻いていた男性に、何度か【ヒール】をかけてやると、どうやら男性は成仏していったようで、男性がいたその場所には一つの指輪が残されていただけだった。

 

 効果を確認なんていられない、指輪をインベントリに打ち込んで、なるべく音を立てないよう最速で彼らのところへと戻っていく。

 

 テーブルなどを静かに元通りにしてから、私も元の位置へと移動した。

 

 さっきよりも少し近い?

 気のせい、気のせい。

 多少、暑苦しくても構わない。

 その熱が、私を守ってくれたのだから。

 

 右手を彼の左手に、重ねる。

 その瞬間、彼の表情が和らいだ気がしたのは、流石に都合が良すぎるだろうか?

 

「ありがとう」

 

 最後に一言だけ、そう呟いて私は彼へと体重を預けた。

 

 

 

 side アサギ

 

 

 

「……ん、ん?」

 

 何やら、温かい。

 というか、もはや暑苦しい。

 そして、左右から良い匂いやら、心地の良い柔らかさやら、なにやら……なんて、考えていると、段々と思考回路が機能してくる。

 

 目蓋を上げると、左右に二人の女神がこちらへと体重を預けてお眠りになっていた。

 ……サリーの方が、ギュって近づいてきてくれてるのは、少し意外だったかもしれない。

 

 昨日のことを思い出すと、恥ずかしくて死にそうになる。

 バカじゃねぇの、マジで!

 お化けが怖くて幼児退行化とか、マジで恥ずかしくて、軽く10回ぐらい死ねる。

 

 ただ……やり直せるなら、やり直すか。

 そう聞かれたら、恐らく俺はやり直さないだろう。

 ……コイツらのことをとやかく言えないぐらいには、やはり俺も彼女らを好んでいるのだ。

 

「本当、良い幼馴染を持てて、俺は幸せだな」

 

 一言だけ、そう呟いた後、静かに起き上がった。

 その時にサリーとメイプルを互いに体重をもたれさせ合うよう、うまくやっておく。

 身長の低いメイプルが、サリーの肩に頭を乗せて、その頭の上にサリーが頭を乗せた状態、といえば伝わるだろうか?

 

 その状態の彼女らに、ストレージからブランケットを取り出してかけておいとく。

 最後に彼女らの頭をソッと優しく撫でてから、廃屋の外へと移動した。

 

 さてとせめてもの、お礼の時間と行きますか。

 

 

◇◆◇

 

 

 その後、メイプルとサリーがアサギが全力をかけて作った朝食を食べて、満面の笑みを浮かべることとなるのだが、その様子がイベントの見所に含まれたことは、言うまでもないことだ。



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11話 幼馴染と銀翼。

戦闘の時間でございます。
……少し長くしたのに終わらなかった。


 標高何メートルか?なんて分からないが、現実で訪れれば、間違いなく凍えて死んでしまうであろう雪山にて……

 

「……進めど、進めど雪景色、か。もう少しで頂上だと思うんだけどな?アサギ、そっちは大丈夫……そうだね」

 

 二つの人影が存在していた。

 そのうちの一人である、サリーは隣にいる少年へと声をかける。

 

「もちろん!なんか、分からんけど超絶好調だわ、今の俺」

 

 メイプルを背負っている様子が、段々とデフォルトになってきているアサギは、普段よりも全身が軽いかのような感覚を受けていた。

 恐らく、装備一式が雪系統のものであったり、スキル【雪隠れ】を習得していることだったりが、関係しているのだろう。

 

 

 俺たちが樹海の廃屋を出発してから、樹海を抜けて、この雪山アタックを開始するまで、大した障害はなかった。

 強いて言えば、戦意がないと口にしておきながら、騙し討ちを仕掛けてきたプレイヤーが居たため、慈悲なく返り討ちにしたことぐらいだろうか。

 夜の樹海とは違い、昼の樹海にはモンスターが殆ど存在しなかったのだが、雪山に来てからは、モンスターの襲撃回数が多くなった。

 

 今も、前方から物凄い勢いで、アルマジロが転がってきている。

 一度避けて仕舞えば、そのまま潔く下へと転がり続けていく、という、何というか文字通り命をかけて攻撃してくるという中々、個性の強い奴らである。

 当たれば、即死コースだろう……メイプル以外は。

 アルマジロはともかく、少し厄介だったのが、上空で旋回し続けている鳥型のモンスターによる襲撃である。

 メイプルを背負っている状態の俺では、攻撃までに時間がかかってしまう上に、MPを大量消費してしまう。

 流石にMPポーションは持ってきているが、まだ二日目であるため、回復系道具の使用は避けておきたい所だ。

 

 メイプルを下ろすことが一番楽に収まりそうなのだが、背負われている彼女は今、大楯を装備していない。

 傾斜も意外とあるため、大楯を装備する隙に、ノックバック付きの攻撃を貰うなどして、雪山を転がり落ちる……なんてことになったら笑えないのである。

 

 舞い降りてきた鳥の突撃を見て、半歩左側へと体をずらす。

 その体が、俺の真横を通過した瞬間、タイミングを合わせて膝蹴りを打ち込み、隙を作った。

 

「……ッ!サリー!」

 

「【パワーアタック】!」

 

 俺の声に反応した彼女が、一瞬で鳥さんを切り裂いていく。

 

 ……うん、自分でも怖いぐらい調子が良い。

 いつもよりも、相手の動きがよく見えるのだ。飛行中の鳥を蹴り飛ばすなど、普段からできていたら苦労しない。

 

「あっくん……本当に絶好調なんだね……」

 

 メイプルから裏切られた、みたいな目で見られている気がするが、失礼なやつだ。

 お前よりはPSは鍛えてあるに決まってるだろ……

 

 それからも、狼型のモンスターや中ボス扱いらしき白毛の猿など、多くのモンスター相手に、メイプルを背負い続けたまま戦い続けて数十分。

 俺たちはいつの間にか、頂上へ到着しようとしていた。

 

 頂上の中央には、たった一つだけ祠が存在していて、そこには魔法陣が浮かび上がっている。

 メイプルを背中から下ろし、魔法陣に近づいてみると、昨日樹海に入る際にもあった"嫌な"感覚を再び抱いた。

 

「あ!ここが、ダンジョンの入り口になってるのかな〜?」

 

「……うん、そう……だと思うよ」

 

「……だろうな」

 

 一人呑気に笑顔を浮かべているメイプルと比べて、俺とサリーの表情は硬い。

 サリーも、何となくこの先に存在する危険に気が付いているのだろう。

 

 ダンジョンへの突入を少し躊躇っていると、前方から……つまり、俺たちが登ってきたとは逆方向から四人のプレイヤーたちが、頂上へと登ってきた。

 

 サリーが、警戒態勢をとる。

 お人好しなメイプルも、先程騙されかけたこともあり、新月へと手をかけた。

 もう片方の手にはきちんと『白雪』が装備されており、先ほどまでとは違っていつでも戦闘が可能な状態だった。

 

 かく言う俺も、しっかりと『蒼刃・凛』に手をかけている。

 相手が抜刀した瞬間、速攻に出る。

 そうサリーとアイコンタクトをとり、少しだけ前方に体重をかけた時……メイプルが大きな声を出した。

 

「あっ!クロムさん!」

 

「おっと、メイプルか……まさかここで会うとはな……俺たちに戦闘の意思はないぞ?勝てると思わないしな」

 

 クロムさん、と呼ばれた大楯を背負ったプレイヤーは、なんでも、初心者のメイプルに多くのアドバイスをしてくれたらしい。

 イズさんの店を教えてくれたのも、彼だったのだそう。

 

 両手を上げて、戦闘なんかしません、といったジェスチャーをした後、思わず、といった様子でクロムさんは、深くため息を漏らした。

 それに目敏く気づいたサリーは、挨拶ついでに一つ質問をする。

 

「こんにちは、私はサリーって言います。こっちのはアサギで、メイプルの友達です……一つ質問なんですけど、もしかして、メダルはうまく集まってませんか?」

 

 うん、かわりに紹介して貰えると助かる。

 

「ん?まあ、順調とは言えないな……持ってるプレイヤーは多くはないと思うぞ……それにしても、君が噂の……サリーちゃんか」

 

 どうやら、俺たちが1日目にして2枚のメダルを苦労もなく得ることができたのは、かなり幸運だったかららしい。

 恐らくサリーは、それを確認したかったのだ。

 本当に間に合わなくなった時には、メイプルとは違い、サリーには積極的に対人戦を仕掛けて奪いとる、という想定が浮かんでいたからだろう。

 

「噂……ですか?」

 

「ああ、いや。メイプルちゃんと最初に話した時にな、ゲームに誘ってくれた友達が、ログインできない状況になった……って愚痴を言ってたからな」

 

 その言葉に少し罰の悪そうな表情をサリーが浮かべる。

 暫くの間、互いに情報を交換した後……ついに話題は、本題へと移る。

 

「それで……この祠はどうします?多分、報酬は片方しか受け取れませんけど」

 

 本来なら、こういう場合は早い者勝ちである。サリーはそれをわかっている上で、挑戦権をかけて、戦いをしますか?と暗に聞いているのだ。

 

「勿論俺たちが身を引くよ……ギリギリとは言え、そっちの方が先に到着してたみたいだからな」

 

 最初に言った通り、確かに戦う意思はないようだ。

 クロムさんがそう言ってから、隣のメイプルは少し思案してから、話始めた。

 

「その……サリー、あっくん。ここ譲ってもいいかな?クロムさんには、凄くお世話になったから……ね?」

 

 声を出したくない俺は、目でどちらでも良いと意を伝えて、サリーも同様に答える。

 

「メイプルがいいなら、私はなんでもいいけど……そのかわり、後悔しないようにね!」

 

 その様子を見ていたプレイヤーたちは、少し困惑したような様子を見せたが、次のメイプルの一言で、背中を押されたように魔法陣へと移動し始めた。

 

「私の気が変わらないうちに、行っちゃった方がいいですよ?」

 

 うん……そんな言い方されたら、行くしかないですもんね。

 四人のプレイヤーたちが、姿を消したのを見送った後、俺はその場に寝転んだ。

 理由は簡単、そこまで時間はかかっていないが、雪山登りで少し疲れていたのである。

 

「ありがとう、二人とも……あっくんは、なんでずっと黙ってたの?」

  

「男性だってバレたら、説明面倒だろ?」

 

 つまり、そういうことであった。

 

 

「これからどうしよっか?」

 

 寝っ転がっている俺を横目に、メイプルがサリーへと尋ねる。

 

「ん……向こうでは多分戦ってるはずだからね……折角ここまで来たなら、一応戦闘終了まで待ーーーえ?」

 

 サリーが決断を下す前に、信じられないことが起こった。

 祠にあった魔法陣が光り、ダンジョンへの再突入が可能になったのである。

 

「……はぁ、嫌な予感程よく当たるもんだな」

 

 考えられた理由は、そもそもボス部屋ではなく宝を回収するだけだった……もしくは、強力なボスモンスターに一瞬で殲滅された、である。

 

 先程感じた感覚のことを踏まえると、十中八九後者だろう。

 

「メイプル……お前は、どうしたい?」

 

 俺がそう問いかけると、考え込んでいたサリーの視線も、彼女に向けられる。

 リスクなどを考えていた俺たちに対して、彼女は"ゲームなんだし!"と言って笑った。

 

 

 

 

 目を開くと、俺たちは壁が氷で出来ている洞窟の中に居た。

 目の前には、一本道が広い空間が存在する部屋へと続いている。

 間違いなく、ボス部屋だ。

 

 あれから、サリーの【超加速】など、時間制限に引っかかっているスキルの回復を待った後、フル装備に着替えてから、激闘に備えてこのダンジョンへと乗り込んだ。

 

 気合も準備も十分である。

 後は当たって砕くのみ。

 

「……絶対、鳥系のモンスターが来る!二人とも、上空に注目!」

 

 先を歩くサリーが、ボス部屋奥に存在した、鳥の巣を見つけて声をかけてきた。

 なるほど、かな〜り高い天井は一部吹き抜けになっているようだ。

 吹き抜けになっている場所の真下に、巣があることからも、その位置からボスがやってくると考えて間違いなさそうだ。

 

 よって……

 

 

 

「……ッ!?【ペネトレーター】!」

 

 

 決戦の火蓋は、空から舞い降りた怪鳥が地へと足をつける前に切られることになった。

 

 飛んで行った炎斬は、胴体部に着弾そして、爆発した。

 

「え、ちょっ!アサギ!?」

 

 作戦外の奇襲に困惑するサリーを横目に、俺は単独で速度を上げる。

 メイプルとの距離感だけを、意識しながら接敵した俺は早くも【超速交換】で取り出していた武器を投げつける。

 

「【シングルシュート】!」

 

 ランダムであるので、文句はつけられないのだが、今は『飛天』ではなく『ゴブリンキングサーベル』の方で少しでも相手の体力を削っておきたかった。

 同じく胴体部に刺さった『飛天』を見ながら、愚痴をつくようにしてそう思う。

 

 そんな、連続攻撃を仕掛けていた俺の脳内にあった考えは、たった一つ。

 

(こいつ……洒落にならない。気を抜きゃ、死ぬ)

 

 ただそれだけである。

 そのために、短期決戦で終わらせたかったのだ。

 考えはある。

 それを、サリーの方を見て伝えた。

 初手で攻撃を放ったことで、相手のタゲは確実に俺だけに向いている。

 遠距離攻撃である氷の礫を、全力で回避し続けて……最後の一瞬、飛び込むようにして隙の多い回避を行った。

 

 思惑通り、怪鳥は遠距離攻撃をやめて、こちらへと急降下。

 爪による攻撃が放たれた瞬間……

 

「メイプル!」

 

「【カバームーブ】!【悪食】!」

 

 飛び込み回避を行うことで【カバームーブ】の有効範囲内に移動した俺の元へ、瞬間移動したメイプルが、その攻撃を受け止める。

 

「はぁぁぁあああ!!」

 

 珍しく気合を出すように、叫びながらメイプルは悪食によるカウンターを成功させた。

 右爪をもぎ取ったのは、ダメージ量以上に大きいものがある。

 

 そして、間髪入れることなく……

 

「「【ウインドカッター】!!」」

 

 二人が放った風の刃が、怪鳥を追撃。

 呻く怪鳥の元へと、フィニッシュを飾るように、メイプルがそのスキルを叫ぶ。

 

「【毒竜】!!!」

 

 【カバームーブ】からの確定【悪食】そして、ダメージにより怯んだ相手への【毒竜】

 作戦パターンとして存在していた、メイプル渾身の必殺のコンボが炸裂した。

 

 

 

「やったか!?」

 

「それフラグ!!」

 

 二人の元へと、走って戻るとサリーからそんなツッコミを頂いた。

 わかってるよ、無意識に出ちゃったから仕方ないでしょうが。

 

「……あっくん、作戦忘れちゃったの?」

 

 本来なら、俺の役割は奇襲&サポート。

 ダメージを多く削る役割ではあるが、相手のタゲを取るタンクやメインアタッカーではない。

 遊撃のようなものであった。

 

「いや、覚えてた……けど、短期決戦で終わらせないとーーーチッ、やっぱりか……」

 

 空を飛んでいる相手だと判断した瞬間、俺とサリーは渋い顔をしていた。

 その大きな理由がAGI皆無のメイプルでは【悪食】を当てにいけないから、というものだ。

 そのため、唯一悪食をダメージ確保に使えるカウンターを喰らわせるため、相手に近距離攻撃を撃たせる必要があったのだ。

 先程、無理に接近したのはそれが理由。

 防御に【悪食】を使用して、闇夜ノ写を警戒される前に、と考えた時に思いついたのは、今の行動しかなかったのである。

 

 サリーが俺の役割をしてもよかったのだろうが……MP消費軽減など、技を撃ちやすくなる恩恵の代わりに、全攻撃の威力が三割ダウンするというスキル【器用貧乏】を取得しているサリーでは、初手の攻撃でタゲを取りきれない可能性があったのだ。

 

 まあ、今はもう終わったことだ。

 それよりも、俺が舌打ちした理由について聞いてみちゃったりする?

 聞かなくても教えてやるよ、相手の体力今ので二割削れてないわ。なんかもうぶっ飛びすぎたステータスで笑う。

 下手をすれば、ボスゴブリンを倒せる可能性がある程の威力をぶつけたはずなんだが……格の違いというやつだろうか。

 

 舞い上がった怪鳥は、体に絡みついた三つ首の毒竜を凍らせ、最高レベルの毒を回復してしまった。

 

 そして……

 

「おいおい、そりゃ……ないだろ」

 

 先程、俺に撃たれた量とは比べ物にならない程の氷の礫が上空から降り注ぐ。

 

「……ッ!?これお願い!【カバー】!」

 

 近くに居たため【カバームーブ】を使用することなく、メイプルは両手を広げて俺とサリーの前に立ち塞がった。

 その際に、闇夜ノ写を預けられる。

 確かに、今【悪食】を使うことは出来ない。

 幸い、メイプルの防御力には攻撃の威力が届いていないのだが、それでも両手を広げ、文字通り"体を張って"俺たちを守り続けるメイプルの姿には、中々心にくるものがある。

 

 あのトリ、絶対に仕留める。

 

 それを考えたのは、サリーも同様だったらしく、彼女はその場に胡座を組み始めた。

 

「……冷静に、集中しろ……集中……集中!」

 

 そして、目を閉じ、小声で呟き始める。

 何かしらのスキルではない、これが彼女の強さを支える彼女だけの力。

 本気の本気(マジのマジ)中の真剣の真剣(ガチのガチ)で、彼女はこの怪鳥を攻略しようとしているのだ。

 

 やっと、どれだけ氷の礫を撃ち込んでもダメージが入らないことに漸く気付いたのか、攻撃パターンが変化する。

 怪鳥の前に出現した、大きな魔法陣……そして、作り出された大きな氷の塊は、かなりの速度で撃ち出された。

 

 この攻撃はやばい。

 

 そう肌で感じた瞬間、闇夜ノ写をメイプルの元へとパスする。

 普段は鈍臭いところもある彼女だが、今だけは当然のように、振り向き様にその大楯をキャッチした。

 そして……

 

「【悪食】!」

 

 大楯と氷塊が激突する。

 衝撃もそこそこに、大楯はその氷塊をMPへと姿を変化させる。

 

 だが……二度目を撃ち込まれると、再び【悪食】を切らなければいけなくなる。

 それはよろしくない……そう思った時だった。

 

 

「恐らく……今のは、貫通攻撃だね。メイプル、アサギ!反撃行くよ!」

 

 

 漸く、うちのエースが立ち上がる。

 

「【ウインドカッター】!【ファイアボール】!」

 

 一人、右に飛び出したサリーは、メイプルが受け持っているタゲを奪い取るため、遠距離攻撃を開始する。

 

 それを受けた怪鳥は、先に強固なメイプルと比べたら、丸腰のようなものであるサリーを潰すことにしたのか、再びサリーへと氷の礫による弾幕を張り始める。

 

 彼女は、その全ての攻撃を……

 

「……集中……集中!……そこっ!」

 

 回避し、弾き、受け流し、正面から突き進んでいく。

 タゲを完全に奪い去り、そしてその攻撃をサリーは受け切ってしまった。

 回避盾……その役割を完璧に果たしたその様子を、チームの主砲(アサギ)が、チームの異常者(メイプル)が、見逃すはずがない。

 

「【ペネトレーター】!」

 

「【毒竜】!」

 

 後方から撃ち出された、斬撃は怪鳥の心臓部に突き刺さり、毒竜のブレスが怪鳥を襲う。

 こちらへと、怪鳥が視線を向けた瞬間を、今度はサリーが見逃さない。

 【跳躍】によって背中に飛び移ったかと思えば【大海】というスキルを発動。

 確か、触れた相手のAGIを10%下げる能力を持つ水で攻撃するスキルだった筈だ。

 

 幼馴染の意地を見せるかのような、完璧な連携が怪鳥を追い詰めていく。

 

 サリーが離脱すると同時に、再び銀色の輝きが()()()()怪鳥の心臓部を貫く。

 『いつからそこに?』そんなことを考えているのか、心なしか、驚愕の表情を浮かべた気がする怪鳥に対して、一言声をかけといてやることにした。

 

「……自分でも忘れてたよ。俺【雪隠れ】のスキル持ちだった」

 

 地形・雪系統時による気配遮断能力の上昇。

 それは、全ての壁や床が氷で出来ている今の状況にも、勿論適応される。

 怪鳥はメイプルから離れた俺に、攻撃を仕掛けようとするも……

 

「【挑発】!」

 

 メイプルがそれを許さない。

 

「【ウインドカッター】!」

 

「【ファイアボール】!んで【刃状変化】!もういっちょ【シングルシュート】!」

 

 再びサリーと俺が、遠距離攻撃を放っていく。

 MPポーションを使いながら、俺は戦いをうまく進められているな……と連携が高まっていることを実感していた。

 それと同時に、()()()()()()()()()()現状にほんの少しの不安を抱いていた。

 

 

 その不安は……相手の体力が五割を下回った時に、的中することになる。

 



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12話 幼馴染と奥の手。

「………攻撃を、やめた?」

 

「わからない。一応、メイプルの近くに集まっておこう?私も、一度止まっておきたいところだったし」

 

 相手の体力が、五割を切ったところで突然今まで嘘のように続いていた、氷の礫による攻撃が止んだ。

 それと同時に、怪鳥はかなり高い位置へと移動していく。

 それこそ、全力で攻撃しても避けられてしまうほどの距離。

 

「りょーかい……何するつもりだ?」

 

 サリーに返答するも、一度怪鳥へ目を向けた瞬間……奴が嘲笑った気がした。

 

 躊躇いなく勘を信じる。

 放っておくのは、得策じゃない。

 

「【シングルシュート】!」

 

 時間をかけたくなかったため【刃状変化】を使用することなく、懐に収まっていた『蒼刃』を抜刀と同時に撃ち放つ。

 

 その結果……相手に攻撃が当たる直前で、その刃が凍りついた。

 『蒼刃』はそのまま、部屋の中央へと真下に落ちてザクりと床へと突き刺さる。

 

「アサギ!?って……嘘、でしょ」

 

 【破壊不能】がなければ、武器の耐久値など一瞬で消し飛ばされていたかもしれない。

 そう感じるほどの冷気。

 

 未だノーダメを保ち続けている程の回避能力を持つサリーでさえ、無意識のうちに一歩足を退かせた。

 

「………行動中は無敵ってか」

 

 恐らく、五割の体力を削った後に起こす行動を、封じられることがないように、今だけに限り冷気による防御が、発動しているのだろう。

 ……永続的に、この防御だったら倒せなくて、泣く。

 

 怪鳥の本気はそこからだった。

 

 メイプルとサリーの方向を一瞥した後、地上へと降り立つ……いや、地面に爪を深く突き立てたのである。

 その様子を見て、何をするつもりなのかを予測……メイプルと俺の位置、怪鳥の降り立った位置、それらを把握した瞬間『戻り切れない』と即判断を下した。

 

 

 

 怪鳥の口が開かれると、そこには初めて見る魔法陣が展開されている。

 

 そして……

 

「あっくん!…………この、【悪食】!」

 

「アサギ!!!」

 

 極光が放たれる。

 

 当然、メイプルは【悪食】を消費して、その輝きを正面から迎え撃つ。

 だが、自分の背後には少年の姿はない。

 大楯を持って、攻撃を止め続けている彼女だからこそ、この一撃をまともに受ければ、タダでは済まないことが、理解できてしまった。

 

 攻撃が止む。

 

 それでも、あっくんならば……と希望を捨てずに、前を向いた少女の前には、渾身の一撃を放った怪鳥が、意外そうな顔でこちらを見ているのみ。

 

 そこに……このボス部屋に、少年の姿は存在しなかった。

 

 

◇◆◇

 

「……くも、……あっくんを!」

 

 この世界に来て、初めてパーティーメンバーの消滅を体験したメイプルが、冷静さを欠いてしまったことは、幾ら何でも仕方のないことだったと言える。

 だが、次に撃ったその手は、間違いなく悪手だった。

 

「メイプル、待って!」

 

 サリーによる制止の声も聞かずに、突貫を始めたのだ。

 怪鳥が声を上げる。

 メイプルを迎え撃つように、床から鋭く尖った膨大な量の氷の棘が生成されていく。

 

 そして、その攻撃は……

 

 残り五回を残していた【悪食】のストックをラスト一回まで奪い取っていった。

 衝撃に耐え切れず、メイプルの体が宙に舞う。それでも、ダメージだけは入らなかったことは、VIT極振りとしての意地だったのかもしれない。

 

 背中から地面へと叩きつけられたメイプルが見たものは、怪鳥が光り輝く魔法陣を展開しようとする様子。

 大楯をかざす余裕すら無い彼女を救ったのは、冷静さを欠いていないもう一人の仲間だった。

 

「メイプル、こっち!」

 

「……っ!【カバームーブ】!」

 

 メイプルの姿が瞬間移動した一瞬遅れで、先程の光が再び放たれる。

 その時になって、ようやくメイプルは、今の自分がどれだけ無謀なことをしていたのか、ということを理解した。

 

「ごめん……サリー」

 

 謝って済む問題かといえば、それは違う。

 だが、謝罪しないのはもっと間違いである。

 そう考えた末の、一言。

 そんなメイプルに、サリーは優しく笑いかけた。

 

「いいよ……私も、気を回せてなかった」

 

 ポンポンと、メイプルの頭に手を置いてから、彼女は立ち上がる。

 アサギに甘えることも多々あるが、本来の彼女は、姉御肌で面倒見の良い性格をしている。

 

 そんな彼女の怪鳥を見据える眼光に、メイプルに向けていた温かさなど、一切存在しない。

 

「でもね……負けるつもりなんて、ない」

 

 この状況下で放たれた言葉は、勝利宣言。

 正直、一人では勝ち目が薄い。

 連携のサイクルは、既に破綻している。

 

 だが……既に布石は打たれているはずだ。

 彼はタダでは転ばない。

 信頼や希望、期待ではない。それが事実だ。

 だから、私も諦めない。

 彼が何を考えているかなど、わからなくても構わない。ただ一つ言えることは彼は諦めてなどいなかった、ということだ。

 

 メイプルよりも後ろにいたサリーだけが気がついたこと。

 少年の姿が極光に飲まれる直前、彼は不敵な笑顔を浮かべていたのだ。

 

「第三ラウンド……こっちから、行かせてもらうよ!」

 

 今のメイプルを当てにはできない……いや、当てにしてはいけない。

 ここが彼女の正念場。

 

 放たれた氷の礫を、見切り続けていると、先程メイプルを吹き飛ばした氷の棘による攻撃が向けられる。

 その広範囲攻撃は……一度見た。

 

「【跳躍】!【超加速】!」

 

 高く飛び上がると同時に加速。

 怪鳥の元へと辿り着くと同時に、スキルを発動。

 双刃によるラッシュが始まる。

 

「【ダブルスラッシュ】!【パワーアタック】!【スラッシュ】!……ッ!【ウインドカッター】!」

 

 背中に張り付いての連撃に、怪鳥はサリーを振り払うために高速回転を行う。

 しかし、その行動を読んでいたサリーは、背中を足場に体を宙へと回し、空中にて【ウインドカッター】を使用。

 

 だが……彼女の単騎性能にも限界はある。

 

 どれだけPSが高くても、ステータスの差が大きすぎれば敵わない。

 

「……チッ!見えてるのに、体が……追いつかない!」

 

 接近戦を仕掛けてきた怪鳥に、舌打ちをしながらも、被ダメだけは防いでいく。

 それが出来ているのも、先程の【超加速】の効果時間のみである。

 残された時間は十秒とない。

 

 そして、遂に攻撃がサリーを捉ようとした瞬間……

 

「……そろそろ、忘れる頃だと思ってたよ!」

 

 彼女はニヤリと口角を上げた。

 

「【カバームーブ】!【悪食】!!!」

 

 黒の鎧に身を包む、極振り少女が立ち上がる。最後の【悪食】を使い、カウンターを決めた。

 そのパターンは……奇しくも戦闘開始時と全く同じ。

 

 違うのは、次に放たれるスキルの威力。

 パキリ、パキリと闇夜ノ写の表面上に浮かび上がっていた結晶が音を立てて割れ始める。

 その正体は、これまで【悪食】により溜め込んだMPタンク。

 

「全力のぉ!【毒竜】!!!」

 

 過去最高の攻撃を受け続けた彼女は、過去最高の攻撃を撃ち放つ。

 彼女の全てをかけたその一撃は、相手の体力を大きく削り……残りHPを二割まで持っていった。

 

 

 

 メイプルが片膝をつく。

 体力面の問題ではない、精神面の疲労が大きかったのだ。

 

 そして、何よりも大きかったのは。

 

『全力の【毒竜】を撃っても、怪鳥を倒すことなんて出来なかった』

 

 その事実。

 

 そして、メイプルとは違った意味で、精神面の疲労を感じ始めたのはサリー。

 単純に、極限集中状態が切れ始めたのである。

 

「それでも……それ、でもーーー」

 

 顔を上げたサリーが、メイプルが見た光景は信じられないものだった。

 

 上空へ移動していた怪鳥が、黒色に染まっていた。

 黒化が進んでいくと同時に、怪鳥の体力が減っていき、その現象は残り一割で止まった。

 

 命を削っての超強化。

 怪鳥にとっての奥の手。

 正真正銘、最後の最後の超強化だろう。

 

 言葉を交わすこともなく、メイプルとサリーは中央へと集まった。

 

 サリーのゲーマーとしての本能が言っていた。

 アレに手を出してはいけないと。

 

 だが、それを感じ取ったところで戦闘は終わらない。

 せめて、受け流して見せる。

 そう心の中で決意したサリーは、次の瞬間、自分の想定が甘かったことを悟った。

 

 翼を折りたたみ、目で追うことが出来ないレベルの速度で、怪鳥は急降下してくる。

 目視不可の剣や、対人戦に於いての透明化ならまだわかる。

 だが、空中戦闘型の大型ボスモンスターの姿を見ずに、その攻撃を受け流すことなど、流石のサリーでも……いや、誰でも不可能だ。

 もう、頼れる【悪食】はない。

 それでもと、飛び出したメイプルの大楯と黒化怪鳥の突進が、激突する。

 

 

 

 

 そして……この瞬間。

 

 

 

 

 蹂躙される予定だったこの闘いは、その未来を変える。

 

 

 大楯が粉々に粉砕される。

 

 それと同時に怪鳥の体が、メイプルの胴体に直撃しようとする。

 

 いや、一瞬だけ触れたのだろう。

 溶けるようにして胴体部を覆っていた鎧が破壊される。

 

 深々とメイプルの体を貫こうとした、その直前に……怪鳥の下部分から、霧のようなものが発生、そしてその姿が変化した。

 

 具体的に言えば、黒から白へと。

 それが意味することを端的に言えば、強化状態が終わったこと、であった。

 

 メイプルの体が、吹き飛ばされる。

 だが、そのHPは一割を切るものの、ギリギリで残っていた。

 強化が解除されたことにより、怪鳥の瞬間火力が下がったのである。

 

 怪鳥はそのまま連続で、サリーを襲う。

 

 サリーは強化が解除される、という想定外の後押しを受けたのだが、黒化された際に距離を詰められ過ぎていた。

 

 しかし……その攻撃がサリーを傷つけることを……メイプルは許さなかった。

 

 盾は持っていない……相手の近距離攻撃は僅かだが自分のVITを上回っているため、ダメージを受けてしまう。

 

 今までの闘いを振り返れば、今のHPで、次の衝突を耐えられる筈がないことを……その行動をとることで、自分が死んでしまうことを、メイプルは理解できていた。

 

 それでも……彼女は吹き飛ばされたその先で、そのスキル名を叫ぶ。

 

「【カバームーブ】!」

 

 両手を広げて、サリーと怪鳥の間に入ったメイプルは、再び爪による攻撃をモロに受けてしまう。

 地面に叩きつけられた彼女のHPが、すごい勢いで減っていき……土壇場でスキルを拾ったのか、彼女の体力はミリ単位で、残った。

 

 サリーは叫ぶ。

 ここで決められなければ、自分が守られた意味などないと。

 

「【ウインドカッター】!【ファイアボール】!【ダブルスラッシュ】!」

 

 怪鳥が暴れ狂う。

 そして……近距離からのあの魔法陣展開。

 

 勢いそのままに深追いしてしまったサリーを、嘲笑うかのように三度目の極光が放たれる。

 

 本当に、嘲笑(わら)っていたのはサリーだということも知らずに。

 

「【蜃気楼】っと、それじゃ、バイバイ」

 

 二度三度、振り抜かれた双刃が怪鳥の全身に切り傷を増やしていき、ついにその巨体が地面に伏す。

 

 絶望と同様に

 

 勝利は、突然と訪れたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 強化状態がなぜ、終わったか。

 それは一重に"第三者"の介入があったから以外の何者でもない。

 

 カツリ、カツリと靴音が響く。

 左腕を回して、悠々と彼女らの元へ歩いていく人影が一つ。

 

「……ふぅ、効いて良かった。無事ですかい、お二人さん?」

 

 怪鳥とメイプルが激突したのは、部屋の中心部……それは、ある物が落下した位置でもあったことを、覚えているだろうか?

 

「【凍結封印】……役に立ったろ?」

 

 少年こと、二人の幼馴染み兼思い人の姿が……プレイヤー、アサギの姿が当然のようにそこにある。

 彼は中央に突き刺さっていた『蒼刃』を抜きながら、最後の援護についての種明かしをする。

 

 『蒼刃・凛』の真骨頂。

 

 スキル【凍結封印】

 

 物体貫通時に任意発動できる。

 貫通箇所から同心円状に、1分間、触れたもののスキルを無効化する冷気を、広範囲に発生させる。(パッシブスキルは別)

 自分のみ、その効果から逃れる。

 2時間後、再使用可。1日に3回まで使用できる。

 

 その効果をメイプルに当てず、怪鳥に当てる、という完璧なタイミングで発動したのだ。

 最後の最後に最高の仕事をしたと言えるだろう。

 

 飄々とした様子で、お疲れさん、なんて声をかけてくる少年にメイプルはツッコミを入れるのだった。

 

「な、な、なな、なんで、なんで生きてるの!?」

 

「まぁ、そんな気はしてたけどね……」

 

 その驚きようが、ジト目でこちらを見てくるサリーと正反対で、俺はついつい苦笑をこぼしてしまうのだった。

 

◇◆◇

 

 少し時間を遡る。

 

 俺が『戻りきれない』と判断を下してから、極光が放たれる0.3秒ほど前の間に、俺は全力でメニュー画面を操作していた。

 そして、一つのアイテムを取り出すと、間髪入れずにそれを地面へ叩きつけた。

 

「…………間に合えっ!」

 

 そのアイテムの名は『汚染された悪夢』

 あるクエストで、悪夢しか見ることを許されない、という呪いを受けた男性に清めの水を渡すことで得られる……というか、押し付けられるアイテムである。

 その効果は……モンスターを影で包み込み、悪夢を見せる。

 効果時間は、モンスターの抵抗率による……というもの。

 

 それを、自身へと使用したのだ。

 

 システム的に、可能なのかどうか分からなかったため、最終手段として用意していたのだが、結果的にその効果は発動した。

 

 極光に包まれる直前には、自信を影が覆っていくのを見て、ニヤリと笑いを、浮かべてしまったぐらいである。

 当然、影を発生させるスキルなので【潜影】を使用。

 三分後ぐらいにしたら、適当に帰ろうと思っていたのだ……しかし、簡単には戻らさせてもらえなかった。

 

 

 影のような存在に、十回殺された。

 

 そしてソイツから十回仲間を、幼馴染を失う感覚を味わうハメになった。

 

 お陰様で【ストレス耐性中】というスキルを取得したのだが、もう二度とこんな光景を見たくはなかった。

 

 まさにそれは、悪夢だったのだ。

 

 なんとか、影のようなものを振り払うと、俺はボス部屋の隅の方で寝っ転がっていた。

 実は、メイプルが特大毒竜を生み出した時には、既に帰ってきていたのである。

 では何故、戦闘に参加していなかったのか?

 

 それが、現在進行形で俺を苦しめている一番の問題だった。

 

 

「あっ、言っとくけど……今の俺、装備の+値を含めて……HPとMP以外の全ステータス0になってるから。殴ったりしないでね、死んじゃう♪」

 

「「嘘でしょ!?」」

 

 なんか悪夢に加えて、呪いを喰らったのか、一時間全ステータスが0になるデバフを喰らっていたのだ。

 AGI 0の極振りの気持ちがよくわかった。

 

 俺の予想では、悪夢を見せる影に覆われたわけではなく、影そのものに入り込んでいったから、悪夢もデバフもここまで重いものになったんだと思う。

 

 だって、そういうアイテムじゃないもの。

 使用法を守らない俺が悪いな、うん。

 二度と使わない。

 

 HPが残り1だと暴露したメイプルに、サリーが全力でヒールを使っているのを眺めながら、思う。

 まぁ、何はともあれ、俺たちは生きて怪鳥との闘いを終えることが出来たのだ。

 少しぐらい、勝利に酔いしれるのも悪くないだろ……と。

 

 青いパネルを表示して、時間を確認するともう既に18時を回っている。

 俺はストレージから、必要な道具やら何やらを取り出して、二人に声をかける。

 

 

 

 

 

「おーい、お前ら!B B Qやろうぜ!」

 

 

 

 

 

 その後、攻略し終わったボス部屋にて BB Qを行う三人のプレイヤーの様子が、運営側の人々を困惑を通り越して、呆れさせることになるのだが……それはまた別の話だ。



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13話 幼馴染と渓谷探索。

「いやぁ……食った、食った!BBQってのもやっぱりいいもんだな〜」

 

「ほんとにね……ずっと集中してたから、助かったかも」

 

 俺とサリーは現在、ボス部屋中央にて、ゆったりと寛いでいる。

 具体的に言えば、俺がストレージから取り出した椅子やらクッションやらを使って、リラックスしていた。

 ここは攻略済みダンジョンとして扱われる筈なので、訪れることができるプレイヤーはいないだろう。

 よって襲撃の可能性が0であるため、超快適な休息可能空間と化していた。

 ……所々に存在する【毒竜】の毒だまりに触れさえしなければ、だが。

 

 今は亡きここの住人(怪鳥)も、この様子を見れば呆れるに違いない。

 

 そんな俺に対して……

 

 複雑な表情を浮かべながらも、ジト目を向けてくる少女が一人。

 なんか、似た状況が前にも合ったような……なんて既視感を覚えながらも声をかけた。

 

「どしたよ、メイプル?……お腹でも壊したか?豚肉は焼いたぞ?」

 

 わざと前例に倣って同じように聞くと、メイプルも、そのことに気がついたのか苦笑しながらも返事をする。

 

「……あっくんだけ、卵を貰えてなかったから、いいのかな?って」

 

 メイプルが話しているのは、報酬として新たにゲットできたモンスターの卵、というアイテムのことである。

 温めると孵化する、という情報の少なさだが、おそらくテイム可能なモンスターが生まれるのでは?と俺たちは予想していた。

 

 緑色、紫色の二種類の卵が存在していて、俺が怪鳥のドロップ素材を多めに貰う代わりに、それらの卵はメイプルとサリーが得ることになっていたのだ。

 因みに、獲得できたメダルは5枚。

 メダルについて言えば、もしもの時に備えて、対プレイヤーならほぼ死なないであろうタンクの二人に半分ずつ確保して貰っている。

 

 メイプルが不満そうな顔をしていたが、俺はお前らと違って普通に死ぬからね?

 ……まだ、死んでないけど。

 

 正直、探索が楽しいので、報酬は彼女らの分の20枚が集まれば、俺は充分かな、なんて思っている。

 それを口にすると『あっくんが取らないなら、私もスキル取らない』なんて、駄々をこねそうな奴がいるので、最後二日間ぐらいの夜は、単独行動でプレイヤーを狩ったことにしてメダルを集めたって嘘をついておこう。

 

「また、いつか取れるチャンスは有ると思うよ……その時は手伝って貰うってことで手を打ってくれ」

 

「……ん」

 

 頷きながらもまだ何処か釈然としないような、顔をするメイプルを見てから、視線でサリーに助けを求める。

 

「ほら、メイプル。折角譲ってくれた卵なんだから、もっと嬉しそうな顔でいないと!アサギも、そっちの方がいいでしょ?」

 

 ほんと、お前最高だわ。

 メイプルの扱い方をよく心得ていらっしゃる。

 

 『それも、そっか!』と言った様子で、笑顔になってくれた天使を見ながら、俺はいい仕事をしてくれたサリーと、拳を合わせたのだった。

 

 

 

 この時、俺は思ってもいなかった。

 

 

 

 今、交わした約束と胸に秘めた計画。

 

 その両方が叶わない……なんてことを。

 

 俺は予想出来なかった。

 

◇◆◇

 

 

 結局、俺たちが怪鳥の巣から出てきたのは、もう日は沈んでいた。

 所謂、夜の部が始まりそうな時間帯である。

 

 巣を出発する時、三つの魔法陣から出る場所を選ぶことができたので、剛運のメイプルに選択を任せたところ、俺たちが飛ばされたのは、廃墟エリアのようだった。 

 運営がプレイヤーを飛ばした付近に、メダルを置くとは考えにくいので、流し見程度の確認しかしない。

 

 暫く歩くと、森林エリアに入る。

 既に22時を回っていた。

 

 休息をして、集中力の戻ったサリーと普段から徹夜に慣れている俺が、ゆっくりとしたペースで探索を行なっていく。

 メイプルは定位置で、仮眠を取らせてある。

 仮眠のローテーションを回せることは、三人で探索した時の強みだった。

 メイプルはSTRが0なので、俺たちをおんぶすることなど出来ないのだが。

 

 

「……そう言えばーーーー?」

 

「ーーーで……だからさーー!」

 

「ーーは……だろ……」

 

 ポツリ、ポツリと会話続けて、俺とサリーは歩き続ける。

 彼女と俺の間に存在する沈黙の時間を、苦だと思った事はない。

 

 最近は、ゲームで会うことが多く合ったので、こうやって二人の時間を過ごすのは久しぶりだった。

 

 

「そう言えば!かえ……メイプルと一緒に、駅前デートしたって、聞いてるんだけど?」

 

 

「……そんなこともあったなぁ」

 

 

「……その反応するような、歳じゃないでしょうに……で?私には、いつ声をかけてくれるのかな?」

 

 

「……また、今度な」

 

 

「……そうやって、ヘタれる所嫌いじゃないよ?」

 

 

「うっさい」  

 

 

「あははは!いいじゃん、いいじゃん!だって……よく考えてくれてる証拠でしょ?」

 

 

「……どうやって二股かけようか悩んでるだけだ」

 

 

「……そうやって、冗談で誤魔化そうとする所は嫌い」

 

 

「辛辣すぎない?」

 

 

「ま……三人でいられるなら……それでも、いいかもね」

 

 

「……ん、なんか言った?」

 

 

「いや、なんでもない!それより、なんか面白いこと話してよ!」

 

 

「唐突に無茶振りすぎません!?」

 

 

 夜は更けていく。

 ポツリ、ポツリと会話は静かな森の奥へと響いて、そして吸い込まれていく。

 

 本当に……この時間は嫌いじゃない。

 

 ()()()()()……何も決められない自分が、ほんの少しだけ嫌いになった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 そして、2時頃。

 景色が竹林に変わって、少し時間がたったそんな時。

 中の節から、僅かに光を漏らしている一本の竹が存在していた。

 

 サリーと顔を見合わせる。

 どちらの頭にも、中学時代の小太り教師が無理矢理暗記させてきた古文のことしか、思い浮かんでいなかっただろう。

 

 パッカーン!とやって人が出てきても困るのだが、メダルがある可能性は大きいので、サリーに切り倒して貰うことにする。

 パッカーン!……だと、桃の方がイメージ強いのか?

 なんて馬鹿丸出しの考え事をしていると、聴覚と視覚が周りに多くのモンスターが出現し始めたことを感知した。

 

「メダルは一枚あったけど……うん。簡単に逃がしてくれそうには、なさそうだね」

 

 サリーが言った側から現れたのは、それなりに危なそうな一本の角を生やした兎さん。

 それも、沢山。

 

「これ、差し出して謝ったら許してくれないかな?」

 

「流石に……無理じゃない?」

 

 これら全てで、ゴブリンキングの半分だと思うと、明らかに労力と報酬が割に合ってない。

 

 溜息をつきながらも、俺たちは抜刀したのだった。

 ……メイプルは、中々起きないし。

 

 

 

 時は進んで約三時間後。

 

 新しい朝が来た。

 

 それが希望の朝かは、知らないが大きく伸びをして、辺りの惨状を確かめてみる。

 

 毒やら、焦げ焼けたやら、凍りついたやら……地面はボロボロ、竹林も崩壊とやりたい放題やった結果、俺たちは兎の殲滅を終えた。

 

 起きてすぐに戦いに引き摺り出されたメイプルは、最初の方『うさぎさぁぁぁぁん!?』と泣き喚いていたのだが、ツノの攻撃が防御貫通持ちであることが判明した瞬間、新月を抜刀。

 【毒竜】を撃ち放ち、満足気な表情を浮かべていた。

 ……それでいいのか?

 

 何はともあれ

 

「結局、徹夜か。サリーは今の内に寝とけ……背負ってやるから」

 

 動きっ放しのこの少女に、休みを取らせてあげたい。

 

「い、いや、私はーー」

 

「ほらほら、サリー!しっかり休まないと!」

 

 メイプルも気持ちは同じらしく、遠慮しようとしていたサリーを無理矢理こちらへ連れてきた。

 STR 0のメイプルが連れてこれたのだから、本気で嫌がっているわけではないのだろう。

 しぶしぶ、といった様子の彼女を背負い、メイプルと共に歩き始める。

 10分もすれば、サリーは夢の世界にご招待されていった。

 

 俺たちの三日目は、朝からかなりの疲労を伴って始まったのである。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 一方 少し遡って

 

 とある管理者たちの会話。

 

 

「おい【銀翼】がやられたぞ!?」

 

「はぁ?【銀翼】が?あれは、プレイヤーが勝てないような、俺たちの悪意の塊だろ?誰にやられたんだよ?」

 

「い、今、映像を映します!」

 

 仕事をこなしながらも、管理者たちの視線は、映し出された映像に集中する。

 

 そこには、黒い鎧を身に纏う少女の姿。

 

「め、メイプル!?いや、機動力が足りてないだろ??」

 

 その言葉に答えるかのように、メイプルの【カバームーブ】による変態機動が、画面に映し出される。

 

「「「「「………………」」」」」

 

「ま、まぁ……いい。だが、それだけで攻略できるほど……」

 

 沈黙はなかったことのように、誰かが声を上げる。

 そして、もはや驚きすぎて冷静になってきた一人の管理者が、新たな映像を映し出す。

 

 そこには……

 

 氷の礫の弾幕に単身で突っ込み、そして回避し続けていく、という神業を披露するサリー。

 

 システムの穴をついたどころではない、荒技で逃げ場となる影を作り出したアサギの姿。

 

 そして問題の場面。

 

 何故、コイツは自分が殺される悪夢を見て、飄々としていられるのだろうか?

 

 メイプルに加えて、PSお化けに、精神力お化け。

  

 アサギだけは、まだ許せるとしても、他二人は異常者である。

 

「…………もう、アイツらがラスボスでいいだろ」

 

 その呟きに反論できる人物は、少なくともここにはいなかった。

 

 勿論、このイベントが終了するまでに、アサギは異常者へと格上げされることになるのだが、その発端となる出来事が起きるのは、まだ少しだけ、先のことである。

 

 

◇◆◇

 

 

「こりゃ、凄え……絶景だな」

 

 

 目の前に広がるは、渓谷。

 俺たちは、その崖の上に立っていた。

 

 この景色が目の前に広がったのは、兎を殲滅してから、竹林を歩くこと一時間程のことであった。

 

 途中、待ち伏せを仕掛けてきたプレイヤーがいたが、メイプルの【パラライズシャウト】という、範囲麻痺毒付与技により、あっさりと無力化。

 手の内を晒すのもアホらしいので、しっかりと『蒼刃』を突き刺して、トドメをさしておいた……メイプル狙いが何故、時々湧いてくるのかがわからない。

 ……無謀なことはやめときゃ良いのにな。

 

 なんて、ゴタゴタがあったのはともかく、サリーが眠りについてから一時間弱である。

 いくら何でも、今起こすわけにはいかないだろう。

 

「メイプル、サリーに膝枕でもしてあげて。俺は、ちょっとこの崖降りてくるよ」

 

 当然、メイプルでは、崖から落ちるのが目に見えているため、サリーの護衛として活躍して貰うことにする。

 

「え、あ、うん……?あっくんは、一人で行くの?」

 

「そのつもり。サリーが起きたら連絡してね」

 

 メダルは持っていない。

 正直、装備のロストもない今なら、死んでも大きなリスクはないのだ。

 初期リスポーン地点からは、少し遠いが、三日目なら、どうってことないだろう。

 

 行ってきます、と一言だけ残し、俺は崖を降り始めた。

 向かう先は、霧に包まれた谷底である!

 

 

 

 

 

 

 

 なんて、意気込んだのは良かったのだが、特に何事もないまま、二時間とちょっとで、俺は谷底に到達した。

 視界は霧の影響で封じられたも同然、よって目を閉じて耳を澄ませる。

 

 ほんの僅かだが、水の音……川が流れているような音を聞き取った。

 メイプルの方へと、谷底到達の連絡を送り降りてきた崖に、目印としての傷をつけてから、その音がする方へと向かっていく。

 

 チョロチョロと小さな音を立てて、流れていた小川を見つけ、取り敢えず安心した。

 あまり深さがあるようならば、俺は渡れないで、引き返すことになる所だったのだ。

 

 膝をつき、小川を覗き込む。

 流石はゲーム、その水はかなり透き通っていて、ゴミの一つも混ざっていない。

 流石に、全身を清める訳にはいかないので、両手で水を汲み顔を洗う。

 

 

 ああ、素晴らしい。

 【ウォーターボール】で顔を洗ったり出来ないか、試したいことがあるのだが、うまくいかなかったのだ。

 勿論、ゲーム内のため、顔を洗ったところで意味などないのだが、気持ち的にスッキリする。

 

 泳げないだけで、水が嫌いなんてことはないからな?

 むしろ、銭湯や温泉は好んで入る方である。

 

「使うかい?」

 

「おう、さんきゅ」

 

 軽く洗顔した後、同じように隣で顔を洗っていた優男風の金髪イケメン聖騎士様から、タオルを受け取る。

 中々上質なタオルだ、ボフッと顔を拭いてから、お礼を言ってそのタオルを返す。

 

 そんな、極めて自然な動作をしてから、ゆっくりとその存在の方向へと顔を向け……

 

 

「どちら様ですか?」

 

 

 自分でも恐ろしいぐらい、満面の笑みでそう問いかけた。

 どうやら人は、一定の驚きを通り越すと、菩薩の如き微笑みを浮かべられるようになるらしい。

 

 もはやノリツッコミともいえる俺の言葉に、その青年は苦笑を浮かべながら答えるのだった。

 

「俺はペイン、君と同じプレイヤーさ」

 



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14話 幼馴染と乱戦前夜。

遅くなりました!
少し忙しかったのと、単純に上手く纏まらなかったのが原因です。
申し訳ない。


「俺はペイン、君と同じプレイヤーさ」

 

 

 

 

 

 そいつは、気配もなくそこに現れた。  

 

 

 

 

 

 ……なんて格好良さげに言ってみたが、実際は久々の水浴びにテンションが上がって、索敵を怠っていたことが大きい。

 

「……斬らないのか?」

 

 当然、その疑問が浮上する。

 

 どこかの極振りさんと違って、俺を倒すには、剣一本と一秒あれば事足りる筈だ。

 

「君が戦うと言うのなら、今からでも相手になるよ」

 

 爽やかな笑みを浮かべている聖騎士さんの目を見て、そこらのプレイヤーとは強さの格が違うことを理解する。

 

 あっさりと両手を上げて降伏の意を示した。

 

「誰がやるか、お前なんかと……タオルの恩もあるからな。それに……勝算のない勝負はしない主義なんだ」

 

「……そうか」

 

「なんで、少し残念そうなんだよ!?」

 

 視線を外し、ポツリと呟いたペインに対して、おもわず食い気味にツッコミを入れてしまった。

 何、お前? 

 割と好戦的なタイプだったりする?

 

「いや、君とそのパーティメンバーは少し有名人だからね。どんなプレイヤーか気になっていただけだよ」

 

 俺のツッコミに冗談だ、と笑いながらそう返答してくる。

 冗談に見えなかったのは、俺だけなのだろうか?

 

「……まあ、前回イベントでメイプルは悪目立ちしてたらしいからな。喧嘩売るのは、お勧めしないぞ?」

 

 タオルを借りたこともあり、心からの親切でそう言うと、彼は少し意外そうな表情をしてから、不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

「……っ、忠告ありがとう。俺も、君と同じだ。勝てると思うまで、勝負を挑むのは止めておくとするよ」

 

「……そんな時が来ればいいけどな」

 

 心の底からそう思う。

 アイツ、まだまだ伸び盛りなのだ。

 

「来るさ、近いうちにね……それじゃあ、イベントお互い頑張ろうじゃないか【巫女】さん」

 

 そう言い残して、ペインは背を向け歩いていく。

 終始格好つけられたまま、というのも尺なので

 

 

「うるせぇ、俺は男だ…………タオルのお礼に、極上の焼き芋でも作ってやろうと思ったんだけどな!」

 

 

 巫女と呼ばれたことに対する返事と、大きすぎる独り言を叫ぶと、彼はその足を止めた。

 

 

◇◆◇

 

 ちゃっかりしっかりあっさりと、俺が作った焼き芋を美味しそうに食べていったペインと分かれて数十分。

 小川で釣りをしていると、メイプルから『サリーが起きたよ!』とのメッセージが送られてきた。

 

 サリーが崖下に降りてくるまで、少なくても二時間はかかるだろうと予測してから、どうやって時間を潰すか考える。

 そろそろ釣りには、飽きてくる頃合いだったのだ。

 取り敢えず、目印としての傷をつけた場所へ戻ることにする。

 途中で見かけたモンスターは、どれも頭部に一発投げておけば倒すことが出来たので、渓谷全体の攻略難易度は、それほど高くないのかもしれない。

 

 やることがなくなったので、料理スキルを叩き上げることにした。

 

 先程の焼き芋により【料理Ⅳ】へとスキルは上がっているが、最終的には【料理Ⅹ】まで持っていきたい。

 

 

 お前はお前で何を目指しているんだ?

  

 

 と、運営サイドがその行動を見て、大きくため息をつくことになるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 ゲーム内といえど、食べ物を粗末にする訳にもいかない。

 ストレージに入れてしまえば、作ってからの時間は関係ないのだが、気分的に干し芋やらスルメやらという保存が効くものを中心に、生産し続けること約二時間。

 スキル【料理Ⅴ】を手に入れたところで、上から聞き覚えしかない声が聞こえてきた。

 

「おはよう、アサギ……それとごめん、結構休んじゃった」

 

「おはようさん……あんま気にすんなよ?寝不足で、肝心な時に倒れてもらっても困るからな。それよりスルメどう?さっき川で釣れた」

 

 メイプルが普通に降りてくることは出来ないため、当然相手はサリーである。

 随分と顔色も良くなったみたいで、安心だ。

 

「川って……大丈夫なの、それ?」

 

「知らん、毒はない」

 

 そんな会話を挟みながらも、俺とサリーがスルメを咥えていると、メイプルから崖から少し離れるようにと連絡が届く。

 

 何をするつもりなんだか、と二人して目を合わせた後、一応崖から離れたところで……

 

 

「「うわぁ……なに、あれ?」」

 

 同時に、そう言葉を零した。

 

 視界に映るは、紫の球体が崖を転がり落ちてくる光景。

 いやあれ、どう見ても毒竜の毒と同色じゃんか……なにしてんのメイプル?

 

 その球体は、俺たちの目の前に落下すると同時に、破裂する。

 そして、内包されていたメイプルが、弾き出されたように出てきた。

 

「……目が、回って……ふらふら、する〜」

 

 パッと見で、怪我はなかったことはよかったのだが、困ったのは、彼女の取った次の行動だった。

 三半規管をやられたらしく、こちらにしがみつこうとしてきたのだ……致死毒塗れの状態で。

 

「おい待て、死ぬから!?こっち来るな!」

 

「酷い!?ねぇ、サリー、あっくん冷たい!」

 

「ちょ、待ってメイプル!?こ、こっち来ないで!?」

 

「サリーまで!?」

 

 

 その後、三分ほどを要して、半泣き状態だったメイプルの誤解は解けた。

 心が傷ついた!とか色々言った挙げ句に、お詫びとして、三人でデートをする約束を押し付けられたのだが……ご褒美だとしか思えないのは、口にしないようにしよう。

 そんなこと言えば、弄られるのがオチだろうしな。

 

「ま、何にせよ合流できてよかった……今日はどうする?」

 

 息抜きの時間は終了。

 仰向けで寝っ転がるような状態から、起き上がって姿勢を正す。

 そして、彼女らにこれからの予定を尋ねた。

 

「……ん、どうしようかな……普通に探索してもいいんだけど……うん。この渓谷かなり広いみたいだから、一応拠点を見つけときたいかな?メイプルもそれでいい?」

 

「うん!……あ、そうだ!私、卵を孵してあげたいかな……ちょっと気になってて」

 

 どうやら、最初の目的は安全な場所の確保になるようだ。

 立ち上がり、大きく伸びをした瞬間……

 

「…………ッ!……ふぅ」

 

「ん……アサギ、どうかした?」

 

 フッと意識が遠くなる感覚。

 膝からガクッと崩れ落ちそうになるのを、どうにか抑えた。

 

 vs怪鳥 vs一角兎

 

 この二回の戦闘が原因だと考えられるが、一番影響が大きかったのは怪鳥戦での無茶。

 つまり、二度と見たくもない悪夢が原因だろう。

 

 単独行動時に張られていた緊張の糸が、幼馴染たちの姿を見て緩んでしまったのがトドメを刺した。

 気がついていないだけで、現在の俺には想像を遥かに超える精神疲労が、溜まっていたのだ。

 

 立ちくらみのような感覚を振り払い、質問してきたサリーと不安げな表情を浮かべているメイプルへと笑顔を浮かべる。

 徹夜が響いているだけだ。少し仮眠を取ればマシになる。

 自分自身にそう思い込ませながら、返答する。

 

 

「ん、何が?別にどうもしてないぞ?」

 

 

 次の瞬間、不自然のない笑顔を向けられたサリーとメイプルの表情が消えた。

 こちらに向けられた二人の目からは、ハイライトが失われていた気がした。

 

「ね、アサギ?」

 

「あのさ、あっくん?」

 

 二人が同時に、そう前置きを入れて

 

「「()()()()()は吐いちゃダメだよね?」」

 

 打ち合わせをしていたかのように、そう問い詰めてくる。

 そんな二人に、俺が言える言葉など一つしかない。

 

「あ、はい。すいませんでした」

 

 ただでさえ尻に敷かれているのが現状だというのに、一対二では勝ち目などない。

 ましては、正論を言っているのが向こうなのだから、抵抗などできるわけがなかった。

 

 

 俺から、今の体調を聞きだした二人が『早く休むよ!』と俺を引きずるようにして、渓谷を進んでいく。

 その後ろ姿を眺めながら、ふと思ったことを呟いた。

 

「……嘘なんて、バレるに決まってんのに……何やってんだろな」

 

 その独り言に対する回答は、幾ら考えても出てこなかった。

 

 

 移動すること十数分。

 安全地帯だと思われる、崖にできた大きな裂け目へと二人に放り込まれた。

 随分と雑に扱われたことに対するツッコミよりも先に、疲労感と安心感による眠気が俺に牙を剥く。

 

「……が先に……!」

 

「いや、昨日は………!」

 

「……の方が……から」

 

「……だって……つも、……ってるから」

 

 

 そんな、彼女らの言葉など耳に入ってこない。

 少年は深い深い眠りへと誘われていく。

 

 ……こんな、展開……最近、合った……よう、な……

 

 最後まで、ツッコミの精神を忘れないことが、実は彼の一番の長所であるのかもしれない。

 

◇◆◇

 

 

 不甲斐ないことに、あれからしっかりと睡眠を取ること6時間程。

 心地の良さを感じていた筈の頭に、段差から落とされるような浮遊感を感じたことで目を覚ました。

 

 耳の奥へと響いてくるメイプルとサリー二人の声から、彼女らのテンションがかなり高いことが窺える。

 一体、何事だ?

 そう考えて向けた視線の先には、ちんまりと緑色のカメと白色の狐が座っていた。

 

「え、待って。何この子たち可愛い」

 

「え、えっと……モンスター、なのかな?」

 

 思わず溢れた疑問の言葉に、メイプルが疑問符を語尾につけて返答する。

 それもそのはず、モンスターの卵から孵ったらしいカメと狐は、モンスターだなんて思えないぐらい愛嬌のある姿をしていたからだ。

 

「これは中々……うん。俺の分もありゃ良かったのにな」

 

「珍しいね?アサギが私達に気を遣った後に、たられば言うのは」

 

 かなり意外だったのか、サリーが少し変わったものを見るかのような目で、こちらを見てくる。

 メイプルは、その言葉に少しだけ顔を暗くしているようにも見えた。

 

「いやいや、譲ったことにどうこう言ってるんじゃないよ。どうせなら、三人で散歩みたいに出来たら良かったのにって思っただけだからな?」

 

 メイプルがまた落ち込んでしまうかもしれない、と少し焦り気味に、二人へとそう弁解する。

 大事なのは、三人でという部分なのだ。俺が譲らなかったところで、その目的が果たされる訳ではない。

 

「うん、知ってる」

 

 そんな俺の慌てた様子を楽しむように見ていたサリーが、あっさりそういう。

 メイプルも、暗い表情を浮かべていたのは演技だったようで面白そうに笑顔を浮かべていた。

 彼女らのニヤニヤした顔を見て、軽く弄られていたことに気づく。

 

「……性格悪い」

 

「「嘘つく方が悪い」」

 

 どうやら、両方割と普通に不機嫌な様子だった。

 

 

 

 カメ、狐の順にシロップ、朧と名付けられた二匹のモンスター及び新しいお仲間さんたちには、ステータスとレベルの概念が存在することが判明。

 三日目は全員それなりに疲れが溜まっていたこともあり、二匹のペットのレベリングをすることになった。

 メイプルよりカメのシロップの方がAGIが高かったことには、触れない方が身のためだ。

 

 

 

「メダル、集まりそうか?……寝てたら結構、時間食ったけど」

 

「ん……正直、30枚は難しいかもね」

 

 メイプルがシロップと朧の餌……つまり雑魚モンスターを麻痺させて回収するという作業を行なっている間、モンスターの捕獲手段を持たない俺とサリーは洞窟内で身を休めていた。

 

 メイプルがいないこともあり、比較的に現実的な話ができるサリーと方針を定めていく。

 

「やっぱ30はキツいか……悪いな」

 

「いや、これはしょうがないかな……私のSTRじゃあ背負えたところで、速く移動は出来なかっただろうし……休まず動く、なんて無理だから」

 

 そもそも、たった三人で400枚中30枚のメダルを確保することの難易度が高すぎるのだ。

 

「良くても20枚なら、ってところかな?あっ、メイプルはアサギが10枚確保してないってわかったら、メダル使わないと思うよ?」

 

 サリーの判断、そして俺と同じメイプルへの予想を聞き、少し考える。

 夜戦に出たい気持ちはあるのだが……動きすぎて今日みたいにダウンする、なんて本末転倒な結果にならないようにしないといけない。

 

「ちょっと、賭けになるけど……釣るか」

 

 考えを巡らせ、結論を出す。

 

「釣るって……何を?」

 

 呟きが聞こえていたのか、訝しむような表情を向けてくるサリーに対して、俺はニヤリと口角を上げて言うのだった。

 

「なぁ、サリー……稽古つけてくれないか?」

 

「へ?」

 

 

◇◆◇

 

 

「……っ!」

 

 一閃、それだけで、彼に襲い掛かろうとしていた黒き巨体が地に伏すことになる。

 

 一閃、それだけで、彼に襲い掛ってきた三人のプレイヤーの姿を葬り去る。

 

 カツリ、カツリと一人悠々と歩みを進めていく。

 

 目の前に現れるは先ほどの何倍もの巨躯を持ち、白銀の毛皮で全身を包まれたクマ型のボスモンスター。

 

 その攻撃を……躱し、弾きそして、正面から押し返す。

 

 彼の攻撃が一撃、二撃……と銀色の巨体に撃ち込まれるたび、攻撃パターンの変更が行われるも、彼にとってはさしたる障害でもない。

 

 相手のHPが赤ゲージに到達し、奥の手であろう渾身の一撃が放たれる。

 地面に腕を振り下ろし、そのボスモンスターが吠えると地面からは岩が突き出てくる。

 

 その攻撃の全てを見切り、跳躍したところで彼は気がつく。

 

「…………」

 

 安全地帯だと思われたその場所が、ボスモンスターにとっての最後の策。

 地中から飛び出た岩により、逃げ場を奪われた彼に、その巨体が豪腕を振り下ろす。 

 

 そして

 

「……中々、面白かったよ」

 

 

 一閃、彼が、青年が、聖騎士がその勝負を終わらせる。

 

 ドロップアイテムを確認、メダルと報酬をインベントリに放り込む。

 見上げると、そこには青白い月が浮かんでいる。

 

「そろそろ……か」

 

 二つ名"聖剣"前回イベント第1位

 ペインと呼ばれるその騎士は、一言だけそう呟いた。

 

 

◇◆◇

 

 

「無理無理無理……本当、もう無理だって〜…………私の馬鹿、こんなキャラ作ったの誰なの!私だよぉ!」

 

 同じ空の下

 

 ぶつぶつと、小声で自分への罵倒を続ける緋色の髪を持つ少女が一人。 

 

 もう、三日目も終わりを告げる。

 簡易テントのようなものを仲間が作ってくれたことはよかったのだが、なんだか敬われすぎていて辛い。

 

「炎帝って何!?かっこいいけど……うぅ〜やっぱ、恥ずかしいって!」

 

 自室と化したそのテントの中で、独り言を呟き続け、そしてベットでのたうち回る。

 

 そんな彼女に

 

「ミィ……明日の行動についてなのですが、今よろしいでしょうか?」

 

「!?!?……ふぅ……ああ、問題ない。今、行こう。人を集めてくれ、ミザリー」

 

 聖女、という二つ名を持つ仲間から、声がかかった。

 

「あぁ〜、もう……しっかりしないと!……やっぱり明日からは自由行動にしようかな……」

 

 二つ名"炎帝"前回イベント第4位、という実力者である彼女は弱音を吐きながら、テントから出ていくのだった。

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 そして……第二回イベント最大の乱戦となる

 

 

 

 

 

 

 

 第四日目の日が昇る。

 




また、書くのが難しいキャラが増えた……
とりあえず頑張りたいと思います。


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15話 幼馴染と暴食魔人。

今回と次回 原作要素が入ります。



「……随分と霧が濃くなってきたな。大丈夫か?」

 

 四日目早朝4時から渓谷探索を開始した俺たちは、現在下流へと足を進めていた。

 メイプルを背負った状態では、渓谷から崖を登っての脱出が不可能だということに気付いたからだ。

 

 因みに、視界が悪いためシロップと朧は彼女達が装備している【絆の架け橋】という指輪の中で眠りについている。

 シロップと朧はLv3に上がった際、自由に指輪の出入りができる【休眠】と【覚醒】のスキルを得ることが出来ていたのだ。

 

 そういうわけでメイプルを背負い、サリーと横並びに歩く、といういつも通りのスタイルで俺たちは移動しているのだが……

 

 既に出発して二時間とちょっとが経過していた。

 

 下流に進むほど霧が濃くなっているため、何かしらのギミックはあるのだと俺たちは推測していた。

 

「うん。この視界の悪さでの奇襲の警戒は、少し疲れるけど……自分の身を守ればいいだけなら、問題ないかな」

 

「私は守らなくていいから問題なし!」

 

「うん、少なくとも大楯使いが言うセリフじゃないな……ま、俺も後ろに盾が張り付いてるようなモノだからな。前方だけなら問題ないか」

 

 全方位からの奇襲に対応できるサリーに、そもそもダメージを受けないメイプル。

 時々思うのだが、俺だけ防御能力低すぎて早死しそうで怖い。

 

 彼女らは言葉通り、何度かの襲撃をアッサリと返り討ちにしている。

 本当に頼もし過ぎて、男としてちょっと辛い。

 

「……?ちょっと止まって、アサギ」

 

 しばらく歩いていると、サリーが俺の前に手を出して制止させた。

 彼女の視線の先にあるのは、一つの泉。

 

「これは……?」

 

 メイプルの疑問に、サリーと俺が目を合わせる。そして、小さく頷いた。

 

「「渓谷の終点だよ」」

 

 

 昨日、俺が眠っていた間だったのだが、サリーは単独で上流を目指していたらしい。

 その先に存在したのは、一つの泉。

 その泉の中へ潜っていくと【魔石杖】という杖が一本だけ得られたらしいのだが、大事なのはそこではない。

 

 今現在の様子と、サリーに聞いた状況が酷似していることだ。

 

「……何もない、なんてことがあったら……メイプルはここでリタイアだな」

 

「えぇ!?」

 

 渓谷を登る手段がないのだからしかたないだろう……いや、流石にどこかしらには救済措置が用意されていると思うが。

 

 メイプルに冗談だ、と言おうとした瞬間。

 

 ブワッと勢いよく風が吹いた。

 それと同時に、霧が吹き飛ばされていき泉の様子が明らかになっていく。

 

 泉の中心には、一つの壺が存在していてその壺は泉の水を吸引し続け、それと同時に大量の霧を放出し続けていた。

 取り敢えずメイプルを下ろし、闇夜ノ写を装備するよう促しておく。

 

 暫く様子を見ても、何も変化が起こらないようなのでもう少し近づいてみることにした。

 

「……じゃ、メイプルが先頭。その次に私で、アサギは後ろから」

 

「りょーかい……って、俺が一番守られてません?」

 

 サリーの言葉にそう言葉を返すと、何故かそれにメイプルが回答する。

 

「ふふっ、私が守ってあげるよ!あっくん!」

 

「……あ、はい……お願いします」

 

「なんか落ち込んでる!?」

 

 今日の俺は自虐が多めかもしれないと思った瞬間だった。

 

 

 彼女らが前進していくのを見ながらも、耳を澄ませて警戒態勢を取り続けておく。

 サリーが気づかない攻撃に、俺が気付けるとは思えないのだが、ないよりマシという物だ。

 

 そして、二人が泉に足を踏み入れた瞬間……辺りが霧に包まれた。

 

「……っ!?何も見えないって……メイプル!」

 

 一瞬の判断ミスが命取りになるかもしれない、そう思い声をかけた相手はメイプルだった。

 視界が潰され、そして水場が近くにある状況ならば、溺死によって彼女の守りは破られる可能性がないとは言い切れないのだ。

 

 焦って一歩、足を踏み出そうとして……止めた。

 考える。

 思考を巡らす。

 思考回路を回し続けて、最適解を導き出す。

 冷静になれ、と頭で考え続けた結果、気が付いた。

 

 ……音がしない。

 

「……チッ、そういうことか!【ウインドカッター】!」

 

 霧に対して、風の刃を二度三度と打ち込み、一時的に視界を取り戻す。

 目の前には、泉が広がるのみ。

 そこに二人の姿はなかった。

 

 そう簡単に彼女らがやられるとは思えないため、考えられることは一つ。

 

「別空間への転移……どうするかな?」

 

 泉を覗き込むと……

 

 霧の中、取り残された少年が一人、ポツンと存在しているだけだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 その頃、それぞれメイプルはサリー、サリーはメイプルの偽物と戦いを繰り広げているのだが、そんなことを知る術を少年は持たない。

 

 暫く考え続けた後、結局俺は、彼女らをひたすら待つことにした。

 

 釣りを試すも、コポコポ音を立てている壺のせいだろうか?

 全く当たりはこない。

 

 ポスポス言いながらツボが吐き出す霧の影響で、料理をしようにも手元が見えない。

 

 禅でも組むか、そう思うもジョボジョボと壺が音を立てており、集中できない。

 

 段々と、フラストレーションが溜まっていく。

 そして……キレた。

 

「あ〜、もう!うるせえぇぇ!!!!!」

 

 放たれた『蒼刃』による【シングルシュート】は泉中央に存在する壺へ直撃。

 そのまま落下して、泉へと落ちていく。

 そして、その刃が半分ほど水に浸かった瞬間、俺は叫ぶ。

 

「【凍結封印】!」

 

 水に半分刃が浸かる=刃が水を貫通、という暴力的な解釈で使用したそのスキルは、見事発動すると、泉を中心部から凍らせていく。

 十秒ほどで完全に凍りついた泉の上を、滑らないように歩いていき、中心部の壺へと手をかけた。

 そして……引っこ抜く。

 

 その瞬間

 

『何してくれとんじゃ、ワレェェ!?』

 

 頭に声が響き渡った。

 その音量の大きさは半端ではない。

 

「うぎぁぁぁあ!?頭が、割れる!」

 

 俺の絶叫と壺?の声が響き続けること十数秒。

 なんとか行動できるようになった俺は【凍結封印】が溶ける前に『蒼刃』を引っこ抜き、泉から抜け出した。

 

 その際にスキル【轟音耐性小】を手に入れたのだが、気休めにもならない。

 

 泉から抜け出すと同時に、壺を地面へと叩きつけた。

 

『イテェわ、アホたれぇ!』

 

 その瞬間、再び声が頭に響き渡る。

 

「うぐぅ、あた、まが……割れるだろ!?」

 

 相変わらずの音量に、頭を抱える。

 

『割れちまえ、割れちまえ!やっほぉ〜!!!」

「がぁぁぁ……んの、やろ!」

 

 壺を叩きつけ、頭を抱え、痛みを叫び、とこれら三つの動きをローテーションすること十数分。

【轟音耐性大】を獲得した瞬間、俺の痛みはゼロになった。

 

 痛みから解放され、脱力するように俺はその場に倒れ込んで、諸悪の根源である壺へ勝ち誇ったような視線を送る。

 未だに脳内へと壺の声は届いているのだが、耐性が大になってからは少し大きめの声だな、と感じるだけになっている。

 

「……はぁ、はぁ、お仕置きの……時間、だ!」

 

 膝を立て、壺へと手をかけた瞬間……視界全てが白へと染まった。

 

 

◇◆◇

 

 

 辺りを見渡す。

 

 簡素でかなりの広さを持った部屋が、そこにはあった。

 

 

「さ、さっきまでは、随分と……好き勝手、してくれたやんか……」

 

 目の前にあった壺からは、3メートルほどの身長とそれなりに膨よかな腹をお持ちになった黒色の巨人が現れていた。

 

「……ランプの魔人ってか?らしすぎるだろ!」

 

 喋ることのできる相手。

 初めて見るが、只それだけで相手の格が普通のボスモンスターとは比べものにならない存在なのだろう、ということを感じられる。

 

「……しっかり可愛いがってくれたるわ、このクソガキ」

 

 相手がパンッと、柏手をした瞬間、自分の周りに、先ほどとは違うデザインである四つの壺が現れる。

 瞬間、恐怖センサーにより身を屈めるとすぐ上を毒の塊が通り過ぎていった。

 動きを止めず、転がり込むようにして距離を取った後、四つの壺の方向へと視線を向ける。

 それぞれの壺からは、細長い蛇がチロチロと紫の舌を出し入れしてこちらへと頭を向けていた。

 

「……止まったら、死ぬか」

 

 呟き、俺は速度を上げる。

 サリーほど高速移動に慣れていない俺は、高速移動時の自分をうまく制御できるとは思えない。

 そのため、最大速度までは上げない。

 速さの緩急で、相手の攻撃のタイミングをずらしていく。

 

「ほら、ほらっ、そろそろくたばっとけや」

 

「喧しい!お前、威厳ゼロだぞ!?」

 

 パンッ、パンッと二度の柏手。

 

 一度目の柏手の効果か、突風により壁へと身を押し付けられる。

 そして、二度目の効果だろう。

 身動きを封じられた俺に、炎弾が迫る。

 

「ふぐっ…………ここっ!【ウォーターボール】!」

 

 タイミングを合わせて、相殺。

 突風がなくなった瞬間、叫ぶ。

 

「【ウインドカッター】!【ファイアボール】んで【刃状変化】!」

 

 風の刃が魔人へと向かうが、魔人は遊んでいるようで指を使って挟み、刃は放り投げられてしまう。

 

「危ない、危ない、死んじゃうとこでちた」

 

「腹立つ!?……って、落ち着け、落ち着け」

 

 パンッと柏手。

 

 これは……下!

 

 身を屈め、毒を躱す。

 先程とは違い、パターンが分かっているため、回避は容易だ。

 

 

「遠距離は、俺の威力じゃ意味はなし……よし、大体は、掴んだ!」

 

 左手に炎剣、右手に『蒼刃』を構え、MAX100%の速度を30から80程へと持っていく。

 

「ふはは!近距離か?いいやんか、ワレ!」

 

「その、似非大阪弁を、やめろ!腹立つ!」

 

 パンッ、パンッ、パンッと三回。

 

 打たれた柏手を耳に、遂に切り札を切る。

 

「【冬の呼び声】」

 

 天気 吹雪

 AGI + 30%

 

 速度は、80から130へと。

 

 数値で見れば平常時のサリーと同等ぐらいだが、体感では大きく変わってくるだろう。

 

 事実、魔人は俺の速度を見誤ったのか、半瞬前に俺が居た位置へと、超威力のレーザーを落としている。

 え、なにそれ、怖い。

 

「ワオっ、外しちゃったゼ!テヘペロっ!」

 

「キャラ変えしてんじゃねぇぇえ!?」

 

 絶叫、そして接敵。

 滑り込むようにしながら黒き巨体に右手で持つ『蒼刃』を突き刺していく。

 魔人が呻き声を上げて、こちらへ腕を振り払ってくるが、それを左手に持った炎剣を投げて迎え撃つ。

 爆発と同時に、氷属性付与による冷気が相手を襲った。

 俺はその衝撃により、相手の攻撃範囲からは離脱する。 

 

「【ファイアボール】【刃状変化】!」

 

 転がりながらも、次の武器を装填。

 前を向き、相手が柏手を打とうとしているのを見て、先程のように防御はされないと判断する。

 

「【ペネトレーター】!」

 

 脇腹を穿ったその炎剣が爆発した瞬間、パンッ、パンッ、パンッと柏手が打ち終わろうとしていた。

 

 レーザーが来る。

 確実に俺のHPを一撃で奪う、下手したら黒化怪鳥レベルの一撃が、俺に放たれる。

 ゾワリ、と鳥肌が立つ感覚。

 

 

 アレを、やるしか……ないのか。

 

 

 俺が右手をギュッと握りしめ、その言葉を口にしようと息を吸い込んだ瞬間。

 

「な、何故……ワイーーーーアタシがやら、れて」

 

 目の前にいた魔人が、消滅しようとしていた。

 

「…………は?というか、このタイミングでもツッコませようとするのやめろ!?」

 

 驚きで人が殺せるなら、今の俺の命は既になくなっているだろう。

 そう思うほどの、驚愕。

 

「お前……体力少なかった、のか?」

 

 ギリギリ思いつくのが、その可能性だけだった。

 思わず、AIであるはずの魔人にそう問いかけると、彼?はあることに気がついたように、声を上げた。

 

「お主……陸上での、攻撃は、わ、ワーーアチキとの、戦いを見越してーーー」

 

 

 

 そして、光を漏らして消滅していく。

 

 

 

「えぇぇ、お前……えぇ?壺へのダメージそんなにデカかったの……というか、言い直さなくていい!」

 

 

 喜びとかそれ以前に困惑とツッコミが大きすぎて、俺は魔人との戦いの勝利を、素直に喜べなかった。

 

 

 それから三分ほど、ようやく落ち着いた俺は、辺りを見回した。

 

 目の前には箱が存在している。

 

 大きさは……両手に収まるミニマムサイズ。

 

「…………あの野郎、報酬悪くするとかやめてくれよ?」

 

 呟きながらパカリとその箱を開くと、そこに存在していたのは黒色のチョーカー。

 

「【顕現ノ証】……装飾品か。これで、二つ目っと」

 

 地雷しか踏まなそうな名称のチョーカーなので、他に報酬がないかどうか、先に確かめてみることにする。

 

 粗方、見終わったかな?と思ったころに、一つだけドロップアイテムを見つけた。

 

 例の壺である。

 

「…………ま、運んできたの俺だしな」

 

 少し、いやかなり迷ってから、そのブツに触れた。

 すると、壺が一瞬だけ眩い光を放つ。

 眩しさで、思わず目を閉じた。

 

 そして、目を開ければ手の中に壺の姿は見えなかった。

 代わりに、脇差を装備している腰辺りに壺を象った小さな小さなアクセサリーが付けられていたが……

 

 同時に、無機質なアナウンスが脳内に響く。

 

『スキル【暴食の壺】を取得しました』

 

「……【暴食の壺】うん、これも地雷案件な気がするからな……心して調べるとするか」

 

 メダルはなかった。

 それだけで、装備品やスキル効果への期待が高まるというものだ。

 ランプの魔人ならぬ壺の魔人。

 彼が完全な状態だったら、それこそ怪鳥を上回るレベルの強さを誇ったのかもしれないのだから。

 

 

◇◆◇

 

 

 とある管理者たちの会話。

 

 

 

「メイプルとサリーがドッペルゲンガーを撃破しましーーーえぇぇぇ!?あ、あ、アサギが『暴食の魔人』を単独撃破、しま、した」

 

「「「………………嘘だろ」」」

 

 いつものオーバーリアクション(オーバーではないのだが)を取る余裕すらなくなるその言葉に、全員の動きが固まった。

 

「この際ドッペルゲンガーなんて知らん!『魔人』がやられたのか!?特殊AI搭載の??アイツが!?単騎で!?何で!」

 

「あぁぁぁ、気にするのはメイプルだけじゃなかったのかよ!?」

 

「おま、今更何言ってんだ。メイプルに関わったやつ全員警戒って言ったろ!?」

 

「削られてるぅぅ!?戦闘開始前に、魔人さんの体力九割近く削られちゃってるぅぅ!?」

 

「……俺作のドッペルゲンガーが……どうでもいい、だと?」

 

 阿鼻叫喚、地獄絵図。

 チームメイプルにより、SAN値を削られていく管理者たちのテンションが、逆に上昇していく。

 

「ああ、もういい!好きにやらせとけ!どーせ、メイプルだろの心を全員が持つんだ!」

 

 諦めの境地に達した彼らが、それからのイベントをミスなく完璧に運営していったというのは、また別の話。

 



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16話 幼馴染と開戦。

 魔人(なんて格好良さげな存在とは認めない)との戦いを終えた後、現れた魔法陣に乗ることで辿り着いたのは、見覚えのない部屋。

 目の前には螺旋階段が存在していて、そこに見覚えのある人物たち……というか、パーティーメンバーたちが腰掛けていた。

 

「あれ?あっくんだ!」

「え、嘘……本当だ。ラッキーだね……」

 

 こちらに気がつくと、メイプルが大きく手を振ってくる。

 隣にいるサリーはぐったりとしているので、かなりキツイイベントに巻き込まれたのかもしれない。

 

「お疲れだな……大丈夫だったか?」

 

 一声かけておくと、帰ってきたのは予想外の言葉だった。

 

「偽メイプルと2時間近く戦い続けてたよ……」

「私も1時間ぐらいかけて、偽サリーを毒で押し潰して来たよ〜」

 

 困惑状態になりかけるも、そろそろ不思議事態にも慣れてきたため、会話を続ける。

 俺は俺で、壺と会話してたりしたからな……お互い様か。それとメイプル、言い方考えような?

 

「お、おう……お疲れさま?」

「うん……ほんとに疲れた。メイプルの相手はしばらく十分かな」

 

 メイプルが毒を使い、偽サリーに耐久戦を挑んだのはまだわかるが、サリーが偽メイプルに勝利した、という事実には尊敬の念を抱くほかない。

 対メイプル兵器一号として誇っていいと思う。

 それとお前も言い方気にしろ。

 それだと少し誤解生まれるぞ?

 

 先程からの言い方云々は、俺が来る前にお互いを弄りあっていたことが原因だそうなので、遊びの延長だったそうだ。

 こいつらがまともに喧嘩したところなんて、殆ど見たことがないので心配は一切してなかったのだが……

 

 対メイプルの作戦を後で詳しく聞いとこう、と心のメモに記しているとそのメイプルから質問が飛んできた。

 

「……あれ?あっくんも誰かと戦ってきたの?」

「……良くあるのは、強化された自分とかじゃない?その方が、私は燃えてくるんだけどな〜」

 

 サリーも同じことを考えていたのか、そんな考察を話してくる。

 こいつも大概バトルジャンキーなんだよね。俺だったたら、強化版の自分と戦えなんて言われたら、即座に拒否する自信がある。

 ……メイプルが自分と戦う想像して凄く嫌そうな表情浮かべているのを見ていると、やっぱり戦ってもいい気はしてきたが。

 

 

「いや、俺は……うん。色々あって、壺と喧嘩してた」

 

「「へ?……壺!?」」

 

 予想はしていたが、なんだかんだ言って、俺の状況説明が一番長くなってしまったことは言うまでもない。

 

 

◇◆◇

 

 

 お互いの状況確認も終わったところで昼食を挟むことにした。

 朝が早かったので、丁度腹も空いてきた頃だったのだ。

 

 今日は準備が簡単なサンドイッチ。

 メイプル、サリー、俺の順で階段に腰掛けて『いただきます』と声を合わせた。

 

 よくわからないが甘い癖にピリッと舌が痺れる調味料や、ノーマルな卵、食欲の萎えそうな青色のクリームをサンドしたものなど、多くの種類を用意しておいた。

 サリーが引きつった笑みを浮かべている気がするが、俺もメイプルも基本ゲテモノやら地雷臭のする料理やらを食べることに抵抗はないため、パクパクと食べ進めていく。

 

 そんな中、ふと気付いた。

 サリーが何かに気がついたように視線を俺の持っている飲み物に集中させている。

 俺の目の前に浮いているその左手には、ラストの卵サンドが食べかけのまま握られており、小さく上下するそれが俺を誘惑してくる。

 

「……どうかした?」

 

 なぜ、自分の飲み物を凝視されているのか、わかっていながら聞いてみる。

 ああ、卵サンド食いたい。

 ……俺、定番とか言ってるけど、まだ食ってなかったんだよな。

 

「……なんで……なんで!?」

 

 サリーがワナワナと震えだす。

 そろそろ大声に注意しといた方がいいよな〜なんて冷静に考えていると【轟音耐性大】を入手していたことを思い出した。

 超便利だな、これ。

 

「なんで、平然とMPポーション飲んでるの!?」

 

 意外と声が響くな、と他人事風に考えながら、俺は少し前に手に入れたスキルの効果を思い出すのだった。

 

 

 

 

 

【暴食の壺】

 

 プレイヤーは自分のMPを秒間5ずつ吸収していく"壺"を得る。

 "壺"は最大で自身のMP×10の容量を持ち、容量が最大になるまで吸収は行われ続ける。

 任意で吸収を止めることは不可能。

 MPが0になった際のみ"壺"からMPを使用することが出来るようになる。

 また、プレイヤーはMP消費50以上の魔法を使用できなくなる。

 

 

 

 

 

 

 青いパネルを開き、サリーへとスキル効果を見せながらMPポーションを飲み続ける。

 ポーション類は蓋を開けるだけで効果が発動するのだが、やろうと思えば飲める。

 

 食事中だったので飲み物代わりにしていた、というわけだ。

 

「……なんか、随分と使い手を選ぶスキルだね」

「……このスキルって……微妙じゃないの?」

 

 サリーがこちらをジト目で見ながらそういうのに対し、メイプルは純粋にそう疑問をぶつけてくる。

 高威力魔法の使い手ならば、MPタンクは喉から手が出るほどに欲しいものだが、それにより使えるMPに制限がかけられては、本末転倒すぎるからだ。

 

「……ま、普通に使えば、そこまで性能は良くないかな……サリーとか俺みたいなのなら、運用可能だけど」

 

 そう、小技を連発するサリーや()()()()()M()P()()()()が大きい俺からすれば、このスキルは化ける。

 事実、俺はこのスキルにより奥の手を一つ、温存出来るようになっているのだ。

 

「壺に攻撃かぁ……私も、まだまだメイプル化が足りないなぁ」

「本能のままプレイすると、強くなれるのが俺とメイプルで実証されたな」

 

 本能プレイのメイプルに、音による快適空間の妨害を理由に壺を攻撃した俺。

 俺がいうのもなんだが、サリーには"普通の異常"な強さを身につけていって貰いたいものだ。

 

「よし、全員食い終わったな?出発の準備しとけよ〜」

 

 もう一つの方はまだ隠しておくとして、話がひと段落ついた所で声をかけた。

 

「うん。今日も美味しかったよ!」

「うい、お粗末さん」

 

 メイプルに笑顔でそう言われると、毎日食事を作ってやりたくなるのでやめて頂きたい。何こいつ、可愛いかよ。

 

「準備は殆ど終わってるよ。それと……その、一応言っとくけど、美味しかったよ?」

「……っ、あらあら、サリーさん。随分と素直でございますわね?」

「うっさい……ん?あれ、私……卵サンド……」

 

 メイプルに対抗するわけではないだろうが、サリーまでそんな嬉しいことを言ってくれるので、つい茶化してしまった。

 恥ずかしそうにしながらってところが、ポイント高いですよね、俺的に。

 

 そして、サリーが気付いてはいけないことを思い出そうとし始めたので、声を張り上げる。

 

「よし、じゃあ、行こう!早く行こう!」

「うわっ!?あっくん、いきなり持ち上げないでよ!」

「卵サンド……って、アサギ?なんでそんな焦って……あ!もしかしてーー」

 

 サリーから制裁を喰らう前に、メイプルを背負い螺旋階段を登り始める。

 もちろん、AGIで絶対的に遅れをとっている俺が、彼女から逃げ切れる訳がないのだが、そこはそれ。

 逃げ切れないから、逃げない。

 なんて、理論的に対処できる余裕はないのである。

 食べ物の恨みって怖いよね! 

 

 その後、制裁を与えようとしたサリーが、何かに気がついたようで、顔を真っ赤に染め、怒りのボルテージを爆発的に上昇させるのだが、その理由は何度聞いても教えてくれなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 螺旋階段を登りきると、そこは森林地帯だった。

 どうやら、渓谷内ではないようなので、メイプルがリタイアする必要もなくなった……地味に心配していたので、安心である。

 

 森林地帯を軽く探索しながら、移動していく。

 メイプルとサリーが、偽物を倒すことでそれぞれ1枚ずつメダルを得ているのだが、俺は良い装備を得ることこそできたが、肝心なメダルは得られていない。

 

「いい加減、メダル0からは抜け出したい頃なんだが……」

「あははは……」

「本当だよ!」

 

 俺の計画を知っているサリーは苦笑いをし、メイプルはまだ30枚を諦めたつもりはないのか、背中に乗ったままこちらを揺さぶってくる。

 

 頭の上に乗ったシロップまで、ポンポンと俺の頭を叩いてくる始末だ。

 ……ペットって飼い主に似るらしいからな……変な方向に進化していかないように祈っておこう。

 

 朧はサリーの隣をトコトコと歩き続けている……シロップも歩けばーーあ、コイツもAGI低いんだった。

 見た目カメだから仕方ないか。

 

 気持ちを切り替えて、いい加減メダル問題に向き合ってみることにする。

 

「……勝負かけるなら、明日か明後日にするつもりだけど、サリーはどう思う?」

 

 新しい装備を今日の夜あたりに、一人で確認しておきたかったため、そう言ってみたのだが、サリーも同じような想定をしていたらしい。

 俺の意見に、賛同してくる。

 

「こっちは少人数だから、夜戦の方が上手くいくだろうしね……今日は稽古の続きもやっておきたいから」

 

 このように話しているのは、半分はメイプルを騙すための仕込みでもある。

 "釣り"が失敗した場合、もう一つの作戦を使うつもりだったからだ。

 サリーと俺が二人で夜戦に出かけるフリをして、サリーが持っているメダルを一時的に俺へ預けてもらって、それを戦果としてメイプルへ見せる。

 そうすれば、心置きなくメイプルがメダルを使用できる、という作戦だ。

 そこ、汚いとか言わない。

 アイツが優しさの面で頑固なのが悪い。

 

「ということで、明日か明後日は俺とサリーでプレイヤー狩りしてくるからな。そこ、よろしく」

「うん!頑張ってね!」

 

 ……純粋に応援されると心が痛い。

 

 俺とサリーが苦笑いしながら、目を合わせるのを見て、メイプルは首を傾げたのだった。

 

 

 

 それから更に歩くこと1時間とちょっと程。

 

 今回の森林地帯は、そこまで大きなものではなかったらしい。

 

 

 

 俺たちは……砂漠に来ていた。

 

 

 

「あっちぃぃ……って言いたくなる景色だな」

「……そう言われると、暑くなってくる気がするから、やめて」

「あははは……」

 

 砂漠探索に付き合わせるのは、流石に酷であるため、シロップと朧を【休眠】させてから探索を開始する。

 

 サリーには咎められたが、暑いはずなのに全く熱を感じない、どうしても違和感を抱いてしまうものだ。雪山にいたときも同様である。

 

「にしても……なんもねぇな。ここ……」

 

「あってもサボテン……プレイヤーもいなさそう。案外、こういうところの方がメダルは残ってるかもね」

 

「……あっくん。サボテンって、食べれなかった?」

 

「……一応採取しとくか」

 

「私は食べないからね!?」

 

 

 そんなこんなで、しばらく探索し続ける。

 何度も大きな砂丘を越え、数えるのが面倒になってきた頃……視界が開けたその先に、鮮やかな緑色が見えた。

 

「オアシス……か。ま、定番っちゃ定番だな」

 

 大抵何かしらのイベントがあるんだが……と呟きながらオアシスの方向へと足を向ける。

 コラ、メイプル。

 そんな急かすな、体揺らすな、密着すんな!……密着とか、今更すぎるわ。

 

 近くへ行くと、オアシスは思ったよりも大きめだったようで、隅々まで探索するには、少し時間がかかりそうだ。

 

 オアシスの近くで、メイプルを下ろす。

 

 肩を回して、体をほぐしてからサリーとメイプルの背を追った。

 

 

 そして……三歩目で『蒼刃』を抜き放った。

 

「【シングルシュート】!」

 

「……!ハァッ!」

 

 メイプルの髪をかすめて飛んで行ったその斬撃は、彼女が握る刀により弾かれてしまう。

 

「……随分な、ご挨拶だな?」

 

「ありゃ、女性だったか……悪いな」

 

「……それはお互い様だろう?」

 

 木陰から出てきた女性は、黒い長髪を持ち、桜色を基調とした着物を装備している純和風なプレイヤーで、その見た目は、普段メイプルやサリーと過ごしている俺から見ても、誇張せずに綺麗だと言えるレベルだった。

 

 超速交換、と呟いて右手に『飛天』を装備し直しながら彼女との会話を進める。

 

 サリーは、俺と同タイミングで気付いていたようで、すでに戦闘態勢をとっていた。

 メイプルは先程の俺の攻撃により、びっくりした〜!なんて言っているが、盾を構えていなくても死にはしないだろう。

 

「メイプルとは……私も運が悪いな。見逃してくれはしないのだろう?戦うのならば、一人ぐらいは道連れにして見せるが……」

 

 三対一となるこの状況でも、彼女は毅然とした態度でそう言い放つ。

 先程の攻撃を当然のように、間違っても初心者向けとは言えない、刀という武器で弾いたことからも、実力はあるプレイヤーなのだろう。

 

「別に、逃げてもいいんですよ?」

 

 だが……喧嘩を売った相手が悪かったな。

 

 彼女の言葉を要約すると、メイプルでなければ勝てる、という意味になる。

 たしかに、俺なら十分あり得る話だ。

 だが……もう一人は下手をすればメイプルを上回る化け物だぞ?

 

「【超加速】!」

 

 女性は初動を感じさせない動きでスタートを切り、その場から走り始めた。

 

「【超加速】!」

 

 目にも留まらぬ速さで駆けていく彼女を、サリーが追走する。

 

 取り残されたのは、俺たち。

 

「あっくん、おんぶ!」

「わってるよ!」

 

 俺たちは急いで彼女らを追いかけるのだった……結果は分かっているのだが。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 そんな、今までの道筋を振り返っていた。

 

 

 

 人生というものは、つくづく計算通りにはいかないもので……

 

 

 

「ほい、到着だ」

「毎度毎度、ありがとね?」

「気にすんな」

 

 

 

 そんな会話をしたのがぼちぼち前。

 

 

 

「メイプル!?」

「おっと!?」

「うわぁぁ!?」

 

 

 

 流砂に飲み込まれていった彼女たちを見送ったのが少し前。

 

 

 

「なぁ、嬢ちゃん?一戦やってかねぇか?」

 

「まあ、逃すつもりもないんだけどね!大人しく死んどく?」

 

 

 筋肉ゴリラと金髪魔法使いに喧嘩を売られたのが、十秒前。

 

 

「……一日早いんだよなぁ……それと、俺は……男だ!」

 

「……ほぅ?丁度いい!それなら、よっぽど戦りやすい!」

 

  

 巨大な戦斧と俺の持つ二刀がぶつかり合ったのが、現在だった。



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17話 幼馴染と到達。

ちょっと長いです。
ゆっくり読んでくれれば、と思います。


「あっくん、サリー達もう少し右の方に逃げた筈だよ!」

 

「りょーかい。しっかり掴んでろ、飛ばすからな!」

 

 背負ったメイプルの指示を聞き、砂丘を全速力で駆けていく。

 着物姿の美人さんとサリーが使っていた【超加速】は、AGIが75を超えていなければ習得できないスキルだ。

 メイプルを背負った俺が簡単に追いつけるほどの距離からは、既に離れているだろう。

 

「サリー、大丈夫だよね?」

 

 そんな心配そうな声を上げたメイプルに向かって、ニヤリと笑みを浮かべて

 

「当たり前だろ」

 

 俺はそう断言した。

 

 

 

 

 そして3分ほど全力疾走した後、俺とメイプルが見た光景はサリーと、その女性が向き合っている光景。

 女性の姿は髪を白へ、瞳を緋色へと変色させており、その目には強い意志が感じられた。

 

 明らかに相手が決め技を打とうとしているのに対して、サリーは冷静に集中力を高めていく。

 

「サリー!【ひどーーむぐぅ」

 

 俺の背から降り、助けに入ろうとするメイプルを引き留めた。

 首根っこを掴んで止めたので、少し苦しそうにしているが大丈夫だろう。VIT極振りだからな。

 

「落ち着けって……多分いいもん見れるぞ?」

「え、でも……サリーが!」

 

 そうやってブツブツと言い合いをしながらも、メイプルを落ち着かせる。

 漸く大人しくなったメイプルが、サリー達の方向へと視線を向けた瞬間、遂に女性が仕掛けた。

 

 素早い踏込み、滑らかに撃ち放たれた斬撃の姿が消える。

 奥の手……恐らくかなりのデバフを覚悟してのスキル発動だったのだろう。

 確実に仕留められる……それを疑っていなかった表情が、二度、三度と繰り出されていく連撃をスルスルと、避けていくサリーによって驚愕の色へと染まっていく。

 

 次第に、驚きは当たることを願うかのような表情に変わっていき、女性は遂にその連撃スキルを撃ち終えた。

 不可視の斬撃、数えること十二連撃。

 その全ての斬撃を、経験や感覚による攻撃予測のみで躱し切ったサリーに対して、その女性は何処か満足げだった。

 

「私の負けだ。一思いにやってくれ」

 

 もう抵抗する体力もない、と呟きながら女性は地面へと大の字に寝っ転がる。

 サリーが彼女へとトドメを刺そうとした時、俺は先ほどまですぐ隣に感じていた気配がなくなっていることに気付いた。

 

「サリー!と、止めてぇぇ!」

「何してんだ、お前ぇぇ!?」

 

 少し目を離していただけなのに、彼女はサリーの方向へと砂丘を転がり落ちていった。

 ダメージは入らないから、問題はないのだが……なんて、思ったのがフラグだったのかもしれない。

 

「メイプル!?」

「おっと!?」

「うわぁぁ!?」

 

 二人の元へとメイプルが直撃、そして……流砂へと沈み込んでいってしまったのだ。

 ……俺一人だけを置いてきぼりにして。

 

「え……そんなこと、ある?」

 

 砂漠にて独りきりとなった俺の呟きに、答える相手は勿論いなかった。

 

 

 

「……まあ、適当に暇つぶしでもするか」

 

 たっぷり数分呆然としてから、暇つぶしの機会が最近増えてるな、と感じながら移動を開始した。

 

 オアシスに湖があった筈なので、いつも通り釣りでもするか。

 メイプルと話していたサボテン料理なるものにも興味があったため、それらで時間を潰すことにする。

 

 予定を立てているうちに、意外と有意義な暇つぶしになるのでは、と少しばかり気持ちが明るくなってきた時だった。

 

「……ん?お前……噂の【巫女】か?」

「嘘でしょ……メイプルのチーム!?」

 

「うへぇ……弱くなさそう」

 

 戻ってきたオアシスにて、俺とそいつらが出会ってしまったのは……

 

 

◇◆◇

 

 

「よぉ、お仲間はどうした?」

 

 ガタイの良い……良すぎる兄貴感が強い青年が、そう声をかけてきた。

 戦斧を背負っており、見た目からはVITとSTRに振っているタイプだろう。

 

「さぁ?そこら辺に居るんじゃないか?」

 

 嘘はついてない。

 居るとしたら高さの軸がズレてるだろうけど……

 正直言って、今日の内にやり合うつもりはなかったのだが……いざとなったら、戦闘も仕方ないか。

 

「……?索敵スキルには、反応無し。本当に一人きりなのかもしれないね……何かのイベントで、逸れた……とか?」

 

 もう一人は金髪の少女。

 杖を持っていて装備も軽装であるため、後衛職……恐らく魔法攻撃の専門だろう。

 ……目が大人しそうじゃないからだ。

 

 俺が完全に一人のハグレだということを確認した彼女は、こちらの真意を見定めるようにして、こちらをジッと見つめてくる。

 

「……そんなに見られると、照れちゃうんだけど?」

「え、あっ、ごめん……じゃない!?」

 

 こちらの弄りに対して素直に謝ってしまってるのを見る限り、そこまで悪い子じゃなさそうだが、逃してくれるかは別問題だろう。

 

「おい、フレデリカ!いいよな?」

「ちょっと、ドラグ……まあ、いっか。恨みはないけど……逃す理由もないしね」

 

 

 何やら向こうでごちゃごちゃ言ってるが、今のうちに逃れたりしないかな〜。

 メダルは持ってないけど、ここで死ぬとリスポン後が面倒だ。

 

 そう思いながら、一歩後ろへと足を退けた俺に対して……

 

「なぁ、嬢ちゃん?一戦やってかねぇか?」

 

 筋肉ゴリラことドラグさんが声をかける。

 

「え、そういう気分じゃないんですが?」

「まあ、逃すつもりもないんだけどね!大人しく死んどく?」

 

 せめてもの抵抗で、そう返答するも、魔法使いことフレデリカ?(多分……あんまり聞こえなかった)とやらに退路を塞がれてしまった。

 

 仕方ない、そうきっぱりと割り切ることにする。迷いは思考を鈍らせる。

 戦闘は避けられないと判断し、左手の装備を『氷龍ノ咆哮』から『飛天』へと交換しておく。出来れば、戦闘のスタイルを見せつけたくない。

 

「……一日早いんだよなぁ……それと、俺は……男だ!」

 

 最後に愚痴を溢し、それから何よりも訂正しておきたかったことを叫び、抜刀。

 一気にトップスピードへと切り替え、飛び出した。

 

「……ほぅ?丁度いい!それなら、よっぽど戦りやすい!」

 

 ぶつかり合う戦斧と二刀。

 俺は後ろへと跳ね飛ばされるも、地面が砂であることや飛ばされることを予測していたこともあり、受け身を取ることでダメージは防ぐ。

 

 一瞬の交錯だったが、たしかに俺とドラグの目が合った。

 

 恐らく互いの顔には同じような笑みが浮かんでいるのだろう。

 なんだかんだ言って、ゲーマーたるもの対人戦が楽しくない訳がないのである。

 

「【多重炎弾】!」

 

 その声を耳にした瞬間、視線を声の方向へ向けると同時に体を転がし、その場から逃げ出す。

 スキル名から予測できる通りの広範囲攻撃が、俺が先程までいた空間へ飛翔していく。

 放たれた大量の炎弾がすぐ後ろで爆発していくのを肌で感じながらも、俺はそちらへ視線を向けるほどの余裕を、持ち合わせていなかった。

 

「【バーンアックス】!」

 

「……の、やろ!」

 

 回避した先で振り下ろされた戦斧を、耐久値の心配をする必要のない『蒼刃』で受け流す。

 戦斧に纏われた炎により、少しHPが削られていくが気にする余裕はない。

 

 スキル発動後の隙を狙うため、わざと使わなかった左手で『飛天』を飛ばす。

 戦斧を振り切っているドラグならば、この距離からの攻撃は躱せない。

 

「【ペネトレーター】」

 

 至近距離から放たれるその攻撃は、まさにレーザーの如く、容赦なく顔面目掛けてその一撃は放たれた。

 しかし【投剣】使いと知られていなければ、十分初見殺しであるその攻撃は、突如現れた見えない壁へヒビを入れるだけに留まった。

 

「【障壁】!……ふぅ、危なかった」

「助かったぜ、フレデリカ!」

 

 一旦距離を取り、息を整える。

 仕留めたと思ったのだが……やはり、手強い。

 スタイルを知られる前に、デカブツだけでも倒しておこうと思ったのだが、上手くいかないものだ。

 

「なにそれ、ずるい」

「ずるくないです〜!」

 

 フレデリカ(名前合ってた、よかった)にそう文句をつけるが、鼻から一対二の戦闘であるためフェアもアンフェアもあったもんではない。

 

「【超速交換】……あら、『氷龍ノ咆哮』が出てきちゃったか」

 

 左手に装備されたグローブを眺めて、少し考える。

 ……そこまで出し惜しみして、勝てる相手ではなさそうだった。

 

「……フレデリカさん、だっけ?」

「……!うん……そうだけど?」

 

 俺が突然話しかけたからだろう、フレデリカは警戒を一気に引き上げて、こちらを真っ直ぐと見据えている。

 

「……ちょっと、大人しくしてね?」

「……ッ!?ドラーーへ?」

 

 ドラグへと自分の護衛を指示しようとしたのだろう、そんなフレデリカが少し間抜けな声を出した理由。

 それは……俺が右手で、武器をふんわり投げたから、である。

 

 フレデリカの足元へ、サクりと刺さったその剣の効果を彼女は知らない。

 これこそ、もう一つの初見殺しにして、対スキル使い必勝法の一つ。

 

「【凍結封印】」

 

「ッ!何を!……【多重炎弾】!」

 

 俺がスキルを口にした瞬間、彼女が魔法攻撃を使おうとするが、少し遅い。

 『蒼刃』から漏れだす冷気に触れてしまった彼女は、これから一分間ありとあらゆるスキルを使えない。

 

「なんで、魔法が!?【多重炎弾】!【多重炎弾】!」

 

「残念だけど……君は、これから()()()は全てスキルを使えないよ。ドラグの応援でもしとくといいよ……後で、相手になってやるから」

 

 慌てふためき、何度も魔法を使おうと足掻くフレデリカだが、その魔法は発動しない。

 だが、スキル封じは一分しか効き目がない。

 それに気づかれないかは、フレデリカ次第だ。

 

 

「んじゃ、ドラグ……そろそろやろうぜ?」

 

「いいな、お前!そんな女々しい格好してる割には、男じゃねぇか!」

 

「うっさい。こんな格好だが、歴とした男だよ、俺は!」

 

 ドラグの言葉に全力でツッコミを入れながら、俺は攻撃を仕掛け始める。

 

「【ファイアボール】んで【刃状変化】!」

 

 左手に炎剣を用意する間に、ドラグはこちらへと距離を詰めてくる。一瞬だけ、剣状へと変化した炎弾に驚きを見せたが、迷うことなくスキルを発動してきた。

 

「【重突進】!」

 

 大方、近距離戦以外では不利になると考えたのだろう。

 ドラグが加速、こちらを踏み潰すような迫力で突撃してくる。

 正面から受ければ、かなりの被害を受けるのは間違い無い。

 

「【ウインドカッター】!」

 

 正面から風の刃を放つ。

 だが、しっかりとVITにポイントを振っているからだろうか?

 そのダメージ量は微々たるものだ。

 だが、それでいい……この攻撃が後々効いてくる。

 タイミングを図る。

 そして、しっかりと俺は地を踏みしめた。

 

 

 

 

 

 

 左右に避けようが、必ず仕留める。

 【重突進】を使用した俺ことドラグが、そう心に決めた時には……

 

「【跳躍】!【ペネトレーター】!」

 

 相対していた【巫女】の姿は上空にあった。

 してやったり、というような顔があまりにも楽しそうで……こちらのテンションも上がってくる。

 

「チッ、ちょこまかと!!」

 

 飛来する長剣を象った炎を戦斧で迎え撃つ。この程度、弾き返せる。そう思ったからの応戦だった。

 しかし、その剣は戦斧に触れると同時に爆発、そして腕には凍傷判定が入った。

 先程の風魔法と合わせて、既に二割程のダメージを負っている。

 

「凍傷……氷属性だと!?」

 

 考察をするまもなく、相手の攻撃は回転を上げ始める。

 魔法、そして魔法剣による攻撃。

 時折、接近戦を仕掛けてきたり、実体を持つ剣が飛んできたりするあたり【巫女】とやらは随分と性格が悪いらしい。

 

「俺が押されてる、か。ペインでもドレッドでもない男相手に……いいな!気に入ったぜ、お前!」

 

 いつしか戦いの目的を忘れた。

 それほどまでに……ただ、楽しかったのだ。

 

 何度も斬り結び、何度も跳ね飛ばし、そして何度も爆発やら何やらを喰らい続けた。

 

 相手の体力は未だ八割近く残っていて、俺は今、半分を切ったところだった。

 その殆どが、避けきれなかった魔法剣による攻撃で起こる、凍傷によるダメージだ。

 直撃を避けようとも、その追加ダメージだけは防ぐことはできないのである。

 

 そんなことを考えていたが、こちらも負けるつもりは毛頭ない。

 俺は中途半端に距離が開いた瞬間を、見逃さなかった。

 

「とっておきだ!【地割り】!」

 

 戦斧を地面へ叩きつける。

 それまで近距離での攻撃しかしていなかった俺の行動に【巫女】は対応できていない。

 

 地を割ったその衝撃が、漸く【巫女】の体を吹き飛ばした。

 

 

 

「……ふぅ。死ぬかと、思ったわ。お陰様で、体力は赤ゲージ……何今の?」

 

 

 スタッと立ち上がった【巫女】からは『体力がない』なんて言う割に、全く焦りを感じられない。

 飄々とした態度で、呑気に話を持ちかけてくる。

 

「……余裕だな?」

 

 思わずそう口に出してしまった。

 それに対する返答はない。

 

 【巫女】は目を閉じ、集中力を高めようとしているように見えた。

 ならば、それを待ってやる義理などない。

 

「まぁ、いい……結構、楽しかったぜ!終わりだ!【地割り】!!!」

 

 

 再び生まれたその衝撃波が【巫女】へと向かう。

 その攻撃を前にして、彼は目を開き言った。

 

 

「俺も……楽しかったよ」

 

 そして、彼が左腕を振り払った。

 

 

◇◆◇

 

 

 散々と奥の手だの、なんだの言い続けたからな。

 そろそろ、やりたかったことの説明をしようと思う。

 最初に確認しておいて欲しいのは【刃状変化・氷】のスキル効果についてだ。

 

 

 スキル【刃状変化・氷】

 

 MPを消費して、手に取ったありとあらゆる非生命体を、剣として認識することが出来る。

 MPを消費して液体又は実体のない物質を短剣の形へと変化、固定させ、武器として扱うことが出来る。

 

 【投剣】による全ての攻撃に、氷属性を追加する。

 

 

 

 

 注目して欲しい点は、消費されるMPは、状況によって変動する、という点だ。

 

 詳しく調べると、基本は消費MP5と明記されていた。

 

 自分の【ファイアボール】に対しては15消費しており、サリーから受け取った時も同様だ。

 

 しかし、一度メイプルの【毒竜】を武器化できないか試した時に必要なMPは505だった。

 また、相手が魔法を使うゴブリンだった時のことである。

 こちらに放たれた【ファイアボール】を武器にできないか、試したところ必要なMPは105だった。

 

 【ファイアボール】に必要なMPは10であることを考えると、消費MPは十倍に跳ね上がっている。

 

 よって法則を考えた。

 

 恐らく、刃状変化に必要なMP消費量は

 

 基本消費の5+『スキルの格』×『敵意に応じた倍数(最大10倍)』

 

 になるのでは、というものだ。

 

 ま、なんだ。

 簡単に言えば……MPさえ有れば実体のない攻撃や魔法攻撃に対して、俺は無敵になれるのでは?

 

 ということである。

 

 

 イベント開始時、俺のレベルは18だった。

 ゴブリン、怪鳥、ウサギそして魔人。

 多くの強敵を倒し続けて、今の俺のレベルは24に至っている。

 

 得られたステータスポイント20を全てMPにぶち込んだ俺の現在のMP最大容量は510。

 

 "壺"を入れたら、510+5100である。

 

 

 さあ、現実に話を戻そう。

 【毒竜】レベルのスキルならば5+500×10のMPを消費して【刃状変化】を使用できる。

 

【地割り】が【毒竜】よりも格下なのは、どう見たって明らかだ。

 

 よって……

 

 

 

 目を開いた。

 

 目の前で【地割り】が放たれようとしていた。

 

「結構楽しかったぜ」

 

 そんな終わりを告げる、声が聞こえた。

 

「俺も……楽しかったよ」

 

 そう返事を返してから、呼吸を整える。

 

 そして、タイミングを合わせて、左腕を右側から左側へと振り払う。

 

「【刃状変化】!!!」

 

 絶叫。

 

 向かってくる衝撃を、その全てに対して、お前は俺のモノだと宣言する。

 相手の攻撃を、自分の武器に。

 

 そのチート技を不可能とするために、馬鹿みたいなMP消費量が制限としてかけられていた。

 運営全員が、その膨大なMPに挑もうとするバカなんて、存在しないと……そう、甘く見ていた。

 

 衝撃が消える。

 

 少年の左手には、一本の剣が握られていた。

 

 

「……よしっ!三分!【障壁】!それと【多重炎弾】!」

 

 スキルを放ったばかりのドラグの前に、障壁を張ったフレデリカが立ちはだかる。

 

 放たれた無数の炎弾。

 張られた堅固な防御壁。

 

 

 少年の一撃はその全てを、なぎ払い、吹き飛ばし、そして貫通した。

 

 

「【ペネトレーター】!!!」

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 【地割り】という高威力広範囲攻撃スキルの威力全てを、一振りの剣に詰め込んだのである。

 その一撃が、障壁の一枚程度で防がれるはずもなかった。

 

 

 轟音、そして決着。

 

 砂煙が収まった頃、アサギの前にはプレイヤーの一人も残っておらず、金のメダルが二枚、そして銀のメダルが12枚残っているのみ。

 

 

「完全、勝利!!!」

 

 

 HPポーションにより、体力が全回復していくのを見ながら、右腕を突き上げる。

 何よりも、自分が狙い続けできたスタイルへと到達できたことの喜びは大き過ぎた。

 

「……もう、満足。死ねるかもしれない」

 

「……いや、そう簡単に死んでもらっては困るな」

 

 

 だから、気を抜いていた。

 

 

「昨日ぶりだね【巫女】さん」

「いや、お前の登場場面で話終えるの二回目なんだけど?」

 

 そこには、見覚えのある聖騎士が剣を向けて立っていた。

 もういいよ、お前。

 人がいい気分の時に、水を差さないでくれない?

 思わず一瞬メタ発言しちゃっただろ。




アサギ第一形態の大枠が完成です。


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18話 幼馴染と聖剣。

「昨日ぶりだね【巫女】さん?」

 

 

 向けられた長剣。

 金色の髪に青い瞳、その顔立ちは憎たらしいほどに整っている。

 聖騎士を思わせる白の鎧に身を包み、その青年は爽やかな笑みを浮かべながら、そう言った。

 

「……なんで、いんだよ」

「フレデリカから、SOSを貰ってね」

「あの野郎!?」

 

 正確に言えば、野郎ではないのだが。

 ……【凍結封印】後に放置しすぎたかもしれない。

 

「まさか……本当にあの二人が撃破されるとは、思っていなかったんだが……間に合ったようで何よりだ」

 

 残量MPは"壺"を含めて2000ほど。

 

 【地割り】に3000近く持っていかれたようで、万全とは言えない状況。

 何より、先の戦いによる精神的な疲労が少なくなかった。

 

 

 まずい。

 まずった。これは、初死亡を覚悟した方がいいかもしれない。

 

 今一度状況確認をして、出てきた結論は『やっぱりまずい』だった。

 

 ……仕方ない。

 逃げ切れるとも思えないのだ。

 

「あははは……そうだな……できることなら、会いたくなかったよ」

 

 乾いた笑い声をあげると、ペインも同じように笑みを浮かべて

 

「はは……釣れない、な!」

 

 横一閃、薙ぎ払われたその剣を、上半身を全力で後方へ逸らすことで回避する。

 ペインも本気で当てるつもりは無かったのだろう。

 至近距離でコイツが本気を出せば、俺は恐らく五秒と持たない。

 

 回避する際、バク転しながら左足をペインの顔面を蹴り上げようと伸ばす。

 いや、伸ばそうとした。

 

 攻撃に転じようとした瞬間、背筋に悪寒が走る。

 その直感を信じて、無理に攻撃へと移行せず、左足を引っ込めてペインから距離を取る。

 すると、そんな俺の様子を見たペインが、獰猛な笑みを浮かべた。

 恐らく、蹴りが飛んで来たらその足を切り落とそうと考えていたのだろう。

 

「……流石、メイプルのパーティーメンバーだな。ドレッドと同じタイプか……俺も、本気を出すことにするよ」

 

 その言葉通り、一瞬で彼の纏った雰囲気が変質する。

 向けられる眼光に、昨日見た人当たりの良さそうな優男風なんてモノは存在しない。

 

「この戦闘中毒者が……話し合う余地とかない?本能も理性も勝ち目無しって判断してんだけど?」

 

 半分時間稼ぎのようなものだが、ダメ元でそう聞いてみる。

 

「悪いが、君が先程倒した二人のプレイヤーとは縁があってね……彼らは、これから追加されるであろうギルドシステム……俺が作るギルドの団員予定でね、しっかりと敵討ちをする……という建前がある」

「そりゃ、逃すわけにはいかないよな……って、建前って言い切ってんじゃねぇか!?お前、やっぱり戦いたいだけだろ!?」

 

 恐らく、コイツはサリー並に好戦的。

 そう考えながらもツッコミを入れる。

 

「君も団員になるというなら、見逃してあげてもいいんだが……やはり、そうか」

 

 会話を進めていくうちに、覚悟を決めた。

 せめて、即死は逃れようと……いや、頑張って負け確の考え方やめよう。

 

「察しが良くて助かるよ……ご予想通り、生憎と……仕える主人は二人だけって決めてんだ!」

 

 ゲーム内なら、格好つけた台詞も恥ずかしくないのが不思議である。

 ……散々、魔法名とか叫んでるから、羞恥感が薄いのかもしれない。

 

「【ペネトレーター】!【ファイアボール】!」

 

 右手で『蒼刃』を飛ばし、左手から炎弾を放つ。

 【凍結封印】は時間制限で二時間間隔を置かなければ使えない。

 使ったところで"素が強い"系のプレイヤーであろうペインには、対して効果は無いのだろうが。

 

「ふっ!はっ!」

 

 二度、ペインが長剣を振るだけで、俺の攻撃は無力化されてしまう。

 

「簡単に、弾いてくれるなぁ!【ファイアボール】【刃状変化】!ついでに【超速交換】!」

「それが、君の切り札か!」

 

 左手に炎刃。

 右手に『ゴブリンキングサーベル』を装備。

 感覚でわかるが、そろそろ右手の方は折れ時だろう。

 出来れば持ち帰り、イズさんにでも修復を頼もうと思っていたのだが、仕方ない。

 

 二刀を補給した俺に対して、ペインがどこか嬉しそうに攻撃を仕掛けてくる。

 

「はぁ!」

「……っ!……接近戦は、本職じゃねえっての!」

 

 交差させた二刀で、ペインの攻撃を受け止め……切れずに、俺は攻撃の重みに負けるようにズルズルと押し込まれていく。

 足場の悪い砂地であることも影響しているのだろうが、それはペインも同様である。

 万全の踏み込みによる攻撃ならば、剣丸ごと叩っ斬られていたはずだ。

 

 パキリ、パキリと右手の剣から音がし始める。

 押し込まれながらもなんとか保っていた均衡は、この剣が折れた瞬間に崩れ去るだろう。

 

「……やったこと、ないけど!」

 

 状況打破の策を考え続けだ結果、出来るか分からん奇策を思いつく。

 

「【刃状変化】解除!!」

 

 瞬間、左手が爆発。

 

「……!?」

 

 俺は爆風により、後方へと吹き飛んだ。

 爆発そのもののダメージは入らないのだが、吹き飛ばされた際に無理な着地をした、とシステムに判断され、少々体力が削られている。

 

「これは……使えるな」

 

 実験が予想通りに成功し、いくつか新しい戦法を思いついたのだが、それを考えるべきは今ではない。

 

「……気を緩めたか!」

「やべっ!」

 

 砂埃立ち込める中、急接近してきたペインの姿を視界に捉えた。

 そして、同時に迎撃が間に合わないことも悟る。

 対ドラグで見せた【刃状変化】による絶対防御も物理攻撃には関係ない。

 

「……!【サンドカッター】」

 

 瞬間的判断で、右腕を盾にしながら前方へと滑り込む。

 その際に、目潰し代わりにペインの顔面方向へと砂の斬撃を飛ばしておいた。

 

 衝撃、そして右腕に不快な感覚が走る。

 

「……ここ、までか」

 

 滑り込み、現在の俺は体勢を大きく崩している。

 右腕を犠牲にしたことで、奇跡的に生きてはいるが、攻撃が出来る体勢ではない。

 『肉を切らせて』だけで完結してしまっている。『骨を断つ』ことが出来なければ、肉の切られ損だというのに。

 

「これで……終わりだ!」

 

 ま、相性最悪の割には抵抗できたか……なんて、自分に言い聞かせるような俺に長剣が振り下ろされようとした瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「【炎帝】」

 

 

 

 

 

 

 この砂漠に……混沌極まるオアシスに、最後の客達が到来したのは。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 その日、【炎帝】ことミィは遂に己の精神限界を迎えていた。

 

 以下、彼女の心の内である。

 

『ああ!?本当に、無理!もう、無理だってぇ!こんな大事になるなんて、思わないじゃん!ギルドシステムができてない内からこんなに慕われてるって……嬉しいけど、嬉しいけど〜!無理なものは無理なのに……ああ、あの人も同じ感じだったのかな〜。"男性"に見えてるのは、私だけみたいだし……本当に女性なのかな?いや、でも……やっぱり女装してる男性にしか見えなかったし……周りの女の子たち……メイプルにも振り回されてるらしいし【巫女】姿だし。疲れてそうだったな。偽ってるのが私だけじゃないのは、安心したけど〜!あぁ、気になる……流されるまま、女性扱いされてるのかな?そしたら、仲良くなれそうだけど!いや、でも男の人だったらそれはそれで、話しかけづらいわけで……そもそも、話する機会なんてない訳なんだし、深く考える必要もなくて……いい加減、現実逃避をやめた方がいいんだろうけど、大勢の人前で話すのはいつになってもなれないんだよ〜!もう、いいじゃん!折角の探索イベントなんだから、みんなバラバラで楽しもうよ〜!というか、本当に"様"付けしてくる人は、やめていただきたい。ムズムズして仕方ないんだよ!最近なんて私は………………』以下愚痴省略。

 

 

 簡単に言えば

 

 疲れたのであった。

 

 大事なことなのでもう一度。

 

 

 彼女は、四日目にして遂に……

 

 リーダーとしての行動に疲れ切ってしまったのであった。

 

 

 結果、脳内で愚痴り続けた彼女が半分自棄になり、出した命令は……

 

 

「第二回イベントも四日目に突入し、半分を過ぎた……これからはさらなる激戦が考えられる。だか……だからこそこれからの期間を利用し、イベントのため、そしてギルド設立後のために各々の力を蓄えて欲しい。全ては『炎帝の国』としての誇りのため、各自が自分に誇れる強さとなるものを、持ち帰ってこれるよう期待している」

 

 もう無理、ごめん。適当に頑張って。

 

 だった。

 

 

 

 その指示を受けた団員(仮)達が雄叫びを上げ、それぞれ飛び出していったのを見送った訳だが……幹部クラス(仮)のプレイヤーたち。

  

 第一回イベント第7位 二つ名【崩剣】

 

 第一回イベント第8位 二つ名【トラッパー】

 

 第一回イベント第10位 二つ名【聖女】

 

 上からシン、マルクス、ミザリー。

 実力者である彼らは別だった。

 

「俺たちはどうする?自由行動でいいのか?」

 

 シンがそう聞いた。

 普段ミィは、一人で戦うとき以外は、彼らと共に戦いに出ることが殆どだったからだろう。

 人数が減れば、ミィの心にもゆとりもできてくる。ミィは落ち着いて返答する。

 

「好きにしてくれて構わない。私に同行することを断りはしない」

 

 今更、威厳を失うわけにもいかないので、口調や表情には気を張らなければならないのは変わらないのだが。

 

「そういうことなら、俺は一人で行くかな。前回イベントではカスミにしてやられたからな!もっと強くなって、いつかリベンジしてやる」

 

 同日、カスミがサリーに敗北することなど一切知らないシンがそう言って、去っていく。

 その背中にはやる気が満ちていて、これから彼に遭遇するであろうプレイヤーにミィは小さく祈りを捧げた。

 

「私は……ミィに同行してもよろしいでしょうか?一人で戦うのは、本業ではないので」

「僕も、同じかな。ミィがいれば、安心だと思うし」

 

 ミザリーとマルクスがそう言う。

 まあ、この二人ならばそれが当然だろう。

 

 かたや"聖女"とまで言われる回復のスペシャリスト。

 かたや"トラッパー"とまで言われる罠設置のスペシャリスト。

 

 自分の主装備は杖なので、前衛職がいないことが少し不安だったが、ミィは動ける後衛職であるため問題ないと判断した。

 

 

「それでは、我々もそろそろ行こうか」

「はい!」

「……うん」

 

 

 そして……探索すること約8時間後。

 

 

 つまり、現在。

 

 

「【炎帝】」

 

 

 現時点最強プレイヤーとの呼び声高いペインに対して、ミィは攻撃を放っていた。

 

「み、ミィ!?やり過ごそうって言ったのに……!」

「ど、どうしたのです、ミィ?」

 

 喧嘩を売れば、例えこちらが三人だとしても敗北する可能性は十分あった。

 それでも……

 

『なにしてるの、あの人!?』

 

 抱いた好奇心は、【巫女】を見殺しにすることを拒否した。

 

「事情が変わった……乱入するぞ」

「「ええぇ!?」」

 

 

 砂漠での戦いは、遂に最終段階を迎えようとしていた。



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19話 幼馴染と炎帝。

 

「【炎帝】」

 

 

 死角から放たれたその一撃は、ペインが回避行動を取った姿を見て、回避を行なった俺の髪をかすめるようにして飛来、着弾後に即爆発した。

 

 目の前で巻き起こった爆発による風圧で、体が宙を舞う。

 一体全体、神様は今日一日で何度俺を砂漠に叩きつければ気が済むのだろうか?

 

 流石のペインも【ファイアボール】と比べるまでもない超火力攻撃には、注意を向けるようで、一瞬だけ視線がこちらから外れた。

 

「……っ、援軍……いや、乱入か?」

 

 その隙を現状打つ手無しで、一矢報いるチャンスに飢えていた俺が見逃すわけがない。

 

「【ペネトレーター】!」

 

 これがコイツの最後の一撃となること。

 それを覚悟し、少しばかりの謝罪とたっぷりの感謝を込めながら右手の剣を撃ち放つ。

 宙を駆けた斬撃にペインは直前で気付くも、回避するには遅すぎた。

 逃げ遅れた彼の肩へと直撃した『ゴブリンキングサーベル』が消滅していく。

 

「くっ……まずは、君からか!」

 

 俺の体力は先程右腕にもらった攻撃で、既に半分を下回っていた。

 仕留めるうちに仕留めて、敵対している相手の数を減らそうと考えたのだろう。

 ペインが速度を上げ、こちらに向かってくる。

 そして、ペインに接敵される()()()()()()に危機感知センサーが働いた。

 反射的に後ろへと、バックステップを踏んだ瞬間、先程まで俺が踏んでいた地面が爆ぜる。

 

「【遠隔設置・爆撃】!……なんで、避けれるんだろう?」

「……っ、マルクス!狙うのはペインだけでいい!」

 

 今の爆撃で、再びペインとの距離が広がった。

 少し余裕が出てきたので、俺もそろそろ乱入者兼救世主の方向へと視線を向けることにする。

 

 そこにあったのは、緋色の髪を持つ少女の姿。

 

「あ……人酔い疑惑の子!」

「そ、そんな疑惑をかけるな!」

 

 思わず声を上げてしまったが、ツッコミを入れてくれるあたりノリがいい子なのかもしれない。

 

「【炎帝】に【トラッパー】か……となると【聖女】もいると見た方がいいか」

「察しがいいな【聖剣】のペイン……四対一だ。そう簡単に、勝てると思わない方がいいぞ」

 

 ペインが動きを止め、何か言っているが、二つ名持ちのプレイヤーなんて知らない。

 【巫女】を認めてしまえば、俺も二つ名持ちの仲間入りだが、認めたつもりは一切ないのである。

 

 要するに有名なプレイヤー達が集まっている、と言う認識だけでいいか。

 

 ……ん?四対一?

 

「あ、何。乱入じゃなくて、援軍?……助けてくれんの?」

「……ま、まあ……少し思うところがあってな」

 

 俺の質問に、目を逸らしながら【炎帝】とやらが答える。

 

 へ〜、そっかぁ〜。援軍か〜。

 

 じゃ、今は"敵意なし"ってことで、いいよね?

 

 

「おい【炎帝】とやら。最大火力の攻撃、俺によこせ!」

「はい?え、あ……は?」

「……っ!?……させるか!」

 

 【炎帝】が固まり、ペインが動く。

 ドラグ達が敗北していることを知っていたからこその、危機察知能力だろう。

 そのペインを……【炎帝】と俺の対角線上に誘導するように、俺は後退する。

 それと同時に、叫ぶ。

 

「頼む!早く撃って!」

「遅い!」

 

 ……間に合わないか!

 心の内で悪態をつくと同時に、ペイン迎撃のために右手へ武器を装填する。

 

 激突の一歩手前。

 

「【障壁】!」

「……!……やられた」

 

 おっ……コホン。

 母性感溢れる優しげな女性が、俺とペインの間に防御壁を張ってくれた。

 恐らくフレデリカが張ったものよりも、圧倒的に強固な防御壁……これが【聖女】か。

 

 その隙に【炎帝】が動く。

 

「よく、わからないが……後悔するなよ!【炎帝】!」

 

 障壁が消える。

 だが……俺へ飛ばされる爆炎の通過点にいたペインは、攻撃を続行せずにその爆炎を避けなくてはいけない。

 背後からの攻撃を回避した聖騎士には、もう俺の行動を止める時間などなかった。

 

「【刃状変化】!!!」

 

 【地割り】以上の重さに、顔を顰めながらもその全ての衝撃を、剣を形作るように押し込んでいく。

 

「お、さまれぇぇぇ!!」

 

 声を張り上げ、気合を入れ直す。

 左腕を半分吹き飛ばされながらも、衝撃を逃さずに受け止め切る。

 

 全プレイヤー中、遠距離攻撃に関して言えば最強ともいえる【炎帝】の最大火力を凝縮させた炎の剣。

 俺の左手には下手をすれば、メイプルにも届き得るほどの炎刃が生成されていた。

 

「流石のお前も……これなら、仕留められるよな?」

 

 その剣を、俺は投げなかった。

 投げる必要がなかったからである。

 俺は、こちらへ向かってきたペインを迎撃するだけでいいのだ。

 

「……ふっ、成る程。これで、ドラグ達は負けたのか……確かに分が悪いようだ。また、出直すよ」

 

 遂に、ペインは剣を収めて自らの劣勢を認める。

 だが、彼の放った言葉に俺は絶句しかけた。

 

「……え、何。お前……ここから、逃げきれんの?」

 

 素で気になった疑問である。

 ペインを叩きのめして終了だとばかり思っていた俺に、ペインは爽やかな笑みを浮かべて別れの挨拶をした。

 

「もちろん。中々楽しかったよ……今度は一対一でやろうか?」

「絶対やらねぇよ!?というか、もちろんって……マジで言ってる?」

 

「それじゃ、また。次は勝つ……メイプルにもよろしく言っておいてくれ。【超加速】!」

 

 そう言うの同時に、加速したペインはあっさりと姿を眩ませてしまう。

 

「【超加速】って……アイツ、まだ手加減してたのかよ」

 

 こちらへ圧倒的な敗北感だけを刻みつけて、最強と名高い【聖剣】は砂漠での戦いから退場して行ったのである。

 

 

 

 驚く程アッサリと戦いは終わった。

 

 だが、俺に休む暇などない。

 

「それで【炎帝】ちゃん、何が目当てかな?」

「【炎帝】ちゃんはやめてくれ……」

「ミィを、弄るなんて……命知らずな……」

 

 ヘタを打てば、一瞬で体力を溶かされてしまうであろう状況は、変わっていないのだから。

 

◇◆◇

 

 

「よっ、と……全員、甘いもの大丈夫だよな?軽くおやつ作ったから、適当に食べちゃってね〜」

 

 取り出されたテーブルの上に、種類様々、作り立てホヤホヤのおやつが大量置かれている。

 

「……え、おや……つ?……マカロンにケーキ、和菓子にポテチって……」

「美味しくいただきますね」

「ミザリー!?」

 

 【トラッパー】ことマルクスと【聖女】ことミザリーがそれらを目の前にして、賑やかに会話を進めている。

 その後ろ姿を満足げに眺めながら、俺は【炎帝】ことミィと会話を進めていた。

 

「緑茶か、紅茶か……ミィちゃん、どっちがいい?」

「緑茶を頼む……だから、ちゃん付けはやめてくれ……」

「まあまあ、気にしない。気にしない」

「……はぁ、ん。ありがとう」

 

 ため息を吐きながらも、緑茶を渡すと謝礼を返すあたり律儀な人だと思う。

 

「……全く、コミュニケーション能力が高い、というべきか?警戒心は薄い方じゃない筈なんだけどなぁ」

 

 楽しそうな様子を見せる仲間達の姿を見ながら、嬉しそうにミィは言葉を溢した。

 そんな彼女の姿を見て、どこか安心している自分がいることに気付く。

 

「……ま、作り手としては喜ばしいことこの上ないんだが。ミィも食べてくるといいよ」

「いや、食べたい気持ちもあるのだが……私は遠慮しておく」

 

 未練がましい、と言った目付きで俺の作った菓子を眺めているのにも関わらず、そんな言葉を返してきた彼女が、何を気にしているのか考える。

 そして……

 

「あぁ……お前、キャラ作ってんのな」

「……は?」

 

 あっさりと真実に辿り着いた。

 

「ミィも一緒にどうですか?このお饅頭、凄く美味しいですよ」

「ミィも来なよ……ほんと、美味しい」

「え、あ……その、わ、私は」

 

 動揺しているミィにミザリー達から声がかかる。これだけお膳立てされても、素直に菓子の一つも食べれないとは、今までどんなキャラを作ってきたのだろうか?

 往生際悪く、仲間の誘いを断ろうとしている彼女の背中を思いっきり押す。

 

「ほれっ!サッサと食う!んで、感想教えろ……ギルドリーダーになるなら、そんぐらいの礼儀は弁えとけよー」

「……ま、まあ、折角の機会だ。頂くとするよ」

 

 建前をつけたことでやっと彼女は動き出した。

 一つ、二つとほんの少し目を輝かせて、お菓子を食べていく彼女の様子を見て、俺が笑いを堪えきれなくなったのは、仕方のないことだろう。

 

「……ふっ」

「どうかしたのですか?」

「い、いや……なんでもない」

「……おい【巫女】。ちょっとこっちこい、ケンカは買うぞ」

 

 

 

 仕方のないことなのだが……ミィは見逃してくれないらしかった。

 

 

 ミィに引き摺られていくこと二分ほど。

 適当に時間過ごしてて、とミザリー達に言い残した俺とミィは漸く、二人きりで向かい合っていた。

 

「……んで、美味しかった?」

 

 一方的に引き摺ってきた彼女が、どう話しをするか困ってしまったようなので、取り敢えず会話を始めてみる。

 

「……うん。凄く、美味しかったよ」

 

 少し黙ってから、彼女は満面の笑みでそう俺にお礼を言ってくる。

 そんな笑顔を浮かべられると、こちらも嬉しくなってきてしまう。

 

「そりゃ、何より……話し方、変えたね?」

「うん……こっちが素だから。それで……あなたも、その……素で話しても良いんだよ?」

 

 思ったよりも簡単にキャラを作っていたことを暴露する彼女だが……どうして俺に?と思った時に、彼女から予想外の言葉をかけられた。

 ……ん?

 ちょっと待てよ。

 今の俺は……素じゃない、のか?

 

 

………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あれ?俺、女装してたっけ?

 

 

 

「ああああ!そうか……そういうことね……その、ミィ?言い難いんだが……」

「わっ!?……びっくりした」

 

 突然大声を上げた俺に、彼女はビクッと肩を震わせた。

 そして、少しオドオドしたようにこちらを見てくる。

 片手を上げ、謝罪を示してから彼女に告げた。

 

「俺は……その、好きで女装してるわけじゃないんだが……基本的に違和感はないと言いますか……はい。その、ちょっとマナー違反だけど、ゲーム内の見た目は、リアルから弄ってないんだよ」

 

「え!?……じゃ、じゃあ……特に、キャラを作ってたりは……?」

 

「うん、してない。女装状態がデフォルト過ぎて、女装してたことすら忘れてたわ」

 

 ここまで会話すると、ミィは顔を両手で覆って蹲ってしまった。

 

「……勘違いって……勘違いってぇ……死ぬ」

「……お前、ほんとに苦労してそうだなぁ」

 

 それから暫くの間【炎帝】を慰め続ける【巫女】の姿が見られたのだとか。

 

 

◇◆◇

 

 

「落ち着いたか?」

「うん……ありがとう」

 

 恥ずか死しかけていた彼女は、最終的に俺がその場生成した菓子を、彼女の口へと押し込むことで再起動し、それから少しの間は雑談を続けていた。

 主に、彼女の愚痴を聞き続けることになったのだが……それはそれで楽しかったので満足である。

 

「取り敢えず、フレンド登録して戻ろうか?また、いつでも愚痴くらいなら聞いてあげるから……」

 

「うん……ありがと……?あれ……私まだ、名前聞いてない!」

 

 大事なことを忘れてた、と勢いよくこちらを見てくる彼女に微笑ましいものを感じ、思わず笑みを浮かべながら、自己紹介をする。

 

「俺はアサギ。【巫女】とか色々言われてるが、歴とした男性だから、そこんとこよろしく!」

「……お菓子も作れるって、男の子の要素本当にないよね」

「うっせぇ!?」

 

 差し出した手を、彼女は笑いながらしっかりと握り締めた。



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20話 幼馴染と噂。

 助けてもらった駄賃代わりに、ドラグが保持していた銀のメダルをミィ達に押しつけ、問答無用で別れてきてから数十分。

 俺は、メイプルとサリーに置きざりにされていたことを思い出していた。

 

 地上に戻ってくれば、勝手に連絡してくるだろう、という楽観的な考えでそろそろオアシスを離れることにする。

 これ以上ここに留まると、更なる厄介ごとに巻き込まれそうな、嫌な予感がしたのだ。

 

 砂漠からあまり離れ過ぎないように、ということだけを意識しながら、辺りを探索していく。

 途中、何度か雑魚モンスターとの戦闘があったのだが、今日戦った相手がアレ過ぎるので、正直負ける気がしない。

 

 砂漠へ出てきた際に通った森林地帯とは、また別の森林地帯を見つけたため、警戒を強めながら森に入っていく。

 暫くの間ダンジョンの入り口やら、怪しそうな場所やらを探してみるが、やはりそう簡単に見つかるものではなかった。

 

「……何かあったとしても、今日はもう戦いたくはないんだけど」

 

 魔人にドラグとフレデリカ、ペインと戦った後にミィ達との邂逅だ。

 疲労はそれなりに溜まっている。

 

 そんな今の呟きがフラグになったのか、ガチャ、ガチャという金属音が俺の耳に届いた。

 気配を消し、木陰へと移動。

 

「【潜影】」

 

 影に身を潜めてやり過ごすことにする。

 俺がいることに気が付いていない三人組のプレイヤー達が、俺が潜む影のすぐ側を歩いていく。

 別に息を殺す必要はないのだが、影の中にて、ついつい動きを止めてしまうのは仕方ないことだ。

 

「……しいぜ」

「さっきのプレイヤー達から聞いた話か?そんなのデマに決まってんだろ」

「そうそう【神速】がサシで負けるわけねぇって」

「やっぱそう?でもよ…………」

 

 こちらに気付かないまま、会話を続けていく彼らだったのだが、その中に聞き逃せない情報が混じっていた。

 

 潜影を解除して彼らの背後に立つ。

 足音を立てずに、接近。それと同時に『蒼刃』を抜刀して……一番後ろにいた一人のプレイヤーを左手で拘束し、右手に持つ『蒼刃』をその首に突きつける。

 

「なぁ、その話。詳しく聞かせてくれないか?話し合いに応じてくれるなら【料理Ⅴ】スキルで歓迎してやるんだがどうする?」

 

 男三人むさ苦しい旅を行なっていた彼らにとって、女性の手料理を味わえるのであれば情報提供することなど軽々しいものだった。

 例えそれが、殆ど暗殺者からの脅迫のようなものだったとしてもである。

 

「「「ゴチになります!!!」」」

 

「いや、アンタら生粋のアホだろ」

 

 ……脅迫されてるやつまで、喜んでるんじゃない。

 

 

◇◆◇

 

 

「【神速】……前回イベント第二位がタイマンで負ける、か。割と信じられない情報だが……火の無い所にに煙は立たぬって言うしな。もう一つか二つ情報が欲しい所だけど……」

 

 ヘッポコ三人組と別れ(夜は鍋にした)再び探索を再開する。

 メイプル達からの連絡はまだ無いため、かなり広いダンジョンに飛ばされているのかもしれない。

 

 手に入れた情報を口にしながら、脳内で整理していく。

 噂というものは恐ろしいもので、俺も【神速】殺しの容疑者として候補に挙げられていたらしい。

 本当に【神速】が敗れたのか、ということさえわからないのに、随分と勝手に言いたい放題やられてるものだ。

 

「……といっても、俺内最有力候補のサリーは俺達と一緒にいたからな……ま、降りかかる火の粉は振り払うだけで、関係のない炎はスルーするのが一番。他人事じゃなくなったら、考えるか」

 

 取り敢えず保留。

 何はともあれ情報が少なすぎるのである。

 

 思考回路を回し続けていると、時間の経過を忘れてしまう。ハッと気付いた時には、辺りは暗くなり、そろそろ完全に日が沈む頃合いだった。

 

「……アイツら流石に遅過ぎない?放置プレイの趣味に目覚めちゃったのかな?」

 

 ブツブツと独り愚痴りながら歩いていると、再び聴覚が金属音を捉えた。

 また、やり過ごすか……なんて呑気に思った俺だったのだが……

 

「お?また、あったな【巫女】さんよ」

「うわぁ……何でまだこんな所にいるのよ」

「……俺もう戦いたくないから、休戦にしない?」

 

 仲良しこよしのドラグ、フレデリカコンビに再び邂逅したのだった。

 

 

 

 

 

 

「……料理しかしてねぇ気がする」

 

 今日の自分を振り返った感想がコレ。

 キツイ戦闘と同回数ぐらい料理をしている気がするのだ。

 

「いいじゃねぇか。ペインも褒めてたぜ、焼き芋だかご馳走したらしいじゃねぇか」

「……なんか、負けた気分。本当に男性なの?」

 

 しかも、こいつら相手に……である。

 

「男ですが?というか女狐、よくもSOSなんて送ってくれたじゃねぇか」

「女狐!?」

「ふははは!間違ってねぇな!」

「ちょ、ドラグ!」

 

 対ペイン戦の原因となったフレデリカへと恨みは地味に重い。

 今作っているカレー、軽く弄っておこう。

 

「……ほれ、完成。俺はもう夕食取ってるから、少ししか食わない。お前らがたくさん食って残さず食え」

「紅くない!?私の奴だけ明らかに紅くない!?」

「目の錯覚だ」

 

 半分ヤケになったフレデリカが涙目で真紅に染まったカレーを口にする。

 目を見開き、こちらを睨みつけて言った。

 

「何で、無駄に美味しいの」

「そりゃ、その色は殆ど着色料の力ですから。食べ物で遊ぶわけないだろ」

「遊ばれてるじゃねぇか、フレデリカ。にしても……本当に料理を作れるとは……俺も貰うぜ」

 

 ドラグがフレデリカの様子を見て笑い声を上げる。

 というか、お前。

 俺が料理できるのそんなに信用してなかったのかよ。

 もちろんそんなドラグにも恨みがないわけではない。彼がカレーを口にした瞬間、俺は真実を口にした。

 

「因みに辛いのはドラグの方だ」

「がらぁぁああ!?あがっ、み、水!」

 

 大男の絶叫が森に響き渡る。

 断末魔のような声を上げるドラグとは対照的に、その様子を見たフレデリカは爆笑していた。しょうがないのでリクエスト通りに水を取り出し、ドラグへと差し出す。

 

「飲め飲め、お水だ」

「お、おう、助かったぜ」

 

 それを飲み終えた彼に一言。

 

「辛いもの食べる時は、水飲むと辛さが広がるだけだから、牛乳飲んだ方が良いらしいけどな」

「知ってるなら、牛乳よこせ!?」

「水って言ったから、仕方なく水を渡したんだよ。俺は牛乳渡したかったのに」

「あんた食べ物使って遊んでない?」

「いや、俺はドラグで遊んでるだけだぞ?」

「ここぞとばかりにボケ倒すんじゃねえ!?」

 

 

 暫くの間そんな調子でコミュニケーションを取った後、俺は本題を切り出した。

 

「そういえば、ちょっと気になる噂を耳にしたんだが……【神速】がやられたってのは、本当なのか?」

 

 その言葉にドラグとフレデリカが目を合わせる。

 その様子から何かあったことは間違いない、ということを理解する。

 

「別に言いたくないなら、言わなくてもいいぞ?ちょっと自衛のために知りたかっただけだから」

 

 暫くの間沈黙していた彼らだったが、ドラグが意を決したように動いた。

 

「飯の恩もあるしな、簡単に教えてやるよ。ただ、質問はするなよ。誘導尋問とか得意そうな顔してるからな」

「……どんな顔だよ」

「美人局とかできそう?」

「胸が足りてねぇし、穴もない……って何言わせんだアホ!」

「勝手に言ったのそっちじゃん!?」

「……女顔の部分は否定しないんだな」

「あ゛?」

「でも、着飾ったら本当に美人になりそうだよね〜、今度買い物でもする?」

「誰がするか、アホ」

「いいじゃねぇか、写真撮ってやるよ!」

「断固拒否する!」 

 

 

 閑話休題(話が進まねぇ!)

 

 

「簡単に言えば、暗殺されたんだよ。ドレッドの奴」

 

「暗殺?」

 

「質問すんなって言ったろ。そう、暗殺だ」

 

「……確認ぐらい、いいだろうに」

 

「アイツは直感を信じるタイプでな、奇襲とかには滅法強い……そこに関しては、ペインよりも上だ。そんなドレッドが……いや、()()()()()()()、奇襲に引っかかったんだ」

 

「……?」

 

「顔で質問すんな。話を続けるぞ……暗殺が行われたのは二日目の朝。それまでは俺とペイン、フレデリカにドレッドの四人で行動してたんだが……突然、ドレッドだけが回避行動を取ってな……回避した先に罠が仕掛けられてて、アッサリと死んだ」

 

「……は?」

 

「いやいや、こっちに視線送らないでよ。まあ、ドラグの頭が心配になるのはわかるんだけどね〜。残念ながら、私も同じ説明しかできないかな」

 

「俺たちも分からねぇんだ、何でドレッドが回避行動とったのかもわからねぇ……ただ、白い花がどうのってドレッドが言ってたぐらいで、後は知らん。頭使うのに慣れてねぇんだよ」

 

「見りゃわかる」

 

「あ゛?」

 

「まあまあ、落ち着いて」

 

「ドレッドが暗殺された後、アイツがリベンジしないと気が済まないって言ってな。それで、別行動を取ってたんだ。フレデリカは知っての通り後衛だからな、俺と一緒に組んで、ペインは……言わなくてもわかるだろ」

 

 

 ここまで話し終えると、ドラグはため息をついてもう話すことはない、と首を振った。

 話を聞いていただけなのに、やけに疲れた気がする。

 

 ……直感回避型の天敵か。会いたくないなぁ。

 

「食後のコーヒーでも入れるか……砂糖は?」

「「自分で入れる」」

「あ、はい……信用ねぇな、俺」

 

 

 会話の話題は尽きなかった。

 中でも、ペインを撃退した方法を聞かれた際に『炎帝の国』が乱入してきていたことを知らなかったようで【地割り】の反撃を思い出した彼らは、苦笑いを浮かべていた。

 

 ふと、もう一つ疑問に思ったことを聞いてみる。

 

「そういや、ドラグは金のメダルどこで手に入れたんだ?もしかして、フレデリカも十位内だったとか?」

「……奪った張本人に聞かれると、少し複雑な気分になるんだが」

 

 そこは、ほら。

 水に流す、ってことでいいでしょうが。

 

「……喧嘩売ってきたのはそっちだろ。で、質問の回答は?」

 

「私は、前回イベントで上位入賞はしてないよ……だから、もう一枚はドラグが勝手にゲットしたもの」

 

「へぇ、誰とドンパチやったんだよ?」

 

「……ドンパチというか、単純に相性だけどな。相手がタンクでこっちがアタッカー。かなり粘られたが、一対一の勝負にならジリ貧で勝てたってだけだ……正直、勝ちだとは思いたくねぇ」

 

「……タンクでイベント上位って、メイプル以外にいたのか」

 

「俺は、アイツをタンクとして認めた記憶はないんだけどな」

 

「安心しろ。俺も、本気でタンクだとは思ってない」

 

 それからは会話が、うちのメイプルがちょっと狂ってる件について。

 というものになり、勿論こちらも大いに盛り上がった。

 

 

 暫く話し込んだ後、お互いにフレンド登録をする。

 そろそろ別れようか、という雰囲気になってきた頃に、漸く彼女たちから連絡が届いた。

 

 

『帰ってきたよ〜!置いてっちゃってゴメンね!カタツムリが沢山いて大変だったよ!』

 

『戻ってきたよ、座標送るから来れる?』

 

 サリーから送られてきた位置情報は、結構近い場所にある。

 走れば十分とかからないだろう。

 

「ほぅ、なんだか嬉しそうだな」

「うんうん、いいことでもあった?」

 

「うっさい!」

 

 一言そう言い返して、走り出した、

 さっさと再会して、今はもう癒されたい気持ちでいっぱいだった。

 



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21話 幼馴染と海辺の出会い。

「……今日もいい朝、張り切って行こ〜!」

「メイプルはいつも元気だね?」

「そりゃ、サリーもあっくんも一緒だからね!」

「ま、張り切って歩くのは俺なんだけどね?」

「……そこを言われると辛いかな」

 

 五日目の朝である。

 

 散々な目に合った昨日だったが、なんだかんだで金のメダルが二枚。

 【神速】が負けるレベルのプレイヤーキラーの存在という情報に、新たな装備など、今までで最大の成果を上げることができたため、実の所そこまで不満はない。

 

 俺がドンパチやっていた間に、メイプルとサリーは地下ダンジョンを彷徨っていたようで、なんでも一緒に地下へと落ちていった女性プレイヤーのカスミと鎖で繋げられたまま、システム的不死の巨大カタツムリに追い回されたのだとか。

 地下ダンジョンでの成果は銀のメダルが一枚と大楯が一つ。

 

 俺に銀メダルを見せびらかしてきた彼女らが、俺の持つ二枚の金のメダルを見た時の反応は爆笑モノだった。

 少し、動画を撮らなかったことを後悔しているぐらいである。

 

 取り敢えず、お互い濃い一日を過ごしたことにより疲労が溜まっていたので、見張り番をしながら睡眠を取った。

 

 そして、現在に至る。

 

 俺が昨日の時点で探索していた森林とは、別方向へと進んでいくと一つの洞窟の入り口を見つけた。

 避ける理由もないため、警戒を強めながらその中へと入っていく。

 不思議とモンスターとのエンカウントはなかった。

 

 進んでいっても別れ道などはなく、道が複雑に曲がっている訳でもない。

 

「……外れ、にしては深すぎるか?」

「うん……少し、変だね」

 

 経験則でサリーと会話を進めるが、背中のメイプルは頭に疑問符を浮かべている。

 ゲーマーとしての勘のようなモノだと説明しておく。

 俺やサリーは、ここら辺にレア物ありそうだな、とかイベント起きそうだよな、なんて感じた時は理由がなくてもその感覚を優先するような人種なのだ。

 

「……アサギ。ちょっと止まって」

「……ん」

 

 サリーから声がかかり、足を止める。

 彼女は暫く目を閉じてから、やっぱり、というように頷いた。

 

「少しだけど、波の音が聞こえる。ここは洞窟っていうより、トンネルって表現の方が合ってるのかも」

「……波の音、ね」

 

 彼女にそう言われて、耳をすましてみるが俺もメイプルも波の音など感知することができない。

 進めばわかるよ、なんて言うメイプルに肩を叩かれて歩みを再開する。

 暫く歩き続けると、進む先に光が見え始めた。

 その段階までくるとようやく、俺とメイプルの耳にも波音が届いてくる。サリーの異常性を再認識した瞬間だった。

 

 光が強まってくる。

 

 洞窟を抜けた。

 

 その先に、真っ白に輝くビーチがあった。

 

 そして、開放感あふれるその風景に感動していた俺の気持ちに水を差すように

 

『スキル【秘境の運び屋】を取得しました』

 

 無機質なアナウンスが脳内に響き渡った。

 

 

 

 

【秘境の運び屋】

 

 プレイヤーを背負った状態において、全地形効果を無効化する。

 プレイヤーを背負った状態でAGI+20%

 

 取得条件

 

 プレイヤーを背負った状態で、五つ以上の秘境指定地帯に到達する。

 

 

 

◇◆◇

 

「わお、何気にチート級のスキル。地形効果無効……って中々強力だよな。AGI+20%は嬉しいけど分からないな……背負った状態だと速度落ちるし」

 

 浜辺にて手に入れたスキルを確認しながら、海を眺める。

 ピチャピチャと水遊びをしているメイプルに、予想以上の波を受けてびっくりするメイプル。

 砂遊びを始めて、こちらに手を振ってくるメイプル……うん、メイプルのことしか眺めてないな。

 

 彼女へと手を振り返しながら、今度こそ海を眺めていると、ちょうどその時に潜水していたサリーが息継ぎをしに帰ってきた。

 たった一瞬しか海面上に出てきてないと言うのに、バッチリと目が合ってしまうと言う奇跡。

 なんとなく気まずくて目を逸らしてしまった俺に『しょうがないなぁ』なんて言いたげな笑みを向けてくる。

 かなり遠くにいたはずなのに、その笑顔だけはしっかりと認識できた。

 忘れることのないように、その笑顔を心の中へとしまっておいた。

 

 

 楽しそうにしている彼女たちを見守りながら、五つ以上の秘境という単語に疑問を抱く。

 恐らくは雪山、渓谷、砂漠、海辺に……あれ?

 もう一個は何?

 少年は考え続けたが最後まで『竹林』という単語は出てこなかった。

 他が濃すぎて、記憶に残っていなかったのである。

 

 

「カナヅチ克服できた方がいいんだろうけど……克服できてたら、カナヅチって言われてないんだよなぁ」

 

 唯一泳げるサリーが海中の探索。

 ステータスの問題で泳げないだけのメイプルは砂浜を探索することにした……メイプルは遊んでるけど。

 

 一度だけ俺はリアルの方で、海に入り溺れたことがある。

 生死に関わるような事故ではなかったのだが、そのことを知っている彼女らは、近付かなくていいよ(近付くな)と強制的に俺を見学状態にしてしまったのだ。

 

「……過保護すぎる気もするけど、しょうがないか」

 

 にしても、海辺で巫女装束はないな。

 雪山の時は色合いがギリ合ってたし、砂漠の時は戦闘中だったから仕方ない。 

 ただ、戦闘している訳でもないのにこの格好は少し気に食わない。

 

 メイプルやサリーのようなゲーム感の強い装備なら別にいいのだが、無駄にリアル感がある巫女服だと気になってしまう。

 

「ミィにも誤解されてたしな……たまには、着替えるか」

 

 『蒼刃』と『顕現の証』を含む装飾品だけを残して、軽装へと装備を変化させる。

 

 黒のインナーにライトグリーンを基調とするパーカー。

 ズボンも袴から軽装へ変更。

 装備は軽くなった筈なのだが、完全な見た目装備であるためステータス面での恩恵はゼロに等しい。よって、感覚は軽くなったのに、装備のAGI+分がなくなったため、速度は落ちているとは不思議なものだ。

 伸びをして体をほぐす。

 メイプルが探索をサボっているので、危なくない程度にその辺を見てみることにする。

 

「ま、何はともあれ……これなら、男とーーー」

「あっくん〜!勝手にどっか行ったら危ないよ〜!って、何その格好、可愛い!」

「……くそぅ」

 

 どうやらカナヅチ克服よりも先に、対処すべき問題はあるようだった。

 

 

 

 

 

「あのな、メイプル……子供じゃないんだから、大丈夫だぞ?」

 

「ダメだよ、あっくん。あっくんが溺れた日も、そういうこと言ってたんだから」

 

「……そこに関しては、何もいえないけどよ……わざわざ手を繋ぐ必要はないでしょ?」

 

 そう、砂浜を探索することを思い出したメイプルは俺が手を繋いでいることを条件として、俺の探索同行を認めたのである。

 ……別に良いけどさ?

 折角なら手ぐらい、普通に繋ぎたいだろ?

 

「にしても……何もねぇな」

「そうだね〜、サリーの方にはあるのかな?」

「だといいけどな……!」

 

 会話を続けていたメイプルと俺だったが、後方に人の気配を感じて振り向いた。

 右手がメイプルの手で塞がっていなければ『蒼刃』を飛ばしたのだが、仕方がない。

 

 だが、先のことを考えると……それは俺たちにとっても、彼にとってもラッキーなことだった。

 

「ま、待って……敵意はないよ?僕、まだレベル5だし」

 

 そこには、ルービックキューブのような浮遊体を持ち、初期装備で身を固めた少年?が立っていた。

 

◇◆◇

 

 

「……メダルが2枚。やっぱ水中は探索する人が少ないのかも」

 

 そんなよく耳に馴染んだ呟きが聞こえた。

 

「お帰り」

 

「ん……ただいま」

 

 座ってのんびりとしていた俺は、目を開けて彼女を出迎える。

 彼女と笑い合い、そして……

 

「で、何これ?」

「知るか、俺に聞くな」

 

 俺のすぐ側にある砂の巨城について質問を食らった。

 全く、現実逃避していたというのに……にしても、メイプルとあそこまで波長が会う人は珍しいかもしれない。

 

「メイプルは?……さっき、手を繋いでたみたいだけど」

 

 ジト目を向けてくる彼女から、スッと視線をずらしてメイプルと彼がいるであろう方向を見る。

 ガヤガヤと騒がしいそちらにサリーが目を向けてから、ため息をついた。

 

 大方、なんか増えてる。

 

 という感想を抱いたのであろう。

 

 俺もそのテンションに耐えきれなくて、現実逃避に走ったのだから無理もない。

 

「もう……ほら、立てる?」

「……わかってるよ。繋ぎますって」

 

 サリーが差し出してきた手を握って立ち上がる。

 ……ちょっと?

 指絡めていい、とまでは言ってないんだけど?

 

 お前、メイプルより恥ずかしがり屋の癖に時々大胆になるよな……なんて思いながらも、そんな彼女の行動を存外悪くない、と感じている俺にも問題はあるのかもしれないが……

 

 

「ただいま、メイプル。それで……誰?」

 

「あっ……お帰り、サリー!ふふっ、仲良しだね?二人とも!」

 

 笑顔で俺たちを迎えた後、繋がれた俺たちの手を見てさらに笑顔になるメイプル。

 拗ねられたり、落ち込まれたりしてもアレだから良いことなのだが……時々、メイプルの考えていることが分からなくなる。

 

「……?」

 

「そんな目でこっち見るな……俺だって割と真剣に悩んでんだから」

 

 メイプルとも手を繋いでいたことを知っている少年に訝しむような視線を向けられたが、そう返答すると"訳ありか"といった表情で頷き返してくれた。

 自己紹介しとけ、と視線を送り返しておく。

 

「……僕はカナデ。敵意はないし、レベルもたった5しかない。自慢じゃないけど、すごく弱いよ?さっきまでメイプルと砂のお城を作って遊んでたんだ〜」

 

「楽しかったね〜あっくんもやればよかったのに〜」

 

 ね〜、とお互いに頷き合っている彼らの姿を見て、サリーはカナデがノーマルな人種じゃないことを悟ったらしい。

 メイプル相手に慣れているから、俺たちには考えたら負けだ、の精神は染み付いている。

 

『そういうことね』

 

『そういうことだ』

 

 と、先ほどまでの俺の行動に納得したようで、アイコンタクトを取りながら会話を進めていく。

 といっても、本当に敵意はないようで砂の巨城を作り終えた後はメイプルとオセロをして遊んでいたらしい。

 ……盤面が全色白になっていることには触れないでおこう。

 メイプル、その黒色の鎧カッコいいね……今、こんな褒め言葉を思いついたことに他意はない。

 

「で、その浮遊体は?」

 

 当然、サリーもそこに疑問を持つ。

 俺も先程思ったのだが、地雷案件だと思い聞いていなかった。

 ……サリーさん、恐れなしかよ。

 

「……ん、これはね。【神界書庫(アカシックレコード)】っていうスキルを持ってる杖なんだよー」

「杖……なの、か?」

「うん、杖」

 

 ルービックキューブのような物体をツンツンと突きながら呟くと、カナデにあっさりと肯定されてしまう。

 

「へ〜、面白い!それで、スキルは?」

 

 メイプルは目を輝かせて、そう尋ねるのだが、カナデはニヤリと楽しそうな笑みを浮かべてこう返答した。

 

「パーティーメンバーになることがあったら、教えてあげる」

 

 楽しそうに笑うなぁ、とガッカリするメイプルを横目に、俺はカナデの人柄に少し興味を持ったのだった。

 

 暫く雑談をしてから、サリーが何かを思い出したようにポンっと手を叩いた。

 言い忘れていたが、メイプルに指摘されて恥ずかしがり屋が戻ってきたらしく、彼女の手は既に俺の手から離れている。

 

 

 

「忘れてた……ここから離れた離島になんだけどね、祠があったよ」

 

◇◆◇

 

 

 

 

「……そりゃ、無理だなぁ」

「うん、無理」

 

 

 

 祠がある……それが意味することは怪鳥クラスのボスがもう一体存在する、ということである。

 

 どんな相手かわからないなら、どうこう言いようがない、と俺たちが唸っているとカナデが『一回見てきてあげるよ』と偵察役に立候補してくれたのだ。

 幸い、リスポン地点からは100メートルほどしか離れていなかったため『死んだら戻ってくるねー』と言い残し、彼はあっさり離島へ向かってしまった。

 

 十分とかからずに戻ってきたカナデが言うには

 

『転送されたら速度の下がる海の中で、何も出来ずに触手で潰された』

 

 だそうだ。

 

 水中戦という時点で詰んでいる。

 サリー単騎で行こうにも、速度が低下する水なんぞに触れたら回避力が低下してやられてしまうだろう。

 

 俺たちはキッパリとその祠攻略を諦めて、もう少しだけ海辺を探索してみることにした。

 カナデもメダルを集めているわけではないそうなので、探索に協力してくれたのだが、暫く歩いても成果は特に得られなかった。

 

 

「じゃ、僕はこのくらいで……また遊ぼうね」

「うん、また連絡するねー!」

「手伝ってくれて、ありがとね」

「んじゃな。また」

 

 フレンド登録を済ませた後、彼と別れる。

 不思議な奴だったなぁ、と思う反面やはりどこかで思うのだった。

 

「不思議な人だったね〜」

 

「「お前が言うな」」

 

「ええぇ!?」

 

 メイプルとカナデはどこか似ている。



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22話 幼馴染と海底到達。

繋ぎ話です。
文字少なめとなってます。


「〜〜♪これで5枚目っと!あと、半分。頑張れば間に合うかもっ!」

 

 

 ライトグリーンのパーカーに身を包む()()の後ろ姿が、機嫌の良さを表すかのように揺れている。

 鼻歌まじりにスキップを行い、少しの間隔を置いて手元に持つメダルを見ては、ゆるゆるとその幼げな表情を崩していた。

 

 氷の結晶が象られた淡い水色の髪留めが、しっとりとした質感を持つ黒色の髪によく映えており、左手に同色のグローブをしている彼女は、武器の一つも装備していない。

 

 そして……上機嫌だったその少女が、突然動きを止めた。

 

 

「……悪いが嬢ちゃん、メダルを奪わせてもらうぜ」

 

 目の前に、屈強な男性の姿があったからだ。

 

「……ッ!」

 

「おっと、残念。逃げようとしても無駄だぜ……既にお前は囲まれてるからな」

 

 正面に立っていた男は一人。

 そして、少女の斜め後ろに一人ずつ。

 

 少女は三人の男性に囲まれていたのである。

 

 

 ……逃げ場など、どこにもなかった。

 

 

 

「……ま、こんなとこか」

 

「ん?何か言ったか、嬢ちゃん?」

 

「一人一殺だ!……って言ったんだよ」

 

 

 その男たちには。

 

 

 

 

 

「【毒竜】!」

 

「【超速交換】【ペネトレーター】!」

 

「【ダブルスラッシュ】!」

 

 放たれる毒竜。

 そして、残り二人の男性に凶刃が迫った。

 

 狩られる立場が逆だったことを悟ったと同時に、彼らは消滅していった。

 その場に残っていたのは、三人のプレイヤーのみである。

 

 

「それと……俺は男だ!」

 

 

 相手に声は届かないと分かりながらも訂正せずにはいられなかったのである。

 パーカーを着た少年の声だけが、その空間に響き渡っていく。

 

 ことの発端となる出来事が起きたのは、十分程前のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に海辺でカナデと別れてから、二時間程が経過している。

 海岸線に沿うようにして歩き続けた俺たちは、そこら中に苔やら何やらがこびりついている、廃墟地帯にやってきていた。

 

 

「どうだ、あの本……何か解読できたか?」

 

「いや、まだ全然だ。水が関係してるのはわかるんだが……ボロボロすぎて、断片的にしか読めねぇよ」

 

「まず【古ノ心臓】の場所がわからないからな……ま、死んだら本は落としちまう仕様だ。慎重に行こうぜ」

 

「分かってるよ」

 

 

 

 俺たちは廃墟の探索を始めてたった数分で、早くもプレイヤーの姿を発見。

 彼らは、かなり警戒をしながらも会話を続け、俺たちの目の前を歩いていく。

 

 彼らの様子を俺たち三人は、影の中で伺っていたのだ。

 

 地道な努力により、今日になって遂に【潜影Ⅴ】へと強化された潜影スキルの内容は、同行できるプレイヤーが一人から二人へ増えたこと、潜影可能時間が五分になったことが追加されたのみだった。

 そのため、相変わらず攻撃不可の制限はかかっているのだが、今回の強化によりパーティーメンバーである三人全員が影へと移動できるようになった。

 かなり楽になったのは間違いない。

 潜影時のMP、HP回復の恩恵も全員に与えられるようで、簡易的な休憩場と思えば、便利なスキルだからだ。

 

 

「……サリー」

「うん。わかってる」

 

 男たちの会話を聞いた後、サリーへと視線を向けると考えていることは同じようだったらしく、頷き返してくれた。

 

「メイプル……あのプレイヤー達は倒したい。でも……多分普通にやったら逃げられると思うから……」

 

 メイプルがプレイヤーを倒すことに賛成したのを見て、サリーが作戦を話し始める。

 それは、メダルを持った俺orサリーが弱めのプレイヤーの振りをして相手を引きつける、という囮作戦だった。

 

「メイプルは姿見られたらアウトだからな……見た目の有名度なら……俺もキツくないか?」

 

 嫌な予感がしたので、自己保身に走る。

 そんな俺の退路を塞ぐように、メイプルが言わなくていいことを口にした。

 

「あっくんは着替え持ってるよね?」

「うぐっ」

 

 気分重視で着替えたのは失敗だったかもしれない。

 そんな俺に対して、サリーがわざとらしさを隠しもせずにこう言った。

 

「……囮は、少し怖いなぁ……誰か代わりにやってくれるアサギはいないかなぁ?」

「個人名言っちゃったよ、この人」

 

 大体、お前がたった三人のプレイヤー相手に怖がるわけが……なんて反論を口にしようとした直前に、サリーがこちらの手を両手で握って言った。

 

「頑張って!」

 

 ……その笑顔は反則ではないでしょうか?

 

 

 

 

 なんて経緯があっての囮作戦だったのだが……

 

 

 

「まあ、何はともあれ、結果よければ全てよし。お目当の本にメダルが5枚!囮作戦、やって正解だったね?」

「だね〜、これで銀のメダルは16枚!後4枚だよ。あっくん、サリー!」

 

 この野郎ども。

 

(正確に言えば野郎ではないのだが←この表現多分二回目)

 

 心の内で文句を言いながらも、嬉しそうな顔でドロップしたメダルを見ている幼馴染達を眺めていると、なんでも許してしまえそうなのが不思議である。

 ……甘すぎる気もするが、厳しくなんてできるわけがない。

 

 

「さてさて……ご開帳っと」

 

 解読その他情報収集なら、得意分野のはずだ。

 俺はそのボロっちい本に手をかけた。

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「廃墟探索も大体終了。やっぱ匂うのはこの噴水だけか……」

 

 三人でばらけて廃墟探索を行っている際に、俺は噴水の前で立ち止まっていた。

 

 

【古ノ心臓】、湧水ニ導カレ、淡イ光ノ中、ソノ姿ヲ現サン。

 勇敢ナル者ヨ、魔ヲ払イテ、青ク静カナ海ヘ。

 

 ボロボロの本から読み取った文章は、正に謎の集合体だった。

 男らが水関係としかわからない、と言った気持ちもわからないでもない。

 だが、最後のページを見てその殆どを理解することができた。

 

 そこには四つの噴水の隣に一つずつ水瓶が置かれている様子。

 その中心には赤く塗られた何かが浮かんでいた。

 

 そして、今俺が正面に立っていてる噴水の様子だ。

 

 中心に一つ。

 それを三角形で囲むように三つ。

 合計四つの噴水があり、中心の噴水の上には灰色の四角が浮かんでいる。

 

「噴水全部の水を満たすと……赤に染まる、とかか?」

 

 状況が酷似していることから、イベントに関係のある場所だと考えていたのだ。

 仮説を立て、早速行動に移してみる。

 

 

 

「【ウォーターボール】」

 

 

 近くにあった噴水へと水の球体を飛ばすと、水が満たされたと同時にほんの一瞬、その噴水だけが光り輝いた。

 しかし、水は一秒と持たないうちに全て飲み込まれてしまう。

 

 水がなくなり、光を失った噴水の前で立ちすくむ。

 

「同時にやらなきゃ、意味がない……いや、まだ何か見逃してる?」

 

 ポツリと考えを口にするが、どうもイマイチピンと来ない。

 

 取り敢えずは彼女らに相談してみよう、と俺は連絡を飛ばすのだった。

 

 

 

 

 

「あっくん〜!迎えにきてくれても、よかった、のに〜!」

 

「あ……そうだったな」

「あははは……いつもおんぶだったもんね?」

 

 やけにメイプルが遅いな、とサリーと心配していたのだが……俺たちの早歩き程の速度で全力疾走している彼女の姿を見て納得した。

 二人に何かあったか聞いてみるが、やはり目ぼしいものは見あたらなかったらしい。

 

 先程行ったこと、そして今考えていることを二人に話してから、どこか見落としがないか聞いてみる。

 一つ、もしかしたらと思っていた箇所があったのだが、彼女らが目をつけたのもそこだった。

 

 【淡イ光】という単語だ。

 俺が【ウォーターボール】を撃った際の光は、明らかにそれとは別のものだった。

 となると、噴水は何かしらのタイミングで【淡イ光】とやらを放つ仕組みがあるのだろう。

 俺たちはそれを時間によるギミックなのでは?と推測して、五日目を廃墟に使い潰すことを決めた。

 

 既に19時を超えているのだ。

 今更、どうこうしようとは思わない。

 

「……ということで、料理の時間だ!」

「「待ってました!」」

 

 今日の晩ご飯はタコ焼きである。

 

 

◇◆◇

 

 

 

 そして、22時程のことである。

 

 

 噴水全体に……青白い光が灯っていた。

 

 

「……やっぱ時間系のイベントだったかー」

「このタイミングで、全部の噴水に液体を満たすんだよね?」

「多分な」

 

 かなり不安だが、その方法も決めていた。

 

「【ウォーターボール】」

 

「【毒竜】!」

 

 

 俺の放つ水弾が中心の噴水を満たしていく。

 それと同時に、三つ首の毒竜が一首一つずつ噴水に毒液をぶち込んでいく。

 

 そして……中心に浮かんでいた四角の塊が、血のような赤に染まって……砕けた。

 

 

 轟音、足元が揺れあたり一面が光に満ちていく。

 目の前が真っ白に染まっていき、思わず目を閉じた。

 

 

 

 そして、再び目を開けばそこは……

 

 

「……マジか」

 

「うわぁ!ここって……海の中?」

 

「空気はある……?でも、これって……」

 

 

 海底だった。

 

 俺たちは、半球のように空気に覆われた海底エリアへと転送されていたのだった。

 そして、目の前にはこのイベント中に何度か見た魔法陣。

 

 

「【魔ヲ払イテ】……ね」

 

 呟きが漏れる。

 謎解きも終わり、後は拳で語る時間なのだろう。

 

 勿論、後に引くことはできないし、そのつもりもない。

 俺たちは互いに顔を見合わせてから頷いた。

 そして……三人同時に、その魔法陣へと足を踏み入れた。

 

 

 

 



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23話 幼馴染と海皇決戦。

 目を開く。

 

 先程と同じように、海の底に空気ごと閉じ込められている状況……敵の姿は確認できないが、本能が警鐘を鳴らし続けている。

 

 三人で背中を合わせ、全方位を警戒しているとサリーが()()の接近に気付いた。

 

「……っ、来た!アサギ、飛んで!」

 

 視線を向ける余裕はなく、サリーの指示に従って地面を蹴る。

 俺とサリーが空中へ退避した瞬間、先程まで俺たちがいた地上をなぎ払うように、かなりの速度で何かが通り過ぎていった。

 途中でメイプルを弾き飛ばしていったそれは漸く動きを止め、正体を明かした。

 

「……触手?ってことは!」

「カナデが言ってた祠のボス!」

 

 吹き飛んで行ったメイプルはどうせ無傷であるため、サリーと俺は冷静に分析を開始する。

 ……回避の指示が俺に向けたものしかなかった理由も同様だろう。

 

 

「……でも、海中じゃないよな?」

「さっきの謎解きが、弱体化のギミックだったのかも?【古ノ心臓】を破壊したことが原因とか?」

「納得……となると、怪鳥クラスじゃない……と、嬉しい」

「断言できないのが、悲しいね……っと、来るよ!」

「わかってる」

 

 次は二本の触手が叩き潰すように、こちらへと向かってくる。

 サリーはその一撃を回避しながら、触手への攻撃を開始した。

 そんな曲芸師のような動きはできないので、俺は回避するだけに留めてボスの観察を行う。

 触手の根本へ……つまり、ボスの正体へと半ば確信を持ちながら視線を向けた。

 そこにあったのは、巨大なイカの姿。

 

「……タコじゃなくてよかった」

 

 先程、タコ焼きを作ったばかりなので、怨念とか込められてたら嫌だったのだ。

 なんてことを考えていると、背後から空を切るヒュン、という音が聞こえた。

 

「……メイプル!」

「任せて!……【カバームーブ】!【悪食】」!」

 

 反射的に最も頼れる防御役へと声を飛ばすと、元気の良い返事が返ってくる。

 一瞬で移動し、三本目の触手による奇襲を受け止めた彼女は、勢いそのままに大楯で触手を飲み込んでいく。

 それを見て、サリーが驚愕の声を上げた。

 

「……アイツ、HPが減ってない!」

「……マジで?本体殴らないとダメな奴?」

 

「「「………………」」」

 

 

 俺たちは顔を見合わせて、たっぷりと5秒ほど沈黙してから

 

 

「「泳げるのサリーだけじゃん!?」」

「泳げるの私だけじゃん!?」

 

 これぞ幼馴染、といえる見事なシンクロを見せながら、叫んだ。

 簡単に倒されそうな気はしないが、なかなか倒せそうな気もしない。

 今回の戦い……泥仕合になることは間違いなかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 少しして

 

 ボス戦闘用のフィールド中心地点

 

 

「……どうしたものかなー」

 

「……どうしたもんかね〜」

 

 サリーの伸び切った声に、同じく一切締まらない俺の声が返される。

 

 俺はかれこれ五分間ほど、サリーと一緒にスルメを咥えながら、触手によって宙を舞い続けているメイプルを眺め続けていた。

 

「あ、お茶飲む?」

 

「うん。もらう……紅茶?」

 

「いや、緑茶……この前、砂漠でお茶会やったからどっちもあるけどね」

 

「……砂漠で、お茶会……ま、まあ、そんなこともあるか……あるよね?」

 

 俺の言った言葉にブツブツと首を傾げているサリーへ緑茶を渡しながら、そろそろ現実を見ることにする。

 

 

「……で、どうする?」

「ほんと……どうしよっか?」

 

 

 信じられないが、現在進行形でボス戦の真っ只中である。

 恐らく、過去最高にまったりしているボス戦と言っても過言ではないだろう。

 メイプルが毒竜を倒した際も、かなりのスローペースだったらしいのだが、今回は未だにどちらのHPが減少すらしていない。

 

「魔法は本体に届かないし……サリーしか水中戦はできない……か」

 

「アサギなら攻撃は届くけど……うん、あんまり海に近づけたくないかな」

 

「この……過保護め」

 

「自覚はしてる……向こうに、自覚無しの子が一人いるけどね」

 

 二人してメイプルに視線を向けると、彼女はイカに、お手玉にされていた。

 

「「うわぁ、楽しそうな顔してる」」

 

「サリー、あっくん!どうするか、決めた〜?」

 

 ポンポン弾かれながら、笑顔でそう聞いてくる彼女に引きつった笑みを浮かべた後、サリーは気持ちを切り替えたように、パンっと両手で顔を叩いた。

 その表情は先程から一転し、眼光鋭くその姿から隙は一切見られなくなる。

 

「アサギは待機……私がちょっと近くまで見てくる……この距離から援護できるなら、やってみて」

「……キツそうだったら、そっち行くからな?」

 

 彼女は俺の言葉に、片頬を上げて返事する。

 自信たっぷりな彼女だが、それを否定することはできない。何せ、ここまでノーダメージでやってきているのだ。

 

 彼女は無駄のない動きで、水中へと飛び出すと加速。

 そのまま、巨大イカへと接近していく。

 防衛用に残されていた数本の触手が、彼女へと襲いかかる。

 しかし、水中戦であろうと彼女の回避力には底知れないものがある。

 それらの触手を意にも介せず、イカの正面へ躍り出た彼女は二度三度と双刃を振るい、切り傷をつけていく。

 その様子を暫く眺めてから、心配する必要がなかったことを確認……俺は俺で、そろそろ仕事をすることにした。

 

 

「【超速交換】……よし、『飛天』確保。距離は大体、100メートルと少し……ってところかな?」

 

 言われた通り、援護をすることにしたのだ。

 思えば、俺の覚えている【投剣】スキルには、遠距離攻撃が殆どない。

 おそらく【シングルシュート】が最も安定した攻撃だが、長くても50メートル程の距離でしか使ったことはないのだ。

 

 これを機に、狙撃能力の向上を図る。

 

 折角【潜影】を覚えているのだ。遠距離からの奇襲ぐらい出来なきゃ、話にならない。

 

 攻撃対象のイカがいる海に近づくな、と言われた俺の狙いはそれだけだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 

side サリー

 

 

(……いける。思ったよりも、本体の体力は少ないのかも……カナデが言ってた、海水にかけられてた速度減少のデバフもない。ギミック解除の影響は、大きかったのかな)

 

 【水泳Ⅹ】と【潜水Ⅹ】を習得している私にとっては、水中戦は苦手な部類に入らない。

 ユニークシリーズを手に入れるための戦いも、同じく水中での戦いだったのだ……問題はない。

 

 何度も薙ぎ払いを行う触手を避けながら、イカへ接近するタイミングを伺う。

 恐らく一撃受ければ、殆どの体力が一瞬で吹っ飛ぶだろう……当たりどころによっては、一撃死も十分あり得る。

 何より……窮地に陥れば、彼が戦線へと出てきてしまう。

 

 それだけは……させない。

 

 本人は気付いていなかったが、彼を思うその考えにより、彼女の集中力はかつてないほどに高められていた。

 そして、何より……このイベント内で手に入れた新たな回避能力が、彼女に大きな影響を及ぼしていたのである。

 

(うん……右方向。やっぱり何か、嫌な感じがする。【超加速】!)

 

 それは……アサギが好んで使用している、感覚による危険察知。

 その存在を知り、少しずつ練習を行い続けていたことで、サリーの回避能力はさらに一段、高みへと近づいていたのだ。

 

 速度を上げた私の後ろを、どこから湧いたか分からない魚が、かなりの速度で通り抜けて行った。

 

(……雑魚敵が湧いてたのか。少し、面倒かな)

 

「【ウインドカーー」

 

 速度を落とさず、体の向きだけを変えて風の刃で迎撃する。

 いや、その直前に銀の光が魚の姿を貫いていった。

 

(嘘……でしょ?)

 

 

 彼ならば、いつかやる……そう信じていたが、いくらなんでも()()()()

 

 

 一瞬、視線をその方向へと向けそうになるが、その気持ちを抑えて、左と正面から接近していた触手へ気を向ける。

 

 現在進行系で触手による攻撃を避け続けているのだ……絶好調である今だから、ここまで思考回路を働かせながら、戦闘を行えている。

 

(……今、集中力を切らすわけにはいかない。イカだけに集中!)

 

 そう心に決めた私は、もう一つギアを上げるイメージをしてから……

 

「【ダブルスラッシュ】!【ウインドカッター】!【パワーアタック】!」

 

 触手を掻い潜り、接近。

 スキルラッシュを開幕した。

 

 

 

 

side メイプル

 

 

「もう少し左上……っと!」

 

 私は、水中へと消えて行ってしまった銀の輝きを眺めながら、後方にいるはずのあっくんに指示を送っていた。

 ポンポン、とお手玉状態にされたままだけど、ノーダメージだから問題なし!

 

 少し時間をおいてから再び、目の前をスパッと横切って金属の塊が飛来する。

 

「おっ、いい感じ!」

 

 その一撃は、イカの真正面へ向かっていき、その巨体を貫いていく。

 攻撃が命中したことを、あっくんに報告すると『大体分かった』との返答。

 

 そこからは流石の一言である。

 あっくんがいる方向から、何度も剣が飛ばされてくるが、攻撃の精度は一投ごとに上昇していく。

 最終的に、動いている魚という高難度の的にさえ遠距離攻撃が命中するようになっていったのだ。

 

「……全弾命中、あっくん凄い!……今回は私の出番は少なめかな〜。あっ【挑発】。触手さんおいで〜……なんか、サリーとあっくんに申し訳ないなぁ」

 

 相手の体力は少ないようで、既にもう何が何だかわからない動きをしているサリーが、イカの体力を三割程削っている。

 

 側から見れば、5本の触手攻撃をその身に引きつけ続ける、という十分すぎるタンクっぷりを見せているのだが……普段から攻撃での活躍の多いメイプルは、自分が役に立っていることに気がついていなかった。

 

 観測主としてアサギの【投剣】スキルの精度向上に協力し、タンクとして攻撃を受け続けている彼女は呟くのだった。

 

「私、活躍してないなぁ……」

 

 と。

 

 

◇◆◇

 

 side アサギ

 

 

 左手に蒼刃を握り、限界まで後ろへ持っていく。

 投げるのではなく、飛ばす軌道へ乗せる……そんなイメージを持って、その(弾丸)を撃ち放つ。

 

「【アクセルバレット】!」

 

 何度も【シングルシュート】を撃ち続け、届かぬ距離の壁に阻まれ続けた結果、手に入れた攻撃スキル。

 

 発動までに2秒程を要するこのスキルは、完全遠距離戦用のスキルであった。

 放たれた直後はかなり遅い。

 しかし、時間が経つにつれて速度が上昇していき、10秒ほどで視認困難なレベルに至る。

 そして、何かにぶつかるor飛行時間が二十秒経過するまでその加速は止まらない。

 速度変化が起きるのみで、威力の変動はないのだが……このスキルにより、長距離での狙撃が可能になったのだ。

 

 しかし問題は、その加速にあった。

 

 何となくで一発目を撃ってみたのだが、思ったよりも加速開始が早かった。

 そのため、狙いにしていた巨大イカの随分下へと飛来していったのだ。

 ……彼方へと消えていった『蒼刃』を見て【超速交換】がなくても、武器変更をすれば、手元に武器は戻ってくるのだが……少し焦った。

 

 そこからはひたすら練習である。

 

 暇していたメイプル(触手には打たれ続けていた)に観測主を頼んで、撃った剣がどこへ飛んで行ったか正確な位置を教えてもらい、次を撃つ。

 これを繰り返していくこと六回目で、感覚を掴んだ。

 

 慣れてくると楽しいもので、突然湧いてきた魚は良い練習相手になってくれた。

 そのまま遠距離攻撃を続けていると、脳内にアナウンスが響いてきた。

 

『スキル【千里眼】を入手しました』

 

 定番中の定番……どこかの王様のように未来視が可能となる、なんてものではなく視力向上のスキルだ。

 

 

 

【千里眼】

 

 五分間、視力を最大で10倍まで引き上げることができる。

 倍率によって、視界は狭まっていく。

 

 再使用まで三十分。

 

 取得条件

 

 100メートル以上離れた相手に、連続でダメージを十回与える。

 

 

 

「回数制限ないのは有難いな……ま、慣れるまで時間はかかりそうだから、今は放っといていいか」

 

 そう呟いてから、イカへと視線を向ける。

 どうやらその体力は丁度五割を下回ったようで、ボスは海にイカ墨をぶちまけていった。

 同時にサリーが海中から離脱して、メイプルの元へと駆けていく。

 

「うへぇ、そりゃ無理だな……ま、時間経過でどうにかなるだろ」

 

 俺が思わず弱音を吐き、そして同時に楽観的な考えを口にした……正にその時だった。

 

「アサギ!」

「あっくん、後ろ!」

 

 

 ここまで順調すぎたから、油断した。

 

 そうかもしれない。

 

 今まで俺が好調だったから、何かあれば気付けると……勘違いしていた。

 そうかもしれない。

 

 そんなことを考える余裕すらなかった。

 

 彼女達の警告。

 一瞬遅れで背後を見ると……

 

 

「……は?」

 

 

 

 海が、すぐ後ろに迫っていて……

 

 

 

 

 

 あっさりと

 

 

 

 

 

 

 俺の体を飲み込んでいった。



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24話 幼馴染と彼方の思い出。

こういう系も、キツイ(←逆に何ならできるんだ、って話になる発言)


「アサギ!」

 

「あっくん、後ろ!」

 

 

 彼女達の声が聞こえる。

 背後へ視線を向けると同時に……

 

 俺の体は、迫ってきた黒海の中に飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 洗濯機の中に入ったボロ雑巾の気分。

 

 

 

 呑気なことに、カナヅチの俺が海へと放り込まれて最初に感じたのはそんなことだった。

 いや、ボロ雑巾はもう使ったら捨てるでいいと思うのだが……そこは、掘り下げなくていいか……実を言えば、掃除は苦手だし。

 家事全般できるって訳でもないの……サリーよりはどうにかなる自信はあるけど。

 

 黒海による視界の悪さは、渓谷での霧が最も濃かった泉付近に匹敵するものがあり、海中にて振り回され続けた俺は、現在漂っている場所の特定すらできない。

 

 嫌な静けさがその海にはあった。

 嫌でも段々と何が起きたのか、脳が理解していってしまう。

 そして、同時に思考力が奪われていった。

 

 落ち着け、これはゲーム……死ぬわけじゃない。

 力を込めずに……いれ、ば……浮く、から。

 

 必死に冷静さを保とうとするも……身体が、それを拒否している。

 

 

 あぁ、クソ。

 

 無意識のうちに力が込められたその身体はまるで鉛になったかのように、海の中に沈み込んでいった。

 背中が海底に叩きつけられ、空気が溢れた。

 

 浮けよ……動けよ、と醜くもがき続ける。

 それでも、身体の自由は取り戻せない。

 おかしくなりそうだった。昔からこればかりはダメなのである。

 

 そして、動くことができない状況により、ジワジワと恐怖心が膨張していった。

 指先が凍るような、血が通っていなくなるような、そんな感覚。

 恐怖は思考を鈍らせる。

 一種の危機察知能力でもあるが、その存在は毒でもある。

 

 嫌でもあの時の記憶が、脳内に蘇った。

 もがいて、もがいて……声を上げた。

 助けてくれと、誰か居ないか?と声を荒げて叫び続けた。

 

 ……うわっ、恥ずかし。

 マジかよ、情けない。思い出すんじゃ、なかった。

 

 そして……疑問を抱いた。

 

 

 

 俺はカナヅチではあるが、トラウマ持ちではないのである。

 そう……俺が泳げないのは、()()()()()()()()()だった。

 

 

 

 …………じゃあ、なんで。

 

 

 

 危機管理能力だけで言えば、優れているはずの俺に……

 

 溺れた記憶なんてものがあるのだろうか?

 

 

 

 

 意識が遠のく……その直前に

 

(うるせぇ……気張れ。それが、唯一の取り柄だろ!)

 

 意地で動かした右手で持った蒼刃を、右太腿に突き刺した。

 鈍い痛みにも似た痺れるような感覚が、精神を現実に繋ぎ止める。 

 

 時間はない。

 既に呼吸は続かなくなってきている。

 

(【凍結封印】)

 

 貫通部から発生していく冷気が、海の色を黒から青へと変えていく。

 

 

 貫通による継続ダメージに呼吸困難と判定された窒息による継続ダメージ。

 二つが合わさり、ジワジワとHPが減っていくのを横目に……俺は青色の光を眺めていた。

 

 この景色……いつか、どこかで

 

 

 

 今度こそ、限界だ。

 

 『蒼刃』は抜いたが、時間が経てば呼吸ができない俺の体力は尽きるだろう。

 目を閉じて、その時を待つ。

 

 そして、大切なことを思い出した。

 

 

 

 

 ああ、なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 な、()()

 

 

 

◇◆◇

 

 

side サリー

 

 

 

「サリー、落ち着いて!今行ったら、サリーも……」

 

「ごめん、メイプル。わかってる……わかってるけど、ここだけは譲れない!」

 

 海はアサギがいた中心部まで進行してきたようで、空気の残ったエリアは上から見ると、半円のようになっている状況だ。

 

 私が、イカ墨により黒へ染まってしまった海へ飛び込もうとするのを、メイプルが後ろから押さえ込もうとしていた。

 現実なら止められたのかもしれないが、メイプルのSTRは0である。

 そんなステータスでは、私の体を拘束することなど出来なかった。

 

「…………」

 

 羽交い締めされた状態から、簡単に腕を外してメイプルの目を真っ直ぐ見つめる。

 彼女は私の左腕を掴むも、そこに大した力は込められていない。

 振り払うことはいつだってできた。

 それでも、できることなら彼女にも納得して送り出してもらいたかった。

 

「お願い、メイプル……これは、譲れないの」

 

 もう一度、確かな意志を彼女へ伝える。

 

 例え、ダメージを受けることになったとしても……例え、死んでも彼を助けるまでは死なない。

 矛盾していようが、現実的じゃないと言われようが、そんなの関係ない。

 

 それを、その感情論を……()()()()()()()()()()()()()、今止まるわけにはいかなかった。

 

 それでも、というような表情を浮かべたメイプルに私は笑いかけてから……彼女が私を止められなくなる、少し卑怯なその言葉を口にした。

 

「私には……責任があるから」

 

 

 何の責任?

 

 とは問われなかった。

 

 それは、勿論。

 溺れる……という点にだけ、私が彼へ過保護になってしまう原因にも直結するものだった。

 

 

「……今、行くから」

 

 

 一言、祈るように呟いてから、私は黒の世界へと飛び出した。

 頼りにできるのは、直感のみ。

 その難易度は気配探知などの領域ではなく、既に宝くじのような領域に至っていた。

 

「【超加速】!」

 

 

 絶対、見つける。

 

 そう決意を固めた私は、次の瞬間……

 

(……チッ!運が、悪い!!!)

 

 右方向から接近してきた触手の存在を感じ取り、巨大イカへ向けていた怒りのボルテージは限界を超えた。

 イカ墨だけでも怒り心頭だったと言うのに、コイツはまだ私の邪魔をするというのか?

 

(そこを、どいて!!)

 

「【ウインドカッター】【スラッシュ】!」

 

 速度を上げながら、触手の猛攻を掻い潜り進行方向を直感という名の舵に全任せにする。

 時に触手すらを足場にして、加速し続けているとイカを振り切ることができたのか触手による攻撃はなくなった。

 

 絶対見つける、絶対助ける。

 

 心の中で叫び続けて、黒海の中を進んでいく。

 

 奇しくもそれは

 

『……やっと、見つけた。

 俺が泳げないことは俺が一番知ってるよ。それでも、絶対に助ける』

 

 

 彼の言葉と似ているものがあって……

 

 そのとき、彼と私に一つの繋がりが生まれた。

 それが理由ではないのだろうが……次の瞬間、私の視界に淡い青色が生まれていく。

 

 優しい青色は、私を包み込んでいき……

 

 澄み渡っていく青の中心に、彼の姿があった。

 

 目を閉じて、満足げにしている彼の口から私の名前が紡がれた気がした。

 見れば彼のHPは赤ゾーンへと到達している。

 空気が足りていない窒息状態には、ポーションの回復は意味をなさない。

 ここから、空気の存在するエリアまで連れて行くには、最速でも20〜30秒かかる。

 

 どう考えても、彼の体力が尽きる方が早かった。

 

 

◇◆◇

 

 

 side メイプル

 

 

「……責任、か」

 

 

 その言葉は、ちょっとズルいよ……

 

 サリーもそれを分かって言ったのかもしれない。

 

 端的に言えば

 

 

 あっくんが溺れたのは、海に溺れたサリーを助けようとしたのが原因だった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 堤防に三人の子供達の声が響いていく。

 

 

「理沙、楓落っこちると危ないから……こっちこない?」

 

「大丈夫だって、私は彩華と違って泳げるもん!」

 

「あっくんもこっち来ようよ〜!」

 

「絶対、行かない」

 

 

 あれは、いつだったか。

 確か私達がまだ小学生の中学年(そんなものがあるのか、わからないけど)ぐらいで、身体能力の差もそれ程大きくなかったことは、記憶に残っていた。

 

 その頃から既に男の娘としての才覚を現し始めていたあっくんは、全体的に身体が細くて、力もなくて……女の子だ、なんて弄られているのをサリーに守られているような、そんな男の子だった。

 

 勿論、その頃から肝は座っていたみたいで……私にちょっかいをかけてきた上級生に、喧嘩売ったりはしてたみたいだけど……

 

 まあ、取り敢えず……そんな私達が家族ぐるみの付き合いで海へ出かけたことがあったのだ。

 そして……事件は起きる。

 

 

 

「あっくん、あっくん!」

 

「……ん、ん?どうしたの、楓?」

 

 確か、折角海に来たと言うのに、泳げないため、理沙と私と散歩をした後に、パラソルの下へ直帰&睡眠を取り始めていた彼に泣きついたのだ。

 今思うと、小学生時代から彼の協調性の無さは見られていたのかもしれない。

 

 

「理沙が……居なくなっちゃった!」

 

「……詳しく話して」

 

 大人達が騒然としている様子、アナウンスにより迷子捜索の放送が流れていく音に、年頃の少年が出すには余りにも冷え切ったその声までは、しっかり覚えているのだが、そこから先の記憶はかなり飛んでいる。

 

 

 どうやら気が動転していた私は、あっくんへ理沙が居なくなる前の状況を話し終えた後、精神的な疲れによりダウンしてしまったらしいので、そこから先は聞いた話しか知らない。

 

 

 なんでも、多くの人が捜索に協力した中で

 

 一番最初に理沙を見つけたのは彼だった、というのだ。

 そのときに、理沙は三人で訪れていた堤防から転落し、足のつかない深さの海へと放り出されていた。

 ……小学生の力では、移動がままならない波の強さの中で、理沙は十数分耐え続けて……そして、足を攣ってしまったらしい。

 

 溺れた彼女の姿は、海へと消えていく。

 意識を失った理沙の元に、泳げない筈の彼は躊躇うことなく飛び込んだというのだ。

 

 ……結局、火事場の馬鹿力とでもいうべきか、一瞬だけ、理沙を海上へと引き摺り出して大声で助けを呼んだ後……二人して再び沈んでいったらしいが。

 

 その後、泳げないのに飛び込んでいったことに対して、あっくんは多くの大人たちに怒られることになる。

 『……俺がいなかったら、理沙は死んでたよ』との一言で彼らを黙らせたあっくんは、やっぱり協調性がないというか……本当に、我が道を行くタイプだと思う。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 理沙を助け出そうとした時のあっくんの様子を、私は知らない。

 

 実際に目にしてないのだ。

 だから、私が口を挟むことのできない数少ない出来事の一つが、その事件。

 

 あっくんは変なところでバカだから、溺れたことしか覚えてないらしいけど。

 

 

「【挑発】!」

 

 

 一瞬、黒い海に巨大な影のようなものが見えたため、もしかしたらと思いスキルを使用する。

 

 すると、懐かしさを覚える(時間はそれほどたっていないのだが)触手さんたちがこちらの向かって伸ばされてきた。

 

 どうか……二人が無事に帰ってきてくれますように。

 

 そう祈りながら、触手に弾かれているとビシャッという明らかに触手が発した音ではない音が耳に届いた。

 バッと音のした方向へ顔を向けると、私の視界に、待ち続けていた二人の姿があった。

 

「メイプル、マジで、ナイス!」

 

「あ、危な、かった」

 

 何やらこちらに感謝を述べているが、私は特に何かをした覚えはないので、首を傾げておくだけにしておく。

 それよりも、聞きたいことができたからだ。

 

「……それで、どうしてサリーのほっぺはそんなに真っ赤になってるの?」

 

 ねぇ、サリー?

 

 どうして、一歩私から下がったの?

 

 何か……()()()()したりした?

 

 

◇◆◇

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「おはよ、理沙(バカ)

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 そんな昔の出来事を思い出しながら、顔を遠ざける。

 HPの減少が止まったと同時に、彼は目を開けた。

 

 

 かける言葉は、今決めた。

 

 

(おはよ、アサギ(バカ)

 

 記憶の彼と今の私は、きっと同じいい(えがお)をしているんだろう。

 




vsイカにここまで時間をかけるつもりはなかった……


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25話 幼馴染と悪夢の始まり。

遅くなりました!
突然書けなくなりまして……
納得できる出来ではないのですが、どうぞ。

更新ペースが落ちる可能性が大きいです、すいません!


 

 

 沈んでいた……はずだった。

 

 

 温かさを感じて、目を開く。

 

 そこには、笑顔のサリーがこちらを見つめていて……ほんの少し、頰が紅にそまっているのは……うん。

 つまり、そういうことなのだろう。

 

 彼女のおかげで、俺の呼吸は三十秒ほどならば、余裕で持ちそうだった。

 差し出された手をとり、彼女は向かうべき方向を示す。

 

 だが、待ってほしい。

 

 

 

 別に、俺は泳げるようになった訳ではないのである。

 

 

 

 目を合わせ、首を振るだけでそのことを伝える……これで伝わるのがありがたい。

 仕方ないなぁ、なんて言いたげな表情を浮かべた後、彼女は背中につかまるようジェスチャーで示してきた。

 

 STRがそこまで高くない彼女が俺を背負って移動できるのは、水中ならではのことだろう。

 

 彼女は海底に足をつき、しっかりと踏み込んで速度を上げていく。

 【凍結封印】の範囲外だった海は、未だに黒へと染まっているため、視界は奪われたままだ。

 

 それでも、彼女は迷うことなく一直線で空気のあるエリアへと向かっていく。

 息が続くのは残り十秒ほど……俺がそう感じた時だった。

 

「……!」

 

 サリーの動きが、直線的なものから複雑なものへと変化する。

 巨大イカの攻撃範囲に踏み込んでしまったのだ。

 

 メイプルが触手を受け負っていた先程とは手数が違った。

 殆ど倍になるのだ……回避難易度は次元が違うだろう。

 まして、人を一人背負った状態である。

 いう撃墜されてもおかしくないその状況下で、サリーは極限まで高めた集中力と勘だけを信じ、触手を回避し続ける。

 だが流石のサリーも……その状態で思うように目的地へと移動することはできなかった。

 次第に俺の呼吸も限界が近くなり、サリーの表情も険しいものになっていく。

 時間と共に状況は悪化していく一方だった。

 

 そこへ

 

「【挑発】!」

 

 もう一人の頼れる仲間が、最高の支援を送ってくれた。

 何本かの触手がメイプルの元へと向かった瞬間、確かな"道"が生まれたことをサリーは見逃さない。

 触手を足場に、水中を高速移動していき……ついに愛しき地上(正しくは海底)に到達する。

 

 辿り着いたその場所に……

 

 

「……それで、どうしてサリーのほっぺはそんなに真っ赤になってるの?」

 

 鬼が居た……と後にサリーは語るのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 

「あぁ、もうキレた。本当に死ぬかと思った……」

 

 割と頻繁に死ぬ死ぬ言ってるが、気にしない。そこはツッコミを入れないでくれるとありがたい。

 

 ポーションを使い、体力を全回復させてから俺とメイプルは巨大イカの目の前に立っていた。

 『ツカレタ、メイプルコワイ』とブツブツ呟き続けているサリーは、再び湧いてきたお魚さんたちと遊んでいた。

 

 

 

「【挑発】!【悪食】!!!」

 

 メイプルは自身に攻撃を集中させて、次々に打ち込まれる触手をMPへと変化させていく。

 

「メイプル……一撃で仕留めるから、全力寄越せ!」

 

 計5回、彼女はたっぷりと蓄えたMPを全消費してお気に入りのスキルを使用した。

 

「【毒竜】!!!」

 

「【刃状変化】!」

 

 三つ首の毒竜から、こちらへと巨大な毒の塊が飛ばされてくる。

 それを、全力で武器の形へと変化させる。

 ミスって触れたら死にそうだな、と思ったので【炎帝】の攻撃よりも時間をかけ、丁寧に作り上げていき……

 

「……完成!」

 

 一振りの長剣を左手で持つ。

 

「過保護発揮せずに……最初から、こうしとけば良かったのにな」

 

 ドス黒くも見える程濃い紫色(それはもう紫じゃない気がするが)の禍々しい長剣を見ていると、これ一本で相手の残り体力を、吹っ飛ばせそうな気がしてならない。

 

「アサギ〜、外しちゃダメだよ〜」

「あっくん、当ててね?」

 

 ……お前ら、変にプレッシャーかけるのやめて?

 

 だが、先程までのように遠距離ならともかく、30mも離れていないこの状況では外す気がしない。

 念のため、必ず相手に届く技で……そう思い、左腕を限界まで後ろに持っていく。

 

 俺が何かしようとしていると察知したのか、メイプルの【挑発】を無視して、二本の触手が左右から俺に迫ってくる。

 

 それらを……

 

「【カバームーブ】!【悪食】!」

 

「【パワーアタック】!【ダブルスラッシュ】!」

 

 頼しすぎる二人の仲間が吹き飛ばし、

 

「……【アクセルバレット】」

 

 生まれた隙を見逃さず、その弾丸は放たれる。

 

 加速し、巨大イカを貫いたその一撃は……そのHPを残り数%まで吹き飛ばして……減少を止めた。

 

「あら?」

 

 なんかこのまま倒しちゃおうムードだった俺は、そんな間の抜けた声を出し、

 

「あっくん?」

「アサギ?」

 

 彼女らはそんな俺をジト目で見つめてくる。

 いや、あのさ?

 そればかりは、しょうがないと思うんだよね。当てたから許して?

 

「ま、いっか……アサギ、メイプル。ラスト集中するよ!」

「うん!任せて!」

「仕方ない……油断せずいくぞ」

 

 体力が少なくなった時こそ、相手が凶悪になるのは怪鳥戦で経験済みだ。

 油断なく、全員が集中を高めてその時を待つ。

 巨大イカが、勢いをつけて海中から陸上へと突撃してこようとした直前……

 

「「「……あ」」」

 

 巨大なイカはmade of【毒竜】の剣による継続毒ダメージでHPを0へ……要するに消滅していった。

 

「……この行き場のないやる気をどうしろと?」

 

 サリーの言葉は、俺たち全員の気持ちを代弁するものとなった。

 

 

 

 

 

 

 ボス戦が終わり、イカが消滅したと同時に海も澄み渡っていく。

 サリーが周りを見て回ったところ、触手が一本ドロップしていたのみで、他の報酬は見当たらなかった。

 恐らく、魔法陣に乗った先に報酬があるのだろう。

 そう考えて移動することにする。

 

 俺たちが移動したのは【魔ヲ払イテ】その次の言葉の示す場所。

 転移先は……【青ク静カナ海】だったのだ。

 目を開けば、淡い光に包まれた海が広がり、それは澄み渡っていく。

 悠々と色鮮やかな魚が泳ぎ、綺麗なサンゴ礁やら何やら……とまるで楽園のような光景が広がっている。

 

 しかし……ご察しの通り

 

「死ぬわ!?」

 

 一名、ガチギレしているプレイヤーがいた。

 その後、息ができるのが判明し、絶好の練習場じゃん!と彼のテンションは上がるのだが……呼吸が出来ても泳げない、という事実に割とショックを受けてしまうのはまた別の話。

 

 

「……綺麗……すごい、すごいね、あっくん!」

「……ん、まぁ滅多に見られない光景ではあるな……俺みたいなカナヅチには特に」

 

 目を輝かせるメイプルに、海底で寝っ転がりながら同意しておく。

 ……若干、ビビってるのは内緒である。

 

 

 結局、報酬は銀のメダルが二枚と【古代の海】と呼ばれるスキル書が二本。

 水系スキルを取っていないと覚えられないものだったので、俺とサリーが貰っておいた。

 ギミック解除イベが起きたのが、夜遅く出ったので五日目の夜は海中で越すことに……

 

 ボス攻略後のエリアで休息を取りすぎている気もするが無視しておこう。

 

 

 優しく俺たちを包み込む、その静かな海での睡眠はこれまでに蓄積した疲労を全て取り除き、そして癒していく。

 

 その結果、全員仲良く寝坊をかますのだが……それも取れた睡眠の質と比べれば、些細なものだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 

 伸びをする。

 六日目に突入してからたっぷり十時間ほど経過してから、俺たちは【青ク静カナ海】に存在した魔法陣に乗り移動した。

 移動先は噴水があった廃墟の前である。

 流石に水中クッキングは出来なかったので、その場で簡単に朝食を仕上げてしまうことにした。

 

「…………っと、こんなもんか」

 

 イベント事前に作っておいた味噌、そしてネギやらジャガイモやらを用意して仕上げた手抜き味噌汁に、炊き上げたご飯。

 更に盛り付けただけの野菜に、持ち込んだドレッシング。

 最後に鮭のような魚を焼いて、終了だ。

 

「……これのどこが手抜きなんだろ」

「さぁ?美味しければ何でもいいんじゃない?」

 

 何やらメイプルとサリーから呆れの視線を感じるのだが……手を抜きすぎたのだろうか?

 

「悪いな、かわりに夕食は楽しみにしといてくれ」

 

 俺の言葉に二人は顔を見合わせた後、笑みを浮かべて言うのだった。

 

「「勿論!!」」

 

 ……ハードル上げない方が、気楽でよかったかもしれない。

 

 

 

 

 朝食を取った後、俺たちは探索を再開した……のだが

 

「……遭遇するプレイヤーが多いな」

「メイプルを見た瞬間に逃げていくのが、完全に定番化してるから、メダルは稼げないけどね……」

 

 先程からプレイヤーとの遭遇率が跳ね上がってた。

 恐らく今日を除けば最終日しか残っていない、と焦り始めたプレイヤーたちが騒ぎ始めたのだろう。

 他のプレイヤーと比べてメダルを大量に持っている俺たちからすると、当然そこは気を付けるべきものなのだが……メイプルが有名すぎて挑んでくる奴らがいなくなっていた。

 

「サリー、今メダルは?」

「18枚……仕掛けるなら、今日かな」

「だよね」

 

 俺たちの会話を聞いて、背に乗せたメイプルが疑問の声を上げる。

 

「……何するつもりなの、二人とも?」

 

 俺は持っていた金のメダルを二枚、メイプルへと渡してから言ったのだった。

 

「メイプル、ちょっとお留守番してて貰うぞ」



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26話 幼馴染と奇襲。

今話からオリキャラ注意報です。



 辺りに響き渡る叫び声、巻き起こる爆発。

 そんな騒ぎが至るところで起こっていた。

 

 千里眼を使えば、騒ぎの中心にはいつも一人の少女の姿が存在することがわかる。

 

 

「流石、サリー。派手にやってるね〜」

 

 一人の少女(いい加減にしろよ、地の文てめぇ)が岩山の頂上にて、辺りを見物し、そう呟いた。

 

 

 その姿が目立たないはずがなく、背後からは、気配を消したプレイヤーが三人近づいてきている。

 武装は弓と剣、そして盾という比較的バランスの取れた男達である。

 

 

 少女との距離が残り10メートルを切った時に、弓使いが動く。

 100m程の距離までなら、ある程度動く的でも当てられる……そんな自信を持っていたプレイヤーが、その位置から攻撃を外すわけがなかった。

 

「……●ねぇ!」

「ぶっ●してやる!!」

「やっちまえ!」

 

 弓使いが矢を放つ、と同時に二人の男性プレイヤーは距離を詰め始めた。

 万が一、相手の体力が削りきれなかった場合はトドメを刺すつもりだったのだ。

 

 ここまで、絶対的優位な状況にいても、盗賊団の下っ端のような掛け声と共に、向かってくるプレイヤーたちに油断はなかった。

 なぜなら、彼らは前回イベントでメイプルにコテンパンにされた者たちの一部だったから……である。

 

 頭に向かっていった矢は、直前に少女が首を傾けることで避けられた。

 後ろを向きながらの異常回避に、彼らは内心驚きながらも動きを止めない。

 

「メイプルほどじゃ、ないんだろ!」

 

 剣使いが突っ込んでいくと、()()()()姿()()()()はようやく体をそちらへ向ける。

 そして……

 

「……バイバイっ」

 

 素敵な笑顔を浮かべた。

 それを見た男性プレイヤーたちは……

 

「【炎帝】」

 

 あっさりと、灼熱の炎に飲み込まれていった。

 

「これで、四回目っと。メダルはなしか……お疲れ、ミィ」

「うん。全然大丈夫!なんか……囮慣れしてる?」

「あんま、嫌なこと思い出させないでくれ……」

 

 岩山に存在した窪みに、姿を隠していた【炎帝】ことミィに少女……アサギは雑談を続ける。

 

 六日目 14:00

 

 俺とミィは二人で仲良く、プレイヤー狩りに勤しんでいた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 数時間前

 

 

 

「じゃ、メイプル……メダルは頼んだぞ?」

「夜までには帰ってくるよ」

 

 俺とサリーはメイプルを洞窟に押し込んで、プレイヤー狩りに出かける。

 

 メイプルを置いていく理由は、有名人すぎて相手が逃げてしまうから……そして、メダルを守る番人に最も相応しかったから、である。

 一応、パーティーメンバーの全員が死んだことはないのだが、一番信頼できるのは彼女だろう……ダメージを受けていないサリーの方も大概だが……一発当たると死ぬ、と考えてしまうと心臓に悪い。(当たらないのは知ってるけど)

 

 何より、メイプルは勝負を挑まれにくいのだ。

 彼女にメダルを託しておけば、問題ないだろう……ペインとかと遭遇しないと良いのだが。

 

 

「さてと、別れるか?」

 

 隣のサリーにそう聞くと、少し考えてから彼女は答える。

 その顔には獰猛な笑みが浮かんでいて、好戦的な様子が隠しきれていなかった。

 

「そうしよう……私は、森林地帯を攻めるよ」

「んじゃ、俺は向こうの山制圧してくる」

「了解、死なないようにね!」

 

 戦闘区域が重ならないように相談した後、彼女はそう言い残して森へと姿を消していく。

 ……怖いなぁ、あの子。

 戦わないようにしよう。

 

 金髪の誰かさんにも目をつけられている気がするので、これ以上の戦闘狂は避けたいものである。

 

「……さてと、俺も行くとするか」

 

 ファイアボール、と呟いて炎刃を生成しながら歩き始める。

 どうやら人のことを言えない程度には、俺も戦闘を好んでいるようだった。

 

 

 

 

 

 

 岩山の麓を悠々と歩いていると、視線を感じる。巫女装備の俺は、メイプルのパーティーメンバー以外の情報はない。

 その、いい感じの有名具合の効果かわからないが、一人で歩いていると、結構喧嘩を売られることが多かった。

 

 軽く三回ほど戦闘を行った後、正面から視線を感じた。

 

「……ソロか?」

 

 奇襲してくる様子はないので、武器には手をかけるだけにしておく。

 

「【巫女】!?……あ、戦闘前にちょっと、握手してくれます?もちろん、武器は外すんで!」

「アホか……というか、男は好まないんだが」

 

 意気揚々と近づいてきたのは、チャラチャラしてそうな男性プレイヤー。

 俺が女性だったら、気持ち悪い以外の感想はないのではないか?

 握手会とかやってるアイドルの方々を尊敬します……いや、ファンと見知らぬ男は違うか。

 

「えっ、まさかそっちの!……いいですなぁ」

「よし、燃やす。3秒待ってやる」

「喜んで!」

「お前、面白いな!?」

 

 そんなやりとりもあったのだが、宣言通り燃やした。

 普通にお礼を言いながら死んでいったが、知らん……銀のメダル一枚落としていったけど、知らん。

 ……アイツ、アホだろ。

 

 それから一時間ほど歩いていた頃だった。

 

 

「おい、お前ら!絶対逃すなよ!せっかくの大物だ!」

「くっ……しつこい奴らだ!」

 

 

 目の前で、二十人を超えそうな屈強な男性プレイヤーたちに、彼女……ミィが追いかけられていたのは。

 

「おい、コラ!絵面が犯罪じゃ、ボケ!」

 

 叫びながら躊躇なく、俺はその集団へと襲いかかった。

 

 

◇◆◇

 

 ミスだった。

 まさか……私一人で迷子になるなんて、考えていなかったのだ。

 森の中を歩き続けること数分……確信する。

 私は完全に一人きりになっていた。

 

「……どうしよう。皆どこ行っちゃったの?」

 

 正直に言えば、大声でミザリーと叫んで助けを呼びたいところだ。

 一人は気楽なのは良いのだが、いつどこからプレイヤーが現れるか気をつけなければならない状況で、一人になれても嬉しくない。

 

 そんな時に、少し遠くにいた一人のプレイヤーとバッチリ目があった。

 

「「あっ……」」

 

 そして……

 

「【炎帝】だぁぁ!!むぐっ」

「【噴火】!……やらかした、やらかした、やらかした!私のバカ!」

 

 最速で仕留めたが、相手に大声を出させてしまった。

 警戒を怠った自分に罵声を浴びせながら、森を走り抜けていく。

 

 視界の悪いこの場所よりも、少し開けた場所の方が大人数を相手取りやすいと考えて、進行方向を変えた。

 

「「【超加速】!」」

 

 比較的高レベルのプレイヤー集団だったようで、二人のAGI振りと思われるプレイヤーが速度を上げて近づいてくる。

 

「っ!【フレアアクセル】!」

 

 足元を爆発させるようにして、速度を上げた。少し広い場所へと出たため、振り向いて杖を抜く。

 

「【炎帝】!」

 

 速度高めのプレイヤーを始末した後、重要なことに気付いた。

 

「……嘘?まさ、か……MPポーションがもう」

 

 自覚しているが、私は燃費の悪いプレイヤーである。

 普段はミザリーや仲間のお陰で、MPを回復できるが……今はイベントも後半、六日目に突入した状況。

 

 私の手元に、MPポーションは存在しなかったのである。

 

 

 

 そんな事情なんてお構いなく、プレイヤーたちは続々と現れる。

 

(ああ、もう……!本当に、ついてない!)

 

 全力で悪態を吐きながら、メンツを保つために私は杖を振るのだった。

 

 

 爆発。

 

 爆炎。

 

 最低火力だが、直撃させればプレイヤーの一人や二人吹き飛ばせる攻撃を続けている。

 

 だが、理解できていた。

 ……今はしのげても、まだまだ私を狙うプレイヤーは存在する……ん?

 存在、して……るよね?

 

 そして、信じられないものを見た。

 

 既に攻撃手段を杖(物理)以外失った私は、その光景を茫然と眺めていた。

 追いかけてきていたプレイヤーの数が、ゴッソリと減っていた……というより、減り続けている。

 

 人が吹き飛ぶわ、燃やしてるわ、凍りつくわ……背後から奇襲していることで、随分好き放題やっているようだ。

 

 そして……

 

「ったく。いい年した野郎集団が、大人数で女性追いかけるなよ……ペインのとこ行け、ペインのとこ」

 

「……え、なんで?」

 

「ハロー、ミィちゃん。元気してる?」

 

「ちゃん付けはやめてよ……アサギ」

 

 巫女装束の彼がそこに立っていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「……三人で20枚かぁ。流石って感じかな〜、たくさん話聞かせてよ?砂漠の時も、本当はもっと話聞きたかったんだから!」

 

「へいへい、ミィお嬢様の御命令通り」

 

「うむ、よろしい……じゃなくて!」

 

 ミィと手を繋ぎながら、休めそうな場所を探している……別に浮気ではない、事情があるのだ。誰とも付き合ってもないし!

 

「にしても【魔力譲渡】なんて便利スキルの書……貰って良かったの?」

「うん。元々、ギルドの皆でそうしようって決めてたんだよ……ウチの団員から好感度上がりまくってるよ……銀メダル大量付与者として」

「……あぁ、それがあったな。なんか納得」

 

 そう、手を繋いでいる理由がコレだ。

 

 

【魔力譲渡】

 

 触れた相手へとMPを譲渡する。

 MPは毎秒5ずつ譲渡される。

 

 取得方法

 

 スキルの書を使用する。

 

 

 歩くMPタンクとも言えるレベルのMP内臓量を持つ俺にとってはかなり嬉しいスキルである。

 そのままゆっくりと雑談を進めながら、共闘する方針を決める。

 休める場所がないならば、少し頑張って作ってしまおう……という軽いノリで、二人で山を制圧することにした。

 

「【炎帝】」

「【刃状変化】」

 

 炎帝剣を片手に、悠々と歩いて行き……

 

「焼き払うか」

「流石に無理だよ!?」

 

 山へとそのまま放り投げようとして、止められた……頑張れば出来ると思うんだけどなぁ。

 

 

 

 そして、早一時間。

 苦戦せず、山の完全制圧を達成した俺たちは、山の頂上でラーメンを啜っている。

 料理スキルは【料理Ⅵ】へと進化を遂げ、ミィはそのことに呆れながらも、笑顔を浮かべていた。

 ミィが躊躇いなく豚骨ラーメンを選んだあたり好感度高い。因みに俺は辛味噌である。

 

 やっぱ料理はいい。

 いつでも作れるし、頑張ればもっと旨いモノも作れるのかもしれない……しかし

 

「ふふっ、美味しいよ。本当に!……また、食べたいな」

「ん、そりゃ何より。料理人冥利につきるってもんだ……暇ならいつでも作ってやるから安心しろ」

 

 こうして誰かの笑顔を見る。

 そのことだけは、今しかできない最高のことだ。

 俺の言葉を聞いて、笑顔を浮かべた彼女は本当に美味しそうに最後の一口を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 …………と、そんな出来事があって俺たちは一緒にいるわけなのだが。

 

 

 

 

「……ん、えっ!」

 

 何やら届いたメッセージが読んでいたミィが、目を見開いて驚きの声を上げた。

 

「いきなりどうした?」

 

 彼女を落ち着かせるように、ゆったりとそう聞き返す。

 そして……その言葉を聞いて絶句した。

 

「……シンとミザリーが死んだって」

 

 二つ名【崩剣】 前回イベント第七位

 

 実力者であるはずのシンというプレイヤーと【聖女】ミザリーが同時に死ぬ。

 ……何かしらの事故があったと見て間違い無いはずだ。

 

「……場所は?状況は?相手は?」

「え、ええと……嘘でしょ」

 

 矢継ぎ早に質問をすると、慌ててミィがメッセージを読み進める。

 そして、黙ってしまった。

 こちらへとその画面を見せてきたので、断りを入れてからその文章に目を通す。

 

 そこに書かれていたのは……

 

 姿不明のプレイヤー単騎に、二人揃ってやられたとのこと。

 

 そして……

 

 狙いは【炎帝】だったという警告の言葉。

 

 瞬間、ピリッとした何かを感じとった。

 ミィを抱えて岩山から飛び降りる。

 

「きゃっ」

「……っ!受け身準備!」

 

 可愛らしい悲鳴を弄る余裕もなく、彼女を庇えるように落下中に体を回す。

 岩山を転がり落ちていく……その直前に、視界の隅にそれの姿を捉えた。

 

「……円刃(チャクラム)使い!?」

 

 

 どうやら、六日目も神様は休ませてくれる気配はなさそうだった。



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27話 幼馴染と脱出戦。


 時間が経つのは早いものですね……
 あ、やっぱだめ?その一言じゃ、済まないですよね。

 とりあえず、投稿遅れて申し訳ございませんでした!!!

 


 

 

 

 

「【炎帝】!」

 

 

 ミィが己の前方へと爆炎を放ち、炎による防壁を築く。

 背中合わせの彼女に、MPがゴリゴリと吸われいくのを感じ取りながら、こちらはこちらで、忙しなく()()()の対応に迫られていた。

 

 

「【ウインドカッター】!……と、【サンドカッター】!もいっちょ、【ウインドカッター】」

 

 風の刃と砂塵の刃が、飛来する円刃()()を弾き落とした。しかし安心は一切できない。

 現在地に落ちた円刃全てが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から。

 

 

 

 

 

 あれから……

 

 ミィと仲良く岩山から転がり落ちてから、俺達にひと息つく暇もなく、押し寄せてきたのは20にも迫ろうかという、円刃の群れであった。

 

 それらは何度叩き落としても、1分と経たないうちに再び浮き上がり、俺達へと襲いかかってくる。

 完全に全方向を円刃に包囲された俺たちは、現在耐久戦を強いられているのだった。

 

 

 

 

 

 

 ほんの少しだけ生まれた隙間時間を利用して、現状手に入る最も高価なMPポーションを使用する。

 

 その数残り13本……ジリジリとポーションのストックが減りつつあるが、現状コイツが俺たちの生命線といっても過言ではない。

 MPの使用効率が絶望的に悪いミィと、ある程度のMPを保持していないと大技を撃てない俺という組み合わせ。

 

 この組み合わせは、殲滅戦ならば猛威を振るうだろうが、物量作戦による耐久戦には滅法弱い。

 その弱点を、姿を見せぬ円刃使いはピンポイントで叩いてきているのだ。

 そろそろ打開策を見つけないと、ギリギリで保たれている均衡は簡単に崩れてしまうだろう。

 

 

 

「……そもそも、相手はどっからここを見てんだ……高台……いや、俺たちが陣取ってた山頂部よりも高度のある場所は、この付近にはないはず…………追尾性のスキル……にしては、叩き落とした後の復帰が早すぎるか…………ミィ、何か気づいたことってあるか?」

 

 

 

 馬鹿みたいなその連続波状攻撃に対しての考察を行いながらも、左手に持った『蒼刃』で飛来してきた二つの円刃を叩き落とし、背後のミィに声をかけてみる。

 先程まで豚骨ラーメンを食べて満足気にしていた少女の姿は既になく、そこには【炎帝】の名にふさわしい一人の女性が立っていた。

 

 

 

「……攻撃に、気配を感じ取れるから、スキルの追尾というよりは、遠隔操作に近いのかな?……でも、それにしては数が多すぎる気もするよね。考えられるとしたら……プレイヤーが、実は二人組だった……とか?」

 

 

 

 ミィの言う気配というものが存在することには、全面的に同意であった。

 しかし、相手が二人で俺たちを襲撃している可能性は低いだろう。

 視界外からの不意打ちや、片方への集中攻撃……仮に相手が二人組であったのならば、こちらへの嫌がらせになる行為はいくらでもできた筈だ。

 

 だが、まあ……何にせよ、誰かしらが遠隔操作を行なっているのでは?という見立ては、同じであるので()()はほぼ確定で有効打となり得るだろう。

 

「…………それにしては攻撃が単調過ぎる…………仕方ない。実を言えば一応、対抗策は有るんだよ。使わずに済むなら、それに越したことはなかったけど……」

 

 

(これから先、対ミィ戦を行う可能性があるなら、特に)

 

 

 心の中でそう呟きながら、チート級のスキル持ちである『蒼刃』へと目をやった。

 後ろから、どうしてそれを早く言わないの!といった念を感じるが、スルーしておこう。

 

 

「一分後、弾幕を止めるから、全力で走れるようにしといて」

 

「……むぅ……まあ、いっか。MP、少し貰うね」

 

「あいよ……そう拗ねるなって」

 

「拗ねてないよ……全然、拗ねてない」

 

「夕飯は、炒飯と餃子のつもりなんだが……」

 

「さっすが、アサギ。切り札は最後まで取っておかないとだもんね!」

 

「惚れ惚れする程の掌返しをありがとう」

 

 

 ゆるゆると会話を続けながらも、集中は切らしていない。

 体内時計で一分を数え終わり、視線を再び後ろへ向ければ、コクリと彼女は頷きを返す。

 

 ギリギリまで円刃を引きつけてから、左手の力を緩め『蒼刃』を手放す。

 落下し、地面を刃が貫いた瞬間、声を張り上げた。

 

 

「【凍結封印】!」

 

 

 そして、生み出された霧へと円刃が触れた瞬間……()()()()()()、円刃の姿が消える。

 

 

「あれ、なんか一個残った!?…………まあ、いい。撤収するぞ、ミィ!」

 

 

 想定では、全部地面へと落下する予定だったのだが……分身系統のスキルだったのか。

 そんなことを考えながらも、急いでこの場を離れることにする。

 

「了解、【フレアアクセル】!……って、あれ?【フレアアクセル】!…………あれぇ?」

 

「そうだったわ、忘れてたよ。お前にもスキル封印かかるんだったな!」

 

 

 スキルが使用できず、首をコテンと傾げていたミィの手を引っ張り、岩山を駆け下りる。『蒼刃』は置きっぱなしだが、後で【超速交換】を使って回収でもすれば、良いだろう。

 

 目的地は、身を隠しやすい森林地帯。

 正直、どこに潜んでいるのかすらわからない相手など、正面突破をするには、気力的にもたないと判断したのである。

 

 

 

「まっ、ちょっ……速い、速いって!?転ぶ、転ぶからぁ!」

「気にすんな、コケたらサラッと置いてってやるから」

「鬼ぃぃいい!」

 

 

 

 傾斜がかなりキツめの山を転がり落ちるかのように、走り抜けて平地へとダイブ。

 いつの間にか、背中に張り付いていたミィを庇うように受け身を取りながら着地し、休むまもなく森林地帯へ突入する。

 

 体内時計で、そろそろ一分を超えてくる頃だ。

 円刃が再びこちらを補足する前に、身を潜めるには、うってつけのスキルを発動させておきたい。

 

 

「どんな、運動神経、してるの!」

「まあまあ、落ち着けって。担いで、やってんだから、さ!」

 

 

 俺がミィを右肩に担ぐような体勢のまま、全力疾走を続けて、探していた()()をようやく見つけた。

 

 

「間に、合え!!!」

 

 

 飛び込むようにして、左腕をそこに叩きつけながら、もう一つの切り札となるスキルを発動する。

 

 

「【潜影】!」

 

「へ、えっ、うひゃっ!」

 

 

 

 ずぶずぶと森林の作る影へと沈み込み、ようやく一息つくことができた。

 ……にしても、これで大分ミィは俺の情報を持ってることになるな。

 【刃状変化】に【暴食の壺】、【潜影】に【凍結封印】……あれ、もしかして割とまずい?これ。

 

 たらたら、と冷や汗が流れるのを気のせいだと思い込もうとしていると、ようやく自分が影の中に移動したことを受け入れたミィが、こちらへ話しかけてきた。

 

 

「……アサギのスキル、だよね?」

 

「ま、そんな感じ。詳細は秘密な」

 

「あ〜、うん。そうだね……でも、一個だけ、聞いてもいい?」

 

「ん、別にいいけど?」

 

「……これ、何分持つの?」

 

「……五分くらい?」

 

 

 

 短い休息になりそうだね、と遠い目をしてボヤいたミィの表情が非常に印象に残った、とだけ記しておく。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「九十九、首尾はどうかしら?」

 

『……ごめんなさいです、我が主。不覚を取りました』

 

「あら、珍しいことも有るのね……流石は【炎帝】といったところでしょうか」

 

 

 ()()()()()の中、紫系統を中心とした着物を見に纏った一人の女性が、微笑を浮かべた。

 

 その髪色は、衣装に合うしっとりとした黒色で腰にまでかかるほど長く、柔らかな微笑からは包容力の高さを感じさせる。

 しかし、それと同時に、一瞬だけ鋭い輝きを灯した瞳からは、彼女の持つ冷静さが窺えた。

 

 

 

『キメ顔をされているところで悪いけど、私が敗走をしたのは、主からの情報に虚偽があったからですよ?』

 

 

 

 そんな、彼女に突き刺さる言葉の刃。

 

 数秒ほど彼女の動きが固まり、ジワジワとその頬が赤に染まっていく。

 

 そして……

 

 

 

 

 

 

「き、キメ顔なんてしてないもん!……って、虚偽って何!?私、何か悪いことした!?ごめんね?」

 

 

 ものの数秒で先程までの()()()()()()()()()というメッキが剥がれ落ちる。

 ワタワタと慌てながら、ペコペコと頭を下げる。

 そんな彼女の視線の先に……

 

 

『いーえ、誰がなんと言おうが、今のはキメ顔です。全く、我が主ながら、ポンコツっぷりが激しいですね〜』

 

 

 藍色の円刃が、宙に浮かんでいて

 

 

『虚偽なんて、決まってるじゃないですか。相方の方ですよ、あ・い・か・た!正直、【炎帝】よりしぶといですよ、あの巫女さん』

 

 

 からかい混じりに女性をバカにする、九十九と呼ばれた少女の声が()()()()洞窟全体に響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……彼女らと彼が邂逅するのは、もう少し後のこと。

 

 女性は『円刃』に対して謝り倒したあと、その場から一歩も動かずに蹂躙を再開するのだが……幸か不幸か、彼女の戦闘地帯はアサギとサリーの徘徊地域とは、また異なるエリアであったため、彼らが潰し合うことはなかった。

 …………周囲のプレイヤー達がどうなったのかは、想像に任せるとしよう。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「……おっと、追跡は終わったみたいだな。よかったな、ミィ?もう、走らなくていいぞ」

 

「……ほんと、だよ。暫くはゆっくりしたいかなぁ……アサギのこれからの予定は?」

 

「……メイプル達と合流してもいいんだが、まぁ、何にせよ……とりあえず、少し休もうか」

 

「だね……」

 

 

 

 二人して、その場に座りこんでからため息を吐く。

 常に索敵は行い続けているが、少々警戒は緩めてある。先程までの集中力が高すぎた分、反動は大きい。

 先程まで、岩山でラーメンを食べていたというのが、酷く昔のことに思えた。

 

 

「…………炒飯」

 

「さっき、豚骨ラーメン食ってただろ……」

 

 

 案外【炎帝】様は食い意地が張ってらっしゃるのかもしれない。

 そんなことを考えながら、ストレージから砂漠での茶会で余っていた菓子と紅茶を取り出すと目に見えて彼女の瞳がキラキラと光り始める。

 

 やばいな、こいつ。誘拐とかされないか心配。

 メイプルとかサリーへ抱く好意とは違う……なんというか、あれだ。

 

 

 

 

「…………妹に欲しい」

 

「……ふぇ?」

 

 

 

 思わず溢れたその本音に、空気が凍る。

 やばい、これはやったわ。

 変態と罵られる覚悟を決め、土下座の構えへスムーズに移行しようとして……

 

 

「い、妹……わ、私もお兄ちゃんに欲しいなぁ……なんて、思ったり……?」

 

「はい?」

 

 

 

 再び、二人して硬直。

 

 

 

「……スルメ食べる?」

「う、うん…………スルメ?」

「ああ。この前、川で釣ってな」

「まさかの淡水魚!?」

 

 

 会話のペースが元に戻るまで、なんだかんだ三十分ほどを要したという。

 

 

 

 

 

 

 



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28話 幼馴染と最終日。

エタル ナンテ コトバ シラナイ

……読んでくれている全ての人に、精一杯の感謝と謝罪を。

感想、評価 いつでも待っております!
誤字脱字報告感謝です。


 

 

 

 

「…………さて、と……中々、いい感じに狩り尽くせたな。お疲れ様、ミィ」

 

「うん、アサギもお疲れ様だね……で、もう一回聞くけど…………本当に、今日集めたメダル、私が貰ってもいいの?」

 

 

 物凄く複雑そうな表情を浮かべて、ミィはこちらへと首を傾げた。

 時間は巡り、現在既に辺りには夜の帳が落ちており、彼女の掌の中には、本日の成果である6枚の銀のメダルが存在している。

 

 

「ん?勿論。俺は金のメダル持ってるしな」

 

「……それを言ったら、私も前回イベントの分を持ってるんだけどね……そう考えると、本当に助けてくれてありがとね?」

 

 

 少しだけ照れ臭そうにそんなことをいうミィさん……ああ、妹に欲しい。

 親族にエグいほど俺に懐いてる奴が一人いるのだが、そいつと俺の関係はかなりの訳ありで、一緒にいるだけで俺の心労が溜まり続けるため、癒されはしないのである。

 

 対してミィはただの良い子。

 メイプル達と違って、お互いにラブではなくライクであることが、はっきりしているため、気を遣う心配もないのだ。

 

 

「あれは、絵面が酷かったからな……美少女相手に大の男が寄ってたかって……あれはもう犯罪だ、犯罪。訴えたら勝てるぞ、多分」

 

 

 なんて考えながら、冗談めかしてそんなことを言ってみると、何故かミィは顔を赤くして目をこちらから逸らした。

 ……ああ、美少女で照れたのね。全く意識せずに使ったので、気付くのが遅れた。

 

 

「び、び…………コホンッ、じゃ、じゃあ、私達のギルドで有効活用しちゃうけど、後で文句言わないでよ」

 

「誰が言うか、誰が。代わりに、なんかあったら、軽く面倒ごと頼むかもしれないけど……」

 

 

 折角、大ギルド(仮)にコネを作ることができるのだ。そのチャンスを逃すほど愚かではない。

 この約束がいつか、どこかで俺たちを助けてくれる時があるかもしれないしな。

 

 

「貸し一つ、ってやつだね。いいよ、多分、これでギルドの皆からの好感度が、更に上がると思うけど」

 

「それはまた、嬉しいような怖いような……ま、いいか……MPは問題なさそう?怪しかったら、合流場所まで送るけど」

 

 

 元々は、迷子であったというミィ。

 連れの二人が撃破されたとのことで、ズルズルと行動を共にしていたのだが、そろそろギルドメンバー達の元へと帰らなくてはならないようだ。

 

 

「大丈夫、アサギからたっぷりと分けてもらったから……約束通り、炒飯と餃子もいただきましたし、やり残した事も多分ない……かな?うん!」

 

「オッケー、それじゃ、ここらで別れるか。俺もメイプル達に飯を作ってやらないといけないからな」

 

「なんか、お母さんみたいだね?」

 

「うっさい、誰がオカンだ」

 

 

 時計を見れば、既に七時をまわっている。

 彼女らからの多少の文句は、甘んじて受け入れるとしよう。

 

 何を作ろうか……なんて思考に入りかけたその時、何やら面白いことを思いついたのか、表情を明るくさせたミィは、俺の正面から5メートルほど離れた位置に移動した。

 

 そして……

 

 

「それじゃ……バイバイっ、()()()()()()!」

 

 

 そんなことを少しだけ恥ずかしそうに頬を染めながら、言ってのけたのだ。

 

 

 

 ……もう、これ相手公認の義妹で良いのでは?

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「……有罪(ギルティ)

 

「おい、待て。まだ何も言ってないぞ」

 

「アサギのことなら、勘でだいたい何やってたのかは、想像がつくんだよ……私もメイプルも」

 

 底冷えするような眼で、こちらを見据えてくるサリーの視線から、スッと顔を背けると、顔を背けた先に瞳のハイライトを完全に消したメイプルさんがすぐ近くに立っていた。

 

「あっくんから、サリー以外の女の人の匂いがする……ねぇ?私の気のせいかな?」

 

「犬かよ、怖いわ!?」

 

 

 背筋に悪寒が走る。

 あれ、こいつヤンデレ属性持ってましたっけ?

 過保護で一途で単純でわがままで……うん、別にあってもおかしくなさそう。

 

 近づいてきたメイプルをツッコミの勢いそのままに投げ飛ばし、脱出を図ろうとするも、襟元をサリーに掴まれた。

 

「それにさ、アサギ?半日以上戦闘し続けて、メダルが一枚も回収できてなかったって……今まで、何してたのかなぁ?」

 

「あははは……まあ、そんな日もあるだろ?」

 

「ないわよ、ない。絶対ないから!……あれだけ、頭のおかしい爆炎をポンポン発生させておいて、全く戦闘しなかった……なんて、言わせないからね?」

 

「……いや、俺の魔法じゃないし、あれ」

 

 

 爆炎自体はミィのもの。

 俺は投げただけですので、嘘はついてない。

 

 

「ふーん?そうなんだ?」

 

 

 ……嘘は!ついて!ない!

 

 

 頰を引きつらせた俺に対し、後ろから肩に腕を回したサリーは、顔を急接近させ、耳元で囁いた。

 

 

「ね、アサギ。今、本当のこと言うなら、許してあげてもいいんだよ?」

 

 

 妙に色気を感じるので、やめていただきたい。直に当たる程の距離にあるサリーの髪から甘い香りが………………っ、やばい、昨日の今日でそれは、この距離はやばいから!

 

 待って、待て。

 近い、近いから待ってください、サリー様。

 

 ……そんなことを考えていたら 

 

 

 

「あっくん、サリーに見惚れてないで、早く白状したほうがいいよ……サリーも、少し()()()()()()()()?」

 

「見惚れてませんからっ!?」

「げ、私まで巻き込まれた……!」

 

 

 前方からメイプル襲来。

 

 後ろで、弄りモードに入っていたサリーも、びっくりの威圧感である。

 もう一度言うが、冗談混じりのサリーと違って、メイプルは割と本気でヤンデレの素質がありそうで怖い。超怖〜い。

 ……サリーを囮に逃げたりできないだろうか。

 

 

 だが、まぁ確かに。

 

 

「……悪かったよ、今日は一日中一人で留守番だったしな?俺とサリーに叶えられるお願い事なら、大体なんでも聞いてやるから……それで、勘弁してくれよ」

 

 

 一日中放置されていたといっても過言ではない彼女が、多少不機嫌であるのも、無理はないのである。

 

 ポンポンと、メイプルの頭を撫でながら、そう言ってやると、彼女は顔を赤くして俯いた。

 

 そして……

 

 

 小さな声で

 

 

「……明日は、ずっと二人とも一緒だよ?」

 

 

 そんな、どうしようもないほどに可愛らしい彼女のお願い事を聞いて、俺とサリーの頬が緩んでしまったことは仕方のないことだろう。

 

 

 

 

 さてと、夕飯の準備と行きますか。

 

 今夜のメインはグラタンである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トランプなどのカードゲームや、オセロなどのボードゲーム、そのどちらもを大量に持ち込んでいたメイプルが、本日たまった鬱憤を晴らすかのように遊び続けて、早くも三時間ほどが経過し、深夜十二時。

 健康児のメイプルが、胡座を掻く俺の膝に抱きつくようにして寝落ちしてしまったので、動くことも出来ずに俺はサリーと雑談に興じていた。

 

 

 

 

「……それで、今日は本当にどうしたの?」

 

「……ああ、さっきの話か。森林地帯で、大人数に追いかけ回されてた知り合いに会ってな?そいつと一緒に行動してたわ」

 

「………ふーん、どうせ女の子なんでしょ?」

 

「まーな?けど、本人は俺のことはラブじゃなくてライクの方って認識らしい。俺も同じだから、問題なんて一切ないです」

 

「何があったら、その情報をわざわざ伝え合うのよ………」

 

「………………いや、色々ありまして」

 

「アサギが失言したのね?理解したわ」

 

「理解が早くて助かるわ」

 

「呆れてるだけなんだけど?」

 

「照れるなぁ」

 

「褒めてないから!?」

 

「メイプル起きちゃうから、静かにしてよ」

 

「あ・ん・た・の!せいでしょ!?」

 

「いやぁ、良いツッコミ。安心するわ」

 

「はぁ、はぁ……無駄に疲れたわよ」

 

 

 

 テンポよく進む会話に、安心感を覚えながら二人して笑い合う。

 

 

 

 ああ、でも

 

 

 その間もメイプルの頭を俺は撫で続けているのだから、我ながら、本当にどうしようもないほど自分のことが情けない。

 

 

 

「……どうかした、アサギ?」

 

「…………いや、なんでもない……そろそろ俺たちも眠ろうか。明日のメイプルは、普段より数段テンションが高いだろうから」

 

 

 

 逃げるように……いや、()()()ではないか。

 俺と彼女達の関係について考える、そんな思考から逃げるために、そう口にして胡座の状態で目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………そうしよっか」

 

 

 

 

 

 

 そんな俺を、いつも彼女らは許してくれている。

 こんな俺を、いつまでも待ち続けてくれている。

 どんな俺でも、受け入れようと思い続けてくれている。

 

 

 なら俺は。

 

 

 他でもない宮戸彩華は…………

 

 

 

 

 

 

 

「えいっ!」

 

「うわっ!?……びっくりしたぁ」

 

「ふふっ、この方が眠りやすいかなぁ……なんて。膝はメイプルに取られちゃったしね」

 

「……そうかもな」

 

 

 

 思考の海に呑まれる直前に、背中に衝撃を感じて目を開いた。

 

 

 それから暫くの間。

 

 暗い洞窟の中、俺とサリーは背を預け合い、無言でお互いの存在を感じ合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね、彩華」

 

 

 

 ポツリ

 

 

 

「……知ってるよ。貴方が何に迷ってるのか……私も、楓も」

 

 

 

 ポツリと

 

 

 

「……私、楓と違ってズルイし、自分勝手だからさ」

 

 

 

 小さな声で溢すのだ。

 

 

 

「………それでも私は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楓の温度。

 俺の鼓動に、理沙の呼吸。

 

 いつしかそれは一つに同化し、深い深い眠りの中へと落ちていった。

 

 

 

 俺の鼓膜に、心に、魂に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『絶対に、何があっても……離れてなんかやらないから』

 

 

 その言葉だけを刻み付けて。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 そして、迎えた7日目。

 

 最終日の朝である。

 

 それが希望の朝なのかも知らないし、喜びに胸を開くつもりもないが、取り敢えず、良く晴れたこの大空を仰いでおこう。

 

 ……あの夏休みの謎な習慣は、今でも残っているのだろうか。

 

 と、まぁそんなどうでも良いことは置いておく。

 

 昨日のサリーの活躍により、俺たちが持っているメダル合計は、金のメダルが二枚(+メイプルの一枚)そして、銀のメダルが20枚と、目標の銀のメダル30枚分を大きく上回る結果となった。

 

 要するに、本日は別に戦闘を行う必要がないわけで……

 

 

 

「ねぇ、あっくん、サリー!」

 

「どした、メイプル?」

 

「…………?」

 

 

 

 元気良さそうに、こちらへと声をかけてきたメイプルに二人して目を向ける。

 口周りに少し蜂蜜を溢しつつ、朝食のフレンチトーストを貪っていたサリーさんが、もぐもぐしながら、首をコテンと傾げていて可愛いです。

 

 

 

「今日は、目一杯遊ばない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………なんてことがありまして。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度は水着を持ってこようね、サリー!」

 

「あはは……イベント限定エリアだから、残念ながら、ここには来れないけどね?…………って、アサギ!それ以上海に近づいたら怒るからね!」

 

「過保護か!?」

 

「「過保護だよ!」」

 

「……あ、はい。すいません」

 

 

 

 洞窟近くの海で、騒いだり

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あれ、思ってたより……イケる?」

 

「あっ、俺これ苦手だわ」

 

「私は普通?でも、食感は面白いね!」

 

 

 お互い、いい思い出のない砂漠にて、とれたてのサボテンで、ステーキを作ってみたり

 

 

 

「わっ、本当にイカが釣れた……ここ、川だよね?」

 

「うん……たぶん」

 

「あっくん、サリー!全く釣れないよぉぉ!」

 

「「極振りだから、しょうがないよね……」」

 

「そんなぁ……」

 

 

 

 近くに優男風バーサーカーがいないかビビりながら、渓谷で釣りをしたり

 

 

 

 

 

 

 

「やっほぉぉ!!!」

 

「イエーイ!!」

 

 

「ちょ、はやっ!?二人とも速いから!?メイプルはともかく、アサギはそれ時期に死ぬから!」

 

 

「あ、アルマジロさんも久しぶり〜」

 

 

「それ、一緒に転がってるわけじゃないから!私達に突撃しようと命がけで転がってきたシュールなアルマジロさんだから!?」

 

 

 懐かしき雪山の山頂から、ソリで滑り降りたり

 

 

 

 

 

 

「あっ、こっちの道……この前のお化け屋敷」

 

「よし、帰ろう。今すぐ帰ろう」

 

「だね!異論なし!こんなところに用なんてないもんね!」

 

「…………あははは」

 

 

 

 薄暗い山道を爆走したり…………

 

 

 

 

  

 そして、草原。

 

 この一週間の激闘が始まった最初の土地。

 

 

 

「ああ……本当に、ほんっとうに……楽しかったぁ!!」

 

 

 満足げな顔で地面に大の字で寝っ転がるメイプルさん……ほんとに満喫してたな、こいつ。

 

 

 

「……そりゃ、何よりだ。サリーもお疲れさん」

 

「楽しかった、けど……超疲れたわね。7日分の移動を、全部全力疾走して、1日で行うなんて…………」

 

 

 ゲッソリした顔で、草原に倒れ込むサリーさん。

 お前ら、揃いも揃ってはしたない。

 ……まあ、俺もへたり込むんだけど。

 

 

 

「同意だ、同意。割と馬鹿げたスケジュールだったぞ、このやろう」

 

「えへへへ……でも、楽しかったでしょ?二人も!」

 

 

 

 

 最終的に、この笑顔で俺とサリーは彼女を許してしまうのだから、ズルイと思う。

 同じようなことを思ったのか、サリーと目が合い、苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アナウンスが響く。

 

 

 終了の知らせを、俺たちは草原で大の字になったまま迎えようとしていた。

 

 メイプルのストレージには、金のメダル一枚と銀のメダル十枚。

 サリーが銀のメダル十枚に、俺が金のメダルを二枚。

 

 

 

 

 手に入れた報酬をそれぞれ分配した結果であるのだが……やっぱり一つだけ、気に食わないことがある。

 

 

 

 

 それは、俺の単なるわがままで。

 彼女には、きっと必要のないことなのだろう。

 

 それでも、やはり思ってしまうのだ。

 それは、決して自己犠牲の精神などではない。

 それは俺のエゴであり、俺が抱える最大の悩みの解消を妨げる要因の一つで…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、サリー……こっち向け」

 

 

 転送まで残り十秒。

 上半身を起こして、サリーに声をかけた。

 同時に時計を見ながら、タイミングをはかる。

 

 

「……ん、どうかしたの、アサギ?」

 

 

 残り五秒。

 

 同じように体を起こし、穏やかに微笑んで見せた彼女に向かって、俺はニヤリと片頬を上げて応える。

 

 

 残り三秒。

 

 

 俺は手に持っていた()()を宙へと弾き……

 

 

 

「……しっかり受けとれよ?」

 

 

 

 

 残り一秒。

 

 

 

 彼女は少し驚いた様子を見せたものの、いつものように、『仕方ないなぁ』なんて言いたげな表情で、その黄金色の輝きを右手で握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 本当は……この考えを抱くこと自体が、彼女らに対しての無礼なのだろう。

 

 

 

 俺はきっと、余りにも臆病で変化が怖いのだ。

 

 だから、許せない。

 他でもない俺自身が原因で、彼女ら二人の間に差が出来てしまうことが。

 

 だから、選べない。

 

 この関係が壊れてしまうことが怖いから。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二回イベント終了

 

 

 合計獲得メダル数 金 2枚

          銀 20枚

 

 

 




第二回イベント編 
全体を通して、サリーのターンが多かったのかな?

次回、半分幕間的な現実編に突入です。


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〜幕間〜
29話 幼馴染とゲーム封印週間。



現実編開幕

誤字脱字報告ありがたいです。
感想 評価 いつでもお待ちしてます!


 

 

 

 

 

 朝、カーテンの隙間から溢れた爽やかな朝の光が、少年の頬を照らす。

 ほんの少しだけ眉をひそめた彼は、小さく寝返りを打ち、その朝日から器用に身を逃した。

 

 さらさらと風が、小鳥のさえずりを運ぶようにして吹き込み、漸く彼はその瞼を上げようとして……

 

 

 

 ……その日

 

 

 

 

 

 

「あっくん、おはよーー!!!」

 

 

 

「……っ!?」

 

 

 

 超弩級の大声と、外部から加えられたヘッドダイビングという衝撃により、宮戸彩華は目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁ、くそぅ。脇腹痛ぇ……加減しろ、加減」

 

 

 

 楓によって叩き起こされてから五分ほど、既に制服姿であった彼女を、二階にある俺の自室の外へ追い出し、制服へ着替えてから下のリビングへと向かう。

 

 どうやってここに入ったか、など合鍵を互いに保持している時点で、考えるだけ無駄というものだ。

 

 

 

「あははは……ごめんごめん……でも!あっくんが中々起きてこないのも悪いと思うよ!」

 

 

 リビングのソファに腰掛けていた彼女へと、恨みがましい顔つきでぼやくと、楓は素晴らしい笑顔で、非をこちらへ押し付けてきた。

 可愛い顔して、恐ろしい子!……ま、許すんですけど。

 

 

「だからって、勢いよくベッドに飛び乗って来ないでください……もう子供って歳でもないだろうに」

 

「……む、それは、私が太ってきたって言いたいのかなぁ?」

 

「いえいえ、滅相もございません。出るとこ出てきていいんじゃない?」

 

「……あっくん、セクハラ」

 

 

 うーん、ジト目……結構、この顔好きなんだよね。口にしたら、拗ねられると思うから言わないけど、実は理沙に対しても同じことを思っていたりする。

 簡単な朝のコミュニケーションを済ませてから、突然の来訪について聞いてみる。

 

「今のは、俺が悪かったよ……で、どうしてまた急に、モーニングコール(物理)?」

 

桃花(とうか)さんから、頼まれてたの。彩華がグロッキーっぽい雰囲気出してたから、サボらないように迎えに来てって!」

 

「…………バレてたか」

 

 

 桃花さん、とはもしかしなくても俺の母親の名前である。

 悪戯心を何歳になっても失いそうにない、茶目っ気成分多めの母君様には、俺のサボり癖はお見通しらしい…………あの人、仕事の時は朝早くに家出てくから、サボってもバレない筈なんだけど……中々、サボらせてくれないなぁ。

 

 

 

 それから、顔を洗って、朝食を軽く取れば、出発の時刻ピッタリに準備が完了する。

 その間にも、本日のモーニングコールをどちらが担当するかで、理沙とジャンケンをしただの、なんだの、楓との雑談の話題には事欠かない。

 

 少々、疲労で頭が重たい気もするが、本日も頑張るとしましょう。

 

 

 軽く気合を入れてから、ニコニコと笑顔を浮かべている楓と共に自宅を後にし、俺たちは学校へと向かうのだった。

 

 

「「行ってきます」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………おはよ」

 

「おはよう、理沙!」

「おはようさん」

 

 

 高校へと向かう道中で、理沙に出会った。

 出会った、というよりは待ち伏せされていた、というのが正しい気もするが、わりかしいつも通りの出来事であるため、気にしない。

 

 ジャンケンで敗北したことを根に持っているそうで、微妙に拗ねている理沙に対して楓が抱きつきながら謝っていく。うん、あれは数分も経たない内に堕ちるな。

 そんなゆる百合とした光景を横目に、欠伸を噛み殺していると、後方から誰かに見られているような感覚を抱いた。

 

 

 

 

 ほんの少しだけ思考した後、理沙と楓に靴紐を結ぶから、という理由で先を歩いてもらうことにした。

 ゲームのやりすぎで周囲の気配に敏感になっているだけなのかもしれないが、確認するだけ確認しておこう、ということで後ろへ振り返ってみる。

 

 そして……

 

 

 

「うへぇ……」

 

 

 

 背後に立っていたその人物を見て、俺は苦虫を噛み潰したような声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「…………あぁぁ……今日を、なかったことにしたいぃぃ……!」

 

「あはははは……大丈夫だよ、楓。そんなに落ち込まないで?授業中に居眠りから飛び起きて、見張り交代しないと!なんて叫んだり、すれ違った生徒の気配で戦闘態勢に移行しちゃったり、ドッヂボール中に【カバームーブ】!って叫びながら顔面にボールを受けてたり……よくあることじゃん!」

 

「ないよ!?ない!?羅列しなくていいからぁぁ!」

 

「あと、あれだな。移動教室のたびに、おんぶしてもらおうと近づいてきてたり、お昼頃になったら俺に料理作って貰おうとしてたりもしてたな……流石に、口に出す前に気づいてたみたいだけど」

 

「ばれてた!?」

 

 

 以上が本日、本条楓の犯した失態である。なんでも、体感では一週間程ぶっ通しでゲームの世界にいたことになる

 下校中、朝の恨みか、ニヤニヤしながら楓をいじくる理沙を楽しそうだなぁ、なんて思いながら眺めていると楓は何やら決心を固めたような顔で俺たちに言ってきたのだ。

 

 

「わ、私……今日から一週間、NWOを封印しようと思います!」

 

「ああ、うん。その方がいいんじゃない?」

「流石に、今日は飛ばし過ぎてたしね……」

 

 

 意気込む楓に、揃って苦笑いを浮かべる俺と理沙。

 ちょうどいい機会だ、なんて思いつつ俺も今朝出会った彼女からの頼み事を完遂するために、その言葉を楓達に伝えた。

 

 

「俺も明日から暫くゲームはパス……それともう一つ頼み事があるんだけ——」

 

「「いいよ!で、何?」」

 

 

 食い気味に話に割り込んできた二人の勢いが少し怖いです。

 

「早い早い、超早い……もうちょい人の話は聞こうね?俺が悪人だったら簡単にお前ら騙されるぞ?」

 

「あっくん以外に、そんなことしないもん」

「彩華以外にこんな態度取るわけないでしょ」

 

 

 

 ドヤ顔の彼女らに対して、呆れると同時に嬉しいという感情も湧いてくるのが少し悔しい。

 そんな複雑な感情を抱きながら、割とギリギリなその頼み事を口にする。

 

 

「二人に、予備の制服と……理沙には、加えて何枚か着てない私服を借して欲しいです」

「「はい?」」

 

 

 

  虚をつかれ間の抜けた声を出した彼女達の様子に、思わず笑ってしまう。

 一拍置いて、先に放心状態から戻ってきたのは楓の方だった。

 

 

「え、ちょ、待っ……へ?えっ、あっくん!?なんで!私服は理沙だけでいいの!?」

 

「そっちかーい……そこじゃねぇだろ。気になるところ!」

 

「だ、だだ、だって、あっくんが!あっくんが……!」

 

 

 そのまま、再びショートした楓の思考回路を覗いてみたい気もするが、もう一人の方が弄りがいがありそうだ。

 

 

「あ、彩華が……わ、私の服で……服でぇぇ…………」

 

 

 顔を真っ赤に染め、両の手で覆い、ニヤけ顔を抑えようとしている理沙さん。君のことですよ?

 

 

「おい、そこ。何、想像してんの?」

「べ、別に!如何わしい妄想なんてしてないもん!」

「んなこと一言も言ってないわ!?」

 

 

 ダメだ、こいつ。

 楓と違い、年齢相応にあっちの知識を身につけてる分、想像力が豊かである。

 理沙の場合、ネット環境に幼い頃から触れてきたので余分な知識もそれなりにはあるのだろう。

 想像以上の幼馴染のポンコツ的側面を眺めながら、一度ため息を吐く。それから、話を戻すために咳払いをして、俺は言葉を続けた。

 

 

「別に、借りた服は本来の使い方しかしないから、変に勘繰る必要はないよ。期限はわからないけど……多分、一週間もかからないから、貸してもらえると助かる」

 

「……?別にいいけど、誰が着るのかな?」

 

「私服が私だけでいいってことは、楓よりは大きい子なの?」

 

 

 快くこちらの頼みを引き受けた彼女らに、笑顔を浮かべてから、俺は口を開き……

 

 

 

「んなもん、きまってんだろ—————」

 

 

 

「へ?」

「は?」

 

 

 俺の言葉に、たっぷり三秒は思考を凍らせた後、目の前の二人は揃って仲良く絶叫した。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「お前……どうしたよ?」

 

「どうした……とは、一体なんの話でしょうか?浅原せんせー」

 

「話し方まで変えてくんのかい。一応言うが、惚けても無駄だからな?」

 

「だから、何のことを言っているのか、よくわからないのですが……イライラしてるなら、カルシウムでも摂取したらどうだ?」

 

「うわっ、急に声の高さ変えんじゃねぇ……声質まで変えてたのかよ、後半怖えわ。しかも、敬語もクソもねぇし……仮にも、今の俺の立場は教師だぞ、一応」

 

「自分で仮にも、とか、一応とか言っちゃったら末期だと思いますよ?」

 

「素晴らしい笑顔で、毒吐くんじゃない……」

 

「素晴らしい笑顔とか、口説いてます?セクハラで訴えますよ」

 

「うるせぇ、お前、男じゃねえか!?」

 

 

 齢26歳にして専門 高校数学。

 楓、理沙を含む四十人余りの生徒を担任のクラスとして持つ若手教師、浅原冬馬(あさはらとうま)は職員室の中であるのに関わらず、そう絶叫した。

 

 もちろん、周りから好機の視線が集まることには気がついているのだが、そんなことを気にしていられないほど、目の前に立つ生徒は曲者であった。

 

 

 その名は、宮戸彩華

 

 しっとりした黒髪に、透き通るほど白い肌。色素の薄い茶色の瞳は陽の光を反射し明るく輝き、悪戯に笑うその姿は男女問わず多くの人々を魅了する。

 無邪気さを感じさせつつも、どの生徒も少なからずは持っている()()()()()を感じさせることなく、常に余裕を保ち続けている印象が見受けられるのは決して気のせいではないだろう。

 

 

 学力はトップクラス……いや、真面目に勉強をすれば、間違いなくこの高校のトップに君臨するであろうことは、冬馬の中に確信として存在する事実であるのだが、本人の学習意欲がそこまで高くないため、その順位はトップクラスに収まっている。

 恐らく、高校受験の際に、自分の適正レベルから二つ、三つ程落とした高校を選んだのだろう。

 

 運動においても、その()()()()できるという評価は変わらず、何事においてもそつなくこなすやや優秀な生徒の立ち位置をキープ……必死こいて何かに取り組む姿を見たことはないが、そこはさしたる問題ではない。

 別に、冬馬といえども、それら全てに対して全力を尽くせというつもりなど、全くないのだ。

 

 誰とでもコミュニケーションを取ることができ、周囲の関係は良好。

 そのまま何も騒ぎを起こさないのならば、問題など皆無。寧ろ、手のかからない生徒として有難いと感じるまであるのだ。

 

 しかし……

 

 

 

 

「……お前、次はどうした。本格的に、男を止めにかかる気か?」

 

「嫌だなぁ、先生。何を馬鹿なこと抜かしてるんですかぁ?」

 

「うっわ、腹立つ。お前、本当俺のこと舐め腐ってるな……」

 

「いやいや、尊敬してますって。尊敬、尊敬、一周回ってタメ口使っちゃうぐらいに、尊敬してますから…………ねぇ、冬馬兄様?」

 

「あっははは……お前、本当今度締めるわ」

 

「きゃあ、怖い」

 

「うぜぇな、この従兄弟!?」

 

 

 そう、この目の前の(おとこ)は、冬馬の従兄弟に当たる人物であり、会話が始まれば終始弄られっぱなしという、誠に面倒な生徒なのである。

 いや、ただ面倒なだけならいつもと変わらないため良いのだ。(良くはない)

 

 問題なのは、目の前に立つ本日の彼の格好。

 

 ()()()()()()()()()()()、バッチリと着こなしているのは女子の制服。

 要するに、ブラウスとスカート。

 左手首には水色のシュシュを身につけていて、右耳には同色のノンホールピアス。

 頬にほんのり赤みがさしているのは、化粧をしているからだろう。

 

 

 要するに

 

 

「お前さ、それは女装にしてもやり過ぎだぞ、アホ」

 

「監修は理沙だ、文句は向こうに言ってくれ……事後承諾で悪いけど、訳ありで暫くこの格好で過ごすわ。どこで許可取ればいい?」

 

「……はぁ、校長室行くぞ。学年主任と、生徒指導の先生も捕まえてこい」

 

「流石、話が早くて助かる」

 

「敬語使え、敬語……形だけでいいから」

 

「…………敬うべき相手に対しては、使うようにしていますよ?」

 

「暗に俺はその対象外だ、とでも言いたいのかこの野郎」

 

「今は、野郎じゃありませんけど?」

 

「うっせぇ、黙れ」

 

「辛辣ぅ!?」

 

 

 超絶美人の女子高生となった、従兄弟の姿を目の当たりにして、浅原冬馬は朝から頭痛に悩まされていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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