ヒエラルキーリセット (正直者ライアー)
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転生
まずは名前だ。俺の名前はデウス。走り書きで黄ばんでボロボロの紙に書く。そして年齢は一億歳くらいがいいとこだろう。種族は神に当てはまるのだろうか。神と書いてみたが文字はすぐさま消えた。なるほど神じゃない種族ではないとだめなのか。だとすると俺はヒューマンだろう。そして容姿をいじる必要はない。今の姿こそ全ての生物の完成形なのだ。最後に五つだけ要望を聞いてくれるらしい。まず一つめは武器だ。俺が今ここで創り出した神の武器を一つだけ持っていけることにしよう。そして脳内に武器のイメージを思い浮かべる。構想を練り、形を思い浮かべるとそれは俺の目の前に出てきた。あとはこれに仕組みをのせよう。最高に美しい仕組みを思いつきこの美しい武器にのせた。
そして二つ目だ。それはこの武器を扱う能力だ。全能である今はこれを扱えるが転生したら人の身になる。そうなってしまえばある程度の能力がないと神が創り出したこの武器は扱えない。
三つ目は俺の能力を常人以下にすることだ。二つ目と矛盾しているような気がするがそれは大丈夫だ。四つ目で努力を重ねればどこまででも強くなれるようにしておこう。全能には飽きた。考えれば欲しいものが出てきて好きなことが出来てなんでも分かってしまう。そして都合がいいことに全能などと言っておきながら死ぬことだけは出来ない。全能を得てこれがとんでもない生き地獄だと知った。
最後は今の記憶を受け継ぐことだ。全能であった記憶を引き継ぐことで知れる何かがあるのかもしれない。
五つの望みをボロボロの紙に記入した。書き漏らしはない。これを机の上に置いてしばらくすると全ての神を司る神のサインが刻まれボロボロの紙は消えた。そして自分の後ろに魔法陣が現れた。
転生の準備は整った。あとは俺を生贄にして新しい俺になるだけ。俺は躊躇うことなく魔法陣の中に立った。優しい暖かさが俺を包む。
デウス。今から貴方を別の世界に転生させます。次の世界は「ダンジョンに出会いを求めるのは間違いだろうか」
です。約五億年間の神としての勤務、お疲れ様でした。
転生は成功したようだった。視界には雲に覆われて雨が降る空が写っている。そして身体を濡らす雨と頬をなぞる冷たい風に俺は察した。多分捨て子としてこの世界に出現してしまった。転生したらどう生まれるというのは運なのだ。変えられることではないのだ。全能の時に味わえなかった絶望をいきなり味わった。木箱に入れられて路地に捨てられた俺を通り掛かる人全てが見るのだ。それは恐怖だった。人というものへの恐怖だ。身体が冷たくなっていく。転生していきなり死ぬのだろうか。そう思っていると俺を影が覆った。
「雨の日にかわいそうにね」
浮遊感が全身を支配した。抱き上げられるということはこんな感覚なのか。存外に心地いいものだった。
全能はある意味赤子と同じなのかもしれなかった。
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激しい
希望者同士のトーナメント戦
トーナメント戦では戦闘不能にするかもしくは確実に相手を殺害できる状況に持ち込まれば勝利
上位8名が入団資格をもつ
その後の面接で問題なければ入団可能
全能だから歩けた喜びは知らなかった。全能だから食べれる喜びは知らなかった。全能だから死ぬ恐怖は知らなかった。全能だから親のありがたみも知らなかった。全能だから生きる喜びも知らなかった。
この18年間はかつてのように呆然と日々を喰らうだけじゃダメだった。何も与えられていない分周りの手を借りながらも自分で獲得していかなければいけなかった。捨て子だった俺を拾ってくれた彼女は俺に言語を教え、歩き方を教え、戦い方を教えてくれた。彼女が自分に生き方を教えてくれた。そしてもう一人で生きていける俺はオラリオへと向かうのだ。
「もう行くのかい?」
こっそりと扉を開いたはずなのに彼女は気づいてしまったようで俺に声をかけた。
「ああ。早いうちに出ないと昼までにつかないからな」
「そう。立派になったわね」
彼女は俺の姿を一瞥するとそう言った。
「そうそう、これを持って行きなさい」
彼女が差し出したのは紋章が刺繍された布に包まれた細長い何かだった。
「私が冒険者をしてた時に使っていた剣よ。貴方はすでに素晴らしい武器を持っているけどたまに使ってあげて頂戴。ここで眠らすより貴方が連れて行ってあげた方が喜ぶわ」
「分かった」
そして歩き出した、が振り返ってしまった。少し寂しかった。
「また今度戻る」
「いつでも来なさい」
今度こそ振り返らない。俺は前を向いて歩き出した。
オラリオは想像の数倍賑やかな街だった。メインストリートに出ると種族様々な人間が入り交い沢山の言葉が飛び交っていた。初めての光景に少し心を躍らせた。まずは宿を見つけ昼食を取りたいところだ。ファミリア探しはそれからだ。
数分前、自分は確かに宿を探していたはずだ。それなのに今は来たこともない路地裏を全速力で駆けている。少し後ろをみると屈強な男達が怖い顔で俺を睨みながら迫っている。俺もさらにスピードを上げたが目の前には大きな石壁があった。要するに行き止まりだった。なぜこんなことになったのだろう。俺は少しも悪いことはしていないはずだ。ただ歩いていたら囲まれた。
そんなことを考えているうちにも行き止まりで動けない俺に奴等が迫ってくる。彼等は皆一様に顔面に気色の悪い笑みを浮かべていた。こうなったら戦うしかない。俺は拳を握ると最前の男を殴り飛ばした。
思えば、この世界に来て訓練以外で人を思い切り殴り飛ばしたことはなかった。ぐしゃりと肉が潰れる感触がひどく不快だ。上手い具合に拳が直撃したようで俺が殴り飛ばした男は泡を吹いて倒れていた。そしてそれをみた他の男達は激昂して彼等の腰にさしている短剣だの剣だのを抜いた。
もうこれは喧嘩じゃない。奴等は完全に俺を殺しに来ている。初めて来た街でいきなり殺し合いをすることになるなんて予想外のさらに斜め上すぎて誰も考えないだろう。俺は割と晴れやかな気分で歩いていただけなのに。
拳で相手をするには無理がある。彼等は冒険者だ。武器の扱いに長けているのだろうし、剣と拳のリーチの差は大きい。俺は背中に背負った二本の剣の一つを抜いた。俺がかつて創り出した剣だ。日本、この世界では極東の刀によく似ている武器だ。薄く細く長く綺麗に光る刀身が血の気の粗い冒険者達を威嚇した。
「あいつぶっ殺してあの剣奪え!」
彼等は自分達を鼓舞すると切り掛かってきた。殺すわけにはいかないから武器を割るか足か腕を切るか。剣を構えていると降りかかってくる斧が見えた。俺は斧の間合いに潜って刃を振り上げた。俺の振った刃が斧の木の柄に当たり、切り裂いた。瞬時に相手の得物を破壊した俺を見て冒険者達がざわついた。そして頭に血の昇ったまま二人目を手にかけようとした時、何者かが彼等の後ろから来たようで彼等は焦って逃げ出して行った。薄暗い路地裏に急に一人になり俺は立ち尽くした。そして冒険者の後ろ、俺の前から来た人物達が俺に話し掛けた。
「やぁ。こんにちは」
「どうも」
髭を結んだドワーフの男性と緑髪のエルフの女性。最前に金髪の小人族。よく分からない取り合わせだ。
「路地裏で喧嘩があると聞いて見に来たんだ。君はもうファミリアに所属しているのかな?」
金髪の小人族の男性が僕に話しかけてきた。
「いや。今からファミリアを探すところだ」
そういうと彼等は何かをヒソヒソと話し出した。
「済まない。申し遅れた。僕はフィン・ディムナ。ロキファミリアの団長だ。そしてガレス、リヴェリアだ。実は今の戦い見せてもらったんだけど君には冒険者としての素質を感じた。明日からロキファミリアで入団試験を行うんだが君も来ないかな?」
「マグナ。マグナ・アテルニトス。是非参加させて欲しい」
俺はフィンに差し出された手を握った。フィンはポケットから羊皮紙とペンを差し出すと入団試験の場所と時間を書き、サインをすると俺に渡した。
「明日入団試験の時にこれを門番に渡せばいい。待っているよ」
「分かった。感謝する」
急に不良冒険者に絡まれ、その後にファミリアの勧誘を受けるとは思わなかった。身体がくたくたで腹もペコペコで俺は露店で適当に干し肉を買うと一番安い宿屋に入り、眠った。
朝早く起きた俺は風呂に入って身体を清めると戦闘服とまではいかないが動きやすい服に着替えて剣を一本腰に差し、もう一本は布に包んだまま背中に背負った。
迷いながらもなんとかロキファミリアの本拠に着くとそこには沢山の冒険者が集まっていた。俺は昨日フィンからもらった羊皮紙を門番に見せると案内された。そして暫く椅子に座って待っているとファミリアの団員に呼ばれた。どうやら俺の番が来たらしい。
中庭に出ると大きな円形の戦闘場があり、冒険者達とファミリアの団員が囲っている。俺は戦闘場の中に入ると腰に差した剣を抜いた。
相手は鎧を纏った大男だ。長い剣を構えて俺の方を向いている。
「制限時間は五分!どちらかが戦闘不能になれば終わり!使えるものはなんでも使え!」
「構え!」
「始め!」
旗が振られて戦闘が始まった。そして旗が振り下ろされると同時に男は突進してきた。跳馬のように飛び越えると歓声が沸いた。男は振り返り、また突進してくる。今度は飛び乗り、鎧の隙間から見える首の付け根に刃を突き立てようとすると審判による停止が入った。
「判定員の皆さんどちらが勝利か判定をよろしくお願いします」
三人の判定員のうち俺に挙げられた札は三つ。俺の勝ちだ。礼をすると闘技場を後にした。
数分後、俺はまた闘技場へと呼ばれた。大体試合は一周したようで参加者の半分は振い落とされたようだった。危なげなく二人目を倒し、また次へ。
朝から始まった選抜が夕方になるころには100人以上いた人数が8人に絞られていた。そしてこの8人が入団者になるのだ。まとめて同じ部屋に移されて待っていると団員が俺を呼んだ。
「これから面接をします。質問に答えるだけなので安心して下さい」
そう言われて木の大きな扉が開いた。
「やぁ。マグナくん。昨日ぶりだね」
「こんばんは」
そういうとフィンは椅子を指して座っていいよと言ったので俺は座った。
「さっきの戦いは見事だったよ」
「ありがとうございます」
「どこで訓練したんじゃ?」
フィンではなくガレスが質問をしてきた。
「母に戦い方は教えてもらいました」
「家名はなんというんじゃ」
「アテルニトスです」
「なんと、、」
場がざわついた。そしてリヴェリアが尋ねてきた。
「リオは元気にしているか?」
母の名が出てきて少し驚いた。冒険者をしていると聞いていたが意外に有名だったのかもしれない。
「はい」
そして暫くの間質問に答えて終わった。他の7人も同様に終わったらしく全員問題なく入団が許可された。
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種?
種族 ヒューマン
年齢 18
身長 188
体重 73
得物 刀風の剣 布に包まれた剣
外見 白金色の髪
白金色の目
本人曰く完成形の外見
備考 元神
「今回も面白いやつがそろっとるなぁ」
「ああ。そうだね」
「マグナ?やったっけ?どえらい美青年は」
「ああ。彼、なかなか面白いね」
「どういうことや?」
「戦闘能力は多分8人の中で一番低い。でもすごいのは剣筋が凄く綺麗なのと戦っていく中で倒し方を探っていくところだよ。恩恵をもらって、強い冒険者が仕込めばあっという間に強くなるね」
「ほぉ。これからに期待っちゅうことやな」
「うん。それで提案なんだけどマグナをアイズに仕込ませてみたらどうかな」
「あー。確かにええかもな。強い冒険者に仕込ませてマグナを成長させられるしアイズもマグナから何か学べるかもなぁ」
「うん。そういうことさ」
「ウチはええで。アイズ次第やな」
都市最強の一角を担うファミリアとなれば団員の数も多く本拠の建物も大きくて管理が行き届いている。部屋も綺麗で食事も美味しいし風呂も大きい。俺は一緒に入団した四人と先輩四人の相部屋に入れられ、昨夜は見回りをしているリヴェリアさんにバレないように騒いで楽しい夜を過ごせた。今は朝の4時半時。まだみんなはいびきをかいて寝ている所を武器を持ってこっそり一人で抜け出した。ここには自由に使える鍛錬場があるらしい。
鍛錬場に行くとやはり俺一人だった。まだ季節は春で空は若干暗い。俺は中央で片刃の刃を片手で、顔の前に握り手に力を込めた。俺が作ったこの剣には違う姿があるのだ。もっと美しい姿があるのだがまだその姿を露わにしないのだ。数分間、剣と格闘したがやはり駄目だった。まだ俺の力が足りないのだろう。諦めた俺は剣を素振りを始めた。すると鍛錬場の入り口に気配を感じた。
振り返るとそこには長い金髪で綺麗な金眼で美しい女性がいた。
「、、、綺麗」
そして彼女はそう呟いた。実際は一秒程の瞬間でも十分に感じられてしまった。
「おはようございます」
「おはよう」
会釈を交わすと俺は鍛錬場の奥へと移ってまた剣を振る。暫くそうしていると彼女が俺を呼んだ。
「あの、模擬戦、してくれませんか?」
「俺でよければ」
お互い向かい合って剣を構える。レイピアを扱う彼女は上級冒険者だろう。対峙して感じる気迫から違った。彼女は手加減しているのだろうがやはり強い。負けては挑戦し、負けては挑戦し、七回目に挑戦し始めた時本拠の鐘が鳴った。朝食の時間らしい。剣を納めて二人で食堂へ向かった。
食堂に入るとルームメイト達が俺を呼んだ。俺は礼を言って名残惜しそうに見る彼女と別れるとカウンターから朝食を受け取りルームメイト達が取っておいてくれた席に座った。
朝食を食べ終わり、食器を下げるとリヴェリアさんが俺を呼んだ。俺はリヴェリアさんに付いていくとやがて鍛錬場についた。鍛錬場には先程模擬戦をした女性とアマゾネスの双子の姉妹と狼人の青年がいた。
「今日から君に訓練係がつく」
リヴェリアがそう言うと金髪の彼女が俺の前に出てきた。
「さっきぶり。アイズ・ヴァレンシュタイン。よろしく」
「マグナ・アテルニトスです。よろしくお願いします」
俺はアイズから差し出された手を握った。
「他の奴等は訓練係ではないが手伝ってくれるらしいな」
「誰がそんなクソめんどくせえことするかよ」
狼人の青年はそう悪態をついた。随分口の悪い人だ。
「じゃあベートは何をしに来たのよ」
「そーだそーだ。誰も呼んでないぞー」
「うっせえ!クソアマゾネス!」
怒鳴るベートには目を合わせないようにする。アマゾネスの姉妹の一人が元気よく挨拶をした。
「私ティオナ!こっちがティオネ!よろしく!」
「マグナです。よろしくお願いします」
互いに挨拶をして訓練が始まった。訓練といっても戦い、負けたらまた戦い、たまにアドバイスをもらうだけのものだが。十数回の敗北を味わった時、剣を支えにして立ち上がる俺にベートが言った。
「もっと攻撃を見ろ。体術も混ぜろ」
端的であったがそれはアドバイスだった。ずっと睨むようにして見ているだけかと思っていたがアドバイスをしてきた。少し驚きながらも返事をして立ち上がった。それから徐々にベートからのアドバイスが増えていった。そしてもう何回目の挑戦か数えるのを諦めた頃、俺の振った鞘付きの剣がアイズを掠った。
目を見開いて驚くアイズ。アイズも本気じゃなかったし、手を抜きすぎたのかもしれない。それともたまたま偶然当たっただけなのか、理由は定かではないがアイズに掠った。
ベートはそれを見ると「やるじゃねぇか」とだけ言って鍛錬場を後にした。呆然として座り込んでいる俺にアイズが手を差し伸ばした。
「すごい」
俺はアイズの手を掴んで立ち上がった。
「今日の訓練はこれくらいにしよう。それとちょっと休憩したら冒険者手続きをしにいこう。リヴェリアに頼まれた」
アイズに連れられて久しぶりに街へと出た。来た時と変わらず街は賑わっている。そしえ俺達の正面には白い塔がそびえ立っていた。あれがバベルであの下にダンジョンがあるのだ。二人は特に会話もせず、バベルの中へと入り受付を始める。
受付が終わり、帰ろうとした時、何かが俺を見つめていることに気づいた。まるで終わったを品定めしているような酷く不快な視線。あまりにも不快で、せめて誰がそんな視線を向けているのか見つけてやろうと辺りを見回す。しかしそれっぽい人は誰もいない。
「マグナ?どうかした?」
「いや。なんでもない。帰ろう」
俺はアイズの手を引いて小走りで歩き出した。そして視線を感じなくなり、立ち止まった。
「マグナ?」
「バベルの上には何がある?」
「?いきなりどうしたの?」
アイズは質問の意図が掴めず首を傾げた。
「さっきからバベルの上から視線を感じて気持ち悪い」
「うんと、ヘファイストス・ファミリアのお店と神様が住む所があったはず」
だとすれば俺を見ていたのは神か。何をもってあんな視線を向けたのか甚だ疑問だ。考えていると美味しそうな匂いが漂ってきた。
「、、、ジャガ丸くん」
匂いとアイズの視線の先には一つの屋台。店員が一人でせっせと働いて何かを作っている。近寄ってみるとそれは揚げ物のようだった。
「、、、食べる?」
呆然と見つめるアイズに聞いてみた。
「いや!大丈夫、、!」
「遠慮はしなくていい。訓練もしてもらってまだ礼をしていない」
「じゃあ、お願い」
アイズの意思は脆かった。俺とアイズ二人揃って店の前に行く。気の良さそうな店員がどの味にするか尋ねてきた。
「小豆クリームで」
アイズが即答した。俺は何にしようか迷い、結局アイズと同じ味を頼み近くのベンチに座って頬張った。
「マグナ、ありがとう」
「ああ」
食べ終わった頃には空が赤く染まっていた。立ち上がって二人で歩き出す。相変わらず話すことはない。しかしこの無言が何故が心地よいものに変わっていた。
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恩恵
・レオ
同期
16歳
・カニス
先輩
22歳
・フェレス
先輩
22歳
詳細プロフィールは気が向いたら
私がそれを見たのは数日前だった。背筋を撫で上げるような感覚、自らより高位にあるものを見た感覚、すなわちそれは畏怖だった。神より高位であるべきもの、私はその存在が欲しくてたまらない。
ああ、あなたが欲しい。
いつも通り早朝起き、いつもと違って気分転換で庭で刃を振っていると俺は背後に気配を感じた。刃を鞘に納めて振り返ると、この時間帯、この場所には珍しくロキ様がいた。
「おはようございます」
「ああ。おはよ」
「マグナは早ぇなぁ」
「ロキ様もいつもより随分と」
「ロキ様はやめぇ。ロキでええ。まぁ悪い気はせぇへんけどな。昨日から徹夜や。ほんで眠いなぁ思って外みたらマグナが剣降ってたからきてみたんよ」
「そうですか」
ロキが自分が座っているところなら隣をポンポンと叩いた。そこに座れということだろう。隣に失礼しますと言って座った。
「どーや?アイズたんとの訓練は?」
「まだ練習したりないと思います」
「そんな早朝から剣振っとるやつに言われたらかなわへんなぁ」
若干苦笑いでそう言われた。
「そういやここだけの話な?こないだ珍しくベートがマグナのこと少し褒めとったで」
「アイツはしぶてぇ。どんだけやられても立ち上がる。あんな女っぽい顔してるのにな」
ロキがベートの真似をしながら言うから少し笑ってしまった。
「それ褒めてるのか?どう考えても最後の一言は余計だろ」
「いやいや!それはアイツが褒め下手やから素直に褒めるのが恥ずかしいだけや!」
それからしばらく談笑した。すると不意にロキが何かを思い出したように声を上げた。
「そうやそうや!そういえばマグナに恩恵やってなかったよな?」
「ああ。もらってない」
「リヴェリアから許可下りたから今日恩恵いれるわ」
「感謝する」
すると鐘が鳴った。もう朝食だ。俺はロキと食堂に向かい、食堂に着くと別れた。
「マグナと話せて楽しかったわ。それとウチには気遣いはいらんからタメでええよ。さっきみたくいつも通りのマグナでいてくれや」
「ああ」
朝食を食べ終わるとロキの部屋に呼ばれた。恩恵を刻むらしい。俺はロキの部屋の扉をノックした。そして返事が聞こえてきて開けた。
「失礼する」
「ああ、こっちや」
部屋に入った俺は驚愕した。今にも雪崩れそうなほどに積み上げられた物や床に転がる酒瓶。とんでもない汚部屋だ。
「おい!なんか失礼なこと考えてるんちゃうか!?」
「、、、なんでもない」
「嘘やな!」
「片付け、苦手なのか?」
「や、やかましいで!」
真っ赤なロキのいるベッドまで数少ない足場を使って行く。
「じゃあここで裸になり」
そう言われてズボンの紐を解こうとするとロキが止めた。
「上だけや!上だけ!こんか躊躇なくいこうとしたのマグナが初めてや!」
またもや真っ赤になるロキ。俺はクスクスと笑いながら上着を脱いで半裸になってベッドに寝転がった。
「しっかし綺麗な肌やなぁ。髪も綺麗やし。マグナは美人やなぁ」
「俺は男だ」
「マグナはかっこええより美しいやな」
「そうなのか?」
そうこう話していると背中に感触を感じた。
「マグナはオラリオに来る前はなにしてたん?」
「母と暮らしてた。野菜を作ったり、剣の練習をしたり」
「リサにも子供が出来たんやなぁ」
「いや。俺は拾われた子だ」
「すまん」
「大丈夫だ」
「マグナは魔法に関わったことあるんか?習ったりあるいは見たりやな」
「母の魔法を見たことはあるな。本人は自分の魔法を嫌っていたが」
「そうか。やからかな。マグナにはもう魔法が発現しとる」
「そうか」
そう言ってロキは俺の背から降りた。そして一枚の羊皮紙を手渡した。
マグナ・アテルニトス
レベル1
力 I:0
耐久 I:0
器用 I:0
俊敏 I:0
魔力 I:100
〈魔法〉
【精霊踊り】
詠唱
〈現を彷徨いし精霊よ。力をかしたまえ〉
〈スキル〉
マグナが部屋を後にした。ロキは大きく溜息を吐いた。ロキの手元にはさっきマグナに渡した羊皮紙と同じものがあった。しかしそこに書かれている文は違った。
〈スキル〉
【賛美】
ステイタスの成長速度上昇
精霊を扱うことが可能
「こんなん他のやつに知らせるわけにはあかんなぁ」
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正義心によく似た自己満足
〈魔法〉
【精霊踊り】
〈現を彷徨いし精霊よ。力をかしたまえ〉
自分より下位にある精霊を扱うことが出来る。戦闘、もしくは回復も出来る。
精霊を目視できる
〈スキル〉
【祝福】
ステイタスの成長速度上昇
精霊を扱える
(常時発動)
朝焼けに照らされて輝く白金の髪とガラスの破片のような目が、どんなに腕の立つ鍛治師にも造れないような美しい剣を振る姿が、美しくて綺麗で仕方なくて。彼を一目見たとき私の時間が止まった気がした。触ればすぐに崩れてしまいそうな程の脆さと、何度でも立ち上がる泥臭い強さの矛盾の美しさが私の目と頭に焼き付いて離れないのだ。
俺がダンジョン探索を初めて暫くの時が立ち、一人で潜れるほどには慣れてきた。十階層までの敵なら相手ではなく、十階層を過ぎて十二階層までの敵なら慎重に戦えば倒せるようになった。
今日は十二階層まで一人で進もうと、朝食を食べるとすぐにダンジョンに潜った。
ゴブリン、コバルト、ダンジョン・リザード、フラッグ・シューター。雑魚を狩るだけの作業に飽きた頃に出てくるのはウォーシャドウ。新米殺しと言われるこの敵は他の雑魚より一味違う雑魚だが所詮は雑魚で相手にならない。そしてキラーアント。一体一体は雑魚だが集団を呼び寄せるのがとにかく厄介だ。火炎瓶でまとめて焼き払って殺しながら進み、次の階層へと下ると霧に覆われたエリアに出た。夢中になって進んできて、十階層に到着した。
ここからは豚頭人身のモンスター、オークや少し頭の良いインプが出てきて慎重な戦いが要求される。
そして十一階層に現れた時、俺は空気の違いを感じた。まさに違和感だ。普段はいないものがいる感覚。何より他のモンスターが少ない。そこにある脅威から明らかに避けているように。そして俺は迫る殺気に顔を上げた。赤い鱗に鋭い眼光。鋭い牙を剥き、咆吼をあげた。すると竜の手に何かが掴まれているのが見えた。竜の咆吼とは違う音が聞こえた。人の悲鳴だ。
リヴェリアは敵わないと思う敵がいたらすぐに逃げろと言った。特に一人で行動するときは見たことのない敵と知らない敵には挑むなと言った。
リヴェリアの忠告と悲鳴と咆吼が頭の中を駆け巡る。俺は刃を抜いた。
いつもと違う十一階層を駆ける。他のモンスターが逃げ出していてよかった。いざとなったら背中に背負った剣も使おう。
こいつがインファント・ドラゴンとやらか。リヴェリアに教えてもらったことがある。十一、もしくは十二階層にまれに出現するモンスターでレベル1が戦う相手ではない。これと戦ったと知ったらリヴェリアは怒るのだろうか。そんなことを思いながら俺は竜の腹を刃で斬りつけた。堅い鱗が刃に当たった感触がして鋭利な刃が鱗を切り裂いた。竜はまだ手に握る人を離さない。やっぱり強い。俺の刃で鱗を数枚切り裂いたとて特に怯むこともなく、俺を睨みつけて威嚇した。これだけで終わりではない。一撃、二撃、三撃と叩き込む。一つ一つは大した攻撃ではないかもしれない。それでも積み重なればダメージは大きくなるはずだ。竜の腹は傷だらけになった。すると竜が大きな咆吼をあげた。そして次の瞬間、赤い炎のような光を纏い、消える頃には俺が刻んだ傷がなくなっていた。そして遂に手に握る人を離したのと同時に、俺に火を吐いた。
絶望だ。こんなの絶望しかない。なんとか与えたダメージも無くなってしまうなんて。攻撃を避けながら倒し方を捻り出す。再生される前に攻撃を叩き込みまくって殺し切るか、再生すら追いつかないほどの傷を与えるか。倒し方はそのどれかでそれを実現するには何をすれば良いのか。
一つ目をするには竜の弱点を順番に狙い、怯ませ続けばいい。しかし竜の身体は堅い鱗で覆われていて弱点なんてほとんどない。強いて言えば目だ。
二つ目をするには。再生できない程の大きなダメージ、それこそ頭をもぎ取りでもしなければいけない。頭をもぎ取るにしては細くて薄い刃だ。そもそも刃の用途が違う。
そんなことを考えていると竜の拳が直撃した。俺の身体は吹き飛ばされて、ダンジョンの壁に打ち付けられた。全身を鈍い痛みが遅い、白金色の髪を血が濡らした。
そもそもこれに挑んだのが間違いだったのかもしれない。だけどあの悲鳴を聞いた時、逃げる気はしなかった。それが人間だけが抱く正義心に似た自己満足だと分かっていても、意味のないものだと分かっていても刃を抜いてしまったのだ。気づけば俺の目の前を炎が覆っていた。足や、腕や、身体が焼かれて死にそうになった時、目の前に黄金色に光る大剣があったのだ。紋章の付いた布はチリチリと焦げて灰になっていくが、それは竜の炎ではなくて自身の力によるものに見えた。
「今こそ自分を使え」
剣がそう言っているようにみえた。
「大丈夫ですか!」
竜の身体にどこからともなく飛んできた矢が刺さり、竜の気がその方にむいた。すんでのところで焼き殺されずに済んだ。矢の方向には俺が先程助けた人がいた。ここまできたら立ち上がらないわけにはいかない。倒されたら何度でも立ち上がる、それが俺だ。焼けた足と腕を使って醜く立ち上がって、目の前の黄金の大剣を掴んだ。
俺はもう一度駆けた。壊れた身体を無理矢理動かして、未だ弓使いに夢中の竜の背中を駆け上がって、頭まで登った。そして後頭部側から自分に向かって刃を刺すようにして竜の目を刃で刺した。竜が哭く。視界を失って暴れる竜にしがみついたまま、首に大剣を振った。鱗がぐしゃりと潰れて、丸太のような竜の首が地に落ちた。
首が落ちた竜は数秒の間、自分の首が無いことに気づいていないように暴れたが、やがてピタリと動きを止めた。
殺した。遂に殺した。
「や、やりまし、た」
弓使いが安堵したように膝から崩れ落ちた。そして暫くすると焦ったように俺の元へやってきた。
「助けていただいて本当にありがとうございます!」
そう言うと彼女は俺の身体を見て驚いた。焼けて真っ赤だ。ポーションは掛けたが再生には時間がかかるだろう。なんとか声を出そうとすると彼女は話さないでくれと言った。
「この傷はポーションでは治りません。エリクサーがあるといいんですけど高価なものなので私も持っていません。多分ハイ・ポーションなら治りやすくなると思うので掛けておきますね。それとファミリアと名前が分かるものは有りますか?」
そう言われて俺は首から下げたタグを見せた。もしもの時の為にリヴェリアに持たされていたものだ。
「ロキ・ファミリアのマグナさん。わかりました。それでは肩を貸しますので上へ行きましょう」
「申し遅れました。私はアポロン・ファミリアのシオンと申します。苗字はありません。それでは行きましょう」
全身を覆う痛さに俺は目覚めた。この空間は真っ暗でもう夜だと言うことは分かった。そして白い布団が俺に被さっていて、寝る前の記憶が薄い。ただ竜を倒したことは分かった。焼かれたことも分かった。段々と記憶が蘇ってきて、シオンという女性に助けられたことも分かった。そこで自分の状況を理解した。
肩を貸してもらっている最中に俺はとうとう力尽きて気絶してしまった。それでもシオンは頑張って運んでくれたらしい。
俺は痛む身体を起こして周りを見た。するとすぐ隣に、アイズが椅子に座ったままベッドに寄りかかるようして眠っていた。ずっと看病してくれていたのだろうか。それにしても暑い。俺はベッドから手を伸ばして近くの窓を開けた。そしてその音に気付いたのか、アイズが目覚めた。
「マグナ?起きた?」
「ああ。すまなかった」
「良かった。ほんとに怖かった」
アイズが感情を言葉にすることは少ない。それ故に今の怖かったという言葉が本心だと分かった。
「ずっと起きなかったから」
「その間見てくれていたのか?」
「、、、うん」
「すまない。ありがとう」
アイズは安堵し切って、伸びをした。
「身体、痛い」
「変な場所で寝たからだな。来い」
俺は自分の隣を叩いた。するとアイズは顔を真っ赤にしてやってきて、俺の隣に横になった。
「マグナっていつもわざとやってるの?」
「?なんのことだ?」
「、、、知らない」
俺は隣に人がいる安心感とわけのわからない鼓動と共に眠りに落ちるのだった。
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