戦姫絶唱シンフォギア/戦鬼絶生を行く者 (DOSOKEY_YUNG)
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Episode."Zero" 『始まりは此処に』
零話「無題」


 

アメリカ合衆国──────。

 

 

自由の国とも称されるその国の、某州の郊外にある住宅地。

 

自然の多いその一帯は、周囲は山火事が自然に引き起こされる様な山林地帯でないにも関わらずに

火事が引き起こされた状態であり、今となっては人の気配はたったの一人だけを残して、多くの炭を残すのみ。

 

そしてそのたった一人の生存者である青年も、炎に包まれる住居を眺めながら軒先に倒れ込んでいた。

 

 

 

精神に多大なダメージを負ったのか、黒い髪はその毛先が白く染まっており

倒れ込む体は動かすことも儘ならないのか、もはや呼吸がやっとなのだろう。

 

このまま炎に襲われることがなくとも、青年の命が尽きるのは時間の問題だろう。

 

 

ただ、当然と言えば当然だが本来は至って平和な場所であり、今日という日もまた変わらない日々の内の一つになるはずだった。

 

 

倒れる青年が見つめる、燃ゆる家は己の父が見繕った家だったもの。

 

 

父の仕事の都合で五年前にアメリカへとこの地に移り住み、青年もその家族もまた過ごしてきた場所だ。

 

そこで日々を暮らしていた両親と長男長女。

 

近隣の住民からも、気難しいとかそういうことはなく日本からの引っ越しを受け入れられて

日本からアメリカに来ていたとはいえ、幸せな家庭がそこにあった。

 

 

あった筈、だったのに────。

 

 

 

 

 

この近隣における最後の生存者────小此木家の長兄である小此木碧は瀕死の重傷を負っている。

 

家だった物は炎に包まれ、車も近隣の所々で事故を起こして放置されたままだ。

 

 

 

こんな惨劇を起こしたのは、同じ人間ではない。

 

認定特異災害として、国連総会で認定された"ノイズ"という存在。

 

 

人が一生のうちノイズに遭遇する確率は、東京都民が一生涯に通り魔事件に巻き込まれる確率を下回るとされていながら

彼らは唐突にも、この住宅街に姿を見せたノイズに襲われたのだ。

 

 

人々は逃げ惑いながらも、ノイズに為す術なくその命を炭にされることで散らし

この地においては小此木碧────己の住居の前で倒れる彼、ただ一人だけが生存者になった。なってしまったのだ。

 

だが、彼の心もまた力尽きかけていた。

 

 

彼の目の前で父が無慈悲に炭となり、母と妹は燃え、崩れ行く家の中で脱出の途中で逸れてしまった。

 

二人が助かっていることを願いたいが、おそらくは────二人ともダメだろう。

 

 

 

そもそもが彼すら既に意識も危うく、生きる気力も薄れてしまっている。

 

 

 

もう、彼に助かる見込みはない────

 

 

 

────その筈であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

燃える住宅地の中に、二台の黒い車が姿を見せた。

 

 

周囲の惨劇には目もくれず、二台とも倒れる碧の傍で停車すると片方の車の後部座席から大型のケースを伴って一人が降車すれば

 

雰囲気があまりにも奇妙なままに碧の元まで進んでいく。

 

もう一台からは運転手と助手席の二人がそのまま降り立ち、片方が担架を後部座席から取り出しながらそのまま追随する。

 

 

 

彼らはただ、純粋に助けに来たという訳でもない。

 

彼らは彼らの目的のために、風前の灯火である碧の命を利用しようとしていた。

 

しかし既に碧は、その足音にも気配にも反応できないほどに弱っていた。

 

 

 

 

 

倒れる碧の傍で屈むと身に着けた黒のスーツの懐から取り出した"なにか"を碧のその胸に──心臓の近くへと押し当てる。

 

 

「……う、あっ、ぁぁぁっ!!」

 

その"なにか"は、碧の心臓に押し当てられれば強く反応を見せ────意識の薄まっていたはずの碧に声を挙げさせる。

 

しかしその声は生きるための咆哮ではなく、痛みに耐えるための痛々しい悲鳴。

 

それを"分かっていて"尚も来訪者は"なにか"を碧の心臓へと押し付けるようにして、その声を止めようとはしない。

 

 

「あぁッ!?ぅっ!があああああああああッッッ!?」

 

 

悲痛なまでの叫びは、その声を引き出すだけの人間には届かない。

 

むしろ、届いていても聞こうともしない。

 

 

 

その瞳が碧に見えていたのならば、それはどこまでも冷たく、そして目的の為の犠牲として

 

何もかもを割り切れる非道とも言える──そんな薄ら暗い感情を灯していた。

 

 

 

「……が、ああ……!!……っ!!」

 

「が……は───ッ」

 

肺の空気を全て吐き出すような痛々しい息吹と共に、電流に撃たれたかのように身体を震わせると

そのまま碧は、今度こそ意識を手放した。

 

その胸に押し当てられていた"なにか"は、どういう訳か碧の胸元にも押し当てていた来訪者の手の中にも無い。

 

 

 

「……適合した。救世主(メシア)は生み出せたのだ。」

 

ただ男は、完全に意識を失った碧を見て厭らしい笑みだけを浮かべながらそう呟いた。

 

それを合図にして、持ち込まれた担架に乗せられ、碧はそのまま彼らに連れていかれていく。

 

 

 

 

目撃者は彼らのみ、周囲はノイズによる災害の後。

 

 

たとえ唯一の生還者であれども、痕跡さえ残らないのならば死んだも同じである。

 

 

 

彼の運命は、この時身勝手に定められた。

 



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一話「再起」

「ノイズ!?どうして!?」

 

 

 

「碧!母さんと翠を連れて逃げるんだ!」

 

 

 

「二人を、頼む……!」

「父さん……!!」

 

 

「碧ィィィィィ!!」

「父さあぁぁぁんッ!!」

 

ノイズに襲われて、俺の目の前で父は炭になって崩れ落ちた。

 

 

 

 

「碧……! 碧……!」

「ダメ!家が、崩れて……!!」

 

父の思いを汲んで、母と妹と逃げようとした。

 

 

 

「ああっ!」

「兄さぁぁぁん!!」

 

その途中、燃え落ちる家から逃げようとして崩れる柱や壁に阻まれて、二人とはぐれた。

 

 

「母さんっ!翠ィ!!」

 

 

一人なんとか家から脱出した。

 

 

その頃には、ノイズは活動時間という奴を終わらせたのか辺りは自分を残して全て炭となっていた。

 

 

 

「父さん……母さん……翠……」

 

自分だけが、生き残ってしまった。

 

家族も、親友も、変えるべき場所も……何もかも。

 

 

何もかもが、あまりにもあっけなく消えてしまった。

 

 

 

 

 

「俺だけ、生きて……どうしろって……いうんだ……?」

 

もう、いい。

 

たった一人生きてても、どうしようもない。

 

俺も、このまま、終わったっていいだろう。

 

 

 

 

「俺の命だけ、残して……」

 

皆と同じように、ここで終わったって────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────薄れ、砕けた筈の意識が戻って来た。

 

瞼が開けば、瞳にはあるはずのない天井が映る。

 

 

 

何故だ?俺は生きているのか?

 

 

その身を起こし、周囲を見渡し始めた碧の脳裏には真っ先にその疑問を脳裏に浮かべる。

 

ベッドまで用意されて、病院に運ばれたのかと思うがふと思い返す。

 

 

 

周辺地域の人間は記憶が正しいならば、自分以外は全滅したはずだ。

 

父も、母も、妹も──それどころか、近所の友人や良き人々も万遍なく炭となって死に、自分が最後の一人だった。

 

 

救助も来るか怪しい────そう思えば、ここは病院なのだろうか?

 

それすらも怪しくなってきて、思わず自分の身体を確かめる。

 

火傷していた上に重症だったと思えば、今の自分の身体は惨い物だろう。

 

 

 

 

 

 

「……分からんな」

 

碧がその身を確かめれば、ボロボロになった筈の服はなく、傷だらけと思う身体は包帯が巻かれて何もわからない。

 

包帯を外してもいいが、そうすれば後々何があるかわからない。

 

この下は見るも無残という可能性も考えられる以上、医術に関しては一かけらの知識もないためにそっとしておくことにした。

 

 

 

 

「そもそも、此処は……何処だ?」

 

その疑問を口にすれば、どこからか扉の音がする。

 

自動ドアなのか、とそんなつまらないことを思い浮かべながら碧が音の方向を向けば一人の老女が視線に入った。

 

 

 

「目が覚めた様子ね」

「……あんたは?」

 

思わず、碧は彼女の問いかけにそう返した。

 

冷たく思えるが、状況を思えば無理もないだろう。

 

何せ家族も友人も、隣人もたった少しの時間で全て亡くしたのだ。

 

 

むしろ、ここまで精神が冷え切っているように落ち着いている方が異様にも思えるだろう。

 

 

 

 

「ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ。此処の責任者をしているわ」

 

しかし彼女は、その態度もさも平然と受け入れる。

 

目の前で、ベッドに身を預けていた彼のことはある程度責任者として聞いている。

 

 

発見時に、まだ息が残っていたため応急処置をして連れてきたこと。

 

そして此処で本格的な処置をして、目が覚めるまで定期的に経過観察していたこと。

 

今しがた、彼が目覚めたであろうこと。

 

 

 

────最も、彼女にも、当事者である筈の碧ですらも聞かされていない事実は存在しているのだが。

 

 

 

 

 

「よくわからんが。俺は、助けられたことは確かってことでいいのか?」

「ええ、うちの職員がまだ息のある貴方を見つけてくれたわ」

 

その言葉を聞いて、碧は状況をそれなりに把握する。

 

ここは病院とは違う様で、偶然か必然か自分は職員とやらに発見された。

 

 

そう脳が処理をして、少し間が空いてから碧はナスターシャへとひとつ問いかけた。

 

 

「ひとつ聞かせて欲しい。 俺以外に、娘と母親の二人組を見なかったか?」

 

ナスターシャは、碧から投げかけられたその問いかけの意図を、彼が浮かべるその表情で察する。

 

どうやら、彼の目の前で姉か妹か。それと母親はノイズに襲われなかったのだろう。

 

何らかの原因で逸れ、そのまま彼一人だけが発見された。

 

 

 

彼の中で、母ともう一人は生きている可能性がある。

 

生きている可能性があるからこそ、安否を知りたかったのだろう。

 

家族なのだから当然ではあるが────ここで、取り繕っても真実はすぐに分かってしまうだろう。

 

 

「いえ……貴方以外のことは聞いていないわ」

「……そうか。 これで、俺一人か……」

 

だからこそナスターシャは、ただ素直に真実を伝える。

 

その返答を聞いた碧はせめて、母と妹が無事に逃げ出して欲しいと祈る他なかった。

 

 

 

 

残されたのは、自分一人。

 

"もう終わってもいいだろう"と、脳裏を負の感情が過る。

 

死んでも悲しむものは、もう誰一人としていない。

 

ならば、後を追う事のなにがいけないのだ?

 

 

(……ダメだ、ダメだダメだダメだ!)

 

(俺は、生かされたんだ!生きてくれと、助けられたんだ!)

 

 

 

(その思いを、裏切っていいのか!? 小此木碧ッ!)

 

 

「俺は貴方たちに……生かされた。本当に、ありがとう。」

 

だが、"それ"を選ぶほど心はそこまで弱り切っておらず、何より助けてくれた事への裏切りを碧は選ぶことができなかった。

 

 

 

「……まともに動けるかは怪しいが、礼はしたい」

 

碧は真っ直ぐ、ナスターシャの瞳を見つめて碧はそう静かに告げる。

 

じっとしてたら、それこそ自分がまた負の感情に飲まれてしまいそうだった。

 

 

「何か、手伝えることを。やれることを教えてくれ」

「貴方……」

 

だから碧は、助けられた身でありながら……否、助けられた身だからこそ責任者たる彼女にそう直談判する。

 

救われた命だから、拾われた命だから、生きる気力を持って、先に進もうとする。

 

 

 

「……じっとしてたら、それこそ狂いそうなんだ」

「それなら……そうね。 リハビリも兼ねて、少しずつ手伝って貰おうかしら」

 

その意思を汲んでか、ナスターシャは碧の選択を肯定した。

 

生きてこその命だと彼女も分かっている。

 

 

彼が何かすることで生きる活力を見出せるというならば、それを否定することもない。

 

責任者という立場であるからこそ、彼よりも長くを生きる身だからこそ、彼の意思を尊重した。

 

 

 

「ただし、今日と言う日は全て休んでもらうわ」

「……分かったよ」

 

 

それでも、次の日になるまではベッドの上で安静にしてもらうのも決めていたが。

 



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