偽勇者の大冒険 (マリリス)
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俺はでろりん、将来のずるぼんを助けにいくぜ!

 魔法使いから戦士に転職した少年でろりんが
本格的に立ち上がるところから始まります。


 俺は『でろりん』、たまにうっすらと前世の記憶がある十五歳だ。

 

 まずは名前のインパクトにやられたんじゃないか? と思うが、

実はわざと変な名前にしたくて、戦士に転職した際に改名をした結果だ。

それは行方不明のバカ親父――俺に三才から呪文を叩き込んだ鬼――への反抗だな。

 

 ヤツは家庭内の暴君でもあった。滅多に帰ってこないのに珍しく家にいれば、

昼間から酒を浴びるように飲み、母さんとケンカして泣かせ続けた。

そして、二年前に行方不明だ。母さんは心労がたたり他界して、俺は独り身となった。

 

 俺が幼かったときから、呪文の課題をこなせないと殴る蹴るは当たり前、

真冬の夜に裸で木に括り付けられた恨みなどは今も忘れていない。

 

 バカ親父の仕事は勇者もどきだった。パーティで『平時の勇者』として活動したそうだが、

要はトラブルに出動する便利屋だ。魔王を倒した本物は、気軽に使われる身でもないのだろう。

 

 ヤツらはデルタ、ヘラクレス、スローティアの三人パーティだったと聞く。

俺がパーティを組むなら、でろりん、へろへろ、ずるぼんという名前で活動してやりたい。

名前をもじる。バカ親父はいなくなったから、そうでもしないと意趣返しができない。

 

 ああ、ヤツらの元の名前は無理に覚えなくて大丈夫だろう。恐らくこの後出てこない。

 

 そんなわけで、俺は未来の『へろへろ』、『ずるぼん』を探しつつ、

転職直後でレベルが低いので、修行しながら旅をしている状況だ。

そんな俺はそこそこ強い。十年の地獄を経て、若くして数々の呪文を習得し、

メラ、メラミ、ギラ、ヒャド、イオ、イオラなどを使える戦士になっている。

 

 この中では火炎呪文系を得意にしており、俺のメラは特別製だ。

早い段階で魔法使いから戦士に転職したので、ホイミが使えないのを除けば、

俺は勇者と似たスペックと言えるだろう。イオラを覚えたのは幸運だったな。

 

 本物との大きな違いをもう一つ挙げるとしたら、神の加護を持たないこと。

ザオラルされたときの蘇生率に関わるので、俺の場合、死ぬのは基本ナシだ。

善人や聖人ではないから、教会の助けも期待できない。

 

 しかしそんな俺は、旅先のパプニカでリスクを冒そうとしているところだ。

魔王が倒されて以降、穏やかになったモンスターは保護されており、

相応の理由と国の許可がなければ手を出すことはできないのだが……。

 

 今は法律を破ってでも一匹のライオンヘッドを密猟しようとしている。

どうしてそんな無茶をするハメになったのか、理由を説明したい。

 

 

    ◇

 

 

 昨日の夕暮れ。俺が冒険を終えて宿に向かうと、一人の少女が道端でうずくまっていた。

薄暗いその姿は、俺とあまり変わらない歳で浮浪者のようだ。

 

 「おい、お前どうした? そんなところで何をしている」

 

 「……」

 

 俺の呼びかけにやや遅れて少女はゆっくりと顔を上げた。

格好は汚いが、素材自体はいわゆる美少女だ。頬にひどい傷がなければだが。

 

 「うっ……。そ、そうだ、お前の親はどうした?」

 

 少女はまた下を向き、かろうじて聞き取れるか細い声でつぶやく。

 

 「……いない」

 

 「っ……。そうだったのか、とにかく今日はこれで暖かいものでも食え」

 

 でろりんは冒険で得たお金を、顔に傷のある少女に恵んでやる。

本来は器量の良い子だ。親がいなくても凄惨な顔の傷さえなければ、

女としていくらでも上手く世を渡っていけるだろう、と思えるのに。

 

 「お前の顔の傷、なんとか治す方法はないのか?」

 

 正義感や哀れみだけではなかったと思う。この親無しの少女は、ある意味俺自身に近い。

そんな彼女が傷ついたまま、この先腐っていくのは見てられなかった。

 

 「……ベホマでしか治らないって言われた」

 

 そのベホマは、世界で使い手が何人いるかという伝説のような回復呪文。

古い傷跡や心の傷も治せるらしいが、べらぼうに金がかかる。一回で家が一軒立つという噂だ。

 

 事情を聞けば十年以上前、魔王の支配によって魔物が凶暴化していた頃の話だった。

小さい彼女や両親の暮らしていた村は、一匹のライオンヘッドに襲われて全滅し、

彼女の顔の傷もそのとき負ったものらしい。

 

 その後は孤児院に入ったり道端で物乞いをして生きてきたと言う。

彼女は俺より二つ年上だった。事件のときは六歳前後か?

当時の記憶も残っているようで、そのライオンヘッドは白い毛の珍しいヤツなのだそうだ。

 

 「そいつはもう倒されたのか?」

 

 「ううん」

 

 珍しい魔物は話題にもなりやすく、そのライオンヘッドはたまに目撃情報があがるらしい。

害獣でなくなってからは人間の法律により守られており、誰かに狩られることはない。

 

 今でも人通りの多い場所にいないと怖くて不安になるそうだ。頭で安全だと分かっていても。

そんな彼女は、偶然にもバカ親父の仲間の女と同じ名前だった。

 

 そこに運命も感じた俺は、この子を助けて『ずるぼん』にしなければならない!

と決意して立ち上がったのだ。是非仲間にして俺の故郷ロモスに連れ帰りたい。

 

 「じゃあ俺がライオンヘッドを退治してきてやる! だからこれからは前を向いて生きるんだ」

 

 突然の俺の宣言に対し、未来のずるぼんは怪訝な顔をした。

 

 「なんでそんな事言うの? 大丈夫だよ……あたしのことは放っておいて」

 

 「最後まで聞くんだ。珍しいライオンヘッドなら毛皮も高く売れるに違いない。ヤツを退治して得たベホマ代でお前の顔を治すんだ。仇も取ってお前の顔も元通り。一石二鳥だろう。どうだ?」

 

 「……それ、本気で言ってるの? あなたには何の得にもならないのに。あたしをからかって遊んでいるんだったら、早く消えてほしい」

 

 「いやいやいや、まだ話に続きがある。ちょうど仲間を探していてな。計画がすべてうまくいったらあれだ、俺は、お前がほしい」

 

 「……さっきから黙って聞いていれば、あなたはどんな聖人ですか? じゃあ、一切期待をしないで待っておきますね。素敵なあたしの勇者サマ」

 

 ちょっとは喋るようになってきた未来の『ずるぼん』であった。

 

 

    ◆

 

 

 そんな彼女との出会いの翌日、俺は既に情報収集を終えたのでズタ袋を抱え、

パプニカ近郊の森の中を一人で歩いているところだ。

 

 目当てのモンスターは『シロ』という愛称で一部で親しまれていて、

最近は赤子が生まれたという噂だ。住民どもはヤツの凶行を知らないのだろうな。

 

 モンスターの保護とは、またのんきな話だ。再び魔王が現れて暴れたらどうするのか。

おとなしいうちに駆除してしまえばいいのにバカだなと思う。まぁ俺の持論だがな。

 

 さて、今回狩るライオンヘッドだが、魔物の中でもかなり強い部類なので、

俺は完璧な策を考えている。人質作戦だ。相手は人ではないが言葉の綾なのでほっとけ。

 

 今回の戦いは毛皮を売りたいからメラやイオラを使いづらい。

そこでシロの赤子を人質に取り、無抵抗にしてから殺すのだ。

赤子は生きたまま売り飛ばす。動物好きのロモス王国あたりにな。

 

 俺はノーリスクで経験値とゴールドが手に入り、ずるぼんも仲間になり、

バカ親父へのあてつけで鬱憤も晴らせる訳だ。

さすがはでろりん、俺の計画は完璧だ。くっくっく。

 

 そんな皮算用をしてニタニタ歩いていると、さっきから風のいたずらか、

空耳っぽく俺を呼び止める声が聞こえる気がする。

 

……まって、きみ……よ……。

 

 くだらん雑音だな。俺の至高の妄想を邪魔するな。

と言いたいのだが、やはり、おーいと呼ぶ声が聞こえるようだ。

 

 「待って待って! 君、そこの君だよ」

 

 嫌だ。待ちたくない。俺は忙しいのだ。無視して歩いていくと、

豪華な法衣を着た男に回り込まれてしまったのだった。

 

 俺がムッとしていると、この鬱陶しい若者は口を開く。

 

 「君は何者かね? こんなところで何をしている」

 

 「ふん。他人に質問する前にまずは自分から名乗るのが礼儀ではないのか?」

 

 「これは失礼。僕はアポロ。この国で新しい賢者になった男さ」

 

 「ほう。賢者様か。そんな偉いお方がこんな薄汚い森で何をしている」

 

 「今度は君の方が名乗る番だよ。それに薄汚い森なんて言わないでくれ。これでも観光名所なんだ。我が国のね」

 

 「そうか。俺はロモス出身だからな。確かにパプニカだったらこの程度の森でも貴重な観光資源になるというわけか。先の発言は取り消そう。俺はでろりん。世界を旅するただの冒険者だ」

 

 「これはまた微妙にトゲがある物言いだね。しかし、ロモス出身のでろりん君。そんな恰好で何しにいくんだい? まさかパプニカの貴重なモンスターを密猟するつもりじゃないだろうね?」

 

 「……それは聞き捨てならんな。貴様は俺がそんな悪人に見えるのか?」

 

 「うん。そう見えるね。君は鏡を見たことがないのかい。僕は君ほどひどい目つきや人相の男はこれまで見たことがないよ」

 

 「ちっ、賢者だか何だか知らんが、言いたい放題言いやがって」

 

 「それは失礼。じゃあその袋の中身だけ見せてもらえるかな。断る理由もないだろう?」

 

おかしな奴に絡まれてしまった。縁起が悪いな。

しかし、俺の冒険が始まったことに変わりはないのだ。




パプニカ三賢者のアポロここで登場です。
でろりんとは同い年です。

他の創作を見ていてもパプニカ三賢者の使い勝手は異常で
皆に愛用されているので私も愛でてみようかと思いました。

もしずるぼんを立ち直らせ連れ帰ることができたら
彼女の新たな故郷はロモスになります。


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俺はでろりん、賢者のアポロと戦うぜ!

森で賢者のアポロに目をつけられてしまったところから。


 俺は、将来『ずるぼん』になる予定の少女を立ち直らせるため、

パプニカ近郊の森で白い毛皮のライオンヘッド親子を狩りに来たのだが、

賢者を名乗るアポロという男に絡まれてしまったところだ。

 

 「でろりん君、早く僕にその袋の中身を見せるんだ」。アポロが急かす。

 

 「中を見せれば俺にもう関わらないならいいぞ。暇な賢者サマと遊んでいる時間はないのでな」

 

 「まぁいいだろう。僕だって忙しい身だ。妙なものが入っていなければ解放するよ」

 

 幸いなことに今は大したものは入っていない。

これから狩る珍しい個体のライオンヘッド――『シロ』への対策として、

その赤子を人質として戦いに利用し、最後はロモスに密輸するための袋だ。

 

 まだ計画を実行する前なので中身を見せても大丈夫だろう。

食料用のパン、回復呪文代わりに多めの薬草、一番下にしまってある新月草ぐらいだしな。

 

 「ほら、これで全部だ。満足か?」

 

 「……なるほど。食料、薬草に満月草か? いや、よく見ればこれは満月草ではないようだが」

 

 「そうか? ちょっと変わった満月草のようなものだぞ。そして悪いが俺はお前と植物の話をしている暇はないんだ。そろそろ行かせてもらおうか」

 

 って、おい!

アポロの奴は俺の新月草を勝手に掴み、成分の分析を始めやがった。

 

 ……。

 

 「なるほど、この草は満月草とは反対の効能があるようだね。睡眠効果、もしくは相手を痺れさせる毒草のようなものだと見た」。鋭いアポロの指摘だ。

 

 「よく分かったな。これはロモスに生えていた新月草だ。俺は寝付きが悪いから、この草がないと眠れないんだ。毒草だって量を調節すれば良い薬になるんだ。もういいか?」

 

 「怪しいね。薬として持つには量が多すぎると思う。一度に燻れば、モンスター含めて広範囲が眠りに落ちる程とみるよ」

 

 「長旅でしばらくロモスには帰らないからな。それに量の多さが問題だっていうなら、この薬草だって毒にもなるぞ。この薬草全部、お前の口に無理やり詰め込んで試してやろうか」

 

 「わかった。君は十分に怪しい者だ。僕は君を逮捕することに決めたよ」

 

 俺もよく分かった。このアポロは、どうしても俺の邪魔をしたいらしい。

賢者らしいが、とても偉そうなところも気に食わない。この場でやっつけてやる。

 

 「おっと、その場を動かないほうがいいよ。僕は強力な攻撃呪文が使えるからね。逃げようとしたのなら、その瞬間に君の背中は黒焦げさ」

 

 「ほーう? この国の賢者サマは随分と怖いことを言うなぁ。ならば俺は自分の身を守るためにせいぜい抵抗させてもらうぞ」

 

 俺は古びた鉄の剣を、アポロは装飾された魔法の杖をそれぞれを構える。

 

 「パプニカが誇る賢者の僕に対して、君は剣を向けるというのだね? そこを一歩でも動けば、遠慮なくこいつを撃たせてもらうよ」

 

 アポロは杖に魔力を集中させ火炎呪文を放つつもりだ。メラ。いや、この感じだとメラミだな。

俺が転職前、魔法使いの頃にさせられた地獄の特訓でも、メラミ習得までかなり時間がかかった。

アポロは俺と変わらないような年でメラミを使うとは、さすがは賢者だ。

 

 「わかった。もうわかったよ。動かなければ良いんだろう。剣も置くからそんな物騒な呪文はやめて俺を普通に逮捕してくれ」

 

 俺は鉄の剣を投げ捨てて両手を上げて降参のポーズをする。

 

 「ふう……。やっと君の減らず口が止まったね。じゃあ、ここにあるツタを縄代わりに縛るから大人しくしてるように。君が下手に動いたら、僕はさっきの呪文を使うからそのつもりでね」

 

 傍から見ると、俺は大口叩いた挙げ句に武器を投げ捨てた哀れな戦士だ。

 

 その姿にアポロが気を抜いてメラミの魔力を抑え込んだ瞬間――

俺は動いた。

 

 「バカが! かかったな、俺のメラは特別製だ!」

 

 「な、何!?」

 

 お手上げ状態から下ろした右手の三指は既に火が点いており、油断したアポロは固まっていた。

幼少の頃からバカ親父に特訓をさせられた俺のメラは特別で、

三発同時に発射という特技があり、一発一発の威力も高い。

 

 昔の魔王が使ったメラは、相手を燃やしつくすまで決して消えなかったらしいが、

使い手により特殊な性質が宿ることがあるようだ。俺の場合は、三才から特訓の影響か、

バカ親父に対する怒りの炎のせいだな。

 

「約束通り動いていないぞ、アポロ! 呪文はお前の専売特許じゃねえ! さぁ、これでも喰らいやがれ! メラ!」。気を抜いた相手につけ込む俺の奇襲攻撃だ。

 

 ブワブワブワ! メラ三発が螺旋を描きながら、嵐のように放たれて周囲が赤く照らされる。

メラストームとでも名付けたい俺の秘技の一つだ。

 

 「く、くうっ……」

 

 メラ発動の溜めは非常に短い。そして俺のメラは十分な威力がある。

一度解除されたメラミでの相殺は間に合うまい。どうする。

 

 ――ヒ、ヒャドッ!

 

 ドドン! ブワブワオオオォォォォー……。

 

 「う、うわあぁぁぁー」

 

 アポロは即座に呪文をヒャドに切り替えて一発を相殺したものの、

残り二発のメラをまともにかぶる形になった。ヒャダルコを唱える時間の猶予はなかったな。

 

 並の相手ならお陀仏だろうが腐っても賢者らしいので油断はできない。

俺は次の手を考え、素早く鉄の剣を拾って炎が収まるのを待つ。

 

 ムッ! 思ったよりもさらに効いていない?

煙が晴れてくると、ところどころ服が焦げたアポロが現れた。

 

 「ぼ、僕の大切な法衣が……。新賢者の記念にテムジン様から授かったのに」

 

 「ちっ、それは炎に耐性があるのか。金持ちはずるいな」

 

 「こんなことをして……。もう僕は君を許さないからな! 謝っても土下座しても命乞いをしても絶対に君だけは許さない」

 

 「ああはいはい。服ぐらいで泣くな泣くな。いい男がみっともない」

 

 「なんだとおぉ! バカを言うな。僕は泣いてなんかいない」

 

 「ところで、そんなに鼻息荒くしていていいのか?」

 

 「何を! ……う、なんだ……僕の身体の動きが……鈍い」

 

 俺のメラで周囲はまだ煙臭いが、それに紛らすかのように、あることをしていた。

地面にばら撒かれていた『新月草』を残り火でこっそり燻っていたのだ。

人や動物を眠らせる煙が満ちていく。

 

 そろそろ俺も息を止めるのが苦しくなってきたな。

呼吸を荒くして先に眠りに落ちていくアポロを残してその場を離脱する。

 

 今回の顛末は正当防衛。アポロにトドメをさしてもよかったのだが、

相手は偉い身分のようなので、国際指名手配になっては堪らない。

高級そうな杖や身ぐるみを剥ぐことも考えたのだが、俺はやめておいた。

 

 アポロは賢者にまで上り詰めた若者で、非常にプライドが高そうだ。

一対一で俺みたいによく分からん奴に敗れた事は吹聴しにくいだろう。

 

 ここで余計なことをしなければ俺は悪いことはしていない。ただの私闘だ。

今後アポロ本人と遭遇するならともかく、王国に追われることはないと判断した。

 

 

    ◇

 

 

 パプニカ賢者の後日談

 

 「それでねマリンお姉ちゃん! アポロったらね! 森での修行中に呪文の暴走で記念の法衣を焼いちゃったのよ」

 

 「エイミ、あれは暴走じゃないって。僕はフバーハを覚えたくて、自分にメラを落としたら失敗してしまっただけなんだ」

 

 「えーー! いくらアポロのメラでもあそこまでは焦げないでしょ。炎や熱に強い素材だもん。自分にメラミ撃つわけもないし、やっぱり暴走だと思うけどなー」

 

 「こら、エイミ。あなたはまだ賢者になれてないんだからアポロをからかっちゃ駄目よ。それにアポロも賢者になって浮かれてたんじゃないの? そんなんじゃ足をすくわれるわよ」

 

 「……。そうだね。確かにマリンの言う通りかもしれない。今回は僕に慢心があった。悔しいけど認めるよ」

 

 「アポロなのに珍しいよね。なんかちょっと可愛いって感じ」

 

 「こら! エイミも自分の発言を反省しなさい」

 

 「えー!」

 

    ◆




 機転でアポロを出し抜いたでろりんです。
まともに戦っていたらどちらも大怪我でしょう。
ちなみにアポロはまだフバーハとメラゾーマは覚えていません。


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俺はでろりん、ライオンヘッドを密猟するぜ!

 道中、賢者のアポロに邪魔をされるトラブルはあったものの、

酒場で集めた目撃情報を頼りに俺は森の奥地へと進んでいく。

ずるぼんの親の仇であるライオンヘッド、シロの住処はこの辺りのはずだ。

 

 アポロのときは、念のために持ってきた新月草で眠らせてうまく切り抜けたが、

真正面から戦いになっていたらここまでたやすく勝てたとは思わない。

 

 それはライオンヘッドに関しても同じだろう。魔王の支配下で凶暴な状態とは違い、

今は穏やかに暮らしてるとはいえ、まともに戦えば今の俺では五分五分かそれ以下かもしれない。

 

 勝てたとしてもヤツの毛皮がボロボロになっては意味がなく、激闘をしてはいけない。

どんな手を使ってでもあっさり勝つのだ。過程よりも結果が大事なのが俺のやり方だ。

 

 鬱蒼とした森を、足元の根や段差に気をつけて躓かないように歩く。

 

 ロモスの森と比べれば珍しい植物や美味そうな果物もないし、

たまにハイキングをしている人を見かける程度であまり人がいないな。

すぐにシロを倒せば目撃される可能性は低い気がする。

 

 さらに進んでいくと、見飽きた緑や茶色とは違う色がついに視界に入ってきた。

木立の合間、少しだけ開けた場所に白くて丸っこいもの――シロの姿だ。

そのライオンヘッドは、呑気な日向ぼっこで猫のように丸くなり、

赤子を包むような姿勢でスヤスヤと寝息を立てていた。

 

 俺はそっと風下方向の木陰に立ち五分ほど考えた。

……寝ているヤツの後頭部を鉄の剣で全力の一刺し。

……先に赤子を剥ぎ取って人質の盾を作る。

などの勝機も目の前に転がっているが、いま一つ踏ん切りがつかない。

 

 もし野生の勘で気づかれたのなら噛みつかれてしまうだろう。

なまじ寝ているからリスク予測の計算ができないのであって、

一回叩き起こすのはどうだろうかとも考えている。

 

 くそっ。この場に新月草があったらなと思う。相手を沈静化して眠らせる珍しい毒草だ。

こういうときに燻って使うためわざわざ持ってきたが、アポロ戦で使い切ってしまったのだ。

 

 ちくしょう。眠りを強化すればノーリスクで勝てたのに。

だが、よく考えると焦る必要はない。決定的に手を出す前ならやり直すチャンスは何度でもある。

 

 ならば、やはりこれだ。

小声で爆裂呪文のイオを唱え、起爆させないよう気をつけながら、シロの向こう側に放り投げる。

 

 パパンッ! ガサガサガサ! ビョーン!

 

 甲高い爆発音、揺れる木々の音……に混ざってマヌケな音。

その場で滑稽な垂直ジャンプを見せたシロが出したものだ。

 

 寝ている猫に、クラッカーというパプニカにあるおもちゃを使った光景を思い出した。

 

 ストンと着地したシロは、音がした方向、つまり俺の反対方向に少し歩いてから、

キョロキョロと周囲の様子を確認している。大切な赤子をその背中の影で隠すようにしながら。

 

 ――しめた!

 

 俺は、木陰からスッと動くと全力で加速する。

こちら側に逃げようとしているパニックの赤子に近づいてこの左腕で、

……盗ったぁ!

 

 猫より一回り大きい最強の盾をゲットした俺は興奮状態のまま無我夢中で剣を振るい、

来そうな反撃は盾を構えることで封じる。シロの頭部に小さな傷が増えていく。

 

 片手で振るう鉄の剣では致命傷にならないようだが、こうなったら考えるよりその場の勢いだ。

少しずつ体力を削っていき、最後にトドメを刺せば良い。

 

 袈裟斬り、切り上げ、逆袈裟、横薙ぎ、刺突。剣をブンブンと振り回す。

 

 ガウゥゥゥ……。

 

 突然の奇襲と俺の猛攻にシロは困惑の鳴き声を上げた。

逃げることも戦うこともできずにその場をウロウロしているだけだ。

 

 やがて手負いの獣となったシロは、口を大きく開けた。その中はギラギラ光っている。

来たな。おそらく閃熱呪文ベギラマだろう。ライオンヘッド最大最強の攻撃がこのベギラマだ。

 

 魔王がいた時代のライオンヘッドは恐怖の象徴だったと、バカ親父がよくそう言っていた。

一匹で軽く村を滅ぼし、場合により外壁ごと町すら破壊する。それを可能にしたのが、

大破壊力をもつ閃熱呪文ベギラマなのだ。俺の爆裂呪文イオラよりも破壊力は上かもしれない。

 

 もっとも、ライオンヘッドが一番好きなことは昔も今も睡眠のため、普段は寝てばかり。

起こさなければ意外と大丈夫だったりするそうだが。

 

 「ほらよ! 打ってみろよぉ」。 ババン! と赤子をシロの顔の前に突き出す俺。

 

 「ウゥゥ……ガウガゥ……」

 

 「ほらほらどうした。打たないのか?」

 

 だが赤子の盾の効果でベギラマは打てない。口を開けたままシロは困っていた。

 

 そうだな。苦手意識があったがこいつを使ってみるか。

 

 「ヒャド」

 

 左手で赤子を突き出したまま、右手の剣を一回地面に刺し、俺は小さな氷の塊を作り出した。

戦闘に使うには心もとないが、相手が無防備なら使いみちもある。

 

 「打たないで口開けてるだけなら、これでも喰らえ」

 

 俺はヒャドで作った氷の塊を思い切り投げつける。

それをべギラマを出しかけの状態で、まごまごしているヤツの口に放り込んだ。

 

 開いた口を閉じることも、前に閃熱呪文を出すことも、俺から目線をそらすこともできず、

投げた氷は何もできないシロの口の中に入っていった。

 

 そして出しかけのギラ系と反応して蒸気を起こし……。

 

 「グホッグホッグホッ」

 

 要するにシロはむせてしまった。

俺は剣を再び手にとって、苦しそうに下を向いてグホグホしている無防備なヤツの、

首筋から後頭部に思いっきり剣を突き立てる。

 

 ドサァッ!

 

 神経が集中している最急所を寸断されたことで、シロはそのまま眠るように斃れていった。

 

 「おっと、もう一回ヒャド」

 

 毛皮が赤く染まらないように死体となったシロの傷口を氷で塞ぐのを忘れてはいけない。

振り回されて目を回してる赤子の方は空のズタ袋にしまい込む。

 

 しばらくすると、再び小鳥のさえずりや木々のざわめき、

虫の音色などがこだまする平和でのどかな森が戻ってくるのが感じられた。

戦いに勝って日常が戻ってくるこの感覚が俺は好きなんだ。

 

 俺はお日様に当てられて少しずつリラックスしながら、

ゆっくりと毛皮を剥ぎ、ずるぼんの顔の傷を治すベホマ代を手にしたのだ。




 原作の凶暴化したライオンヘッドの強さは
僧侶戦士のマァムと同じか少し弱いぐらいなので
原作でろりんが本気で戦えば、勝敗は微妙だと思っています。

 今回はでろりんもまだレベルは低いのですが
相手は穏やかで、人質もあるので楽勝でした。

 このでろりんの密猟、目撃されたりしたら捕まりますね。
新月草があればもっと静かにこっそり倒せたはずなので
ちょっと騒ぎを起こしたことがどう影響するかです。


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俺はでろりん、パプニカで逮捕されたぜ!

 前半しんみり、後半コミカル
ずるぼんの心はすぐに復活します。


 今回の密猟で色々手に入れて俺はパプニカ王都に戻ってきた。

色々とは一体何かだって? それはもうたくさんある。経験値の他に例えばだな。

 

 白いライオンヘッドの珍しい毛皮と生きた赤子、その戦利品を売って得られるベホマの代金。

顔を治してパーティに入れたい少女――未来のずるぼん、最後に法律違反による逮捕のリスクだ。

 

 そう。俺はパプニカで立派な違法行為を行ってしまったのだ。

戦利品から足がつく可能性もあるし、賢者アポロと遭遇する危険もある。

 

 勢いで故郷のロモスへ脱出したいがそれは悪手だ。入国時にかえって危ない。

一般市民にベホマを公開しているのはパプニカの大聖堂だけだから結局ここに戻ってくるからだ。

 

 とりあえず付き合いのある業者に戦利品の査定をしてもらうと、

毛皮の状態の良さと希少度から五万ゴールド以上にはなるだろうとのこと。

それが本当ならこれだけでベホマ代は出る。

 

 もう一つの戦利品、赤子の方は売らずにロモス国王へ献上することにした。

権力者の後ろ盾も必要だ。そちらも業者に配送を頼んでおく。

 

 

    ◇

 

 

 やるべきことをやって一週間後、少女の顔の傷を治す日が来た。

 

 「おい、ずるぼん待たせたな。元気だったか。」

 

 この子には既にずるぼんというあだ名をつけてある。元の名前は何だったか忘れた。

それでいい。こいつはずるぼんだ。

 

 「うん、いつもどおりだよ……。本当にこの顔を治してくれるの? やっぱりあたしをからかって遊んでいるんだよね? あはは。でも、でろりんは本当に村や両親の仇を討ってくれたんだね」

 

 ずるぼんは俺の目を見ないでうつむき申し訳無さそうにしている。

 

 「ずるぼんは一生分のつらい気持ちを味わった。それも今日で終わりだ。もう自分を許して笑えばいいと思うぜ」

 

 「……。うん。でろりんがそういうなら少しずつ努力してみる」

 

 「そうだ。ずるぼんの服を買いに行かないか? ベホマの使い手は大聖堂のとても偉い人らしいからな。恥ずかしくない格好、いや、お前が好きな服を選んで良いぞ。おかげで良いモンスターが狩れた。だいぶ懐に余裕はあるからな」

 

 そのままずるぼんをお店に引っ張っていく。

 

 「わからない……。あたし、自分じゃ決められない……。今までこんなお店に来たことなかったから。でろりんが決めて」

 

 心の傷が深いようだな。だがベホマの光は心の傷すら治すらしい。問題ないだろう。

明るくないずるぼんを見られるのはきっと今だけだ。

 

 「そーか。じゃあこれなんかどうだろう。似合うんじゃないか」

 

 その辺にあるひらひらしているが下品にならないものを選ぶ。

 

 「こんな綺麗で可愛い服あたしには似合わない、恥ずかしくて無理」

 

 「だーっ! おい、なんだそれは。俺が決めろって言ったのはずるぼんだろ」

 

 「だって……」

 

 「よし、じゃあこの僧侶のコスチュームはどうだ。着てみろ。これなら聖堂に入っても変じゃないし、普通に町も歩けるぞ」

 

 どうでもよくなった俺は試着室にずるぼんと僧侶の衣装を入れて着替えさせる。

 

 「よく似合うじゃないかぁ、まるで本物の僧侶みたいに見えるぞ。よーし、もうこのままいっそ僧侶になってしまえ」

 

 「無理……。あたし小さいときにホイミの契約したことがあるの。でも全然効かないホイミだから村のみんなに笑われてたから」

 

 「へーそれはすごいな。契約できたなら才能ある証拠だろ? もっと前向きな気持ちになれば、ずるぼんはいい僧侶になれると思うぞぉ」

 

 とりあえず、ずるぼんの衣装が決まったので俺のも何とかしよう。

ずるぼんが偽僧侶なら、俺は偽勇者なんてのも面白いかもしれんな。

俺は勇者を模した一着を手にとって試着室で着替えてみる。

 

 なるほど、ずるぼんの言う通り背伸びした服装はちょっと恥ずかしいな。

というか、勇者の格好をしていたらバカ親父のことを思い出して腹が立ってきた。

俺は勇者なんか嫌いだ。この服はやめておこう。

 

 バッチリ準備できたので俺たちはパプニカの聖堂に向かう。

 

 

    ◇

 

 

 一方その頃、ベホマが行われる聖堂では二人の聖職者が話をしていた。

 

 「テムジン様、このおやつを食べたらベホマの時間ですよ。後は礼拝をすれば神への一日のお勤めが終わりますね」

 

 「おおバロンか。今日は久しぶりにベホマの日だったな。すっかり忘れておったわ。しめて五万ゴールド。これで我が研究がいっそうはかどるな」

 

 神に仕える身でありながらこの二人は裏の顔を持っている。

魔王軍の遺物を人間用の兵器に転用できないか、研究しているテムジンとバロンなのであった。

 

 「それではバロンよ。マリンとアポロ、見習いのエイミを呼んできたまえ」

 

 「御意」

 

 

    ◆

 

 

 「おっほん。わしがパプニカ大聖堂の司教をしているテムジンである。今からベホマの説明に入る。まず君たちはこの白線の中だけを歩くこと。ここは神聖な場所だから決められたルート以外に足を踏み入れないように。真っ直ぐ進んでそこの箱に五万ゴールドを代金として入れた後、被術者は五芒星の中に入って立ち、付き添いの方は所定の位置にて待つこと」

 

 なんかすごく偉そうな人が出てきて流れ作業みたいに説明を初めたぞ。

これはこれで緊張しないし分かりやすくて俺好みだ。

 

 「バロン、準備はいいか」

 

 「はい、テムジン様。マリン、アポロ、エイミを連れてまいりました」

 

 俺たちの入り口とは違う専用のドアから賢者たちの一団が現れる。

てか、ちょっと待て、今アポロって聞こえたぞ。アポロはだめだろ。

森でいきなり絡んできて一戦交えたバカ賢者だ。

 

 「よろしい。では付き添いの者はベホマ代を納めてから所定の位置に。ベホマの被術者は真っ直ぐ歩いて五芒星の中心に立ちなさい」

 

 五芒星ということは五人で協力して一回のベホマを使うのか?

なるべく下を向いてアポロとは目を合わせないようにしよう。

森で会ったときよりしっかりした格好で来た。もしかしたら俺だとバレない可能性もあるぞ。

 

 向こうから視線を感じるのは気のせいだ。他人のフリ他人のフリ。

まっすぐ歩くだけなのに嫌な汗をかいてきたぞ、ちくしょうアポロめ。

 

 それでも何とか箱に料金を納めて、所定の場所に立つ。ずるぼんは五芒星に入ったな。

無事にベホマの儀式が終わってくれ。俺の逮捕劇などで厳粛な場をぶち壊してしまうのは最悪だ。

 

 ベホマさえ終わればずるぼんの手を引いて逃避行と洒落込んでもいいからな。

 

 「滞りはないな。ではベホマを行うので被術者は自分の名前を言いなさい」

 

 「名前? ですか」

 

 「そうじゃ準備はできておる。早くお主の名前を言いなさい」

 

 テムジンがずるぼんに名前を教えるように催促する。

俺としては元の名前ではなく、ずるぼんの方を口にして欲しいな。

 

 「スロー……。じゃなくて、えっと……ずるぼん」

 

 「は? なんじゃ? よく聞き取れんぞ」

 

 「あたしの名前はずるぼん」

 

 「そうか、ずるぼんか。では始めるぞ」

テムジン、バロン、マリン、アポロ、エイミの五人が、ずるぼんを囲むように立ち呪印を組む。

 

 「パプニカの守り神、数多の精霊、遍く森羅万象よ、神の御名の下に命ずる。哀れなる一人の少女ずるぼんの傷と心の闇を全て祓いあるべき姿に戻し給え! ベ・ホ・マァーーーーー!!」

 

 五芒星が神々しく光り、聖堂の中で視界は白く包まれる。

光が引いていくと、そこには笑顔を取り戻したずるぼんの姿があった。

 

 「な、なおったあああーーーーーー! でろりんーー! あたし、治ったよぉ! うわあああぁぁぁーーーん」

 

 涙と最高の笑顔で俺に抱きついてくるずるぼんだが……。 

やめろ! 名前を呼ぶな名前を! そこにアポロがいるんだぞ。

 

 「おおおお、やはり君だったのかーーーー! でろりん! よくおめおめと僕の前に姿を表せたものだな。覚悟はできているのか!」

 

 バレてたぁ!

 

 「まっ待てアポロ、静かにしろ、大声出すな。神聖なる大聖堂では、この白線の中しか歩いちゃいけないんだぞ。お前外に出たからアウト」

 

 「アホかぁー!! 動いちゃいけないのは君だけだ。今すぐに逮捕だ。この罪人め! 縛り首にしてやる」

 

 「ちょっと待て、俺が何をしたというんだ。突っかかってきたお前に正々堂々の決闘をして勝っただけじゃないか、何が悪い。俺に負けたのが悔しいからって縛り首とかないぞ」

 

 「ええー。アポロって魔法の暴走で法衣焦がしたんじゃなくって、本当はでろりんって子に負けたからなんだー! アポロの嘘つきーー!」

 

 「な、何を言う、エイミ。こいつは不意打ちなら何でもする卑怯者だぞ。ってそうじゃない、僕との決闘の勝ち負けなどはどうでもいい。でろりん、君は密猟しただろ、森にいたライオンヘッドのシロと子供を!」

 

 「うっ。ア、アポロ。何を言っているんだ」

 

 「えー! あの事件の犯人ってでろりんなの? 見た目はこんなにかっこよくて素敵で立派そうなお姿なのに」

 

 「エイミ、君はアホかぁーー! こいつの人相の悪さがわからないのか。こんな目つきの悪いやつは今まで僕は見たことがない」

 

 「えー! アポロの見る目がないんだよ、すらっとした長身に切れ長の目、キレイな横顔、憂いのある雰囲気、危ないオトコって感じでかっこいいよ! それに傷ついた女の子を助けたんだよ。アポロはでろりんに決闘で負けたのが悔しくてひがんでるんだーー」

 

 「おほん。静粛! 静粛に! お前たちはこの神聖なパプニカ大聖堂を何だと思っている」

 

 「もう、アポロのせいでテムジン様に怒られた」

 

 そのとき、周囲の勢いに押されて黙っていたマリンが口を開く。

 

 「とりあえず、ベホマの儀式は終わったんだし、その子のことは別件として場所を移して取り調べをしたらどうかしら? でもアポロに勝つほど強くて、女の子を救うために大金を使って、私がいうのも何だけどすごく出来た若者だと思う。勇者級かも」

 

 マリンの言葉に呆れたような声でアポロが嘆く。

 

 「はあ。全く二人とも男で不幸になりそうなタイプだね。でも、マリンが言うように場所を移して取り調べは僕も賛成だ。……今度は僕から逃げるなよでろりん!」

 

 俺は大聖堂の白線の中であえなくアポロに逮捕されてしまった。

パプニカ城地下の取り調べルームに連行される。困惑しているずるぼんも事情聴取で一緒だ。




 ロモスではベホマの使い手が思いつかず
パプニカに残る逮捕ルートになってしまいました。
これからどうなっちゃうんでしょうかねぇ。


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俺はでろりん、姫の御前で試合をするぜ!

 密猟で逮捕されてしまったでろりんです。


    ◇

 

 ここは華やかなパプニカ城の地下に隠された暗部。

でろりんが捕まっている留置場から、三十メートルほど離れた取調室でのこと。

まだ他に誰もいないその部屋で、司教のテムジンは独り言をつぶやきながら思案していた。

 

 ――ううむ。なるほど。これは困ったわい。

五万ゴールドのべホマ代をポンと出すこの男、でろりんはワシの上客じゃ。

 

 ワシの研究とクーデターには多くの資金が必要。できれば穏便に済ませてやりたい。

そして、このでろりんを利用してもっと金集めをしたいんじゃが……。

アポロが縛り首を強く主張している。なんとも状況が悪いわい。

 

 賢者でもバロンの方なら協力者なのじゃが、アポロ達は……。

ワシの計画を知るには早すぎるか。上手く形だけの罰で済ませる方法はないものかの。

 

 

    ◆

 

 

 やがて関係者が取調室に集合。俺への取り調べが一通り終わると女賢者のマリンが口を開いた。

 

 「じゃあ、あなたがロモス王国に名高いデルタの息子、神童アルファなのね」

 

 「よしてくれ。今の俺はでろりんだ。神童なんかとっくに腐っちまったよ。それに俺の親父が有名とはバカの方面でか? それならそうかもなぁ」

 

 やり取りを聞いてアポロがホッとした顔でつぶやく。

 

 「ほう。君は地元で少しは知られた才子だったのか。僕はてっきり、ただのゴロツキにまぐれ負けしたのだと随分落ち込んだものだよ。よく考えれば君が使ったあのメラは尋常じゃなかった。もう一回再戦したいぐら――」

 

そのとき、アポロの声をさえぎる形でエイミが叫ぶ。

 

 「違う! でろりんはちっとも腐ってなんかない。でろりんが縛り首になったら、この国の法のほうが間違ってると思う! だってあなたは何も悪いことしてないじゃない!」

 

 腐った云々はただの言葉の綾だけどな。

 

 「エイミだったか? 俺にそこまで言ってくれるのは嬉しいが、まあ、法律が間違っているというのはその通りだぞ。再び魔王のようなヤツが現れてモンスターを支配すれば、多くの死人、傷ついた孤児、第ニ、第三のずるぼんを生むことになる。今モンスターを減らしておくのは間違っていないんだ」

 

 「それは君の詭弁だよ! 罪もないモンスターを無差別に殺すなんて、かつて魔王軍のした事と立場が変わっただけで同じじゃないか! でろりん君が無茶をする前にここで厳罰に処すべきだ」

 

 「アポロのバカ! でろりんがかわいそう! 未来の人たちを救おうとしてるのに……。でろりんが死んだら、あたし賢者なんかになるの、やめるから!」

 

 エイミの発言にテムジンは慌てた様子だ。困り顔でその視線は宙を彷徨っている。

代わりの利かない優秀な人材なのだろう。五芒星が欠けたりしたら大変そうだ。

パプニカは賢者の国。今回のベホマだけでなく様々な儀式がありそうだしな。

 

 「んんっ……。おほん、おっほん!」

 

その咳払いに一同は、この場で一番偉いテムジンの方を向く。

 

 「話がまとまらないのならここは一つ、ワシがまとめてみせよう。そこの、えー、でろりんなる若者とは、多少の縁もあることじゃしな」

 

 皆が固唾を飲んで見守る。

 

 「そこのでろりん。他国ロモスの出身でありながらパプニカの地に足を踏み入れ、あろうことか、我が国で大切に保護されておるモンスターを殺害。そして戦利品の売却で不当な多額の利益を得た。そうじゃな?」

 

 「確かにそれは俺がしたことだ。間違いはない」

 

 アポロは嬉しそうな、エイミは泣きそうな顔をしている。

 

 「しかし、でろりんは傷ついていた一人の少女を救った。利益の大半、五万ゴールドをベホマ代としてワシらに支払いその結果、ずるぼんという人間を立ち直らせたわけじゃ。間違いないな?」

 

 今度はエイミがホッとした顔をし、アポロは下を向く。

 

 「ああ、先ほど述べたようにそういうことになるだろうな」

 

 「お主がパプニカの法を破ったことは事実じゃ。罰は受けなければならないが、情状酌量の余地はあると思わんか? どうじゃ? アポロよ」

 

 「テムジン様がそうおっしゃるのなら、縛り首はやりすぎかもしれません。多少は罪を減じても仕方がないと僕は思います」

 

 「おほん。経緯はどうあれ、ワシら聖職者に五万ゴールドを支払ったのじゃ。その金は教会の運営費に廻り、その聖光が増すことで国民を救うことにも繋がるのう。さらに巡り巡って、保護されておるモンスターのためにもなるのじゃなかろうか?」

 

 なるほど。こじつければそうかもしれない。司教のテムジンに対して俺への心証は良いようだ。

 

 「ほら! テムジン様もそうおっしゃってるよ。許してあげなよアポロ」

 

 「むむむ……。ぬぬぬ……。ま、マリンはどう思うんだ」

 

 「でろりんは未来の勇者だし、ちょっとの罰金くらいで許してあげたら?」

 

 「何だって! く、くそ。でろりんが勇者だって。嘘だろ。どうしてそうなった」

 

 そう言ってアポロの顔つきが変わった。何かを決意した表情だ。

 

 「僕も分かった。でろりん自体は罰金の上、釈放でいいだろう。しかし、この卑怯者の弱虫が勇者に例えられるなど、僕には決して耐えられない。だからでろりんとの正式な決闘を要求する。僕に勝ってみたまえ」

 

 「俺に負けたことがよほど悔しかったと見えるな。安心しろアポロ。その決闘受けてやる」

 

 「せいぜい姫様の前で君の無様な姿を晒してもらおうか、でろりん。きっとエイミやマリンだって幻滅するはずさ」

 

 

 ……。

 

 

 さっそくその日の夕方、パプニカの闘技場で試合が開かれることになったのだが、

控室に連れてこられた俺は、試合前に圧倒されて驚いてしまった。

 

 とにかく度肝を抜かれたのが室内にある大きなモニター。そして大きな音声だ。

 

 『うふふっ! 今回の試合楽しみね!』

 

 事前に説明は少し受けていたのだが、実物を見るとやはりびっくりするもんだな。

もともとは悪魔の目玉という、魔王軍が中継に使うモンスターだったが、テムジンがそれを改造。

人間用に使いやすくした試作品とのことだ。

 

 画面にはパプニカの姫であるレオナの姿が映っている。

気高い黄金の髪に、琥珀の双眸。若草色の服は気品に満ち溢れているが、声は可愛らしい感じだ。

 

 今日はアポロが新賢者になってから初めて行う試合らしい。お披露目の機会というわけだ。

はしゃいでいる様子のレオナ姫は声が大きい。モニターから少しだけ離れておこう。

 

 「ねえっ、アポロはどんな勝ち方をするかしら?」。レオナ姫はお付きの老人に話しかける。

 

 「きっとアポロの瞬殺ですじゃ、姫様。相手はでろりんという変な若者にございますのじゃ」

 

 「キャハハハハッ! 何それー! 変ななまえーー! ありえなーい! アハハハッ! んー。でもかませ犬かぁ。やっぱりレオナつまんなーい」

 

 俺のことがボロクソに言われているぞ。

 

 「ですが姫様、試合は相手があります故、負ける可能性もほんの少しぐらいはありますのじゃ」

 

 「ないわよ。万が一にもアポロが負けたり不甲斐ない試合をしたら、あたしがノーコンテスト、無効試合にするから。相手のレギュレーション違反とかで」

 

 「姫様、そんなご無体な」

 

 「いいえ、最後に勝ち負けを決めるのはあたしなの! アハハハハッ」

 

 高笑いを決めるレオナ姫の下、闘技場の門をくぐり俺は入場することになる。

 

 ――『西の門から登場するのはーー正体不明、謎の戦士でろりん選手』

 

 「何だそのふざけた名前はーーー! でろでろでろりーん!」

 「ぶはははははっ。でろりんがんばれー自分から降参するなよー!」

 「名前でもう負けてるじゃねえかー! どうせ負けるなら面白い負けかたしろよー!」

 

 完全アウェイか。アポロめ、自分の土俵に引きずり込んできたな。

日の当たる世界を歩いてきた彼はこういう場での戦いが得意なのだろう。

まったく俺とは正反対の男だ。

 

 先に入場をしたからアポロが入ってくるまでは少し時間がある。

俺は目をつむってこの後の作戦を考えておこう。

 

「姫様、相手の選手が入場しましたよ」

 

「へー! あれがでろりんなの! 名前に似合わずいい顔した男じゃない! アポロ苦戦するんじゃないかなー? まぁ絶対に負けることはないけど。キャハハッ!」

 

 

    ◇

 

 

 ここは残された城の地下。でろりんや賢者たちはこの場を後にしたので静寂を取り戻している。

 

 ずるぼんは取り調べで憔悴。観戦には行かずに静かな部屋で休んでいたのだが、

そんな彼女に手招きして喋りかけてくる存在があった。隣にある牢からだ。

 

 「ほっほっほっ。そこのオナゴよ。近う寄って水晶玉を見てみい。これから面白いものが見れるに違うまいて」

 

 「お爺さんは誰?」

 

 「わしは人呼んでさすらいの占い師、まぞっほじゃよ」

 

 「まぞっほはどうしてそこに入ってるの?」

 

 「ちょっと置き引きをしていたら捕まってしもうての」

 

 「えー、じゃあ、まぞっほは悪いお爺さんなんだ」

 

 「……わしのことなどは良い。この水晶玉でとくと見るのじゃ。さっき騒いでおったお主の連れ、でろりんという男の戦いをな。どうやらレオナ姫の御前で試合が行われるようじゃ」

 

    ◆

 




 でろりんvsアポロ、過去の戦績はでろりんの1勝0敗ですが
今回アポロのホームでの試合です。勝てるのでしょうか?


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俺はでろりん、大観客の中でアポロと再戦するぜ!

 テムジンの機転で軽い刑罰になったでろりんです。
レオナ姫の御前で賢者のアポロと正式な試合をします。


 『続いて東の門からパプニカの希望! 今月から新賢者となったアポロ選手!』

 

自信満々な様子のアポロは、所定の位置まで来ると周囲に一礼をした。

 

 「きゃーー! わたしのあぽろさまー!! すてきー!」

 「今日も絶対に負けないでーーーー!」

 

 女性ファンの黄色い歓声が飛び交う。でろりん入場の野太い罵倒、笑い声などとは対称的だ。

 

 「でろりん、知っているかい? この異種戦は戦士の勝率が低いことを。君は手品のようなメラを使うが賢者の呪文にはかなうまい。エイミたちやレオナ姫の前で君をどう料理してあげようか」

 

 アポロはそう小声で囁くが、たしかに正攻法は分が悪そうなんだよな。

 

 ――『試合のレギュレーションを説明します』

 

 俺が作戦を考えていると、アナウンスが入り試合の説明が始まった。

 

  『賢者vs戦士の異種戦です。二人は祝福を受けた戦闘服で戦います。ダメージを肩代わりしますので、相手の加護を先に尽きさせれば勝ちとなります。もしくは戦士側は模造の剣を相手の急所にヒットさせ、それが認められれば判定で勝つこともできます』

 

 急所への判定か。忖度されずに公平にジャッジされるといいのだが。

 

 『周りに被害がでる攻撃は反則、気品のある試合をしてください! 以上です』

 

 俺は一応、呪文も使える戦士だが、賢者と撃ち合いはしたくないな。

高いMPで攻められたら相殺しきれずジリ貧だ。そして武器はこの頼りない模造の剣が一本。

なんとか近づいて武器を振るう必要がある。

 

 そうして試合開始の合図を待っていると、レオナ姫とお付きの声が聞こえてくる。

 

 「姫様、そろそろ試合が始まりますぞ」

 

 「みたいね。そうだ、バダックはこの試合どう見てるの?」

 

 「データ上は賢者vs戦士は過去に二十戦、賢者の全勝になっておりますじゃ」

 

 「んー、圧倒的ね。賢者とただの戦士を戦わせることに、もともと無理があるのかしら」

 

 「そうかもしれませぬ。ちなみに魔法使いvs戦士なら百戦以上あり、戦士の勝率が四割ぐらいになっておるようですじゃ」

 

 「パプニカは正義と叡智を重んじる賢者の国だし、強い戦士は少ないかもね」

 

 「確かに姫様のおっしゃる通りでございますじゃ」

 

 「たまには少しぐらい、試練があっていいかもしれないわね。姫の立場として『私』はアポロに勝ってもらわないと困るけど、『あたし』個人は相手の応援をしちゃおうかしら。結構いい男だし。アハハッ」

 

 「とても姫様らしい、良いお考えでございますじゃ」

 

 バダックと掛け合いの後、レオナ姫は大声で檄を飛ばす。

 

 「アポロ! 私が命じます。負けは許しません! 徹底的に勝ちなさい!」

 

 その直後、レオナ姫は俺の方を見て何かを呟いたようだ。

なんとなく優しい目で見られていたのは気のせいだったのだろうか。

俺のことも少しぐらいは応援してくれているような感じだ。ならば力いっぱい戦おう。

 

 

 ……。

 

 

 『試合開始!』

 

 先手を取って呪文の準備ができたのはアポロのほうだった。

 

 「この前、君に使いかけた呪文。この場で撃たせてもらうよ。こいつに対処できないようではそもそも僕と戦う資格がないからね」

 

 ――メラミッ!

 

 アポロの魔力で周囲を赤く照らす大きな火球が発生。

対して、後手を引いた俺はすでに作戦を決めてある。それは相殺外しだ。

 

 呪文のぶつけ合い、つまり相殺をするのはMPが多い賢者が有利。

だから飛んでくる炎の奔流を躱しつつ、カウンター気味に呪文を放つか、走って距離を詰める。

これが基本的な俺の作戦だ。あとは戦闘服の加護とやらがどの程度持つのかだな。

試合経験がないのでそれはよく分からない。

 

 俺は前進しながら体をねじってメラミの直撃をかろうじて交わす。

すると戦闘服が光ってわずかに加護が削られていく。メラミの余熱でダメージ判定されたようだ。

このやり取りで互いの距離を半分近くまで縮めることができた。もっと接近しなければ。

 

……っておいっ待て! その呪文はヤバッ!

 

 「ギラッ」

 

 アポロの詠唱と同時に、一筋の熱い閃光が放出され、でろりんの超至近距離を駆け抜けていく。

 

 バチバチバチッ。

 

 「かすっただけとは、君は勘のいいやつだね。ギラを避けるとは軌道を予測できたのか?」

 

 そう。ギラの放出速度はメラなどと違って超高速だ。目で発動を見てからでは避けられない。

ギラ系が恐れられ、必殺技扱いなのは威力だけでなくその性質にもあるのだ。

 

 「うわ、あぶねーーー! いきなり負けるところだったぞぉ」

 

 かすっただけで戦闘服が大きく反応……。今ので加護がニ割ほどは減ったような気がする。

ギラの直撃は試合的に余裕でアウトのようだ。

 

 だがダメージ判定が厳しすぎないか? 俺としては今のにそこまでのダメージはないと思うぞ。

こんなルールで戦士なのに勝てるやついるのかよ。

 

 「今度はこいつだ。ヒャダルコ!」

 

 それは氷系呪文ヒャドの広範囲バージョン。避けにくい呪文だ。

俺はこの試合、まだ何もしてないがそうも言っていられない。氷漬けにされたら負けだ。

 

 うおおぉっー!

目の前の氷雪の嵐から飛び退いて、今度は全力でアポロから逃走。距離を取る。

 

 

 ……。

 

 

 気持ちと体勢を立て直すには時間が必要で、そこからはしばらく防戦一方になっている。

そうやって戦いに集中していても周囲の雑音はいろいろ入ってくるものだ。

 

 「うーん。分かってはいたけど、完全にアポロの呪文披露大会ね。相手の子も密かに頑張ってほしかったけど、ちょっと重荷だったかな」

 

 レオナ姫は冷静に観戦している様子だが、一方的な展開に観客はしびれを切らしたようだ。

 

 ブーブー!

 

 「おい! お前さっきから逃げてばっかりじゃねえか!」

 「何しにきた! ひっこめでろりん!」

 「ベリーバッドですね~ 剣で呪文を切り裂くんですよ~」

 「何いってんだアンタ。ワハハハ」

 

断片的にギャラリーのどうでもいい声が入ってくる。

 

 剣で呪文を切り裂けと言う声まで聞こえてきた。

バカ言え。こんな安い模造剣をメラミに突っ込んだりしたら溶けてしまうよ。

 

 「でろりん。いったい君はどうしたんだい? レオナ姫やエイミたちの前でそんな無様な試合を見せないでくれよ。僕のMPが尽きるのを待っているのなら無駄だからね。僕には膨大な魔力がある。先に君の加護が削られて終わりさ」

 

 そうやって挑発してくるアポロだが、これまでの戦いで俺はだいたいわかったこともある。

この戦闘服がどれぐらいのダメージまで耐えられるか、

アポロが使う呪文の種類、発動の溜め、戦い方の癖などだ。

 

 「削られて負けるぐらいなら、戦士らしく突っ込んできたらどうだい? でないとそら!」

 

 今度は離れた距離からアポロがメラミを放つ。ヤツも俺と同じでメラ系の呪文が得意らしい。

 

 だったら俺も負けていられない。俺のメラは特別製だ。右手の三指に点火。

こいつでカウンターに賭ける。熱風で加護が減るのも気にせず、アポロの火球を半身で避け――。

 

 「かかったな、これがでろりん特性メラだぁ」

 

 くらいやがれ! メラミを撃ったアポロの硬直を狙った、メラの三発同時発射のカウンターだ。

これなら避けれまい。

 

 ブワブワブワッ!

火球が螺旋を描くように周囲を赤く染め、回転しながら炎の嵐のように飛んでいき……。

 

 「はははっ。君ならいつかそう来ると思ったよ」

 

 ――ヒャダルコッ

 

 氷雪の嵐によって、でろりんの炎は寸でのところでかき消されてしまった。

 

 お、おい! 嘘だろ! メラミを打った後に、あいつあんなに早くヒャダルコ出せるのかよ!

きっと森での一戦は相手の動揺があったから通用したんだろうな。

俺がメラを使えると知っていれば、きっちりと相殺できるのか。

 

 相殺はいかんぞ。MP勝負はできない。

 

 「はっはっは。剣以外で僕に通用する君の唯一の攻撃手段だからね。もちろん読んでいたよ。この完璧な僕には、時間差攻撃も無駄ってわけさ」

 

 俺の反撃をしのいだアポロは得意げにポーズを決める。

 

 「きゃー! アポロさま! すてきー! こっち向いてー!」

 「お、おい、あの戦士、地味に結構すごい呪文使ってなかったか?」

 「ああ、あんな変わったメラは初めて見たぞ。本当に戦士なのか?」

 「割と紙一重のタイミングだったな。賢者内心焦ってるんじゃないか」

 「う~ん。ベリーベリー惜しかったですねぇ……。」

 

 今の一瞬のやり取りで白けた場は盛り上がり、レオナ姫も感心顔だ。

 

 「すごいわねー今の。ねえバダック? まばたきしてなかったでしょうね?」

 

 「さすが姫様、よくお分かりに。ちょうどしましたのじゃ」

 

 「もうー。バダック、何やってるのよー。それにしてもでろりんのメラは禍々しい感じがしたわね。ちょっと普通じゃなかった。あの人はいったいどんな人なのかしら」

 

 俺のメラは禍々しいか。いろいろと怨念がこもっているのかもな。

 

 「僕が勝ちそうだが、降参はしてくれるなよ? 君は半分以上加護が残っているし大勢の観客の前だからね。切り札を失ったとはいえ、せいぜいがんばってくれたまえ」

 

 一方、アポロの奴は女の子にキャーキャー言われて完全に有頂天だ。

 

 まぁ確かにやばいな。この剣が何の役にも立たないのも辛い。

野次馬が言ってたように、これで相手の呪文を切り裂くぐらいしか勝ち目がないんじゃないか?

そんなことできんのかよ。

 

 「しかし距離次第では、さっきのはちょっとヒヤッとしたかもね? そこで僕は呪文のランクを落として地道に削ろうと思うよ」

 

――メラ、メラ、ヒャド、メラ、メラ。

 

 アポロは万全を期して、呪文の数で勝負してきやがった。これではカウンターも機能しないな。

俺は遠い距離を走り回って呪文の嵐を避けながら、メラの一つを手に持った剣で払ってみせる。

 

 「すごい呪文の数だ。さすがはパプニカの賢者様」

 「おっ、なんだあいつ、メラを剣で払ったぞ。器用なやつだ」

 「もう。何なの! あいつしぶとい! アポロ様やっちゃってー!」

 「ノンノン。呪文を払うのではなく切り裂くのですよ~」

 

 アポロの矢継ぎ早の呪文の詠唱、炸裂していく派手な弾幕によって、

会場のボルテージは次第に高まっていく。

 

 「ふうー、やっぱり今日は来てよかったわ。結構いい試合が見れたし。相手のおかげでアポロの強さも引き立つって感じだし。うちの新しい賢者アポロ、そのいいお披露目ができたわ」

 

 「姫様、まだ試合は終わっていませんよ」

 

 「終わってるわよ。でろりんも立派に戦ったけど、やっぱりこのルールで戦士が賢者に勝つのには無理があるのよ。これで二十一戦全勝になるんでしょう? もうちょっとハンデをつけてあげたほうがいいかもね」

 

 ――メラ、メラ、メラ、ギラ、……メラ、メラ。

 

 ちくしょう。メラにギラを混ぜるなよ。俺は舌打ちをする。

メラの弾幕を避けながら、ギラの閃光の軌道まで読むのは難しい。

メラは剣で叩き落とせるけど、メラミやギラは無理そうだしなぁ。

 

 こんな剣で呪文を切り裂くなんてできるか? もしくは何か反撃の糸口はないものか。




 感想の投稿ありがとうございます。
三賢者と違ってレオナは人気キャラなので扱いを間違えたら怖いので
気をつけたいと思います。


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俺はでろりん、アポロを倒して仲間も増やしたぜ!

 でろりん、アポロ、レオナ姫が活躍するお話です。



    ◇

 

 「でろりん、そこよ! あ、危ない!」

 

 会場から離れたパプニカ城の地下、牢につながった石畳の一室。

ずるぼんは観戦しながら、水晶玉の中に映るギラを一緒になって避けている。

もちろん彼女の応援する声はでろりんに届かないが、一緒に戦っている気分なのだ。

 

 「ほっほっほ。若賢者もやりおるわい。わしの全盛期以上かもしれんのー」

 

 「もう! まぞっほ。どっち応援してんよ」

 

 「慌てるでない。お主のでろりんは、何か策があるような顔をしておる」

 

 「顔でわかるんだ。すごい! さすがは占い師ね。まぁあたしはどんな負け方してもたとえ罪人になってもずっとでろりんに付いていくって決めてるけど」

 

 「まったく最近の若者は眩しいのう」

 

 

    ◆

 

 

 俺とアポロの試合はまだ続いており、パプニカの試合会場は既に熱気に包まれている。

 

 「でろりん。だいぶメラの対処が上手くなったじゃないか。その曲芸、確かに面白い。メラを切るなんて君は器用なヤツだ」。アポロは感心したように口を開いた。

 

 俺は試合用の剣で、飛んでくるメラを叩き落とし続けてきたのだが、

あるとき力が抜けて剣を振るうと、バシュッとメラの中心を捉えて切り裂くことができたのだ。

誰かの言ったとおりになった。自然体で振るう十分な剣速と、魔力の流れを断ち切るイメージか。

 

 「だが、君の刀身はこの空と同じさ。もう真っ赤に焼けている。……間もなく日が沈むし、そろそろ決着をつけようか」

 

 俺は戦士らしく戦って勝ちたかったが、それが難しいのなら奥の手を使う。

しかし、タイミングには気をつけなければな。

 

 「いいぜ。来いよぉ……アポロ!」

 

 ――メラ、メラ、メラ、メラ、メラ!

 

 アポロが連射するメラを避け、或いは切り裂き、俺は機会を待った。序盤に試した相殺外し。

カウンターの発想は間違っていないんだ。思い出す。メラミを躱しながら放った俺の特製メラを。

呪文後のアポロの硬直を狙ったが間一髪防がれてしまった。それはやり方が間違っていたからだ。

 

「真っ赤に焼けろ! でろりん! 僕が君を鮮やかに染め上げてやる」

 

 ――メラ、メラ、メラ、ギラ。

 

 そこだっ!

ギラは目で見てからでは避けられない。だがその放出速度がヒントになった。

遅いメラミを避けながらのカウンターは違ったんだ。

 

 ギラの熱線が発射される直前、野生の勘で軌道を読んだ俺は飛び退き、焼けた剣を投げ捨て、

地面に転がりながら右手の三指に着火。

 

 サァッーー! ジリジリギラギラ……。

 

 伏せた頭上をアポロのギラが通過していくのを感じながら放つ、俺の……三発同時! 

怨念のでろりん特別製メラだぁ!

 

 「な、何!」

 

 今まさにギラの閃熱を放射している最中のアポロに、大型の火球が三発、急接近。

それは螺旋を描くように回転しながら、辺りを今日一番赤く染め上げる。

 

 「ヒャダルコで相殺してみろよぉ、アポロ。間に合って狙いもつけられるならな」

 

 ギラの停止後、アポロはさらに二動作必要だ。ヒャダルコを発動させて、

火球三発をかき消す軌道に照準を合わせなければならない。

 

 「う、嘘だろ! しまった! バカな!」

 

 それはアポロにはできないはず。これまでの戦いで俺には分かる。ここが決め所になりそうだ。

 

 「何故だあぁぁぁ! うわああああーーーーーーー」

 

 ブワッ! ブワッ! ブワオオァァァァァァァァッーーーー!

 

 アポロは何かを詠唱しようとするが、杖の照準は宙をさまよい定まらない。

その結果、三発の火の玉が着弾、アポロの体を包み赤く大きく膨れ上がった。

 

 「え、嘘でしょ! アポロ!」。思わず身を乗り出すレオナ姫。信じられないという表情だ。

 

 「おい、どうしてこうなった?」。唖然とする観客たち。

 「きゃーアポロさまー! こんなのいやーー!」。泣き出す女性ファンもいた。

 「あいつやりやがった!」。まさかの大逆転劇に騒然となる会場。

 

 ……。

 

 アポロを包んだ火球はみるみる膨れ上がりどんどん大きくまるで夕日のようになる。

しかしその後は急速に表面が薄くなり、そしてすぐに内側からかき消されていった。

 

 「見てみろ! 賢者は無事だぞ!」

 「は? なんで大丈夫だったんだ?」 

 「ふむ~あの若さでフバーハとはベリー驚きましたねぇ」

 「よく分かんないけど、やっぱりアポロ様すごーい!」

 

 アポロは球状のバリアによって守られており、でろりんの炎はその外周に弾かれて急速に拡散、

肥大化して散っていったのだ。

 

 「で、できた……。ついに僕はこの呪文に成功したんだ! 一週間前でろりんに負けてから、密かに特訓し――」

 

 アポロよ、俺の攻撃はまだ終わってないぜ。

今の攻防で稼いだ時間。それを使って奥の手を出すという二段構えの反撃だからだ。

俺の最大最強、爆裂の光球を受けてみやがれ!

 

 「イオラァー」

 

「密かに特訓してついに……!? は? ちょっと待て、待つんだ何だそれは」

 

 フバーハは炎や氷から身を守る呪文だが、イオラの爆発の衝撃には対処できない。

アポロは慌ててフバーハを解除し、かろうじてその場を移動するが……。

 

ドガアアアァァァーーーーン! ズドドドドーーーン!

 

 「き、きゃーーーー!」

 「うわあああああああああああ!」

 「なるほどイオラですか~魔王との戦いを思い出しますねぇ」

 「ひいいいいぃぃぃぃぃぃーーーーー」

 

 

 ……。

 

 

 結局俺のイオラで競技場の床にべっこりと穴が空き、破片が辺りに飛散。

観客はパニックになっている。そのような状態でアポロが無事なはずもなく

加護を全部失って戦闘服は破れ、血まみれのまま地に伏している。

 

 一応は直撃じゃなかったから、たぶん大丈夫だろう。かなり痛そうだけど。

 

 うむ。最初のメラで決まらなかったせいで、必死になってしまったな。

よく考えたら、イオラはまずかったか。無防備な観客の前だし。子どもたちは泣き出している。

そこまで頭が回らなかった。

 

 でもアポロ以外の怪我人はいないようだな、端の方でやらなくてよかった。

甲高いレオナ姫の叫び声も聞こえてくる。

 

 「ちょっとー! 何てことしてくれんのよー! バダックー! ああいう魔法は事前に禁止してないわけ?」

 

「姫様。まさか戦士がイオラを使うとは誰も思いませんのじゃ」

 

「あー、言われてみればそれもそうわね」

 

 二転三転した展開に、会場は騒然としている。

 

 「神試合だったな! あんなすごい呪文初めてみたぞ」

 「でろりんってもう戦士じゃねえじゃん。剣を持っただけの魔法使いだよ」

 「バカ言え。メラを剣で切る魔法使いがいてたまるかよ」

 「でろりんは勇者様なのかも……。アポロから乗り換えようかしら」

 「エクセレント。あと二歳若かったら弟子にとりたかったですね~」

 

 アポロが負けて落胆するかと思いきや、観客たちはなんだかんだいって強い者が好きらしい。

やがて勝者である異国戦士の俺に敬意を表したコールが巻き起こる。

 

 『でろりん! でろりん! でろりん! でろりん! でろりん! でろりん!』

 『でろりん! でろりん! でろりん! でろりん! でろりん! でろりん!』

 『でろりん! でろりん! でろりん! でろりん! でろりん! でろりん!』

 

 ……。

 

 「くすっ。なんだかずいぶんと締まらないコールね」

 

 「お気を落とされず姫様。これでアポロもますます強くなれますじゃ」

 

 やがて俺へのコールが少し収まってくるとレオナ姫たちの声が聞こえてきた。

騒がしい会場で聞き取れるのが不思議だったが、どうやら控室出口にあったモニターの影響だな。

関係者用の中継装置にレオナ姫の映像が映っており、その声が漏れてきてるのだろう。

 

 室内では確かに大きな音だったが外の観客に伝わるほどの調整はされていない様子で、

レオナ姫の無防備な会話が漏れ聞こえてきた。

 

 「この負けっぷりよ? 賢者が戦士に呪文戦で負ける形になったのよ。でろりんが剣で勝つなら私も祝福できたんだけど。おかげさまで、栄光のパプニカ賢者の戦績に傷がついてしまったわ」

 

 「姫様。戦士に呪文戦でのくだりはアポロには固く禁句でございますぞ」

 

 「言うわけないでしょ。とにかく今回のは薬にしてもアポロにはきつすぎるわよ」

 

 『でろりん! でろりん! でろりん! でろりん! でろりん! でろりん!』

 

 「それにしてもすごい人気ね。変な名前に最初は笑っちゃったけど、何でも出来て強くておまけに顔までかっこいいし」

 

 「でろりんはまるで、わしの若い頃を見ているようですじゃ」

 

 「もうー。何言ってるのよバダック。でも今からこの試合を没収して、アポロの心を守ったら、きっとあたしは悪者になるのでしょうね」

 

 「姫様はそのおつもりなのですじゃ?」

 

 「でろりんには可哀想だけど埋め合わせはするわ。勝利のメダルの代わりに、あたしがもっといいモノをあげるから……」

 

 「姫様はお優しいお方ですじゃ」

 

 何やら今後のことを話していたようだ。

まぁ俺の立っている場所は控室のモニターに近いので内容も聞こえているんだが。

 

 ……。

 

 『でろりん選手は前へ。勝者として記念のメダルを授与いたします』

 

 パチパチパチ! でろりん! でろりん!

 

 「そこの司会の人、ちょっと待ってくれる?」

 

 『こ、これはレオナ姫様……。ふ、不手際がございましたでしょうか』

 

 「不手際? あるわね。この試合の勝者はでろりんではないから」

 

 『え、では勝者はアポロなのですか?』

 

 「いいえ、ちょっとマイクを貸してくれるかしら」。そして彼女は司会からマイクを受け取る。

 

 『でろりんは戦士で出て、呪文で勝利を収めました。呪文使うなとは言わないけど、剣をほぼ使わずに勝った形よね。出場の職業を偽ったレギュレーション違反にならないかしら? 魔法使いが戦士の格好をして不意打ちするのは許されないでしょ』

 

 「申し訳ございません。姫様。姫様のおっしゃることは正しいのですが、出場時の職業は、転職後のものを登録することになっておりまして。でろりん選手が違反とは言えないのではないかと、ひいぃぃ、すみません」

 

 『そのレギュレーションは一考の余地ありね。それなら【周りに被害がでる攻撃は反則】という部分はどうかしら? 会場に大穴が開いたのよ? 幸い怪我人はいなかったようだけど、もしも運が悪かったら大変だったかも。そこんとこどうなの?』

 

 「う、そ、それは……」

 

 『周りを気にせず何でもありなら、アポロだって大暴れできたかもしれないわ。勝負はでろりんが勝ったかもしれないけど、試合は没収してノーコンテストにします。あ、はい、マイク返すわ』

 

 おい。なんなんだそれは。でもよく考えれば、アポロに無理やり吹っかけられた決闘だし、

記念のメダルなどは興味もないか。試合でレベルアップできたので良しとしよう。

 

 そう思っているとこの国の姫が近づいてきて、俺だけに聞こえる小声で話しかけてきた。

 

 「ホントごめんね! でもあなたにいいモノあげるから許して。でろりんは前科ついてるのよね? ならこのカードを上げるわ。不逮捕特権がついてるの。知ってる? 勇者が住居侵入しても罪に問われないのはこれのおかげなのよ」

 

 レオナ姫が申し訳無さそうな顔で、俺にカードを手渡す。

 

「国から正式にじゃなくて、あたしが出してあげるだけだから乱用はダメよ。でろりんの今後の冒険に役立ててね」

 

 レオナ姫はそう言ってウインクしてみせる。使いすぎはダメらしい。

 

 確かに俺には勝利のメダルよりこちらの方が向いてるぞ。姫様は人を見る目があるんだな。

大立ち回りでアポロの見栄やプライドを守りきった一方で、実利を求める俺にはこれだ。

年下のくせに大物。これが帝王学ってやつなのか? 圧倒されたぜ。

まぁいいや。とにかくずるぼんのところに戻ろう。

 

 

 ……。

 

 

 会場を後にして城の地下室へ戻るとずるぼんがいきなり抱きついてきた。

お、おい。他人がいるじゃないか。

 

 「ほっほっほ。まぶしい青春じゃのう。見てられんわい」

 

 「おい、ずるぼん、この爺さんいったいだれだ?」

 

 「その人は占い師のまぞっほさん」

 

 「まぞっほ? でもよく見ると爺さんは牢の中に入ってるじゃないか」

 

 ずるぼんは参考人としての事情聴取だったので牢の外にいて、まぞっほは牢に囚われている。

 

 「お前さんに頼む。そのカードでわしをここから出してくれい!」

 

 このカードの効果を知ってるのか? ふむ。まぞっほか。

なかなか見どころがありそうな名前をしているな。俺のパーティに入れても良いかもしれない。

 

 でろりん、ずるぼん、まぞっほのパーティか。

占いとやらも役に立ちそうだし、レオナのカードでこいつを出してやるか。

紆余曲折あって疲れたが、まぞっほを仲間にできたのでとにかくヨシ!




 今更気がついたのですが、ドラクエナンバリングではフバーハで呪文の炎や氷は防げません。
フバーハが防ぐのはブレス攻撃のみ。呪文はマジックバリアかマホカンタです。
でも外伝の一部ではフバーハにマジックバリアの効果がある模様ですし、
『ダイの大冒険』はナンバリングタイトルではないので、グレーだけどセーフかもしれません。

本編でフィンガーフレアボムスを食らった三賢者に死人がでなかったのは
フバーハで多少和らげられたからと考えることも一応出来ますので。

 あと姫様のファンごめんなさい!
本当はもっと雑な立ち回りになるところでしたが、感想を読んで思いとどまりました。


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俺はでろりん、一度ロモス王国に帰還するぜ!

 パプニカの御前試合で賢者アポロに勝ったでろりん。
ある理由で姫様に試合を没収されてしまいました。


    ◇

 

 「ねぇアポロ? 体はまだ痛む? でろりんは勇者みたいなもんだし、あなたを責めないわよ。すぐに試合は没収して口外禁止令も出したわ」。パプニカのレオナ姫がアポロの見舞いに訪れる。

 

 「げほっげほっ、た、確かにでろりんは強かったけど、あれが勇者だなんてないよ」

 

 「あらそれでいいの? アポロはただの戦士に呪文勝負で負けた賢者になっちゃうわよ?」

 

 「うわぁーいくら姫でも僕にそれだけは言わないでくれえぇ」。アポロは頭を抱える。

 

 「いけない、今のは禁句だったわね。バダックに怒られちゃうわ。アポロの再起戦、組んでおいたから、早く元気になるのよ」

 

 「いや、僕はもうダメなんだ……。」

 

 「追っかけの女の子も、あなたの元気な姿、待っていたわよ。そうやってメソメソしてファンの子を悲しませてもいいわけ?」

 

 「……そうか。僕のファンの女の子を悲しませるわけにいかないな」

 

 「でしょー。次は魔法使いの占い師を当てようかと思ったんだけどー」

 

 「分かった。僕は受けるよ。相手が誰であっても」

 

 「あ、ちょっと待って。言いかけ。その人、まぞっほというんだけど国を出てしまったから、次の相手も戦士なの。いけそう?」

 

 「せ、戦士か。トラウマになりそうだよ。どんなヤツなんだい?」

 

 「確かへろへろみたいな感じの名前よ。えっと……なんだったかしら」

 

 「なんで最近の僕の相手は変なのばかりなんだーーー!」

 

 

    ◆

 

 

 俺がロモス行きの船に乗りこむと、一人の美青年が明るい顔で話しかけてくる。

 

 「おや~こんなところで居合わせるなんて、ベリーベリー奇遇ですねぇ! でろりんくんじゃありませんか~! 試合、最前列で見ていましたよ~!」

 

 「誰だアンタ? と思ったら声のでかい野次馬じゃないか」

 

 口調で分かったがカールした銀髪に大きなメガネ。一度見たら忘れない強烈な見た目だな。

 

 「いや~楽しく観戦させてもらいました。私は家庭教師をしている者です。ロモスに不穏な空気を感じて、ちょっと気になったのでこの船に乗ったんですよ~」

 

 「うちのまぞっほも同じことを言ってたな。ロモスは何かイヤな感じがすると。まあ俺の故郷だし、無理やり連れてきたら寝込んでしまって起きてこないんだ」

 

 ふむ、とその青年は少し深刻な顔をしてから一転。笑顔でそうだと口を開いた。

 

 「観戦料代わりにコレをあげましょう~。輝聖石というのですが、失敗してペンダントのサイズに合わなくなり、使い道がなく困ってたんですよ~。指輪に加工してみました。なんとなんと! 魔力を蓄える効果があるのです!」

 

メガネをキラっと光らせ、家庭教師の青年が指輪を手渡してくる。

 

「魔力を貯めれば一回だけ、ワンランク上の呪文が使えるようにしてあります。ただし攻撃呪文の場合、出すのはベギラマまでで。それより高い威力を出すと壊れます。戦士のあなたには役に立ちますよ~。気をつけて使ってくださいね」

 

 俺は、指輪を受け取った。ギラを一回だけベギラマにできるってことだろ?

とても使えそうだ。ずるぼんならホイミがベホイミになるのか?

そして壊さなければ時間を置けばまた使えるらしい。

 

 やがて船はロモス王国のあるラインリバー大陸へ。

でろりん、船酔いずるぼん、寝込んだまぞっほ、三人の冒険の旅は始まったが俺も疲れている。

逮捕されたり試合したりいろいろあったからな。ぐっすり休もう。 

 

 

 ……。 

 

 

 数日後、俺たちはロモス王国に到着して王都の宿でトランプに興じていた。

 

 「はーい、またあたしの勝ちー!」

 

 「くそっ! やっぱトランプは三人じゃつまらん。四人はいないと!」

 

 「負け惜しみー。じゃあ、まぞっほはどう? 三人だとつまらない?」

 

 「わしは楽しいのう。三人なら三人の、四人なら四人のムーブがあるわけじゃよ。それはパーティでの戦闘とも同じ、わしの師匠がよく言っておったわい」

 

 ぐぬぬぬぬ。四人目候補はいないものか。家庭教師の人はどこかいってしまったし。

というか俺たちは一度、ロモスの国王に会いに行かないとな。

 

 そう。パプニカでずるぼんを助けたときに、白い希少種のライオンヘッドを狩った。

そいつには赤子がいたので業者に頼み、ロモスのシナナ国王に献上しておいたのだ。

国王は珍しい動物に目がないという噂。パーティで動くなら名前を売っておきたい。

 

 元々はバカ親父への反抗で今のでろりんという名前にしたんだ。

こういうのは知名度を上げていかないと意味がない。

 

 本当はあと一人仲間が欲しいが、「家庭教師の指輪」をずるぼんにつけたので、

緊急時に一回はベホイミで大ケガを治すことができる。戦力に問題はないだろう。

「レオナのカード」といい、まったくレアアイテム様様だな。

 

 王様に会ったらそれからどうするかな。俺は転職前と違って接近戦もできるし仲間もいるんだ。

危ないから入るなとバカ親父に散々言われた魔の森だっていけるだろう。

強そうなモンスターからは逃げれば安全なわけだし。

 

 もしくは街でイベントをこなすのもいいな。困っている人を助けて金をもらう。

母さんの墓参りもしたいな。旧魔王軍に滅ぼされた場所の探検なんかも悪くない。

俺は意外と廃墟が好きなんだ。

 

 あとは、王様に会ったらすぐパプニカに戻る手もあるな。

ロモスではまだ不逮捕特権がないから向こうのほうが無茶できそうだ。

 

 ……そのようなことをいろいろ考えながら俺は眠りについた。

 

 

    ◇

 

 

 ここはラインリバー大陸のどこかにある洞窟、薄暗い研究室。

上級魔族の高笑いがこだまする。

 

 キヒヒヒヒッ! キィーーヒッヒッヒ!!

 

 「キヒッ! 戻ったか超魔実験体55号。拒否反応やエラーはないようだな。偶然の産物、研究の傍流だが敢えて言おう。おまえはオレの怪作だ! その体は不死にして両性具有、現時における地上の最強者よ」

 

 「はい。ただいまでございますわ! ザムザさま!」

 

 「首尾はどうであったか? あくまで我らは魔界の先遣隊なのだ。人間に手はだしておらんだろうな?」

 

 「あたしの試験戦闘は、人間がいない魔の森で行いましたわ。呪文禁止で四十九連勝していたのですが、はぐれドラゴンをやっと倒したところ、後ろから変なワニ型が出てきて負けてしまいましたの……しくしく」

 

 「だが、おまえの傷はもう治っているようだな。当然だがさすがだ。おまえに勝ったヤツも多くの経験値を得て強くなっただろう。再戦してみるがいい」

 

 「いやですわ。消耗したところを襲われただけで、あんなの雑魚モンスターですもの。いくら経験を積んだところで、ドラゴンに比べればたかが知れていましてよ」

 

 「まあよい。体が安定した状態で戦闘できた成果がもっとも肝要だ。よし! オレがおまえに名前を与えよう。妖魔学士となったこのザムザ様がな」

 

 妖魔学士ザムザは少し過去を振り返り、口を開く。

 

 「確かおまえは、超魔実験に失敗した二つの高級素材――元は強い人間――を再利用した産物。オレがどこをどうやったか、こねくり回していたら偶然動き出したのだったな」

 

 「はい。人間側素材の記憶をたどるとデルタ、スローティアという男女みたいですわ」

 

 「じゃあ名前を合体させて、おまえを超魔ルーティアと名付けようか。いや、翼もつけるからな。中性的な美貌でもあるし、邪天使ルーティアを名乗るが良い」

 

 名前を授かり深々と頭を垂れ跪いて、ザムザの指にキスをする邪天使ルーティア。

 

 「そうだ。ルーティアよ。そのうちオレの親父にも会わせてやろう」

 

 「まあ! ありがたき幸せですわ!」

 

 ふむっ、ザムザは考える。

ルーティアは一つの到達点ではあるが一品モノなので量産はできない。

自分の研究課題は、誰でも確実で安全に超魔生物の力を手に入れることだ。

だからルーティアで遊ぶのもいいが、あまり時間をかけてはいられない。

 

 魔王が復活するまでにあと三年。そこから数年で完璧な組織を構築したら、

研究が途中であっても、人間どもに宣戦布告しなければならない。

 

 人間が滅ぼされ、戦う相手がいなくなった後に研究が完了しても、

オレや親父の功績にならないのだ。いや、それはまだいい。

人間どもはかつての魔王を倒している。地上制圧も、万が一苦戦するかもしれない。

そのときに役に立てないようでは親父に見捨てられ、オレの居場所はなくなるのだ。

 

 そういう意味ではルーティアの完成度は保険になるかもしれない。

見本のようなものだ。人間どもと争うのなら、新たな研究材料が大量に手に入ることになる。

そのときに第二、第三のルーティアを再現することができれば

優秀な兵の供給係として最低限の地位には留まれるだろうから。

 

 

    ◆

 

 




 オリキャラが出てきましたが
退場までどれぐらいかかるのでしょうか?


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俺はでろりん、魔の森を探検するぜ!

パプニカ編が終わってロモス編に入ります


 俺はロモスの宿屋で眠りに落ちたはずだ。今はきっと夢を見ているのだろう。

 

 目の前でゆらゆら揺れる存在と俺は何かを話している。

相手の顔は見えているのに、何故かそこだけ形を認識することができない。

……そうだ思い出した。確かこの人は神様だ。

 

 生まれてくる前の記憶。それが俺にはある。普段は忘れているだけなのだ。

だから会話の相手が神様だと知っている。

 

 俺の意思とは関係なく俺の口が動く。そうして神様との会話が進んでいくのを、

ここで俺自身が眺めているという不思議な光景だ。

 

 「この世界は大丈夫なのか?」

 

 『まだ大丈夫じゃ。しかし、少しずつ危なくなってはきておる』

 

 「どういう状態なんだ?」

 

 『魔の森にワニ型のモンスターがおる。その者の命が危険に晒される』

 

 その言葉が耳鳴りのように増幅されて、大きく激しく聞こえた瞬間、

俺の頭に思考が奔流となってパーッと流れ込んできた。

 

 世界の未来は定められたルートを通る。なぜなら運命には修正力がある。

予定外の変化、因果律のぶれ、綻びがあったとしても吸収され、

結局は決められた結末に向かって進んでいこうとするからだ。

 

 しかし、運命の修正力には限界があり、それを上回る変化を受けたとき、

未来の世界は大きく変わる。もう二度と元に戻ることはない。

 

 「もしそのワニ型のモンスターが死ぬとどうなるんだ?」

 

 『危ない。危ない。危ない。そのときには三界の滅びが定められる』

 

 

 ……。

 

 

 ドクン・ドクン・ドクンッ。

自分の心臓の音で俺はハッと目が覚めた。変な夢を見ていた気がするな。

 

 まだ外は暗い。まぶたをこすり部屋の中を見回すと、

寝相の悪いずるぼんの足が俺の上に置いてある。変な夢の原因はこれか。

まぞっほは、気持ちよさそうにいびきをかいている。

 

 ほっとする光景だ。みんなもいる。きっと大丈夫だ。また寝よう。

俺の鼓動も少しずつ落ち着き、いつもの眠りに落ちていった。

 

 チュンチュン。

そしていつもの朝。今日はロモス国王にお目通りの日だ。

 

 「おおー! そなたのことは聞いておるぞ。でろりんよ、よくぞ参った」

 

 「ははっーー」

 

 「ライオンヘッドの白い赤ん坊とは珍しいのう。

シロという名前をつけたぞ。余に手に入れたいきさつを聞かせてはくれんか」

 

 「はい。我々が邪悪極まりない魔物の残党を退治していたところ、死骸の中にヤツらの生きた赤子を見つけました。いくらモンスターといえど、赤子を殺すのは戦士として忍びない。かといって放っておき成長させては危険。俺、いえ、私はたいそう悩みました」

 

 「うむ。立派なことじゃ」

 

「もったいなきお言葉。そして悩んだ末に私は考えました。この赤子を魔物保護の分野で名高い王様に献上するのはどうかと。赤子を殺さずに済み、将来の危険を生むこともない。そのように思って献上した次第でございます」

 

 「すばらしい若者じゃ。余はそなたの将来が楽しみじゃわい」

 

 「王様の期待に少しでも添えるようこれからも励んでまいります」

 

 「あいわかった。でろりんには『はがねのつるぎ』を与えよう。今後もしっかりとな」

 

 「ははっーー」

 

 

 ……。

 

 

 「ああーもう! 緊張した! あたしなんて王様に会うどころか、今まで生きてきて、お城の中に入ったことすらなかったもの」

 

 「ほんとか? ずるぼんもパプニカ城だったら入ったことあるはずだろ?」

 

 「あれは例外。あのときは地下だけだったもの。カビ臭いし薄暗いしサイアクー」

 

 「わしもでろりんに牢から出してもらって寿命が伸びたわい」

 

 「まぞっほはロモスを嫌がっていたがどうだ? 俺の故郷はなかなかいいところだろう」

 

 「ロモスは占いで嫌な感じがしたのじゃが、わしの占いもたまには外れる。気の所為じゃったか……。まあ船から降りた時点で腹はくくったがの」

 

 「はははっ、それで俺たちはこれからどうする?」

 

 今の俺たちは切羽詰まった事情はないし、何しても良いんだけどな。そういえば、ワニというワードが思い浮かんでくる。何故だろう。

 

 「よーし! みんなで魔の森いくかぁ! 今夜はワニをさばいてワニ鍋だー」

 

 でろりん一行は王都を後にし崖を登る。この先が迷いやすい魔の森だが、

入り口にいた木こりの少年、スタングルに土地勘を教わったから大丈夫だろう。

 

 ロモスの森はいいなぁ。仲の良い三人でピクニックだ。モンスターは見逃す。

時間も限られているし、森の探索とワニ狩りがメインだからな。

 

 俺たちは三時間ほど歩き、森の泉のあたりで腰を下ろして休憩する。

 

 しかし、どうも泉の色が汚い。これでは飲み水にならないな。

見回すと、草むらに隠れるように大きなワニ男のリザードマンが倒れていた。

そいつは腹から血を流している。泉の汚染はこいつのせいか。

 

 「ちっ、なんだよ。ワニはワニでもこれは食べられないワニだ。しかも、水を汚しやがって鍋もできやしない。使えないやつだな」

 

 腹いせにワニ男を蹴飛ばすと、そいつはビクビクっと痙攣して声を上げた。

 

 「ぐはあぁ!」

 

 こいつまだ生きてたのかよ。

 

 「でろりん、可哀想だからとどめを刺してあげる?」

 

 「そうだな。この状態で中途半端に生きているよりましだろう」

 

 ……と言った瞬間に気がつく。いや待て。

ものすごい怪我だが、ずるぼんのホイミの練習になるんじゃないか?

 

 「おいずるぼん。今後のこともあるしこいつでホイミの特訓だ。そうしないと、肝心な場面で上手くいかなかったら困るだろ? 今なら失敗しても構わないんだし、いい練習になるだろうぜ」

 

 「そうだね。あたしのホイミまだ自信ないから。あ、そうだでろりん。この『家庭教師の指輪』だけど、今使ってもいい?」

 

 「そうだな。そろそろベホイミできるぐらいまで魔力溜まってるかもな」

 

 「いっくよー! ずるぼん特製、ベホイミ!」

 

 ずるぼんがそう言って手を当てると、ワニ男の開き放題だった傷が半分以上閉じたが、

完治する前にベホイミの光が消えてしまった。

 

 「なるほどー、これがずるぼんのベホイミか。この後もこいつを使ってずるぼんのホイミと、俺の薬草、どっちが効くかの競争しようぜ」

 

 「いいよ。いくらあたしだって、そんな萎びきった薬草には負けないからねー」

 

 「くっくっ、ずるぼんよ、俺は薬草のプロだぞ。これぐらいのが一番使いやすいんだ」

 

 ……そうしてしばらく経つと。

 

 「うえーん。ホイミが薬草に負けたーーー。でろりんのばかー」

 

 「俺はずいぶん一人でやってきたから、薬草学には自信があるんだ。アポロとやりあったときも『新月草』という珍しいのを使ったな。ここだとそうだな。例えばあそこの『うつくしそう』はとっても美容にいいんだぜ」

 

 「すごーい! ロモスって珍しい草がいっぱい生えてるんだね!」

 

 嬉しそうに草を引っこ抜くずるぼん。

俺はワニ男をちらっと見る。大きな傷はほぼ塞がったが出血も多かったのだ。

完全に治すまではいかなかったから、容態はまだ厳しいかもしれんな。

 

 だがここまで治療してからトドメをさすのはさすがになぁ。

使い終わったワニ男をそのまま草むらに投げ捨てて先に進むことにした。

 

 

 ……。

 

 

 スタングルという木こりの少年に入り口で教わった情報によると、

このまま行けばネイル村という小さな人里があるらしい。

リザードマンの治療で時間がおしているので、夜はネイル村に泊まるのもいいか。

 

 しばらくするとずるぼんが白い顔で立ち止まる。

 

 「あたし、ちょっと寒気がしてきた」

 

 「でろりんよ、気をつけることじゃ。どこか周囲の気配が変わったぞい」

 

 「そうかあ? どうやらまぞっほは心配性みたいだからな。もっとおおらかになったほうが長生きできるんじゃないかぁ?」

 

 「マジメな話をしとるんじゃ。わしは魔王がいた時代を知っとるからな……。モンスターがひどく暴れていたときの空気はこんな感じじゃった。ずるぼんも生い立ちを聞くに、肌身に染み付いとるのじゃろう」

 

 まぞっほは爺さんだし、ずるぼんだって俺よりちょっと年上だしな。

彼らが言うのならそうなのだろう。

 

 ――でろりんよ! 気をつけい。あばれザルじゃ!

 

 血走ったあばれザルが三匹現れて俺たちに襲いかかってきた。

確かにちょっと普通じゃない。しかも三匹か。前衛が一人しかいないのがつらいぜ!

 

 あばれザルの皮膚は斬りにくくて厄介なんだよな。

俺は、勝つか逃げるかがモットーだが、今は『はがねのつるぎ』がある。

ロモス王にもらった剣、その試し切りのいい機会にしてやろう。

 

 

    ◇

 

 

 ここはとある魔族の研究室。

 

 「ザムザ様、ザムザ様。聞いてくださいまし! リベンジできましたわ! ドラゴン戦のあとに負けてしまったあのワニ型、けっこう硬い腹に手を突っ込んで中をねじ切ってやりましたの」

 

 「そ、そうか。ルーティア。だがあいにく、オレは大切な実験中なのだ。あとで聞いておくから、話しかけないでくれ」

 

 「もう! ザムザ様ったら」

 

 「いいか。これが終われば、人間のふりをしてオレはヤツらと接触する。スパイとして入り込み人としての地位を手に入れたい。今後のためにな。そのときにおまえの人間用の服を買ってきてやろう。おまえの容姿は人間に近い。翼を取り外して露出の少ないドレスを着れば、モシャスを使わなくて大丈夫だろう」

 

 「きゃー! 人間のドレス、この体で一度着てみたかったの! さすがはあたくしのザムザさま大好きわよっ」

 

 「お、おい。ちょっと待て。抱きつくな」

 

 ガッシャーン! ルーティアを受け止めたザムザに押されて薬品が倒れる。

 

 「ルーティアーーー!!! おまえは強いし美形だし完璧だと思ったが……。とにかくオレの研究の邪魔はしないで外で遊んでくるんだ。ちょっとぐらい人間をおもちゃにしても構わん。おまえなら大丈夫だろう」

 

 「はーい、今日はいいお天気ですしお外で遊んできますわ!」

(そういえば、森に置いてきたアレを回収しなきゃいけませんわね)

 

 

    ◆

 

 




この後は、ロカというキャラが出てきます。
一応、原作キャラなのですが謎が多いです。


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俺はでろりん、ロカと俺のそれぞれの戦いだぜ!

 魔の森で起きる二つの戦いです。
前半は元カール王国騎士団長のロカ、後半はでろりんのお話になります。




    ◇

 

 妖魔学士ザムザが造った偶然の生命体、不死にして両性具有。

そんな彼とも彼女とも言いにくい生き物は、人間二人の残骸をつなぎ合わせた怪作だ。

 

 そのルーティアは、盗んだ女物の服でのんきに魔の森を歩いていた。

翼を外せば見た目は人と変わらない。

 

 「ふんふ~ん。アレはどこに行ってしまったのかしら? ワニ型を倒してコーフンしていたら無くしてしまいましたわ」

 

 探しているのは一本の『筒』。その煙がモンスターを凶暴化させる。

試験戦闘に使った後、持ちかえるのを忘れてしまったのを思い出してこの辺りに来たのだ。

 

 そんなルーティアに待ったがかけられる。

 

 「おい! モンスターが暴れているのはおまえの仕業だな?」

 

 「あら、いきなりどうかしまして? あたくしに何か? 誰だかわかりませんけれど」

 

 「おれはロカ。そんなことはいい。おまえは人のふりをしているが、魔族かそれに類し、それもかなり高位の者と見る。森の異変はおまえだろう?」

 

 「まぁ。こんな綺麗で素敵なお嬢さんのあたくしが人間じゃなくて魔族だなんて。魔族って気持ち悪い生き物でしょう? ロカさんたら、御冗談がお好きですのね?」

 

 小声でザムザ様以外は、とつぶやきながらルーティアは可憐なポーズを決める。

 

 「おれの目は節穴ではないぞ。それにおまえは女言葉を使っているが、見たところ本当の女ではないな……。」

 

 「んんっ……声が高いのでこのほうが滑舌や発声からしても喋りやすいのです。森の異変はご推測の通りなのですが、うっかりの結果なので戻してさしあげますわ」

 

 「そうかまあいい。ついでにそのおまえの服だが、妻のレイラのものだ。きちんとクリーニングをしてから返してもらおうか」

 

 「あらっ、そうなんですの! 村を眺めていたら可愛いお洋服が干してありましたのでつい欲しくなってしまいましたわ。そこがあなたのお家でいらしたのね」

 

 ――バレないと思ったのにいろいろバレてしまいましたわ。

 

 ルーティアは考える。先遣隊はまだ人間に手を出すべきではないが、

見た目が人っぽい自分は、少しぐらいなら人間をおもちゃにしてもいいと聞いた。

この服も気に入っているので返したくない。

 

 「口は災いの元といいますわね。出てこなければ長生きしましたでしょうに……。ロカさんにはとても申し訳ないのですが、今日があなたの命日ですわ」

 

 それを聞いたロカの眼光がギラリと光る。

 

 「くくくっ? くはははっ、果たしてそうかな? 今日はおれの嬉しい記念日になりそうだよ。剣を一度あきらめ早十余年。かつておれは親友でもあった男、勇者アバンのふるった剣に一筋の光を見た」

 

 「急に何を言い出しますの? 恐怖でアタマがおかしくなったのはなくて? 心配しなくても痛くしないようにさくっと殺してさしあげますわ。嬉しいでしょう、最後にこんな綺麗なあたくしに殺されるなんて」 

 

 「いいから聞けよ、おれの半生を。そのとき既にカール王国の騎士団長になっていたが、あの友の剣には希望を感じたものだよ。剣の道はここで行き止まりではない。まだまだ先があるとな。彼と歩んでいけば我が剣の完成はなるだろうと、心が踊ったものだ」

 

 「騎士団長だがなんだか知りませんが、あたくしには雑魚の話ですわ。いい加減にしてくださいましな、まだ続くんですの?」

 

 「だが剣の完成は断念させられたんだ。右肩の腱を負傷してな。友と最後まで旅を続けることはできなかった。騎士団長もホルキンスに譲ったよ。おれは最初から結婚するつもりはなく、剣一本、それしかない男だったんだ。たった二十歳、それから翼をもがれた鳥のような気分で生きてきたよ」

 

 「それはそれはお可哀そうに」

 

「結局は結婚して妻が子どもを産んだ。その子はすくすくと成長していく。一体おれは何をやっているのだろうかとね。おれの全盛期は十代だった。なまじその頃の高みを知っているからタチが悪い、何をやっても虚しいもんさ」

 

 「はいはい。辞世の句でも詠んでくださいな。騎士団長サマ」

 

 「だが剣を置いてから五年目にやや変化を感じ、八年経つと少し肩が回復していたんだ。おれは、一度はあきらめた夢の続きを見るようになっていった」

 

 「ちょっとポカポカして眠くなってきましたわ」

 

 「おれはおれ自身をずっと許すことが出来なかった。いろいろ試したのだが、やはり剣に生きるのがおれの本分。そのために命を授かったのだろうな」

 

 「うぅーん……」

 

 「おれは全盛期よりも少し落ちるぐらいのところまで戻ってこられた。だが、平和な世の中だ。我が剣は悪を断ち切るときに光を放つ。そこにおまえのような邪悪が現れたのだ。森を荒らし、妻の服を盗んだ挙げ句、おれの命を奪うという。そういうヤツが現れた運命に感謝して笑ったんだ」

 

 「」

 

 「っておい! 寝るな、ばかやろー!」

 

 「くすくす、寝たふりですわ。あたくしを黙って攻撃しなかったということは、あなたは確かに高貴な騎士団長サマ。今も剣の道に生きているのでしょうね」

 

 「ああ。そして勝負でおまえを斬ることでおれ自身を許すことができるんだ」

 

 「もう能書きは十分! あたくしはザムザ様の産みだし邪天使ルーティア。元騎士団長のロカ、あなたの剣技をたっぷりと見せていただきましょうっ」

 

 ここに戦いの激しい火花が咲き誇ろうとしているが、

少し離れた場所では、もう一つの戦闘が既に始まっていた。

 

 

    ◆

 

 

 スタタタタタッ。

 

 俺は『はがねのつるぎ』を斜めに構えてひたすら走る。ロモス王から授かった剣だ。

あばれザル三匹から、ずるぼん、まぞっほを守らなければならない。

敵は目の前、思考や策など捨ててひたすら走る。

 

 こういうのはその場の勢いとアドリブが大事なんだ。なるようになれ。

魔力を意識しながら、剣を握った右手をやや緩めて人差し指に点火する。

 

 そのまま先頭のあばれザルAに接近。

 

 「メラぁ」

 

 雑に放ったメラは一発しか出していない。剣を握っていて指が使えないからな。

その火球はあばれザルAの顔面を直撃し、俺はそのままあばれザルBに斬り込む。

ヤツらに余計な知恵や思考時間を与えてはいけない。ずるぼんたちを狙われたくない。

 

 まだ自衛手段に乏しい二人には、合図するまで手は出さないよう言ってある。

とにかくサルどものヘイトを稼ぐんだ。

 

 俺の剣とサルの腕、リーチの差で先手を取り、あばれザルBを斬ったが角度が浅い。

皮の弾力に剣が弾かれ、反撃の凶腕が振り下ろされて返ってくる。

その樹木を砕く威力を引き戻した剣で何とか受けたが、俺は衝撃でふっ飛ばされた。

 

 ぐはあっ! しまったっ。

 

 顔をヤケドしたあばれザルAは怒っている。あばれザルBは俺に突進。

あばれザルCは立ち止まって後衛のずるぼん、まぞっほの方を見ている。

 

 「まぞっほ! 狙われてるぞ! そいつをずるぼんに近づけさせるな」

 

 「なんと? 果たしてわしなんかの呪文で大丈夫じゃろうか」

 

 その胡乱げな目つき。魔法使いなんだから自分の呪文には自信をもって欲しいものだ。

まるで逃げ出すかどうか迷ったような微妙な逡巡の後、まぞっほは覚悟を決めたようだ。

 

 「この老魔導士の呪文をくらうがよい! イオじゃ」

 

まぞっほのイオは相手に当たったが、ポポポンと情けない音を出して消えていった。

あばれザルCはポカーンとして不思議そうに周りを見回している。

 

 「だめじゃー! わしは呪文苦手じゃ。やっぱり向いとらんわい」

 

 「バカ、まぞっほ、呪文が苦手な魔法使いなどいるか、しっかりしろ! 俺はもう手助けできん、そっちはそっちでしっかりやるんだぞ」。戦況が激しくてチラ見ぐらいしかする余裕がない。

 

 「あたしが何とかするわ。まぞっほは魔力溜めといて」。俺の叫びに反応してずるぼんが動く。

 

 ずるぼんは袋を漁っている。俺が森の泉で行った薬草講座を思い出したらしい。

 

 彼女が昼間に『うつくしそう』を摘んだとき、間違えて『あやかしそう』も袋に入れていた。

『あやかしそう』は、アイテムではないが素材の一つで、売れば小銭になる。

捨てるのが面倒でそのまま袋に入れておいたのだ。

 

 『あやかしそう』の豆知識として、草の汁が目に入ると幻惑効果があることを教えてある。

うまくあばれザルの目に噴射することができれば時間を稼げるかもしれない。

 

 やってみてダメなら最悪、みんなで一目散に逃げればいい。最前線の俺だが逃げるのは上手い。

このパーティの合言葉は『戦いは、勝つか逃げるか』だ。

 

 「いくわよ! でろりんも目をつむって! ちぎってちぎってバギー!」

 

 本来のバギは、僧侶が使える風系の攻撃呪文なのだが、

ずるぼんが使用者だと威力はなく、生活呪文として重宝している。

髪をブローしたり洗濯物を乾かしたり暑いときに涼んだり、用途はいろいろだ。

 

 『あやかしそう』の霧吹きにより、近くに来ていたあばれザルC、

俺と戦闘中のあばれザルAは、マヌーサ状態になり無力化された。

あばれザルBは既にダメージが深かったので、先ほどトドメを刺し倒れている。

 

 

 ……。

 

 

 俺やまぞっほの追撃により、やがて三匹のサルはでろりんたちの鍋の具材になる。

 

 ずるぼんはMPを切らしてしまったので、今日の火の当番は俺だ。

その辺にちょうどいい『筒』が落ちていたので洗って拾い、鍋の火にふーふー吹きかける。

 

 「ほらできた。サルの脳みそは絶品だぞ、ずるぼんも食べてみろよぉ」

 

 「やだーーー! でも、でろりんがそういうなら……うまー!」

 

 「ほっほっ全くじゃ。このパーティに入ってよかったわい」

 

 今日も楽しそうな俺たちでろりん一行なのであった。




 事件の原因を密かに解決したでろりんでした

(サルやブタの脳みそは中国で高級食だそうです。一度は食べてみたいなぁ)


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俺はでろりん、マァムの父さんロカの剣の道だぜ!

 ネイル村を訪れたでろりん一行。
マァムの父親は妻の下着泥棒と戦闘中です。


    ◇

 

 

 ロカとルーティア、二人の戦いが今始まる。

 

鞘から抜き、ロカが愛おしそうに剣身を撫でると夕日の反射光でキラリと輝いた。

 

 「この剣は、カールの騎士団長を辞めたとき餞別に貰ったものだ。ずっと埃をかぶっていたんだが、怪我が治ってようやく振れるようになってな。おまえは自分の武器を持たなくて良いのか?」

 

 「あたくしは、爪とこの体で十分でしてよ」

 

 ルーティアの爪には、ドラゴンの硬い皮膚を引き裂く攻撃力がある。

またザムザの造ったその肉体は、超魔細胞の高い防御力と治癒力で守られており、

魔界レベルでも攻守に隙はない。人間相手なら持て余すほどだ。

 

 返答を終えたルーティアが先に仕掛け、オーバーアクション気味に爪を振り回す。

簡単に終わっては面白くないとばかり、敢えて隙を作るかのような大振りだ。

避けてみなさいよと、ブンブンと追い回すようにロカを攻め立てる。

 

 身体能力に任せたルーティアの大味な攻撃に対し、ロカは最小限の動きで避け、

すれ違いざまにルーティアの肩に剣を一閃。

 

 その反撃は小さいながらもダメージを与え、傷口から軽く鮮血が飛び散るが、

ルーティアは構わないといった感じで、腕力に任せさらに爪を振り回す。

人間を超越した膂力で繰り出されるその攻撃は、一度でもまともに当たれば、

ロカの防具と中身をズタズタに引き裂いて終わるだろう。

 

 守勢のロカは、相手の動きに合わせながら舞うようにその場その場で対応をしていく。

自分から狙いを持って動くのではなく、その瞬間の最善手を打ち続けるキメの細かい戦い方だ。

安定していて隙がない。そのムーブは強いではなく上手いという表現が相応しい。

 

 「やりますわね。ロカ。たかが人間の身であたくしに血を流させるとは。すぐに自然治癒してしまうとはいえ、せっかくの服がダメになると困りますわ」

 

 やはりあたくしも武器を使おうかしらと、ルーティアは懐に手を入れる。

 

 「ロカ、こういうのは知っていまして?」

 

 ――デルパ!

 

 そのルーティアの一言とともに、ボカンと一匹の人食い箱が現れた。

 

 「これは自由にモンスターの出し入れができる『魔法の筒』。ザムザ様に借りた特別な剣をこの人喰い箱に入れておいたのですわ」

 

 そう得意げに言って、ルーティアが箱にしまった剣を引き出そうとするが、

人食い箱がそれを噛んでしまって離さない。

 

 「こら何をしますの! このおバカ、早く離しなさい」。剣で綱引きする無防備なルーティア。

 

 「そうか、悪いな。これぐらいのハンデは許しな」

 

その隙に対しロカは容赦しない。後ろに回ってその背中を思いきり斬りつけると

ロカの渾身の一撃をくらったルーティアは、人食い箱と一緒に吹き飛ばされた。

 

 「イタタタた! まったく飛んだフェアプレイですわね! 元騎士団長サマ」

 

 「いんや、一旦戦いが始まれば、おれは昔からこういうやり方なんだよ。魔王のイオナズン詠唱中にその左腕を落としたこともあったしな」

 

 ニヤリと、ロカは笑う。

 

 だが今の完璧な一撃でも、相手の致命傷にはなっていない。

ルーティアがムッとしたのは、あくまで盗んだ人間の服に被害が出たことのほうで

こっちのスカートは無事に済ませたい、などと考えている。

 

 そして目を回した人食い箱をぽかりと叩き、『妖魔の剣』をやっと引き出すと

ルーティアは剣を構えて戦闘態勢に入った。

 

 「魔界には『妖魔シリーズ』という装備がありますわ。そしてこの剣はその一つ。単純に強いだけでなく相手の力を吸収する特殊効果がありますのよ」

 

 『妖魔の剣』は相手の攻撃を受け止めることで、自身の次の攻撃力を増す。

ちなみに杖の方は、ザムザの父親の愛用品で呪文バージョンだ。

 

 「ロカ、これで終わりですわね。綺麗に散らせてあげますわ」

 

 「くくくっ、そうかな? その様子ではその剣、普段は使わないのだろう? 簡単におれに勝てるほど、この道はたやすくないはずだがな」

 

 

    ◆

 

 

 その頃、俺たちでろりん一行はネイル村のとある一家で遊んでいた。

家の主人は下着泥棒を捕まえに出かけており、奥さんが料理を作っている。

俺たちは一家の娘さん、年下の女の子と遊ぶ役目だ。

 

 「へー珍しくずるぼんがビリか。四人のトランプはやっぱり楽しいもんだな」

 

 「ううーー、さっきからおチビちゃん強すぎない?」

 

 「お姉ちゃん! 私、チビじゃなくてマァムよ!」

 

 「ああーーごめんねごめんね。マァムはトランプ得意なのね」

 

 「うん。ほんとはお外で遊ぶほうが好きなんだけどね。村の外に出たらダメって言われるから、カードで遊ぶことが多いの」

 

 「ほっほっ。村の外は魔の森じゃからな。迷子になってはいけなかろうて」

 

 「うん。でもね、若いときの父さんと母さんは世界中を旅して魔王軍と戦ったの。だからあたしも大きくなったら村を出て旅をしてみたいの!」

 

 「そいつはすごいな。マァムのご両親はもしかしたら俺より強いかもな。旅はいいぞぉ。俺もパプニカでいろいろあったもんだ」

 

 俺がそう言うと、マァムという少女は目をキラキラさせて食いついてきた。

 

 「お兄ちゃん! 旅の話をあたしに聞かせて!」

 

俺は、ライオンヘッドを狩ってずるぼんを仲間にした話や、賢者アポロとの戦い、レオナ姫に貰った不逮捕特権のカードのことなどを話してやる。

 

 「お兄ちゃんすごい、まるで父さんの若い頃みたい!」

 

 「いや、俺はそこまで大したことないんだが、マァムの父さんは強いんだろうな。下着泥棒とやらの行く末が心配になってきたぞ。入る家を間違えたな」

 

 「父さんはね、あたしが生まれる前に剣を置いて引退しちゃったの。でも知ってるもん。最近の父さんったら夜にこっそり素振りしてるのよ」

 

 「そうか。村を守るためにも剣の腕は必要だもんな」

 

 「はーい、料理できたわよー! ネイル村の名物料理なのよ。でろりん君たちも食べて食べて! 私はロカの帰りが遅いから様子見てくるわ。マァム、みんなと仲良くしててね」

 

 「こうやって各地の料理を食べられることも旅の醍醐味なんだぜ」

 

 「やっぱりー! 父さんと同じこといってるー!」

 

 

    ◇

 

 

 マァムの父親ロカと、ルーティアの戦いは佳境を迎えていた。

 

 「はあっはあっ」

 

 「ロカ、あなたの戦いは完璧でしたわ。軌道とタイミングが読まれているのか、剣を一度も合わせることすらできませんでした。剣の勝負は確かにあたくしの負け。しかし、そろそろ体力が尽きたようですわね」

 

 「はあっはあっ……。ただの攻撃ではなくずっと闘気を流していたからな。ここまでやるとさすがに疲れたよ」

 

 「闘気ですって?」

 

 「おまえの体、最初に斬られた肩の傷はすぐにみるみる回復していったが、それ以外はまだ治っていないだろう? 気が付かなかったのか? 痛みを知らない化け物の体はうらやましいよ」

 

 「う、嘘? あたくしの体がっ」

 

 「おれも息を切らしているが、おまえの動きの落ち方のほうがひどいぞ。このまま勝つのはおれのほうだ。……しかしレイラの服はボロボロだな。参ったぞ、あとで怒られてしまうかな。せめてスカートは汚すなよ?」

 

 しまった! まずい、まずいですわね! 翼を持ってくれば逃げられたのに。

 掌で踊らされていたのはあたくしのほうだったとは。ルーティアは後悔している。

 

 「晩飯の時間だ。レイラやマァムがおれの帰りを待っているんでね。そろそろおまえを倒して、おれも自分の壁を超えさせてもらうぞ」

 

 こ、こうなったら走って逃げますわ!

ルーティアは逃げ出そうとするが、ロカの攻撃の方が早かった。

 

 「魔王は倒せなかったがおまえは倒す。女のフリした下着泥棒、死にやがれ」

 

 ダメですわ。い、いえ、そういえば試験戦闘からずっと縛って忘れていました。

あたくし呪文を使えるのでしたわ……。ロカ、燃え尽きやがれですわ!

 

 「べ・ギ・ラ・マ~」

 

 「ムッ、まさかそんな奥の手があるとは、くううぅぅ」

 

 ルーティアの左手からベギラマの閃熱が発射され、攻め気に逸ったロカに直撃する。

 

――まだだ。まだおれの剣は完成していない。かつてアバンの剣は魔王のイオラを切り裂いた。

それを今ここでやるんだ。力と命、そしておれの全てを闘気に変えて……。

うああああおおおおおおおおおーーっ、ロカスペシャル!

 

 ズバシュ! シュバババババアアァァァァッ!

 

 「何の音かしら!? ベギラマはこんな音ではなかったはずですわ」

 

 ズザザザザザザザアァァーーーーー!

 

 「何ですって! あ、あたくしのベギラマが、地面ごと切り裂かれているとは!」

 

 ロカの剣から放たれた闘気の一閃は、ベギラマごと進行方向の地面、樹木などを両断、

そのまま百メートル以上にわたり魔の森を真っ二つに切り裂いていった。

 

 ……だが軌道が微妙に逸れたことで、腰の抜けたルーティアは命拾いをしていた。

穴の底を見ても深さが分からないほど、地面が割れ落ちている。

命中すれば超魔細胞のボディがあっても両断され消滅していたに違いない。

 

 「な、何という破壊力、もし逸れていなければ間違いなく即死。思わず漏れそうに、というか今まさに出ているところですわ!」

 

 「み、右肩の腱が、やはり完全では……狙いが変わっち、まった。だが、おれの剣は、か、完成に近づいた。アバンと同じステージに、上がれたんだ。……レイラ、マァム悪いな。お、おれは家族を捨て、再び、剣の道を……選ぶぜ……。ちょっと、休んだら、出かける……からよ」

 

 「結局、服を全部汚してしまいましたわ。しかし、もっと強力な呪文も使えますのよ。今のベギラマは苦し紛れだっただけですわ。さあロカ? いきますわよ」

 

 呪文を思い出し、戦意を取り戻したルーティアが構える。

 

 「ロカ? 何ですの? 早く起きて、戦いの続きを始めますわよ。ほら、何していますの? ロカ、あたくしをバカにするのは許しませんわ」

 

 「」

 

 「……ロカ?」

 

 

    ◆

 

 




 一晩泊まっただけなので
でろりんの顔はマァムに忘れられてしまいました。


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俺はでろりん、ロモス王都で大会あるから戻るぜ!

 でろりんたちは、ネイル村を後にします。
(レイラ視点やクロコダイン視点があります)


    ◇

 

 

 レイラは夜明けを待ち、自分の夫、ロカの再捜索を行っていた。

娘のマァムはぐっすりと眠っている。昨晩でろりんたちとたっぷり遊んで疲れたのだろう。

旅の一行は朝早くにネイル村を出発しており、今はレイラ一人で森の中を探しているところだ。

 

 でろりんには人探しの手伝いを打診された。だがロカの迷子はこれまで何度もあったことだ。

彼らの予定を乱すのは忍びなかったので遠慮してもらい、先ほど新聞を手渡して見送っている。

もっともロカが明け方まで戻らないのは珍しい。レイラが少し心配しているのは事実だ。

 

 「ねえあなた! ロカ! ロカ! どこにいるの?」

 

 マァムの母親であるレイラが叫ぶ。さらに明るくなると魔の森が荒れされていた。

朝日が差し込む中、ついにレイラは激しい戦いの痕跡を見つけて走り出す。

辺りはまるで台風の通過後のように木の枝が散乱。草は横倒しになっていた。

 

 昨晩の戦闘の痕を追いかける。強大な敵と戦ったのだろうか?

胸さわぎがする。やがて戦闘の終着点に辿り着くがそこにロカの姿はなかった。

代わりに『盛り土』がしてあり、その前にうつむく一人の女性……。

いや、人型女性に扮した魔族が下を向いてへたりこんでいた。

 

 「ロカー! ってあなたは? ちょっと! それ私の服じゃない? ボロボロになってるけど、下の汚れたスカートは私のものに間違いないわ」

 

 「……。」

 

 「私の服着て何してくれてんのよっ! バカ! 変態! じゃあ森の惨状はあなたねっ」

 

 「……。」

 

 「それよりロカをどこにやったの? ロカー!」

 

 「……ロカは、旅に出ると言っていましたわ。自分は再び剣の道を選ぶと。そして家族にさよならと……。元々剣を諦めたのでしかたなく家族を作ったそうですわ」

 

 「彼が剣を諦めて私と結婚したことは知ってるわ。やはりあなたがロカを……!」

 

 「ロカ……さよなら、ですわ」

 

 

    ◆

 

 

 その頃、俺たちでろりん一行は新聞を読みながら魔の森を歩いていた。

 

 「おい! ずるぼんまぞっほ。見てみろよ。ロモスで武術大会があるらしいぜ」

 

 「ほんとだー。でも王様が開くんじゃないんだ。ほらっ、新聞欄の扱いでも分かるけどすごく小さな大会みたいよ」。ずるぼんがそう示した通り、下の方に小さな記事が書いてある。

 

 「そういう大会は内輪の選手ばかり出るんだよな。大会と銘打ちながらいつもの仲間同士でやってるのと実際は変わらないやつ」

 

 「ほっほっ。じゃが実績のない大会などそんなもんじゃよ」

 

 「ずるぼん、これに出てみたらどうだ? 機転きくし呪文もアリだから意外といけるだろ」

 

 「えーー? あたしなの?」。自分に振られるとは思わなかったようだ。驚くずるぼん。

 

 「でろりんよ。よく見ると出場資格はロモス出身者に限るようじゃぞ」

 

 「大丈夫大丈夫、ずるぼんはロモス出身てことにしちゃえよ。バレないって。ほらっ、俺の身分証。お前の名前と顔上乗せしてコピー取れば大丈夫だ」

 

 「でろりんよ。ずるぼんを正式なロモスの臣民にするのはどうじゃな? シナナ国王に目通りも済ませた身じゃ。事情を説明すれば何とかなるじゃろうて」

 

 ずるぼんはパプニカ王国のとある村で生まれたらしいが、魔物に滅ぼされて故郷を失った身。

まぞっほが言うように俺たちの故郷ロモスに移住して、第二の人生を歩むのもいいかもしれない。

 

 「みんな本気なの? じゃあ、でろりんは出ないつもり? まぞっほは?」

 

 「わ、わしは呪文が苦手なので無理じゃ。観戦してムーブを勉強するわい」

 

 「だとよ。こういうのは味方同士で潰し合っても意味がないからな。ずるぼんにとって無理っぽい相手がいたときだけ俺が出るのもいいかぁ」

 

 「アイテム使用禁止なのよ。さすがにあたしじゃ厳しいわよー武器もないし」

 

 「どうせ非公式の大会だろ? ドーピング系なら試合前に使えばバレないって」

 

 「ずるぼんよ。世の中には『理力の杖』という武器があるぞい。MPを一定の割合で攻撃力に変換して相手を殴るのじゃ。本来は殴り魔法使い向きとされるが僧侶でも装備可能じゃよ」

 

 「いやよ。そんなので戦士と殴り合うなんて。まぞっほはあたしを何だと思ってるの」

 

 「まぁ。とりあえずだ。向こうで参加者を見てから決めても良いんじゃないか? 俺かずるぼんのどちらかは出るってことでいいだろ」

 

 「もうっ仕方ないわねー、とりあえず歩きながらバギの特訓をするわ」

 

 俺はといえば歩きながらドーピングに使えそうな素材を探している。

森の泉に生えていたのは魅力アップの草だった。もっと戦闘用に使えそうな素材が欲しい。

 

 

    ◇

 

 

 一方その頃、でろりん一行から離れた場所、森の泉で倒れていたリザードマンが復活していた。

生死の境を彷徨っていたものの、激しく損傷した体を脱皮して新しく生まれ変わったのだ。

本人は知らないが、昨日のでろりんとずるぼんによる『薬草ホイミ回復競争』のおかげである。

 

 かつての彼はただ強いだけのリザードマンだったが、知力も大幅にアップ。

今回の進化によって言葉を喋れるようになっていた。

 

 ウオオオオオオオオォォォォォォ! なぜ助かったのかわからんが、

ついに進化したのだアァァッ! オレは今から獣の王を名乗るゾオォォォォ!

 

 「オレはやがて食物連鎖の頂点に立つ! 獣王クロコダイン様だアァァァァァ!」

 

 ――フククッ、まずはオレを半殺しにしてくれたヤツにお礼をしなければな。

血の匂いが近くにする。ヤツを食い殺すことで我が体はさらに強くなるのだ。

そして分かるぞ、オレの獲物は今とても弱っている。

 

 ドドドドドドッ! 地響きとともにクロコダインが走りだすと、

獣たちや木々の枝はその邪魔をすることはない。森の主のために皆は道を開ける。

 

 「見つけたぞ……。我が森を散々荒らした不届き者よ」

 

 「こっ、このモンスターは、いつぞやのワニ型? と少し感じが違います……。

どうやらパワーアップして、言葉も喋れるように……な、なったみたいですわね」

 

 「その通り。だが我が体は進化したての状態。まだレベルが低いのだ。

おまえを倒して食い殺すことでオレは食物連鎖の頂点に立てる。悪いが死んでもらうぞ」

 

 「つ、強くなったとは言え、たかがワニ型ごときにそれはできませんわ」

 

 「フフッ、強がりはよせ。そんな体でおまえこそ何ができるというのだ」

 

 クロコダインの標的になったルーティアは、運命を呪うかのような表情をしている。

相手は復讐に燃えるクロコダイン。満身創痍の状態で遭遇したのは不本意なのだろう。

 

 「た、確かに強がっても意味はないようですわね。ロカにやられた怪我は治りませんしザムザ様は人間の王都にお出かけ中。どうやらあたくしの命もここまでのようですわ……。ザムザ様のお役に立てることがあたくしの唯一の幸せでしたのに、何もできずに終わってしまいそうなのが悔しいですわ。ザムザ様……」

 

 「だがおまえも戦士なのだろう。さあ覚悟を決めてオレと向き合え」

 

 今のクロコダインは武人の心が芽生えつつあり、圧倒的に有利な形勢が余裕を与えている。

すぐに攻撃して倒してもいいのだが、戦闘態勢に入っていない相手を倒してもつまらない。

ルーティアが心を整理する時間ぐらいは与えてやろうという気持ちになっていた。

 

 「あたくしの短い人生、ロカとの戦いがちょっと楽しかったぐらいでした。……せめてロカのように、そして自分らしく最後まで綺麗で美しくありたいですわ」

 

 そこまで言うとルーティアは顔を上げた。クロコダインを睨みつけ戦闘態勢にはいる。

 

 「これでも喰らいなさい! ベ・ギ・ラ……」

 

 ――クハアアアアァァァァッッ!

 

 弱ったルーティアは呪文でクロコダインに対抗しようとしたが、

先手を取られ、相手の焼けつく息をまともにくらって動きを阻止された。

 

 「ムムム、おまえは呪文を使えたのか。先に奥の手を出しておいてよかった。だが、オレの『ヒートブレス』。その傷ついた体には堪えるだろう?」

 

 「か、体が、う、動かな……。やられて、しまいました……わ」

 

 「おまえほどの者をこういう形で屠るのは少々惜しい。だがオレもまだ完璧ではないのでな。森を荒らした悪行も許しがたい。自分で撒いた種だ。悪く思うなよ」

 

……。

 

 ウオオオオオオオォォォォォォーーーーーーン!

ウオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォーーーーーーーーン!!

 

 やがて、さらに力を増した獣王クロコダインの雄叫びが森中に響き渡った。

新しい森の支配者を歓迎するかのように、鳥は飛び立ち、獣は恐怖のダンスを踊り出す。

驚いたでろりん一行は、ロモスの王都へ一目散に走っていくのだった。

 

 

    ◆

 

 




一人称視点、三人称視点の混乱や
風景描写が足りない、言葉選びが稚拙などあったようなので
ちょっと作り方を変えようと思います

やめてしまうのではなく、ちょっとずつレベルアップしていきたいです


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俺はでろりん、転生完了して原作知識を手に入れたぜ!

 今までのお話は、一人称視点、三人称視点の混乱がありました。
アドバイスくださった方々、ありがとうございます。
会話文の中での改行もやめました。過去の分も書き直しました。



 半日歩き続けると、頭上の光景に変化が訪れた。

自由自在に振り撒かれた梢や枝葉による深碧の装飾が削減され、空色の割合が増す。

魔の森が終わった。

 

 やがて木々と引き換えに現れた古めかしい民家、の谷間を抜けて人通りの少ない道に入ると、

俺たちは石畳の上で立ち止まり、この王都ロモスでの予定を確認する。

 

 今からすべきは武術大会エントリーと、そのために必要なずるぼんの国籍取得の手続きだ。

嘆願書――ずるぼんは俺が引き取る形でロモスの臣民に――の書き方がわからないが、

それは言い出しっぺのまぞっほに頼んだ。まずは武術大会の受付に向かおう。

 

 そうやって行き先が決まれば足を運び方もきびきびとしたものに変わる。

 

 だが、人けのない道では通行人の顔にやけに注意がいくものだ。

ある中年の男二人組とすれ違った瞬間、俺は言葉を失い棒立ちになった。

二年前に行方不明になった人物にそっくりだったからだ。

 

 ――親父!?

 

 「ちょっと会場まで先に行ってろ。俺はすぐ追いつくから」

 

 「え? え? ちょっと、何? でろりん」

 

 「なんじゃなんじゃ?」

 

 俺は戸惑う仲間を後目に、二人組を追いかけることにした。

追跡の対象は左に曲がる。街角の死角を使って一気に距離を詰めていく。

 

 「デル……よ、あとの……は任せ……も………な」

 

 彼らは何か喋っているが、俺は背後からさらに近づき耳を澄ました。

 

 「ザムザ殿、私はロモス王に顔が利きます。全ての段取りはお任せください」

 

 「キヒヒっ、やはりおまえを造ったのは正解だったぞ。素材の余りを残したことが幸いしたか。

ルーティアのやつは強くても微妙に失敗作だったからな」

 

 「失敗作、ですか」

 

 「女性素材を多く混ぜた影響で自我がそちらに傾きすぎていた。それをいじろうとした結果、治るどころか壊れてしまったようでな。逆におまえには手を加えていないので、人間時代と性質は変わらないと予測されるが」

 

 「はい。確かに今の私は、以前とあまり変わりがないようです」

 

 「フン。こちら側に生まれ変わったとはいえ、おまえは魔族の仕事に抵抗はないのか?」

 

 「蘇らせてくれたのはザムザ殿ですが、私は自らの意思で魔族の側についたのです」

 

 「そう言って、オレの寝首を掻こうとしているのではあるまいな?」

 

 「私は元々人間に失望していたのです。確かに人は優しい生き物ですが、それは自分に余裕があるときだけ。余裕を剥ぎ取られれば魔族より恐ろしくもなる。その振れ幅が大きすぎて、かつての私は人間がわからなくなっていたのです」

 

 「知っているぞ、以前のおまえは一部で勇者と呼ばれていたそうではないか。そのおまえに今はそこまで言わせるとは、人間は罪深い生き物なのだろうな。……魔族よりも恐ろしくか。自分がその魔族になったことはどう考える?」

 

 「魔族は最初から強くて余裕がある。その点で、人間よりは良いと解釈します。ザムザ殿のお力で、地上の人間が魔族に代われば多くの者が救われるでしょう。その理想に微力ながらお力添えをしたいのです」

 

 「満点の回答だな。人間だったとは思えんよ……。いや、元人間だからか。デルタよ、とにかく頭脳面に問題はないようだ。オレも手間がかからなくて助かる」

 

 ザムザという人物と話していたのはやはりデルタ――バカ親父のようだ。

魔族や人間がどうとか喋っているが、それは自分たちのことを指しているのだろうか?

俺の空耳かもしれない。まぁ後で問い詰めてみればいい。

 

 「オレはルーラで研究室に一度戻るが、中継機の設置はおまえに任せたぞ」

 

 「御意」

 

 「おっと、ルーティアの服を買ってやる約束だったな。まぁ頭脳のデルタに戦闘のルーティアだ。あいつのためにドレスの一着ぐらいはいいだろう」

 

 そう言うと二人は左右に別れて歩き始めた。

俺はザムザの姿が見えなくなるまで慎重にバカ親父の後を付け、遅れて次の道を右に曲がる。

問い詰めよう。二年間何をしていたのか、今の会話は何なのか、母さんを死なせたことも。

 

 街角を曲がり「おいっ!」と俺が激しく声をかけようとした瞬間、

 

 ドガスッ!

 

 鳴り響いたのは俺の叫びではなく打撃音と大きな衝撃で、

わけも分からぬまま俺の視界は下に傾き暗転していった。

 

 ……。

 

 真っ暗な中、気がつくと俺の前にゆらゆら揺れている不思議な存在が光っていた。

相変わらず、見えているのに相手の顔を認識することができない。

 

 ……この人は神様だ。何度も夢の中で会ったことがある。

 

 『そろそろ時間じゃ、おまえの記憶のロックを外そう』

 

 ああ、そうだった。俺には前世の記憶があったんだ。思い出した。

ときどきこういう夢を見ていたな。

 

 『本当はもう少しこのままにしたかったが、それではおまえの身が助からん。この世界は救われるかどうかの瀬戸際。お前の知識を活かすのじゃ。ワシの力が届くのはここまで。繋がりは切れるがしっかりな』

 

 神様がそう言うと、真っ暗だった視界が光に包まれて白く変わり、

日本で生きていた頃の記憶が、そして『ダイの大冒険』の知識が蘇る。

 

 家庭教師の指輪をくれたのはアバン先生だった。マァムやレオナはまだだいぶ若かった。

アルキード王国は……時系列的にもうだめだな。

原作通りに進んでいるのだとしたら、バランの手でとっくに滅んでいるはずだ。

カール王国、リンガイア王国、オーザム王国はまだ無事だろう。

 

 というかおれは偽勇者じゃないか!

主人公の『ダイ』とは物語の序盤で激しく戦った。

あの経験を通してダイは一回り成長し、デルムリン島以外での名声を得た。

 

 反対にでろりんはこっぴどくやられる悪役を演じなければならない。

 

 って、そんなことはまだいい。

今はそれどころじゃない、ザムザはザボエラの息子だ。

大魔王バーンや魔軍司令ハドラーはまだ活動していないようだが、妖魔師団は暗躍していたのか。

 

 そして俺の身はバカ親父によって拘束されているようだ。俺が死ぬと世界が危ない。

考えるのは後だ。瞼に力をいれ一気に開くと、俺は縄で縛られており木に括り付けられていた。

 

 「おまえか。目が覚めたようだな」

 

 声の方に視線を移すとバカ親父の代わりに、目玉状の小さなモンスターの姿があった。

 

 「これはミニの悪魔の目玉。中継機のようなものだ。魔法の筒があればおまえを拾って帰れたのだが、ザムザ殿には少し野暮用があるようでな。会わせた後は縄を解いてやるからそこで待っているといい」

 

 「おいっ! このバカ親父! 勝手に消えておいて現れたと思ったらまた勝手なことばかり! 昔からいつもそうなんだ。母さんも死んじまったぞ。どうして魔族の味方なんかしてやがるんだ」

 

 「聞いていたのか。まぁ少し待て、ザムザ殿の研究室に連れ帰るからそのときに説明してやる。そしておまえはザムザ殿や私の元で働くのだ」

 

 く、くそ。まずい。俺――でろりんが捕まって妖魔師団の手下になったら、

俺の知っている『ダイの大冒険』の世界が崩壊する。縄をなんとかして逃げるんだ。

そして、ずるぼんやまぞっほを連れて……。

 

 いや、その猶予もなさそうだし、かえって二人を危険に晒すことになる。

悪魔の目玉の監視がどこにあるかわからない。俺と関わるのは危険だ。

ここは一人だけで逃げるしか無い。

 

 俺は意識を集中させ、指先だけでメラの火を飛ばすと小型の悪魔の目玉を倒す。

次のメラで自分の皮膚ごと縄を火で炙って焼き切っていく。

 

 これでは足りない。掌にも呪文の力を高めるんだ。

想像以上の激痛だが関係ない、とにかくバカ親父が戻ってくる前に。

何とかしなけ――

 

 「無駄だ。大人しく待っていろと言っただろう」

 

 だが現実は無情。縄から開放されや否や、俺は頭を掴まれてしまう。

そうだ。ルーラは行ったことのある場所、見たことある場所に飛ぶことができるのだ。

 

 だから、俺が拘束を外そうとしたときのバカ親父の行動は予め予測できていた。

右手をヤツの腹に当てて、さっきまで必死に溜めていた必殺の呪文を発動する。

 

 「イオラーー!」

 

 「!? くうぅ」

 

 バババババアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーン!

 

 バヒューーーーーーンン!!!

 

 バゴオオオン! ガンガンガン! ダンダン! ダン! ダン! ダン!

 

 超至近距離の爆発で俺は百メートルは吹き飛ばされたのだろう。

地面に叩きつけられてダンダンダダンダンと激しく転がる。

土の味と匂いに自分の血と焼けた匂いが混ざり合い、気持ち悪い。

痛覚はもはやない。体を突き抜ける衝撃を感じるだけだ。

 

 俺は回りきった目と体で、破れた袋から転がり落ちたキメラの翼を拾い、

パプニカへと旅立ったところで力尽きて意識を失った。

 

 

    ◇

 

 

 一方その頃、視点は移ってザムザの研究室でのお話。

 

 デルタと別れたザムザはルーラで一度研究室に戻ったが、

彼を出迎えたのは、スライムになったルーティアであった。

 

 スライム状の体を器用に操り、口と声帯を作って喋りだす。

 

 「おかえりなさいませ、ザムザ様。あたくし、気がついたらスライムになっていましたの」

 

 「おい、なぜそうなった! ……確かに繋ぎにスライムを多く使ってはいたが。頭だけでなく体まで暴走したのか?」

 

 「ワニ型にやられて気がついたらこうなっていました。それより約束のドレス! ありがとうございますですわ」

 

 「ま、魔族のオレが、恥を忍んで人間の! 女物の服を! 一人で買ってきたんだぞ! 店員の目で百年ぶりに死にかけた! どうしてくれるんだ」

 

 「はい、今から着てみますわ」

 

 スライムになったルーティアは、ザムザの服を着ようと、

にゅるにゅるとドレスに入り込んで……、そして溶かしてしまった。

 

 「ルーティアーーーー!」

 

 

    ◆

 

 




活動報告です。

視点について及び近況
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=236638&uid=308067

いつかもし次回作があるならの妄想
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=236777&uid=308067


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俺はでろりん、メタルスライム狩りをしたいぜ!

キメラの翼で命からがらパプニカに逃げてきました。


 平和な世に暗躍する魔族、その配下となったバカ親父の手から逃れるため、

俺は自爆イオラからのキメラの翼でパプニカに飛んだ。荒業だったが他に手がなかったのだ。

その後、意識を失ったところを誰かに助けられたようだ。

 

 まだ目を開けられないが、寝かされていることは分かる。病院のベッドの上だろうか。

聞くことと考えること以外何もできないので、まずは耳を澄ませてみた。

真っ暗な中でも、聞き覚えのある声には安心するものだ。

 

 「ありがとう、あたしの一人のベホイミじゃ助けられなかった」

 

 「こいつのことは嫌いだが、でろりんが助かるかどうかは僕の手にかかっていた。死んで勝ち逃げはさせないさ。ちょっと複雑な気持ちもあるが、あとで借りは返してもらう」

 

 最初の声はエイミ。『ダイの大冒険』では主人公サイドの恋人役をしていた。

後に喋った方は俺と試合したアポロだ。相変わらず嫌われているようだが、今回は救われたな。

二人ともパプニカ三賢者として名高い実力者だ。

 

 「でもどうしてこんなことに……。本当にひどい怪我」。エイミの心配そうな声。

 

 「イオラの暴発だろうね。分不相応な呪文は身を滅ぼすのさ」。自業自得と言いたいアポロ。

 

 恩人たちの声を聞きながら、原作知識を得た俺は思考を整理していく。

 

 『ダイの大冒険』の世界では、バカ親父のデルタはいなかった。

重要キャラではないので省かれたかもしれないし、本編開始前に倒されていた可能性もある。

武術大会の主催は、原作と同じでザムザだった。向こうの新聞に名前があったからな。

きっと小さな大会から実績作りをしていたんだな。

 

 ずるぼんやまぞっほは無事だろうか? 俺の仲間だとバレれば目を付けられて危険だ。

 

 戻らなかった俺のことを、ずるぼんたちが会場で聞いて回ったりしたら……?

一応『でろりん』は本名ではない。バカ親父には俺のことだと分からなかったと信じたい。

 

 俺、ずるぼん、まぞっほ、へろへろの四人パーティが無ければ世界が危ないからな。

でろりんたちには本編で重要な役割があるからだ。

 

 その役割で最大のものは、オーザムの『黒の核晶』を凍らせて誘爆を防ぐこと。

『黒の核晶』とは、地球の原水爆以上に強力な爆弾だ。

大魔王バーンは、その威力を六芒星の力でさらに増幅して地上世界を吹き飛ばし、

その下から現れる魔界を太陽で照らす野望を抱いている。

 

 そのバーンの計画を最後の最後に阻止したのがでろりんパーティなのだが、

問題は、そこが作中で一番ギリギリなシーンだったということだ。

 

 『黒の核晶』がある塔の最上階は、グリフォンのような鳥獣魔族が守護しており、

でろりんたちはパニックに陥るが、助けに来たマトリフの極大消滅呪文メドローアに救われた。

 

 逆に言えば、大魔道士が奥の手を使わないと勝てないような相手が塔を守っていたのだ。

ドラクエファンの分析によると、その魔族は別のドラクエに出てくる『ジャミラス』らしい。

それは魔王級の実力者。確かに作中のでろりんではどうしようもなかっただろう。

その『ジャミラス』を倒した代償としてマトリフは動けなくなってしまった。

 

 でろりんたちはヒャドで『黒の核晶』を凍らせようとしたものの、

若干タイムオーバー気味。正直なところ間に合っていなかったように見えたが、

奇跡を起こすゴメちゃんの最後の力で、ズルをして何とかしたみたいな描写になっていた。

 

 その勝ち方はかなり不安定だ。マトリフの病状やゴメちゃんの奇跡に依存することなる。

だから俺は力をつけなければならない。『ジャミラス』に勝てるようになればきっと大丈夫。

大魔王バーンは、ダイたちが何とかしてくれるだろう。原作通りに進めば。

 

 ……。

 

 大事なのは要するに二点だ。

 

 『原作の展開を壊さない』

 

 『ジャミラス――魔王級の守護者――を自力で倒せるようにする』

 

 この目標を達成できるように努力!

 

 余裕があるなら、世界を周ってダイたちの活躍からこぼれた人々を魔物から救う。

ただし決して無理はしない。

 

 この方針でいこう!

 

 そのためには、へろへろを探したり、ずるぼんやまぞっほとの合流も必要だが、

まずは、俺自身のレベルを上げなければならない。

 

 時間を無駄には出来ないし、ここは気合を入れて飛び起きよう。

 

 ――ガバッ!

 

 「うお!」「わっ! びっくりした!」。二人は仰け反っている。

 

 「すまない助かった! アポロ、エイミ、ありがとうな。二人は命の恩人だ。後で必ず恩は返すから」

 

 「う、ううん。そんなのいいの。でろりんが無事だったことが一番嬉しいから! それにあたしは賢者見習いだし目の前の傷ついた人を放っておけないでしょ」

 

 「……僕は今回エイミに頼まれて手助けしただけだからな」

 

 アポロとエイミは『ダイの大冒険』に出てくるパプニカ三賢者の二人。

本編のアポロは、氷炎将軍フレイザードの火炎からレオナ姫を守ろうとしたし、

エイミは、後に登場するヒュンケルの心の支えになっていく重要なキャラでもある。

 

 もし本編開始前に彼らがピンチに陥ったら、今度は俺が助ける番になるだろう。

心の中でそう決意していると、アポロが話しかけてきた。

 

 「でろりん、確か君はずるぼん、まぞっほらと旅に出てロモスに行ったのだろう? 仲間はどうしたんだい?」

 

 「ああそれはザムザの……。い、いや、ちょっと俺が一人になったときに強い敵に襲われて逃げてきたんだ。仲間は巻き込まれていなければ無事だと思う。たぶん」

 

 おっと危ない。魔族の暗躍や将来の魔王復活を、この時代の人たちは知らないのだ。

平和な世の中だと信じている。余計なことを言って原作どおり進まなくなると困るので、

俺は適当にごまかした。

 

 「それは本当かい? 何か含みがありそうな言い方だったが、まさか全滅して仲間を見捨てて一人で逃げてきたのではないだろうね」

 

 「ちょっとアポロ! ひどすぎ! でろりんが可哀想でしょ」

 

 「……敵の標的は俺だけだから、俺と関わらなければ仲間はひとまず心配ないと思う。見捨てたわけではないが、黙って勝手にパーティを抜けて逃げてきたことは事実だ」

 

 アポロは難しい顔をしている。

 

 「それじゃずるぼんさんたちは、あなたを探してるんじゃないかしら?」

 

 「ああ、そうだろうな。だが俺はロモスには戻れない。もし彼らがパプニカに来たら俺が無事なことを伝えてくれないだろうか」

 

 「うん。あたしにできる事でよければでろりんの力になりたいわ」

 

 「ありがとう。助かる」。俺がそう応えるとアポロが口を開く。

 

 「その強い敵というのは人間なのかい? 君だけが狙われるというのは何かしたのだろう?」

 

 「もう人間では……、いや、悪いがそれは言えない。俺との関係も言えないんだ」

 

 「そうか。ところで君の怪我は、自分のイオラの爆発によるものかい?」

 

 「ああ。敵に掴まれて動けなくなったので自爆する形で逃げてきた」

 

 「それはずいぶん無茶をしたものだね。だが、君ほどの者がそこまでしないと逃げ切れなかったわけか。そのイオラでも相手は倒せなかったと」

 

 「爆発から俺でも生き延びたくらいだから、ヤツも生きていると思う。相手の腹に密着させて爆破したから、最低でも怪我ぐらいはしてると思うが」

 

 「君のイオラを零距離で食らってもか。にわかには信じがたい話だ。だが君の怪我はただ事ではないし、嘘を言っているような感じは受けない」

 

 「事情があって詳しく話せなくてすまない。ヤツはしばらく大人しくしているだろうが将来的には分からない。だから俺は、今のうちにレベル上げをしておきたいんだ」

 

 そしてドラクエでレベル上げといえばアレだろう。

ゴールデンメタルスライムのゴメちゃんがいる世界だし、『メタルスライム』もいるはずだ。

 

 「アポロ、エイミ。単刀直入に言う。メタルスライムについて知っていることがあったら教えてくれないか」

 

 メタルスライムは、めちゃくちゃ硬くて攻撃がほとんど通らず、呪文も一切効かない。

そしてすぐに逃げる。倒しきるのが難しいが、一匹倒せば破格の経験値が入るのだ。

 

 俺はドラクエの知識から、メタルスライム狩りの攻略法を一応知っている。

二回攻撃、急所攻撃、混乱攻撃、会心の一撃狙い、そして特技を使ったメタル斬りなどだ。

 

 この『ダイの大冒険』の世界で、どれかを再現できればレベルを上げられる。

元はでろりんの体だが、レベルを上げまくれば何とかなるだろう。

 

 「はあ、メタルスライムか。君に教えてもいいが、パプニカで魔物を狩るのは禁止だということは忘れないでくれよ。この前の件はあくまで特例なんだ」

 

 「あたし知ってるわ。メタルスライムは乱獲されて数が少ないの。でもこのホルキア大陸は魔物の討伐が禁止だから生き残りがいるはずよ。他には無人島にもいるかもしれないわ」

 

 「分かった。俺もパプニカやレオナ姫に迷惑かけたくないからな。無人島が大陸の北東側にあるのは知ってるからそこに行ってみる」

 

 「おいおい待て待て。君の言う無人島はバルジ島の近くだろう? 王家の実効支配こそできていないが、名目上あそこもパプニカの領土なんだぞ。勝手に入れると思うなよ」

 

 「ねえ、アポロ、でろりん。あたしたちが組んでその敵を倒すのはダメかしら? 賢者としての修行にもなるかもしれないわ」

 

 これは魅力的な申し出なのか……。

しかし、アポロやエイミに何かあれば原作が崩壊してしまう。

全員でかかれば、デルタ一人なら或いは戦えるかもしれないが、ザムザやザボエラもいるんだ。

ザボエラはやばい。勇者アバン級じゃないと勝てないし、そもそも勝つと原作が崩壊する。

 

 「しかし、僕たちが手を貸す問題じゃないだろう? 他国の出来事になるわけだし」

 

 「助けてもらってこれ以上は悪いしな。逆にパプニカに何かあれば俺が手を貸すよ。話は変わるが、特殊効果のある武器について知らないか? 二回攻撃できる剣とか、会心の一撃がでやすい斧とか、そういう武器の知識があれば教えてほしいんだ」

 

 ……。

 

 二人から話を聞いたが、あまり有益な情報は得られなかった。

せいぜい会心の一撃が出やすいアサシンダガーの噂を聞けた程度だったな。

 

 しかし、問題はない。

『ダイの大冒険』の原作をヒントにした、メタルスライム狩りの秘策が一つあるんだ。

俺はパプニカを後にし、勇者アバンの出身地カール王国に向かうことにした。

あそこならきっとアレがあるはずだから。




 現時点で、でろりんの考えるラスボスは『ジャミラス』です。
ドラクエ6では四大魔王を務めている魔族です。

 バーンが使った兵器ピラァオブバーン六本のうち、本命はオーザムの『黒の核晶』。
ここだけ厳重に守ればあとは誘爆させて魔界側の勝ちになります。
なのでその一本だけは魔界にいた強豪魔族のジャミラスに守らせていました。

 『ジャミラス』序盤のハドラーぐらいの力はあります。


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俺はでろりん、毒蛾の粉を使ってレベル上げするぜ!

カール王国へやってきました。
後書きにアンケートがあります



 カール王国への船旅。俺は五感全てを使ってこの夜を満喫していた。

いろいろあってストレス多い身だから、癒やしの時間は大切にしたい。

 

 灰黒色の空の下、仄かな月光に照らされてキラキラ光る黒い海はとても神秘的だ。

ザーザーと波のさざめく音や、漂うさわやかな潮の香りには心が安らぐし、

南国特有の暖かい風は、体をふんわりすっぽりと包んで気持ちがいい。

先ほどは海の幸も満喫した。酒はあいにく未成年なので飲めなかったが。

 

 上機嫌のまま、名前も知らない行きずりの戦士とカール王国についての話をした。

彼はリンガイアという北国出身で、寒がりのため祖国での就職を諦めたという。

武者修行に各国を放浪した後、カール騎士団の入団試験を受けに行くらしい。

 

 カール王国は、世界でも別格の輝きを放っている特別な国とされている。

そのきっかけは、魔王ハドラーの闇が世界を黒く塗り潰した絶望の時代、

人類側として初めて一条の光を放ち、魔王軍の勢いを挫いたことだ。

 

 勇者アバンやロカが去った後も、女王フローラがカリスマとして君臨しており、

彼女に仕える騎士団長のホルキンスや、勇猛な騎士たちが王国を支えている。

その環境は、世界の強者が続々とカール王国に集まってくる状況を作りだしていた。

 

 観光客も多い。城下を遥かに見渡せる高台が人気スポットになっており、

王都を幾重にも覆う城壁の威容、『カールの薔薇』を見に行くのが流行りらしい。

 

 だが俺がカール王国に向かう理由は入団試験でも観光でもない。

メタルスライム狩りに必要となる、とあるアイテムを購入するためである。

懐具合に余裕がなく、あまり大量に購入できないが仕方がない。

 

 ここで地理的な話をすると、『ダイの大冒険』の各大陸は日本列島を模していて、

カール王国は広島か岡山あたりに、リンガイアは本州の青森に相当している。

 

 ちなみにこの船はホルキア大陸(=四国)の南端を回って北に進んでいる感じだな。

夜も更けてきたし特にすることもない。風も少し冷えてきたからそろそろ寝よう。

昼前にはカール王国に到着しているはずだ。

 

 

 ……。

 

 

 気持ちよく眠って起きた後、今日も飽きずに青々とした海を眺めていると、

やがてフランスのカルカッソンヌのような城塞都市が視界に入ってきた。

城壁が幾重にも積み重なり、内部にいくほどより高くそびえ立つ堂々たる威容が現れる。

観光客の言うように、もし上から見れば薔薇の花びらのように見えるのだろうな。

 

 カール王国はハコモノより騎士団というマンパワーを重視する国風なのだが、

先の大戦では魔物の侵入を許し、あろうことか王の間に魔王が現れる事件も発生した。

その場はアバンの機転と実力で窮地は脱したものの、反省は必要だということになり、

他国の援助も受けながら新しく城塞を築くことになったそうだ。

 

 「騎士団の試験がんばれよ!」。俺は昨晩話した戦士を励まし別れを告げる。

 

 「ああ」。酒が入らないと口数の少ない戦士は短く会釈して船から降りていった。

 

 平和な時代なので人の行き交いは多い。城門の警護は緩め、日本の警備員レベルだ。

門をくぐったカールの王都は、転生者の俺からしてもかつて無いほどキラキラして見えた。

 

 日本でもバブル時代はそうだったのかもしれないが、若者が多くて賑やかな雰囲気だ。

そこかしこで笑顔の溢れる活気がある街。こんな眩しい場所があったのだな。

 

 カールの女性たちはパプニカと比べると露出は控えめで、上品に着飾っている人が多い。

女王フローラの影響もあるのかもしれない。原作で知る限りとにかく気品がある人だからな。

女だったら皆憧れるだろうし、ファッションの流行りにも影響あるのだろう。

パプニカ(=高知県)よりは北に位置するという気候も関係しているかもしれないが。

 

 道を歩けば客引きの声がすぐに飛ぶ。

 

 「武器屋ココスはここだよー! 今なら『てつのやり』がたったのニ千ゴールド!」

 

 『てつのやり』ごときが二千!? 俺が知っていたドラクエとはずいぶん価格が違うようだ。

ドラクエⅢなら定価でもその三分の一ぐらいだろう。バブルだから物価が高いのか?

もしくは平和な時代、武器などは趣味の世界になっているのかもしれない。

 

 そもそも俺の武器は『はがねのつるぎ』があるからレア物以外に興味はなし。

武器屋は素通りして先に見えてきた大きめの道具屋に入る。

 

 ……。

 

 カールの道具屋だったら『毒蛾の粉』があるはずなんだ。それが目当てでこの国に来た。

 

 しかしいろいろなアイテムが所狭しと陳列されているもののよく分からない。

薬草や道具にはかなり詳しい方なのだが、『毒蛾の粉』の実物を見たことがないからだ。

知っているのは『ダイの大冒険』原作で、アバン先生が土壇場で発明したらしいこと、

敵を混乱させる効果があること、歴代のドラクエでメタル系狩りに使われることぐらいだ。

 

 時系列的に考えると、発明されてから十数年経っている。量産化されていると思うのだが。

 

 俺がキョロキョロしていると、赤髪ショートの元気良さそうな女性が近づいてきた。

服装からして道具屋のお姉さんだ。ちょっと話しかけてみる。

 

 「毒蛾の粉が売ってるんじゃないかと思ってきたんだが」

 

 「はい、ありますよ。一つ当たり五百ゴールドになります」

 

 バブル価格でなくてよかったと胸をなでおろす。ニ千ゴールドと言われたらたまらない。

五百ゴールドでも十分高いのだが、手作りで生産しているのなら仕方がないだろう。

確かドラクエⅢでもそれなりに高価だった記憶がある。

 

 これを使ったレベル上げは二種類あるので頭の中でおさらいしておく。

 

 一つ目はメタルスライムのお供のモンスターに使う方法だ。

混乱すると同士討ちにより、メタルスライムを叩いて数ダメージを与え倒してくれる。

ただしその前に逃げられてしまう可能性もある。

 

 もう一つはメタルスライムに直接使う方法で、七十五パーセントしか効かないのだが、

最後の一匹にならない限り、逃げなくなる。あとは自力で叩いて削り倒すやり方だ。

 

 本当はニ十個ぐらい欲しかったのだが、無人島への片道ニ千ゴールドを考えると、

十ニ個買うのが限界だった。無人島の近くは大渦が巻いているため特別便で高いのだ。

帰りはキメラの翼でここに戻ってくればいい。

 

 そういえばバルジ島の近くといえば、大魔道士のマトリフもあの辺りに住んでいたな……。

バッタリと会ってもまぞっほがいないから、修行をつけてはもらえないのだろう。

 

 今頃はまぞっほとずるぼん、元気でやっているだろうか?

『家庭教師の指輪』もとい加工に失敗した輝聖石は、ずるぼんが身につけている。

通常の冒険だったら十分役に立つに違いない。ダメージを和らげる効果もあったはずだしな。

 

 道具屋を出た俺は再び武器屋を通るときにひらめいた。

 

 そうだ! 使わなくなった古い鉄の剣を今のうちに売っておこう。 

バブル価格なら多少は高く買い取ってくれるかもしれない。

そうして先ほどの武器屋ココスで査定してもらうと900ゴールドで買い取って貰えた。

 

 あとは無人島に行ってメタルスライム狩りをするだけ、と意気揚々に歩いていると、

この街で珍しく意気消沈して歩く一人の戦士の顔が目に入った。

 

 今朝まで船で一緒だった人だ。騎士団の試験を受けると言っていたが、顔で結果は分かる。

船を出てから一時間ぐらいしか経っていないのにずいぶん落ちるのが早かったな。

慰めようと近づくと向こうも俺に気がついたようだ。

 

 「年齢制限。ダメだった」。やっとの思いで言葉を吐き出した戦士。

 

 「そ、そうか。残念だったな。歳は何歳までなら大丈夫だったんだ?」

 

 「二十歳」

 

 アバンもロカも十代半ばで騎士だったはずだしな。目の前の男は三十歳ぐらいか。

実力はあっても忠義を育む関係で高年齢者の中途採用は厳しいのだろう。

 

 「ところでお前さん、今いくつなんだ?」

 

 「今、二十歳」。その戦士は無念そうにパタっと口を開いた。

 

 え? そのがっしり成長した顔の骨格はどうみても二十五歳以下には見えないんだが。

 

 「二十歳、信じてもらえず落とされた」。暗い顔で戦士はつぶやく。

 

 コメディなら笑うところだが、相手は真剣に落ち込んでいるのでリアクションに困る。

ってちょっと待てよ、リンガイア出身、老け顔で大柄の戦士というと……。

 

 「行きずりだと思って聞かなかったが何かの縁だ。名前を教えてくれないか?」

 

 「……重剛斧のヘルへロード」

 

 ――やっぱりこの顔は原作のへろへろじゃないか! しかしピンクの鎧は着ないのかよ。

 

 原作のへろへろはピンクの鎧男なのだ。

目の前の彼は地味な鎧を着ていたから気が付かなかった。

 

 「へろへろって呼んでもいいか?」。きっとここで仲間になる運命なのだろう。

 

 「パプニカの姫にもへろへろって言われた」

 

 「ならもうあだ名それでいいな! って、へろへろはレオナ姫と知り合いなのか?」

 

 「おれ、船に乗る前に賢者と試合した。その時」

 

 聞けば賢者のアポロとパプニカの競技場で試合して勝ったらしい。

……だが年齢詐称疑惑で一転、ノーコンテストになったそうだ。

とにかくアポロ側からすると俺、へろへろの順番に戦って実質二連敗になったわけだ。

 

 まあいい。原作知識によるとへろへろの弱点は『金目の物に弱い』こと。 

さっき鉄の剣を売った900ゴールドがあるので、それで釣ってみよう。

 

 「そうだ。メタルスライム狩りにいくんだが、へろへろ一緒に行かないか? 給料だすぞ」

 

 「……行くあてないし、ついてく」。即落ちしたへろへろであった。

 

 無人島行きの特別便は貸し切りだ。へろへろがいても料金はさほど変わらない。

こうして俺とへろへろはバルジ島近くの無人島へと出発した。

 

 

 ……。

 

 

 船の上で二人の親睦を深めることができ、ついに到着したビオド島。

バルジ島よりも地図上では小さい島だが、ここならメタルスライムがいるかもしれない。

 

 レベル上げするからには、現状のレベルを把握しないといけないが

体感で俺のレベルは6か7くらい、へろへろは10あるかないかということになった。

 

 正式な鑑定は国王の間か、冒険者ギルドで行うことはできるのだが

一人当たりの鑑定にかなり時間がかかる。今なら順番待ちで半年ほど必要だ。

『ダイの大冒険』に鑑定シーンはなかったが、本編は三ヶ月間の出来事らしいので、

間に合わなかったのだろう。国が破壊されて鑑定どころではなかった可能性もある。

 

 「いいか俺は攻撃呪文は使えるが、回復は薬草類に頼っている。だからなるべくメタルスライムだけを探して倒すんだ。食料やアイテムの量からして三日間が勝負だぞ」

 

 「わかった」

 

 このビオド島は、原作で戦場になったバルジ島の四分の一ぐらいの島だ。

一日あればかなりの探索ができるだろう。

 

 ……。

 

 そうして上陸してから三十分ほど歩くとついに一匹のメタルスライムが現れた。

 

 「一匹だから毒蛾の粉は意味がない。とにかく二人で攻撃し続けるんだ」

 

 そう言いながら、俺はバシュッと先に切りかかった。

鋭い剣閃がメタルスライムを襲い、避けられることなく命中して、

……つるんと表面で剣が弾かれて威力を殺されてしまった。

そして俺の剣で押される形になり、コロコロとメタルスライムは転がっていく。

 

 メタルスライムが倒しにくい理由がリアルに分かった。

 

 流線型の体のせいだ! 本当の意味で純粋に真芯で捉えれない限り、

僅かな剣の傾きにより自動的に受け流されてしまい、その勢いでどこかへ行ってしまうのだ。

 

 追いついて斬りつけても、つるんつるんするばかりでちっとも剣が刺さらない。

そこに『てつのおの』を振り回すヘロヘロも参戦、力任せにメタルスライムに叩きつけると

斧の角度が浅すぎて流線型の体に弾かれ、ピューンと飛ぶようにして逃げられてしまう。

 

 ……。

 

 一時間後。太陽高度は最も高くなり昼食を食べたくなってきた頃に、

今度はメタルスライムとマッドオックスのペアが現れた。

 

 マッドオックスは狂暴な雄牛のモンスターで、突進での攻撃を得意としている。

 

 メタルスライムを直接斬れないのなら、マッドオックスを利用するしかない。

その気性は野生特有の荒々しさがあるが、魔王の影響下で凶暴化しているわけではない。

慎重に近づけば大丈夫だ。その顔に毒蛾の粉を投げつけると俺はサッと距離をとった。

 

 するとマッドオックスは狂ったように暴れだし、一番近くにいたメタルスライムに突進。

それを上から押しつぶす形で自慢の角でグリグリし始める。

 

メタルスライムはやや地面にめり込んでおり、幅広で重たい攻撃をいなすことができない。

硬い装甲と流線型の体は、人間の振るう武器を無効化する効果は高いのだが、

一点集中型ではなく持続的にパワーを出し続けるモンスターの攻撃には分が悪いようだ。

 

 メタルスライムの体が次第に凹み始める。

ご苦労さんとばかりに俺とへろへろは、無防備になったマッドオックスの首を斬りつけて、

目を回しているメタルスライムに剣を突き刺した。もはや受け流されることはない。

 

 こうして記念すべき一匹目を倒すと不思議と力が湧いてきた。

神の祝福でももらえるのだろうか。レベルが二つぐらい上がったようだ。

 

 ……。

 

 結局、毒蛾の粉を十個使うまでにメタルスライムを六匹狩ることに成功した。

そのうち一匹はへろへろの会心の一撃が決まって自力で倒している。

恐らく二人とも一万三千ぐらいの経験値は手に入ったはずだ。

経験値テーブルがドラクエⅢと同じなら、お互いにレベル十六ぐらいになっているかもしれない。

 

毒蛾の粉はあと二つある。島を後にする前にせめてあと一匹は仕留めたい。

そう思って新たなメタルスライムを狩ろうとしたとき、そのトラブルは起こった。

 

 「なんで人がいるんだ? ここはボクたちが今貸し切っているんだぞ?」

 

 日本なら小学校高学年ぐらいであろう男の子が詰め寄ってきた。

生意気な子どもだが、とても珍しい剣を持っている。戦闘能力はあるのだろう。

 

 「ここは無人島だぞ。そして名目上パプニカの領土だ。貸し切っているとはどういうことだ?」

 

 「知らないのか? ボクのパパ、リンガイア司令官バウスンがパプニカ王国に大金を払って貸し切っているんだ。そしてボクはノヴァ。今ここでレベルアップを目指している。そういうことだから早くここを出ていってくれよ」

 

 ……この少年はまさかの北の勇者ノヴァだった。

こいつは闘気技でオリハルコンを斬ったりマヒャドを使うなど、

初期のクロコダイン相手ならいい勝負ができるかもしれないという強者に成長する。

 

 勇者が何人いても良いという理屈もあり、原作でもノヴァは一応勇者扱いだ。

一方で俺、でろりんは最後まで偽勇者のままだったが。

 

 「わかった。じゃあ帰るけど俺たちだってせっかく来たんだ。ノヴァ君の華麗に戦うところが見たいな。少し見物してもいいかな? 見たらすぐ帰るから」

 

 「仕方ないな。特別だぞ? 今から見るボクの活躍を土産にするんだな。でも帰る前にパパに見つかって怒られてもボクは知らないからね」

 

 原作知識によりノヴァの歳は俺より四つ下。ぼんぼんの生意気な少年という感じだ。

彼がメタルスライムと戦う様子を見てやるが、一人で倒すのは厳しそうだと内心思う。

 

 だが、戦いが始まるとノヴァ少年は驚くべき剣捌きを見せる。

剣を一振りさせているのにシュシュッっと二回音がしている。一回切って二回ヒット。

これは特技ではなく剣の効果だな。あれがレア武器『はやぶさの剣』なのだろう。

 

 見た感じ薄くて軽く柔軟な作りの剣だ。独特の装飾もされている。

それを力任せに振るうのではなく、しならせて使うことで一度斬ったときの反動を利用し、

しなりの戻りで別の場所を斬っているような感じだ。

 

 しかしそれでもメタルスライムにノヴァの攻撃はなかなか刺さらない。

やがて剣を受けた反動を利用してコロコロと転がっていき、そのまま逃してしまった。

 

 「く、くそ。いまのは運が悪かっただけだ。見てろよーー」。ノヴァは熱くなっている。

 

 ――それを見ていると魔が差した。

 

 俺は考えてしまった。『はやぶさの剣』が欲しいと。アレがあればメタル狩りは楽になる。

やっぱり毒蛾の粉は高いし、買いに行ったり戻ったりの時間ロスが気になるからな。

 

 でろりんは本編に関わる必要があるし、俺はそもそも転生者だ。

この世界の運命が俺の手にかかっていてもおかしくないんだ。

世界を救う可能性を少しでもアップさせるためなら、盗みをやってもいいのではないか?

 

 もし俺がバカ親父のデルタに見つかって襲われたとしても、

『はやぶさの剣』があるなら撃退、返り討ちにできるかもしれない。

 

 ノヴァも確かに本編に関わる大事なキャラだが、作中であの武器を使っていない。

だったら俺が貰ってしまっても問題ないはずだ。

 

 やると決めたのなら、実行するのは決して難しくない。

新月草を燻って眠らせてもいいし、余った毒蛾の粉でノヴァを混乱させても良い。

 

 だがそれを決行すれば、不逮捕特権の効果があるレオナのカードは没収されるだろうし、

リンガイアとパプニカの二国でお尋ね者になる覚悟をしなければならない。

時効まで破邪の洞窟に潜ったり、他の国で暮らすことになるのだろう。

 

 いったい、俺はどうすべきだろうか?




 でろりんは迷っています。必要悪ということで盗みを働くのでしょうか。

 普段あまり地形描写をしないので、今回は前半がんばってみました。


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俺はでろりん、ステータスの鑑定を受けるぜ!

 アンケートの回答ありがとうございました。
機能を知ってから一度は使ってみたかったのです。


 ――少年ノヴァのレア武器を奪い取りたい。

 

 そのような魔が差した俺は、すぐに考え直すことができた。

まず『はやぶさの剣』は、ドラクエⅢだと戦士が装備できない武器なのだ。

 

 ノヴァの戦いから分かるように、腕力に頼る脳筋タイプには使いこなせない。

剣のしなりを自在に扱うには器用さが必須で、俺たち戦士二人には苦手分野だ。

装備できるのは勇者と盗賊。後はせいぜい商人と頭の良い賢者あたりまでだろう。

 

 そもそも装備をできるか以前に大きな問題がある。パプニカは敵に回せない。

ずるぼんたちと合流するにはパプニカ賢者の手助けが必要なのだ。

ザムザたちに目を付けられた俺が、ロモスに直接乗り込んで探すことはできないからな。

 

 

 またノヴァの剣を盗んでいたら、俺は本物の盗賊に落ちてしまっただろう。

もしかしたら剣を装備できるようになるかもしれないが、偽勇者ですらなくなってしまう。

いくら俺でもそこまで悪人にはなりきれない。

 

 決して焦る必要はない。金策しながらメタルスライム狩りを続けていけばいいのだ。

例えばこのマッドオックスの角、すり潰せば服用する薬として高く売れたりする。

そうやってゴールドを稼いでは毒蛾の粉を買い、メタルスライムを求める旅をすればいい。

本編開始まで、あと五年もあるのだ。

 

 

 ……。

 

 

 やがて三年の月日が流れた。

 

 

     ◆

 

 

     ◇

 

 

     ◆

 

 

 俺は三年間のレベル上げについて振り返る。

 

 一番最初にメタルスライム六匹を狩れたのは僥倖に過ぎなかったな。

ノヴァ用にお膳立てされた狩場を横取りすることで得られた高効率だったのだ。

 

 メタルスライムなんて世界中旅してもそうそう発見することはできなかったし、

生息地域を見つけたとしても、国や住民とトラブルを起こすわけにはいかない。

 

 それでも三年間がんばったんだ。百匹以上のメタルスライムを狩ることはできた。

 

 そして今日は、カールの冒険者ギルドに行く日である。

八ヶ月前に出したステータス鑑定の申請。ようやくその順番が回ってきたのだ。

これでレベル上げの成果を確認できる。

 

 

    ◇

 

 

名前:へろへろ(=ヘルへロード)

職業 :戦士

レベル:31

 

<つよさ>

ちから  :124

すばやさ :29

たいりょく:150

かしこさ :26

うんのよさ:35

最大HP :303

最大MP :0

攻撃力  :164

守備力  :67

 

<装備>

Eてつのおの:+40

Eてつのよろい:+25

Eてつのかぶと:+16

Eてつのたて:+12

 

<呪文>

なし 

 

 

    ◆

 

 

 へろへろのステータスはこんな感じだ。

『ちから』と『たいりょく』の恩恵で、高い攻撃力とHPを実現できている。

見た感じ『すばやさ』が低いのが気になるな。

 

 行動順が遅いだけなら問題はないが、ドラクエのシステムだとそうはいかない。

『すばやさ』の半分が、素の守備力として計算されてしまうのだ。

下手をすれば防具でしっかり固めても、布の服だけの人より脆くなったりもする。

 

 へろへろは前衛としては問題ないが、タンク役は向かないスペックだ。

あまり一人で突出させないようにして戦おう。

 

 そう分析していると、受付が俺の名前を呼んだようだ。

 

この鑑定システム、八ヶ月も順番待ちになったことで分かるように、

ゲームみたいに一瞬で鑑定できるわけではない。

 

 まず特殊な液体を飲んでから水晶玉の前に座る。

そのまま身じろぎをせずに、十分ぐらいじっと待たなければならないのだ。

そして結果が出た。

 

 

    ◇

 

 

名前:でろりん(=アルファ)

職業 :偽勇者

レベル:31

 

<つよさ>

ちから  :110

すばやさ :66

たいりょく:109

かしこさ :54

うんのよさ:66

最大HP :217

最大MP :111

攻撃力  :143

守備力  :65

 

<装備>

Eはがねのつるぎ:+33

Eみかわしのふく:+20

Eアリアハンのかんむり:+12

Eにげにげリング:+7

 

<呪文>

メラ

メラミ

メラストーム

ヒャド

ギラ

イオ

イオラ

(ホイミ)

(ニフラム)

(ルーラ)

(アストロン)

(リレミト)

(ラリホー)

(マホトーン)

(トヘロス)

(ベギラマ)

(ライデイン)

(ベホイミ)

 

 

    ◆

 

 

 なっ!? なんだこりゃあ。ツッコミどころが多すぎる。

頭がフリーズするがパッと見、すごく強そうだ。ビクつきながらも内心かなり嬉しい。

 

 心臓がバクバクいっている。宝くじが当たった心境はこういう感じなのだろうな。

とにかく頭を整理しなければならない。

 

 まずは職業からだ。『偽勇者』とはいったいどういうことなのか。

 

 十五歳の誕生日に俺は転職した。魔法使いから戦士になったことは間違いない。

メラやイオラなどの攻撃呪文は転職前に覚えたものだ。

 

 だが先ほどの鑑定結果を見ると、カッコ付きで大量の呪文を覚えているようだ。

これらは未契約の呪文だろうか?

 

 ……。

 

 やがて俺は気がついた。

カッコ内は、ドラクエⅢの勇者が覚える呪文と同じだということに。

 

 ひょっとすると『偽勇者』とはドラクエⅢの勇者を指しているのではないか?

俺が知らぬ間に、自分の職業がいつの間にかに入れ替わっていたらしい。

 

 いつからそんなことになったのだろうか?

 

 考えられるのは神様の力で転生が完了し、前世の記憶が戻ったときか?

不思議な感じがしたからな。神様が最後にオマケしてくれたのかもしれないし、

自分の中で勇者はドラクエⅢのイメージが強く、それに引っ張られたのかもしれない。

 

 とにかく俺はドラクエⅢの勇者として『ダイの大冒険』の世界にやってきた形になったようだ。

 

 ちなみに『アリアハンのかんむり』は鍛冶屋に特注で作ってもらったもの。

原作でろりんと同じ格好がしたかったが、店では売っていなかったのだ。

『アリアハン~』と勝手に命名されているのは、やはり俺がドラクエⅢの勇者だからなのだろう。

 

 やがて思考が十分に追いついて俺は正気に戻ったようだ。

ふと前をみると、より大きなショックを受けたらしいギルドの女性職員がまだ固まっていた。

 

 「……」

 

 やばいよな。これ。意味不明な職業にライデインまであるから。

あまり騒がれるのはまずい。

 

 「わ、悪い。俺から鑑定をお願いしたくせに、少しズルをしてしまったんだ。か、鑑定の前に飲む液体の味がちょっと苦手で、つい口直しにオレンジジュースを飲んでしまった。だから変な表示になったのだと思う。時間取らせておいて悪かった!」

 

 オレンジジュースは嘘だが、あの味が苦手で口直ししたいと思ったことは本当だ。

 

 「あ、そ、そうだったんですね。び、びっくりしました。ニ時間後ぐらいに再鑑定しますか?」

 

 「いや、野暮用があるので大丈夫だ。今回のミスは自業自得だし、また後で新たに申請をし直すよ。順番待ちの人にも悪いからな」

 

 そうやってとっさに機転を利かせ、カールの冒険者ギルドを後にしようとしたところ、

奥から来た別の女性に肩を掴まれて俺は逃げられなくなってしまった。

 

 「おい、お前たち二人には話がある。そこのレベル三十超え戦士もちょっと奥の部屋までこい」

 

 きつい言葉遣いの彼女を見ると、まず目を引いたのはクリムゾンの髪の毛だった。

まるで燃え上がるような派手に流れる鮮紅色は腰まで伸びて綺麗に揃えられている。

反面、その双眸は理知的でライトブルーの冷たい光を放ち、高い知性を表現していた。

 

 服装はミニスカートに足元はハイヒール。バブルに湧くカール王国らしい派手派手しい格好。

そこまで見てからようやく、彼女がぶらさげてる名札の方に目がいった。

 

 ――カール王国冒険者ギルド副所長リライザ。

 

 情熱の赤と冷静の青を兼ね備える彼女は、冒険者ギルドの役職持ち。

こちらを睨んでくる様子からして、俺たちの素性を怪しんでいるのは間違いない。

受付の新人嬢っぽい子は口八丁でごまかせても、この相手には分が悪そうだ。

 

 だが相手がアバン先生ならともかく、こんなところで素性を明かすつもりはない。

 

 俺はあくまでしがない偽勇者でろりん。あまり目立っても良いことは一つもないんだ。

ザボエラ、ミストバーンやキルバーンなどに将来目をつけられたらたまったものではない。

何とか誤魔化して逃げ出す方法はないものか。

 

 「い、いたたたた。ちょっと手を離してくれないか、鑑定液とジュースを混ぜて飲んだからお腹を下してしまったんだ」

 

 「そうかい。じゃあまずは戦士のほうだけでも連れて行こうかね。しっかり事情を聞くまで帰さないからアンタは後で来るんだよ。あとトイレは入り口のでなくて三階にある職員用のを使いな」

 

 副所長のリライザはそう言って、へろへろの手を掴んで奥の階段を登っていく。

一人で逃げる意味はないので、俺は渋々リライザの後をついていく。

 

 転生という部分は絶対に隠すとして、偽勇者の職業をいったいどうやってごまかそうか。

いやー困った困った。




 ステータスの各パラメータはドラクエⅢ勇者の平均値を参考にしています。
でろりんのモチーフはドラクエⅢなので丁度いいかと思いました。


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俺はでろりん、美人副所長から取り調べを受けるぜ!

カール王国冒険者ギルド、副所長リライザの尋問を受けています。


 ここはカール王国の冒険者ギルド、三階にある関係者以外立ち入り禁止の一室。

俺たちは、リライザという女性――ギルドの副所長――に捕まってしまい、

先ほどの鑑定結果の内容について問い詰められていた。

 

 俺の前にはステータスの記録用紙が置かれている。机を挟んでリライザと向き合う形だ。

目を泳がせても意味はない。諦めて視線を前へリライザの様子を伺うことにした。

 

 それにしても長い髪だなと思う。入念に手入れしているのだろう。

透き通った白磁の肌、腰まで伸びたクリムゾンの流麗、冷たい光を放つライトブルーの双眸。

派手に装飾された上衣をパリッと着こなし、短いスカートから覗く生白い柔肌はクロスしていた。

 

 「アンタたちは何者だい?」。脚を組んだままリライザが鋭く視線を走らせた。

 

 「俺はでろりん。こっちで黙っている戦士はへろへろだ」「……」

 

 そう答えた。寡黙なへろへろは隣で巨体を預けるようにちょこんと座っている。

何も言わないからと放っておくと、気がついたら寝てしまう人なので注意が必要だ。

 

 リライザはふぅーと大きく息をついた。

 

 「名前を聞いているんじゃないよ。いいかい? アンタたちのレベルは三十オーバー。その半分でも指揮官クラスの強さだし巷で噂になるものさ。冒険者たちは他の強者に敏感だからね。なのに二人ともアタシのネットワークに引っかからない。不気味だねぇ」

 

 原作でろりんはレベル十三だったし、ちょっと強くなりすぎたのだろうか?

だがザボエラやザムザと戦うにはまだ足りない。バランが相手だと十秒持たないはずだ。

なおメタルスライム狩りの話は、保護区域への侵入など違法行為を行った手前言いたくない。

 

 「ギルドの副所長、しかも一番の美人にそこまで褒められたら照れるなぁ」。軽口で様子見。

 

 「……」。へろへろは薄目を開けたまま沈黙している。

 

 「褒めてないよっまったく食えない子だねぇ。誰にもバレずにどうやってレベルをそこまで上げたのさ?」

 

 既に心証が悪い。適当な事を言っても信じてくれなさそうな気がする。

こういうときは人の名前を出すに限る。前世からの処世術だ。

自分の口からでは、何を言っても取り合ってくれなかった相手でも、

他人の名前を出しながら話すと、対応があっさり変わり問題が解決することが多かった。

 

 ここはカール王国。ちょっとアバン先生のことを出してみよう。

軽く言葉をかわしただけなので、向こうは本名を名乗っていなかったが。

 

 「強くなれた理由はいろいろあるが、例えば家庭教師の青年にアドバイス貰ったのも大きかったな。ロモス行きの船で乗り合わせた人なんだ」

 

 「……またのらりくらりと。他人にちょっと教わったぐらいで強くなれたら苦労しないよ。どうあってもアタシを煙に巻こうというつもりかい、とっても怪しいねぇ」

 

 気づいてもらえなかった。それでも俺がアバン先生にアドバイスをもらったことは事実なのだ。

ギリギリ知人に入るか入らないかレベルの浅い関わり方ではあるのだが。

 

 「本当なんだから仕方がないだろう。呪文の斬り方を教わったんだ。ほらメラだって切れるぞ」

 

 俺はそう言いながら右手の三指にギリギリまで弱く点火し、軽く頭上に放り投げる。

 

 ブワブワブワッ……ズバシュシュシュ!

そして上から落ちてくる三つの火球を『はがねのつるぎ』の一振りで裂き全てを消し飛ばした。

そのまま手首を返して血振りの要領で十字に空を斬り、煙と熱を払ってから鞘に納める。

キラリ……シャキィーン。

 

 「なななっ! メラを三発同時に発動しそれを切り裂くなんて! そんな曲芸は初めて見たよ。まったくなんて子だい」。リライザは思わず立ち上がって目を丸くしている。

 

 「教えてくれた人は変わった見た目だったなぁ。高レベルはすぐ噂になるというのが本当なら、そちらのネットワークに情報あるんじゃないのか? 大きなメガネに青髪をカールした青年」

 

 「メガネに青髪カールって……そ、それは勇者アバンじゃないかい!」

 

 一度座りかけたリライザがそう叫びながら立ち上がり、バランスを崩した。

 

 「なんだ、知ってるじゃないか。俺はその人と知り合いでな」

 

 堂々知り合いと言えるほどでもないが、ちょっと大きくして話を続ける。

 

 「最初はなかなか苦労したもんだったが、特訓して一度コツを掴んでしまえば上達は早かったぜ。パプニカ賢者の協力もあり、メラを沢山投げてもらったからな」

 

 「なるほど。アバン先生に教わったうえにパプニカ三賢者の誰かと知り合いなわけかい。なのに名前を聞かなかったのが不思議さねぇ」

 

 それはきっとレオナ姫の影響だろう。俺の試合は没収された後に口外禁止令が敷かれたそうだ。

完全にもみ消された。エイミからそう聞いている。それ以外は表向き目立った活動をしてない、

というか目立たないように行動していた。それで俺たちの知名度が皆無なのだろう。

 

 「それでもレベル三十一になるもんかねぇ? この平和な世の中で。魔王軍と激しい死闘を繰り広げたならともかくね。そもそも偽勇者とは何なんだい? ライデインを契約可能なんだろう?」

 

 「そんなことを言われても偽勇者の件は俺が一番驚いてるんだ。俺の親父が勇者の出来損ないみたいなヤツだったから、親譲りなんじゃないのか? ライデインは契約が可能というだけだ。実際は使えない可能性もあるしわからない」

 

 「……」。すっかり放置してたせいで、へろへろはそろそろ寝てしまう時間だろうか。

 

 「俺にばっかり質問しないで、へろへろにも聞いてくれよ。レベル三十一なのは同じだろ?」

 

 「でもアンタと違って、戦士のほうはレベルが高いのも分からなくはないさね」

 

 理知的な視線を滑らせて俺たちを交互に見ながらリライザは更に続けた。

 

 「戦士の方は歴戦の猛者なんだろ? 十数年前、魔王軍と最前線で戦った戦士たちの生き残り。そう考えればレベル三十一でも変じゃない。顔見る限りアタシより歳上だろうしな」

 

 「な、なるほど」。へろへろが歴戦の猛者、その誤解は利用したいので慌てて相打ちを入れた。

 

 女性に歳は聞けないが、リライザはアラサーぐらいの雰囲気がある。

それより歳上に見えるということは、へろへろは哀れ。三十五歳ぐらいに思われているようだ。

実際は俺と五つしか違わない。異様な老け顔をしているが若者なのだ。

 

 「おれ今二十三歳」。へろへろが珍しく抗議をする。まだ起きていた。

 

 それを聞いたリライザはへろへろの顔を数秒見つめるが、ついに我慢できなくなったようだ。

 

 「はぁ? ふぷぷっ……。さっきから黙っていたと思ったら一発ギャグを噛ましてくるとはね。さすがは歴戦の猛者。滅多に笑わないアタシが不意をつかれ笑ってしまったよ。まったくもう!」

 

 「そ、その通り、へろへろは先の大戦を生き残った猛者なんだ。俺は入門して武術を教わった。すると才能があったようでメキメキ上達してレベルも追いついたんだ。何か問題はあるか?」

 

 どうやらこれまでに与えた違和感よりも、へろへろの老け顔のほうが強かったようだ。

そうだったのかと、リライザは少し納得した顔をしている。

寡黙なへろへろの顔面とたった一言が戦局を覆したようだ。下手な言い訳よりも、沈黙は金だな。

 

 ところで『ダイの大冒険』にリライザは出てこなかったな。

二年後にカール王国が滅ぼれるとき、もしかしたら運命を共にするのかもしれない。

何かの縁だ。帰る前に別件でこちらから忠告をしてあげよう。

 

 「俺たちのこと納得してもらえたなら何よりだ。そうそう。全く関係ない話だが、俺は知り合いによく当たる占い師もいるんだ。二年後のカール王国に凶兆あり。そのときはロモスかベンガーナに疎開していたほうがいいぞ。信じるも信じないもそちら次第だが忠告はしたからな」

 

 そうだ。本編でメガンテからアバン先生の身を守ったあのアイテムのことも伝えよう。

 

 「あと有事の際にアバン先生が『カールの守り』を必要とするらしい。何の効果があるか知られてないと思うが、もし王国のお偉いさんと会う機会があれば、さり気なく伝えてくれると助かる」

 

 俺は一方的にまくし立てて帰り支度をする。

 

 「ちょ、ちょっと待ちなさい! アンタたち!」

 

 「何だよ。まだ何かあるのか? 今のは占いだよあくまで占い!」

 

 「百聞は一見に如かずとは言うもんさ。アンタたちの実力をこの目でしかと見てみたくなった。アタシの兄様と剣の勝負を受けてもらおうかねぇ。イヤとは言わせないよ」

 

 「受けるのはいいけど、こちらに何かメリットはないのか?」

 

 「カールの守りの件を女王陛下のお耳に入れるというのはどうだい? アタシの兄様が騎士団長をしているからその伝手を使ってね。ついでに二年後は疎開でも何でもしてやるさね」

 

 げげっ。カール王国の騎士団長ってロカの後釜、確かホルキンスだろ?

超竜軍団長バランと剣のやり取りで互角だった達人だ。北の勇者ノヴァよりも強いと思われる。

騎士団としてはリンガイアよりカールの方が格上のはずだから。

 

 本編ではホルキンスとバランは剣で決着がつかず、竜の紋章を解禁したバランが勝っていた。

 

 しかもバランは不意打ちで紋章閃を使ったんだったな。

あえて一度剣を納め、右手で自らの額を隠してから見えないように紋章を発動。

そのまま斬りかかってきたホルキンスに対し、カウンターの紋章閃を突き刺して倒したのだ。

 

 本編の雰囲気からして、ホルキンスはたぶんレベル四十ぐらいある気がする。

俺とへろへろの二人で戦っても勝てる気がしないんだが。

 

 一応は本編知識を生かして、俺がへろへろにいろいろと仕込んではいる。

『アバン流刀殺法』の斧バージョンに当たる『大地断』、『海波断』を我流混じりで教えたが、

直接アバンの指導を受けたのならともかく、通用しない気がぷんぷんするぞ。

 

 「剣の勝負を受けてもいいが条件がある」。ここは譲歩条件を引き出さないと危ない。

 

 「なんだい? 条件って」

 

 「カールの騎士団長だったら地上最強ってことだろ。俺のレベルが高くても通用するわけない。だからニ対一の戦いとして俺とへろへろが組んで戦う。さらに俺たちがギブアップする前に相手に一発でも入れたら勝ち。この条件以外飲めない」

 

 「うーん。……まぁしょうがないねぇ。それぐらいならたぶん大丈夫だろうし……」

 

 小声でしばらく悩んだ後にリライザはその条件で許可を出した。

大丈夫だろうしってなんだよ。一対一でやってたらひどい目に合わされるところだったぜ。

 

 こうして俺たち二人とカール王国騎士団長ホルキンスとで試合が行われることになった。




今回のお話について作者の独り言
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=237245&uid=308067


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俺はでろりん、カールの騎士団長と決着をつけるぜ!

 試合を控え宿に戻ると、一通の郵便物が届いていた。

 

 差出人の名はエイミ。三年前から手紙のやり取りをしている。

別れてしまった仲間、ずるぼんたちと合流するためには、情報が少しでも欲しい。

代わりに俺の近況を綴って返信するのだが、これがストレスの解消にもなっていた。

 

 さっそく便箋を開け、中身を取り出す。

 

 カサカサ、パラッ。

 

 手紙を開くと同時に、ふわっと広がるフローラルな香り。鼻をくすぐる甘い香水の残滓。

目線を下に移すと、花のイラストに仕切られた内側で、可愛らしい文字たちが踊っていた。

 

 うん。これはいつものエイミの手紙だ。香り付きの手紙は素敵だと思う。さすがは女子。

 

 ん、なになに? 

 

 

    ◇

 

 

 あのね、うちの姫様がでろりんに会いたいって言ってるの。

近頃は王国の外のこと、何でも知りたがるようになって。

 

 ほら、でろりんは世界中を旅してるでしょ。あたしとの手紙を見られちゃったんだけど、

そうしたら姫様、でろりんとお話してみたくなったんだって。

あと王宮の中じゃなくて、お忍びのプライベートで街を歩きたいみたいなの。

 

 肩の力を抜いて、軽いデートみたいな感じでいいからお願いしてくれる?

姫様に内緒で、あたしも二人から離れてこっそり控えておくから大丈夫よ。

 

 あとこの前なんだけど、でろりんがなかなか返事出してくれなかったら、心配した!

今度はちゃんとすぐ書いて送ってね。というか早くパプニカに戻ってきて。

 

 ずるぼんさんとまぞっほさんはまだ見つかってないけど、

冒険者の間で、それらしい目撃情報は有ったみたい、今度はアタリだといいね!

 

 ……。

 

 

    ◆

 

 

 後半部分はいつものように、たわいもない事が書いてあった。

俺にとってエイミはパプニカ三賢者の中で一番の味方。ありがたい存在だ。

 

 よし、決めたぞ。ホルキンスとの戦いが終わったら、久しぶりにパプニカに行ってみよう。

 

 レオナ姫には恩義があるし力になりたい。籠の中の鳥だって外の風に吹かれることは必要だ。

遠くから、新しい空気を運んでくる風。自由に吹き、身分に関係なく平等に体を包む風。

そういう役割を、俺に求めているのかもしれないな。

 

 ……朝が早いから、そろそろ寝ないといけない。明日は全力でぶつかるのみだ。

隣ではへろへろが寝ている。彼には気を遣わないで済むところが助かっている。

 

 相棒がおしゃべりな場合、沈黙が続くと気まずいし、機嫌を損ねたかと身構えてしまうが、

へろへろはそういうのに関係なく、いつもと同じ。だから俺も安心して寝食を共にできる。

寡黙には大きな利点があることを、彼と過ごした三年間で知ることができた。

 

 あとすぐ眠るところもいいな。今日も一緒に寝て明日からがんばろう。

 

 ……。

 

 

 翌日の早朝、俺達は騎士団の庭みたいな広場に立っていた。周りには朝練中の騎士たち。

どうやらホルキンスは忙しい合間を縫って、俺たちとの相手をしてくれるらしい。

 

 レフェリー役は、昨日世話になったリライザ――ホルキンスの妹――が務めるようだ。

練習用の剣と斧を各々持って、俺たちはカール王国騎士団長ホルキンスと相対する。

 

 差し込む朝の光と爽やかな冷気が心地良い。動けば気持ちいい汗をかけそうだ。

 

 正面を向くと、逆立つ髪と凛々しい目、勝ち気な男の姿があった。

彼はどっしり構えるというよりも、自分からガンガン攻めてくるタイプなのだろうか?

 

 スーッ。リライザが息を吸った。いよいよ開始を宣告するのだろう。

 

 ――ファイト!

 

 試合開始を告げる口の動き。

そこから生じた甲高い声が、周囲の空間へと伝搬していく。

 

 俺の眼前。

目をギラつかせた騎士団長。

 

 もうこれ以上は待ちきれないという表情だ。

 

 レフェリーの声がその耳に届く瞬間。

地面を激しく蹴って、いきなり斬りかかってくる――

 

 という俺の予想は外れたようだ。

 

 ホルキンスは意外にもその場を動かない。

こちらの様子をうかがっている。

 

 周囲には観戦している騎士たちの姿。

学習目的の彼らに配慮して、待つことを選んだのだろうか。

 

 ならば、こちらから先手を取るまで。

 

 『時間差攻撃』

 

 へろへろに作戦の指示を飛ばす。

身のこなしの速度差を埋めるムーブだ。

 

 ドガドガドガッ! ダッダッダッ!

前方で大きく地を蹴る音、それに続く小さな足音。

 

 俺の先頭を走る戦士は、相手から遠い位置で振りかぶる。

そこから次第に前傾姿勢。

 

 やがて体ごと前に倒れ込むように、全力で斧を叩きつけにいった。

 

 へろへろの大技、岩をも砕く『大地断』。

 

 その巨体から捨て身で放つ渾身の一撃だ。

身のこなしが遅い分だけ、遠い距離から攻撃を始動している。

素早い相手に先の先を取られない工夫なのだ。

 

 その分、対応される時間は与えるが、後ろから躍り出る俺がカバーすればいい。

 

 呪文は禁止ではない。

俺は前を行く背中に隠れるように、こっそりと呪文を唱えていた。

 

 左手に爆裂光球。右手には練習用の剣。

へろへろの真後ろに続いて、地を駆ける。

 

 『大地断』、『イオラ』、『海波斬』。

 

 目指すはこのコンビネーション。ごく短い時間で叩き込む三連攻撃だ。

 

 最後の『海波斬』は我流が入っている。

だが剣速を可能な限り、高めた一撃には変わりがない。

 

 俺たちに先手を譲ったことを後悔させてやるか。

 

 ホルキンスともいえども、瞬間火力を意識したこのまとめ撃ちには対応できまい。

最初の『大地断』を避けたとしても、地面が爆散、土埃や礫の弾幕を巻き上げるのだ。

あとはへろへろの影からイオラを撃って、斬りかかるだけの簡単なお仕事。

 

 カッコよく勝てば、エイミへの良い土産話になるだろう。

レオナ姫はカール王国に憧れをもっているので、微妙か?

 

 そのように少し気が緩んだ次の瞬間だった。

 

 ギャキイィィィーーーン!

 

 激しい金属音。観戦者たちの歓声。

その直後、へろへろの背中が振り子のように戻ってきた。

 

 近づいてどんどん大きくなるその巨体。

俺の視界を全て覆い尽くさん、とばかりに迫り来る。

 

 ムゴッ!

 

 真後ろにいた俺は、へろへろの背中に、顔を激しくうずめてしまう。

ホルキンスはへろへろの『大地断』を、なんと真正面から押し返したようだ。

 

 フムゴッ、嘘だろおい! 

絶対避けると思ったのに、アレを受け止めるのか。クロコダインかよ。

 

 それでも俺が後ろから衝突したのだ。

その分の運動エネルギーは、確実にへろへろに力を与えていた。

再び押し返して拮抗。そこから力比べの様相を呈していく。

 

 チャンスだ。

僅かな時間で回り込み、俺はへろへろの背中から脱出した。

 

 巨体から繰り出された斧を、剣で受け止めているホルキンスの姿。

俺がそこに横槍、もとい横イオラを入れたらどうなるだろう?

 

 もうそれだけで勝負はつきそうだ。

こちら側はホルキンスに一発入れるだけで良い、というハンデ戦。

逆に相手は、俺たちの心をへし折ってギブアップさせないといけない。

 

 しかしそこで、俺の手は止まる。

このまま爆裂光球を投げれば、へろへろにも被害が出てしまうだろう。

 

 あくまでホルキンスが、最初の『大地断』を避けることを前提に、攻撃を組み立てていた。

真正面から受け止めてくることは、想定していなかったのだ。

 

 メラミならともかく、イオラでは使い道に困る。

勝つのはいいが、試合ごときで相棒を怪我させられない。

 

 そう考えた俺は、あたふたしながらも、『海波斬』に切り替えて斬りかかる。

だが、直前のためらいは、相手に十分な時間を与えていたようだ。

 

 ホルキンスは剣を滑らすように、へろへろの斧をいなす。

そして、そのまま俺の動きにもあっさりと対応してきた。

 

 一連の動作で一切バランスを崩すことのない、流れるような体の運びと剣捌き。

その結果、前につんのめったへろへろが、俺の体とぶつかってしまう。

 

 ポカリポカリ。

そのまま二人まとめて一本を取られてしまうのだった。

 

 「さすがは団長。でもあいつらも凄いな。戦士のパワーなんか大したもんだ」

 「違いねえ。おれたち五人がかりでも、団長にはもっとあっさりやられるもんな」

 「もう一人の方は、呪文を使えるみたいだったぞ」 

 「そろそろ移動しないといけないが、もっと見たいよなぁ」

 

 観戦者たちの感心する声が聞こえる。

 

 ……。

 

 ムムム、強いな。

これは一発入れるのは容易ではないぞ。

 

 初めて対峙する、圧倒的な強者と言えるだろう。心が折れないように奮起するんだ。

 

 同じ強者でも、相手がザボエラやバランだったら、一発で殺されてしまうはず。

今日はリスクなしで、貴重な戦闘経験を積める。そのことに感謝しなければならない。

 

 気持ちを切り替える。真っ向勝負しすぎたのがダメだったんだ。

俺は呪文を使える。もっと相手の撹乱をすればいい。

 

 目をギラつかせたホルキンスは、相変わらず待ってくれている。

普段やりあえる相手がいないから、戦いに飢えているのだろう。満たされない獣の目だ。

 

 リライザは彼を満たすために、俺たちを獲物として差し出したというわけだな。

魂胆が読めてきたぞ。意地でも窮鼠猫を噛んでやる。

 

 へろへろには作戦名『陽炎の剣』を伝えた。

 

 今回は合図があるまで、へろへろは動かない。

 

 俺は剣を持ち替えて右手の三指に点火。

火球三発同時発射。開幕のメラストームだ。

 

 ブワブワブワッ!

三発の火球が螺旋を描くように舞い上がり、熱と炎で周囲を赤く染め上げる。

 

 それが合図だ。

 

 へろへろの前進。

ドガドガドガッっと大きな足音を伴い、速度を増しながら突撃する。

 

 直前に、曲射するように上方へ投げられていたメラストーム。

それはホルキンスの手前で縦方向にスライドして落ちていく。

 

 炎と煙でできたカーテンを、ホルキンスの前方に下ろした形だ。

 

 極端な温度差で、大気中に局所的な密度の異なりが生じ、それが混ざり合うことで光が屈折。

仕切られた幕を通して、その両側ではゆらゆらと視界が歪みだす。

 

 そこにへろへろの『大地断』が迫る。

今度は受け止められないよう、さらに遠くから技を発動。

 

 バゴオオォォォーーーン!

 

 激しい爆音とともに地面が割れ砕かれる。

噴水が吹き上がるように、大量の土砂や石の礫が飛び散っていく。

それらはゆらめきながら、ホルキンスの視界を奪うのだ。

 

 へろへろのターンは、そこで終わらない。

間髪をいれずにさらに前進!

 

 次に振るうは、『大地断』とはまったく性質の異なる技。

 

 速度を生かして、鋭く空気を切り裂く『海波断』だ。

海波斬の斧バージョンに相当する。

 

 だが、さすがはホルキンス。

視界が歪み、封じられた中でも、へろへろにしっかりと反応。

ガチィィィーン、と先ほどより軽い剣戟音と、小さな火花が飛び散る。

 

 その間に俺はホルキンスの死角に入っていた。

 

 もともと見えにくい角度。

しかも土砂、石礫、火炎、煙、陽炎が相手の視力を封じている。

 

 今度はタイミングを間違えるわけには行かない。

ホルキンスの斜め後ろから、速度重視の『海波斬』。

 

 ピシャアアアーーーーー!

 

 鋭く空気が切り裂かれる音。

いけー! ホルキンスの背中にクリーンヒットだぁ!

 

 ……。

 

 気がつくと視界が暗転していた。

体を動かそうとすると、大地の感触がある。

 

 俺は地面に倒れ伏している。

 

 いててて。

頭を押さえて立ち上がるが、またしても一本取られたことに愕然とした。

 

 「今のは何が起きたんだ? 俺の攻撃はどうなった?」

 

 「……」

 

 ホルキンスは黙っている。

 

 どうやら言葉よりも、剣で対話をしたい人らしい。

それとも意図的に発言を控えているのだろうか?

 

代わりに周囲で観戦していた騎士の一人が、俺の問いに答えてくれた。

 

「今のはいい連携だったけど、不思議なことに団長は目を瞑っても相手の位置が分かる人なんだ。視界を封じてもダメだと思うよ。でも団長以外が相手なら勝っていたはずだし、悪い戦い方じゃない。見ていて勉強になる動きだったよ」

 

 むう。ダイのフレイザード戦に、そういうシーンがあったな。

ホルキンスは俺たちの闘気を感じ取れるようだ。虚をついたつもりが、バレバレというわけか。

 

 ホルキンスの強さは完成されている。そして彼が率いる騎士団も強いのだろう。

『ダイの大冒険』本編での、カール王国に対する評価を思い出す。

 

 『いかなバランでもカールだけはそうそう落とせんはず』

この評価は、竜の騎士の強さと恐ろしさを知っている、魔軍司令ハドラーからのものだ。

 

 ザボエラがカール陥落を知ったとき、目と大口を開けて驚いている。

汗びっしょりになりながら、鼻水を垂らして、次のように言っていた。

 

 『ば……化け物だ。この男は……。強力な騎士を何十人もかかえていたこのカール王国までも……五日で壊滅させてしまいおった……!!!』

 

 魔王軍の幹部からも一目置かれていた理由。それを身を持って知ることが出来た。

 

 ……。

 

 俺は再び立ち上がる。

 

 周囲で見ている騎士たちは少なくなっていた。

どうやら各自の練習に入ったようだ。

 

 この場は、俺たちが個人的に稽古をつけてもらう形になっている。

もはや緊張感も珍しさもないのだろう。

 

 それから何本か取られた後、とっておきの策を使うことにした。

これが通用しなければ降参だ。

 

 何度繰り返したかわからない光景。

 

 待ってくれるホルキンスに俺たちが挑みかかる。

 

 今度はメラストームで適当に視界を封じ、右手で剣を握り直して斬りかかるが、

このときに手首を内側に返して、握りは浅めのポジションを取った。

 

 力が入らない不自然な持ち方。

その違和感は、ホルキンスの視界を遮ることで、文字通り覆い隠す。

 

 へろへろが前進する。

ホルキンスはへろへろの『海波断』を軽々と受け流し、間髪入れずに俺の剣を払おうとした。

 

 ここまでは先ほどと似たような流れだ。

 

 やがて互いの剣が交わる瞬間、指の力を抜いて剣を手放した。

それはホルキンスの剣閃に弾かれ、勢いよく飛んでいく。

 

 俺は、その下をくぐり抜け、手の内に作っておいた、ある呪文を発動する。

 

 ――ギラッ

 

 閃熱呪文ギラ。放出速度が最も速く、目で見てからでは避けられないといわれる呪文だ。

 

 闘気を読まれてしまうなら、呪文で不意打ちすればいい。

明らかにおかしな剣の握り方になっていたが、視界を遮っておいたことが功を奏した。

 

 闘気を感じられたとしても、目は開いていたほうが良いのだ。

 

 サーッ、ギラギラギラ……。

 

 ホルキンスの胸に俺のギラが刺さって直撃している。

 

 今回のムーブを説明すると、本編でバランがホルキンスに使った戦法と同じことをしている。

右手で額を隠しながら紋章を発動し、至近距離からカウンターで心臓を貫いた紋章閃。

それのギラバージョンだ。準備中のギラを剣で覆い隠しておいた。

 

 その代わり、一連の流れで俺の剣は、飛んでいってしまったな。

剣ではなく呪文なので、これで一発入れたことになるかどうか、少し自信がない。

 

 そこにへろへろが現れる。

くの字に曲がるホルキンスの体を、斧でチョコンと撫でていった。

 

 「……」

 

 予想外の攻撃をもらって、ホルキンスは驚いた様子だ。

 

 だが、異議はない模様。

ようやくこの人に一発入れることに成功したぞ。

 

 うおおおおおおおおおおーーーーーーー!

 

 やったあ! これで文句なしに俺たちの勝利だ。

汗と泥まみれだが、気持ちがいいぜ。

 

 ホルキンスは深々と一礼。やがて無言のまま去っていった。

ふと周りを見ると、あれだけたくさんいた騎士たちは既に移動しており、誰もいない。

 

 まさか俺に花を持たせてくれた……わけじゃないと信じよう。

まじで強かったな。疲れて地面に寝っ転がりたい気分だ。

 

 はぁー。バランは紋章無しでこの強さってことだもんな。

やっぱりダイに任せよう。

 

……などと考えていると、軽快な音が鳴り響く。

 

 パチパチパチパチパチッ!

 

 リライザが珍しいものを見た、という表情で拍手をしていた。

 

 「アンタたちやるねぇ! もう七年ぐらい攻撃もらったことなかったのに。そのうちサシで戦えるようになるんじゃないかい? 兄様もちょっと楽しそうだったよ」

 

 「いやー強かったな。疲れたがいい経験になったよ。あと約束の件は頼むぜ」。念を押す。

 

 「はいはい。カールの守りの件だね。しかと女王のお耳に入れるようにするさ」

 

 「あと旅立つ前に、呪文の契約をさせてもらってもいいか」

 

 「構わないよ。アンタが本当にライデインを使えるようになったら、兄様でも危ないかもね」

 

 ……。

 

 こうして俺は新しい呪文の契約をした。

 

    ◇

 

【ホイミ】【ニフラム】【ルーラ】【アストロン】【リレミト】【ラリホー】

【マホトーン】【トヘロス】【ベギラマ】【ライデイン】【ベホイミ】

 

    ◆

 

 契約しても、実際に使うまでは大変だ。

パプニカに向かう船の上で、ホイミぐらいは使えるようになりたいな。

 

 それよりも向こうについたら、レオナが待っているんだ。

デートだデート。




 感想ありがとうございます。
今回は戦闘描写を一回書き直したので、遅くなりました。
一文を短くして、空白を増やすとスピード感が出る気がします。

 原作の時点でホルキンスは、ノヴァより強いと個人的に考えています。
年齢差があるので、ノヴァが将来全盛期を迎える頃にはわかりません。

 次は要望が多かった女性との絡み。デート回です。
せっかく男の子キャラを主人公にしているので、こういうのは必要ですよね。
デルムリン島を攻めて、ゴメちゃん捕獲する前にやっておきたいです。


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俺はでろりん、レオナ姫とお忍びのデートをするぜ!

 俺たちを乗せた船が、パプニカに到着したのは昼過ぎ。

その後、夕暮れを合図に、お忍びの姫とデートする運びになっていた。

 

 レオナとはごく短い時間、顔を合わせただけの関係に過ぎない。

それでも本編知識を通して、どういう人かはおよそ分かっている。

向こうの方もエイミ経由で、俺の情報をしっかり掴んでいるのだろう。

 

 おかげで初対面に近いデートだが、ほどよい緊張感の範囲内にギリギリ収まっていた。

 

 ――先ほどまでは。

今はそのゲージも、少しずつ目減りしている状態。

約束の時刻をこうも待たされると、さすがにな。

 

 刻々と色を濃くする鮮やかな夕焼けは、あと僅かな赤色を残すだけ。

その黄昏も間もなく終わって、空の主役は、煌々と輝く満月に交代するところだ。

 

 それでも気長に待ち続ける。このデートは向こうが要望してきたことなんだ。

いざとなれば、エイミが何とかしてくれるだろう。

 

 ……そう考えていたときだった。

 

 ポンポン、後ろから肩を叩かれる。

見返すと、帽子をかぶった可愛らしい女性が、上目遣いでウインクしていた。

 

 「でろりんよね? おまたせー! ちょっと抜け出すのが遅くなっちゃって」

 

 「はい、でろりんです」。少しキョドってしまった。

 

 気を抜いていたところに、急に背後から話しかけられたせいだ。

その反応がおかしかったのか、レオナはくすっと笑い、やがて口を開いた。

 

 「ええと、そういうのいいから。今はお姫様じゃなくて、普通のお嬢さんだと思ってくれる? あたしの人脈ってけっこう偏ってるから、でろりんみたいな無頼の人と話してみたかったのよね。『でろりんです』なんてガラじゃないの知ってるわよ。敬語はナシでお願いね」

 

 「分かった。でも俺ってそういうイメージだったのか……」

 

 「その通りよ。あとでろりん、最後に今日はお酒飲むわよね?」

 

 ぐいぐい来るレオナ姫。デートコースやお店などの確認か?

大人びて見えるのは、男として悪い気しない。それでも俺は十八歳。お酒はちょっとまずいな。

 

 「冗談だよな? まだ二十歳未満だし、あれから違法行為はなるべく避けているから」

 

 やっぱり未成年の飲酒は感心できないし、バレて問題になるのも避けたい。

苦笑いで切り抜けようとしたが、ノリが悪いと思われたかもしれない。

 

 「なによそれー」

 

 案の定、ジト目で見られた。

そして頬を膨らませながら、ツンツンと俺の頬を突っついてくる。

 

 「い・ほ・うって、一体どこの国の法律なの?」

 

 ああそっちか。まだ変なところで、日本の感覚が抜けていなかったようだ。

 

 「いいかしら? ここはパプニカ、あたしが法律なの。だからあとでお店で一緒に飲みましょ」

 

 都合のいいときだけ元の身分に戻る、したたかなお姫様。

一緒に飲む? 俺は百歩譲ったとしても、レオナはまだ十四歳のはずだが……。

 

 だが、それを口にする勇気はなかった。

城を抜け出してのお忍び。きっと酒を飲めるチャンスとして狙っていたんだろうな。

 

 郷に入っては郷に従え。ここはレオナ姫の言う通りにするしかない。

前世のヨーロッパでは、十六歳や十八歳で飲酒できる国もあったんだ。

ドイツに至っては、十四歳でも同伴者さえいればビールなどを嗜める。

 

 そういう国に日本人が旅行したら、向こうの法律に従うだけだ。

つまり、俺もレオナも酒を飲んでヨシ! 

 

 「うーん。まだちょっと、人通りが多いわね。抜け出したことがバレて、騒ぎになると困るし。ねえでろりん、月見が丘に行かない? ちょうど今日は満月だし、上から眺める王都もいいわよ。そこまで歩きながら話しましょう」

 

 俺はパプニカに土地勘はないし、このままデートの主役に従うだけだ。

妙に詳しいレオナは、きっと時々抜け出してるんだろうな。

 

 日が完全に落ちたので、街の灯りでレオナの容姿を再確認してみる。

柔らかな白い肌、流れる金髪、深い琥珀の双眸。……お姫様らしい高貴な面貌だ。

その上には、ふかふかしたベージュの帽子。落ち着いた色合いが可愛らしい。

 

 身なりは、平和な世相を反映して、原作よりも柔らかい感じがする。

淡い緑系、千草色のワンピースと、羽織った白いカーディガン。

後者は大きなフリル付きで、袖口が膨らんでいる。気品を備えつつもガーリーな雰囲気だ。

 

 そして恵まれた環境のせいか、庶民よりも発育が良い。

まさかこんな素敵な女の子と、二人きりで歩ける日が来るとはな。

ストイックな日々が続いていた分、こういうご褒美があってもいいだろう。

 

 目的の丘を目指して歩いていくと、やがて町並みが途切れた。

レオナを照らすのは月光へと切り替わり、やや青みを帯びたシルエットとして映し出す。

月の光に撫でられ、研ぎ澄まされたその姿は、息を呑むほど美しい。

 

 「どうしたの?」

 

 「い、いや。月だけでも結構見えるもんだな」

 

 「そうね、好きよ。強すぎる光はときに害をもたらすけど、月の光は誰も傷つけない優しい光。できれば、あたしもそういう女になりたいわ、なんてねっ」。そう言ってウインクしてくる。

 

 強すぎる光。確かに本編のダイはそれ故に、人々から疎まれていた。

鋭い閃光は周りを傷つける能力がある。レオナはどうだろうか? その象徴は『正義』の光。

しかし、女性らしい柔らかさも備えている。皆を導くことができるかもしれない。

 

 ……。

 

 というか、はっきり見えているときよりも、レオナが大人っぽく見えるな。

うっかり油断すると、本当に女性として意識してしまいそうだ。

茂みを避けて細い坂道を歩く。心地よい空気と虫の音が高揚感を誘う。

 

 「ねえ質問。でろりんはどうして世界中を旅しているの?」

 

 「どうしてって言われても、どうしてだろうなぁ、ちょっとだけ待ってくれ」

 

 前世の記憶が戻る前から、旅自体はしていたな。

冒険者か。なんだかんだ言っても、俺はそれしか生きる術を知らなかった。

 

 最初に与えられたものを手にして、その延長線上でやってきた感じだ。

反抗していたつもりが、親父が敷いたレールの上を歩かされていたようで悔しい。

だが実際、呪文や戦闘も得意だったからな。

 

 そのことを、前世の部分を除いて、レオナに話した。

転生や未来のことは、すぐに軽々しく言える内容ではない。

 

 「冒険者といっても、意外と自由ではない感じなの?」

 

 「それは稼ぎがあるかどうかと、冒険の目的にもよるだろうな」

 

 「じゃあ今のでろりんの目的は何? 言えないようなこと、じゃないわよね」

 

 「再び魔王みたいなのが現れたとき、少しでも人々を助けられるようにかな。無いとは思うが」

 

 「……」

 

 レオナは目を丸くしている。

そして少し間をとった後、その口が大きく開いた。

 

 「きゃー! すごーい! かっこいい!! まさに勇者って感じよね! さらっと言っちゃってもう」。そう言って肘で突っついてくる。

 

 未来を知らない分、呑気なものだな。

やがて少し落ち着いたレオナが口を開くと、自身のことを喋りだした。

 

 「王女といっても、過去の王族の慣習や周囲の人たちに決められたレールの上を歩くだけなの。たった一つの人生でしかないのよね。全てを知ることは出来ないし、できることも限られている。でろりんは、その正反対なイメージがあったから、直接話してみたかったのよ」

 

 「王族でも庶民でも、一つの人生に向き合って、がんばって生きるしかないってことだな」

 

 「そうよねー」

 

 やがて頂上に着いた。王都が一望できる斜面に二人で腰掛ける。

満月の光に照らされて、下の街並みの形や、遠くの稜線を確認できた。

パプニカ城の輪郭も深く浮かび上がっている。神秘的、そして厳かな佇まいだ。

 

 「そうそう、それでね。あの後アポロったらね……」

 

 「ああ……」

 

 思ったことを二人で口にして、親しげに喋る。

この丘に来れば、もう互いの立場などは関係ないのだ。

 

 あくまで月光に蒼く照らされた、影絵同士のやりとりに過ぎない。

そこにはただ二つのシルエットがあるだけだ。そして互いの境界はぼやけている。

言葉を交わし、心の構えを解く。すると自然と溶け合うように距離が縮まる。

 

 若干青みを帯びた弱い光が、彼女のシルエットが持つ、柔らかさと包容力を演出。

そのことも、より喋りやすくしているのかもしれない。月夜の神秘だ。

 

 「ねぇ、せっかくだから腕を組んでみない?」。鈴を転がすような声。

 

 俺とレオナが肌を接するのはまずいが、今ならば、単なる影絵同士の重なりに過ぎない。

ここでのやり取りは、この場所に置いて帰ればいい。それで無かったことになる。

 

 やがて訪れる、この世のものとも思えないほどの柔らかい感触。

でも今は良いんだ。もっともっと近く。

 

 ……。

 

 月だけがそれを見ていた。

 

 

    ◇

 

 

    ◆

 

 

 夜が更ける。

やがて俺たちは街に戻ってきていた。

 

 「だいぶ人通りが減ってきたわね。歩きやすいわ。次は居酒屋ね。『森の幸』などを食べながらお酒を飲むところが、近くにあるらしいの。ワインがいいかしら」

 

 どうしても酒は飲みたいらしい。

デート中は身分差を忘れる約束だから、勘定は俺が払う。その分楽しもうか。

 

 両手をブンブンと、大げさに振って歩くレオナ。

無邪気な笑顔だ。肩の荷が下りるとは、こういうことを言うのだろうな。

それを見ているだけで、俺も楽しくなってくる。少しでも役に立てたことが嬉しい。

 

 しばらく歩くと居酒屋が見えてきた。

俺を先頭に、レオナは顔を伏せ気味にして入店する。

正体がバレるとまずいので、店員との対応は全て俺がしないといけない。

 

 入口側の席に案内されそうになったが、一番目立たない奥の席に変えてもらった。

ルックスの良い客を手前側に、その逆は奥に座らせる、というお店も世の中にはあるらしい。

 

 「メニューがいろいろあるな。レオナもさすがにここに来るのは、初めてなんだろう?」

 

 「そうね。庶民の人気店らしいけど、さすがにでろりんと一緒じゃないと来れないわよ」

 

 「ワインを注文するとして、つまみはどうするか。一番高いのと二番目に高いものを頼もうか。それだったらレオナも食べられるだろう? 勘定は俺が持つよ」

 

 「あ、違うの。逆に一番安いメニューと、二番目に安いのにして欲しいのよ。今まで食べたことないものを食べてみたくって。高いのはいつでも食べられるから」

 

 なるほど。さすがお姫様は言うことが違うな。

ワイン二人分と、一番安いメニュー二つをよく分からないまま適当に注文した。

あとは来てからのお楽しみだ。

 

 できれば量が多いと良いんだがな。なるべく食べさせて、お酒の量を減らしてあげたい。

原作でも『ワインなんてお酒のうちに入らないわ』と言って、悪酔いしていたからな。

 

 するとすぐに店員が、山盛りの栗! を持ってやってきた。しかも皮付きだ。

 

 「茹で栗です。カキフライは調理中なので、もう少々お待ち下さい」

 

 な、何だって! カキフライだって? それって『日本食』だろ?

いや、『牡蠣』を小麦粉、卵、パン粉を使って油で揚げれば、どこでも同じか?

でもそれで安いってことは、量が少なそうだな。

 

 「そのカキフライっていうのは、一般的な料理なのか?」。店員に質問する。

 

 「新メニューですね。異国から伝わった創作料理なので、珍しくて人気なんですよ」

 

 なるほど。これは是非、元日本人としてレオナに食べさせてやりたい。

前世の俺は、エセ日本食には厳しかった。ちゃんとしたものが出てくると良いのだが。

 

 ……そう考えていると、レオナの困った声で我に返る。

 

 「ねえ? でろりん、これってどうやって食べればいいの?」

 

 固い皮付きの栗の山。それを前にして、レオナは呆然としていた。

 

 「皮を剥いて食べれば良いんじゃないか?」

 

 慣れない手付きで、必死に栗を剥くお姫様。手汗をかいているが大丈夫か?

皮は俺が剥くことにする。カキフライが来れば、状況は変わるだろう。

 

 「へー、そうやって食べれば良かったんだ。難しいわね。それとでろりんは頼りになるのね。 あたしの専属騎士になってほしいぐらいだわ」

 

 「パプニカって騎士ではなく賢者の国だよな。レオナにはパプニカ三賢者がいるだろ?」

 

 「あたしね、本当はカール王国に憧れているの。最強の騎士団がいるというのも、羨ましいわ。賢者もいいんだけど、やっぱりお姫様は、自分を守ってくれるナイトに憧れるわけなのよー」

 

 そう言いながら、こっちを見つめてくるレオナ。

 

 「ん、いやーそれは……」

 

 「あー! でろりん赤くなってるー」

 

 なってない、なってない。

いや、なってるか。冗談交じりとはいえ、お姫様に口説かれているんだもんな。

 

 「お待たせしました。ワインとカキフライです」。店員が来てくれた。ナイスタイミング!

 

 しかも、ちゃんとカキフライしてるじゃないか。衣もサクっとしてそうだ。

出来は良さそうだが……。

 

 「ちょっと待った。このカキフライにはタレがないじゃないか」。思わず指摘する。

 

 「へ? あ、タレですか? では少々お待ち下さい」。そう言って店員は戻っていった。

 

 惜しいな。やっぱりタレがないとなぁ。俺はともかく、レオナに食べさせるんだし。

よし、あとはワインだワイン。

 

 ふと向き直ると、レオナはワイングラスをクルクルと回していた。

とても上品な仕草で似合っている。見様見真似だろうが、大したものだ。

 

 乾杯! そしてまずはワインを一口。

 

 ……なるほど。穏やかで、果実味が豊かな感じがする。

初めてでも飲みやすい部類だな。レオナも美味しそうに飲んでいる。

 

 そこにカキフライのタレが来た。味見したがこれなら合いそうだな。

さっそくタレをかけて、その小皿をレオナに差し出そうとする。

 

 「んんーーーー! このワイン最高! 栗も手間がかかるけど、食べられないことはないわね。そしてこれは、カキフライっていうのね、変わった食べ物なのねー」

 

 「俺はその料理、ちょっと知ってるんだ。最高に美味いぜぇ、レオナの食べる顔が楽しみだ」

 

 「ええと、これは外側は剥かなくてもいいのよね? 剥いたほうがいい?」

 

 ダイエット目的で衣を剥がす女子がいることも確かだが、見た目が汚いのでやめてほしい。

それに量はそんなに多くないから、パクっといって大丈夫だろう。

 

 「待った! それは剥かない。その衣が美味しいんじゃないか。そのまま齧ってみろよぉ」

 

 思い切った表情で、口に入れるレオナだったが。

 

 「んんーーー?? なにこれ? なんか中がべちょべちょしてるんだけど」

 

 ふむふむ。それで?

 

 「んーー、なんか変な感じ。タレのベタっとした味と、中の変な甘さが独特よね」

 

 食感はたしかにそうかも知れない。

でもそんな味だったか? きちんと調理したんだろうな? エセ日本食は許さないぞ。

 

 パクッ。

俺も一口食べてみた。

 

 「よく揚がってると思うけど、な? ……なんだこの味は、変な甘さが気持ち悪い」

 

 「でしょー、やっぱり安いメニューにしたのは失敗だったかしら。でも勉強にはなったわ」

 

 最初からそういう食べ物だと思えば、悪くはないかもしれない。

だが期待した日本時代の味と、あまりにも違うからなぁ。

 

 自分で汚いと思ったばかりだが、衣を剥がして中を確認する。

まったく何をどう失敗すれば、あんな味になるんだ。

 

 ……。

 

 やがてカキフライの衣の中から身が姿を表す。白……ではなく、柿色の身が。

 

 ん? ええ? なんだこりゃ。

 

 は? バカじゃないのこれ。果物の柿じゃないか。

 

 このカキフライは、『牡蠣』のフライではなく、『柿』のフライだ!

騙されたー!

 

 そういえば、『森の幸』を食べられる店だったことを忘れていた。

柿もまずくはないが、このタレが致命的に合わない。

タレを頼んだときに、店員が変な顔をしていたのはそのせいだったのか。

やられたー!

 

 レオナはつまみが合わなかったせいで、どんどんワインを飲んでいく。

これは悪酔いしそうだなぁ。十四才がそんなに飲んだらまずいだろ。

急性アルコール中毒にでもなったら、きっと俺は死刑だぞ。

 

 そう考えたら怖くなってきて、酔いは吹っ飛んでしまった。

一気に飲んだせいか、レオナは視線が泳いでいる。

 

 そうだ、エイミがこっそりと、デートを監視しているはずだ。

そろそろ止めてくれよ。周囲を見渡すと、新聞を広げて顔を隠した女性の姿があった。

 

今日の楽しかったデート。いい思い出になるであろう一日を、絶対に汚したくない。

宝箱に入れて鍵をかけて、俺の心の中で、ずっと大切に仕舞っておきたいんだ。

 

 席を立ち、顔を隠した女性のところに向かう。そして相手の顔を確認する。

するとそこには、少しムッとした表情のエイミがいたのだった。




 フラグを立ててほしい要望がありましたので、デート回になりました。

 今後ずるぼんたちと合流できたら時間が飛んで、デルムリン島のフラグが立つかもしれません。
 原作通りに、島のみんなをブチのめしてゴメちゃん捕獲するかどうか。
でろりんは迷っています。


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俺はでろりん、ついに仲間たちと合流できたぜ!

 前回の話はちょっとキツ過ぎたかもしれません。
原作でもお酒飲んでるから許してください。


 レオナと酒を飲んだ。誰もいない月夜の丘で二人きりになった。

向こうから誘われたとはいえ、それに乗った俺も悪かったと思う。

羽目を外しすぎた。エイミが心配したり、怒るのは当然だな。

 

 「十四歳のレオナと酒を飲んだこと、怒ってるよな?」

 

 「本当は十三歳になったばかりよ。本人だけは数え年を使って、十四歳って主張してるけど」

 

 少しでも背伸びをしたい年頃ってことか。

それにしてもまじかよ。発育良いし大人びているから気が付かなかった。

 

 いや計算上では、少しおかしいと思っていた。

原作のレオナが十四歳のはずだからな。その本編開始まではあと二年あるんだ。

 

 だが今が十三歳で、本編は十五歳になる寸前だったと考えれば合点が行く。

そして原作では、十四歳で公然と、ワインをがぶ飲みしているシーンがある。

作品的に問題があるわけではないようだ。

 

 「エイミ悪い。グイグイ来たから断りきれなくて。月見が丘でのことも見てたんだよな?」

 

 「……えっと、な、何も見てないわよ。暗かったし茂みのせいで二人を見失ったんだもん」

 

 「そ、そうか。一応、『レオナ姫』とは何も無かったからな」

 

 俺たち自体が何も無かったのは本当だ。

 

 「違くて、ずるぼんさんの最新情報、せっかく持ってきたのに割って入りづらかったんだから。こんな遅くなっちゃってもう! すれ違いになったって知らないからね」

 

 そうか。情報は鮮度が命。明日から探し始めても、間に合わないかもしれない。

せっかく俺のために動いてくれたエイミの好意を、台無しにすることになる。

だから彼女はムッとしていたのだ。

 

 「姫様のことはあたしに任せて、ずるぼんさんを探しにいってちょうだい。これが地図。今日の昼頃、『カンダタ』っていう盗賊を退治にいったはずだから、早く行ったほうが良いかも」

 

 『カンダタ』だって? あいつこの世界にもいやがったのか。

ドラクエⅢなどに出てくる有名な中ボスだ。あの変態的な格好をしている裸マント。

あいつ、結構強かったよな?

 

 「その『カンダタ』というのは有名なのか?」。一応聞いてみる。

 

 「いろいろと根城を変えながら、活動してる盗賊の親分なのよ。パプニカも手を焼いているの。だけど、でろりんの仲間なら、みんなカール騎士団長のホルキンスと戦えるぐらい強いんでしょ? さすがのカンダタも瞬殺だろうから、もう入れ違いになっちゃってるかも」

 

 「な、なんだって! 言っておくが、ずるぼんとまぞっほは、すごく弱いんだぞ」

 

 俺が本格的に強くなったのは、三年間の修行――メタルスライム狩り――のおかげなのだ。

まぞっほのイオを思い出す。ポポポンという情けない音。猫騙しぐらいの効果しかない。

 

 あくまであの二人は、呪文が苦手な魔法使い、ホイミが効きにくい僧侶なのだ。

そんな彼らが『カンダタ』と戦うだと? 何を考えているんだ。

 

 「え? そうなの? ずるぼん、まぞっほ、スタングルの三人といえば、最近パプニカの冒険者の間で、話題になってるらしいのよ。だからすごく強いと思ってたんだけど」

 

 スタングルとは、ずいぶん意外な名前がでたな。

ロモスにいた木こりの少年で、本編のロモス武術大会に出場していた強豪だ。

万能ムチの使い手らしいが、万能ムチが何なのか、そもそもよく分からない。

 

 万能というからには、接近戦もある程度こなせるのだろうな。

後衛二人だけでは心配だが、中衛も入れば少しは安全になるだろうか。

 

 「どちらにしても早く行ってあげて。姫様のことは心配しないでいいから」

 

 エイミに背中を押されて、俺は無我夢中で駆けた。

宿に立ち寄り、寝ていたへろへろを叩き起こして出陣だ。

 

 満月のおかげで、夜中でも行動できるのは助かる。

鍛えまくった俺たちの、脚の速さと持久力は伊達じゃない。

おかげで、やや息が切れる頃には、カンダタがいるらしい塔に辿り着いていた。

 

 塔には灯りがある。暗い部分があれば俺がメラで明かりを灯せばいい。

床には盗賊が何人も倒れていた。戦闘の手間が省けて好都合だ。

 

 そして五階か六階に辿りついたときだった。

――激しい物音。

 

 こっそりと陰から覗いてみると、激しい戦闘の真っ最中だった。

 

 右側には、変態裸マント、全身鎧の戦士。

カンダタとカンダタ子分だな。子分の方は立っているのもつらそうだ。

 

 左側には、若い僧侶の女性、男の老魔道士、若い少年が構えていた。

長い戦いの影響か、僧侶と老魔道士の表情には疲れが見える。

一方で若い少年は、複数の傷を負っているものの、闘志は衰えていないようだ。

 

 この三人は間違いない。ずるぼん、まぞっほ、スタングルだろう。

俺たちが加勢してもいいが、彼らがどこまで強くなったか見ておきたい。

 

 横からこっそり観戦していると、カンダタが大きな声を出す。

 

「よくここまで戦ったな。褒めてやるぜ! だが、俺様を捕まえることは誰にもできん」

 

 確かにドラクエⅢでもあったなぁ。このセリフ。

 

「さらばだ。わっはっは」

 

 カンダタは笑いながらそう言うと、カンダタ子分を前に突き飛ばした。

すでに満身創痍だった子分は、ずるぼんたちの目の前で倒れてしまう。

 

 ガッシャーン。地面にぶつかる鎧が激しい金属音を立てた。

その結果、皆の注意はそこに引きつけられる。

 

 その隙に自分だけ逃げ出そうとしているのだろう。駆け出すカンダタ。

そのまま非常口へ一目散。だが、その足にスタングルの万能ムチが絡みついた。

バランスを崩した彼は、ベタン! と地を這う。

 

 ――ヒャド

 

 スタングルがそう唱えると、万能ムチ全体に呪文による氷の結晶が浮かび上がる。

 

 魔法剣のムチバージョンみたいな感じか?

ムチの色や材質を見るに、特別な木の皮が使われているようだ。

呪文用の杖。その材料となる木を、万能ムチに取り入れているのかもしれない。

 

 確かに万能だな。叩きつけて物理攻撃をしてもよし、呪文を使っても良し。

今回みたいに相手に巻きつけて拘束してもよし。侮れないぞ、万能ムチ。

 

 カンダタの自由は奪われた。あとは諦めさせるだけだ。暴れられると面倒になる。

そしてこの場で一番口が回るのは、女のずるぼんだ。

 

 「天下のカンダタもここまでね! 神妙にしなさい! そうすればあたしは僧侶。子分の治療をしてあげるわ。名高い盗賊のあなたが、重傷の子分たちを死なせてしまってもいいの?」

 

 盗賊にも美学があるだろう。上手く相手のプライドをくすぐるずるぼん。

 

 「わ、分かった。許してくれよ!な!な!」。土下座して許しを請う変態マスク。

 

 「しょうがないわねぇ」。その豹変ぶりに、ずるぼんは呆れた表情だ。

 

 俺は出ていくタイミングを計っている。

どういう顔をして、かつての仲間に声をかければいいのだろうか。

 

 こちらが勝手に蒸発した形だ。相当な心配をかけたことは間違いない。

二度とパーティを組んでくれない可能性もあるな。既にスタングルがいるわけだし。

 

 そうだ、俺もカンダタの横に並んで、一緒に土下座をしてみようか?

情けないが面白いし、許してくれそうな気がする。

だがカッコいい登場というのも捨てがたいな。戦闘が終わってしまったのは惜しかった。

 

 すると、先ほどカンダタに突き飛ばされた子分が、ゆっくりと起き上がる。

ずるぼんたちは気を抜いており、それに気がついていない。

 

 子分は剣を構えたまま、抜き足差し足忍び足。

人質を取られたり、カンダタを縛ったムチを切られたら、この場の形勢は逆転する。

 

 部下を突き飛ばした場面は、情けなく見えた。だが実際はしたたかだったな。

カンダタは必死に額を床にこすりつける演技で、皆の注意を引いている。

そしてついに子分が動いた。

 

 加勢するタイミングが来たぜ。そしてやっぱり俺と言えばこれだろう。

メラストーム。右手の三指に点火、メラ三発同時発射。

火球が螺旋を描くように、周囲を赤く照らしながら飛んでいく。

 

 そのまま着弾。子分は火に包まれて崩れ落ちる。

加減はしたし、一応鎧を着ているから即死はしないだろう。

 

 「よう! ずるぼん、俺もホイミ覚えたんだぜ! 子分たちを回復するの手伝おうか?」

 

 子分の不意打ち、それを防いだ火球。そして俺の登場。

ずるぼんは反応が追いつかずフリーズしたものの、すぐに涙目になって抱きついてきた。

 

 「でろりーーーん! ばかばかばか、でろりんのばかー! ばかばか。ずっと探してたんだよ。夢にも何十回も出たんだから。なんで勝手に行っちゃったのよー!」。ポカポカ叩いてくる。

 

 俺はそれを全部受け止めて、ずるぼんの手が止まるのを待った。

 

 「すまない、やばい奴に目を付けられて命の危険があったんだ。俺に関わると、皆を巻き込むと思ったのであえて連絡を取らなかった。いや、巻き込まれて死んでいるかもと思ったこともある。本当に迷惑かけたな。でもお前たちが無事で良かった」

 

 ずるぼんたちを守ってくれたスタングルには、礼を言わないといけない。

 

 「確かスタングルだよな? 忘れてるとは思うが、魔の森の入り口で道を聞いたことがあって、俺とも一度会ってるんだぜ。ずるぼんやまぞっほの力になってくれて、本当にありがとう!」

 

 「そうか。キミがでろりんか。何度も聞かされたよ」

 

 「でろりんよ。ワシのことも忘れてはおらんじゃろうな」

 

 「まぞっほを忘れるわけが無いだろう。見た目も変わらないよな。また一緒に冒険しようぜ」

 

 ……そろそろ本編知識のことを、少しずつ話したほうがいいのかもしれないな。

信頼を得るためにも必要だし、再び余計な心配をかけないためだ。

 

 たとえば原作通りに進めるのなら、デルムリン島を襲撃してゴメちゃんを奪う必要がある。

だが全てを秘密にしたまま、いきなりそんなことをしたら、白い目で見られそうだ。

はっきりと王様から依頼されるのならいいが、原作ではどうだったか分からない。

 

 ゴメちゃんは一度奪っておきたいんだよな。

 

 その正体は神の涙。所有者の願いを叶える、伝説の生きたアイテムだ。

願いを叶える度に力を失い、その体が少しずつ縮んでいく仕様になっている。

本編で人類が救われた理由の一つに、ゴメちゃんの大きさが十分だったことがある。

 

 勇者たちが勝利できたのは、何度も奇跡を起こしたゴメちゃんのおかげ。

原作でろりんが、黒の核晶の爆発を抑え込めたことも同じ理由だな。

あのときゴメちゃんの力が足りなかったら、地上世界は吹き飛んでいた。

 

 『ゴメちゃんを小さくせず、大きさを保って進行すること』が、これからとても大事になる。

そこで一度身体検査しておきたい。基準となる身長や体重を知りたいからだ。

でなければ、小さくなったかどうかが分からない。

 

 俺自身も保険として、願いをかけておきたい気持ちはあるが、微妙か。

 

 あとは、もう一つ思い出した。

ダイが勇者になる第一歩として、でろりん退治の功績で授かる、『覇者の冠』の件があるんだ。

だから俺が悪役をやりつつ、ゴメちゃんを奪うのは一石二鳥。

 

 しかし、仲間や周囲の人が嫌がるのなら、無理強いするのも考えものだな。

現状はあまり望まれてないような空気を感じる。とにかくどうするか、よく考えるんだ。



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俺はでろりん、ダイの大冒険のことを仲間に話すぜ!

 ここはウッズの塔。先ほどまで盗賊に不法占拠されていた場所だ。

六階にあるバルコニーの眼下では、鬱蒼とした樹林が、月夜の下にうごめいていた。

視線を遠くにやると、パプニカ城の輪郭も小さく確認できる。

 

 「でろりん、一階から三階は盗賊たちの治療が終わったわ」。ずるぼんが戻ってきた。

 

 「上層階も今ちょうど終わったところだ。しかしもうすぐ夜明けになってしまうな」

 

 「それでどうするの? 縛った盗賊を放置して、宿に帰るわけにはいかないわよね。外に仲間がいるかもしれないし。とりあえず今日はここで泊まっていく?」

 

 確かにずるぼんの言うとおりだろう。別働隊にカンダタを救出されては元子もない。

兵士が手伝いに来るまでは、ここで待つしかないようだ。

 

 「ルーラもまだ使えないし、捕まえた人数が多いからしょうがないか」

 

 王都まではかなりの距離があるので、俺たちはこの場所で一夜を明かすことにした。

あとで狼煙を上げておけば、昼頃には兵士が来てくれるはずだ。

 

 「ずるぼんたちも疲れてるだろう? 積もる話は明日にして、もう寝ようぜ」

 

 聞きたいことや、説明すべきことは後回しにして、今は休むことにした。

重大な話ほど、傍にいるからと中途半端に話すよりも、きちんとした場を設けるほうが良いのだ。

 

 横になったまま目を閉じて、俺は今後のことを考えた。

 

 ……。

 

 デルムリン島を、原作通りに攻めるのはやめようと思う。俺たちが強くなり過ぎているためだ。

ダイに倒される悪役になるには、相当の手加減と演技が必要とされるし、かえって不自然になる。

 

 また本編のルートにこだわることは、あと二年間、何もしないことと同義になる。

それは戦略として受け身なのが気になった。例えば、ダイをいつまでも放置するつもりなのか。

その気になれば島に行って、直接鍛えることだってできるのに。

 

 待ちの姿勢を続けた上に、運悪く本編の進行からも外れたら、目も当てられない。

最低限の戦力と、本編の知識を活かして、自分から動くべきではないのか?

 

 だが厄介なことに、悪役でろりんの成敗は、後に連なるイベントの発生条件にもなっている。

島を攻めないのなら、その代替手段を考えなければならない。

 

 たとえば『覇者の冠』の件だ。後に魔界の名工を通して『ダイの剣』となるアイテムなのだが、

神の金属と称されるオリハルコンでできており、これが本編終盤で絶対に必要となる。

島を攻めないとダイの活躍がなくなるので、国王から『覇者の冠』を授かることはない。

 

 またレオナ姫の洗礼イベントや、アバン先生がデルムリン島にやってくる流れも連なっている。

まぁ考えても仕方がないから、そろそろ寝ようか。

 

 

    ◇

 

 

    ◆

 

 

 半日後、カンダタは無事に連行され、俺達はパプニカの宿に戻っていた。

新たに大きめな部屋を借り、テーブルを挟んで、今は皆と向かい合っているところだ。

 

 さて、昔の仲間に対して、どう切り出すべきか。

向こうからすれば、俺は勝手に失踪した形だ。きちんと説明をしなければならない。

 

 そうして悩んでいると、対面のずるぼんと目が合った。

大きなブラウンの瞳が、こちらに視線を投げかけている。

艷やかな紅紫の髪、小麦色の肌、目鼻立ちのきりっとした顔。

 

 三年見ないうちに、ずるぼんは凛とした雰囲気を纏うようになったな。

そのトパーズの双眸からは、キラキラと眩い希望の光がこぼれ続けていた。

 

 「スタングルとは、いつ仲間になったんだ?」。とりあえず、こちらから質問をしてみる。

 

 「そうねぇ、あの日はロモスで武術大会があったでしょう? 予定通りに出場することにして、あたしが一回戦で戦ったのが、万能ムチ使いのスタングルだったの。それがきっかけよ」

 

 それを補足する形で、スタングルが淡々と口を開く。

 

 「あの試合で、僕のムチが未完成だったことに気がついたんだよ。ずるぼんさんをうまく拘束したんだけど、バギ系の呪文でムチを切られてしまい、逆転負けをしたんだ。その後、でろりんさんがいなくて困っていた様子だったから、人探しを手伝いつつ、皆と修行しようって思ったんだよ」

 

 ずるぼんが得意げに右手を突き出し、人差し指の指輪を見せびらかす。

それは窓から差し込む陽光に反射し、一瞬キラリンと輝いた。

 

 「じゃーん! 『家庭教師の指輪』、これをでろりんに貰っていたから、バギマを使えたのよ。冒険者になってからも重宝していて、今ならバギクロスだって使えるようになったんだから」

 

 「それはすごいな。もう昔の俺より強いんじゃないか?」。バギクロスを使えるとは驚いた。

 

 その指輪は、アバン先生がくれたもので、『輝聖石』を使ったアイテムだ。

魔力を蓄える効果があり、ワンランク上の呪文を発動するための、手助けをしてくれる。

ベギラマ以上の威力を出すと壊れるらしいのだが、バギクロスは大丈夫なようだな。

『ダイの大冒険』のべギラマは、メラゾーマやバギクロスに匹敵する呪文なのだろう。

 

 「でろりんも強くなったわよね? 雰囲気とかで何となくあたし分かるわ。ウッズの塔のときも、カンダタの子分を殺さないように、とっさに絶妙に加減していた呪文を撃っていたし」

 

 そこまで分かるようになったのか。

ずるぼんには、ある程度秘密を話しても問題なさそうだ。

 

 新生魔王軍のことはへろへろだけに話そうか、と最初は考えたりもした。

彼なら口が堅いし、十分な実力があるので、恐怖にも耐えられるだろうと。

 

 原作の俺たちは、お世辞にも精神力が強いとは言えない。逃げ癖がついていたぐらいだ。

下手なことを言えば、心が折れてしまう恐れがある。

だが、今のずるぼんだったら耐えられそうな気がした。

 

 俺は、まぞっほをチラリと見る。

こちらが一番心配だ。もともと小心者なことは分かっている。

原作よりも条件は良いだろうが、年齢的に、ずるぼんほどの成長は見込めない。

 

 きっと大魔王バーンの話は論外で、魔王ハドラー復活の件にも付いてこられるかどうか……。

 

 「ねぇ。でろりん、あたしに何か、隠し事をしているでしょう?」

 

 「……そうだな、確かにある。だから今からそれを話そうとしていたんだが」

 

 よく考えたら、隠し事いっぱいあるよな。俺の親父が魔族化して襲ってきたこととか。

ロモスで出世するザムザは人間じゃないとか。レオナ姫とデートをしたとかもそうか?

俺が転生者であること、未来を知っていること、ハドラーの復活、大魔王バーンの野望。

 

 みんなに全てを話せないので、取捨選択をして、相手の反応を見ながら話す必要があるのだ。

 

 「ほら、また考え事してる。昔のあなたと違って、いつも難しそうな顔をしているわよね。あの頃は快活なイメージだったのに、今は人に言えないコトを、いくつも抱えてそうな感じ」

 

 鋭いずるぼんの指摘だが、性格が変わったことは仕方がない。

俺がずるぼんといた頃は、前世の記憶が戻る前の、素の『でろりん』だったからだ。

だが今は転生者の日本人。そして日本人というのは気難しい生き物なんだ。

 

 「ほらっ、スッキリするから、全部話しちゃいなさいよ」。そう言って顔を近づけるずるぼん。

 

 「ぐいぐい来るなぁ。昨日会ったときはバカバカと言いながら、可愛く抱きついてきたくせに」

 

 「泣き虫だった頃のあたしは、もうこの世にいないわ。昨日のは、その最後の名残だったのよ」

 

 そこまで言うのなら仕方がない。俺は決心をする。

 

 「秘密を話そうか。俺はこの世界の未来を記した物語を知っている。神様から授かったものだ。その知識を使って、世界を守るための修行をしてきたし、今後は登場人物に干渉したりするんだ。根が深い問題なので、上手くいくかどうかは分からないがな」

 

 それを聞いたずるぼんの表情が、やや険しくなる。

 

 「……マジメな話をしているんだけど、そんなに話せないような理由を抱えているの?」

 

 美人にキリッとした目で睨まれると迫力があるものだ。

いきなり切り出しても、信じてもらえなかったようだ。まぁそりゃそうだよな。

俺だって、こうなる前ならそうだと思う。

 

 何か証拠を示さないといけないわけだ。

俺は未来の出来事や、主要人物の過去などが分かるのだから。

 

 だが今から予言できそうなイベントはあっただろうか?

 

 アルキード王国消滅から本編開始までは、原作での説明が無かった気がする。

かつての勇者、アバン先生が一年後に武器屋の息子、ポップを弟子に取ることぐらいか。

このアプローチでは証明するまでに一年もかかってしまう。

 

 人物に関する知識で攻めるのはどうか。

 

 へろへろは金目の物に弱い。まぞっほは不思議な踊りに弱い。

ずるぼんは……分からない。ダメか。まぞっほの弱点も、魔法使いに共通することだしな。

不思議な踊りは見た者のMPを吸収する効果がある。

 

 だが待てよ、まぞっほ関連のエピソードで使えそうなものがあったぞ。

 

 パプニカで冷遇された大魔道士マトリフが、バルジ島の近くに住んでいる。

彼はまぞっほの兄弟子でもあり、極大消滅呪文の『メドローア』という奥義を持っている。

 

 これならどうだろう?

まぞっほの兄弟子という部分以外は、この場で真偽を確かめようもないが、悪くない。

一つの突破口になりそうな気がする。

 

 さらに、まぞっほにはあの名セリフがあるじゃないか。

そう考えると、原作のでろりんパーティでは、まぞっほが一番優遇されているのかもしれない。

 

 「よし、じゃあ、俺がまぞっほの隠された情報を当ててやる」

 

 「ワ、ワシなのか? 隠された情報って何じゃ。か、勝手に人の秘密を暴くのは良くないのう」

 

 構わず続ける。

 

 「若い頃のまぞっほは、正義の魔法使いを目指して、高名な師匠の元で修行していたんだよな。そうだろう? 例の本には、人物に関する断片的な知識も記されているんだ」

 

 まぞっほはビクついた後に、目を見開いて食いついてくる。

 

 「なんと! ではワシの師匠の名前を当ててみよ。確かにかつては正義の魔法使いを目指しておった。それが今では、こんな風になってしまったんじゃ。触れられたくない苦い思い出じゃよ」

 

 「……」。俺は考え込む。まぞっほの師匠の名前は、作中には出てこない。

 

 「どうしたんじゃ? ワシの師匠の名前を当てて見せたら、お主の話を信じよう」

 

その人はマトリフの師でもあるわけで、ものすごい人物なことに間違いないんだが……。

 

 「すまん、まぞっほの師匠の名前は分からないんだ。本にはそこまでの記載がなかった」

 

 「ふむ? それでは怪しくなってくるのう。呪文を使えるような者なら、最初は正義の魔法使いを目指すものじゃ。戦士が、勇者に憧れたりするのと同じことじゃよ。また自分の師を高名と言われれば、それを積極的に否定する気分にはなれん。当てずっぽうでもだいたい当たるじゃろうな」

 

 まぞっほは占い師でもあるし、そうやって推測するテクニックがあるのだろう。

だが俺には切り札があるので、慌てる必要なかった。

 

 「じゃあ、たとえば若いときのまぞっほがいるとして、スライムが村の作物を枯らしていたり、大ガラスが家畜を襲っている場面を見かけたらどうする?」

 

 「メラで追い払ってやるかのう。今だったらメリットが無ければ、放置するかもしれぬが」

 

 「では、勝てそうにないモンスターが村を襲っていたらどうする? そのモンスターは一匹だ。援軍を呼びにいく間に、村が壊滅してしまうかもしれない状況とする」

 

 「それも簡単な話じゃ。昔ならば兵士のところに助けを求めるじゃろう。今のワシは手遅れだと思えば諦める。そして村が滅びてから、金品の再利用を考えるところかのう」

 

 まぞっほの性格は原作通りのようだ。

 

 「だが本当に正義の魔法使いを目指すなら、敢然と立ち向かう勇気が必要なんだよな?」

 

 「それは正論じゃが、やられてしまっては元も子もないわい」

 

 「まぞっほの師匠だったらそういうとき、このように言うはずだ」

 

 深呼吸をしてから、俺は大きく口を開く。

 

 「勇者とは勇気ある者ッ! そして真の勇気とは打算なきものっ!」。さらに続ける。

「相手の強さによって出したりひっこめたりするのは本当の勇気じゃなぁいっ!」。

 

 俺の獅子吼に、まぞっほの表情が抜け落ちる。その能面は徐々に苦々しく顔をしかめていった。

 

 「……わ、わかった、もうよい。お主の言うことを信じるからやめるのじゃ。耳が痛いわい」

 

 「信じてくれたか? 兄弟子には大魔道士マトリフがいるんだよな」。そう畳み掛ける。

 

 「むう。ずるぼんよ、確かにでろりんの言っていることは本当かもしれん」

 

 まぞっほはそう言った。俺の話を一回止めるためでもあるのだろう。

 

 「そうなんだ。じゃあでろりんは、この世界の未来を知っているのよね。世界を救うって言っていたけど、これから一体何が起きるのか知りたいわ」

 

 ようやく信じてくれたようだ。これで先に進める。

 

 「今から二年後に、かつて倒された魔王が復活する。そして俺の知る未来だと国が滅びるんだ。大国の中だと、カール王国、リンガイア王国とオーザム王国の三つだったかな。あとはパプニカも一度壊滅している」

 

 「えぇっ、嘘でしょ?!」

 「なんと! カールやリンガイアなどの超大国がじゃと!」

 

 叫ぶ二人に対し、へろへろは黙って聞いている。内心は驚いてもリアクションが薄い人なのだ。

同じく無言のスタングルは、逆に言葉も出ない様子。

 

 先の大戦で活躍したカール王国が滅びることは、特に衝撃的なのだろう。

だがこの程度はジャブだ。大魔王バーンの壮大な計画――邪魔な地上世界を吹き飛ばして、魔界に太陽の光を与える――からすれば、王国が滅んだり復興することは、些事に過ぎないのだから。

 

 既に顔面蒼白のまぞっほなどは、それを聞いたら寝込んでしまいそうなので、言えない。

彼は椅子に座ったまま、ガクガクと震えて音を立てている。様子を見る限り、既に限界だ。

 

 俺は話を一回切ることにした。信じてくれただけで十分なのだ。

 

 「『ダイの大冒険』という本があり、作中では奇跡が何度も起きたので、世界は救われたんだ。だが、俺たちの世界でもそうなる保証はない。だから前向きにやるだけやって、最後は他力本願の精神だ」

 

 俺はまぞっほの方を向いてそう話した。少しでも安心させてやりたい。

すると、ずるぼんが口を開く。

 

 「わかったわ。魔王の復活は二年後なのでしょう? 気持ちの整理がついてから詳しく聞くわ。ところで全然関係ないんだけど、カンダタを捕まえたことで、パプニカから表彰があるみたいなの。その説明を聞くために、今からまぞっほとスタングルに行って欲しいんだけど、どうかしら」

 

 カンダタの件は、ずるぼん、まぞっほ、スタングルにとっての輝かしい手柄になる。

ショックを受けた仲間にとって、良い気分転換になるかもしれない。

 

 ずるぼんは仲間思いだな。三人の中ではパーティリーダーだっただけのことはある。

まぞっほはヨロヨロと立ち上がり、スタングルとともに宿の外に出ていった。

 

 ……。

 

 「さあ、でろりん。続きを話してもらうわ。さっきからまぞっほのことばかり見ていたわよね? 彼の様子が気になって、話しにくかったんでしょう。あたしには全てを話しなさい。そして今後のことを一緒に考えていきましょう」

 

 ずるぼんには、俺の視線の意味が分かっていたようだ。

アバン先生やマトリフが目の前にいない以上、まずは彼女の頭脳を頼るのが正解かもしれない。




仕事が始まり、脳疲労で小説を書けていませんが
いずれ再開したいです


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