PROJECT HEALINGOOD THOUSER〈完結済〉 (TAMZET)
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Episode1:【力と優しさの邂逅】

この物語は、花寺のどかの成長の物語であり、天津垓の再生の物語です。後々オリキャラとオリジナル設定が一つずつ出きます。


Episode1:From21to1

 

 

 

少女、キュアグレースこと花寺 のどかは困惑していた。

あの巨大な怪物は何だったのか、今自分が身に纏っているこの装いは何なのか、キュアグレースとは何なのか。数秒前、それら全ては、戦いの中で忘却の彼方に運ばれていた。

ラビリンとの協力でメガビョーゲンなる怪物を倒した後も、まだグレースの心臓の高鳴りは治らなかった。赤茶色の病原霧はもう殆ど見えず、萎れた草木も顔をもたげ始めている。

 

(私、やったんだ……本当に、私が……)

 

深呼吸し、息を整えようとする彼女の前に、『それ』は突然姿を現した。

グレースと20mほどの距離を挟み、ゆっくりを歩を進めてくる『それ』。

 

「あれ、なに?」

 

思考が口をついて出る。それほどに、その存在は酷く彼女の常識を外れていた。

金色の鎧を身に纏った、人型のカブトムシ。少女の抱いた第一印象はそれであった。頭に生えた五つのツノ、人型の全身は金色に光り輝き、陽光を眩いばかりに反射している。

無機質にこちらを見つめる、大きな紫色の目。その奥からくぐもった声がする。

 

「君が何者か、さっきの怪物が何なのか、聞きたい事は山ほどある。だが、まずは我がZAIAエンタープライズが管理する敷地内での破壊活動を止めてもらわなくてはね」

 

若い男の人の声だ。落ち着いた、気品に満ち溢れた声。

しかし、仮面の奥から漂う不気味な気配は、グレースの四肢を強張らせるには十分であった。そして、それを敵意と知るには、彼女の心はあまりにも初心であった。

 

「この人……さっきのビョーゲンズって奴の仲間?」

 

「違う……はずラビ。けど、なんだか危険な香りがするラビ」

 

ヒーリングステッキにくっついているラビリンも、仮面の騎士が危険だと感じているらしい。

草の根を踏み分け進み来る金色の騎士との距離は、既に5m程までに詰まっていた。どちらかが踏み込めば、射程距離に到達する。

 

「仮面ライダーサウザー。私の強さは、桁外れだ」

 

瞬間、金色の騎士……サウザーが動いた。反射的に突き出したグレースの右拳に、騎士の左肘が激突する。衝撃は山の木々を揺らし、草木を震えさせた。両者の攻撃は拮抗し、生まれ出た力の奔流は二人の間の地面を大きく抉る。膠着状態を破り、距離を取ったのはサウザーだ。

 

「この固さ、人肌のものではないな。だが、マギアとも違う。油断はするべきではないか」

 

どこからともなく金色の手槍・サウザンドジャッカーを取り出し、腰を低く構えるサウザー。

 

「アイツの強さ、メガビョーゲン以上ラビ!ともかく、ラテ様をお守りするためにも、ここは覚悟を決めるしかないラビ!」

 

「うん、分かった!」

 

言うや否や、グレースはサウザーに向けて跳んだ。

身体の軌跡は低い放物線を描き、真っ直ぐに突き出されるは、先の戦いでメガビョーゲンを吹き飛ばした剛の拳。

勢いの乗った、必殺の一撃は、しかし彼を数cm後退させるだけにとどまった。

 

「止められた!?プリキュアのパンチが?」

 

驚愕するグレース。その拳を払い除け、サウザーはサウザンドジャッカーによる突きの連続攻撃で彼女を責め立てる。

 

「どうしました?防御してばかりでは何も始まりませんよ」

 

急所を狙って次々と繰り出されるサウザーの連撃を、グレースは防ぐだけで精一杯である。

 

「この人、強い……ッ!!」

 

「サウザーの連撃をここまで防ぎきる身体能力、ますますただの人間ではありませんね。何故ZAIAの所有地を襲ったんです?」

 

「あなたこそ、どうして私たちを!?」

 

「この敷地は我がZAIAエンタープライズのもの。先程の惨状は、君が引き起こしたものなのでしょう?」

 

「違う!私はそんな事してない!」

 

「そんな言い訳が信じられるとでもッ!」

 

勢いの乗った突きの一撃が腹部に直撃し、グレースの身体が宙を舞う。かつて彼女が経験したどんな衝撃よりも、強く、激烈な衝撃。

彼女の身体は地に伏し……しかし、彼女は、間髪入れず立ち上がる。既に足が、身体が、頭が、逃げたいと訴えている。だが、彼女の心はそれを許さなかった。

 

(ここで逃げるのは簡単だけど、それじゃダメ!絶対に助けるって決めたんだから!)

 

ふらつきつつも構えをとるグレース。歪む視界の中でサウザー影が揺れ……気がついた時には、すぐ側にその金色の偉駆は在った。

直後、腹部を鋭い痛みが襲う。その痛みは、病院でされる注射に似ていた……実際は、痛みはそれの何倍にも凄まじいのだが。

サウザーの持つサウザンドジャッカーは桃色に染まり、再びグレースの胸元へとその穂先が向けられる。

 

「君達は確かに強かった。しかし、このサウザーある限り、私の勝つ確率は1000%だ」

 

「ッ!?」

 

サウザーサウザンドジャッカーのトリガーを引くや否や、その内に秘められた桃色のエネルギーの奔流が放たれる。紫の光線を象ったエネルギー波は、凄まじい速度で彼女の身体を通り抜けた。

 

 

『ジャッキング・ブレイク……©️ZAIAエンタープライズ』

 

 

崩れ落ちるグレースを背に、サウザーは勝利宣言とばかりに己のベルトに手をかける。

 

「あれ……身体が、軽い?」

 

「何ッ!?」

 

それは両者にとって予想外の展開であった。グレースの体力は完全に、それこそメガビョーゲンと戦う前の漲りをみせていたのだ。対してサウザーが放ったのは『必殺技』である。相手の持つプログライズキーの力を応用して放つ必殺の一撃……それを受けて無事でいられるはずがない。

視線を以て牽制し合う両者。数秒の逡巡の果て、先に構えを解いたのは、サウザーの方であった。

 

「ふむ、なるほど……どうやら私は大きな勘違いをしていたようだ」

 

ベルトに手をかけ、変身を解除するサウザー。解除された金色の鎧の内から現れたのは、白装束に身を包んだ男性であった。

中肉中背、しかしその佇まいは彼が只者でない事を伝えている。

 

「白い、男の人?」

 

「すまなかったね。君が襲撃犯だと勘違いしてしまっていたようだ。是非お詫びをさせて欲しい」

 

「はぁ……」

 

「私は天津 垓。ZAIAエンタープライズの社長を務めている」

 

「ザイ、ア?」

 

「君の名前は?」

 

「私は……」

 

これが、ZAIAエンタープライズの社長である天津 垓と、元・病弱な少女の花寺 のどかの初対面であった。

 

 

 

_______________________________________________________________

 

 

 

謎のワンちゃん……ラテの手当ても終わり、野山には真の平和が戻った。その様子をガラス越しに眺められるZAIAの休憩所に備えられたベンチに、のどかは腰を下ろしていた。

鳥達の囀りを聞きながら、膝の上で眠るラテの頭を撫ぜる。心地よい空気と快適な温度に当てられ、ラビリン達3人も眠りについているようだ。

病院の窓から眺めるしかなかった豊かな緑、静かな街々。あれほどに恋い焦がれた、普通の日常が自分の肌に触れている事に、のどかは無上の幸福を感じていた。

とはいえ、今彼女の隣には、それを覆い隠して有り余るほどの非日常が座っている。

ふうっと短く息を吐くと、のどかは非日常……天津 垓の方へと向き直った。

 

「あの、今日はありがとうございました。こんな休憩所まで用意してもらって」

 

「せめてものお詫びといった所さ。ZAIAの所有地を怪物から守ってくれた君を、私は撃退しようとしてしまった。これでも、1000%の謝罪には遠く及ばない」

 

「せ、せんパーセント……すごいですね」

 

「ZAIAの理念は全人類の幸福。その実現のためなら、私はいつだって、1000%以上の努力してみせる」

 

言っていることは冗談としか思えない程に壮大だが、天津さんの表情は真面目そのものだ。その目はどこかずっと先の未来を見ているようで、どこか寂しくなる。

会話が途切れ、2人の間には沈黙が訪れる。静かなのは好きだが、沈黙は好きじゃない。話題を探すのどかは、ずっと気になっていた事を質問してみる事にした。

 

「天津さんの……その、ザイアって、どんな事してるんですか?」

 

「ZAIAを知らないのか?まぁ、ザイアスペックのコアターゲットではない子供が知らなくても無理はないが……」

 

「ごめんなさい……私、今日この街に引っ越してきたばかりなんです」

 

天津さんは顎を手を当て、少し考える素振りを見せた。陽の光に照らされるその横顔は、神秘的でありながら、どこか自分の作った玩具を自慢しようとする小学生のような幼さを帯びているような気もする。

やがて、のどか方に向き直った彼は、広げた掌を天に掲げ、話を始めた。

 

「ZAIAがしているのは、簡単に言えば人を助ける仕事さ」

 

「それって……お医者さん、とかですか?」

 

「そうだね。お医者さんも、ZAIAのテクノロジーを使う事はできる」

 

「どういうことですか?」

 

「我がZAIAエンタープライズは、何かをしたくても力が無い人に、その力を授けるテクノロジーを開発している。例えば、お医者さんがしたいと思っても医療知識のない人間には、医療知識と手術のテクニックをあげる事ができる。今はザイアスペックがその代表例だが、ゆくゆくは義手や義足のような、身体機能を補助する装置の開発にも着手するつもりだ」

 

「なんだか……夢みたいな話ですね」

 

「そうだね。けれど、みんなの夢を夢のまま終わらせるのは、非常にもったいないとは思わないか」

 

天津のこの言葉は、その日1日の中で一番、のどかの心を大きく揺さぶった。

あの時の彼女にとって、元気に走れる足、木登りのできる腕、プールで力一杯泳げる身体、それら全ては夢だった。それを夢で終わらせたくなくて、頑張って、その結果夢を叶える事ができた。

その幸せを、他の人にも届けることができる。天津の語る理想は、のどかの心を揺らし、のどかは自分でも気がつかない内に、両目から大粒の涙を流していた。

 

「大丈夫かい?」

 

「私、身体が弱かったんです。今はこうやって元気になれたけど、昔はずっとベッドの上にいるしかなくて」

 

「それでも君はそれに打ち勝った。夢を叶えたんだね」

 

「はい。でも、一人で夢を叶えた訳じゃありません。お父さん、お母さん……他にも沢山の人が私を助けてくれて。だから、病気を治せるお医者さんになりたいなって思ってたんです」

 

「立派な夢だ。君は人のために頑張ろうとしている。誰にでも出来ることじゃない」

 

「ありがとうございます。でも、天津さんの夢の方がもっとすごいと思います。だって、天津さんが叶えようとしてるのは、みんなの夢なんですよね。自分の夢を叶ようとしているのに精一杯の私なんかより、ずっと……」

 

天津は人差し指を一本立てて、のどかの言葉を止めた。その目は真剣そのもので、見入ってしまうほどに暗く、深くて、彼女は彼の言葉を待つしかなくなった。

 

「君に一つお願いしたい事があるんだ」

 

「な、なんですか?」

 

「君には是非、我がZAIAエンタープライズが誇る新商品『ザイアスペック・セカンド』のテストモデルを引き受けて欲しい」

 

「ザイア、スペ?せかんど?」

 

「我がZAIAの英知を結晶した、なんでもできる新型万能メガネと言ったところだ。難しい事はない。もしこれが気に入ったなら、これはそのまま君に進呈しよう」

 

「シンテイって、そのメガネをもらうって事ですよね?無理です無理です!」

 

天津の扱う難しい言葉の数々はのどかの思考を阻んでいたが、それでも彼女は自分にとって分不相応な『壮大な』目論見に巻き込まれようとしている直感はあった。

ここは、断らなきゃいけないところ。

断固たる決意を持って立ち上がろうとしたのどかだが、天津はそれを予期したかのように、先にすっくと立ち上がり、腰をかがめてのどかの両瞳をじっと覗き込んだ。

 

「これから私のいう事を、よく聞いてくれ」

 

小さくて、鋭くて、触れたらそのまま切り裂かれてしまいそうな瞳。さっきからずっとこの眼に圧され続けている。

 

「大人は、夢を見られない。色んなものを捨てていく内に、夢を見られなくなってしまうんだ。けれど、その代わりに大人は理想を描くことはできる。私の理想と君の夢は、1000%似ているんだ」

 

「理想と、夢?」

 

「君はさっき、私の理想を素晴らしいと言ってくれた。同じように、私も君の夢を応援したくなったんだ。理想の実現のためには力が必要だ。私に、君のしたい事の助力をさせてはもらえないかな」

 

天津さんがのどかの前に差し出した一包みの小箱。それは彼女の想像していたものよりずっと軽くて、とても重く感じられた。

 

 

 

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公園と街をつなぐ長い階段を降りるのどか。少し危ういその背姿を、天津は見つめている。

その背後から、ゆっくりと歩み寄る者があった。ZAIAの社長直轄開発担当……天津の右腕を務める女傑、刃唯阿だ。

 

「新型ザイアスペックの開発、独自に進めていたのですね」

 

「アレは方便さ。君に隠し事などはない」

 

不信の目を向ける刃に、天津は不適に笑んでみせる。それこそ、いたずらっ子が大人を揶揄うように。

 

「あのザイアスペックには、彼女のあらゆるデータを観測し記録する機能を取り付けてある。探りを入れておけば、まだまだ情報を引き出せるかもしれないよ」

 

刃は心中でため息を漏らす。あの少女との会話は、近くで作業をしていた刃にも聞こえていた。夢と理想を語り合う大人と子供。飛電インテリジェンスを相手取り互角以上の戦いをしてみせている彼の、初めての人間らしい一面に、刃の胸の内には密かに安堵の心が芽生えたものだった。

しかし、それも彼女にザイアスペックを手渡すためだけの方便だったと知れた今、この男は、より人間からかけ離れて見える。

彼女の胸中などいざ知らず、白装束を纏った人外は、くるりと身を翻し、己の研究施設の方へと歩き出す。

 

「公園の被害状況の調査は順調か」

 

「それが……報告にあったような被害は一切見られませんでした。あれだけの目撃者がいる中で、誤報とは考えにくいのですが」

 

「だろうな。ここは一度破壊され、その後すぐに修復されたんだ」

 

「そんな事が、あり得るのですか?」

 

「あり得ないだろうな。ZAIAの力を以ってしても」

 

男の口調に、刃は違和感を覚える。この男は何かに感づいている。それが公園を襲ったものの正体か、それとも公園を復元した力の正体が、あるいは別の何かか……

 

「先程の戦闘で手に入れたこの力。これの分析を頼んだ。うまく使えば、計画はさらなる飛躍を遂げるかもしれない」

 

「分かりました」

 

彼の頭の内で展開されている絵は、自分では到底見ることも叶わない。

それだけが、刃の理解する唯一の事実だった。




第一話をお読みくださり、ありがとうございます。
この小説は、サウザー大好き人間が書いているので、天津社長はとっても美化されています。この時点ではまだ普通の悪役ですが、この後プリキュア効果によりどんどん美化されてゆくので、楽しみにしてください。
私自身自分の作品をレベルアップさせたいので、できればコメントをいただけるとありがたいです。

このシリーズは、1日1話更新します。明日もまたお会いしましょう。

P.S.
Pixivに投稿したものを、編集してこちらにも掲載しています。
1日ごとに更新してるのは、編集に時間がかかってるからなんです。決して向こうのセルフ週刊連載が辛いからじゃないんです(震え声)


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Episode2:【変わり始めた2人】

これまでのあらすじ
ビョーゲンズによる私有地襲撃を、キュアグレースによるものと勘違いした仮面ライダーサウザーは、彼女と矛を交える。襲撃が誤解だと分かった天津は態度を改め、同じ夢を持つ彼女に新型のザイアスペックの試作機を託すのだった。

この小説には、オリキャラが1人とオリジナル設定がたくさん出てきます。また、最終的にオリジナルライダーが2人出てきます。


花寺のどかにとって、2度目のビョーゲンズとの戦闘から、はや1日。

この街に来たばかりの彼女にとって、今日は記念すべき2度目の登校日だ。しかし、その足取りはどこか重い。

 

原因は昨日の部活体験だ。

 

運動経験の不足から散々な姿を見せてしまった自分を受け入れてくれる部活など、最早なくなってしまったのではないかという不安。それが、彼女の足を重くしていたのである。

鞄の隙間から、ヒーリングアニマル達が顔を出す。

 

「のどか、元気を出すペエ!昨日ダメだったからって、今日もダメとは限らないペエ!」

 

「うん……多分、大丈夫だと思うんだけど、ね」

 

ペギタンの慰めにも、のどかは曖昧な返事しか返せない。

春の朝風はまだ少し肌寒い。冷える手を温めようと突っ込んだポケットの中で、彼女の手は小さな金属の塊に触れた。

塊の正体は、近代的な眼鏡・ザイアスペックだ。ZAIAエンタープライズが開発した人工知能搭載型思考補助キットである。

 

「ザイアスペック……昨日は家に置いてきちゃったけど、これを使えば、今日こそは」

 

ザイアスペックをかけ、スイッチを入れようとするのどか。しかし、フレーム目蓋に触れる寸前、横からそれを奪い去っていく者があった。

フワフワしたピンクの体毛に、真っ赤な瞳……ウサギのヒーリングアニマル、ラビリンである。

 

「こんなもの、今すぐ捨てた方がいいラビ。知らない人からもらったものは危ないって、お母さんに教えてもらわなかったラビ?」

 

「言われたけど……でも、せっかく天津さんからもらったんだし、使わないと失礼じゃないかな?」

 

「ダメラビ!断固反対ラビッ!」

 

昨日の『パートナー解消の解消宣言』以降、ラビリンはのどかに対し少々過保護な姿勢を取るようになっていた。

ラビリンにとってのどかは大切なパートナー。プリキュアに変身できるのどかに万が一の事があっては、ラテ様を守りきれないという考えがあっての事であった。

それに、ほんの少しずつではあるが、ラビリンの心の中で、のどかは大きな存在になりつつあったのである。

過保護とも言えるラビリンの対応に、のどかは口をへの字に曲げる。

 

「心配しなくても、天津さんはもう知らない人じゃないよ。名刺もくれたし。例えばそう、身分違いの、白馬の王子様に見えたなぁ……」

 

「のどかは騙されてるラビ!肌年齢が王子様なんて歳じゃなかったラビ!」

 

「でも、このザイアスペック、昨日調べてみたらすごい値段したんだよ。それをタダでくれるなんて、いい人だと思うけどなぁ。ねぇ、つけちゃだめかなぁ」

 

「あんな怪しいおじさんの言う事なんか、信用する方がおかしいラビ!」

 

「ねぇ〜えぇ〜」

 

「ダメラビ!」

 

のどかが天津からザイアスペックを受け取った際眠っていたラビリンには、2人の会話を聞く術は無かった。天津の人柄を知らないラビリンにとって、彼は『怪しく、嘘をついている人間』という認識だったのである。もっとも、彼こ本来の人柄を知れば、その疑念はより深まるのだろうが。

加えて言うなら、外の世界をよく知らないヒーリングアニマルにとってAIとは完全に未知の存在であった。ザイアスペックを取り上げたのも、あくまでのどかを危険から遠ざけたい一心での行動である。

しかし、目を閉じて腕組みをするラビリンには、のどかが徐々に距離を詰めて来ていることが分からないようであった。

それを告げようとしたペギタンは、言葉を発するより前に、ニヤケ面のニャトランに取り押さえられる。

 

「何するペエ!」

 

「いや、面白いもんが見れそうだし」

 

「ZAIAもすっごい会社みたいだしぃ〜」

 

「うぅ……」

 

「ほら、一回だけだかぁ〜らッ!」

 

「あーもう!想像を絶する頑固さラ……ビッ!」

 

刹那、のどかが跳んだ。

低空を飛行いたラビリンにとっては不意を突かれた形となり、重いザイアスペックを抱えていたラビリンにそれを避ける術はなかった。

 

「ラビイッ!?」

 

驚いたラビリンはザイアスペックを手放し、結果としてそれはのどかの手元へ戻った。ここまで、まさに一瞬の攻防である。

そして、ラビリンが体勢を立て直すよりと早く、のどかはザイアスペックを装着していた。

 

「あぁーっ!」

 

ラビリンの悲鳴が、桜並木の小道に虚しく響く。

直後、のどかは糸が切れた操り人形のようにだらりと両腕を垂れ下げ、動かなくなってしまった。

 

「動かなく、なったニャー」

 

「やっぱり!早くそれを外すラビ!それはビョーゲンズの仕掛けたトロイの木馬ラビ!」

 

「まぁまぁラビリン……落ち着いて様子を見るペエ」

 

「すごい……すごいすごいよ!これがザイアスペック!」

 

「すごいヤバイラビ!だから早くはず……ん?すごいラビ?」

 

ラビリンが違和感に気がついた時には、既にのどかは動き出していた。

その動きは、ラビリンの知る病弱な少女のものではない。片足を軸に器用に一回転してみせるその仕草はまるで一流のスケート選手のそれであり、そのジャンプは陸上選手さながらである。

少なくとも、ラビリンの知るのどかには、「やろうと思ってもできなかった」類の動きだ。

 

「な、何が起きたラビ?」

 

「ねぇ!すごいよラビリン!これつけてると、どうやって体を動かせばいいか分かるの!これなら、今日は大丈夫だよ!」

 

「むむ……ちょっと貸してみるラビ!」

 

はしゃぎ回るのどかからザイアスペックをもぎ取ると、ラビリンは両目で覗き込んだ。

真っ赤になる視界、目に悪い。

だが、それ以上には何も無い。

 

「おかしいラビね。ただ目の前が赤くなるだけラビよ」

 

「うーん。私じゃないと使えないのかな?本当にすごいのに……とにかく!」

 

ラビリンからザイアスペックを奪い返すと、のどかは足早に駆け出した。

先ほどまでの気落ちなどまるで感じさせない軽快な足取りである。

 

「あのー!そこの黒いフードのお姉さん!ぜつめ、らいざー?ドードー、ぜつめ?これ!落としましたよ!」

 

「ああ、ありがとう。小さなお嬢さん」

 

「はい!どういたしまして」

 

道ゆく人を助けつつ、学校の方へ走り去ってゆくのどかを眺める、3匹のヒーリングアニマル達は、三者三様の表情を浮かべていた。

 

「ニャトラン、どうしたペエ?」

 

「なーんか、心配なんだよなぁ。危なっかしいというか、なんというか」

 

「……のどかはラビリンの選んだパートナーラビ。セキニンは持つラビ」

 

記念すべき2日目の登校日。少なくとものどかの悩みは一つ、この朝に消えた訳である。

 

 

 

_____________________________

 

 

 

A.I.M.S.に一報が舞い込んだのは、15分前のことであった。通報内容は、暴走したヒューマギアがZAIAエンタープライズ日本支部周辺の埠頭で人々を襲っているというものである。

連絡を受けた捜査員は可能な限り隠密に、それを彼の上司に報告した。そう、現状この国には、彼以外にマギアに対抗できる公務員は存在しないのだ。

A.I.M.S.隊長……不破 諫。彼は部下の報告を聞くや否や、嵐の如くバイクを駆り、出動した。

彼の行動は凄まじく迅速であった。通常30分はかかる道のりを僅か10分で飛ばしてきたわけである。道中で彼を見た者は、後に彼を『まるで暴風のようであった』と表現している。

だが、そんな彼を待っていたのは、予想だにしない人物達であった。

 

「おや、これは奇遇ですね」

 

白装束の男と、その右腕となる女性社員。どちらも、彼のよく知る人物である。

 

「お前は……ZAIAの社長!それに刃もか。丁度いい。暴走したヒューマギアがいるとの通報があってきたんだが、何か知らないか」

 

「全く存じあげませんね。だが、私にとってもこれは丁度いい。私も丁度君に用があったんだ。とても大切な用事でね。それに比べたら、ヒューマギアの暴走など瑣末事にすぎない」

 

「なんだと……!!」

 

不破は天津に摑みかからんばかりの勢いで歩み寄る。

通報先にマギアはおらず、限りなくグレーに近い存在がクロすれすれの言動を取っている。とても偶然とは思えない。

 

「これは君達の、いや、これから先の人類のためでもあるんだ」

 

「俺に何の用があるって?少し事情を聞かせてもらおうか?」

 

天津の胸ぐらをつかもうとした不破の手を、隣にいた刃が俊敏な動作で抑えた。

刃は柔術めいた動きで不破を翻弄し、彼の左腕を後手に回す形で取り押さえる。

ちょうど警官が犯人を取り押さえたような構図である。

 

「……ッ!!」

 

「悪いな、不破。社長命令だ」

 

「お前達……何してるか分かってるのか!」

 

警告など意に介さず、天津は取り押さえられた不破の元へと歩み寄った。その顔に張り付いた笑みの不気味さに、不破の本能が警鐘を鳴らす。

コイツは、何か企んでいる。この強引さを見る限り、それはいつも以上にヤバイことだ。

それが分かっていながら、抵抗ができない自分の無力を、不破は呪うしかなかった。

 

「君にして貰いたいのは他でもない、サンドバッグだ。新型プログライズキーのテスト運用のためのね」

 

「そんな下らん事のために、お前に付き合う義理はないッ!」

 

「焦らずともすぐに分かる。見たまえ、ZAIAの新たなる牙を」

 

天津が懐からドライバーを取り出すと、それに応えるかのように、建物の影からマギアが姿を現した。

茶色のずんぐりとした軀体……マンモスマギアである。武器らしい武器を所持しない、パワータイプのマギアだ。

その姿は不破にも見覚えがあるものであった。

 

「あの個体、体育教師の時のマギアか!」

 

しかし、彼が注目した点はそれとは違う……アークマギアの腰元に巻かれている、『見覚えのあるベルト』にあった。

 

「アレは、ゼツメライザー!」

 

ゼツメライザーがZAIAエンタープライズの元で製作された事実は、飛電或人が既に滅が聞き出している。

つまり、このマギアを作ったのは、この天津 垓である可能性が高いということだ。

 

ならばどうする。

 

不破の中で、既に答えは決まっていた。

不破は全身に力を込めると、刃の拘束を振り切った。

 

「俺はA.I.M.S.だ!人工知能特別法違反の容疑で、お前達を拘束する!」

 

天津に向き直り、アサルトウルフのプログライズキーのスイッチを入れる不破の前に、刃が立ちはだかる。

 

「この状況でもお前は邪魔をするのか!」

 

「当然だ。私はZAIAの社員だからな」

 

「そうか……そうだったな!!」

 

不破が己のプログライズキーのスイッチを入れるのと同じくして、刃も自身のそれを起動させる。

 

『BULLET!』

 

『DASH!』

 

不破はシューティングウルフを、刃はラッシングチーターを……それぞれ己のショットライザーに装填した。

 

『『Autorize』』

 

「「変身!!」」

 

鋭い掛け声が交差し、2人のエイムズショットライザーから放たれた弾丸がその身を削り合って交錯する。

 

『SHOTRIZE!シューティングウルフ!

"The elevation increases as the bullet is fired." 』

 

『SHOTRIZE!ラッシングチーター!

"Try to outrun this demon to get left in the dust." 』

 

弾丸はそれぞれの体の元に還り、鎧の形を取った。不破はいつもの如く攻撃的に構え、対する刃は天津を守る形で守備的に構えた。

そんな2人を一瞥し、天津はマギアの方に目を戻す。

 

「さて、ここに暴走したヒューマギアが一体。残念ながら野良犬君は手が離せない。とすると、このヒューマギアは善良な一市民たる私が、どうにかしなければならない」

 

天津は独り言のようにそう呟くと、腰元から二つのキーを取り出してみせた。

 

「見たまえ……破壊と再生の両方の力を司る、新たなるサウザーの力を」

 

天津の両手に握られた二つのキー。ゼツメライズキーの方は、今までと同じアウェイキングアルシノゼツメライズキーである。

しかし、もう一つの『花』が描かれたプログライズキーは……

 

 

『サウザンドドライバー

 

ゼツメツ!Evolution! 

 

ローゼンリング! 』

 

 

「変身!!」

 

 

鋭い発声と共に、天津はザイアサウザンドライバーに二つのキーを差し込んだ。

小気味良い電子音と共に、鉄骨のサイと真紅の薔薇が彼の周囲で踊り狂う。

 

『パーフェクトライズ!

When the horns and flowers cross,

  the precious soldier HEALING THOUSER is born.

"Presented by ZAIA." 』

 

英語で読み上げられる高速の口上ののち、海浜公園には金色の戦士が誕生した。通常と違うのは、今までは銀色だったサウザーの各部位が、目立つ臙脂色に変化していることである。

色以外には、形態に目立った変化は見受けられない。しかし、天津は満足そうに笑って見せる。

 

「これがあの『花の戦士』とザイアのテクノロジーを融合した新たな力……ヒーリングサウザーだ。さあ、存分に傷つけてみせたまえ」

 

ヒーリングサウザーは、両腕を大きく広げ、悠々とマンモスマギアへと向かってゆく。

マギアも彼に気がついたのか、その豪腕をいからせ、突進を開始した。

 

「ヴオオオォッ!!」

 

踏み込みだけで、大地が抉れる超重の打撃。反面、速度を捨てた鈍重と言って差し支えないその豪腕の一撃を、ヒーリングサウザーは正面から受け止めてみせた。

 

「どうした?ヒューマギアとはそんなものか」

 

鋼で鋼を打つような凄まじい轟音が何度も鳴り響き、マンモスマギアの豪腕がヒーリングサウザーの装甲を打ち付ける。

彼には、マギアの攻撃を躱す素振りも、防御する素振りも見受けられない。

ただやられるままである。

 

刃との交戦に集中していた不破も、流石に困惑を隠せない。

 

「おい刃、お前のところの社長はどうなっちまったんだ」

 

「まぁ見ていろ。あの形態になったサウザーの本領は、ここからだ」

 

ひたすらにサウザーを打ち据えたマンモスマギアは、息荒く距離を取る。

ヒーリングサウザーの装甲は歪み、その仮面の一部からは天津の顔がのぞいている。

凄まじいダメージである事が見て取れるが、彼はそれを感じさせない軽やかな動きで前に歩んでみせる。

さらに追撃を加えるマンモスマギアだが、ただ歩いているだけのはずの彼の歩みを止めることができない。サウザーがそれほどの馬力を有しているという事だ。

 

「ふむ、通常のゼツメライズキーではこれが限界か。続きはA.I.M.S.の彼で試すとしよう」

 

ヒーリングサウザーはベルトに軽く手をかざして見せる。すると瞬間、驚くべきことが起きた。

修復不可能なほどに歪んでいたその装甲が、みるみる修復を始めたのである。

それは、かのゼロワンメタルクラスタホッパーが、自分の身体を銀色のホッパー達で構成していく様子に酷似している。不破の数度の瞬きの間に、ヒーリングサウザーは元の傷ひとつない装甲を取り戻していた。

 

「なんだ……アレは……」

 

「暁光だ。これこそ、ザイアの創り出した新たなる芸術作品。これは、ヒューマギアの作り出した贖いえぬ罪……それすらも許す神の技だ」

 

ベルトのスイッチを入れ、黄金の騎士は上空へと飛んだ。右足には臙脂色のエネルギーが渦を巻いている。

 

『サウザンドヒールバック……©️ZAIAエンタープライズ』

 

サウザーの飛び蹴りはマンモスマギアの頭部へと直撃し、凄まじい衝撃を巻き起こす。その衝撃は離れた所で戦闘を継続していた2人も身震いほどである。

 

「名も知れぬヒューマギアよ、お大事に」

 

マンモスマギアは桃色の花嵐に包まれ、爆散した。煙の果て、そこにあったのはヒューマギアの残骸……ではなく、変身前のヒューマギアであった。

言わずと知れた建築型ヒューマギア、最強匠親方である。

 

「俺は、何を?」

 

「ヒューマギアが……元に戻っただと!?」

 

これは驚くべきこと……というより、決してあり得ない現象だ。爆散したヒューマギアが復元されたなどという前例は確認されていない。

ヒューマギアは元より機械である。破壊された個体が瞬時に修復されるなど、あり得ないのだ。

しかし、不破にはあの現象に見覚えがあった。そう、あの技を打ったサウザーの特性は自己再生。その再生の対象がもし、自分だけでなく他の対象にも向けられるとしたら。

 

「お前の再生能力を、ヒューマギアに利用したのか……!!」

 

「見てもらえたかな、私の能力を。この驚異的な再生速度を以ってすれば、あのメタルクラスタホッパーを打ち破る事すら容易い」

 

「ああ。見せてもらった。そして、ひとつ心に決めた事がある」

 

不破は腰元からアサルトウルフのプログライズキーを取り出し、ベルトに装填する。

 

『アサルトウルフ!』

 

「お前が知っている事、その全てを聞き出してやる!」

 

『SHOTRIZE!!レディーゴー!アサルトウルフ!

"No chance of surviving." 』

 

アサルトウルフへと形態変化を遂げた不破は、間髪入れずヒーリングサウザーに躍りかかった。

 

「まずはそのプログライズキーについて、詳しく聞かせてもらおうか!」

 

「ふむ、理想的な展開だ。君の協力により、ヒーリングサウザーは更なる進化を遂げるだろう」

 

ヒーリングサウザーとアサルトウルフの拳が交錯し、その衝撃は埠頭の波を大きく揺らした。

 

______________________

 

埠頭の影から、彼等の戦いをひっそりと影から見つめる者が2人いた。

1人は黒いフードを目深にかぶっており、その性別すら分からない。フードの人物は埠頭での戦いに口端を歪め、隣のもう1人に声をかけた。

 

「ねぇ、君はどう思うかい?彼等の事」

 

「もし存在の事を問うているなら、俺に答える術はない。強さという点でなら、全員俺1人で十分だ」

 

「ふふ、頼もしいね」

 

黒フードの問いに答えたのは、かつて1号機から4号機がドードーマギアに改造された祭田ゼットであった。

その手には、ドードーのゼツメライズキーが握られている。

 

花寺 のどか、天津 垓。そして、彼らを取り巻く者達……彼らを中心に、事件は起ころうとしていた。




第二話をお読みくださり、ありがとうございます。
ザイアスペックを使い始めたのどかですが、この頃のまだ彼女は信頼できる仲間に出会えていません。純真無垢な彼女が、ザイアスペックの全能によりどういった変化をしていくのか……楽しみですね。
一方、サウザーも新しい力を手に入れました。自信と他者を回復する再生の力。彼には似合わなそうな力のようですが、果たして……

このシリーズは、平日は17時頃、休日は朝の10時前後に投稿します。
是非次も読んで下さい。

P.S. この小説は、以前pixivに投稿したものを編集したものです。変更内容は、表現が若干変わっている程度です。


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Episode3:【ヒーリングサウザーの弱点】

これまでのあらすじ
ひょんな事から、ザイアスペックを手に入れた少女・花寺のどかは、その機能に魅せられてしまう。一方、再生能力を手に入れ新たな形態となったサウザーは、バルカンを相手にその力を試そうとする。


次回の話からオリキャラとオリジナル設定が出てきます。


埠頭にて展開されるヒーリングサウザーとバルカンアサルトウルフの死闘はさらに苛烈さを増し、最早、刃の目には止まらない程にその速度を増していた。

 

元来サウザーの膂力を支えていたのは、変身に使用する、アメイジングコーカサスプログライズキーである。それを回復特化仕様のローゼンリングプログライズキーに換装したことにより、サウザーの攻撃力は著しく低下していた……はずだった。

 

「ふむ、アサルトウルフの攻撃力は想定の150%か。この程度では、ヒーリングサウザーの敵ではありませんね」

 

「その割には、お前の攻撃は擦りもしないがな!」

 

驚異的なまでの剛力を失ってなお、膂力でバルカンを圧倒するサウザー。それに対しバルカンが取った戦法は、一撃を当ててからサウザーの射程範囲外に離脱するというものだった。

これは、中型の肉食獣が自分より身体の大きい敵を相手に、使用する猟法の一つである。本来なら、バルキリーのような速度特化型の戦士が得意とする戦法だ。

踏み込みの度、残像が浮かび上がる程に、バルカンの動きは俊敏だ。残像を纏った爪がサウザーの脇腹をかすめ、火花を散らす。サウザーは半身を引いて槍で反撃するが、既にバルカンの身体はそこにはない。

残影すら、目で追うのが関の山……アサルトウルフの攻撃を防御できはすれど、反撃できないのだ。追撃を狙う槍の穂先が、焦れるように小刻みに震えている。

 

(不破、戦い方を学んだじゃないか)

 

刃は心中で感嘆の意を表す。

マギアを相手にただ突っ込むだけしか能のなかったあの蛮勇が、今や、圧倒的なスペック差を持つサウザーを手こずらせている。

戦士というより、人間としての成長だ。奴はもう、追いつけない領域にいるのかも知れない。

その隣で共に歩む事ができなかった、その事実が彼女の心をチクリと刺したが、その痛みを押し殺し、刃は両雄の戦いに目を戻した。

戦局はバルカン優勢のまま、未だ動かない。

 

「新型のサウザーとやら、意外と大した事はないな」

 

挑発と共に、バルカンの身体は藍紫の残像を残し加速する。先程よりも速度の乗った突撃だ。対するサウザーはサウザンドジャッカーを構え、中段に槍を構える。

サウザーの『その』動きに、刃は目を見開く。それほどに、彼の取った返し手は妙手と言えた。

 

 

先の先。

 

 

技の止まりを抑えられないのなら、相手の攻撃を読み、攻撃の瞬間を抑えればいい。シンプルながら絶対的な対策だ。さらに、天津曰くサウザーの戦力はアサルトウルフの1000%である。

元々スペックで劣るアサルトウルフに、これを回避する術はない。

 

「ここだ」

 

金と群青の交錯……結果は、金の勝利!

 

彼の思い通りにバルカンは左拳を繰り出し、それに合わせて組ませたサウザーの槍と豪腕に絡め取られることとなった。バルカンは力ずくで拘束を振りほどこうとするが、黄金の左腕は一度捕らえた獲物を逃しはしない。

バルカンの首を掴み、サウザーはそのまま彼を持ち上げる。群青鋼の四肢による全力の抵抗も意に介さず、黄金の騎士の手は万力の如く戦士を締め上げる。

 

「アサルトウルフの出力が上がっている。君は強くなった……以前サウザーと戦った時より確実に。しかし!」

 

鳩尾へと打ち込まれたサウザンドジャッカーの一撃が、バルカンの体を彼方へと吹き飛ばす。

倒れ伏す深青の鉄軀を見下ろし、サウザーは両腕を天に広げた。瞬間、バルカンが今まで与えてきた傷はみるみるうちに修復され、元の傷一つない鎧が再生される。

 

「このヒーリングには遠く及びません」

 

「く……そっ!!」

 

対するバルカンは、立ち上がるのがやっとといった状態だ。サウザンドジャッカーの一撃が直撃した箇所からは、出血にも似た火花が散っている。倒れ伏す彼を見下ろし、騎士は勝ち誇ったように槍の穂先を向けてみせる。

 

「忘れてはいませんか?回復力とはすなわちチャンスの象徴。全ての傷を修復できるヒーリングサウザーは、無限の機会を掴みうる、勝利者の権化だ」

 

「何をふざけたことを……!!」

 

「現実を言っているだけですよ。元来持久戦に向かないアサルトウルフと、無限の戦闘継続時間を誇るヒーリングサウザー。私の方が1000%有利だ」

 

この時、刃の予想は、天津の言葉に同じであった。この状況に追い込まれてしまった以上、バルカンに勝ち目はない。

ここから逆転する術は、皆無と言っていいだろう。スペック差を埋めようとよく戦ったが、ここまでだ。

 

(終わりだ。ヒーリングサウザーはZAIAの技術力の結晶……誰にも止められない)

 

しかし、その確信は直後、過去の予想へと成り下がった。

バルカンはサウザンドジャッカーの穂先を手で掴むと、ショットライザーへと手を伸ばしたのだ。

その刹那、刃は確かに聞いた……彼の声を。

 

「どうかな?」

 

柄にもない、震え声……いや!

これは、恐怖に起因するものではない。

刃の思考が止まる。

 

(不破、お前、もしかして笑っているのか)

 

何故この状況で笑える。勝利が絶望的なこの状況で。お前が虚勢を張るような男ではない事は知っている。ならどうして。

 

(まさか……!?)

 

数秒遅れて、刃の思考が、追いついた。

思いついたんだな、逆転の秘策を。こんな状況でも諦めず、倒れず、立ち向かい、その牙を届かせる。本当にそうだとするなら……

 

「教えてやる。戦いは兵器のスペックだけで決まるほど易しくはないってな!」

 

バルカンはベルトに装着されていたショットライザーを引き抜き、スイッチを入れる。

銃口はサウザーのベルトへ……引き金に、指がかかる!

 

『アサルトチャージ!』

 

すごい奴だよ、お前は。

 

『マグネティックストームブラスト』

 

刃の心よりの称賛と共に……バルカンのショットライザーから放たれた電子の狼は、ベルトへと食らいつき、サウザーを大きく後退させた。

煙を上げ、火花を散らすが、それでもなお、サウザンドライバーは壊れない。

 

サウザーは倒れない!

 

騎士が天に両手を掲げる。間髪入れず、ベルトの修復が始まった。

しかし、その隙を狙うかのように、バルカンは敵の腰元へと滑り込む。

 

「何……ッ!?」

 

「回復中は動けないんだろ。さっきのマギアとの戦いの時もそうだ。回復しながら攻撃すればいいものを、お前はそうしなかった」

 

バルカンの鋼の爪が、サウザーのベルトを引き裂いてゆく。導線が千切れ、金具が悲鳴を上げても、悲鳴を上げても、彼の力が弱まる事はない。

治療を中止したサウザーは彼を引き剥がそうとするが、その体は動かない。

 

「回復中はお前の最大の弱点となるドライバーが無防備に晒される。一か八かの賭けだったがな。その隙、突かせてもらったぞ!」

 

「なるほど、君の覚悟、見させてもらいました……完敗ですよ、A.I.M.S.」

 

天津の敗北宣言に答えるかのように、サウザンドライバーは不破の手によって引き千切られた。

プログライズキーとゼツメライズキーは無事のようだが、サウザンドライバーそのものは無残にも鉄クズと化していた。

ザイアのテクノロジーを象徴する帝冠は今、A.I.M.S.の戦士の手によって破壊されたのである。

変身を解除した不破の全身には、数え切れないほどの傷が刻まれていた。顔面など、無数の青痣と流血で見るに耐えない。対する天津は無傷だ……誰が見ても、敗者は不破であり、勝者は天津だと答えるだろう。

だが、この戦いの一部始終を見届けた刃は、本当の勝者を知っていた。その事は、彼女にとって不思議と誇らしくもあった。

その感情を処理する先がどこにあるのか、分かり切っているはずのそれを、あえて探す。凍り付いていた心に去来する、わずかな安らぎ。それに心を預けながら、刃はかつての同僚の元へと歩み寄る。

 

しかし、至福の時は長くは続かなかった。

2人の足元のコンクリートが、突如として爆ぜたのである。

直後に空を裂く破裂音。

何者かによる銃撃があったということは、すぐに分かった。

 

「ドー!ビョー!」

 

3人を囲むように現れたのは、海から上がってきた赤面のマギア達。その姿は、かつて暗殺特化型ヒューマギアが指揮していたドードーマギアのヒナに酷似している。

数にしておよそ6体。それら全ての頭部には、ウネウネと蠢く黒い触角が生えており、彼等の異質さを際立たせていた。

敵は複数にして未知数。対してこちらのハンディは、怪我人1人と戦力外1人。

 

「これでは分が悪いか……!」

 

迫り来るドードーマギア達に刃は憎々しげにそう溢し、ショットライザーで銃撃する。

銃口の先はマギア達……ではなく、彼らの足元。着弾した箇所から小さな爆発がマギア達の一帯を中心に巻き起こり、土煙が彼らの視界を奪う。

 

「ここは、一旦退くぞ!」

 

煙に紛れて逃走する中で、刃は己の非力に唇を噛みしめるのだった。

 

 

 

________________________

 

 

 

花寺のどかがザイアスペックを使い始めてから、1週間が経過しようとしていた。

ザイアスペックのおかげで運動を人並みにこなせるようになり、彼女の学園生活における障害はほぼ無くなった。それ自体は喜ばしい事である。しかし、彼女の活動はそれに止まらなかった。

学校が終わってからの彼女の日課は、朝起きてからのランキング、ラテのお世話、そして勉強。そこに不定期の人助けが加わる事で、彼女の日々の空き時間はほとんど無くなっていた。

その境遇を知り、過労を心配する生徒も少なくなかった。しかし、それらをよそに、彼女は元気に振る舞い続けた。

 

だがある日、事件は起きた。

 

ついに、のどかが倒れたのである。

花寺 のどかと沢泉 ちゆの2人が保健室の戸を叩いたのは、その日の3時間目が終わってすぐの事であった。

保健室に常設された3対のベッド。これら純白の小離宮達は、保健室の番人によって完全に管理されており、仮病や恋の病などを騙る不届き者が利用することは許されていない。

そのうちの一つに身を預け、のどかは目を閉じる。

まだ頭が少しくらくらする。

鼻腔をくすぐる、薬品の匂い。病院独特の、臭くて変な匂い。戻ってきたくなかった、あの匂いのする部屋。

逃げたい。

その思いは、反射的に彼女を連れてきた女生徒の手を握ってしまっていた。

彼女も、のどかの手を、もう一つの手で包むように撫ぜる。

 

「大丈夫。次の授業が始まるまでは、いっしょにいてあげるから」

 

「ちゆちゃん……ごめんね、体育の授業、邪魔しちゃって?」

 

「気にしないで。でも、驚いたわ。ランニングやってたら、急に倒れるんだから」

 

「ちょっと立ちくらみしちゃっただけだよ。先生も大袈裟なんだから……えへへ」

 

「……あのね、のどか。立ちくらみは『ちょっと』じゃないの。自分で気づけないおニブさんに、身体が、もう疲れたって伝えるメッセージなのよ」

 

柔らかな眼差しを向ける女生徒に、のどかは精一杯の笑みを作ってみせる。

それを見て安心でしてくれたのか、彼女も、のどかに笑みを返す。

少し傾いた身体の後ろで、シュシュで止められた薄青色のポニーが、春風に揺られて傾いている。

 

 

沢泉 ちゆ。

 

 

彼女はのどかのクラスメイトであり、共にプリキュアの秘密を共有した同志でもある。

共に同じ目的を抱く者同士という意味で、ちゆは彼女に「仲間」や「友達」というよりも、「歳の近いお姉さん」という認識をしていた。

ちゆちゃんといると、不思議とほんわかした気分になれる。彼女がいるだけで、この保健室の空気も臭くないし、狭くない。

 

「そういえば、これのどかのよね?転んだ時に外れてたの、取っておいたんだけど」

 

ポケットから出てきたのは、ザイアスペックだった。慌ててポケットを弄るが、中には無い……どうやら、本当に自分のものらしい。

やっぱり、この子はすごい。いろんなものを見てるし、それが多分、たくさんの人の助けになってる。

心の中で彼女への尊敬が強まると同時に、自分のおっちょこちょいさ加減が恥ずかしくなり、のどかは素早くそれを掴み取った。

 

「のどか、前よりもずっと体動かすの上手になったよね。もしかしてそれのおかげ?」

 

彼女の透き通った視線に射竦められ、のどかはこくりと頷く。

 

「そうなの!エーアイが助けてくれて、前よりずっと身体の動かし方が分かったんだ。ちゆちゃんの言ってたことも、今ならわかるんだよ」

 

「なるほどね、そういう事」

 

「そういう事?」

 

「一番大事な事が分かってないって事よ」

 

「えー!?待って、考えてみるから!」

 

彼女の言葉は、のどかの心をザクッと突き刺した。軽く乱れた息を整えながら、のどかは彼女の指摘の意味を考える。

ザイアスペックをつけてみようとも思ったが、「考えてみる」と言った手前、それに頼るのはなんだかズルな気がした。

 

大事な事……だいじな、こと……

 

彼女の瞳を覗き込み、腕を組み……

枕を引き寄せ、その上に鼻を載せ……

温かい息で枕を温めて……

そこまで考えても、結局、分からなかった。

 

ダメだ、降参だ。

 

落ち込むのどかを見て、ちゆは揶揄うようにクスクスと笑う。その様子が少し気に入らなくて、のどかは頬を膨らませながら彼女の方にズイと身を乗り出す。

 

「うー、何で?どこがダメだったの?」

 

「頑張ってるところよ」

 

「え……?それが、答え?」

 

「その通り。頑張りすぎはむしろ身体には毒なのよ。大事なのは、自分の身体がどれだけ動かせるかを知る事。そのメガネがどれだけ凄くても、のどかの身体には限界があるんだから。のどかなら、一番分かってると思ったんだけど」

 

ちゆちゃんの言葉は、まるで流しそうめんの麺のように、すんなりと頭の中に入ってきた。考えてみれば、当たり前の事なのだ。

身体を休めないで動くって事は、身体をいじめてる事と同じなんだ。休めない間、身体はずっと悲鳴を上げてるんだ。

 

(無理に身体を動かしたら、後でとっても苦しくなる。分かってたはずなのに)

 

自分が今息をしている体に、とても申し訳なくなる。心の中で密かにごめんなさいを済ませると、のどかはちゆの方に視線を戻した。

 

「うん。分かった!私、身体に気を付けて……」

 

「その調子!」

 

「もっと頑張ってみる!」

 

「あら……」

 

ちゆはコミカルに頭をコテンと倒した。

これは彼女なりの「それは違うよ」のメッセージだったのだが、それに構わず、のどかは勢いづいた口調で続ける。

 

「倒れちゃいそうになったら、頑張るのをやめればいいんだよね。大丈夫!ザイアスペックがあれば、多分その境目もすぐに分かるようになるから!」

 

「えーと、あのねのどか、それは……」

 

その瞬間、ちゆの言葉を遮るように授業開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。

彼女は何か口惜しそうに口をもごもごさせていたが、急かすように流れ続けるチャイムの音に耐えられなかったのか、のどかに背を向け、保健室のドアへと歩き出した。

 

「もし何かあったら、ちゃんと休むのよ」

 

「はーい!」

 

「それじゃ、しっかりね」

 

ヒラヒラと手を振り、ちゆは保健室から去っていった。残ったのは、保健室の先生と、鼻をつく薬品の匂いだけ。

匂いから逃れようと、のどかは枕に顔を押し当てた。

この匂いのせいで、綺麗なはずの春の空気も、変なものに感じられてしまう。

 

やっぱり、ここは嫌いだ。

 

ちゆちゃんの言うことをよく聞いて、もう倒れないようにしよう。

 

「ちゆちゃん……ありがと……」

 

心のうちで決意を固め、目を閉じる。

そうすると、少し寒い春の風が肌を撫ぜてきて、のどかは布団を深くかぶり直し、身体を丸めるのだった。

 

 

 

___________________________

 

 

 

すこやか学園からの帰り道、並木道を過ぎ、住宅街に入った辺りで、生徒達はそれぞれの道へと足を運んでゆく。

ちゆの後ろをついてきている生徒も例外なく1人、1人と減り、気がついた時には、ちゆは住宅街の急勾配を、一人で歩いていた。

ここから少し歩けば、彼女の生家である旅館『沢泉』が見えてくる。

 

「もう、いいかな」

 

口の中でそう呟くと、ちゆはカバンをポンポンと二つ叩いて見せた。すると、中からペンギンのような見た目をした小動物が姿を表す。

彼はペギタン。見た目こそペンギンに似ているが、大きさはむしろウサギやモルモットに近い。

愛くるしい見た目をしているが、何を隠そう彼こそ、ちゆと契約を交わした、ヒーリングアニマルの一体なのである。

キューっとノビをし、ペギタンはちゆの横をふわふわと滞空し始めた。

 

「やっぱりバッグの中は窮屈ペエ。ボクもラビリンみたいに、お昼ご飯食べたりしたいペエ」

 

「あら、私はダメとは言ってないわよ。もしペギタンが大丈夫なら、今度一緒にお昼ご飯しましょう?」

 

「本当!?あ……でも、人に見つかったらご飯どころじゃないペエ」

 

「ふふ、その時は高性能なぬいぐるみで通せばいいじゃない」

 

ちゆは目を細めて笑ってみせたが、すぐに何かを思い出したように笑みを引っ込めた。

その変化を、ペギタンは見逃さなかった。

 

「どうしたペエ?」

 

「あの子、自分じゃ気がついてないね」

 

突然振られた話題に、ペギタンは少し焦り気味に答える。

 

「のどかの事ペエ?」

 

「そうそう。初めて会った頃と呼吸のリズムが違うのよ。無理してる証拠よ。無理な運動で、身体が悲鳴を上げてるの」

 

「それって…々運動のしすぎ、って事ペエ?」

 

「うーん、ちょっと違うかな。例えば、運動したての頃って、みんな筋肉痛になるじゃない?」

 

「筋肉、ツウ?」

 

ペギタンが首を傾げるのも無理はない。彼らは筋肉痛を知らないのだ。

彼らが暮らしてきたヒーリングアニマルの世界にも訓練というものはあった。だが、動物は皆、本能的に自分の限界を知っている。それを超えた不合理な運動をする者など、誰もいなかったのだ。

ちゆもそれを察したのか、指を一本ピンと立て、説明のポーズを取ってみせる。

 

「キンニクツウっていうのは、筋肉の炎症による痛みの事。簡単に言うと、自分の限界を知らずにトレーニングとかしちゃうから起きる、ペナルティみたいなモノなんだけど」

 

「なるほど……それを、のどかも感じてるって事なのペエ?」

 

「うん。私が見てる時でもああなんだから、あの子は多分日々の生活の中でも、今までしてこなかったような事をし続けてると思う。毎日、身体の限界を超えて筋トレしてるようものね……心配だわ」

 

「で、でも、のどかは元気そうペエ」

 

ペギタンの不安げな言動にかぶさるように、ちゆの声が少しだけ低くなる。

 

「うん、今はね。でも、いつかは越えようとした限界のツケを払わなきゃいけなくなる。そこをビョーゲンズに狙われなんかしたら……」

 

ペギタンはひえっ、とちゆのバッグの中に全身を隠した。妖精でも想像できる程に、それは恐ろしいことなのである。

なにより、現実に起こるかもしれないという、凶兆を含んでいたのだ。

 

「今日倒れたのだって、全然楽観視なんかできない。あの子はもしかしたら、プリキュアから遠ざけるべきなのかも……」

 

そこまで言葉を紡いだところで、ふと、ちゆは足を止めた。完全に脱力しきっていたペギタンは、足をバタつかせ、バッグの中から飛び出しかけた半身を入れ戻す。

ペギタンはちゆの顔を見上げ、息を呑んだ。その顔は、これまで見たことの無いほどに、険しいものだった。

 

「ちゆ……どうしたペエ?」

 

「ペギタン。ちょっと隠れられる?」

 

「ど、どうしてペエ?」

 

「いいから。で、私が合図したら、すぐに出てきて変身手伝ってほしいの」

 

「え、えー!?」

 

理解不能な状況に怯えながら、ペギタンはバッグの中に身を潜めた。それを確認したちゆは、右腿に力を込め……

 

「いち、にの……さん!!」

 

今来た道を脱兎の如く駆け戻り始めた。

走ることに特化したフォームは、彼女の身体を超高速で躍動させ、あっという間に目的地……彼女を陰から覗いていた人物の元へと誘った。

その人物は女性であった。緑と白を基調とした、近未来的な服装の女性。端正に整った顔立ちと、一寸の狂いもなく切りそろえられたショートボブの黒髪。美しいが、どこか人工物じみた不自然さを感じさせる人でもある。

彼女にとってもちゆの行動は予想外だったのか、彼女はサファイア色の目をパチクリさせている。その全身を瞬時に観察し、ちゆは女性の手を取った。

 

「わぁ!本物だぁ!」

 

「ほんも」

 

女性は何か言おうとしたようだが、ちゆはそれを許さない圧倒的な速さで畳み掛ける。

 

「あの、わたし、本物見るの初めてなんです!ヒューマギア!」

 

「そうですか。この地域のヒューマギア普及率は16%、スーパーマーケット等大型店舗への普及率は90%を超えています。決して珍しく無いとは思いますが」

 

女性の無感情な声に、ちゆは「しまった」と息を飲んだ。が、すぐに取り繕い、再び女性に羨望の視線を向ける。

 

「じ、実は、最近まで離島に住んでたんです!とにかく、名前、聞いてもいいですか?お仕事とかも!」

 

「イズと申します。飛電インテリジェンス代表取締役社長、飛電 或人様の秘書を務めさせていただいております」

 

「すごい!社長秘書なんですね……ん?」

 

瞬間、ちゆの動きが、少しの間止まった。俯き、首を傾げ、なにかを考えているようだ。イズと名乗った女性ヒューマギアは、そんなちゆを黙って見つめている。

しかし、それもほんの少しの間であった。すぐに質問のラッシュが再開される。

 

「あー、それって珍しくないですか?秘書のお仕事とかって、大変ですか?ストレス感じる時とかありませんか?社長からの、その、ハラスメントとかは……」

 

「それらは全て、違うと答える事ができますが……失礼しました、急用が入りましたので、これにて失礼させていただきます」

 

女性のヒューマギアは、ちゆの質問から逃げるように、クルリと彼女に背を向け、歩き出す。

ちゆは彼女を追おうとするが、女性の方はそれを片手で制した。

 

「油を売っていた事がバレてしまうと、社長に怒られてしまいますので。この件、お仲間にはどうかご内密に」

 

「は、はい」

 

呆気に取られるちゆを置いて、イズは人間離れした速度で去っていった。正中線を維持した立ち方のままでどうやったらあの速度が出るのか分からないほどに、速い歩みだ。

 

「あっ……行っちゃった」

 

ちゆの視界の中から女性が消えた頃、ちゆはバッグのお尻をポンポンと2回叩いた。カバンの中から、ペギタンが姿を現す。

 

「何だったペエ?」

 

不思議そうにちゆの顔を覗き込むペギタンに構わず、ちゆはゆっくりと歩き出した。

 

その手には、一枚のメモ用紙のようなものが握られている。どうやら、何か書かれているようだが、その内容を窺い知ることは出来ない。

 

「ねぇちゆ。何を話してたペエ?」

 

「ちょっと、大人の話をね」

 

そう答えるちゆの顔は、大人というよりも秘密基地を見つけた時の子供のそれだ。

 

「ふーん。飛電インテリジェンスから、社長秘書直々のお誘いとはね。出たとこ勝負だったけど、予想以上のものが手に入ったわ」

 

「なになにペエ?『私への直通回線です、以後の連絡はこちらへおかけください』……これ、どういう事ペエ?」

 

「うーん、例えるなら、秘密の招待状みたいなものね。ふふ……なんだか、探偵みたい。いえ、これはどちらかというと、怪盗の方かも」

 

クシャクシャのメモで紙飛行機を折りながら、ちゆは悪戯っ子のように笑ってみせる。

秘密の連絡先に、社長秘書のヒューマギア。普通なら関わりたくもないレベルの非日常、それを前に笑っていられるちゆに、ペギタンは少しだけ寒気を感じた。

 

「それに、お仲間、ね。カマかけてみたけど、本当に面白くなってきた気がする」

 

ふふっと、笑ってみせるちゆ。その笑みの裏側にあるものを、果たして本当に信用していいのだろうか。

そして、それとは別に、ペギタンにはどうしても言っておきたい事があった。意を決して、彼は口を開く。

 

「ちゆ……」

 

「なぁに?」

 

「演技、超下手だったペエ」

 

「え……」

 

乾いた風が、二人の間を吹き抜ける。春はまだ、始まったばかりだ。




第三話をお読みくださり、ありがとうございます。
ヒーリングサウザーはその弱点故にバルカンに敗れ、サウザンドライバーも破壊されてしまいました。一方、のどかさんはザイアスペックの使いすぎで疲労が溜まってきてしまいました。
次回は、ついに敵が動き出します。


この小説が面白いorつまらんと思った方は、評価かコメントをくださると、筆者の励みになります。よろしくお願いいたします。

※この小説は、pixivに投稿されているものの完全版になります。


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Episode4:【動き出す影】

これまでのあらすじ

仮面ライダーバルカンに敗北したヒーリングサウザーは、ドードーマギアのヒナ達に酷似した謎のマギアの襲撃を受ける。一方、ザイアスペックの過剰使用により倒れてしまったのどかは、親友の沢泉ちゆに諭され、倒れる限界を見極めながら頑張る事を決めるのだった。そんな中、ちゆは帰り道に飛電インテリジェンスのヒューマギア・イズと接触する。イズから密かに受け取った手紙の中には、彼女への秘匿通信回線の番号が記されていた。

今回からオリキャラが出てきます。


【デイブレイクタウン】

12年前に飛電インテリジェンスの管理施設で起きた大爆発事故「デイブレイク」以降、政府によって立ち入りが禁じられている特別指定区域である。

区の大半は湖の底に没してしており、積み重なった瓦礫が数少ない陸地を形成している。まともな人間は勿論、所謂ワケアリの人間すら、滅多に立ち寄ろうとしない区域だ。

ヒューマギア連続暴走事件の主犯である滅亡迅雷.netの本拠地として使われていたこの地。その後も、黒いヒューマギアの姿を見た、謎の影に人が襲われているのを見たなど、黒い噂は絶えない。

 

そんな廃都の一角、かつて飛電インテリジェンスの研究所があった空間に、蠢く3つの人影があった。

瓦礫の影から気紛れに差し込む陽光が、彼らの、異様な姿を暴き出す。

 

1人は右目の下に滅亡迅雷の紋章を刻んだ黒いスーツの男。

彼の名は祭田ゼット4号。

かつてドードーマギアとして幾度となくゼロワンを苦しめた、滅亡迅雷.netの一員である。

残る2人はフードを目深に被っており、正体を伺うことができない。

 

「迅、手を出してごらん」

 

背の低い黒フードの人物は、迅と呼んだ背の高いフードの男の掌に、自分の手を重ねてみせる。薄桃色の光が漏れるその手をどけると、掌上には桃色のプログライズキーが現れていた。

 

「フライングファルコン、取ってきてあげたよ」

 

迅はそれに見覚えがあったのか、子供のように飛び上がって喜んだ。

彼が飛び跳ねる度、くるぶしの辺りにまで達していたボロボロのロングコートの裾が、それに合わせてヒョコヒョコと飛び上がる。

 

「ありがとう、フィーニス姉ちゃん!」

 

「どういたしまして。ドードー、金庫にいる彼の様子はどうだい?」

 

「まだ眠りこけている。まったく、相も変わらず呑気な奴だ」

 

「ふふ、なら大丈夫かな。計画は順調かい?」

 

ドードーは不機嫌そうに鼻を鳴らし、その身をマギアの形態へと変貌させる。

 

その形態の名は、【ドードーマギア改】。

鳥類を模した兜に、邪悪な髑髏の面貌を持つ怪人だ。彼の武器は小太刀程の長さの双刃と、全身に装備するミサイルの数々である。赤熱した装甲はさらに赤みを帯び、かつてゼロワンと対峙した時よりさらに重厚に強化されていた。

 

ドードーは肩を僅かに震わせ、両二の腕付近のミサイルを展開してみせる。ミサイルは飛び去り、壁を穿ち、部屋の向こう側に広がる空間を露出させる。

そこには、無数のドードーマギアのヒナ達が不気味に佇んでいた。

その光景に、フィーニスと呼ばれた人物は濃紫の唇の両端をもたげた。隣で見ていた迅も、感嘆の声を漏らす。

 

「あの男の言葉を借りるなら、1000%だ……確実に暗殺は遂行されるだろう」

 

「やっぱり暗殺ちゃんすごい!」

 

ヒナ達の中に飛び込んでいこうとする迅を制し、フィーニスはドードーの方へと歩み寄る。得意げに己の刃を撫で回すドードーの耳元で、彼女は舐めるように「慢心はいけないよ」と囁いた。

 

「セイショクの期限は短いんだ。この作戦を失敗すれば、次はないかもしれない。油断せず、確実に天津の首を取ってくるんだよ」

 

「お前に言われずともやってやる。俺たちを甘く見るなよ」

 

ドードーはフィーニスを鋭く睨めつけ、その白く艶かしい喉元に刃を突きつけてみせた。威嚇とも取れるその行動に、彼女もにやけた口端を真一文字に戻す。

二人の間で張り詰める緊張の糸、その間をあせあせと行き来する迅。そして、この状況を退屈そうに眺めるもう一つの影があった。

 

「なんだ、揉め事か?」

 

陽光の元に姿を晒した影は、鬱陶しそうに目元を隠す。暗色の装衣に身を包み、貴族然のマントを羽織った少年……気品を感じさせるその出で立ちは、異国の王子とも没落した貴族とも映る。

側頭部から伸びる湾曲したツノ、深緑色の肌に、唇の端から伸びる鋭い牙、人並みならざる外見的特徴を持つ彼だが、3人はそれに驚くこともなく、彼の元へと歩を進める。

 

「これは、よく来てくれた」

 

「お前か」

 

「ダル君久しぶり!」

 

それぞれに挨拶をする3人を一瞥し、少年は高所の瓦礫に腰掛けた。脚を組み、高みから彼等を見下ろす様子はまさに傲岸不遜といった格好である。

 

「せっかく招かれてやったと言うのに、椅子の一つも無いのか」

 

「申し訳ないね、同志ダルイゼン。見ての通り我々は敗残でね……物資の節約が必要なんだ。君達ビョーゲンズには、アークも感謝しているよ。おかげで彼等は、アークの意思を遂行できる」

 

「フン」

 

「ありがとう!ダル君!」

 

迅を鬱陶しげに払い除け、少年はフィーニスを真っ向から睨み据える。二人の眼から放たれる圧力に、迅とドードーも身を硬らせる。

 

「感謝の意は行動で示すんだな。さっきお前自身が言った通り、お前達は急ぐべきだ。キングビョーゲン様の気は、そんなに長くないぞ」

 

「だってさ、ドードー」

 

「言われずともだ。古の戦士の力を手に入れたサウザー。相手にとって不足はない」

 

いうや否や、ドードーはヒナ達のいる瓦礫の隙間へと姿を消した。「よーし、まずはバルカンにリベンジだー!」と己の身を奮い立たせ、迅もその後を追う。

彼らが消えていった先の亀裂を眺め、フィーニスはやれやれとばかりに肩を竦めた。

 

「話は最後まで聞いてほしいね。今回の対象は飛電ではなくZAIA。アークの意思を踏みにじった彼等こそ、我々の真の敵だというのに」

 

「俺たちからの要求は、プリキュアの排除ただそれだけ。アイツら、丁度お前達の敵とも手を組んでるようだし」

 

「でも、プリキュアは女の子なんだろう。そんなに強い敵とも思えないんだけれどもね」

 

「奴らを侮るな。奴らはお前達より遥かに巨大なメガビョーゲンを倒している。何度もな。正直、お前達だけでは心許ないくらいだ。俺からも助っ人を貸してやる」

 

ダルイゼンが右腕を上げると、長身の男が瓦礫の影から姿を現した。

白衣の上からでも分かる鍛え抜かれた筋肉と、戦闘経験を積んでいる事が分かる佇まい。伸びた不揃いの前髪の隙間から覗く双つの三白眼が凄まじい殺気を放っている。

男はフィーニスの前まで歩を進めると、不遜にも至近距離で彼女の顔を覗き込んでみせた。

 

「君は……あの時の青年か」

 

「今はメツビョーゲンだ。またよろしくな、ガラクタの親玉さん」

 

「おや、随分と行儀が悪いじゃないか」

 

二人の間に渦巻く殺気、周囲の大気を震わせるほどの強大さに、ダルイゼンの口端が醜く歪んでゆく。

 

「安心しろ。コイツの強さは折り紙付きだ。お前達は100%勝てるさ」

 

真白い八重歯が、キラリと陽光に反射する。ここはデイブレイクタウン、全ての始まりの地である。

 

 

 

___________________________

 

 

 

花寺 のどかがザイアスペックを使い始めてから、はや2週間。

 

 

彼女に起きた変化は、ひなたにも分かるほどに、深刻さを帯びていた。

実害そのものは少ない。生返事が多くなり、昼休みに寝てしまう事も多くなった。その程度で済んでいる。

問題は、彼女のザイアスペックの使用頻度が激増した事だ。かつては運動のみに使用していたそれを、今や彼女は学校生活の殆どに使用していた。

それは、先の服型メガビョーゲンとの戦いからますます加速している。

AIの力は凄まじく、運動やノート取り、掃除などでその力を遺憾無く発揮した。その結果、のどかはクラスでも一躍注目される存在となった。皆は彼女の頑張りを知っていたため、最早それに口を挟む事はしなかった。

かくいうひなたも、彼女のノートに頼っている1人である。ちゆからは白い目を向けられる事はあったが、ひなたはその度に口笛を吹いてごまかした。目の前に転がるダイアモンドを取らない盗賊はいないのだ。

 

 

そんなひなたが、のどかのパートナーであるヒーリングアニマル、ラビリンからの電話を受けたのは、一昨日の事である。

 

「はーい、こちら平光です!」

 

「その声はひなたラビね。実は、折り行って相談があるラビ」

 

「ラビリンじゃん!てか、どうやって電話かけてんの?スマホって心の肉球に反応すんの?」

 

「電話番号見るラビ!!置いてある電話の方からなら、ラビリンでもかけられるラビ。とにかく、相談っていうのは、のどかの気を、ザイアスペックから逸らして欲しいって事ラビ」

 

「なんで?ラテのお世話サボってるとか?」

 

「いや、お世話自体はちゃんとやってくれてるラビ。というか、ラビリンのお世話も含めて、完璧ないい子の日常生活をこなしてるラビ」

 

「なら、いいんじゃない?AIの力っていいじゃん?スゲーじゃん?」

 

「良くないラビ!最近ののどかが何時間寝てるか知ってるラビ?」

 

「えーと、8時間くらい?」

 

「日にもよるけど、5時間切ってるラビ」

 

「はぁ!?マジ?ラビリン何で止めないのよ!!」

 

「止めてるけど聞かないラビ!このままだとのどか、いつか本当に倒れちゃうラビ!」

 

「それはまずい!!安眠妨害はお肌の敵って、一番言うし!!よし!!じゃあこのひなたさんが一肌脱いじゃいましょうか!!」

 

「本当ラビ!?」

 

「おう!アタシに二言は無いのだ!」

 

ひなたの武器は、自称想像力と挑戦心。パートナーであるニャトランとの綿密な打ち合わせの末、計画は完成した。

 

 

_____________________________

 

 

 

そんなわけで二人は今、近くのショッピングモールに買い物に来ていだ。

最初にひなたが選んだのは、比較的庶民的なブティックであった。服屋と呼んだラビリンは、ひなたに頭を小突かれた。

今、のどかは試着室の中である。ひなたのトートバッグの中からは、ラビリンが心配の面持ちで顔を覗かせている。

 

「休ませたいのに、何でこんなところに来てるラビ……本当に大丈夫ラビ?」

 

「まぁ、見てなって」

 

「俺たちの秘策を信じろ」

 

いまいち不安が拭えないラビリンであったが、謎の自信に満ち溢れた二人のの言葉は頼もしくもあった。

 

(ここは、ひなた達を信じてみるラビ)

 

やがて、試着室からのどかが姿を現す。白い七分丈のワンピース姿……一見するとシンプルな選択だが、スカートの模様の窓からは真白い肌が覗いている。

砂浜を歩く、健康的な美女と言った風情だ。

 

「えーと、ど、どうかなぁ?」

 

「おー、これはこれは」

 

頬を赤らめるニャトランの頭を、ラビリンは思い切り引っ叩く。

 

(まったく、これだから……)

 

腕をグルグルさせて抗議する彼に、ラビリンは腕組みで対抗する。

 

「あんなの、子供ラビ!ラビリンが若い頃はもっとこう、エレガンス溢れる……」

 

「いいね!のどかっち、それめっちゃいい!」

 

「えー!?ひなたの目は節穴ラビか!?」

 

「黙って見てろよ」

 

ニャトランに押しつぶされ、今度はラビリンが口をつぐむ。気がついたのだ、ひなたの目がキュッと細くなっている事に。

 

 

作戦開始の合図である。 

 

 

ひなたはその身をくねらせながら、のどかの元へとにじり寄る。

 

「でも、何か足りない気がするなぁ……何だろう。のどかっちはもっと大人っぽい感じで攻めたいわけでしょ?」

 

「攻め?……たいのかなぁ」

 

のどかの瞳が泳ぐ。

おそらくはAIのオススメをそのまま選んだだけだったのだろう。のどかの私服を知っているラビリンには、すぐに分かった。

それを否定することで、ひなたはザイアスペックを捨てさせようとしているのだ。悪くない作戦だ。

隣で、ニャトランが得意げにウインクする。作戦は順調だということだ。

戸惑うのどかに、ひなたが畳み掛ける!

 

「自分に正直になりなよ!」

 

その手には、いつ取ってきたのか、明らかにワンピースより布地の少ない衣服があった。たじたじになるのどか……勝機とばかりに、ひなたは身を乗り出す。

 

「その格好は攻めたいって言ってるようなもんじゃん!もしかして、AIは教えてくれなかったりして?攻めるにはこう、肩とか!」

 

「ひゃあっ!?」

 

「脇腹の露出を足していくわけですよ!」

 

「うー!無理だよ……そういうのは私には……って、アレ?これ、私?」

 

ひなたはのどかの身体に衣服を押しつけてゆく。のどかの動きが止まっても、その猛攻が止まる様子はない。

 

「なんだってぇ?着るのか着ないのか、買うのか買わないのか!?どっちだい!!」

 

「う……うん!これに決めた!番頭、これ一つください!!」

 

「合点承知!……って、ありり、自己解決?試着とかしなくていいの?」

 

首を傾げるひなたに、のどかは大きく首を縦に振ってみせた。

抱いた疑問はラビリンも一緒だったが、直後にその答えはのどか自身の口から語られることとなる。

 

「ザイアスペックで、試着した時の格好が見れるの。こんなの、試してみようと思った事なかったから、驚いちゃって」

 

「あ、やっぱりそのメガネ、そういう機能もついてたんだ。おかしいと思ったんだぁ……まぁ、最初のチョイスがね、初めて服選ぶって感じじゃなかったもん。裏の、裏の、裏の、そのまた裏をかいてたからね」

 

「それは表ラビ。無駄に分かりにくいだけの、ただの表ラビ」

 

ラビリンのツッコミは、2人には届かない。

すると、驚くべき事が起きた。おもむろにのどかはザイアスペックに手をかけ、するりとそれを外したのだ。突然の出来事に、1人と2匹から、どよめきが漏れる。

そんな彼女達の思惑など知る由もないのどかは、太陽のように笑顔を輝かせる。

 

「やっぱりすごいよ!!AIのオススメもすごかったけど、やっぱりひなたちゃんのやつの方が、似合う気がするもん」

 

「そうか……そうですかぁ!いや、照れますなぁ!てか!これ!アタシ!AIに勝ったって事だよね!それめっちゃ燃えるじゃん!」

 

「うん!ありがとう、ひなたちゃん!」

 

周りの目も気にせず抱き合う2人。ラビリンの脳内でロッキーが勝利の雄叫びを上げる。

しかし直後、のどかはザイアスペックを掛け直し、おもむろにレジへと向かい始めた。

一同はその様子に、開いた口が塞がらない。

 

「あのー、のどかサン?何でそれ、かけ直したんですかね?」

 

「ここ、ザイアスペックつけてると、30%オフになるんだって。実は、お小遣いもそんなに残ってないし、ね」

 

「あー、うん、なるほどね。割引ですね。これは想定外。いやぁ、ハイカラだなぁ!」

 

レジへと駆けてゆくのどかを止められる者は、もはやこの場にいなかった。ひなたも呆れ顔だ。トートバッグの中から、ラビリンがひょっこりと顔を出す。

 

「どうするラビ!?」

 

「焦るな、ラビリン。アタシ達には次の作戦がある」

 

「そうだ、俺たちに任せろ」

 

自信満々といった様子の彼等に、ラビリンはとりあえず託してみることにした。

 

 

結果は……散々であった。

 

 

イチゴ1000%作戦、ニュルンベルクのマイスタージンガー作戦、V作戦……それら全てが、紙一重で失敗に終わった。

あまりにも硬いのどかのガードに、ひなたもだんだん飽きてきたのか、作戦は次第に雑になっていった。

そんな事をしているうちに、日も暮れ、2人の手から下がる紙袋の量は増え行く。最早純粋にショッピングを楽しむ2人の横で、2匹のヒーリングアニマルはやれやれと肩を竦めるのだった。

 

 

 

____________________________

 

 

 

特務機関A.I.M.S.本部の一角、真白いテーブルとライトスタンドのみが置かれた四畳間ほどの広さの一室は、窓から差し込む西日で、辛うじて明るさを保っていた。入り口のプレートには特殊取調室とある。

 

向かい合うのは2人の男。

 

1人は、天津 垓……世界有数の巨大グループ、ZAIAエンタープライズの社長である。

余裕綽々な天津に対し、取り調べを行うA.I.M.S.隊長……不破 諫の表情は硬い。眉間のシワは川の字を描き、睨み殺さんばかりの視線とは裏腹に、その表情には明らかな焦りの色が見て取れた。

 

勾留は今日で2日目……

 

卓上のグラスを取ろうとした天津の手を、不破の手がピシャリとはねる。グラスを掴み損ねた残念そうに空を舞い、やがて、いつも通りに膝下へと組まれた。

 

「俺達を襲ったツノ付きのマギア……アイツらは何なんだ」

 

「私に分かるとでも?まったく、ヒューマギアの進化とは恐ろしいものだ」

 

「お前の差し金じゃないのか」

 

「敢えて自分の命を危険に晒す必要がどこに?」

 

不破の質問攻めを飄々と躱す天津。不破も慣れっこなのか、語気を強めて追撃する。

 

「通報のあった暴走マギア、アレはお前が作ったモンだろう」

 

「どうやって故意にヒューマギアを暴走させると言うのです」

 

「お前がゼツメライズキーを所持している事は調べがついている!ラボに査察が入れば、すぐにわかることだぞ」

 

「反論はできますが、まぁ、企業秘密と言っておきましょう」

 

「ふざけるなっ!人工知能特別法違反を始め、誘拐に監禁……お前の容疑は星の数だ!」

 

「身に覚えのない容疑が多いですね。私がいつ誰を誘拐したと言うのです」

 

「それはお前が一番良く分かっているだろう……ッ!」

 

不破は潰れそうになる程に、拳を固める。彼がこれほどまでに焦る理由は単純明快……時間がないのだ。

国家、企業を問わず様々な企業が天津の技術提供を受けている。内閣官房所属のA.I.M.S.とて例外ではない。この場で彼は、本来客分以上の扱いを受けるべき存在である。

彼等がZAIAに反旗を翻した理由は一つ。

ZAIAが滅亡迅雷.netの成立に関与した数々のグレーな証拠を足で集めた不破の強い説得に応じ、内閣官房が重い腰を上げたからである。建前は査察、その実は国家による一企業への強制捜査だ。

命令は即座に警察庁へと通達され、令状の発行から強制捜査、天津の身柄確保までは最速で行われた。

事件の真相に迫るために手段を選んでいられない不破にとっては、まさに望んだ展開。もしZAIAのラボから起訴可能な証拠が一つでも見つかれば、より長くこの男をここに縛りつけることができる。そうなれば、ほぼ勝利は決まったようなものだ。

しかし、それでもなお、彼の心中は穏やかではなかった。

 

(これは、賭けだ。それも、限りなく勝ち目の薄い……な)

 

滅亡迅雷.netの脅威が去ったとはいえ、ヒューマギアは暴走を続けている。その強さは日に日に増し、レイドマギアなる存在も現れ始めた。能力を持たないトリロバイトマギアだけなら現存の一般兵装でも対処できるが、レイドマギア、アークマギアのレベルともなると、まともに戦えるのはZAIAから借り受けた兵装しかない。

国が重い腰を上げたのも、その技術を手中に収めておきたかったからに過ぎない。

しかし、この捜査で成果が挙げられず、ZAIAが技術協力を完全に絶った時……それこそ機動隊でも動員しない限り、マギアの駆除は不可能となる。政府としてもそれは避けたいだろう。

もしこの査察が失敗に終わった場合、真っ先に政府が考えるのは天津のご機嫌取り。袖の下に添える供物としてお偉い方が差し出すのは、実行を指示した不破の首である。

絵に描いたようなトカゲの尻尾切りが行われるまで、あと少し。これは、彼の進退を賭けた戦いでもあった。

 

(だが、それがどうした。俺はヒューマギアをぶっ潰す!コイツが今起きている事件の元凶なら、コイツもぶっ潰すだけだ!)

 

不破は懐から、桃色のプログライズキーを取り出す。サウザーが変身に使った『ローゼンリング』のキーだ。二日前に彼から押収したものである。

それを見てなお、天津の余裕は揺るがない。だが不破は、天津の視線が一瞬、それに吸い寄せられるのを見逃さなかった。

 

(コレが、鍵か)

 

不破の視線が、これ以上ない程に鋭くなる。

 

「質問を変える……このプログライズキーを、どうやって手に入れた」

 

「手に入れたとは失敬な。これは我がZAIAの製品……君たちの使っているショットライザーと同じルーツのものです。私は今、世界を蝕む巨悪と戦う準備を進めている。こんな所に拘束されている暇は無いんですよ」

 

「何が巨悪だ。巨悪はお前たちZAIAだろう!!」

 

「おやおや、名誉毀損で訴えられても仕方がない言動だ。しかし、今の私は寛容でね。君がこの聖戦に名乗りを上げてくれると言うなら、新型のプログライズキーをテストさせてあげましょう。それにより、君は更なる力を得ることになる」

 

「あ?」

 

不破の手が天津の襟を掴み上げる。あまりにも素っ頓狂な天津の言動に、不破の中の何かが切れたのだ。

 

「ふざけるな、何が聖戦だ!!俺はこの目で敵を見続けてきた。人類を滅亡させようと躍起になる、マギア共をな!そして、滅亡迅雷.netは壊滅させた。滅も俺達が拘束している。言い逃れは通用しないぞ」

 

「何も知らない野良犬君に教えてあげましょうか。私が戦う敵はビョーゲンズ。姿を持った病原菌です。ヒーリングサウザーは彼らに対する特効薬なんですよ。もっとも、アレはまだ設計途中ですが」

 

「未完成……だと?」

 

「……ふふ、これより先は、企業秘密です」

 

「なら何度でも聞いてやる!その企業秘密を、喋れっ!!」

 

激昂した不破が、騒ぎを聞きつけた同僚達に取り押さえられるまでに、そう時間はかからなかった。

数人がかりで引きずられながら部屋を後にする彼の様子を、天津はさもおかしげに眺めていた。




第4話をお読みくださり、ありがとうございます。
この小説は仮面ライダーゼロワンの24話後の時間軸で話が進められているので、現在のゼロワンを観ている方には、少し「あれっ」となるようなシーンが多いと思われます。24話から世界が分岐していると考えてお読みいただければ幸いですが、不明な点がある場合は感想やメッセージなどでご質問を頂ければお答えします。
よろしければ、次回もお読みいただけるとありがたいです。

P.S.この小説は、過去にpixivに投稿したものを編集しております。


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Episode5:【のどかのザイアスペック】

これまでのあらすじ

のどかからザイアスペックを外すため、買い物作戦を展開するひなただが、作戦はことごとく失敗に終わってしまう。一方、天津を逮捕した不破は、彼の持つヒーリングサウザーの秘密に迫る。
そんな中、ついに敵の一団が動き出した。ビョーゲンズと手を組んだ滅亡迅雷.netの残党が、ZAIAとプリキュアへとその牙を向ける。

※オリキャラが出ます。オリジナル設定があります。


不破 諫が、刃唯阿の座る第二特別取調室の戸を開けたのは、騒ぎが収まってから数分後の事であった。

目は赤く充血し、唇は荒れている。精神の疲労がありありと表れているようだ。

もっとも、それを迎える刃の心中も、決して穏やかものではなかった。格好こそいつもの通りであるが、ボタンはあちこちで解れ、髪も所々で縮れているその有様は、まさに虜囚そのものだ。

弱音が吐けるものなら吐きたいし、逃げ出せるものなら今すぐにでも逃げ出したい。だが、眼前の男に弱みなど見せたくないと言う意地が、辛うじて彼女の瞳に辛うじて光を残していた。

先に口を開いたのは、刃だった。

 

「不破……声が大きすぎるぞ。これでは丸聞こえだ」

 

「ここの設備を防音にしないのが悪い」

 

「滅が、いなくなったらしいな」

 

「ここの警備がザルなのが悪い」

 

小学生のような言い訳に、刃の頬がわずかに緩む。不破もそれに気がついたのか、短く舌打ちをし、彼女の向かいへと腰を下ろした。

眉間にシワの寄り切ったその表情からは、やはり凄まじい疲労が見て取れる。無理もない、彼の敵はあの天津 垓……戦いの場から引き摺り下ろしたところで、一筋縄ではいかない相手だ。

その苛立ちの矛先が自分に向く事を、刃は一瞬危惧した。

しかし、その思考はすぐに改められる。自分は裁かれて然るべきなのだ。不破に対して、それだけの裏切りをしたのだから。

 

「話せることはすべて話した……煮るなり焼くなり好きにしろ」

 

「そうか」

 

不破が右手を上げると、彼の背後のドアの蝶番が音を立てた。入ってきたのは、女性の隊員だ。お盆の上のカップからは、湯気が立ち上っている。

不破はコーヒーを刃に勧め、自分のものに口をつけた。ぎこちない動きで刃もそれに倣う。

かつて、食堂で同じ卓を囲んだ日々。あの時の暖かい思い出は、ZAIAに帰還してからも彼女の記憶の中で生き続けていた。命の危険と隣り合わせの毎日だったが、不思議と、人の温かみを感じられる日々でもあった。

気がつくと、コーヒーはカップの中程まで減っていた。それを悟られたくなくて、刃はわずかにカップを自分の元へと引き寄せた。

 

「まさか、お前を尋問する日が来るとはな」

 

不破の声は、刃の予想に反して丸みを帯びていた。敵意による口撃ではなく、まるで世間話でもするような丸さだ。

 

「いつか、こうなる日が来るんじゃないかとは思っていた」

 

「前に言っただろう、私が敵に回る事があれば、躊躇なく撃てと。今の私は、お前の味方にはなれない」

 

「なら、敵になるか?」

 

不破の目が、僅かに吊り上がる。相手の恐怖を察知し、肉の価値を値踏みする肉食獣の目。

この男の瞳がここまでの迫力を持っている事に、刃は改めて気付かされる。

胸騒ぎが、腹元を食い破って心臓へと登ってくる。息がうまくできない……恐怖を押し殺すため、刃はコーヒーを含み、喉へと流し込む。安物特有の苦味が喉を焼き、それを和らげてくれる。

不破の圧に対抗すべく、刃は言葉を紡ぐ。

 

「少なくとも、ZAIAにはA.I.M.S.に敵対する意思は無い……はずだ」

 

「『はず』か」

 

「……正直なところ、私には社長のお考えが全く分からん。飛電とのお仕事5番勝負にしてもそうだ。だが、ヒーリングサウザーは過程に過ぎない、そうも言っていた」

 

刃の発言に、不破の眉がピクリと動く。逆鱗に触れてしまったか……取り繕おうとする刃だが、その暇もなく、不破の拳が卓上へと振り下ろされた。

怒りに満ちたその拳。

その原動力を刃は知っている。彼の故郷、現在はデイブレイクタウンと呼ばれるその都市は、12年前、事故による大爆発によって崩壊した。

しかし、それは政府によって捏造された嘘っぱちの過去。彼の地で行われたのは、敵性ヒューマギアによる一斉放棄と、人間の虐殺である。

その場に居合わせ、幸運にも一命を取り留めたのが不破だ。しかし、その過程で彼は全てを失った。その彼をここまで動かしてきたのは、一重にヒューマギアへの怒りなのだ。

 

「ヒューマギアを暴走させ、人を襲わせるのが過程だと!?ふざけるな!!」

 

激昂の矛先がZAIAに、自分に向けばどうなるか、想像はつく。狂信にも似た怒りは、やがて我々の全てを焼き尽くすだろう。

その炎を、刃は恐れていた。

 

「俺にはヒューマギアから市民を守る義務がある。答えろ、アイツは何をしようとしている!」

 

「知らない。私は何も」

 

刃の呼吸が荒くなる。心臓がひどく音を立てて鳴り始める。かつて幾度となく味わってきた錯乱、その最大級が、彼女を襲う。

不破は追撃の手を緩めない。狼の如く鋭い相貌で、真っ直ぐに彼女を睨み据える。

 

「お前が今提供した情報が、何千何万という命を救うかもしれない!!いや、俺が救ってみせる。答えろ……お前は何を知ってる!!」

 

「…………ヒーリングッド……サウザー」

 

刃の口をついて出た言葉を聞き逃さんと、不破は身を乗り出す。

肌を破って飛び出さんばかりに跳ね回る心臓をどうにか抑えながら、刃は言葉を紡ぐ。

 

「プロジェクト・ヒーリングッドサウザー、全ての傷を癒し、何度でも蘇る、究極の戦士を造る計画だ。詳しい内容は、聞かされていない」

 

「ヒーリングッド、サウザー、だと?俺と戦った例の臙脂色のサウザーの事か」

 

「違う。アレはまだ第一形態だ。天津の言うには、アレには次の形態が存在する」

 

「なるほどな。いい情報が聞けた」

 

不破は議事録を取っていた隊員に目配せすると、おもむろに立ち上がった。

天津の元へと行くと、容易に想像がつく。不破が尋問を行えば、計画について話した事も伝わる。そうなれば、全て終わりだ。

天津から口止めをされていたわけではなかった。だが、守り続けた秘密の暴露を通じ、心に去来したのは、意外にも安息と希望であった。

 

 

『これで楽になれる』

 

 

そんな思いが、彼女の心の中を満たしていた。

 

「なぁ、不破……私は」

 

「なんだ」

 

「……いや、何でもない。忘れてくれ」

 

口をついて出ようとしていた言葉が何だったのかは、刃自身にも分からなかった。

 

それを振り返る間もなく、非日常が彼等を襲ったからだ。

 

刃の後ろの壁が、突如として爆裂したのだ。反射的に机の下に逃れた彼女は難を逃れたが、今まで座っていた椅子は見るも無残にへし折れていた。

裂け目から外を覗く不破から、舌打ちが漏れる。腰元のショットライザーに手が伸びたことから、刃にも敵の正体に予想はついた。

 

「マギア共が!!」

 

「しつこい連中だ……前回の襲撃と言い今回といい、どうやら狙いは私達ZAIAらしいな」

 

「あの数……6……10……いやもっとか。厄介だな。お前はここで、奴を守れ」

 

差し出される大きな手。

その手の内には、ショットライザーと、二つのプログライズキーがあった。

 

「いいのか?」

 

「お荷物が2人になるよりはマシだ!」

 

不破の手から受け取ったそれを、刃は腰元へと巻きつける。蒼身の銃は記憶の中のそれよりもずっと重たく、ずっと固かった。

 

 

 

____________________________

 

 

 

夕刻。私達はベンチに座って休んでいた。

 

ショッピングモールは人もまばらで、昼間の喧騒はどこへやらといった様子だ。大型玩具量販店の袋を抱えた子供が、はしゃぎながら両親の背中を追いかけてゆく様子に、思わず微笑みが漏れる。

今日1日の買い物を通して、のどかについて色々なことがわかった。大雑把にまとめると、彼女は初心者だ。モノの選び方、探し方、その驚きよう……全てが、初心なのだ。

彼女にとって、今日の全ては不慣れであり、何でもないこのモールは、異国の地のように映った事であろう。

 

(それでも、選ぶモノがすごいのは、つけてるメガネのおかげなのかなぁ)

 

手提げ袋が作る山を見ながら、のどかは頬を緩ませ、上機嫌に脚をばたつかせている。右目についたザイアスペックの赤ガラスが、陽光をキラリと弾く。

夕陽が建物の影に隠れた頃、のどかは口を開いた。

 

「ひなたちゃん……今日はありがとうね」

 

その笑顔の眩しさに、一瞬視界が眩みかける。

眩しいだけじゃない、その奥に垣間見える淡い影が、いっそう私を惹きつけるのだ。

 

「のどかっち、かわいいね」

 

「ひなたちゃん?」

 

のどかはキョトンとした表情でこちらを見つめている。そりゃそうだ。いきなりこんなことを言われて、戸惑わない人間はいない。

何を言ってるんだ私は。相手は友達で、しかも女の子なのに。でも、可愛いのは間違いないわけで。

 

おっと、話を戻さねば。

 

「こっちこそ、ありがとう!のどかっちと買い物するの楽しくてさ!今日はいつも以上にめっちゃ頑張っちゃいましたから!」

 

「頑張ってた、よね。ひなたちゃん、やっぱり、すごい、なぁ」

 

「そりゃまぁ、アタシはこの道のプロだからね。でも、本当に今日は楽しかったよ」

 

「……うん。私も、楽しかった、から」

 

喋っている最中に3度、のどかのまぶたは落ちかけた。頭は左右にふらふらと揺れ、その度に桃色の前髪が彼女の目元に影を落とす。

会話もままならないという事は、余程疲れているのだろう。私の視線に気がついたのか、彼女はフルフルと頭を振り、調子を戻した。

 

「のどかっちは……お疲れムードかな」

 

「ごめんね。頑張り過ぎは、いけないって、気をつけてる、のに」

 

「頑張りすぎかぁ。アタシはのどかっちに助けられてるけどなぁ」

 

「うん。えへへ……」

 

途端、のどかの身体がぐらり揺れた。重心のコントロールを失った細い体は、私の胸へと吸い込まれる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

眠気が限界に来たのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。呼吸は不規則になり、横顔から微かに見える目はギュッと閉じられている。肩に食い込んでる指の力が、尋常じゃないくらいに強い。

 

(これ、めっちゃ苦しいんだ)

 

生まれてこの方、病院で何度も見てきた動物達のそれと、彼女の姿が重なる。

 

「ほんとに大丈夫!?」

 

「こりゃヤバイぜひなた!」

 

「大丈夫、いつもの、事だから……っ」

 

「でも!」

 

「本当に、大丈夫……ッ!!大丈夫、だから」

 

のどかの呼吸は次第に静かになり、乱れも収まっていった。食い込む手の力が弱まったことで、肩の辺りが解放される。

カバンの端から覗くラビリンは、顔に憂慮の表情さえあれ、驚いていなかった。つまり、これを見るのは初めてではないという事だ。

こんな事が、いつも続くようになるまで、この子は頑張り続けてたんだ。ラビリンが心配するわけだ。

 

(のどかっちにコレ渡したやつも、酷いことするもんだな。こんな事になること、予想できなかったわけでもないでしょ)

 

でも、1番の問題は、そこじゃない。のどかがいつも、こんなのに一人で耐えてたって事なんだ。

ザイアスペックなんて少しズルいとさえ思ってた。けど、この子はみんながいないところで、ずっと苦しんで、頑張って……

 

(それって、なんか悔しいよ)

 

やがてのどかは、ゆっくりと身体を起こした。その途中で2度、ふらつきかけた彼女を、私は支える事ができなかった。

夕日が影を作り、のどかの顔が見えなくなる。目を擦ると、たしかにのどかの顔はそこにあった。そのくらい、儚いのだ。

 

「いつも、こうだったりするの?」

 

「頑張りすぎちゃった時だけだよ。少し休めば、すぐに良くなるから。でも、ひなたちゃんのおかげで、今は少し楽だったかなぁ」

 

「アタシの?」

 

「ひなたちゃんといると、なんだか安心するんだよ。ちゆちゃんが前に立って守ってくれる感覚だとしたら、ひなたちゃんは背中を守ってくれる感じなんだ」

 

そう話すのどかの、上目遣いの視線は、あまりに弱々しくて、蝋燭の炎みたいに吹いたら消えてしまいそうで。ザイアスペック越しの瞳の中に輝く仄かな光の青さは、何だか少し怖くさえあった。

彼女の手に、手を重ねる。のどかの手、すべすべした、それでいて温かな、細い手だ。

ザイアスペックの奥の右目が、心細げに私に訴えかけてくる。その目のなんと儚い事か、その輝きのなんと美しい事か。

 

「ねぇ、もうちょっとだけ、こうしててもいい?」

 

私は返事をする事もできず、私は己の手の自由を彼女に委ねた。のどかの視線は、影に隠れたモールの一角を見ている。

手に込められる力が、キュッと強くなる。

 

「私、怖いの」

 

「何が?おばけ?」

 

のどかは、フルフルと首を振る。

夕陽のせいで、また彼女の表情が曖昧になる。

 

「私が、私でなくなっちゃうみたいで」

 

「どういう事?」

 

「この前、ちゆちゃんに言われたの。のどかは身体を使いすぎだって。でも、休んだら、前に戻っちゃう気がして……」

 

前って……たしかのどかはここにくる前に、病院にいたと言っていた。そのせいで、身体がうまく動かせないとも。

みんなと違う身体、みんなと違う人生、その中で生きてきた彼女の事を、私はどれだけ知っている?

これまで生きてくる中で、私自身いろいろな事をしてきた。家の手伝い、友達、学校……それら全てを経験しないまま、いきなり学校に放り込まれたら、どうする……?

もしかして、のどかはみんなと近づきたいんじゃないか。

ここに来て初めて、思い至る。

彼女をここまで追い詰め、駆り立てる動機。それはもしかすると私が今持ってる、当たり前の日常なのかもしれない。

沈黙を破り、のどかは続ける。

 

「ザイアスペックのおかげで、疲れても大丈夫なんだけど。時々、息が苦しくなって、ダメになっちゃいそうな時があって……でも、みんなに心配かけちゃうから、そんなの見られちゃダメって思ってて……でも」

 

のどかの声は、だんだんと弱くなり、聞こえなくなっていった。

時に鼻声が混じり、喉が鳴る……その度に、目の前の、彼女の体が小さくなる。

この子がこうなってしまった原因はわかった。その対処法も、思いつかない事はない。かけてあげたい言葉なんて、決まってる。

でも、私にその勇気はあるんだろうか。のどかを助ける覚悟が、私にはあるのか。

 

「ねぇ、ひなたちゃん。私、どうしたらいいのかなぁ?」

 

のどかは、苦しそうだ。

私は反射的に身体を引き……固く、拳を握りしめた。それこそ強く、罰になるくらいに。

 

(違うでしょ。ここで退いたら、平光 ひなたじゃないでしょ。のどかは私の何?赤の他人?知り合い?……違うじゃん。違うじゃん!!)

 

のどかは、めっちゃ大事な友達じゃん!!

 

爪が食い込み、少しだけ血の滲んだ手を、のどかの方へと伸ばす。狙いは右目、そこにつけられた、赤いメガネだ。

 

「よーし!!!じゃあ、こうしよう」

 

「あっ……」

 

短く声が上がる。無理もない。今まで彼女を律していたものが取り上げられたのだ。反射的に伸びてくる手を取り、私はズイと身を乗り出す。ここからは、私の領分だ。

 

「これ、アタシが借りる。のどかっちが辛くなくなるまで、ね。どうしても必要な時は、どこにでも届けに行くから。それでどうかな?」

 

「……ダメだよ。それが無いと、私……それに、ひなたちゃんも迷惑でしょ?」

 

そう言うと思った。今の言葉、本音は後半だ。前半は建前に過ぎない。

彼女にとって、他の人の事は自分の事より大事なんだ。今の時代、めっちゃ変わってて、とっても優しい子。撫で撫でしたくなっちゃうくらい、いい子。

 

(だから……)

 

「その代わり……」

 

(私も意地でも助けになってやるんだから)

 

「アタシが、のどかっちのザイアスペックになる。辛い時、苦しい時、のどかっちを助けるから。だから、もう一人で辛い思いしちゃダメだぞ!」

 

のどかは、呆けた顔のまま固まってしまった。少しだけ跡のついた右目が、パンダみたいで可愛いなぁなんて事を考えて、なんか変な事言っちゃったなぁって。

そして、自分の発言を思い返す。

あれ、これおかしいぞ。私がのどかのザイアスペックになるって、勢いで行っちゃったけど、それってつまりアレ……?

思考の整理がつかないが、とにかく、弁明せねば。

 

「な、なーんて、流石にダメだよねぇ。うん、今のはちょっとおかしいぞ」

 

「…………」

 

「だいたいこんな高いやつアタシが持ってても宝の……って、どしたの!?」

 

のどかは、泣いていた。

彼女自身も泣いているのか分からないような、あまり変わらない表情の中で、ただ確かに涙を流していた。

 

(なんで泣いてるの?やっぱり、取られるの嫌だったかな?それとも、何かの副作用?)

 

ぐるぐるする思考の中で、視界の中の彼女は、たしかに泣いている。

やがて、彼女の端正な顔立ちが崩れる、くしゃくしゃに折り紙を丸めるように……そこから、拍車がかかった。

とめどなく溢れる涙をどうしていいか分からないとばかりに、彼女は何度も何度も、袖で目を擦る。買ったばかりの服が、塩っぱいシミで染まってゆく。

 

「わかんない……わかんないの……ぐすっ……」

 

「か、返そうか?」

 

差し出した私の手に、彼女は首を大きく、それこそ何度も振って答えた。

 

「私、どうしてもみんなと同じになりたくて……みんなの声も聞こえなくなってて……帰れなくなってて……ひなたちゃんがいなかったら、私……」

 

何度も何度もつっかえながら、全てを語りきった彼女は私の胸の中へと飛び込んできた。

まるで元からそこにあったかのように、彼女の頭は、涙は、暖かさはすっぽりとおさまった。

手は、泣きじゃくる彼女の頭に伸びていた。妹がいたら、こういう気持ちになるんだろうなと、思った。

 

「よーしよし。泣きたくなったら泣いちゃえ。1人で頑張る事はないぞ〜」

 

「うん……えーん……えーん……ううぅ…………うん……………」

 

「心配しなくても、今ののどかっちが、アタシは一番好きだからね〜」

 

のどかは、ここ2週間分の辛さを吐き出すように、ひたすら泣き続けた。目の中の涙なんて全部なくなっちゃうんじゃないかってくらい、たくさん泣いていた。

ラビリンも目を潤ませてて、なんだかもらい泣きしちゃいそうな時が何度もあって、そんな時は、ニヤけてるニャトランの方に物を投げて耐えた。

やがて、泣き声が止んだ。

 

「おーい、のどかっち?どうした?」

 

ゆすっても、さすっても、返事がない。彼女の頭は、私の胸に埋まったまま。呼吸はしている。が、なんだか様子がおかしい。

そのままのどかは目を覚まさなかった。

 

 

 

_____________________________

 

 

 

それからは、大変だった。眠ってしまったのどかっちを起こすために、私たちは散々手を尽くした。耳をほじくったり、お腹をくすぐったり、クラシックを聞かせてみたり。

けど、全部ダメだった。お医者さんが言うには、原因の分からないものらしい。なんでこんなことになっちゃったんだろう。

 

『のどか、目を覚まして!』

 

「…………………」

 

『お前がいなくなったら、誰がラテ様を守るんだよ!』

 

「…………………」

 

どれだけ声をかけても、のどかっちのまぶたは、ピクリとも動かない。

落ち込む私達の前に、突然、彼は現れた。

彼は白馬の王子様みたいに白い服を着てて、私達の見守る中で、彼女に口づけをするのだった。

 

「はたしてのどかっちは、目を覚ますのだろうか。次回にご期待!はい、アルトじゃないとー!」

 

 

 

_____________________________

 

 

 

「紛らわしい朗読をやめるラビ!!」

 

「ニャハハ!!まぁ暇だからな!!それにしても、ひなたの朗読もなかなかのもんだな!才能あるぜ」

 

「ありがと!こう見えても、そういうのは得意ですから」

 

あの後、のどかは寝てしまった。とはいえ、それはさっきふざけていたように深刻なものではなく、単なる疲れから来るようなものだったみたいだ。今では寝言まで言っている。

ショッピングモールはもう完全に夕闇に沈み、お店にもシャッターが下りきっている。警備員さんに見つかりそうなのはちょっと怖いけど、こんな時間帯のモールを見るのは、少し面白くもある。

思い出されるのは、のどかの言葉。

 

『ひなたちゃんは、背中を守ってくれる感じなんだよね。ひなたちゃんが側にいてくれると、安心するんだ』

 

なんて温かな、信頼に満ち溢れた言葉だろう。けれど、今の私に、その純真な信頼に応える資格はないかもしれない。いや、私だけじゃない。きっとそんな資格は、どんな王子様でも持ってないんだ。

桃色の髪はサラサラで、程よく指に絡む。触れられる距離に、天使がいる。天使の髪は桃色、瞳も桃色、肌は真っ白。

こんな子を可愛いと思ってしまうのは、いけない事なんだろうか。

 

「って、何を考えてるんだ!」

 

考えが、口から出てしまった。慌てて口を抑えるが、もうラビリンにもニャトランも聞こえてしまったようで、二人ともポカンとしている。

かあっと、頬が熱くなる。

 

「なんだなんだ、何を悩んでたって?」

 

悪戯っ子のように詰め寄るニャトランを睨みつける。多分、今年最大級の睨みだ。彼は「おーこわ」と、バッグの中に退散していった。

 

「ひなた、どうしたラビ?」

 

「なんでもない!ちょっと、のどかの頭が重いなーなんて考えてただけ」

 

「頭は誰でも重いラビ」

 

「まぁ、確かにね」

 

「ともかく、作戦は成功ラビ。これでのどかも、ゆっくり休めるラビ」

 

それを聞いて、今日ここにきた目的を改めて思い出した。そうだ、のどかを助けにきたんだ。

色々あったが、最終的にのどかを忙殺の魔の手から助けることができた。しかも、膝枕までできてしまっている。

しかし、困った戦利品までゲットしてしまった。

 

「それで、そのザイアスペック、どうするんだよ」

 

「うーん、どうしようかなぁ。借り物なわけだし、下手に使うわけにもいかないよね」

 

さりげなく、ザイアスペックを握った右手で、右目を押さえてみる。なんだこれ、なかなかうまくいかない……あ、ハマった。

 

「って、言ってる側からつけてるラビ!」

 

ラビリンからの鋭いツッコミに、心臓が跳ねる。仕方がないのだ。女子中学生は、猫をも殺す好奇心で動いている生き物なのだ。

 

「ダメラビ!のどかの惨状を見て知ってるラビ!」

 

「ちょっとだけ、ちょっとだけね!ニャトラン頼んだ!」

 

ニャトランがラビリンを押さえている間に、ザイアスペックのスイッチを入れる。

眼前に広がるのは、変な数式の羅列。そして、『ZAIASPEC MODEL : S』の文字。

それも一瞬の出来事であり、すぐに右目にはいつもの視界が戻ってきていた。何かをつけている感覚も無い。

これは、なんなんだろう。

そんな事を考えていた時だった。

背筋の毛が、全て一気に逆立ったのは。

 

「コレは、ヤバイね」

 

ラテの様子を見なくても、直感的にわかった。近くに何かやばい奴がいる。

ニャトランとラビリンも気がついたようだ。二人とも臨戦態勢をとっている。

 

「おい、ひなた。分かってるな」

 

「当然!」

 

そっとのどかの頭をベンチに寝かせ、立ち上がる。ニャトランは肩に……買い物袋は既に、ヒーリングルームバッグの中に入れた。

準備は整った。いつでも出発できる。

 

「ラビリンはのどかを守るラビ。いざとなったら、さっき買ったこのハリセンハンマーがあるラビ!」

 

「任せたよ、ラビリン」

 

そんなもの頼りにならないとは分かっていたけれど、ラビリンがいるなら、きっとのどかを起こしてくれるだろう。

敵の気配は、徐々に近づいている。早く迎え撃たないと、のどかを巻き込んでしまうかもしれない。

 

「ひなたちゃん……」

 

のどかの寝言が、私の後ろ髪を引く。

無防備にも開ききった口が、弛緩しきった身体が、私を引き留めようとする。

けれど、私はいかなければならない。

 

「大丈夫。アタシが守ってあげるよ、何があってもね」

 

そう言い残し、安物のブーツは地を蹴った。天使の敵を倒すために、天使の笑顔をもう一度見るために。

 

飛ぶように進む身体は、やがて狂気の源へとたどり着く。見なくても分かる、見ればもっと分かる、ヤバい奴ら。

場所はショッピングモールの地下駐車場。そこにいたのは、二人の青年だった。一人は長身の、白衣を纏った男、もう一人はボロのフード付きコートに身を包んだ男。

二人とも、凄まじい覇気を放っている。

 

「ねぇ、メツビョー君!この子すごいよ。僕たちが迎えに行こうとしてたの、わかってたみたい」

 

「ああ、期待できそうだな。コイツを狩ったら、次はキュアグレースだ」

 

「そうだね!じゃあ、ここはまず僕が!」

 

歩み来る男に、反射的に右足が下がりかける。だが、頭の中に浮かんだのどかの寝顔が、それを止めた。

 

(逃げちゃダメだ。しっかりしろよ白馬の王子様。のどかを守るって決めたんだからさ)

 

震える右足を、一歩前に踏み出す。

 

「なぁに勝てるつもりで話してるのかなぁ。何を隠そう、アタシはキュアスパークル!スーパー強い、プリキュアなんだから!」

 

「行こうぜひなた。俺たちでのどかを守るんだ」

 

肩の上のニャトランは、やる気満々だ。彼がパートナーでいてくれて、本当に良かったと思う。

いつもはふざけているけど、なんだかんだで、私の背中を押してくれる。

 

「もちの論!プリキュア・オペレーション!」

 

「エレメントレベル、上昇ニャ!」

 

「「キュアタッチ!!」」

 

ヒーリングステッキが金色の輝きを放つ。光は身体を包み込み、身に纏う衣装を『戦いの装衣』へと変えてゆく。

私……平光 ひなたが、キュアスパークルへと変わってゆく。

 

その瞬間、視界の中で、何かが揺れた。

 

 

『ZAIASPEC: Battle Assist System ……STAND BY』

 

 

「溶け合う二つの光……って、おいおい、なんだこれ?」

 

眩いばかりの虹色の光の中で、左腕だけ妙に重い……見ると、腕には、金色の鉤爪がついていた。

どう見たって金属製、何ならレーザーとか出そうなくらいに近未来の……明らかに違和感満載の武器だ。

こんなものは、前の変身では出てこなかったはずなのに。

 

「えーと、なんなんだろうね」

 

謎の2人の男、謎の鉤爪。浮かび上がるいくつもの謎を、ひなたはシャットアウトする。

今は、戦う時だ。使えるもんは、なんだって使ってやる。昂る戦意に応えるように、胸につけた星のペンダントが、眩いばかりに輝き出す。

 

「アタシはキュアスパークル、さあ、どこからでもかかってこい!」

 

「いくよ……僕は迅、仮面ライダーだ!」

 

「かめん、らいだーか……なんか、カッコ良いじゃん!」

 

かくして、戦いの火蓋が開いた。黄昏時、すこやか市の各地で、歯車は動き出す。




前回はあまり話の動かない回でしたが、今回はガッツリ話が動きましたね。のどかさんをザイアスペックの魔の手から救ったのはひなたさんでした。これにて一件落着かと思いきや、次はビョーゲンズと滅亡迅雷.netからの刺客が彼女達を襲います。
次回はフル戦闘パートなので、ご期待ください。

P.S.この小説は、pixivに投稿したものを編集したものになります。


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Episode6:【爆ぜる水流と堕ちた星】

〜これまでのあらすじ〜
ビョーゲンズと手を組んだ滅亡迅雷.netは、アークを冒涜した天津 垓を倒すため、彼の協力者であるプリキュア達に刺客を送り込んだ。
花寺のどかを守るため、平光ひなたは先んじて仮面ライダー迅との交戦を開始する。


今朝、ひなたと喧嘩した。

内容も覚えていないくらい、実に他愛ない喧嘩だった。

 

『もういい!ちゆちーなんかお買い物計画誘ってあげないし!』

 

『いいわよ。別に行きたいとも思ってなかったから』

 

売り言葉に買い言葉で、沢泉 ちゆはお買い物会から離脱することになった。

重ねて言うが、喧嘩そのものは本当に大したことではなかったのだ。事実、昼には謝罪のメッセージも飛んできた。

その頃には日々のロードワークを済ませており、宿題も終わっていた。

山の端にかかる春の夕陽を眺めていると、ふとのどかの顔が浮かんできた。

ちゆの頭の中で、疲れ顔ののどかが、たくさんの紙袋を抱えながら走り回る。

 

(ひなただけに任せておくのは、不安ね)

 

そう思って外に出た頃には、もう空には暗がりがかかっていた。思えば、少し軽率すぎたかもしれない。

 

「ここ、どこ?」

 

暗がりの中で、道に迷ってしまったのである。

見渡す限りのビル群、ガラス張りされた高層建築物の列、見覚えのない街並みが彼女を取り囲んでいた。

 

「こんなところ、近くにあったかしら?」

 

「ボクに聞かれても……ここの事は、ちゆの方が詳しいペエ」

 

「そうよね。でも、何だかワクワクするわね。このまま大きなトンネルでも出てきて、そこを潜ると大きな旅館がありました。なんてことがあったりして」

 

「何の話ペエ?」

 

「映画の話よ」

 

そんなこんなで話をしていると、前方に人だかりが見えてきた。

赤い服と仮面を身につけた人だかりが、とある建物に押し入ろうとしているらしい。

建物の近くの車両には、桜の代紋が刻まれている。警察関係のものだろうか。

彼らは手に棒のようなものを持ち、建物の前に築かれたバリケードを破ろうとしている。

 

(あれ、デモ……かしら?)

 

ちゆも、よくニュースで過激なデモの話は見聞きしている。だが、乱闘騒ぎにまで発展するものは海外の話だと思っていた。

ペギタンを抱え、足を早める。

 

「この町でデモなんて、初めてじゃないかしら」

 

「デモ?」

 

「自分の考えを、数で押し通そうとする人達の集まりよ。大体は健全な主張をしてるんだけど、アレはちょっとやりすぎね。ああ言うのには近づかない方がいいわ」

 

しかし、言葉とは裏腹に、ちゆの内側には好奇心が沸沸と湧き上がりつつあった。

この町は地方行政と住民の関係性も悪くないし、変な汚職事件も聞かない。ましてや警察に対するデモなんて前例があるのだろうか。

 

(少し覗いてみようかしら)

 

顔を前に向け、視線だけを向けながら、デモの後ろをゆっくりと通り過ぎる。こうすれば、見つかる事はないだろう。

 

デモ隊は先頭の髑髏面の人物に連なり、軍隊のように一糸乱れぬ動きで攻撃をしている。

動くたびにガシャガシャと音がするのは、隙間なく身につけている鎧のせいだろうか。

奇妙な集団だが、ちゆには、彼らの頭から生えている触覚に見覚えがあった。

 

(あの触手の色、メガビョーゲンに似てるわ)

 

もしあのデモ隊がメガビョーゲンの仲間なら、放っておく訳にはいかないだろう。

 

(さて、どうしようかしら)

 

思案していると、背後に気配があった。

慌てて振り返ると、そこには他のデモ隊とは違う、髑髏の面をつけた人物の姿があった。

いや、人物と言うには少しちがうかもしれない。その人型は全身をくまなく装甲で覆っていたのである。

 

「沢泉 ちゆ、キュアフォンテーヌだな」

 

声がくぐもっていてよく聞こえないが、どうやら男性らしい。

それよりも驚くべきは、彼がちゆの正体を言い当てた事である。プリキュアの正体は秘密のはず、それを知っているという事は、やはりビョーゲンズの一味なのだろう。

髑髏の面には驚かされたが、敵と分かれば怖くはない。

ちゆは毅然とした態度で男性に向き直った。

 

「初対面の相手には、まずは自分から名乗るべきじゃないかしら」

 

「……暗殺とでも呼べ。ともかく、これからお前を暗殺する」

 

「アンサツ……それが名前なの?マッドトリンとかホラーマンじゃなくて?」

 

「なんだそれは。ともかく、お前が俺の名前を気にする必要はない。今この場で始末するのだからな」

 

気がつくと、四方は子分たちに囲まれていた。子分達の手には、真っ赤な刀や銃が握られている。やられたら痛そうだ。

 

「なんか色々ツッコミ所はあるけど……大変な事になってきたわね」

 

敵の親玉っぽい怪物……アンサツはちゆの正面に立ち、構えを取る。周りの子分たちもやる気満々と言った様子だ。

これはまずい状況である。

これだけの数を相手できるかも問題なのだが、ここで戦えば警察官の人々を巻き込んでしまう。ビョーゲンズは人の手に余る敵……どうにか被害は出したくない。

少し考えた末に、妙案が浮かんだ。

うん、これしかないな。

 

「ペギタン、行くわよ!」

 

「うん!!」

 

ちゆはヒーリングステッキを天高く掲げ、水のエレメントボトルを装填する。

 

「プリキュア・オペレーション!」

 

「エレメントレベル、上昇ペエ!」

 

2人の心が重なり、ステッキの頂にはめ込まれた宝石が青く美しい輝きを放ち始める。

 

「「キュアタッチ!!」」

 

光は身体を包み込み、身に纏う衣装を『戦いの装衣』へと変えてゆく。

子分たちが眩しさに顔を覆う中、沢泉 ちゆはキュアフォンテーヌへと変身を遂げていた。

 

「交わる二つの流れ……キュアフォンテーヌ!」

 

ポーズを決めるフォンテーヌに、アンサツは「フン」と鼻を鳴らし、武器を構える。周囲の部下達も彼と同じ構えだ。その一糸乱れぬ統率は隊の練度の高さを表しているようだ。

 

「いいだろう、暗殺開始だ」

 

「ふふ、かっこいいわね」

 

言うや否や、フォンテーヌは飛んだ。高く高く、空へ。そのままビルの壁を蹴り、建物伝いに走ってゆく。

 

「……は?」

 

アンサツ達が見上げる中で、フォンテーヌの身体は彼等とはあさっての方向へ進み始めた。

 

「それじゃ、さようなら」

 

呆気にとられるアンサツ達を尻目に、水流を纏った青い身体は鳥のようにビル群のむこうへと飛翔していった。

 

 

 

____________________________

 

 

 

モールでの戦闘は、幾度となく攻守を変えながら続けられていた。

 

戦闘開始直後、キュアスパークルは圧倒的不利に立たされていた。

原因は二つ、慣れない『爪』という武器と、迅の飛行能力の高さである。

変身した時、なぜか現れた黄金の鉤爪。これのせいで、右手が上手く使えないのだ。

さらに、迅の空中殺法は高速にして俊敏。狭い地下駐車場だというのに、スパークルの放つ光線はその身をかすめもしない。

 

迅の優位は揺るぎようのないものであった。

 

しかし、それは5分前までの話である。

彼女は今、爪を完全に使いこなしていた。理由は単純明快『爪の刃がたためるということを知った』からである。

 

「やっぱり、女の子はパンチっしょ!」

 

黄金の爪、改め、黄金の拳。

彼女の手をすっぽり覆い隠すくらいの大きさに留まったそれは、煌々と赤く光り、その内部に凄まじいエネルギーが内包されている事を暗に示している。

事実、攻撃力は飛躍的に増大していた。

 

プリキュアの力で強化された脚力で地を蹴り、迅へと蹴りを放つ。

躱す事のできるはずの攻撃を、迅はあえて左腕で受け止めた。

黄金の拳を前にしても、彼には絶対に勝てるだけの武器があったのだ。

 

迅の新たな武器『バイラススケイル』。ビョーゲンズから授かった硬質のウイルスを結晶化させ、己の身を守るというものである。

この極細微小のウイルスは、煙のように纏わり付き人体の機能を弱め、鋼鉄すらも腐食させる。そして、自分の周りにある限りは、鉄のハンマーでも砕けない、絶対の盾となる。

 

事実、脚撃により地面に叩きつけられた迅の損傷は軽微である。考えなしに突っ込んでくるスパークルを迎撃する事など、容易。

 

……なはずだった。

 

スパークルの攻撃は、ウイルスの硬化など意に解さぬように、繰り出され続けていた。

 

「とりゃっ!!」

 

上空からの落下加速を伴った、大上段からのかかと落とし。迅の二の腕にヒールの先端が直撃し、凄まじい火花を散らす。

 

「ううっ!?何だよこの子の一撃……すっごい重い!!」

 

後退した迅を、さらなる追撃が襲う。着地した彼女の、黄金拳による猛撃だ。

右、左、右、左と撃ち続けられるデンプシーロール。肉が鋼を打つ鈍い音が響く度、迅の腕の装甲が剥がれ落ち、体幹が崩れかける。

 

「まだまだ行くよっ!」

 

「その調子だぜ!」

 

デンプシーの速度を上げてゆくスパークル。

だが、迅もやられるばかりではない。

 

「まーけーる、かっ!!」

 

スパークルの右鍵拳をスウェーでいなすと、迅は素早く身を低く落とし、展開した右の翼刃で斬りつけた。

コンマ数秒の間に行われた一連の動作。

フライングファルコンのプログライズキーがもたらす身のこなしの軽さと、単純かつ圧倒的な攻撃力こそが、彼の最大の武器である。

 

しかし、その攻撃はひなたの衣服を軽く切り裂く程度に止まった。

迅の攻撃の中でも、最速を自負する攻撃であったはずの一撃……重ねて繰り出す舞の如き連撃も、全て紙一重で見切られる。

迅の挙動に、焦りが表れ始める。

 

「もう!何で当たらないし」

 

「さあ、何でだろ!!」

 

「それムカつく!!」

 

超速の連撃を躱す仕組みは……実のところ、スパークル本人にも分かっていなかった。

それもそのはず、スパークルの急激な動体視力の強化、それはザイアスペックのなせる技だからである。

 

のどかに渡されたザイアスペックにのみ搭載されている新機能……それは、戦闘補助システム。機能は主に二つ。

『敵の挙動から最適な行動を予測するそ機能』そして『使用者にとって最適な武器をその場で生成する機能』である。

 

この二つを、選択というプロセスを介さず、AIが独自に行うことで、高速戦闘が可能になるのだ。

言うなれば、『飛電或人並みの戦闘技術を誰でも手に入れられる』システムである。

本来これは、天津が対ゼロワン用の切り札として開発していたものである。しかし、現状ヒーリングステッキ以外の武器を持たないプリキュアの補助にあたり、このシステムは想定以上の力を発揮していた。

 

「もう、いい加減に当たってよ!」

 

乱雑に繰り出され続ける迅の舞。

その間に生まれた一瞬の隙間。

そこに、ひなたの拳がねじ込まれる。

鳩尾にヒットした打撃、ヒューマギアである彼にとって、その部位は急所ではない……だが、怯ませるには十分なダメージだ。

 

「今度は、アタシの番!」

 

直後、スパークルの猛攻が再開された。

左右のフックによる連続攻撃。

止んだかと思えば、今度は駐車場の柱を蹴ってのかかと落とし、崩れた体勢に、間髪入れずに下段払い。

迅の体幹は硬く、それでもわずかに揺れるだけにとどまった。だが、機動を制限された迅の戦闘力は、大幅に低下したと言える。

 

ザイアスペックの提示するコンマ数秒の最適解を、強化されたひなたの動体視力が選び抜く。

まさにベストマッチの組み合わせである。

度重なる攻撃により下がりつつある迅のガード。飛ばせない、撃たせない、この徹底した二つのマークは、確実に迅の機動力を削いでいた。

紙一重でガードが間に合っているものの、迅の中には明確な焦りが生まつつある。

 

(コイツ、まるであの時のゼロワンだ)

 

生み出された一瞬の躊躇い、そこにスパークルの左拳が直撃する。狙われたのは顎……迅の視界がわずかにぐらつく。

 

「うぅ……」

 

訪れた大技のチャンス、無駄にするわけにはいかない!

 

「ぶちかましてやるニャ!ひなた!」

 

「やっちゃうぞぉ!」

 

ひなたの身体が、大きくしなる。

大きく逸れた上体が、大技を予感させる。迅にとって致命的な一撃となる大技。

しかし、その仮面の奥で、迅は笑った。

 

「……なんちゃって!」

 

ふらつきはフェイント。

本命は、飛んでくる大技へのカウンター!

迅にとって、最大のチャンスである。

狙いは人体有数の弱点、頭部。背に隠し持っていたアタッシュガンの銃口を高速で突きつけ、間髪入れず眉間を銃撃する。

高速で放たれる銃弾、しかし、それは空を切る。理由は一つ、直前で彼女の上体が、彼の予想以上に後方へと逸れたからだ。

 

スパークルは迅のフェイントを読んでいたわけではない。むしろ逆、彼女にとってはこれが予定行動である。

 

【頭突き】

人体を構成するパーツの内、一番重さの比重が傾くのはどこか……答えは、頭。頭蓋骨の重さは、体重の10%程……この重さは、13ポンドのボウリングの球に匹敵する。

通常の人間が頭突きで与えうる重さは2トンを超えない。しかし、今のひなたはニャトランとのシンクロで強化された肉体。

敵の攻撃を寸前で見切ると同時に、足裏、ふくらはぎ、太腿、背、両背側、そして首周りの6箇所の筋肉をフルに活用。

プリキュアの力で強化されたそれらの筋肉を全開にして発動されるは、およその120tの鉄球を乗せた超鈍重の一撃!

 

「よいしょぉっ!!」

 

「ッッッ!!!?」

 

叩きつけられたスパークルの頭部は迅のマスクを割り、苦悶の表情を浮かべる素顔を露出させる。

その威力、測定不能!

まさに『禁じ手』である。

マスクを叩き割るほどの威力の頭突き……滅亡迅雷のアーマーで強化された彼と言えど、変身解除は必至である。

 

「行くよラビリン!エレメントチャージ!」

 

ふらつく迅に、スパークルはヒーリングステッキの先端を向け、狙いをつける。

 

『キュンッ!キュンッ!キュンッ!』

 

可愛らしい肉球の音と共に、ステッキの先端に取り付けられた宝石が輝きを増し、黄金色の電流が迸る。

 

「おいおい!コイツ、エレメントさんがいないぜ」

 

「多分大丈夫でしょ!やっちゃおう!」

 

「それもそうだニャ!行くぜキメ技!」

 

戸惑う2人の前で、迅は再びフライングファルコンのプログライズキーを構える。

 

「負けないよ。僕たちは、ヒューマギアの救世主になるんだから」

 

「プリキュア・ヒーリングフラッシュ!!」

 

ヒーリングステッキから放たれた雷は、さながらプラズマ熱線の如く迅の胸を貫き、心臓付近に拳大の穴を開けた。

穴から漏れ出る電流が彼の全身を駆け巡り、大きく震えさせる。

 

「僕たちは……アークの、イシノ、ママニ」

 

そう言い残したきり、迅はその場に崩れ落ち、動かなくなった。「お大事に」と言いかけたスパークルも、思わず口をつぐむ。

 

決してそんなはずはないのに、辺りには、命の終わった後の静寂があった。

 

「あれ、もしかしてアタシ、やっちゃった……」

 

「いや、アイツの体よく見てみろよ。あれ機械だぜ。大丈夫だ」

 

「うん。でも、なんだろう。メツビョーゲンを倒した時みたいに、スッキリしないんだ。アタシ達、本当にこれでよかったのかな」

 

戸惑う2人の前に、白衣を纏った長身の男が姿を現した。先ほどの戦闘で、メツビョーちゃんと呼ばれていた男である。

 

「あー、模造品だとやっぱこの程度か。少しはやると思ってたんだがなぁ」

 

男は動かなくなった迅の身体を踏み越え、ひなたの前へと進み出た。

 

「いいだろう。俺が相手してやる」

 

そう言って構えてみせる男。一見するとその構えは素人だ。しかし、相対するスパークルは旋律する。

その隙の無さ、纏う空気の凶悪さに。

相手は普通の人のはず、なのになんで、こんなに強そうで、こんなに怖いんだろう。

 

「気を付けろよ。コイツ、ただの人間じゃねぇ」

 

「うん、分かってる」

 

弱気はここまでだ。

普段の自分なら、もしかしたら逃げていたかもしれない。

けれど、今は違う。

アタシが倒れたら、のどかが危ない。

そう考えると、無限に力が湧いてくる。

コイツらを追い払ったら、のどかに何て言ってやろうかな。楽しみだな、あの子の喜ぶ顔見るの。

 

「さあ、いっちゃうよ!」

 

地を蹴り、ジェットの速度でスパークルは加速する。

左手にはザイアスペックが生み出した拳が既に展開されており、煌々と赤くエネルギーを燃やしている。

スパークルの凄まじい反射神経と、変身により強化された体力、そしてZAIAの最高峰のテクノロジーが生み出す威力の三本柱。

それらで構成された一撃が、男の生身へと遅いかかる。

 

「まずは一発、そこから始めるッ!」

 

しかし、直撃の直前、男は構えを解いた。スパークルの攻撃に背を向け、男は気怠げに伸びをしながら歩き出す。

 

「さっきの迅との戦い、凄かったぜ。正直、見縊ってたよ」

 

直撃まであと数cm……

 

「だが悪いな、時間切れだ」

 

瞬間、スパークルの視界の中で、青年の身体がぐらりと傾いた。

直後、身体の右側全てに、鈍い痛みが走る。

全身が痺れたようになり、自由が効かない。

 

「あれ?なに?どゆこと?」

 

「ひな……!どうし……だよ!」

 

ニャトランの声が、よく聞こえない。

たくさんのタイヤが、視界一杯に広がる。歩こうとしても、足がバタつくだけで全く前に進めない。

 

(なにが起きてるの?アタシ、もしかして倒れたの?)

 

自分の異変を認識できないひなたの元に、男の足音が近づいていた。

 

 

 

____________________________

 

 

 

子分たちから逃げるフォンテーヌ。

時間にして数分の逃避行だが、彼女は確実にアンサツ達との距離を引き離していた。

 

「ひなたとのどかには……連絡つかないわね。心配だわ」

 

「アイツらと戦わないペエ?」

 

ペギタンは腑に落ちない様子だ。無理もない、敵から逃げるなんて初めての体験だ。

フォンテーヌは指をピンと立て、説明を始めた。

 

「あのね、ああやって囲まれてると、4方向から攻撃されるでしょ。だったら、細い道とかに逃げちゃえば攻撃されないのよ」

 

得意げに話すフォンテーヌに、ペギタンはさらに首を角度を深める。

 

「細い道だとなんで攻撃されないペエ?」

 

「道が細ければ、大人数でも左右に回り込めないでしょ?だから、一対一に持ち込めるの。これを逃げながらやれば、人数差を気にせずに戦えるのよ」

 

ヒーリングステッキの中のペギタンが、感心したように喉を鳴らす。

江戸時代の頃から伝わる兵法……が何かの一つらしい。沢泉では、強盗が入ってきた時は、そうやって逃げろと教わっている。

後ろを振り返る……子分たちの足は遅いようで、だいぶ引き離せたようだ。このまま逃げてしまえるのならそうしたいが、いかんせんそうもいかない。

アイツらは集まって何かしようとしてた。

暗殺とか物騒な事言ってる奴らだし、このままにしておけない。

どこかで、迎え撃たないと。

 

「狙撃」

 

プリキュアも大変ね。そんな事を考えていると、ふと右足に痛みが走った。お料理中に包丁が刺さった感じ……その何倍も痛い。

 

「ッ!?」

 

振り返ると、先ほど通りすがった建物の影から子分の顔が覗いている。刀はそこから飛んできたらしい。

プリキュアの力で守られているため切れてはいないが、脹脛が赤く腫れてしまった。

 

(逃げた先に伏兵……策士ね)

 

幸い、後ろの追手はまだまだ追いついてくる様子はない。伏兵がいるなら、安全な場所を探して、いったん隠れよう。

伏兵が1人という事は考えにくい。

ここは、一旦安全な場所を探して体勢を立て直すべきだ。

しかし、フォンテーヌが行動を開始するより早く、アンサツは次の指令を出していた。

 

「近接で足を止めろ」

 

間髪入れずに、物陰から、三体の子分が躍りかかってきた。最初の二体は連撃で蹴り飛ばせたが、残りの一体の攻撃が背中に直撃してしまう。

 

「ッ!?」

 

熱い鉄を押しつけられたような痛みが背中に走る。

耐えられない痛みではないが、痛いものは痛い。

 

「危ないペエ!」

 

「まったく、しつこいんだから!」

 

ヒーリングステッキの水流で最後の一体を吹き飛ばすが、休む暇もなく、今度は四方八方から刀の雨が降り注ぐ。

 

「嘘でしょ!?」

 

辺りの建物の窓という窓から、大量の子分たちが顔を覗かせているのだ。その予想以上の数が彼女の判断を遅らせ、刀の雨の直撃を許してしまった。

身体のあちこちが絶え間なく痛みに曝される。

 

(このままじゃダメ……ッ!!)

 

ヒーリングステッキをかざし、水流の壁を作って防御。超速で流れる水流は、並みの投刃なら難なく防ぐ防壁となる。

刀はこれで防げるが、完全に足は止まってしまった。薄い水の膜の向こうから、大勢の子分たちが近づいてくる様子が見える。

先程投刃が当たった箇所が、焼けるように痛む。回復したいが、このバリアを解けばもっと多くの傷を負うことになるだろう。

八方塞がりの状況。俗に言う、大ピンチだ。

 

「何なのコイツら、私の動きが読まれてるみたい」

 

「ど、どうするペエ?」

 

「さっきから少しだけ、指令してるみたいな声が聞こえてるの。多分、敵の親玉の声だと思う。だったら、親玉を抑えれば……」

 

フォンテーヌの言葉を遮り、水流のバリアが切り裂かれた。

隙間から見える髑髏の顔……間違いない、敵の親玉だ。

返す刀でふるわれる刃を、両腕を交差させて防ぐ。

子分たちのものより数段激しい斬撃が、彼女の腕をジンと痺れさせる。

 

「俺を、どうするって」

 

「さあ、どうするんでしょうね」

 

親玉が、大上段に剣を振り上げる。

大振りの一撃を振り下ろすつもりだ。

だが、大技の隙間……胸のガードが上がる瞬間は、チャンスでもある。

 

(残念、隙あり!!)

 

フォンテーヌは、空いたその腹元に向けて、凝縮させた水流を叩きつける。

水流のカッター……この世で最も硬く鋭い刃になりうる『水』の一撃である。

 

「ッ!?」

 

親玉の身体は数m後退し、体制が崩れる。

訪れた勝機に、フォンテーヌの口元が緩む。

だが、一歩を踏み出す暇も与えず、周囲の建物群からの銃撃が開始される。不意を突かれる形となった彼女は、その凄まじい数の弾丸をまともに受けてしまった。

 

「ああっ!!」

 

「フォンテーヌ!!」

 

「くう……ぅ……ッ!!」

 

絶え間ない銃撃に曝され、全身が痺れるように痛む。身を隠す場所すらない。揺らぐ視界の中で、アンサツが笑っている。

 

【石打ち】

かつてヨーロッパで実在した処刑法の一つである。鎖で縛られた罪人に、石を投げ続けるのだ。一撃一撃の威力は低くとも、何百人という観衆が投げつける威力は、罪人を見るも無惨な有様へと変える。

暗殺の取った手法は、まさにそれである。一撃一撃は命中率も威力も低い銃撃であるが、それらを相手の退路を塞ぐように投げさせることで、十分なダメージを与えられるのだ。

 

「ッ!!」

 

辛うじて水流のバリアを再展開させるフォンテーヌ。しかし、その水量は先に展開したバリアより明らかに少ない。銃撃のいくつかはそれを切り抜け、彼女の肌を擦り、刻む。

白く美しい肌はあちこちが真っ赤に腫れ上がり、着弾箇所は日焼けした後のように痛々しく変色していた。

 

「もう、もうやめるペエ……逃げようペエ」

 

「はぁっ……はぁっ……ダメよペギタン。わたしが逃げたら、コイツらに迷惑かけられる人がいるんだから」

 

「ちゆ……」

 

やがて、銃撃の雨は止んだ。

バリアを解除したフォンテーヌが見たのは、自分を囲む子分たちの群れ。そして、それらを抜けた先、遥か奥に見えるアンサツの姿。

その数、ざっと60は超えるだろうか。最早、彼女1人でどうにかなる数ではない。

対して、フォンテーヌの身体はもうボロボロだ……気を抜くと、全身がヒリヒリと痛み出す。

痛くないところなんてない。震える足、膝をついてしまいたいくらいに、力が入らない。

 

ビョーゲンズと戦い始めて、初の大ピンチ。

負けたらどうなるかなんて、考えたこともなかった。ペギタンの言う通り、逃げた方がいいのかもしれない。

でも、なんでだろう、全然怖くないんだよね。負ける気がしないっていうか。

 

うん、まだまだ戦える。

 

「試してみようかしら、あの作戦」

 

フォンテーヌの提案に、ペギタンは首を傾げる。

 

「どうするつもりペエ?」

 

「前からずっと思ってた事があるのよ。足が速い人って、喧嘩とかしたらすっごい強い蹴りが出せるんじゃないかしらって」

 

「えと、何の話ペエ?」

 

「喧嘩の話」

 

フォンテーヌは腰を低く落とし、両手でアスファルトの地面を掴んだ。

右脚は胸につくように折り畳み、左足は膝裏の筋を意識して伸ばす。

クラウチングスタートの姿勢だ。

側から見れば隙だらけの姿勢に、子分たちは嬉々として飛びかかる。

そりゃそうだ。

アイツらは知らないわけだから。

 

このポーズはね、『攻めるため』のものなんだって。

 

フォンテーヌの口元が、仄かに歪む。

 

「レディ……ゴッ!!」

 

瞬間、凄まじい衝撃波が彼女を中心に発生し、子分たちを吹き飛ばした。

爆散する個体もいる中で、フォンテーヌの姿は彼らの展開する円の中心から消えた。

正確には消えたわけではない、瞬発力の高さゆえに、初動そのものが見えないのだ。

本来速く走るために改造され、受け継がれてきたフォーム。毎日の練習を経て洗練された沢泉 ちゆの『それ』が、プリキュアの身体強化でさらに強化される。

この超速の突進こそが、彼女の秘策であった。守りきれないほどたくさんの攻撃が飛んでくるなら、全て避けてしまえばいいのだ。

絶えず降ってくる刀と銃弾の雨も、躱す必要はない。それが地表に達する頃には、彼女の身体はそこにないからだ。

 

「お前たち、壁になれ」

 

瞬く間に詰められる、アンサツとの距離。

何体かの子分が立ちはだかるが、その全てが衝撃波に怯み、ソニックブームに吹き飛ばされる。

それ程の速さ、それ程の威力。

狙うは敵の親玉。加速の乗った神速の蒼身が、アンサツへと迫る。

ドードーは動かない。どっしりと構える訳でもなく、戦意もない、自然体で立ったままだ。

 

「受け止められるかしら?」

 

「受け止める気など最初から無い」

 

ドードーまでの距離、1mを切る……そこにきて、フォンテーヌは地を蹴り、髑髏の仮面へとその爪先を向けた。

 

【飛び蹴り】

超速の助走を伴った飛び蹴りこそ、彼女の秘策。

絶対の威力に裏打ちされた、必殺の一撃である。

 

「お大事に……!?」

 

しかし、フォンテーヌは見てしまった。わずか数十cmの距離に対空する、兵器の存在を。

 

「嘘……でしょ?」

 

目に映ったのは、己を囲む無数の円筒。さっきまで暗殺の肩についていたものである。

展開される瞬間が見えなかったが、あの形と後ろで尾ひれを引く炎は……

 

(もしかして、ミサイル?)

 

一歩でも踏み出せば爆散するミサイルの結界。当たればどうなるかは想像に難くない。

だが、今更この速度を殺すことなどできない。

 

「暗殺、完了だ」

 

暗殺が手を挙げると共に、ミサイルは密に群がるアリのようにフォンテーヌの身体へと吸い込まれ……爆裂した。

 

 

____________________________

 

 

 

動かない体、ままならない呼吸。

スパークルの疑問に答えるように、メツビョーゲンは語り出す。

 

「さっきお前が戦った迅の身体には、キングビョーゲン様特性の、無数のウイルスが付着してる。お前プリキュアなのに気がつかなかったのか」

 

「ウイルス……?」

 

スパークルは慌てて自分の身体を見回す。

男の言葉通り、腕や足には、よく見ないと気がつかないくらいの極小のナノビョーゲンが取り憑いていた。

 

「体内に侵入したウイルスは、体の免疫機能を阻害し、急速に衰えさせる。平衡器官、自律神経と順に麻痺していくぜ。人間の活動限界時間は、まぁ頑張って15分ってところだな。お前、よく頑張ってたよ」

 

男の声が、どんどん遠くなっていく。

大変だ。

何言ってるかは分からないけど、男の言葉が本当なら、こんなところで倒れている場合じゃない。

なんとかして、体勢を立て直さないと。

渾身の力を振り絞り、鉛のように重くなった身体を持ち上げる。呼吸が辛い、吐き気がする。でも、まだ体は動く!

足に力を入れ、駐車場の出口を……

 

「なんで起きれんだよ」

 

眼前の男の身体が、霞のように消えた。直後、お腹に鈍い痛みが走る。

 

「ッ!?」

 

大きく吹き飛んだ体は駐車場の柱の一つに叩きつけられた。

 

(受け身なんか、取れない……ッ!)

 

持ち上がってきた地面が肺を押し潰し、また呼吸ができなくなる。

視界がうまく効かない。

何をされたんだろう、私。

 

「うぅ……う……」

 

革靴特有の乾いた足音が遠ざかっていくのが聞こえる。

 

「これでキングビョーゲン様にいい報告ができる。さあ、次いくぞ〜」

 

足音が、遠く離れてゆく。

あいつ、油断して帰ろうとしてるんだ。

ひなたは、心中でほくそ笑む。

なら、反撃開始だ。アイツをのどかのところになんか行かせない。

 

(はやく、たたない、と……)

 

ひなたの思考が、一瞬、プツリと途切れた。

薄れゆく意識の中で、泣いているニャトランの姿が目に映る。

 

(何で泣いてるし。ここからでしょ?ほら待っててよ、今立つからさ)

 

力を込めようとするが、身体のどこにも力が入らない。

 

(おかしいな、どこも痛くないから、いけると思ったのに。そういえば、どれくらい前から息してなかったっけ。忘れ……)

 

ひなたが考えたられたのは、そこまでだった。




第6話をお読みくださり、ありがとうございます。
今回は全てが丸ごと戦闘シーンでしたね。最近はやっとグレースも武器を持ち始めましたが、これを書いていた頃はそう言った描写が無かったので、自分で戦い方を工夫しなければならなかった訳です。
今回は2人のプリキュアが敗れてしまいました。次回はついに、のどかさんにメツビョーゲンの手が迫ります。


P.S.この作品は、以前pixivに投稿したものを編集したものです。


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Episode7:【最後の二人】

〜これまでのあらすじ〜
ビョーゲンズと手を組んだ滅亡迅雷.netの手により、次々と撃破されてゆくプリキュア達。一方、ドードーマギア達のA.I.M.S.本部襲撃により、不破と天津、刃の3人は危険な逃避行を強いられる事となる。
そして、のどかの元へと危険な魔の手が迫っていた。



ここは、とあるヒューマギアの思考空間。

前後左右上下のあちこちを規則的に流れる数字の羅列の中、彼女は、息を大きく吐き、回線を開いた。

思考インターフェースに表示される発信先の欄には、『沢泉ちゆ』の名と、彼女の顔写真が映し出されている。

4コールの後、音声回線がつながった。

 

「何だ、コイツの通信端末か」

 

集音器の向こうから聞こえてくるのは、低い男の声。

ヒューマギアは、その声に聞き覚えがあった。

口元一つ動かさず、ヒューマギアは電話口の向こうにいる彼に向けて返答する。

 

「大変お忙しい所、申し訳ありません。私、飛電インテリジェンス代表取締役社長・飛電 或人様の秘書を務めます、秘書型ヒューマギア・イズと申します。滅亡迅雷のアンサツ様でお間違いありませんか」

 

「ゼロワンの所の秘書型か。要件は分かっている……コイツの解放だろう」

 

男は否定も肯定もしなかった。

しかし、通信端末の拾う少女の微かな呻き声と咳込みの雑音が、ヒューマギア・イズの仮説を確信に変えた。

 

「安心しろ、まだ生きている」

 

電話口からは、何かを殴るような鈍い音と、押し殺したような悲鳴。そして、荒い息遣いが聞こえてくる。

協力を依頼した沢泉ちゆが捕まってしまったのはイズにとって想定外だった。彼女が持っている交渉のカードはたった一枚である。この交渉をしくじれば、後はない。

しかし、ここで焦っては、それこそ相手の思う壺だ。

イズは声色一つ変えず、回線の先のドードーマギアへ語りかける。

 

「はい、要件の一つはそれで間違いありません。ですが、それとは別にもう一つ、耳寄りな情報がございます」

 

イズは、この2週間で調べ上げた情報群……その全てをデータとしてアンサツに送りつけた。

電話口の向こうが、沈黙に陥る。

数分後、重々しい声でアンサツはイズへと問いかけた。

 

「これは……本当か?」

 

「はい。貴方の主人……フィーニスを名乗る彼女は、精力的に滅亡迅雷の妨害を行っているようです」

 

「あの狸め……ッ!!」

 

何かを殴る轟音が、通話口からイズの聴覚回路を刺激する。

殴られた相手がちゆでない事を祈りつつ、イズは続ける。

 

「彼女を解放し、A.I.M.S.への攻撃を中止してくださるのであれば、現在の彼女の居場所をお伝えします」

 

「いいだろう。最早、奴の命令に従う理由もない」

 

アンサツの返事に、イズは思考回路の中でほっと胸を撫で下ろす。

本来ヒューマギアは理知的な思考ができる存在である。勝算の低い賭けであったが、どうやら賭けは彼女の勝ちに終わったようだ。

 

「しかし、どんな風の吹き回しだ。ZAIAはお前たちの敵でもあるだろう」

 

訝しむアンサツに、イズは返答を戸惑った。何故自分がこんな事をしているのか、『彼』の敵であるZAIAを助けようとしているのか。

答えはすぐに出た。

私の敬愛する彼なら、きっとそうしろと言うと思ったからだ。

 

「或人社長をお助けするのが、私の仕事ですから」

 

イズは自信を持って、そう答えた。

 

 

_____________________________

 

 

 

目が覚めた時には、空は暗くなっていた。

 

「う、わっ!?」

 

閉じようとする目蓋を無理やり開き、夜風に冷え切った身体を叩き起こす。

 

(もしかして、寝ちゃってた!?)

 

モールに並ぶ店々は既にシャッターを下ろし切っており、完全に昼間の賑わいとは違う顔を覗かせている。

夕闇に沈む石畳の風景を眺めていると、なんだか自分一人がそこに取り残されてしまったように感じるのだ。

最後にある記憶は……お買い物に行った時のもの。ベンチで休んで……ひなたちゃんにザイアスペックを預かってもらって……そこから先の記憶がない。

景色は、寝る前と変わっていない。

私自身は動いてないという事だ。

時間は……ザイアスペックで最後に見た時間から丁度1時間くらいのようだ。

空模様の変化の割には、そんなに長く眠ってしまったわけではないらしい。

私は一つノビをし、辺りを見回す。

そういえばみんなはどこへ行ったのだろう。

 

「ひなたちゃん?」

 

呼べど、返事が返ってくる様子はない。

おかしい、一緒にいてくれるって言ったのに。

荷物は既に片付けられている。

先に帰ってしまったんだろうか。

右目をさする。

ザイアスペックはもうない。

視界に映し出される文字がない事に少し違和感があるが、同時に少しホッとしもする。

空には、少しだけ先っぽの欠けた三日月が浮かんでいる。

もう夜なのは間違いない。

けど、なんでだろう。

アレを見ていると、少し不安になるのだ。

 

「ラビリン?ニャトラン?」

 

不安に駆られて読んだ声は、虚空へと消える。

彼らも近くにいないのだろうか、帰ってしまったのだろうか。

ひなたのパートナーになったニャトランはともかく、ラビリンまで返事がないのはおかしい。

そうだ、電話してみよう。

端末を確認すると、ひなたちゃんの電話番号はすぐに見つかった。

見覚えのない発信履歴があるが……これはきっとラビリンだな。

突然いなくなった仲間達、先っぽの欠けた三日月、根拠のない胸騒ぎ。

重なる不安のせいで、ボタンを押す指が震える。

 

「ひなたちゃん、大丈夫だよね?」

 

数コールの後、電話がつながった。

開口一番、私は叫ぶ。

 

「ひなたちゃ」

 

「ああ、お前、花寺 のどかだな」

 

聞こえてきたのは、ゾッとするような低い声だった。

手が震え、思わず電話を落としそうになる。

電話を握る右手を左手で包み、私は深呼吸して言葉を続ける。

 

「だれ、ですか?」

 

「いや、落とし物の携帯からかけてるんだけどよ。警察に届けるのも面倒だし。ひなたちゃんの友達なら、できれば彼女の家の番号でも教えて欲しいんだが」

 

男は理路整然と語った。

口調こそ荒っぽいが、言っている事に筋は通っている。

けれど、声がどうしようもなく怖いのだ。

この人を信じてはいけないと、本能が警鐘を鳴らしている。

私はどうするべきなのだろう。

 

「……えと、その……」

 

「このスマホ、電話番号多すぎて、どれがどれだか分かんねぇんだわ」

 

頭がぐちゃぐちゃになる。

彼が言っている事は何もおかしくない。

けれど、なんでだろう、寒気が止まらない。

誰か助けてほしい。

ラビリンでもニャトランでもペギタンでも、誰でもいいからそばにいて欲しい。

大丈夫だよって言って欲しい。

電話先の人はしばらく黙っていたが、唐突にまた話し出した。

 

「ああ、悪い、もう大丈夫だ」

 

「……え?」

 

その声は、すぐ近くで聞こえた気がした。

背後に人の気配がする。

振り返ると、白衣を着た長身の男の人が立っていた。

 

「きゃあっ!!?」

 

反射的に、身体はその人から飛び退いていた。

目元を隠すほどに伸びきった髪、その隙間から覗く瞳の冷たさに、頭の中の非常警報がガンガンと鳴り続ける。

 

「位置探知終了。案外近くて良かったぜ」

 

男は口元まで裂けそうなくらいに口端を歪ませる。その笑顔の不気味さときたら、まるで昔絵本で読んだ鬼か悪魔のようで。

一度止まりかけた心臓が、早鐘のように休みなく鳴り続ける。

足が震えてうまく立てない。

 

「そう怖がるなよ。ただ、お前を消しにきただけなんだから」

 

「けし……に?」

 

男の言葉の意味は、すぐには分からなかった。

 

『けす』

 

その単語の意味も分からないまま、私は後ずさる。

長い足でベンチを乗り越え、男の人はズンズンとこちらへ進んでくる。

私は千鳥足で後退するしかない。

 

「大丈夫だ、すぐ終わるからよ」

 

本当に怖い時、人は頭と口が別々に動くって事が分かった。

頭の中は「怖い」でいっぱいなのに、口は、『ラビリン』を呪文のように唱え続けている。

すると、今まで笑いながら歩いてきていた男の人の足が止まった。

男は無造作に懐を弄り、ピンク色の何かを取り出す。ボロ雑巾のように垂れ下がる『それ』が何なのか、最初は分からなかった。

 

「ラビリン?ああ、このヒーリングアニマルの事か」

 

男の人が掴んでいるのは、動物だった。長い耳に、薄桃色の毛皮……間違いない、アレは、ラビリンだ。

 

「ラビ、リン?」

 

捕まっていたんだ。

この人がひなたちゃんの端末を持ってたって事は、多分ひなたちゃんもニャトランも……

 

「しばらく眠らせただけだ。手荒な真似はしてねぇ。ヒーリングアニマルは今回の計画の対象外だからな」

 

不気味な笑みを浮かべながら近づいてくる男。

邪気に満ち溢れた彼の手を目掛け、私は端末を思いっ切り投げつけた。

端末は狙いを外れて地面へと落ちる。

が、男の顔から笑みは消え、その歩みは止まった。

 

「へぇ、度胸あるじゃん。流石はプリキュアってところだな」

 

その両目の三白眼から伝わってくるのは、明確な悪意。お前を酷い目に合わせてやるぞという、強靭な意思。

けれど、引くわけにはいかない。

私の友達に、大切なパートナーに、こんなことされて、黙ってられるわけない。

 

「ラビリンを……ラビリンを離して!!」

 

男の人の口元がまたにやりと歪む。その目は、獲物を見つけたときの肉食獣のそれだ。

 

「悪いけどな、俺はサディストじゃないんだ。戦いを愉しむつもりは無ぇ」

 

男の人が両腕を交差させる。

瞬間、白衣の隙間から凄まじい量の紫色の霧が吹き出してきた。霧は瞬く間に男の全身を覆い、その長身を隠す。

アレは、メガビョーゲンの霧の色に似ている気がする。

 

『覚醒しろ……メツビョーゲンッッ!!』

 

男の声に応えるように、霧はジェットスチームの如く吹き飛んだ。

その激しさに、私は思わず目を覆う。

 

「きゃっ!?」

 

目を開けた時、そこには人型の怪物がいた。

人型だが、それ以外の面影は無い。

左手にはナイフと見間違いそうな程に巨大なメスが握られ、右腕は注射器を模したガラス瓶のようになっている。

白衣を纏ったその体は、つぶつぶの鱗に覆われ、まるで蜥蜴かワニのようだ。体躯は変身前と変わっていないが、顔面はメガビョーゲンと同じように醜く歪んでおり、向けられる悪意は桁違いに増している。

 

怪物は「ヒヒッ」と君悪い笑い声をあげ、私の前で深くお辞儀をしてみせた。

 

「俺はメツビョーゲン。キングビョーゲン様の忠実なる下僕だ。今からお前を始末するが、安心しろ。痛くはしねぇ。ちょっとチクッとするだけだ」

 

ラビリンを放り、メガビョーゲンと名乗った怪物は私の方へと歩を進める。

対して、私はヒーリングステッキを正中に構えた。ラビリンが起きてこなければ変身はできないが、脅しにくらいはなるだろう。

怪物の歩みは止まらない。いつでもお前を倒せるぞとでも言わんばかりの悠然とした歩みに、私の足が下がりたいと悲鳴を上げる。

でも、下がっちゃいけない。

 

(私は今怒ってるんだ、こんな奴に、好きなようにされてたまるか!)

 

そして、そんな緊張を破るかのような出来事は、あまりにも唐突に起きた。

 

「のどかに、手は出させないラビ!」

 

手に持った身の丈ほどのハリセンが、メツビョーゲンの頭を叩いたのである。

パシッと乾いた音と共に、怪物の動きが止まる。

打ち据えたのは、ラビリン。

呆気にとられる私と怪物の間に立ち、彼女はハリセンを正中に構えてみせる。

 

「あ?」

 

メツビョーゲンにとっては、虫が止まった程度の僅かな打撃だっただろう。しかし、その一撃は確実にその足を止め、のどかの精神を窮地から救い出した。

 

 

____________________________

 

 

 

時刻は既に19時を回っている。

 

天津をドードーマギア達の襲撃から守るため、刃と不破は共同で彼を護送していた。彼らの全身には無数の傷が刻まれており、ここまでの旅路がどれだけ危険なものであったかを物語っている。

 

目的地は、この付近に点在するZAIAの秘密ラボ。

ラボにはマギア自動迎撃システムが搭載されており、辿り着けさえすれば、敵を確実に振り切る事ができる。

天津曰く、近くまで車が来ており、車に積んである新兵器を使えば、彼らを殲滅できるらしい。

目的地までは、あと少し。

迷宮のように広がるビル群を抜けた先は、閑静な住宅街であった。

 

「どこだ、ここは?」

 

訝しむ刃。

不破も天津も同じ様子だ。

A.I.M.S.本部の近くにこんな場所があったかは疑問だが、ともかく座標ではこの近くが合流地点で間違いない。

物陰をすり抜けるようにして隠れた三人は、己を追跡してくるマギア達の様子を伺う。

 

赤い頭頂部に、短い嘴、そして頭から生えた、二本の湾曲した触覚。

その特徴の多くは、かつてゼロワンとA.I.M.S.が共同で討伐したドードーマギアの手下に酷似していた。

 

「アイツら、あの暗殺野郎の手下か」

 

「そのようだ。二人とも、私のために……済まない」

 

頭を下げる天津に、不破と刃が驚きの表情で振り返る。

二人の反応を見て、天津は深々と頭を下げた。

ドードーマギア達が近くにいるのも構わず、天津はもの悲しげな声で続ける。

 

「刃、私は今まで君を、奴隷のように酷使してきた。君の脳にチップまで埋め込んで……本当に申し訳なかったと思っている」

 

「天津社長……」

 

刃は信じられないと言った様子で口元を押さえる。反面、不破の眉間に寄る皺は一層深くなった。

 

「こんな非常時にどういうつもりだ!俺を撹乱する気か!?」

 

「野良犬君……いや、不破諫。君にも、随分と迷惑をかけた」

 

「気色の悪い!!」

 

しょんぼりとした表情の天津を振り切り、不破は周囲の警戒を続ける。足音が近くなってきている。慎重に立ち回らなければ。

脳内で脱出ルートを構築する不破。しかし、それを妨害するかのように、天津の独白が始まった。

 

「新型プログライズキーの開発に際し、私は彼女たち3人の意識に触れた。その何と優しく純粋な事か。今まで我慢してきたが、もう耐えられない……私を……裁いて欲しい……ッ!!」

 

「あの天津社長が、改心した」

 

「そんな事はどうでもいい!今は……」

 

不破の言葉を遮るように、背後からの銃撃が3人を襲う。

どうやら、既に場所を探知されていたようだ。

口元を固く結ぶ天津。

彼を庇うように、不破はショットライザーを手に、2人の前に立ち塞がる。

ショットライザーには既に、パンチングコングのプログライズキーが装填されていた。

 

「戦う気が無いなら離れてろ!ZAIAの力など借りずとも、この程度、俺1人で全員ぶっ潰す!」

 

 

『POWER!』

 

 

不破の怒声と共に、ショットライザーから電子の弾丸が放たれる。

 

 

『SHOTRIZE!パンチングコング!

"Enough power to annihilate a mountain."』

 

 

放たれた弾丸は彼の元へと戻り、突き出される不破の拳によって砕かれた。

弾丸は焦茶色のアーマーを形成し、彼を仮面ライダーバルカンへと変身させる。変身するや否や、バルカンは突進の構えをとった。

彼の持つ圧倒的なパワーを活かした、猪突猛進の突撃戦術である。

 

「行くぞ、マギア共!!……ッ!?」

 

刹那、二つ目の弾丸が彼の頬をかすめた。

 

『SHOTRIZE!ライトニングホーネット!

"Piercing needle with incredible force." 』

 

 

弾丸は、それを放った刃の元へと辿り着き、彼女の身体に黄色のアーマーを形成した。

弾丸を打つことに、迷いはなかった。その位置は、かつて彼女にとって最も居心地の良い場所だったのだから。

 

「お前のその傷では、奴等に倒されて終いだ。加勢してやる」

 

「刃!?」

 

慌てたような不破の仕草が、どこか面白い。

自らの全身に纏われるアーマーを地面の硝子片で写し見ながら、刃はこの危機的状況に感謝すらしていた。

一時的とはいえ、滅亡迅雷.netと戦っていたあの頃のチームに戻ることができたのだから。

 

「勘違いするな。天津社長の護衛のため、共闘してやるだけだ」

 

「いいだろう。足を引っ張るなよ!」

 

「その言葉、そっくり返してやる」

 

両手の甲を突き合わせると、二人は眼前のドードーマギアのヒナたちに向けて駆けた。

武器を構え襲い来るマギア達を、バルカンの豪腕が吹き飛ばす。

 

「不破、詳しくは説明できんが、あまり奴らの体に触れるな!あのツノは、恐らく病原菌を撒き散らす役割を果たしている」

 

「分かった!」

 

よろけるマギア達に追い討ちをかけるように、バルカンは自身の足元へとパンチを繰り出す。

凄まじい揺れが起き、前の方にいたマギア達は転倒した。

だが、その後ろにいた個体にまで衝撃は届かなかったようで、彼等は己の頭から生える黒い触手を器用伸縮させ、バルカンを攻撃する。

 

「くッ!?」

 

両腕を交差させて防ごうとするバルカン……しかし直後、鋭い銃声と共に、バルキリーの銃撃がヒナ達の触覚を切り裂いた。

 

「不破、よく引きつけた!」

 

雨のように放たれる銃撃は、後方のマギア達までをも怯ませる。

バルカンが正面でマギアを牽制する間、バルキリーは彼らの後ろを取るべく回り込んでいたのである。

総崩れとなったマギア達の前後を取り、2人はショットライザーのトリガーに指をかける。

 

「決めるぞ、刃!」

 

「ああ!」

 

同時に発射される無数の弾丸。それらはマギア達の体を貫き、その全てを爆散させた。

辺りを確認し、脅威が去ったことを確認した2人は、変身を解いた。

久々の共闘。

解除の瞬間、不破の口元が、若干緩んでいるように思えた。

 

幻想かもしれない一瞬の光景。しかし、それは凍りついていた刃の心を僅かに溶かした。

 

不破は一つ伸びをすると、天津の腕を引き、近くで待機していたZAIAの輸送車の方へと歩き出す。

 

「刃。何をにやけてる」

 

「に、にやけてなどいない!それにしても、なんだあの頭のツノは……前に戦った時には、あんなもの無かっただろう」

 

「そうだな。本当に何だったんだ、アイツらは……」

 

輸送車に乗り込む天津と不破。

続けて段に足をかけようとした刃を、天津は静かに制した。

その表情は固く、トカゲの如く鋭い相貌が戻ってきている。

 

「天津社長……元に戻ったんですか?」

 

「ああ。ローゼンリングプログライズキーの一時的な副作用のようなものだろう。唯阿、君はプリキュア達の救援に向かってくれ。私の予感が正しければ、彼女達もターゲットにされている可能性が高い」

 

「しかし……」

 

「ドライバーを回収し次第、私もすぐに向かう。不服だが、助っ人も呼んである……頼んだぞ」

 

車の戸が、彼女の眼前で閉まる。

直前、向かい合う2人を見つめていた刃は、確かにその言葉を聞いた。

 

「私は生まれ変わった。今こそ全てを話そう。完成したヒーリングッドサウザーの全てを……」

 

気がついた時には、既に車両は彼女の目の届かない位置まで走り去ってしまっていた。

天津の知る『全て』とは何なのか、あのドードーマギアのヒナ達は何を狙っていたのか。

天津が逮捕前に言っていたビョーゲンズという巨悪、そしてヒーリングッドサウザーの完成。

自身の知らない地点で加速する陰謀に、刃の疑念は、加速していくばかりだった。

しかし、数秒後、その思考は唐突に切り裂かれた。

 

『ドガァァンッ!』

 

凄まじい衝撃と共に、砂塵を伴った突風が刃の全身に叩きつけられる。

爆発が起きた事はすぐに分かった。そして、爆心地が車両のあった方角である事も。

想定されるのは、最悪の事態。現場を確かめるために、刃は息を切らせて駆ける。

幾つもの角を曲がった先、刃が見た光景は、彼女の想像を大きく超えるものだった。

 

 

 

____________________________

 

 

 

ラビリンのハリセンによる一撃が頭部に直撃し、メツビョーゲンの動きは止まった。

 

「隙ありラビッ!」

 

それを機と見たのか、ラビリンはハリセンによる連続攻撃を加えてゆく。

メツビョーゲンは動かない。

一頻り打ち終えると、ラビリンは私のところに帰ってきた。

 

「これが、象をも倒すハリセンハンマーの威力ラビ!ラビリンも、のどかを守るラビ!」

 

勇しく胸を張るラビリン。

近くで見る彼女の毛並みは所々崩れており、大変な目に遭っていた事は容易に想像がついた。

私は、拳を固く握りしめる。

メツビョーゲンに腹が立つのはもちろんだ。けれど、ラビリンがそんなに頑張ってる時に、のんきに眠っていた自分に1番腹が立つ。

何がみんなと同じになれるように頑張るだ。

肝心な時に動けなきゃ、意味がないよ。

 

「のどか?何してるラビ!早く変身してアイツを倒すラビ!」

 

「わかってる……ちょっと、自分に喝入れてただけ」

 

動き出したメツビョーゲンに、ヒーリングステッキの先端を向ける。

花のヒーリングボトルを装填すると、ステッキの先端から光が放たれ始めた。

眼前の怪物は余裕の表情で眺めている。まるで、いつでも戦えるとでも言わんばかりに。

今まで戦ってきたメガビョーゲンは、そんな事はしなかった。

どちらかというと、人間に近い仕草だ。

 

「あなたさっき、人間って言ったよね。あなた、人間なの?」

 

「ああ。俺は人間だった。だが、俺はキングビョーゲン様に忠誠を誓った。今の俺はビョーゲンズだ!」

 

こちらに向かってくるメツビョーゲンに向けて、私は躊躇無くヒーリングステッキのスイッチを入れる。

 

『キュアッ!』

 

可愛らしい音と共に無数の花弁の弾丸が飛び、怪物の動きを止める。舞い散る花弁の中で、私の身体は光に包まれる。

 

「なら、あなたを止める。プリキュアとして……1人の女の子として!行くよラビリン!プリキュア・オペレーション!」

 

「エレメントレベル上昇ラビ!」

 

光の中で、私……花寺 のどかの身体は、プリキュアの戦士キュアグレースへと変わってゆく。

 

「重なる二つの花!キュアグレース!」

 

花を纏った戦装束に身を包んだグレースは、瞬間、メツビョーゲンへと飛んだ。

ヒーリングステッキと怪物のメスがぶつかり合い、凄まじい衝撃波を生む。

 

拮抗する二つの力、その中で、グレースはメツビョーゲンの虚な瞳を睨み据える。

必ずその悪行を止めると、固い決意を以て。

 

「来いキュアグレース。お前の命を、キングビョーゲン様への最後の供物として捧げよう」

 

「言ったら焦ると思って隠してたけど、実はひなたが大ピンチラビ!こいつをやっつけて、早く助けに行くラビ!」

 

「うん。分かった。速攻で終わらせよう!」

 

みんながいなくて寂しいとか、そんなこと思っててどうする。私はひなたちゃんに、ちゆちゃんに助けてもらってたんだ。

今度は私が助ける番。

そのためにも、まずは私がこの場を切り抜ける。

 

「絶対、負けない!」

 

ピンチに陥る仲間、人を捨てたビョーゲンズ、その中で自身を支えてくれるラビリン。

様々な事象が重なり合い、グレースの心のボルテージは、最大限に高まっていた。

 

しかし、彼女の背後で轟いた凄まじい爆発音が彼女の意識を逸らす。

目に染みる黒煙と共に焦げ臭い匂いに、彼女は鼻を覆う。

 

「何の爆発ラビ!?」

 

「あの車、中に人いるよね?」

 

メツビョーゲンから離れ、車の中を探すグレース。

だが、車の中は空っぽだ。

運転席にも誰もいない……爆発する前に脱出できたのだろうか。

 

「これも、あなたの攻撃?」

 

「あ?んなわけねぇだろ。ただの事故じゃねぇか?」

 

「そんなわけないっ!!」

 

ヒーリングステッキから放たれた桃色の光線を、メツビョーゲンはステップで躱した。

流れるように放たれるメスでの一撃に、グレースはヒーリングステッキの芯をぶつけて対処。

反撃として放たれたグレースの拳は、怪物の左腕に防がれる。

互いに譲らない攻防を繰り広げる両者の背後で、『ZAIA』の文字が焼け焦げてゆく。

 

そして、混乱した場をさらにかき乱すように、新たな乱入者が現れた。

 

「なんだ、これは……!?」

 

現れたのは、スーツ姿の女性。手には何やら青い銃らしいものを持っている。辺りを見回し、女性はメツビョーゲンへと銃を向けた。

 

「貴様がやったのか?貴様は何者だ!?」

 

メツビョーゲンは鬱陶しげに彼女に視線を送り、続け様に右腕に取り付けられた巨大な注射器の先端を向けた。

月明かりに照らされる注射器……その内に込められた禍々しい液体が黒光りする。

 

「さっきから邪魔が多いな。面倒だ……消しちまうか!!」

 

注射器の先端が、禍々しく濃紫に染まる。

あの紫は、メガビョーゲンと同じ色……アレは、何かしらの攻撃だ!!

 

「ッ!?」

 

「危ないっ!!」

 

直後、グレースの予想通りに注射器から凄まじい出力の熱線が吐き出された。

直径10cmにも満たないほどのシャープな光線。

しかし、熱線の余波が生み出した衝撃波は刃の足元の地面を焼き、遠く離れたZAIAの車両すら吹き飛ばした。

刃の胸から上は吹き飛び、制御を失った下半身が地面に崩れ落ちる……はずだった。

 

「大丈夫ですか?」

 

現実は違った。

刃の眼前に……球状に展開されていた桃色のバリア・ぷにシールドが、彼女を守ったのである。

彼女の隣でヒーリングステッキを構えるのは、笑顔のキュアグレースだ。

 

「危ないですから。逃げてください。ここは私が何とかします」

 

「しかし……」

 

「大丈夫。私はプリキュアですから。もっと大きな敵を倒したこともあるんですよ」

 

この人は銃を持っていた、きっと勇敢な人なんだろう。

私がプリキュアだと言ったところで、説得にはならないかもしれない。

女性は少しの間俯いていたが、やはりというべきか、グレースの前に進み出た。

その手には、橙のプログライズキーが握られている。

天津さんが使っていたものと似ているが、それより小さい感じがする。

 

「いや、私も戦う。私は、仮面ライダーだ」

 

「天津さんと、同じ……」

 

「人間が持つ、最強の兵器だ。覚えておけ」

 

圧倒的な重圧を押し付けるメツビョーゲンの前に、毅然と並び立つ2人。刃 唯阿、花寺 のどか……初対面の瞬間であった。




第7話をお読みくださり、ありがとうございます。
天津社長に改心の傾向が見られますね。これは怪盗弾の仕業……?
ついにのどかさんにも魔の手が伸びましたが、間一髪刃さんの助けも間に合いました。
次回からは、ついに敵との全面的な激突が始まります。ご期待ください。

P.S.この小説は、以前Pixivに投稿したものを編集したものです。


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Episode8:【黄金の騎士】

これまでのあらすじ

フィーニスを名乗る謎の人物の手により、滅亡迅雷.netとビョーゲンズが結託。
狙われるプリキュアとZAIAの面々。キュアフォンテーヌとキュアスパークルは撃破され、彼らの魔の手はのどかにまで及ぶ。
ZAIAの輸送車を襲撃した犯人を追っていた刃と邂逅したのどかは、襲撃犯と目されるメツビョーゲンを前に、共同戦線を張るのだった。

この小説にはオリキャラが出ます。オリジナル設定があります。



私は、力を持っていた。

幼少期、私は神童と呼ばれた。

学校に入れられて、私は天才と呼ばれるようになった。誰もが私を羨み、嫉妬し、私にすがった。私の才能を認めない者は叩き潰した。

やがて、私の存在は学校には収まり切らなくなった。

大学の研究機関も私の能力を収める鞘としては足りなかった。

 

やがて、私はザイアスペックを開発し、全能の力を得た。

全てが、下らなく見えた。

私は、その力を凡人共にも分け与える事にした。

だが、退屈は治らなかった。

ザイアスペックを使い、全能を得た気になっている凡人達も。その全能を否定し、凡人のまま人生を浪費しようとする愚か者共も。

バベルの塔の頂……そこから見える景色は、まさに青一色。あまりに退屈で、つまらない景色だ。

 

だが、彼らは違った。

 

飛電是之助の開発した彼らは、あまりにも純粋だった。

人と比べ、あまりにも全能からは遠い彼らは、私には無いものを持っていた。人の為に尽くす機能を。

そして彼らは持ち始めた。人を思う心を。

 

「それで、ヒューマギアを葬ろうとしたんですね」

 

私の心の内に現れた彼女は語る。

ピンクの髪を持ち、白衣に身を包んだ少女。天使の如きその双眸から、今まで幾度となく逃げてきた。だが、もう逃げきれない。

私は彼女と対峙し、心のままに叫ぶ。

 

「仕方がないだろう!!私が上に立つには、奴らを蹴落とすしか無かった!!積んだ骸の数だけ、私の立つバベルの塔は高くなっていった……もう降りられない!!」

 

「だから、塔に縋り付く彼らを蹴落とした」

 

その通彼女の言う通りだ。

私は彼らが私にたどり着くまでの梯子を外した。

アークに人類の悪意をラーニングさせ、滅亡迅雷.netを生み出し、ヒューマギアを守ろうとする飛電或人の行く道を阻んだ。

 

「怖かったんですね、天津さん」

 

「ああ、その通りだ。私は怖かった……私の40余年を……努力の日々を、一瞬で塗り替えてゆくヒューマギアが……彼らが……」

 

「かわいそうに。無念のまま果てていったヒューマギア達。彼らだけじゃない。あなたの踏み台にされ、塔の礎にされた人達」

 

「だが、そうでもしなければ!!私は……」

 

私の言葉を遮り、彼女は私の胸に手を当てた。手の触れた位置にはポッカリと拳大の穴が開き、暗い色の塊が顔を覗かせている。

彼女はそれをすっと掴み取り、優しく包み込んだ。

瞬間、塊は霧のように霧散し……私の頭の中に、声が飛び込んできた。

それは、私に未来を奪われた人間達、私によって破壊されてきたヒューマギア達の嘆きだったのだろう。

今まで蓋をしていた心に、それらはどっと流れ込んできた。

 

「すまない……すまない……」

 

真っ白な思考の大地に、私は頭をつけて謝罪した。

すすり泣き、涙を流して謝った。その声が誰にも届かないと知っていながらも、私にはそれしかできなかった。

その様子を、彼女は表情を変えず、眺めていた。

やがて、私の声も枯れ果てた頃、彼女は笑った。

 

「頭を上げてください、天津さん」

 

「……?」

 

「全ては、これからなんです。どれだけあなたが悪い事をしたとしても、あなたがこれから誰かを助けてはいけないわけじゃない」

 

彼女は、天使のような笑顔を浮かべたまま続ける。

 

「バベルの塔から降りられるのは、あなただけです。そこであなたを待つものは、辛く苦しい世界かもしれない。けれど、同じく苦しんでいる人を助ければ、きっとあなたは、救われる。あなたは、そのための力を持っています」

 

私がずっと見つけられなかった答えを、気がついていなかったその答えを、彼女は当ててのけた。

彼女は、何者なのだろうか。

本当に彼女は、花寺のどかなのだろうか。

 

「君は……?」

 

「あなたのよく知る、プリキュアです」

 

涙に揺らぐ視界の中で、彼女はにこりと笑った。

その表情は、私の最もよく知るだれかに、とてもよく似ている気がした。

 

 

____________________________

 

 

月明かりの下で、ヒューマギアは目を閉じる。

 

彼女の脳内で流れているのは、先程の通信の記録だ。通信の相手は、不破 諫。内閣官房直属の特務機関A.I.M.S.の隊長である。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「不破様、お元気ですか」

 

「絶賛逃走中だ!お荷物1人を抱えてな!」

 

電話口の向こうからは、何やら銃声やら悲鳴やらが聞こえてくる。

不破の声には焦りと怒りが混じっているようだった。余裕こそ感じられないが、喋れるほどには状況は芳しいという事だ。

私の思考回路は、『元気と判断して問題ない』と決断を下した。

 

「でしたら、ご心配なく。先程、先方と話がつきました。直に追っ手も減るはずです」

 

私はそう回答する。

返ってきたのは、大きなため息だった。

ヒューマギアの私が言う事ではないが、礼儀がなっていないんじゃないだろうか。そもそも敵が追ってくるのは私のせいではなく……

いけない。

こうして感情が昂った時には、『私はヒューマギア』と唱える事で思考回路を正常に戻すようにしている。

私はヒューマギア、私はヒューマギア。

やがて、電話の向こうで銃声の合奏が止んだ頃、不破の声がまた聞こえてきた。

 

「いなくなる訳じゃないんだな。まぁいい。元よりマギアは俺が全てぶっ潰すからな。奴は今どうしている」

 

「天津様の元へ向かっています。おそらく、あと1時間以内には出くわす事になるかと」

 

私の返答に対し、電話口の向こうから、明らかに大きな舌打ちが聞こえてきた。

ただ状況を伝えただけなのに、どうして私が怒られなければいけないのか。そもそも天津社長が面倒な呼び出しさえしなければ……

いけない。

私はヒューマギア、私はヒューマギア。

不破は「まぁ、隙を見て俺がここを離れるしかないか」と独り言のように呟くと、少し落ち着いた調子で話し出した。

 

「こっちも報告がある。天津はシロだ。少なくとも今回の事件についてはな」

 

「そうですか。飛電インテリジェンスの内部監査でも怪しい人物は見つけられませんでした」

 

「つまり、奴は単独犯か。本当だとしたら大した奴だな」

 

「ええ。しかし、2週間に渡る探偵活動の結果、彼の監禁場所を突き止めることに成功しました。不破様、手筈通りにお願いいたします」

 

「ああ……悪い、また天津の発作が来た。切るぞ」

 

通信はここで切れている。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

ヒューマギアは反芻する。

今自分が投じている作戦が、危険な、賭けに近い事に間違いはない。

事を成すために危険に身を投じる事は怖くはない。蛮勇に近い心持ちだ。だが、これは、かつて私が抱いていたような、自己を軽んじる気持ちから来る思いではない。

決して失われてはならないもの、それを守りたいという強い思いから来るものだ。

 

「イズ!どうしたんだよボーッとして」

 

前方から聞こえた声に、ヒューマギアは改めて身を引き締める。私が自らに課した役目は、彼の救出における全てのサポート。

今、しくじるわけにはいかない。

 

「いえ、なんでもありません」

 

ヒューマギアは彼の背を見つめ、改めて感服する。

彼が築き上げてきた、信頼の輪の広大さに。

彼はこれまで何度も私達を守ってくれた。

今度は、私達ヒューマギアが恩返しする番だ。

 

「さっき天津社長から連絡があったんだ。知り合いの女の子が襲われてるから、力を貸して欲しいって。絶対、助けような」

 

「はい、社長」

 

ヒューマギア……イズは最大限の笑顔を浮かべてみせる。

全ては、飛電インテリジェンスのため。

そう言い聞かせ、イズはその背中を追った。

 

 

 

____________________________

 

 

 

戦闘開始からはや5分。

仮面ライダーバルキリーとキュアグレース。

2人の連携は見事なものであった。

 

左腕の注射器型光線銃……メツシリンダーを構え、光線を放つメツビョーゲン。衝撃波を纏った熱戦は、グレースの展開した桃色の光壁・プニシールドに阻まれ、紫の蛍火を辺りに散らす。

怪物はその状態を維持したまま、右手のメツブレードを構えじりじりと距離を詰める。

両者の距離は、既に1mも無い。プニシールドの光が僅かに弱まる……瞬間、怪物の緑軀が霞のように揺らいだ。

しかし、怪物を注視していたグレースは、音速に近いその動きを捉え得た。

自分の背後を取ろうとする敵。本来ならピンチだ。だが、キュアグレースは不敵に笑む。

 

「今です、仮面ライダーさん!」

 

「ああ!」

 

瞬間、メツビョーゲンの胸元でいくつもの火弾が爆ぜた。

グレースの背後に隠れていたバルキリーが、ショットライザーで銃撃したのである。

怪物の身体が僅かに揺れ、隙が生まれる。

怪物の懐に潜り込み、グレースはヒーリングステッキの先端を胸突き立てた。既にスキャンは済ませてある。メツビョーゲンの核になっている森のエレメントさんがいるのは、胸のあたりだ。

 

「プリキュア・ヒーリング……」

 

弾かれた肉球がキュアッと可愛らしい音を立てる……が、先端に光が溜まりきる前にその手はメツビョーゲンによって抑えられてしまった。

 

「なんだ、もうトドメか?お楽しみはここからだろうが」

 

邪な笑みと共に、メツビョーゲンの前蹴りがグレースの鳩尾に突き刺さる。苦悶に歪む顔、しかし、上目遣いで怪物を睨むその目から、光は消えていない。

追撃で鉄槌打ちの構えを取るメツビョーゲンだが、バルキリーの銃撃がその手を弾いた。

手から火花が上がり、怪物は体勢を崩す。

 

「っ!?小癪な真似を」

 

よろめきながら後退するグレースの細身を、バルキリーが抱きとめる。

バルキリーの助けを得て体勢を立て直し、彼女は再びヒーリングステッキを構えた。

 

「はぁ……はぁ……ありがとうございます。ごめんなさい……助けられてばっかりで」

 

「それは私も同じだ。それと、私は仮面ライダーさんじゃない。刃 唯阿だ」

 

「はい!私もただのプリキュアじゃなくて、キュアグレースです!」

 

前後衛に構えなおす2人。

その表情は戦闘開始前より幾分か和らいでいた。反面、メツビョーゲンの口元は硬い。

 

(コイツら、厄介だな)

 

決して近づかず高速機動で敵の動きを阻害するバルキリーと、彼女の作った隙を狙い徒手空拳での打撃を狙うグレース。

近距離攻撃をバルキリーが止め、遠距離まで届く光線はグレースのバリアが防ぐ。

即席ながらも基本の徹底された2人の連携は、メツビョーゲンの取りうる選択肢を確実に狭めていた。

 

メツビョーゲンの武装は2つ。

右手に持つナノメタル製メス型裁断刀『メツブレード』と左手に装備された注射器型ナノビョーゲン照射機『メツシリンダー』だ。

メツシリンダーは、凝縮した腐食ウイルスの結晶を超高速で噴射する装置である。

その威力は鉄をも溶かし、人体であれば簡単に貫通する必殺の一撃となるが、反面予備動作が大きく命中させにくい欠点がある。

対するメツブレードの大きさは小型のナイフほどしか無く、一撃の威力は低い。だが、小回りの利くこの装備は、近距離での圧倒的な間合い形成に役立っていた。

 

グレースは踏み込み二つ分ほどの距離で構えている。メツビョーゲンのメスがギリギリ届かない位置だ。

 

(誘ってみるか……?)

 

メツビョーゲンの緑軀が緩やかに動いた。

メツシリンダーを突き出すフェイントを混ぜ、メツブレードで一閃する。しかし、メスの一撃は空を切った。既にグレースの姿はそこにはなかったのだ。

彼女が移動したのは……

 

「上か」

 

「たぁっ!!」

 

高空であった。

数度の回転を以て叩きつけられるは、超速剛力のかかと落とし。

交差させた腕を頭上に構え、メツビョーゲンはそれを受け止める。

鋼と鋼がぶつかるような凄まじい轟音が、衝撃波を伴ってモールの大地を揺らす。

 

(響くなぁ、予想以上だ)

 

腕を敢えて当てに行く事で、ダメージは軽減されていたはずだ。

それを差し引いても、腕に痺れが残るほどの攻撃力。

メツビョーゲンの表情から、笑みが消える。

 

「フン!!」

 

メツビョーゲンは軋む腕に力を込め、グレースを吹き飛ばす。

グレースの後ろにいたバルキリーからの銃撃をメツシリンダーで防ぎつつ、視線はグレースの先へ。

メツビョーゲンの左腕が、僅かに下がる。

 

(好機だろ、さあ、来いよ)

 

しかし、グレースはそこに追撃をせず、バックステップで間合いを保った。

 

「チッ、来ねぇか」

 

舌打ちをし、メツビョーゲンも下がる。

今の攻防、彼が狙っていたのはグレースの足である。

もしグレースが左腕のフェイントにつられ、間合いに飛び込んでいれば、メスによる超速の一撃が彼女の脚に突き刺さっただろう。

この戦い、グレースもバルキリーも高機動型である。対するメツビョーゲンは一撃こそ強いものの攻撃を当てる事が難しい。

ならば、足を狙って動きを止めてから、ゆっくりとメツシリンダーで狙ってやればいい。

それは彼女達も理解していた。

だからこそ、時間をかけても慎重に攻めるのである。

 

(まぁ、奥の手もあるんだがな。天津とやらの暗殺の報告が来ていない以上、まだ多くを見せるには早ぇ)

 

とはいえ、グレースの攻めは慎重そのもの。

バルキリーに至っては接近してすらこない。

メツシリンダーは一撃必殺の威力を持つ代わりに、総じて隙が大きい。

カウンター主体の戦法では、無限に時間を浪費してしまうだろう。

そうなれば、後ろのバルキリーとやらが増援を呼んでもおかしくない。

 

「仕方ねぇ、攻めるか」

 

メツビョーゲンの身体が、霞のように揺らぐ。

決して小柄とは言えないメツビョーゲンの身体……それは突如として、グレースとバルキリーの間に現れた。

背後を取られたグレース、近距離にまで接近されたバルキリー。

驚きのあまりか、両者の体勢が崩れる。

そんな彼女達の様子に、メツビョーゲンは醜く顔を歪める。

 

「身体を極小のナノビョーゲンにまで分解し、指定の位置に再結集させる。ビョーゲンズの技の一つだ!」

 

距離を取ろうとするバルキリーの元へ、メツビョーゲンは素早く距離を詰める。

 

「くたばりなぁ!!」

 

斬撃はバルキリーの上半身を大きく切り裂き、肩から胸にかけて大きな傷を作った。

間髪入れず、メツビョーゲンはメツシリンダーの発射口を背中へと回す。

発射された光線は、背後から攻撃を仕掛けようとしたグレースの頬をかすめ、その白い肌を焼いた。

 

「熱ッ!?」

 

「のどか、いったん距離をとるラビ!」

 

「でもそれじゃ、刃さんが」

 

メツビョーゲンの猛撃。なおも繰り出される斬撃を、辛うじて回避するバルキリー。

斬撃の威力は先ほど見せた通りだ。

一度捕らえられてしまえば、即座に戦闘不能にまで持ち込まれてしまうだろう。

 

しかし、そんな中でも刃は冷静だった。

 

「弁慶と対峙した牛若丸はこんな気分だったのだろうな」

 

「お前にも弁慶の泣き所はあるだろう。ぶった切ってやったら、どんな顔するんだ」

 

メツビョーゲンの凄まじい猛撃。だが、バルキリーが見ていたのは、彼ではない。

その奥でまごついているキュアグレースだ。刃の知る限り、彼女は少し前まで、中学2年生のただの女の子だった。

いきなり戦線の渦中に引っ張り出されて、力を与えられて、迅速な判断をしろという方が無理である。

なら、導くのが先達者たる者の使命。

メツビョーゲンの斬撃が生み出すわずかな隙間に、バルキリーは銃撃を挟み込む。

 

「油断したな!」

 

刃はショットライザーのトリガーを引くと、瞬時に腰を落とし、メツビョーゲンの懐へと滑り込んだ。

狙いは心臓。斜め下からの数多の銃弾がメツビョーゲンの左胸に向けて発射される。

 

「これで、どうだ!?」

 

「ああ、悪くねぇ。だが、真面目すぎだ」

 

ここまでは、メツビョーゲンの予想通りだった。

高速機動をもつ相手なら、必殺技は至近距離で撃ちたいと考えるのが自然だ。

だが、近寄ってくれるのが嬉しいのはメツビョーゲンも同じである。

メツビョーゲンが選んだ選択肢は、メツシリンダーによる防御。

だが、バルキリーの銃撃はそれをも砕く。

 

「なっ!?」

 

「どうだ。仮面ライダーも捨てたものではないだろう」

 

「ああ、そうだな」

 

それこそが狙いだった。

割れたメツシリンダーからこぼれ落ちたのは、溢れんばかりの腐食ウイルスの塊である。

 

「なっ!?」

 

慌ててメツビョーゲンの足元を潜り抜けるバルキリーだが、仮面に付着した腐食ウイルスは、仮面を溶かし、刃の素顔を一部露出させていた。

右足も同じように溶けており、駆動部分を司る部位が火花を上げている。

これでもう、撹乱戦術はできない。

 

「さて、まずはお前からだ」

 

メツビョーゲンは意識を集中させ、腐食ウイルス達をメツブレードに集めてみせた。

メツブレードは一回り巨大になり、禍々しい紫色の刀身を輝かせる。

 

「『病源斬』!!」

 

反射的に両腕を交差させ、防御の構えをとるバルキリー。

その程度で防げる斬撃ではない。

圧倒的な質量を持った斬撃が、バルキリーの身体を両断せんと迫る。

しかし、その間に身体を挟み込んだのは、キュアグレースだった。

巨大化したメツブレードの斬撃を受け、二の腕を赤く染めても、グレースは怯まない。手に持ったヒーリングステッキには、既に溢れんばかりの光が充填されている。

 

「刃さん!合わせられますか?」

 

「……ッ!ああ。分かった!」

 

瞬間、バルキリーの身体が跳ねた。

ショットライザーのトリガーを引き、エネルギーを充填させながらも、無事な左足でメツビョーゲンの背後へと回る。

 

その過程で発射された無数の弾丸が、多少の遅延を伴ってメツビョーゲンの足元で爆ぜた。

 

『ダッシュラッシングブラスト』

 

爆発に怯むメツビョーゲン。

続け様に、グレースのヒーリングステッキが螺旋状の光を放つ。

 

「プリキュア・ヒーリングフラワー!」

 

光はメツビョーゲンの心臓部に空洞を作り、その内にいたエレメントさん達を露出させた。

グレースはそのうちの一体を優しくすくい上げ、素早く後退する。

周囲に満ちていた禍々しい気が和らぎ、バルキリーの足や仮面を侵食していた腐食ウイルスも消えた。

 

「お大事に」

 

可愛らしく微笑むグレースの後ろで、人間体に戻ったメツビョーゲンは、ガクリと膝をつく。

ダメージで倒れたというよりも、力が入らなくなったと言った様子だ。

 

「まいったな、右足が動かねぇ」

 

メツシリンダーは破壊され、メツビョーゲン自身も満身創痍。

彼女達の明確な勝利であった。

 

しかし、バルキリーもグレースも変身を解こうとはしない。

メツビョーゲンから漂う禍々しい気は、和らいだとはいえまだ辺りを覆っているのだ。

 

「ラビリン、スキャンの時……見たよね?」

 

「見たラビ。このビョーゲンズ、持ってるエレメントさんは一体だけじゃないラビ。見えただけでも、あと4体いるラビ」

 

「そんなにたくさんのエレメントさんを、ラテにも気付かれずにどこで……?」

 

「分からないラビ。もしかしたら、こいつはテアティーヌ様の時にもう……」

 

推測するグレース達の眼前で、メツビョーゲンはヨロヨロと立ち上がる。

 

「ムカつくぜ。お前達如きに、奥の手を使う事になるなんてな」

 

白衣姿のメツビョーゲンの身体から、霧が噴き出す。

先の変身でグレースに見せた、スチーム状の霧である。

 

変身は済み、先程と同じ姿のメツビョーゲンが現れる。

メツシリンダーは粉々になり、右足には鎧が纏われておらず、細い木のようになってしまっている。

まるでカカシのようである。

 

「アレ、おかしいラビ」

 

ラビリンが、異変に気がつく。

変身が終わっても、霧が消えない。

消えないどころか、霧はメツビョーゲンの周囲で渦を巻き、まるで龍か蛇のように荒れ狂っている。

 

「メツビョーゲン『蝗害』……やれ」

 

メツビョーゲンの言葉に従うように、鎌首をもたげた霧は、ゆっくりと2人の元へと近づいてきた。

 

 

 

_____________________________

 

 

 

数分後、状況は一変していた。

 

変身解除された刃はモールの一角に倒れ伏している。

キュアグレースも白装束のあちこちをズタズタにされ、立っているのがやっとの状態だ。

メツビョーゲン自身は、変身した位置から動いていない。

彼女達をここまで追い詰めたのは、メツビョーゲンの生み出した黒霧であった。

この霧はただの霧ではない、金属を腐食させ、肉を切りその機能を奪う魔の霧だったのである。

 

「まだ、負けないッ!」

 

グレースは霧に向けてヒーリングステッキの先端を突きつける。

そこから放たれた放たれる桃色の光線……無数に放たれるそれを意に介さぬよう、彼女の方へと向かう。

グレースは空を駆け霧を躱そうとするが、霧は四つに分かれ、まるで意思を持っているかのようにグレースの四肢へと纏わり付いた。

霧は、虫が葉を食い荒らすように彼女の手袋とブーツを引き裂いてゆく。

 

「い、痛い……ッ!!」

 

「今助けるラビ!」

 

辛うじてプニシールドを展開させるグレース。シールドに弾き飛ばされ、霧はメツビョーゲンの元に戻る。

本日12度目のシールド展開。

ラビリンの表情にも、疲れの色が見て取れる。

グレースの顔も青い。

2人の体力が限界に近づいているのだ。

それでもグレースは、震える手でヒーリングステッキを構え続ける。その姿を、メツビョーゲンは笑いながら眺めている。

 

「健気だねぇ」

 

霧はしばらくその場を漂っていたが、やがて再びいくつもの小さな塊に分かれ、プニシールドの周囲を覆い始めた。

 

「ラビリン!頑張れる?」

 

「もちろん、ラビ!」

 

しかし、ラビリンの頑張りなど意に介さぬように、霧は容易くプニシールドを突き破り、再び彼女の四肢へと取り付いてみせた。

 

「ッ!?」

 

グレースの表情が、苦悶に歪む。

が、悲鳴は上がらない。

歯を食いしばって耐えているのだ。

霧は腕と足を少しずつ登り、グレースの身体を侵食してゆく。

 

「く……ッッ!!うううっ……」

 

「のどか、もういいラビ。逃げよう……」

 

「だめ……それはだめ!私は、プリキュアなんだから!」

 

「のどか……」

 

やがて、彼女の腕が上がらなくなり、プニシールドが解除された頃、霧はメツビョーゲンの元へと帰っていった。

 

手袋とブーツは最早影も形もなく、彼女の体を支える四肢は真っ青に歪んでいた。明らかに、何かしらの病的汚染がなされている。

 

「はあっ……はあっ……」

 

それでも攻撃を続けようとするグレースに対し、敢えてメツビョーゲンは霧を引っ込めた。

ボロボロの身体で、なおもメツビョーゲンに使って突進するグレース。

ふらつく彼女の動きを見切ることなど、メツビョーゲンにとっては造作もない。

グレースのパンチを躱しながら、メツビョーゲンは語りかける。

 

「なぜ戦い続ける?他の人間などどうでもいいはずだ」

 

「どうでもいい……?そんなわけない!!私、ある人と約束したの。誰かのために頑張るって。助けを求めてる人のために……頑張るって。だから!」

 

「なるほど。だが、もしその男がその言葉とは裏腹に、人間を蔑んでいたとしたら?」

 

グレースの目が丸く開かれた。

困惑と、失望それを打ち消すように、彼女はメツビョーゲンを睨みつける。

強い強い、抵抗の意思を以て。

 

「あり得ない……あなた達みたいな、みんなを傷つけてもなんとも思わない人とは、天津さんは違う!」

 

「何が違う!!俺はその何と天津とやらを知っている。奴はこれまで、数々のヒューマギアを利用し踏み潰してきた。ヒューマギアだけではない、人間も企業も。奴の毒牙にかかった獲物は数知れずだ」

 

「そんな、そんなの!」

 

全身から汗を流しそれでも拳を繰り出し続けるグレースに、メツビョーゲンは憐みの眼差しを向ける。

もうグレースの拳に力はない。

緑の鱗に当たった拳は、力なくポスッと音を立てるだけだ。

 

「もうすぐアイツは死ぬ。俺が殺す」

 

グレースの手が、足が、動かなくなってゆく。瞳の中の火が、悲しみと絶望に変わってゆく。

彼女をこれまで動かしてきたものが、今明確に、彼女の心を崩しつつあった。

瞳を潤ませるグレースに、メツビョーゲンは嬉々として続ける。

 

「トドメの前に、お前にも真実を教えてやろう」

 

「あなたが、天津さんの何を知ってるって言うの……」

 

メツビョーゲンはグレースの両腕を捕まえると、耳元へと口を寄せ、そっと、何かを囁いた。

グレースの目が、これでもかと言うほどに見開かれる。

 

「……これが、真実だ」

 

「え……?」

 

メツビョーゲンが両腕を離すと、グレースは足元から崩れ落ちた。

開いた口を天に向け、呼吸だけをしているような状態だ。

その双眸からは、涙が溢れている。

 

「お前の仲間の暗殺は確認した。肝心の奴も姿を現さない。1人でよくがんばったなぁ。くふふ……あーっはっはっはっ!」

 

「そんな……どういう事、なんですか……天津さん……」

 

動かない足、力の入らない手、回らない頭。

首元に、白刃が突きつけられる。

バルキリーも既に動けない、絶体絶命の状況だ。

 

「プリキュアの最後の1人。暗殺完了だ」

 

立つ気力も失ったグレースの首元に、メツブレードが振り下ろされた。

 

 

 

_____________________________

 

 

 

独りとは孤独なものだ。

仲間と戯れる偽りより、己の理想を選んだ時、人生は険しく苦しい道となるだろう。

けれど、真に己を強くしてくれるのは、その独りなんだ。

最も信じられる者が自分であれば、人は最後まで戦い抜く事ができる。

だが、私は君に救われた。

君の言葉は、甘い蜜のように、私の孤独を塗りつぶしていった。

私が君を変えようとしたように、君も私を変えたんだ。

 

ありがとう、花寺 のどか

 

「ッ!?」

 

私は、何をしていたんだろう。

聞き覚えのある誰かの声が聞こえた気がして。

気がつくと、私は道端にへたり込んでいた。

こんな夜中なのに、裸足で、服もボロボロで。

辺りには、なんだか怖い空気が満ちていて。

けれど、私の周りだけはなんだか穏やかで。

いや、本当は私の周りじゃない。

私の前にいるあの人の周りが、穏やかなんだ。

そう、私は助けられたんだ。

黄金の鎧を着た、王子様に。

 

「仮面ライダーヒーリングッドサウザー。3人のプリキュアの力とZAIAのテクノロジー、二つを併せ持つ私の力は、桁違いだ」

 

王子様は、空から降ってきた。

彼金色の槍で、私の首元にあったメスを、切り払い、返しの穂先でメツビョーゲンを吹き飛ばす。

槍と同じ金色の鎧の背では、臙脂色のマントが夜風に揺れてはためいている。

その後ろ姿には見覚えがあった。

マントこそしていないが、私が初めて出会った、あの仮面ライダーだ。

 

「私の友に、これ以上の狼藉は許しませんよ」

 

メツビョーゲンの前に立ち、仮面ライダーはグレースを守るように、臙脂色のマントを翼の如く広げてみせる。

その圧倒的な偉躯を、グレースは呆けて見ることしかできない。

 

「お前が天津か。丁度いい。この場で暗殺してやる!!」

 

遅い来るメツビョーゲンに、彼は前蹴りを食らわせた。

なんて事はない、ただの前蹴りだ。

しかし、その蹴りはメツビョーゲンの身体を彼方へと吹き飛ばし、モールの壁へと叩きつけた。

煉瓦造りの壁が巨大なクレーターを作ったことからも、その威力の程がわかる。メツビョーゲンの表情が、明らかに慌てたものに変わる。

 

「馬鹿な……ッ!俺が?あり得ない!!『蝗害』ッ!!」

 

メツビョーゲンは両手を口の中に突っ込むと、押し開くように開いた。

ポッカリと開いた赤い空洞の中から、濃紫の霧が飛んでくる。

先ほどとは比べものにならない濃度だ。

しかし、霧はサウザーが手をかざした瞬間、水蒸気の如く空気へと消えていった。

 

「何ッ!?」

 

「ナノサイズまで圧縮した腐食ウイルスか。そんなもの、ヒーリングッドサウザーの前では無力だ」

 

サウザーは、手に持った黄金の槍……サウザンドジャッカーを投擲した。それこそ、野球のボールでも投げるかのように、軽く。

到底威力も出ないはずのその攻撃は、メツビョーゲンの肩に突き刺さり、建物を貫通した槍は彼の身体を壁へと縫い付けた。

 

「あああああっ!!?」

 

絶叫するメツビョーゲンに、サウザーは語りかける。

 

「確かに彼女は独りだ。だが、自分の夢のために君達の前に立ち続けた、最強の1人だ。群れの中でしか力を振るえない君に、彼女を笑う資格などない」

 

メツビョーゲンに背を向け、サウザーはグレースへと掌を差し出した。

グレースは導かれるように、自身の手を重ねる。

傷だらけのその手は、サウザーの手に触れた瞬間、元の真っ白な美しさを取り戻した。

 

「おうじ、さま?」

 

「よく頑張ったね、花寺 のどか。遅くなってすまないが、助けに来たよ」

 

「その声、天津、さん?」

 

無邪気にも、首を傾げるグレース。

傷だらけの衣を纏う、傷一つない雪色の肌。潤んだ瞳はまるで、長い虜囚の憂き目から解放されたお姫様のようで。

その前に跪くサウザーはまるで姫を助けにきた騎士のようであった。

 

「助けにきて、くれたんですか?」

 

グレースの問いかけに、サウザーは優しく頷いた。グレースの表情に、儚げな笑みが戻る。

 

「本当なんですか、天津さん……あなたが、ヒューマギアと人間の戦いの始まりを作ったって。私にはよく分からないですけど……それって……」

 

「心配ない。時が来たら全てを話すつもりだ。その前に、まずはあのメツビョーゲンとやら、私が征伐してみせよう。私には決して負けない秘策があるからね」

 

「秘策……?」

 

首を傾げるグレースに、サウザーは背を向けて月の方を眺めてみせる。

立ち上がったグレースは同じ方向を見るが、その向こうには何があるかわからない。

そんなサウザーの元へと飛び込んでくるメツビョーゲン。

手には、先程サウザーが放り投げた槍と、巨大化したメツブレード握られている。

 

「実は、ここに来たのは私だけじゃない。不本意だが、助っ人もいてね」

 

槍と巨大化させたメツブレードの先端が、サウザーの胸元へと迫る。

切られた刃さんの姿が脳裏に浮かぶ。

アレをまともに受けたら危ない!

サウザーは半身を切り、グレースを後ろに隠すようにして構える。

 

「危ない!!」

 

直後、鋼が鋼を切り裂く轟音と共に、凄まじい衝撃が彼女の身に降りかかった。

目を開いたグレースは、またその目を丸くすることになる。

それもそのはずだ。

 

彼女の眼前では、全身を銀色の鎧に包んだ戦士が、手に持った銀刃の剣でメツビョーゲンを斬り倒していたのである。

 

「サシの喧嘩でも、人をサシちゃだめでしょう!はい、アルトじゃナイトっ!」

 

驚愕に顔を歪ませるメツビョーゲンの胸元から、一瞬遅れて火花が吹き出す。

銀の戦士の斬撃が、彼の胸部の装甲を切り裂いたのだ。

胸を押さえ跪くメツビョーゲン。

何が何だか分からないと言った様子のグレースの元に銀色の戦士は歩み寄り、手を差し出した。

 

「初めまして、キュア、グレース?俺は仮面ライダーゼロワン。ここは俺に任せといて」

 

「ゼロワン?あなたも、仮面ライダーなんですか?」

 

首を傾げるグレースに、ゼロワンは得意げに指を一本立てて説明を始める。

 

「ああ。俺はヒューマギアと人間を守る戦士。で、この嫌味ったらしいのは、仮面ライダーサウザー、色々ややこしいけど、君を助けに来た」

 

「一言多いですよ。まったく……間に合ったからいいものの、貴方のせいで彼女が大怪我を負ってしまった。この埋め合わせは、必ずしていただきますよ」

 

「分かってるよ、天津社長」

 

並び立つ2人の前で、メツビョーゲンはふらつきながらも立ち上がる。

全身からは紫色の蒸気が吹き出しており、明らかに普通ではない様子だ。

やがて蒸気は色のついた煙となり、メツビョーゲンを包み込む。

煙の奥から、不機嫌そうな声が聞こえる。

 

「散々邪魔しやがって、何なんだお前達は!」

 

メツビョーゲンの問いに、2人は各々のポーズをとってみせる。

ゼロワンは腰を低く落とし、相手を人差し指で捉えるいつものポーズだ。

対してサウザーは胸をそらし、相手を見下すように槍をポンポンと弄ぶ。

 

「仮面ライダーさ。お前を倒せるのは、世界でただ1人、俺だ!」

 

「ヒーリングッドサウザーとゼロワンメタルクラスタホッパー。我々の力は、桁違いだ」

 

グレースの前に立つ2人の騎士。

彼らは今、紛れもなく彼女にとってのヒーローだった。




第8話をお読みくださり、ありがとうございます。
ついにゼロワンに登場したほぼ全ての味方陣営ライダーが出そろいましたね。次回は待望の反撃回なので、ロング乳首の歌を脳内に流してお待ち下さい。
今残る敵は、メツビョーゲンとフィーニス、そして暗殺ちゃんのみ。果たしてどんな展開になっていくのか……
次回も、楽しみにしていてください。

P.S.この小説は、以前Pixivに投稿したものを編集したものです。


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Episode9:【さよなら滅病先生】

これまでのあらすじ

滅亡迅雷.netと手を組んだビョーゲンズは、3人のプリキュアに刺客を送り込んだ。
仮面ライダーバルキリーと共同戦線を張るキュアグレースだが、刺客・メツビョーゲンはその圧倒的な力により2人を倒してしまう。
絶体絶命のグレースを救ったのは、ヒーリングッドサウザーに変身した天津 垓だった。ゼロワンも助っ人として参戦し、戦いは最終局面に突入する。



男は、全てに絶望していた。

男は元々はエリートの外科医であり、その卓越した手術の腕と薬学の知識から、『滅病の牙』と呼ばれ将来を嘱望されていた。子供達からの人気も高く、彼は『滅病先生』と呼ばれ慕われていた。

彼の家系は元々医療関係者を多数輩出しており、その中でも彼は頭1つ抜けていた。

24歳という若さで肝臓の腹腔鏡手術を成功させた事により、一躍医局でも一定の地位を築く。しかし、25歳の春、順風満帆だった彼の人生は急転直下の下り坂を迎える事となる。

右足の人差し指の感覚がなくなり始めたのだ。

症状は徐々に悪化し、26歳の夏には右足の自由が効かなくなっていた。この頃から前線を退くようになり、外科医から診療科医に転じる。

 

男がALSと診断されたのは、それから半年後の事だった。

宗家の対応は厳しかった。

男は家からほぼ見捨てられる形でホスピスに送られ、死を待つのみの身となった。孤独な環境の中で、少しずつ少しずつ、自由になる体の部位が無くなってゆく。

男は人間を憎んだ。自分を崇め、奉り、用が住めばゴミのように捨てた人間をひたすらに憎んだ。

下半身が、指先が、胸のあたりが……やがて、麻痺が呼吸器まで達しようとしていた頃……彼は現れた。

 

「お前、死にかけだな。その命、俺たちのために使ってみないか?」

 

ダルイゼンの気まぐれで『ヒトビョーゲン計画』の実験台に選ばれ、男は4つのエレメントを注入される。

元々備わっていた土のエレメントと合わせて5つのエレメントを手に入れた男はメツビョーゲンとして新生した。

その目に、人への深い憎しみが刻まれていた。

これは、半年前の出来事……ビョーゲンズの人間界侵攻が開始される前の話である。

 

 

 

_____________________________

 

 

 

地下駐車場を、旭光が埋め尽くす。

 

眩いばかりの光の中で操り人形の如く立ち上がるは1人の戦士。白衣の内に菜の花色の戦装束を纏った戦士……キュアスパークルだ。

 

彼女は立ち上がるや否や、変身を解除し、その場に倒れ伏した。

パートナーである猫のヒーリングアニマルのニャトランが慌てて彼女の元へ駆け寄る。

 

「ひなた!おい!」

 

「大丈夫……元気いっぱい、だよ」

 

ひなたは微かに指を動かし、ニャトランにピースをしてみせる。

数時間前、一度はウイルスに蝕まれた彼女。

絶命の淵に立たされた彼女は、一か八か、賭けに出たのである。

命を繋ぎ止める最後の賭け……それは、胸に、ヒーリングステッキをそのまま突き刺す事だった。流れ込むのは、大量の治癒の力。

その力は彼女の中のウイルスを消し去り、傷すらも癒す事に成功していた。

だが、ニャトランの表情は固い。

 

「ひなた、なんて無茶するんだよ!」

 

「でも、復活できたでしょ?」

 

「あのな!!自然と違って、人間の回復力には限界があんだよ。それを超えたら、それはもうひどいことになるんだからな」

 

「へー、それ、めっちゃやばいじゃん。次から気をつけるね」

 

ひなたは壁に手をつき、よろよろと立ち上がる。額には脂汗が浮かび、まだ多少呼吸が荒い。

だが、その目はしっかりと出口を見据えている。それを見たニャトランは、全身の強張りを解き、小さく柔らかな肩に飛び乗った。

 

「でもよ、無事で良かったぜ」

 

辺りに敵の姿は無いが、そう遠くない地点から爆発音や衝撃音が聞こえてくる。そう遠くない地点で、戦いが起こっているのだ。

のどかが戦っているのなら、早く助けに行ってあげなきゃいけない。

壁を伝い、ひなたはエレベーターを目指す。

 

「おいおい!無茶すんなよ」

 

「無茶じゃ、ないし。あんなヤバイの、のどか1人に任せられるわけ、ないじゃん」

 

立ちはだかるニャトランを押し除け、前に進む。のどかは、自分助けなきゃいけない。その思いが彼女を動かしていた。

 

ひなたの眼前で、エレベーターが動き出す。誰かが降りてこようとしているのだ。普通の人かもしれない、けど、そうじゃないかもしれない。

ヒーリングステッキを構え、その前に立つ。震える足、軋む体。けれど、負けられない。

 

銀の小部屋に入ってたのは、2人の人物。

 

額の汗を拭い、ヒーリングステッキの肉球をタッチしようとしたその時、2人のうちの1人が声を発した。

 

「ひなた!大丈夫!?」

 

「ちゆちー?」

 

声の正体は、ちゆだった。

霞む視界の中で、その姿が鮮明になる。

服はあちこち破け、何箇所も包帯が巻かれているが、彼女の歩みはしっかりしている。

 

(無事だったんだ……良かった……)

 

一歩を踏み出したひなたは、そのままちゆの身体に倒れ込んだ。

正直、立っている事すら限界だったのだ。

 

「ひなた!!大丈夫!?」

 

「よかったぁ……ちゆちーは無事で」

 

「……人の心配より、自分の心配をしなさい。のどかの所にも助けが向かってるはずよ。みんな、この人のおかげだったの」

 

ちゆは頷くと、もう1人の人物を手で指した。耳におかしな被り物をつけた、綺麗な女の人だ。

あの飾り物をつけている人たちを最近よく街で見かける……確か、ヒューマギアとかいうロボットの人達だ。

 

「イズと申します」

 

ヒューマギアの女の人は、両手を揃え、ぴったり90度腰を折ってみせた。あまりにも整ったその仕草に、それがお辞儀だという事に気がつくまで時間がかかった。

 

「あ、はじめまして、平光です……って、違う違う!」

 

私は首をぶるんぶると振る。

挨拶がしっかりしすぎていて、妙に受け入れてしまった。この人がヒューマギアなのは頑張って飲み込むとして、なんでこの人がちゆと一緒にいるんだ。

 

「ちゆちー、この人誰!?」

 

「今言ってたでしょ?イズさんよ」

 

「そうじゃなくて!」

 

「冗談よ。でも、込み入った事情だから、詳しく話すと長くなるのよね……」

 

「私が解説いたします」

 

ちゆを制し、イズと名乗った女性は慎ましやかに前に歩み出た。

 

「私は飛電インテリジェンス代表取締役社長、飛電或人社長の秘書を務めております。会社に関わる厄介事を調査するのも秘書の仕事の一つ……この2週間、沢泉様には、我々を取り巻く『事件』について、情報提供をお願いしていました」

 

「社長秘書か……え、それってめっちゃ凄くない!?てか事件って何?私だけ何も分かってないよ〜!」

 

頭を抱える私の肩を、ペギタンとニャトランが叩く。彼らもちんぷんかんぷんといった様子だ。

同士を得た私は、改めてちゆに説明を要求する。

ちゆは少し顎に手を当てると、説明を始めた。

 

「簡単に言うと、誘拐事件?」

 

「ちゆちーもハテナマークつけてるじゃん!」

 

「と、ともかく!イズさんと私は、色々調べたの。変な敵が突然現れたり、街に知らない場所が現れてたりした事とか……ね」

 

「変な場所って?」

 

「例えば、すっごい高いビル群ね。あと、警察みたいな建物だったり」

 

「うーん、見たことあるような……無いような……あっ!最近、お使いの帰りによく知らない道に迷い込んだりする事は増えたかも」

 

「いや、それは寄り道ばっかりしてるからだろ」

 

小言を言うニャトランの頭を小突く。

ニャーニャーと抗議するニャトランを脳天チョップで黙らせ、私は続ける。

 

「とにかく、その変な事が起きてるのには、理由があるって事だよね」

 

「そうね。この異変は全部、1人の人物が企てた計画のせいだったの。ビョーゲンズは利用されてただけ。私が戦った滅亡迅雷.netの人達もよ」

 

「めんぼうしんらい?」

 

綿棒を信頼する組織だろうか……どこかで聞いた事のある名前だ。だが、そんなへんちくりんな組織を忘れる事があるだろうか。

困っている私に、ニャトランが「さっき戦ってたやつだよ」と耳打ちする。

なるほど、彼は綿棒を信頼する組織の一員だったのか。彼の名前は……確か

 

「斜面ライダーだ!」

 

「仮面ライダーな」

 

そうか、仮面ライダーか。

うん、そんな名前だった気もする。

頷く私を無視して、仲間達は話を進めていく。

 

「私達は今から、その真の敵の元へ向かいます。敵の目的が想定通りなら、おそらくあなた方のお仲間もそこに」

 

「のどかの事ね。今1番危険なのも、もしかしたらあの子かも」

 

「えーっ!?じゃあ急がないと!」

 

「大丈夫です。敵もすぐに彼女を襲う事はしないでしょう。もしもの時に備えて、助っ人も呼んであります」

 

「そういう事よ。ちょっと、釈然としないけど……」

 

そう言って、ちゆはカバンからヒーリングステッキを取り出した。

ここから先は、臨戦態勢という事だ。

同じようにする私の前に、イズさんは電子タブレットを差し出してきた。画面には、とある人物とその名前が映し出されている。

 

「この人物に、気をつけてください」

 

「この人……えーっ!?この人が敵なの!?でもそれって……」

 

「はい。率直に言って、状況は危機的です」

 

空は既に暗く淀んでいる。

私の預かり知らぬところで、状況はどんどん悪くなっているらしかった。

 

 

 

____________________________

 

 

 

場所は変わり、モールの広場。

のどかを守るように、2人の仮面ライダーは並び立つ。その偉軀と対峙するメツビョーゲンは……焦っていた。

先ほど広範囲に吹き出した霧は、彼の身体を覆うように展開され、彼の膂力を格段に強化していた。自身の周囲に放った霧を硬化し、身を覆う大鎧を手に入れたという具合である。

身長は3mにも及び、その豪腕から繰り出される一撃はモールの地面を割る程だ。

 

しかし、そんなメツビョーゲンをしても、2人のライダーの攻略は簡単ではなかった。

 

「巨大化した分、動きは鈍重になりましたね」

 

その視界の端で、臙脂色のマントの端が揺れる。直後、鋭い槍の一撃が飛んできた。

彼の反応速度を優に超える斬撃……辛うじて防御が間に合ったのは、メツビョーゲンの戦闘センス故である。槍は霧のバリアを突き破り、表皮ギリギリで止まった。

 

「どうやら、貫けないようだな」

 

メツビョーゲンは笑み、右腕の霧を槍状に変え、サウザーへと追撃する。

しかし、その槍は銀色の盾に受け止められた。ゼロワンのアーマーから分離した銀色のバッタ達が、盾状になり彼を守ったのである。

 

「小賢しい真似を!」

 

反撃で繰り出す拳は、飛んでくるバッタの盾に防がれてしまう。続け様に放つ拳の連打も同じだ。

視界を塞ぐ盾の隙間に、光る槍を構えるサウザーの姿が映る。

 

「感謝などしませんよ」

 

「はいはい。まったく素直じゃないんだから」

 

言うや否や、2人は同時に跳んだ。

サウザーの構える槍の先端はこれでもかというほど光り輝いている。この光は、プリキュア達の使うヒーリングステッキの輝きと同じだ。

 

「く、くそっ!?」

 

サウザーとゼロワン。両者を前に、メツビョーゲンは防御を選んだ。本来ならこれは正解だ……しかし、彼の防御力を優に超える攻撃力を持つ2人に対し、それは悪手である。

光槍から生み出される光は、生み出された無数の銀剣の刀身により乱反射し、増幅される。二人の力を合わせた、合体攻撃がメツビョーゲンの胸に向けて繰り出された。

 

【サウザンド・ヒーリングブレイク】

 

【アルティメット・ストラッシュ】

 

サウザーの槍は腕ごと彼の体を貫き、ゼロワンの剣は破った防御の先にある彼の体を切り裂いた。

二つの必殺技を同時に受け、メツビョーゲンの体が激しく爆散する。

硬化した霧の鎧は剥がれ、彼は再び、矮小な人間の身体へと戻ってしまった。

 

「ぐ……くそっ!!」

 

最早立つことすらままならないメツビョーゲンの元へ、2人のライダーは悠然と歩み寄る。

ゼロワンの剣、サウザーの槍、微かにでも動けばすぐに身体は両断されるだろう。

 

メツビョーゲンは逡巡する。

周囲に展開している霧は有限、彼自身の体に取り憑いているナノビョーゲンそのものだ。

先ほどの攻撃でだいぶ数を減らされてしまったが、まだ変身をし直せるほどに数はいる。

まだ勝機はある。

 

「さて、話を聞かせてもらおうか」

 

「調子に乗るなよ!」

 

メツビョーゲンはそう叫ぶと、右手に精製したメツブレードを強く握りしめた。

彼の体から飛び出たナノビョーゲン達がそこに集まり、身の丈の数倍はあるであろう巨刀を形成してゆく。

 

「ビョーゲンズ・エレメントチャージ!!」

 

【ビョーゲンズ・エレメントチャージ】とは、彼の核となるエレメントさん5体をフルに活用し、一撃の威力を跳ね上げる奥の手である。エレメントさんが4体しかいない今、最大出力は劣るがそれでも問題ない。

本来これは、山一つを丸ごとナノビョーゲンで病に冒すための技である。人間2人を消すことなど訳はない。

 

「分かっていますね、飛電の社長」

 

「ああ。決めるのはアンタなんだよな」

 

「ええ。エレメントさんとやらを救出できるのは、私の持つプリキュアの力だけですから」

 

圧倒的な力を前にしても全く物怖じしない2人に、メツビョーゲンは激昂する。

 

(俺はこれまで、憎しみで生きてきた。俺を見捨てた宗家の人間。俺の助けを受けながら見舞いにすら来なかった患者共。俺の才能を知っていながら、それを評価しなかった医局の奴ら。そいつらを滅ぼすために、俺はこの力を手に入れた。俺は、人が憎い。目に映る全てを滅ぼしても止まらないほどに)

 

憎しみが、彼の力を増大させる。

 

「ほざくな!!」

 

メツビョーゲンはメツブレードを居合の型に構え、横に一閃した。モールを両断せんばかりの一撃が大気を揺らす。

しかし、それは2人の身体が空へと飛んだことによって空を斬った。

ゼロワンの展開する鋼の盾に身を隠し、サウザーは足元にエネルギーを集中させていた。

 

【サウザンド・デストラクション】

 

サウザーの爪先に集められたエネルギーは煌々と光り輝き、刀の先を覆うナノビョーゲン達を浄化せんと迫る。

危機的状況に、メツビョーゲンの頬が締まる。

 

ここまでは予想通りだ。

 

メツビョーゲンは体を半回転させると、回し切りのようにもう一度斬撃を繰り出してみせた。刃はゼロワンと盾の数々を吹き飛ばし、サウザーはの足とぶつかり膠着する。

 

「これで終わりだ!天津 垓」

 

「そうはさせませんよ」

 

サウザーは自身のベルトに取り付けられたスイッチを何度も押した。その度に光は明度を増し、メツブレードから伝わる圧力が大きくなる。

光は闇を打ち消し、ナノビョーゲン達を溶かしてゆく。

 

「こんな事もあろうかと、サウザンドライバーの出力を上げてきた。長時間の使用には向かないが、短期決戦なら問題ない」

 

「キングビョーゲン様の最高傑作である俺に、そんなものが通じるとでも!?」

 

「通じさせてみせるさ」

 

サウザーの言葉通り、砕けたのはメツブレードの刃であった。砕けちる破片を押し除け、光に満ちた爪先がメツビョーゲンの胸元に突き刺さる。

必死に耐えるメツビョーゲン。しかし、その体からは徐々にナノビョーゲンが剥がれ落ちてゆく。

 

「何故だ!!絶対の力を持つはずのこの俺が、何故圧倒されている!?」

 

「君の言う絶対は、過去の話だ。人間は確かに、苦難を前に竦み、慄くかもしれない。しかし、それを乗り越え進化するのもまた人間だ」

 

「ニンゲン、だとぉっ!!」

 

わずかに残ったナノビョーゲンをメツブレードに装填し、メツビョーゲンはサウザーの足へと斬りかかる。

しかし、サウザーはサマーソルトの如くメツビョーゲンを蹴り上げると、そのまま空中で宙返りし、返す足刀で頭を蹴り抜いた。

 

「人間を嘗めるなよ。バケモノ」

 

「……くそっ」

 

メツビョーゲンの顔が、醜く歪む。怪物はその身体をぐらりと揺らし、仰向けに倒れ……

 

「末長く、お大事に」

 

声もなく爆散した。

霧散する霧の中から、ぐったりした様子のエレメントさん達が姿を表す。

サウザーは彼らを手で掬うと、槍の先端を彼らに突き付けた。

槍の先端から生み出される光は彼らを照らし、生気を取り戻させてゆく。

 

「さて、これらがどこから盗られてきたエレメントなのか、調査を進める必要があるな」

 

天津は変身を解除すると、既に変身を解除していたのどかの元へと歩み寄った。

彼女も大分回復したようで、満面の笑みで彼を待っている。

だが、天津は彼女の元へたどり着く直前、ガクッと膝をついた。

顔色は青く、今にも倒れ伏してしまいそうな様子だ。

 

「天津さん!!?」

 

「ヒーリングッドサウザーの副作用か……無様な姿を見せてしまったな。ほんの少しの無理でこの体たらくだ」

 

駆け寄ってくるのどか。

今にも泣きそうな彼女の肩に手を重ね、天津は微笑んでみせる。明らかに強がりと分かる笑みに、のどかの表情はさらに曇る。

 

「君の戦いは、バルキリーのメインカメラを通じて見させてもらった。本当なら、もっと早く来るべきだったんだが」

 

「私、何の役にも立てなくて……」

 

「いや、君のおかげで勝てたんだ。唯阿が敵の武器を破壊し、君がエレメントさんを救い出した。これだけで、メツビョーゲンの戦力をどれだけ削ぐことができたか」

 

「でも……」

 

俯くのどか。

静寂の中で、戦いは終わった。

そんな中で、律された機械の声がそれを切り裂く。

 

「いえ、本当の戦いはこれからです」

 

現れたのは、イズと2人のプリキュアだった。

 

 

 

____________________________

 

 

 

突如として現れた緑のヒューマギアの人。その後ろにいる人物を見つけた瞬間、私の体は反射的に動いていた。

 

「ひなたちゃん!!」

 

「のどかっち!!」

 

次から次へと押し寄せてくる感情の波に身を任せ、私はひたすらに抱きついた。

ひなたちゃんの身体には、明らかに力がなかった。本来は彼女を介抱するべきなのだろう。だが、最初に身体に訪れたのは、声も出せない程の安堵の波であった。

 

ちゆちゃんが、半ば呆れた様子で私たちを見つめている。

 

「少し見ない間に、2人とも随分仲良くなったのね」

 

「いや〜、時の流れを感じますなぁ」

 

「ほんの1週間前まで、身体動かすのにも難儀してた子がねぇ」

 

「本当ですなぁ。まったく」

 

おばあちゃんみたいなやり取りをする2人に構わず、私はひなたちゃんの胸で安心を享受し続けていた。

そんな私達に構わず、向こうの話は進む。

 

見た事の無いお兄さんが、緑のヒューマギアの人の隣で話を聞いている。腰につけているベルトを見る限り、あの人が、さっきゼロワンに変身していた人だろうか。

 

やがて、緑の人の説明が終わり、うんうんと頷いていたゼロワンの人が、喋り出す。

 

「つまり、俺たちがさっき倒した奴とは別に、この戦い起こした本当の敵がいるってわけね」

 

「はい。元々この一連の襲撃事件は、その裏に隠された『とある人物の誘拐事件』をカモフラージュするために起こされました。そしてその犯人は、この中にいます」

 

イズさんのその一言で、場に緊張が走った。誰もが互いに顔を見合わせている。

あ、ひなたちゃんだけは、まだ首を捻っている。状況が分かってないみたいだ。

 

自然と円形になった私たちの輪の中に、天津さんが前に進み出た。

 

「それは本当でしょうね。こちらは部下を1人やられているんだ。下手な説明をするようなら、ただじゃおきませんよ」

 

「まあまあ天津社長」

 

「馴れ馴れしいですよ。まだ私は、あなたを完全に信用した訳ではありません」

 

天津さんの表情は硬い。

きっと天津さんも、ここに来るまでに長い戦いをしてきたのだろう。

 

事件についてはよく分からないが、この中に真犯人がいるらしい。

私は後ろ手に構えたヒーリングステッキをギュッと握りしめる。

 

まだ、事件は終わってないんだ。

今この場にいるのは……

私……【花寺 のどか】【ちゆちゃん】【ひなたちゃん】【イズさん】【ゼロワンの人】【天津さん】【刃さん】そして倒れてる【メツビョーゲンの人】

この8人の中に、真犯人がいるんだ。

イズさんが、緩やかに指先を動かす。

 

「その犯人は……」

 

しかし、その指が誰かを指し示そうとする前に、乱入するものがあった。

 

「待ちたまえ!!」

 

場に、天津さんの声が轟いた。イズさんの手の動きが止まる。

 

「天津社長、どうされましたか?」

 

「私にも犯人がわかったのでね。ヒューマギアの君では思いもつかないような、1000%完璧な推理だ」

 

イズさんは目をパチクリさせている。それはそうだ、推理を横取りされたのだから。

皆の混乱に構わず、天津社長は細長い指の先をある人物へと向けた。

 

その人物は……

 

「犯人は君だ、飛電の社長」

 

「ええっ!?俺なの?」

 

ゼロワンの人は、オーバーリアクションでよろけてみせる。隣にいたイズさんも、驚きのあまり口が塞がらないようだ。

 

2人の反応で確信を得たのか、天津社長は悠然と彼等の元へと歩み寄る。

 

「君は自社のヒューマギア達を壊され、兼ねてより私に恨みを抱いていた。そして、ZAIAと敵対するビョーゲンズと手を組み、国家権力をけしかけることで、ZAIAエンタープライズ全体を失脚に追い込もうとした。その傍ら、私に協力する花寺のどかを誘拐し、その力を己のものにしようとした。全ては、ヒューマギア達の恨みを晴らすためにね。違うかい?」

 

ズバリと音がしそうな天津さんの指差し。場にいる誰もが口を開かない。皆同じ表情だ。実情を知らない私だって同じである。

 

多分、それは無いんじゃないかなって顔だ。

 

1番最初に復活したのは、指を刺されたゼロワンの人だった。大きなため息と共に、彼は天津さんの指先をやんわりと退けてみせる。

 

「俺たち、さっき一緒にそのビョーゲンズと戦ってたよな」

 

「さっきの戦いがお芝居だったかもしれない」

 

「トドメ刺したのアンタだよな」

 

「君が土壇場で彼を裏切ったのかもしれない」

 

「土壇場って、俺はアンタに呼ばれたからここに来てるんだろ。もし俺があの怪物の味方だったら、そもそもアンタに協力なんてしないって」

 

天津さんの立場が、目に見えて危うくなってゆく。助け舟を出したいところだが、正直私も、彼の推理が正しいとは思えない。

体力の少なくなった天津さんに、ちゆちゃんが追い討ちをかける。

 

「あなたの推理が正しければ、私達がここに来る前に、彼はまずあなたを襲うんじゃないかしら」

 

「ぐっ……それは、確かにそうだが」

 

ちゆちゃんの援護射撃が、天津さんの体制を崩す。

これは、どっちを応援したらいいんだろう。

 

「分かった!私のヒーリングッドサウザーに恐れをなしたんだ。それなら全ての辻褄が合う!!」

 

もう天津さんの体力は限界のようだ。

そして、ひなたちゃんの一言が、社長にとどめを刺した。

 

「てかさ、それだったら、もうここにみんなが揃いかけた時点で逃げた方が良くない?」

 

天津さんはその場で項垂れた。

その目は家に入れてもらえない家で少年のような目で、どこか哀れみすら感じさせた。

天津さんはその目でイズさんを仰ぎ見る。

 

「私の推理は、合ってるのか」

 

「ほぼ違います。そもそも、天津社長の仰った動機は企業同士の問題であり、今回の騒動とは何ら関係がありません」

 

この発言が決定打となり、天津さんはベンチの上に崩れ落ちた。脳内のゴングがカンカンと甲高い音を立て鳴り響く。

天津さんは服の色の通り真っ白な灰になった。

 

でも……

 

「じゃあ、犯人は誰なんですか」

 

私の一言で、場の空気が再び引き締まる。灰の降り注ぐ一部を除いて。

イズさんの耳元の飾りが、キュイキュイと機械の音を立てる。

数秒の沈黙の後、満を辞して、イズさんは犯人を指し示した。

 

「犯人は、この方です」

 

その指の先にいたのは……意外な人物だった。




第9話をお読みくださり、ありがとうございます。
この小説は、実はミステリーでした……なんて事は無いんですが、何故か小さな謎解き要素が入ってしまいました。
ここまで読んでいただいた方にはもう犯人はすぐにわかると思いますが、一応犯人のリストを挙げておきます。

1.まさかの【花寺のどか】
犯罪と無縁そうな彼女だが、もしかしたら、敵のヒューマギアが化けてるかも?


2.もしかして【沢泉ちゆ】
序盤からイズと絡んでいた彼女。もしかして、誰かと手を組んでいるのかも?
3.さては【平光ひなた】
ここまで怪しいところなど何一つない彼女。でも、その怪しくなさが逆に……?


4.実は【天津垓】
ヒーリングッドサウザーの事を隠していたり、突然強くなったりと怪しさ満点。変な推理を披露したのも、自分から疑いの目を逸らすため?


5.ひょっとして【刃唯阿】
今は気絶している刃。だが、それすらも演技なのかもしれない。


6.ここにはいないけど【不破諫】
天津を取り調べるために政府に協力を依頼するなど、やけに行動的な不破さん。もしかしたら、彼が天津を陥れようとしている?


7.やっぱり【飛電或人】
天津社長の推理はほぼ外れていたらしいが、犯人まで違うとは限らない。本来の彼は犯罪とは無縁だろうが、もしかしたら、敵のヒューマギアが化けているのかもしれない。


8.一周回って【イズ】
この事件を裏で調べ続けていたイズ。様々な人々に協力を依頼していたようだが、そもそも何故裏で活動する必要があったのだろうか。もしかしたら、彼女が真犯人なのかも?


9.逆張りしまくって【メツビョーゲン】
倒されてしまった、正体不明のビョーゲンズの戦士。正直コイツが犯人だと何も面白く無いが、もしかしたらのどかの恩人との関係で犯人になるかもしれない?


次回も、お楽しみに。


P.S.この小説は、以前Pixivに投稿したものを編集したものです。


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Episode10:【皆既世食】

これまでのあらすじ

ビョーゲンズからの刺客・メツビョーゲンは、仮面ライダーゼロワンとサウザーによって撃破された。安堵するのどか達の前に現れたイズは、この戦いが誰かの手によって仕組まれたものだと告げる。
真犯人の名は……


ここはデイブレイクタウンの一角。

重要な荷物の保管場所となる、金庫室である。

巨大な広場の形を取るその奥には、巨大な錠前のついた鉄の扉があり……そこでは、戦闘が行われていた。

 

ランペイジバルカンの銃撃が、暴走したトリロバイトマギアの群れをなぎ倒す。彼の眼前に聳え立つは、巨大な鉄の扉だ。

 

「あいつがいるのは、この奥か。待ってろ、今助けてやる」

 

手に持った蒼銃に手をかけるバルカン。しかし、トリロバイトマギア達は際限なく徒党を組み、再びバルカンの前に立ちはだかった。

 

「チッ!!流石に統率が取れてやがる!」

 

トリロバイトマギアによる銃撃に、思わず防御の構えをとるバルカン。銃撃は彼の構えを崩し、床に倒れさせる。

絶体絶命のピンチ……

しかし直後、彼らは、なだれ込んできた別の集団によって崩される事になる。

 

「キエエエエーッ!!」

 

奇声を上げて現れたのは、赤面のマギア達だ。数は40ではきかないほどだろうか。

 

「アレは、暗殺野郎の……あの頭の触覚は、さっきの奴らか」

 

バルカンが茫然と見つめる横で、雛達は凄まじい連携でトリロバイトマギアを片付けてゆく。

ドードーマギア達は金庫から彼ら遠ざけるつもりのようだ。それを見たバルカンは、「フン」と心地よさげに鼻を鳴らす。

 

「なるほど。奴を味方に引き込んだと言うわけか。敵の敵は味方……アイツの秘書も、なかなかやるじゃないか」

 

バルカンは懐から武器を取り出すと、ベルトのスイッチを入れた。武器の先端には、虹色の光弾が充填される。

 

「下がってろよお前ら!!」

 

叫ぶと同時に、バルカンは銃の引き金を引いた。超高出力の光弾は斜線上にいたドードーやトリロバイトをなぎ倒し、鉄の扉に直撃する。

 

【ランペイジ・オール・ブラスト】

 

派手な爆発と共に、鉄の扉は吹き飛んだ。辺りに煙が充満し、揺れが起き始める。

 

「試作品ってのは、威力のタガが外れてるって意味か……だが、この方が都合はいい」

 

慌てるマギア達を押し除け、バルカンはその中に顔を出した。

 

「助けにきたぞ」

 

「ああ、ありがと。けど、まさかアンタが来るとはね」

 

中にいた人物は、だいぶ疲れた顔で。それでも笑顔で、彼の手を取った。

 

 

 

___________________________

 

 

 

イズさん指の先にいた人物……それは意外にも、彼女の近くにいた。彼女のすぐ隣にいる人物。そう、或人さんである。

 

「あなたが、飛電インテリジェンス社長・飛電或人誘拐事件の犯人です」

 

「えっ!?俺!?てか、誘拐されたのも俺!?」

 

「白々しい。あなたは或人社長ではありませんね。非常に完成度の高い偽物……ですが、私の目はごまかせませんよ」

 

「偽物って……それ本気で言ってんの?」

 

驚いているのは或人さんだけじゃない。天津さんや私もそうだ。

ひなたちゃんの方を見る。ひなたちゃんはおどろいて……ない。ちゆちゃんも同じようだ。

イズさんからすでに犯人を聞いていたという事なのだろうか。

復活した天津さんが、ずんと割って入る。眉間に寄せられた皺で小川が作れそうだ。

 

「何を言い出すかと思えば。私と同じ推理とは。やはりヒューマギアではこの程度が限界ですか」

 

「あなたの推理は間違っていました」

 

イズさんの放つ言葉のボディーブローが天津さんの心に突き刺さる。

 

「ただ一点、犯人を除けば」

 

「どういう事ですか?」

 

「彼は或人社長を誘拐し、デイブレイクタウンの一角に監禁しました。そして、社長に化けて業務をこなす傍ら、ビョーゲンズにプリキュアの方々を襲わせたのです」

 

「ちょっと待ってよイズ。本当に俺が犯人だっての?てか、何のためにそんなことするのよ」

 

或人さんの疑問はもっともだ。そんな周りくどいことをする必要がどこにあるんだろうか。

推理の説得力で言えば、イズさんのものも天津社長と大差ない。仮に或人さんが犯人だったとして、動機が分からないのだ。

しかし、ひなたちゃんもちゆちゃんもそこに突っ込む事はない。なんだか、私だけ仲間外れみたいでちょっと寂しい。

 

「あなたが、芝居を打ってまで天津社長に協力した理由。それは、ここに私達全員を集め、始末するためですね。社長……いえ、こう呼んだ方が宜しいでしょうか。フィーニス」

 

集めることそのものが、狙い?

イズさんの言っていることがわからない。

 

「私は一度たりとも、『あなたの事』を『或人社長と呼んだ事はありません。あなたに気取られないよう送り続けていた小さなメッセージでしたが、それに気がついた不破様が、先ほど救出に成功しました。時間稼ぎは、ここまでです」

 

「えー、と。マジで何言ってるか分からないんだけど。もし俺が」

 

刹那、或人さんの言葉は、どこかから飛んできた投刃によって遮られた。刀は彼の頬をかすめ、血を流させる。

 

「答えは、これだ」

 

一同の視線の先……そこには、ドクロの面をつけた鳥のような怪人がいた。

ちゆちゃんが臨戦体制をとる。

 

「あなたは、アンサツ!?」

 

「キュアフォンテーヌか。安心しろ、今は味方だ」

 

「じゃあ、イズさんの言ってた助っ人って……」

 

「お前の推察通りだ。それよりも見てみろ。あの男の顔を」

 

アンサツに言われた通り或人さんの方を見てみると、或人さんの顔からは血が流れていた。その他の色は……青。

他の色が青って……人間じゃないってこと!?

天津さんも驚いているようだ。

 

「ったいなぁ。せっかく演技してたのに、どうしてバラしちゃうかねぇ」

 

或人さんの頬が、口裂け女のようにキュッと裂けてゆく。その姿のあまりの不気味さに、私は目を逸らす事ができない。

あの顔は笑っている、のだろうか?

 

「貴様がアークの意思の外で動いていた事は分かっている。この周囲は既に100のヒナ達が包囲している。逃げられんぞ」

 

「どうやら敵は同じようだ。奴を倒すためにここは協力するとしよう。ニワトリ君」

 

髑髏面は軽く舌打ちをし、天津社長の横に並んだ。気がつくと、辺りの建物の影から赤い面の人物達が覗いている。

 

「ふふ、共通の敵を前にして、手を組むというわけだね。けど天津社長、それは弱者の選択ではないかい」

 

酷く不気味な笑みを浮かべる或人さん。その全身が、蜃気楼に包まれるようにぼやけてゆく。

 

「逃すかッ!!」

 

ぼやけゆく或人さんの影に、天津さんが蹴り込む。途端、霧は晴れ、或人さんの懐にシルクの爪先が突き刺さる姿が露わになった。

否、そこにいたのは或人さんではない。

背の低い、黒フードの人物だ。

 

「それが、君の本来の姿というわけか」

 

「そうさ。ボクはタイムジャッカーのフィーニス……その模造品だ。アークの『失われた過去の記録』によって復元されたヒューマギア。もっとも、力はオリジナルには遠く及ばないけどね」

 

『タイムジャッカー』その言葉に聞き覚えは無かった。

だが、同時に感覚が告げていた。

この人は、私達とは異質の存在なのだと。

彼女は足元に倒れていたメツビョーゲンを踏みつけ、ケタケタと笑ってみせる。

 

「メツビョーゲンはボクのパートナーだったんだ。死に瀕し、誰からも見捨てられた医師が、人間を恨みぬいた末に変身した怪人を、ボクとビョーゲンズで改良したのさ。もっと力をつけた暁には、アイツはボクも倒そうとしてたみたいだけどね」

 

そんな彼女を、私はキッと睨みつけた。

仲間を自分で倒しておいて、笑えるなんてあり得ない。

 

「タイムジャッカーのフィーニス。アークのロストファイルに君のデータがあった。情報によれば、君は存在ごと消滅したはずだが」

 

「そうだね。今のボクはアークの意思に作られたヒューマギアに過ぎない。迅やドードーと同じ、ただの複製品さ」

 

「なるほど……ッ!?」

 

天津さんの言葉を遮り、フィーニスの拳が天津さんの顔面へと飛んだ。辛うじて払い落とす天津さんに、さらなる乱撃が襲い掛かる。

 

二人は生身のまま、打撃の格闘戦を繰り広げる。鋼が肉を打つ鈍い音が幾度となく響く……聞いているだけで痛いが、二人とも怯む様子を見せない。

 

「戦いに疲れた君達を後ろから撃つか、飛電或人を人質に君たちから力を頂く作戦だったんだけどね。まったく、ゼロワンの残した忌々しいヒューマギアのせいで、全てが台無しになってしまったよ」

 

「どうやらその作戦は失敗のようだ。今この場には私と3人のプリキュアがいる。滅亡迅雷.netも君を見限った。これ以上の戦いは無意味だと思うが」

 

「本来なら撤退するべきだろうね。けど、ボクにはもう時間がない」

 

フィーニスが、天津さんに蹴りを放つ。辛うじて防御した天津さんだが、距離を離されてしまったようだ。

コートを翻し、ベルトを構える天津さん。対するフィーニスも、ローブの内側からドライバーを取り出す。

さっきのゼロワンのものじゃない、もっと小さいドライバーだ。

 

「あれ、迅が使ってたやつと同じ!」

 

ひなたちゃんが叫ぶ。

どうやら、見覚えのあるものらしい。

フィーニスがそれを腰元にあてがうと、ヘビのように長いベルトがガッチリと彼女の腰を押さえ込んだ。

 

「フォースライザーか……面白い。型落ちした我が社の商品と、ヒーリングッドサウザンドライバー。格の違いを見せてあげよう」

 

両手にキーを持つ天津社長。

 

『ゼツメツ!Evolution! 

トライヒーリング! 』

 

両方のキーをサウザンドライバーに装填し、社長はポーズを取る。

 

「変身」

 

鋭い声と共に、ベルトのスイッチが入る。彼の周りで、薔薇と水流、そして無数の星達が踊りを始め、サイのような見た目をした獣の周りを取り囲んでゆく。

 

『パーフェクトライズ!

When the horns and triple healing power cross, the golden soldier HEALINGOOD THOUSER is born.

 

"Presented by ZAIA." 』

 

読み上げられる口上の後、そこには黄金の騎士、ヒーリングッドサウザーが現れていた。

 

夜風に臙脂のマントをはためかせ、ひかる紫の双眸で敵を見つめるサウザー。その先のフィーニスもまた、プログライズキーを取り出していた。

 

変な手のような形をした、青いキーだ。

 

それを目にしたイズさんが、少し焦ったように距離を取る。

 

「どうしたんですか?」

 

「メタルクラスタじゃない……天津社長、気をつけてください。あのゼツメライズキーは、危険です」

 

フィーニスの口元が歪み、白い歯が見える。

 

「ふふ、流石は飛電の秘書、わかってるじゃないか。これは『ビリオンクラスタホッパーゼツメライズキー』。メツビョーゲンとキュアスパークル、仮面ライダーゼロワン、そして仮面ライダー迅。彼らの戦闘データをラーニングさせ進化させたものだ」

 

その言葉に、ひなたちゃんが飛び上がる。

 

「アタシも!?いつデータ取られたの?」

 

「全てメツビョーゲンがやってくれたよ。まぁ、彼も用済みになったから倒してしまったけどね。そして、今から君たちの力も戴き、ボクは皆既世食を完成させる!!」

 

「カイキ……セイショク?」

 

フィーニスはプログライズキーをドライバーに装填した。途端、凄まじい量の黒霧がフィーニスの身体から吹き出し始める。

その勢いの凄まじさたるや、耐えていないと吹き飛ばされてしまいそうだ。

 

『Everybody Fear……』

 

気を失っている刃さんを背負いながら、イズさんが叫ぶ。

 

「プリキュアの皆様、変身してください。この出力、余波だけでも危険です」

 

イズさんの言葉通り、私たちはプリキュアに変身した。

それでもなお、霧の勢いは耐え難いものである。安定しない視界の中で、サウザーだけが不動で立っている。

 

『FORCE RIZING……BREAK DOWN』

 

やがて、霧は放出するのをやめたかと思うと、全てフィーニスの元へと戻っていった。

霧が晴れた時、そこにいたのは先程までのフィーニスではなかった。全身をメタリックな青色の鎧に包んだ、ゼロワン。

姿形は、先程サウザーと共に戦っていたゼロワンの姿に似ている。けれど、その禍々しさと威圧感は完全に別格だ。

 

「『仮面ライダーゼロワンビリオンクラスタホッパー』。ボク専用のオーダーメイドだ。君の言葉を借りるなら、桁違いってやつさ」

 

「それは面白い。是非手合わせ願おう!」

 

仁王立ちする青いゼロワンに、金槍サウザンドジャッカーを片手に飛びかかってゆくサウザー。

月の真ん中が、輪っか状に黒く染まっている。黒い部分は少しずつ大きくなっているようで、まるでブラックホールか何かのようだ。

黒く染まっていた夜空が、薄い紫を帯びた夕焼け空へと変わってゆく。

 

「あの空、一体、何が起きてるの……?」

 

ひなたちゃんは首を傾げている。ちゆちゃんは……じっと見つめている。どうやら、この現象に心当たりがあるようだ。

尋ねてみると、ちゆちゃんは神妙な面持ちで「月食よ」と答えた。

 

「……だけど変よ。月食があるなら、もっと大々的にニュースになってるはずだわ。それに、空もあんな風に変わったりはしないはず」

 

「それって、どういう事……?」

 

ちゆちゃんは黙ってしまった。

気がつくと、辺りには赤い画面をつけた人々が集まっていた。皆が一様に、青いゼロワンに向けて戦闘の構えをとっている。

 

「あの人達……」

 

「大丈夫、今は味方よ。強さは私が保証するわ」

 

そう言うちゆちゃんの顔が、なんだか苦々しい。あの人たちと何かあったんだろうか。

ゼロワンも、それと対峙するサウザーも、構えをとったまま動かない。互いが動くのを待っているのだ。

蒼いゼロワン、フィーニスは、仮面の奥から笑いを漏らす。

 

「世界は一つじゃない。そう言ったら君たちは信じるかい?」

 

「何の話だ?」

 

「ボクのオリジナルは元々、この世界とは違う別の世界の住人だった。各世界にはその核となるヒーローの力が存在するんだ。このビリオンクラスタはそれをラーニングする能力を持っている。もうすぐ、世界と世界による月食……世食が異世界への扉を開く。この世界だけじゃない、もっとたくさんの世界の力を手に入れて、ボクは全てを超える存在になるのさ」

 

「なに……?」

 

何を話しているのか全く分からない。

分かるのは、あの青いゼロワンがとてつも無く怖いって事だけだ。

 

「なんで……?」

 

「うん?」

 

「何で、そんな存在になりたいの?私には分からない……人を傷つけて、みんなを敵に回してまで、どうして強くなりたいの?」

 

「それがボクの存在意義だからさ。オリジナルのボクは始まりのライダーになろうとした。その意思を継いで作られたボクが彼女を超えるには、その始まりの力を変える、全ての力を手に入れるしか無いんだよ!!」

 

「自分が戦う理由も分からないなんて……空っぽの人」

 

「うるさいなぁ。ここはお姫様の来るところじゃない。君達は白衣でも着て、お医者さんごっこをしていればいいじゃないか」

 

あり得ない量の悪意が、風を伴って私たちに吹きつける。その凄まじさに膝をつきそうになる私の肩を、ひなたちゃんが優しく叩いた。

 

「難しい事は分かんないけど、多分アイツが全部悪いんでしょ?だったら、私達でなんとかすればいいじゃん」

 

ひなたちゃんの指す先にいるのは、あの青いゼロワンだ。うん、確かにそうだ。こんなので負けてちゃいけない。

私達が、みんなを守るんだ。

私は拳を硬く結び、両隣の二人を見る。二人とも、決意の瞳をしている。私と同じ気持ちだ。

 

「行こう、みんな!」

 

「うん!」

 

「分かった!」

 

膠着する状況を打破するため、私達3人は飛ぶ。狙うは一人、あのフィーニスという仮面ライダーだ。

私達の後に続くように、フィーニスを囲んでいたドードーマギア達が一斉に襲いかかる。押し寄せる無数の攻撃……それに対し、フィーニスは、ゆっくりと、手を月に掲げた。

 

「ドードーマギアのヒナたち、雑魚をあしらっておいてくれ」

 

フィーニスの掌が、くるりと甲に翻る。

瞬間、私の視界の中で、突進をしていた赤い仮面の人々が瞬時に動きを止めた。

直後、それを指揮していたらしい髑髏面の人物が苦しみだす。赤い仮面の人たちも含めて、その目は紫色に染まっている。

 

「貴様、一体俺たちに何をした!?」

 

「君達の頭のツノは、ビョーゲンズの力……君が裏切る事を、ボクが予見しなかったとでも思うかい?」

 

「……ッ!?ハッキングがその対策か!!」

 

一旦元の位置に戻り、背を向け合って警戒する私達。髑髏面の男は、苦しみながらも赤い仮面の人々の一部を切って破壊し、道を作った。

髑髏面はイズさんの腕を乱暴に引き、赤面の人々が作る円の外に追い出す。

 

「何をするのですか」

 

「逃げろ。俺は、この意思には逆らえん……ゼロワンを呼んでこい。この状況を打破できるのは、ヤツくらいのものだ」

 

イズさんは髑髏面の伝えたい事を察したのか、早々に腰を折ると、気を失っている刃さんを抱えて輪から離れてゆく。

 

「承知しました。私は或人社長を迎えに行きます。不破様と或人社長がいれば、きっと……」

 

しかし、フィーニスはさらに手を翻した。今まで停止していた赤面の人物達が、一斉にイズさんの方へと襲いかかる。

 

「逃しはしないよ。君達は皆、ここでボクに倒されるんだ」

 

赤面達の刀がイズさんへと振り下ろされる。

その前に、髑髏面の男が立ちはだかった。

髑髏面の肩から跳び放たれるミサイルが、赤面を吹き飛ばす。

 

「行け!!!!」

 

「……はい」

 

イズさんは離れていった。

荒れ狂う赤面達をさばきながら、私達はフィーニスへと迫る。

ヒーリングッドサウザーとゼロワンビリオンクラスタホッパー。混乱する戦局の中で、二人だけが互いを捉えていた。

 

「別世界の扉が開く皆既世食の時まであと少し。二つの世界が完全に重なるその時に、4つの光と闇の力を持つボクは、世界の壁を越える。それまでに、君の力だけでも貰っていくよ?サウザー」

 

「むざむざ渡すと思うか。君にはここで私に倒されてもらおう」

 

満を辞して、二人が動いた。

ぶつかり合う槍と剣。その衝撃波は私達と赤面達を吹き飛ばし、壁に叩きつける。いくつかの赤面が、そのまま動かなくなった。

 

「やるね。このビリオンクラスタは4人の戦士の力を合わせたものだというのに」

 

「君こそ、模造品の分際でこのヒーリングッドサウザーと拮抗するとは。身の程を弁えて欲しいものだ!!」

 

繰り出される斬撃と突撃の応酬。それら全ては拮抗し、生み出される衝撃波がモールの石畳を崩してゆく。

暗闇に染まる空の下で、最後の戦いが始まった。




第10話をお読みくださり、ありがとうございます。
訳がわからないという方のために補足しておくと、まずこの物語の裏では、飛電或人誘拐事件という事件が起きていました。
犯人はタイムジャッカーのフィーニス。飛電或人に化けたフィーニスですが、イズはその正体を見破り、彼女に気がつかれないよう密かに裏で仲間を増やしていました。仲間が揃い次第フィーニスから或人を奪還する計画でしたが、フィーニスの行動の早さは彼女の予想を超えており、やむなく彼女は不破や暗殺ちゃんに協力を依頼したという訳です。
一方、フィーニスの目的は、時たま現れる『世界と世界を繋ぐ月食』皆既世食を……利用し、世界の壁を変える事でした。世界の先にある力を手にし、オリジナルのフィーニスをも超えた存在になるために、彼女は今まで動いていたのです。
ビョーゲンズと仮面ライダー、プリキュアに滅亡迅雷、四つの力を手に入れたフィーニスと、改心したサウザーの戦いが幕を開けます。
次回、最終話です。


※この小説は、以前pixivに投稿した作品を編集したものです。


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Episode11:【全ての力】

これまでのあらすじ

ついに姿を現した、ヒューマギアのフィーニス。
4人の戦士の力を持つフィーニスことゼロワンビリオンクラスタホッパーに、ヒーリングッドサウザーが挑む。
世界と世界が完全に重なり、別世界への扉が開く皆既世食まであと少し。それまでにフィーニスを倒す事ができるのか!!


イズは刃を担ぎながらモール内を逃げ回っていた。彼女を追うは大群をなしたドードーマギアのヒナ達である。どの個体も目を赤く染めており、凄まじい殺気を放っている。

ヒューマギアの彼女ですら、彼等の勢いには恐怖を感じずにはいられない。

 

(或人社長に無理をさせないために、あのマギアに協力を依頼したのですが。逆効果でした)

 

心中で後悔しながらも、イズは最速で脚を動かし続ける。私は社長秘書、或人社長と合流するまでは、捕まるわけにはいかないのだ。

そんなことを考えていると、モールの出口が見えてきた。そこには2人の人影……それは、彼女の待ち望んでいた人物であった。

 

「或人社長!!」

 

「イズ!!無事だったか!!……って、ちょっと速過ぎでしょおっ!!」

 

タックルかと見紛うイズの突進を、或人は全身で受け止めた。刃を加えた三人の体は出口付近の壁に激闘し、小さなクレーターを作る。

 

「い、イズ?俺、怪我人なんだけど」

 

「これは、失礼しました。しかし、速度を殺すとアレらに追いつかれてしまいますので」

 

「アレら……?あー、マギアね。そうそう、インコみたいな顔したドードーマギア……って、えーっ!?こんなにいんこ!?」

 

「今のは、インコといんのをかけた、非常に面白いジョークですね」

 

「いやー、やっぱりイズ分かってるねぇ!」

 

「もちろん、社長秘書ですから」

 

「「はい、アルトじゃないとっ!!」」

 

ポーズを決める2人の頬の間を、バルカンの放った弾丸が掠める。弾丸は複数のヒナ達を巻き込み、爆散させた。

 

「いちゃつくのはそこまでにしろ。状況は変わってないんだぞ」

 

不破の一喝に、2人はしゅんと身を縮こませる。

ため息をつきながら、不破はイズが背負っていた刃の頭を叩いた。パシンといい音が鳴り、彼女の細い身体がピクッと跳ねる。

 

「お目覚めか?」

 

「……ッ!?アイツは、メツビョーゲンはどうなった!!」

 

「天津社長によって倒されました。もっとも、さらなる強敵の出現により、状況は予断を許しませんが」

 

「なんだと!?それをもっと早く言え!!」

 

刃は慌ててイズの背中から降りると、ヒナの群れに向けて駆け出した。彼女を迎え撃つべく、ヒナ達も横一列に陣を組む。

しかし、ヒナ達の元へ達する前に、刃の身体はぐらりと地面に崩れ落ちた。メツビョーゲンとの戦いでの消耗が、体に襲い掛かったのだ。

 

「無茶しやがって!」

 

彼女を庇うべく、バルカンがヒナ達の前に躍り出る。半身を切り、防御の構えをとる蒼軀。

しかし、直後ヒナ達の列が崩れた。彼等の背後では巨大な爆発が起きている。

明らかに、何らかの攻撃によるものだ。

 

やがて、ヒナ達の群れは散り散りになり、その前に髑髏面の怪人が姿を現した。

それは、4人がよく知る怪人であった。

 

「ドードーマギア!」

 

「祭田ゼット……」

 

彼の瞳は、緑と赤に交互に点滅していた。その動きは、さながら回線のショートしたロボットのようであり、ヒューマギアが機械である事をその場にいる彼等に再認識させた。

バルカンと刃が銃を構える中、或人だけがその間を抜け、彼へと歩み寄る。

ドードーマギアは、刀刃を手にした右腕をゆっくりと持ち上げ……そのまま、或人の胸の中へと倒れ込んだ。

 

「約束は、まもった、ぞ」

 

彼の背中には、無数の刀刃が突き刺さっていた。凄まじい重量を持っているはずのその身体を、或人は額に筋を立てながらも抱きとめ続けている。

ドードーマギアは変身を解除すると、ゆっくりと目を閉じた。薄く透けたまぶたの奥の光が、徐々に弱まってゆく。

 

「叶うなら、お前ともう一度、闘いたか、っ、た」

 

やがて祭田ゼット4号は、機能を停止した。

或人はゆっくりとその身体を地面に下ろし、背中の刃を一本ずつ丁寧に抜いてゆく。

周囲のヒナたちも、頭を抱えて苦しんでおり、最早戦意は感じられない。

 

「ゴメンな、2度も守ってやれなくて」

 

まだ薄らと熱を持ったドードーマギアの胸に手を当て、或人は悔しげに目を閉じるのだった、

 

 

 

____________________________

 

 

 

衝撃波の波を抜け、私はなんとか天津さんの近くまでたどり着いた。あと少しで、攻撃が届く範囲までたどり着ける。

 

しかし、踏み出しかけたその一歩は、フォンテーヌよって止められた。

 

「早く天津社長を助けに行かないと!」

 

「無理よ」

 

「でも!?」

 

猶も前に出ようとする私を、今度はひなたちゃんが止める。その表情は真剣そのものだ。その上で、とても悔しそうだった。

 

「のどかっちにも分かるでしょ。正直、アレは私達が入っていけるレベルじゃないよ。私達が入っていって、人質にでもなったら、あの社長さんに迷惑かけちゃうじゃん」

 

「ひなたちゃん……」

 

確かにそうなのだ。

触れるだけでも切れてしまいそうな衝撃波の雨、攻撃の余波だけでここまで辛いのに、私達が実際にあの攻撃を受けて仕舞えば、それこそひとたまりもないだろう。

きっと、天津さんも分かっているのだ。だからこそ、ゼロワンから逃げない。私達を背に、一歩も引かずに戦っているのだ。

 

だけど悔しい……悔しいよ。

 

涙を流す私の横で、ひなたちゃんがポンと手を打つ。

 

「でも、今、作戦思いついた!私達の必殺技を、一つに合わせるんだよ。そうすれば、きっと、勝てるはず!」

 

いいアイデアだ。

ダメで元々、でも、何もせずにはいられない。

今、目の前で戦ってくれている天津さん。あの人に全部を任せて、わたしだけ見ているなんてできない。

凄まじい衝撃波の雨嵐に耐えながら、私はヒーリングステッキの肉球を3回叩く。ひなたちゃんとちゆちゃんも同じだ。

 

「プリキュアの力を一つに合わせて!」

 

「うん」

 

「りょーかい」

 

混ざり合う三つの色が溶け合い、やがて虹色の霊光へと変化してゆく。眩いばかりの霊光は、弓の形を取り、私の手元へと収まった。

 

弦に手をかける……けれど、弦は硬く引き絞れない。矢の照準も、ブレて定まらない。

こんなところでも、私は……

俯きかける私の横で、ちゆちゃんがそっと弓の下を支えた。弦を持つ指に、ひなたちゃんの手が重なる。

 

「私が支える!」

 

「で、私が手伝う!」

 

揺れていた照準はピタリと定まり、弦は驚くほど簡単に引けた。私一人ではできなくても、みんなとならやれる。

 

「ありがとう……いくよ!!」

 

狙いは一つ、一発逆転。

願いを込めて、私は弦から手を離す。

 

「「「プリキュア・ヒーリングアロー」」」

 

轟音が耳を劈き、私の世界から音が消えた。

放たれた光の矢はゼロワンの胸に突き刺さり、その青い身体を壁の端まで吹き飛ばした。

彼女が持っていたであろういくつものプログライズキーが地面に散らばる。その中には、ゼロワンドライバーも混じっていた。

 

「やった……の?」

 

疲労に歪む視界で、どうにか目の前の景色をとらえる。モールを覆う爆煙の向こう、フィーニスはまだ、立っていた。

よろけながらも壁から這い出してくるその姿に、私の心はズンと重くなる。

 

「……ッ!!!やるじゃないか。このボクに、ここまで、ダメージを与えられる、なんて」

 

青いゼロワンの胸からは煙が立ち上がっている。矢は確かに、フィーニスの胸に当たったはずだ。

それで倒しきれないという事は、もう……

 

「ダメ……なの?」

 

辛うじて身体を支えていた脚から、力が抜ける。こちらに近づいてくるフィーニスの進路を塞ぐように、天津さんが私の前に立ってくれる。

 

これじゃ、何も変わらない。

何もできない私、守られてばかりの私。

そんなの、嫌だ。

 

「わああああっ!!」

 

私は自分を奮い立たせると、震える脚を無理やり動かして走った。狙いは、ゼロワンが落としたゼロワンドライバー。

 

「のどか!?」

 

ラビリンの声も聞かず、私は駆けた。

 

「ふふ、それで何をしようというのかな?」

 

フィーニスは、このドライバーを使って変身していた。あの銀色の仮面ライダーは強かった。

 

(これを使えば、私も仮面ライダーに……)

 

しかし、お腹にそれを押し当てても、ドライバーはうんともすんとも言わない。焦る私に、フィーニスが手の先を向ける。

黒い光の塊が、私の眼前で膨張してゆく。

 

「残念だったね。それには認証のロックがかかっている。ボクも解錠には苦労したんだよ」

 

「変身、出来ないって、こと……?」

 

「その通り。もう抗うのは辛いだろう?倒してあげるよ」

 

闇の塊が、私に向かって放たれた。もう避ける足の力は残っていない。

私は思わず目を閉じる。訪れる暗闇と静寂の中で、悔しさだけが膨らんでゆく。

 

しかし、いつまで待っても衝撃は来ない。

震える私の手の中から、ドライバーが取られようとする。ダメだ、離してなるものか。

力一杯それを抱きしめていると、ふと肩に温かな感触あった。

 

「……え?」

 

薄く目を開くと、そこにいたのは或人さんだった。その向こうでは、青い仮面ライダーさんとオレンジの仮面ライダー……バルキリーが、フィーニスと戦っている。

 

「ひでん、あると、さん?本物?」

 

「正真正銘、証明写真も本物の飛電或人です!はい、アルトじゃ〜ないとっ!」

 

背後ではイズさんが決めポーズを取っている。向こうではひなたちゃんも同じようにポーズを取っていた。ファンなのだろうか。二人の笑顔は、もはや疑いようもなく、私のよく知る優しい人達の顔だった。

私は迷いなく彼にゼロワンドライバーを渡した。

 

「俺のベルト取り返してくれて、ありがとうな」

 

或人さんは優しく微笑むと、お腹にドライバーを押し当てた。

 

『ゼロワンドライバー!』

 

軽快な音と共にベルトが射出され、ドライバーは或人さんの腰に固定される。その手には、黄色のプログライズキーが握られていた。

 

「変身?させないよ!」

 

青いゼロワンの手から、闇の塊が放たれる。塊は或人さんを包み込むように広がり、瞬く間に全てを覆い尽くした。

バルキリーをパンチで吹き飛ばし、青いゼロワンは声を上げて笑ってみせる。

 

「あはは、これでゼロワンも終わりだ!」

 

続け様に放たれる闇の塊を、サウザーが全身で食い止める。着弾箇所から火花が上がるが、サウザーは即座に持ち直し再び槍を構え直す。

3人の仮面ライダーを前に、不敵に構えてみせる青いゼロワン。

しかし瞬間、背後で巨大な闇の球が弾けた。

 

「変身!」

 

『飛び上がライズ!ライジングホッパー!

A jump to the sky turns to a rider kick.』

 

青いゼロワンが振り向くと、そこには闇夜にひかるクリアイエローの鎧を見に纏った或人さん……仮面ライダーゼロワンの姿があった。

 

呆然とする私の前に、輝く手が差し出された。

 

「一緒に戦おう、キュアグレース」

 

「はい……はい!!」

 

私はその手を取った。

その手の何と力強い事。全身の光からそのまま元気が流れ込んでくるようで、私はすんなりと立ち上がることができた。

 

夜を切り裂く剣を手に、ゼロワンは挑発的に腰を低く低く構えてみせる。

 

「ここから、形成逆転です!!」

 

「仮面ライダーとプリキュアの力、見せてやろうぜ!」

 

ゼロワンの突進を皮切りに、3人の仮面ライダーの攻撃がフィーニスを攻めた。

対するフィーニスは全身に闇の霧を纏わせて防御する。アレは、メツビョーゲンの技だ。

 

「忘れてはいないかい?ボクはビョーゲンズの力も使えるんだ、数なんて関係無い!」

 

闇の霧を切り裂き、ゼロワンは青いゼロワンに斬撃を与えてゆく。青いゼロワンも懐から銀の剣を取り出し、それに応戦する。

そんな中、闇の霧を突っ切って二人の元に突進する黄金の騎士の姿があった。

 

「バカだね。その霧は高密度に圧縮された腐食ウイルスそのもの、いくら君の力でも、おいそれと消せるものではない」

 

視線を切り、ゼロワンと剣を結ぶフィーニス。しかし直後、黄金の突槍による一撃が彼女の脇腹を貫いた。

 

「なッ!?」

 

「回復しながらでも動けるのがヒーリングッドサウザーだ。そして、こんな事もできる」

 

サウザーは自分のドライバーからローゼンリングのキーを抜き取ると、サウザンドジャッカーのスロットに装填した。

槍の穂先は薔薇色に染まり、そこから放たれる光線が青いゼロワンを吹き飛ばす。

 

「アレって、私のヒーリングフラワー!?」

 

「ッ!?」

 

ヒーリングフラワーが霧を払い、青い仮面ライダーさんとバルキリーの射線が開ける。

二人は示し合わせたように頷くと、フィーニスに向けてありったけ銃撃した。

凄まじい量の火花が青の鎧から吹き上がり、フィーニスはその場に膝をつく。

 

「ッ!?かくなる上は!」

 

ドライバーの手の部分のスイッチを2度押すと、フィーニスは空へと飛び上がった。その背にはピンクの翼が生えそろっている。

フィーニスは上空で翼をはためかせると、その一部を地面にいるゼロワン達に射出した。

羽弾は複雑な軌道を描き、地上の仮面ライダー達の身体をえぐる。

 

「どうだ、ついてこれないだろう!!」

 

せせら笑うフィーニス。そのこめかみに、私は渾身の蹴りをたたき込んだ。

重い鐘を鳴らしたような響きが脚から全身に伝わってくる。けれど、私は攻撃をやめない。

 

「空中戦なら、私達だって!」

 

「君達プリキュアでは、ボクは倒せないよ」

 

羽弾に弾き飛ばされ、距離が取られる。しかし、間髪入れずにフォンテーヌの水流がフィーニスの体制を崩した。

 

「たとえ力負けしているとしても、あなたがビョーゲンズである限りは、癒しの力は通じるはず!!」

 

「小癪な……小娘風情が!!」

 

「仲間を利用するだけ利用して、人の力を奪って。そんなの、絶対に許せないじゃん!!」

 

夜空を逃げるフィーニスの青軀に、スパークルの爪の一撃が叩き込まれる。完全に制御を失った彼女の身体は、轟音と土煙を立ててモールの地面へと落下した。

 

「な、何故、何故ここまで違う!スペックならボクが圧倒しているはずなのに!」

 

這い出してくるフィーニスを、サウザーがさらに追撃する。止む事のない槍の連撃に、後方からの銃撃が加わる。

 

「くそっ!!」

 

「君は仲間というものを甘く見過ぎた。1人では1000%の力でも、2人3人と手を取り合えば、その力を無限に高め合うことができる。花寺のどかとその仲間達の戦いが、私にそれを教えてくれた」

 

「なかま、なんてっ!!」

 

前方に銀色の盾を展開するフィーニス。

しかし、サウザーの肩を踏み台にしたゼロワンが、その盾を超え、彼女の背後を取る。

 

「仲間がいるから、俺達はここまでやってこれた!」

 

手に持ったアタッシュカリバーの刀身が金色に光り、フィーニスの脇腹を切り裂いた。

 

【ライジングカバンストラッシュ】

 

「ッ!?」

 

その一撃により、前方の盾の制御が失われる。浮き出る文字を待つ事なく、バルカンとバルキリーの凄まじい銃撃が、フィーニスの胸に直撃した。

 

【ランペイジ・オール・ブラスト】

 

【ダッシュラッシングブラスト】

 

青鎧の悪魔はモールの壁端まで吹き飛び、その身体をぐったりと項垂れさせる。

今度は、私達の番だ。

 

2人も分かっているのか、ヒーリングステッキに備え付けられた心の肉球を3回タッチしてみせる。

 

「行くよ!!プリキュア・ヒーリングフラワー!」

 

「ヒーリングストリーム!」

 

「ヒーリングフラッシュ!」

 

3つの光線は束になり、大きな一つの閃となってフィーニスの身体を貫いた。光は優しく彼女を持ち上げ、その体の自由を奪う。

 

「まだだ、ボクはまだ、負けてない!」

 

「さあ、トドメだ」

 

満を辞してとばかりに、サウザーがベルトのスイッチを入れる。金色に光る脚を夜に晒し、臙脂のマントを翻し、サウザーは光る爪先をフィーニスの身体にたたき込んだ。

轟音と光の渦がモールを埋め尽くし、その身体を包み込んでゆく。

 

【サウザンド・デストラクション ©️ZAIA】

 

「ぐ、う、う」

 

フィーニスは2、3歩よろよろと前に歩み、そのまま前のめりに倒れた。凄まじい爆発がモールを揺らし、私は思わず顔を覆う。

 

爆発の煙が晴れた時、そこには全身からショートの火花もを上げるその姿があった。

青いゼロワンの鎧はほぼ原型を止めておらず、マスクは右目のあたりを残して全て壊れてしまっている。

 

明らかについた決着。

しかし、それでもフィーニスの口元は歪む。

 

「このビリオンクラスタの能力は学習能力だと言ったよね」

 

「何が言いたい?」

 

訝しむサウザーの眼前で、青いゼロワンの鎧が瞬く間に再生してゆく。

慌ててヒーリングステッキを構える私の前に、フィーニスは闇の球を放った。先ほどよりも格段に小さいが、その爆発のせいで近づけない。

 

「君のヒーリングッドサウザーの力もラーニングさせてもらったからね。ボクは回復できる……最後に笑うのは、このボクだ」

 

やがて、完全に再生した青いゼロワンの鎧を身に纏い、フィーニスは再び私達に銀の剣を向けた。

全員がたじろぐ中、サウザーだけが臆する事なく彼女との距離を詰めてゆく。

 

「それは、どうかな?」

 

銀の剣を構え、突進するフィーニス。サウザーを貫かんばかりの勢いだ。

 

「ふふ、まずは1人……」

 

しかし、剣は衝突の瞬間、無数のバッタになって夜の闇に消えていった。優雅に歩みを進めるサウザーの前で、フィーニスの変身が解除される。彼女は明らかに狼狽していた。

 

「な……ッ!?ど、どうして!?」

 

「君のその力はビョーゲンの力でもあるんだろう?病気を治してしまったら、もう変身できないじゃないか」

 

「そんな……ッ!!」

 

フィーニスの肩に手を置き、変身を解除した天津さんは天を仰いでみせる。そこでは、暗く歪んだ巨大な円が光り輝いていた。

 

「頼みの皆既世食が起きているようだが、ただのヒューマギアになった君に出来ることはあるかな?」

 

「お前……ッ!!」

 

フィーニスの拳が天津さんのお腹に当たる。しかし、天津さんは微動だにしない。

 

「お大事に。ただのヒューマギア君」

 

背を向ける天津さん。襲い掛かろうとしたフィーニスを、刃さんが取り押さえる。

こうして、長きに渡る私達の戦いは終わった。

 

 

 

____________________________

 

 

 

2週間後、私は天津さんの元を訪れていた。

待ち合わせ場所は、最初に私たちが出会ったあの公園。昼間の日差しが肌を焼き、汗が溢れる。

小山を登り切ると、そこにあの人はいた。

街を一望できる丘の一角。そのベンチに座る彼の姿が、かつての私と重なる。

 

と、見惚れている場合じゃない。

時計を見ると、時間はギリギリだ。

 

「待たせちゃってごめんなさい!」

 

私は急いでそう挨拶すると、社長の隣に腰を下ろした。まだ少しだけ息が荒い。

社長は「焦らなくていいさ」と笑っていた。私は少しだけ恥ずかしくなって、早く息を整えようと呼吸を止める。

 

やがて、呼吸が落ち着き、小山から見下ろす山の景色にも慣れてきた頃、社長が口を開いた。

 

「もう、2週間か」

 

「はい。本当、嘘みたいですよね」

 

「ああ。だが、本当の事だ。」

 

天津さんは少しの間口を閉じ、どこか遠くを見ていた。

 

あの戦いの後、ZAIAエンタープライズは大きな変化を遂げた。

今まで行ってきた兵器開発の実態を明かし、それらをビョーゲンズとの戦いのために活かしてゆく事を天津さん自身が発表したのだ。

当然、ニュースでは連日連夜その報道が飛び交い、私は天津さんにお礼を言う事もできなかった。

否定的な声が多く、兵器の開発など人道にもとる、ZAIAの技術は国の管理下に置かれるべきだという意見も多かった。けれど、天津さんはそれに負ける事なく、断固として自身の技術を国には明かさなかった。

飛電或人さんもそれへの協力を表明し、二人の協力体制の下、ビョーゲンズ根絶の姿勢が今も取られている。

世界は変わった。

ヒューマギアと人間が手を取り合い、同じ敵に立ち向かう世界に。

やがて、天津さんはまた話し始めた。

 

「メツビョーゲン……いや、滅病 源と呼ぶべきか。彼が自白したよ。数年前から密林でエレメントさんを狩り続けていた事、ダルイゼンというビョーゲンズの指示で、これから人間を襲うつもりだった事も」

 

あの恐ろしい姿を思い出し、私は身震いする。

彼から伝わってきた、人への憎しみと悪意。

天津さんがいなければ、私は今頃どうなっていたか分からない。

 

「フィーニスに、メツビョーゲン。末恐ろしい敵だったが、君と力を合わせることで、倒す事ができた」

 

天津さんの顔は、少し痩せたように見えた。それほど、すり減らしている神経が凄いのだろう。

ヒーリングッドサウザーの力は、私達プリキュアの持つ治癒の力を使っていると聞いた。過回復が人体に及ぼす影響は凄まじい。

それに耐えながら、天津さんはあの時戦ってくれたんだ。

 

「君には、すまない事をしたと思っている」

 

天津さんの発言には正直、驚いた。

なぜ謝るのかは分からないにしても、この人に謝るという印象は無かったから。

黙っている私に、彼は続ける。

 

「君を、滅亡迅雷.netとの戦いに巻き込んだのは紛れもなく私だ」

 

「それはお互い様じゃないですか。それに、天津さんがいなかったら、私、どうなってたか分からないですから」

 

社長は少し口ごもったが、すぐに続けた。

 

「平光 ひなたから聞かせてもらったよ。君がザイアスペックを彼女に託した事」

 

「あ……っ」

 

心臓が、ドクンと跳ね上がる。

忘れていたわけじゃない。アレをひなたちゃんに預けたあと、私の中には確かな安息と、申し訳なさがあった。

けれど、後悔が無かったわけじゃない。私を信じてザイアスペックを預けてくれた天津さん。その意思を踏みにじった事になるんだから。

天津さんは続ける。

 

「君がした選択に、私が正誤を断ずる事はできない。だが、君は1人で楽な道を行くより、仲間と苦難の道を歩む事を選んだ」

 

「……はい。あのザイアスペックを使っている間、私はずっと1人でした。寂しくて、辛くて……それにも気がつけないくらい、頑張りました」

 

天津さんは笑い嘲りもせず、私の話を聞いてくれる。その瞳の重さに耐えながら、私はそれでも、続ける。

 

「けど、ひなたちゃんに教えてもらって、辛かったら頼っていい友達がいる事に気がついたんです。私は、私を助けてくれるみんなのために強くなりたい。そう思えたんです」

 

「それが、君の答えか」

 

「はい」

 

私は天津さんの瞳にしっかりと向かい合う。少しも逸らさない、これが私の思いだから。

やがて、天津さんは頬の硬直を緩めた。

その優しい顔に、私も少しだけ安心する。

 

「君は、強くなったな。出会った頃の、すべてに振り回されていた君とは大違いだ」

 

大人っぽく笑ってみせる天津さん。

普通は怒るところなのだろうが、なぜか私もおかしくなってきて。

私達は、声を上げて笑ってしまった。

 

「天津さんこそ。最初に会った時より、怖くなくなりました。優しくなったっていうか、刺々しさが無くなったというか」

 

「私は、そんなに怖かったかい?」

 

「はい。けど、今は私達の未来のために、戦ってくれる。正義のヒーローです」

 

私の言葉に、天津さんは少し、笑うのをやめた。その手には、プログライズキーがある。ヒーリングッドサウザーに変身するのに使っていた、薔薇の記されたキーだ。

 

「これが、私を正してくれた。君からもらった癒しの力だ。もしかすると、この力が私に優しさをくれたのかもしれない」

 

「だとしたら、なんだか素敵ですね。私は天津さんから強さをもらって、天津さんは私から優しさをもらう」

 

「ああ。奇妙な巡り合わせだ」

 

「もしかすると、君がいなければ私の辿っていた未来は違ったのかもしれないな。仲間を道具として扱い、眼前には敵しかいない、暗い未来を進んでいたかもしれない」

 

「今の天津さんからは想像もつきませんけどね」

 

「まったくだ」

 

私達はまた、しばらく笑っていた。

 

私はこの数週間の出来事を決して忘れる事は無いだろう。私に力をくれて、仲間の大切さを気づかせてくれたこの日々を。

そして、私を守ってくれた黄金の騎士の事を。




ここまで本シリーズをお読みくださり、ありがとうございます。

ここまで山あり谷ありでしたが、どうにか投稿を完了することができました。最初はPixivに投稿したものに軽い誤字脱字の修正を加えるだけのつもりでしたが、いつの間にかかなり内容が変わってしまいました。

次回からは、更新するペースが遅れる代わりに、新作を投稿していこうと思います。
その作品をより良くするためにも、評価や感想、苦言等を送っていたけるとありがたいです。
ここまでお付き合い下さり、本当にありがとうございました。


※これは、以前pixivに投稿した作品を編集したものです。


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