頭ベレトかよ (ザマーメダロット)
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蛇足(※暇な方以外は飛ばしてください)
エピローグ 廻り来て遷ろわざるもの


はじめて彼が剣を取ったのは、とても前向きな理由で、きっと夢が叶うと思っていたからだった。

 

彼は、二又の分かれ道で第三にして最善の選択を採った者を知っていた。だから、自分のよく知る名前を与えられたのは、同じように運命に挑めというメッセージなのだと、そう思い剣を取ったのだ。

 

いつか見た戦いの記憶を手繰りながら、自分を鍛え、仲間を集めた。敵をより深く知り、仲間をより善く助け、戦乱の世を最後まで生き残るために奔走した。

 

5年余りの歳月が経ち、人々が平和を手にした頃。英雄と讃えられ持て囃された彼の前には、よく知る光景、結末があった。彼は、変えられなかった未来に絶望していた。

 

剣を取った当初に夢見たすべてが、指の間からすり抜け、こぼれ落ちて、すっかりなくなった後、その手の中に残された希望は過去だけだった。だから、次こそは、次こそはと、そう信じて繰り返して抗い――それでも、尽く呑み込まれ、敗北した。

 

世の中ではいつも誰もが、彼のことを、たった1人で戦局を変えてしまう英雄だと言うが、彼自身は、その程度では運命と戦うにはあまりにも非力なのだと悟らざるを得なかった。

間違いなく、挫折に瀕していた。非力という言葉が、頭の中をぐるぐる回っていた。

非力、非力、非力――

 

 

――"非力は無力とは違う"

 

 

遠い昔に、脳裏に焼き付いたその言葉が、屈服した先にある平和な未来を享受させなかった。

 

それから彼は、血を流させるための力ではなく、願いを叶えるための力を求めて、戦いを始めた。この戦いはこれまでと違い長らく決着がつかず、その終結には、以前にも増して数え切れないやり直しを要した。

 

前に進み続けられたのは、以前の戦いと異なり、やり直してもゼロにはならないからだった。わずかな一歩を積み重ねてゆけるからだった。

 

非力に打ちひしがれ、砕かれようとしていた彼はもう、消えない炎となっていた。

尽きることなく生まれる灰は積もり続け、彼の伸ばした手が光に近づいていった。

 

果たして、彼は勝利した。はじまりをも越えた先にあるものを掴み、それそのものになった。

 

かつて戦いを繰り返す時は、艱難辛苦の記憶と傷だけが心に刻まれていた。しかし今のそれは、あらゆる祝福や、限りない喜びなどと()()()脈打っている。

かつて戦いを繰り返す時は、ゼロに向かって落ちていくことしかできなかった。しかし今の彼は、限りなき高みへ飛翔することができる。

 

 

今や、運命さえもが、勝利者たる彼の前に跪いている。



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本文
最終話 ベレト、教師になる


深緑の髪の青年、ベレトは成り行き上仕方なく教壇に立っていた。席についている学級の生徒たち数名はこの無表情の青年が教師で、まず自己紹介するということしか聞いておらず、何を話し出すか待っていた。

 

「全員起立!」

 

ベレトが号令をかけると、その意図もよくわからぬまま、生徒たちが立ち上がる。

 

「紋章を持っていない者は座れ」

 

いよいよ生徒たちの表情に困惑の色が生まれた。が、まだ大人しく従う。

 

(傭兵って聞いてたけど、紋章のあるなしで区別するようなヤツなのか……?)

 

一人の少年はベレトの生い立ちと言動にギャップを感じながら座り、

 

(紋章の力を持って生まれ、どう振る舞っているかのテストだろうか?)

 

また一人の少年はそこに合理性を見出そうとしつつ立っていた。数名が着席すると、ベレトは立っている一人の方を向いた。

 

「ではフェルディナント。持っている紋章の名前を言え」

 

「キッホルの紋章だ」

 

やはりそういうことか、と思った少年――フェルディナントは、そう答えつつ次の質問は何かと予測したが、ベレトはフェルディナントから視線を外した。

 

「次、リンハルト。持っている紋章の名前を言え」

 

「セスリーンの小紋章ですけど」

 

ベレトより暗い緑色の髪の少年――リンハルトは、一切意図の読めない質問に、立っている中で最もこの質問を無意味と感じ、隠さず表情にも出ていたが、ベレトは構わずリンハルトから視線を外した。

 

「次、ベルナデッタ=フォン=ヴァーリ。持っている紋章の名前を言え」

 

「インデッハの小紋章です……」

 

やや明るめの紫色の髪の少女――ベルナデッタは、自分だけフルネームで呼ばれたことに恐怖(いつもの被害妄想)を感じつつ答えた。ベレトは、やはりなんでもない様子で、次の質問をすべく口を開いた。

 

「次、ベルナデッタ=フォン=ヴァーリ。持っている紋章の名前を言え」

 

「……えっ?」

 

それはベルナデッタの声であり、生徒の総意だった。

 

「次、ベルナデッタ=フォン=ヴァーリ。持っている紋章の名前を言え」

 

「い、インデッハの小紋章です……」

 

「次、ベルナデッタ=フォン=ヴァーリ。持っている紋章の名前を言え」

 

「インデッハの小紋章です……」

 

「次、ベルナデッタ=フォン=ヴァーリ。持っている紋章の名前を言え」

 

「あの、先生?聞こえてますか?」

 

「次、ベルナデッタ=フォン=ヴァーリ。持っている紋章の名前を言え」

 

「ちょっと、(せんせい)!いくら教師でも、何の説明もなくこんなことをしていいはずはないでしょう!」

 

耐えかねて抗議したのは、同じく立っていたうち最後の一人、白い長髪の少女――エーデルガルトである。彼女はベレトの行動に意味がないと判断し、抗議したのだった。ベレトは目だけ動かしてエーデルガルトを見て、ふっと鼻で笑った。

 

「ならエーデルガルト。お前は自分の紋章の名前を言えるのか?」

 

「ええ。セイロスの小紋章よ」

 

小馬鹿にしたように問うベレトに、エーデルガルトは()()とした様子で返答した。

 

「……」

 

エーデルガルトが返答しても、ベレトは何も言わず、微動だにせず、そのまま数秒が経った。

 

(せんせい)?こちらは質問に答えたのだから、そちらも次にすべきことがあるのではなくて?」

 

「お前、今なんて言った?」

 

「え?……だから、質問したのは貴方でしょう?それに答えたのだから――」

 

話を進めるのはそちらだろう、と続けようとした時、ベレトの言葉がそれを遮った。

 

「お前、"質問に答えた"と言ったよな?なぜウソをつく?」

 

「!?」

 

エーデルガルトは目を見開き、座っているうち少年とは言いがたい風貌の男子生徒、ヒューベルトが眉根を寄せた。

 

「もういい。自分の持っている紋章の名前すら覚えていないようなやつは他の生徒の邪魔になる。出ていけ」

 

「せ、(せんせい)?何を言っているの……かしら?私は確かに"セイロスの小紋章"と」

 

「もう一つの紋章の名前を忘れたんだろう。ダメだ、出ていけ」

 

ガタンという音が後方からし、前列に座っていた空色の髪の少年――カスパルは思わず振り向くと、立ち上がったヒューベルトの手のひらが光に包まれるのを見た。それは、魔法の発動だった。並の人間なら致命傷もしくは即死であろう威力の闇魔法が放たれていた。

 

ベレトが飛来する魔法に向かって腕を振り、手のひらを叩きつけると、魔法は来た方向をそのまま逆戻りしていき、ヒューベルトの体に突き刺さった。ヒューベルトは数メートル後方に吹き飛ばされて教室の壁にぶつかり、地面に転がって気を失った。往復した魔法を見て、ヒューベルトが吹き飛ばされ壁にぶつかる音を聞き、生徒たちは一斉にざわめきだした。

 

「全員前を向け!命に別状はない、今リブローで傷も治した。気を失っているだけだ。ヒューベルトには後で事情聴取を行う。……エーデルガルト。呆けている暇があったら早く出ていけ」

 

「あ、あ……」

 

エーデルガルトは、ヒューベルトの行動の理由を分かっていた。そして、ベレトの行動原理と、その力の底が見えなかった。自分が士官学校に入学し、その後も継続して遂行すべき計画ががらがらと崩れ去っていく音を心中に響かせながら、エーデルガルトは立ち尽くしたまま何も言えず、何もできなかった。

 

「……いいか、全員よく聞け。そして、一度で覚えろ」

 

エーデルガルトを除き、ベレトの言葉に――疑念を残しつつではあるが――落ち着きを取り戻し始めた生徒たちに向かって、再びベレトが口を開く。生徒たちは、今度は何が起こるのだろうかと、ある者は冷や汗をかきながら、ある者はエーデルガルトの心配をしながらその言葉を聞いた。

 

 

「エーデルガルトの趣味は野外でごろごろすることで、ネズミのことが怖くてたまらない。これから学級を去るエーデルガルトのことを、きちんと覚えておいてやれ。今日はここまでにしておく」

 

 

エーデルガルトは泣いた。




地の文を三人称にして書いたらどんな感じになるかのテストみたいなもんです。
本業の「メダロット5? すすたけ村の転生者」をよろしくお願いいたします。

ちなみに、原作は皇帝ルートしかクリアしていません。
ないとは思いますが、感想欄にネタバレを書くのはやめてください。


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完全最終話 クラス:プレイヤーキラー

気が向いたのでちょっとだけ。本業よりUAとかお気に入りとか感想が多くなるようなことが起こったら耐えられないので、この続きは当分書きません。
これを読んだ人はメダロットクラシックスを買うか、お金がないなら動画でもいいからメダロット5を速やかに履修してください。それからシリーズのナンバリングを行脚してください。GMとかBRAVEとかRは免除します。

2020/04/02 誤字修正


魔道に秀でる教師であり、紋章の研究に血道を上げていることで知られる初老の男、ハンネマン。彼が前触れ無く倒れ、ヒューベルトと仲良く医務室に寝かされていた頃のこと。黒鷲の学級の教師であるベレトは、無表情で何かを探しながら修道院を練り歩いていた。

 

(ハズレ……ハズレ……ハズレ……)

 

視界に入る生徒や兵士、修道士に視線を向けてはそらし、を繰り返し、内心で呟く。そして書庫を壁沿いにぐるりと回っている時、一人の生徒を見てその動きが止まった。先日ヒューベルトとは別の医務室に送られたエーデルガルトを除けば唯一銀髪の持ち主である少女、リシテアが、壁際の本棚の前に立っていた。書庫には他に誰もいなかった。ベレトが動きを止めて数秒、十数秒、数十秒、数分。できの良い人形にでもなったかのようなその有様にリシテアが気付いたのは、読書を中断してふと視線を上げた時のことだった。

 

「?……ベレト先生、でしたっけ?わたしになんか用ですか?」

 

ガルグ=マク修道院に到着し教師となって間もないベレトとは、所属学級の異なるリシテアは初対面だった。リシテアは、挨拶回りでもしているのだろうか、どうせなら生徒がひとところに集まっている時にすればいいのに効率の悪いことだ、と思った。

 

「お前は……リシテア=フォン=コーデリアか?」

 

「そうですけど」

 

質問に質問で返したベレトに対し、やや不快感を覚えつつも答えるリシテアに、ベレトは言葉を重ねる。

 

「俺と決闘(デュエル)しろ」

 

「は?」

 

「俺は紋章を2つ賭ける。俺が勝ったら、お前の紋章を2つ貰う」

 

「は?」

 

「なんだその態度は?ガキが……ナメてると潰すぞ」

 

「は?」

 

困惑が驚愕に、驚愕が怒りに変わりながら、リシテアの表情を彩る。対してベレトは、その声色の変化とは裏腹に、常に無表情だった。

唐突に、ベレトが右手をリシテアの頭の上にポンと置き、口を開く。

 

「お前より俺の方が背が高い。俺の先攻だ」

 

その言葉の後半の意味は理解できなかったリシテアだが、その堪忍袋の緒を切るのには前半で充分だった。怒り爆発、何かしてやらないと気が済まない――リシテアがそう思考した次の瞬間。

 

 

「俺のターン!!!!!!!111!!!11!11!1!!!!1!!!」

 

 

大気が、空間が激しく揺れる。ベレトの口から放たれた言葉、いや咆哮は、衝撃波となってリシテアに襲いかかった。至近距離から放たれた不可視・音速の一撃にリシテアには反応することはできず、数メートルふっ飛ばされて別の壁際の本棚に激突。分散した衝撃波が書庫じゅうを跳ね回り、本棚や机、高所の本を取るためのはしご等をドンドンと叩いた。地面に転がり、意識が朦朧とし、混乱してもいるリシテアの許へ、ベレトがゆっくりと歩み寄る。

 

(なにが、なんで、わたし)

 

視界がぼやける。思考が纏まらない。ただ、その暗い深緑の影が恐ろしい。リシテアは――小さな子どもが、母親がしつけのために語る荒唐無稽な怪物に対してそうするように――ベレトのことを、ひどく怖がっていた。現状を正しく認識するごとに、呆然とした表情が、恐怖に塗りつぶされていく。

 

(か、からだ、うごかな……)

 

ベレトは動けないリシテアの傍まで来ると、屈み、リシテアの顔に向かって手を伸ばした。その手が頬に触れると、リシテアは、自分の中から決定的な何かが抜け出ていってしまうように感じた。この時リシテアの目に映っているのは、魂を喰らう怪物だった。意識が、薄れていく。

 

(わたし、しぬの……?まだ、なにも、してないのに……)

 

手が触れてから1、2秒後、怪物が立ち上がり、用は済んだとばかりに踵を返して去っていく。リシテアは、その意識が完全に途絶える前に、去りゆく怪物の言葉を聞いた。

 

 

「ヒャハハハハハハハハ!!紋章ゲットォーーーーーーーー!!」

 

 

……

 

 

翌日。ハンネマンが職務に復帰し、一方で依然として目が覚めないヒューベルトをエーデルガルトが見舞った少し後のこと、ベレトは自室の机の上に手紙が置かれていることに気付いた。ベレトは指を封筒の隙間に突っ込んでバリバリと破り、中身を取り出して読んだ。便箋に書かれた文章はごく短いもので、その内容はこうだった。

 

 

「ベレト先生へ。好きです。わたしと結婚してください。リシテア=フォン=コーデリア」

 

 

"そうはならんじゃろ"――はじまりのもの、ソティスのその声は虚しく闇の中に吸い込まれ、また、手紙は飛行機へと姿を変じてフォドラ上空を舞い、やがて星になった。



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究極最終話 星々の煌き

時はリシテアが壊れる前まで遡る。新任教師のベレトは、同僚となったハンネマンに呼び出され、大広間の2階にある紋章学者の部屋へ来た。部屋の中ではハンネマンが待ち構えており、ベレトの姿を認めると、こちらに来てくれと手招きした。ベレトがそれに応じ、呼び出しのわけを訊くと、室内の床に設置された紋章器具でベレトの持つ紋章を検査するために呼び出したのだという。

 

「俺は自分の持つ紋章をきちんと把握している。不要だ」

 

「まあまあそう言わずに。ジェラルト殿からは結局、君について何も聞けなかったものでな。どのような秘密があるのか、直接調べたくなったのだ」

 

「秘密などない。言いふらす必要がないことはそうしていないというだけだ」

 

「では君は、私が訊けば素直に教えてくれるのかね?」

 

ベレトは顎に手を添え、数秒思案した後、口を開いた。

 

「まあいいか」

 

無表情で放たれる気の抜けた返事に、ハンネマンも脱力した。

 

「私が言うことでもないが、いいのかねそれで?」

 

「自分のしたことが原因で何か問題が起きれば自分で後始末をする。少なくとも戦場ではそうしてきた」

 

「傭兵としての言葉か。頼もしいことだ」

 

ハンネマンは感心したように頷いた。

 

「では訊こう。君の持っている紋章は何かね?」

 

ハンネマンがそう質問すると、ベレトは、"あれっ?"という顔をした。

 

「本当にその質問でいいのか?」

 

「なに?それは……どういう意味だね?」

 

疑問を口にするハンネマンに対し、ベレトも一度首を傾げるが、"そういえばこれも知らないのだったか"と思い当たり、その質問に答えた。

 

「口頭では回答に時間がかかってしまうからだ。俺の紋章は100飛んで8つある」

 

荒唐無稽なその答えに、ハンネマンは()()()と笑う。

 

「ベレトくん、秘密を隠したいなら素直にそう言えばいい。私とて、確かに教えてもらえないのは非常に残念ではあるが、だからといって無理強いするつもりなどないのだよ」

 

「俺はウソをつかない。この紋章器具はどうやって動かす?」

 

「む?」

 

ハンネマンには、会話の前後が繋がっていないように思えた。が、一旦は訊かれたことに答えることにした。

 

「そこに自分の血を少し垂らせば紋章が浮かぶようになっているが……見せてくれる気になったのかね?」

 

「"まあいいか"と言った。よく見ておけ」

 

ハンネマンが――ベレトにそう言われるまでもなく――非常に興味深そうに覗き込んでいる中、ベレトは右の腕甲を外して袖をまくり、腰に佩いていたナイフを抜いて、そっと前腕に傷をつけた。切り傷から血がひと滴垂れ、足元の紋章器具へ()()()と落ちる。

すると紋章器具から光の洪水が生まれ、それが紋章学者の部屋を埋め尽くし、溢れ出た光が廊下を眩く照らした。

 

紋章器具を凝視していたハンネマンは失神し、ベレトは窓から逃げた。

 

 

……

 

 

ハンネマンが目を覚ましたのは、翌朝のことだった。復帰したハンネマンは最初に、紋章学者の部屋に行って紋章器具に異常がないかを調べることにした。疑り深く、数回にわたって調べ直したが、結局異常は見つからなかった。ハンネマンはため息をひとつついてから、質のいい座椅子に腰掛け、思案した。

 

(これだけ調べて異常は見当たらなかった……とすると、あの時私が見た光はなんだったのだ?彼の言ったことが本当だったとでもいうのだろうか?)

 

思案するハンネマンの耳に、小さな足音が聞こえた。その足音は紋章学者の部屋に向かってきて、足音の主は部屋の前を通りすぎず、中に声をかけてきた。

 

「ハンネマン先生、ちょっといいですか?」

 

銀髪の背が低い少女。金鹿の学級に所属する生徒、リシテアだった。リシテアは才能のある努力家として知られ、教師であるハンネマンはよく課外でも質問されることがあり、この部屋へ来ることも珍しくない。なのでハンネマンは、今回もそうなのだろうと思った。

 

「リシテアくんか。今日は何についての質問かね?」

 

「その……紋章器具を使わせて欲しいんですけど、いいですか?」

 

「紋章器具を?君の紋章についてはとうにはっきりしているはずだろう。君が入学した当初、私が立ち会って検査もしている」

 

「そうですけど、ちょっと気になることがあって」

 

リシテアは2つの紋章を持っていることを公にしていないし、その紋章で苦しんでいるために、ハンネマンから紋章の研究対象として見られることを嫌っていた。この先絆を深めていけば相互理解も進み、研究に協力する可能性もあるのだが、とかく今はそうではない。つまり、リシテアが自ら自分の紋章について調べようとしているのは、ハンネマンから見て不自然の極みだった。

 

「君がそうしたいなら、私は別に構わないが……」

 

「じゃあ、お借りしますね」

 

リシテアはすたすたと紋章器具の前に立ち、持っていたナイフで腕を切った。傷口から紋章器具へ、血が滴り落ちた。そして、何も起こらなかった。傷口を塞いでじっと変化を待つリシテアの心臓が早鐘を打つ。ハンネマンも、今しがた調べ尽くしたはずの紋章器具が正しく動作していないことに動揺していた。紋章器具は、十数秒経過しても紋章を映し出す様子を見せない。

 

「……うそ……」

 

呆然とした様子で呟くリシテア。怪物に触れられた時の感覚、目を覚ました後の喪失感。それらの答えが出てしまった。これまで散々方法を探し、どうしても諦めるしかなかった、その身にかけられた呪いが、突然に、そして呆気なく、解けたことを知ってしまった。リシテアの心中に、困惑と、これが現実かを疑う気持ちが去来し、小さな喜びが徐々に大きく強くなっていく。最終的に、その喜びは溢れた。

 

「……やったああああーーーー!!」

 

リシテアは、満面の笑顔で、両手を挙げて叫びながら、どこへともなく走り去っていった。後に残されたハンネマンは、額に手を添えて呻いていた。

 

「う、ううむ……」

 

 

……

 

 

その後、講義が始まらないことを不審に思った青獅子の学級の生徒によって、椅子に座ったまま失神しているハンネマンが発見された。




体験版はここまでになります。続きが読みたい場合はメダロット5(バージョンは不問)をクリアしてください(クラシックスや、最悪動画視聴でも可)。


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真・最終話 夜の衝突

本業の
メダロット5? すすたけ村の転生者
をよろしくおねがいします。
読んでいて「メダロットのことがわからない」と感じたら原作ゲームをやってください。
これは命令です。


夜。

医務室での経過観察が終了したヒューベルトは今、医師兼任の教師マヌエラから指示を受け、寮1階にあるベレトの部屋にやって来ていた。ベレトを魔法で攻撃した件について、ベレトと1体1で事情聴取を行うとのことだった。

 

寮ということで部屋の広さは20平方メートル強、備え付けの家具は各種収納に壁際の机と椅子、それとベッドくらいと、生徒の部屋と基本は同じだ。ただ、こういう機会があると事前に分かっていたかのように、机が1つ、それを挟んで向かい合う位置に椅子が2つ、部屋の中心に置かれていた。

ヒューベルトは入口に近い方の椅子に座り、シャンデリアの淡い光が照らしている部屋を見回す。私物等は一見少なく、きちんと整頓されており、ベレトの人となりを掴めそうな手がかりは見当たらなかった。

 

待っていると、外から足音が一つした。それは金属が触れ合うガシャガシャという音を伴っていて、鎧を着込んだ人物であることがわかる。足音は部屋に近づき、両開きの扉がゆっくりと開かれた。ヒューベルトが立ち上がって振り向くと、そこに立っていた人物はベレトではなかった。

 

白と赤の無機質な仮面がついた兜、肩に立ち並ぶ赤い羽飾りが目立つ暗い鎧、表が黒で裏が赤のマント。ベレトを待つようにと聞かされていたヒューベルトは、想定を遥かに超えた来訪者に驚きつつも、すぐに片手を自分の胸に当てて一礼した。

 

(なぜこの方は、今、この鎧を着てここに来られたのでしょうか?)

 

感情を表には出さず、顔を上げ、鎧の人物の言葉を待つヒューベルトに、鎧の人物は一声、

 

「わかるか。いいよな、この鎧」

 

と言った。

 

ヒューベルトの前で兜を外してみせたその人物の顔は、ベレトのものであった。慈しむような、優しい笑顔をしていた。

 

「なっ……馬鹿な、なぜそれを」

 

「ちょっとだけ無断で借りた。まずかったか?」

 

「……」

 

平然とした様子で返し、鎧姿のまま部屋の奥側の席に腰を下ろすベレト。ヒューベルトは唖然として、言葉が出なかった。固まっているヒューベルトに、ベレトが声をかける。

 

「どうした?座れ」

 

そこでようやくヒューベルトはベレトに向かって軽く一礼してから席についた。それを見て、ベレトの目つきが鋭くなる。

 

「ドアが開けっ放しだ。閉めろ」

 

「……」

 

座ったばかりのヒューベルトは立ち上がり、背後のドアを閉め、もう一度座った。ベレトは真剣な様子で話し始めた。

 

「マヌエラ先生から聞いていると思うが、これから事情聴取を行う。なぜ俺を攻撃したか、話してもらう」

 

「……」

 

机にペンと紙を置いて質問するベレトに、ヒューベルトは何も答えない。ヒューベルトは、そのおよそ学生とは思えない知性派の悪人面を無表情に保ちつつ、この場を切り抜けるべく思案していた。黙りこくるヒューベルトに向かって、もう一度ベレトが口を開く。

 

「といっても、まあ知っているんだが」

 

ヒューベルトはその一言に対して反射的に、拳を机に叩きつけて、ベレトを睨む。

 

「一体……何が目的なのですかな?」

 

「生徒であるお前に信用してもらうことだ」

 

「信用?貴方を?……ありえませんね」

 

教室での一幕、エーデルガルトの秘中の秘に関する暴露のことをヒューベルトははっきりと覚えている。それだけのことをしでかしておきながら信用を語るベレトを鼻で笑いつつも、机に叩きつけた拳は怒りで震えている。

 

「説得しようというわけじゃない。俺がいかに生徒に対して真剣か、ということを直にわかってもらう。そのためなら命も賭けてやる」

 

命を賭けると言ったベレトに、ヒューベルトは一旦居住まいを正して問いかける。

 

「ほう、どうやって?」

 

「正しさを証明するには、正しいことをすればいい。ヒューベルト、お前が最も他者より優れていると自負する分野を挙げてみろ」

 

「……ふむ」

 

ヒューベルトは顎に手を添えて少し考え、それから答えを述べた。

 

「戦術・戦略においては、エーデルガルト様を含め誰よりも勝ると考えております」

 

「あんな若年性認知症のことなんてどうでもいい。その分野でならオレにも余裕で勝てるだけの自信はあるか?」

 

ベレトの口からスッと出た主への罵倒に口の端を一瞬ひくつかせるが、気を落ち着けて質問に答える。

 

「もちろんです。若輩者ではありますが、研究を重ねておりますゆえ」

 

「ならこれは?」

 

ベレトが席を立ち、収納から箱を取り出して机に置く。箱を開けて取り出したのは、盤と駒。フォドラだけでなく、パルミラやブリギッド、ダグザにおいても知らぬ者はない有名なボードゲームだ。

 

1体1で行うこのゲームでは、軍の兵士や将軍に見立てた駒を動かし、敵軍の将を取ることで勝利となる。シンプルなルールながら奥深く、戦法や定跡を網羅するだけでも苦労する。

 

軍で指揮する立場の人間ならほぼ必ず嗜んでいるゲームでもあり、戦術・戦略に優れる者ほど優れた指し手であることが多い。故に、ヒューベルトから見てそのチョイスは納得行くものだった。無論、自身もそれなり……いや、かなりの指し手と自己評価している。

 

「そうですな……先生は傭兵として経験を積まれているのでしょうが、それでも負けはないでしょう」

 

「それはよかった」

 

ベレトは箱をどけて、駒を並べながら、さらに続ける。

 

「お前が勝ったら1つだけ、なんでも欲しいものをやる。言った通り、命でも」

 

「ゲームにものを賭けるのは好きではないのですが……万が一私が負けた場合、何を差し出せばよいのですかな?」

 

「それも言った通りだ。俺を信じてもらう」

 

あまりに自分が有利な賭けの内容に、ヒューベルトは訝しむ表情を見せた。

 

「信じる?私が貴方を信じているかどうか、どうやって保証するというのですか?」

 

「"その時お前は俺を信じているだろう"……と、俺は信じている。教師と生徒の間にある信用・信頼に、保証なんて必要ない」

 

ベレトが駒を並べ終える。ベレト側には赤い駒、ヒューベルト側には青い駒が、それぞれ並べられていた。ベレトは再び腰を下ろし、譲るように手を差し出して言う。

 

「どうぞ」

 

静かな夜、薄明るい部屋の中で、対局が始まった。

 

 

……

 

 

数時間後。途中で"やっぱり邪魔"と鎧を脱ぎ、涼しげな様子のベレトの対面には、対称的に、額を中心に脂汗をたっぷり滲ませたヒューベルトがいた。負けて失うものが実質何もないとしても、ヒューベルトは本気で指していた。対局前の言葉に嘘はなく、自らの主を含め、このゲームで敵となるものはいないと思っていた。だが、一つ前にベレトがアーチャーの駒を動かしたとき、その数手前から既に詰んでいたことを理解してしまった。

 

もしかするとイカサマかもしれない、とも一瞬だけ考えたが、このゲームでそのようなことはできようはずもないと思い直した。

 

「やっと能天気なお前でも呑み込めたようだな」

 

ベレトの言葉に、ヒューベルトはがくりと項垂れた。殺すつもりの闇魔法を素手で弾き返され、得意分野でも完全に敗北し、"この者には到底敵わない"と思い知らされてしまった。疲労とショックでうまく頭が回らない。

 

「く、くくく……まるで底が知れませんな」

 

口をついて出た笑い声には、いつものような余裕は感じられなかった。その言葉はベレトを評価するようでもあり、この結果に自嘲するようでもあった。

 

「これで楽しく遊べたのはかなり久々だ。ありがとう、ヒューベルト。もう部屋に戻っていいぞ」

 

「……そうですな。失礼させていただきましょう」

 

(明日からどうすべきか……まずは、エーデルガルト様に報告ですな)

 

疲れた頭を休ませないまま、ヒューベルトはベレトの部屋を出て、自室へと向かった。疲労で足取りは重いものの、その気分は不思議と、少し晴れやかであった。

 

1人になったベレトが何気なく視線を動かすと、脱いで放置した鎧が目に入った。

 

 

……

 

 

翌朝。

ヒューベルトとエーデルガルトそれぞれの自室の床に、いつの間にか、例の鎧が半分ずつ置かれていて、ヒューベルトは起き抜けから頭を抱えることになった。

エーデルガルトは泣きたくなった。




結局封印のランスとロット(あとアレン)がやってたあのゲームって、なんて名前なんでしょうね。

本業の
メダロット5? すすたけ村の転生者
をよろしくおねがいします。
読んでいて「メダロットのことがわからない」と感じたら原作ゲームをやってください。
これは命令です。


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特別最終話 頭エクラかよ

光が収まったとき、召喚されたエーデルガルトの視界に映った風景は、薄暗いロビーだった。石の床と同化した、くすんだ絨毯に気付かなければ、これが城とはわからないであろうほどに質素。照明はなく、日光の余りがどこからか入り込んでいるのみ。

 

そのような光景なので、目立たない色のローブを着た人物が目の前にいることにも、気付くのが遅れてしまった。その人物は腕を組んだまま黙っていて、被ったフードの陰に隠れ、表情は伺えない。だが、感覚的に、その人物が召喚士であることはわかった。

 

エーデルガルトは、その人物が自分の言葉を待っているように見えたので、人造遺産の斧"アイムール"の石突をコンと鳴らし、自己紹介を始める。

 

「私はフォドラを統べる皇帝エーデルガルト。貴方が望むものが何であれ……それに応えられるだけの力を、私は持っている」

 

「お前を消す方法」

 

召喚士はエーデルガルトの自己紹介の後、すかさずそう答えた。

 

「えっ……?」

 

エーデルガルトの皇帝ポイントが下がった。

 

戦争からしばらく経ち、学友だろうと容赦なくその手で首を落とすような冷たさは、エーデルガルトから失われつつあった。

相手が自分に対して一定の支配力を持つ召喚士であることも手伝って、召喚士に対する心の動きは困惑寄りであった。

 

「俺の望みはお前を消す方法だ。さあ応えてみろ」

 

「応えてみろ、と言われても……貴方が召喚士ならば、その方法を手にしているのも貴方ではなくて?」

 

「口答えするんじゃない!!!」

 

召喚士は容赦なく右手でエーデルガルトの頬を張った。乾いた音がし、エーデルガルトは数メートルふっ飛ばされて床を転がった。アイムールは手放さず、素早く受け身を取って立ち上がる。召喚士の支配によって武器を向けることはできないが、召喚士に対して身構えた。

 

「どういうつもり?」

 

「どうもこうもない。俺はお前を消す方法を望んでいる」

 

「自害しろとでも言うのかしら?」

 

「人の話を聞いていないのか?聞いた上で理解できていないのか?それでよく士官学校を卒業できたな?」

 

理解の外から連続して浴びせられる口撃は、止まない。

 

「それになんだその髪の毛は?ふざけているのか?ふざけた性根で俺の召喚に応じたのか?髪飾りと同じ色だとどこまで髪でどこから飾りなのかわからんだろうが」

「武器を持って出てきたのもそうだ。口答えもしたな?お前は召喚士に対する礼を欠いている」

 

エーデルガルトの武器を握る手には、不思議と力が入らない。だが、理不尽への怒りは十分に高まっていた。

 

「だったら送り返せばいいでしょう!」

 

「口答えするんじゃない!!!!!!」

 

目の前に瞬間移動したエクラの左手がエーデルガルトの頬を張った。召喚士の支配を差し引いても、反応できない速度だった。エーデルガルトは数メートルふっ飛ばされて床を転がった。目立ったダメージはないが、皇帝ポイントが下がった。

 

「私に、どうしろというの……」

 

反抗の気勢も削がれ、ゆっくり起き上がったエーデルガルトは、呟くように言う。

 

「お前を消す方法」

 

「知らないわよ、そんなもの」

 

「嘘をついたな」

 

「えっ?」

 

「"望むものが何であれ、それに応えられる"と自分で言っただろう。すごいな、お前は自分の言葉に責任が持てない皇帝なのか?」

 

言い返せず、悔しさその他の感情が入り混じり、顔を赤くして俯く。

 

「だがそれでもいい。お前にチャンスをやろう」

 

「チャンス……?」

 

「俺の故郷には、子供向けのとある罰が大昔から伝わっていてな。それを課す。終わったら、お前を一人前の皇帝と認めるし、この城、この軍で重用してやる。なんなら、戦いが終わった暁には一番いい土産を持たせてやっても構わん」

 

落としてから不自然なまで上げる召喚士の口ぶりに、エーデルガルトも少しは疑いを持ったが、"子供向けの罰"という部分は本当だろうと感じられた。

褒賞はなくてもよかった。この状況、位置から解放されることが最大の望みだった。

 

「わかったわ。すぐにでも始めて頂戴」

 

エーデルガルトは、希望と対抗心を持って、不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

 

……

 

 

アスク王国、王城の近く。夏なら泳いで遊べるような、広く澄んだ川の岸辺で、エーデルガルトはへたり込んでいた。

涙目のまま、河原の石をひとつひとつ集めて積み上げる。召喚士の男――エクラが、積み上げられた石を蹴り飛ばした。水面でトプンと音がする。

 

「うあ……」

 

エーデルガルトが意味のある言葉を発さなくなってから、数日が経っていた。

終わらないという罰の終わりを、心の半分で渇望し、心の半分で諦めながら、エーデルガルトは泣いていた。




FEHの皇帝バージョン実装記念です。


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限界最終話 始まりの赤、終わりの赤

前回エーデルガルトへの当たりが強すぎたためか、お気に入りが減りました。
その反省を踏まえ、この最終話は内容を予定から大幅に修正しました。
前回の内容で不快にさせてしまった方々に、深くお詫び申し上げます。


「はあああ!ボルガノン!!」

 

「うわあああああああ!!」

 

人間大の火球が飛来・炸裂し、ディミトリは爆死した。

 

「いいぞリシテア!大いなる力には力が伴う!すなわち力こそ全てだ!!」

 

「はい先生!力こそ全てです!!」

 

「何をしているの!??」

 

倒れたディミトリを前に目を輝かせてはしゃぐベレトとリシテアに向かって、たった今訓練場に来たばかりのエーデルガルトが叫んだ。

 

「なんだエーデルガルト。見てわからないのか?訓練だ」

 

エーデルガルトを視界に入れた瞬間に、ベレトの顔から表情が消え、いつもどおりになった。

 

「明らかに訓練の度を越しているじゃない!」

 

「いや、エーデルガルト、俺なら大丈夫だ」

 

ディミトリがむくりと起き上がる。着ている服は焼け焦げて、裂けて、濡れてボロボロで、肌は砂で汚れてこそいるが、怪我はないようだった。

 

「……えっ?」

 

「先生の白魔法があるから、攻撃が当たっても平気さ。それに、先生の訓練はとても効率がいい。俺自身、かつてない程に手応えを感じているんだ、止めないでくれ」

 

「そうです、先生の訓練は完璧なんです。あんたら黒鷲の学級(アドラークラッセ)が、他の学級の倍進んでるのと同じで」

 

他ならぬエーデルガルトこそ、リシテアの言が誇張ではないと知っている。

実際にベレトが教鞭を取ってからというもの、誰一人置き去りにせずに、本来の倍のペースでカリキュラムが進行している。

座学や苦手なカスパルや、口頭のコミュニケーションに若干の難を抱えるペトラが、手放しで絶賛していたことも、エーデルガルトの記憶に新しい。

 

(しかも、授業の間、ずっと教本を見ていないのよね……ページ数や文の行数、図の内容まで覚えているなんて)

 

「まあ、俺もこの訓練はちょっと、変だと思わないでもないが……」

 

ディミトリは、教えてもらう立場で気が引けるのか、遠慮がちにそう言った。

 

(あ、ちょっとは変だと思っていたのね)

 

エーデルガルトは、訓練所に来て初めて人間に会った心地になった。

 

「まあ、ちょうどいい時間だ。休憩にしよう。ほーら、新鮮な氷菓子だぞ」

 

訓練場の隅から木箱を持ってきたベレトが、折りたたみ式の椅子を3つ取り出して置き、さらにガラスの器とスプーンを2つずつ取り出して、エーデルガルトとリシテアに手渡した。

 

「あら、私も貰っていいの?ありがとう」

 

「わあい氷菓子!わたし先生の氷菓子大好き!」

 

「ゆっくり食べるんだぞ」

 

リシテアは椅子に座ってすぐ、シャーベットを素早く削ってかきこんだ。その直後、目を強くつぶりながら脚を小さくばたばたさせる。

 

「ああああ!先生、キーンってする!キーンって!!」

 

(リシテアは本当に大丈夫なのかしら、頭とか……あ、おいしい)

 

以前では考えられないほど素直にはしゃぐリシテアを心配しながら、エーデルガルトは桃のシャーベットに舌鼓を打った。

 

ベレトは続けて、ディミトリにも器とフォークを手渡す。中身は他の2人と異なり、豚肉の冷製だった。

 

「お前はこれ」

 

器の中を見て、ディミトリはわずかに首を傾げた。

 

「誰かから聞いたのか?俺が氷菓子が苦手だと」

 

「忘れたのか?お前から聞いたんだぞ」

 

「そ、そうなのか?すまない……おっ、美味いな」

 

 

……

 

 

静かで穏やかな間食の時間が流れ、3人がそれぞれ食べ終わった頃、ベレトはひとつ頷いて、3人に向かって口を開く。

 

「美味かったか?」

 

「はい!」

 

「ああ、美味かった。ありがとう」

 

「ええ、また食べたいくらいよ」

 

三者三様の返答に、ベレトはふたたび頷き、口元を緩める。

 

「そうか、美味かったか。じゃあ訓練を再開しよう。次の的役はエーデルガルトだ。よかったな2人とも、打ち込みの時間が増えるぞ」

 

「えっ」

 

「シャーベットの分は働いてもらうぞ」

 

エーデルガルトは助けを求める気持ちを込めて、ディミトリの方を見た。ディミトリはふっと笑った。

 

「エーデルガルト、お前もすぐに分かる。この訓練は効くぞ」

 

続いて、リシテアの方を見た。リシテアは腰に手を当てて、不敵な笑みを浮かべた。

 

「わたしの新しい魔法の実験台第一号にしてあげますからね!」

 

「そ、そんな……」

 

ここに人間はいない。エーデルガルトはそう思った。

 

「さあ始めるぞ!楽しい訓練の時間だ!」

 

ベレトの号令が2人を鼓舞し、1人に重くのしかかった。

 

 

……

 

 

その後、エーデルガルトは日が傾くまで剣と魔法で滅多打ちにされ、涙の数だけ強くなった。



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ハロウィン記念最終話 ベレト、部活動を創設する

 いつだって小ネタです。大晦日スペシャルなので時系列はテキトーです。それでいて最終話です。


 修道院内の浴場がサウナベースであることに耐えられなかったベレトが”ふざけるな!!!!!1!!”と叫び、その衝撃波で浴場が全損、蚊ほどの罪悪感を感じたベレトによって誰も見たことがない全く新しい完全オリジナル様式の浴場(※日本式銭湯)として2時間で再建されるという劇的ビフォーアフター事件から3週間の時が流れた。

 なお、この頃リシテアはこのマジカルカタストロフィック咆哮を使いこなし始め、自走式不発弾として他の生徒たちに恐れられていた。リミッターを外された薄命天才キャラの末路であった。

 

 ベレトは浴場での奇行と破壊の責任を追及され3週間の謹慎を言い渡されていた。この3週間という期間は賞罰を差し引きした結果であり、新設した浴場の評価が高かったことで減刑を賜っていた。

 新設の際に魔法を利用した給湯装置を作るのには時間がかかりすぎるからと温泉を掘り、それが美容を始め様々な効能を持っていたことが減刑に関係しているかは今や闇に葬られており、知ろうとすれば今生の救いは失われることは必至であった。被害者は例外なく直近の記憶を失っていた。

 

 ともかくベレトに掛けられた謹慎という鎖が外され、奇行ゲージが溜まる恐ろしさを関係各位が思い出し始めた時、ベレトの最初の行動はセテスに向かっての全力疾走だった。

 完全な視界外からパルクール(という言葉では微妙に説明がつかない理不尽な動き)で一直線に迫り、スーパーヒーロー着地が石畳を砕いた。セテスは舞い上がる破片を一瞥し、そしてまだ動じていなかった。人間とは慣れる生き物であった。

 

「何の用かね」

「部活動を創設したいです。顧問教師の監督下で、放課後に特定の分野の活動を行うというものです」

「分かるような分からないような説明だな……活動形態の具体的な定義はないのかね?」

「こちらに」

 

 渡された紙に目を通したセテスは教師にかかる負担が多少気になったが、至極真っ当な提案だと感じた。ベレトの有り余るエネルギーがどんな形であれ消費されるのであれば歓迎すべきだとも思った。

 

「いいだろう。レア様には私から報告しておく、やってみたまえ」

「ありがとうございます。では」

 

 セテスの手元にある紙には、確かに活動時間帯や予算調達計画案、入退部の仕組みなどが整然と記されていた。だが、ベレトが何の部活動を創設するつもりなのかは書かれていなかった。

 

 

……

 

 

 それから3日間、突如帝国領のいくつかの村で少人数のグループによる略奪が急増し、修道院はその調査を進めていた。調査の結果、多くの襲撃において犯人グループは逃げる際に多額の金銭を落としていったことが判明した。その金額は必ず被害総額を上回り、行われたのは略奪や作物荒らしのみで、火付けなどによる家屋への被害はなく、人的被害は軽傷以下に抑えられていた。

 むしろ、犯人の落とし物で潤っている程であった。

 

 無力化の手際から犯人は手練と推測されたが、不可解な点が多く、その正体は未だ明らかになっていなかった。そんな折、ベレトが自首した。セテスは胃を切り裂かれる痛みに呻きながら個室へ移動し、事情聴取を開始した。人間とは慣れるにも限界がある生き物であった。

 

「君が村を回って略奪を繰り返した事実に相違はないのだな?」

「ありません」

「動機はなんだ。……いや、そもそもこれは略奪なのか? 何度も金が詰まった袋を落とす程、君は間抜けではないはずだ。これは、何なんだ?」

「先日申し入れた部活動です」

「これがか!? 一体何の部活動なのかね! 説明次第では謹慎では済まんぞ!」

 

 セテスが机を叩いた。ベレトは眉ひとつ動かさなかった。

 

「略奪部です」

「略奪部!?!?」

「村を襲う盗賊の気持ちになることで、それらの討伐をよりスムーズに行う知見を身につけることが目的です」

 

 ベレトは真顔で言い切った。一方でセテスは顔に汗を滲ませ、ガタッと椅子から立ち上がった。

 

「くっ……処分が下るまで自室で待っていたまえ!」

 

 この後ベレトには3ヶ月の謹慎処分が言い渡されたが、それ以降に略奪部部員が参加した盗賊討伐はいずれも無血無破壊で完了したため修道院側が有用性・正当性を認めざるを得なくなり、3週間に短縮された。



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ハロウィン記念最終話V-MAX 紋章を賭けて

 あなたのベレトです。責任を持ってお持ち帰りください。なにせ最終話ですので。


 3週間に短縮された謹慎が謎の力で1日まで追短縮された後のある日。

 

「本日は午後の授業は無し。代わりにレクリエーションを行う」

 

 午後の授業開始間もなくにそう言いながらベレトが教室内の生徒に配布したプリントには、以下の文言が記されていた。

 

『第一回・頑丈自慢借り人選手権大会

 終業の鐘までに修道院敷地内より当人の承諾を得て訓練場まで同行させ、その人物がベレトの徒手(武器・魔法を使用しない)による攻撃1回を受けて耐えられた場合、連れてきた者と借り人を合格とする。

 判定実施は一括して終業時より開始する。

 耐えられたと判断する基準は、地面に立った状態で攻撃を受けてから3秒間、足を1歩も動かさないこと。

 防具・道具の使用は認めるが、武器・魔法の直接攻撃による迎撃・反撃は認めない。

 借り人となる人物の所属・年齢等は問わないが、依頼の際に迷惑をかけないこと。』

 

 ペトラとカスパルが手を挙げた。

 

「ペトラが早かった。どうぞ」

「所属、問わない、書かれます。他の学級の生徒、参加する、できますか?」

「いや、話は通してあるんだ。同意さえ得られるなら誰でもいい。次、カスパル」

「これ、自分を借り人にするのってアリなのか?」

「認めるが、恐らく不利だぞ」

 

 ベレトが言い終わる前、カスパルの机を前にいるエーデルガルトがトントンと叩き、"それだけはダメだ"とでも言うように忙しなく首を横に振ってみせた。その必死さに対してのニュアンスも含めて、カスパルは眉根を寄せた。

 

「なんでだよ? 少なくともエーデルガルトは結構有利じゃね?」

「は?」

 

 突如エーデルガルトとすり替わった覇王の無表情の眼光に射竦められ、カスパルは黙り込んだ。それを確認した覇王はエーデルガルトを残して現世を去った。

 

「先生、いいだろうか」

 

 フェルディナントがもう一度手を挙げた。

 

「どうぞ」

「ここには大会とか合格とか書かれているが、褒賞の類はあるのだろうか? 連れてくるにしても、タダで首を縦に振る人間はそういないだろう」

 

 言われて、ベレトは思い出したように手を打った。

 

「あっ、すまない。そういえば書き忘れていたな。合格者には豪華なおやつ――」

 

 今日はどんな奇天烈が襲い来るかと身構えていたエーデルガルトは、どうやら比較的マシな日らしいと内心ホッとした。

 

「――か、紋章1つの希望する方を贈呈する」

 

 そして椅子から転げ落ちた。

 びっくりしたベルナデッタも転げ落ちた。

 

「先生、わたしも参加していいんですよね!」

「ダメだ」

(……っていうか、ツッコミが追いつかないんだけど。何これ?)

 

 リシテアがとぼとぼと自分の教室に帰る様子を見送りながら、リンハルトは思った。

 

 

……

 

 

 午後2時過ぎ、ハンネマンが路上で失神し、医務室に運ばれた。

 事情を訊かれたフェルディナントは"世間話がレクリエーションの話になって、そうしたら急に倒れた。私は何もしていない"と供述していた。

 

 

……

 

 

 終業の鐘が鳴り、訓練場。

 珍しく一般利用者がいないのは、"授業にて使用中、間もなくの終了まで関係者以外の立入禁止"の張り紙によるものだった。

 1名を除いて黒鷲の学級(アドラークラッセ)生徒は勢揃いしており、そのさらに1名を除いた全員が借り人を連れてきていた。

 

「カスパルがいないみたいだが」

「レア様を連れてこようとしてセテスさんに連れて行かれたそうだ。何を考えていたんだか……」

 

 頭を抑えながらそう説明したのは、エーデルガルトの借り人となったディミトリ。以前ベレトが度を越した訓練を課したと知るエーデルガルトならではの人選だった。

 

「そうか、残念だ。じゃあ、順番に人選の理由と、借り人は意気込みを語ってくれ。右端のペトラから」

「はい。シャミアさん、戦場、選ぶ、選びません。生き残る、耐える、得意、思います」

「別に自分がタフだと思っているわけじゃないんだが、防具ありで拳か蹴り一発だろう? 流石にそのくらいは余裕だ」

「鉄の盾持参な辺り、勝ちに来ているのが伺えるな」

「当然だ。油断した、なんてのは負けた言い訳にならないからな」

 

 腕を組み、短い黒髪の女性・シャミアは、言葉通り余裕の笑みを浮かべた。女だてら傭兵上がりの教師であり、現セイロス騎士団員。弓の腕では修道院中探しても右に出る者はない。

 

「次、フェルディナント」

「語弊を恐れずに言うと、本命はアロイス殿だったのだが、先を越されてしまったのでな。"豪華なおやつ"は肉料理も可だと先生に確認が取れたので、めでたくラファエルに来てもらった」

「オデの筋肉と、先生の筋肉、どっちが強いか勝負だ!」

「受けて立とう。どちらが勝っても恨みっこはなしだぞ」

「おう!」

 

 両拳を握り、屈託のない笑顔の眩しい金髪の巨漢、ラファエル。これでも金鹿の学級の生徒であり、同時に指折りの肉体派である。

 

「次、ドロテア」

「ええと、私はそんなつもりで話したんじゃないんだけど、グリットちゃんどうしてもって聞かないから……」

「立派な騎士になろうという人間が、たとえ先生でも徒手の相手を怖がってなんていられませんから」

「よだれ」

「えっ!?」

「嘘だ」

「えっ……もう!」

 

 ベレトに言われるまま口元を拭ってしまった、長い金髪を緩く1つに編み纏めた女生徒がイングリットは、兄に憧れ騎士を志しており、それが参加の動機に繋がっていた。

 大食らいとして知られる人物でもあるが、それについてはドロテアには語られなかった。

 その1つ横から、エーデルガルトは親近感を帯びた視線をイングリットに注いでいた。

 

「次、エーデルガルト……は飛ばして」

 

 そしてずっこけた。

 隣でディミトリが少し残念そうに息を吐いた。

 

「ヒューベルト」

「英雄の遺産持ち以上の適役はいないかと存じましてね」

「シャミアがいるんならちょうどいいや。鎧は着てるけど、盾がない分こっちの方が条件は悪いし、両方合格でもこっちが一本ってことで」

 

 続く金髪に浅黒い肌の女性が、修道院卒業生にして騎士団員のカトリーヌ。シャミアとはコンビを組むことが多く、時々対抗意識を燃やすところも見られていた。

 

「気が早いな」

「そっちこそ、アタシを舐めてねえだろうな?」

「ご想像にお任せして、次、リンハルト……は意外にも自力の申告があった」

「何、辞退ではないのか!?」

 

 言ったフェルディナントのみならず、参加者一同にどよめきが走った。

 

「静かに。本人が借り人扱いとのことなので、理由と意気込みを述べてくれ」

「向いてそうな人が誰も彼も引き抜かれてたんじゃ、こうするしかないでしょう。歩いて修道院を回らなきゃいけないんだから、その時点で僕が不利だったんですよ。ダメ元でルールについて確認してみたら、なんとかなりそうにはなりましたけど」

「リンハルト、悪いことは言わないから辞退しなさい。命が惜しくないの?」

「先生はちゃんと加減するって言ってたよ」

「え……そうなの?」

「そうだぞ」

 

 拍子抜けした顔のエーデルガルトに向かってベレトが頷いた。

 

「な、なんだ……」

(じゃあ私が自分で出ても……いやそれはやっぱりダメそうね)

 

 ベレトの自分への謎の当たりの強さを思い出し、エーデルガルトは思い直した。

 

「持参した鉄の盾の使い方については事前に聞いた通りにしてもらって構わない。健闘を祈る」

「お手柔らかにお願いしますよ」

 

 何も返さず、ベレトは次へ視線を動かした。

 

「次、最後。ベルナデッタ」

「は、はい」

「ベルナデッタ」

「はいっ」

「ベルナデッタ!!1」

「ぴいっ!」

 

 ベレトの急な大声に耐えかねてベルナデッタが隠れたのは、人の良さそうな、見るからに騎士らしい格好で、体格のいい壮年の男――アロイスの背中だった。

 

「むう……先生、選ばれた理由についても私から説明していいだろうか?」

「ダメだ」

 

 にべもなく首を横に振るベレトの反応に、アロイスが背後を見た。

 

「ベルナデッタ殿、先生がそれほど恐ろしいのか?」

「は、はい……たまに……」

「よくわからんが……どうしてもダメなのか?」

「……」

 

 ベルナデッタ呼吸を整えた。

 

「も、もう大丈夫です、多分……」

 

 そうしてアロイスの前に出たベルナデッタの名を、ベレトが呼んだ。その顔を、ベルナデッタは真っ直ぐ見た。

 

「はい!」

 

 幾分威勢のいい返事に、アロイスは関心して、ベレトは認めるようにして、頷いた。

 

「よし。人選の理由を述べよ」

「ペトラさんに譲ってもらいました!! あっ」

 

 列の端でペトラが目を覆い、途端、ベルナデッタは普段の弱々しさを取り戻した。

 

「ご、ごめんなさい……今のなかったことに……秘密って約束で……」

「問題は当事者同士で解決するように。アロイス、意気込みをどうぞ」

「なんだかそういう空気ではない気もするが……とにかく! たとえジェラルト殿の息子であろうと、私は決して膝を折るつもりはないぞ! 覚悟しておけ!」

「ありがとう。ここでルールの確認だが、1歩動いた時点で失格判定だ。各々勘違いのないよう気をつけてくれ」

 

 一呼吸置き、ベレトは参加者全体を見回した。

 

「では、第一回・頑丈自慢借り人選手権大会を開始する。質問はあるだろうか?」

「もちろんあるぜ」

 

 真っ先に切り出したのはカトリーヌだった。

 

「優勝……じゃなくて合格か。豪華なおやつか紋章1個とか言ってたらしいけど、実際は紋章がどうこうはジョークなんだよな? ヒューベルトがいやにマジだったんだが」

「俺は嘘はつかないが、確認しておこう。冗談だと思っていた者は手を挙げてくれ」

 

 きょとんとした顔のベルナデッタを含め、エーデルガルトとヒューベルト以外の全員が手を挙げ、互いを見合わせた。

 

「ディミトリ、貴方まで!?」

「いや、紋章は受け渡せるものではないだろう」

「ああ……あれほどの目に遭って、どうしてわからないの……」

 

 真顔で返したエーデルガルトはディミトリを心配し、ディミトリはエーデルガルトの頭を心配した。この場にいるうちの何人かが、エーデルガルトやヒューベルトを見る目を変えた。

 

「手を下ろして。何であれ、俺は嘘はつかない。回答は以上だ」

「……もしかして、"誰にも合格させないから何言ってもいい"ってことか?」

 

 カトリーヌのこめかみに薄っすら青筋が浮き出た。

 

(上等じゃねえか……!)

「他に質問は? ……ないようなので、これで打ち切る。借り人は訓練場中央に両手がぶつからない程度に間隔を空けて並ぶように。借り人以外は可能な限り俺から離れて見ていること」

 

 エーデルガルトとヒューベルトに戦慄が走り、ディミトリはいつかベレトの魔法を受けた際味わった奇妙な感覚を想起し、いずれも冷や汗を額に滲ませた。

 

 

……

 

 

 借り人が指示通り列に並んだ後、ベレトはその列の中央から垂直方向に5、6メートルは離れた位置に立った。

 

「攻撃を開始する!」

 

 訓練場全体に響くよく通る声が放たれ、その場にいる全員が困惑し、あるいは未知の恐怖に覚悟しようとした。

 借り人たちはそれぞれ、これから何が起こるのか理解できないながらも、油断なく耐える構えを取った。

 

 中でもリンハルトは"武器・魔法での直接攻撃は禁止だが防具は持ち込める、よって風魔法で盾を飛ばして拳の威力を殺すのは可"と事前確認を取っていた。

 そのプランが恐らく崩壊することを察知してなお冷静に頭を回転させた結果、重心を低くしようと膝と腰を曲げ、盾を立てて地面につけて杖とした。

 

 

 ベレトは足幅を広く取って視線は斜め前下にして腕を振り上げ、その拳からは大岩同士が押し付けられて互いを削り合うような音が響き、それを聞いたもの全員の生存本能が"逃げろ"と大音声で叫び始めた。

 訓練場の端で誰かに許しを請いながら固く閉ざされた入り口を掻きむしるエーデルガルトを、ヒューベルト他数名が必死に抑え込んでいた。

 

 そしてとうとうベレトの拳が瞬く間に地面に叩きつけられれば波紋のように広がる爆風を生み出し、更には訓練場に留まらず大地全てを揺るがした。

 この揺れで医務室のハンネマンが目を覚まし、何かの始まりと終わりを予感した。特に事件が起きたわけではなかったが、強いて言えば訓練場が終わり、ベレトの謹慎が再び始まった。

 

 

 

 

 第一回・頑丈自慢借り人選手権大会

 

 合格者――0名

 死傷者――0名(ベレトにより瞬間的に完全治療済)

 次回開催――無期限凍結



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新作発表記念最終話 ベレト先生と学ぶ道徳

 この作品……作品? もとうとう完結です。


 他の学級に比べてカリキュラムの進行ペースが圧倒的に速い黒鷲の学級(アドラークラッセ)といえど、兎のように居眠りをしてよいという法はなかった。

 セテスに睨まれるまでもなく、ベレトは独断で訓練や応用講義を実施し、その内容は誰にも文句を言わせないだけの質を保っていた。

 

 この日の午後も、その類の応用講義の予定だった。

 

「――が、予定を変更して、道徳の講義を行う」

 

 エーデルガルトは早くも嫌な予感がしてきた。

 

「えー、何でだよ? オレせっかくそこの範囲復習してきたのに」

「どんなに周到な準備をしても、いざ戦場に出てみれば戦略レベルで意表を突かれることもある。その時はその時の状況が全てだ」

「なるほど……!」

「いや、"なるほど……!"じゃないと思うんですけど……」

 

 ベルナデッタからカスパルへの小さなツッコミは誰にも届くことはなく、ベレトは教卓の下から一振りの剣を取り出す。全体が金色で、柄にぽっかりと穴が空いた剣だ。

 

「天帝の剣……?」

 

 どうするつもりかと、フェルディナントが眉をひそめた。

 

「これと同じく英雄の遺産である"破裂の槍"に関する騒動は記憶に新しいだろう。そうだな、リンハルト。あの一件を振り返って、何か思ったことはないか?」

「え? そりゃ、まあ……紋章のない人が触れると危険なんだな、とは思いましたけど」

「そうだな、それも一つだ。他には……ペトラ、どうだ?」

「紋章ある人、もっと危険、思います」

「その心は?」

「紋章ある、悪い人。英雄の遺産、手にする、してはいけません」

「そう、そこなんだ」

 

 ベレトが、パン、と手を打った。

 

「英雄の遺産というのは、どうあがいても危険な代物だ。人が手にした時の危険性はリンハルトの言った通りだが、かといって、人の目に触れないようにするにも限度があるということも、この間の一件でわかったと思う」

 

 見回せば、生徒の目つきは一様に真剣だった。エーデルガルトやヒューベルトも、現状問題がないことと、題材が題材だけに、ベレトへの疑いなどは霧散していた。

 

「では、我々は英雄の遺産をどう扱い、どう向き合えばいいのか? 今日はそれを、みんなに考えてみて欲しい」

 

 教室は(ベルナデッタを除き)すぐさま騒がしくなった。この手のことに関心の深くなかったドロテアなども、英雄の遺産がもたらす災いを一度は目の当たりにしたためか、他に劣らないだけの積極性を見せていた。

 英雄の遺産を放棄するべきか、保持するべきか。放棄するならどのような手段をもって行うのか、保持するならどのように危険を排除するのか。話し合いが継続するにつれ、生徒たちは自主的に黒板の方へ集まり、あれこれと書き込んでいった。

 

 

……

 

 

 やがてリーダーシップのあるエーデルガルトとフェルディナントが中心となり、意見は大まかに2つにまとまった。

 エーデルガルトが推進するのは、実現性を重視し、教会の管理下ではなく有力家門への再分配によって相互の抑止力とする意見。

 対してフェルディナントが打ち出したのは、理想を重視し、"英雄の遺産の意味を失わせる"という意見。

 ここから更なる発展の様子がないと見て、ベレトは生徒たちを席へと戻らせた。一番最後に席についたエーデルガルトは、若干の不服を隠そうともしていなかった。

 

「エーデルガルト。言いたいことはわかるが、これは政治でも紋章学でもなく、道徳の講義だ。問題について考える姿勢そのものが大事だということを忘れないでくれ」

 

 ベレトのいつになくまともな言葉を向けられ、エーデルガルトは内省した。

 

「さて、エーデルガルトの考える解決法は明らかだ。これも問題がないわけではないが、俺からみても、英雄の遺産を配るというやり方は理に適っていると思う。ひとつの正解だろう。

 しかし、フェルディナントの意見も、それと同じだけ尊重されるべきものだ。エーデルガルト側に乗っていたリンハルトやペトラでもいい。ほんの少しでも具体的なビジョンが浮かぶ者はいるか?」

 

 初めに手を挙げたのは、カスパルだった。

 

「カスパル」

「そもそも、英雄の遺産が取り合いになるのってさ、数が少ないせいだろ。同じだけすごくて副作用もない武器をたくさん作れば、英雄の遺産に拘ることもなくなるんじゃねえのか?」

「もう一声!」

「もう一声!?」

 

 ベレトの突然の合いの手に、カスパルが目に見えて狼狽すると、隣のリンハルトがため息をついた。

 

「同じだけ強力で紋章の有無を問わない武器って時点で要件は満たしてるけど、英雄の遺産より明らかに優れていれば、もっと確実に遺産の存在意義を破壊できる。そういうことですよね」

「その言葉が聞きたかった。褒美になんでも一つ願いを叶えてやろう」

「先生がそれ言うと洒落になりませんよ。槍の一件でもリシテアが光って歌ったらマイクランが元に戻ってましたよね? あれがなんだったのかはもう訊きませんけど」

「まあ今のは3割冗談として」

(残り7割は……?)

「俺はもっと追求できる点があると思う。他にはないのか?」

 

 さらに間をおいて、エーデルガルトとフェルディナントがそれを思いついたのは同時だった。手が挙がる。

 

「これは同時だな。フェルディナントから」

「紋章以外の方法で、武器の使用を制限する。この形なら悪用は難しいし、仮に英雄の遺産が悪用されても新たな武器で制圧できるだろう」

「エーデルガルト」

「……全くの同意見よ」

「ふっ」

「何がおかしいのかしら?」

「いいや、何も」

「あら、そう」

 

 対抗心を顕にしたエーデルガルトと、それを引き出せたことに満足げなフェルディナント。そして他の生徒も、ドン、という音がした教卓の上に注目した。

 ベレトが、天帝の剣とは別の剣を乗せた音だった。その剣は、柄どころか、収められた鞘までもが七色に輝いていた。

 

「というわけで、今朝実際に作ってみたのがこれだ」

 

 教室は凍りついた。

 

「1677万飛んで7216の紋章を搭載。英雄の遺産を遥かに凌ぐ威力はもちろん、悪用や事故を防ぐためのセーフティも完備した新世代型武器。その名も"アドラステアぶっ殺ソード"だ」

 

 そして、エーデルガルトの心の平穏もここまでだった。

 

「ネーミングから悪意が漏れてる!!」

 

 必然的な叫びが静寂を切り裂き、ベルナデッタが、ぴっ、と小さく声を上げのけぞった。

 

「何を言うんだ。これはみんなの考える最善の具現化だぞ」

(せんせい)の恣意が強すぎるのよ! 名前がどう考えてもおかしいでしょう!!」

「おかしいのは君の解釈だ。"アドラステアぶっ殺ソード"というのは、"一撃で制圧できる最大規模がおよそアドラステア程度である剣"という意味でだな」

「ウソ! 絶対ウソよ!」

「ウソじゃない。実際に試してみるわけにはいかないが――」

「そこじゃないわよ!!」

 

 座ったままバンバンと机を叩くエーデルガルト。カスパルの脳裏に"ヒス女"という単語がよぎったが、主張が至極正論であることも確かだったので頭を振った。

 

「困ったな……いや、そうか。そこまで言うなら、この剣はエーデルガルトに譲るとしよう」

「!?!?」

「なんだ、いらないのか?」

 

 急展開にエーデルガルトは目を白黒させたが、半ば我に返ると、おもむろに席を立った。七色の輝きに吸い寄せられるように、ふらふらと歩き出す。

 主に待ったをかけようとしたヒューベルトは、しかし"余計な口出しはするな"と釘を刺すベレトの視線に、口を噤まざるを得なかった。

 剣の柄に、エーデルガルトの手が触れた。七色の刀身が鞘から覗く。

 

(この剣があれば、私は――)

「ちなみに、1万人の同意を得ずにこの剣を抜いた者は精神を幻覚世界に囚われる」

 

 直後、エーデルガルトはその場に崩れ落ちた。既に意識はなかった。足元に転がるエーデルガルトを、ベレトが指差す。

 

「こうしてな。あと30分はこのままだ」

「……幻覚って、どんな?」

 

 怖いもの見たさでドロテアが尋ねると、想像してるようなものじゃないさ、とベレトは笑って首を振った。

 

「ちょっとネズミたちがじゃれてくるだけだ。事故防止機能でもあるから、あまり攻撃的にするわけにもいかないだろう?」

「あっ……」

 

 

……

 

 

 エーデルガルトは三日寝込み、しばらく虹を怖がるようになった。

 なお、アドラステアぶっ殺ソードへの言及は黒鷲の学級(アドラークラッセ)最大のタブーとなった。




 道徳的ですね。


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断章 未来の予想

 夜、真剣そのものの様子で、自室の机に向かう姿があった。ベレトだった。

 直に生徒を教える以外にも、カリキュラムの作成や調整、課題や試験の添削など、地道なデスクワークは少なくない。この時ばかりは、他の職員(教師に限らず)に見られない奇異な振る舞いなどすっかり鳴りを潜めていた。

 

 最後に取り掛かったのが、投書への回答だった。

 ガルグ=マクの大聖堂には、目安箱が設置されていた。これは、ガルグ=マクにいる者ならばだれでも自由に投書が可能で、その回答の作成と張り出しは、今はベレトが行っていた。

 これが全てを見通し的確な助言を与えると評判で、投書数は徐々に増加。張り出しに専用の掲示板も置かれるようになり、これを新たな娯楽と捉える見方もあるほどだった。

 

 一枚に書き込み、一枚を手に取る。その繰り返しの中、ふと、ベレトの動きが止まった。

 その時手にした投書にはこうあった。

 

――最近、ベレト先生がエーデルガルト様に対して、訓練で強く当たったり、厳しすぎる罰則を課したりしているという噂を耳にするのですが、ベレト先生はエーデルガルト様のことが嫌いなんでしょうか?

 

『とうとう来た、という感じじゃな』

 

 ソティスが、文字通りベレトの心へ声を響かせた。

 

「そうだろうか」

『おぬしの所業、わしからすれば"生かさず殺さず"という言葉がよぎるくらいじゃ。成績も素行も悪くないというに狙い撃ちにもすれば、このようにもなろう』

「そうだろうか」

『エーデルガルトとやらのことだけではない。浴場の件、"ぶかつ"の件、他にもいろいろ……槍玉に挙げられて当然のことを、おぬしは幾度となくやらかしておる』

「そうだろうか」

『……おぬし、聞いておるか?』

「ああ、聞き流している」

『それは聞いておるとは言わん!!』

 

 透明な石をぶつけられたように、ベレトの頭が揺れた。

 

『生徒たちを教え導く立場であれば、その生徒を蔑ろにするような行いは咎められて当然。というか人として信用を失おうぞ。おぬしほど文武に優れておれば、その道理がわからぬはずあるまい?』

「もちろんだ。常に自覚はある」

『なお悪いわ!!』

 

 再びベレトの頭が揺れた。

 

『それならなおのこと、行いを改めよ! おぬしはここで、良くも悪くも正当に評価されておる。なれば善きことをして、あやつにも良き教師として慕われようと思わんのか?』

「全く思わない」

『!?』

「……が、確かにやりすぎたかもしれないな」

 

 いくらか申し訳無さそうな顔をしてみせ、ベレトが投書の一枚を折りたたむ。

 

 今夜もまた、ベレト宛の恋文が星空へと旅立つ――

 

 

……

 

 

 黒鷲の学級(アドラークラッセ)の教室へやってきたベレトが目にしたのは、目を吊り上げたエーデルガルトと、一見ベレト同様に普段どおりのヒューベルト、そして巻き込まれまいと息を殺す他の生徒たちだった。

 

(せんせい)……これは、どういうことかしら?」

 

 立ち上がったエーデルガルトが、ベレトに一枚の投書を突きつける。

 昨晩ソティスに小言をもらうきっかけとなったその投書には、ベレトによる回答が書き込まれていた。

 

――嫌ってなどいない。愛している。

 

「ご存知かもしれませんが、今朝のことながら既に生徒たちの間で噂が広まっています。平民や並の貴族ならまだしも、エーデルガルト様は次期アドラステア皇帝であられる。先生も、このような文書を張り出せばどうなるかおわかりだったのでは?」

「当たり前だ」

 

 ヒューベルトの付け足しを、ベレトはにべもなく切って捨て、エーデルガルトに目を向ける。

 

「"どういうことか"とは、どういうことだ? 目安箱の投書を預かる立場として、俺は誠意をもって回答したに過ぎない」

「誠意ですって? こんな心にもないことを書いておいて、よく言えたものね」

「聞き捨てならないな。俺が悪ふざけで嘘をついているとでもいうのか?」

「そうだけど?」

「いいだろう。ならば今日の放課後、茶会で決着をつける。手を洗って待っていろ」

「望むところよ!」

 

 威勢よく言い返したところで、エーデルガルトはハッと我に返る。

 

「……え?」

「じゃあ授業を始めるぞ。今日は理学から」

 

 いくらか空気が弛緩したところで、カスパルが隣のフェルディナントに小声で尋ねる。

 

「なあ、茶会に勝ち負けってあるのか?」

「私に聞かれても困る……」

 

 

……

 

 

 渦中の人物がお茶会で果たし合い……という噂もまた、急速に広まった。"わたしだって誘われたことないのに!!"とリシテアが殴り込んできたのは午前のこと、昼休みにはすっかりガルグ=マクじゅうを駆け巡っていた。

 

 緑に囲まれた中庭。並んだテーブルはいつもと違い空席ばかりで、それでいて植え込みの外に野次馬がたかっているということもなく、普段以上に静かだった。

 

 こうなってしまっては出ないわけにもいかず、エーデルガルトは定刻通りに現れた。先んじて準備を済ませ席に着いていたベレトの姿を認めると、そのテーブルへ向かった。ベレトも、それを見てカップへ紅茶を注ぎ始めた。

 エーデルガルトの内から始業前のような怒りは既に失せており、今はいくらかの困惑と気恥ずかしさを押し殺して、冷静な様子を取り繕っていた。

 人が少ないこともあって、エーデルガルトが椅子の背もたれに手をかけたかどうかというタイミングに、ベルガモットティーの香りに気がついた。

 

(……(せんせい)のことだもの。偶然ではないのでしょうね)

「取り替えるか?」

 

 カップに目を落としていると、ベレトが心配するように声をかけた。

 

「いえ、このままいただくわ」

(思えば、食べ物や飲み物を台無しにするようなことは、したことがなかったはずだし)

 

 エーデルガルトが一口飲み、なんともないことを確かめたところで、またもベレトから口を開く。

 

「今朝はすまなかったな」

(せんせい)が謝った!?)

 

 カップを持つ手が僅かに震えたが、エーデルガルトは目に見えて取り乱さずに気を落ち着けた。

 

「いや、今朝だけじゃない。エーデルガルトにああまで言わせるだけのことを、俺がしてきたということだ。申し開きのしようもない」

「その……どうしたの? こう言ってはなんだけれど、普段の(せんせい)じゃないみたいだわ」

「気を使う必要はない。言いたいことは大体わかっている。だが、俺も普段何も考えていないわけではないんだ」

「それは……そうよね」

 

 たまの奇行を除けば、ベレトは非の打ち所のない教師である。そういった評価に、エーデルガルトも異論はなかった。

 理不尽な被害に遭うことはあっても、一人だけ授業や訓練から外され置いていかれたり、課題や試験の採点の基準を厳しくされたりすることはなかった。

 

「だからこの機会に、俺という人間についてわかってもらおうと思う。俺はみんなのことをそれなりに知っているつもりだが、自分のことはあまり話したことがなかったから」

「出自については他の先生から伺っているけれど」

(せんせい)の弱点がないかを探る一環で、身辺調査を済ませたし)

「もっと前向きな話だ」

「前向きな話?」

「将来の展望というか、フォドラがこうなればいいな、という程度の話なんだが――」

 

 穏やかな語り口で聞かせるのは、10年後、20年後と変化していくフォドラのビジョン、その中で生きる自分やそれ以外の人々の姿。

 闇に蠢くものなどの触れるべからざるもののことは欠けているものの、それはエーデルガルトの思い描く理想の数歩先を行く未来予想であるように聞こえた。

 ベレトにとっては、かつて実際に辿った"いくらかうまくいった未来"のひとつの回想だった。それゆえか、本人も知らず知らずのうち、懐かしむような、悔やむような心持ちになり、表情にも滲み出ていた。

 

 初めは心の内を見透かされたように息を呑み、自分の理想をなぞりその先までも示されたところで引き込まれ、忘れられた手元の紅茶がぬるくなっていき、気がつけばベレトの(事情を知らないゆえにそう見える)不思議な表情を見つめていた。

 

 長い長い回想に一区切りつけたベレトは、たった今夢から醒めたようにしてカップを手に取り、その中身が冷めていることに気がついた。

 

「……かなり一方的に話し込んでしまったみたいだな。そっちも口をつけていないみたい辺り、退屈はさせずに済んだか?」

「あ……いいえ、とんでもないわ。とても興味深い話だった」

「それならよかった。これで、俺がどんな人間か、少しは伝わっているといいんだが」

 

 ためらいつつも冷めた紅茶を飲み干すベレトを見ながら、エーデルガルトも思考を鮮明にさせる。

 

(せんせい)には力がある。その力を向けるべき先も、私と同じくらい……いえ、それ以上に理解している。実際に世界が変わった時、そこでどう生きていくのかすら。なら……)

「つまり、今朝の投書。あれは、いずれ私が皇帝となった時、私のために力を振るってくれるということなのね?」

「いや、単純に一人の女性として愛しているという意味だが」

「ええっ!?」

「この茶会だって、それを信じられないと君が言ったからやろうと思ったことだしな」

 

 エーデルガルトは目を見開いて驚愕した。続いて混乱した。それらを抑えていった最後、顔が熱くなった。顔が熱くなった理由を自覚して、ベレトの顔を直視できなくなった。

 

「そんな急に……」

「俺としても、エーデルガルトのことが嫌いだなんて誤解があるなら放ってはおけなかった」

「うう……」

「別に、エーデルガルトがどう思っているかを聞きたいわけじゃない。気にしないでくれていい」

「あ、貴方ね、知ってしまって気にせずにおくなんてできるわけないでしょう……!」

 

 待つように黙るベレトの前で、エーデルガルトは深呼吸した。それから、周囲に人がいないことを確かめた。二人きり、という単語が脳裏をよぎって胸が高鳴ったのを、自分の中ではもはや否定しなかった。

 

「また……こうしてお茶に誘ってくれるかしら?」

「もちろん」

「ありがとう。今日、貴方の話を聞けて本当によかったわ。ヒューベルトが知ったらきっとうるさいから、次は内緒でね」

「そうだな」

 

 もったいないし、とエーデルガルトもカップに口をつけたところで、ベレトの今朝との変化に気がついた。

 

「あら、ブローチなんてつけてたのね。ふふっ、おしゃれのつもり?」

「魔法を込めたアクセサリーの開発に協力していてな。試験運用中なんだ」

「へえ。どんな魔法なのかしら?」

「大した距離じゃないが、音や景色を離れた所へ届けることができる。たとえば、ここの様子をガルグ=マクの各所に映し出すとか」

「……なんですって?」

「今は大聖堂、食堂、寮、釣り池、市場だな」

 

 エーデルガルトのカップが地面に落ちて割れた。

 

 

……

 

 

『なぜあのようなことをした?』

 

 その日の夜、床についたベレトに、ソティスが問うた。

 

『おぬし、嘘はついておらんかったじゃろ。実にいい雰囲気であったではないか? あのようなオモチャを急ごしらえででっちあげてまで、なぜ自分でぶち壊した? まさか、あの小娘の相手に自分は相応しくないなどと思っておるのではあるまいな』

「そのまさかだ」

『どうしてじゃ』

「俺の血は俺限りで絶やさなければいけない。どうせ人間の世界の禍根になるんだからな」

『……その理屈はわからんでもないが、しかし』

「俺は十分幸せになった。もういいんだ」

 

 ベレトはソティスの声を紋章で遮断し、目を閉じた。

 

(それに、これが最後なんだ。誰かの邪魔になるわけにはいかない……)

 

 

……

 

 

 翌朝、エーデルガルトは自らが記憶喪失であることを頑なに主張し、リシテアの脳は回復した。



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