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お返しは三倍返しで

バレンタインデーネタ。佐天さんと初春。佐天視点。


 2月14日、バレンタインデー。日本では主に女性がチョコレートを渡し、思いを伝える日だ。感謝であったり、友愛であったり、好意だったり。

 

 そして、笹川中学校一年の佐天涙子も、他の女子生徒と同じ様にチョコを準備していた。

 ただ、気合の入れ方は、同学年の女子達と比べ物にならない程に力が入っていた。彼女が用意したチョコはトリュフチョコだ。寮の自室で昨夜の内に手作りしたものだった。ガナッシュを作り、形を整えて冷蔵庫で冷やし、コーティング用のチョコを温度に気をつけながらテンパリングするのは勿論のことで、冷やしておいたチョコをフォークにのせて、テンパリングしたチョコにくぐらせ、後は決めていたデザインに近づける、ということを佐天涙子は鼻歌交じりでできるのだ。

 

 佐天涙子は料理に必要なのは愛情だと分かっていた。食べる相手の事を思わなければ、こんな面倒なことはできない。「おいしい」と言ってもらうためには、相手の嗜好を知る必要がある。その為には、昼食時にお弁当の何から食べるのか、何を残すのか、何を最後まで取っておくのか、どんな買い食いをするのか、どんなスイーツが好きで、どの店がお気に入りなのか。他にも様々な情報を頭の中に入れ、一番好みであろうチョコを用意する。そして、ほんの数分で食べ終わってしまわれる。自分用なら割にあわない行為が料理というものなのだ。

 

 

 チョコが上手く出来た事が嬉しく、上機嫌で佐天は登校していた。鼻歌を歌いながら、道行く人達の頭に花が咲いていないか確認しながら歩いていた。そして、曲がり角を右へ曲がり、佐天と同じ紺色のセーラー服が増えてきた所で、頭に花が咲いた人を見つけた。佐天は早足になりながら、音を立てずにその女生徒に近づいていった。

 

「う~い~は~るっ」

 佐天は掛け声とともに、初春飾利のスカートをめくる。黒のスパッツだ。佐天はちゃんと初春がスパッツで防寒対策しているのか気になるからスカートをめくったのだ。決してスカートめくりをしたい訳ではない。

 

「ぎゃああ! 佐天さん! いつもいつも、寒いんですよ!」

 スカートをめくられた初春が叫び声を上げながら振り向き、佐天へと「私、怒ってます」という、頬を膨らませた顔で詰め寄った。

 

「ごめんごめん、初春がちゃんと冷やさないようにしてきたか、気になっちゃって」

 佐天は謝りながらも手袋を外し、初春の手を握った。

 

「あ~、初春の手は暖かいな~」

「佐天さんの手が冷たいんです。というかなんで手袋を外すんですか?」

 佐天のよく分からない行動に、初春は怒りを収めて佐天に尋ねる。それを見た佐天は笑みを浮かべて初春に抱きついた。

 

「それはね。初春に私の体温を感じさせるためさ!」

「冷たっ。や、止めて下さい! そんなところ! 駄目です!」

「初春は首も暖かいな~」

 初春の首に手を当て佐天は暖を取る。そして背中や肩にまで手を突っ込み、初春は真剣に振りほどいた。

 

「もうっ。冷たいじゃないですか。馬鹿やってないで、学校行きますよ」

「は~い」

 初春が怒ったと感じ、佐天は密着していた体を離す。初春が口を尖らせているのを佐天は横目で見ながら、初春と並んで学校へ向かった。

 

 

 教室の扉を開けると、温かい空気が冷えた廊下へ流れこんできた。佐天は人心地ついたと、幸せな溜息を吐く。初春に笑われたが、別に嫌な気分にはならなかった。初春が扉を閉めるのを確認した後、「おはよう」と挨拶しながら窓側の自席へと移動する。隣の席に初春が座ったのを見計らって、佐天は鞄から用意した物を取り出した。

 

「初春、はい。チョコレート」

「へ? チョコですか?」

 初春は呆けている。佐天は初春が呆けた事に呆けてしまいそうだった。

 

「へ、じゃ無い。私の初春への愛が詰まったチョコだよ!」

「あ、あ~。今日はバレンタインデーでしたか。忘れてました」

 初春の言葉に佐天は目を見張る。

 

「忘れてたって、あんた。今を時めく女子中学生が、バレンタインデーを忘れるなんて」

「仕方ないじゃ有りませんか。この所、リア充爆発しろっ、と叫ぶ人がいるって通報が多くて、風紀委員は忙しかったんです。そうですか。バレンタインですか~」

 初春は今思い出しました、と言いながら、佐天へと頷く。それを見て、佐天は恐る恐る尋ねることにした。

 

「バレンタインデーを忘れたってことは、初春からの、チョコは無いの?」

「有りませんよ」

 きっぱりと。初春はさも当然のように言ってのけた。

 

「うわ~ん。初春、チョコくれないなんて、私のことは遊びだったのね!」

 わざとらしい嘘泣きをしながら、佐天は初春へしなだれかかる。初春は佐天の肩を押して、それを止めた。

 

「はいはい、チョコが欲しいなら、放課後に風紀委員の支部に行きましょう。チョコ菓子くらいはありましたよ」

「ちーがーうー。初春の手作りが良ーいー」

 駄々っ子のように首を振りながら、佐天は不安そうな顔をして初春を見つめた。初春はため息を付きながら、佐天の願いを聞き届けた。

 

「それじゃ、ホワイトデーでお返ししますね」

「三倍返しね! ジョセフのジャンボフルーツパフェで良いよ!」

「私の手作りチョコの話は何処へ行ったんですか?!」

 佐天は一瞬で笑顔になり、お返しの催促をする。初春が何か言っているが、佐天に聞く耳を持つつもりは無く、チョコを押し付ける。

 

「はい! これ、私の気持ちが詰まったチョコね」

「うう、佐天さんの欲にまみれたチョコ、とっても美味しそうです」

 透明のラッピングで包まれたチョコを見ながら、初春がそんな感想をもらした。そんな初春の態度に佐天は満足しながら、他の女子達にもチョコを渡す為に、席から離れ配り歩いた。

 

 

 はぁ。がーん、だな…出鼻をくじかれた。初春がチョコを用意していないだなんて。

 

 佐天は授業中もお昼ごはんの時も、どこか気分が沈んでいた。授業は余り聞かず、昼食時はお喋りに夢中になるほど、気分が沈んでいた。いつもと変わらない気がするが、佐天は心の何処かに引っ掛かりを覚えていたのだ。

 

 だから放課後はいつものように初春にくっつきながら、初春が所属している風紀委員の一一七支部まで付いて行ったのだ。

 

 支部の中には誰も居ない。中学一年だから授業が他の学生と比べ一番早く終わるのだ。それを確認すると、佐天は話を切り替えた。

 

「はぁ。チョコ欲しいな。初春からのチョコが欲しいな~。ホワイトデーのお返しも欲しいけど、今日、初春からのチョコが欲しいな~」

 

 佐天は何度も初春を伺いながら、初春に聞こえるように呟いた。初春は呆れて笑っているようだが、それでも給湯室で何かを探していた。佐天はソファに腰掛け、初春の後ろ姿を眺める。揺れる腰を見ていると、もう一度スカートをめくりたくなってきそうだ。

 

「ありました。最後までチョコたっぷりですよ」

 初春は笑顔でパッケージの箱のまま、佐天に付き出した。

 

「最後までチョコたっぷりのやつか~。おいしいけどさ~」

 佐天はそれを受け取る。美味しいのは知っているが、どうせならもっと手の込んだチョコが良かった。不満を口にしながら箱を開け、袋を破る。よく知るチョコの匂いが感じられた。美味しそうだ。

 

「料理下手の私がチョコを溶かすより、板チョコやチョコ菓子の方がおいしいです!」

 初春は胸を張りながら主張する。それに佐天は同意しつつも、何かが違うと思った。

 

「そりゃ、私も手作りのやつより、プロが作ったチョコの方が美味しいけどさ。お金で買えない物があるじゃん。初春が作ったチョコを不味いって言いながら食べるのは、お金を払っても出来ないでしょ」

「いやいや、不味いの前提でそんな事したくないです」

 佐天は袋から一本取り出し咥える。うん、普通に美味しい。お手軽だ。

 

「私も一本、貰いますね」

 初春がそういったのを聞いて、佐天は箱を向けた。しかし、初春はそれを見ながら、佐天の隣に座った。佐天は首を傾げながらも、そのまま勧める。

 

「私、こっちが好きなんです」

 

 初春は佐天の咥えた一本を反対側から食いついた。佐天は目を見開き、目の前の初春の顔を見る。人をからかうような笑みを浮かべて、初春の顔がゆっくりと近付いてくる。初春もこんな冗談をする様になったかと思いながら、佐天も食べ進める。胸が熱くなり、いつまで続けるのか不安に思う。しかし、初春より先に顔を背けるのは、負けた気がする。

 

 徐々に顔が近づく。チョコの味が感じられない。鼻息が当たる。花の香りがする。もう側まで初春の顔がある。もしかして、このまま進むのだろうか。初春は止まるのだろうか。こんなお遊びでキスしてしまうのだろうか。佐天が頭で色々考えていると、初春は止まった。それが分かり、佐天も食べ進めるのを止めた。胸が高鳴っている。どきどきしながらも、初春に文句をいうべく、佐天は口を離しそうとした。

 

 

 唇が初春と触れた。一気に近づいてきたんだ、と佐天は理解した。しかし、体が固まってしまった。頭に手を回され、そのまま一緒にソファへ倒れてしまう。初春は目をつむっている。それ以外、佐天は見えない。初春しか見えない。神経が全て初春に集中している。初春の匂い、初春の息づかい、唇の感触、頭に回された手、のしかかられた重み、胸の鼓動、全てが分かり、佐天は訳が分からなくなった。

 

 初春は目を開き、ゆっくりと佐天から離れた。初春は扉の方を睨むと、体を起こし、ソファから降りた。佐天は自分に何が起こったのか理解できなかった。初春を見ながら、唇に残った感触が嘘ではないと確認したかった。扉が開き、風紀委員の固法先輩が入ってきた。

 

「あら、佐天さん。こんにちは。ソファに寝転がってちゃ駄目よ」

 

 違うんです。初春の所為なんですと佐天は言いたかったが、言えなかった。胸は未だに高鳴っているし、口の中にはチョコが広がっている。そして、唇にはまだ初春がいるようだった。その初春は何事もなかったように挨拶をし、給湯室でお茶の準備をしている。佐天は初春以外感じられなかったのに、初春は固法先輩が来たのが分かったのだ。それがなんだか恥ずかしかった。佐天はうつむきながら佇まいを直した。

 

「あれ、初春さん。それ、佐天さんに上げるやつだったの?」

 固法先輩はチョコ菓子の箱を指さしながら、初春に尋ねる。自分の席に座りながら、初春から紅茶を貰っていた。

 

「そうですよ。佐天さんへのバレンタインの為に用意しました」

「絶対食べちゃ駄目って念を押されたけど、最後までチョコたっぷりが好きなのは佐天さんの方だったのね」

 佐天は目の前で繰り広げられる会話に、追いつけなかった。バレンタインデーを忘れていたのでは無かったのか。初春が紅茶を手渡ししてくれるまで、呆然とするしか無かった。

 

 

「佐天さん、ホワイトデーは三倍返し、おねがいしますね」

 初春は笑いかけながら、佐天へマグカップを渡してくる。

 

「三倍返しって」

 佐天は呟く。初春が近づき、佐天は身を縮こませた。初春の顔が近づき、耳元で囁かれた。

 

 

「さっきみたいに、今度は佐天さんからおねがいしますね」

 

 

 初春はそう言うと顔を離し、固法先輩の方へ向かう。佐天が驚きながら見ていると、初春は笑顔で振り向いた。

 

 

「三倍返しですよ!」

 




 
 
 
 
佐天さんペロペロ(^ω^)


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