ヒーローに助けられた者のお話 (気まぐれプリンセス)
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はじまりの物語
恐ろしいおじさんに助けられた!


処女作です!よろしくお願いしま~す。


―西流魂街(るこんがい)一地区 潤林安(じゅんりんあん)

流魂街の中で最も治安のいいと言われている地区で彼はいたって普通の生活を送っていた。

 

口囃子隼人(こばやしはやと)

 

四尺とちょっとほどの身長の小さな子どもの霊体であった彼は周りの自分よりも成長している人間の形をした霊体たちと集団生活を送っていた。

現世でいう「家族」のような彼らが営む雑貨屋は、流魂街の住民だけではなく、死神にも評判だとか。

その商売で得た利益は店の経営の他はある一つのことに使われていた。

その原因は隼人と他の霊体たちを決定的に区別することであった。

 

 

「お腹すいた…。」

 

 

隼人には霊力がある。

そのために他の者には必要のない食料が必要であり、流魂街の者たちにとって食料は買うとなればべらぼうに高い環が必要であった。

 

働き手の彼らに霊力を持つものは誰もいなかったので、お腹が空くという概念は周りの霊たちには存在しない。

そのため食料はすべて隼人に与えられ、不足することはなかったが、いつまでも『大人』たちを頼りにするのも申し訳ないように隼人は思った。

 

 

そこで隼人は、『大人』たちには内緒で、自ら木の実や山菜を採りに行くようになった。

最初は治安のいい地区で採っていたが数の多い地区の方が危険だが多く採れるという噂を聞いた。

『六十四地区 錆面(さびつら)』など治安の良くない地区にも行ったが奇跡的に虚に追われることもなく切り抜けてきた。

だから今回も大丈夫。

そう思い、再び『錆面』で食料探しの探検に今日もこっそりと出掛けた。

 

 

 

「今日は何の木の実を採って帰ろうかな~」

 

 

 

などと独りで喋るくらい呑気でいた。というより一人で森の中を探検していて楽しんでいた。

こんなところを家族たちに見られたら大目玉をくらうだろう。だって治安悪いし。

 

自分たちの住む地区『潤林安』は地区の数字が『一』であり、最も治安がいい。

そのため家族たちは小さい自分が地区の外に出ることすら許さなかった。

 

 

 

「街の外に出たら虚に襲われるぞ!」「こわぁーいこわぁーい怪獣に食われちまうぞー!」

 

 

 

とかなり誇張気味に言われたため、あまり隼人は信じていなかった。つーか怪獣ってどうよ。

 

自分の分の食料にかける環を減らせばもっと商売が捗るのにと思い、負担を減らしたいという思いもあった。

 

あとは、いつまでも子ども扱いしてくる家族を見返してやりたいという思いもあるにはあった。

ただ甘やかされる子どもではもういたくないし。褒められたいし。

 

だからこそ今日もそれなりの数の山菜、木の実を採って帰るつもりだったのだ。

だが今回は予想外の事態が起きてしまった。

浮かれ気分で森を歩いている最中に。

 

 

巨大虚(ヒュージ・ホロウ)と遭遇してしまった。

 

 

「うっううううう嘘だろーーーーー!!!!!!」

 

呑気に山菜採りしてたら巨大虚とばったり遭遇☆シャレにならねえ。

森の中なのに蟹の形をした巨大虚の不気味さも相まって非常に恐ろしい生物に見えた。

 

しかも、『新たな獲物を見つけてやったぜ!』というような顔をしてこちらに近づいてくるではないか!全然怪獣なんて生易しいものじゃないじゃん!

 

こうなったらもうとにかく逃げるしかないのだ。決して速いとはいえない足を必死に動かして逃げる、逃げる、逃げるっ!!

だが事はそう上手くはいかないものであった。

 

 

「わぶっ!!」

 

 

よりによって地表に出た大木の根に足を引っかけて転んでしまったのだ。何てベタな。

そして起き上がり後ろを見ると目の前に巨大虚がすでに追いついていた。足が竦み立ち上がれず、後ろ手に這うような形で距離を取ろうとするも、すぐに背中に木の幹が当たり、動けなくなってしまった。よくある絶体絶命の構図である。

 

 

「(あぁ…僕はここで死んじゃうのかな…。ちゃんと言いつけ守ればよかったよ…。)」

 

 

などと後悔してももうどうしようもないのだ。

蟹のような巨大虚は鋏を尖らせ、隼人を突き刺そうとしたその時。

巨大虚は急に地面が揺れるほどの雄叫びを上げた後に。

 

 

 

 

目の前に現れた死神によって蟹の鋏は細い糸のようなもので切られ、巨大虚は爆発していなくなった。

 

 

 

 

―――数分前―――

 

流魂街治安維持活動(という名目の単なる見回り)をしていた三名の死神が虚の気配を感じ討伐に向かっている最中であった。

 

 

「西流魂街ではあまり巨大虚は出ないと聞いているが…。」

「意外と大捕り物かもしれないぞ。久々に腕が鳴るわ。」

 

 

『六車九番隊』と背中に大きく書かれた特攻服を着た九番隊第四席・衛島忍(えいしましのぶ)と第三席・笠城平蔵(かさきへいぞう)が口々に話す中、

 

 

「お前ら!油断はするなよ。いくら虚とはいえ巨大なヤツが何体もいたらメンドくせぇからな。」

 

 

と九番隊隊長・六車拳西(むぐるまけんせい)が二人の気を引き締めていた。

 

そんな中、衛島は1つのとりとめのない疑問をぶつけた。

 

「しかし久南(くな)副隊長はなぜ今日は来なかったのでしょうか。」

(アイツ)ならほっとけ。今頃おはぎでも食いに行ってんだろ。ったく任務を放り出しやがって…!」

 

と、青筋をビキビキと立てながら苛立ちの表情を浮かべる拳西を見た衛島は、苦笑いをするしかなかった。

 

実際に現場にたどり着くと、巨大虚ではあったものの、1体であり、本来なら始解を使わずとも造作のない程度であった。

が。

 

巨大虚の眼前には今にも殺されそうな少年が怯えて座り込んでいた。

 

 

「あのガキっ…!」

 

 

瞬時に部下二人に指示を出した。

 

 

「笠城は左脚、衛島は右脚を斬って注意を逸らせ!」

「はっ!」

 

 

二人の斬撃は見事に命中し、脚を奪ったものの、巨大虚は雄叫びをあげ、暴れだした。

だが、その雄叫びを聞いた少年はあまりの恐怖で完全にに体が硬直してしまっていた。

 

あまりにも情けない少年の姿を見た拳西は始解をしてすぐに決着をつけ、少年を安心させることにした。

 

 

「吹っ飛ばせ、断風!」

 

 

拳西の始解である『断風(たちかぜ)』――風を糸状にして飛ばし、斬った太刀筋を炸裂させる能力――

が生み出した風の糸は巨大虚に巻き付くと同時に炸裂し、爆発四散した。

 

 

「お前ら!無事か!」

「はい!」

 

 

部下二名とも無傷であることを確認した後、拳西は少年に向けて言葉をかけた。

 

 

「おらぼうず!何固まってんだ!」

「へっ…?僕…助かったの…?」

「そうだ!生きてんだ!嬉しいだろ!」

 

 

といい、未だ怯えが残る少年の腕を引っ張り、無理やり立たせ、「笑え!」と言った。

上手く立てない少年の様子を見た衛島は

 

 

「隊長…さすがに無茶では…。」

 

 

と軽く呆れるがそんなこと知るか。

拳西は(かなりいい加減な方法で)少年を元気づけようとしていた。

 

だが実際動けないほど怯えていた少年は気を取り直し、普通に言葉を発するくらいはできるようになっていた。

 

 

「あの…。ありがとうございます。」

「礼言うくらいならとっとと俺が腕掴まなくてもテメェの足で立てるようになれ。」

「うっ…。はい…。」

「名前は何てんだ?あ?」

 

 

口囃子(こばやし)隼人(はやと)です…。」

 

 

「隼人か!虚如きに怯えるような腑抜けたヤツの名前じゃねえな!いい加減元気出せ!!」

「はっ…!はい…!!!」

 

 

拳西と少年が会話をする中で笠城が心に浮かべた疑問を少年に問いかけた。

 

 

「しかしなぜ治安の良くない地区の森に一人でいたのだ?」

 

 

事情を聞くと、流魂街一地区『潤林安』に住んでいること、家族に内緒で山菜や木の実を採りに来ていたら虚に遭遇したこと、逃げている途中に転び動けなくなったこと、などが少年のまだたどたどしい言葉からざっくりとわかった。

 

 

「一人で木の実採りに危険な地区へ遠足ってか。甘ったれかと思ったら十分肝据わってるじゃねえか。」

「いやそういう問題ですか隊長...。」

「へっ…!?あ、ありがとうございます…!」

「だから礼言うくらいなら早くテメェの足で立てっつってんだろうが…!」

「隊長!落ち着いてください…!」

 

 

正直虚よりも恐ろしいですよ…。とは口が裂けても部下二人は言えなかった。

 

 

「この辺りに虚は今んとこいねぇはずだ。暗くなる前にとっとと帰れよ。」

「えっ…あ、はい!!」

「お前らもそろそろ引き上げるぞ!」

「はっ!」

 

 

威勢の良い部下の返事とともにその場を引き上げようとしたその時。

 

 

「待って!!」

 

 

という声とともにさっきの少年がふらつきながらも小走りで追いかけてきた。

 

 

 

死神という存在は聞いたことがあったが、実際に見るのは初めてであった。

流魂街の住民の間ではあまり死神にいい印象を持たない者が多い。隼人自身も悪い印象こそ無いものの、いい印象も持っておらず、正直な話あまり関わりを持とうとは思わなかった。

 

だが今日目の前に現れた死神はまるで物語に出てくるかっこいい主人公(ヒーロー)のようであった。

 

自分を助け、虚を倒してくれた。かなりぶっきらぼうではあるものの自分を気にかけ、元気を出すよう声をかけてくれた。肝が据わってると褒めてくれた。

 

 

強烈に憧れた。

 

 

死神になりたい。尸魂界を護りたい。それも彼らと共に。

衝動的に強い思いが全身を駆け巡った後、隼人はおぼつかない足取りで動き始めていた。

 

 

「待って!!」

 

 

振り返った3人の死神は少し驚いたような顔でこちらを見ていた。

彼らの前に追い付いた後、考えるよりも先に言葉が出ていた。

 

 

「僕を死神にしてください!!!」

 

 

死神として一人前になった隼人がこの頃の自分に言葉をかけるとしたら、何て陳腐でベタな言葉だとでも言うだろう。だがそれでも言葉は洪水のように溢れ出てきた。

 

 

「霊力があるから虚に襲われるんですよね!?僕周りの人から聞きました!それに流魂街から瀞霊廷(せいれいてい)に来て死神になった人もいるとも聞きました!だったら僕も死神になりたいです!さっきみたいに虚を倒して尸魂界(ソウル・ソサエティ)を護りたいです!だから僕を死神にして下さい!」

 

 

その後も一心不乱に死神になりたいと懇願し続けた。正直彼らを困らせているかもとは思った。現にスキンヘッドの死神は険しい顔をしており、茶髪で長髪の死神も複雑そうな表情を浮かべていた。

 

しかし真ん中の銀髪の死神だけは表情を変えずに聞いていた。

 

最終的に隼人はただのお願いします連呼マシーンと化しており、表情を変えなかった銀髪の死神を怒らせるのも時間の問題だった。

 

 

「うるせぇっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

さすがに状況を把握した隼人は一旦落ち着き、ぺこぺこ上下していた頭をあげた。

すると目の前には、

 

 

 

真顔でいたはずの銀髪の死神が額、こめかみにビキビキと青筋を浮かべ、あの世のものとすら思えないほど凶悪な顔をしていた。

 

 

 

ぶっちゃけさっきの虚の数百倍怖かった。

 

でも諦めるわけにはいかず、その凶悪な顔と向き合った。

 

 

「お前…本気か。」

「本気です!!」

「本気で死神になりたいのか。」

「本気の本気の本気です!!おじさんたちみたいにみたいに強くなりたいです!」

「おじさんじゃねぇ!!!!!六車拳西(むぐるまけんせい)だ!!!!!」

「ひっ!!ごめんなさい!!」

 

 

必死に謝る隼人を見て他の死神は「おじさんって…!」と言いながら思わず吹き出してしまっていた。きっと後でブッ飛ばされるだろう。

より一層苛立ちを浮かべた表情をほんの一瞬見せたが、何とか抑えた後、

 

 

「お前が腑抜けたガキじゃねぇのはわかってる。こんな危険な場所に山菜採りに一人で出向くくらいだからな。だから本気で死神になるならついてこい。」

「えっいいんですか!?」

「立派な死神になりてえんだろ?だったら来い。」

「うん!!」

 

 

この一連のやりとりを見た部下二名は

 

 

「(えっ隊長子育て出来るの!?)」

「(こりゃあ平子隊長や京楽隊長にイジられるだろうな~…)」

 

 

などと各々考えていたが、さすがに確認はとらずにはいられなかった。

 

 

「隊長…いいんですか?流魂街の子ども一人を引き取るなんて。貴族の方々から批判が来たりするかもしれないですし…。」

「そんなもん勝手に言わせとけ。こんな小さなうちから霊力(チカラ)があるって自覚してるヤツは少ねぇしよ。ひょっとしたらコイツすげえ強くなるんじゃねえか?」

「はぁ…。」

「決まりだな。ついてこい。だが来るからには泣いて逃げ出したりするんじゃねえぞ。」

「はい!!!頑張ります!!!」

「それとさっき吹き出したお前ら二人は覚えとけよ…!」

「ひっ…!!わかりました…。」

 

 

 

 

そして、二名の部下が少し怯えた表情をしている中、口囃子隼人は死神の世界―瀞霊廷(せいれいてい)―に足を踏み入れることとなった。

 

 

 

 

九番隊隊長・六車拳西と出会ったこの日から、彼の物語は始まる。




自己満ssになりそうですが頑張って続けたいと思います。

ハーメルン意外と使い方難しい...。


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瀞霊廷にお引越し!

いくら流魂街の子どもを引き取るとはいえ、元々隼人がともに暮らしていた家族に何も言わず連れ出すという誘拐同然のことはする気になれなかった。

 

そのため、拳西はきちんと元の家族に話をすることにした。

向こうの家族を変に怯えさせるわけにもいかないので、笠城と衛島は隊舎に帰らせた。

書類仕事も特に残っていないので、拳西自身も諸々の話や手続きを終えたら直帰することにした。

 

 

最初は隼人を隣で歩かせていたが、大の大人の歩幅に小さな子どもが歩いてついていけるわけもなく、常に小走りしている状態であった。

虚に対峙した後でもあり、精神を消耗させていたため、隼人はへとへとであった。

 

 

「ちょっと待って下さいよ・・・。もう疲れた・・・。」

「あぁ!?まだちょっとしか歩いてねぇじゃねぇか!体力なさすぎだろ・・・。」

「さっきの虚から逃げる時に体力全部使っちゃいましたもん!」

「お前なぁ・・・!」

 

 

イラっときたものの、初めて虚と対峙したので、無理もないかと拳西は思った。

それにあんまり疲れた状態で家に帰らせると、家族からの印象もより悪くなるだろう。

 

そのため、(自覚はないが)せっかちな拳西は隼人を背負い、瞬歩で向かうこととした。

普段の拳西を知る者からしたら驚くような優しい行動であるのだが。

 

 

「乗れ。」

「えっでも・・・。」

「いいから早く乗れ!」

「そんな急に迷惑かけられません!」

 

 

さすがに我慢の限界がきた。

 

 

「だから乗れっつってんだろうが!!!あぁ!!??疲れたとか言うクセに迷惑かけられないとかふざけたこと言ってんじゃねえ!大人ぶってんじゃねぇよ!!それに俺がガキを背負って行動することのどこにお前が迷惑になる要素があるんだ!?小せぇガキ背負うことなんざ造作もねぇんだよ!」

 

 

などと怒鳴っていると、あまりの剣幕に隼人が固まってしまっていることに気付いた。

もう少し早く気付いてやればよかっただろう。

大の大人にここまで怒鳴られた経験など無かった隼人は、怒らせた申し訳なさや目の前の拳西への恐怖心などの感情がごちゃ混ぜになって耐えられなくなり、号泣してしまった。

 

 

「うええええーーーーーん!!!ごめんなさーーーーーい!!!!」

「なっ・・・!おい!泣くな!!」

 

 

さすがに言い過ぎたと拳西は思ったが、後の祭りだ。

自分が泣かせた以上放置するわけにはいかなかったのでなんとか泣き止ませようとした。

 

隊長になってから子どもと関わってきたことなど全くといっていいほどなかった。

子どもを上手に泣き止ませる方法など知らない拳西は、この際逃げられても仕方ないと思いつつ、近づきしゃがみ、頭を抱えてやると、意外にも逃げずに死覇装(しはくしょう)の襟を掴んできた。

 

ぎこちなく背中をさすってやると、あんなに大声で泣いていた隼人も落ち着きを見せた。

拳西自身もいったん落ち着いてから会話することにした。

 

 

「いいか隼人。お前はこれから俺と家族になるんだ。俺がお前の父親代わりになっておまえを育てる。だから俺に対して余計な遠慮はするな。」

「へっ・・・いいんですか・・・?」

「あぁ。その代わり俺も遠慮しねぇからな。さっきは言い過ぎたが叱るときはちゃんと叱るぞ。いいな。」

「えぇ・・・。」

「返事は!」

「はっはいいいいっっっ!!!!」

「よしっ!じゃあお前の家に行くぞ!瞬歩使うからすぐに着くぞ。」

「本当ですか!やったーー!」

 

 

「(案外ガキっぽいところもあるじゃねぇか。)」

 

変に大人びた子どもなら短気な拳西には育てるのも苦労するかもしれないが、子どもなりに喜怒哀楽のしっかりしたヤツなら、その方が拳西にとって一緒にいやすい。

隼人の性格や好きなものなどもこれから詳しく知っていけばいい。

突然泣き出したときはさすがに困ったが、何とか育てられそうだと考えていた。

 

もちろん元の家族が引き取ることを了承すればの話だが。

 

 

 

 

 

潤林安(じゅんりんあん)』で家族と暮らしていると聞いていたが、まさか瀞霊廷(せいれいてい)でも有名な雑貨屋にいる子どもだとは思わなかった。

あまり雑貨などに興味のない拳西でも、オシャレ好きな平子真子(金髪ストレート)から話を聞いているくらいの評判のいい店だ。

死神の間でも有名だと隼人に伝えたら、結構驚いていた。抜けているのか抜けていないのか・・・。

 

有名な店の働き手たちによって大切に育てられたのだろう。彼らが手放したくないと言えば交渉は難航するだろう。

相応の覚悟を決めて店に向かったのだが。

 

 

 

「別に構わねえぞぉー?」

「はっ?そんなあっさりいいのかよ・・・。」

 

 

隼人を一旦家に帰したときに、家族や町の者たちはさすがに心配していた。

連れてきたのが護廷の隊長であることもあり、隼人を叱りつける者もいた。

その際に隼人が初めて拳西が隊長であることを知り、大層驚いていたのをみて拳西は少々呆れたが。

それだけ大切に思われているのだ。急に引き取ると言えば怪訝に思われるのもやむを得ないと考えていた。

 

 

しかし、予想とは反対に快諾してくれた。

 

元々隼人に霊力があることを把握していた家族たちは、いつかは隼人を真央霊術院に行かせ、死神になってもらうつもりであった。ただそれが早くなっただけだ。と彼らは言っていた。

 

 

「隊長さんなら隼人をいじめたりはしねぇーだろーしよー。立派な死神にしてくれるんならこれ以上幸せなことはねぇーぞぉー。」

 

間延びした喋り方で、家族の長は快く隼人を送り出してくれた。

 

「頑張るんだぞぉー。」

「うん!強くて立派な死神になるよ!」

 

 

その後、地区の長にも確認を取ってもらうという名目で会いに行ったが、そこでも滞りなく手続きは済んだ。

これからは瀞霊廷の住民として暮らすこととなる。

養子にしようとは考えていないので、人別録管理局の手続きも楽に済むだろう。

 

 

瀞霊廷に入った時には、夕方になっていた。

 

 

「ここが瀞霊廷だ。デケェだろ?」

「おぉ・・・流魂街と全然違いますね・・・。見たことない建物がいっぱい・・・。」

 

見るもの全てに対し驚嘆したり目を輝かせたりとなかなか忙しいヤツである。

夕焼けと重なる双極の丘を肩車して見せた時には完全に目を奪われていたようだ。

 

人別録管理局で手続きを済ませた後、拳西の家に帰ろうとしていた道中でサングラスをかけたアフロヘアーの死神、七番隊隊長・愛川(あいかわ)羅武(ラブ)と出くわした。

 

 

「おっ拳西か。珍しいなぁこんな時間に七番区にいるなんて。」

「おーう。ちっと手続きにな。今日からコイツを引き取って育てることにした。」

「ほーーん??・・・なんか地味なヤツだな。」

「ラブの髪型に比べたら大体のヤツは地味だろうがな・・・。」

 

 

と自らの銀髪を棚にあげて拳西は苦笑したが、その後ろに隠れていた隼人は見たこともない髪型に興味津々であった。

 

 

「その髪の毛ってどうなってるんですか?」

「あれっ、そこ聞いちゃう!?てっきり自己紹介する流れだと思ってたんだがなぁ・・・。」

「こいつはラブだ。愛川羅武。七番隊の隊長やってる。」

「あっ!拳西!人の大切な自己紹介奪いやがって~~!!」

「うるせぇぞ!ほらっお前もしっかり挨拶しろ。」

 

 

台詞を奪われたラブが不平不満を漏らしていたが、お構いなしに拳西が挨拶するよう促した。

挨拶も出来ない子どもを拳西が引き取ったのかと他の人に思われるのは嫌だったのでなるべく大きな声で挨拶をした。

 

 

「口囃子隼人です!死神になろうと思ってます!よろしくお願いします!」

「おーーう元気なこった。だがちっと見た目が地味だな。自己紹介するなら見た目の地味さを無くすためにもっとこう印象に残る台詞を使わないとなー。」

「おいラブ!ガキ相手に無茶言ってんじゃねぇ!」

 

 

きっとさっきの部下二人がいたら「あなたが言いますか・・・・。」とツッコミが入っただろう。

 

 

「へっ、わーってるよ。頑張れよ。死神になるために。拳西面倒見良いから頼りになるぜ。まぁいっつも怒ってばっかだがな。」

「そーなんですか!一生懸命頑張ります!!」

「へいへーい。そんじゃあな。」

 

 

と手を振りながら歩くラブを見て、

 

 

「あっ!髪の毛のこと聞くの忘れてました!」

「それは聞かねぇ方がいいぞ・・・。」

 

 

と一応釘を刺した。

 

 

自宅への道すがら、隼人は隣の隊長を何て呼べばいいか迷っていた。

六車さん?拳西さん?隊長さん?それとも家族になるからお父さん?

わからず下を向き考えていると、

 

 

「どうした。何か不安なことでもあるのか?」

 

と言われたので、せっかく遠慮するなと言われたのだ、この際遠慮せず聞くことにした。

 

 

「おじさんのこと何て呼べばいいですか?おじさん偉い人だから変な呼び方して恥ずかしい思いさせたら嫌ですし・・・。」

「何だそんなことかよ。普通に名前でいい。ただ何があってもおじさんとかお父さんはやめろ。確実に馬鹿にされるからな。」

「あっそうですね!わかりました!これからよろしくお願いします!拳西さん!」

「おう。さっき会ったラブとかもそんな感じでいいと思うぞ。まあ卯ノ花さんとか総隊長のジーさんとかはさすがに気を遣ったほうがいいかもしれねぇが・・・。」

 

 

この時から隼人は疑問や不安を抱いた時は大体拳西に聞くようになった。

拳西が教えてくれる世界が自分の新たな世界となっていった。

約60年後に拳西たちが尸魂界から突然いなくなるまでは。

 

 

拳西の自宅に着くと、また隼人は目を丸くして驚いていた。

 

 

「ここが俺ん家だ。まあこれからはお前の家でもあるがな。」

「でっかいですね!」

「まぁ隊長なら大体こんぐらいの大きさの家じゃねぇか?夜一のトコみてぇに貴族ともなればもっと大きいだろうが・・・。」

「もっとでっかいんですか!!凄そうだなぁ・・・。」

「おら。とりあえず飯にするぞ。腹へってんだろ。食いたいモン作ってやる。」

「えーっ!いいんですか!何にしようかな・・・。」

 

 

 

こうして口囃子隼人の新たな日常は始まった。

 

 

たくさんの大人たちに見守られながら、死神として成長していくこととなる。

 




ラブの髪型っていったいどんな当時の技術を使って作られているんでしょうね...。


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死神見習い奮闘篇
登場人物紹介


こういう紹介書くの意外と楽しいですね・・・。


主要登場人物

 

口囃子(こばやし)隼人(はやと)

 

本作の主人公。茶髪の少年。一応『死神見習い』ということになっている。

自分を助けてくれた拳西を心の底から慕い、信頼している。

鬼道、回道、そして霊圧知覚の能力に対する才能を見出される。

その代わり、斬術、白打は絶望的で、体力面でもかなり不安が見られる。

喜怒哀楽の表現が周りの死神よりも強い。

その割には見た目が地味で、よく周りからも地味だと言われることが悩み。

やや世間知らずな所がある。

 

 

六車(むぐるま)拳西(けんせい)

 

護廷十三隊・九番隊隊長。銀髪のマッチョな死神。

短気で気性が荒いが、父親代わりをしている隼人にはなるべくキレないようにしている。

しかし真の信頼関係を築いた後は遠慮なく叱るようになった。

面倒見がよく、隊の内外問わず多くの部下から尊敬されているが、瀞霊廷通信の仕事はもっぱら部下に丸投げしている。

体力のない隼人に筋トレを勧めているがあまり乗り気になってくれない。

「おはぎ食べたい!」を理由に仕事を放り出す副隊長の対処に毎日悩まされている。

 

 

九南(くな)(ましろ)

 

護廷十三隊・九番隊副隊長。緑色のウェーブヘアーの女性死神。

突然九番隊にやってきた隼人をマスコットキャラクターのように溺愛する。あだ名は「はやちん」とつけた。

ときどきおはぎを食べに仕事を放り出し隼人を連れ出すこともある。

とにかくおはぎ命。きなこのついたのが命。女性死神協会理事。

 

 

京楽(きょうらく)春水(しゅんすい)

 

護廷十三隊・八番隊隊長。笠をかぶった派手な身なりの死神。

拳西が子どもを連れてきたという噂を聞いて面白半分で隼人に会いに行った。

白ほどではないが隼人を可愛がっており、書物の豊富な八番図書館で一緒に本を読んだり勉強を教えたりしている。

また拳西にはあまり話したくない悩み事を聞いてあげたりもする。隼人の緊急時の心のオアシス。

 

 

四楓院(しほういん)夜一(よるいち)

 

護廷十三隊・二番隊隊長。褐色の肌をしたナイスバディの女性死神。

鬼ごっこをしたいという理由で隼人に歩法を教え、瞬歩の真似事レベルまでできるようにさせてしまった。

仕事をサボる際は白哉か隼人のところへ行って遊び相手をしてもらっている。

少々百合っ気のある部下からの熱い視線が悩みの種。女性死神協会理事。

 

 

浮竹(うきたけ)十四郎(じゅうしろう)

 

護廷十三隊・十三番隊隊長。白髪で長髪の死神。

病気がちではあるが、なぜか隼人と会話していると気分が良くなることが多い。

修行風景を見るのが好きで、夜一のマンツーマン歩法講習会に付き添ったりすることもしばしば。

瀞霊廷の落ち着きスポットをたくさん知っている。

 

平子(ひらこ)真子(しんじ)

 

護廷十三隊・五番隊隊長。前髪ぱっつん金髪ストレートの(自称)オシャレ死神。

京楽と同じく噂を聞きつけ拳西を盛大にイジり倒すために翌日自隊の朝礼をブッチして九番隊に行った。

通りなどで何かと隼人と会うことが多く、お世話することもしばしば。

十二番隊副隊長からの嫌がらせに毎日苦しんでいる。

 

 

鳳橋(おおとりばし)楼十郎(ろうじゅうろう)

 

護廷十三隊・三番隊隊長。ローズ。ウェーブヘアーの金髪ロングの死神。

音楽が大好きで隼人を管弦の道に何度も誘っているが、毎回悪気無くあしらわれている。

自己陶酔しがちでよくラブから容赦ないツッコミをされる。

肝っ玉母ちゃんな自隊の副隊長が少し苦手。

※本来113年前に隊長就任ですが、前倒ししちゃいました。

 

 

愛川(あいかわ)羅武(ラブ)

 

護廷十三隊・七番隊隊長。グラサンアフロヘアー。

その独特な髪型をどうやって作り、維持しているのかを隼人が真剣に考えているのを見て少なからず恐れを抱いている。

隼人と会うと必ずキャラ立ちしていないと言い、まるでジャンプ編集者のように色々指南している。

ハート型の斬魄刀の鍔が地味にお気に入り。

 

 

矢胴丸(やどうまる)リサ

 

護廷十三隊・八番隊副隊長。眼鏡をかけたミニスカ三つ編みの女性死神。

未だ純粋無垢な隼人にあっち方面のネタを植え付けようと奮闘している。

毎回いいところで拳西や京楽に見つかってしまい、歯がゆい思いをしている。

隠れているものを見たがり、隊首会の様子をこっそり見に行くこともしばしば。女性死神協会会長。

 

 

卯ノ花(うのはな)(れつ)

 

護廷十三隊・四番隊隊長。長い黒髪を前で束ねた女性死神。

隼人が初めて会っただけで怒らせてはいけない人だと悟った唯一の人物。

風邪を引いて寝込んだ時に不安がピークに達して泣き出した隼人を叱りつけた。

そのときの威圧的な笑顔はいつまでも心に刻まれている。女性死神協会理事長。

 

サブの登場人物

 

 

猿柿(さるがき)ひよ()

 

護廷十三隊・十二番隊副隊長。金髪ツインテールの小柄な女性死神。

小柄なため隼人から近い年だと勘違いされ、タメ口で会話されることに毎回ブチ切れている。

利権を貪る目的で女性死神協会副会長も務めている。

 

浦原(うらはら)喜助(きすけ)

 

護廷十三隊・二番隊第三席。ちょっぴりうさんくさい死神。

いつもへらへらしているように見えるため、なにかと話しやすいと感じた隼人の話し相手になることが多い。夜一さんと一緒にいることが多い。

 

砕蜂(ソイフォン)

 

護廷十三隊・二番隊隊士。おかっぱ頭の女の子。

夜一様大好き。夜一様と強い信頼関係を築いている浦原や、マンツーマンで歩法を教えてもらっている隼人にハンカチを噛むかの如く強い嫉妬を抱いている。

 

握菱(つかびし)鉄裁(テッサイ)

 

鬼道衆総帥・大鬼道長。

夜一のマンツーマン歩法講習会にたまに付き添っていたが、その際に隼人の鬼道、回道への才を見出す。

 

有昭田(うしょうだ)鉢玄(はちげん)

 

鬼道衆・副鬼道長。

通称ハッチ。何だかんだパシらされることが多いが、いつもお礼を言ってくれる隼人を可愛がっている。

 

曳舟(ひきふね)桐生(きりお)

 

護廷十三隊・十二番隊隊長。紫髪の美人のオネーサン死神。

拳西が仕事で忙しい時に隼人がよくご飯目的でお世話になっている。ひよ里から母親のように慕われている。

 

朽木(くちき)白哉(びゃくや)

 

朽木家未来の跡取り。

当時から屋敷を女性死神協会の根城にされ、見つける度に憤っていた。

隼人の鍛錬仲間。

 

山本(やまもと)元柳斎(げんりゅうさい)重國(しげくに)

 

護廷十三隊・総隊長。おじいちゃん。

和食大好き。抹茶大好き。それを他人にも押しつけがち。

 

雀部(ささきべ)長次郎(ちょうじろう)忠息(ただおき)

 

護廷十三隊・一番隊副隊長。ロマンスグレーの紳士。

洋食大好き。紅茶大好き。でもちょっぴり詰めが甘い。

 

志波(しば)海燕(カイエン)

 

護廷十三隊・十三番隊席官。黒髪のイカした兄ちゃん。

尊敬できる所もあるが、正直言ってウザい先輩。

 




この他にも色んな方々が出るはずです...!


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九番隊での一日!

しばらくは日常です。戦闘のせの字もないです・・・。


瀞霊廷に引っ越してきた翌日。

 

今日からしばらくは九番隊に一緒に行って色んな大人と話をしてみろと言われた。

てっきり最初は一人で留守番するものだと思っていたので、退屈にならずに済む。

昨日会ったラブも面白い人だと認識していたので、他にどんな人がいるのか楽しみにしていた。

 

 

「今日は俺の部下たちにお前を紹介するからしっかり挨拶しろよ。」

「はい!どんな人がいるのか楽しみです!」

「おーそうかそうか。まぁ俺の隊にはそこまで変なヤツはいねぇから心配すんな。一人ウゼェヤツはいるがな・・・。」

「????」

 

 

一抹の不安を感じさせる言い方をされて疑問に思ったものの何とかなるだろうと隼人は思っていたが。

 

 

想像以上のクセ者達が集まってくることとなる。

 

 

 

九番隊全隊士が揃って行う朝礼で隼人は挨拶することとなった。

 

 

「今日から死神見習いとして九番隊で度々世話んなるガキだ!ほらっ挨拶しろっ。」

「えっああっはいっ!口囃子隼人です!これからよろしくお願いします!」

「まぁしばらくは俺の小間使いみてぇなもんだ!おめぇらも仲良くしてやれよ!」

 

 

精一杯隼人は挨拶をしたが、集まった隊士はみなぽかんとしていた。

約2名は笑いをこらえていたが。

場が静寂に包まれている中、第六席、藤堂(とうどう)為左衛門(いざえもん)は昨日同行していなかったため、突然の出来事に当惑しつつ場の声を代弁する形で尋ねた。

 

 

「隊長・・・。どこで拾って来たんすか、このガキ・・・。」

「流魂街だ。一丁前に死神にしてくれなんてウゼェくらい言いやがるから面白れぇと思ってな。」

「はぁ・・・。ってまさか!隊長の隠しgぐはぁっっっ!!!!!」

 

 

豪快な右ストレートが藤堂の顔に当たり、吹き飛ばされた。

 

 

「誰の隠し子って言いてぇんだテメェはよぉ・・・!」

「隠し子って何ですか?」

「隼人はまだ知らんでいいぞ・・・。」

 

 

そういうオトナな知識を知るのはまだ早いと拳西は考えていると、かなり大きな音で襖が開けられた。

 

隼人の目の前に突然緑のウェーブヘアーの女性死神が現れた。

 

 

「ったくお前は今日も遅刻しやがって・・・!!」

「だぁれ?この子。拳西の知り合い?」

「流魂街で拾ったガキだ。今日から死神見習いでここに置く。」

「ふ~~ん。お名前は?」

「こっ口囃子隼人です・・・。」

 

 

ちょっと怖かったが一応挨拶したものの、彼女はしゃがんでじーーーっと隼人の目を見ていた。

しばらくすると、だんだんと口を三日月の形にし、満面の笑みで

 

 

「かーーーーーーーーーーーーーーーーーーわいいっっっっっっ!!!!!!!!」

 

といい、全力で抱きしめた。

 

 

「あたしはねっ!九南(くな)(ましろ)っていうの!ましろお姉さんって呼んでね!よろしく!はやちん!」

「ふぇ!よろしくお願い・・・ってかちょっと苦しいです・・・。」

「九南副隊長!力込めすぎです!隼人が窒息しそうになってますよ!」

 

 

衛島が止めようとしても白は全く言うことを聞かないのだ。

急にあだ名を付けられたり窒息しそうになったりとなかなか大変な思いをしている隼人にさすがに周りの隊士も同情せざるをえなかったが、予期せぬ来客がさらに到来した。

 

 

「何や何や~~~!拳西が誘拐したガキはどこにおるんや~~~!」

「おい・・・。何でテメェまで来てやがる・・・!」

「いや~~な~んか風の噂で拳西がガキ連れて人別録管理局の近く歩いてるー聞いて面白そうやと思って来たんや~。」

 

 

金髪ストレートロングヘアーの死神、平子(ひらこ)真子(しんじ)が茶々を入れに来たのだ。厄介なことこの上ない。

 

 

「ちっ。ラブの仕業か・・・!あいつ勝手にベラベラと言いふらしやがって!」

「けどまた聞いた通り地味なやっちゃなぁ~。見た目の印象薄すぎるやろ。もっと派手な方が女の子に可愛がられるで~~。」

「だからお前もいちいち余計な事言ってんじゃねぇ!完全に隼人が困ってるだろーが!」

 

 

よりによってかなりアクの強い死神がもう一人来てしまったため、勢いに押された隼人は完全に気圧されていた。

 

収集がつかなくなり始めた場に、今度は平子の身体がたまたま作り出した影から笠を被り女物の派手な着物を羽織った死神が現れた。

 

 

「わっ!!影から人が!びっくりした!」

「な~~んだ。六車クンがかわいい女の子を連れてきたって噂を聞いたのに男の子かぁ~残念だなァ~~。」

「京楽さんまで来てんのかよ・・・!」

「ボクだけじゃないよ。ほら。」

 

 

と京楽が指さした窓枠に、眼鏡をかけた三つ編みの女性死神が外から覗き込んでピースしていた。

 

 

「アタシもおるで。ちゃんと把握しとき!」

「リサまで来てやがる・・・。つーか八番隊は隊長副隊長揃って何してんだよ・・・。」

 

 

呆れる拳西など構わず八番隊トップ二人は隼人に対して興味津々である。

 

 

「何だかフツーの子だね。キミ、元々どこに住んでたの?」

「流魂街で商売してる家にいました!」

「へぇ~じゃあ意外としっかりした子なのかなぁ。ねぇリサちゃんはどう思う?」

 

 

京楽の隣にやってきたリサは真剣な顔で隼人の顔を凝視し、

 

 

「母親は三番隊のあのカワイイ子やな。」

「なッ・・・!拳西!いつの間に子作りに勤しんでんねん!助平なやっちゃな~!教えてくれてもええやろ!」

「えぇっ!?六車クンの隠し子かい!?硬派に見えて意外と大胆なコトするねぇ~。」

 

 

あまりにも容赦のない三名の隊長格のイジリに短気な拳西が我慢できるはずもなく、

 

 

「もう我慢ならねぇ!!お前らいい加減帰れーーー!!!!!!!」

「隊長!!!どうか落ち着いてください!!!」

 

 

拳西がブチ切れたところでリサと平子は巻き込まれるのを避けるためにそそくさと帰っていき、京楽は、

 

 

「あぁ忘れてた。これ今度の合同演習についての書類だからヨロシクね。隼人クンもたまには八番隊(ウチ)においで~。お菓子いっぱい用意してあげるよ~。子どもお世話するって言えば堂々とサボれるし。」

 

 

などと言い、鼻歌を歌いながら帰っていった。

 

 

「書類渡すなら後でもいいだろ・・・。よりによって何で今来るんだよ・・・。」

「でも朝から一生懸命仕事をしているのは素晴らしいと思いますよ!尊敬しますね~!」

 

 

未だに白に抱きつかれたままの隼人が言った、少々ズレている感想に、拳西はため息をつきつつ額に手を当てて呆れてしまった。

 

 

 

 

今日は次の瀞霊廷通信の編集会議の日であった。

 

当時の瀞霊廷通信はまだ瓦版のようなものであり、時事性、速報性を重視した事件を報道するための印刷物であった。

そのため、どうしても内容に面白さが欠けてしまい、瀞霊廷の一部の住民からはつまらない、あまり見てない、などと言われ、どうテコ入れしようかと考えていた。

 

拳西は全く瀞霊廷通信に関わっていないのでどうでもよかったが、会議を見たいと隼人が言ったので、良い刺激になりそうだと考え、編集室に連れていくことにした。

 

 

「隊長!ようやく編集に協力してくださるのですね!ありがとうございます!」

「俺は何もしねぇぞ。ただ隼人にどんな様子で会議してるか見せるだけだ。あと前に出版したやつを隼人に見せてぇから持ってきてくれ。」

「はっ!(やっぱり協力してくれないか・・・。)」

 

 

などと部下が心中で落ち込んでいた横で隼人は見たこともない機械に興味津々であった。

 

 

「この文字がたくさん並んだ機械は何ですか?」

「これは活版印刷といってね、まぁ簡単に言うならたくさんのハンコを使って文章を印刷するようなものよ。」

 

元々墨を使って一つ一つ手書きで発行していたが、版の数を増やすためには作業の簡略化が必要となり、ひとまず当時の現世にあったこの技術が編集室では採用されていた。

 

 

「へ~!すごいですね!そんな機械があるんだ~。」

「まぁ現世から霊子化して取り寄せたんだけどね。でもこれのおかげで大分印刷しやすくなったのよ~。」

「現世にはこんな機械がたくさんあるんですね!いつか行ってみたいな~。」

 

 

初対面の女性隊士とも難なく会話している隼人を見て安心している最中に、さっきの部下が過去の瀞霊廷通信を持ってきてくれた。

 

 

「こちらでよろしいですか?」

「あぁ。すまんな。おい隼人!これが瀞霊廷通信だ。コイツが持ってきてくれたからしっかりお礼言えよ。」

「はい!持ってきてくれてありがとうございます!」

「いいえ~どういたしまして。また何かあったら色々聞いてね。」

「よしっ。ちゃんとお礼言えたな。じゃあ見せてやるぞ。」

「やったーーー!」

 

 

かなり嬉しそうにしながら拳西の持っていた瓦版を見たが、屈託のない笑顔で衝撃の一言を放った。

 

 

 

「何て書いてあるんですか?全然読めないんですが・・・。」

 

 

瞬時に場の空気が凍った。拳西ですら衝撃を受けていた。

 

普通に大人たちと会話しているため、字もそれなりに読めるものだと単純に考えていたが、どうやら会話することだけは大人と同じくらいできるだけで、読み書きはほとんど教えられなかったのだろう。

瓦版の中で読めた字は自分の名前に使われている『口』『子』『人』だけであった。

 

 

「お前はまず読み書きの練習からしねぇとな・・・。こりゃ霊術院入るまで何十年もかかりそうだぞ・・・。」

「霊術院に入るためには字読めないとダメなんですか?」

「あったりめーだ!試験は筆記もあるからな。それに試験問題は現世のことも問題になるからこれよりも長い文章読むことになるんだぞ。」

「ひぇえええっ!!!これよりも!!??僕ちゃんと読めるようになるかな・・・。」

 

 

目ん玉を飛び出すかのような勢いで驚いていて正直不安に思った。霊術院に滞りなく入れるだろうか。しっかり死神にしてあげられるだろうか。

 

いや、親である以上俺がどうにかしてみせる。投げ出したりするものか。

一念発起した拳西は、時間はかかってもこの際構わないので、色々な方策を練ることにした。

 

 

「(まずは貴族たちが読み書きの練習に使う教材買わねぇとな・・・。夜一でもあてにすっか。)」

 

 

 

その後も白がおはぎ食べたいと駄々をこねたり、隼人が厠から戻る最中に隊舎内で軽く迷子になるなどちょっとした事件はあったが、拳西の仕事に大きな支障をきたすこともなく一日を終えることができた。

 

帰り道、隼人は今日一日の感想を拳西に言うよう求められた。

 

 

「今日はどうだ?楽しかったか?」

「それはもうとっても楽しかったです!置いてあるものとかが流魂街にあるものとは全然違いますね!」

「そりゃあ現世から持ってきてるものもあるしな。お前の知らねぇモンもこれからたくさん見ることになるぜ?」

「おぉ・・・!明日からも楽しみですね・・・!」

 

 

隼人にとっては二日連続で初めての物にたくさん触れたので、とても興味深い経験ができた。

だが、それ以上に隼人は今日初めて会った人たちとの会話を楽しんでいた。

 

 

「あと、今日会った桃色の服のおじさんとか眼鏡のお姉さんとかがとっても面白かったです!」

「おぉそうか。京楽さんはいっつも鼻の下伸ばして女見てるが信頼できるからな。あの人ならいざという時に頼りになるぞ。でも他の隊にはあんま迷惑かけんなよ。」

 

 

他にも隼人は金髪の死神などについても楽しそうに拳西に伝えた。

 

 

「あと金色の髪の人も面白かったです!何か変わった喋り方してますよね!」

「あぁ真子か。あいつならとびっきり迷惑かけても大丈夫だ。むしろツッコミ待ちしてるから歓迎するだろうな。」

「はぁ~そうなんですか・・・。」

「白はどうだ。アイツ相当お前のこと気に入ってたみたいだが上手くやっていけそうか?」

「まぁ・・・なんとか!でもいい人でしたよ。」

「ならいいんだが・・・。アイツはいつ暴走しだすかわからねぇからな・・・。」

 

 

こういった一日の出来事を話すことは、毎日続けるようになった。

隼人は一日の出来事を拳西に話すことが楽しかったし、拳西も隼人が一日で何をしたのかについて把握ができるので、お互いにメリットがあったのだ。

 

拳西にとっての今日の収穫は、何よりも隼人が九番隊に馴染めたことだ。

この調子なら忙しくないときは留守番させずに九番隊に置いておける。

二日一緒にいて、ちょっと世間知らずでズレたところはあるが、物分かりのいい子だとわかった。

隊内でも大人しくしていられるだろう。

 

 

「明日からは勉強するぞ。ちゃんと字読み書きできるようにしねぇとな。」

「難しいんですか?」

「何年もかかるだろうがお前ならできる。こんなんで投げ出すヤツは死神になんかなれねぇよ。」

「うぅ・・・何年も・・・。いや!諦めません!!」

「そうだ!その意気で明日から頑張ろうな。」

「はい!絶対死神になってやる・・・!」

 

 

ふぉおおと言い目に炎を宿すかのように闘志を燃やして隼人は明日からの勉強を頑張ることを決意したところで家に着き、初めて九番隊に行った日は終わりを迎えた。

 

 

 

 




方言ってやっぱり難しいですね・・・。


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広いお屋敷で鍛錬!

「ああ!暇じゃ暇じゃ!何か面白いことはないかのう。」

 

 

始業時刻になって早々不満をもらす女性死神がいた。

 

四楓院(しほういん)夜一(よるいち)

 

護廷十三隊二番隊隊長であり、隠密機動総司令官及び、「刑軍」統括軍団長などの仰々しい役職を兼ねている彼女は今日も暇つぶしのネタを探していた。

 

いつも逃げ出した夜一を捕まえる副隊長の大前田(おおまえだ)希ノ進(まれのしん)は昨日から一週間現世出張に赴いているので、今日の夜一はまさしく野良猫のように奔放かつ気まぐれに過ごすつもりでいた。

 

「喜助は蛆虫の巣に行っておるし・・・。かといって砕蜂(ソイフォン)は変に真面目じゃから帰ろうなどと色々うるさいしのう・・・。うーむ・・・。」

 

腕を組み、首を傾げつつしばらく思案していると九番隊の隊士が回覧の書類を届けに来た。

 

「失礼いたします!こちら四楓院隊長宛の書類でございます!確認をどうぞ。」

「おう。そこの机にでも置いといてくれ。次は六番隊に届ければいいんじゃな?」

「はい!よろしくお願いいたします!それでは!」

 

走り去る九番隊の隊士をみて夜一は何かをひらめき、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「お主!待つんじゃ!今日は九番隊に・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

口囃子隼人が拳西と共に暮らし始めて10年が経った。

 

瀞霊廷に来た時の隼人は見た目10歳程であり、現世の子どもであれば10年経てば大人であってもおかしくない。

しかし、尸魂界の住民は老化の速度が非常に遅いため、10年間でもほとんど見た目は変わることはないのだ。

 

なので、端から見ると何も変わってないように見えるが、隼人はこの10年間でだいぶ読み書きの知識を身につけた。

 

 

「はい、これが頼んでた本だよ。人気だから借りる人たくさんいたけどリサちゃんが適当に置いてた図書館の蔵書の中からたまたまもう一冊ボクが見つけたから貸してあげる♡」

「えぇーーっ!!本当ですか!これって今すごい人気の『瀞霊廷探偵』の続編じゃないですか!」

「ボクが見つけなかったら隼人クンは数ヶ月読めなかったと思うよ~。だからさ、『バラ色の小径』、買ってくれると嬉しいな~~。」

 

 

さりげなく京楽は自分の著作のセールスを行っていたが、完全に隼人の関心は人気の本に移っていた。

過剰なリアクションで落胆した後に、京楽は10年の隼人の成長をしみじみと感じていた。

 

 

「しかし10年で死神向けの結構難しい小説をしっかり読めるようになるとはね~。」

「拳西の鬼みたいな教育のおかげやろ。おそがいヤツや。」

「まあ夜一ちゃんから貰った読み書き練習の本をボロボロになるまで使い込んでいたからそりゃあ成長するはずだよ。あとリサちゃん、絵本感覚でそんな過激な春画置かないの!子どもには毒だよ!」

「なんでや!純粋無垢なお子ちゃまを大人の世界に誘うことは大事やろ!絶対隼人これ見たら興奮するで!」

「前にリサちゃんがこっそり本に紛れ込ませた春画を間違って隼人クンが見て顔真っ赤にしてて、六車クンものすごい怒ってたんだよ!」

「な・・・・・・っ!なんでアタシその場におらへんかったんや!もったいなーー!!」

 

 

ちっとも反省していないリサが全くもって的外れな後悔をしていると、とある人物が八番隊隊主室にやってきた。

 

 

「邪魔するの。隼坊はおるか。さっき回覧を届けにきた奴からここにおると聞いたが・・・。」

「はい!ここにいますけどわざわざ僕に何かあるんですか?夜一さん。」

 

 

隼人が返事をした後、夜一は血相を変えて叫んだ。

 

 

「実は六車が大変なんじゃ!」

「えぇっ!急いで戻らないと!京楽さん!矢胴丸さん!すいませんが失礼します!」

「そんな大変ならアタシらも行った方が・・・!」

「いや、お主らは大丈夫じゃ。隼人だけ連れてけば十分じゃ。それじゃあ失礼するの。」

「あぁそうかい。じゃあ頼んだよ。」

「急いで行きましょう!早く戻らないと・・・!」

 

 

最後に夜一が言葉を発した後、ウインクをしたのを見て察した京楽とリサは隼人を見送った。

夜一が隼人を抱え瞬歩で外に出ていった後、

 

 

「あ~あ。取られちゃった~~。」

「ええやろ別に!また本返しに来るんやし!つーかはよ仕事せえ!!」

「痛い!!!リサちゃんもね!!!」

 

 

リサの飛び蹴りが京楽の顔面にクリーンヒットし京楽は渋々仕事を再開した。

 

 

 

「夜一さん!九番隊はあっちですよ!?なんで逆方向に・・・。」

「ふははははははは!!!!お主は本当に騙されやすいの!!」

「えっっ???」

「別に六車には何もないぞ。ただ儂が隼坊を連れ出したかっただけの話よ。」

「何だ・・・・・・。よかったぁ・・・・・・。」

 

 

かなり鬼気迫る表情で夜一がやってきたのだ、隼人は本当に拳西の身にまずいことがあったと心配していた。

なので夜一の嘘だとわかった時には、隊長である拳西に失礼ではあるが、かなり安心したものだ。

 

「というか僕たちどこに行くんですか?」

「朽木の屋敷じゃ。隼坊!今日は思いっきり体を動かして遊ぶぞ!」

「えっ!いいんですか!?仕事あるんじゃ・・・。」

「朽木に回覧届けたら今日の仕事は終わりじゃ。」

「何かすごく強引ですね!!まだ昼前なのに!」

「それぐらい強引でないと隊長など務まらんぞ!儂は今日遊びたくてうずうずしておる!今日の儂は誰にも止められぬぞ!ふははははははは!!!」

「えぇーー・・・。」

 

 

恐らく誰よりも強引で破天荒な方法で夜一は仕事を放り出した。

そして初めて朽木邸を訪れた隼人は、初対面の自分と年の近い者に出会った。

 

 

 

 

「白哉坊!また来たぞ!今日も遊んでもらおうかの!」

「また来やがったな化け猫!私に遊びなど不要だと何度言えばわかるのだ!」

「そうすぐ熱くなるでない!次期当主がそんなものでは将来が危ぶまれるのう。」

 

 

夜一が自らの遊び場としてよく朽木邸を訪れ、次期当主の子どもをおちょくって怒らせているという話は拳西伝いに何となく知っていたが、その子どもが自分と近い年だとは知らなかった。

 

 

「紹介するの。朽木(くちき)白哉(びゃくや)。後々隊長になるかもしれん男じゃ。まあ今の性格じゃ到底無理じゃがのう!」

「黙れ夜一!」

「それとこいつは口囃子隼人じゃ。六車が世話しとる童じゃ。仲良くするのじゃぞ、白哉坊!ほれ、隼坊も挨拶せぇ!」

「あっよろしくお願いします!」

 

 

正直貴族の子弟にはあまりいい印象は無かった。

今まで会った貴族の子弟は、自分の出自を知っている者は露骨に嫌な顔をし、自分の出自を知らない者も、親から聞かされたのか、二回も遊んでくれた者は誰もいなかった。

 

拳西には「そんな奴はぶん殴っちまえ。」などと言われたが、そんなことしたら大問題になるのはさすがに色々死神の世界を知った隼人には分かっていた。

なので、この手の差別はしばらくずっと付き合わないといけないと覚悟していたのだが。

 

 

「よろしくな!隼人!」

「えっ・・・あぁはい。」

「何故そのように畏まっておるのだ?」

「いや・・・。『遊びなぞ不要だ』って言ってたので僕のことも嫌かな~って思って・・・。」

「確かにあの化け猫は嫌だが卿を嫌う理由にはならぬ!」

「でも僕流魂街出身で・・・。」

「なんだ、そんなこと私には関係ない!私は他の貴族とは違って差別などしないぞ!」

「そういう考えじゃから此奴は大丈夫じゃ。」

「はぁ・・・。」

 

 

隼人にとっては経験上あまり信用できなかったが、夜一が大丈夫だと言っているので多分大丈夫なのだろう。強引だがそう結論づけることにした。

 

 

「というわけで今日は遂に『アレ』をお主らに教えるぞ!」

「『アレ』って?」

「そう言われて私は何度貴様に騙されてきたか・・・!」

「いや、今日の儂は本気じゃ!瞬歩を教えてやろう!」

「えっ!あの瞬歩!?拳西さんたちができるやつをですか!?でも何で僕たちに・・・。」

「決まっておろう。鬼ごっこをしたいからじゃーーー!!!ふははははははは!!!」

 

 

本当にこの人は自分の欲望に忠実な生き方をしてるな~と隼人は何度でも思う。

たかが鬼ごっこのために子どもに死神の高等歩法技術を教えているのを知ったら、霊術院の講師にめちゃくちゃ怒られるだろう。まあそれでもこの人は構わずやるだろうが。

 

 

「白哉坊にだけ教えるつもりであったが隼坊も死神になりたいと言っておったしな。いつも勉強ばかりじゃと疲れるじゃろ。今日はいっぱい体を動かすぞ!」

 

 

 

そして『四楓院夜一の瞬歩講習会』が始まった。結果、白哉は元々センスがあるのか一日でそれなりに形にするという偉業を成し遂げていたが、一方隼人は歩法の基礎以前に、体力が足りていなかった。

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~~しん・・・どい・・・です・・・。」

「お主・・・。体力無さすぎじゃろ・・・。これは六車に言う必要があるのう・・・。」

「そっそれだけは言わないで下さい!!!ただでさえ普段の勉強が厳しいのに・・・。」

「決めたぞ!しばらく儂と二人で猛特訓じゃ!くだらん紙の仕事よりこっちのほうが大事じゃ!」

「え~~~仕事してくださいよ~~~~!」

 

 

そして、白哉にも教えてもらいつつ軽く死にそうになりながら今日の講習会は終わった。

夕方になると、隼人は完全に足が動かなくなっていた。

朽木邸の縁側で三人は座りながら夕焼けを見て、今日一日を振り返っていた。

 

 

「なっさけないのう~~!これぐらいで使い物にならなくなるとは。」

「いや、さすがに私も疲れたから心配しなくていいぞ、隼人・・・。」

 

 

いつもよりも体を使ったからか、日々鍛錬している白哉もかなり疲れていた。

 

 

「まあお主らの実力がわかって儂は満足じゃ!しかしいつになるかのう。お主らが死神として立派になるのは。」

「100年以上は必要な気がします・・・。」

「なら儂もあと100年以上は隊長を続けないとな!お主らが隊長になるのが楽しみじゃ!」

「僕こんな調子じゃなれませんよ・・・死神にもなれるかどうか不安で・・・。」

「それはお主ら次第じゃ。努力すればお主らはきっと卍解できるようになる。隊長にもなれるぞ!まあ儂は天才じゃから隊長になれたんじゃがのう!ふははははは!!!!」

「自分で言うかそれを・・・。」

 

 

と、白哉が呆れていたところで、隼人にお迎えがやってきた。

 

 

「・・・・・・何かスゲェことになってんな。」

「おう六車!今日此奴らに瞬歩を教えておったんじゃが、隼人は全然体力が無くてのう。鍛えてやってくれ。」

「いきなり瞬歩教えてんのかよ!段階ってものを知らねぇのかよ・・・。」

 

 

だが、近い齢と思われる白哉と比べても、隼人の疲れっぷりは相当なものであった。

いつも読み書きの練習や、本を読ませることばかりさせていたため、運動というものをあまり本格的にしてこなかったのである。

 

考えてみれば初めて会った時もすぐ疲れていた。元々体力に乏しいのだろう。

明日から九番隊の隊士と鍛錬でもさせるか、などまた拳西も無理やりな鍛錬方法を考え始めた。

 

 

「じゃあコイツ連れて帰るぞ。挨拶ぐらいできるだろ。」

「今日はありがとうございました。」

「俺に向かって挨拶してんじゃねぇよ・・・。」

「えっ・・・。ああ本当だ。すいません。」

「眠そうじゃから帰して休ませてやれ。楽しかったぞ。」

「あぁ悪りぃな。朽木んトコのガキも付き合ってやってくれてありがとな。」

「いえ!私もとても楽しかったです!」

 

 

こっくりこっくりしており、いつ寝てしまってもおかしくないので、拳西は隼人を背負って帰ることにした。

 

 

「また来てくれ!卿なら歓迎するぞ!」

 

 

最後にそう白哉から言われた瞬間、隼人は急に目を覚まし、

 

 

「はい!また鍛錬しましょう!」

 

 

と拳西の背中の上から嬉しそうにしていた。

 

 

 

「今日は楽しかったか?」

「はい。すごく疲れましたけど・・・。」

 

 

さすがに今日は疲れた。

京楽さんから借りた本を読むつもりであったが、突然の予定変更で鍛錬することになるとは。

夜一の完全自分ペースでの鍛錬についていくのは子どもには至難の業であり、もう歩くのすら辛い。

 

だが、個人的には嬉しいこともあった。

 

白哉と知り合いになれたことだ。

今までの貴族の子弟とは違い、自分の生まれを関係ないと言ってくれた。

その上でまた来てくれと言ってくれた。

初めてできた同年代のまともな知り合いとこれから交流することが楽しみで仕方ないのだ。

 

 

「白哉さんと知り合いになれて嬉しかったです。」

「おぉそうか。年近そうだしな。いい友達になれんじゃねぇか?」

「はい・・・。また来てくれって言ってくれたし・・・Zzz・・・。」

「寝ちまったか・・・。よっぽど疲れてやがる。」

 

 

 

あまりにも疲れた隼人は夕飯も食べずそのまま朝まで寝てしまった。

だが、夢の中では瞬歩を身につけ、白哉と楽しく鍛錬していたという。

 

 

 

 

 

翌日も隼人は夜一に連れられ今度は二人きりで鍛錬したが、その様子を見て呪殺しそうなほど隼人を睨みつけている女性隊士がいたというのはまた別の話である。

 

 

 

 




子どもびゃっくんは分け隔てのない生徒会長タイプかなって思ってます。
しかしここの護廷十三隊はサボってるやつばっかだな・・・。


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意外と才能あるかも!?

夜一の瞬歩講習会で体力不足がわかり、勉強のほか鍛錬も初めてから5年ほど経った。

だが、字の読み書きのように上手くはいかず、歯がゆい思いをする日々が続いていた。

 

たまたまこの日は現世でいう日曜日の日で、どの隊も名目上休日となっていた(もちろん有事の際はすぐ出られるよう気を抜いてはいないが)ため、いつまでも体力面で成長が見られない隼人の改善に隊長など数名が駆けつけてくれた。

 

 

いつも鍛錬に付き添っている拳西、白、夜一の他、白哉、浦原、鉄裁、ハッチ、京楽、浮竹が朽木邸に集まっていた。数名は完全に面白い物見たさで来ているが、錚々たる顔ぶれである。

 

 

「いやーーー。子ども二人の鍛錬にこんなに隊長格の方々がいらっしゃるなんてねぇ。口囃子サン、朽木サン、相当幸せ者ッスよ。」

「・・・正直何されるかわからなくて怖いんですけど・・・。」

「皆サンすごく血気盛んデスね・・・。ワタシついていけないデス・・・。」

 

 

いつも鍛錬相手をしている拳西、白、夜一、が今日こそ成長させてやるぞと燃えている中、浦原(うらはら)喜助(きすけ)と、有昭田(うしょうだ)鉢玄(はちげん)が豪華すぎるメンツの集結にたじろいでいた。また、

 

 

「ボクと浮竹はただ見てるだけだから気にしなくていいよ。いい酒の肴になるだろうし。」

「京楽!休みの日だからって昼前から酒を呑むのはよくないぞ。どうせ聞いてないだろうけど・・・。」

「いいじゃん別に。浮竹も修行風景楽しそうに見てるのボク知ってるんだから~。」

「俺はこういう鍛錬を見るのが元々好きだからな。」

 

 

どうやらこの中で最も先達の方々はただのギャラリーらしい。正直彼ら相手に数秒も持つ気がしないので隼人は安心した。笑顔で容赦無いことしそうだし。

 

そして、隼人には今日集まったメンツの中にまだ会ったことの無い者がいた。

錫杖を持ち、眼鏡をかけた長身の男、握菱(つかびし)鉄裁(テッサイ)である。

 

 

「あの・・・。この人って・・・。」

「鬼道衆総帥の握菱鉄裁サンッス。夜一サンの屋敷にたまたま来ていたので一緒に来てもらいましたよ。」

「そっそんなすごい方がわざわざ!?ひぃえええありがとうございます!!口囃子隼人です!よろしくお願いします!!!」

「よろしくお願いしますぞ。隼人殿。」

 

 

相変わらずの過剰な表現でお礼と挨拶を言った後に、最初は拳西と白を相手に斬術の鍛錬を始めることにした。

 

 

基本的にはまず剣道の練習を行っており、剣の扱い方、相手との間合いの詰め方、素振りなどを中心に行ってきたが、どうも普通の子どもよりも成長が遅いのが悩みであった。

 

今日は、10分以内に武器を一切持たない拳西に木刀を当てることを目標にした。

もちろん今まで掠りもしたことがないのだが。

 

 

「おらっ始めるぞ!今日こそ当てるんだぞ。」

「今まで頑張ってきましたもん!それに皆さん見てますし!こんな所で恥ずかしい思いはしませんよ!」

「へっその意気だ。よしこい!!」

「よーーーーい、はじめーーーーっ!!!」

 

 

白の甲高いハイテンションな声で10分の鍛錬は幕を開けた。

 

案の定今日も掠りもせず、隼人の木刀は振るっても振るっても拳西に全て躱されていた。

だが、拳西はここ最近の隼人の成長を躱しながらも明確に感じ取っていた。

 

「(大分動きが良くなってるな・・・。それに太刀一つ一つも重くなってやがる。)」

 

鍛錬を何度か見に行っていた夜一や浮竹なども同様に感じていた。

 

 

「隼人君、前よりだいぶ動き良くなってるね。」

「ああ。六車も最初は大分手加減しておったがちょっとずつ加減せんようにしておる。」

「えっあれで六車サン手加減してたんスか?本気出したら凄そうッスね・・・。」

「ま、さすがに隊長が本気出したら大人げないしね。俺でも普通に躱せるよ。」

「最初の頃の隼人は本当にお粗末だったしのう。よう頑張っておるわ。」

 

 

などと観客達が分析しているところで、

 

 

「10分経過ー!しゅーーーーーりょーーーーー!」

 

白の掛け声とともにひとまず拳西との一回目の対決は終わった。

 

その後も白と拳西二人が交代で相手をしてくれたが、一回も掠りもしなかった。

約一時間半ぶっ通しで斬術の鍛錬を終えた時には、かなり体力を使っていた。

別の区画で鍛錬していた白哉も休憩で戻ってきたので、一緒に休憩することにした。

 

 

「あぁ~お腹空いた~~~。白哉さんは鍛錬の方どうですか?」

「素晴らしい経験だ!大鬼道長と副鬼道長二人が直接鬼道を教えて下さるなんて若輩者の私には恐れ多いものだ!」

「へぇ~。そうなんですね!鬼道ってまだ何もやったことないから僕何にもわからないんですよ。今日から教えてくれるらしいですけど・・・。」

「何と!鬼道衆の長二人に一から鬼道の手ほどきを受けるとは!卿は本当に恵まれているな!」

「そうなんですか?でも僕才能あるかわからないので・・・。」

 

 

白哉とはあれから何度か共に鍛錬を重ね、隼人にとっていい鍛錬仲間になっていた。

もちろん生まれが貴族の白哉とは霊力や斬拳走鬼の能力に歴然とした差はあるが、だからといって変に驕ることもなく、合わせるところはしっかり合わせてくれる。

 

年の近い兄弟のような関係になったのを見て、祖父の朽木(くちき)銀嶺(ぎんれい)も隼人に感謝しているとか。

 

休憩中に談笑をしている中、隼人は若干卑屈になったものの、今まで感じることのなかった気配を感じた。

 

 

「あれっ・・・曳舟隊長って来てましたっけ?」

「いや・・・。今日屋敷の中では私は見ていないが・・・。」

「うーん何か気配を感じます・・・。白哉さんはどうですか?」

「特には感じないが・・・。隼人は分かるのか?」

「あっちの方にいると思うんです!行ってみましょう!」

 

 

池を挟んだもう一つの広い区画の庭の方に気配を感じた隼人は、白哉を連れて庭の橋を渡り、気配を辿ってみた。

すると、最初に集まった隊長たちの中に十二番隊隊長・曳舟(ひきふね)桐生(きりお)も加わっていた。

どうやら鍛錬の話を聞きつけた彼女が、炊き出しを行うために来てくれたようだ。

 

 

「おぅお前ら!曳舟隊長が飯作って来てくれたから飯にするぞ!ちゃんと手洗えよ。」

「はーい!ほらやっぱり曳舟隊長でしたよ!」

「すごいな!私にはまだわからなかった・・・。」

 

 

子ども二人がコソコソ喋っているのを怪訝に思った拳西は、隠し事をされるのが嫌いなので直接聞くことにした。

 

 

「何コソコソ喋ってんだ。」

「いえ。大したことではないのですが、先ほどあちらの縁側で私たちが休んでいた時に隼人が曳舟隊長の気配がすると言って・・・。」

 

 

 

「!!!!!」

 

 

瞬時に隊長格全員の顔色が変わった。

中でも一番驚いていたのは気配を感じられた本人である曳舟であった。

 

 

「隼人ちゃん、アタシがいるってことがわかったのかい・・・?」

「いや・・・。はっきりとではないんですけど何となく・・・?」

「参ったねえ。アタシは別に霊圧わざと出してたわけじゃないんだけどね・・・。」

「えっ・・・。何か悪いことでもしましたか!?すいません!」

「いや別にお前は悪いことは何もしてねぇぞ。」

 

 

拳西が謝る隼人を止めつつも頭の中では完全に隼人に対する評価が変わっていた。

 

 

「(霊術院に入る前から席官並みの霊圧知覚持ちかよ・・・!いや、探知が下手な副隊長よりも出来てるぐらいだぞ!このペースで育ったらとんでもねぇことになるんじゃ・・・?)」

 

霊圧を感じ取る感覚を『霊覚』または『霊圧知覚』といい、霊圧を以て戦う死神、虚、滅却師などは皆持っている。

しかし、この能力は個人差が非常に強く、秀でた者はかなり遠くまで知覚できるが、能力に劣る者は全く知覚できない、とバラつきが強い。

 

上位席官でも上手く扱うことは難しく、副隊長ですら上手く扱えない者がいるくらいの能力の成長への片鱗を見せた隼人に、居合わせた隊長格は評価を改めることとなった。

だがこの能力はかなり限定的なものなので、疑問に思う者もいた。

 

 

「しかし霊圧知覚に秀でていたとしてものう・・・。あまり実戦で役に立つとは思えぬが・・・。」

「遠くからの闇討ちには向いてるんじゃないかい?ボクなら双蓮蒼火墜を応用させて狙撃とかやってみたいな・・・前線に出ないで済むし。」

「だがそこまで鬼道を応用できるようになるには十三隊に入ってからかなり時間がかかるぞ。」

「鬼道衆に入った優秀な者でも数十年はかかりますな・・・。」

 

 

夜一、京楽、浮竹、テッサイが順に意見を述べ真剣に議論を重ねる中で議論の的となった者はお腹を空かしてしびれを切らしてしまった。

 

 

「あの・・・。ご飯食べません?もう僕お腹すいて死にそうです・・・。」

「そうだね!せっかくアタシが作ったご飯を冷ますなんて良くないよ!ほら二人ともおいでおいで!」

「アタシもお腹空いたから食べる~~~!!!」

 

子ども二人(+白)が曳舟の元に行きご飯を食べ始めたのを見て、真剣に議論していた隊長たちも一旦は休憩をとることにした。

 

 

「二人ともいい食べっぷりだったよ~!昼からの鍛錬も頑張ってね!」

 

 

曳舟が二人を激励しつつ去っていったあと、隼人は昼からの鍛錬で初めて鬼道を扱うこととなった。

 

 

 

 

「鬼道は決まった言霊を詠唱し、それに対応した術名を叫ぶことで術が発動する、まぁ呪術のようなものですな。破道、縛道、回道の3つがありまして、簡単に言ってしまえば攻撃用、補助用、回復用と役目が分かれているのですぞ。」

「それって3つ使えるようにならないと死神になれないんですか?」

「そんなことはございマセン。回道は扱いが難しく、四番隊の方ぐらいしか上手く扱えないのでアナタが得意だと思った鬼道を極めるほうがワタシはいいと思いマス。」

 

 

まずは鬼道衆の二人から知識としての鬼道を教わった。

呪術と言われて正直ピンと来なかったが、手のひらから火の玉を出すものなのかな?白哉さんもやっていたしそれなら出来そうかもなどと漠然と考えていた。

 

 

「ではこちらが詠唱する言霊と対応した術デス。いずれは全部覚えてもらいマスヨ?」

「うえっ!!こんなに!!」

「嘘デス。個人の限界もあるので最終的には六十番台まで覚えて使いこなせると副隊長程度であれば問題ないデスヨ。」

「でも三分の二は覚えないといけないんですね・・・。」

 

 

紙で鬼道の表を渡されたが、九十九×2個もあるのをいきなり全部覚えるのは子どもの隼人には至難の業だ。

 

 

「『自壊せよ ロンダニーニの黒犬 一読し・焼き払い・・・』って何か難しい!っていうかロンダニーニの黒犬って何ですか拳西さん!」

「知らねぇ。作ったヤツに聞け。」

「えぇ~~!」

「いいから余計なこと気にすんな!とにかくやってみろ!」

 

 

(振られなくて良かった・・・。)と他の隊長格が安心している中で、ついに鬼道を初めて使うこととなった。

 

 

「自壊せよ! ロンダニーニの黒犬 一読し・焼き払い・自ら喉を掻き切るがいい!」

 

一息に最初の言霊を詠唱した後、隼人は集中して縛道の技名を叫んだ。

 

 

「縛道の九 撃!!!」

 

 

技名を叫んだ瞬間、対象の岩の周りに赤い光が出現し、岩を縛り付けた。

どうやら暴発も消滅もしていないようなので成功したらしい。

 

 

「おぉ~~!!できた!できましたよ!拳西さん今の見てました!?」

「初めてにしては上出来じゃねぇか。これならもっと難しいヤツも出来るかもしれねぇな。」

「なら赤火砲がいいんじゃないかな?あれなら霊術院の一年目の演習で使うし。」

 

 

三十番台の鬼道をそんな簡単に扱えるのか?と隼人は思ったが、とりあえず詠唱を覚えることにした。

また覚えている最中に「君臨者って誰ですか!?拳西さん!」などと聞いたが今度は無視された。

いい加減そんなところ気にするなよ・・・。とは誰も言えなかったのだが。

今度は遠くの的に向けて当てるようテッサイに言われ、実践してみることにした。

 

 

「――――君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠する者よ

                 焦熱と争乱 海隔て逆巻き南へと歩を進めよ!

 

破道の三十一 赤火砲!!!」

 

 

びゅーーーん!!と手から火の玉を発射したが、またも周りにいた隊長格を驚かせることとなった。

 

初めて使う場合、手のひら大の大きさの火の玉を制御出来れば十分素質があると認められるが、隼人の場合目の前に手を重ねた状態で発動させたとはいえ、自分の体格以上の大きさの火の玉を生み出し、発射していた。

しかも、しっかり的に当てたため暴走させずに制御できており、現時点でかなり優秀な実力を持っていることが分かった。

 

 

「出来た!出来ましたよ!やったーーーー!」

「お前すげぇな!俺でも最初はこんなに上手く扱えなかったぞ!」

 

 

拳西が鬼道に成功した隼人を若干親バカ補正の入った目で褒め、頭をなでてやっている横で、他の大人たちも感心していた。

 

 

「何だか面白い育ち方しそうだね~。隼人クン。」

「ああ。護廷十三隊に入ったらかなり珍しい能力の死神になるんじゃないか?」

 

 

先達ギャラリー二人と共に、鬼道衆の二人も隼人の将来に期待していた。

 

 

「鬼道衆にも是非入ってほしいデスネ。霊圧知覚に優れた者は少ないデスシ・・・。」

「戦闘補助要員としては替えの効かない存在となるでしょうな。前線には向いてないかもしれませぬが隼人殿は将来有望ですぞ。」

 

 

初めての赤火砲を見事に決めて、まるでプレゼントを買ってもらって喜んでいる子どものようにはしゃいでいた隼人を、大人たちは期待をこめて見守っていた。

 

 

ただ、浦原喜助が隼人を研究対象として興味深く感じるとともに、少し不安を抱いていたとわかるのは彼らが現世に追放された後の話である。

 

 

 

「今日の鍛錬は終わりっ!はやちんもびゃっくんもお疲れ様ーーー!!!」

「びゃっくんって・・・。すごいあだ名・・・。」

 

 

この時付けられたあだ名を、後々小さな死神がなぜか全く同じあだ名で白哉を呼び、彼女の蛮行に悩まされることになるのは誰も知らない。

 

 

「今日一日で得たモンはバカみてぇにあるはずだからしっかり忘れんなよ!」

「継続が大事じゃ。やることは増えるじゃろうが一つ一つ手を抜いたら霊術院など入れぬと思え!」

「はい!!」

 

 

拳西と夜一が二人を 咤激励し、ほぼ一日がかりの鍛錬は終わりを迎えた。

今までの鍛錬はどうも苦手分野ばかり集中してやっていたからか、自分の才能は無いのではないかと悲観的になることもあった。

でも、鬼道の腕前を褒められ、それを自分の武器にすれば死神になれると気付けた。

 

未来に希望が見え、ワクワクしていた中で、突然肩をつんつんと指で突かれた。

 

 

「隼人殿、少しよろしいですかな・・・?」

「!!!!!!」

 

 

鉄裁がしゃがんで肩を突いたため、振り向いた瞬間に間近で顔を見ることとなり、かなり迫力があってびっくりしたが、何とか声を出すのをこらえた。

 

 

「こちら、よろしければ霊術院で使う鬼道の教本を差し上げましょう。どうやら才能があるようなので闇雲に鬼道を打つよりはこういった本で基礎を学ぶのがよろしいかと。私が使っていたものなので少々古いですが・・・。」

 

 

鉄裁が渡したものは、彼本人が使った真央霊術院の鬼道の教本だった。6年分あり、古いものの中を見ると彼の書き込みが随所に存在し、ただの教本とは比べ物にならないくらい分かりやすいものとなっていた。

 

 

「そんな!受け取れません!こんな素晴らしいもの・・・。」

「元々貴方か朽木殿に傑出した鬼道の才があれば渡すつもりでしたぞ。朽木殿はある程度鬼道を完成なさっている故、これから本格的に学ぶ貴方に渡した方が役に立つと思いますな。」

「いやでも白哉さんの方が「受 け 取 っ て く れ ま す か な ?」

「あっ・・・。はい・・・。頂きます・・・。」

 

 

有無を言わせぬ鉄裁の表情にこれ以上粘ることもできず、二人の秘密の闇取引は成立した。

後で拳西に何を貰ったのか聞かれたが、鉄裁に口外しないよう合図されたので、

 

 

「おすすめの本です!」

 

 

と真実を交えた嘘でその場は取り繕った。

 

 

 

 

「しかし隼人に鬼道の才があるとはな。これなら最初からソッチをやらせれば良かったな。」

「拳西が見抜けないのが悪いんだよ!やーーーい視野狭い~~~!!」

「んだとぉ!!!!てめぇ!!!!」

「まぁまぁ落ち着いて下さい拳西さん!」

「子どもに止めさせるなんてダサ~~~い!!拳西の怒りんぼう!!!」

「・・・・・・・!!!!!!」

「白お姉さんもそんなに言わないで下さいよ・・・。」

 

 

隊内とは違い休日の帰り道なので拳西抑え役の男性隊士がいないため、隼人が何とか抑えていた。しかし、こめかみに青筋をビキビキと立てる拳西を抑えるのはこんなにも大変なのか、と彼らを心の中で賞賛していた。

 

 

「・・・・・・鬼道ばっかやって斬術と白打おろそかにすんじゃねぇぞ。」

「えっ・・・あ、はい!そうですね・・・。」

「どっちにしろ苦手分野は克服しねぇとな。お前の今の実力は斬術も白打も霊術院じゃ通用しねぇ段階だぞ。初めの頃よりは良いがまだ振りも遅せぇし姿勢も崩れちまってるしな。」

「そんなに言わないでくださいよ・・・。」

 

 

折角一日頑張ったのに最後にしょげた状態で終わらせるのも良くないかと思った拳西は、本人は全く気付いてないが普段決して見せない優しさを少しずつ見せるようになっていた。

 

 

「・・・まぁ時間はたくさんあるから明日からも空いてる時間で鍛錬するぞ!励めよ!」

「もちろんです!頑張りましょう!」

「アタシも応援してるよ~!おはぎ買って持ってくるね!」

 

 

相変わらずおはぎ命な白は置いといて、また明日からもいつも通りの日々が始まるのだ。

 

立ち止まってはいけない。

死神になるためには苦手な斬術と白打も身につけねば、と気持ちを引き締め生きていくことを決意した。

 

 

 

 




気付いたらびゃっくん完全にメインキャラ化してますね・・・。


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病は気から!

その日は朝からやけにだるかった。

昨日の鍛錬頑張りすぎたかな?勉強遅くまでやっていたっけ?などと隼人は考えたが、どうにも上手く思考がまとまらない。

 

だが、この異常を今拳西に相談するのは憚られた。

ここ最近拳西は瀞霊廷通信校了日が近づいている影響で間接的に自身の仕事量が増えているので、隼人は留守番することが多くなっていた。

どうせだるいのもただの気分だ。

それに子どもの「何かだるい。」で忙しい大人の時間を奪うわけにはいかないと思ったので、今日は一日寝ていよう、そうすれば何とかなると考えていた。

 

 

「じゃあ今日も行ってくる。今日は昼飯台所に置いてあるから温めて食えよ。」

「はい。食べ終わったらいつものように火消しちゃっていいですよね。」

「ああ。そんじゃあな。」

 

 

握り飯(拳西の手で握るためやけにでかい)と豚汁の残りを食べるよう言われた後、拳西はいつものように仕事に向かっていった。その時少しばかり怪訝に思った顔をしていたことに気付けないほど隼人は酷い体調だった。

 

 

 

午前中はかなり忙しかった。忙しい時に限って書類がきてないだのなくしただので余計な時間を取られ、本来終わらせるはずの半分とちょっと程度しか終わらなかった。

 

また、朝の隼人の様子も気がかりであった。明らかにいつもより調子が悪そうなのに、何も相談してくれないことに己の不甲斐なさを感じていたこともあり、今日の拳西は周りにも分かるほどイライラしていた。

 

たまたま書類を届けに来た、拳西にとって気心のしれた平子ですら雑談もせず帰っていったほどだ。

白もこういう日は察してちょっかいをかけずにいた。

 

 

「何やあいつ。えっらいイライラしおって。」

「さぁ?でもこーゆー時は変に構わないほうがいいよ~。」

「そんなん俺でもわかっとる。隼人と喧嘩でもしおったんか・・・?」

 

 

そうやってコソコソ話して気を遣われていることにも苛立ってしまうほど拳西はカリカリしていたが、必死に抑え込んで何とか今日の仕事を終えた。

 

家に帰ると、事態は想像以上に逼迫していることが分かった。

隼人は全身脂汗をかき、顔を真っ赤にして荒い呼吸をしていた。

 

 

「お前・・・!大丈夫か!?具合悪いのか!?話せるか!?」

「何か・・・。朝からだるくて・・・。昼飯も食べてなくて・・・。辛くて・・・。」

 

 

子どもの体調不良にすらしっかり気付いてやれなかった己の情けなさと、朝何も言わなかった隼人に対する怒りで、遂に我慢の限界を迎えてしまった。

 

 

「だったら何でテメェは朝俺に言わねぇんだよ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

横にあったちゃぶ台を叩き怒鳴った瞬間、あぁやっちまったな、と思った。

一緒に暮らして30年、今まで隼人は一度も体調を崩さなかったので、こういう時の対処が分からなかった。弱った子どもに苛立って当たり、怒鳴りつけるなど絶対ダメなのはさすがに分かっていたが、止められなかった。

明らかに隼人は怯えていたが、はっきりしない口調で理由を伝えた。

 

 

「拳西さん・・・仕事忙しそうだから・・・無理させたくなかったし・・・。」

 

 

最後にごめんなさいと謝罪を添えてだ。

その言葉で拳西は一層己の行いを悔いることとなった。

自分の忙しさを感じ取らせた結果、また隼人に気を遣わせてしまったのだ。

何度遠慮するなと言っても結局隼人は己に気を遣ってしまう。これは癖でやめることは出来ないのだ。

この際だ。こんなくだらない癖は無理やりにでも矯正してやる。

 

 

「そうか・・・。だったら今すぐ四番隊に行くぞ!」

「もう時間も遅いですし別にまた今度でも・・・。」

「そんな死にそうになってるヤツを四番隊に連れて行かねぇバカがどこにいやがるんだ!?あぁ!?」

 

 

こういう時は畳みかければ隼人は素直に言うことを聞くのだ。

 

 

「これは俺の我儘みてぇなもんだ。だからお前ももっと我儘言え!ただし今回は逆らったらその辺に捨てていくからな・・・!」

 

 

あまりにも凶悪な顔で脅迫されたのでもう隼人は何も言えず、素直に拳西の我儘に従うこととなった。

 

 

四番隊・総合救護詰所は人数が多いものの、基本給が安く、主に十一番隊の隊士から雑用などを押し付けられ、残業する隊士が多くなっていた。

そのため、夜に突然の外来患者が来ても大体対応でき、今回も何とか間に合ったようだ。

しかも今回は四番隊隊長・卯ノ花(うのはな)(れつ)に見てもらうこととなった。

 

 

「あらあら。こんなになるまで放置するなんて、あまり感心しませんね。」

「俺が朝に声かけてやればよかったんです・・・!なのにこんな苦しそうにさせちまって・・・!」

「まぁ口囃子くんもあまりこういう状況に慣れていなかったのでしょう。急病でここを訪れたのは今回が初めてですし。」

「そうでしたか・・・。隼人をよろしくお願いします。」

「えぇ。とりあえず六車隊長は待合室でお待ちください。」

 

 

あくまでも診察は1対1で行うようにしていたので卯ノ花は拳西を退出させ、診察を始めた。

 

 

「いつから辛くなり始めましたか?」

「今日起きてから・・・?ご飯食べるのもちょっと辛くて・・・。」

「食欲も無いのですね?」

「はい・・・あと飲み込むときに喉のあたりが痛くて・・・。」

(・・・これはおたふく風邪でしょうかね・・・。)

 

 

熱を測ったところ、8度5分ほどあったので、おおよその症状は予想がついた。

夜も更けていたので薬を処方し、一旦帰らせることにした。

診察を終え、拳西の元に戻した後、少し拳西と話をした。

 

 

「おたふく風邪だと思われるので恐らく熱が頂点に達するのは明日でしょう。いつもたくさん体を動かしたり勉強していたようなのでしっかり休ませてあげて下さい。」

「わかりました。こんな遅い時間にありがとうございます。」

「いいえ。それと・・・あまりご自分を責めないで下さい。こうなったのは誰のせいでもありませんからね。」

「あっ・・・ありがとうございます!卯ノ花隊長!」

「薬と共に体温を測る道具も入れてあります。数日たっても熱が下がらないようでしたらまたお越し下さい。」

 

 

会話の後、すぐに帰宅し夜の分の薬を飲ませ、何とか寝かしつけることに成功した。

こんな酷い思いをさせた以上明日の仕事は全部家に持ち帰ってやろう。

家にいて安心させてやれば治るのも早いと拳西は考えたのだ。

隊士に迷惑かけるだろうが、その分いつか休ませてやればいい。

ひとまずは拳西自身も明日のために寝ることにした。

 

 

翌朝体温を測ると、卯ノ花の言った通り熱はさらに上がり40度に到達していた。

 

隼人は何も食べたくなかったが、さすがにほぼ一日何も食べねぇなら治らねぇぞ、と言われたので、出された茶碗一杯分の卵粥をほんの少し食べた。

その後薬を飲み布団に横たえられ、隼人は昼まで眠りについた。

 

 

朝の一連の看病を終えた後、拳西は大急ぎで九番隊隊舎に赴き、数日分の山のような書類を持ち帰ろうとしていた。

 

 

「拳西~~!そんなに紙持ってどうしたの?」

「隼人が熱だした。だから今日俺はウチで仕事するから笠城達に伝えといてくれ。」

「うっそ~~~~~!!!!大丈夫!?アタシ見舞い行こっか!?」

「やめとけ。アイツ信じられねぇくらい弱ってるぞ。」

「ふ~ん。じゃあ後で林檎買って持ってったげるよ!擦って食べたらいいって聞くし!」

「わりぃな。助かる。じゃあ後は任せたぞ!」

 

 

普段なら白の親切など突っぱねるところを素直に受け入れるあたり相当危ない状況なのだろう。

わざわざ仕事を家に持って帰るのも前例がなく、大変な状況なのは白にも想像ついた。

それに理由はわからないが昨日の拳西の苛立ちも無くなったように見えた。

頑張っている拳西には負けられない!今日は仕事頑張るぞ!とかなり珍しく白はやる気になっていた。

 

 

「よ~~~し!!!任されちゃったからには頑張るもんね!!かさっきーー!はやちんが熱だしたらしくて・・・・・・」

 

 

山のような書類を抱えて家に帰ると、隼人はそのまま寝ているようだった。

額に当てた氷嚢もあっという間に水のみになっていたので静かに変えてやった。

目を覚ましはしなかったものの、冷たい氷嚢に変わってから少し気持ちよさそうに眠っていたので一先ず安心した。

 

 

 

白からもらった信じられない量の林檎をたまに食べつつ3日経ち、耳の下の腫れは収まり酷い時よりだいぶ話せるようにはなった。

だが依然として熱は高く、食欲も回復しないので、また総合救護詰所で診てもらうことにした。

 

 

前回卯ノ花隊長に診てもらったため、今回も彼女が診ることとなった。

 

 

「あれから具合はどうですか?」

「前より楽にはなったんですけど・・・拳西さんに迷惑かけてるのがずっと辛くて・・・。」

 

 

自分の具合を淡々と話すつもりでいたが、話しているうちに不安で一杯になってしまった。

そして卯ノ花は拳西の心配に対し失礼ともとれるその発言に不快な気持ちになった。

 

 

「忙しいのに・・・寝込んでから毎日家に居てくれて・・・なのに僕全然治んなくて・・・もう不安で・・・辛くて・・・。」

 

 

耐えられず隼人は啜り泣きし始めたが、卯ノ花の一喝で止まることとなった。

 

 

「いい加減になさい!六車隊長はあなたが風邪を引いたことを何一つ迷惑だと思っていませんよ!彼とあなたは家族なのですから!むしろ己の不注意を悔いていた程です!」

 

 

最初はぽかんとしていたが、次第に意味を理解した後は、頑張って涙をこらえた。

そして彼女の言葉からようやく拳西が迷惑だと思っていないことがどういうことかを本質的に理解した。

今まで拳西本人から遠慮するなとしか言われなかったので、ある程度の節度は必要だと思い、意識していたのだ。

だが、卯ノ花は自分と拳西を家族だといってくれた。他人から家族と言われたことはほぼ初めてで、昔一緒にいた家族に対しても、ある程度の節度など意識していなかったことを思い出した。

今までずっと心のどこかにあった拳西に対するわずかな障壁が無くなっていくのを自分でも感じることができた。

そんな隼人に対し、先ほどの少し険しい表情ではなく、穏やかな表情でこう付け足した。

 

「家族なのですから困ったときはもっと頼ったり甘えたりするべきだと私は思いますよ?私はその方が六車隊長も喜んでくれると思います。」

 

最後にかけられた言葉のおかげで隼人は全ての不安が無くなった。

 

 

「ありがとうございます、卯ノ花隊長・・・!何だか体が軽くなった気分です。」

「その調子ですよ。あとは追加して渡す薬をしっかり飲んで休めば治るでしょう。」

 

 

病は気から、という言葉を京楽から聞いたことがあったが、まさか病の終わりのきっかけが『気』になるとは思いもしなかった。

 

 

診察から戻ってきた隼人は足取りが軽く見えた。

滅多に怒らない卯ノ花隊長が怒った声が聞こえ、一体どんな粗相をしでかしたのか心配したが、最近一切見せなかった笑顔を久々に見せたので、大丈夫だろうと結論づけた。

 

それからは今まで苦しんでいたのが嘘のように回復した。3日もかからず全快し、いつも通り、というよりむしろ前より活発になって復活した。

遠慮をしない、ということの意味を完全に理解したため、前よりも一層2人の絆が強まった気がした。

 

一方、我儘も言うようになり、口も達者になった。

 

 

「おい隼人!今日の午前中の分の勉強まだ終わってねぇだろうが!終わるまで昼飯抜きだ!」

「えぇ~~~!そんなこと言ったら拳西さんも時々仕事放り出して鍛錬場行ってるって白お姉さん言ってましたよ!!瀞霊廷通信の仕事も全然やってくれないって衛島さん嘆いてましたよ!!」

「・・・・・・・ほう・・・・・・なかなか言うじゃねぇか・・・・・・!!!!!」

「・・・これはまずい・・・!そういえば怒らせたらオレを呼べって平子さんに言われてたんだ!じゃあさようならー!」

「待ちやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!」

 

 

ついでに白に対してよりも強烈な拳西の怒号が隊舎内に響き渡るようになったのもこの頃からであった。

 




直接的描写はほとんど無いですが話題のテレワークをやらせてみました。


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霊術院はどんな所だろう!?

「ねぇハヤト、ヴァイオリンやってみない?とてもいい音色を響かせることができるよ~。」

「ごめんなさい!そういうのは全く興味ないです!」

「ローズ・・・もう誘うの諦めたら?」

 

 

外の定食屋に昼飯を食べに来た拳西と隼人は、先に来ていたラブとローズの二人と相席することとなった。

一緒に暮らして40年、成長自体はゆっくりだが、隼人も大人たちと一緒にご飯を食べられるほどの体格にはなっていた。

そのため、今までは隊舎で一緒に特製弁当を食べていたが最近は外の定食屋に行くことも増えていた。

焼魚定食を食べていたローズこと鳳橋(おおとりばし)楼十郎(ろうじゅうろう)が粘り強く隼人を音楽の道に誘っているが、今回も満面の笑みで悪気無く断られている所が先ほどの場面である。

 

 

「何寝ぼけたこと言ってるんだい?ラヴ。ボクは護廷十三隊でオーケストラを作りたいんだよ!西梢局の知り合いから美しい音楽の話を聞いてね、ぜひともここでも美しい音楽を響かせたいんだ!」

「へぇ~。その美しい音楽とやらにどうして隼人を巻き込む必要があるんだよ。」

 

 

ラブの質問に対し、ローズは感情を昂らせてまるで歌うように答えた。

 

 

「ハヤトを見てるとインスピレーションがすごく湧いてくるんだ!四楓院家の雅楽隊にはない活発な(ソウル)・・・それに鍛錬の時にみせる熱い情熱(パッション)・・・。あぁ!今も旋律が頭に浮かんで鳴りやまないよ!!ボクのキャンディスを持ってくればよかった!」

「また始まっちまったよ・・・。」

 

 

こうなってしまえばもう彼の副隊長以外に止めることはできない。

隼人と会うといつもインスピレーションがどうだこうだと訳のわからない難しい言葉で一人で盛り上がってしまう。

仕事中でも食事中でも関係なく騒ぎ、いつも副隊長の射場(いば)千鉄(ちかね)が怒鳴り散らしているのを隊舎の外からしばしば聞いていた。

 

 

「隼人にそんな遊びさせる暇なんか無ぇよ。あと少しで霊術院に入れるかもしれねぇってのに・・・。」

「おぉっ!ついに隼人が霊術院入学か・・・!感慨深いな!」

「えっ!昨日の鍛錬の時あと30年はかかるなって言ってたじゃないですか!!あの後結構落ち込んだんですよ!」

「そうやって言えばもっとやる気になるかと思って喝を入れたつもりだったんだよ!」

「酷い!!毎日本気で鍛錬してますよ!」

「おいおいちょっとうるせぇぞーー」

 

 

隼人と拳西のちょっとした小競り合いをラブが呑気に仲裁している所で、

 

 

「・・・ねぇちょっとボクの話聞いてる?聞いてるーーーーーー?」

 

 

完全に蚊帳の外に置かれたローズは哀愁漂う表情で落ち込んでいた。

 

 

 

昼から七番隊と九番隊が合同演習となっていたため、拳西、ラブと一旦別れた隼人はローズのところで預かってもらうことになっていた。

 

 

「実は今日千鉄の子どもと会わせるつもりだったんだけど・・・彼が風邪引いちゃったらしくてね。だから千鉄も今日は居ないんだよ。退屈になるだろうけど我慢できるかい?」

「はい。勉強してるつもりだったので大丈夫ですよ。」

「勉強か・・・!ならボクのキャンディスをバックグラウンドミュージックに「要りませんよ?」

「つれないなぁ・・・。」

 

 

抑え役の千鉄がいない上、自己陶酔気味の性格なので怒った拳西よりも正直対処が大変だった。

こういう時は変に構うなとラブに言われたが、無視したらしたで哀愁漂う悲しさを全身で表現するため非常に面倒くさい。

もっとも自分が自己陶酔気味なところ以外はローズと似たようなヤツだと拳西に思われているのは知る由もないが。

 

なので、この際話題を変えてみることにした。千鉄の子どもにまだ会ったことがなく、どんな人か気になったのでローズに聞いてみることにした。

 

 

「射場さんの子どもってどんな人なんですか?」

「あぁ。名前は鉄左衛門っていってね、千鉄に負けず劣らずの強烈な子どもだよ。キミと同じくらいの背丈だったはずだね。なんでも『仁義が大切じゃ~!!!』ってこの前叫んでたなぁ。きっと仲良くなれるよ。」

「えぇ・・・。」

 

 

とりあえず相当強烈な性格をしているのはわかった。

 

 

「それにそろそろ霊術院に入れたいって千鉄が言ってたからひょっとしたら同期になるかもね。」

「同期かぁ・・・。」

 

 

年の近い友達も白哉しかいない隼人にとって、『同期』という言葉は非常に新鮮な感覚に陥らせた。

京楽と浮竹みたいに気の置けない関係を誰かと築き上げるのは非常に羨ましいと思ったが、正直そんなこと出来るのだろうかと不安である。

ただでさえ自分の周りには大人が多く、大人との会話の方が実際慣れていた。また、彼らと一緒にいるところを見られる貴族の子弟の目線から、自分が嫌われていることは容易に推測できた。

 

 

「いや~僕どうしても貴族の子どもから嫌われちゃうんですよ。色んな隊長さんと仲良くしているからだと思うんですけど。」

 

 

珍しくローズは黙って隼人の話を聞いていた。

 

 

「前に白哉さんと甘味処に行った時も僕に対する貴族の方々の目線が卑しい者を見るかのように感じたんです。あと拳西さんと一緒にご飯食べに行った時もあの人たちは僕を見てヒソヒソ喋って笑ってました。だから・・・」

「そんなに他人の目が気になるなら瀞霊廷から出ていきなよ。」

「えっ・・・・・・。」

 

 

思いがけないローズの厳しい言葉に隼人はひるんでしまった。

 

 

「キミは入学したら必ず注目されるよ。いい意味でも悪い意味でも。だから今そんなに神経質になっていたら霊術院でやっていけないよ。他人の目が気になるなら一人で静かに暮らせばいい。」

「そんな・・・。」

 

 

ローズはさらに畳みかけた。

 

 

「きっと入学したら酷い嫌がらせも受けると思うよ。貴族は自分よりも優れた者には容赦ないから。でもね・・・。」

 

 

まるで自分の経験を語るかのように話したローズは神妙な顔をした隼人に対し、最後に希望を持たせてあげた。

 

 

「そんな時に助けになってくれるのが同期だと思うよ。貴族出身じゃない院生の方が圧倒的に多いからね。だから細かいことはこれから気にしない!周りの目を気にしないでいつも通りのハヤトでいるんだよ。」

 

 

ローズの厳しくも暖かい言葉で、隼人は同年代の子どもと向き合う覚悟がついたような気がした。

 

 

「そうですね・・・ありがとうございます!ちょっとしたもやもやが解消された気分です。」

「そうかい!だったらそのついでにキミもヴァイオリンを「興味ないです!」

「一回だけでもいいのに・・・。」

 

 

あれから何度も勉強の休憩時間にヴァイオリンをやらないか、この際琴でもいいよ、と何回も誘ってきたが、何とか断ってきた。休憩もへったくれもなかった。

だが、自分が勉強している間はローズもしっかり仕事しており、後々千鉄にちゃんと仕事していたかを聞かれても大丈夫だったと言えるだろう。

 

 

「今日は一緒にいてくれてありがとうございました。またいつか来ますね。」

「ぜひまた来てね!千鉄も子どもが増えたみたいだって前に言ってたしいつでも歓迎するよ!明日も来るかい!?」

「明日は遠慮しておきます・・・。」

 

 

二日連続で音楽をやるよう熱心に勧められるのはさすがに疲れるので、二月に一回くらいならいいかなと隼人は思っていた。

 

三番隊隊舎を後にし、自宅に帰っている途中で、今度は五番隊のトップ二人と十二番隊の副隊長に出会った。

 

 

「おぉ勉強の帰りか!ほんまに頑張っとるのう~~。」

「こんにちは平子さん!あと藍染さんも!ひよ里ちゃんもいたんだね!」

「だからなんでウチに対してタメ口なんや!ええ加減にせえよ!!」

「ぷぷぷ~~~~!!!ひよ里ももう完全に背ぇ隼人に抜かされてもうてるしな!妹みたいなモンやブォベラァァァァァァァァ!!!!」

「ハゲ真子は黙っとれボケェェェ!!!!」

「ひよ里ちゃんやりすぎだよちゃんと謝らないと!」

「ウチは隼人よりも何歳も年上や!!ひよ里様と呼べ言うてるやろが!!!!!ほんまにハラっ立つやっちゃなーーー!!!!!!」

「ひよ里様って!!!そんなん呼ぶなら死んだほうがマシやわ~~~!!!!!」

「クソハゲナスビ野郎がぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

 

 

ひよ里のドロップキックが平子の顔面に綺麗に命中し平子の顔面を何度も殴っている様子をあぁもう無理だと諦め横目でみていると、久々に会った藍染に話しかけられた。

 

 

「久しぶりだね。最近の鍛錬はどうかな?」

「まぁ・・・ぼちぼちです。やっぱり苦手なことは改善に時間かかりますよ。この前もあと30年はかかるぞって拳西さんに言われました!まぁ嘘でしたけど。」

「なるほど・・・。大変みたいだね。よければ僕も鍛錬を手伝いたいと思っているんだけどいいかな?」

「あぁー・・・。気持ちだけいただきますね。もう色んな人が僕のために協力してくれてるのでさすがにこれ以上は・・・。」

「いや、気にしなくていいよ。謙虚でいい子だ。六車隊長のしつけが良かったのかな?」

「まぁそれもあるかもしれないですねぇ。へへへ。」

 

 

藍染(あいぜん)惣右介(そうすけ)とは直接鍛錬などで関わることは無かったが、平子と一緒にいるときなどに会話するくらいの仲であった。

自分が何かとイジられたときの藍染の切り返しで矛先が変わることが多く、困ったときに頼りになっていた。

 

もちろん今日も平子はちょっかいをかけに来た。

 

 

「何や二人でコソコソ話しおって。まさかっ!惣右介ぇ下ネタ吹き込むのはアカンやろ!」

「何も吹き込んでいませんよ。平子隊長こそ口囃子くんに悪知恵吹き込んでいるじゃないですか。」

「何ィ!!そんなんするからコイツがウチにタメ口で話しかけるとちゃうんか!?おぉ真子?さっさと白状せんかい!!」

「たしかにオレは色々生活の知恵を隼人に教えてるで。でもタメ口なのは関係あらへん!ひよ里の格が問題なんや!ほなな!!」

「誰の格が問題やとォォォォ!!!???待て真子ィ!!まだ話終わっとらんぞ!!!」

 

 

完全にこの二人のペースに置いてかれてしまった。

言いたいことだけいって去って行った二人を見た隼人は、

 

 

「大変ですね・・・。藍染さんも。」

「見ている分には楽しいよ?巻き込まれるのは御免だけどね。」

「あぁそうなんですか・・・。」

 

 

変わり者集団の三人を見て心がへとへとになっていた。

 

さっきの二人程ではないが、この人もこの人で変わってるなーと藍染のことを考えていた。

明らかに周りの大人とは毛色が違うのだ。

藍染はいつも親切な男ではあるが、どことなく距離感を感じることが多かった。

寂しくないのかなと思うこともあったが、平子たちと一緒にいて楽しいと言っているのであまり心配しなくてもいいかと考えていた。

 

 

「それじゃあ藍染さんも!お疲れ様です。」

「疲れてるようだからゆっくり休むといいよ。お疲れ様。」

 

 

 

午後からいつも以上にクセの強い人たちと会ったからか今日の隼人は精神的にへとへとだった。

家に着いた時はまだ拳西も帰っていなかったので、茶の間で大の字に横になった。

埃がつくと前に拳西に怒られたが、あまりにも気持ちいいのでこっそり何度かやっていたのだ。

勉強道具なども散らかしたまま横になり、快適な時間を過ごしていた。

 

 

「あ゛あ゛ぁ゛~~~」

 

 

ちょうど春の季節であったので、頭の中で霊術院のことを考えていた。

自分が霊術院に入った時これぐらい暖かいのかな。

友達できるかな。

どんな先生がいるんだろう。

授業は何をやるのだろうか。

新しい鬼道とかもあるのかな。

などと思いを馳せているうちに、猛烈な眠気に襲われ、誘われるがままに意識を手放してしまった。

 

 

約一時間後に拳西が帰ってくると、室内がやけに静かで奇妙に思った。灯りもついておらず、まだ帰って来てないのかと不安に思い、茶の間に入ると、道具を散らかした状態で茶の間で横になり、盛大に眠っていた。いびきをかいてないだけマシだが。

 

 

「白みてぇなことしやがって・・・。」

 

 

あまりのだらしない惨状にイラっとしたが、何とか抑えて申し訳程度に毛布をかけてやった。

ここ数年意外と腕白だったりおっちょこちょいだったりと、より子どもらしい面が出て楽しそうにしている反面、不安になることが多くなった。

自分がより信頼されているからとすれば聞こえがいいが、あまりにもだらしないのはダメだ。

 

おそらくあと10年ちょいで霊術院に入る。

だからこそしっかりシメるところはシメてやらねばと決心しつつ、夕飯を作ることにした。

 

 

起きた時に目の前に夕飯があり、飛びつこうとしたら拳西の突き刺さる視線が隼人を射抜いた。

 

 

「おい・・・わかってんだろうな・・・!」

「すっ・・・すいまっせんでした・・・・・・・・・。」

「散らかした道具を片付けてやったのは誰だかわかるか。」

「拳西さんです。それ以外ありえません。」

「茶の間で場所とって寝るなっつったよなぁ?」

「そっそうでしたね・・・。」

「その言いつけを破ったのは誰だ!」

「僕、口囃子隼人です!すいませんでしたーーー!!!!」

 

 

逃げようとしたものの、部屋から出ることすらできず一瞬で捕まってしまった。

 

 

「いい加減にしろーーーーーー!!!!!」

「ひぃーーーーー!お助けーーーー!!!ぎぃやぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

拳西渾身の頭ぐりぐりの刑である。シャレにならないくらい痛いのだ。

数十分は使い物にならないくらいのダメージを受けるのだ。

恐らくこの断末魔の叫びはまたご近所で話題になってしまうだろう。

あぁまたあそこの子どもがわんぱくしたのねとご近所のお姉さんからの生温かい視線で見守られる最悪の恥ずかしい展開が待ち構えているのは容易に想像ついた。

 

でも隼人からしたらこの生活は前よりも比べ物にならないくらい楽しかった。

前より怒られることこそ増えたが、笑うことはもっと増えた。

 

 

だからこそ、今を全力で楽しみ、死神になってからは早く昇進し、拳西らと共に尸魂界を護れるよう一生懸命頑張っていこうと隼人は決心した。

 




ローズは人の話一番聞かなそう・・・。


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板挟みって大変!/生意気で何が悪い!

話は繋がってますがAパートBパートで分かれている感じです。


「和食じゃ!」

「いいえ洋食です!こればかりは譲れませぬ!総隊長!」

「ええい誰が何と言おうと和食じゃぁぁーーーーー!!!!」

「・・・・・・・・・どうしましょう京楽さん。」

「うーん・・・どうしよっか・・・。」

 

 

事の発端は今日の昼食は何にしようかというものであった。

今まで一番隊隊舎はどことなく敷居が高く入ったことすらなかったが、総隊長直々に今日は預からせてほしいと言われ、渋々拳西が承諾したため初めて一番隊に赴いた。

事情を聞きつけた京楽が休日にもかかわらずわざわざ来てくれたため場がもたなくなることは無かったが、正直この二人を相手にするのはキツかった。

多分孫を見たいがために預かったおじいちゃん的な感覚だろう。泣く子も黙る総隊長は完全に空回りしていた。

 

 

「洋食などというハイカラな物は子どもに毒じゃ!儂の立てた抹茶と共に食す和食こそが適しておるわぁ!!」

「今日は現世から取り寄せた最高級品の茶葉で作る紅茶と共に食べる洋食こそいいでしょう!」

「ならぬ!今日のサンマの塩焼きとお吸い物は素晴らしい一品じゃ!!」

 

 

もうこんなんじゃ収拾つかないよ・・・。と呆れているところで、まさかの隼人に白羽の矢が立った。

 

 

「あの~。そんなに口論してもどうせ決まらないからここはこの場で一番最年少の隼人クンに決めてもらうのがいいんじゃないかな?」

 

 

まさかの提案を京楽がしたため、瞬時に焦ることとなった。

 

 

「(えっ・・・ちょ!京楽さん!無理ですよそんな!)」

「(大丈夫。いい案思いついたからボクに任せて♡)」

「(どういう形になったって命奪われる気がするんですけど!)」

「(キミは一切責任負わなくていいから大丈夫大丈夫。)」

 

 

声を潜めて会話していたが、二人はじーーーーーっとこっちを見ており恐怖しか感じなかった。

こんな自分の意見を曲げない方たちを納得させる京楽の策は一体何なのか不審に思いながらも話を聞いた。

 

 

「題して!一番隊隊長格、男の料理対決~~~~!」

 

 

ヒュ~~~!!!と一人で盛り上がりながら京楽は説明を続けた。

 

 

「要するに山じいと雀部さんが自分で料理を作って隼人クンに一口食べさせて、どっちが今日のお昼ご飯にしたいか決めてもらえばいいじゃん。」

「成程!なら儂の選りすぐりの料理番に「自分で作るの!」

「何じゃと・・・!」

「人に作ってもらったもので決めてもどうせお互いいやいや言うのは目に見えてるもん。まさか山じい抹茶点てることしかできないわけないでしょ?」

「むぅ・・・。それならば仕方あるまい。」

「雀部さんも構わないよね?」

「私は構いませぬぞ。自分で料理を嗜むうえ問題ありませぬ。」

 

 

あ、雀部さんちょっと余裕の表情見せたな、と隼人は一瞬の表情の動きで察知した。

しかし料理対決というやり方なら文句の言いようはないのはさすがだと思った。

こういう時の京楽隊長は本当に頭の回転早くてすごいなと改めて尊敬した。

 

 

料理を作っている様子だけで見れば、雀部のほうが圧倒的に優勢だった。

大量の油を使って揚げ物を作っているようだ。

いつも料理を作っている拳西と同じくらいの手際のよさで一つ一つ丁寧に作っていた。

 

一方の総隊長は、料理に不慣れではないものの、雀部よりは若干もたついてるように見えた。

七輪で魚を焼いているが最初の火加減の調節に難儀しているようだった。

だが、抹茶を点てる際の手際は熟練の技を思わせるかのような手際であった。

 

 

料理を作り終えた頃には、隊舎内での珍しい催し物にたくさんの一番隊隊士が集まっていた。

それに混じってなぜか浮竹も見物に来ていた。

 

 

「京楽から地獄蝶で知らされてね。元柳斎先生の料理はどんなものか直に見てみたかったんだ。」

「楽しそうですね・・・。」

「あぁ。一体何が出てくるのかな・・・!俺も少し食べてもいいかな?」

「構いませんよ?」

 

 

正直どう立ち回れば後の禍根を残さずに終わらせられるかを考えるので精一杯だったので、誰とも話す余裕は無かった。もう緊張で手が震えていた。

 

 

「じゃあまずは山じいの作った料理から食べてもらおっか。お願いしまーす!」

 

 

ノリノリで司会をしている京楽の合図で、黒子的な役割の一番隊男性隊士が料理を持ってきてくれた。

見たところ、抹茶、鮭の塩焼き、松茸のお吸い物、ほうれん草のお浸しと、いたってシンプルなものであった。

 

 

「一つの料理につき一口だけ食べていいからね。感想は結果を言った後に言うんだよ。あと山じいは隼人クンに圧力をかけないこと!少しでもやったら失格だからね!」

「ほう・・・!これが元柳斎先生の料理か・・・!」

 

 

横で浮竹が目を輝かせていたが、とりあえず気にせず食べてみることにした。

何の変哲もない和食料理だった。普通においしかったものの、それ以上の感想は思いつかなかった。抹茶は今まで飲んだものの中で一番であったが。

 

 

「うん。全部一口食べたみたいだね。次は雀部さんの料理をお願いしまーす!」

「む・・・これは美味しそうだな・・・。」

 

 

またも黒子的な役割をした女性隊士が持ってきてくれたものは豚カツとサラダ、コーンスープであった。

恐らく子どもの喜ぶ料理を考え、揚げ物の肉料理がいいと考えたのだろう。

紅茶も砂糖を入れず、食事に合わせたものにしていた。

 

一口食べたが、正直総隊長の和食よりもかなり美味しかった。

子ども好みの味付けがされており、家で食べるご飯とも近く食べやすかった。

だが、彼の作った料理には一つ致命的なミスがあったのだ。

 

 

「京楽さん・・・。これって美味しい方を選ぶ感じですか?」

「まぁそうだね・・・。隼人クンの好きに選んでいいと思うよ。」

「好きに選んでいいんですね。わかりました・・・。」

 

 

周りが固唾を呑んで見守る中、ついに勝者が決定した。

 

 

「僕は総隊長の方を選びます!」

「おぉ!!!やったぞ!!!儂の勝ちじゃーーー!!!」

 

 

観客たちも盛り上がりを見せる中、京楽は隼人に理由を尋ねた。

 

 

「正直美味しいのは雀部副隊長の料理でした。味付けとかも食べやすくてまるで家で食べているかのようだったんです。」

「へぇ・・・。じゃあ何でキミは山じいの方にしたの?」

「それは・・・。」

 

 

一呼吸置いて、隼人は単純かつ十分な敗因に値する理由を述べた。

 

 

 

 

「昨日の夕飯豚カツでした!先に言わなくてごめんなさい!」

 

 

 

 

あまりにも呆気ない理由に雀部は愕然としてしまった。

 

 

「何・・・だと・・・!!!」

「ほとんど昨日食べたものと変わらなくて・・・。」

「あら~雀部さんやってしまったね・・・。」

「これは痛い失敗だな・・・。」

 

 

結局隼人は総隊長の和食を完食した。その際総隊長は普段からは想像もつかない程の穏やかな顔で嬉しそうに隼人の食べる姿を見ていた。

 

一方雀部は、膝から崩れ落ちて恥も外聞もなく号泣していた。

同情した京楽と浮竹は雀部の料理を食べ、美味しいですよと声をかけるも、自らの不覚によるあまりのショックで逃げ出してしまい、昼間から飲み屋を徘徊していたとかしていなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後はこんなドロドロした思いのある場所に子どもを置いていけないとのことで十三番隊に行くこととなった。

頑固なおじいちゃん総隊長は嫌と言ったが、京楽に諭され、何とかここから脱出することに成功した。

 

 

「今日は体調いいんですね。良かったです。」

「ああ。朝はあまり気分良くなかったんだけどね、隼人君と喋っていると何だか具合が良くなるんだ!」

「そ、そうなんですか。へぇ~。」

「今日は海燕もいるから退屈しないと思うよ。」

「海燕さんはいつも遊んでくれてよくお世話になってますよ。」

 

 

志波(しば)海燕(カイエン)も貴族の出身であったが、飾らない性格のため話しやすく、浮竹がいないときはよく遊んでもらっていた。

彼は護廷十三隊で席官をやっており、副隊長にならないかを打診されているものの、義理立てでなかなか承諾してくれないと浮竹は嘆いていた。

 

 

「どうか隼人君も一緒に言ってしてくれないかな・・・?もう俺だけじゃ限界で・・・。」

「嫌ですよ。そんなことしたら十三番隊に二度と足を踏み入れるなって言われてますもん!」

「厳しいな~海燕も・・・。」

 

 

確かに海燕は副隊長になるべきだと隼人も思ってはいるが、やはり本人の意思が大切でしょ!という考えなので、そこは浮竹の手腕で頑張ってもらいたいものだ。

 

それに海燕の気持ちも十分理解できるものだった。

自分の実力を分かっているからこそあえて副隊長につかないという選択肢を選んだ海燕に、決して驕らない謙虚さを感じたのだ。それ以外はちょっとウザいところもあるが。

 

 

「まぁとにかく今日は俺も体調いいから仕事頑張っちゃおうかな~!」

「あんまり無理したらまた明日一日寝ていることになりますよ・・・。」

「そんなことはないぞ!明日もきっと元気一杯だ!」

 

 

自分の体調の良さをしきりにアピールしていたが、浮竹には別の思いがあった。

 

 

「あんまり海燕や他の部下にずっと隊を取り仕切らせるのも申し訳ないしな・・・。」

 

 

あぁそうだ。この人はいつも自分があまり隊にいれないのを後ろめたく思っていたんだっけ。だが、実際浮竹がいなくとも海燕含めた部下たちが頑張っているからこそ今までずっと続いてきたのだ。

だからこそ、浮竹に大丈夫だと励まそうとしたのだが・・・。

 

 

「大丈夫です!浮竹さんがいないときに何回かここに来たことありましたけど、普通に回っていましたよ!」

「そんな・・・!じゃあ俺は要らないのかな・・・。」

「えっ・・・!ちょ!そんなつもりで言ったんじゃ・・・あれ~~!?」

 

 

すぐに浮竹は笑いながら「分かっているから大丈夫だよ。」と言ったが、何かずーんと結構落ち込んでるように見えたので焦ってしまった。

意外と演技派なのかな?と思っていたところで十三番隊隊舎に着いた。

 

 

「おう坊主!久しぶりだな!今日は何するか?」

「今日は鬼道の勉強を「蹴鞠だな!」

「は?」

「オメーは遊びに来たんだろ?だから俺は今日の仕事急いで終わらせたんだぞ。」

「いや別に今日は遊びにきたわけじゃ「うるせぇ!いいから蹴鞠やるぞ!」

「なんて強引!僕が蹴鞠苦手なの分かってやるつもりですね!」

「当たりめーだ!俺がやりてーんだ!」

 

 

やいのやいの言いつつ結局蹴鞠をすることになってしまった。こりゃまた家に帰ったら拳西さんの雷落ちるよ。

そんなことで蹴鞠を始めたが、子ども相手に一切容赦しない海燕のせいでへとへとになってしまった。

 

 

「なぁオメー鍛錬してるんだろ?前よりちっとも体力増えてねぇじゃねぇか。すぐ疲れちまってよー。」

「体力増えるのに時間がかかるんですー!すいませんねーほんとー!」

「ナマイキ言うのはどの口だぁーー!!」

「いひゃい!いひゃいれすよ!!」

 

 

割と強めの力で頬を左右に引っ張られたのでかなり痛かった上、突然離されたのでゴムのように頬が戻りそれも少し痛かった。

 

 

「しかしコイツ本当に生意気に育っちまったよ。昔はもっと健気で可愛げのあるガキだったのになー。海燕さん今日も遊ぼ♡って。」

「そんなこと絶対に言ってませんしこれからも言うつもりありませんよ。あと生意気するのは海燕さんだけです。」

「テメー自覚あってナマイキ言ってんのか!こりゃあいつも以上のお仕置きが必要だな・・・!」

 

 

また隊舎の庭でギャーギャー大騒ぎしているのを浮竹は微笑ましくその様子を見ていた。

白哉とは違った形で兄弟みたいに仲良くしている様子を見るのは浮竹にとっても嬉しかった。

傍から見たら絶えず口喧嘩しているようにも見えるが、ある意味で十三番隊名物と化しており、他の隊員も面白がって見ていた。

 

 

「あ゛ぁ゛~疲れた~・・・って鬼道の勉強!忘れてた~~!!また拳西さんに怒られるよ・・・。」

「大丈夫だ。俺も一緒に六車隊長に謝りに行くから心配するな!」

「本当ですか~~!!って海燕さんのせいでこうなったんでしょうが!」

「わーったわーった。ほらもう夕方だし帰るぞ。」

 

 

こういう時の海燕はなぜかすごく頼りにみえるのだ。

浮竹に挨拶をした後の、「元気でいるんだよ~。」と浮竹の自虐混じりの見送りにツッコミを入れそうになったが海燕に「空気読めバカ!」と拳骨を入れられて止められた。本当に容赦ないなこの人!

 

ちなみに家で謝罪をするときも海燕は隼人に容赦のない仕打ちをした。

 

 

隼人が勉強をほっぽりだして遊んでいる、という噂を聞きつけた拳西が玄関で仁王立ちをし凶悪な顔で待ち構えている中、海燕の弁明は衝撃的な内容だった。

 

 

「いやーーーーどうしてもお宅の隼人くんが蹴鞠をやりたいと駄々をこねましてね。鬼道の勉強した方がいいんじゃない?って言ったんスよ。何度も。でもそんなの明日でいいと隼人くんはおっしゃったのでついつい付き合ってしまいました!ごめんなさい!それではさようなら!」

「はぁ!!!???話と全然違・・・!」

 

 

と海燕の方を見ても瞬歩ですでにいなくなっていた。

残ったのは自分のみ。恐る恐る拳西の方を見ると。

 

 

「今日は・・・分かってるんだろうな・・・・・・!!!!!!!!」

 

 

あぁ。もう日の目を見ることはないかもしれない。

 

 

その日の夜はご近所もびっくりする程の拳西の怒声と隼人の断末魔の叫びが響き渡ったという。

 



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女性死神協会と紅葉狩り!

女性死神協会。

それは女性死神の地位向上のために結成された、尸魂界の公認協会である。

決議された事項は中央四十六室の運営にも影響を与えるという影の権力組織である。

 

最も、このような組織になったのは100年以上も後になってからであり、当時は完全に幹部格の女性死神の井戸端会議場のようになっていた。朽木邸を秘密のアジトにしている。

 

 

理事長・卯ノ花(うのはな)(れつ)

ほぼこの人の発言により行事が最終決定される。協会のドン。

 

会長・矢胴丸(やどうまる)リサ

おしゃべり、仕事をサボる目的で参加。実際は協会とかどうでもいい。

 

副会長・猿柿(さるがき)ひよ()

利権を貪る目的で参加。普段なら食べられないお菓子目当て。

 

理事・四楓院(しほういん)夜一(よるいち)

砕蜂に誘われて渋々参加。朽木邸での会合のみ参加している。

 

理事・砕蜂(ソイフォン)

夜一を独り占めするために参加。欲求を満たしている。

 

理事・九南(くな)(ましろ)

瀞霊廷通信に対する影響力を持つためおはぎを交換条件に参加させられた。

 

理事・曳舟(ひきふね)桐生(きりお)

ひよ里に誘われて参加。みんなのかーちゃん的役割。

 

伊勢(いせ)七緒(ななお)

八番隊新人隊士。読書会をしていたリサに誘われて参加。

この中では一番真面目。

 

 

などのメンバーで構成されており、今回は秋の旅行についての議題が上がっていた。

 

 

「つーわけや。秋にどっか行きたいトコある奴は挙手!」

「は~い!お月見してお団子たくさん食べた~い!みたらしがいいな~!」

「アホ!お月見の時期はもう過ぎとるで!次!」

「海に行きたいです!あぁ・・・夜一様の水着姿を想像するだけで・・・。」

「却下や!夏にせぇボケ!」

 

白と砕蜂の自分勝手な意見をリサとひよ里が却下した後に、夜一の意見から話は動き出した。

 

 

「儂は山に行きたいのう。」

「夜一様!それでは夜一様の美しいカラダを私は見られないではないか・・・。」

「何じゃ砕蜂、いちいちうるさいのう。」

「お、山ならええんとちゃうか?リサ。」

「せやな。七緒もおるしなるべく尸魂界の中がええんやが・・・。」

 

 

場所をどこにしようかと考えていたところで、卯ノ花の一声が上がった。

 

 

「でしたら瀞霊廷の外におすすめの場所を知っていますよ。もう少しで紅葉狩りの季節ですしその時期にみなさんで遠足に出かけましょう。」

 

 

こうして女性死神協会の秋季旅行は紅葉狩りを行うことになった。

ちなみに会議後、白哉がアジトを見つけてしまい激昂したため、新たに朽木邸を改造する費用が必要になったという。

 

 

 

 

「何で俺たちも行かなきゃならねぇんだよ・・・!」

「だって九番隊の皆にこのこと喋ったら写真撮ってきてって言われたもん!瀞霊廷通信に載せたいって言われたら断れないよ!」

「だからって何で俺と隼人が行かなきゃならねぇんだ!衛島とかいるだろ!」

「みんな瀞霊廷通信で忙しいんですぅ~~~!そんなこともわからないの~~~?」

 

 

苛立ちを抑えられない拳西は無理やりにでも隼人を連れて帰ろうとした。

 

 

「おい隼人!帰る・・・。」

 

 

だが、隼人はひよ里とリサによって完全に餌付けされていた。

 

 

「高級菓子持っとるから行くかって聞いたら行くって即答したで。」

「何一人で意地張っとんねん。ウチらは隼人連れてくで~。」

「折角ですし行きましょうよ。拳西さんもたまにはこういうことで心が落ち着くかもしれませんし・・・。」

 

 

もう呆れるしかなく、仕方なく隼人の保護者としてついていくことにした。

 

 

最近九番隊第五席に東仙(とうせん)(かなめ)が加入したが、彼の意見により瀞霊廷通信は現世の雑誌を参考にした書籍へと変貌を遂げ、大量の顧客数を獲得した。

その際現世の技術をたくさん採用したため仕事の効率化に成功したものの、元々の仕事量は以前よりも圧倒的に増え、結局忙しくなっていたのだ。

 

今回の紅葉狩りもネタとして使えると判断した衛島が、拳西に写真を撮ってくるように頼んだためにこの場に行くこととなった。

 

 

「つーかこの写真を撮る機械も使い方よくわかんねぇしよ。何だってこんな遊びに・・・!」

「六車隊長。その機械を貸していただけませんか?」

「あぁ?夜一の腰巾着か。一応隊の物だから壊すんじゃねぇぞ。俺も使い方よくわかんねぇから勝手にやってろ。」

「ありがとうございます!」

 

 

正直自分が持っていたって何にも役に立たないので、若いヤツに渡した方が使いこなせるだろうと思い、彼女に渡すことにした。

 

 

一方、カメラを貰った砕蜂は邪な思いをしっかりと膨らませていた。

(これは千載一遇の機会だ!この機械があれば夜一様のあんな姿やこんな姿を記録に・・・はぁぁ何て幸せ!!)

とにかく夜一の写真を撮りまくっていたのだが、興奮で鼻息を荒くしてしまったため、案の定夜一に見抜かれ取り上げられてしまった。

 

 

「おい砕蜂、お主がやろうとしておることなぞ儂には分かりきっておるぞ。」

「あぁ夜一様!そんなぁ!!私の計画が・・・。」

「ほれ、そこの新入り。お主に写真を任せてもよいかの?」

「あっ・・・はい!お役目、しっかり果たさせていただきます!」

「そう畏まらんでいいぞ。」

 

 

結局カメラは七緒に渡り、紅葉や美しい景色、楽しむ女性死神などのたくさんの写真が撮れた。

しばらく進み、紅葉の絶景スポットにようやくたどり着いた。

 

 

「うわ~!すごいですね・・・。拳西さんもここ知ってました?」

「いや知らねぇな。でもこういうのもたまにはいいもんだな。」

「やっぱそうですよね!瀞霊廷だと絶対見られないものが見れて何かすごい・・・。」

 

 

一面の紅葉に二人とも目を奪われた。さすが卯ノ花隊長おすすめの場所である。

他の者達も皆景色をみて驚嘆していた。

 

 

「やっぱ綺麗やな~。殺伐とした日々に対するええ清涼剤や。」

「ひよ里ちゃんも楽しんでるようでアタシは嬉しいよ!」

「せやな~!ハゲ真子もおらんしホンマに最高や~~!!」

「ね~ご飯食べようよ~~。」

「そうですね。そろそろ昼食にいたしましょう。」

 

 

開けた場所に敷物をいくつか敷き、休憩がてら昼食をとることにした。

昼食は今回も曳舟自慢の重箱であった。潤沢な経費をここに投入したため高級な食材がふんだんに使われており、ひよ里と白は目を輝かせていた。

 

 

「女の子だからって遠慮しちゃダメだよ。いっぱい食べていっぱい運動すればそれが一番健康なんだから!」

「は~~~~い!!!!」

「白は遠慮しろよ・・・。」

 

 

卵焼き、唐揚げなどみんなが食べられるものばかり入っていたので、好き嫌いに困ることは無かった。

だが、そのせいで軽く戦場と化していた。

 

 

「おいリサ!ウチの卵焼き何勝手に食べとんねん!」

「アホ!!知るか!!ひよ里には枝豆がお似合いや!」

「何やとォ!!」

「唐揚げも~らいっ!!」

「あ~~~!!白もやりおったなぁぁぁぁ!!!」

 

 

副隊長三人がしのぎを削っている中、砕蜂は夜一のためにおかずを取っていた。

 

 

「夜一様。こちらをどうぞお召し上がり下さい。」

「おうすまんの。じゃがもうちょっと欲しいのう。お主の分が無いじゃろ。」

「ご・・・ごごごごご一緒してよろしいのですか!!!???」

「構わんぞ。ほれ、さっさと持ってこんか!」

 

 

砕蜂がまた一人で舞い上がっている中、流れに置いて行かれた七緒は、女性隊長二人と共にのんびりと食べていた。

 

 

「伊勢さんは護廷十三隊に入ってどうですか?」

「はっ・・・はい!毎日一生懸命頑張っています!」

「鬼道衆に入りたかったんでしょ?大変じゃないかい?ここにいるときなら何でも相談に乗ってあげられるからたくさん相談してね!」

「あっありがとうございます!光栄です!」

 

女性たちが様々に楽しんでいる中、男二人は完全に紅葉より団子状態であった。

わざわざ自分たち用にこっそり追加で弁当を持ってきていた。

何だかんだいって拳西は仕事よりはマシと考え、行く気満々だったのである。

 

 

「ひや~~。ひゃっはりほういうほほろではべるほはんはひいへふね!(いや~~。やっぱりこういうところで食べるご飯はいいですね!)」

「飯食いながら喋るな!行儀悪りぃぞ!」

「だって拳西さんものすごい勢いで食べてますもん。僕の分無くなっちゃいますよ。」

「こういう時は早い者勝ちなんだよ!お前もたくさん食え!」

「えぇ~~~・・・。(意外とひよ里ちゃんたちと変わんないのかな・・・。)」

 

 

一応景色にも意識を向けていた隼人に対し、完全に拳西は食い意地を張っていた。まぁ家でも大食漢の拳西がこういう場で食い意地を張るのは予想がついたが。

そして隠れているものを見たがる女のせいでまた酷い目にあってしまった。

 

 

「おい拳西!なにアタシ達に内緒でそんなに弁当持ってきとんねん!水臭いやっちゃな~!アタシらも一緒に食うで!」

「やべぇ!バレちまった!急いで食うぞ!!」

「わっ四人ともすごい食い意地!」

「黙っとき!アタシらに弁当あるのちょーらかしおって!許さん!!!!」

 

 

こっそり持ち込んでいた弁当の存在がリサにばれてしまい、あっという間に三人のモンスターに食い荒らされてしまった。

明らかに残りだけで男性5人分はあると思われる弁当を副隊長三人で30分かからずに完食した。一体胃袋どうなっているんだ。

 

 

「ふひ~~~美味しかった~~~。」

「お前らは食いすぎだ!さすがに太っても知らんぞ・・・。」

「おい拳西!ウチら乙女に何つー失礼なこと言うとんねん!」

「乙女ってひよ里ちゃん・・・。そんな性格じゃないでしょ。」

 

 

隼人のからかいに対しひよ里が反応しようとしたものの、いかんせん食べ過ぎてしまった。

 

 

「やから何遍も・・・うっ・・・食いすぎた・・・。」

「おっ落ち着いて下さい!とにかく横になりましょう!」

「済まんなぁ助かるわ七緒・・・。」

 

 

身長に合わない食べ方をして具合が悪くなっている者がいる中、またも卯ノ花の一声で記念撮影をすることになった。

 

 

「ひよ里ちゃん・・・。大丈夫かい?」

「隊長・・・すんません。でも隊長と一緒に写真撮りたいからウチ頑張るわ・・・。」

「何か・・・すごい画ですね・・・。」

 

 

真面目な七緒がちょっと引いていたが、準備は着々と進んだ。

七緒を中心にして横に砕蜂と副隊長が座り、隊長三人は後ろに立った。

あくまでも女性死神協会の紅葉狩りなので、男二人は暗黙の了解で撮影者側に回った。

 

 

「撮るぞーーー!」

 

 

カシャ、という音とともに、一面の紅葉をバックにした女性死神協会の写真が撮れた。

そのままカメラを渡して帰ろうとしたが、白が二人の写真を撮ると言い、また駄々をこね始めた。

 

 

「だってせっかく二人も来たんだよ!思い出だよ!絶対二人で写真撮るの~~~!!!」

「別に男二人の写真なんて需要もねぇしいいだろ。」

「たしかにお二人だけ写真が無いのもあまり感心しませんねぇ。家族写真ということでどうでしょう?」

「いいんじゃないかい?アタシが撮ってあげるよ!」

 

 

女性隊長二人の有無を言わせない進言もあり、仕方なく二人で写真を撮ることにした。

 

 

「こういうときってどんな顔すればいいんでしょうかね。」

「特に気にすんな。普通にしてろ。」

「はぁ。」

 

 

といい普通の顔をしていると、カメラを構えた曳舟に怒られてしまった。

 

 

「何そんな仏頂面をしているんだい!いい加減にしなよ!二人とも笑顔じゃないとダメだよ!」

「堅苦しいのう。ならば儂が隼坊をくすぐってやろう!ほれっ!!」

 

 

砕蜂が『夜一様に・・・くすぐられる・・・!?』と一瞬驚愕の表情をしていたが、夜一にくすぐられた隼人は我慢できず爆笑してしまった。

 

そのおかげかは分からないが、リラックスできた隼人はちゃんと笑顔で写真に映ることができた。

拳西も最初に比べるとどうにかなったのだろう。曳舟は「すごくいい写真が撮れたよ!」と満足そうにしていた。

 

一人だけはまたまた嫉妬に狂って殺意のこもった視線を隼人にぶつけていたが。

 

 

 

 

瀞霊廷に着いた後に、何故か待ち構えていた京楽に出会った。

 

 

「あれ~~~!!!六車クンと隼人クンなんでリサちゃんたちと一緒にいるの~~!!ずるいよ~~~!!!」

「瀞霊廷通信の写真撮ってこいって言われたからついていっただけだぞ・・・。」

「女の子たちと戯れて羨ましいな~!ボクも行くって言ったらリサちゃんに断られちゃったんだよね~。いけず~。」

 

 

悪びれもせず不満をたらたらと述べる京楽に、リサはいつもの如く叱った。

 

 

「当たり前や!アンタが来たら酒呑んでどんちゃん騒ぎ!紅葉もへったくれもなくなるやろ!!」

「そうですね。それに京楽隊長はお酒の席で女性隊士にいやらしい迷惑行為をしたという噂を聞きましたよ。」

 

 

卯ノ花からとんでもない爆弾を落とされた京楽は冷や汗を垂らして顔を青ざめ、一気に劣勢に立たされることになってしまった。

 

 

「えっ・・・ちょっとそんなことあるわけないじゃないですか卯ノ花隊長・・・え・・・あれ・・・リサちゃん・・・?それに曳舟隊長も・・・?ちょっと待ってちょっと待って・・・。美しい女性の皆さんそんなボクを蔑んだ目で見ないでよ・・・。」

 

 

内容が内容だ、リサや卯ノ花はともかく、曳舟、夜一、砕蜂、白、ひよ里に加え、新人の七緒にすら軽蔑の眼差しを向けられてしまった。

 

 

「ちょっとそんなぁ・・・!!キミ!八番隊新人の伊勢・・・七緒ちゃんだよね!ボク若い女の子の名前はすぐ覚えちゃうから知ってるよ!キミならボクは悪くないってわかってくれるかな!?」

 

 

声をかけられた七緒は目を伏せてしまった。ある意味で火に油を注ぐ発言をする精神に男二人は呆れを通り越して何も言えなくなった。

これで頼みの綱は残りの男性陣だけだ。

 

 

「そんな~~~!!もうこうなったら六車クンと隼人クンしか頼れないよ~~!!ボクを助けて~~~!!!」

 

 

できることなら助けてやりたかったが、巻き込まれるのは御免だったので、申し訳ないが見捨てることにした。

 

 

「自業自得だな・・・。」

「京楽さん・・・。達者で。」

 

「縛道の六十二 百歩欄干!」

「縛道の六十三 鎖条鎖縛!」

 

 

卯ノ花と曳舟の縛道で捕らえられた京楽は、美女たちからの洗礼を受けた。

京楽は苦痛で叫びつつ、女性隊士からの容赦のない攻撃にすら恍惚の表情を浮かべて「アハァン!幸せーーーーーー!!!!!!」とも叫んでおり、さらに彼女たちの攻撃に拍車がしまい危うく意識を失いかけたという。

 

ちなみに彼女たちが無表情でひたすら攻撃していた様子を横で見ていた男二人は、

 

 

「本気で女を怒らせたらこうなるぞ・・・。」

「拳西さんより怖い・・・・・・。」

 

 

あまりの女性陣の容赦のなさにドン引きしていた。それでも「シ・ア・ワ・セ・・・。」と呟いた京楽の強心臓にはさらに引いた。

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

写真が出来上がったと白に伝えられ、見に行ってみると、色鮮やかな紅葉が見事に雑誌映えしそうな雰囲気であった。

 

その中にあった拳西と二人で撮った写真で、隼人はとても驚かされることになった。

隼人が笑っている隣で、あの普段眉間に皺を寄せた拳西がニッと笑って写真に映っていたのだ。

 

白がこの写真を見てとても嬉しそうにしていた。

 

 

「二人ともいい笑顔だね!昨日の写真で一番いい写真だって協会の皆も言ってたよ!」

「何か拳西さんこんな顔するんですね・・・。」

「そりゃあ俺だってたまには笑うぞ。」

「だったらいつもそんな感じでいればいいじゃないですか。仏頂面だと女性に人気出ませんよ。」

「余計なことを言うのはどの口だ・・・!」

 

 

また頬を引っ張られ痛かったが、この写真がどうしても欲しかった隼人は東仙にお願いしてもう一枚刷ってもらった。

東仙に話を聞くと、この写真も雑誌の中に使いたいと言っていたので、喜んで承諾した。

その見返りのような感じで、彼は木製の写真立てをくれた。

 

 

「よければこの写真立てを使って飾るといいよ。」

「ありがとうございます東仙さん!」

 

 

帰ってから自分の部屋の勉強机に二人の写真を飾った。

 

 

 

 

 

 

小さな勉強机に初めて拳西との思い出のものが置かれ、言葉にならないほど嬉しかった。

 

 

 

 




110年前も女性死神協会あってほしいなって思って書いてみました!
相変わらずスケベな京楽さん・・・。


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休日!

番外編のつもりです。普通とあんま変わらない長さだけど。


とある冬の日。

瀞霊廷通信も無事発行し、隊全体が落ち着きを取り戻したことで長らく取れていなかった休日をやっとの思いで確保し、久々の休みを満喫していた。

 

普段なら七時前には起き忙しなく仕事の準備をするが、今日は八時半に起床し、家事をのんびり行うつもりだ。普段できない掃除などもゆっくり行うつもりである。

たまにはこうやってだらけるのもアリだ。何せ自分は直接係わっていないが瀞霊廷通信絡みでえらく忙しかったのだ。休みを強奪したのは正解だったといえよう。

 

隼人の鍛錬、勉強も今日は休ませた。自分が休みたいのもあるが、いつも鍛錬で気を張り詰めさせるのもよくない、と自分に都合よく解釈し、二人でのんびり過ごしていた。

 

こたつで浮竹の著作『双魚のお断り!』を読みながらみかんを食べていた隼人は、相当間抜けな顔をしながら休日を楽しんでいた。

 

 

「スゲェだらけてるな。真子みてぇな顔してるぞ。」

「そうですか?こたつが温かくて気持ちいいんですよ~。」

「まぁわからなくもねぇけどよ。つーか否定しねぇんだな・・・。」

 

 

こういう時にキレッキレの文句を言う平子もいないため、完全にツッコミのいない場と化してしまっている。

だがこたつの気持ちよさのためにそんなことを気にする思考力も奪われ、完全にふにゃふにゃのへなへなになってしまっていた。

 

もう今日はずっとこのままでいたい・・・。と思っていた隼人に拳西は悪魔のような一言を投げかけた。

 

 

「あと少ししたら家の掃除するぞ。」

「えっ!!!何で今日!!!」

「今日しか出来ねぇんだよ!明日からまた普通に仕事だしな。縁側とか庭とか大分汚れてるぞ。」

 

 

せっかく気持ちよく温まっていたのに何という所業だ。

あぁ・・・。こんな幸せな空間を奪わないでくれ・・・!と思ったが、汚いまま放置するのはもっと嫌なので、あと少しまでこたつで粘りつつ渋々掃除を手伝うことにした。

 

 

 

やっとの思いでこたつから出た時は、あまりの寒さに体が震えていた。

情けねぇなぁと拳西に笑われたが、当たり前のことに笑わないでほしいものだ。だって寒いもん。

部屋用の半纏を着て何とか暖を確保し、一日の行動を開始した。

 

 

上階の方から掃除をすることになっていたので、まずは屋根裏の埃取りからにした。

こういう時一応まだ子どもの体格をした隼人がいるおかげで、屋根裏に直接乗って埃を取ることが出来た。

 

 

「どうだ?久々だから埃スゲェだろ。」

「これは中々・・・ゲホッ!たくさん・・・ゴホッ!」

「とりあえず鼻と口塞いで埃落とせ。じゃねぇとずっとむせてるぞ。」

「うぅ・・・。せっかくの休みがなんでこんな埃まみれに・・・ゴホッ!」

 

 

あぁ何で僕はこんなほこりっぽい所で掃除に勤しんでいるのだろう。

さっきまであんなにこたつで幸せにしていたのに。『双魚のお断り』の続き読みたいのに・・・。

 

もうこの際投げ出してこたつに戻ろうかと思ったが、拳西がこたつ用布団を取り外していたのを思い出し、どうしようもない状況にいることには変わりないと気付いた。

適当にやったらやり直しさせられるので、諦めてしっかりやろうと決めた。

 

 

 

何度もむせつつ何とか屋根裏の掃除を終わらせた後は、自分の部屋の掃除をした。

普段からなるべく綺麗にしていたので特別ごみが出てくることも無かった。

窓を開けて換気し、本棚の整理をしたところで拳西に呼ばれ、縁側の雑巾がけをすることになった。

 

 

 

北側は一面縁側になっており、数人が余裕で歩ける横幅と、結構な長さのあるものだ。

ここで暮らし始めてからいつも縁側雑巾がけ競争を行っており、負けた方が縁側の残り全てを雑巾がけするものだ。

これは神聖な男の戦いである。起源は神聖もクソもないが。

2人とも床の拭き掃除が嫌だったためにこの戦いが始まった。

妨害など何でもアリのため、いつも隼人は負けていた。

大人げないと言われようが知ったことか。今まで全勝している拳西は今回も負けないよう決して油断をしなかった。

 

 

「今日もやるぞ。覚悟はできてんだろーな・・・?」

「ええ。もちろん・・・。」

 

 

お互いに邪悪な笑みをこぼしつつ北西側の角にスタンバイした。

向かいにある時計の秒針が十二を指したら競争開始だ。

 

 

五、四、三、二、一・・・零!!

 

 

秒針が十二を指した瞬間、拳西による足払いを受けそうになったが何とか躱し、いいスタートダッシュを切った。

 

初めてリードを奪うことに成功したが、単純な速度ではまだ拳西の方が速いため油断は出来ない。

そのためリードを奪った後は、浦原からもらった煙幕を使い拳西の視界を完全に奪うことにした。

 

テメェ!道具使うなんてせこいぞコラ!!と後ろから聞こえたが、妨害に何でもアリの規則を作ったのは拳西だ。

もう残りは四分の一程度だ。これなら勝利確定。

策士策に溺れる。せいぜい自分の作った規則で苦しむがいい!はーーっはっはっは!!!!

 

なーんて思っていたせいで。

 

 

 

 

目の前の床が完全に凍っていることに気付けなかった。

 

 

「わっ!!!わぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!!!!!!」

 

 

全速力で走っていたために止まることも出来ず、見事なまでにツルっと横に滑って転び、ついでに庭に落ちてしまった。

盛大にコースアウトしたせいで、もちろん敗北決定。縁側に上がった時には既に拳西は向こう側に到達していた。

 

 

「お前もまだまだだな。道具隠してるのを俺が見抜けねぇとでも思ったか。甘ぇんだよ。」

「いやそっちこそずるくないですか!?床凍らせるとか信じられません!罠の範疇超えてますよ!」

「知らねぇなぁ?俺はただ水を撒いて放置しただけなんだが・・・まさか凍るとはな・・・。」

「あぁぁぁぁぁぁぁ腹立つーーーーー!!!!!」

 

 

だがいくら文句を言おうが結局負けたのだ。今回もかなり不満の残る結果となったが、残りの雑巾がけをやることにした。

 

 

雑巾がけが終わったところで昼飯の時間になった。

こたつ布団のないいつもよりちょっと寂しい机で握り飯(相変わらずでかい)と、昨日の残りの漬物を食べ、昼からは庭掃除に入った。

 

 

最初は伸び放題の雑草の手入れをした。半年近く放置していたので伸びているところはかなり伸びており、抜くのもかなり力が必要だった。

次に折れた枝や枯葉の掃き掃除を始めたが、朽木邸ほどではないものの隊長の邸宅なのでまあまあ広く、これだけでかなり時間がかかった。

 

のんびりするはずの休みだったのに結局かなり体力を使った気がした。

 

 

「今日ってのんびりできる休みのはずですよね・・・。あれ・・・何か凄い疲れてるんですけど・・・。」

「だからあと残った時間はのんびりしてていいぞ。こたつもあたらしい布団つけといたぜ。」

「えっ本当に!!!・・・でも動いたから暑い・・・。」

 

 

動いて体が熱くなったためあまりこたつの恩恵は受けられないが、しばらく部屋でゴロゴロできるのは最高だ。

手を洗って茶の間に戻り横になった時は、何とも言えない達成感に包まれていた。

 

まだ夕方にもなってない状態から家の中でぐうたらしていることが久々で、背徳感も少しあったがとても幸せであった。

すこし寒くなったのでこたつに入ると丁度拳西も掃除から戻ってきたところで、持ってきてもらったお茶とみかんとともに隼人は朝のようにこたつでまたふにゃふにゃのへなへなになっていた。

 

 

「また真子みてぇになってるぞ。」

「やっぱこたつは最高ですよ・・・。」

「最高な気分なのはいいが寝たら風邪ひくから気をつけろよ。」

「わかってますよ~~~~~。ふへへへへ・・・。」

 

 

もうこの上なく最高の気分だ。頭を横向きにして机にくっつけていたら顔にも温かさがじんわりと伝わってくるような気がしてまた気持ちいいのだ。

まだお酒は飲めないが、お酒が飲めるようになればきっともっと最高の気分になるだろう。

 

『双魚のお断り!』の続きを読み終わり、また八番隊図書館から借りた『瀞霊廷探偵』を読み始めて少し経ったところで日が暮れ、夕飯の準備の時間になった。

 

 

「今日は飯作るの手伝うか?こたつでのんびりしててもいいんだぞ。」

「手伝います!!」

 

 

最近はご飯支度を手伝うようになった。

毎日拳西がご飯を作っている様子を見て、自分でも作りたくなったのだ。

かなり調味料の配分はいい加減なのに、なぜか美味しくできる秘密を知りたかったが、どうやらその域に達するには相当な経験が要るらしい。

そのため最初はしっかり分量を測って料理を作れと教えられた。

 

 

「和食とお菓子は特に分量が大事だ。それも最初は薄めのほうがいいな。」

「なんで薄めの方がいいんですか?濃い味の方がおいしいじゃないですか。」

「最初から入れすぎると取り返しつかなくなるんだよ。俺だって初めの頃はクソまじぃ失敗作ばっか作っちまったからな・・・。」

 

 

現に隼人が醤油を入れすぎた際必死に水で薄めた結果、いつもよりも美味しくないものが出来上がった経験があるので、言わんとしていることは何となく理解できた。

 

今日は好物の肉じゃがなので、絶対に失敗はできないと思い覚悟を決めて台所に立った。

 

包丁は教えられてかなり使えるようになった。じゃがいもと人参を乱切りにして玉ねぎもくし切りにする。

横から「包丁は難なく使えるクセに刀の扱い下手クソなのは理解できねぇなぁ?」と言われたが無視した。

うるさいこれでも頑張っているんだ自分でもなんでか分かんねぇよ!と言いそうになったが心の中に留めた。

 

前の失敗を反省して今回は拳西にそれ以降の工程を全てやってもらった。相変わらず調味料の配分はいい加減だがなぜ美味しくなるのだろうか。不思議でならん。

 

その間、隼人は雀部副隊長からもらった『あすぱらがす』たるものを切っていた。

一緒に貰った『ばたー』を油の代わりにして炒めると美味しいと教えてもらったのでやってみることにしたのだ。

 

 

「この黄色い塊が油になるんですかねぇ。」

「牛脂みてぇなもんだろ。しかし雀部さんも珍しいモン持ってんだな。」

「あの人本当に洋食好きですからね~。」

 

 

炒め物用の鉄鍋に火をかけ、ばたーを置いてみるとたしかに牛脂のように溶けていった。

おぉ・・・すごい!と子ども並の感想を述べた後、あすぱらがすを炒めた。

牛脂で炒めているのとは違う匂いがした。

 

 

「何か牛乳っぽい匂いですね。美味しそうですよ。」

「野菜炒めるのに合いそうだな。たまには変わったモン作るのもいいかもな。」

 

 

そんな感じで『あすぱらがすのばたー炒め』が完成したころに、肉じゃがも丁度よく味が染み野菜が柔らかくなったので、こたつに持っていき食べることにした。

 

 

「ん~~~~今日はとっても美味しいですね~~~。」

「ったりめーだ!前の水っぽいのなんか最悪の出来だぞ!」

「わかってますよ。でも今日は本当に上手くいきましたね。野菜炒めもいつもと違って美味しいですよ。」

 

 

一日の終わりのご飯としては大満足の出来だ。

掃除で疲れた体に染みこみ、癒されていくような気がするのだ。

もったいないと思いつつも、あっという間に食べ終わってしまった。

 

 

洗い物を手伝い、綺麗になったお風呂で体をしっかり洗い流し、休日は終わりを迎えた。

 

 

また明日から鍛錬、勉強の日々だ。

霊術院入学も手の届く範囲になってきたので、いつも以上に鍛錬を厳しくしてもらっている。

 

 

「今日はたくさん寝て明日からまた頑張るぞーーー!!!」

 

 

 

 

景気づけに叫んだら下から「うるせぇぞ!!」と怒鳴られた。

 



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新隊長は誰だ!

「イヤや!ぜっっっったいイヤや!!!!!」

「そんなこと言わないでよひよ里ちゃん・・・アタシと二度と会えなくなるわけじゃないんだよ?」

「でも急に昇進でいなくなるなんてありえへん!イヤや!イヤやーーーーーー!!!!!」

「もう泣かないのひよ里ちゃん・・・。」

 

 

十二番隊隊長・曳舟桐生は、『義魂』の概念と、それを『体内にとり込む技術』の創出を評価され、王族特務・零番隊への昇進の命を下された。

だが、それは十二番隊隊長を退位することと同義であり、彼女を母親のように慕っていたひよ里にとっては非常に気に喰わないものであった。

 

 

「ウチとこの隊長は曳舟隊長しか考えられへんねん・・・。」

「大丈夫。あと七日はここにいるから。一応アタシも後任の隊長が誰になるか見届けようよ思ってるんだよ!」

「七日しかおらんかいな・・・・・・。」

 

 

今まで心から慕い毎日共に仕事をしていた上官との突然の別れ。

しかもあと七日。仕事なんてしていたらあっという間だ。

何とかしてここに留めたいと思っていたが、上からの命令に逆らうことなど不可能であることはひよ里にも当然分かっていた。

 

曳舟が創り出した技術を実際に見せてもらったが、それはあまりにも画期的で優れたものであった。後々は作った魂を義骸に入れて動かし、虚討伐の効率化が出来るかもしれないと曳舟は教えてくれた。

今までにない新たな『義魂』の概念。それを生み出したからこそ護廷十三隊にいてほしかった。

ウチの隊長ほんまにすごいんや!って皆に広めたかったのだ。

 

なのに突然の昇進命令。隊長のことを考えると笑顔で送りたかったが、寂しさを考えると泣かずにはいられなかった。

 

 

「ひよ里ちゃんもまだまだ子どもだねぇ。あと七日間、たくさん一緒にいてあげるよ!」

「うぅ・・・曳舟隊長~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!」

 

真子には決して見せない顔である。おそらくこの瞬間を見たら確実に笑われるか引かれるだろう。

 

ひよ里が曳舟の昇進を知った日から、新隊長の選任が始まった。

各隊隊長に通達が渡り、その翌日に二番隊隊長・四楓院夜一が同隊第三席の浦原喜助を推薦した。

総隊長、四番隊、六番隊、十三番隊、そして前十二番隊の隊長が立ち会いの下隊主試験が行われ、能力・人格共に申し分なしと判断されたため正式に浦原は隊長に就任したのだ。

 

 

その隊主試験の間、まだ新隊長が誰になるか知らされていないひよ里はストレス発散のため、隼人を冷やかしに行くはずが、逆にストレスを生み出していた。

 

 

「邪魔するで!隊舎におっても暇やからウチの相手せぇ!!」

「びっくりした!仕事は?ひよ里ちゃんこんな所いて大丈夫なの・・・?」

「やからひよ里様と呼べ!」

 

 

毎度の如くタメ口なのは気に喰わないが、ひよ里は隼人おちょくりのためのいいきっかけをみつけた。

 

 

「・・・は~~~~ん?勉強しとるんか。ウチが教えたるで。」

「えっひよ里ちゃん勉強教えられるの?」

「じゃかぁしい!!!!!ウチをなめんな!!!!!」

 

 

そんなこんなで家庭教師ひよ里の勉強会が始まったが、むしろひよ里が教えられていた。

どちらかというと鬼道よりも武闘派なひよ里は、鬼道の組み合わせ方による戦術構築方法はからっきしであったのだ。

 

 

「だからねひよ里ちゃん、黄火閃は攻撃目的で使う破道じゃないんだよ。大地転踊もそうかもしれないね。相手めがけて放つ鬼道だけど目くらましぐらいにしか使えないよ。」

「へぇ~~~。今の時代変わったもんやな~~~。」

「それ昔から言われてると思うんだけど。」

「はぁ!!!???イチイチ余計なこと言うな!やかましい!!」

「痛いな~~いちいち拳骨しないでよ・・・。」

 

 

そもそも霊術院に入学していないにもかかわらず、やけに鬼道の知識だけ詳しいのもいいとはいえないが、それでもひよ里は人にアホと言う割に自分もアホであった。

 

 

「ウチはな、感覚派や。考えるよりも感じて戦うんや。その方が虚もばっしばっし倒せるんやで~。」

「関係ないでしょ。そんなんでよく卒業できたね。」

「こいつほんまに生意気やな!!!それともあれか!えっらい口悪いんか!!腹立つわ~~!!!親の顔ぉ見せろや!」

「九番隊隊舎に行ったら会えるよ。」

「いちいち答えんでええわ!!!!!」

 

 

息の合った漫才を行っているが、平子が来たらより混沌と化してしまうだろう。

正直かなりうるさいひよ里に隼人は引いてしまっていた。

 

 

「ねぇ僕勉強してるんだけど。いちいちうるさくて正直邪魔だよ・・・。」

「あぁん!!やったらいくらでも邪魔したる!!今日のウチはめちゃくちゃイライラしとるんや!!やからお前がウチのストレス発散のための生贄になってもらうで!!」

「はぁ~~~~・・・。」

 

 

隼人が引いているのは分かっていたが、こうでもしないと明日の曳舟との別れを考えてしまい辛くなってしまう。

平子のところに行くのでもよかったが、悟られたくないので夜まで隼人の家で気を紛らすことにした。

 

 

夕暮れ時にひよ里の霊圧を探知した曳舟は隼人の家に来てひよ里を迎えに来た。

 

 

「ひよ里ちゃん、曳舟隊長来た・・・」

 

 

その時のひよ里の表情は、今まで誰も見たことがないような不安な表情をしており、事情は知らないが心配になった。

何かあったのか聞いたが、「アホくさ!ほんならウチは帰るで。邪魔したわ。」といいすぐに帰っていった。

曳舟隊長の前ではいつも通り笑顔のひよ里だったので、大丈夫かなと思い隼人は見送りをしてそのまま部屋に戻っていった。

 

 

 

「新しい隊長ね、とってもいい子だったよ~。あの子ならアタシも任せていけるから心配しなくて大丈夫!ひよ里ちゃんも仲良くしてあげてね!」

「そうなんや・・・。曳舟隊長が大丈夫言うならウチも仲良うできそうやな!」

 

 

完全にからげんきなのは自分でも分かっていたが、数日前にあんなに泣いてしまったのだ、これ以上心配させたくなかったので、最後は笑顔で送るつもりだった。

そして、ひよ里は今までの感謝を伝えることにした。

 

 

「隊長。今までほんまにありがとうございます。隊長いなくなってもウチ頑張るで!いや、もっともっとや!!!」

「うんうん!その意気だよひよ里ちゃん!それでね・・・。」

 

 

曳舟はそれまでとは一転して真剣な表情で伝えた。

 

 

「何があってもアタシはひよ里ちゃんの味方。それだけは絶対に忘れちゃダメだよ。たとえ会えなくてもアタシはひよ里ちゃんのこと応援してるからね!」

 

 

ひよ里の味方。その言葉だけで我慢していた思いが溢れ出してしまった。

涙がとめどなく溢れ、止めることが出来なくなった。

 

 

「たい・・・ちょう・・・。そんなん・・・・・・反則や・・・。ウチ・・・もう・・・うええええええええええん!!!」

「やっぱりひよ里ちゃんもまだまだ子どもだね・・・。」

 

 

曳舟に抱きつき幼い子どものように涙を流すひよ里を、彼女は本当の母のように慈愛を込めて包み込んだ。

結局最後の日もひよ里は号泣していたが、お互いの想いをより強く感じ取ることができた。

それにここでしっかり悲しい思いを吐けばひよ里は明日の朝の合流の際に号泣せずに済むかもしれない。

新しい隊長にも早く馴染んで欲しかった曳舟は、今日のうちに今までの想いを受け止められてとても嬉しかった。

 

 

翌日。

 

朝に曳舟をしっかり笑顔で見送ったひよ里は新隊長就任の儀式のため、一番隊にいつもより早めに来ていた。

もちろん一番乗りの京楽達よりは遅かったが。

 

「あらぁ?ひよ里ちゃん珍しく早いねぇ。」

「当たり前や!新しい隊長サマはどんな面しとるかしっかりこの目で見とこう思ってなぁ!」

「人に会ったらまず挨拶しろバカ!」

 

 

なぜか保護者ヅラしたラブに拳骨をくらった。

 

 

「全くオメーは・・・。」

「何すんねんラブ!!いきなりウチの頭殴りおってぇ!!」

「隊長がいねーんだ、誰かが面倒みねえといけねぇだろ。」

「ガキみたいに言うなっ!!」

 

いきなり殴ってきたラブに子ども扱いされて不満だったが、それ以上にひよ里には不満なことがあった。

まだその新しい隊長が来ていないのだ。

 

 

「つーか何でウチよりも先に新しい隊長は来とらんねん・・・!普通先に来て挨拶するもんやろ!」

「まぁまぁきっと緊張して遅れてくることもあるでしょ。」

「ありえへんわ!!!ウチ絶対仲良うできん!」

「これは手厳しいなぁ・・・。」

 

 

ひよ里の頑固な突っ張りに京楽と浮竹が苦笑していると、外からひよ里にとって聞き馴染みのある間抜けな声が聞こえてきた。

 

 

「もっしもォ~~~~し!五番隊隊長の平子真子ですけどォ~~~!」

 

 

ひよ里はおもちゃを見つけた子どものように急に笑顔になって入口に駆け出し、平子の顔目がけて鮮やかにドロップキックを決めた。

 

 

 

拳西に並んで待てと言われ、新隊長以外は皆隊主会議場に集まり、並んでいた。

なんで来るのが最後やねん!社長出勤しやがって!と思って非常にイライラしているところでようやく「ありゃ?」という声とともに姿を現した。

 

 

「え~~~~~~~っと、もしかして・・・。ボク、一番最後っスか?」

 

 

第一印象の時点で無理だと判断した。

 

 

 

 

浦原喜助。彼が新しい隊長だと知らされてから、彼に対する評価は最悪だった。

夜一から「ヘコヘコするな!」と喝を入れられ、総隊長から杖で背中をぶたれる。

曳舟とは全く違う、こんな情けない者が自分の上官になるなんて運が悪いどころじゃなかったのだ。

 

 

「え~~~~~~~・・・と、そんな訳でボクが皆サンの新しい隊長っス、ヨロシク。」

 

隊士たちはどう声をかけようか迷っているようだったので、アハハハハ・・・と笑いながらひよ里に声をかけてきた。

 

 

「ヨロシク。」

 

 

声をかけられた途端、今までの怒りでもう我慢の限界だった。

 

 

「ウチは認めへんぞ!急に曳舟隊長がおらんなっただけでも気に喰えへんのに!!」

 

 

だがそれ以上に浦原に対して気に喰わないことがあった。

 

 

「二番隊て何や!隠密機動やんけ!!コソコソ人殺してたような奴にウチとこの隊長なんかつとまるかい!!」

 

 

周りの隊士がひよ里を止めようとしたが、それにもイラっときたのだ。自分が彼らの声を代弁してるはずなのになぜ止めるのか。

さらに自分の古巣をけなしてもアハハハハ・・・。とヘラヘラしているこの男もより一層気に喰わなかった。まったくどこまでウチの気持ちを逆撫ですれば気が済むんやこいつは!!!!

 

 

「うちはあんたの古巣けなしてんねんぞ!なんでキレへんねん!悔しないんかこのフヌケ!!」

 

 

どうせまともな返事はこないと思っていたが、その予想をさらに上回る想定外の返事がきた。

 

 

「だって、ボクもう十二番隊隊長っスから。」

 

 

そこから浦原は自分の気持ちの切り替えについてをひよ里に丁寧に話した。

朝布団を出たら自分は十二番隊、これからは十二番隊の悪口で怒れる人になる、と宣言していた。

 

決して自分の思い通りにならない男に対しより気に喰わない思いが強くなった。

何としてもこの男を苦しませようとおもったひよ里は、奥義・金的蹴りを実行した。

 

 

「なんやそれ!!しょーもな!!」

 

 

本来金的をされた浦原は悶え苦しむはずだが、彼は平然としており、逆に部屋を出ていったひよ里が激痛で脚を痛めてしまった。

 

 

「あいつハカマの下に何はいてんねん・・・。」

 

 

 

 

十二番隊隊長が変わったという話を聞いた隼人は、ひよ里の不安そうな表情の意味をようやく理解した。

慕っていた隊長がいなくなり、ほとんど知らない人に代わってしまったのだ。

自分なら浦原でも別に問題ないが、ひよ里と曳舟の一心同体ともいえるほどの信頼関係を見ていると、ひよ里にとっては相当辛いと思ってしまうのだ。

 

それに自分も突然拳西がいなくなったら目の前が真っ暗になるだろうなと思った。

もちろんこの頃は完全に他人事にしか考えられていなかったが。

 

 

そんなわけで数日後、十二番隊の様子を遠目で観察してみようと思い、赴いてみると。

 

見たこともない設備が運搬され、以前とは様変わりした隊舎となっていた。

せっせと忙しなく皆働いており、キケンな物体がたくさん運ばれているように見えた。

見たことの無い隊員も数名いるようだ。

あわわわわこれは一体・・・なんて考えていると、真新しい隊長羽織を着た浦原が丁度出勤してきたところだった。

 

 

「オハヨっス~口囃子サン。朝早くにどうかしたっスか?」

「いや・・・何かすごい変わってるんですけど・・・ここ本当に十二番隊ですか?」

「はい!そうなんですよ。実は技術開発局というものを立ち上げたんスよ。よければご覧になってほしいっス。」

「はぁ・・・。忙しそうなんですけどいいんですか?」

「ええ!構いませんよ。将来こちらにお世話になるかもしれませんし・・・ささっどうぞどうぞ。」

 

 

残念ながらこんな奇妙に変わったところにお世話になりたいとはすぐに思えなかったが、浦原の少々強引な勧誘で建物に入ることになった。

 

 

中に入ると奇妙な色をした液体や見たこともない透明な道具などがたくさんあり、いかにも難しく危険そうな建物と化していた。

一体なぜこんな急に様変わりをしたのだろうか・・・。と考えていると、今までに見たことの無い隊員に出くわした。

 

 

「オヤ、こんなところに年端もいかない童がいるヨ・・・。私の実験材料にでもされに来たのかネ?」

「違いますよ涅サン。彼は六車隊長のところの口囃子サンっス。」

「あぁあの筋肉しか取り柄のない隊長のところの童か。それなら私には関係のない・・・」

 

 

なぜか自分を見て言葉を止めた金色の瞳をした不思議な顔の男は、しゃがんでじっくり自分の顔を見たあと満面の笑みで恐ろしいことを言った。

 

 

「私は(くろつち)マユリというが・・・君、やはり私の実験材料にならないかネ?」

「は?」

「少々私にその身を差し出して切り刻まれるだけで「はいはい涅サンそこまでっスよ~~。」

「くっ・・・。私の邪魔をしおって・・・。」

 

 

身を・・・切り刻まれる・・・!?

倫理観の欠片もない信じられない言葉を生まれて初めてかけられて恐怖でしかなかったが、浦原が止めてくれて助かった。というかこの場に浦原がいなかったら死んでいたかもしれない。

 

その後も涅は「いつでも私に体を差し出してくれても構わないのだヨ?」と言いつつ去って行ったが差し出すつもりは毛頭ない。こんな所もう行くか!と決心した。

 

 

「怖がらせちゃいましたかね?スミマセン。」

「怖いってもんじゃないですよ~!もう行けません・・・。」

「えぇ~たまには来てくださいよ~。」

 

 

浦原にからかわれていたところで、今度会ったのは装いを新たにしたひよ里だった。

何かよくわからない白いものを着ていた。

 

 

「ひよ里ちゃん、何その恰好。」

「白衣や!えっらい危険なクスリ・・・ってお前笑っとるやろ!!!!ええ加減にせぇ許さん!!!」

「あぁひよ里サン!せっかくの道具壊さないで下さいよ~!」

「知るかボケ!!!!!」

 

 

危うく乱闘になりかけたがこれもまた浦原が止めてくれた。止めてくれなきゃ実力差的にボコボコにされるのは明らかなのでまたまた非常に助かった。

というか浦原さん部下に曲者ばっかで大丈夫なの・・・?と思っていたところで、貴賓室に着いた。

 

「お菓子出しますからちょーっと待ってて下さい。十二番隊特製自慢のお菓子っスよ。」

 

浦原に促され大きい椅子に座ったが、壁一面に置いてあるものは貴賓室には到底相応しくないものだった。

瓶詰めにされた得体のしれない生物たちの死骸が並んでおり、食欲もへったくれもなかった。

さらに浦原は笑顔でとんでもないお菓子を出してきた。

むちゃくちゃリアルな毛虫の形をしたパンのようなものだった。

 

 

「これ・・・何ですか。」

「現世にあるパウンドケーキ?とでもいうのでしょうか。それを作ってみたっス。美味しいっスか?」

「すごく美味しいですよ!でも問題はこの形ですよ!なんでこんな本物みたいな毛虫を・・・!」

「あぁ・・・それは・・・遊びっス!」

 

 

ダメだこりゃ。ここまで浦原が変わり者だとは思わなかった。下手したら一番狂っているかもしれない。

というかこれ以上ここにいたら精神的に虐殺されてしまうだろう。

身の危険を感じ取った隼人は、半泣きで「帰ります・・・。」と伝え、十二番隊から退散することにした。

 

 

「また来て下さいね!皆サン歓迎してるっスよ。」

「考えておきます・・・。」

 

 

やけに美味しい毛虫(のデザイン)のパウンドケーキを当たり前に出したり体を切り刻もうとしたりする人のいる隊なんて二度と行くか!

なぜこんな禍々しい隊に変貌を遂げたのか。理解に苦しむものだ。

 

もうあと数年で自分も霊術院に入学できるはずだからここに来ることも無いだろう。とは思ったが。

 

 

「心を鍛えるために行こうかな・・・。」

 

 

心の鍛錬の場にするのはアリかもしれないと考え、ひとまず今日は帰って勉強することにした。

 



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入学試験!

真央霊術院入学試験。

ついにこの日が来た。

かれこれ死神になりたいと言い拳西に拾われてから50年ほどが経った。

 

本来なら30年ぐらいで行けるだろうと思っていたが、斬術と白打が信じられないほど足を引っ張ったため、試験に受かる段階まで余計に20年もかかってしまったからである。

毎年定員は約150名であるが、今年の試験は270名受けるため倍率が上がり、厳しい試験の年だという噂も聞いた。

冬のまだ寒さの強い日に、隼人は一大決心をして会場の霊術院に入った。

 

 

「焦るなよ。分からねぇ問題がでたら一旦深呼吸しろ。」

「深呼吸ですね。分かりました。」

「お前は緊張しやすいからな。まぁとにかくその時出来る全力を出せ。いいな!」

「はいっ!正々堂々頑張ってきます!」

 

 

拳西お手製(慣れない縫物を頑張った)のお守りを貰い、忘れ物もせずに出発した。

時間にも余裕がある状態で霊術院に無事到着し、座席について午前の試験のために備えていた。

 

緊張を紛らすためにあちこちを見ていると、急に声をかけられた。

 

 

「あの・・・そこ私の席なんですけど。」

「えっ」

「ほら、名前。私の名前なんですけど・・・。」

 

 

机を見ると明らかに自分のものではない名前の紙が貼られていた。

何たる失態。せっかく落ち着けていたはずの心が瞬く間に動転し、完全にパニクってしまった。

 

 

「わぁぁ!!!ごめんなさい間違えちゃった!!どうしよう僕の席この教室じゃない・・・?」

 

 

あぁぁぁどうしようどうしようと焦っていた隼人に、彼女は救いの手を差し伸べてくれた。

 

 

「えっと・・・。ひょっとして後ろの席じゃないですか?多分名前順に席割り振られているので。」

「へ?」

 

そう言われ、後ろの机を見てみると確かに自分の名前が書かれた紙が貼られていた。

なんて素晴らしい方なのだ・・・まさに救いの女神!と思い、彼女に感謝の気持ちを伝えた。

 

 

「あっ!!!本当だ!ありがとうございます!よかったーーー・・・。」

「いいえ。何となく予想できたので。その苗字何て読むんですか?」

「こばやしです。口囃子隼人っていいます。何かこの書き方特殊らしいんですよ。」

「へーそうなんですね。私は虎徹(こてつ)勇音(いさね)っていいます。今日の試験、頑張りましょうね。」

「頑張りましょう!一緒に受かるといいですね!」

 

 

新たな知り合い(?)ができたおかげか緊張も紛れ、筆記試験は全力を出すことができた。

 

午後の試験は受験者の霊力の素養を見る試験であった。

試験官に斬拳走鬼のどれをやるかをくじで直前に決められ、言われたものの技能を披露する場であった。

 

霊術院の狙いとしては四つの技能全て満遍なくできる死神になってほしいというものであるが、かなり運要素が強く、苦手な物に当たると合格の可能性が低くなるため周りの受験者は皆手を合わせて祈っていた。

 

もちろん隼人もお守りを握りしめ祈っていた。

(お願いします・・・どうか鬼道に当たってください・・・。歩法でもいいかな・・・もうこの際白打でなければいいかも・・・。)

 

近くで「いよっしゃあ~~!!わしゃ斬術じゃけぇ合格決定じゃ~~!!」と叫ぶ威勢のいい声すら聞こえないほど隼人は熱心に祈っていた。

 

自分の番になり、くじを引くと、

 

 

『歩法』

 

 

とりあえず安心した。これならいつも通りの実力で合格できるはずだ。

夜一に瞬歩を教えてもらい真似事ぐらいなら出来るようになったが、

「変に難しい技術で失敗したらすぐにお主は落とされるぞ。」と警告されたので、最低限できないといけないこととちょっとの応用を披露するに留めた。

 

規定の長さの距離を歩法で規定時間以内に走りきるものだが、他の受験者よりも少し早いくらいに着いた。

 

 

試験自体はこれで終わりだ。

これなら何とか受かるかもしれない。

午前中の筆記試験が大きな比重を占めると言われているので、きっと大丈夫だ。

 

まだ昼間であり九番隊隊舎に行くのは憚られたので、家の近くの川原で座っていると外の空気を吸いに来ていた浮竹と遭遇した。

 

 

「あれ?・・・珍しいねこんな時間に・・・ってそういえば今日統学院の入学試験だよね!?どうだった!?」

「はい。何とか受かってほしいです。午後の技能が歩法なので多分大丈夫だと思うんですけど・・・。」

「夜一に教えてもらっているんだから大丈夫だよ。しかし懐かしいな~。」

 

 

隣に座った浮竹が自身の頃の入試を教えてくれたが、なんと当時は総隊長直々に試験官を務めることもあり、皆緊張で実力を出し切れなかったらしいと話していた。

儂が直接見て見極めねば納得いかん!とのことだったらしい。

「俺もすごい緊張したよ~。」と笑いながら喋っていたが、自分なら恨むぞこれ・・・。と隼人は恐怖で少し身震いした。

 

 

「浮竹さんは霊術院にどんな思い出があるんですか?」

「俺は色んな人と話が出来て楽しかったよ。京楽ともそこで知り合ったんだ。あいつはいつも女の子の背中追っかけ回してたんだけどね・・・。」

「へぇ~いいですね~~・・・。」

 

 

以前ローズにも大丈夫と言われたが、やっぱり周りと仲良くできるかが心配だった。

今日話した虎徹さんとも今日限りの仲かもしれない。

 

少し俯いていた隼人に対し、浮竹は先達として言葉をかけてあげた。

 

 

「俺の言葉が役に立つといいんだけど・・・。隼人君はいい仲間に恵まれると思うよ。」

「そうですか?うーん・・・?」

「案外上手くいくものだ・・・あぁそういえば!三番隊の射場千鉄副隊長の息子さんも今日試験だって聞いたけど会ったかい?」

「へぇそうなんですか・・・残念ながら会ってないですね・・・。」

「きっと彼と仲良くなれば大丈夫だよ!」

 

 

前にローズから聞いた話ではかなりの変わり者っぽそうだったので、やっぱり仲良くできるか不安である。

というかよくよく考えると受かるかどうかも分からないのだ。

 

 

「そもそも僕が落ちたらどうするんですか・・・?」

「えぇっ!!そんなぁ・・・!だったら海燕に報告するしかないかな・・・。」

「それだけは止めてください!」

 

 

あの人の耳に渡ったら厄介なことこの上ない。最悪家に来てまでおちょくってきそうなのでしっかり口止めをした。ほとんど意味ないだろうけど。

 

川原を眺めて二人で心を落ち着けたあたりで、浮竹は隊舎に戻り、隼人も家に帰ることにした。

 

家で筆記試験の自己採点をすると、合格点は余裕でぶっちぎっていた。

ああ虎徹さん!緊張を紛らわせてくれてありがとう!と感謝し、ほとんど合格を確信したところで、拳西が帰ってきた。

 

一応保険をかけて何とか受かりそうだと伝えると、拳西も心底安心した顔をしていた。

 

 

 

 

一週間後。

 

結果を一人で見るのは怖かったので、休憩時間を見計らって九番隊に行き一緒に見てもらうことにした。

だが結果を見た隼人はさらに驚くこととなった。

 

特進学級への入学を認める。

 

 

「へぇ~~~~よかったね!!!!これならはやちんも隊長副隊長になれるよ!!」

「えっそんなすごいんですかこれ・・・?」

「お前何とか合格できるっつったが十分優秀だったんだよ。変に謙遜すんなバカ。」

「ゆ・・・優秀・・・!!!!よっしゃ~~~~!!!!!!」

 

 

鍛錬相手がほとんど隊長格であるせいで直接優秀と言われることが少なかった隼人はこの二つの言葉が信じられないほど嬉しかった。

すっかり有頂天になった隼人は白とともに手を取り合って飛び跳ねていた。

 

 

「しかし本人は極めて得意分野ではないものに当たったと聞きましたが・・・珍しいものですね・・・。」

「人数多かった割に全体の質が低かったんじゃねぇか?つーか東仙やけに詳しいな。」

「私も今年は試験官を任されて少し噂を聞いたので・・・。」

 

 

院の講師でもないのに個人の試験内容まで知っている東仙に少し不審に思ったが、単純に本人の言う通り噂を聞いただけかもしれない。

それに特進学級は入学試験の性質上最初は入れ替わりも激しいので、卒業まで生き残れるかも課題であった。

でもとにかく今は頑張りをねぎらってあげよう。

 

 

「今日は夜飯に俺がお前の好きなモン何でも作ってやる。覚悟しとけよ!」

「本当ですか!!嬉しいです~~~!!」

「白も食べたい~~~~!!!おはぎ作って~~~!!!」

「うるせぇ!お前は帰ってクソして寝てろ!!!」

 

 

周りの皆が笑いオチがついたところで隼人は家に帰り、机に入れていたお守りを握りしめた。

 

(本当にすごいなぁ・・・このお守りのおかげだよ・・・。)

 

合格したことだけでなく、特進学級に入れるのが非常に嬉しい。

さらに春からの新生活がどんなものになるかワクワクで止まらないのだ。

 

これからのことを考えていると、以前に家で霊術院に思いを馳せていた頃を思い出した。

あの日は確かすごくクセの強い隊長格の方々に絡まれて疲れていた日だ。

たしか今くらいの夕焼けで茶の間にごろんとして考えていたはずだ。

 

(あのまま寝ちゃってすげぇ怒られたんだっけか・・・。)

 

昔を思い出しこそばゆい感傷に浸っていた。

あの頃より自分は成長できただろうか。強くなれただろうか。逞しくなれただろうか。

知識のある者になれただろうか。

 

これからの未来、自分は死神になっても上の席次に行けるかは分からなかったが、自分は特進学級に進めたのだ。絶対に席官、いや副隊長くらいにはなってやろう!

 

固く決意したところで、何やら外が騒がしいことに気付いた。

 

(何だ・・・?やけにうるさいなぁ・・・。)

 

近所迷惑になっても困るのでとりあえず外に出てみると、

 

 

「あぁ~~~!!!何で出てくんねん!!せっかく驚かしたろ思っとったのに~~!!」

「一番やっちゃいけねーことやっちまったな・・・。」

 

 

何故か大勢の隊長が酒などを持って家の前に来ていた。

一、四、六、九、十、十一、十二番隊以外の隊長は全員揃っており、他にも副隊長数名もいた。

どうやらこの大所帯の原因を作ったのは九番隊副隊長・九南白だった。

 

 

「白がね!地獄蝶で拳西の家でお祝いやるよーーー!!って伝えたらこんなに来てくれたんだよ!」

 

 

こんなに来てくれたんだよ!じゃねーよ。帰ってクソして寝るんじゃなかったのかよ。いやあなたたち仕事は?って思ったが、よくよく考えるとこのメンツは仕事サボり魔ばかりということに気付いた。

というか浮竹さんあんたはダメでしょ。

 

 

「皆さん来てくれてすごく嬉しいです。嬉しいんですよ。でも・・・。浮竹さんそういうキャラじゃないでしょ・・・。」

「俺は止めようとしたんだ!だが気付いたらここに来てしまったのさ・・・。」

 

 

トホホ・・・とでも言いたそうな顔で言われたので、もう何も言えなくなった。

取り急ぎ中に入れて人数分(かなり大変だった)のお茶を用意してあげたところで、非常に大事なことを聞いてみた。

 

 

「あの・・・これ拳西さん知ってるんですか?」

「知らないよ?」

「はぁっ!!!!????」

「こっそり皆を呼んだんだよ!拳西をびっくりさせるんだーー!」

「びっくりって・・・怒るどころじゃ済みませんよ・・・。」

「そんなん構へんで~~~!!」

 

 

みると平子と京楽は酒を呑んでいたせいですでに完全に出来上がっていた。

あぁこれは非常にまずい流れになってきたぞ・・・。

 

 

「いや~~~平子クンもいい飲みっぷりだね~~~~ボクも負けられないなぁ~~~!」

「アンタは飲みすぎや!!」

 

 

負けられないとか言ってる場合じゃないって!矢胴丸さんも結局呑んでるし!

もうどうにかして止めないと・・・!と考えあぐねていると、

 

ガラガラと玄関の引き戸が開く音がした。

 

 

あわわわわわわ・・・これはとんでもない雷が落ちるぞ・・・自分は何も悪くないのにまた頭ぐりぐりの刑で意識を失うことになってしまう・・・。

 

あまりにも青ざめた顔をした隼人にさすがにまずいかと周りの大人たちも心配したが、

 

 

「やっぱりな・・・。」

 

 

帰ってきた拳西は怒っているのではなく、事情をわかっていたからか完全に呆れていた。

 

 

「あれ・・・怒ってない・・・?」

「白が地獄蝶使って何か企んでいるのは気付いてたからな。お前の合格聞いた後だったしどうせ家で何かするだろってぐらいは考えられるぞ。まぁさすがにこんなに来てやがるとは思ってなかったが・・・。」

 

 

出来上がってる二人にちょっとイラっとしてはいたが、雷が落ちなくて心底安心した。

だが安心したのも束の間、今度は面白半分で家を物色していた奴らに悩まされることになった。

 

 

「隼坊の部屋はどこじゃ!ぜひとも見てみたいのう!」

「そんなの汚いから見せられま「四楓院隊長!ここっすよ~~!」

「海燕さん勝手に物色しないで下さい!!」

 

 

帰ってきてばっかでいつもよりあまり整理していない部屋を見られてしまった。

別に見られてはまずいものは置いてないが、この二人に探索されるのは何かイヤなのだ。

 

 

「見た目と同じでつまらない部屋じゃのう。いやらしい本でも見とらんのか。」

「たしかにこの年で部屋にエロ本の一つもないのはおかしいっすよね・・・?」

「一体僕に何を抱いてるんですか・・・。」

 

 

拳西の堅い性教育バリアーの影響であっち方面の知識はほぼ皆無であったが、逆にこの年であまりにも知識が無いのはまずいのでは・・・と夜一、海燕は心配になった。

それに来月からは霊術院に入学だ、カワイイあの子とそんな関係になるかもしれないと勝手に考えた二人は、やはりこれはまずいとまた勝手に焦り、不健全も甚だしい性教育講座を行おうとしたが。

 

 

「お前ら隼人に何吹き込む気だ・・・?」

 

 

と、またも拳西のバリアーでいかがわしい知識が隼人に伝わることはなかった。

 

 

「飯色々買ったから食うぞ。人数多いからお前の好きなモン作んのはまた今度にしてやる。下で皆食ってるからすぐ無くなっちまうぞ。」

「あっお腹空いたから行きます行きます!」

「あぁ・・・あと・・・覚えとけよ海燕・・・・・・!!!」

「ひぃっ!!!」

 

 

実際何もしていないのに脅迫を受けた海燕は身が縮こまっていたが、基本的に皆楽しく飲み食いしていた。

数名は完全に悪酔いしており、特に京楽は浮竹に対する絡み酒で酷い有様であった。

一応隼人の合格祝いのつもりらしいが、主役そっちのけである。

 

 

「ボクも若いころはす~~~~っごいモテモテだったんだよ~~~。女の子み~~~んなボクにメロメロ♡幸せだったなぁ~~~。」

「モテモテじゃなくて振り向いてくれないから追っかけ回してたんだろ・・・。」

「酷いな浮竹~~~そんなこと言わないでよ~~~~~。」

 

 

酷いのは今のあんただよ。

だが他にも出来上がってる隊長がいた。ラブとローズである。

基本的にラブがローズをおだてて乗っかったローズの暴走にラブが容赦のないツッコミを入れていたが、ローズが使い物にならなくなった途端ターゲットを隼人に変えてしまった。

 

 

「おぉ~~~もう隼人も霊術院か~~~地味キャラは卒業しないとな!!」

「まだそれ言いますか・・・。」

「霊術院での自己紹介とか大事だぜ~?俺が伝授してやる!!ローズ!一遍やってみろ!」

 

 

俺が伝授するとか言っといてローズさんにやらせるのかよ・・・。

酷使されてボロボロだったが、それでも立ち上がるローズが不憫に思えてならなかった。

 

「えぇ・・・?ボクがかい・・・?ボクの痺れるような美しさを持つ自己紹介を見た「うるせぇ~~!!」

「はぶっ!!!!!」

 

 

そして言わせないんかい・・・。支離滅裂すぎるだろ・・・。

拳西さん止めないのかな・・・。と思い拳西を見たが、彼も結構酒を呑んでいるからか止めるつもりはないそうだ。

明日ご近所さんに怒られそうだな・・・。と絶望していると、今度は夜一に連れられた白哉が話しかけてきた。

 

 

「平民の食事は初めて食べたがとても美味しいものなのだな!感動したぞ!」

 

 

いつもよりテンションが高いなと思い顔を見てみると、しっかり赤くなっていた。

あぁ呑んじゃったか・・・。お爺さんに怒られても知らないよ・・・?肩掴んでそんなに揺さぶらないでよ普段の聡明なキャラが台無しだよ・・・。

白哉の変貌にもショックを受けていたところで、また夜一が声をかけてきた。

 

酒を呑んでいないからか酔ってはいないように見えるがそれでも何をされるか分からない。

今度は何だよ・・・と思ったが、何やら奇妙な球体を持っていた。

 

 

「何やら喜助が実験をしたいと言っておってのう。動画で伝言を送ったから見て欲しいそうじゃ。」

「浦原さんがですか?またこれは面妖な球ですね・・・。」

 

 

見るからに不気味な模様をした球体には、ある場所にボタンと、何やらレンズ?(よくわかっていない)の縮小版のようなものが内蔵されていた。

レンズとやらを壁に向けてボタンを押すのじゃと言われ実際にやってみると。壁に浦原が現れた。

 

 

「のわぁぁ!!!!びっくりした・・・。」

「こんにちは~口囃子サン。霊術院合格、おめでとうございま~~す。」

「あっ・・・ありがとうございま「先に言っておくんスけど、この伝言はボクから一方的に伝えるので返事はひ・と・こ・と・も受け付けないっス。」

「わかってることいちいち言わないで下さいよ・・・。」

 

 

映像を見た他の大人達は酔った頭ながらおぉ~~と驚嘆していた。それに値する技術を創り出したので、技術開発局ってやっぱすごいんじゃ・・・。と見直したところで完全に見抜かれていた。

 

 

「いや~~この映像を見て口囃子サンも技術開発局ってすごい!最高!大好き!入りたい!って思っている頃だと思うんスが・・・。」

「悔しい!見抜かれてた!悔しい!!!」

 

 

最後三つは考えてもいなかったがいとも簡単に心を見抜かれたのが悔しくて仕方がない。

でも基本的には応援してくれているのでそれは非常にありがたいので素直に気持ちを受け取ることにした。

 

しかしその後の内容は隼人にとって大問題であった。

 

 

「それではボクはこの辺で「オヤ?何をしているんだネ?浦原喜助。」

「実は、口囃子サンに応援の伝言を「何と!!私の崇高な実験の誘いを断ったあの愚かなグズか!!いやだが何度でも私は勧誘するヨ。私に臓器全てを捧げる覚悟が・・・。」

 

 

恐くなったのでボタンを押して切った。

この人真面目な顔でシャレにならないこと言うから心臓に悪いよ・・・。

というかほとんどこの人のせいで隼人にとって十二番隊は最も危険な場所になってしまったのだ。

 

 

「まぁあの男は喜助が何とか抑えてくれるはずじゃ。心配せんでもよい!」

 

 

何でそんなに呑気でいられるの夜一さん・・・。やっぱ隊長は違うな・・・。

と隼人はまたもズレた結論にたどり着いた。

 

 

夜中になったところで来客全員はようやく帰っていった。

最後も酔っ払った京楽が己の副官にセクハラをしようとし、「ええ加減にせぇ!!!」と恒例の顔面ドロップキックを浴びるなど中々の地獄絵図であったが、帰ってくれてよかった。いや本当に安心した。

 

茶の間は皆が酔って騒いだ弊害でとんでもなく散らかっていた。

拳西も酔っ払っているはずだ、ほとんど自分が片付けることになるだろうと憂慮したが、意外にも拳西はいつも通りだった。

これなら早く終わらせられそうである。

 

 

「あれ、拳西さん全然酔っ払ってないですね。」

「俺は酒強ぇ方だしな。滅多に酔わねぇぞ。」

「そうなんですね。僕は酒たくさん飲めるようになるかな・・・。皆さん見てると不安ですよ・・・。」

「お前弱っちそうだしな。酒飲めるようになったら色々教えてやる。」

「そうですね・・・いつか一緒にお酒飲みましょうよ。」

「あぁ。お前が一人前になるのが楽しみだぜ。」

「なれるかなぁ・・・。」

 

 

年の近い白哉が酒を少し呑んだだけで顔を真っ赤にしていたのだ。さらに普段とは全然違う言動であり、あれには衝撃を隠せなかった。

 

自分もあんな風になってしまいそうだ。

 

 

「つーか制服の採寸いつだよ。俺ん時は結構すぐだったぞ。」

「明日ですよ。」

「はぁ!?お前先に言えよ!だったらアイツらもっと早めに・・・。」

「午後だから大丈夫ですよ。それに明日は全隊一律で休みじゃないですか。」

「あぁ?そうだっけか。忘れちまったぜ。」

 

 

そうだ、正直お酒がどうこう言ってる場合じゃなかったのだ。

完全に宴会のせいで忘れていたが、明日から準備で地味に忙しい日々が続くことになる。

寮の手続きや制服の採寸、多くの書類の提出などで半月程は休む間もない。

 

 

「っていうか拳西さんわざわざ採寸についてくんですか?」

「一応な。お前ぜってぇー何かやらかしそうだし。」

「酷いですね。僕もう子どもじゃないんですよ。」

「んなことほざいてる内はオメーもまだまだガキだ。」

「なっ・・・悔しい・・・。」

 

 

いつまでも子ども扱いしてくる拳西に不満タラタラであるが、だったらこれから見返してやる。

霊術院を卒業したら、九番隊に入りいずれ拳西の副官になって成長を見せつけるつもりだ。

白がいるため相当厄介な道のりであるが、白にも認められるような人材になってやる。

 

固く決意し、これからの日々のために気合を入れた。

 

「明日から頑張りますよ!!!ふぉぉぉぉ!!!」

「明日はただの準備だろ。まずは目の前の片付けだ。」

 

 

仕方ない。片付けをやってやろうではないか。出鼻を挫かれたが。

 

 

 

 

 

死神見習い奮闘篇 ・ 終

 

 




次回から第二章に入ります!


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真央霊術院篇
入学式!


「忘れ物はねぇか?初日からやらかしちまったら笑えねぇぞ。」

「大丈夫です。何度も確認しました。それに何かあっても余裕で帰ってこれる距離なので心配ないですよ。」

「それもそうだな。」

 

 

浦原喜助の隊長就任から3年後。

今日は真央霊術院入学式。

ぶかぶかの真新しい青色の制服を着た隼人は、玄関で拳西と出発前の最後の確認をしていた。

 

合格してからこの日まで、本当に大変な目に遭った。

寮の手続きの紙に白がおはぎの餡子をこぼす、拳西が仕事終わりに出そうとした入学手続き書類を白が間違えて捨ててしまう、などの主に白の不注意によって何度も霊術院に頭を下げて紙を貰うことになってしまったのだ。

採寸したはずの制服も向こうのミスで違う丈のものが届き、そのために霊術院に赴くこともあったため、仕事よりもむしろ手続きの方が大変だった。

 

 

「本当にこの一月ほど大変でしたね・・・。」

「全くだ!白がやらかすせいで俺は何度も何度も・・・!」

「何とかなったからいいじゃないですか。本当にありがとうございます。」

 

 

この感謝は一月の苦労に対する労いだけではなく、今まで自分を育ててくれたことへの感謝の気持ちがこもっていた。

言われなくとも察した拳西は成長に対する感慨深い思いと共に、少し寂しさを感じていた。

 

 

「最初にべそかいてやがったガキがこんなに大きくなるんだもんな。」

「もうべそかきませんよ!強くなるんですから!」

「わーったよ。たまにはここに帰って来いよ。」

「成績見せに帰るつもりです。それにほとんどの物はここに置いてくつもりなんで僕の家は相変わらずここですよ。・・・・・・それじゃあ先に行ってますね!」

「おう。」

 

 

駆け出して行った隼人は新品の慣れない草履のせいで転びそうになり不安になったが、何とか転ばずにそのまま走っていった。

 

真央霊術院の入学式、卒業式は護廷十三隊各隊長・鬼道衆総帥が出席する中々に豪華な式典である。

だが毎回総隊長の挨拶がえらく長く、しかもかなりつまらないため新入生は早速試練が待ち構えていると死神たちの間では言われているのだ。

寝てしまった院生はその場で総隊長から喝を入れられ、新入生でも容赦がない。

ちなみに隊長でもたまに寝る者がおり(京楽)、相当恥ずかしい思いをしたと彼は語っていた。

 

 

まず式典の前に、最初は各自の学級に入り、担任と院生各自が皆の前で自己紹介することとなっていた。

今回は名前順の席ではなく、無作為に割り振られており、窓際の一番後ろであった。

 

 

「えーーー私はこの学級の担任を務める桐ケ谷(きりがや)(いさお)だ。諸君らは今年の新入生の中でもとりわけ優秀な生徒である!そのためゆくゆくは護廷十三隊では席官以上、鬼道衆なら幹部格になれるよう授業内、授業外ともに修練を積んでもらいたい。」

 

 

なかなかに声のでかい先生だ。それに一言一言しっかり話すため、見た目は若々しいが並々ならぬ威厳を感じた。

おぉ・・・かっこいい・・・。と感じ入っている所で先生の挨拶は終わり、院生の自己紹介が始まった。

 

最初は通路側の一番前の生徒から始まった。

 

 

「儂は射場(いば)鉄左衛門(てつざえもん)と申しやす。仁義を重んじるけえよろしゅうお願いします!」

 

 

あ・・・こいつだ・・・。何か黒い眼鏡かけてる。

ローズや浮竹に言われていた子どもが初めて判明した。

正直お母さんよりも強烈な個性を持っていそうである。

こりゃ仲良くなれるかな・・・。と不安になってしまった。

 

 

「中々に熱い男だな。何だか男ってよりも侠って感じの奴だな。はい拍手~~!」

 

 

いや先生一人ひとりに感想言うんかい!

これは下手なことを言ったら黒歴史確定だ。

 

そしてそれからもウケ狙いにいって玉砕した男子院生に容赦のない感想を何度か言っており、これは無難に行こうと隼人は決めた。

 

大体真ん中くらいに来た辺りで、隼人はまた聞き覚えのある名前の生徒の挨拶を聞いた。

 

 

「あの・・・。虎徹(こてつ)勇音(いさね)です・・・。背高くて怖がらせるかもしれませんが皆さん仲良くしてくださいっ!よろしくお願いします!」

 

 

あっ!あの時の女の子だ!一緒の学級にいるんだ!安心!

心優しそうな女の子だったので、折角だし仲良くなれたらいいなと隼人は考えていたのだ。

一緒の学級なら必然的に話す機会も多くなるので、仲良くなれそうで良かった。

ちなみに彼女に対する担任の感想は、

 

 

「たしかにほとんどの男共よりは背が高いがこういう女子は心優しいのが相場故皆仲良くするんだぞ。」

 

 

意外にも優しいものだった。

それからも男女で色んな生徒が挨拶をし、担任の滑稽とも辛辣ともいえる感想が続いた。

そしてついに自分の番がやってきてしまった。

 

 

「よし、次で最後だな。最後だから期待しているぞ。じゃあよろしく!」

 

 

やってくれたな担任!余計なこと言いやがって一生恨むぞコラ!

だが、この際どうでも良かった。何せ初日からやらかしたら笑えないと拳西に言われたのだ。

焦るな。無難にいけ。よし!!

 

 

「口囃子隼人っていいます。あの、漢字の書き方が特殊なので知りたい方は聞きに来て下さい。よろしくお願いします。」

 

 

お辞儀をした後、前の人と同じように皆拍手し、つつがなく終えることができた。

これなら大丈夫だろうと思ったが、担任の感想は辛辣だった。

 

 

「地味だな。最後だからこそ面白いことを言ってほしかったが。これでは存在感無いまま六年間終わるぞ。」

「そっそうでしたかすいませんね・・・。」

 

 

きっと拳西ならブチギレているだろうが、反面教師にして何とかこらえた。

挨拶が終わり、式典の準備が終わるまでは休憩時間となっていた。

 

皆近くの者と会話をして互いを知り始めている中、完全に隼人は置いて行かれ、一人で隅っこに座っていた。

基本的に誰かが話しかけてくれるだろうと呑気に考え座っていたら、誰も話しかけてこなかったのである。

虎徹さんも女子と話していた。しかも学級の中でかなり顔の整った女の子達とだ。

まずい出遅れた・・・こんなんじゃ友達できないかも・・・。と顔を青ざめていると、最初に挨拶をしており、先ほどまで男集団の中心に立って話していた男が気付いたら目の前にいた。

 

 

「わぁっ!!!!・・・何・・・・・・?」

「ほう・・・。おどれが口囃子隼人か・・・。」

 

 

凄い眼力だ・・・。実際はサングラスで見えないけど。

そして改めてその容姿を見ると、中々に強烈なものであった。

射場(いば)鉄左衛門(てつざえもん)

綺麗な角刈りに子どもとは思えない渋い顔。

漆黒のサングラスも相まって泣く子も黙るを体現したかのような顔をしていた。

 

だが、凶悪な顔をした拳西に比べると正直屁でもなかったので、最初はびっくりしたが怖がることなく普通に会話できた。

 

 

「そうだけど・・・。何か用?」

「あの九番隊隊長の育てた子どもじゃけぇ、どがいな奴かと恐れとったが大したことのない奴じゃ。」

「は・・・?何だよそれ。馬鹿にしてんのかよ。」

「いんやぁ・・・。周りに置いてかれて仲間も作れん情けない奴じゃと思うと面白うてのお!!!」

 

 

図星だった。しかもここまで痛い所を突いてきた射場に尋常ではなく腹立ってしまった。

がっはっはっはと笑う射場に対し悔しさや恥ずかしさで危うく本気で怒りそうになったが、その後の射場の言葉は予想もしないものだった。

 

 

「儂らの仲間に入れちゃる。おどれは儂のお袋から話聞いとるけぇ仲良うしてくれ!これからよろしゅう!」

 

 

机に両手と額を付け深々と土下座のようにお辞儀をする射場は、それまでの憎たらしい奴ではなく、まさしく仁義を重んじる極道者であった。なるほど有言実行してやがる。

握りこぶしを胸の前に差し出し、「ほれ!おどれもせえ!」と言われたので同じようにすると、そのこぶしを合わせてきた。

 

あれ・・・何かすっごい嬉しいかも・・・。

 

友情というものを実感した隼人は心に今までとは違った形の温かいものを感じた。

第一印象は最悪という言葉では済まされないほど酷いものであった。

だが、ローズや浮竹が仲良くするといいよと言っていた意味が何となく理解できる人柄でもあったので、これからも何かとお世話になってもらおうかなと軽く考えることにした。

 

 

「儂の仲間を紹介するけぇついて来い!」

「うん!よろしく射場くん!」

 

 

そして射場が作り出した『派閥』に隼人も加わることとなった。

もっとも射場だけが派閥と言っており派閥抗争がどったらこったらと騒いでいたが、他の者達は単なる仲良し集団的なものとしか考えておらず、皆普通に優しかった。

彼らにさっきよりも詳しい自己紹介をした後は、もっぱら隊長についての話題でもちきりだった。

 

 

「六車隊長に拾われて育てられたんだって?羨ましいなぁー。」

「あの人の始解すげぇカッコいいらしいぞ!」

「そしてめちゃくちゃ部下思いらしいよな~~いいなぁ俺九番隊入ろっかな~~?」

 

 

噂が先行し、美化されすぎている。

自分は隊長格の方々の性格を知っているため実力は凄いが変わり者集団にしか見えなくなっているが、これから死神になろうとしている院生たちの多くはかなり隊長格に幻想を抱いていることが分かった。

 

そういうところで空気の読めなかった隼人は普通に幻想をぶち壊した。

 

 

「拳西さんはすーーーっごい恐いし僕何回も怒鳴られたよ?」

「そうなのか!?」

「うん。頭ぐりぐりされたら軽く意識失うよ。あとよく仕事サボる副隊長に怒ってるね。まぁあれは副隊長が悪いんだけど・・・。」

「副隊長なのに仕事サボるのか!!」

 

 

副隊長どころか隊長でも平気でサボりますよ・・・。と思った隼人は平子や京楽などの悪い例を引き合いに出して懇切丁寧に説明した。

もちろん浮竹や卯ノ花などのいい例も出したが、完全に派閥の仲間たちは幻想を無くしていた。

 

 

「何か・・・。隊長ってめちゃくちゃ真面目な人しかいないと思ってたぜ・・・。」

「でも真面目じゃないからこそ強いのかもなー。」

 

 

あぁその考えはなかった。なるほどたしかにそれはありえるかもしれない。

とぼんやり考えていたら、担任が再び教室に入り、準備が出来たため大講堂に行くよう促された。

 

 

学級ごとに区切られるがその中で席は自由だったので、射場は前がいいと言ったが多数決で後ろの方に座ることになった。射場は早速面目丸潰れで落ち込んでいた。

 

 

「何故じゃ・・・何故儂の意見は採用されんのじゃ・・・。」

「まぁ今回はダメだっただけだよ。また次回があるから。」

 

 

と自分でもよくわからない慰めをしていたら、左にやけに背の高い女生徒が座ってきた。

 

 

「こんにちは!お久しぶりですね!」

「あっ虎徹さん!お久しぶりです!」

 

 

虎徹(こてつ)勇音(いさね)

彼女は先ほどの挨拶では気弱そうな性格をしていたが、男子をも上回る並外れた身長の高さやすらりとした体型、中性的で整った顔立ちのために既に院内でも注目の的となっており、彼女と知り合った女生徒たちは皆華やかな容貌をしている子であった。

やはり美女に集まるのは美女なのだろう。

 

物凄い早さで新入生の間でこの才色兼備集団が評判になり、射場が「派閥抗争じゃ~~!」と騒いでいた。

もちろんそんな野蛮なのは射場だけだが、自分たちの集団の中にも既に集団の中の別の女の子に目をつけている奴もいた。お前は何しにここに来たんだ。

 

本人は背の高さをかなり悩みにしていたが、周りと比べるとそこまで身長が高くない隼人にとって非常に羨ましい悩みであった。

後ろから男達の殺意、羨望のこもった目で射抜かれたが気にせず話を続けることにした。

 

 

「虎徹さんも同じクラスで安心したよ~。僕知り合いいなかったからさっきまで一人だったし。」

「私もですよ!皆さんが話しかけてくれてようやく輪に入れて本当に嬉しかったですよ。」

 

どうやら意外と共通点があるらしい。さらに話を進めていくと、得意分野も似ていると分かった。

 

 

「でも虎徹さんも優秀なんだね。何か周りの皆優秀だから置いて行かれそうで不安なんだよね・・・。」

「私もそうです・・・。たまたま試験のくじで得意な鬼道に当たったのでこのクラスに入れたんですよ・・・。」

 

 

おお鬼道が得意とは!これはまた話が合いそうだと嬉しく思い勇音にも話すと、今度は右から威勢のいい声が聞こえてきた。

 

 

「おどれらは鬼道が得意なんか。儂は斬術が得意でのう・・・。副隊長なるんは斬拳走鬼全て揃えるとええんじゃ。そうじゃけぇ是非教えんさい!!」

「はい。一緒に頑張りましょうね!」

 

 

射場はにこっと笑った勇音の返事に完全に顔を赤くしていた。さっきまで派閥抗争って騒いでた奴はどこへ行った。あんた相当惚れっぽいのな・・・。

 

ちなみに会話を見ていた他の男連中も勇音の笑顔にやられていたようだ。皆目を泳がせてほんのりと顔を赤くしている。

あれれーーー自分何とも思わなかったけどおかしいの?と思ったが、それを誰かに言うのは憚られた。あんなに話していた以上絶対皆から怒られるだろうし。

 

 

そんな形で三人で話していたら、「静粛に!!!」と声が聞こえ、式典が始まろうとしていた。

 

まず、来賓の登場ですという司会の言葉と共に各隊長と握菱鉄裁が入場した。

話を聞かないと評判の十一番隊隊長と、空位の十番隊以外の隊長全員がいた。

総隊長を筆頭に並んで歩くその姿は、いつも見慣れている隼人にとっても壮観であった。

 

しっかりその中に拳西もおり、横目で見ていた隼人とちらっと目線が合ったが特に何かがあるわけでもなかった。

 

 

入学式が始まり、学長の挨拶や中央四十六室代表の式辞、六回生代表からの歓迎の言葉、入学試験首席の男子生徒(射場派閥の院生)の挨拶などがつつがなく終わったところで、ついに試練が始まった。

 

 

「それでは最後に護廷十三隊総隊長並びに真央霊術院名誉学長である山本元柳斎重國より式辞を頂きます。」

 

杖を持ちつつ重みのある足取りで歩き、皆の前に立った総隊長は厳粛な雰囲気のもと式辞の言葉を綴り始めた。

 

京楽から噂を聞いていた隼人は一体どういう意味でつまらないのだろうと思っていたが、話し始めて数分が経ったあたりであぁ成程と納得することになった。

 

何度も同じ話をするのだ。典型的なおじいちゃんのお話である。

しかもよりによって原稿を持たず、その場で内容を考え話すスタイルをとっているため(式辞を話す立場として失格だろ・・・。)、もう何回も同じ話をループしていた。

 

 

もちろん耐え切れず寝てしまう院生がおり、「そこの童!目を覚まして話を聞け!!」と怒鳴ることもしばしばあった。

そしてついに隊長にも我慢の限界が来た者が出てきてしまった。

 

 

「それ故、儂が統学院を建てた頃は・・・春水!!!!おぬしまで寝おって!!!浦原喜助も!!!!いい加減にせい!!!!」

「ほげっ。あぁ寝ちゃったよ。ごめんね山じい。」

「スミマセン総隊長・・・。すっかり子守唄にしてしまったっス。」

 

 

あ~あ・・・やっちゃった・・・。しかもよりによって二人だ。そりゃあ総隊長(おじいちゃん)も怒るよ・・・。

間に挟まれた拳西の苛立ちと呆れの混じった顔を見て不覚にも笑いそうになったが、何とかこらえた。

 

さすがにこんな失態をさらしたからか、隊長に幻想を抱いていた層はちょっぴり失望の目をしていた。お前ら、これが本当の姿だぞ。と隼人は心で彼らに言葉を投げかけた。

 

あれから隼人自身も眠りそうになったが持ちこたえ、入学式の式典は終わった。

寮の部屋には既に荷物を持ち込んでいるので、あとは寮に帰るだけだが、新たにできた仲間と談笑しつつ帰ろうとしたところで急に夜一に体を掻っ攫われた。

ぐえっと情けない呻き声をあげてしまい非常に恥ずかしい。

 

 

「少々此奴を借りていくぞ。仲良くしてやってくれ!」

 

 

突然現れた夜一に対し、興奮を隠しきれない者もいた。

 

 

「あ・・・あなたは四楓院隊長ですね!俺二番隊に入りたいんです!非常に尊敬しています!!」

「ほう・・・。お主の顔、覚えておくぞ。六年後が楽しみじゃ!じゃあの!」

 

 

瞬歩で消えた夜一に対し、仲間たちはカッコいい・・・!と完全に陶酔しきっていた。

 

 

「・・・・・・あんなこと言って、ほんとに覚えておくんですか?」

「無理に決まっておろう。もう忘れたわ。」

「あいつきっと泣くな・・・。」

 

 

あまりにも夜一を尊敬していた彼にとって非常に残酷な事実なので、黙っておくことにした。

しかしなぜ急にこんな強引な方法で連れられたのかと思ったが、連れられた場所は霊術院の貴賓室であった。

 

 

「鳳橋!!連れてきたぞ!!」

「サンキュー夜一サン。」

 

 

えっ何故にローズが?

拳西ならまだわかるが、時々程度の関わりであるローズにわざわざ呼ばれる意味が分からなかった。

だが実際は彼からの話ではなく、この場にいないローズの副隊長からの質問のようなものだった。

 

 

「千鉄の子どもと仲良くなれたかい?多分学級同じだと思うんだけど。」

「あぁはい!最初小バカにされて怒りそうになったんですけど集団の輪に入れてくれました。」

「へぇ~~よかったね!千鉄から聞くよう頼まれたからさ。いい報告ができそうだよ。」

 

 

ウィンク込みの決め顔をしながら言っていたためあぁそうですか・・・。と冷淡な反応をしたが、かなり嬉しかったのは事実である。

居合わせた浮竹からも「いや~~本当によかった!」と安心された。何か友達できないキャラになってない?まぁ実際かなり危なかったけど。

 

ともかく貴賓室には拳西もまだいたのでしっかり世間話をすることにした。

 

 

「お疲れ様です拳西さん。」

「お前もな。ダチ出来たんならとりあえず心配いらねぇな。」

「はい。明日から早速授業ですよ!もう楽しみで楽しみで!」

「楽しみなのはいいがな、遊びじゃねぇぞ。気ぃ引き締めて明日から頑張れよ!」

「もちろんです!頑張りますよ!」

 

 

心の支えとなっていた拳西たちに会うことも少なくなるだろう。

だが、そんな環境だからこそ自分の心身の修練の場としてふさわしいと思っていた。

 

それに、戦いはもう始まっていた。

 

 

「何だよあいつ。貴族でもないくせに隊長格と馴れ馴れしくしやがって。」

「聞き捨てなりませんわね。それに彼は私たちを差し置いて特進学級に入学なさったとか。」

「卒業する前に使い物にならないくらいに潰してやろうか。脚でも壊せばいいんじゃねぇの?最悪殺してしまえばいいか。」

 

 

このような感じの下卑た陰口を特進学級に入れなかった貴族の子弟たちから今日だけで何度も言われた。

殺害予告までされるとは思ってなかったので少し驚いたが、拳西に怒られるのに比べたらこんな陰口もとりとめのないものだ。

この調子では以前にローズが言っていた通り嫌がらせを受けることになるだろうが、その対処法も少しずつ考えていた。

 

 

「じゃあまた今度。夏の長期休暇に一回帰ると思います。」

「わーったぜ。成績期待してっからな。卒業は首席じゃねぇと許さねぇぞ・・・!」

「それは・・・考えておきます・・・。」

 

 

最後に軽い脅しを入れられたが、実際首席を狙うつもりだ。

 

 

今日から6年間、真央霊術院での日々が幕を開ける。

 



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登場人物紹介2

主要登場人物

 

口囃子(こばやし)隼人(はやと)

 

本作の主人公。茶髪の少年。50年越しについに霊術院入学を果たす。

自分を助けてくれた拳西を心の底から慕い、信頼している。

鬼道、回道、そして霊覚の能力が更に成長し、鬼道と霊覚は一年目の中間試験で六回生を余裕で凌ぐ実力を見せる。

しかし斬術、白打は相変わらず絶望的で、毎年進級試験はギリギリ。

長期休暇の成績公開イベントが恐怖でしかない。

貴族から執拗な嫌がらせを受けるが、周りの助けもあり何とか対処している。

相変わらず喜怒哀楽の表現が強い。本気で怒った時は拳西の口調がうつってしまうことがある。

 

 

 

六車(むぐるま)拳西(けんせい)

 

護廷十三隊・九番隊隊長。銀髪のマッチョな死神。

子離れができず、白からも呆れられる。

度々ある霊術院の視察では必ず隼人の様子を見に行っているが、それ以外にも休日には時々こっそり行き、隼人の霊覚でバレてしまう。

試験後の休暇での帰省を隼人に強制しており、成績が悪い場合は問答無用で頭ぐりぐりの刑に処している。

家に帰っても一人で寂しいため、部下や同僚を連れて飲みに行く回数が増えた。

 

 

射場(いば)鉄左衛門(てつざえもん)

 

真央霊術院でのクラスメイトであり、隼人の心の友。あだ名は射場ちゃん。広島弁の使い手。

ぼっちまっしぐらだった隼人を集団の輪に入れてくれた、懐が深い男。

クラス内でも派閥内でも中心に立ちたがるが、空回りしがち。

本人は仁義だと言っているが、マザコンの気がある。

勇音の笑顔を見て簡単に惚れるなど、性格の割に惚れっぽい。

 

 

虎徹(こてつ)勇音(いさね)

 

真央霊術院でのクラスメイト。無自覚な学院のマドンナ。

心優しいが気弱でもある。

背が高いことが唯一にして最大の悩みであるが、悩んでいる姿すらかわいいと男連中の間では評判になっている。

鬼道が得意であり、将来は四番隊所属を希望している。

ヒロインになるのかな?

 

 

京楽(きょうらく)春水(しゅんすい)

 

護廷十三隊・八番隊隊長。笠をかぶった派手な身なりの死神。

霊術院現学長とは個人的な知り合いで、度々訪問している。

以前付けていた高価な簪を最近外した。

院に行く度に若くて可愛い女の子をチェックしており、犯罪スレスレ。

入学式で寝たせいで隼人の同期達からはだらしない人扱いされてしまった。

でも一部の男連中からは同類と思われ信頼されている。本人は女の子からチヤホヤされたいが。

 

 

浮竹(うきたけ)十四郎(じゅうしろう)

 

護廷十三隊・十三番隊隊長。白髪で長髪の死神。

体調の良い時に講師として教鞭をとることがあり、隼人の在学中は頻繁に来てくれた。

死神としての心構え、戦いに対する自らの考え方を説く講座は大人気で、大講堂で立ち見する院生が出てくることもある。

男女問わず人気で、京楽から嫉妬されている。

十三番隊に入る者は、彼の教えに感化されて入る者がほとんどである。

 

 

浦原(うらはら)喜助(きすけ)

 

護廷十三隊・十二番隊隊長。ちょっぴりうさんくさい死神。

院生を使った()()()()実験、研究のために頻繁に霊術院を訪れ、入学式の失態があるものの院生からも信頼されている。

特にそのミステリアスな雰囲気が思春期の女の子に刺さり、ファンクラブが生まれた。

勇音の周りの友達は既に堕とされており、やっぱり京楽から嫉妬されている。

しかし実験のお礼に渡す悪趣味なお菓子は女子からも不評。

 

 

藍染(あいぜん)惣右介(そうすけ)

 

護廷十三隊・五番隊副隊長。黒縁メガネのヨン様死神。

真央霊術院中間試験の隼人の鬼道の試験を見た際、その才能を見て驚きを隠せなかった。

そのため後に鬼道の特別講師として来院し、更に効率的な方法をレクチャーして隼人が才能を伸ばすきっかけを作った。

浦原ほどではないが女子から根強い人気があるものの、隊長が変という理由で五番隊が敬遠されがちなことが最近の悩み。

 

 

サブの登場人物

 

 

九南(くな)(ましろ)

 

護廷十三隊・九番隊副隊長。緑色のウェーブヘアーの女性死神。

都合のいいおもちゃがいなくなったため、拳西へのわがままに拍車がかかる。

 

平子(ひらこ)真子(しんじ)

 

護廷十三隊・五番隊隊長。前髪ぱっつん金髪ストレートの(自称)オシャレ死神。

帰ってから暇になった拳西とよく飲みに行き、毎回潰されて置いて行かれる。

 

鳳橋(おおとりばし)楼十郎(ろうじゅうろう)

 

護廷十三隊・三番隊隊長。ローズ。ウェーブヘアーの金髪ロングの死神。

母親の代わりに射場の様子を聞きに来ることが多い。

 

矢胴丸(やどうまる)リサ

 

護廷十三隊・八番隊副隊長。眼鏡をかけたミニスカ三つ編みの女性死神。

七緒と毎月初めに読書会をしており、彼女が読むことのできない席官向けの本をこっそり読ませている。

 

握菱(つかびし)鉄裁(テッサイ)

 

鬼道衆総帥・大鬼道長。

鬼道の試験前に隼人から稽古を頼まれ、快く引き受けた。

 

伊勢(いせ)七緒(ななお)

 

護廷十三隊・八番隊隊士。

八番図書館の蔵書整理を行っており、よく来る隼人におすすめの本を教える。典型的なツンデレ。

 

市丸(いちまる)ギン

 

護廷十三隊・五番隊隊士。

一年で霊術院を卒業した天才として院内でも噂になっている。

 



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助けてくれ・・・!

入学式の翌日。

 

普段とは違う環境のためあまり眠れなかったものの、寝坊、遅刻というヘマをせずに済んだ。

普段拳西と一緒に暮らしていた際の生活習慣の賜物である。

そしてこの日からあるものが貸与された。

 

 

『浅打』

 

 

これは真央霊術院に入った者全員が一時的に貸与され、護廷十三隊に入隊する者は入隊と同時に正式授与される無銘の斬魄刀だと担任から言われた。

刀と寝食を共にし練磨を重ね、魂の精髄を刀に写し取ることによって『己の斬魄刀』を創り上げるそうである。

 

今まで鍛錬の際には木刀を使っており、斬魄刀はおろか真剣さえも握らせてもらえなかったので、この浅打は宝物に思えてならなかったのだ。

受け取った瞬間の目の輝きっぷりが凄まじく、担任が怯えているように見えたがそんなのは関係ない。

己の斬魄刀がどのようになるのかが非常に楽しみであった。

 

 

「何じゃ。えらい嬉しそうじゃのお。ええ夢でも見たんか?」

「この浅打が貰えてすごい幸せなんだよ!どんな斬魄刀になるか楽しみだな~~。」

「ほう。それでどがいな斬魄刀がお主はええんじゃ。」

 

 

そんなものは決まっている。とにかく前線で戦えるものだ。できることなら断風のようにカッコいいもの。

自分を救ってくれた拳西(ヒーロー)のように、カッコよくて強い斬魄刀を使いこなしたかった。

だからこそ隼人は満面の笑みで自信をもって宣言した。

 

 

「拳西さんみたいなやつ!!!!拳西さんみたいに強くてカッコよくて皆から尊敬されるような死神になりたいからね!!!」

 

 

斬術は苦手だが、やはり直接攻撃系の斬魄刀が欲しい。

巨大虚と対峙しても決して負けることのない隊長格。彼らの斬魄刀は多種多様で、非常に羨ましかったのだ。

京楽の花天狂骨なども見たことは無いが、始解の姿はとてもカッけぇぞと拳西から聞いた。

そういう斬魄刀が欲しいからこそ、いかなる時も浅打と共にこれから生きていこうと心の中で誓った。

 

 

(よろしく!僕の未来の斬魄刀・・・!強い斬魄刀になってくれますように・・・!)

 

 

己の斬魄刀への祈り。

鍔を額に付けて祈ることをこの日から隼人は何度も行うようになった。

 

 

 

入学式から二月ちょっと経った頃初めての大規模な実習が行われた。

魂葬の実習。

魂葬は必ず現世で行うものなので、必然的に現世に赴くことになっている。

特進学級の院生であろうと皆初めての現世なので、かなり浮足立っていたのだ。

 

六回生の先輩の引率の下で現世に赴くこととなった。

 

 

「何か緊張しますね・・・。現世ってどんな所なんだろうな・・・。」

「色んな機械があるって九番隊の人から聞いたよ。瀞霊廷通信もその機械を取り寄せて作ってるんだって。」

「俺ちょっと怖えかも・・・虚に出くわしたら死んぢまうよ・・・。」

「大丈夫だって。六回生の先輩がついてるんだし。僕も霊圧知覚はある方だから何となくわかるよ。」

 

三人一組行動であり、隼人の他には勇音と、射場派閥の一人だったので気安く行動できた。

ちなみに射場は勇音の友達二人(とびっきりの美女)と組むことになり、非常にやりずらそうだった。

 

地獄蝶の扱いも白からこっそり教えられていたため、問題なく扱えた。

案の定細かい作業が苦手そうな射場は苦戦しており、六回生からも心配の目を向けられていた。

 

 

初めての現世。一体どんなものが待ち構えているのかと思ったが、それは隼人の予想をはるかに超えたものだった。

数階建ての木造建築にたくさん並んだ平屋の商店。

路面電車に人力車。

尸魂界にいる死神達とは全く違う色とりどりの着物を着た人々。

 

 

生活水準が尸魂界とは全く違うのだ。

瀞霊廷の建物でも数階建ての建物はほとんど無いはずだ。

現世の科学力の凄まじさたるや。隼人以外の二人は一つ一つの物事に完全に圧倒された。

 

 

「やばっ・・・現世ってむちゃくちゃ人が溢れてんだな・・・。」

「私・・・ちょっと怖いです。あの電車も現世教養の授業では聞いていましたが・・・。速いですね・・・。」

 

 

勇音ともう一人の仲間が面食らっていたが、隼人は持ち前の好奇心で目をキラキラさせ、テンションがインフレしてしまった。

 

 

「ねぇあれすごくない!?車が動いてる!!あんなに高い建物どうやって作ってるんだろうね!えぇ~~~~!!!すっっっっっっげぇ~~~~~~!!!!」

「そこの一年!うるさいぞ!私語は慎めコラ!!!」

「すっすみません!!」

 

 

同期達からくすくす笑われ恥ずかしい思いをしたが、それからはちゃんと頭を冷やし実習に集中した。

魂葬は正直楽だった。もっと面倒なものと思っていたが、変に力を入れずに『死生』のハンコを(プラス)に押すだけのものであり、ちょっと残念であった。

緊張し力を入れてしまった勇音は魂魄が「痛ででででで!」と言っているのにかなりびっくりしていた。あんたがびっくりしてどうするよ。

 

特進学級30人全員が魂葬を何とか終わらせ、六回生からも十分だと励ましの言葉を頂いた。

予期せぬアクシデントが起こることもなく現世から穿界門(せんかいもん)で尸魂界に帰り、霊術院に戻ったが、院内の靴箱の中がおかしなことになっていた。

 

室内用の草履が無い。

 

 

「どうしたんじゃ口囃子。何かおかしなことでもあったんか。」

「いや・・・。ねぇ射場ちゃん。僕桐ケ谷先生に草履預けたよね?」

「あぁ。儂がまとめて預けたはずじゃが・・・。」

「それが無いんだよ・・・。」

 

 

万が一の時のために全員分の草履は一括で管理していたが、自分の草履だけがないのだ。

渡し忘れたかと思ったが、射場が「お納め下せぇ!」と派閥の者達皆の分をまとめて出している所を見た記憶があるため不審に思い始めた。先生も全員分確認していたし。

 

とりあえず先生に無い旨を伝え、代わりの草履を一時的に借りたが、教室に入るとさらにおかしな出来事があった。

 

数冊ある教本全てが消えた。

 

鍵をかけたロッカーに入れていたはずの教本が無くなっていたのだ。

それにそもそもの鍵すら木っ端微塵に壊されていた。

 

まさか貴族の仕業か。

今まではかなり攻撃的かつ陰湿な陰口を叩かれることだけなので大したことないと思っていたが、ついに行動に移してきたのだ。

魂葬習得のための現世実習は隼人の持ち物に実害を与える機会としては十分すぎた。

 

学級内の仲間が協力して探してくれ、見つけることができた。

ゴミ箱の中から見るも無残な形で。

 

 

「ひっでぇなコレ・・・。もう使えねぇんじゃねぇの?」

 

 

学級の誰かが言っていたが本当にその通りだ。

教本全ては墨などで落書きされ、ビリビリに破かれている。

さっき靴箱に無かった草履も一緒に捨てられていた。

墨の落書きも「院に来るな」「消えろ」「死ね」などの汚い中傷の言葉しかなかった。

 

ローズの言葉を甘く見ていた。

腐っても貴族。悪口は言っても他人の物にまで干渉するとは思わなかった。

 

だがこれは悪戯の域を超えている。明確な悪意のこもった『攻撃』だ。

先手を打たれ、完膚なきまでにしてやられた。

 

状況から考えると、彼らが権限を使って先生の誰かを脅したと推測した。担任は脅しに屈するようには見えなかったからだ。

こんなにも卑劣な手で攻撃してくるあいつらを平気で放っておけるほどの甘さは隼人にはない。

 

 

「しかし・・・一体どがいな奴がこがいな情けないまねを「他の学級の貴族たちだよ。」

「えっ・・・でもあの人達がこんな卑劣なこと「するに決まってんじゃん。」

「いやまさか・・・あの人たちは俺にも優しかったぞ・・・?」

 

 

射場も派閥の仲間たちも、勇音も勇音の友達も、いや、貴族出身でない学級の仲間全員が貴族から蔑如されていることを全く知らないのだ。

 

未だに貴族は優しいものだと思い込んでいる彼らが理解できなかった。

そしてこんな下劣な攻撃をしてくる貴族達には殺してやりたいほどの怒りが込み上げてきた。

拳西ですら驚くほどの怒りを孕んだ顔で唇を噛み、教室の外にも聞こえるぐらいの叫び声で怒りをぶちまけてしまった。

 

 

「優しい・・・?すれ違う度に汚らわしいとか消えろとか殺してやろうかとかほざくクソみてぇな奴らがか!?優しいわけねぇだろ!!!あいつらはなぁ!影で僕達皆をバカにしてんだぞ!!ただ親が金持ちなだけでふんぞり返ってる無能どものクセに!!お前ら皆何にも知らねぇんだな!!」

 

「何も知らんて・・・どういうことじゃ・・・。」

 

 

射場の言葉をきっかけに、隼人は今まで自分一人だけが標的にされて貴族から言われた陰口に対する怒りの思いが止まらなくなってしまった。

気付けば射場の制服の襟首を掴み、理性を保つことができなかった。

 

 

「入学してから、いや入学する前から毎日毎日悪口言われてそれでも必死に耐えてきたんだよ!貴族連中相手にとってただの院生が勝てるわけもねぇから我慢するしかなかったんだ!!そんな情けねぇ姿見られて何回も笑われてきたんだよ!!わっかんねぇだろ僕の気持ちが!!あぁそうかあいつらの仮初の優しさを信じ切ってたお前らにわかるわけねぇか!!」

 

 

ここまで言ったところで、やってしまったと悟った。

今まで隼人が怒りに任せて叫んだ言葉は、貴族たちはおろか、目の前の仲間をも糾弾する言葉だったのだ。

 

勇音含めた周りの者達はおろか、目の前の射場の顔すら見ることが出来ず、俯いてしまった。

一瞬にして皆に嫌われた。明日から肩身狭い思いをして院に通うことになりそうだ。

周りに恵まれ霊術院での生活も楽しめるかと思っていたが、もう無理だ。

そしてこの様子もきっと貴族たちはどこかでこっそり見て嗤っているのだろう。

 

だが、射場は自分たちへの糾弾すらも受け止めた。

 

 

「言いてぇこたぁそれだけか。」

「は・・・?」

 

 

刹那。

掴んでいた襟首から強引に手を離され、本気のパンチを頬に喰らい吹っ飛ばされた。

背中に鈍い痛みが走る。

これはもう本気で袂を分かつことになるかな・・・と隼人は諦めていたが、射場は予想外の言葉をぶつけた。

 

 

「何故儂らに言わんのじゃ!!何故助けを求めんのじゃ!!見損なったぞ!!儂らがいつも通り授業受けとる中で何故口囃子だけが毎日苦しまにゃあいけんのじゃ!!」

 

 

射場の言葉に対し、隼人は愕然とし凍り付いてしまった。

言葉を口から放つ方法を忘れてしまったかのようになり、怒りの言葉を紡げなくなっていた。

 

 

「だって・・・僕は・・・だって・・・!」

 

 

まともな言葉の代わりにでてきたのは、悔しさのこもった涙であった。

 

 

「もう・・・無理だよ・・・・・・。限界だよ・・・。耐えられねぇよ・・・・・・。」

 

 

これからも一人で彼らと戦うつもりでいた。もちろん負け戦だと分かった上で。

六車拳西に育てられた子どもがこんな所で屈してはいけないと思っていたのだ。

大切な友人たちを巻き込んではいけないと思ったのだ。標的を自分に絞っている以上、何とか自分一人に抑え込むつもりでいたのだ。

本当は何も知らない彼らに何も知らないままでいてほしかったのだ。

 

それがどうだ。情けない。

今の自分は、ただただ自分が勝てない力に虚勢を張って無駄にもがいているだけではないか。

悪意の闇の中で一人泣くことしかできない情けないガキではないか。

こんな惨めな姿を拳西に見られたら失望するだろう。ここまで育てたことを後悔するかもしれない。

 

だが、そんな張り詰めすぎた隼人の心を射場はがさつながらもいたわってやった。

 

 

「そがいに辛うなるなら相談しろ!!儂らが共に戦っちゃるわ!!」

「私も協力します!こんな辛いことがあったなんて・・・気付けなくてごめんなさい・・・!」

 

 

普段気弱な勇音も女子のなかで先陣を切って協力を申し出てくれた。

涙で目が霞んでいたが、周りの皆も笑顔で手を差し伸べてくれているように見えた。

 

 

あんな暴言を吐いたのに皆隼人に協力すると申し出てくれた。

皆の笑顔が眩しかった。

暗闇から救い出してくれた。

だからこそだろうか。隼人は泣きながら、心から求めていたことを彼らに嘆願した。

 

 

「助けてくれ・・・。お願いだから・・・・・・・・・僕を助けてよ・・・お願い・・・・・・・・・!」

 

 

皆真剣な顔で了承してくれた。

 

そしてそれからは派閥の仲間、勇音の友達を中心に、今回の対処法について考えることにした。

 

 

「相手誰だかわかってるんだろ?なら俺たちが直接ぶっ飛ばせばいいんじゃねぇの?」

「そんなことしたら大問題よ!口囃子くんの言葉から考えるに私たちが実力行使に出たら彼らの親の力で退学させられるわ!」

「貴族ってそんな力強いんだ・・・。俺たち勝てるのかなぁ・・・?」

 

三人揃えば文殊の知恵とはいうが、相手が悪すぎるため策が出てはボツになりの繰り返しで膠着状態に陥っていた。

直接対決、隊長の力を借りる、といった策は到底不可能であり、単純な霊術院サイドへの報告は下手をすれば取り合ってもらえない可能性もある。

大人達に頼ることは期待できないために優れた策はなかなか生まれず歯がゆい思いを皆していた。

 

そんな中、一人の女子生徒が妙案を出してきた。

 

 

「とにかく耐えるのはどうかな・・・?」

 

 

この意見に対し、射場は信じられないとでも言うように怒りを見せた。

 

 

「先の隼人の叫びを聞いとったんか!もう耐えられないと「違うよ!」

 

 

だが今まで一度も意見を言わなかった彼女は自分の意見の正しさを信じていたからか、射場の怒りにもひるむことなく彼女は自分の考える策を述べていった。

 

 

「耐えるっていうのはね・・・。学級の仲間皆で耐えていくってこと。口囃子くん一人じゃなくて皆が団結して戦っているってあの人たちに見せつけるの。今回みたいに物を壊されたら「大丈夫か」って皆で気遣って貸してあげるところをわざと見せつけるの。口囃子くんが一人でいたら狙われちゃうから、学級の誰かがなるべく一緒にいてあげて監視の目をつけてあの人たちに隙を与えないようにするの。そうすれば口囃子くんが困ることもないし、あの人達にも勝ったことになるんじゃないかな。」

 

 

なるほど、と思った。

この形なら直接対決せずに貴族たちに吠え面をかかせることができるかもしれない。

それに物を貸している所を講師の人が見れば異変に気付くはずだ。

皆もこの策を気に入ったようだったので、ベースはこの方法でいくことにした。

 

実際何らかの攻撃を受けた際は、学級内の貴族を中心として先生に報告する形をとることにした。

彼らの協力が得られなければさらに厳しい戦いとなったが、下級貴族らに対し何か思うところがあるのか快く協力してくれた。

 

 

「本当にありがとう皆・・・。僕個人の問題なのにこんなに助けてくれて・・・。」

「助けてくれってあんな辛そうに言われたら、黙ってはいられませんよ。」

「めそめそ泣きおって!!情けない奴じゃのお!!」

「うっうるさい射場ちゃん!!」

 

 

勇音と射場の思いやりが心に染み、非常に温かく幸せな気持ちが生まれた。

 

そして隼人は6年間もの間皆と共に貴族たちからの嫌がらせを耐え切ることができた。

また、高い結束力と実力のおかげで一度も特進学級のメンバーが変わらなかった年として、軽く伝説に残る同期たちになったのである。

 

 

 



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中間試験!

真央霊術院中間試験。

 

毎年夏になると数日間に渡って行われる大規模な試験である。斬拳走鬼全ての実力を測る技能試験の他、尸魂界にまつわる事象、現世教養の筆記試験を含み、院生全員にとって非常に大切な試験である。

 

特に新入生はこの試験の成績に応じて秋から学級の再編を行うため、入学試験で思うようにいかなかった院生にとっては逆転のチャンスである。

もちろん逆も然り、優秀な学級に入った院生は下剋上に対するプレッシャーを抱えているのだ。

 

そして今年の特進学級の院生は皆並々ならぬ思いでこの試験に臨んでいた。

 

理由は貴族達の隼人に対する執拗な嫌がらせを防ぎ、そして大粒の涙を流して助けを求めた隼人を救うためであった。

 

 

「ええかお前ら!!今日からの試験はえっらい大事なものじゃ!!秋に学級の誰一人欠けてはならんぞ!!」

「そうですね!万が一主犯格の誰かがこの学級に転入したら私たちにも防げません。」

 

 

実際貴族達の転入の可能性は大いにあった。

親からの素養を受け継いだ貴族の子弟は軒並み基礎戦闘力が高い。

この学級にいる貴族も同様であり、彼らは白哉には及ばないが全ての技能をバランスよく備えていた。

今年の特進学級生は流魂街出身、親を死神に持つ者が大半のため、貴族の猛追を振り切れるか心配であったのだ。

 

万が一主犯格の貴族が入ってきた場合、勇音の言う通り誰にも彼らの蛮行を防げなくなってしまう。

それどころか学級全体が崩壊しかねない。

今まで必死に『耐えてきた』努力が水の泡だ。

 

 

大切な仲間たちを苦しめないためにも全員が一丸となって試験に臨む必要があった。

 

当事者の隼人の他に、射場と勇音の三人が中心となって見事に団結し、貴族達との直接対決ともいえる運命の試験が始まった。

 

初日は斬術と白打の試験であった。

斬術、白打は特に実力の個人差が激しいため、大体違う学級にいる同じ技能レベルの相手と模擬試合をする試験であった。

 

この二つは武道の流れを引いていることもあり、勝敗だけではなく、各々が使った技の構成、威力、試合後の相手への心がけなど精神力も見るため、勝負に勝ったからといっていい評価を貰えるとは限らない仕組みになっていた。

 

この試験の仕組みはきちんと全学院生が貰う試験概要書類にしっかり明記されているが、皆あまり真剣に読まないため、ある意味試験を勝ち抜く抜け穴になっていたのだ。

 

 

「えぇーそれでは斬術の試験を始める。まずは男子一班から。各々準備を始めよ!」

 

広い武道場に一回生ほぼ全員が集まり、上の観客席で試合を見ていた。

一班には射場の他、派閥の仲間も数人いた。

そして主犯格の貴族達も数人いた。

 

これは正面衝突待ったなしである。もうバッチバチに火花を散らしているのだ。

射場の顔は特に恐ろしいものだ。現世の極道の親分に匹敵する鋭い眼光を感じ取った隼人は、恐ろしくも非常に頼もしく感じた。

 

 

「はじめ!!」

 

 

斬術主任の先生の合図で試合が始まった。

 

斬術で最も優秀な院生たちの班なので、一体どんな熱い戦いが待っているのかと皆盛り上がったが、想像以上の物であった。

 

特進学級生の圧倒的な力による蹂躙。

射場による秘密特訓を受けた彼らは、足払い、殴る蹴るなどの木刀以外での攻撃といった、ルール違反も甚だしい貴族達の搦め手をも物ともしない強さを見せつけた。

 

 

「何じゃ?他んとこの奴らはこがいに骨のない奴らしかおらんのか!情けないのう!!がーっはっはっは!!!!」

 

相手の策そのものを潰して勝負に勝つ。動きも技の構成も見事であった特進学級生は貴族たちに完全勝利したのだ。

もちろん試合後の相手への気遣いも形だけ行ったが、プライドが許さなかったからかそれを撥ねつけた貴族には先生からの厳重注意が下されていた。

 

いい流れだ。しかも観衆たちも貴族たちの言動に不満を抱いていたからか自分たちを応援してくれていたようだ。場の盛り上がりは最高潮に達していた。

 

一方隼人自身の斬術と白打の腕前は院内でもギリギリだったので、最後の方で貴族たちに当たることはなく、彼らの注目を集めずひっそりと終わらせることができた。

別に悔しいなんて思ってないからな!!

 

それからも試験は進んでいき、この日の最後は女子の白打試験だったが、ここでアクシデントが起きた。

 

 

「がぁっ!!!!!」

「ちょっと大丈夫!?結構血出てるけど・・・。」

 

 

勇音の友達が貴族から深手を負ってしまった。

華奢な彼女に当たったのが体格のしっかりした小太りの女子貴族だったせいで力負けしてしまった。さらに審判に見えないルール違反を何度もされたためボロボロになっていたのだ。

 

試合はここで終わり、ケガをした彼女の敗北だったが、相手はさらに一枚上手だった。

 

 

「あらごめんあそばせ。わたくし力加減を間違えてしまいましたわ~。でも・・・。」

 

 

勝者の貴族は普段見せない凄みを含めた声でしっかりと彼女を侮辱した。

 

 

「流魂街から来た貧乏人のクセに生意気してんじゃないわよゴミが。臭いのよアナタたち。」

「・・・・・・!!!あんたねぇ!!「止めましょう!悔しいですがここで争ってはいけませんよ・・・。」

 

 

勇音の仲裁のおかげで何とか大事にならずに済んだ。

いくら理不尽にやられ、相手から侮辱の言葉をかけられても絶対に挑発に乗ってはいけない。

ここで喧嘩になると試験という場を超えた戦いになるため、権限を持つ貴族には絶対に勝てない。

 

それにやられた女子生徒の傷は勇音が習得したての回道では到底治せるものではなかった。

射場たちの頑張りを無駄にしないために、彼女は何とかして怒りの気持ちを抑え込んだ。

 

医務室に運ばれた彼女は傷跡が残るほどの深手では無かったが、それでも学級の皆を憤らせるには十分だった。

 

 

「なぁ!やっぱりもう耐えられねぇよ!こんな酷いケガまでして耐える意味あんのかよ!」

「そうだわ!今すぐにでもあいつらに復讐を「今日は我慢しよう!!」

「何でよ・・・!あたしもう我慢できないわよ!!!友達傷つけられて何にも仕返しできないなんてふざけてるわ!!」

 

 

彼女の言うこともいたく理解できる。隼人だってしがらみがなければとっくの昔に復讐している。

皆に助けを求めることだってなかった。

 

 

「今日はって・・・どういうことですか?」

 

 

不審に思った勇音が問いかけてきた。

今日は大した活躍も無かったので皆の前で意見を言う資格もないと隼人は考えたが、残りの試験を考えるにこれだけは今言っておかないといけなかった。

 

 

「何故今日なのかの理由は・・・。今日が最も危険なものに分類される技能の試験だから。明日は午前中が歩法と現世教養の筆記試験で午後は尸魂界教養試験。明後日の最後は鬼道の試験。歩法は学級ごとの試験だから奴らにかち合うことはないし、言わずもがな筆記試験も。それに・・・。」

 

 

平子や京楽のような邪悪な笑みをこぼしつつ、隼人は熟読した試験概要書類の抜け穴を突いた。

 

 

「鬼道の試験の評価項目に対戦相手への配慮は明記されていないはずだよ?」

 

 

瞬間、皆刮目し顔色が一気に変わった。

 

鬼道の試験も斬術や白打と同じく実力の拮抗する者達が班分けされて、なるべく違う学級の者と模擬試合する形式をとっていた。

しかし鬼道の試験は成長度を見る観点として技をちゃんと制御する力、戦術を構成する力、そして相手の鬼道にしっかり対処する力を重視するため、対処できない場合順当に評価が下がってしまうのだ。

そのため、たとえ新入生でも相手への気遣いなど考える必要はない、というのが霊術院での規定らしい。

また隼人みたいに鬼道がやたらと強いという院生はかなり珍しいため、規定が追い付いていないという理由もあった。

 

この規定を読んだとき、容赦ないなぁ他二つと統一しろよと隼人は不満に思ったが、まさかこんな形で役立つとは思わなかった。

 

要するに、今日我慢すれば明後日は本気でぶっ潰して構わないのだ。

 

 

「僕もさっき休憩時間に要項読んでた時に気付いたんだよ。だからあいつらも気付いてないはず。それに試験の対戦表見たら僕の相手は名前から推測するに多分奴らの大将。いつもの鬼道の演習は全く本気出してなかったからいい機会だし明日は本気出すつもりでいるんだ!皆で一泡吹かせてやろうよ!!」

 

 

隼人の提案に最初は皆黙っていた。

いくら本気で潰せるといっても、皆の良心がストッパーになってしまうようなやり方だからだ。

 

それにこのやり方は中途半端に終わらせると逆に貴族から恨みを買うことになる。

やるなら徹底的に特攻をする。まさに背水の陣だ。

 

このやり方に最初に賛同したのは、やはり先ほどケガをした女子生徒であった。

 

 

「やろう・・・。私あいつ許さない。流魂街出身だからって馬鹿にして。あんな奴が死神になったらロクなことにならないよ。」

 

 

彼女の決心が功を奏し、皆も次第にやる気になった。

それでも尻込みする者もいたが、皆の気持ちを一つにしたのは、鬼道が苦手な射場の一言だった。

 

 

「儂はおどれらに任す。・・・・・・頼む・・・・・・。」

 

 

男気溢れる射場の誠心誠意の頼みを断れる者など誰もいなかった。

ためらっていた一部の者もやると言い、明後日の戦いに向けて皆闘志を燃やした。

 

 

 

翌日の歩法試験、筆記試験全てが終わった後、隼人は外出届を出し、久々に霊術院の外に出た。

向かった先は二番隊隊舎の近くの四楓院邸。

 

目当ての人物を見つけた隼人は恥をしのんでお願いし、稽古をつけてもらった。

門限の時間ギリギリまで練習し、帰ってからアドバイスを元に明日の鬼道の戦術を練った。

 

そしてその翌日。

 

一回生全員が第一演習場に集まり、男子一班から準備をするよう言われた。

推測通り相手は嫌がらせしてくる貴族の大将だった。

確かあいつも鬼道は得意だったはず。

 

だからこそ感じるのは完全にこちらを侮っている雰囲気だった。

自信満々の邪悪な顔。下卑た者を見るかのような黒く澱んだ目。

ニヤリと笑うその口元は見る者を竦ませるような冷たい圧を感じる。

 

 

果たしてその顔もいつまでもつのかなと対戦相手の隼人は油断せず考えていた。

あらゆる敵の行動パターンを考え、それに対する死角のない戦い方を考え、万全の態勢を整えた。

 

ようやく本気で鬼道を使える。演習場を壊そうがそんなもの知るか。

試験が始まってから今まで活躍できなかった分、取り返すために隼人は闘志を燃やした。

 

 

「それでは・・・はじめ!!!!」

 

鬼道の主任の先生の合図で始まった。

 

 

 

 

 

 

気に喰わない奴だった。

入学前から数多くの隊長と馴れ馴れしく話し、仲良くしているのが。

そして彼らに戦いの基礎を鍛錬で教え込まれ着実に成長していたのが。

 

何よりもいけ好かないのが、自分と同じで鬼道を得意としている所だった。

下級貴族の子弟である彼は、親から優秀であることを求められ、日々厳しい鍛錬をこなしていた。

何度も叱られ、投げ出そうと思う度に弱い奴だと親からけなされてきた。

それでも鍛錬を重ね、入学試験では我ながら素晴らしい出来だと思った鬼道を試験官に見せつけることができた。

 

だが、かねてから望んでいた、『特進学級への入学を認める』の文字は、合格通知書に書いていなかった。

 

 

『特進学級にも入れないだと!!恥を知れ!!』

『秋には必ず特進学級に入ることです!!不可能なら二度とこの家の敷居を跨ぐのでない!!!』

 

 

見栄しか張らない親にいつものように叱られ、耐えかねて家を出た後に、彼は地獄に落とされた気分になった。

 

 

『ゆ・・・優秀・・・!!!!よっしゃ~~~~!!!!!!』

 

 

聞き覚えのある声が耳に入ってきた。

その方角にあったのは、『九』の数字が書かれた建物。

 

まさかと思い隊舎の入り口の見える場所で見張っていると、出てきたのはいつも隊長に囲まれたあの少年。

小走りでどこかに向かっているその少年はいかにも幸せそうな顔をしていた。

 

俺が必死になって手に入れようとした物が・・・あんなずるした奴に奪われた・・・?

俺はあんな見るからに卑しそうなガキに負けたのか・・・!?

 

 

貴族である自身の誇りを完膚なきまでに打ち砕いたあの少年を殺してやろうと考え始めたのは、その時からだった。

 

それから貴族の少年は、自身の権限を使い隼人への嫌がらせを始めた。

 

拳西が引き出しに入れていた隼人の入学書類を九番隊隊士の一人を脅して廃棄書類の所に混入させ、白に捨てさせて罪を擦りつけた。

制服の採寸の際のデータを改竄し、見当違いなサイズの物を送り付けた。

 

些末な嫌がらせだが、その際に困り、焦る彼ら二人が非常に滑稽であり、愉快であった。

 

 

入学後はすれ違いざまに悪口を言い始めた。

親しい貴族達は「近寄るな」「汚らわしい」などの言葉だったが、激しい憎悪を抱いていた彼は、「殺すぞ」「死ね」などの、より攻撃的な言葉で追い詰めていった。

 

そろそろ直接的行動に移し、さらに苦しめてやろうと考えていた所で、絶好の機会がやってきた。

 

特進学級生の現世実習。

 

千載一遇のチャンスだった。いかにしてあの少年を苦しめようかを必死に考え、数人の貴族と共に行動に移した。

 

気弱そうな教員を脅迫し、隼人の草履だけを回収した。

そして特進学級生の教室に入りロッカーの鍵を鬼道で壊し、中の教本全てを破壊し、誹謗中傷の落書きをした。

草履も破壊してゴミ箱に捨てたところで、実習に行った彼らが帰ってきたとの報告を受け、教室の様子をこっそり見ることにした。

 

嗤いが止まらなかった。

同期に血相を変えて怒り、もう耐えられないと言って幼児みたいに大声で涙を流す姿が哀れでしかなかった。

 

だが勝ちを確信した彼はその後の学級が団結した様子を見ずに帰ったため、数日後仲良くなったあの学級全体を見て腹が立ち、今度はあの学級全員を貶めるためにこの試験まで研鑽を積んできたのだ。

 

初日は射場達に最初やられて怒りを抑えられなかったが、女子の貴族が復讐を果たしてくれた。

そして今日口囃子隼人と直接対決する。

 

今までの演習の様子を見ていると、鬼道を得意としていると聞く割に、自分より実力があるようには思えなかった。

なのになぜ特進学級に入っているのか余計に理解できず腹が立ったこともあった。

 

だからこそ今日は完膚なきまでに潰す。

 

あの日自分が味わった屈辱をこいつにも味わわせてやる。

 

 

「それでは・・・はじめ!!!!」

 

 

遂に直接対決が幕を開けた。

 



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開戦!

「それでは・・・はじめ!!!!」

 

 

鬼道主任の合図と共に貴族の少年は隼人を簡易的に拘束することにした。

 

 

「縛道の四 這縄(はいなわ)!!」

 

 

彼の手から放たれた黄色い縄状の霊子がうねりながら進んでいき、見事に隼人の腕に絡みついた。

こうなれば決まったも同然だ。全身を縄でぎゅうぎゅうに縛られることとなり、無防備となった隼人は見るからに焦っているように見えた。

 

その隼人の焦りに乗じ、さらなる追い込みをかけることにした。

 

最初の縛道による拘束はあくまでも保険程度であったので、次は破道を使ってより強く相手を動けなくさせることにした。最適な破道は、

 

 

「破道の十二 伏火(ふしび)!!」

 

蜘蛛の巣状に張り巡らせた霊圧から拘束と攻撃を同時に行い、完全に動きを封じる。

これも決まった。

 

 

「ぐぁあああああああああ!!!!!!!!!!!」

 

 

情けない悲鳴を上げている姿が滑稽だった。

だがそれでも彼は油断しなかった。さらに追い詰め、屈服させてやる。

 

霊圧の網に搦められた隼人に、おあつらえの鬼道を打ち込んでやった。

 

 

「破道の十一 綴雷電(つづりらいでん)!!」

 

物質に沿って電撃を放つ鬼道は特にこのタイミングで適している。

さらに、この破道は電流が伝う長さが長いほど威力が増すのだ。

網状の道全てを伝ったあとの電流はひとたまりもない。

 

 

「がっ・・・ぁぁぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!」

 

 

全身に電流が流れ、麻痺しているはずだ。

 

普通なら十分勝ったといえる戦いだが、完膚なきまでに潰すためには最後の仕上げが必要だ。

彼の一番の得意技、完全詠唱の蒼火墜だ。

喰らった相手はひとたまりもないはずだ。何度も岩に当て練習し、何度も岩を打ち抜いてきたのだ。

 

人に向けて当てたことはないが、喰らえば深手を負うのは必定。

無様に倒れ、皆の前で哀れな姿を見せつけ嗤われるのがお似合いだ。

遂に憎い口囃子隼人を打ち倒せると思うと自然と詠唱にも力が入った。

 

 

「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ

真理と節制 罪知らぬ夢の壁に僅かに爪を立てよ!!!!」

 

 

貴族の少年は全身全霊の力をこめて叫び、己の霊力をありったけこめた。

 

 

「破道の三十三 蒼火墜(そうかつい)!!!!!!」

 

 

放たれた蒼火墜は一回生の平均的な実力を余裕で凌ぎ、四回生に匹敵する力で放たれていた。

 

 

隼人のいた場所に巻き起こる爆発。

全身痺れていた状態で当たったため、ダメージは大きいはずだ。

きっと今頃全身煤だらけで倒れ込み、自分に全く歯が立たず泣いているかもしれない。

何て愉快だ。何て面白いのだ。

 

抑えられなくなった嗤いが溢れ出してしまった。

 

 

「ふっふっふ・・・ふははははははははははは!!!!!!!!!!あぁなんて面白いのだ!!六車拳西に拾われた男がこんな情けない姿を晒してるとは!!!!特進学級にいる者が得意分野で格下の院生に歯が立たないとはなぁ!!!!!!それに・・・。」

 

 

貴族の少年はさらに隼人を陥れるための究極の言葉を授けた。

 

 

「六車拳西も見る目が無いものだ。いや、あんな隊長もどきの実力しかない男に拾われた時点で貴様の力もたかが知れたものだと思うがなぁ!!!!!!!ふははははははははは!!!!!!」

 

 

これで隼人の精神は壊れたはずだ。鬼道で隼人の体を完膚なきまでに壊し、自らの罵倒で精神を破壊する。

最高のシナリオを実現させ、無残な人形となった隼人を見届けるつもりでいた。

しかし。

 

 

 

爆心地には()()()()()()

 

 

(何だと・・・!おかしい・・・私の全力でも人を木っ端微塵には出来ないはずだ・・・。)

 

どこだ・・・どこにいる・・・!四方八方を探しても見つからず本気で殺してしまったかと思っていたが、そんなに簡単にはいかなかった。

 

後ろから発射された遠距離からの光線。

彼は寸での所で躱したが、威力、速度共に霊術院生の為せる域を超えていた。

 

 

「やりますね。今の白雷をかわすとは。」

 

 

だがそれ以上に信じられないのが隼人の身なりであった。

 

 

無傷。

 

 

手応えはあった。確実に自分の鬼道でダメージを与えている感覚があった。

演習の何倍も力を込めて全ての鬼道を発動させた。

綿密に計画を立てて己の十八番ともいえる蒼火墜をしっかり当てた。

 

それでも目の前の少年は傷一つ無かったのだ。

 

 

「理解できませんか?僕に傷一つ無いのが。」

 

 

理解などできるものか。

自分が今まで必死に鍛錬してきたものをあしらわれた。

わざと丁寧な言葉で語りかけてくるのがこれまた癪に障る。

 

あの日と同じようにまた自らの誇りを打ち砕いてきた少年に、憎悪を抑えることなど出来なかった。

 

 

「俺の鬼道をあしらっただと・・・!!!!自惚れるな流魂街の貧民の分際で!!!!隊長に取り入って媚を売っていた卑しいネズミが!!!!殺す!!!殺してやる!!!!いやただ殺すだけでは済まさん!!!!醜い死体を六車拳西の家の前に投げ出してあの男を絶望させてやる!!!貴様の信じた男に貴様の哀れで惨めで情けない無様な姿を見せつけてやる!!!!!!

散在する獣の骨!! 尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪 動けば風 止まれば空 槍打つ音色が虚城に満ちる!!!!!!」

 

 

扱ったことすらない六十番台の鬼道を使うが、この際自爆しても構わない。たとえこの少年が死んでも自分は貴族だ。下級であっても自分の血筋を求める者は多数いる。跡取りは自分しかいないので

自分が重症を負っても両親は何としても自分を助けるはずだ。貴族専用の真央施薬院に連れて行ってもらえば助かる。

 

自爆覚悟で全身全霊の力をこめ、技名を叫んだ。

 

 

「破道の六十三!!雷吼炮(らいこうほう)!!!!」

 

 

決まった。初めて繰り出したが制御も完璧。さらに威力、速度も自身の扱う鬼道のなかで最高峰であることが実感できた。

 

今度こそあの少年は死ぬ。院生なら躱せるはずもないし、防ぐことだって出来ないはずだ。

 

だが相手の少年はさらに一枚上手だった。

 

 

「縛道の三十九 円閘扇(えんこうせん)

 

少年の生み出した鬼道の盾は自身を覆う程度の物。

くらべて貴族の少年が繰り出した雷の波動は自身の体格を優に超える物。

見るからに盾は貧弱な物だった。

 

それなのに。

 

盾に己の鬼道が当たった瞬間、自身の鬼道は四散してしまった。

 

こんなにも実力差があるのか。

無理だ。勝てない。

 

今までの自信が揺らぎ始めた瞬間、流魂街の少年の逆襲が始まった。

 

 

 

 

 

 

試験前にしっかり浅打に願掛けをした後、鬼道主任の号令がかかった。

 

「それでは・・・はじめ!!!!」

 

さあ相手はどんな搦め手を仕掛けてくるかと思ったが、相手の行動パターンはよりによって隼人が一番最初に対処法を思いついた造作のないものであった。

 

縛道を使った拘束から、鬼道を組み込んで攻撃する戦術。

それも拘束に使う縛道は一桁の物ばかり。

 

おいおいこれで鬼道得意って噂が流れたのかよと呆れた隼人は、早速相手の目を騙す作戦に移した。

 

 

まずは相手の縛道を全く同じ自分の縛道で相殺する。

大分前に夜一に教えてもらった『反鬼相殺』がこんな形で役に立った。

それも締め付けられているように見せるため、相手の縛道の内側から外に力を放つ形で発動させた。

 

そしてこの手の拘束を好む者が次に繰り出す鬼道は容易に想像がついた。

 

 

「破道の十二 伏火!!」

 

 

テンプレートすぎる鬼道の流れだ。教本にも書いてある。お前は教本通りにしか戦術派生できないのか。

 

そしてこの技の威力も隼人にとっては大したことの無いものであり、さらに自分の縛道『這縄』の外に放つ力で相殺可能なものであった。

 

だからこそ、このまま耐えるのは芸がないと思い、適当に叫んで苦しむ演技をしたのだ。

 

 

「ぐぁあああああああああ!!!!!!!!!!!」

 

 

こうでもしとけば油断するだろと考えたが、見事に相手は引っかかってしまった。

 

その後の綴雷電も想定内で、同じように適当に叫んでやったが、驚いたのは三十番台破道を完全詠唱したにも関わらず、威力があまりにも低いことだった。

 

40年前くらいに初めて隼人が蒼火墜を放ったときの威力よりも低くみえたのだ。

これで鬼道が得意?笑わせてくれる。

こんな実力なら本気を出すまでもないと思い、態勢を立て直すため曲光(きょっこう)で一旦身を隠したが、その後の彼は隼人にとって聞き捨てならない言葉を放った。

 

 

「六車拳西も見る目が無いものだ。いや、あんな隊長もどきの実力しかない男に拾われた時点で貴様の力もたかが知れたものだと思うがなぁ!!!!!!!ふははははははははは!!!!!!」

 

 

前言撤回。もうブチギレてしまった。

この際自分を馬鹿にすることは許すつもりだったが、絶大な信頼を寄せる拳西まで罵倒するとは。

 

許すものか。しばらく使い物にならないくらいの深手を負わせてやる。

 

そして挨拶程度に白雷を放ち、姿を見せただけであいつは何だか凄い憤っていた。

何て言ってるか聞き取れなかったが、死体を家に置き六車拳西を絶望させてやると言っていたのだけ聞き取れた。

 

そこから放った鬼道は六十番台のものだと推察できた。

だが初めて扱ったのだろう。形だけ放ったもので中身は全くなく、ボロボロの鬼道であった。

 

これも縛道で防いた。

 

相手の姿を見ると、口をわなわなと震わせ、愕然とした様子。

万策尽きたかなと思った所で、遂に隼人は攻撃を始めた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「じゃあ今度はこっちから行くよ!縛道の六十一 六杖光牢(りくじょうこうろう)!」

 

 

詠唱破棄で六十番台の縛道の発動。威力も拘束のスピードも平均的な死神の力に匹敵する。

この段階で隼人の実力は院生のレベルを超えていたのだ。

瞬歩を持たない貴族の少年が逃げられるはずもなく、なす術もなく捕まってしまった。

 

 

「まだまだ行くぜ!!!破道の五十四 廃炎(はいえん)!!」

 

 

片手を振り払って放った円盤状の炎は先ほどの縛道よりスピードは遅いものの、その分威力を上げるように調整し、先ほどの縛道すら焼き尽くすほどのものに調整した。

 

縛道にすら対処できない者がこの破道を躱せるはずもなく、あっという間に全身炎に包まれていた。

 

 

「うぁっああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

 

きっとここで普通なら止めるが、さっき相手が止めなかったので自分も止めなかった。

昨日稽古をつけてもらって完成した隼人のとっておきの技をようやく披露することとなった。

 

 

「まずは・・・破道の十二 伏火」

 

 

本来蜘蛛の巣状に網を張り巡らせ、相手を攻撃する破道であるが、今回隼人はそれを()()()()()()

そして先ほどの貴族の少年のように『綴雷電』を網状に放った。

彼と違うのは、綴雷電の威力が痺れをもたらす程度ものではなく、感電死する程度の強烈な威力で放ったことだ。

 

 

「破道の十一 綴雷電!」

 

 

地中に張り巡らせた網を伝った電流が隼人の周囲に流れ、電気の生み出す力で岩など全てが大小の瓦礫となった。

 

 

「もうわかるよね?僕が何する気か。数字数え終わる前に当てたら攻撃止めてあげるよ。」

「がぁっ・・・ぐあぁぁっ・・・・・・。」

「五・・・四・・・三・・・二・・・一・・・。」

闐嵐(てんらん)・・・か・・・・・・?」

 

貴族の少年は炎で焼かれて倒れ込み、ボロボロになった状態で必死に考えたのだろう。そこだけは褒めてやった。

 

 

「その状態で考えられるだけいっか。」

 

 

だが先ほどの言葉を覚えている隼人は相手を徹底的に壊すために容赦しなかった。

 

 

「でもざんねーーーーーーーーん!!!!!!!は・ず・れ・でーーーーーす!!!!!!!お前意外と頭悪りぃんだな!!!というわけで正解はこちら。」

 

 

隼人の頭上に先ほど生み出した無数の瓦礫が渦を巻いて浮き上がっていた。

 

 

「正解は綴雷電と大地転踊(だいちてんよう)の合わせ技!!綴雷電の高圧電流が生み出した磁力を使って瓦礫の中の砂鉄を引き寄せて大地転踊で扱える瓦礫の数を増やしましたーーー!!!って言っても仕組みはよく分かってないんだけどね・・・。」

 

 

昨日四楓院邸に浦原喜助と握菱鉄裁がいると情報を得たので、お願いをし臨時で鬼道の鍛錬に付き添ってもらった。

事情を知った浦原からは、実験のような感じで新たな鬼道を作り上げましょうと提案され、鉄裁の協力の下実験に成功したのがこの鬼道であった。

 

要するにこの技は、握菱鉄裁の鬼道の技術と、浦原喜助の科学力が組み合わさったオリジナル鬼道。

 

 

「覚悟しろよ!!!貴族のクソ野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

「やめろ・・・やめろ・・・!!!うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

 

 

無数の瓦礫による攻撃をボロボロの少年がかわせるはずもなく、大ダメージを与えることができた。

意識だけははっきりと残っているが、もう身体を動かすことは出来ない。

あえてその状態にした隼人は、彼の顔の前でしゃがんで話しかけ、精神を根本から壊すことにした。

これこそ隼人が一番にやりたかった復讐である。

 

 

「あのさぁ・・・。鬼道が得意とか噂で聞いたんだけどさ、三十番台詠唱破棄であれは無いと思うよ。40年前くらいに初めて教えられた時の僕のやつより明らかに完成度低いし。あんなんでよく自慢できるね。貴族失格だよ。」

 

貴族失格。

突きつけられたその言葉に煤だらけでボロボロの少年は怯えていたが、それすらも滑稽に見えた隼人はさらに追い詰めた。

 

 

「あと気付いた?君とほとんど同じパターンで攻撃したの。それも君よりも格上の鬼道を全部詠唱破棄で。まぁ最後は浦原さんと鉄裁さんに教えてもらったんだけどね。」

「また・・・ずるしやがったな・・・貴様・・・・・・!!」

「えっ・・・ずるなの?」

 

 

何を言ってるんだこいつは。

自分の横暴を棚に上げて人のことをずるだと批判するとは。

あまりにも馬鹿で可笑しすぎてもう笑うしかなかった。

 

 

「ふふっ・・・あっははははははは!!!!!へぇーーー今さら僕のことずるいって言うんだ。人の教本壊しといて?ロッカーも壊してたよね?あと草履も捨ててたっけ?他人の教育の妨害をする自分の行動のどこがずるじゃないの?ねぇ教えてよ。どこが?どのへんが?」

 

 

狂気を孕んだ隼人の笑顔に震撼し、何も言えない少年に対し今までとは違い明らかな怒りを込めて糾弾した。

 

 

「言えねぇよなぁ!!!!テメェは権力を武器にしといて対抗するために僕が人脈を武器にしたらずるいってありえねぇだろーが!!!!雑魚のクセにいつもいつも権限使って嫌がらせしてきてよぉ!!!!テメェの方が圧倒的にせこいことしてんじゃねぇか!!!!!あぁ!?」

 

 

怯えて震えている少年に対し、さらに畳みかけた。

 

 

「あとそんな雑魚でクソみてぇな性格してるくせに拳西さん馬鹿にできるとかすげぇわ。なぁもっかい言って見ろよ何だっけ?『あんな隊長もどきの実力しかない男』だったっけか?あぁ!?いいから言ってみろよほら言ってみろよ!!!!・・・・・・結局言えねぇじゃねぇかよバァーーーーーーカ!!!!!!!」

「ひっひぃっ・・・ぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!!!」

 

凄まじいほどの顔芸で怒鳴ったために貴族の少年は全身を震わせて情けなく口をパクパクさせている。

最後の断末魔の叫びの後、恐怖で気を失った少年は失禁し、口から泡を吹いていた。

 

これでしばらくは嫌がらせも収まるだろう。

そして戦っている最中は気付かなかったが、瓦礫を使ったせいで演習場はなかなかに酷い有様だった。

 

こりゃ怒られても仕方がないな・・・。と思ったが、思わぬ人物が拍手をしながら演習場に現れた。

 

「素晴らしい・・・。口囃子君がここまでの実力を持っているとは僕は知らなかったよ。」

「藍染さん!?どうしてここに・・・。」

「今度霊術院で鬼道の臨時講師をすることになって、皆の今の実力を視察しに来たんだ。」

「はぁ・・・。」

 

 

霊術院でも人気の五番隊副隊長が現れたことにより、明らかに場が色めき立っていた。

女子生徒が皆ざわざわと騒ぎ興奮しているが、隼人は個人的に貴族を相当痛めつけたため、まずい瞬間をみられてしまったところだ。

 

(やばい確かこの人も貴族出身じゃなかったっけ・・・?)

 

もう見られてしまった以上どうしようもないので謝ることにした。

 

 

「ごめんなさい!!いくら試験とはいえこんなに貴族を痛めつけて・・・何かまずそうですかね・・・。」

「いや、大丈夫。彼は試験後に蛆虫の巣に入れられるからね。」

「えっ?」

 

 

なぜ蛆虫の巣に入れられなければならないのか。いくら嫌がらせをしたとしてもそれはやりすぎではないかと思ったが、藍染は明確な答えを示した。

 

 

「彼は試験中とはいえ明確に君に殺意を示した。それだけでも十分だがそれに加えて彼の日々の行いは霊術院の間でも悪い評判になっていたんだよ。君に嫌がらせをしていると聞いた六車隊長も何度も怒っていたよ。僕も理解に苦しんだからね。・・・実は貴族の間では醜聞をもたらす子どもは一族にとって恥でしかないんだ。だから蛆虫の巣には貴族出身の者も少なからずいるんだよ。」

「そ・・・そうなんですね・・・。」

 

貴族の世界もまた不思議なものだ。

 

だが、これで陰湿な嫌がらせは収まってくるだろう。

もちろん他の貴族は蛆虫の巣に入るわけではないから嫌がらせと付き合っていかないといけないが、大将がいなくなるだけで大分マシだ。

 

 

直接対決は隼人の完全勝利で終わることになった。

 

 

 

 



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成績!

鬼道の試験後。

 

実力を隠していた隼人は皆からもみくちゃにされつつ賞賛を受けることとなった。

 

 

「すっげぇなお前!六十番台扱えるのかよ!つーか何でそんな実力隠してたんだよ!」

「私あんなに迫力ある戦い初めて見たわ!!しかも藍染副隊長から褒められていたじゃない!羨ましいわぁ~~!」

「いつも本気だしてたら演習場何回も壊しちゃうから抑えてたんだよ。今日だって多分後で先生に怒られるよ・・・。ほら先生来たよ・・・。」

 

 

案の定先生から呼び出されたが、ちょっとした注意程度で済んだ。

それどころか、先生の間では抑えきれなかった問題児を潰したことを感謝された。

いいのかよ真央霊術院・・・。プライド無いのかよ・・・。

 

 

その後の皆の試験も容赦なく貴族達に攻撃し、直接対決は特進学級側の勝利に終わった。

 

試験が終わり数日経ったあたりで夏休みに入り、成績が配られた。

 

特進学級にいるため皆の成績は軒並み高かったが、隼人の鬼道の評価は破格のものだ。

 

 

『真央霊術院鬼道全課程の修了を認める。』

 

 

えっさすがにやりすぎじゃね?と焦ったが、それが院の決めた処置だ。

鬼道衆に入る場合は入隊試験を受けることが出来ると書かれていたが、言うまでもなく隼人は護廷十三隊に入るため、残りは斬拳走の三つに注力できる。

 

 

「何じゃとぉ!!!!!お主は鬼道をもうやらんでもええんか!!」

「まぁそうなるけど一番得意だし練習はするつもりだよ?」

「羨ましいのう・・・。じゃが斬術は相変わらずじゃのう!」

「余計なこと言うな!」

 

 

そうなのだ。たとえ鬼道で高評価を得たとしても、斬拳は到底この学級で見せれるものではない。

平均以下の実力のため、そこには触れてほしくない。

それにもっと危険な事が待ち構えているのだ。

 

(これはまずい・・・明日帰省したらまず真っ先に成績って言われる・・・。こんなの見られたら間違いなく頭ぐりぐりの刑だよ・・・。)

 

試験後から今日までの間たまたま拳西に会い、試験はどうだと聞かれた際、

 

 

「ばっちりです!!期待してて下さい!!」

 

 

と満面の笑みで言ってしまったのだ。

その時は完全に斬拳の二つを忘れていたため、今になってとんでもなく後悔するハメになってしまった。

 

青ざめた顔でどうしようどうしようと教室内で一人必死に苦悩したが、悪戯に時間を無駄にするだけだ。

こんな時はあそこに行こう!

 

そして隼人は授業後に外出届をまた提出し、院の外に出かけた。

 

寮のオバちゃんから「最近外出多いね~夜遊びはダメだよ。火遊びも♡」と言われ何だこのクソババァと言いそうになったがこらえてとある場所へ向かった。

 

八番図書館。

 

瀞霊廷の中では一番図書館に次ぐ蔵書量を誇り、隼人も院に入る前は勉強場所としてよく使っていた。

そして最近は図書館で蔵書整理を任されている女性死神(といっても隼人より小さい)に色々お世話になっていたのだ。

 

 

「こんにちは七緒さん!」

「図書館ではお静かに!教室じゃないんですよ!」

「すみません・・・。」

 

 

伊勢(いせ)七緒(ななお)

彼女も鬼道で優秀な成績を収め、特例で六年かからずに入隊試験を受けることが出来たのだ。

鬼道衆配属希望だったが、八番隊に所属となり最初は戸惑いを隠せなかったものの、今では蔵書整理の仕事をてきぱきこなす『デキる女』となっていた。

 

また、リサのお気に入りの隊員らしく、読書会を毎月初めに開いており、門限まで隼人も参加したことがある。

その縁もあって、それなりに相談するくらいには仲良くなっていた。

 

 

「・・・それで今日は何の用ですか。」

「えーーーっと・・・実は相談に乗ってもらいたくて・・・。」

「また六車隊長絡みですか。」

「・・・・・・はい・・・そうです・・・・・・。」

「何でも私に相談すれば解決すると思ったら大間違いですよ!いっつもどうでもいいことで相談してくるじゃないですか!!」

「今日は真面目です!大真面目ですから!!」

 

 

院に入る前は勉強の相談ならまだしも、今日は拳西が遅くに帰ってくるからご飯何を作ってあげたらいいか、拳西が今度誕生日らしいからお礼に何をしたらいいか、など別に七緒に相談しなくてもいいことばかり相談してくるため、いつもいつも小言を言っていたのだ。

しかしそれでもちゃんと相談に乗るあたり七緒も七緒であるが。

もちろん今回も。

 

 

「それで、一体何があったんですか。」

「実は・・・成績のことでちょっと・・・。」

 

 

と言い、七緒に自分の中間試験の成績を見せると、やはり七緒も鬼道の欄を見て非常に驚いていた。

 

 

「一年目で鬼道の課程修了って・・・!私でも三年はかかってますよ!!十分凄いじゃないですか!」

「いやあの・・・そこじゃなくて・・・・・・。」

 

 

皆やはり鬼道の欄に注目するが、個人的に問題なのは斬拳の方だ。

指をさし評価の芳しくない部分を七緒に見せると、あぁと察した七緒が辛辣な一言を放った。

 

 

「これはどうしようもないですね。六車隊長に正々堂々怒られてきて下さい。」

「酷い!!どうしようもないって!!!酷い!!!」

 

 

正直七緒は人のことをあまり言えるような成績ではないが、そんなことを知らない隼人には隠しておいた。

 

 

「だってこんな成績見せたら確実に頭ぐりぐりの刑執行確定ですよ・・・。」

「でも変にかくしてうじうじしていたら余計に怪しまれますよ。」

「そりゃあ本来隠すつもりはありませんでしたよ。」

「じゃあ何で隠したいのですか!!」

「えーーーっと・・・・・・・・・それは・・・・・・。」

 

 

絶対に七緒に怒られるが、もうこの際ハードルを上げた全ての理由を洗いざらい吐くことにした。

 

 

「試験終わった後にたまたま拳西さんに会って成績自信あるかって言われたんですよ。その時に斬術とかの存在忘れて『ばっちりです!』って言っちゃいました。」

「もう知りません!!六車隊長から大目玉でも食らっていなさい!!」

「そんなぁ~~~!!!助けてくださいよ~~~!!」

 

 

七緒はぷいっと顔を隼人から逸らしもう何も聞いてやるものかと憤っていたが、このまま明日怒られに帰る隼人も哀れに思えてしまった。

相談を拒絶した際にお願いしますよ~~と上目遣いで手を合わせながら(無意識)懇願してくる姿も何回も見てきた。

絆されてたまるかと思うが、年下の霊術院生が困っていて死神の自分を頼っているのだ。

結局、もう何回も言った台詞を(自覚ナシ)また七緒は言う羽目になってしまった。

 

 

「今回だけですよ・・・。」

 

 

やったーーー!と喜ぶ隼人にいっつも負けてしまった・・・と軽く後悔してしまうのだ。

だが相談に乗ってあげた後お礼を言って駆け足で帰っていく姿を見ると少し寂しく感じてしまう自分もいるのだ。

とりあえず本当に今回だけにするつもりで(これもいつもそうだが)相談の続きに乗ってあげた。

 

 

「もうこの際成績は見せます。でもどーーーーすれば拳西さんの怒りを最小限にできるかを一緒に考えてほしいんです。だからお願いします!!」

 

 

やっぱり無理だ。馬鹿馬鹿しい。

結局六車隊長絡みのどうでもいい質問に終始してるではないか!

というか何で他人様の家庭事情に関わることを自分に相談するのか。同期にでも相談してろよ!

 

 

と思いはするが結局親身になっちゃうのがいつもの伊勢七緒であった。

かなり大きなため息を吐きつつ簡単に思いついた解決策を隼人に与えた。

 

 

「はぁーーーー・・・。とりあえず最初に悪い成績を見せるのはどうでしょう。その後に鬼道の評価を見せれば後味よく終わるので最終的に隊長の機嫌をあまり損ねずに済むと思いますよ。・・・まぁ最初はとんでもなく怒られる覚悟をしないといけませんが。」

 

 

最後の言葉は眼鏡をクイッと上げて冷徹に放ったため「ひっ!」と隼人が怯えていたが、一応解決策を伝授はした。これで満足だろう。

 

 

「わかりました・・・。やってみますね!ちゃんと成果教えに行くので楽しみにしていて下さい!」

「別に来なくても・・・。」

 

 

そういう所でまだまだ子どもな隼人に対し、ついつい七緒はお姉さん風を吹かせてしまうのだ。

 

その後はいつもなら帰っていくが、今日は長い休暇用におすすめの本を借りたいと言われたので、七緒おすすめの本を隼人に教えることにした。

色々話をしている内に気付けば日も暮れ、いくつかの本を持ち出してきた所で八番隊隊長・京楽春水が蔵書の確認のために訪れてきた。

 

 

「こんばんは~~。今日もリサちゃんがたくさん本買ってきちゃったらしいから確認に来たけ・・・ど・・・。」

 

 

振り向いた七緒と隼人の雰囲気を見て京楽は察してしまった。(全く違う)

 

(こっこれは・・・いくら隼人クンでもその子に手を出すのはダメだ!!)

 

完璧に誤解してしまった京楽は大人の男になってしまった隼人に対し敵愾心を燃やし始めてしまった。

笠を整え、居ずまいを正してナンパ男からかわいい七緒()を引き裂く父親のように動き始めた。

 

 

「あら。お二人さん夜の図書館で密会?いやらしいことしてるね~~。」

「ちっ違いますよ!!私はただ、相談に乗ってほしいって言われて相談に乗ってその後本を借りたいと言われたので・・・。」

「そうですよ。度々こうやって相談に乗ってもらってます。」

 

 

度々!?度々だと!?!?

 

なるほど、思っていたよりもまずい状況になってしまったようだ。

そして相談に乗ってもらうというやり口も京楽にとってはいけ好かないものだった。

自分が霊術院の頃にやって何度も失敗していたからだ。

もっとも京楽の場合はナンパがちらつく相談内容だったため敬遠されていたのは彼の知らない話であるが。

 

これはいつ七緒ちゃんが隼人に落とされてしまってもおかしくない。

隼人にはご退場願おうと思い少々強引なやり方を始めた。

 

まずは強請る材料探しだ。

一体何を相談していたのか。内容次第では簡単に退場させられるはずだ。

 

 

「それで一体隼人クンは何を相談していたのかな?」

「あ・・・えっと・・・。」

 

 

 

今日一日京楽の目線はどこか敵意のあるものだった。

それは何というか・・・「娘さんを僕に下さい!」と言った男に対する父親のような目であったのだ。

 

何か僕悪いことでもしたのかな・・・と不思議に思いつつ、とりあえず京楽にも相談してみることにした。

 

 

「どうすれば拳西さんの機嫌を損ねずに成績を見せられるかって話なんです。斬術とかからっきしなので・・・。」

「ふ~~~ん・・・。」

 

 

少し思案した後、京楽は思わぬ一言を口にした。

 

 

「七緒ちゃん。ここからは男の話だから・・・ちょっと席を外してくれるかな?」

「えっ・・・あ、はい。」

「リサちゃんが買った本追加で来たみたいだから整理ヨロシクね。」

「わかりました!」

 

 

そんな男の話って何だろう・・・。

七緒さんには思いつかなかった方法か!?ってことはもっと素晴らしいやり方で機嫌を損ねずに・・・!

と希望の光を京楽に見出していたが、彼が口にした言葉は全くもって別角度からのものだった。

 

 

「隼人クン・・・。七緒ちゃんと火遊びは良くないよ・・・。」

「は?」

「あんまり七緒ちゃんと仲良くしてたら彼女誤解するかもしれないよ・・・?隼人クンが自分に好意を持っているのかもって・・・。」

「え?いやそんなことは「普通の人が見たら隼人クンが七緒ちゃんを口説いているようにも見えるかもね。隊内でも噂になってたりして。」

「えっ?」

 

 

いまいち京楽の言うことがよくわからなかったが、ちょっとイラっとした京楽が決めにかかった。

 

 

「ボクさ・・・。明日朝一で九番隊に用があるんだよね。だから六車クンに言っちゃおっかな~~。隼人クンが自分の成績不振に絡めてボクの隊の若い女の子を口説いてるって。」

「はぁっ!?!?!?!?!?」

 

 

いやいやいや口説くつもりなんてないってば!

第一あんな聡明な女性(身長は隼人の方が高い)と院生の子どもが釣り合うわけないし!

あれ?誤解してる!?!?

とようやく自分の置かれた状況を何となく分かり始めたが、京楽は追及の手を決して緩めなかった。

 

 

「死神になるって宣言していたのに女の子にうつつを抜かしているって知ったら六車クン大激怒だよ?」

「!!!!・・・・・・じゃあ・・・・・・どうすれば・・・・・・。」

「早く本借りて院に帰りなさいな。もう門限も近いでしょ。」

「そそそそそうですね~~~ここで失礼させて頂きます・・・・・・。」

 

 

あれ~~~?京楽さんってこんな怖かったっけ~~~!?

とにかく急いで(図書館なので走りはしなかったが)勧められた本を借りて一目散に寮に帰っていった。

 

図書館を出る前に一瞬ミニスカートの死覇装を着た死神に声をかけられた気がしたが、ごめんなさいと思いつつ無視して帰ることにした。

 

とにかく七緒の教えてくれた作戦で乗り切るしかない。

覚悟を決めて一旦寮に帰り、寝ることにした。

 

 

 

「隼人来とったんか。」

「うん。でも七緒ちゃんにつく悪い虫はボクがしっかり払わないとね。」

「悪い虫って・・・。別に隼人が七緒に気あるとは思えへんけど。」

 

 

図書館の様子を見に来たリサが、一目散に出ていった隼人に何かあったのか京楽に尋ねていた。

京楽よりも七緒と関わりが深く、その繋がりで度々隼人にも会っていたリサはきちんと誤解せず二人の関係を見ていたが、京楽の一言のせいでリサも勘違いし始めてしまった。

 

 

「度々相談してるんだって・・・。ボクが呼んで振り返った時の雰囲気がもう完全に付き合う前の男女そのもので・・・・・・。もう時間の問題だよ・・・。」

「なっ・・・・・・何やとォ!!!!信じられへん!!拳西にチクったる!!!!!」

「あっリサちゃん!!!ちょっと待って!!・・・・・・ありゃりゃ・・・・・・。」

 

 

猛ダッシュで駆けていったリサを見て、京楽は少し面白そうによく言う一言をひとりごちた。

 

 

「面倒なことになったねぇ・・・どうも。」

 

 

 

 

 

翌日。

 

拳西も仕事があるため夕方に帰るつもりでいたが、それまでの時間が長く、寮や院内を歩き回ったりして完全に気持ちが落ち着かないでいた。

友達にすれ違う度に適当な理由を付けてあしらったが、やはり緊張は収まらずにいた。

時間よ止まってくれ・・・!でもあれ禁術だからだめだよな・・・いやでも止まってくれ・・・。と必死に考えていたが。

 

もちろん時間が止まることも無く、夕方になってしまった。

 

重い足取りで自宅の前に着いたが、ここまで気が重くなる帰宅は初めてだった。

あぁやっぱ寮に戻ろうかな・・・。でも戻って今日帰ってこなかったら確実に明日拳西さんが連れ戻しに来るよ・・・・・・。でもやっぱ怖いなぁ~~・・・・・・。

 

と数十分考えたが、ついに入る決心をした。

 

 

「ええいままよ!!!!この際誠心誠意謝ればいいんだ!!よし行くぞ!!!」

 

と玄関前で威勢よく声を張り上げたものの、結局怖くなったのでこっそり家に入ることにした。

霊覚で拳西の居場所を探ったが、恐らく茶の間にいるはずだ。

気持ち目線を下に向けて、そろそろと玄関を開けて入り、そろそろと玄関を閉めた。

 

ここまで物音を立てずにいけた。よしこれなら気付かれてない。いける!!!

 

 

 

 

 

 

 

「おう。ようやく帰ってきやがったな。」

(!?!?!?!?!?!?!?!?!?)

 

まさかとは思ったが、やはりそのまさかだった。

ガクガク体を震わせながら後ろを振り返ると目の前に拳西が仁王立ちしていた。

 

あの世のものとは思えない程に凶悪な顔で。

きっと漫画の世界なら『ゴゴゴゴゴゴ』とでも擬音がつくだろう。

まさしく蛇に睨まれた蛙になってしまった。

 

 

「あっ・・・あのぉ・・・どうしてそんなにご機嫌斜めでいらっしゃるんですか?」

「リサから聞いたぜ。八番隊にいる女隊士を口説いてるってなぁ・・・・・・!!」

「ふへぇっ!!!!????何故それを・・・・・・はっ!」

「何故それをだぁ・・・・・・・・・!!テメェ・・・・・・・・・!!!!」

 

 

完全に言葉の選択ミスだ。事実でもないのに口説いたことを事実にしてしまった。

後ろ襟を掴まれて持ち上げられ、もう逃げることも出来ない。

久々にご近所から苦情が来そうなほどの怒鳴り声で拳西は叱りつけた。

 

 

「一体何しに霊術院に行ってやがるんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」

「ひぃーーーーー!!!!!!!!!ごめんなさーーーーーーい!!!!!」

 

 

そしてその後もとにかく色々と怒られ、後ろ襟を引っ張られて茶の間に連行された。

 

もちろん成績だ。

 

こんな状態でさらに怒らせるかもしれないが、とにかく最初は悪い成績から見せることにした。

 

 

「こ・・・こちらからどうぞ・・・・・・。」

「ほう・・・・・・あぁ!?!?!?テメェほとんどギリギリじゃねぇか!!よくこんな成績最初に見せる気になれたな・・・・・・!!!」

「こっちも!!こっちも見て下さい!!!」

「今度こそ大丈夫なんだろうなぁ・・・・・・?」

 

 

もちろん最後は鬼道の成績を見せた。

これでどうよ!!最初の大規模な試験でもう六年間の課程修了だぞ!どうだ参ったか!!

なんて隼人は自慢げに思っていたが、

 

もちろんこの策も拳西には見抜かれていた。

 

 

「おぉこうすれば俺が怒らねぇとでも思ったか。」

「え・・・・・・・嘘だ・・・・・・こんな・・・・・・へ・・・・・・?」

「お前が最初に悪い成績から見せてくるのは予想ついてたんだよ!!こんな狡賢い見せ方しやがって・・・・・・!!もう我慢ならねぇ!!!!!!!!!覚悟しやがれ!!!!!!!!」

「ひぃぃぃぃぃぃ助けてーーーー!!!!!!ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

 

 

いつも以上に力の強い頭ぐりぐりの刑。しかも霊術院に入ってから少し霊圧を込め始めたのだ。

もはや激痛。頭が砕け散りそうだ。

数秒経った時点で耐えられず、今回もちーん、と意識を失ってしまった。

 

 

「ったく!どうしようもねぇな。こりゃまた明日から特訓するしかねぇぞ。浅打使ってやらせるか・・・。」

 

 

秋まで二月弱の夏休み。

今年は遊べず鍛錬で終わりそうです。

 

 

 



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隊長達と新年会!

正月。

 

 

この日は帰省した隼人と共に初詣に行き、帰りに真子、ローズ、ラブと合流して五人で新年会を居酒屋で行うことになっていた。

もちろん隼人はまだお酒が飲めないためお茶で同伴するが。

 

朝から行くと確実に神社は混んでいるため、昼過ぎに初詣に行った。

 

 

「やっぱ空いてますね。僕人混みダメなのでよかったです。」

「だろ?去年朝行くってお前が駄々こねてひでぇ思いしたしな。」

「だっ駄々こねてませんよ!!ただ雰囲気味わってみたかったなって思っただけですし!反省してますよ!」

 

 

去年は酷かったのだ。

毎年拳西が正月くらいゆっくりさせろと言うので初詣は昼頃だったり行かなかったりであったが、去年はせっかくなので初日の出を見たい、朝に初詣行きたい!と隼人が提案したのだ。

 

乗り気でなかった拳西を何とか説得して早起きに成功したが、初詣は非常に混雑しており二人とも疲弊してしまったのだ。

 

その後の予定もままならないぐらい疲れてしまったため、真子達に「辛気臭い顔すなアホ!」と言われたのを思い出した。

 

 

賽銭を入れ、きちんとした規則に則って参拝を行った。

 

 

「拳西さんは何かお願いしたんですか?」

「強くなりてぇって願ったぞ。まぁ実現してみせねぇとな。」

「おぉ~~~かっこいいですねぇ~~~。」

「何だその目は・・・。お前は何か願ったのか?わざわざ浅打にも何か祈ってたよな?」

「はい。」

 

 

神社に対しては生活に関わる願い、そして持ってきた浅打に対しては死神になるためのことに関わる願いをした。

どちらも単純だが、ほぼ毎年同じ願いをしているのだ。

 

 

「このまま毎日楽しくいられますようにっていうのと、もっと強くなれますようにっていうのです。毎年同じですし、何かちょっと矛盾してるような気もしますけどね。」

「いいだろ別に。お前が実現してほしいと考えることを願えばいいんだよ。あんま気にすんな。」

「そうですね。それも毎年言われてる気がします。」

「うるせぇ。」

「それも毎年。へへへへ。」

 

 

いつものように会話した後、おみくじを引いた。

 

2人とも末吉。微妙すぎる。

引いた瞬間無表情になってしまった。

 

 

「・・・・・・普通でいいだろ。変にいいヤツ当たったら浮かれちまうしな。」

「えーでもたまには大吉とか出て欲しいですよー。」

「うるせぇ気にすんな!いいから縛りにいくぞ。」

 

 

有無を言わせない拳西の指示で結局縛りに行った。

まぁ普通がいいか。普通でいることも幸せだもんな。

などと心の中で納得した後、しばらく歩いてから目的地の居酒屋に到着した。

 

すでに他三人は集まっており、早く酒を呑みたくてうずうずしているように見えた。

 

 

「おう遅いぞ拳西。待ちきれなくて飲んぢまおうかと思ってた所だったぜ。」

「ラヴとシンジを止めるのも大変だったんだよ。」

「早よ呑むで~~~!!今日は無礼講や~~~!!!!!」

 

 

五人中四人が隊長だし無礼もクソもないだろと隼人はツッコミそうになったが万一ツッコんだら平子に十倍返しされるのでやめておいた。

 

四人がお酒と一人が冷えたお茶(まだ飲めない)で

 

 

「かんぱ~~~~~い」

 

 

と合図し新年会は始まった。

 

 

「鉄左衛門くんとはどうかい?仲良くしてる?千鉄がいっつも心配してるんだよ・・・。」

「そりゃあもう全然仲良くしてますよ!お世話になってます。」

「よかった~~!」

 

(はぁ・・・。この話もう何回目だろ・・・。)

 

 

ローズに会う度に何故かいつも物凄く心配されてしまうのだ。

あの母親の性格上心配している素振りは全く見せないし、息子のことなど放任で特に考えていないように見えるため、ローズに心配されてるという実感が強いのだ。

 

むしろ射場ちゃんのお母さんが心配しているのはアンタだよ。

 

 

「ローズさんも射場ちゃんのお母さんと上手くやってますか?よく楽器没収されてるって聞きましたが。」

「ギクッ!何でハヤトが知ってるんだい!?」

「射場ちゃんからですよ。お母さんがいっつも怒ってるって言ってますよ。相変わらずですね。」

「ブッハハハハハハ!!副隊長にケツ叩かれてダッセーな!!」

 

 

また事実だが容赦のないラブのツッコミでローズが落ち込んでいた。

そしてそのツッコミをしたラブは久々に会ったが今日も相変わらず髪型がキマっていたため、隼人はその秘訣を今度こそ暴きたくなった。

 

 

「やっぱりラブさんはその髪型どうやって作ってるんですか?浦原さんの協力ですか?」

「オメーまだそれ聞く?もうかれこれ五十年近く聞いてるぞ。」

「だって気になりますよ!そんな派手を凝縮した髪型!ちょっと羨ましいですし。」

「ブッ!!!!!!!」

 

 

ちょっと羨ましいという問題発言で隣にいた拳西が酒を吹き出してしまった。

何故そんな突拍子もない発言をしたのか。真意が気になる。親として。

 

 

「お前・・・あんな髪型が羨ましいのか・・・。」

「えっ!?いやあれ自体がってわけじゃないですよ?僕はどうしても地味な見た目だから・・・。何か性格だけで悪目立ちしてそうで・・・。それで見た目も派手だったら均等でいいかなって思うんですよ。」

「お前はそのままでいいぞ。変に髪型まで目立って余計悪目立ちしちまったら手付けられなくなっちまう。」

「余計って!!!!どういうことですか!!まるで既に悪目立ちしてる見たいな言い草して!!!」

「このまえ室内で鬼道ブッ放して怒られたのはどこのどいつだコラ!!!」

 

 

あっこれは何も反論できないぞ。

素直にすみません・・・・・・。と謝ったが、出来上がりつつある平子に意外なことを言われた。

 

 

「隼坊も親の影響ばっちし受けとるんやな。短気なトコとか拳西そっくりやん。」

 

 

そんな訳ない!!それだけは断じて認めん!!

怒りがヒートアップした隼人は物凄い速度でまくし立て始めた。

 

 

「違いますよ!そんな訳ないじゃないですか!!あれは特別な事情があってやってしまったんですよ!それと拳西さんには今でも色々学ばされることがたくさんありますがね!!短気なところはきちんと反面教師にしてるんですよ!!こういう時には怒っちゃいけないとか院でも色々考えて・・・・・・」

 

「何かいつになくハヤト饒舌だね・・・。」

「おい・・・間違えて隼人に酒飲ませてねぇよな・・・・・・。」

「一応隣で注意して見てるがお茶しか飲ませてねぇぞ。」

「茶で酔うとかもはや才能やんけ・・・・・・・・・。」

 

 

隊長四人がドン引きするレベルでまくし立てていた隼人は、

 

 

「あーーーもう我慢ならん!!おじさんお茶もう一杯!!!!!!」

「はいよーー!!・・・・・・お兄さん達、間違えて酒飲ませてないよね?」

「茶しか飲んでへんで・・・。」

 

 

居酒屋のおじさんすら怪訝に思うぐらい酔って(?)いた。

 

 

まさかずっと気になるラブの髪型の話からこんなに自分が取り乱すとは思っていなかった。

ゼーハーゼーハー疲れた隼人は、今度はヤケ食いを始めてしまった。

 

 

「お茶も来たことですしたくさん食べますからね!今日はたくさん食べますよ!!」

「お前少食のクセに無茶すんな。」

「ホントにお酒飲ませてないよね?」

「こりゃ酒飲めるようになんのもまだまだ先だな・・・・・・。」

 

 

恐らく新年会という雰囲気でテンションが限界突破してしまったのだろう。

そういうところはやっぱり子どもだが、この調子じゃ酒を呑めるようになるのはまだまだ先だ。

院を卒業したら記念にお酒デビューさせようと拳西は思っていたが、計画見直しを検討することにした。

 

 

「あぁほら!この鶏肉の混ぜご飯とか美味しいですよ!!刺身も初めて食べましたが案外いけますねぇ!!」

「わーった。わーーったから!うるせぇから一旦落ち着け!!」

「ぎゃふんっ!!!」

 

 

肩を揺さぶってくる隼人にさすがに我慢ならなかった。

拳西のでこピンでちょっぴり気を失ったあと、正気になった隼人はかなりショックを受けていた。

 

 

「やってしまった・・・・・・・・・取り乱して大変申し訳ございませんでした・・・。」

「メチャクチャオモロいもん見れたからええわ。」

「あぁ・・・・・・何て失態・・・・・・!」

「おい泣くな!余計メンドクセェことになるぞ!」

「・・・・・・意外と泣き上戸なのか?」

「なんだかハヤトも忙しないね。」

 

 

取り乱して落ち込んだ後、危うく号泣しそうになるなど、完全な酔っ払いである。

これを素面でやってのけるから中々の猛者だ。

一応新年会が始まって一時間足らずの出来事であるが、早々に隼人は休ませることにした。

 

小上がりの隅っこで拳西の隊長羽織をかけて寝かしつけた後、他の四人はまた隼人の成長を感じていた。

 

 

「しかしコイツもなかなか成長したなぁー。霊圧とかも入学前よりかなり増えてるぞ。」

「そうだな。お仕置きする時も俺が霊圧こめねぇと足りねぇぐらいだ。」

「しつけに霊圧込めとるんか!!はぁ~~容赦のないやっちゃな~~。」

「いやそれはやり過ぎでしょ拳西・・・。」

 

 

至極真っ当な感想をローズが言ったが、本当に腕白した際のお仕置きは霊圧を込めているのだ。

それでも気を失わず耐える時が稀にあるのがすごいが。

そして彼らの話は隼人の今後についてのことになった。

 

 

「卒業したらどこ入る言うてんねん。場合によっちゃあ隼坊家から追い出すんか。」

九番(俺んトコの)隊っつってたぞ。最初は追い出すつもりだったが今日の体たらく見てると不安になっちまったな・・・。」

「どーせ追い出すつもりないんだろ?白が子離れできてないって馬鹿にしてたぞ。」

「はぁ!?あいつまた余計なことを・・・・・・・・・!!!!」

 

 

全く自覚は無いが、三年ほど経って未だに子離れできてないのだ。

家に帰っても一人だと寂しいため(これも自覚ナシ)、長期休暇や正月に帰ってくることを義務付けたり、この前院に呼ばれた時も自分の仕事そっちのけで院に行き叱りつけた。

 

その他にも何回か様子をこっそり見に行ったが、実際隼人はしっかり自立しているように見えたのだ。

一年目の執拗な嫌がらせも特に拳西が助けを入れずに対処していたし、その後も困ったことがあれば自力で対処するようになっていたのだ。

 

昔何でも己に頼っていた泣き虫の少年とは違う。そんなことは分かっている。

だが未だに今日みたいに同年代の子どもよりも子どもっぽいところがあるので、そういうところを見ると親ながらに不安になってしまうのだ。

 

 

長い付き合いの他三人は親ながら不安になっている拳西の気持ちなど見透かしているので、別に追い出さなくてもいいのでは、むしろ家に居てもらったほうが飲みに連行されないから嬉しいなどと考えていた、

 

 

「ボクは別に追い出さなくていいと思うよ。朽木家とか志波家だって追い出してないし。」

「俺もや。もう何遍も飲みに連れんのも勘弁してほしいわ・・・・・・オマエ酒強すぎるねん・・・。」

「オメーの好きにしろ。時間はまだあるし、まぁ家にいても追い出してもあんま変わらねぇと思うぞ。」

 

「そうだな・・・。まぁある意味コイツ次第だな。」

「んーーーー・・・・・・。」

 

つんつんと頬をつついてやると苦しそうに唸る隼人はやっぱりまだまだ子どもだ。

 

その後夜も更け二次会に誘われたが、地味にずっと寝ていた隼人を連れていくのも疲れるだろうし、明日の女性死神協会の行事もあるので残りの三人で楽しんでもらうことにした。

 

おんぶしながら家まで歩いていると、揺さぶられた隼人が目を覚ました。

 

 

「・・・・・・何か僕完全に酔っ払いですね。酒一切飲んでないのに。」

「凄かったぞお前。酒飲んでもあんな悪酔いするやつ俺の周りに誰もいねぇな。」

「こんなんじゃ一生飲めませんね・・・。」

 

 

へへへへと諦めの混じった苦笑をこぼした隼人は、「あ。」と言った後不思議とあることを思い出した。

 

 

「僕が拳西さんと初めて会った時みたいですね。こうやって背負ってもらって。」

「あぁ?そうだったか?覚えてねぇ。お前がびーびー泣いてたのしか覚えてねぇなぁ。」

「いやそれ覚えてたら背負って歩いたのも覚えていてくださいよ・・・。あの日はたしか昼間でしたかね。今は夜ですけど。でも今日は星綺麗ですね。」

「おぉ確かにそうだな。」

「・・・・・・・・・もうちょっと感動しないんですか?」

「んなモン俺に求めんなバカ。」

 

 

そうやっていつも通りの会話が出来るくらいには回復していた。

最初に拾われた日に比べると身長、体重両方とも健康的に増え、浅打も拳西に持ってもらっていたがそれでも余裕で拳西は背負っていた。

やっぱ凄い力持ちだなとぼんやり考え、降りるのも面倒なので感謝の気持ちを述べこのまま乗せてもらおうとした。最後は悪口になってしまったが。

 

 

「凄いですね。僕を背負って僕の浅打まで持って・・・。ありがとうございます。筋肉お化けですよ。」

「うるせぇ。お前も鍛えたらこうなれるぞ。あと俺もお前も現世から見たらお化けだぜ?つーか歩けるなら降りろよ。」

「さすがにそこまではちょっと・・・。降りるの面倒なのでこのまま家まで帰してくださいよ。」

「俺の負担一切考えねぇんだな・・・。」

 

 

正月くらい我儘言わせてくれ。もう我儘言う機会も少ないんだし。

そして何だかんだ我儘に付き合ってくれるのが拳西なのも分かっていた。

家までの間、冬の夜空を見ながら背負われて帰るのは、何だか貴重でとても嬉しかった。

 

 

「明日っていつから行けばいいんでしたっけ?」

「明日は早えーぞ。餅つきの準備があるから早く来てくれって卯ノ花さんに言われたからな。」

「へー楽しみですね。」

 

 

実際は隼人を呼ぶために拳西を参加させたが、そこまでの事情を詳しく知らない隼人は、あぁ拳西は餅つき用員で呼ばれたなと悟ったが、友達数人連れるので是非とも頑張ってほしいものである。

 

 

明日の行事を楽しみにしつつ、今日はすぐに寝ることにした。

 



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女性死神協会と新年会!

前日の宴会では酒を飲んでいないにもかかわらず失態を犯したが、翌日の行事には寝坊せずに済んだ。

 

女性死神協会新年会。

 

一日を使って正月遊びの他、餅つき大会を行う行事だ。

今年は瀞霊廷通信にこの行事の様子を載せるため、白哉の反対はあったが強引に押し切り、いつもより豪華に、朽木邸を貸し切って行われることとなった。

 

餅つきの準備をするから早めに来いと卯ノ花に言われたが、九番隊隊士の協力もあり最初の準備はほとんど何もせずに終わった。

 

 

「では餅つきをする際に頑張ってもらいましょう。六車隊長は力持ちですしきっと美味しい餅が出来ると思いますよ。期待してますね。」

「拳西がお餅つくの~~~!?筋肉ゴリラだから道具壊さないでよね!!」

「あぁ!?!?!?だったらテメェ出来んのか!?!?」

 

 

この喧嘩もいつもの光景だが、隼人が連れてきた友達数人は完全に圧倒されていた。

 

 

「おい・・・九南副隊長っていつもこんな感じなのか?」

「そうだよ?だいたい喧嘩してる。」

「副隊長って隊長に従うモンじゃないのかよ・・・。」

 

 

こんな調子じゃ今日も凝り固まった既成概念崩されるだけでコイツら疲れそうだな・・・と相変わらずの彼らにため息をこぼした。

そして珍しい客人に対し強い反応を示したのは、やはり夜一であった。

 

 

「何じゃ此奴らは。隼坊の友人か。」

「はい。みんな夜一さんのことは知ってますよ。」

「儂を知らぬと言う奴はとっておきの仕置が必要じゃったがこれなら大丈夫じゃ。・・・・・・ふむふむ・・・ほうほう・・・・・・。」

 

 

夜一は興味深そうに男子生徒を近距離で舐めまわすように見ていた。

もちろん美人で巨乳の夜一にじっくりと見られている隼人の友達は顔を赤くして目を逸らし少々興奮気味だ。

年頃の男の子の自分に対する反応を見て楽しんでいるのだ。

ときどきおっぱいが当たった時なんかはひょえ!!と情けない声を上げている。

 

 

「儂に見られて恥ずかしいか?照れておるのう・・・。」

「めっ滅相もございません!!!!」

「顔を真っ赤にしおって!!かわいいのう!!」

「なっ・・・・・・!!!!!!!」

 

 

今回もしっかりとお付きの砕蜂が目を光らせており、院生にすら歯を食いしばって睨みつけ、もろに嫉妬の怒りをぶつけていた。

「夜一様!あちらで休んでいて下さい!」と夜一を座らせた後に、院生の少年たちがちびりそうになるくらいの剣幕で何かを言っていたが、隼人は聞かないことにした。

 

 

 

最初は凧揚げをすることになった。

 

何となく高く上げられたらいいかなーと適当に考えたが、女性死神協会の方々は何故か闘志を燃やしていた。

 

 

「ウチが一番高く揚げるで・・・!!誰にも負けへん!!」

「アンタみたいなチビが高く揚がる訳ないやろ。黙ってアタシのが上にあるのを見とき!!」

「なっ何やとォ!!!!」

「白も参加する~~!!勝った人がおはぎ食べ放題にしよ~~!!!!」

「そんなん得すんのアンタ(お前)だけやろーがい!!!」

 

 

副隊長三人が紅葉狩りの昼食みたいに相変わらず戦いの火蓋を切ろうとしており、危険な香りがしている中、夜一は自分の凧を白哉に揚げさせようとしていた。

 

 

「白哉坊が高く揚げてくれたら儂も仕事を頑張れそうなのじゃが・・・。」

「なぜ貴様のために朽木家跡取りの私が無償で働かねばならぬのだ!!場所も貸してやっているのだぞ!!そこまで頼むか貴様は!!」

 

 

自由過ぎるだろ・・・。ただでさえ場所の件で相当揉めていたはずなのに、ここまで頼む図太い精神はなかなかのものだ。

 

ちなみに隼人は拳西からもらった『九』の字が書かれただけの凧をもらって友達と一緒に揚げることになった。周りの女性死神が凝った模様などの中、ローズっぽく言うならシンプルイズベストである。

 

 

「それでは、始めましょうか。」

 

 

卯ノ花の号令で皆凧揚げを始めた。

ひよ里たちとは距離をとったので争いに巻き込まれることはないだろう。

 

そよ風が吹いていたため、まあまあの高さまで揚がり、目標達成である。

他の者たちの凧も同じように揚がり、綺麗な眺めとなった。

 

 

「おいリサ!ずるしやがったな!喜助自慢の凧より高いトコにおるってどういうこっちゃねん!!」

「アホ!知るか!ひよ里がチビなだけやろ!!」

「ええ加減にせぇよゴルァァァ!!!!!」

 

 

うるさい声は眺望の邪魔だが、自分に被害がこないだけマシである。

拳西も上手く写真を撮れたため、凧揚げ大会は何の問題もなく終わった。

 

 

「それでは次は餅つき大会を行います。六車隊長が本気でついてくださるので皆さん楽しみにしていて下さいね。」

 

 

やっぱり拳西は餅つき用員だった。

そしてついた餅を整えるのは笠城だった。なぜか女装をしている。無駄に綺麗な柄の和服を着させられていた。

最高に似合ってない女装をさせられて衛島や藤堂に笑われているが、見られない東仙が気の毒である。相当面白いのに。

 

 

「隊長!準備整いました!」

「おし!やるぞ!ふん!」

「はい!って熱ちぃーーー!!!!」

 

 

いや練習しとけよ!!!

どうやら餅の熱さを侮っていた笠城は手を火傷してしまったようだ。

ワハハハハと九番隊隊士や女性死神は笑っていたが、子ども達はやるなら練習しろよ・・・と呆れ気味であった。

 

結局衛島が整える役をやることとなり、出オチの笠城は女装姿だけ写真で撮っておくことにした。

 

 

餅は非常に美味しかった。

やはり拳西自慢の筋肉をフル活用してつかれた餅はしっかり伸びるだけでなく弾力もあるなど、餅のいいとこ尽くしを詰め込んだものだった。

 

 

「すげー!俺こんなうめぇ餅初めて食べたぞ!」

「醤油でもきな粉でも合うぞ!いくらでも食えるな!!」

 

 

隼人の友達にも好評だったため、餅はかなり上手くいったようだ。

リサなど一部の女性死神は太ると言って遠慮していたが、最初文句を垂れていた白も結局美味しそうに食べていた。というかおそらく一番食べていた。

 

ちなみに一番の功労者の拳西はまだまだ体力的に余裕があるらしく、余った材料分も九番隊隊士の協力もあり全てついてしまったらしい。

うぉりゃあああ!!!と雄叫びを上げながら餅つきしている様子をキモいと副隊長三人に言われていたのは内緒にしといた。

 

皆餅を食べ腹を膨らませた後は、かるた大会をすることになっていた。

九番隊特製のかるたを使った大会であり、ある意味本日の目玉イベントである。

 

 

「このかるた大会で札を多く取った方から自由に景品を一つずつ選べますよ。皆さん頑張って下さいね。」

 

 

所詮お遊びの景品かと言われたらそうではなく、金券や高級化粧品など結構ガチな商品ばかりである。

 

ちなみに女性死神協会の景品のため、景品ラインナップのせいで今日来た男連中は金券以外に選択の余地は無く、もちろん金券は一番人気なため最も多く札を取らないといけない地獄であった。

 

ひよ里あたりは八百長でもしそうなくらいこの戦いに賭けていそうだ。

あまりにも男には条件の悪い戦いなので隼人の友達含め全員商品は辞退し、気楽にカルタをやることにした。景品の費用を捻出された白哉を除いて。

 

読み手は拳西と卯ノ花が交代で務めるそうだ。

 

 

「では始めますね。」

 

 

静寂。

皆が卯ノ花の放つ最初の言葉に集中し、異様な程静かな闘志の溢れる空間となっていた。

 

 

「迎春や 長生き祈る 総隊長」

「はいっ!!!!」

 

 

副隊長軍団と白哉が集中していたにもかかわらず、札を取ったのは七緒だった。

 

 

「すごーい七緒さん!!メチャクチャカッコよかったですよ!」

「いえ・・・近くにあっただけなので・・・・・・これぐらい取れて同然ですよ。」

 

 

最後の一言は副隊長らに向けて放ったものだ。

あの女・・・侮れんな・・・。

後輩として可愛がっとったが今日は容赦せんで・・・・・・!

 

地味に金券を欲しいと思っていた七緒も戦いの渦に自ら入ることとなり、さらに砕蜂も夜一のために負けられないと奮起し女数人と白哉の仁義なき戦いが繰り広げられた。

 

 

「次いくぞ。  凧揚げに 便利な道具 サングラス」

「見つけた!はーーい!!よっしゃーー取れ・・・・・・た・・・。」

 

 

近くにあったため隼人が札を取れたが、仁義なき戦いを繰り広げている者達から身の毛もよだつような視線を向けられてしまった。

気楽に楽しもうと思ったのに・・・。

 

 

「すっすみませんでした・・・・・・。」

 

 

友達からくすくす笑われたが、楽しんじゃ悪いのかよとちょっぴり不満に隼人は思った。

 

 

「それでは次いきますね。」

 

 

注意しないんかい!!

 

 

逆撫(さかなで)で 羽根つき逆転 大勝利」

「はーーい!!」

「あぁっ白!!!ウチの札取りやがったな!!!ずっと目付けとったんやでコラ!!!」

「知らないよ~?ひよ里んがぼ~っとしてたのが悪いんでしょ~。」

「このクソ~~~~~!!!!!!」

 

 

乱闘騒ぎに発展しそうだったのでさすがに拳西が止めることにした。自隊の副隊長が喧嘩しそうになってたのもあるが。

 

 

「喧嘩すんなバカ!次いくぞ。

 飾るほど 美しきかな 君と正月」

「はいっ!!」

 

 

ローズが渾身の決めポーズをしていたこの札を取ったのもまた七緒だった。

今回は遠くにあったものに目をつけていたのか物凄いスピードで動いて取りに行っていた。

 

 

「うえーーー!七緒さん速いですねーー!」

「目を付けていた札だったので・・・。」

「次いきましょうか。

 お正月 洋食一旦 お休みだ」

 

 

雀部副隊長ががっくりしている札だが、どこを探しても見つからない。

どこだ・・・どこだ・・・!と探していると、まさかの人物が札を持ち出していた。

 

 

「何じゃ全然見つからんのう・・・・・・・・・・・・あ。」

「夜一様!何故勝手に札を一枚持ち出しているのですか!!」

 

 

かるたには参加せずソファのようなものに座って見ていたが、適当に持ち出してつまんで見ていた札がたまたま拳西が読んだものだったのだ。

相変わらずの奔放っぷりである。

 

悪びれもせずにいたため砕蜂から怒られていたが、ちゃっかりその札を砕蜂が回収したため彼女も彼女である。

 

 

「おらっ。次いくぞ。

 ・・・餅つきは 自慢の筋肉 大活躍」

 

 

自分の札を恥ずかしそうに読んでいる姿に笑いそうになったが、一方でかるたの札は取り合いとなっていた。

七緒とリサの八番隊コンビである。

 

 

「七緒!!こればっかりは譲れん!!アタシに譲っとき!!まだアタシ一つも取れてないんや!!!明日読書会でええ本渡すから!!!」

「わっ私も譲れません!金券でたくさん欲しい本を買いたいんです!矢胴丸副隊長でもこれは渡せません!」

 

 

自分の札で後輩二人が札を取り合いバトルを繰り広げているのを恥ずかしさと呆れの混じった顔で見ていた拳西が止めに入ったことで何とか事なき事を得た。

結局環でコイントスを行い、七緒が札を手に入れたことで争いは終わった。

 

 

「それでは次いきますね。

 新年会 おせちの食べ過ぎ 要注意」

「は~~~い!!やった!白の札~~~!!」

 

 

食べ過ぎで腹を膨らませ横になっているみっともない自分の姿の札だが、何故か白は喜んでいた。

この札で食べ過ぎを自覚してほしいという九番隊一同の願いは届かなかった。

すでにお餅を食べ過ぎていたが。

 

 

「次いくぞ。

 年賀状 夜一の足で すぐ届く」

「よっ夜一様!!!すぐに私が「あっ近くにあった!はーい!」

「いやあああああああああ!!!!!!!!!!!!」

 

 

また近くにあったため隼人が取ったが、札が札だ、取った瞬間に砕蜂は狂気の叫びをあげた後、完全に戦意喪失してしまった。唯一の絶対取りたかった札を取れなかったからだろう。奪いに行かなかっただけマシだ。

渦中の思われている夜一は「砕蜂も情けないのう。」とまた適当に札をつまんで見ていた。

 

砕蜂、戦意喪失のため一時退席。

 

 

「次いきましょうか。

 福笑い 朽木家当主も 大笑い」

「はいっ!」「とうっ!!」

 

 

今度は白哉が目を付けていた札だったが、今まで参加していなかった夜一が何故か緊急参戦してきた。

札には二人の手が重なっており、両者互いに譲るつもりはない。

 

 

「何故貴様が急に参戦する!貴様はただ座って見ていればいいのだ!」

「白哉坊が悔しがる姿を見とう思うてのう。ずっと目をつけておったわ!ふはははは!!」

「貴様!!許さ・・・なっ!!!」

 

 

いつものように熱くなってしまった白哉が手の力を緩めてしまった途端、夜一に奪われてしまった。

 

 

「朽木白哉!敗れたり!!!!!」

「許さん!!!今日という今日は決して許さん!!!!」

 

場外乱闘が始まってしまったため、誰も止める気にはなれなかった。

 

朽木白哉、場外乱闘のため退席。

 

 

その後も熱い戦いが続いた結果、最終勝者はやはり七緒だった。

 

 

「ウチの金券が~~!!!あぁ~~・・・高級お菓子買うつもりやったのに・・・。」

「いいな~~。白もたくさんお菓子食べたかったよ~~。ナナちゃんおめでとう!!」

「あっありがとうございます・・・。」

 

 

先輩のリサは心底悔しそうにしていたが、一応七緒の健闘を讃えていた。

年上にもかかわらず不満タラタラよりはマシである。

 

 

「七緒もアタシに負けんと強うなってきたな。金券で買った本アタシも読んでもええか?」

「はい!!一緒に読んでくれるなんて光栄です!」

 

「それではかるた大会、そして女性死神協会新年会はこれにて終了です。協力してくれた朽木家の皆さんと九番隊の皆さんはありがとうございました。皆さん楽しめていたようで何よりです。」

 

 

かるた大会でちょっと不満はあったが、今日一日は前の紅葉狩り同様楽しく終わらせられた。

隼人の連れた友達も皆色々面白がっていたし、嫌々来ていた拳西も餅つきは筋トレ目的で楽しんでいた。

 

昨日含め久々に多くの隊長副隊長たちに会えたこともあり、以前の懐かしい感覚が戻ってきたようで嬉しかった。

 

友達と別れた後、帰り道で隼人はニコニコしつつ感傷に浸っていた。

 

 

「皆さんに会えて今日はとても楽しかったですよ。拳西さんも餅つき楽しんでましたよね。」

「うるせぇ。腕とか鍛えるためにやってただけだ。」

「そうなんですか?その割に雄叫びあげてやってたじゃないですか。僕ちょっと引きました。」

「余計なコトをいちいちしつこくほざく口はどの口だ・・・!!!!」

「いひゃい!!!いひゃいれす!!」

 

また頬を左右に思いっきり引っ張られ激痛が走ったが、餅が美味しかったことを伝えるとまんざらでもなさそうな顔をしていた。

やっぱり楽しんでんじゃん。

 

 

「来年も餅つきやって下さい。別に女性死神協会の行事とか関係ナシで。あれは毎年食べたいです。」

「そうか?じゃあまた笠城に女装させっか。」

「あれ瀞霊廷通信に載せて下さいよ。僕が撮った渾身の一枚なので。」

「東仙と衛島次第だな。でも多分載せるだろ。」

 

 

一月後。

 

 

瀞霊廷通信最新号の表紙は笠城の女装姿になったという。

 

 

 

 



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人気者は大変だ!

真央霊術院五回生になり一月が過ぎた頃。

 

午前中に初夏のみずみずしい空気が窓を開けた院内に流れ込む中、隼人は鬼道の演習場で藍染とのマンツーマンレッスンを終わらせたところだった。

 

 

「いいね。大した腕前だよ。八十番台の鬼道も改善の余地はあるけれど大分形になってきている。是非とも僕達の隊に来てほしいね。平子隊長も歓迎するはずだよ。」

「えーでも五番隊って一番隊に次いで優秀な人材の集まる隊じゃないですか。僕鬼道だけなのであそこではやっていけませんよ・・・。」

「それはたまたまだと思うけど・・・。」

 

 

藍染がちょっと残念そうな顔をしたが、平子の隊に入るのは正直まっぴらごめんだ。

あのうるさい隊長とその腰巾着の十二番隊副隊長のやりとりはたまーーに見るのが丁度いいのだ。

拳西と白の喧嘩とはベクトルの違ううるささなのだ。

毎日見るのはさすがに我慢ならない。うるさすぎる。

 

藍染はまともなので大丈夫だが、隼人からしたらあの隊長についていってるあたりで相当変わり者だ。

むしろ何故五番隊で副隊長をやっているのか知りたくなった。

 

 

「そういえば何で藍染さんは五番隊に入ったんですか?」

「僕がかい?それは・・・。」

 

一瞬何かを考えたように見えたが、その後何の素振りも見せず模範解答を隼人に示した。

 

 

「平子隊長がとても信頼できる人だなって思ったからだよ。」

「結局そういう感じですか。でもいいなぁー。僕拳西さんしかそういう心から信頼できる人っていうのがいないんですよ。京楽さんとかは何かちょっと違う感じの信頼ですし・・・。」

「一人でもそういう人がいるなら十分だと思うよ。気が向いたらぜひ僕の隊も考えておいてね。」

 

 

ちょっぴり押しの強さを感じたが、やっぱり五番隊は厳しいかな、すみません!と隼人は藍染の誘いを心の中で断ることにした。

 

そして今日は浦原が院生に対する実験目的で来ると聞いていたので、藍染が自隊の仕事に戻った後で手伝うことにしたが、今回もなかなかに酷い有様だった。

 

 

「あぁはいはいはい!!!色々機材あるんで通してほしいっスねぇ~~。皆サンそんなにボクが見たいんですか~~!?」

「キャーー♡♡私一瞬浦原隊長と目合っちゃった♡」

「私一瞬手触れちゃったわぁ♡♡もうめっちゃカッコいいじゃん!!!」

「たまんないよね男の色気♡♡♡アタシ昨日夢で・・・・・・・・・/////いやぁーーーん♡♡♡」

「ちょっとなにそれずるいわよ!!いいなぁ夢に浦原隊長出るの・・・。」

 

 

数多くの女子生徒が出待ちをするほどの人気っぷりであった。

 

なぜこうなったのかというと、事の発端は隼人が二回生になった年にあった。

 

当初は無精髭を生やし入学式で総隊長の式辞の最中に寝てしまうなど、だらしない隊長と思われ女子から見向きもされなかったが、二年目に院生のカリキュラム再構築のための実験を行うために来院した際に事件は起きた。

 

とある六回生の女子生徒が教室移動で急ぎ走っている時、たまたま階段で滑って転びそうになったのだ。

「きゃっ!」と言っても別に踏ん張れるわけでもなくそのまま後ろに転び大怪我しそうになったが、たまたますれ違った浦原がお姫様抱っこをして助けてくれたのだ。

 

 

『危なかったっスよ~。お怪我はありませんか?』

『あっ・・・ありがとうございます!わざわざすみません・・・。』

『それじゃあ・・・。』

 

 

と言って去り際に、今となっては余計な一言を耳元で女子生徒に囁いてしまった。

 

 

『お気をつけて。お転婆なお嬢さん。』

 

 

こんなことを囁かれて思春期の女の子が落ちない訳がないのだ。

瞬く間に王子様の噂は広まり、浦原喜助の株急上昇である。

 

さらにファンを広めることになったのは、隼人が三回生の時に講演で来た時だった。

 

浦原自身が堅苦しいのをあまり好まないため、楽しい講演にしようと思い双方向の講演形式をとったのだ。

意識の高い院生から数多くの質問をされ全てに完璧な答えを示す浦原の姿に多くの女子生徒が惚れていく中、元々ファンだった女子が極めつけの質問をしてしまった。

 

 

『あの・・・どういった女性が好きですか!?あとどんな恋愛がしたいかとか教えてください!!』

『え~~!!これはなかなか攻めた質問っスね~~。答えないとダメっスか?何でも答えるって言いましたしダメっスよね~~・・・。』

 

 

逡巡した浦原はこれもまた今となっては完全に後悔しているが、面白がって焚きつける答え方をしてしまった。

 

 

『ボクの好きな女性のタイプは秘密っスけど・・・・・・昔はボクも火遊びをして・・・色んな美しい女性に・・・・・・あんなことやこんなことをさせたっスね・・・・・・。皆サンとても悦んでいましたよ・・・・・・。』

 

 

いくら何でも含みを持たせ過ぎたのだ。

思春期には刺激の強すぎる内容に想像力の豊かな女子生徒は皆興奮して堕とされてしまった。

そして有志によって真央霊術院浦原喜助ファンクラブが創られたのだ。

 

このムンムン漂う色気と決して私生活を明かさないミステリアスさが浦原を一躍人気にした要因であり、隼人が一回生の頃と比べると、実験参加の希望者は百倍程度まで跳ね上がったのだ。(主に女子)

 

 

そして彼女達は浦原とある程度の信頼関係を築いている隼人に対し激しい嫉妬心を抱いていた。

 

浦原と知り合ったのは50年程前なのでこれに関しては全くもって隼人は自分が悪くないと思っている。それ故普通に話しかけに行くが、それがさらに彼女たちにとってはいけ好かないらしい。

 

貴族みたいに嫌がらせをしてくることはないものの、院内で浦原と話しているのを見られた場合、必ず厳重注意を下されるのだ。

面倒なので反論はしないが、正直ファンクラブの女子相手は疲れる。

 

なので、浦原とお喋りする時は必ず実験場でもある大講堂を浦原が()()()()()()()()()()()()、そこで実験の準備をする浦原と世間話をしていた。

 

 

「大変ですね浦原さんも。いくら何でも追っかけ多すぎですよ。」

「いやー思春期の女の子に対する心理学的実験をしたつもりでしたが・・・少々効果が強すぎたっスね・・・。」

「あれも実験だったんですか・・・。今日は何の実験やるんですか?」

 

 

いつも傍から見るとよくわからないことをやっているが、今日はかなり単純明快なものであった。

 

 

「真央霊術院の演習で必ず使う赤火砲を誰でも使えるようにするために教本の内容を改訂しようと思っているんスよ。鬼道の苦手な子はあれ使えないだけで院の授業が辛くなりますからね。」

「へぇー。じゃあ得意な人をたくさん集めた感じですか?」

「いいえ。その逆っス。二回生以上の各学年各学級で最も鬼道の成績が低い生徒を集めて一回赤火砲を打ってもらうんスよ。それで鬼道の得意な口囃子サンに簡単なコツでいいんで助言してもらって、どうすれば打てるようになるのか、その過程を研究します。六回生にはボクが助言しますよ。」

「はぁ・・・そんな上手くいくんですかね?」

「いかないからこうしてたくさん実験するんスよ。今日もよろしくお願いしますね。」

 

 

今日も、というのはマユリを連れて来られるのが嫌な隼人が実験の手伝いを申し出たため、毎回浦原の右腕として働いているからだ。

時々意図的に面倒な仕事を押し付けられるが、機械音痴だった隼人もひよ里には負けるが大分扱えるようになったのだ。

マユリが来てしつこい解剖の誘いを受けるぐらいなら浦原の右腕になったほうが何倍も楽だし。

 

ちなみにこのポジションにいる理由を知らないファンクラブの生徒からは何度も厳重注意を食らった。代われ代われと何度も言われるが、それでもポジションを代わるつもりはないし、浦原も認めないはずだ、と信じている。

 

 

「あっもし女の子から何か色々言われたらこれ使って下さい。」

「これは・・・浦原さんの写真ですか?そんな自分を切り売りする必要ないですよ。」

「そんなつもりないっスよ。」

 

 

浦原曰く、何の変哲もない笑顔の写真だが、包装フィルムから取り出し空気に触れると約十秒後には印刷が消え、ただの白い紙になるという。

 

明らかに現世の科学力を超えた代物だが、そんなものを他人をあしらうために生み出す浦原の頭脳が末恐ろしい。

 

 

「これ確実に売れますよ。すんごい値段で。商売しないんですか?」

「残念ですがこれも実験の一環っス。量産するにはまだまだ大変っスよ。」

 

 

これも実験かよ!というか毎日あらゆる事を実験にしていてよく飽きないな。

などと、研究熱心な浦原に尊敬と少々の気持ち悪さを感じざるをえなかった。

 

 

 

二時間目を使って実験が始まった。

 

 

「それでは始めまーーーす。榊サーーーーーン。二回生の榊サーーーーーン。」

 

 

いつも何故か四番隊の診察で呼ばれる呼び方なのが気になるが、直すつもりもなさそうなのでほっといた。

 

男子生徒だ。どうやら初めて隊長と直に接するからか、かなり緊張している様子だ。

よーしここは自分の出番!と思い意気揚々と緊張をほぐしにいったが。

 

 

「榊くんだよね?これは演習じゃなくて評価には関係ないから気にせず鬼道を打っていいんだよ?浦原さんも怖くないから大丈夫!!」

「いや・・・あの・・・。」

 

 

何だ緊張すると言うのも緊張する程か?と適当に考えていたら、

 

 

「口囃子さんみたいな凄い鬼道の上手な方に見られるのが・・・僕は本当に下手なので・・・。」

 

 

あれれ~~~~~!!!自分に緊張してたんかい!!!!

っていうかいつの間にそんな学内で噂になってたんだよ!?怖っ!!!

こりゃダメだと思い、早々に浦原に助け舟を出してもらった。

 

 

「ダメです。やっぱり浦原さんお願いします。」

「しょーがないっスね~~~報酬減額っスよ~~。」

「今まで一度も報酬貰ってないんですけど・・・。」

 

 

浦原のアドバイスを基に彼は赤火砲を普通に打てるようになった。

 

その次は女子生徒だったが、困ったことにファンクラブの女の子だった。

 

 

「浦原隊長をご指名します!!」

「ご指名って・・・。花街の飲み屋じゃないんだから。それにさっきの子は特例だよ。」

「何でですか!!私も浦原隊長に手取り足取り教えてもらって・・・・・・////」

「妄想はご勝手に。これ以上うるさくしたら出て行ってもらうよ。浦原さんと一緒の空間にいたくないの?」

「うっ・・・それは・・・。」

 

 

結局妄想にとりつかれている者には一緒の空間にいられなくなるとでも言えばいいのだ。

ちなみにこれは二番隊副隊長・大前田希ノ進が砕蜂を諫める際に使うテクと全く同じである。

 

もちろんこの子もなかなかに酷い腕前だったが、適当に助言したらすぐに出来るようになった。

お役御免。さようなら。

 

 

てな感じでまぁどうにかなるかなと思ったが、よりによって六回生の最後の子がファンクラブの現ボスだった。

 

名前までは隼人も浦原も知らなかったので、こうなってしまった以上対処するしかない。

浦原さん頑張って。

 

 

「あの!浦原隊長!!私どうしても上手くできなくて・・・・・・構え方とかも教えて頂けると嬉しいのですが・・・・・・。」

「そうですね・・・。しっかり足を開いて手を前にかざせばいいですよ。」

「口で言われてもわからないですよ~~。どうすればいいんですか?」

 

 

浦原からのボディタッチ待ちである。

あざとさ全開。よくそんなプライド捨てた行為できるな。

しかしやはり浦原の方が一枚上手である。

 

 

「じゃあ今からやるボクと同じ構え方をしてください。よーく見て下さいよ。」

 

 

決して一定距離よりも近くへ行かず、あくまで紳士に振る舞う。

女子生徒の打算的な策を見抜いた上で、変に好感度を落とすことの無いやり方をして何とか凌ぎ切った。

彼女の舌打ちが滑稽で面白い。

 

だが、構え方を見せたついでに赤火砲を実際に打つサービスショットを見せた。

これはまずいんじゃと隼人は焦ったが、彼女的にはそれでお腹いっぱいになったのかかなりはしゃいでおり、あとは浦原が的確な助言をして彼女も無事使えるようになった。

 

丁度二時間目が終わり、実験の参加者全員赤火砲を打てるようになった。

 

 

「は~~~い皆サンありがとうございました!!こちらお礼のお菓子です!ささっ皆サンどうぞどうぞ!!」

 

 

恒例のお菓子タイムだが、皆の顔は汚物を見るかのような顔だった。

 

 

「今回は雀部副隊長からもらったチョコレートを工夫しました!きれいな形でしょう!?」

 

 

確かに綺麗な形だ。全くもって精巧なゲジゲジの形のチョコレートだ。しかもかなりでかいヤツ。

こんなものを誰も手に取ろうとはせず、ファンクラブの院生以外は皆一目散に逃げ出してしまった。

ファンクラブの院生もいつ動きだしてもおかしくないぐらいのチョコを手に取った瞬間怖くなり逃げてしまった。

無理もない。隼人も慣れるまでに何年もかかったのだ。

 

 

「今回も誰も食べてくれませんでしたね・・・。残念っス。」

「何でこんな毎回悪趣味なんですか・・・。せっかく味は美味しいのに。」

「ただ美味しいだけじゃ面白くないじゃないっスか。驚きがないとつまらないっス。」

「これ皆に配ったらファンクラブなくなるんじゃね・・・?」

 

 

ゲジゲジチョコレートをモグモグ食べながら、隼人は簡単にファンをなくす方法があるじゃんと適当にひらめいていた。配る役目は絶対にやりたくないが。

 

 

 

実験後。

 

案の定ファンクラブの女の子から呼び出され、仕方なく厳重注意をされに行くことにした。

 

 

「何よ!!!今回も浦原隊長と仲良くしてたじゃない!!しかもめっちゃ近くで!!」

「あんな悪趣味なお菓子絶対口囃子くんが用意したんでしょ!!浦原隊長がそんなことするわけないもん!!!!」

「まさか!!口囃子くんって浦原隊長のこと好きなんじゃないの!?信じられない!!!」

 

 

おい何勝手に男色趣味にしてんだコラ。いくら自分がお近づきになれないからって僕をそういう趣味の人間にするな。つーか自分が女でもあの人とは付き合えねぇよ。

あとあんなお菓子命令されても作らねぇよ。作れねぇよ。いい加減現実見ろ。

 

本当に色々と言いたい事があったが、今回は浦原から秘策を伝授されたので披露することにした。

 

 

「だいたい貴方私たちのことわかってて「あーー!!!!こんなところに浦原隊長の激レアセクシー写真がーーー!!!!!」

「!!!!!!!!!」

 

 

フィルムを一瞬で剥がし写真を天井目がけて投げたため、彼女達は空中にある写真を取り合って喧嘩を始めた。

所詮ファンクラブとかいって徒党を組んでいた彼女らは、欲望を曝け出し怒号を飛び交わせていた。

「うがー!」だの「げぇあー!」だのみっともない叫び声が響き渡っている。

何たる体たらく。女の醜さ、甚だし。

 

そしてその写真は十秒近く経った後、ただの真っ白な紙に変わってしまった。

 

 

「ちょっと何よこれ!!ただの真っ白な紙じゃない!!口囃子くんどういう・・・って逃げられたわぁ!!!!」

 

 

「あぁーー怖い怖い。くわばらくわばら。」

 

 

逃げ切った隼人は心底安心し、昼食をとるために派閥の仲間の元へ向かった。

 

 

 

 



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イメージアップ大作戦!?

入学して六年、遂に隼人は真央霊術院最上級生である六回生になった。

この日は新入生が入学式を行っており、射場が代表として挨拶をしている。

 

だからといって六回生全員も入学式に参列しているわけではなく、隼人は教室で来年の進路希望をどうしようかと必死に苦悩していた。

 

 

「第一希望は九番隊・・・・・・でも第二以降どうしよう~~!!!!三番隊はローズさんうるさいし・・・六番隊は朽木家御用達って感じだし・・・十三番隊はあの憎い男がいる・・・・・・。はぁ~あ・・・・・・。」

「あのぅ・・・・・・。」

「わぁっ!!!・・・って勇音さんか。どうしたの?」

 

 

何やら相談に乗ってほしそうだったので話を聞くと、全く同じ悩みを彼女も抱えていることを知った。

四番隊を第一希望にしているらしいが、それ以降が決まらないらしい。

 

 

「四番隊って・・・勇音さんほどの鬼道の力があるなら別に他の隊でも・・・例えば十三番隊とか!」

「私は・・・・・・あまり戦いとか好きじゃないので。どちらかというと皆さんを治療して後方支援する方が向いてるかなって思うんです。」

 

 

なるほどそういう考えか。

四番隊は基本給が安く戦闘特殊部隊である十一番隊からも馬鹿にされているなどの理由で人気がなく、入る者は元々決めていた者以外は、成績不振で仕方なく、だったりする。

 

勇音は同期の間でも隼人程ではないが鬼道の実力が高く、縛道と回道が得意だと聞いていた。

彼女の心優しい性格が実力にも反映されているのか、攻撃重視の破道は苦手だと以前教えてくれた。

 

 

「あと、まだ院にも入ってないのに妹が十三番隊に入りたいって言ってるんですよ。浮竹隊長の講義の話をしたらすごい感動したみたいで。だから私が十三番隊に入ると居づらくなっちゃいますよ。」

「そんな妹のこと考えなくてもいいんじゃないの・・・?でもちゃんとした信念持って四番隊選んでるの尊敬するな~。僕なんてただ知り合い多いからとかそんな感じだよ?入りやすそうだし。」

 

 

コネ入隊を堂々と宣言する隼人は置いといて、勇音の心意気は素晴らしいものだ。

結局勇音は隼人の押しで第二希望は十三番隊、第三希望は友達と一緒に五番隊にしたそうだ。

 

そのまま隼人は決まらず、あぁどうしようと悩んでいたが、勇音が耳寄りな情報を持ってきた。

 

 

「そういえば明日の六回生向けの講演会、進路選択に向けた話って私は聞きましたよ。」

「えっ本当に!?」

「友達から聞いたので確かな情報ではないんですが・・・。それに講演者が誰かも機密情報扱いみたいで何だかやけに謎に包まれているんですよ。」

「えー何それ・・・・・・。まぁでも現に進路悩んでるし行ってみるか。」

 

 

講演者が謎な時点で隊長格の誰かが来るのかなとは予想がついた。

そしてこういう時は浦原あたりが一番怪しいのだ。

あとこういう遊びをしそうなのは夜一か、平子か・・・。

まずもって拳西はありえないので除外した。講演とか柄じゃねぇって言いそうだし。

 

あぁ誰が来るのかな~と考えつつ、とりあえず明日の講演に向けて自分の状況を整理して明日に備えることにした。

 

 

 

 

翌日朝。

 

 

霊術院の門の前でとある人物が哀愁を漂わせて院を見据えていた。

ある者はそれを戦前に精神統一する侍のようだ、と言えば別の者は風流な遊び人が好みの店を探す時の目をしている、とも言うだろう。

 

 

「さてと・・・・・・今日はちょっと頑張らないとね・・・・・・。」

 

 

覚悟を決めたその人物が、霊術院の門をくぐり、懐かしいものを見るかのように辺りを見回していた。

 

 

 

 

もともと講演会は適当に話を聞いとけばいいかと考えていたが、今日の内容は非常に重要だ。

現在進行形で悩み続けている進路について先達の方が教えてくれるからである。

今日は質問たくさんしちゃおっかな~とまとめた質問ノートを見て野心を膨らませていたところで、毎度お馴染みの「静粛に!!」という声が聞こえた。今日は比較的静かだったよ?

 

 

「それでは六回生向け講演会『進路選択のススメ』をこれから始める。今回は講演者の意向を踏まえて特例でこの時まで名前を明かさないでおいた。皆誰が話すかわからず心配しておるが大丈夫だ。何と今回は護廷十三隊現役隊長がわざわざ来て下さったからな!それでは登場して頂こう!!」

 

 

やけに熱のこもった口調で先ほどの『静粛に!おじさん』が語った後、何故か講演台の上から桜の花びらがひらひらと散り始めた。

 

なんだこんな凝った演出?浦原さんはここまでしないぞ?といよいよ誰かわからなくなったところで、当の人物は講演台の影から姿を現した。

 

 

「うわっ!!何か気持ち悪っ!!」

「こんにちは。京楽春水で~~~す。みんなヨロシクね♡ってちょっと隼人クン!気持ち悪いって酷くない!?」

 

 

何だよ京楽さんかよ・・・。期待してちょっと損した。

意識高く一番前の真ん中に座っていたのが台無しである。

 

 

「まぁいいや。とにかくヨロシク♡ンフフフフ・・・ンフフフ・・・フフ・・・・・・フ?ってあれ?リサちゃん!花ビラもういいよーー!!あれ聞こえてる!?おーーーーい!!リサちゃーーーん!!!花ビラもういいってばーー!!可愛い可愛い矢胴丸リサちゅわーーーん♡ってわぁあ~~~~~!!!」

 

 

上に潜まされていたリサが花ビラ係をやらされていたが、嫌になったのか残り全てをぶちまけ京楽は花びらに埋もれてしまった。

ちなみにこれは百年後副隊長になっている七緒もやらされることになる。

 

 

「リサちゃんったらすぐ怒るんだから。じゃあ気を取り直して始めますか!」

 

 

そして幸先の悪い講演会が始まった。

今回の講演は基本的に院生たちのお悩み解消会的な感じになっており。京楽は院生の質問に的確に答えようと頑張っていた。

 

思慮深く洞察力に長けた京楽なのでまるで占い師のようにかなり多くの院生の悩みを瞬時に解決しているが、よーく見てみると、やっていることは浦原のやる講演会と全く同じである。

 

そして女の子の相談に乗っている時に案の定京楽の悪いクセが出てしまった。

 

 

「キミは・・・・・・うん。八番隊がいいと思うよ。可愛い女の子は八番隊に入ると出世するって言い伝え知らなかった?」

「え゛っ。」

「あっあれ?そんな冗談だよ真に受けちゃダメ・・・ってあれ?」

 

 

あ~あ、やっちゃったよ。

女子生徒からの否定、軽蔑の目。

院生相手にただの変態オヤジとかしてしまった京楽の株はこれでダダ下がりしてしまった。

 

 

その後も質問への返答は素晴らしいものばかりで、隼人も悩みを解決できたが、やっぱり可愛い女の子には何度か粗相をやらかしてしまい、京楽の株が上がることはなかった。

 

 

終演後、隼人は進路希望用紙に以下のように埋めた。

 

第一希望 九番隊

第二希望 八番隊

第三希望 十三番隊

 

八番隊を選んだ理由は、やはり今日の京楽の洞察力の素晴らしさに感銘を受けたから、というのが一番大きい。

人の本質を見抜く術は間近で見ると凄まじく、圧巻の一言しか思いつかなかった。

おそらくこの代の八番隊は男子生徒ばかりが入ることになるだろう。女子ウケ悪すぎだしね。

京楽のがっかりする顔が目に浮かんでしまう。

 

また、第三希望を十三番隊にした理由は、海燕を除いてそれ以外の条件が個人的に合っていると気付かされたからだ。

 

 

「たった一人気に喰わない人がいるだけでその隊を選択肢から外すのは感心しないよ。それに海燕クンと長く一緒にいたら色んな一面知れて仲良くなれるかもよ?彼結構信頼されてるからね。ボクもそれなりに信頼できる男だと思うよ。」

 

 

絶対にありえません!とあの場では大見得切って告げて笑われたが、よくよく考えると浮竹のいる隊の気風は、どことなく落ち着いていて自分に合っていそうだと改めて気付いた。

海燕の対処法は考えないといけないのが非常にネックだが、第三希望ぐらい入れてやってもいいか、と思うくらいには十三番隊への心の障壁は無くなった。浮竹に非常に失礼だが。

 

希望調査用紙を提出するために職員室に入り担任に紙を渡した後、学長と話を終えた京楽とリサに遭遇した。

 

 

「あ!隼人クン!やっぱり気持ち悪いは無いよ~~ボクしょんぼりしちゃった。」

「すみません。思っていたことが直接口から出てしまいました。」

「ちょっとちょっと・・・何か最近当たりキツくない?」

「???」

 

 

わからないフリをしたが、あんな体たらくを上官が晒していたのを見せられるリサの気持ちを考えるとちょっと当たりがきつくなるのも許してくれ。

というかいつもそんな講演したがるようなタイプじゃないのに今日は何故来たのだろうか。

気になった隼人は本人に真意を問い質してみた。

 

 

「珍しいですね。今日はなぜわざわざ講演しに来たんですか。」

「ん、ちょっとね。久々に先達として皆の前にボクの存在をアp「若い娘見繕いに来ただけやろ!!」

「酷いな~リサちゃん。印象操作だよ印象操作!」

 

 

歯をくいしばって苛立っていたリサの毎度お馴染みのツッコミは今日も健在だ。

結構元も子もないことしてるな!!

というか何故そんな今時期に印象操作なんかしているの?と思ったら、結構生々しい実情を聞いてしまった。

 

 

「聞いてよ隼人ク~ン。実は最近何だかボクの隊の人気が落ちてきていてね・・・。その代わり浮竹の隊と浦原クンの隊が凄い人気なんだよ。しかも両方とも女の子ばっか!あ~~あ~~!!やってられないな~~~!!!!」

「それで自分が出張って隊の印象操作をしようとしたけど上手くいかなかったってわけですね。」

「まだ上手くいってないわけじゃないよ!そんな否定しないでよ~~。」

 

 

単なるオジサンの醜い嫉妬である。浮竹ならまだしも自分より全然若い浦原にも嫉妬するんか・・・。大人気ないことこの上ない。

そしてその印象操作に明らかに失敗しているにもかかわらず京楽は楽観視しているようだ。

我慢ならないリサにまた小言を言われていた。

 

 

「あんなモン失敗に決まっとるやろ!!どうせ男ばっか来てあんたががっかりしてるの来年も見させられるんやろ!勘弁してや!!」

「まぁまぁ・・・。たしかに今年も男ばっか行きそうですけどね。」

 

 

その隼人の発言に京楽はかなり落ち込んでいたが、勧誘活動とかするものなのかとかなり意外に思えた。

しかも八番隊のトップ、京楽春水が。

 

 

「他の隊も勧誘とかしているんですか?」

「いやぁ~。多分今やってるのはボク達だけだよ。何故かこの代だけボクの印象メチャクチャ悪いしさ。」

「あんたが入学式で居眠りこいただらしない変態オヤジやからやろ!」

「え~~。でもさぁ居眠りしてた浦原クンはファンクラブできるくらい人気なんだよ!?ボクと彼の違いは何!?」

「アホ!知るか!自分で考えや!!」

「やっぱ羨ましいなぁ浦原クンも浮竹も女の子から人気で。」

 

 

その若い女の子に対する犯罪スレスレの執着っぷりを改善すればきっと隊は人気になるはずだが、恐らく一生治らないのでもう言うのも諦めた。

そしてリサからしたら進路で悩んでいる隼人が珍しく思ったのか、質問したことに疑問を抱いていた。

 

 

「つーか何で隼人も今日質問しとったんや。別に悩むことでもにゃーやろ。」

「第二希望と第三希望も絶対書かないといけなかったので迷ったんですよ。僕六年間九番隊のことしか考えてなかったので決まらなくて・・・。」

「それで八番隊書いてくれたんでしょ?なんだかんだ言って隼人クン優しいよね~~。」

「色々考えた上で八番隊と書いただけです!僕の成績だったら隠密機動と十一番隊以外ならどこでも行けるって言われましたもん!だからこれは書類上の希望です!」

 

 

そうは言うが実際かなり京楽と浮竹にはお世話されているので、こんな形で感謝示そうかな、という思いもあるにはあった。まぁ感謝もへったくれもないけど。

 

そして京楽から進級おめでとうというお祝いとともに、普段なら伝えないようなことを告げられた。

 

 

「実は・・・。最近ちょっと物騒だから気を付けてね。貴族絡みで事件があって。まぁ隼人クンはずっと院にいるしあんまり関係ないけどさ。」

「えっ・・・あ、わかりました。でも何で僕に伝えたんですか?」

「六回生になると下級生の演習の引率とかあるからね。色んな情報知っておいた方がいいと思うよ?」

 

 

たしかに用心するに越したことはない。

ここ数年は現世演習なども問題なく続いているが、二十年前には演習先で虚による院生四十五名の死亡事件が起きており、悲劇を生み出さないためにも心を引き締め行動すべきだ。

やはり霊力を持つ者が集まると虚に目を付けられるのだろうか。

 

 

「わかりました。ご忠告感謝します。精一杯気を付けますね。」

「あと一年、頑張るんだよ。」

「はい!!」

 

 

あと一年。

 

一年後の未来など見通せるはずもない隼人は、毎日が希望で溢れていた。

 

 

 




そろそろ話が本格的に動き始めます。


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先輩、頑張るぞ!

六回生になり二月が経った頃。

隼人にとって色々な思いのある行事の時期になった。

 

特進学級一回生の現世魂葬実習の引率。

隼人自身が一回生だった頃は、初めて直接的な嫌がらせを受けたりと散々な目にあったのだ。

 

 

「あの頃は大変じゃったな。おどれが可哀想で可哀想で仕方なかったわい!」

「六年前のことをいちいちほじくり返さないでくれますかね!恥ずかしいよ・・・。」

「ふふふ。あの時私達は連れて行ってもらった立場なのに今は連れていく立場ですよね・・・。大丈夫かなぁ・・・。」

 

 

懐かしい思い出を語りつつ、なんだかんだ言って腐れ縁と化している射場、勇音、隼人の三人は今日の引率を何事もなく終わらせられるよう準備の確認をしていた。

 

最上級生として粗相をしでかさないようにせねば。

いざという時の救護用の道具は揃っているか。

予定を確認し、引率者の持ち物全てしっかり携帯しているか。

 

三者三様でそれぞれ心構えなどは違っていたが、何としてもこの演習を無事に終わらせねばならない。

それに、二月前に京楽が言っていた『物騒』という言葉も何か引っかかるのだ。

今でも覚えているくらいだ。

普段そのような忠告をしない京楽だからこそ何かあるのでは、そう思わずにはいられない。

 

ただ、自分が浮足立ったら後輩たちが心配するので、何とか悟られないように気を配ることにした。

射場と勇音には事前に伝えてあるので有事の際の工程は三人で頭に叩き込んだ。

 

 

「とりあえず何も無いことを祈りましょう。いざとなれば伝令で瀞霊廷に緊急要請が出来るので大丈夫だとは思いますが・・・。」

「まずはとにかくチビどもを逃がさにゃあいけんな。頼むぞ虎徹!」

「はい!射場さんと口囃子さんには苦労かけますが、足止めお願いします。」

「うん。頑張ろう!でもまずは魂葬実習成功するようにしないとね。」

 

 

 

三人が今日の演習に対する思いを確認した後、穿界門のまえにぞろぞろと集まった一回生の前に立ち、射場を中心に今日の演習の説明を始めた。

 

 

「おどれら!!黙って聞かんか!!!簡単に自己紹介するぞ。儂は六回生の射場じゃ。そして・・・」

「口囃子でーす。よろしくね!」

「虎徹です。よろしくお願いします。」

「儂ら三人でおどれらを先導しちゃるけぇはぐれるでないぞ!!!」

 

 

と射場自慢の剣幕で注意したにもかかわらず、その場にいた特進の一回生は皆ザワザワと噂し始めた。

 

 

「こらうるさいよ!!おしゃべりする人置いてくからな!!ほらそこの奴とか!!顔覚えちゃうよーー!!」

 

 

と隼人が言ってもあまり効果は無い。

 

どうやら自分たち三人は知らぬ間に院内でもかなり有名な院生になっていたそうだ。

斬術トップクラスの成績の射場鉄左衛門、院生で最も回道に長け、さらに霊術院のマドンナとして知られる虎徹勇音、そして鬼道の課程を半年で終わらせた伝説の院生、口囃子隼人。

無自覚だったが、字面だけで見ると確かに強そうな三人組だった。

 

 

「よっ予定が狂うので静かにしてください!」

 

 

と勇音が叫ぶと皆静まりかえった。なぜ勇音が叫んだら皆従うのだろうか・・・。結構ショックである。

だが、一回生のザワつき如きに負けるような六回生では決してないので、しっかり威厳を示しつつ説明を進めた。

 

 

「それではここから三人一組で行動してもらいます。教室で引いてもらったくじを見て、書いてある記号と同じ物を持つ人を探して組を作って下さい。書いてある数字が班の番号です。その順番に魂葬の実習を行うのでなるべく番号順になるよう整列してください。」

 

 

やっぱり勇音が指示を出すと皆素直に従うのだ。何か気に喰わん。

しっかり三人一組を皆作り、しっかり班ごとに順番に並んでくれたため手こずることなくここまではこなせた。

 

 

「それじゃあ皆地獄蝶持ったかい?現世にしゅっぱ~~つ!!」

 

 

何となく現世に入る際の号令はかけたかった。射場には申し訳ないが隼人が音頭をとって現世に無事皆入ることができた。

 

 

 

 

 

 

現世の降り立った場所は、人気の少ない夜の集落だった。

そしてこういう所は現世でいうお年寄りが多く、不謹慎だが出来立てホヤホヤの霊がたくさんいる。

 

亡くなった時はお年寄りでも若い姿で霊になったりと多種多様だが、いかんせん霊、それも(プラス)が多いため、魂葬練習にはうってつけの場所に降り立った。

 

 

「それじゃあまずはお手本見せます。射場ちゃんよろしく!」

「おう!!!!!」

 

 

威勢良く返事した射場は近くの霊の額に浅打の頭を当て、『死生』のハンコを押した。

もちろん何度も練習しているので魂魄に何も異常を起こさず成仏させることが出来た。

一回生から拍手こそ巻き起こったものの、漂うオーラからは想像と違うぜって感じのものだ。

 

 

「とまあ正直魂葬はすごく地味なんだよね。でも死神の業務では大事なものだから真面目にやるんだよ!射場ちゃんも勇音さんも最初は魂葬上手く出来なかったけど練習すればできるようになるから大丈夫!頑張ろう!!!オー!!!」

 

 

と勢いよくやってみたが、誰も乗ってくれない。

再度「オー!」と言ったが、前の数人が「オ・・・オー?」と小声で言うくらいだ。

あぁこれは空回りしてしまったかもまずいまずいと考えているところで、またも勇音の助けが来た。

 

 

「皆さん頑張りましょう!!!オー!!!ほら!せーのっ」

「「「「「「「「オーー!!!!!!」」」」」」」

 

 

だから何でお前らは勇音だと従うんだよ!!!

危うく拳西みたいにキレそうになったが、いやここで怒ったら本末転倒と何とか踏みとどまった。

 

そして一班から魂葬の実習を始めたが、なぜか物凄く魂葬の上手い子がいた。

 

 

「へー君上手だね!僕が一回生の頃よりも上手いかもしれないよ!」

「ありがとうございます!私、前に一緒に住んでたギンが死神になったので、私も死神になりたいと思ったんです!一生懸命頑張ります!!」

「ギンって・・・・・・!!!!!あの市丸ギンの知り合い!?へぇーー世間は狭いのかなぁ・・・。」

松本(まつもと)乱菊(らんぎく)っていいます。今日はよろしくお願いします!」

「よ、よろしく~~。」

 

 

これは稀にみる有望株かもしれない・・・。

射場と勇音と三人で慄きの表情を見せた。

そしてしっかり名前に印を付けて担任に報告することにした。

 

各班二回終えた所で一旦尸魂界に戻り、休憩をとることにした。

 

先ほどの稀に見る有望株の松本乱菊はしっかり一回生の担任に報告したが、どうやら入学試験の時から才能の片鱗を見せており、一回生トップの実力であると言われているそうだ。

 

斬拳走鬼バランスの良い成績を残し、軒並み優秀なので、鬼道だけだったり斬術だけな自分たちよりも有用な死神になるかもねと一回生の先生から容赦なく告げられた。

あと一年で卒業なのに凹ませないでくれよ・・・。

 

 

休憩をとった後はまた現世に向かい、今度は擬似虚との戦闘訓練を行うことになった。

 

 

「はい、午後からは擬似虚との戦闘訓練をやります!えーっと、この訓練は六回生の二組から四組までで鬼道に長けた院生達が結界を張ってくれています。戦闘の前後で彼らに感謝の意を伝えること!これ大事だよ!!」

 

 

隼人の指示に未だに気の抜けた生返事しかこないためまたイラっとしたが、今度は射場が場の引き締めにかかった。

 

 

「おどれらええ加減にせえ!!結界を張っとるやつらは命懸けなんじゃ!!そうじゃけぇこがいな気ぃ抜けとる返事する奴は置いてくぞ!!!!わかったらちゃんと返事せぇ!!!!!」

「「「「「「「はいっっっっ!!!!!!!!!!」」」」」」」

 

 

おぉ射場ちゃんの剣幕さすが~~。でもこのままじゃ自分は舐められたままで終わりそうだな・・・。

とため息をついた所で、大事なことを伝え忘れているのに気付いた。

 

 

「あぁ忘れてた。僕達六回生はあくまでも練習の場を作ることに注力するから、訓練中はほとんど助けないので万が一死んだら自己責任です。よろしく。」

 

 

一瞬にして一回生から怯えの表情を引き出し、しっかり彼らの気を引き締めることが出来た。

その後も自分が指示だしても上手く行動してくれないのは癪に障ったけどね。

 

 

虚との戦闘訓練の際はなるべく霊の少ない安全地帯で行われることとなっていた。

自分たちの代では別日に行われていたが、十二番隊の尽力で霊術院のカリキュラムが改定され、より院生の成長を効率的に促すものへと変貌を遂げていた。

 

そのかわり引率する六回生もかなり大変になったのはどうしようもない話である。不満しかない。

 

 

「全く・・・浦原さんの実験の賜物でたしかに成長は早くなったけど・・・上級生の負担をもうちょっと考えて欲しかったよ!午前中魂葬で午後戦闘訓練って!普通の死神とやること変わらねぇじゃん!!」

「まぁまぁ・・・。私達六回生の実力平均を見て決めていると思われますし、大変ですけど大丈夫ですよ・・・。」

「・・・・・・射場ちゃんと勇音さんがいてくれれば大丈夫か・・・。はぁ~・・・何で誰も僕にはついてこないんだろ・・・。」

 

 

自分の求心力の無さがすさまじく、不甲斐ないばかりだ。

射場は極道者のような剣幕、勇音は長身で美形の顔、それに比べて隼人自身は見た目が地味で何もインパクトが無い。

やっぱり上に立つ者にとって見た目は大事なのか・・・。

拳西さんに頼んで髪型とか変えてもらおうか。

 

などと死神デビューを考えていると、一回生のとある班が擬似虚を連携で倒した後に小競り合いをしている所だった。

 

 

「へっへぇ~~!!やっぱ俺の実力が物を言ったんだな!!」

「ちょっと何よ!あんたトドメの一撃放っただけじゃない!!貴族だからって偉ぶってんじゃないわよデブ!!」

「うるせぇ!俺は『ふくよか』だ!豊かさの象徴なんだよ!!」

「はいはい落ち着いて落ち着いて喧嘩しない!」

 

 

とりあえず二人の頭を引き離し事情を聞いて互いに謝らせることにした。

何でこんな幼児にやるようなことをやらされないといけないんだよ。

 

 

「えーっと君はさっきの松本ちゃんだね、虚の体力を削ぐためになかなかいい動きしてたと思うよ。それと・・・・・・。」

 

男子生徒の方を見ると、誰かにめちゃくちゃそっくりな気がした。

これは・・・二番隊の副隊長だろうか。夜一さんをいつも仕事させようと奮起してるあの人か?

と推測して名前を見ると、案の定二番隊副隊長の息子さんだった。

 

 

「君は・・・大前田(おおまえだ)希千代(まれちよ)くんかな?君の最後の一撃も迷いのない渾身の一撃!って感じで良かったよ!でもお父さんみたいにもうちょっとまともな性格になるといいね!」

「なっ何でそんなこと言われなきゃならないんスか!!!!だいたい俺は」

「あーもううるせぇちょっと黙ってくんない。」

「なぁーーーーー!!!!!!!」

 

 

こんなにあの副隊長の息子がうるさいとは思わなかったので、もうとにかく黙らせることにした。黙ってないけどね。

いちいちうるさい貴族の子どもが何かと厄介だが、適当にいなしてその場は終わらせることができた。

 

それからどんどん擬似虚を使って各班訓練をこなしていき、死者を出さず何とか訓練を終わらせることができた。

これで今日の現世演習は終わり。何とかなりそうだ。

 

 

「皆さんお疲れ様です。今日の演習はこれで終わりなので地獄蝶を準備してください。」

「帰るまでが演習だからね~。気を抜いたらだめだよ。断界に飛ばされたら院生は生きていけません!」

「皆準備せぇ!!開錠じゃあ!!!!!!!!」

 

 

穿界門が開き慣れた手で射場が地獄蝶を操って皆を先導していた。

霊術院の門の前に穿界門は繋がっているので、そのまま帰り、一回生の担任に演習の成績評価用紙を提出する。

これで本当の意味での引率が終わる。長かった、

 

ある程度疲れはあったが、地獄蝶もしっかり操り穿界門を潜り抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辿り着いた先は見慣れた院の門ではなかった。

 

(!?)

 

自分だけではなく、射場や勇音、そして一回生たちも一緒にいて困惑している様子だ。

辺りを見回すと瀞霊廷の建物が一切無い森。

流魂街に間違って辿り着いたのか?

まずは自分達の正確な居場所を確認し、院に救援要請を出さねば。

 

 

「射場ちゃん!ここがどこか確認して!恐らく流魂街の番号の大きい地区だと思う!確認したら救援要請も出して!」

「おう!」

「勇音さんは一回生の人数の確認!身の安全の確保も出来る限りでよろしく!一回生は勇音さんの指示に従って!」

 

有事の際の指示の出し方は拳西に教わってきた。

求心力のある勇音に一回生を任せ、一人でも十分な戦闘力のある射場に探索を任せる。

これで一先ずは大丈夫。

 

そして隼人は自分の霊圧知覚を使って近くを確認すると、非常に危険な状態であることが分かってしまった。

 

(虚の霊圧が数十体・・・!?まずいこれはいくら自分の鬼道でも対処しきれない!)

 

不安に苛まれている一回生達が明らかに自分達の行動を見て動揺を隠せない中、射場はさらに悪い知らせを届けてきた。

 

 

「近うを探索しとったら看板見つけたぞ。七十九地区の『草鹿』じゃ。瀞霊廷から距離あるがだいじょう「大丈夫じゃねぇよ!!」

「な・・・何じゃ!一体何が・・・」

 

 

このまま大声を出したら一回生を怯えさせてしまうため、勇音を呼んで三人しか聞こえない音量で現状の深刻さを告げた。

 

 

「今霊圧知覚で探ったら虚が数十体近くにいることがわかった。」

「す・・・数十体!?」

「それにここが『草鹿』ってことも分かった。瀞霊廷からは大分距離あるから救援も時間かかると思う。正直耐えられないよ。逃げるしかない。」

「じゃがどがいなことして逃げれば・・・。」

 

 

それを必死に考えているが、こんな逼迫した状況じゃ何も思いつかない。

焦って焦って同じことしか思いつかず、堂々巡りだ。

数十人の一回生を抱えて全員無傷で虚から逃げおおせるなど、いくら自分が鬼道に優れていても今の実力じゃ不可能だ。

 

だが、この中で最も霊力の高い隼人が残り、囮になれば何とか他の皆は逃げ切れるはず。

それに最初から数十体一気に襲い掛かってくるとも限らない。

もちろん自分が何か力を使ったらそれに虚はおびき寄せられるだろう。

 

捨て駒になってやる。

皆を助けられるなら十分だ。

 

 

覚悟を決めた途端、まるで見計らっていたかのように虚が一体こちらの存在に気付きおびき寄せられてしまった。

幸いにも大きくない虚だ。最小限の力で倒せる。

 

 

「皆逃げて!!!とにかくここから遠い場所に!!早く!!射場ちゃんと勇音さんが先導して!」

「何言っとるんじゃ!!おどれも逃げんと「僕が囮になるから!多分僕の力が虚を引き寄せると思う。だから皆はここから逃げれば安全!!早く逃げろ!!!!!お前ら一回生は上級生の命令聞けねぇのか!!!!!」

 

 

必死に叫んだ隼人を見て状況を理解したのだろう。一回生達は皆逃げ出し始め、勇音が先導し、射場が後ろについた。

 

 

「破道の四 白雷!!!」

 

 

本来指先から放つ物だが、あえて掌から放ち攻撃範囲を広げた。

威力もしっかり調整し、虚の力量を見て最小限の力で虚を倒すことが出来たが、鬼道を放ったせいで近くの数十体の虚に隼人の存在を認識させてしまった。

 

(やっぱり来たか・・・ぐんぐんこっちに虚が引き寄せられてるよ・・・!)

 

 

こうなったら六年前に浦原、鉄裁と作り上げた複合技をやるしかない。

 

 

「破道の十二 伏火!!」

「破道の十一 綴雷電!!」

 

 

鬼道の練習のおかげで、さらに屈強な瓦礫の渦を作り上げることが出来るようになったのだ。

そして以前は渦の中から瓦礫を飛ばすことを主な攻撃としたが、闐嵐を合わせて瓦礫を含めた巨大な竜巻に変貌させ、破壊力を高めることに成功した。

 

 

「破道の五十八 闐嵐!!」

 

 

これなら虚も全部とはいかないまでも何体かは倒せるはず。

そう安心していたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近づいてきた数十体全ては巨大虚(ヒュージ・ホロウ)

 

瞬間、隼人の頭には生まれて初めて出会った虚に殺されかけた時の記憶が鮮明に蘇ってしまったのだ。

 

 

「嘘・・・・・・そんな・・・・・・嘘だろ・・・・・・!!」

 

 

数十体もの明確な死。

動揺でさっきまで制御していた竜巻も崩れ去ってしまい、頭が回らなくなってしまった。

頭を駆け巡るのはあの日遭遇した虚。

あの時の身の竦むような極限の恐怖。

今日は助けてくれる拳西(ヒーロー)はいない。

 

完全に孤立無援な中で絶望の淵に立たされてしまい、もう隼人は自慢の鬼道すら放てなくなってしまった。

 

 

「嫌だ・・・死にたくない・・・・・・!!死にたくない・・・!!」

 

 

捨て駒になってやると心の内で宣言しといて結局死にたくないと思ってしまう。

こんな気まぐれで自分勝手な性格の自分にもひどく絶望し、心が悲鳴を上げて叫びそうになったところで、

 

 

 

 

 

 

 

 

「えらいアカン状況やんけ。」

「え??」

 

 

現れたのは五番隊隊長・平子真子だった。

 

 

「惣右介から救援要請が来てるぅ聞いてな。しかも射場って名前の院生からやから何かあったんか思うてオレと惣右介でわざわざこんな辺鄙な場所にめちゃくちゃ急いで来たんや。感謝しろボケ!」

「へ・・・?それで藍染さんは・・・・・・。」

「院生達の保護に向かったで。あと・・・・・・。」

 

 

救援に来た平子は、少し申し訳なさそうな顔をして隼人に、

 

 

「ちょっとしばらく気ぃ失うててもらうわ。」

「ぎゃっ!」

 

 

破道の一 衝を当てて意識を失わせた。

 

 

「こうでもせんとオレの卍解が隼人を巻き込んでしまうさかいな・・・。しっかし何十体もの巨大虚が何でこんなトコおんねん。まぁオレにとっちゃあ好都合やけどな。」

 

 

まるで邪悪な子どもが悪巧みをするかのような笑顔で告げた後、平子はこの状況に最適な自身の卍解を発動した。

 

 

「――卍解――  『逆様(さかしま)(よこしま)八方塞(はっぽうふさがり)』」

 

 

平子が卍解の名を唱えた後、撫子の花を思わせる形の、美しく巨大な台座が生まれ、その中心に平子は立ち止まっていた。

周りの花弁はうねり、見る者によっては非常に美しい卍解だと賞賛するだろう。

 

だが、彼の卍解は味方には誰一人として見せてはいけないものだ。いや、彼の近くにいてはいけないのだ。

 

一定距離内にいる者全員の敵と味方の認識を(さかさま)に流転させる能力のため、多対一の状況下でないとこの卍解は使えない。

それ故、隼人には申し訳ないがしばらくの間意識を失ってもらったのだ。

 

 

「おぉ~~虚もみ~んな倒れたことやしこれでええか。一人でよう頑張ったで隼人も。」

 

 

小脇に抱えていた隼人は意識を失ったままだが、虚を倒しきる前に意識が戻ったら大変なことになっていたため安心した。

もちろん効率重視で卍解を使ったので虚は瞬殺も同然だが。

霊圧を探ってみると藍染含めた院生達も全員無事である。

 

 

「惣右介達も無事みたいやし帰るかぁ・・・。しかし・・・・・・。」

 

 

卍解を解除した平子は、尸魂界の最近のきな臭い状況をかなり不安に思いつつひとりごちた。

 

 

「こんな院生一人アカン状況で・・・何でオレたちしか助けに来ないんや・・・。」

 

 

丁度この頃、流魂街での魂魄消失案件が隊長格の間で話題になっており、演習帰りの院生が流魂街に間違って送られることは大事件といっても過言ではない。

なのに五番隊の隊長副隊長以外誰も動きを見せないことを平子は不審に思っていた。

 

 

「惣右介ぇ・・・。お前何か仕組んでんのとちゃうやろな・・・。」

 

 

その平子の最悪の推測が見事に的中してしまうのが、約一月後のことであった。

 

 

 



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ずる休み!

平子に救助してもらった後は、精神が不安定だったこともあり大事を取って綜合救護詰所で休むことになった。

 

意識を取り戻した時には既に布団で横になっており、よく本で見た目が覚めると見慣れない天井現象が起きた。

 

 

「えっ・・・うえっ!?これ・・・本で見たやつ・・・!!」

「何が本で見たやつだバカ野郎。」

「拳西さん!!・・・・・・ってあれ?ここどこですか?あれ?」

 

 

何か記憶飛んでる・・・?と思ったが、事情を拳西が教えてくれた。

 

尸魂界側の手違いで本来霊術院に繋がっている穿界門が流魂街に繋がってしまったため、誤った場所に転送されたこと。

そしてその場所に巨大虚が何故か集まっていたこと。

 

この二つについては疑念を抱いた十二番隊が調査をするそうだ。

 

集まった数十体の巨大虚は平子が全て倒したことも教えられた。

 

 

「お前が虚にビビッて気失ったって真子が言ってたぞ。ったく何やってんだよ・・・。」

「えへへ・・・やっぱり僕もまだまだですね。」

「全くだ。心配でならん!」

 

 

自分の記憶では平子によって気絶させられたような気がしていたが、恐怖で錯乱していたのかと思い、深くは考えないことにした。

 

それからは平子が無理矢理四番隊に当てつけ、仕事終わりの拳西が見舞いに来たところで今の状況になっているらしい。

 

そしてこの場に拳西がいたことで、また拾われたあの日のことを思い出したのだ。

 

 

「何か色々思い出してきたんですけど・・・。僕何十体の巨大虚を見た時に初めて流魂街で虚に襲われた時のこと思い出しちゃって。それで思考停止して鬼道も打てなくなって・・・逃げるのも出来なくてただ死にたくないって怖がっちゃって・・・。情けないですよねほんと。こんなんじゃ死神に「うじうじすんなバカ!!!!」

「いった~~!!!!一応病人にすることですか!!!」

「うるせぇ!ケガねぇしいいだろ!」

 

 

相変わらず拳骨はメチャクチャ痛いが、悲観的になっている時はいい薬だ。

四番隊では決して勧められる行為ではないし、下手したらこれでケガが増えるが、いつも通りの拳骨がいつも通りであるからこそ安心することができた。

 

とりあえず布団を引き被り、伝えたくないという思いを全力で込めつつ小声で感謝の意を述べた。

 

 

「・・・ありがとうございます。決してふさわしいとは言えない行動ですけど。」

「八番隊のチビの女みてぇだな。感謝ぐらい素直に伝えやがれ。」

 

 

反論してたまるか。ちょっとむすっとしたが別に喧嘩したいわけでもないし(確実に負けるので)、ましてや怒ってもおらず、ただ子どもながらに強がっているだけなので、もう何も言わずに寝ることにした。

 

 

「俺は帰るぞ。明日も授業行くならしっかりやれよ。」

「行きますよ。あと一年ですし。お休みなさい。」

「おう。無理すんなよ。」

 

 

そんなこと言われたら休みたくなっちゃったよ。

今までずっと皆勤だったし体調を崩すことも六年間全く無かったが、一度くらい張り詰めた心を休めるのもいいかもしれない。

 

京楽みたいにサボり癖が付きそうだと少々懸念したが、ええい一日くらいどうってことないと思い直し、背徳感のあるずる休みを敢行することにした。

 

 

 

翌日。

 

いつもなら七時に起きるが超久々に九時に目が覚めた。

 

入院患者が自分しかいなかったため、朝食は取り置いてもらっていた。貴族待遇で非常に申し訳ない。別に四番隊に差別感情などないため素直にお礼を言ったら何故かお菓子をたくさんくれた。

そんなにあなた達って立場悪いんか・・・。

ご飯を食べた後は、大変望ましくないが、院の制服で外出することにした。

多分見つかったら怒られるだろう。でもそれしか手持ちの服がないので仕方ないのだ。大目に見てくれ。

 

というわけで隼人は軽く隠密活動(スパイ)をしている気分になっていた。ローズ風に言えばスニーキングミッションである。

 

基本的に建物と建物の隙間を縫って歩き、道路に出ざるをえない時は小走りでなるべく存在がバレないようにしていた。

道路に顔だけちょこっと顔を出して右、左と見てサササーーーっと走っていくあたり完全に隠密機動みたいじゃん!と勝手に一人でテンションを上げている。

 

そしてもちろんこういう任務(ミッション)には障害がつきものだ。

 

最初は、お馴染みの八番隊隊長・京楽春水に偶然見つかってしまったことだ。

 

 

「あれ、隼人クン!こんな所で会うなんて珍しいね!」

「こっこんにちは~・・・。」

 

 

昨日のことを平子や拳西から聞いたらしく、大丈夫だったかいと親戚のおじさんみたいな感じで聞かれたため、しっかり元気になりました!と伝えた。もちろんそのせいで弱みを握られてしまったが。

 

 

「あらら、隼人クンもずる休みするなんて、オトナになったねぇ~。六車クンには秘密にしといてあげるよ。条件付きでね。」

「う゛。やっぱりそうなりますよね・・・。」

 

 

ちなみに条件は八番隊の宣伝活動を水面下で院内に行ってほしいとのことだった。

これなら適当にやればいいやと思ったので、渋々承諾し(多分やらない)、とにかくその場を後にした。

 

そして八番隊の近くを通ったということは、近くには九番隊があるというわけで。

自宅までのスニーキングミッション最大の関門が九番隊前であった。

 

そしてその最大の関門に値する人物は、九番隊副隊長・九南白である。

 

理由は、休暇中に九番隊を訪れたときは必ず、何を察知しているのかは知らないが毎回隼人が門の近くに来る度に、猛スピードで自分の元に来て中に連行しようとするからである。

 

一回自宅に帰ってしまえば拳西も怒りはしないだろうが、ここで白にずる休みがバレて連行された場合、確実に怒られて院に強制送還されるに違いない。

霊圧知覚で探ると二人ともいたので細心の注意を払わねばならない。

 

とにかく最小限の霊圧に留めて全力疾走だ!と道に出ようとしたが、また踏みとどまらざるをえなかった。

 

 

よりによって仕事を真面目にやっていた夜一が隊舎前の通りを歩き、書類を持って隊舎に入ろうとしていたからだ。

 

(何故今日に限って真面目に仕事をしているんだ・・・!)

 

と普段は考えないようなことを頭に留め歯を食いしばっていたが、幸いにも夜一の存在は霊圧知覚で気付いたので、こちらが距離をとってしまえば問題ないはずだ。

 

じっと向こうの様子を遠くから見て、隊舎の中に入ったのを確認した後、白にもバレないように何とか走って隊舎前を通り過ぎることができた。

 

 

 

(珍しく仕事をちゃんとやってみると珍しい者に出会ったの・・・。まぁ向こうは下手クソにも程がある隠密をしておったが・・・。何じゃ、ずる休みか。)

 

 

魂胆含め、全てバレバレであった。

 

 

 

最大の関門に最大級の敵も現れたが、何とか昼前には自宅に辿り着くことが出来た。

スニーキングミッション達成である。喜ばしいことこの上ない。

 

二月ぶりの自宅だが、相変わらずの殺風景っぷりにひどく安心させられる。

 

茶の間はちゃぶ台と数個の本棚だけで、縁側から入ってくる風が柔らかくて気持ちいい。

そして茶の間に繋がっている台所にふと視線を向けると、なんと握り飯が笹の葉に包まれて置いてあった。

 

(拳西さん・・・・・・後で弁当忘れたの気付いて焦ってそうだけどありがたいから頂きます。)

 

もちろんこれは隼人がずる休みをするのを見越した拳西が作り置きした握り飯なのだが、そんなことを知らないためうっかり屋さんだな~と思いつつ頭の中で拳西に感謝した。

 

 

いつまでたっても大きさを考えない拳西お手製の握り飯は二つで腹いっぱいになった。

 

腹を満たした後は、自宅に置いてある出来立てホヤホヤの瀞霊廷通信をのんびり見ることにした。

 

実は、霊術院には今、瀞霊廷通信は置かれていない。

 

昔は死神の今を知らせるツールとして置き、院生達も興味を示した者が見る程度だったが、東仙の改革で人気が出て雑誌を見る院生も増えていった。

 

そして何よりも人気に火をつけた要因は、各隊の特集記事だった。

男子生徒は二番隊、四番隊隊長と八番隊副隊長、女子生徒は五番隊副隊長と十二番隊、十三番隊隊長が特集された回を見るために争奪戦となってしまい、浦原の特集回では雑誌を切り取る事件が発生した。

事態を重く見た霊術院と九番隊は当分、院生用の瀞霊廷通信購読を止め、この雑誌は自宅に帰った時しか見られなくなったのだ。

 

(死覇装って夏用に薄い生地のやつ開発されてるんだ・・・。ってこれも十二番隊特製だよすごっ。)

 

来たる夏のためにいかにして涼をとるかが特集されており、十二番隊特製夏用死覇装の宣伝が行われているページを見ていた。かなり割高なため相当な暑がりでないと買わなそうである。

 

そして自宅には過去の瀞霊廷通信もあったため、適当に引っ張り出してみた。

最初に引っ張り出したのは、紅葉狩りに行った時の回だ。

 

(曳舟隊長・・・懐かしいなぁ・・・。元気だろうか。七緒さんこの頃からいたんだ。ひよ里ちゃん苦しそうだな・・・。)

 

色々と思い出すが、全てが幸せな日々だった。

記事を直接見たことはなかったが(忘れているだけかもしれない)、この記事は卯ノ花と曳舟が共同で執筆したものであり、文体が柔らかくまるで紅葉狩りを追体験しているかのような錯覚に陥った。

 

頁をめくると、京楽がボコボコにされている写真もあった。

 

(確か女性陣の怒りを買ってしまったんだっけか・・・。でもあの時の京楽さん幸せそうだったんだよな。)

 

しかしこの写真の掲載許可は取ったのだろうか。京楽はメンツとか気にしないのだろうか・・・。

 

また別の番号のを引っ張り出してみると、今度は新年会をやった時の回だ。

表紙の笠城が異様な程目を引く。

 

 

「あ!あいつらも映ってる!何か若いな~。」

 

 

たった一年ちょい前の話なのにおじさんみたいな感想だ。

凧揚げでの副隊長の死闘や餅つきでの拳西の活躍、かるた大会での役職関係ナシの仁義なき女の戦いなどが面白おかしく述べられていた。

隼人が連れてきた友達もまだ院生なので目立ってはいないが少しだけ映っていた。

 

(というか気付いたら内容大幅に変わってからもうこんなに作ってるんだな・・・。やっぱすげぇや九番隊・・・。)

 

来年から編集作業についていけるかははっきりいって不安だが、ここで編集に参加しない拳西を見返してやるという思いが強いので、今からでもさらに本を読もうと決心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気付いたら日が暮れている。どうやらまた寝てしまっていたようだ。

 

(これはいかん!長居するつもりなかったのに!急いで寮に帰ろう!)

 

慌てて準備をしたものの、こういう時に限っていつも拳西は早く帰ってくるのだ。

そして今回もガラガラと玄関の開く音がした。

 

素直に怒られにいくか・・・とまるで査問にかけられるかのような顔をして玄関に行ったが、

 

 

「おらっ!飯にするぞ!!」

「は?」

「お前がずる休みすることぐれぇ読めてんだよ。今日は外で食うぞ!早く支度しろ!!」

「はっはい!!」

 

 

何がなんだかと最初は思ったが、結局自分の行動が見抜かれていたのが恥ずかしい。

そして今思うとあの握り飯は自分用に置いていったものだと気付かされた。

何だか凄く悔しい。

 

でも自分が悪いことをしても怒らない拳西が珍しく、何だか新鮮だ。

昨日のこともあったのかこういう形で気を遣ってくれるのはすごくありがたい。

それに拳西と外でご飯を食べるのは超久々でもあったので、素直に従うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、それから隼人は院で悩みの種が一つ増えてしまった。

 

 

「今日もまたいるよ・・・・・・。」

 

 

あれから一月。

授業を受けている最中に拳西が視察に行くことが増えたのだ。

噂によると他隊の視察もわざわざ自分が引き受けてやっているらしい。

 

視察の際は二人分の弁当を持ってきて一緒に食べるのだが、いつもダメ出しを喰らってしまう。

もちろん的確な指摘なので参考になるが何回もされると気が滅入る。

 

というわけで今日も霊圧知覚で気付いた隼人は休み時間に拳西の元へ向かった。

 

 

「もう!またですか!!最近多すぎですよ!」

「うるせぇ!いちいちこっち来んな!不安なものは不安なんだよ!」

「もう僕六回生ですよ!そんなに来られたら後輩に笑われますってば!」

「ちゃんと他のヤツらが気付かねぇ場所で見てるからいいだろ!気付くのお前だけだぞ!」

 

 

たしかに拳西に限っていえば霊圧知覚は凄まじいものだと自分でも思う。

院に近づいた瞬間から何故か拳西の霊圧だけすぐに感じ取ってしまう。

ちなみに霊圧知覚を研ぎ澄ませた際、なぜか浅打が震えるような感じをするのが最近気になっているが、それ以上に拳西が来ると面倒なのだ。

 

だが今日は秘策を用意した。

 

 

「そんなに来るなら僕にも考えがあります!」

「は?お前何言って「いいから来てください!!!」

 

 

無理矢理引っ張って連行した先は、六回生のいる武道場。

いきなり羽織を着た隊長が入ってきたため皆かなり驚いていたが、隼人の発言にさらに驚かされることになった。

 

 

「ここで斬術指南を行ってください!」

「はぁ!?!?!?お前俺が先生なんか向いてねぇの知ってんだろ!!」

「大丈夫です!ここにいる院生は僕含めて斬術下手な人ばっかなのでいつも僕と鍛錬する感じでやればいいんです!」

「だから何でこんな大勢のガキ相手に「やってくれたらもう文句言いません!これから好きに院に来て視察してくれて結構です!!!」

 

 

もの凄い剣幕で急き立てたため、拳西ですら引いていたが、これから文句言われずに視察できるのは精神衛生上良いので、嫌々一日講師を引き受けた。

 

 

たった一時間程だが、現役隊長の教えの影響で皆少しはコツを掴んだようだ。

かなり教えるのも適当で、怒号飛び交う場だったのはいかがなものだが。

昼食を取りながら反省会もどきを開いていた。

 

 

「まぁあいつらも継続すれば出来るようになるだろ。」

「あんな適当な指導法でよくそんなこと言えますね・・・。」

「だから言ったろ。俺に先生なんか向いてねぇんだよ。」

 

 

やっぱり開き直っていたので、あんまり意味がなかった。

これを機に子どもを相手にしてもイライラせずに済むようになってほしいという思いがあったが、そんな思いは露も知らない拳西はいつも通りだった。悪い意味で。

 

 

「つーか大変だな。この時期流魂街で演習してたはずだろ?やっぱアレの影響か。」

「はい。魂魄消失案件の影響ですね。瀞霊廷から出ることが許されないので流魂街の演習全部中止になって皆困惑してますよ。」

 

 

流魂街での変死事件。その特徴は、服だけ残して跡形もなく消えること。

卯ノ花はこの件について()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と推測したため、変死事件として扱われるようになった。

ありのままの事実だが、卯ノ花本人も詳細はよくわからないと伝えたため、全隊長格もよくわからないままなのだ。

もちろん拳西から聞かされた隼人もまったく言ってることがわからない。

 

そのため、院生の流魂街、現世への演習は当面見合わせとなり、全て院内で代用していたが、先の見えない不安に苛立つ院生も少なくなかった。

 

 

「やっぱ毎年外での演習を楽しみにしていた人は苛立ってますよ。早く解決してくれるといいんですが・・・。」

「今日俺の隊の先遣隊が調査に出てんだが・・・我慢ならねぇから俺も明日行くつもりだ。」

「そうなんですね。頑張って下さい!皆も解決望んでますし、早く安心したいです。」

「おう。お前も頑張れよ!試験近いんだろ!」

「ぐぉっ!背中叩く力強いんですよ・・・。それじゃあまた今度!」

 

 

何気ないいつも通りの挨拶。

いつも通り手を振って自分の教室に戻っていった。

 

 

明後日、口囃子隼人の生活は一変することになる。

 




ついに隼人の将来を決定づけるあの事件が発生します。


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別離

拳西が院で特別講師をした二日後。

 

隼人はいつも通りに朝食を寮でとり、いつも通り準備し、いつも通り登校した。

 

だが、その日は何故か朝から院内がバタバタしていた。

 

 

「・・・・・・長が中央四十・・・・・・!?」

「隊長格八名・・・・・・・・・で犠牲に!?」

 

 

先生達の雰囲気がいつもと全く違う。

皆張り詰めた雰囲気をしており、院生達に構っている暇がなさそうだ。

 

 

「何かあったんですかね・・・・・・。桐ケ谷先生に今日の講義予定を聞いても今はそれどころじゃないんだって撥ねつけられちゃいました。」

「何だろうね・・・。でも多分大丈夫だよ!大した事ないって!」

「私不安です・・・。ひょっとしたら五回生が昨日からやってる泊りがけの演習で事故とかあったらって思うと・・・。」

 

 

たしかにそれはありえるかもしれない。

自分達のいる間は演習中の事故が起きることはなかったので、それぐらいの事故が起きたのかもしれない。

見たことの無い先生達の焦燥の仕方なので、院内の事故対応に追われているのかなと隼人は簡単に考えていた。

 

そして、各学級の朝礼で一時間目は緊急臨時集会を行うと担任に言われて皆向かうことになったが、何故か隼人だけ担任から呼び止められた。

 

 

「口囃子、君は職員室に来なさい。学長から話があるそうだ。ついてきてくれ。」

「え・・・?あ、わかりました。」

 

 

いつもの担任の厳しさの中に優しさもある精悍な表情とは違い、少し辛そうな表情を浮かべているのが気になった。

何、一体何があったんだ?自分に関わる内容なのか?

 

職員室に向かっている隼人は心当たりが全くないため何を言われるかわからず、ただひたすら当惑していた。

周りの院生達が自分だけ先生に連れられ職員室に入っていくのを不思議に思っていたが、正直自分が一番不思議だ。

 

職員室は学長以外誰もおらず、皆臨時集会に立ち会っているそうだ。あえてそうしたらしい。

 

 

「おはよう、口囃子くん。」

「おっ・・・おはようございます・・・・・・。」

「今から学長室に案内するからね。申し訳ないけど、桐ケ谷先生は席を外してくれないかな。」

「はい。承知しました。集会の方に行ってます。」

 

 

何故担任の先生に席を外させたのか?そしてなぜ学長室に案内されたのか?

全てが分からなくなり、とにかく学長の指示に従うしかなかった。

 

 

「お茶は温かいのがいいかい?それとも冷たいのがいいかい?」

「・・・・・・・・・あの、何で僕だけここに「質問に答えてくれないかな?」

「あっ・・・・・・・・・えーと・・・・・・冷たい方で・・・・・・。」

 

 

十二番隊特製の冷蔵庫の中から冷えたお茶を出し、学長がわざわざ注いで出してくれた。

それだけなら普段客にもてなす行為と同じだが、学長の表情は依然として固いものだった。

 

 

「まず・・・・・・今から僕が伝えることは全て事実だ。君にとって辛いことだけど聞く覚悟はできてるかい?」

「僕にとって辛い・・・・・・・・はい。大丈夫です。」

 

だが、学長の言葉を聞き、自分の覚悟が甘かったことを思い知らされることになってしまった。

 

 

「順を追って話そうか。まず、魂魄消失案件の話・・・知ってるよね。」

「はい。」

「実はその調査のために一昨日先遣隊が出たんだけれど、彼らがその犠牲者となったそうなんだ。」

「え!?それって・・・。」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が発見されたんだ。」

(!!!)

 

 

二日前に拳西から聞いた事件の痕跡とそっくりだ。

死神にも犠牲者が生まれてしまった。

そしてその犠牲者は拳西が前に言っていた九番隊の隊士だろう。

さっきぼんやりと先生の会話で聞こえた『犠牲者』という言葉はここからかと考えたが、話はまだ終わっていない。

 

 

「九番隊の藤堂六席が十二番隊に報告に来たらしい。それで副隊長の猿柿さんが現場に向かったそうなんだけど・・・。」

 

 

学長は口をきつく結んで目を瞑り、まるで余命宣告をする医師のような顔で隼人に最悪の事実を告げた。

 

 

「彼女が向かっている途中で六車隊長と九南副隊長の霊圧が消えたんだ。」

「は・・・・・・・・・?え・・・・・・・・・・・・?」

 

 

学長の発する言葉が全く理解できなかった。

 

 

「それから、鳳橋隊長と平子隊長と愛川隊長、矢胴丸副隊長と有昭田副鬼道長が現場に向かったそうだが・・・・・・・・・。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先に向かった三人の隊長格含め、全員が浦原喜助の虚化実験の犠牲となった。」

「え・・・・・・・・・・・・。」

 

 

もはや、学長が何を言ってるのかすらわからなかった。

ただの音にしか聞こえず、何も反応できない。

 

 

浦原が虚化という禁忌の実験を行っているようには見えないし、拳西ら隊長格がその実験に巻き込まれるとは思えないのだ。

第一詳細もわからない虚化と最近の事件に何も関係ないのではと混乱する頭で必死に考えていると、学長は見透かしたようにその答えを示した。

 

 

「魂魄の消失は虚化実験の失敗作だと思うね?」

(!!!!)

「ここからは僕の予測だけれど、おそらく虚化のためには強い霊力を持つ死神でないと不可能だと思うんだ。一般魂魄では形を留められないはずだよ?それに・・・。」

 

 

重ねて学長は中央四十六室から送られた判決文を見ながら、またも最悪な事実を打ち明けた。

 

 

「十二番隊舎の研究棟から虚化の研究と思しき痕跡が多数発見された、らしいよ。そして二番隊隊長が浦原喜助の逃亡を幇助したらしいね。」

 

 

もう隼人は何も反応できなくなってしまった。

だが、隼人にはさらに残酷な事実が待ち受けていた。

 

 

「実験の犠牲者は虚として処理されるらしいね・・・。」

「は・・・・・・?は・・・・・・・・・・・・?」

 

 

ここだけは隼人もしっかり聞き取ってしまった。

 

 

「虚って・・・隊長を・・・!?虚ってことは・・・・・・え!?嘘だ!!そんな訳ない!!!拳西さんたちが虚化なんてするはずない!今だって普通に隊舎にいるはずですよ!浦原さんが虚化実験なんてするはず・・・・・・!!嵌められたんだ!!!きっと誰かに嵌められたんですよ!!」

「・・・・・・やっぱり覚悟できてなかったみたいだね・・・・・・。」

 

 

学長は隼人の困惑と焦りの混じった顔で、昨日起きた忌まわしき事件のことなど無かった、決して信じないようにしていると見抜いた。

その後もまるで言い聞かせるようにそんなはずないと連呼しているのを見て、見るに見かねた学長は、隼人を休ませることにした。

 

 

「今日からしばらく休みなさい。学級の生徒達には僕が伝えておくから。」

「何でですか!?これから毎日院に行って早く死神になって成長して拳西さんと一緒に「休みなさい。」

「あ・・・・・・。」

 

 

学長は先ほどまでとは違い、とても優しい表情をしていた。

 

頭をポンと軽く触り、微笑みながら「今は休もう。」と学長に言われ、もう何も言葉が出てこなかった。

 

 

 

六回生は寮に一人部屋の選択権があり一人暮らしに慣れるためそこを選んだが、今はそれがかなり好都合だった。

ここ数日、一切部屋から出ていない。

誰とも話したくないのだ。

 

恐らく院に行くと誰かが虚化の事件について噂をしているのを聞いたり、自分に話しかけてくるかもしれない。

拳西達がいなくなったなどありえないと思っているが、実際事件の内容を受け入れつつある自分が嫌で、決して認めたくない。

現実を知るのが怖くて部屋から出られないのだ。

 

 

試験も近いのにこんな調子じゃまずい。拳西に怒られる。

でも拳西たちはもう尸魂界にはいない。いてはいけない。

 

 

こういった相反する考えばかりが脳内を駆け巡り押し潰されそうになったところで、意外な客人が寮にやってきた。

 

 

「口囃子くん!隊長さんたちが会いたがっているよ!」

 

 

寮のおばさんにドア越しに告げられたため、ひょっとしたら拳西たちかもしれないと思い一目散に一階に行くと、京楽、浮竹、海燕が待っていた。

 

 

「あ・・・・・・・・・。」

「やあ。・・・・・・ちょっと、外に出ないかい?」

 

 

何で京楽達がわざわざ寮に来るんだろう。何で拳西や平子じゃないんだろう。何で。何で。

 

気付いたら海燕に腕を引っ張られ、寮の外に出て川原に来ていた。

入学試験の日に浮竹と一緒に眺めた場所だ。あの時は昼間だったが、今は夕焼けできれいな眺めだ。

何でここに連れられたのか。外に出たなら九番隊に行きたい。

拳西と白に会いたい。

 

だが、京楽は自身も辛そうな顔で隼人にまた現実を突きつけた。

 

 

「リサちゃんも・・・いなくなっちゃったんだ・・・・・・。何でボクは昨日リサちゃんを派遣したんだろう・・・・・・。経験積ませるなんて言って・・・・・・何て酷い思いさせたんだろう・・・・・・。七緒ちゃんにも酷い思いさせちゃったよ・・・・・・。」

 

 

何でそんな辛そうな顔をしているの?どうせいつもみたいに笑ってくれるんでしょ?ねぇ何で?

 

何で浮竹さんは歯を食いしばって悔しそうな顔をしているの?

何で海燕さんはいつもみたいに笑顔じゃないの?何でそんなに怖い顔なの?

 

 

そうか、皆も騙されているんだ。

これは浦原さんの壮大なドッキリだ。

実験好きな浦原さんが皆を巻き込んで心理学の実験をしているんだ。

 

 

「大丈夫ですよ!これは浦原さんが仕組んだドッキリですよ!だから・・・皆・・・拳・・・西・・・・・・さん・・・も・・・・・・。」

 

言った瞬間、ついに隼人の心の奥に現実が突き刺さってしまった。

今まで知るのが怖かった現実を実感してしまった。

 

「そうですよね・・・・・・。もう・・・帰ってこないんですよね・・・・・・何で・・・・・・何でこんな酷い目に皆さんは遭ってしまったんですか・・・・・・?何で僕からあの人たちを取り上げるんですか?何で拳西さんは僕の前に現れてくれないんですか!?何で僕は拳西さんと話が出来ないんですか!?!?拳西さんと直接会って話したいのに何で出来ないんですか!?!?!?何で!?何で!?!?」

 

 

だが、そう問いかける隼人に京楽は最も残酷な言葉をぶつけた。

 

 

()()()()()()()。」

 

 

さっき寮の前で見せた顔とは全く違う、冷徹な顔を隼人に向けた。

海燕が京楽を止めようとしたが、浮竹の手が彼を制止させて、何も言えなくなった。

 

 

「虚化は死神が絶対に手出ししてはいけない禁忌なんだよ。だから実験をした浦原喜助も犠牲となった八人も全員罪人。禁術を使った握菱鉄裁も逃亡幇助した四楓院夜一もまとめてみんな中央四十六室で裁かれて監獄に入れられるだけさ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・何て言えたら苦労しないよ。」

 

 

その最後の言葉を後悔と自責の念でこもった表情で言われ、京楽も自分と同じぐらいショックを受けていることが何も言わずにわかってしまった。

 

京楽はもう何も言えなくなってしまったらしく、代わりに浮竹が今の隼人にやるべきことを告げた。

 

 

「隼人君、今すぐ君の自宅から必要なものを全て持っていくんだ。」

「え・・・?何でですか?」

「君の家は明日取り壊されることになってしまったんだ。せめて隼人君が卒業するまでは取り壊さないでくれって四十六室に請願したんだけれど、受け入れてもらえなくて・・・。ごめんね。」

「そう・・・・・・ですか・・・。」

 

 

四十六室はそんなことまでするのか。

初めて彼らに怒りが込み上げてきたが、いつも通りの表情で浮竹が伝えた言葉に、何故かひどく安心することになった。

 

 

「海燕が手伝ってくれるからたくさんあっても大丈夫だよ。」

「おう!口囃子!俺がお前の荷物たーっくさん持ってってやるから感謝しろよ!」

 

 

いつもは酷くイラつかせてくれる海燕の言葉も、何だか太陽のようで救われた気分になった。

 

 

海燕の瞬歩ですぐに家に辿り着いたが、家の前に来ると、また拳西がいなくなったことを嫌でも実感してしまった。

もうこの家に帰ってくることはないのだ。

 

 

「とりあえず俺は家の前で待ってるからな。忘れ物すんなよ!」

「はい・・・・・・。」

 

 

いつも通りの玄関を開けても、もちろんおかえりの返事がくるわけではない。

中に入り、茶の間を見ると、ちゃぶ台の上に瀞霊廷通信の最新号が開かれたまま放置されていた。

夏祭りにオススメの浴衣の特集頁だった。

数年前に夏祭りに行った時のことを思い出しそうになったが、寸での所で止めた。我慢できなくなる。

 

台所を見ると、洗い終わったと思しき食器が乱雑に重ねられ、水分を飛ばしている形跡が見られた。

これもたしか・・・・・・ダメだダメだダメだ。

 

目にはすでに涙を浮かべていたが逃げるように二階の自分の部屋に行き、前と変わらない様子に安堵した。

しかし、文机に飾ってあったものを見た瞬間、張り詰めていた心の糸がぷつりと切れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは紅葉狩りで撮った写真と、霊術院の試験でもらったお守り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()西()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ・・・・・・ああ・・・・・・!あああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

 

立つことすらままならず、崩れ落ちて慟哭した。

 

 

あらゆる皆との思い出が一気に蘇り、一つ一つが二度と戻らないものに塗り替えられていく。

もう彼らと一緒の時を歩むことは出来ない。

 

現実は想像以上に残虐だ。

自身を構成する物全てを壊された隼人は、精神が完全に壊れてしまった。

 

この事件に対して何も出来ない自身の無力感、そして行動したとして彼らが帰ってくるはずのないことを実感し絶望に陥る。

 

信じられない程深い心の傷を負ってしまった。

 

 

泣き疲れて放心状態になってからしばらく経ち、もう夜になっていた。

もう何も要らないや。このまま自分も死神になる前に死んじゃおうか。その方が楽かもしれない。

あの人達が虚として処理されたなら自分も死んで霊子になる方がマシだ。

 

絶望し自死を考え部屋を出ようとしたところで、外にいた海燕が二階の部屋の前で立っていたことに気付いた。

 

 

「海燕さん・・・・・・・・・。」

「持ち物は持ったか?」

「・・・・・・、もう・・・何も・・・、要らないです・・・・・・。」

 

 

虚ろな目だ。この顔はまずい。

一瞬で海燕が悟った後、隼人は思った通りの決心を打ち明けた。

 

 

「帰ったら死にます。我慢できません。止めないでください!あの人達のいない世界なんて生きていく価値ない!!拳西さんのいない世界で生きていられるはずない!!!もうこんなん死んだほうがマシですよ!!!!」

 

 

その後も色々と感情をぶちまけようとしたが、海燕に本気で殴られたため吹っ飛ばされてしまった。

倒れ込んだ後ぼんやりと海燕の顔を見ると、見たことも無いほどの怒りの表情を湛えている。

 

 

「オメーが死んで何になるんだよ!?それが六車隊長の望みか!?バカなこと言うんじゃねぇ!!んなクソみてぇなこと考えるならなぁ!!あの人たちを何とかして助ける方法でも考えてる大馬鹿の方がまだマシだ!!オメーはそれ以下だ!!!!!見損なったぞ!!!!!」

「え・・・・・?」

「いいか!?オメーはとにかく生きるんだ!生きてりゃなんとでもなる!そしてもしもあの人たちが戻ってくることになったらオメーがその架け橋になるんだ!こんなことで負けんじゃねぇ!!俺の知ってる口囃子隼人はそんな男だぞ!!!正気になれよ口囃子隼人!!!」

「え・・・・・・!?戻って・・・くる・・・?」

 

 

訳が分からなかった。虚として処理されるはずじゃ、もう二度と戻ってこないはずじゃ。

状況の整理が出来なくなったが、海燕はある秘匿事項を隼人に伝えた。

 

 

「浦原隊長たちは現世に逃げたそうだ。ヒラの隊士以下が知ったらまずいから誰にも言うなよ。」

 

 

現世に・・・・・・逃げた?

ということは・・・まだ死んではいない・・・?

 

 

「拳西さんは・・・死んでないってことですよね?」

「ああ。恐らく今はな。死んだって情報も流れてねぇよ。」

 

 

一筋の希望の光が差し込んできた。

今死んでないなら、浦原は虚化実験の実行者ではない。

 

 

「そうですか・・・・・・。今死んでないなら、浦原さんなら何としてもあの人たちを助けるはずです。」

「はぁ!?あの人が虚化実験を「たとえ実験をしたとしても、あの人は人の命をそんな無下には扱わないですよ。」

 

 

今まで何度か浦原の右腕として霊術院での実験を手伝ってきたから分かるのだ。

この人には人の命を弄ぶ実験ができない。

この人の実験は全て、皆の将来がより良いものになるためのものばかりだった。

 

それに、実際そんな危険な実験をするとしたら、こんな形でバレるとは思えない。

もっと周到な計画を立て、誰にもバレないようにあの人ならやるはず。

そしてあの人が万が一にも実験を行ったなら、何らかの方法で虚化の犠牲者は既に死んでいるはず。

 

やっぱり嵌められたと見るべきだ。それも、護廷十三隊の誰かに。

 

 

「京楽さんと浮竹さんに今から会えますか?」

「いっ今から!?」

「事件の詳細を教えてもらいたいんです。・・・それに応じて、入隊の場所を変えるつもりです。」

「あぁ・・・。わかったぜ!必要な物を持ってまずは十三番隊に行くぞ!」

 

 

何年かかってもいい。この事件を解き明かしてやる。

そして数多くの隊長格を追放した者に、正当な裁きを与えてやる。

 

決意を決めた後、隼人はこの思いを決して忘れないために、文机の写真とお守り、そして拳西が死神として尸魂界に戻ってきた際に渡すために、替えの隊長羽織を持っていくことにした。

 

 

先ほどの自死を考えて虚ろな目をした表情は姿を消し、復讐の決意に満ちた顔で隼人は自宅を後にした。

 




学長は禁書目録のカエル医者がイメージです。


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護廷十三隊入隊篇
入隊


ここから尸魂界篇まではかなり展開が早いです。
入隊とか言いつつ丸々っと100年分やります。


海燕に頼み十三番隊の浮竹に会いに行き、地獄蝶で呼んでもらった京楽も来てくれた所で、隼人は一生のお願いをするつもりで二人に請願した。

 

 

「昨夜の事件の詳細を教えて下さい。お願いします。」

「・・・・・・何故知りたいのかな。」

「僕はこの事件を()()()()()()()()()()()()()()()と思っています。さっきみたいに錯乱した状態で言っているわけではありません。」

「・・・根拠は?」

「浦原さんの右腕として霊術院で働いていた時に感じました。この人が人の命を愚弄する実験をすることは出来ない。もし出来るなら・・・・・・きっと僕達の知らないうちに何人もの命が失われているはずです。・・・・・・・・・拳西さんたちはすでに死んでいるはずですよ。」

((!))

 

 

隊長二人からしたら隼人が知るはずのない情報を知っていたことに驚きを隠せないが、隣でそっぽを向いて頬をポリポリ掻いている男を見て合点がいった。

 

 

「全く・・・・・・海燕クンも口滑らせちゃダメでしょ・・・・・・。」

「すいまっせん・・・・・・。テヘッ」

「でも・・・いいのかい?()()()()()()()()()()。」

(!!)

 

 

隼人にとって盲点だった。

 

 

「キミを惑わすためにボク達は嘘の情報を教えるかもしれない。そしてキミを危険分子とみなしたらボク達は今すぐ殺すかもしれない。それでも信じるのかい?」

 

 

言われてみれば確かにそうだ。

この人達が黒幕として暗躍している可能性も十分ある。いや、実力を考えるとありすぎる。

京楽の頭脳を使えば並の隊長格を陥れることは可能だ。

隊長になって数年の浦原も、たとえ頭がキレていても経験という圧倒的な差がある。

 

浮竹も皆から慕われている裏で、本心は誰もわからないのかもしれない。

そして彼の霊圧量の高さから、やはりあの人達を陥れることは可能だ。

 

だが、やはり普段接しているのを見ると、彼らがそんな悪事に手を染めているようには見えない。

それに、彼らが暗躍なぞしたら、決して許さないあの方がいるのだ。

 

 

「信じますよ。だって僕は普段の貴方達を信じていますし・・・・・・山本総隊長に見つかったら貴方達はただじゃ済まないと思いますよ?貴方達に()()()()()()で禁忌を犯すことは出来ないと思います。」

 

 

二人は沈黙した後、軽く息を吐いて納得したような表情を見せた。

 

 

「山じいの名前出されちゃあねぇ・・・。」

「全くだ・・・・・・。覚悟はいいかい?」

 

 

朝に学長に言われた時とは全く違う、信念のこもった目で隼人は二人に告げた。

 

 

「はい!!」

 

 

 

 

隊長格しか知ってはいけないことを含めて改めて事件の詳細を聞くと、疑問点が生じた。

 

 

「何故東仙さんだけが生き残ったのでしょうか。」

 

 

その場にいた九番隊席官は東仙以外全員死んでいる。

そして浦原が犯人なら口封じのために確実に東仙を殺すはずだ。生き残らせるメリットが無い。

唯一殺されず、虚化の犠牲にもなってない。この異様な特異さが気になって仕方がない。

 

いや、別の可能性も考えられる。

虚化に何かしら耐性を持っている。だとしたらこちら側に有利に働く。

 

しかしもう一つの可能性を考えた途端、非常に恐ろしい事態に辿り着く。

 

 

()()()()()()()()

 

 

この場合、東仙はこちら側の明確な敵だ。

そして今までずっと全くそれを気付かせない以上、隠密性では圧倒的に向こうの方が先手をとっている。

 

だが、そう考えると浦原が黒幕という可能性も再浮上した。

浦原のスパイとして東仙を尸魂界に残した。

何らかの方法で現世と尸魂界で秘密に通信する技術を浦原が開発している可能性も十分にある。

 

いやそう考えさせることがむしろ向こうの策略じゃ・・・。

と考え始めてしまい堂々巡りに陥り、もう訳がわからなくなってしまった。

 

 

「あーーーーーーーー!もう訳が分かりません・・・。」

「煮詰まるのも仕方ないよ。俺も京楽も謎に思う部分は多いからさ。」

 

 

だが、隼人の煮詰まった考えの中でも、一つの結論は出た。

 

 

 

東仙要は敵。

 

 

 

この結論が出てしまった以上、九番隊に入るのは危険だ。危険すぎる。

ただでさえ拳西と普段一緒にいたのだ、この事件後に九番隊に入れば確実に彼に目を付けられるだろう。

 

そしてもう一つ。

 

 

 

東仙要の裏にさらなる悪が潜んでいること。

 

 

 

五席の人間が一人でこんな完璧かつ大それた事件を起こすことは不可能だ。

東仙が浦原を裏切った可能性などもあるが、おそらく真の黒幕はここ尸魂界にいるはずだ。

 

海燕に言われた、何としても生きること、そのためには九番隊入隊を止めるしかない。

 

 

「九番隊は止めます。僕が生きていく上ではあそこに入るのは危険ですし。あと・・・、」

 

 

静かではあるが並々ならぬ怒りを湛えて隼人は東仙を軽蔑した。

 

 

「上司の拳西さんを裏切った可能性のある男の下にはつきたくないですから。」

 

 

隊長二人と海燕はその怒りを無理に止めることなく、しっかりと受け入れていた。

そのうえで京楽は、少しでも隼人を落ち着けるためにいつも通りのノリで話題を変えることにした。

 

 

「・・・・・・九番隊止めるなら八番隊でも来ない?可愛い女の子連れてきてくれると嬉しいな~~♡」

「たしかに第二希望ですが・・・。今は考えさせてください。」

「それでいいさ。ずっとカリカリするのも良くないよ。」

「何かあったら何でも俺に相談しろよ!俺はオメーの兄貴みてぇなモンだしな!」

「認めませんけどね。」

「うるせぇ!いい加減認めろよ!」

 

 

三人のちょっとした心遣いのおかげで隼人もだいぶ精神が安定してきたようだ。

もちろん今までのような元気な姿はしばらく見られないだろうが。

 

 

「ボクも彼も、傷は癒えるまで時間がかかりそうだね・・・。」

「そうだな・・・。俺達も色々調査するべきだな。」

 

 

魂魄消失事件は犠牲となった者だけでなく、残された者にまで深い傷をもたらした。

 

望まない人体実験に巻き込まれた隊長格。

彼らを信頼していた瀞霊廷の住人。

 

各々の負った傷は深く刻まれ、消えることはないが、何としても乗り越えねばならない。

 

 

事件の解明、そして現世に追われた隊長格が尸魂界に戻れるよう、隼人は行動を移し始めた。

 

 

 

 

院の授業に復帰した際は、いつも喋る仲間も腫れ物に触るかのような扱いだったが、仕方ない。

射場とは喧嘩したわけでもないが、彼自身何と話せばよいのかわからないように見えたので、少し距離をとることにした。

 

そして、やはりあの日負った心の傷が大きかったからだろうか、成績不振に陥ってしまい、夏の試験、そして卒業試験もあまりいい成績は取れず、射場や勇音とは違い入隊時に席官の座を手にすることは出来なかった。

 

 

あれから進路を考えた結果、七番隊に入隊することにした。

 

理由は信頼できる京楽が違う隊でもそれなりに近くにいること。

東仙の友人が隊長になる可能性があるという噂を聞いたこと。

そして、あえて今までの自分との関わりが薄い隊に入りたかった、などがある。

 

七番隊は実はあまり訪れたことがなく、ラブと話すのは外で話すことが多かった。

副隊長の小椿(こつばき)刃右衛門(じんうえもん)も息子の霊術院入学に合わせて休隊するという噂を聞いたので、隊が一新されるなら入るのもアリかと考えた結果だ。

 

 

 

 

霊術院卒業から数年後。

 

 

自分のルーツが特殊だったため何かと難癖をつけてくる人もいたが、とにかく強くなることを目標に奮起した結果、数年で七番隊第三席の座を手に入れることができた。

同時に五番隊隊長に藍染惣右介が就任し、一緒で良かったねと言われた。何が一緒なのかは分からないが。

 

自力で鬼道を鍛錬した結果、八十番台の鬼道を詠唱破棄で制御できるようになり、九十番台も完全詠唱すれば発動できるようになったのだ。

威力は全然ついてこないまだ形だけの鬼道だが、この成果が認められた結果が今の階級である。

 

 

隊長不在でさらに副隊長も休隊したため、実質的に自分が隊長代理を務めることもあった。

 

隊主会には出ないものの、決定事項は隊内に通達する。

毎年霊術院卒業生の受け入れを行い、隊に馴染んでもらう。

 

他にも色々ありすぎたので、困った時は京楽と浮竹にアドバイスを貰い、何とか対処してきたのだ。

 

そして隼人が院を卒業して二十年後。

 

新九番隊隊長に東仙要が。

 

 

そして、新七番隊隊長に狛村(こまむら)左陣(さじん)が就任した。

 

 

「新たに七番隊隊長に就任仕った、狛村左陣と申す。貴公らにはこのような姿で申し訳ないが、このまま接してくれ。」

「よろしくお願いします。」

 

 

虚無僧のような鉄笠を被って顔を隠し、手甲で手を隠しているため、朝礼の際に自己紹介されても皆当惑していたが、自分が率先して挨拶をして皆に馴染んでもらおうと尽力した。

 

 

実際の狛村は固い性格だが気魄であり、十分信頼に値する男だと分かった。

狛村も隼人の複雑な事情はあえて聞こうとせず、お互いに丁度いい立ち位置で関係を築くことができた。

 

 

 

ある日、隼人は狛村に自身のお守りをきっかけにほんの少し自分の過去を話した。

 

 

「貴公の首から下げているものは何だ?」

「えっ?あ、これですか。これは・・・・・・昔貰ったお守りです。」

 

 

首から下げ、死覇装の内側に本体を入れていたお守りを狛村に見せた。

あまり思い出に踏み込むと未だに感情の制御が危うくなるため、いつもお守りについて聞かれると何を言おうか考えてしまうのだ。

顔が見えないため表情が掴めず怒っているかと心配になったが、どうやら単純に興味を抱いただけのようだ。

 

 

「いや、済まぬ。儂が純粋に気になっただけだ。いつも中身は死覇装の中に隠れておる故な。なるほど、お守りだったか。」

「はい。二十年も首から下げているのでボロボロですが、とっても大切な物なんです。」

「ほう。そのお守りはきっと貴公を助けてくれるはずだ。」

 

 

良かった。今回は感情が昂らずに済んだ。

 

護廷に入って以来、隼人は人前に出る際に感情の機微をほとんど見せなくなった。

そのため、院の同期からは心配されることもあったが、先輩からは物静かな奴なのかなという認識になり、院にいる頃に比べると全くといってもいいほど目立たない存在になった。

 

もちろん三席になった際は注目されたが、それ以来は一切昇進してないので話題に上がることもなかった。

 

少し安心した所で、今度はまた別角度の行動について聞かれた。

 

 

「それと・・・・・・貴公はよく斬魄刀の鍔に額を付けて何かしておるが・・・。」

「あぁ、あれですか。」

 

 

今まで誰からも聞かれることの無かったことを初めて聞かれてびっくりしたが、まさか狛村にこれを最初に話すとは思ってもみなかった。

 

 

「祈りを捧げているんです。力を貸してくれ~って。そうやって祈ったら何だかいつもより力が出そうな気がするんですよ。霊圧知覚とか特に。」

「ほう・・・・・・。」

 

 

初めて話すことに対し、鉄笠で顔は見えないが狛村は何だか考え込んでいるように見えた。

 

 

「あ、でも他にも色々祈ってます。今日も仕事上手くいきますように、とか、いいことありますように、とか。いつも誰にも聞こえない声で斬魄刀に祈ってます。ぼそぼそって。」

 

 

これは事実を交えた嘘だ。

 

先ほど口にした内容を祈ることもあるが、本当にいつも祈っているのは、あの日の事件が嘘であってほしい、拳西さんたちと仕事したい、いつも通り話したい、など、到底狛村の前では口に出せる話ではない。

 

そして未だにあの日の事件に囚われている自分に絶望し、涙が止まらなくなることが何度もあった。

今でもそうだ。

毎日隊舎寮に帰り斬魄刀に祈りを捧げる度に、空虚感と絶望感に襲われ、号泣してしまう。

外では何とか普通に振る舞っているが、家に帰ると精神はボロボロだった。

 

 

「ほう。」

 

 

嘘がバレちゃったかな?と心の中で軽く焦ったが、想定外の角度からの言葉が返ってきた。

 

 

「・・・・・・儂(俺)でよければ何でも聞いてやる。無理をするな(無理すんじゃねぇよ)、隼人。」

「あ・・・・・・。」

 

 

何故か狛村の言葉が拳西からの言葉に聞こえてしまったのだ。

隊主室に座っている拳西の姿と今の狛村の姿が異様に重なってしまい動揺を隠せない。

生来の感情表現の強さが出て泣いてしまいそうになったが、左手で斬魄刀の柄を必死に掴んで抑えた。

 

こういう時はあえて今の話題からそらせばいい。

 

 

「狛村隊長から名前で呼ばれるの初めてです。いっつも『貴公』って呼ばれますし・・・。何か新鮮ですね。」

「儂が信頼する部下を名前で呼んではまずいか?」

「そんな。滅相もございません。」

「ならばこれからも名前で呼ばせてもらおう、よろしく頼むぞ、隼人。」

「はい!精進致します。」

 

 

何だか不思議な話だ。

自分の隊に新たに来た隊長が、まるで自分を育ててくれた男に似たように感じるのが。

 

だが、この気魄のこもった無骨な男は心から信頼に値する。

この日から隼人は狛村に全幅の信頼を寄せるようになった。

 

 

拳西さん。僕は凄く恵まれた上司に出会えましたよ。

 

 

 



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登場人物紹介3

主要登場人物

 

口囃子(こばやし)隼人(はやと)

 

本作の主人公。護廷十三隊・七番隊第三席。

自分を助けてくれた拳西を心の底から慕い、信頼している。

怒涛の成長をし、鬼道の腕前だけでわずか数年で三席まで上り詰める。

その分、始解習得後も始解の特性上、剣を使った戦いは相変わらず苦手。

魂魄消失事件で心に深い傷を負い、以前のような表情の豊かさが失われた。

多くの後輩に副隊長を先に越されるも、仕方ないと半ば諦め気味。

拳西にもらったお守りをネックレスにして下げている。

 

 

射場(いば)鉄左衛門(てつざえもん)

 

護廷十三隊・十一番隊席官→七番隊副隊長。

隼人の心の友。あだ名は射場ちゃん。広島弁の使い手。

余りにも辛い経験をした隼人に一時期何と言葉をかければいいかわからず、自身の不甲斐なさを悔やんだ。

母親が病気になり、治療費のために努力し副隊長になった。

元十一番隊ということもあり、バリバリの戦闘気質。

 

 

京楽(きょうらく)春水(しゅんすい)

 

護廷十三隊・八番隊隊長。笠をかぶった派手な身なりの死神。

親代わりの拳西を失った隼人の叔父さんみたいな役回りになってしまった。

以前のように表情豊かな隼人に戻ってほしいと心から願っている。

ただ、自身もリサを失ったことによる喪失感が大きく、数十年後副隊長になった七緒をあまり前線に出さないようにしている。

 

 

浮竹(うきたけ)十四郎(じゅうしろう)

 

護廷十三隊・十三番隊隊長。白髪で長髪の死神。

志波海燕を副隊長にさせることに成功して非常に喜んでいた。

そして三席の女子と結婚したと聞いたときは泣いて喜んでいた。

前よりも体調が安定せず寝込みがちだが、回道の得意な勇音の妹が十三番隊に入ったおかげで比較的元気になる。

自身の進退について考え始めるも、とある事件で彼も心を傷めてしまう。

 

 

伊勢(いせ)七緒(ななお)

 

護廷十三隊・八番隊隊士→八番隊副隊長。

鬼道の腕前だけで副隊長に上り詰めた女傑。

ただ、隼人と違い浅打を自分の物に出来なかったことを悔しく思っている。

院を卒業しても隼人から相談を受けることがあるが、内容の変化で隼人が深く傷ついていることを認識し、励まそうと頑張っている。

女性死神協会復興のために奮起する。

 

 

志波(しば)海燕(かいえん)

 

護廷十三隊・十三番隊副隊長。

浮竹に根負けして副隊長になり、獅子奮迅の活躍を見せる。

相変わらず隼人にとってうざい先輩だが、前よりも信頼度は格段に上がった。

同隊三席の都さんと結婚し、幸せな家庭を築く。

しかしとある事件に巻き込まれることに。

 

 

狛村(こまむら)左陣(さじん)

 

護廷十三隊・七番隊隊長。

東仙要の九番隊隊長就任と共に自身も隊長となった。

東仙の友。三席の隼人、そして後に副隊長になった射場を心から信頼している。

しかし笠を被り、あまり心を表に出さない。

隼人の始解と親和性の高い戦い方が可能である。

 

 

檜佐木(ひさぎ)修兵(しゅうへい)

 

護廷十三隊・九番隊席官→副隊長。

頬に彫った数字を見た瞬間の隼人の顔に怯えていたが、その後は仲良くしている。

隼人にとって一番信頼でき、可愛がっている後輩。

自身が副隊長になっても階級が下の三席の隼人にだけは敬語を使っている。

乱菊にメロメロ。

 

 

虎徹(こてつ)勇音(いさね)

 

護廷十三隊・四番隊席官→副隊長。

心優しいが気弱でもある。

背が高いことが唯一にして最大の悩み。

山田清之介が真央施薬院に引き抜きされたことで、卯ノ花が後任として選んだ。

 

 

 

サブの登場人物

 

朽木(くちき)白哉(びゃくや)

 

護廷十三隊・六番隊席官→隊長。

冷静になったかと思いきや、あんまり本質は変わってなかったりする。

 

卯ノ花(うのはな)(れつ)

 

護廷十三隊・四番隊隊長。

回道の技術を隼人に教え、戦闘補助としての道を示す。

 

松本(まつもと)乱菊(らんぎく)

 

護廷十三隊・十番隊副隊長。

出世が早く、ギン、射場の次に副隊長となった。隊長のサボり癖が悩み。

 

藍染(あいぜん)惣右介(そうすけ)

 

護廷十三隊・五番隊副隊長→隊長。黒縁メガネのヨン様死神。

平子が尸魂界を追われた後、数年後に後継として隊長に就任する。

 

市丸(いちまる)ギン

 

護廷十三隊・五番隊副隊長→三番隊隊長。

何だか不気味な副隊長。干し柿が大好き。

 

黒崎(くろさき)真咲(まさき)

 

滅却師。

鳴木市臨時駐在任務の際に出会った女子高生。静血装(プルート・ヴェーネ)が得意。

 

砕蜂(ソイフォン)

 

護廷十三隊・二番隊隊長。

自身の手で夜一を捕らえるため、修行を重ね隊長まで上り詰める。

 

草鹿(くさじし)やちる

 

護廷十三隊・十一番隊副隊長。

幼児同然の死神。一瞬にして隼人が心を閉ざし気味なのを見抜く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

六車(むぐるま)拳西(けんせい)

 

護廷十三隊・元九番隊隊長。

虚化実験の犠牲となり、現世逃亡中。

 

 

 

 



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(えにし)

何もない、真っ白な場所だ。

ここはどこだ。一体どこに迷い込んだのか。

分からなかった隼人は目印を探すために歩き始めた。

 

少し歩くと、誰かがいるように見えた。

目を凝らしてみると、誰かの後ろ姿。

背中には九の文字。袖なしの羽織と死覇装。銀髪のあの男だ。

 

やっと会えた。尸魂界に戻って来れた。

一目見たい。会って話をしたい。

全力で走るが、走っても走ってもなかなか追いつかない。

あの人は歩いているのに、いくら走っても追いつかない。

 

やっとの思いで追いつき、男の肩に触れた瞬間。

 

 

 

 

煙のように跡形もなく男は消え、世界は真っ暗になってしまった。

 

 

 

 

 

 

もうこの夢を何度見ただろうか。

この夢から覚めて何度現実に絶望し、号泣しただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狛村左陣が隊長に就任してさらに二十年が経った頃。

 

 

「京楽隊長。大霊書回廊から資料を持って参りました。こちらでよろしいでしょうか。」

「ありがとう。ごめんね~ついでに持ってきてもらっちゃって。」

「いえ。狛村隊長も構わないと仰ってましたし、問題無いですよ。」

 

 

京楽が調べものをするために図書館から本を探したが、大霊書回廊にしか目当ての本が無かったため、たまたま七番隊で行く用があったこともあり、おつかいを頼まれたところだ。

公私混同であり本来なら注意すべきだが、京楽の頼みでもあるので狛村に頼み、無理を言ってもらった。

 

お礼にお茶を出されたので、少しだけ付き合うことにした。

 

 

「狛村隊長はどうだい?」

「信頼に値しますよ。むしろ今の言葉遣いが失礼に感じるくらい。」

「そうかい。それはよかった!」

 

 

狛村の就任から二十年経ち、少しずつだが彼についてさらに色んなことを知ったのだ。

 

肉が好きだが、人参は食えたものじゃないと悉く嫌っていること。

独特な絵のセンスを持っていること。

犬の四郎を飼っており、皆気に入ったため隊舎に犬小屋を作ったこと。

 

彼の人柄を知った隊の皆も隼人と同じように信頼していった。

 

そんな様子を見抜いたからこそ、京楽は隼人に何度も副隊長になることを薦める。

 

 

「本当にいいのかい?今のキミなら副隊長にもなれそうだけど・・・。」

「僕はやっぱり鬼道だけですから。斬拳できない内は僕が副隊長になるのは良くないと思うんです。最近副隊長になった市丸さんも斬拳走鬼全部揃っているじゃないですか。それに未来の三番隊隊長候補だとか。無理ですよ。」

「彼は特例だよ。天才だし。実はね・・・。」

 

 

ここで隼人を揺さぶるはずの京楽の考えを打ち明けることとなった。

 

 

「八番隊の次の副隊長は、七緒ちゃんに任せようと思っているんだ。」

(!)

 

 

七緒も隼人と同じで鬼道に非常に長けた隊士であり、現在は席官を務めている。

その七緒が副隊長になったら、隼人も副隊長になっていいのでは、と京楽は考えているのだ。

 

もちろん、揺さぶられた。

斬魄刀を持たず、鬼道に長けた七緒が副隊長になるという先例があれば、隼人自身も副隊長になるハードルが下がる。

 

だが、それは心の中で微妙に納得がいかなかった。

 

 

「七緒さんが副隊長になったら確かに僕も副隊長になりやすくなるかもしれません。ですが、七緒さんは七緒さんだから副隊長に向いていると僕は思います。普段の様子から見ても息ピッタリですよ。」

「えぇ?そうかい?ボクと七緒ちゃんが息ピッタリ?七緒ちゃんに報告しないとなァ~~♡」

「張り倒されますよ?・・・・・・だから僕は副隊長には向いてないです。他がいますよ。」

「う~ん、参ったね・・・しょうがないか・・・。」

 

 

何とか諦めてくれたが、また薦められそうだとは思う。

狛村も「隼人のやりたいようにやれ。」と言っていたので、結局ならないだろう。

 

一番の理由は、七番隊副隊長に適した人物が他にいるからだ。

もっとも、現在は副隊長になれる程度の実力は持ってないので、機が熟すまで待つつもりだが。

 

そんな感じでごめんなさいと何回か言っていると、噂をすれば何とやら、霊圧知覚で七緒が隊主室に近づいているのが分かった。

 

 

「あ、七緒さんここに来るんじゃないですか?僕もう帰りますね。お邪魔しました。失礼します。」

「え~~もうちょっとお茶してか「僕も仕事がありますし七緒さんに怒られるので。」

「つれないなぁ~~~・・・・・・、あ!!・・・・・・さっきの話、七緒ちゃんには内緒ね?」

「言われなくとも内緒にするつもりでしたよ。それでは。」

 

 

半強行突破で八番隊隊主室を出た後、案の定七緒とすれ違ったので挨拶しておいた。

 

 

「こんにちは。」

「お疲れ様です。」

 

 

以前に比べるとお互い忙しくなったのであまりこういう場で長話することは無くなったが、個人的に相談することは相変わらず多い。

今の段階で席次はこちらの方が上だが、やっぱり七緒はお姉さんなので相変わらず敬語で接している。

髪を以前より伸ばし三つ編みにして縛っているため、見た目が何となく(というか結構?)リサに似ているのも隼人が敬語で接する要因でなくはない。

 

(七緒さんが副隊長か・・・。ますますお姉さんって感じになりそうだな・・・。)

 

 

そして七番隊に帰り、今度の十三番隊との合同演習のための準備書類を作成することにした。

 

 

 

 

きりのいい所で終わらせるために少し残業をして仕事を終わらせ、帰り支度をしていた所で、七番隊に思わぬ客が来た。

 

 

「こんばんは・・・。」

「あれ、七緒さん?こんな遅い時間に・・・。」

「やあ。ちょっと邪魔するよ。」

「京楽隊長まで!何かあったのですか?」

 

 

七番隊は基本的に狛村の方針で残業とは無縁のため、今この場にいるのは隼人だけだった。

うっかり声が大きくなってしまったが、誰もいないためホッと胸を撫で下ろした。

しかしわざわざ終業後に何の用だろうと思ったら、それぞれ相談したいことがあるとのことだった。

 

二人の相談内容は、やはり仕事時間外にするべき内容。

まずは京楽からだ。

 

 

「実は海燕クンが十三番隊三席の女の子と結婚するらしくてね。お祝いに何かあげようと思うんだけど、隼人クンも何か贈るかい?」

「えっ結婚ですか。それはおめでたいですねぇ。・・・でもあの人何あげても難癖つけてきそうですよ・・・。」

「まっさか。きっと喜んでくれるよ。可愛がってる後輩から贈り物されたら誰だって嬉しいよ。」

「そうですか・・・。じゃあ考えてみます。」

 

 

正直考えてみるという手段すら昔だったら取らなかっただろう。

絶対あげたくないだの馬鹿にされるだのわめいて、きっと結婚式当日も平子や浦原に対するひよ里みたいに散々文句ばっかぼやいていただろう。

 

大人になり、考え方が変わったのだろうか。それとも、あの人達がいなくなってそうも言ってられなくなったのだろうか。

 

後者について考え始めるとまた心の抑えが効かなくなる予感がしたので、前者の考えを取ることにした。

 

 

「何がいいですかね?」

「隼人クンが欲しい物でいいんじゃないかな?自分が結婚した時に何か欲しい物あるかい?」

 

 

自分の結婚。

考えたこともなかった。今まで仕事ばかりで家に帰っても精神がボロボロになることばかりで、プライベートを考える余裕すら無かった。

考えたこともない生活など想像もつかないので、今欲しいものを考えると。

 

 

 

 

 

今欲しい物は、やはりあの頃の生活。

ダメだ。これ以上考えてはいけない。この人達の前で情けなく泣くのはダメだ。自分が許せない。

 

適当に雑貨屋で新生活にオススメの物を買おう。

少し俯き、声を震わせかけた状態で適当に考えた物を京楽に告げた。

 

 

「・・・・・・食器とかですかね。お揃いのやつとか。」

「いいんじゃないかい!?なかなかいい考えだよ。」

「そうですか?ありがとうございます。」

 

 

京楽の顔を直視すると我慢できなくなりそうだったので、目線を逸らしたが、何となく心配そうな顔をしていた。申し訳ない。

 

 

次は七緒からの相談だった。

 

 

「実は、女性死神協会を復活させたいんです。」

「え?あ、へぇ~!いいんじゃないですか?」

「ですが、どのようにやればいいのかすら見当もつかなくて・・・。」

 

 

それなら簡単だ。卯ノ花に頼めばすぐにでも作ってくれるだろう。

基本的にあの人の道楽のためにあったようなもので、あの人が声をかければ幹部格の女性死神は皆喜んで復活に協力してくれるはず。

 

 

「卯ノ花隊長に頼めば大丈夫だと思いますが「それは京楽隊長にも言われました!」

「え?」

 

 

どうやら七緒は別の意味で情熱を燃やしていた。

 

 

「以前の女性死神協会は確かに楽しかったですよ!ええ!でもやはりもっとこの死神社会にとって役立つ組織にしたいのです!女性死神が安心して職務を全うできる、そんな社会になってほしいと思うのです!」

「あ・・・あぁ・・・はい?」

 

 

何だかやけに鼻息を荒くしている。普段の落ち着いた七緒とは大違いだ。

その後も女性が活躍できるようにしたいなどの野望を熱心に伝えている。

彼女の女性死神に対する思いは十分理解できるものだ。

女性にとってよりよい社会になってほしい、その熱意はしっかり受け取った。

 

 

「それでも卯ノ花隊長に言えばいいのではないでしょうか?」

「え?そ、そうですか?」

「その思いはしっかり卯ノ花隊長も受け取ってくれると思いますよ。男の僕でも理解できますから。」

「はぁ・・・ありがとうございます。」

 

 

正直この話題もあまり長く続くと隼人の心に響いてしまう。

紅葉狩りと新年会の行事を思い出してしまう。

あの時の楽しい思い出が瞬時に頭の中で蘇り、二度と戻らない物として黒く塗りつぶされていく。

 

自身の斬魄刀の柄を握り締め、何とかこらえることができた。

 

 

 

二人の相談も終わり、七緒を隊舎まで送った後、京楽から飲みの誘いが来た。

おそらく今日は帰ったらまた枯れるほど泣いてしまいそうなので、素直に誘いに乗ることにした。

 

浮竹も誘ったらしく、彼は部下の結婚が嬉しいからか終始幸せそうであった。

 

 

「いやー嬉しいよ!部下の結婚ほど幸せなものはないね!俺は何て幸せなんだ!」

「珍しく酒進んでるね~浮竹。」

「こんな日は久々だよ!ほら、隼人君も飲んだ飲んだ!」

「えっあ、ありがとうございます。」

 

 

いつもは京楽を窘める側なのに、今日の浮竹は海燕の結婚がよほど嬉しいのか酒の進みがえらく速い。

お元気でいらっしゃいますかとまるで総隊長にでも言うかのように聞くと、満面の笑みで「ばっちりだ!」と返ってきた。何も心配は要らないだろう。

 

 

 

あれから酒も少しは飲めるようになった。

元々弱いだろうなと思っていたが、院の卒業記念に派閥の友達と初めて酒を飲んだ際はすぐに顔が赤くなりダウンしてしまったのだ。

その当時も射場とは会話がぎこちなくなり、申し訳ない思いをさせてしまったと思っている。

 

 

「キミはいつもチビチビ飲んでいるけど、あまり得意じゃないのかい?」

「はい。実はすぐ潰れちゃうんです。初めて院の友達と飲んだ時もでしたし、その前も・・・・・・・・・!」

「その前も?飲んだことあるのかい?」

 

 

ダメだ、思い出すな。

 

 

「いっ・・・・・・いえ・・・・・・。」

 

 

だが、酒が回っていたせいか、脳内で抑えていた思い出の復活を止めることが出来なかった。

 

 

四回生の時の新年会。

こういう機会が滅多にないせいか、酒を飲んでいないのにテンションが上がってしまい、まるで酒に酔ったかのようになってしまったのだ。

 

同席していたのは、丁度いなくなった四名の隊長。

 

 

「酒飲んでないのに・・・メチャクチャ怒って・・・メチャクチャテンション上がって・・・。ヤケ食いして・・・デコピンされて・・・泣きそうになって・・・・・・それでもすごく楽しくて・・・・・・。」

 

寝ちゃって起きた後はおんぶされて夜空を見て。

普通の会話だけど嬉しくて。

 

平凡で楽しかった思い出が蘇って止まらなくなり、やっぱり我慢出来なくなってしまった。

腿の間に手を挟んで擦り我慢していたが、もう限界だ。

 

人前でこらえていた涙がぽろぽろこぼれてしまった。

 

 

「ごめ・・・・・・なさい、ごめんなさい・・・・・・。」

 

 

泣いている顔を見られたくなくて頭を机につけた。

鼻水もとまらない。机は大変なことになっているかもしれない。

 

でも、一度泣いてしまったらこらえていた思いがどんどん溢れ出てしまった。

 

 

「ずっと、夢に・・・・・・出てくるんです・・・・・・。拳西さんの、背中が出てきて・・・・・・・・・追いかけても・・・届かなくて・・・・・・やっと追いついたと、思ったら・・・消えちゃって・・・そんなのが、ずっと夢に出てきて・・・辛くて・・・・・・寝るのも怖いんです・・・・・・。」

 

 

いつまでも拳西らの幻影を追っている自分が情けない。

でも断ち切ろうとしても断ち切れない。夢にまで何度も出てくる。

 

まるで呪いだ。

 

 

「どう付き合っていけばいいか・・・・・・分からないんです。入隊してから、ずっと・・・・・・わから、ないんです・・・・・・。」

 

 

七緒や狛村にも言えなかった苦しみをようやく打ち明けることになった。

 

 

 

 

 

ここまで辛い思いを抱えているとは思っていなかった。

普段の隼人を見ても、笑いこそするものの表情を失い、辛そうな顔をするときはまるで何かにすがるようにいつも斬魄刀を掴んでいた。

下を向き肩をわずかに震わせ、口をきつく結んで斬魄刀を掴む姿は非常に痛ましく、見ているこちらが辛く感じるほどだ。

 

特に最近はその行動が増えたので、精神的に危険だと思った京楽が飲みに誘って気持ちを吐き出させたが、まさかあの事件をここまで引き摺っているとは。

 

これは慎重な対応が必要だ。

浮竹もそれを悟り、隼人の精神を安定させるために言葉をかけた。

 

 

「変に忘れようとしたり、押し殺さなくていいんじゃないかな。ボクは何とか受け入れられたよ。」

「大丈夫だ!時間が解決してくれるさ!辛くなったら俺にいつでも打ち明けてくれて構わないよ!」

「それじゃあ今の解決になってないでしょ浮竹。・・・辛くなったら遠慮しなくていいからね。七緒ちゃんや狛村隊長には言いづらいでしょ?キミが辛くなったらボクも相談に乗るから、大丈夫。」

 

 

 

 

二人のかけてくれた『大丈夫』が、冷たくなった隼人の心には温かすぎた。

 

 

いつの間にか隣に来た二人に背中をさすられた瞬間、初めて隼人は拳西以外の人前で声をあげて泣いた。

 



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志波海燕の結婚式は、見てるこっちが恥ずかしくなるものであった。

 

いつもの死覇装とは違い、黒紋付羽織袴を着た海燕は、自信に溢れた顔をしており、いかにも幸せそうな顔をしている。

隣を歩く白無垢姿の都さんも清楚で気品のある美しさだ。

 

初めて人の結婚式に参列した隼人は、おぉ・・・画になる・・・。と二人の姿に目を奪われ、狛村にも笑われてしまった。

 

その後の宴会の際に、贈り物として箸を渡した。

夫婦で使えるよう色違いのものだ。

 

 

「おーー!箸か!丁度いいモンだぜ!ありがとな!!」

「それは何よりです。お二人ともお幸せに。」

 

 

幸せの溢れる空間だ。

浮竹は嬉しさのあまり式が始まる前からずっと泣いている。京楽がなだめている光景が非常に珍しい。

 

しかし、問題は宴会の途中に挟んだ海燕の挨拶だった。

 

 

「皆さん・・・聞いて下さい・・・。」

 

 

一体何が始まるのかと思えば、聞いているこっちが恥ずかしくなるほどのクサイ台詞を連発し始めたのだ。

 

 

「都・・・。俺はこの尸魂界で都ほどキレイな人はいないと思っているんだ。俺はもうオメーしか見えねぇんだ。なぁ都・・・。俺は何があってもオメーの味方だ。これからもずっと俺と一緒にいてくれ。俺が護ってやる。」

 

 

正直、絶句してしまった。久々に声を荒げてツッコミを入れそうになるほどだ。

こんな気障でクサイ台詞よく皆の前で言えるな!つーか都さんの愛の気持ちも覚めるんじゃ・・・。と思ったら。

 

 

「海燕さん!!!」

 

 

感動したのか、都さんは海燕に抱き着いていた。

いや奥さんもなかなか変わってるな!

 

もちろん場の盛り上がりは最高潮に達し、皆さらに酒が進み、浮竹はさらに感動して涙を流していた。男泣き待ったなし。

だが、その後も続く海燕のクサイ台詞についていけなくなった隼人は、耐えられなくなり場を後にした。

 

 

 

 

海燕の結婚式から十年。丁度隼人が護廷十三隊に入隊して五十年近くが過ぎた頃だ。

 

狛村からとんでもない知らせを聞いた。

 

 

新たな十一番隊隊長の就任。それに合わせて副隊長も新たに就任。

 

それは、前に隊長を務めていた男が斬り合いで絶命したことを意味する。

 

 

「それって・・・新たな『剣八』が生まれたってことですか?」

「ああ。十一代目になるそうだな。更木というそうだ。更木剣八。」

「へぇ・・・。」

 

 

何となく射場が気になった。

彼は十一番隊で現在席官を務めており、おそらく隊長の決闘を見ているつもりだ。

そして彼は、十一番隊で昇進することを望んでいたのだ。

 

突然の来客により、自ら望んでいた地位を横から掻っ攫われたようなものだ。

心配になった隼人は、どちらかというと足が向かない十一番隊に終業後行ってみることにした。

 

 

実は隼人は十一番隊から相当毛嫌いされている。

十一番隊は『戦闘専門部隊』の異名を持ち、直接攻撃系の斬魄刀を持つ者しかいない。

鬼道系の斬魄刀を持つ者や、鬼道を中心に扱い戦う者は軽蔑されるため、もろに嫌われてしまっているのだ。

 

射場の取り計らいもあり少しは改善されたが、相変わらず向こうの人達は新入りすらタメ口で話してくる。野蛮なことこの上ない。

 

もちろん今日も同じだ。

 

 

「あの・・・。射場ちゃんいますかね?ちょっと話したいんだけど。」

「あぁ?何だテメェ?テメェ如きが射場さんに会うなんざ百年早ぇんだよ!」

 

 

お前が知り合うのより五十年前に同期だったんたんだけどな。

よりによって新入りにかなり舐めた口を叩かれてイラっとしたため、実力行使に出た。

 

 

「縛道の一 塞」

「ひぎゃあ!!!」

 

 

ただ腕を軽く拘束しただけなのに情けない。こんなんで十一番隊に入ったのかよ。

 

 

「もう何でもいいから教えて。時間の無駄。」

「え・・・・・・えっと、四番隊にいます・・・・・・お願いですから殺さないで下さいすみませんでしたすみませんでした!!!!!」

「そうかい、ありがとうじゃあね。」

「ぐぁっ!!!」

 

 

癪に障ったので胸の中心に手を当てて白伏を発動し、一定時間気を失わせといた。メチャクチャ怯えていたがそんなに怖い顔をしていたのだろうか。

十一番隊にいて調子に乗っているクセに命乞いとは呆れて物も言えない。

 

これは射場から指導を入れた方がいいなと考え、先ほどの隊士から教えてもらった四番隊に一先ず向かうことにした。

 

 

四番隊隊士から射場の居所を教えられると、鍛錬でケガをして治療を受けているそうだ。

 

病室に連れて行ってもらうと、射場の他に勇音もいた。

何だか霊術院時代みたいだ。懐かしい。

 

 

「あれ、勇音さんもいたんだ。っていうか射場ちゃん大丈夫なの?」

「心配いらん!虎徹に治してもらったけぇもう帰れるわい!」

「あぁダメですよ射場さん!そんな急に立ち上がったら!」

 

 

 

以前射場とは関係がぎこちないものとなっていたが、飲みに誘われた際にわだかまりは解消できた。

案の定射場は声をかけられない自身の不甲斐なさを大変悔やんでいた。何度も済まんと謝られた。

助けてやりたかったと何度も言われた。

 

その射場の心意気が嬉しかったからこそ、隼人も射場に謝ったのだ。

今まで距離とってごめん、と。また前みたいに話そう、と。

 

丁度京楽達に自身の心の闇を打ち明けられるようになった時だったからこそ、射場の気持ちを素直に受け入れられた。こちらの非を詫びることができた。

きっと自分の心の中であの人達への追憶を燻ぶらせていた時だったら、ただ射場に「気にしなくていいよ。」と突き放す言い方をしてしまっただろう。

 

そして、この日以来悪夢を見ることは無くなった。

あの人達が戻ってきてほしいと斬魄刀に祈ることはあっても、絶望で涙を流すことはなくなった。

 

京楽達に辛い思いを吐きだし、射場とのわだかまりを解消した副次効果だろうか、少しずつあの日の事件の辛い思いを受け入れ、消化していったのだ。

 

四、五十年経ってようやく、ほんの少しずつだが前を向いて歩けるようになった。

 

 

そして今、以前のように普通に会話できる程に関係は戻っていた。

射場は五席、勇音は四席、隼人は三席。

 

霊術院同期の間でも優秀だった三人は、着実にキャリアを積み重ねていた。

 

 

「ふふ。でも何だか懐かしいですね。」

「そうじゃのう!儂ら三人は運命共同体じゃぁ~!!」

「こんな感じでいつも暴走してたよね。一人で。」

「何じゃとぉ!!!!」

 

 

やはり懐かしい。五十年前に戻ったみたいだ。

自分は色々変わってしまったかもしれないが、この二人はあの時のまま。非常に安心した。

そうやって軽口を叩き合ったあと、忘れかけていた本題を射場に斬り込んだ。

 

 

「射場ちゃんってさ・・・・・・。これからどうするの?」

「これからって・・・どういうことじゃ。」

「十一番隊でずっとやっていくのかってこと。副隊長に新しい人就いたでしょ。」

 

 

かなり直接的な斬り込み方だが、長年の付き合いと信頼関係があるためできるのだ。

少し考え込んだ後にその返答が来た。

 

 

「実は・・・・・・。新しい副隊長はぶち小さい女子でのう・・・。」

「それって・・・どうなんでしょう。実力とかわかるんですか?」

「今日つけられた傷は全てその副隊長からつけられたもんじゃ。」

((!!))

 

 

五席の射場を打ち合いで圧倒する程の力。

副隊長でそれほどの腕前だ。恐らく他の席官達とも圧倒的な差があるだろう。

 

 

「すごい・・・射場さんを、ここまで・・・。」

「でも、小さいってどれくらいなの?十三番隊に入った勇音さんの妹さんくらい?」

 

 

小さいの指標として清音を参考にした際勇音はなぜかメチャクチャ落ち込んでいたが、いつものことなので気にしないことにした。

近くにいる小さな女の子が彼女しかいなかったので参考が彼女しかいないが、射場はこちらの予想を覆してきた。

 

 

「いやぁ・・・。あれは・・・完全に幼女じゃのう。」

「えっ!幼女ですか!?っていうか射場さん幼女相手に思いっきり打ち合ったんですか!?」

「なっ何が悪いんじゃ!少々気に喰わんかったけぇ戦ってみたんじゃが・・・圧倒されてしまったわい・・・。」

 

 

珍しく射場も落ち込んでおり、不思議な気分にさらされた。

あんだけ出世だ出世だと騒いでいた射場が、ここまで打ちひしがれるとは。

 

個人的にその幼女に興味がでた。変態的な意味じゃないよ。

多分自分を毛嫌いしたりはしないだろう。新入りで小さな女の子だし。

 

 

「ねぇ。今度その子に会ってみたいな。紹介してよ。」

「私も会ってみたいです!小さな女の子かぁ・・・かわいいだろうなぁ・・・。」

 

 

目を輝かせていた勇音が姿を想像して一人でテンションをあげている中、またも射場は予想外の一言をぶつけた。

 

 

「なら呼んぢゃる。地獄蝶で呼べばすぐ来るじゃろ。」

「えぇっ!?いいんですか!?」

「ってそんな急に来れるものかい?」

「基本的に隊長と一緒におるけぇ大丈夫じゃろ。副隊長が退屈しておったらすぐ来るわ。」

 

 

まさかこんな日没後に小さな女の子一人で大丈夫なんかと不安に思ったが、射場が地獄蝶を放ってから数分後、物凄い速さで四番隊隊舎に渦中の人物は来た。

 

 

「ばーいー!来たよ!!どうしたの?」

「副隊長!儂の同期です。」

「へー。そーなんだ。お友達なんだね!お名前教えて?」

 

 

最初に勇音の方を見ていたので勇音から挨拶した。メチャクチャ首を上に向けていたのが子どもらしくて本当に副隊長なのかと疑わしくなる。

少女に首を上に向けられうっと思った勇音はちゃんとしゃがんでから自分の名前を名乗った。

 

 

「虎徹勇音っていいます。よろしくおねがいします。」

「ふ~~ん。よろしくね!こてこて!!」

「こ、こてこて?」

 

 

何か不思議なあだ名付けるな~。

少女は勇音に抱き着き高い高いをしてもらっており、「背が高いんだね!!」と悪気無く地雷を踏んだ。無邪気さは時に凶器と化す。恐ろしい。

こんどは隼人にお名前は?と聞かれたので、しっかり自己紹介した。

 

 

「口囃子隼人です。よろしくお願いします。」

 

 

勇音の腕から降りたため、しっかりとしゃがみ目線を合わせて挨拶をすると、何だかじーーっと目を見てくる。

「どっどうしたの?」と聞いてもずっと見たままで何だか恥ずかしいが、しばらく経って言われるとも思ってなかったことが少女の口から出てきた。

 

 

「何でそんなに閉じこもってるの?」

「え・・・・・・?」

 

 

こんな小さな子どもに、一瞬にして自分の心の闇が暴かれたような気分になった。

 

少しずつ前を向いてはいるが、昔のことだと完全に振り切れているわけではない。

その不完全さを、初対面の少女に見抜かれてしまった。

 

 

「だって、今も何か抑えてるような顔してるもん!言いたい事も言えないのはよくないよ!はやちん!!」

 

 

ビシッ!と隼人に指をさし、まるで子どもがちょっとしたミスをした大人を注意するかのように真面目な顔で糾弾された。

そして少女が自分につけたあだ名。

 

昔、白がつけたものと全く同じだった。

初めて会った時に苦しいほど強く抱きしめられたことが思い出される。

この少女と話をするだけでこんなにも動揺してしまうとは。

 

十年以上前の隼人なら、斬魄刀の柄を掴んで抑えていただろうが、今はそこまでしなくても大丈夫。

射場は心配そうにこちらを見ていたが、少女の言葉を素直に受け入れることができた。

 

 

「閉じこもってるか・・・。確かにそうだね。でも今はそれでいいんだ。それが一番今の僕にとって都合がいいんだよ。」

「そーなの?」

「うん。だから心配しなくて大丈夫だよ。あと、僕達が名前教えたから、今度は君が名前教えてよ。」

「うん!!あたしはね!草鹿(くさじし)やちるっていうの!十一番隊の副隊長だよ!!えっへん!!」

 

 

小さいながらにえっへんと立派ぶっているのが、いかにも子どもらしくて可愛い。また勇音はかわいいと目をキラキラさせている。

 

正直やちるの発言には非常に驚かされたが、幼いながらに何となく気付いただけかもしれない。

無邪気って怖い・・・・・・。

 

 

勇音がやちるを十一番隊まで送ると言い、彼女がその場から退席した後、隼人は誰にも明かしてこなかった考えを打ち明けることにした。

 

 

「ねぇ射場ちゃん。よかったらでいいんだけどさ・・・。」

「何じゃ?遠慮せず言ってくれ!!」

「えっとね・・・・・・、」

 

 

「七番隊に来ない?副隊長として。」

(!!!)

 

 

やはり射場はサングラスをかけていても分かるほど当惑した顔を見せた。

射場本人が望むのは十一番隊での昇進。

ただ、これ以上の昇進はよくて三席に留まるだろう。

 

現在の霊圧量から見てもこのまま十一番隊で昇進するには厳しい道を歩まねばならない。

今日やちるの霊圧を見ただけでやはり射場とはまだ格が違うのを感じてしまった。

 

 

「・・・・・・少し、考えさせてくれんか。」

「・・・うん。いつでもいいよ。狛村隊長にはまだ射場ちゃんのこと何も言ってないから。」

 

 

相反する考えだが、今すぐ行くと言ったら隼人は真っ先に止めた。

考えさせてくれと言うはずだと思ったので、この話題を振ったのだ。

 

射場の性格は七番隊にこれ以上ないほどピッタリだが、実力を考えると自身が副隊長になることに納得しないはず。

既に始解は習得したと前に聞いたが、それでも自分が納得する実力ではなく、十一番隊で実力をつけた上で七番隊副隊長になると宣言するだろう。

勇音も始解は習得しており、同期の中でも唯一始解を習得していない隼人は、実は少し焦りを感じていた。

 

 

「じゃあ、考えといてね。帰っちゃダメだよ?十一番隊の中で四番隊をちゃんと評価してるの、射場ちゃんと多分やちるちゃんしかいないんだから。」

「四番隊を馬鹿にすな!って何度も言っとるんじゃがのう・・・。なかなか変わってくれんわ・・・。」

「ついでにチビの新入りの子もシメといて。舐めた口きいてきたから白伏しちゃった。」

「それは・・・・・・やりすぎじゃ・・・。」

 

 

決してやり過ぎではないと隼人は考えているが、行き過ぎた鬼道の腕前のせいで感覚が鈍っていることに気付かない以上、是正することは不可能である。

 

 

とりあえず射場に副隊長の誘いをようやく出来ただけで、今日は十分だ。

 

 

 

 

射場を四番隊に置いていき、隊舎寮まで帰っている途中。

 

 

『――丈、―。――――――しを―――援―――――。』

(?)

 

 

一人のはずなのに、何故か脳内に()が聞こえた。

 



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追憶

『拳西さん、そのお腹の数字って何ですか?』

『おぉこれか?これはな・・・・・・・・・・・・、』

 

 

 

 

 

 

 

 

草鹿やちると初めて会ってからさらに十年とちょっと経った頃。

 

ここ最近、斬魄刀から声が聞こえてくるのだ。

どこか気の抜けたような女の声。それでいて、自分を落ち着かせてくれるような声。

 

決してこちらの声に応えてはくれないが、時々断片的に彼女の声が脳に響き渡る。

 

そして、彼女の姿は時々夢で見る。

桃色の衣服を着た後ろ姿の女の子。年は現世で見ると、女学生あたりだろう。

肩の上あたりで切り揃えられた黒髪がぼんやりと見える。

 

そろそろ始解できるようになるのだろうか・・・。とうっすら考えている中、今日は九番隊との合同演習の日だった。

 

 

今年、九番隊には超将来有望な人物が入ったのだ。

約五十年ぶりに入隊と同時に席官の地位を与えられ、現在もめきめき頭角を表している男だという噂を聞いた。

名前までは知らないが、一体どんな強者だろうか。

 

強者のイメージは未だ拳西みたいな人をイメージしてしまうためいつもギャップに驚いてしまうのが悩みだが、何となく似たイメージだといいなと考えていた。

 

そして、この演習の中で始解を習得するぞと決意し、今日の合同演習に臨んだ。

 

 

「では儂ら七番隊と九番隊の合同演習を始める。東仙、よろしく頼むぞ。」

「ああ。口囃子三席もよろしく。」

「はい。よろしくお願いします。」

 

 

あれから独自に事件について色々調べているが、敵側のガードが堅いからか何も情報は手に入らない。

京楽や浮竹もめぼしい情報はないと言っていた。

 

東仙はもっとも黒幕の中に含まれている可能性が高いが、正直それも正しいのか揺らいでしまうこともあった。

メチャクチャ真面目だし。ザ・清廉潔白って感じだし。

 

そのため、警戒こそすれ、演習などの交流時は普通に接している。

 

三席ながら実質副隊長の役目を務めている隼人は、狛村の友である東仙とも何だかんだいって悪くはない関係を築いていた。

 

 

「済まぬな隼人。いつも演習の時は貴公に進行を任せてしまって。」

「いえ、僕は鬼道主体の戦い方なので、自力鍛錬の方が向いているんです。」

 

 

八番隊や五番隊、十三番隊との合同演習では鬼道もたくさん使った演習を行うが、九番隊や十一番隊との鍛錬では主に斬術の鍛錬をよく行っている。

 

本来なら苦手なものこそ練習しろ、という話になるが、基本戦術を鬼道にしている隼人は、特例で基本的に参加せず進行役を務めることが多いのだ。

ただ、今回は始解の習得を考えているので事情は違う。

 

 

「ですが今日は少し打ち合いの方も参加してもよろしいでしょうか。」

「む・・・、もしや隼人。」

「はい。()()()()()()()()()()。」

「おぉ、ついにか。良かったな、口囃子三席。」

「多分ですけどね。ですが僕は今日出来たら始解したいと思っています。」

 

 

狛村には何度か斬魄刀の声が聞こえてくると言っていたので、非常に喜ばしそうにしているように見えた。何となくではあるが。

もし始解習得が可能なら、習得してから打ち合いを狛村とやってもらうつもりだ。

 

 

午前中は進行役に徹し、万が一ケガを負った者の対処や、スケジュール管理を中心に行った。

 

やはり席官同士の打ち合いは見応えがあり、毎回圧倒される。

実力の均衡する者同士が押しては押され、どうなるのか分からずうずうずするのだ。

 

そしてその中に見慣れない者がいた。

 

黒髪のツンツン頭で短髪の青年。

周りの席官に比べても最も若いので、かなり目立っている。

青年から見て右側の横顔しか見えないが、見た目の年齢的には隼人より少し若いくらいか。

 

あぁ彼がひょっとして将来有望の子か。

 

果たしてどんなものかと試合を見てみると、なかなかに強いことがわかった。

 

相手は七番隊の四席で隼人の先輩であり、七番隊席官の中では全技能バランスよく備えている者だ。

 

その四席に対し、試合開始からずっと優勢を保ち続け、見事に勝利した。

会場からもどよめきが起こるほどだ。

 

そして、勝ちを得ても決して驕らず、しっかり相手に礼をしているところも好感が持てた。

 

真面目で強くていい奴とか無敵じゃん。こりゃあ将来有望だよ・・・。

 

少し怯えのある表情が気になったが、噂以上の男だと知り、未来の九番隊副隊長を選ぶなら、彼が一番適しているなと隼人は確信した。

 

 

昼休憩では今年度初めての合同演習でもあるので、初対面の者同士交流を図ったりして、和気藹々とした雰囲気の中で過ごしていた。

 

隼人は狛村の左で自家製弁当を食べており彼と世間話をしていたところ、七番隊四席の先輩が先ほど戦っていた青年を狛村の前に連れていき、挨拶させようとしていた。

 

 

「狛村隊長。コイツすげぇっすよ!今年入ったばっかなのにメチャクチャ強くて俺負けちゃったんすよ!口囃子も見てたよな!?」

「はい、凄かったですよ。僕にはあんな戦いは絶対無理ですよ。」

「なぁ何で十席にいるんだよ。もったいねぇって!」

「いっいや・・・それは、配属がそうなっただけですし・・・俺はまだまだッスよ。」

「本人がそう言ってるからいい・・・じゃ・・・・・・・・・・・・。」

 

 

青年の顔をよく見ていなかったため気付かなかったが、隼人から見て右側の頬には目を疑うものがあった。

 

『69』の刺青。

それは信頼してやまないあの人の腹に彫ってあった数字。

 

一瞬にして昔の思い出が蘇ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

あれはたしか、まだ隼人が瀞霊廷に来て数日しか経っていなかった頃。

 

身体が小さかった隼人は自分で背中をしっかり洗うことも出来ず、一緒にお風呂に入っていた拳西から毎日背中を流してもらっていた。

その代わり、拳西の広い背中を一生懸命石鹸で泡立った布で擦り、洗ってあげていたのだ。

 

そんな中、向かい合って湯舟に浸かっている時に、気になることがあったのだ。

 

お腹に書いてある数字。

一体その数字は何なのか。

 

好奇心旺盛だった当時の隼人はいてもたってもいられず直接聞くことにしたのだ。

 

 

『拳西さん、そのお腹の数字って何ですか?』

『おぉこれか?これはな、六車九番隊だ。』

『む・・・むぐ・・・?』

 

 

あまりよく分かっていなかった隼人に対し、院の頃では考えられないくらい丁寧に説明してくれた。

 

 

『俺と初めて会った時に二人いたろ。あいつらと六席の藤堂を合わせて特攻隊みてぇなモン作ったんだ。まぁ勝手に俺が名付けてるようなモンだがな。』

『それで何で69なんですか?』

『あぁ、お前まだ漢字読めねぇんだったよな。』

 

 

と拳西が軽く納得した後、風呂あがるぞと言われ一緒にあがり、部屋に戻った際に詳しく紙と拳西自身の腹を使って教えてもらった。

 

 

『〈六車九番隊〉の〈六〉が俺の腹の数字の6だ。んで〈九〉が俺の腹の数字の9だ。〈六車九番隊〉、略して〈69〉。これでわかったか?』

『え~~~!!!!!すっげぇ~~~~!』

『んなこと教えてこんなに盛り上がるヤツ初めて見たぞ・・・。』

 

 

 

 

 

 

 

 

その数字が今、目の前の青年の頬に彫ってある。

信じられない。一体何故?どこであの数字を知ったのか。数字の形含めて全く同じなのだ。

これは問い質せばならない。

 

 

「・・・・・・・・・ねぇ君。ちょっと来てくれないかな。」

「えっ、あの、一体何が「いいから、来てくれないかな。」

「・・・・・・分かりました。」

「ごめんなさい。ちょっとこいつ借りてきますね。」

 

 

七番隊隊舎裏の庭に青年を連れていき、順を追って訳を聞くことにした。

 

 

「何スか、急にこんな所呼び出して・・・。」

「・・・・・・その数字、いつ知ったの。」

「えっ・・・・・・俺が、ガキの頃ッスけど。」

「何年前だったか覚えてる?」

「五十年前・・・だったと思いますが。」

(!!!)

 

 

五十年前。丁度あの人達がいなくなった時。

初めて直接的な手掛かりを手に入れることが出来た。

だが同時に、ただの席官がこの数字を知り、許可も無しに勝手に身体に刻み込んでいることへの怒りが込み上げてきた。

拳西が大事にしていたこの数字を何も知らないクセに彫りやがって。侮辱にしか見えない。

 

 

「どうしてその数字を知ったんだよ!?何で君がその数字を身体に刻んでるんだよ!?・・・・・・返答次第じゃただじゃ済まさねぇぞ・・・!」

「えっちょっ口囃子先輩・・・!?」

 

 

胸倉を掴み、本気の怒りを見せつけたからか、青年は見るからに怯えている。

そんなの知るか。場合によっては本気で鬼道をぶつけてやる。

 

だが、彼の告げた理由もまた、隼人のルーツに繋がるものだった。

 

 

「・・・俺、昔虚に襲われた時死神に助けてもらったんスよ。」

 

 

一瞬隼人の力が弱まったが、それに安心したからか彼は自分の過去を話し始めた。

 

 

「それであの頃の俺は怖くて泣き虫で泣いてたんスけど、その人に『泣くな、笑え!』って言われました。めちゃくちゃカッコよくて憧れたんスよ。」

「あ・・・・・・。」

 

 

間違いない。拳西だ。

子どもが泣いている時にそんなぶっきらぼうなことを言う死神は、自分の知る限りで拳西しかいない。

 

 

「それで顔を上げた時にあの人の腹に彫ってあった数字を見たんスよ。あの人と同じ数字を俺も身体に刻んで、俺もあの人みたいな強い死神になりたい。だからこの数字を刻みました。」

 

 

真っ直ぐな眼でここまで真摯に言われてしまった以上、もう隼人に怒る気力など無い。

むしろ、ここまで自分と似た経験をしている者が後々出てきたことの方が驚きだ。

 

あの人、と言う以上、名前も知らないのだろう。教えてあげねば。

胸倉から手を放して隼人は、青年が知りたかったと思われる男の名前を告げた。

 

 

「六車拳西。」

「?」

「君を助けた男の名前だよ。そして僕もあの人に助けられた。」

「そっそうなんスか!?」

「うん。助けられて、それから六十年くらいあの人に育てられたんだ。さっきはごめんね。怖がらせちゃったでしょ。」

 

 

この青年なら、自分の過去を話してもいい。

自分を深く知らない者に、初めて隼人は自分の過去の話を始めた。

 

 

「・・・・・・それで院の頃は成績が少し悪いだけで凄い怒ったんだよ。頭ぐりぐりされて気失ってたさ。」

「すごいっスね・・・。」

 

 

美談なんかほとんどなく、いつも怒られてばっかだった過去の話をしたら、青年も笑ってくれていた。

そして彼の話を聞くと、『笑え』と言った時の顔は物凄く恐いものだったとのことだ。脳内再生可能である。

 

そして、隼人は突然いなくなった時の事も彼に話した。

何度も泣き、何度も絶望したと。

以前よりだいぶマシだが、突然寂しいと感じだすと、どうしようもなく絶望してしまうと。

 

真剣に聞いてくれた。話して良かった。

 

 

「何か僕ばっかり話してごめんね。あ、そういえば名前聞いてなかったね。名前教えて。」

「はい。檜佐木(ひさぎ)修兵(しゅうへい)っていいます。これからよろしくお願いします。」

「修兵か・・・。何だか()()()()()()()()!頑張るんだよ。よろしくね。」

 

 

その隼人の言葉を聞いた修兵は驚愕の表情を見せた。

地雷でも踏んだかと思ったが、思ってもみないことが彼の口から出てきた。

 

 

「それ・・・・・・六車さんからも言われました。全く同じっスよ。」

(!!!)

 

 

拳西さんが昔この青年にかけた言葉を・・・僕も同じようにかけたとは。

久々に人前で泣きそうになり、斬魄刀を必死に握りしめていると、今度ははっきりと声が聞こえた。

 

 

『大丈夫だよ、こばやし。私はいつも辛くても我慢しているこばやしを応援してる。』

「あ。」

「?どうかしたんスか?」

 

 

今まで断片的にしか聞こえてこなかった斬魄刀の声が、遂に本格的に聞こえたのだ。

これはそろそろ習得できるに違いない。

 

 

「いや、何でもないよ。今日の演習頑張ろう!」

「はい!これからよろしくお願いします!」

 

 

それから修兵とは度々話をするようになり、数年で一番信頼している後輩になった。

 

 

 

一先ず狛村に頼み、刃禅(じんぜん)のための部屋を用意してもらうことにした。

 

 

 

 

「いくら場所が無いからって隊主室はどうなんだろう・・・。」

 

 

演習場の近くが良かったものの、どこも開けられる場所は無く結局そこから遠いいつもの隊主室で刃禅を組むことになった。

 

 

「まぁでも・・・。ぶっちゃけ静かだしその方がいいか。」

 

 

斬魄刀との対話は、ふとした瞬間に向こうから声が脳内に伝えてくることもあれば、自宅で夜に刃禅を組んで行うこともあった。

家でやる際も対話のようなものは出来るが、向こうの声がはっきりと聞こえることが今までに一度もない。

今日ふとした瞬間にはっきりと声が聞こえてきたということは、遂に本格的な対話が出来るということ。

 

心して斬魄刀との対話に踏み切った。

 

 

 




次回、遂に始解します。


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習得

気付くと、昔拳西と住んでいた家の茶の間にいた。ちゃぶ台に座っているところだ。夏なのにこたつがある。

目の前には、桃色の体操服を着た黒髪の女性。顔を見たのは初めてだった。

気だるげでいて、芯のある眼をした女性だ。

 

 

「貴女が僕の斬魄刀?」

 

 

ただうなずくだけ。それに彼女はちゃぶ台の上に載せたうさぎの人形をいじって遊んでおり、自身に関心を全く示さない。

 

 

「何か・・・言うことあったりしないの?」

 

 

無言。

向かい合ってこたつに入り、ただただ静かな時間を過ごしている。

何だこの時間・・・。と少し困惑していると、彼女に動きがあった。

 

頭をちゃぶ台につけ、ぼーーーーっとしながら、彼女は精神世界で初めて言葉を紡いだ。

 

 

「・・・・・・・・・気持ちいい・・・・・・。」

「は?」

「こばやしはこたつが気持ちよくないの?」

「えっ・・・まぁ、冬なら気持ちいいかなって思うけど、今は夏だし・・・。」

 

 

なっなんだこの脱力しまくった感じ・・・?

まるで自分が霊術院に入る前の冬の過ごし方みたいだ、なんて思っていたら、いつの間にか彼女はみかんを食べ始めていた。さっき無かったみかんのカゴも用意されている。

 

 

「食べないの?」

「えっあ、ああうん。頂きます。」

 

 

精神世界のみかんに味があるのかと思いつつもらったみかんを食べると、しっかり甘いみかんだった。おいしい。

って呑気にみかん食べてぐうたらしている場合じゃねぇ!

彼女のペースに流されそうになった(というか流されていた)隼人は、しっかり本題に入ることにした。

 

 

「力が欲しい。」

 

 

みかんを食べていた彼女は飲み込んで手を止め、じっと隼人の目を見据えていた。

 

 

「単刀直入に言う。貴女の力が欲しい。」

()()()()?」

「何のためって・・・・・・。」

 

 

逡巡したが、入隊試験の面接で言う、テンプレートのような答えを言ってしまった。

 

 

「皆を護ったり、一緒に戦って、死神として力を尽くしたいから。」

 

 

とは言うものの、彼女の目は隼人の嘘を見抜いている。

少し鋭くなった視線が彼女の隼人に対する違和感を明確に示している。

もちろん自分の言った嘘を見抜いていることなど隼人には分かっていた。自分の斬魄刀だし。

 

 

「なんて言えたらいいんだけどな。わかるでしょ、貴女なら。ただ単純に拳西さん達にもう一度会いたい、あの人達を尸魂界に帰れるようにするために力をつけたい、不純な動機だよ。でもそれでいいんだ。」

 

 

彼女はまたうさぎの人形をいじっていたが、ほんの少し微笑んでいるように見えた。

そして彼女は突然こたつから出て歩き始めた。

体操服の上着を脱ぎ、現世のTシャツ姿になって縁側に座る。

「おいで。」と言われたので隼人もこたつから出て彼女の隣に座った。

 

暖かい風が吹いている。

懐かしいあの庭。今は取り壊されて跡形も無くなっているだろう。

隼人と同じように、彼女もどこか懐かしむような表情で庭を見ていた。

 

 

「大丈夫だよ、こばやし。私は今までこばやしが辛い思いをしてきたのを知ってる。」

「そうだよね。いつも祈っては泣いてたし。あの頃は本当にごめん。」

「大丈夫。・・・・・・力、貸してあげる。」

「・・・・・・いいの?」

 

 

こんなすぐ承諾を得られるとは思わなかったが、やはりそれには理由があった。

 

 

「でも・・・・・・、私の力は、皆を護れるものではない。」

「えっ。それって「こばやしが昔から望んでいた、強い力ではない。」

 

 

そっか。そうなのか。

拳西さんみたいに強くてカッコいい能力では・・・ないのか・・・・・・。

 

俯き、少し現実を受け入れるのに時間がかかったが、彼女は隼人の本当の強さを見抜いていた。

 

 

「でもね・・・・・・。こばやしの鬼道を合わせれば、私の力も活用できると思う。」

「・・・・・・、」

「こばやしが今までずっと鬼道を頑張ってきたのも、私は知ってる。だから、こばやしの望む力ではないけれど、こばやしが強くなれる力だと私は思う。こばやしには、この力が一番合っているから、私は今ここにいると思う。」

 

 

斬魄刀を主体にした戦いではなく、鬼道を主体にした戦いに斬魄刀を織り交ぜる。

今まで考えてもみなかった。

それに自分が強くなれると彼女は明確に言い切ってくれた。

この力が今の自分に適しているから、ここにいるよとも言い切ってくれた。

 

ならば、受け入れよう。

本来望んでいたものではないが、この力と共に戦い抜いていこう。

そして、この力で尸魂界をあの人達が帰れる場所にしよう。

 

 

「名前、教えて。」

「うん。私の名前は――――――。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「――読み取れ、

桃明呪(もものみょうじゅ)』――」」

 

 

 

 

 

彼女―――桃明呪(もものみょうじゅ)―――とともに解号を唱えた後、桃明呪は自身の能力について説明してくれた。

 

 

「私の能力は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今は瀞霊廷の中が限界だけど、鍛錬すれば現世も虚圏も関係ない。始解すればどこにいようといつでも検索・捕捉できる。」

「それって・・・。」

「うん。()()だよ。一度記憶した霊圧の持ち主をいつまでも追い続ける。呪いのように相手につきまとう。縛道の掴趾(かくし)追雀(ついじゃく)なんか比べ物にならない程の呪いの力。」

 

 

力の説明を受けた隼人は、むしろ今までの行いを振り返り、納得していた。

 

 

「斬魄刀への祈りの力が呪いになったのかな・・・。なんか知らないうちにすごい執念持ってたんだ・・・。」

「こばやしのむぐるまに対する思いは私も知ってる。いつだってむぐるまの影を追ってるこばやしを私は一番近くで見てきたよ。大丈夫だよ、こばやし。・・・・・・いつか、むぐるまに会えるよ。」

 

 

最後に桃明呪が綴った言葉は、今まで同じ言葉をかけてくれた誰よりも優しく、誰よりも確信力を示したものだった。

 

 

 

 

 

現実世界に戻ってきた時には、すでに夕方であった。

本来なら演習の場で始解お披露目会になるところだったが、この力を見せるのは止めることにした。

 

東仙から警戒されそうな気がするのだ。

この力を教えた場合、敵なら真っ先に消される。

全くもって戦いには役立たないと思われる力だが、敵の暗躍を防ぐ、などといった目的ならこの力は凄まじいほどの威力を発揮する。

それぐらいは隼人の頭脳でも理解できた。敵がこの力を持っている場合、自分なら真っ先に狙う。

 

それ故、演習の場では習得できなかったと伝え、後で秘密裏に狛村、そして京楽と浮竹に教えるつもりだ。

 

 

 

演習が終わり九番隊が皆帰っていった後、始解を見せるため狛村に時間をとってもらい隊主室に来てもらった。

 

 

「遅れて済まぬ。しかし隼人、わざわざ演習後に儂に何か用でもあるのか?演習中でも構わなかったのだが・・・。」

「始解のことです。実は習得しているんです。」

「何と!!!」

 

 

驚くのも無理はない。さっきはわざと霊力を抑えて無理だったと伝えたからだ。

 

 

「それで、僕の力は秘密にしておいて欲しいんです。京楽隊長と浮竹隊長以外には。」

「・・・・・・そうか。東仙にも秘密にしておいてほしいか。」

「申し訳ございません・・・。」

 

 

鉄笠で表情は相変わらず見えないが、おそらく難色を示しているのだろう。

狛村にとって東仙は友だ。信頼できる部下の話を共有したいに決まっている。

だが、何とか狛村に納得してもらい、隼人は始解を見せることにした。

 

 

「ではいきますね・・・。」

 

 

斬魄刀を握り、精神を集中させる。斬魄刀の名と能力は事前に聞いているが、現実世界で始解するのは初めてだ。

上手くいくか。

 

 

 

「――読み取れ、『桃明呪』」

 

 

解号を唱えた瞬間、斬魄刀は鞘と柄含めて桃色に光り、剣先の方からゆっくりと隼人の体内に吸い込まれるような形で消えた。

 

朽木白哉の千本桜を彷彿とさせるような光景。

初めて見た隼人も驚きを感じていた。

 

 

「斬魄刀が・・・消えた?いや、貴公の体内に入っていったのか・・・?」

「体内に入っていったと思います。僕もまだ力を把握しきれてないので。それで、僕の力なんですが・・・一度でも記憶した霊圧の持ち主を、どこまでも追い続ける能力です。なのでもう狛村隊長の居場所は瀞霊廷内ならばどこにいても検索・捕捉できます。」

「ほう。・・・確かに、この力はあまり人に教えるべきではないな。人によっては忌み嫌うものになろう。」

「呪いみたいなものですからね。無理言ってすみません・・・。」

 

 

数日後、京楽と浮竹にも能力を説明した際にも、隼人は彼らの霊圧を記憶した。

信頼しているからこそ記憶したのだ。

 

 

「これで僕が始解したらお二人の居場所は瀞霊廷内であれば分かります。鍛錬して現世まで及ばせられるようにしたいんですけどね・・・。」

「なるほど。かなり変わった力だな・・・。」

 

 

浮竹は単純に驚いている様子だったが、京楽は真剣に考え込んでいる。

隼人に対し何やら疑問を抱くかのような目を向けているが、「どうかなさったんですか?」と聞くと、いつもの京楽に戻った。

 

 

「あぁいや、どうやってキミの能力を活用できるものか少し考えていただけだよ。ボクは他人の能力を見て自分だったらどう使うかって考えるの好きだからさ。」

「そうですか・・・。鬼道に織り交ぜて戦うといいって彼女からは聞いたんですけどねぇ・・・。僕もイマイチよく分かってないです。」

「習得してからが始まりだからな。頑張れよ。・・・しかし俺がどこに行ってもわかるって・・・恥ずかしいこと出来ないな・・・。」

「あらァ~浮竹。何か疚しいことでもあるの?」

 

 

京楽のツッコミに浮竹が面白いくらい当惑している。このままだと嘘が事実になってしまいそうで怖い。

一先ずこれだけの人物に教えれば、あとは誰にも教える必要はない。

 

こうして隼人は自分の始解の能力だけでなく、始解の習得そのものを隠すことにした。

その上で時々こっそり始解して一人一人霊圧を覚え、十二番隊以外の隊長格全員と、各隊数名の席官の霊圧を記憶することに成功した。

 

十二番隊を避けた理由は、涅マユリの存在。

隊長となったマユリは浦原並みに研究を続けていたが、人体実験を平気で行うマッドサイエンティストだ。未だに解剖の誘い受けるし。

そして彼の頭の良さも、今や浦原に匹敵するほどのものである。本人には決して言えないが。

 

彼の前で始解した場合、わずかな霊圧の誤差などから自分が始解していることを見抜かれて始解の存在が広まってしまう可能性(+解剖される可能性)が大いにあるので、十二番隊の前では決して始解しないようにした。

 

 

また、始解を習得してから鬼道が扱いやすくなったという嬉しい変化があった。

特に八十番台などの威力が高く扱いの難しいものが顕著で、前まで形だけだったものが、一気に戦闘でも実用可能な段階に入った。

 

それ以下の番号の鬼道は、並の隊長格を超え、京楽や卯ノ花に匹敵するやもしれないと言われるほどには実力を上げることが出来た。

 

 

そして、これをきっかけに休日を使って卯ノ花から回道を教わり始めた。

その過程で彼女に自分が始解を習得していることを気付かれてしまったが、能力を話したら事情を理解してくれた。

 

霊術院で習って以来の回道だったためかなり腕が鈍っていて時間はかかったが、二年経ったところで四番隊十番台席官クラスの回道の実力を手にすることができた。

 

勇音から非常に驚かれたが、普通に勇音の方が実力が上なので自分もまだまだだ。

 

 

そして始解習得から五年。

 

秘密の鍛錬を重ねることで、尸魂界全域を桃明呪で探索できるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

流魂街某所。

 

東仙要は霊圧遮断外套をまとった状態でその場にやってきた。

 

 

「ずいぶん遅かったじゃないか。要。」

「申し訳ございません、藍染様。少々向こうで手違いが生じまして。」

「東仙サンが手違いなんてえらいこっちゃ。何やまずい事でも起こりはったんですか?」

「この外套を着るのにも注意が必要ということだ。ギン。」 

 

 

藍染様――――藍染惣右介。隼人の心を壊す原因となった真の元凶。

彼と、新三番隊隊長・市丸ギン、そして九番隊隊長・東仙要は流魂街某所に降り立っていた。

 

浦原喜助の技術を模倣して作られたこの外套は着た者の霊圧の外界への放出を完璧に防ぐものだ。

隠密活動をする際には無敵ともいえる程の代物。だが、それすらをも破りかねないほどの人物が尸魂界にはいる。

 

 

 

 

 

「口囃子隼人かな?要。」

「はい。」

「彼の対策は簡単だ。ダミーの霊圧をどこかに置いていけばいい。それとも、僕の力を使わないと、その外套すら身に付けられないのかな?要。」

「もっ・・・申し訳ございません・・・。」

 

 

東仙が隼人に手こずった原因は、隼人の始解が一番の原因だった。

呪いのように霊圧を探査・捕捉する力。その力を出し抜くために東仙は九番隊隊舎などあちこちに()()()()()()()()()()()()()()()()必要があったが、慣れない作業に悪戦苦闘していたのだ。

 

そして藍染は聞いてもいないはずの隼人の始解を知っている。

 

 

「彼も用心深いものだ。自隊の上司と四、八、十三番隊隊長以外誰にも始解を伝えないとは。映像庁の技術をまねた監視体制が無ければ僕達の実験が白日の下に晒されてしまうところだったよ。」

「そんなに厄介なら殺せばいいんじゃないんですか?藍染隊長。」

 

 

至極まともな意見だ。

それほどの障害になりかねない人物なら殺してしまえばいい。

そしてここにいる三人なら誰でも隼人を殺すことができる。

 

だが、そんな陳腐なやり方を藍染は決して認めない。

 

 

「いや、彼の成長は僕にとって最も楽しみな事象の一つでね。

()()()()()()()()()()()()()()。口囃子隼人は僕自身の手で()す必要があるんだ。」

「へぇ~~藍染隊長がそんなこと言いはるなんて、あの子も不幸な男やな~~。」

 

 

ともすれば藍染を小馬鹿にするような発言。しかし中心に立つ藍染は神々しさすら感じるほどの邪悪な微笑みを崩さない。

 

 

「ギン。要。お喋りはここで終わりだ。」

 

「実験を始めよう。」

 

そして彼らはある一体の虚を放つ。

 

 

無慈悲にも選ばれた実験の相手は、十三番隊第三席の志波都を含む十人の死神であった。

 




とある魔術の禁書目録、第三のヒロインの滝壺理后の能力を拝借させてもらいました。

始解の名前、桃明呪(もものみょうじゅ)は、滝壺ちゃんのイメージカラーの桃色、そして禁書における浜面へのヤンデレっぷりと、この作品の主人公が抱く、拳西ら仮面の軍勢に対する強い思いをリンクさせたつもりです。『明呪』は密教用語でまじないのことを指し、ここでは斬魄刀への主人公への祈りを体現させています。

恐らく、科学サイドのキャラの中でBLEACH世界で通用しそうなのは彼女の能力ぐらいしかないと勝手に思っています。第一位はマユリはまだしもザエルアポロにすら負けそうな気が・・・。

そして、卍解はあの能力です。知りたい人はwikiでも何でもいいんで調べてみて下さい。
完全にチート化します。千年血戦篇・訣別譚の前に習得させるつもりです。


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当惑

六番隊隊長・朽木白哉。

彼は数年前に隊長に就任し、まだ経験は浅いものの歴代最強当主と謳われている。

そして、彼は昔の熱い性格ではなく、当主にふさわしい冷静さをもつようになった。

 

実は白哉とは約五十年ぶりに会う。女性死神協会の新年会以来だ。

 

お互いに忙しいのもあったが、隼人が精神的に不安定になっていたこともあり、彼が席官を務めている間、直接会うことは全くなかった。

貴族であるため霊術院にも入らず、入隊試験も受けずにわずか五十年ちょいで隊長に就任したこともあり、相当注目されている。

誇らしい年上の友人だ。

 

回覧を渡しに六番隊隊主室に赴き、ついに隊長となった白哉と対面だ。

 

 

「失礼します。七番隊第三席、口囃子です。」

「入れ。」

 

 

おぉ!声からして威厳がある。

一体どんな出で立ちなのだろうかと扉を開けたが、隼人は当惑することになってしまった。

 

氷のように冷たい雰囲気。こちらを射抜く眼差しは怜悧そのものだ。

 

十年程前に妻を亡くしたからだろうか。しかし義妹を迎え入れたはずなのにここまで冷たい雰囲気をまとっているとは。

 

五十年前の夜一にからかわれてその度に怒っていた男はもうここにはいない。

立派な貴族当主になったものの、寂しさを感じてしまった。

 

 

「朽木隊長、回覧届けに参りました。」

「そちらの机に置いておけ。」

「かしこまりました。」

 

 

こんな冷たい雰囲気の男と一緒にいるのは気まずい。すぐに帰ろうと決心し、失礼しますと言おうとしたら、意外にも白哉はお茶を飲んでいけと頼んできた。

 

今の白哉は見るからにお喋りを好まなさそうなのに、何か意外だ。

 

ご厚意に甘え、白哉と五十年ぶりに直接お話することとなった。

 

 

「卿の最近の仕事はどうだ。」

「えっ、あぁはい。仕事ですか・・・。まぁぼちぼちです。ずっと前に三席になってから何も昇進してないですし・・・。」

「そうか。」

「・・・・・・、」

「・・・・・・、」

 

 

話しづらい・・・非常に話しづらい・・・・・・・・・。

こちらから何か話そうかと思っていたがよりによって向こうから来るとは。

そして質問をしてきたもののまさかの返答が『そうか。』だけとは。

 

全く話が発展しない。

居てもたってもいられず、こちらからどんどん色々聞いていくことにした。

 

 

「朽木隊長こそ、どうですか?隊長にもなると仕事量とか増えて大変でいらっしゃるかもしれないじゃないですか。」

「私にとっては取るに足らん。」

「あぁ・・・そうですか・・・。」

 

 

こっちが質問しても向こうは何故か全く話を発展させる気が無い。

よし、次は家族のことだ。これなら色々話してくれるだろう。

 

 

「義妹さん、十三番隊に入ったんですよね?何か教えたりとかしてらっしゃるんですか?」

「ルキアはルキアの思うようにさせている。私には関係ない。」

「あ・・・はい、そうですか・・・。」

 

 

うーん・・・。やっぱり話が発展していかない。

 

本当は心配なんじゃないの~と昔なら言うかもしれないが、それすらも許さない雰囲気を纏っている。

気まずさに耐えられないのでまだ熱いお茶をちょっと無理して飲み、帰ろうと立ち上がりかけた所で、白哉から想定外のことを言われた。

 

 

「卿は変わったな・・・・・・。やはり、あの時からか・・・?」

「・・・・・・、」

 

 

こちらからしたら白哉の方が変わっているが、白哉も人を見る目はある。五十年前から変わったのは白哉だけだと勝手に認識していたが、よくよく考えたら自分もそうだった。

 

ある意味、似た者同士。

だからこそ、帰り際に決して言うはずのなかった言葉を白哉に送った。

 

 

「お互い様ですよ、()()()()。」

 

 

昔一緒に鍛錬していた時の呼び名。

隊長になった今この呼び方で呼んだら嫌な顔をしそうなのでさっきまで止めていたが、なんとなく自然と口からこの呼び名が出てきた。

 

白哉も手に持った湯呑を見ながら少し微笑んでいるように見えた。本当にほんの少しだが。

 

だが、隊主室を出ようとした途端、思わぬ知らせが地獄蝶で二人に届いた。

 

 

「十三番隊第三席・志波都率いる偵察隊が全滅。新たに虚討伐隊を編成し、二日以内に虚の討伐を行う。」

((!))

 

 

虚討伐で席官含め十人が全滅。

由々しき事態だ。こうなった以上、副隊長以上の死神が討伐に参加することとなる。

 

そして亡くなったのは志波海燕の妻。

真っ先に隼人は海燕を心配し、飛び出そうとしたが、

 

 

「卿が向かって何になる。助けなど無用だ。」

「でっ・・・でも、海燕さんの妻が虚に殺されたんですよ、心配に「これは十三番隊の問題だ。」

「・・・・・・、」

 

 

考えてみたら確かにそうだ。十三番隊の問題。七番隊(部外者)の自分が行っても帰されるだけだ。

そして、冷静に考えると、海燕はこの問題を対処できる実力の持ち主である。

大丈夫だ。何も心配することはない。

 

 

「そうですね。三席の僕が行った所で、何にもならないですよね。」

「・・・・・・・・・あの男もきっと、卿を止めるだろう。」

 

 

白哉に改めて言われ考えてみると、これも確かにそうだ。

拳西なら「余計なコトに首ツッコむなバカ!」と言うはず。

嫌な予感がするが、大丈夫、大丈夫だ。と言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 

その予感は当たることとなってしまった。

 

翌日朝、七番隊隊舎に出勤した際、朝礼の前に狛村から直接教えられた。

志波海燕の死亡。

本来は席官程度の人間にはこの言葉しか伝えられないが、狛村は浮竹から伝言を頼まれたと言った。

 

十三番隊のごく一部の人間しか知らない海燕の死の真相。

それはまず虚の特異な力の説明から始まる。

メタスタシアという名の虚の力は、その日最初に触腕に触れた者の斬魄刀を消滅させる能力。

 

 

「そんな虚がいるんですか・・・!」

「儂も聞いた時は俄に信じ難かったが、浮竹隊長が言うのだ、事実だろう。」

 

 

それからも狛村は浮竹の伝言を伝えた。

彼の妻、部下、そして彼自身の誇りのために一人で戦ったこと。

 

 

 

 

 

 

そして、海燕は虚によって強制的に融合させられ、二度と戻ることは無くなったこと。

 

 

「虚との・・・融合・・・・・・。」

「霊体同士だから永劫解けることはないだろう・・・・・・。」

「・・・・・・でも、海燕さんは誇りを守るために戦ったんですね・・・・・・。」

 

 

ここで自分が無理矢理にでも助けていたら、海燕の誇りは無くなってしまうだろう。

だが、それで命を落としてしまうのはいかがなものか。

一連の話を聞いた後、もやもやすることになってしまった。

 

 

「難しいですね・・・・・・。悩みます。」

「儂は十三番隊の副隊長とあまり関わりはないが・・・彼はどのような結果であっても一人で戦ったことを誇りに思うのではないか?」

「そうだと・・・・・・いいんですけどね。」

 

 

狛村も話を聞いて当惑している雰囲気があった。

多くの人物にこの話を広めると混乱を生み出すため、浮竹は真相をごく一部の死神にだけ明かしたのだろう。

 

 

「隊葬はいつですか?」

「明後日に行うそうだ。行ってこい。休みを取っても構わないぞ。」

「ありがとうございます。ご厚意に甘えさせて頂くかもしれません。」

 

 

 

二日後。

 

 

隊葬を直接見たわけではないが、会場に行き、遺体の顔だけは見た。

正直、やり切れない思いで胸がいっぱいだ。

 

あの時白哉に止められたが、それでも助けに行けば良かったのではないか。

白哉の判断に従った結果、海燕は死んだ。

しかし、海燕の誇りは失われることはなかった。

 

知り合い一人の死にここまで悩まされたのは初めてだった。

同期の友人でも今まで何人かは死んだ。そしてその死は悲しいものだったが、受け入れることが出来た。

 

だが、海燕の死がもたらしたものは、悲しみではなく当惑だった。

何が正しいのかが分からない。ここに来て答えが出るかと思ったが、より当惑することになった。

 

十三番隊に入った白哉の義妹、朽木ルキアは、ずっと泣いているからか目が真っ赤だ。

妹の清音を心配して見に来た勇音もいて話をしたが、清音に話しかけるのも気が引けたらしい。

 

 

「志波副隊長のこと、清音はアニキみたいだって慕ってたから、やっぱり辛いですよね・・・。私もなんて声かければいいか、わからなくなっちゃって・・・。」

 

 

必死に唇を噛んで涙をこらえている清音を見ていれば、誰もが言葉をかけづらくなるだろう。

浮竹も姿こそ見せていたが憔悴しきっており、身体を乗っ取られた海燕との戦いで負傷していたこともあり少し来た後すぐに帰ってしまった。

 

 

帰った後、あの時出来たこと、ではなくこれから出来ること、を考えてみることにした。

まず、海燕が自分にしてくれたことは何か。

 

思い出すのは、あの小憎たらしい顔。

何かと自分を出し抜き、舎弟扱いしていつも自分をイラつかせていた。

強引で、自分の話を聞かない男。

 

でも、あの人達がいなくなり自死すら考える程精神が壊れていた時は、殴ってでも目を覚ましてくれた。

現に海燕は多くの後輩、部下に慕われ、隊長からも信頼される程優秀な人物だった。

 

決して自分にはそんな慕われるような一面を見せなかったが、昔海燕といた時は悪友みたいに遊んでもらっていた。拳西にまとめて二人怒られたこともあった。

 

振り返ってみると、人並み以上に思い出あるじゃん。

 

じゃあ自分には何ができるか。

 

自分の後輩にも、全く同じでなくていいから、こういう大切な思い出を作ってやろう。

悩み、苦しむ後輩を自分の手で救ってあげよう。

 

そして、現在進行形で悩みを抱えている後輩を一人知っている。

檜佐木修兵だ。

 

初めて演習で会った時から実力はあるものの、模擬試合にもかかわらず恐れを抱いているように見えたのだ。

自分なら分かる。辛い気持ちをいつまでも誰にも打ち明けられずにいると、心が破滅してしまう。

数十年前のパンク寸前だった自分を見ているようだった。

 

 

「僕も・・・・・・海燕さんみたいに、人を助けてあげられるのかな・・・。」

 

 

いいや、とにかくやってみよう!

一大決心し、翌日修兵を飲みにでも誘い、洗いざらいぶちまけさせてやるとまるで京楽みたいなやり方を取ることにした。

 

 

 

しかし。

 

翌日飲みに誘い久々に会った修兵は、悩みなど抱えていないいたって普通の一人の人間になっていた。

隊長である東仙に対する崇拝にも近い尊敬の言葉を並べている。

 

あれ・・・僕、必要なかった?

ちょっと凹みかけたが、いや心の内では深い悩みに囚われているかもしれない、と再び考え直し、変な探りを入れずストレートに聞くことにした。

 

 

「修兵ってさ、最初の演習の時模擬試合でも怖がってたように見えたけど、克服できたの?」

 

 

もし今でも悩んでいるとしたら、かなり乱暴な言い方だ。気を悪くする可能性も十分ある。海燕みたいな人物なら多少乱暴でも許容できそうだが。

少し驚いたような顔をしていたが、すぐに彼からの返答が来た。

 

 

「実は今、頑張って乗り越えようとしてるんスよ。東仙隊長が『自分の握る剣にすら怯えぬ者に、剣を握る資格は無い。戦士にとって最も大切な物は戦いを恐れる心だ。』っておっしゃってたんですよ。俺は戦いを怖がってはいけないってずっと考えてたので、そう言われて何だか安心しました。まだ怖くなる時があるんスけどね・・・。何とか受け入れようと、頑張ってます!」

 

 

恐れることを怖がってはいけない。受け入れることが大事。

あの人達との記憶が急に思い出される時、頭ごなしに恐れていた自分にとったやり方だ。

二度と戻らず辛くとも、それを時間をかけてでも受け入れる。そうやって辛い思いと自分は向き合うことができた。

 

それを修兵にも教えてあげようと思っていたが、自分が修兵にかけようと思っていた言葉と、似たような言葉を東仙がかけていた。

 

折角先輩としていいトコ見せようと思ったのに。何だかちょっぴり悔しい。

結局ただの飲み会になってしまった。

 

やっぱり海燕みたいな慕われる先輩になれるのはまだまだ先か。

きっとこの光景を見られたらこれ見よがしに馬鹿にしてくるだろう。

「俺とオメーは圧倒的に格が違うからな!!」と満面の笑みで笑い者にしそうだ。憎たらしい顔が鮮明に想像できる。

死んでからも尚隼人をイラっとさせてくるとは・・・。もはや才能である。

そんな憎たらしい海燕の幻影を脳内から振り払い、ひとまず目の前の男に向き合った。

 

 

「じゃあとりあえず大丈夫そうだね。何かあったら相談するんだよ。・・・・・・隊長には言えないこととか。」

「なっ・・・そんなことはありませんよ!」

「まつもっちゃんに鼻の下伸ばしてるのはどこの誰だか。」

「何で知ってんスか!?・・・・・・って、やべっ!!」

 

 

射場と全く同じ反応だ。滑稽すぎる。

大人びていて真面目に見えるが意外と年相応な部分もある。

 

 

「射場ちゃんもまつもっちゃんのこと気になってるみたいだよ・・・・・・負けられないんじゃない?」

「射場さんも・・・・・・!・・・そうっスね。乱菊さんのあのおっぱいは譲れないっス!!!!!!!!」

 

 

立ち上がってお酒を一気飲みし、堂々と変態宣言だ。

鼻息荒く興奮している様は、いつもの席官の修兵とは全く違うただのスケベな若者。

 

 

 

相談に乗り救ってあげることは出来なかったが、違う意味で面白いことになったのでしばらく様子を見ることにした。

 

やっぱり海燕さんは凄かったんだな・・・・・・・・・。

 

 

 



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嫉妬

志波海燕の死から五年。そして口囃子隼人が護廷十三隊に入って七十年。

護廷十三隊はようやく空位となっていた隊長が全て埋まった。

 

二番隊隊長・砕蜂。

十番隊隊長・志波一心。

 

その数年後、四番隊副隊長・山田清之介が真央施薬院の総代を務めるため、四番隊副隊長を引退することとなった。

 

そのため、今の護廷十三隊は隊長はそろっているものの一番隊と十一番隊以外は副隊長が空位という、なんともバランスの悪い体制を取っていた。

 

 

ある夏の日。

 

口囃子隼人は現体制の打開のきっかけになればと思い、ついに狛村に進言をした。

 

 

「十一番隊第三席・射場鉄左衛門を七番隊副隊長に推薦します。」

 

 

基本的に副隊長は、席位が十席以上の死神が推薦し、同隊隊長による独自の試験を受けてもらい隊長がふさわしいと見なした場合に合格となる。

とは言うものの実際は例外の方が多く、試験無しで隊長の独断で決めたりすることの方が多い。

 

狛村はきっとこれから試験をして正式な形で彼を迎え入れるだろう。

と思っていたが。

 

 

「ああ。実は儂も何度か鉄左衛門に声をかけておってな。儂が課した試験は既に合格しておる。」

「えっそうなんですか!?」

 

 

寝耳に水だ。

結構覚悟を決めて進言したのに、まさか狛村自身からコンタクトをとっていたとは。

 

 

「それに隼人が鉄左衛門に副隊長の座を薦めておることは奴からも聞いた。儂もあの男に副官を任せたいと考えているぞ。」

「そうなんですね・・・。あの、いつの間に試験やったんですか?」

「丁度二番隊に砕蜂が就任した頃だ。」

 

 

えっそんな前から?五年前じゃん。何故伝えてくれなかったのか・・・。と少し落ち込んでいると射場に口止めされていたことが分かった。

 

 

「まだ覚悟がついてない故、しばらく待ってほしいと言っておった。隼人にも言わないでくれと頼まれてな・・・済まん。」

「そうですか・・・・・・。そうなんですね・・・。」

 

 

覚悟がついてないといってから五年が経った。

五年は長い。やはり自分の実力に納得がいかないのだろうか。

 

 

「もし、辞退したらどうなさるおつもりですか?」

「万が一辞退すると鉄左衛門が言えば受け入れるが・・・・・・貴公はあの男が辞退するように見えるか?」

(!)

 

 

辞退するわけがない。

昇進を望んでいた射場が副隊長の誘いを断るなんて、絶対にありえない。だからこそ自分は待ってほしいと言われるのを前提で射場を以前誘ったんじゃないか。

 

そして話題に上がっていた男は、隊主室にどかどかと音を立てて走りながらやってきた。

 

 

「狛村隊長・・・・・・口囃子・・・・・・。覚悟、つきやした。儂を、七番隊副隊長に任官して下さい!!!お願いしやす!!!!!!!!」

 

 

拳を床に付けて正座し、額を床に付けて頼みこむ。いかにも射場らしい。

何十年前からずっと言いたかった言葉をようやく射場にかけることができた。

 

 

「やっと決心ついたんだね。歓迎するよ。射場ちゃん!」

「歓迎するぞ、鉄左衛門。今日からよろしく頼むぞ。」

「押忍!!!!!!!!」

 

 

射場鉄左衛門の七番隊副隊長就任。

これをきっかけにさらに五年の間で続々と副隊長の枠が埋まっていった。

 

射場の後数か月後、十番隊副隊長に松本乱菊が就任。

入隊後すぐから三席にずっといたため、出世の速さが話題になった。

 

それから一年後、八番隊副隊長に伊勢七緒が就任。

四番隊副隊長に虎徹勇音。

二番隊副隊長に大前田希千代。

十二番隊副隊長に涅ネム。

そして、射場の就任から五年後、九番隊副隊長に檜佐木修兵が就任した。

 

射場をきっかけにした副隊長ラッシュのおかげで、三、五、六、十三番隊以外の副隊長が揃った。

羨ましいかと言われれば、そりゃあ羨ましい。

なれるものなら自分だって副隊長になりたい。

 

だが、自分は他隊に行ってまで副隊長になりたいわけではない。

出来ればこの隊で副隊長をやりたい。

 

しかし自隊には自分よりも圧倒的に人格として副隊長に向いている者がいる。

七番隊だけ副隊長を二人という特例が許されるはずはない。

それだけだ。

 

後輩にまで先を越された。

それに、修兵の五つ下の年には近年稀に見る程の秀才が集まっており、彼らよりも年下の松本乱菊がスカウトした少年は最年少にしてすでに三席におり、未来の隊長候補だと騒がれている。

 

周りから、副隊長になればいいではないか、五番隊でも三番隊でもやっていけるはずだ、と何度も言われたが、その度に副隊長に未練はないと嘘をついてきた。

 

その嘘が重なる度に愚かな自分を守ろうとしていることに気付き、嫌気が差した。

 

そんな中。

臨時であり期間は短いが、初めて現世駐在任務を引率する役割を任されることとなった。

これは皆から色々言われる中で逃げる口実として丁度いい。

 

実は、霊術院の現世演習で穿界門に異常が生じたことを受け、隼人は現世に赴くことを自粛してきたのだ。

 

また同じ目にあってしまったら、多くの死神が無駄に命を落としてしまう。

自分の霊圧のせいで虚が集まる場所にまた飛ばされてしまったら今度は救援も来ないかもしれない。

 

本来普通の隊士ですら現世で死神としての役目を果たすのが当たり前だが、入隊して八十年近く経って初めての現世。それも引率。

 

結局緊張したため、射場と修兵に相談することにした。

 

 

「そもそも儂はすでに何回も現世に行っとるが何も問題ないわ!」

「でっでもさ、入隊して八十年も経って初めての現世だよ?引率とか不安で不安で・・・。」

「俺も数年前に初めて引率しましたが何も問題なかったっスよ?」

「そういう問題じゃないんだよ~~。万が一虚が来た時に皆を護れるかどうかとか、数人だけど皆指示に従ってくれるかとか、色々考えれば考える程不安になっていく・・・。院の時だって何か全然従ってくれなかったし・・・。あぁ・・・・・・。」

「おどれは虎徹みたいにうじうじすな!」

「・・・っていうか口囃子さん、巨大虚来ても軽くあしらえるぐらいの実力あるじゃないスか・・・。」

 

 

机に頭をつけて「あ゛ーーー・・・。」と呻きながら頭を左右に揺らしているのを隣に座っている修兵が背中をさすって宥めているのを見て、射場は「先輩のおどれが後輩に慰められてどうすんじゃ!」とまた喝を入れる。

 

その二人が副官章を付けていて結局羨ましく感じるのにまた嫌気が差す。

後輩の修兵は副隊長になってから死覇装を袖なしに変え、いかにも副官章を見せつけている感があって何か負けた気分。

 

なんて心の中はこうも自分勝手なのだろう。大事な時にうじうじうじうじしてばっか。

 

 

「・・・・・・そうやって上司ヅラしといてお前ら二人ともまつもっちゃんにメロメロだもんな。」

 

 

言った瞬間二人は飲んでいた酒を吹き出してああだこうだと否定し始めた。

とりあえず二人に対する言葉にならない劣等感を今は無くすことが出来た。

 

 

 

 

数日後、約八十年ぶりに穿界門をくぐり、現世に降り立った。

場所は鳴木市。

中規模の街だそうだ。

 

初めての引率ということもあり、無理言って人数を減らしてもらった。本来十人くらい連れるものだが、今回は自分含め半分の五人だ。これぐらいなら非常時に周りを巻き込まずに済みそうだ。

 

桃明呪で探索できる霊圧範囲は、鍛錬の結果現世にも少し及ぶようになった。

 

始解習得前にしか関わりのない霊圧は探査・捕捉できないため、拳西らの霊圧を探すつもりはない。

それに今の隼人の実力は、尸魂界から一つの街に対象を絞った上でやっと捕捉できるレベルだ。

どこにいるのかもわからない拳西達を探すのなど、まさに針に糸を通すよりも難しい。

 

担当の死神の霊圧を探し、合流した後魂葬、虚討伐など日々の業務の手伝いを行った。

 

今回は新入りの隊員に現世での実務を体験してもらう意味合いの駐在任務なので、引率とはいうもののあまり自分が出張ることもない。

元の担当死神がメインで教えているため、ほぼ空気と化しても問題ないほどだ。

皆優秀なので、適当にアドバイスすれば技術を吸収している。

 

そして十日間の任務のうち半分が過ぎた。

 

 

今日も魂葬もやり普通に任務をこなしている所で、ある異常を察知した。

 

 

「何か・・・・・・いつもと違う霊圧を感じる・・・。」

「え?俺は特に感じないんですけど・・・・・・。」

 

 

周りにいる新入りの隊士だけでなく、鳴木市担当の死神も気付いてない様子だ。

 

隼人は始解の能力の関係上、解放していない状態でも霊圧知覚は並の隊長格を上回るレベルまで到達している。

読み取る力に長けている一方、微弱なものまで読み取ってしまうため、異常があった先に行って結局何もなかった、ということもたまにある。

 

しかし今回は、死神の霊圧ではない。

虚の霊圧と、得体のしれない霊圧が二体。

 

 

「ちょっと行ってみるね。皆はここで待っててくれ!」

「え、ちょっと!口囃子三席!・・・・・・行っちゃった・・・。」

 

 

何だこの霊圧・・・。今までに会ったことのない霊圧だ。

まさか虚化した死神か?だとしたら拳西達の誰かか?

深夜の闇の中再会を期待していたが、隼人の期待は外れることとなる。

 

それどころか、想定外の出会いとなった。

 

 

 

虚に立ち向かっていく女の子が持つのは、大きな弓矢。

霊子で作られた弓。

 

 

間違いない。滅却師だ。

 

生まれて初めて滅却師に会った。院の教本で存在を教わった程度の存在。

だが滅却師は180年前に死神に滅ぼされたはず。

何故ここに?とにかく話をしてみよう。

 

 

「あの・・・・・・。あなたってもしかして滅却師ですか?」

 

 

無言で振り返った彼女の顔は強い意志を感じさせる。

ただ、彼女の言葉には棘があるように感じた。

 

 

「そうですが。その服・・・・・・()()ですか。あたしたちに何の用ですか?」

「あ・・・・・・。」

 

 

迂闊だった。

180年も前の話だが、自分達は彼女達を滅ぼした存在。

敵意を向けるのも当然だ。

まずい、ここで交戦になって騒ぎを大きくしたら彼女にとっても自分にとってもよくない。

何とか雰囲気をまともなものにしないと。

 

 

「いっいや・・・・・・ただ単純にすごいなって思って・・・・・・別に僕は滅却師が嫌いとか、尸魂界に言っちゃおうとか、思ってないんで、えっと、その・・・・・・。」

「ぷふっ。」

「は?」

 

 

何て言えばいいか分からず少し下を向いて考えていたら、何か変な声が聞こえた。

前を見ると、何やら腹を抱えてうずくまっている様子。

えっちょっと大丈夫?まさかさっきの虚との戦いでケガを・・・と思ったら。

 

 

「あっははははははははは!!!!!!!!!!何その反応!君絶対童貞でしょ!あっはははは!!初心な男の子って面白いね!!カワイイ!!」

「どっどどど・・・!!!!!!」

 

 

呆れた顔をした修兵に最近教えてもらった単語を初対面の女の子から言われ、(後輩から下ネタを教わるなんてとか言うやつは死刑)実に八十年ぶりに顔を真っ赤にして声を荒げてしまった。

 

 

「童貞って!!誰が童貞だ!!!アンタ初対面のヤツに何てこと言うんだよ!!」

「へぇ~事実なんだ~~!!顔真っ赤!めっちゃカワイイ!!」

「うるせぇ!!!!!僕だって・・・・・・・・・・・・、」

 

 

んな経験ねぇよ・・・。なんで現世でたかが二十年も生きていない女の子相手にこんな惨めな思いをしなきゃいけないんだ。泣きたくなる。

ってまずいまずい。久々に動転してしまった。

 

 

「そんなことは置いといてですね、僕は貴女の元へ向かっている最中に少し貴女の戦いを見ていたのですが・・・。その防御の術凄いですね。死神でもここまで防御に特性のある者はいませんよ。」

「あぁこれね。静血装(プルート・ヴェーネ)っていってあたしこれが得意なんだ。」

「そうなんですか・・・。僕は鬼道が得意で、破道って攻撃中心の術が得意なんですよ。」

 

 

初対面なのに無意識に自分のことを話してしまった。何だか話しやすく感じるのだ。

それに彼女からは最初の言葉を除いて何故か一切の敵意を感じない。

尸魂界には言えないが、滅却師と関わりを持てるのは収穫として嬉しかった。

だが、彼女も海燕と同じで、完全におちょくる材料として自分を見ている気がする。

 

 

「その術で好きな女の子も攻略できればいいのにね。出来ないんでしょ?だから童貞なんだよ死神さん。」

「ねぇ貴女は何でそんなに童貞イジリしてくるの?やるか?いっちょやるか?え?」

「女子高生相手にヤるかって気持ち悪っ。お下品なこと言うと女の子から逃げられちゃうよ。」

「そっそういう意味で言ってんじゃねぇ!!!!!!もう帰ります!!!!さようなら!!!」

 

 

これ以上この場にいたら身がもたない。

何なんだあの女は。まるで海燕みたいに自分を悉く馬鹿にしてくる。

よりによってちょっと悩みでもある自分の恋愛事情に対して。

 

しかも海燕よりもたちが悪い気がする。恥ずかしいネタで図星を突いてくる確率が海燕よりも高い。

いつも抑えているのに久しぶりに声を荒げた。何かもう疲れた。

 

二度と話すものか。一旦戻ろう。そして二度と会うことは無いだろう。

 

 

 

 

しかし翌日、彼女とまた会うこととなる。

 



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太陽

夕暮時は黄昏時。黄昏時は逢魔時ともいう。

 

現世ではあの世とこの世との境目が曖昧になり、この世ならざる者に出会いやすいと言われている。

霊の見えない子どもが面白半分で幽霊探しをする時間でもあり、幽霊が出したわけでもない些細な物音が、勝手に幽霊のせいにさせられたりもする。

 

 

実際は違う。

霊の見える子どもにとって、逢魔時に霊が出やすい、なんて迷信を信じている子どもは酷く滑稽に映るだろう。

だって、日中だろうとそこら中に霊はいるのだから。

 

黒崎真咲は小学校の頃から幽霊の噂をして怖がる子ども達を見て、馬鹿馬鹿しいと思っていた。

噂をしている小学生のすぐ近くに、幽霊がいるのに気づかないから。

 

そして真咲は滅却師なので、死神とは違い(プラス)に対して魂葬を行う、などといったことは一切しない。

 

虚の滅却。それが自分達滅却師に与えられた役目。

 

・・・・・・のはずだが。

真咲は純血統(エヒト)滅却師(クインシー)であるため、居候している石田家の母親からみだりに力を使うべきではないと厳しく言いつけられている。

虚の討伐など混血統(ゲミシュト)滅却師(クインシー)に任せる。それがしきたりだ。

しきたり。

 

だから何だ。

力をみだりに使うなと石田家の母から言いつけられているものの、聖練の調子がボチボチというと厳しく怒られる。矛盾している。

石田家の息子であり、真咲の将来の結婚相手でもある石田(いしだ)竜弦(りゅうげん)には何度も母がきつくあたって済まないと言ってくれる。そう気遣いされるのも辛かった。

 

今までに何度も怒られているが、最近はわざと夜の街をぶらついて数体虚を倒してから帰っている。

聖練にはこれが一番うってつけだ。実力も日に日に上がっている。

なのに家に帰るとまた力をみだりに使ってと毎日怒られる。

竜弦に心配されるが、空元気でやり過ごすのももう疲れた。

 

そんな中。

今日も虚討伐をして実力が上がっているのを感じたが、今まで感じる霊圧とは一風変わった霊圧が近づいてくるのを感じた。

慌てて神聖(ハイリッヒ)滅矢(プファイル)を消したが、どうやら相手には見られていたらしい。

そして、青年は自分の正体を一発で当てた。

 

 

「あの・・・・・・。あなたってもしかして滅却師ですか?」

 

 

振り返ると、青年の着ている衣服が死神のそれとわかった。

自分達を滅ぼした一族。まさか滅却師の生き残りである自分を殺しに差し向けた尸魂界からの刺客か。

警戒を決して崩さずに真咲は言葉を紡ぐ。

 

 

「そうですが。その服・・・・・・()()ですか。あたしたちに何の用ですか?」

 

 

あえて死神と認識していることを向こうに示し、出方を窺った。

霊圧量から見るに、万が一戦うとなったら実力はほぼ同等だろう。

戦い方を工夫すれば勝てる。

掌に力を籠めて弓を形成しようとしたところで、死神の青年は何やら挙動不審な様子で口から言葉を発し始めた。

 

 

「いっいや・・・・・・ただ単純にすごいなって思って・・・・・・別に僕は滅却師が嫌いとか、尸魂界に言っちゃおうとか、思ってないんで、えっと、その・・・・・・。」

 

 

この反応、見たことがある。

あれだ。普段かかわりのない眼鏡をかけた男子生徒に話しかけた時の反応と同じだ。

いかにも女の子慣れしてなさそうな喋り方。そのくせ意地っ張りでプライドが高く、自分がおちょくると顔を真っ赤にして怒ってくる。

 

あまりにも反応がそのままで耐えられず吹き出して腹を抱えてしまった。

 

「ぷふっ。」

「は?」

 

 

死神の中にもこういう人っているんだ。みんなこんな感じだったらいいのに。

 

 

「あっははははははははは!!!!!!!!!!何その反応!君絶対童貞でしょ!あっはははは!!初心な男の子って面白いね!!カワイイ!!」

「どっどどど・・・!!!!!!童貞って!!誰が童貞だ!!!アンタ初対面のヤツに何てこと言うんだよ!!」

「へぇ~事実なんだ~~!!顔真っ赤!めっちゃカワイイ!!」

「うるせぇ!!!!!」

 

 

反応もそのまんまだ。しかも変に知識のあるタイプではなく、どうやらまだまだあっち方面の知識力が浅いと見る。

 

自分の周りにはあまりいないタイプの人間だ。面白い。これはいいおもちゃになりそう。

と思っていると、どうやら死神は気を取り直したみたいだ。

 

 

「そんなことは置いといてですね、僕は貴女の元へ向かっている最中に少し貴女の戦いを見ていたのですが・・・。その防御の術凄いですね。死神でもここまで防御に特性のある者はいませんよ。」

「あぁこれね。静血装(プルート・ヴェーネ)っていってあたしこれが得意なんだ。」

「そうなんですか・・・。僕は鬼道が得意で、破道って攻撃中心の術が得意なんですよ。」

「その術で好きな女の子も攻略できればいいのにね。出来ないんでしょ?だから童貞なんだよ死神さん。」

「ねぇ貴女は何でそんなに童貞イジリしてくるの?やるか?いっちょやるか?え?」

 

 

何だろう、この死神は冷静でいることで本来の自分を塞ぎ込んでいるように見える。

ほんのちょっとおちょくっただけですぐキレそうになるのだ。

自分と真逆だ。

自分は空元気で石田家だったり他の友達に対して本当の自分を隠している。

真逆に見えて、本質は自分と同じ。

死神だけど、仲良くなれそう。

でも今はやっぱおちょくる反応が面白いからそっち優先。

 

 

「女子高生相手にヤるかって気持ち悪っ。お下品なこと言うと女の子から逃げられちゃうよ。」

「そっそういう意味で言ってんじゃねぇ!!!!!!もう帰ります!!!!さようなら!!!」

「あっちょっと!!」

 

 

イジリすぎたか、怒って帰ってしまった。

死神って何百年も生きているんじゃなかったっけ。

それなのに二十年も生きていない自分達と全く変わらない反応をするなんて。

 

 

みんなこんな感じだったら、滅却師と死神は共存できるかもしれないのにな。

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日は散々な目にあった。

何なんだあの滅却師。まるで志波海燕が転生したかのように痛い所ばかり突いてくる。

何かと自分を童貞だ童貞だいちいちつっかかってきて腹立たしいことこの上ない。

結局現世に行く前の射場と修兵の焦りっぷりと自分は変わらないではないか。

やけにあの滅却師の笑った顔が脳裡から離れないし、ついでに海燕の小憎たらしいあの顔も思い出されて苛立ちが抑えられない。

 

駐在任務の中の唯一の休日の6日目は昨日の苛立ちを吹っ飛ばすため、口囃子隼人は義骸に入り適当に街をぶらつくことにした。

 

 

どうやら自分は同期の死神よりも少し若く見えるらしい。

街をぶらついていると、おっちゃんオバちゃんに「あんた学校は!?」としきりに聞かれる。後に射場に聞くと、そんなことを言われた同期の死神は自分だけらしい。屈辱。

適当に通ってませんと言えば、「そんな優等生っぽそうな見た目してアンタ学校通ってないんかい!人は見かけによらないねぇ~。」と嫌味ったらしく言われた。悔しい。

 

しかし現世も変わったものだ。

院の頃に行った現世とは全くもって違う。

多くの車が道路を走り、信じられないくらい高い建物もたくさんある。

電子機器をいじって遊んでいる人間もいる。卵型のおもちゃにご執心のようだ。

 

そして、何やら耳に大きな機械をあてて話し込んでいる人もいる。

十二番隊が新たな通信手段として研究対象にしている物と聞いたことがある。

実物を見たのは初めてだった。

 

『こんびに』たる場所で現世のお金を使って昼飯を調達した。

電子機器を使ってお金の取引をしているようだ。科学の発展、凄まじい。

 

また適当にぶらつき、数時間経った。『かふぇ』たる場所はおしゃれ過ぎて勇気が出なくて入れなかった。

日も暮れそうだしそろそろ帰るか。

休日とはいえど見回りも兼ねているので、力をかなり制限されているものの周囲に対し警戒は怠っていない。

はずだったが。

 

 

「やっほ。」

「わっびっくり・・・・・・って貴女ですか・・・・・・。」

 

 

逢魔時にまた滅却師に出くわしてしまった。

 

 

「ふんふんふん・・・・・・ファッションセンス、60点だね。無難にいきすぎ。改善の余地ありそう。っていうか大アリ。」

「悪かったですね。義骸の時の服装なんてどうでもよくないですか?どうせ今日しか着ないし。」

 

 

現に今の隼人の服装は白無地Tシャツにジーパン、水色のシャツを腕まくりして羽織っているだけだ。

滅却師の彼女は学校帰りだからか制服を着ている。

 

 

「えーーあたしがコーディネートしてあげようと思ったのに・・・。つまんないの。」

「つまらなくて結構です。じゃあこれで「ならちょっと付き合ってよ!あたしこの街のおすすめの場所教えてあげる!」

「人の話聞いてま・・・ってちょっと腕引っ張らないで下さい!痛い!痛いから!」

 

 

飛廉脚(ひれんきゃく)を使って強引に連れて行かれた場所は、街全体を見渡せる山の上だった。

 

彼女と出会った場所から相当な距離があったからか、ここに来た時はすでに日が暮れ、夜景がきれいな場所になっていた。

 

 

「ここはまだ竜ちゃんにしか教えてないんだ~。あたしの秘密の展望台!」

「えっ・・・すごっ・・・・・・。」

 

 

今日まで現世にいる間、空中に足場を固定していたことは何度もあったが、建物の屋上あたりばかりだったので、街の全景を見たことはなかった。

 

街灯や家から漏れる光が作り出す一面の輝き。

尸魂界では絶対に見ることのできない代物だ。

現世はこんな興であふれる場所だったとは・・・。

刮目して見入っている隼人に彼女はある助言をした。

 

 

「その顔でいた方がいいよ、死神さん。昨日会った時も無理して冷静になろうとしてたでしょ?あたしも似たようなところあるから分かっちゃった。」

「あっあれは貴女があんなこと言うから「そういうことじゃなくて。」

 

 

また話を聞かずにぶった切ったのかと思い少々イラついたが、今度は違った。

 

 

「無理して大人ぶるより、昨日あたしに怒ってた姿の方が生き生きしてたよ。向こうでもそうやって感情豊かにいればいいのに。」

「それは・・・・・・。」

 

 

会って一日の女の子にここまで見抜かれるとは。やちるといいこの滅却師といい自分の本質を見抜かれ過ぎている気がする。

そんなに自分は分かりやすいのだろうか。

 

 

「無理なんです。昔育ててくれた人達の前ではありのままでいられてたんですけど、事件に巻き込まれて尸魂界にいられなくなっちゃって。それ以来自分から昔みたいな性格でいようとすることが出来なくなったんです。」

 

 

昔みたいな性格でいることが出来なくなった。

これは最近気付いたことだ。

やちるに言われてから閉じこもりがちな自分を治し、前を向こうと思っているが、どうもうまくいかない。

それどころか、昔の自分がどんな性格だったか、その記憶すら何だか曖昧なのだ。

 

多分あの人達に再会でもしない限り無理だろう。

 

 

「じゃああたしが何とかしてみせようか?」

「え?いやそんな簡単な問題じゃないですよ。」

「そっか。百年以上生きてセックスもしたことのない死神には無理か。拗らせすぎて正直引くわ。」

「はぁ!?!?!?!?そんなセック・・・卑猥な言葉をかけるのどうかと思いますよ!!!」

「その顔だよ死神さん!それでいればいいんだって。」

「あ・・・。」

 

 

そういえばこんな感じだったっけ。

いつも大人達にいじられた時、こんな感じで怒っていたっけ。

う~んこんなんだっけ・・・?やっぱわからん。

でもずっと気になっていたことがある。いつまでも死神さんとよそよそしく呼ばれるのが何か嫌だった。

 

 

「口囃子隼人。僕の名前です。いい加減死神さんって何度も言われるのも何か嫌なんで。ちゃんと名前で呼んで下さい。」

「ふーん。それもある意味ナンパの手段かも。自分が名乗って相手にも名乗らせるとはなかなかの手段だね。」

「は?『なんぱ』って一体・・・?」

「あたしは黒崎真咲。女子高生滅却師です!よろしくね!口囃子くん!」

「何かよくわからないけど・・・よろしく。真咲さん。」

 

 

その後すぐ、「やばいそろそろ怒られる!じゃあね!童貞卒業できるように祈ってるよ!」と捨て台詞を吐いて行ったが、その後の駐在任務の間で彼女に再び会うことは無かった。

 

嵐のように現れ嵐のように去って行ったが、何だか不思議な女の子だった。

まるで太陽のように彼女が中心になり、その周りを自分が回っている感じ。

おちょくってくるが、嫌いともいえないのが何とも奇妙な体験だ。

 

ちなみに尸魂界に帰ってきた後、『なんぱ』とは何かを修兵に聞き(また心底呆れられた)、危うく尸魂界でブチギレそうになったが何とか抑えた。顔がやばかったらしく、修兵にメチャクチャ怯えられてしまった。ごめんよ、修兵。

 

 

その後、二月連続で鳴木市駐在任務の死神に死人が出て、それと関係があるのかは分からないが十番隊隊長が出奔することとなった。

 

数年後、また鳴木市でさらに長い期間駐在任務を行ったものの、彼女の霊圧を記憶し忘れていたせいで探査することも出来ず、再び彼女に会うことは二度となかった。

会わないと案外寂しく感じるものである。まさかあの子のこと・・・、いやいやありえん。絶対ありえん。というかダメだ。死神が滅却師をそういう風に思うなんて禁断のアレだ。

 

『あたしも似たようなところがある。』その発言が気になり、大丈夫か不安だったが、会えないのであれば仕方ない。

今頃『竜ちゃん』とでも幸せに暮らしているだろうか。呼び方からして親しそうだったし。

 

 

 

 

 

 

 

まさかあれから二十年後、同じ黒崎という苗字の旅禍が尸魂界に侵入してくるとは今の隼人に分かるはずはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその事件をきっかけに、今まで何も手掛かりを得られなかったあの忌まわしき事件の真相が明かされることになるとは思いもしなかった。

 

 

 

 




次回から尸魂界篇に入ります!


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尸魂界篇
胎動


初めての現世駐在任務から十五年。

空位だった三番隊副隊長には吉良(きら)イヅル、五番隊副隊長には雛森(ひなもり)(もも)が就任。

それから六年経ち、六番隊副隊長には阿散井(あばらい)恋次(れんじ)が就任。

十三番隊以外の全隊に副隊長が揃った。

 

そしてこの年は魂魄消失事件が起きてから101年。

調べても調べても何も情報を得られず、空虚感に駆られていた。

 

何せ、あの場には虚化した隊長格、九番隊席官、浦原喜助と握菱鉄裁を除くと、()()()()()()()()()

これだけで圧倒的に浦原喜助が犯人になってもおかしくない。

 

さらに調べてみると、当時負傷していた東仙を助けたのは五番隊副隊長を務めていた藍染だとわかった。

廷内巡回中に、必死の思いで現場から逃亡した東仙を見つけ、四番隊に運んだそうだ。

 

言質だけは信用ならん、ならば藍染が怪しいのではと思ったが、京楽は藍染がその日瀞霊廷内にいたのを見たらしい。

完璧なアリバイがある。実際に見ているとなれば覆しようがない。

霊覚を騙した可能性もあるが、副隊長レベルの死神が京楽ほどの実力者を欺くことは不可能。

 

口囃子隼人はそう結論せざるをえず、調査はいよいよ何も進まなくなっていた。

 

 

七月二十二日。

当時空座町の駐在任務を行っていた朽木ルキアが『人間への死神能力の譲渡』という重罪を犯し、尸魂界へと連行されることになった。

本来義骸は高濃度の霊子体で構成されており、尸魂界から義骸の行動を捕捉できるはずだが、彼女は数日前から行方不明となっていた。

 

そして、その行方不明を指摘したのは、隼人だった。

鍛錬の結果、遂に桃明呪で尸魂界・現世・虚圏を探査・捕捉可能になったため、浮竹から現世に行ったルキアの所在を確認してほしいと言われることが何回かあった。

最初は捕捉できたものの、ある日から突然一切捕捉できなくなった。

 

数日やっても全く捕捉出来なくなった上、桃明呪も『おかしい、霊圧が消えている。義骸に入っても私の力では追跡できるはずなのに。』と伝えてきた。

 

霊圧が消えているという事態を重く見た浮竹は隠密機動と十二番隊に報告し、(上手い事自分の始解の存在ははぐらかしてくれたらしい。申し訳ない。)十二番隊が発見してくれた。

 

そしてそこで死神への能力譲渡が発覚し、中央四十六室が六番隊に捕縛、連行を命じた。

本来は刑軍とかがやるはずだが、親族や親しい者が副隊長をやっている六番隊に任せた方が、彼女も素直に従うだろう、そう思っての処置だと隼人はみた。

 

数日後。

第一級重禍罪朽木ルキアを殛囚とし、二十五日後に殛刑に処す。

これが尸魂界の最終決定となった。

 

そして兄の白哉はこれに一切反論せず、冷静にいた。

 

 

その知らせを七番隊で聞いてから、海燕の死の時を思い出してしまった。

あの時は十三番隊の問題と受け入れた結果、海燕は死んでしまった。

 

今回はそれだけの問題ではない。

家族の問題とはいえないのではないか。

また十三番隊の隊士をこんな形で失うのは酷な話ではないか。

 

海燕の件の後数十年後、初代死神代行に絡んだ事件でも浮竹は酷く心を傷めていた。

さらに信頼する部下を失う浮竹の気持ちを考えると、惨い話だというのは誰にでもわかる。

 

信頼する者を失う気持ちは誰よりも分かっているつもりだ。

だからこそ、今回は白哉に進言しに行く。

 

 

「少し、六番隊に行ってきます。」

「・・・・・・、あまり長居はするなよ。向こうにも迷惑かもしれぬからな。」

「はい。」

 

 

休憩時間を見計らって隊主室に赴いた。

 

 

「休憩中失礼します。お時間取って頂いてもよろしいですか?()()()()。」

「・・・構わぬ。」

 

 

白哉さん、と呼ぶときは個人的な話をする時の合図だ。

そして恐らく白哉も隼人が話すことを分かっているのだろう。

いつもなら「・・・帰れ。」とぶっきらぼうに言われるが、久々に承諾を得られた。

 

供の者がお茶を出した後、隼人はためらうことなく本題に入った。

 

 

「ルキアちゃんのこと、本当にいいんですか?緋真さんを失った貴方がとる行動には思えないんですが。」

「・・・卿には関係ない。」

 

 

言うと思った。

それ故、昔の白哉を知っているからこその反論を用意した。

 

 

「そんなことないですよ。僕は昔の貴方を知っています。昔の貴方なら必死に反論して減刑を望んでいたはずです。そして・・・・・・。」

 

 

あまり言いたくなかったが、ここまで言わないと白哉の心を動かせないと察し、奥の手を使う。

 

 

「101年前の僕を見ても貴方は義妹を見殺しにできますか?掟だからって・・・・・・家族として迎え入れた赤の他人の女の子を見殺しにするんですか?」

 

 

一瞬白哉の表情が揺らいだ気がした。

その一瞬を突き、さらに隼人は落ち着いた様子でまくし立てた。

 

 

「大切な者を失った時の苦しみは僕が一番といってもいいほど分かっているつもりです。貴方もわかっているはずでしょう?何でそんなに義妹に酷な反応を「自惚れるな。」

「は・・・?」

 

 

自惚れ?一体何が自惚れなのだ。意味が分からない。

熱くなり言葉の調子が強くなりかけた所で、そのまま冷静でいる白哉が水を差した。

 

 

「卿だけが知ったような口をきくな。貴族の機微が卿に理解できるはずなど無かろう。」

「貴族なんて関係ないです。一人の死神としてここにいます。」

「まだ分からぬのか。」

 

 

一切表情を崩さず、白哉はありのままの真実を告げる。

 

 

「大切な者を失った時の苦しみを一番分かっている・・・。そのような戯言を私によく言えるな。今の卿が言うよりも浮竹のほうがまだ信じられるものよ。」

(!)

 

 

戯言。一言で切り伏せられてしまった。そして次の白哉の発言は、今までの自分には考えられない不手際をしたことを気付かせるものだった。

 

 

「101年前の事件を私の説得の材料に使うとは・・・、卿も変わってしまったな。あの者達に会わせる顔は今の卿には無いぞ。」

 

 

『卿もかわってしまったな。』以前とは違い、明らかに糾弾の意を込めて放たれた重みのある言葉に、言い返す言葉が思いつかない。

そのまま立ち去る白哉をただ見続けるだけで、結局隼人は白哉の気持ちを変えてあげることなど出来なかった。

 

その上、何て最低なことをしたのだ。

奥の手だと思っていた言葉は、同時に虚化実験の犠牲者を傷つけるものでもあった。

これでは完全にあの人達を実験で利用した奴等と自分は同じだ。

 

確かに変わってしまったのかもしれない。

事件の調査でいくら調べても何も結果は出ず、終わらない螺旋のように辛かった。

まるで調べれば調べる程真相への距離が遠ざかっているように。

 

少し諦めもあったのかもしれない。もうあの人達は戻ってこないと心の隅で思っていたのかもしれない。

だからあの事件を道具として使ってしまった。

 

そして白哉は、それでもあの者達に会わせる顔は今は無いと言った。

白哉の方が戻ってくると信じているような物ではないか。

 

ダメだ。そんな悲観してたらダメだ、口囃子隼人。

 

自分に言い聞かせ、改めて白哉の考えを改められるようにしようと思い、今は六番隊を後にした。

 

 

 

八月二日深夜。

夜に隊主会、そして副隊長は副官章をつけて二番側臣室に待機。

そのため隼人は一時的に隊舎の守護にあたっていた。

といってもただいるだけみたいなものだが。

 

残っていた書類仕事を済ませ、会議の内容を聞くためこっくりこっくりと半分寝ながら狛村と射場を待っていたところ、突然大きな音が瀞霊廷中に鳴り響いた。

 

 

『緊急警報!緊急警報!瀞霊廷内に侵入者有り!各隊守護配置について下さい!繰り返します!緊急警報!緊急・・・・・・』

 

 

寝ぼけまなこの状態で外に意識を向けてみると、何やらバタバタと音がする。

一先ず部屋の外に出てみると、狛村と射場が猛ダッシュで七番隊隊舎に戻ってきたところだった。

 

 

「何・・・何かあったの・・・・・・って狛村隊長!隊主会の内容はどうで・・・」

「それどころではなくなったぞ隼人!」

「えっ隊主会どころではないって・・・」

「瀞霊廷に旅禍が侵入しててぇへんなことになっとるでぇ!!!!!」

 

 

旅禍の侵入だと?今までに聞いたことすらない。

そもそも流魂街にいる者は瀞霊廷を覆う壁で普通なら入ることすら不可能なはずだ。

こんなバタバタしている時に何でまた厄介な事が起こるんだよ。

 

 

「急ぎ持ち場につくぞ!鉄左衛門!隼人!ついてこい!」

「はい(押忍)!!!!!!!!」

 

 

まず侵入者に会ったらとにかく始解だ。始解して相手の霊圧を覚えてしまえばこっちのもの。

夜中で眠たかったが何とか眠気を振り払い、配置につくことにした。

 

ここでつく隼人の配置は、基本的に狛村と行動することになっている。

理由は簡単。狛村の戦闘行動を補助するためだ。

 

狛村の始解である『天譴(てんげん)』と卍解『黒縄天譴明王(こくじょうてんげんみょうおう)』は圧倒的な破壊力を持つものの、図体のでかさのためどうしても振りが遅くなってしまう。

その振りの遅さをフォローするため、隼人の始解を使って相手の位置を正確に捕捉し、こちら側が膠着することなく圧倒的な攻めを展開することができるようになったのだ。

 

 

「万が一儂らの元に旅禍が出てきたら補助を頼むぞ。」

「わかりました。おそらくここまで侵入してきたら相当な手練れですよね。」

「ああ。気を引き締めてかからねばな。」

 

 

瀞霊廷内への旅禍の侵入。

まさかとは思うが一つの可能性があるのだ。

それは、虚化した隊長格が復讐として瀞霊廷を急襲しに来る可能性。

そもそも彼らが生きているのかすら分からないがあれからもう100年だ。

復讐するための準備期間にしたら十分過ぎるほどの時間が過ぎた。

 

彼らが死神に対して復讐しに来たら、自分はおそらく戦えない。

あの人達と敵として対峙したら、自分は斬魄刀を振るうことも、鬼道を放つことも出来なくなるだろう。

想像しただけで辛くなる。

むしろ斬り殺されても仕方ないと思っている。

 

それだけはあってほしくないと必死に斬魄刀に祈っていた。

 

明け方になり、変化が訪れた。

 

 

「何だよ・・・あれ・・・!!!」

「どうなっとるんじゃ・・・一体何が来とる言うんじゃ!!!」

 

 

周囲の雲を捻じ曲げ、とある飛行体が上空から瀞霊廷に突っ込もうとしている。

そのまま遮魂膜(しゃこんまく)にぶつかるが、消滅せず留まっている。

 

 

「なんて密度の濃い霊子体・・・!遮魂膜を通り抜けるっていよいよまずいんじゃないですか?」

「いや、恐らくこのまま落ちてくることは無いだろう。」

「そんならそげな心配すること・・・」

 

 

射場が言葉を発した瞬間、上空の飛行体は変化を始めた。

 

 

「あ・・・ありゃあ・・・。」

「丸い霊子体が・・・渦を巻いてる・・・。一体どうなるんだよ・・・!」

「席位のない隊士は一旦下がれ!逃げるのだ!!」

 

 

危険だと判断した狛村の号令で平隊士は隊長達から距離をとり、七番隊舎に大急ぎで戻らせた。

だがそれでもどこに落ちるか分からない。渦を巻いてる以上どうなるのか予想がつかない。

 

上で爆発するか。それともそのまま突破してくるか。

誰もが上空を見て飛行体の様子を見た。

 

 

 

次の瞬間、空の白い塊は四つに分かれ、そのうちの一つが自分たちの元に向かっていた。

 

 

「えっちょっと、一つこっち落ちてきたって。やばいよこれ!」

「慌てるでないわ!!儂の始解でどーーーんと打ち払って「そんなこと言ってる場合じゃないよ射場ちゃん!」

「あん?」

 

 

もうあと数秒で自分達に衝突しそうになっている。

あんなものと直接ぶつかったらひとたまりもない。

焦ってしまい、効くかわからないがとにかく防御をすることにした。

 

 

「縛道の八十一 断空!!!」

 

 

焦って力の制御が上手くいかなかったため、衝突の際に壁は粉々に砕けてしまったが、射場にも自分にも傷は一つもない。

 

そして、周りを見ると、旅禍らしき人物は誰もいない。

 

 

「何じゃ・・・はずれか・・・。」

「ひとまず戻りましょう、副隊長。」

 

 

はずれを引いたと思った射場は落胆しており、部下に催促され戻っていったが、唯一隼人だけ違和感を抱いていた。

 

(ぶつかったときに感じた霊圧・・・まさか・・・・・・。)

 

それは百年以上前に自分に瞬歩を教えてくれた人の霊圧に、あまりにも似すぎていた。

わずかではあるが相手が鬼道を放った気がする。その鬼道の力が、昔感じたものとそっくりだった。

 

(夜一さん・・・?夜一さんなのか・・・?)

 

もし夜一だった場合、おそらく瀞霊廷を揺るがす程の出来事が起きるかもしれない。

一体これから何が起こるのか、夜一は何故今このタイミングでここに来るのか。

 

大きな策謀が蠢き始めている気がして急に怖くなった。

 

 

 

(あれは隼坊か・・・・・・。・・・・・・・・・成長したのう・・・。)

 

 

 

 

 

 

 




尸魂界篇が始まりましたが、あくまでも主人公視点での尸魂界篇なので騒動の裏側にずっといる感じになります。
一護とも石田とも軽く戦いますが、主人公が倒しちゃう、ということにはなりません。
あくまでも原作が軸なので・・・。


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登場人物紹介4

主要登場人物

 

口囃子(こばやし)隼人(はやと)

 

本作の主人公。護廷十三隊・七番隊第三席。身長176cm、体重63kg。

自分を助けてくれた拳西を心の底から慕い、信頼している。

掟に縛られている白哉の考えを変えてあげたかったが、上手くいかず歯がゆい思いをする。

独自の方法で旅禍達を追い詰めていく。

狛村、京楽、卯ノ花と偶然だが日によって行動を共にする隊長が違う。

始解の能力の関係上、あることに気付いた数少ない人物。

 

 

射場(いば)鉄左衛門(てつざえもん)

 

護廷十三隊・七番隊副隊長。

隼人の心の友。あだ名は射場ちゃん。広島弁の使い手。

元十一番隊ということもあり、バリバリの戦闘気質。

一角との戦いでは酒を飲み楽しみながらも勝利を収める。

本人は隠れて気遣いをしているつもりだが、狛村と隼人にはバレバレ。

 

 

京楽(きょうらく)春水(しゅんすい)

 

護廷十三隊・八番隊隊長。笠をかぶった派手な身なりの死神。

チャドとの戦いで七緒と隼人にトドメを刺させるのを止めた。

百年前にリサにさせた花ビラ要員を七緒にやらせる。

藍染殺害の際、真実に辿り着きかけた者の一人であり、違和感に気付いた隼人を卯ノ花に任せた。

 

 

浮竹(うきたけ)十四郎(じゅうしろう)

 

護廷十三隊・十三番隊隊長。白髪で長髪の死神。

旅禍の少年を見て、海燕の面影を感じ取る。

強情な白哉を説得するも上手くいかない。

何とかしてルキアを助けようと奮起し、実際に処刑の阻止に成功する。

清音と小椿の心酔っぷりにタジタジ。

 

 

狛村(こまむら)左陣(さじん)

 

護廷十三隊・七番隊隊長。

隼人の始解と親和性の高い戦い方が可能である。

阿散井恋次と一護が戦う前にその戦い方で一護を追い詰めるも、阿散井の頼みで退くことに。

数日後は、元柳斎への恩義のため、更木剣八率いる十一番隊と戦いを繰り広げることに。

 

 

朽木(くちき)白哉(びゃくや)

 

護廷十三隊・六番隊隊長。

掟に縛られ、どうすればいいのか分からなくなってしまった。

恋次、一護との戦いをきっかけに考えを変えていくことになる。

最終的にたった三文字で隼人に詫びを入れることになる。

 

 

卯ノ花(うのはな)(れつ)

 

護廷十三隊・四番隊隊長。

藍染の死体に触れ、わずかな霊圧の差異に気付いた人物。

精神的に疲れ切っていた勇音を労り、騒動の中一日だけ休ませた。

京楽に隼人を任された後、勇音と共に清浄塔居林へ赴き、事件の真実を知ることになる。

 

 

檜佐木(ひさぎ)修兵(しゅうへい)

 

護廷十三隊・九番隊副隊長。

旅禍騒動の時は何かと一緒に行動することが多い。

処刑の是非など諸々の事件に対しドライな反応をしていた。

仲良くなったからか、最近隼人に無自覚で図々しいことをしがち。

 

四楓院(しほういん)夜一(よるいち)

 

浦原商店に住み着く黒猫。

何度かこっそり来ていたが、101年ぶりに本格的に尸魂界に帰ってきた。

帰ってきた際に自分にかけた隼人の縛道の腕前を見て成長を感じ取る。

拗らせまくった砕蜂と対決することに。

 

 

 

サブの登場人物

 

伊勢(いせ)七緒(ななお)

 

護廷十三隊・八番隊副隊長。

頑なに認めないが、京楽と息ピッタリ。

 

虎徹(こてつ)勇音(いさね)

 

護廷十三隊・四番隊副隊長。

双殛にやってきた一護になす術もなく倒されてしまう。

 

黒崎(くろさき)一護(いちご)

 

旅禍の少年。原作の主人公。

狛村の圧倒的な卍解の力から逃げようとするも、却って追い詰められることに。

 

石田(いしだ)雨竜(うりゅう)

 

滅却師。

井上織姫と行動を共にし、回帰能力で助けてもらうことに。

 

井上(いのうえ)織姫(おりひめ)

 

完現術者(フルブリンガー)

独自の力で死神から最も注目されることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

六車(むぐるま)拳西(けんせい)

 

護廷十三隊・元九番隊隊長。

虚化実験の犠牲となり、現世逃亡中。

 



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旅禍

八月三日。

 

隊舎に戻ると、まずは隊主室で始解をして隊長格全員の位置情報、霊圧状況を確認した。

 

 

「全隊長格無事です。霊圧にも変化はありません。」

「分かった。次は席官の確認を頼めるか。」

「承知しました。」

 

 

さらに鍛錬を重ねた結果、ほぼ全隊士の霊圧を記憶し、捕捉出来るようになった。

ちなみに、うっかりヘマをして十二番隊隊長涅マユリに始解の存在がバレてしまったが、彼に能力を話した途端、「始解の存在を秘匿するとは・・・賢明な判断だヨ。」と何故か褒められた。

また、ここ数十年は副隊長ネムの調整に時間を費やしているため、解剖の誘いを受けることは無くなった。非常に安心。

ついでに、射場にも始解の能力を教えた。その方が七番隊で能力を使いやすいから、というのが一番の理由だ。

 

霊圧を調べてみると、波を感じた。

 

 

「誰かが戦闘行為を行っているようですね・・・。これは・・・十一番隊の斑目一角と綾瀬川弓親です。」

「む?誰と戦っておるのだ。」

「おそらく旅禍です。初めて読み取る霊圧ですよ。」

「何じゃとぉ!!!!あいつら抜け駆けしおって!!」

「落ち着いて射場ちゃん。個人的にも気に喰わないけどあの人達()()()()強いから大丈夫だよ。」

 

 

自分の方が先輩なのにタメ口をきいてくるため、護廷の中でも個人的にかなりいけ好かない連中だが、実力は確かだ。

倒されることは無いはず・・・と思ったが、旅禍の霊圧がおかしい。

 

(これは・・・死神の霊圧と・・・虚?何で虚が混じって・・・・・・、!!!!!!)

 

微弱だが、斑目が戦っている相手には、虚の霊圧が混じっている。

まさか、虚化した隊長格の一人!?

だとしたら緊急事態だ。

 

 

「検索対象を変えます。瀞霊廷にいる全死神の霊圧以外の変わった霊圧の持ち主の特定に移ります。」

「な・・・何じゃ!いきなり焦ってどうした口囃子!!」

 

 

血相を変えた隼人に対し射場が何か喋っていたが、それすらも聞こえない程の集中力で探索を行う。

始解の力を本気で使っている最中は瞳孔が開き眼球が震えているらしく、見た者を怯えさせてしまうそうだ。

最初は不気味がっていた射場も慣れたはずだが、どうやらまた怖がらせたらしい。

 

探索をして覚えのない霊圧が8体以上ある場合、覚悟を決めねばならない。

知りたくない事実を知ってしまいたくないと怖くなる。

そして脳内で弾き出される結果は、6体であった。

 

 

「ふぅ・・・・・・よかった・・・。」

「何がよかったんじゃ口囃子。」

「あぁ・・・うん、まぁこっちの問・・・・・・題・・・・・・。」

 

 

いや待て。

夜一と思しき霊圧を含めて6体。だとしたら残りは五人。

その中で、()()()()()()()()()()()()()()1()()()()()

じゃあそれは誰だ?何故虚の霊圧をわずかながら持っているのだ?

あの事件を知っている者かもしれない。

まさかあの事件の解決の糸口になるのではないか。

 

そう考えていると、彼らの霊圧に大きな動きがあった。

 

 

「斑目一角がやられた。」

((!!!))

「行きましょう、狛村隊長。斑目の元に行って旅禍がどこへ行ったか聞き出します。」

「ああ。これは緊急事態だ。」

「そんなら儂も「ごめん、射場ちゃんは隊舎に居てもらってもいい?万が一何かあった時大変だし、僕の方が霊圧知覚あるから、本当にごめん。」

「ああ・・・・・・そんなん言われちゃあ仕方ないのう。」

「じゃあ行ってくる。狛村隊長、無理言ってすみません。」

「構わぬ。席官が旅禍にやられるなど異常事態だ、いずれ他の隊長が止めに入ることもあろう。元柳斎殿が動かれる前に止めるぞ。」

「はい!」

 

 

狛村の行動の動機はほぼ全て総隊長への恩義のためだ。

以前はちょっと頭が固すぎるところがありなかなか行動に移してくれなかったりしたが、最近は柔軟に考えてくれるようになった。

 

特に、射場が入ってから信頼できる部下が増え、より皆も関わりやすくなった部分がある。

今回も総隊長が動く前に止めるという動機で七番隊は動くことになるだろう。

以前なら、命令が無ければ動かないという頑固すぎる性格が見られたので、動きやすくなり隼人は個人的に隊の運営をよりやりやすくなったのだ。

 

移動の最中、また廷内の霊圧に変化が起きた。

 

 

「綾瀬川弓親もどうやらやられたようです。」

「!・・・急いだ方がいいな。」

 

 

狛村の瞬歩のスピードについていき、斑目の霊圧の元に行くと、血を出して倒れている状態のままだった。

伝令神機で四番隊を手配し、来る前に斑目に旅禍についての事情聴取を行おうとしたが。

 

 

「君が戦った旅禍が何者か教えてもらえないかな?」

「・・・・・・俺は何もみてねぇよ。」

「は?」

「俺は何も見てねぇし何も知らねぇ。顔も見てねぇ相手に後ろからいきなりやられたんだ。何も情報は持ってねぇよ。」

 

 

この非常事態に何を言ってるんだこいつは。

霊圧の状態からして戦っていたことは明らかだ。何故嘘をつく。

己の状況を分かってないのか。

まさか旅禍と更木剣八を戦わせるために情報を伝えないのか。

馬鹿馬鹿しくて反吐が出る。

 

 

「事実だとしたら情けないね。旅禍相手に後ろから刺されてのされるなんて。笑えるよ。霊圧量から見てその辺の席官ですらもっと張り合えるはずだよ?更木隊長に進言してあげよっか?こんな情けない男が席官にいますよって。」

「てんめぇ・・・!!!!戦闘補助しか出来ねぇヘタレのクセに俺に盾突きやがって「貴公は旅禍を見てないんだな?」

 

 

小競り合いを始めた二人を見て、時間の無駄だと判断した狛村が割って入った。

 

 

「こっ・・・狛村隊「斑目。貴公は見てないんだな。」

「・・・・・・はい。」

「なら行くぞ、隼人。ここにいても時間の無駄だ。」

「いいんですか?そんな・・・。」

「じきに四番隊が来る。くだらぬ小競り合いをすれば彼らが怯えてしまうと考えろ。」

「・・・・・・すみません・・・。」

 

 

斑目が黙秘するのは信じられないが、狛村の注意は至極当然のものだ。

ただでさえ旅禍の侵入、朽木ルキアの処刑などで今までになくきな臭い状況で、席官同士の小競り合いが生まれれば瀞霊廷がさらなる混乱に陥るだろう。

 

納得いかないが、一旦退くことにした。

 

 

「何故退いたのですか?」

「おそらく旅禍の狙いは殛囚の救出だ。大方友人が助けに来たと儂は推測する。」

「えっ・・・?だとしても懺罪宮までですよ?さすがに旅禍の足では・・・。」

 

 

実力は謎だが、斑目一角を倒す程の旅禍なら厳しい足取りとなるはずだ。

もっとも、その旅禍の実力が隊長格並ならこちらが後手に回る可能性もある。少なくとも今のその旅禍の霊圧を読むと良くて副隊長並かと思われる。

 

 

「厳しいだろうな。奴等の足では。それ故儂らの狙いは疲弊した旅禍を捕らえることだ。」

「なるほど・・・。なら先回り致しましょう。もう一度相手の霊圧を読みますね。」

 

 

一旦止まり再び始解して旅禍の足取りを確認する。

先ほど斑目、綾瀬川と戦った霊圧の持ち主は十一番隊隊士から逃れたようだが、妙な点が増えた。

 

 

「死神が一人彼らに同行していますね。人質にでも取られたのでしょうか。だとしたら厄介ですよ。」

「何・・・?どこの隊の者か分かるか?」

「この霊圧は・・・・・・。四番隊の山田花太郎です。七席が人質に取られるなんて・・・!」

 

 

四番隊ではあるが、席官を人質に取ってしまうとは。

旅禍が十一番隊の席官二人を倒し、更に四番隊席官を人質にとり、事態はさらに悪化している。

急ぎ旅禍達の元へ先回りすることにした。

 

 

正午を過ぎた頃、霊圧を消して偵察していると、丁度旅禍が来るところだった。

 

 

「来ましたね。」

「行くぞ。」

 

 

狛村の合図で旅禍を止めるための戦いが始まった。

 

 

 

「止まって下さい。素直に投降すれば命は奪いませんよ。」

 

 

まずは自分一人が出て相手の戦力を確認。

左の男は何やら流魂街の民の服装かと思ったが、腿に描かれた文様は隼人を驚かせる物だった。

志波家の文様。

何故今志波家の者が旅禍と行動を共にしているのか。

 

 

「お前・・・志波家なのに旅禍風情と組んだのか。」

「ん?何だコイツ?一人でのこのこ出てきやがって。」

 

 

彼が自分の素性を尋ねている者は山田花太郎だ。

人質として捕らえられたものだとみていたが、彼は人質には見えない。

むしろ協力しているのか?

 

 

「あっ・・・あれは・・・口囃子三席!!逃げましょう!!あの人の力は斑目さんとは比べ物になりませんよ!!」

 

 

逃げましょう?何を言ってるんだ。普通自分に助けてくれって言うんじゃないのか。

やはり山田七席は旅禍に協力している。一体何故だ。

 

 

「あぁ?同じ三席なのに比べモンになんねぇってか?」

 

 

そう言ったのは、真ん中で堂々と立っているオレンジ色の髪をした死神。

なるほど、虚の霊圧を僅かながら持っているのは彼か。

 

だが、彼の顔はどこかで見たことがあるような気がする。

しかも、昔の知り合いの顔二つが混じったような顔。

 

 

「つーか三席ってことは恋次よりも下か。さっきの一角よりも弱そうだしな。なら俺一人で余裕だ。お前らは下がってろ。かかってこい!」

 

 

何だこの男。

俺一人で余裕?恋次よりも下?一角よりも弱そう?

ふざけるな。あんな野蛮な奴よりも下だと?

まるで今までの鍛錬全てを馬鹿にされた気分だ。もう我慢ならん。

 

 

「かかってこいって、よく言えるね。というか君、探知下手クソでしょ?()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

「もうひと・・・」

「ぬんっ!!!!!!」

 

 

隼人の言葉を合図に、狛村がオレンジ髪の死神の真上から始解状態の刀を振り下ろした。

 

 

「うぉっ!!!!隠し玉とかせこいんじゃねーの!?」

「・・・・・・ほう。今の儂の斬撃を避けるとは、疲弊していると思っていたが案外骨のある男だな。」

「狛村隊長!」

 

 

すぐに狛村の横に移動し、戦闘態勢を整える。

 

 

「あの死神を狙いましょう。霊圧量から見ておそらく彼を捕らえればこの騒ぎは終わります。」

「わかっておる。隼人は一歩下がっておれ。」

「承知しました。」

 

 

「あっ・・・・・・・あれは!!!!七番隊隊長の狛村隊長!!!無理だ!勝てるわけない!逃げましょう一護さん!!!!!」

 

 

花太郎が一護に向けて叫んでいたが、狛村は構わず距離を詰め一護に斬りかかった。

まずは狛村があの旅禍と戦い、時間を稼ぐ。

その間に隼人が始解をして相手の霊圧を完璧に記憶し、相手を追い詰める準備をする。

 

恐らくこの相手の霊圧を完璧に読み取るのは少し難しいだろう。

今までは死神の霊圧しか読み取ってこなかったが、死神と虚二つの混じった霊圧を読み取ったことは無いため、何が起きるかわからないのだ。

残った二人は何もせず、ただただ二人の戦いを見ているだけだったため、心配する必要もない。相手も迂闊すぎやしないか。

 

 

「――読み取れ――、桃明呪」

 

 

相手の死神は狛村の斬撃を何とか躱しているといった感じだ。

始解状態の狛村の斬撃は一つ一つが凄まじく重たいため、まともに打ち合おうとするとまず相手がやられてしまうだろう。相手の躱す判断は正しい。

後ろや横に飛んだりして、狛村の斬撃が生み出す瓦礫からも何とか避けているといった感じだ。

 

 

「岩鷲!花太郎!一旦逃げるぞ!!」

「おう!」「はい!」

 

 

ただただ躱し続けるのも向こうが疲れるだけだ。懺罪宮とは逆方向に相手の三人は逃げて行った。

 

ここからが隼人の出番である。

 

 

「霊圧の記憶はできたか?」

「はい、何とか。パターンが違うので少し手間取りましたね。」

 

 

まずは隼人が狛村にだけ天挺(てんてい)空羅(くうら)を繋ぐ。

そして、隼人が狛村に相手の位置情報を伝え、相手を追跡させる。

ぶつかった相手が万が一狛村の斬撃を躱した場合、隼人の鬼道で相手の躱した先を追撃する。

 

今回は相手もなかなか実力があるようなので、大地転踊で今の自分の周辺にある瓦礫を飛ばすやり方でいこう。

 

 

「東 三百、北 千四百二十。お願いします。」

 

 

瞬歩で狛村は旅禍達の元へ向かう。

 

 

七番隊屈指の戦闘術が、旅禍三人に襲い掛かる。

 



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桃明呪(もものみょうじゅ)

「岩鷲!!!花太郎を頼む!」

「はぁ!?一護お前あの隊長と一人で戦う気かよ!?」

「違げぇよ二手に分かれるんだよ!流石に今あんな化け物二人と戦える戦力は俺ら誰も持ってねぇ!後で落ち合うぞ!」

「わかった!気ぃ付けろよ!!」

 

 

二手に分かれた直後、一護の元に先ほどの鉄笠を被った隊長が追い付き、規格外の力の斬撃を放ってきた。

 

 

「貴公の名は何と申す。」

「顔隠してるヤツに教える名なんてねぇよ。アンタが先に名乗るべきなんじゃねぇの?」

「む・・・・・・それもそうか。」

 

 

鉄笠を被っているせいで、何を考えているのか全く分からない。

先ほどの茶髪の三席とは全く違う見た目だ。あの三席は今まで尸魂界で見た死神とは印象が全く違う。直接戦闘を行うよりも、補助に長けた者の雰囲気だった。

この隊長の斬撃を躱している中一瞬三席の様子を見たが、あの眼球、そして霊圧の様子から一目でヤバい相手だと分かった。

それ故あの場から逃げたのだ。

しかし、この隊長は鉄笠を被っているものの朝に戦った一角と似た雰囲気の戦い方だ。

 

あの三席がいなければ逃げ切ることは出来る。

いや、工夫すれば戦えるかもしれない。

 

 

「儂の名は狛村左陣。七番隊隊長だ。貴公の名は何だ。」

「黒崎一護。死神代行。ルキアを助けるために来たぜ!!!そこを通せ!!」

 

 

一瞬で距離を詰め、斬りかかれば一太刀浴びせることが出来る。

瞬歩を使って距離を詰めるも、相手は隊長。そう簡単にいかない。

一護の渾身の斬撃を片手で振り払われてしまった。

(!)

 

 

身の危険を感じ一旦距離を取る。

 

 

「ほう。儂に斬りかかるとは、なかなか面白い男だ。」

「あの三席がいなけりゃ俺もアンタと戦えるはずだ。アンタの剣は確かにメチャクチャな力だが振りは遅いからな。」

「!・・・一瞬にして儂の弱点を見抜くとは。侮れんな。」

「侮ってもらっちゃあ、困るぜ!!」

 

 

この隊長相手にはスピード勝負だ。

単純な話、相手が剣を振った途端に自分は相手の後ろに瞬歩で移動し、隙を打てばいいのだ。

そして案の定止まっている自分に対し上から剣を振るってきた。

能力で剣の力と大きさを増幅させているのだろう。破壊力は凄まじいが、躱すことが出来た。

 

そして瞬歩で相手の後ろに行く。背中の七の数字の目の前に来た。

いける。隊長でも大したことない。これならルキアを助けられる。

自身の斬魄刀、斬月で背中の『七』を切り裂こうとした。

 

しかし、狛村はそれすら見越している。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()。」

(!?)

 

 

その狛村の言葉と同時に、空からいくつもの瓦礫が一護目がけて凄まじい速さで降り注いできた。

何とか避けたものの、少し当たったせいで顔や足に切り傷ができてしまう。

 

 

「ちっ・・・どういう意味だ?」

「儂の弱点を一瞬にして見抜いたのは見事だ。だがその弱点に対策を講じるのは当然だろう。席官でも当たり前に行っているぞ。」

「だからどういう意味だっつってんだ・・・・・・、!!!!」

 

 

あの三席か!!あの三席がどこかで俺を見てやがったのか!

周囲を見回したが、それらしき者の姿は見えない。

だが、何にせよとにかくここにいるのはまずい。

どこから来るか分からない攻撃に警戒しつつこの隊長と戦うのはこちらにとって分が悪すぎる。

 

(あれ使うしかねぇな・・・。)

 

一護は浦原喜助との修行で身につけた必殺技で再び狛村と距離を取った。

 

 

「月牙・・・天衝!!!!!!!」

 

 

この技を使っても、まだあの隊長を倒す程の力では無いだろう。

実際狛村の目を塞ぐ程度の効果は発揮し、何とか逃げることに成功した。

 

 

しかし今度は、雷のエネルギー弾のようなものがまた一護の居場所ピンポイントに飛んできた。

 

 

「またかよっ!!!!何で俺の居場所が正確に分かるんだ!?」

 

 

そこからは術のラッシュが続く。

火の玉や炎、水、雷の塊、風の刃など様々なものが一護の場所目がけて()()()襲い掛かってくる。

 

逃げるだけでもかなりの体力を消費してしまった。

息も絶え絶えの状態で座り込んでいたが、今度は狛村に追いつかれて天から斬撃が降りかかる。

これも躱したが、もうギリギリだ。現に少し傷が増えている。

 

 

「儂らの連携を受けてもここまで生き延びるとは、見直したぞ。」

「はぁっ・・・はぁっ・・・何で・・・俺の居場所が分かるんだよ・・・・・・。」

「いや、まだ分からないの?」

 

 

その場に突然現れたのは三席の男だった。

 

 

 

 

 

正直、あの旅禍は化け物だと思う。

狛村の斬撃を避けることは副隊長クラスの死神なら出来ないことはない。

連続した自分の鬼道を何度か躱すことも出来るはずだ。

 

だが、それを()()()()()()()のは、死神でも前例がない。

気付けば夕暮れ。傷を負ってはいるものの軽傷で済んでいるため、とんでもない実力の持ち主であることは窺い知れる。

 

敢えて普通の調子で話しているが、内心ではこの信じられない体力を持った旅禍を意味の分からない存在として見ていた。

何か虚の力が関係しているのだろうか。

 

 

「いや・・・アンタが俺の居場所を何かの力で見ているのは分かるぜ・・・。」

「まぁそれだけわかれば上出来だね。どうします?狛村隊長。」

「隼人に任せるぞ。」

「分かりました。」

 

 

相手は息も絶え絶えなので完全詠唱をしても恐らく大丈夫。何かあったら狛村が防いでくれる。

 

 

「千手の涯 届かざる闇の御手 映らざる天の射手 光を落とす道 火種を煽る風 集いて惑うな我が指を見よ 光弾・八身・九条・天経・疾宝・大輪・灰色の砲塔 弓引く彼方 皎皎として消ゆ」

 

 

小声で詠唱したため、相手に気付かれていない。

これなら当たる。

 

 

「破道の九十一 千手皎天汰「待ってください!!!!」

 

 

突然後ろから声が聞こえた。

その場にいたのは阿散井恋次。

 

 

「そいつは俺の獲物()っス。俺に戦わせてください。」

「はぁ!?何言ってんだよお前。横から入って戦わせろって何様・・・・・・、」

 

 

鬼道を消して阿散井に返答したが、いつもの阿散井とは様子が少し違う。

よく見たら、彼は副官章を付けていない。

つまりこれは、護廷十三隊の一員としてではなく、一人の男として戦うということか。

 

 

「ありえないよ。こんな旅禍相手に副官章外して戦うなんて。六番隊に置いて来たの?それで負けたらどうするの?自分のやってることわかってんのかよ。」

「わかってます。そういう覚悟で俺はここにいます。」

 

 

何で十一番隊出身者は射場以外はこんなにも変な矜持を持っているんだ。

到底理解できない。

 

 

「だから、この騒ぎは君だけの問題じゃないんだって。()()()()()()()()()()。現に隊長が動き出してるんだよ?君が我儘言って通ると思っているの?バカなの?」

「バカで結構っス!それでも戦わせてください!お願いします!!」

 

 

あぁもう何だよコイツ!いい所で横槍入れやがって!

二十年ぶりに声を荒げそうになったが、狛村によりまた抑えられることとなった。

 

 

「落ち着け隼人!全く・・・お前は冷静に見えるが怒りっぽいのを忘れるな。」

「狛村隊長!ですがこれは「阿散井、お前の望みはよくわかった。」

「えっ狛村隊長・・・?」

 

 

狛村の発言は、隼人を驚愕させるに値する普段からは考えられないものだった。

 

 

「お前に奴の相手を譲ろう。それほどの覚悟を持つなら、お前が倒して見せろ。いいな。」

「ありがとうございます!狛村隊長!!」

「退くぞ、隼人。」

「はぁ・・・。」

 

 

これも納得がいかない。

何故あそこで阿散井に譲ったのか。

明らかに自分がやる方が確実に相手を無力化できる。

隊舎に帰る途中で理由を尋ねると、狛村は告げた。

 

 

「貴公の先ほどの鬼道はあの旅禍を殺してしまう程の力だ。恐らくあの者は人間。生かして捕らえるべきだと儂は思ったのだ。納得いかないだろうが・・・分かってくれ。それに阿散井はあの囚人を捕らえる際にあの男と戦ったと以前聞いたのだ。戦わせてやってくれ。」

 

 

そこまで狛村に言われると、理解できなくとも受け入れるしかなかった。

せっかく数時間戦ったというのに、あっさり退いてしまうのはいかがなものだが。

拳西ならきっと・・・いや、考えたらだめだ。狛村に失礼だ。

 

阿散井は倒してくれるだろう。手負いの獣相手に油断するような男ではない。

一角と戦っていた時のあの男は全力だったはずだ。なら阿散井の方が勝てるはず。

 

 

しかし、日没直前に、三番隊からとんでもない知らせが来た。

 

 

「六番隊阿散井副隊長が何者かによって重傷を負って倒れた状態を発見されました!」

(((!!)))

 

 

まさか、あの状態で旅禍は阿散井を倒したというのか。

とんでもない怪物だ。ひょっとしたら自分でもまともに戦える相手ではないかもしれない。

 

 

「何じゃと・・・!阿散井の野郎が・・・!!!」

「これは非常にまずいよ・・・何でこんなことになってるんだよ・・・!!」

 

 

急いで射場は外に出て迎え打とうとしたが、狛村がまたも止めた。

 

 

「心配せずともよい、鉄左衛門。恐らく相手も手負いだ。攻撃に出ることは無かろう。明日の副隊長の会議のために今日は休め。明日もきっと大変だぞ。」

「・・・・・・すいやせん・・・狛村隊長・・・。」

「隼人も今日は休め。明日もおそらく力をたくさん使うことになるぞ。」

「そうですね・・・今日は休ませて頂きます。」

 

 

それから隊舎寮に帰って普通に過ごしたが、どうも気持ちが立って部屋中をうろうろしてしまう。

まるで前に勇音がかまぼこの怖い夢を見た時の行動と全く同じではないか。

何故か残業中の自分の元に来て恐ろしい夢について事細かに語ってきたのだ。いい迷惑である。

あんな風にははならないぞと思っていたのに、結局自分もなってしまった。ちょっぴり残念。

 

ええい、こうなったら誰か呼んで話し相手になってもらおう。

そしてこういう時呼ぶ男は決まっている。

伝令神機を手に持ち、不安解消のために選ばれた生贄に電話をかけることにした。

 

 

「もしもし修兵、今からちょっと家に・・・はぁ?夜に任務?どうせまつもっちゃんのおっぱいでも考えながら任務してるんでしょ?煩悩にまみれるくらいなら僕の相談相手でもしてろ!夜飯ぐらい出してやっから!」

 

 

面倒事なのは自分でも自覚している。修兵は適当に任務とでも言って逃げようとするだろう。

だから金のない修兵に夜飯という交換条件を出して無理やりにでも来させるようにした。

これもある意味人心掌握である。

 

元々作っていた肉じゃが(拳西秘伝のレシピ)に加え、仕方なく修兵好物のウインナー(ハーブ入りのお高いやつ)を焼いていると、腹を空かせた男が玄関を叩いてきた。

 

 

「来たか、檜佐木修兵。生贄として僕のマシンガントークの餌食に遭うがいいわ!ふはははは!!」

「そんな急に変なコト言われても反応に困りますし俺腹空いたんで早く飯食いたいんスけど。」

「んだよつれないなぁ~。」

 

 

修兵と射場の前でだけだが、少しふざけたことも言えるくらいには素を出せるようになってきた。

相変わらずあっち方面の知識は教えてもらってばっかだが。

しかし冗談を言うとなぜか必ず冷たい反応をされるのだ。特に修兵からは。

折角無いなりに絞ってユーモアを作り出しているというのに面白がってくれないのは非常に残念である。

まぁ昔拳西を怒らせて頭ぐりぐりをされた時のようなやんちゃなことは今でも誰にも言えないけれど。

 

というか作ってあげてるのに早く食べたいって生意気だなオイ。

 

そんなあらゆる感情が頭をぐるぐる駆け巡った中、食いっぱぐれた昼飯の分も含めたご飯を食べることにした。

 

 

「俺こういうハーブのウインナーあんま好きじゃないっス。次から普通のにしてもらっていいっスか?」

「お前よく人に作ってもらってそんなこと言えるな・・・。」

 

 

信じられない強心臓だ。

モグモグ食べながらとんでもない感想を述べてきたが、向こうの好みなど知らないので仕方ない話である。つーか好物ウインナーって前自分で言ってただろ。ウインナーの中の好みなんか知るかよ。何様なんだよコイツ。

 

修兵からしたら信頼出来て気の置けない先輩だからこういう発言が出るのかもしれないが、隼人にとっては複雑な心境である。

 

 

「それで急に俺のこと呼んで何かあったんスか?家にまで呼ぶの初めてですよね?」

「うん・・・あのさぁ・・・。何か今日気が立ってて落ち着かないんだよ。最近白・・・朽木隊長もピリピリしてるし、旅禍入ってきて色々あれだし、今日戦ったけどうやむやで終わっちゃったし・・・。」

「えっ旅禍と戦ったんスか!?」

 

 

何か珍しく強い反応を示してくる。

 

 

「そうなんだけど・・・いい所で阿散井くんが割り込んできて戦わせてくださいってお願いしてきて・・・それでその前から大分追い詰めてたけど狛村隊長が阿散井くんに後始末を任せたんだ。でも手負いの旅禍に阿散井くんは負けた。」

「まじですか!!」

「相手の旅禍は隊長クラスの力がある可能性が高いよ。」

 

 

口を僅かに開いて驚いている。何かこういうところが子どもっぽいというかあざといというか。だから女にモテるのだろうか。

ちょっとその顔が気に喰わないのでおっほんとわざと咳払いして、話を続ける。

 

 

「隊長に聞いたら十三番隊の朽木さんを助けるために動いているらしいよ。もう何かどうすればいいかわからないよ・・・。」

「それは・・・・・・。」

 

 

思い悩んでいる隼人に修兵は後輩ながらのアドバイスをした。

 

 

「あんまり思い詰める必要ないっスよ!俺だったら深く考えずに・・・とりあえず旅禍の討伐に力を入れますね。」

「・・・何か修兵って意外とドライだね。」

「こういうのは考えすぎないでいたら解決するもんっスよ。」

「・・・・・・そっか。それもそうだね。」

 

 

たしかにそうだ。旅禍の侵入だって今まで無かったことだが、今は隊長、副隊長もほとんど揃っている。

101年前とは違うのだ。いざとなれば隊長達が何とかしてくれる。

いくら自分が隊長格の方々と距離が近いといっても、三席の自分が変に思い悩む必要はないのだ。

 

好みじゃないと言いながらハーブのウインナーを半分以上食べた食いしん坊の後輩は、雑ながらも今の隼人に的確なアドバイスをくれた。

 

 

「じゃあ俺も明日会議あるんで帰りますね。今度は普通のウインナーでお願いします。」

「また家でお世話になる気満々じゃん・・・。考えとくよ。」

 

 

後輩を見送った後、いつも通り風呂に入りぐっすり眠ることが出来た。

 

 

 

 

 

まさか明日、あんな悲劇が起こることも知らずに。

 



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捻れ

八月四日。

 

早起きをしたため隊舎周りをぶらついていると、同じく早起きをした射場と遭遇した。

 

 

「おはよう。早くない?」

「おう口囃子か!ひとっ走りするつもりじゃけぇ早起きしたんじゃ!おどれも来い!」

「えっあぁいいよ。」

 

 

ひとっ走り。そうは言うものの鍛錬を欠かさない射場のひとっ走りと鍛錬のベクトルが違う隼人のひとっ走りには尋常ではない差があり、酷い思いをした。

 

 

「何やっとるんじゃ!情けないのう!!」

「うるさい・・・射場ちゃん・・・ひとっ走りの意味・・・分かってないでしょ・・・七番隊舎から一番隊舎は・・・ひとっ走りの域・・・超えてるから・・・。」

「おどれが貧弱な体力なのが悪いんじゃ!」

「さすがにその距離は長いっスよ。」

 

 

あれ、何故ここに修兵が?と思えば、射場のひとっ走り=出勤だったらしく、とんだ貧乏くじを引いてしまった。

 

 

「今から七番隊舎は間に合わねぇよ・・・もう・・・今日は遅刻だ遅刻・・・はあっ・・・はあっ・・・。」

「おはようございます・・・ってあれ、何でここに口囃子さんがいるんですか?」

「おぉ吉良か!儂のひとっ走りにこいつを連れてったんじゃ!」

「おはようございまーーって口囃子さんヘロヘロじゃないですか~・・・って何でいるの?」

 

 

副隊長の吉良と松本が至極当然な反応を返す。

ここに居づらいだろうと思い気を遣った射場が全く関係ない話題を振ってくれた。

 

 

「昨日の旅禍は生きとるんか?」

「死んだら情報が出回ってくるんじゃないですか?イケメンだったらいいなぁ~~」

「ダメですよ乱菊さん!油断して倒されたら元も子もないんですよ!」

「旅禍に嫉妬してんじゃないよ修兵・・・。」

「ちっ違いますよ!!!!」

 

 

顔を真っ赤にして怒る修兵はいつも通りの修兵だ。

そして昨日阿散井を発見した吉良が彼の状況を皆に伝えた。

 

 

「阿散井くんはかなり酷い傷を負っていましたよ。僕の力である程度は傷も塞いだので命に別状はないですが・・・。」

「何が恐ろしいって僕と狛村隊長が旅禍を追い詰めた後に阿散井くんと戦ってその旅禍が勝ってることだと思う。弱ってるからこそ阿散井くんに任せたつもりだって狛村隊長は昨日言ってたんだけど・・・。」

「儂ら全員揃って戦うとしても苦戦するじゃろ。恐ろしいやっちゃ・・・。」

「ですが、懺罪宮のあたりには更木隊長の霊圧を感じます。あの人には万が一にも勝てませんよ。」

 

 

あの更木剣八が負けるところなど誰にも想像つかない。

前隊長を斬魄刀の一振りで殺すほどの実力者だ。

さらに戦闘狂で戦いへの執着は一線を画している。

まさか負けるはずはない。

皆が納得しているところで、悲鳴が聞こえてきた。

 

 

「いやああああああああ!!!!!!!!!!!!」

(((!!!!)))

「この声は・・・雛森くん!!」

「とにかく行ってみるぞ!」

 

 

まさか旅禍か?しかし雛森があんな悲鳴を上げるほどの猛者でもいるのか。

昨日阿散井を倒した男もあの状態ですぐ動けるようになるとは思えない。

一体何が起きたのだ。とにかく急いで声の聞こえた方に向かうと。

 

 

彼女の目線の先には、藍染惣右介の死体。

胸部を斬魄刀で刺されており、即死に近いものだ。

 

 

「いや・・・藍染隊長・・・!藍染隊長!!藍染隊長!!!!嫌です!藍染隊長!!!!!!!」

「藍染隊長が殺された・・・!?」

「嘘でしょ・・・。」

 

 

信じられない光景だ。

現役の隊長が瀞霊廷内で殺害されるなど知る限りでは今まで無かった。

ほぼ暗殺という形で。

しかもこの旅禍侵入騒動と合わせてだ。

旅禍が殺したのか?一体何のために?何故藍染を狙ったのか?

何も分からない。

護廷十三隊内で殺すとすれば誰が?

藍染に敵意を示していた者は今まで見た限りではいない。

 

 

「何や、朝っぱらから騒々しいことやなァ。って、藍染隊長殺されてもうてるやん。早よ下ろしてあげんとアカンとちゃうん?」

 

 

突然現れた市丸ギンにびっくりしたが、尤もな意見だ。

隼人が藍染の死体処理のために動き出そうとした途端、雛森は叫ぶ。

 

 

「お前か!!!!!!」

「えっちょっ!雛森ちゃん!?」

 

 

まさか市丸を疑っているのか。

いくら不気味な男であるとはいえ短絡的すぎやしないか。

斬魄刀に手をかけ抜刀するスピードはいつもの雛森に比べると信じられない程早く、皆藍染の死で当惑したためついていくことも出来ない。

 

このまま隊長に刃を向けるのはまずいと思ったが、唯一反応できた吉良が市丸から雛森の刃を防いだ。

 

 

「僕は三番隊副隊長だ!どんな理由があろうと隊長に剣を向けることは僕が赦さない!」

「どいてよ吉良くん!」「だめだ!」

「どけって言うのがわからないの!!」

「だめだと言うのがわからないのか!!」

 

 

まずい、このままでは副隊長同士の戦闘になってしまう。

何とか抑えようと縛道を練ったとき、違和感を抱いた。

 

(何だこの霊圧・・・?周辺の空間全体が何か普通と違う・・・?)

 

ほんの一瞬だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

その一瞬考え事をした隙に、吉良と雛森は既に始解していた。

 

こうなったら実力行使で止めるしかない。

間に入り縛道で止めることにした。

 

 

「嘴突三閃!」

 

 

まずは最初に行動を起こした雛森を拘束する。隼人の縛道なら副隊長の拘束程度は造作もないので抑え込みに成功した。

 

 

「円閘扇!」

 

 

次は吉良が振るう詫助を縛道が作り出す盾で防いだ。副隊長クラスの死神なら断空を使うまでもない。

これで頭を冷やすことは出来るだろうか。

 

 

「放してください口囃子さん!私は・・・私は!!!!」

「吉良くんに言われただろ、公私混同はダメだよ雛森ちゃん。あと吉良くんも一旦頭冷やそう。こんな場所で私闘なんかしたらそれこそ藍染隊長はどう思うかな?」

 

 

一先ず二人に落ち着くよう声をかけた後、副隊長達に進言(指示)をした。

 

 

「二人を牢に入れてください。罪状はこの際何でもいいです。最悪無くていいです。とにかく二人を落ち着かせるためにお願いします。」

「おう、わかった。」

 

 

真っ先に反応した射場をきっかけに彼らは動き始め、いつ暴れだすか分からない雛森を射場と松本が、一先ず落ち着きを払った吉良を修兵が連れて行った。

 

その様子を遠くから見ていた日番谷(ひつがや)冬獅郎(とうしろう)が遅れて現場にやってきた。

 

 

「済まないな、口囃子。俺が止めるべきだった。」

「いえ、それは別に・・・・・・、」

 

 

日番谷は隼人に声をかけはしたものの、意識は完全に市丸に向けている。

 

 

「てめぇ、今・・・雛森を殺そうとしたな?」

「はて、何のことやら。」

「・・・・・・今のうちに言っとくぞ。」

 

 

この男も、どうやら市丸を警戒しているようだ。

だが、正直もううんざりだ。誰かと誰かがバチバチ火花を散らし、そいつらを落ち着けたら今度は別の誰かと誰かが火花を散らす。

いい加減にしてくれ。

 

 

「雛森に血ィ流させたら「はいもう止めて下さい。貴方達の鍔競り合いまで止めるのは僕も嫌なので。僕の鬼道でも防ぎきれません。」

「おっおい!口囃子!!」

「冬獅郎くんも熱くなりやすいんだからもうダメだよ。」

「こっ子ども扱いすんじゃねぇ!!!!あと日番谷隊長と呼べ口囃子!!」

 

 

自分ポリシーだが、たとえ隊長、副隊長でも自分より後輩ならば敬語は使うつもりはない。その代わり席官、平隊士でも先輩ならば敬語を使うようにしている。

ただ単純に今まで後輩だった者に敬語を使い直すのも面倒だからという理由だが、日番谷みたいに嫌がる者もいる。それでも平然と敬語は使わないが。

 

そしてその次の進言(指示)をまた二人に出す。

 

「とりあえずお二人はここからすぐに離れて下さい。藍染隊長を殺せるほどの人材は旅禍を除いて貴方達隊長か、副隊長の誰かしかありえません。万が一死体を下げる時に貴方達なら裏工作することも可能でしょう。現場保存のために僕が残ります。」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

(!)

 

 

まさか市丸にそんなことを言われるとは考えもしなかった。

だが、そもそも始解しない状態の斬魄刀を自分はお世辞にも上手く扱えるとは言えないので、殺せるはずはない。それに昨日は寝ていたし。

 

 

「まさか。僕は鬼道中心ですよ?死体は刀で一突きですし。藍染隊長ほどの実力者を刀だけで殺すことはできません。それに僕は始解もしてませんし。」

「あぁ~~せやったなァ~。済まん済まん。」

「四番隊が来るまでは僕が()()()ここで待つので、お二人は総隊長への報告をお願いします。」

「ああ。わかった。」

「おおきに。」

 

 

二人が去って行き、霊圧知覚でしっかり一番隊舎へ向かっていったのを感じ取った後、違和感の正体を見つけるため一人行動を始めた。

 

 

「さてと・・・いきますか!――読み取れ、『桃明呪』――」

 

 

今回隼人は探索対象を藍染の殺害現場であるこの場所に限定し、霊圧の調査を始めた。

 

(やっぱり霊圧で空間が捻じ曲がってる。ほんの僅かだけど何故?)

 

そして藍染の死体を下ろした時も、再び違和感を抱いた。

 

(魄動はないけど・・・、これ・・・()()()()()?研究された死体という感じがするな。()()()()()()()()()()()()()()()()・・・?)

 

まさかと思い藍染の霊圧を探ってみたが、もちろんここ以外に存在するはずはない。

しかし、藍染を簡単に死亡したと報告するのもいいのだろうか。

迷っていると、伊江村三席ら四番隊席官組がやってきたため、引き渡しついでに四番隊隊舎へ行き卯ノ花隊長らと共に検死することにした。

 

 

「魄動は止まっている・・・。霊圧も・・・ええ。藍染惣右介五番隊隊長は逝去されました。」

 

 

治療のスペシャリストが断定したため、やはり死亡したのか。

だったらあの霊圧の揺らぎは何だ?

また霊圧を調べた際卯ノ花も少し言葉に詰まっているように思えた。

 

 

「口囃子三席も協力ありがとうございます。本来の職務にお戻りください。」

「あっ・・・はい。」

 

 

卯ノ花に自分が感じた違和感を打ち明けようと思ったが、彼女も阿散井などの治療で忙しいだろうと思い、そのまま四番隊を後にした。

 

 

昨日の旅禍騒動、今日の藍染暗殺、それに関わる副隊長の戦闘行為など、瀞霊廷は酷い状態だ。未曽有の事態でどうすればいいのか分からない状況下で、ある場所に向かっていると、さらに別の場所から爆発音と共に煙が巻き上がってきた。

 

今度は何だと思うと、次は地面から空に向かって何本もの矢が打ち上がっている。

あんな術を使う者は護廷十三隊には存在しない。

そして似たような矢を二十年前に見た記憶があった。

 

(あれは・・・滅却師!)

 

滅却師まで瀞霊廷に侵入していたのか。

まさか二十年前の真咲さんと何か関係があるのか。

というか滅却師の侵入を許すのはいよいよ瀞霊廷の警備体制がまずいのではないか。

ひとまず相手の位置は始解せずともおおよそでわかるため、まずは遠くから相手が見える位置へ向かう。

 

そして滅却師は基本的に弓矢を扱うためタイマンを張るのは自分の能力上厳しい戦いになる。

そのために、隼人は狙撃という形で攻撃をすることにした。

 

しかし、何故滅却師が尸魂界に旅禍として来ているのか。昨日会った旅禍は死覇装を着ていた。もう一人は志波家の人間。そして今日の滅却師。統一感が無さすぎるではないか。

朽木ルキアを助けるという目的のためにこんな有象無象が集まったかのような集団で尸魂界に乗り込んできたのか。無謀にも程がある。

 

ただ、彼らが藍染を殺したのかどうかは正直分からない。そもそも滅却師の矢で殺した形跡は無かった。昨日の旅禍に藍染の暗殺をする動機も何もないはず。

瀞霊廷への警告か?それとも他に何か目的が・・・。

 

と立ち止まって考えていると、まるで101年前の事件について全く調査が進まないことへの状況とひどく似ている気がした。

 

いや、今はとにかく滅却師だ。滅却師を対処せねば。

絶好の狙撃ポイントを見つけ、鬼道の準備を始める。

 

二日連続旅禍と当たるなんて運がいいのか悪いのか。

野蛮な十一番隊なら大喜びしそうだ。

 

 

 

どうやら今日は一人で戦うことになるだろう。

 



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狙撃

先ほどの滅却師は席官を倒したようだ。

たしかあいつはウチの隊でずるして最近四席に上がった男だ。あまり実力が無いクセに驕っていたような奴だったはずだ。もはや名前も覚えてない。

それなら倒された方が頭を冷やすことになるかもしれない。

 

敵は二人。真っ白な服を着た男が滅却師だろう。なんて悪趣味な服装なんだ。

そしてもう一人は明るい茶髪の女の子だ。恐らく滅却師に守られているようなものだろう。

顔つきからして戦闘慣れしているように思えない。

 

ならば、まずは滅却師から狙う。

強い相手から打ち抜けばあの女の子は攻撃するまでもない。

 

簡易双眼鏡と始解の力で相手の位置を正確に捕捉する。

破道の白雷は本来光線状で指先から放つものだが、貫通性を活かして工夫し、弾丸状にして威力、速度を著しく上昇させることで現世のライフルを凌ぐ破壊力を生み出すことに成功した。

 

まさにスナイパーのように双眼鏡と指先を構え、狙いを定める。

こちらの存在には気付いてないようだ。

 

 

「破道の四 白雷」

 

 

まずは滅却師の男の足を狙う。三発連続で放ち、二発ほど当てることが出来た。一発は左脚のふくらはぎ、もう一発はくるぶしのあたりに当てられた。

 

激痛でうずくまっており、しばらく動くことはできないだろう。

次は腹のあたりを狙う。集中して鬼道を練り、また三発の弾丸を形成する。

照準を定め、再び鬼道を放つ。

これが当たればただでは済まないはずだ。虫の息の相手を拘束して藍染暗殺について情報が無いか聞かねばならない。

 

 

 

 

しかし茶髪の女の子が出した術で、隼人の放った鬼道の弾丸は全て防がれてしまった。

(!?)

 

それどころか、双眼鏡で詳しく様子を見てみると、滅却師の男の傷を治している。

何だあの力は。見たことが無い。

防御と回復の術か。それにしては回復スピードが速すぎる。

弾丸で作った傷だからか痛みは強いものの傷自体は小さいので、ほぼ一瞬で治されてしまった。

もう一度だ。

今度は九発分弾丸を練って盾に打ち込んだが、全く効かない。完全に打ち消された。

 

 

「ちっこうなったら撤退するしか・・・ってやばい!!!」

 

 

相手の滅却師は打ち込まれた弾丸からこちらの位置を推測したのか、何十本もの矢を打ち込んできた。

何とかこちらに矢が到達する寸前で気付けたが、危うく蜂の巣にされる所だ。

 

とにかく瞬歩で逃げなければ。というかまさかたった数発で相手に自分の居場所を見抜かれるとは。

情けない。スナイパー失格ではないか。逃げなければ勝ち目はない。

 

しかし相手は抜かりが無い。

 

 

「逃げるなんて得策だと思わないね。」

(!!)

 

 

あの一瞬で追いつかれた。

まじか。何て奴だよ。旅禍は末恐ろしい奴しかいねぇじゃねぇかよ。

 

 

「狙撃をして僕を倒そうとしたんだろうけど、井上さんがいる以上君の力は何も意味をなさない。」

「だったらその井上さんがいない今は意味をなすんじゃないのかな?」

「僕が矢を打ってのこのこ逃げようとした男にサシで負けるとは思えないけどね。」

 

 

ダメだ、見抜かれている。

鬼道中心の自分には明確な弱点がある。

詠唱の手間などがあり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

断空でも使えばよいが、正直そこに霊力を費やしていると防戦一方になり攻撃に手が回らなくなる。

 

それこそ拳西の断風なら斬魄刀を一振りするだけで何本ものワイヤー状の風が飛んでいき、矢が当たると同時に太刀筋を炸裂させることで見事に弾幕全てを爆発させて無効化できる。

対滅却師の矢の攻撃に対してはめっぽう強いのだ。

そういう意味で拳西の始解は隼人にとって非常に羨ましいのだ。

 

 

「斬魄刀を持たない君は恐らく術で戦うのだろう。」

「へぇー。そこまで見抜くなんてやるねぇ。たしかに僕は鬼道でしか戦わない。だったらその術を使ってこの場から逃げることも容易いことだって気付かないの?」

(!)

 

 

いくつかの鬼道は番号や名前を唱えずとも使えるようになった。

曲光を使い、一瞬にして自身の姿を霊圧で見えなくする。

「どこだ!!どこに逃げたんだ!!死神の名が泣くぞ!!」と滅却師は叫んでいる。どうやら相手はこの術を見抜くほどの実力は持っていないらしい。名など勝手に泣かせていればいい。

 

そして隼人は、分が悪い相手に対し無謀にも挑むような、少年漫画の主人公じみた行動を起こすつもりは毛頭ない。

今まで補助でしか戦闘には出なかったため、1対1で戦うのに慣れていない。というか方法がわからない。

その上相手が悪ければ逃げるに越したことはない。だって死にたくないし。

 

こうして逃げることに成功し、何とか相手の追跡を振り払えた。何も収穫は得られず、むしろ大怪我しかけたあたり酷い目に遭ったようなものだ。

 

かなりのアクシデントはあったが、なんとか目的地に辿り着くことができた。

 

八番隊隊舎。

困った時に頼りになるおじさん(勝手に頼ってる)、京楽春水の出番である。

ここなら戦闘もなく平和な場所だろうと思っていたが。

 

今度はまた別の旅禍を発見した。

円乗寺三席と戦っている。またここでも戦闘かよ。

霊圧を消して様子を見ていると、隙だらけの円乗寺三席は案の定ボコられていた。あれで三席は笑えてしまう。自分でも一桁の破道だけで倒せそうだし。

 

さらに様子を見ていると、何やら意味深な花吹雪が舞い降りてきた。

見覚えがあるぞこれ。

ひょっとしたらと思ったら、今回は影からではなく上空から派手な柄の羽織を纏って降臨してきた。

 

 

「八番隊隊長・京楽春水。初めまして♡」

「八番隊・・・隊長・・・・・・。」

「・・・フフフ・・・そ♡ヨロシク。」

 

 

あぁこの花ビラ・・・ひょっとして・・・・・・。と危惧していると、予想通りの展開となってしまった。

 

 

「フフフ・・・・・・フフ・・・フ?ん?あれ?うぉ~~~い七緒ちゃ~~~ん!花ビラもういいよー!・・・ってあれ?聞こえてない!?七緒ちゃんてばーー!!おーい!もう花ビラいいんだってばー!七緒ちゃーん!可愛い可愛い七緒ちゅわーーん!L・O・V・E・リーLOVEリーな七緒ちゃーーん!!まったくー聞こえてないフリする七緒ちゃんも可愛いんだから♡そんなに僕からの愛の言葉を聞きたいのかなァ七緒ちゃおおわ~~~~~~~。」

 

 

相手の旅禍も反応に困っている。霊術院生ですら反応に困ったものだったし。

 

 

「昔リサちゃんにもやってもらったけど七緒ちゃんは長くやってくれて嬉しかったなァ。リサちゃんよりも大分雑だったけど。」

 

 

七緒には聞こえない音量で独り言を言った京楽は、褐色の肌をした旅禍と対峙し始めた。

とりあえず隼人は状況を聞くために七緒の元へ急行しようとしたら、むしろ七緒がこちらに来てくれた。

瓦屋根の上で現状を聞くことにし、恐らくまだ知らないだろうと思われる藍染暗殺の報をこちらも知らせる。

 

 

「七緒さん、これは一体どういう状況で・・・。」

「八番隊周辺を旅禍が通り抜けていったのでこちらに誘導して京楽隊長が止めに入りました。」

「そうなんですね。それであんなコントじみたことを「うるさいです!大体何で私があんな花ビラ撒く係をやらされないといけないんですか!」

「演出ですよ。あの人そういうの好きですし。」

 

 

百年ほど前に全く同じことをリサもやらされていたとは言う気になれなかった。

そして京楽の様子を見てみると、瓢箪を出して一緒に酒を飲もうと提案している。

相手が人間だとしたら見るからに未成年者だ。現世で未成年者が酒を飲むことは確かダメだったはず。

 

もちろん未成年だからダメだ、的な言葉で旅禍は断っていた。アンタ危うく犯罪するとこだったぞ・・・。

 

 

「それで、八番隊に何の用ですか?今どこの隊も忙しいのにわざわざこちらに来るなんて。」

「あ、そうでした。実は・・・藍染隊長が何者かに暗殺されました。」

「えぇっ!?!?!?」

「その件についてちょっと京楽隊長と話をしたかったんですけど、ここでも戦っているんですね・・・。」

「そんな・・・藍染隊長が・・・。」

 

 

副隊長同士、隊長同士のちょっとした小競り合いもあったことを伝え、瀞霊廷がいよいよ混乱に陥っているのが起きた事実を七緒に伝えているだけで実感した。

藍染は処刑をすべきではないと言って殺された可能性があるので、きっとこれからは処刑の是非についても意見の衝突が起きるだろう。

 

七番隊は総隊長の意思=七番隊の意思みたいな部分があるので、総隊長が処刑をすると言えば七番隊はそれに従う。

ちょっと不服だが認めるしかない。白哉の説得も上手くいかないし。

 

また、会話の途中七緒は隼人の言葉に軽い疑問を抱いた。

 

 

()()()()戦っているって・・・どこか他でも戦っている場所があるのですか?」

「さっき僕戦ってましたよ。相手が悪いのですぐ逃げましたけど。あと昨日も別の旅禍と戦いました。狛村隊長と二人でですけどね。」

「はぁっ!?口囃子さんいつの間にそんなに旅禍に出くわしていたんですか!?」

「昨日は狙ってましたが、今日はそんなつもりは元々無かったので運が悪いですよ・・・。」

 

 

まだ昼にもなっていないのに一日の情報量が多すぎるのだ。

藍染暗殺、旅禍遭遇×2。これだけでも大変だ。

 

そして向こうにも戦闘の動きがあった。

霊力による打撃からくる波動のようなものが旅禍から放たれた。

 

 

「へぇーっ、なかなか大味な技を使いますね。」

「ですが京楽隊長ならこれぐらい刀を抜く必要もないかと。」

「・・・・・・信頼しているんですね。もっと素直になればいいじゃないですか。」

「余計なコトを言うな!!何で私が素直にならないといけないんですか!」

 

 

素直じゃない七緒はさておき、京楽は最初の一撃を片手で弾いたあと、全ての旅禍の攻撃を最低消費量の霊力を使って躱している。

 

 

「さっきの奴は副官補佐と言っていたが・・・隊長格ともなるとここまで違うのか・・・!」

「伊達に何百年も隊長やってるからね。舐められてちゃあ困るよ。あぁでも副官補佐の三席でも七番隊の男の子は気を付けた方がいいよ。彼はほとんどの副隊長よりはずっと強いからね。」

 

 

褒められた・・・?京楽隊長に褒められた?

自分の存在に気付いた上でのリップサービスだと思われるが、それでもすごく嬉しかった。

 

 

「やった!僕京楽隊長に褒められましたよ!嬉しいな~。」

「そんなこと言ってる場合ですか!相手は何度も・・・」

 

 

次に戦闘中の二人を見ると、京楽が指でつんと旅禍の背中を押しただけで遠くの壁まで倒れ込み、転がっていってしまった。

 

 

「ほら、あんな旅禍に京楽隊長が負けるはずないですよ。」

「そんなことはわかってます。」

 

 

何やら向こうで話し込んでいるような様子だったが、京楽の纏う雰囲気が一瞬にして変化した。

ついに斬魄刀に手をかけ、抜刀したのだ。

いよいよケリをつけるつもりか。

 

 

「えっ斬魄刀ついに使うんですか?」

「早期決着を図るのでしょう。私も久々に隊長が斬魄刀を抜く姿を見ました・・・。」

 

 

そこからは実に鮮やかな剣さばきだった。

 

「ご免よ。」

 

胸を一閃。それだけで相手の旅禍は倒れ込み、何も動かなくなった。

 

 

「すごい・・・。京楽隊長の戦い僕初めて見たんですけど・・・、拳西さんの言った通りでしたね。さすがとしか言いようがないというか・・・。」

「私もあまり直接は見たことは無かったですが、この程度なら造作もないかと。」

 

 

誇らしげな様子が何ともイジりがいのあるものだが、裏挺隊が来たこともありからかうのを止めた。

藍染の暗殺の報が総隊長、十番隊隊長連名による一級厳令で出されたことを報告するものだった。

 

 

「報告に向かいま・・・って七緒さん速っ!」

 

 

息を切らせて七緒は京楽に藍染の暗殺を知らせた。

 

 

「どうしたの息切らせて、らしくない。何かあったのかい?」

「藍染隊長が・・・お亡くなりになられました・・・!」

 

 

京楽は何も言わずかなり驚いている様子だ。

そこから七緒は隼人と裏挺隊が話していた死因について京楽に伝え、一級厳令であり事実だとも伝えた。

 

 

「そっか・・・惣右介くんが・・・。隼人クンもわざわざ伝えに来てくれたのかい?ありがとう。」

「あっ・・・いえ・・・。」

 

 

とうやむやな返事をした後、あることに気付いた。

さっきの旅禍はまだ死んでいない。

先ほどの一閃で死なないとはなかなかの体力を持っているが、何故打ち損じたのか。

七緒も気付いたらしく怪訝な様子をしている。

 

 

「どうかなさったんですか?京楽隊長。死んでいませんね、この旅禍。」

「意外と生命力があるのかもしれませんよ?僕達が止め刺しときますね。」

 

 

二人が右手に鬼道を練り始めたところで、京楽が二人の腕を掴み止めさせた。

 

 

「よしなさい。君たちがそういうことするもんじゃないよ。隼人クンもこんなことするために八番隊(ココ)に来たのかい。」

「しかし・・・!藍染隊長を殺したのも恐らくはこの旅禍の一味・・・!」

 

 

七緒が反論したが、京楽はさらに意味深なことを二人に伝えた。

 

 

「うん、そうだね。でも・・・そうじゃないかもしれない。」

(!!)

 

 

ここに来た本来の目的を思い出した。

先ほどの殺害現場で感じた違和感について京楽に話そうと思っていたのだ。

まさか京楽は何かに気付いているのか。

 

ただの可能性と京楽は付け足したが、やはり京楽には話すべきだろう。

 

 

「京楽隊長。」

「何だい隼人クン。そんなに畏まって。」

「その件についてお話があります。」

 

 

京楽も何かを察したのか、七緒に指示を出し退席させることにした。

 

 

「救護班を呼んでどこかの牢に入れといてもらってもいいかな?あと、ボクは少し席を外すから隊のこと頼んじゃってもいい?七緒ちゃん。」

「承知しました。」

 

 

七緒がその場を去って行った後、さてと、と呟いた京楽は先ほどとは違う真面目な顔で隼人に告げた。

 

 

「・・・場所を、移そうか。誰かに聞かれるとまずいでしょ?」

 

 

そして影の中に入っていき、未だ知らない事件の核心に少しずつ近づくこととなる。

 




石田組は時系列を少し変え、鎌鼬四席を打ち倒す日を一日後にしました。
その分同日夜にマユリ様と戦うというめちゃくちゃハードスケジュールになってしまいましたが・・・。


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改竄

「真っ暗・・・なんですね。影の中ってこんな感じなんですか。でも京楽隊長の姿ははっきり見えるのが不思議ですね。」

「そうかい。ボクの作り出す影の世界は居心地いいかい?」

「それは何とも言えないですね。」

 

 

初めて入った影の世界の感想をうやむやに述べた後、遂に本題に入る。

 

 

「実は処刑現場を始解して調べたのですが・・・空間全体が霊圧で捻じ曲げられていました。」

「!・・・へぇ・・・そんなことまで見つけられるようになったのかい。さっき褒めたのは間違いじゃなかったみたいだね。」

「あっ・・・ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです。」

 

 

お世辞じゃないのに・・・と京楽は不満げだが、とにかく後を続ける。

 

 

「それと・・・ここからは僕の推測なのですが・・・、藍染隊長は殺されていないと思うんです。」

(!)

 

 

どうしても自分の中で留めることが出来なかったため京楽に伝えたが、やはり目を見開いて驚いている。一級厳令として殺されたことが広まっている以上こんなことを言ったら確実に変人扱いされるだろう。

 

 

「藍染隊長の死体の霊圧を調べたんですが、おかしいんです。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。でも実際の目で見た藍染隊長は死んでいます。始解で藍染隊長の所在を調べても現場にしか隊長の霊圧は探知できませんでした。なのに死体の霊圧を詳しく調べるとおかしな点があるんですよ。」

 

 

とにかく勢いに任せて言葉を吐いたため、京楽を困らせてしまったかもしれない。

というかそもそもこんな話を信じてくれるのだろうか。

馬鹿馬鹿しいと突っぱねるかもしれない。死者を冒涜するなと怒られるかもしれない。

 

しかし、京楽は聞く者によっては荒唐無稽と言うだろう隼人の発言をしっかりと受け入れた。

 

 

「なるほどね・・・。隼人クンがそう思うならそれでいいんじゃないかな?」

「えっいや、だとしたら誰がこんな改竄をしたと言うのですか?こんな精巧な死体の人形を作って、一人の死を偽装してまで犯人がやりたいことって「それはボクにも解らないよ。」

「・・・・・・、」

「ボクは全知全能じゃないんだから。そこまで解ったら何も苦労しないさ。」

「すっ・・・すみません・・・。一人で勝手に盛り上がっちゃって。」

「でもボクにもこれだけは分かるよ。」

 

 

一体何が分かるのかと思ったが、それは隼人にとって寝耳に水という言葉で表現しきれないほど絶句する内容であった。

 

 

「恐らくだけど・・・キミが追っている事件のあらましは全て判明する可能性があるよ。」

「えっ・・・・・・何で・・・ここ最近の事件が・・・101年前の事件に繋がるんですか・・・え・・・?」

 

「今日まで色々事件があったけど、あらゆる処置の決定のスピードがいつもに比べてあまりにも速いんだ。まるで誰かが思い通りに事を無理矢理進めているかのようにね。そしてその速さは、1()0()1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。隼人クンは院にいたから分からないはずだけれど、ボクは覚えてる。周到なまでの速さだったよ。」

(!!)

 

 

たしかにここ最近の通達は異様な程早かった。

義骸の即時破棄、そして殛囚として懺罪宮へと移送されるのも普通より早かった。

ただ単に予定を前倒ししているだけかと思ったが、今考えると不自然だ。

京楽の言う通り誰かが影で操っているのかもしれない。

 

でも誰が?

藍染が?でも彼の能力ではそんな芸当は出来ないはずだ。

斬魄刀も流水系のもので、同士討ちを狙うものだと聞いている。

危ないからと彼の親切心で実際に見せてもらったのだ。たしかに近くで戦った場合視覚が攪乱されて同士討ちの危険があるように思えた。

しかしその能力から死体の偽装なんて馬鹿げたことは不可能だ。

 

状況を整理しよう。

まず京楽は101年前の事件のあらましが解るかもしれないと言っていた。

ならば今まで疑っていた東仙に何か関係があるのか。

目の見えない東仙が死体の偽装を行ったのか。

だとしても、理由がわからない。

 

うーーん、と結局いつもみたいになってしまっていたところで、急に伝令神機が鳴り始めた。

京楽のが鳴っているようだ。音が短かったので、書簡でも来たのだろう。

浮竹からの伝言のようだ。

 

 

「何か伝言でも送られてきたのですか。」

 

 

聞いたが、京楽は驚きを隠せない様子だ。

 

 

「あの・・・京楽隊長、何か・・・。」

「懐かしい来訪者が瀞霊廷にいるよ。」

 

 

そこで京楽が見せた浮竹からの書簡には、隼人の直感が当たっていたことを示した。

 

 

『旅禍の中に夜一がいた。気を引き締めたほうがいいぞ。』

 

(やっぱり・・・あれは夜一さん・・・!!)

 

 

「まさか夜一ちゃんが来ているなんてね・・・いよいよ本気で何か動きがあると見た方がいいかな。・・・面倒なことになったね・・・どうも。」

「だから精鋭揃いなんですね・・・。昨日の死神や今日の滅却師、あとさっきの男も人間離れしてますよ。」

「滅却師が・・・!!そうかい・・・。まだ生き残っていたとはね。」

 

 

やばい滅却師の存在言っちゃった。と焦ったが、京楽ならわざわざ討伐しろなんて言わないと思われるので下手に動揺しないようにした。

そして、最初に旅禍が来た時のあの直感が当たっていたならば、本気で何が起きてもおかしくない。

ひょっとして浦原が差し向けたのか。

だとしたら狛村から聞いた朽木ルキアを助けるという旅禍の目的から、浦原は何をしようとしているのか。

 

 

(拳西さん・・・僕はどうすればいいんだよ・・・。)

 

 

首に下げたお守りを握り、俯いて唇を噛んでいると、京楽からそろそろ出ようかとの提案があった。

 

 

「眩しいから気を付けるんだよ。」

「はい。」

 

 

と言われ気を付けたものの、やはり今現在は丁度正午のあたりなのでメチャクチャ眩しい。

適当に周りの霊圧を探ってみると、更木剣八の霊圧が弱い状態なのがわかった。

それは、更木剣八が何者かによって打ち負かされたということ。

 

 

「あの更木隊長が負けた・・・。おそらくオレンジ髪の旅禍だと思います。何て奴だよ・・・。」

「夜一ちゃんが連れてきてるから、きっと浦原クンの修行を受けているはずだよ。にしても更木隊長を倒すなんてとんでもない子だね。今の護廷じゃ山じいか朽木隊長くらいしか彼には対抗できないんじゃない?」

「失礼を承知で聞きますが、京楽隊長でも・・・厳しいのですか?」

「キミと同じでボクも得意不得意があるからね。朽木隊長あたりなら彼と戦っても勝てるんじゃないかい?そもそもボクは更木隊長に勝った化け物みたいな子と戦いたくないよ。キミだってそうでしょ?()()()()()()()()()()()()()。」

「!!さっきうっかり口を滑らせただけでしたが・・・・・・バレてたんですね。僕は分が悪い相手と無理して直接戦うぐらいなら汚名を被っても逃げますから。それか誰かに丸投げします。」

()()()()()()()()()()()?」

「それは・・・・・・正直分からないです。そもそも今の僕はあの人が背中を預けるに値する力を持ってないですから。」

 

 

そりゃあもし拳西と一緒に戦えるなら自分が死ぬ確率が高くても一緒に戦うつもりだ。

誰にも言えないが、本心では拳西と共に戦うために力をつけてきたのだ。

でも今の実力では到底その域には達していないと思っている。

滅却師から逃げる選択肢を真っ先に使った時点で実力が無いと言うようなものだ。

 

自分の至らなさを感じ少ししょげていると、疲れただろうし一度隊に帰りなさいと京楽に言われたので帰ることにした。よくよく考えたら今日は一度も出勤していない。

 

 

周りを警戒しつつとぼとぼと七番隊隊舎へ帰ろうとしていると、何やらドカドカドカドカと走る音が聞こえてくる。

こんな盛大に足音立てて自分の元に走ってくる者は射場しかいない。

 

 

「な~~~~にやっとるんじゃ口囃子!!!朝の副隊長の件から一遍も隊に顔見せんで何しとったんじゃ!!」

「あぁ、ごめんね。ちょっと色々あって八番隊に寄ってたんだよ。そこでも旅禍と戦ってたりで大変だったよ~。お腹減った・・・。」

「儂は一度も旅禍に当たっとらんわ・・・。羨ましいのう口囃子・・・。」

「羨ましいって・・・疲れたわもう・・・。」

 

 

しばしの間だが日常に戻れた気がする。射場の人相の悪い顔が今となってはメチャクチャ安心する顔だ。

一日の情報量が多すぎて頭が追い付かない。

ただの旅禍騒動かと思ったら(副隊長を倒した時点でただ事ではない)隊長は暗殺されるし、その死体を調べたら違和感あるし、京楽隊長に聞いたら何だか物凄く壮大な話になってきたし、まさかのまさかで夜一さんが戻ってきたでここ二日の情報量が既に脳内で受け入れられる量を超えているのだ。

 

それに合わせて二日連続で旅禍と戦っている(2回目は逃げたけどね)ため、超ハードスケジュールなのだ。普段仕事量があまり多くないため、もういっぱいいっぱい。ある意味九番隊に入らないでよかった。

 

そして射場が探していた理由は、吉良の様子について伝えに来るためだったらしい。

 

 

「吉良の様子じゃが・・・雛森にあんなことを言ってしもうたと何度も言って震えておったわ。」

「そっか・・・。様子、見に行ってみてもいいかな?」

「おう。場所案内しちゃるで。」

 

 

射場の案内で吉良が入っている牢に行くと、修兵が先に来ていた。

 

 

「あれ、修兵が牢に入れたんじゃなかったっけ。」

「はい、そうっスけど・・・。何か心配になったんで午後も様子見に来ちゃいました。東仙隊長にも心配なら一緒にいてやれって言われましたし。・・・つーか口囃子さん、今日も疲れてますね。昨日の夜よりすでにヘロヘロじゃないっスか。」

「気にしないでくれ・・・。」

 

 

そんなに疲れ切っているのか。とりあえず牢の中にいる吉良に声をかけると、

 

 

「あぁ口囃子さん・・・あの時は僕を止めてくれてありがとうございます。何か疲れ切ってますね。仕事でも忙しかったのですか。」

「えっそんな疲れてるように見えるの?」

 

 

牢の中にいる吉良にまで心配されてしまったよ。

一応自分が牢にぶち込んだようなものなので心配だから見に来たのに、意味がないではないか。

だがそんな吉良はいつも以上に負の情念に包まれている。

まるで浸蝕でもされそうなほどだ。修兵が心配だからと来た意味が理解できた。

 

 

「吉良くん・・・あんまり上手いことは言えないけど、そこまで気にしすぎなくていいと思うよ?きっと旅禍の騒動が決着ついたら雛森ちゃんとも和解できるって。」

「でも、僕は・・・雛森くんを・・・雛森くんを・・・!!!!」

「そんなに気にしてないと思うよ、雛森ちゃんも。」

「そっそれは逆に傷つくと思いますよ?」

「ずっとこんな調子じゃけぇ口囃子が何を言っても無駄じゃ。」

「逆にって何でさ?うーん・・・。」

 

 

修兵の言ってる言葉の意味は全く分からなかったが、吉良は余程精神にきているようだ。

何を言っても雛森くん、雛森くんとしか返答しない。

もしかして雛森のことが好きだったのか?恋愛の機微に疎い隼人は全くもってわからない。

ここまで精神的に追い詰められているのを見て101年前の自分を一瞬思い出しかけたが、考えないようにした。

そして何を言っても無駄だというのは分かったので、あとは修兵に任せて帰ることにした。今日は早寝しよう。

 

帰り道、すれ違う隊士は皆更木剣八が倒されたことで話題がもちきりだった。

 

 

「――木隊長を打ち倒すなぞ普通の死神でも無理だぞ!」

「俺達も旅禍に殺されて―――」

「バカ言うな!朽木隊長がいらっしゃるから―――」

 

 

「ねぇ射場ちゃん。ちょうど今僕達の目の前に更木隊長を倒した旅禍が現れたら倒せると思う?」

「儂らと旅禍には経験の差があるけぇ何とかなりそうじゃが・・・。無理かもしれんのう。」

「だよね・・・ならいっそさ、」

 

 

「旅禍に寝返っちゃう?」

 

 

質実剛健、仁義を重んじる七番隊では絶対にあってはならない叛逆行為。

そんなことをそそのかして射場が平気でいるはずはない。

 

 

「何じゃと!狛村隊長を裏切る言うんか!儂はおどれを殴ってでも止めるわ!!」

「冗談だよ。でもさ、恐らく何が起こるかわからないと思うんだ。東大聖壁で藍染隊長は暗殺されたし、今も霊圧から推測するに涅隊長が旅禍と戦ってる。もう何が起きても動じないくらいの心構えでいないと。」

「そうか、安心したぞ・・・儂はおどれと斬り合いなどしとうないわ。」

「心配しなくていいよ。まず僕は射場ちゃんを()()()()から。」

 

 

そもそも鬼道メインで戦うため斬れないのは当然だが、射場と戦えと言われても隼人には無理だ。

朝の雛森と吉良みたいにはなりたくないし、今後身内で戦い合うなど真っ平御免。

 

 

どうせなら処刑も無かったことにしてほしいものだ。

こんな情勢で処刑などやってられるのかよ。

 

 

 

もうこれ以上誰かが傷つくような展開は迎えたくないと隼人は斬魄刀とお守りを握りながら祈りを捧げた。

 



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休息

八月五日。

 

目が覚めて隊舎に行くと、報告としてまた面倒な事態が追加されていた。

 

未明に三番隊隊長と十番隊隊長の衝突、それに合わせて三、五、六番隊の副隊長が脱獄。

結局昨日の隊長二人への仲裁は意味が無かった。

さらに涅マユリが旅禍にやられる、吉良の脱獄には隊長の市丸も関わっているといった未確認情報も流れてきた。

 

 

「そうですか。わかりました。仕事に戻っていいですよ。」

「はっ!」

 

 

伝令をしてきた隊士を仕事に戻し、今日も隼人は仕事をする。

といっても、今日は絶対に隊舎から出るつもりはない。

昨日の分の仕事が溜まっているなどの理由があるが、何よりも外に出ると面倒事しか起きないのだ。

昨日の悪運の強さは自分でもなかなかのものだと思っている。

 

 

昨日まともに隊舎に来なかった件を狛村にしっかり謝罪し、昨日の分含めた今日の職務をいそいそとこなしていると、悪運とは隊舎にいても引き寄せてしまうものなのか、三人の副隊長が七番隊にやってきた。

 

 

「こんにちは・・・。」

「あれ、勇音さんと七緒さんと修兵?めずらしい組み合わせですね。」

「俺は書類届けに来ただけっスよ。」

「私もです。七番隊への回覧と、あと隊長から口囃子さんに手紙を渡すよう頼まれたので。」

「私はちょっと・・・色々あって、今日休みを貰ったんです。」

 

 

旅禍騒動で斑目、阿散井、更木、京楽にやられた旅禍、そして死体となって運ばれた藍染の処置を二日ずっと行っていたからか、精神的に参っているようだ。

妹の清音にでも相談してろと思うが、十三番隊は今メチャクチャ大変だから清音に相談することも出来ないのだろう。

書類を届けに来ただけと言っていた修兵と七緒も気になったからか一緒に話を聞いている。

何かいつのまにか副隊長の溜り場と化している気がする。

自分合わせて四人分のお茶を出すと、当の勇音ではなく他の二人がずずずーーーーっと音を立てて飲んでいる。

アンタら意外と図々しいのな。

 

 

「まずまずといった所でしょうか。私としてはもう少し苦いお茶を出してもらえると嬉しいのですが。」

「俺はこれぐらい甘くてもいいと思うぜ?茶菓子に合わせるなら苦すぎるのも良くないだろ。」

 

 

自分が出したお茶の味で議論すんなよ。なんか恥ずかしいじゃねぇかよ。

そして修兵。テメェはさりげなく茶菓子所望すんな。

 

 

「わっ私は美味しいと思いますよ!」

 

 

ほら変な気遣いされた!

勇音に気遣いされてしまい面目が立たないので、仕方なく茶菓子も出すことにした。

「お!これ俺の好きな菓子だ!」と修兵がバクバク食い始めている体たらくはさておき(チョイスミスしてしまった)憔悴している勇音を一先ず何とかしないと四番隊の運営に支障をきたしてしまう。

 

 

「それで勇音さんは何故またここに?」

「ここ二日で急に重傷患者が何人も運ばれてきて、私達も色々大変だったんですよ~。しかも山田七席が朽木さんを助けるために旅禍に協力していたみたいで・・・。」

 

 

やっぱりか。数日前のあの様子からして協力していそうだとは思っていた。

しかしそこまで行動力があるとは。それなりに高い席次にいる席官が旅禍に協力など牢に入れられてもおかしくないはずだ。

話を聞いていた他の二人は驚きを隠せない様子だ。

 

 

「あの花太郎が旅禍に協力してたのかよ・・・!」

「意外と・・・度胸あるのですね。いつも怯えている様子なので人質にされてもおかしくないと思ってましたが・・・。」

 

 

何かちょっと失礼な感想を七緒が述べたが、勇音の心労も分からなくはない。

次から次へと運ばれていく重傷患者を治療するだけでも霊力を消費して大変な中、さらに席官が敵に協力していたと知れば衝撃で心の疲れもいつもより出てしまうだろう。

昨日あれだけで疲れていた自分が情けない。

 

 

「そんなに運ばれて来たんだ・・・。」

「はい。滅却師が運ばれてきたときは本当にびっくりしましたよ。」

「「滅却師が!?」」

 

 

七緒と修兵が身を乗り出してびっくりしていたが、個人的にはあの男も結局やられたのか、少し安心という安堵の気持ちが強い。

瞬歩に引けをとらない高速移動に何十本もの弾幕を張った矢の迎撃など今の実力で対処しきれないので変に当たらずに済んでよかった。

 

 

「滅却師って生きていたのか・・・。口囃子さん知ってたんスか?」

「えっあ、ああうん。昨日当たったの滅却師だし。鬼道だと相性悪いから逃げたんだけどさ、あの後結局やられたんだね。よかったよかった。」

「どうかしたんスか?何かえらく焦ってるようですけど・・・。」

「いやいやいや。大丈夫。うん。」

 

 

修兵に自分でもわかっていない何かを悟られそうになってだじろいでしまった。

滅却師の話をすると何かボロが出そうなのであまり話したくない。

二十年前の妙にイラつかせる才能に長けた(それでいてちょっと可愛いと思っている)滅却師の女の子を思い出して顔をしかめそうになるが、寸での所で抑えた。

とにかく過去のことで思い悩んでいる暇はない。今を考えねば。

 

 

「虎徹副隊長は明日は普通に業務に戻られるのですか?」

「はい、そうするつもりです。あまり隊に迷惑かけられませんよ。」

「わかるな~その気持ち。俺も隊に迷惑かけたくねぇって思うと休んでる場合じゃねぇって思うぜ。」

「だったら修兵くんは僕にも迷惑かけないようにしてくださると嬉しいですねぇ。」

「えっ?俺は口囃子さんに迷惑かけてるつもりないっスよ?」

 

 

こいつ無自覚かよ。ふてぶてしい奴だなぁ。

いや、逆にこちらが奴の意図を汲みすぎているのか?

そうだ、そうかもしれない。さっきの茶菓子も別に茶菓子を出してほしいから言ったわけではなく、ただ単に茶菓子という言葉を使っただけかもしれない。

でも一昨日のウインナーはさすがに図々しすぎるわ。やっぱ半分狙ってるな。

 

と完全に思考では勇音の話から脱線していると、地獄蝶の伝令が副隊長三人分まとめてやってきた。

 

 

「申し上げます!朽木ルキア殛囚の処刑の期日が変更となりました!処刑は明日行われることとなります!」

((((!))))

 

 

この伝令を聞いてから、女子二人は早すぎないか、という意見が出て、修兵はそれも決定だから仕方がない、と早速議論を交わしていたが、隼人が気になったのは()()()()()だった。

 

昨日京楽と話していたことが嫌でも思い出される。

 

『まるで誰かが思い通りに事を無理矢理進めているかのようにね。周到なまでの速さだったよ。』

 

周到なまでの早さ。今回もそれと同じなのだろうか。

そういえば京楽から手紙をもらっていたのだ。

隣にいる修兵が首を伸ばしてきたがしっしと手を払ってこっそり見てみると、

 

 

『明日は卯ノ花隊長と行動するんだよ。』

 

 

まさか処刑が早まることすら予想でもしていたのか。そしてこの手紙の内容から、京楽は卯ノ花にも話を通したことがわかる。卯ノ花も違和感に気付いたのだろうか。

直接話を伺いたいものだが、今日は決して隊舎の外に出ないと心に誓ったので、聞きに行くわけにもいかない。

というかこの人達ここに居座り過ぎじゃね?一人で考え込んでいるうちになかなか熱い議論を交わしている。勇音も来た時の憔悴っぷりは見る影もなく、元気を取り戻している。

 

 

「あのーー。議論を交わすならよそでやってもらっていいでしょうか?僕は仕事あるのでこれ以上はちょっと・・・。」

「あら、そうでしたね。もうこんな時間でしたか。私としたことがうっかり長居をしてしまいました。」

「やっべ!瀞霊廷通信の会議まであと少しじゃねぇか!」

 

 

修兵お前は何やってんだよ。ここで油売ってる場合じゃねえじゃん。

 

 

「私もお話してたら落ち着きました。口囃子さん、伊勢副隊長、檜佐木副隊長もありがとうございます。」

「いいってことよ!じゃあ俺は帰るぜ。口囃子さん!お茶美味かったっスよ!」

「私も失礼します。」

 

 

突然の来客に手厚い(?)もてなしをしたことで午前が潰れてしまった。

 

お弁当を作ってきたので射場から誘われた昼食の誘いを申し訳ないが断り、とにかく仕事を終わらせる。ここ二日の騒動が頭から一瞬抜ける程度には集中していた。

だが、やはり二日分もの仕事は一日で終わらせるのは大変だ。二日分やります!と狛村に宣言したものの半分以上は終わったが燃え尽きたような感じがする。

 

 

夜も更け、隊舎に隼人一人残って仕事をしていると、物音が聞こえる。

現世ならば「幽霊だ!」と言って騒ぐ人間がいるだろうが、ここは尸魂界。そもそもみんな霊なので必ず何かがいる。

 

積み上げられた書類がどんがらがっしゃんと全て落ちるのは絶対に嫌なので様子を見に行くと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一匹の()()がじっとこちらを見ていた。

 

(どこから入ってきたんだろう・・・。)

 

前に飼っていた四郎が亡くなった後、新たに狛村が五郎を連れて来て隊で飼っているため、動物には慣れているものの、何だか下手に触ったら怒りそうな雰囲気のする猫だ。

そもそも人語を理解できるかわからないが誰もいないのでとにかく大きめの声で話しかけてみる。

 

 

「ほら~黒猫ちゃ~~ん。ここにいたら危ないよ~~~・・・って、何やってんだろ僕・・・はぁ仕事終わらん・・・。」

 

 

話しかけてすぐに何か阿保らしくなってしまった。もういいや。

 

 

「言ってることわからないかもしれないけどとにかく書類に傷つけないで帰ってよ。ここにいたら五郎いるから危ないよ。」

 

 

しかし仕事に戻ろうとした隼人に猫は鳴き声で呼び止めてくる。

 

 

「何・・・かまってほしいの?ごめん朝に副隊長来たから今余裕ないんだよ。だから・・・」

 

 

話の途中で隼人は信じられない現象に直面する。

 

 

「百年程前のおぬしならそんな口を儂にきくとは思えんな。」

「は・・・・・・?」

 

 

黒猫が喋っている。

文字通り()()()()()のだ。念話ではない。

もはや超常現象だ。聞いたことも無い。

 

 

「いや、何かの気のせいか。ごめんね、君から人の言葉が聞こえて「嘘ではないぞ。儂は現におぬしにしっかりと話しかけておるわ。」

「どぉうわぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!」

 

 

何だこれは。これは夢か。夢であってほしい。だが頬を引っ張ってもしっかり痛みがある。

紛れもない現実で黒猫が自分に話しかけてきている。

こんな超常現象が現実で起きているなど今までの出来事がひっくり返るレベルの衝撃だ。

 

 

「なっ何で・・・人の言葉を話しているのでしょうか?」

「決まっておろう。儂の能力じゃ。」

「いやそんな能力持った人聞いたことないですって。」

「そりゃあおぬしらには見せたことが無いからの。」

 

 

黒猫から聞こえる声はおじさんのような低さと渋さを兼ね備えたような声だ。

 

 

「しかし先ほどのおぬしの驚きっぷりは愉快じゃったのう!儂が喋って驚いた者の中で一番の反応じゃったぞ!おぬしはいつまでたっても儂の期待を裏切らない小童じゃ!」

「そっそりゃあびっくりしますよ・・・っていうか、貴方は誰ですか。」

 

 

素性を尋ねた途端、黒猫は一気に表情を硬いものにした。猫でもわかる程のものだ。

 

 

「おぬしは儂のことを誰にも言わぬと誓えるか。」

「えっ・・・。」

 

 

この時先ほどの影響でパニックになっていたせいで護廷十三隊の誰かという推測しか隼人は出来なかった。

こんな喋り方をする者は近いもので狛村か。

しかし狛村は決してこんな小細工じみた真似をする男ではない。

ならば京楽が化けたのか。

でも京楽なら影を使えば簡単にこちらを影の世界に引き込んで秘密の話をできるではないか。

 

 

「あの・・・そもそも貴方が誰か見当すらつかないんです。なので誓う以前の問題なんですよ。」

「いや、誓え。そうでもしないと儂は二度と姿を現すことはないだろう。そして儂はおぬしに伝えるべき情報を伝えられないまま、おぬしは真実に辿り着けず後悔することになろう。」

「・・・・・・、」

 

 

急に現れた黒猫のことを信じれと言うのか。

普通なら馬鹿げていると一蹴できる与太話だ。

 

 

「・・・、分かりました。誰にも言いません。誓います。」

「・・・・・・良い目をしておる。覚悟のある者の目になったのう。」

 

 

しかし黒猫と話しているとどこか懐かしい雰囲気を感じた。

まるで百年前に戻ったころのような。

それは旅禍が侵入してきた明け方に感じたものと全く同じだ。

 

 

「おぬしも成長したの・・・()()。」

(!!!!)

 

 

そう言って紫色に体を発光させた黒猫は煙を生み出しながら姿を変化させていく。

だんだんと大きくなり人型になった後、身の回りに纏っていた煙が消えていき、彼女の真の姿が明らかになった。

 

それは、百年前に歩法を教えてくれた女性。

狡賢くて、仕事をサボってばかりだったけれど、何度も遊び相手になってくれた女性。

 

 

 

 

「あ・・・・・・・・・あなたは・・・・・・。」

 

 

 

 

 

四楓院夜一。

 

 

 

 

 

全裸であった。

 

 

 

 

「服・・・・・・・・・裸・・・・・・。」

 

 

生まれて初めて女性のあられもない裸を見てしまった隼人は、顔を真っ赤にしてその言葉を最後に意識を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「一護よりも初心な反応じゃったわ。先が思いやられるの。」

 



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処刑

夜一の全裸を目の当たりにして意識を失い数分後、彼女の筋肉でカチカチの膝枕から隼人は目を覚ました。

 

 

「おぉ。ようやく目を覚ましおったわ。儂の真の姿を目の当たりにして気を失う奴はおぬしが初めてじゃ。」

「・・・枕が硬い。」

「ふんっ!」「ぶえぇっ!!」

 

 

一瞬にして股を開いた夜一のせいで床にしたたかに頭を打ち付けることとなった。意識を覚まして急にこれはしんどい。

 

 

「久しぶりじゃのう。隼坊。」

「やっぱり、夜一さんなんですね!髪めっちゃ伸ばしたんですね!何か新鮮だぁ~。」

「心機一転じゃ!それよりもおぬし、さっきの反応は何じゃ!まさか百年も経って未だに女子の裸を見たこともないのか?」

「そっそんなこと!!・・・・・・、」

「全く!この百年一体おぬしは何をしておったんじゃ!!!!」

「鍛錬してきましたが!!!!!」

 

 

このぶっ飛び具合、まさしく夜一そのものだ。

そういえば旅禍騒動の初日に夜一の霊圧を感じたんだっけか。パニックでそこまで頭が回らなかった。

 

 

「そっそれであの、えっと・・・」

「逸るな。おぬしの成長は儂も知っておるぞ。おぬしが秘匿しておる始解の存在も儂は知っておる。」

「えっいつの間に知ってたんですか?」

「そうじゃのう・・・三四十年前ぐらいだったはずだ。」

「いや習得したてのころから知ってるじゃないですか。抜け目なっ・・・。」

「おぬしがちゃんと成長しておるか喜助も心配しておるぞ。」

 

 

浦原さんも無事なのか。よかった。というかそもそも夜一はなぜここに来たんだ?

 

 

「そっそうでした!何故ここにいらしたのですか?もしかして今回の騒動について何か知っていらっしゃるのですか?教えて下さい!」

「話してやりたいところじゃが・・・どうやらそんな時間も無さそうじゃの。」

「えっ?」

 

 

夜一の言葉の後霊圧知覚で周囲を探ると、隠密機動の暗殺隊が近づいているのが分かる。

 

 

「二つだけおぬしに伝える。心して聞け、そして誰にも言うんでない。わかったか。」

「はい。」

 

 

夜一の口から出てきた発言は、事前に自分が推測していた内容も含まれるが、事実として突きつけられると信じられないような内容であった。

 

 

「今回の瀞霊廷動乱の黒幕は()()()()()()()の中におる。おぬしなら黒幕をつきとめられるじゃろ。」

「護廷の・・・隊長の中に・・・?」

 

 

とんでもない事実だ。まさか護廷十三隊の中にそんな人物がいるとは。

 

 

「そして其奴らは尸魂界に対する信じられないほどの巨悪として儂らに立ち塞がることになろう。」

「そうなんですね・・・。あっあと!えーとその」

「逸るな!!」

 

 

隼人が何としても知りたかったことは彼女は当然分かっている。

 

 

 

 

 

()()()()()。」

(!!!!!!)

「おぬしのことをいつも心配しておったぞ。全く、親バカにも程があるわ!」

「よ・・・良かった・・・死んでなくて・・・良かった・・・。」

「案ずるな。六車も他の皆もおる。じゃあ儂は帰るの。適当に上手くやっておいてくれ!」

 

 

今まで心のなかにあった暗闇が晴れていくような気がする。

こんなにも温かな気持ちが自分の中にあったのか。

座り込んで嬉しさのあまり久々に泣いてしまいそうになったが、今はそれどころではない。

隠密機動がついにやってきたので、何とかして彼女の存在を誤魔化す。

 

 

「失礼する。先ほど旅禍のうち一名の霊圧を感じ現場に急行したが貴様は見たか。」

「見てませんが?仕事をしていたので・・・。」

 

 

隠密機動は十二番隊程ではないが苦手だ。

目しか見えないため相手の表情が分からず、不気味に思えてしまう。

少し声が上ずってしまった。

 

 

「貴様・・・何か隠してはいないか?」

「えっ?いえ・・・こちらでは何も見てないので、探すならどっか別の場所にさっさと移動した方がいいんじゃないですか?あと、貴方達に追えない敵を僕は追えるはずないので僕に聞いても無駄ですよ?」

 

 

目より下は全て装束で覆われているため細かな表情は見えないが、彼らは苦悶と苛立ちの混じった表情をしているだろう。目を見ただけでわかる。

白哉の知らせを聞いた砕蜂が死ぬ気で夜一を探しているのかもしれない。

突然消えた夜一を憎み、絶対に私が捕らえると何度も誓って鍛錬しているのを見たのだ。

魂魄消失事件で残された者達の中で、砕蜂は憎しみという、他の者とは違う方向に舵を切って気持ちを消化した。

恐らく明日は戦うことになるのだろう。

 

 

リーダーと思しき者が指示を出してこの場を離れてくれた。一先ず安心。瞬神夜一なら余裕で逃げおおせるはずだ。

 

 

 

翌朝。

出陣の準備をしている狛村の元を尋ね、今日の予定を確認する。

 

 

「狛村隊長。今日は双殛の丘の処刑の参列予定ですが・・・。」

「その件だが、儂と鉄左衛門の代わりに貴公が立ち会ってほしい。」

「分かりました。・・・もうお決まりなのですね。処刑の是非のお考えについては。」

「ああ。総隊長にも話を通してある。儂は・・・更木を止める。」

 

 

相当な覚悟を持っているように見える。

最強と言われる更木剣八に対し止めると断言できるのは、力の意味では狛村ぐらいしかいないだろう。更木剣八の()に比肩するのは、狛村ぐらいしかいないかもしれない。

 

狛村の覚悟を身に感じていた中、今度は射場がドスドスと猛ダッシュで隊内に走ってきた。

 

 

「すいやせん隊長!!!男一匹射場鉄左衛門!便器跨いで爆睡しとりました!この上は腹かっさばいて「構わぬ。用意なら万端整っておる。」

「はぁ・・・。」

 

 

スライディング土下座で入ってきた射場の圧もなかなかのものだが、射場の魂胆など二人には見え見えである。

 

 

「狛村隊長が悩んでないか心配だったんでしょ?納得させるまで考えさせようと時間稼いでたのは分かってるから。大丈夫だよ。」

「そっそんなつもりは・・・」

「そう気を回すな、鉄左衛門。」

「・・・・・・全て、お見通しで・・・。」

 

 

そして狛村は自身の信念、思いを信頼している二人に堂々と宣言する。

 

 

「儂を動かすのは全て、元柳斎殿への恩義のみ。」

 

「あの方が是と云えば、死すらも是である!!!」

 

 

気魄のこもった狛村の宣言は、何度聞いても圧倒される。

そして彼の思いは友人にも共有されている。

 

 

「貴公はどうだ、東仙。」

 

 

友人の東仙もまた、彼なりの信念をこめて狛村に言葉を綴る。

 

 

「無論、僕はいつもと変わらない。この(めしい)に映るのは常に、最も血に染まぬ道だけだ。君と歩む道は同じだと信じているよ、狛村。」

 

 

七、九番隊の隊長格四人は旅禍と手を組み瀞霊廷を更なる混乱に陥れようとしている十一番隊を打ち倒すために動きだした。

 

そして隼人は、双殛で卯ノ花と合流することにした。

 

 

双殛に向かうと、処刑の主宰である一番隊を除くと、二、四、八番隊の隊長格しか揃っていない。

 

 

「五番隊、十二番隊の隊長はさておきそれ以外の隊長格は一体何をやっているんだ・・・!!」

 

 

隼人がここに来た時、砕蜂は苛立ちの表情を浮かべていた。

本来全隊長格が出席する筈のものなので、砕蜂の怒りは尤もだ。

更木剣八を止めるため、と言えばいい話だが、狛村に口止めされているため黙っていた。

卯ノ花の方を見ると、一瞬目が合った後は伏し目がちに前を見るだけだった。

 

その場にいた京楽に手招きされて隣に行ったが、処刑の場なので会話など全くない。

 

久々に見たルキアは身体もやせ細り、憔悴した見た目にも関わらず、諦めと貴族の気品の混じった出で立ちをしていた。

殛囚となっても貴族の気品漂う雰囲気が残っているのが意外だ。

もう生きることに諦めているのだろうか。

自分が壁にぶつかった時に海燕が言ってくれた『生きろ。』という言葉を彼女にもかけてやればよかった。

そうしたらこんなことにはならなかったのではないか。

 

無念に思い立ち尽くしていると、、朽木白哉が双殛の丘に到着した。

ルキアの表情には僅かながらの動揺が見て取れる。

 

総隊長が殛囚にお決まりの問いかけを始める。

 

 

「朽木ルキア。何か言い遺しておくことはあるかのう。」

 

 

ルキアは低く、諦念のこもった声で「一つだけ。」と答える。

 

彼女の頼みは、旅禍を無傷で帰らせること。

そんな頼みなど受け入れてもらえるはずがない。

 

 

「酷い・・・どうせ生かして帰す気なんて無い癖に・・・。」

 

 

思わず呟いてしまった勇音の言葉を、隣にいた卯ノ花が諫める。

 

 

「酷くなどありませんよ。勇音。慈悲です。いずれ避けられぬ終焉ならば、せめて、僅かでも迷いなく・・・安らかに。」

 

 

数人の術者が双殛の周りを囲み術を唱えている。

隼人は浮き足立ってしまいきょろきょろしていたが、隣で京楽が『大丈夫。』と落ち着かせてくれた。

右にいる白哉は変わらず表情なく目を瞑っている。

術の効果が大きくなり、総隊長の号令で双殛が解放される。

 

術により磔の状態にされ、身動きのとれないまま上空へ運ばれていく。

 

辛そうな顔しなさんな、と京楽が七緒を気遣っている。

 

正直隼人は見ているのも辛かった。これで本当にいいのか。何故誰も止めようとしないのか。

理解ができなかった。

 

所定の位置にルキアが運ばれた後、双殛の矛は焔に包まれる。

 

その熱量は凄まじい。周囲一帯の温度が上がったかのように思える程だ。

 

 

「これが・・・双殛の矛・・・!?」

「矛を・・・焔が包んで・・・形を変えていく・・・!」

「なっ何なんだよありゃあ!?」

「・・・・・・こいつは驚いたね・・・。」

 

 

おそらくこの解放を見たことがあるのは総隊長、雀部、卯ノ花しかいないだろう。

京楽ですら驚きの表情を浮かべていた。

 

 

それはまるで昔伝承で聞いた鳳凰のようであった。

 

 

燬鷇王(きこうおう)。双殛の矛の真の姿にして殛刑の最終執行者。彼が罪人を貫くことで殛刑は終わる。」

 

 

彼女は跡形もなく消えてしまうだろう。

結局白哉の気持ちを変えることはできなかった。

おそらくあれ以来話すら聞いてもらうことは出来なかっただろう。

 

それも仕方ないのか。

 

双殛の矛がルキアに狙いを定める。

 

結局何も出来なかった。

 

矛がルキアを貫き、ルキアは焼かれて消え失せてしまう。

 

 

 

 

 

 

()()()()

 

 

 

 

何者かが双殛の矛を止めている。

()()()()()()の破壊力を持つ矛を止めている者がそこにはいる。

 

 

「馬鹿な・・・!奴は何者だ!!」

 

 

砕蜂が叫んでいる中、その男に隼人は見覚えがあった。

あれは旅禍騒動初日に狛村と共に追い詰めた男だ。

あの時は自分達の連携でバテていたはず。なのに今は双殛の矛を止めるほどの力を持っているのだ。

末恐ろしい成長力と潜在能力を持っている。

 

 

「隼人クン。もしかして彼がキミの戦った旅禍かい?」

「はっ・・・はい。まさかこんな化け物じみた力を持っているとは・・・。」

「そうか・・・。結局間に合ったのは彼らのほうだったってわけだね。」

「・・・・・・、」

 

 

双殛は二度目の処刑を始める。

先ほどよりも距離を取り、より殺傷力のこもった一撃になるだろう。

いくら何でも彼に防ぐことは・・・と思っていたら、

 

 

 

 

地上から投げられた縄が双殛の矛へと絡みつく。

 

現れたのは、浮竹ら十三番隊であった。

 

 

「うっ浮竹隊長!何で四楓院家の紋章の兵賜を!?」

 

 

そして気付いたら左にいた京楽と七緒の姿が無い。

 

 

「よぉ色男。随分待たせてくれるじゃないの。」

「えっちょ、一体何が起こって、えっえええっ!?!?」

 

 

めまぐるしい速さで状況がどんどん変化していき、完全に置いて行かれてしまった。

 

四楓院家の紋を見た砕蜂が二人の目論見に気付き、双殛の破壊を止めるよう大前田に叫んだ。

 

 

「止めろ!奴ら双殛を破壊するつもりだ!!止めるのだ!」

「え、うええええ!?俺がスか!?そんなこと言っても俺には・・・」

 

 

などと二番隊二人が焦っているうちに京楽と浮竹は霊圧をこめる。

 

 

あっという間に双殛は破壊され、焔が周囲に飛び散り衝撃波で術者らは全員吹き飛ばされてしまった。

 

 

「嘘・・・あの双殛が壊れた・・・。まじかよ・・・。」

 

 

今度は先ほどの旅禍に動きがあった。

磔架の上に乗り、霊圧を込めているようだ。

 

 

「まさか・・・あの磔架を破壊するとでもいうのか!?そんな無茶が通る訳・・・」

 

 

しかし、旅禍の少年が磔架に振り回していた斬魄刀を突き刺した後、爆炎に包まれて磔架も壊されてしまった。

 

 

「双殛の磔架が壊れた・・・ほんとに壊れた・・・!とんでもない力だ・・・!」

 

 

そして朽木ルキアを救った青年は、さらに信じられない程の力を護廷十三隊に見せつけることとなる。

 



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清浄塔居林

しばし呆気にとられていると、双殛にやってきた阿散井にルキアを投げつけたりなど散々なことをしている。

阿散井はルキアを抱えて双殛から逃げ出したようだ。

皆呆気にとられていると、砕蜂から叱責が飛んできた。

 

 

「何をしているうつけ共!追え!!副隊長全員でだ!口囃子も追え!!!」

「あぁはいいいいい!!!!!」

 

 

悲鳴のような返事をした大前田がとっさに動き出すと、雀部と勇音も隊長の了承を得て阿散井を追う。

隼人は一先ずその場で詠唱を始めた。百歩欄干なら阿散井の足を止めるのに造作もないはず。

 

 

だが、先ほどまで双殛の磔架にいた旅禍の青年は既に副隊長の前に来ていた。

副隊長三人が始解をするも、大前田は始解直後に旅禍の斬魄刀を使わない手の一突きでやられてしまった。

雀部も手の一突きで倒されてしまっている。

一瞬で副隊長を斬魄刀を使わずに倒すなど、並の隊長なら無理な芸当だ。

斬魄刀から氷の刃を発生させようとした勇音も、彼の手の一突きでのされてしまった。

 

 

「縛道の六十二 百歩欄干!!!」

 

 

完全詠唱の百歩欄干なので、おそらく今の実力なら120本くらいの光の棒が旅禍目がけて飛んでいるはず。威力も今までで一番大きいものだ。

これで捕らえられるかと思ったが、そう甘くはない。

 

腕の一振りで揺らめいた霊圧が、全ての棒を吹き飛ばしてしまった。

 

 

「おいおいおい、まじかよ・・・。結構頑張ったの・・・に!!!」

 

 

一瞬の当惑のせいで斬魄刀を持った旅禍に距離を詰められてしまった。

まずい。このまま斬られる。

鬼道も間に合わず、なす術もなく倒されるかと思ったら、右にいた白哉によって防がれ、旅禍の刃を受けることはなかった。

 

 

「び・・・白哉さん・・・。」

「下がっていろ。奴は私の敵だ。私が打ち倒す。」

「・・・わかりました。」

 

 

場所を移した白哉と旅禍は皆を圧倒するほどの霊圧を放出している。

 

 

その様子に呑まれていると、今度は後ろで動きがあった。

 

砕蜂が十三番隊三席の二人を急襲し始めた。

 

 

「待て!砕蜂!!!」

 

 

浮竹が静止にかかるが、彼の行動は総隊長に止められる。

 

 

「動くな!」

「元柳斎・・・殿・・・。」

 

 

自身の危険を顧みず、清音は浮竹を助けるために動き出した。

だが隊長相手に彼女では何も出来ないだろう。よせ、と浮竹に止められてしまった。

 

しかし、さらに予想外の出来事が起こった。

 

 

「よォーーーし!!仕方ない!!そんじゃ一丁、逃げるとしようか、浮竹!」

 

 

浮竹の肩を掴んだ京楽が瞬歩でその場から消えてしまった。

 

この一瞬で信じられない事態がめちゃくちゃ起きているが、何も全く知らない隼人は置いてけぼり状態だ。

こんなんなら狛村達と一緒にいれば良かっただろうか。

 

さらに、砕蜂は残っていた清音へと攻撃を始めた。

 

 

「下衆め・・・!護廷を裏切って双殛を壊すなど、生きて帰れると思うな・・・!!!!」

「がっ・・・あぁぁ・・・!!!!」

「砕蜂隊長!今はそんなことしている場合じゃ・・・、!!!」

 

 

この霊圧。まさか昨日会った夜一さん!?

と感じたと思えば、その一瞬で砕蜂は目の前からいなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

一先ず落ち着いたか。

また周りを見ると、総隊長もいなくなっている。

現場に残ったのは卯ノ花と隼人だけ。

 

まさか京楽はこうなることを知っていたのだろうか。

 

 

「結局、残ったのは私達だけですね・・・。」

「あ・・・はい。」

「まずは倒れた皆さんを肉雫唼(みなづき)に取り込みましょう。」

「はい・・・。」

 

 

呆然としていると卯ノ花から大丈夫ですかと聞かれた。

 

 

「京楽隊長から話を聞いています。」

「!やはりそうだったんですね・・・。」

「ついておいでなさい。口囃子三席。私達で答え合わせをいたしましょう。」

「はい。」

 

 

ついに真実が明らかになる時が来た。

 

 

 

 

 

最も軽いケガだった勇音は隼人の回道で処置をし、三人で肉雫唼に乗りまずは双殛の丘から移動を始める。

肉雫唼に乗るのは初めてだった。

 

 

「何か・・・不思議ですね。本に出てきた魔法の絨毯みたいです。」

「気持ちいいですか?乗り物酔いにはお気をつけくださいね。」

「え・・・はい・・・。」

 

 

笑顔でお気楽な調子を見せる卯ノ花は何だか奇妙だ。まぁこの人怒らせたら怖いのは大昔風邪引いたときに知ってるから絶対怒らせないつもりだけど。

 

だがそれも束の間、一瞬で真面目な表情に戻り、彼女は隼人にあることを聞く。

 

 

「昨日、四楓院さんにお会いいたしましたよね?」

「えっ!?い、いえ会っていま「会・い・ま・し・た・よ・ね?」

 

 

ダメだ夜一さん。この人に嘘はつけない。笑顔が恐ろしすぎる。

 

 

「はい・・・。口止めされていたので誰にも言わないで下さいね?」

「ええ。ですが口止めの必要もないかと。そのような事が些末になるほど今回の事態、そしてこれからは瀞霊廷にとって重大なものとなるでしょう。まずは口囃子さんが昨日四楓院さんから伝えられたことを私に教えて下さい。」

 

 

昨日夜一に言われた言葉から、自分でも必死に考えたことを卯ノ花と答え合わせする。

 

 

「夜一さんからは昨日、今までの騒動の黒幕は、護廷十三隊隊長の中にいると聞きました。」

「ええ、恐らくこれ程の事態を裏で操れるのは護廷の隊長しかありえないでしょう。」

「そういうことならばやはり・・・。」

「ええ。彼しかいないでしょう。」

 

 

 

 

 

「「藍染惣右介。」」

 

 

 

 

昨日夜一に言われてから、どうもこの事態を操っているのは彼しか考えられなくなった。

そして恐らくこの策謀に気付けたのは、実際に死体に触れた卯ノ花と隼人、その違和感を伝えた京楽だけだろう。

 

 

「僕が死体現場を調べた時、空間全体が霊圧で捻じ曲がっていました。おそらくそれで何らかの偽装を図っていたと思います。」

「死体にも霊圧による偽装が行われていたのを感じました。あれほど精巧な死体の人形を作り上げるとは・・・。」

「それでどちらに向かうのですか?」

「完全禁踏区域、清浄塔居林へ向かいます。身を隠すならあの場所が一番適しているでしょう。」

「えっ・・・?」

 

 

確かにあそこなら身を隠すのも適しているかもしれない。

だがあそこには中央四十六室がいる。

 

そしてその問いを持ちかけようとした隼人に、卯ノ花は先に答えを示した。

 

 

「中央四十六室は全員殺されている、もしくは何らかの方法で無力化されているでしょう。前者だとは思いますが。」

「そんな・・・!」

「ここ数日の決定は全て彼が出した決定だと推測できます。そして彼の目的は恐らく、朽木ルキアさんの処刑。」

「しかし一体何故・・・。」

「それは本人に直接聞く必要があります。私達では何の手がかりも得られません。」

「・・・・・・。」

 

 

隼人の考えと卯ノ花の考えは一致しているが、正直半信半疑だ。

まず本当に藍染は生きているのか。そもそも霊圧すら感じられないので、清浄塔居林にいるのかすらわからない。

そして彼の能力ではそんな芸当はやはり不可能だ。鬼道の中にもそんな術は存在しない。

何か別の能力を持っているのか。それとも本来の力は別にあるのだろうか。

 

 

「う・・・うう。」

「気が付きましたか、勇音。」

「う、卯ノ花隊長!口囃子さん!私・・・」

 

 

思案していると勇音が目を覚ましたようだ。いきなり動き出すとまた痛む恐れがある。

 

 

「一応僕が治療したけどまだ激しく動いたら危険だよ。」

「あなたは一番優しく衝かれたようですが、まだあまり暴れないようになさい。何かあったら口囃子さんがどうにかしてくれますよ。ねえ?」

「はい!誠心誠意努力いたします!」

 

 

さっきの黒い笑顔でまた脅迫めいたように言われるのも怖いので、とにかく彼女の気分を害さないようにする。

 

 

「降りましょう。肉雫唼。」

 

 

卯ノ花の声と共にエイのような見た目をした肉雫唼から二本足が生えて、ゆっくりと地面に着地した。

近くで有事の際に待機していたであろう四番隊員が駆け寄ってくる。

とりあえず隼人はここまで心優しくも乗せてくれた肉雫唼にお礼を言うことにした。

 

 

「ありがとうね、肉雫唼。」

 

 

のぺーっとした顔のままで反応は何もない。何か残念。

 

 

「肉雫唼は意外と内気なところがあるので、ごめんなさいね。」

「いっいや別に・・・。」

「皆をだして戻りなさい。肉雫唼。」

 

 

ゲプッと口から音を鳴らした後、飲み込んでいた副隊長、三席、術者らを全員吐き出した。

お食事中には到底見せられない光景である。ちょっと気持ち悪くなりそうだ。

 

 

「うっ見なきゃ良かったかも・・・。」

「初めての頃は誰だってそう感じますよ・・・。」

「何の話をしているのですか?」

「「いっいえ!!何でもございません!!!」」

 

 

黒いオーラを纏った卯ノ花の言葉は有無を言わせない恐ろしさだ。やっぱり怖いよ。

当の卯ノ花は一般隊士に肉雫唼で飲み込んでいた副隊長らの処置を任せている。

 

そして、双殛の丘のあたりでは白哉と旅禍の霊圧で埋め尽くされており、現在隼人のいる離れた場所でも伝わってくる程である。

 

 

「何て霊圧・・・あそこにまだ誰か・・・?」

「先ほどの旅禍と朽木隊長が戦いを。」

 

 

少し前まで気を失っていた勇音は状況を聞き驚愕の表情を見せる。

 

 

「あと、狛村隊長と東仙隊長で更木隊長と戦っているよ。京楽隊長と浮竹隊長も総隊長と戦っている。砕蜂隊長も誰かと戦っているみたいだよ。」

 

 

夜一の名前を勇音にも出すのはまだ早い気がしたので黙っておいた。

 

 

「我々だけではとても止めきれません。これほどの事態は瀞霊廷でも初めてです。」

 

 

「ついておいでなさい。勇音。口囃子さん。少し向かいたいところがあります。」

 

 

 

 

向かう先は完全禁踏区域・清浄塔居林。

しかしそこまでの道のりは簡単ではない。

 

 

中央四十六室への入り口には百名以上の隊士が待ち構えていた。

中にいたのは十三隊全ての隊の隊士がざっくばらんにいる他、鬼道衆、隠密機動の者も少なからずいた。

 

 

「まさかこれ程藍染隊長()()()部下がいたとは・・・!」

「えっ・・・ちょっと、どういうことですか!?藍染隊長って、死んだはずじゃ・・・!」

「話は後です。とにかく彼らを倒して前に進みましょう。頼みましたよ、口囃子さん。」

「はい!破道の六十三 雷吼炮!」

 

 

掌から放つ雷のエネルギー弾は、隼人程の実力になれば音速並みの速さで放つことができる。これで入り口に強引に穴を開けることができたほか、雷吼炮の余波で周囲に電撃が迸り、電撃のバリアを形成することが出来た。

 

しかし決して油断しない。()()()()()()()面倒なことになるだろう。

 

 

「破道の七十八 斬華輪!!」

 

 

左側にいる隊士達には何百もの鬼道の刃を生成して無力化する。

右側をやろうとしたが、卯ノ花と勇音によって処理できたようだ。

 

 

「急ぎましょう。中に霊圧を感じます。」

 

 

卯ノ花に言われてようやく分かったが、確かに霊圧を感じる。

中にいるのは藍染、市丸、雛森、日番谷だと分かった。

 

しかし、それ以外の者の霊圧は全く感じない。つまり。

 

 

「中央四十六室は全員殺されたというわけですね・・・!」

「ええ。悪い予感は当たってしまったようです・・・。」

 

 

まず議事堂に向かうと、中央四十六室は卯ノ花の推測通り全員殺されていた。

そしてこの場で隼人は複数名の霊圧の残滓を感じ取った。

 

 

「ここには・・・吉良副隊長、松本副隊長もいたようですね・・・。今は吉良副隊長の霊圧が弱い状態で近くにいます。」

「戦闘をして松本副隊長が勝利したのでしょう。」

「あっ・・・あの!私、全く事態が飲み込めないんですけど・・・。」

 

 

完全に二人でヒートアップしてしまっていた。

状況を整理するためにも一旦勇音に話しておくことが必要だろう。

 

 

 

概略を勇音にも伝えると、やはり彼女も衝撃を隠せないようだ。

 

 

「驚くのも無理はないですよ、勇音。これは事実かどうかすら怪しいものなので。」

「ありえない話だと思うよ。むしろそうであってほしい。でもこの可能性しか今は考えられないんだ。」

「藍染隊長が・・・・・・朽木さんを処刑・・・。」

 

 

勇音が未だ事態を呑み込めていない中、霊圧に動きがあった。

 

 

「雛森副隊長の霊圧が急激に弱まっています!!」

「急ぎましょう。このままでは彼女の命が危ういものとなります。」

 

 

しかしそうは問屋が卸さない。

 

再び百名程度の隊士に囲まれてしまった。

 

 

「ああもうまたかよ!!アンタらの相手してる暇なんか無いっつーの!!」

「口囃子さん、私達三人に曲光を。赤煙遁も同時にお願いします。時間が惜しいのでここは逃げましょう。」

「はい!」

 

 

霊圧は各自で消し、一先ず姿をくらませることができた。

一般隊士には到底見抜けない術だ。

 

現れた一般隊士は何故か他の隊士と雰囲気が違う。

画一の顔をした、無表情の者しかいない。そして、その目は虚ろな目をしている。

彼らの目を見た勇音は一瞬にして怯えを表情に表した。

 

 

「何・・・まるで自殺志願者みたい・・・!」

 

 

そして、再び霊圧の動きが向こうであった。

 

 

「日番谷隊長の霊圧も急激に弱まっています!」

「急ぎましょう!一刻を争う事態です。」

「「はい!」」

 

 

平隊士相手に後れをとるような者はいないので、問題なく包囲網を掻い潜ることができた。

 

完全禁踏区域は初めて入るが、異様な雰囲気だ。

無機質な空間であり、光が入らないせいで薄暗く感じる。

 

 

「ここが・・・清浄塔居林・・・。」

「よそ見してはいけませんよ、口囃子さん。」

「あっす、すみません。」

「お二人とも、最大級の警戒をなさい。私達だけで彼を止めることは不可能です。」

「・・・わかりました。」

 

 

そしてついに目的地に辿り着いた。

現場にいたのは藍染惣右介、市丸ギン。

そして無残にも斬られた、日番谷冬獅郎。

 

 

「・・・やはり此処でしたか。藍染隊長。・・・いえ、最早()()と呼ぶべきではないのでしょうね。大逆の罪人、藍染惣右介。」

 

 

 

 

ついに真実が明らかになる。

 



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藍染惣右介

薄暗い空間。

日番谷冬獅郎が卍解で生み出した氷の影響で季節外れなくらい寒い。

 

この卍解相手に並の死神ならすぐに倒されてしまうだろう。

しかし、()()()()()()()()()()()()()

 

一隊長の卍解を()()()()()()あしらうほどの実力。

それ程の力を持つ男がたしかに目の前にいた。

 

 

 

 

藍染(あいぜん)惣右介(そうすけ)

 

 

 

自らの死を利用してここ数日の騒動を影で操り、暗躍していた男。

たしかに彼の霊圧はそこに存在していた。

 

 

「最早()()と呼ぶべきではないのでしょうね。大逆の罪人、藍染惣右介。」

「どうも、卯ノ花隊長、虎徹副隊長、そして・・・。」

 

 

 

「口囃子隼人。」

(!)

 

 

 

他の二人とは違い明らかに敵意を示した声音で隼人は名前を呼び捨てられた。

しかし藍染はさっきまでの雰囲気に一瞬で戻る。

 

 

「来られるとすればそろそろだろうと思っていましたよ。すぐに此処だとわかりましたか?」

「如何なる理由があろうと立ち入ることを許されない完全禁踏区域は、瀞霊廷内にはこの清浄塔居林ただ一箇所のみです。」

「身を隠すためならここ以外うってつけな場所なんて無いですよね?あんなに精巧な死体の人形を作って身を隠すとしたらここ以外ありえません。」

「中々の読みだ。しかし惜しいな。読みはいいが間違いが二つある。まず一つ目に、僕は身を隠すためにここへ来た訳じゃない。そしてもう一つ、」

 

 

その藍染の言葉の後、信じられない光景が三人の目の前に現れた。

 

 

「これは『死体の人形』じゃあ無い。」

(!)

 

何も持つ素振りを見せなかった藍染は、何故か自分そっくりの人形を持っていた。

 

 

「いっ・・・いつの間に・・・・・・!!!」

 

 

その勇音の言葉に藍染は反応する。

 

 

()()()()()?この手に持っていたさ、さっきからずっとね。ただ・・・今この瞬間まで、僕が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

 

その藍染の言葉から、隼人は確信した。

 

 

「なるほど・・・。貴方の始解は、何らかの改竄力を持った力ですね?」

「ほう?」

「貴方の殺害現場で僕が始解をした時空間全体に霊圧の捻れのようなものを感じました。そしてあなたの死体を下ろした時も、本来の死体とは違う霊圧を僕は感じました。」

「いいね。()調()()()()()()()()。」

(・・・・・・・・・?)

 

 

 

突然何を言っているのだこの男は。成長?どういうつもりだ。

 

 

「済まない。口が滑った。だが一つ気に喰わない点があるな。」

「何が・・・一体どういう「()()というたった二文字で僕の力を分かった気になっている君が、気に喰わないな。」

「だからどういうことだって「直ぐにわかるさ。」

 

 

何だ、一体何をするというんだ。

鬼道を練って最大級の警戒をする。

 

 

「そら、解くよ。」

 

 

 

 

「――砕けろ――『鏡花水月』」

 

 

藍染が始解を解放した途端、人形は四散し、斬魄刀の形になった。

理解が出来ない。人の認識を改めたとでもいうのか。

 

 

「僕の斬魄刀 『鏡花水月』。 有する能力は『()()()()』だ。」

(!!!)

 

 

一瞬でとんでもない力だと理解した。

そして、敵に回した場合、何も対抗策が無いこともすぐに分かった。

 

 

「嘘・・・!だって鏡花水月は流水系の斬魄刀で・・・霧と水流の乱反射で敵を攪乱して同士討ちさせるって・・・。藍染隊長、そう仰ってたじゃないですか・・・!私達副隊長を集めて・・・実際に目の前で見せて下さったじゃないですか!」

 

 

勇音の叫びにも藍染は邪悪な笑みを絶やさない。

そして勇音の発言で卯ノ花は悟った。それこそが催眠の発動条件だと。

 

 

「それこそが・・・催眠の()()という訳ですか。」

「御名答。」

 

 

藍染の言葉によると、五感全てを支配し、一つの対象のあらゆる姿、質量など全てを誤認させることができるという。

 

 

「鏡花水月の発動条件は、敵にその解放の瞬間を見せること。」

「一度でもそれを目にした者はその瞬間から完全催眠に堕ち、以降僕が鏡花水月を解放するたび、完全催眠の虜となる。」

 

 

その藍染の言葉から、隼人は全身に悪寒が走り始めた。

 

 

「まさか・・・!!」

「気付いたようだね。」

 

 

それは同時に、目の見えない者は術に堕ちることがないということを意味する。

そして、盲目の男は護廷十三隊に知る限り、一人しかいない。

 

「つまり最初から・・・。」

 

 

 

 

 

「東仙要は僕の部下だ。」

 

 

四番隊の二人は単純に東仙が部下であることに驚愕している。

隊長三人が手を組んで策謀を巡らせ、ここまでの事態を引き起こしているのだ。

そして敵を止めるために既に三人もの隊長を失っていることを意味するからだ。

 

 

だが、隼人は()()()()()恐怖を隠せないでいた。

 

 

「どうやら驚きを隠せないようだね、口囃子くん。君が要を警戒していたことを僕は()()()()知っていたよ。もちろん要もね。」

 

 

まるでいつも通り話しかけるような柔和な笑みで藍染は隼人の見え透いた魂胆を言い当てる。

 

 

「最初からって・・・一体・・・。」

「少し、昔話をしようか。」

 

 

まるで昔鬼道を教えてくれた時の丁寧で心優しかった頃のような面影を残したまま。藍染は隼人に残酷な真実を伝える。

 

 

「僕は昔、ある実験をしていた。虚を使った実験だ。その中で僕は、霊圧を消せる虚、そして斬魄刀を消す能力を持った虚を生み出し、死神や院生相手に戦わせていたことがあったんだ。それは全て、死神に近い虚を生み出すための実験だったんだ。」

 

 

()()()()()()()()()()()()()

聞いたことがある。それは志波海燕ら十三番隊を殺戮し、浮竹らに癒えない心の傷を負わせた虚だ。

 

 

「お前が・・・お前が海燕さんを殺したのか!!!!」

「僕じゃない。虚が彼を弑したんだ。彼が死んだのは実験の副産物のようなものだよ。」

「テメェはどこまであの人をコケにすれば気が済むんだよ!!!」

 

 

隼人の強い怒りのこもった叫びを聞いても、尚藍染は余裕を崩さない。

 

 

「しかし君の始解のせいで僕達は余計な労力を費やす必要が生まれたんだ。」

「は・・・?何でお前が僕の始解を知ってるんだよ・・・!!!」

「知っているさ。究極の()()()を持つ君の始解は、僕達の小細工を簡単に見抜いてしまうからね。対策に余計な手間を取る必要が生じたんだよ。まぁ霊圧知覚が鋭い君を騙すのは造作もなかったけれどね。」

「この力が・・・通用しないだと!!!!嘘だ・・・嘘だ!!」

「懐かしいな。丁度101年前は君も今みたいに感情の機微が豊かな少年だったのを思い出したよ。」

「・・・・・・、」

 

 

101年前。

やめろ。嫌だ。その出来事を口にするな。

 

しかし藍染は書物に書かれた内容を思い出すかのようにあの出来事について言葉を綴る。

 

 

「確かあの日、西方郛外区だった。九番隊は謎の急襲にあったと事件の記録には書いてあるはずだ。」

「・・・、」

「謎とは言いえて妙だ。当時、要の卍解は僕とギンしか知らなかった。」

「?一体、どういう・・・。」

 

 

急に東仙の卍解の話だが、それが一体何になるのだ?

 

 

「要の卍解は非常に役立つものだったよ。九番隊隊士も八名の隊長格も無知の卍解には対策の施しようがない。」

「は・・・・・・?」

「まだ分からないのか?ならば事実だけを君に教えてやろう。」

 

 

こんなタイミングで絶対に知りたくなかった残酷な真実を知ることになってしまうとは。

 

 

 

 

 

 

 

「六車拳西らを虚化させ、その罪を浦原喜助に与えたのは僕だよ。」

(!!!!!!!)

 

 

 

そういう事か。そういう事だったのか。

ようやくあの事件の真相が分かってしまった。

こんな下らない奴等の実験に巻き込まれたなんて。

こいつらのせいで、あの人達は100年も現世に追放されて逃亡しないといけなくなるなんて。

こいつらのせいで、あの人達の誇りが粉々に砕かれるなんて。

そしてこいつらのせいで、自分は何十年も精神を壊し、毎日心が張り裂ける思いをして泣いていたのだ。

赦すものか。殺してでも赦さない。

腸が煮えくり返るほどの怒りをこめて叫ぶ。

 

 

「お前が・・・お前らが拳西さん達を虚化させたのかよ!!!!!!!!」

「あの実験は失敗だったよ。結局不出来な破面もどきしか生まれなかった。そもそも何故君は彼らを未だに慕っているのだ。」

 

 

 

 

 

 

 

「彼らはもう、101年前に既に死んでいるというのに。」

 

 

我慢出来なかった。

霊術院での貴族連中に対する怒りなど小さなものとも思える程に、今の隼人は憤怒している。

 

 

「破道の八十八 飛竜撃賊震天雷砲!!!!!!!」

 

 

自爆を厭わない程の最大威力で放つ八十番台後半の鬼道だ。威力、速度共に隼人が今まで使った鬼道のなかで一番の物。

 

しかし101年前に隊長格八名を虚化させた男に通用するはずもない。

 

 

「縛道の八十一 断空」

 

 

藍染の縛道で隼人渾身の鬼道は防がれて跡形もなく消え去ってしまった。

 

 

「これも非常に懐かしい。握菱鉄裁があの日僕に打った鬼道もそれだったよ。君の鬼道は彼ほどの力ではなかったが中々にいい鬼道だったよ。そして彼のものと同様に僕の断空で造作もないほどの鬼道だった。」

「・・・藍染隊長、そろそろ時間ですよ。」

「あぁ、そうだね。」

 

 

圧倒的な力の差。

なす術もなく、膝から崩れ落ちるしかなかった。

 

そして市丸は裾から奇妙な布を取り出し横に放つ。

勢いよく回転しながら彼ら二人を包み込んでいく。

 

本性を現した醜悪な顔で彼はその場にいる卯ノ花に言葉を残す。

 

 

「最後に誉めておこうか。検査や探知のために最も長く手を触れたからとはいえ、完全催眠下にありながら僕の死体にわずかでも違和感を感じたことは見事だった。卯ノ花隊長。」

 

 

そして、膝を崩し打ちひしがれている隼人にも。

 

 

「要を警戒させるように導いたのも僕だよ。そうすれば君は僕に辿り着けないはずだったからね。・・・・・・哀れだ。僕が期待した少年は、たった一人の憧れていた男を失うだけで精神を崩壊させ、今僕に歯が立たないで絶望しているとは。」

 

 

「さようなら。君達とは、もう会う事もあるまい。」

「待て・・・!!!!」

 

 

勇音が斬魄刀に手をかけ追撃しようとするも、藍染と市丸の周囲に回っている布が光を放ち、その後彼らはここから消えてしまった。

 

 

「消えた・・・空間転移?」

「そうでしょう。まさかそのような道具まで作り出していたとは・・・。」

 

 

だが、とにかく尸魂界で彼らが為そうとしている企みを止めねばならない。

 

 

「口囃子さん、始解で藍染らの場所を捕捉した後、天挺空羅で皆さんに今起きたことを伝えて下さい。」

「・・・・・・・・・。」

 

 

しかし先ほどの真実に圧倒されたせいで、中々行動に移れないでいる。

自分がいくら調べても藍染には辿り着けなかったという現実が、自分に突き刺さってくる。

呆然自失とした隼人を再起させるため、久々に卯ノ花は隼人に喝を入れた。

 

 

「あなたのやるべきことは何ですか!ただ彼らを救えなかった自分を悔やんで泣くことですか?それともそのままそこで何もせず立ち止まっていることですか?違うでしょう!あなたのこれからやるべきことは、彼らを尸魂界に戻すために動くことです!ようやく真実が分かったというのに、無駄にするつもりですか!いい加減になさい!!」

 

 

そうだ、ようやく真実が分かったというのに、何ぼーっとしてんだよ。

敵がやっと分かった。恐らく隼人に倒すことは不可能だろう。でも十人の隊長がまだここにはいる。

彼らならやってくれるかもしれない。

そして、浦原さんや夜一さんの協力もあれば、きっと藍染を倒せるかもしれない。

あの人達も動き出すかもしれない。

伝えねば。一刻も早く皆に伝えないと。

 

 

「卯ノ花隊長・・・ありがとうございます。」

「・・・・・・では頼みますよ。私たちは日番谷隊長と雛森副隊長の救命措置に入ります。」

「わかりました。――――読み取れ、『桃明呪』」

 

 

始解発動後の藍染が向かった場所を探る。

 

 

「東 三百三十二 北 千五百六十六。・・・・・・双殛です!!!」

「全ての隊長に、私たちがここで知った藍染惣右介の全てと、その行き先を伝信してください・・・そして同じ伝信を、あの旅禍達にもお願いします。」

「はい!!!承知いたしました!」

 

 

桃明呪で藍染ら以外の全隊長、副隊長、席官の位置を再補足し、鬼道の準備を始める。

 

 

「黒白の(あみ) 二十二の橋梁 六十六の冠帯 足跡(そくせき)・遠雷・尖峰・回地・夜伏・雲海・蒼い隊列 太円に満ちて天を挺れ!!」

 

 

 

「縛道の七十七 天挺空羅!!」

 

 

全員に通信が繋がったのを確認し、隼人は一方的な交信を始める。

 

 

「護廷十三隊各隊隊長及び副隊長、席官各位、そして旅禍の皆さん。こちらは七番隊第三席、口囃子隼人です。音声は届いていますか。」

 

 

「口囃子さん・・・!?一体何故・・・。」

 

ある者は急な通信に戸惑いを見せる。

 

 

「何で俺達にまで伝わってくるんだよ?」

「おそらくあの口囃子って男は黒崎が初日に戦った男だ。僕達皆の霊圧を彼が記憶していたから皆に伝わっているんだろう。」

「私にも聞こえてるよ!何か不思議だね!私達にも通信してくれるなんて。」

 

旅禍達はそもそも自分達にも伝わっている理由が分かっていないようだ。

 

 

「・・・ようやく真実に辿り着いたってわけかい、隼人クン。」

 

ある者はこの知らせを待ちわびていたかのように安堵の気持ちを表す。

 

 

「緊急です。これは四番隊隊長卯ノ花烈、同隊副隊長虎徹勇音、そして七番隊第三席の僕、口囃子隼人よりの緊急伝信です。どうか暫しの間戦いを止めて御清聴願います。これからお伝えすることは、全て真実です。」

 

 

「朽木ルキアさんの処刑、そして旅禍侵入騒動と同時期に起きた暗殺事件、これら全てを裏で操っていたのは、藍染惣右介、市丸ギン、東仙要の三名です。」

 

 

「ば・・・馬鹿な・・・!藍染が・・・!」

「だってさ、山じい。ボクら、もうこんなことしている場合じゃないんじゃないの?」

 

 

「彼らは現在双殛におります。急ぎそちらに向かってください。藍染惣右介は自身の斬魄刀、鏡花水月が有する真の能力、『完全催眠』によって自身の死を偽装し中央四十六室全員を暗殺。よってここ数日出された処刑に関わる決定は全て藍染らによるものだと分かりました。何としても皆さんで朽木ルキアさんの命を救ってください。藍染の目的は朽木ルキアさんの処刑です。彼女も双殛にいることが分かっています。皆さん急いでください。」

 

 

朽木ルキアの処刑。

その言葉を聞いた途端、旅禍の少年達は双殛へ向けて走り始めていた。

 

 

「そして、清浄塔居林では雛森副隊長、日番谷隊長が瀕死の状態で発見されました。現在卯ノ花隊長と虎徹副隊長が救命措置を行っています。」

 

 

「隊長が・・・やられた・・・!」

「そんな・・・雛森くんには・・・何もしないって・・・!」

 

 

「皆さん急ぎ双殛へ向かって下さい。これで緊急伝信は以上です。」

 

 

そして天挺空羅を切断した。

()()()()()()()()()

 

 

「京楽隊長、浮竹隊長、双殛に向かっている最中に申し訳ないですが、お二人には別で話しておきたいことがあります。貴方達の声も僕の脳内に伝わるよう設定しました。」

「・・・・・・ついに、わかったのかい。」

「はい。まず、五十年程前の、志波海燕さんの死にも藍染が関わっています。」

「なっ・・・・・・!」

「藍染は虚の死神化のための実験で、霊圧を消せる虚、そして、()()()()()()()()を持つ虚を生み出したとさっき言ってました。」

「あの野郎・・・!!!!!!」

「・・・・・・そして、101年前に浦原さんに虚化実験の罪を擦り付けたのも藍染です。」

「・・・やっぱりね。あの時から怪しいとは思っていたんだ。」

「京楽!だったら何故それを四十六室に進言しなかったんだ!」

()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()。それも彼の完全催眠に嵌められていたというわけだよ。情けない話だ。」

「とにかく僕も双殛へ向かいます!朽木さんの保護よろしくお願いしますね!」

 

 

全ての真実を伝え終わった後、ある程度の処置を終えた卯ノ花が横にいた。

 

 

「お疲れ様です。」

「事実と言いながら僕の推測も入り交ぜて話しちゃったかもしれないんですけど、大丈夫ですかね?」

「その推測は当たっているでしょう。肉雫唼に乗って急ぎ双殛へ向かいましょう。」

「はい!」

 

 

一命を取り留めたようなので、あとは勇音に任せて卯ノ花と双殛へ向かうことにする。

外に出るまでの道のりは、酷いものであった。

いたる所に人肉と血液が弾け飛んでいる。

 

 

「な・・・!」

「見てはいけません。人間爆弾と化していたのでしょう。一切の証拠を消すために藍染が部下全員を殺したと思われます。」

 

 

眼球が転がっていたり、脂肪が壁に液状化して張り付いていたり、あまりにも残虐な光景に目を背けざるをえない。

 

霊覚のみでその場を通り抜け外に出て肉雫唼に乗ろうとしたところで、上空から黒腔(ガルガンダ)が現れ、三本の金色の光が降り注いだ。

 

 

「あれは・・・。」

反膜(ネガシオン)といいます。外にいる私達に内にいる彼らへの干渉は不可能です。取り逃がしてしまいましたか・・・。」

 

 

双殛にいる隊長格と同様に、ただ立ち尽くして藍染らが包まれている光を見るしかなかった。

拳を握り締め、歯を食いしばる隼人に、卯ノ花は労わるように声をかける。

 

 

「彼らを止めるためにこれからやることは山積みですね。四楓院さんもいらしてることですし、これからは浦原喜助とも協力体制を取ることになりましょう。」

「浦原さんとも・・・。」

「とにかく双殛へ向かいましょう。数名の隊長格の霊圧が弱まっています。」

「わかりました。」

 

 

肉雫唼に乗り、卯ノ花と隼人は再び双殛へと戻ることにした。

 



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決意

肉雫唼も消耗していたからか最初に乗った時よりも若干進むのがゆっくりで、双殛に着いた頃には夕方になっていた。

 

現場では多くの四番隊隊士が白哉、阿散井、旅禍の少年、狛村の治療を行っている。

 

 

卯ノ花についていきまずは白哉の元へ向かった。

 

 

「無茶をしましたね・・・朽木隊長。」

「白哉さん・・・。」

 

 

大量に出血し息も切れ切れの状態で隼人を見た白哉は一言告げた。

 

 

「口囃子・・・・・・・・・、」

 

 

 

 

 

「済まぬ。」

 

 

たった三文字だが、それだけで全ての彼の思いが伝わってきた。

 

 

「僕の方こそ・・・白哉さんのこと何も考えていなかったかもしれません。ごめんなさい。」

「・・・・・・ルキアを、呼んでくれぬか・・・・・・。」

「分かりました。」

 

 

四番隊によって押さえられていたルキアと直接喋るのも久々だ。

 

 

「ルキアちゃん、白哉さんが呼んでるよ。」

 

 

手招きしてルキアを読んだ後は、家族の話なので盗み聞きするわけにもいかずその場を離れた。

 

負傷している隊長羽織を着た者の所へ向かったが、見慣れない顔だ。

背中には七の文字。これが狛村の笠の中身だったのか。

 

 

「狛村・・・隊長・・・?」

 

 

振り返った狛村は、犬の顔をした姿であった。腕も犬のそれだ。

 

 

「これが儂の本当の姿だ。・・・・・・貴公は嫌か?」

「いいえ。・・・むしろ笠無い方がカッコいいですよ。そっちの方がいいと思います。」

「そうか・・・。人狼一族も、生きやすくなったものであってほしいな・・・。」

 

 

ようやく狛村の表情がわかるようになり、嬉しさすら感じた。

 

 

「って狛村隊長!よろしいのですか?まだ治療終わってない・・・。」

「構わぬ。朽木隊長に回すべきだ。」

「そ・・・そうですか。わかりました。」

「京楽隊長が呼んでいるぞ。行ってこい。」

「えっ?あ、はい。」

 

 

見ると、京楽、浮竹、七緒ら三人が手招きをしている。

 

 

「隊長・・・。」

「よく頑張ったよ、隼人クン。」

 

 

京楽のその言葉で安心した隼人は再び膝から崩れ落ちてしまった。

身体の震えが止まらない。

 

 

「あぁ・・・。」

「君一人で受け止めるのは辛かったろう。まさか海燕の死にも藍染が関わっていたとはな・・・。」

「矢胴丸さんが藍染のせいで酷い目に遭っていたなんて・・・。」

 

 

以前大切な者を失った者達は藍染に対し怒りで燃えている。

全ての事件が藍染のせいといえるようなものだ。旅禍をも巻き込んだここ数日の事件は皆に大きな傷を残した。

 

 

「これからは戦いだよ。ボクが隊長になって今までにない規模の戦いになるはずだ。鍛錬しないとね。」

「そうですね・・・何としても復讐してやります。殺しても許せません。」

「・・・しばらく大変な日々を過ごすだろうな・・・。」

 

 

三、五、九番隊は隊長が謀反でいなくなったため、残った副隊長がしばらくは隊長代理を務めることになる。

だが、藍染らが人心掌握に長けていたからか、彼らの副官は皆上官に心酔しており、その意味で心のケアが必要だろう。

 

そして、それと並行して藍染達へのあらゆる対策が必要になる。

大虚と手を組んでまで何を成し遂げたいのか、つまり彼の目的は何なのかを調べる必要もある。

 

 

「一丁、頑張っちゃいますか。隼人クン。」

「はい!」

「今日は疲れただろう。ゆっくり休むんだよ。」

 

 

浮竹に体を気遣われるのも何だかこそばゆいが、好意に甘えてしっかり休むことにする。

 

 

 

数日後。

旅禍達の現世への帰還を見送ることとなった。

 

 

「夜一さん・・・よろしくお願いします。」

「ああ、おぬしの事を六車にしっかり伝えておくぞ。儂の裸を見てぶっ倒れたこともな。」

「それは言わないで下さい・・・。あぁほら・・・。懐かしい視線が・・・。」

 

 

私の手で殺すとか言いつつも、結局101年間ずっと想い続けていた夜一と再会した砕蜂は、今まで以上に夜一への想いが爆発している。

裸を見たなんて彼女に聞こえる声で言ったせいで、昔よりも数十倍殺意のこもった視線で睨まれてしまった。

 

浮竹が一護を呼び止めて代行証を渡した後、どうしても彼に話しておきたいことがあった。

 

 

「あっあの・・・!一護くん、だよね?」

「え?ああ、確か・・・口囃子さん、だったよな。白哉から聞いてるぜ。」

「うん。白哉さんのこと呼び捨てって中々勇気要ること平気でするね・・・。じゃなくて、浦原さんによろしく言ってもらってもいい?」

「アンタも浦原さんの事知ってんのか・・・。」

「うん。君より何倍もあの人の事は知ってるつもりだよ。あとさ・・・。」

 

 

 

 

 

 

 

「お母さんって、今現世にいるの?」

「え、いや、死んでるけど・・・それがどうかしたのか?」

「ううん、何でも・・・。あ、夜一さんとか呼んでるよ。」

 

 

オレンジ色の髪。黒崎という苗字。

間違いなく彼は、二十年前に会った女子高生滅却師の子どもだ。

彼女が生きているとすれば、子どもがいてもおかしくない年齢のはず。

しかし、滅却師の子どもが何故死神になったのだ?

片親が死神なのか?だとしたら一体誰だ。

だが、一番の疑問は別にある。

あれほどの実力を持った彼女が、何故亡くなってしまったのだ?

またこれも、藍染の策謀の一つなのか。

 

この青年がカギを握る存在というのは、この前の力を見てもすぐに理解できた。

あれほどの潜在能力を持つ者なら、藍染を打ち倒すことも出来るかもしれない。

 

正直、自分が倒せるとは思っていない。

全力の鬼道を断空でとめられてしまった以上、今の時点で圧倒的な力の差がある。

 

次は数日前の滅却師みたいに逃げてはいけない。

実力差があっても戦い抜く必要がある。

足止め程度になってしまうだろうが、それでも一矢報いることができるようにならないと。

 

まずは基本から見直しだ。鬼道を練る所根本から見直しを図る。

最終的には九十番台後半の習得を視野に入れよう。今は席官だから大霊書回廊に行ってより高度な鬼道の教本を借りることができる。

 

あらゆる自分なりの策を考え、口囃子隼人は決意新たに行動し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

現世 浦原商店にて。

 

「尸魂界も百年も経てば色々変わっておるもんじゃのう。」

「ありがとうございます夜一さん。アタシが行けば間違いなく藍染に見つかってましたからね。」

「へっ!ぬかしおって。」

「それで・・・どうでしたか?」

「ああ、喜助の予想通りじゃ。いや・・・それ以上かもしれんの。隼坊は藍染と直接対決するまで()()()()()()()()()()()()。絶対にじゃ。」

「そうっスか・・・。もう少し成長がゆっくりだったらよかったんですけどね・・・。」

 

 

 

 

 

現世某所にて。

 

 

 

 

 

「・・・・・・、」

「夜一サンから話を聞いてからずっとこの調子だよね・・・。」

「まぁ・・・ええやろ。手塩にかけて育てた自慢の息子が最後に大活躍しとった話を聞いたらああなるのもしゃーない話や。」

「置いて来たガキのこと未だに考えて何になるんや。ウチには理解できん!」

 

 

とある街の廃工場。

ここは仮面の軍勢(ヴァイザード)のアジトである。

藍染惣右介によって虚化させられた元死神達が潜伏し、藍染らに復讐を果たすためアジトの中で毎日鍛錬を行っている。

 

・・・はずだが、今は尸魂界での動乱について夜一から話を聞き、その後にこの中から誰が黒崎一護に接近するかを決めるために、ジャンケン大会をするところだった。

 

 

「夜一さんからはやちんの話聞いた後の拳西っていっつもボーゼンとしてるよね!ってゆーか、100年経ってまだ子離れできてないの?ゴリラのクセに親バカとかキモイんだけど!」

「あぁ!?!?!?」

「お、戻った。」

「天挺空羅で隊長格皆に伝える役割をしたんだからね。殊勲を立てたものだよ。」

「でも、童貞なのはヤバイやろ。」

「せっかくいい感じにまとめようと思ったのに~・・・。」

 

 

ローズがしょげている中、平子の号令で八人一斉ジャンケン大会は始まった。

一回目でパーを出した平子以外全員がチョキを出したため、あっけなく終わることとなった。

 

 

 

各々の場所で、長い戦いが始まる。

 



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空座決戦篇
破面(アランカル)


今回は前以上に展開のネタバレになってしまうため、人物紹介は最後に入れます!


九月に入り数日経ったころ。

初めての破面による現世侵攻が起き、現世にいた旅禍数名の他、黒崎一護の友人ら数名が重傷を負う事態となった。

 

十二番隊の知らせが届いてすぐに、涅マユリから協力を要請(強制)され、現地に行かずとも尸魂界側から始解をして霊圧の計測を行った。

 

 

「それでどうだネ?口囃子三席。成体の破面の霊圧は。」

「二名ともなかなかの霊圧の持ち主です。隊長格並かそれ以上かも。」

「残念ながらそんな情報は奴等が戦う映像を見れば一目瞭然なのだヨ。もっと私の研究の一助となる情報を読み取り給え!死神の視点から見た破面の霊圧の情報を私は求めているんだ。解剖されたいのかネ?」

「嫌ですよ~。あ・・・。」

 

 

ここでうっかり読み取った情報は、今のマユリの機嫌を更に損ねることになってしまった。

 

 

「浦原さんと夜一さんが破面一人倒しましたね。これは向こうにダメージ与えられたんじゃないでしょうか。」

「何ィッッ!!!!!!!!浦原喜助め・・・!!現地調査とは姑息な手を使いおって!!やはり私も現世に赴くべきか!いやしかし技術開発局の仕事もある故それは不可能!何故浦原喜助は私にあのような仕事を押し付けたのだ・・・!!!」

 

 

普段は不気味でおどろおどろしい見た目なので迫力しかない雰囲気であるが、マユリは浦原絡みの話になるとやけに小物臭く見えてしまう。

 

そして藍染謀反の後すぐに浦原喜助は十二番隊にある仕事を頼んだ。

 

 

流魂街の外れに、空座町の完璧なレプリカを造り上げる。

重霊地である空座町で藍染らが何らかの行動を起こすことを予測した浦原は、空座町で戦闘可能にするため、一先ずレプリカを作ってほしいと頼んだ。

具体的な方策はまだ言えないと浦原は伝えたらしいので(ここでもマユリはキレていた)、まだ何をするかは分からない。

 

 

「あぁ・・・。どうやら虚圏に帰ってしまったみたいですね。ここまで来たら僕には無理ですよ。」

「全く・・・不便な始解だヨ。」

「その力を頼って調査させてるくせによく言えますねそんなこと・・・。」

 

 

やろうと思えば余裕でできる。しかし、藍染に逆探知されて鏡花水月に嵌められたら、遠隔操作で霊圧データの改竄が出来てしまうので、絶対に虚圏に探索範囲を広げないようにしている。

もっとも、隼人の出したデータも確証があるとは言えないので、技術開発局の面々も頑張ってくれている。

その影響からか、壷府リンと少し仲良くなった。

 

 

「お疲れ様です。これお礼のお菓子です。僕が作ったので、良ければ食べて下さい。」

「ありがとう。いつも美味しく頂いてるよ~。」

「えへへ。」

 

 

浦原とは違い、彼の作るお菓子は変な見た目でない上しっかり美味しいので、何も不満なく食べることができる。

一先ず探知は終わったので本来の仕事に戻る支度を始めた。

 

 

「謝礼は後日振り込ませて頂きますので、よろしくお願いします。」

「今日は用済みだ。さっさと帰り給え。今度は現世に赴いて調査をする可能性を考えておくのだヨ。」

「・・・失礼します。」

 

 

こうも温度差が激しいと何だか調子が狂う。

『今日は』ってことは、また今度もあるのか。自分の始解の鍛錬に繋がるので協力を快諾したが、やっぱり今でも十二番隊は居心地が良くない。

 

足早に十二番隊を去り、七番隊に帰る。

 

 

「ただいま戻りました。」

「破面はどうだったか?」

「やっぱ霊圧だけ見ても強そうですね。特に最近は破面の質が急激に上がっているように思えます。」

「・・・・・・藍染の仕業か。」

「はい。崩玉の影響ではないかと。具体的に崩玉がどのような物かは分からないのですが・・・。」

「くっ・・・・・・!一体何がしたいのだ・・・!何故東仙は儂を裏切ってまであの男についたのだ・・・!!!儂が何とかして東仙を・・・!!」

 

 

正直、未だに東仙に正気を取り戻させようとしている狛村を見ると、複雑な心境だ。

隼人にとっては、慕っていた拳西を裏切り現世に追いやった、憎いという言葉で表しきれないほどの憎悪を向ける相手なのだ。

たとえ正気に戻ってはい終わり、には自分はできない。

 

そして今回は、狛村本人にそれを伝えた。

鉄笠を被るのを止め、ありのままの性格を表すようになった狛村なら、自分の東仙に対する憎しみも理解してもらえるはずだと思ったからだ。

実際、狛村からの理解は得られた。

 

 

「・・・済まん。貴公の前で言うべきではなかったかもしれんな・・・。」

「・・・いえ。気にしないで下さい。狛村隊長は東仙要を正気に戻そうと尽力するのは予想できますから。だからこそ僕はあの人への憎しみを狛村隊長に打ち明けました。狛村隊長に伝えなかったらずっと僕の心の中で燻ぶり続けてましたから。納得いかないまま戦いに臨むところでしたよ。」

 

 

それは、つまり隼人自身の過去を狛村に話したことを意味する。

狛村が隼人の上官になって八十年。ようやく彼に自分の過去を打ち明けることができたのだ。

 

やはり、鉄笠を被らなくなった影響が強い。

以前よりも圧倒的に気さくに話しかけられるようになった。

藍染らの行いはあらゆる禍根を瀞霊廷に残していったが、逆に七番隊にとっては良い効果となった。

隊内、特に上官の間の絆がより深まった。

 

 

「本当に・・・隼人と鉄左衛門には感謝してもしきれぬ・・・。」

「そんな!僕はそんなに立派じゃないです。射場ちゃんは十分立派ですけど・・・。だって僕は、未だにけ・・・あの人達に心の中で依存してますから。百年もですよ。いくら何でも拗らせすぎですよ。」

「その思いが、お前の強さかもしれぬぞ。儂はそう信じておる。」

「そう・・・ですか・・・。」

 

 

今までに言われたことのない言葉で、少し困惑してしまう。

自分の弱さだと思っていた所を、狛村は強さだと評した。

拳西ら慕ってきた元隊長格への思いが、自分の強さということか。

残念ながらイマイチピンと来なかったので、とりあえず保留。すみません。

 

そうこうしているうちに、射場との鍛錬の時間となった。

 

 

「鍛錬、行ってきます。」

「儂も仕事が落ち着いたら様子を見に行くぞ。」

「はい。よろしくお願いします。」

 

 

藍染らが謀反を起こした日。

全てが終わり隊舎寮でそろそろ寝ようかと考えていた時に、射場が物騒な音を立てて部屋に入ってきた。

 

 

「入るぞ口囃子!!!!」

「わっびっくりした~~。突然何だよ・・・。」

「頼む!!!明日から儂と鍛錬させてくれ!」

「えっ?」

 

 

斑目との戦いでは酒を飲みながらも勝利したと聞いていたが、やはり藍染ら強大な敵を目の当たりにして自身の無力さを感じたのだろう。

気持ちはわかるが、正直射場と隼人は霊力のベクトルが全然違う。あまり適切でないのではないか、と思ったが。

 

 

「頼む!!男射場、一生の頼みじゃ!!!頼む!!!」

 

 

土下座で何度もそう言われたので、仕方なく引き受けることにした。

 

だが、実際何度か鍛錬を重ねると、隼人にとってもかなり有益なものとなった。

以前よりも相手の動きを先読みする力がついた。

そして刀で戦う者の戦術を理解することが出来た。

逆に射場は、術中心に戦う者の戦術を理解した。

二人とも、以前より頭を使った戦いをするようになった。

 

時々参戦する狛村に、昔は歯が立たなかったが、今はしっかり動きを見て避けることなどができるようになった。

数日しか経っていないが、白兵戦の対処力をみるみるうちに伸ばしていった。

 

 

「ふぅ・・・。今日もなかなか頑張った気分~。」

「狛村隊長に打たれた腰がにがるのぉ・・・。」

「そんなに強かったっけ?僕は躱したからわかんないんだけど。」

「あれを躱せぬとは・・・鉄左衛門もまだまだだな。」

「隊長~~!!」

 

 

こんな光景、以前は一度も無かった。

もちろん藍染との戦いのために皆集中して鍛錬を行っているが、休憩時間に皆で笑うのは、狛村が笠を被らなくなってからだった。

性格に反して、意外と狛村は表情豊かな男だということも気付いた。

 

 

「まだまだ儂は戦えるぞ!口囃子!もう一遍勝負じゃ!!」

「え~・・・。」

「午後の仕事で使い物にならなくなるような鍛錬はするなよ。疲れきったお前らを見る儂の気持ちを考えろ。」

「押忍!そんじゃ、今日はこの辺にしとくか口囃子!」

「結構流されやすいね射場ちゃん・・・。」

 

 

丁度お昼時でもあったので、皆昼飯を食べに隊舎の食堂へと向かった。

馬鹿みたいな量を食べる射場を見て隼人は逆に食欲が失せかけたため、あまり見ないようにした。

「何じゃ!口囃子ももっと食べんか!!」と促してくるが、こういう所は頑として断る。

 

射場のご飯ハラスメントを対処して隊舎の庭で休んでいると、黒猫がやってきた。

あぁそういうこと、と理解し、隼人は黒猫についていき茂みに隠れる。

 

 

「お久しぶりです。っていうか、さっきまで現世にいましたよね?」

「ああ、破面一人を軽くあしらっただけじゃ。まぁ・・・無傷とはいかなかったがの。」

「夜一さんがケガするほどですか!?そんな強い相手じゃ「しーーっ!!儂のことを大声で叫ぶな!砕蜂に気付かれたら厄介じゃ。」

「あ・・・すいません。」

 

 

黒猫の姿ではどこにケガをしているかは分からなかったため、隼人の回道で治してあげることもできない。

しかし本来の姿に戻ると、砕蜂センサーによってすぐに見つけられてしまうため、お忍びで瀞霊廷に来るときは黒猫の姿で来ているのだ。

砕蜂本人は最近黒猫を見つけたら手あたり次第捕まえているため、見つかるのも時間の問題だが。

 

 

「それにケガといっても儂の攻撃の反動じゃ。相手に負わされた傷ではないわ。」

「それならよかったです。それで、戦ってみてどうでしたか?」

 

 

暫しの沈黙の後、夜一は告げる。

 

 

「手強いぞ。厳しい戦いになるかもしれんの。十刃(エスパーダ)と呼ばれる破面は指折りの強さじゃ。天才の儂ですら反動で傷を負っておる故、さらに藍染と戦うとなると並の鍛錬でおぬしが奴等らと渡り合うのは不可能かもしれぬ。」

「・・・・・・、」

「何、案ずるな。おぬしが前線に出るとはまだ決まっておるわけではない。それに、戦いは恐らく冬じゃ。それまで死ぬ気で鍛錬すれば、十刃ぐらい倒せるくらいになるじゃろ。」

「死ぬ気で鍛錬・・・。頑張ります。今日も鍛錬いっぱいしたんですよ。」

「おお、そうかそうか。って大事なことを言い忘れておったわ。」

 

 

ここで告げた夜一の言葉は、非常に理解しかねるものであった。

 

 

「おぬし、尸魂界から出る用事はあるか?」

「いえ、今のところは無いですけど・・・。それがどうかしたんですか。」

「ならいい。いいか。隼坊。おぬしは絶対に尸魂界から出るな。」

「え・・・何でですか?」

「理由はまだ言えん。済まぬが尸魂界で鍛錬してもらうぞ。」

 

 

正直な話、現世で鍛錬してもらって強くなる方が絶対に効率がいい。

浦原達に相手してもらった方が自分は圧倒的に強くなれると思っているのだ。

そして、そのついでとして拳西達を探すこともできる。

と、こっそり自分の中で考えていた計画が崩れ去ってしまった。

 

手掛かりがある以上、早く探して会いたいのだ。砕蜂が羨ましくさえ感じる。

 

 

「そうですか・・・。拳西さん達に会えるかもって思ってたのに・・・お預けになってしまいましたね・・・。」

「もうしばらくの辛抱じゃ。我慢せい。六車達も六車達でやることがあるしのう。」

「・・・・・・、」

「その代わりといっては何だが・・・。鉄裁をおぬしの鍛錬のために送りつけるぞ。」

「えっ。」

 

 

代わりってレベルの話ではない。

 

 

「うっそぉ!まじすか!!!大鬼道長が来てくれるんですか!!!」

「ああ、おぬし専属の家庭教師じゃ!喜べ!!!静かにな!!」

「えーー・・・。何かすげぇ・・・。」

 

 

信じられない好待遇である。四十六室が全員殺され総隊長がその代わりを現在務めているが、京楽、浮竹、狛村の進言により、101年前の事件に関わり現世に追放された者の罪は全て取り消しとなった。

一方で、彼らの力を求めている程事態は逼迫しているともいえる。

その上、平子真子ら隊長格は依然として行方がしれない。

だからこそ隼人は探したかったのだが、夜一に尸魂界から出るなと言われた以上納得いかないが仕方がない。

 

鉄裁の家庭教師で十分ありがたい。

 

 

「破面の現世への干渉もある以上しばらくは待ってほしいのじゃが、必ず鉄裁を連れて行く。奴も楽しみにしておるぞ。」

「はい!その前に色々自分でもやっとかないとな~。あ、あと・・・。」

 

 

 

 

「拳西さん・・・何か言ってましたか?向こうに行けない以上直接会って話せないので・・・。」

「おぬしの活躍を聞いて呆然としておったわ。」

「えっ・・・やっぱ僕もまだまだですね・・・。はぁ~ダメダメだなぁ・・・。」

「あっいや・・・・・・喜んでおったと思うぞ・・・?」

 

 

夜一の困惑混じりのツッコミを聞いていなかった隼人は酷く落胆することとなってしまった。

 

 

 

一方現世では。

 

 

「さーて、薬買ってきましたよー夜一サーーン、ってあれーー!!いない!!!」

 

 




決戦では有耶無耶な活躍で終わった方とか、あんまり活躍出来なかった、というか出番の少なかった隊長副隊長を活躍させられたらいいなと思ってます。
それでも割を食う奴は出てしまいますが。
あとこれは千年血戦篇含めてですが、読んでいてモヤモヤした部分いくつかを自分なりにですが解決できたらいいなと思っています。


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傍観者

しばらくは修行です!


以前夜一が来た時にピンポン玉のような球体を貰った。

 

 

「覚えておるか?おぬしが霊術院に合格した時に喜助が動画で伝言を送っておったじゃろ。」

「えっああ、あれですね。最終的に拳西さんと夜一さん以外皆酔っ払ってたあれですね。」

「喜助はそれに改良を加えて動画で通信できるようになったのじゃ。」

「ええっ!!それって、電話を動画で出来る感じですか!?!?!?」

「そうじゃ!!すごいじゃろ!!」

 

 

また何とも信じられないようなものを開発する男である。

あの時だって相当びっくりしたのだ。

 

 

「二つのレンズのどちらかがおぬしを写すほうでどちらかが向こうの映像を壁に写すレンズじゃ。」

「へぇーって、見た目ではどっちがどっちかわからないですね・・・。」

 

 

小さくしすぎたせいで、そもそもレンズがどこにあるのかすらよく分からない。

何で性能はすごいのにこういう使い手を絶妙にイライラさせる微妙な欠陥があるのだろうか。

 

 

「いずれ喜助が通信をしたいと言っておったから準備しておけ。おぬしの仕事もある故夜になったらやるそうじゃ。」

「そうですか、分かりました。待ってます。」

 

 

 

 

そう言って数日経ったが、未だ何も音沙汰はない。

伝令神機のように着信音が鳴ると聞いたが、毎日準備しているものの何だか拍子抜けだ。

今日出発した日番谷先遣隊の対応に追われているのか。

 

正直、あのメンツに同伴したいとは思えなかった。

最初、()()()()霊圧感知能力の高さから死神代行との合流隊に選ばれていたものの、何故か突然外されることとなったのだ。

夜一に尸魂界から出るなと言われたその日に現世派遣の任務を外されてしまった。

斑目一角と綾瀬川弓親、そして十番隊トップ二人が仲間に入った途端から嫌だったのでぶっちゃけありがたい話である。日番谷は嫌いじゃないが松本とは長い時間一緒にいるとイライラする予感がするのだ。

ルキアと阿散井だけなら行ってもよかった。

 

そして結局今日もかかってこない。

やっぱり現世も大変なのだろうか。まぁいいや、知らね。寝よう!

 

 

と、考えていると、着信音が鳴り出した。

 

()()()()()

 

 

隼人は瀞霊廷の騒動が終わった後、ある者からの着信にだけ音が鳴るように設定している。

 

涅マユリだ。

 

彼から着信が鳴ったということは、現世に破面が到来したということ。

そしてもちろん今回も同じであった。

 

 

「破面ですね。」

「当たり前だヨ。ぐずぐずしてないで早く来い。そして今すぐ始解しろ。」

「は~い。六体ですね。」

「!・・・ホウ・・・始解せずとも認識できるとは。」

「場所と数だけです。それぐらいしか分かりませんよ。」

 

 

隊舎寮から十二番隊に移動している途中で、人目につかない場所で始解をする。

そして移動の最中に破面に動きがあった。

 

 

「破面に動きがありましたが・・・誰を狙っているんですか?」

「恐らく、奴らは僅かでも霊圧のある人間を狙っているのだろう。何とも野蛮な連中だネ。」

 

 

マユリはいたって普通の調子で喋っているが、緊急事態だ。

無作為に霊圧のある人間を狙うなど、魂魄バランスが崩れてしまう。

夜一と話をした日も、空座町の魂魄が大量消失し、危ない状況に陥りかけたのだ。

 

今回はそういう事態にならなければいいと思いつつ、十二番隊に着くと、破面それぞれに死神が迎撃している所であった。

 

ルキアが破面一体を造作もなく倒したが、斑目は防戦一方だ。

 

そして映像には、破面の一体が変化を見せた所であった。

 

 

「何だよあれ・・・。」

刀剣解放(レスレクシオン)だネ。死神でいう所の卍解だ。」

「えっちょっそれってだいぶまずいんじゃ・・・。」

 

 

突然研究室の中の電話から着信が来た。

綾瀬川からだ。

といっても、実際は十二番隊の者が電話を取るわけではなく、別の隊にかけられたものを傍受している。プライバシーの欠片もない。

 

マユリは電話をスピーカーにして彼らの話を傍受する。

現世にいる死神の周囲の空間凍結、魂魄保護、そして、斑目の隊葬用意をするよう伝達してきた。

 

 

「頼んだよ、鵯州、阿近。」

 

 

マユリの一言であっという間に二人は最初二つの任務を完遂する。

その間ずっと、斑目は破面に圧倒されていた。

 

 

「フム・・・映像を切り替えろ。この破面には興味が失せた。」

「もういいんですか?」

「どうせ力で圧倒する奴に私は興味ない。そんな物は力で圧倒し返せばいい話だ。」

 

 

マユリの指示で映像が切り替えられたが、どの死神も防戦一方だ。

隊長である日番谷もだ。

 

 

「日番谷隊長も圧倒されている・・・!?」

「全く・・・情けない話だヨ。限定解除がなされていないとはいえこの有様とはネ。切り替えろ。」

 

 

そこで切り替えた映像は、黒崎一護が戦っている映像。

そしてその相手は、映像で見るだけでも桁違いの力を持っていることがわかった。

 

 

「あの破面・・・!他のとは実力が全然違いますよ!」

「面白い。あの破面に映像を固定しろ。口囃子、あの破面の霊圧を読め。」

「はい!」

 

 

破面の霊圧を読んでいるが、凄まじい力だ。卍解した一護に対し、優勢に立っている。

しかし一護も簡単には倒れない。

月牙天衝は、破面に対してもそれなりの傷をつける威力を持っていた。

 

 

「おおおう・・・。やっぱ一護くんもなかなか強いですね。」

「奴の潜在能力は素晴らしいからネ。是非とも切り刻みたいものだが、更木に怒られるのも面倒なのだヨ。」

「何故切り刻むことしか考えられないんでしょうかね・・・。」

「何か、言ったかネ???」

「いえ、別に・・・。」

 

 

卯ノ花ほどではないが、マユリの発言も怖いものがある。何で隊長はこうも曲者揃いなんだろうか。100年前よりはマシだけどね。

 

 

「そろそろ破面も本気を出してきそうだネ。一体奴はどんな力を・・・!!!!」

 

 

破面が斬魄刀に手をかけてついに刀剣解放をするかと思ったが、思わぬ横槍が入ってしまった。

ある者が仲裁に入り、一護と破面の戦闘は突然終わりを告げた。

 

 

「東仙要・・・!!!」

「やれやれ、水を差されたか。余計な真似をしてくれたヨ。」

「すいません。気付けなくて。」

 

 

破面に注意を払ったせいで東仙の霊圧に気付けなかったのが実に悔やまれる。

霊圧が変化しているのか。

 

 

「まぁいい。先ほどの戦闘だけでも十分な情報を得られそうだヨ。恐らくあの破面はかなり上級の虚から生まれた破面だろう。」

「やっぱりそうですか。ここで探知してても霊圧が凄かったです。」

「そんな陳腐な感想は私は必要としないのだヨ。ぐずぐずしないで早くレポートを書けウスノロ!!!」

「それがちょっと前に寝ようとしていた人に言う言葉ですか・・・急にキレないで下さいよ・・・。」

 

 

今日の破面に関する小レポートを書いている所で、いつの間にか進んでいた戦いは皆終わっていた。

どうやら死人はでなかったようだ。先ほどボコボコにやられていた斑目も何とか相手を倒したのだろうか。よかった。

 

他の者も、限定解除の効果で破面を倒せたようだ。

マユリから話を聞いて安心したが、安心している様子を見て何故か汚物を見るかのような目を向けられた。

 

 

「何を安心しているのかネ?彼らが勝利を手にしたのは()()()()()()()()()()()()()()()()。最初から限定解除していれば敵は油断せず彼らはみすみす殺されていた筈だヨ。」

「えっ・・・卍解持ちでもですか・・・?」

「関係ないヨ。単純にこちらの戦力が足りていないという事実が残るだけだ。」

「うわっ・・・。行かなくてよかった・・・。」

 

 

この感想は七番隊の者の前では言えない。むしろマユリの前だから言えた感想だ。

射場の前で言ったら殴られてしまうだろう。

 

 

「私も君が直接現世に赴くのはあまりオススメしないと考えていたヨ。君が此処に残ったおかげで私の右腕として君が動いてくれて研究が捗る捗る!!総隊長殿に感謝せねば・・・。」

「あぁ・・・そうですか・・・。」

 

 

霊圧の濃い破面を映像越しに見たからか、夜にもかかわらずやけにテンションが高い。

いつもよりレポートを書くのに時間が掛かったが、マユリの機嫌を損ねることはなかった。敵ながら破面に感謝である。

 

 

壷府リンからもらったお菓子をモグモグ食べながら帰り道を歩いていると、先ほど映像で見た男の元部下と出くわした。

 

檜佐木修兵。

あの日以来、彼は隊を纏めるため気丈に振る舞ってきているが、長年仲良くしてきた隼人には分かる。

昔の自分と同じ顔をしているのだ。

辛くて、辛くて、でも何物にもすがれなくて、どうすればいいか分からないような顔をしている。

 

 

「口囃子さん・・・。お疲れ様です。こんな夜まで仕事っすか?」

「うん、まあそんな感じ。」

「大変っすね、俺も今終わったトコっすよ。じゃあお休みなさい。」

 

 

手を振って帰ろうとした修兵は、完全に疲れ切っている。

大変なのはお前だろうが。見ていられない。

 

 

「・・・なぁ修兵。」

「はい?」

「飲もっか!」

「えっちょ、急になんですか!?」

「奢ってやるからつべこべ言わずこい!」

「うえええええ!?!?」

 

 

強引に腕を引っ張り、飲み屋に連れて行く。

基本自分から飲みに誘うのは、年の近い者は射場か修兵だけだ。勇音はさすがに妙齢の女性なので気を遣ってしまうし、七緒を誘ったら問答無用で京楽が同伴するので面倒くさい。

京楽や浮竹は別で誘うこともある。最近は誘われることが多いが。

 

現世の『かくてる』とかいうお酒を頼んで飲ませ、洗いざらいぶちまけさせてやる。

日々の鬱憤が溜まっていたからか、いつもよりかなり酒の進みが早く、ちょっと経っただけで酔っ払っていた。

 

 

「瀞霊廷通信の編集長があんなに大変だとは思わなかったですよ!!印刷所とのやりとりは大変だし、乱菊さんの原稿は来ないし、毎月毎月新しい内容考えないといけないし、乱菊さんの原稿は来ないし!!!!あぁーーー!!!」

「お・・・おお・・・・・・。想像以上だったね。」

 

 

あんな顔をしていた以上、泣き上戸になるかと思ったが、全く逆で少し安心した。

と思ったら、別の意味で困惑することになってしまう。

 

 

「口囃子さん全然飲んでないじゃないですか~~。ほら、ほら、飲んでほしいって酒の声が聞こえないんすか~~~??」

「うわちょっと何だよこいつ!絡んでくるタイプか!面倒くさっ!!」

 

 

 

今までこんなに酔わせたことは無かったため知らなかったが、まさか絡み酒する男だったとは。

首に腕を回してきて変にベタベタひっついてきて厄介なことこの上ない。男相手に何やってんだよ、女にやれ。イケメンだからときめく女ぐらいどっかにいるだろ。

 

 

「ああもう離れろ!暑苦しいぞ~~!」

「なっ!口囃子さんは俺の事嫌いなんですか!?どうなんですか!!!!」

「いやもう何なんだよこいつ!あれか!真面目な奴ほど酔ったら面倒くさくなる奴か!つーかそれ僕に聞くことかよ!まつもっちゃんに聞け!」

「そんな・・・答えてくれないんすね・・・。」

「え・・・ちょっと・・・修兵・・・?」

 

 

まずい、これはまさか・・・と不安に思うのも束の間修兵は隼人の死覇装を掴んで泣き出してしまった。

 

 

「何でこのタイミングで泣くんだよ・・・。死覇装汚れちゃうよ・・・。」

 

 

だが、色々抑えていたのかもしれない。

東仙がいない中、急に一人で隊を纏めなければならず、隊内からも色々陰で言われてきたのかもしれない。

辛い気持ちを一人で抱え込んで抑えられなくなって、まるで昔の自分そっくりだと、隼人は目の前の酔っ払った青年を見て他人事とは思えずにいる。

こういう時は先輩風吹かせてみるか。上手くいくかわからないけど。

 

 

「あのね・・・辛くなったら周りの部下達を頼らないと。頼れないなら先輩の僕に相談しなさい!他にも狛村隊長とかいるでしょ。皆力になってくれるから。」

「そ・・・そうなんれすか・・・?」

 

 

酒を飲み過ぎたからか舌足らずな言葉になっている。どうせ覚えていないだろうけど、ちょっとした昔話を修兵にしてあげた。

 

 

「まだ狛村隊長がウチに来る前はね、僕が三席で事実上一番上だったんだけど、京楽隊長と浮竹隊長が色々手伝ってくれたんだよ。隊主会の内容伝えてくれたり、隊の運営のコツ教えてもらったり。だから僕もちょっとしたアドバイスくらい出来るから。相談すれば誰だって助けてくれるから!だからそんなビービー泣くな修兵!!」

 

 

最後はちょっと拳西っぽく喝を入れてみた。あんま似てないけどね。だってそんな拳西さんみたいに声低くないし。

元気を出してくれるかと思ったら、またまた真逆の反応をされてしまった。

 

 

「口囃子さん・・・・・・口囃子さ~~~~~~ん!!!!!!!!」

「えええっ!逆に泣かせちゃった・・・。」

 

 

胸に顔をぐりぐりと押し当てて涙を擦っている。女にやったらセクハラじゃ済まされないぞ。

ともかく嬉しくて泣いていると思われるので、結果オーライなのかもしれない。

しかし死覇装は修兵の涙で汚れてしまった。クリーニング代を請求してやろうかコラ、と言いたい程だ。

ものすごく感情の起伏が激しくなった修兵であった。

 

 

酔っ払った修兵を置いていくわけにもいかず、隼人は仕方なくおぶって家に連れて帰る羽目になった。

年下のクセに自分よりも身長が高いのが納得いかない。故に、おんぶするのすら大変だった。

実際大半の後輩が自分よりも身長高いが、それも納得いかないのだ。

 

眠っている修兵は寝言を何度か呟いていたが、どれも彼の辛い思いを実感する内容であった。

 

 

「東仙隊長・・・・・・。」

 

 

やはり、残された者が負った傷は深い。

 



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王鍵

大霊書回廊。

 

禁踏区域に指定されており、実際に入るのは初めてだ。

 

 

「本借りたことはあるんですが、こんな空間だったとは・・・。」

「手続きも貸し出しも今は全部隊の図書館でやることになっているからね。俺もあまり入ったことないんだ。」

「僕が初めて借りた時ですら別室で手続きやってましたよ。」

 

 

ここも不思議な空間だ。

薄暗い空間で何重にも重なる本棚が天高くまで周囲を囲っているが、ここの本来の役割はただのでかい図書館というわけではない。

尸魂界全ての事象・情報が強制集積される場所。

ここで藍染が調査した痕跡から、彼の真の目的を見つけ出すための調査を浮竹と行っている。

 

本来は今日も清音と小椿を連れるつもりだったらしいが、彼らには別の仕事を任せたらしい。

 

 

「何日かここで調査をしていたんだけど、清音も仙太郎も声が大きくて・・・。だったら他の隊の人間を連れて行く方がいいと思ったんだ。」

「あぁ・・・。だからわざわざ他隊(ヨソ)にいる僕を連れて来たんですね。」

 

 

要するに、うるさいからどっか行ってろってことだ。

あの二人は浮竹に心酔しているのに残念なものである。

 

 

「君ならあらゆる調査に慣れてるだろう。今も涅隊長と破面の霊圧調査を行っているし、何せ藍染の死の偽装を見抜いた男だからね。君を頼らない手はないよ。」

「買い被りすぎですよ。夜一さんから聞いたんですけど、僕があの間にやったことを拳西さんが聞いたら呆然としていたらしいですよ。情けないって失望されたと思います。僕もまだまだだな~・・・。」

「そっ・・・そうかな?」

 

 

夜一の言葉の意味を未だに間違った解釈で受け取っている隼人に浮竹は苦笑いするしかない。

そうこうしているうちに、大霊書回廊調査台にようやくたどり着いた。

 

検索履歴を参照し、藍染が何を調べていたのかを確認する。

この調査台はどんな手を使っても既読履歴を消すことは出来ないように設定されているのが一つの救いだ。

 

 

「崩玉に関する履歴ばかりが残っているね・・・。」

「浦原さんの発明って・・・そんなに危険なものだったんですね。そんな危険な代物を何故魂魄に隠したんでしょうか・・・。」

「多分、壊せなかったからだと思うな。」

 

 

壊せなかった?浦原の頭脳を使ってもか。ますます危険ではないか。

 

 

「きっと彼は、崩玉が壊せる物体ならとっくの間に壊しているよ。それができないから朽木の魂魄に崩玉を隠したのだろう。」

「なるほど・・・。」

「しかし浦原も凄い研究をしていたんだな。昔から研究熱心だったとはいえ、こんなに研究論文を残していたとは。」

 

 

藍染が死を偽装した日から、彼らが尸魂界を離れるまでの期間の検索履歴を調べたが、基本的には崩玉関連の内容しかない。

 

やはり今日も目的は分からないかと思ったが、

 

 

「ん、待って下さい!」

「なっ何だい!?」

 

 

崩玉関連の所ばかり見ていると目が疲れたので一瞬画面から目を外したが、外そうとしたところで崩玉とは関係ない所に既読履歴がついていたのに気づいた。

 

 

「ちょっと画面戻してもらっていいですか?おかしな点が一つ・・・。」

「ん・・・これは・・・!!」

 

 

藍染の消える二日前についていた既読履歴は、『王鍵創生法』について。

 

 

「まさか、藍染は霊王宮に乗り込むつもりですか!?」

「とにかく中身を見てみよう。話はそれからだ。」

 

 

そこに記されていたのは、王鍵創生に必要な材料は十万の魂魄と、半径一霊里に及ぶ重霊地。

 

そして、今の重霊地は、()()()であることは皆知っている。

 

 

「藍染は空座町を消して霊王宮に乗り込むつもりか・・・。」

「でも・・・何で・・・。」

「『()()()()()()。』藍染は去り際にそんな言葉を残していった。」

「は?・・・ってことは・・・。」

「霊王を殺すつもりだろう。」

(!!!!)

 

 

霊王を殺す。

そんなことが一死神にできるのだろうか。

そもそも霊王を守護する零番隊は護廷十三隊全軍を超える能力を持っている。そんな相手に通用するのか。

いや、()()()()()()()()のかもしれない。

何にせよ恐ろしい目的であることに変わりはない。

 

 

「とにかく俺は総隊長に報告する。調査協力、感謝するよ。君が藍染の真の目的を見つけたような物だ。さすが調査のプロだよ。」

「えっ、あ。はい!ありがとうございます。こちらこそいい経験をさせて頂きました。」

「それで・・・京楽に伝えてもらってもいいかな?」

「えっ何故京楽隊長に?」

「話せばわかるさ。頼んでもらってもいいかい。」

「はい。」

 

 

てなわけで今度は八番隊に向かう。

先ほどの子細を京楽に伝えると、「わかったよ。」と呟いた後に伝令神機を取り出した。

ポチポチ番号をおして電話をかけると、信じられない人物と電話を繋いでいた。

 

 

「あぁもしもし、()()()()かい?」

『お久しぶりっス、京楽サン!』

「え・・・ちょっと、はぁ?」

 

 

浦原喜助は後々電話するとか言っといて全然自分に電話を掛けてこない癖に、京楽とはまるで何度も連絡を取り合っているかのように普通に電話している。

信じられない。何か自分だけ仲間外れにされた気分だ。

 

 

「な・・・何で京楽隊長は、浦原さんと電話を・・・?え?ちょっと、え?」

「現世と繋がることは大事でしょ。藍染が虚圏に行った後からすぐに連絡体制をとっていたんだ~。」

「何それぇぇ!!!!あっあんなに、後で電話するとか僕に言っといて、全然電話掛けて来ないからどうしたんだろうなーって心配してたのに、だったら僕にも電話かけて下さいよ!!!」

『口囃子サン・・・そんな浮気性の彼氏に詰め寄る重い彼女みたいなこと言わないでくださいよ・・・。』

「電話掛けないそっちが悪いんですよ!」

『そんなぁ~毎日掛けてましたよ、真夜中に。』

「真夜中ですか!寝てたわコラ!!!」

 

 

真夜中に電話掛けられて起きている奴なんかいるわけないだろ。修兵ぐらいだよそんなのは。

京楽も抜け目ない男だ。数日前まで罪人であった男と、こうも迅速に連絡を取り合っているのは、さすがとしか言いようがない。自分も夜一と連絡を取り合っていることを忘れて、目の前の男の柔軟な姿勢を心から賞賛していた。

 

 

「それじゃあ隼人クンから説明してもらっていいかい?君が発見したんだから君が伝えるべきだ。」

「あ、わかりました。」

 

 

スピーカー状態にして机の上に置いてあった京楽の伝令神機を手に取り、浦原に先ほどの調査で手に入れた情報を伝える。

隼人が話している間浦原はずっと何も言わず、電話越しでも真剣な様子が伝わってきた。

 

 

「以上が先ほどの調査で浮竹隊長と出した結論です。総隊長にも浮竹隊長が伝えましたので、そちらにいる死神達にも直に伝令が行くでしょう。」

『わかりました。・・・やはり空座町を狙ってきましたか・・・。』

「えっ、そこまで読んでいたんですか?」

『はい。なので涅サンにあらかじめ仕事を頼んだのですが、正解だったようですね。』

「じゃあ伝える意味無かったんじゃ・・・。」

『そんな!アタシも王鍵創生のために空座町を使うとは考えもしなかったので、十分助かりました。口囃子サン、ありがとうございます。』

「あ・・・・・・。」

 

 

昔、霊術院で実験の手伝いをさせられていた時のことを思い出した。

現役の隊長からもらう最後のお礼が、ちょっぴり嬉しかった。

今でこそ立場が全く違うが、何だか101年前に戻った気分になる。

 

 

「じゃあ見返りに・・・お菓子、また食べたいです。浦原さんが作ったヤツ。」

『そうっスか!それなら現世の虫の研究もしないとな~~!!戦いが終わったら、是非現世に来て下さい。』

 

 

壷府リンのお菓子は美味しい上見た目も完璧だが、浦原と話していると彼の作るお菓子のようなゲテモノ感満載の物も恋しくなった。

戦いが終わったら、行こう。絶対。

 

 

「そういえば、何で僕は尸魂界から出ちゃダメなんですか?」

『それはですね・・・後でお話します。今日の夜、ご自宅でお話しましょう。』

「わかりました。真夜中は寝ているので早めにお願いします。現世の子どもが歯を磨く時間あたりで!」

『しょ~がないですね~。』

「よろしく頼みますよ!!!!」

 

 

念押ししたので恐らく大丈夫だろう。京楽に伝令神機を返してしばし喋っていた後、「浦原クン耳おかしくしたらしいよ。全く、気をつけないと・・・。」と京楽に呆れられたが、絶対嘘だ。夜に文句言ってやる。

 

 

「それじゃあ失礼します。そろそろ七番隊に戻らないと。」

「うん。七緒ちゃんにはボクから伝えておくよ。」

 

 

隼人を見送った後、京楽は嬉しそうな顔をして呟いた。

 

 

「少しずつ、隼人クンも昔みたいに元気になって安心したよ・・・。」

 

 

 

 

七番隊に戻ると、すでに総隊長からの知らせが来ていたようだ。

 

 

「霊王を殺して新たな王になるだと・・・!!藍染・・・・・・!!!」

「狛村隊長!何としても止めやしょう!!!」

「ああ。しかし東仙は何故あの男についたのだ・・・!!」

 

 

以前現世で東仙が映像に映っていたと伝えた時も、狛村は怒りと無念の二つの気持ちを表情に含ませて悩んでいるようだった。あれからずっと東仙の心を理解できず苦しんでいる。

修兵も以前より周りを頼るようになったが、やっぱり慕っていた東仙への思いを断ち切れないでいるようだ。この前酔っ払って眠った時も東仙の名を口にしていた。

この点に関してはこれ以上何か言ったら自分の心にブーメランが帰ってきそうなので、基本的に静観するつもりでいる。

 

藍染の話を聞いた射場はまた闘志を燃やしている。

 

 

「口囃子!!儂らも鍛錬するでぇ!!」

「よーし行くか!」

 

 

握菱鉄裁がまだこちらに来ないので射場といつも通り鍛錬を行っている。

ほぼ毎日鍛錬を行い力を高め合った結果、前より攻撃を躱したりする力はかなりついた。今の隼人ならこの前旅禍として来た石田雨竜とかいう滅却師相手にも渡り合える程の実力はあると自分で考えている。

 

今日も傷一つつかずに鍛錬を終わらせることができた。

 

 

そして夜。

 

 

 

『お前の後ろにだァァァァァ!!!!お前の後ろにだァァァァァ!!!!』

ピンポン玉の映写機から着信が鳴ったが、悪趣味にも程がある着信音だ。警戒していたためそこまで驚くことはなかったが、無駄に音量がでかいため近所迷惑になる。

あまりにも小さいスイッチを押すと、目の前に緑と白の縞々模様の帽子を被り、口元を扇子で隠した男の姿が壁にでかでかと映った。

 

 

『お久しぶりっス~~!大きくなりましたね~口囃子サン!!』

「えっ・・・浦原さん・・・?何か、凄い変わりましたね・・・。」

 

 

隊長時代とは全く違う風貌だ。何というか、うさんくささがインフレーションしている。

よくこんな男を黒崎一護らは信じたものだ。喋り始めてからは扇子をしまったが室内で帽子を被っているのか。暑くないのか。

 

 

『やだなぁ口囃子サン。今のアタシはただのしがない駄菓子屋のハンサムエロ商人ですよ?これでも、妙齢の女性から人気あるんスよ。』

「自分で言っちゃうんですね・・・。」

『そういう口囃子サンはあの頃から見た目、全然変わらないっスね。こちらの皆サンは雰囲気とか結構変わってますよ。』

「そうなんですね・・・。」

 

 

昔から皆に地味と言われ、今でも見た目が地味と言われる。イマドキ男子のオシャレな修兵から現世の美容室を教えてもらったりしたが、どうも行く気になれないのだ。

あの頃のままの見た目でいたい。そして再会した時にすぐに思い出してほしい。そういう思いで101年前から髪型は一切変えていない。

 

身長も現世の人間の中ではまあまあの身長だが、死神連中と比べると隼人は小さい方に含まれる。

というか皆の身長が高すぎる。ほとんどが180cm超えとかふざけてるだろ。

 

さらに本来の性格を抑えて落ち着いた性格でいるせいで、雀部、大前田、射場の地味っ子トリオ(やちる評)を超える地味さというか、印象の薄さを持っているが、今はそれでいいと思っている。

 

 

『・・・なーーんて、考えちゃってます?』

「えっよくわかり・・・って、ちょっと!!勝手に人の心の中読まないでくれます!?」

『いやぁ~貴方の心は相変わらず非常に読みやすいですからね~。六車サンにもよく読まれていたじゃないですか。』

「そうでしたね・・・本っ当に理解できなかったですよあの頃は。」

 

 

昔成績を見せようとして怒らせないように工夫していた策略がバレていたのは今でも納得がいかない。あれで何回気を失ったことか。

 

って、そういう懐かしい過去話をしに電話してるんじゃなかった。

 

 

「そうじゃなくて、何でわざわざ僕に直接電話を繋ごうとこんな物まで渡したんですか?」

『そうですね・・・それじゃあ、話しましょうか。』

 

 

 

『口囃子サンがこれからすべき事と、決戦の日についてもらう特別任務について。』

 

 

 



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任務

『口囃子サンがこれからすべき事と、決戦の日についてもらう特別任務について。』

 

 

一気に場の雰囲気が変わる。それまでの砕けた雰囲気から、まるでドラマとかで流れているBGMがシリアスな物に変化したかのようだ。

只事ではない話が始まりそう・・・。

 

 

『・・・・・・なーーんて思っちゃってますよね?』

「えっ。」

『そんなに畏まりすぎなくていいっスよ。いやーアタシの予想通りすぎて面白い面白い!!』

「また何で分かるんですか!!悔しいーーーー!!!」

『それぐらいの気持ちで聞いていて下さい。あんまり張り詰めていたら当日まで持ちませんよ?』

「えっ?あ、ああ、はい・・・。」

 

 

そしてついに浦原は話の本筋に入っていく。

 

 

『まずアナタを尸魂界に事実上幽閉している理由は単純です。アナタの力が藍染に目を付けられているからです。』

「えっちょ、ちょっと待って下さい、何で僕の力が・・・?皆目見当つきません。っていうかやっぱりメチャクチャ重大な話じゃないですか・・・。」

『結局そうなっちゃいましたね・・・。アナタの始解は非常に珍しい能力です。藍染が特別な対応を行った程の力ですから。』

 

 

自分の力が珍しい。

そう言われても正直あまり実感が無い。

調査のためには有用であるが、結局それだけだ。

戦闘を行う際も直接戦う斬魄刀じゃないため結局鬼道に頼らざるを得ない。欲を言えば風死とか花天狂骨みたいな斬魄刀が欲しかった。あの時は受け入れるとか言いつつ実際他人の斬魄刀が羨ましい。・・・ってまた同じことを考えてしまったよ。

 

 

「珍しいんですかね・・・?自分の戦闘には一つも役立たないので、実感とか一つもないんですが・・・。」

『尸魂界の歴史から見てもここまで珍しい能力は無いですよ。』

「はぁ・・・。」

 

 

それなら目を付けられても仕方ないか。でも自分はそんな成長するようには思えない。

未だに理解に苦しんでいる中、浦原は考え込んでいる隼人を置いていくかのように話を続ける。

 

 

『実はアタシにとってアナタの成長は藍染と対決する上で不安要素でした。』

「えっ・・・えっ!?!?」

『四十年前でしたっけ・・・。アナタが始解を習得して夜一サンから能力を聞いたときから、アナタが藍染の仲間になる可能性も考えていたんスよ。』

「そんなわけないですよ!あの人達を虚化させた奴らの仲間になんか『何も知らされなかったら?』

「え?」

『六車サン達の虚化の真相を知らないまま、鏡花水月の力で騙されて仲間になっていたら?』

「え・・・・・・まさか・・・・・・そんな、」

『アナタはこの通信が始まってから一度でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えましたか?』

「・・・・・・いいえ。考えたこともありません。」

 

 

藍染の鏡花水月はそこまでの力なのか。そうだとしたら何も手の打ちようがないのではないか。

 

 

『甘い。そんなヤワな注意力では藍染を止めるどころか、触れることすら叶いませんよ。』

「・・・・・・・・・、」

 

 

初めて浦原喜助から厳しいことを言われたが、これは純然たる事実だ。

それ程までに油断できない能力。完全催眠の恐ろしさを叩き込まれたような気分だった。

少し落ち込んでしまったが、浦原はむしろ安心しているようにも見えた。

 

 

『それ程に藍染は人心掌握に長けています。アナタが何も知らずに仲間になったりしないでよかった。そして、藍染にアナタの存在を侮らせることが出来たのは、嬉しい誤算です。』

「そうなんですか・・・?」

『はい。ここでアナタが決戦の時についてもらう極秘任務を伝えます。』

 

 

 

 

 

『アナタには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。』

(!!!)

 

 

突然告げられた浦原からの一言は、全くもって理解不可能なものだ。

本物の空座町?たった一人で防衛?訳がわからない。

 

 

『順を追って説明しますね。』

「すみません。全くもって意味が分からないので結構丁寧に説明してもらっていいですか。」

『しょ~~~がないっスね~~。』

 

 

間延びした浦原の声はおどけた様子を見せるが、決して隼人は心の姿勢を崩さない。

 

 

『今現在十二番隊に尸魂界のどこかに空座町の完璧なレプリカを作ってもらっています。』

「あっあれですか!そういうことだったんですね!!」

『まぁ予測が外れたらその仕事も無くなるところだったんですが、アタシの予測通りに事が進んでよかったっス。それで、現世の空座町をレプリカの空座町にすり替えます。』

「えっすごいですね。」

『うそ~~~!!なんてこった~~~~!!!!ぐらい驚いて欲しいっスねぇ・・・。』

「スケールが大きすぎて現実味ないんで驚けないですよ・・・。」

 

 

現世の一つの街を尸魂界にまるっと転送するなんて現実味が無さすぎるのだ。

涅マユリや浦原などの科学者なら出来そうではあるが、前例のないことをそんな簡単にこなせるのだろうか。

 

 

「っていうか、本当に出来るんですか?」

()()()()()()()()。』

「・・・なら大丈夫ですね。」

『納得して頂いて何よりです。』

 

 

昔も色々聞いたりしたことがあったが、しっかり言い切った浦原は必ず有言実行してきた記憶がある。こういう所で胡散臭いけれど信用できる男なのだ。

 

 

「あと、それで、何で僕一人なんですか?」

『隊長格を除いてアタシが信用できる実力を持った護廷十三隊の死神はアナタしかいません。副隊長の方も、雀部サンなら任せられますが、あの人は総隊長の側におつきになるでしょうし、アナタしか信用して任せられる死神はいないんですよ。』

「ちょ・・・ちょっと待って下さい。いくら何でも僕は隊長ほどの実力は無いです。隊長の誰かが代わりにいた方がいいんじゃないでしょうか?」

『大丈夫です。アタシ達が何としても向こうで止めるので。アナタには黒崎サンの友人と家族の保護をお願いしたいんス。』

 

 

そういうことか。それなら安心だ。

だが、束の間の安心はすぐに跡形もなく消える。

 

 

『ですが、崩玉と藍染が融合した場合、もうアタシ達に藍染を止めることは出来ません。殺すことも出来なくなります。』

「え・・・・・・。」

『そうなった場合、アナタは藍染とたった一人で戦うことになります。』

「!!!」

 

 

護廷十三隊全軍、更に浦原喜助ら101年前の元隊長格全員が揃って打ち倒せない敵を、ただの三席が止められるはずがない。

何のつもりで浦原は自分に任せるつもりなのか。

 

 

「む・・・無理ですよ・・・。僕がそんな、一人でなんて、」

『その場合、口囃子サンは藍染の足止めに徹して下さい。どんな手を使っても構わないです。何としても黒崎サンの友人の命を護って下さい。お願いします。』

「でも・・・どうやって・・・。」

『明日からそちらに鉄裁サンを派遣します。もう少し遅くなる予定でしたが、そうも言ってられなくなったので。』

 

 

それは非常に嬉しいが、先ほどの浦原の発言と矛盾している気がする。

自分の成長を不安に思っていたのに、なぜ鉄裁をこちらに送り付けてまで自分を成長ようとするのか。そのことについて聞くと、浦原は『やっぱりそこを突かれましたか・・・。』と呟いた後に答えを示した。

 

 

『結局精神論になってしまいますが・・・。真実を知り藍染と明確に敵対しているなら、もうアナタは向こうにつくことは無いでしょう。だったら、とことん成長させてやろうじゃないかァ!ってことっス!』

「ざっくりしてますね・・・。でもどれぐらいの力をつけさせるつもりなんですか?」

『それは明日鉄裁サンから聞いて下さい。決戦は冬だと思われるので、その間鬼道とアナタの始解に注力して鍛錬を行ってもらいます。』

 

 

早くとも11月。その時にはこの前まで全く技が通用しなかった藍染と再び戦うことになるのだ。

正直な話、何としてでも護廷十三隊全軍によって藍染を止めてもらいたい。自分には無理だ。

 

でも、あの浦原喜助に『アナタしか頼れない。』とはっきり言われたのだ。

藍染が最もと言えるほど警戒、敵視している男にそこまで言われちゃあ断ることは出来ない。

 

それに、101年前の元隊長にここまで信頼されるのは、個人的に非常に嬉しかった。

 

 

「・・・わかりました。やります。そこまで言われて断ることは出来ません。」

『ありがとうございます~!』

「でも、僕は護廷十三隊の皆さんが藍染を止めてくれることを信じていますよ。その前提で行きます。それだけは理解して下さい。」

『ええ。承知しました。』

 

 

何よりも握菱鉄裁から直接鬼道を教えてもらえるのは非常にありがたい。藍染との戦いのために効率よく実力を上げられると思える。

いつも鍛錬に付き合ってもらっている射場には大変申し訳ないが、暫くは他人に相手してもらうしかない。

そしてせっかく浦原と直接二人で話せる機会だったので、どうしても聞きたい情報があった。

 

 

「あの・・・拳西さん達って、今どこにいるんですか?尸魂界でも行方が知れないって言われていて、浦原さんなら知っているかなと思ったんですけど・・・。」

『知ってますよ。』

 

 

尸魂界の総力を挙げても見つからない彼らの居場所を、知っているとあっさりと答えた。

繋がりがあることに安心する一方、隼人は瞬時に正確な居場所を教えてもらうことは出来ないと悟った。

 

浦原にも聞いた死神がいる筈だが、それでも今まで居場所を掴めなかった以上、浦原は彼らに知らないと返答したことと同義だ。隼人にだけ特別に教えるという雰囲気にも見えない。

 

 

「・・・いいえ、これ以上は聞きません。」

『・・・察しがいいですね。ひよ里サンにバレたらアタシが相当怒られてしまうので・・・。大丈夫。もう少しで会えますよ。生き別れたおとーさんと100年越しの感動の再会っスね~!口囃子サンが号泣するところを録画しないと!!』

「泣きませんよ絶対に!僕の成長を拳西さんに見せつけないといけないので!昔みたいに泣いたりしませんから!残念でしたね!!」

『そんなぁ~撮れ高ばっちりっスよ。演技でも是非!』

「余計に無理です!とりあえず明日鉄裁さんのために七番隊の穿界門そちらと繋がせて頂きますね。僕の始解で浦原商店の座標は記憶しているので大丈夫です。あとはよろしくお願いします!失礼します!」

 

 

ブチッ!!と強引に通信を切ってしまったが、浦原の言いたいことは全て聞いたはずなので大丈夫。

だが、戦いまであと二ヶ月から長くても三ヶ月しかない。

この期間でどれだけ自分は力を伸ばせるのだろうか。九十番台も一つしか使えず、それも完全詠唱しないといけない程のレベルだ。藍染と渡り合うにはまずあの時の藍染のレベルに到達しないといけない。

 

通信後、首から下げたお守りを握り、新たに決意を固めた。

 

 

 

翌日。

京楽から浦原喜助の電話番号を教えてもらい、打ち合わせした上で穿界門に行き無事握菱鉄裁を迎え入れることが出来た。

珍しいもの見たさで八番隊の二人と浮竹が同伴していた。

 

 

「久しぶりだね。元大鬼道長さん。」

「これはこれは!お久しぶりです。京楽隊長、浮竹隊長。」

「七緒ちゃん緊張しないの。怖くないから大丈夫大丈夫。」

「べっ別に怖がっていませんよ!」

 

 

101年ぶりに来たからかやはり懐かしそうな目で尸魂界を見ている。

しかし出で立ちは昔よりも派手というか極端な見た目に変化していた。

 

 

「それが現世での服装かい?」

「ええ。今の私はしがない駄菓子屋の店員ですので・・・。」

 

 

しかし、しがない駄菓子屋の店員という言葉を二人は気に入っているのだろうか。やけにそう言いたがる。

見た目は、ピッチピチのTシャツにスラックス、『浦』と中央に記されたエプロンに髪型はおさげで眼鏡をかけているという、出オチ感の強いものに変貌を遂げていた。

 

昔は服で覆われていたため分からなかったが、メチャクチャムキムキだったのか。鬼道を扱うのに何か意外だ。

 

 

「お久しぶりです・・・。」

「口囃子殿、お話は聞き及んでいますよ。貴殿は藍染の死の偽装にお気づきになったとか。六車殿もさぞ喜んでおられましたぞ。」

「えっ。」

 

 

夜一の話では呆然としていたと聞いたため、失望されたかと思っていた。

 

 

「喜んでいたんですか!?」

「勿論です。夜一殿は伝える際に誤解させてしまったと仰っていましたぞ。・・・貴殿に原因があるとも呟いていましたが・・・。」

 

 

最後の呟きは小声だったので隼人には聞こえなかった。それ以外の居合わせた者には聞こえてしまったが。

 

 

「えーー!!!やったーーー!!!!!拳西さんに間接的に褒められた!!!!やったやった!!!!嬉しいなぁ~~!!」

「あれ、ボクが褒めた時そんなに喜ばなかったよね!?残念・・・。」

 

 

七緒が京楽を軽く慰めたが、京楽が七緒に過剰な反応を示す結果となってしまった。

 

 

「まぁ、彼には誰よりも六車さんの言葉が響きますからね。」

「そっか・・・じゃ、七緒ちゃんにはボクの言葉がい・ち・ば・ん・に・響いて欲しいなァ~♡」

「やかましいっ!!」

「痛い!!」

「伊勢副隊長も昔の矢胴丸副隊長に似てきたな・・・。」

 

 

隼人が昔みたいなオーバーリアクションで喜びを表現している一方で、厚めの本で殴られた京楽は哀愁漂わせてしょんぼりしていた。

浮竹の感想も全くもってその通りである。

 

 

「では私はこれで、口囃子殿、行きましょうぞ。」

「はい!よろしくお願いいたします!」

 

 

 

 

 

握菱鉄裁との鬼の(?)鍛錬が今日から始まる。

 



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修行

強烈な見た目に変貌を遂げた鉄裁に連れて行かれた場所は、双殛の丘の麓にある隠し部屋のような場所であった。

鉄裁が霊圧を込めて地面にある入り口を開き梯子で降りていくと、そこには余りにも広すぎる程の空間が存在していた。

 

 

「こっこんな空間が尸魂界にあったんですか・・・。」

「店長と夜一殿が大昔に創り上げられました。私達があの日ひと時逃げ込んだ場所でもあります。」

「・・・、その日にはまだ尸魂界に居られたのですか?」

「はい。三日後に現世に赴きました。」

 

 

それもこれも全て藍染の策略によるものだ。許しがたい。

拳を握り、怒りの表情を隼人は見せたが、鉄裁がそれを窘める。

 

 

「貴殿が気に病む必要は御座いません。その件は既に解決したことで御座います。今の貴殿が為すべき事は、鬼道の力をつけることです。」

「すみません。藍染が許せないのもあるのですが、何にも知らないでのうのうと生きていた自分自身が一番許せなくて。拳西さん達はあんなに苦しい思いをしてきたのに、今まで散々調べてきたのに、結局自分で突き止めることは出来なかったのです。藍染から知らされて、掌の上で踊らされていたように思えて、悔しくて許せないんです。・・・・・・って貴方にぶつけてもどうしようもないですよね。本当に申し訳ございません。」

 

 

何も言わず聞いていた鉄裁は、若輩者の青年に対し、ある言葉を授けた。

 

 

「百年経っても、貴殿は何も変わりませぬな。」

「・・・それ、夜一さんにも言われました。」

「余程六車殿への信頼の思いが強いのでしょう。御自身でも事件について調べていらしたとは。」

「・・・、」

「信頼する者への強い思い、それが貴殿の強みだと私は思いますな。」

(!)

 

 

前にも言われた。狛村だっただろうか。

先が見えず毎日泣いていた頃に言われて、嬉しいのと同時に自分の成長を見せつけることが出来なくて、悔しかったり寂しかったり色んな気持ちが駆け巡っていた頃だ。

 

あの頃はそう言われてもよく分からず保留していたが、今は素直に受け入れ、嬉しいという気持ちが一番強い。

 

 

「頑張って強くなってまた褒められないと。鉄裁さん、これから暫くよろしくお願いします。」

「承知!!」

 

 

いよいよ本腰を入れることになる。今までの射場との鍛錬とは別格の厳しさになるだろう。

まずはどこまで鍛錬するか、全体の概要を聞く。

 

 

「僕はどこまで力をつければいいのですか?予定とかあれば教えて頂きたいのですが・・・。」

「店長の実力以上、私に匹敵するレベルまで強くするようにと申しつけられております。」

「鉄裁さんに匹敵するレベルまでですか!?」

「同時に始解の能力の強化も行うよう店長は仰っておりましたぞ。」

 

 

浦原の鬼道はたしか当時でさえ護廷十三隊トップクラスの実力を持っていると聞いたことがある。

それと並行して始解の強化もやるのは、厳しいのではないか。どちらか一方の方がいい気がする。

 

 

「片方だけの方がいいんじゃ・・・鬼道だけの方とか!」

「店長の見立てでは、あと数回破面の霊圧を解析するだけで十分とのことです。破面が現世に出現した場合は涅隊長の元へすぐに向かわせます。私がお送りいたします。」

「中途半端になったりしま「よ・ろ・し・い・で・す・か・な?」

「はい・・・。」

 

 

覇気しかない顔で至近距離で見つめられてしまい、たじろぐどころの話ではなかった。

何で実力のある人達はこんなに押しが強いのだろう。正直このやりとり飽きるわ。

鉄裁の場合怖さはあんまりないが、逆らう場合ムキムキの身体で実力行使されそうなので素直に従う方がいい。昔の拳西のお仕置きを思い出してしまいそうだ。

 

 

高い目標を掲げつつ、鉄裁の押しの強い鍛錬は幕を開けた。

 

 

 

一方七番隊では。

 

 

「あぁ~!暇じゃ暇じゃ!!・・・口囃子は人脈があって羨ましいのう・・・。」

 

 

暇を持て余していた射場が鍛錬相手を探すも、誰も相手してくれず手持無沙汰になっていた。

鉄裁との特別訓練の話を聞いた後、まずは修兵の元へ寄ったが、

 

 

「瀞霊廷通信で忙しいんで今は無理っすよ。」

 

 

と断られ、吉良の元へ向かうと、

 

 

「隊長権限代行の仕事があるので暫く僕は無理です。ごめんなさい。」

 

 

と典型的な文章で断られてしまった。

 

 

十一番隊の三席と五席、阿散井は現世出張を続けており、気安く相手してくれる死神はもういない。

大前田はあまりにも系統が違うためダメ、雀部は仕事が多いためダメ、さらに自分の仕事は既に終えてしまったので、本当に何もすることが無くなってしまった。

そのため、いつもなら決して頼まないお願いをすることになってしまう。

 

 

「隊長・・・儂に、仕事を下さい!!お願いしやす!!!」

「済まんが、儂も仕事を終えて少々暇をしておる。鉄左衛門、身体を動かさないか?」

「ありがとうございます!!!!」

 

 

嫌々ながら仕事をやる方がマシだと思っていたが、まさか鍛錬に誘ってもらえるとは有り難い。

隊長と直接戦うなら学習できることもたくさんあるはずだ。

 

と思っていたが。

 

 

「今日の儂は本気でいくぞ!!卍解!!黒縄天譴明王!!!」

「え・・・隊長・・・儂、」

「何、お前は暇そうにしていたからな。これぐらい手応えある方がいいだろう、鉄左衛門!正々堂々かかってこい!!!」

「お・・・・・・押忍!!!!!!」

 

 

もう二度と狛村の前で暇そうにしないことを射場は誓った。

 

 

 

 

「――――破道の九十 黒棺!」

「ふむ・・・。」

 

 

まず発動可能な全ての鬼道を鉄裁に見せ、カリキュラムを決める。

九十番台の鬼道はやはり難しい。

あの旅禍に放とうとした時は珍しく上手くいったが、それも阿散井の介入で止められてしまったため、不完全燃焼で終わってしまっている。

先ほど放った黒棺は、詠唱したにも関わらず発動途中で砕け散ってしまった。

 

 

「では『五龍転滅』は出来ますかな?」

「あーすみません、それはやったこともないです・・・。」

「なるほど、畏まりました。」

 

 

鉄裁は自分の中で結論づけ、隼人にカリキュラムを伝えた。

 

 

「口囃子殿は半月以内に九十番台の鬼道の完成を目標にして下さい。」

「半月以内!マジですか・・・。」

「心配御無用。私の見立てでは実現可能です。詠唱破棄をした上での発動は出来るようになるでしょう。」

「詠唱破棄で九十番台ですか・・・。」

 

 

あの場にいた一護らの話を伝言の形で聞いた話だが、藍染は詠唱破棄の黒棺で狛村を圧倒したそうだ。

要するに、()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

少し考えはしたが、もう迷いはない。

 

 

「分かりました。やりましょう。」

「全力で貴殿の覚悟にお応え致しましょう!」

「本当に僕みたいな若輩者に・・・ありがとうございます。」

「・・・貴殿が藍染の死体の偽装を見抜いたおかげで、私は今此処で貴殿に私の技術の真髄を伝授出来る。これほど喜ばしいことは御座いません。これは私の感謝、そしてそのお返しだと思ってください。」

 

 

技術の真髄を教える。ということは、鉄裁本人は参加しないという事なのか。

ひょっとしたら技術面のサポートを行うのかもしれない。結界とか張るのだろうか。

というかほんと、そんなに感謝されるようなことしてないのに。浦原も鉄裁も仰々しいことこの上ない。

 

 

「では九十番台に手を付ける前に、まず六十番台から八十番台までの鬼道をたくさん打ち、身体を慣らしていきましょう。最後に九十番台の鬼道を一つ私に向けて打って下さい。私の全力の断空にヒビを入れられることが出来れば目標達成です。宜しいですかな?」

「はい!お願いします。」

「ではまずは結界を張らせて頂きます。ぬん!!!」

 

 

鉄裁が声を上げた途端、五重の結界が二人の周囲を覆う。

 

 

「これほどの結界では、足りませぬかな?」

「十分だと思います。どうせなら『足りねぇな!あと十個かけろ!!』って言いたかったですね・・・。」

「黒崎殿ならそう仰ったでしょうな。では――――」

 

「縛道の八十一 断空!!!!」

 

 

鉄裁の断空は藍染のものに比べると薄いように見えるが、その分密度にこだわっている。

隼人が自分で扱う断空に比べると、きめ細やかな繊維のような模様すら見えてくるほど密度が濃く、非常に完成度の高い鬼道だ。それほどのクオリティの鬼道をを詠唱破棄で扱えるのは今の護廷十三隊に誰もいない。

 

 

「ではまず!!縛道の六十二 百歩欄干!!!」

 

 

ここ数日の鍛錬のおかげで、以前完全詠唱で一護に向けて放ったものと同等の威力のものを詠唱破棄で出せるようになった。

今回は鉄裁が作り出した壁の範囲分を、さらに殺傷力の高い光の棒で当てていく。

副隊長程度なら避けることすら不可能な程の速度と威力だったが、鉄裁の作る壁には傷一つつかず、それどころか光の棒は当たった途端に粉々に砕けてしまった。

 

もちろんそれが想定内だ。

 

(やっぱり想像通りの硬さだな・・・。いや、それ以上か・・・。)

 

次の手を考え、即座に行動に移す。

 

 

「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 蒼火の壁に双蓮を刻む 大火の淵を遠天にて待つ」

 

「破道の七十三 双蓮蒼火墜!!」

 

 

完全詠唱で掌から放った炎と同じスピードで前進し、次は至近距離で鬼道を直接叩き込む。

本来遠距離から打つものだが、やはり至近距離だと制御しやすいのでより力を籠めることができる。

 

 

「破道の七十八 斬華輪!!!」

 

 

掌をすり合わせた後左右に手を広げ、今回は一つの大きな刃を生み出して壁に当てる。

本来京楽や浮竹など二刀一対の斬魄刀の持ち主が剣先に霊圧を込めて扱うものだが、手でやればいいじゃんと安直に考えた結果上手くいったため、隼人もこの技を使うようになった。

浮竹曰く、手でこの鬼道を使うのは普通なら非常に危険らしい。一体何故うまく扱えるのかは隼人自身にもよく分かっていない所がある。強力だからいいけど。

 

双蓮蒼火墜と立て続けに放ったため、結界が二つほど耐えられず消えてしまった。

 

 

「やはり結界が少し消えてしまいましたか・・・。しかしまだまだ、口囃子殿!壁には傷一つついておりませぬぞ!!」

「わかっていますよ!破道の八十八 飛竜撃賊震天雷砲!!!!」

 

 

藍染に全く通用しなかった鬼道。悔しくて悔しくて、特に何度も練習をした。紺碧の波動を放ち、結界は全て吹き飛んでしまった。

 

もちろんこれでも壁はびくともしない。

 

 

しかし、鉄裁はタイミングを逃さなかった。

 

 

「今です!!!九十番台の鬼道を!!身体を慣らした貴殿ならば、私の壁を打ち破ることも可能!!」

「分かりました!!」

 

 

黒棺だと鉄裁を巻き込んでしまい本来の目的から逸脱してしまうので、阿散井によって不完全燃焼となってしまったあの技にする。

 

 

「千手の涯 届かざる闇の御手 映らざる天の射手 光を落とす道 火種を煽る風 集いて惑うな我が指を見よ 光弾・八身・九条・天経・疾宝・大輪・灰色の砲塔 弓引く彼方 皎皎として消ゆ!!」

 

「破道の九十一 千手皎天汰炮!!!!」

 

 

無数の光の矢を鉄裁目がけて放つ。鬼道をたくさん使って術を使う身体に慣らしたからか、前の不完全燃焼で終わった時よりもさらに威力が上がっている。これだけで自身の成長を感じることが出来た。

 

既に結界が崩れていたせいで、周りの岩山も霊圧で吹き飛んでしまった。足りないって言えば良かっただろうか。怒られても知らないけれど。

 

肝心の壁だが、鉄裁の読み通りヒビを入れることが出来た。ほんの僅かであったが。

ただ、なぜか眼鏡が割れていた。

 

 

「どうやら私の眼鏡は無事で済まなかったようです・・・。」

「えっ!やばっ!!すみません!!せっかくの眼鏡が・・・。弁償します!」

「心配御無用。替えはたくさん持ってきております。」

「いや、多っ!!」

 

 

鉄裁が持ってきて開いたアタッシュケースの中には、全く同じ眼鏡がズラーーーっと並んでいる。

衣服よりも眼鏡の方が多そうだ。普通逆だろ。何かがズレている。

 

 

「素晴らしい出来栄えです。これなら修行を前倒ししてもよさそうですな。」

「ありがとうございます。でもちょっとしかヒビ入りませんでした・・・。」

 

 

改めて見ると、中心部に僅かに亀裂が入っている程度だ。

だが、それでも鉄裁にとっては十分というか、予想以上だったらしい。

 

 

「いえ、最初にヒビを入れろと私は申しましたが、実は努力目標のつもりだったのです。それがまさか、本当にヒビを入れてしまうとは・・・。」

「でも僕はまだ納得いかないです!もう一回やりましょう!!いいですか?」

「貴殿が望むのであれば!次は黒棺で壁にヒビを入れて下さい。結界も、十五個張らせて頂きます!」

「はい!!」

 

 

鉄裁との鍛錬は、まだまだ続く。

 



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キャラ崩壊

鉄裁と修行を始めて十日ほど経った。鬼の鍛錬のおかげで何と九十番台全ての鬼道を詠唱破棄で発動できるようになったのだ。

威力が追い付いてないためいつもしっかり詠唱した上で扱っているが、実質護廷十三隊トップクラスの力を持っていることになる。

 

 

「ふひー疲れた・・・。」

「いい調子ですな。これならより濃密な修行を行えましょう。さささ、お昼に致しましょう。お弁当ですぞ。」

「ありがとうございます・・・。」

 

 

このお弁当、美味しいのだが、何故かこのタイミングで鉄裁がピンクのフリル付きエプロンに着替える理由が分からない。

最初の頃は儀式とか言って裸エプロンだったため、それよりはマシである。

あの時は久々にドン引きしてしまった。

今でも引き攣った笑顔で弁当を受け取らざるをえない。

 

奇しくも全く同じエプロンを拳西も愛用しているのを、今の隼人は知る由もない。

 

 

「お味はどうですかな?」

「いつも通り、美味しいです・・・。」

「私も以前現世で花嫁修業を行っておりましたので、家事全般得意になりまして・・・。」

 

 

その顔で花嫁修業とか言わないでくれよ。圧が強すぎるよ。

というか鉄裁を花嫁にするなんて相当な変わり者だ。

 

 

「貴方を花嫁にする人はいらっしゃらないかと・・・?」

「いえ、将来は専業主夫にでもなろうかと。」

「そっちかい!!!って、働くつもりないんですか・・・。」

「家事も立派な仕事ですぞ。イクメンにでもなりましょうか・・・。」

「いっイクメン・・・?」

 

 

鉄裁の言葉は確かに理に適っているので否定するつもりはない。

っていうかイクメンって何だ。また何かカッコいい男の人でも指す言葉なのか。これは修兵案件だ。後で聞きに行こう。

 

 

「午後からはどういった修行をするつもりですか?」

「午後にはある詠唱にまつわる技術を・・・」

 

 

鉄裁が話している途中で、伝令神機に着信が鳴った。

電話を掛けて来たのはもちろん、涅マユリ。

最近あまり破面が出てこなかったが、痺れを切らしたのか久々に現世に到来したと電話が来た。

 

 

「お送りしましょう。」

「よろしくお願いします。」

 

 

久々に始解をすることになる。鈍っていないだろうか不安だ。ずっと鬼道の練習しかしてこなかったので、斬魄刀にしっかり触れることも最近はあまり無かった。

とにかく早く着きたいので鉄裁に送ってもらうが、一体どんな方法か。何か器具でも使うのだろうかと考えていたが。

 

 

「では、失礼。」

「えっ、ちょ、ちょっと!!!」

 

 

非常に恥ずかしい状況に立たされてしまった。

いや、抱えられてしまったと言うべきか。

いい年をした男が、よりによってお姫様抱っこをされるなんて考えもしなかった。

しかも超強面の鉄裁が猛スピードで走り抜けながら十二番隊へ向かっているため、見た者は皆唖然としてしまう始末だ。

瞬歩だったら見られることもなかったのに。狙われたか。

 

数人の副隊長に見られたのが死ぬほど恥ずかしい。穴があったら入りたいとはこういうことだったのか。

 

 

「反応です!反応ありました!」

「限定解除は!?」

「許可済みです!」

「何色だ!!」

「紅色反応・・・十刃です!!」

 

 

十二番隊はいつにも増して忙しそうだ。

いつもよりかなり早めに着いたことはマユリに褒められた。

 

 

「随分と早く来たものだネ。握菱鉄裁がいる以上当然ではあるが。中々滑稽な到着だったヨ。」

「見なかったことにしてください・・・。」

「喜べ口囃子。今回は皆濃い霊圧をもっている。非常に観察のしがいがあるヨ・・・。早く始解して調査を始め給え!」

「わかりましたよ・・・。」

 

 

全くこの人は本当に自分を道具としか考えていない。そこが浦原との決定的な違いだ。

まぁ冷酷だからこそたくさん研究して色々役立てることも出来るのかもしれないが。

 

今日は四体。二体は以前も現世に襲撃しに来たことのある破面であり、最初にちゃちゃっと調査すれば良い。

以前マユリが興味を示した、一護の元へ今まさに向かっていると思われる破面は何故か片腕を失っており、失望したマユリは急速に興味を失っていた。

 

 

「フン、興覚めだ。いつの間にか片腕を失っているとは。東仙要にでも斬られたか。」

「・・・、」

「画面を変えろ。」

「畏まりました、マユリ様。」

 

 

ネムが画面を変えると、日番谷らが戦っている場面に移る。

 

 

「あれも、十刃ですか・・・。」

「フム、それにしては些か迫力に欠けるネ。対策は容易に思いついてしまうヨ。」

「・・・、」

 

 

マユリの洞察力は凄まじく、画面越しに見ているだけでいくつもの敵への対策法を考えている。

隣にいる鉄裁も何も言わず画面を見ているが、自分なら容易に倒せるからか、全く動揺をみせていない。

 

 

「まぁ、それも私の頭脳があるからこそ為せる業であるが、副隊長以下であれば厳しかろう。つまらないものだネ。解析は進んでいるかネ?」

「はい、何とか。日番谷隊長も押されているようですね・・・。」

 

 

他の副隊長や席官は皆破面の生み出した触手のような腕に捕らわれている。

万事休すか。限定解除も既に通っている以上、日番谷がどうにかしないと最悪の事態になりかねない。

中央にある大画面から目を逸らし、別の小さな画面に目を向けると、この緊急事態を察知したのか、実力者が参上した。

 

 

「あ、浦原さんだ!」

「む。」

「ちっまたか・・・。まぁいい。お手並み拝見といこうかネ、浦原喜助・・・!!!!」

 

 

苛立ちで歪みそうなほどの醜悪な笑みでマユリは今回も浦原を敵視している。

 

だが、今回の浦原はかなり劣勢に立たされている。

破面から何度も霊圧の塊のようなものを打ち込まれており、副隊長程度の実力なら死んでいてもおかしくない。

 

しかし、相手はあの浦原喜助。()()()()()()()()()()()()()()

敵はどうやら力任せの脳筋に見えたので、浦原を出し抜くことはまず不可能だ。

映像では何度も浦原が殺られているように見えるが、一体どんな策を使っているのか。

その解答は直ぐにもたらされた。

 

 

『ケータイ用義骸っス!』

 

 

いち早く反応したのはやはりマユリだった。

 

 

「何!?!?!?携帯用の義骸だと!?!?そんなもの使っては著しい魂魄の消耗で戦闘など不可能な筈だ!何度も義骸に出入りすればそれだけリスクが高まる!」

「そうなんですか!?義骸って短い時間に何度も出入りするなとは聞いてましたが・・・。」

「まさかあの男はそのリスクすら克服したとでも言うのか・・・!!!本当に気に喰わない男だヨ・・・!!!!」

 

 

何か、この映像をマユリが観ているのを浦原は知っていてわざと見せびらかしているような気がする。

鉄裁に聞くと、「私は何も知りませぬ・・・。」と黙秘されてしまった。なるほど、そういうことか。

 

 

「映像は録画してあるから奴の技術を私が()()優れた形でリメイク(改良)するのは造作もない。私に見せびらかしたことを後悔するがいい、浦原喜助!私は貴様を超えてみせるぞ!!!」

「はい、マユリ様。」

 

 

最早霊圧の解析どころではなくなってしまった。マユリとネムは研究室に閉じこもってしまい、技術開発局の面々が忙しく機械を動かしている中、鉄裁と隼人は二人ただ座って映像を観ているだけになっている。

その後の浦原は相手の技を相殺して完全に消し、優位に立っていることが分かった。あの破面も非常に相手が悪い。

 

日番谷も卍解を使って饒舌な破面を氷漬けにして倒したようだ。やはり隊長。破面如きに負けるような実力ではない。

もう一体の破面は飛んでいる虫にご執心のようであり、振る舞いからして未発達状態の破面と思われるので、ちゃちゃっと霊圧を解析してあとは気にも留めなかった。

 

黒崎一護の所に映像を変えてもらおうとしたら、隣で何も言わなかった鉄裁が急に動きを見せた。

 

 

「では、私は一旦現世に戻ります。明日には戻ります故、暫し本来の職務に戻って下さいな。特例で貴殿の修行を行わせてもらっておりますが、偶には仕事に戻られるべきです。」

「えっそうですか。しかし何故突然・・・。」

「心配御無用。彼らの治療を行うために現世に戻ります。では御免!!」

 

 

と言った後、やはり今回も瞬歩ではなく猛ダッシュで十二番隊を後にした。

その話を聞いていたなら穿界門も用意してあげたのに・・・。と残念がっていたが画面から意識を逸らしていたせいで戦況の把握を完全に忘れてしまっていた。

 

気付けば、破面は全員いなくなっている。

 

あれっいつの間に!と声を上げたら、阿近に「反膜が出てアイツら撤退したぞ。見てなかったのかよ。注意力無えな。」と中々辛辣な返答が返ってきた。

ついでにお馴染みのレポート用紙を渡され、いつものように空欄を埋めていく。

 

 

「あの・・・これって役立っているんですか?」

「あぁ、隊長は結構参考にしてるぞ。機械には見えない破面の特徴が見えてくるっつってたな。」

 

 

正直参考にしていいのだろうかとこちらが悩んでしまう。

かなりお粗末な文章かつほとんど箇条書きなので、明らかに大人の書く報告書向けの文章ではない。

刺すような霊圧だ、とか、力任せに霊圧を振るっているため、消耗限界を気にする必要がある、など、マユリが考えていてもおかしくない内容ばかりなので、時々ここで解析している意義が掴めなくなる。

参考にしてくれているなら嬉しいが、正直この結果を大々的に隊主会などで皆に伝えられると恥ずかしい。

 

今回も子供じみた文章になってしまったが、阿近に渡すと興味深そうに見ていた。

 

 

「へぇー。お前の視点で破面を見るとこうなるのか。隊長が参考にする理由も理解できるな。」

「えっあの・・・どういう点で参考になるんですか?」

「俺達は()()()()()()()()()()()()()()。数値は裏切らねぇけど、お前らがぱっと数字を見ても分かんねぇだろ。だから、お前はある意味俺達が導き出した数値を分かりやすく他の隊に伝える役割を持っている。このガキ臭ぇ文章もある意味助かってると思うぜ?」

「ガキ臭いって・・・すげぇショックです・・・。」

 

 

最後の阿近の言葉は酷く癪に障りショッキングなものだが、阿近の言う事は確かに合っている。

細かい数字で強さを見ても普通の死神が分かる筈ない。

なるほどそういう使い方で調査に協力していたのかと感心させられた。

だが一つ気になる点がある。

 

 

「皆に伝えるって・・・まさか、隊主会に僕の書いた内容が伝達されているんですか・・・?」

「当然だ。そっくりそのまま引用してるっつってたぞ。優れた()()()の論文は正しい体裁で引用がウチのルールだからな。」

「最悪だ・・・。」

 

 

十数人の隊長相手に教養の無さを晒しているようなものだ。

擬音とか使って表現したりするためイメージは掴みやすいだろうが、公的な場に到底ふさわしいとは言えない。

そういえば前狛村と話をした時に子どもを見るかのような眼差しで顔を見られた気がする。

こうなったらもう現世に共有されていないことだけを祈ろう。

 

書き直すつもりで紙を阿近から奪い返そうとしたが、隊長に渡しとくぞと言われ今回も強制的に持っていかれた。

今回も恥ずかしい作文が広まってしまうのか。これも穴があったら入りたいぐらいに恥ずかしい。

ゾゾっとした、とか、ぐわぁーーっと霊圧が来た、とかいつにも増して酷いので、黒歴史確定。

 

 

「あぁ~あ・・・やっちまった・・・。」

 

 

一人呟き頭を抱えて落ち込んでいると、突然悲鳴が聞こえてきた。

 

 

「わぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!」

「なっ何!!」

 

 

この声は壷府リンだ。別室から聞こえてきたので、急ぎそちらに向かう。

ドアを開けると、彼は探し物をしているように見えた。

 

 

「そんな悲鳴あげてどうしたんだよ?」

「あ、すみません、大したことではなくて・・・。口囃子さんに用意したおやつが無いんです・・・。」

「えっ?」

 

 

何だそんなことか。正直昼飯の後からそんなに時間が経っていないので、別に今回は必要ない。

大事だと思ったのか、マユリまで来てしまった。

 

 

「何だネ、五月蠅いヨ。私の研究の邪魔をするつもりか。」

「あ、えっとですね、ここにおやつが置いてあったみたいなんですが、知らないですか?」

「そんなの私が知る訳ないだろ。(ブゥ。)」

 

 

こ、この音はまさか。

予感的中し、数秒後にはほのかに臭いにおいが隼人まで漂ってきた。

静かな中でオナラの音が響いてしまったので、隠すことは出来ない。

十二番隊の皆はきょろきょろしながら誰だ誰だと犯人捜しを始める。

 

 

「ね、ねえリンくん。おやつってもしかして・・・。」

「焼き芋です。上手くいったと思ったんだけどなぁ・・・。は~残念・・・。」

「早く解散し給え。口囃子、レポートを提出したのか?」

「阿近さんに渡しましたけど・・・。」

「なら今日はもう用はない。は、早く帰ってくれ給え。」

 

 

気持ち速めのスピードで出ていきバレずに済んだマユリは誰にも見えない所でホッと安心していた。

 

ホッとしていた所は見ていないが、隼人は真犯人に気付いてしまった。

いつもと違い言葉尻にわずかながら動揺を見せた犯人は、すぐにその場を立ち去ったあの男。

 

(涅隊長・・・あなたがそれをやっちゃダメだよ・・・。)

 

生理現象なので仕方ないが、キャラに合わないことはするべきじゃない。

 



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緊急事態

誤字報告して下さった方、ありがとうございます!修正させて頂きました。
以後気を付けます・・・。


気付けばもう十月を過ぎていた。

マユリオナラ事変のあとに修兵と吉良に飲みに誘われたが、散々な目に遭った。

 

 

「いや~俺達隊長権限代行になりましてね!!そりゃあ忙しいんすよ!!!」

「そうですよね!檜佐木隊長権限代行!僕も仕事が増えて忙しいんですが、何故か充実感あるんですよね!ね!!!」

 

 

ニィッと笑いながら示し合わせたかのようにこちらを見てくるのが小憎たらしい。

まだ狛村が隊長に就いていなかった頃自分も同じ役回りを行っていたが、そんな大層な名前は付けて貰えなかった。それを知ってか知らずか、アピールしてくるのが腹立たしい。

 

 

「ふ~~ん、よかったね~~~~。」

「どうっすか!俺たちが羨ましくないんすか~~~?」

 

 

苛立ちを助長させるためか、修兵はやけに近づいて挑発的な顔を見せている。個室の一番奥の隅っこに座っているせいで逃げ場がない。一体何故こんなにこの二人は挑発的なのか。

 

理由は、ここ最近隼人が仕事に顔を見せず鍛錬に勤しんでいるからであった。

仕事が早い射場は鍛錬が終わると何度も修兵と吉良を打ち合いに誘うため、彼らは理由を聞いたらしい。

その際の射場の説明の仕方があまりよくなかった。

 

 

「実は、口囃子が100年前の大鬼道長直々に暫く鍛錬を行うことになってのう・・・。儂らただの副隊長は人脈ないけぇ羨ましいんじゃ!!うおおおおおおお!!!!」

「なっ・・・!」「そうだったんですか・・・!」

 

 

盛大に男泣きをする射場に男性死神協会所属の二人(単純な男共)はいとも簡単に心打たれてしまった。

射場は単に暇しているだけだが、修兵と吉良は抜け駆けした隼人にずるいとでも思ったのだろう。あまりいい気分にならなかった。

そんな折、二人に隊長権限代行の話が来た。

これはあの先輩を見返すチャンスだ。射場の仇を打とうではないか。

仇もクソも何もないのを二人は知らず勝手にヒートアップして隼人を飲みに誘い、今に至る。

 

 

「それで?何か変わったことでもあるのかい。」

「皆さんからの見る目が変わりましたね。僕達権限代行のオーラがそう言わせているのでしょう。」

 

 

おい吉良。お前はすました顔でそういうこと言うキャラじゃないだろ。酒はこうも人を変えてしまうのか。

 

 

「俺は隊主会でいつもより半歩前に立ってますよ!他の副隊長より前に立つのが快感っす!」

「あっ!それ僕もやってますよ!!」

 

 

小っさ!!!いや見栄の張り方小さすぎるだろ!!せめて隊長と並んだって言えよ!見かけによらず小心者だなオイ!!

 

あまりにも残念すぎる。これでは単に仕事増やされただけではないか。

予想はしていたが、完全に乗せられて浮かれさせたついでに仕事も増やしてやった感じだろう。いいカモだ。泣けてくるわこんなの。

 

 

「へーよかったねー。」

「む。何すかその目。さては俺達に嫉妬してるんじゃないですか~?」

「やっぱ口囃子さんは何十年もず~~っと()()()()()()()!僕達()()()の気持ちは分からないですよ!ね~檜佐木さ~~ん!!」

 

 

ダメだ我慢ならん。

存外キレやすいことに無自覚な隼人は、静かに二人の目を覚まさせることにした。

 

 

「そうだね~~。隊長権限代行という字面に騙されて給料も変わらずに余計に大量の仕事を押し付けられてしまった残念な副隊長様には三席の僕の気持ちなんか分からないよね~?」

「え・・・あ、あの、」

「あと隊主会で半歩前に出ただけで有頂天になるとかガキかよ。小せぇよ喜ぶ所がよぉ。見栄張るならもっとマシなことしろよ。あとさぁ君達に対して哀れみの目を向けているのは最近外に出ていなかった僕でもわかるよ?他にもさぁ」

「「大変申し訳ございませんでした・・・。」」

 

 

これで大丈夫だ。しばらく調子に乗ることはない。

何故こんな挑発ばかりしたのかの理由も聞き、酷く驚かされることとなった。

 

 

「羨ましかったのかい?」

「そうですよ!口囃子さんだけ特訓なんて!ずるいっすよ!!」

「口囃子さんはいいですね、人脈があって。」

 

 

ジト目で吉良から言われたことは、正直否定できない。

この際使えるものは使えと浦原からも言われているので、鉄裁による鍛錬が実現しているが、たしかに隼人は昔から謎に顔が広い。

小さい頃は引っ込み思案のクセに好奇心旺盛という矛盾した性格だった気がするが(正直よく覚えていない)、不思議といつも大人たちに囲まれていた記憶がある。

 

それもこれも全て拳西のおかげであるが、その時繋がった縁がこうして今役立っているのは非常に嬉しいことでもある。

 

何か二人とも紹介してほしそうな顔をしているので、明日でも射場含めて連れてってみるか。

 

 

「わかったよ。明日休みでしょ、だったら一回おいで。」

「いいんすか!?」「ありがとうございます!!」

「でも覚悟はした方がいいよ。何せ僕は休日返上で毎日鍛錬してるんだよ。ついていくのも大変だよ。」

「「頑張ります!」」

 

 

そんなことになってしまい、すぐに飲み会は終わって三人とも帰り、翌日は更に射場を含めて四人で秘密の空間にやって来た。

休みの日なのに皆死覇装を着て準備万端である。電話で鉄裁に伝えて了承は得ているので、一日体験は無事に行うことが出来る。

 

 

「瀞霊廷にこんな場所があったとは・・・。」

「儂も初めて知ったぞ・・・。」

 

 

三人とも半月ほど前の自分と全く同じ反応をしたのが面白い。いや、誰だってこんな反応するか。

崖から飛び降りて下まで行き、鉄裁がいるか霊圧で確認する。

まだ来ていないようだ。朝には戻ると昨日電話で伝えられたので、何かあったのだろうか。

 

 

「ごめん、朝には戻るって聞いてたんだけど、まだ来てないや。」

「重鎮は遅れてくるモンっすよ!」「どんな人だろうな~楽しみだな~!」

 

 

後輩二人にめちゃくちゃ期待されてる気がするけど大丈夫なのだろうか。

射場は母親から鉄裁について聞いているからか何も言わない。あのキャラの強さも知っているのかもしれない。

 

数分後。

けたたましい音を響かせて入り口が爆発したあと、土煙を上げながら全力ダッシュで駆けてくる人影が来た。

 

彼こそが握菱鉄裁。

 

信じられないスピードで隼人の目の前まで猛ダッシュした後、慣性の法則を無視してピッタリと止まった。

 

 

「口囃子殿、緊急事態ですぞ!!」

「え!?緊急事態って「急ぎご自宅までお送り致します。」

「あ、それならこの前みたいな「問答無用!!!!」

 

 

急転直下、鉄裁に何故か自宅まで送られることになった。

以前と全く同じ方法で。

 

 

「だから何でその運搬法なんですか!」

「申し訳ございません。皆さんも一度隊舎にお戻りください。隊長権限代行のお二方は一番隊へお向かい下さいな。では暫し失礼!!!」

 

 

話を聞いて下さいよ~~~!!との叫びもむなしく、またまた恥ずかしい思いをしてしまいそうだ。

呆気に取られた三人も、とりあえず鉄裁の言葉に従い、それぞれの場所に戻ることにした。

 

 

自宅に戻ると、ピンポン玉の通信機器の電源を急いで鉄裁が点け、浦原と連絡を繋ぐ。

自分が苦戦した機械に対しいとも簡単に電源を点け、通信を繋いだのが少し解せない。

 

 

「店長!よろしいですぞ!!」

『は~~い。』

 

 

室内だろうとお構いなしに帽子を被っているこの男は今日も平常運転だ。

 

 

『お久しぶりっス!!どうですか?鍛錬の調子は?』

「ぼちぼちです。九十番台詠唱破棄は出来る時と出来ない時があるので・・・。」

『それならもう十分っスね。鉄裁サン、カリキュラムのフェーズを上げましょう。』

「承知!!」

 

 

フェーズ?何だかよく分からない言葉だ。

相変わらず横文字に弱い隼人は二人の言ってる言葉の意味がよく分からない。

その後も尸魂界にいる隼人には魔訶不思議な言葉の数々が続き、鉄裁は問題なく意思疎通している。

 

 

「あの、何を仰っているのでしょうか?」

『こうすれば、悪の組織の秘密会議みたいでかっこいいでしょ?暗号じみてていいじゃないっスか!』

そちら(現世)の常識をこっち(尸魂界)に持ち込まないで下さい!!もう!」

『アッハハ。これは失敬失敬。』

 

 

こんなもの常識でも何でもなく浦原の悪戯にすぎないのだが、隼人には知る由もない。

毎度の如く何故わざわざ呼びつけたのかを浦原に尋ねると、彼ははぐらかすことなく単刀直入に真実を告げた。

 

 

『井上織姫サンが虚圏に誘拐されました。』

(!)

 

 

確か数日前から彼女は尸魂界にいた筈。朽木ルキアと共に修行を行っていたのを修兵が見かけたと昨日飲み会で聞いたのだ。

それが何故誘拐されたのだ。そもそも何時誘拐されたのか。

 

 

『尸魂界から現世に移動する所を狙われました。』

「うわっマジですか・・・しかし何故彼女が狙われたのでしょうか?戦力の話なら黒崎一護を無力化するために連行する、という話なら理解できますが・・・。」

『彼女の能力っス。』

(!)

 

 

見覚えがあった。

隼人の目で見たものは、簡易的な結界?のようなものを張って、こちらの攻撃をいとも簡単に防御する術。

そして、驚異的な速さで味方の滅却師の傷を癒す力。

確かに変わった術だが、藍染は何故拐かすことを画策する程狙ったのか。

その事についても聞くと、次もはぐらかすことなく真摯に答えてくれた。

 

 

『アタシの見立てでいくと、彼女の術は()()()()()。神の領域をも覆す程の力です。』

「神の領域って・・・!」

『まぁ今の彼女ではせいぜい傷を治す位の力っスよ。ですが、成長したら死者を蘇らせることも出来るかもしれない。それ程に希少かつ強大な力なんス。・・・・・・アナタの力に比べたら彼女の力もひよっこですがねぇ・・・。』

 

 

最後に浦原は何か呟いていたが、通信のため何と言っているのか正確に分からない。

 

 

「ん?何か仰いましたか?」

『い~~え~~何でも!とにかく、繰り返し伝えますが、アナタは絶対に尸魂界から出ないで下さい。尸魂界にいれば、アナタが単独で狙われることはないでしょう。相手もまだそこまでの戦力は持っていないと思われます。』

「わかりました・・・。」

『それじゃ!修行頑張って下さい!!さよ~~なら~~~!』

「えっちょ、ちょっと!」

 

 

ブチッと突然通信が切れてしまったため、掛け直すのもためらわれた。陽気に振る舞っていたが、忙しいのかもしれない。

こちらから何度かかけても出た試しがないので出てくれるなんて期待はしていないが。

 

 

「とまあ、緊急事態ですので、修行もよりハードなものに致しますぞ。」

「わかりました・・・。」

「しかし・・・貴殿の自宅もなかなか・・・。」

 

 

と言いつつ、鉄裁はあらゆる所を物色し始めた。

見られたら恥ずかしいものを何も置いてはいないが、何だか不覚を取りそうで恥ずかしい。

際どいところばかりに目線を向けているのが気まずい。

 

 

「え、ち、ちょっと!あんまり本棚の隙間とか見ないで下さい!せっかくシリアスな雰囲気出してたのに!!」

「健全な男子たるもの、破廉恥な本でも置いていないかと思いましたが、何もないようですね。残念です。」

「いいじゃないですか!!ある意味健全ですよ!!っていうか、貴方そういう事調べるような人じゃないですよね!!」

 

 

柄にもないことを始めたからには、大体その人物の裏に黒幕がいるものだ。

もちろん今回もそうである。

 

 

「さる御方から調べるよう頼まれましたので・・・」

「誰ですか、浦原さんですか!!」

「口外厳禁!黙秘します。」

「あ゛あ゛ぁーーーもう!!!・・・ってまさか!!拳西さん!?!?!?」

「・・・・・・。」

 

 

何だその顔は。なぜ冷や汗を流す。何故目線を逸らす。

当たっているのか。いやでももし拳西が今も尸魂界に普通にいたとして、さすがにそういう相談は出来ない。なんというか、これは個人の問題だ。

 

 

「信じられませんよもう!!いくら親でもそんなこと相談できないっつーの!!鉄裁さん!鍛錬に戻りましょう!」

「畏まりました・・・。」

 

 

ちなみに、真の黒幕はもちろんリサであった。

 



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空間転移

もうさすがに嫌だったので、鍛錬場に戻る際は普通に歩いていくことにした。

さっきは途中で誰かに見られることは無かったが、副隊長三人に見られたのは死ぬ程恥ずかしい。

 

 

「よろしいのですか?私が送れば貴殿は疲れることも御座いませんが?」

「すみませんが、貴方に送ってもらうと精神的に疲れるので今回からは普通に自分で移動します・・・。さっきみたいな緊急の時だけで十分です。」

「畏まりました。口囃子殿。」

 

 

何だか鉄裁が執事みたいだ。

わざわざこちらが修行させてもらって、さらに十二番隊にまで送ってもらったりして、本当に何から何まで色々やってもらっている。

あとで感謝のしるしに何か渡そう。

 

そして、途中で七番隊に寄ったところ、日番谷先遣隊も引き上げることになった旨を教えてもらった。

こうなった以上、マユリに呼ばれることももうないだろう。

一先ず尸魂界の防衛のため、全隊長格は一旦尸魂界に集まることになった。

 

 

「いよいよ戦いですか・・・?」

「いえ、店長に電話で確認を取ったところ、崩玉の覚醒にはまだ時間が掛かる筈です。修行はまだまだこれからですぞ。」

「よかった・・・。もっと強くならないといけませんからね。」

 

 

鉄裁は度々浦原と連絡を取り合っているため、現世と尸魂界の間の伝令係のような役回りも行っている。色々忙しい浦原の代わりに、鉄裁が引き受けているらしい。

 

 

「握菱殿。隼人を宜しくお願い致します。隼人も仕事の心配は要らん。儂でさえ歯が立たなかった男に一人で立ち向かうことになるかもしれぬからな。お前の仕事は強くなることだ。励めよ。」

「はい!」

「偶には鉄左衛門に様子を見に行かせるからな。あいつも毎日暇そうにしておるからな。少しぐらい相手をしてやってくれ。」

「えへへ。分かりました。」

 

 

この場にたまたまいなかった射場の話で苦笑した後、七番隊隊舎を後にして双殛の麓に向かう。

その途中で現世から帰りたてホヤホヤの日番谷先遣隊に会った。

 

 

「冬獅郎くん!お疲れ様。」

「日番谷隊長・・・もういいや。お前も霊圧調査してたんだろ。お疲れ。」

「うん。」

 

 

松本や阿散井、朽木にも挨拶をして十一番隊の二人にも挨拶しようと思ったら、何故か鉄裁を見て信じられないくらい怯えている。

二人で何やらヒソヒソ喋っていた。

 

 

「お・・・おい!何でここにあいつがいるんだよ!昨日現世にいたばっかじゃねぇか!」

「知るかよ一角!とにかく目を合わせるな!普通通りに振る舞わないと!」

 

 

俯いて全然こっちを見ようとすらしないので、事情があるのかもしれない。

そっとしておくことにした。

 

ちなみに隣の鉄裁は二人の耳元で、

 

 

「昨日は大変激しい一夜でしたな・・・。」

 

 

と囁き、完全に氷の彫刻へと二人を変化させていた。

隼人には意味が分からないのでスルーすることにした。

 

 

「あ・・・結局副隊長の皆来れなさそうですね。やっぱりまずい事になってしまったので。」

「仕方ありませんな。またの機会に致しましょう。この時代の副隊長の実力が楽しみですな。矢胴丸殿程の手練れはいらっしゃいますでしょうか・・・。」

 

 

今の副隊長は101年前に比べると、正直な話強いとはいえないだろう。

最近になって判明した話だが、当時の副隊長、特に大前田希ノ進、山田清之介、矢胴丸リサ、九南白、猿柿ひよ里の五名は、戦力面としては近年稀に見る程の優秀な副隊長であったらしい。特にリサと希ノ進はかなり優秀で、隊長お墨付きの強さを持っていた程だった。京楽フィルターの話なので、リサの話はかなり盛られていそうだが。

 

 

『リサちゃんってば、並みいる敵をそりゃあ鮮やかに倒して倒して倒しまくっていたんだよ~。』

『矢胴丸さんのその御姿・・・私も見たかったです・・・。』

 

 

七緒も彼女の話になると昔を思い出しているからかいつもの凛とした調子とは違い、恍惚とした表情で思いを馳せている。

読書会ぐらいでしか二人が直接話している所を見たことは無かったが、よっぽど信頼していたようだ。

 

昔の副隊長達に思いを馳せていた所で、先ほどまでいた鍛錬場に戻ってきた。

 

 

「遅い!!」

「へ?」

「遅いと言っておる!いつまで儂を待たせる気じゃ!」

「こちらにいらしてたんですか!?だったら知らせてくれてもよかったのに・・・。」

 

 

突然現れてこられるとさすがにびっくりというか困る。

だが、修行のペースを上げようと考えていた中で、夜一の到来はナイスタイミングだ。というか、出来過ぎている程だ。

 

 

「喜助に頼まれてのう。儂もおぬしの修行に参戦することになったぞ。喜べ!ふはははは!」

「何だか昔を思い出しますね・・・。」

「もう昔のように生易しい修行などさせぬぞ。みっちりおぬしをいためつけてやるわ!」

「えぇ~~お手柔らかにして下さいよ・・・。」

 

 

こうして、修行第二部が始まりを告げる。

 

 

 

「今日から貴殿には新たな技を習得してもらいます。」

「新たな技って・・・?」

「禁術でもある、空間転移です。」

(!!!)

 

 

話には聞いたことがある。

鉄裁は虚化した隊長格を助けるためにこの術と時間停止を使って四十六室に捕縛された。

だが、何故それをわざわざ教えてくれるのだろうか。そもそも許可を得たのだろうか。

 

 

「許可は得ておりますぞ。店長直々に総隊長に頼み入れていたのを私も同席しておりました。」

「儂もじゃ!今あの爺さんは四十六室の代わりを務めておるからのう。頭の堅苦しいジジイ共だったら許可は得られなかったぞ。」

「じゃあ心配せずとも練習していいわけですね。でも何故空間転移を?」

 

 

鉄裁の話を聞くと、空間転移が実はかなり攻撃性の高い技であることが分かった。

 

曰く、空間転移は転移先の物質を全て押しのけて転移を行うため、いかなる刃よりも殺傷力の高い攻撃を与えることができるらしい。

 

 

「ただの紙切れや瓦礫が、死神の腕をも斬る程の凶悪な武器になるのじゃ!恐ろしいのう!」

 

 

身の毛もよだつような話である。鋼皮(イエロ)もお構いなしらしい。

ただ、反面リスクも大きく、自身の転移は非常に危険だと伝えられた。

間違って脚だけ地中に埋まってしまったとしたら蜂の巣にされかねない上、無理矢理抜いた場合脚の皮膚全て剥がれ落ち、激痛と共に度肝を抜く程のグロテスクな光景になってしまうそうだ。

 

そのため、遠距離からの攻撃目的で空間転移を使うだけに留まってほしいと鉄裁からは言われた。

 

 

「ちなみにこの術は私が簡略化した故、連続使用も可能で御座います。」

「えっじゃあ当て放題じゃないですか。」

「だから儂が来たんじゃ。おぬしの空間転移の照準力を上げるために瞬神夜一が参戦するのじゃ!」

「えっじゃあ全く当てられないじゃないですか!」

 

 

間抜けにも真逆の感想を立て続けに発した隼人を夜一は結構本気で殴る。

 

 

「痛い!結構痛い!!」

「馬鹿者!儂の瞬歩も見抜けんようでは藍染に当てることなど不可能じゃ!!」

「えぇ~~!マジですか・・・。」

「まぁそうでしょうな。ですがまずは、この術を使いこなすところから始めましょう。」

 

 

曰く、瞬歩の応用でどうにかなってしまうらしい。

瞬歩は自身の高速移動のための術だが、今回の空間転移は無機物を瞬歩で動かすイメージを持ってほしいと言われた。

まずは、手元にある小さな石を任意の場所に転移させる。

 

 

「んんんんんんん・・・・・・。」

「そうじゃ!そんな感じじゃ!いけーー!隼坊!!」

「し、集中できませ・・・って、ああぁ!!!最初からやり直しですよ・・・。」

 

 

この術はかなりの集中力が必要なため、変な応援が入られるとすぐにプツンと術が切れてしまう。

鉄裁も腕組みをしつつうなずくだけに留まっているが、やけに夜一は邪魔をしてくる。

 

 

「そんなんで集中力が切れたら藍染と渡り合える筈も無かろう!おぬしはもっと精神を鍛えろ!!」

「は~~い・・・。大変だ・・・。」

「九十番台の鬼道を扱えるようになったおぬしに何の問題があるんじゃ!とっとと儂と戦えるようになれ!」

「そんなぁ~・・・でも、頑張らないとな・・・。」

 

 

弱音を吐きそうになったが(いや実際吐いているようなものだが)、諦めてはダメだ。この戦いに負けたら一生あの人達に会えない。

残虐な実験を行った藍染に一泡吹かせないと。

 

再び石を持って瞬歩をイメージして力を籠める。

 

 

「んんんん・・・。」

「お、今度はどうじゃ!出来るのか?」

 

 

夜一の軽い妨害もあるが、構わず集中する。

鉄裁が「むむむ?」と言ったその瞬間、ヒュン、と小さな風を切る音と共に隼人の手元から石が離れ、虚空に転移した石はそのまま地面に落ちた。

 

 

「お、出来た。」

「それだけ時間かけても小石一つ転移させるだけか。修行はまだまだこれからじゃのう。何時になったら儂の出番が来るのか・・・。」

「が、頑張ります!!」

 

 

自覚は無いが、鬼道や術に関しては天才型の隼人が手に持ったものをポンポン転移させられるようになるのにそう時間は掛からなかった。

時々物体ではなく自分が移動してしまい呆れられることもあったが、一日フルで練習した結果、手に触れたものの転移は出来るようになった。

鉄裁の目の前に転移してしまい、バランスを崩して抱き着いてしまったときはさすがにヒヤヒヤした。

 

 

「では、今日はこれにて終了です。空は明るいままですが、もう外は夜ですぞ。」

「慣れない術を使って消耗も激しいじゃろう。明日も練習するからしっかり休むのじゃぞ。」

「はい。・・・すみません夜一さん。結局ただ見てるだけになってしまいましたね。」

「構わん。砕蜂とでも体を動かしてくるわ。あいつは面白いからのう。」

 

 

砕蜂の想いを知っているのか知らないのかは隼人には分かりかねるが、面白いという一言で砕蜂の認識が纏められてしまっており、何だか残念である。

意外と乙女な砕蜂の心を案じていたところで、今日の修行は終わりを告げた。

 

 

 

 

翌日。

 

鍛錬に行く前に七番隊に寄った所、藍染との戦いにおける全体の配置について聞くことになった。

 

四番隊、六番隊、十一番隊、十二番隊隊長と、それらの隊で十一番隊以外の副隊長、そして四番隊の山田花太郎、十三番隊の朽木ルキアは虚圏に行き、井上織姫の救援に向かうこと。

これは、浮竹による総隊長への進言で受け入れられたことだ。

黒崎一護には救援に行くことを否定していた総隊長も、実際は虚圏に何人か隊長を派遣するつもりだったらしい。

 

一、二、七、十番隊はトップ二人とも偽物の空座町で藍染を迎え打つ。

八、十三番隊は隊長のみが偽物の空座町に赴く。

三、九番隊副隊長と、十一番隊三席、五席は、別の任務が与えられるそうだ。

 

ちなみに隼人の任務は浦原商店の者と七番隊、京楽、浮竹、総隊長以外には誰にも知らせないようにした。これは浦原の意向であった。それ以外にもマユリや修兵など勘の鋭い者は気付いていたが、特に興味を示さなかった。

 

他にも、八番隊、十一番隊副隊長と、その他席官は尸魂界の守護を任された。

一応この流れでいくと、隼人は尸魂界の守護の役割に就くことになっていた。

 

実際に守るのは()()()()()()()()()()()()なので、当たっているっちゃあ当たっている。

 

 

「僕の任務は極秘扱いですか・・・。」

「隊主会の内容が藍染に漏れている可能性もあるからな。警戒は怠ってはならん。」

「あと二月か・・・。何としても儂らで藍染を止めにゃいかんのう!」

 

 

冬まであと二月。浦原の話によると、決戦は予定で12月になる。

今日から皆尸魂界守護の人間を除き、隊長格は皆藍染と戦うために各々修行を始めることとなった。

鍛錬が仕事。ここまでの体制を取るのは、隼人が小さい頃に瀞霊廷に来てから初めてである。

 

黒崎一護ら現世の人間が虚圏に向かったことで、いよいよ皆本腰を入れることになった。

 

鍛錬場に向かい、気を引き締め直す。

 

 

「やりましょう!!鉄裁さん!」

「承知!今日は連続転移に挑戦致しましょう!」

「よろしくお願いします!」

 

 

今日も鉄裁の鬼の鍛錬は行われる。

 

 

藍染と対決するまで、あと約一月。

 




とあるに出てきた座標移動を習得させます。


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雰囲気

半月程経ち、虚圏に行く組の中で、まずは朽木ルキアと阿散井恋次が先鋒として向かうようお達しが来た。長期戦により苦戦が考えられる現世の人間達のフォローに向かわせる予定だ。

その後であまり時間を空けずに白哉達隊長と、四番隊の副隊長、七席が向かう手筈になっている。

 

空座町組はまだ浦原の準備が整っていないため、暫くは瀞霊廷で戦力強化のため各自色々と鍛錬を行っている。

 

無論、隼人も鍛錬を行っている。むしろ、一番鍛錬を行っているぐらいだ。

今の実力は副隊長を平気で凌ぐ程の実力であり、鬼道だけでいえば護廷十三隊随一の腕前といえるレベルに達した。

別に自慢するつもりもないので特に誰にも言うつもりはないが、あの時の藍染にも少しは粘れる程の力はついたと思っている。

九十番台の詠唱破棄を可能にした他、その他の鬼道も鉄裁指折りの実力にまで強化することが出来た。

 

ただし、術だけで藍染に対抗するためにはこれ以上の力が無いと厳しいかもしれない。

隼人自身の成長と共に、藍染も実力をつけて護廷十三隊と戦うことは目に見えている。

 

最終的に彼らは零番隊と戦うつもりでいる以上、恐らく藍染に勝つことは不可能だ。

藍染を足止めするために力をつける。それと同時に、藍染の注意を引きつけながら撒くほどの足も持たねばならない。

 

 

「では両手それぞれに石を五つお持ち下さい。100メートル・・・失礼。現世の数え方で数えてしまいました。」

「いえ、大丈夫です。一応勉強はしているので、現世の数え方でも問題ないです。」

「そうで御座いますか。では、100メートル先の岩に手に持った石を転移してもらいます。まず左手に持つ石を一つずつ連続で打ち込んで下さい。次に右手に持つ五つの石を同時かつそれぞれ位置をずらして打ち込んでください。」

 

 

鉄裁に伝えられた手順をかみ砕いて理解し、近くに置いてある石を手に取る。

指令された二つの技をクリアすれば、次は手に触れない物の転移の練習に移る手筈となっていた。

 

これだけで三日ほど浪費してしまった。それ程に難しい。

片方だけなら出来るようになったが、両方を連続で行うとなると、自身の体内にある霊力の流れが乱れてしまうような感じがして、集中が削がれてしまうのだ。

昨日の夜に伝令神機で浦原に電話して珍しく出てくれたので聞いてみると、『体内の力の流れに身を委ねてみたらどうでしょう!』と何とも雑なアドバイスを貰った。

 

(力の流れか・・・考えたこともなかったなぁ。)

 

今まで力の乱れを感じた時は無理やりにでも律して改善してきたので、その方法を取ったことは無かった。

あんまり信用ならないけれど、とにかくやるだけやってみよう。

 

 

「では、参りましょう!」

「はい!」

 

 

いつものように手に石を持ち、物体を目的の場所に置くような感覚で転移させる。

まずは左手にある石から。

手に力を籠めると、一つ一つが綺麗な横並びかつ岩に突き刺さった状態で転移させることが出来た。

 

鉄裁が転移の最初から最後までの時間を現世の計測器具で測る。

次は右手の石だ。

同時転移を行おうとした途端、やはり今回も体内で力の流れが乱れるような感覚が生まれる。

 

(うっ気持ち悪っ・・・!!)

 

ぞわぞわと体内に悪寒が走るような、非常に気持ち悪い感覚。今までは無理やりにでもその感覚を無くそうとした。

でも今回は、その感覚を受け入れる。耐え切ってやる。

 

非常に不快な流れを身に受けながらも力を籠めると、今までが嘘のように複数の物体の同時転移が決まった。

 

 

「おぉ・・・出来た・・・。」

「お見事!!これで次の段階に進めますぞ!!口囃子殿!!」

「ふぅ・・・何とかなった・・・。」

 

 

それにしても、電話口だけでお悩み解決をしてくれた浦原はやっぱり凄い男だと再認識した。

三日悩んでいたことをたった数秒で解決策を見つけさしてしまうのは、正直複雑だが凄いことは凄い。

とにかく次の段階へ進もう。

 

 

「次はどんなことをするつもりですか?」

「手に触れない任意の物の転移の練習をしましょう。不意打ちにはこれが最も効果を発揮します。」

「なるほど・・・。」

「しかしこちらは私ですら扱いきれない技術です。故に、是非とも貴殿に開拓してもらいたい!!」

「えっ!!」

 

 

てっきり鉄裁も余裕で出来るものだと思い、教えてもらう中で習得するものだと思っていたが、まさか自分で創り出すことになってしまうとは・・・。

 

鉄裁が隊長格を運ぶ際は一定空間全体を転移したため触れる必要は無かったが、それとは訳が違う。

手元から離れた武器を一瞬にして引き寄せるなど、もしこれが出来れば信じられない程の戦力増強に繋がるが、鉄裁ですら扱いきれない術を自分に出来るのか、そんな自信は隼人にはない。

 

でも、やらないといけない。自信が無いからと逃げてばかりいれば、今度の戦いで簡単に自分は死んでしまう。

 

 

「ではまず転移した物体そのものを転移させられるかやってみます。」

 

 

立ち止まる暇なんてない。阿散井と朽木妹は既に出発して破面と戦っているかもしれない。

そう思うと、自然と力も籠る。

 

いつも通り手に力を籠め石を転移させる。

次に、再び手に力を込めたが、石はただ自由落下しただけで何も変化は無かった。

 

(手から力を放っても何も変化が無い・・・。ということは物体に力を入れればいいのか・・・?)

 

頭の中で解決策を考え、実践していく。

一度転移させた物体に、手に籠めた力と全く同じものをぶつけてみる。

 

ヒュン、と風を切る音が鳴ると共に物体の転移自体は成功した。

 

ただ、コントロールはしきれなかった。

 

 

「眼鏡に石が突き刺さりましたな。」

「ああああ!!すみません・・・。」

 

 

まさかの隣にいる鉄裁の眼鏡に石が刺さってしまった。

危うく目に入ったら大惨事だ。井上織姫がいないため、暫く完治させることも不可能である。

というか、一体何回鉄裁の眼鏡を壊せば自分は気が済むのだろうか。末恐ろしい。

 

だが、手掛かりは得られた。物体に力をかければ、触れずとも転移可能。

恐らく触れた状態での転移という下地が無ければ出来ないだろう。そっちの能力を上げないと、物体に触れない転移の照準はめちゃくちゃな物になり実用的でないままになってしまう。両方練習をしないといけない。

 

それから何度かやってみたが、やはり任意の場所から任意の場所への転移の照準は酷いものだった。

 

10回やってまともに一度も転移できず、何故か鉄裁の眼鏡に突き刺さることが多かった。

危うく自分の腕に刺さりそうになることもあった。

 

 

「最初は誰でもこのような物ですぞ。そもそも私にはこのような転移は出来ませぬ。貴殿は私の力を超えて居られるのです。自信を持って下さい。」

「そうですか・・・。間に合うか不安です。今でこんなレベルじゃ、藍染には・・・。」

「休憩しましょう。一度弱気になれば連鎖として力も落ちてしまいかねませぬ。数日前はあんなに自信を持っていたではありませんか。」

(!)

 

 

九十番台の鬼道を詠唱破棄で行えた日。その日は非常に安心して、希望が見えたような気がしたのを忘れていた。

たしかにずっと根詰めすぎていたかもしれない。こういう時鉄裁はよく自分のことを見てくれていると思う。本当に感謝してもしきれない。

 

 

「ありがとうございます。」

「外の空気を浴びるのがよいでしょう。昼食の後から練習を再開します。十三隊の皆さんとゆっくりお話でもなさって下さいな。」

「はい。それでは少しだけ。」

 

 

めちゃくちゃ高い所にある出入り口から外に出る。

数時間前までいたはずの外が、何だか解放感に溢れているように思える。

 

散歩でもしようか。

ここ最近殺伐とし過ぎたので、どこか雰囲気落ち着いていそうな隊に赴こう。

 

こういう時の選択肢はたった一つ。

毎度お馴染み八番隊だ。

 

早速向かってみると、たまたま京楽も休憩しており、歓迎してくれた。

いつも休憩してそうだとは口が裂けても言えないけれど。

 

 

「久しぶりだね。修行はどうかい?」

「えーーっと・・・。ちょっと、自信無くしそうで困ってます。」

「あらら。だからボクの所に慰めてもらいに来たのかい?ボクも頼れる罪な男だなァ~~。でもボクの胸は女の子にしかあげられないから、ご免よ。」

「慰めてもらうつもりではないですよ。あと隊長の胸は七緒さん専用なので借りるつもりありませんよ。殺伐としてたので疲れちゃって・・・。」

「皆もそうだよ。でもそれに気付けるだけ一歩大人だね。」

 

 

実際瀞霊廷はかなりピリピリしている。

特に藍染への恨みが強い日番谷率いる十番隊や、破面に圧倒された十一番隊席官二人は話しかけるのもためらわれる程だ。

砕蜂も同じぐらいピリピリしている。他にも、前線に出る副隊長は皆血気盛んになっており、数か月前の雰囲気が懐かしく感じてしまう程だ。

 

あまり殺伐とし過ぎるのも良くないと隼人は考えていたが、止めることも不可能っぽそうだ。

 

 

「でも熱くなりやすい六番隊の二人は今回落ち着いているよ。」

「え、意外ですね・・・。」

「朽木隊長なんかは大分冷静だと思うな。出発する時見送ったけど、落ち着いていたよ。」

「へぇ~・・・って、もう出発していたんですね・・・。」

 

 

阿散井と朽木妹だけが向かったのかと思ったら、いつの間にか他の隊長も出発していたようだ。

 

 

「涅隊長だけは遅れて行くそうだよ。何か準備があるって言ってたね。」

「へぇ・・・。」

 

 

あの人なら興味がある十刃を見つけたら最大級の対策を行って参上するだろう。目を付けられた十刃が可哀想に思えてくる。

隊長三人が黒腔を経由して虚圏に向かっているので、現世の人間達も死ぬことはないだろう。

 

 

「そういえば、京楽隊長は何故七緒さんを連れて行かないのですか?」

「七緒ちゃんには傷を負わせるわけにはいかないよ。それに今回の戦いには出るべきじゃない。」

「そうですか・・・。」

「十一番隊のやちるちゃんと一緒に尸魂界の守護に専念してもらう方がいいと思ったんだ。更木隊長が置いていくって言ってたし。それにあやかっただけだよ。」

「はぁ・・・。」

 

 

確かに七緒が戦闘向きでないのは隼人にもわかる。

雰囲気からして、戦いを望むような女性には見えない。

リサのことがあったからか、京楽は己の副官をあまり前線に出したがらないのは前からもそうであった。

本人も戦いを好まない性格なので、とりあえず自分だけ空座町に向かうことにしたのか。

 

 

「まぁまぁ、このことは気にしない!浦原クンも頑張っているみたいだよ。電話掛けたらいっつもすぐ出てくれて状況教えてくれるんだ~。」

「僕は浦原さんに電話掛けても一向に出てくれないんですけどね。一、二回しか出てませんよあの人。全く何なんだよもう。」

 

 

軽い不満をぶつけたら笑ってくれる京楽の存在が、荒れた隼人の心を解してくれるかのようだ。

院に入る前から何かと頼りにしていたが、やはり隼人にとって京楽は昔から近所の頼れるおじさんみたいな感覚だ。

 

 

「今度修行見に行ってもいいかい?成長した隼人クンと戦ってみたいなァ~~。」

「えっ一方的な虐殺になりますよそれ。勘弁して下さいよ・・・。」

「そうかい?じゃあやってみよう!!」

「うぐっ・・・決定してしまった予感・・・。」

 

 

意外にも好戦的なのか?単純に修行の手伝いとして来てくれるなら嬉しいが・・・。

 

あんまり嬉しくない約束をした所で、七緒が京楽を無理矢理浮竹との打ち合いに向かわせたため、隼人も双殛の麓の地下空間に戻ることにした。

 

途中でご飯を食べにいつもの定食屋に寄ると、修兵と吉良が体力をつけるためか大盛ご飯を食べているのを見かけた。

ついでに誘われるのは御免なので、敢えて話しかけないようにする。

 

ご飯の後、地下空間に戻り、修行を再開する。

 

 

「御気分はどうで御座いますかな?」

「前よりすっきりしました。落ち着くことも大事ですね。」

「そうですか。それはよかった。修行、再開しても宜しいでしょうか。」

「はい!始めましょう!!」

 

 

藍染と対決するまで、約半月。

 



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子どもの遊び

京楽と話をしてから十日が経った。

 

 

「じゃあ、始めようか。」

「本っ当にやるんですね・・・。」

「何言ってんの。ボクは有言実行する男だよ。」

「儂の存在を忘れるなよ!喜助からもらったこの道具も慣らさないといかぬ!」

 

 

今日は今までの修行とは離れ、実戦を行い戦いの中でどのように立ち回るかの練習を行う。

事前に射場と何度かやっていたが、現役隊長、元隊長とこの練習を出来るのは非常にありがたい。

 

ただ、相手が強すぎるのではないかという疑問がある。

京楽と夜一は少し厳しいのではないか。

加えて、夜一は手足に謎の装甲をはめている。

 

 

「その道具・・・何ですか?」

「対鋼皮用の装甲じゃ。普通の死神を殴れば骨折は免れん!」

「物騒すぎません?」

 

 

決戦前に骨が折れたらたまったもんじゃない。

四番隊の実力者は伊江村三席しか今いないので、ここで大怪我なぞすれば向こうの負担も大きくなるだろう。というか、今怪我するのはアホだ。

 

 

「何を言う。おぬしが躱せばいい話じゃ。」

「いや、そういう問題じゃ「うじうじ文句を言うな馬鹿者!!」

「聞いてないよ!この人全く話聞くつもりない!!」

 

 

鉄裁と京楽は何も言わず、苦笑いしているだけ。意地でも通すつもりか。

 

 

「わかりました・・・。じゃあまず、京楽隊長からお願いします。」

「は~い、ヨロシク♡」

 

 

と京楽が言った時にはすでに目の前に彼の姿はない。

 

こういう時は背後を取られているのがお決まりのパターンだ。

京楽が振るう横薙ぎの刃から何とか斬られることは防いだ。

 

 

「こういう時、背後を気にするのは当たり前ですよ。」

()()()()()()()()()。」

(!!)

 

 

瞬時に鍔競り合いしていた刃を払い、距離を取る。

この行動を狙っていたのか。しかし何故。

 

 

「ボクが始解していたのは気付いていたでしょ?」

「・・・ええ。」

「ボクの能力は・・・そういや、伝えてなかったね。」

 

 

その言葉と共に隼人の服が作り出した影から刃を煌めかせる。

 

瞬歩を使い刃が身体に当たることは無かったが、死覇装は裾が破れてしまった。

ほんの少しでもタイミングが遅れていたら脚が斬られていた。

 

 

「へぇ~!!躱すねぇ~~!!!」

「影から斬魄刀が・・・。」

「呑気に分析するヒマ、無いんじゃない?」

 

 

着地しようとした途端、その場に生まれた影から再び刃の輝きを確認する。

 

(避けられない・・・!こんな時は!)

 

「縛道の七十九 九曜縛!!」

 

 

まさに影から隼人を貫こうとしている刃そのものに縛道をかけ、()()()()()()()()()()()()()()()()

京楽程の実力者のため、七十番台の縛道でやっと曲げることが出来た。

斬られることなく着地成功。

 

 

「破道で迎撃したら普通なら反鬼相殺されるからね。なかなか考えていると思うよ。」

「いきなり本気ですか・・・。」

 

 

そう呟き、隼人は上空へ飛び霊子の足場を作る。

ピンときた京楽は素直に賞賛の声を上げた。

 

 

「影鬼の弱点をすぐに見抜くとはねぇ。」

「地面にいなければ影を生み出す可能性は低くなります。だったら空にいればいい話ですよ。なるべく障害物の無いまっさらな空間にいれば、その影を扱う力は効果を引き出せないでしょう。」

「ヒュ~~♡さっすが。()()()()()。」

「えっ・・・。」

 

 

京楽は影鬼の力を使わずに瞬歩で空中に向かい、相手の隼人と()()()()()()()()()()()()

 

 

「影を扱うだけが一隊長の能力なワケないじゃない。」

 

 

次の瞬間、霊圧で形成された線が二人の足元に浮かび上がる。

一輪の大きな菊の花の線が足の下に描かれている。

 

 

「これは一体・・・。」

「さぁ、何だろうね。敵が能力教えてくれるワケないでしょ。」

「わ、わかってます!!」

 

 

とにかく一旦距離を取るために瞬歩を使う。

 

しかし、()()()使()()()()

菊の形の線の上から出られなくなてしまった。

 

 

「線からはみ出ることが出来ないのか・・・!」

「線鬼。霊術院の頃友達とやったことあるでしょ。キミならこのヒントでどんな能力か分かる筈だよ。」

 

 

まさか、移動制限とはいえここまで強力な制限をかけられてしまうとは。

近接戦闘があまり得意では無いため距離をとりたいところだが、道筋が限られるため思い通りにいかない。

 

 

「無理矢理線から出ることも出来るよ。出たかったら出てもいいんだよ?」

「そう言うからにはとんでもないリスクが待っているんでしょうね!」

「当ったりぃ~~♡」

 

 

曰く、線から強引に出たら負けとなり、しばらくの間一切の力を封じられるらしい。

「まさかお花がこれを選ぶとはね。何、本気でいっちゃう?」などと斬魄刀と対話しているが、こちらは全く余裕が無い。

そして、今まで攻撃されっぱなしでそろそろこちらも攻勢に出たいところだ。

斬魄刀とお喋りしている今がチャンス。油断させる罠かもしれないけど。

 

 

「お喋りしている間に鬼道練っちゃいましたよ!!」

「え!!うそーーん!小休憩させてくれてもいいんじゃないの?」

「ダメです!こちらからも攻撃させて下さい!」

 

雷吼(らいこう)四陣(しじん)!!!」

 

 

雷吼砲をアレンジした独自の技。隼人の周囲に四つの電気の球を生み出し、四つそれぞれが任意のタイミングかつ方向に雷のビームを放つことができる技だ。

 

上二つは京楽の体めがけて放ち、下二つは京楽が躱すと思われる位置に向けてビームを放つ。

 

手応えは無かったので、外してしまったか。

 

 

「中々にいい技だね・・・。危なかったよ。雷吼砲をこんな形にアレンジしちゃうなんて、頭がいいね。」

「全部鉄裁さんのおかげです。それに外しちゃいましたし。」

「何言ってんの。()()()()()()。」

(!)

 

 

桃色の派手な柄の羽織を脱ぎ普通の隊長羽織だけしか死覇装の上に着ていないが、地面に落ちた羽織を見ると大きな穴が開いていた。

 

 

「安物だからいいけど、気に入ってたんだよ?」

「えっすみません!!うわ~やっちゃった・・・。そんなお金払えねぇよ・・・。」

「まぁ別にいいんだけど・・・ねっ!!」

(!!)

 

 

線の外からの攻撃。

これも躱しはしたが、ギリギリだ。死覇装の右肩だけが切れてしまいベロンと肩だけはだけてしまった。

 

 

「あらら、隼人クンったら、セクシー。」

「しっ修行中に馬鹿にしないで下さい!そんなこと言ったら袖なしの拳西さんとかセクシーどころじゃありませんよ!もうモロ出しで卑猥じゃないですか!!」

「いや、キミ、何意味分からない事言ってるのかな・・・。」

 

 

実戦の途中で思考回路がおかしくなったのか、普段言わないような訳の分からない理論を正しいと思い込んでしまっている。腕を見せるだけで卑猥とか誰もそんなこと考えないだろ普通。

 

これも昔みたいに戻ったなら京楽としては嬉しいことだが、実戦の最中ではあまり宜しくない。

 

気付けば線は消えており、先ほどの技の効果は無くなったようだ。

 

 

「さっきの技、もう効果切ったんですね。」

「うん。お花の気まぐれだからね。キミはまだ隠し手があるのかい?」

「ありますよそりゃ。ずっと修行していますし・・・。京楽隊長こそまだまだありますよね。」

「そりゃあ隊長だからあるに決まっているでしょ。キミは何個あるのかい?」

()()()()()()。」

 

 

そう言った途端、手に力を入れることが出来なくなった。

いや、正確には()()()()()()()()()()()と言うべきか。

 

 

「何ですか、これ・・・!!」

「指斬り。一回嘘をつけば指が動かなくなる。二回嘘をつけば全身麻痺、三回嘘をつけば・・・さて、どうなるかな。」

 

 

こうなってしまった以上、触れた物の転移をする技を使うことは出来ない。

指で何かに触れても全く感覚が無いのだ。

痛みは一切無いものの、指の骨全てが骨折しているかのようにプラプラと気持ち悪く動いている。

 

(これじゃ斬魄刀も掴めない・・・!!しばらく雷吼四陣で迎撃するしかないか・・・。)

 

 

鬼道主体だと弾幕を張ることが出来ないためその改善策として四つのビームを打つ鬼道にアレンジしたが、やはりそれでも足りない。

京楽から逃げながら一発一発打ち込む、同時に打ち込むなど工夫しているが、どうしても躱されてしまう。

 

結局防戦一方になってしまった。

 

一度地面に着地して態勢を立て直す。

 

 

「そういえば隼人クン、今でも七緒ちゃんのこと気になってるのかな?」

「えっ?何ですか急に・・・。」

 

 

急に脈絡のない話を持ち掛けられて面食らってしまう。だが、京楽の真意は別にあった。

 

 

「指斬り、まだ続いているよ。正直に言わないとね。」

(!!!!!)

 

 

さっきまでの真剣さと冷酷さを併せ持った顔ではなく完全にいつもの顔に戻っている。

というか、恋愛真っ盛りの年頃(自分で言うな)の青年におじさんが聞くべき話題じゃないだろ。

七緒のことは別に・・・別に・・・。

 

 

「・・・好きですよ。」

(!!!)

 

 

何故か京楽は物凄い驚いた顔をしている。

えっそんなに残念なの?いや、アンタは本気で七緒のこと好きなの!?

何というか、年の差的にアウトなのではと思わずにいられない。

だが、さらに京楽を安心させる事実を伝えた。

 

 

「友人としてですけどね。」

 

 

これも事実なので指斬りが発動することはない。

実際の事を言えば、友人として好きなのか、それとも恋愛感情を持っているのか、分かっていない。

どっちでもあってどっちでもないような、よく分からない感情を七緒には抱いている。

 

だから、真実でもあり嘘でもある『友人として好き』と京楽に伝えることにした。

指斬りが発動しなかったので、これが事実なのだろうか。

 

隼人の言葉を聞いた京楽は酷く安心しているようだった。

 

 

「いやァ~~~よかった~~。七緒ちゃんが取られたらボク一年は仕事出来ないよ・・・。」

「えっ長すぎないですか、本人の前で言ったらドン引きですよ。」

「そんなことないよ。きっと七緒ちゃんもボクの愛をいつか受け入れてくれるさ!あ、指斬りもう効果切れたから大丈夫だよ。指も動く筈だ。」

「あ、ホントだ。」

「はい、ボクとの戦いは終わり!!お疲れ様~~。」

「お、ああ、はい。お疲れ様です・・・。」

 

 

初めて京楽と戦ったが、あまりにも多彩な力を使うため非常に対応が大変だった。

一体どんな力なのか。

 

 

「あの・・・結局一体どんな力なんですか?」

「子どもの頃にやらなかったかい?鬼ごっことか。」

「夜一さんとやりました。」

「へぇ~捕まえるの大変だったでしょ。」

「儂が小童だった頃の隼坊に捕まるなどありえぬわ!」

 

 

しかし鬼ごっこが一体何の関係があるのか。線鬼とか影鬼とか言っていたが、指斬りとかもあった。

 

 

「子どもの遊びを現実にする。」

「子どもの遊びを・・・?」

「線の上で戦ったときあったでしょ。あれ、線から出たらダメってやつ。」

「あ、あぁ~~!!なるほど!!理解しました!」

「他にも高鬼とか艶鬼とかもあるよ。やってみるかい?」

「いえ、もう結構です。」

「儂と戦う前に疲れては困るからのう!」

 

 

いや、正直ヘトヘトだ。

副隊長と戦うのとは訳が違い過ぎる。こんなに切羽詰まった戦いになってしまうなんて、本当に隊長はすごい。

しかも、こちらは殆ど防御しか出来なかった。攻撃らしい攻撃は一切出来なかった。

悔しい。このままでは藍染に勝てない。

 

 

「一旦休憩しましょう。お疲れの状態で夜一殿と戦うのは危険です。」

「何!?大丈夫じゃテッサイ!!これぐらいどうってことない!」

「夜一殿・・・。貴殿の手足にはめている装甲をお忘れですか。危険です。口囃子殿が骨折してしまいますぞ。」

「むぅぅぅぅ~~!!仕方ない!昼飯の後じゃ!!それまでは我慢してやる!」

 

 

捨て台詞を吐いた後、夜一は修行場を出て行ってしまった。砕蜂を玩具にして遊ぶつもりでいるのだろう。説得した鉄裁に感謝である。

京楽だった場合、多分無理矢理意見を押し通されてしまった可能性がある。

 

休憩時間は修行場の温泉に向かい傷を癒すことに注力した。

後は鉄裁お手製の弁当を食べればそれで十分。

今回もエプロンを着替えているが、見ないフリをした。裸エプロンじゃないだけいい。

 

 

休憩している隼人と離れた所で、大人二人もお喋りしていた。

 

 

「そういえば隼人クン、隠し手あと一つって言って指斬り発動していたけど、まだたくさん隠し玉持っているのかい?」

「ええ。夜一殿との戦いで披露する手筈ですぞ。夜一殿はその術を存じております故、問題御座いません。」

「へぇ~・・・頑張っているんだね、隼人クン。」

「私ですら扱いきれない術を完成させました。素晴らしい才能の持ち主ですな。」

六車クン(お父さん)も喜んでくれるといいね。」

「ええ。」

 

 

二人の大人が微笑ましく見守る青年は、まだまだ成長し続ける。

 

 

 

 




線鬼はありそうで今まで原作で出てこなかったのが不思議でした。
やり方によってはかなり優位に立てそうな気がします・・・。
上手く書けただろうか・・・。


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逆ラッキースケベ

「隊長ーー!!京楽隊長ーー!!!・・・全く、何処にいるのかしら。」

 

 

朝いつものように出勤して隊主室に行くと、

 

『ちょっと出掛けてくるから、用があったら探してね。七緒ちゃん大好き♡』

 

と、いつも通りの置き手紙が机の上に置いてあった。

 

グシャグシャに丸めてゴミ箱に捨てていつも通り自分の仕事を行うが、その途中で裏挺隊の伝令が入り、どうしても京楽に伝えないといけない事項が生まれた。

 

浦原喜助の作業に遅れが生じていること。そして、想像以上に破面側の戦力が整っていること。

涅マユリが虚圏の霊圧を確認し、敵側の準備がかなり早いことも尸魂界に伝えられた。

 

こういう時、気まぐれな隊長を持つと本当に困る。

勝手にサボるわ、いたらいたでセクハラされかけるわ、毎日忙しくて大変だ。

それでも長年の上官である京楽をしっかり信頼しているため、松本からイジられるのも仕方がないことだ。

 

 

「今日も仕事をサボってどこほっつき歩いて・・・!ってあら?」

 

 

双殛の丘にもいなかったため戻ろうとしたところ、地下から京楽の霊圧を感じる。

何故地下に・・・?と訝しみ、麓を探索してみると、洞穴のような空間を見つけた。

入ってみると、部屋の中央に穴が開いている。

そしてその先に京楽の霊圧を感じた。

 

他にも握菱鉄裁、口囃子隼人の霊圧を感じる。

 

降りてみると、あまりにも広大な地下空間に明るい人工的な空が眩しく、眩暈がするほどだった。

 

 

「京楽隊長ーー!!伝令が・・・あれ、温泉?こんな地下空間があるだけでも眉唾物なのに・・・。」

 

 

地面から湯気が出ており、周囲一帯が暖かく感じる。

秋なのでこの暖かさが心地よく感じて、手だけでも温めようと温泉に近づいたら。

 

 

 

風呂上りの口囃子隼人が一糸纏わぬ姿で体を拭いていた。

 

 

「え・・・ちょ、七緒さん何でここに!!!」

 

 

異性の裸を生でまともに見たことの無かった七緒は、その刺激的な光景に耐えられる筈もない。

ワナワナと口を震わせた七緒は茹でタコのように顔を真っ赤にしている。

手近にあった岩を全力で隼人に投げつけてしまった。

 

 

「いい加減に・・・して下さーーい!!!!!!」

「いやちょっとそれは理不尽ではぶふっ!!」

 

 

七緒の投げた岩は見事に顔面にクリーンヒットし、隼人はお湯の中に落とされてしまった。

身体を拭いた意味が無いではないか。

 

 

その光景を見ていたのか見ていないのか、七緒が岩を投げた後に京楽は温泉の方に向かってきた。

 

 

「あれ、七緒ちゃんどうしたの?霊圧感じたから来たけど。」

「ご報告がございます。」

 

 

先ほどの真っ赤な顔からいつもの平常運転に何とか戻し、仕事モードに入る。

しかし、無神経かつ洞察力に優れた京楽は事情に気付いてしまった。

 

 

「もしかして七緒ちゃん、隼人クンの裸見てコーフンしちゃった?」

「してません。というか、私は何も見ていません。」

「鼻血、出てるよ。」

「ええええっっっ!!!!」

 

 

そんな馬鹿な、いくら何でもベタすぎる。

まさかと思い鼻を手の甲で擦ってみたが、血は一切ついていない。

 

騙された。京楽の顔を見ると、したり顔でニヤニヤしている。

 

 

「七緒ちゃんったら、免疫なくてカワイイ♡」

「隊長ーーーーー!!!!!」

 

 

先ほどのように顔を真っ赤にして京楽にもブチ切れる。

吉良と修兵のそういう写真なら松本が女性死神協会の写真のために撮った写真で見てしまったことがある。あれもびっくりはしたが、所詮写真だ。「雑誌に載せられるかーー!!」と怒るだけでどうにかなった。

しかし、今回は生だったので衝撃度が半端ない。

 

しばらく隼人と面と向かって話すことは出来なさそうだ。

 

 

「いいから!報告しますよ。」

「隼人クンも呼んだ方が「後で隊長から伝えてもらってもいいですか。」

「あ・・・わかったよ・・・。」

 

 

それでも七緒は岩陰に隠れて体を拭いている隼人にも聞こえる位の声の大きさで報告文書を朗読した。

 

 

「なるほどね、ありがとう七緒ちゃん。もう戻っていいよ。」

「えっ隊長は戻られないのですか?」

「ボクはこれから隼人クンの修行相手するから。それが今日の仕事。七緒ちゃんも自分の仕事終わったら帰っていいよ。」

「はぁ・・・。では、失礼します。」

 

 

嘘っぽかったが、変に追及してもはぐらかされそうなので、七緒は通常業務に戻ることにした。

 

 

 

 

 

「隼人クン、災難だったね。」

「最悪ですよ!!!!よりによって七緒さんにあんな姿見せつけるなんて!二度と話聞いてくれませんって!あぁ~~やっちまった~~・・・。」

 

 

先ほどの京楽との修行で七緒の話をされて困惑してしまったが、よりによってご本人様の心に傷を負わせかねない姿を見せてしまい、後悔しかない。

温泉でのんびりしすぎてしまった。もう少し早めに上がれば普通に話を出来ただろうに。

 

身体の疲れは癒せたのに心は深い傷を負ってしまった。メンタルがやられそうだ。

 

 

「ボクとしては嬉しいよ。これで七緒ちゃんはボクだけに集中して見てくれるからね~~♡」

「いっつもそうじゃないですか。」

「あら隼人クン、いじけちゃって。嫉妬かい?」

「え、いや別に思ったこと言っただけですけど・・・。」

 

 

こんな感じでイジったとしても、本心で彼女への恋愛感情が無いような振る舞いを見せるので、時々京楽は隼人の考えている事が分からなくなる。

実際隼人も恋愛感情が無いというか、無自覚で気付いていないというか、その辺りが全くよく分かっていないので誰も分からないままだ。

 

 

「って時間が無い!ご飯食べます。そして夜一さんと修行します。切り替えないと!頑張るぞーー!!」

 

 

やっぱりいつもと調子が違うため、何かに気付いているのかもしれない。

 

 

 

 

 

「儂を長く待たせたツケはしっかり払ってもらうぞ。」

「よろしくお願いします・・・。」

 

 

心の傷は癒えなくとも、瞬神夜一は待ってくれない。

午後の実戦は夜一相手に転移術の練習を行う。

日夜鍛錬を続け、手に触れていない物体の転移も楽々出来るようになった。

 

鉄裁と二人で方法を模索しつつ完成させた術は未だ前例のない術であるため、上手くいけば藍染を油断させることも可能だと思っている。夜一にタネはバレているので、相手として付き合ってもらう。

 

しかしやはり、手足につけている物騒な装備は怖い。

 

 

「あの、やっぱりそれ、外してもらえませんか?」

「何を言う。そんなこと・・・。」

 

 

一瞬にして夜一は姿を消す。

対鋼皮用の装備を刀で受けきれる筈もないので何としてでも躱さねばならない。

一先ず前に駆け出して後ろからの攻撃を受けないようにする。

 

 

 

しかし、夜一は一切移動していなかった。

 

 

「瞬歩したかと思うたか。甘いぞ!」

 

 

振りむいた後ろに夜一はおらず、前から声が聞こえる。

このままでは無防備な状態で夜一の目の前に向かうことになり殴られて一発K.O.確定。

 

ここで行う方法は一つ。

仮初の防御として二人の間に岩を設置し夜一の拳打の威力を弱めることには成功した。

しかし、ノーダメージとはいかない。

骨は折れなかったが、腹を思いっきり殴られた。

 

 

「うっゲホッゲホッ!!!食べた物・・・全部吐きそう・・・。」

「フン、この程度の小細工すら見抜けんとは。おぬしはさっきの京楽との実戦から何を学んだ!」

 

 

そんな、急に言われても。さっきの戦いの疲れを癒すのも大変だったのに。

それに実際、京楽の策にほとんど引っかかった上で対処することに追われ、まともに攻撃することも叶わなかった。

 

だからこそ、今回は戦い方を少し変えてみる。

 

 

「そんな甘ったれた考えじゃおぬしは一秒も持たずに殺されてしまうぞ!」

「そうですね、甘ったれです。・・・だから僕は昼の間に色々仕込みましたよ。」

「何・・・。」

 

 

次の瞬間、右手に嵌めていた手甲がばらばらに壊れた。

複数物体の同時転移。これにより夜一の右手の装備を集中攻撃し、使い物にならなくした。

他の装備も粉々にされるのを警戒し、夜一はすぐに瞬歩で移動する。

 

 

「ほう・・・やってくれるのう。小さき石もおぬしにとっては鋼皮をも貫く武器となるか。」

「僕の武器はこの場にある物体全てです。だからほら。」

 

 

今度は右足を狙って転移させたが、瞬時に気付いた夜一によって躱されてしまった。

 

 

「ちっ躱されたか・・・。」

「甘い。だったら儂は隠れておぬしに位置を特定されなければいい話じゃ。」

「その考えも甘いですよ!!」

「何!!」

 

 

移動しながら隼人を見ると、()()()()()()()()()

最初から始解していたということか。

この場合、どんなに遠くに逃げても身を隠すことは出来ない。止まってしまっては直ぐに左手の装備も壊されてしまう。

 

常に瞬歩を保ち絶えず移動していることなど死神には不可能。

 

しかし天賦の才を持つ夜一に、そんな常識は通用しない。

 

(やっぱりこうなっちゃったか・・・。)

 

瞬神夜一ともなれば、()()()()()()()()()()()()()()()ぐらい余裕で可能。

じっくり狙いを定めることは不可能になってしまった。

 

 

そして夜一は決して隼人に余裕を与えない。

夜一の姿を一瞬でも確認すればすぐに石をぶつけようとするが、その度に硬直が生まれてしまうのを彼女は見抜いた。

そしてその硬直のタイミングを見計らって、無作為に左脚で水平に蹴る、左手で殴る、といった攻撃を加え始めた。

何とか鬼道の障壁を張ってついていくが、左脚とはいえ蹴りを入れられたら壁も毎回壊れてしまう。

 

そして慣れない転移術は霊力の消耗が激しいため照準も不安定になり、既に午前中の体力と同じぐらいの力を使ってしまった。

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・やっぱ、きっついな・・・。」

「もうへたったのか。おぬしはいつまでたっても体力不足じゃのう。」

 

 

夜一相手でもいけるかと思ったが、厳しかった。

常に瞬歩という荒業で通されてしまえば正直なす術がない。

斬魄刀の力を使っても結局追跡することになってしまうため、後手に回らざるを得ないのだ。

徒に物体を転移させるだけで無駄に力を消耗してしまい、今の状態では鬼道も本調子では打てない。

 

悔しいが、修行は中断することにした。

 

 

「何だか凄い術だねぇ。正直キミたち二人の動きが速すぎて何やってるのか分からなかったよ。」

「それほどに強力な術ですからな。しかしやはり、夜一殿には相性が悪いとも言えます。」

「強力だが、力を消耗しやすいしのう。中心に据えるべきではないわ。儂の装備を粉々にしてやった所は褒めてやってもいいぞ。」

「あ、ありがとうございます・・・。」

 

 

ここまで転移術を使ったことは今までなかったせいで、思った以上にしんどく、戦闘の中心に据えるべきではないことが分かった。

それだけでも収穫と言えるだろう。これに気付かず藍染戦で使いまくっていたら、ガチで死んでいた。

 

だが、夜一にとっては別の問題が生じていた。

 

「儂の手甲を粉々にするとは・・・。喜助の努力も虚しいことよ。」

「えっ嘘!結構ガチでやばい感じですか!?」

「何、構わん。喜助の技術力に文句を言えばいい話じゃ。石を転移されても斬れない装備ぐらいあ奴なら容易く作れるわ!なっはっはっは!!!」

「貴女が勝手に誇らしくなってどうするんですか・・・。」

 

 

今日の実戦で課題を見つけることは出来たが、これを何とか改善することは出来るのだろうか。

七緒の報告を聞いたところでは、もうあまり時間はない。向こうの体制が整っている以上現世侵攻を今すぐ始める可能性だってある。

虚圏での護廷十三隊や現世の人間の状況もまだ報告が来ていないのでどうなっているか分からない。

 

俯いて不安になっていた所で、京楽が思わぬ提案をした。

 

 

「しばらくボクが相手してあげようか。ボクもあの転移術には興味あるから実際に戦ってみたいなァ。」

「えっ、いやでも・・・。」

「鬼道の途中に織り交ぜるくらいならそんなに疲れないでしょ。暇だから相手してあげるよ。」

「暇って・・・それ七緒さんの前では言っちゃダメですよ・・・。」

 

 

こちらの体力のせいで相手にならない夜一と徒に戦うより、京楽と実戦で鬼道の練習をした方がまだいいかもしれない。

隊長の嬉しい誘いを断るつもりもないので、喜んで承諾した。

 

 

「はい、わかりました!よろしくお願いします。」

 

 

 

藍染との決戦まで、あと五日。

 



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刻限

「よーし!じゃあ今日は、俺もちょっと本気を出してみようかな!」

「へぇ~浮竹がやる気になるなんて珍しいね。」

「最近俺はすこぶる体調が良いからな!」

 

 

「・・・・・・今日、死ぬかも・・・。」

 

 

この前の実戦から三日過ぎた。そしてその間に地下空間の外は、それなりに忙しくなっていた。

 

浦原喜助の転界結柱の準備のため握菱鉄裁は現世に帰ることになってしまった。

だが、一月で彼から得た技術はしっかりと隼人の身体に刻み込まれている。

 

 

「私は柱自体の力の維持を支援するために残念ながら戦闘に参加することは出来ませぬ。ですが私の持ちうる技術は全て貴殿が受け継いでおります。貴殿が戦うことは私が戦うことと同義!・・・・・・空座町を、黒崎殿の友人、家族を任せましたぞ。」

「!!・・・・・・はいっ!!!」

 

 

一ヶ月間ずっと修行をし、褒められることが多かったが、時にはかなり厳しいことも言われた。

夜一に対し転移の力が全く通用せず、自分の未熟さが悔しくなることもあった。

 

それでも、最後の鉄裁の激励は、身を奮い立たせるには十分。

ぶっちゃけ涙腺が緩みかけた。

 

そしてそのついでかどうかは分からないが、あれから歩法の面で再び修行に付き添ってくれた夜一も現世に帰ると伝えた。

 

 

「おぬしが壊した装甲を新たに作ってもらわねばならぬ。喜助に何を言われるか楽しみじゃのう・・・。」

「べらぼうな金額は払えませんよ・・・。」

「なら体で払え!!」

「絶対嫌です!」

 

 

 

結局最後もいつもの我儘ばかりの夜一だった。

もちろん鉄裁も。昔と何も変わらない。だからこそ、隼人は二人にお礼を伝えた後に、つい口走ってしまった。

 

 

「もう、突然、いなくなったり、しないで下さいね。」

「・・・、」

「・・・、」

「だってあの時は、さよならもなしに皆、突然消えちゃいましたから。だから・・・・・・、」

 

 

「戦いが終わったら、また昔みたいに皆で一緒に過ごしたいです。」

 

 

すこし詰まりながら呟いたその言葉は夜一や鉄裁よりも、100年もの間ずっと瀞霊廷で隼人を見守っていた京楽に一番驚きを感じさせるものだった。

悪夢にうなされたり、思い出すだけで今にも壊れそうな顔をしていた隼人が、今度こそ本当の本当にあの日の事件について自分からしっかり口に出せたように見えた。

この決戦に虚化した隊長格が来るかは分からないが、一種の展望を京楽は感じることができた。

 

 

いい大人がこんな子供じみた願望を口にして情けないと思われたかもしれない。

腑抜けた事を言うな馬鹿者!と怒られるかもしれない。

でも、あの頃を思い出してつい口走ってしまった。

今までは思い出しても心の中にストッパーがあった。特に夜一達現世に逃亡した者達の前では絶対にあの事件を悪い意味で思い出させるような事を言ってはいけないと思い込んでいた。

 

現世に帰ると聞いて本能的に怖くなったのか。

はたまた、戦いに勝ち、再び会えると確信したからか。

 

 

旅禍騒動が終わってから無自覚のうちに、少しずつ昔の感情を取り戻しつつあったのだ。

 

 

「おぬしが出るまでもない!儂と喜助が藍染を止めるに決まっておる!」

「ボク・・・っていうか、護廷十三隊を忘れちゃダメだよ夜一ちゃん。でも・・・隼人クンが戦うまでもなく、終わらせられるといいね。」

「そうですな。」

 

 

「お二人とも、今日までありがとうございます。これからは京楽隊長と修行頑張るので!」

 

 

 

 

 

 

そして、二人は現世へと帰っていった。

それから三日過ぎ、珍しくやる気満々の浮竹を京楽が連れてきて稽古をつけてやると言われ、今に至る。

 

だが、真央霊術院を卒業した初めての隊長二人相手に、たかが一隊の三席一人はいくら何でも厳しいのではないか。というか、こんなシチュエーション今まで何回あっただろうか。

 

それだけ修行に恵まれていると言えば耳の良い話だが、過重な修行になるのではないかと常日頃ビクビクしている。体を壊していないどころか、ここまで全く出血していないのは奇跡と言えるだろう。

それだけ、躱す力をつけてきた。

 

 

・・・でもあの二人は厳しいよ。それが本音だ。

 

それ故かどうかは分かりかねるが、、明らかにビクビクしている隼人を見かねた京楽は、救済策を出してくれた。

 

 

「でも、最初から一気に二人で戦うのも無作法だから、最初は浮竹が一人で戦いなよ。」

「何言ってるんだ京楽。二人まとめてかかった方が「そうですね!!その方向でいきましょうか!!」

「おおおぉ・・・わかった。」

 

 

普段見せない、というか初めて人に見せる覇気のある顔で、要求を呑んでもらうことに成功した。

浮竹はまだ話を聞いてくれるので他の隊長より融通効きやすいのが非常にありがたい。

 

 

「京楽と二人がかりなら始解しないで相手になろうと思っていたが、一人なら仕方ないな。」

「えっ。」

「本気でいくぞ。――波悉く我が盾となれ 雷悉く我が刃となれ  『双魚理』――」

 

 

二刀一対の浮竹の始解は、京楽の物とは違い、二刀の柄が縄で繋がれている。

ただそれだけのように見えた。

 

 

「始解の能力は一体・・・。」

「さあな。()()()()()()()()()()()()()()()()?」

(!)

 

 

これは浮竹なりのヒントだ。隼人の方から攻撃したら何かまずいことが起こる可能性がある。

範囲型の始解か。敵の攻撃動作を見て神経を操り麻痺させる能力だとしたら打つ手は無くなる。

 

だが、その場合の戦い方もしっかり心得ている。

周囲を見て手近な道具を探す。

 

次の瞬間、ヒュンと小さな音が鳴るとともに浮竹の周囲に彼の身長を優に超える岩が設置された。

 

(目くらましか・・・。)

 

こうすれば始解の力を向けられる確率は低くなる。

そして、隼人は先ほどの岩の転移で唯一穴を開けざるをえない空間を生んでしまったが、それも織り込み済みだ。

 

浮竹の頭上に瞬歩で移動し、破道を打ち込む。

 

 

「双蓮蒼火墜!!」

 

 

浮竹に自身の居場所を特定されたが、逃げ道が無いため、躱すことも出来ない。

それに、今の破道は急繕いの縛道で防がれる程の威力設定にしていない。

向こうが始解するならこっちもそれなりに本気で行かせてもらう。というか、本気で行かないと負けちゃうし。

 

 

 

だが浮竹は、隼人の破道を見て()()()()

 

(!?)

 

少し訝しんだ隼人を見ながら、浮竹は自身の斬魄刀を頭上に掲げる。

隼人の破道が斬魄刀に触れた途端、その炎は()()()()()()()()()

 

 

「えっうそ!マジか!吸収されちゃった・・・。」

「俺の力、理解出来たかい?」

「その力・・・鬼道に対して強すぎません?」

「はははっ!確かに言われてみればそうだな。」

 

 

空中で足場を作り未だ岩に囲まれている浮竹と話して思考する時間を作る。

能力の吸収が力だとすれば、吸収限界がある筈だ。それを狙うか?

しかし浮竹の霊圧から考えれば吸収限界を狙う前にこちらが力尽きる。

 

だが、それ以上に気になることがもう一つ。

 

 

「僕のさっきの鬼道・・・どこに行ったんですか?」

「ああ、それか。実はな。」

 

 

まるで霊術院で教鞭をとっている時のような口調で呟いた後、浮竹は岩に斬魄刀を向ける。

 

先ほどの破道と全く同じ威力の物が浮竹の斬魄刀から放たれた。

折角目くらましのために設置した岩が台無しだ。

 

(吸収した攻撃を跳ね返す能力か・・・。)

 

だが、浮竹の能力は当初の予想をはるかに超える厄介なものであることは理解できた。

鬼道主体の隼人では、()()()()()()()()()()()()()()

そのため、タイマンで直接鬼道を打ち込む戦法はジリ貧と化してしまい、負け試合確定。

縛道で行動をある程度封じたとしても、斬魄刀を鬼道に向けることは出来るだろう。

 

ならばこれしかない。

 

 

「破道の七十八 斬華輪!!!」

 

 

手を擦り合わせて生み出す鬼道の刃は、今回は清浄塔居林の時とは違い三十程の数に減らす。

その代わり、一つ一つの刃をしっかり制御した。

 

浮竹の刀に当てず直接体に打ち込んでしまえば跳ね返される必要もない。

一部の刃が不自然な軌道を描いているのに気付き、浮竹は苦虫を嚙み潰したような顔をする。

今度こそダメージを与えられた筈だ。

 

 

「全く・・・。隼人クンも容赦ないね。」

「京楽!」

「え・・・ええーー!!!ここで介入してきちゃうんですか!?せっかくいい所だったのに・・・。」

 

浮竹の背後に瞬時に移動した京楽が、背後を狙った刃全てを斬り払ってしまったようだ。

だが、京楽は抜け目ない浮竹のやり方をしっかりと隼人に伝え自惚れを窘める。

 

 

「いい所かい・・・。浮竹は断空で身体を囲ってたからどっちにしろ全部無効だよ?」

(!!)

 

 

今の一瞬で身体を囲うように断空か。相当えぐいことをする。

 

 

「それじゃあこれからは、二対一でいこうか。隼人クンも本気出してきたっぽそうだし。」

「え・・・ちょ、早すぎじゃないですか?」

「遅いよ。」

(!)

 

 

今の一言は耳元で囁かれた。

右耳に直接響いた音から京楽の存在を警戒し、左に移動しつつ後ろを警戒する。

だが、連携の恐ろしさはこんな物ではない。

 

何故か向かった先に浮竹が移動しており、鬼道を放とうとしているのに気付くのが遅れてしまった。

というか、放たれてしまった。

 

 

「縛道の四 這縄!!」

 

 

縄状の霊子が京楽を避けた隼人をまさに捕まえようとしたが、寸での所でこちらも同じ縛道を打ち、相殺に成功した。

 

(あっぶねぇ~~!!!つーかやっぱ、容赦無さすぎ・・・。)

 

 

地面に着地しようとしたが、影鬼の存在を思い出して空中に足場を作る。

二対一の線鬼は味方陣営に却って不利な状況をもたらしかねないので、今回は前より京楽の力は厄介にはならないだろう。

 

 

「二対一・・・やっぱきついですね。」

「即席の連携、上手くいったな。」

「これもボク達の長年の付き合いがあるからこそ出来る技だよね~~浮竹ぇ。」

 

 

「そんな事ないだろ、というか気持ち悪い言い方するな京楽!」と浮竹は不服そうだが、長年の付き合い故に為せる連携はピッタリすぎて、今は敵の立場であるにも関わらず、危険というよりむしろ羨ましく感じた。

自分もずっと拳西と仕事とか一緒にしていればこんな連携の練習とかしてより強くなれたかもしれないのになぁ。とつい無いものねだりをしてしまう。

 

いかんいかん、実戦の途中で余計な事を考えるな。

ここで頑張れば最終的な結果として、本当にさっき考えたことが実現するかもしれないのだ。

 

態勢を整え、次の一手に賭ける。

連携になってしまった以上、完全に動きが読めなくなってしまったため、しばらくは攻撃を躱すことに集中する。

かがんだり身体を捻ったりして躱すだけでなく、どうしても厳しい時は転移術を織り交ぜて自身と相手の間に岩を置き、攻撃そのものを弱体化させて流血しない程度にするなど柔軟なやり方で二人の猛攻を受け流す。

 

隠れようかと考えたが、あの二人の霊圧知覚ではすぐに見つけられてしまうため、意味がない。

かれこれ数十分はこの状態が続いていた。

 

 

「隼人君は体力があるんだな。すっと躱していても動きに乱れが無い。」

「えっ・・・初めて言われました。」

 

 

浮竹が作った隼人の油断を京楽は巧妙に使う。

空中に足場を作っていたが、どんどん高度が下がり地面に近付いていたため、()()()()()()()()()()に隼人は気付かなかった。

 

影送りの力で残像を残した京楽は、さらに影鬼を使い、ノーリスクで背後を取った。

漆黒の刃と共に京楽は姿を現し、隼人は背後からなす術もなく斬られる。

 

 

()()()()

 

 

霊覚の鋭い隼人は影送りという具体的な技名までは分かっていなかったが、今浮竹の隣にいる京楽が本物でないことは推測出来た。

本来霊覚が鋭ければ鋭い程影送りの効果は上がるものだが、藍染との一件からむしろ霊覚一辺倒になってはいけないと考え、どれ程戦闘中に熱が入っても視覚で物を見ることを決して止めない訓練も行っていた。

影送りは強い霊覚で見る者ほど、強い残像を残す。だからこそ京楽はこの技を使ったが、この手の対策を取られれば効果は減少してしまう。

無意識の死神の行動を矯正することは難しく、実際今も完璧とは言えないが、京楽の巧妙すぎる策を見抜くことはギリギリ出来た。

 

だからこそ絶妙なタイミングで岩を隼人の背後に転移させ、()()()()()()()()()

 

京楽の刃はただ岩を刺すだけで、隼人の身体を貫くことは出来なかった。

 

 

賭けに近い戦術だったため、実行した隼人が一番驚いていた。

 

 

「外しちゃったか・・・って、ちょっとちょっと、自分の行動に自分で驚いてどうすんのさ。」

「えっいや・・・上手くいくとは思ってなかったので・・・。っていうかやっぱ京楽隊長の力ずるですよ。()()()()()ので気付けましたけど・・・。」

「視覚で見られちゃあボクの影意味ないじゃん。何だ損した~。」

 

 

京楽は少し不満そうというか、拗ねたような顔をしていたが、対照的に浮竹は晴れ晴れとした表情を浮かべていた。

 

 

「握菱鉄裁はすごいな。三席の男の子をたった二ヶ月程で隊長格に匹敵する実力に育て上げるとは・・・。」

「お、男の子って年じゃないです、恥ずかしいですよ・・・。」

「元々才能あったよ。浦原クンと六車クンお墨付きの子だしね~。」

 

 

そう言われると嬉しいっちゃ嬉しいが、京楽と浮竹の言い方に調子を崩される。

二人ともおじさんだからか、今になって子ども扱いされると凄くこそばゆい。

彼らにとってはいつまでも子どもだと言うのか。

納得いかない表情をしていたが、そう思われても仕方ない振る舞いをしていることに無自覚なため、受け入れる筈もない。

 

自分が大人だと言い張るうちはまだまだ子どもだと一向に気付かない隼人は汚名返上をするために鬼道を練っていたが、二人に窘められてしまった。

 

 

「もう十分だよ。今日は終わりにしよう。」

「時間はないが、だからこそ休むことも大事だ。毎日京楽と修行しているからこそ今日は終わりでいいんじゃないかな?隼人君がこんなに強くなっているとは、俺も驚いたぞ。」

「うぅ・・・ちょっと悔しいけど仕方ないですね。」

 

 

これも大人の貫禄を見せつけられたかのようでやっぱり悔しい。

でも浮竹からフォローされてちょっと嬉しくなっているのも事実だ。

 

二人と一緒に修行場から出て外の空気を吸いつつ散歩していると、この前うっかり起きた事件の当事者である七緒が京楽を待ち構えていた。

 

 

「京楽隊長、浮竹隊長、至急隊舎にお戻り下さい。」

「・・・・・・そろそろかい、七緒ちゃん。」

「はい・・・。」

「わかった。俺もすぐ向かうよ。」

 

 

瞬歩でその場を離れた浮竹は消え、京楽もそのまま歩いて行った。

それじゃあ僕も隊舎に・・・と思いつつ隼人も七番隊に向かおうとしたら、七緒に呼び止められてしまった。

 

 

「口囃子さん。ちょっと・・・。」

「えっあ、はい。何でしょうか?」

「あの時は・・・あんな事してすみませんでした。私も、ちょっとやり過ぎたとは思っていたのですが・・・ちょっと・・・。」

 

 

決して目を合わせようとしない七緒は謝罪こそすれどもまだちょっと声音に棘がある。

 

 

「いえ、別に僕は怒ってないので大丈夫ですよ。無理しないで下さい。」

「むっ無理なんかしてません!」

「男の裸見て怒っちゃうのは免疫無いのかなと思いましたけどね・・・。」

「わっ私は決してそんなことは「えーっとですね、七緒さん。」

 

 

 

 

「そういう時に怒っちゃう七緒さんの方が貴女らしくて好きですよ。」

 

 

じゃ、失礼しますと言い隼人はそのまま歩いて七番隊に向かっていった。

 

 

対して七緒は、京楽以外の異性から初めて好きと言われ、経験したことの無い感情にひどく当惑していた。

 

 

「わ・・・私は、別、に・・・。」

 

 

現世のドラマみたいにキザな台詞ではない。

月並みで平凡なありふれた言葉だ。

こんな言葉をかけられても恋多き女ならまったく靡いたりしないだろう。

松本あたりには「無いわ~~無い無い!!!」としかめっ面で否定されるだろう。

見た目も地味で今まで意識すらしたことなかった。

 

でも、七緒はしっかりと頬を朱に染め、書類を抱えて俯くほどには先ほど気遣ってくれた青年をカッコいいと思ってしまっていた。

相談に乗ってあげていた時は、いかにもなヘタレ男子でいつも叱ったりしてお姉さん面をしていたが、ふとみせてきた彼の男の姿に誰にも感じたことの無いときめきを覚えていた。

 

 

 

そしてその様子を木陰から見ていた者が一人いた。

 

 

「隼人クン・・・許せないなァ。」

 

 

先ほどまで隼人を子ども扱いしていた京楽は、そういう意味で立派な男へと成長していた青年に、霊術院時代の頃と同じくライバル心剥き出しでしっかりと目に焔を浮かべていた。

ミシミシと音を鳴らしながら木の幹を掴んでいる。

 

 

藍染との決戦まで、あと一日。

 



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騎士(ヒーロー)

ついに浦原喜助の策に目処がついたという報告が来たため、残った隊長は皆隊舎で報告を受けたあと、一番隊舎に集まることになった。

 

ただ、まだ護廷十三隊を偽物の空座町に入れるには霊子濃度が整っていないため、実際に空座町に向かうのは明日になるらしい。

 

というわけで、今日は解散!となったらしい。

最後の大詰めとして再び修行を行う者もいれば、何やら書類を渡され読み込んでいる副隊長達もいる。

 

隼人はすでに十分修行しており、これ以上やれば明日以降の行動に差し支える可能性があるため後ろめたい思いはあるが、しっかり休むことにした。

 

疲れ切っていたからか、狛村と射場にも休めと言われたので夕方であるがもう今日は寝よう。

と思っていたら。

 

自室の扉をトントンと叩く音が聞こえた。

あんまり出たくなかったが、何度もトントンされるのでちょっとイラっとしつつ扉を開けると、修兵、吉良、斑目、綾瀬川が四人揃っていた。

確か特殊任務を与えられた筈だ。

 

 

「・・・・・・何。」

「お願いします!浦原さんからもらった書類、俺達には手に負えません!!」

「はぁ?」

 

 

あの十一番隊コンビも深々と頭を下げているため、こりゃまたとんでもない文章であるかもしれない。

 

 

とりあえず四人を部屋に入れ、渡された書類を見ると、全て血文字で書かれていた。

 

 

「皆、ダイイングメッセージみたいってツッコんだだろ。」

 

 

無音で四人とも一斉にうなずいた。

頭を抱えざるを得ない。迂闊な隼人でさえ何か意図を感じると思い汚いというツッコミで留めたのだ。

 

そして聞くところによると、今回も皆ツッコミの才能が無いと書かれ、かなり落ち込んでここに駆け付けたらしい。

どうしても対処できないようでしたら口囃子サンの元に向かってくださ~~~い!!とも最後の頁にこれまた血文字で書かれていた。

 

十一番隊コンビは別の意味で怯えていたが、話す気にもなれないので放っておいた。

 

もうこの際、読み聞かせさせれば彼らはこの冊子を見ずに内容理解出来るので、朗読してあげることにした。

 

 

「え~~と、何々・・・。『アナタ達には転界(てんかい)結柱(けっちゅう)を守ってもらいます。これは四点のポイントを結ぶことで出来た半径一霊里に及ぶ巨大な穿界門の柱と言えます。これを壊されたらアラ大変!せっかく作り変えた空座町が元の空座町に戻ってしまう~~!!・・・・・・ってなワケで、こちらがアナタ達についてもらう配置っス。よろしくお願いしま~~す!!』・・・って、めちゃくちゃ大事じゃん!!!」

 

 

こんな大事な情報を血文字で書いた浦原の心情が理解できない。

そうなんすか!?と驚く彼らも何だか情けなく見える。

 

その後は柱の構造などについて書かれていたが、隼人の目で見て特に心配する要素は無いので、彼らが直接目にしても害は無いと思う。

ざっと読んだ限り隼人自身の脳では理解出来なかったので、あとは彼ら自身に頑張って理解してもらおう。

 

 

「もうあとは君達が読んでもショック受けないから大丈夫だよ。ほら、帰った帰った。僕は寝るから。おめぇら邪魔すんなよ。」

 

 

最後の言葉に意図せず凄みがこもってしまったため修兵と吉良は若干怯えていたが、帰ってくれて部屋も落ち着き、しっかり眠ることが出来た。

 

 

 

 

 

翌日。

 

残っていた隊長格全員が瀞霊廷内で準備をしていた所、再び緊急事態が起きた。

 

突然、虚圏との通信が途絶えた。

技術開発局の報告なので、もちろん事実。さらに黒腔も閉ざされ、両側から開けることが出来なくなってしまった。

黒腔を完璧に解析しているのは浦原喜助のみなので、向こうにいる死神は幽閉されたも同然だ。

 

よって、()()()()()()()()()()()()()()()ことが不可能になってしまった。

見事に戦力の分断を図られた。

 

だが、それでも残った隊長は動揺することは無かった。

 

彼らが空座町に来れないなら、自分達で止めればいい。

最強の死神である山本総隊長もいるため、問題ない。

 

隼人は招集のかけられた穿界門まで隊長、副隊長達を見送りに行った。

 

 

「おう口囃子!!儂らが藍染を倒してくるけぇ、おどれの出番は無いじゃろ!!」

「気を急くな、鉄左衛門。・・・行ってくる。お前も、役目を果たしてこい。」

「はい!瀞霊廷でお待ちしております!・・・射場ちゃんも、頑張って。」

「押忍!!!」

 

 

穿界門の近くにいる総隊長の元へ向かっていく二人は、歴戦の勇士みたいでカッコいい。

仁義を重んじる七番隊のどっしりとした風格を漂わせている。

この二人と一緒に仕事をしてきて良かったと改めて実感できた。

 

そしてその後やってきた京楽の元にも赴き挨拶をしたが、いつもより様子がおかしい。

 

 

「あら隼人クン。悪いけどボク、ちょ~~っと今キミとは話したくないんだ。」

「えっそ、そうですか。失礼をして申し訳ございません。」

「あぁ、いや、そうじゃなくてね。」

 

 

「ボクがいない間に七緒ちゃんに手を出したら・・・・・・・・・わかってるよね。」

「は・・・?いや、え・・・?」

 

 

昨日実戦の相手をしていた時とは比べ物にならない程の、冷たく鋭い霊圧が身体全体に突き刺さる。

昨日の言葉で七緒がときめいていたことなど全く知らない隼人は、何のことだかさっぱりといった調子だ。

これでも全く気付かないとは・・・と京楽は目の前の青年を末恐ろしい物を見る目で警戒していたが、相変わらずきょとんとした顔のままで無自覚なため、ライバル心を通り越して呆れてしまった。

 

 

「あ~もういいよ、今のは忘れて。それじゃあボク達行ってくるから、()()()()()()ヨロシク。じゃ~ね~♡」

「えっあ、はい!御武運を祈っております!」

 

 

ヒラヒラと手を振りながら総隊長の元へ向かっていく京楽は、さっきの鋭い霊圧の無いいつも通りの姿だった。

 

 

昨日夕方に自宅に来たあの四人は一足先に浦原が空座町に招いたため、この場にはいない。

大前田は「俺様と射場だけが隊長達と招集されてるぜ!!っしゃ~~!!」と盛り上がっていたが、事実を伝えれば相当ショックを受けることは目に見えているため、黙っておく。

 

 

「皆の者。準備は出来たかの。」

 

 

穿界門の前で総隊長が何やら話をしていたが、遠くで控える隼人には聞こえない。

だが、最後にかけた号令は瀞霊廷中に木霊するかのような迫力を感じた。

 

 

「護廷十三隊の名にかけて、何としても藍染を止めるのじゃ!!行くぞ!!!!」

 

 

術者が穿界門を開け空座町に向かう予定だった隊長副隊長全員が無事突入に成功した。

 

穿界門が閉ざされる。

 

(どうか・・・ご無事で・・・。)

 

斬魄刀と首から提げたお守りに祈りを捧げつつ、次は一番隊隊舎に向かう。

 

瀞霊廷の中心に最も近い隊舎で七緒とやちるが結界の準備などをしていた。

ちなみにやちるはただの応援みたいになっている。

七緒と一番隊員が持ってきたお菓子を一人モグモグ食べていた。

 

 

「あぁっ!!こばこばだ!!」

「あだ名が変わってる・・・。」

「口囃子さん!どこ行っていたんですか!」

「ごっごめんなさい・・・。」

 

 

本来はここで七緒の手伝いをすることになっているが、極秘任務(浦原曰く)を任されているため機を見て抜け出す必要があった。

極秘なのでバレたら大変と浦原に念押しされているので、上手く消えねば。

注意こそ払うが、地味なので大丈夫だろう。

 

 

「やちるちゃん・・・お菓子ばっか食べてるとお腹いっぱいにならないの?」

「む~~~!!!お手伝いさぼったこばこばに言われたくない!!」

「そうですよ!むしろ貴方の得意分野じゃないですか!」

「そうでしたね・・・やっぱちょっと手伝わないとダメか・・・。」

 

 

こうなったら、手伝いながらじわじわと距離を取って室内から出ていくしかない。

最悪、あの方法を使えばいいし。

「頑張れ頑張れななちん!!いーけーいーけーななちん!」という応援に自身の存在も消えていきそうだ。

これ程地味であることがプラスになるとは、何たる皮肉。

 

しかし。

 

 

 

 

伝令神機の着信のせいで、一気に注目を集めることとなってしまった。

ワンコールで取ったが、突然鳴り響く無機質な電子音が注目を集めないワケがない。

 

画面も見ずにヒソヒソ声でもしもしと応答すれば、あの気の抜ける声の男からの電話だった。

 

 

『どぉ~~もぉ~~口囃子サン!!』

「う、浦原さん!!今電話はちょっと・・・。」

 

 

そして、その様子を見ていた一人は怪訝に思わずにはいられなかった。

 

 

「口囃子さん?・・・何故浦原元隊長と電話を。」

「・・・・・・やっぱり、そうなっちゃいますよね。」

 

 

こうなってしまえば隠すことも不可能だ。

伝令神機を一旦閉じて、七緒にこれから行う隼人の役目を洗いざらい伝えることにした。

 

 

 

 

 

「一人で、本物の空座町に!?無茶です!」

「大丈夫です。そのために今まで特訓してきましたから。それに、途中までは浦原さんのサポートも入ります。」

 

 

これは事実とも嘘とも言える。何せ、電話口でのサポートにすぎないから。

 

 

「でっですが、「あくまでも黒崎一護の家族と友人の保護です。藍染は現世の空座町で倒れると信じていますから。危険なことは無いはずです。」

「だったら私も向かいます。共に連れて行って下さい。三席の貴方と共に副隊長の私も向かえば戦力として十分ではないでしょうか。草鹿副隊長でも構いません。貴方一人で行くことは私が認めません。危険です。」

 

 

これ程までに身を案じてくれて、正直複雑な思いを感じている。

一緒に行ってくれたらどれほど心強いかは、どんな馬鹿でも分かる程だ。

 

 

「・・・ありがとうございます。」

 

 

でも、あの場に七緒を連れてゆくことは出来ない。

七緒も井上織姫程ではないが、戦闘向きとは言えない。防御に優れた鬼道の扱いに長けているため、万が一藍染が尸魂界に来てしまえば彼女が先に殺されてしまう可能性がある。

 

 

「でも、七緒さんは瀞霊廷にいる方がいいと思うんです。七緒さん程の力があれば、瀞霊廷全域を覆う結界を作ることも容易いじゃないですか。瀞霊廷の守護番人は貴女にしか務まりません。」

「・・・・・・、」

 

 

七緒は反論の材料を探したが熱くなっているせいで見つからず、押し黙ってしまう。

 

 

「だから、たくさん結界を作って備えていて下さい。」

「で・・・・・・でも「待っていて下さい。」

 

 

 

 

「僕が必ず、貴女を護ります。」

 

 

「約束します。」

 

 

 

それじゃあ行ってきます!と七緒に挨拶し、やちるにも軽く事情を説明して一番隊舎から出る。

 

 

 

一体いつから、彼をヘタレな男だと錯覚していたのだろうか。

暫し呆然として先ほどの青年から言われた言葉を心の中で反芻していた。

 

『僕が必ず、貴女を護ります。』

『約束します。』

 

いつものあの男とは違い、非常に頼もしく見えた。

心から信頼してもいい、そう思わずにはいられなかった。

 

 

「生きて帰って来なかったら・・・許しませんからね・・・。」

 

 

京楽にも伝えたことのない言葉を、初めて他人に呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

『いや~~~~青春っスね~~。』

「何がですか?」

 

 

一方の隼人は、今回も全くもって自覚が無かった。京楽に殺されても知らないぞ。

 

 

『自覚ナシっスか、こりゃまた・・・黒崎サン並っスよ・・・。』

「いやだから、何がですか?」

『い~~え~!!何でも!では始めましょうか。』

 

 

 

『まずは、伝令神機に送った場所に向かって下さい。』

 

 

たったひとりの戦いは幕を開ける。

 




七緒ちゃんがだんだんとヒロイン化していってますが、やはり京楽の壁は分厚い気がします・・・。


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潜入

「あの・・・さっき伝令神機閉じた筈なんですけど、何でさっきのやりとり聞いてたんですか?」

『そんなのアタシがちょちょいのちょいっ!!ていじれば簡単っスよ。』

「金輪際盗聴とかしないで下さいね。」

『手厳しいっスね~。』

 

 

そんなやり取りを繰り広げつつ流魂街の外れを空中に霊子の足場を作りながら走っていると、段々と尸魂界にふさわしくない建物群が見えてきた。

 

()()()空座町。

実際に駐在任務で来たこともないため、見た所では何の変哲もない街だ。

 

そして隼人はこの街のことを全く知らないため、その情報を得るためにまずは町立図書館に向かうよう書簡で伝えられた。

 

書簡に書かれた座標に向かい、図書館に辿り着いた所で、ずっと電話を繋いでいた浦原から突然声が聞こえた。

 

 

『口囃子サン。始解して現世にいる藍染の霊圧を()()()()()()()()()。』

「読み続ける・・・?」

『――――――――。こういうことっス。』

「出来るかどうか分かりませんが、やってみます。」

 

 

解号を唱え、藍染の霊圧を捕捉しいつものように霊圧を読む。

たった三ヶ月程で彼は信じられない程霊圧が強化されているのを実感し身震いしたが、立ち止まっているわけにはいかない。

 

 

「ごめんね。ちょっと今日は力たくさん使うことになるから。」

【大丈夫だよ、こばやし。】

(!!)

 

 

信じられない。()()()()()()()()()()()()

今まで具象化のために斬魄刀と対話をしたこともあったが、一度も成功したことは無かった。

だが目の前にいるのは、桃色の現世のジャージを着た、前と変わらない女性だった。

ここにきて具象化ということは、まさか卍解が・・・と思ったが、見透かした彼女は首を横に振る。

 

 

【ごめん。今私を屈服させても、こばやしはまだ卍解を使えない。】

「そっか・・・。」

【もう少し待って。力が必要だから。】

(?)

 

 

力とは一体何なのか。聞こうとしても答えてくれる雰囲気ではないので、聞くだけ無駄だ。

一先ず図書館に一緒に入り、中の様子を窺う。

 

図書館で本を読んでいた者や、カウンターで本を貸し出ししていた係の者など、皆揃って眠らされている。

一体此処に呼んだ理由は何かと思いつつ探索していると、新聞の立てかけられた棚の隣の机に、小さな光が点滅した掌以上の大きさの液晶画面の機械が置いてあった。

 

そこから僅かな霊圧の残滓を感じ取った桃明呪が隼人に伝え、手に持ってみるよう促す。

裏返すと、鉄裁のエプロンに描かれた『浦』マークが印字されていた。

 

浦原の置き土産だとわかり、中央下にあるボタンを押すと、電話を繋ぐ画面が点いた。

 

 

『あ、繋がった繋がった。お久しぶりっス~!』

「さっきまでずっと話してましたけどね・・・。それで何故図書館に?あと何故この機械を置いて行ったんですか?」

『これからアタシと連絡を取り合う時はそのタブレットを使って下さい。色々役立つモノを入れましたので!それと、こちらから一冊、空座町全体が見える地図の本を持ち出して下さい。』

 

 

カメラには映っていないものの、話を聞いていた桃明呪がすぐさま本を探しに行った。

最初から場所を分かっていたかどうかは分からないが、すぐに彼女は本を持ってきて頁を開いていた。

 

 

【こばやし、これで大丈夫?】

「うん・・・大丈夫!ありがとう。それで浦原さん、次にやることって・・・。」

『空座第一高等学校に印をつけて下さい。』

「わかりました・・・って、いいんですか?」

『問題ないっス。現世に戻るときに消えるようにしたペンなので。』

「分かりました。で、次は?」

『黒崎サンの友人のデータがタブレットの中に入っています。彼らを保護して運んで下さい。』

「了解しました。」

 

 

機械には慣れていなかったが、何故かやけに桃明呪が慣れた手つきで扱っていたため、その辺の心配は杞憂に終わった。

四人だけだったため、そんなに労力はかからずに保護することができるだろう。

他にも三名程別枠でリストに載っていたが、未だ幽霊すら見えないと書かれており、比較的安全な場所に連れて行けば大丈夫なはずだ。

 

広大な空座町で、たった四名の捜索が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方現世の方では、藍染が丁度虚圏から出て侵攻を始めようとしている所であった。

黒腔から三名の十刃と、その従属官(フラシオン)が出てくる。

 

 

「いよいよ敵さんのお出ましって訳かい、浮竹。」

「ああ・・・。」

「こんな戦場に七緒ちゃんを連れてかなくて、本当に良かったよ。」

 

 

現れた破面は皆多種多様な見た目をしており、若い女もいれば年老いた老人もいる。

有象無象の破面の中でも、一体誰が最も強いのだろうか。

 

 

「誰が一番強いかな?十刃の三人の中で。」

「難しいな・・・。藍染に訊いてみない事には・・・。」

 

 

先達二人の隊長の目からしても、一体誰が最も強いのかを判断するには材料が足りない。

今まで現世に出てきた破面は誰もいないため、能力も何一つ分かっていない。

 

 

「口囃子の話から聞いとった破面は、誰もおりませんね・・・。」

「ああ。それも藍染は狙ったのだろう。隼人の解析の影響を極限まで減らすためにな。」

 

 

七番隊のトップ二人も、破面の霊圧を読んでいるが、やはり誰が強いか簡単に判断できない。

 

 

「ここは先ず、頭を叩くんがスジですかいの。」

「いや、藍染の能力は特殊だ。集中して対処する為には周りを先に倒すべきだろう。」

「ですが、隊長・・・。ヤツら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()・・・。」

「・・・そうだな・・・。」

 

 

「手強い相手なのは、間違いないだろう。」

 

 

元隊長が敵方にいる以上、膨大な情報は敵の手にあると考えておいた方がいい。

藍染ならそれぐらいの対策は取るはずだ。

 

そして、狛村の言葉の後に総隊長が始解をして藍染達を炎の中に封じ込めたことで、本格的に戦いは幕を開けることとなった。

 

転界結柱を狙うのは読めていたのでそこにはあの副隊長と席官達四人が守護としてついている。

彼ら四人に不測の事態が起きた時は、七番隊が救援に向かい転界結柱の保護や破面の掃討を行うよう、従属官四名が柱に向かってすぐに二人は打ち合わせをした。

 

射場は柱を護る四人の実力を知った上で、ある者に対してだけ不安を抱いていた。

 

(斑目・・・力、出し惜しみすなよ・・・・・・。)

 

日番谷先遣隊が戻ってきた後、射場は自隊だけでなく、古巣の十一番隊隊士に稽古をつけてあげることもあった。

その折に斑目と打ち合いすることがあったが、射場は気付いてしまったのだ。

 

斑目一角は、卍解を習得している。

 

そして、その卍解は狛村を含めた隊長に比べれば、天と地ほどの差があることも彼の霊圧から読み取った。

友人であり同僚でもある口囃子隼人の影響か、射場も霊圧知覚を鍛え、隊長並みのレベルに達することが出来た。十一番隊にいたままではこの力を伸ばすことが出来なかっただろう。

 

この戦いは従属官相手でも油断すれば死ぬかもしれない。

そう確信した射場は、決して力を明かそうとしない斑目に苛立ちすら感じていた。

 

(情けのう犬死にしおったら・・・儂はおどれを見損なうぞ・・・!)

 

 

狛村と共に空座町を巡回しつつ、射場は斑目の他に、四人の無事をがさつながらも祈った。

これも、友人の影響かもしれない。

 

 

 

 

 

 

これまた一方、尸魂界の空座町では。

 

 

「有沢たつきちゃんは道場で眠っていたのを発見して運んだはいいけど・・・他の三人どこ行ったんだよ・・・。幽霊が見える程度の僅かな霊力持ちはこの街何故か多いから探すのも大変だぞ・・・。」

 

 

黒崎一護の友人の保護を浦原から依頼されてやっているものの、かれこれ一時間程街中を探して、見つかったのはたった一人だけだった。空手をやっていると情報に書いてあったので適当に地図から道場を調べると、数人の同年代の少年少女と共に倒れて眠っているのを発見した。

 

しかし、他の三人はどれだけ探しても何故か見つからないのだ。

先に一護の家族を保護してもいいかと聞けば、『黒崎サンの家族にはより厳重な結界をかけて欲しいので、後にして下さい。』と、かなり真面目なトーンで『たぶれっと』の中の浦原が答えたので、渋々一護の友人数名を探すことになった。

 

その通話から三十分過ぎた頃、桃明呪が捜索対象の一人を見つけた。

 

 

「見つけた。あの橋の上で眠っている。」

「おっ本当だ。良かった~・・・・・・・・・、んん?」

 

 

倒れ込んで眠っていた少女――本匠千鶴は、風が吹いたせいなのか、超ミニスカートが完全にめくれており、パンツモロ出し状態で倒れ込んでいた。

現世の女の子のパンツなど見たことない隼人が反応を示さないわけがない。

 

 

【さすがに、女の子のパンツを見て妄想しちゃうこばやしは応援できない・・・。】

「うっうるさい!!とっとにかく隠してあげないと・・・。」

【そうやってこばやしは未踏の地にさりげなく踏み出そうとしているの?】

「へぇあっ!?!?み、み、未踏の地って・・・・・・・・・!」

『口囃子サン・・・ガチの童貞だったんスね・・・。』

「だから何で切ったはずなのに勝手に繋がってるんですか!!恥ずかしいなもう!!」

 

 

浦原からの通話は今度こそ確実に切る。

斬魄刀である女性からもかなり白い目で見られてしまい、眠っている少女に一歩近づくだけで殺されそうな目を向けられた。

結局、彼女が抱きかかえて目的地まで運ぶことになった。具象化していればその場の実体にも干渉できるとは思いもしなかったが、自分が抱えて通話越しと斬魄刀越しに白い目で見られるよりはましだ。

本匠千鶴を運び終わった頃にはかなり体力を消耗していた。

 

 

「ふひ~・・・疲れた・・・。ちょっと何か飲みたい。」

【だったら、ほら。】

 

 

彼女が指さしたのは7という数字が印象的な、いわゆる『こんびに』だ。

向かってみたが、従業員は例外なく皆眠っている。

 

 

「えっでも皆眠っているからお金払えないよ。そもそも僕今は現世のお金持ってないし。」

【こばやしって、馬鹿なの?】

「はぇっ!?!?何急に辛辣な一言・・・。」

【大丈夫。一本ぐらい貰ってもバレないよ。】

「それ窃盗じゃん!!いくら皆が眠ってるからってダメだよ・・・。」

 

 

と注意するものの、桃明呪はフラフラっとジュース売り場に歩いていき、おもむろにミルクティーを取ってその場で開けて飲み始めた。

自由すぎるだろ僕の斬魄刀と、隼人は開いた口が塞がらず、絶句している。

つーか斬魄刀が具象化したら飲み物とか飲むのかよ、知らなかったわ。涅隊長に報告すれば喜びそうとか考えたが、なけなしの良心を振り払って注意する。

 

 

「やっぱダメだってば!お店の人に迷惑かかるって!」

【喉乾いてるんでしょ?こばやしは飲まないの?美味しいよ?】

 

 

一向に持ち主の話を聞かない桃明呪は相変わらずゴクゴクとペットボトルを口につけてミルクティーを飲んでいる。

めちゃくちゃ美味しそうに。

 

一時間半程走り回っていたため、喉などカラカラ。

そして目の前には飲み物の山と、その中の一本を美味しそうに飲む我が斬魄刀。

 

誘惑に負けるのも時間の問題だ。

ゴクリと喉を鳴らし、身体は水分を欲している。

だが、隼人は心の中で秤にかけていた。

 

(すっげぇ飲み物飲みてぇ・・・!!!でも仁義を重んじる七番隊でそんな窃盗なんてマネ、あってはならんよ!!あぁでもお茶飲みてぇ・・・!!!!)

 

じっと目の前の斬魄刀が飲んでいるペットボトルに視線を集中させ、秋と冬の間なのに汗水を流して変な顔をしている隼人は、今や完全に変質者だ。

うぅどうしようどうしようと声にも出てしまっており、誰かに見られたらその誰かが卒倒しそうな程恐ろしい光景だ。

 

そしてその隼人の悩みを嘲笑うかのように、ある音が耳に入ってしまった。

 

ゴクゴクと液体を勢いよく飲む音。

それは誘惑の道へと誘う悪魔のような音であった。

 

 

『ぷはーー!!!やっぱお茶は美味しいっスね~~~!!!最高っス!!』

 

 

もう我慢出来なかった。

 

据わった目で『こんびに』のジュース売り場からほうじ茶のペットボトルを手に取り、無表情でフタを開ける。

 

 

口をつけてから数秒間。

無言でお茶を流し込み、10秒もかからずに500mlのペットボトルのお茶を飲み干し、魂の叫びを放つ。

 

 

「うんめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!何だよこれ!!!これがタダで飲み放題ってか!?!?最高じゃねぇか!!!仁義なんてモン今は忘れてやる!!!!!窃盗上等だこらぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 

【さすがに、応援できない・・・。】

『・・・やりすぎましたかね?』

 

 

暫くの間、口囃子隼人は奮戦している隊長格の存在を完璧に忘れ、己の欲求を満たしていた。

 




次回から本格的な戦闘が始まります。


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射場鉄左衛門

己の欲求を満たして我を忘れていた隼人は、飲み物の飲み過ぎで腹を下した瞬間、我に返ってしまった。

 

 

「はっ・・・・・・!!!!一体僕は何て真似を!!っていうか、厠厠!!」

【あっちだよ、こばやし。】

「ありがとう!おぉぉぉぉお腹が痛い・・・。」

 

 

大急ぎで駆け込み何とか粗相をしでかさずに済んだが、便器の隣にあるボタンに全て纏められている最新式のトイレのため、何を押せばいいか分からない。

 

(クソッ、何でレバー式の厠じゃねぇんだよ・・・。『おしり』でも押せばいいのか・・・?)

 

多少嫌な予感はしたが、隣の『ビデ』と書いてあるやつよりかは危険性が少なそうだ。

不退転の覚悟を決めて、全力で人差し指を動かしてボタンを押した。

 

ピッという効果音のあと、普通流れるはずの水が流れる音は聞こえなかった。

むしろ、変な機械音が便座の下から聞こえた。

 

次の瞬間。

 

謎の液体が隼人の尻に直に当たり、経験したことの無い感触に気の抜けた悲鳴をあげることとなった。

 

 

「えっちょ、何だよこれ、おうっおうっふふふふふふ!!お尻がっあひぃっ!濡れちゃう!!って、止まれ止まれ!!」

 

 

『止』の字が書いてあるボタンを見つけたので、急いで押して謎の噴射は止まった。

しかし、他のボタンを探してみたが、排泄物を流してくれるようなボタンは一つも見当たらない。

 

どこか別の場所にあるかもしれない、探してみるか。と先ほどの粗相も水に流すつもりで心を改め便座から立ち上がる。

 

次の瞬間。

 

あれだけ悩んでいたのを馬鹿にするかのように、厠の水はあっけなく流れて行った。

 

 

 

 

【こばやし、どうしたの?】

「何でもない・・・。ちょっと、現世の科学技術に打ちのめされただけ・・・。」

『口囃子サンはお尻に水をかけられたら、あんな変態じみた反応をするんですね~。』

「えっちょっと、何でまた聞いてたんですか!!」

『いや~面白そうなんでつい!アタシは強制的にアナタのタブレットと繋げるので問題ないっスよ~。』

「大ありですよ問題!!完全に盗聴じゃないですか!やるなっつってんのに!」

 

 

だからさっきはわざとらしくお茶を飲む音を流したのか、という発想は、恥ずかしさで顔を茹でタコのようにしている隼人には浮かぶはずがない。

 

 

『録音もできるんスよ~。ほら、「おうっおうっふふふふふふ!!お尻がっあひぃっ!濡れちゃう!!って、止まれ止まれ!!」』

「わぁぁぁぁぁぁぁ!!!最悪だ!信じられませんよ!!消してください!」

『あ、あれっ?通信が、おかし、い、ですね・・・。』

「わざとだろーが!!」

 

 

勢いあまって通信機器を床にぶん投げたが、浦原特製の機器であるためそんなヤワな衝撃で壊れるものではない。

一体何をやっているのだろうか。現世ではシリアスに戦闘を行っている事だろうに、自分は完全に浦原とコントじみたことばっかやっている。

 

ちゃんと本来の目的に戻って探さないと。

 

 

「もうダメだダメだ!!下らないことで疲れちゃ意味ない!残った二人探さないと・・・。」

 

 

捜索再開。コンビニで英気を養った二人(?)は、形だけでも雰囲気を変え、残った男二人の捜索を始めた。

 

 

 

 

 

捜索再開から三十分後。

桃明呪が空座町の異変に気付いた。

 

 

【待って。】

「どうしたの?出来れば東の端まで探しておきたいんだけど・・・。」

【逃げよう、こばやし。こっち。】

「えっちょっと、状況が・・・。」

 

 

そして絶妙なタイミングで、浦原からも連絡が来た。

 

 

『緊急っス。口囃子サン、今どこにいますか?』

「えっと・・・いま丁度東の端に辿り着く所だったんですけど・・・。」

『まずいっスね・・・。とにかく逆方向に移動して下さい。』

「一体何が・・・空座町で何かあったんですか?」

『斑目サンがやられました。柱も壊されています。』

「柱が壊された!?」

 

 

一つでも柱が壊されれば、転移した場所が戻り始めるということ。

つまり、その場にいたままでは、藍染に自分がここにいることがバレてしまう可能性もある。

最悪現世の空座町に残されてしまい、戻れなくなる可能性もあるのだ。

 

 

『このままでは回帰に間に合わずアナタが現世に強制的に転送されてしまいます。急いで逃げて下さい!』

「はい!!」

 

 

見ると、じわじわとだが街の端から戦いで生み出された瓦礫の山に変化しつつある。

桃明呪に連れられる形ではあるが、すぐに東側から距離を取ることにした。

 

 

 

 

 

 

一方現世でも。

 

 

「斑目が・・・やられただと!?」

 

 

砕蜂と日番谷の焦りの声が漏れ出ている中、京楽と浮竹も別の意味で冷や汗を流していた。

 

 

「隼人クン、まずいんじゃないかい?」

「東の方にいなければいいんだが・・・。」

「・・・そう、祈るしかないね。」

 

 

総隊長らは十刃達が動きを見せない以上、その場で柱を守る四人の戦いを見ていた。

その中で、東の柱を守っていた斑目の霊圧が弱まっていることが分かり、柱も壊されたためやられたと判断せざるをえなかった。

 

 

「だが、()()()()()()()。見ろ、京楽。」

「・・・これで一先ず安心ってとこかな?」

 

 

しかし、柱が壊された場合の対策をみすみす怠るはずはない。

京楽と浮竹はホッと胸を撫でおろし、目の前にいる十刃を見定めし直し始めた。

 

 

破面に倒された斑目の元に訪れたのは、七番隊の二人であった。

斑目の頭を踏みつけていた破面をたった一発殴るだけで吹き飛ばす。

 

 

「鉄左衛門!」

「押忍!!!」

 

 

抱えていた大きな巾着袋から十数本もの棒を取り出し、回帰が進んでいる境目に棒を打ちこんでいく。

これにより、簡易的ではあるが柱を復活させることが出来た。

 

 

 

 

「回帰・・・止まったかな?」

【大丈夫だと思う。もう一回あっち探してみよう。】

「わかった!」

 

尸魂界にいる隼人も射場達のおかげで捜索を再開することが出来た。

 

 

 

 

「ぽはははははは!!!!」

 

 

狛村の拳打では、致命傷にはならなかったようだ。

狛村本人もとにかく斑目を救うことを最優先にしたため、殴るときの力とかは考えていなかった。

 

 

「隊長・・・ここは儂がやります。」

「・・・今の鉄左衛門なら、相手ではないな。」

 

 

射場の後ろ姿をじっと見据えつつ、狛村は斑目と十数本の棒の前に立ち戦闘の余波から守る。

 

 

「猛れ!頭詰(かしらづめ)!!」

 

 

解号を唱え、匕首の形をした斬魄刀から、広い刀身の真ん中あたりに枝の刃がついた刀に変化する。

 

 

「何だ、タダの奇妙な刀ではないカ。こんなモノ、」

 

 

「ワタシにとってはゴミでしかナイ。」

 

 

斑目を圧倒したそのパンチが射場にも襲い掛かる。

しかし射場は、その力を自身の始解で事も無げに防いだ。

 

 

「!!おマエ・・・!」

「破道の六十三 雷吼炮」

 

 

至近距離で鬼道を浴びた破面は、先ほど狛村にやられたのと全く同じように吹き飛ばされる。

斬拳走鬼全て揃った万能型が特徴の射場だが、隼人が鉄裁との鍛錬に入る前に、恥をしのんで(射場的に)鬼道を教えてもらっていた。

八十番台以上の高等鬼道はまだ手が出ないものの、七十番台以下の鬼道は詠唱破棄しても十分な力でダメージを与えることが出来るようになった。

 

だが、目の前の破面はそう簡単にはいかない。

 

 

「イイネ、キイたヨ、死神・・・。ワタシも、()()のパンチを見せてヤロウ・・・!!!」

 

 

瓦礫の中から起き上がった破面は斬魄刀を取り出し、解号を唱える。

 

 

気吹(いぶ)け 『巨腕鯨(カルデロン)』」

 

 

次の瞬間、首から上が急成長を遂げたのか、みるみるうちに巨大化していく。

いや、それだけではない。

身体全体も急成長を遂げ、信じられない大きさへと巨大化してしまった。

 

 

「な・・・何じゃあ・・・こりゃあ・・・!!」

 

 

流石の射場も目の前の光景に面食らってしまう。

現世の特撮映像で見たことのある、怪獣のような破格の大きさの破面が、射場の目の前に現実として存在していた。

 

 

「フウウウウ~~~・・・叩き潰すノモ面倒ダ・・・。」

 

 

その言葉の後、体格に見合わない俊敏な速さで、射場の立っている場所に拳打が降りてきた。

 

(!)

 

普通なら躱す。そうでもしないと圧倒的な質量にやられ、形の残らない肉塊へとあっという間に変貌してしまうだろう。

 

だが射場は、破面の()()()()()腕を見て、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

まさに射場が破面の拳に潰されそうになったところで。

自身の斬魄刀を斬り払い、破面の腕は巨大化したまま遠くに飛んでいった。

 

 

「ヌ、ヌウウウウウウウウウウウウウ!!!!!おマエ、よくもワタシの腕ヲ・・・!!ナゼだ!!ナゼワタシの腕が斬れタ!!!!」

「じゃかぁしい奴じゃ、昔の口囃子みたいじゃのう。」

「虫ケラメ!!!!ワタシが殺しテヤル!!!!」

 

 

破面は大口を開けて虚閃(セロ)の準備を始める。

しかし鍛錬を行った射場は、その隙を見逃す筈はない。

 

 

「遅いのう。口囃子が相手じゃったら、笑われとるわ。」

 

 

一瞬で巨体の股下に入った射場は破面の両脚を刀で切断する。

いくら破面の反応速度が速いとはいえ、巨体であるためタイムラグはどうしても生まれる。

 

 

「ガアアアアアア!!!!許サン許サン許サン!!!殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス!!!!」

 

 

脚を失いつつも殺意だけで胆力を保ち、最後の力を振り絞るかのように口から虚閃を射場に向けて放つ。

股下に向けて自爆覚悟で打ち込んだため、反動で破面自身もダメージを受けた。

 

 

「コレデ・・・あの虫ケラモ死ンダハズダ・・・!!」

「儂が何じゃ?」

(!!!!!)

 

 

射場は破面の両脚を斬った後に、一瞬だけ自身の霊圧を消して破面のうなじの位置に移動していた。

そして射場は、自身の斬魄刀を破面の首にかけている。

 

 

「おマエ・・・何故そこニイル・・・!」

「分からんか。おどれには。」

「一体何ナンダ、おマエハアアアアアア!!!!!!」

 

 

戦意を失い恐れをなした破面は、後ろ首元にいる男の存在に怯えるしかなかった。

 

 

「そうじゃのう・・・まだおどれに名乗っておらんかったわ。」

 

「儂は七番隊副隊長、射場鉄左衛門。おどれが何遍も言うように、」

 

 

 

 

虫螻(むしけら)の様な男じゃ。」

 

 

自身の矮小さを唱えた男は、そのまま鮮やかな動作で破面の首を刎ねる。

まるで、組の裏切り者を粛清するかのように無慈悲で冷酷な剣であった。

 

 

「鉄左衛門、成長したな。」

「いいえ、奴が巨大化したけぇ、儂は短期戦に持ち込むことができやした。」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()始解を持つ鉄左衛門なら、あいつは敵ではない。だが小さな刃も大分短くなっているな。暫くは霊圧を休ませるべきだ。」

「押忍。」

 

 

無傷で戦いを終えることが出来たが、思っていたよりも霊圧の消耗がはげしかったようだ。

射場は始解を解いた後、斑目の元に向かう。

射場の戦闘をただ見ることしか出来なかった斑目に、先輩として喝を入れた。

 

 

「お前が卍解を使おうともせんで勝てる相手だと思うな。」

「射場さん・・・!」

「気付いとらんと思うたんか馬鹿たれが。儂だけじゃあない。口囃子もきっと気付いておるわ。」

 

 

いつもの射場と違い、言葉尻には糾弾の意思がある。

少し離れた位置に移動した狛村は、何も言わず空を眺めていた。

 

射場は力を隠して勝てる相手に負けたこと、命令を守らず一人の意地で隊の戦いに傷をつけたことを、しっかりと言葉で斑目に実感させ、考えを改めさせようとした。

しかし、斑目も譲ろうとはしない。解っていても己の意地を優先すると言いかけた。

 

 

たまらず、射場は斑目の顔を殴りつけた。

 

 

「何が解っとるんじゃ馬鹿たれが。甘ったれとるんじゃおどれは。自分が死んでも代わりがおる。心のどっかでそう思うとるけぇ、平気なツラして負けられる。」

 

 

この言葉は、戦いにおいて死にたくないと何度も言う隼人の影響を受けていた。

 

 

「待てよ・・・黙って聞いてりゃ・・・甘ったれてるだと・・・!俺が平気なツラして負けてるだと・・・!!」

「ほうじゃろうが。何が違う?」

「口囃子隼人みてぇな腑抜けたこと言いやがって!!!てめぇ!!!」

 

 

長年の友である隼人を非難する斑目の言葉は、射場を本気で怒らせるにはあまりにも効果が強すぎた。

 

折れた三節棍の切れ端を掴んで射場に斬りかかったが、指一本であしらわれ、終いに射場の渾身の拳が腹に入り、斑目は吹き飛ばされてしまった。

 

 

「この拳は、口囃子の分も入っておるぞ・・・!!」

 

「正面からぶつかって負けりゃあ何の意味があるんじゃ!逃げても恥かいてでも勝たにゃ意味が無いんじゃ!!」

「出来るかよ!そんな口囃子隼人みてぇな腑抜けた戦い方!!」

 

 

「なら力をつけんかい(だったら力をつけろよ)!!!!!!」

(!)

 

 

斑目にとっての射場の一言は、この場にいない鬼道主体の戦い方をするあの男からも糾弾されているような気がしたが、痛々しいほど心に突き刺さるものであった。

 

 

「口囃子はどがいな手を使うてでも勝負をする男じゃ。じゃけぇ儂の何倍も強い。意地通したけりゃ力をつけぇ。敵と戦うたら死んでも勝て。」

 

 

「それが、筋を通すっちゅう事じゃ。」

 

 

その言葉は、斑目の心構えに大きな影響を及ぼすこととなった。

 

遠くにいた狛村が射場の元に歩いて声をかけた。

 

 

「隊長・・・。」

「安心せい。生憎と、今日の儂は耳が遠い。」

「・・・すんません。ありがとうございやす。」

 

 

斑目の元から立ち去った後、射場は三、九番隊の副隊長にも会った。

遠くから射場の戦闘を見ていたようだ。

 

 

「射場さん・・・お疲れ様です。」

「何言うとる。」

 

 

「これからが戦いじゃ。」

 

 

彼らの頭上では、十刃がついに戦闘態勢に入り始めた。

 




射場の始解、頭詰(かしらづめ)は、本当に単純な始解です。真っ直ぐな射場の性格に合うような始解を考えました。ネーミングの由来は、安直ですがヤクザのエンコ詰めるアレです。頭を詰める(首を刎ねる)、まるで処刑執行人のような冷酷な性格も射場の中にはあるのではと思い、このような始解にいたしました。願わくば原作で射場の始解の具体的な描写を見たかった・・・。結構好きなキャラなんですよね・・・。


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本気

「・・・やれやれ、肩が凝るねぇ。気合いの入った山じいと居ると、こっちまでさ。」

「そうだな、これが片付いたら久し振りに二人で先生の肩でも揉んでやろうか。」

「いやいや、凝ってるのはボクの肩だってば。」

「何言ってるんだ。見たことないぞ。お前の肩が凝ってる所なんて。」

「そんなことないよ浮竹。七緒ちゃんに揉んでもらおうと頼んだら愛の仕返しで余計肩が凝っちゃうんだ♡」

「伊勢副隊長なら物凄い力でお前の肩を叩きそうだ。」

 

 

軽口を叩き合って落ち着きを払う年長者二人は、しっかりと相手の霊圧の波を見ている。

 

 

「強そうなのはあの気怠そうな破面か・・・。」

「やっぱ肩こっちゃうな・・・。七緒ちゃん呼ぼっかな・・・。」

「何言ってるんだ。そんなに肩が凝るなら、」

 

 

「隼人くんでも呼べばいいだろ?」

「彼はダメだよ。ボクの恋敵だから♡それに・・・、」

 

 

馬鹿なことをと言いたげな浮竹の呆れた目を流しつつ、京楽は自身の願いを浮竹に告げる。

 

 

「隼人クンは、もっと別の人を労って肩揉みさせるべきじゃないかな?」

「・・・そうだな。」

「来るかなぁ・・・みんな。」

 

 

京楽は、少し翳りのある表情で101年前の悲惨な実験に巻き込まれた元隊長格達が来るのを心中で待ち望んでいた。

 

 

 

 

 

先ほど下手すれば自分が現世に送還されるという危機的状況があったが、向こう側の助力のおかげで任務に大きな支障をきたすことは無くなった。

 

射場の魂の怒りなど露知らず、口囃子隼人は一護の友人保護のために未だ捜索を続けていた。

先ほどの危機を対処してから約三十分後、ついに三人目を見つけることが出来た。

 

 

「えっと・・・浅野啓吾くん、だね。何かいい夢でも見てるのかな・・・。」

 

 

フヘヘヘヘ・・・とでも言いたそうな顔で、公園で寝転がっているのを発見した。

「あぁっ何てファビュラスな女体・・・!ここはパラダイスか・・・!んほぉぉぉぉっっ・・・!」と寝言を喋っているのが聞こえたが、ツッコむ気にもなれないので早々に目的の場所に運ぶ。

 

彼を安置させた後に再び外を探していると、死覇装を着ている男が倒れているのを発見した。

空座町駐在担当の死神だろうか。名前は・・・調べたけど忘れた。

髪の毛が爆発しているため、適当にボンバーマンとでも名付けておこう。

 

しかし現世の人間と共に眠らされていたとは、迂闊だったのか情けないのか。

一応彼もたつき達と同じ場所に安置しておくことにした。

霊力を見る限り席官クラスは普通にある筈だが、眠らされてしまうぐらいなら任務を手伝ってほしいくらいだ。

 

(まぁでも・・・最悪足手まといかな・・・。)

 

起こすのもそれはそれで面倒なので放置して再び捜索を始める。

 

 

最後の一名は、何と既に目を覚ましていた。

コンビニの中で食料を物色しているようだった。

 

 

「小島水色くん、だよね。」

「・・・・・・。」

 

 

振りむいた黒髪の青年は無表情ながら顔には警戒の色が見える。

突然見ず知らずの男から自分の名前を呼ばれたら誰だって警戒するだろう。

そこまで考えを巡らせることが出来なかった隼人は少し後悔した。

 

だが、目の前の青年は()()()()()()を知っているようだった。

 

 

「一護の関係者ですよね?」

「!・・・知ってたの?」

「一護がその黒い服を着て、帽子を被った変わった服装の男の人と話しているのを何度か目にしました。」

「浦原さんのことも知ってるんだ・・・。ともかく、貴方を保護します。ごめんなさい、選択権は貴方にありません。」

「わかりました。」

「友達もいるから安心してね。」

 

 

道行く人皆眠らされているという異様な光景を見たからか、水色は隼人の命令に反抗することなく素直に従ってくれた。

たった四人を探すのにかなり手間取ってしまった。二、三時間は使ってしまった。

 

一つ目の任務を達成できただけ良しとするか。

 

 

水色を目的の場所――空座第一高等学校音楽室――に連れて行くと、何と他の三人も目を覚ましていた。

 

 

「小島!アンタ、起きてたの!?電話ぐらいしなよ・・・。」

「ごめん。ケータイの充電切れてた。」

「水色ーーー!!!無事で良かったーー!」

 

 

黒髪の女子生徒――有沢たつき――と、茶髪のハイテンションな男子生徒――浅野啓吾――は、友人の無事に対し真逆ともいえる反応を示した。

 

それと同時に隼人の存在を目にし、一気に静かになる。

奥の方で座り込んでいる女子生徒――本匠千鶴――は、一体何なのか全く事態が飲み込めておらず、ひどく混乱しているようだった。

 

 

「一護と何か関係があるんですよね?」

「うん・・・。現世の人間の君達にどこまで話せばいいかは悩んでるんだけど「教えてくれ。」

「最近空飛んだりしている怪獣みたいな奴とかと関係あるんだろ?一角さんとかが戦ってるの俺見たぜ。あと、俺達は一護の友達だ。」

 

 

「全部教えてくれ。」

 

 

啓吾は、自分の友人の無事を喜んでいた時のこの上なく嬉しそうな顔とは違い、真剣味のこもった表情、声音で、得体のしれない隼人に対峙していた。

水色、たつきも真剣な表情でこちらを見据えている。

 

 

「わかった。今の状況は全て教える。でも、今僕が言うべきではないこともあるんだ。それは、一護くんから直接聞いて。それに、えっと・・・千鶴ちゃんは多分何も知らないから、本当の最初からこれから皆に改めて説明するよ。」

 

 

理解してくれるだろうか。そして、受け入れてくれるだろうか。

魂魄を材料にするということは命を狙われていると同じ意味であることに。

 

 

 

 

 

一方射場は、先ほどの戦いの消耗を癒しつつ、吉良と修兵と共に地上から他隊の戦いを見物していた。

 

 

「雛森くん・・・戻ってきたのか・・・!」

「大丈夫かのう・・・前に会うた時も()()()()と呼んでおったけぇ、戦いに行くべきではないと思うておったんじゃが・・・。」

「・・・・・・そっすね・・・。」

 

 

この射場の言葉を聞き、修兵は複雑な表情を浮かべていた。

 

修兵は今でもずっと、東仙は隊長呼びで呼んでいる。

それは中央四十六室で査問にかけられた時もそのままであり、頭の固い老人達(賢者)を憤らせるには十分だった。

最年少賢者である阿万門ナユラの取り計らいにより彼らは叱責処分だけで済み、実質お咎めなしだった。

しかし、裁判でもいつも通り振る舞っていた修兵は、尊敬していた隊長が一日にして護廷を裏切り大罪人となって皆から非難されるのを、簡単に受け入れることが出来ていなかった。

 

だから今も『東仙隊長』と呼んでいる。

呼び捨てであの男の名を呼び、憎悪の言葉を吐き出せたらどれほど心が楽になるだろうか。

でも、真面目で義理堅い修兵に、そんな真似は出来る筈はない。

数々の教えを胸に抱き、先ほどの破面との戦いでもその教えを活かして戦った修兵に、そんな真似は出来る筈はない。

 

 

「俺は今日、()()()()の教えで東仙隊長の目を覚まさせます。」

「檜佐木さん・・・。」

「・・・・・・ほうか。」

 

 

サングラスの奥の目が一瞬鋭くなったが、修兵の顔を見た射場は斑目の時とは違い、激励の言葉をかける。

 

 

「いい目じゃ。頑張れよ、檜佐木。漢っちゅうんはそうでおらんとのう!」

「射場さん、嬉しいっすけど、よく分からないっす・・・。」

「檜佐木さん、気にしちゃダメです。」

 

 

吉良の言葉の後、雛森と松本の周囲が一気に爆発した。

 

 

「雛森の鬼道か。」

「雛森くん・・・いつのまにこんなに強くなったのか・・・。」

 

 

修兵と吉良が雛森の複雑な術式に感嘆する。

 

 

その派手な戦いを自分も戦いながら察知した京楽も、感心していた。

 

 

「おっ。おぉぉぉ~~~。あちらさんはハデにやってるねぇ。どうだい、十刃さん。こっちもそろそろ、ハデにいっちゃおうじゃないの。」

 

 

笠の下から鋭い眼光で目の前の十刃を射抜くが、頑なに全力を出したくないらしく、何度も拒否する。

それでいて、十刃――コヨーテ・スターク――は、持ち前の洞察力を使い、京楽の戦い方をしっかりと分析していた。

 

 

「あんたも本気で戦ってないだろ。右に左に刀を持ち替えて戦うクセに、刀と脇差が二本差し。その上左手で振るときの方が間合いが近い。あんた、()()()だろ?そう考えない方がおかしいだろ。」

 

 

スタークの推理を聞いた京楽は、尚それでも笑みを絶やさない。

 

 

「参ったね。左右の間合いは調節してたつもりなんだけど。流石、よく見てるねぇ。」

 

 

「こわいこわい。」

 

 

瞬時に前に踏み込んだ京楽は、左手で振るう間合いを右手の間合いに調整する。

普通なら調整した間合いと全く同じ間合いで右手でも斬りかかるはずだ。

そう推測したスタークは、その間合いギリギリを躱せる距離にスッと移動する。

 

しかし、京楽は右手の間合いをわざと近づけた。

 

 

「やっぱりな!!」

 

 

京楽の実力を見た上で一応予測の範囲内で躱すことができたが、驚きを隠せずにいる。

 

 

「あんたやっぱすげぇわ。今の間合いの調節はわかんなかったぜ。」

「そいつはどうも。隊長だからね。」

「そんなに強い隊長さんなら、そのまま戦ってくれればいいんだけど、ね!」

 

 

変幻自在の剣の間合いに、スタークは何度も斬られそうになるが寸での所で毎回躱す。

 

一方の京楽も目の前の破面の実力を心の中で賞賛していた。

 

 

(隼人クンとの修行の反省を活かして、ってことで、このやり方をやってみたけど・・・相手が強いと厳しいかな?)

 

 

即興で編み出した戦い方のため本人もまだ詰めが甘いと自覚していたが、全部躱されてしまうのは予想外だ。

 

(やっぱり、彼が一番さんかな?あのお爺ちゃんが一番ならよかったなぁ・・・。)

 

だからこそ、戦いの度合いを一段上げる。

 

 

「二本抜けば、本気でやってくれるのかい?」

「!・・・カンベンしてくれよ。そんなの願い下げだね。」

「成程。じゃあ。」

 

「二本抜くしかないね。」

 

「・・・そうなっちまうのか。」

 

 

今まで躱すことに集中していたスタークも、ついに前進し攻勢に出始めた。

 

 

 

 

戦況の変化は突然に訪れる。

 

三名の破面が自身の腕を斬って生み出した、混獣神(キメラ・パルカ)

 

その獰猛な力は四名の副隊長を圧倒し、事も無げに打ち倒した。

 

スタークと一緒にいた子ども破面の相手をしていた浮竹は、事態を重く受け止める。

 

 

「今度こそやってやるぞ!!!だああああ!!!!」

「・・・済まない。ちょっと動きを止めていてくれ。」

 

「縛道の九 撃」

 

 

赤い光によって包まれた破面――リリネット――は、子ども扱いされて憤るが、それを放置して浮竹は激戦区に馳せ参じた。

 

 

腹を抉られた松本の治療のため、元四番隊だった吉良は久々の回道に苦心している。

そして、目の前の巨大な化け物は射場の斬魄刀の効果を存分に受けて右腕を失ったものの、左腕のみであっても圧倒的な力を振るい、射場は返り討ちにあってしまった。

修兵も全身の骨を砕かれ、瞬く間に重傷を負ってしまう。

次の獲物はお前だとでも言いたげに、その化け物は吉良のもとへと歩き始めた。

 

 

「く・・・来る・・・!!くそっ・・・あと少し・・・あと少しなのに!!!」

 

 

回道を松本にかけながら斬魄刀を持つが、先ほどの残虐さを目の当たりにした吉良は恐れをなして動けずにいた。

万事休す。そう思われたが。

 

 

浮竹の鬼道が怪物の胸を射抜き、右胸に大穴を開けた怪物は動きを止めた。

 

 

「う・・・浮竹隊長!!!」

「大丈夫か、吉良副隊長。松本副隊長の治療を続けてくれ。」

「お手を煩わせて申し訳ありません・・・!」

 

 

浮竹は、現在進行形で治療を受けている松本の他に、この怪物によって圧倒された射場、檜佐木、雛森など周りにいる死神達を見て、やり切れない思いに歯を食いしばり、拳を握る。

 

目の前で動きを止めている異形の怪物を見て、浮竹は海燕の妻たち調査隊全員が殺されて運ばれてきた時のこと、そして海燕を殺したあの虚の存在を思い出していた。

 

 

「・・・こんな形で、恨みを晴らすつもりはないんだけどな。」

 

 

鬼道を練る手。怪物を見据える目。纏う濃密な霊圧。

全てが京楽と総隊長以外誰も感じたことの無い程に、鋭く怒りのこもったものへと変貌を遂げていた。

 



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浮竹十四郎

本匠千鶴にも分かるよう、尸魂界とは何か、死神とは何か、といった、霊術院一年で学ぶことを、記憶に残っている限り余すことなく現世の高校生四人に伝えた後。

彼らなりに情報を落とし込ませるため、一度隼人はその場からいなくなることにした。

 

そして、尸魂界からの総意として、力を持たない一護の友人達に謝罪をすることにした。

これは、京楽と浦原から頼まれたことだ。

口下手だが、伝わってくれるだろうか。

 

 

「一護くんの家族達の保護に行ってくるね。皆はここで待ってて。」

「はい・・・。」

「・・・ごめん。一護くんを勝手にこっちの問題に巻き込んで。本当なら、人間を巻き込むなんて絶対あってはならないんだけど・・・。まだ二十年も生きていない子どもに、世界の命運なんて重い枷を背負わせた僕達を、君達はいくらでも非難していいと思う。ごめんなさい・・・。」

 

 

頭を下げた隼人に対し、友人の一人、浅野啓吾は怒りを浮かべる。

 

 

「あんたらの勝手に一護を巻き込んで、俺達が平気でいられるとでも思ってんのかよ・・・。」

「思ってないよ。でも、君達に覚悟はしてほしい。一護くんが死ぬこと、そして、君達の誰かが今日死ぬことも、両方とも覚悟してほしい。・・・冷たい世界でごめん。」

 

 

我慢の限界を迎えた啓吾は隼人の胸倉を掴んでそのまま教室の壁に叩きつける。

それでも隼人は表情一つ変えず、それが怒りを増幅させてしまったらしい。

全部聞く覚悟は出来ていただろうが、あまりにも身勝手すぎる尸魂界のやり方には、やはり思うところがあったのだろう。

 

 

「ちょっと、ケイゴ!一回落ち着い――。」

「有沢はいいのかよ!!一護が勝手に得体の知れない奴らの戦いに巻き込まれて、勝手に死んぢまうことが許せるのかよ!!」

「そういう時あいつなら自分で落とし前つけるに決まってんだろ!!」

 

 

たつきの叫びに驚いた啓吾は、隼人の胸倉を掴む力を緩めた。

その緩みを見逃さなかったたつきは、かなり強い力で啓吾の頭を殴りつけた。

 

 

「あたしたちを巻き込んだ以上、一護なら絶対自分でなんとかする!!それぐらい分かるだろケイゴ。」

「痛って!!有沢お前ガチで殴んなよ・・・。」

「口囃子さん。」

 

 

目の前の目まぐるしい光景に少し呆けていた後、たつきから名前を呼ばれたことで正気に戻る。

彼女の目は強い意思を感じさせる、凛とした目をしていた。

 

 

「一護のヤツ、小さいころから何かある度に夏梨ちゃんと遊子ちゃんを護っていたんです。あいつ、護りたいって想いが小さいころから人一倍強いんですよ。それが、たとえこの世界だったとしても。」

 

 

「あいつなら、護り通すとあたしは信じています。」

 

 

少し遅れて水色も、「僕も信じています。」と告げた。「あぁっずるいぞ水色!!」とヤジを飛ばした後、えらくしおらしい様子で啓吾から謝罪の言葉がきた。

千鶴もあまりよく分かっていなさそうだったが、信じると言っていた。

 

まったく、何て一護はこんなにも素晴らしい友人に恵まれているんだ。

何としても彼らを護らねばならないと心を入れ直す。

 

 

「万が一藍染が来たら、僕が必ず君達を護る。絶対に、約束する。」

「ありがとうございます。」

「じゃあ行ってくるね。食料は机の上の袋に入ってるから、腹減ったら食べていいよ。」

 

 

その場を後にした隼人は、また浦原が強制的に通信を繋いでいたのに気付かなかった。

 

 

「また勝手に繋いで「ありがとうございます。」

「え?」

「謝罪、本来ならアタシか総隊長サンがするべきなんでしょうが・・・。」

「・・・頼まれたからにはもうやりますよ。何とか上手くいったようでよかったですけど。」

 

 

一瞬間が空いたが、そこで浦原が微かな微笑みを浮かべていることは、カメラを繋いでいない通話越しでも分かった気がした。

 

 

「面倒事色々任せちゃって、スミマセン。」

「今更何ですか。指名されたからにはしっかり任務やり遂げますよ。」

「よろしくお願いします。」

 

 

少しヤケっぽく言ってしまったが、苦笑をこぼしつつ浦原から再びよろしく頼まれたので、また集中して任務に戻る。

 

黒崎一護の家に行き、家族が中で眠っているのを確認して結界を張るよう求められた。

浦原曰く、妹だけ家にいれば結界をかけて大丈夫らしい。

 

家に入ると彼女たちは床に倒れ込んでいたため、しっかり布団の上に運んであげた。

軽く回道をかけて、痛みが生まれそうな場所を癒すことも怠らない。

 

 

家全体に大規模な結界をかけている最中に、隼人はふと感じた疑問を浦原にぶつけた。

 

 

「あの、一護くんのお父さんは探さなくていいんですか?」

「ええ、()()()()()。」

「えっいや、あの「()()()()知る必要ないっス。」

 

 

ここで明確に言われたということは、決して伝えるつもりはないという拒否の意思を示されたということだ。

()()()()()()()という言葉からも、複雑な事情があることは理解できた。

深く知り過ぎた場合、一護が生きて、その目で見ている世界を脅かしかねないということだろうか。

 

未だに好奇心旺盛ではあるが、前より空気を読めるようになったため、今回も聞かないことにした。

意外と隠し事されやすいのだろうか。それはそれで複雑な心境だ。

 

 

「力仕事任せといて、隠し事ばっかで申し訳ないです。」

「僕が昔に色々あったのを一護くんとか部外者に知られたくないのと同じ・・・ってことでいいんですよね?知り過ぎることは、良くないですから。」

「・・・そっスね。」

 

 

電話で喋りながらも結界を完成させ、堅牢な盾を作り出すことが出来た。

藍染の力次第では一瞬で粉砕される可能性もあるが、無策よりはマシだ。

 

 

「あの、そういえば現世にいる人の家族って、どうしてるんですか?」

「茶渡サン、井上サンの両親は既に亡くなっています。黒崎サンと石田サンのお母さんもです。ちなみに石田サンのお父さんは今日偶然に学会があったので空座町にはいません。お医者さんも大変なんスよ?」

「いや、まあ四番隊の方を見てたら大変なのはわかりますよ・・・。っていうかお医者さんなんですね。一護くんの家も医院って書いてましたよ。」

「関わりあるみたいっスよ。」

「へぇ~。」

 

 

世間話っぽく話しているが、皆若くして親を失っているのは辛い事だろう。

自分の経験と同じで、他人事とは思えずにいる。

一体彼らはどんな思いをしていたのだろうか。

 

101年前心が壊れたあの日を思い出して心がきゅっと締め付けられたが、再び空座第一高等学校に戻って準備を再開した。

 

 

 

 

 

「待っていろ、吉良副隊長。」

 

「すぐに、終わらせる。」

「う・・・浮竹隊長・・・。」

 

 

しかし二人の注意は直ぐに目の前の怪物に向けられた。

 

 

「おおおおおおオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

獰猛な獣が放つ魂の叫びは空座町中に木霊し、最も離れた場所で戦っていた京楽達にも聞こえるほどの響きだ。

 

 

 

「何だいあれは?すんごい叫び声だねぇ。」

「知らねぇよ。どっかの女共が生み出した獣ってことしか。」

「そうかい。でも、」

 

 

「浮竹が出たからには、あの獣もただでは済まないだろうさ。」

「リリネットの相手してたあの優男か。霊圧みた限りではあんたと同じくらい末恐ろしい実力だってことは分かってたぜ。」

「ちょっとスターク!あたしを縛ってるヤツ切ってよ!ねえ!!聞いてんのスターク!!!」

 

 

締まるのか締まらないのか微妙な空間で、相対する二人の獣に立ち向かった男を評する意見は、完全に一致していた。

 

 

 

「オッ、オッ、オッ、オオオオオオアアアアアアアア!!!!!!!」

 

「そんな・・・あの状態でもまだ死なないのか・・・!」

「・・・仕置きが足りないようだな。」

 

まだ尚も叫び続ける怪物は、自身の出血した血を媒介に、超速再生を行い射場に斬られた右腕を治すどころか、巨大化させて、より異形の度合いを高めていた。

 

ギョロリと開いた目は黄色く、見るだけで吐き気を催すものであった。

それでも浮竹は全く動じない。

 

 

「あの日の虚を、思い出すな。」

 

 

雄叫びを上げて襲い掛かる怪物の速さは、先ほどよりも数倍速い。

握りつぶされ、殴られて肉塊になってもおかしくない。

 

しかし浮竹は、一瞬で怪物の右肩に移動し、肩に手をついていた。

 

 

「届いてないな。」

 

「破道の八十八 飛竜撃賊震天雷砲」

 

 

肩から胴を射抜き、先ほど胸に空けた穴よりもより大きな穴が怪物を貫く。

それでも獣は一向に止まらない。

首を強引に捻じ曲げて浮竹の方に口を向け、大口を開けて虚閃のエネルギーを溜める動作に入った。

 

 

「人を殺すことしか考えられない物の怪か・・・。」

 

 

「哀れだな。」

 

 

「お前には、刀を抜くのも愚かしい。」

 

 

 

「破道の九十三 炎閃(えんせん)

 

 

質量に関係なく触れた物を燃やし尽くす鬼道により、怪物は体組織含め全てが炎で燃やされる。

そしてその質量が大きい程、もちろん炎の威力が大きくなる。

火元は心臓であるため、避けることも出来ない。

相手に触れながらでないと発動不可能というリスクはあるものの、理性を失った怪物には十分な効果を発揮した。

 

雄叫びをあげる怪物はのたうち回り、周りの建物に火が燃え移る。

それも見越した浮竹は、未だ怪物を見て哀れみの視線を向けた。

 

 

「止せ。哀れなお前が暴れるせいで、倒れた隊士にも被害が及ぶ。」

 

 

その言葉を聞いたかどうか、そもそも聴覚を持っているのかすら分からないが、業火で燃えた身体のまま雄叫びを上げ、再度浮竹に襲い掛かった。

 

 

「止せと言うのが、分からないのか。」

 

 

「縛道の九十 深水縛(しんすいばく)

 

 

まさに怪物の燃えた手が浮竹を捕らえようとしたところで、炎とは真逆の水の障壁で防がれてしまい、怪物の手は浮竹には届かない。

 

黒棺のような直方体の水の壁は、囲った内側と周囲に存在する大量の水蒸気を一瞬で全て液体に状態変化させる。

水で埋め尽くされ溺れたまま閉じ込められた怪物は、何度も壁を殴っているが、身体が燃え、重大なダメージを受けて弱くなった力ではどうすることもできない。

 

そして怪物は周囲の変化に全く気付くことなく短い命を終えることとなった。

 

 

「深海の水圧など、いくらお前でも耐えられる筈はない。」

 

 

水圧の中で圧し潰された怪物は、見るも無残な亡骸を残して再び襲い掛かることはなかった。

鬼道を解くことで、ついでに周囲の消火作業も行えて一石二鳥だ。

 

 

「檜佐木副隊長と雛森副隊長の治療を頼む。」

「・・・了解しました。」

「さてと、京楽の元に戻――――!!」

 

 

次の瞬間、三名の女性破面が浮竹に隻腕で襲い掛かった。

 

 

「さっきの怪物も、両手で襲い掛かったんだけどなぁ・・・。」

 

 

「破道の八十九 磁鉄抄(じてつしょう)

 

 

瓦礫、地中から磁力で砂鉄を呼び起こし、超振動で三名の破面を斬りつけて一網打尽にした。

鋼皮を簡単に貫くほどの力は、並外れた霊圧も持つ年長者の隊長や、鬼道のスペシャリストである鉄裁やハッチ、隼人などしか出来ない。

 

 

「があっ・・・。」「く、そっ・・・!」

 

 

三名の破面はなす術もなく倒れてしまった。

やっとの思いで浮竹はホッと一息ついた。

 

 

「ふぅ・・・何とかなったな!」

「浮竹隊長・・・ありがとうございます。」

「何、あの怪物は副隊長には荷が重い。元柳斎殿の足を動かさなかっただけでもよしとしようではないか!」

「はぁ・・・。」

「それじゃあ俺は稽古をつけないといけないから、檜佐木副隊長達の治療を頼む。じゃあな。」

「え、あ、浮竹隊長!!」

 

 

 

「・・・稽古って、破面相手に何やってるんだろう・・・。」

 

 

吉良の頭に1つの気になる疑問を残しつつ、浮竹は京楽の元に向かった。

 

 

「おかえり浮竹。ボク達暫く休戦してずっと浮竹の戦い見てたよ。」

「あんたすげぇな。全く剣抜かずに術だけであの獣をのしちまうなんてよ。」

「何二人とも呑気に戦い見物してんだよ!!つーかスターク!!あたしを縛ってるやつ早く解いてよ!!」

 

 

「お前たちは一体何をやっていたんだ・・・。」

 

 

浮竹の呆れは二人には全く届いておらず、稽古をつけていた少女に同情してしまう程であった。

 




オリジナル鬼道を三つ作りました。
縛道の九十 深水縛(しんすいばく)
これは、黒棺のような直方体で敵を囲い、水圧で敵を圧し潰す封殺型の縛道です。
やろうと思えば超深海層の水圧で圧し潰すこともできます。浮竹はそこまでの力を使うまでもなくアヨンを圧し潰しました。

破道の八十九 磁鉄抄(じてつしょう)
単純に、磁力を扱う鬼道ですが、汎用性と応用力があまりにも高く扱いきるには相当な腕前が必要・・・といった鬼道です。破道なのに縛道としても使えたり、歩法の補助に使用したり、など、何でもござれの鬼道です。浮竹は磁力で地中と瓦礫の中から砂鉄を呼び起こし、超振動でチェーンソーのように震える砂鉄を周囲に展開してアパッチ達を撃退しました。

破道の九十三 炎閃(えんせん)
これは本文中で説明しているのでここでは割愛します。
一刀火葬に近い鬼道であり、別の意味でリスクを負った犠牲破道と言えるかもしれませんね。

浮竹さんはワンダーワイスに刺された後特に出番もなく、千年血戦篇では神掛でグロテスクな死を迎えるというなかなかに残念な立ち位置に見えたので、総隊長のお手を煩わせないようにという名目で参戦させました。総隊長、殆ど戦わなさそうだ・・・。

あと本当にどうでもいいことですが、最初は石田パパも主人公と共闘させようかと考えていました。藍染に「純血統(エヒト)滅却師か。久し振りに見たな。逃げてきた一族が何故ここにいる?」的なことを言わせるためだけに出そうとしていました。石田パパが死神に簡単に協力するのが想像つかなかったのでやめましたが。

むしろ原作であの時石田パパ何やってたんですかね・・・。


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転換

空座第一高等学校に戻ると、駐在任務についていた死神が目を覚ましたところだった。

 

 

「こっ口囃子三席!!!何故ここにいらっしゃるのでしょうか!!」

「起きたんだ、ボンバーマン。」

「ぼっボンバーマン!?!?イモ山さん以上の蔑称じゃないですか!!」

 

 

何かうるさいので関わるのもイヤになってきた。

昔の自分を棚によけ、彼には適当にどっか行ってもらおう。

 

 

「えーーっと、貴方は第二高校の守備について下さい。何かあったら、現世の人間の保護もお願いします。」

「了解しましたーーーー!!!!!」

 

 

瞬歩で駆けて行った彼を笑顔で見送り、安心して続きの準備を行うことが出来た。

 

(ごめんね・・・そこには、何もないんだ。)

 

 

出オチのボンバーマンが第二高校に向かっている最中に、隼人は体育館に行って、複雑な配線の中心地にある機械に電源を点ける。

 

俗にいう『ぱそこん』という機械だ。

前に編集作業で使っていた修兵が持っており興味を抱いたので、簡単な使い方は教えてもらっていた。

忘れた部分などは電話越しに浦原からも操作法を教えてもらいつつ、目的の画面に辿り着くことが出来た。

 

 

空座町全域の監視カメラを繋ぎ、特定の霊圧を発見すれば反応する仕組みとなっている。

元々ある監視カメラ以外にも録霊蟲をばらまいたことで死角を無くし、完璧な監視体制を作ることが出来た。

 

(全部見れる・・・大丈夫そうだな・・・。)

 

数秒おきに変わる画面は、先ほど見た空座町と何の変化もない。

何故ここまで監視体制を築いたかというと、一つの理由がある。

 

 

鏡花水月は、人間の感覚全てに影響を及ぼすもの。

 

 

言い換えれば、()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 

直接相対すれば藍染によって新たに鏡花水月の力を使われてしまうが、藍染の居場所を遠隔地で確認しつつ現世の人間を護り抜くことは、出来なくはないと考えていた。

 

殺しはせず、止めるだけ。それなら何とかなるかもしれない。

自分が止めている間に誰かが助けにくるかもしれない。ひょっとしたら零番隊でも来るかもしれない。

 

希望的観測であり、何度も祈っているが、本当にそうあってほしいものだ。

藍染を殺すなんてそんな荷が重いことは、実力差的に自分には出来ない。

 

映像を観ていると、音楽室にいた四人の高校生がこちらにやってきた。

 

 

「口囃子さん、何これ?」

「何って、監視カメラだけど・・・。知らないの?」

「いや知ってるけどよ・・・。空からの映像もあってすげーなーって思っただけだよ。」

 

 

確かに普通の監視カメラならせいぜい地面や建物を映す程度のものだが、浦原特製の監視システムでは、空撮映像もあるため、新鮮に映ったようだ。

千鶴とたつきも見入っていた。

 

 

「これも尸魂界が仕込んだんですか?」

「あーーうん。まあ、そんな感じかな。」

「おっ俺の家見つけたぜ水色!!ほらほら!!!」

「そんな未就学児みたいな喜び方しないでくれますか浅野さーん。」

「敬語の上に苗字呼び!?」

「けいごだけに?」

「うまい!!って、そういうことじゃないっすよ口囃子さん!!!」

 

 

一護がいないとここでも俺ツッコミポジションかよ!?と不服そうな啓吾は置いといて、とりあえずシステムは完成させることが出来た。

浦原から再びちゃんとした形で電話が掛かってきたため、高校生達から距離を取って電話に出る。

 

 

「もしもし。とりあえずさっき教えられた通りにやったらうまくいきましたが、何か不都合でもあったのですか?」

『現世での戦況の報告をします。落ち着いて聞いて下さい。』

 

 

改まった様子でいるということは、つまり押されているのだろうか。

その予感は見事に的中することとなった。

 

 

『前線に出ている副隊長では、二番隊の大前田サン以外は皆やられました。』

(!!)

 

 

大前田以外ならば、射場と修兵もやられたことになる。ずっと修行してきたはずだが、それすらも上回る破面達の恐ろしさを改めて実感する。

 

 

『現在吉良サンが五、七、八、九番隊の副隊長の治療を行っています。日番谷サンは十刃の三番(トレス)と、二番隊の二人は二番(セグンダ)と、京楽サンと浮竹サンは一番(プリメーラ)と戦っています。』

 

 

ならまだ藍染本人は行動に移していないということだ。

色々あったが霊圧はずっと読んでいて、その波も殆ど無いので正しいだろう。

だが気になることがあった。

 

 

「どれぐらいの長さ戦っておられるんでしょうか?」

『・・・かなり長期戦っスね。膠着してます。』

「マジですか・・・大丈夫かな・・・。」

 

 

だが、その隼人の言葉と同時に向こうでも大きな動きがあったみたいだ。

鉄裁の「店長!!!」という叫び声が電話越しにも聞こえてきた。

浦原は通信機器を置いて行って鉄裁の元に向かったため、何を喋っているのかは分からなかったが、隼人にとって衝撃的な知らせが来た。

 

 

『アタシもそろそろ出る準備をします。申し訳ありませんがこれが最後の通話になります。』

「はっ!?あの、一体何が・・・。」

『浮竹サンと京楽サンがやられました。』

(!)

 

 

あの二人がやられた。

今空座町にいる戦力で総隊長の次に強い京楽と浮竹がやられたとしたら、かなりのピンチだ。

 

離れていた高校生達もこちらを見て心配そうにしていたため、何とか取り繕うが、ちゃんと説明すべきだろう。

その困惑っぷりを電話口でも感じ取った浦原は、先ほどの声音を変え、平常の能天気な声に戻った。

 

 

『大丈夫っスよ!!京楽サンと浮竹サンが強いのはアナタの方がわかってらっしゃるじゃないですか!』

「そうですけど・・・、あの、これが最後の通話になると言われると急に不安になって・・・。」

『ここからはアナタのやりたいようにやって下さい。だーいじょーうぶ!!アナタの力があれば、藍染を足止めできると思います。』

 

 

『ご武運、祈ってます。』

 

 

その言葉を最後に、浦原との通信は切れてしまった。

 

 

「ごめんなさい、口囃子サン。・・・こんな辛いこと、一人で任せてしまって・・・。」

「はっ!おぬしが頼み込んどいて何を言っとるんじゃ。」

「・・・手厳しいっスね、夜一サンは。行きましょう、夜一サン。一心サン。」

「おう。」「ああ。」

 

 

現世の方の浦原商店であらゆる準備を行っていた彼らは、遂に戦闘に参加することになる。

 

 

一方的に電話を切られてしまった後、隼人は何度電話をかけても浦原とは繋がらず、精神的な支柱を失ったような気がして、一気に不安の渦に陥ることとなった。

 

今更になって気付いたが、空座町に来てからあれだけずっと何回も電話していたからか、ずっと浦原がついてくれるものだと勘違いしていた。

戦いながら電話なんて出来るわけがない。浦原の存在に完全に甘えていた。

 

むしろ、本来の不安定な状況に戻ったと考えればいいのだろうか。

京楽と浮竹がやられたという情報も、不安に拍車をかけていた。

この戦いで隊長格の誰かが死んでしまうのだろうか。

 

一度体育館から外にでて一人になったが、不安は募るばかり。

悪循環だ。

こうなったら皆と話していた方がいいと考え直し、監視カメラの映像に夢中になっている一護の友人達の元へ気を取り直して戻ることにした。

 

 

「口囃子さん。何か向こうであったんですか?さっき焦ってたみたいですけど。」

「いやぁ何でも。大丈夫大丈夫。」

 

 

たつきに尋ねられてしまい、こういう時に取り繕うのはあまり上手いとは言えない方だが、察した水色が関心をパソコンに戻そうとしてくれたみたいで助かった。

現世の高校生の暇つぶしになるようなソフトも浦原の取り計らいで入れてくれたらしい。

 

 

「映画とかゲームも入ってるみたいだね、このパソコン。」

「うわっこれ!名探偵ヘボンの去年の劇場版じゃん!俺去年見逃したんだよなーー!観よーーぜ!!!」

「えっ!!石黒さん主役のやつ!?あたしあの人大好きなんだ~!!」

 

 

啓吾と千鶴が乗っかり、たつきも仕方ないという表情で体育館では高校生四人がプロジェクターを使って中々のスケールで映画鑑賞を行おうとしているようだ。

 

 

「口囃子さんも観ますか?」

「いや、今度現世に行った時にでも見るよ。水入らずの友達で映画観た方が楽しいだろ。」

 

 

たつきに誘われたが、高校生四人の中一緒に会ったばかりの自分が映画を観るのも正直気まずい話だ。

体育館のカーテン全てを一人で猛ダッシュしながら閉めていた啓吾は持ち前のバイタリティでカーテン全てを閉めきった。恐ろしい執念だ。

 

機を見計らい外に出て空座町の巡回を行う。

 

 

結局一人になってしまい、やはり不安を感じずにはいられないが、こうなったらこの不安と付き合っていこう。

たった一日の不安ぐらいどうってことはない。

 

それに、今だけでも一護の友人達には平穏な時を過ごしてほしいと考えていた。

最悪の場合、彼らは命を狙われ、殺されてしまうかもしれない。

惨い話だが、これから訪れる死の恐怖の前に、彼らが一度でも心を落ち着けて映画で笑ったりしてくれるなら、絶対にその方がいい。

 

そんな最悪のシナリオを避けるためにも、巡回と同時に何らかの対策の糸口になるかもしれないと考え、浦原に言われたように藍染の霊圧を絶えず読み続けていた。

 

そして、現世の空座町に向かっている浦原達と同じような集団は、もう一つ存在した。

 

 

 

 

「ねえラヴ、ここ何回通った?」

「・・・4回目だな。」

「ひよ里オマエ何で喜助から入り口聞き忘れとんねんドアホ!!!」

「やかましいハゲが!!浦原の奴がウチにわからん専門用語ばっか言うのが悪いんや!!」

 

 

仮面の軍勢(ヴァイザード)達は今まさに101年越しの復讐のため、空座決戦に乱入しようとしていたが、ひよ里の落ち度でどこから入ればいいのか分からず町の周りを何度もグルグルと徘徊している状態になっていた。

いつものような平子とひよ里の漫才じみた喧嘩が耳をつんざく。

 

だが、騒ぐ連中がいれば、静かな連中もいた。

 

 

「けーーんせーーー!!ベリたんいるかな?」

「虚圏に行ったならまだ来てねぇだろ。」

「じゃあ、はやちん、いるかな?」

 

 

白の問いに拳西は暫し押し黙った後、複雑な心境を口にした。

 

 

「・・・今更アイツにどのツラ下げて会うんだよ。」

「そのままの顔でいーじゃん!リサはどう思う?」

 

 

白の問いに、リサも暫し押し黙ってしまう。

 

 

「・・・何でもええやろ。」

「何か今日二人とも冷たくなーい!?」

「まぁまぁ白サン、お二人にはお二人なりの考えがありマスから。」

 

 

ハッチの仲裁で白はそれ以上追及することはなかったが、護廷十三隊在籍時に強い関わりを持っていた死神がいる二人は、他の仮面の軍勢達とは少し違う思いで空座町に来ている。

 

特に拳西は、その相手に殴られても仕方がないとすら考えていた。

自分の都合で流魂街にいた子どもを拾い、そいつに遠慮するな、信頼しろ、などと言って親のように振る舞っといて、さよならも言わずに突然現世に自分だけ逃亡して子どもの隼人を置いていってしまった。

 

最低な親だと何度も自己批判した。

夢で何度も隼人に非難された。

 

藍染にやられるなんて情けない。今の僕がどんな辛い思いをしているのかあんたにわかる筈がない。あんたが親だったなんて恥でしかない。

 

お前なんか親じゃない。

 

そう叫ぶ夢の中の隼人は、いつも号泣していた。

霊術院の制服を着て肩に浅打を掛けた隼人は、夢の中でいつも一人ぼっちだった。

誰も救いの手を差し伸べず、拳西が話しかけても聞こえないのか、声を上げて泣いたままだった。

 

己が虚化してしまったせいで、大切に育ててきた子どもを101年もの間孤独にしてしまった。

夜一から聞いた話では、あの事件以来隼人はまるっきり性格が変わってしまい、塞ぎ込むようになってしまったという。

何度も辛そうな顔をしていたと聞き、己の不甲斐なさに歯痒い思いをした。

 

感動の再会になるんじゃないとローズに言われたが、そんな訳ない。

殴られ、非難されても甘んじて受け入れよう。

その上で、らしくない謝罪でもするか。

 

他の者とは僅かに違う気持ちを抱き、拳西は空座町までの道のりを歩いていた。

 

 

それからしばらく歩き、ラブがとある死神を発見したことでついに空座町に入る糸口が見つかった。

 

「お、だれか死神がいるぞ?」

「あれは・・・一番隊の雀部さんじゃないかな?」

「お変わりないようデスね。」

「あの人なら話すれば入れてくれるやろ。」

 

 

「護廷十三隊も、大分押されてもうてるみたいやしなァ。」

 

 

平子の一言で、八人全員の気が再び張り詰め、ピンと引き締まる。

 

 

101年越しの復讐のため、突然の来客が空座決戦に介入する。

 



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劣勢

少し時は戻ります。


日番谷の卍解を見た後に、京楽達の卍解を見たいという理由で、第一十刃(プリメーラ・エスパーダ)であるコヨーテ・スタークは帰刃(レスレクシオン)して京楽を追い詰める。

 

そして、彼の帰刃にリリネットが関わっていたため、浮竹も始解して参戦することとなった。

 

信じられない物量を誇るスタークの虚閃を、浮竹は全て吸収しつつ反射する。

 

 

「あんたの見た目に合わない随分と性悪な力だな。」

「そうか、俺はそんなに性格が良く見えるのか!」

「・・・・・・天然なのか?それとも、すっとぼけたフリ、してるのかねぇ。」

 

 

言葉の落ち着きとは反対に、スタークは自身の拳銃から虚閃を数十発連射する。

先ほどの虚閃とは比べ物にならない程のさらに濃密な虚閃が浮竹に襲い掛かる。

 

 

「力比べか。あいにく俺は、霊圧では誰にも負けないぞ。」

 

 

双魚理の切っ先を虚閃に向け、スターク渾身の一撃を全て吸収した。

これにはスタークも動揺を隠せずにいた。

 

(おいおい!あんなナリして化け物かよ・・・!)

 

 

さらに浮竹は反射した虚閃の速度を緩めて詠唱の隙を作り、鬼道で追撃をかける。

 

 

「千手の涯 届かざる闇の御手 映らざる天の射手 光を落とす道 火種を煽る風 集いて惑うな我が指を見よ 光弾・八身・九条・天経・疾宝・大輪・灰色の砲塔 弓引く彼方 皎皎として消ゆ」

 

「破道の九十一 千手皎天汰炮!!」

 

 

虚閃の速度を下げ、鬼道の矢の速度を限界まで速めた結果、スタークを惑わせることに成功した。

スタークが虚閃を打ち込んでも、()()()()()複数本ある矢全てを打ち消すには時間が無い。

 

 

「ちっ!やっぱあんた、誰よりも狡猾な死神だな!!」

「ボクを忘れてないかい?」

(!)

 

 

味方があれほどの鬼道を打ち込んだ先に向かうなど普通なら自殺行為だ。

京楽の目的は一つ。挟み撃ちしつつ浮竹の放つ鬼道を相殺すること。

単純な戦法だが、一発一発虚閃を撃っていては間に合わない。

 

 

「破道の九十一 千手皎天汰炮」

「あんたもその厄介な術使えるのかよ!」

 

 

鬼道の矢で作られた弾幕に挟まれ逃げ場はない。

二対一だからこそ取ることの出来た戦法だ。

捨て身の攻撃に思わせといて、決して捨て身ではない攻撃をする。

この連携で少しはダメージを与えられるかと思ったが。

 

 

無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)

 

 

二丁拳銃を矢の方へ向けて、片手それぞれから虚閃を千発以上連射する。

いくら実力者の鬼道とはいえども、単純な物量差でスタークの虚閃に軍配は上がる。

それどころか、京楽と浮竹にまで余裕で届き、威力も今までの虚閃とは比較にならないものと二人は瞬時に理解し、最大限の瞬歩で躱すことにした。

 

京楽が浮竹の隣に戻り、態勢を立て直す。

 

 

「とんでもない隠し玉だねぇ。羽織の裾破けちゃったよ。」

「俺の双魚理で吸収しきれるだろうか・・・。」

「無茶はするもんじゃないよ浮竹。」

 

 

それは、浮竹の体調を気遣っている思いもあったが、敵が同じ規模の更なる隠し玉を同時に放ってきた場合二人揃ってお陀仏になってしまいかねないため、ここでの力比べは得策ではないと京楽は読んだ。

 

落ち着きを払うスタークは、先ほどの気怠げな様子ではなく、帰刃してまで二人を追い詰めている。その意図は、卍解であった。

 

 

「今の虚閃に躱すことしかできなかったあんた達は、卍解するしかないんじゃないの?」

「・・・さっきも言ってたけど、そんなにボク達の卍解見たいの?」

「解放してから戦ってみて、よりあんた達の卍解が見たくなった。俺の見立てでは、あんた達はあの氷を使う隊長よりもかなり強い。そのあんた達の卍解がどんな恐ろしい物か、興味が出ないワケないだろ。」

「どうしよっかなーー・・・・・・。」

 

 

率直な意見を述べたにすぎず挑発ともとれない微妙な挑発であったが、浮竹は飄々としたいつも通りの京楽を今回ばかりはしっかりと窘める。

それ程に京楽の卍解は凶悪な性能のものであると、長年の付き合いである浮竹は知っていたからだ。

 

 

「止めておけ。ここで奥の手を使えば、後の戦いに良くない。」

「いやいや、ボクが卍解してサクッと倒したほうが良くない?」

「いや、止せ、京楽。」

 

 

「お前の卍解は、こんな人目につく場所で使うもんじゃない。」

「・・・・・・・・・。」

 

 

一瞬にして京楽の纏う霊圧が変化したが、それは浮竹にしか気付かない程度の僅かな変化であった。

 

 

「それにこの手の敵は、俺の能力の方が上手くやれるさ。」

「・・・そこまで言われちゃ、しょうがないね。」

 

 

今までとは違い、次からは浮竹が前に出る。

 

 

「今度はあんたか。術だけであの化けモン倒しちゃうなら、あんたも同じ化け物だしな。」

 

 

「遠慮はなしで行くぜ。」

 

 

言葉の途中から虚閃を打ち始めて浮竹の動きを攪乱させつつ、すぐに千発の虚閃を打ち込む。

スタークが扱いきれる最高速度で放たれた最初の虚閃は一切の予備動作無しで打ったため、浮竹の構えの動作すら間に合わない。

 

 

無限装弾虚(セロ・メトラジェ)・・・」

 

「だぁ       るま

       さん            が

                            こぉ      ろん」

 

 

「だっ」

(!!)

 

 

先ほどの矢で挟み撃ちされかけた時とは、()()()()()()()()()()でスタークは背後を取られた。

だが、さっきまで京楽は浮竹の隣にいた。というより、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

瞬歩とは全く違う移動術を目の当たりにし、一瞬であるが硬直してしまう。

 

その硬直を二人とも見逃す筈がない。

 

 

背後に立った京楽は横に刀を斬り払い、浮竹はスタークの虚閃を躱しつつ磁力を扱う鬼道を用いてスタークの斬魄刀ともいえる拳銃の金属部分と自身の斬魄刀を繋ぎ、完全に動きを止める。

かなりの遠距離にもかかわらず自身の行動に干渉されたスタークは、先ほど動きを止めてしまったことを恨みつつ、浮竹の力の恐ろしさに慄く。

 

 

戦い初めて暫く経ったが、ようやく一太刀浴びせることができた。

 

 

「ちっ・・・やっぱ、二対一はきついな・・・。」

【何ボーっとしてたんだよスターク!斬られてんじゃん!!】

「お前も動き止められてただろうが。ったく、何で卍解しないでこんなに強いヤツらと当たっちまったんだかねぇ・・・。」

 

 

奇遇ではあるが、口囃子隼人と同じ感想をスタークは呟く。

京楽の変幻自在な術も十分に厄介だが、スタークの目では浮竹の方が厄介に映っていた。

無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)を全て躱しているが、浮竹の群を抜いた霊圧量を見るに、恐らく()()()()()()()()()()()

 

それが出来なかったらこのままの姿でも勝ち目はあるが、最悪奥の手を使うしかないとスタークも半ば覚悟を決めつつあった。

 

 

「あれだけやって、やっと一太刀かい。」

「強いな・・・。」

 

 

京楽が腰のあたりに横一閃で斬りつけ、ダメージを与えることが出来たが、相手の戦闘力、洞察力、戦闘における柔軟性が高すぎて、やっとの思いの一太刀であった。

その傷も、決して大きいとはいえない。

 

平気な様子でリリネットと喋っているので、まだまだ余裕で戦えるだろう。

 

 

「こっちはこんなに力使ってるっていうのに・・・。ボクなんか羽織置いてるんだよ?」

「隊長羽織は着ているだろ。何だ、もう疲れたのか?」

「七緒ちゃんの膝枕が欲しいくらいにはね。」

「何だそうか。なら、まだまだ大丈夫だな。」

 

 

えっちょっと、酷くない!?という京楽のヤジを適当にいなしつつ、浮竹は再び鬼道を練る。

 

 

「動きを止めるぞ。俺が隙を作るからお前が再び斬れ。」

「参ったね・・・。ボクもまだまだ戦わないといけないか。」

「ああ。」

 

 

両手を前に突き出し、術名を唱える。

それに合わせ京楽はスタークの霊覚を惑わせ、更なる太刀で攻撃しようと試みたが。

 

「縛道の七十九 九曜(しば)・・・」

(((!)))

 

 

突然ある気配を感じ、三人とも戦闘を止める。

それは、藍染が尸魂界を離反した際の雰囲気にえらく酷似していた。

 

黒腔が開く気配。大虚の気配。

京楽や浮竹だけではなく、スタークすらも驚いていた。

 

 

「・・・新手か・・・!?」

「十刃頭三人に加勢できるような破面が、まだ居るってのかい・・・。それとも、」

 

「何か別のモノが来るのかい?考えたくないねぇ・・・。」

 

 

そこから現れたのは、未成熟ともいえるような見た目の破面であった。

言葉を発することも出来ず、ただ呻ることしかしない。

不気味な見た目の少年は、目の焦点が存在せず、ただただ虚ろな表情をしている。

 

 

「子どもか・・・?それにしては、さっきの女の子とは雰囲気も霊圧も全く違う・・・。」

「・・・得体の知れないのが出てきたねぇ・・・。」

 

「・・・ワンダーワイス・・・。」

 

 

スタークが呟いた名前を聞いて、前に隼人からこの破面について聞いたことがあったのを思い出した。

現世に来た時も死神には殆ど関心を示さず、虫を追いかけていた未発達の破面だと思われると言っていた。

だが、今ここにいる破面は、決して未発達ではない。

言語や思考は扱いきれていないように見えるが、霊圧量は十刃級のものだ。

むしろ、脳の発達を犠牲にした人間兵器と見るべきか。

皆それぞれの敵にかかりきりの中で、この破面にまで対処することは厳しい。

 

 

「隼人クンの情報に比べると、霊圧量が段違いだね・・・。」

「彼が嘘を伝えるわけはない。以前観測してから今日までの短い期間でそれだけ成長したということだろう。」

「全くだよ。それに、ホラ。」

 

 

京楽が刀で指し示した破面の後ろには、先ほど浮竹が倒したものとは全く違う異形の怪物が姿を現していた。

力の塊のようなさっきの怪物とは違い、()()()()()()怪物に見える。

さっきの怪物とは桁違いの大きさにもかかわらず、霊圧はこの場にいる誰よりも小さなものだ。

 

青みがかったその怪物は、偶然にも先ほどの混獣神・アヨンと全く同じ色の眼をしていた。

その眼を見た狛村は、藍染が離反した日に黒腔からこちらを覗き込んでいた異形を思い出していた。

 

(そろそろ儂も出る必要があるか・・・。しかし、結界の守護とどちらをとるべきか・・・。)

 

護廷十三隊全員、そして破面もその動向を注視していた。

 

 

「あれはあの日の奴か・・・?」

「さぁね。でも何はともあれ警戒する必要は・・・。」

 

 

京楽が瞬きをして目を開けたその瞬間。

 

 

目の前にいた浮竹は、子どもの破面に背後から腹を突かれていた。

 

 

「なっ・・・!!」

(!!!)

 

 

瞬きよりも速い速度で距離を詰め、背後をとって攻撃するなど今まで戦っていた十刃ですら出来ないと思われる。

スタークも驚きの表情を見せた。

思考を失い戦闘能力に特化した兵器になった破面は、少しの油断はあったとはいえ浮竹をも出し抜く程の力だった。

 

 

「浮竹!!!」

「浮竹隊長!まじかよ!!」

 

 

砕蜂ですら反応が遅れた速度に、二番隊の二人も戦慄を覚える。

ワンダーワイスは浮竹の腹を貫通した腕を引き抜いた後、髪を掴んで首を捻ろうとする。

 

浮竹の命の危機を本能で感じた京楽は迷わず、目の前の獲物に執心深い破面の背中に己の斬魄刀を突き刺そうとした。

 

しかし、本来の敵の存在を忘れてしまっていた。

 

背中に拳銃を突き立てられたときは、もう遅かった。

千発の虚閃を背中に浴び、浮竹ほどではないが京楽も深手を負い一時的に戦闘不能になってしまった。

 

 

「仲間がやられて顔色変えちまうなんてあんたらしくないな。呆気ねぇ。悪いが藍染サマはもう待てなくなっちまったようだ。」

 

ワンダーワイス(こいつ)が出てきたからな。」

 

 

ワンダーワイスの叫びと共に、巨大な怪物――フーラーは、口のような穴から息を吹き出して流刃若火の火をかき消す。

 

それは、藍染ら元隊長格の攻勢が始まるということ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()護廷十三隊に、彼らと渡り合うことなど不可能にも等しい。

 

死を司る死神達に、全ての終わりと共に明確な死への恐怖が駆け巡る。

四人の副隊長と二人の隊長が戦闘不能になり、動ける者の残りは決して浅くはない傷を負っている二番隊、霊力の消耗が激しい十番隊隊長。万全の状態であるのは、総隊長と七番隊隊長しかいない。

 

たった一人で治療を行っていた吉良は、絶望の淵に立たされていることを嫌でも実感してしまった。

 

「あ・・・ああああ・・・・・・!!!!終わりだ・・・・・・!!本当にもう・・・終わりだ・・・・・・!!!!!」

 

 

 

 

 

 

「待てや。」

 

 

突然、馴染みのない声が響き渡った。

動ける者は皆、声の方向へ目を向ける。

彼らを目にした瞬間、総隊長、砕蜂、狛村は驚愕の表情を浮かべて言葉を詰まらせる。

日番谷、大前田、吉良は、訝し気な表情をしながら初めて見る顔の人物に困惑を隠せずにいる。

 

 

「ようやく、来たみたいだね・・・。」

 

 

倒れ込んだまま空を見上げた京楽は、懐かしい顔ぶれの到来に待ち焦がれた思いを呟いた。

 

 

「皆、元気そうでよかった・・・。」

 

 

仮面の軍勢(ヴァイザード)

 

101年前に藍染の計略によって残虐な虚化実験に巻き込まれ、現世に身を潜めざるをえなくなった元死神達。

 

 

「久し振りやなァ。藍染。」

 

 

彼らの乱入により、戦場は再び混迷を極めることとなる。

 



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因縁

パソコンセッティング中の話に一旦戻ります。時系列複雑ですみません・・・。


小島水色が浦原の置いていったパソコンを適当に操作して監視カメラを切り替えている中、隼人は機械のセットアップを慣れない手でしていた。その間に、浅野啓吾から思わぬ質問が来た。

 

 

「そういや口囃子さんって、親とかいんの?」

「あっあたしも気になりまーす!死神さんって寿命がすっっっごく長いのは最初の話で分かったんですけど、家族とかって皆いるんですか?」

 

 

それに便乗して、本匠千鶴からも屈託のない顔で無邪気に質問を追加で投げかけられてきた。

 

思わぬ質問に、心の中で少し当惑する。

こういう時は一般論で答えるのが一番だ。

 

 

「いる人はいるよ。向こうで結婚する人もいるし、死後の世界だけど子どもだって現世の人間と同じで作ろうって思えば作れる。でも死神同士の結婚だったら、どっちかが虚に襲われて亡くなったりして、片親になることもあるんだけどね。だから、結婚する人は若いうちから結婚する人が多いかもな。子どもを若いうちに産んだ方が安全なのは、現世と同じだよ。」

「へぇー・・・。」

 

 

千鶴が自身の知らない世界の話を聞いて好奇心を掻き立てられていると同時に、納得した表情を見せる。

 

これで大丈夫かと思ったが、そうは問屋が卸さない。

 

 

「口囃子さんはどうなんだよ。親父さんとかいるのか?」

 

 

啓吾の質問に思いっきりうっとした表情を見せてしまったらしい。

有沢たつきが、「バカ!触れちゃいけない部分かもしれないだろ!」と小さい声で啓吾を非難する声が聞こえた。

よりによって『親父』なんて言われるから顔に出てしまったが、気を遣われて隠し通すのも何だか今回に限ってモヤモヤしそうな気がしたので、その質問にも率直に答えることにした。

今日限りの仲だと考えられるので、別に言っても構わないだろう。最悪記憶置換すればいいし。

 

 

「・・・・・・いるよ。お父さん。」

「そうなのか!死神やってるのか?」

「ううん。現世にいる。元死神、って言えばいいのかな。今日の敵の策略に嵌められて101年前に尸魂界を追われたんだ。突然罪人になって会えなくなった。もうずっと会えてないんだよ。」

 

 

あまりにも重苦しい話だったことを予想していなかった高校生達は、瞬時に辛そうな顔を浮かべた。

たつきが啓吾に、「バカ!もうちょっと気を使えよ!」と小声でまた怒られている。

 

 

「わ、悪い口囃子さん・・・。あんたの雰囲気からしてそんなに辛い過去あったなんて思わなくてよ・・・。本当に、すみませんでした・・・。」

「啓吾が素直に謝るなんて珍しいね。」

「うるせぇ水色!俺だってこういう時はちゃんと謝る!!」

「あぁいや、いいんだよ別に。もう乗り越えられたし。」

 

 

その後も啓吾が色々と水色につっかかっているのを横目で呆れつつ、たつきは啓吾の不手際の尻拭いをしようとしたのか励まそうとしてくれた。

 

 

「口囃子さん。今日生き抜いて、戦いに勝って、親父さんに会いましょう。それで、『何で置いてったんだバカヤローーーーー!!!』って親父さんを殴ればいいんですよ。」

 

 

空手を本気でやっている、たつきらしいアイディアだった。

今までにない新鮮な励まされ方に思わず笑ってしまった。

だが、このやり方は非常に良くない。

 

 

「・・・そんなことやったら、百倍返しされちゃうな・・・。」

 

 

101年前の頭ぐりぐりの刑を思い出し、こめかみのあたりがずきっと痛むような気がした。

これだけの間刑を受けていなくともあの地獄のような痛みを忘れないのは、もはや痛みが刻み込まれているかのようで恐ろしく感じる。

 

(拳西さん・・・来るのかな・・・。)

 

思わぬ質問から、101年前の思い出にほんの少しふけることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久し振りやなァ。藍染。」

 

 

多種多様な反応を示す護廷十三隊の隊長格を、ひどくアンニュイな表情で平子真子は受け流す。

 

ある者は、現世の服装であるものの、特殊な霊圧を持つ今まで会ったことの無い彼らに、率直な困惑を示す。

 

またある者は、因縁を持つ者達の出現に、僅かな苛立ちを見せもする。

 

彼らが現世にいたことを悟っていた者もいた。

 

一方である者は、この瞬間を待ちわびていたかのように安心した反応を示す。

 

そして。

 

檜佐木修兵は、己を助けてくれた命の恩人と、突然の再会を果たしたのであった。

 

 

「―――・・・・・・・・・・・・!!!」

「檜佐木さん・・・・・・?」

 

 

その反応を見て瞬時に悟った狛村は、真っ先に動き始めた。

 

 

 

 

「久し振りのご対面や。十三隊ん中にアイサツしときたい相手がおる奴いてるか?」

 

 

平子の問いに、七人全員が拳西の方に首をぐりんと向けた。

 

 

「・・・何で全員俺の方を見んだよ。」

「バカなの拳西!!シンジがせーーーーっかく親バカキモゴリラの拳西に気使ったのに!バァ~カバァ~~カ!!あっかんべぇ~~!!」

「てんめぇ・・・!!!」

「ウチには理解できんわ!アホくさ!」

「感動の再会、素晴らしいメロディが生まれそうだよ!!インスピレーションが止まらないなあ!!」

「お前は騒いだらロクなことにならねぇから黙っとけ。あと言葉のバリエーション無さすぎだろ。」

「酷いなラヴ!」

「皆サン・・・ここにいても相変わらずデスネ・・・。」

「・・・・・・ホンマや。」

 

 

呆れた平子とハッチが盛大にため息をついている中、一人リサだけは黙っていた。

 

 

「何やリサ。お前もせっかくやし喋ったらええやん。ウチら久々の登場やぞ。」

 

 

とひよ里が誰に言っているのか分からない際どい発言をしていたが、それにツッコミを入れることなくリサは瞬歩である者の元へ向かった。

 

 

「あ!!どこいくねんリサ!!」

「ほな俺も、総隊長サンとこアイサツしてくるわ。」

「ああっ!待てコラシンジ!!」

 

 

ひよ里のシャウトなどお構いなしに平子は瞬歩で昔懐かしの総隊長の元へ向かった。

 

 

 

「・・・・・・いねぇな。」

「えーーーー!?はやちんに会いたかったな・・・。」

 

 

拳西の霊圧知覚をフル稼働させて忘れやしないあの頃の霊圧を探索したが、空座町内で見つけることは出来なかった。似たような霊圧も存在しない。

 

 

「もう戦闘不能・・・なワケないか。尸魂界で待機してるんじゃない?」

「隼人の実力だったらここにいても生き残ってておかしくねぇはずだしな・・・。」

「そんなに隼人って成長してたか?ジャンプの主人公みてぇだな。」

「鏡花水月を見破ったんだ。こんな所でのされてたら俺がぶん殴ってやらぁ。」

 

 

右手で作った拳を左手に当てつつここにはいない隼人の実力を純粋に評価した拳西は、101年間決して見せなかった親の顔をしていた。

 

 

「懐かしいね。ボクもあの頃を思い出すよ。・・・でも、拳西がハヤトを殴る資格、あるの?」

「・・・無ぇな。逆に隼人からぶん殴られそうだ。」

「『お前なんか親じゃないーー!!』ってアイツなら言いそうだな。」

「笑えねぇ冗談は止めろバカ。」

 

 

夢に出てきた言葉と全く同じ言葉を言ったラブに気味悪さを感じたが、いつも通りの仏頂面で何てことないように振る舞う。

 

正直、ここにいないことに安心した。

戦いの場で恨みつらみを吐かれても対応に困るし、逆に泣かれたらもっと困る。

ただでさえ感情表現が人一倍激しく周りの大人に引けをとっていなかった子どもの時の性格を考えると、両方やりかねないのがまた末恐ろしい。

 

再会は、決戦が終わるまでお預けだが、その方が好都合だ。

この場には、護廷十三隊の元隊長で隼人の親として来ているのではなく、仮面の軍勢として来ているのだから。

 

 

リサと平子が戻ってきた頃には、敵も痺れを切らしていた。

 

 

「オォオォオオオオォアアアアァァァアアアァアア!!」

 

 

「不気味やな。」

「もう少し、我慢できねぇもんか?」

 

 

ワンダーワイスの叫びに応じて、巨大な怪物も変化を見せる。

先ほど風を吹き出して炎を消した穴が、横に大きく開く。

 

 

「・・・何が出てくるんだ・・・!?」

 

 

砕蜂の言葉と同時に、穴から大量の大虚が洪水のように溢れ出てきた。

100体程のギリアンが、死神達に襲い掛かる。

 

 

「まさか、あれが全部ギリアン・・・!今の儂らでは到底・・・!!」

 

 

立ち止まって黒腔を注視していた狛村が驚愕の表情を浮かべる一方で仮面の軍勢達は余裕を崩さない。

 

 

「いくで。」

 

 

平子の合図と共に全員虚化し、大虚の大群に立ち向かっていく。

 

現役の隊長、副隊長が見ても仮面の軍勢による圧倒的な蹂躙と呼べるものであった。

 

虚閃や鬼道を使って複数体の大虚を同時に倒したり、たった一発斬る、殴る、蹴る、それだけで大虚の仮面を割るなど、普通の死神では不可能な程の破壊力で5分もかからずに全ての大虚を掃討した。

 

 

「何て力だ・・・!こんな真似、僕達には・・・。」

「滅茶苦茶じゃねぇか・・・!!」

 

 

かろうじて戦闘が行える副隊長は、その力に恐れすら覚える。

 

 

「ちっ・・・何だって、俺達に似た力を持つ奴が、こんなにいるんだかねぇ・・・。」

 

 

二人の隊長とさっきまで戦っていた破面は、面倒な態度を示しつつしっかりと洞察力を働かせる。

 

 

「懐かしいな。101年前を思い出すよ。失敗の実験を、思い出す。」

 

 

101年前に実験を行った当事者は、昔を思い起こしつつ実験の残骸を見るような目で仮面の軍勢を目に入れていた。

 

 

一方仮面の軍勢の中で最後まで大虚処理に当たっていたのは、元九番隊の二人であった。

 

 

「あーーー!!最後の一匹あたしのだったのにィ!!」

「うるせぇぞ!!あっちのデケー奴テメーにやるからゴチャゴチャ言うな!!」

「あっちの・・・・・・デカいの・・・。」

 

 

虚化しているにも関わらず、白はおもちゃを買い与えられた子どものような表情が分かる程にはしゃいでいた。

 

 

「うっそぉーー!!やったあ♡ホントにいいの!?!?」

「いいから行けバカ!」

 

 

一目散に向かうと思われたが、しかし白は後ろを振り向いて立ち止まる。

15時間も持つ虚化をわざわざ解いて拳西に言葉を残した。

いつもの元気いっぱいな表情とは違う、どこか寂しさを漂わせた表情だった。

 

 

「あたしとはやちんの分も・・・お願いね。」

「・・・・・・行ってこい。」

「うん!」

 

 

再び虚化して異形の怪物の元へ白は向かっていき、拳西もある人物の元へ向かっていった。

 

 

 

「右目から上を斬り落とすつもりだった。その程度は当たっていると判断しない。」

「言うやないか三下。」

 

 

藍染に斬りかかった平子は、思考の埒外にいた東仙によって刃は防がれることとなった。

むしろ、平子は軽い刀傷を負っていた。

 

 

「アンタも昇進したみたいやしなァ。自分の上司斬ってまで掴み取った地位、捨てる気分はどやった?」

「仮初の地位など、私には必要ない。私は藍染様の部下だ。そして貴様は、この三下に斬られて死ぬ。」

 

突きの構えを見せて平子に斬りかかろうとしたが、とある者の腕によって阻まれることとなった。

 

 

「狛村・・・!!」

 

 

すぐに気を取り直し狛村の腕を斬り落とそうとしたが、ほんの僅かな霊圧を察知してすぐに後ろに引き下がり、東仙は態勢を立て直す。

 

101年前と全く同じ風を感じ、東仙は表情を曇らせる。

 

 

「久し振りだな。東仙。」

「六車・・・拳西・・・。」

「忘れねぇさ。お前が俺の腹を刺したことも、現世で何度か俺達の元に来た刺客の元を辿れば、お前に辿り着くこともな。」

 

 

拳西の話を聞いた狛村は、二重の意味で驚きを隠せなかった。

 

 

目の前の男が、己の部下が心から信頼する男であること。

一番会いたがっていただろう青年よりも先に己が会ってしまったことには少し複雑な思いを感じた。

だがそれ以上に、正義を重んずる東仙が、こんな姑息なマネを仮面の軍勢に対して行っていたことが、狛村には断じて許せなかった。

 

 

「東仙・・・!!何故そのような真似を!!!!普段のお前ならそのような下劣なことはしない筈だ!!」

「普段の私か・・・。狛村、お前の知る私など、何処にもいない。」

 

 

狛村と東仙が対話を続けている中、平子は拳西にその場を任せる。

 

 

「お前はどうすんだよ?他のヤツら皆戦い始めてるぞ。」

「市丸のヤツ、やってくるわ。アイツも昔は俺の部下やったしな。」

「藍染もだろ。」

「つまらんツッコミせんでええわ!!」

 

 

藍染の一方後ろにいる市丸に駆けていった平子を見送り、拳西は東仙の霊圧を再び見る。

 

嫌な予感がした。

101年も経てば力はもちろん成長するものであるが、()()()()()()()()()()()()

まさかとは思うが、警戒せねばならない。

 

そして、また別の霊圧がここに来ている気配が感じた。

 

(白か・・・?にしては霊圧が弱いな・・・。)

 

その霊圧が掻き消える程に東仙の霊圧が鋭くなり、再び注意を戻す。

 

 

「よもや貴公の剣から何者かを守る時が来るなどとは・・・思いもしなかった・・・。」

「・・・私は知っていたよ。私とお前はいずれ必ず刃を交え、いずれどちらかが死することになるだろうと・・・。」

 

 

そして東仙は、拳西にも部下として言葉をかけた。

 

 

「貴方の力は、虚と相性が良かった。だから私は貴方を最初に虚化させるよう藍染様に進言した。」

「だから何だ。」

()()()()()()()を、今から私が・・・!!!」

((!))

 

 

刀を構えた東仙に、鎖が絡みつく。

感触だけでその相手を見抜いた東仙は、一瞬困惑の表情を見せた後、盲目の眼で睨みつけた。

 

 

「すみません、狛村隊長・・・・・・、()()()()。」

 

 

「この戦い・・・立ち会わせて下さい・・・・・・!」

「・・・・・・檜佐木・・・!!」

 

 

四者の複雑な立場が、戦場で絡み合う。

 



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七番隊と九番隊

いやほんと、とんでもない間違いが発覚してすみません・・・。
毎度の誤字報告ありがとうございます。
いつの間にたつきちゃん柔道やってたんかいって感じですよね・・・。


先ほどやって来た青年は、どうやら戦いに立ち合いたいようだ。

霊圧を見てもボロボロであり、そんな状態では悪く言えば足手まといに過ぎない。

だが、拳西にとってそれよりも重大な問題があった。

 

何故この檜佐木という名の青年は、己の存在を知っているのだ?

 

 

「お久しぶりです、六車さん。・・・覚えてないかもしれないっすけど。」

「悪りぃな。お前の存在など全く記憶に無ぇぞ。知らねぇ顔だ。」

「えっマジすか・・・。」

 

 

何か物凄くしょんぼりしているが、知らない男にお久し振りですと言われる身になってみろ。気持ち悪りぃだろうが。

 

 

「あとよ。()()()()()()()()()()()()()()。」

「六車さんが俺を助けてくれた時に見えたんです!だから貴方みたいな死神になろうって誓ってこの数字を入れました。」

「だからって何で顔に入れるんだよ・・・。」

 

 

まさか隼人もそんな真似を・・・と一瞬恐ろしくなったが、オシャレのために痛いことするのは嫌とか言いそうな気がするので、恐らく入れていないだろうむしろ入れないでくれ。

 

この数字は、現世では色々とまずい物を連想させてしまう。

 

 

「・・・お久し振りです、東仙()()。」

((!))

 

 

東仙に関心を移した修兵は、非常に危険な言葉を告げた。

やはり未だに彼を悪だと見なすことが出来ていなかったようだ。

狛村自身も今の修兵の発言はあまり良いとは思わなかったが、その言葉に思いっきり青筋を浮かべて怒りを見せた拳西を見た狛村は、瞬時にまずいと悟った。

 

修兵は、東仙が拳西に行った所業を知らずにここにいる。

だが、そんなことを修兵に教える時間など無い。

ここで拳西がブチ切れて戦闘が始まってしまった場合、取れる連携も取れなくなる。

 

思考を巡らせた狛村は、拳西を落ち着かせる方に動き出した。

東仙の注意は完全に修兵に向いているため問題ないだろう。

 

 

「六車殿。」

「何だよ。俺がすこぶる機嫌悪りぃの知ってて話しかけてんだろうな。」

「儂は狛村左陣、七番隊隊長。・・・()()()()()()()()()()()。」

(!!)

 

 

共闘する相手が己の子どもの上司とは、これもまた数奇な運命か。

顔つきは変わり者という言葉では言い表せない程のものだが、真面目な性格の男が上司なら親として安心した。

 

 

「隼人は儂の下で三席を務めている。・・・正直、三席にはもったいない程優秀だ。実力で言えば、副隊長を凌ぐ力を持っていると儂は思う。卍解を習得すれば、すぐにでも隊長になれると見ている。」

「・・・そんなに成長したのか。」

「ああ。」

 

 

ここで狛村は一際声の音量を下げて、拳西だけに最上級の機密情報を伝えた。

 

 

「隼人は、尸魂界の空座町で黒崎一護の友人の保護を行っている。」

(!!)

 

 

まさか、本物の空座町に行っているとは考えもしなかった。

浦原から本物の空座町にも一人死神は派遣されていると聞いたが、もっと別の死神かと思っていた。

そもそも何で教えてくれなかったのかとちょっとだけイラっとしたが、教えられたら自分は真っ先にそっちに行きそうだと考え、心の中で自嘲する。

 

だが、それと同時に拳西は再び東仙に意識を集中させた。

 

東仙は何としても倒さねばならないが、その後には藍染が控えている。

藍染を現世で倒せなかったら、護廷十三隊と仮面の軍勢でも倒せなかった怪物を、隼人がたった一人で相手取ることになってしまう。

 

そんな絶望的状況に大事な子どもを立たせるわけにはいかない。

そのためにまずは東仙を倒さねばならない。

 

 

「だったらまずは、東仙を何とかしねぇとな。」

「ああ、共闘するどころか、貴公の力を見るのも儂は初めてである故、上手く連携を取れるか分からぬが、頼む。檜佐木は恐らく、戦いについていけまい・・・。」

「・・・怪我押してココに来てんのか。そんなに東仙に心酔してんのかよ・・・。」

 

 

修兵の眼に映る東仙像と、狛村と拳西の眼に映る東仙像は明確に異なっている。東仙に教えられた技で、眼を覚まさせると修兵は言っていたが、その考え自体が甘い。

ここまで来ている以上、眼を覚まさせるなんて無理だ。

 

東仙も檜佐木の話を愚かだと一蹴し霊圧を高めているため、時間の問題だ。

 

 

「作戦会議は済んだのか。」

「六車殿の力を儂が深く知らぬ時点で、作戦などない。儂らはただ、貴公を倒すのみだ。」

「・・・そうか。ならば私は、」

 

 

「何も思い残すことなく、君達を殺せる。」

 

 

先ほど平子に見せた突きの構えのまま、狛村に襲い掛かる。

スピードは段違いに上がっており並の隊長格ならそのまま突かれておかしくないが、頑丈さにウリのある狛村なら手甲だけで防ぎきれる程だ。

だが、東仙の狙いは別にあった。

 

「儂の手で防いだことを忘れたか東仙!!」

 

「清虫。」

(!)

 

 

瞬時に斬魄刀で東仙の斬魄刀を斬り払い、狛村からも攻勢に出る。

しかし、違和感を抱いた。

 

(何だ・・・?儂の動きが僅かに遅れている・・・?)

 

東仙の狙いは、清虫が放つ超音波によって狛村の感覚を狂わせることだった。

腕を伝って全身に駆け巡った僅かな震えは狛村の感覚器官全てに不快さをもたらす。

ほんの僅かな物だが、戦いにおいてこの僅かな不快さに気を取られることは命取りだ。

じわじわと増大していく違和感と不快感が狛村を苦しめていく。

 

斬魄刀で打ち合っている最中も、狛村の反応は東仙に比べて僅かに遅れてしまっていた。

 

気付いた拳西は、同時に修兵が風死を飛ばしたのを見て行動に移す。

あえて強度を弱くした断風の糸を風死に当てて、爆発を引き起こした。

 

東仙の視界を爆炎で覆い、瞬時に拳西が距離を詰めて東仙との打ち合いを始めた。

 

現世で身に着けたボクシング、柔道、空手、截拳道(ジークンドー)を複雑に組み合わせた体術で、東仙の動きを攪乱させる。

 

 

「見慣れぬ動きだ。現世の軟弱な体術を使っているのか。」

「その軟弱な動きも上手く使えばこうやって戦えるんだぜ!」

 

 

東仙の突きを躱した後、前に出た腕を掴み背負い投げの要領で東仙の身体を投げ飛ばす。

更に斬魄刀の力を使って十数本の風の糸を生み出し、東仙の方へ向けて爆発させた。

感覚を取り戻した狛村が拳西の元へ駆けつけた。

 

 

「六車殿。時間を稼いでもらい感謝する。」

「もう大丈夫か。」

「ああ。かかるぞ。」

「おう。」

 

 

基本戦術は狛村の力一辺倒の斬撃で打ち合い、隙を縫って拳西が断風や体術を使い攪乱させる。

初めてにしてはかなり息の合った連携で東仙を追い詰めていく。

現隊長と元隊長が相手をしているため東仙も油断はしていなかったが、僅かに後手に回っている状況になっていた。

 

狛村は戦闘を行っている中で、黒崎一護を追い詰めていた時のことが頭によぎった。

あの時も隼人が始解を使ってリカバリーに回ってくれたおかげで、ギリギリまで追い詰めることが出来た。

今隣で共に戦っている初対面の男は何の因果かは知らないが、隼人が行う戦闘補助と非常に似通った戦い方を行っている。

遠距離の補助に長けた隼人の、近距離版のような戦い方をする男だった。

 

(なるほど・・・隼人の戦闘の基礎は、この男から学んだということか・・・。)

 

むしろ、これほど上手く事が進んでいることに二人とも気味悪く感じていた。

 

 

「いくら東仙が始解してねぇとは言え、上手くいきすぎてるな。」

「貴公もそう考えるか、やはり東仙も手の内を隠しているように・・・!!」

 

 

予感的中。修兵の風死を躱した東仙は、二人相手に戦っていても際限の無い消耗戦に陥ると悟り、風死の鎖を掴んで思いっきり引き寄せた。

残念ながら修兵は体力的にかなり厳しく、時々風死で東仙を狙うものの、全て躱されるどころかスピードについていけず、危うく斬られそうになるのを拳西と狛村に助けてもらう形になっていた。

 

そんな中、制御が難しい風死をしっかり掴んでいた修兵は、なすがままに態勢を崩し前に倒れ込む。

 

「まずい!!檜佐木!!!」

 

 

態勢を崩した修兵に風死を瞬間的に手元に戻すことは出来ない。

狛村も力こそ全隊長の中でも随一であるが、速度には全くもって自信がない。

 

東仙は再び一瞬で距離を詰めて修兵に斬りかかる。

 

何の策も打ち出すことも出来ず斬られる。

そう覚悟した修兵を助けたのは、あの時と同じ命の恩人であった。

 

 

「ぐっ・・・!!」

 

 

身体を縦に斬り裂こうとした刃の軌道を己の斬魄刀で捻じ曲げたが、上腕の内側を斬られてしまった。

 

 

「六車殿!」

「む・・・六車さん!!すみませ「バカヤロー!!!テメーの武器で足元掬われてんじゃねぇ!!」

「ッ・・・・・・。」

「足手まといだ。下がってろ。」

 

 

言葉を詰まらせ、歯を食いしばり苦しい表情をするが、それでも修兵は逃げるわけにはいかなかった。

 

 

「・・・・・・いいえ。下がりません。」

「あぁ?テメェどういうつもり・・・。」

 

 

後ろを振り返った拳西は、目の前の青年の目つきが明確に変わったのを感じ取った。

その時の眼は、師である東仙に対する怯えを抱いた眼ではなく、怯えを受け入れた眼へと変化していた。

鋭い眼で、目前にいる東仙を見据える。

 

 

「俺のせいで怪我を負わせてすみません。ですが、俺も戦います。お願いします。」

「檜佐木・・・・・・。」

 

 

異形の怪物に負わされた傷だけでなく、転界結柱を守るために戦った際の力の消耗を鑑みた狛村は、気持ちは分かるがいざという時の補助なしでの戦いは今の修兵では厳しいように思えた。

 

それに比べて狛村と拳西は、東仙との戦いの前には殆ど力を使っていない。

一つ一つの攻撃の質も段違いだ。

 

 

「いいのか?俺達は何のフォローもしねぇぞ。さっきみてぇにお前が斬られかけても何も助けられねぇぞ。それでもいいのかよ。」

「構いません。()()()()()()()()()()()()()()()()。」

「・・・・・・、」

 

 

そんな綺麗事で戦場ではやっていける筈はない。と普段の拳西なら一蹴してうるせぇだのバカヤローだの怒鳴りかねないが、今回はそう簡単に怒鳴るわけにもいかなかった。

 

この青年から、隼人の心を僅かながらに感じたからだ。

 

 

「お二人の横で、か・・・・・・隼人(アイツ)がここにいたら、そう言いそうだな。」

「!・・・・・・そうだな。この場にあの男がいれば、迷わず六車殿と共に戦う道を選ぶだろう。」

「ありがとうございます・・・!」

「気引き締めろよ!檜佐木!!」

「はいっ!!!」

 

 

修兵の返事の後、東仙は何も告げず瞬歩で再び狛村に攻撃を仕掛ける。

隊長二人を暫く相手取っていた東仙の体力の消耗は大きく、狛村の剣圧に力負けしている。

 

そこに、修兵の風死が襲い掛かる。

拳西の言葉に奮い立たされ、修兵の始解の速度はみるみるうちに上昇していく。

かなり無理をしているため本調子ではないが、速度の上昇を感じ取った東仙は警戒心を強める。

最初のように僅かに身体を捻った最小限の防御行動ではなく、躱すために上空へと飛んだ。

 

だが、その選択が迂闊だと気付いた。

上空から風死のもう一つの刃が向かってきている気配を感じた。

そして、下からは狛村が投げた風死の刃が信じられない速度で襲い掛かる。上下から風死に挟まれた東仙は必然的に左右どちらかに避けざるを得ない。

 

左は虚空。右には拳西。

この場合、距離を取られるのを防ぐため拳西のいない方に何らかの罠を仕掛けていると読むのが定石だ。

二度と罠にかかるものかと拳西に対し突きの構えをして、突進する。

 

 

ぴんと張られた糸が皮膚にめりこむ感覚がした。

 

(!)

 

同時に、腕が爆ぜる。糸の強度を高めたため、爆発の威力も今までとは比べ物にならない程だ。

しかし悠長に爆発の光景を眺めている程甘くはない。

 

 

「爆弾突き」

 

 

両手で溜めた霊圧を球状にし、東仙を突くと同時に爆発させた。

吹き飛ばされた東仙は、いくつものビルに身体をぶつけながら何百メートル先までも吹き飛ばされた。

 

 

「すげぇ・・・口囃子さんが信頼するだけあるな・・・。」

 

 

狛村に引けをとらないどころか、総合的に見れば狛村以上かもしれないと修兵は目の前の男に尊敬の念を抱く。

やはり元とはいえど隊長の実力を持つ男に、己がついていくなどおこがましいのかもしれない。

 

「あぁ?狛村・・・だったか、あいつがいたからここまで追い込めたんだ。俺だけの力じゃねぇ・・・!!!」

((!))

 

 

東仙が飛ばされた場所から、異様な霊圧の渦を感じた。

それは、()()()に造り出されたもの。

 

そして、この霊圧に拳西は最初の違和感に合点がいったと同時に、形勢逆転されかねないと警戒を強める。

 

(やっぱりな・・・虚化の力手に入れやがったか・・・!!)

 

 

「いつまで向こうを見ている。」

 

(((!!)))

 

 

気付けば背後を取られていた。

三人の連携で負った傷も、虚化した際に全て回復したのだろう。

 

 

「東仙隊長・・・!何故虚化を・・・!!!」

「そこまで堕ちたか東仙!!」

 

 

二人の憤りに対しても、東仙は何も返事をしない。

その瞬間。

 

 

無慈悲にも東仙の斬魄刀は、修兵の腹を突き刺していた。

 




この四人の戦いが終わった後は、殆ど原作と同じなので藍染の尸魂界侵攻まではかなりすっとばします。尸魂界で高校生達といる描写が多くなります。


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世界

「東、せん・・・隊長・・・・・・!!」

 

 

修兵の声も虚しく、刀を引き抜きつつ東仙は修兵の身体を蹴り、なす術もなく修兵は地に落ちる。

 

 

「――卍解!!黒縄天譴明王!!!」

 

 

数ヶ月前まで部下であった男に対する残虐な行動を見て耐えられるほど、狛村も甘くはない。

ここまで来たら最初に告げた言葉から最大限警戒していた拳西も虚化して迎撃する。

 

今までの優勢さは完全に消え、虚化した東仙に二人とも押される状況に変わってしまった。

 

虚化によって高められた膂力が非常に厄介だった。

黒崎一護の天鎖斬月を思わせるような能力の上昇の仕方が、以前修行相手をしてやった経験として少し活きるが、東仙の戦い方は一護のものと同じなワケが無い。

 

狛村の卍解は巨体であるが故に動きが緩慢で、東仙に当てることすら出来なかった。

東仙の蹴りが狛村本体に入り、地面に叩きつけられると同時に黒縄天譴明王も倒れ込む。

 

拳西は中距離から断風の糸を放ち爆発させたが、対する東仙はその爆発すら厭わない捨て身ともいえる特攻をかけ、駆け抜けた速度の勢いのままに拳西にも蹴りを入れて地面に吹き飛ばした。

 

 

「皮肉なものだ・・・。あの半死神の少年も私と同じ虚化の能力を持っている。六車拳西ら仮面の軍勢は虚化しているというのに狛村は味方とみなしている。私がその力を手にする事が、何故蔑まれなければならない?」

 

 

東仙の疑問に対し、蹴りのダメージを霊圧で僅かに和らげた拳西が答える。

いつもの怒りとは違う、非難を込めた強い怒りの口調で。

 

 

「俺達も一護も虚化なんて望んじゃいねぇんだよ・・・!こんなクソ忌々しい力、喜んで俺達が使うかよ!!」

「だがその忌々しい力を使わねば貴方は私に勝てない。檜佐木のように死んでいてもおかしくない筈だ。そして。」

 

 

黒縄天譴明王ではなく、狛村本人が東仙を斬ろうと背後に瞬歩で移動し刃を振り下ろしたが、素手で弾かれてしまう。

(!)

 

 

「何故明王ではなくお前が直接斬ろうとした?」

「一度貴公と話をするためだ・・・。」

「・・・下らぬな。」

 

 

その言葉とは反対に、狛村の刃を払った東仙は距離を取り会話を続ける意思を見せた。

相手が友人であった故の、最大限の情けだろうか。

 

 

「何故貴公はその力を手にした・・・。何故、道を踏み外したのだ・・・!一体何処まで貴公は堕落してしまうのだ!!!!」

「堕落だと?」

 

 

虚化のせいで表情は分からないが、理解不能だと言わんばかりに東仙は狛村の理解の無さを咎め立てる。

まるで己の道に間違いはないと示すように。

藍染様の示す道が全てであるかのように、東仙は話す。

 

 

「死神から虚へと近づくことが何故堕落だ?六車拳西も同じことだ。お前の論理だと彼も堕落しているのではないか。死神と虚を正邪で分ける矮小な二元論に憑りつかれているからそのような戯れ言をお前は口にするのだ。」

 

 

対する狛村は、感情論で責め立てた。

 

 

「違う!!己の上司や仲間、友や部下を裏切ってまでも過ぎた力を手にしようとする事が堕落だと言っているのだ!!!貴公の身勝手な振る舞いでどれ程の者が傷ついたのか解らんのか!!!」

「身勝手・・・?」

 

 

「藍染様の進む道を私が支えることを・・・身勝手だと・・・?」

 

 

東仙の心に動揺と怒りの感情が生まれてできた隙を見計らい、拳西は断風の糸を東仙の左腕に絡ませて爆発させる。

虚化して強化された始解により、東仙の左腕は跡形もなく爆散した。

 

 

「ぐっ・・・油断したか・・・。」

「明王!!!」

(!)

 

 

明王の巨体が生み出す圧倒的な物量による、腕払いを寸での所で躱す。

態勢の立て直しに時間がかかっている間に、明王を複数斬りつけ、今まであまりダメージを受けていなかった狛村にも深刻なダメージを与えた。

 

 

「その巨体を傷付ければ、お前自身の体にも傷がつく・・・。何とも不便な卍解だな、狛村。巨体であるが故に動きも緩慢、私を傷付けられると思うのも愚かだ。」

 

 

狛村の卍解を評する東仙は、爆散した左腕を超速再生で修復する。

十刃ですら不可能な肉体の完全な再生を行えるレベルまで高められた力であった。

 

狛村の隣に着地した拳西が驚きと共に納得の表情を見せる。

 

 

「やっぱりな。お前の虚化は俺達の虚化と別種の物だろ。俺達の仮面は顔を覆うものに過ぎねぇが、お前の仮面は頭と肩まで覆うヤツだ。完全虚化しねぇと俺達には出来ねぇ超速再生までやってのけるとはな・・・。」

「101年前の不出来な破面もどきの君達と今の私は決定的に違う。藍染様の研究の成果を君達に見せることが出来て光栄だ。」

 

 

今まで受けた傷を全て修復した東仙が、傷を負い力の消耗が激しい二人を見下ろす。

 

 

「本当に・・・死神を捨ててしまったのか・・・。今一度貴公に訊く。何故貴公は死神になったのだ?」

 

 

「復讐だ。」

 

 

言い切った東仙に、狛村は合点がいったという表情を見せる。

 

 

「成程な・・・どうやら儂は、貴公の心を見誤っていたようだ。」

 

 

自分の頭の中に存在していた仮説を立証していくように、狛村は東仙への見方を今一度変えていく。

戦闘の途中でも少なからず抱いていた友としての思いを、一つ残らず捨て去っていく。

説得が無駄であることを、今度こそ受け入れるしかなかった。

 

 

「今のが貴公の本心なら、儂と貴公は相容れぬ定め。」

「相容れぬなら私を斬るか?確かに正義だな。笑わせてくれるが。」

「そうだ、それが正義だ。貴公が昔何度も私に説いた正義だ。そして信念の下に相容れぬならば、儂は尸魂界の為に貴公を斬らねばならぬ。」

 

 

苦しそうに言葉を綴る狛村を、隣に立つ拳西がガサツではあるがその身を案ずる。

 

 

「行けんのか?俺もそうだがお前も傷はバカにならねぇ。速く動ける俺が体張って隙作ってもいいんだぞ。」

「駄目だ、六車殿。済まないがこれは儂と東仙の問題だ。」

「そうかよ・・・。ったく、俺には理解できねぇな。」

「・・・そうかもしれぬな。隼人も納得していなかった。」

 

 

建物の残骸を依り代にして歩き出した狛村は、東仙に対し心からの思いを口にする。

裏切りにまみれた男に対する、最大限の恩赦であった。

 

 

「儂は貴公の本心を聞けて満足した。」

 

「儂の心は、既に貴公を赦している。」

 

 

首をぐりんと捻った東仙は、目の前の男に対し誰にも見せたことのない怒りをぶつけた。

虚の仮面にヒビが入り、嫌な予感が二人を襲う。

 

 

()()()()()()()、だと・・・?神のような口を利くな、狛村。私がいつ赦せなどと言った!斬りたくば斬るがいい!!この私の、」

 

 

刀剣解放(レスレクシオン)を目にしても、同じ言葉を吐けるならな!!!」

 

 

この言葉に拳西が驚かずにいられるわけがない。

死神の刀剣解放という耳を疑う内容に、驚きと共に最大限の危機感を抱く。

完全虚化ではなく、刀剣解放。真っ先に防ごうとしたが、間に合わなかった。

 

 

「清虫百式  『狂枷蟋蟀(グリジャル・グリージョ)』」

 

 

解号を唱えた瞬間に、東仙の全身は仮面を除いて黒く弾け飛んだ。

人体がちぎれ、強引に再組成されて繋ぎ止められる不快な音が周囲に響き渡る。

割れた仮面も形を変えて、虫の頭部の形になった。

 

巨大な虫へと変貌を遂げた東仙は口の上にある、二つの球体を開く。

生まれて初めて感じた、視覚であった。

 

 

「視える・・・視えるぞ・・・・・・視えるぞ、狛村・・・六車拳西・・・!!!」

「ふははははははははは!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「これが空か!!これが血か!!これが世界か!!」

 

 

周囲を見回した東仙は、初めて目にした世界に対し、狂喜乱舞の声を上げる。

そして最後に、生まれて初めて友と元上司の顔を見た。

 

 

「それが、お前達か・・・。」

 

 

「思っていたより・・・醜いな。」

 

 

その感想に狛村は、目を細めて諦めの表情を示す。

拳西は、鼻でため息をつき、眼を瞑った後に、東仙の顔を見据えた。

 

 

「いくぞ。」

「ああ。」

 

 

虚化と卍解で、刀剣解放した東仙に対抗する。

 

 

実力差は、歴然だった。

 

まずは拳西が断風で罠を張り、爆炎の隙をぬって東仙の体にサンドバック・ビートを行う。

 

 

「おらららららららぁぁっっっ!!!!!!!!!!」

 

 

正拳突きで何度も連打したが、当たっているにも関わらず全く手応えがない。

超速再生の力が更に強化され、傷を負うと同時に回復していた。これではいくら殴っても意味が無い。

 

 

「ラ・ミラーダ」

 

 

両目から放つ虚閃が、拳西に襲い掛かる。

同じ虚閃で対処しようにも、ただの虚化と刀剣解放では差があり過ぎた。始解と卍解のようなものだ。

 

 

「ぐあぁっ・・・・・・!!!」

 

 

その硬直を見計らって狛村は明王の刃を東仙に叩きつけたが、東仙の細い足一本で防がれてしまう。

むしろ、明王の刃は刃毀れしてじわじわと削れていった。

(!)

 

 

「私が油断したと思ったか狛村!!甘い!!!」

 

 

九つの足を複雑に回し、身体の前に陣を形成する。

 

 

九相輪殺(ロス・ヌウェベ・アスペクトス)

 

 

鈴の音色を持った破壊音波は黒縄天譴明王の腹にヒットし、狛村本人の腹から大量の血が流れ出た。

 

 

刀剣解放だけで二人の隊長を一瞬で倒す程の力を東仙は手に入れていた。

 

倒れる狛村の前に、異形の東仙が立ちはだかる。

 

 

「東仙・・・・・・。」

「終わりにしようか、狛村。」

 

 

一切の感情を排した、無慈悲ともいえる虚閃が狛村に放たれようとしている。

ボロボロになりながらも狛村の元へ走っている拳西すら眼中にない。

 

 

「正義とは、言葉では語れぬものなのだ。」

 

 

東仙の色の無い表情を見た狛村は、信頼する部下、今日共に戦った男全員に心中で詫びを入れていた。

 

 

(済まぬ、鉄左衛門。)

(済まぬ、檜佐木。)

(済まぬ、六車殿。)

(済まぬ、東仙。)

 

(済まぬ・・・・・・隼人。)

 

 

(やはり儂に―――)

 

 

(東仙は斬れぬ。)

 

 

 

 

東仙を斬ったのは、彼の部下であった。

(((!)))

 

今まで戦闘を行っていた三名全員が、信じられないといった表情を浮かべている。

 

 

「・・・やはり、あなたはもう東仙隊長じゃない・・・・・・。眼が見えない時のあなたなら、この程度の一撃は躱していた。」

 

 

喉に突き立てた刃を展開させ、トドメの一撃を放つ。

 

 

「刈れ 風死。」

 

 

修兵の持ちうる精一杯の力で放った一撃は、隊長二人が届かなかった東仙にしっかりと届いた。

致命傷を負った東仙は前に倒れ込み、刀剣解放は塵となって消えていった。

虚化する前の状態に戻ってゆく。

 

二人の元に間に合わなかった拳西は、修兵の体を目の当たりにして信じられないといった表情を浮かべる。

腹からは未だに血が流れており、こんな状態で動けるのが不思議に思えるほど修兵の体は怪我が多い。東仙とずっと戦っていた拳西と狛村よりも、修兵の体はボロボロだった。

 

 

「お前が・・・やったのか・・・。」

「・・・・・・はい・・・。」

「・・・・・・。」

 

 

今にも泣きそうな表情を浮かべている修兵を見て、拳西は何も言えなくなる。

若い死神に離反したとはいえ直属だった上司を斬らせるという辛い思いをさせてしまい、己の弱さを認めざるを得ない。

 

起き上がった狛村は倒れた東仙の体を仰向けにし、目覚めの時を待つ。

 

 

「檜佐木・・・済まぬ。儂にはやはり、東仙が斬れなかった・・・。」

「俺だって、最後の一撃しか、まともに喰らわせること出来なかったので・・・。」

 

 

こんなにも辛い気持ちになる戦いだとは拳西ですら考えもしなかった。

もし自分が隊長だった頃にしっかり東仙の過去に踏み込んで話をしていたら、こんなことにはならなかったのではないか。

怪しいとは思っていたが、そこで変に距離を取るべきではなかったのではないか。

 

自分の後輩達がここまで傷つき苦しむ姿を見た拳西は、柄にもない言葉を告げた。

 

 

「済まねぇ。俺がもっとちゃんと東仙と話をしていたら、お前達がこいつと戦うことも無かったのかもしれん。・・・俺のせいで、お前達まで苦しめちまった。」

「案ずるな。六車殿。・・・・・・儂も、いつか東仙と刃を交える覚悟はしていた・・・。」

 

 

狛村の言葉が東仙に聞こえたのか、暫し意識を失っていた東仙は目を開いた。

 

 

「東仙隊長・・・!」

 

 

隣でしゃがんでいた拳西が身を乗り出した修兵の肩を掴んで落ち着くよう窘める。

 

 

「狛村・・・・・・檜佐木・・・・・・・・・六車、隊長・・・・・・。」

 

 

嗄れきった声で名前を呼んだ東仙に、狛村は声を出さぬよう労わる。

喉が裂けているため喋っては激痛が走るはずだからだ。虚の力で呼吸そのものは問題なく出来ているが、余計な体力を消耗すべきではない。

 

 

「お前も・・・解っていたのか・・・。私と、斬り合う運命(定め)にあると・・・。」

「ああ。檜佐木もそうだろう。六車殿を含めて我々はこうして刃を交え――――」

 

 

「こうして、心から解り合う運命だったのだ。」

 

 

「憎むなとは言わん。恨むなとも言わん。ただ、己を捨てた復讐などするな。貴公が失った友に対してそうであったように・・・・・・貴公を失えば、儂の心には穴があくのだ。」

 

 

狛村の本気の赦しを受けた東仙は目頭を熱くし、涙を抑えずにはいられなかった。

その顔を見た拳西は、101年前を思い出しつつぶっきらぼうながら励ました。

 

 

「ちっ、泣くなバカ。お前は昔から何でも出来るクセに周りを頼らねぇのが良くないと思っちゃいたが、ここまでとはな。」

 

 

「少しは周りを頼れ。お前は友すら頼れねぇバカなのか?あぁ?」

 

「六車・・・隊長・・・。」

 

「ありがとうございます・・・・・・。狛村・・・・・・ありがとう・・・・・・。」

 

 

狛村と檜佐木が今までに見たことの無い、温かな表情を東仙は浮かべていた。

涙を流しつつ東仙は眼が見える今だからこその欲が出た。

 

 

「・・・檜佐木、顔をよく見せてくれ・・・・・・。虚化の影響で、今はまだ、眼が見えるのだ・・・。今のうちにお前の顔を見ておきたい・・・・・・。」

「東仙・・・隊長・・・・・・。」

 

 

別々に分かたれた道のりが、再び交わることが出来るかもしれない。

狛村と拳西は東仙の言葉を聞いて胸がいっぱいになる。

手を伸ばした東仙の手を修兵は手に取り、しっかり視えるように顔を近づける。

 

 

「視えますか?東仙隊長・・・・・・。どんな世界が、映っていますか・・・・・・?」

「ああ・・・・・・。」

 

 

「檜佐木・・・・・・・・・。」

 

 

何が起きたのか、わからなかった。

一瞬で目の前にいた東仙は、ブチッという音と共にただの血と肉の塊へと変化する。

 

誰かがゲームのスイッチを押した瞬間に爆発したような、無機質で無慈悲な暴力が東仙を破壊した。

修兵の全身に、東仙の血液や、形を失った臓物の断片がグシャっとかかる。

 

 

「・・・隊長・・・?・・・・・・隊長・・・・・・・・・・!!!」

 

 

絶望の表情を浮かべた修兵は、やり場のない怒りと悲しみに涙を堪えることも出来なかった。

直ぐに気を取り直した狛村は、激しい怒りでこの時限装置とも言える仕組みを作り上げた男に叫ぶ。

 

 

「藍染!!!!」

 

 

怒りに流され斬りかかろうとしたところで、黒腔が開く。

 

 

黒崎一護が、ついに現世に戻ってきた。

 



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結集

「隊長・・・・・・・・・何で・・・・・・・隊長・・・・・・!」

 

 

血の海と化した周囲、手にべったりとついた返り血、僅かに原型をとどめる肉体、それに反して綺麗な形を留めた骨を目の当たりにした修兵は、怒り、悲しみ、猛烈な吐き気に苛まれ、精神を大きく乱してしまった。

 

 

「う・・・あ・・・・・・・・・ああ・・・・・・・・・!!」

 

 

あまりのショックで、意識を失ってしまう。

同時に、怒りのあまり藍染に特攻をかけようとした狛村を何とか拳西は引きとどめた。

日頃感情に任せて行動しやすい拳西は、東仙との戦いがあったからか今は冷静でいることが出来た。

 

 

「一護が来てる!一旦落ち着け!」

「!・・・・・・済まない。あの時の過ちを繰り返す所だった・・・。」

「とりあえずこのガキを救護してるヤツんとこ運ぶぞ。そっから俺達も藍染と戦う。案内してくれ。」

「分かった。」

 

 

吉良の元に修兵を運んだ時には、射場も大分回復していた。

拳西を見た射場は、「・・・生きて、口囃子に会いやしょう。何としても、あいつの心からの笑顔を取り戻しやしょう!!お願いしやす!!」と涙ながらに頭を下げていた。

 

そしてここに、もう一つ向かってくる霊圧があった。

 

「け~~~ん~~~せ~~~!!遅い遅い~~!!」

「遅いってお前、ボロボロじゃねぇか・・・。」

「危なかったよ~~!刀剣解放された時はヒヤーーっとしたもん!!あたしの始解で何とか倒せたけどね!!」

 

 

白スーパーキックで最初はワンダーワイスを追い詰めたものの、理性を失った破面はただ目の前の敵を殺そうと考えただけですぐさま刀剣解放をし、虚化していながらも一時はかなり追い詰められたのだ。

 

 

「あたしの顔を思いっきり殴るなんて~~!こうなったら、あたしもいつもより頑張っちゃうよ!!」

 

 

「踊れ!! 『杏麗(きょうれい)』!!」

 

 

大小二つの緑色の鉄扇を両手に持ち、白は『本気モード』に入った。

白スーパー虚閃で遠距離からの攻撃を行い、怯んだワンダーワイスを鉄扇で殴る。

二対の扇子を用いて風の渦を巻き起こして爆発させる、といった近接戦闘を中心に、白はワンダーワイスに辛くも勝利することができた。

 

 

「死んだのか?」

「わかんな~い。」

「あぁ!?何で確認しねぇんだよ!」

「確認したよ!!でも何度倒しても起き上がってくるんだもーん。今はずっと動いてないから多分死んでると思うよ!」

 

 

あんまりアテにならないが、ずっと動いていないなら戦闘不能と考えられるしまだいいか、と思い、今回はこれ以上責める気になれなかった。

それに、もう時間がない。

 

 

「急ぎ向かうぞ!黒崎一護の元へ!」

 

 

狛村の号令をきっかけに、拳西と白含めた三人は藍染との決戦に向かう。

 

 

「隊長・・・頼んます・・・・・・。」

 

 

回復こそしているものの、自分の実力をわかっているからこそ射場は一緒に行こうとはしなかった。

足手まといになるのは目に見えている。

 

 

 

 

 

 

藍染の言葉に動揺を隠せずにいた一護の手を、狛村が掴む。

 

 

「呑まれるな。黒崎一護。」

「狛村さん・・・!」

「コッチに来て早々挑発に乗ってんじゃねぇぞ一護。みすみす命捨てんじゃねぇ。」

「やっほーー!ベリたん久し振り!」

「拳西!!白!!」

 

 

援軍を見た藍染は、尚も表情を崩さない。

これからの戦いを、愉しみにしているかのような表情を見せている。

 

 

「・・・安心せい。虚圏へ向かった隊長達が、真っ先に貴公を此方へ送った理由は解っておる。貴公に藍染の始解は見せはせん。」

 

 

続々と集まった戦闘可能な隊長格と、仮面の軍勢が、一護の前に立つ。

 

 

「儂らが、貴公を護って戦ってやる。」

 

 

どれ程頼もしいことだろうか。

()()()()()()()()()()

 

一護の前に立った護廷十三隊と仮面の軍勢は、皆傷だらけでボロボロの体であり、霊圧も十分とはいえないものだった。

 

 

「俺を護って戦う・・・・・・!?何言ってんだよ・・・!無茶だ!みんなボロボロじゃねぇか・・・!」

「何が無茶やねん。」

 

「オマエ一人で戦わす方が、よっぽど無茶やろ。」

 

 

その平子の言葉に先ほど藍染の言葉に惑わされそうになった一護は眼を瞑る。

悔しいが、今の精神状態では平子の言う通りだった。

 

 

「一人でやられたらハラの虫おさまれへん奴がようさんおんねん。一人で背負うな。厚かましい。これは、俺ら全員の戦いや。」

 

 

集まった隊長格の中で、まずは藍染に一番近い位置にいた日番谷と京楽が先陣を切る。

 

一護の横にいた狛村は、一護がいなければ斬られていた己の浅慮を恥じ、一護に感謝を告げて藍染の元に向かっていく。

一護の目の前にいた平子が、順番を待ち望んでいたかのように声をかけた。

織姫を連れて来なかったことに文句を言いつつ、戦いの場に卯ノ花を連れてきたことは正解だとひょうきんに告げた。

 

 

「リサ、ローズ、ラブ、拳西、白。行くで。」

 

 

ひよ里とハッチを除いた仮面の軍勢六名が、同時に藍染の元へ向かった。

 

残った砕蜂も流れに乗ったからか一護に声をかける。

生きる為、藍染からあらゆる物を護る為に戦うと自分達の戦いを一護に説明する。

死を覚悟したものではないと、一護に伝え、砕蜂も藍染の元へ向かった。

 

 

一人で何でも護ると背負い込んでいた一護は、そのおこがましい考えを改め、皆が戦っている戦況を見据えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

体育館を使って映画鑑賞会を行っていた一護の友人達は、後片付けを行っていた。

 

 

「なあ、あのシーンカッコよかったよな!?キザなクセに有言実行しやがるんだぜ!?ぐわぁーーって、どわぁーーってアクションシーンもすげぇ迫力だったよな!?な、水色!!」

「そうですね。浅野さん。」

 

 

普段なら、「また敬語かよ!?そんなぁ俺を見捨てないでくれぇ~~!!」とでも返すものだが、今日はそんな雰囲気にもなれなかった。

 

 

「―――――・・・。俺達、このまま生き残れるのかなぁ・・・?」

 

 

一生懸命場を盛り上げようとした啓吾も、意気消沈せざるをえなかった。

映画の内容が鬱屈とさせられるような物ではない。むしろ子供向けに作られた、探偵モノにもかかわらず楽しいアクションストーリーであった。

 

今置かれている自分達の現状が、彼らの気分を沈ませるには十分すぎる程辛いものであったからだ。

 

遮光カーテンを開いた後に見える空は、いつもの空と何にも変わりない。

だがこの空は、毎日眺める空とは()()()()()()

 

気味が悪い程に精巧なレプリカである空間は、空すらもレプリカであり雲は全く動きが無い。

 

 

「あたしたちが見ているこの空も、いっつも見てる本物の空じゃないんだね・・・。」

「そっか・・・。」

 

 

啓吾と同じくハイテンションが売りの千鶴も、たつきの言葉にただただ同意するしかなかった。

 

 

「・・・って考えても仕方ないか!後片付けするぞケイゴーー。」

「痛って!!また俺だけ殴るのかよ!」

「アンタを殴るとスッキリする。」

「酷い!!俺インターハイ優勝の女の子にサンドバックにされてる!」

「準優勝だっつの。」

 

 

気を取り直してカーテンの後片付けを終わらせた所で、下から声が聞こえた。

 

 

「なーに辛気臭い顔してんのみんな?」

「口囃子さん!いやーー俺達映画がとっても面白くて「変に嘘言うなアホ!」

「痛い!もう俺の鼻折れてそう・・・。」

「あっちょっとそこから動かないで。」

 

 

ん?と四人は全く同じ反応をしつつ指示に従い動かないようにする。

 

 

「ほいっ。」

 

 

隼人の言葉と同時に、ギャラリー席にいた四人は一瞬で体育館の下の床に移動していた。

長い時間超常現象に巻き込まれている彼らも鬱屈としているだろうと考えた隼人は、周りに被害を及ぼさない中で術を披露したら楽しんでくれるかもしれないと安直に考えた。

鬼道だと体育館を壊しかねないため、転移術を実際に体験してもらえば、驚きで彼らも少しは気が楽になるかもしれない。

 

その読みは見事に当たった。

高校生であり自分と体格もあまり変わらないが、まだまだ子ども。

初めて実感する霊術に啓吾はめちゃくちゃ興奮していた。

 

 

「すげぇ!!俺達テレポートした!!」

「死神ってこんなことも出来るんですね。」

 

 

かなり特例中の特例なので皆出来るわけではないが、得意不得意があり一護みたいに剣での戦いに特化した死神や、速力に特化した死神がいることなども追加で説明する。

基本的に彼らには肯定的な情報を伝えるようにしていた。

転移術に失敗したら足がめり込むとか危険な情報は、伝えないようにする。

 

高校生達が不安な気持ちで意気消沈していることは隼人の目で見ても悟ってしまう程であったが、実は隼人も向こうの霊圧を読んでいて、驚き、嬉しさ、そして戸惑いを覚えていた。

 

突然8名の知らない霊圧が空座町に乱入してきた。

101年前の元隊長、副隊長と推測する以外の選択肢は無い。今すぐにでも向こうに行きたい程だ。

会って話をしたい。一緒に戦いたい。待ち焦がれていた瞬間が目の前に来ていた。

 

だが、自分のおぼろげな記憶にある彼らの霊圧とは、全く別物だった。

虚の力が混じり、元の霊圧に無理矢理上書きされたかのような不自然な霊圧をしている。

 

読み取ってしまったその霊圧から、自分と彼らの決定的な違いを押し付けられたような気がした。

二度と話すことが出来ないのかもしれないと怖くなった。

 

(いや、ダメだダメだ!悲観的になるな!)

 

無理矢理に自らを奮い立たせ、巡回を続ける。

大丈夫だ。きっと現世で藍染は倒れる。

 

空座第一高等学校に戻った隼人は、職員室に寄り、数枚のメモ帳を持って体育館に向かった。

 

 

「・・・っていう訳で、ハイ!!これ!!」

「いや、どういう訳っすか・・・?」

「うるさいなぁ!少しぐらい回想挟んだっていいだろ!」

 

 

「回想なんて俺知らねぇし!つーか今日の俺ツッコミしかしてねぇ!!」と啓吾がやいのやいの文句タラタラであったが、そんなことを気にせず隼人は話を続けた。

 

 

「好きなの取ってくれ。早いもの勝ちだ!」

「え、そ、そうですか。じゃああたしはこれ。」

「僕はこれにするよ。」

「あたしはこれーー!」

「え、俺最後!?選択権ナシ!?」

 

 

そう言いつつ皆手に取ったメモ用紙には、絵心という概念を完全に放棄した絵が描かれていた。

ドン引きしている。

 

 

「有沢さんのはうさぎ。水色くんのはパンダ。本匠さんのは猫。啓吾くんのは犬。どうかな?結構上手く描けたと思うんだーー!自信作!」

「何つーか・・・。現代アートみたいですね。こう、既成概念を取っ払った感じというか・・・。」

 

 

啓吾が必死に褒めようとしたが、あまりにも絵が酷すぎて他の三名はこれが動物であることすら判らなかった。

朽木兄弟のセンスなど眼中にない程の尸魂界随一の画伯である隼人の絵は、最早常人には理解出来ないアートと化していた。

そしてそれに全く自覚が無いのが何とも罪深い。それなりに絵が描けると未だに勘違いをしているのだ。

 

藍染の離反の後、瀞霊廷通信の『教えて!修兵先生!』の挿絵をたまたま任されて意気揚々と提出した際には、新編集長になった修兵に『こんな物載せられないっすよ。絵ド下手なんすね。根本的におかしいっすよ。』と容赦ない酷評をされ、ブチギレて顔をタコ殴りにしたことがあった。

 

ちなみにその絵のせいで連載が終了したことは、隼人も知らない話だ。

 

そして今回はその絵が重要な訳ではない。あくまでも楽しませようという隼人の思いが生み出した遺物だ。

この紙を渡した本来の目的は別にあった。

 

 

「その紙を持っていれば、簡易的にではあるけど君達の霊圧は消えます。藍染惣右介がここに侵攻を始めた場合には、この紙を持っていれば彼に君たちの存在が遠くから気付かれることは無いでしょう。直接会うことさえなければ命は保証されます。」

「えっマジすか!!こんな下手糞もいい所の絵が描かれた紙が、そんなすごい紙だったんですね!!」

 

 

啓吾の遠慮、容赦の一切無い一言のせいで、ニコニコしていた隼人の顔色は一気に変わってしまった。

色を失い完全に据わった目が、啓吾を捕らえて逃さない。

その場にいた四人全員が隼人の表情の変化で震える。

 

 

「君、今何て言ったのかな?」

「え・・・いや、その・・・・・・。」

「『こんな下手糞もいい所の絵』って言ってましたね。」

「バカ水色!空気読めよ!口囃子さんの顔が・・・・・ああぁぁぁ・・・・・・・・・!!!!」

「誰の絵が下手糞だコラ・・・・・・!!」

「お、お上手です!展覧会にあってもおかしくない程ですよ!!個展でも開いたらどうで御座いましょうか?」

「馬鹿にしてんのかテメェ!!」

「ひぃ~~!!お許しをーー!!!」

 

 

修兵みたいにタコ殴りにするつもりは万に一つも無かったが、仕置きが必要だ。

みっちり叱って死神の恐ろしさを骨の髄まで叩き込んでやる。

 

 

だが、それ所では無くなった。

隼人の霊圧知覚が異常な物を探知した。

 

 

「!!―――――・・・何だ・・・?こっちに近付いてくる・・・。」

 

 

「俺、助かった・・・?」と啓吾が間抜けな一言を口にしたが、それすら耳に入らない程隼人は集中力を高め、始解を使って此方に近付いてくる霊圧を解析する。

 

(藍染ではない・・・かといって虚の霊圧を感じるわけでもない・・・誰だ・・・・・・。)

 

 

その人物が現れた瞬間、本物の空座町が色んな意味で混乱の渦に陥ることになるとは思いもしなかった。

 




護廷十三隊と仮面の軍勢、その他現世組の空座町での戦いは後は原作と同じような展開なので、決戦が終わった後などに誰かの言葉伝手にダイジェストで振り返るような形で書こうと思います。
千年血戦篇で藍染に言わせるかも。


そして次回、あの男が登場します。


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Spirits Are Always With You

タイトル通り、あの男です。
嫌な予感しかしない・・・。


その男は、横開きの体育館のドアを盛大に鳴らして入ってきた。

 

 

「よい子の皆さんさぁさぁここでヒーローの登場だぁ!ボォ―――――イズエンドガァ――――――ルズ!!」

 

 

「スピリッツ!!ア~~~~~~~~~~オ――――――――ルウェイッ!!ウィズ!!」

 

 

「ィィィユ――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!」

 

 

「お待たせしました!お待たせし過ぎたかもしれません!!読者の皆さん!!あなたのドン・観音寺!わたしのドン・観音寺!みんなのドン・観音寺がついーーーに初登場!!!!!これから私のマーーーーーーベラスでエッッッッッックセレントな活躍を楽しみにしていてくれよ!!」

 

 

彼の野太いにもかかわらずキンキンした声が体育館内に響き渡る。

 

 

「誰こいつ。」

 

 

「むぅぅぅ!!!この私を知らぬとは無知なボーイだ!!!イマドキボーイのイケメンな顔をしてTVはあまり見ないのかねっ!?」

「えっ僕ってイケメンなの?その部類に入るの?初めて言われたんだけど。」

「いいだろう!!名乗ってみせよう!私こそ「何しに来たのよドン・観音寺。」

「No―――――――――!!!!今から私が自分でスペシャルな名乗りを上げようとしていたというのに!!鬼かねガールは!?」

「いや貴方の名前はさっき聞いたよ。その意味で誰って聞いてんだけど。」

「Damn――――――――――――――――――!!!!!!!!!!」

「いや話聞けよ。」

 

 

全然話を聞かない男が乱入してきた。華美な服装に自己主張の激しすぎる言動は、何というか今までに会ったことのない人間であり、対応に困る。

たつきが物凄く嫌そうな顔をしており、全て知っていそうなので全部彼女に聞くことにする。

 

 

「ねぇこのおっさん誰なの?」

「ドン・観音寺。霊媒師で芸能人やってる人です。本名は観音寺美幸雄(みさお)。」

「アンッッッッビリ――――――――――――――バボ――――――――!!!何でガールは私の真の名前を口にするんだい!?!?悪魔か!?悪魔かね!?」

「・・・・・・色々大変な人だね。」

「Damn―――――――――――――――!!!!!!!」

「またそれかよ。」

 

 

このおじさんもあのボンバーマンと共にどっか遠くにやらないと面倒なことになる。というか、精神衛生上もう持たない。

なんでこんな色物が霊媒師なんてことをやっているのか理解の範疇を超えている。

 

 

「霊媒師なら、さっき北の方に幽霊感じたんですけど、対処してくれたりします?」

「何を言っているんだねボーイ?嘘はいけない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

(!)

 

 

この一瞬で、隼人は目の前の強烈な個性を持つ男の評価を一変させざるをえなかった。

おそらくこの男は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

霊圧知覚が飛びぬけて高い隼人ですら、始解せずにこの場に虚がまったくいないときっぱり言い切れる霊圧知覚を持っていない。

現世の人間が何故こんな飛び抜けた力を持っているのかも理解できないし、よくそんな力を持っていながら虚に殺されることもなく生き延びたものだと感心すらする。

 

だが、いかんせんうるさい。

 

 

「私は空座町がこのようなアブノ―――――――マルになっているのをヒーローとして見過ごせないのだよ!!ユーは夏に私の一番弟子になったオレンジ髪のボーイと同じ服装をしている。是非ともこのイマージャンシーを打開するため、私と手を組もうではないか!!!」

「一護くんを一番弟子って、アンタの霊圧如きでよくそんなこと言えるな・・・。」

「ユーの甘いマスクでカワイ子ちゃん達も一網打尽!!視聴率うなぎ上りも間違いなし!!空座ハイパーエキセントリックコンビの結成だ―――――――!!!!!」

「・・・・・・・・・。」

 

 

もう、ついていくのすら疲れる。

というか、甘いマスクとかイケメンとか今まで言われたことがないので、その点だけでも面食らってしまう。地味しか言われたことがないので本当とは思えない。

そもそもこんな得体の知れないおっさんと手を組むなんて、御免蒙る。

気疲れのせいか最初からおっさん相手にタメ口で喋っていた。

介護している気分だ。

 

 

「あのね、万が一の事態があったらアンタは死んじゃう可能性があるんだよ?アンタにだって人生あるんだよ?悪いことは言わないから逃げてよ。コンビなんて組んでられないよ。」

「・・・私は、逃げるわけにはいかないんだ。」

「は?そんな悠長な事言ってたら本当に死んじゃうよ?」

 

 

突然哀愁漂う雰囲気を醸し出され、またも反応に困る。

隼人のわりかし本気の忠告を聞きつつも、観音寺は己のポリシーを崩すわけにはいかなかった。

 

 

「・・・・・・無知なボーイだ。教えておこう。私はヒーローだ。そして私の番組は日本中たくさんの子ども達が観ている。」

「番組って、それテレビの話じゃ・・・。」

 

 

「戦いから逃げるヒーローを、子ども達はヒーローとは呼ばんのだよ。」

 

 

きっぱり言い切った観音寺に対し、その場にいた高校生だけでなく、隼人も彼のスタンスを頭ごなしに否定することが出来なかった。

 

自分が子どもだった時に助けてくれたヒーローの男は、決して戦いから逃げるような男ではなかった。頼りになるあの背中は、戦いを恐れるような男のものではなかった。

目の前の爺さんは全然頼りになるようには見えないが、この男は自分よりも強い心を持っていた。

無理な戦いなら逃げようと思っていた己が情けない。

 

 

「分かった。じゃあアンタは、一護くんの友人を護るヒーローになってよ。」

「Non!!それではユーは何をするというんだね!?私はユーと共に戦いたいのだよ!!」

「僕が敵を足止めするから、アンタは護るためのヒーローになるんだよ。逃げるんじゃなくて、生きるためにヒーローとして戦うんだよ。それならいいでしょ?」

「MMMMMMmmmmmmm・・・・・・・・・・・。良かろう!私はガーディアンというわけだな!?素晴らしい!ヒーローでありガーディアン!!エクセレントな響きではないか!!!」

 

 

拡大解釈をしてくれたおかげで観音寺との契約は成立した。

追加で護符を作成し、観音寺にも渡す。

たつきは本気で嫌そうな顔をしたが、自分と一緒にいてのたれ死ぬよりは絶対にいい。

 

それに、現世の方も中々に危ない気がしてきた。

 

浦原と思しき人間の戦っている霊圧を感じるのだ。

一緒に戦っているのは夜一と、何の因果かは知らないが志波一心もいた。

藍染の霊圧を読み続けているが、彼の霊圧の段階が変化したことにより読み取る難易度が上昇する。それでも無理矢理藍染の霊圧を読み続けている。

斬魄刀にも相当な負荷がかかっている。

 

(ごめん・・・こんな、無理させちゃって・・・。)

 

だが、一つ決心したことがある。

 

逃げるものか。藍染相手に情けない真似なんてするわけにはいかない。

七緒との約束も果たさねばならない。

零番隊でも誰でもいいから、救援が来るまで持ちこたえなければならない。

 

観音寺との会話をきっかけに、今までのポリシーであった、「勝てない相手には堂々と逃げる」というやり方を変えることになるとは、本当にこの男はイレギュラーだ。

 

自分を助けてくれたあのヒーローのように、今度は自分が彼らのヒーローになれるだろうか。

 

 

「ではスピリッツのボーイ!作戦会議といこうかね!」

「えっ作戦なんてないんだけど・・・。」

「ア――――――――ユ―――――――――ナ――――――――ッツ!?!?(正気か!?)ユーはアニメや特撮を観ないのかねっ!?」

「いや知らないし。」

 

 

時々大声で挟んでくる異国の言葉が妙にイラつく。

実際作戦はあるのだが(むしろ作戦だらけなのだが)、このイレギュラー感満載の男がいた場合、綿密に立てた計画が全てご破算になりかねないので下手に話すわけにはいかない。

 

 

「ならば私が考えよう!この私のマーベラスでホーリーな頭脳を用いれば私達に襲い掛かるバッド・イーヴィルも忽ちに倒れてしまうだろう!!」

「アンタの頭のどこがマーベラスなのよ。ただ年中頭沸いてるだけでしょうが。」

「ホワッディヂュセ―――――――――――――イ!!!!(何だと!?)」

 

 

話が進まない。

ツッコミを入れたたつきはまともに話したくない雰囲気を醸し出しており、ここは啓吾に頼んだら何か変わるかもしれないと思い彼の方に視線を向けたが、テレビで見ていた芸能人の性格が余程面倒に感じたのか、水色と千鶴合わせた三人で遠くで喋っていた。

 

誰か収拾つけてくれよ。

 

 

「もう、無理・・・・・・。」

「ここまで対話を続けようとする口囃子さんがすごいよ・・・。」

 

 

観音寺が考えた計画は、よくわからないゴールデンキャノンボールとかいう観音寺の技で藍染に闇討ちを仕掛け、そこから隼人が色んな攻撃をして倒すというものだった。

 

結局お前他力本願じゃねぇかよと言いたくなったが、作戦を思いついて気分が良くなったのか、コンビネーション技を考えようとか言いだし始めた。

 

 

「私とボーイのタクティカルなコンビネーションが決まれば視聴率上昇も間違いナシ!!!」

「視聴率って、アンタの都合じゃん。つーか実力的にコンビネーションもクソも無いと思うんだけど・・・。」

「この技で勝利した暁には、私は是非ともユーと共に番組に出て除霊したいものだよ!!」

「また聞いてない・・・。」

「さぁさぁそうと決まれば外に出てコンビネーション技の研究だァァァァァァ!!!」

「え、ちょ、ちょっと!!」

 

 

体格の割に意外と力があり、なす術もなく引っ張られて外に出てしまった。

目の前の木相手にコンビネーション技の練習をするつもりでいるらしい。

木相手とかマジかよと嫌な予感がしたが、その予感は案の定当たる。

 

観音寺の持っている棒から発射された霊子の球は、木の幹をちょっぴり傷付ける程度の力でしかなかった。

 

予想はしていたが、霊圧知覚だけずば抜けていてそれ以外はからっきしだった。

 

 

「ほら!!ユー!!攻撃!!何をボサっとしているんだね!?!?集中力が無いとバッド・イーヴィルに反撃されてしまうよ!!!!」

「それで隙を生むことが出来ると思っているアンタの平和ボケにむしろ感心するよ・・・。」

 

 

現世の人間だからまぁ仕方ないかと考え直し、練習を強行的に止めて体育館に戻ろうとした。

 

 

藍染の放つ霊圧が再び変化の時を迎えるのを感じ取った。

 

(!!)

 

同時に夜一達の霊圧を読むと、彼らもやられているのが解析できた。

昔の記憶にある志波一心の霊圧も弱まっている。近くで弱まっている霊圧は、浦原の物だろう。

瞬時に顔色を変えた隼人を見た観音寺は、いたって真面目な様子で隼人に確認を取る。

 

 

「ユー・・・大丈夫かね・・・?もしや・・・。」

「大丈夫なわけ・・・ないよ・・・。」

 

 

他の死神の霊圧も読んだが、空座町にいる藍染と市丸以外の霊圧は皆弱まっている。

総隊長含め、全員やられたのだ。

 

嫌な汗が全身から噴き出てくる。

穿界門が開けられる気配を感じ取った。

 

(!!!)

 

瞬時に観音寺の体を掴んで体育館の室内に入り、体育館を覆う結界を張った。

 

只ならぬ隼人の様子に、高校生達も察してしまった。

 

 

「偽物の空座町で・・・藍染を止めることは出来なかったんですか・・・?」

「・・・・・・。」

 

 

たつきの言葉に対し、何も返す言葉が思いつかない。

与えられた現実は、既に隼人の予想をはるかに超えていた。

 

藍染の霊圧はもう一段階上がったことで、一度完全に読めなくなってしまった。

桃明呪でも読めない霊圧。理解の出来ない概念にすら感じる。

魂魄の位置から藍染の居場所を把握することはできるが、魂魄から放つ霊圧は読もうとしても、次元で隔てられた感覚がするのだ。

 

 

「俺達・・・どうなっちゃうんだよ・・・!」

 

 

啓吾の不安が千鶴に移り、完全にパニックになってしまう。

今の隼人に彼らを落ち着かせる言葉を考える余裕は無く、歯がゆい思いをする。

 

そんな二人を救ったのは、現世のヒーローであった。

 

 

「ボーイエンガール。大丈夫だ。私がついている。私がユーたちを護る。」

 

 

「ヒーローの私が、目の前で不安に怯える子ども達を見捨てるわけにはいかないのだよ。」

「観音寺・・・・・・。」

 

 

時々いい事を言う男に、隼人も救われたような思いがした。

棒を構えた観音寺は、意気揚々と戦前に名乗りを上げる。

 

 

「ドン・観音寺!!私のこのスピリチュアルなステッキで、高校生のユー達を護ってみせる!!」

 

 

観音寺の勇気ある振る舞いに啓吾と千鶴は元気を取り戻した。

頑張れーー!!と二人は声援を送っている。

 

一方水色は、隼人にいざという時の行動の確認を求めてきた。

観音寺に従っていたままの場合まずい事になりそうなので、この場で一番状況を冷静に理解している水色とたつきに万が一の行動の仕方を伝える。

 

 

今の二人はどこにも霊圧を感じられないため、恐らく断界の中におり、本物の空座町へと侵攻する道のりを歩いているのだろう。

恐くないワケが無い。

でも、護るためにはやるしかない。

 

 

藍染との本格的な戦いが、遂に始まる。

 



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深呼吸を繰り返す。

空を見上げた。

右手で首に提げた水色のお守りを握り締める。

左手で、始解を解いた斬魄刀を握り締める。

 

藍染が断界に入ったのを確認してから、霊力の消費を抑えるために一旦始解を解いていた。

それ程までに、今は霊力の消耗が惜しい。

 

 

「ボーイ・・・大丈夫かね?」

「・・・・・・。」

 

 

さっきと同じ観音寺の言葉だが、再び深呼吸をした後、まったく違う返答をした。

 

 

「うん。大丈夫。」

「私の胸はいつでも空いている。泣きたくなったら私の胸を貸そう!」

「それは大丈夫、別の意味で。胸毛汚そうだし。」

「何と!!私に胸毛など生えておらぬ!!」

 

 

冗談を言えるくらいには心も落ち着いていた。

この戦いの後のことを考える。

誰かがきっと来てくれる。流石にこの場所で一人で戦わせるワケはない。

その誰かが来たら、その人に任せて自分は現世の空座町に行こう。

逃げるのではない。どんな形であれ一護の友人を守りきるのが隼人の任務だ。

101年ぶりに再会するのだ。何て話しかけようか。そう考えるだけで、気が楽になる。

記憶の中の拳西の姿は、がさつでぶっきらぼうで、すぐ怒るが、優しいところもあった。

 

こんなに強くなりましたよ、成長しましたよって言おうか。

喜んでくれるだろうか。成長したなって褒めてくれるだろうか。

 

穿界門が開く気配がした。

 

空座町上空で門が開いた場合は最初の策を講じることになっていたが、どうやら向こうで何らかのミスがあったようだ。

 

 

「読み取れ 『桃明呪』」

 

 

始解し直して瞬時に藍染と市丸の魂魄の位置を探査、捕捉する。

徒歩30分くらいの距離か。

これならむしろ余裕が生まれたといえる。

瞬歩で移動された場合そのアドバンテージも無くなるが、彼らは歩いて移動し始めたようだ。

パソコンに向かい、監視カメラを総動員して藍染の方向に録霊蟲を複数展開させ、二人の様子を映像越しに把握することにした。

 

 

「これが、藍染・・・・・・。」

「・・・・・・。」

 

 

画面越しから、霊圧が伝わってくるかのようだ。

水色の言葉を機に、現世の人間全員の体中に悪寒が走り、嫌な汗が流れる。

 

そして隼人も、破面のような装束であるが、装束と体が一体化したような姿、長い髪の毛、虚のような眼球に、得体の知れない物を見た恐怖を味わう。

胸の中心に埋め込まれているものは、崩玉だろうか。

 

やはり藍染はこちらの想像を遥かに超える進化をしてきた。

もし胸にあるものが本当に崩玉なら、ただでさえ危険な崩玉を体に埋め込むなど、正気の沙汰ではない。

一度霊圧が読めなくなったのも合点がいった。

崩玉と融合した藍染の霊圧は、この世界の次元を超越し、別次元の物に変貌を遂げた。

崩玉自体の霊圧を隼人が全く読めないのは、そもそも放つ霊圧の次元が違うから、ということだった。

 

どこか別世界から来た異形のように隼人の目には見えていた。

 

 

「なぁ、今すぐここに来るのか・・・?」

「それは大丈夫。藍染はまだ空座町から離れた場所にいるからすぐには来ない・・・はず。」

「はずって!口囃子さん大丈夫なんですか!?」

 

 

千鶴の問いに簡単に返答することが出来ない程、藍染の行動は全く読めない。虚圏にいる隊長格もこの街で倒すつもりでいるのか。

そうでないとしたら、すぐにこの街に降り立って王鍵創生に取り掛かってもおかしくないはずだ。

それとも何か別の存在を待っているのか。

零番隊か。

 

藍染の狙いを推測するために思考を巡らせつつ、隼人は今度こそ最初の策の準備に取り掛かり始める。

空座第一高等学校にいながら出来る策を、藍染が街に入るまでに整える必要があった。

 

 

 

 

 

 

 

一方の現世の空座町では。

 

 

黒崎親子が断界を通じた形で尸魂界の空座町に向かう最中で、藍染による攻撃で拘突がいなくなったことを利用し、最後の月牙天衝の習得のための修行に入る。

そして、市丸ギンの真意を問うために、松本乱菊は未だ治りきっていない右脇腹を抑えつつ正規ルートを辿って尸魂界の空座町へと向かっていく。

 

卯ノ花の命令で尸魂界で待機していた複数の四番隊隊士を現世の空座町に動員し、重傷を負った者から順に処置を始めていた。

 

あれだけ実力者が揃っても、誰も藍染に一矢報いることは出来なかった。

鏡花水月の策略で雛森が刺され、日番谷が我を失ってから負のスパイラルは続き、ばたばたとその凶刃に死神達は倒れていく。

 

無論、拳西も同じであった。

卍解 『鐵拳断風(てっけんたちかぜ)』は藍染の体に当てても全く通用せず、そのままなす術もなく斬られた。

己の弱さを恥じるしかない。とんでもない屈辱を味わった。

幸いにもこの卍解は攻撃力よりも耐久力に優れているため深手を負って完全に動けなくなることはなかったものの、卍解が通用しないのであれば勝ち目など無い。

卍解を斬られたのではなく、体を直接斬られたのもある意味不幸中の幸いだった。

卍解が壊れたのであれば、修復不可能なのだから。

 

だからこそ、こんな所で傷を治してもらって休んでいる暇なんて無かった。

 

知らない顔ばかりの四番隊隊士に応急処置を施してもらった後、痛む体で浦原の元に行く。

浦原は最終進化前の藍染と戦ったこともあり、拳西とは比較にならない程ボロボロであった。

まともに戦うことは出来ないだろう。だが、浦原には封印の策があったため、どんな体でも藍染が封印されるところを見届けねばならない。

そんな浦原に頼むことなど、一つしかない。

 

 

「穿界門を開けてくれねぇか。」

「・・・誰かからお聞きになったんスね。」

「当たり前だ!こんな所でうかうかしてられっかよ!!隼人を殺すなんてマネ藍染にさせるわけにはいかねぇ!だから早く・・・!!ぐっ・・・!」

 

 

頭に血が上り語気を荒げたからか、斬られた箇所が疼く。

その痛みに拳西も蹲るしかなかった。

 

 

「一心サンから連絡がありましたが、拘突が藍染によって破壊されたそうです。そこで、現在断界の時間の流れを止めて修行を行っています。なので、断界には今入れないんスよ。万が一アタシ達が入って移動することによって時間の流れが生まれた場合、修行全てがムダになってしまいます。」

「マジかよ・・・。」

「アタシ達は出来る範囲で傷を治しましょう。そして黒崎サンの修行が終わったら、すぐに空座町に向かいましょう。」

 

 

「口囃子サンの命に、間違いなく危険が迫っています。」

 

 

 

 

 

 

そして藍染は、数十分の徒歩の後、本物の空座町へと辿り着く。

 

 

「・・・成程。尸魂界には不似合いな景色だ。それも、―――――――見納めか。」

 

 

流魂街の山々から空座町へと足を踏み入れる。

刹那。

 

 

民家の外壁に張られた導火線を伝って火花が走り、炎の壁が藍染と市丸の周囲を囲うように湧き上がる。

 

 

「あら、炎の壁。さっきの流刃若火の火を思い出しますなあ。」

「・・・ああ。そうだね。だが、薄い。」

 

 

藍染が放つ霊圧によって、その炎は跡形もなく消える。

視界が開けた後周りを見た市丸は、表面上は驚きの顔を浮かべる。

 

先ほど確かに炎が存在した周囲に、火の焦げ跡は一切存在しなかった。

それどころか、霊圧の痕跡すら完全に消えている。

 

 

「これだけの技使うてまったく跡残さんとはなぁ、ひゃあ、恐ろし恐ろし。」

「・・・・・・見事な力だ。」

 

 

「口囃子隼人。」

 

 

先ほどの炎から感じ取った霊圧で、技を使った主を言い当てる。

 

 

「やはり本物の空座町に彼はいたか。・・・面白い。護廷十三隊の最後の砦を彼に務めさせるとは、浦原喜助も中々に考えたものだ。」

「どうしはりますか?藍染隊長。」

「決まっているよ。ギン。」

 

 

「黒崎一護が来る前に、彼を殺す。」

 

「肉片すら残さずに、彼を亡き者にしよう。」

 

 

一つの対象に対し明確な殺意を示した藍染に、市丸は内心驚きを隠せずにいた。

それも、完全な形での抹殺だ。

 

(へぇ~・・・。面白いことになりそうやなァ。)

 

そして、次の罠が襲い掛かる。

 

近くにある一軒家程の高さの厚い壁が突然現れ、二人を覆う。

僅かに空いた穴から謎の気体が流れ込んできた。

 

 

「毒霧か。これは、尸魂界で作られたものではないな。」

 

 

現世の薬品の臭いを感じ取り僅かに警戒を強めるものの、余裕の表情は決して崩さない。

この壁も、藍染が霊圧を放つことで跡形もなく吹き飛んでしまった。

 

 

 

 

「最初の罠を霊圧だけで吹き飛ばすとは・・・。やっぱこんな簡単にいくわけないよな・・・。」

 

 

こっちに来てから何度か空座町巡回していたが、何もただ適当に街をブラブラしている程アホではない。

空座町中に、藍染、市丸、東仙三名だけの霊圧に反応する幾つもの罠を仕掛けた。

そしてこの罠は、この三名のみにダメージを与えるものであり、空座町の街並みが壊れることは絶対にない。

 

始解の読み取る力を織り交ぜた鬼道で、街を気にせずに罠を張ることが出来た。

 

(だったら・・・。)

 

次は厚い壁で二人を囲う罠だ。

そしてこの罠を発動させると、壁にくっつけていた袋が弾け、毒ガスを生み出す仕組みになっている。

 

この高校にある理科室の薬品を適当に混ぜて即席で作ったものであり、おそらく混ぜてはいけない物同士も強引に混ざっている。

尸魂界で生み出されたものではない、現世の毒物なら強い刺激でほんの僅かでも影響を及ぼせるかもしれない。

 

と思ったが、崩玉を取り込んだ藍染がそう簡単に倒れる筈はない。

 

さっきよりもわずかに強めた霊圧で、壁もろとも吹き飛ばされてしまった。

 

(ったく、やりづらいことこの上ないな!)

 

せっかく色々仕掛けたのに、ここまで簡単に霊圧だけで潰されるのは不服を申し立てたい。

罠の数を増やしたせいで一つ一つが弱くなってしまった自分のせいでもあるのだが。

 

 

「ボーイ、あのスピリッツがバッド・イーヴィルかね?」

「うん。白い服の二人がだよ。」

 

 

観音寺は髭をこすりながらフムフムと何かを思案している。

一応飛び出したりしたらまずいので釘を刺した。

 

 

「アンタ一人で勝てる相手じゃないよ。とにかく皆を守るのがアンタの仕事でしょうが。」

「わ、分かっている!ただ、敵の姿をしっかり覚えておくために私のこの目に焼き付けているのだよ!ユーの調子はどうだね?」

「どうだろうね・・・。」

 

と言いつつ、また別の罠を藍染に発動させていく。

百歩欄干で抑えようとしても手を払うだけで光の棒は四散し、鎖条鎖縛で藍染を縛ろうとしたら、何と藍染に鎖が触れようとしたところで鎖自体が消えてしまった。

 

(!!)

藍染の放つ霊圧に、鬼道そのものの力が耐えられなかった。

設置型の罠で遠隔的に鬼道を振るっているためどうしても力が弱くなってしまうのだが、術そのものを霊圧でねじ伏せられるという、経験したことの無い程の強い力に恐れを抱く。

 

だったら次はと空から斬華輪を複数散らそうかと思い力を籠めようとした所で、たつきが監視カメラに映った藍染が何かを喋っているのに気付いた。

 

 

「口囃子さん!藍染が誰かと話しています!」

 

 

一度力を籠めるのを止めて、再び始解の力を用いて周囲の探索を行う。

見た所、藍染と市丸以外に霊力の高い者は近くにいない。

なら誰と話しているのか、と疑問に思ったが、想定外の情景が監視カメラに映った。

 

一般人が、縦に体を真っ二つにされて死んでいた。

 

藍染の無意識に放つ力に耐えられず、霊体そのものが壊れてしまう。

空座町にいる霊圧知覚を持たない人間全員が、藍染が近づくことで何もせず死を迎えることとなる。

 

映像越しに起きた現実に、人間達は恐怖心を感じずにはいられない。

口を押さえて懸命に吐くのを堪える者もいる。

目の前で人が死ぬ様子を見たのだ。後で記憶置換をしないと一生もののトラウマになりかねない。

 

とにかく効果はなくとも斬華輪を放つ。

今回も藍染の体に当たる前に霊圧で押しつぶされて消えてしまう。

 

藍染と市丸の正面を浮遊していた録霊蟲の映像から、何も効果が無いことが明らかになる。

次の策は・・・と考えていた所で、藍染の口が動き出した。

監視映像であるため音声は何も聞こえないものの、口の動きから藍染が口にした言葉を理解した。

いや、理解させられたと見るべきか。

 

 

『今からそっちに向かうよ。』

(!!!!!)

 

 

その言葉が告げられた瞬間。

 

霊圧で作られた波動が藍染と市丸のいた場所から同心円状に放たれる。

現世の高校生は、風圧のようなものとして藍染の力を知覚した。

録霊蟲、そして空座町中に仕込んだ罠全てがたった一度の攻撃で簡単に破壊されていく。

そして言うまでもなく、体育館にかけていた結界も即席の結界のため強引に壊されてしまった。

 

黒崎家にかけた結界を、しっかりとした堅牢な結界にして良かったと心から思う。

だが、罠全てを壊されてはこれ以上時間稼ぎをすることは不可能。

元々設置されていた監視カメラにはまだ藍染が映っているため、恐らく結界の中にいて存在をくらませていた自分を探しているのだろうと隼人は瞬時に推測する。

 

 

(だったら結界を張り直して「ごきげんよう。」

(!!!!!!!)

 

 

この声は。まさか。

 

後ろを振り返ると、そこには紛れもなく藍染惣右介と市丸ギンがいた。

 



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幻惑

藍染と市丸は、住宅地を抜けて大通りに出た。

空中から百歩欄干が飛来し、藍染目がけて向かってきた。

並の百歩欄干よりも速度や威力は高いものの、藍染にとっては児戯にすぎない。

手を払うだけで全ての光柱が跡形もなく四散した。

 

次は、金色の鎖が藍染と市丸に襲い掛かる。

蛇のようにうねりながら二人を拘束しようと動いているため、神槍で射抜くことも難しい。

 

だが、それも藍染に近付いた途端跡形もなく消え去った。

藍染が無意識に放つ霊圧で鬼道が形を留められなくなったのだ。

 

 

「さっすが、藍染隊長。この程度のことは造作もないんとちゃいますか?」

「そうだな、ギン。私も崩玉も、より大きな力を打ち払うために戦いたいものだ。」

 

 

軽く二人で会話した後に、霊圧知覚を持たない一般人のサラリーマンの男がこちらに近付いてくるのを見た。

 

 

「ああ・・・あんた・・・よかった、起きてる人がいて・・・。」

 

 

意識がもうろうとしているからか、藍染の衣服、見た目が現世の人間と全く違うものだと気付いていないようだ。

そして藍染は、彼に最大限の警告をする。

 

 

「近づくな。」

 

 

え?と疑問を率直に口にしたが最後。

その男は、一瞬で身体を縦に真っ二つにされ、痛みを感じることもなく絶命した。

 

 

「・・・霊圧知覚を持たぬ人間は私の力を感じないが、霊体そのものが私の力に耐えられないのだ。」

 

 

その後上空から降り注いだ鬼道の刃を、自身が放つ霊圧だけで全て打ち消す。

 

 

「藍染隊長、どうしはりますか?」

「そうだな。」

 

 

正面を見据えた藍染は、虚空に向かって語り掛けた。

 

 

「今からそっちに向かうよ。」

 

 

その言葉が終わると同時に、霊圧の波動を生み出して隼人が仕掛けていた策そのもの全てを、木っ端微塵に叩き潰す。

遠距離から鬼道を遠隔操作するだけでもかなりの実力を持っていることが推察できるが、設置されていた罠の膨大な数からも相手の実力が計り知れる。

 

遠くから、何かが割れる音がした。

 

 

「・・・そこか。」

 

 

斬魄刀を発動し、瞬歩で空座第一高等学校にいる獲物を喰らいに藍染は移動した。

その背後をきっちりついていく市丸も、大したものである。

 

 

 

 

 

 

「ごきげんよう。」

「・・・・・・・・・。」

 

 

おかしい。何故ここに藍染がいる?

()()()()()()()()()()()()()()()

藍染が機械に干渉することはどんな手を使っても不可能。

それでも、藍染は確かに今ここにいる。

視覚でしっかりと認識しているのだ。

理解が出来ない。

 

 

「何故私が此処にいると考えているようだね。先に答えを言おう。機械には干渉出来なくとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

(!!!)

 

 

つまり、画面上に実際に映っている映像では、藍染はもちろん存在しない。

その映っていない映像を、鏡花水月を使って隼人の目には藍染が映っているように視覚を催眠させられたという事だ。

 

 

「やられた・・・!!!!」

「理解が早くて助かるよ。」

 

 

そして藍染と市丸は、隼人の隣にいる人間達に目を向ける。

 

 

「あら、この子達は誰ですかねぇ。」

「ウルキオラの眼で観た覚えがある。彼らは黒崎一護の仲間だ。」

 

 

舌打ちをし、眼光を鋭くした隼人を見た藍染は、隼人がこの場にいる理由を理解した。

 

 

「・・・成程。君は黒崎一護の仲間を守るために此処にいるのか。」

「・・・人間達を殺すつもりか・・・?」

「だとしたらどうする?」

「護るに決まってるでしょ。何としても。指一本あんたには触れさせない。」

「・・・・・・面白い。今までの君とは大違いだ。」

 

 

藍染の言葉に乗せられてはいけない。長く会話すれば向こうの間合いに持ち込まれかねない。

口を閉じた隼人に、藍染は口を無理に開かせるような真似はしない。

狙いを人間達に変更する。

 

 

「黒崎一護は必ずここへ現れるだろう。新たな力を携えて。私はその力を更に完璧へと近付けたい。君達の死がその助けになるだろう。」

「させっかよ!!!縛道の八十三「遅い。」

(!!!)

 

 

術番号を唱えている最中に、藍染は現世の人間達に触れる。

パキッという音と共に、彼らの体はあらゆる方向に二つに割れた。

 

 

「マジかよ・・・!!」

「さあ、次は君を喰らうと・・・。」

 

 

藍染が触れた人間達は、確かに死んだ。

直接触れたのだ。先ほどの男性のように近づいたのではない。粉々になってもおかしくない。

 

だが、振り返って実際に見た人間達は、()()()()()()()()()()()()

 

 

奥にいる隼人に視点を変える。

 

 

「なーんってね。」

 

 

隼人が今まで使っていた力を解除する。

 

 

その瞬間、藍染が殺した人間達は、()()()()()()()()()()()

((!))

 

 

同時に、現世のスタングレネードを模した浦原お手製の道具を発動させ、藍染と市丸の眼と耳を塞ぐ。こんな形で浦原の道具が役に立つとは思いもしなかった。

 

そして、義骸には爆弾を仕込んであった。体育館に影響を及ぼさない程度の威力ではあるが、藍染の目と鼻の先で爆破すれば、傷をつけることは出来る筈だ。

 

出入口は確認していたので腕で目を覆い耳栓をしたまま一息に体育館から離れる。

 

体育館から出た瞬間に、爆発音が響き渡った。

 

 

 

 

 

「すごいねー爆発。」

「呑気に感心してる場合じゃねぇよ水色!」

「私にあれほどの攻撃は不可能だ・・・。やるな、ボーイ。」

「いいから逃げるぞ観音寺!!」

 

 

現世の人間達は、霊圧の波動が巻き起こって一度落ち着きを見せた瞬間に、隼人の転移術によって体育館から離れた道路の上に飛ばされた。立て続けに転移されてきた紙には、『とにかく南の方に向いて逃げるように!』と書かれており、北側にある高校とは真逆の方向に逃げるよう指示された。

 

そして、隼人からもらった奇怪な護符も皆持っている。

これさえあれば自分達の居場所が藍染らに感知されることは無いと言う。

唯一の生命線とも言える紙を握りしめて、人間達は逃走を始めた。

 

 

 

 

 

 

現世の空座町にて。

 

 

京楽は己の副官に伝令神機で電話を掛けていた。

 

 

「七緒ちゅわ~~ん♡おひさ♡」

「京楽隊長!無事なのですか!?」

「うん。ボクは大丈夫。」

 

 

「隼人クンが危ない。」

 

 

声音から、七緒は隼人に命の危機が迫っていることを感じ取る。

 

 

「場所はどちらですか?」

「今浦原クンが送るよ。急いで向かってくれるかい?瀞霊廷の任務なんてほっといていいから今すぐ向かって。」

「了解しました。」

 

 

電話を切った後、京楽は浦原と拳西の元に歩く。

 

 

「送ってくれたかい?」

「はい。鉄裁サンも向かわせます。」

「ボクもそっちに行くよ。」

「・・・・・・悪りぃな、京楽さん。」

 

 

奇しくも現世から救援に向かうのは、隼人が小さい頃たくさんお世話になった三人の男であった。

 

 

「一護が行くまで持ちこたえられんのか・・・?」

「何とか持ちこたえてほしい所だねぇ。・・・もう一波乱ありそうだしね。」

((?))

 

 

浦原と拳西はよくわかっていないが、京楽は最後に市丸の顔を見た時に、胸騒ぎを感じていた。

一護を見ていた時のあの目は、野心を抱えた目だった。

 

(彼も、何か思うところがあって藍染に味方していたんだろうかね・・・。)

 

 

もう、何にとは言わないが祈るしかない。

三人は一刻も早く救援に向かいたい程であった。

 

穿界門の扉の前で、一護の修行の終わりを待つのは、永遠のように長い気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひゃあ。何やえらい爆弾でしたね。ピカって光ってさらに耳もよう聞こえんなって。」

「現世の爆弾を模した物だね。浦原喜助の差し金だろう。」

 

 

義骸に仕込んだ爆弾は藍染達には全く効果が無く、むしろ浦原特製のスタングレネードの方が効果を発揮していた。

 

藍染は直ぐに回復したものの、市丸は未だ目と耳に違和感が残っている。

そして藍染は表情にこそ表さないものの、隼人に対して成長への称賛と、静かな怒りを湛えていた。

 

藍染が尸魂界で死神達を騙したやり方とほぼ同じやり方で、自らが騙されたのだ。

まさか霊覚の操作だけでここまで巧みに己の眼を欺くことができるとは、最後の砦としての実力は申し分にない。

ただ立っている人形のようではなく、()()()()()()()()姿()を映し出したのだ。

むしろ、鏡花水月を持っているからこそ生まれた、己の目に映る物は絶対だという浅はかな考えに気付かせてくれたというべきか。

体育館の外に出た藍染は、空を仰ぎ見て思いを口にする。

 

 

「私は口囃子隼人に感謝しなければならない。己の驕りに気付かせてくれたからね。そして、彼を()さなければならない。」

「次はどうしはりますか?」

 

 

「私は口囃子隼人の元へ向かい、完膚なきまでに彼を打ち砕く。ギン、君には黒崎一護の仲間を・・・。」

(!)

 

 

そこに現れたのは、一人の死神。

しかし、隼人ではなく、まして一護でもない。

 

「・・・・・・ほう。」

 

 

腹に負った怪我をおして、松本乱菊が二人の元に駆け付けた。

 

 

「間に合ったわ・・・藍染・・・・・・ギン・・・・・・!!」

「・・・間に合ったというのは、口囃子隼人の応援にか?それとも、空座町を()して王鍵を創る事かな?まぁ、どちらにしても誤りだが。」

 

 

その藍染の言葉に対し、松本は何も返事をしない。

松本の目的は藍染を止めることもそうだが、もっと別の所にある。

 

 

市丸ギンだ。

 

 

「藍染隊長。昔の知り合いがすいません。ここで話すので隊長は直ぐ口囃子隼人の元へ向かって下さい。」

「構わないよ。まだ時間はある。わざわざ移動するまでもない。」

「なら向こうへ連れてきますわ。」

「そこでゆっくり話せばいいではないか。」

「お邪魔でしょう。」

「そんな事は無い。」

 

 

藍染の言葉の後、市丸は松本を無理矢理に抱えてその場を後にする。

己の前で頑なに松本と話をしようとしない姿が青くいじらしく、飽きさせない。

 

 

「本当に、相変わらず面白い子だ。・・・ならば私は、口囃子隼人の元へ行こうか。」

 

 

瞬歩ではなく、一歩一歩しっかり地に足をつけて歩み始める。

 

 

 

 

 

空座町に来てから隼人が繋いだシステムのベースとなる場所はすでに爆破してしまったが、決して監視の目を失ったワケでは無い。

タブレットを掴んで逃げたため、電源さえ点ければ残った録霊蟲や元々ある街や店の監視カメラの映像を確認することは出来る。

 

空中を走りながら藍染の居場所をしっかりと確認し、次の戦闘可能な場所へと移る。

 

浦原から、空座第一高等学校の他に、二つの場所で戦闘を行ってもよいと事前に言われていたため、二つ目の場所に移る。

この二つの場所は現世の方でも一切傷付けないようお達しが来ていたので、恐らく最後に戻す際にそのままにしておくのだろう。

 

映像を点けた時には、市丸は藍染の隣から消えていた。

まさかと思い何処にいるか捕捉すると、何と松本と一緒にいた。

一護の友人の捜索に向かわれたら非常に厄介なことになったが、最悪の展開にならずに一先ず安心する。だが、いつの間に来ていたのかと内心びっくりした。

 

他にも誰か追加で来ている死神を確認したが、誰もいないようだ。

先ほど催眠されて見事に騙されたため自分の五感が信用できないが、それでも戦うしかない。

 

浦原から指定された戦闘可能な場所である、あおぞら公園に到着した。

視覚、霊覚で辺りを見回すが、藍染はいない。

とにかく時間稼ぎだ。さっき藍染が言ったように、いずれ一護が来る。

そこまで耐えれば、あとは一護に任せて戦線離脱しても構わない。

ここで戦っている最中に形勢不利になったら次の場所に逃げて態勢を立て直せばいい。

 

そこでは、奥の手を準備してある。

 

 

数十分後。

 

藍染はゆっくりと徒歩で歩いてきた。お付きの市丸もいない、完全に一対一で、藍染と対面する時が来た。

 

 

「随分遅いですね。社長出勤ですか?」

「消えゆく街の最後の姿を、この目に焼き付けようと思ったのだよ。」

「消えるのはあんただよ、藍染。一護くんが来たらお前は絶対に負ける。」

「確証もなしによくもそのような戯言を言う。」

 

 

会話で時間稼ぎを行いたい所だが、清浄塔居林で藍染と長く会話をして頭に血が上り、なす術もなく絶望したのが思い起こされる。

上手い具合に会話出来たらいいのだが、そんなに世渡り上手ではない隼人には巧みな話術など使えない。

それ故、次元を超えた霊圧を無理矢理読むしかなかった。

 

 

「私の霊圧を読んでいるね。」

「・・・・・・だから何だよ。」

「君が私の霊圧を今でも読めるのは、私が現世の空座町に来てからずっと霊圧を読んでいるからだ。浦原喜助にでも頼まれたのだろう?」

「!!・・・・・・そこまで見抜いてるのかよ。」

 

 

浦原が自分に頼むことなどお見通しというのは、悔しい所だ。

だが、一つ疑問に思う点があった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

相手の見えない場所で霊圧を読んでいた時には、相手に霊圧を読まれていることがバレたことは今までに一度もない。

破面の霊圧を読んでいる時も映像の向こう側で違和感を唱える者は誰もいなかった。

答えを聞こうにも、素直に告げる筈がない。

 

霊圧を読み続けていると、再び藍染は口を開く。

 

 

「・・・・・・いいね。優れた()()()だ。」

 

 

その言葉をきっかけに、藍染は何とみずから隼人に斬りかかった。

 



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予感

予想外の藍染の行動に硬直しかけたが、寸での所で藍染の刃から身を躱す。

 

 

「あっぶないなぁ!!!雷吼四陣!!」

 

 

四つの光球を隼人の周囲に浮かべ、そこから電気のビームを放つ。

勢いそのままに方向を変えてこちらに斬りかかるのを防ぐために、四つの攻撃で行動を妨げる。

 

公園の端まで後ろ向きに瞬歩を使い、一気に距離を取って周りを見渡す。

 

あるのはブランコ、鉄棒、ジャングルジム、少し長めのローラー滑り台といった遊具と公衆便所。後ろには数台の車が路上駐車されている。あとは遊具に貼られた冬季使用禁止の貼り紙だけ。

 

()()()

 

余計な力を使わないために一度始解を解く。

 

 

「私の斬撃を躱すとは。腕を上げたな。」

「ずっと鍛錬、してるからな!」

 

 

遠距離にあるブランコの踏板を手の上に転移させ、藍染に向かって高速で投げ込む。

踏板を斬り払うための予備動作に入るのを確認した後すぐに、瞬歩で藍染の懐に入る。

 

 

「破道の九十三 炎・・・!!」

 

 

瞬時に藍染に触れようとした手を引っ込めて、再び距離を取る。

 

自分が懐に入るのを読まれていた。

そして使おうとした鬼道も。

 

危うく両腕を斬られる所だった。

 

 

「行動が読めない・・・化け物が・・・!」

 

 

舌打ちして目の前の巨悪の強さを十二分に実感する。

腕を斬られてしまえば自慢の術は一切使えない。本能で避けられて何とか助かった。

 

そして藍染は対峙している男が新たに手に入れた術を称賛する。

 

 

「禁術の空間転移を応用させた戦闘術をここまで使いこなすとは、流石だな。握菱鉄裁が考えそうだ。」

「あんたに褒められた所で何にも嬉しくないよ。」

「そうか・・・残念だ。」

 

 

その言葉を聞き終わる前に、隼人はブランコの部品全てを一挙に解体する。

解体した部品を藍染のいる場所に転移させるが、転移のスピードを凌ぐ速さで藍染は攻撃を避けつつ、隼人との間の距離を詰めていく。

 

そうなることは隼人の想像通りだった。

夜一との鍛錬から、何も学ばずに改善策を考えないはずがない。

 

一定距離まで近付いた途端に、目の前に壁を生み出す。

 

 

「破道の八十九 磁鉄抄」

 

 

藍染の目の前に、超振動する砂鉄で作られた壁が生成される。

 

 

「こんな子どもの遊びで、私を止められるとでも?」

 

 

剣圧だけで、その壁を木っ端微塵に打ち払う。

だが、壁の先に隼人はいない。

瞬時に遠くを見回し何処に逃げたかを探す。

 

隼人は、藍染のすぐ後ろに転移していた。

 

(後ろか・・・。)

 

 

術を警戒して鬼道を防ぐのに特化した壁で防御を行う。

背後を取ったなら普通は高等鬼道で攻撃、捕縛などを行うはずだ。

 

しかし、隼人は()()()()()()()()()()()

 

(刀か!!)

 

術一辺倒であった男からは想像もつかない攻撃に、ほんの一瞬たじろぐ。

その一瞬を決して見逃さず、斬魄刀で藍染を正面から斬った。

 

 

 

現世の人間達はずっと走っていたからか運動経験の少ない千鶴や、見た目の年齢的に初老を迎えている観音寺は既にへとへとだった。

 

一旦休憩し、近くのコンビニから飲み物を拝借して路地裏に身を潜める。

身を潜めても意味はないかもしれないが、やらないよりは精神的にもマシだった。

 

 

「ったく、アンタ霊媒師でしょ?もっと体力あると思ってたわ。」

「何を言うガール!私はスピリチュアルな力を用いて走っていたのだ!消耗が激しいのは仕方のないことだろう!?」

「喚く力があるならその力を逃げることに使いなよ・・・。」

「いや・・・有沢と比べるのは無理があると思うぜ・・・?」

 

 

大体スピリチュアルな力ってどんな力だよとツッコミたくなったが、物凄く長い説明が始まりそうなので深入りだけは避ける。

たつきが皆の様子を見た所、かなり疲れているのは千鶴だ。

もともと文化系の部活所属だったため、日頃運動しているようには見えない。

啓吾は何だかんだいってガタイはいいため、それなりの体力はある。

 

意外なのは、水色だった。

それなりの距離を走ってきたにもかかわらず全く音を上げることはなく、コンビニから非常食を拝借してくる程心に余裕があった。

 

 

「小島、あんた随分ピンピンしてるわね。」

「僕も走ることは自信あるからね。」

「へぇ~・・・。っつーか、その非常食のチョイスはどうなのよ・・・。」

 

 

ビーフジャーキーやスルメイカ、カロリー補給食品や一食の代わりになるゼリーパックなど、何とも微妙なチョイスだ。

 

 

「あ~~~~~~・・・・・・。あんたの食生活が偲ばれるわ・・・。あんたこういうのばっか食べてそうだもんね。」

 

 

だが、ここでの水色の発言は何とも微妙な空気感を生むこととなった。

 

 

「え?僕中学入ってからは手料理しか食べてないよ?」

「え?でもあんたの家って・・・。」

 

 

シングルマザーで親と仲悪いはず・・・。と言おうとしたら、恒例の水色節が炸裂した。

 

 

「まさかあ。親のじゃないよ。ちゃんと探せば料理上手い女の子なんてどこにでも居るんだから。」

「・・・・・・・・・そっか。小島ってこういう奴だったっけ・・・・・・。」

「そーなんだよ!久々に聞くとイラっとすんだろォ!?」

「うるさいケイゴ。手ぇはなせ。」

 

 

たつきはどうしてもこういう食品には気乗りしないため、少しお腹は空いているが食べないことにした。

啓吾と水色は多少慣れているからか問題なく食べており、千鶴は気味悪そうにしながらも食べてみると、意外と美味しかったらしくエネルギー補給と割り切って食べている。

 

観音寺のやかましい食レポは、割愛する。

 

 

「で?これから俺達どうするよ?」

「どうするも何も、逃げるしかないでしょ。あんな爆風じみたもの飛ばせる相手にあたし達が出来ることなんて何もないんだから。」

「口囃子さんに任せるしかないよ。」

 

 

観音寺も隼人の元へ向かいたそうにしていたが、今まで相手にしていた虚とは次元が違う。

今も戦っているのかもしれないが、今回ばかりは邪魔してはいけないと自制する。

 

だが、それでも観音寺は己の嫌な予感が当たりそうな気がしていた。

 

(私は胸騒ぎがするぞ・・・。何としても生き残るんだぞ、ボーイ・・・。)

 

その予感を口にしたら本当に起きてしまいそうで恐ろしく、饒舌な観音寺はしばらく黙っていた。

 

 

 

 

「ななちん、どーしたの?」

「京楽隊長からの命令が来ました。口囃子さんの元へ向かいます。」

「ふーん。あたしも行こっか?」

「草鹿副隊長は引き続き瀞霊廷の防衛をお願い致します。隊長格が瀞霊廷に誰もいないとなれば色々とまずいと思われるので。」

「はーい!!」

 

 

形式上はそう言っておくが、どうせやちるはお菓子を食べているだけだろう。

本格的に危機が訪れたら戦いに出るだろうが、表面上何も起こっていない瀞霊廷の状況下では、多分やちるはお菓子にご執心のままだ。

一番隊士もその旺盛な食欲に対応するのに疲れを見せている。

 

浦原のアドレスから伝令神機に本物の空座町の座標が送られ、七緒は急ぎ出立の準備をする。

応急救護の道具を貰いに四番隊に赴くと、そこには鉄裁もいた。

 

 

「伊勢副隊長!店長に頼まれた為、私も共に参りますぞ。」

「握菱大鬼道長!」

「それは私の過去の役職ですな。」

 

 

設備の潤沢な技術開発局内で転界結柱の力の制御を行っていた筈だが、彼も浦原に頼まれたらしい。七緒が持参しようとした救護の道具は大方既に整っている。

 

 

「すみません。昔の印象が強かったので・・・。私は京楽隊長に頼まれました。只事ではない雰囲気で仰られたので・・・。」

「・・・・・・でしょうな。私は今日、藍染が尸魂界の空座町に侵攻を始めてから言い知れぬ恐怖を感じております。貴女もそうで御座いましょう。」

「・・・・・・ええ。」

 

 

京楽から電話が来てから、七緒は全く心が落ち着かないのだ。

大切な物が壊されてしまうような恐怖がまとわりついて離れない。

 

 

「101年前、いや、私にとってはそれをも超える恐怖を感じています。」

(!)

「さあ、共に急ぎ参りましょう。口囃子殿が危ない!」

「はい!」

 

 

瀞霊廷から、二人の死神が救援に向かい始めた。

 

 

 

 

「始解もしていない斬魄刀が私に届くと思ったか?浅慮な。」

(!!)

 

 

普段使わない刃など、届く筈がない。

裏をかくことに囚われすぎて、自分の力量にまで頭が至らなかった。

藍染を斬ろうとした斬魄刀は、コツンと体に当たるだけで、斬ることなど全く出来ていなかった。

 

そこから藍染は左手で隼人の斬魄刀を持つ手を払い、バランスを崩させる。

狙いを悟った隼人は瞬歩で後ろに距離を取ろうとするも、バランスを崩したせいで上手くいかない。

そのため、とにかく足を藍染から引っ込めようとしたが、間に合わなかった。

 

左足の甲を4cm程斬られてしまった。

 

 

「ぐぅっ・・・!」

「脹脛を斬ろうとしたが、足の甲に留まってしまったか。斬れていないな。残念だ。」

 

 

藍染はそのままひどくつまらなさそうな顔で隼人を見据える。

 

一方隼人は、己の計算が狂い始める気配を感じ取っていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

今までの修行では、修行相手の技をとにかく躱すことに専念していたため、大小関わらず怪我を負ったことが無かった。

一度でも、斬られた状態で修行すべきだったとひどく後悔した。

 

刀で斬られること、血を流すことがこんなにも痛いとは考えもしなかった。

戦闘慣れした死神なら掠り傷程度にしか感じない傷が、隼人にとっては明確な痛みに値する物であった。

 

 

「痛いか。」

「・・・・・・・・・。」

「その程度の傷で苦しむとは、修行が足りないな。」

「そうだね・・・。本当に、情けないよ。」

 

 

公園の外に駐車されていた3台の車を藍染の頭上に転移させる。

1000kgを超える物体の同時転移に、藍染も驚きと喜びを隠さない。

 

 

「いいね。頭上を狙ったのは優れた判断だ。そして頭上を狙うということは。」

 

 

()()()()()()()。」

 

 

痛む左足が気になってしまい、踏み込む速度が思うようにでない。

 

 

「百歩欄干!」

 

 

ゼロ距離からの百歩欄干で攪乱させようと思ったが、そんなに簡単な相手ではない。

最も勢いのある発射直後の光の棒が、粉々に散ってゆく。

 

一度足を軽く斬られただけで、こんなに上手くいかなくなるものなのか。

 

リスクのある自分の体の転移を行い、強引に藍染との距離を取った。

 

 

「近付こうとして離れるか。成程、面白い戦い方だな。」

「馬鹿にしてんだろ。・・・まぁ、馬鹿にされても仕方ないか。」

「ささくれのような傷に気を取られる君の考える戦法だ、興味を抱かない筈はないよ。」

「ほんっと、言ってくれるな・・・。」

 

 

尸魂界で卯ノ花と話していた時よりも、今の藍染からは強い敵意を感じる。

現世で戦っていた者が見たら、珍しいと感じる程には藍染の言葉には棘がある。

市丸もいない、完全に一対一だからこそここまで強く中傷してくるのだろうか。

 

 

「どうした、次の手はまだか。」

「次の手、か・・・。」

「私は今も君に期待をしている。君の修行の成果を「もう打ったよ。」

「何?」

 

 

音など何も聞こえなかった。聞こえるとすれば藍染と隼人の声、あとはせいぜい風の音だろう。

そのそよ風にすら紛れ込む形で、隼人は次の手を打った。

 

藍染の左腕は、たった一枚の紙によって切断されることとなった。

 

(!)

 

 

空間転移は文字通りある場所からある場所へ物体を転移させる術だ。

そして転移させた物体は、必ずその場に原型を留めて現れる。

 

なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

瞬時に答を編み出した藍染は、鉄壁の微笑みを崩し苦虫を嚙み潰したような顔を見せる。

 

 

「・・・そうか。空間転移を()()()()とは・・・。今までの転移は単純な障壁の為に使われていたと思っていた・・・。」

「そんな訳ないでしょ。この技は転移先の物体全部押しのけるんだから。どんな刃よりも強力だよ。」

「・・・・・・ならば、私も次の手を打とう。」

「させねぇよ!左腕を失ったならさっきと同じようにいかないのは足を斬られた僕が証明してるからね!」

「遅いな。」

(?)

 

 

次の手を打ったと言いつつ一切動きを見せない藍染を不審に思わない筈がない。

鬼道で障壁を前に張って十分な防御を行おうとしたら。

 

 

背後から突然斬魄刀で右肩を射抜かれた。

 

 

「っ!!!」

 

 

後ろを見ると、市丸ギンが戻ってきていたのだ。

目の前の藍染に意識を集中し過ぎたせいで、完全に市丸の存在を忘れていた。

市丸の持つ斬魄刀は、普通の刀よりも短い。

神鎗で肩を一瞬で貫かれたのだ。

 

右肩が弾丸で貫かれたように激痛が走る。

大量に噴き出た血で右肩を中心に死覇装が重くなっていく。

 

 

「ギンもいることを忘れてはいけないよ。君は一対一ではない。()()()()。」

「あら、ボクを忘れるなんて、何や寂しいことやなァ。」

 

 

このまま戦うのは危険すぎる。

賭けに出る為、隼人は自身の体を最後の戦闘可能な場所に転移させた。

 

 

たったひとつの置き土産を残して。

 



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鏡花水月

「只今戻りました、藍染隊長。」

「・・・戻ったか。彼女はどうした。」

「殺しました。」

 

 

松本に対し何らかの情を市丸が抱いていると推測していた藍染は、生かしている可能性を踏まえ、霊圧を探る。

 

松本の霊圧は、消えていた。

ここまで私を殺す市丸に、かえって藍染は疑念を抱く。

 

 

「・・・驚いたな。彼女にトドメを刺すとは。何かしらの情が彼女に有るものと思っていたが。」

「情ですか。」

 

 

そんなものは己には無い。

蛇と同じだ。

(こころ)など無く、獲物を探して這い回り、気に入った奴を丸呑みにする。

最初に会った時に藍染に言ったことを再び彼に伝える。

 

 

「・・・そうだったな、ギン。」

「口囃子隼人は、やっぱり藍染隊長が殺しはりますか?」

「ああ。だが、鼠捕りにもそろそろ飽きてきたのだがな。」

「そうですか。なら、藍染隊長がわざわざ出る必要あらへんのちゃいますか?」

「・・・・・・。」

「今の口囃子隼人は手負いです。ボク一人で十分や。彼を殺すんは、ボクがやります。」

「――――ギン。」

 

 

そして市丸は、藍染に神死鎗を放つ。

 

 

「鏡花水月から逃れる術も知らないのに、みんな藍染隊長を殺せる気ィでおるもんやから、見とってはらはらしましたわ。」

「ギン・・・・・・!!!!」

「まぁでも、ボクが手を下すまでもなかったかもしれへんけど。」

 

 

「だって藍染隊長の胸にある崩玉、()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

(!!!!)

 

 

そのギンの言葉に、藍染は何百年にも渡る長い人生の中で、最も驚き、最も怒りを覚えた。

 

藍染どころか浦原喜助でも壊すことの出来なかった崩玉に、護廷十三隊のただの席官の男が穴を開けた。

信じ難く、到底許すことの出来ない所業を、あの男はやってのけたのだ。

 

置き土産にしては、狡猾で悪質すぎた。

 

 

「口囃子隼人が崩玉を貫いただと・・・!!!」

「ボクの力、使うたけど必要なかったですなぁ。『(ころ)せ 神死鎗』」

「ギン・・・貴様・・・・・・!!!」

「胸に孔があいて死ぬんや、本望ですやろ。」

 

 

そして藍染は、市丸が藍染の体内に回した毒でその体を瓦解させてゆく。

細く弱弱しい木の枝に貫かれた崩玉を、市丸は藍染から強奪して逃亡した。

 

 

 

 

 

 

始解を再びして霊圧を読んでいると、何と藍染の霊圧が弱まっていくのを感じた。タブレットは捨ててしまったため目で様子を見ることが出来ず、何が起きているのか全く理解できなかった。

そして、その隣にいるのは市丸ギン。

この期に及んで、裏切ったというのか。

それとも、最初から裏切るつもりで藍染に味方するフリをしていたのだろうか。

 

ともかく、置き土産が効果を発揮してくれて良かった。

 

隼人は自分が転移すると同時に、藍染の崩玉を狙って折れた木の枝を転移させた。

自らは別の場所に転移しつつ、全く別の物を全く別の場所に転移させることにかなりの集中力を使い、暫くは霊力を使うのもきつい程であった。

 

当たるかどうかもわからない賭けに近い策だったが、何とか上手く事が進んで良かった。

 

そして賭けはもう一つあったが、これは使わずに済むだろうか。

 

そう安心していたら。

 

 

藍染の霊圧は復活を遂げた。

それと同時に、ある場所から紫色の光柱が天高くまで放たれる。

 

 

「何よあれ・・・!!」

「とっとにかくあそこから逃げるぞ!!」

 

 

現世の人間達はあの光に危険を感じ、全力で逃走を続ける。

 

 

「あの光は・・・?」

「口囃子殿の霊圧が放つものでは御座いません。恐らく藍染の物でしょう。」

(!)

 

 

遠くからぼんやりと光柱を見つけた七緒と鉄裁は、その霊圧に恐れを抱く。

 

 

「何や・・・これは・・・っ!!!」

市丸の掌にあった崩玉は回転し始め、その球を貫く木の枝を粉砕し、再び組成されていく。

 

 

遂に藍染は、虚、死神をも超えた存在へと変貌を遂げることとなった。

 

あまりにも強い霊圧に、隼人は遠くにいてもアテられそうになってしまう。

 

(何だよこの気配・・・!無茶苦茶だよ・・・こんな霊圧!!)

 

 

光柱の中で、藍染は独り言ちる。

 

 

「私の勝ちだ、ギン・・・。お前の奪った崩玉は既に私の中に無くとも・・・私のものだ。」

 

 

瞬歩すら遅いと感じる程の速さで、藍染は市丸の前に移動しその体を縦に斬る。

崩玉は藍染の胸に吸い込まれ、再び藍染と同化してゆく。

 

斬られ倒れ込みながらも藍染の胸に手を伸ばした市丸は、その腕を腕力だけで捥ぎ取られる。

最後にトドメとして藍染は自分が貫かれた時と同じように市丸の胸を貫いた。

 

 

「――――進化には恐怖が必要だ。今のままではすぐにでも、滅び消え失せてしまう恐怖が。」

 

「ありがとう、ギン。君のお陰で、私は終に死神も虚も超越した存在となったのだ。」

 

 

斬魄刀を市丸の体から引き抜き、その半死体の襟首を掴んで次の場所に向かう。

 

 

「―――そこか。」

 

 

最初に見つけた時とは違う、より色濃く、より禍々しい殺意を随伴して藍染はもう一人の男を殺しに行く。

 

 

「崩玉はきっと、お前を赦さないだろう。口囃子隼人。」

 

 

一瞬で藍染は、隼人の元へと移動した。

 

 

 

 

蝶のような翼を生やし、胸には十字が刻まれた孔が見える。

切断した左腕は、元通りに回復していた。

虚の孔を、死神の力で覆ったかのように見えた。

 

 

「・・・殺したのか。」

「ああ。殺した。だが感謝している。ギンは私の進化に貢献してくれた。」

「感謝しているなら、仮にもその扱い方は無いんじゃないの?」

 

 

その言葉を聞いた藍染は、掴んでいた市丸の死体を隼人目がけて紙玉を捨てるかのように投げ棄てる。

ぐちゃっと肉の潰れる音が、気持ち悪いなんて次元を超えた音だった。

右腕と右脚が途中から消えており、斬られたのではなく、捥がれたのが見て分かった。

その死体は少し離れた建物の屋上に転移させ、藍染の霊圧から距離を置かせる。

 

 

「・・・最っ低だな、ほんと。」

「死した肉塊に未だに注意を払うべきではないと思えるのだが。」

「・・・・・・。」

 

 

今の隼人の怪我を見て、そんな余裕は無いと藍染は見くびっているのだろう。

 

 

「見ただろう。私もお前と同じだ。空間の瞬間移動が出来る。」

「お前のは、ただ瞬歩速くしただけだ。根っこの部分は違うだろ・・・。」

 

 

その言葉すら、藍染はさもつまらなさそうに捨てる。

 

 

()()()?」

「・・・・・・まだ使えねぇよ。情けない話だけどな。」

「・・・そうか。ならもう君には興味無い。一息に君を―――――。」

 

 

話している途中に、藍染は違和感を抱く。

地面から感じる僅かな振動が、体を伝って知覚される。尸魂界で地震などある筈がない。

だが、その揺れは次第に大きくなっていく。

 

 

「市丸ギンが時間稼ぎしてくれて助かったよ。まぁ裏で繋がってたとかは一切無いんだけどさ。」

「それがどうした。」

「市丸ギンにお前が手こずっている間中ずっと詠唱出来たんだよ。あと気付いてたか?ここ、()()()()()。」

(!)

 

 

そして隼人は最後の切り札を藍染にぶつける。

今までの鉄裁との修行で得た力全てをぶつけた、正真正銘渾身の一撃だ。

 

 

「二十回も完全詠唱繰り返した鬼道を喰らえばどうなるだろうなぁ!!!」

 

 

「破道の九十九 五龍転滅!!!!」

 

 

霊脈の力を借りた霊子の五つの龍が、割れた地面から唸りを上げて姿を現す。

水色の龍は、大口を開けて藍染に襲い掛かった。

 

最後の戦闘場所であったふれあい公園の下には、たまたま霊脈が存在した。

わざと浦原かマユリのどちらかがそう仕向けたのかは分からなかったが、これ以上ない程の好都合で、隼人は持ちうる力のほぼ全てを捻出した最大威力の破道を藍染にぶつけることが出来た。

 

 

龍の頭は藍染のいた場所に集中しており、バリボリと物を噛み砕く音が聞こえてくる。

 

これ程の威力の鬼道をぶつけたのだ。死んでいなくとも重傷ぐらいなら負わせることが出来たはず。

 

 

 

「素晴らしい・・・!素晴らしい鬼道だ!!」

(!!!!!)

 

 

陶器が割れる音と共に、目の前にあった五龍は跡形もなく消えてゆく。

 

龍に噛み砕かれたはずの男は、無傷だった。

 

 

「進化を遂げる前の私なら、今のは致命傷となっただろう。だが既に遅い。」

 

 

「死神も虚も超越した存在となった私に、君の術など通用しない。」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、命の危機を感じ本気の逃亡を始めた。

 

 

 

結局ヒーローになどなれなかった。

情けない話だ。逃げるものかと誓っておいて、命の危機を感じてしまったら恐怖に怯えて結局いつも通り逃亡してしまっている。

だがそれ程までに、そうでもしないといけない程には、目の前の男は己の理解の範疇を超えている。

あんな怪物に、打てる手もない。

 

「(逃げて!こばやし!!)」

 

普段冷静な桃明呪ですら、叫び声を上げている。

 

残った霊力で転移術を使い、必死の思いで北へ向かう。

 

とにかく現世の人間達を守らねばならない。だが時間稼ぎも限界だ。

 

(誰か・・・早く誰か来てくれよ!)

 

自分に何も出来ない以上、もう誰かの助けを待つしかなかった。

 

 

 

 

 

 

断界の中で、一人の男が目を覚ます。

オレンジ色の髪は伸び、少しだけ身長も高くなっていた。

 

目の前には、黒崎一心が倒れていた。

 

 

「親父・・・・・・。」

 

 

倒れた男の隣で開かれていた携帯には、『終わったら浦原にメールしとけ。』と普段のハイテンションな姿とはかけ離れた無機質なメッセージが書かれていた。

その携帯にメールを打ち込んで送信した後、倒れた父親を抱えて一護は断界を通り抜ける。

 

 

(待ってろ皆・・・。俺が全部、終わらせてやる。)

 

 

護る決心をした一護は、本物の空座町に降り立った。

 

 

 

 

 

 

「黒崎サン、修行終えたみたいっスね。アタシ達も行きましょう!」

 

 

現世で待機していた拳西、浦原、京楽も穿界門を開けて断界を走り始める。

救援は今まさに隼人の元へ届こうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

五龍転滅で残った霊力ほぼ全てを使い切ったため、転移術は二度しか使えなかった。

それでもかなりの距離の移動が出来た。

 

 

「これで・・・時間稼げたかな・・・?意味ないかも・・・しれんけど・・・。」

 

 

左足の刀傷と、右肩の銃創にも似た傷を放置して戦ったせいで、痛みはこれ以上ない程にまで増している。よく叫ばずにいられた程だ。

 

走る事など出来ず、左側の壁に体を預けながら歩くので精一杯だった。

路地裏に逃げ込み、形だけでも身を潜める。

 

 

「早く・・・・・・誰か・・・。」

 

 

路地裏の角を曲がり、更に奥へと身を潜める。

しかし。

 

 

 

 

其処にいたのは、現世の人間達であった。

 

 

「口囃子さん!?!?!?」

 

 

南に逃げろと言った筈だ。何で真逆の北の果てにいるんだ。理解できない。

 

 

「え・・・・・・?何で・・・何で君達がいるんだよ!南に逃げろって言ったじゃん!何で北方向に逃げてるんだよ!?こっちに来たら死ぬって言ったじゃん!!」

()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

待て。この人間達は何を言っている?それはこっちの台詞?いよいよ分からない。

 

 

「口囃子さん!何であたし達と同じ南にいるんだよ!?方角間違えたの!?」

 

 

方角を間違えた?何を言っている。こっちはれっきとした北の・・・はず・・・。

 

(―――――・・・!!!!!)

 

まさか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「御明察。」

(!!!!)

 

 

音も無しに藍染は背後に現れた。

 

藍染の放つ全ての圧が、現世の人間達をその場に縫いとめる。

恐怖で体が固まってしまったのだ。

 

 

「逃げろ!!いいから体を動かせ!!早く逃げろ!!!!」

 

 

我に返った人間達は、とにかく藍染から距離を取ろうと走り出す。

もう使えないだろうが、残った霊力で縛道を放とうとした。

 

 

「縛道の七十五 五柱てっ」

 

 

詠唱が言い終わる前に、何かが体を貫く感覚があった。

人間達は、目の前の壁に複数の孔が開き、そこから煙が出ているのを目の当たりにし、立ち止まって後ろを振り返る。

 

 

死神の青年は、首から下に数多くの孔が開いていた。

いくつもの霊子の弾丸で、散弾銃を撃たれたように体中蜂の巣のように孔だらけになっていた。

 

 

「うっ・・・うぶぉっ・・・。」

「こ・・・こば・・・やし・・・さ・・・。」

「ボーイ・・・ボーイ・・・!?」

 

 

血を吐いて倒れた死神の全身から信じられない量の血液が溢れ出し、辺り一面血の海へと変化していく。

啓吾と観音寺の問いかけに、さっきまで叫び声をあげていた死神は何も答えない。

 

 

「次は君達だ。」

「い・・・いや・・・いやっ・・・!!!!」

 

 

千鶴に狙いを定めた藍染は斬魄刀を彼女に向ける。

 

 

「君達の死が、黒崎一護の力を更に完璧な物へと導いてくれることを願う。」

 

 

霊圧に耐えられず、人間達は皆地に倒れてしまう。

 

 

 

このまま死んでしまうのだろうか。

平和な日々を謳歌することなど、二度と出来ないのだろうか。

深い闇に囚われていく。二度と這い上がることの出来ない闇に、己の体が蝕まれてゆく。

 

会いたかった。もう一度あの人達に、会いたかったよ。

助けてよ、狛村隊長。

助けてよ、京楽さん。助けてよ、浮竹さん。助けてよ、浦原さん。

 

助けてよ、拳西さん。

 

もう、誰でもいいから、助けてよ。

 

 

 

 

 

千鶴を貫こうとした刃は、とある死神によって防がれることとなった。

オレンジ色の髪をした、死神代行。

 

隼人の願う救援は、ようやく駆けつけてくれたのだった。

 



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救援

駆けつけた一護は藍染の刃から千鶴を護り、意識を失った彼女を安全な場所へ寝かせた。

 

そして一護は、藍染の凶刃によって倒れた隼人に吉報を届ける。

 

 

「口囃子さん。待ってろ・・・。今救けが来る。霊圧を感じるんだ。他にも色んな奴があんたを治療しに来る。だから、あと少し頑張れ。」

 

 

うつ伏せに倒れ込んだ隼人に、意識の有無関係無しに語り掛ける。

返事は無かったのでもう意識は無いのだろう。

 

そして壁に体を凭れかけて寝かせた父親にもお礼を言った。

 

 

「・・・ありがとな・・・親父。」

 

 

一護は再び、藍染へと意識を向ける。

 

 

一方、一護の伸びた髪と身長を見た友人達は、目の前の男が本当に黒崎一護なのか判断に苦しんでいた。

必死の思いで顔を上げた啓吾とたつきは、困惑の目で一護を見つめる。

 

まず一護は、家族の無事を確認する。

霊圧はしっかりと存在し、自宅で眠っていることすらも解った。

そして、その場にいた友人達にも声をかけた。

 

 

「・・・たつき、ケイゴ、水色、観音寺。・・・・・・みんな、そこに居てくれ。そのまま、じっとしててくれ。」

「どういう意味だよ・・・?・・・一護・・・。」

 

 

水色は、立ち尽くす二人の明確な違いに違和感を抱いていた。

 

 

(一護からは・・・何も感じない・・・。藍染からは押し潰される程の力を感じるのに・・・。)

 

 

(何で、何も感じないんだ・・・?)

 

 

それは、藍染も同じであった。

 

 

「もし本当に君が黒崎一護なら、落胆した。今の君からは、霊圧を全く感じない。」

 

 

進化の失敗と嘲り、最後の機会を取り零したと藍染は伝える。

待ち望んでいた結果が、想像とは違った時の科学者の落胆を示す藍染の表情に、水色は変わらず恐れを抱く。

だが、場は動きを見せた。

 

 

「残念だ。黒崎「藍染。」

「場所を移そうぜ。空座町(ここ)では俺は戦いたくねぇ。」

「・・・無意味な提案だな。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()口にできる言葉だ。」

 

 

先ほど隼人に腕を斬られた際、向こうの選んだ場所に赴き斬られたことを棚に上げて、藍染は一護の傲慢さを正そうとする。

 

 

「案ずる事は無い。空座町が破壊される迄も無く君は―――――」

 

 

その言葉を待たずに一護は藍染の顔を左手で鷲掴みにし、空座町の外の流魂街に出て戦闘を始めた。

 

 

 

 

 

 

空座町に入った後、七緒と鉄裁は口囃子隼人の許へ向かう途中に、大粒の涙を流した松本が市丸を介抱しているのを発見した。七緒が市丸の様子を見たが、既に事切れていた。

 

 

「わかったわ・・・ありがとう、七緒・・・。」

「いえ・・・。では、失礼します。」

 

 

数分後、二人は隼人の許へ辿り着いた。丁度一護が藍染と共に空座町から出てすぐだった。

 

 

「「・・・・・・・・・!!」」

 

 

言葉が出なかった。

ズタズタに複数の孔をあけられた体、一面に広がる血の海を見て、あまりの凄惨な状態に息が詰まる。

見ただけでわかる。いつ死んでもおかしくない状態だった。

 

 

「急ぎ救護に移ります!伊勢副隊長!」

「は・・・はい!!」

 

 

だが、これ程の重傷患者に対し治療を行ったことなど七緒には無かった。

この二人の力だけでは、この青年は確実に死に至る。

確信した七緒は、更なる救援を呼ぶことにした。

 

 

「虚圏にいる虎徹副隊長と井上さんを呼びます。」

「お願い致します・・・!我々だけでは厳しいでしょう・・・。」

「了解しました!」

 

 

すぐさま虚圏にいる勇音に電話を繋ぎ、救援要請をする。

すぐに向かうと返事があった。他の現世の人間も連れて行くとのことだ。

虚圏での戦いは、どうやら既に終わっていたようだった。

 

うつ伏せに倒れていた体を仰向けにし、二人で必死になって回道を体に循環させていく。

 

藍染の霊圧の影響が無くなった現世の人間達も動き始めた。

 

 

「あたし達も何か出来ることありませんか!?」

「俺達、口囃子さんに何度も助けられたんです!何でもしますから!」

「命の恩人に何か恩返しさせてください。お願いします。」

 

 

三人の後、観音寺もならってお辞儀をしたのを見た七緒は、すぐに指示を出した。

 

 

「近くの店から包帯を持ってきて頂けますか?私たちの持ってきた量では到底足りないのです。お願いします。」

「わかりました!!」

 

 

高校生達はすぐに走って、薬局やコンビニを探しに向かう。

 

観音寺は隼人の左肩に手を置き、涙混じりに声をかけた。

 

 

「ボーイ・・・何としても生き残るのだ・・・。私はユーを助けるヒーローになるぞ・・・!」

 

 

言葉を残し、観音寺も走り出していった。

 

 

 

数十分後。

観音寺がドラッグストアを見つけたことで、大量の包帯や消毒液などの物資を運ぶことが出来た。

バックヤードから段ボールごと持ってきたため、むしろ余る程になった。

 

 

「皆さんありがとうございます!」

「早く口囃子さんを助けないと・・・!」

 

 

啓吾の言葉と同時に、爆風が空座町に伝わってきた。

路地裏にいたため被害を受けずに済んだが、道路上にいたら隼人の身体に悪影響が出ていたかもしれない。

 

その爆風に、意識を失っていた千鶴も目を覚ました。

 

 

「あれ、あたし・・・生きてる?」

「本匠!大丈夫か?」

「あ、うん・・・。って、口囃子さんは?大丈夫なの!?」

「今死神のお姉さん達が治療してくれてるから大丈夫。立てる?」

 

 

たつきの支えで千鶴も立ち上がることが出来た。

一方たつきは、たった一人あの男に立ち向かっていった一護の身を案じていた。

 

 

「一護・・・・・・。」

 

 

路地裏から見上げる空は、体育館で見た空と同じモノなのに、全く違うモノに見えていた。

 

 

 

 

 

爆風が収まった頃に、断界から三人の死神が現世からやってきた。

 

 

「七緒ちゃんは、あっちだね。」

「鉄裁さんも到着しています。」

「二人が同じ場所に留まっているってことはつまり・・・そういうことだね・・・。」

「――――――――・・・。」

 

 

空座町に降り立った瞬間から分かった。

隼人の霊圧は、ほとんど消えている。

 

言葉など要らない。すぐに駆け付けて安心させてやりたかった。

まだ意識はあるのかもしれない。自分が来れば、安心して回復傾向を見せるかもしれない。

 

 

急ぎ七緒と鉄裁の許へ向かった。

 

 

「七緒ちゃん。隼人クンの具合はどうだ――――・・・。」

 

 

そこで三人が見たものは、あまりにも悲惨で残酷な光景であった。

暗く狭い裏路地が、より一層暗い赤色で染め上げられている。

体中に包帯が巻かれているがところどころ空洞になっているのが包帯越しにもわかる。

 

体中に、いくつもの孔をくり抜かれたのだ。証明するように、背後の壁には体の孔と同じ個数の複数の貫通した孔がある。

 

一護の友人達は皆憔悴しきっており、共に行動していた派手な服装のおじさんは隼人を見て涙を流している。

 

回道をかけている七緒と鉄裁も脂汗を流していた。

 

 

「私達だけでは厳しいので、虎徹副隊長と井上さんに救援を頼みました。じきにいらっしゃいます。・・・ですが、それまで持つか・・・。」

「成程・・・こりゃあ覚悟した方がいいね。」

 

 

「六車クン。」

「・・・・・・・・・。」

(!)

 

 

101年前の元隊長が此処にいることに驚きを隠せない。

だが、驚いていても何も事が進むワケでは無いので、七緒は治療に専念した。

 

 

 

 

101年振りに再会した己の養い子が、瀕死の状態など誰が想像できるだろうか。

ひょっとしたら別人であり、今も隼人は瀞霊廷の中にいるのかもしれないと現実逃避しようとした。

 

だが、目の前の男は、101年前の霊術院の制服を着た男の顔と殆ど変わっていなかった。

霊圧も、当時の霊圧を純粋に強化した物へと変化しただけだ。

身長は伸びたが、周りの死神と比べて小さいのが昔と変わらない。

髪型もそうだ。あの当時あのまま。

目を瞑ったその姿は、勉強中に居眠りしていた時の寝顔と殆ど変わらない。

その寝顔を見て何度も叱ったのを昨日の事のように覚えていた。

 

そして、首に提げていた小さな巾着袋は血染めで赤黒くなっていたが、あれを持っている者は一人しかいない。

 

それは、霊術院入学試験の際に、拳西が自ら作った世界でたった一つのお守りであった。

ボロボロで、所々破れたのを修復した箇所がいくつもあった。

 

 

「こんなモン・・・100年もずっと持ってたのかよ・・・。」

 

 

唯一無事だった頭に手を置き、己の弱さを悔いた。

現世で藍染を止められていれば、こんな酷い思いをさせずに済んだのかもしれない。

そもそも101年前に虚化実験に巻き込まれていなければ、隊長のままでいて隼人をどうにかして護ることだって出来た筈だ。

 

 

「悪りぃな、ホント・・・辛い時に駆け付けてやれなくて、最低な親だ・・・。」

 

 

裏路地の開けた空間から黒腔が開き、勇音が現世の人間達を連れてきた。

阿散井とルキアも同伴していた。

 

 

「織姫!チャド!」

「あれ、たつきちゃん!久しぶり!!」

「口囃子さんをお願い!織姫なら助けられるんでしょ!?」

「うん。わかった!」

 

 

隼人から井上の力について分かる範囲で説明を受けていたため、たつきは井上に助けを求める。

対する井上は黒腔から出て直ぐに双天帰盾の準備をしていたらしく、走りながらヘアピンから六花を出現させた。

 

 

「ルキアちゃん。お疲れ様。」

「京楽隊長!・・・って、何故浦原もいるのだ!?」

「えぇ~~!アタシがいて何かおかしいんスか!?ショックだなぁ・・・。」

 

 

そしてルキアと阿散井は、この場に見慣れない人物がいて不思議に思い始める。

双天帰盾の外からじっと隼人を見据えている、現世の服を着た銀髪の男。

霊圧を見た限りでは虚の力が混じっている。

 

 

「京楽隊長。あの方は誰っすか?」

「ああ、彼はね。」

 

 

「流魂街から来た隼人クンに全てを教えた、大切な家族の一人だよ。」

 

 

その言葉に、全く隼人の過去を知らない二人はより一層分からなくなると同時に、驚きの表情を浮かべた。

 

 

「口囃子さんって流魂街出身だったんスか・・・。」

「知らぬのも無理はない。私も知らなかった。兄様は色々ご存じでいらっしゃるようだったがな。口囃子三席はあまり過去を話したがらない方だったからな・・・。」

 

 

いまいちよく分かっていない表情で、二人は顔を見合わせて頭に疑問符を浮かべたままだ。

 

 

「まぁ、彼には色々と複雑な事情があるんだ。そのうち話す気になったら話してくれるよ。」

「はぁ・・・。」

 

 

双天帰盾のおかげで、隼人の体に負った傷は大方回復した。そもそも怪我を負う前から霊力が殆ど尽きていたことが幸いして、隼人の体に残った霊力の干渉を受けることが無かった。

体にあけられた孔は塞がり、外見上は殆ど傷跡も残っていない。

 

 

「ごめんなさい。今のあたしの力じゃこれが限界です。」

「十分です。むしろ貴女のおかげで峠は越えました。」

「良かったぁ・・・・・・。」

 

 

そして空座町の外で戦っていた一護と藍染の戦いも、決着がついたようだ。

 

 

「では、ちょっとアタシは行ってきます。」

「頼んだよ。()()()()。」

「はいっ。」

 

 

浦原を見送った後、京楽は現世の人間達の元へ向かった。

 

 

「こんにちは。八番隊隊長の京楽春水です。」

「こ・・・こんにちは。」

「・・・本当に、ごめんよ。皆には辛い思いさせちゃって。」

 

 

だが、最初に隼人からの謝罪を受け入れた人間達は、もうそこまで気にしていなかった。

 

 

「口囃子さんからもそういった話は聞きました。それに、決着もついたようですし、僕はもう大丈夫です。」

「あたしも大丈夫です。」

「あたし、も・・・。」「俺も大丈夫っす!」

 

 

藍染に殺される恐怖こそさっきまであったものの、ここまで切り替えることができる人間達に尊敬の念すら覚える。

幸いにも、仲間の間で死人がでることはなかった。

一護の妹達も全員無事だ。

 

 

「一護クンに、話しに行くかい?」

 

 

だが、その京楽の問いには皆複雑そうな顔を浮かべた。

話をしたそうにしていたが、同じくらい話しかけづらそうな様子だった。

 

 

「・・・今日は、帰ろうか。また今度、話をするといい。」

「はい・・・。」

 

 

京楽の手引きで、空座町に最初からいた一護の友人達は全員家に帰ることになった。

そこで、阿散井は率直に頭に浮かんだ疑問を述べる。

 

 

「記憶置換、しなくていいんすか?」

「しなくていいよ。むしろ、()()()()()()()()。ここまで来たら、一護クンもきっと、隠さずに全部話した方が楽だ。」

「・・・そっスね・・・。」

 

 

数十分後、藍染の封印架を運ぶための人員が空座町にやってきた。

四番隊を除く各隊高等席官や、鬼道衆の死神が駆けつけて丁寧に運んでゆく。

 

 

一度戻ってきた浦原は、ルキア、阿散井、石田、井上、チャドを連れて再び一護の元へ向かっていった。

 

 

一方隼人は、処置自体は目処がついたものの、一向に目を覚ます気配が無かった。

 

 

「おい・・・何で目を開けねぇんだよ・・・!」

「恐らく、大量に出血したことで意識を取り戻すまでは時間がかかると思います・・・。」

「おい隼人!お前こんな所で倒れる奴じゃねぇだろ!?目ぇ覚ませよ!呑気に寝てんじゃねぇよ!いつもみてぇに起きろよ!」

 

 

拳西の叫びは、全く届かない。

目を開けるどころか、体はぴくりとも動かなかった。

舌打ちして地面を殴るも、それで隼人が目を覚ますことなどない。

 

そこで京楽が出した提案は、101年前のあの時と全く同じであった。

 

「とにかく、十二番隊での手術は必要だ。()()()()()()、時間停止と空間転移、頼んでもいいかい?責任はボクが取るよ。」

「!!・・・承知しました。では、十二番隊舎前に、全員とこの空間を転移させます。暫し目と耳をお塞ぎ下さいな。」

 

 

禁術なので、建前でも見ないよう促す。

101年前は、暗闇の中内密に禁術を行い、その咎を責められて現世に逃亡することとなった。

だが、今回は違う。たった一人の死神を助けるため、今昔問わず尸魂界の隊長格が集結した。

人間達の力も借りたのだ。

 

(絶対に助け出して見せますぞ、口囃子殿・・・。)

 

決心した鉄裁は、101年前とは違う希望を持って、禁術を行使した。

 



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懐古

「凄い・・・本当に、転移したんですね・・・。」

 

 

さっきまで空座町にいたにもかかわらず、一瞬で十二番隊の前に移動した。禁術を体感した勇音は、驚きを禁じ得ない。

重傷患者の搬送の待機をしていた十二番隊の九南ニコは、拳西の存在にびっくりしていた。

 

 

「えっ!!六車さん!?お久し振りです!」

「お前は・・・白の妹か!相変わらずアイツとは真逆だよな・・・。」

「お姉ちゃん、無事だったんだ・・・良かった・・・。」

「多分すぐこっちに来るから後で顔出すよう伝えとく。」

「はい、よろしくお願いします!」

 

 

そう伝えて拳西は米俵のように抱えていた隼人の体を十二番隊に預けた。

井上織姫の技で大方回復しているが、完全ではない。

それに、かなりの重傷を負っているため、四番隊に預けるよりも先により医学に関しては専門性の強い十二番隊で処置を行うほうが賢明だ。

最初から治療を行っていた鉄裁は経過観察のため同伴する。

何せ、今回の戦いで最も重い傷を負っているのだから。

 

隼人を預けた後に拳西はそれについていこうとしたが、勇音に傷を治すと言われ、渋々四番隊に向かうことにした。

 

 

「久し振りの瀞霊廷でしょ。どうだい?」

 

 

京楽の問いに、あまりにもフランクすぎやしないかと七緒と勇音は心配になったが、気を乱すことは無く答えた。

 

 

「変わんねぇな。俺がいた頃と何も変わってねぇぞ。」

「人はたくさん入れ替わったけどね。あの頃の死神なんて隊長副隊長で残ってる人しかいないよ。」

「海燕も、死んだんだよな・・・。」

 

 

各々が、この百年間に思いを馳せていた。

そして京楽の伝令神機に、着信音が鳴りある知らせが届いた。

 

 

「七緒ちゃん。」

「はい。」

「いますぐ四番隊に行ってらっしゃい。」

「えっ?どういう意味ですか?」

「何って・・・こういう事しかないでしょ。」

 

 

そう言って京楽は拳西の左腕をポンと叩いた。

あぁ、そういうことかと拳西も納得する。

 

何故拳西を示したのか、すぐに七緒は気付いた。

ここに拳西がいるなら、他の101年前の隊長格もいることになる。

 

 

「・・・・・・・・・!」

 

 

「分かったらさっさと行ってらっしゃい。それともボクがお姫様抱っこして連れて行ってあげよっか♡」

「必要・・・ありません。」

 

 

胸に込み上げるものを感じつつ、七緒は瞬歩でその場を後にした。

この中に取り残されるのは居心地が悪かったのか、勇音も七緒についていった。

 

 

「あんたも相変わらずだな。」

「キミの親バカ程じゃないよ。」

「性質が違うだろ。」

「・・・・・・似たようなものさ。」

 

 

見るからに父性とは違うように見えるが、京楽の目は少し沈んでいるようにも見えた。

今はあまり深く突っ込む気になれないし、そもそもそこら辺の事情はどうでもいいので問いかけるような野暮な真似はしない。

 

 

「・・・春水さん。済まねぇ。俺が現世にいた間あんたが隼人の親代わりみたいなモンだったんだろ。」

「ボクは仕事のコツ教えたり悩み聞いたりしてあげただけだよ。浮竹も一緒だった。ただ悩める後輩を助けただけさ。」

「その悩みを作った原因は俺だろ。・・・情けねぇ。」

 

 

その言葉を京楽はしっかり認めた。

 

 

「・・・そうだね。50年以上前の話だけど、彼、夢に出るって言ってたよ。でも夢が覚めたら現実に戻って、辛くて眠れなくなるって泣きながら教えてくれたよ。」

「・・・・・・・・・。」

「だから、意識取り戻したら、一緒にいてあげなさいな。それだけで彼は、101年分の呪縛から救われるから。」

「当たり前だ。時間が許す限りはな。」

 

 

四番隊に到着したら、すぐに隊士がやってきて処置室に案内された。

 

 

 

 

白とリサは四番隊の女性席官から治療してもらった後、別に知り合いもいないので二人で休憩していた。

ひよ里はまだ意識が戻っていないので、それを待つ意味合いもある。

 

だべっていたらバタンとけたたましい音を立ててドアが開いた。

 

 

「わぁっ!びっくりしたぁ~・・・。」

「誰や!!レディの痛々しい姿堂々と見やある奴は・・・・・・。」

 

救護用の道具箱を肩に提げたまま、息を切らせてドアを開けたのは、若い女性死神であった。

 

そしてその顔は、リサにとって見覚えのある顔。

リサ主催の読書会に参加していた、小さな女の子の死神だった。

小さかった少女は、副官章を携えた立派な副隊長へと変貌を遂げていた。

 

 

「七緒・・・!?アンタ、七緒か!!」

「矢胴丸さん・・・!矢胴丸さん!!!」

「ちょ、あたし怪我してるから!」

 

 

凛としたいつもの表情を大きく崩し、我慢できず七緒はリサの許に駆け寄り、その胸の中で大粒の涙を流す。

 

 

「私・・・私・・・!!」

「ああもう落ち着きやぁ!全くもう・・・。」

 

 

頭と背中を撫でて一生懸命宥めようとしたが、普段の冷静な性格とは打って変わり一向に泣き止む気配はない。

 

 

(あいつ・・・やりおったな・・・!あたし、そうゆうのあんま好きやないんやけどな・・・。)

 

 

京楽の差し金に嬉しいような面倒なような、複雑な思いを感じて鼻でため息をつきつつ、リサは暫し七緒のために時間を取ることにした。

 

 

 

 

 

拳西も、気心のしれた仲間たちの元に戻ってきた。

 

 

「拳西!どうだった!?ハヤト、元気にしてたかい!?」

「元気だったらここに連れてきてるに決まってんだろ。」

「アホかローズ。察しろや。」

「今のはローズが馬鹿だな。空気読め。」

「相変わらず酷い!!」

 

 

ガビーンといった擬音が似合いそうな表情でローズは青ざめつつ落胆する。

そんな様子など興味無さげに平子は隼人の容体を尋ねた。

 

 

「どや。厳しいんか。」

「峠は越えた。だが出血量が酷いからな。しばらく意識戻らねぇって虎徹が言ってたぞ。」

「虎徹って、あぁ、隼人の同期の奴か。隊長格も変わったよなー。」

 

 

ラブが当時を思い出しつつ、聞きなれない名前の死神が隊長格になっていることを実感する。

 

 

「出血量が酷いって、そんなにかい?」

「路地裏一面血染めだったぞ。」

「うおっマジか・・・。」

「ショック状態になったんやな・・・。」

 

 

実際は体に孔があいていたりもしたのだが、変に口に出して容体が急変したとかなったらシャレにならないので決して詳細は明かさない。

悟った平子は今後のことに話を変えた。

 

 

「オマエら治療終わったらどうすんねん。」

「どうするって・・・現世に帰るに決まってるでしょ。」

「そりゃそうや。何つーか、その、帰るまでの話や。」

 

 

あぁ、そういうコト、と納得したローズは、自分のプランを雄弁に話し始めた。

 

 

「ボクはちょっと散歩でもしようかな~って思ってるんだ。瀞霊廷にヴァイオリン置いてってたからその様子も気になるし。」

「楽器置いてってたんかい!」

 

 

平子のツッコミの後、ラブも自分の計画を話した。

といっても、自分の計画と言えるのかは分からなかった。

 

 

「俺はひよ里次第だな。あいつなら『こんなとこ嫌や!ウチはすぐ帰るで!!』って言うだろうから俺はすぐ帰るぞ。ジャンプ読めねぇのも辛いしな。」

「さよかぁ。拳西はどうすんねん。」

 

 

話を振られた拳西は、考えつつも大体の予想はついていた。

 

 

「悪りぃ。俺は別行動だ。」

()()()。」

「10日間。それまでに隼人の意識が戻らなかったら一回帰る。」

「ええと思うで。キリええし。意識戻らへんかったら一回現世に戻って、隼人の意識が戻ったらまた尸魂界行けばええんや。」

 

 

拳西なりに予測を立てていた。

10日以内に意識が戻らなければ、おそらく数ヶ月は昏睡状態のまま眠り続けるだろうと考えられた。出血多量で瀕死に陥ったため、このまま意識が回復、なんて都合がよすぎる。

 

あの傷を見た瞬間、最悪隼人があのまま死ぬことも覚悟していた。

命があるだけでも十分だ。

 

それに、尸魂界で直接隼人の眠っている姿を見て待つことだってできる。

今となっては現世で待っていても京楽や、直属の上司である犬の隊長など、誰かが連絡してくれるだろう。

 

 

「気長に待とうや、拳西。」

「そうだな。」

 

 

その言葉を最後に、四人とも無言で各々のやり方で暇つぶしを始めた。

ローズは、部屋の外に出て散歩をし、変わり映えの無い四番隊の様子を見にぶらつく。

平子は、喋っていた部屋にあったベッドにぼんやりと横になっていた。

ラブは、愛読書のジャンプも無いのでただ窓から空を見ていた。

拳西は、待合室に置いてあった瀞霊廷通信のバックナンバーを眺めていた。

 

何とも勝手知ったる振る舞いである。

見慣れない人物の自由な振る舞いに、四番隊士は皆狼狽えていた。

あの人誰?何やってるんだろう・・・。などとヒソヒソ声が聞こえてくる。

 

その少し離れた場所では、同じような現世の服装をした女性二人が号泣している八番隊副隊長を慰めており、非常に不思議なものとして一般隊士の目には映っていた。

 

その当惑した隊士の様子を見て、ある人物が上手い事説明に入った。

 

 

「彼らはね、101年前の隊長格だった人達だよ。」

「う、浮竹隊長!まだお腹の傷は・・・。」

「大丈夫だ!俺は自分でも回道かけられるからな!」

 

 

腹には痛々しくも赤黒く染まった包帯が巻かれていたが、止血されており、他の傷を負った隊長格よりもやけにピンピンしている。

核心を突かない程度に、過去に何があったかを若い隊士達に説明してあげていた。

 

 

「藍染が、そんな昔から暗躍していたとは・・・。」

「許せませんわ・・・。」

「約100年尸魂界に踏み入ることは出来なかったからね。・・・って君達!仕事サボっちゃだめだぞ。」

「すっすみません!」

 

 

浮竹から話しかけたことは忘れていたのか、何故か小言じみたお説教が始まろうとした所で隊士達は戻っていく。

女性隊士はもうちょっと一緒にいたかったなと後ろ髪を引かれる思いでその場を後にする。

 

最強のイケオジ隊長は、衰え知らずの人気ぶりであった。

京楽の嫉妬が目に浮かぶ。

 

そんな人気など露も知らず、浮竹は懐かしい顔に会いに行った。

 

 

「久し振り、()()()()。」

「浮竹サンか。オレ隊長やあらへんのやけど。」

 

 

起き上がろうとした平子に、休んでいてくれと手を前に出して制止する。

 

 

「藍染の封印架は一番隊舎に運ばれたよ。直に四十六室の手で裁判になるだろう。」

「・・・そうやろなァ。って、何でオレにわざわざ伝えんねん。」

「昔は藍染の上司だっただろう?関わりも強いだろうし、因縁も人一倍強い。だから君には伝えるべきだと思ったんだ。」

「・・・相っ変わらず、義理堅いやっちゃなァ。」

 

 

何も変わっていない浮竹に、幾分かやりづらさすら感じる。その浮竹の変わらない姿勢に、むしろ自分達が変化せざるを得なかった現実を実感し、やりきれない思いを抱く。

変わらない浮竹は、突然話を変えた。

 

 

「そうだ!この際だし、隊長にでも復帰してはどうかな!?三、五、九番隊は今も隊長が空位なんだ。昔隊長を務めていた死神が復帰したとなれば、俺は嬉しいんだがなぁ~!」

 

 

確かに空位の場所に自分達が入れば穴も埋まるし、より強靭な体制が整うだろう。

だが、ついこの前まで罪人であり、追われていた身の自分達を、受け入れない一派は必ず現れるだろう。貴族なんかは猛反対しそうだ。

 

 

「アンタは嬉しゅう思うても、オレたち虚の力混じってるんやで?受け入れるワケないやろ。」

「何言ってるんだ!俺は賛成だ。京楽も賛成してくれるだろう。一緒に戦った狛村隊長と砕蜂隊長、日番谷隊長もきっと賛成してくれる筈だ!」

「砕蜂のヤツは嫌がりそうなんやけどなァ・・・。」

 

 

「まァ、考えてみるで。ひよ里の説得は難儀しそうやけどな。」

「あぁ、よろしく頼むよ。」

 

 

ひよ里の説得。

そう聞いた浮竹は、なんだかんだ言って平子自身は乗り気であることを薄々勘づいていた。

あの日から色々気にかけていた仮面の軍勢達も護廷十三隊に戻ってくれば、また昔のような活気が戻ってくるかもしれない。

元三番隊と元九番隊の二人の男にも声をかけようと思った所で、十二番隊からの患者引き渡しのためバタバタしているのを見つけた。

山田花太郎が大声を上げて道を開けるように求めつつ、ストレッチャーが運ばれていた。

 

個室の病室に運ばれ、室内にあったベッドに体を持ち上げ移されていく。

 

眠っているのは、顔から下全身に包帯を巻かれた、口囃子隼人だった。

 

 

「隼人君!!」

 

 

何も知らなかった浮竹が大声を上げて病室に駆けて行き、その声を聞いた仮面の軍勢もなりふり構わず走って病室に入っていった。

 



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思い出

どかどかと大人数が病室に押し寄せたため、花太郎は面食らうどころか怯えていた。

 

 

「隼人君・・・こんな酷い目に・・・。」

「はやちん!はやちん!!」

 

 

人工呼吸器をつけた隼人を見て浮竹は歯を食いしばり、白はぽろぽろ涙を流している。

他に来た仮面の軍勢達も表情の色を落としている。

 

山田花太郎は、全く知らない面子が急に現れ、誰の助けも借りられそうになく半分泣いていた。

 

 

「僕も酷い目にあっています・・・。」

「ん?誰だコイツ?」

「ひぃっ!!!!!!」

 

 

ラブに声を掛けられた花太郎は慌てて冷や汗をかきながら勢いのままに自己紹介をする。

 

 

「やっ山田花太郎です!!皆さんのことを存じ上げないで誠に申し訳ございませんでした!!」

「挨拶か謝罪かどっちかにせえや。」

「すみません!!ありがとうございます!!」

「いや謝罪とお礼どっちかにせえや!ったく面倒なやっちゃなァ~!」

 

 

「ひぃぃぃ~~!」と平子に怯えていると、ようやく助け船が来た。

 

 

「彼は清之介クンの弟だよ。」

「「「「「「「清之介って・・・あの!?!?!?」」」」」」」

「はいそうです冴えない弟ですみません・・・・・・。」

 

 

女物の桃色の羽織を被り直した京楽が、再び姿を現した。

目の前にいる地味な少年が実力者であった死神の弟と知り、皆興味深々だ。

その一方でリサが京楽の顔を見て嫌そうな顔をする。

 

 

「あたしに七緒差し向けたのあんたやろ。」

「えっ知らないなァ~~。」

「口笛吹いてもムダや!」

「痛い!!」

「わんわん泣いてそりゃあ大変やったんやぞ!・・・あたしのせいやけど・・・。」

 

 

普段には無い少し沈んだ表情を見せたリサを京楽なりに励まそうとする。

京楽なりに。

 

 

「七緒ちゃん、可愛く成長してたでしょ。」

「当たり前や。あたしが昔から目かけとったからな。」

「ボクのおかげだよね?ね!褒めて!褒めて!!」

「そうましい!!!」

「裏拳!!あとボク怪我人!!」

 

 

もう少しやり方を変えればリサも殴ったりはしないものを、むしろ京楽は懐かしいやりとりを半ば楽しんでさえいた。めちゃくちゃ痛いけれど。

 

 

「嬉しかったかい?リサちゃん。」

「言うまでもないわアホ。」

「それはよかった。ボクも美人になったリサちゃんに再会できて嬉しいなァ♡」

「昔のあたしも美人やボケ。」

 

 

101年経っても全く変わらないやり取りを出来ることが、京楽にとっては非常に嬉しかった。

浮竹も、遠くからにこやかな笑顔で二人のやりとりを見ていた。

 

隣にいる花太郎もそれに合わせてにへらと笑っていた。

そうでもしてないとこの空間ではやってられなかった。

だが、無情にも花太郎にとって状況は更に悪化する。

 

 

「じゃあ俺と京楽は帰るよ。山田七席、ここにいる皆に隼人君の状態を説明しておいてくれ。」

「はい、わかりまし・・・、って、ええ!?!?待って下さいよ~!僕一人でですか!?」

「今回の隼人君の主治医は君だろ?卯ノ花隊長でも君に頼むと思うぞ。」

「コイツが隼人の主治医かよ?」

 

 

そう呟いて花太郎の方を見てきた男は、銀髪にピアスをつけた、強面の男だ。

花太郎がちびってもおかしくない覇気を持っていた。

 

 

「じゃあな。ほら京楽も帰るぞ。」

「待ってよ~~。もうちょっとリサちゃんと喋ってもいいじゃ~ん。ダメ?」

「駄目だ。お前も俺も怪我人だ。帰って休め。明日にしろ。」

「いけずだな~浮竹は。」

 

 

文句を垂れつつ、京楽は帰ってしまった。

仮面の軍勢全員が花太郎を向く。

 

(やばいやばいやばいやばいどうしようどうしよう!)

 

背中が粟立ち冷や汗が止まらないが、決死の覚悟で十二番隊から引き継いだカルテを元に説明を始めた。

 

 

「えーっと・・・。手術は無事成功しました。というか、・・・井上織姫さんの力のおかげで手術自体殆どやらなかったそうです、すみません・・・。」

「やから何でええ話なのに謝んねん。」

「すみません続けます!!」

 

 

あたふたしているが、これが平常運転なのが残念な話だ。

謝ってばかりで卑屈気味な少年に、平子はちょっとだけイラっとしていた。

 

 

「ただ、血液の量が不足しているのでしばらくは輸血の処置を度々行います。点滴も行います。・・・・・・数ヶ月から半年は目覚めないかもしれないです。」

(!)

 

 

皆の顔色が一気に変わった。

最悪このまま半年は目を覚まさないことだってありえるのだ。その場合まともに会話できるようになるのは、来年の初夏になる。

そこまで意識が回復しない程の傷を受けていたのだ。

 

 

「あのっこれは僕の推測です!すみません!」

「山田清之介の弟が言うなら受け入れるしかねぇよ。」

「えっ?あ、はい・・・。」

「半年か・・・。」

 

 

ローズが拳西に、「どうするの?」と聞いた。

さっき四人で話していた時は10日間いるつもりだったが、しばらく意識が回復しないと言われた以上、ここにいる意味はあるのだろうか。

 

 

「・・・考えさせてくれ。」

「分かったで。オレらは勝手に帰ってもええよな?」

「気にすんな。そうなったら俺だけ後で帰る。」

 

 

白がずるいあたしも残ると文句を言い始めたが、今回ばかりは平子かラブに引っ張ってもらうしかない。白に対して構っている精神的余裕がこれからずっと持つとは思えなかったからだ。

むしろ尸魂界を心から嫌うひよ里に引っ張らせた方がいいかもしれない。

 

 

「じゃあボクは病室に帰るよ。」

「ここにいても暇だし俺も戻るわ。」

 

 

ローズとラブの言葉を皮切りに、皆ぞろぞろと病室から出ていく。

白も隼人が起きないと知った以上ここにいても拳西と顔を突き合わせて喋るしかないので、リサと平子と共にひよ里の様子を見に行った。

ひよ里の許には、ずっとハッチがついていた。

 

 

出て行った仮面の軍勢と入れ違いに、狛村が入って来た。

 

 

斬られた腕はすぐに井上織姫によって治療されたらしい。

それ以外の傷は、包帯で巻かれたにすぎず未だ痛々しいものだ。

 

 

「六車殿・・・。このような再会になってしまったか・・・。」

「・・・生きてるだけでも十分だろ。」

「・・・そう思うしか、ないな・・・。」

 

 

丸椅子を取り出して狛村も拳西と向かい合って座る。

「それじゃあ僕も失礼します・・・。」と小声で呟き花太郎も察したフリをしてついでに出て行った。

ホッと一息ついていた。

 

 

「儂は隼人から知らされるまで、隼人の過去を何一つ知らなかった。それまでは気丈に振る舞っており、大切な家族と突然の別れを経験したような辛い過去を負った死神だとは、思ってもいなかったのだ。」

「・・・いつ隼人は打ち明けたんだ?」

「藍染が尸魂界を裏切ってからだ。それまで儂は、隼人の心の中にある暗闇に気付くことさえ出来なかったのだ・・・。」

 

 

前とは変わり塞ぎ込みがちになったとは夜一から聞いていたが、直属の上司に過去話をするのにそこまでの年月がかかってしまうとは、余程隼人の心に傷を負わせた出来事だったのだ。

だからこそ、当時から面識のあった京楽と浮竹にしか、悩みを話すことは出来なかった。

つくづくこの一日で己の不甲斐なさを感じるばかりだ。

 

 

「頼みがある。」

 

 

突然改まった狛村は、膝の上に握りこぶしを作り、真摯な目で話を続ける。

 

 

「隼人が目を覚ました暁には、暫くは貴公が側にいてやって欲しい。回復したら休暇を取らせて貴公らの許へ暫く預けるつもりだ。」

「三席の男にそこまで休ませちまっていいのかよ?」

「構わぬ。隼人は護廷に入ってから残業こそあまりしてないが、ほとんど休んでおらぬ。数年は休める程有給も溜まっておる故、いつか無理にでも休ませねばと心配しておったのだ。」

 

 

多分、仕事が逃げ道と化していたのだろう。休んだら色んな事が頭によぎってしまい、どうしようもなくなると確信してしまったのだろう。

 

狛村の頼みは提案へと発展していく。

 

 

「残念ながら余りの部屋はないが、こちらにいる間でも暫く隼人の部屋を使うといいだろう。怒りはしない。意識があれば喜んで貸す筈だ。」

 

 

その狛村の言葉で、拳西は一つの疑問を抱いた。

てっきり隼人は己が突然いなくなったことを怒っているものだと思っていた。

夜一と再会した砕蜂は恨みをこじらせ、戦いもしたと聞いた。

夢の中の隼人はいつも憤怒し、泣いていたのもあって、先入観で見ていた。

 

 

「怒ってねぇのか?・・・恨みとか持ってねぇのか?」

「貴公からもらったお守りを何度も修繕してまで身に着けている程だ。怒りの感情など生まれると思うか。」

「・・・そうだったな。」

 

 

ポケットに入れたお守りの存在を思い出す。

水色のお守りは血に染まって赤黒く変色してしまい、もともとボロボロだったのも相まって汚い布切れと化していた。

いくらお守りとはいえ、こんな小汚い物を持たせるわけにはいかない。

 

(新しいの、作ってやるか。)

 

何度も修繕した跡が残っている以上、道具は隼人の家にある筈だ。

材料だけ瀞霊廷のどこかで買えばいい。

 

 

「・・・金、無ぇな。」

「む、それなら隼人の給料から天引きしよう。」

「・・・・・・そういうとこはちゃっかりしてるんだな。」

「儂は仁義を重んずるが、さすがに貴公に貸すお金など儂は持っていない。」

 

 

一日共闘しただけの相手にお金を貸すなど、博愛主義のある人間でもないとやらないだろう。

勝手に給料を横領したことは後でしこたま文句を言われそうだが、現世に遊びに来た時にでもその分返してやろう。

 

大人ぶった隼人の化けの皮が剥がれるのが楽しみだ。

 

 

「儂以外の七番隊は皆隊舎寮に住んでいる。隼人も隊舎寮だが構わぬか?」

「殺風景な病室よりはマシだな。使うか決まってねぇけど案内だけは頼む。・・・一応どんな部屋住んでるか親として見ておきてぇ。」

「・・・散らかしてはおらぬ筈だ。」

 

 

苦笑しながら狛村は呟き、二人は隼人の病室を後にする。

二人とも早く目が覚めて欲しいという願掛けのような形で、眠っている隼人の肩を軽くポンと叩いた。もちろん傷の無い左肩をだ。

 

 

 

外を歩いている時には既に陽は沈んでおり、七番隊に入った時には暗くなっていた。

 

隊舎寮に住んでいる隊士は、基本的に自室の鍵を自分の机の中にしまうか、所定の鍵預け場所に預けることにしている死神が多い。

失くしたら弁償代として家賃2ヶ月分請求されるため、何としても持っていないといけないのだ。

それを皆解っているので、他人の鍵を奪うような真似をする者は誰もいない。

たかが鍵を失くすだけで家賃2ヶ月分とはぼったくりもいい所である。

この制度も昔から変わっていない。

 

机の引き出しを開けると、奥の方に部屋の鍵を見つけた。

昔隊長になる前に使っていた鍵を思い出す。

 

 

部屋の場所を狛村に教えてもらってからは、一人で向かうことにした。

狛村も傷は決して癒えていないので、休んだ方がいい。

それに、拳西は少し一人になりたかった。

 

自室の前に辿り着く。

少し身構えつつ鍵を開け、そのドアを開けた。

 

 

「――あの頃と、変わんねぇな・・・。」

 

 

流魂街から初めて来たときに好きなようにしろと言って部屋を与えたが、その時と同じく整理された小綺麗な部屋だった。

現世の人間の一人暮らしの部屋と何ら変わらない。度々白の汚部屋の掃除をさせられる拳西にとっては理想的な部屋にすら見えた。

 

冷蔵庫を開けると、作り置きされたと思われる肉じゃがが入っていた。

自分が作るものよりも、圧倒的に完成度が高い。

 

(料理、練習したんだな・・・。)

 

調味料の量を盛大に間違えて大慌てしていた子どもの頃を思い出し、こういう形でも成長を実感する。

折角なので夕飯は作り置きされた肉じゃがを温めて食べることに決めた。傷んだらもったいないし。四番隊の味気ないご飯よりは絶対にいい。

 

そして実際に食べてみると、己の作るいい加減な肉じゃがに非常に似ているが、その欠点を無くした完璧ともいえる出来栄えの物だった。

かれこれ現世でもずっと皆のために料理をしてきた身としては、何だか悔しい。

そそっかしくておっちょこちょいだった隼人に負けるなんて。

 

(・・・屈辱だな・・・。)

 

腹いせに、全部食べてやった。

 

ご飯の後もう一つある部屋に向かうと、子どもの頃の物とは違う文机が置かれていた。

少し大きくなったそれには、二つの小さな引き出しが付いている。

そして、下の引き出しが僅かに開いていた。

 

不思議に思わない筈がない。

中に何が入っているのかと思い開けてみると。

 

 

 

 

そこには、紅葉狩りの日に撮った二人の写真が写真立ての中に入っていた。

 

 

懐かしい思い出に、胸が締め付けられた。

前に住んでいたあの家からわざわざ持って行ったのだろう。

写真立ては新しい物に変わっていた。

 

ここまで思い出を大事にとっとく隼人はやっぱり子どもで、根っこのところはあの頃のままであると確信した。

きっとこれは、誰にも見せることは出来なかったのだろう。

思い出を自慢したくても、口に出すことが憚られ、一人で抱え込むしかなかったのだろう。

 

だったら、胸を張って過去の話をできるようにしてやるしかない。

塞ぎ込んだ隼人を解き放つのは、己の役目だ。

 

決心した拳西は、早く目覚めて欲しいと祈らずにはいられなかった。

 

 

結局、10日間きっちり尸魂界に残ることにした。

 



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伝令神機

翌日。

綜合救護詰所に戻ると、尸魂界にいると知ったひよ里が早朝から大騒ぎしていた。

早く帰らせろだの虫唾が走るだのここにいたら口が臭くなるだの、終いには論理すら破綻している理由でとにかくひよ里は喚いていた。

 

お世話係の平子とラブはキンキンと鳴り響くモスキート音のような金切り声に辟易とする。

 

 

「朝から騒ぐなひよ里。」

「ハァァァァァァァァァアァァァァァ!?!?!?!?ええ加減にせえよハゲが!!ウチが死神嫌いなの知っててこんなマネするんかアホ!!」

「オマエが嫌う死神がおらんかったら死んでたんやぞ!!」

「ウチは助けろなんて言っとらんわ!!死神共の勝手やろ!!」

「その勝手でオマエは命繋いどるのわからんのかい!!」

 

 

何だ何だと四番隊中心にギャラリーが集結してきたため、ラブは病室のドアを閉めて音漏れを最小限に抑える。

 

状況を理解すれば静かになるかと思ったら、ひよ里はむしろ更に怒ってふて寝してしまった。

 

 

「ウチは誰とも口きかん!!お前らも出てけ!!!」

「ひよ里・・・。」

「しゃァない。出てって一人にするしかないわ。」

「二度と顔見せんなハゲ!」

「あーそーですね!!!失礼しましたひよ里サマ~~!!!」

 

 

お馴染みの喧嘩にラブは額に手をついてため息をこぼし、仕方なく病室から平子と共に出て行った。

 

まだギャラリーがいるかと身構えるが、いたのはいつもの面子だった。

 

 

「ひよりん、すっごい怒ってたね。」

「アイツの死神嫌いは筋金入りやしなァ。」

「そういえば、白サンはニコサンに会いマシタか?」

「うん!ニコのこと久々にぎゅ~~ってできて嬉しかったよ!」

 

 

なんてノリでいつも通り喋っていると、昨日大号泣していた八番隊副隊長に声を掛けられた。

 

 

「皆さん、ちょっとよろしいですか?こちらをお渡ししたくて・・・。」

「これは・・・。」

 

 

七緒が渡したのは、八人分の伝令神機だった。

ローズがその質感に惚れ惚れし、顔に擦りつけている。

行動原理すら読めない意味不明すぎる行動に、七緒は当然の如くドン引きしていた。

後からついてきた京楽は、八匹分の地獄蝶が入ったカゴを持っていた。

 

 

「これで皆断界を経由しなくても尸魂界に来れるよ。」

「おおきにな、京楽さん。」

「アドレスには、ボクと浮竹と山じいと卯ノ花隊長と七緒ちゃんをあらかじめ入れといたよ。」

「あのジーさん携帯使えるんか!!」

 

 

年齢にそぐわず、意外と現代の機械も使いこなす総隊長には驚きである。

電話どころか電子書簡も器用に使いこなすらしい。

 

 

「でも山じい暇だから電子書簡多いんだよね。ちょっとしつこい。」

「隊長。それは総隊長の御前では禁句です。そもそも総隊長は忙しいですよ。」

「やばっ。皆内緒だよ。」

「あたしがチクるわ。」

「リサちゃんいけずぅ~~。」

 

 

京楽を睨みつけた後新品の伝令神機の電源を点けてみたが、リサのだけ何故かおかしい。

 

 

「何で待ち受けがあんたのドアップのキメ顔なんや!!!」

「リサちゃんだけは特別仕様♡開く度にボクの顔が出てきてボクの事を思い出して欲しいなァって思ってさ♡ちょっとだけ細工しちゃったよ。ちなみにその伝令神機だけはボクのアドレスしか入ってないから。毎日書簡送ってあげるよ♡」

「死ねエロオヤジ!!!!あぁあぁぁぁぁ!!何で壁紙変えられないんや!!」

 

 

何度設定を変えても京楽のキメ顔が待ち受けに残る粗悪品の伝令神機にブチギレるリサを拳西は遠目で見ていたが、拳西の手元にある伝令神機の中には追加でもう一人のアドレスが入っていた。

粋な計らいに感謝する。早速ポケットに入れて預かっていた隼人の伝令神機にメールを送り、隼人の伝令神機の設定をいじくってちゃっかり自分のアドレスを設定した。

 

 

「後で私も書簡送りますから・・・。」

「頼むで七緒!」

「えぇ~リサちゃんはボクだけ特別扱いしてくれないの?」

「あんたは七緒に特別扱いしてもらい!」

「しませんから。」

「ショック・・・・・・。」

 

 

もはや夫婦漫才だ。息ピッタリ過ぎて恐ろしい。

七緒は完全にリサの味方になってしまったのでリサが二人になったようなものだ。

七緒の言動がさらにリサの影響を強く受けるのも、そう遠くない未来の話である。

 

 

「矢胴丸さん。もし時間があれば八番隊に是非来てください。・・・色々、お礼を言いたいので。」

「そんなお礼なんかいらんわ。・・・でもあんたには付き合ってやる。少し待っとき。」

「はい!ありがとうございます!」

 

 

ぱぁっと笑顔になった七緒は、いつになく生き生きとしている。

それだけでも京楽は幸せな気持ちで胸がいっぱいになった。

 

他の仮面の軍勢達にいつまで滞在するのかを聞いた所、意外にもすぐに帰ると告げられた。

 

 

「ひよ里がもう我慢ならんって暴れとるからな。今日帰るわ。」

「俺もついていくぜ。」

「ボクも少し散歩したらすぐ帰るよ。」

「ワタシも帰りマス。猫ちゃんが心配なので・・・。」

 

 

拳西以外の男四人は皆すぐ帰るつもりだ。

白は残ると言い出しかねないので不安だったが、意外にも帰る気でいた。

 

 

「白も帰ろっかなぁ。拳西といてもヒマだし。」

「おう、帰った帰った。俺は少しだけ残るぞ。」

「結局残るんか。」

「急に隼人が目覚めるかもしれねぇだろ。」

 

 

外出する準備を終えたリサも、八番隊に寄った後はすぐに帰ると京楽に告げた。

 

 

「皆そんなに早く帰るつもりだったならすぐに渡して正解だったね。」

「そうですね。現世との連絡手段もつきますし、何かと好都合です。」

「ほな、オレらはひよ里連れて帰るわ。」

 

 

平子の最後の言葉に、京楽はずっと言いたかった言葉をようやく伝えることができた。

 

 

()()()()()()()()()。」

 

 

京楽のその言葉に仮面の軍勢全員が、郷愁を感じるような、少しムズムズする気持ちを抱かずにはいられなかった。

 

 

「・・・・・・オレ達が尸魂界に歓迎される日が来るなんて、思いもせんかったわ。」

「また今度、行ってみようかな。三番隊に誰がいるのか気になるし。」

「ええんやないか?オマエのウザさが瀞霊廷に広まるだけやし。」

「とんでもねぇヤバイ奴だと思われそうだよな。」

「・・・・・・泣くよ。そろそろ。」

 

 

相変わらず扱いの悪いローズがしょんぼりしていたが、ひよ里のキレ方を見たらそうも言ってられなくなる。

また喚きそうになったので、すぐに現世に帰ってしまった。

 

 

現世に帰る仲間たちを見送ることもなく、拳西はずっと隼人の病室にいることにした。

暇つぶしに、隼人の伝令神機を適当にいじっていた。

電話帳やメールボックス等に一切セキュリティをかけていないのが物凄く不安になった。

落とした場合個人情報がダダ洩れになってしまうため、非常によろしくない。

こういう所で詰めが甘いのも、子どもの頃からの名残であった。

一向に斬術が育たなかった昔を思い出し、再び郷愁に浸る。

 

機械に集中していると、か細い声で誰かが入って来た。

 

 

「こんにちは・・・。」

「お前は・・・あぁ、清之介の弟か。」

「花太郎です・・・。」

 

 

様子を見に来た花太郎は、機械を使って脈拍の確認をしたり、実際に体に触れて調子を確かめたりしている。

101年前隊長をやっていた頃とはえらく異なった、科学的な処置を行っていた。

 

 

「とりあえず、異常は見られないですね。では、失れ「おい。」

「ひぃっ!!!な、ななな何でしょう・・・?」

 

 

そんなに威圧的に声をかけた覚えはないのだが、いちいちビクビクされると気を遣わざるをえない。

生来の声の低さがこの少年を怖がらせるのだろうか。だが隼人が子どもの頃にはそんなに怖がっていたようには見えない。

なるべく刺激を生まないよう、気持ち穏やかな声で対話を始めた。

 

 

「お前から見たコイツはどんな姿だった。」

「はぁ、そうですね・・・。僕はあまり関わり無かったですけど、真面目で優しい人だと思いますよ。」

「うるさくなかったか?」

「全然です。僕といる時は静かなことが多かったです。」

 

 

何というか、己の隼人像が一瞬にして崩れていくような気がする。

塞ぎ込みがちなのは聞いていたが、真面目で優しいなんて、不格好すぎて想像したら笑いそうになる。

後輩の男相手には大騒ぎして我儘を言うだろうとぼんやり考えていたが、しおらしく真面目にしているようだ。

 

対する花太郎は、「うるさい」という、隼人とは真逆ともいえる見方が想定外すぎて、訊かずにはいられなかった。

 

 

「あの・・・口囃子三席って、昔はうるさかったんですか?」

「そうだな・・・。」

 

 

昔の数々の蛮行を思い出し、懐古しながら口に出していった。

 

 

「俺が勉強しろっつっても海燕と遊んでたことがあってな。何回も拳骨したぜ。」

「えぇえ~~・・・。」

「霊術院の授業中に居眠りとか普通にしてたぞ。我慢出来ないってふざけた事言ってたな。隼人も昔は人並みどころかそれ以上にやんちゃだったぞ。騒ぐこともあったな。」

「―――・・・。」

 

 

尊敬していた先輩の元々のイメージとは真逆な姿を耳にした花太郎は、理想像が崩れ去っていくのを実感していた。

 

 

「霊術院の成績見せねぇで逃げようとしたこともあったな。あれは俺もブチギレて頭ぐりぐりしてやったぞ。」

「も・・・もう十分です。」

「あ?まだまだあるぞ。いいのかよ。」

「何か・・・口囃子三席が大切な物を失いそうな気がします・・・。」

 

 

どんどん昔の隼人の行動が思い起こされて言いたくなったが、確かに隼人にとってはあまり知られたくないことかもしれない。

隼人ですら忘れているような所業もポンポンと頭に浮かんできたが、これ以上言えば名誉にかかわるだろう。

怒られるのはへっちゃらだが面倒くさいので、むしろ隼人に直接言っておちょくり、その反応を楽しみに待つとしよう。

 

花太郎は地味仲間として隼人に少しシンパシーを感じていたことがあったが、昔の私生活は決して地味ではなく、むしろ苛烈極まる物のように見えて少しショックを受けていた。

 

 

「結局、芯から地味で冴えないのは僕だけですか・・・。はぁ・・・。」

 

 

それに対し拳西は否定など全くしないため、花太郎は再び落ち込んだ状態で定期回診を終えた。

 

 

結局この日も目を覚ますことはなかった。

 

真新しい伝令神機をいじるのも結局暇になり、瀞霊廷通信など四番隊に置かれた雑誌もすべて読み切ってしまったため病室にいてもすることが無くなってしまった。

 

日が暮れそうになり一旦隼人の家に戻る。

 

こうなったら少し早いが、お守り作成に取り掛かるしかない。

文机の上の引き出しから裁縫道具を見つけ、一緒に眠っていた多すぎる程の余りの材料を用いて新たなお守りを作り始めた。

 



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憧れ

尸魂界に降り立ってから七日が経った。

人工呼吸器を取り外したものの、未だに隼人は眠ったままだ。

慣れない手芸で悪戦苦闘したものの、お守りは完成した。

むしろ、してしまったと言うべきか。

 

縫っている最中に目を覚ましたりするかと期待したものの、兆候すら見せなかった。

傷自体は井上織姫が再び双天帰盾の術を使ったため全快したと言えるが、それでも何故か目を覚ますことは無かった。

 

 

『残念ながら原因は解りかねます。藍染の霊圧が影響しているのでしょうか・・・。』

『昨日口囃子さんの体内の霊圧を検査しましたが、異常は見当たりませんでしたよ?』

『そうですか・・・。益々謎に包まれてしまいましたね。』

 

 

四番隊のトップ二人も昏睡状態に陥っている原因を掴めず、歯痒い思いをしていた。

怪我を負った隊長格も大体皆回復して仕事に戻っている中で、置いてけぼりをくらっているようなものだ。

五番隊副隊長が臓器回復の治療を十二番隊で行っているらしいが、ひょっとしたら彼女が回復するよりも後に目を覚ますかもしれない。

一番の重傷者なので仕方がない話だが、傷が完治しても意識を取り戻さないままなのは、奇妙にすら感じる。

 

 

『ひょっとしたら、休みなさいという思し召しかもしれませんね。ずっと鍛錬なさってましたし。』

『卯ノ花隊長?それはちょっとさすがに・・・。』

『何ですか勇音?』

『何でも御座いません・・・。』

 

 

のほほんと恐ろしい事を呟く、全く変わっていない卯ノ花を見て隼人が昔風邪を引いて泣き出した時の事を思い出した。

当時の拳西は現世でいわれる育児ノイローゼ状態になっており、隼人の心が全く理解できていなかった。

それをきっかけにより絆も深まったので結果オーライであるが、今回目覚めた時はどんな反応をするか楽しみである。

 

そのやりとりから三日経ち、今は尸魂界に降り立ってから七日後である。

顔を見てみれば、最初の頃よりは幾分穏やかな寝顔に見える。

輸血などの処置を終え、顔色も血色が戻ってきている。

 

 

「ったく、どんだけ寝りゃ気が済むんだよ・・・。」

 

 

普段ならデコピンして、それに痛いと盛大に誇張して文句を言ってくるだろうが、返答などないのでしても無駄だ。

瀞霊廷通信も読み終わってしまい、どうすることも無く暇なので適当に窓から外を見ていると、病室のドアがコンコンと鳴った。

 

 

「失礼します。檜佐木です。」

 

 

ガラガラと引き戸を開けて入って来たのは、この前共闘し、何故か自分の名前を知っていた青年だ。

両手には重たそうな紙袋を持っている。

 

 

「あの・・・宜しければ、こちら、お読み下さい。瀞霊廷通信の過去のバックナンバーです。こちらにあるものと被らないようにしたので、心配しないで下さい。」

「こんなに持ってきたのか・・・お前怪我大丈夫なのかよ?」

「大丈夫っす。口囃子さんの前で辛いなんて、口が裂けても言えませんよ・・・。」

 

 

脇にある物置に大量の雑誌が入った紙袋を置き、修兵も丸椅子を取り出して座る。

この前来た射場とは全然違う反応を示していた。

射場はそれはもう男泣きというか、おんおん泣いて隼人の手を握っていた。

昔からの友がこんな酷い姿になって耐えられず、暫くは病室に行くのも怖かったと涙ながらに拳西に伝えたのだ。

決心して来たものの、痛々しい姿に結局こらえきれず、周囲の病室に入院していた患者がびっくりする程の大声で泣いていた。

 

対して修兵は、全体的に冷淡というか、ドライな反応であった。

隼人の後輩の中では一番仲がいいと聞いていたがこうも同期の射場と反応が違うのも意外なものだった。

眠っている隼人よりも、それをじっと待っている拳西に対して何らかの配慮を行うあたり、現実を分かっていると見るべきか。

 

 

「六車さんが瀞霊廷通信をこちらで読んでいると聞いたんすけど、余計なお世話でしたか?」

「構わねぇよ。丁度暇してたトコだ、むしろ感謝するぞ。」

「よかった。」

 

 

最初は命の恩人と再び交流が出来て非常に嬉しそうな顔をしていたが、眠っている隼人を見て一層暗い表情に戻る。

 

 

「俺、よく口囃子さんに色々お世話になってたんすよ。無駄遣いして金無い時とか、よく飯食わせてもらってたんです。」

「副隊長なのに金無ぇのかよ。」

「口囃子さんがお金使わなすぎなんすよ。趣味とかあるのかわからないし。」

「論点ずらすなよオイ。」

 

 

うっと困った表情をしながら修兵はどもってしまったが、お金が無いことはあまりいじられたくないのだろうか。

美談を語ろうとしたものの、自分の落ち度に注目されてしまいどうすればいいのかわからなくなっている。何だろう。この男からは言い知れぬ残念感が漂ってくる。

 

 

「そっそれはそうと、101年前はありがとうございます!」

「突然なんだよ、だから覚えてねぇっつったろ。」

「強そうな名前だって言ってくれたじゃないすか!俺は檜佐木修兵です!その時お腹の数字が見えたんすよ!」

「―――・・・?」

 

 

修兵という名前を聞き、記憶が蘇ってきた。

魂魄消失案件の調査途中に小さな少年が虚に襲われているのを発見し、助けたことがあった。

わんわん泣いてへたっていた少年は、その名前を告げた筈だ。

 

 

「そんなこともあったな・・・。」

「思い出してくれたんすね!」

「当時のオメーみてぇなガキは何人も助けてきたからな。隼人もその一人だ。」

「その話も口囃子さんから聞きました!」

「うるせえ。気持ちはわからんでもねぇが声量抑えろ。」

「す、すんません。」

 

 

自分が助けた子どもが成長して死神になるのは、死神冥利に尽きると言えるかもしれない。

今は死神ではないが、昔助けたり、一緒に暮らして育てた子どもが成長して大人になってから感謝を告げられるのは悪くないと思う。

 

副隊長まで昇進するとは、この青年も相当努力したのだろう。

言動から残念感は拭いきれないが。

そして修兵は一旦熱くなった気持ちを落ち着けた後、拳西にある提案をした。

 

 

「あのっ六車さん。」

「何だよ急に改まって。」

「よろしければ、伝令神機のアドレスを貰っても宜しいでしょうか?」

「―――・・・。」

 

 

さっきまで知りもしなかった男に突然伝令神機のアドレスを教えろと言われても、あまり教えたくはない。

脈絡もなく、突然すぎやしないかとすら思うのだ。

今の拳西は部下ならまだしも、何でもない赤の他人にまで交流の輪を広げる程社交性があるわけでもない。それにこの男はやたらメールを送ってきそうな気がする。

メールでの会話が苦手な拳西は、あまりメールの相手を増やしたくはなかった。

 

 

「とりあえず、コイツが目覚めてからにしてくれ。」

「了解しました。」

 

 

その後も修兵と色々会話をして、瀞霊廷通信の仕事があると言い修兵は帰っていった。

 

あれから三日経っても目を覚ますことはなく、期間を伸ばす理由も無いので現世に帰ることにした。

 

 

「やはり意識は戻らなかったか・・・。」

 

 

部屋の鍵を返した時の狛村の表情は、沈み切っていた。

噂によると、部下を守れなかった悔しさで今までになく落ち込んでいるそうだ。

本人に話を訊くと、最も長い間、近い距離で補佐していた程の付き合いの部下の大怪我に、落ち込まずにいられるほど冷たい心ではないと答えた。

席官の死亡や異動などがあったせいで、七番隊の最も古参の隊士は隼人だったらしい。

狛村以上に長く在籍しているのには驚きだった。

 

 

「意識が戻ればすぐに浦原喜助殿に連絡する。七番隊の穿界門を開けるとしよう。」

「済まねぇな、色々と。」

「案ずるな、六車殿。・・・儂も何か出来ることがあればしてやりたい。鉄左衛門もそうだ。」

「大丈夫だ、気にすんな。・・・そろそろ俺も、前向かねぇとな。」

「儂の方こそ前を向かねばならん。情けない・・・。」

 

 

複雑な心境を抱いたまま、隼人の父親と上司は暫しのお別れとなった。

 

 

 

 

それから三ヶ月経った後。

三、五、九番隊の空位となっていた場所に、仮面の軍勢三名の復隊の打診が入った。

元々その役職に就いていたローズ、平子、拳西に復帰の誘いが正式に持ち掛けられたのだ。

 

だが、皆が賛成な筈はない。

貴族や四十六室の一部は猛烈に反対し、二番隊のトップ二人と十番隊隊長は共闘した相手にあまりいい思いをしていないのか、彼らも反対している。

他にも得体の知れない者が急に隊長に来るのは嫌だという声が各隊の副隊長以下の死神数人から上がっていた。

 

吉良、雛森、修兵の三人は隊の現状を把握しているからか、三名の復隊に賛成していた。修兵は憧れの人が念願の隊長就任となり、既にそのつもりでかなり喜んでいるらしい。

最も反対しそうなマユリは、意外にも反対することは無かった。

むしろ、たとえ気に喰わないとしても護廷の為には入れるべきではないかと進言する程だった。

普段の言動はマッドサイエンティストそのものだが、意外と常識人であることに一番驚いていたのは白哉だったという。

 

真っ二つに割れた意見は一向にまとまることは無く、話こそ来ているものの暫くは復帰できそうになかった。

 

そしてその間もずっと、隼人は意識を取り戻すことは一度も無かった。

度々猫の姿で様子見に行っていた夜一も、痺れを切らしていた。

 

 

「隼坊はどれだけ眠っていれば気が済むんじゃ!!!」

「まぁまぁ夜一サン。気長に待ちましょうよ。」

「儂はせっかちじゃ。何ヶ月も眠っている隼坊を見ていると儂が馬鹿にされているみたいでイライラするわ!!」

「それはアンタの勝手やろ・・・。」

 

 

隊長復帰に関する話をする時は、必ず浦原商店に集まるようにしている。

ひよ里を納得させるのも大変だったが、たとえ納得させても目の前で尸魂界の話をすると露骨に嫌な顔をするので、こうして場所を変えて三人は浦原達と話を進めているのだ。

ついでに狛村や京楽から送られてきたり、夜一が直接見に行った隼人の様子も教えてもらったりしている。

 

 

「そもそも喜助!!おぬしが隼坊を空座町に送らねばこんなことにはならなかったのじゃ!!」

「えぇ~!!今更アタシに言われても・・・。」

「隼坊がいれば奴の()()()やり方で貴族達の了承を得て平子達もすぐに隊長に復帰出来た筈じゃ。今頃新体制として進み始めている筈じゃのう。」

「強引って・・・。」

 

 

恐らくこれは、尸魂界の死神達は知らない隼人の一面を垣間見ることになるだろうと夜一は予測していた。

拳西にも伝えていない話だが、実は長年陰で拳西の隊長復帰を望んでいた隼人が、自宅から昔の隊長羽織を持って行ったのを夜一は知っていた。時々箪笥の最奥から風呂敷を引っ張り出し、まるでパワーを貰うかのように羽織に触れて目を瞑り、祈りを捧げていた姿を窓越しに何度か見ていたのだ。拳西らの隊長復帰の話を聞いた隼人が、一体どんなやり口で事を進めるのかを彼女なりに楽しみにしていた。

 

にもかかわらずずっと隼人が意識を取り戻さないでいるため、色んな意味で尸魂界が荒れるのを楽しみにしていた夜一はひどく落胆すると同時に、この現状を作り出した直接の原因である浦原に八つ当たりのような不満をぶちまけていた。

 

 

「わしは隼坊のせいで尸魂界が七転八倒する様子に高みの見物を決め込みたかったのじゃ!!」

「そんな台風みたいな扱いすんじゃねぇ!」

「台風なぞで済むと思うたら甘いぞ六車!隼坊の怨念はそりゃあ凄まじいのじゃ・・・!」

 

 

箪笥の奥まで物色しなかった拳西は羽織の存在を知らず、夜一の怨念という言葉にイマイチピンときていない。お守りで怨念と結びつけるには少々繋がりが薄い。

夜一は想像力豊かな頭で心を鬼にした隼人のやりそうな悪行を考え出し、一人で盛り上がっていた。

 

 

「きっと隼坊がおれば貴族連中の弱みを握り、脅しをかけたりしていたじゃろう。賄賂を行っていたかもしれぬ。議決の票数操作も出来そうじゃのう。何にせよ、奴が裏で暗躍するのは間違いない。汚職にまみれた隼坊をわしは見たかったのじゃ!」

「オレ隼人のそんな姿想像したないわ。」

 

 

下ネタも全く知らなかった純粋無垢な少年が酸いも甘いも知った、汚れきった大人になり、悪事や汚職にズブズブに染まって甘い汁を啜ってしまうなど、現世の口だけ達者な政治家みたいで考えたくもない。

 

 

結局この日尸魂界とも対話をしたが、いつも通りの議論に終わり解散した。

 

 

それからも何も進展は見られず、更に二ヶ月が経った。

 

 

 



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大きな鉄橋。

いつかの鳴木市の駐在任務で歩いた覚えのある鉄橋の上で、たった一人隼人は夜空を見上げていた。

街の中心部なのに、綺麗すぎる程の星空が一面に広がっている。

 

夢だとすぐに確信した。

 

(命は留めたのかな・・・?でも結局、負けたのか・・・。)

 

 

よく倒れる前の記憶が残っていないとか、殺人をした時の記憶が残っていないという話があるが、そんなのは非常に稀なケースだ。

藍染に体を穿たれ、血を吐いてなす術もなく倒れたことを隼人は鮮明に覚えていた。

深い闇に囚われ、二度と戻ってくることは出来ないだろうと頭によぎっていたが、こうして夢を見ているということは命は助かったことになる。

 

 

『口囃子さん!帰ろうぜ。』

 

 

聞こえた声の主を確かめるために振り返ると、黒崎一護が目の前にいた。

96の数字が書かれたTシャツにカーキ色のパンツを履いていた。

 

 

『帰るって、どこにだよ。』

『え?あぁ~・・・家じゃねえの?普通家だろ。』

『まぁ、そうだけど・・・。』

 

 

若干噛み合わない話に、背中がむず痒く険しい顔を浮かべる。

だが一護についていけば、何だか安心できるような思いが沸々と湧き上がってくる。

一護についていけば、皆に再び会えるような気がしてくるのだ。

 

 

『あんたが夜に一人でいたら危なそうだしな。』

『いや女じゃないのに危ないもクソもないだろ。』

『そういう意味じゃねぇよ。あんたが誘拐なんかされるわけねぇだろ。』

 

 

『あんたが一人でいる時は、泣いてばっかだろ。』

(――・・・。)

 

 

夢だから、一護が知る筈の無い事を一護が言ってくるのだろう。

何度も自分の奥底に眠る感情を他人に指摘されてきたが、夢の中なら隠す必要もない。

 

 

『仕方ないよ。色々あったんだしさ。』

『もう一人で泣くなよ。帰ったら家族いるんだろ?心配してるぞ。』

『家族なんて・・・。』

 

 

いるけどいない。

 

 

『ほら、帰ろうぜ!!』

 

 

一護は振り向いて手を差し出してきたが、素直に掴んでいいのか分からない。

そもそも、ここから帰るにしても何処に帰るのだろうか。

右手を前に伸ばそうとするが、ためらってしまう。

 

 

『あ~もう早くしろよ!』

 

 

うじうじする隼人に我慢ならず、一護は隼人の右手を掴んで走り始めた。

思いのほか強い力で手を握られ、速いスピードで走られることに焦らずにはいられない。

 

 

『ちょ、ちょっと!速い!速いよ!あと手の力強すぎるから!』

『知るかよ!』

 

 

ついていけず、足がもつれて転びそうになったが、転ぶことはなかった。

 

 

 

 

目を開けると、知らない天井があった。

だが、暗い(もや)がかかっているようだ。

 

 

「口囃子さん?口囃子さん?」

 

 

この声は、花太郎だろうか。

覚束ない聴力を頑張ってフル活用し、誰の声かを必死に聞き分ける。

 

 

「―――、たろ、――?」

 

 

うまく声を出せず、掠れてしまう。

喉もやられたのだろうか。

 

突然暗い靄がなくなり、目の前が眩しくなった。

耐えられず、必死に目を閉じる。

 

 

「口囃子さん!意識、取り戻したんですね!よかった~~!」

 

 

再び目を開けると、目の前にはしっかり花太郎がいた。

見慣れない天井は、綜合救護詰所の病室だった。

此処を使ったのは、霊術院六回生の時以来だ。

 

 

「待っていて下さい!直ぐに卯ノ花隊長に報告してきます!」

 

 

花太郎が目の前から離れた途端、再び暗い靄がかかった。

手で取り払おうとするが、上手く腕が上がらない。

体を動かそうとしたが、何だか全く力が入らないのだ。

 

もう、死神として働くことは出来ないのだろうか。

 

少し諦めの気持ちを覚えていた所で、病室の引き戸が開けられる音が聞こえた。

暗い靄が取り払われ、目の前には卯ノ花の他、何故か白哉もいた。

 

 

「ようやく、目が覚めたようですね・・・。」

「――――、隊、長・・・。」

「御無理はなさらないように。五ヵ月も眠っていたので、全身の筋肉が衰えています。体を動かすことは勿論、声を出すことも厳しいでしょう。髪の毛も伸びきっていますね。」

 

 

成程、目の前の暗い靄は髪の毛だったのか。

確かに後ろ髪も相当に伸びている感触がある。前髪は、鼻のあたりまで伸びているだろうか。

ピンのようなもので前髪を留めてもらったため、視界は開けた。

 

花太郎がその間にベッドの形を変え、上半身を傾ける形になったので皆の顔も見やすくなった。

 

 

「無茶したな・・・口囃子。」

 

 

それは、卯ノ花と隼人が藍染離反の後に白哉にかけた言葉であった。

 

 

「白哉、さん・・・。」

「だが、兄のおかげで黒崎一護の友人は皆怪我もなく無事だった。皆、兄に感謝をしていた。」

「皆、無事・・・・・・。」

「回復には時間を掛けろ。焦る必要はない。ゆっくりだ。ゆっくり、体を元に戻せ。」

 

 

白哉の言葉に上手く声で返事出来なかったので、小さく頷いて返事の代わりにした。

 

 

それから数十分が経った頃、次は狛村と射場が病室にやってきた。

 

 

「全く・・・おどれはいつまで儂を待たせるんじゃ~~!!!!」

「鉄左衛門!!」

 

 

駆け寄った射場は隼人の左腕を掴み、大音量で号泣し始めた。

刺激が強すぎる為今はあまり近くにいてほしくないが、射場なりの重い愛を形だけでも受け取っておく。

 

 

「長く眠っていたな、隼人。五ヵ月とは・・・。」

 

 

卯ノ花にも言われたが、確かに既に陽が沈んだ外は前見た時よりも暖かそうな雰囲気を醸し出しており、しかも桜が咲いている。

季節丸々一つ分眠っていたという事だ。

 

 

「お前はよく頑張った、藍染相手に長い時間を稼いだのだからな。故にお前は世界を守ったようなものだ。胸を張っていいんだぞ、隼人。」

「世界を・・・。」

「無理に声を出さなくてよい。お前は頷いていればよい。」

 

 

狛村の言う通り、小さく頷いた。

今までに見たことの無い穏やかな表情で、狛村は隼人の頭を大きな手でポンと叩いた。

 

それからも主に射場の話を面白おかしく話すなど、三人で他愛もない話をした。

基本的に頷くか首を振ることしか出来なかったがそれでも十分楽しかった。

 

二人が帰った頃には夜も更けていたので、花太郎にベッドを直してもらい、この日は再び眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

口囃子隼人が目覚めたことは、勿論現世にも伝わっていた。

浦原から電話で連絡を貰った拳西は、急ぎ準備を始め、荷物を纏めていた。

 

 

「そんなに大荷物で一体何日向こうにいるつもりなんだい?」

「しばらくずっとだ。五ヵ月も眠っていた以上リハビリする必要がある。俺がサポートしねぇで誰がするんだよ。」

 

 

四番隊がいるでしょと皆総ツッコミしそうになったが、本当の意味での再会に茶々を入れるつもりは彼らには毛頭ない。

本当に、自分の子ども絡みになったら周りが見えなくなるのだ。

 

 

「白も後で行く!」

「あぁ?ったく仕方ねぇな。アイツに迷惑だけはかけんなよ!」

「うん!」

 

 

普段なら面倒くせぇと突っぱねるが、本当に周りが見えていないため珍しく白の要求を受け入れていた。

大荷物を抱えて走り出した拳西を、他の仲間たちは行ってらっしゃ~~いと呑気に見送った。

 

道中で、隼人の伝令神機に書簡を送った。

 

【今から行くから大人しく待ってろ。】

 

自分が病室に来た途端に騒ぎ始めたら困るので、心の準備をしてほしいと思い書簡を送りつけたのだ。

気付いてくれるだろうか。

 

浦原商店の地下空間に着くと既に穿界門が準備されていた。

七番隊の隊花が刻まれている。

 

 

「これを口囃子サンに渡してください。」

 

 

一通の便箋を浦原が渡してきた。

前はテレビ電話で話したらしいが、今回は敢えて手紙にしたのか。

いつもの浦原らしくない、かなり丁寧な作法だ。

 

 

「何だよこれ。」

「・・・謝罪っス。夜一サンに言われたのもありますが、口囃子サンにここまでの怪我を負わせた大元の原因はアタシです。」

「アイツはお前のせいなんて思っちゃいねぇだろ。」

「そうだとしても、謝るべきです。それ程の酷い事をアタシはしてしまいました。」

 

 

確かにあの日の浦原は、いつになく後悔を残した目をしていた。

虚化の事について事後報告を受けた時に、最悪の予測となってしまったと自分たちに伝えたあの時と全く同じ顔だった。

 

 

「一応渡しとくぞ。」

「夜一サンからの手紙も入っているので、よろしくお願いします。」

「おう。」

 

 

珍しく静かで真面目な浦原がむしろ疑念を抱かせるように思えてならなかったが、そんな疑念など関係なしに浦原は地下空間で何やら開発をしているようだった。

足元の配線が作為的な広がりを見せており、注意しなければ簡単にコケてしまうだろう。何とかコケずに済んだ。

 

 

「しかしよぉ。これ、どうにかなんねぇのかよ。」

「すいませんホント。何とかしようと思っちゃいるんスけどね。」

「する気ねぇだろコレ・・・。アイツが降り立ったらすぐコケそうだ。」

「・・・心配っスか?」

「心配なものか。」

 

 

浦原の心の中の微笑みには気付いている。

 

 

「隼人が現世(コッチ)に遊びに来るときの楽しみの一つにするぜ。」

 

 

浦原商店に預けておいた地獄蝶を使い、五ヵ月ぶりに尸魂界に降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

目が覚めた後に少し喋ったりしたおかげで、声は殆ど回復した。

叫んだり怒鳴ったりは出来ないが、日常会話レベルなら間を開けながらではあるが出来るようになった。

 

 

「何か、こんなに早く回復するもんなんだね。」

「声帯が使い方を思い出したんですよ。」

 

 

と、いまいち反応に困る内容を花太郎から伝えられたが、医学的に見たらそうなのかもしれない。知らんけど。

 

 

まだ腕の力が無いためご飯を食べることは出来ず、栄養補給の点滴を打ってもらいながら窓を見ていると、朝早くに意外な人物の霊圧がこちらにやってくるのを感じた。

 

 

「失礼します。」

 

 

髪の毛越しに聞こえた声は、七緒のものだった。

 

 

「七緒さん?」

「お久し振りです。・・・髪、すごい伸びてますね。」

「切る暇、無かったんですよ。」

 

 

冗談のつもりで隼人は言ったが、七緒はそう受け取ることが出来なかった。

 

 

「本当に・・・・・・生きてて、よかった・・・。」

「七緒・・・さん・・・?」

「だからっ・・・言ったじゃないですか!無茶だって・・・!危険だって・・・!なのに、貴方はそれでも向かって行って・・・こんな重傷を負って!何ヶ月も意識が戻らないままなんて!!本当に貴方は大馬鹿者ですね!!!そうやって昔からいっつも私を心配させて困らせて!!!今日という今日は許しません!!」

「えっ、ご、ごめんなさい。」

「謝っても許しませんよ!」

 

 

泣きながら怒る七緒は、言葉を吐き捨てた後に、ベッドに座っている隼人の真横に立つ。

 

 

次の瞬間、伸び切った隼人の髪を徐に後ろに引っ張り始めた。

 

 

「い、痛い、痛い。痛い痛い痛い痛い。」

 

 

いつもなら叫んでいるが、あまり声を出せないため平気っぽく見えてしまう。

その手は隼人の顔にも伸びてきて、何と前髪まで後ろに引っ張り始めたのだ。

 

 

「ぬ、抜けちゃう。髪の毛、抜けちゃいますって。」

「そう簡単には抜けませんから!」

 

 

暫し七緒に髪を引っ張られた後、髪が強く引っ張られる感覚が突然無くなった。

 

 

「これでどうで・・・・・・。」

 

 

そう言いながら隼人の顔の前に向かった七緒は、すぐにそっぽを向いて何やら蹲り始めた。

 

 

「あの・・・七緒さん?」

「ふふ・・・ふふふふふ・・・。」

 

 

何か知らんが、笑っている。

めちゃくちゃ、笑っている。

色々と突然すぎて意味が解らない。あの七緒が、こんなに笑う姿など初めて見た。

 

蹲った七緒は、意を決して顔を上げたようだ。

だが、耐えられなかった。

 

 

「ぷっ・・・あっははははは!!!!」

「ちょっと、なに笑っ・・・・・・。」

 

 

 

その笑顔は、普段の冷静で凛とした表情にそぐわない程、可憐な笑顔だった。

こんな一面もあるんだと彼女に驚くと共に、ある気持ちが隼人の心の中に芽生えた。

 

(やばっ・・・・・・可愛いんだけど・・・。)

 

遂に、己の感情に気付いてしまった。

七緒を異性として気になっていることに、ようやく自覚した。

こんなタイミングで、隼人は人生における大きな転換点を迎えた。

誰にもこんな感情を抱いたことのなかった隼人は、一気に頭の中が混乱し始めた。

何とか平静を取り繕おうと頑張ってみる。

 

 

「そ、そんな、笑わないでくださいよ。」

「いや、でも・・・ふふっ。」

 

 

対する七緒は、この時は恋愛感情など欠片もなく、オールバックでおでこ丸出しの隼人の顔面を見ておかしくて笑いが止まらなくなっている。

普段髪を下ろしている隼人のオールバックは、彼女にとっては画的に面白い物にしか見えなかった。

自分でやっといて自分で笑うとは、普通ならはた迷惑な女である。

 

そんな事にも気付けない程、今の隼人は内心混乱が止まらなかった。

 

 

「ごめんなさい。怒らせちゃいましたか。今外しますね。」

 

 

そう言って伸びてきた手が、今の隼人には甘い毒でしかない。

 

 

「いっい、いいです別に!僕、もう、子どもじゃないんで。・・・子ども扱いしないで下さいよ。」

 

 

そっぽを向いて窓を見ている隼人は、顔が真っ赤だ。

もちろんそれに気付くワケもない。

 

 

「自分で外せるんですか?」

「外せないけどいいです。頭動かしてどうにかします。」

「いや、無理ですよね。」

「やるったらやります!」

 

 

子どもですか、と七緒はツッコミそうになったが、子ども扱いするなとさっき言われたのでそのツッコミは心の中に留めておく。

 

隼人からしたら、今七緒の手が髪に触れたら心臓が持たなくなると確信したため何としても避けたい所だった。後で花太郎に取ってもらえばいいし。

 

 

七緒は仕事があると言って帰り、結局隼人の髪は縛られたままだった。

 

昼の時間に伊江村三席がご飯を届けに(点滴を替えに)やってきたが、部屋に入って昼食を置く(点滴を替える)なり爆笑して床を転げまわったので、全快したらボッコボコにすることに決めた。

 

 

ご飯を食べた後は、やけに疲れを感じたので昼寝(シエスタ)をキメることにした。

卯ノ花の言った通り、体力も相当衰えているのだろう。

髪を縛ったまま枕に頭をつけると非常に変な感じがしたが、それ以上に眠気が勝った。

 

 

 

伊江村にコードを繋げてもらった充電中の伝令神機が書簡の着信を告げる効果音を鳴らしたのに気付いたが、後で見ようと決めて隼人はすぐに眠りについてしまった。

 




全く関係ないですけど、私の家政夫ナギサさん、いいですよね・・・。
次回、空座決戦篇最終回です。


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再会

現世に降り立った時に出迎えてくれたのは、お馴染みの京楽だった。

狛村が来るかと思っていたが、仕事が忙しく今日は来れないとのことであった。

穿界門は自分でやり、後を京楽に任せた形である。

 

 

「京楽さんは仕事休みなのか?」

「いいや。ホントはボクも仕事だけど、七緒ちゃんが今日に限って朝遅刻してきてね・・・。」

 

 

何と京楽は、七緒と隼人のやりとりを影越しに今回もばっちりその眼に収めていた。

人の感情の機微に誰よりも聡い京楽は、当然隼人の心情もばっちり理解している。

 

人生最大の嫉妬に狂いに狂った京楽は、隊舎に帰るなり手ぬぐいを噛んで「キ―――――!!!」とやりそうになったが、そこは大人としてのプライドが許さない。

だが、事態は非常にまずい。遂に己の気持ちに自覚した場合、かの青年なら大胆な行動に出かねない。七緒の恍惚とした表情を見てしまった時の数十倍は危険だ。

自分の一時の入院という設定を利用して巧妙に弱った演出をし、愛しの七緒ちゃんをオトしてしまうかもしれない。

 

『京楽隊長!()()七緒さんに手を出さないで下さい!』

『私達、付き合っているんですよ!・・・・・・一緒に住む家だって、もう決めちゃってるんですから・・・隼人さん・・・。』

 

腕を組み、親密な雰囲気でイチャイチャしながら同伴出勤してくる二人を想像した京楽は、今度こそ「キ―――――!!!」と手ぬぐいを噛んでしまった。

こういう時に想像力豊かな自分を呪いたくなる。

 

ばっちり数十分遅刻してきた七緒に、いつになく京楽はご機嫌斜めだった。

 

 

「京楽隊長。申し訳御座いません。少々所用があって・・・。」

「あら七緒ちゃん、遅刻なんて珍しいね。でもいけないよ遅刻は。今日朝礼あったのに。」

「えっ朝礼って、今日でしたか!?」

 

 

隊士と示し合わせた真っ赤な嘘だが、これぐらいの悪戯をしないと正直気が済まない。

 

 

「うん。皆七緒ちゃんの事心配してたから、『・・・・・・実は、朝帰りらしいよ。』って言っちゃった!」

「何余計なこと隊士達に伝えてるんですか隊長!!」

 

 

これも嘘だが、嫉妬へのムカムカは簡単には収まってくれない。

 

 

「だから今日は、いっぱい仕事して皆の信用取り戻さなくちゃいけないね。」

「・・・・・・まさか、隊長・・・?」

「うん、ボク今日午前で帰るから。後ヨロシク♡」

「それはダメです!!」

 

 

朝から押し問答が暫く続いたが、珍しく遅刻した七緒はその負い目で根負けしてしまい、京楽が午前で仕事を終わらせることを許してしまった。

 

 

「・・・ってなことがあったのさ。」

「一丁前に男になりやがったな・・・。」

 

 

息子の恋愛事情など別にどうでもいいかと切り捨てられそうだが、京楽の嫉妬っぷりを見ていると何とも言えなくなってしまう。

 

 

「でも多分七緒ちゃんは最後にはボクの許に来てくれると思うんだ~♡」

「その根拠のない自信は何だよ。」

「酷いな。根拠はあるよ。」

 

 

そう言った京楽は、拳西の肩を再びポンと叩く。

 

 

「何で俺が?」

「キミといる時の隼人クン、間違いなくモテない。」

「は!?」

 

 

まるで自分がモテないみたいな言われ方をして、素晴らしく不満だ。

 

京楽は最初こそ焦りに焦ったが、冷静に考えてみれば何とかなるのではないかと思い始めた。

なぜなら、これからは拳西という存在が隼人の近くにつく。

子どもの頃の喜怒哀楽が激しくうるさい、相当に強烈な性格に戻ってしまえば、七緒の想いも消えてしまうのではないか、と京楽は推測していた。

 

実際に七緒の恋心が砂絵のように吹き飛んで消え去ってしまうのは、そう遠くない未来の話である。

 

 

「何、六車クンがモテないって言ってるわけないでしょ。六車クンと一緒にいる時の隼人クンが女の子にはウケないって話だよ。」

「その予想が外れた時のあんたの絶望した顔が見てみたいな・・・。」

 

 

霊術院にいた頃の隼人は、確かに浮いた噂は一つも無かった。

男女問わず話をしているようだったが、周りの友達の院生が何組か付き合っている中、隼人がいつも一緒にいるのは射場中心の男連中グループだった。

そういえば、昔こんなことを言っていた。

 

 

『何で僕の目の前で男と女がくっつき合ってるんでしょうね!当てつけか!!消え去れクソが!!!』

 

『いいですよ別に!どうせ僕は一生独身ですよ!結婚なんて夢のまた夢ですよ!ずーーっとこの家に住み着いてやりますよ!』

 

 

確か平子達と新年会を開いた時に、お茶で酔った隼人が荒れに荒れて叫んでいたような気がする。

五回生の終わり頃だったので、思春期を迎えてカップルが増えて、隼人も苛立っていたのだろう。

その頃はいい加減自立してほしいと親目線で考えていたが、たしかにそんな思考に戻ってしまえば結婚どころか、付き合いとかも出来なさそうだ。

小さいころからスレた大学生みたいな考えを持っていれば、恋愛など上手くいく筈がない。

 

またまた昔に思いを馳せていると、ここ最近何度も見た四番隊舎が見えてきた。

 

 

病室に向かう途中の廊下で、浮竹に遭遇した。

どうやら隼人の見舞いに来てくれたようだった。

 

 

「今、隼人君は寝ているぞ。」

「は?マジかよ。今から行くってメール送ったのにあいつメール見てねぇのか・・・?」

 

 

怪訝な表情をする拳西を見て浮竹は頭の上に豆電球を浮かべる。

そんな感じでまさに妙案を思いついた顔をした。

 

 

「突然現れて隼人君を驚かせてみないかい?」

 

 

京楽がそれに乗っかる。

 

 

「いいねェ~~~!!目が覚めたら突然現れるなんて、彼きっとびっくりするよ!」

「そうと決まれば行くぞ!静かにな!」

(・・・?・・・????)

 

 

突然の変化についていけないまま、体を押されて病室に忍び込み、丸椅子に座らされてしまった。

じゃあな!と言った後浮竹と京楽は病室からは出て行ったが、霊圧はそこで留まっている。

ここまでわかりやすく聞き耳を立てられると、何だかこっぱずかしくて話せなくなりそうだ。

 

窓際に座り込んだ拳西に背を向ける形で隼人は横臥している。

すーすー寝息を立てて眠っている姿から、茶の間で勉強道具を散らかして眠っていた姿が思い起こされ、何も変わっていないことに少し安心する。

点滴は未だに打っているが、眠っている姿を見ると回復しているのは一目瞭然だった。

 

この前尸魂界にいた頃に比べて、髪がめちゃくちゃ伸びていた。

そのせいか前髪もまとめて髪が後頭部で縛られていてオールバック状態になっており、新鮮すぎる髪型をしていた。

現世のサーファーみたいだ。

一体誰に髪を纏めてもらったのだろうか。

 

その頭の近くに、伝令神機があった。

開いてみると、通知欄に数時間前に送った書簡の通知が画面にあった。

 

(見てねぇのかよ・・・。)

 

書簡の存在に気付いていれば、通知欄に自分の名前が残っている筈はない。

そもそも見ていれば起きている筈だ。

101年振りに会う親が来るのを知っていて、そのまま寝るような間抜けに育てた覚えはない。

それでも目の前の男は書簡を見ずに眠っているが。

 

 

そのまま一時間程経ち、夕焼けが病室に射し込んできた。

 

 

「んっ・・・眩し・・・。」

 

 

カーテンを閉めるために立ち上がろうとした瞬間に、声が聞こえた。

昔とまったく声が変わっていなかった。

窓の方に目を向けていないにもかかわらず眩しいと呟いたのはちょっと理解に苦しんだが、そんな事はどうでもよくなる程に拳西は緊張していた。

 

 

 

 

 

 

 

夕焼けの暖かさを感じて、隼人は目を覚ました。

壁に当たった日差しの光が思った以上に煌めいていて、目が辛い。

ごろんと体を右に回し、仰向けに体を戻した。

 

 

「んんんん~~~っ・・・・・・。」

 

 

右手を目の上に当てて日差しを防ごうとしたが、上手く腕に力が入らずぱたんとベッドに落ちてしまう。

あーやっぱ力入らないかと意識のはっきりしない頭で考え再び目を瞑ろうとしたが、窓際に誰かが座っているのが見えた。

 

 

「だれ・・・?」

 

 

ぼやけていた視界が開けていくと同時に、死神の服装ではないことがわかった。

紫色のタンクトップを着た男だ。手に嵌めたグローブを外しているようだ。

腕は、やけに筋肉で盛り上がっていた。

よく見ると、体も自分とは比べ物にならない程の筋肉がついている。

 

 

「・・・寝すぎだ馬鹿。メール見てねぇだろ。」

「へ・・・?」

 

 

その声は、聞き覚えがあるものなどではない。ありすぎるものだった。

ずっと聞きたかった声だった。ガサツでぶっきらぼうでも、隼人にとっては誰よりも一番に安心できる声だった。

この声の主は、知っている。

 

目を凝らして顔を見たら、髪型は変わっていたが、疑いようもなかった。

持ちうる力全て振り絞ってガバっと体を起こす。

 

 

「・・・・・・ほん、もの・・・?」

「・・・そうだ。」

「ほんとに?・・・ほんとに・・・?」

「うるせぇ。何遍も言わせんなバカ。」

 

 

「夢じゃねぇよ。俺はちゃんと此処にいるぞ。」

 

 

開いた口が塞がらない。

この時を、ずっと待っていた。

ずっと会いたかったあの人が、今しっかりと目の前にいる。

隼人の頭にポンと手を当てて、呆然としている隼人にその男は目線を合わせる。

 

その目は、紛れもなく六車拳西の目だった。

 

 

「久し振りだな、隼人。」

 

 

瞬時に隼人は、再会した時に伝えたかった言葉を頭の中から引き出そうとする。

お久し振りです。

こんなに成長しましたよ。

百年経っても、変わらないですね。

 

たくさん考えていたが、突然の再会に頭が回らなくなっている。事前に色々考えていた言葉を口に出そうとしたが、つっかえてどうしても言葉を発せない。

 

代わりに、絶対に言ってはいけないと踏み止まっていた思いが、口から紡ぎ出されてしまった。

 

その声が。その手が。その目が。

あの日失った感情を、一気に呼び起す起爆剤となった。

 

七番隊の口囃子隼人は、一瞬で六車拳西の子どもに戻ったのだった。

 

 

「一体・・・どれだけ待ったと・・・思って、いるんですか・・・。」

 

 

失われた感情に、色が取り戻されてゆく。

大人になって作り上げた愛想笑いの笑顔で迎えることなど、出来なかった。

 

ぽろぽろと溢れる涙は、顔を伝って自分の手の甲に落ちてゆく。

手で顔を隠したくても腕が上がらなくて、俯くしかなかった。

 

 

「お前いっつも泣く時は手で顔隠してたもんな。」

「だれの、せいで・・・泣いてると、思ってるんですか・・・!」

 

 

顔を上げられずに涙を流していると、拳西は頭に置いた手を離し、隼人の左手を握る。

掌の上には、真新しいお守りが乗せられていた。

 

 

「あ・・・・・・。」

「こんなモン、よく失くさなかったよな。」

「――――だって・・・。」

 

 

言うべきではないと留めていた思いで、止められなくなってしまった。

 

 

「だってそれが、拳西さんの、残してくれたものだったから!お守りと写真と、隊長羽織が、()西()()()()()()()()()()の証だったから!それが、僕の、世界で一番大切な物だったから!・・・失くせるわけ、ないじゃないですか!」

 

 

震えた声で力いっぱい叫ぶが、一つの想いに収斂してゆく。

その想いは、何よりも子どもじみたものであった。

 

 

「会いたかった・・・会いたかったよ・・・拳西さん・・・。」

 

 

溢れる涙は温かく、とめどなく流れてゆく。

 

 

「突然、いなくなって・・・話したいこと色々、あったのに、ひっぐ、・・・・・・会う事もできなくて・・・ずっと、一人で、寂しくて・・・・・・辛くて・・・夢で、会っても、すぐ消えちゃって・・・この前だって、うっぐ、藍染に、殺されそうに、なって・・・でも、誰も、来てくれなくて、怖くて、怖くて・・・。やっと・・・やっと、拳西さんに会えた・・・。」

 

 

そして拳西は、泣いている隼人にいつもの行動を行う。

小さい頃からこうすれば、ビービー泣く隼人は必ず泣き止むおまじない。

 

ぎゅっと抱きしめてやり、背中をさする。

 

 

「ずっと待たせちまったな・・・。済まねぇ。」

 

 

昔の記憶がフラッシュバックする。

あの頃の匂いと、何も変わっていなかった。

こんな懐かしさの塊のような行為をされて、涙を止めるなんて出来る筈なかった。

 

 

「拳西さん・・・!けんせいさん!!!!」

 

 

タンクトップの裾を掴み、拳西の肩で号泣した。

あの日に流した絶望の涙とは違う。

迷子の子どもが大好きな父親を見つけて駆け寄って泣いているかのような、温かく幸せな涙だった。

 

 

「泣くなよそんなに。相変わらずうるせぇ奴だなほんと。」

 

 

拳西の少し震えた優しい声が、裾を掴む力を強める。

いつもならさすられて落ち着くのに、何だかどんどん気持ちが溢れ出していく。

たった一人のヒーローが目の前に来てくれただけで、101年前の忘れ物を取り戻したような気分だった。

 

 

「だって・・・!だって・・・!うっ・・・・あぁああっっ・・・!」

 

 

部屋の外にも聞こえる大きさの声で号泣し、隼人は101年振りに全てを取り戻した。

隼人の孤独で長い戦いは、漸く終わりを告げたのだった。

 

 

外で聞き耳を立てていた二人も、心底安心した様子だった。

 

 

「良かったな・・・。」

「彼もようやく、昔みたいに戻れそうだ・・・。」

 

 

わんわん泣いている声で二人の再会を感じ取り、長年隼人を一番近くで見守っていた二人のおじさん達は胸がいっぱいになる。

 

 

「帰ろっか。ボクも仕事しなきゃ。」

「そうだな。」

 

 

気が変わった京楽は、隊舎に戻って仕事に打ち込むことにした。

浮竹も隊舎に戻り、この幸せな気持ちのままに自身の連載、『双魚のお断り!』を書くことにした。

 




これにて空座決戦篇は終了です。
何だかんだ言ってメチャクチャ長くなってしまいました。
次回から新たな篇に入ります。

ちなみに、何故破面篇にしなかったのかというと、主人公は破面と一切戦っていないからです。単純です。

あと、しばらく実生活が忙しくなるのでちょっと休みます。
九月くらいには新篇始めようと思います。もう少し遅くなるかもしれません。
暫くは戦いのたの字も無い平和な日常になります。


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登場人物紹介5

主要登場人物

 

口囃子(こばやし)隼人(はやと)

 

本作の主人公。護廷十三隊・七番隊第三席。身長176cm、体重63kg。

自分を助けてくれた拳西を心の底から慕い、信頼している。

家庭教師・握菱鉄裁の力で急成長を遂げることに。

一連の戦いでは他の者とは違う形で戦うことになる。

 

 

握菱(つかびし)鉄裁(テッサイ)

 

浦原商店店員。エプロンを着たいかつい男。

隼人の修行のために遠路遥々現世から馳せ参じた。

自身の技術の全てを隼人に教えこみ、思いを託す。

強烈なキャラの強さを持つ。

 

 

京楽(きょうらく)春水(しゅんすい)

 

護廷十三隊・八番隊隊長。笠をかぶった派手な身なりの死神。

浦原商店と独自のパイプを築き上げる。

搦め手を使いまくり隼人と実戦を行った時は常に優位に立った。

 

 

檜佐木(ひさぎ)修兵(しゅうへい)

 

護廷十三隊・九番隊副隊長。

上官として尊敬していた東仙に対し、未だに気持ちの面で断ち切れていない所がある。

酔うとベタベタ絡んでくる面倒くさい性格だと判明した。

 

 

四楓院(しほういん)夜一(よるいち)

 

浦原商店に住み着く黒猫。

砕蜂の夜一センサーを掻い潜るのに苦労している。

度々尸魂界に来て拳西らの話を内密に教えてくれる。

 

 

浦原(うらはら)喜助(きすけ)

 

浦原商店店長。ミステリアスさとセクシーさを兼ね備えた無敵の男(自称)。

藍染が目をつけていた隼人の成長を不安に思っていたが、逆にそれを利用することにした。

通信で隼人と会話する際、必ずふざける。

 

 

(くろつち)マユリ

 

護廷十三隊・十二番隊隊長。

破面の霊圧調査のため、隼人を半強制的に隊舎に招集して霊圧調査をさせている。

浦原喜助に対し強すぎるライバル心を抱いている。その時だけ小物臭が出てしまう。

 

 

サブの登場人物

 

伊勢(いせ)七緒(ななお)

 

護廷十三隊・八番隊副隊長。

瀞霊廷の守護番として、やちる、清音や小椿と共にあらゆる防衛を行うが、複雑な心境を抱いている。

 

狛村(こまむら)左陣(さじん)

 

護廷十三隊・七番隊隊長。

鉄笠を外したため、表情が分かりやすくなった。

友である東仙を何としても正気に戻そうとしている。

 

射場(いば)鉄左衛門(てつざえもん)

 

護廷十三隊・七番隊副隊長。

隼人の心の友。あだ名は射場ちゃん。広島弁の使い手。

隼人が鉄裁との鍛錬を始めたことで暇になってしまう。

 

浮竹(うきたけ)十四郎(じゅうしろう)

 

護廷十三隊・十三番隊隊長。白髪で長髪の死神。

最近体調がいい。

 

藍染(あいぜん)惣右介(そうすけ)

 

百年にわたるほぼすべての悪の元凶。

圧倒的実力を持つ十刃(エスパーダ)を従えるほどの強さを持つ。

 

有沢(ありさわ)竜貴(たつき)

 

井上織姫の友人。井上が遠くに行ってしまったように感じられ、少々落ち込み気味。

 

・ドン・観音寺(かんおんじ)

 

霊媒師(完現術者)。誰よりも個性が強く、誰よりも他人思い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

六車(むぐるま)拳西(けんせい)

 

護廷十三隊・元九番隊隊長。

虚化実験の犠牲となり、現世逃亡中。

 




来週から新篇を始めます。


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初恋青春暴走篇
世間話!


かれこれ数時間は泣いていた。

その途中で数人の隊長格が見舞いに来た霊圧を感じたが、病室の前で立ち止まり、そのまま帰っていったようだった。

 

 

「現世に行っても、霊圧見つからないし!!浦原さんには尸魂界から出禁喰らうし!!」

「そうだな・・・。」

「海燕さんがいなくなっちゃった時も、拳西さんがいなかったから、ずっと一人で我慢するしか、なかったんですよ!!」

「あいつも死んぢまったもんな・・・。仲良くしてたし、辛かったろ。」

「尸魂界に、潜入して、僕だけに真実教えてくれたって、良かったじゃないですか!!僕だったら、迷わず信じましたよ!!何で、夜一さんと一緒に来なかったんですか!!早く会って話したかったよ!!」

「本当か?嘘だって喚き散らすかもしんねぇだろ。」

「そんな事、あるわけ無いですよ!!藍染に殺されそうになった時だって!何でもっと早く来なかったんですか!!そしたら、もっと早く会えたのに!体だって、ボロボロにならずに済んだのに!!」

 

 

「そうだな。お前は何も悪くねぇ。悪いのは全部俺だな。」

「だから、何で謝るんですか!!そっちの方が、ずっと辛かったのにぃ!!!」

 

 

その最後の言葉を吐き出してから、隼人はさらに涙を流した。

昔以上にうるさい声でわんわん泣き叫ぶ隼人を、尚も拳西は己の体で受け止め、背中をさすってやった。

 

言う事がどんなに支離滅裂でも決して怒ることなく、拳西は親として息子の寂しさ、恐怖、怒りを全て受け止め、昇華させてあげるよう尽力したのだった。

 

結局まともに話せるようになったのは、日が暮れて暫く経過し、外も真っ暗になってからだった。

 

 

「もう泣くなよ。これ以上は俺が持たん。」

「大丈夫です。体中の水分全部拳西さんに搾り取られたんで。」

「口達者になりやがって。変な言い方すんなバカ。」

 

 

そのやりとりが懐かしくて、今度は笑いが止まらなくなる。

 

 

「ふっあっはははは!!!やばっ何かおかしい!!何ででしょう!あっははははは!!」

「・・・俺は突然笑いだすお前が怖えよ・・・。」

「いやだって!面白くないですか?」

「今のどこが面白いんだよ。」

「それが面白いんですよ!!っははははは!!!」

 

 

ケラケラ笑っている隼人に手を付けられなくなりそうだったが、ここで見捨てるわけにはいかない。

拳西も再会してからやることを色々考えていたのだ。

とりあえずさっき号泣してしまったので、浦原からの手紙は今見せるのは危険だ。

また泣かれたら今度はキレそうだ。

次のプランに移る。

 

 

「お前、今食いたいモンあるか?買ってきてやるよ。やりてぇことでもいいぞ。」

「何ですか急に?どういう風の吹き回しですか?」

「・・・・・・馬鹿にしてんだろ。」

「えっ全然?」

 

 

何か、ものすごーーーく生意気になってないか?

子どもの頃の隼人はもっと、こういっちゃあ何だが可愛げがあった気がする。

子どもなりの純粋無垢な振る舞いは気にならなかったが、今の大人になった隼人の印象は、口達者で生意気な性格だ。

 

少し考える素振りを見せた後、隼人は今やりたい事を口にした。

 

 

「・・・お風呂に入りたいです。」

「風呂ォ?」

「・・・・・・ずっと、入ってませんし。」

 

 

小声で俯き恥ずかしそうに呟いた隼人は、実は今自分の体から発する臭いについて非常に心配していた。

泣いて俯いていた隼人を抱きしめてくれた拳西に縋り、肩のタンクトップはしわしわになってしまったが、冷静に考えてその行動はまずかったかもしれないと内心焦っていた。

自分の体は、約五ヵ月間全く洗っていないのだ。

臭くないワケが無い。

 

だからさっきは少し強気な言葉を発していたのだ。

内心の焦りを悟られないために、外ヅラだけでも強がっていたのだ。

結局やりたい事とか言われて本心を打ち明けてしまったため、どうしようもなくなってしまったが。

 

 

「確かにオメーの体は少し臭いな。」

「はっ・・・はぁ―――――――――!?!?!?」

「今この距離でも臭うぞ。」

 

 

左手で鼻をつまみ右手を鼻の前で振るジェスチャーをした拳西に、全力を振り絞って怒りの声を上げた。

上げざるをえなかった。

 

 

「仕方ないじゃないですか!!五ヵ月も眠って起きたら体一切動かないんですよ!!今起き上がったり寝ながら体勢変えたりしか出来ないんですよ!!手足一切動かせないのに風呂なんて一人で入れませんよ!!」

 

 

最後の方は声も嗄れて上手く伝わったか不安だったが、鼻をつまむジェスチャーをやめた拳西はさも当然のように行動に移した。

 

 

「車椅子持ってくる。風呂に行くぞ。」

「えっ、ちょ、話聞いてました!?」

「俺が介助してやる。色気づいて体臭なんか気にしやがって。百年早えぞ。」

「大人になったらそういうのも気にしろって海燕さんが言ってましたよ!」

「うるせぇ素直に待ってろバカ!!!!!!!」

 

 

ピシャーーーンと盛大な音を立てて引き戸が開けられ、拳西は車椅子を取りに行き、物凄い早さで戻ってきた。

部屋の隅に置いてあった大きな鞄から自分の風呂道具を取り出した拳西は、袋に適当に投げ入れて車椅子の後ろのハンドルにかけ、ベッドに座っていた隼人をお姫様抱っこで車椅子に強引に座らせる。

 

 

「・・・何で僕を抱える人は皆その持ち方なんでしょうか。」

「お前思ったより身長小せえからな。こうしたほうが運びやすいぞ。」

「―――・・・。」

 

 

釈然としないが、言い返す気力も無いので何も言わなかった。

 

 

花太郎に許可を得て一時的に点滴を外し、四番隊の隊士、入院患者共用の大浴場に入る。

あの戦いから五ヵ月も経ったので、入院している患者は誰もいなかった。

風呂に入っているのは時間が早いからかごく一部の隊士しかおらず、脱衣所もがら空きである。

混んでいたら車椅子だと移動するのも大変なので、ありがたい。

隅っこに車椅子を移動させ、風呂のための介助を始めた。

 

 

「お前、自分で服脱げるか?」

「・・・・・・無理です。」

「・・・だよな・・・。」

 

 

まず立ち上がることが出来ないので、詰所内で着る衣服の袴を下ろすことが出来ない。

下帯を外すといった複雑な作業は言わずもがな。

腕も満足に動かせないので、上半身に着ている服を脱ぐのも困難だろう。

 

 

「・・・仕方ねぇな。」

「えっ。」

「まずは上脱がすぞ。」

「あっはい。お願いします。」

 

 

まるで小さい子どもが服を脱ぐ練習をするかのように、拳西は一生懸命介助してあげた。

服を着ていた姿から予想はしていたが、体重もかなり落ちているように見える。

体はげっそりと痩せていた。

 

 

「―――・・・。」

 

 

その体を直接見た隼人も、少し落ち込んだ表情を見せる。

元気づけるのは拳西の役目だ。

 

 

「気にすんな。いつか太る。」

「いつですかそれ。」

「・・・・・・一ヶ月後か?」

「絶対適当ですよね。」

 

 

見上げる隼人の顔は、さっきと同じいつもの顔に戻っていた。

安心した拳西は次の段階に移る。

暫く隼人には、尊厳とか面目とか、色々失ってもらうことになる。

それ程までに屈辱的な辱めを受けることになるのだった。

 

 

「結局下って、どうするんですか。」

「こうするしかねぇだろ。」

「えっ、ちょっと、えっ。」

 

 

後ろから車椅子に座っていた隼人を右腕で抱え込み、腰の位置で一旦止める。

次の瞬間。

 

 

袴を一瞬でバッと下ろされ、左手で下帯を一瞬で解かれた隼人は、親とはいえ他人の手によってひん剥かれて裸にされるという経験したことの無い辱めを受けてしまった。

 

 

「ああああああああ!!!!!!!!」

「うるせぇ!!!!!」

 

 

先ほど大号泣したからか喉の調子が回復しており、叫び声も上げられるようになった。

とはいえ非常に情けないものであるが。

元怪我人に対するものとは思えないぞんざいな扱いで全裸の隼人を車椅子に再び座らせた後、拳西もようやく自分のお風呂の準備に入った。危うく子どもの頃のように尻を叩きそうになったが、寸での所で抑えた。

 

対する隼人は男としての何かを失ったような喪失感に苛まれ、裸で一人ズーンと落ち込んでいた。

 

 

「おらっ行くぞ。」

「ちょっと待って下さい!」

「はぁ?」

 

 

よしこれから風呂に入るぞという時に隼人は一度待ったをかける。

脱衣所で裸でいると寒くてお互い風邪を引きそうになるのであんまり好ましい行為とは言えないが、これは隼人にとって非常に大事な問題だ。

 

 

「さすがに男二人全裸でお姫様抱っこは色々まずいんじゃないでしょうか!!」

「知るか。俺の楽なやり方でやるぞ。つーか何がまずいんだよ。」

「大人としての僕の面目的にアウトです!」

「余計知るかよ。」

 

 

結局なす術もなく最も周りから見られたくない方法で洗い場に運搬されてしまった。

せめて周りから注目されないようにときゅっと目を瞑り、頑張って黙る。

暫く抱えられた後に椅子に座らされる感覚があり、漸く目を開けるといたって普通の大浴場の洗い場に移っていた。

 

周りの声に耳をそばだてたが、特に何も言われなかったので一先ず安心。

 

 

「浴場誰もいねぇぞ。サウナでも行ってんのか?」

「・・・・・・よかった・・・。」

「頭からでいいか?」

「はい。」

 

 

髪を解かれると、一気にバサッと前髪が現れて目の前が暗くなる。

肩のあたりまで髪が伸びており、セミロングの女性みたいになっていた。

五ヵ月でここまで伸びるのかと驚くと同時に、ここまで髪を放置したことを実感し少し不潔に感じてしまう。

 

 

「あぁ~~~・・・・・・。」

「現世行ったら真子の行ってる美容室で切ってもらえ。」

「えぇ~・・・。僕美容室とか行ったことないんですけど。」

「いい大人だ。髪の毛とか気使えよ。」

「色気づきやがってとか言ってたくせに矛盾してますよ。」

 

 

わしゃわしゃと洗ってもらっている頭は、非常に気持ちがいい。

院に入る前、仕事で忙しそうにしていた拳西にねだって頭を洗って貰ったことを思い出した。

普段は我儘を抑えていたが、たまにやってもらうこれが好きでどうしてもやってもらいたかったことがあったのだ。

面倒な顔をしていたがため息をつきつつやってくれて、めちゃくちゃ嬉しかった記憶があった。

 

二回洗ってくれたおかげで、頭の不快感は殆どなくなった。

顔はシャワーのお湯で流すだけで終わらせ、垢擦りに石鹸をつけて泡立てて背中から洗い始めた。

 

 

「・・・でっかくなったな。」

「百年経ってますからね。現世に来た時の年齢設定は22歳ですよ。」

 

 

尸魂界と現世では人体の成長速度が圧倒的に違うので、現世に来た時に本当の年齢を言ってしまえば周りの人間は混乱してしまう。

そのため、実は現世に来た時に困らないように死神一人一人に現世換算の年齢を設定する機械が101年前に浦原によって造られたことがあった。

 

 

「俺なんかずっと義骸だったからな・・・何歳だったか。忘れちまったぜ。」

「29歳だったはずですよ。現世だったら僕と7歳しか差ないですね。」

 

 

健康診断感覚で体格と顔をスキャンして数年おきに更新するのだが、今年やった時の隼人の年齢は22歳だった。現世では大学生のようなものか。

 

ちなみに同期の射場は33歳と結果が出て愕然としていた。機械は決して裏切ることはない。後輩の修兵は20歳と、現世でも年の近い後輩みたいな設定でいけるのを喜んでいた。

そんな設定が役立つ機会など恐らく無いのだが。

余談だが、松本曰く、日番谷の外見年齢は11歳らしい。

 

 

「だったらあっちじゃ迂闊に親子って言えねぇな。」

「んーー、腹違いの兄弟とかどうでしょう!」

「そんなリアルすぎる設定出したら逆にボロが出るぞ。」

「え~~・・・。」

 

 

両腕を洗ってもらい、胸と腹のあたりを垢擦りで擦ってもらいながら色々設定を考え抜く姿は、平和そのものだ。

親戚、高校時代の恩師、飲み仲間など色々考えてみるが、なかなか丁度いいものが見当たらない。

 

 

「あれでいいだろ。バイト先の元先輩。」

「あぁ~!!・・・でも、辞めても交流あるって結構稀じゃないんですか?」

「大丈夫だろ別に。」

 

 

埒が明かないのでこの話は適当に済ませることにして、隼人の体を拭くことに集中した。

 

尻や股などはさすがに隼人に自分で垢擦りで擦ってもらったが、脚を擦った後は体も全部洗い流し、大きい風呂に運搬して一先ず一件落着。

久々にお湯に浸かった隼人は、心底幸せそうな表情をしていた。

 

 

「やっぱいいっすねぇ~お風呂は。僕毎日入らないと気が済まないんですよ。」

「だよな。俺もそうだ。俺も体洗うからちょっと待ってろ。」

「了解しました~~。」

 

 

へにゃへにゃに崩している表情を見て、こたつに気持ちよさそうにしていた子どもの時の顔を思い出した。

やっぱり、何も変わっていない。

 

丁度いい温度の巨大な湯舟に隼人を浸からせて放置した後は、ささっと自分の体を洗った。

 

 

ざっくりと体を洗い隼人の隣に座り様子を窺うと、何やら思い悩んでいる様子だった。

 

 

 




今回から初恋青春暴走篇の始まりです。
不穏な事は何も起こらないので、安心してご覧ください。
また、今回の話を作る上でボーイズラブのタグを追加しました。
主人公や、原作に出てくる周辺人物ではなく、これから出てくる単発のオリジナル人物でそういった描写があり、そこでは少々過激な描写があるため注意してご覧下さい。


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登場人物紹介6

主要登場人物

 

口囃子(こばやし)隼人(はやと)

 

本作の主人公。護廷十三隊・七番隊第三席。身長176cm、体重63kg。

101年越しに拳西と再会し、我慢できず号泣してしまった。

生意気度倍増。うるささに拍車がかかり、拳骨される回数が増えた。

遂に七緒への恋慕を自覚し、京楽からの嫉妬や、後輩達からの応援に振り回されまくってしまう。

 

 

伊勢(いせ)七緒(ななお)

 

護廷十三隊・八番隊副隊長。

本篇のヒロイン。好きなタイプは、頼れる男。

故に、本物の空座町に向かう隼人に好意を寄せたものの、目覚めた隼人があまりにも変わっていたせいで少々残念に感じてしまう。

 

 

六車(むぐるま)拳西(けんせい)

 

仮面の軍勢(ヴァイザード)→護廷十三隊・九番隊隊長。

真面に体を動かせられない隼人の介助に苦労する(特にお風呂)。

でもやっぱり親バカ。復帰後何かと七番隊に様子見しに来る。

隊長復帰後は新たな部下の修兵の働きぶりに感心するも、体を壊さないか心配気味。

 

 

檜佐木(ひさぎ)修兵(しゅうへい)

 

護廷十三隊・九番隊副隊長。

恋愛ドラマでよくある主人公の親友ポジション的男子。

今まで浮いた噂の全くなかった隼人を応援し、恋愛偏差値0の隼人の指南役を務める。

隼人をイジる格好の材料を見つけ、嬉々としてからかうようになる。

 

 

京楽(きょうらく)春水(しゅんすい)

 

護廷十三隊・八番隊隊長。笠をかぶった派手な身なりの死神。

七緒への恋慕を自覚した隼人に対し、あからさまな嫉妬心を向ける。

いざ二人がいい雰囲気ともなれば、隊舎の私室で手ぬぐいを噛んでいるとかいないとか。

浮竹に愚痴を言う回数が増えた。

 

 

狛村(こまむら)左陣(さじん)

 

護廷十三隊・七番隊隊長。

何かと熱くなりやすい射場のフォローに回ることが増えた。

今まで有休を全然取っていなかった隼人にいい機会なので強引に取らせ、休ませた。

 

 

四楓院(しほういん)夜一(よるいち)

 

浦原商店に住み着く黒猫。

一時期隼人の心を変えてしまった張本人。

仮面の軍勢らの死神復帰に際して隼人に喜んで協力した。

相変わらず奔放で人の話を聞かない。

 

 

浦原(うらはら)喜助(きすけ)

 

浦原商店店長。ミステリアスさとセクシーさを兼ね備えた無敵の男(自称)。

隼人を想像以上の酷い目に遭わせたことを悔い、目が覚めたと聞いた時や、活発な姿を見た時には心底安心した。

ちょいちょい尸魂界にも顔を出すことがある。

 

 

射場(いば)鉄左衛門(てつざえもん)

 

護廷十三隊・七番隊副隊長。

隼人の心の友。あだ名は射場ちゃん。広島弁の使い手。

隼人の目覚めを聞くや否や狛村と共に真っ先に病室に行き、最早五月蠅い程の漢の涙を見せた。

二人分の仕事を死ぬ思いで頑張っている。

 

 

山田(やまだ)花太郎(はなたろう)

 

護廷十三隊・四番隊第七席。

大怪我した隼人の主治医。()()清之介の弟!?と言われるのが最近の日常。

入院中は自由で奔放な隼人の振る舞いに手を焼く。

 

 

サブの登場人物

 

 

平子(ひらこ)真子(しんじ)

 

仮面の軍勢(ヴァイザード)→護廷十三隊・五番隊隊長。

現世でとあるきっかけを隼人に作らせた男。相変わらずオシャレに気を遣っている。

 

浮竹(うきたけ)十四郎(じゅうしろう)

 

護廷十三隊・十三番隊隊長。白髪で長髪の死神。

副隊長となったルキアを陰ながら支えている。

夏の陽射しには弱い。京楽からの愚痴酒が最近の悩み。

 

吉良(きら)イヅル

 

護廷十三隊・三番隊隊長。

修兵と共に主人公の親友ポジションに落ち着く。

踏ん切りがつかない隼人に何度も告白を促すも、チキンな隼人が相変わらず留まってしまうことに呆れすら感じてしまう。

 

握菱(つかびし)鉄裁(テッサイ)

 

浦原商店店員。エプロンを着たいかつい男。

前に企画自体がぽしゃった鬼道講習会を行う。

 



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似た者親子!?

大きな湯舟にたった一人で浸かっていると、何だか貴族になったみたいで少し心が浮き立つ。

ガラガラとドアを鳴らしてお風呂から出て行ったのは、サウナに入っていた四番隊士だろう。

サウナから漏れ聞こえる話し声も一切聞こえなくなり、わしゃわしゃと体を洗っている拳西の動きの音と、湯舟のお湯が循環する音しか聞こえない。

 

 

そんな落ち着いた空間で何故かぼんやりと脳裡に浮かんだのは、朝に見た七緒の可憐な笑顔だった。

 

(何で思い出しちゃうんだよ・・・!)

 

正直、めちゃくちゃ可愛かった。一目惚れに近いかもしれない。

京楽が可愛がる理由に、共感しか感じない程だ。

忘れたくても、忘れられない。

思い出す程、胸がきゅっと苦しくなる。

 

よく修兵が松本の仕草にキュンとするとか飲みの席で騒いでいたが、こういうことなのだろうか。

万全の体調だったら、ギュって抱きしめてあげたくなったのだ。

特別な理由などないが、ずっと一緒にいて欲しいと思ったのだ。

 

俯いて波打つお湯を見ていると、隣に拳西が座って来た。

 

 

 

 

「どうした。」

「えっ!!い、いや、別に・・・何でも・・・。」

 

 

お湯で温まっていたにしては、顔がやけに赤い。

その顔を見て、昼に京楽から聞いた話を思い出した。

恋煩いか。ある意味成長したと言えるのかもしれない。

 

 

「そういや隼人、気になってる女とかいねぇのかよ。」

「へぇっっ!?い、いませんよ!!」

 

 

ここまで分かりやすい反応をされると、むしろ先が思いやられた。

酔った勢いで自分の気持ちをぶちまけてしまう、といった事件を起こしてしまいそうだ。

変化球をかけるより、直接言った方がいいだろう。

 

 

「俺は八番隊の女副隊長はお似合いだと思うな。」

(!!!!!!)

 

 

横顔を見ると、わかりやすいように顔がだんだんと赤く変化している。

図星だったか。

だが、この様子だと恐らくまともに恋愛したこともないのかもしれない。

慣れていないどころか、恋愛初心者感しかない。

 

それでも否定してくるかと思えば、意外とあっさり認め、あろうことか相談してきた。

かなり重めの。

 

 

「どうしましょ・・・。僕、お付き合いとか、したことないんですよ。・・・この年で、いまだに・・・・・・ックス、したこと、ないですし・・・。」

「・・・・・・マジかよ。」

 

 

リサが絶対あいつは童貞だと以前騒いでいたが、それも本当だとは。正直反応に困る。

親相手に下の相談をする子どももどうかと思うが、それほどに深刻に捉えているのだろう。

実際200年近く生きて一度もセックスしたことないのは深刻な問題だが。

 

 

「そもそも、七緒さんが僕の事どう思ってるのかだって分かりませんよ!?告白したって受け入れるなんて思えませんし・・・。」

「そこ気にしてたらずっと前進めねぇぞ。誰だって確証無ぇまま告白してるようなモンだろ。」

「拳西さんはどうだったんですか?」

「・・・・・・ここで聞くかよ・・・。」

 

 

突然自分の過去の恋愛話を振られて面食らうが、訊いてくる隼人の目は心底不安そうな目をしているため、無下にするわけにもいかない。

簡潔にまとめることにした。

 

 

「・・・俺だって、昔はそりゃあ付き合ったりとかしたぞ。」

「どうだったんですか。」

 

 

そこでさらに訊くかよ!と突っぱねたくなるが、101年振りに再会した息子の本気の悩みに答えてあげられない親ではいたくなかった。

自分だって、隼人の倍近くは生きている。人生相談ぐらい乗れないと男としてダメだ。

 

 

「隊長になる前だったっけな・・・いや、ヒラの頃だったな。女の方から告白されて付き合いはしたがあんま長く続かなかったぞ。」

「中々勇気のある女性ですね。どれぐらいですか。」

「――――・・・半年もってねぇぞ。つまらん男だって言われてフラれた。俺が女相手に足並み合わせられねぇのも悪いんだがな・・・。」

「確かに拳西さん人に合わせること出来なさそうですもんね。」

 

 

二回目の口撃でさすがにイラっときたのでデコピンをした。

天然の生意気なのだろうか。こんな小憎たらしい性格に育てた覚えはないのだが。

拳骨は我慢したのでそれだけでも感謝してほしいぐらいだ。

 

 

「相変わらず痛い・・・。」

「生意気な口ききやがって・・・!」

「いいじゃないですか!久々にキレのある僕の言葉聞けて!」

「よくねぇよ!!あと自分で言うなバカ!!」

 

 

風呂には二人しかいないので、暫くギャーギャー騒いだが誰にも文句は言われなかった。

一周回って悪友みたいな関係になっている気がする。

体の年齢が近くなったからか、101年話していないにもかかわらず会話の距離感は以前より近くなったように思えた。

 

でも、隼人の心はまだまだ子どもだ。

初めて抱いた恋の感情に簡単に振り回されてしまうようでは、大人とは言えない。

むしろ、周りの年下の死神よりも子どもっぽいかもしれない。

 

だからこそ、等身大でいるのが一番いいと拳西は結論付けた。

 

 

「お前はお前なりに頑張れよ。背伸びすんな。ありのままの想いぶつけりゃお前の好きな女も振り向いてくれるんじゃねぇか?」

「・・・結論、いい加減ですね。」

 

 

今度こそ拳骨してやった。

 

 

風呂から出た後もまぁ色々と大変だった。

ベンチに座らせてタオルで体を拭いて水気を取ってやったまではいいが、そこから自分の力で服を着ることが出来ない。

主に下半身周りで一体どうするべきかの重大な(くだらない)議論が巻き起こった。

 

 

「現世のパンツって何か変な感じしてあんま好きじゃないんですよね・・・。」

「だからって俺はお前の下帯付けるのは絶対やらんぞ。」

「それも介助の一つですよ~。」

「うるせぇぞ!!つべこべ言わずにパンツ履いてろ!せっかく新品持ってきてやったっつーのによ!!」

 

 

数ヶ月眠っている以上まともに体が動かないことは前々から予測していたので、拳西は現世の便利グッズを色々買って持ってきていた。

その一つとして下帯なんかより数倍便利なボクサーパンツを持ってきてやったのだが、現世の下着に慣れていない隼人は極力履きたくないと尻込みしている。

 

下帯とは違う締め付け感が、隼人にとっては奇妙であまり好きじゃないのだ。

 

 

「しかも何で下着なのにそんな派手な柄なんですか?」

「文句は製作会社に言え。」

「ピンクと紫の縞々とか変態が履くやつですよ。僕そんな変態じゃないですから嫌です。」

「童貞気にするマセガキのどこが変態じゃねぇんだよ。」

「ちょっと!!大声で言わないで下さいよ!!」

 

 

それからも暫く言葉の応酬が続いたが、結局隼人が折れて慣れない変態柄のパンツを履くことになった。

適当に引っ張り出して買ったパンツ如きでこんな不毛な議論をしていてはもうヘトヘトだ。

花太郎から貰った新しい入院患者用の服を着て長い髪も乾かし、長かった風呂もようやく終わった。

 

 

病室に戻った時には前髪も最初みたいになってしまい、また視界に暗い靄がかかっていた。

 

 

「これ、ほんとどうにかならないですか?」

「明日の朝いじくってみるか。」

「拳西さん髪切れるんですか!?いつの間にそんな手に職「んな訳ねーだろ!!」

「いひゃい!!でもほへも懐かしい!!」

 

 

ぐにーっと頬を引っ張られるのも昔よくお仕置きでやられたので、101年前に戻ったかのようだ。

しかし髪を切らないで一体どうやって前を見えるようにするのだろうか。

すると、またまた便利グッズを鞄から出してきた。

 

 

「何ですかこの・・・瓶?あと、スプレーですか?手に塗るクリームみたいなやつもありますね。」

「全部髪に使うやつだ。俺が使ってるやつだが多分お前の髪にも合う。」

「これをベタって塗るんですか?」

「手に馴染ませて使うんだ。最初に前髪濡らしてあっちの脱衣所にあったドライヤーで乾かした方がいいな。まぁ明日待ってろ。今日はもう頭洗ってるからダメだしな。」

「は~い!」

 

 

うっきうきで明日を楽しみにしていた隼人は、ここである疑問が浮かんだ。

 

 

「そういえば拳西さん、そんな大荷物持ってどこに泊まるんですか?ここの病室のどっかにですか?」

「お前ん家借りるぞ。」

「は?」

 

 

今、何て言った?

 

 

「お前が退院するまではお前の家にしばらく俺が住むぞ。」

「えっ・・・えええっっ・・・・・・。」

「何だよそのあからさまな顔。嫌かよ。昔一緒に住んでたじゃねぇか。」

「別に嫌じゃないですけど・・・。」

 

 

鉄裁が来た時みたいに物色されるのはちょっと困る。

見られたら困るものは何一つ家には無いが、プライバシーという物が隼人の心の中にはあるのでちょっと複雑だ。

携帯に一切ロックかけていないクセにどの口が言うんだという話ではあるが。

 

 

「物色しないで下さいよ。」

「もう十分色々見たぞ。」

「えっ。」

「隼人が倒れた時にしばらくこっちにいた時があってな。その時もしばらく家泊まったから問題ねぇぞ。」

「初耳!!っていうか、マジか!!戦い終わった後こっち来てたんですね!」

 

 

勝手にずかずかと家に入られたのは親とはいえちょっと微妙だが、新情報によって微妙な心境は上手い事かき消された。

怪我もしてないのに此処に泊まるのはどうかと思うと伝えると、そういう所では聞き分けのいい隼人は納得して部屋を貸してくれた。

 

 

「明日飯作って持ってきてやる。」

「え~~!!久々に拳西さんのご飯!!楽しみにしてます!!」

「おう。」

 

 

夜も更けたので拳西は七番隊に向かう。

対する隼人はお風呂に入ったおかげで清潔になった体に非常に満足し、明日のご飯を楽しみに待ちながら眠りについた。

消灯前花太郎に「楽しそうですね~。」と言われる程には、今までになく上機嫌だった。

 

 

翌日の朝飯は、現世っぽくサンドイッチが出された。

食べたことの無い物に朝からテンションが上がっていく。

 

 

「尸魂界にいるとやっぱ基本ご飯なので偶にパン食べるのもいいですよね!サンドイッチなんて面倒なので嬉しいです!」

「サンドイッチで面倒なんか・・・。」

 

 

数ヶ月ぶりに体に入れた食べ物は、何物にも代え難い程美味しかった。

二日ほど点滴で生活していたため栄養を直接取る生活しかしておらず、食べ物を摂取することがずっと無かった。

本来は四番隊の病院食を食べないといけないのだが、花太郎には内緒で勝手に食べている。

後で怒られるのは避けられないだろう。

 

腕を使えないので拳西によってサンドイッチを口にぞんざいにねじ込まれるのは少し苦しいが、美味しいのでそれもノーカンだ。

 

 

「早く腕使えるようになれよ。」

「ふんへん(訓練)、しないといけないですね。」

「食いながら喋んな。その癖まだ直ってねぇのか。」

「いつもはちゃんと抑えてますよ。」

 

 

ハムとレタスとチーズのサンドイッチを食べ終わった後、次はタマゴサンドを指さしてこれが食べたいとお願いする。

自分で食べればいいものだが、無理な物は仕方がない。

 

 

「おらっ口開けろ。」

「拳西さんからあーんされても一切ときめかないですね。」

「お前が口開けてる情けねぇ姿を見る俺の気持ちになれ馬鹿野郎。」

「へへへ。心外ですね。」

 

 

と言いながらも口を開けてタマゴサンドを待ち構える。

 

 

まさにタマゴサンドが口の中に入ろうとしたその瞬間、病室のドアがガラガラと開いた。

 

 

「口囃子さん。あの、よろしければこちらを―――――・・・。」

 

 

風呂敷に包んだタッパーを持ってきて病室に入って来たのは、よりによって七緒だった。

 

 

「あ、七緒さん。」

 

 

前髪を四番隊女性隊士からもらったピンで留めていた隼人はしっかり七緒の姿を見ていたが、こちらの姿を見た瞬間顔色が変わった。

 

 

「どうしたんですか?」

「―――・・・。」

 

 

七緒の目の前のテーブルには、自分が作ったものと全く同じサンドイッチが置かれている。

それも、一生懸命作った七緒の自信作よりも圧倒的に美味しそうなサンドイッチだった。

 

しかも、どうせなら悪戯がてらやってやろうと考えていたあ~ん食い作戦も(京楽が見たら喀血+卒倒モノ)、あろうことか男の拳西に先越されてしまった。サンドイッチを作ったのも拳西だろう。料理上手というのは昔から聞いていた。

そして、そのサンドイッチを食べようとしていた隼人の顔は、あの時の精悍な頼れる男の顔ではなく、昔のヘタレだった子どもの時の顔に逆戻りしていた。

 

ありのままの隼人の姿を思い出し、一気に幻滅してしまった。

 

 

「・・・私は一体、何をしようとしていたのでしょう・・・。」

 

 

その七緒の言葉を聞いた拳西は、やっちまったと後悔した。

それと同時に、京楽の言っていた言葉をようやく理解した。

 

確かに、自分と一緒にいる時の隼人の姿はいかにも自立してないというか、子どもっぽく生意気で、異性と友達以上の関係に発展するような性格には見えなかった。

尸魂界にいる女子は頼れる男を好む傾向にあると大分昔にリサから聞いたことがあったが、変わっていないとすれば、隼人は恐らくなかなかにまずい部類に入ってしまいそうだ。

 

そして、隼人はそれに全く気付いていない。

 

 

「今日も来てくれてありがとうございます!またお喋りしましょうよ!今日は何かあったんですか?手に持ってるのは何ですか?」

 

 

満面の笑みで話しかける隼人は、恐らく七緒の求める隼人像ではない。

実際年下なので仕方ないのだが、日々京楽という頼れる男の副官でいる七緒にとっては、今の隼人はただのへらへらした情けない後輩でしかない。

 

 

すっと無表情になって眼鏡を光らせた七緒は、手に持っていた風呂敷で包んだタッパーをベッド備え付けの机に置き、「では、失礼します。」と丁寧にお辞儀して退出した。

 

それを見た隼人は、機微に気付くことなくぽかんとしていた。

 

 

「どうしたんでしょう・・・。あ、タマゴサンドお願いしまーす。」

「・・・・・・、こりゃ、無理だな。」

「????」

 

 

自分にも原因があることに全く気付いていないのでお互い様なのだが、女心を毛程も知らない隼人に恋愛など無理だと拳西は結論付けた。

 

この親子に、女心など分かる日が来るとは思えないが。

 



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ハニトラ!

七緒が持ってきた風呂敷にはサンドイッチが入っていた。

 

 

「ん~・・・。拳西さんのに比べたらパンチに欠けますね・・・。やっぱ何かこう、雑な味が好きなんですよ。拳西さんの雑な調味料配分の割に美味しいご飯で僕は育ったので綺麗にまとまったのはどうも・・・う~ん・・・。」

「お前、それ死んでも俺以外の前で言うなよ・・・。」

「いや、さすがに言いませんよ。」

 

 

本人の前で言えば泣かれる案件というか、女性死神協会から全面的に敵と見なされる衝撃発言に拳西は隼人の口を封じ込める。

 

確かに拳西からしても普通の味だが、将来妻としてご飯を作ってくれるとしたら、普通が一番なのだ。

そこに分からない隼人はまだまだ人生経験が浅いと見る。

そして、そろそろ()()()朝飯の時間であることを忘れていた。

 

 

「あのぉ、今日の分の点て・・・あああぁぁぁ~~~~!!!!!!」

「げっ、忘れてた!!」

「何やってるんですか口囃子さん!!!まだご飯食べるのは早いって昨日言いましたよね!!!」

 

 

花太郎に昨日の夜、しばらくは点滴で体の中の栄養素を調節しますと言われていたが、その時に絶対にご飯は食べないで下さいと言われていたのだ。

今まで真面目だった隼人が約束を破るはずはないと花太郎は期待していたが、たったの一日で約束が破られてしまった。

凄まじい性格の変わりっぷりである。

 

 

「ちょっとぐらいいいじゃん。ダメ?」

「そんな可愛い子ぶってもダメですよ!!髪の毛を武器にしないで下さい!!」

「だって拳西さんが朝飯作ってやるって言ったから断る訳にはいかないよ。」

「えぇ~~!六車さんも勝手なことしないで下さいよ!僕だって毎日毎日色々考えているんですよ!」

 

 

花太郎の糾弾は拳西に向かい始めたがすぐに方向を元に戻させる。

 

 

「しょうがねえだろ。どうしても飯食いてぇってこいつがごねやがったからな。」

「はぁっ!?!?事実捏造しないでくれます!?」

「四番隊の味気ない飯なんか嫌だって言ってたぞ。」

 

 

これは正直事実であり、あんなご飯では回復もままならないと拳西は考えていた。

それゆえに拳西が飯を作って持って行ってやれば隼人にとって元気になり、栄養もつくだろう、そしてゆくゆくは四番隊からご飯なんて作りませんってお怒りの言葉が来ればむしろ好都合なんて考えていたが、花太郎は別の方向に意志を燃やし始めた。

 

 

「だったらそれを四番隊の食堂のおばさんに伝えて改善させます。この際もう口囃子さんは元気そうなので点滴でなくてもよさそうですね。毎日()()()()ご飯を届けに参りますよ。よろしくお願いします。あと、二度と持ち込みはしないで下さい。それでは失礼します。」

 

 

少々怒りの篭った口調で花太郎はまくし立てた後、足早に病室を出て行った。

これは恐らく、より味の薄いご飯が待ち構えているだろう。

 

 

「怒らせちゃいましたかね・・・?」

「知らねぇぞ。」

「えっ、拳西さんのせいですよ!!」

「うるせぇ!!」

 

 

食い下がってくる時は、うるせぇと言えば大体どうにかなるのであった。

 

 

 

 

 

数時間後。

 

昨日事前予告していたミディアムヘアの髪型セットタイムがようやくやってきた。

これで、うざい前髪ともおさらばである。

切っていないので正確には付きまとってくるのだが。

大浴場の脱衣所に、ワックスやヘアスプレーなどの道具を置き鏡を見る様子は、即席の美容室のようである。

 

 

「髪濡らすぞ。」

「お願いしまーす。」

 

 

洗面台がシャワー式のもので助かった。普通の蛇口であれば面倒なことこの上ない。

衛生面に気を遣い洗面等の設備で現世の技術をフル活用している点は、卯ノ花の心遣いだろう。

温かいお湯で一度髪の毛を全て濡らした。

そこからは、風量の強いドライヤーで前髪から乾かしていく。

前髪の根元の毛を立ち上げ、左側に靡かせていく。

 

 

「へぇ~こんな感じでやるんですねぇ。」

「昨日必死に携帯使って調べたんだぞ。文句言ったらどうなるかわかってるよな?」

「言いませんよここまでしてもらって・・・。」

 

 

顔の周りの髪の毛を乾かした頃には、大体前髪の根元も乾いている頃合いだ。

今度は上から表面の髪の毛を乾かしていく。

最初に作った流れをそのままに、上から下にドライヤーを動かして熱を当てていく。

 

ここまでの流れを見た隼人は、一抹の不安を抱いていた。

 

(何か・・・まつもっちゃんっぽくね?)

 

前をしっかり見えるようにと打ち出した拳西の秘策であるかき上げヘアは、要するに”いい女”がやるものであり、今の見た目は自分で言うのもあれだが完全に”いい女”化していた。

 

自分の顔がいいとかそういう事を言いたいのではない。髪型が年上のセクシーなお姉さん化しているだけだ。と必死に言い聞かせる。

以前松本が見ていたファッション誌に写っていた、爪楊枝みたいな脚をした女性がくしゃっと笑って髪をかき上げていたのが脳裡に浮かぶ。

これならヘアスプレーだけでいいかと拳西が呟きながらシューっと髪に煙が当てられ、どうやら完成したようだ。

 

 

「おらっ出来たぞ。これで前もしっかり見えるだろ。」

「わぁ~~っ、すごーい・・・・・・。」

「何だその微妙な反応は・・・。」

 

 

完全に、女だった。

女装した男などではない。自分の童顔のせいでもあるが、顔だけ見れば完全に女と間違えられてもおかしくない。現に隼人自身が分からなくなるぐらいにはアイデンティティが崩れてしまいそうだ。

 

 

「だって、これ完全に性別変わってるじゃないですか。」

「仕方ねぇだろ。隼人の今の髪型で前髪なくすとしたらかき上げるしかねぇしな。いい出来栄えだろ。喜べ。」

「喜べませんよ。主に僕が。見られたらびっくりされますよ。」

「なら誰か知り合いに悪戯でもすればいいだろ。」

「そんなの引っかかる奴いるわけ――――・・・。」

 

 

いや、いる。

 

 

「・・・まさかね!まさか引っかかるとは思えないですけど・・・やってみますか。」

「いるんか・・・・・・。」

 

 

こんな穢れきったハニートラップに引っかかる男が今の護廷十三隊にいるかもしれないということが、拳西にとっては残念でならなかった。

 

 

「実験です!ちょっと面白そうなので。なので、すみませんが拳西さんは今日はもう帰っても構わないです。」

「・・・分かったよ。時々様子見に行くからな。」

「髪が崩れた時は呼びます。よろしくお願いします。」

 

 

こうして、口囃子隼人の打算しかないハニートラップ大作戦は、幕を開けた。

 

 

 

 

檜佐木修兵は、瀞霊廷通信の編集や他隊との合同演習でしばらく一人繁忙期に入っていたため、お見舞いなど行く余裕が無かった。

ギリギリだったが4月分の締め切りも無事に守って原稿を提出し(主に松本と京楽のせい)、今日晴れて久々の休日を過ごすことができた。

 

そんな中、自分をかわいがって目にかけてくれている先輩が大怪我による昏睡状態からようやく目が覚めたと聞き、久々に顔を見に行き、果物を買って食べてもらおうと考えていたのだ。

 

 

「口囃子さん・・・六車さんに再会できたのか・・・?」

 

 

色々心配していた修兵は、自分が来れば喜んでくれるだろうと目論見、少し多めの果物の詰め合わせを買った。

 

大きな果物かごを抱えて四番隊舎に入った修兵は、花太郎から病室の場所を改めて聞くが、変わっていないようだったので一人で向かうことにした。

 

(落ち込んでいなければいいな・・・。)

 

少し足早に病室まで歩いていき、目当ての病室まで向かって行く。

表札には、しっかり『口囃子』と書いてあり病室に間違いない。

 

 

「口囃子さん!檜佐木です!失礼しま――――。」

「きゃっ!」

 

 

中に入ると、知らない女性がこちらを見た後一瞬で窓際に顔を逸らした。

まさか病室を間違えたかと思ったが、表札はさっき見たものと変わりはない。

 

 

「すっすみません!!間違えまし「あっ!あのっ!」

「えっ・・・?」

 

 

そうか細く高い声を出した女性は、布団で目から下を隠しつつ修兵の顔を見つめている。

修兵好みのかき上げヘアでセクシーな髪型をした女性だった。

 

 

「あぁ・・・・・・。」

「口囃子さんは、退院なさったみたいですよ?」

「そ、そうか、すまんな。じゃあ何で花太郎は「あ、あのっ!!」

「ん?何だよ。」

「もしかして・・・もしかしなくても!檜佐木副隊長ですよね!!私ずっとカッコいいなって思ってたんですよ!」

「んなっ・・・・・・!!!!!」

 

 

こんなセクシーな雰囲気をまとった女性にカッコいいなんて言われた暁には、単純な修兵はすぐに頭がクラっときてしまう。

だが、修兵には松本がいるのだ。

 

(ダメだ!!俺には乱菊さんのおっぱいがある!考えるんだ、あのこぼれそうなおっぱいを!)

 

本人に知られたら殺されそうな妄想を繰り広げていたが、病室にいた女性はそんなことなど露知らず、目だけで巧みに仕掛けてくる。

 

 

「逢えてうれしいです・・・!もっと近くに来てもらってもいいですか?」

「あ、ああ。わかった。」

 

 

病人の願いを無下にできない真面目な性格の修兵は、その誘いにホイホイと乗ってしまう。

丸椅子を出して近くに座った修兵は、彼女の大胆な行動に目を見張ることとなった。

 

スッと指を手に絡ませ、その指はさらに腕へと絡まっていく。

 

(―――!!)

 

色を滲ませたその動きは、修兵の心を粟立たせる。

俯いた女性が頬を赤く染めているように見え、修兵も頬を赤く染める。

だが、女性の腕は弱弱しく震えていた。

パタリと女性の腕は力を失い、重力に従ってだらんと下がっていった。

 

 

「ごめんなさい・・・あたし、もう長くないんです・・・。」

「どれぐらい・・・なんだよ・・・。」

「長くて五ヵ月。短くてあと一月だって、山田七席から・・・。」

 

 

言葉を詰まらせた女性は、布団の中に顔を隠し、震えている。

辛くて、涙を抑えられなかったのかもしれない。

 

 

「ごめんなさい・・・せっかく憧れの檜佐木副隊長に逢えたのに・・・。」

 

 

我慢ならず、修兵はガバっと布団を剥ぎ取り、弱弱しい体をギュっと抱き締めた。

細くげっそりと痩せた女性の体から、ずっと闘病してきたことが窺い知れる。

 

 

「大丈夫だ!俺がついてる!俺があんたの病気を打ち払ってやる!だから安心しろ!泣くんじゃねぇ!」

「ひ・・・さぎ、副隊、長・・・。」

 

 

抱き締められた女性は、肩に顔を埋め、震えながらもお礼を言った。

 

 

「ありがとう・・・ございます・・・。檜佐木副隊長のことが好きでよかった・・・。」

「ああ・・・って、ええっ!?!?」

「きゃっ!言っちゃった!」

 

 

女性は離れようとしたが、逆に修兵は抱き締める力を強くする。

 

 

「好きでいいぜ。」

「えっ・・・。」

「俺のこと、好きでいろよ・・・。あんたのこと、まだよく知らねぇけど、これから知ればいいんだ。俺もあんたのこと、好きになっていいか・・・。」

「檜佐木副隊長・・・・・・じゃあ、今日、夜も一緒にいてくれますか?」

「えっ・・・いきなり・・・?」

 

 

さすがに修兵も面食らってしまう。

だが、細く弱弱しい体を抱き締めていくうちに、どうしても己の体がこの場に縫いとめられてしまうのを感じる。

この体を離せば、まるで風のようにどこかに消えてしまうかのように。

 

 

「夜・・・誰もいないから・・・。ここで・・・。」

「なっ・・・おい!」

「いいんです!・・・死ぬ前に、檜佐木副隊長と、繋がれるなら、あたしは幸せです。」

 

 

きゅ~~~っと胸を締め付けられた修兵は、欲求が高まっていくのを感じずにはいられない。

はだけた胸が、誘っているかのようで悩ましい。

我慢出来なかった。

 

 

「顔・・・見せてくれよ。」

「そっ・・・それは・・・。」

「いいから、見せろ。」

 

 

顎を右手の親指と人差し指で掴み、クイッと上げて顔を近づけたら。

 

 

 

 

露になったのは、間違いようもなく口囃子隼人の顔だった。

何もかもが、信じられなかった。

 

 

「へ・・・へぇ・・・?」

 

 

年上のお姉さんを思わせるセクシーな女性の顔は、あの先輩の物と全く同じだった。

姉がいるなどという話は聞いたことが無い。

声も隼人の地声に比べてかなり高い。

頭が一気に混乱し、思考回路が乱れに乱れてしまうが、情け無用の答えが返ってきた。

 

 

 

 

「何騙されてんだよ!ばっかじゃねぇの~!!!」

 

 

ぎゃっはははははは!!!!と笑うその笑顔も、修兵が見たことない程の心からの大きな笑顔で、それにも修兵は困惑してしまう。

だが、最後の声は、聞き間違う筈はない。

ちゃんと、隼人の声だった。

 

 

「口囃子さん!!口囃子さんですか!?」

「そうだよ。お前最高だよ。ここまで綺麗に騙されるんだな。いやぁ何か、すげぇわ。すげぇって言葉しか出ない。」

「なっ・・・!信じられません!」

 

 

一瞬で骨抜きにされた美女が、まさか頼りにしていた同性の先輩だなんて、誰も信じたくないだろう。

怒りつつ顔を真っ赤にしている修兵は、いいオモチャだ。

 

 

「現実はこれだよ、修兵。まさかいきなり抱き締めてくるとは思わなかったけど、傑作だねぇほんと!」

 

 

その言葉を最後に、愕然とした修兵はうわぁ~~ん!と叫びながらベッドに顔を埋めて涙を流した。

 



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あざとくて何が悪い!

ほんのちょっと動かせるようになった腕を頑張って動かして泣いている修兵の頭を撫でてやると、意外にも早く泣き止んでくれた。

だが、かなり怒っていた。

 

 

「何でこんなことするんすか。」

「五ヵ月も眠っていると髪すごい伸びちゃってね。そのままだと前見えないから拳西さんにアレンジしてもらったんだよ。そしたら現世のファッション誌に出てくる女の人みたいになったから、面白そうだなって思って。最初に来たのが修兵なのはいいタイミングだったなぁ。」

「阿散井とか吉良にやればいいじゃないすか!!何でわざわざ俺に・・・!」

 

 

怒りでカンカンの修兵は、なんだかんだそういうターゲットに隼人が選ぶのは自分だとは思っていたのだが、それでも抑えられずぷんぷん怒っている。

だが、隼人は痛い所を突いてきた。

 

 

「ねえ修兵、お前最後何しようとしたよ?」

「うっ・・・・・・。」

「何?何しようとしたのかな?男相手に何しようとしたのかな?」

 

 

危うく、隼人相手に接吻をしようとしていたのだ。それも、結構ガチのやつ。

言える筈無い。これは心の中に留め「接吻とかまじありえねぇよ。されたらぶん殴るわ。今出来ないけど。」

「わ、わぁぁぁぁぁ~~~~~!!!!!!!!」

 

 

実際抱き締められた時に今の隼人には一切抵抗できる力は無かったため、万が一キスされたらそれも一切抵抗出来ない。

危うく隼人のファーストキスが修兵になる所だった。どうせなら・・・いや、何でもない。

ともかく、女性隊士なら喜びそうなことでも、隼人にとっては地獄でしかない。

修兵は弁解という名の言い訳を始めた。

 

 

「だって!あんな弱々しい姿を見たら、そりゃあ守ってやりたくなりますよ!それに口囃子さんも泣いて震えていたじゃないっすか!」

「誰が泣くんだよ。笑い堪えるのに必死だったんだよ。」

「酷いっすね!そんな極悪な性格だと思ってなかったっすよ!わざと際どい角度で胸見せたのも演技っすか!?」

「当たり前じゃん。何、男の胸にドキドキしたの?まつもっちゃんが聞いたら泣くねこりゃ。」

「乱菊さんのおっぱいは特別です!!・・・って、そうじゃなくて!!もしかして俺の腕を掴んでいた時の弱った感じも演技っすか!?」

「いや、あれは本当だよ。」

「えっ・・・。」

 

 

瞬時に修兵は、怒りの表情を抑える。

おちょくりはしたものの、だからこそ修兵にはちゃんと自分の体の状態を伝えるべきだ。

そこだけはうやむやにしたくなかった。

 

 

「ずっと寝てたから、体殆ど動かないんだよね。首は回せるんだけどさ。さっきの動きで全力だから。腕すら動かすの大変だからめっちゃ疲れたよ。」

「マジっすか。じゃあせっかく持ってきた果物食えないっすね。」

「・・・食べさせて、欲しいなっ♡(裏声)」

「裏声だったんすね、その声。」

「これも出すの大変だったんだよ。練習したなぁ~。」

 

 

苦虫を潰すような顔をしつつ、戸棚の中に拳西が入れていた包丁を見つけた修兵は、かごの中に入っていた梨を取り出して器用に皮むきを始めた。

 

 

「っていうかさ、こんな真昼間なのにお見舞い来てるってことは修兵休みでしょ?何で死覇装なの?」

「え?楽だしいいじゃないっすか。デートでもないのに決めるのも面倒っすよ。」

「まさか、私服ないの?」

「ありますよ!確かに俺は無駄遣いしがちですけど、服はちゃんと買いますよ!」

 

 

休日だろうと決まって私服を着ないこの男は、無駄遣いのせいで服すら売りに出したのかと少し心配していたが、その様子なら大丈夫そうだ。

というより、興味がないという理由で服を全然買わない自分よりも、ひょっとしたら修兵の方がちゃんと服を買っているかもしれないと戦々恐々しているぐらいだ。やっぱ雰囲気オシャレだし。

 

器用な修兵はすぐに梨の皮を剥き、食べやすい大きさに切ってもらった。

 

 

「・・・ごめん、やっぱ食べさせて?」

「えぇぇ~~~~・・・。」

「えーー!!お願いお願い!!」

「・・・・・・しょうがないっすね。」

「やったーー!!」

 

 

喜んで果物を待ち構えている隼人は、去年までの隼人とは完全に別人のように見える。

あんな悪戯だってやるような人間じゃないし、これ程までに笑ったり喜んだり感情表現が強いのは、かなり新鮮に見えたのだ。

ちょっとうるさいけれど。

 

そして、おでこを見せて印象を変えると、なかなかに地味だと思っていたこの先輩が実はかなり整った顔を持っていることにも驚きを隠せずにいた。

一応イケメンを自認している(だから残念なんだよ)修兵は、髪型をいじれば護廷十三隊のイケメンパワーバランスを脅かしかねない顔面を持っている隼人に、恐れを抱いていた。

 

悟られないように、努めて自然に振る舞う。

 

 

「何か口囃子さん、目覚めてから子どもっぽくなりましたね。」

「そうかな?」

 

 

もぐもぐ食べる姿も、以前に比べてどことなく子どもっぽい。

一つ一つの行動が、大げさになったからかもしれない。

年下なのに、兄貴になった気分だ。

 

 

「春に食べる梨も悪くないね。」

「ですよね!意外と美味しいんすよ!知ってました?」

「知らなかったよ!切ってくれてありがとう!」

 

 

満面の笑みでニコニコしている姿も今まで一度も見たことが無く、つられて修兵も笑顔になる。

養ってあげたくなるような笑顔だ。

残った欠片も口にいれてやるのはまるで親鳥が雛鳥に餌を与えるみたいだったが、久々に食べる果物に隼人は相変わらず舌鼓を打つ。

 

 

「次何食べますか?」

「りんご食べたい!こういう時の定番でしょ!」

「そうっすね!」

 

 

と再び器用に包丁を使って皮を剥き始めた所で、山田花太郎が昼食を届けに来た。

 

 

「失礼し・・・ああああああぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~!!!!!!!」

「げっ!!もうそんな時間!?」

「あれだけ勝手に食べちゃダメって言ったじゃないですか!!今度は檜佐木副隊長まで呼びつけて何やってるんですか!!」

「果物ぐらい別にいいだろ。」

「ダメですよ檜佐木副隊長!」

 

 

そこから花太郎は修兵にあれこれ説明を始めたが、ほぉ、はぁ、と適当に相槌を打つばかりで全く話を聞いていない。

一連の話を聞いた上で最後に放った一言も、治療に長けた四番隊の事情を一切考えない清々しいものだった。

 

 

「げっそり痩せてるならたくさん食うに限るだろ!」

「いや・・・あの・・・・・・。・・・・・・そうですね・・・。」

 

 

結局花太郎は、ご飯を置いていって何も言わず、すぐに出て行ってしまった。

いつもの「失礼しました~。」も言わずに。

負のオーラ全開で、黒い情念を漂わせていた。

 

 

「闇堕ち、しないよね・・・。」

「さぁ・・・俺、言い過ぎましたか?」

「わからん・・・。」

 

 

昼飯は、いつもの数倍増しで味が薄かった。

 

 

 

しばらく修兵とお喋りしていると、阿散井、吉良、松本の三人組がお見舞いにやって来た。

 

 

「えーーーっ!!口囃子さん!?完全に別人っスね・・・。」

「僕は普通に分かったよ。前髪ないのと痩せているだけであとはいつもと変わらないからね。」

 

 

と予想通りの反応を阿散井と吉良はしていた。

あんなに乗せられた修兵はしばらく窓を向いて黙っていたが、つんつんと体をつつくと凄い剣幕で睨まれた。余程黒歴史らしい。いい弱みを握ったものだ。

 

一方松本は、髪が伸びた隼人を恐ろしい物でも見るかのような目で見据えていた。

 

 

「乱菊さん・・・どうか、したんスか?」

「とんでもない物を見た気分だわ・・・。」

 

 

阿散井の問いに、松本は尚も身を震わせている。

 

 

「髪型のイメチェンだけで・・・こんなに変わるなんて・・・!現世の少女漫画でしかありえないと思ってたわ・・・。私も負けてられない!!美容室行こ~~~っと!」

「ら、乱菊さん!?」

 

 

修兵に名前を呼ばれても一顧だにせず、恐らく昼休みと思われる松本はそのまま予約していないにも関わらず行きつけの美容室に向かって行った。

帰って来ない松本にぼやく日番谷の姿が目に浮かぶ。

 

ちなみに、ここで松本がロングの髪をバッサリ切ったことがたまたまルキアのショートヘア化と重なり、数多くの女性死神が髪を切る、死覇装にアレンジをするなどのイメチェンブームが巻き起こった。

つられて数多くの男性死神もイメチェンすることになる。

 

まさかインフルエンサーとなっていたことも知らず、隼人はそのまま日々を過ごすのだが。

 

 

残った三人と引き続き喋っていたが、流石に疲れたので彼らが帰った後は数時間昼寝をした。

体力不足で情けないとなるべく考えないようにする。

開き直ったら、何だか色々と楽になった。

 

目が覚めると、再び拳西が椅子に座っていた。

 

 

「起きたか。山田弟と何かあったのか?アイツ相当落ち込んでたぞ。」

「あぁ・・・。あそこに置いてある果物食べてるの見つかって怒られちゃったんですよ。」

「果物もダメかよ。厳しいな。」

 

 

ぼへぇーっと意識が曖昧なまま喋りつつ、ゆっくりと体を起こしていく。

さっきの疲れも少しは取れたようだ。

 

 

「明日からリハビリするぞ。」

「り・・・りは・・・?」

「体動かせるようにする訓練だ。死神復帰する為にやらねぇといけないだろ。」

「えっ手伝ってくれるんですか?ありがとうございます!」

「当たり前だ!みっちり鍛えてやるぞ。ヒョロヒョロの細い体なんかダメだ。ちゃんと筋肉つけろ。」

「別に筋肉つけた所で――――。」

 

 

物凄い剣幕で拳西が睨んできたので、しおらしく黙っておく。

昔から拳西に何度も鍛えろと言われてきたが、気乗りせずのらりくらりと躱してきたツケが来てしまった。

今回否定すれば四番隊中に怒号が響き渡りそうなので、素直に従うことにした。

 

大人になってから、体を鍛える必要性は少しは理解している。

 

 

「分かりました。鍛えます。でも拳西さんみたいなムキムキボディにはなれませんよ。」

「は?何言ってんだテメェ。」

「いや、昔に比べて明らかに筋肉量増大してますよね。もはや筋肉お化けで」

 

 

拳骨が飛んできた。

子どもの頃に隼人が言っていた筋肉お化けという言葉は、最も拳西を怒らせる言葉であることに今でも変わりはない。

 

 

「痛い~~!!!」

「誰が筋肉お化けだコラ!!」

「理不尽ですよほんと。一応元怪我人なのに・・・。」

「そうやって減らず口叩くなら大丈夫だな。明日からお前はリハビリに集中しろ。」

「え。」

「休む暇なんか与えねぇぞ。俺を馬鹿にしたからには覚悟できてんだろうな・・・!」

 

 

明日から始まるリハビリという名の肉体改造を機に確かに隼人は人並みに筋肉をつけることに成功したが、あまりの過酷さに何度も涙を流したのだった。

 



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現世!

リハビリ(肉体改造)は、地獄のように思えた。

最初は拳西鬼の指導に何度も泣かされることになったが、途中から白が尸魂界にやって来たことでリハビリはもはや修行と化してしまい、何度も花太郎のストップと共に彼の覇気のない逆鱗に触れてきた。

結局強引にも程があるリハビリで一ヶ月もかからずに死神として復帰できるようになったが。

 

隼人が退院する時には既に拳西も白も現世に帰っていた。

 

 

「花太郎!今までありがとな!」

「いえ。・・・・・・今までで一番手を焼いた患者でしたけど・・・。」

「じゃあ久々に七番隊行ってくるよ。今度お礼に何かあげるよ!」

 

 

駆け出して行った姿は、完全に以前の姿と変わらない。

何度も約束違反をして怒ってきたが、合計でかなり長い期間入院していたので退院する姿は感慨深い。

一時はこのまま目を覚まさないかと思ったが、本当に回復してくれて良かったと花太郎は喜びを噛みしめ、再び自分の仕事に戻っていった。

 

 

 

 

七番隊隊首室に挨拶に向かうと、とんでもない知らせを事後報告された。

 

 

「済まん。実は、6月まで隼人の仕事は全て有給休暇にしたのだ。」

「えっ。ほんとですか!?」

「お前はずっと休んでいない。残業こそしていないが、いくら何でも休まなさすぎだ。毎年夏休みも取っていないのは儂としては感心しないぞ。これを機に暫く休め。」

「は、はぁ・・・。」

「現世にでも行って羽を伸ばしてこい。今の隼人には仕事よりもその方が良い。案ずるな、仕事は鉄左衛門にでもやらす。」

 

 

最後のはちょっとまずいのではないかと心配になるが、ここまで狛村にまくし立てられるとむしろ仕事すると言えば怒られそうだ。

ご厚意に甘えるとしよう。

今までも休んできたようなものなので、何だか更に休んでしまえば仕事に戻るのが大変そうだ。

 

 

「穿界門の準備はもうしてある。今すぐ行ってこい。」

「今すぐですか!?」

「せっかく準備した穿界門を無駄にする気か。浦原殿のことも考えろ。」

「わ、分かりました!では、すぐ準備して行ってきます!」

 

 

退院してから七番隊で狛村から事後報告され、大慌てで荷物を準備し穿界門の場所に向かい現世に降り立つまで、僅か一時間の出来事だった。

 

 

 

穿界門を抜けた先は、広大な空間だった。

足元には多数の配線が張り巡らされており、何やら研究を重ねている様子だ。

 

 

「どぉ~~もぉ~~!お久し振りっス!!」

 

 

少し離れた所から、家主の声が聞こえた。

この気の抜けた声は、間違いようもない。

 

 

「浦原さん!」

 

 

駆け出していった隼人は、すぐさま張り巡らされた配線に足を取られ、ビターーーーン!!と転んでしまった。

顔を思いっきり打ったので、鼻が折れていてもおかしくない程だ。

 

 

「ジン太よりも清々しいコケ方でしたね・・・。大丈夫っスか?」

 

 

だが、そんな痛みなど久々の再会に比べればへっちゃらだ。

ケロっとした様子で隼人は顔を上げて笑顔を見せる。

顔面血まみれだったが。

 

 

「全然大丈夫じゃないっスよそれ!手当てしましょう手当て!」

「これぐらい大丈・・・わっ!たしかにこれはヤバイ!」

 

 

手鏡で顔を見た隼人も、血まみれの顔をみて驚きを禁じ得ない。

浦原の歩いた所を正確についていきながらようやく地下空間から出て地上の商店に辿り着いた。

 

 

 

 

 

いたって普通の和室の部屋に、不釣り合いな金髪のおかっぱ頭の人間がいた。

 

 

「久々やなァ!元気しとったか!?」

「わ!平子さん!!お久し振りです!」

「オレのこと覚えてたか!嬉しいわァ!」

 

 

血まみれの顔を一切気にせず、髪型の変わった平子は顔に喜色を浮かべて再会を楽しむ。

二人が会話しているところに鉄裁が割って入り、回道を使って隼人の傷を回復させた。

血まみれではあったが、実際にできた傷は小さいのですぐに治った。

 

 

「髪の毛切ったんですね。めっちゃ短いじゃないですか。」

「現世にいる時はこっちの方が色々とええしなァ。拳西から聞いとったけど、オマエホント髪伸びたな。今のオレより長いやん。」

「聞いてくださいよ!僕女の子に間違えられたんですよ!」

 

 

聞き上手の平子は隼人の上手くまとまらない話にしっかり相槌をうち、楽しそうに話を聞いてくれた。

危うく初めてを奪われそうになったことは決して明かさないようにし、線引きをしっかりしたが、それでも平子は理解してくれたようだ。

 

 

「こうやって時々かき上げないと前見えなくなっちゃうんですよ。最近いかにセクシーにできるかを研究してたんですよ。」

「そこに注意払ってどうすんねん!・・・まァ、それも今日でおサラバやけどなァ。」

「え?」

「隼人の為に美容室予約したで!!オレイチオシんトコや!数ヶ月待ちのトコ無理言うて今日空けてもろたさかい、行きたくない言うても異論は認めん!!!」

「ええぇ~~・・・。」

 

 

尸魂界にいた時も拳西に平子の美容室で切ってもらえと言われたが、冗談だと思っていた。

昔から人一倍オシャレと髪型に気を遣っていた平子のイチオシともなれば技術はそれはもう素晴らしいものだろうが、今まで床屋さんしか行ったことの無い隼人は不安しかない。

今の髪型を自力で作るのも失敗する時だって普通にあるのだ。

 

 

「とっとと義骸に入れや!はよ行くで隼人!!」

「本当に今日じゃないとダメなんですか?」

「何遍も言わすなアホ!つべこべ言わず行くで!!」

 

 

こうやって外堀を埋められては流されてしまうのが、自分でも嫌なところだ。

義骸には平子が買ってきた服を既に着せていた。

 

 

「あれ、でも義骸に入ったら髪の毛とかどうなるんですか?」

「喜助が新たな義骸開発してなァ。爪とか髪とかが霊体と共有できるようになったんや。やから現世(コッチ)で髪切っても尸魂界(向こう)でも同じ髪型でそのまま引き継げるようになったんや。」

「へぇ~・・・。」

 

 

義骸には服を着せてあったものの、今までの一人一人専用の義骸とは違い、頭部は髪の生えていないマネキンと同じような形だった。

浦原の言う通りにして義骸に入ると、髪の毛は今の隼人と同じくらい伸びていたものの、それ以外はいつも入る義骸と全く変わらない。

といっても、前に義骸に入ったのは二十年近く前の話だが。

 

 

「口囃子サン、口囃子サン。ちょっと。」

 

 

外で待っていた平子の許に向かおうとしたところで、浦原に呼び止められた。

 

 

「手紙、読んで頂けました?」

(!)

 

 

実は、この話をされた時、どう返答すればいいのか隼人は読んでからずっと悩んでいた。

拳西から手紙を渡された時、どうせ今回もふざけた物だろうと高を括っていたら、なんとガチの謝罪文だった。

 

筆遣いもかなりの達筆で、誠心誠意の気持ちがこもっていることは、字を見ただけで理解出来た。

こんな浦原は初めてすぎて、最初は手紙の内容もよく理解できなかった。

同封されていた夜一の手紙がいつも通りすぎたのでそのギャップもあったかもしれないが。

 

 

「読みました。読みましたけど・・・。すみません。正直どう返事すればいいのか今でも纏まらなくて・・・。」

「いいんスよ。これは・・・()()()けじめっスから。返事とか気にしないで下さい。読んで頂けたならそれで結構っス。」

「でも・・・。」

「さぁさぁ行ってらっしゃい!!口囃子サンが生まれ変わるのをアタシも楽しみにしてますよ~!!!」

 

 

ちょっと強めにバシッと背中を叩かれ、隼人は前につんのめる。

駄菓子屋も忙しいと真実と嘘を交えたいい加減な言葉を投げかけて、浦原は半強制的に隼人を外に出して平子に面倒を任せる。

少し後ろ髪引かれる思いはあったものの、隼人は平子について美容室に向かって行った。

 

 

「・・・いやぁ、昔みたいに元気な姿に戻ってくれて、本当に良かった・・・。」

 

 

誰にも聞こえていない浦原の独り言は、心からの安心とともに吐き出されたものだった。

 

 

 

 

 

平子に連れられてやってきた美容室は、外観からして隼人には場違いどころの問題では無い場所だった。

 

 

「む・・・無理ですよ!ここアレですよね!?一定の顔面力持たない人間はお断りですよね!?服装とかバッキバキのスーツじゃないとダメなやつですよね!?」

「何言うてんねん隼人。何も問題無いわ。」

「いやでも僕絶対ここ入ったら周りから浮いて「おじゃましまァ~す。」

「ちょっと待って下さいよ!!!」

 

 

だが平子が入った流れで自分もその神聖な地に足を踏み入れてしまい、出ることも出来ず固まってしまう。

緊張で汗が止まらず、周りで何が起きてるのかもあまりよく分からなくなっている。

 

 

「平子さん!いつもお世話になってます!」

「済まんなァ予約勝手に開けてもろて。大学時代の後輩なんやけど、バッチリ切ってくれるか?」

「了解しました!」

 

 

店長の美容師さんは芸能人みたいなイケメンで、一緒の空気を吸っていることすらおこがましく思える。

鞄お預かりしますね~とこれまた美人の若々しいアシスタントさんに言われ、緊張しながらも頑張って行動に移す。

リュックを彼女に渡すと、別のこれまたおしゃれな女性アシスタントさんに案内され、大きな椅子に座らされた。

 

 

「緑茶とほうじ茶とジャスミン茶、どちらに致しますか?」

「えっあっえっと、ウーロン茶で!!」

「あっ申し訳ございません。ウーロン茶は揃えていないですね・・・。」

 

 

いきなりかましてしまった。

パニックに陥り、思考があっちこっちへ分散していくかのようだ。

隼人の気の動転を感じ取った女性は落ち着いてもらえるよう笑顔でにこやかに対応を続ける。

 

 

「あああっっ!!すみません!緑茶はありますか!?」

「ありますよ。温かいのと冷たいの、どちらに致しますか?」

「冷たいので!!!」

「了解しました。お持ちいたしますね。暫くこちらの雑誌をお読み下さい。」

 

 

そう言われて目の前の物置きに置かれた雑誌は、ヘアスタイルが一覧になって出ている本や、男性化粧品の使い方のレクチャー本など、隼人にとっては全てが未知との遭遇だ。

ケープから通した手でその雑誌をめくってみるが、どのページもキラキラ輝いていて、目に毒だ。

 

ダメだこんなもの見れたもんじゃねぇと雑誌を置き、鏡越しに色んな所を見ていると、お茶を持ってきたのは超イケメンの店長だった。

 

 

「担当の木本です。今日はよろしくお願いします!口囃子さん、ですね。」

「はっはい。」

「珍しい漢字の書き方ですね。」

「そ、そうでしょうか・・・。」

 

 

触りの会話にすら緊張している隼人を見て、店長は笑いながらリラックスして下さいねとキラキラスマイルをぶつけてくる。

その圧倒的オーラが隼人にとっては緊張の原因なのだが。

 

 

「今日はどれぐらい髪を切りますか?」

「えっと・・・伸びすぎたので、無難に切ってください。」

「無難にですね。分かりました。」

 

 

美容室に入ってからこの椅子に移動する間に完全に前髪が前に来てしまい前が見えなくなったが、緊張で放っておいたため、あまりよく前が見えない。

店長が髪をいじりながらどういう風に切ろうかと考えているのは何となく分かった。

 

 

「そうですね・・・無難になら、前髪は普通に作る感じで・・・・・・!!!!!!」

 

 

前髪をまとめて上げた途端、何故か店長の顔色が変わった。

 

 

「ちょっと、待っていて下さい。」

「え?は、はい・・・。」

 

 

隼人の前髪を両耳にかけた後、店長は少し離れた場所で前髪を切ってもらっていた平子の所に向かって行った。

何やら話し込んでいる様子で平子は一瞬びっくりした表情を浮かべたあと、こっちを見てニヤニヤしている。

鏡越しに二人が話し込んでいる様子を見ていたが、正直嫌な予感しかしなかった。

 

戻ってきた店長は、さっきと変わらない営業スマイルでハサミを持って準備を始めた。

まずは後ろから切っていくが、毛先を整える程度で丁寧に切っているようだ。

 

 

「それにしてもこの茶髪、地毛ですか?」

「まぁ、はい・・・。」

「天然の茶髪って羨ましいですね~。大学生ってよく茶色に染める人多いんですけど、正直似合ってない人も多いんですよ。」

「そうなんですね・・・。」

 

 

とっても丁寧な手捌きで髪を扱ってもらい、流石予約の取れない超人気店だと実感する。

こっちの緊張を和らげようとする努力も伝わってきて、ほんの少しだが安心出来た。

 

 

「一回前髪いきますね。」

「あ、はい。よろしくお願いします。」

「大丈夫ですよ。ゆっくり切っていきま――――やべっ。」

「え?」

 

 

手を滑らした店長は、大事な商売道具を傷付けてはいけないという思いが常日頃からあるため、落としそうになったハサミを卓越した瞬発力と反射神経を用いて左手でキャッチした。

だが、ハサミの掴み方が非常に悪かった。

 

 

ハサミをキャッチすると同時に開いた二つの刃は閉じられた。

つまり。

 

刃の間にあった隼人の長い前髪は、到底人前には見せられない形でばっさりと切られていたのだった。

 



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うわさのくーるぼーい!?

「あああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」

「大変申し訳ございません!!」

 

 

予期せぬ形で切られた前髪はばっつり斜めに切られており、子どもに悪戯で切られた髪といってもおかしくない形をしている。

あまりにも無残な前髪を見て、自然と目に涙が浮かんできた。

 

 

「こんな・・・こんな、前髪・・・。」

「すぐに修復させて頂きます!!」

「もう、何でもいいのでお願いします・・・。」

「分かりました!」

 

 

そこからの店長の手捌きは、まさにプロのような動きであり、あっという間に隼人の髪型は変わってゆく。

バリカンを使って襟足を刈り上げ、あんなに長かった髪は殆どなくなり、むしろ前よりも短髪になっていた。

 

 

その様子を横目に見ていた平子は、雑誌を見るフリをして笑っているのを隠すことに必死だった。

さっき店長の木本が平子の許に来た時、彼は非常に目を輝かせ、野心めいた顔をしていた。

 

 

「平子さん!なんであんなイケメンを今までほっといていたんですか!」

「はァ?あいつそんなイケてる部類に入るんか。」

「とんでもないポテンシャルです。短髪で前髪上げたら道行く女の子みんな振り返ってもおかしくないですよ!」

「ホンマか!」

 

 

地味だと思っていた子どもは大人になっても結局地味かと思っていたが、店長がテンションを上げる程とんでもない潜在能力をもった顔だとは意外な物だ。

 

 

「ほんなら、店長さんの好きなようにやってええで。多分アイツ無難にとか言うはずや。」

「言われなくともそのつもりでしたよ。あの作戦、やります。」

「・・・アレか。隼人どんな顔するやろなァ・・・。」

 

 

ニヤニヤと笑った平子は、そこからもチラチラと隼人の方を横目で確認し、ばっさり前髪を切られて断末魔の叫びを上げるその姿に笑いを堪えるのに必死になっていたのだった。

 

 

 

 

 

「それでは一回頭洗いますね。移動しましょうか。」

「はい。」

 

 

とんでもない失敗をされたため最初はこの美容師に少し怒りすらしていたが、信じられないような優れた腕で前髪の失敗など完璧に修復され、かなりさっぱりした髪型になっていた。

洗うと頭に残っていた髪が落ちるため、さらに短く見えるようになるらしい。

いい加減長い髪にすこしうんざりしていたのでこれは個人的に非常に嬉しかった。

 

単純な隼人は、髪を短くしてくれるというだけで、簡単に店長の評価を一変させていた。

 

 

「痒い所はございませんか~~?」

「!!!!―――大丈夫です!!!!」

 

 

美容室に行くなら聞いてみたかった言葉も無事聞くことが出来、それなりに悪くないかもと隼人は美容室に対する先入観を改めつつあった。

 

頭を乾かしてもらうまでは。

 

 

「では最後にセットしましょう!カッコよくしてみせますよ~。」

「えっ?あ、はい。」

 

 

切り終わった平子も隼人の後ろに立って様子を見ている。

正直このままでも十分なのだが、なにやら相当に自信を持った店長の顔を見ると、結構ですと言うのもためらわれる。

こんな時に自分の意見をはっきり言えないのが情けない。

 

普通に乾かすやり方とちょっと違う乾かし方をしていたので、それが何か関係があるのだろうかとぼんやり考えつつ、ワックスを馴染ませた店長の手が頭に伸びていく。

 

 

「お、おおおぉぉぉおおおぉぉぉおおおおぉぉぉ・・・・・・。」

 

 

どんどんと立ち上がっていく髪の毛を見ていくうちに、何だか嫌な予感がしてきた。

バック、トップ、サイド、前髪の順にワックスをつけて髪を立ち上げていき、それをヘアスプレーで固定していく。

何だこれは。何だこの、イケイケな髪型は。

信じられない物を見る目で、自分の姿を確認していく。

 

 

「アップバングか。たしかに印象ガラッと変わったな。」

「ですよね!元の顔が凄く整っているので、前髪は絶対に上げるべきですよ。よく、似合ってます。セットの仕方知りたければいつでも教えるので電話して下さい!」

 

 

これが本当に口囃子隼人なのか?

自分が自分でないみたいだ。全く別のカッコいい人に転生したかのようだ。

美容師って、たった一時間で人間をここまで変えてしまうのか。

 

尊敬と多少の恐ろしさを抱きつつ、隼人は今日切ってもらった店長にお礼だけは言った。

むしろ、心がプワプワしてお礼しか言えなかった。

 

 

「あ、ありがとうございます・・・。」

「また来てくださいね!もう次の日付予約しちゃいますか!」

 

 

なんてどんどん話が進んでいくのに置いて行かれて、隼人は自分の知らない内に次の散髪も現世で行うことになってしまった。

ぼーっとした隼人に代わり、前髪を斜めにカットした平子が代金を支払ってくれた。

技術の割に意外と安く、そこが人気の秘訣かもしれない。

 

 

アシスタントの女性からリュックをもらって背負い、平子の後ろについて仮面の軍勢のアジトに向かって行った。

 

 

美容室は東京の中心部にあるので、平子達のアジトへは電車で向かう。

その道中も、何だか複雑な心境にさせられた。

 

すれ違う多くの女性が、自分を見てヒソヒソ話をしているのだ。

知らない人から露骨に見られるなんて経験したことないので、恐怖しか感じない。

「めっちゃ○○に似てない!?」「あの子大学生だよね!?○○くんが若くなったみたいでめっちゃ可愛いんだけど!」と隼人を見て騒いでいる女性もいる程だ。

 

恐くなり、前を向くことすら出来なくなってしまった。

 

 

「平子さん・・・駅、まだですか・・・?」

「何怖がっとんねん。堂々とせんかいアホ!」

「だって、こんな噂されたことないんですよ!今まで女の人から噂されたこともなかったのに、髪型変えただけで急に色々言われたら、そりゃ怖いですよ!」

 

 

その間も「私東京一帯のイケメン大学生大体知ってるけど、あんな男らしいイケメン見たことないわ!」と驚かれたり、カップルの女子が見惚れてしまい、彼氏さんがコッチをみて露骨に嫌な顔をしたりもした。申し訳なさで一日中謝れそうだ。

 

極めつけには、逆ナンに遭ってしまった。

 

「そこのス●バでお茶しませんか?」とウェーブのかかったロングヘアーの女性数人が隼人の肩をとんとんと叩いて誘ってきたのだ。恐らく隼人の外見年齢と変わらない、女子大生集団だと思われた。

金が無いと言えば、私達が出しますと言われ、カフェに入ったことないとか細い声で言えば、むしろ可愛いと騒がれてしまう。

ニコニコ笑う女の子の笑顔が、キラキラしていて恐怖しか感じない。

ごめんなさいと言えば、「はぁ?マジ無いわ。」とガチトーンで言われ悪口を言われるかもしれない。

 

「へえええぇぇっぇぇえええぇええぇぇぇ・・・。」と半分泣きながらどうやって断ろうか思考が定まらなくなっていると、隣にいた平子がようやく助け船を出してくれた。

 

 

「済まんなァ。コイツオレの地元の知り合いでなァ。東京初めて来たさかい、緊張してまともに喋れんのや。今日はちょっとカンベンしてや。」

「ご・・・ごめんなさい・・・。」

 

 

「えぇー?せっかくお喋りしたかったのになぁ・・・。」「仕方ないよ。でも東京初めて来て緊張してるなんて可愛いよね!」などと言いつつ、女子大生集団は去って行った。

相変わらずか細い声の隼人は、緊張と恐怖で平子の背中にかじりつき、今度こそ静かに泣き出してしまった。

 

 

「・・・こんなんで泣くなや。拳西に知られたら勝手に外連れ出すことも出来んくなるやん・・・。」

「怖いですよぉ・・・。」

 

 

あまりの情けなさに、むしろ昔より子どもになっているのではないかと心配になる程だった。

あの藍染相手に一人で粘った男とは到底思えない、昔と変わらずヘタレのままの隼人に呆れが止まらなかった。

 

 

電車は昼間なので空いており椅子に座る事ができたが、数駅通り過ぎたあたりで不自然に周りが若い女性しかいなくなっており、怖くなって数回電車から降りてしまった。

幸いここは東京なので次の電車はすぐに来るため問題ないが、あまりの忍耐力の無さに平子は何度かキレてしまった。

 

 

「オマエ、もうちょっとどうにかならんの!?」

「聞こえてくるんですよ!!ヒソヒソ僕の顔を見て話している声が!!」

「そやけどなァ!!何遍も電車乗り降りすんの面倒なんやぞ!!それに降りてもムダや!!気付いとらんだろうがなァ!隼人の周りにいた女連中も次の駅で降りてるんやで!!オマエの姿電車の中に見つけたら乗り込んでるんや!!」

「ひぃぃぃぃ!!!!!!!何て執念!!」

「ええ加減受け入れろアホ!!!!」

 

 

そこからは電車から逃げようとしてもガッチリ平子に腕を掴まれ、降りることは叶わなかった。

 

 

ようやく空座町にある仮面の軍勢のアジトに着いた。

そこでの皆の反応も、やはり驚きが中心だった。

 

 

「おぉ久し振りだな隼人!ついに地味キャラから脱却か!良かったな!」

「シンジの美容室に行けば誰だって変われるからね。ボクも拳西もリサも大分変わったよ。」

「ラブさん・・・ローズさん・・・。」

 

 

ローズの髪型も何だかクラシックの巨匠みたいな髪型になっている。

ラブは星型のアフロとこれまた奇抜になっていた。

服装は現世のものだったが、中身は何も変わっていないようで安心する。

 

 

「アンタ、地味だったのに変わったな。デビューか!死神復帰デビューでもしたんか!」

「はやちん!!伸びてた髪の毛切ったんだね!」

「矢胴丸さん・・・白お姉さん・・・。」

 

 

ポニーテールで前髪を作ったリサは、三つ編みを辞めたのだろうか。相変わらず過激な本を持ち歩いているようだ。

白は、前に尸魂界に来た時と変わらず、ウェーブのかかった髪の毛ではなくストレートにし、肩の位置あたりまで髪を伸ばしていた。

 

 

「とっても清潔感があって似合っていマスよ、隼人サン。」

「・・・・・・アホらし。」

「ハッチさん・・・ひよ里ちゃん・・・。」

 

 

ハッチは、服装以外何も変わらない。だからこそ、すごく安心した。

ひよ里は、死神を憎み毛嫌いしていると聞いていたので少し不安だったが、あからさまにつっぱねようとはしておらず、受け入れてもらえたようだ。

 

 

「おう。髪切ったのか。さっぱりして似合ってるぞ。」

「・・・拳西さん・・・。」

 

 

以前尸魂界にいた時から少しずつ髪を伸ばしていたのは知っていたが、サイドを刈り上げ、前髪と頭頂部の髪を立たせている髪型は、非常に似合っていた。

 

だが、そんなことはもう正直どうでもよかった。

 

 

「・・・・・・疲れた・・・・・・。」

 

 

憔悴しきった顔をした隼人は、拳西にくたくたとしなだれかかってそのまま眠ってしまった。

 



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野心!

せっかくセットした髪を崩さないようにうまいこと隼人の頭をソファの端に置いて寝かしつけ、大体できた夕食の仕上げのために再び手を動かし始めた。

 

 

「何や色々作っておるなァ。」

「一応快気祝いだしな。ここで作ってる奴の他にハッチと夜一にピザ取りに行かせてるぞ。」

「何であんな凸凹コンビに行かせんねん。つーか、夜一もおるんか。」

「あいつはほとんど食いモン目当てだぞ。あと、あの話するために来てもらった。」

「・・・もうするんか。」

 

 

まだ見通しの立っていない話ではあるが、どうせなら隊長復帰に関しては自分たちの口から直接伝えてやりたかった。

急に尸魂界に死覇装を着て目の前に現れて驚かせてやろうとも考えていたのだが、現実的でない上、多分どっかでバレる確率も高い。

夜一と京楽の働きかけもあって仮面の軍勢三名の隊長復帰の話は席官以下の人間には機密事項とされており、隼人はその話を毛程も知らない。

 

 

「まだ確実やないやろ。あんま期待させんのもどうかと思うで。」

「夜一がうるせぇんだよ。早く話してやれって。ったく、席官以下には広めるなとか言っといて矛盾してるだろ。」

「ボクはもう話してもいいと思うよ。」

「あたしも構へんよ。」

 

 

拳西の料理を手伝っていたローズとリサも賛成の意見を示す。

と言うものの、二人には相応の野心があるのだが。

 

 

「尸魂界だと楽器の演奏しやすいからね。僕の狂おしいメロディを聴いて涙する隊士が出るといいな~。」

「あたし、死神相手に商売しようと思っとるんや。あんたらがはよ復帰してくれればあたしもすぐ動けるからはよ復帰せえや!」

「何でオメーのために復帰早めなきゃいけねぇんだよ!」

 

 

ローズはさらに三番隊でオーケストラを作りたいとかいう野心をベラベラと喋っている。

射場母が副隊長でなくなったのをいいことに、以前にも増して隊を私物化しようとしているのを堂々と喋っているのだ。

浦原みたいな私物化の仕方ならまだしも、護廷十三隊にとって何の役にも立たない私物化は、感心しない。

 

一方リサは、書籍販売会社を立ち上げようとしているが、実態はエロ本仲介人でしかない。

顧客の秘密は絶対に守り、届ける際にも絶対に外にはバレない特殊なやり方で運搬を行うらしい。

結局浦原の秘密道具頼りなのだが。

 

 

「現世は本だけやない!動画もあるからな!尸魂界の若い童貞死神共が刺激の強いエロ動画観たら興奮してすぐ股に手「ピザ届いたみたいやでぇ~~。」

 

 

リサの少々危険な言葉を断ち切るかのようにハッチと夜一がピザを届けに来た。

といっても、ほとんどハッチが持っていたが。

 

 

「後で喜助達も来ると言っておったぞ。そんなことより隼坊はどこじゃ!!」

「あっちで寝てるで。」

「何?眠っておるじゃと!?」

 

 

ソファで眠っていた隼人の許に駆け寄り、大声で呼びかけながら強引に肩を揺さぶって起こした。

 

 

「おい!起きろ隼坊!!」

「ん~~ちょっと揺さぶんないでって・・・夜一さん!?」

「何呑気に眠っておるのじゃ!!そこまでおぬしはわしの顔を見たくないのか!」

「いやその論理破綻し過ぎてツッコミどころ逆にないですよ・・・。」

 

 

寝ぼけ眼の隼人をぺちぺちと軽い往復ビンタで覚醒させ、食事が並べられたテーブルに連れて行く。

 

 

「えっ!何これ!!すっげぇ!!!」

「隼人の快気祝いや!オレ達みんな頑張って作ったんやで!!まァ、九割拳西が作ったんやけどなァ!!」

 

 

身も蓋もないことを堂々と喜んで口に出す平子はさておき、自分の為にたくさん料理を作って出してくれるのはとっても嬉しくて、心が温かくなる。

院に合格した時に皆でどんちゃん騒ぎをしたあの日を思い出した。

あの時は海燕もいたし、白哉も生意気かつ熱い性格で夜一に何度もキレていた。

変わってしまったことももちろんあるのだが、それでも昔に戻ったようでノスタルジックな気分にさらされた。

 

テーブルを見てみると昔からの好物である肉じゃがはもちろん、見たことないような料理もたくさんテーブルの上に乗せられていた。

 

 

「おらっどけ。飲み物通るぞ。」

「みかんジュースだ!!お酒はないんですか?」

「無ぇ。お前飲んだら間違いなく荒れるだろ。」

「えぇ~残念・・・。」

 

 

しょんぼりしていると拳西にここに座れと指図され、左に夜一、右に拳西が座る。

徐にフライパンとお玉を取り出した拳西は、大きな音を響かせて叩きつけ、「飯だぞーー!!」と叫び声を上げる。

 

 

次の瞬間、血相を変えた仮面の軍勢達が猛スピードでこちらに移動し、早い者勝ちで席に着いた。

 

 

「ギャハハハハ!!!ハゲシンジが今日の皿洗いや!!量多いから死ぬ思いしてやるんやで!!このハゲ!!」

「何でよりによって今日負けるねん・・・!」

「ま、仕方ないな、頑張れよ真子。」

 

 

平子が可哀想に見えた隼人は手伝いますかと言ったが、ひよ里から殺されそうな視線を向けられたので何でもないですと言う他なかった。

 

 

「何でも食いたいモン食え。隼人のお祝いだからな。」

「ありがとうございますほんと!」

 

 

最初に手に取ったのは、近くにあった円形の食べ物だ。

 

 

「これって何ですか?」

「ピザじゃ!若いおぬしの口にならあうと思うぞ。」

 

 

赤いソースの上に、チーズのようなものがかかっている。

隣で食べている拳西を見ると、手掴みで食べる物のようだ。

ならって自分でも手掴みで食べてみる。

 

 

「ん~~!んま~~い!!!」

「そうじゃろう!わしおすすめのピザを買ってきたからにはまずいと言ったらタダでは済まさぬ!」

「さすが夜一さん!四大貴族なだけありますね!」

 

 

ちょっぴり噛み合わない会話をしつつ、隼人は初めて食べた『ぴざ』をいたく気に入った。三枚目を食べようとして拳西に止められたが、出来ることなら一枚丸々食べれるかもしれないぐらいには美味しかった。

他にもピラフやフライドポテトなど並べられたものは洋食が目立ったが、どれも拳西が作ったものは非常に美味しかった。

こんな幸せな時間が来ることを、手掛かりが掴めず自暴自棄になりかけていた去年の隼人は考えもしなかった。

休暇を作ってくれた狛村、仕事を代わりにやってもらっている射場にも感謝しなければならない。

 

そうこうしながらご飯を食べていると、浦原商店の面々が重箱を持ってやってきた。

 

 

「鉄裁サン特製のお重ですよ~~!」

「ウチこれめっちゃ好きやねん!!早よ開けろ喜助ェ!!!!」

「はいはい分かりましたよ~。」

 

 

和食中心の重箱は、随分と渋い食べ物がたくさん入っていた。

和菓子の段を独り占めしたひよ里は、かき込むように中に入っていた饅頭などを口の中に入れていく。

 

 

「ひよ里ちゃん・・・太るよ?」

「義骸やから関係ないで隼人!!残念やったなァ!!」

「体重●●(ピー)キロのどこが痩せとんねん。」

「ハゲ貴様!!乙女の体重何バラしとんねん!!」

「誰が乙女ですかーー?オレの目の前には小便臭いガキしかおらんわ!!」

「何やとォ!!」

 

 

場外乱闘が始まったため干渉を避けた隼人は、拳西の作った洋食を中心に鉄裁のお重にもたまに手を伸ばす。

ハートのフリルをつけた白いエプロンは不気味だが、修行の時にもらった弁当の味から分かるように鉄裁の料理もとっても美味しい。

 

あっという間に食べ物は無くなってしまった。

 

 

「それじゃあハゲ真子!皿洗いは任せたで!ウチらはのーーーんびり銭湯に行ってくるわ!!白!リサ!ラブ!ハッチ!早よ行くで!!」

「ついでにジン太とウルルも連れて行ってもらっていいですか?」

「しゃーないな!真子が皿洗いで気分ええから連れてくわ!!お前らも行くぞ!!」

「相変わらず平子さんのことおちょくるの好きなんだね・・・。」

 

 

ひよ里の指揮でヴァイザード女子軍団とラブ、ハッチ、そして浦原商店の子どもたちは銭湯に向かっていった。

この様子なら、銭湯でもきっと大騒ぎしていそうだ。迷惑客にならないことを祈る。

 

 

「さて、それでは本題に入りますか。」

「そうじゃな。」

「ひよ里サン、きっと気付いて銭湯に向かって行ったんでしょうね。」

 

 

夜一と浦原の話に、一体何のことやらと隼人は頭に疑問符を浮かべている。

残ったメンツの顔を見ると、一生懸命皿を洗っている平子以外は、何やら事情を分かっているように見えた。

 

 

「拳西さん、何かあったんですか?」

「実はな、」

 

 

紡ぎ出された言葉は、あまりにも破壊力のありすぎるものだった。

 

 

()()()()()()()()()。」

(!!!)

 

 

目の前が真っ白になった。

それは、一度拳西がいなくなってから切に願っていたことの一つだ。

尸魂界に再び彼らが足を踏み入れることができるようになってほしい、そして、ゆくゆくは拳西達に死神復帰してほしい、そんな思いをずっと抱えて一人で今日まで生きてきた。

その願いが叶うなんて。

 

 

「ほんとに・・・ほんとにですか・・・?」

 

 

と震えていると、事態はそこまでいい方向に向いていないことを聞かされる。

 

 

「でも向こうには反対する奴らもいてな、話は来てるが復帰の目処は立ってねぇ。」

「ボク達は虚の力が混じってるからね。死神たるもの、そんな不浄な力は持つべきではない、って思う人もいるってことさ。」

「そんな・・・!」

 

 

話を聞いた隼人は、怒りで拳を机に叩きつけた。

その怒りの顔は、ここにいる人間誰もが見たことの無い表情だった。

 

 

「そんなの横暴じゃないですか!皆さんは望んで虚化したワケじゃないのに!藍染の実験に巻き込まれただけなのに!!何で虚の力が入ってるだけでそんな侮蔑を受けないといけないんですか!理解出来ません!」

「貴族だったり、保守的な方々はどうしても一度罪人として扱われた死神の復帰を良しとは思いません。六車サン達の復帰には、尸魂界側での一致が必要です。彼らを納得させないといけないっスね・・・。」

 

 

浦原の話を聞いた隼人は決心する。

休暇が終わったら、まずは彼らの復帰のために自分が色々と動くべきだ。

 

 

「だったら僕が拳西さん達を復帰させます。そのためにはどんな手だって使ってやりますよ。拳西さん達が現世に逃げないといけなかった時、僕は何も出来なかった。藍染達の策略に、全く気付くことが出来なかった。」

 

 

「これは僕の使命です。話を聞いた以上黙ってられません。誰が何と言おうとやりますので。拳西さんに止めろと言われても聞きませんから。」

 

 

その意志をくみ取った夜一は満面の笑みを浮かべた。

 

 

「よいぞ!非常によい!!わしの見込み通りじゃ!!おぬしが向こうに帰る前に反対派の死神と貴族の死神の情報をまとめておく。あとはおぬしの()()()()()()やれ。分かったな?」

「言われなくともやりますよ。これは僕の昔からの願いですから。」

 

 

がっしりと手を組んで決意を固めた二人の様子を見た拳西はため息をつき、ローズは肩をすくめる。

夜一の言うように、隼人は本当に汚職に手を染めてしまいそうだ。

喋っていた時のあの顔は、恐ろしい程に野心に染まり、ゆらめいていた。

 

実際予想以上に恐ろしい程の汚職で染まってしまったことが分かるのは、復帰後しばらく経ってからの話である。

 



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予期せぬ再会!

危うく女性恐怖症というか、対人恐怖症に陥りかけた隼人は暫く頑なに外出を拒み、ラブやローズの持っている漫画やゲームばかりに熱をあげていた。

 

 

「・・・ニートやな。」

「まさかここまでハマるなんてね・・・。これ、ちょっとまずかったりする?」

 

 

平子とローズが心配する中、ゲームの持ち主であるラブもあまりの熱中っぷりに教育的にまずいのではないかと不安になっていた。

 

 

「昨日ずっとテレビの画面見てたからな。F●Ⅹのラストシーンで号泣してたぞ。」

「あれはワタシも感動しマシタ。ですがずっと画面を見るのは眼に良くないデスネ・・・。」

 

 

今の隼人は寝転がりながらバトル漫画を読んでいる。

 

 

「おっ!この戦い方使えそう!紙に書いておくか・・・。」

 

 

よりによってバトル漫画を教科書代わりに使うのは如何なものか。

ちゃんとした本で体術とか勉強してほしいものだ。

同じことを昨日までずっとやっていたファンタジーゲームでもやっており、現世の漫画やゲームで戦いの勉強もしているようだった。

 

どうせなら学校帰りのジン太とウルルの遊び相手でもやらせようかと考えていた大人達は、すっかりニートと化した隼人に呆れしか感じなかった。

 

そして、その姿に黙っていられるほど隼人の父親は甘くない。

 

 

「おぉ拳西。ええ加減何とかせえや。休みの間に一度も外出えへんのはアカンやろ。」

「分かってる。俺ももう我慢の限界だ。」

 

 

101年振りにガチトーンの怒りを見せる拳西は、隼人の読んでいた漫画を没収し、襟首を掴んで洗面台に向かわせる。

 

 

「ちょっ、急に引っ張らないで下さいよ!」

「頭と顔洗え。終わったら俺がセットしてやる。いい加減外出るぞ。」

「いっ嫌ですよ!!前みたいにヒソヒソ噂されるのとかもう耐えられませんよ!!」

「だったらオメーは一生外に出ねぇで生きるのか!?あぁ!?」

「それは・・・。」

 

 

言葉に詰まる隼人に、101年振りに頭ぐりぐりの刑を課した。

 

 

「テメェは!!周りの目に慣れろ!!んな調子だったら尸魂界でも生活出来ねぇぞコラ!!」

「痛い!!痛いって!!あぁぁぁあああぁぁぁあああぁぁぁぁあぁあ!!!!」

 

 

なす術なくやられ、結局顔と頭を自分で洗い拳西に髪の毛をセットしてもらってしまった。

ほぼ同じ体格の平子に服を選んでもらい、ばっちりオシャレな男子に生まれ変わった隼人は今までの地味な男とは完全に別人だ。

また、隣に立っていた拳西との共通点をローズは見抜いていた。

 

 

「髪切ってからのハヤト、何だか拳西の弟みたいだね。」

「えっ?」

「整えた髪型がちょっと似てるからかな?子どもというより、弟に見えるよ。」

「う~ん・・・?」

 

 

拳西の顔を見ても全くピンとこない隼人は首をかしげてローズの言葉に答える。

顔もどちらかというと子どもっぽい隼人は、大人そのものの拳西の顔に似てると言われ、むしろ見る目ないんじゃと困惑の表情を浮かべた。

拳西も、かなり不服そうだ。

 

 

「こんな軟弱なガキに似てるなんざ不満しかねぇよ。」

「あ~~!ひっどーーい!!そういう事自分の息子に平気で言えちゃうんですね!!人でなし!!!」

「んだと!!!!!」

「言う事は白に似てきたな。」

 

 

生意気さに拍車のかかった隼人の言葉を聞いたラブの冷静な分析は、ある意味的を得ているといえるかもしれない。

少々文句を言いつつ拳西に連行される形で、隼人は久々に外の空気を吸いに行った。

 

 

 

連れられて辿り着いた場所は、かなり大きなショッピングモールだった。

 

 

「何故ここに?」

「何でもあるからだ。まず飯食うぞ。」

「はぁ。」

 

 

何でもあると言われても、正直こんなでかい建物に入ったことも無いので正体は掴めぬままだ。

服屋だったり雑貨屋だったり色んなものに目移りするが、田舎くせぇからきょろきょろすんなと言われて自然と前を向く。

『ふーどこーと』と呼ばれる場所に連れてこられた。

 

 

「何食うか?」

「えぇ、じゃあ、焼きそば。」

「焼きそばは・・・あっちか。あそこの店で焼きそば買えるから、前に並んでるやつの動き見て真似すれば大丈夫だ。財布渡すから行ってこい。」

「えっ、ちょ、一人で!?」

「俺は場所取ってくるからな。」

 

 

そう言って拳西はそそくさと隼人から離れて混雑したフードコートの中から空いてるテーブルを探し始めた。

立ち尽くす隼人は「ちょっと!君邪魔!」とラーメンをお盆にのせたおばさんに注意され、急いで脇に避ける。

 

こんな混雑した空間など尸魂界にはなく、体中から緊張で嫌な汗が流れる。

ひとまず周りに注意を払いつつ拳西に教えられた店の場所に向かい、並んでいる列の一番後ろに立った。

 

 

 

実は、狛村からあるお願いをされていた。

現世の雰囲気に隼人を慣らしてほしい、というものだった。

というのも、101年前霊術院の実習絡みで事件が起きた後、隼人はそこから約80年一度も現世に降り立つことはなく、その時と次の任務以外では、一度も現世に降り立っていないことを聞かされた。

恐らく死神の中で最も現世慣れしておらず、高等席官なのにそれはまずい、という狛村の思いがあったため、昔信頼していた拳西なら何とかしてくれると思ったのだろう。

 

死神になってからたった二回しか現世に降り立っていないため、人混みにも慣れておらず相当にストレスが溜まっているのは拳西の目から見ても明らかである。

だがここで試練を与えねば一生克服出来ないと踏んだ拳西は、フードコートで一人注文させるという、小学生でも出来そうなことから始めさせた。

 

実際、ちょっとヤバそうなのだが。

 

 

 

 

 

ついに自分の番が来た隼人は、前の人の様子を凝視していたためその通りに動きを模倣しようとする。

だが、そんなに簡単にいく筈ない。

 

 

「いらっしゃいませ!店内でお召し上がりですか?」

「はい、召し上がらせて頂きます!焼きそば一つ、お願いします!」

「サイズはどちらに致しますか?」

「は?」

 

 

前に並んでいたサラリーマンの男性はタコ焼きを頼んでいたので、そんなイレギュラーは起こらなかった。

そもそも、『さいず』って、何?

 

 

「S、M、Lがございますが、どれに致しますか?」

「へ?あ、えっと・・・え?」

 

 

急によく分からない言葉を言われて、頭が真っ白になる。

分からないので聞けばいい話なのだが、この見た目で分からないですと言えば、それこそ奇妙に思われてしまう。

うーんうーんと1分程悩んでいると、後ろの方に並んでいる子どもが「お腹空いた~!」と泣き出すのが聞こえた。

それをきっかけに、隼人の真後ろで待っていたおじさんも、「悩むなら後にしろよな・・・。」と小声で文句を呟いた。

 

 

「えっと・・・その、うーんと・・・」

「おっそ!!」

「!?!?」

 

 

あまりの遅さに痺れを切らして乱入してきたのは、ツインテールの女性だった。

 

 

「何よアンタ!大学生でしょ!?まさかこういう場所で注文したことないの!?」

「えっ!・・・うん。」

「はぁっ!?その年でフードコート来たことないとかどんなお坊ちゃまよ!?いい!?このS、M、Lは焼きそばの量!」

 

 

それからツインテールの女性は、かなりキレ気味の様子ではあるが親切に色々説明してくれた。

彼女の助けもありLサイズの焼きそばを頼み、無事大盛焼きそばを注文することが出来た。

 

 

「700円頂戴いたしま~す。」

「え~っと、700円・・・。」

 

 

財布の小銭ポケットを見てもよく分からなかったため閉じると、またもその女性に怒鳴られてしまった。

 

 

「ちょっと!!アンタ、小銭も分からないの!?」

「え?」

「バッカじゃないの!?!?いいから貸しなさい!」

 

 

財布をぶんどったその女性は、小銭ポケットから100円玉7枚を取り出してトレーに置いた。

「ったく、自分で金も払ったことないとか、どんだけ親に甘えてるのよ・・・!」と文句を言いつつ、ぶんどった拳西の財布を隼人の胸に押し付けて返してきた。

 

 

「あ、ありがとうございます。」

「わかんないなら一人で悩まないで誰かに聞きなさいよね!!」

 

 

女性は自分が並んでいた所に戻っていき、日番谷と同じくらいの背丈の黒ずくめの少年とも喧嘩腰で喋っていた。

店員からレシートと共に四角い機械を貰う。

 

 

「出来上がりましたらこちらでお呼びしますので、お席でお待ちください。」

「はい。御迷惑おかけしました・・・。」

「いいえ!お気になさらないでくださいね。」

 

 

女性や応対した店員だけでなく長時間待たせた後ろの人に形ばかりのお辞儀で謝りつつ、拳西の座っている場所に向かって行った。

 

 

機械を持って歩きつつ拳西を見つけると、何と既に昼飯を食べていた。

 

 

「遅すぎだろ。注文に時間かけ過ぎだ。」

「だって、えすとかえむとか急に言われて、何も分からないんですよ!!」

「お前の現世教養は101年前のまま止まってるんだな・・・。」

 

 

間抜けにも程がある言い訳をして、隼人は不服な顔で椅子に座る。

大盛のカツ丼を食べている拳西は、既に半分ほど食べ終えていた。

あまりにも遅いため先に並んで頼み、その間にこっちに来るかと思ったがカツ丼の方が先に完成したらしい。

 

目の前でモグモグ食べている様子を見ると、お腹が鳴りそうになる。

 

 

「疲れたからお腹空いた・・・。」

「一口食うか?入院してた時みたいにしてやってもいいんだぞ?」

「絶対いやです!!」

 

 

ニヤニヤしながら冗談を言う拳西を鋭い視線で睨みつけていると、手に持っていた機械が突然音を鳴らし振動し始めた。

うぉあっ!!と昔のようなオーバーリアクションでびっくりした後、さっきの店に向かうとたこ焼きやお好み焼きなどと共に、隼人が頼んだであろう焼きそばも置いてあった。

 

 

「食べ終わりましたらあちらの返却口に食器をお戻し下さい。」

 

 

恐らく普通の人には決して言わないだろう一言を付け加えられ、隼人はちょっぴりしょんぼりしつつカツ丼を食べ終わった拳西の許へ向かった。

 

 

そして、災難は再び隼人に降りかかってきた。

おいしい焼きそばを食べて腹も一杯になりショッピングモールをぶらついていたのだが、拳西と普通にさっきの飯の感想について喋っていると、突然後ろからリュックを強く引っ張られた。

リュックのチャックが開いたままで注意されたのかと考えたのだが、何やら様子がおかしい。

 

 

「お前、俺の悪口言っただろ。」

「は?」

 

 

振り向き様に、突然40代程の帽子を被った男性から、因縁を付けられてしまった。

尸魂界では絶対に起きない突然の他人からの言いがかりに、困惑を隠せずにいた。

 

 

「いや、言ってませんけど。」

「言っただろ。俺のことキショいって。」

「言ってません!そんなこと絶対に言ってませんって!」

 

 

隣を歩いていた拳西はそのまま暫く歩いたのだが、隣に隼人がいないことに気付き後ろを振り向くと、何やらトラブルに巻き込まれていることに気付いた。

 

 

「テメェ!!シラ切るつもりか!!」

「そもそもそんなこと言ってませんし、見ず知らずの人相手にそんなこと考えもしません。ですがそう思わせてしまったのであればすみません。」

「だったら言ってんじゃねえかよ!!」

「言ってませんって!本当に絶対にそんなこと言ってません!」

 

 

いくら相手に伝えても全く聞いてくれないどころか、ヒートアップして自分を罵倒してくる人間が想像以上に恐ろしく、涙が出てきそうになる。

そして、こんなろくでもない男相手に何も出来ない自分が情けなく、頭が混乱して言葉も上手く出せなくなってしまった。

 

 

「俺に悪口言っといて嘘つくのかよ!!テメェは自分の言葉に責任持てねえのか!!!」

「あのっ・・・本当にっ・・・。」

「何やってんだ。時間無ぇし行くぞ。」

 

 

さすがにこれはまずいと思ったのか、戻ってきた拳西が助け舟を出した。

 

 

「ちっ。いい加減自分の言葉に責任持てよな。」

 

 

連れの人間がいたことを知るや否や、因縁を付けてきた男は捨て台詞と共に直ぐに退散する。

悪口も何も全く言っていないのに、そんな難癖をつけられた隼人は、恐怖で暫く動けずにいた。

戦闘の恐怖とは、全くもって別種のものだった。

更木剣八に対する恐怖とかとも、全く別だ。

 

根拠、理由も無しにただひたすら罵倒され続けることの恐怖は、今までに感じたことが無かったのだ。

 

 

「ありゃガチで頭のやべぇ奴だ。あんな奴に無駄に構うな。危険感じたら大声出して周りから注目集めりゃ大丈夫だ。」

「・・・無理ですよ・・・怖すぎますって・・・。下手したら殴られてたかも・・・。」

「心配すんな。あんな奴に絡まれることなんかもう無ぇよ。」

 

 

震える隼人の体を落ち着かせるために声をかけ、ポンと背中を叩いてやると少し元気が出たようだ。暫くは口数が少なかったものの、歩いていくうちにぼちぼち喋るようになり、最初のように好奇心旺盛に周りをきょろきょろするようになった。

 

しかし、やっぱり災難は再び隼人の身に降りかかってくる。

何やらゲームセンターに人だかりが出来ていたのを見かけた。

 

 

「何ですかあれ?」

「カメラ持ってるな・・・テレビの生放送じゃねぇか?」

 

 

さして興味もないので近くにあった服屋に入り現世の色鮮やかな衣服を見ていると、周りにいたカップルから聞き覚えのある名が聞こえてしまった。

 

 

「ねぇ!あっちで生放送やってるのドン・観音寺でしょ!?私見に行きたい!」

「マジか!一度見てみたかったんだよな~!行こうぜ!!」

 

 

その声が聞こえてきたと同時に、人だかりから「ボハハハハ~~~!!!」と叫ぶ声も聞こえてきた。

あの強烈なキンキンする声で叫んだあと、拍手喝采が人だかりから巻き起こっている。

 

さっきの比にならない量の冷や汗が隼人の背中に流れる。

 

 

「まずいです拳西さん。下手したら僕テレビ出演してしまいます。」

「はぁ!?何でだよ!?」

「藍染との戦いの時、一護くんの友人と一緒にあのジーさんもいたんですよ!!一緒にテレビに出るぞとか訳分からないこと言ってたので、万が一バレたら大変なことに・・・!」

 

 

その万が一は、簡単に起きてしまう。

最大級の警戒をして観音寺の姿を見ながらその場を離れようとしたが、よりによって横を向いた観音寺と目が合ってしまった。

 

 

「ユー!!!もしやあの時のボーイかね!?!?待つんだボーイ!!」

 

 

叫び声を上げた観音寺は、信じられない体捌きで人混みをかき分け、隼人の許に猛ダッシュで向かって行く。もちろんカメラマンや音声さんも追いつこうと必死だ。

髪型を変えたのに一瞬で見抜く観音寺が末恐ろしい。

急いで店内にあったでか目のサングラスをかけ、最低限顔を隠すことにした。

 

 

「生きていたのか・・・ボーイ・・・。」

「な、何の話ですか?」

「何を言うんだボーイ!私はウォ――――――――――――――リ―――――――――していたのだぞ!!」

 

 

拳西に助けを求めるが、いつの間にか姿を消しており完全に逃げ道を失ってしまった。

 

 

「そのサングラスを取るのだ!ボーイの甘いマスクでこの番組の視聴率はさらに跳ね上がること間違いナシ!」

「さあ・・・わたくしには、さっぱり・・・。(また同じこと言ってる・・・。)」

 

 

だが、突きつけられたカメラや人の目線は、サングラスを取り外すことを望んでいる。

おそらくカメラの先の視聴者もそうだろう。

何とかして逃れたい。もう何でもいいから、何か理由が欲しかった。

が、あの時の観音寺の癖に、我慢の限界が来てしまった。

 

 

「すみません、これから予定があるので「よし!!これから私とユーでバッド・スピリッツを打ち払いに行くぞ!!」

「人の話いい加減聞けやコラ!!!!!あ・・・まずっ。」

 

 

観音寺は、口を縦に伸ばして非常に嬉しそうな顔をしていた。

 

 

「やはり、あの時のボーイだな!!!!再会出来て私は幸せだ!!」

「ちょっと、待っ・・・あ!!あそこに、巨大なクマさんが!!」

 

 

観音寺だけでなく、スタッフやギャラリー全員が明後日の方向を向いた後、サングラスを置いて全力で駆け抜けていき、何とか逃げ切ることが出来た。

 

 

「あのおっさんと知り合いだったのか。」

「あんなの知り合いでも何でもないですよ!っていうか、どこに逃げてたんですか!」

「俺はカメラに映るワケにはいかねぇからな。瞬歩で逃げた。」

「・・・・・・もう、やだよ~~~~~~!!!」

 

 

難癖をつけてきたおっさん、向けられたカメラに対する恐怖や、何故か拳西が瞬歩を使えることに対するやり場のない苛立ちなど、色んな事が原因で絶望した隼人は泣き出してしまい、多少は現世に慣れたものの結局日が暮れる前にアジトに帰る羽目になってしまった。

 




余談ですが、この話の途中に出てきた突然の男性から因縁をつけられる部分は、著者の僕が観光中に実際に体験した実話です。
本当にこんなことあるのかって思い、帰りの電車はずっと恐怖で震えていました。
友人が助けてくれましたが、あの時は本当に怖かった・・・。


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Mission Start!

後半、ちょっと過激な描写があるため不快に感じる方は見ないで下さい。
自己責任でお願いします。若干R-18気味です。
ジジとバンビちゃんのやりとりで大丈夫なら問題ないと思いますが・・・。


あの時撮っていた「ぶらり霊場 突撃の旅 特別編」は生放送ではなくただのロケだったので、隼人が全国に映し出されることは無かった。

万が一映しだされた場合放送事故確定なので出すわけにはいかないが。

そして、あの時から何度か拳西や平子に無理矢理引っ張られて外に出たおかげで、一度失った現世耐性を取り戻して自信をつけることができた。

 

そんな休暇も今日で終わり。

浦原商店までの道のりを、拳西と夜一と三人で歩いていた。

 

 

「これを明日の夜までに目を通しておけ。明日の夜から行動開始じゃ。」

「思ったより分厚い!」

「おぬしがこっちで遊んでおる中、わしが尸魂界で綿密に調べた情報を喜助にまとめてもらったのじゃ!」

 

 

㊙と書かれた表紙をめくると、そこには仮面の軍勢復帰に反対を示す人間がまるで履歴書のように詳細に並べられていた。

見慣れぬ貴族がいれば、四大貴族の分家の人間もいて中々に分厚い壁を感じる中、護廷十三隊の隊長格も含まれていた。

 

 

「砕蜂隊長、反対しているんですか?」

「ああ、奴は問題ない。わしがどうにかする。」

「はぁ。・・・冬獅郎くんも?何で?」

 

 

それには拳西が答えた。

 

 

「ひよ里と共闘したんだが、あいつがチビって言ったのにキレたらしいぜ。あと女の体に興味津々ってリサも言ってたな。」

「冬獅郎くんが・・・?女の体に・・・?」

 

 

あんな小学生ともいえる年齢で女の体に興味津々とか想像を絶するド変態になってしまうが、普段の日番谷を見ていれば藍染との戦いの中で何らかの誤解が生まれたのは明白だろう。

 

 

「まぁ、事実かどうかはこの際置いておく。奴には雛森という副隊長に色仕掛けをさせてけしかければどうにかなるじゃろ。」

「なりませんよ?っていうか、雛森ちゃんは色仕掛けするような子じゃ・・・。」

「松本とやらに頼んで色々吹き込ませておいたぞ。隊長が顔を赤くする瞬間を写真に撮って女性死神協会に広めるとかほざいておったわ。」

「あぁ・・・やりそう・・・。」

 

 

実際やった色仕掛けはほんの気持ち程度胸をはだけさせる、色仕掛けとは到底言えないものだったのだが、想像力豊かなお子ちゃまの日番谷には効果覿面であり、見事に顔を真っ赤にしたところを撮られて弱みを握られたそうだ。

 

藍染との戦いの後、雛森は色々と落ち込んでいたみたいだったが、病室で七緒や松本から励まされた後、元五番隊隊長だった平子が直接会って話したことで彼女も生来の元気を取り戻したようだ。

だからこそ彼女も平子の隊長復帰を望んでおり、松本の誘いに面白半分で乗っかったと見るべきか。

 

そうこうしているうちに、穿界門を開いて待っている浦原商店に着いた。

 

「着きましたね!じゃあ拳西さん、すぐに隊長復帰させますので、待ってて下さい!」

「俺としちゃあ、あんま変な事しねぇでいてほしいんだがな・・・。」

「資料、しっかり読んでおけ。明日の夜わしも猫の姿でそっちに行く。いつもの茂みで合流じゃ!」

「はいっ!」

 

 

いつもの茂みって何だよ、とツッコミたくなったが、拳西はパタパタと穿界門に向かって行く隼人の姿をしっかり見送った。

 

 

「浦原さん!鉄裁さん!またいつか会いましょう!」

「いつでもこちらにいらして下さいね。お茶出しますよ~。」

「お菓子を作って待ってますぞ。」

 

 

開いた穿界門を通り、隼人は半月ぶりに尸魂界に戻っていった。

 

 

 

 

 

翌日。

七番隊に戻った隼人は、狛村と射場にあるお願いをした。

 

 

「有給休暇を、もう一週間もらえないでしょうか!?」

 

 

そのお願いにはさすがに狛村も呆れてしまい、射場は開いた口が塞がらない。

 

 

「・・・遊び足りないのか、隼人。」

「おどれは、儂の仕事を、いつまで倍にするつもりじゃ!!」

「十分遊びました。あと、射場ちゃんには今度お土産渡すから許して?」

「お・・・お土産ぇぇぇぇ!?!?!?!?」

 

 

しばらく仕事を任せたお礼が、お土産で済まされるなんて悲しい事この上ない。

馬車馬の如く働いてきた射場に、数日は代わりに仕事やってあげるよ!とでも言われるかと思っていたのに。無念。

そして、今日射場は、隼人に対し何度も驚かされてきた。

 

まず、性格の変化だ。

たしかに霊術院にいた時みたいな活発な性格に戻ったのは、射場としても非常に嬉しいことだ。

嬉しいのではあるが、正直院にいた時よりもうるさくなっているのだ。

冷静で大人だった隼人の姿は跡形もなく消え、ただのちゃっかりしたやんちゃな子どもみたいになっている。

これでは隊士たちの間に最悪戸惑いを生みかねない。

数人の一般隊士の中には「あんなの、口囃子三席じゃない・・・!」と震え慄いている奴もいる。

 

一番の変化は、見た目の変化だ。

雀部、大前田と三人で副隊長ジミッ子トリオとやちるに言われて日陰で悲しんできたのだが、隼人の地味さはそれを凌ぐものだと勝手に射場は認識していた。

しかし、休暇から戻ってきた隼人は髪型を変えただけでとんでもないイケメンに変貌を遂げてしまった。

最初に会った時は霊圧を見るまで誰か分からない程だったのだ。

七番隊女性隊士は、顔を直視するのも恥ずかしく照れているようだった。

 

これでは、麗しの松本が奪われてしまうかもしれない。

 

いっそのこと仕事で縛り付けてやろうと考えていたのだが、まさかの休暇延長を申し出た隼人に、射場は居ても立っても居られなくなった。

 

 

「えっええ加減にせえよ口囃子!!やっっっと現世から戻ってきたと思うたら、そげなチャラチャラした見た目にイメチェンしおって!!さらに休暇の延長じゃと!狛村隊長!いくら何でも我儘すぎます!!」

「もうちょっといいじゃーん。二人分の仕事に慣れてきた頃でしょ?充実してるって、思ってた頃でしょ?」

「うるさいわ!!」

 

 

確かに、二人分の仕事に精を出してる儂、ぶっちゃけカッコよくね?と射場は考えていたのだが、実際負担は相当に大きいので、もう限界だった。

狛村もそれはダメだ、と言う筈だったが。

 

 

「分かった。」

「隊長~~~~~~!!!!!」

 

 

がっくりと膝を崩した射場は、失意に沈んでうなだれていた。

そんな落ち込む射場に対しても、狛村は「鉄左衛門、早く仕事に戻れ。」と吐き捨て、泣く泣く隊首室から出て行ってしまった。

 

狛村には、隼人の真意などお見通しであった。

 

 

「お前の言うように、一週間だ。それ以上はさすがに鉄左衛門が泣く。」

「今も泣いてましたよ・・・。」

「六車殿らの件、お前も聞いたのか。」

「・・・やっぱり、気付いてましたか。」

「本人達と一緒にいれば、自然とその話は出るだろう。」

 

 

数ヶ月も膠着状態に陥っている事情を改めて聞き、根深く大きな問題であることを再認識する。

それでも、決意は揺らがなかった。

 

 

「何としても、僕の手であの人達を復帰させます。一週間以内に。」

「儂はお前の行動の責任を一切取るつもりはない。それでもいいか、隼人。」

「構いません。元々僕一人でやるつもりでしたので。万が一何か言われたら、狛村隊長は一切関係ないって言うつもりでした。」

 

 

本当は猫夜一と共に暗躍するつもりだが、格好がつかないので敢えて一人と言う。

 

 

「ならばもう、儂は何も言わぬ。もう一週間休んでいいぞ。」

「ありがとうございます!」

 

 

こうして、隼人は射場を生贄に捧げて一度自宅に帰って資料を読み込み、日が暮れてから七番隊の茂みに向かい夜一と合流した。

射場には持ってきた物の中から三割増しでお土産を渡そう。

 

 

「夜一さん!今日はどちらへ?貴族街ですか?」

「花街じゃ。」

「・・・了解しました!」

 

 

少しためらいそうになったが、意を決して返事をし、夜一を抱え込んで花街へと歩いていく。

確かに貴族連中の弱みを握るためには花街が一番だ。

一番なのは分かっている。

 

(あそこ、行ったことないんだよな・・・。)

 

あまりにも縁のない場所に足を踏み入れるのは、決心したとはいえ特別な勇気はいる。

夜なのに目がチカチカする程明るく、喧騒に溢れた空間は好きではなかった。

飲みの席で修兵や阿散井が○○の娘がカワイイなどと騒いだりしていたが、お前ら好きな奴いて何してんだよという批判めいた思いしか感じなかった。

今の隼人も七緒を好ましく思っており、此処にそういう目的で行こうとは決して考えもしないのだが、いざ足を踏み入れるとなれば変な噂が流れてしまわないか不安になる。

 

今の髪型で会ったのは七番隊の死神だけなので、たとえすれ違ってもバレないことは既に頭の中から消えている。

 

 

目的のお店に辿り着いた。

 

 

「ここは・・・。」

「待合茶屋じゃ。所謂、いかがわしいことをするために男女が集まる場じゃの。」

 

 

現世でいうラブホテルだ。

無縁すぎる場所の前に自分がいることを再認識し、瞬時に顔が真っ赤に染まる。

 

 

「何顔を真っ赤にしておる。おぬしが使うわけでも無かろうに。」

「そっ・・・そそそそうですねぇ~。行きましょう!」

 

 

中に入り、妖艶な雰囲気を醸し出す女性に、待ち合わせですと伝える。

これなら一人で来ても問題ない。むしろ、死神である以上待ち合わせで茶屋を使う事の方が多いだろう。

 

 

案内された部屋の中には、一枚の紙が置かれていた。

 

【松の間】

 

 

「さっきのあの店主には情報を集める上で色々お世話になってのう。入っていった部屋まで熟知しておるとは、末恐ろしい。」

「顔広いですね夜一さん。」

「元とはいえわしも四大貴族の当主じゃ。花街の中に人脈(ツテ)を作ることなど、造作もないわ。」

 

 

そして、形ばかりではあるが周囲を警戒しながら松の間へとひそかに近づいていく。

霊圧を消しながら廊下をすり足で歩き、仄かに灯りの灯った建物が見えた。

障子から漏れ出る柔らかな灯りが、どことなくムーディーでヌーディー。

数日前に観たスパイ映画みたいで、テンションがあがる。

 

 

「何か、いいですねこういうの。憧れてたんですよ。音楽が欲しいくらいです。」

「しっ!・・・黙っておれ。べらべら話すと気付かれるぞ。」

 

 

松の間は、それだけで独立した一つの離れのようなものだ。最高級の部屋などそれこそ中級以上の貴族でなければ手が出ない。三席の隼人では、逆立ちしても敵わないだろう。

今日のターゲットは、貴族の一人か。

 

 

「(今日は誰ですか?)」

「(中級貴族、桐葉家の新当主じゃ。)」

 

 

資料に載せられた写真は横顔ではあるが、公家顔の美男、とでも言えばいいのだろうか。

白哉みたいに、品のあるイケメンの男だった。

 

 

「(瀞霊廷でも女子から人気のある男でのう、何度か九番隊の雑誌でも特集されておる。貴族の原理主義を貫く男である故、六車達の復帰には断固反対しておる。)」

「(なるほど・・・。)」

「(その割に、奴は多くの女子と浮名を流してとっかえひっかえしていたそうじゃ。じゃが最近結婚し、愛妻家としても人気を勝ち得ておる。妻は元死神の美人妻じゃ。ツーショットで表紙を飾った瀞霊廷通信は重版モノだったらしいな。おまけに妊娠6ヶ月じゃ。人生の勝ち組とでも言えるのう。おぬしとは大違いじゃ。)」

「(へぇ・・・。何か、化かしがいありそうですね・・・。)」

 

 

苛立ちで醜悪な笑みを浮かべた隼人は危うく資料を手で握りつぶそうとしたが、他の人物の情報もホチキスで挟まれているのでそういう訳にはいかない。

何故天は一人の人間に二物どころかたくさんの物を与えるのだろうか。

 

 

「(でも何で花街に・・・・・・まさか!)」

「(そのまさかじゃ。・・・・・・ほうら、声が聞こえるぞ。)」

 

 

耳をすませると、パンパンと音を立てながら肉体がぶつかり合う音が聞こえてきた。

 

 

「あぁっ♡桐葉様!!そんな、激しッ・・・♡」

「ほら・・・もっと君の恥ずかしい所を俺に見せろよ・・・!陸!!」

「いっいけません!供の分際で桐葉様に・・・!あっっ♡ああぁっっ♡」

 

 

 

「(へ・・・?)」

「(これが奴の本性じゃ。)」

 

 

 

中から聞こえてきたのは、男の喘ぎ声だった。

清廉潔白、愛妻家で女性人気の高いイケメン貴族が、よりによって男と不倫していたとは。

今まで浮名を流していたのは女性であったが、それはフェイクであり、本当は供の男を手あたり次第食いまくっていたようだった。

 

いやいや待て待てちょっと待て。

最初から刺激とスケールが強すぎる。逃げ出したいくらいだ。

だが、夜一は遠回しに隼人に心を鬼にするよう求めた。

 

 

「(行為中の写真を盗撮しろ。それで奴を強請れ。)」

「(えっ、いや、マジですか・・・?)」

「(こんな物見て心に留めておく方が辛いわ。)」

 

 

夜一の言う通りでしかなかったので、改めて覚悟を決めることにした。

深呼吸をした後に伝令神機を開き、無音カメラで僅かに開けた障子の隙間から写真を撮っていく。

うっかり見た写真は筆舌に尽くしがたい程の過激な性行為の様相を如実に写し出しており、気持ち悪くてこれ以上撮るのを止めた。5枚もあれば十分すぎる。

 

むしろ、妻を放置してこんな場所で供の男と性行為をしているこの男に怒りすら覚えてきた。

ご飯でも作って待っているかもしれないのに。貴族の仕事から帰ってきて疲れたのを労おうとしているかもしれないのに。

あんな美人妻を手に入れておいて、まだ足りないのだろうか。

結婚も、外面としてのフェイクの一つかもしれない。

憚りの無い声で喘ぐ供の男も、家庭を壊していることに気付いていないのだろうか。

ダメだと逆らえないその男もバカとしか言えない。

 

一際大きく喘いだ声が響き渡ってコトが終わり、二人が荒い息を吐くのを確認し、隼人は怒りにまかせて襖を開け放った。

 



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Mission Complete!

前回の続きのため、序盤、過激な描写があります。不快に感じる方は飛ばす、もしくは見ない、など注意してご覧ください。
若干R-18気味です。弓親のジジに対する発言で問題ないなら大丈夫だと思われますが、念のため注意書きしておきます。注意書きはしたので、自己責任でご覧ください。


ピシャン!!と襖を開けた時の光景は、あえて描写しない。

それ程までに目の前の男二人が裸で絡み合っている光景は、隼人にはみっともないものにしか見えなかった。

供の少年も新当主の男に勝るとも劣らない美少年であり、画になると騒ぐ女性死神はきっといるだろう。

だが、不倫はいけない。

それも、新当主が身内に近い男との不倫発覚!など、醜聞どころでは済まされない。

 

 

「端正な顔立ちのために瀞霊廷通信で何度も特集を組まれ、貴族でも指折りの女性人気を獲得。数々の女性と浮名を流しつつ手に入れたのは元死神の美人妻。」

「な・・・何だ!何者だお前は!」

 

 

隠すように供の男を抱き締めた新当主に、軽蔑の視線を向ける。

それと同時に、裸で抱き合っている腰から上の写真を伝令神機で撮り、二人に見せつける。

 

 

「夫婦で表紙を飾った瀞霊廷通信は重版出来、奥さんは妊娠6ヶ月・・・。新当主になって順風満帆、公私ともに充実した毎日を送っていた男が、まさか。」

 

 

 

「こーーーーーーーーーーーんな下らない不倫に、現を抜かして猿みたいになってるなんてなーーーー!!!!!!」

 

 

狂ったように嗤う死神をみた新当主の桐葉(すぐる)は、恐怖に全身を震わせる。

供の陸は腕の中で涙を流していた。

不倫を嗅ぎつけられた己の落ち度を悔やむと共に、何とかして目の前の男を消す策を考える。

見た所副官章もつけていないので、己の実力なら無力化も出来る。

 

護廷十三隊には入っていないが、血筋のおかげで斬拳走鬼全て副隊長級の実力を持っている桐葉は、縛道で拘束を図る。

 

 

「ばっ、縛道の七十九 九曜縛!!」

 

 

だが、目の前の男はあろうことか片手でその縛道をあしらう。

代わりに、術名を発することもなく生み出された六杖光牢によって、ふたりまとめて縛り付けられてしまった。

 

 

「二人仲良く縛ってあげるよ。幸せでしょ?ずーーーーーーっと、そのままでいれるんだよ?素っ裸で抱き合ったまま、一生そのまま一緒にいれるんだよ!?あーー幸せだねぇ!!ヤリ放題じゃん!!羨ましいよぉ!!いっそのことその姿のままどっかに飾ってあげよっか?全身精液でべっちゃべちゃにしてさぁ!!そんな姿を護廷十三隊の女たちに見せてさぁ!!どんな反応するだろうね!?!?やっべ、想像したら胸糞悪くなってきたわ。」

 

 

ギャッハハハハハハハ!!!!!と嗤い続ける狂気に浸った死神の男に地力で敵わないと悟った桐葉は、金での解決を持ち掛けたが、その瞬間スッと死神の顔色が変わった。

 

 

「それ、あんたの奥さんに言えんの?」

 

 

頭が真っ白になる。

その瞬間、自分は結婚から一年も経たないうちに妻への愛を無くし、供の男を食い漁っていたことを今更思い知らされた。

 

 

「ねぇ言えんの?言えるなら言ってみてよ。金払うから不倫見逃せって、奥さんに言ってみてよ。何なら今から電話かけよっか。不倫してすいませんでした、金払うから見逃して下さい、って、言えるわけないでしょ?だって、」

 

 

「テメェ結局奥さんのこと商売道具にしか見てねぇんだろ!?!?!?」

 

 

そこから暫くは、顔を殴られる感覚しか感じなかった。

抱き締めていた供の陸はあまりの恐怖で既に気を失っていた。

数分殴られた後、ハタとその動きが止まり、かけられていた縛道も解かれた。

 

 

「取引をしよっか。今から言う事を誓ったら、あんたの不倫は公にはならない。奥さんにもばらさないでいてあげるよ。」

「・・・・・・。」

「仮面の軍勢の隊長復帰、来週の会議で賛成してくれるかな?」

 

 

己の誇りが、崩されていく。

代々受け継がれてきた、尸魂界の原理を護り通すと誓った家の誇りが、自分のした馬鹿な行いで完膚なきまでに打ち砕かれていく。

どっちが自分の為になるかなど、明白だった。

万が一バレた時に比べれば、秘密にしておく方が己の保身のためにいいに決まってる。

 

 

「わかった・・・賛成に、票を入れよう。」

「反対に入れたら、テメェの全部ぶっ壊してあげるからヨロシク♡」

 

 

死神の男は手を振りながらバイバ~イと言って部屋を後にした。

富、名声、全てを手に入れた男は、たった一人の男に知られてはならない弱みを握られ、心も身体もすべて掌握されてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

「いいのか?奴の嫁に不倫をばらさないで。バレた方が面白かろうに。」

「ばらすべきではないです。その方があの男の心は僕の意のままになりますから。」

 

 

妻に全て暴露した場合、陰で醜聞が広まって家がお取り潰し、なんてことになって変に恨みを持たれたら大変だ。

それならこの場だけの秘密にしておき、自分の存在をいつ爆発するか分からない不発弾のような存在にしてしまえば、彼はこれから一生隼人の顔色を窺って生きていくことになる。

その選択の方が苦しむことになると知らぬまま、貴族の新当主は抜けられない地獄に自ら足を踏み入れたのだった。

 

花街を出た隼人は、達成感と爽快感で非常にスッキリしていた。

 

 

「や~やっぱ、いいですね!勧善懲悪!成敗してやったり~って感じ!!楽しい!!!」

「・・・まさか、最初からあんなにブッ飛ばすとはのう・・・。」

「明日もですよね?どんどん行っちゃいましょう!」

 

 

そこからの隼人の動きは、恐ろしさすら感じるものだった。

 

翌日夜。

 

貴族街の高級料亭で、とある有力貴族二人が会食をしていた。

 

 

「いや~君には色々と感謝しているんだよ。」

「滅相も無い。私こそ貴方様に拾って頂いた御恩を返し切れておらず・・・。」

「気にするでない。ほれ。」

 

 

机の下から、老人貴族が菓子折り箱を取り出し、机に置く。

 

 

「失礼します。主菜をお持ち致しました。」

「そっちに置いといてくれ。」

「了解しました。」

 

 

配膳係の青年が机の隅に色鮮やかな料理を置いていく。

 

 

「饅頭、ですか・・・。」

「ああ。受け取ってくれるかね?」

 

 

中年の貴族がフタを開けてお菓子の中身を確認する。

何の変哲の無い有名和菓子店の高級饅頭。

平民にとってはこれだけでも身に余る逸品だ。

 

だが、そんな単純なやりとりを貴族が行う筈はない。

中年の貴族がいくつか箱の中の饅頭を机に置いていく。

 

 

箱の下には、札束が敷き詰められていた。

 

 

「っおおぉう・・・・・・。」

「受け取ってくれ。」

「ですが・・・。」

「受け取ってくれ。」

「では・・・お言葉に甘えて。」

 

 

握手を交わそうとしたその瞬間。

 

 

カシャっと室内に音が響き渡った。

音を鳴らした主は、配膳係の青年だった。

伝令神機片手に、二人の握手の様子を饅頭の下にある札束が見える形で写真を撮っていた。

 

瞬時に貴族達の顔色が変わり、一人は青ざめ、一人は真っ赤になる。

 

 

「無礼者!!そのような下賤な真似をして、生きて帰れると思うたか!!」

「やれ!!早くあの下手人をやるのだ!!」

 

 

だが、万が一に備えて待機していた人員は、全員白伏で無力化させられていた。

呼びかけても誰も来るはずない。

 

 

「闇のお金に毒饅頭・・・。二つの有力貴族が知られてはいけない金でズブズブの関係だと世間に知られてしまったら・・・一体どんな事件になるんでしょうね?」

「そんなもの、私がもみ消してやるわ!!護廷十三隊の九番隊など私の言葉一つで無力化など簡単!隊長が消えてせいせいするわ!!これからも九番隊に隊長など要らぬ!」

「・・・へぇー・・・。」

 

 

堪忍袋の緒が切れてしまった。

持ちうる手段で最も強いものを行使することに決めた。

 

 

「いけませんねぇ。何にも考えないで喋っちゃうの、良くないですよ?誰かが録音していたりしてーー!」

 

 

ポケットに忍ばせていたボイスレコーダーを取り出し、一連の饅頭の件からの音声を再生する。

 

 

「貴様ァァァァ!!!許せん!成敗してくれよう!!」

 

 

中年の男は無様にも隼人に飛びかかってきた。そんなもので無力化などできる筈ない。

適当にいなし、体術を使って倒れ込ませた。

老人の貴族は実力差を思い知り、ワナワナ震えて座り込んでいた。

 

ミッションコンプリート。取引も問題なく成立させることが出来た。

 

 

さらにその翌日。

 

今度は、霊術院に子息を裏口入学させた証拠を持って、とある下級貴族の許に赴いた。

 

 

「こんな卑劣なことやって、バレないと思いましたか?」

「何だ・・・一体何が欲しいのだ!金ならいくらでもやる!そうか、お前を副隊長にしてやってもいいぞ!」

「そうですね・・・。だったら、」

 

 

「永遠に、僕の(しもべ)になって下さい。僕の許に、永遠に跪くと、誓ってくれますか?」

「お、仰せのままに!!!!」

 

 

下級貴族相手には、かなり強気に出るだけで人心掌握は手っ取り早く済む。

現世の映画に出てきた台詞で、一度言ってみたかった台詞だった。

修兵あたりに言ってみたかったが、もっと面白い結果になった。

 

ここ数日、今までで一番隼人はノリにノッていた。

貴族街で猫夜一を手に抱えながら、隼人は勝利の喜びを噛みしめていた。

 

 

「いいですね~ほんと!貴族に一泡吹かせられるの最高です!家政夫のマエゾノみたいですよね!!」

「ここまでおぬしを変えてしまうとはな・・・六車に何と言うべきか・・・。いや、何も言うべきではないな。」

 

 

現世で観たドラマを引き合いに出して、隼人はテンションが上がりっぱなしだ。

仕事先の家庭の秘密を探さずにはいられない家政夫の気持ちが、今では痛いほど共感できる。

 

そんな隼人を作り上げてしまった夜一は、何度も狂気に身を委ねる隼人の姿に後悔しか感じていなかった。

ギャハハハと嗤った時の顔は完全に目がイってる時が多々あり、そうかと言えば怒りで詰め寄る時の表情は絶望の淵に立たされたかのように全ての色が失われている。

狂った時の言葉遣いも拳西を生き写したかのようにそっくりだ。

現世にいた時に吸収したゲームや漫画、ドラマ、映画などの文化物の影響を相当強く受けていることは容易に推測できた。

 

現世の怪演俳優真っ青の狂いっぷりに、このままでは護廷十三隊に戻った時に何らかの弊害を起こしかねないと危惧するほどには心配していた。

 

 

「大丈夫かの・・・。あっちに戻った時に人の噂を詮索ばっかしそうじゃ。」

「何か言いました?」

「何でもない。ほれ、次いくぞ。」

「はい、次・・・。」

 

 

喋ろうとした時、ある貴族の男とすれ違った。

今回の書類の中には纏められてはいるが、時間的に厳しいため人心掌握を諦めていた人物だ。

 

その男は、まるでこれから自殺でもするかのような雰囲気をまとっているにも関わらず、目にはギラついた野心の炎が灯っているように見えた。

貴族が自殺などそれこそ権力闘争への無様な敗北を示すため、彼が何らかの事件を起こすことは目に見えていた。

 

 

「ちょっと、あの貴族今日絶対何かやらかしますよ。尾行しましょう。」

「それで何も無ければタダの時間の無駄になるぞ。」

「いや、あの目は絶対何かやらかします。」

 

 

その夜、それは現実となる。

貴族の男が自宅に入っていくと同時に、突如暗くなった室内から男女問わず悲鳴が聞こえてきた。

家の門の前でその様子を伝令神機を使って録画していた隼人は、言葉にならない高揚感を抱いていた。

当主になれず、分家の人間として燻ぶっていた男は、新しく当主になったその男を自身の手によって殺したのだ。

貴族街に激震が走る事件の現場に居合わせたことになる。

これはいい材料だ。

 

下手人の男は一家皆殺しにした後、返り血を浴びているにも関わらず一目散に逃げてきた。

勿論その様子もしっかり録画しておいた。

 

 

「ほら、やっぱりやらかした。超ド級の大事件。」

「わしにとってはくだらん争いの末にしか見えぬわ。」

 

 

翌日。しっかりその男に証拠を突きつけて強請り、隊長復帰に賛同することを誓ってもらった。

あまりの恐怖で失禁した貴族は初めて見たが、もはやそれすら面白いと嗤う程には心が穢れていた。

 

まだまだやりたい気持ちはあったが、これ以上一気にやると却って目を付けられると夜一から進言があり、一旦様子を見ることにした。

綱彌代家などの話をした時は、「おぬしにはまだ早い。死んでも知らぬぞ。」と釘を刺された。それほど危険なのだろうか。っていうか危険すぎでしょ。

 

 

休暇が明けた日。

 

三、五、九番隊の隊長復帰に対する意見が中央四十六室でまとまり、正式に復帰が決まったと狛村から聞かされることになった。

 



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初恋!

藍染によって中央四十六室全員が暗殺された後、山本総隊長が四十六室の代わりを務めていたこともあり、総隊長、ひいては死神側の意見も以前よりは通りやすくなっていた。

それに加え、狛村以外誰も知らない隼人の暗躍があった影響で、本来の予定よりも早く復帰が決定となった。

 

浦原や平子を毛嫌いしていた砕蜂に対しては、夜一が上手い具合に唆していい方向に持って行ったようだ。大前田はかなり不満たらたらで余所者がと文句を言っていたが、唆された砕蜂によって従わざるをえなかった。

日番谷も雛森による慣れない色仕掛けで弱みを握られ、「お願い?」と小首を傾げた雛森に従ってしまったようだ。陰で松本が大爆笑し、女性死神協会に言いふらしていた。

他にも彼らを詳しく知らない若い隊士はあまりいい気はしておらず不満げにしていたが、護廷の面子のために彼らの復隊を決めた、と見るべきだろう。

 

 

「良かったな、隼人。お前が休暇の間何をやっていたのかは知らぬが、彼らの復帰は無くした百年を取り戻すきっかけになるだろう。」

「お気遣いありがとうございます!・・・決して褒められる行為ではないんですけどね。」

 

 

一旦落ち着いてから自分の行いを振り返ってみると、中々に自分が異常な振る舞いをしていたことを思い出し、少々落ち込んだ。一週間ビッチリあの調子でいたら、多分闇堕ちしていた。

夜一が止めてくれたおかげで何とか今までの自分に戻れたのである。

ぶっちゃけ楽しかったけどね。

 

その時撮った写真は日頃いじられてばっかの仕返しとして嫌がらせ目的で浦原に送り付け、自分の伝令神機からは削除した。

行為中の盗撮写真など持っているだけで胸が悪くなりそうだ。

他にもジジイの邪悪な笑みの写真など、持っているだけで刺客共から狙われそうなのでとにかく目に入らないように消した。

 

 

「一週間後、新隊長就任式が行われる。」

「結構早いですね。」

「前からずっと話をしていたからな。ここまで来た以上早急に復帰してもらう方がよいとの結論が四十六室でもまとまったそうだ。それに彼らは元隊長だ。式もあってないような物だ。」

「へぇ~いいなぁ僕もその場にいれたら良かったですよ~・・・。」

 

 

新隊長就任などの儀式は、各隊隊長と副隊長以外の出席は許可されていない。

もっともマユリなどは研究熱心のため隊首会にすら来ないことも度々あったのだが、最近は丸くなったのか出席することが増えた。

相変わらず更木剣八とは仲が悪いが。

 

 

「儂がお前の出席を許可するよう総隊長に進言でもしようか?」

「いえ!!そんな、そこまでは大丈夫です。でも―――――――。」

 

 

その考えに、狛村は強く共感してくれた。

 

 

「じゃあ、久々の仕事、頑張ります!射場ちゃん大丈夫っかな~~。」

 

 

走って執務室を出て行った隼人は、心配こそしているものの今まで見たことの無い楽しそうな表情をしており、余程復帰が嬉しかったことだと狛村も喜ばしくなった。

狛村も、新たな人物が隊長復帰すれば護廷十三隊にいい雰囲気が出ることを確信していた。

目の前にいた部下も等身大の振る舞いをするようになり、安心できるようになった。

 

新しい一歩を踏み出したような気分で、狛村は未来の護廷十三隊に思いを馳せていた。

 

 

 

「射場ちゃ~~ん、お久し・・・ってうわっ!!!大丈夫!?」

「お・・・遅いわ・・・口囃子・・・。」

「ごめんな~~ほんと。今日は僕が仕事やるから寝てていいよ!」

「今度はおどれが儂の分の仕事せぇ!!!」

「はいはいゆっくり休んでなさいよ。」

 

 

隊士休憩室に連れて行き横にならせたところ、三秒も経たずに高いびきをかいて寝てしまった。

書類仕事が得意では無い射場にしては、かなり頑張ったと思われる程仕事をこなしていた。

まだ隼人が入院していた頃も、残業を増やして二人分の仕事を頑張って対処していたのだ。

とりあえず今日は射場の分の仕事もやってあげることにした。

 

 

昼休みは、これまた修兵、吉良、阿散井のいつもの後輩達に飯を誘われて外に出たのだが、現世から戻って来て一度も会っていなかったからか、その見た目の変貌に皆開いた口が塞がらなくなっていた。

後輩達も皆髪型を変えたりしているのだが、

 

 

「もうその反応飽きた・・・。」

「いや、これはルール違反っすよ!!!」

「なに修兵、自分だって頭いじってるじゃん。僕が頭いじって何か不都合でもあるんかい?」

「そ、そんなことはないっすよ・・・。」

 

 

吉良と阿散井は隼人のイメチェンにかなり好意的な反応をしており、地味な昔の姿より前髪あげてしっかり顔を見せた今の方が絶対にいいと褒めてくれた。

現世で自分の姿を見てあれこれ言われることに慣れた隼人は、他人の目線など全く気にしなくなっていた。その自信に満ちた姿も二人にとっては立派に見えていいと言ってくれた。

 

対する修兵は、護廷十三隊顔面パワーバランスが崩壊していく姿を想像し、恐怖を感じていた。

憧れの女性にはいつまでも振り向いてもらえずいいように使われてばかりだが、修兵は今まで多くの女性から好意を寄せられ、男女の仲に発展したことも多々あった。

松本への思慕を忘れられず長続きしないのだが(そこがやっぱりダメなんだよ)、経験人数を聞かれても恥ずかしくない程の人数を喋る事が出来る。

それは、周りに比べて自分の顔が整っているから、というのは自覚していた。

憧れの人に美男で手練れと言われる程のことはある。

吉良や阿散井も女性から懸想されることはある。二人も気になっている女子がいるので断ってはいるが、それは修兵ほどとはいかないまでも顔が整っているからだ。

 

日番谷や浮竹は陰でファンクラブがある程で、最近では昔霊術院で凄まじい人気を誇っていた浦原喜助の人気が再燃しているとかいう噂も聞いていた。

 

そこへきて、隼人のイメチェンだ。

まさに黒船だった。

 

折角モテていたのに、このままでは己の存在が霞んでしまうのではないか。

ひょっとしたら憧れの人を取られてしまうのではないか。

このような複雑な理由があるせいで、手放しで隼人のイメチェンに喜べなかった。

 

 

「ルール違反って、ルールもクソも無いじゃん!何訳わかんないこと言ってんだよ。」

「口囃子さんは、地味だからこそ味があっていいんすよ!」

「知らな~い。つーか地味だから味があるって意味わかんねぇよ!」

 

 

ケラケラ笑う隼人の姿を見て、やっぱり後輩達は慣れないでいる。

見た目の変化と共に性格も開放的になり、元気一杯の子どもみたいな振る舞いの隼人にペースを合わせることは少々大変だ。

 

 

「俺、今の口囃子さんについていけねぇ・・・。」

「僕も慣れるのに時間かかりそうだよ、阿散井くん。」

 

 

基本的に修兵で遊んでいる隼人は吉良と阿散井をいじめたりするつもりはないが、矛先を向けられた時に笑って対処できるかどうかは自信が無い。

 

 

「いいじゃん、心境の変化だよ。」

「変化しすぎっすよ!」

「結構頑張っちゃったけど、どう思う?」

「悔しいっすけど、カッコいいと思いますよ!!」

「やった~~!!!修兵お墨付きなら間違いないな!」

 

 

実際この髪型になった時にビクビクして泣いていたあの頃は遠い過去としてどっかに消し、今の隼人は自信たっぷりで笑える程になっていた。

心から喜んではしゃぐ姿も、見慣れない姿でいちいち困惑してしまう。

 

 

いつもの定食屋に入ると、京楽と浮竹が四人掛けの席に座っていたのを見つけた。

 

 

「おや、若い君達も昼ごはんか。」

「ええ、ここ気に入ってるんすよ。」

「昔から変わらない美味しい味だからね。」

 

 

魚を丁寧に食べた浮竹は、お口直しにお茶を飲んでいる。

笠を下ろした京楽は食べ終わってのんびりしているところだった。

 

隊長に手間をかけるわけにはいかないので、席を店員に案内してもらい向かおうとする。

 

 

「ところで・・・。」

 

 

だが。

 

 

「何隠れてんの、隼人クン。」

 

 

ビックゥゥゥゥゥ!!!!と体を一度震わせて隼人は立ち止まった。

とっさの出来事に霊圧を隠す暇もなく、体を固まらせて縮こまらせる。

逃げられるものならどうにかしてこの場から逃げたかった。

なぜなら。

 

二人の隊長に向かい合って座っているのは、少し髪を伸ばした七緒だったから。

 

 

「ちょっと、借りてもいいかな?」

「構わないですけど・・・。」

 

 

浮竹の言葉に、吉良が自然に答えてしまう。お前ナチュラルすぎだろと突っ込みたくなる。

 

 

「さあさあ、ここ、座っていいよ。」

 

 

京楽が指し示した場所は、言うまでもなく七緒の隣だ。

準備が出来てない。髪型を変えてからは、色々シナリオを考えた上で会おうと思っていたのだ。

いかにそつのない形で七緒の気を引くことが出来るのかを、せっかくなので綿密に考えた上で会うつもりだった。

修兵の誘いに乗らなければよかったと今更ながら後悔する。

 

 

「何頼もうか、奢ってあげるよ。」

「いっいえ、そんな訳には「現世産高級豚ロースのとんかつ定食でいいんじゃない?」

「おお!それがいいな!体力をつけるためにはそれがいい!」

 

 

話を聞かない浮竹と京楽のせいで勝手に昼飯を決められ、奢られてしまうことになる。

しかも、メニューの中でも結構お高い品だ。

ますます逃げられなくなってしまった。

 

少し離れた席に座る後輩共は、三人で話すフリをしながらばっちりこっちに注意を向けている。

仕方のない話だ。突然かっさらわれたのだから。

 

 

「あの・・・何故急に僕を引き留めたのですか?」

「初めてとった長期休暇はどうだったのか、是非聞きたくてな!」

「六車隊長達と過ごされたんですよね?どうでした?」

「へぇっ!?!?!?」

 

 

よりによって七緒からそんな話を持ち掛けられることも全く考えていなかったせいで、ドギマギして頭が真っ白になる。

必死に思い出すのは、到底人前では話せないお下劣な下ネタで騒いだことや、現世にやってきた当初の情けない自分の姿。

そして、七緒に関しての恋バナ。

 

選択肢として浮かんだものは、どれも隼人を崖っぷちに立たせる内容だった。

それでも必死に問題の無い内容を思い出そうと躍起になる。

 

 

「えーーっとですね――――・・・、あっ!漫画とか読みました!あとゲームもしました!」

「それだけですか?」

「いえっそそそそそんなわけないじゃないですかぁ~~。」

「そりゃあそうでしょ。()()()()()()()()()()()()()()()()、も~~。」

 

 

机に頬杖をついて隼人を見る京楽は笑みを浮かべている。

全く目が笑っていない理由が気になって仕方ない。

 

 

「どうしたのさ、もしかして、好きな子でも出来ちゃったの?」

「なっ!!!ち、違います!平子さん行きつけの美容室に行ったらこの髪型にしてもらっただけです!」

「急にオシャレになるからびっくりしたぞ。霊圧を見なければ誰だか分からないな。」

 

 

詳しいいきさつは人前であまり言いたくないので抽象度を高めて伝える。

目の前に好きな人がいるのにはい、そうです、なんで言えるわけない。

それに、浮竹は単純に興味津々でニコニコしている感じだったが、京楽は顔だけ笑顔で本当の意味で笑っているようには見えなかった。

 

まさか、自分の気持ちがバレているのだろうか。

その予想をしてしまった以上、隼人は絶望の淵に立たされることになる。

さらに京楽は追い打ちをかけてきた。

 

 

「七緒ちゃん、今の隼人クンどう思う?」

「え、ちょっと、」

「私ですか?そうですね・・・。」

 

 

じっくり顔を見てくる七緒に、胸の鼓動が止まらなくなる。

心臓の音が耳まで聞こえてくるかのようだ。

目を逸らそうとしても、むしろ七緒の顔から目が離せなくなってしまう。

 

 

「・・・似合ってると思います。以前の口囃子さんよりもカッコいいですよね。私は今の髪型のほうが好きですよ。」

「あ・・・・・・。」

 

 

カアァァ・・・っと顔を赤くした隼人は、俯いて七緒から言われた言葉を反芻する。

似合ってる。カッコいい。今の方が好き。

想いを寄せる女性にそんなことを言われた以上、彼女いない歴=年齢の隼人が思考停止状態に陥るのは言うまでも無かった。

 

浮竹が隼人の為に頼んだとんかつ定食が来ると同時に、京楽、浮竹、七緒は代金を払ってその場を後にした。

彼らが定食屋を出た後に、自分達が頼んだ料理の載ったお盆を持って後輩達が移動してきた。

 

 

「口囃子さん!伊勢副隊長のこと、好きなんスか?」

「―――――・・・。」

「ダメだ、阿散井くん。完っ全にあっちに行ってるよ。」

「水臭い話じゃないっすか!色々、教えて下さいよ!」

 

 

ぽへ~~・・・っと放心している隼人は、声をかけても何も返事をしない。

隣に来た修兵に肘でこづかれた所で、やっと我に返った。

さっきまでが嘘のようにケロっとした表情に戻る。顔色もいつも通りだ。

 

 

「あれ、何で君達がここに?」

「まさか、口囃子さんにも春が来るなんてな!」

「いやこれから来るのは夏でしょ。」

 

 

そういう意味で阿散井が言っていることを全く理解していない隼人は、何を言っているんだと呆れた顔をする。

それにもっと呆れた顔を吉良と阿散井が向けた後、隣に座ってきた修兵が耳元で囁いてきた。

 

 

「伊勢副隊長と、上手くいくといいですね!」

「ふんんっっっ・・・!!!!」

 

 

一際変な声を上げて顔を真っ赤にした。

 

 

「な、ななななななな何言ってんだよ!!!!七緒さんにそんな、」

「へぇ~『七緒さん』って。そういや昔からそう呼んでましたよね。特別扱いっスか。ぶっちゃけ昔から気あったんじゃないスか?ちゃっかりしてるっスね。」

「だってそりゃあ昔から関わりあるからそう呼んだっていいだろ!!阿散井くんだってルキアちゃんのこと呼び捨てじゃん!!」

「意味合いが違うっス。」

「はぁ―――――――――!?!?」

「じゃあ正直な話、伊勢副隊長のこと好きなんですか?」

 

 

「好きに決まってんじゃん!!!!!!!」

 

 

さりげなく混ぜ込んできた吉良のストレートすぎる質問に、勢い余って大声で答えてしまった。

周りで食べていたお客さんも静まり返ってこっちを向く。

呆気なく自滅してしまった。

隠し通せると思っていた気持ちが、よりによって後輩達にバレてしまった。

あ、やっちまった。と悟った瞬間から、赤い顔をさらに赤くする。

もうこれ以上ないのではという位には顔を赤くしている。

全身の血液が顔に集中しているかのようだ。

 

 

「そうだよ・・・好きで悪いかよ。」

「何一つ浮いた噂が無かった口囃子さんが、好きな人に振り向いてもらうために思い切ったイメチェンまでするなんて、健気で可愛い所もあったんすね。」

「は、はぁっ!?!?別に髪型変えたのはそういう訳じゃないから!」

 

 

今まで悉くいじられてばっかだった修兵は、格好の材料を見つけて反撃を行っている。

一日でコロコロと目まぐるしく表情を変える隼人が後輩達にとっては非常に面白く映っていた。

特に、(恐らく初めて抱いたと考えられる)恋愛感情をつついた時の反応は男子小学生の反応そっくりであり、いじり甲斐しかない。

何か言う度に過剰な反応を示すのが子どもっぽくてまた新たな一面を見た気分だった。

 

 

「でも、口囃子さんも思い切ったよな~~。伊勢副隊長に惚れるなんて。京楽隊長が知ったらどんな顔するんスかね?」

「あの人のことだから、お二人が付き合っていると知ったら暫く仕事休みそうだよね・・・。」

「確かに、どんな顔するんだろうね~~・・・。」

 

 

あの目はもう気付いているとしか思えなかったが、やっぱり口に出したら本当になりそうなので疑問のまま流しておく。

そして若い男達の質問は、結局これしかなかった。

 

 

「いつ、告白するんすか?」

「こっここここく―――――・・・!!!」

「まさか、伊勢副隊長から好きって言われるのを待つんスか?それはさすがにナシっスよ。」

「う、うるせぇ!!こっちから、するよ・・・。する・・・絶対・・・。」

 

 

言葉尻が弱々しくなっていく隼人の姿に、後輩達はため息をつく。

自分たちも決して上から相談できる立場にいるとは言えないが、それにしても目の前の男はこと恋愛に関しては未熟すぎる。

こんな調子では告白など出来たもんじゃない。

 

(だったら、無理やりにでも場をセッティングしてやるか・・・。)

 

言葉を交わさずとも意見が一致した後輩達は、一先ず萎縮した隼人の味方であることを告げた。

 

 

「応援してますよ!口囃子さんの初恋!」

「うるせぇ!!!」

 

 

むくれた隼人は急いでご飯を食べ、気を紛らすためにすぐ仕事に戻った。

高級とんかつの味は、結局よくわからなかった。

 



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復帰前!

予期せぬ七緒との邂逅の果てに後輩達に七緒への恋慕がバレてから五日後。

今日の午後から隊長復帰する三名が尸魂界入りするとの情報を入手した隼人は、午前中に怒涛の速さで一日分の仕事を終わらせ、強引に午後休をもぎとった。

 

 

「そげな速さで仕事やるなら他の隊士の仕事もやったらどうじゃ!」

「自分の仕事やって欲しいだけでしょ。四日分やってあげたんだから十分でしょ。」

「何じゃと!!儂はそげな量だけじゃ「僕は今日ちゃーんと自分の仕事やってます!じゃあね!失礼!!」

「ああぁぁっ!!儂の話を聞け!!」

 

 

仕事をサボらないだけ全然いいのだが、勝手に早く帰られると狛村への報告だったり書類への書き込みだったり色々大変なのだ。

それを三席の隼人にも分かって欲しいのだが、残念ながら今の隼人に分かってもらえる日は一生来ないだろう。

隼人は狛村にしっかり報告はしているのだが、ちょっぴり増えた仕事に射場はげんなりしていた。

 

 

一度自宅に戻って仕事道具を置き、最低限の荷物をショルダーバックに詰め込んで片手にはある物を丁寧に包んだ風呂敷を持っていく。穿界門の前で待ち構えていると、あの時と変わらない見た目の三人が尸魂界に戻ってきた。

 

 

「お久し振りでーす!!」

「何で隼人がいるんだよ。」

「えーいいじゃないですか!あ、最初に言っておきますが仕事はサボってないので。ちゃんと今日の分終わらせてここにいますから。そこんとこ理解して下さい。」

「お、おう・・・。」

 

 

おことわりをしっかり伝え、入手した(京楽から聞いた)情報の通り四番隊に向かう。

まずは死覇装と隊長羽織の採寸だ。

現世の服でずっと過ごしていたとはいえ、隊長就任の儀の際に死覇装を着ないのはさすがにいけない。

それに彼らは色々あったため死覇装を持っていない。

そのため、かなり異例な措置として死覇装の採寸から行うことになっていた。

 

 

担当は、伊江村(いえむら)八十千和(やそちか)だった。

 

 

「えーでは、貴方が鳳橋隊長ですね。」

「ザッツライッ!!!実は帯向こうで作ったの持ってきたんだけどいいかな!?これこれ、美しいと思わないかい!?」

「は?いやそんな急に言われても「あと死覇装の襟にこれつけようと思うんだけどどうかな!?どうかな!?」

「ど、どうぞ、ご勝手に・・・。」

 

 

しょっぱなから苛立ちMAXの伊江村は、眼鏡の奥の顔が引き攣っている。

三番隊なので番号的に最初とはいえ、最初に訊くのは完全に人選ミスでしかない。

伊江村の班の隊士がローズを案内していたが、彼も美的感覚を求められて困っている様子だった。

 

次は平子だったが、手持ちの袋から何やら取り出しており、嫌な予感しかしない。

 

 

「オレはこのスカーフネクタイみたいにしたいんや。あとこれ死覇装と羽織の間に重ね着してもええか?」

「は?いや、ちょっとそこまで色々着るのは・・・「京楽隊長に比べたらそんなの全然普通ですよ。問題ないですね。」

「え、いや、あの、口囃子三席、貴方が口出しする権利はっていうかそもそも何で貴方ここに「だよなァ!!よっしゃ~!どうせならこっちでもオシャレでいたいしなァ!」

 

 

別の隊士に平子も案内されて採寸に入っていった時には、伊江村はワナワナと苛立ちで震えていた。これほどまでに新隊長はアクが強く奔放だったとは。

この仕事を任されて舞い上がっていたあの頃に戻りたいくらいだ。

 

最後に確認した拳西も、何か持っていた。

 

 

「帯なんてメンドクセェモンじゃなくてベルトにする。あと死覇装も羽織も袖無しだ。それだけならいいだろ。」

「はぁ!?帯じゃないって、貴方何言って―――――・・・。」

 

 

顔を見た瞬間、今にもブチギレそうな拳西の表情を目の当たりにし全身が固まる。

更木剣八の怖さとは別種の怖さがあった。

 

 

「わ・・・分かりました。構いません・・・。ほれ、早く案内しろ!!」

 

 

隊士に後を任せた伊江村は、新隊長の個性の強さに不安しか感じなかった。

 

 

拳西についていった隼人は適当に部屋にあった椅子に座っていると、さっき言っていた拳西のベルトを渡された。

白地に、二つ穴のついたベルトだった。

 

 

「俺のと色違いだ。帯なんかより圧倒的に楽だから使え。」

「えっ、いいんですか?確かにこの前現世にいた時は楽だとは思いましたけど・・・。つーかベルト通すための場所無いのに使えなくないですか?」

「んなモン新たに作ってもらえばいいだろ。前より筋肉ついたからか死覇装キツそうだぞ。お前も採寸してもらえ。」

「えっ。」

 

 

言われてみれば、たしかに五ヵ月前に比べるときつく感じる。

以前感じなかったピチっと張り付いた感は、少しではあるが確かに感じる。

採寸を担当していた隊士からも、やりますか?と言われた。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて・・・ごめんね、仕事増やしちゃって・・・。」

 

 

形だけでも謝りつつ、結局隼人も新たな死覇装を作ってもらうことにした。

 

 

三名の新隊長は長らく義骸に入っていたからか殆ど体格は変わっておらず、以前のままで何とかなりそうだ。

ローズはヒラヒラを自分で付けるためにさっさと新居に帰っていった。

平子は数々持ってきた現世の服と死覇装を合わせて一人ファッションショーをしていた。

ちょっと引き気味ではあるが隊士達がいいと思います!と脳死で叫んでいた。

 

ベルトを通すための部品を袴に付けて貰うため、拳西と隼人は二人待合室でぼけっと待つことにした。

 

 

「長かったですね~ここまで。」

「何急に思い出話じみたことしてんだよ。」

「雰囲気ですよ!!何か、こう、あるじゃないですか!定番の!」

「知るかバカ。」

 

 

実際復帰まで101年かかっているのでいいではないかとは思うのだが、拳西にとってはこの101年はあまりいい思い出とはいえないので隼人相手でもそこまで話をしようとは思わない。

そもそもこんな浪漫を大事にする男だっただろうかと目を細めて怪訝な顔を浮かべていると、構わず勝手に隼人は喋り続けた。

 

 

「僕だって色々あったんですよ。鬼道極めて九十番台使えるようになったりしました!・・・結局斬拳捨てちゃいましたけど。」

「いや、その方が良かったな。じゃねぇと三席にもなれなかったぞオメー。」

「でも、副隊長になれませんよ?全部揃ってないと。」

「それもそうだな。進退窮まってんな。」

「そんなことないですよ!!僕だって――――。」

 

 

言おうとしたが、何だか確証が無くなってしまった。

あの時確かに目の前で見た、()()()()()()()のことだ。

そもそもあの日の記憶自体何だか夢みたいに朧げなのだ。観音寺以外の一護の友人について、ぼんやりとしか思い出せないのだ。

今も普通に声が聞こえ、やろうと思えば具象化出来るのかもしれないが、変に力を消費するのも気が向かなかった。

適当なことを言って誤魔化す。

 

 

「いつか拳西さんをぎゃふんと言わせる男になりますよ!!」

「オメーの言動には何度もぎゃふんと言わされてるぞ。」

「実力で!!実力で言わせます!!!」

 

 

実際あの藍染相手にあそこまで粘ったので実力だけで言えば己よりも優れているやもしれないと拳西は素直に褒められるのだが、いかんせん心がついて来れてないため、本当の意味で強くなるには心の訓練も必要だろうと考えていた。

隊長になって余裕が出来たら、また昔みたいに鍛錬してやろうと決める。もっとハードな鍛錬だ。

 

おしゃべりしながらたまにぼーっとしつつ数十分待っていると、さっき採寸を担当してくれた隊士によって新たな死覇装を渡された。

 

 

「死覇装に着替えて下さい。六車隊長はこれから羽織の試着をするのでお持ちしますね。」

 

 

そう拳西に伝えて下がっていった隊士を見て、ある言葉に隼人は過剰に反応する。

 

 

「あっ!!!」

「びっくりさせんなよ・・・。」

 

 

その言葉を聞いて隼人は片手に持っていた風呂敷の存在を思い出した。

ビクッ!とした拳西にイラついた顔をされるも見ないフリをする。

せっかくあの時数多くの品物から厳選して持ってきたのだ。

ここで渡さねば、一体何のためにあの時こっそり持ち出したのか。

 

 

「これ!!拳西さん!!」

「何だこれ。」

「いいから!開いて下さいっ!」

「急に騒ぎやがって何なんだよ一体・・・。」

 

 

嫌々ながらも風呂敷を手に取って開いた瞬間、拳西の顔色は変わる。

使い古された、新品とはいえない白布。

大きく書かれた『九』の文字。

あの頃使っていた隊長羽織の替えを、隼人はずっと隠し持っていたのだ。

 

もし誰かに見つかれば、タダでは済まないだろう。

形式上虚となった拳西の羽織を隠し持っているなど、危険思想を持った死神として蛆虫の巣に入れられてもおかしくない。

 

 

「これをもう一回拳西さんに着せることが、僕の生きていく原動力だったんです。家が壊されるって浮竹隊長から聞いて、急いで持って行ったんです。」

 

 

あの日を思い出し、再び胸が締め付けられる。

101年越しの最後の念願が叶い、思いが込み上げてきた。

 

 

「嫌なら、いいです。新品の方がいいですよね。」

「誰が嫌っつったよ。」

 

 

古びた羽織に腕を通し、ビシッと服装を整える。

悪戯っぽい笑みを浮かべた拳西は問う。

 

 

「どうだ?似合ってるか?」

「―――――――――。」

 

 

ずっと待っていた光景。ずっと見たかった光景。

一緒に死神として働く、その願いが叶い、これからは毎日お喋りすることだってできるのだ。

仕事の不満を聞いてもらったり、一緒に騒ぐことだって出来る。

泣いてしまうのだろうかとずっと考えていたが、今日は静かな嬉しい気持ちで包まれた。

 

 

「いやーー良かったですね!!復帰出来て!拳西さんより僕が嬉しいです!」

「そうかよ。俺も一応嬉しいんだがな。」

「だって、これからは仕事終わりに一杯とか出来るじゃないですか!後輩達と飲むのも飽きるんですよ!皆面白くないし。」

 

 

完全に喧嘩を売っている発言なのだが、別に隼人の後輩とまともに話したことも無いので特に詮索はしない。

あの檜佐木だかいうこれから部下になる男も隼人は仲良くしてそうなのだが、つまらないのだろうか。

数か月前に話した時の印象は真面目そうだったが、確かに残念感は拭えなかったのでつまらないのかもしれないとぼんやり拳西が考えた所で、仕事終わりの一杯なんて話をしたからか久々に隼人と酒を飲みたくなった。

 

 

 

「じゃあ今日手続き終わったら酒でも飲みに行くか?」

「いいですね!行きましょう!久々に楽しみですね!」

「飲み過ぎんなよ。居酒屋で荒れたら俺が困る。」

 

 

先ほど採寸をした四番隊士が戻ってきた時に拳西が何故か羽織を着ているのにびっくりしていたが、サイズ同じやつ一つ作ってくれと頼み、四番隊でやることは終わった。

 

隊長羽織の費用を見た隼人は、決して安物ではない金額に目を丸くした。

 

 

「そんな金、どっからこしらえてきたんですか?」

「お前の想像に任せる。」

「・・・闇金?」

 

 

現世で余計な知識を蓄えた隼人を思いっきり拳骨してやった。

 



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復帰後!

新隊長就任式が終わった後、三名の新隊長の歓迎の意味合いで、隊長格と高等席官数名が参加する大宴会が催された。

総隊長の長々とした話を京楽と卯ノ花が打ち切る形で宴会が始まり、皆まずは自隊の面々で酒や飯を楽しんだ。

 

だが、実際の所はやっぱり仲のいい面々とお喋りをしたい所。

最初こそ副隊長が対象にお酌をする、なんて構図もみられたが、結局年の近い者達で騒ぐ非常に喧しい宴会へと変化していた。

総隊長は京楽と卯ノ花に話を打ち切られたせいでかなりしょんぼりしており、ちょっと飲んですぐ帰ってしまった。

そのため、完全な無法地帯へと化していた。

 

 

「スゲェなあれ。あんな騒いで疲れねぇのかよ。」

「あの人達はそういう人間です。変に絡むと火傷しますよ。」

「火傷って、中々厳しいこと言うね。」

「色々ありますから。」

 

 

拳西とローズの言葉に、騒いでいる連中とはちょっと距離があることを遠回しに示す形で返答する。

十一番隊の席官コンビが大前田、射場、阿散井、修兵、吉良を巻き込んで何だか大騒ぎしているのを隼人は遠目で見てちょっとだけ呆れていた。

そういうのにはどうしても隼人はついていけない。ノリというものが上手く理解できないのだ。

更木剣八は白哉に何かと噛みついているが、相当イラっとしながらも白哉は冷静に対処しているようだ。

 

 

「やぁみんな、久し振りだね。隼人クンはこの前会ったけど。」

「京楽隊長!そのお顔どうしたんですか?」

「リサちゃんにスキンシップしようと思ったら、逆にスキンシップされちゃったよ~。」

「あぁ・・・。」

 

 

何やらボコボコに殴られたようだが、リサは七緒とは違って容赦がないためボコボコに殴られたのだろう。

 

 

「っていうか、矢胴丸さん、こっちにいるんですか?」

 

 

その言葉に、拳西が伝令神機のメール画面を見せて代わりに理由を教えてやる。

 

 

「YDM書籍販売っつー本と雑誌を売ってる会社だ。リサはその会社やって金儲けに勤しんでるな。」

「ボクも度々頼んでるんだ~。でもいっつも執務室に本置いてくだけだから素気なくてさ。そんなにボクと会いたくないのかな?」

「俺が試しに現世の小説を頼んだ時は本人が来てくれたぞ。」

「えっ。」

 

 

浮竹の言葉に京楽は愕然とする。

あれほど愛情表現をしているにも関わらず、浮竹の許にはしっかり現れるのに自分の許にはただ本を置いていくだけ、なんて塩対応をされれば、京楽のライフに著しいダメージがくるのは避けられない。

昔は朝に弱い京楽を引っ叩いてまで起こしてくれたのに。

 

そんな感じで京楽もかなり落ち込んでいる中、リサは女性死神達に挨拶をし、音速の速さで皆に馴染んでいた。

七緒の働きかけがあったおかげで、女性死神協会にもすぐに加えられた。実際は再加入みたいなものだが。

ちなみに数日後、遅れてきた白も女性死神協会に再加入し、やちると仲良くお菓子を食べることが多くなったという。

 

 

その女性達の群れの中にいた平子が、こちらに戻ってきた。

 

 

「桃に連れられてあっち行ってみたんやが、カワイイ子結構おるんやな今。」

「平子隊長、そんな女好きでしたっけ?」

「・・・何や、隼人に隊長呼ばわりされんのも違和感しかせんわ。今まで通りでええでホンマ。シンジでも構へん。」

「えっ、でも、ダメですよ!」

 

 

そこの線引きは個人的にしっかりしておきたいのだ。

小さい頃は院にいて上司ではなく父親の同僚的側面が強かったのでさん付けで呼んでいたが、今は隊長なのだ。

それに隼人も席官とはいえ三席なので、必然的に隊長格と接することが多い。

周りの目を一応気にして、平子とローズはちゃんと隊長呼びしないといけない、と隼人はあらかじめ決めていた。

 

 

「だって、隊長じゃないですか!ラブさんはそのままですけど、平子隊長と()()()()()はちゃんと外での呼び方をしないとダメですよ。」

「ローズ隊長・・・初めて言われたよ。」

「そのままはアホ丸出しや。」

「逆に変な注目浴びるぞその呼び方。」

「さすがに、それはどうかな・・・。」

「・・・。」

 

 

落ち込んでいた京楽以外のその場にいた隊長四名から総ツッコミをくらい、恥ずかしさで顔を真っ赤に染める。

真新しい白のベルトを掴んで何とか気を取り直す。

 

 

「だって、隊長じゃないですか!平子隊長と鳳橋隊長はちゃんと外での呼び方を徹底します。」

((((無かったことにしたな・・・。))))

 

 

強引なやり口にローズと浮竹は苦笑いし、平子と拳西は目を細めてため息をついた。

 

 

「あ、でも拳西さんは今更なのでそのままです。六車隊長とか噛みそうなので。早口言葉に出てきそうですよね。」

「おい、噛みそうってなんだ。他人の名前なんだと思ってんだよ・・・。」

「相変わらずマイペースやなァ、何も変わっとらんし安心するわホンマ。」

 

 

平子の安心をよそに、逆に拳西は心配し始めた。

これはそろそろ酒が回り始めてきた頃だ。

遠慮のない発言をし始めてからは、飲んだ量関係なしに何故か一気に酒が回るのだ。

数日前に飲んだ時も、最終的には荒れに荒れてわんわん号泣してしまい、仕方なく拳西が慰める羽目になったのだ。

いい年した男を慰める身になってほしい。

今日はそんな風になってほしくなかったのだが、願いは叶わなかったか。

 

 

「何かあっち面白そう!ちょっと行ってきますね!」

「さっき火傷するって言ってたけど、行っちゃったね。やっぱあの子達といる方が楽しいのかな?」

「いや・・・ありゃあそろそろ暴れるぞ。」

「あ~マジか。何で釘刺しておかんねん。」

「アイツ予想以上に酒弱ぇんだよ。未だに酔っ払う境目分かってねぇみてぇだ。」

 

 

既にしゃっくりを数回して酒の影響で顔を真っ赤にしているので、周りから見ても酔っ払っているのは明白だった。

爆撃は向こうで騒いでいた男子諸君に降り注ぐ。

 

 

「射場さんのちょっといい~とこ見てみたい!!」

「そ~れ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!」

「おらぁぁぁぁ!!まだまだ儂ゃいけるで!」

「さすがっス!射場さん!!」

 

 

 

もう全員フラフラの状態で吉良は完全に潰れている中、立ち上がった射場の許に猛スピードで駆けよってくる者に気付けた者はいなかった。

 

 

「次は檜佐木!!おどれがいぶびゅおぉっ。」

「いっ・・・射場さん!!!」

 

 

ドロップキックを射場の背中にクリーンヒットさせた隼人は、そのまま倒れ込む勢いを使って最も射場の近くにいた阿散井の胸倉を引き寄せ、肘で思いっきり腹を打った。

プロレス技を決めこみ、ち~んと阿散井は意識を失う。

 

 

「ぶぐぉっ!!!」

「あ、阿散井!!おのれぇ!侵入者かぁ!阿散井を倒すなんて許せん!」

 

 

千鳥足で駆けていく修兵に対し、泥酔しているとは思えない程の俊敏さで隼人は移動し、修兵の左脇腹を殴る。

 

 

「ごあっ!!」

「おらよっとぉぉ!!」

 

 

そのまま胸倉を掴み、拳西に教えてもらった渾身の背負い投げをお見舞いしてやった。

頭を打っていないにしても酔っ払っている以上凄まじいダメージになるので、情けなく修兵も気を失ってしまう。投げた先にいた大前田に直撃し、ふたりとも目をぐるぐるに回していた。

 

 

「おい!テメェ急にしゃしゃり出てきて一体何の真ぶぅっ。」

「一角!!ぐぉっ!」

 

 

立ち上がった斑目に対し隼人は至極単純に顔を真正面から殴りつける。

弓親には足払いをしただけだが、頭をしたたかに畳に打ちつけ、二人とも気を失ってしまった。

 

 

最後のターゲットは、既に潰れていた吉良に向かう。

 

 

「おいテメェ、なーに潰れちゃってんだよ。」

「うぇ、口囃子さん?」

 

 

ヒック、としゃっくりをしている吉良は未だに何が起きているのか分かっていない。

 

 

「折角この口囃子様からのありがてぇ一発お見舞いしてやろうと思ってたのによぉ!なーに呑気に寝っ転がってんだ!!!あぁ!?!?」

「いや、ちょっと意味が分からないです・・・。」

「わっかんねぇモンは理解するモンだろぉがよォ!!!テメェの頭に瓶でも打ってやろうか!!」

「ひっ・・・ひぃ・・・!」

「もっとしゃんとしたらどうだ!!副隊長サマがそんなんじゃ情けねぇぞクソチ●コが!!!」

 

 

潰れていた吉良は辛うじて酔いを僅かに覚ましたが、だとしても今起きているカオスな現実が理解出来なかった。

一緒に飲んでいた面子はあっちこっちで伸びており、残っているのは自分しかいない。

そして何故か突然目の前に現れた口囃子隼人によって、意味不明な恫喝を受けていた。

 

しかも恫喝が終わったかと思えば肩を前後に揺すり始めた。

こんなの酔っ払いには一番やってはいけないことだ。

一瞬で吐き気をもよおす。

 

 

「ねえねえ、なーんであの中で一人で伸びてたの?まさか酒弱いの?えっそれは別に否定しないけどさ、雛も「悪りぃ、コイツが邪魔したな。」

 

 

中々恥ずかしいことが皆の前にバレそうになった所で、新隊長の二人が見かねてこちらにやってきた。マジで助かった。

 

 

「大丈夫かい、イヅル。」

「おっ、鳳橋隊長!」

「ちょっとハヤトは酒が弱くてね、飲み過ぎたらすぐ暴れちゃうんだよ。外の風浴びてこようか。」

 

 

ローズに連れられた吉良は一旦外に出て酔いを醒ますことにする。

あんなに酔っ払って暴れる隼人を吉良は見たことが無かった。

いつも飲み会では酒の量をかなり抑えていたが、飲み過ぎるとこうなるからだったのだろうか。

ぼんやり考えながら外を見ていると、気分も徐々によくなっていった。

 

 

一方中では、拳西に首根っこを掴まれた隼人が未だにわーわー暴れていた。

 

 

「放して下さいよ!!情けない奴に根性入れてやんないと!」

「酔っ払って暴れてるオメーの方が情けねぇぞ。」

「はぁっ!?伸びてる奴の方が情けな「暴れんのもいい加減にしろ!!!!!!」

 

 

百年ぶりの本気の怒号に、身を縮こめる。

ここまでガチで怒っているのはひょっとしたら子どもの時でも見たことが無かったかもしれない。

一瞬で酔いが醒めた。

 

 

「この辺で伸びてる奴全部お前がやったんだぞ!!飲み過ぎんなってあれほど言ったよな!?何で理解しねぇんだよ!!」

「だって、いっつも、気付いたら酔っ払ってて、気付いたらこうなってて・・・。」

「二度と酒なんか飲むな。お前が飲んだら迷惑しかかかんねぇ。そんな奴が酒なんか手出すな。」

 

 

突きつけられた言葉に隼人はひどいショックを受けた。

数日前は一緒に酒でも飲むかと誘われたにもかかわらず、今日は二度と酒を飲むなと突き放される。

そりゃあ自分が全て悪いのは分かっている。こんなことして謝っても許してもらえるとは限らない。

しばらく距離を取られてもしょうがない。

でも。

 

 

「・・・楽しいからいいじゃん。」

「・・・今何つったよ。」

「楽しいからいいじゃん!こうやって皆で仕事の事考えないでお喋りして、普通の日常過ごせることがどれだけ幸せか分からないんですか!?ちょっとぐらい羽目外してもいいじゃないですか!」

「んな理由で他人傷付けるバカにお前を育てた覚えは無ぇ!!」

「分かってますよ!でも気付いたらこうなってたんですよ!―――――止められなかったんですよ!!それぐらい仕方ないじゃん!!うわぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!」

「なっ!ここで泣くかよ!!!」

 

 

結局隼人はいつも通りわんわん泣いてしまった。

目まぐるしすぎる感情の変化に拳西ですらついていけない。

周りのギャラリーは言わずもがな。皆ドン引きしている。

 

ただでさえ以前は静かで大人しい青年だった死神が、今となっては酒に酔った挙句凶暴化して他の集団を引っ掻き回し、自分で始末をつけられずわんわん泣いているのだ。

子どもか!とツッコミたくなる。

毎度の如く拳西は肩を貸してやり背中をさする。甘いと言われるかもしれないが、こうすればいつかは泣き止んでくれるのだ。

 

少し時間はかかったが。

 

 

「帰って説教だ。寝れると思うなよ。」

「ごめんなさい・・・。」

「お前らも騒がせて悪かったな。」

 

 

のされた男連中ではなく見ていた女性死神に拳西が代わりに謝罪した。

彼らには後で隼人に直接謝罪をさせる必要がある。

 

謝罪された女性死神は皆何とも言えない表情をしていた。

そもそも実害は無いし、騒いでいた男連中に辟易していたため、逆に少し静かになったのでちょっとありがたかった。

 

 

「別にいいですよ。あたし達、口囃子さんの面白いトコ見れたので!」

「なんか、凄かったですね。あんなに大暴れして・・・。」

 

 

松本と雛森がそれぞれざっくりした感想を述べているのを見た後、近くにいた七緒を発見する。

心底呆れた顔をしてため息をついていた。

 

(何やってんだよ、カッコ悪りぃとこ見せやがって・・・。)

 

隣で腕を掴まれ、俯いて鼻水を啜っている隼人を見て、こんな調子では上手くいかないだろうと拳西は勝手に息子の恋愛を諦めていた。

 

その日の夜中は九番隊に設えた拳西の私室で、いつも以上に脂の乗った説教を朝まで受けたとか受けなかったとか。

翌日、二日酔いではあるがしっかり関係各所に謝罪に赴き、お許しを得られた。

 



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急接近!?

七月に入り本格的な夏に入った頃。

とある人物が現世から遥々やってきた。

 

 

「こちらに来るのは昨年の11月以来ですな。」

「お久し振りです、鉄裁さん!」

「いつものあの場所で宜しいですかな?」

「はい!よろしくお願いします!」

 

 

去年藍染との戦いに備えて修行をしていた間、数名の副隊長にも鬼道を教えるイベントを行おうとしたのだが、緊急事態が発生して企画自体がぽしゃったことがあった。

その埋め合わせとして、今日は以前よりもよりスケールアップした形で鬼道の伝授を行うことになった。

 

 

「題して!!元大鬼道長握菱鉄裁による、地獄の鬼道訓練大会~~!」

「もうちょっと面白い名前にならないんすか?」

「そうやって僕の気を逆撫でするような余計な事言う人は参加許可しませ~~ん!」

「ちょっと、口囃子さん!」

 

 

文句を言う修兵に周りから白い目が向けられる。色々残念な修兵にこの場合味方する者はいない。双殛の丘の地下空間に、一、二、六、十一番隊以外の副隊長全員と、企画した隼人が集まっていた。

 

 

「一応この場所は秘密でしたが・・・。夜一殿に不平をぶつけられそうですぞ。」

「そうなったら浦原さんに電話します。」

「むしろ店長から文句を言われそうですが・・・。」

「口囃子殿、浦原から何か言われれば私が対応します。」

「あぁルキアちゃん、うんと、多分大丈夫・・・。」

 

 

隼人が目覚める前に副隊長になっていたルキアは、もう仕事が板につき、立派な副隊長だ。

ただ、少し思い込みが強かったりする部分があったりするため、変に拡大解釈して浦原に詰め寄るなんてことになっても浦原が困る。こういう目的なら浦原も渋々認めてくれるだろうと隼人はあのうさんくさい顔を思い浮かべた。

 

 

「それでは皆さん始めましょう。先ずは皆さんの現段階での実力を確認致します。皆さんの扱える中で最も難しい鬼道を私にぶつけて下さい。破道、縛道、二つのうちどちらでも構いません。」

 

 

鉄裁に鬼道をぶつける、その予想外の方法に皆少し当惑する。

 

 

「宜しいのですか?儂らが本気で鬼道をぶつけとっても。」

「構いませぬ。正直、貴方達の鬼道で私に傷をつけることが出来るとは思えませぬが。」

 

 

一瞬で場の空気が張り詰めたものに変化した。

これは去年の空座決戦を受けての言葉だった。

あの時藍染とまともに戦った死神は、隼人以外この場に誰もいない。

空座決戦に立った副隊長は皆藍染との戦いの前に、破面や異形の化け物などにやられ、戦闘不能になっていたのだ。

 

一応大前田が辛うじて始解を投げつけたものの、霊圧だけで破壊され、軽く体を蹴り飛ばされただけで戦闘不能になったのだ。

空座町にいた者だけでなく、虚圏にいた者も顔に僅かな悔しさを滲ませた。

 

 

「では、僕からいきます。」

 

 

最初に名乗りを上げたのは吉良だった。

掌を目の前にかざし、強い念をこめて詠唱文を紡ぎ出す。

 

 

「散在する獣の骨 尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪 動けば風 止まれば空 槍打つ音色が虚城に満ちる」

 

「破道の六十三 雷吼炮!」

 

 

言われた通りに、容赦のない雷撃を鉄裁向けて放つ。

だが、鉄裁は断空を使って防ぐこともせずに片手を払う動作だけで軌道を捻じ曲げた。

手に火傷のような跡すらなく、さっき立っていた姿と全く変わらなかった。

 

 

「そんな・・・!僕の本気が・・・。」

「その力で本気だとは、十刃相手でも最悪弾かれてしまいますぞ。」

「くっ・・・!」

 

 

鉄裁の厳しい言葉に、吉良は歯を食いしばって俯き、強い拳を握る。

悔しいが、事実を突きつけられた以上受け入れるしかなかった。

 

 

「あまり私を失望させないで欲しいですな。101年前の副隊長は今よりも強かった。時代が過ぎ去り、ここまで水準が落ちたとなれば、情けないですぞ!」

 

 

鉄裁の言葉に萎縮してしまうかと隼人は若干危惧したが、むしろ皆一層やる気になったようだ。

次は雛森が名乗りを上げる。

 

 

「よろしくお願いします!」

「うむ、名乗りは十分。だが実力は如何程か。」

 

 

雛森も吉良と同様に掌を前にかざし、詠唱を始める。

復帰後独自に鬼道に重点を置いて研鑽を積んでいた雛森は、八十番台の鬼道を辛うじて使える程には力をつけた。

 

 

「破道の八十八 飛竜撃賊震天雷砲!」

「・・・成程。」

 

 

だがこれも、鉄裁が片手で弾き飛ばした。

 

 

「そんなぁ・・・。」

「ですが、今私は霊圧を籠めた手で弾きました。そのままでは傷を負っていたでしょう。」

「本当ですか!?頑張った甲斐あったなぁ・・・。」

 

 

雛森は顔に喜色を浮かべるも、さっき酷評された吉良はさらにショックを受けていた。

可哀想だったので、隼人が「大丈夫だから・・・。」とフォローを入れる。

 

次に名乗りを上げたネムは威力に重視するあまり体を壊しかねないと危惧されたため、体に負荷をかけずに今の威力を出せるよう練習した方がいいとの言葉を鉄裁が授けた。

勇音は基本的に縛道しか使ってこなかったため、一番難しい鬼道として九曜縛を使い一瞬だけ捕らえたものの、腕力だけで鉄裁が弾き飛ばしてしまった。

松本は吉良程ではないがあまり良い評価をもらえず、悔しさを滲ませながらもすぐに受け入れた。

ルキアの力は何度か現世で見ていたものの、時間が経って副隊長となり、成長した姿を見て、素直に褒め称えた。

 

 

「頑張りましたな、朽木殿。・・・ですが、私に傷をつけられると思っていたのですが・・・。」

「うっうるさい!貴様が頑丈すぎるのだ鉄裁!」

「頑丈って・・・まぁわからんでもないけど・・・。」

 

 

次に出てきたのは射場だった。

 

 

「おっ、射場ちゃん頑張れ~!」

「うるさいわ!儂ゃここまで仕事と鍛錬に忙殺されてきたんじゃ!力見せたるわ!」

 

 

「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 蒼火の壁に双蓮を刻む 大火の淵を遠天にて待つ」

 

「破道の七十三 双蓮蒼火墜!!」

 

 

その力は確かに決戦前とは段違いの技へと変貌を遂げていた。

そもそも前は、七十番台はギリギリだったはず。

今となってはむしろ完全に自分の物にしており、隼人の目ではこれ程の力があれば八十番台もいけそうに見えた。

 

 

「口囃子殿の近くにいたからこそ、力を得たのでしょう。かなり鍛錬を積んだように見受けられます。」

「いやぁ・・・儂もまだまだですけぇ、今日色々教えてもらいに来やした。」

 

 

次に出てきたのは修兵だ。

 

 

「おっ、さっき馬鹿にしたからにはちゃんと出来るんだろうね~?」

「口囃子さんにぶつけてもいいっすか?」

「は!?ダメダメ!仕返ししたくなるから!」

「・・・・・・容赦無さそうなんで止めときます。」

 

 

修兵が放ったのは、風死を使った斬華輪。

対する鉄裁の感想は。

 

 

「普通ですな。」

「それだけ!?それだけっすか!?」

「良くも悪くも御座いません。これといって特徴の無い技に見えましたぞ。」

「何か、すげぇショック・・・。」

 

 

普通なんて評価を受けるなら、ぶっちゃけ下手と言われる方がまだ奮起できるものだ。

奮起も出来なければ喜ぶことも出来ない、非常に後味の悪い評価が出てしまった。

 

最後に出てきたのは七緒だった。

 

 

「伊勢副隊長!お久し振りです。あの時以来ですかな。」

「お久し振りです。」

「あれ、七緒さんってあの人と知り合いなんですか?」

「ええ、前に口囃子さんを助けた時に、握菱大鬼道長と共に救援に駆け付けました。」

 

 

その言葉に、修兵と吉良がピン!と反応し、隼人の方を向く。

ほんのり顔を赤くしている。わかりやすい。

 

 

「(見ろよあれ、あんなんで反応するとかイジりがいしか無ぇぞ。)」

「(ですね。)」

 

 

七緒は今日誰も使えなかった九十番台鬼道を鉄裁にぶつける。

 

 

「破道の九十一 千手皎天汰炮!!」

 

 

何本も放たれた矢の威力を鑑みて、鉄裁は今日初めて断空を使った。

体は無傷だったものの、眼鏡にはひびが入っている。

 

 

「流石です。鬼道衆に配属希望を出しただけのことはある。」

「私は鬼道の才だけで副隊長に任ぜられた身です。これぐらいできないと。」

 

 

その時の隼人の顔は、誰よりも嬉しそうな顔だった。まるで、自分の事のように嬉しそうな顔をしている。

 

 

「(吉良!見ろよあの顔!あのめちゃくちゃ嬉しそうな顔!)」

「(完全に彼氏の顔ですね。なってもいないのに。)」

 

 

ヒソヒソ喋っていた二人に、疑問に思った松本が茶々を入れる。

 

 

「あんた達、何ヒソヒソ喋ってんのよ。」

「えっ!い、いや、その・・・。」

「何、すぐ答えられないってことは、疚しい事?」

「ち、違います!!」

 

 

そして二人は勝手に松本にも人の恋愛事情を暴露してしまう。

こうなってしまった以上、音速の速さで噂が広まってしまうかもしれない。

 

 

「(マジ!?ってことは、口囃子さんのあのイメチェンって・・・!)」

「(本人は頑なに否定してますが絶対にソレです。)」

「(え~~!!めっちゃ健気じゃない!好きな人振り向かせるために思い切ってあそこまで変わるなんて!あたし応援するわ!)」

「(乱菊さん!絶対に口外してはいけませんからね!)」

 

 

修兵の口止めもあってこれ以上外に広まることは無さそうだ。確証はないが。

 

 

それからは吉良の指導を軸に皆もならう形で授業は進んでいった。

全員副隊長にもなる程の実力なので吸収は早く、皆メキメキ上達していく。

最初は評価が芳しくなかった吉良も、鉄裁の指導で副隊長としてもなかなかの力をすぐに使えるようになった。

少しの手直しで劇的に上手くなると確信していた鉄裁は、満足していた。

 

 

「皆さん、今日だけでかなり腕をあげたかのように見受けられます。鍛錬を継続していけば、自信を持って鬼道を使えるようになるでしょう。頑張ってくださいな。」

 

 

鉄裁の言葉で訓練会は終わり、皆達成感に包まれてすっきりした顔をしていた。

そして、鍛錬の隙を縫ってヒソヒソ話をしていた三人は策を実行する。

 

 

「あら、七緒。いつも持ってる本は?」

「え?私の手に・・・あら?どこに忘れたのかしら。」

「あーー!あそこに!伊勢副隊長がいつも持っている本がーー!あんな所にーー!!」

 

 

吉良の下手糞な演技は置いといて、いつの間にか手に持っていたと思っていた本を七緒が置いて行ってたことに気付いた。

実際は修兵が上手い事隠したのだが、そこまで気付く程頭は良くない。

 

 

「取ってきますね。皆さんは先に行ってて下さい。」

 

 

走っていった七緒を見る隼人に、修兵が肘で小突く。

 

 

「伊勢副隊長についてあげて下さいよ。」

「えっえ、えええ!!」

 

 

その過剰な反応にその場にいた全員が二人の方を見る。

真っ赤に染まってわなわな口を震わせた隼人の顔を見て、察しない者は誰もいなかった。

 

 

「一人で行ってるの見て心配じゃないんですか?」

「だって、七緒さんだよ?心配する方がおこがましいよ・・・。」

「だから、そういうんじゃないんすよ。こういう時に男の人が一緒にいてくれたら女の人なら誰だって嬉しい筈ですよ!頼りになるとこ見せないと!」

「ほう、成程・・・。」

「げっ射場ちゃん・・・。」

 

 

ニイッと笑った射場は、隼人のケツを叩く。

必然的に周りの輪から追い出されてしまった。

 

 

「行ってこい!漢見せんか!」

「そういう問題じゃないよ!心の準備が――――――・・・。」

 

 

皆の輪に戻ろうとしたら、何やら透明な壁が互いの間に張り巡らされている。

 

 

「少々、無粋な真似でしたかな?」

「鉄裁さん!やってくれましたね!」

「ナイスだ、テッサイ!!口囃子殿、ご武運を!」

「いやちょっと待ってって・・・。」

 

 

言葉を続けようとしたら、皆からの痛々しい白い目が向けられる。

何だこのアウェイ感。

 

 

「いいから早く行かんか!おどれは!!」

「お、思い切って、告白でもしちゃえばいいんじゃないですか!?」

 

 

射場と勇音の同期コンビによる口撃もなかなかの物だ。

特に勇音のは、爆弾発言に等しい。

女性陣全員きゃっきゃと盛り上がり始めてしまった。

 

 

「~~~~~!!!んーーーもう!!分かったよ!!行けばいいんだろ!!!」

 

 

踵を返して走っていった隼人を見た副隊長達は、(結局走るのね・・・。)と実際乗り気ともいえる隼人の行動に苦笑を浮かべる。

 

 

「では、私はこれで失礼します。壁は既に取り払っておいたので皆さんお好きに。」

「あたし達も、帰りましょっか。」

「そうですね。明日から平子隊長に言って時間作って鬼道の練習しなくちゃ!」

「私はマユリ様にご報告を。同じ威力で無理せず鬼道を使えるようになれて、戦闘の幅が広がりそうです。」

 

 

そんな雰囲気で皆梯子を上り地下空間から出て行った。

二名を除いて。

 

 

 

 

こっそり皆の輪の中から抜けた修兵と吉良は、霊圧を消して隼人の後を追い、二人の様子を見に行くことにした。

 

隼人を見つけた時には既に二人出会っており、帰り道を歩いている所だった。

 

 

 

 

 

「あれ、口囃子さん!?何故私の所に・・・。」

「しっ心配なので来ました!」

「そうですか、ありがとうございます。」

 

 

さっきは見せなかった笑顔をみて、きゅぅぅぅぅぅぅううううう~~~~~~と胸が締め付けられる。

おまけに「どうかしました?顔赤いですよ?」なんてテンプレートな言葉を言われたためドギマギして「ほぁっ!!」と変な声を出してしまう。

 

 

「むしろ私が貴方を心配してるじゃないですか。」

「すびばせん・・・。」

 

 

いい所を見せてきて下さいよと言われたからには何か爪痕を残したいところだが、考えていた内容はいざという時に頭からすっ飛んでしまい、泣きたくなる。

あの、えーと、・・・なんてどもっていると、七緒から話題が振られた。

 

 

「今日の私の鬼道、どうでしたか?」

「えっ、あー、そうですね・・・。」

 

 

ここは素直に褒めるべきか、それともあえて批評して改善点を伝えるべきか。

まるでリサがやっていた18禁乙女ゲームみたいに、二つの選択肢が出てきてカーソルで選んでいる最中のようだ。

ゲームの場合いくらでも悩めるが、現実世界ではそうもいかない。

迷った挙句、前者を取った。

 

 

「すごかったと思いますよ!最初に鉄裁さんに打ったやつも強かったじゃないですか!」

「でも、口囃子さんにとってはあれもまだまだなんでしょうね・・・。」

「そんなことないですよ!」

「えっ?」

 

 

私にとってはまだまだ。

そんな事を隼人は七緒に言ってほしくなどない。十分な力を持っていながら謙遜してばっかなんて、もったいないではないか。

 

 

「僕だって、今ぐらいまで力使えるようになったのはほんと最近なんですよ!だから七緒さんがまだまだなんて言う必要はないです!あと、さっきだって鬼道の才だけで副隊長になったって言ってましたが、絶対そんな事ないですよ!もっと他にも色んな理由があって京楽隊長は七緒さんを副隊長にしてるんですよ!」

「そう、ですか?」

「そうです!誰が何と言おうと、七緒さんは素晴らしい実力を持っていますよ!」

 

 

一気に熱を込めて伝えたが、後になって少し恥ずかしくなる。

クサイ台詞を言ってしまっただろうかと不安になったが、七緒の顔を見ると嬉しそうな顔をしていた。

 

 

「私、京楽隊長以外の方にそんなに褒めてもらったことがなかったので・・・。すごく、嬉しいです。ありがとうございます。」

「えっはい!どういたしまして!」

 

 

少し七緒の顔が赤くなってるように見え、つられて隼人も無意識に赤くなる。

甘酸っぱい空間に変わった気分に浸り、心臓の鼓動が止まらなくなる。

 

あっこれ、かなりヤバイかも。

好きって、言いたくなってきた。

このまま言ってしまおうか。

先輩と後輩の関係を、越えちゃおうか。

 

何てキュンキュンしまくっていたら。

 

 

 

 

 

 

馴染みのある霊圧を持つ二人が近くにいるのを察知してしまった。

 

一気に現実に戻されてしまう。

一番近くの岩陰で霊圧を消しているようだが、隼人の目では誤魔化すことなど不可能だ。

こっそり自分達の様子を見ようとしていた二人が、さすがに解せなかった。

 

苛立ちで、鬼道を使った銃弾を二人の間に向けて一発ぶつける。

 

 

「破道の一 衝」

 

 

撃つと同時に奴らの裏側に回り込む。

無表情かつ早口で、二人の後輩を追い詰める。

 

 

「何してくれてんだよテメェら。」

「ば、ばれてる・・・?」

「マジで信じられんわ。暫く仕事出来ない体にしてあげるね。」

「す・・・すんませんっした、口囃子さん・・・許して下さい・・・。」

「いや、到底許せんわ。さよなら。」

 

 

そして、縛道で縛り付けられた二人の副隊長の断末魔の叫びが地下空間に響き渡る。

サンドバックと化した二人は瞳孔の色を失った隼人に淡々と殴られ続け、暫くは色んな意味で仕事に集中できなかったという。

 

 

告白、出来そうだったのに。

 



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夏の慰安旅行!①

この慰安旅行は数話続きます。
誤字報告もありがとうございます!


「おぉお~~~~!海だ~~!!!」

「羽目外しすぎんじゃねぇぞ。」

「わかってますよ!」

 

 

7月末。

女性死神協会と数人の男性死神は、慰安旅行という名目で現世の海にやって来た。

久し振りの瀞霊廷通信とのコラボ企画であり、写真撮影用員としてまた拳西が連れられた次第である。女性陣の肌の露出が多いため、スケベ修兵(語呂がいい)は松本から断固拒否され、全く瀞霊廷通信に関わるつもりのない拳西が逆に呼ばれた。

ついでに暴走気味の隼人のお目付け役としての役回りもあるのだが。

他に来た男性陣は、白哉、浮竹、小椿、日番谷、吉良だった。

日番谷はすぐに海の家に行ってしまった。

 

快晴の青空に、照りつける太陽。

爽やかな風と穏やかな海の様子から、今日が海水浴日和なのは言うまでもない。

 

 

「わ~~!僕ずっと海行ってみたかったんですよ!」

「じゃあ海背景にして写真撮っとくか。」

 

 

そう決めて満面の笑みで写った隼人の写真が次号の瀞霊廷通信の表紙になったのは、後の話である。

 

 

「では皆さん、水着に着替えてきましょうか。」

 

 

相変わらず卯ノ花の号令で事が進む。

 

 

更衣室で水着と夏用の薄手パーカーに着替えて準備万端!さて出よう!と足を踏み出した所で、吉良に肩を叩かれる。

 

 

「今日こそ、いっちゃって下さいよ。これ以上ない絶好のチャンスですよ。」

「そりゃわかってるよ!・・・そのつもりでいるけど・・・。」

「松本さんが色々根回ししてくれてますから。」

 

 

その二人の会話を聞いた浮竹もノリノリで隼人を応援する。

 

 

「夏の海で告白か~~!青春だな~!頑張れよ、隼人君!」

「そんなープレッシャーかけないで下さいよ・・・。」

「しかし、この場に京楽がいなくて良かったな。いたら隼人君は邪魔しかされなかったかもな!」

「あの人は来たくても無理ですよ。矢胴丸さんがいる時点で。」

 

 

七緒から慰安旅行のために休暇を取ると聞いた瞬間、京楽は「ボクも行く!」と駄々をこね始めた。

水着美女に囲まれることしか考えていなかった京楽は、さらに男性陣で浮竹と隼人が行くと聞かされた瞬間、本気モードに入ってしまう。

荷物に紛れてまで行こうとしたが、リサに見つかりボコボコにやられ、結局京楽は来ることはなかった。

 

 

「確かにあの人、気強そうですよね。鳳橋隊長が値切り交渉をなさってる時も、頑として受け入れませんでしたし。」

「ローズがあんな性格だからリサが強く出るのも仕方ねぇよ。」

「六車隊長!」

 

 

どこで手に入れたのか分からない黄色のアロハシャツを素肌の上に着ていたが、無駄に似合っているのが少し羨ましい。こんな派手な柄、絶対に着こなせないと下っ端二人は慄く。

手には折り畳み式のでかいパラソルを持っていた。

 

 

「先出てこれ立てるぞ。浮竹さんがずっと陽射し浴びんのまずいだろ。」

「済まんな。今日は俺も元気一杯なんだが・・・。」

「隊長!!ご無理なさらないで下さいよ!!」

 

 

小椿の過剰な浮竹への気遣いに、浮竹本人も呆れながら苦笑を漏らす。

レジャーシートを持った白哉の先導でいい場所を見つけてシートとパラソルを設置し、先に男連中は日陰でのんびり海を見て休憩する。

男六人全員が入っても問題ない程の広さを覆っているため、パラソルもシートも相当でかい。

そんな平和な空間を邪魔する甲高い声が響き渡る。

 

 

「あ~~!!!拳西達ずるい~~~!!白も入る!!やちるんも入ろ!」

「うん!!びゃっくんの膝の上~~!!!」

 

 

精神年齢がお子ちゃまな二人が乱入し、場は一気に混乱に包まれる。

白哉は慣れているためすました顔のままだった。

白は小椿を押しのけて強引に入り込み、日焼け止めクリームを塗っている。

 

 

「白テメェ、そんぐらいあっちで済ませろ。」

「だってこっちに置いてった方が便利だもん!拳西そんなこともわからないの!?バ~~カ!」

「んだと!!!」

「喧嘩しないで下さいよ。白さんもそんな意地汚い顔しないで下さい!」

「会長が日焼け止めも塗らずに外に飛び出していったのを、慌てて追いかけてくれたんですよ。ほら、塗りますよ!会長!いくら子どもとはいえ、日焼けしたら大変です!私だって何度後悔したことか・・・!」

 

 

後から来た七緒が白哉の膝の上に乗っているやちるの体に、白から貰った日焼け止めを塗ってあげている。なにやら昔の自分の行いにひどく後悔していたのだが、隼人にとってはそんなことなどどうでもいい。

違和感を抱いた。

 

 

 

あれ、そんなに胸、あったっけ?

 

 

ピンクのビキニを着た七緒の胸にしっかりできた谷間を見てしまった隼人は、すぐにそっぽを向いて顔を赤くする。

着やせするタイプなのか、思ったより胸がある。

松本みたいな爆乳ではないが、夜一と同じ位にはしっかり胸がある。

危うくスケベ修兵みたいになりかけたが、そこまで変態でもないので一回見たら耐性がついた。

その姿を横目で見ていた拳西はカメラを向けようとしたが、後で泣かれそうなのでやめておく。

 

 

「では皆さん、最初の行事を行いましょう。」

 

 

またも卯ノ花の号令で、最初の海水浴行事が始まる。

 

 

「ドキッ!死神だらけのビーチバレー大会~~!」

「イェーーーーーーイ!!!!!」

「「「「「「――――――・・・。」」」」」」

 

 

雄叫びを上げた小椿に、全員からの凍てついた視線が刺さる。

 

 

「これだから小椿は・・・だから口が臭いのよ。」

「清音!そうやって浮竹隊長に取り入るつもりだな!」

「どんな論理関係よ!」

 

 

清音を筆頭に他のギャラリー(何故か主に男)からも軽蔑の声が流れる。

 

 

「済まない、小椿三席。さすがに引くかな・・・。」

「吉良副隊長まで!?」

「あのね、修兵だってそこまであからさまな反応しないよ。」

「そうだな。修兵なら静かに鼻血出してるな。」

「口囃子三席に六車隊長も!?」

「さりげなく檜佐木さんの悪口言わないであげて下さい。」

 

 

 

 

「へぶしっ。」

「何じゃ?おどれも吉良と口囃子が羨ましいんか?」

「べっべべべ別に・・・・・・。」

 

(乱菊さんのふしだらな水着姿を見れて羨ましいなんて、全ッ然思ってないんだからねっ!)

 

 

 

選考に敗北した男達はさておき。

 

これからやるのは総隊長からの金一封を賭けた一つ目の催し物である。

ネムが中心になって、この中では席次の低い隼人やその後輩の吉良、清音、小椿が中心になってコートの準備を行う。

 

三人でチームを作りトーナメント方式で行われ、最終的に優勝した三名に金一封が送られる。

金遣いの荒い一部の副隊長や三席は金一封に目を輝かせていたが、無趣味な隼人はそこまで金一封に惹かれることはなかった。

 

そして重要なのは、基本的にバレーのルールに則る。これだけだ。

つまり。

 

 

特段違反行為に関しては言及されなかったため、何でもありのバレー大会だったのだ。

 

 

「ではチームを発表致します。」

 

 

事前にくじで決めたチームを改めて発表する。

卯ノ花、浮竹は審判という名のギャラリーである。

チーム菊は、夜一、白哉、清音。嫌な予感しかしない。

チーム翁草は、リサ、吉良、白。凸凹すぎるトリオだ。

チーム金盞花は、松本、砕蜂、小椿。小椿は居心地が悪そうだ。

チーム竜胆は、やちる、勇音、(強引に連れてきた)日番谷。身長が・・・。

チーム馬酔木は、拳西、隼人、七緒。松本の取り計らいだった。

チーム椿は、雛森、ネム、ルキア。ここが一番マトモだ。

 

トーナメントはチームが決まった後に決めることとなった。

第一試合は翁草VS椿。

第二試合は金盞花VS竜胆。

第三試合は最初二つの勝者。

第四試合は最も白熱する可能性のある菊VS馬酔木。

最終試合は三つ目と四つ目の勝者だ。

ちなみに第一試合と第二試合の敗者同士で戦い、負けて最下位になった暁にはせんぶり茶の罰ゲームが控えている。

優勝チームは金一封の他、雀部特製トロピカルジュースが待ち構えている。

 

 

「では第一試合を始めましょうか。準備をして下さい。」

「頑張れよ~みんな!」

 

 

浮竹と卯ノ花の声援におされ、(元含む)副隊長たちが前に出る。

ジャンケンには吉良が勝ち、サーブは白がすることになった。

 

 

「第一試合、始め!!」

 

 

卯ノ花の号令で試合が始まり、白がボールを上げた途端から、既に戦いは始まっていた。

サーブで打った球には霊力を籠めており、人間業ではない速度のサーブが襲い掛かる。

椿の面々は誰も反応出来なかった。

 

 

「しろろん一点目ゲット~~!!!!」

「わ~~い!!」

 

 

やちると白が手を取り合って喜んでいる様子に、相手チームは皆悔しがり、味方は幸先よくでたものの気を引き締め直す。

 

 

「くっ・・・反応出来なかった!やはり九南殿の力は凄まじい・・・!」

「最初にしてはええんちゃう?アンタら覚悟しいやぁ?」

「では次からは体組織を限界にして戦う事にしましょう。」

「わっ私、鬼道使います!」

 

 

吉良は、完全に置いて行かれてしまった。

ボールの周りに炎や電流などが飛び交い、ビーチバレーがただの戦場と化している。

ポツンと隅に立っていた吉良は、一切動けずにいた。

「何やってんだよ吉良~!」と隼人が叫ぶ声が聞こえるものの、どうしようもない。

 

 

「双蓮蒼火墜!!」「廃炎!!」

「甘い!『鉄漿蜻蛉!!』」

 

 

鬼道が得意なルキアと雛森がリサと白をあらゆる搦め手で妨害しつつ、ネムが音速の速さのアタックを決める。

だが、始解をした白が風の力をおこして球の速度を落とし、難なくレシーブを行う。

リサのアタックは、鉄漿蜻蛉を使う事があるからか毎回変化球だったり無回転だったり何故か変幻自在で、レシーブ担当の雛森とルキアは対応に四苦八苦する。

三対二にもかかわらず、リサ達翁草が優勢のまま勝利した。

その間、吉良は一歩も動くことなく試合は終わった。

 

 

「情けないな~吉良!何ぼけっと突っ立ってんだよ~。」

「あの状況で僕に動けと!?無理ですよ!」

「侘助で球一時的に重くすればよかったじゃん。」

「受けた人骨折しますよ!」

「そうなった時のために卯ノ花隊長と勇音さんいるんだよ?そんな事も分からないの?」

「いや違うでしょ!」

 

 

どうせなら棄権したいというか、雛森にでも変わってもらいたいのだが、打診してチームそのものが棄権扱いになったら他の二人に殺されそうなので吉良は崖っぷちに立たされたようなものだ。

隼人なら味方してくれるかと思っていたが、変な所で好奇心旺盛なためガッツリ戦っている様子を楽しんで見ている。

がっくりうなだれつつ、次の試合も存在を消すことに徹することにした。

 

 

「それでは次は第二試合ですね。」

「みんな頑張れよ~!」

 

 

金盞花と竜胆の戦いは、殆どが勇音の意図せぬブロックで竜胆が勝利した。

跳ばずとも両手を上げるだけで丁度良い位置に手が来るため、一切の予備動作無しでブロックが出来るのだ。

試合に勝ったものの、やちるの「こてちん背高いから役立ったよ!ありがと~~!」というありがたいお言葉に勇音は再起不能になりかけた。

逆に日番谷は自分の背の低さを気にしてショックを受けていた。

 

一方金盞花では何もしていなかった(できなかった)小椿に批判の矛先が向けられる。

 

 

「アンタ、ロクな事してないじゃない!アタックもパッとしないし、ブロックすら対応できないなんて!ほんっと役立たずね!!砕蜂隊長がいなかったらボロ負けだったわよ!」

「すみませんでした・・・。」

「貴様のせいで夜一様と戦えぬではないか!覚悟は出来てるだろうな・・・!」

「ひぃ・・・お許しをぉぉぉぉ~~~!!」

 

 

浮竹の仲裁で事なきを得たが、夜一相手に戦いたかった砕蜂は未だ腹の虫が収まっていない様子だ。

そして次は、翁草と竜胆の戦いだ。

 

勝利した方のチームが決勝進出を決める。

副隊長五人と隊長一人が分かれる戦いであるため、戦いは熾烈を極めるものになる。

しっかりレシーブなどの工程を挟むくせに一秒ごとにボールがコートを移動するため、目で追うのも大変だった。

相変わらず吉良はポツンと隅っこに立っていたが。

 

 

「やちるちゃんと冬獅郎くん、小さいからかすばしっこくていいな~。僕もうそんなに速く走れないや。」

「羨ましいですよね。」

「えっ!・・・あ、そう、ですね!」

 

 

独り言を呟いていたら突然隣に来た七緒に、やっぱりドキドキしてしまう。

これが夏の効果なのか。それとも海の効果か。

何とか平静を装って会話を続ける。

せっかくのチャンスだ。向こうから話しかけてくれた以上、無駄にするものか。

 

 

「次、一緒ですよね!頑張りましょう!」

「ええ、六車隊長と口囃子さんの息の合った動きがあれば大丈夫でしょう。」

「何言ってるんですか!七緒さんもいて三人でチームなんですよ!今の吉良みたいになりたいんですか?」

 

 

そう言って指し示した吉良は、より一層ブルーなオーラを醸し出している。

仲間に入れてもらえず(というか割り込む勇気が無く)、軽く涙を流しているようにも見える。

多分修兵でも同じ目に遭っていただろう。

 

 

「ああはなりたくないですね・・・。」

「一緒に勝ちましょう!金一封は正直どうでもいいですが、やるからには勝ちたいです!」

「雀部副隊長が作ったジュース、せっかくなので飲んでみたいですしね。頑張りましょうか。」

「はい!」

 

 

会話していると、怒涛のスピードで繰り広げられた戦いが丁度終わったところだった。

あまりにも速すぎる。

ここで勝利をあげたのは、竜胆だった。

 

 

コート間のボールの移動は最初こそ度々あったものの、何かを振り切った勇音が覚醒したせいでリサと白のアタックは殆どブロックされてしまい、徒に体力を消耗したせいで短い時間なのに持久戦の意味で負けてしまった。

ちなみに一度だけ吉良が参加して点数を入れることができたが、それしか戦績はなかったため、非常に影の薄い活躍になってしまった。

 

 

「悔しい~~~!!やちるん!絶対決勝で優勝するんだよ!!」

「うん!!しろろんと一緒におはぎたくさん食べたいもん!!こてちん!最後も頑張って防いでね!」

「はい!!もう何も怖くありません!!!」

「姉さん・・・。」

 

 

目に闘志の焔を浮かべる勇音を見た妹の清音は、若干引いた目で姉の姿を見ている。

もはやネットの前が定位置と化した勇音の存在は、相手にとって威圧感が半端ではない。

 

次の戦いは、ビッグマッチ。

(元含めた)隊長三名入り乱れる地獄のビーチバレーが幕を開けようとしていた。

 



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夏の慰安旅行!②

「よし!わしらの出番じゃな!行くぞ!白哉坊!!」

「・・・・・・。」

「・・・なんであたしがこの人達と一緒なの~~・・・。」

 

 

実力も華も段違い、四大貴族の現当主と元当主と同じチームになった清音は、半分絶望していた。

吉良以上に参戦出来ないかもしれない。

だが、そんな青い顔をしていた清音に、救いの手を差し伸べる者が一人。

 

 

「大丈夫ですよ、私も、多分あまり参戦しなさそうなので。」

「副会長!・・・ですがさっき、口囃子さんと一緒に頑張りましょうって言ってたじゃないですか~。私なんか、二人の会話に割り込むことも出来なくて・・・。」

「それなんですが、実は・・・。」

 

 

そう言って指さした方向には、一生懸命デモンストレーションを繰り広げている拳西と隼人の姿があった。

えらくガチな雰囲気が漂っている。拳西の怒号に不貞腐れず練習をしているが、すでにそれは常人の域を超えていた。

 

 

「あそこに私が割り込める勇気はありません。」

「あっちもですか・・・。」

「本当、羨ましいですね。男の人ってこういうのに熱中できて。」

「あれは・・・熱中しているのでしょうか・・・。」

 

 

あまりにも動きが速すぎてもはやギャグにしか見えないため、清音からしたら困惑しかしないものだ。

むしろ余計不安になる。

 

暫しの休憩が終わり、卯ノ花の号令でビッグマッチが遂に幕を開ける。

 

 

「隊長三人かぁ。俺もやりたいな~~。」

「いけません浮竹隊長!万が一があっては困ります!」

 

 

いつもの浮竹と小椿のやりとりを繰り広げ、じゃんけんによって馬酔木がサーブを打つことになった。

 

 

「はい!七緒さんお願いします!」

「私でいいんですか?」

「はい!むしろお願いします!」

 

 

ここで七緒に渡すことでしっかりチームとして競技に参加させる。そうして隼人はしっかり七緒を蚊帳の外にしないように配慮した。

 

 

「それでは、お願いします!」

「は~じめ~~!!!」

 

 

やちるが鳴らしたホイッスルをきっかけに、七緒はボールを上にあげて構えの姿勢を取る。

決してボールから目を離さず、集中してボールの落ちる速度を見計らう。

前の方にいた拳西と隼人も七緒がサーブする様子をしっかり見ていた。

 

 

「せいやぁぁぁぁぁああああ!!!!!!!」

 

 

七緒が打ったサーブは、場全員の度肝を抜くことになった。

 

あまりにも本気を出し過ぎてしまった結果、白のサーブなど比べ物にならない程の破壊力を叩き出す。

落下点にズボォォォ!!!と球が入り込み、球の直径の太さの少し長いトンネルもどきが出来上がってしまった。

 

 

「こっ・・・これって・・・。」

「おぉ~。中々鋭いアタックだな。」

「いや、そんなこと言ってる場合じゃないですって!」

 

 

開いた口が塞がらない隼人と、天然をかます浮竹に、常識人の吉良が安定のツッコミを入れる。

相手チームにいた夜一は興味津々でボールが埋まった場所に向かって行った。

 

 

「七緒!アンタ何しとんねん!!強すぎや!!」

「えっ!嘘!ごめんなさい!!」

 

 

見ていたリサも一目散に落下点に駆け寄る。すでに砂中深くに球が埋まってしまったため、スコップか何かで掘らないと発掘できないだろう。

近くにある海の家にスコップを貰いに行くことになり、小椿と吉良が駆け足で取りに向かった。

 

 

「七緒さん・・・張り切りすぎちゃいましたか?」

「私としたことが・・・!お恥ずかしい・・・。」

「京楽隊長には後で伝「絶対に言わないで下さい!!!」

「あっ・・・・・・はい。」

 

 

額に手を当て俯く七緒は、大失態を犯した自分にかなりのショックを受けている。

そんな中でも拳西と勇音が手で発掘作業を続けていたが、一向に出てくる気配はない。

 

 

「これ相当奥まで埋まってんじゃねぇか?」

「私が腕伸ばしても取れないですねぇ・・・。」

「あらあら。手足の長い勇音が腕を伸ばしても取れないとは、これは相当に深いところまで埋まったようですねぇ。」

「ったく、ぎょうさん迷惑かけおって!七緒は優勝してもせんぶり茶確定や!!」

「えっ私確定ですか!?」

 

 

しょぼーんと更に七緒が落ち込んでいたところで、小椿と吉良が戻ってきた。

何故か、浦原と鉄裁も共に。

 

 

「えっ何故浦原さん達が!?突然すぎません!?」

「現世の人間がいない方が、皆さん羽を伸ばせるでしょう?卯ノ花サンに雇われて浦原商店海の家特別店を今日限定で出店したんス!!」

「いやまあ、確かに羽は伸ばせますけど・・・。」

「ではここは私が。ふんっっっっっっ!!!」

 

 

あっという間に鉄裁は、まるでアリの巣を撲滅するCM映像のように砂地を原因不明の原理で二つに割り、その中から球を取り出した。西洋の宗教に出てくる伝説っぽくもある。

ぎょっとする光景に、鉄裁に会ったことの無い小椿や清音は驚愕の表情を浮かべる。

ルキアは彼らの突然の来訪に驚きこそしたものの、鉄裁の仕事ぶりに感心していた。

 

 

「やはりこういう時にテッサイは役に立つな。それに比べて浦原はただ来ただけではないか!」

「そりゃあそうっスよ~~。アタシが砂深くに埋まった球を取り出せるように見えますか?」

「私は貴様を埋めてやりたいがな。いやいっそ埋めてやろうか?頭だけ出して西瓜割りならぬ浦原割りでもするか?貴様の頭を血祭りにでもあげぬと私は気が済まぬ・・・!」

「そっ砕蜂サン・・・お手柔らかに~~・・・・・・。」

 

 

浦原の存在を見た途端に砕蜂は秒で不機嫌極まりない顔になってしまったが、何はともあれ試合再開できそうだ。

鉄裁の力で元通りに砂浜は修復され、試合再開となった。

 

 

しかし、最初に七緒が意図せずブッ飛ばしたせいで隊長三人が自分の力量にかなり気を遣うことになってしまい、今までの試合の中で最もフツーなビーチバレーとなってしまった。

逆に清音と七緒は参加しやすくなり、今までの殺伐としたビーチバレーとは打って変わり、レクリエーション感満載の和気藹々とした試合が最後まで続いた。いや、続いてしまったと言うべきか。

 

接戦を勝ち抜いたのは、夜一率いるチーム菊が勝ち上がった。

 

 

「やるからにはしっかり優勝じゃ!」

「朽木隊長と夜一さんがチームにいれば大丈夫ですよ!決勝も頑張りましょう!」

「・・・・・・。」

 

 

清音も夜一と打ち解け、普通に会話できる程度には仲良くなれた。相変わらず白哉は無口だが、三人の連携はバッチリなので、特に気にすることでもない。

負けた馬酔木の面々もそこまで悔しそうにはしておらず、けろっとしていた。

 

 

「負けちまったが別に金一封欲しいワケじゃねぇしな。俺はどうでもいい。」

「雀部副隊長のトロピカルジュース飲みたかったな~・・・まぁそこまでこだわってないけど。」

「私も最初以外は何もやらかさなくてよかったです・・・。」

「やっぱ最初のは京ら「ぜ・っ・た・い・に・ダ・メ・で・す!!!!!」

「わかってますからっ。」

 

 

ケラケラと笑い三人はコートから退場し、竜胆の面々と入れ替わる。

先ほどの反省を踏まえ、霊力の使用は一切禁止、純粋なビーチバレー大会となった。

最終試合も接戦となったが、勇音のブロックが不発に終わるようになってからは風向きが決まり、最終的にチーム菊が優勝した。

 

仮にも貴族の二人には金一封など大したことの無い金額なので、金一封は全て清音の物となり、金欠の小椿や松本からかなり羨ましそうな目で見られていた。雀部特製トロピカルジュースも、誰も食レポをしなかったため詳細な味は分からなかったが、あの白哉が「・・・美味。」と言う程には美味しかったらしい。

 

一方最下位は、全くもって連携を取れなかった金盞花の手に渡ってしまった。せんぶり茶を渡されてからは、

 

 

「これは美容にいいもの・・・これを飲めば私は美しくなる・・・。」

「夜一様が力の足りない私に与えて下さったのだ・・・。夜一様のために飲まねば・・・。」

「ひぃ・・・何で俺がこんな苦いモン飲まなきゃなんねぇんだよ・・・。」

 

 

などと刷り込みやら嘆きやらをぶつぶつ呟きながらくいっと一息に飲み干した。

一方リサに言われて七緒も飲まされることになったが、何故か七緒は「少し苦いですが、普通に美味しいと思いますよ。」と、予想外の感想を述べてしまい、ギャラリーの失望を買った。嘘でもまずいアピールすればよかったのに。

 

 

バレー大会が終わった後は皆でパラソルの中に入って浦原商店の面々が作った重箱を皆で囲み、午後は浮竹主催の海浜芸術會を行うことになった。

 

女性死神からはかなり不満の声が上がったものの、こちらも総隊長からの金一封が出るとのことでまたも金欠の死神達はやる気を出した。

 

 

「お前も参加すんのか?」

「ん~どうしましょう・・・。僕粘土とか苦手で・・・。」

「それなら砂絵でもいいぞ。消えないように砂浜から離れた場所でやるといい。」

「本当ですか浮竹隊長!!」

 

 

ぱあっと顔色を明るくした隼人は早速少し離れた場所に駆けて行き指と近くにあった枝を使って砂絵を描き始めた。

そこから他の皆も参加を考えていた者は砂を集めバケツで水を汲み、各々砂の像を作り始めた。

 

今回は写真撮影に専念し、どうせなら隼人の自信作でも見に行こうかとした所で、何故か吉良にトントンと背中を叩かれる。

 

 

「どうしたんだ?」

「いや・・・あの・・・。六車隊長は口囃子さんの描いた絵を見たことがありますか?」

「無ぇな。そういやあいつ絵描けんのか・・・?」

 

 

よくよく考えてみると、血濡れのお守りの修繕跡は上手に縫えているとは言えず、何度も縫い直した跡があったような。

ということは、絵もあまり得意ではないのかもしれない。

遠くで指を砂の上に滑らせている様はいかにも絵が描けそうな雰囲気を漂わせているが、それもどうなのだろうか。

 

 

「口囃子さんのは、最後に見ましょう。集中させてあげないと。」

「・・・それもそうか。」

 

 

吉良は修兵から隼人の画力について聞かされているが、あまり他人のことを悪く言わない修兵からしても瀞霊廷通信に載せられない程の「ド下手」らしいので、一体拳西がどんな反応をするのか少し恐くもあった。

遠くから見ていても既に完成形はヤバそうなので、何とか拳西の気を逸らせればと思い、一緒に皆の作品を見て回ることにした。

 

最初は、やちる、白、リサの三人が砂の塔を作っている所に向かった。

 

 

「イヅルんにむぐむぐ!写真撮りに来たの!?」

「拳西参加しないの~~!?つまんなーーい!」

「俺は写真撮ってくれって修兵に頼まれてんだよ。」

 

 

やちるがあだ名をつけることは隼人からも聞かされているため、拳西は基本ノーコメントを貫いている。白にもつまんないと執拗に食ってかかられているが、正直それ以上に問題行動をしている女が一人いた。

 

 

「おいリサ!ガキの前でエロ本広げんじゃねぇ!」

「黙っとき拳西!この塔の横に作る砂像をどれにしようか考えてたんや!」

「塔の横にいかがわしいモン作んな!いかがわしさ倍増してんだろーが!」

「何言うとんねん!拳西も興味津々なクセに!!このスケベ!!」

 

 

それからも二人の言い合いをよそにやちると白は砂の塔をいそいそと作っていたが、さすがに卑猥な砂像を作るのはやちるの目に毒でしかない。そのため、エロ本は吉良が没収して悪戯目的で修兵に渡すことにした。

 

 

「あたし知ってんで!あんなすました顔して修兵がドスケベなの!あいつあたしの会社に半月に一度エロ本購入希望の依頼書出しとるんや!その本なんかもあいつ多分持ってんで!渡しても無駄や!!」

「顧客の秘密守るんじゃなかったのかよ・・・。」

「檜佐木さん、ハイペースすぎません・・・?」

 

 

 

「へぇっくしっ!!」

「檜佐木さん、今日えらくくしゃみ多いっスね。風邪とか大丈夫っスか?」

「風邪は引いちゃいねぇが・・・。何だろうな・・・。」

「噂っスか。まぁ檜佐木さん位になれば女の子から噂されてもおかしくないっスね。」

「何言ってんだ!」

 

(俺は・・・。どんなにカワイイ女の子に言い寄られても乱菊さん一筋だ!絶対に!!!)

 

 

 

またも選考に漏れた男たちは置いといて。

幸いにも白とやちるは塔作りに夢中になっていたため聞いていなかったが、拳西と吉良は聞きたくなかった修兵のそういう事情を聞かされ、複雑な気持ちになってしまった。

これ以上聞くと耳に悪いため、適当にリサをいなして二人はその場から離れた。

 

次は松本、雛森、ネムが何かやってる所に向かう。

少し離れた場所で立っていた七緒が血相を変えて怒っているようだった。

 

 

「そうそう!そうやって寄せれば、ほら、完成!胸バケツ~~!!」

「これが、胸バケツですか・・・。マユリ様にご報告を。」

「私、乱菊さんみたいに胸大きくないから出来ないなぁ・・・。」

「何やってるんですか三人とも!!」

 

 

そんなタイミングに拳西と吉良もたまたま来てしまったため、特に吉良は反応に困ってしまった。

 

 

「あ、六車隊長~~!・・・って、これは写真撮っちゃダメですからね!?」

「撮るワケねぇだろ・・・。」

「あれ?吉良くんどうしたの?」

「ひっ雛森く~ん!六車隊長と一緒に歩いていたらたまたまここに来ただけだから!」

「ふーんそっか。私も胸バケツ出来たらなぁ・・・。面白そうだし・・・。」

「~~~~!!!!」

 

 

雛森に関しては単なる興味本位で胸バケツが出来ればと考えていたのだが、そんな姿を想像した吉良は自分でも分かってしまう程に顔が真っ赤になってしまった。

悟られてはいけないので拳西の後ろにさりげなく隠れる。

一方七緒は胸バケツに関して松本と口論を続けていた。

 

 

「教育上よろしくありません!!中学生がご覧になる可能性だってあるのですよ!」

「あんた何言ってんのよ。っていうか何でそんなムキに・・・あっ!!」

 

 

七緒の胸を見た瞬間に違和感を抱き、その理由をすぐに解明する。

瞬歩こそ使えないものの、恐ろしい速さで松本は七緒の背後を取り、後ろから抱き着いてピンクのビキニ(()()京楽に頼まれた松本のお土産)(口外を禁ずる)の胸に手をスッと入れる。

 

スポン、と取り出した物のせいで、七緒は今日一日の誇りを失うことになってしまった。

 

 

「七緒の奴、胸にパッド入れてたわ!!」

「はぁぁぁっっっ!!!何てことするんですかぁっ!!」

 

 

七緒の胸に存在したふくらみは一瞬でしぼんでしまい、雛森とさほど変わらないボリュームになってしまう。

それを見てしまった吉良はほんのり顔を赤くし、拳西は一応見ないフリをしておいた。

別に拳西にとっては年齢だけで言えば古株なので興奮もクソも無いのだが。

むしろ隼人がこの場にいなくて良かったと心底安心する程だった。

 

 

「お前ら何か作るならそろそろ作り始めろよ。時間もそんなに無ぇぞ。」

「は~い!じゃああたし達も始めましょっか。」

「ええ、胸バケツで水も運べますし、問題ありません。」

「それはもういいですから!」

 

 

先行きには不安が残ったが、これ以上絡むのも疲れるので、早めに二人とも退散して次の場所へと向かって行った。

 



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夏の慰安旅行!③

次に向かった先では、朽木兄妹が砂像を作っているところだった。

 

 

「六車隊長!お疲れ様です!」

「おーお疲れ。って何作ってんだ?」

「うさぎのチャッピーです!それはそれはとても可愛く・・・。」

 

 

だが、砂を扱うことがあまり得意ではないのか、全体の形がいびつであり、耳もぐちゃっとしており生気のないうさぎが出来上がっている。

それでもルキアは、自分の作品に対して誇りと愛着を持っており、自信を持っているようだった。

 

 

「六車隊長!どうでしょうか!?」

「そうだな・・・。とりあえずお前の兄が作ったヤツを見てみたらどうだ。」

「兄様のを・・・?」

 

 

自分の作品に集中していたため周りを全く見ていなかったが、改めて白哉の作っている作品を見てみる。

 

白哉は、これまた大層立派なわかめ大使の砂像を作っていた。

全体のバランス、腕や脚の太さにも並々ならぬこだわりを持っており、その躍動感は生きているようにさえ見えてくる。

ルキアにとっては、目の前にあるわかめ大使は美術館に飾られていてもおかしくない程の名品にしか見えなかった。

 

(兄様はこれ程までに美しく、素晴らしい作品を制作していながら、私は何故このような作品で満足していたのだ!兄様に追い付かねば・・・!)

 

せっせと再び集中し始めたルキアは、チャッピーの顔の造形の手直しから始めた。

 

 

「(あいつら、義兄妹のクセに美的感覚そっくりなんだな・・・。)」

「(似た者義兄妹だったんですね・・・。)」

 

 

数枚写真を撮って一度パラソルの所に戻ると、浮竹が水分をとって休養している所だった。

腰巾着の三席二人と、四番隊の二人、夜一と砕蜂もいた。

日番谷はまた海の家に戻っていったらしい。

 

 

「浮竹さん、大丈夫か?」

「ああ!さっきは少しフラッときたが、水分さえとればどうってことないぞ。それよりも皆の様子はどうだ?」

「色々ですよ。危ない作品は六車隊長が止めましたけど。」

「楽しみですね~浮竹隊長。」

 

 

ニコニコ笑う卯ノ花の隣で、浮竹は拳西からもらったデジタルカメラの写真を見て楽しそうにしていた。

夜一が左から覗き見していたため、右側を小椿と清音が奪い合って仁義なき戦いを繰り広げている。

 

 

「ほう、白哉坊はまだあのよくわからんヤツを気に入っておるのか。」

「わかめ大使だそうですよ。僕もよく分かりませんが。」

「奴の頭は時々不思議な方向に進むからのう。」

 

 

右ボタンを押して写真を一周した後、浮竹は満足と共に疑問を投げかけた。

 

 

「隼人君の所にはまだ行ってないのかい?」

「おぉ、忘れてた。」

「彼は何を作っているのか、見てきてもらってもいいか?」

 

 

再びカメラを預かられた拳西は吉良を連れて隼人の許へ向かって行ったが、吉良は胸騒ぎがした。

何かとんでもない事件が起きるような、しかもその理由がひどくくだらないもののような、何とも言えないドタバタした事件が起きそうな気がしたのだ。

 

 

「六車隊長、本当に見に行かれますか?」

「あぁ?何でオメーはそんなに止めるんだよ。さっきも無理やり別んとこ行かせてただろ。」

 

 

不機嫌になった拳西を初めて見た吉良は予想以上の雰囲気に僅かな命の危機を感じたため、この際洗いざらい言ってしまおうと決めた。

別に隠しておく必要もない。むしろ何故今まで隠そうとしていたのか不思議な程だ。

事前に伝えておけば拳西も心の準備が出来る筈。

 

 

「六車隊長。実は口囃子さんの絵についてなんですが・・・。」

 

 

 

 

夜一と清音が仲良くなったことに嫉妬で狂いそうになっていた砕蜂は、パラソルの下から出て海辺にいた二人の元に突入しようと画策し立ち上がった。

それと同時に砕蜂は自らの身に降りかかる危険を察知し、瞬時に身を躱す。同時に、キン!という音と共に何かがパラソルの柱に当たって跳ね返った。

それは海の中へと入っていき消えてしまったが、柱には焦げ跡のようなものがついていた。

 

 

「なっ・・・何だ急に!」

「跡から推測するに、銃弾のようなものだな・・・。」

「浮竹隊長!ご無事ですか!」

 

 

小椿が浮竹の体を気遣い、先を越されたと清音が若干悔しそうな顔をする。

その場にいた四人が銃弾の向かってきた方向に目を向けると、吉良が大慌てで走って来た。

 

 

「大変です!口囃子さんが!」

 

 

「口囃子さんがブチギレてそれに六車隊長がブチギレ返して大変なことに!!」

「ええっっ!?!?」

「どどどどどうしましょう浮竹隊長!砕蜂隊長!」

 

 

浮竹の腰巾着二人と吉良は三人で全く同じようにパニクっていたのだが、浮竹と砕蜂はさも平然とした様相だった。

 

 

「あぁ、それなら六車隊長が隼人君をいつかは抑えるから気にしなくていいぞ。」

「えっ・・・でも僕、あの雰囲気はかなりヤバイ気が・・・。」

「貴様らは知らぬだろうが、あの二人の大喧嘩は昔はよくあった。私も何度も見させられたものだ。五月蠅いことこの上ない。虫唾が走る。」

 

 

向こうで鬼道打ちっぱなしを行っている隼人の怒りで暴発寸前の霊圧を感知した若者たちは疑わしげだが、やけに隊長達は落ち着いているため、ますます疑問に感じてしまう。

海の家に向かっていて戻ってきた四番隊の二人も、向こうで爆発音が聞こえるにもかかわらず意に介していないようだ。

 

 

数分後。

アロハシャツが少し破れ、ほんの少し傷を負った拳西が隼人(と思わしき黒コゲの人間)を引っ張って戻ってきた。

某ゲームの戦闘不能のモンスターのように、目をぐるぐるにしながら気絶していた。

 

 

「きゅ~~~・・・・・・。」

「ったく、下手クソだっつっただけでキレんなよ・・・。」

「だから言ったじゃないですか・・・口囃子さんは変に自分の絵に自信持ってるから扱いには気を付けて下さいって・・・。」

「あれで下手クソと言わねぇ奴の方がどうかしてるぞ。」

 

 

 

 

 

曰く。

 

丁度砂絵が完成したと大騒ぎしていた隼人に出くわし腕を引っ張られて拳西は連れられたが、そこに描かれた絵は想像を絶するものだった。

 

 

「水族館です!!!どうです?どうです?!」

「――――――・・・。」

 

 

一つ一つの動物の絵が酷すぎて、判別がつかない。おまけに無理矢理イルカショーを描こうとしたのだろうが、現物を知らないせいで訳の分からないイルカショーが出来上がっている。原型を留めないイルカが箱の中で吊るされており、これじゃあ博物館の剥製だ。いやまあ水族館も博物館の一種なのだが。というか海に来て描くのが水族館の絵かよ。

しかも室内の絵なのに太陽を描いており、訳のわからなさに拍車がかかっている。サメには何故か脚が生えており、タコの足は本数がおかしい。見ているだけで頭がおかしくなってきた。

 

写真を一枚撮るだけで、そそくさと帰ることにした。

 

 

「じゃあな。修正頑張れよ。」

「えっ感想何も無いんですか?っていうか修正も何もこれで完成なんですけど。」

 

 

うっかり口を開けば怒らせる可能性があるため、これ以上は無言を貫く。

 

 

「ちょっとちょっと、感想言って下さいよ!せっかくの自信作なのに何か言って下さいよ。つまんないじゃないですか。」

 

 

無言だ、無言。

 

 

「あっ!ひょっとして!」

 

 

「拳西さん絵描けないんですか!だから何も言えないんだ!ははーーん!やっぱ僕の絵が凄いから何も言えなくなっちゃったんですね!それならそのままそう言って下さいよ~!素直じゃないですねホント!」

 

 

久々に(久々じゃないぞ)堪忍袋の緒がきれてしまった。

振り返った拳西は恐らく隼人が使ったと思われる枝を持ち、簡単にイルカショーの絵を描いた。

そこまで上手いとは言えないが、イルカショーだとは十分に理解できる程度の絵だ。

 

 

「イルカショーはこれだぞ!!お前のイルカショーは剥製じゃねぇか!」

 

 

「この下手クソが!!!!!!」

 

 

一瞬で隼人の顔から色が消えた。

それに気づいた吉良は、あわあわと焦り、物凄い勢いで冷や汗をかいている。

 

 

「あ、あの、六車隊ちょ「わかったらとっとと俺のヤツ見て修正しろバカ。」

 

 

振り向いて皆のもとに戻ろうとした拳西に対し、隼人は指を構える。

 

その指から、拳西の肩を掠める形で鬼道の弾丸を放ってしまった。

 

 

「ッ!!てめぇ!」

「僕の絵が何ですか?え?下手クソ!何言ってるんですか。むしろどこが!?」

「全部下手だ。つーかんなくっだらねぇことで鬼道打ってんじゃねぇ!」

「くだらない!?せっかく時間かけて描いた絵がくだらない!?はぁぁぁぁっっっ!?くだらなくなんかないですよ!!いくら拳西さんでも今の言葉には我慢できません!」

 

 

ノーモーションで廃炎を打ってきたため、拳西も短パンのポケットに備えておいた始解状態の断風を取り出し風の糸で爆発させる。全く無駄に実力つけやがって。

怒りで鬼道打ちっぱなしを初めてしまい多種多様な鬼道が襲い掛かるが、何とか全部相殺させる。

 

 

「おい隼人!気ィ短すぎるだろ!いきなり鬼道打つなバカ!!」

「あなたにだけは言われたくない!!!飛竜撃賊震天雷砲!!!!」

「バカ!!打った先に八番隊副隊長いるぞ!!!」

「うええっっ!!!!」

 

 

そんな、まさか。

やってしまった。

言われた瞬間に手から力を発するのを止めても、一度出てしまったものはどうしようもない。

 

 

「けっ拳西さん!避けて!!」

「避けれるわけ無ぇだろ!!」

「え・・・。」

 

 

隼人が打った飛竜撃賊震天雷砲に対して避けもせず、むしろ迎撃の構えを取る。

断風で十字を切り下から右回りに一度円を描いた後に、刃の先から超スピードで風の糸が生成され、十字と円は僅か数秒で飛竜撃賊震天雷砲を上回る大きさへと拡大してゆく。

頃合いを見計らって拳西は風の糸で作り上げた防護壁を隼人の方向へ全力で飛ばした。

 

 

「風斬十爆陣!!」

 

 

二つの力がぶつかり合った途端、大爆発を引き起こし、爆風などの影響で拳西のシャツは少し破れてしまった。

 

 

「あ・・・はぁ・・・。」

 

 

へたりこんで座った隼人の様子を察知した拳西は、爆炎の熱さなど気にせず猛スピードで隼人の所へ向かい、パーカーのフードを捕まえた。

 

 

「ひっ!!!」

「俺がこんなんなってお前がタダで済むなんて・・・思ってねぇよな・・・。」

「――――お手数おかけして、大変申し訳ございませんでした。」

 

 

瞬間、霊力の籠った拳で何十発も身体を殴られ、気を失って今に至る。

 

 

 

 

 

「そんなに斬新な絵なのかい?」

「あぁ。データは・・・消えて無ぇ。これ見てみろよ。」

 

 

そこに写された()()()()砂絵を見た者は、全員納得と共に呆れの表情を浮かべる。

 

 

「これ、何ですか?」

「水族館だそうだ。」

「うわ~・・・。」

「あっはは・・・、・・・凄いな・・・。」

「まさか隼坊が、ここまで絵が描けぬとは。何じゃこの絵は。」

「これで人前に出せると思ってたのでしょうか・・・。」

 

 

辛辣な意見が相次いでいたが、気を失って聞こえない状態でいることが幸いにすら思える。

満を持して出した絵を皆から酷評された場合、最悪怒りで鬼道を暴走させていただろう。

被害が一人で済んでよかった。

 

パチッと目を覚ました後は拳西に深々と謝罪し、何とか事なきを得た。

 

他の面々も結局まともに作品を完成させたのは朽木兄妹とやちるたちだけであり、松本たちは飽きて海で遊んでいたそうだった。

優勝は白哉だったが、金一封どうのこうのよりも、自らの芸術的センスが認められたことに対する喜びで、滅多に見せない笑みをこぼしていた。

 

 

あっという間に時間は過ぎ、慰安旅行も終わりの時を迎える。

皆で黄昏を見た後、後片付けをしている最中に隼人は吉良に強引に引っ張られた。

 

 

 




何だかんだいって拳西は斬魄刀を使った固有の技が無かった(と思われる)ため、即席ですが一つ作ってみました。
千年血戦篇のためにも色々自分なりに考えてみようと思っています。

ちなみに技名とかは後々変えるかもしれないので悪しからず。
久保帯人さんも枯松の読み仮名試行錯誤してたからね。


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告白!

「口囃子さん、今です!今しかないです!」

「・・・だよな、そうだよな!・・・・・・でも難しいよ~~!勇気が・・・。」

「貴方は現世の中学生ですか!悠長なこと言ってる場合じゃないですよ!」

 

 

午前中に言われた、アレだ。

いい加減、今日が最後のチャンスなのは分かっていた。恐らく今日言わないと、ビビりというか初心というかヘタレな隼人が普通の日にわざわざ呼び出して七緒に告白・・・など出来る筈がない。

あぁどうしようどうしようと頭を混乱させていると、吉良の伝令神機に電話がかかってきた。

 

誰かと思えば、案の定修兵からだった。

よりによってこのタイミングでだ。

 

 

「あいつ・・・!どっかで見てんじゃねぇの!?」

「まさか、檜佐木さんは仕事ですよ。」

 

 

ピッと音を立て、吉良は躊躇なく電話に出る。

 

 

「もしもし。」

「吉良!口囃子さん、どうだったんだ!?」

 

 

開口一番これだ。人の恋愛を何だと思ってるんだ(特大ブーメラン)。

 

 

「まだ告白するかどうかの段階でうじうじしてますよ。」

「何!今すぐ口囃子さんに代われ!」

「分かりましたよ。」

 

 

檜佐木さんからです、と言いながら吉良は隼人の手に電話を握らせる。

この上なく嫌だったが、返そうとしたら本気で嫌な顔をされたので、隼人も嫌な顔をしながら伝令神機を耳に当てる。

 

 

「・・・もしもし。」

「口囃子さん!何躊躇してんすか!」

「だって、だって、付き合ってから僕が七緒さんを幸せに出来るのかって考えると不安になってくるし、京楽隊長から毎日どんな目で見られるか予想つかないし、職場恋愛に近いってことは万が一があった場合すっごい気まずいし、もう何かもう不安で一杯一杯なんだよ!」

「―――・・・。」

 

 

しばし黙った後、修兵は慎重に言葉を選ぶ。

 

 

「それでも、今日言うべきっすね。」

「う~~!!やっぱり・・・?」

「だって口囃子さん、不安を口にしても、弱音は口にしてないじゃないっすか。」

「は・・・?え?」

「口囃子さん、告白の失敗は微塵も考えてないっすよね。京楽隊長からどんな目で見られるか、とか、幸せに出来るか不安だ、とか。全部付き合ってからの不安で、告白の弱音じゃないっすよそれ。もしかして、告白は絶対失敗しないって、心の底では自信でもあるんすか?」

「はっ!?!?何言ってんだよ、そんなワケ「あって下さい!!」

 

 

電話越しの叫び声は、まるで喝を入れられたかのようで何だか背筋が伸びる思いがする。

後輩に喝を入れられるとは情けないが、色事には慣れていないので仕方ない。

 

 

「大丈夫です。絶対上手くいきますから。落ち着いて焦らず、頭で言葉をしっかり考えてから口に出せば失言せずに済みます。嬉しい報告、期待してます!それじゃ、失礼します!!」

「あっもうちょっとアドバイス・・・切れちまった・・・。」

 

 

もうこうなってしまった以上、いくしかない。

たしかに今までずっと、上手くいった後のことばっか考えていた。

正直告白のこと何も考えてないじゃないか、と言われればぐうの音も出ないのだが。

 

でも、以前(うっかりではあるが)胸がきゅーーっと締め付けられ、告白してしまいそうになったこともあった。

そこまでいったのなら、自分の中で燻ぶらせる方が良くない。

告白するべきだ。よし、しよう。

失敗したら、笑い話にでもすればいい。別に死ぬわけではないのだ。

 

 

「わかった、やるよ!」

「やりましょう、口囃子さん!」

 

 

そして、皆の許に合流し、片付けの手伝いを再び続けた。

 

 

 

 

 

片付けも終わり、卯ノ花が「それでは着替えて浦原商店に戻りましょうか。」と言って動き出した所で、遂に行動に移した。

 

七緒の隣にさりげなく移動し、会話をしながらちょっとだけ皆より遅く歩く。

頃合いを見計らって、遂に切り出した。

 

 

「あの、最後に海、一緒に見て行きませんか?」

「構いませんが・・・。海、ずっと行きたかったんですよね?」

「・・・まぁ、そうですね。」

 

 

もうここから、引き返すことは出来ない。

ここまで呼び出しといて、何らかの事があるのは女性なら誰だって予想、あるいは期待することはバカな隼人でも分かる。

ここで何も言わなければ、男として失格だ。

 

雛森が七緒に声をかけようとするも、察した松本が日番谷に注意を向けさせる。

意図的に少し声を張って自分の上官をイジることで、数名を除いて完全に二人の存在は皆の意識から消えた。

 

 

「水平線に太陽が沈んでいく様って、いいですよね。私実は日の入りを見るのが好きなんですよ。」

「僕も、そうです。初めて瀞霊廷に来た時も拳西さんに肩車してもらって、陽が沈んでいくのを見ました。」

「そんな昔のことも、覚えているんですね。150年位前ですよね。」

「・・・。」

 

 

修兵からのアドバイスを思い出し、しっかり頭の中で考えてから言葉を発する。

大丈夫だ。噛まないように落ち着いて話そう。

勇気を出すんだ。口囃子隼人。

 

 

「あのっ!大事な話があります。」

「大事な話・・・?」

「はい。」

 

 

海から七緒に体の向きを変え、しっかり向かい合って目を見て話す。

必然的に七緒も隼人と向かい合い、手を前で重ねつつ隼人の話をしっかり聞く姿勢をとる。

 

 

「・・・七緒さん。」

「はい。」

 

 

一瞬俯き、唇を甘噛みしつつ頬を真っ赤に染める。

以前よりも、胸がきゅーーーーーっと締め付けられた。

告白する側なのに、いや、だからこそなのだろうか、ドキドキが止まらない。

 

でも、キャパオーバーにはならずに済んだ。

しっかり考えた結果、隼人は最もシンプルに言葉を紡ぎ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好きです。」

「・・・・・・、」

「七緒さんが、好きです。僕と、付き合ってもらえないでしょうか。」

 

 

夕焼けの光を浴びていてもわかる程に隼人は顔を真っ赤にして、生まれて初めて愛の告白をした。

一世一代、男の賭けだ。

今まで年下で、ずっと七緒には相談などでお世話になってきた。

何度も下らない相談をしてしまったが、嫌そうな顔をしつつも相談に乗ってくれ、答えを共に見つけ出してくれた。

逆に相談されることもあった。女性死神協会の再結成は、二人の相談から始まったのだ。

 

一体いつから、好きになっていたのだろうか。

病室で目を覚ました後から、七緒のことを可愛いと明確に思い始めたのだが、実際は気付いてないだけで、その前から好きだったのかもしれない。

藍染との戦いに行く前からだろうか。それとも、七緒が副隊長になる前からだろうか。

むしろ、自分が霊術院にいた頃からかもしれない、と今の隼人は結論付ける。

自分で自分の恋心に気付かないなど、笑わせてくれる。

 

 

「ずっと前から・・・院の頃に相談に乗ってくれてた時から、好きになっていました。」

「―――――・・・そうですか。」

「お願いします。・・・お付き合い、して頂けないでしょうか。」

 

 

だからこそ、ずっと好きだったからこそ、いざ告白をすれば、想いが止まらなくなりそうになった。

修兵のアドバイスが無ければ、勢いに任せてべらべら喋っていただろう。どんな結果になろうとも、彼には感謝せねばならない。

隼人の言葉が止まると同時に、七緒は下を向き、言葉に詰まっている様子だった。

考え込んでいるのかもしれない。

いつまでも待つつもりではいるのだが、ひょっとしたら時間を下さい、と言われ、後日返事が来るのかもしれない。

現世のドラマで得た知識を必死に回して色々考えていたが、何かを決心したのか七緒は再び前を向いた。

 

 

「ありがとうございます・・・、嬉しい、です。」

「えっ、じゃ、じゃあ、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。」

「―――――――――――。」

「申し訳ないのですが、口囃子さんのお気持ちには、私は応えられません。同僚で、友人として共に過ごす貴方の姿しか、今の私には想像できません。」

「――――・・・・・・。」

「とても、嬉しいです。私を慕ってくれて。ですが、ごめんなさい。」

「・・・そうですね。確かに、同僚のままの未来の方が、何だか現実的に見えますね。」

「あっ、あのっ「大丈夫ですよ!僕はもう、子どもじゃないんで。」

 

 

七緒に告白するまでの間、断られた場合について初めて考えたのだが、その際心がけるのは一つにしようと決めた。

 

 

断られた場合、絶対に七緒に罪悪感を抱かせないこと。

 

 

もういい大人なのだ。自分から告白しといて、弱いところを相手に見せるのは恥ずかしいではないか。

優しい七緒だ。変に罪悪感を抱かせてしまいそうで、絶対に子どもじみた真似はしてはいけない。

 

 

「・・・確かに、口囃子さんはもう、十分大人ですよね。」

「色々ダメな部分はありますが、大人にはなれたんじゃないかと思っています!」

「そっか・・・・・・。」

 

 

ポケットに入れていた隼人の伝令神機が振動する。

そろそろ時間か。

ほぼ同じタイミングで、遠くから松本が走ってこちらに向かっているのが見えた。

 

 

「松本さんが来てるので、私達も戻りましょうか。」

「・・・・・・僕はもうちょっと、海を眺めててもいいですか?」

「えっ、ああ、はい。では、松本さんに伝えておきます。先に戻ってますね。」

「はい!迷わないので僕は大丈夫です!」

「そうですか。海、楽しみにしてましたものね。では、私はこれで失礼します。」

 

 

走ってやってきた松本に七緒が事情を説明し(勿論告白のことは伏せる)、二人はそのまま歩いて皆の許へ戻っていった。

 

 

 

『大丈夫ですよ!僕はもう、子どもじゃないんで。』

 

 

この言葉か隼人にとっての空元気であることなど、七緒にはお見通しだった。

だが、それでも七緒は、隼人の告白を断るしかなかった。

 

 

(貴方には、負わせられません・・・。伊勢の呪いを、貴方に負わせる訳にはいきません・・・。)

(呪いを受けるのは、私一人で十分・・・。)

 

 

辛い選択だったが、自らの家について独自に調べた七緒は自らの覚悟のため、隼人の告白を断り、伊勢家の宿業を受けることを選んだのであった。

 

 

 

砂浜の上で一人、隼人は体育座りをしながら陽が沈む光景をずっと見ていた。

波音、風音、鳥の鳴き声しか聞こえない、喧騒とは程遠い空間だ。少し離れたところでは小さなカニが砂中から出てきて、歩いているところだ。

 

そう、ぼんやりと周りの風景を体中で受け入れていると、近づいてくる人の気配を感じ取ることが出来なかった。

 

 

「ここまで来て俺に気付かねぇとはな。」

「あ・・・・・・拳西さん、」

「水着ん中砂入るぞ。」

「別にもう着替えますし。」

「・・・それもそうだな。」

 

 

隣にやって来た拳西もどっかりと砂の上に座っているあたり、結局拳西も気にしないタイプなのだろうか。

 

 

「どうだったよ。」

「何がですか?」

「この流れで何がって聞くかよ。」

「・・・・・・フラれました。」

「だろうな。」

「えっ。」

 

 

鼻で笑いながら「だろうな。」なんて言われたら、さすがにちょっとムカッとくる。

でも、正直鼻で笑われるのも仕方がないと思っている自分もいる。

それにさっき女の子と二人きりでいた後にこんな所に一人でいれば、フラれたと思わない方がおかしいだろう。

そんな自分が情けなくて。情けなくて。

前を見ることが出来なくなってしまった。

 

 

「女にフラれたぐらいでメソメソすんなよ。情けねぇ。」

「泣いてませんよ。」

「だったら顔上げろよ。」

「夕日が眩しくて、目が疲れたんですよ。」

「だったら今目から落ちた水滴は何だよ。」

「さっき、海に、ちょっと、潜ったんですよ。」

「髪濡れてねえのにか?呆れんなホント。」

 

 

とは言いつつ、拳西は言葉をかけるのを止めて、背中をさすってやることにする。

余計顔を膝に埋め、最早泣いてないと言うのがアホにすら見えてくる姿勢をとってしまっている。

何度も鼻水をすすっている音が聞こえ、近くにいる人間に泣いていないと言っても、これでは誰も信じないだろう。

 

それは、隼人もしっかり理解していた。

 

 

「拳西さん・・・。」

 

 

「ずっと好きだった人にフラれるのって・・・・・・こんなに辛いんですね・・・。」

 

 

何も言わず、拳西はただただ隼人の背中をさすり続ける。

さすられている間、隼人はずっと小さな声で涙を流し、隣にいた拳西にすら顔を見せることは無かった。

 

 

 

口囃子隼人の初恋は、ほろ苦い思い出と共に幕を閉じた。

 




これにて、初恋青春暴走篇は終了です。
ですが、二つほど番外編があります。

番外編が終わってからは、遂に死神代行消失篇に入ります。
といっても、今回主人公は大したことも何もしないようなものです。
比較的すぐに終わり、千年血戦篇に入ります。

今回のオリジナル篇も長くなってしまって申し訳ございません。これでも色々カットしました。やちるから聞いた七緒のことに隼人がマジ惚れしちゃうところとか、ローズについて拳西に愚痴る吉良とか、慰安旅行における男性死神選考会とか・・・。
いつか挿入投稿で書くかもしれません。


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《番外編》その後・・・

七緒にフラれた次の日。

全くもって乗り気ではなかったものの、終業直後に修兵、吉良、阿散井が七番隊に駆け付け、射場も含めて無理矢理いつもの飲み屋に連れて行かれた。

 

道中も行きたくないと何度も年甲斐なくごねたのだが、奢りますとまで言われたからにはもうなすがままに引っ張られるしかなかった。

それに、どうせ家に帰っても意気消沈してまともにご飯を作れない。

最悪また拳西の私室に突撃してご飯をねだろうかとも考えたが、そんな自分の姿が現在修兵に引っ張られている自分の姿よりも情けなく感じ、結局飲み屋に入ってしまう。

 

座席も、個室の入り口から離れた一番奥の隅っこに追い立てられ、意地でも逃さないという副隊長らの姿勢が垣間見える。

どうでもよさそうにしている射場が唯一の救いだが、どうせ射場は飲み食いに集中し、助け船を出すようにも思えない。

 

適当に頼んだ弱めのお酒(前みたいに暴れたくないし)が出てきて、乾杯を形だけして一切口を付けずにいると、ついに隣にいた修兵が本題に切り込む。

 

 

「フラれたんすよね、口囃子さん。」

 

 

何も言わず、小さく頷くしかできなかった。

 

 

「おどれは落ち込みすぎじゃ。もっとしゃきっとせんか!隊士達も心配しとる。」

「大丈夫っスよ。別にフラれても嫌われる訳じゃないんだから。」

「勇気を出して告白出来ただけでも、大きな一歩じゃないですか。」

 

 

それでもずっと下を向いている隼人に、修兵はポンと背中を叩いた。

 

顔を上げた隼人が見たのは、勇気を出した隼人を褒め称えるかのような笑顔をした副隊長たちであり、誰も隼人の行いを馬鹿にしたりはしていなかった。

 

 

「少なくとも、ここにいるのは口囃子さんの味方です。さあ、飲みましょう!」

 

 

ジョッキの持ち手を隼人の手に握らせ、修兵は元気を出すよう励まし続ける。

吉良と阿散井も、同じように徳利やグラスを持っていた。

こんな心優しい後輩に恵まれて、何て自分は幸せ者なのだろうか。

 

少し前まで、特に阿散井に対してはあまりいい思いをしていなかったのだが、今となっては吉良と同じぐらいには普通の仲になっている。

いつまでもぐずぐずしている自分が情けない。ここ最近、情けない思いをしてばかりではないか。

 

 

「ありがとう、本当に、ありがとう・・・。」

「礼するぐらいなら、早く元気になって下さいよ!」

「うん!何か元気出てきたぞ!」

「その調子じゃあ口囃子!!」

 

 

しかし、飲ませ過ぎたせいで後輩達はものすごく後悔するハメになってしまった。

 

 

「やぁ~フラれるってのも人生経験の一つだよね!でもさぁ~修兵もずーーーっとまつもっちゃんに振り向かれらいの本当にざんれんらよね!射場ちゃんもいつまれ経ってもらし、吉良くんもさぁ~~!雛森ちゃんにいつ言うのさ!そんなんらっららとーしろーくんに奪われちゃうよ~!」

「何飲ませ過ぎてるんですか、檜佐木さん。」

「悪い、配分間違えた。つーか前より酒弱くなってねぇ・・・?」

 

 

ジョッキ一杯のビールを飲んだだけでこの有様だ。

真っ赤になった顔で大声で他人の恋をベラベラ喋られては、いくら個室とはいえ他の客にも聞こえてしまう。

しかも、若干白目になって挙動不審でもあり、タチの悪い酔っ払いの行動をストレートに突き進んでいる。

こんな調子が一時間も続くと、周りが疲れてしまう。

前みたいに暴力振るわれるよりはマシだが。

 

 

「も~!君達さぁ!僕には今しかないとか散々言っといてさぁ!何で行動移さねぇの!?他人には偉そうに言っといて君達告白出来ねぇの!?」

「うっ。」「それは・・・。」

「まぁでも修兵なら大丈夫かもね。だって僕が入院してた時あやう「はい水入りま~~~す!!!!!」

「ん~!!ぶびゅぶぼぼぼぼ!!」

 

 

やっぱダメだ。

 

 

「おどれはもう酒終わりじゃ!水でも飲まんか!」

「う~~~・・・。」

「これじゃあ、二次会無理そうっスね。」

「そうですね。これ以上いても迷惑になりそうですし、帰りましょう?口囃子さん?」

「嫌だ嫌だ嫌だよ~~!もうちょっと一緒にいてくれよ~!」

「あ~~もう!しつこいっすよ!じゃあもうちょっとだけいましょう!それでいいですか!」

「あひゃりまえだろぉ~~!」

 

 

まるで子どもの相手をするかのような気分に晒されてしまったため、吉良達は疲れ切ってしまった。

 

 

「(よし、後は檜佐木さんに任せるぞ。)」

「(僕はもう帰るよ。)」

「(なら、飲み直しじゃ、阿散井。)」

「(そうっスね。)」

 

 

射場、吉良、阿散井の三名は修兵と隼人に気付かれないようにお代だけを残し、酔っ払って泣き出した隼人の目を盗んで個室から出ることに成功する。

 

 

「檜佐木さん、後は任せましたよ。」

 

 

厄介事を先輩に押し付けて吉良はそのまま直帰し、射場と阿散井は飲み直しに夏のおでん屋に向かって行った。

 

 

 

「うええええええええん!!!やっぱフラれたのは辛いよおおおお!!」

「今度は泣き出しちまったぞ・・・?おい阿散井、何とか・・・って、いない!!!」

 

 

わんわん号泣しながら修兵の胸に顔をぐりぐり擦りつけて涙を拭いている隼人の対応をしていたら、いつの間にかお代を残して同伴していた奴ら全員消えていた。

お代を少し多めに置いて行ってくれただけ良いっちゃ良いのだが、それ以上にこの酔っ払いはしがみついて離れようとしない。

 

自分が半年以上前に目の前の男に似たようなだる絡みをしていたことを知らず、修兵は目の前の男の対処法を一人で考えねばならず、万事休す。

前よりも筋肉がついたからか少しずっしり感が増しており、背負うことは難しそうだ。

どうせならこんな先輩ではなく、松本に抱き着かれたかった。などと修兵は気落ちする。

己の面倒見の良さが今となっては邪魔でしかない。

 

 

「全く、引き摺りすぎっすよ。どうせ明日になったらいつも通り仕事で会うかもしれないのに。」

「うぅ~~・・・僕会えないよ・・・。修兵助けてよ~~。」

「子どもじゃないんすよ。それぐらい自分で何とかして下さいよ!」

「何だよ!告白する前は今しかないとか何回も言っといて!いざフラれたら後は自分で何とかしろってかよぉ!」

「あ~~!!もう面倒くさいなぁこの人!!」

 

 

我慢の限界を迎えそうなので、隼人の死覇装の懐を探って財布を取り出し、置き土産の代金と自分の金を合わせて先に会計を済ませる。

現在地の居酒屋から七番隊舎までよりも九番隊舎の方が圧倒的に近いため、迷うことなく修兵は後者を選ぶ。

 

向かう先は一つしかなかった。

 

 

「こんな遅ぇ時間に何だよ・・・。」

「隊長、俺には手に負えません。預けさせて頂きます。」

 

 

一言だけ残し、修兵は運んできた隼人を上官の私室の玄関に座らせ、滑らかな動きでそそくさと退散する。

一方、まさに寝ようとしていた拳西は、酔っ払いの息子という、睡魔に襲われている只中には刺激の強すぎる修兵からのお土産に、半ば絶望を感じる程であった。

 

 

「ん・・・おしっこ、漏れそう・・・。」

「はぁ!?テメェどんだけ飲んでんだよ!」

 

 

実際は全然飲んでいないのだが。

 

 

翌日、目を覚ました隼人は飲み会の次の日のいつも通りこっぴどく叱られ、いつも通り朝ご飯をご馳走になっていつも通り少し遅刻した。

 

 

 

 

 

 

数週間後。

出来立てホヤホヤの瀞霊廷通信を送ってもらい真っ先に見た隼人は、絶句することになってしまう。

 

 

「なっ・・・!なんじゃこりゃあああああああ!!!!」

「あぁ!?何かあったんか口囃子!!」

「いっ、いや、何でも・・・。」

 

 

女性死神協会慰安旅行の様子は特集記事として載せられていたのだが、最後のページが七緒と二人でいた時の写真だったのだ。

 

夕日をバックにしていたおかげで誰が写っているのかは一般隊士には分からないのだが、分かる人には分かってしまう。

ひと夏のアバンチュールの締めくくりがどったらこったらという、修兵が書き起こした文章にも苛立ちが止まらない。

それよりも諸悪の根源は、この写真を撮りやがった拳西だ。

 

 

「許さん!!マジで許せねえ!!!九番隊カチコミ行くしかねえわこれ!!!」

「落ち着け口囃子!落ち着くんじゃ~!!!」

「これが落ち着いていられるかよクソヤロー!!」

 

 

結局仕事が終わってからカチコミという名のただの文句をぶつける会に馳せ参じたものの、もう印刷して発行している以上修正は不可能と宣告され、大泣きしながら自宅に帰っていった。



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《番外編》ビーチバレーエキシビションマッチ!

「このままでは歯切れが悪いので、『えきしびしょんまっち』を行いましょう。」

 

 

ビーチバレー大会が終わった後、卯ノ花の鶴の一声で最後にもう一戦行うことになった。

七緒が頑張りすぎたせいで皆萎縮してしまい、期待していた戦いが見れず不満に思っていた一部の隊士に配慮した形でもある。

 

 

「参加者は全員隊長、もしくは元隊長です。どうせなら、『やんぐ』チームと『あだると』チームで分けましょうか。」

 

 

こうして、やんぐチームには日番谷、白哉、砕蜂と共に、砕蜂の強すぎる要望に応じる形で夜一が入った。相変わらず同じチームになった白哉は心底嫌そうな顔をしている。

あだるとチームには浮竹、浦原、拳西、卯ノ花が入る。

主審はやちる、副審は吉良が行うことになった。この時点で嫌な予感しかしない。

 

日番谷と浮竹のじゃんけんで日番谷が勝ち、砕蜂の要望で夜一がサーブを放つことになった。一緒のチームになれただけで砕蜂は舞い上がってしまい、男たちは若干肩身狭い思いをしていた。

 

この戦いでは本気を出してもいいため、もはやルールなどあってないようなものだった。

 

 

「いくぞ!!ふん!!!」

 

 

まさかの足で夜一はサーブを決めた。

 

 

「すげぇ!いきなり本気!」

「いやこれセパタクローじゃないですから!」

 

 

ギャラリーにいた隼人が早速テンションを上げる。副審の吉良のツッコミはいつも通りだ。

しかし夜一の球を受け止めたのは浦原だ。

何やら特殊な道具を腕に嵌めており、それで球の威力を軽減したようだった。

 

 

「夜一サン、いきなり本気出し過ぎですってば!」

「こんな球、おぬしで無くとも十分受け止められるわ。」

 

 

浦原がレシーブした球を前で構えていた拳西がトスし、浮竹にアイコンタクトを取る。

頷いた浮竹は球が落ちてくるタイミングで跳び、アタックの姿勢を取る。

浮竹の完璧なフォーム、跳躍の瞬間美しく跳ねる長髪に、清音は黄色い悲鳴を上げ、小椿は顔を赤くしつつ雄叫びをあげる。

他の面々もみな美の権化にどよめく。

 

 

 

しかし。

 

跳んだ時点で体力切れになってしまい、アタックを決めることは出来なかった。

へなへなへな~~と砂浜に倒れ込んでしまう。

 

 

「「うっ浮竹隊長!」」

 

 

三席二人が真っ先に駆け寄り、すぐさまパラソルの下に運んで水分を取らせる。

やはり真夏の陽射しの下でバレーをすることは、浮竹には厳しいようだった。

 

 

「しばらく、お休みになって下さい。肺にも負担が来たら大変なので・・・。」

「済まない・・・。せっかくアタックを決められそうだったのにな・・・。」

「やはり厳しかったですね・・・。では、どうしましょうか。3対4では人数的に不公平になってしまいますし・・・。」

 

 

う~ん、と一同考えていた中で、浦原がある提案をする。

 

 

「口囃子サンをアタシ達のチームに追加しましょう!」

「はぁっ!?!?無理無理無理無理!!!無理ですって!あんな激戦地みたいな空間に入れませんって!」

「藍染相手に一人で粘った奴が何言ってんだ。十分隊長レベルの力だぞ。」

「おだてないで下さい!鉄裁さんでいいじゃないですか!」

 

 

とは言うものの、何だか完全に隼人が参加する雰囲気が出来てしまっている。

これ以上頑なに嫌だと言えば、より一層冷たい視線が突き刺さるだろう。

極めつけは、後輩共の言葉だった。

背後に近付き、耳打ちで決定打を打ち込む。

 

 

「(伊勢副隊長に、カッコいいところ見せられますよ!)」

「(七緒にイイとこ見せられたら、きっと上手くいきますってば!)」

 

 

「~~~~!!!もう!しょうがねぇなあ!!分かったよ!!!」

((案外ちょろい・・・。))

 

 

それでもやっぱり鉄裁の方が実力的には向いているのではと思わずにいられないのだが、何故か鉄裁はこの場にいなかったため、仕方がない。

招かれたからには頑張るぞ。

 

 

再び仕切り直しで夜一がサーブを打つことになった。

だが、さっきと様子が違う。

 

球を持つ手から、金色の光が生まれる。

同時にその光は上半身に広がっていき、肩と背中、そして全身に渡り、雷の力が宿っていく。

 

 

「おお・・・!夜一様!何と凛々しく、お美しい!!!」

 

 

砕蜂は興奮しているようだが、吉良にとっては危険この上なく、すぐにでも止めさせたい程だ。

コートにいる死神達は誰もツッコミを入れず構えているのが余計にシュール。

 

瞬閧。

 

それも雷の力を携えた夜一の瞬閧は、バチバチと青白く、かつ金色に輝いた電撃を纏っている。

 

 

「隼坊がおるなら、わしもこれ位本気を出さねばいかんのう。」

「浮竹隊長の方が強いのに・・・。何でこんな目に・・・。」

 

 

だが、現状を嘆いても仕方がないため、すぐに諦め、迎撃態勢に入る。

幸いにも浦原ならどうにかしてくれる筈だし(さっきもどうにかしていた)、夜一はやはり浦原を見据えている。

まさか飛んでくるなんて。

 

 

しかし。

 

 

「何おぬしはぼさっとしておる。」

 

 

瞬閧の力をまとった状態で打ち込んだ球は、真っ直ぐ隼人の方に向かってきた。

バレーのルールを履き違えているとしか思えない夜一の蛮行に、一瞬で隼人は肝が冷える。

 

とにかくこの場合、これしかなかった。

 

 

「うおおおおおりゃあああ!!!!」

 

 

反鬼相殺。

相殺は出来なくとも、頑張って威力を弱める位なら何とかできた。

全力のレシーブは球こそ乱れたものの、落とさずには済んだ。

今度は前に移動していた浦原がトスをし、卯ノ花がアタックをする。

それを見越した後列の親子二人は、相手コートに細工を施した。

レシーブの直後、球に当たらないように拳西は断風で何本もの風の糸を生み出し、相手コート側の空中に糸を送り込む。

 

 

「やってくれるな!」

 

 

狙いに気付いた日番谷が氷輪丸を呼び起こして風の糸を集中的に凍らせようとしたものの、既に遅い。

隼人が遠くから打ち込んだ鬼道の弾丸が速度で勝利し、相手コートの空中は大爆発を引き起こした。

 

 

「わぁ~~!すごいすご~い!」

「規模が違いすぎるよ・・・。」

 

 

斬魄刀の力をもフル活用したビーチバレーは、今までの戦いとはワケが違う。

爆発によって生まれた黒煙のせいで、視界が奪われる。

そこに来て卯ノ花のいたってシンプルにもかかわらず、恐らく今日のアタックの中で誰よりも速い球が飛んでくる。

 

点を取られる。そう思ったが。

 

 

剛速球を寸での所で受けきったのは、同じく瞬閧を発動させた砕蜂だった。

圧倒的速度のおかげで、まさに砂に接しそうになるギリギリの所で球を落とさずに済んだ。

そして風の瞬閧を扱う砕蜂は、今の動きをしつつも黒煙全て風で吹き飛ばすことも怠らない。

 

 

「ちっ。やっぱ簡単にはいかねぇな。」

「拳西さんきます!」

「うるせぇわーってる!」

 

 

ここで来たのは、バレーの球ではなく、白哉が放った雷吼炮だ。

これを打ち込むだけで、やんぐチームは球に対応できる相手の人員を一瞬でも一人失わせることが出来た。

さらに。

 

日番谷が使った氷輪丸の力で、隼人は海から伸ばされた氷に足を取られ、身動きが取れなくなった。

 

 

「とっ冬獅郎くん!セコい!!」

「日番谷隊長だ!」

 

 

夜一のトスを受け、砕蜂が瞬閧を使った渾身のアタックを披露する。

白哉と日番谷の妨害工作で、瞬時に球に対応できるのは二人だけだ。

しかし、それでも決して油断しない。

 

相変わらずニコニコしている卯ノ花と、何を考えているのか分からない砕蜂にとって大嫌いな浦原が残っていては、警戒を怠ることが馬鹿とも言える。

 

そして砕蜂にとって憎き浦原が、案の定行動を起こす。

まさに球を打ち込もうとしたその瞬間、砕蜂の目の前にブロックしにきたのだ。

 

もちろん砕蜂にとってそれは予想の範囲内だった。

 

 

「甘いぞ!浦原喜助!」

 

 

しかし、タイミングをずらした途端、目の前の浦原は()()()()()

 

(なっ!!)

 

携帯用義骸。

難易度が高く、浦原しか使えない秘密道具がこの場において役立ってしまう。

浦原本人は、相変わらず砂の上でニコニコしていた。

面食らいこそするものの、砕蜂の今いる高度から球を打ち込むことは余裕だ。

騙された苛立ちで、球にはより一層威力が籠る。

 

 

「私をいつまでも、馬鹿にするなァァァァァ!!!!!!」

 

 

瞬閧の力が最大限まで籠った球の速度は、夜一の球に匹敵する程の速度を叩き出す。

風の力も入っているため、生身で受ければ骨が折れてもおかしくない。

 

 

だからこそ、浦原は次の一手を既に用意していた。

 

砕蜂の打ち込んだ球は、ネットの上を通り抜けようとした瞬間にパリーン!と陶磁器が割れる音と共に跳ね返り、威力そのままに自陣のコートへと真っ逆さま。

夜一ですら反応することが出来ず、遂に点を奪われてしまったのだった。

やちるのホイッスルが鳴り、あだるとチームの点数板を吉良がめくる。

 

最も理解出来なかったのは、球を打ち込んだ張本人。

 

 

「何故だ!何故私の球が跳ね返った!説明しろ浦原喜助!!」

「実はですね・・・。」

 

 

携帯用義骸から抜け出した瞬間、浦原は砂の上からネットの上にあるものを飛ばした。

 

 

「じゃーーん!現在目下開発中、現世駐在任務中の死神にお役立ち!?即席擬似障壁っス!」

 

 

それは、マーブルチョコ一粒程度の大きさの水晶のような材質で作られた秘密道具であり、指で持った状態から霊力を籠めると、人一人が入る程度の障壁を作り出すことが出来る代物だ。

 

 

「本来手に持っている状態でないと発動出来ないんスけど、事前に六車サンと口囃子サンと打ち合わせして、手から離れても展開できるように調整したんスよ。アタシが空中に投げたいくつかの障壁の素が飛ぶ軌道を六車サンが風を操って調整し、それに口囃子サンが霊力を飛ばして干渉し、障壁を形成しました。」

 

 

よりによって、一時的にでも潰したと思っていた二人がまたも暗躍していたとは。

砕蜂は言うまでもないが、日番谷と白哉もあまりいい顔をしていない。

 

 

「まぁ一回球が当たっただけで割れてしまうような粗末な壁ですけどね。ですが皆サン、一度潰したと思っても、安心しないで頂きたいっスね。足元掬われますよ?」

 

 

その浦原の言葉に砕蜂はより一層苛立ちを募らせるものの、十分道理に適っているため、悔しそうな顔をしつつ引き下がる。

相変わらずニコニコしている卯ノ花や夜一の存在が異様に感じる程、やんぐチームは殺伐とした雰囲気に包まれていた。

 

 

「これ、本当に大丈夫なのかな・・・。」

 

 

相変わらず一抹の不安を抱く吉良は、とりあえず死人が出ないことを祈りつつ副審としてバレーを見守り続ける。

 

 

今度は卯ノ花がサーブを放つ。

相変わらず笑顔で剛速球を打つ姿にももう慣れた。

白哉がレシーブし、砕蜂がトスをする。

アタックの日番谷は、ここにきて何と卍解してしまった。

 

 

「え~~っ!日番谷サン卍解!?」

「ガチになりすぎだろ・・・。」

「ほら!拳西さんも対抗して卍解!」

「しねーよ!!」

「群鳥氷柱!!」

 

 

アタックそのものはそこまで強い威力ではないものの、日番谷は自分の技に霊力を重点的に注いだため(しかも隣には海)、以前ハリベルと戦った時よりも圧倒的な物量の氷柱を飛ばしてきた。

 

しかし、こういった弾幕にうってつけの死神がこちらには存在した。

 

 

「むしろ俺の始解の方が弾幕にはうってつけだぜ!」

 

 

氷柱は全部拳西の断風が作り出した糸で爆散させ、近くで構えていた隼人がレシーブを難なくこなす。

しかし、さらに白哉からの千本桜が二人に襲い掛かる。

 

 

「拳西さん!これも!」

「バカ!数が多すぎるぞ!」

 

 

それに、白哉の千本桜は斬魄刀でもあるので、爆散させるには手間がかかる。

上空から二人のいた場所に桜吹雪が突っ込んでくるが、寸での所で二人は左右に避ける。

 

しかし、千本桜は次にトスをしようとした浦原に狙いを定めた。

 

 

「え~~!アタシに千本桜は防げませんよ~~!どうしましょ~~!」

「ご自分で何とかして下さい!」

「口囃子サン!そんな殺生な~~!・・・なんてね。」

 

 

狙いに気付いたあだるとチームの面々は事前打ち合わせをして水着に忍ばせていた耳栓を嵌め、腕で目を塞ぐ。

気付いた夜一が即座に反応した。

 

 

「伏せろ!!!」

 

 

その瞬間、浦原特製、隼人も藍染戦で使用したスタングレネードを発動させ、一時的とはいえ相手の目と耳を奪った。

 

これにより、白哉は自らに及ぶ危険性を踏まえて千本桜を戻すしかなくなり、卯ノ花のアタックになす術もなくやられてしまった。

 

 

「は~い!あだるとチーム、2点目~~!!」

 

 

連続で2点入れられ少し安心するものの、やはり隊長だらけのバレー大会はヒヤヒヤしかしない。

基本的に浦原の秘密道具があるおかげで点数が稼げているものの、それも無くなったら逆襲が待っているだろう。

 

それからバレーは同じように続いていったものの、やはり何度か逆襲にあってしまった。特に日番谷と白哉の妨害工作はすさまじいものだった。

千本桜など直撃しただけで大怪我モノなので、避けざるを得ない。

だが隼人達も負けるわけにはいかない。

 

パーカーを上空に飛ばすだけでブロックを攪乱させたり、卯ノ花と協力して縛道で敵の足を取ったり、様々な工夫を凝らした。

 

試合はあだるとチームが接戦を制したものの、コートの砂地はそれはそれは酷いものだった。

 

 

「うわ~・・・卯ノ花隊長、これ直せますかね・・・。」

「心配御無用ですよ、勇音。こうなった時の為に、あの方を残しておいたのですから。」

 

 

その言葉の直後現れたのは、隼人が参戦させようとしていた鉄裁だった。

何か重苦しそうな道具をたくさん持っている。

 

 

「では、砂地をならしましょう。皆さん、お手伝いを。」

 

 

鉄裁が自慢の力を用いた上で皆の協力の下、10分もかからず砂浜は元に戻った。

 

 

「しっかし、本当に凄い戦いだったなぁ~!俺も最後まで参加したかったなぁ・・・。」

「浮竹隊長、もう歩いても大丈夫ですか?」

「あぁ!水分もしっかり取ったし、もう大丈夫だ。隼人君は楽しかったかい?」

「・・・・・・疲れました・・・。」

 

 

地獄の『えきしびしょんまっち』は、これにて幕を閉じた。

 




アクションって、どうしても描写が長くなりがちです。上手くまとめるのが難しいですね・・・。
読みずらかったらすみません・・・。
ちなみにこちらはパラレルワールドの世界であり、直接物語との関わりはございません。ssのssみたいな感じです。


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死神代行消失篇
登場人物紹介7


死神代行消失篇は主人公の遠い所で話が進むので、かなり掻い摘んだものになります。5~6話程度で終わります。


主要登場人物

 

口囃子(こばやし)隼人(はやと)

 

本作の主人公。護廷十三隊・七番隊第三席。身長176cm、体重63kg。

初めての恋愛、一世一代の告白があえなく玉砕し、フラれる辛さを味わって一歩大人になった。

ずっと一護への恩返しをしたかったものの、ようやく叶うと知り胸が一杯になった。

久々に始解の力をフル活用する日が多くなる。

実は、まともに一護と会話するのは初めてだったりする。

 

 

六車(むぐるま)拳西(けんせい)

 

護廷十三隊・九番隊隊長。

あれから1年経ち、隊舎に来るたび自由な振る舞いをする隼人に若干の苛立ちを見せる。

ただ、元気な姿を見れるだけいいと思っているあたり、昔に比べて信じられない程丸くなった。

今まであまり知らなかった隼人の始解の力を初めて生で知ることになる。

 

 

黒崎(くろさき)一護(いちご)

 

空座第一高等学校3年生。

元死神代行だが、現在は全ての力を失っている。

周囲に気を遣わせないように、空元気を見せることもある。

完全復活を果たした時、皆の霊圧を体全体から感じ取った。

初めて隼人とまともに話し、強烈なキャラに度肝を抜かされることになる。

 

 

井上(いのうえ)織姫(おりひめ)

 

空座第一高等学校3年生。完現術者(フルブリンガー)

一護の空元気を見る度に辛くなってしまい、何とかしてあげたいとルキアに相談する。

護られてばかりだったが、現在の井上は六花による優れた攻撃も行えるようになり、副隊長となったルキアとの鍛錬の結果、虚退治も難なく出来るようになった。

 

 

朽木(くちき)ルキア

 

護廷十三隊・十三番隊副隊長。

度々尸魂界にやってくる井上の相手をしている。

仕事が早いためいつも井上と話す時間は余裕があるのだが、何故か井上から心配されている。

 

 

狛村(こまむら)左陣(さじん)

 

護廷十三隊・七番隊隊長。

刀の件に対してしっかり隼人と話し合った結果、お互い十分に納得する形で行動することが出来た。

総隊長の心の在り方が変わったことを、誰よりもしっかり理解していた。

 

 

(くろつち)マユリ

 

護廷十三隊・十二番隊隊長。

銀城空吾が一護に接触したことを機に、敵の霊圧調査として責任者を隼人に任せる。

刀の件ではやはり浦原相手にこの上なく悔しそうなを見せた。

 

 

サブの登場人物

 

 

檜佐木(ひさぎ)修兵(しゅうへい)

 

護廷十三隊・九番隊副隊長。

瀞霊廷通信の編集長業務が大変。

 

京楽(きょうらく)春水(しゅんすい)

 

護廷十三隊・八番隊隊長。笠をかぶった派手な身なりの死神。

締切間際の瀞霊廷通信の執筆で缶詰状態にさせられてしまい、半泣きで書くことになる。

 

浦原(うらはら)喜助(きすけ)

 

浦原商店店長。

黒崎一心の斬魄刀を基に、一護に力を取り戻させるための刀を創り上げた。

 



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人間!

慰安旅行で色々あってから暫くの間、所用で八番隊に行くだけで京楽に勝ち誇った顔をされ、五番隊に行けば平子に毎度の如くギャハギャハ笑われながらイジられ、九番隊に行けば情けない行動録として何度も突っ込まれる日々が続いた。

 

だが、そんな慣習も飽きが来れば廃れていき、気付けば年を跨いでいた。

年を跨ぐまで続いていたのかとは言ってはいけない。

痣城剣八の件で瀞霊廷がゴタついた時、隼人は瀞霊廷と融合していた痣城に気付けず、かなり歯痒い思いをした。

その件は十一番隊や滅却師の石田雨竜、さらにはドン・観音寺がどうにかしたとかいう話を又聞きし、あのジーさんが絡んでいたことに驚きを隠せずにいた。

 

 

さらに時は過ぎ、隼人が目覚めて約1年程経過した。

 

またも所用で十三番隊に赴いたところ、隊舎に入る前からかなり珍しい霊圧の持ち主が現在十三番隊に立ち寄っていることが分かった。

この霊圧の持ち主は。

 

以前旅禍騒ぎがあった時以来、まともに話したことも無かった女の子。

平子から聞いた話によると、あの藍染が神の領域をも侵す能力の持ち主と評したらしい。

 

 

「こんにちは~~。」

「あっ!えーっと・・・朽木さん、この人誰だっけ?」

「口囃子隼人三席だ。100年程前から七番隊所属に所属しているお方だ。」

「あっ!分かった!石田くんを撃った死神さんだね!」

「そんな覚え方かい・・・。」

 

 

少々複雑な気持ちになる覚え方をされているのは悲しいものの、変に敵意を持っているわけでもないので、初対面ではあるがそこまで滞りなく会話は進んだ。

実は拳西が現世の人間の中で最も苦手な奴だと知って爆笑するのは、後の話である。

 

 

「貴女だよね?僕が死にそうになってたのを助けてくれたのって。助けてくれて、どうもありがとうございます。」

「えっ?・・・あっ!!もしかしてあの時の血だらけのお兄さん!?でもそれにしては雰囲気が全然違うような・・・。もっとこう、闇属性を抱えた感じだった気が・・・。」

「(闇属性とか初めて言われたな・・・。)あの頃からはばっさり髪切ったから、雰囲気は変わるよ。ルキアちゃんだって髪切ってるし、阿散井くんも伸ばしてるでしょ。」

「皆変わってていいな~。口囃子さんも、闇属性から光属性持ったみたいでいいと思いまーす!」

 

 

自分も髪を伸ばしたことを棚に上げて人の変貌を羨ましがるあたり、自分のことには無頓着なのだろうか。

ともかく、即席で何らかのお礼を井上にはするべきなので、本当に即席でできるお礼として、自らの特技を伝授することにした。言葉だけでのお礼は心許ない。

興味を持ってくれるだろうか。

 

 

「じゃ~~ん!!最近身に着けたんだけど、現世の漫画でよくある目が3の形になるやつ!( ³ω³ )」

「えっすごーい!!口囃子さん、それどうやってやるの!?」

「実はそんなに難しくないんだよ。イメージが大事でね・・・。」

 

 

レクチャーを重ねている様子を浮竹がニコニコ見ていたのだが、浮竹の存在を思い出した隼人は仕事を忘れていたことに焦り、すぐさま仕事モードに戻る。

 

 

「まずいまずい。浮竹隊長、こちら先月の合同演習の報告書です。確認したら印鑑を押して、一番隊に届けて結構と狛村隊長が仰っていました。」

「ああ、ありがとう。すごいな、隼人君は急に仕事に切り替えられるのか。」

「そうでもしないと、色んな人に怒られちゃうので・・・。」

 

 

もういい大人なのに(自称)年上の死神から何度もオーディエンスがいる中で怒られるのはこの上なく嫌なのだが、以前とは打って変わって昔みたいにそそっかしくなったりおっちょこちょいになったりすることが増えて仕事のミスも増えてしまったため、すっかり以前のデキる男イメージは消えてしまった。

悪い意味で余裕が生まれてしまった。

 

特に隼人の自慢の父親、晴れて死神復帰した九番隊隊長・六車拳西が厄介で、大小かかわらず粗相をしでかす度に自分の仕事を放り出して叱責に来るのはいい加減止めて欲しい。

昔霊術院でやらかす度に怒られたのを思い出してしまうのだ。

 

また、射場も地味に厄介だった。

普段は以前と変わらないのだが、ちょっと数値を打ち間違えたり、聞き間違いをしただけで血相を変えて怒るようになってしまい、昔のノリで「ごめーん」何て言えば、「昔のおどれはもっと真面目じゃったわ~!」という発言をきっかけに小言のオンパレード。

 

本来注意すべき立場である狛村からまさかのフォローが入る始末だった。

 

 

でも、それでも。

 

数年前に比べたら、毎日が全然違った景色に見えるのだ。

やはり、心の支えだった仮面の軍勢の面々が尸魂界にいることは、隼人の精神にとって大いにプラスの影響を及ぼしている。

 

さっきみたいに、ほぼ初対面の女の子に最近身に着けた特技を伝授する程には、以前の活発で元気な性格を取り戻していた。

 

浮竹と暫し会話した後にルキアと喋っていた井上の所に向かうと、既に目が3の形になっていた。

 

 

「口囃子さーん!できてますかね?( ³ω³ )」

「すごっ!もう身に着けたんか!」

「一体どんな原理なんだ・・・。私には出来ぬ。」

「やった!黒崎くんにも今度見せよーっと!」

 

 

そうして一護が織姫の目を見て「うーーーっ!それどうやったんだ!?目が3みたいになってんぞ!!」と驚かせるのも後の話である。

 

何気なく井上が発した言葉は、実は隼人にとって非常に重大な案件とも繋がることだった。

 

 

「そっそうだ!ずっと聞きたかったことあったんだけどさ、一護くんって、力失ってからどんな様子なの?」

「黒崎くんですか・・・。」

 

 

隼人の何気ない一言をきっかけに、場の雰囲気が一瞬にして張り詰める。

質問に対し、井上は慎重に言葉を選びつつ一護の様子を伝えてくれた。

 

 

「黒崎くんは、今の幽霊が見えない生活を、『望んでいた』ものだって言ってました。でも、黒崎くん、今も戸惑っているように見えて、時折淋しそうな顔をしていて・・・。」

 

 

言葉を綴っていくにつれて、何かを思い出したのだろう。井上は目に大粒の涙を浮かべ、我慢が出来なくなってしまった。

突然泣き出した井上に、さすがに隼人も焦る。

 

 

「ごっごめんなさい・・・。そんな、泣かせるつもりじゃなかったんだけど・・・。」

「あたしも、六花の力で戻せるかもしれないって思って、何度かやってみたんです・・・。でも、何度やっても出来なくて、その度に黒崎くんは、『大丈夫だ』って言ってたんですけど、すごく辛そうな顔を出しちゃうのを我慢しているようにしか見えなくて・・・。」

「――――・・・。」

 

 

一護に計り知れない程の恩義がある隼人にとって、今の話は聞いているだけで辛くなった。

藍染にやられ、死の淵を彷徨っていた隼人に対して少しでも時間を稼いでくれ、鉄裁と七緒が来るまで藍染に追撃をさせなかっただけでも十分な恩義と言えるだろう。

隼人が目覚めた後一護にすぐにでもお礼を言いたかったのだが、死神の力を失ったと狛村から聞かされ、どうにもお礼を言う機会が作れなかったのだ。

 

義骸に入ればもちろん会うことも出来るだろうが、正直それは瀞霊廷側にとってあまりよろしい行動とは言えない。

現在の一護は霊力を一切持っていないため、尸魂界に住む死神が無能力の人間に会うのは四十六室等から難癖をつけられれば反論できないのだ。

だからこそ、阿散井やルキアなど、一護と親しい間柄の死神も、義骸に入って一護に会うことはしなかった。

 

 

「力、取り戻せるといいね。」

「そう、ですね・・・。」

「あ~あ、浦原さんどうにかしてくんねぇかな~!・・・って、あの人頼りになるのも良くないか。でも涅隊長がどうにかしてくれるとは思えないし・・・。う~ん・・・。」

 

 

浦原の名前を出した途端ルキアが僅かにピクりとしたが、気付かなかった他の二人はそのまま話を続ける。

 

 

「そういえば、口囃子さんの力って、どんな力なんですか?」

「僕の始解の能力は記憶した霊圧の持ち主の魂魄を探知、捕捉する能力だよ。浦原さんとか夜一さんの居場所だって始解すればすぐに見つけられるんだ。」

「じゃあ、黒崎くんの居場所も・・・?」

「あぁ、それ前何回かやってみたけど無理だったよ。」

 

 

前といっても去年の話だが、興味本位で一護の居場所を見つけられるかやってみたことがあった。

もちろん、一護の霊圧は尸魂界からならまだしも、現世で調査しても見つけることは出来なかった。

そもそも痣城剣八の融合にすら気付けなかった以上、元死神代行で、今は普通の人間の霊圧を見つけることなど不可能だろうと現時点では考えていた。

 

 

「はぁ~・・・いつになったらお礼言えるんだろ・・・。せっかくだからこの技を一護くんにも伝授したいのに・・・。( ³ω³ )」

「一護は恐らく嫌がる気が・・・。いや、口囃子三席は押しが強いからな・・・。う~む・・・。」

 

 

そんなとりとめのない話を続けていると、昼休憩の鐘が鳴り響くのが聞こえた。

そろそろ戻らねば、また射場に怒られてしまう。いや、もうアウトだろう。

 

 

「じゃあ時間になったから僕は戻るよ。ルキアちゃん、僕の伝令神機のアドレス井上さんに渡しといてもらってもいい?また何か技身に付けたら教えるよ!」

「了解しました。・・・井上の顔のレパートリーが増えそうだな・・・。」

「口囃子さん!またお喋りしましょう!」

「またよろしく~。浮竹隊長、それでは失礼します。」

「ああ。こんなに長居していれば、射場副隊長に怒られるのではないか?」

「ええ・・・。もう諦めました。」

 

 

そうして七番隊に戻ってくると、案の定射場が表情を歪めていた。

 

 

「遅いわ!!どこほっつき歩いとったんじゃ!」

「十三番隊に書類を渡しに行ったら、井上織姫ちゃんがいてね、ずっと言えなかったあの時のお礼がてらお喋りしてたらこんな時間に・・・。」

「ちょろちょろちょろちょろ、そんな浮ついた心のままじゃけぇ些細な失敗を繰り返すんじゃ!!」

 

 

それからも30分程射場のネチネチした小姑みたいな説教が続いたものの、ちょっとだけ射場の仕事を手伝うと言えばすぐに怒らなくなるため、多少面倒であれどそっちの方が効率が良かったりする。

 

実際引き受けた射場の仕事でミスをして、とんでもない汚名を着せてしまったことも何度かあるが、それはもうやってしまったことなので仕方ない。

 

射場の怒りも収まったところで二人とも持ってきた弁当を食べていたのだが、そこで隼人はさっきの話題を射場にも話すことにした。

 

 

「一護くんにさ、力また与えられないのかな・・・。」

「無理じゃ。そもそも黒崎の奴は普通の人間じゃけぇ、死神の力を持ってはいかんのじゃ。」

「だったら、僕が「今からおどれが言う事は聞かんかったことにしたるわ。止めておけ。」

「・・・そうだよね・・・。」

 

 

死神の力の人間への譲渡。ルキアがこれを行っただけで彼女は捕まり、殺されかけたのだ。

藍染の策略でそうなってしまったため今の時点でそれをやった場合どのような処置がなされるのかは分からないのだが、重罪であることに変わりはない。

井上と話をしたと聞いた時点で、隼人がそういったことを考えてしまうことは射場には易々と想像ついた。

 

 

「これじゃ、いつまでたってもお礼言えないなぁ・・・。」

「そがいにおどれはお礼を言いたいんか。」

「だって、一護くん来なかったら僕死んでたし。命の恩人だぜ?目覚めた時はもう一護くん一般人だしさ、何か寝覚めが悪いっつーか・・・。」

「・・・20年も生きとらんガキに儂ら全員護られたもんじゃけぇ、ほう考えるんも仕方無いのう。」

 

 

結局、話すだけで何も行動に移せないのが一番もどかしいのだ。

浦原やマユリみたいに並外れた頭脳など無いので(むしろちょっとおバカになりつつある)、どうしても他力本願になってしまうのは仕方ないが、それでも何か出来ることをしたかった。

 

 

そんな隼人の思いを知ってか知らずか、一週間後、あの話が電子書簡で回ってくるのだった。

 



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電子書簡!

とある天気のいい日。

小姑射場が非番のため伸び伸びと仕事が出来る上、瀞霊廷通信の連載の原稿も丁度書き終わったこともあり、さらに天気も良く、何だか気分がいい日だった。

 

隼人の連載は霊圧に敏感な体質を利用したものであり、三ヶ月の間に体験した面白い霊圧に関する出来事を紹介するものであった。最初は月一連載だったものの、思ったよりもネタが集まらないことや、かなり抽象的かつスピリチュアルな内容のため好みが大きく別れてしまい、三ヶ月に一回と連載スパンを伸ばされてしまった。

自分では全く知らないが、近いうちに打ち切りが決まっているとかいう噂もあるらしい。

修兵の連載みたいに三回で打ち切られるよりはマシなのだが。

 

 

「隊長、九番隊に原稿届けに行って参ります。何か持っていくものとかございますか?」

「構わぬ。大丈夫だ。儂は今月の連載は無いからな。」

 

 

狛村の連載は五郎の成長日記なのだが、二月に一回の連載にもかかわらず読者アンケートでは毎回高評価を受けている。

ちょっと悔しいが、仕方ない。

 

 

「了解しました。では、行って参ります。」

「鉄左衛門がいないからといって、あまり長居するなよ。」

「大丈夫です・・・。多分。」

 

 

最早狛村が苦笑いを浮かべる程度には、射場の行いがすさまじいものだと周りからも認識されているのだが、射場さえいなければ七番隊には怒る人はいないので、そこまで気にする必要もない。

春と夏の間の瑞々しい空気を体感しつつ、原稿を届けにいつもの九番隊へと赴いた。

 

 

 

そこは、戦場だった。

 

 

「何だよこの見出し!もうちょっとマトモなの誰か作ってくれ!」

「あー!この写真ダメね!撮り直すわよ!」「今からですか!?編集長の許可を・・・」

「誰か京楽隊長のところに原稿取りに行ってこい!」

「ページ数が・・・足りない・・・だと!?」

 

 

編集部の入り口から現在修兵がいることを確認して、瀞霊廷通信編集所に入ってみると、校了日が近いからか編集部員全員が血相を変えて作業を行っていた。

この光景を見て、安易に九番隊を選ばないでよかったと隼人は何度も心からホッとするのだ。

こんな地獄みたいな時期が毎月あるのは、到底耐えられない。

 

邪魔にならないように壁際を歩き、最奥の編集長室へと進んでいく。

一応形式上ノックをして名乗り、ドアを開けてみると、血眼で原稿をチェックしていた修兵がバッと顔を上げた。

 

 

「これ、原稿。」

「口囃子さん!もう!遅いっすよ!!ただでさえ口囃子さんのはチェックに時間がかかるのに・・・。」

「悪かったよ遅くて・・・。」

 

 

いつもはもっとギリギリに渡すため隼人の原稿は悩みの種なのだが、今回は修兵にとってはまだ遅いものの、隼人にとっては大分早く渡したため、そこまで負担にならないはずだ。

それに今回は、時間があったので自分でもしっかり誤字脱字はチェックしたのだ。

 

 

「大丈夫っすね。あとは多少文章変えたりすることもあるんすけど、大丈夫ですか?」

「うん。頑張って!一生編集長!」

「ははっ・・・・・・一生・・・そうっすね・・・。」

 

 

これ以上邪魔するのも忍びないため、そそくさと編集所を出ておなじみの九番隊隊主室に向かう。

霊圧から拳西がいるのは明らかなので、ノックもせずに隊主室のドアを開けた。

 

 

「お邪魔しま~す。」

「お前なぁ、せめてノックはしろよ。俺の家じゃねぇんだぞここは。お前ぐらいだぞここノックしねぇの。」

「えへへ~~。それ程でも。」

「・・・・・・。」

 

 

イラァァァァッとしたものの、朝っぱらから怒鳴ってしまうと隊士達をびっくりさせかねないため何とか我慢する。

昔みたいにストッパー役の席官がいるわけでもないため、不用意にキレればそれだけで止まらなくなってしまうのだ。

いつもよりやや高めに積まれた書類を見て、無駄な時間を過ごさないよう拳西は仕事に集中する。

 

 

「しっかし、拳西さんも瀞霊廷通信やればいいじゃないですか。わざわざ修兵の副隊長業務代わってまでやらないって、よっぽどやりたくないんですね。」

「オメーなら昔の俺見てたし分かるだろ。」

「まぁそうですけど。昔から頑なに編集には関わりませんでしたよね。」

 

 

来客用に机の上に置かれていた現世のお菓子を無遠慮に手に取り、勝手に食べて好き放題やる姿も拳西にとっては見慣れたものだった。

いつも美味しそうに食べる姿が妙に鼻につく。今日は白が現世から取り寄せたチョコレートドーナツを食べていた。

 

 

「お前仕事無ぇのかよ。」

「ありますよ。でも射場ちゃんいないからそこまで焦って帰る必要ないんで。それにちょっとぐらいお喋りしてもいいじゃないですか。」

「お前と違って俺は忙しいんだよ。わーったらとっとと帰れ。」

「何ですか、その結婚数年後に育児疲れした奥さんに言いそうな言葉。」

「フラれたお前にゃ『()()』言う機会無ぇんだろうな。」

「あーー!!!そうやって古傷抉るーーーー!!!!」

 

 

実際拳西も全くそういった噂は流れないためそういった言葉を言ってしまうことは無いのだろうが、一度頭に血が上ってしまった隼人にそこまで考える余力は残っていない。

机に座る拳西にまるで若手芸人のように立ち上がって詰め寄る隼人は、短気と悪名高い目の前の父親の性格をガッツリ受け継いでいた。

 

 

「性格悪いから席官時代の彼女にもすぐフラれちゃうんですよ!」

「テメェ!!どっから聞いた!!!俺が前話したのはヒラの頃の話だぞ!!」

「平子隊長から聞きました~~!自分から告白しといて一週間でフラれるとかダッサ!」

「フラれてメソメソ泣くなっさけねぇ男はどこのどいつだ!!」

 

 

いくら拳西が我慢しようとも、結局こうなってしまうのだ。

とりあえず後で平子のことはシメるとして。

余計な己の過去を知ってしまった隼人がそれを京楽などに言いふらしそうな予感がしたため、毎度のように隼人も豪快にシメ上げることにした。

 

うず高く積まれた書類などお構いなしに拳西は隼人の背後を一瞬でとり、首をシメ上げて気を失わせる。

こういう時周りが見えなくなるのは日常では救いなのだが、戦闘時は危険でしかないため、早急に改善を願うばかりだった。

前はギャーギャー騒ぐと隊士達が心配してぞろぞろ来てしまい、少々恥ずかしかったりしたのだが、もうお馴染みのイベントと化しているため今は特に誰も気にしていない。

 

修兵が隊主室にいる時も、呆れながら見ることが殆どだった。

 

 

「力が強すぎるんですよ、いっつもいっつも。」

「知るか。」

「シメられると首痛くなるんで何か別の方法にしてくれません?」

「これが一番手っ取り早いからダメだ。」

「・・・もういいです。時間なので帰ります。」

「おーおー早く帰って仕事しろ。」

 

 

捨て台詞に隼人は若干イラつきつつ隊主室のドアノブをひねろうとしたところで、ピロリン、と着信音が鳴り響いた。

隼人のは設定で音を切っているため、拳西のが鳴ったと推測する。

 

 

「何ですか?今の着信。」

「俺のだ。メールメール。」

「メール?」

「書簡だ。いい加減覚えろバカ。」

 

 

悪かったですね、と悪態を吐きつつ拳西の隣に駆け寄って画面を横から覗き見せてもらった瞬間、隼人は目を見開いた。

平子から送られたメールは、ルキアが送ったメールを転送したものだった。

 

そこに書かれていたのは。

 

 

浦原喜助が一護の力を取り戻させる術を完成させたこと。

特殊な刀に複数名の死神が霊圧を籠め、一護を貫いて力を注ぎこむこ「行く!!!行きます!!!」

「お前はどこに行くんだよ・・・。ちゃんと最後まで読め。」

 

 

最後まできっちり読むと、今日の夕方に志波空鶴邸で希望の死神は刀に力を籠めることのできるイベントが行われることを知った。

 

 

「それでも僕は行きます!」

「力の譲渡が重罪だって分かってんだろうな?」

「勿論分かってますよ。でも、それ以上に恩返しをしないといけません。井上さんにはこの前お礼を言ったんですけど、一護くんにはまだお礼言えてないし。ずっと恩義受けたままじゃ、何かもう、ん~~~~!!って感じになるんですよ。」

「そうだな・・・。一護がいなけりゃお前死んでたようなモンだしな。」

「拳西さんは隊長なので色々あると思われますが、僕は三席なので行っちゃいます!まさかここに来て階級の低さが役立つとは!」

 

 

狛村にも知らせるため危うくそのまま拳西の伝令神機を掴んで持っていきかけたのだが、同じ書簡を転送してもらうことで隼人から狛村にも即座に転送した。

 

 

「では狛村隊長とちょっと話してきます!じゃあ!」

 

 

ドタバタとうるさい足音を立てながら、隼人は九番隊を後にして大急ぎで七番隊へと向かう。

一先ず拳西は、件のメールについて白に電話したが、一向に出ないので忙しいだろう修兵の許に確認を取りに行った。

 

 

 

 

【口囃子です。こちらの書簡の件に関して至急お話をしたいので、お時間を貰えませんか。早急に隊舎に戻ります。《転送:朽木ルキアです》】

 

隊舎裏の五郎の犬小屋辺りから狛村の霊圧を感じ取ったため即座にそちらへ向かい、事前に転送した書簡に関する話はスムーズに進められた。

 

 

「隊長~~!」

「あの書簡のことだな、隼人。」

「はい!」

 

 

駆け足で狛村の許に辿り着いた時、狛村は電子書簡の画面を開いたまま、ずっと考え込んでいる様子だった。

 

 

「隊長は・・・山本総隊長次第、ですよね。」

「ああ、儂の行動原理は全て元柳斎殿の恩義に報いるためであることは、貴公も承知のことだろう。()()の元柳斎殿であれば、書簡に書かれた行いは重罪として認められることなどない筈だ。」

 

 

一拍呼吸を置き、狛村は考え込んで編み出した結論を丁寧に述べていく。

 

 

「だが、儂は()()元柳斎殿が、人間の少年から受けた多大な恩義に報いることを拒むようには思えぬ。掟に背く行為であってもな・・・。それに、黒崎一護から恩義を受けたのは、貴公だけではない。儂ら護廷十三隊、いや、尸魂界全体だ。これ程の行いをした少年に何もしないなど、護廷十三隊の名が廃るではないか。」

「じゃ、じゃあ、狛村隊長は、」

「今のままでは儂は黒崎一護に霊圧を分けることは叶わぬ。だが、元柳斎殿が是とすれば、儂も存分に力を注ぐことが出来るのだ。・・・お前と同じだ。儂も、あの少年の力になってやりたい。」

 

 

狛村の眼は、真摯さと優しさの混ざったものであり、胸が一杯で何だか泣きそうになる。

やはり、あの戦いがあってから護廷十三隊は大きく変わったのだ。

いや、昔に戻ったのかもしれない。

黒崎一護の存在が、護廷十三隊を大きく変え、死神達の在り方をも根底から変えてしまった。

 

たった一人の少年の為に死神総出で動き出すという、数年前ならありえなかったことが今日これから現実に起きようとしている。

 

歴史が変わる瞬間を、目の当たりにしているような気分になった。

 

 

「・・・仕事が終わったら、行ってこい。お前は何度も黒崎一護に力を戻してあげたいと言っていたではないか。ようやく行動に移せるのだ。これ程嬉しいことはないぞ。」

「はい!じゃあ今日の仕事、頑張っちゃいます!貴重な時間を割いて頂き、ありがとうございました!失礼します!」

「ああ。」

 

 

隼人が隊舎に入り仕事を再開するのと入れ違いに、今度は非番の射場がぜえぜえ息を吐きながら狛村の許へやってきた。

 

 

「隊長・・・・・・どうっ・・・しても・・・ご報告・・・したいことがっ、ありまして・・・。」

「これか?」

 

 

そう言って射場に隼人から転送された書簡を見た瞬間、せっかく走ってきた労力が全部無駄になってしまったような気がして、少しだけ落ち込んでしまった。

 

 

「隊長・・・既に御耳にしてやしたか・・・。」

「済まんな鉄左衛門。・・・儂は今日、終業時刻近くにここを出る。」

 

 

「元柳斎殿に、進言をするつもりだ。素晴らしい決断をして下さることを、儂は信じておる。」

 



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大行列!

終業後大急ぎで九番隊舎に向かうと、拳西と共に平子、ローズ、白、修兵、吉良が隊舎から出てきた所だった。

雛森は七緒と一緒に行くことになっており、二人は京楽の原稿が書き終わってから行くつもりらしい。

半泣きで原稿を書いている姿が目に浮かぶ。

一方朝の忙しさを見ていた隼人は何故修兵がこの場にと訝しんだのだが、一般隊士に比べて副隊長ともなると霊圧の質、量は段違いのため、早く行ってくださいと編集部から追い出されたらしい。

 

 

「俺って・・・一体何なんだ・・・?」

「いや、編集長でしょ。」

「副隊長やろ。」

「両方ですよ、口囃子さん、平子隊長。」

「二足の草鞋って、大変だよね。ボクは演奏者(Player)と隊長だからそこまで大変じゃないケド。」

「あたしに副隊長譲ってくれてもいーーんだよーー!?」

「何一人で自分探しの旅出ようとしてんだ。のんびりしてたら時間無くなるぞ。」

「はっ!すんません!」

 

 

何故か自分を見失いかけていた修兵の気を取り戻しつつ、やや駆け足で流魂街の志波空鶴邸へと向かって行く。

 

 

「マユリに気付かれりゃあ厄介やしなぁ~。」

「彼、何故か一護のこと嫌ってるよね。」

「朽木隊長から聞いたんですけど、一護くんが涅隊長のことを、浦原さんに似てるって言ってからカンカンに怒ってるらしいですよ?」

「相変わらず喜助の奴嫌いなんか・・・。」

 

 

戦いが終わった暁には、あらゆる非人道的な人体実験を一護に対して行うつもりでいたらしいのだが、一護が力を失ってしまったことで尸魂界に来ることも出来なくなり、実験が行われることはなかった。

命拾いしたと言えよう。ただ力を取り戻した後どうなるかは分からない。

 

一先ず十二番隊を避けて流魂街へと出て行き、志波空鶴邸へと辿り着いた。

 

 

「おい、何だこれ。すげぇ行列だな。こんなトコ並ばにゃいけねぇのかよ・・・。」

「行列苦手ですか!?分かりますそれ!我慢できませんよね!並ばなくてもいける自由券みたいなのあればな・・・。」

「口囃子さん・・・。ここは現世のテーマパークじゃないんすよ・・・。」

「んなこと分かってるよ。でも並ぶのだるい・・・。」

 

 

そうは言いつつ横入りをするのは七番隊に所属する者として絶対にあってはならないので、ちゃんと皆で後ろに並ぶ。

 

並んだ直後、前から丁度非番で早めに霊圧の注入を終わらせた射場と、早めに業務を終わらせてさっさと霊圧を注入した四番隊の伊江村、花太郎が戻ってきた。

 

 

「おう!口囃子!おどれは今から並んだんか。」

「うん。どんぐらいかかった?」

「一気に霊圧を注入するけぇすぐ終わりはするんじゃが、こがいな行列でありゃあ相当時間は掛かる筈じゃのう・・・。」

「げぇ~~~・・・。マジか・・・。」

 

 

伊江村と花太郎も他の隊長格達に同じ説明をしており、皆隼人と同じように辟易としていた。

行列自体はかなり長いため、いくら所要時間が短くともあと1時間以上はかかりそうだ。

 

 

「お菓子持ってくればよかったなぁ・・・。」

「食い過ぎだぞ九南。太ったらどうすんだ。」

「修兵が食わなさすぎだよ!もっとちゃんと食べないと、そんなヒョロヒョロじゃだめだよ!」

「俺だってちゃんと食ってるぞ!」

「修兵は働き過ぎだ。食う以上に働いてるからいつまでもヒョロっちいんだよ。」

「なっ!隊長が編集長業務をなさってくれれば俺はもっとマシな体型に・・・!」

「マシな体型って何ですか、檜佐木さん・・・。」

 

 

拳西程ではないものの、現在の隼人以上に筋肉がついた自身の理想的な姿を想像する修兵は、届きそうにない姿に少々落ち込んでしまったが、それもこれも全部編集長業務を代わってくれない隊長のせいにして自らの意見を頭の中で勝手に正当化する。

それ以上にヒョロヒョロの吉良からしたらどうでもいい内容で理解もそんなに出来ない内容なのだが、勝手に苦しんでて大変だな、といった気持ちで修兵のことを見ていた。

 

十分程経って少し進むと、威勢がいいものの、ぞんざいにも聞こえる女性の張り上げた声が聞こえてきた。

 

 

「現世の書籍に興味はありませんかー!どんな書籍も取り寄せます!顧客情報や購入情報を漏らすことは決してございませーん!いかがですかー!現世のしょ「ここでも商売ですか、矢胴丸さん。」

「当たり前やろーが!新規販路の拡大の様子、しかとその眼に刻みこみいやあ!」

 

 

実際数名の男性死神はパンフレットのラインナップを見て「ウッヒョー!」と声を上げる者も数名おり、販路は着々と拡大しているようだった。

また、女性死神に向けても少女漫画や一部死神の需要に応えて二次創作の漫画、小説の取り扱いを始め、爆発的な売り上げを叩き出したそうだ。

最近は、一部の一般女性死神が護廷十三隊の隊長格を登場人物にした二次創作が秘密裏に出回っているという噂もある。尤も当の本人らは全く知らない話なのだが。

新隊長三人組も、健全な雑誌、漫画、CDなどをリサから買うことも度々あるようだった。

 

 

「拳西さんの買ってる健康雑誌、あれいいですよね。あそこから男としての身だしなみとか色々学ばせてもらってますよ。髪セットするクリームとかもあの雑誌で勧められたやつ買えば問題ないですし。」

「お前いい加減自分で買えよ・・・。」

「エロ本買ってるって思われたくないですから。」

「俺はリサからエロ本買ってねぇぞ。」

「うっ。」

 

 

後ろを振り向くと少し修兵が居心地悪そうというか、そっぽを向いて冷や汗を流していたが、昨年の海水浴でリサがうっかり言ってしまったことを大分前に吉良から聞かされてしまったため、特にツッコミはしないようにした。

 

 

「あんたらに売り込みかけとっても仕方あらへんしなぁ、あたしは後ろん方行くで。じゃあな!」

 

 

颯爽と売り込みに走り去っていく姿は、商売人そのものでしかない。

後ろの方から同じようにぞんざいな売り込みの声が聞こえてきて、商魂の逞しさを感じさせられた。

 

 

また更に少し歩くと、拡声器を使った浦原の声が聞こえてきた。

どーんと短時間で注入して下さい、と何度も繰り返しているあたり、そんなに時間も無いのだろう。

これ程までに死神が並んでいる以上、手短に済ませることは不可能だが。

 

そして、タイムリミットは来てしまった。

 

地獄蝶が、浦原達の許へ飛んでいくのが見えた。

それから数秒遅れる形で、隼人と一緒にいた隊長格の面々にも同一の内容の伝令が伝えられた。

 

“各隊隊長・副隊長は、即時一番隊舎に集合。浦原喜助は件の刀を隊主会議場へと運び入れるように。”

 

 

「あぁ~~・・・。やっぱダメなのかな・・・。」

「まだ落ち込むんは気ぃ早いでぇ!」

「何故ですか?」

 

 

落ち込んだ隼人や、疑問に感じた修兵、吉良の言葉に平子が安心させるつもりで飄々と答える。

 

 

「総隊長のジーさんが刀を入れろっちゅうことはなァ、あのジーさん、頭ごなしに否定するつもりやないねん。喜助に詳しい事聞いてから決めるんとちゃうか。」

「だとしたら、あの人も、変わったよね。」

「一護がジイさん含め護廷十三隊を変えたんだろ。」

「昔のままだったら、あたし達こっちに戻れなかったよね。」

 

 

ならば、まだ諦めてはいけないということか。

万が一罰せられる場合のことを考えると少し遅めに来て良かったのだが、それでもやはり一護のために刀に力を入れたいのだ。

 

 

「取り敢えずオレ達は一番隊舎に行くで。白と隼人も隊舎前で待ってればええ。」

「リサも呼んでおこうよ。多分これから一番隊に刀が置かれる筈だしさ。」

 

 

そんなことになってしまい、一行はすぐに瀞霊廷に戻り、一番隊舎へと向かうことになった。

一番隊舎に着き外で待つ間、リサは再びいそいそと準備を行っている。

 

 

「矢胴丸さん、本当に時間を無駄にしないんですね。」

「最近おはぎに誘っても全然乗ってくれないんだよ~~!はやちん行こーーよー!」

「僕も仕事あるのでお断りさせて頂きます。」

「ぶーー!けち!はやちんの分からず屋!!そういう所拳西にそっくりだね!!」

「七番隊の隊風には文句言われてもどうにも出来ませんからねぇ。」

 

 

そりゃあ昔は子どもであり、九番隊に連れて来られた身だったので親の仕事を邪魔してはいけないと思い、白に連れられる方が色々と隊にとって都合が良かったのだが、働く身となっては白についていくことは厳しい。

分からず屋と言われても、拳西にそっくりと言われても、こればかりは仕方ない。

 

しばらく白とお喋りを続けている間も何度もおはぎやドーナツを誘われてやんわりと断り続けていると、一番隊舎のドアがギイイ、と鳴り響いた。

 

誰が出てきたと思えば、マユリだった。

かなり機嫌が悪く、腹の虫が収まっていないようだ。

相変わらず、浦原絡みになると小物臭くなってしまうのが一部の隊士の間の萌えポイントとなっているのは、本人の知らない所だ。

破面との戦闘ではかなり頼りになる存在だったのに、ギャップが激しすぎる。

 

 

「涅隊長、先ほどのお話は「何だネ!!私は今史上最高に機嫌が悪いのだヨ!!私の片手間を取ろうとでも言うのならすぐにでも八つ裂きにして薬品漬けにでもして・・・。」

 

 

びっくりした隼人の顔を見たマユリは、それ以上に驚いた顔をした。

一瞬の驚きを隼人に見せた後、すぐにニタァ、と笑みを浮かべた。

 

 

「いい所にいたヨ口囃子隼人!!!貴様の力が直ぐにでも必要だ!私と共に今すぐ十二番隊へ来い!」

「えっ、急になんですか?早く刀に力入れたいんですけど・・・。」

「浦原喜助の刀にか。そんなもの早く済ませてしまえ!貴様が黒崎一護に恩義を抱くのは私の想定内であるのでネ。変に連行して恨みを持たれては困るのだヨ!」

 

 

早く済ましてしまえ。

ということは、総隊長直々に許可が下りたのか。

 

 

「許可、下りたんですか!?」

「ああ。全く気に喰わない話だがネ。いいからつべこべ言わず早く済ませて来るんだウスノロ!!」

「やったーー!よかったー!じゃあすぐ行ってきます!」

 

 

相変わらずイライラした様子で、マユリは十二番隊へ急ぎ向かって行く。

白とリサにも知らせて三人とも一番隊舎の会議場に進んでいく。

 

 

やっとだ。

やっと自分を救ってくれた一護に、恩返しが出来る。

これ程嬉しいことは、拳西が尸魂界に帰って来たあの時以来かもしれない。

 

会議場へ向かう途中、逸る気持ちを抑えるのが大変だった。

 



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報告!

よくよく考えてみると、刀に霊圧を籠めるのを許してくれたあたり、マユリもかなり丸くなった気がした。

以前であれば問答無用で薬品漬けかつミンチにされていたかもしれないが(盛りすぎ)、猶予を与えてくれたことから、彼なりの優しさが垣間見えたように思ったのだ。

 

会議場に向かう途中で霊圧を注入し終えて帰っている途中の隊長、副隊長の面々ともすれ違ったが、挨拶を軽く済ませるだけで、駆け足で進んでいく。

中に入ると、丁度京楽が霊圧を籠め終わった所だった。

 

 

「おや、どうしたんだい?」

「外で待っていたら涅隊長から霊圧を籠める許可が下りたと伺ったので、すぐに参上いたしました!これから十二番隊に招集がかけられたので、順番とかあるのかもしれませんが、今すぐに霊圧を籠めてもよろしいでしょうか!」

「七緒ちゃんは先に霊圧籠め終わってるし、次は九番隊だから君のお父さんに聞かないと。」

「拳西さん!いいですか!」

「お前どうせダメっつっても聞かねぇからな。先にやっとけ。」

「ありがとうございます!浦原さんお願いしまーす!」

「はーい!何なら、時間短縮も踏まえて数人同時にやってみましょうか!」

 

 

ということで、隼人の他に拳西と修兵が加わって同時に刀に霊圧を籠めることになった。

 

 

「六車サンと檜佐木サンはお二人とも風の力を扱うため、同時に霊圧を注入しても問題ない筈っス。あと、口囃子サンは六車サンと長らく一緒に居りましたし、檜佐木サンとも仲良いと伺っているので、きっと霊圧を合わせることも問題ないと思います。」

「そんな雑でいいのかよ。」

「どうせ皆サンの霊圧が混じっちゃうので問題ないっスよん♪さささ、やってみましょう!」

 

 

刀の柄を三人の右手が覆い被っていく。九番隊の二人の手が大きいため、必然的に隼人が先に柄を握ることになったが、大の男三人の手が完全にかさばっている。

 

 

「これ、本当に大丈夫なんすか?」

「ちょっとでも触れていれば刀に力入りますよ。ではアタシが声をかけるのでそれに合わせて霊圧を籠めて下さい!はい、せ~~のっ!!」

 

 

グン!と地響きがする程には力を籠めたのだが、刀はびくともせず、壊れる気配もない。

そして、手から出した自分の力は確かに白い刀に残らず吸い込まれていった。

 

 

「ありがとうございます!これなら問題ないっスね。隊長格が複数名力を籠めても損傷が見られなかったので、一般隊士ならもっと多くの方が同時に霊圧を籠められるでしょう。時間は限られているので皆サン早く霊圧籠めちゃって下さいね~~!」

 

 

そして浦原は十番隊の二人を同時に霊圧を注入させ、ひっきりなしに働いているようだった。

 

 

「じゃあ俺は八番隊に行ってきます。あとは京楽隊長の原稿だけなんで。」

「済まんな、檜佐木君。俺がいつも早く書いてやれって注意してるんだが・・・。」

「伊勢副隊長も注意しているようですけど、むしろ怒られ待ちしてるようにしか見えないんすよね。」

 

 

京楽の代わりに浮竹や七緒が謝るのもいつものお決まりだ。

 

 

「じゃあ僕は十二番隊に行ってきます。拳西さんは仕事ですか?」

「俺は今日の分終わってるからな。隼人んトコついてってもいいか。」

「え~~・・・。付いてくるんですか・・・。」

「どうせウチ帰ってもヒマなんだよ。飯作って風呂入って寝るだけだ。」

「じゃあ送ってってください。力省エネしないと。」

 

 

そう話していると伝令神機が鳴り、マユリから「早くするんだヨ!!何ぐずぐずしているんだ貴様は!!!」とお怒りの催促電話がかかってきた。

 

拳西の瞬歩の方が速いので、担がれてそのまま十二番隊へと向かって行った。

十二番隊に拳西と共に入って来た時に、やっぱり嫌そうな顔をされる。

 

 

「・・・何故貴様もここにいる?」

「一応俺のガキの仕事ぶり見ときてぇからな。」

「そんな下らない事などいつでも出来るではないか!何故この大事な今に限って「分かりましたから!時間ないならすぐやっちゃいましょう!」

「ぐぬぬぬ・・・!仕方ない。だが私の実験の邪魔は一切してはいけないヨ。もし邪魔をすれば・・・分かっているだろうネ?」

「前もコイツ使ってたんだろ?同じようにやってれば問題ねぇよ。」

 

 

拳西にとっては隼人が始解を使うところを見たことが無かったため、一体どんな様子になるのかに少なからず興味を抱いていた。

夜一からは能力についてしか聞かされていなかったため、斬魄刀がどう変形するのかとかも知らないのだ。

 

 

「では、口囃子三席には以前の破面霊圧調査における功績を踏まえ、今回は完現術者(フルブリンガー)の霊圧調査の責任者を任せたい。それにおいて「えっ!そんな大層な役回り「いいから話を最後まで聞くんだヨ!!五月蠅い男だネ!!その口を麻酔無しで縫い付けてやってもいいんだヨ!!!」

「麻酔無し!?何て地獄だ!!それだけはやめてください!」

 

 

押し黙った隼人に対し、マユリは更に説明を続ける。

どうやら破面の霊圧を読んだ際にマユリに提出したデータが色々と役立ったらしく、十二番隊の機械よりもマユリは信用してデータを扱ったようだ。

破面との対決においても、隼人の知らない所でデータがお世話になっていたらしい。

 

説明は手短に済まし、早速作業に入る。

 

 

「場所はどちらですか?」

「空座町、うなぎ屋という店を出たこの男の霊圧を捕捉し、読んでくれ。」

「了解しました。」

 

 

うなぎ屋ということは食べ物屋さんだろうか。それにしてはあまり豪華そうな雰囲気ではないのが少々気にかかったが、仕事には関係ないので特にツッコんだりはしない。

 

 

「ではいきますね。―――――――――読み取れ、『桃明呪』」

 

 

いつも通りの解号を唱え、いつも通り始解する。

斬魄刀の柄含めて全てが光に変化して体内に吸収され、いつも通り霊圧を解析する力が格段に上昇した。

 

 

始解の様子を横で見ていた拳西は、今までにない始解の変化に驚きを隠せずにいた。

 

(体内に斬魄刀を吸収か・・・?見たことねぇ始解だな・・・。)

 

だがそれ以上に驚いたのは隼人の眼の変化だった。

霊圧を読み始めた途端、カッと瞳孔が極限まで開き、画面を見る眼球が震えているのだ。

 

一瞬で、とんでもなく危険な始解だと認識した。

 

(マジかよ・・・!俺のなんか比べモンになんねぇ力じゃねぇか!卍解手にしたらどうなるんだ・・・?)

 

 

浦原が成長を危惧していたこと、藍染が力の片鱗を垣間見ただけで、その力を狙おうとしたことが、ここに来てようやく理解することが出来た。

 

 

「対象の居場所を確認。空座町西 百五十三、東 三百六十、現在対象、銀城空吾は単独で行動しています。」

「解析を続けてくれ。」

「了解しました。対象の霊圧を記憶完了。完現術者特有と思われる新たな霊圧パターンを確認。記憶完了しました。同時に死神としての霊圧も確認。初代死神代行の銀城空吾に間違いないと推測できます。」

「素晴らしい。2年前に比べて格段に特定の速度が上がっているヨ。」

「えっ、あ、ありがとうございます。」

 

 

滅多に、というか一度も人を褒めたことのないような相手に突然褒められ、さすがに面食らってしまう。

それからもずっとマユリは他の死神達に指示を出して縦横無尽に動かし、出されたデータを総隊長と浮竹に逐一報告する。

 

銀城空吾がXCUTIONのアジトに戻った時には、近くに似たような霊圧パターンの人間の存在を確認した。

アジトの中には、一護らと共に尸魂界に乗り込み、京楽に倒された高校生の人間もいた。

そして、去年焼きそばの注文で困っていた時に助けてくれたツインテールの女の子と、その隣にいたと思われる背の小さい黒ずくめの少年もいた。

少し動揺するも、素知らぬふりをして霊圧を記憶する。

 

 

「全員の霊圧を記憶しました。これでいつでも彼らの居場所を探査・捕捉出来ますよ。」

「今日はもう十分だヨ。夜になった以上奴らもこれ以上行動することは無いだろう。明日に備えて早く帰るといい。」

「分かりました。では失礼します。拳西さん、帰りましょう。」

「あ、ああ。じゃあな。」

 

 

以前と全く同じように、帰り際に壷府リンからお礼の洋菓子を貰った。安心安全の見た目と味だった。隊舎を出てからは、何故か拳西に心配の言葉を向けられてしまった。

 

 

「お前力使ってた時ヤバかったぞ。大丈夫かよアレ。」

「大丈夫ですよ。以前もそうやって一ヶ月程力使い続けてましたし、前も他の人に心配されましたけど、その時は体に一切異常無かったので。」

「・・・・・・。」

 

 

恐らく、隼人の力はこれだけではない気がするのだ。

拳西は自らの卍解が完成しているとは考えておらず、まだ自らの力には先があると推測している。現在卍解の修行を積み重ねても真の力の片鱗すら掴めていないことに歯痒い思いをしているのだが、隼人の場合、始解の力ですら何かが隠されているようにしか思えてならないのだ。

 

卍解習得と同時に、始解の性質も大幅に変化するタイプの斬魄刀。

卍解の戦闘スタイルが始解と大幅に違うことは多々あるのだが、卍解習得と同時に始解の変化というのは、近年ではあまり話を聞かない。

というように非常に珍しいタイプではあるが、拳西が平隊士、席官であった当時、新たに就任した昔の隊長が卍解習得後、大きく始解の性質が変わったと話してくれたのを覚えていた。

そして隼人が卍解を習得したならば、現在の己の卍解など霞んで見えてしまう程に凄まじい力を手にすることになるのでは、と今の隼人の力を見て、親ながら拳西はそう考えずにはいられなかった。

 

 

「でも新たなパターンの霊圧を覚えられて、経験値が上がった気がします!死神に虚、破面に完現術者。あと石田くんの霊圧も読んだから、滅却師もか。それでも頭ごっちゃにならずに済んでますよ!」

「わーったから、無茶だけはすんなよ。」

「了解しました!」

 

 

それから数日間、銀城空吾らの敵として現れた、月島とかいう男と、彼に付き従うすし河原萌笑(もえ)という何だかよく分からない暑苦しい男の霊圧も読み取った。

 

 

数日後、読み取った霊圧データ、映像越しに見た戦いぶり、そこから予測する力から、彼らの戦力について何と隊主会で報告することになってしまった。

 

(何でこんな目に・・・。緊張しかしないよ・・・。)

 

前回はマユリや阿近が報告に参じたのだが、今回は一応他隊所属ではあるものの、敵戦力把握の責任者であるため、マユリから直接指名されて現在一番隊の会議場前で待機している。

 

 

「・・・詳しいデータ、調査報告は臨時責任者の七番隊第三席・口囃子隼人からの報告に代えさせて頂きます。入り給え。」

 

 

一番隊の下位席官が巨大なドアを開き、ちょっとビクビクしながらも中に歩み入っていく。

 

(ええい!こうなったらもう何か失敗しても気にすんな!堂々と発表すればいいんだ!)

 

 

隊長全員の視線が隼人に向かい、緊張が高まっていく。

察した平子やローズ、京楽、浮竹は落ち着かせるよう少し笑みを浮かべてくれたので、ちょっとは安心するのだが、やはり真ん前の総隊長の迫力はすごい。

こんな状況でよく報告できるものだと阿近に関心すらする程だった。

 

 

「・・・では、報告します。」

 

 

「今回僕が調査をした完現術者について、彼らの霊圧調査と共に、大霊書回廊に集積された事象を基に調査を進めたところ、彼らは母親の胎内にいる間に母親が虚に襲われた経験があるそうです。」

 

 

そこから淡々と説明を続けていき、完現術者のありようについて、一部調べられなかった部分こそあれど、しっかり報告することが出来た。

 

 

「では今回の完現術者について、説明を致します。現在XCUTIONという団体と、月島秀九郎らが対立している状況にありますが、その中で最も危険な能力は、月島の完現術、『ブック・オブ・ジ・エンド』と、すし河原の『ジャックポット・ナックル』です。月島の力は端的に言えば()()()()ですが、それは無機物にも応用可能であり、即席の罠を突然作り出すことが可能になります。また、現在の時点で井上織姫など現世の人間数名がすでにその影響を受けています。僕の推測では月島の行った過去改変の影響で実際と矛盾が生じ、精神崩壊の恐れがあるため早急に対策が必要だと考えます。『ジャックポット・ナックル』は確率操作によって強制的に幸運を引き起こし、一撃必殺の技を強引に発動させることが出来ます。ただ、何度も使った場合どうなるのかは分からないため、彼の能力については更なる調査が必要です。」

 

 

他の人間の能力についても焦らず説明を続け、何とか最後までこぎつけることができた。

 

 

「以上が今日までの僕の調査報告全文です。質問などがあれば隊主会終了後に受け付けます。」

「御苦労。退がってくれ。」

「はい。失礼します。」

 

 

会議場から出て、ようやく安心することが出来た。

 

 

「ふへぇ~~・・・疲れたぁー・・・。」

 

 

調査報告を持って一度十二番隊に返してから七番隊に戻ると、狛村から隊主会で決まった内容に関する報告を受けた。

 

 

朽木ルキア、朽木白哉、阿散井恋次、日番谷冬獅郎、更木剣八、斑目一角の六名が現世に向かい、一護に力を取り戻させ、今回の件に始末をつけることとなった。

 




一応言っておきますが、主人公は獅子河原くんの名前を、間違えて覚えてしまっています。


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お礼!

一護にちゃんと力が戻ったかどうかを確認するため、ルキアが現世に旅立ってからはマユリの録霊蟲受信装置を一番隊に運び、大画面で観ることになった。

残った隊長格全員と、花太郎や弓親など一護と関わりの強い席官が映像の閲覧を許可された。

もちろん隼人は仕事でここにいる。

 

月島の力で一護の家族、友人の記憶が改竄され、銀城と一護だけが二人で月島からの逃亡、そして戦闘を続けていた。

その間もずっと、隼人は一護の霊圧を読み続けている。

 

 

「一護くんは完現術と死神の力を完全に融合させています。月牙天衝も虚化後の速度と変わらない・・・。信じられない成長速度だ・・・。」

 

 

後半の呟きは小さな声だったので誰にも聞こえなかったのだが、あまりの潜在能力に手放しで舌を巻く。

 

一方、初めて隼人の始解を見た平子とローズも、目の前で眼球を震わせる姿に異常だと気付かずにはいられなかった。

 

 

「(ねぇ、ハヤトの始解、あれどう思う?)」

「(味方であることが幸いやなァ。霊圧記憶して自由に記憶から出し入れ可能って、隼人が敵やったらオレ真っ先に潰すで。読まれたら色々と厄介やしなァ。脅威的やしあんなん眼ぇおかしなるんも納得や。卍解したらえらい事なるやろ。)」

「(皆よく平然としてられるよね。)」

 

 

尤もそれは隼人が始解する姿を何回も見ているために皆さして気にも留めないのだが、初めて隼人の始解を見た死神の中には、その性格とは真逆とも言える薄気味悪さに、ゾっとする死神ももちろんいた。

 

 

現世では、井上織姫と茶渡泰虎が一護を止めるために動き出し、一護を庇って銀城が月島の凶刃に倒れてしまう。

 

最後に現れた石田雨竜は、二人から離れた位置で矢を構える。

 

 

「黒崎・・・!解らないのか!!僕を斬ったのは、お前の後ろに居る奴だ!!!」

(!!)

 

 

刹那。

銀城空吾が本性を現し、石田の矢を弾き一護を斬りつける。

油断した隙を狙い、月島は石田の肩を斬りつけた。

 

ここから、隼人にとって盲点となった月島の能力が明かされる。

2回月島が能力で斬りつけた場合、()()()()

要するに、一護と接触した時点ですでに銀城は月島に斬られていたのだ。

 

 

「彼、月島に斬られてから一護クンのこと『黒崎』って呼んでたからね。やっぱりか。」

 

 

薄々勘づいていた京楽は瞬時に現状を理解し、諦めの混じった口調で呟く。

体調不良でこの場に浮竹がいないからこそ、京楽はドライな感想を放ったのだろう。

 

代行証を自らの剣に重ね合わせた銀城は、一護に突き刺した剣を伝って力を根こそぎ奪い尽くしてしまう。

まるで自分の力を全て奪われたかのような感覚に、隼人は思わず目を背ける。

 

 

「目を背けるな。しっかり見届けろ、隼人。」

「っ・・・はい・・・。」

 

 

狛村に注意され再び画面を見るも、降り始めた雨と同時に泣き叫ぶ一護を、画面越しに見ることすら辛く感じるのだ。

見ていられない。あまりに辛い状況を想像するだけで、全身が凍えるかのようだった。

俺の力を返せ。

まるで小さな子どものように何度も叫ぶ一護を見ていると、苦しくてこっちが泣きそうになってくる。

 

 

「いっ・・・一護、くん・・・。」

「お前が泣きそうになってどうすんだよ。」

「だって・・・だって!こんな辛そうな姿、見ていられない・・・。」

「霊圧読んでみろ。」

 

 

「俺には分からねぇが、そろそろ来る筈だぜ。」

「あ・・・。」

 

 

次の瞬間。

霊圧遮断外套を纏った浦原と一心が外套を取って姿を現し、刀を携えたルキアが後ろから一護に刀を突き刺した。

 

 

一瞬浦原と一心に対しても疑心暗鬼になってしまったのだが、ルキアの姿を見た一護は、ようやくたった今起きた出来事を理解したのだった。

 

 

「・・・終わったかの。」

 

 

死覇装を着た一護の姿を見た総隊長は、その姿を見届けた後すぐに会議場を後にする。

総隊長は、この戦いを見るまでも無いと認識したのだ。

 

 

「私も仕事に戻らせてもらおうか。」

「私も・・・失礼致します。」

「ほんならオレもお暇させて頂きますわ。」

 

 

砕蜂、卯ノ花、平子が隊舎に帰る意思を示したのをきっかけに、他の隊長格も続々と会議場を後にした。

 

 

「帰るぞ、隼人。」

「隊長・・・。」

「・・・、お前が泣いてどうする。」

「申し訳ございません・・・。何だか、嬉しくて・・・。やっと恩返しできると思ったら、嬉しくて・・・。」

 

 

軽く啜る程度の涙ではあるが、やはり一護が力を取り戻した瞬間は、隼人にとって感動の瞬間だったのだ。

ルキアや阿散井、日番谷や白哉などのように一護と強い繋がりを持っている訳ではないし、むしろ自分よりも平子やローズ、拳西の方が一護のことを十分に知っている筈なのだが、疎遠だとしても嬉しいものは嬉しいのだ。

 

それに、自分の力が一護に役立つのかもと考えただけでも、それはそれでナントカ冥利に尽きるではないか。と、いまいち纏まらず締まりの無いことを隼人は思い巡らせていた。

 

 

「気持ちは解らんでもない。儂も嬉しいぞ。鉄左衛門もそうであろう。」

「押忍!じゃが、泣く程ではありやせんなぁ。」

「うっうるせぇ!いいだろ別に!」

 

 

射場のツッコミで完全に涙は引いていき、いつも通りの平常運転にすぐに戻ることが出来た。

 

 

 

翌日。

 

 

「よう恋次!!」

「おう!」

 

・・・・・・、

 

「まてまてまてコラ一護!!なんで急に尸魂界(こっち)に来てんだよ!!」

 

 

昼休憩のためにいつもの定食屋にルキアを誘おうと歩いている道すがら、あまりにもナチュラルに一護が尸魂界に来ていてすれ違ったため、反応が一瞬遅れてしまった。

 

 

「ちょっと総隊長さんに用があってな。」

「はぁ?」

 

 

取り急ぎ地獄蝶を使って一番隊へと報告すると、午后1時に緊急で隊首会を開くことになった。

 

それは、余分に弁当を作りすぎたために仕方なく九番隊に赴いてトップ二人と一緒に飯を食べていた隼人の耳にもたまたま届いた。

ちなみに、射場は最近ほぼ毎日ちゃんと自分の弁当を持ってきており、狛村とはどうしても味の好みが合わないため、弁当を作りすぎた場合は大食漢の拳西と金が無く飯を抜くことが多い修兵のいる九番隊に行くことにしていた。

 

 

「一体何なんだ?急に。」

「さぁ。昨日戦って今日尸魂界に来るって、黒崎の奴足軽いっすね。」

 

 

と、適当な感想を述べていた二人とは対照的に、隼人は過剰な反応を示す。

 

 

「一護くん、来たのか!!あん時のお礼言わないと!!!」

「別によくねえか?やけにこだわるな。」

「そりゃこだわりますよ!!井上さんにはありがとうってちゃんと伝えたのに、一護くんに何にも言わないとか!男の名が廃りますよ!!」

「食いながら喋んないで下さい。飛んでくるのが汚いっす。」

「その癖早く直せよ。」

「何でそんな二人とも落ち着いているんですか!!」

「「お前(あんた)が異常なんだ(す)よ!」」

 

 

スパーン!と切れ味の鋭いツッコミが飛んでくるものの、やっぱり納得がいかない。

どうにも落ち着かない様子なので、これならもう直接会わせた方がいいと拳西は考えてしまった。

 

 

「もうお前うるせぇから隊首会終わったら一護に会ってこい。俺が引き留めといてやるから。」

「本当ですか!ありがとうございます!」

「いいから静かに飯食えバカ。」

「はーい!」

 

 

黙々ともぐもぐお弁当を食べきり、七番隊に戻って拳西からの電話を待つことにした。

 

 

1時間ちょっと経った頃。

 

伝令神機の着信が鳴り、画面には拳西の名前が載っている。

 

 

「もしもし!」

『隊首会終わったから来るなら早く来い。あいつすぐ帰るつもりだから時間ねえぞ。』

「了解しました!」

 

 

ぼちぼち喋った後電話を切り、事前に伝えていた射場に改めて暫く隊舎を離れる旨を伝え、大急ぎで隼人は一番隊へと向かって行った。

 

 

 

その少し前。

銀城空吾の死体を現世に埋めることが決まり、彼をただの死神代行だと認識した一護は、隊長格が続々と隊舎に戻っていく中である隊長に声をかけられる。

 

 

「一護。ちょっと時間あるか。」

「あぁ?何だ拳西か。一体何だよ。世間話か?」

「違えよ、俺じゃねえ。お前と世間話してえっつってる奴いてな。いいか?」

「お?あぁ。別にいいぜ。」

「ちょっと待ってろ。」

 

 

伝令神機を取り出した拳西は、すぐに隼人に電話をかける。

 

 

『もしもし!』

「隊首会終わったから来るなら早く来い。あいつすぐ帰るつもりだから時間ねえぞ。」

 

 

実際はすぐ帰るのかどうかは知らないが、そう言えば恐らく猛スピードで来ると目論見た。

 

 

『了解しました!ちゃーーんと引き留めといて下さいよ!!』

「お前筋肉つけてから瞬歩遅くなったからな。帰ってるかもしれねえぞ。」

『だっ誰がデブですか!だったら拳西さんの方が筋肉デブじゃ「いいからとっとと来いバカ野郎!!!」

 

 

勢いそのままに電話を切ったが、簡単に苛立ちは引いてくれない。

 

 

「相変わらずすぐキレんだな。」

「うるせぇ。イラつかせるあいつが悪りぃんだよ。」

「つーか誰だよ、わざわざ俺に会いてえって。」

「あぁ、まぁ、待ってろ。何つーか、事前に名前教えたらあいつ怒りそうな気がするからな。一回怒らせたらマジでうるせぇんだよ。」

 

 

それは親である拳西のDNAをしっかり受け継いでいるからというのは、本人の全く知る由のない話である。

現に一護も(あんたも十分怒ったらうるせえぞ・・・。)と考えはしたのだが、口に出さずにいる程だ。

 

 

「知り合いか?100年前の知り合いでもいたのかよ?」

「まぁ、そういうのもきっと、あいつが言いたがるだろうし、待ってろ。」

「あ?一体どんな奴「じゃーーーーーん!!!!!」

「うーーーーーーーーっっ!!!!!」

 

 

瞬歩の着地位置を間違えてしまったせいで、一護の目と鼻の先に着地し大声を上げたため、一護はびっくりして尻餅をついてしまう。

 

 

「着地成こ・・・って、ごめんね!!大丈夫か!」

「あぁ、別に・・・って・・・、」

 

 

「あんた、誰だよ?」

「え?」

 

 

ぽかんとした隼人は、以前一護と会った時とは自分の姿が全くもって違うということを忘れており、それを瞬時に思い出す。

 

 

「何だよ忘れてんのか。だったら別に名前言っても良かったな、は「あーーー!!ダメですダメですダメです!言っちゃダメですよ!って、そうだ!!さてここで問題です!僕は一体誰でしょうか!!」

 

 

やってる事が観音寺に似てきていることは、全くもって自覚が無い。

突然問題を出す等めまぐるしい行動をする目の前の男に、一護は完全に困惑してしまう。

というか、完全に嫌な顔をしていた。

 

 

「あーーー誰だっけな・・・。あれだ、飯島さんだろ。」

「ぶっぶーーー!!飯島って苗字の死神は僕の知り合いにはいませーーん!」

「じゃあ田所さんか。」

「ぶっぶーー!!って!!!一護くん適当な苗字出してるでしょ!!!真面目にやれよぉ!!そしてそのカオ!完全にメンドクセェこいつってカオしてる!!人に向かってそんな顔してはいけません!」

「何だよこいつマジで今までにないタイプの人間だなメンドクセェ。」

「酷い!ちょっと遊び入れたつも「つーかいい加減あんた誰だよ。」

「お前いい加減名乗れ。」

 

 

二人から苛立ちのオーラを感じ取ってしまったので、そろそろ潮時か。

 

 

「しょーがないですね。あんまり見せたくないけど。」

 

 

まるで印籠のように護廷十三隊所属の顔写真付き証明書を提示し、一護にしっかり名前を伝える。

写真はまだ更新していないため、昔の地味な姿で収められている。

 

「この際自分で言っちゃいますが、劇的なイメチェンを果たしました!口囃子隼人でーす!お久し振り!!」

「・・・。」

 

 

 

「うえええぇぇぇぇぇええぇぇええぇええええぇぇぇえ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

確か口囃子とかいう死神は、藍染に直接やられ、瀕死の状態で倒れていた血だらけの死神だったはずだ。

その時は、こんな垢抜けたイケイケボーイではなく、花太郎以上に地味とも言える程の見た目であり、髪型ももっさりしており、喋り方や雰囲気も大人しそうな印象だった。

証明書の見た目は、地味そのものだ。

 

浮竹に代行証を渡された時も、ちょっとだけ話しかけられはしたのだが、正直こんな地味な死神がいたのか、位にしか考えておらず、特に気にもしなかったのだ。

 

それが、今となってはこれだ。

 

 

「やべえな・・・人って、こんな変わるんか・・・。」

「そりゃあ色々あったからね。」

「で?そんな変わったあんたが俺に何の用だよ。」

「あぁ、あのね。」

 

 

「あの時助けてくれてありがとうって、ずっと言いたかったんだ。」

 

 

何だそれだけかよ。と気の置けない友人や仲間には遠慮する所がある一護ではあるが、今回はそんな真似はしなかった。

その言葉を発した時、さっきまでの騒がしい雰囲気ではなく、以前の大人しいというか、少し弱々しくすら感じる心の雰囲気を感じ取ったからだ。

浦原から、あの時倒れていた死神は5ヶ月もの間昏睡状態だったと聞かされており、起きてからも死神復帰には時間がかかったことは想像に容易い。

その時には既に死神の力を失っていたので顔を見ることも出来なかったのだが、一応一護なりに話を聞いた時は心配もしたのだ。

 

自分が藍染と最終決戦をした後、1ヶ月眠っており、何となく共感できた気がしたからだ。

 

 

「本当にありがとう。だって一護くんがいなかったら僕死んでたし。」

「・・・そういや、似たようなことケイゴとかも言ってたな。あんたがいなけりゃ俺達死んでたって。」

「ケイゴ・・・?って、あ、あの時の!皆大丈夫!?元気にしてる!?」

 

 

現世の一護の友人については一時期記憶から抜け落ちていたのだが、この前井上に会った時に写真を見せてくれて一気に思い出した。

皆元気そうに成長しており、隼人にとっても守った甲斐があった。

 

 

「フツーに学校行ってるぞ。口囃子さんの事心配してたから、あっちで元気にしてたって伝えとくぜ。」

「是非よろしく頼むよ!」

 

 

ぱああっを顔を輝かせる様は明らかに年相応ではなく、妹の遊子を見ているような気分になってしまう。

こんなに表情豊かだったのかと思うと同時に、一護はこっちの姿の隼人の方が面倒ではあるがとっつきやすいと感じていたのだった。

 

これで終わりかと思ったが、そうでは無かった。

 

 

お礼の言葉を言ってる最中から、隼人は一護の成長を見てある推測を立てた。

 

 

「そういえば一護くんってさ。」

 

 

「井上さんの事どう思ってんの?」

 

 

瞬歩で一護の隣に移動し、悔しいが背伸びして耳元で囁いた。

数年前の一護は今の隼人よりも背が低かったのだが、今では完全に抜かされており(というか拳西よりもでかい)、ちょっと癪に障ったのもあって悪戯心が湧いてしまった。

 

 

顔を見ると、ほんの僅かだが赤くしていた。

 

 

「別に、ただの友達だよ。」

「へぇ~~トモダチ。トモダチかぁ~~。」

 

 

「全く~。そんなイヤらしく成長しちゃって。実際はもう付き合ってて試合済ませちゃってんじゃないの?」

「なっ!!!あんた何だよ急に!!」

 

 

イヤらしく成長。試合を済ませる。何だかちょっぴり匂わせた表現を多用する隼人にまた別の意味で困惑し、一護は顔を真っ赤にしてしまう。

 

やっぱりまだまだ子どもで甘ちゃんの一護をイジるのが面白く思えてきた所で、思わぬ形で水を浴びせられる。

 

 

「気にすんな。隼人は去年一丁前にフラれてるの引き摺ってるだけだ。」

「はぁっ!?!?引き摺ってませんから!!!」

「へぇ~。相手誰だよ。」「京楽さんのトコの女副隊長だ。」

「あぁ~あの人か。あんたそういう顔好きそうだもんな。」

「こっこここ根拠の無いことを言わないで欲しいな!!」

 

 

さっきの一護の比べ物にならない程顔を真っ赤にしている隼人は、自分では決して認めないが、周りからしてみれば未だに失恋を引き摺っているようにしか見えない。

1年経っても未練タラタラなあたり、恋愛経験が少ないことは一護にもすぐに分かってしまったようだった。

 

とまあこの調子で結局世間話になってしまったが、最後に一護はどうしても疑問に思った点があった。

 

 

「そういや、何で口囃子さんは拳西と知り合いなんだよ。現世で仲良くなったんか?」

「ノンノンノン。そんな簡単な関係じゃないよ。実はそれには巨大海溝よりも深い事情が「150年以上前に流魂街で拾って俺が育てたんだよ。一応俺がコイツの父親だ。」

「マジか!!拳西子持ちかよ!」「あーー!またそうやって拳西さんは!!」

 

 

せっかく自分で言いたかったことを拳西に先に言われてしまい、怒り心頭の隼人はまくし立てこそするものの、どうせ聞く耳を持たれていないことは分かっているのですぐに黙ってしまう。

 

 

「150年前ってことは、100年もずっと親に会えなかったのかよ。大変だったな。だからあんなに静かだったんか。」

「でも今こうして一緒に仕事出来てるから、何にも問題無いよ。昔望んでいた形とはちょっと違う所もあるけど、充実してるし大丈夫。」

「うるせえのはどうかと思うけどな。」「全くだ。」

 

 

一護と拳西の毒のある相槌にまたイラっとするものの、ちゃんと抑える。

 

 

「一護くんや井上さんのおかげで今の生活を手にできたんだから、本当にふたりには感謝しかないよ。ありがとう!井上さんと上手くいくといいね!」

「うっうるせえ!!もう帰る!!」

「皆に僕のこと伝えといてくれよーー!」

「1年前の失恋引き摺った痛い男だって伝えといてやるよ。」

「やめろ!!それだけはマジでやめろ!!!」

 

 

元気であることは十分証明できる内容なのだが、面目が保たれないので絶対に伝えないでいてほしいものだ。

 

 

ちなみに一護が現世に帰り、学校に来た時に皆に隼人のことを伝えると、その人間臭い言動が却って皆を安心させたようだった。

 




これで死神代行消失篇は終了です。
この話のメインは最終話の一護と隼人の対話です。
ある意味これを書くためにこの篇があると言っても過言ではないです。
ここで交流したことによって、後々何かが起こるかもしれなかったり・・・?

また、これは個人的な解釈の話ですが、死神代行消失篇の時点で、一護は織姫に対してほんのりと友達以上の気持ちを既に抱いていたのではないかと考えています。
木登りの要領で柱から降りてきた織姫を心配したり、あっさり家に入れちゃうあたり、以前と比べて一護の視点に変化があるのではと勝手に思っています。
なので、ここでの一護はツッコまれたらちょっと動揺する程度には既に織姫に対して特別な感情を持っていることになっています。あくまでもここでの一護はです。原作に関しては皆さんの解釈に委ねます。色んな解釈があるのが面白いんですよ。笑


ちなみに僕は、別に一護と織姫の結婚やルキアと恋次の結婚に対して何の不満もありません。良かったねって感じで最終話を読みました。


千年血戦篇ですが、戦闘やストーリーでいつも以上に試行錯誤を色々している内に全然書けていない状態になってしまったため、しばらくお待ちください。
この際第一次侵攻、修行、第二次侵攻、霊王宮突入の4部作でシリーズ連載にしようと考えています。
一篇まとめて書き終わった段階で順次投稿していくことにしました。
かなりゆっくりになるので、気長にお待ち頂けたら幸いです。


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千年血戦篇・第一次侵攻
神隠し


お久し振りです。
遂に千年血戦篇が始まりました。長らくお待たせしました・・・。
本ssのメイン篇です。空座決戦ではなく、一応こっちがメインです笑。
かなりがっつり書くつもりでいるので、展開はなかなかにゆっくりになることをご承知おき下さい。
1巻分の内容だけで4~5話使いかねないため、千年血戦篇だけでいくつか章を分割するつもりです。

今回は人物紹介はネタバレ回避のため最後に回します。


近頃、身震いすることが増えた。

それは単なる武者震いなのか。それとも寒気を感じ取ったからか。

 

空座町駐在の死神が引き継ぎを行っている間、死神代行とその友人しかいなくなるため何らかの異常を感じ取った場合にはすぐに報告出来るよう、始解して空座町の霊圧を読むよう頼まれていたのだが、身震いの後、巨大虚が出現することが日に日に増えていった。

 

まるで、何かを待ち構えているかのように。

 

 

「最近のお前は、霊圧を受信する力が強まっているからな。余計な霊圧も感知してしまうのかもしれぬ。」

 

 

狛村に相談するも、杞憂だと言われたようなものだった。

 

 

「何も、起こらなければいいのですが。」

「それに越したことはないな。」

 

 

この話をした日、丁度十三番隊の行木竜ノ介と斑目志乃が空座町赴任日であり、その日も隼人は数多くの巨大虚の気配に身震いしてしまった。

 

 

その2日後。

今度は尸魂界の中で霊圧の大きな動きがあった。

 

 

「・・・?・・・・・・!?」

「どうした、口囃子。何かあったんか。」

「えっ・・・?いや、ちょっと待って、これって・・・!」

「何じゃ!もったいぶらんで早く言うんじゃ!」

 

 

「流魂街で、一気に多くの霊圧が消えた・・・!!」

 

 

突然の重大事態に、射場も一瞬で肝を冷やす。

 

 

「!!すぐに隊長に報告せえ!!地区はどこじゃ!」

「ちょっと待って!!地区は・・・・・・錆面!!西六十四地区の!」

「おうし!!なら十一番隊にも伝令じゃ!儂は斑目と綾瀬川に連絡する。場合によっちゃ儂も調査に同行じゃ!おどれは狛村隊長に報告せえ!」

「了解!!」

 

 

大急ぎで狛村に今回の事態を報告すると、狛村も事態を重く受け止める。

 

 

「十一番隊には至急調査に向かうよう、儂が取り計らう。本来の仕事に戻って構わぬぞ、隼人。」

「あの・・・自分で言っては何ですが、何かの間違いの可能性も・・・。」

「いつになく血相を変えて執務室に入って来たお前の報告を、儂は偽りだとは思えぬ。受け入れろ。由々しき事態は現実に起こっているのだ。十三番隊隊士の話は貴公も聞いている筈だ。それは、霊圧の動きを感じ取ったお前が一番に分かっている筈だ。報告を受けた儂に言わすな。」

「はい・・・。」

 

 

退出後、狛村は更木に連絡を取り、射場から報告を受けた斑目と弓親を既に行かせているという旨を聞いた。

 

自分の机に隼人が戻った時、あまりの怯えたような顔に射場は心配せざるをえなかった。

 

 

「口囃子・・・。どうした。いつものおどれらしくないぞ。」

「いや・・・。僕ってさ、どうしても力の性質のせいで霊圧に敏感なんだけどさぁ・・・。だから何となく分かるんだけど、何かとんでもないことが起こりそうな気がして・・・。」

「そげな心配ばっかすんな!儂がおどれを心配しちょるわ!前に黒崎と会うた時のおどれとは大違いじゃのう。」

「そう?つってもあれ2ヶ月とか3ヶ月くらい前でしょ?」

「斑目と綾瀬川が調査しておる。おどれが心配した所で何も変わらん。大丈夫じゃ。気にすんな。」

「・・・そうだね。」

 

 

取り越し苦労で済んでもらいたいものだ。

そうした場合また十一番隊の席官二人から目の仇にされそうではあるが、異常事態が現実のものであることに比べたら、全然問題など無い。

 

しかし、隼人の推測はしっかり二人の目の前に起きている事象として証明されてしまう。

 

 

 

*****

 

 

 

流魂街 西六十四地区 錆面

 

斑目と弓親が現在降り立った場所は、つい昨日まで普通に存在した住民が存在せず、物静かな風景を作り出している。

生活の痕跡が至る所で見られるにもかかわらず、人の気配は一つも無い。

あまりに異様すぎる光景が、現実と受け入れることすら出来なかった。

だからこそ弓親は、荒唐無稽な考えしか浮かばなかった。

 

 

「ひょっとして、怖くなって移動したんじゃない?理由もわからず人がいなくなる場所にずっと居たくはないでしょ。僕だってそうだし。」

「移動したなら技術開発局が捕捉出来るし、何より口囃子さんが血相変えて狛村隊長に報告する訳ねえよ。あの人なら大人数の移動ぐらい分かんだろ。」

「だね。射場さんも『あんなに血相変えた口囃子見るんは久々じゃ!』って言ってたし、涅隊長からも信頼得てるあの人なら大体ソースとして間違いないでしょ。」

 

 

二人のぼやきを遮るように、部下の一般隊士が近辺捜索の結果を二人に伝える。

人っ子一人発見出来なかったそうだった。

 

 

「村落丸ごと神隠しか・・・。オカルトだね。まるで。」

 

 

自らの存在もオカルトと言われれば否定出来ないことを棚に上げ、弓親はぱっと思いついた感想を述べる。

 

 

「バカ言え。そんなモンで片付けさせてたまるかよ。俺達の管轄で起きたからにゃ、俺達できっちり調べねえと。」

「あの・・・。」

「何だ。まだ何かあるのか?」

「実は・・・。ご覧に入れたいものが・・・。」

 

 

別の、眼鏡をかけた部下が緊迫した様子で二人の席官を呼び寄せた。

二人で顔を見合わせ疑問こそ抱くものの、ただでさえ現実は異様なので隊士の申し入れもしっかり聞くべきだと判断した。

 

 

「案内してもらっていいかい?」

「はっ!こちらです。」

 

 

そうして案内してもらった場所にはたくさんの足跡があった。

何の変哲もない、よくある人だかりがあった場所の足跡と言ってしまえば、それで済む案件だ。

しかし先の死神は、ある異様な点を見逃さなかった。

 

 

「足跡が、この一箇所に集められてそこから途絶えているのです。これは、一箇所に集められた後、第三者の手でどこかに連れ去られたのではないかと推測されます・・・。」

 

 

この隊士の発言を聞いた上で、斑目と弓親はさらなる異様な点に気付いていた。

足跡の種類が、裸足と草履だけ。

 

 

「村落の中の一部の流魂街の民が、同じ流魂街の民を連れ去ったっていう事か・・・!?」

 

 

弓親は、自分が出した結論にすら理解が追い付かないような錯覚に陥りかける。

もしそうだとしても、一体誰が、何のためにやったのか。皆目見当がつかないのだ。

 

 

「それはどういう・・・!」

「それを調べるのが俺らの仕事だろうが!探せ!他にも何か手掛かりがあるかもしれねえ!!」

「はい!!」

 

 

部下を叱責し、共に探索に赴く斑目とは対照的に、弓親はその場に留まって思案を続けた後、伝令神機を取り出した。

自分が出した結論にどうしても違和感しか残らず、第三者の意見を聞くことにしたのだ。

()()()()()()()()()、件の異常を感じ取った張本人に電話をかけるために。

 

 

「もしもし、口囃子三席ですか。」

『うん。流魂街で調査してるんだよね。』

「ええ。今から目の前の状況を写真で撮って送ります。同じモノは九番隊の檜佐木副隊長を伝って調査部門にも転送します。」

()()()()()()?』

()()()()()()()()。」

『なるほど。じゃあ頼むよ。』

 

 

それだけで察した隼人は、すぐに送られた写真を見て合点がいく。

 

 

『この草履、死神のだね。』

「やっぱりそうですか。一角や部下もいる以上、死神が流魂街の住民を連れ去ったと彼らの前で言ってしまえば、大騒ぎは避けられませんからね。」

『そもそも六十四地区で草履の足跡がある時点で、そこに死神が来てたのはほぼアタリでしょ。流魂街の力を持たない民が、今時わざわざ治安の悪い地区にこぞって行くとは思えない。100年前じゃないんだし。』

 

 

現在瀞霊廷からの御触書として、番号の小さな地区、つまり治安のいい地区に住む住民には、治安の悪い番号の大きい地区には出入りしないようにという旨の物を出している。

御触書を出した真意としては、旅禍騒動や、藍染の乱など大事件が近年頻繁に起きていたため、余計な事件を起こさせないように、との意味合いが大きいのであった。

 

 

「ええ。そう考えると、誰がこれをやったのか自然と導き出せる気がしますよ。」

『だろうね。調査したの君達だから後どうするかは任せるよ。』

「了解しました。御助力ありがとうございます。失礼します。」

 

 

ピッと電話を切った弓親は再びぼやく。

 

 

「やっぱあの人、本当にエスパーでしょ・・・。」

 

 

そうして弓親は形式上の報告文書の体裁を練り上げつつ、斑目と合流して更なる調査を続けていった。

 

 

 

*****

 

 

 

「どれ。どがいな写真じゃ。」

「これ。」

「・・・成程な。流魂街の民同士の仲違いの果てっちゅう結末か。」

「じゃあこの草履の説明、どうやってつけるのさ。」

「そりゃあ・・・。確かにそうじゃの。説明つかんわい。」

 

 

先ほどの弓親との会話を、隼人の声だけではあるものの聞いていた射場も、最初は弓親がとっさに考えた推測を立てたが、隼人からの質問に対し返答に詰まってしまう。

 

 

「やっぱり、死神がやったっちゅうことか。しかしどの隊がこがいな事・・・。」

「決まってるでしょ。」

 

 

「十二番隊以外ありえない。」

 

 

 

 

同様の結論は、九番隊調査部門でも出ていた。

九番隊第六席・誉望(よぼう)万化(ばんか)は、七緒と同様に斬魄刀を持たない死神である。しかし、尸魂界にやって来た時に身に着けていた頭全体を覆う特殊ゴーグルのヘッドギアと、腰に装着していた機械を媒介に念動能力を生み出すことで、情報の分析・抜き取り・転写をすることが出来る。

 

真央霊術院時代にその力があることを数年前に見抜いた修兵は、卒業前から彼を引き抜き九番隊で調査の力を磨き上げさせることに成功し、見事才能を開花。現在彼は第六席ではあるものの、調査部門の実質トップを任されていた。

あのマユリが欲しがるほどの人材らしい。

 

 

「どうだ、誉望。何かわかったか。」

「そうっスね。草履の足跡は死神の物で間違いないでしょう。目的までは掴めませんが、この人だかりから急に足跡がはたと途絶えているということは、何らかの科学力で彼らが転送、もしくは消去されたんじゃないっスか?」

「やっぱりか。口囃子さんに聞いた所だと、あの人も死神の草履で間違いないっつってたな。十二番隊がやっただろうって推測も立ててるぜ。」

 

 

ここで修兵が隼人の名を出したのは、ちょっとばかり対抗意識を持ってくれれば、成長が早くなるのではないかと焚きつける思いもあった。

手塩にかけてかわいがっている後輩の成長を願うばかりだ。

 

 

「この情報だけでそこまで結論出せちゃうんスか、あの人。」

「ま、それはあの人も確証ねえ推測だっつってたしな。お前もゆくゆくは、あの人みたいにガンガン調査できる死神になってくれよ。俺みたいな斬魄刀だと戦いしか役立たねえが、口囃子さんの補助向けの力だったり、誉望の力は調査に役立つ。適材適所で頑張るしかねえだろ?」

「そうっスね。俺は一応能力使って戦えますけど。」

「それじゃ!内容纏めといてくれ。後で十一番隊に渡して纏めて一番隊に提出してもらうから、よろしく頼むぞ!」

「了解っス。」

 

 

誉望の力は既に出てきた物の調査には役立つものの、隼人のように事態の発生を感じ取ることが出来ず、主にそこで遅れを取っているのだ。

その点は力そのものの性質に関わる為どうしようもないと修兵は考えており、むしろ分析能力を高めることで、七番隊の隼人に匹敵する程の実力者に育て上げようと頑張っているのだ。

 

誉望も修兵を信頼しているため、その頑張りに応えようと日々精進していた。

 

(この写真、やっぱりキナ臭いな。十一番隊のあの人達にも連絡取ってみるか。)

 

 

そう思い伝令神機を取り出そうとした所で。

 

 

黒陵門のある方角から、爆発音が響き渡った。

 




今回出てきた九番隊席官の誉望(よぼう)万化(ばんか)は、とある魔術の禁書目録に出てくる暗部組織『スクール』所属のLEVEL4の能力者です。
BLEACH世界で登場させるにあたって、彼は死神ですが、能力の根本は完現術にしました。そのため斬魄刀は使えません。
原作準拠の能力ですが、実際の能力について気になる方はWikiを参照して下さい。

ちなみに、原作で彼は死んでいるため、折角なので今回クロスオーバーさせてみました。一応タグつけてるし。
これからもあっちの原作で死んだキャラをちょこちょこ出そうと思います。本筋に深く関わらない程度にはなりますが。

あっちではトラウマを植え付けられたり、いつの間にか灰になってたりと中々酷い目に遭ってしまいましたが、超電磁砲Tのように活躍させようと思っています。
と言っても、恐らく千年血戦篇後に活躍させようかと考えてみます。


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The Overkill

「何者だ貴様!成敗し「辛れぇ。」「ぶぐぅっ。」

「ひっ!美濃部八席が一撃で!!「辛れぇ!」「ぼがおっ。」

「怯むな!!相手がどんな奴でも逃げてはなら「辛れぇ!!!」「があっ!!」

 

 

「あーーーー!!!マジ辛れぇわほんと!!弱っちい雑魚共をスライムみたいにプチプチプチプチ殺すのなんてよぉ!!」

 

 

星十字騎士団(シュテルンリッター)所属、ドリスコール・ベルチの持つ能力は、The Overkill。敵、味方、獣だろうと、殺せば殺す程強くなる能力だ。

 

自身の能力強化のため、ドリスコールは死神の集まっていた黒陵門付近に突如現れ死神一般隊士の殺戮を行っている所だった。

神聖(ハイリッヒ)滅矢(プファイル)を出すまでもなく、膂力だけで何人もの死神を一瞬で殺し、それを何度も繰り返す。

 

100人程度殺しているのだが、感覚が麻痺しているからか未だに殺し足りなかった。

 

 

「こんなんじゃ、おれの能力も上がってく気しねえなあほんと!その癖うじゃうじゃ出てきやがる。」

 

 

力も無いくせに数だけ多く出てくるため、より一層苛立ちが募る。

 

 

「こうなったら、一掃してやっかぁ!!」

 

 

神聖滅矢を取り出し、すぐさま構えを取る。

 

 

「来るぞ!!皆構えろ!攻撃が終わったらその隙を縫って反撃だ!」

「はぁ?」

 

 

「反撃なんて、させるわけねえだろ!!」

 

 

同時に何十、いや、何百もの矢を発射し、ドリスコールの前に集まった30人程の死神は、全員なす術もなく殺されてしまう。

辺り一面血の海になろうと、まだ足りない様子を見せていた。

 

 

「ちっ。一掃したらしたで敵全然来ねえじゃねえか。だったらこの辺一体爆発でもさせて・・・おっとぉ!」

 

 

危うく不意打ちを喰らう所だった。

飛廉脚を使って何とか躱したものの、タイミングが悪ければ当たっていただろう。

 

(雷・・・。誰だ・・・?)

 

 

そこに現れたのは、一番隊副隊長・雀部長次郎忠息。

副官章の存在を目にし、ドリスコールは彼の実力を把握する。

 

 

「やっと強そうな奴が来たぜ。雑魚を何人も殺すのは疲れるんだよ。」

 

 

その言葉を受け、雀部は解号を唱えずに始解を展開する。

力の特性上最も得意な鬼道の雷吼炮では躱されたため、ここからは斬魄刀の力で雷を放つ。

 

 

「おいおい!名乗りもせずに急に攻撃たぁ、芸が無いなあ!!」

「賊に名乗る名など無い。大人しく散るがいい。」

 

 

斬魄刀・巌霊丸(ごんりょうまる)の刀身を中心に、雀部の体の周りが電撃に包まれる。

次に放つ雷撃の槍は、まさに光の速さと言っても過言ではない程の速度を持ち、威力も天然の雷に違わないものだった。

対するドリスコールは、寸での所で躱すも左足にだけ当たってしまう。

 

 

「ぐっ!」

「これしきで油断などせぬ!」

 

 

追撃の手は決して緩めない。

先ほどの雷撃の速度に匹敵するのではと見間違うほどの瞬歩で、雀部はドリスコールの前に移動する。

今度は、まるで一護の月牙天衝を模したかのような刃の動かし方をし、自身の霊圧と電撃を混ぜた、極大な刃を斬魄刀から放った。

対するドリスコールも、迎撃の構えを見せる。

 

神聖滅矢を出し、自身の現在持ちうる最大の霊力を使って、数百もの矢を同時に放った。

 

 

「これであんたの刃も「甘いぞ。」

(!!)

 

 

既に、雀部はドリスコールの隣に来ていた。

速すぎる。いくら何でも行動速度が並の死神、いや、隊長格をも優に超えているのだ。

 

その隙を縫って、雀部は全身から雷撃の槍を持ちうる力全て使って飛ばし、至近距離でドリスコールに当てた。

 

 

雷撃をまともに受けたドリスコールはそのまま吹っ飛び、近くの建物に直撃し、余波で生まれた風圧だけで周囲の建物が軽く爆発した。

 

 

「ふむ・・・。爆発が起きた以上、説明が必要になってしまうな・・・。」

 

 

余裕を言葉尻に滲ませつつも、決して雀部は油断しない。

理由は簡単。

相手の男に少しでも油断した場合、一瞬で命を取られることを既に理解していたからだ。

今の一連の敵の行動から、相手の男が滅却師であることは長年の経験から簡単に推測出来た。

神聖滅矢、飛廉脚。そして僅かに見えた滅却十字(クインシー・クロス)

これだけの情報から、相手が滅却師であると確証付けるには十分な証拠があった。

 

 

一方、地に墜ちたドリスコールは。

 

 

「くそっ!くそっ!!くそがああああああああ!!!!!!!!もっと殺してやる!もっと殺して強くなって!!」

 

 

「あの副隊長をブチ殺してやる!!!!」

 

 

地に墜ちた自分の情けない姿が信じられず、さらに隊長ではなく副隊長にボコボコにやられるというこの上ない屈辱を味わうことになり、怒りが収まらずにいた。

そして、その宣言をした直後、丁度一般隊士の増援が門付近に集まってきた。

あまりにもいいタイミングに、思わず笑みが零れた。

 

 

「最高だ!!最高だぜ!!このタイミングで雑魚どもが来てくれるなんてよぉ!!!」

 

 

すぐに神聖滅矢を構え、大量の矢を雑兵達に余すことなく打ち込む。

矢が当たり、命を奪っていくにつれて、どんどん力が漲ってくる。

それと同時に、先ほど受けた傷も回復していくのを感じていた。

殺すごとに強くなるその能力は、殺すごとに霊圧を媒介にして自身の傷、霊力を回復することも出来る代物であった。

 

 

体の回復を実感したドリスコールは、再び空中に飛び、副隊長の前に姿を現した。

 

 

(!)

 

 

戻ってきた滅却師の男を見た雀部は、動揺を隠せずにいた。

先ほど負わせた傷が回復しているどころか、()()()()()()()()()()()()()

 

その動揺を見逃さなかったドリスコールは、雀部に匹敵する速度で距離を詰めた。

 

 

「驚いただろう?俺の動きに!!」

「っ!!」

 

 

瞬時に雀部は雷撃で応戦するも、滅却師の耐久力が上昇しているからか、僅かに腕を焦げ付かせることしか出来なかった。

出力を更に上げる必要がある。

そしてその時、腕に謎の文様が浮かび上がっているのを確認した。

 

(あれは・・・身体強化の一種か・・・?)

 

雀部が攻撃した際には、青い文様が体中に浮かび上がっており、逆に滅却師側が攻撃する際には、赤い文様が体中に浮かび上がっているのだ。

ともかく、このような手段を取っていることはチャンスとも言える。

攻撃の隙を縫ってこちらが攻撃をすれば、恐らく致命傷を与えられる。

 

わざわざ防御のために身体強化を行っているならば、攻撃の際防御が弱まることだろうと雀部は短時間で推測する。

 

だが。

 

(敵の行動が速すぎる・・・!)

 

傷の回復と共に全体的な膂力も飛躍的に上昇しており、先回りするには全力の瞬歩を行う必要があるのだ。

雀部も本気を出せば、夜一に引けを取らない瞬歩を展開することが出来るには出来るが、そうした場合どうしても攻撃が弱まってしまう。

 

そして攻撃を弱めた場合、間違いなくこちらが不利に回ってしまう。

西洋剣を構える雀部は、霊力の中心を攻撃に回すしかなかったのだ。

 

剣から放つ幾重もの雷撃の槍は、()()ドリスコールにとって造作もない。

躱せるものはどんどん躱していき、厳しいものは神聖弓矢で打ち払っていく。

 

 

「あんたの動き、遅えなあ!!!」

(!)

 

 

雀部の攻撃の隙を縫って一瞬で距離を詰めたドリスコールは、雀部の頭を鷲掴みにして地面へと投げつけた。雀部が雷撃で叩き落した時よりも威力が大きく、恐らく瀞霊廷中に衝撃音が響き渡っただろう。

投げつけた先では衝撃波で土煙が立ち込めるものの、構わずドリスコールはそのまま最大速度で降りていき、足で踏みつけようとした。

 

しかし気配を感じた雀部はまだ意識を保っており、寸での所で躱し剣から雷撃を放つ。

 

 

「そんなとっさの雷なんてちんけな技、今のおれに通用しねえよ!!」

(!)

 

 

攻撃は最大の防御。静血装を展開せず、むしろ迎撃で相手の攻撃を防ぐ。

あらかじめ準備していた、それも、動血装(ブルート・アルテリエ)を全開にした神聖滅矢を雀部に向けて放ち、何百もの矢が雀部を襲い、掠める、貫通するなどして深手を負ってしまった。

 

 

「ぐっ・・・!はぁっ・・・。はぁっ・・・。」

「おいおい、まだ生きてんのかよ。副隊長の割にはしっかりしてんじゃねえか。」

「ここまでとは・・・。」

 

 

戦闘開始時は終始圧倒していたと言ってもおかしくなかったのに、今の段階では完全にこちらが押されている。

滅却師最終形態(レットシュティール)や、乱装天傀を使っているわけではない。

一体何が起きているのか、雀部には分からなかった。

 

 

「俺の陛下から授かった聖文字(シュリフト)はO。生物を殺せば殺す程強くなんだよ。今日だけで・・・あー・・・100人以上は殺してるな。要するに俺の強さは無限大っつーことだ。危なくなれば雑魚を殺せばいい話だ。」

「陛下とは一体・・・誰だ・・・!それに、滅却師が・・・!何故そのような力を・・・!」

「ちっ喋りすぎたか。」

 

 

あまり死神に手掛かりを残さぬように、とハッシュヴァルトから言われていたため、これ以上喋ることは控える。

そもそも自分の力について説明すること自体かなり危険なのだが、相手が致命傷を負っている時点で結局殺してしまうので問題ないだろう。

 

 

「まあいい。あんたは俺みたいに自分で回復することも出来なさそうだしな。死んだも同然だ。」

「そうか・・・。確かに、()()()()()()私は死ぬだろう。」

「あぁ?」

 

 

違和感を抱くドリスコールを言葉であしらい、雀部は膝立ちでも限界の中気力を振り絞って立ち上がる。

 

 

「だが、元柳斎殿の前に、貴様のような賊を通すわけにはいかぬ・・・!」

「へぇ、それはあんたが死んでもか?」

「貴様のような賊軍を元柳斎殿の前に通すならば、私は死しても構わぬ!!!」

 

 

「卍解!! 『黄煌厳霊離宮(こうこうごんりょうりきゅう)』!!!」

 

 

天高く剣を掲げて雷を空中に放ち、楕円状の金色の霊子が空中に形成される。

そこから上空に一条の雷の帯、地上に向かって十一条の雷の帯が形成された。

 

 

掌の動作を見たと同時に、ドリスコールは飛廉脚を使って一瞬で躱す。

元居た場所は、跡形もなく大穴が空いていた。

 

情報(ダーテン)に無い卍解を見たドリスコールは致命傷を負っている状態での強力さに一瞬恐怖を覚えたものの、決して余裕を崩さない。

 

むしろ、()()()()()()()()()

 

 

今日イチの満面の醜悪な笑みを浮かべたドリスコールは、ポケットからある小道具を取り出す。

 

メダリオン。

 

ドリスコールにとっては指三本で掴めるような小さな道具が、隊長格(卍解持ち)相手に非常に大きな役割を果たす。

 

雀部も滅却師が出したその道具を見て一瞬警戒を強めるものの、時すでに遅し。

 

 

発動したその道具は、雀部から()()()()()()()()()()()()

 

 

「卍解が・・・!奪われた!!!」

 

 

瞬時に状況を理解するも、異常事態に動揺を隠しきれない。

 

その硬直のせいで、次の行動に移すことが出来なかった。

 

 

動血装全開の神聖滅矢への対応が出来ず、再び幾重もの矢で体中を穿たれる。

この時点で、雀部の意識は既に朦朧としていた。

苦しみの言葉も発することが出来ず、矢で体に穴を開けられた状態で体を空中に投げ飛ばされる。

 

 

「じゃ、これで総隊長の許まで送ってってやるぜ!!」

 

 

両手を使って巨大な矢を形成し、空中に打ちあがった雀部に向かって矢を高速で投げつけて直撃し、雀部はそのまま一番隊舎まで磔にされることになってしまった。

 

今回宣戦布告の意味合いでドリスコールは巨大な矢を一番隊舎までわざわざ投げつけたのだが、実際今戦った男が総隊長の部下だと知ったのは、見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)に一度帰ってからのことだった。

 




Wiki等ではドリスコールの神聖滅矢をあの巨大な矢で定義していましたが、本作ではあの巨大な矢は聖文字の力で生み出す別物の矢と解釈し、神聖滅矢はリルトットなど他の滅却師と同様に普通の弓矢にしています。

雀部さん、描写も無く突然あんな瀕死で出てきたので初めて読んだ時はびっくりしました。

それと、今回微妙に時系列をずらしています。
原作では宣戦布告からかなり早いスピードで尸魂界侵攻が始まっており、初めて読んだ時は正直自分で読んでいて訳分からなくなってしまいました。虚圏や現世が夜なのに尸魂界は昼だったりと、多分断界でのズレが加味されているのでしょうが、一護たち現世組がほぼ不眠不休状態に見えてしまったので、最初の尸魂界侵攻までは少々ゆったりした形で進めることにしました。

あと、投稿前にハイリッヒ・プファイルの漢字表記の間違いを発見したため修正したのですが、見落としがあれば誤字報告お願いします。

時差ボケって、この世界でもあるのかな・・・?


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調査

爆発音を感じ取った隼人は仕事を放り出し、射場の静止をも振り切って隊舎を出る。

向こうにある霊圧を始解して読んでみると、雀部の霊圧とそれ以上に濃い滅却師と思われる霊圧を確認した。

黒陵門は七番隊から遠く、自分の瞬歩では増援に恐らく間に合わない。

 

ショートカットのために空間移動を行おうとしたところで、向こうから何かが一番隊の方向に飛んでくるのが僅かながらに見えた。

 

巨大な矢。あんな技を今の護廷十三隊の中で扱う死神はいない。

だとすると、滅却師か。

 

 

「えっ・・・?ちょっと、ちょっとちょっとちょっとちょっと!!」

 

 

その矢は、吸い込まれるかのように、一番隊執務室と思われる場所に入っていき、再び瀞霊廷中に響き渡る鈍い音を立てて壁に突き刺さった。

 

とにかく、矢を撃った滅却師と思われる者の所へ、と思ったが、いくら探してもその霊圧の持ち主は、瀞霊廷の中から発見することは出来なかった。

同時に一番隊舎から流刃若火の業火が広がっていき、一番隊においても何かあったことが窺い知れた。

 

向かった現場は、あまりにも凄惨なものだった。

 

 

200人分いるのではないかと思われる程の死体の山や、焦げ付いた建物の跡、人体が叩き込まれ衝撃で陥没した壁、地面など、僅か数分の間で恐ろしい程ハイレベルな戦闘が行われていた。

生々しい血の臭いに、ほんの少し胸が悪くなる。

一番隊では、丁度雀部の霊圧が消え、命を終えたことが遠くからでも分かった。

 

(あの雀部副隊長が・・・数分の戦闘で殺されるって・・・。)

 

指折りの実力者であり、並の隊長以上の戦闘力を持っていた雀部の死に、戸惑いを隠せない。

九番隊調査部門と、十二番隊の阿近らが来たのに気付くのも僅かに遅れる程だった。

 

 

「何ぼさっとしてんだ。ここに来たからにはしっかり霊圧調査しろ。誉望の方が先に動いてるぞ。」

「ごっごめんなさい阿近さん。」

 

 

頭のゴーグルから伸びたケーブルを死体、焦げ付いた舗装道路、壁に当ててすぐさま調査を始めた九番隊の若い席官を見て、隼人も立ち止まる事なく空気中に未だ漂う霊圧調査を進める。

九番隊の一般隊士もカメラで写真を撮り始めており、足手まといになってはいけない。

 

(二者の霊圧が混じってるけど、霊圧自体の捻れは無い。藍染みたいに感覚に干渉してくるタイプの敵ではないか・・・。)

 

むしろ、力と力のぶつかり合いという正統派の戦いをとことん突き詰めたものか。

 

また、死体を見ると違和感を抱く。己の実力を誇示したかったのか、死体は一箇所にまとめられて山を築いているのだが、

 

 

「外傷の大きさにパターンがあるっスね。」

「やっぱりか。山の土台にある死体の傷と比べると、上に被さっている死体の傷の方が圧倒的に大きい。」

「殺傷力の違いっスか。下の方は多く矢を撃たれた死体が中心的ですが、上に行くにつれて矢が当たる数が少なくなってますね。その代わり、体には大きな穴が開いてますが。」

 

 

数年前に藍染にやられた傷を思い出し、ちょっと胸が苦しくなる。

 

 

「とにかく、十二番隊で詳しい検死してもらった方がいいね。阿近さーん!検死お願いします!」

「おう、今機材持って他のヤツ来るトコだから待ってろ。」

 

 

遠くで何やら機械をいじくっている阿近の返事を聞いた後、隼人は再び空間の霊圧をより詳しく調べ上げる。

 

(霊圧を見た限り、雀部副隊長が終始圧倒されていた訳では無さそう・・・?一応攻撃の痕跡はあるし、雷の焦げ跡もあっちこっちにある。)

 

 

だがそれ以上に、敵の能力が掴めなかった。

炎を操る、水を操る、などの力なら痕跡が残るものだが、敵は一切の痕跡を残していない。

あるとしても、あの巨大な光の矢ぐらいか。

 

 

「阿近さん、遮魂膜に変化ありましたか?」

「何も探知してねえ。」

「敵の力も謎、移動手段も謎。あーこれ完全にやられましたね・・・。」

「雀部副隊長が生きていれば事情訊けたんスけどね。」

 

 

まるで、力が無かったかのように嘲る口調で呟いた誉望にムッとした表情を向けるも、阿近に注意されて押し黙る。

 

 

「・・・って、仕事!本来の仕事放り出しちゃったよ・・・。」

「どうせあっち戻っても副隊長死んだから仕事もクソもねえぞ。だったらこっちで調査してろ。その方が精度が上がるしな。」

「・・・分かりました。」

 

 

十二番隊の調査隊増援が来たところでいよいよ調査も本格化し、九番隊にも混じる形で隼人も現場の調査を粛々と行うことにした。

 

 

 

*****

 

 

 

翌日。

 

午前中に雀部の隊葬が行われることになり各隊隊長・副隊長が参列することになっていたのと、昨日で調査自体は全て終わったため隼人は通常業務へと戻っていた。

 

 

「落ち着き、ないですね。いつものことですが。」

「曽田くん。・・・一言余計だなオイ。」

 

 

昨日の流魂街住民大量失踪や、雀部副隊長の死亡など、色々ありすぎて頭が混乱してしまい、何だか浮足立って落ち着かないのだ。

旅禍侵入当時の感覚を思い出し、嫌な予感が頭中を駆け巡る。

夜も眠れず、勝手に拳西の私室を訪ね、色々話に付き合ってもらった挙句ようやく眠れるようになったのだ。

 

年の大分離れた後輩にも心配される程だ。

苦手なコーヒーを渡されたものの、頑張ってまずい顔をせず飲む。

 

 

「理吉の弟の竜ノ介も、空座町から緊急帰投命令出たらしいですよ。理吉から電話で聞かされてうるさかったですよ。」

「あぁ・・・。君、阿散井くんの舎弟の同期だったか。何か言ってた?」

「死神代行の黒崎一護さんの家にお世話になってたみたいですよ。井上さんが持ってきたパンが美味しかったらしいです。」

「あの子、何しに空座町行ってるの?」

 

 

いつもだったら「いいなー一護くんの家面白そうだし行ってみたいなーー。」ぐらい間抜けなことを口にするのだが、最近色々あって気が滅入っているせいで、やけに静かになっているのだ。

だからこそ後輩皆隼人のことを心配するのだが、中々戻るには時間がかかりそうだ。

 

感情の上下が激しすぎると、対応に困ることもあるのだ。

もちろんそれは隼人も分かっており、空元気を出そうとしたことがあるのだが、下手すぎて狛村と射場に見抜かれてしまったので、そのままに振る舞うことにしている。

 

後輩と喋っていると、懐に入れていた伝令神機が震える。

 

 

「何だ?書簡か・・・。って、射場ちゃんじゃん。隊葬もう終わったのか・・・?」

「射場副隊長からですか?こんな時間に・・・。」

 

 

通知から画面を開くと、隊葬の後そのまま隊首会を開くことになり、午前中、もしくは午後になってもしばらく隊舎に戻ってこれない可能性があるため、伝えといて欲しいとの旨が記されていた。

今回は隊長のみの会議のため、副隊長は全員別室待機らしい。

 

 

「隊葬の後そのまま直で隊首会議って、相当切羽詰まってるな・・・。十二番隊の調査済んでるのか・・・?」

 

 

後輩の隊士も心配そうな顔をしていたが、「気にする事ないから仕事戻んな。飲み物ありがとう。」と言って早々に退散させ、大量に残ったコーヒーはコーヒー好きの別の席官にあげた。

 

 

 

*****

 

 

 

昼休みは、いつも持ってくる弁当も作る気になれず定食屋で一人寂しくご飯を食べることにした。

いつも何だかんだ自分から後輩を誘ったり、気の知れた隊長達を誘う事は多々あるものの、皆隊首会だったら誘っても仕方がない。

 

 

昼飯の鮭定食を食べた後、どうせ伝わっているだろうが、一応連絡のつもりで浦原に電話することにした。

どうせ出てこないだろうと思ったが、今回は四回目の音の後すぐに繋がった。

 

 

「はい、どうかしましたか?」

「あの、浦原さん。聞いてますよね、こっちの事。」

「ええ、勿論。」

 

 

事も無げに言う姿が、不安な隼人にとっては何故か安心できた。

 

 

「珍しいっスね。こんな時間に電話なんて。最近電話無かったんで寂しかったっスよん♪」

「貴方は僕の重い彼女ですか。変なこと言わないで下さい。」

「あれーー?口囃子サン彼女いましたっけ?」

「い・ま・せ・ん・よ!!!例えです!何で昔の隊長の人は何回も何回も・・・!」

 

 

アッハハハ、と高笑いする浦原は、声音から隼人の不安を既に感じ取っており、少し気持ちを和らげた上で会話にとっつきやすくする。

前の藍染との戦いでも、浦原は隼人の不安をひしひしと受け取っていたため、最早拳西並みに対処に慣れ切っている。

 

 

「取り敢えず、こちらの状況を説明しますね。空座町でも虚の数は()()()()()()()()()()()しています。滅却師が虚を倒しているのでしょう。」

「石田くんは・・・?」

「もちろん彼も虚討伐は行っていますが、常識の範囲内っスよ。最近は黒崎サンに任せることが多いですし。彼は何の関係もありません。」

「そうですか・・・。」

「ですが。」

 

 

浦原は悪い意味で気を緩めようとした隼人に釘を刺す。

 

 

「虚圏はどうなっているか分かりません。空座町で虚が大量に滅却師によって倒されている以上、虚圏でも何らかの動きがあるのは当然でしょう。」

「・・・やっぱり、そうですよね・・・。」

「雀部副隊長が亡くなられた以上、もう事態はとんでもない所まで来ています。数日後、大規模な戦闘が起こる可能性を考慮に入れるべきっス。」

「それは・・・、」

「無理っスよ。今から戦闘が起きないようにするなんて。こっちは副隊長の一人奪われているんだ。アタシが総隊長だとしても戦闘準備は行います。このままじゃ護廷の面子丸潰れっスよ?話し合いで済まそうなんて甘い事、考えないで頂きたい。」

「・・・すみません・・・。」

 

 

確かに、甘い気持ちは持っていた。雀部の死を見ても実感が湧かず、虚の大量消失や、流魂街の住民消失も、どこか非現実的で遠い世界のようにしか考えられていない。

 

 

「大丈夫っスよ!口囃子サンは藍染に一人で時間稼ぎ切ったじゃないっスか!だからこれからは、何でも細心の注意を払って下さい。何か命令されたら一回考える。当たり前だと思うことでも鵜呑みにせず一度疑ってみる。そうすればきっと、どう動くべきか、分かる気がしますよ。」

「・・・浦原さんって、気を引き締めさせるのか、励ましているのか、よく分からない時ありますよね。」

「え~~!助言っスよ!せっかく不安で一人シクシク泣いてる口囃子サンを元気だそうとしたのに!」

「え、ええっ。あ、まあ、ともかく、ありがとうございます。」

 

 

鵜呑みにするなと言われたにもかかわらず、浦原の言葉を鵜呑みにしてしまうあたりやっぱりまだまだ人として未熟なのだが、それでも浦原からの言葉はいつも貴重な助言として受け取っているのだ。

一人シクシク泣いてもいないし、そこまで怯えているわけでもないが、一回浦原と喋ったらかなり気持ちは落ち着いた。

 

 

「そろそろ仕事のお時間でしょう?」

「あーはい。まあ隊首会あるのでトップ二人はいませんが、一応取り仕切らないといけませんからね。これでも僕、三席ですよ。隊首会の間だけですが一応隊舎のトップですからね。」

「三日天下ならぬ、三時間天下っスね。」

「もうちょっと短いです。では失礼します。そちらでも何か動きがあったら、平子隊長でも京楽隊長でもいいので、伝えてもらってもいいですか?」

「勿論っス。()()()()()()、ご連絡しますよ。では失礼します。」

 

 

ピッと通話を切ってから、さっきよりは不覚にも安心した気持ちで仕事に臨むことが出来た。

 

 

それから二~三時間後。

隊首会、副隊長会議から戻ってきた二人から、会議内容の報告を受けた。

 



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不和

「―――――以上が、今回の賊軍侵入案件についての顛末報告全文です。」

「ご苦労、阿近。退がって良いヨ。」

「はい。」

 

 

昨日、十二番隊の阿近率いる調査隊、九番隊の誉望万化率いる調査部門、そして、七番隊第三席の口囃子隼人が(たまたま)一同に会して行われた、雀部長次郎忠息と滅却師の戦いに関する現場調査、そして一番隊舎で起きた謎の賊軍からの宣戦布告、それらの顛末に関する詳細を阿近が各隊隊長に向けて報告した。

 

阿近が会議場からいなくなってから、マユリが改めて総括を行う。

 

 

「――――賢明な隊長諸兄には既に判断がついている事と思うが、賊軍の正体は、滅却師だ。」

 

 

隼人を伝って事前に情報を聞かされていた狛村や、拳西、さらにその二人を伝って情報を知った平子やローズなども、納得の表情を見せる。

一方、自ら得た情報から推測していた京楽、卯ノ花、白哉もとりわけ過剰に反応することは無く、他の隊長も阿近が話した情報からおおよその予測は出来ていた。

 

 

「警戒すべきは奴等がどうやら遮魂膜を通過する方法を持っているという事と、雀部副隊長の遺言によれば、どうやら卍解を封じる・・・もしくは無力化する手段を持ってい「もうよい。」

 

 

山本総隊長がマユリの発言を遮ったのに対し、マユリ本人は如何にも不服そうな顔をする。

また、元仮面の軍勢の隊長三名や、さらには京楽も、総隊長の会話の遮断に不信感を抱いた。

 

 

「情報の共有はもう充分であろう。お主に求めるのはその先。」

 

 

「奴等の根城は、何処に在るのか。」

 

 

総隊長からの質問に、マユリは僅かに歯を食いしばる。

 

 

「・・・残念ながら、それはまだ・・・。」

「・・・そうか、ならば此方から攻め入る術も無し。」

 

 

「・・・全隊長に命ず。これより戦の準備にかかれ。賊軍の尖兵は『開戦は五日後』と告げたが、急襲を掛ける奸佞邪智の徒輩の言葉など信ずる可くも無し。直ちに全霊全速で戦備を整えよ!!二度と奴等に先手など取らせてはならぬ!!!」

 

 

その総隊長の宣言で隊首会自体は終わりを告げ、続々と自らの隊舎に戻っていく。

 

 

「涅隊長、さっき山じいが遮っちゃった話の続き、教えてもらってもいいかい?」

「構わないヨ。」

「オレもマユリん話聞いとくわ。敵サンの力、思っとった数倍厄介そうやしなァ。」

「全く、貴様は何時になったら私の事をよそよそしく涅と呼ぶのだ・・・!」

「真子が聞くなら俺達は別に居なくてもいいな。後でメールしてくれ。」

「ボクにも頼むよ。」

「構へんで~。」

 

 

この時から、護廷十三隊の分岐点が始まっているとは、まさか思いもしなかった。

たった一つの情報を知るだけで、大きなリスクを回避できたことに。

 

 

 

*****

 

 

 

一方副隊長達の集会でも、とある議論が進んでいた。

 

 

「賊軍侵入、虚の大量消失は繋がるものだが、十二番隊の報告によれば、失踪について単なる民衆同士の仲違いとされ、未だに失踪が続いているにもかかわらず、早々に調査は打ち切られた。」

 

 

吉良が切り出した問題提起に、居合わせた副隊長全員が耳を傾ける。

 

 

「僕は三つ全てが一つに繋がると考えていて、他にもそう考えていた副隊長もいるだろう。だからこそ、納得がいかない。この中に、五十地区より外側を調査した副隊長は居るか?」

 

 

吉良の質問に対し七緒は、何故今突然?とほんの少し訝しんだが、声を出そうとした所で元気な声が飛んできた。

 

 

「はい!うちとこのつるりんとゆみちーが行ったのが六十四だったよ!」

 

 

やちるの言葉を皮切りに、更に二人の副隊長も反応する。

 

 

「写真が口囃子の伝令神機に送られたわ。」

「俺達んトコの調査部門にも現場の写真が送られてきたぜ。」

「写真、持ってたら見せてもらってもいいですか?」

「おう!待ってろ吉良!んーーと・・・これじゃ!」

 

 

射場が伝令神機をいじって隼人から送ってもらった書簡を見つけ、そこに添付されていた写真を見ると一瞬で吉良の表情が変わる。

 

 

「裸足と草履か・・・!」

(!)

 

 

隠された意味を察した七緒も、驚きを顔に浮かべる。

 

 

流魂街の民の生活水準は、五十地区が大きな境目となる。

それよりも大きな番号の地区では生活水準が急激に低下し、裸足や襤褸衣を纏う民が中心となっているのだ。

 

 

要するに。

六十四地区に草履の足跡があれば、それは()()()()()であることになる。

九番隊調査部門や、七番隊の口囃子隼人の推測が、流魂街の研究を裏付けに証明されたことになる。

 

 

「おどれが考えとったこたぁ、口囃子が電話越しに綾瀬川に話しちょる。じゃけえ報告にゃおかしいと思っとったわ。儂も皆集まった時に話しておきたかったんじゃ。」

 

 

「おどれんとこの隊長は何を隠しておる。涅。」

 

 

副隊長全員の視線が向けられたネムは、一瞬目を瞑った後に少し顔を沈めて答える。

 

 

「・・・分かりません。マユリ様は、その件について私には何の情報もお与えになりませんでしたので。」

「・・・僕はこれを総隊長に報告するよ。」

「・・・お好きになさって下さい。マユリ様が間違った事などなさる筈がありませんから。」

 

 

ネムの発言後すぐ、隊首会が終わった旨を知らせる伝令が地獄蝶で飛ばされ、皆一番隊の会議場に向かう。

 

 

隊首会と同様に、少し後味の悪い形で、副隊長の集会も終わりを告げた。

 

 

 

*****

 

 

 

最終的に、七番隊に二人が戻ってきたのは夕方になった頃だった。

 

 

「お疲れ様です、狛村隊長、射場ちゃん。」

「ああ。隊首会での会議内容をお前にも話す。時間を借りてもいいか?」

「了解しました。すぐに伺います。」

「鉄左衛門には道中で話したが、一応もう一度いてくれ。」

「押忍!」

 

 

一度自分の机周りを整理してから、再び隊首室に伺った際、狛村は少し考え込んでいるように見えたものの、隼人の姿を確認するやすぐにいつもの調子に戻った。

 

 

「隊長、隊首会では一体何を・・・。」

「総隊長からの命令だ。今すぐ戦闘準備にかかり、敵からの先手を許してはならぬという事だ。」

「承りました。では今回も、以前の旅禍侵入と同じように僕は狛村隊長の補助に回りますか。」

「その事についてだが・・・。」

 

 

さっきと同様に考え込む表情を見せたが、どうやら結論を出したらしい。

少し申し訳なさそうな顔をして。

 

 

 

「お前には今回、隊舎に残ってもらう。」

「え・・・?」

 

 

思いもしない発言に、当惑を隠せず言葉が思いつかなくなってしまう。

大きく動揺が表情に出てしまったため、狛村も更に申し訳なさそうな顔をする。

 

 

「済まん・・・。今回隼人と行動を共にする訳にはいかぬ。」

「だ・・・だったら、僕は・・・。」

「隊舎に残り、隊長格の霊圧確認、賊軍・・・あらかじめ言っておくが、滅却師だ。その滅却師らの霊圧調査を貴公には行ってほしい。」

「それは、狛村隊長と一緒にいる上で出来ます。」

「駄目だ。戦場の中心地にいれば、それだけ集中力を調査に費やすことが出来ず、精度が落ちる。それに隼人、お前は破面との戦いから霊圧調査の力を十分に成長させることに成功しているではないか。今のお前の役目は儂の補助ではない。自分で敵の霊圧を調査することではないのか。」

「・・・。」

 

 

確かに、以前の旅禍騒動の時は霊圧調査をすることは出来たが、現在と比べて詳しい調査ではなく、質も低いものだった。

どちらかというと狛村の補助としての方が力を発揮できていたが、現在は逆だ。

狛村の補助ではなく、自分の力で調査する方が力を発揮できる。

狛村はそれをしっかり見越して、隼人に直接の戦闘から外れることを求めたのだ。

 

 

「案ずるな。儂の補助には鉄左衛門を連れて行く。それに半分以上の席官も連れて行くつもりだ。儂の心配をするな。むしろ自分の身を守る心配をして欲しい。多くの席官を連れて行く儂が言うのも何だがな。」

「・・・射場ちゃんが行くなら、僕の必要はないですね。」

 

 

空座決戦での射場の活躍は隼人も聞いていた。

巨大化した破面を始解の力で終始圧倒し、敗北した斑目に喝を入れたとか。

さらに毎日鍛錬を欠かさない射場は、今では副隊長の中でも十分な実力を持っていると他隊からの評価も高い。

 

 

「分かりました。隊舎に残ります。」

「済まんな・・・。貴公がしっかり調査すれば、これからの戦闘に役立つ筈だ。頑張ってくれ。」

「はい!」

 

 

そして、次の話に移る。

 

 

「涅隊長が調査を総括する時に発言していたが・・・。滅却師らは卍解を封印、もしくは無力化する手段を持っているようだ。」

(!!)

 

 

卍解の無力化。想像以上に強力で凶悪な力を持つことに、焦らずにはいられない。

 

 

「じゃあ、卍解を使って戦えないってことですか・・・?」

「何を言う。卍解を無力化・封印するのであれば、それを破る術を探せばいい。それこそが戦いの鍵だ。そのために鉄左衛門を連れて行くつもりだ。」

「・・・?」

 

 

何だろう。何か、違和感がする。

 

 

「今回雀部副隊長を殺す程の敵がいるという事は、卍解を使わずして倒せる敵ではないことは明らかだ。」

「え・・・?」

「まあ、儂の卍解で、封印される前に倒してしまえば、それも問題なかろう。」

 

 

ということは、

 

 

「隊長は・・・これからの戦いで、卍解をするつもりですか・・・?」

「ああ。問題でもあるか。」

 

 

狛村の堂々とした宣言から、嫌な予感はより強くなっていく。

簡単に封印が解けるなら、雀部は死ぬことなど無かった筈だ。

短絡的に卍解する位なら、マユリや浦原の意見をしっかり聞くべき。

 

 

 

「・・・・・・使わないで下さい。」

「何?」

「使わないで下さい・・・。卍解、しないでください・・・!」

「訳の分からないことを言うな。」

 

 

平然としながらも、隼人の言葉に怪訝な様子を見せる。

対する隼人は、狛村が卍解を使うことに強い恐れを抱いていた。

 

 

「駄目です!狛村隊長の卍解は強力です!封印されたら大変なことになります!」

「まだ言うか!」

「言います!言いますとも!!絶対に駄目です!嫌です!!狛村隊長の卍解が封じられるのだけは嫌です!そんな犠牲、隊長が払う必要無いです!!」

「犠牲だと・・・!」

 

 

我慢ならず、狛村は初めて、長年の付き合いの隼人に激昂した。

 

 

「元柳斎殿が全霊全速で準備せよと命じたにもかかわらず、お前は儂の全霊全速の準備を否定するつもりか!!」

「無策で猪突猛進することが全霊全速の準備なんて言えません!!!冷静になって下さい!!」

「儂が卍解を使って封印され、その鍵を解くことで、元柳斎殿が心置きなく卍解出来るようにするためだとまだ分からぬか!!!」

「っ・・・。」

「口囃子・・・。」

 

 

口を詰まらせ、歯を食いしばる隼人に射場は諭す。

 

 

「落ち着け。らしくないぞ。」

「・・・ごめん・・・。隊長、差し出がましいことして、申し訳ございませんでした。」

 

 

隼人の謝罪に対して狛村は一切聞き入れず、目を合わせようともしなかった。

 

 

「失礼しやした。」

「失礼します。」

「・・・。」

 

 

最後の挨拶にも、一切狛村は反応せず、最悪な形で隊首会の報告は終わった。

 

 

「口囃子・・・。どうした。そげな大声出しおって。」

「嫌な予感がするんだって・・・。」

 

 

能力の性質に伴って、隼人は最近勘が鋭くなった。

それも、嫌な予感限定で。

それは、色々と調査に参加し、経験を積んだからかもしれない。

雀部がやられたのも、おそらく卍解に何らかの影響が出て使えなくなったからかもしれない。

 

だったら自分なら、怖くて卍解を使う事が出来ない。

 

それに、雀部の遺体を見たのだが、単純に卍解を封じられたとは思えない傷の重大さであるように感じたのだ。

狛村も同じような目に遭い、深手を負ったらどうすればいいのか。

 

浦原のおかげで和らいだ不安が再燃し、またも押し潰されそうになった。

 

 

「今日は帰れ。」

「でも・・・。」

「今のお前が隊舎に居れば悪影響じゃ。」

「・・・。」

 

 

きつい言い方にまたも怒りが湧き上がるが、一旦頭を冷やさないと余計な対立を生んでしまう。

結局隼人は何も言わず自宅に帰ることにした。

 

 

「・・・済まんのう。言い方きつくして・・・。」

 

 

ため息をついた射場は、初めて隊の雰囲気が悪くなっていることに戸惑いを隠せず、それを忘れようと仕事に打ち込むことにした。

 



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折衷

初めてとも思える程に仕事に行くのが憂鬱だったが、この異常事態に休むもクソも無く、万が一侵攻が始まったら結局駆り出されることに変わりないため、いつも通り仕事に向かう。

 

隼人が出勤したと同時に丁度狛村が五郎の散歩を終えた所で、目が合った瞬間、どうにも気まずい空気が流れる。

 

 

「・・・おはようございます・・・。」

「・・・。」

 

 

昨日の言い合いもあるのでどうせ挨拶も返してもらえないだろう、と考えていたら。

 

 

「・・・隊首室に来い。」

「えっ?」

「二度は言わん。」

 

 

まさかの呼び出しをくらうことになった。

さらに怒られてしまうのだろうか。

ひょっとしたら、七番隊から出ていけ、と言われるかもしれない。

ゴタゴタにさらにゴタゴタを増やしてしまえば、他隊からの印象もかなり悪くなってしまう。

 

などと色々考えつつ隊首室に入ると、予想外の言葉を狛村は紡ぎ出した。

 

 

「・・・昨日は、済まなかった。」

「・・・え?」

「雀部副隊長の死を聞いてから、儂はどうも頭に血が上り、柔軟な考えを出来なくなっていたのだ・・・。貴公の話をまともに取り合わず、あのように怒鳴りつけてしまい、本当に申し訳ない。」

「えっ、ちょっと、隊長?そんな、頭下げないで下さい!」

 

 

これまたいつもの狛村らしくない。部下の自分に頭を下げるなど、80年一緒に仕事してきて初めてだ。

 

 

「儂も自室で再び考えてみたのだが、卍解の封印をされた場合、封印を解く鍵を見つける確証が無いことに気付いたのだ。雀部副隊長が同様のことをしたとすれば、あの方は見つけることが出来なかった。ならば、儂が封印を解く鍵を見つけるなど出来る筈がない。」

「隊長・・・。」

「無策で猪突猛進、貴公の言う通りだ。それこそ元柳斎殿に迷惑を掛けてしまうことに、何故あの時儂は気付けなんだが。」

 

 

自嘲気味に呟く狛村に対し、隼人は戸惑ってしまったのだが、どんな形であれ狛村との関係はこれ以上悪くならずに済みそうだ。

 

 

「僕も、あの時あんなに叫んでしまって、申し訳ございませんでした。」

「儂の卍解が封印されることを、ここまで心配してくれるとはな。」

「あのっ、それで昨日考えたんですが、涅隊長の調査結果を待つべきではないでしょうか。」

「涅隊長の・・・?」

 

 

隼人も昨日の夜改めて卍解の使用について考えてみたのだが、滅却師らがこのまま卍解を使わずに勝てる相手だとは思えない。

それなら、恐らく現在も色々調査しているマユリが出すであろう、卍解の封印に関する調査結果を待つべきではないか。

 

マユリ程の頭脳であれば、恐らく今日か明日には結論を出してくれるだろう。

結論が出たら卍解の使用可否を決める。ひょっとしたら侵攻前に結論が出るかもしれない。

 

勿論その結論から卍解の使用が危険であれば、使わずに戦うしかない。

また、万が一命に危険な状態ともなれば、起死回生の策として卍解を使い、瞬間的に相手を倒すことも考えられる。

 

お互いの意見を何とか折り合わせた隼人の考えを、狛村はすぐに受け入れた。

 

 

「いい案だ。乗らせてもらうぞ。だが、万が一の場合は儂も卍解を使う。いいな。」

「隊長の判断にお任せします。戦うのは隊長自身ですから。」

「・・・ありがとう。やはり儂は、貴公の補助に助けられてばかりだ。」

「めっ滅相もございません・・・。」

 

 

気恥ずかしさと嬉しさが綯い交ぜになったような表情で、隼人は言葉尻を弱くしつつ狛村の言葉に答えた。

 

いつも通りの様子になった隼人を見た射場も、心から安心した様子だった。

 

 

 

*****

 

 

 

「あたしこれいーらない!キャンディにあげるわ。」

「はぁ?」

 

 

見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)

 

現在出撃準備の真っ只中であるのだが、この一角だけは状況とは真逆な非常に締まりのない空間と化していた。

 

ドリスコール・ベルチが雀部の卍解を見た瞬間、意気揚々と取り出した道具に対し、彼女達は押し付け合いにも似た真似をしていたのだ。

 

 

「最初に欲しいって言ったのバンビでしょ?」

 

 

緑髪の女性滅却師・キャンディス・キャットニップが呆れた顔で言葉を発する。

 

 

「だって、どうせならあたしの能力で死神共を殺したいし。他人の力で殺すのとか性に合わないのよね。」

 

 

勝気な振る舞いでワガママな口ぶりを見せるのは、黒髪ロングの女性滅却師・バンビエッタ・バスターバイン。

 

 

「別にキャンディじゃなくてもいいわよ。リルでもミニーでもジジでも。」

「オレ今回出ねえよ。」

「ボクもだよーーーッ。」

「右に同じですぅ。」

「はぁっ!?」

 

 

リルトット・ランパート、ジゼル・ジュエル、ミニーニャ・マカロン、()()()()()滅却師がバンビエッタの声に適当に応答する。

てっきり五人全員出る、というか幹部全員出るものだと思っていたバンビエッタは、完全に寝耳に水だ。

 

 

「あんた達出ないって、聞いてないんだけど!」

「他にもリジェとかペルニダとかも出ねえぞ。何だよ知らなかったのかよ。」

「何でリーダーのあたしに報告しないのよっ!信じられない!」

 

 

勝手にバンビーズという集団を作り、勝手にリーダーぶっているバンビエッタの空回りが見ていられないのだが、軽んじられていることに全くもって自覚が無いため、どうしようもない。

自分が知らなかったことを他のメンバーに責任転嫁するあたり、信頼度の底が知れる。

 

 

「でもまあ、今回はいいわ。あたし優しいから許してあげる。」

「さっすがバンビちゃん。」

「で?そのメダリオン結局どうすんだよ。あたしが持ってていいのかよ?」

「あんたが持ってなさい。そもそも、完聖体(フォルシュテンディッヒ)使えなくなるとか意味無いし。対戦相手が卍解使えなかったら持ってるだけムダじゃない。」

「でも、卍解奪えるのは、それはそれでいいと思うの・・・。」

 

 

ミニーニャの発言にちょっと揺らいだものの、つまらない卍解だったら嫌、という理由で結局バンビエッタはキャンディにメダリオンを渡し、自らは完聖体(フォルシュテンディッヒ)を使って戦うことを決めた。

 

基本的に、メダリオンを持つか持たないかは、星十字騎士団(シュテルンリッター)各自の判断で任されていた。

忠誠心の高い団員は、陛下から賜った、それだけでメダリオンを持つ理由が出来てしまう。

エス・ノトや、BG9等、陛下を恐れる者もメダリオンを手にしている。

 

一方で、バンビエッタのように自分の力で戦いたいと考えている滅却師も一定数いるのだ。

自分の力に自信がある場合は、敢えてメダリオンを持たずに死神を殺そうと考えている。

そこには、死神の卍解よりも自分達の完聖体(フォルシュテンディッヒ)の方が強いという自負もあった。

 

最初はメダリオンを持っていたバンビエッタも、自分の信念を貫きキャンディにメダリオンを押し付けた(渡した)

ロバート・アキュトロンや、アスキン・ナックルヴァール等も、今回の侵攻でメダリオンを手にしていない。

尤も、ナックルヴァールに関しては他の者とは別で何らかの意図があるだろう、とリルトットは踏んでいた。

 

 

「ってゆーか、何時になったら尸魂界に侵攻するのよ!あーーーなんかタマってきたわ!ちょっと外出てくるからあんた達も一回出てって!」

「・・・またあの悪い癖が始まったよ。」

「この一瞬でタマるとかとんだクソビッチだな。」

「キャンディちゃんがつまめる部下のコいなくなっちゃうよーーーッ!」

「はあ!?」

 

 

やいのやいの騒いでいたが一応リーダーの指示に従って四人とも出て行き、行き場の無くなった四人は適当に情報室(ダーテン・ツィマー)に入って敵の情報を探ることにした。

 

 

「そういや何でリルは今回出るの止めたの?リルが止めるならってボクもミニーも止めたけどさっ。」

「情報見たら死神の中に厄介な奴がいてな。」

 

 

そのリルトットの発言に対し、この中で唯一第一次侵攻に参加するキャンディは、げっと嫌な顔をする。

 

 

「えっちょっと、あたし囮!?」

「心配すんな。お前にはそいつの情報伝えるから、絶対そいつとは当たらねえようにしろ。当たったらすぐに距離を取れ。まぁ、意味無えかもな。」

「リルがそう言うならそうするよ。で、そいつの力は何?」

 

 

誰もバンビエッタの名前をここで出さないあたり、完全にどうでもいい存在と化している。最早あの滅却師は生きてようが死んでようが構わないのだろうか。

タブレットを操作して目的の画面を表示した瞬間、ジゼルは両手を頬に当てて首を横に振り、「うわぁ~~~!」と恐ろしそうな声を上げる。

 

 

「お前まともに読んでねえだろ。」

「ばれちった。テヘッ☆」

「でも、確かに厄介だと思うの・・・。」

「これって、最悪()()()()()()()()()()()()()()()じゃないの?」

「分かんねえから直接当たるなっつってんだよ。こいつの情報には確定要素が少なすぎるんだ。」

 

 

未確定要素が多い敵と戦いたいなど、滅却師側なら戦闘狂でもない限り誰もそう考えないだろう。

勿論敢えて情報収集をせず、行き当たりばったりで遭遇した敵と戦うことを愉しむ滅却師もいるだろうが、情報が無いことで足元を掬われては本末転倒だ。

それを避けるためにも、リルトットは足繁くこの部屋に通って敵の情報収集を欠かさずにしていたのだ。

 

 

「ちっ。特記戦力だけじゃなく、それ以外にも厄介な力持ってる奴いるとはな。簡単にはいかなそうだな・・・。」

 

 

その言葉を最後に、ビーーッ!ビーーッ!と室内中に音が鳴り響く。

 

“陛下より星十字騎士団に王命。5つの特記戦力の内の1つ、黒崎一護が虚圏にて我が軍との戦闘に入った。侵攻に出撃する者は全名、即時装備を整え太陽の門へ集結せよ。”

 

 

「時間か。」

「気を付けて欲しいの・・・。」

「あたしが死神共に遅れとるかっての!」

「キャンディちゃん、行ってらっしゃーーーーーい!」

 

 

バンビエッタはさておき、この四人はお互いに背中を預けられる希少な存在だと互いを認識しているので、キャンディ一人が行くとなったら何だかんだ身を案じている。

 

ジゼルに手を振られつつ見送られ、キャンディが太陽の門に向かっていると、ナックルヴァールと出くわした。ナックルヴァールも、リルトット同様に情報室にいる所を何度も見たことがあったので、それなりに話す仲にはなっていた。

 

 

「いやさっきよォ、バンビと喋ってたら、相手が動けないなら首絞めればいいって言われてマジでヒイちゃったぜ・・・。」

「しょうがねえよ、あいつバカだからさ。多分あんたとは相容れないだろうね。」

「・・・五人でいること多いし、仲良いって思ってたんだけど、あれっ?」

「色々あるよ。あんたにゃ分からないだろうけど。」

 

 

その後もずっとナックルヴァールは何度も首をかしげて考えているフリをしていたが、特別キャンディがツッコむ訳でもないので普通に戻る。

 

 

「あんたも情報室よく居たけどさぁ、何調べてたの?」

「リルと同じだよ。特記戦力以外に厄介な力持つ奴調べてたぜ。」

「へー。誰かいたの?」

「ああ、まず―――――――」

 

 

 

*****

 

 

 

前回滅却師は門付近で制圧を行ったので、今回戦闘配備を行う上では、門の周りを中心に軍備を厚くする方針を立てた。

一般隊士の多くは門の方へ向かい、いつ敵が攻めてきても備えられるようにしている。

宣戦布告時、五日後とは言われたが、そんなのをアテにしてはいけない。

 

隊長格は未だ隊舎で待機しているが、一般隊士以上に張り詰めた思いで待ち構えている。

むしろ待ち構えることしか出来なかった。

 

 

「敵の居場所、どこか分かればいいんだけどな・・・。」

「どうしようもないじゃろう。調査して掴めなかったけえ、待ち構えるしかない。おどれもいつでも始解出来るようにしとけ。」

「うん。」

 

 

七番隊の多くの一般隊士は門の守備に向かっており、多くの席官は狛村と射場に同行する手筈となっている。

隊舎に残るのは、隼人の他にほんの僅かな一般隊士だけだ。

そのため、今の七番隊はかなりがらんとしていた。

それだけで、普段とは違う異質な空間が形成されている。

 

 

「射場ちゃんも、あんまり熱くなりすぎないようにね。昨日の僕みたいになったら大変だよ。」

「分かっとるわ!隊長と口囃子の関係が改善されんかったら儂ゃどうしようか思うたぞ!」

「心配かけてごめんってば。今度何か――――」

 

 

言葉を続けようとしたが、外から異常な程の地響きが鳴り響いた。

 




個人的に、ジジの声は脳内ボイスで松本まりか様になっています。ジジの普段のあざとさと正体の二面性から、まりか様しか考えられなくなってしまいました。
リル、ミニー、ジジの声は誰になるんでしょうね。どんな人でも楽しみです。

また、wikiなどでは星十字騎士団全員がメダリオンを持っていると記述されてましたが、本作では一部の滅却師だけが持っている状態にしています。キャラ的に皆持ってるのがちょっと違和感というか不思議に感じたのと、完聖体が使えないデメリットは大きすぎる気がします。ナックルヴァールみたいな自分のフィールドに持っていきたい滅却師は、卍解を奪うという小狡い真似よりかは自分の力で安全に殺すことを選びそうに思いました。バンビちゃんなんか、卍解奪うより完聖体の方が圧倒的に強いし・・・。


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対峙

ドドォ!!!という地響きと共に隊舎内の襖を開けて外を見た隼人は目を丸くする。

恐らく他の隊士達も同じであろう。

 

 

「何だよ、これ・・・!」

 

 

一緒に来た射場、後から来た狛村も驚愕している。

 

 

「一体全体、どうなっているんだよ!!!」

 

 

得体の知れない光のような物が至る所で天高くまで上がっており、その場にあった建物を貫いていることが見て取れる。

隊舎の真下ならば死んでいた。

 

 

「隼人!今すぐ始解して隊長格の霊圧を確認しろ!」

「了解しました!」

「確認次第賊軍の霊圧調査を始めてくれ!鉄左衛門!行くぞ!!」

「押忍!!!」

 

 

狛村と射場はすぐに隊舎で待機していた残りの席官、隊士全員を集め、隊舎に残る隊士数名以外全員を連れて七番隊舎を出た。

 

 

「隊長!」

「・・・行ってくるよ、七緒ちゃん。」

 

「隊長!俺達はどうしますか!」

「別行動だ!修兵はあっちの火柱に行け!」

「了解しました!」

 

「おい朽木!」

「どこ行くの!副隊長!」

「火柱の根元へ!恐らくあの下に敵軍の幹部格がいる筈です!」

 

 

各隊が同時に行動するものの、突然の急襲に足並みが乱れる所も出てしまう。

一先ず隊長格は火柱の根元、火柱のあった場所に一目散に向かい、敵の動きを読むことにする。

 

狛村からの指示を受けた隼人は、真っ先に隊舎の最奥地である七番隊隊首室に入って、室内からかけられる結界をいくつかかけて人払いを行う。

これで、滅却師だけでなく、狛村と射場を除いた死神全員から無意識のうちに七番隊舎の存在を消した。

 

また、隊舎に最低限の障壁をかけて残った一般隊士の保護も行う。

まさか補助中心の自分をわざわざ狙ってくるとは考えてもいないが、藍染と戦ったこともあるので目をつけられるかもしれない。

その場合は問答無用で逃走を図るつもりだ。

隊士達とも打ち合わせはしてある。

 

自分の姿を霊覚で視認されないように、最初の準備を綿密に行ってから、始解をして隊長格の霊圧の確認を始めた。

 

 

だが。

 

 

既に、三番隊副隊長・吉良イヅル、十一番隊第三席・斑目一角の霊圧が消えていた。

 

 

「こっこの2、3分で一気に隊長格二人!?」

 

 

想定外すぎる事態に、一人でいるにもかかわらず声が出てしまった。

 

 

 

*****

 

 

 

「不意打ちとは陋劣!始解しろ!奴を逃すな!!」

「「はっ!!」」

 

 

吉良の部下の席官達が始解で応戦しようとしたが、火柱から出てきた滅却師によって脇の二人は頭を潰され、中央にいた席官の男は蹴打で頭を原型無く潰されてしまった。

 

 

「ひっ・・・ひいいいい!!!!」

 

 

 

 

 

「来るぞ!!手前ら!かかれぇぇ!!!!」

「うおおおおお!!!」

「ごがぁっ!」

(!!)

 

 

その啖呵もむなしく、滅却師からの攻撃は無慈悲にも襲い掛かる。

火柱の中から放たれた高速の巨大な矢は先頭で大声を上げた斑目の身体に突き刺さり、一瞬で壁に縫いとめられてしまった。

 

それは、雀部長次郎忠息を貫いた巨大な矢と全く同じ物だった。

 

 

吉良とその部下を殺した男がフードを外して呟く。

 

 

「・・・悪りーな。皆殺しって命令なんだわ。」

 

 

滅却師らの悍ましい蹂躙劇が、遂に幕を開けてしまった。

 

 

 

斑目一角の霊圧は確かに一瞬完全に消えたが、その後ほんの僅かに残っていることを隼人は確認する。

だが、このままではいつ死んでもおかしくない。

 

そしてそれは、珍しく別行動を取っていた弓親もすぐに気付いていた。

 

 

「一角!!!」

 

 

霊圧を辿って向かうと、矢ごと壁に縫い付けられた斑目の周りには、席官含め70名程の十一番隊隊士が皆血を流して倒れている。

全滅だった。

 

(この一瞬で・・・全滅・・・!?)

 

 

僅か3分程の出来事だ。矢を藤孔雀で斬りつけて破壊し、斑目を下ろすも既に虫の息。

あまりにも無慈悲な滅却師の行いに、弓親は我を忘れて斑目を四番隊へと運ぶことにした。

 

力の差がありすぎる。三席がこのザマなら、他の隊長格も苦戦するかもしれない。

嫌な汗が止まらなかった。

 

 

霊圧消失の情報は、十二番隊の許にも届いていた。

 

 

「三番隊吉良副隊長の霊圧消失!同隊席官三名も消失!十一番隊第三席・斑目一角の霊圧消失!同隊74名の霊圧も同時に消失!」

 

 

侵入から7分が経過したが、これだけで1000名以上の戦死者が出ている。

これは、霊圧消失者を含めておらず、純粋に死亡が確認された隊士の数だ。

もっと多くの隊士が死亡していると見るべきだろう。

 

 

「予想以上の速さだネ。」

「隊長・・・!」

「悠長なことは言ってられないヨ。たった19名の滅却師相手にここまでやられるのは私にとっても想定外だがネ。」

 

 

平静を装うマユリだが、想像以上の敵の力に僅かに歯を食いしばる様子も見られた。

 

 

勿論こちらも負けてない部分はある。

更木剣八が遭遇したジェローム・ギズバッドは、先の完現術者との戦い並の速さであっという間に倒されてしまった。

 

 

だが、それだけしか死神側の攻勢は見られなかった。

 

 

 

 

 

「仲間同士で粗の探し合いかい。アートじゃないね。」

 

 

部下の霊圧が消えたことを通信で知らされたローズは、いつになく沈んだ表情に、怒りも込められていた。

 

 

「・・・イヅルを見てるとボクのインスピレーションが執拗に刺激されるんだよね。彼の近くでギターを握るだけで、メロディが涙のように溢れてくる。イヅルがいなくなったらボクもボクのフライングVも悲しむよ。」

「悪いな。アートの話はまるで分からん。」

 

 

ローズの発言を対峙する滅却師・ナナナ・ナジャークープは一蹴する。

 

 

「だが、安心しろ。お前もお前のナントカVって奴も、泣く時なんか永遠に来ねえ。」

 

「お前はこれから5分で死ぬんだからな。」

 

 

左手を広げたナジャークープに対し、ローズは抜刀した斬魄刀を構える。

 

 

「どうやらホントにアートじゃないね。これだけの部下の死を前にして、泣かないギターがあるものか。」

 

「ボクもギターも既に泣いている。生きて帰れると思うなよ、滅却師。」

 

 

ローズの瞬歩から二人の戦いは始まる。

 

 

 

 

 

「八番隊隊長・京楽春水か。」

「ボクの名を知ってくれてるなんてね。だったらそちらも名乗ることが流儀なんじゃないの?」

「星十字騎士団N ロバート・アキュトロンだ。」

「そりゃどうも。このまま何もせず帰ってくれる・・・なんて、都合がいいか。」

 

 

目の前に立つ男は、どちらかというと理解がありそうなタイプに見えたので、ほんの少し時間を稼ぐ。

 

 

「少し・・・喋らないかい?」

「・・・構わない。有益な会話を望む。」

 

 

「有益さ。少なくとも、お互いにね。」

 

 

笠の端をつまみ上げた京楽は、滅却師の顔を見てニンマリとほんの僅かに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「バーナーフィンガー 2!!」

(!)

 

 

The Heatの力を操る滅却師・バズビーの放つ炎を、浮竹はそのまま吸収し、わずかに変化させて反射させる。

 

 

「ちっ。俺の炎全部吸収して反射するたァな。破面との戦いの時の実力は伊達じゃねえって事か。」

「お前達は俺達の以前の戦いの時の情報を持っているのか。・・・厄介だ。」

「あぁそうだぜ!俺達にはテメェらの情報が山のようにある!だがテメェらに俺達の情報は無え!!」

 

「最初っからこの戦いの勝負はついてんだよ!バーナーフィンガー 3!」

(!!)

 

 

三本の指から生み出された炎が建物、土を溶かして溶岩に変えて、浮竹へと襲い掛かる。

 

 

 

 

 

「隊長!あたし達って直接は戦わないんですよね?」

「済まんなァ桃。オレの力は一対一やとあんま向いてへんさかい、こんな中途半端な役任せて。」

「いえっ、大丈夫です!」

 

 

平子の始解の逆撫は、端的に言えば視覚情報の攪乱だ。

訓練を重ねて聴覚も逆さに出来るようになり、より混乱させられるようになったのだが、この力で相手を攻撃することは出来ず、雛森の始解では主たる攻撃力としてパンチに欠けてしまうため、他の隊長のように直接戦闘を行うようなことはしない。

 

戦場の攪乱。

 

突然現れては敵の正しい視覚情報を怪盗のように盗み取り、乱した状態で去って行く。

匂いを鼻で感じ取っている間しか有効ではないのがネックなのだが、少しでも敵の動きが止まると死神側にとってもやりやすい。

平子の斬魄刀から放たれた匂いは、実際に滅却師にも有効であり、更木剣八が倒した滅却師は平子の力で身動きが取れなくなったため、格好の的にされた。

 

 

「更木の力がありゃ、オレの力なんて要らんかったかもな・・・。」

 

 

空中を闊歩しているとローズがまさに戦闘を行っている所を見つけたため、再び匂いでの攪乱を始めようとした。

 

 

 

 

 

「あれーー!一応あたしんトコにも火柱出てたのに何で誰もいねえんだよ・・・。」

「私がいるぞ。」

(!)

 

 

声のした方に手から雷撃を飛ばすも、氷で打ち消されてしまう。

 

 

「私以外の隊士達は、全員別の敵の所に移動させた所だ。」

「はぁ?何その自信。アンタは・・・。あぁ、朽木ルキアか。藍染の策略でまんまと殺されかけたガキじゃん。」

「私を知ってるのか・・・!」

 

 

全部リルトットから聞いた情報なのでそこまで詳しくないのだが、特記戦力の黒崎一護との関わりの深い人物として、キャンディスは教えられていたのだ。

 

 

「つーかあんた、一人でノコノコ来て大丈夫かよ?副隊長だろ。」

「先ほどの雷を私の袖白雪で防げた以上、相手としては同等の力ではないか?」

「なっ・・・!ムカつく!ぶっ殺してやる!!」

(!)

 

 

副隊長、それも一年前に昇進した死神に対して同じ実力と言われたキャンディスは、リルトットに「焦んなビッチ。」と言われそうな怒り方をしつつ特攻をかけた。

 

 

 

 

 

「ほう、偉大なるこのヒーローの前に現れた悪党は貴様か。」

「何だコイツ?レスラーかよ。こんな奴も滅却師にはいたんだな・・・。」

 

 

拳西を指さしたのは、レスラーマスクを被った滅却師の、マスク・ド・マスキュリン。

 

 

「ミスター!頑張って下さーーい!!」

「ああ!ジェイムズ!こんな小悪党に遅れは取らん!10カウントで倒してやろう!」

「ちっ。ナメた口利きやがって。こんな奴にやられてちゃ、あいつにバカにされちまうぜ・・・!」

 

 

拳西の言葉を待つまでもなく、マスクはスター・ラリアットを決めこもうとしたが、現世で身に付けた格闘技の動きを使って瞬時に見切る。

 

(!)

 

 

「遅れなんか取らねえよ。先手を取ってやる。」

「・・・ほう。面白い()()だ。」

 

 

ニヤリと口角を上げたマスクは、飛廉脚を使って再び踏み込んだ。

 

 

 

 

 

「やあああっ!!!」

 

 

サーベルを使って並み居る雑魚を一刀両断するバンビエッタは、さっきのタマった気持ちを消化できたこともあり、今現在非常にテンションが高かったのだが。

 

突然横から伸びた巨大な獣の手によって、その腕の動きを止められることになってしまう。

 

 

「こんな少女までもが賊軍の戦士なのか・・・!」

「こんなワンちゃんまで隊長やってんの?尸魂界って、ズイブン人手不足なんだね!」

 

 

強引に狛村の腕をほどきサーベルで斬りつけようとしたが、腕にはめた装甲で簡単に防がれてしまう。

 

 

(!)

「貴公の刀如きで、儂の腕を斬れると思うな!」

「ちょっと頑丈なだけで大見得きらないでくれる!?」

 

 

狛村がサーベルを弾き右腕で体を掴もうとするも、大きく距離を取られてしまう。

しかし、バンビエッタが移動した先には、射場が控えていた。

 

 

「二対一とかセッコ!!」

「小狡い真似したんはお前らが先じゃろうが!!」

 

 

廃炎を放つも躱されてしまい、互いに距離をとって着地する。

 

 

「隊長・・・。」

「十分だ。鉄左衛門。隼人と同じように補助してくれて感謝する。」

「押忍!!」

 

 

返事と共に射場は、瞬歩でバンビエッタに詰め寄り、狛村は始解して遠くから圧倒的物量で猛攻をかけ始めた。

 

 

 

 

 

二番隊の二人は中国系滅却師・蒼都(ツァン・トゥ)と、六番隊の二人は黒髪さらさらワンレン長髪の滅却師・エス・ノトと。

別行動をとった九番隊副隊長・檜佐木修兵は、黒い毛先をもった滅却師・ベレニケ・ガブリエリと。

十番隊の二人は機械人形のBG9(ベー・ゲー・ノイン)と対峙する。

 

舞台に立った死神と滅却師の死闘が、続々と始まっていった。

 




対戦表としてまとめさせて頂きます。
二番隊VS蒼都
ローズVSナジャークープ
六番隊VSエス・ノト
七番隊VSバンビちゃん
京楽VSロバート
拳西VSマスク
修兵VSベレニケ
十番隊VSBG9
浮竹VSバズビー
ルキアVSキャンディス

こちらがメインの戦闘になります。原作準拠もあれば、原作とは違う対戦カードもあります。

平子は時折現れ、更木剣八はどっかで無双してます。
最後の総隊長ももちろん出てきます。

また、最初にここで書いておきますが今回各対戦カードの戦闘を書いていく上で、どうしても時系列の問題にブチ当たってしまいました。

少々複雑ですが、序盤に描かれる戦闘は基本的に総隊長出陣前の物が中心となります。
総隊長の戦いを一つの目印として書いていこうと考えています。

そのため、総隊長出陣前に決着がつく戦いをいくつか、総隊長戦後に決着がつく戦いをいくつか、という体裁を取っています。

どうしてもわかりづらくなりそうなので、疑問点や気になる点があれば気兼ねなくご質問下さい。自分でも書いていて間違いがあれば、その都度訂正します。


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Robert Accutrone

「・・・恋次。私の卍解が封じられたら、兄の卍解で倒せ。」

「隊長・・・!」

 

 

白哉から事前に雀部からの遺言を聞かされていた恋次は、矛盾している白哉の発言に驚きを隠せない。

そんな事をすれば本末転倒ではないか。

それを進言しようとするも、再び白哉に遮られる。

 

 

「そうだとしてもだ。この卑劣の輩は卍解を使わずして倒せる相手ではない。その位のことは分かっている筈だ。」

 

 

 

また別の場所では、あわあわしながら焦る大前田を叱る砕蜂がいた。

 

 

「ですが隊長!俺は卍解使えないのに、どうすればいいんすか!」

「騒ぐな大前田。それならば私の卍解が如何にして封じられたかを見ておけ。第三者からの目が必要だ。封印を破る術を私と貴様で見つけ出せばいい。癪な話だが、お前と私が共に戦って、封印を破る方法を見つければいいのだ。」

「隊長・・・。」

 

 

五月頭では、目の前の滅却師相手に戦力として物足りないことは重々承知しているのだが、それでもそこまで言われたからには、大前田も戦うしかないのだ。

 

 

 

また別の場所では、甲冑を着込んだ不気味な滅却師相手に、十番隊隊長・日番谷冬獅郎が余裕の表情を見せる。

 

 

「まあ、大丈夫だろう。封印されるより早く、滅却師共を殺してしまえば、何の問題も無い筈だぜ!」

「了解しました!頼みますよ、隊長!」

「ああ、分かった。」

 

 

三者は卍解の封印という恐怖をひしひしと感じつつ、覚悟を決める。

 

 

「「「――――卍解」」」

 

千本桜(せんぼんざくら)景巌(かげよし)

雀蜂(じゃくほう)雷公鞭(らいこうべん)!!!」

大紅蓮(だいぐれん)氷輪丸(ひょうりんまる)!!!」

 

 

その卍解の様子をみた三人の滅却師は、ドリスコール、そして一護と戦った破面と同じ道具を懐から取り出す。

 

卍解の前に翳した途端、黒い光がメダリオンから裂けて出現し、隊長の周りを囲い込む。

 

その光に吸い取られるように。

 

 

 

 

三名の卍解は所有者の手から離れていき、光と共にメダリオンの中に吸い込まれてしまった。

 

 

「―――――これは・・・封印ではない・・・!!」

 

 

「「「卍解を、奪われた・・・!!!!!」」」

 

 

三者同時に驚愕の表情を浮かべ、同伴していた副隊長も全員、開いた口が塞がらない。

 

 

「・・・何してる、松本・・・!!」

「天挺空羅だ!!早くしろ!!!卍解できる奴全員に伝えるんだ!!絶対に卍解を使うな!!奴等に奪われる!!」

 

 

即座に松本が天挺空羅を発動して隊長全員に件の危険性を伝える。

 

 

「奪われた・・・!?そんな!」

「何だと!!!やはり隼人の意見を聞いて正解だったと見るべきか・・・。」

「隊長、これじゃあ・・・。」

「ああ。」

 

 

「卍解を使わずして、戦うしかない・・・!」

「ッ・・・!!」

 

 

通信を聞いたローズ、七番隊は驚愕、諦めの言葉を呟く。

 

 

「――――――・・・・・・、」

「何を・・・してんねんボケがァ・・・ッ!!!」

「ちっ・・・馬鹿が・・・!!!」

 

 

驚きと呆れで何の言葉も出ない浮竹とは対照的に、平子と拳西はみすみす卍解を奪われた三人の隊長格に怒りの言葉をぶつける。

 

 

「霊圧を見る限り・・・二、六、十番隊の卍解が奪われたのですね・・・。」

「馬鹿がッ!!!何故こちらの解析が済むまで待てなかった!!信じられん馬鹿共だヨ!!!」

 

 

苦しい表情を浮かべる卯ノ花とも対照的に、マユリは自らの出す情報を聞きもしないどころか、考えもしなかった隊長格の大失態に、途轍もない程の怒りを浮かべた。

 

やはり、マユリからの情報を直接聞いた京楽や平子、それを又聞きした数名の隊長格は、卍解の封印を最大限に警戒し、卍解することを止めた。

同じように、情報を聞いていなくとも度々マユリの下で働いてきた隼人がマユリの発言を重要視し、警戒したおかげで卍解を避けた狛村も、奪われることなく済んだ。

 

卍解を奪われた三名の隊長格は、更に大きな影響を受ける。

 

 

「大紅蓮氷輪丸。有意義なデータとして受け取った。」

((!))

 

 

BG9の背中に氷の翼が生み出され、腕を振るうと同時に巨大な龍が日番谷に襲い掛かる。

鍛錬を重ねた卍解は藍染との戦いの時よりも高い質となり、攻撃力も段違い。

だが、その卍解が自らに襲い掛かって来たとしたら。

 

 

「隊長!!」

(!!)

 

 

動揺して松本の声すら頭に入らなかった日番谷は寸での所で氷輪丸の力を引き出すが。

 

 

「始解も上手く操作出来ねえ・・・!破道の七十三! 双蓮蒼火墜!」

(・・・!)

 

 

日番谷は単純に卍解の喪失によって始解にも影響を及ぼしていると考えていたのだが、隣にいた松本は今までの長い死神としての経験からより危険な別の推測をしていた。

 

霊圧、霊力など、日番谷が振るう力全てが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

日番谷が振るう氷輪丸の氷は彼が席官をしていた頃以上に脆く、手数で何とか防いでいるもののいずれ耐えられなくなるのは、長年日番谷を見てきた松本には目に見えていた。

 

 

「灰猫!!」

 

 

だからこそ、松本は上官の指示を受けずに日番谷の補助に回らざるをえなかった。

 

 

 

 

 

そして、天挺空羅を直接受信していなくとも、今の霊圧の動きから卍解の奪略が行われたことは、隊長格の霊圧を確認していた隼人に筒抜けであった。

 

不謹慎だが、狛村の卍解が奪われなかったことに安心してしまった。

二、六、十番隊の卍解を犠牲に、狛村の卍解は守られたのだ。

これで、マユリの調査、解析の結果解決の糸口を見いだせれば、圧倒的出力を持つ狛村の卍解を思う存分振るうことが出来る。

 

しかし、卍解を奪われた隊長格の霊圧が目に見えて弱くなっていることには、警戒せざるを得ない。

始解だけでは限界があるが、それ以上に霊力が弱まっていることを細かな霊圧から読み取り、注意してもらうことを祈るしかなかった。

 

更に近くで何らかの戦闘があり、雷が直撃したことで隊舎寮が破壊されてしまったのが窓越しに見えた。

 

 

「あっ・・・。家無くなっちゃった・・・どうしよ・・・。」

 

 

近くではルキアが戦っており、その相手が振るった雷撃がたまたま隊舎寮にぶつかってしまったのだろう。ここの存在には気付かれていないため、一瞬警戒するも安心して滅却師の霊圧調査を行う。

 

(特段霊圧の高い二人はまだ戦闘行動に出ていない・・・。)

 

にもかかわらず、三名の死神の卍解は奪われ、副隊長一人が既に死亡している。

 

数名隊士がいたものの、何だか皆うずうずして浮足立っていたため、他隊の編成に加えさせて隊舎は現在一人しかいない。

静寂の中、時折聞こえる爆発音、風圧が戦いの凄惨さを物語っている。

 

(何か・・・何か弱点がある筈だ・・・。何か・・・。)

 

勝利の糸口を探すため、隼人はたった一人で戦闘中の滅却師全員の霊圧解析を行っていた。

 

 

 

*****

 

 

 

「くっ・・・卍解を奪われるワケにはいかないケド・・・。左腕と右足が動かせないのはちょっとキツイかな・・・。」

「いやーそこまでやられて動けるとはな、お前なかなかやると思うぜ?」

 

 

とは言うものの、ナジャークープもローズの始解の力で少なくはない傷を受けている。

最初はナジャークープが優勢だったものの、突然の平子の介入で視覚、聴覚全て狂わされ、動けなくなった所をローズの鬼道で撃ち抜かれたのだ。

 

ローズは今も不用意な動きを避けるため、金沙羅で破壊した瓦礫を大地転踊で操っているのだが、やはりこちらが自由に動けないのは大きなハンデだ。

 

何とか拮抗状態に保っている。

 

 

「お前の卍解はデータに無いから興味あったんだが・・・。やってくれねえんじゃ仕方ねえ。そのまま全身動けなくなっちまえ。」

「言っただろう、生きて帰さないって!金沙羅!!」

(!)

 

 

縦横無尽に動くローズの鞭の動きが、ナジャークープには読み切れない。

神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)で応戦するも、全て宙に浮いた瓦礫が防いでしまう。

 

 

「全く、卍解さえ出来れば、遅れを取らずに済むんだけどなぁっ!!」

「おいおい、霊圧揺らいでるぞ!いいのかよそれで!」

 

 

更に数を増やした神聖滅矢に対し、ローズも瓦礫に加え、鬼道をぶつけて応戦することにした。

 

 

 

*****

 

 

 

「・・・おかしいねェ。思うように君に刃が向いてない。何でかな・・・。」

「さあ。何故だと思うかな。」

 

 

“The Negotiation”

 

 

ロバート・アキュトロンの持つ力は、「交渉」。

力の発動と共に、戦闘が終わるまで、ある事象に関して回数を選ばず好きなだけ敵と交渉することが出来る能力だ。

そしてその交渉は、必ずこちらの有利な形で締結される。

実態は交渉などではなく、宣告とも呼べるものだった。

 

今回京楽と交渉したのは、「互いの心の距離」。

 

ロバートの任意の距離としてお互いの心の距離を設定することで、京楽は今のロバートに対して思うような攻撃を行えなくなっていたのだ。

 

今、京楽にはロバートが“自分を慕ってくる後輩”に見えている。

本来はもっと有利な形で締結される筈だったが、京楽の企図で若干交渉が乱されてしまったのだ。

しかし、今の心の距離は、京楽にとって、口囃子隼人の距離感と同じだった。

 

だが、それでも「思うように刃が向かない」とのたまう京楽にロバートは警戒を崩さない。

慕ってくる後輩にも刃を向ける目の前の男に対する心の距離の匙加減を、注視しなければならない。

既に片目を潰しているものの、動きはさほど変わらないこの男が、指折りの実力者であることはロバートもすぐに察していた。

 

 

「刃が向いていないというより、戦いづらい、と言えばいいのかな・・・?君、ボクに何かしたかい?」

「戦闘中に種明かしなどという、酔狂な真似など私はするつもりない。」

「そうだよね。だから。」

 

 

ロバートは自らの影からほんの一瞬風を感じ、現れた斬魄刀の一閃を寸での所で躱す。

霊子でできた弾丸をぶつけようとするも、京楽は首を横に振って見切る。

 

 

「生憎、影は()()()()()故、気配には敏感なのだ。」

「あれっ、ボクの影鬼効いてない?困ったな・・・。」

 

 

という言葉を呟きながら、京楽は再び新たに作られた影からロバートの脚を斬りつけようと斬魄刀を振るう。

避ける動作をする以上、効いてない筈はない。

再びロバートは弾丸を撃ち込んだが、今度はその弾丸も斬魄刀で一刀両断されてしまった。

 

 

(!)

「それぐらい様子見しなくても、斬れるのは分かってたよ。」

「・・・私は、貴方を慕っている。慕っていようと、斬るのか。」

「斬るさ。」

 

 

一片の曇りの無い表情で、京楽はロバートの言葉をもあしらう。

 

 

「後輩だろうと、血迷ってボクのことを斬ろうとしたら、ボクは殺すよ。だってボクは、修行の手伝いでも本気出すからね。」

「・・・。」

「前に稽古つけた子がいたんだけどさ。彼は最初嫌々だったけど、強くなるためってなら、本気でボクにかかってきたんだ。だったらボクも本気でかからなきゃ、その時点で勝負には勝ってても、ボクは負けてるでしょ。」

「・・・成程。」

 

 

京楽は確かに目の前の男が自分を慕う後輩であるようには見えているものの、薄々違うことには感づいていた。

実際に相手が隼人であった場合、今の言葉を相手にかけるような真似は絶対にしない。

慕ってくれているからこそ、言わないことだってある。

京楽なりの照れ隠しだった。

 

ロバートは瞬時に、今の心の距離では制圧しきれないと判断する。

 

 

「第三の交渉を行う。」

「!みすみす力使わせると思うかい!!」

「思う筈が無い!」

 

 

弾丸を連射するも全て京楽は躱すか斬り払うかで無効化し、ロバートとの距離を詰めて拳銃を直接斬り払う。

しかし拳銃を斬り払えどロバートの姿はそこには無い。

星十字騎士団のマントだけをその場に残して完聖体の姿で京楽の斜め後ろに瞬間移動し、新たに霊子から生成した拳銃から再び弾丸を連射する。

 

 

「貴方と私の心の距離は、長年の友と同じ位置へと変更する。」

(!!)

 

 

発動前に斬魄刀で肩を斬り落とそうとしたが、間に合わず軽く斬りつけることしか出来なかった。

 

 

「さて、貴方は私に刃を向けられるかな?」

「やってくれるね・・・。ホント、面倒なことになったよ・・・。」

 

 

今、京楽の目の前にいる人物は、浮竹と同じような付き合いをする人物に見えていた。

 




ロバートの力は今回は精神干渉を行いましたが、実際はもっと汎用性が高いです。
ただし、良くも悪くも自分と相手の霊圧に左右されてしまうため、格上相手には手古摺ることもある能力です。(なのでロバートは段階を踏むことになりました。)


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Burner Finger

「深水縛。」

「ちっ!水かよ!!」

 

 

浮竹が設置した巨大な水の直方体に対し、炎を操るバズビーは瞬時に嫌な顔をする。

しかしそれもほんの一瞬。

穴を見抜いたバズビーはボウガンの神聖滅矢を取り出して、直方体の角に矢を集中砲火する。

 

 

「へっ!これで俺が今の水より強い力で炎をぶつけりゃあ・・・ってオイオイオイ!マジかよ!!」

「俺の狙いはさっきの水塊の崩壊だ。出てきた物を手あたり次第に壊してばかりでは、俺を倒すことなど出来ないぞ。そもそも俺は卍解していないしな。」

「クッ・・・!!ナメた真似しやがって!!バーナーフィンガー 4!!」

(!!)

 

 

炎で生み出した巨大な剣を右腕に纏い、浮竹めがけて圧倒的な熱をぶつける。

分散した水を全て再び霊力でかき集めた浮竹は、さらに自身の霊圧も水に混合させてバズビーの剣に対抗する。

 

炎と水のぶつかり合い。

どちらも質量が常識の範囲外であるため、衝突した瞬間水蒸気の大爆発が巻き起こり、周囲一帯の建物、瓦礫を全て吹き飛ばす。

縛道の障壁で防いだ浮竹、静血装(ブルート・ヴェーネ)で持ちこたえたバズビーだけが更地の中立ち尽くす。

 

 

「これでテメェは逃げも隠れも出来ねえ。とっとと俺に殺されてろ優男。」

「・・・やはり、君は俺を倒すことは出来ないだろうな。」

「はぁ?」

 

 

唐突に、雨が降り出してきた。

もちろん空は今まで同様、青空が普通に出ている。にわかの天気雨でもない。

 

水蒸気爆発で分散した水が、雨となって降り注ぎ始めたのだ。

 

 

「これで君は、暫くの間炎を十二分に生かすことが出来なくなった。そもそも特大の質量の水と炎がぶつかり合って爆発したら、こうなる事など誰だって分かる筈だ。見通しが甘いな。ここからは俺の持ち場で戦わせてもらうぞ。」

「ちっ・・・!!クソ野郎が!!!」

 

瞬時に完聖体を使い、能力の底上げを行う。

 

 

「だったら技を使うまでもねえ!神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)でブッ殺してやるぜ!!」

(!!)

 

 

浮竹の双魚理では、滅却師の神聖滅矢を吸収することは出来ない。

それは、言うなれば直接攻撃系の始解と全く同じだから。

なので、弾幕を張られた場合、浮竹は防御に徹する、躱すしか出来なくなってしまうのだ。

 

(やはりこの手の相手には工夫が必要か・・・。)

 

断空を使っていても、ずっと矢を受けていれば自然と壁は脆くなってしまう。

一度ヒビが入ってしまえばその瞬間すぐに壁は壊れてしまい、次の壁を作り出すまでに少なくない傷を負ってしまう。

 

浮竹が最も苦手とする長期戦、持久戦に入ってしまった。

戦いの場で突然発作が起きてしまえば、敵の実力を考えるに殺されてもおかしくないのだ。

 

 

「くっ・・・どうすれば・・・。・・・!」

 

 

この匂い。ひょっとして。

感じ取った瞬間、浮竹は瞬歩を使って傷を受けながらも矢の有効範囲外へと強引に逃げ込む。

 

 

「逃げてもムダだぜ!さっき言っただろ!!逃げも隠れも出来ねえってよォ!!!」

 

 

意気揚々と叫んだバズビーは、浮竹とは真逆の方向に矢を撃ち始めた。

興奮しているのか、全く浮竹に当たっていないことに気付いていない。

挑発が虚空に響き渡っている。虚しい。

この調子では、匂いも感じていないだろう。

 

 

「コイツ、全く気付いてへんわ。拳西以上に脳筋やな・・・。」

 

 

上空にいた平子も、口をあんぐり開けて未確認生命体を見るかのような眼で見ていた。

 

 

「平子隊長!感謝するよ。」

「気ィつけてな、浮竹サン。あんたもう結構ボロボロや。オレも他人んコト言えへんけどな・・・。」

「周りの状況はどうだ?」

「アカンわ。卍解奪われた隊長共は浮竹サン以上にボロボロや。」

「何だと・・・。」

 

 

体中至る所に矢で射抜かれた傷があるため、かなりの傷を負っていると浮竹は自覚していたのだが、今は持ち前の霊圧の高さのおかげで何とか持ちこたえている部分があった。

これ以上の傷を負っていれば、平均的な霊圧を持った隊長格ならば立ち上がるのがやっとかもしれない。

 

 

「京楽サンも怪我こそ少ないけどなァ、片目潰されとる。ローズも苦戦しとったわ。」

「・・・そうか・・・。分かった。」

「じゃ、オレはまた別ん奴とこ行ってくるで。」

「頼む。」

 

 

未だに明後日の方向に矢を撃ち続けているバズビーに雛森までも呆れの目を向けていた所で、五番隊の二人は再び戦場の攪乱に出向いた。

 

 

「さて、気付かれるまでに色々と仕込むとしようか。」

 

 

匂いの効果がなくなるまで、浮竹は霊圧を消して更地でも出来るいくつかの罠を作り始めた。

 

 

 

*****

 

 

 

「次の舞 白漣!!」

「だからぁ、弱っちいんだってアンタの攻撃は!!」

「ぐっ!」

 

 

地面を八箇所斬魄刀で突いて今までルキア自身が発動した中でも最大級の巨大な凍気を放出したものの、キャンディスが掌から投げつけた雷撃が事も無げに全て焼き切ってしまう。

最初から防戦一方。相手の方が格上だと認識を改めたルキアは、ずっと苦しい戦いを強いられていた。

追われる身として様々な工夫を凝らしはするが、それら全てを目の前の滅却師は受け流す、焼き切るなどして無効化する。

 

 

「弱いクセに逃げ足だけは速いのかよ!ったく、とんだハズレ引いちまったな!」

「破道の六十二 百歩欄干!!」

「!」

 

 

しかしルキアも黙っているわけにはいかない。

護廷十三隊の副隊長として迎える2度目の本格的な実戦で、実力を出さずのうのうと死ぬ訳にはいかない。

前の完現術者との戦いでは思うように力を振るえなかったのだ。

今回こそ、自分のペースで戦いを進めたかった。

 

相手の詰めの甘さのおかげで百歩欄干は当たり、建物に体を縫い付けることが出来た。

 

 

「ぐぅっ・・・!!こんな小細工であたしを「止められるなど考えていない!!」

「!」

 

 

空中から壁に縫い付けられているキャンディスは、突如下から聞こえてきた声の方向を見て、思わず自分の身に迫る危険を口に出す。

 

 

「あたしもろとも・・・全部凍らせるつもりかよ!」

「氷漬けにすれば貴様もしばらくは身動きを取れぬ。壁の高い建物が近くにある場所に誘導していたのだ。」

 

 

初の舞・月白でキャンディスの真下に円を描き、天地全てを凍らせようとする。

氷漬けにさえなれば眼球含め全て動かすことが出来なくなり、死んだも同然だ。

以前破面相手に成功させることの出来た技であり、更に鍛錬を積んで氷の出力を増大させることによって、今回の滅却師にも有効打となる筈だった。

 

だが。

 

 

「こんな最初っから、やられてたまるかよ!!」

「なっ!」

 

 

全身から発した雷がけたたましい轟音を響かせ、ルキアの百歩欄干、氷だけでなく、張り付いていた建物など全てを爆発させる。

 

 

「そんな・・・・・・。・・・!!ぐっ!!」

 

 

煙の中から出てきたガルヴァノ・ブラストをもろに受けたルキアは、矢で射抜かれた傷と共に、電気製の矢である影響だからか僅かながらの麻痺を抱える羽目になってしまう。

 

白哉から賜った白の手甲がみるみるうちに赤く染まってゆく。

 

 

「へぇ~、5ギガジュールの矢喰らって麻痺程度で済むのかよ。意外とあんた力あんだな。」

「その麻痺が・・・いずれ私の足元を掬うことなど・・・分かっているぞ・・・。」

「当ったり前っしょ!あたしを氷漬けにしようとした仕返しだ。あんたを痺れさせて動けなくしてやるよ!!」

 

 

満足に動かない体を気力で引き摺ってガルヴァノ・ブラストを躱し、再び追われる身となりつつも逃走と攻撃を組み合わせた戦術を展開していく。

 

 

「双蓮蒼火墜!」

 

 

敢えて地面に向けて放つことでジェットエンジンのような役回りを鬼道が果たし、ルキアの体は霊力を使わずとも空中に跳ね上がった。

 

追われる身であろうとも、上さえとれば攻撃面では圧倒的に有利だ。

 

 

だが、そんなことは格上のキャンディスも分かっていた。

先回りしたキャンディスは、更に上へと既に移動していた。

 

 

「あんたバカかよ!?上とろうとすることなんて今の動きですぐ分かるっつーの!」

「後ろだとっ!?ぐあっ!!!」

 

 

キャンディスが掌に籠めた雷の力を直接ルキアに打ち込み、勢いそのまま地面へと叩き落す。

全身に高圧電流が流されたため、受け身も取れず地面に叩きつけられてしまった。

 

 

「・・・んだよ。副隊長だからコレ使いもしなかったし、全然骨の無え敵だったな。完聖体持ってないあたしでも余裕だったぞ。しょーがねえし、別の奴探しに行くか。いや、バンビの様子でも見に行くか・・・。」

 

 

メダリオンをポケットから取り出して手で弄りつつ、キャンディスは意識を失ったルキアの様子を確認して独り言ちる。

これからどうしようか、と考えた所で、自分でも直情的なのは分かっていたが、それ以上にバンビエッタが直情的であり、悪癖すら持っているので軽んじてはいるが一応様子見しに行くことにした。

 

飛廉脚も一切使わず地上に降りて徒歩で移動するあたり、ほぼ興味なしと言っても過言ではない。

 

 

 

*****

 

 

 

「いつまで俺のいない方向に矢を撃っているんだ?」

「!?・・・どういう事・・・、!!!」

 

 

浮竹が言葉を発したと同時に平子の逆撫の効果が切れ、バズビーはようやく正しい視覚情報を手に入れることが出来た。

今までずっと浮竹に対して打ち込んできたのが全て空振りだったと知り、バズビーの脳内では屈辱、恥、怒りが高速で循環し、浮竹に怒号を放つ。

 

 

「俺をコケにしやがったな!!!!指を使わずに殺してやろうと考えていたが、もう我慢ならねえ!!」

「コケって・・・。ひょっとして、ニワトリか?その髪型もニワトリみたいだな。トサカを生やして、いいじゃないか。似合っているぞ。」

「・・・・・・・・・テメェ・・・!!!!」

 

 

「ブッ殺す!!!!!」

「なっ!心外だな!褒めたつもりなんだが・・・。」

「うるせえ!!ニワトリってバカにしやがって!!絶ッ対許さねえ!!!!!バーナーフィンガー 4!!!!」

 

 

既に一時的に降っていた雨は止んでいるため、バズビーは臆することなくバーナーフィンガーを行使する。

 

 

「見てたぜ!!バーナーフィンガーでも3と4はテメェの力じゃ吸収出来ねえ!だったらテメェが対処出来ねえ奴を立て続けに打ち込みゃあ、テメェはマグマに呑まれて骨すら残らねえ!さっきも言ったが、俺とお前の勝負なんざ、ハナっからついてんだよ三下!!」

 

 

「誰が吸収出来ないと言った?」

「何・・・?」

 

 

立て続けに放ったバーナーフィンガー3と4に対し、バズビー同様浮竹も臆することなく双魚理の切っ先を向ける。

襲い掛かる莫大な物量の炎を、浮竹は一切表情を変えることなく全て吸収、反射し尽くした。

 

 

「なっ!ふざけてんのかテメェは!!俺の炎全部反射しやがって「悠長に喋っている場合か?」

「!!」

 

 

油断したバズビーは、浮竹が反射した炎が僅かに速度を上げていることに気付かなかった。

躱すタイミングを見誤り動けなかったバズビーは、自分の炎で全身が炙られていくのを感じる。

 

決死の思いで炎から抜け出し地面に着地したが、浮竹の攻撃はまだ終わらない。

 

バズビーの神聖滅矢で崩れた僅かな瓦礫と地中から生み出した砂鉄を磁力で操って超振動を起こし、バズビーの脚を斬りつくす。

 

炎を防ぐ時に使った静血装は弱まっており、それを砂鉄は易々と貫いていく。

 

 

「ぐうううううぉぉぉおおおおおお!!!!」

「お前は今、電動のこぎりで直接脚を斬られているようなものだ。いや、チェーンソーと言えばわかるかな?」

「クソがああああああ!!!バーナーフィンガー 4!!!」

 

 

巨大な炎の剣を地面に叩きつけて周囲に炎をマグマを生み出したバズビーは、完聖体の力を使って撤退せざるを得なかった。

 

卍解をしなくとも自らを圧倒する死神に出くわしたバズビーは、炎に炙られてボロボロの中、死神に苦戦する筈が無いという自負を崩されて怒りに震えていた。

 

 

「今に見てろよ・・・今度こそあんな白髪野郎なんかブチ殺してやる・・・!いや!!この際誰でもいい!!今度は死神連中をバンバンブッ殺して、俺の力を見せつけてやる!!!」

 

 

脚を使えず完聖体で飛行しながら、バズビーは名前もよく知らない死神の男だけでなく、死神全体に強い殺意を抱いていた。

 

 

 

「まだ罠は色々仕掛けていたが、一つで済んだか・・・。」

 

 

余裕を見せる言葉を呟くが、実際浮竹はかなりの傷を負っていた。

一つ一つの傷こそ小さいが、それも大量であれば十分大怪我だと言えるだろう。

 

 

「援軍に・・・くっ!・・・行ける程力が余っていないか・・・。」

 

 

ルキアの霊圧が弱まっているのを察知し、救援に向かいたいと思っていたが、長距離の移動は厳しい。

脚を押さえつつ、浮竹は手近な味方の許に駆け付けようと歩み始めた。

 




浮竹さんは当社比でかなーーり強くなってます。
原作であんな最期遂げられちゃあ強くしてあげたくなっちゃうじゃん・・・。


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恐怖

「くっ・・・何だコイツ・・・!」

「ッハッハァ!!!愉快愉快、非常に愉快だ!!」

 

 

九番隊副隊長・檜佐木修兵は、滅却師相手に一度も攻撃することが出来ていない。

それどころか、何故か躱すことも出来ないのだ。

 

 

「俺の聖文字(シュリフト)は”Q”、”The Question”だ。お前は俺に攻撃しようとした瞬間、俺は“お前が俺を攻撃する事”に異議を唱える。異議を唱えられた以上、考えるのは必至。だからこそ攻撃が鈍り、お前は俺に攻撃を当てることは出来ない。」

 

 

それからも長々とベレニケ・ガブリエリは自らの能力について事細かにひけらかす。

 

 

「逆に俺がお前を攻撃した時、お前は防ぐ、もしくは躱す、といった行動を普通ならとる筈だ、普通ならな!!!だが、俺はお前のそういった防衛行動にも異議を唱える。異議を唱えられ行動のリズムを崩したお前は、俺の神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)に対し十分に体を守ることが出来ない!!」

 

 

狂気の口調、表情を前面に浮かべ、ニヤリと黄色い歯を眼前に零す。

 

 

「だからこそ、お前は俺に攻撃できず、お前は俺の攻撃を防御出来ない!お前に待っているのは死だ!お前の人生のラストは俺に殺される運命だったのだ!!」

「お前に殺される・・・運命・・・だと・・・!」

 

 

風死を再び投げつけようとするものの、ベレニケの力が発動して攻撃に力が入らない。

結果、ベレニケが自ら作り出す神聖弓(ハイリッヒ・ボーゲン)に風死は弾かれ、逆にベレニケが撃つ神聖滅矢は避けきれず数発喰らってしまう。そんな状態が数回続き、修兵の体力はかなり消耗していた。

 

実際、この滅却師は地力では修兵と拮抗する程度のあまり強いとは言えない滅却師なのだが、何せ能力が厄介なことこの上ない。最初優勢だとしても、攻撃が上手く通らず、相手の攻撃が通りやすい状況に作り変えられてしまえば、誰だって苦戦を強いられるのだ。

 

 

「ちっ・・・俺には一撃必殺の技なんて無えからな・・・。どうすれば・・・。」

 

 

こんな時、今の上官の拳西だったらどう言うか。

 

『んなモン、オメーの実力が足りてねえだけだ。顔洗って出直せバカ。』

 

(ダメだ、俺の実力不足で情けねえ!!)

 

だったら、自分を可愛がってくれる先輩の隼人ならどう言うか。

 

『黒棺でドドーンとやっちゃえよ!えっ修兵まだ黒棺できな』

 

(ダメだ、あの人自分中心にしか考えねえから参考にならん!!)

 

だったら、その先輩の上官なら何と言うか。

 

『隙を突け、檜佐木。東仙と分かり合えた時の貴公がそうだったではないか。』

 

(もう、これしかねえ!!)

 

 

こうして、修兵は単純ではあるがベレニケの隙を作り出すため、斬魄刀中心の攻撃から、鉄裁の講習会から鍛錬を重ねた鬼道を中心にした戦闘へとシフトしたのだった。

 

 

 

*****

 

 

 

そんな中、突然隊長格の間に吉報が伝令される。

壷府リンが代表して、阿近が入手した情報と共に隊長格へと伝えられる。

通伝刀が、各戦場付近の足元に突き刺さった。

 

 

「死神代行 黒崎一護が現在尸魂界へと向かっています!彼の卍解は、滅却師には奪えません!これは技術開発局が先ほど確認した確定事項です!」

「何と・・・・・・!」

「すぐに・・・口囃子にも伝えやす・・・!」

 

 

伝令神機を取り出して、射場は隼人と通信を繋ぐ。

 

 

「一護が向かってるのか・・・!」

 

 

少なくない傷を負いながらも、拳西は良い知らせにさらに奮起する。

 

 

「へぇ~。阿近のヤツ、なかなかやるやないか。」

「何とか、持ちこたえないといけないですね。」

「あァ。気ィ引き締めていくで!」

「はいっ!」

 

 

廷内を移動する五番隊の二人も、一護の話を聞いて自然と速度が上がる。

 

 

「一護・・・、一護・・・!」

 

 

滅却師にやられたルキアはその知らせを聞き、麻痺でボロボロになった体を叩いて、がくがくと全身震わせながら必死の思いで立ち上がろうとした。

 

 

 

 

射場から電話で一護の来訪の可能性、そして卍解奪略が不可能という確定事項を聞いた隼人は、後者についてどうしても気になってしまった。

 

何故一護の卍解奪略が不可能なのか。

一護の居場所は現在黒腔の中であり、虚圏に元々いたことも射場から聞いていた。

 

一度瀞霊廷から移って虚圏にいる人間、死神の霊圧を探索すると、茶渡、井上、浦原を確認できた。

 

浦原がいるならば何かを見ている筈であり、彼の推測から自分なりに結果を出せるかも・・・と期待したのだが、

 

 

「~~!!こういう時に限って繋がらねえのかよ!!」

 

 

苛立って危うく伝令神機をぶん投げそうになったが、ギリギリの所で抑え込む。

まず一護を尸魂界に送った時点で尸魂界側から誰でも電話があった場合、浦原なら普通出る筈だ。

事情は既に浦原も分かっている筈である。

恐らく、今浦原は電話に()()()()()状況だ。

 

戦闘の真っ最中か、あまり想像したくないが深手を負っているか。

 

ならば夜一に電話・・・と思い電話帳から彼女の名前を探したが、虚圏にいない夜一に電話して何になるのか。

焦って徒な時間を使ってしまうところだった。

 

こうなった以上、自分で考える必要がある。

卍解を奪われた隊長格と、奪われなかった一護との違い。

 

それはすぐに見つけることが出来た。

 

 

 

*****

 

 

 

「流石隊長、良ク耐エた。」

 

 

エス・ノトの矢を受けた一般隊士達は皆、矢がもたらす恐怖によって絶叫、発狂し、皆心が灼き切れて絶命する。

あらゆる可能性が頭を駆け巡り、そのせいで思考がままならず精神が崩壊する。

普通ならその筈だった。

 

白哉は、意思だけで恐怖をねじ伏せ、矢を受けていようとエス・ノトと戦闘している。

これをエス・ノトは、驚異と評した。

 

しかし。

 

 

「オ前ノ心ノ芯ハ既ニ、僕ヘノ恐怖ニ取リ憑カレテヰる。」

 

 

上手く力の入らない腕を使って、静血装を展開する滅却師を斬りつけることなど出来はしない。

そこで初めて、白哉は“本能から来る恐怖”を感じることになった。

 

眼前にいたエス・ノトに、直接鏃を腹へ撃ち込まれる。

 

 

「ッ・・・!」

「足ガ止マッテヰる。」

 

 

喀血する白哉は、理由の無く、際限の無い、体の奥底に眠る心の根源から強引に引き出される恐怖を感じずにはいられない。

それを感じながら発狂せずにいられるのは、現朽木家当主であり、六番隊隊長の矜持を持っているから、何とか持ちこたえているのだ。

 

だが、エス・ノトのもたらす恐怖は、既に白哉の理性を破壊していた。

 

 

「真の恐怖トハ、只々体ヲ這イ上ル夥シイ羽虫ノ様ナモノ、」

 

 

「我々ハ本能カラハ逃レラレナヰ。」

 

 

聖文字(シュリフト)の力を強化したエス・ノトは、白哉により強力な恐怖を植え付ける。

 

体全身を這い回る羽虫。

大量の雀蜂に真正面から襲撃される恐怖。

刺された痛み、雀蜂がもたらす毒が全身を駆け巡る感覚がし、恐怖によってついに白哉も発狂してしまった。

 

 

「う・・・・・・おおおおおオオオオオオ!!!!!」

「隊長!!」

 

 

見境なく振るった斬魄刀の刃はエス・ノトに届く筈もない。

恐怖を十分に植え付けたと感じ取ったエス・ノトは、絶望を与えることに舵を切る。

先ほど奪った白哉の千本桜(せんぼんざくら)景巌(かげよし)で、無残にも全身を斬りつけていく。

 

浮竹や平子が今までに受けた傷とは、比べ物にならない程の深手だった。

 

*****

 

「兄様・・・?兄様・・・!」

 

 

白哉の怪我、霊圧の弱体化を感じたルキアは、自身の怪我をおして立ち上がり、白哉の許へ向かおうとするが、バランスを崩して倒れてから、再び起き上がることは無かった。

 

 

「・・・・・・にい、さ・・・ま・・・・・・。」

 

 

ルキアは再び意識を失い、暗い闇へと呑まれていった。

 

*****

 

全身斬られ地に膝をつくものの、白哉は何とか両手を使って支えにして倒れ込むことはなかった。

その仕打ちに我慢ならず、阿散井は特攻をかける。

 

 

「止めろ・・・恋次・・・!」

「てめえ如きが・・・千本桜を使うんじゃねえ!!!」

 

 

蛇尾丸を再び展開させるも、全く効果を見せない。

滅却師の静血装の力が上回っており、鋼鉄のように皮膚が堅くなっているのだ。

 

 

「弱ヰね。」

「ぐっ!!」

 

 

エス・ノトは解放した卍解を再び操作し、阿散井の体を何百回も斬りつける。

 

 

「がぁぁぁああ!!」

「情ケナヰ、隊長共ガ揃イモ揃ッテ卍解ニ蹂躙サレルトは。」

 

 

しかし、エス・ノトが扱う卍解の通りが白哉に当てた時よりも悪い事に気付く。

白哉の始解がエス・ノトの卍解を僅かながら防いでいるのだ。

 

 

「始解ノ姿デ自分ノ卍解ニ、勝テル筈モ(ナイ)。サッキモ言ッタ。」

 

 

荒い息を吐く白哉に、エス・ノトの全力の卍解が刃を振るう。

千本桜景巌の圧倒的な物量の刃を一身に受けた白哉は、大量の血を流し斬魄刀も握れなくなってしまった。

だが、それだけでは止まらない。

さらなる速さで千本桜景巌は白哉を真正面から貫き、白哉を壁へと縫いとめる。

そこからエス・ノトは、精密な操作で白哉の臓物を一つずつ卍解を使って抉り出していく。

 

胃、肝臓、肺、膵臓、腎臓。

主要な臓器は全て千本桜でグチャグチャに痛めつけて破裂させ、体を支える骨までも木っ端微塵に打ち砕いて抉り出す。

 

それだけでは飽き足らず、エス・ノトは壁に縫い付けられた白哉を千本桜の勢いだけで空中に浮かせ、全方位から刃の奔流を浴びせる。

 

体の方向が絶対に曲がらない向きに曲がり、ボキボキボキ!!と複数の骨が同時に折れる音がした。

残酷などという言葉では足りない程の凄惨な滅却師の仕打ちに、副官の阿散井は終に我慢の限界を迎える。

 

 

「やめろオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!」

 

 

「卍解!!狒狒王蛇尾ィッ・・・!!!」

 

 

卍解の名を口に出そうとした瞬間、阿散井に突然横槍が入る。

その拳打はたった一発浴びるだけで阿散井の体の骨もベキベキ!と砕き、数km先まで途轍もない速度で飛ばされていった。

 

 

「あぁ!?アイツ卍解持ちかよ!だったら奪ってやりゃあ良かったぜ・・・。まあ弱ぇ卍解なんざ奪った所でしゃあねえしなぁ!!」

「オ前ハ既ニ卍解奪ッテイルダロウ。一人ノ滅却師ガ二ツ卍解ヲ奪ウコトハ出来ナい。他ノ奴ニ奪ワセレバ良カッタモノを。」

 

 

今日の戦闘だけで合計300人程一般隊士を殺したドリスコールは、たった一発軽く殴るだけで阿散井を剛速で吹き飛ばす程に力をつけていた。

殴られた阿散井の霊圧は、二人に感知することは出来なかった。

 

 

「つーかオメーいつまで卍解ぶつけてんだよ。もうコイツ死んでんだろ?」

「Overkillノ力ヲ持ツオ前ガソンナ事ヲ言ウトハな。皮肉。」

 

 

とは言うものの、エス・ノトはそのまま卍解をメダリオンにしまいこむ。

空中で斬りつけられていた白哉はそのまま自由落下し、受け身もとらずぐちゃっと肉塊の落ちる音がした。

 

(・・・恋次・・・ルキア・・・・・・、・・・済まぬ・・・。)

 

地にうつ伏せに倒れ込んだ白哉から少し離れたところで、白哉の斬魄刀は砕け散っていった。

 

 

「へぇー、斬魄刀って持ち主が死んぢまえば消えんのか。」

「マダ死ンデナイゾ。肉体ノ損傷ガ激シイカラダロウ。時間ノ問題だガ。」

 

 

その姿を見た滅却師の二人は絶命間近の白哉を気にも留めず、飛廉脚で次の敵を探しに向かった。

 




原作よりも圧倒的重傷です。
一護と話す前から既に斬魄刀が散っています。
藍染戦時の主人公が体に孔を開けられた奴よりも酷い怪我でしょう。

あとエスノトの台詞はまあ読みづらく書きづらいですね。間違いあったら指摘お願いします。さっきチェックしたら白哉と恋次の表記が逆になってる所があって心底焦りました。無意識って怖い・・・。


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Berenice Gabrielli

「フハハハハハ!!!逃げてばかりでは俺に傷を与えることなど出来ないぞ!!」

「斬華輪!!」

「いよっと!刃を飛ばそうと、飛ばす寸前に貴様に異議を投げかければ造作もないわ!」

 

 

一箇所に固まって攻撃することを止めて移動しながら鬼道で迎撃を行う戦闘スタイルに変えた修兵は、何とかベレニケと拮抗状態を保っていた。

この拮抗は、いつ崩れてもおかしくないが。

 

 

「ッ!!縛道の六十三 鎖条鎖縛!」

 

 

ベレニケが飛ばした神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)を鎖条鎖縛で撃ち落としつつ、いくつか反撃も行う。

 

 

「破道の五十八 闐嵐!」

「隙だらけだぞ!馬鹿が!!」

 

 

速度の落ちた竜巻をベレニケは躱し、再び修兵に異議を投げかけて行動の阻害にかかる。

 

 

「ッ・・・!!」

「その一瞬のためらいが、命取りとなるのだ!」

「縛道の八十一 断空!」

 

 

しかし修兵の防御は間に合わず、ベレニケが再び撃った神聖滅矢は修兵の体を再び射抜く。

 

 

「くはぁッ・・・!!」

「良いなぁ、そうやってどんどんやられていくの、いいよお前!!やられ役、当て馬としての才能があるのではないかな?」

 

 

地面に仰向けに倒れ込んだ修兵は、そのまま起き上がることも出来ない。

ずっと移動しながら戦ってきたこともあり、霊力の底が近づいているのだ。

 

 

「ほう・・・もう、立ち上がることも出来ないか。哀れだな・・・。愉快に動き回って最終的に誰にも見られず野垂れ死ぬなんて、私には到底受け入れ難いな!」

「・・・そうだな・・・。」

 

 

しかし、修兵が()()()()()()()()一番の理由はもっと別の所にあった。

 

 

「俺もどうせ死ぬなら、最後に一度位、活躍しときたかったぜ・・・!」

「活躍?副隊長が?何言ってるんだお前は。星十字騎士団は全員、護廷十三隊の隊長格以上の実力の持ち主だ!!我々にお前のような副隊長が勝つことなど出来る筈がァッ・・・!!!!」

 

 

次の瞬間。

後ろから飛んできた巨大な岩が、ベレニケの頭に直撃した。

岩はそのまま、倒れていた修兵の上を通り抜けて後ろにゴロゴロと勢いよく転がっていく。

 

 

「全く・・・無茶言われても困るな、檜佐木副隊長。」

「あぁ、ありがとな、綾瀬川。」

 

 

*****

 

 

修兵がベレニケと始解の力で戦っている最中、近くを移動している弓親の霊圧を感じ取った。

一人では敵わないと瞬時に判断した修兵は、場所の移動を始めつつ天挺空羅で弓親と通信を始めた。

ある程度戦って自らの力で隙を作れずにいた修兵は、弓親に作戦を持ちかける。

 

 

『悪い綾瀬川、俺が何とかして瓦礫作り出すから、お前はそれを何でもいいから俺の相手の頭にブチ当ててくれ。』

『急に随分無茶なこと頼むね、檜佐木さん。』

『俺が今戦ってる奴の力は恐らく、存在さえ気取られていなけりゃ効かねえ。一撃で仕留めねえとダメなんだ。』

『それで僕に頼んだんですか。口囃子さんでも呼びつければいいんじゃないですか?』

 

 

そうやってあしらおうとしたが、現在隼人は霊圧によって探査されるのを防ぐために姿をくらませている。

気付いた弓親は、ため息をつきながら渋々修兵と連携を取ることにした。

 

 

『でも僕、十一番隊ですよ?』

『お前の斬魄刀見てりゃ分かる、お前鬼道ぐらい使えんだろ?』

『ッ・・・。やっぱあの力、使わなければよかったかな?』

 

 

旅禍騒動の時、弓親は修兵相手に本当の始解を披露し、修兵の霊力を根こそぎ奪い取ったのだ。

この力を知っているのは、修兵の他あの破面しかいないが、あの破面は死んでいる筈なので今は修兵しかいない。

しっかり覚えていた修兵に軽い不快感を抱いてしまう。

 

 

『ともかく、了解しましたよ。少々人遣い荒いのは気になるけれど、僕も恨み晴らしたいし。』

『あぁ?恨みって『何でもないです。じゃ、よろしく頼みますよ。』

『分かった、頼むぜ綾瀬川!』

 

 

そして修兵は倒れている間もずっと闐嵐を操作することに集中し、大岩を生み出したところで弓親が大地転踊を使い、一つの岩に集中して力を注ぎこむことで剛速球の巨大な岩をベレニケにぶつける連携を成功させられたのだ。

 

現場にやって来た弓親は、瑠璃色孔雀でベレニケの体から修兵にやったように霊力を奪い尽くす。

ツタのように手足に始解が絡まり、節々にある花が咲き誇ってゆく。

 

 

「念には念を。首の骨は折れてるみたいだけど、いつ意識戻すか分からないしね。」

 

 

後ろから岩が激突したにもかかわらず何故か首は右真横にぐにゃりと曲がって、というより変形していると言う方が正しいのだが、それでも死んでいないので弓親はトドメを刺す。

 

 

「君の力、頂くよ。」

 

 

しかし修兵は、今まさに霊力を吸われている滅却師の頭に、さっきは無かった円盤を発見する。

 

 

「おい綾瀬川!あいつ頭に何か「がァッ!!!!」

(!!)

 

 

両腕の至る所から出血した弓親は、瞬時にベレニケから距離を取り、始解を収めようとした。

だが、

 

 

「私の力を、頂くだと・・・!?周囲の霊子を集束させて操る滅却師相手に、よくもそのような戯言を述べられるな!!」

 

 

聖隷(スクラヴェライ)

 

滅却師の基本能力を極限まで高めた、霊子の()()()()

 

完聖体となったベレニケが最初にやったのは、聖隷によって極限まで自己強化をすることだった。

これにより、弓親の始解は僅かに吸収されてしまう。

 

 

「この力を使えば、私の完聖体“神の審判(エクテレウ)”はより素晴らしい効果を引き出せよう!」

 

 

「こんな隠し玉持ってたのかよ・・・!」

「まずいね。尸魂界は存在するもの全てが霊子。この力をずっと使われたら僕や檜佐木副隊長だけじゃない、尸魂界全部が吸収されてもおかしくないよ・・・。」

 

 

一度皮膚を吸収された弓親が冷や汗を垂らしてこれから起こりうることを予測していたら、

 

 

 

 

 

 

「あァ?だったらとっとと斬っちまえばいい話じゃねえか。」

 

 

えっ・・・?と二人が後ろを振り向いたが、そこには誰もいない。

再び前を向き直すと。

 

 

「くっだらねえ。こんな格下に手こずってんじゃねえよ弓親。」

「たっ・・・隊長!」

「更木隊長!!!」

 

 

更木剣八が一瞬で滅却師を殺していた。

上半身と下半身真っ二つ。鮮やかに決まっていた。

 

あまりにもあっさりかつ、あっけない戦いだった。

ちなみに更木の体には傷一つない。造作もない、といった顔でふんぞり返っていた。

何だったんだ今までの戦いは・・・と、修兵は軽く虚無感に浸ることになってしまった。

 

 

 

*****

 

 

 

日番谷冬獅郎の右腕は、大紅蓮氷輪丸がもたらした氷によって既に壊死しており、斬り落とさざるをえなかった。

 

 

「壊死した右腕を捨てて、利き手でもない方の腕を使ってよくここまで持ちこたえた。」

「はぁっ・・・・・・はぁっ・・・!ゲホッ!ゲホッ!!」

 

 

荒い息を吐き喋ろうとしたものの、喀血してしまい満足に言葉を発することも出来ない。

松本は既にBG9の体内から繰り出したガトリングガンで体を撃たれ、うつ伏せに倒れ込んでいる。

 

 

「隊、長・・・。」

「喋る、な・・・松本・・・。」

 

 

大紅蓮氷輪丸の攻撃と、BG9の聖文字“The Killer Weapon”「殺戮兵器」を組み合わせた攻撃により、日番谷も白哉のように大量の血を流していた。

何とか今は空中に霊子で足場を作れているが、これ以上怪我を負えば厳しいだろう。

BG9が聖文字で生み出す様々な現代兵器が肉体的に、自分のものではない大紅蓮氷輪丸が精神的に日番谷を苦しめる。

 

 

「戻って、こい・・・!戻ってこいよ!!氷輪丸!」

「いつまで己の卍解に固執しているのだ。」

「俺が斬魄刀と歩んできた今までの思いを、お前如きに潰されてたまるかよ!」

「浅いな。若さが引き起こす浅さは、目を背けたくなる程に愚かしい。」

「くっ!」

 

 

一心不乱に始解の氷輪丸を振るうものの、白哉同様に自分の卍解に敵う筈もない。

頭に血が上って正常な判断が出来なくなった日番谷は、とにかく目の前の滅却師を殺して卍解を奪い返すことにしか考えが及ばなかった。

 

 

「破道の八十八 飛竜撃賊震天雷砲!!」

 

 

掌から放つ鬼道は本来なら特大の濃度を持った砲撃になるのだが、霊力自体が弱まっているため満足いく攻撃にならない。

 

それは十分に分かっているので同時にBG9に対して距離を詰める。

 

 

「そんな子どもの悪戯、通用する筈も無かろう。」

(!)

 

 

目の前にいるBG9ではなく、()()()()声が聞こえた。

鈍った反応で避けることも出来ず、BG9の出したいくつもの拳銃で脚を何十発も銃弾が貫通した。

 

 

「がぁっぁぁあああっっっあああああああああ!!!!!!!!!!!」

 

 

鈍る感覚の中脚に銃弾が降り注ぎ、激痛に思わず大声で叫び苦しむ。

日番谷自身が使う斬氷人形をも瞬時にコピーしたBG9によって、日番谷は自分の技で騙されてしまった。

 

 

上から撃ち落された日番谷は、ゆっくりと地に墜落していく。

 

 

しかし聖文字「K」を誇りに思っていたBG9は、文字通り「殺戮」へと踏み切った。

ドリスコールと似ているのが、少し気に喰わないが。

 

 

「日番谷冬獅郎。お前はお前の力で、その命を落とすことになるだろう。」

 

 

墜ちていく日番谷に対しBG9は再びメダリオンから卍解の力を引き出す。

 

日番谷の魂魄の位置を正確に計算し、彼の技を使ってBG9は仕上げにかかった。

 

 

「これなら、痛みを感じることなく死ねるだろう。」

 

 

竜霰架。

対象を十字架型の氷塊に閉じ込める日番谷の技だ。

 

巨大な氷の十字架の内部に、日番谷は磔にされた。

本来斬魄刀を突き刺す相手に作用するものであるが、藍染戦後鍛錬を重ねた日番谷は、霊力だけで相手を氷の中に閉じ込められるようになっていた。

 

まさか、今まで鍛錬した技が全て自分に襲い掛かってくるなど、若い日番谷に考えることは出来ない。

 

そしてBG9は、聖文字の力を使い新たな兵器を錬成して取り出す。

 

 

「良い卍解だ。これからこの卍解は、お前の手元を離れて成長し続けるだろう。」

 

 

ロケットミサイル。

 

 

直接撃ち込まれた場合、普通の人間なら爆散してしまう代物を、BG9は日番谷が凍らされている部分目がけて直接撃ち込み、巨大な氷の十字架は爆発で木っ端微塵に砕け散った。

 

 

 

*****

 

 

 

「馬鹿な事を言うでないヨ!貴様はこれ以上隊長格の卍解を失ってもいいと言うのかネ!!」

「だから、可能性の話です!虚化した隊長格の卍解なら、奪う事が出来ない可能性もあるんじゃないんですか!?」

「知ったような口を利くな!!!!」

 

 

今までにない激昂を見せるマユリに、勢い余っていた隼人も口を詰まらせる。

 

 

「私は彼らの卍解を調査したが、彼らの卍解には()()()()()()()()()()()()()のだヨ。だから他の隊長格と同じだ。卍解を使えば同じように奪われてしまうのだヨ!!私もまだ詳細は分かっていないが、平子真子らと黒崎一護には、虚の力の浸蝕領域に関して明確な違いがあるネ。だから、卍解を奪われることが無いのは黒崎一護だけだ!」

「そう、ですか・・・すみません・・・。」

「要件はそれだけかネ?忙しいので切らせてもらうヨ。」

 

 

苛立ち、怒りの強く籠った口調でマユリから一方的に電話を切られてしまう。

卍解を奪われた隊長格と、奪われなかった一護の違いとして、虚の力の有無を最初に考えた隼人は、ローズ、平子、拳西なら卍解を使う事が出来るのではないかという推測を立てた。

しかし、マユリの以前の調査結果からそれが不可能であることを知らされ、いよいよ解決の糸口は無くなってしまった。

 

隊長格の霊圧を再び読んでいくと、六番隊、十番隊の二人だけでなく、ルキアの霊圧が消えてしまった。

さらに修兵や弓親の霊圧も弱まってきているが、更木剣八が近くにいる以上命は大丈夫だろう。

ローズや砕蜂の霊圧もかなり弱まってきており、何とか生き残ってほしい。

 

七番隊の二人はちょっと危険かもしれないが、今普通に動けている状態なら大丈夫だろう。

京楽も最初に霊圧が揺らいでから、特別霊圧の乱れは感じられなかった。

拳西も、最初に比べると霊圧が弱まっているが、砕蜂程弱まっているわけではない。

 

外を見ると、様々な場所から煙が上がっており、現在進行形で爆発している所もあった。

 

そこから感じたのは、二番隊の二人の弱まった霊圧だった。

 




ベレニケの「異議」も、ロバートに近い能力になっていますが、疑問を抱かせて隙を作る程度なので一瞬しか効果はありません。あと死神などの人間にしか効きません。その点で差別化を図っています。劣化版ロバートみたいな感じでしょうか。
また、自分の力を過信しちゃってます。だから更木剣八にやられちゃったんだよ。


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戦争

「わぁ~~!つるりんよりもつーるつるだ!!」

「・・・。」

「ねぇねぇどうして髪の毛のばさないの?」

「・・・。」

 

 

Lのロイド・ロイドは現在十一番隊副隊長と対峙しているのだが、やちるは一向に戦うつもりなどなく、斑目一角以上に光沢感のあるつるつるの頭に興味津々だ。

 

 

「どうやって、頭、ツルピカにしているの?」

「・・・。」

 

 

何度かロイドがサーベルで斬ろうとしても全て躱してしまうあたり、さすが十一番隊の副隊長なのだが、やちるは戦闘よりも自分の好奇心が勝っており、会ってからずっとこの調子。

 

基本的にロイドが聖文字を使う時は、自分よりも力がある特記戦力だけにしようと考えていたのだが、この際やちるにも使うべきか迷っている所だった。

 

 

「・・・私と、戦うつもりはないのか。」

「そんなことないよ?でも、今はつるりんよりもつるつるのりゆうが知りたいの!」

「・・・。」

 

 

ただ単にバリカンで頭を剃っているだけであり、たまたま剃った日が近いだけでしかないのだが、それを伝えた所でやちるは納得しそうにない。

 

 

無言で神聖弓(ハイリッヒ・ボーゲン)を取り出したロイドは、やちるを強引に黙らせ一度撤退するため、やちる目がけて大量の矢を撃ち込む。

いくら相手が子どもだろうと、容赦するつもりは無い。

 

(!)

 

自分に向かってくる神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)を斬り落とし、躱せるものは躱すやちるの隙を縫い、ロイドは飛廉脚でやちると離れようとする。

 

 

「ねぇねぇ教えてよ~~。」

「!!」

 

 

さっきまで矢を斬り払っていたやちるは、既にロイドと並走していた。

まさかあの矢を掻い潜って追いかけてくるとは。

ツルピカ頭へのやちるの執念が恐ろしくまで感じてしまう。

しかしやちるの体を見ると、さっきの矢でほんの少し傷を負ったからか死覇装が赤く染まっている箇所も見受けられた。

傷を負って迄知りたがるとは、好奇心旺盛と言うべきか、ただの馬鹿と言うべきか。

 

一度建物の中に入って距離を取り、態勢を立て直す。

 

 

「私が教えれば・・・戦うのか?」

「うん!」

「・・・私が頭を剃っているのは、陛下から聖文字を賜ってからだ。」

「へいか?しゅりふと?」

 

 

よく分からない言葉の羅列に、やちるは反芻しつつ考え込むが、結局分からないため考えることをやめる。

 

 

「とにかく、第三者から力を貰い受けたのだ。その時から私は、力を効率よく扱うために、頭を剃り始めたのだ。」

 

 

実際これは即席の作り話であり真っ赤な嘘だが、やちるは聞き入っていた。

その純粋無垢な瞳が、ロイドに少しの罪悪感を抱かせる。

 

一連の話を聞いたやちるは、ロイドの話を一刀両断する。

 

「ふーん。何かかわいそうだね!」

「なっ・・・!可哀想!?」

「だって、本当は剃っていなかったんでしょ?なのに力を貰ってから力のために剃るって、かわいそう!剃らなくてもいいじゃん!」

「陛下から力を賜ったことを私は嬉しく思う!死神風情の子どもに可哀想などと言われる覚えなど、」

 

 

 

 

 

 

「おぅ、ここにいたか、やちる。」

 

 

ロイドが瞬時に振り返った先に突然現れたのは、特記戦力の更木剣八。

後ろに二人の若い男性死神もいた。

 

 

「弓親、檜佐木、やちるを頼むぜ。」

「了解しました。」

「ゆみちーとひさひさが一緒にいるの、珍しいね!」

「たまたま協力してくれたからな。・・・全部結局更木隊長がやっちまったけど・・・。」

「剣ちゃん、やれやれ~~!」

 

 

すぐにロイドは聖文字を発動させて、更木剣八の姿形とともに、力と技術の全てを継承して特記戦力同士の戦闘に入る。

更木の戦いを見るのを楽しみにしていたやちるは、建物から出て始まった更木剣八同士の戦いを、建物の屋上から面白そうに見ていた。

 

 

 

*****

 

 

 

「ぐおっ!!!」

「大前田!!くっ・・・!」

 

 

卍解を奪われたことで霊力が著しく落ちた砕蜂は、蒼都相手に完全に後手に回っている。

それに加えて、卍解を奪われた所でテメェみてえなヒョロヒョロ滅却師に砕蜂隊長が負ける訳ねえだろ!なんて挑発を大前田がやってしまったせいで、蒼都は元々発動させるつもりもなかった聖文字を解放し、鋼鉄の体が大前田の体を何度も殴り、蹴り、などすることで大前田は動くのもやっとだ。

 

大前田に攻撃を重ねる蒼都に不意打ちをかけようとしても、蒼都の体の堅さは砕蜂の攻撃を一切通さない。

瞬閧を使っても、ほぼノーダメージだった。

 

ただ、砕蜂には鍛え上げた瞬歩の力がある。

蒼都は砕蜂のスピードについて来れているわけではなく、単純に常時展開する聖文字があって砕蜂らの攻撃が通らないのであるため、蒼都の攻撃を躱すこと自体は造作もない。

 

無口な滅却師は二番隊の二人を相手に何も言葉をかけはしないが、目だけで軽蔑の意思を見せる。

 

 

「舐められたものだな、私達も!」

 

 

目にも止まらぬ速さで動き始めた砕蜂は、蒼都の目を攪乱させていく。

追いきれていないと確信した砕蜂は、同時に大前田が投擲した五月頭(げげつぶり)の鎖を持ち、持ち主の大前田関係なしに強引に引っ張る。

 

大前田は油せんべいを爆食いするためデブではあるが、砕蜂にとって大前田を持ち上げることなど容易いため、五月頭は一時的に砕蜂の武器と化す。

砕蜂より力自体は弱い大前田の力ではなく、瞬歩の勢いをつけ、さらに瞬閧の力を借りた砕蜂の手で、蒼都に五月頭を直接押し当てる。

 

こうすれば今までほぼ無傷であっても、ようやくダメージを与えられるのではないかと推測したのだ。

 

 

「これなら貴様も唯では済むまい!!」

 

 

しかし。

 

何と、五月頭の方が砕けてしまった。

 

 

「なっ・・・!」

「か、堅すぎだろてめえ!」

蛇勁爪(シェジンツァオ)。」

((!))

 

 

鉤爪から撃ち出した霊圧が蛇のようにうねり、油断した砕蜂の体を斜めに一刀両断する。

そして蒼都は、鉤爪から数千本の極小の神聖滅矢を後ろに倒れ込む砕蜂目がけて撃ち込み、全身をそのまま蜂の巣のようにした。

 

 

「君の名のように、体を蜂の巣にしてあげたよ。二番隊隊長・砕蜂。」

「ぐっ!!」

 

 

大前田が後ろに移動して砕蜂の体を支える。

 

 

「副官がいないとろくに立つことも出来ないか。その副官も立つのがやっとみたいだけれど。ならばこれを避けることも厳しいだろう。」

 

 

「卍解 『雀蜂(じゃくほう)雷公鞭(らいこうべん)』」

((!!!))

 

 

先程まで確かに砕蜂の手元にあった金色の巨大な卍解は、今は滅却師の右腕に装備されている。

 

 

「本当に・・・奴等の手に卍解が・・・。」

「呆けている場合ではない!!私の卍解の力を知っている貴様なら分かるだろう!逃げろ!!」

「遅い。」

 

 

右腕に巨大な砕蜂の卍解を携えた蒼都は、そのまま躊躇うことなく砕蜂目がけて凶悪な威力のミサイルを撃ち込み、大爆発を引き起こした。

元の霊力の差からか、砕蜂では卍解の使用に3日程間を開ける必要があるのだが、蒼都はそのままもう一度同じ卍解を撃つ余力があったようだった。

 

 

「これ程の威力の卍解を受けていれば、生きていることもないだろう。失礼するよ。」

 

 

蒼都は砕蜂の霊圧を探るまでもなく、次の獲物を探しに出向いた。

 

 

 

「はっ・・・はっ・・・。何とか、命だけは留められたか。」

「隊長・・・。」

「・・・そんな捨て猫を見る目をするな、虫唾が走る。」

「よかった・・・いつも通りっすね・・・。」

 

 

砕蜂と大前田は、あと少し行動のタイミングが遅れていれば、雀蜂(じゃくほう)雷公鞭(らいこうべん)をまともに喰らって塵も残さず消えていた。

五月頭の破片を卍解に当てて起爆し、何とか逃げ切ることが出来たのだ。

瞬歩で何とか一定距離まで逃げたお陰で、滅却師の霊圧探査に引っかかることもなく撤退出来た。

完敗し、悔しさしか残らない戦いであったが、命だけは失わずに済んだ。

 

復讐の機会を得られただけで、御の字としか感じられない程には、敵の強大さをひしひしと感じることとなった。

 

 

 

*****

 

 

 

「あ~~あ!!副隊長でもなけりゃゴミカス以下だなオイ!!辛れぇわほんと!!」

「うっ・・・うぐぅっ・・・。」

 

 

六番隊第三席・行木理吉は、トップ二人とは別行動で班を統率していたのだが、突如現れたドリスコールに班員全員殺されてしまい、更に理吉自身も重傷を負い、殺される覚悟を抱かざるを得なかった。

 

 

「悪りィ悪りィ、瞬殺してやろうと思ったら、殺し損ねちまったな。苦しませて済まねえ。俺は敵味方獣何だろうと殺せば殺す程強くなる。今日ここまででざっと400人は殺してるな。」

「ううっっ・・・・・・。」

 

 

腕、腹に抉られたかのような穴が開き、壁に凭れて座り込むことしか出来ない。喋ろうと思っても、結局うなるだけで言葉として声を出せない。

 

 

「この前は200人程だっけな。副隊長一人殺したぜ。今日も副隊長一人やっつけたなァ!赤髪の奴だ。一発軽く殴ってやったらおもしれーぐらい吹っ飛んでったっけなァ!!」

 

 

赤髪の副隊長は、一人しかいない。

理吉の尊敬する副隊長が、たったの一撃でやられてしまった。

それにこの前殺したということは、雀部を殺したのもこの滅却師だ。

仇を取らねば。何としても仇を。

 

しかし、体が全く言う事を聞かなかった。

 

ドリスコールは両手を構え、再び巨大な矢を形成する。

斑目一角を一撃で戦闘不能に追い込んだ矢とは、霊圧量からして完全に別物だった。

 

「こんな具合に、なァ!!」

 

 

ドリスコールが投擲した矢は、衰弱した理吉には目で追うことも出来ない速さ。

自分も雀部と同様にここで死ぬのかと思えば。

 

突然目の前に現れた総隊長が、ドリスコールの矢を手で鷲掴みにし、横に払い捨ててしまった。

 

 

「そ・・・・・・総、隊、・・・長・・・。」

 

 

ようやく意思を言葉として発せられるようになったのと同時に、理吉は意識を失いその場で倒れてしまった。

 

 

 

*****

 

 

 

戦闘中に運ばれてくるのは大体重傷患者であるのだが、外での戦闘の様子に比べて明らかに此処に来る患者は少なかった。

 

今現在運ばれて来たのは、弓親が運んできた斑目と、清音、仙太郎が運んできたルキアだけだった。

 

ルキアは四番隊に運ばれる道中で清音が回道を使ったこともあり、あとは未だ強く残る麻痺の治療ぐらいであったのだが、斑目は体の損傷が激しく、護廷十三隊復帰の可否すら危ぶまれる状態だった。

 

伊江村とつい最近三席に昇進した花太郎、二人の三席が斑目の治療を懸命に行っていたのだが、

 

 

「今、私達がやれるのはこれで精一杯だ・・・。」

「ッ・・・!」

「虎徹副隊長を呼ぼう。だが、隊長と副隊長でも治せない傷を負って搬送される隊長格がこれから出てくるやもしれん、覚悟するしかないぞ、山田。」

「・・・はい。」

 

 

二人の力で斑目を完全に治すことは出来ず、副隊長に頼むことにした。

しかし、外で隊長格の霊圧を探ると、既に消えている者も複数いるのだ。

伊江村が確認しただけで、六番隊隊長・副隊長、十番隊隊長は既に見つからない。

二番隊隊長・副隊長と、九番隊、十番隊副隊長も、ほんの僅かな霊圧を感じるだけだ。

その他にも隊長格全員・少しずつ皆霊圧が弱まっていた。

 

呼ばれてやってきた勇音も、回道で斑目を治療するものの、回復の兆しは見られない。

 

 

「残念ですが、一度様子見をして、再び治療を行うしかないでしょう。」

「そうですか・・・。」

 

 

勇音の言葉を聞いた花太郎は、静かな不安を心の隅に感じるが、仕事に集中することで何とかそれを抑え込む。

 

(大丈夫だ・・・!一護さんが来てくれる!)

 

花太郎にとっての希望の光は、最早それしか無かったのだ。

 



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山本元柳斎重國

「ぶっ・・・ぶはははははははっ!!!いやあ運がいい!おれは運がいいぜえ!!総隊長!おれはあんたに会いに来たんだ!」

 

「あんたの部下の卍解で、あんたの息の根を止めるためにな!!」

 

 

意気揚々と高らかに声を上げるドリスコールに対し、山本総隊長は少しの表情の変化のあと、いつもの顔つきに戻る。

 

ドリスコールが展開した雀部の卍解は、2000年以上前に雀部が披露した卍解の姿と何ら遜色ない。

 

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」

 

「懐かしいだろ!?あいつを殺した後に見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)で陛下がくださった情報(ダーテン)を見た所、こいつは2000年以上も卍解を使われていなかったそうだ!それを再び見ることが出来たんだ!おれに感謝しなきゃなあ!!!」

 

 

BG9の奪った大紅蓮氷輪丸の天相従臨の効果を、ドリスコールが奪った雀部の卍解が上書きする。

元の持ち主が強大な霊圧の持ち主であったがために、ドリスコールの本来の実力に見合わない程の莫大な霊圧を背後の卍解は放っていた。

 

雀部と同じように、ドリスコールは腕を振るう。

瞬間。

 

山本総隊長に、極大の雷が降り注いだ。

 

 

「どうしたんだよ爺さん!部下の卍解に打たれて反撃する余力もねえか!?」

 

 

さらにドリスコールは雷を直接撃ち込む。

 

 

「何とか言えよクソジジイ!!!」

 

 

間隔を開けずに2、3発強力な雷撃を撃ち込み、ここまで攻撃すればさすがの総隊長でもひとたまりも無いだろう、とドリスコールは見立てる。

 

 

「長次郎よ・・・。」

「あァ?よく聞こえねえな。そうだ!電気ショックでもあたえてやりゃあ声も聞こえるんじゃねえ、かッ!!!!」

 

 

再び雷撃を撃ち込むと、山本総隊長は小さな、しかし厳粛とした面持ちで言葉を紡ぎ出す。

 

 

「・・・さぞ、悔しかろう、長次郎・・・。お主の怒り、儂にはよう分かる・・・・・・。お主の・・・お主の磨き上げた卍解は・・・!」

 

 

 

 

 

 

「この程度では、断じて無い!!!!!!」

 

 

総隊長の怒りから放たれた流刃若火の炎は、ドリスコールの皮膚、臓器を全てもろとも一瞬で溶かし尽くした。

骨だけの姿になるも、灼熱の炎によって全て灰燼と化す。

 

 

死神数百名を殺し、雀部を殺害し、阿散井を一撃で戦闘不能にした滅却師は、たった一薙ぎの剣によってこの世界に一切の痕跡を残さず消え失せることとなった。

立ち込める爆炎を見るまでもなく、山本総隊長は霊圧を全面的に解放し、敵の首領の許へと駆け抜けていった。

 

 

その霊圧に、護廷十三隊全隊士が驚きと恐れを抱く。

 

 

「ちっ・・・大昔にうるせえって怒られたのを思い出すな・・・。」

 

 

少なくない傷を負いながら、拳西は総隊長の霊圧に昔の記憶が引き摺り出される。

隼人を引き取る前に六車九番隊を率いていたころ、朝晩構わずうるさかったせいで総隊長が眠れず、大目玉を喰らったことがあったのだ。

お付きの子どもの声援で無限とも呼べる程に強くなる滅却師に対し、何とかして突破口を探そうと再び立ち上がって始解を炸裂させる。

 

 

 

「・・・あたし・・・・・・。あんなに怒ってる総隊長、初めて見ました・・・。」

「アホォ。俺かて見たことないわ。あんな最前線で戦うてる総隊長もなァ。」

 

 

破面、藍染惣右介と空座町で戦いを繰り広げた時も、山本総隊長は真打として参戦したことを思い出し、雛森は事の重大さを改めて実感する。

 

 

「急ぐで桃。早よせんと、ジイさんにエエとこ全部持ってかれてまうで。」

 

 

そして五番隊は、ボロボロになりつつも戦闘中の隊長格の援護に再び進みだす。

 

 

 

「立て!!!!」

 

「元柳斎殿が立っておられるうちに早々に横たわる事は、護廷隊士として有り得可からざる恥と心得よ!!!!!」

 

 

狛村の一喝で、射場含めた七番隊はバンビエッタの神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)によって全滅の危機に晒されていた状態から起き上がり、形勢逆転を画策しようとする。

 

理解出来ない死神側の行動に、バンビエッタも困惑を隠せずにいた。

 

 

「何ナニなにちょっと、いや、どーなってんのよコレ。意味分かんないわ・・・。」

 

 

 

「・・・まいったね、どうも。山じいの霊圧が瀞霊廷中に木霊してる。鳥肌が立っちゃうよ。こっちまで叱られてる気分さ。」

 

 

ロバートから受けた傷は目に受けたものしか今のところ無いのだが、浮竹と同じレベルの信頼度を今現在持っているロバートに本気の攻撃をすることがどうしても出来ず、お互いの傷は少なかった。

 

しかし京楽は、師でもある山本総隊長の全力の霊圧に、ロバートがもたらす心の圧力を強引に捻じ伏せる。

 

 

「この程度の敵に手古摺る様な―――――」

 

 

「腑抜けに育てた憶えは無い、ってね!」

(!!)

 

 

一気に速度の上がった京楽の動きに、ロバートの表情が硬くなる。

 

 

 

*****

 

 

 

「おー、やっと見つけたよ。」

 

 

山本総隊長が起こした爆炎の方向と、()()()()()()()()()目を凝らしながら呟く。

ある滅却師の男は今まで一度も死神と交戦することなく、万が一遭遇した場合は一目散に逃げていた。

といっても、遭遇したのは平子達五番隊と、怪我をおして歩く浮竹だったため、どっちにしろ大規模な戦闘にはならなかったのだが、そんな事知る由もない。

 

その理由として、ある死神を探していたからだ。

 

 

「ここまで霊覚使って全力で探してきたってのに、ずっと見つからないってどんだけ堅牢な要塞に入ってんだよ。核シェルターか?」

 

 

両目の上に手を当てて望遠する仕草を取りつつ、滅却師の男はキザに独り言ちる。

瀞霊廷を周遊する死神の霊圧を探りつつ、最も自分の存在を気付かれないルートを逆算して、男は最高速度の飛廉脚を使って目的の場所に辿り着いた。

 

ニヤリと笑みを浮かべ、その建物を見上げる。

 

 

 

 

『ああ、まず十二番隊の涅マユリは危険だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。』

『はぁ?何だよそれ。』

『分かんなくていいぞ。とにかく出くわすなって話だ。キャンディなら返り討ちにあってもおかしくないな。』

『うげっ、マジかよ・・・。』

 

 

その話を聞いたキャンディスは、最初に聞いたときこそビビりはしたが、リルトットが特別目をつけていなかったことも相まって、それ以上話を聞くつもりもなく適当に聞き流す。一応帰ったら()()()()()()には教えるかと頭に留める程度だ。

 

 

『他にもいるのか?』

『あぁ、実は場合によっちゃ、コイツが一番厄介だ。()()()()()()()ヤバイ奴かもしれねえな。』

『おい、それって・・・。』

 

 

 

 

「確かに最初、あんたの事を藍染惣右介並にヤバイと思ってたよ。でもな、」

 

 

 

「俺にとっちゃあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺ぐらいになるとな、隠れていようと逆算すれば、あんたの位置なんか筒抜けだ。致命的だぜ、口囃子隼人。」

 

 

アスキン・ナックルヴァールは七番隊隊舎にある『七』の文字を見上げつつ、今日一度も行っていなかった戦闘行動の手始めとして、聖文字(シュリフト)を解放した。

 

 

 

*****

 

 

 

「悪いな、時間切れだ。お前の相手してるヒマ無くなっちまった。」

「・・・何だって?」

 

 

お互いそれなりの傷を負いながら、ナジャークープが発した言葉にローズが訝しむ。

それと同時に、とある場所から爆炎が上ると共に、総隊長の霊圧が地響きとともにローズまで伝わってくる。

 

 

「俺は元々あのジーさん相手にするよう頼まれてんだよ。お前に使った力で、全身麻痺させるためにな。」

「ボクの全身を麻痺させられてない時点で、それは不可能だと思うんだけど?」

 

 

今までローズが受けた攻撃はナジャークープの操る神聖滅矢と二回の麻痺攻撃であり、ナジャークープが受けた攻撃はローズの操る瓦礫が直撃した分。それだけだった。

実力は拮抗しており、ずっとお互い傷を負わず膠着状態に陥っていたのだ。

 

 

「ボクは今まで卍解を使っていない。でも君は特殊な力に頼っているにもかかわらず、それを外してばかりだ。総隊長相手に大見得をきりたいなら、ボクを瞬殺しないと。そもそもボクと争っている時点で総隊長に君の攻撃は届かないと思うよ?でもそれ以前に、君のアートじゃない攻撃で、ボクが遅れを取るとは思えないんだけど、そう思わないかい?滅却師。」

 

 

と、長々と喋っていたせいで、ローズはまさかまさかで撒かれてしまった。

 

 

「なっ!このボクの話を聞かずに逃げるとは!!後悔しても知らないよ!?」

 

 

虚空に叫んでも、一切返事は返ってこない。

ラブがいないので、ツッコミも一切無い。

 

 

「くっ・・・逃げられたか・・・。でも、」

 

 

「総隊長の前に立っちゃう方が、無事でいられるとは思えないケド、ね。」

 

 

 

*****

 

 

 

三名の滅却師を瞬殺し、無双の活躍を見せた更木剣八は、ユーハバッハになす術もなくやられてしまう。

 

そこに現れたのは、護廷十三隊総隊長・山本元柳斎重國。

1000年振りの対決だった。

 

 

「千年振りじゃな、ユーハバッハ。お主の、息の根を止めに来た。」

 

 

その言葉を発した直後。

 

完聖体を使用して、数名の滅却師が突如一気に襲い掛かって来た。

 

バズビー、ナジャークープ、エス・ノト、BG9、蒼都。

五名が皆全力で総隊長を殺すため、様々な技を駆使する。

 

しかし。

 

 

全く別の場所にいた京楽が、滅却師達の甘さを窘めた。

 

 

「―――――山じいは、そんな常識の通じる人じゃア無いんだよ。」

 

 

星十字騎士団五名の攻撃をものともせず、山本総隊長はドリスコールと同様に流刃若火の一振りで軽くあしらい、一蹴したのだった。

 

 

「お主の率いる部下の、脆いことよ、ユーハバッハよ。」

「貴様の率いる部下も、脆弱な死神ばかりではないか、山本重國。だが私の子ども達は未だ愚かでな、教育が行き届いていないことが残念でならない。」

「・・・。」

 

 

その言葉に、山本総隊長はただ首を曲げて調子を整えるだけで、何も言うつもりはない。

ただ、ユーハバッハの目を嘲りの視点で貫き通す。

 

 

「何だ?何か言いたげな眼だ―――――。」

 

 

一切の予備動作無しに、総隊長はユーハバッハを一閃する。

反応出来なかったユーハバッハは、なす術もなく斬られてしまった。

大量に流れ出た血を見て、側近のハッシュヴァルトも身を案じる。

 

 

「陛下!」

「変わらんな。部下を軽んじるその悪辣も。じゃが、それもここで終わるものと知れ。」

 

 

その言葉に、ユーハバッハも軽蔑の視線を向ける。

 

 

「お前は老いたな、山本重國。だが、怒りに身を任せるその姿は、若き日にも重なって見える。」

「ぬかせ!!!」

 

 

上から圧倒的な物量の炎を撃ち出し、それを爆発させてユーハバッハの体を焼き切ろうとするが、ついに剣を抜いたユーハバッハによって、それは防がれてしまうことになる。

 

しかし、ユーハバッハの右手からは先ほど斬った時に出た血が滴っている。

 

 

「私が、剣を抜くのを待っていた様な口ぶりだな。」

「何故、待っていたと思う。」

 

 

一呼吸置いて、山本総隊長はぐらぐらと燃え盛る炎を更に強めてユーハバッハと対峙する。

 

 

「お主の血肉も剣も魂も、髄から粉々に砕く為よ!!」

 

 

瞬間、山本総隊長を覆う全ての炎が一瞬で消える。

 

 

「――――卍解 『残火の太刀』」

 

 

「尸共、我が炎に散った亡者の灰よ、手を貸せ。暫し、戦の愉悦をくれてやる。」

 

 

焼け焦げた剣を地に突き刺した山本総隊長は、呪文を唱えるかのように言葉を紡ぎ出す。

 

 

「残火の太刀“南” “火火十万億死大葬陣”!」

 

総隊長が斬り捨てた亡者の灰に、残火の太刀の熱を与えて叩き起こし、敵を塵となるまで追い詰める。

たかが亡者相手に遅れを取る筈がない、それに死神の長が死者を蘇らせるという、矛盾しか持たない現象にユーハバッハは憤りを見せる。

 

しかし、彼は目を疑う光景をその眼で見てしまう。

 

大昔部下だった滅却師の男達が、自分を止めに入っているのだ。

 

 

「どうじゃ、嘗ての自らの部下達に取り押さえられる気分は。」

「貴様ァァァァアァアァァア!!!!こんなもので、この私を止められるなどと思うな!!」

「―――儂にはお主の涙が見えるぞ。苦しかろう。部下の亡骸を破壊せねば、儂へと辿り着く事すらできぬとは。憎かろう。死した部下すら戦場へ呼び戻す、この儂の悪辣が。」

 

 

亡骸の骸骨を手で砕きつつ、山本総隊長は言葉を続け、莫大な怒りを首領であるユーハバッハにぶつけた。

 

 

「じゃがそれらは全て、お主が殺した死神達の憎さ苦しさには足りぬと知れ!!!!」

 

「残火の太刀 “北”」

 

 

 

 

「天地灰尽」

 

 

その一薙ぎは護廷十三隊一破壊力のある斬撃であり、ユーハバッハの腹を真横に一閃し、滅却師の首領はなす術もなく倒れ込んでしまった。

 




かなりあっさり総隊長はユーハバッハを倒してしまいますが、理由はもちろんアレだからです。原作以上に力の差を描く為、技全てを使わずともユーハバッハは倒れるようにしました。


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毒入りプール(ギフト・バート)

「すっご・・・。こんな霊圧感じるの初めてだよ・・・。」

 

 

ドリスコールを討ち取りユーハバッハへの許へ移動を始めた時の総隊長の霊圧を感じた隼人は、藍染惣右介の最終形態直前にも似た霊圧に恐れをなす。

しかし、その霊圧の持ち主が味方ともなれば、自然と力が漲ってくるように感じる。

 

自分も役目を果たさねば、と思い、滅却師の霊圧に探りを入れると、

 

 

 

ズン!!!という地響きで形容される程の圧力が、突然隼人に襲い掛かって来た。

 

(!!)

 

後ろを振り向くが、そこには誰もいない。

 

(まさかここがバレたのか・・・?何重にも結界張ったぞ・・・!?)

 

戦闘準備を始め、付近の霊圧を探索すると、一人の滅却師が近くにいた。

()()()()()()()()()()()()

 

 

ここまで侵入を許した以上、隼人は本気の迎撃措置に入る。

元々隊士がいた時は隊士を全員逃がしてから隼人も逃げるつもりだったが、隊士達を外に出した今では基本方針を180度変える。

 

始解の力を掻い潜って結界の中にまで侵入されたとあっては、術専門の死神としての沽券に関わるため、藍染戦の序盤と同様に、縛道の遠隔操作で滅却師を捕えようとしたのだが。

 

(なかなか、捕まってくれない・・・。それに、何だこの圧力、相手の技か・・・?)

 

思考すら若干たどたどしくなる程の圧力を受けながらも鎖条鎖縛を使って滅却師を追い詰めていく。

同時に三つの鎖条鎖縛を遠隔操作しながら霊圧の場所を特定しつつ、隊舎の壁まで追い詰められれば後はこちらのモノ。

この結界を突破した以上かなりの危険人物であることは間違いないため、生け捕りにした後尋問し、即殺す。

生け捕りに出来なくとも、向こうを弱らせてから姿を現し、相手の実力を改めて判断する。

格上なら逃げる。実力が拮抗していれば戦う。

 

様々な事態を頭の中で巡らせながら考えていった。

 

しかし。

 

 

 

さらに強い圧力が隼人の身に降りかかり、ついに縛道を維持することも出来なくなってしまった。

 

 

「ッ!!!何だこれ・・・!」

「へぇー、情報(ダーテン)の画像に比べちゃ随分イケメンじゃないの。」

「!!!!」

 

 

さっきまで外にいたにもかかわらず、僅かに縛道を維持できなくなった一瞬で、今目の前にいる滅却師は外から隊首室の入り口まで入り込んでいた。

 

 

「酸素の毒入りプール(ギフト・バート)だけだったらピンピンしてんのな。やっぱ化け物だよあんた。まァ窒素まで入れりゃあ動けなくなったけど。」

「何・・・言ってんだ・・・?」

「簡単に説明すると、あんたは今酸素中毒であり窒素中毒である、以上!」

 

 

余計ワケが分からない。

酸素も窒素も、普通なら人体に害など無い筈だ。

特に酸素は、吸わないと生きていけないのに。中毒など言われると益々意味不明だ。

 

 

「このプールに入れば、俺の指定した物質に対する耐性を下げることが出来るんだ。」

「・・・だから、酸素と窒素の耐性を下げたのか・・・?」

「そ。簡単だろ?」

 

 

能力の説明を受けた時点で、この滅却師が格上であることに隼人は気付いていた。

そして、小手先の策ではこの男から逃げられないことも隼人には十分理解出来ていた。

 

 

「じゃあ、何であんたは僕の所にわざわざ・・・?」

「質問に質問を返すようで悪いが、あんたは何故だと思う?」

 

 

そう言われた所で、確かにそれは考えてもいなかったと自分で改めて気付く。

今まさに瀞霊廷中を震わせる霊圧を放っている山本総隊長の所でもなく、年長の隊長である京楽、浮竹、卯ノ花でもなく、指折りの頭脳を持つマユリでもなく、虚化という特殊な力を持つ平子、ローズ、拳西でもなく、圧倒的な卍解の力量を持つ狛村でもなく、始解、卍解も持たずに護廷十三隊トップの戦闘力を持つ更木剣八でもなく。

 

何故、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

とっさに思いついた一つの可能性をまずはぶつける。

 

 

「藍染惣右介と、戦ったからか・・・?」

「いや。完全なハズレではねェけど、当たっているとは言えねえな。」

 

 

苦しみながらも、更に可能性を推測していく。

 

 

「じゃあ、僕が鬼道出来るから・・・?」

「だったら俺はあんたなんかより鬼道衆の頭目ントコ飛んでってる筈だぜ?」

「ッ・・・。」

 

 

いい加減、立っているのも苦しくなりそうだ。

それを見越した滅却師の男は敵とは思えない行動を起こした。

 

 

「しょうがねえ。酸素だけは切ってやるよ。」

「・・・は?」

 

 

益々目の前の男が解らなくなり、より恐ろしくすら感じる羽目になってしまった。

この期に及んで攻撃(と呼べるのか分からないが)を緩和するのは、どう考えても得策ではない。

にもかかわらずこんな愚行をする意味が分からない。

 

 

「何・・・、目的は何だよ。」

「俺はあんたと話がしてぇ。あんたの人となりを知る、それだけのためにわざわざ尸魂界(コッチ)に来たんだぜ?付き合ってくれよ。」

「意味わかんない。話になんないよ。」

「だったら無理やりにでもあんたを俺の話に巻き込んでやるだけさ。」

 

 

そして滅却師の男は、まず自己紹介から始めた。

 

 

「俺はアスキン・ナックルヴァールだ。星十字騎士団で聖文字は“D”。指定したものの致死量を操って敵を殺す能力を使うんだが、その影響からか俺は霊圧に敏感でな、」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「は・・・?」

 

 

開いた口が塞がらない。

今まで現世で戦闘行動を行っていた破面の霊圧を何度も読んできて、向こうは一切気付く素振りを見せてこなかった。

完現術者の霊圧を調べた時もそうだ。誰も、何も遠くから変な気配を感じるようなことを言いもしなかった。

 

なのに。

 

何故この男は、結界で存在をくらませていた自分が霊圧を探っていたことを見抜いたのか。

 

 

「・・・どういう、ことだよ・・・。」

「おっ。食いついた食いついた。おもしれーな、マジで鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるぜ。じゃああんたの力は何だよ、口囃子隼人。」

 

 

何故名前を知っているのかと思ったが、それ以上に何から何まで一切読めないこの男が厄介で仕方ない。

 

その不敵な笑みが。

道化師のような振る舞いが。

 

全てが解らない。

 

こんな人間に出くわしたのが初めてで、どう対応すればいいのかの最適解が思いつかないのだ。

故に、提示された質問に答えるしかなかった。

 

 

「僕の力は霊圧を記憶してその対象の位置情報をいつでもどこでも探査・捕捉する能力だよ。今では現世、尸魂界、虚圏全部賄える。あんたみたいな強い滅却師が注目するような力じゃないんだけど、それが何か?」

「おい・・・マジかよ・・・。」

「は?」

 

 

隼人の言葉に、ナックルヴァールは敵なのに本気で心配する顔を見せる。

ナックルヴァールが次に投げかけた言葉に、隼人はいよいよ混乱を隠せなくなってしまった。

 

 

「あんた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

「――――――――。」

「えっ、マジで、何その顔。オイオイオイオイマジで?」

 

 

目の前が真っ白になるような気がする。視界の焦点が合わなくなる感覚がしてくる。

一人で混乱し、思考がぐちゃぐちゃになっていく隼人を見て、ナックルヴァールは呆れとともに、最大級の失望感を抱いていた。

 

 

「・・・もういいわ。興醒めって、こういう事を言うんだな・・・。止めだ止めだ。俺は今のあんたとは戦わねェ。自分の力も解ってねェひよっ子と戦うなんて、俺の戦闘スタイルには受け付けないね。」

「は・・・?いきなり現れといて何言ってんだよ。」

「あのさぁ、あんた今のまんまじゃ俺達誰にも勝てねェよ?確かにあんたの実力は副隊長を越えてるさ。でも勝つことは出来ないな。あんたより力の劣る副隊長が俺達に勝てたとしても、あんたは絶対に勝てねェ。根本的な問題なんだよ。」

「だから、あんたに僕の何が分かるんだよ!」

「分からねェよ?俺はあんたじゃねェからな。だからこそ分かることがあるんだよ。」

 

 

「あんたの本当の力はもっと別の所にある。それだけは伝えといてやるさ。」

 

 

その言葉を皮切りに、ナックルヴァールは流れるように神聖弓(ハイリッヒ・ボーゲン)を作り上げ、たった一発の矢で隼人の右腕一箇所を射抜く。

 

 

「ッ!!」

「一応こんだけ敵と一緒にいて、一つも攻撃しなけりゃ陛下に怒られるんでな。あんたの力じゃ、そんな傷すぐに治せるんだろうけどさ。」

「逃がすと思うか!!破道の九十一 千手―――――――」

 

 

詠唱はそこで、止まることになった。

いや、止めてしまった。

 

 

山本総隊長の霊圧が、一瞬にして瀞霊廷から消えた。

 

 

「―――――!!!!!!」

「どうやら、陛下がやったらしいな。じゃあな、もうあんたに用はねェ。」

「まっ、待ちやがれ!!千手皎天汰―――」

 

 

室内であることなど構わず、大量の矢をナックルヴァールに浴びせかけようとしたが、毒入りプールを強化したことで遂に立つことすら出来なくなってしまう。

作り出された霊子の矢がいたずらに飛び交い、隊舎を内側から破壊するだけで滅却師相手に何の攻撃も出来なかった。

 

うつ伏せに倒れ込みながら頭だけ上げるも、ナックルヴァールは既に消えていた。

遠くに彼の霊圧を感じ、みすみす取り逃した悔しさで床を拳で殴る。

 

 

「何だよ・・・、一体、何なんだよ・・・!!」

 

 

激しく自己を揺るがされ、自分の足で立ち上がる感覚すら見失いかけた自分の情けなさに、自己嫌悪する。

そして、自分の本当の力は今の力ではないと断言されたことにより、今まで自らの生き写しとも呼べる程に信頼していた斬魄刀、『桃明呪』が全く分からなくなり、何から何まで疑心暗鬼になってしまう。

それにもかかわらず、山本総隊長の霊圧は完璧に喪失し、探査、捕捉が一切出来ないことが、事実として突きつけられる。

 

唇から血が出る程歯を食いしばりながら、隼人はそのまま意識を失ってしまった。

 

 

 

*****

 

 

 

山本総隊長の死は、護廷十三隊を大きく揺るがす。

 

 

「山じい!!!!!」

 

 

人生最大の動揺を見せた京楽は、一瞬全ての動きを止めて総隊長の死に心を大いに乱されてしまう。

その隙を、ロバートは見逃さなかった。

 

一気に拳銃から霊子の弾丸を連射し、京楽の体を五ヶ所程撃ち抜く。

 

 

「うっ・・・うぶっ・・・。」

「トップの死にここまで心を揺るがせるとは、貴方も人の心を持っていた様だ。」

 

 

さらにロバートが四発弾丸を撃ち込み、京楽を射抜くことで、今まで深手を負っていなかった京楽ですら滅却師の凶刃に倒れることとなった。

 

 

総隊長の死の直後、京楽の霊圧が極度に弱まっていることを瞬時に感じ取った七緒は隊舎で待機する命令を放棄して、一目散に京楽の許へ駆け寄る。

 

 

「円乗寺三席!隊舎は任せます!」

「えっ、りょ、了解しました!!」

 

 

自身最速の速度で瞬歩を使い七緒は京楽の霊圧がある場所に超特急で駆けつける。

幸いにも八番隊隊舎から近い場所であったため、怪我を負ってからそんなに時間は経っていない。

既に敵の滅却師はどこか別の場所へ行ったのか消えていたが、京楽は壁を使って何とか立ち上がり、歩くことが出来る程度だった。

 

 

「隊長!!!!!」

「な・・・七緒、ちゃん・・・。」

 

 

隼人を治療した時に四番隊や井上織姫の力を借りる必要が生まれてしまい、うまく自分の力を発揮出来なかった反省から、七緒は以前よりも回道の腕前も上達させていた。

あの時の鉄裁の動きも昨日のことのように覚えているため、京楽への応急処置として全く同じ手順を踏む。

 

似たような傷ではあるが、隼人よりも霊圧が高く、あの時よりも傷も酷くはないため、京楽の意識はあった。

 

 

「七緒ちゃん、・・・、どうしよっか・・・。」

「今は何も話さないで下さい!応急処置を済ませます!」

「・・・山じい・・・。」

 

 

七緒にすら伝わる程に今の京楽は動揺を隠せずにいる。

京楽自身もそれを理解しているのだが、尊敬し、全幅の信頼を寄せていた師を失った現実が、ひどく受け入れ難い。

 

これは夢なのではないかと、普段なら絶対に思わないことですら可能性として考えてしまう程だった。

 

 

「隊長!!ダメです!目を閉じないで下さい!」

「七緒ちゃん・・・喋るなって言ったのに、ボク、どうすればいいんだい・・・。」

「とにかく!!死なないで下さい!!つべこべ言わずに起きていて下さい!!」

 

 

その透き通った声が、優しかった京楽の兄の妻をどことなく彷彿とさせたのは、偶然ではないだろう。

その言葉の中身が、100年程前に己の副官を務めていた厳しい女の子を彷彿とさせたのも、偶然ではないだろう。

 

戦いに負け、尊敬する師を失ったにもかかわらず、京楽は己の副官に体だけでなく心も癒されていくような思いがする。

伊勢七緒が、己の全ての弱った感情を、洗い流してくれている。

 

朦朧とする意識の中そのように考えだして見方が変わってきたのは、この日が契機だった。

 



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虚化

久々にブレソルを開き、ステップアップガチャを何となく引いたらバンビちゃんが当たりました。びっくりです・・・。


「さらばだ、山本重國。」

 

 

()()()()()()()()()が事も無げに山本総隊長を切り捨てたために、護廷十三隊の間に激震が走る。

直後、言葉を発するまでもなくユーハバッハが山本総隊長の亡骸に対し、数千、いや、数万ともいえる莫大な神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)を同時に撃ち込むことで山本総隊長は亡骸すら残すことなく全てを消し飛ばされ、瀞霊廷を去ることになる。

 

 

「貴様の全てを()した今だからこそ言おう。嘗ての貴様は違った。貴様が創設した当初の護廷十三隊は、護廷とは名ばかりの、殺伐とした殺し屋集団だった。だが、それ故に、恐るべき集団だった。」

 

 

昔話をする割に、一切の感慨を消去してユーハバッハは続ける。

嘗ての山本総隊長を、剣の鬼と評し、ユーハバッハ以上に部下の命を顧みない、悪辣とも呼べる男だったと述べていく。

 

しかし、安寧を手に入れると同時に平和に迎合し、正義、誇りの為に二の足を踏む惰弱の一群に護廷十三隊が成り下がったと、今の護廷十三隊を見て蔑如の言葉をぶつける。

 

 

「尸魂界はこれから死ぬが、護廷十三隊は千年前、我等と共に死んだのだ。」

 

 

大穴の空いた地に向かい、ユーハバッハは怒りをも込めた目で山本総隊長の()()()()()()に吐き捨てた。

 

皮切りに、遂に最後の仕上げに突入する。

 

 

星十字騎士団(シュテルンリッター)全名に伝えよ。尸魂界を、徹底的に蹂躙せよ。」

 

 

その伝令を受け取った、現在交戦中ではない滅却師の数名が地に手をつけて横にスライドし、影を拡張させていく。

 

 

「進め、『聖兵(ゾルダート)』。」

 

 

合図と共に、星十字騎士団一般隊員がぞろぞろと現れ、死神の一般隊士だけでなく、瀞霊廷の建物など、辺り構わず破壊活動を繰り広げていく。

数多くの死神が命を落とし、数多くの建物が爆発し、崩壊してゆく。

 

瀞霊廷は、たった一日で見るも無残な戦争跡地へと変貌を遂げる。

 

 

「くっ・・・何てことだ・・・!」

「隊長!とにかく一度隊舎に戻りましょう!」

「・・・分かった・・・。」

 

 

小椿が肩を貸して雨乾堂まで浮竹の負担を減らそうとし、清音が回道を使って出来る限り浮竹を回復させる。

しかし、周りで繰り広げられる破壊活動のせいで、浮竹はより心を傷めてしまった。

総隊長の死、愛する風景の喪失、これを同時に体験してしまった浮竹は、海燕の死の時と全く同じ表情をしていた。

 

 

 

*****

 

 

 

時は少し遡り。

 

 

「ふむ・・・中々骨のある悪党よ。それ程血を流していながら、ワガハイのスター・フラッシュを避けてみせるとは。だがそれも関係ない。10カウントでは仕留められなかったが、すぐにでも貴様を消し飛ばすことは可能だ。」

「まだ底なしかよ・・・!ったく、卍解出来ねえと思うように戦えねえ・・・!」

 

 

とは言うものの、敵が言葉一つで回復し、言葉一つで自己強化を行ってしまう以上自分の卍解ではいずれ効かなくなってしまうだろうな、という予測が出来てしまう程には自分の卍解が未完成で脆弱なことを拳西は知っていた。

 

要するに、負け試合確定。

最大限の力を尽くしても逆算では敗北しか考えられず、隊長でありながら実力の差を思い知らされてしまい、悔しいという言葉一つでは表しきれない程の思いが頭を駆け巡る。

 

(こんなんじゃ、隊長失格だな・・・。)

 

脳内で自嘲こそするものの、だからと言って簡単に負けてやるわけにはいかない。

山本総隊長の霊圧が瀞霊廷内を震わせている中、拳西は再び始解だけで滅却師相手に抵抗を始めた。

 

 

「そのような小細工など吾輩には効かぬと何度言えば分かるのだ!」

「小細工だろうと何だろうと負けるワケにはいかねえんだよ。」

 

 

一切その場から動かず斬魄刀だけを動かす拳西に、マスクは再び頭から突撃し、スター・ヘッドバッドをお見舞いしてやろうとしたが、突如マスクの目の前の空気が大爆発し、全方位視界を奪われる。

 

 

「何と!姑息な真似をする!どこへ消えた悪党め!!」

 

 

その隙に、無防備だったジェイムズをもう何度目か分からなかったが爆散させて、少しの間だけでもバフをかけられないように時間稼ぎをする。

その後、未だに狼狽えるマスクを尻目に拳西は上空へと移動し、右手に霊圧を籠めて勢いをつけ、マスクの体に直接ばくだん突きを打ち込む。

 

同じ威力のこの技を序盤に使った時はいくつかの建物を貫通してまで吹っ飛んだが、何度も強化してしまった今では、ダメージこそ受けるものの当たった部位を少し手で押さえれば済む程度の技へと成り下がってしまっている。

 

 

「視界を消して攻撃か。流石悪党だ!小狡い戦闘ばかり行うではないか!!」

「たくさん爆発するんだぜ。派手でいいんじゃねえか?」

「成程、それも一理ある。だが、」

 

 

「その爆発はワガハイが作り出すものでなくては意味が無い!!スター・フラッシュ!!」

「っぶねえ!!!」

 

 

スター・フラッシュを出したまま頭をしっちゃかめっちゃかに動かし始めてしまったため、読めないマスクの攻撃に拳西は僅かに動きが遅れてしまう。

 

自分の身は隊長羽織の裾が焼ける程度に済んだのだが、あちこちにしかけた断風の罠が全てスター・フラッシュで爆発してしまい、周到にしかけた策が全て水泡に帰す。

 

東仙とは違い今回は相手のパーソナルについて全く知らず、しかもよりによって残酷なことを平気で出来るタイプの人間が敵であるため、最初から最後まで容赦の無い攻撃が降りかかってくるのだ。

 

 

未だに突破口が見つからず、さらにどんどん自分の力が効かなくなっていくのが、まるでバッドエンド確定のゲームを実世界でやらされている感覚と同じで、更木剣八や黒崎一護などの余程の実力者でない限り勝てない相手にかちあった己の運命すら呪いたくなる。

 

 

こんな時、あの喧しい息子である隼人なら真っ先に逃げて誰かに任せるだろうが、それは隊長格ではない死神だからこそ出来る芸当だ。

隊長の自分が敵に尻尾を振って逃げるなど、とんでもない悪評が広まってしまうだろう。

九番隊の地位が、一瞬で地に落ちてしまう。

 

拳西にとってこの戦いは、ある意味面子を守る為のものになりつつあった。

 

 

「こんなに罠を仕掛けていたとは卑怯な!!その性根をワガハイが叩き直してやろう!ジェイムズ!!おーい、ジェイムズ!!」

「――――――はーーい!!!頑張って下さーーい!!」

「!またやりやがったか!!!」

 

 

更に強くなったマスクは、今回はジェイムズの取り計らいで速度強化が重点的になされ、飛廉脚のスピードが段違いのものへと変貌を遂げる。

もちろん他の力も強化されたため、さらに頑丈でさらに霊圧が高く、さらに力のついた攻撃が出来るようになっている。

ポツポツと降り出した雨が、自分を窮地に陥れようとしているようにさえ思えてくる。

 

 

「とうっ!」

(!!)

「スター・ラリアット!!」

 

 

一切反応出来ず、拳西はなす術もなく吹き飛ばされてしまう。

目の前に断風で仕掛けた即席の罠で勢いを中和できていなければ、完全に首が折れていた。

 

 

「スター・ドロップキック!!」

(!!)

 

 

間髪入れず、吹き飛ばされた先にドロップキックを入れようとしたが、気配を感じ取った拳西は横に転がることで何とか躱す。

 

 

「外したか!!だがワガハイに屈する悪党の姿が目に見えてきたぞ~~!!!スター・パンチ!!」

 

 

“殺人”という異名を前につけたパンチよりは威力が落ちるものの、初動の速いパンチでさらなる追撃をして殴りつけようとする。

 

躱した拳西は、追撃の動きを読み切り、断風の切っ先をマスクの方に向ける。

切っ先を向ける時の動きで生まれた風の糸が、マスクと拳西の動きで生じた風に乗って漂い、マスクの顔に近付いていく。

 

マスクの拳が断風の切っ先に突き刺さると同時に、風の糸がマスクの眼球に触れ、マスクの拳と両目が一気に弾け飛んだ。

 

斬魄刀を直接突き刺して爆発させれば、たとえ堅い拳であっても爆発させることが出来る。

そして、眼球のような訓練されていない箇所の攻撃には、死神と同様に大ダメージを受けることも分かった。

 

 

「ぬっ、ぬぅぉぉぉおおおおおお!!!!ジェイムズ!!癒してくれ!ワガハイの目と腕を癒してくれ!!」

「は~~~~い!元気出して~~!スーパースター!」

 

 

治った直後、拳西は再び眼球に断風を突き刺し、頭部を炸裂させる。

 

ついでに喉を突き刺し、声帯を破壊すればどうなるのかについて試してみようと思ったが、

 

 

「・・・効かんな!!」

(!!!)

 

 

先程の一瞬でジェイムズによって頭部を回復したマスクには、既に拳西の斬魄刀を上回る力が備わっていた。

 

静血装を使えば、斬魄刀で貫かれることもない。

 

 

一瞬でマスクは拳西の右足を掴み、片腕で思いっきり投げ飛ばす。

最初にマスク自身が吹っ飛ばされた時のようにはいかなかったが、瀞霊廷の建物が大きく陥没する程の勢いがついていた。

 

ぺっと口から液体を吐くと、全部血液だった。内臓の一つはやられているだろう。

 

 

「ちっ・・・野郎・・・!!」

「悪党の技は一切効かぬ!なす術も無し!大人しく死ぬがいい!!」

 

 

と、言葉を言い終わらせると同時に。

 

 

瀞霊廷を覆いつくしていた山本総隊長の霊圧が、一瞬にして消え去ってしまった。

 

 

「なっ・・・!」

「ほう、諸悪の根源が死んだか。ならばこの悪党を倒す必要もないが・・・摘める芽は摘むに越したことはない!!全身の骨を粉砕してやろう!!」

 

 

「スター・ドロップキック!!!」

(!!)

 

 

一切助走をつけていないにもかかわらず、さっきのドロップキックの数倍の速度で足をそろえて特攻してくるマスクに、拳西は攻撃する隙など無く、出来る限りの防御をするしかなかった。

 

幾重もの網状に張り巡らせた風の糸を両者の間に設置したが、それも雀の涙ほどの防御にしかならない。

このままでは勢いのままに蹴られ、重傷を負って戦線復帰すら出来なくなる。

悟った拳西は、最終手段を取った。

 

 

魂魄、戦闘力のリミッターを一時的に外して霊力を格段に上昇させる、拳西にとっては忌まわしい能力である虚化を使い、マスクのドロップキックからくるダメージを最小限に抑えることに舵を切った。

 

本来死神に復帰した以上、虚化は原則として禁じられているものの、生き死にをかけた戦いであり、加えて卍解が使えない以上、もう虚化しか頼れる手段が無かった。

両手でマスクの足を掴み、全身全霊の力を振り絞ることで、マスクのドロップキック()()()相殺できた。

 

しかし。

 

 

拳西についた虚の仮面を見たマスクは、一気に顔色を変えることとなる。

 

 

「その仮面・・・、貴様、まさか・・・。」

「虚化だ、・・・知らねえのか?」

「虚化だと・・・?成程、貴様は()()()()()()()()()()()()()()()の男だ!ならばこそ、ワガハイが絶対に成敗しなくてはならない!」

 

 

少し今までと言葉の声音、毛色が変わったことを感知した拳西は、違和感を抱くも考え込む余裕など無かった。

 

 

「ワガハイの手で何としても打ち倒さねばなるまい!それも、この世に一切の肉片を残さぬ形でな!!ジェイムズ!!」

 

 

名を呼ばれたジェイムズは同じようにマスクを応援し、さらに強化されていく。

完聖体とまではいかなかったが、完聖体前最終段階の強化状態で、マスクは本気で拳西を殺しにかかった。

 

 

「スター・イーグルキック!!」

「うぐぅぉっ・・・!!!」

 

 

超速の飛び膝蹴りを拳西にクリーンヒットさせるだけでなく、さらなる追撃も怠らない。

 

 

「スター・エルボー!!!」

「がっ!!!」

 

 

飛廉脚で瞬時に上を取ったマスクは、拳西の背中に霊圧を目一杯籠めた肘打ちを撃ち込み、そのまま地面へと叩き落す。

 

そこからマスクは、近くを探して2tトラック程の巨大な岩を発見し、それを片手で持ちあげる。

 

 

「これなら悪党の貴様の体は、全て血液と化して原形すら残さないだろう!!死ね!!!!」

 

 

拳西めがけて投げ込んだ大岩は、物理法則を無視したかのようなすさまじい速度で地に向かって放たれる。

 

一瞬マスクの目には拳西が始解の力を使って何らかの抵抗をしようとしているようにも見えたのだが、そもそも巨大な岩に潰されればその抵抗すら意味がなく、普通なら臓器や骨など全てがクチャグチャに潰れ、現場には血液しか残らない筈だ。

いくら風の力を使おうと、この勢いの岩を跳ね返すことは出来ない。

 

そして例外など起きる筈もなく。

 

拳西のいた場所は、巨大な岩によって蓋をされることとなってしまった。

 

 

「これなら、あの悪党も肉の一つ残さずに死んだだろう。むしろ苦しむことなく死ねたことを感謝するがいい。」

 

 

岩を一瞥したマスクは、雨の中破壊活動が繰り広げられている場所に興味を抱く。

 

 

「ムムム!!あそこで活躍すれば、大勢のギャラリーにワガハイの強さをアピールできそうな予感!!ジェイムズ!!行くぞ!!」

「は~~い!ミスター!!!」

 

 

そのままマスクはジェイムズを担ぎ、瀞霊廷中心地へと活躍の場を探しに飛廉脚で向かって行った。

 



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力量差

「・・・っぶねえ、マジで死んでたぞ・・・。」

 

 

九死に一生を得た拳西は、起きてそのまま立ち上がろうとするが、上手く体が動かず再びその場に座り込んでしまう。

 

 

「ホンマ、オレが来んかったらアカンことになってたで、感謝せえよ拳西。」

「悪いな、真子・・・。」

「桃、拳西の手当てしたり。」

「はいっ!」

 

 

立役者であった平子の援護によってマスクの視界は上下左右全て真逆のものへと変わり、マスクが投げた大岩は拳西とは真逆の方向に投げられた。

 

これにより本来死ぬはずだった拳西は岩に潰されることなく生き残り、マスクはそれに気づかずそのまま煙の上がる方向とは真逆の方向に向かって飛んでいった。

 

 

「情けねえ・・・全然歯が立たなかった。」

「卍解奪われんかっただけマシや。卍解奪われた六番隊と十番隊の隊長は霊圧消えとる。生きてるんが不思議な程の重傷や。砕蜂ちゃんも意識はあるが大怪我しとるわ。オマエの怪我でもまだマシな方やぞ。」

「おいマジかよ・・・壊滅的だな・・・。」

 

 

治療を行っている雛森も、砕蜂の手当てで霊力をそれなりに使ったからか疲れの色が出ており、霊圧に揺らぎも見える。

己の治療に霊力を使い果たされては決まりが悪いのもあり、立ち上がって瞬歩が普通に出来る程度に回復した後は、雛森の治療に感謝しつつ次の行動を考え始める。

 

瀞霊廷内の霊圧を探ると、現在まともな戦闘を行っているのは七番隊だけだ。

現在地から場所はかなり遠いが、間に合うだろうか。

 

 

「お前達はどうするんだ?」

「一先ずローズと合流するわ。あのワンコ隊長の援軍、任せてええか?」

「おう。」

「廷内探ってもマトモに動けるヨソの隊長は砕蜂ちゃんとローズぐらいや。・・・ったく、一護のヤツいつ来るっちゅうねん!」

「確かに、連絡からやけに遅いですね・・・。」

 

 

このままでは戦局にカタがついてしまい、尸魂界は文字通り全て崩壊してしまう。

死神代行の救援に頼らざるを得ない現状は非常に悔やまれるが、どんな手でも借りないと尸魂界はさらに酷いことになってしまう。

 

ローズと合流次第五番隊は先ず十二番隊へと向かい、そこから七番隊の戦闘に介入することに決めた。

 

二手に分かれ、それぞれの向かう場所へと瞬歩で駆けて行った。

 

 

 

*****

 

 

 

再び時は遡る。

 

 

「うーわっ、雨降り始めたし、サイアク・・・。ねぇまだやんの?」

「当ったり前でしょ!!あと少しで全員殺せるってのに、帰るワケにはいかないわよっ!!」

「じゃああたし帰ってもいい?」

「ダメよ!てか影の領域(シャッテン・ベライヒ)での活動時間残ってるじゃない!適当に他の死神殺してなさいよ!」

「じゃああんたの戦いに参戦させてよ。」

「それは絶対ダメ!!!!!その場で神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)連射してればいいのよ!」

「はぁー・・・。ダメだこりゃ。」

 

 

バンビエッタの霊圧を探して見つけた時にキャンディスは、一回遠くから様子を見たら適当にどっか行くかと考えていたのだが、逆にバンビエッタに見つかって「あたしの側でリーダーの戦いぶりを見てなさい!」と言われ、渋々付き合わされることになり現在の状況となっている。

その癖手を出そうとするとあたしの戦いだから何もするなと言われてしまい、余計に一緒にいる意味が見いだせなくなってくるのだ。

 

ワガママの過ぎる支離滅裂な言動にイラっとくるが、何とか抑え込む。

せっかく巻いた髪の毛が雨で濡れて大変なことになるのが嫌なので出来れば早々に退散したい。ちゃちゃっと戦闘を済ませてほしいところだ。

 

今残っているのは、満身創痍の隊長副隊長しかいないのだから。

 

 

 

 

二人についていった席官は全員死亡し、残る狛村と射場も数多くの怪我を負っている。

特に射場は重傷で、左腕を吹き飛ばされている。狛村は右耳を吹き飛ばされた。

 

それでも、二人は決して倒れることは無かった。

現時点で瀞霊廷を震わせている山本総隊長の霊圧が、二人を立ち上がらせる原動力となっているから。

 

 

「ぬぅぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!おらぁぁぁぁああああ!!!」

「だーかーらぁー、片腕であたしに張り合おうって魂胆すら馬鹿げてるのよ。」

 

 

腕を吹き飛ばされた激痛に耐えながら射場は再び斬魄刀で近接戦闘を始めるが、両手を揃えてほぼ無傷のバンビエッタ相手に張り合える筈もない。

少女相手に鍔競り合いに負ける己の姿があまりにも情けなくて、悔しさのあまり噛んだ唇からも血がでてしまう。

 

さらにバンビエッタが左手から投げた霊子の球が、鍔競り合いに負けて空中でバランスを崩した射場の左足の指に当たり、左足の指が全て弾け飛ぶ。

 

 

「ぐっ・・・はっ・・・はっ・・・、何て奴だ・・・!」

 

 

向こうの攻撃を受ける度に自分の体の部位が吹き飛んでしまい、平衡感覚を失う異様な感覚から射場は内心気持ち悪くなってくる。

 

 

遠距離から天譴で巨大な剣戟を振るうものの、それらもバンビエッタの技で爆発してしまい、いつまで経っても劣勢なのは変わりなかった。

 

次にバンビエッタは、バックルから神聖弓(ハイリッヒ・ボーゲン)を取り出す。

 

 

「これなら弱ったあんた達なんか一網打尽!」

(!)

 

 

鏃が原子爆弾を模した形の神聖滅矢を可能な限り連射し、二人もろとも蜂の巣にしようとバンビエッタは画策する。

 

 

「鉄左衛門!!」

 

 

近接戦闘がメインの射場を守る為狛村は射場の体を天譴の作り出す拳でバリア代わりにするが、無防備となった狛村には矢の雨が降り注ぐ。

 

 

「隊長!!」

「構うな!行け!!」

 

 

体の至る所に矢で射抜かれた穴が見られる狛村は更に深手を負ってついに膝をつくが、それでも気力で再び立ち上がる。

 

矢の降りかかる範囲から外れた射場はそのままバンビエッタ目がけて再び斬りかかろうとするも、

 

 

「あのさ、何の策も無しにあたしに突っ込んでくるのホントバカでしょ!」

(!)

 

 

滅却師の少女が両手に霊圧を籠めているのを見た射場は、思わず斬魄刀を体の前に向けて防御の態勢を取ってしまう。

 

その行動を読んでいたバンビエッタは迷わず斬魄刀めがけて霊子の球を撃ち込み、射場の斬魄刀を爆散させてしまった。

 

 

「なっ・・・!儂の斬魄刀が!」

「今度こそ、避けられないわよっ!!」

 

 

再び両手に霊圧を籠めたバンビエッタは、先ほどよりも濃度の高い球を油断した射場に向けて思いっきりぶつけた。

 

腹と右脚に霊子の球が直撃し、射場の体は爆発してしまった。

 

 

「・・・がっ・・・はっ・・・はぁっ・・・。」

「鉄左衛門!!!」

 

 

地に落ちていく射場から、みるみるうちに感じられる霊圧が弱まっていく。

精一杯の瞬歩を使って射場の体を寸での所で受け止め、一度岩陰に射場を休ませるようにする。

 

 

「隊長・・・すんません。ヘマやらかして・・・。」

「喋るな。儂が何とかする。もう儂らしか残っていない以上、儂も手加減するつもりなど、」

 

 

そう、狛村が射場に言葉をかけている途中で、

 

 

山本総隊長の霊圧が、瞬く間に瀞霊廷から消失した。

 

 

「――――――――」

「た・・・隊、長・・・。」

 

 

多大なる恩義を抱いている総隊長の死。

それを感じ取ってしまった狛村は、賊軍の滅却師に対する怒りを遂に爆発させる。

副官の射場ですら、狛村から発せられる霊圧にアテられそうになる程だ。

 

 

「鉄左衛門、暫し待っていろ。終わらせてくる。」

 

 

その言葉を最後に、狛村は射場の許から離れて空中に浮かぶバンビエッタと対峙する。

 

 

「――――卍解 『黒縄天譴明王』!!!!!」

 

 

怒りで我を忘れた狛村は、卍解奪略の危険性よりも自らの攻撃を優先し、黒縄天譴明王を召喚して先ほどと比較にならない程の圧倒的な力を使ってバンビエッタを殺しにかかる。

 

狛村の卍解を見たキャンディスはメダリオンを取り出そうとしたが、

 

 

「ダメよ!!こいつはあたしの完聖体(フォルシュテンディッヒ)で殺す。手出したら許さないからね!」

「あーはいはい、分かったよ。もうあたし何もしないから。」

 

 

その言葉を最後にキャンディスは気付かれないようにその場を離れる。

バンビエッタの完聖体の巻き添えを喰らわないようにするために。

 

 

その様子を見るまでもなく、狛村は黒縄天譴明王で縦に二人のいる場所を斬り払う。

藍染戦の時に比べて速度は上昇したものの、滅却師の飛廉脚で躱すことは造作も無かった。

 

対するバンビエッタは、完聖体によって一度に操作できる霊子の球の数が大幅に増加し、数十個同時に翼から繰り出すことが出来るようになってしまった。

 

狛村にとって、信じられない程相性の悪い相手に当たっていたことに気付く由も無かった。

 

 

様子見を兼ねて最初にバンビエッタは翼からわざと威力を弱めた霊子の球を発射させ、狛村の卍解の刀に当ててみる。

 

いくら以前より速度が上がったと言えどもバンビエッタにとっては狛村の卍解の動きは鈍重であり、狙いを定めずとも撃ち出した球を当てることが出来た。

 

爆破させた場所を見たバンビエッタは手応えを感じると共に、この卍解の大きなデメリットにも同時に気付いた。

 

巨大な卍解を傷付けると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

先程爆破した卍解の刀の一部は砕け散ってしまったのだが、同様に狛村本人が持つ斬魄刀も全く同じ箇所が砕け散っているのをバンビエッタは発見した。

 

(ナルホドね。こんなのあたしが負けるワケないじゃん。)

 

 

バンビエッタがとった行動は至極単純なものだった。

 

翼から、出しうる限り全て、最大威力の爆撃の球を捻出して狛村の卍解に集中攻撃した。

 

 

「バイバイ、ワンちゃん。」

(!!!)

 

 

狙いに気付いた狛村は瞬時に卍解を解こうとするが、遅かった。

 

 

バンビエッタの爆撃が黒縄天譴明王に降り注ぎ、明王は光に包まれると共に大爆発。

瀞霊廷の外にまで広がる程の爆音、衝撃波が襲い掛かると同時に、狛村の身体も明王と共に爆破されてしまった。

 

 

「た・・・隊長・・・!!!!」

 

 

岩陰に隠れていた射場は衝撃波で吹き飛ばされることは無かったが、現場を見た射場は言葉を失ってしまう。

 

 

見た先に、狛村の霊圧は既に無く、斬魄刀の柄の欠片が残っているのみだった。

そこを中心に血飛沫が広がり、骨や筋肉と思われる物も全てが爆破されて木っ端微塵に吹き飛ばされていた。

 

ほんの一瞬にして、狛村左陣は絶命してしまった。

 

隊長の死を実感した射場は身体をがくがくと震わせ、何も行動を起こせなくなってしまった。

数十年上官として付き従ってきた、絶対的な信頼を寄せる男が、滅却師の力で無慈悲にも一切の形を留めることなくその生涯を終えることになったのだ。

 

自分はどうすればいい。このまま戦うべきか、それとも、逃げるべきか。

しかし、逃げるにしても片足を失っている以上、追いつかれてしまうのではないか。

戦うにしても、斬魄刀が爆発し、もう鬼道しか出来ないのだ。

だったら縛道で滅却師を捕まえて、

 

 

 

 

 

 

 

「あんたもバイバイ、グラサン男。」

 

 

背中に指が触れる感覚がしたところで、射場の意識は暗闇に包まれる。

 

 

バンビエッタが指で背中に直接触れて、射場は全身爆発してしまったのだった。

 

 

「あーあ、結局あたしが完聖体すれば死神倒すことだって余裕じゃん!やっぱメダリオンキャンディに渡して正解だったわ。」

 

 

ユーハバッハ以外に護廷十三隊の隊長を()()()殺した唯一の滅却師となったバンビエッタは、思った以上の手応えの無さにつまらなさそうな表情を浮かべる。

 

再び空中に浮かんで周りの様子を見ると、少し離れた所で聖兵(ゾルダート)による破壊活動が繰り広げられているのが見えた。

 

 

「さってと、キャンディと一緒にあたしもあっちに―――――――」

 

 

その言葉は、突如空中から響き渡る爆発音によって遮られる。

 

(!)

 

 

爆発の方向を向いたバンビエッタは、そこに何らかの霊圧を感じ取ったものの、その霊圧は一瞬にして再び消え去る。

 

 

「何よ今の・・・・・・!?」

 

 

しかし自らに襲い掛かってくるわけでもなく、近くを探ってもなにも変化が無い。

別の滅却師の元に向かってくれていればいいのだが、

 

(まさか霊圧消したままあたしに攻撃してくるってこと!?)

 

最大まで警戒心を強めたバンビエッタは、再び翼から霊子の球を生成する。

 

 

「だったらこの辺全部更地にしてやるわ!!」

 

 

最大個数の爆弾を複数回ばら撒き、辺り一帯は度重なる爆炎によって文字通り更地と化してしまい、七番隊の死体含め全てがその場から消失することとなった。

 



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大敗

実質、意識を失っていたのは数分ぐらいだった。

目を覚ました隼人は体を覆う重さが大体取り除かれているのを確認した後、再び隊長格の霊圧を確認する。

 

あのキザな滅却師に相手する前は総隊長の霊圧に感化されたのもあって皆一時的に士気が上がり、霊圧量も上昇していたものの、今は惨憺たる状況だ。

拳西はまだしも、京楽、浮竹の霊圧すら僅かにしか感じられない程なのだ。

今動けるのは、平子、ローズくらいか。といっても、二人がまともに動ける確証は無い。

 

そんな中、ある場所から死神の強い霊圧を感知する。

 

(――――!!)

 

狛村の卍解だ。

居てもたってもいられず、隊舎をあとにして瞬歩を使おうとするが、さっきの滅却師の技の影響からか、走れるものの、瞬歩が使えなくなっていた。

 

 

「何でこんな時に限って使えねえんだよ!!」

 

 

一人で苛立ちつつも、どうしようもないため普通に走って外に出て狛村の許に向かう。

 

 

「隊長!隊長!!」

 

 

必死に叫ぶも、届く筈などない。

それどころか、破壊活動を繰り広げる聖兵(ゾルダート)に見つかってしまう始末。

無数の矢が背後から飛んできた。

 

 

「死神がいたぞ!!すぐに殺せ!」

「断空!」

 

 

背後に光の盾を設置して矢を防ぎつつ、鬼道を使って霊圧ごと自分の身を一旦消す。

一度静止して状況確認をすべきなのは分かっているが、一刻を争う事態のためそのまま全速力で走り続ける。

つくづく、筋肉をつけてから足が遅くなったのが悔やまれた。

それでも隼人は走り続けた。狛村の卍解を最も優れた形で補助できるのは、自分だと分かっていたから。

 

だからこそ、隼人は狛村と対する滅却師の存在を確認し、その霊圧解析、位置情報追跡を始める。

同時に、伝令神機片手に狛村に電話を繋ぎ、位置情報を伝えることで黒縄天譴明王の斬撃の正確性を格段に上昇させる。

 

 

しかし、その計略は実行に移せなかった。

 

 

突如、黒縄天譴明王が白い光に包まれる。

1秒も経たずに、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「え――――――。」

 

 

前から衝撃波が来るのに気付き、慌てて路地裏に隠れて難を過ごす。

その間、全ての思考が止まった。

何が起きているのか、理解できなかった。

藍染にやられた時だって、自分の体にいくつもの大穴が空いていたことを一瞬で理解できていた。

 

慌てて向こうの狛村の霊圧を探すも、一切探知できない。

 

(だったら射場ちゃんは・・・!)

 

見つかった。

だが。

 

 

見つけた瞬間、射場の霊圧も一切探知出来なくなってしまった。

 

 

「・・・・・・な、んで・・・。なんで見つからない・・・?」

 

 

空間移動は二人とも出来ない。一瞬で現世、虚圏に行ったという考えも荒唐無稽だ。

でも、もっと近くに行けば二人の霊圧を感じられるかもしれない。それ程までに霊圧が弱まっているのかもしれない。

だったら自分が助けないと。前七緒に助けられたように、急げば二人とも助かるかもしれない。

 

 

自分にかけた鬼道が切れているのも忘れて、隼人は再び全速力で走りだす。

少し時間が経ったからか、瞬歩も使えるようになってきた。速度を上げて回道の準備も始める。

 

その途中、真上からドォン!!と爆発音が響き渡った。

びっくりした隼人は立ち止まって真上に否応なく目を向けると同時に、霊圧も探る。

 

 

「一護くんだ・・・!やっと来た!!」

 

 

すぐに霊圧が消えたものの、一護が来たという出来事だけで、隼人にとっては一縷の望みと化す。

一護が来てくれたならきっと狛村と射場も大丈夫。

思い込んだ隼人は再び走り始めようとしたが。

 

 

 

 

 

直後、七番隊が戦っていた場所全体が大爆発を起こし、辺り一帯全てのものが消失してしまった。

 

 

「――――――――――――。」

 

 

今度こそ、二人の生存を確証づけるものは何も無くなってしまった。

前に進めば、現実が襲い掛かってくる。恐怖で足が竦み、誰もいない空間でただ一人動けずにいる。

今攻撃を受ければ、何も対処できず一瞬で殺されてしまうだろう。周りに敵がいないのがせめてもの幸運だ。

ずぶ濡れになり、死覇装が重たくなる。より一層足が動かなくなる気分だ。

手に持っていた伝令神機も雨で水分が中に入ってしまい、画面が切れている。

 

無言で再び瀞霊廷全体の霊圧を調べると、残っていた滅却師の霊圧は全て消えていた。

瀞霊廷を滅茶苦茶にされ、撤退まで許してしまった。

 

何の言葉も思いつかない。

たった一日にして、長年、育ての親以上とも言える程に信頼してきた上官、霊術院時代からの心の友と呼べる程の仲であった同期の男が、すべて滅却師の手によって奪われてしまった。

 

あまりにも、突然すぎた。

 

100年程前の絶望が、再び隼人に降りかかってこようとしていた。

 

 

そんな折に。

 

 

100年前に何も言葉をかけてやれなかった拳西が隼人の目の前に現れるのは、何の巡り合わせだろうか。

 

 

 

*****

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

目の色は完全に失われ、こちらを見ている目の焦点も一向に定まらない。

「あ、」と言った口の形が変化することもなく、ただただ焦点が定まらないまま口囃子隼人は拳西の姿を視界に入れるだけだった。

 

 

「け・・・けん・・・、」

「―――――――・・・。」

 

 

言葉すら満足に発せられないのは、決して大怪我をして喋ることが出来なくなった訳ではない。

むしろ怪我などしておらず、拳西の痛々しい姿を見れば普通の人なら拳西を心配するだろう。

 

喋れなくなった理由はただ一つ。

七番隊の壊滅による、尋常ではない程の絶望感に苛まれ、心が壊れてしまったから。

思考もままならず、体に力も入らず、心を乱しながら拳西の姿をみつめるだけで、今の隼人には精一杯だった。

 

痛々しい姿に、昔隼人の心を壊した自分の苦い行いを嫌でも思い出してしまう。

だからこそ。

 

その絶望から救い出してやるのは、拳西にしか出来ない事だった。

荒療治になるが、我慢してもらうしかない。

一先ず隼人の手にある伝令神機を奪い取り、これ以上壊れないように一旦預かる。

己の左手で隼人の伝令神機を懐にしまいつつ、隼人の左腕を強引に引っ張る。

 

 

「行くぞ。」

「・・・何処、に・・・?」

「七番隊が戦ってたトコにだ。死んだ上司と同期の許に一度でも行かねぇと後悔するぞ。」

「―――――。よくもまあそんな、簡単に言えますね。」

 

 

拳西の手から、強引に腕を振り払われる。

何十年も上司として慕ってきた死神を。100年近く同僚として一緒に仕事してきたかけがえのない友を。

たった三文字の修飾詞でこき下ろされ、我慢などできる筈ない。

 

 

「・・・行けるわけ、ないでしょ・・・!あそこに行って本当に何も無かったら、僕はどうすればいいんですか!!」

「しっかり受け止めろ。狛村も射場ももう死んでるんだぞ・・・!」

「死んでる死んでるって!見てもいないのに勝手な事言わないで下さい!!」

「だったらお前の自慢の力で狛村達の生存を証明しろ。」

「ッ・・・!!!」

 

 

普段感情に身を任せやすい拳西が冷静に事実を突きつけるのが、余計に隼人の苛立ちを助長する。

優しい言葉などかけるつもりは毛頭ない。

目の前に起きた絶望的な現実と逃げずに向き合い、それを克服させるつもりでいた。

そして、二人の生存を証明できないことなど、誰よりも隼人自身が分かっている。

逃避したい現実を、拳西は何度も隼人の眼前に示す。

 

 

「始解してんだろ?だったら今すぐやれよ。それで見つかったらあいつらは生きてる。見つからなけりゃ死んでんだよ。早くやれ。」

「―――――――・・・。」

 

 

このやり方は場合によっては大変な事になりかねないのだが、隼人の本質を知っているからこそ出来る芸当だ。

そして、隼人が次に発する言葉も全て拳西にはお見通しだった。

 

 

「もう、しましたよ。黒縄天譴明王の爆発から何度も何度も・・・!何回霊圧を探しても、もう二人は探知できないんですよ!現世と虚圏を探してもどこにも見つからない!!他の七番隊士だって!僕意外全員霊圧消えてるんですよ!!」

「だったらいつまでぐずぐずしてんだ!いい加減受け入れろ!!」

「100年も現世でブラブラ逃げ続けてたあんたによその隊の事口出しされてたまるかよ!!!」

 

 

いつまでも口答えばかりして前を向かない隼人に、遂に拳西も手を出した。ちょっと聞き捨てならない発言だったのもあるが。

我慢の限界を迎え、拳で思いっきり頬をぶん殴る。

いつもの拳骨に比べれば威力など半分以下であるものの、動揺していた隼人の体は吹っ飛んで平屋の壁に激突する。

啖呵を切ったものの大いに心を乱されていた隼人は、そのまま座り込んで立ち上がることは無かった。

 

 

「100年も面倒見てなかったから何だよ。お前の事情に口出しする権利無ぇってか。じゃあこの100年でお前は何か変わったのか?俺が口出し出来ねえ一人前になったとでも思ってんのか!?信用できる奴がいなくなって動くこともままならねえ男が成長して一人前になったと他人に自慢できんのか!!一人でもたつきやがって!!オメー昔からちっとも成長してねえだろうが!!!」

 

 

その言葉に対して、いくらでも反論の余地はあった。

別に隼人自身他人に自分の成長をわざわざ大っぴらに自慢して振りかざすような人間ではない。

それに拳西がいなくなったときの事情など、いなかった本人が知る由もないのに何を言ってるのか。

あの時苦しんでいた気持ちなど分かる筈なんてない。

 

 

でも。それでも。

今の隼人が、あの時と全く変わらないことに気付かされたのは事実だ。

100年前、拳西がいなくなって絶望し、誤った選択肢に向かおうとした自分と、今現在何も出来ず、思考停止状態になっている自分がひどく繋がって見えてしまうのだ。

そして。

 

 

「だったら・・・だったら、僕は・・・・・・。」

 

 

八方塞がりになってしまったこういう時、必ず暗い部屋の中から引っ張り出してくれる人がいるのも、あの時と同じだった。

いつも誰かがヒーローになって、自分を救い出してくれるのだ。

あの時は確か、海燕だった気がする。

 

 

「僕はもう、どうすればいいんですか・・・・・・。」

 

 

言葉を発している途中で、遂に拳西の目を見て話すことすら出来なくなってしまった。

 

 

「隊長と射場ちゃんが死んで・・・他の隊士皆死んでしまって・・・。たった一人僕だけ残されて、何が出来るんですか・・・・・・。」

 

 

僅かに体を震わせ、必死に泣くのを我慢している姿は痛々しく見るに堪えないが、構わず拳西は強引に隼人の腕を掴んで立ち上がらせる。

ようやく二人の死を受け入れる心の態勢が出来てきた。

それでも一向に俯いたままなので、わしっとやや強すぎる力で両肩を掴み、無理矢理びっくりさせて顔を上げさせた。

 

 

「お前が死んだ奴等の分強くなれ。くっだらねえ綺麗事なんか要らねえだろ。狛村達を殺した奴等に復讐するために強くなる。お前にはこれだけで十分だろ。」

 

 

その言葉を聞いた途端、隼人の目の色は明らかに変わっていった。

先の見えない不安に怯える目から、だんだんと復讐の色が宿ってゆく。

 

 

「忘れんじゃねえぞ。お前が信頼してた奴等の事を。そいつらを殺したふざけた滅却師共を。それを焼き付けるために現場に行くんだよ・・・!」

 

 

滅却師への復讐のために、自分が強くなる。

明確な目標が遂に定まった隼人は、歩みを進めることを決める。

 

 

「・・・・・・そうですね・・・。復讐・・・。確かに、僕ならそれで十分理由になりますね。藍染に備えて修行した時も、藍染への復讐のためにやってたようなものですし。」

 

 

自問自答するように呟いた隼人は、拳西の腕を掴んでもう大丈夫と合図する。

一度下を見て鼻で深呼吸を一度してから、再び前を向いて言葉を紡ぎ出す。

 

 

「・・・行きます。現場に。」

 

 

こんなところで潰れてしまえば、それこそ敵にとって思う壺だ。

自分が強くなった所で役に立てるか分からないが、復讐のためには強くならねばいけないのだ。

絶対に勝てない、と豪語した滅却師に対して、狛村を殺した滅却師に対して、自分が手を下さねば気が済まない。

 

止まっていた足を再び動かし、拳西と共に雨の中戦闘現場へと歩みを進めた。

 




次回で第一次侵攻は終わりです。


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独りぼっち

今回はちょっと短めです。


爆発によって更地となった現場にようやくたどり着くと、すぐに隼人は力を使用する。

霊圧の残滓の測定から、戦闘状況の割り出しを始めた。

 

 

「僕が遠くにいた時の隊長と射場ちゃんの霊圧に比べると、他の席官の霊圧反応は段違いに弱いですね・・・。」

「・・・早々に退場しちまったってことか。」

「そういう事ですね。僕が行けば何か変わったのかな・・・。」

 

 

そもそも敵の残した霊圧が強すぎるというのもあるだろうが、席官が無意識に残した霊圧は普段のものに比べるとほんのごく僅かで、かなり集中しないと感知できないレベルだった。

何も出来なかった悔しさから、自然に言葉尻が揺れていく。

 

 

「・・・隊長と、射場ちゃんの、霊圧を探します。」

「おう。」

 

 

再び集中して検索対象を切り替える。

毎日七番隊で感じていた、日常の一部にさえなっていた霊圧を測定する。

 

 

「・・・・・・霊圧、ありましたよ。」

 

 

しかし見つけたのは、()()()()()()()()()だけだった。

藍染が鏡花水月で偽造した死体が放つ霊圧と、根本の構造こそ違うが中身はほぼ同じ。

岩陰に一つ、それと少し離れただだっ広い更地に一つ、死後放たれる霊圧の特徴と一致する霊圧が存在した。

 

 

「七番隊隊長、副隊長、両名共に、死亡が確定しました。」

「・・・。」

 

 

自分の言葉で二人の死亡を改めて実感した隼人は、再び俯き体を震わせる。

泣いてしまうのは時間の問題。必死に抑えているが、今にも視界が揺らいでしまいそうだ。

 

隣で立っていた拳西は、震える隼人の左肩にポンと触れ、次の指示をする。

 

 

「残った敵の霊圧を解析しろ。俺でも感じるぐらいだから簡単に出来んだろ。」

「・・・・・・。」

 

 

返事こそしないが、言われた通りにすぐに行動を移す。

目視では辺り一帯が更地になっているが、霊圧方面から解析するとでたらめにばら撒かれた爆撃が象徴的だ。

一人の滅却師が空中から放った爆弾がここまで無尽蔵な被害をもたらすことに強いショックを覚える程だ。

もう一人滅却師がいた痕跡を確認できたが、その滅却師は一切の攻撃行為をしていない。

とにかく爆弾をばらまいた滅却師の霊圧解析は完了した。

 

 

「・・・・・・許せん・・・。許せません・・・。こんな形で、隊長達がいなくなるなんて・・・!」

「・・・これが戦争だ。お前の事情なんか関係なしに、奪われるモンは奪われるんだよ。」

 

 

雨に紛れて傍目には分からないが、声音からして我慢できなくなったのは明らか。

手で目を擦り涙を拭うが、それでは追いつかないぐらいに涙が溢れてしまう。

 

 

「嫌だよ・・・行かないでよ。何で全部、無くなっちゃうんだよ・・・。何で・・・」

 

 

 

 

いつも一人置いて行かれるんだろう。

いつも置き去りにされるんだろう。

 

 

こういう時に限って、隊内で過ごした日常と思い出が一気にフラッシュバックする。

四苦八苦しながらも、新隊長となった狛村と隊の運営を頑張っていた昔。

副隊長として射場が加入し、隊全体が盛り上がった時のこと。

旅禍騒動や藍染の乱が終わってから、ようやく取り戻した日常。

これからも積み重ねられる日常は全て消え、今までの日常も過去の思い出でしかなくなる。

 

また独りで苦しまないといけないのだろうか。

瀞霊廷もボロボロになって、こんな状況で自分は護廷十三隊の務めを果たせるのか。

 

そんな事を口に出せば、絶望の重圧で無理やりにでも押し潰されて、進むことができなくなってしまいそうだ。

恐怖で言葉が出てこない隼人に、隣の拳西から繰り返し同じように何度も奮起の言葉がかけられる。

 

 

 

「だから言ったんだよ、強くなれって。どんな理由でも構わねえ。復讐だろうが何だろうが関係ねえ。お前の上司を殺した奴等に、お前が仕返ししろ。それでいいだろ。」

「・・・・・・。」

 

 

尚も黙る隼人に、再び喝を入れる。手を出す必要などない。

乱暴に胸倉を強く掴んで目を合わせる。

 

 

「お前はこのままでいいのかよ!!!口囃子隼人!!!!!!」

「・・・・・・嫌です・・・。絶対に嫌ですよ!!強くなるためなら何だってやってやる!厳しい修行だろうが何だろうが、隊長と射場ちゃんがどんな思いしていなくなったかに比べたら何のことも無い!!絶対絶対復讐してやる!!!じゃないと、じゃないと・・・。」

 

 

 

「もう、生きてるのも辛いよ・・・・・・。」

 

 

 

タガが外れたかのように、隼人は大声で泣き始め、遂に立つこともままならなくなってしまった。

子どものように大声で泣きじゃくるが、いつも泣くなと言ってきた拳西も今回は何も言わなかった。

 

ちょっと無理矢理に隼人を背負い、四番隊にまで連れて行く。

その間もずっと言葉にならない慟哭を上げ、隊長羽織の肩の部分をグショグショにしていたが、そもそもこの羽織自体が前の戦闘でボロボロなので拳西にとってはどうでもよかった。

 

 

 

*****

 

 

 

「こちらです。先ほどの虚圏の浦原喜助より送信された霊打信号によれば、浦原喜助、井上織姫、茶渡泰虎、3名共に無事とのこと。まだ音声での連絡はついていませんが、つき次第追ってご報告致します。」

「・・・そうか・・・、良かった・・・。」

 

 

四番隊隊舎の入り口の広間で十二番隊隊員からのお知らせを聞いた一護はホッと一息ついたが、外から入って来た死神の大きな泣き声に、思わず顔を向けてしまう。

 

 

拳西がおぶってきた隼人が、大号泣していた。

怪我を負った死神が無傷の死神を背負っているのは中々異様な光景である。

理由は既に治療の済んだ京楽から聞かされていた。

 

七番隊の壊滅。

残った隊員は、三席の隼人と、重傷を負った数名の一般隊士だけ。

一般隊士は奇跡的な生還だったらしい。

 

 

「彼だけは、そっとしておいてくれないかい?・・・ボクも、かけられる言葉がみつからないんだ・・・。」

 

 

瀞霊廷の状況がどうなっているのかを聞きに行った時に、最後に京楽が一護に伝えた言葉だった。

四番隊舎で廷内の霊圧を探っていた時に、狛村と射場のいた場所から一切の霊圧が消えていることで、京楽はその場にいた七番隊が全滅したことに気付いたのだ。

 

遠からず近からずの距離で隼人を見ていたが、子どものように大声を上げて泣いている姿から、一護が何の役にも立てないことはすぐに分かる。

 

 

「六車隊長!すぐに処置を行います!」

「とりあえず隼人に鎮静剤打っといてくれ。強い睡眠薬でもいい。一旦落ち着かせてやってくれねえか。」

「了解しました。」

 

 

別の隊員が持ってきた睡眠薬を隼人に打って一旦寝かせ、そのまま小部屋の病室に運んでいく。。広間の椅子で拳西も処置を受けた。

雛森からある程度の治療をしてもらったこともあり、四番隊では主に怪我の止血など簡単な処置で済んだ。

 

 

「やっと戻ってきたね、拳西。」

「ああ、参ったなほんと。」

 

 

他の隊長格に比べると何とか軽い傷で済んだローズが、処置の真っ只中の拳西の隣に座って話を続ける。

 

 

「お前も・・・いや、悪い、言うべきじゃなかったな。」

「イヅルのために強くならないとって思ってるよ。・・・ハヤトの状況と比べたら、皆何も言えなくなるよ。」

「あいつのあんな顔、初めて見たぞ。無理もねえが、よっぽど堪えてただろうな・・・。」

 

 

総隊長の死によって一番隊は隊長、副隊長両方ともいなくなってしまったが、奇跡的に一番隊は生き残った隊員が最も多く、皆もちろん総隊長の死にショックは受けるが、新たな総隊長を迎える心の準備も同時並行で行っていた。さすがはエリート集団とでも言うべきか。

当然、人の心が無いというわけではなかった。

 

六番隊も隊長副隊長両方とも瀕死だが、絶命せずまだ生きている以上、隊士達の士気が極端に落ちることは無かった。

十番隊も、日番谷の怪我は吹き飛んだ体の縫合など、大手術を現在敢行中ではあるが、隊員達は皆生きて帰ってくると信じていた。

十一番隊でも、既に手術を終えた斑目一角だけでなく、今しがた更木剣八の手術が終わり、二人とも一命を取り留めたという四番隊の言葉に皆雄叫びを上げて泣いて喜んでいた。

 

 

それに比べると。

隊長副隊長どころか、自分以外の席官全員を失い、殆どの隊員も失い、一人取り残された形となった隼人の気持ちなど、どう推し量ればいいものか。

ローズには到底考えが及ばなかった。

絶望的な状況に、ため息をつくしかなかった。

 

 

「なぁ、口囃子さん、大丈夫・・・なワケねえよな・・・。」

 

 

隊員からの話も終わって手持無沙汰になった一護が、二人の会話に入ってくる。

 

 

「俺も京楽さんから聞いたぜ。何か形見のモンとか持ってねえのかよ?」

「何も持ってなかったな・・・。向こうは完全に更地だったし、探しても何も残ってねえよ。」

「そうか・・・。」

「とにかく、一護が来てくれなかったら、七番隊みたいに壊滅的被害を受ける隊が増えていた筈だからね。来てくれてありがとう一護。」

「やめろよ。今回俺何も出来なかったぞ。」

 

 

呟くかのように喋った一護が、何かを押し込めようとしているようにローズは見えたが、少し訝しみつつ特段気にせずにいると、平子が来たことでその会話は終わりを告げる。

 

 

ルキアと阿散井の治療が終わり、一護は真っ先にそっちに向かって行った。

 

 




これで第一次侵攻は終わりです。
17話・・・結構長くなりましたね・・・。
こちらで戦績をまとめます。

一番隊隊長・山本元柳斎重國、副隊長・雀部長次郎忠息 両名共に死亡
二番隊隊長・砕蜂 重傷 副隊長・大前田希千代 砕蜂よりも若干怪我は少なめ
三番隊隊長・鳳橋楼十郎 軽傷 副隊長・吉良イヅル 死亡
五番隊隊長・平子真子 全体の平均的な傷の量 副隊長・雛森桃 軽傷 
六番隊隊長・朽木白哉、副隊長・阿散井恋次 両名共に瀕死
七番隊隊長・狛村左陣、副隊長・射場鉄左衛門 両名共に死亡
八番隊隊長・京楽春水 平子以上、砕蜂以下の怪我
九番隊隊長・六車拳西 京楽以上、砕蜂以下の怪我 副隊長・檜佐木修兵 拳西以上、砕蜂以下の怪我
十番隊隊長・日番谷冬獅郎 瀕死 副隊長・松本乱菊 大前田と同程度の怪我
十一番隊隊長・更木剣八 瀕死 副隊長・草鹿やちる 無傷 三席・斑目一角 瀕死 五席・綾瀬川弓親 軽傷
十三番隊隊長・浮竹十四郎 大前田と同程度の怪我 副隊長・朽木ルキア 砕蜂と阿散井の間の怪我


怪我量としてはざっくりまとめると、白哉=日番谷=剣八=一角=阿散井>ルキア>>>>>>>>砕蜂>大前田=松本=浮竹>修兵>拳西≧京楽>平子>>ローズ≧弓親>雛森>>>>>>やちる
です。正直この中でも白哉とシロちゃんはかなりヤバめですが・・・。
※一護は、拳西や京楽さんと同じくらいの怪我の想定でいます。


また、隊別の被害状況では、七番隊が最も甚大な物になっています。
隊長副隊長の死亡だけでなく、主人公以外の席官全員死亡、隊員もほぼ全員死亡で、隊自体の存続すら危ぶまれるような状況です。
滅却師の破壊活動は瀞霊廷の中心地で行われましたが、七番隊はまさにその中心地と言っても過言ではなく、隊舎も現時点で唯一爆発しており、住む場所すら失いました。
原作以上にかなり絶望的になってしまいましたが、立て直せるのでしょうか。

次篇ですが、奇跡的に間に合ったのでこのまま連載します。
ただ、場合によっては途中で一旦更新停止になるかもしれません。色々調整したため、消したはずの部分が残ってとんでもないネタバレになってしまったら大変なので・・・。


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千年血戦篇・修行
新たな一歩


章の始まりが間違っていました。すみません。
今回から修行篇、スタートです。


「君も、四番隊に行くことになったのかい?山田清之介くん。」

「ええ。四十六室の厳命を受けて。自らの保身しか考えていないあの方達も、護廷十三隊が壊滅的被害を受けていると知った以上、僕をこっちに帰してくれましたよ。期限付きですが。」

「阿万門さんがいるからね。期限付でも寛大な処置だと思うよ?」

 

 

雨の中豪奢な笠をさして歩く山田清之介の隣には、カエル顔の真央霊術院元学長がいたって普通の緑の笠をさして共に歩いている。

 

傍から見れば貴族と平民が共に歩いているようにも見え、緑の笠をさした男に対し身の程を弁えろと怒る貴族がいるかもしれない。

しかし、豪奢な笠をさした山田清之介は、緑の笠の持ち主に()()()()()使()()()()()

持ち物とは真逆の上下関係が形成されていた。

 

 

()()()()()()()()()()()事の方が、事の重大さを示すと僕は思いますが。」

「何言ってるんだい?僕よりも君の方が力はあるんじゃないかい。」

「僕も真央施薬院に向かってから回道の研究を重ねましたが、今現在『冥土返し』の異名を持つ貴方程の力はありません。貴方の霊子縫合は最早神の域ですよ。だから貴方も四番隊に行くよう招聘がかけられているんですよ。」

「買い被りすぎだよ。」

 

 

現在は仕事を辞めて隠居生活を送っている元学長は、清之介に会うといつも手放しで褒めちぎられることが少々恥ずかしくもあった。

確かに昔真央施薬院に移動になると聞いた時に教え子として彼本人に直接回道を教え、卯ノ花以上の回道スキルを身に付けさせたが、その時から清之介は元学長に会う度に普段のやや意地悪な面はナリを潜め、一人の死神として敬意を払っている。

 

 

「僕もまともに力使うのは久しぶりだからね。以前程上手く出来るかどうか。」

「とんでもない。『冥土返し』の神業、拝見させて頂きますよ。」

 

 

はぁーっ、と露骨に元学長がため息をついた所で、二人は綜合救護詰所に着き、笠を下ろす。

四番隊の一般隊士一名が、二人を迎える。

 

 

「お待ちしておりました。阿蘭殿、山田清之介殿。」

「迎えが一人しかいないということは、余程人手不足と見るべきかな。花太郎もひいひい言いながら治療していそうだ。」

「もっ・・・申し訳ございません・・・。」

「いいんだ。ここまで瀞霊廷が滅茶苦茶になったのは、初めて・・・いや、1000年ぶりかな?だから仕方が無いよ。重傷者の許に案内してくれるかい?それと、清之介くんもその癖止めなさいよ。」

「申し訳ございません。」

「もう何度目だろうね、このやりとり・・・。」

 

 

もう一度盛大にため息をついた元学長は、四番隊に置いてあった手術着を着て朽木白哉の手術に途中参戦する。

山田清之介は、損傷の激しい日番谷冬獅郎の身体の修復に取り掛かり始める。

 

 

護廷十三隊には所属していない二人の重鎮がわざわざ四番隊に馳せ参じる程に、隊員が最も多い四番隊ですら人手不足だった。

 

 

 

*****

 

 

 

「・・・勘弁してよ・・・・・・・・・。」

 

 

八番隊舎に戻った京楽は、伝令書を読んで知った四十六室から下された裁定にため息をつく。

 

 

“京楽 次郎 総蔵佐 春水    右の者を護廷十三隊総隊長及び一番隊隊長に任ずる”

 

 

山本総隊長の死、七番隊隊長、副隊長の死、六番隊隊長、副隊長、十番隊隊長、十一番隊隊長、三席の瀕死の報を聞いた中央四十六室は、真っ先に真央施薬院総代・山田清之介と真央霊術院元学長・阿蘭を四番隊に派遣すると同時に、新たな総隊長も瞬時に決めた。

四番隊隊長である卯ノ花を除き、総隊長を任せられるのは、京楽しかいなかったのだ。

 

 

「・・・山じいの後釜が、ボクかい・・・・・・。」

 

 

でもこれが、四十六室から下された裁定。断ることなど出来ないのは暗黙の了解だ。

1000年以上も護廷十三隊総隊長を続けていた前総隊長と比べると、格落ちでしかないのは京楽自身が一番に分かっている。

だからこそ、決心する。

 

 

「・・・だったら、ボクの好きなように、やらせてもらおうかね・・・。山じいとは違うボクのやり方で、次の戦いを乗り切らせてもらうよ。」

 

 

伝令書を懐にしまい、新しい笠と女物の羽織を引き被り、京楽は隊舎を後にする。

滅却師との戦いに勝つためのあらゆる計略は、既に京楽の頭の中で形成されつつあった。

 

 

 

*****

 

 

 

「総隊長の遺体は、発見されなかったそうだ。全て敵の手で、消滅させられていた――――。」

 

 

全隊長格が一度四番隊で治療を受けた数刻後、雨の中隊長数名が一番隊舎に集まっていた。

そこにいたのは、二、三、五、九、十三番隊隊長。中でも砕蜂は未だに松葉杖を使って歩いていた。

 

外では未だ雨が降る中、僅かに濡れた裏挺隊の一人が一番隊舎の会議場にやってくる。

 

 

「・・・ご報告致します。山田清之介真央施薬院総代、阿蘭元真央霊術院学長のご助力により、朽木白哉六番隊隊長、日番谷冬獅郎十番隊隊長両名一命を取り留められました。ですが二名の隊長がこれから隊長業務に復帰する可能性は―――」

「退がれ!!!!」

 

 

裏挺隊の報告に対し、砕蜂は悔しさと怒りのないまぜになった口調で叫び、取り乱してしまった。

 

 

「今はそんな報告聞きたくもない!解らぬか!!総隊長殿が亡くなったのだ!これ以上何を受け入れろと言うんだ!!!」

 

 

取り乱し、叫ぶ砕蜂を一瞥する浮竹の目は、やるせない色に満ち溢れていた。

「ひっ!」と声を上げた隊士も、大慌てでその場を退散してしまった。

 

 

「よせ、みっともねえ。」

「みっともないだと!?貴様らは総隊長殿に恨みがあるからそう落ち着いていられるのだ!!!」

「何だと・・・!」

 

 

浮竹の存在を無視した砕蜂の叫びに、平子やローズすら難しい顔を浮かべたが、突然の来訪者が手を叩きながらその場の隊長全員を仲裁する。

 

 

「はーーーーーーーーいはいはいはいはい。ケンカしなーーーーーい。今の流れだと確実に、砕蜂ちゃんと六車クンだけじゃなくって、全員並んで山じい拳骨だよ。遺品を前に泣いたり怒ったり、情けなくて震えが来る、ってね。」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()京楽の言葉が、その場にいた隊長全員に重くのしかかる。

 

数刻前、隊長副隊長含め七番隊のほぼ全ての隊士を亡くした口囃子隼人にかける言葉が見つからないと言っていたが、総隊長ともなれば勝手が違う。

たった一日で護廷十三隊全隊士を背負(しょ)って立つ男となった京楽春水は、尸魂界の中で誰よりも先を見ていたのだ。

この中で最も総隊長と近く、誰よりもその死に対して泣きたい筈の男が、誰よりも前を向いていたのだ。

理解出来ない砕蜂は、京楽にも怒りの表情を浮かべるが、

 

 

「護廷十三隊は、死人を悼んだり、壊れた尸魂界を思って泣くためにあるんじゃない。」

 

 

「尸魂界を、護る為ににあるんだ。」

 

 

京楽の言葉に、先ほどの自らの姿を思い出した浮竹は、鼻でため息をつきながら僅かながらに俯く。

他の皆も、その言葉に忘れていたものを気付かされたような顔をしていた。

 

 

「――――前を向こうじゃないの。僕らは、護廷十三隊だろう。」

 

 

雨が上がると同時に、その場にいた隊長格全員が新たな決意を抱く。

皆の顔を見た京楽は、自然と笑みをこぼした。

新生護廷十三隊の歩みが始まろうとしていたいい雰囲気だったが、

 

 

「あ、忘れてた。皆が集まってる今報告するけど、ボク、総隊長になったから。」

 

 

突然すぎる報告に、平子が大いにズッコケた。

浮竹を除いた他の面々も、いや今かよ、という顔をしていた。

 

 

「何で今報告すんねん!!もうちょっと時ってモンがあるやろ!!」

「元々ここに来てすぐに報告するつもりだったんだけどさ、雰囲気悪かったから仲裁したらそっちが主になっちゃったんだよ。いやァ、ゴメンゴメン。やっぱ山じいじゃないと上手くいかないなァ。」

 

 

せっかくいい雰囲気だったのにとは思うが、ある意味京楽らしい振る舞いに安心感を抱く。

 

 

「そんなんじゃ、元柳斎殿みたいな立派な総隊長にはなれないぞ。」

「参ったな、ボクもこれから頑張んないと。」

「大丈夫だ。俺達がついてる。皆でこの戦いを乗り越えよう。」

「そうだね。じゃあ、行こうか。」

 

 

新総隊長、京楽春水の号令で、護廷十三隊は再び歩み始めたのだった。

 

 

 

*****

 

 

 

京楽がまず向かったのは、七番隊舎だった。

正確には、七番隊舎()()()()()である。

 

滅却師の一般兵によって壊された隊舎は原型を留めておらず、爆発によって火が燃え盛っている所には水流系の斬魄刀を扱う一般隊士や他隊席官が消火活動を行っていた。

雨が降っていても、消えない程には大きな炎だった。

 

 

「一先ず七番隊は、隊舎も人員も全部立て直しが必要そうだ・・・。」

 

 

独り言ちた京楽は、そのまま隊首室跡地と思われる場所に入っていく。

ここは実際的被害こそ少ないが、さっきまで降っていた雨で資料などがずぶ濡れになっており、机や革製のソファ等家具一式も全てダメになっているようなものだった。

 

一通り見終わってその場を立ち去ろうとすると、机の書類整理をしていた隊士が京楽に声をかけてきた。

 

 

「何だい?」

「引き出しの一番奥に眠っていたのですが・・・。隊長、これって・・・。」

「・・・・・・。」

 

 

封筒には、“隼人へ”と書いてあるのみで、中には固形物が入っているようだった。少し躊躇われたが糊付けを破って開封することにした。

中には鍵が入っていた。

 

金庫用の鍵だった。

 

 

「開けてみよっか。」

「えっ、い、いいんですか!?」

「後でボクが言うから大丈夫。隼人クンはそんなことで怒るような人じゃないから。」

 

 

周囲を見渡すと、それっぽい金庫を発見する。

一切臆することなく京楽は鍵を回し、金庫の中身を見た。

 

風呂敷包みが入っていたが、緩く縛っていたため中の物は筒抜けだった。

 

 

「・・・・・・成程。」

 

 

一瞥し、すぐに金庫に鍵を掛けた。

 

 

「封筒と鍵はボクが持ってていいかい?」

「それは・・・口囃子三席にお渡しするのであれば・・・。」

「勿論渡すよ。」

 

 

「ボクがやろうとしていたこと、全部狛村隊長に先越されちゃったな。」

 

 

懐に鍵をしまい、隊士に手を振って京楽は七番隊を後にした。

 

 

次に京楽は、四番隊に赴いた。

 

 

「お久し振りです、学長。」

「やあ、久し振りだね。総隊長になったんだって?」

「ええ。山じいの後釜です。ボクなりに好きにやらせて頂きますよ。」

「四十六室が困りそうだね?それと、僕はもう学長じゃないよ?」

 

 

どこから聞いたのか解らないが、既にこの男は京楽が一番隊隊長になったことを知っていた。

その京楽に対して自分の役職の間違いを窘めつつ、学長は京楽が求める情報を先に述べる。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()。浦原喜助の力で霊王宮(あっち)とも通信出来るようになったせいで、どうでもいいことで通信してくるから僕も困っているんだよ。ちょっと恨みたくなるね?」

「そうですか。お変わりないようでしたか?」

「年々うるさくなっていくよ。困ったものだ。」

 

 

実は、元学長が長年勤めていた真央霊術院を辞めた理由の一つは、零番隊関係の事も含まれていた。

基本的に、零番隊は隊長どころか上級貴族ですら直接対話することなどほぼ不可能なのだが、零番隊も(瀞霊廷)の事情についてはちゃんと知っておく必要がある。

通信相手として白羽の矢が立ったのが、零番隊の頭目、兵主部一兵衛と個人的関わりのある唯一の下にいる死神であった、真央霊術院元学長の阿蘭だった。

 

あとの理由は単純に、隠居生活を送りたいというものであったのだが、しょっちゅう連絡が来るためその対応に疲れることもあるとかいう。

 

あの零番隊相手に堂々と悪態を吐くなど、並の死神どころか隊長、ひいては四十六室の上級貴族ですら許されないことであるのが尸魂界での常識なのだが、この男はそれすら平気でやってしまう。

 

 

「それより、どうだい?君の事だから色々策を弄すつもりだろうけれど。」

「もう廷内にいくつか細工はし始めていますよ。大きく動き出すのは明日からですが。」

「頑張るんだよ。君には期待しているからね?」

「ありがとうございます。それで学長、少し頼み事があるのですが、宜しいでしょうか?」

「面倒事で無ければ、構わないよ?」

 

 

京楽の頼みを聞いた元学長はちょっとだけ面倒そうな顔をしたが、新総隊長の頼みであればしょうがない、という事で快く引き受けた。

実は、そのお願いが元々零番隊から頼まれていたという話があったために引き受けたようなものだったが。

そして、四番隊を去った後、京楽は全隊長に地獄蝶で零番隊来訪が翌日になることを知らせて、今日の仕事は終わりを告げた。

 



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零番隊

翌朝。

睡眠薬が思いの外強かったのか、そのままずっと朝まで寝ていた隼人が目覚めたら、見慣れた天井が目に入る。

 

(四番隊の病室か・・・。)

 

 

昨日あれだけ荒れて心を苦しめ泣いていたにもかかわらず、今日は特別悲しいといった気持ちがせり上がってくることは無かった。

一度強引にでも体が落ち着くと、その影響で心も落ち着いたのだろうか。

自分で自分の事がよく分からなくなってくると、引き戸ががらがらと開く音がしてそちらに目を向ける。

 

 

「やあ。僕の事、覚えているかい?」

「あ・・・学長!お元気そうでなによりです。」

「病室で眠っていた人に言われるのはちょっと心外だけど、まあいいか。」

 

 

右手には風呂敷包みを持ち、左手はいつものように白衣のポケットに突っ込まれている。

100年前以来だが、あの時と全く変わらない風貌が隼人にとってはちょっとだけ不思議に思ったりしていた。

ご飯用の机を作り風呂敷包みを置き、学長も丸椅子を取り出して横に座る。

 

 

「六車君が来て君に渡そうとしていたけど、時間無さそうだったから預かっておいたよ。別に病気している訳ではないし、元気そうだからこれを食べても問題ないと思うよ。患者に必要な物は何でも用意するのが、僕の仕事だからね。用意したのは六車君だけど。」

「おにぎりだ・・・。」

「中々、大きいね?こんなおにぎり初めて見たよ。」

「すみません、拳西さん手が大きいので・・・。昔からこの大きさなんですよ。」

 

 

2個あって全部食べたのだが、それだけで満腹になる程にはずっしりとしたおにぎりだった。

食べている間も、大きくなったね、お父さんに再会出来て良かったね、など親戚のおじさん目線で色々と褒められ、何だか気恥ずかしくなってしまった。

ぼちぼち世間話をしながら食べ終わると、死覇装に着替えるように言われた。

 

 

「君に会いたいって人がいるんだ。僕からしたら面倒でしかないんだけどね?京楽総隊長からも君は来て欲しいって言われてるんだよ。大丈夫かい?」

「京楽隊長が、総隊長になったんですね・・・。僕は全然いつも通りなので問題無いですが、誰ですか?」

 

 

「零番隊だよ。」

 

 

一瞬で隼人の全身に緊張感が走った。

王属特務の死神達が、わざわざ会いたいと言うなんて、一体どういう風の吹き回しだ。

もしかして、あの道化師のような振る舞いをした滅却師が言っていた、自分の本当の力について何か知っているのだろうか。

などと考えていると、

 

 

「あまり緊張しなくていいよ?でも、もうそろそろ来る頃だから、少し急ごうか。」

「はっ、はい!!了解しました!」

 

 

少し慌てながらも死覇装に着替え直し、ベルトを締め、斬魄刀を差して学長と共にやや駆け足で指定の場所である瀞霊壁の外側へと急いだ。

 

 

 

*****

 

 

 

マユリと共に一護が隊長格の面々の許へ向かい、零番隊を待ち構えていると、天から巨大な塔のような物体が皆の前に落ちてきた。

 

天柱輦(てんちゅうれん)という、零番隊の移動用の乗り物から出てくる零番隊は、威厳に満ちた、途轍もない迫力のある死神であるのかもしれない、と彼らに会った事のない隊長達は少し身構えていた。

自分たちの情けない失態を、強く詰られることも覚悟の上でいたのだが。

 

 

「ィよッしゃア――――――!!!!!来たぜ来たぜいよいよ来たぜ!!零番隊サマのお通りだぜ――――ッ!!!」

 

 

黒光りしたリーゼントを携える麒麟寺(きりんじ)天示郎(てんじろう)が、まるでチンピラというかヤンキーのような口ぶりの叫び声をあげ、護廷十三隊の度肝を抜いた。

特に一護にとっては、想像とはあまりにも違い過ぎる零番隊の有り様に完全に固まってしまっていた。

 

 

「久しぶりだなァ!護廷十三隊のヒヨッ子ども!ちゃんと飯食ってよく寝て元気にしてたかァ!?」

 

 

実際に初めて見た平子も、生粋のツッコミしたい欲が今にも出てきそうなのだが、必死にこらえて感想をぼそっと言うだけに留めた。

巨大な手によって頭部をそのまんま平手打ちされてしまうのだが。

べちん!!!!という音が、やけにグロテスクだった。

 

 

「痛あ!!!何すんねんコラァ!!」

「久しぶりだねぇ真子!ひよ里ちゃんは一緒じゃないのかい?めずらしい!

「久しぶりて!誰やねんお前!?」

 

 

突然殴ってくるという礼儀作法の欠片も無い行いにキレるが、ある言葉でもしやと平子は推測した。

 

“ひよ里ちゃん”

 

あのひよ里をそう呼んでいた女性死神は、たった一人しかいなかった筈。

 

平子の言葉に悲しむ素振りも見せず、何だ残念、といった口調で豊満にも程がある女性は100年振りの再会を楽しんでいた。

 

 

「何言ってんだい!忘れちまったのかい!!アタシだよ!桐生!!」

 

 

110年前に昇進した曳舟桐生は、物凄い贅肉を携えた状態で皆の前にカムバック。

ローズや拳西も少し引き気味の顔をしていた。

 

 

「いや、桐生さん、変わりすぎでしょ・・・。」

「スゲェな・・・。言葉が思いつかねえ・・・。」

「あら!ローズに拳西も!懐かしいねえ!あーハラへった!」

 

 

お腹をポンポンと叩くと、贅肉が振動してまるで初期微動と主要動みたいになっている。

マシュマロのような、お餅のような、はちきれんばかりの腹の肉が、死覇装を圧迫していた。

 

また別の場所では、

 

 

「オウ、久し振りだなァ卯ノ花、どうだァ?俺が教えた治療の技はキッチリやってんだろうなァ!?」

「勿論です。」

 

 

そこからも天示郎は、まるで年上の女性相手にカツアゲでもするヤンキー高校生のような勢いで死人が多いことをあげつらい、キレながら卯ノ花に詰問を続けようとしたが、ツルピカで濃い髭、太眉の中央にたっていたおじいさんが天示郎を止めにかかる。

山本前総隊長よりも若く見えるにもかかわらず、彼と比べても放つ霊圧、雰囲気は引けを取っておらず、むしろより死神の長らしさを放っていた。

 

 

「まァまァ!久方振りの再会じゃ!つもる話もあろうが後にせい!」

 

 

話を止められた天示郎は舌打ちをし、卯ノ花はそのまま目を瞑る。

そこで、新総隊長となった京楽が、本題に斬りかかった。

 

 

「いや~~~零番隊の皆さんは相変わらずだねぇ和尚!」

 

 

「で?今回はどんな用件で来られたんです?」

 

 

天示郎の肩にかけた腕を解いた和尚こと、兵主部(ひょうすべ)一兵衛(いちべえ)は、一番後ろの真ん中に立っていた一護と目線を合わせる。

 

 

「おんしが黒崎一護か。今回は、霊王の御意思で護廷十三隊を立て直しに来た。」

 

 

一兵衛は、にかっ、と満面の笑みを浮かべ、皆にこれからやるべきことを言い渡した。

 

 

「まずは黒崎一護、おんしを霊王宮(うえ)へ連れて行く!」

 

 

ババーン!という効果音が似合いそうなポージングを取って一兵衛は一護を指さしたのだが、そんな自分勝手とも言える零番隊の行いに我慢の限界を迎えた隊長がいた。

 

 

「ふざけるなッ!!!零番隊がどれだけ偉いか知らぬが、瀞霊廷がこんなになるまで上で呆けていた連中が、今頃出てきて十三隊を立て直すだと!?ふざけるのも大概にしろ!!!」

「うるせえよ。」

 

 

砕蜂ですら反応出来ない速度で彼女の後ろをとった天示郎が、砕蜂の腕を指三本で簡単につまむ。

 

 

「ふざけんじゃねえはこっちのセリフだ。お前ぇらは何だ?“護廷”十三隊だろうが!おォ!?そんな連中が―――――」

 

 

しかし、一兵衛の凄絶な拳骨で、天示郎の言葉もろともぶちっと切られてしまう。

ゴッ!!!と頭を打つ音が響き渡り、漫画とかでよくある特大のたんこぶが出来てもおかしくない強さだった。

 

 

「あとにせいと言うたろうが、こっちの用件を済ませるのが先じゃ。」

 

 

しかし、用件の一つは既に済まされていた。

 

 

「連行名簿にあったものは全て、既にここに揃えてある。」

 

 

修多羅(しゅたら)千手丸(せんじゅまる)の身体から伸びた複数もの機械仕掛けの腕が、人間を格納できる程の球体を支えていた。

 

そこには、朽木白哉、朽木ルキア、阿散井恋次の三名と、一護の卍解、天鎖斬月が入っていた。

その場にいた全員が、一瞬で行われた離れ業に驚愕の表情を浮かべた。

 

 

「全く、私の研究室に勝手に侵入するとは、嘗めた真似を。」

(わらわ)にとってはあの程度の鍵など、すり抜けるものと変わりはないがのう。そして黒崎一護。あとはそちが入れば万事完了じゃ。」

 

 

その言葉を聞いた一護は、現在球体に入っている三名を見て違和感を抱く。

自分と、他の三名では、怪我の度合いが全く違うのだ。

怪我を直すためなら、自分が上に行く理由は無いのではないかと考えずにいられなかったのだ。

 

 

「ま・・・待ってくれよ!!俺の傷はみんな程じゃねえ!瀞霊廷で十分治るだろ!それに、だったら、俺なんかより剣八や冬獅郎とか、一角が上に行くべきだ!何で俺まで連れて行くんだ!?俺にはまだやらなきゃいけねえ事が―――――」

「残念じゃが、天柱輦で運べるのは最大で十人程度じゃ。その中で妾達零番隊が選別して()()()()()()()()()()を決めた。後の動けぬ隊長格はそち達が治せ。ユーハバッハとの次の戦い迄に妾達が立て直せるのは、四名が限界じゃ。」

「大丈夫じゃ、おんしの言いたい事は分かっとる。」

 

 

千手丸と一兵衛の言葉に、反論の言葉が止まってしまう。

そんな事予想済みだという一兵衛の言い方に、困惑を隠せない。

 

 

「おんしだけは別の理由で連れて行く。」

「別の理由・・・・・・?」

 

 

さらに一護が困惑したところで、それをぶち壊すかのような気の抜けた声が後ろから響き渡って来た。

 

 

 

*****

 

 

 

「あぁ、もう天柱輦降りちゃってるよ・・・。また、文句を言われそうだね。」

「あの・・・。」

「?」

 

 

零番隊の到着点に向かう途中、元学長と喋りながら駆け足で移動していたのだが、好奇心旺盛な隼人にとってはどうしても気になることがあった。

 

 

「何故そんなに、零番隊の事をご存じなんでしょうか?いくら元学長といえども、そこまでの繋がりを持っているってのが、衝撃的で・・・。」

「あぁ、実はね。」

 

 

「僕は護廷十三隊の創設当初、四番隊の隊長だったんだよ。」

「えっ、・・・えっ!!そうだったんですか!?」

「詳しいことは、あっちで零番隊の口から洪水のように溢れ出してくるから、これ以上僕が言うまでもないと思うね?全く、彼らも他人の過去をべらべらと喋るのも大概にして欲しいよ・・・。」

 

 

そんな含みを持たせた言い方をされては、尚更気になってしまうではないか。

だが、正直それだけではそこまで濃い繋がりを零番隊と築き上げることが出来るのか半信半疑だ。

 

まだきっと何かあるのかもしれないと相変わらずの耳年増を発揮して訊きだしたくなってきたが、思った以上にこの男のバリアは堅かった。

 

 

「本当にそれだけですか?」

「それだけだよ?」

「山本総隊長はあまり零番隊と交流を図っていたようには見えませんでしたが。」

「そんな事は無いよ~。彼だって零番隊と話したりしていた筈だよ?それも仕事の一つだったと思うね。」

「学長だけの秘密の何かがあるのでは?例えば、零番隊直通の電話番号とか!」

「無いよ。たとえあったとしても、君みたいな普通の死神には教えられないね。」

 

 

本当はガッツリテレビ電話をしているのだが、気取られて変に興味を持たれては非常に厄介なので上手い事煙に巻くことにした。

訊いてくる相手を“普通の死神”とでも決めつければ、違いを見せつけられて皆結局折れるのだ。

そもそも今は創設当初の四番隊隊長と言ったが、それも追及を撒く手段の一つだ。

並み居る貴族相手に何度も零番隊との連絡を求めて交渉されたが、そんな事実は無いと言って突っぱね、未だにバレたことは無い。

 

それが今日多くの隊長達にバレそうで本当は行きたくなかったのだが、直々に通信で言われては行くしかなかったのだ。

 

 

「何だ・・・でも、凄いですね。貴方が護廷十三隊創設当初の四番隊だったなんて。」

「僕は一切戦闘しなかったよ。皆を治すので忙しかったからね。患者の必要な物を何でも用意してあげるのも大変だったよ。」

「はぁ・・・。」

 

 

感心する隼人に、元学長は少々申し訳ないような気持ちになったが、そうも言ってられなくなる。

 

少し先では、零番隊数名が護廷十三隊の隊長達と共に喋りながら二人を待っていたからだ。

 

 

「ちょっと、身構えた方がいいよ?」

「えっ。」

「いや・・・ね?」

 

 

「彼ら、かなり変わってるから、話すだけで活力全部持っていかれないようにするんだよ?」

 



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鬼道

「霊王宮には宮廷内にしか存在しない超霊術がある。その業を用いて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

 

天鎖斬月の修復の可能性に関して問いかけた一護に対し、一兵衛は瞼を目一杯開いて答える。

少し考え、一護はすぐに決断した。

 

 

「――――――分かった、連れて行ってくれ、霊王宮へ!」

「おう!」

 

 

だが、

 

 

「・・・ちょっと待っててくれぬか?」

 

 

一兵衛の言葉に思わずズコー!とコケてしまった。

 

昨日の京楽に対して盛大に突っ込んだ平子は、何も言わなかった。

 

 

修多羅千手丸、二枚屋(にまいや)王悦(おうえつ)の二人に導かれ一護はその場を後にし、曳舟桐生と麒麟寺天示郎、兵主部一兵衛は隊長達と共にあの二人を待っていた。

先に行った死神達とは向こうで合流する算段になっている。

 

天示郎が卯ノ花と砕蜂にガンを飛ばし、曳舟は平子、ローズ、拳西相手に好き勝手喋り、一兵衛は京楽、浮竹に頑張れよ、と肩を叩いて励ましの言葉をかけている。

マユリはコンを連れて隊舎に帰り、麻酔なしの改造手術を始めようとしていた。

気の抜けた声の主、浦原喜助の介入が余程許せなかったようだ。「すぐに終わらせるヨ。」と言いながらニタァ・・・と笑む顔が凄まじく恐ろしい。

 

そんな中、遅れて二人はやってきた。

 

 

「おう!やっと来たわい!」

「全く、何で僕までここに来る必要があるんだい、()()()。」

「おーーっす!!お久し振りっす、オッさん!!!」

「そうだね、久し振りだね、()()()。」

「って!!俺昨日も通信でオッさんと喋ってたわ!!!いやー!やっぱ久々に直接会っても変わりませんなあ!!」

「はぁーっ・・・。何で言うんだろうね・・・。」

 

 

隠しておきたかった零番隊とのパイプラインについて早速べらべらと喋る天示郎に、元学長は睨みつける。

 

 

「まあいいや。とにかく、連れてきたよ、一兵衛。彼が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、口囃子隼人君だよ。」

「こっ口囃子です!」

 

 

その顔を見た曳舟は、相当に大人っぽくなった隼人の風貌を見て昔と比較する。

 

 

「あら!あらあらあら!!隼人ちゃんったら、髪型変えたのかい!?大人っぽくなっちゃって!彼女でも出来たかい!?」

「出来てないです。」

「あっ・・・・・・。ごめんね・・・・・・。」

 

 

マジで謝られてしまい、逆に隼人は焦るが焦る自分が情けなくちょっと落ち込む。

何でこんな状況でプライベートなことをツッコまれにゃいけないんだ。

ちなみに曳舟の風貌も相当に変わっていたが、敢えて何もツッコまないでおいた。

昔の隼人なら、太りましたね!とでも言うだろうが大人になった以上口を噤む。

 

 

「ほう、おんしがか。んーーーー?ふーーーーん?」

 

 

一兵衛は、髭を触りながら隼人の姿を間近でまじまじと舐めるように見る。

 

 

「何照れてんだよ。」

「こんな至近距離で他人に見られたこと無いからですよ!」

 

 

拳西のツッコミにいつも通り返したが、何故か隼人の反応を見た拳西がひどく安心した表情をしているのを見て、昨日のアレを思い出す。

一日経つと、自然と受け入れられてきたように思えた。

 

一兵衛の評価は、中々に辛口だった。

能力とは関係ない、見た目の点で。

 

 

「何じゃ、もっと歴戦を潜り抜けた戦士の風貌漂う男かと思って居ったが、ただの小童か。」

「えっ。」

「せっかくだ!もっと強そうな見た目にでもなったらどうかのう。」

「は、はぁ?」

 

 

その様子を見た元学長は、「あー・・・。」と言いながら諦めた顔をする。

 

 

「さっきの一護に比べれば、おんしには『ぱんち』が足りぬ。」

「一兵衛、意味分かって言ってるのかい?」

「何!わしは現世の言葉も色々と勉強しておるぞ!」

「まぁまぁまぁまぁ、和尚。時間も無いですし、本題に入られてはどうですか?」

「うむ、そうじゃ。阿蘭につっかかっていては時間が無くなるわい。」

 

 

普通ならそんなこと言われてたまったもんじゃないのだが、一兵衛の性格を熟知している元学長は、一切反論する気は無かった。

余計に面倒になるから。

 

 

「おんしの見た目は改善の余地が残っておるが・・・。」

「じゃあおじさん、僕これで一つの完成形だと思ってたんですけど、どうすれば・・・。」

「おじさんって、お前なぁ・・・。」

「おうおうおう気にせん気にせん。むしろ変に畏まられるよりそっちの方がいいわ。」

「本題に入るんじゃなかったのかい、一兵衛。」

「・・・・・・全ッ然、話進まへんわ。」

 

 

皆呆れた顔でその場の様子を見ているのを察し、ようやく一兵衛は今度こそ本題に入った。

 

 

「先ほどおんしの霊圧を見たが、問題無い。故におんしにはこれを託そう!」

 

 

またもババーン!という効果音が鳴りそうなポージングをして一兵衛は懐からいかにもな分厚い書物を取り出し、隼人の前に差し出した。

 

 

「これは・・・。」

「これには()()()()()()の扱い方が記されておる。」

「へ・・・?」

 

 

聞いたことも無かった。

鬼道なんて各々九十九までしかなく、最強の鬼道は五龍転滅だと思っていたのだ。

霊術院でもそうやって教えられていた。

なのに、突然出てきた裏破道、裏縛道という存在を知り、意味が分からなくなってしまった。

 

 

「初めて聞いたんですけど!?破道と縛道の、裏・・・?何ですかこれ!」

「それは・・・・・・・・・、」

 

 

「秘密じゃ。」

「気になる!!」

「とにかくおんしはこれを使って力をつけい!詳しいことはこの本に書いておる。わしが今風の言葉で書き直した故、読み取ることは容易い筈じゃ。読み取る力に長けておるなら、その本の中身も一日かからずにモノにできる筈よ。」

 

 

ピンとこないが、押し切られるのに弱い隼人は結局今回も押し流されてしまった。

 

 

「う~~・・・、気になるけど、頑張ります!」

「そうじゃ、それでいい。何度も読んで、しっかりその本をおんしの魂に叩き込め。これで用件は全て済んだ。さらばじゃ護廷十三隊諸君!皆励むのだぞ!」

「じゃアな!!ヒヨッ子共!また元気で会おうぜぇ!」

「皆、頑張るんだよ!隼人ちゃんバイバイ!」

「さ、さようなら・・・。」

 

 

そうして、嵐のように現れた零番隊は、嵐のように去って行ったのだった。

 

 

 

*****

 

 

 

同日午后3時。

 

中央四十六室に赴いた京楽は、総隊長としての仕事を始める前提条件の時点で、既に四十六室と対立を作りつつあった。

 

 

「副隊長を二人!?」

「ええ。沖牙三席は一番隊の実務を。伊勢副隊長はボクの扱いを。それぞれ一番よく分かってる。共に補佐の任を果たしてもらいます。」

「ならぬ!そのような勝手――――――」

 

 

否定しようとした貴族に対し、貴族が決めた法律で京楽は対抗する。

 

 

「副隊長の任免権は同隊隊長にある、それをお決めになったのは四十六室(そちら)でしょう。」

「・・・・・・・・・・・・・・・!」

 

 

ある意味、山本総隊長よりもやりづらい相手を総隊長にしてしまったことに気付くのはそう遅くはなかった。

唯一、阿万門ナユラだけが番号の書かれた御簾の内側から、納得した表情を見せていた。

 

 

「・・・それじゃ、進めていいですかね。総隊長としての最初の仕事を。」

 

 

「更木剣八に、斬術を教えます。」

「なにっ・・・!!」

 

 

白哉達がたとえ霊王宮に向かって行ったとしても、無事に戻ってくる保障があるといえば、それは嘘だ。それに、現在瀞霊廷で未だ眠っている日番谷冬獅郎や、松葉杖を使わねば歩けない砕蜂の存在などもあり、現在の隊長格は残っている面々がそのままでいては確実に尸魂界が終わってしまうことは京楽の目で見て明らかだった。

 

四十六室の面々が自分で自分の身を守れない以上、この提案を呑むしかなかった。

たとえ、反乱によって更木剣八の存在を止められなくなったとしても。

 

そして、それを任せられるのは一人しかいなかった。

 

 

「入っておいでよ。更木隊長の件はあんたに任せたいんだ。」

 

 

普段とは全く違う、暗く、翳の強く表れた表情を孕んだ、四番隊隊長(元十一番隊隊長)が、一切の足音を立てずに会議場に入って来た。

 

 

「初代『剣八』、卯ノ花(うのはな)八千流(やちる)。」

「・・・お許しが、出たみたいですね。」

 

 

一切表情を変えずに、卯ノ花は小声で、低く呟く。

 

 

「斬術の手ほどき、よろしく頼むよ。」

「・・・場所について、私から一つ進言させてくれますか、総隊長。」

「・・・?」

 

 

この時点で、既に二人の頭から四十六室の存在は抜け落ちている。

四十六室への許可を取る為の会議が、単なる二人の相談に変貌を遂げていた。

貴族達の介入の余地は、一切無かった。

 

 

「私が、更木剣八に斬術の手ほどきをするのであれば、瀞霊廷(地上)にそのような場所は無いでしょう。流魂街にもありません。」

 

 

一呼吸置いた卯ノ花は、自らと更木剣八の戦いの場所として、これ以上ない場所を進言した。

 

 

「――――無間。字の如く一分の間もなく閉ざされ、音の如く無限に等しき広さを持つ。ここしか私達罪人が、自在に剣を振るえる場所は無いでしょう。」

 

 

「今の更木剣八には力がありません。故に、無間の使用許可を下さいますよう、お願い申し入れます。」

「・・・ですって。どうでしょうか、皆さん。」

 

 

貴族達は、認めるしかなかった。

二人の間に割って入り止めることなど、誰にも出来なかったから。

この二人の放つ雰囲気に。皆が既に負けていたから。

ここで要求を撥ねつけることなど、誰にも出来なかった。

 

 

「無言は了承と受け取らせて頂きますよ。では、よろしく頼みますよ。卯ノ花隊長。」

「ええ。」

 

 

その言葉と同時に髪留めを解き、京楽の手に渡した。

 

 

「勇音にこれ()、お渡しして貰えますか。」

「・・・分かりました。」

「では、・・・・・・・・・失礼します。」

 

 

礼もせず、卯ノ花はくふっ、と笑い、会議場を後にする。

その背には、『十一』の数字が刻まれた隊主羽織を着ていた。

 

 

身体の前に下ろしていた髪を全て乱雑に払うと同時に、『十一』の数字は髪に隠れてしまった。

 

 

「・・・・・・では、次の仕事に移ります。」

 

 

「七番隊の立て直しを行います。」

「立て直し・・・?」

 

 

更木剣八の件で不信感を抱いた四十六室は、またも懐疑的な視線を御簾越しに京楽に浮かべる。

 

 

「あそこは隊長も副隊長も、殆どの席官も死んだ。」

「聞けば、隊士も殆ど死んでいるではないか!取り潰しして、新たに再編するのが早いのではないか!?」

「いいえ、()()()()()()。」

 

 

一度潰して再編するのではなく、立て直しを断固推進しようとする京楽のやり方に、一部の四十六室は自分たちの意見を反故にされたと猛反発を始める。

 

 

「何故だ!!隊舎も崩壊している以上、立て直せる訳ないではないか!」

「むしろ、建物が潰れている以上、隊そのものを一度潰せばいいのだ!!」

「無駄ですよ。」

 

 

冷静な京楽の声に、怒号を上げた貴族達全員がしんと黙る。

 

 

「もう立て直しは始まっています。」

「何・・・!?」

「では立て直しの為の最終的な方策を伝えます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「七番隊第三席・口囃子隼人を、条件付きで同隊隊長に任命します。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遂に、四十六室は一つの言葉も発せなくなってしまった。

荒唐無稽という言葉では足りない程の異常な策に、開いた口が塞がらない。

それを知って、京楽は言葉を続けた。

 

 

「固まるのも無理はないでしょう。護廷十三隊と深い関わりを持たない貴方達に、あの死神がどれ程の潜在能力を秘めているのか、分かる筈もない。」

「何だと・・・!我々を愚弄するつもりか!!」

「いいえ、貴方達の有り様そのままを申しているだけです。」

「貴様・・・!!」

 

 

紛糾しそうになった所で、阿万門ナユラが言葉を発した。

 

 

「ならば、聞かせてもらってもいいか?京楽春水、そちがそのような言葉を使って迄期待する、その男について。」

 

 

京楽は初めて言葉を発した死神の方向に首を向け、承諾の意思を表した。

 

 

「彼を隊長に任命するのは、彼が卍解を会得したその日からという条件にしています。」

「何!?奴は卍解すら出来ぬというのか!!何故そのような小童を隊長などに!」

「彼の卍解会得が、次の侵攻を耐え切る為の鍵になるからですよ。」

 

 

理解に苦しむ京楽の発言に、特別声を上げない貴族達も内心では不満を募らせてゆく。

 

 

「口囃子隼人が、次の侵攻における護廷十三隊の核となります。」

「・・・・・・その死神は、卍解を習得できそうなのか。」

「それは僕には分かり兼ねます。僕は予言者では無いので。」

 

 

ナユラの質問に答えた京楽の発言に、またも他の貴族は激怒しそうになったが、

 

 

「ですが、彼が卍解を出来るようになるだけで、尸魂界が次の戦争に勝つ可能性をぐんと引き上げることが出来ることは、僕が保証しますよ。」

「そうか・・・・・・、ならば、(わらわ)は信じてみるぞ。その口囃子という死神とやらを。」

 

 

一人が堂々と宣言したことで、結局他の人間もそれにならい、七番隊の立て直しも京楽の策略の一部に含まれることとなった。

 



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計略

零番隊と別れた後。

 

 

隊長達がぞろぞろと帰る中で隼人はどうしようと考えた挙句、結局拳西についていこうとしたのだが、拳西の背中を追いかけようとした瞬間、京楽から呼び止められてしまった。

 

 

「隼人クン、今から時間あるかい?」

「はい、大丈夫ですが何か・・・?」

「ちょっと、来てもらえるかな。大事な話があるんだ。」

「・・・?了解しました。」

 

 

七番隊が崩壊し、一切の予定が無くなった隼人にとって言葉は悪いが好都合であったため、京楽の話を聞くことにする。

 

 

一兵衛から貰った本と、京楽からの話をきっかけに、遂に隼人は今までの自分と訣別する時がやって来た。

 

 

 

*****

 

 

 

京楽に連れられて来た場所は、一番隊舎ではなく、八番隊舎だった。

いつも京楽に用がある時に通る道のりと全く同じなのだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに頭をひねる。

隊首室に入ると、いつもはお菓子が置かれている来客用の机に、文机程の大きさの金庫が置かれていた。

 

 

「そこに座ってもらえるかい?()()()()()()()()()()()()、気にしなくていいよ。」

「えっ。人払い?」

「大事な話だもの。あまり聞かれたくないでしょ。」

「まぁ・・・そうですね。」

 

 

いつもの優しい表情で言われると、違和感があっても不思議と納得してしまう。

京楽が座るのを待っていたが、どうぞ、と手を差し出されてしまったため、少々憚られたが京楽よりも先に席に着く。

いつものソファなのに、何だか落ち着かなかった。

 

 

「じゃあ、単刀直入に言わせてもらうよ。」

「はい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君、これから七番隊隊長になってもらうから。ヨロシクね。」

「・・・・・・・・・・・・はい?」

「七番隊隊長は、これから君が務めることになるから。」

「はいいいいいいいい!?!?!?!?!?」

 

 

突然すぎるぶっ飛んだ要求に、ピシャアアアアアン!!!と雷が背後に落ちた漫画の登場人物のような驚き顔をする。

 

 

「ちょっと待って下さい!僕、卍解出来ませんよ!?」

「知ってるさ。だから卍解を使えるようになってもらおうと思って、話をつけるためにここに呼んだんだよ。」

「いや、でも・・・。」

 

 

と否定しようとしたが、京楽の目はそれを許さなかった。

 

 

「ごめんね、拒否権は無いよ。君には今すぐ、卍解修行に入ってもらう。」

「いくら何でも急すぎます!もうちょっと段取りって物が・・・。」

「そんな暇はもうないんだよ。」

 

 

冷ややかな声で、京楽は隼人がこれから反論の為に考えようとする言葉含めた、全ての思考を一蹴する。

一隊長の京楽は、未来の隊長として隼人と対話を続ける。

 

 

「今のままで瀞霊廷が次の侵攻に持ちこたえられるとは思えない。戦力増強の為には、卍解を奪われた隊長の代わりに、卍解を使える死神が必要だ。基礎霊力の底上げになるからね。」

「しかし、何故僕が・・・?」

「君の扱う術の力は、既に並の隊長の域を凌駕している。なのに君は、()()()使()()()()。だったら、分かるよね?」

 

 

「君が卍解出来るようになったら、更木隊長に匹敵する程の死神になるとボクは読んでいるんだ。朽木隊長らが戻ってくるまでの間、空いた穴を埋めてお釣りがくるぐらいには強くなるとボクは思うよ。」

 

 

息を詰まらせる隼人に、更に京楽は続ける。

 

 

「次の侵攻の際の君の役割は、隠れて敵の霊圧を読むことではない。堂々と敵を倒すことだ。君が、()()()()()()()となってボク達は戦闘を行う。それがボクの策の中心的な考えだよ。」

「僕が・・・中心に・・・?」

「うん。今のままでは君は滅却師に勝てない。だから君を強くする。むしろ、勘の鋭い敵さんは君の潜在能力に気付いている筈だよ?」

 

 

京楽の言葉で、あのピエロみたいな振る舞いの滅却師の発言が再び思い出された。

 

 

“本当の力”

 

 

卍解に至ることで、この意味がようやく分かる筈だ。

じわじわと心の中で意思が固まろうとしてくる中で、京楽は懐に手を入れて、一枚の封筒を取り出した。

 

 

「これは七番隊隊首室の引き出しの中に入っていたんだ。」

 

 

差し出されたのは、何の変哲もない茶封筒。中には固形物が入っているようだ。

糊付けは既に剥がされており、京楽から先に見ちゃってごめんねと言われたが、別に怒る程の事でもない。

封筒に手を入れると、金庫用の鍵が出てきた。

 

 

「この金庫、どこに?」

「隊首室の奥の方にあったよ。見つからないのも無理はない。戦後に整理している時に偶然見つけたんだよ。」

「はぁ・・・。」

「開けてみるといい。」

 

 

言われるがままに鍵を差してひねり、カシャンと金庫の中から音が聞こえた。

金庫を開けて中を確認した瞬間、はっと息を呑んで刮目する。

 

 

中に入っていたのは風呂敷包みだが、縛りは緩く、中の物が見えている。

 

 

 

『七』の数字が書かれた新品の隊長羽織が、金庫の中に入っていた。

 

 

畏れ多くて羽織ることは出来なかったが、金庫から取り出して羽織を広げてみると、ピッタリ自分のサイズに合っていた。

白縹(しろきはなだ)の裏地を持った袖付きの羽織。

 

 

「これを・・・隊長が・・・?」

 

 

京楽に答えを求めたが、どうやら隼人が隊長羽織を取り出した後の金庫の中を見ているようだった。

「あの・・・京楽隊長、」と返事を求めたが、代わりに京楽は金庫の中に再び手を入れて中にあったものを取り出した。

 

 

隊長羽織を包んだ風呂敷包みの下に、別の封筒があったのだ。

瀞霊廷にごく普通に売っている、レターセットの封筒だ。中には勿論便箋と思しき紙が入っていて、少し厚くなっている。

 

受け取った隼人は封筒から手紙を取り出し、書かれていた字を見る。

まぎれもない、狛村の筆跡だった。

 

 

「そんな・・・何でこんな、ベタな事・・・。」

 

 

声を震わせ手紙を掴む力が強くなり、少し紙に皺がついてしまうが、それでも必死に文章を目で追った。

 

 

 

 

【貴公がこの手紙を読む時には、儂は既に死んでいるのだろう。儂が七番隊に来て80年程経ったが、貴公にはいつも助けられて来た。仕事では勿論だが、黒崎一護と戦闘した時、儂は貴公の索敵能力を使う事で、あの少年を追い詰めることが出来た。東仙が尸魂界を裏切った時も、貴公は一歩引いた立場で物事を考えてくれた事、改めて感謝する。】

 

 

涙で手紙の字が滲みそうになるが、何とか左手で目を擦りつつ手紙を汚さずに読み進める。

 

 

 

【空座決戦では、貴公が藍染と一人で戦うようにさせてしまい、あのような大怪我を負わせてしまったのは、今でも儂は深く悔やんでおる。部下の命を危険に晒すなど、儂は隊長失格だと考えていた。】

 

 

【だが、それと同時に貴公はその能力をもっと高みに持っていくことが出来るのではないかと考えるようになったのだ。一太刀でやられた儂とは違い、藍染相手に粘りを見せた貴公は、儂をも超える死神になるのではないかと考えた。】

 

 

「・・・・・・隊長・・・。」

 

 

声を震わせながらも、2枚目の便箋に指を伸ばしてめくる。

 

 

【ここからは儂の願いだ。貴公はまず、卍解を習得しろ。貴公の力があれば、既に斬魄刀の具象化には至っている筈だ。斬魄刀を屈服させ、卍解を手にするのだ。そして、儂の跡を継げ。次の七番隊隊長は、お前が務めるのだ。】

 

 

「・・・・・・、」

 

 

狛村からの願いを知らされ、より意思は強くなってゆく。

 

 

【これを着て、儂の跡を継いでもらうのが、儂のささやかな願いだ。ここからは、お前の好きなように動け。儂の部下として身を粉にして働いてくれた分、今度はお前が自由に羽搏くのだ。儂を助けられなかったなどと、気に病む必要など無い。儂の死を踏み台にして強くなるのだ。】

 

 

【何があっても、儂がお前を見守っておる。自分の道を切り開いていけ、隼人。】

 

 

 

「・・・了解しました。」

 

 

決意した隼人は、強い意思を携えて京楽の顔を見据える。

 

 

「卍解を習得し、僕が隊長になります。」

「よく言った。それじゃあ君は、卍解習得後、和尚からもらった鬼道の本をモノにしてくれるかい?」

「はい。」

「七緒ちゃんには鬼道衆と協力して滅却師の力の残滓から対抗できる鬼道を作ってもらってるから、全部終わったら七緒ちゃんにその鬼道を教えさせるよ。」

 

 

「次の侵攻までに、君は自分が強くなる事だけを必死に考えるんだ。」

「はい!」

 

 

威勢よく返事をして隼人はその場を後にしようとしたが、再び京楽に呼び止められた。

 

 

「一応確認しておきたいんだけど、具象化、出来るんだよね?」

「はい。ちょっと待って下さい。」

 

 

言いつつ、隼人はその場で斬魄刀に力を籠めて呼び起し、こちらの世界に桃明呪(彼女)を召喚した。

思ってもみない美少女の出現に、京楽はいつも通りやや鼻の下を伸ばす。

 

 

「あらあらあら、これまた可愛い斬魄刀だこと。七緒ちゃんには敵わないけど。」

「た、隊長・・・さすがにそれはちょっと・・・。」

【・・・・・・気持ち悪い。応援出来ない。】

「あぁ・・・。」

 

 

初対面の女の子にキモイと言われて、流石に男として落ち込まずにはいられなかった。

ため息をついてズーン・・・と負のオーラを漂わせ、しゃがんで俯きそっぽを向く。

総隊長から悲しいおじさんへと一瞬で変貌を遂げた京楽に何とかフォローを入れて回復させた。

 

 

「では気を取り直して、貴女もボクと狛村隊長からの願いを目にしたと思うんだけど、修行の場所として八番隊の屋外演習場を使ってほしいんだ。それで―――――」

 

 

後を続けようとするが、斬魄刀によって遮られた。

 

 

【大丈夫。ここでこばやしを修行させる。】

「えっ?ここ隊首室だよ?さすがにここで暴れられると・・・。」

【大丈夫。問題無い。】

「どういう―――――――」

 

 

隼人が喋ろうとした瞬間、桃明呪は瞬時に隼人の後ろを取って、手刀で気絶させてしまった。

 

 

「ばびゅっ!!」

「あーららら、そんな気絶させちゃってどうするの。」

【卍解の修行は、()()()()でするから。わざわざ場所を取ってもらう必要はない。】

「・・・ってことは、結構キツイ修行しちゃうのかい?」

【それが当然。私の力は、並大抵の死神には使えない。】

「だったらついでに、隊長としての心得とかも、隼人クンに教えてあげてもらってもいいかい?」

 

 

無言で頷き了承の意思を見せた桃明呪は、倒れた隼人をソファに寝かせて、体を痛めないようにする。

 

 

【人払いは続けてもらってもいい?こばやしは暫くの間、無防備になるから。】

「うん。八番隊には誰も来ないようにしておくよ。」

【ありがとう。一生懸命頑張るきょうらくを、私は応援している。】

 

 

その言葉を最後に、桃明呪は隼人の中に消えていった。

 

 

 

*****

 

 

 

四十六室の前に立ち、貴族相手に相対する京楽は、斬魄刀と修行を進める隼人の無事を祈りながら、七番隊の立て直しについての許諾を取ることにも成功した。

 

 

次に議題に上げたのは、現在動くことの出来る隊長の戦力強化についてだ。

砕蜂、ローズ、拳西の戦力強化のために暫くは隊長業務から離れて斬魄刀と修行を行ってもらう。

これについては零番隊が来る前に彼らに話をつけており、既に三名の隊長は各自修行に入っていた。

四十六室も、特に反発せずにつつがなく終わる。

 

だが勿論、彼らにとって到底納得し難い提案も京楽は話術で強引に押し通す。

山本前総隊長に比べて、圧倒的に四十六室にとって京楽は扱いづらかった。

やり辛い相手に、四十六室はまたも悔しそうな表情を御簾越しに浮かべる。

ほぼ京楽の独壇場となっていた四十六室との対話は、さらに幾つかの案を出したが全て京楽が強引に押し切り、納得させるに至った。

 



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斬魄刀世界

「檜佐木副隊長、現在六車隊長はどちらに・・・。」

「あぁ悪いな、隊長は暫く空いてないんだ。書類なら俺が代わりに見といてやるぜ。」

「了解しました。こちら被害状況の書類です。ご確認御願い致します。」

 

 

拳西からしばらく卍解の修行に入るから仕事に出られないと聞いたため、基本的には自身の修行を中心にしつつ修兵は戦後処理の手伝いも行っていた。

九番隊調査部門を率いる誉望が中心となって霊圧調査を行っていた所に先輩として様子を見に来ていた。

 

 

「檜佐木副隊長、修行しなくていいんスか?」

「隊長が隊首室で刃禅組んでガッツリ修行してるからな。俺までずっと修行したら隊が持たなくなるだろ?」

「まぁ、確かに・・・。」

 

 

ほら調査しろしろ!と部下を仕事に集中させ、修兵は隊の巡回を続ける。

 

(隊長・・・。俺も強くなって、足引っ張らないように頑張ります・・・!)

 

青空を見て、心の中で上官の補佐に値する強さを持った死神になれるよう、決意を固める。

 

 

 

*****

 

 

 

「ん・・・んんん~~・・・。・・・どこだ?ここ。」

 

 

気を失って意識を取り戻すと、隼人は見慣れぬ場所にいた。

現世にしては、かなり文明が進んでいるようにも見える。

大きな白い風車がいくつもあり、夜なのにビルの電気から漏れる光で眩しいくらい。

 

気付いたら、ベンチの上に寝転がっていた。

去年訪れた空座町とは、比にならない程の煌めきで覆われていた。

 

 

「何あれ・・・電車か?」

 

 

高架に走るモノレールなど知りもしない隼人は、頭上に見える夜景に思わず目を丸くする。

体を起こして道路を見てみると、大通りだからか多くの車がひっきりなしに走っていた。

 

 

「いつの間に、現世に?いや、そもそも本当にここ現世「おはよう、こばやし。」

「おわっふ!!!びっくりした!」

 

 

夏仕様でTシャツにピンクのジャージのズボンを履いた桃明呪が、遠くから声をかけてきた。

その姿を見て、先ほど尸魂界で京楽と話をし、卍解修行をする手筈になっていたことを思い出す。

 

 

「こっち来て。道路に出たら死ぬから。」

「えっ、ああ、そうだね。・・・ここどこ?」

「私の世界。」

「ここで修行するの?」

 

 

隼人の問いかけに、彼女は首を振る。

 

 

「それを含めて今から話をするから、しっかり聞いてくれる?」

「うん。了解しました。」

「私の修行、ちょっと変わり種。歩きながら話すからついてきて。」

 

 

先導され、近未来的な街並みに興味津々になりつつ、置いて行かれないようについていく。

途中で渡されたタブレットには、ある施設の写真が載っていた。

 

 

「病理解析研究所?なんだこれ?」

「ここでこばやしは修行する。私の力を使いこなす練習。」

「あ、それ!そうそう!」

 

 

思い出したように隼人は、第一次侵攻の時からずっと気になっていたことを当の本人に問いかける。

 

 

「僕の本当の力って、一体どんな力だよ?」

「それは、向こうに着いてから。大丈夫だよこばやし。」

 

 

「私の本当の力があれば、皆を護ることが出来るから。」

「皆を、護る・・・・・・。」

 

 

始解を習得する時は、皆を護れる力ではないと明言していた。

だが、卍解は皆を護れる力。力の性質が根本的に変わる以上、戦い方も根本的に変わるだろう。ひょっとしたら、

 

 

「僕でも、前線に出られるかな?」

「うん。前線で戦える。一人で力を使って戦うこともできる。でも大丈夫だよこばやし。後ろで補助することも出来る。その方が私を使いこなせると思う。」

「やっぱり?」

「だから皆を護れる力。前で戦って弱い死神を護れるし、後ろからこばやしより強い死神を補助して護ることができる。」

「ほうほうほう、成程・・・・・・。」

 

 

ここまで言われれば期待に胸がふくらむ。

始解習得の時は力を受け入れこそしたものの、他の死神の能力が羨ましくなったことは何度もあった。

拳西や狛村、修兵みたいに、自分から前に出て戦う姿が何と羨ましかったことか。

卍解を習得し、隊長になることで、同時にかねてからの願いも達成できるとは。死神冥利に尽きるではないか。正直よく分かっていないけれど。

 

そして頭の中で考えている途中、もう一つ気になることがあったのを思い出した。

 

 

「そういえばさ、」

 

「何で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()?」

 

 

あの時、具象化が出来たならついでに斬魄刀を屈服させて、卍解できればもっと藍染相手に粘り、大怪我を負わずに一護にバトンタッチ出来たかもしれないのだ。

加えて、藍染が自分の卍解について何らかの興味を示していたことは、あの時の反応でうっすらと気付いていた。

まだ持っていないと告げた時、失望とほんの少しの安心が顔に表れていた気がしてならなかった。

 

それに対しても、何だか含みを持たせた言い回しで桃明呪が返す。

 

 

「要素が足りなかったから。」

「要素?」

「あの時のままじゃ、不完全な卍解になるから。私が卍解を使わせるなら、出し惜しみしないで全力で使って欲しい。」

「じゃああそこで屈服させれば使うには使えたんだ。」

「うん。でも、あの時使ったら卍解は壊れて、二度と元に戻らなくなっていた。」

「・・・・・・・・・ありがとうごぜます。」

 

 

身を案じて卍解を使わせなかったことに感謝した所で、目的の施設・病理解析研究所が見えてきた。

大きな鉄製の門があるが、鍵は開いており、押すだけで普通に門は開いた。

 

 

「ねえ、こういう所って、何か勝手に入ったら警報とか鳴ったりしないの?十二番隊もヤバイ所入ったらビービーうるさいらしいんだけど。」

「・・・・・・大丈夫だよ。漫画の見過ぎで感覚がおかしくなってるこばやしを、私は応援してる。」

「えっ。・・・ちょ、えっ?嘘、そんな漫画に影響受けてる?」

 

 

何度も聞くが、それ以降返答は無かった。

 

 

 

*****

 

 

 

中に入ると全くもって人の気配を感じないが、照明はどこもついていた。

 

 

「ここは私の世界。私のルールで動いているから、私に出来ないことはない。」

「何か、すごいね・・・。現世に比べても機械というか、文明が発達してるというか。」

 

 

普通にお喋りして通路の中央を歩いているが、世界の主が歩いているのであればセキュリティなどお構いなしという所なのか。

むしろ、貸し切りにしてもらっているような雰囲気だ。

重厚な自動ドアも、横に10キーがあり本来は暗証番号入力が必要と思われるが、彼女はそれを目にすることもなく通過する。

いくつかドアと通路を通り抜け、様々な機械が設置された部屋に辿り着いた。

 

 

「おぉ、真っ暗・・・。」

「ちょっと待ってて。」

 

 

桃明呪が壁際に移動して手をかざすと、パソコンのキーボードのような画面が出てきた。

修兵が使っていた所に見覚えがあったため、何か打ち込んでいることはすぐに理解する。

通路に繋がるドアが開きっぱなしなため、そのおかげで中の様子がちょっと見える程度だ。

巨大な機械があるものの触れて暴走でもしたら大変なので近付くだけにとどめる。

 

そんなこんなで室内をうろちょろしていたら、ようやく部屋に電気が点いた。

 

 

「おっ電気が・・・って、何これ!!すっげー・・・!」

 

 

桃明呪がタッチパネルに打ち込んでいた先にはガラス窓があり、その先にだだっ広い空間があった。

円柱型の広い空間には、出入口と思しき二つの自動ドア以外何もなく、無機質な空間を形作っている。

一方で、古代の闘技場を彷彿させるような、血の雰囲気も若干ながら感じていた。

 

ひとしきり目を奪われていると、目の前の広い空間ではなく、今自分達がいる部屋のドアからぞろぞろと白衣を着た人間が入って来た。

 

 

「・・・誰?」

「私一人じゃ大変だから。私が()()()助っ人。」

 

 

10人ぐらいの白衣を着た人間が、それぞれ持ち場の椅子に座って慣れた手つきで機械を操作し、すぐに闘技場の自動ドアが開いた。

左の自動ドアからは拳西が、右の自動ドアからは、プロレスラーみたいな男が出てきた。

プロレスラーの男の後ろには、小さなぷっくりした子どもがついていた。

同時に隼人がいる部屋の自動ドアには、ロックが掛けられる。

 

 

「まずは見てて。」

「???どういうことだよ?見るって――――」

 

 

言い切る前に、既に闘技場にいる二人は闘いを始めていた。

拳西の卍解が発動し、レスラーの男の腹を殴りつける。

 

 

ガラス越しのため声は何も聞こえないのだが、レスラーの男は物凄い形相で苦悶の表情浮かべる。

ぐおおおおおお!!とでも叫んでいるのだろうか。

そのまま吹き飛ばされたレスラーの男は、壁に激突する寸前で態勢を立て直し、壁に足をつけて反動で拳西めがけで猛スピードで距離を詰める。

口の動きから何か技名を叫んでいるようだが、拳の溜め動作をしている以上、パンチをするのはすぐに分かった。

 

拳西に直撃し、辺り一帯の瓦礫も同時に吹き飛ぶ。

 

 

「うわっすご・・・。」

 

 

だが、拳西はそのパンチを左腕だけで防ぎきっていた。

再び拳西が手に携えた刃でレスラーの腹を殴りつけ、喀血と同時に臓器も抉れているのが別カメラに映る映像から判別出来た。

 

そのまま吹き飛ばされたレスラーは、倒れて身動きが一切取れなくなっている。

 

 

「これで終わり・・・?ねえ、一体なんでこんなの僕に見せるの?これが修行と何の関係が「まだ終わってない。」

「は・・・?」

「まだ。闘いはまだ終わってないよ、こばやし。ほら。」

 

 

桃明呪が示したカメラ映像には、小さなぷっくりした子どもが震えて涙を流している。

何かを叫んでいた。音が聞き取れないため口の動きで言葉を判断するしかないのだが、「スーパースター」と口を動かしていることだけは理解出来た。

 

 

瞬間、ガラスの向こうで大爆発が発生する。

レスラーがのびていた場所に煙が立っており、拳西が立っていた場所にはさっきのレスラーがふんぞり返っていた。

そこにいた筈の拳西は姿を消していたのだが、壁に一つ新たな穴が開いていた。

 

 

「え・・・?まさか、」

 

 

そこから出てきた拳西は、頭と鼻から血を流しており、()()()()()()()()()()()()()()()()

それでも拳西は、首の調子を無理矢理治して再びレスラーに向かって行く。

だが、拳西が鐵拳断風の一撃を与える隙も無く、レスラーが空中で膝蹴りを拳西の腹に当てる。

直撃した拳西はノックバックするが、レスラーが強引に頭を鷲掴みにして強烈な頭突きをぶつける。

 

その際に生まれた若干の隙を、拳西は見逃さなかった。

何とか空中で態勢を立て直してメリケンサックをレスラーの腹にねじ込む。

その一撃に、やはりさっきと同様にレスラーはひどく苦しんだ表情を浮かべる。

 

(拳西さんの攻撃は効いているのか・・・?)

 

だが、再び付き人の子どもが笑顔で声をかけると、それすらも効かなくなってしまった。

驚愕の表情を浮かべる間もなく、拳西は手刀で首と右腕を真横に折られる。

その時点で既に意識を失っていたのだが、構わずレスラーは拳西の体に攻撃を叩き込む。

腕や足を強引に捻じ曲げて折り、体中から絶えることなく血が流れている。

一発特大のドロップキックを入れると、ただの肉袋のように拳西の体は受け身を取ることなく壁に激突する。

 

一瞬見えたレスラーの口から、「これでトドメだ悪党!!」という言葉が叫ばれたのは口の動きだけで明らかだ。

 

最後にレスラーが最大威力のパンチを拳西の身体に叩き込んだ瞬間、拳西の身体は壁にぶつかると同時に反射し、場内に幾つかある太い柱に体を衝突させながら広場の中央にぐったりと倒れ込んだ。

 

 

卍解など原形すらとどめておらず破壊され、体は血まみれで、手足は普通の人体ではありえない方向にひしゃげている。

柱にぶつけた左腕は吹っ飛び、遠くに無残にも転がっていた。

腹には数か所大穴が空けられており、そこから大量の血が流れ、体内の臓器がはみ出ていた。

最初の時点で首を折られていたからか、最後の死体には首から上がなく、首の骨が肩の上あたりに断片として転がっていた。

頭部も、肉体からかなり離れた位置に、血まみれで転がっていた。

 

闘いが終わったからか、ビーッ!!とブザー音が鳴り響く。

 

 

「うっ・・・うっ・・・うぶっ。」

 

 

ひどすぎる死体に我慢できず、手で押さえていた口から嘔吐してしまった。

こうなることを事前に察していた研究員が近くにゴミ箱を設置していたので、迷わずそこに流す。

背中をさすったのは、桃明呪か。

残虐な攻撃と、なす術もなく殺される拳西の姿を思い出し、更に気持ち悪くなって嘔吐すると共に、桃明呪にこの上ない怒りを抱いた。

 

これは修行と呼べない。ただ家族が残虐に殺される光景を見させられて、一体何が修行なのか。

こんなことをして、一体どうすれば自分の卍解に辿り着けるのか。

一度落ち着くと、隼人は彼女の胸倉を掴んで詰問にかかった。

 



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干渉

「ねえ。何のためにあんなの見させられたんだよ」

「修行の説明のため」

「じゃあその修行って何だよ!!拳西さんがぐっちゃぐちゃになって殺される姿を見て強くなれるってか!?その過程は本当に必要なのかよ!」

()()()()

 

 

冷静に、きっぱりと言い放つ姿を見て隼人はさらに鋭く睨みつけ、手の力を強くする。

 

 

「こばやしが卍解を習得して、()()()()()ためには必要。今のままのこばやしなら、あんな風に酷い死に方をするから」

「あんな風に!?拳西さんがボコボコにされたのをそんな言い方すんじゃねえよ!!」

「他人の心配より自分の心配できないの?」

 

 

言い放つと同時に、桃明呪は隼人の手を左手で払いのけ、右手で隼人の頬に平手打ちする。

 

 

「分からないの?こばやしが死んだら、私も死ぬんだよ?私は死にたくない。生きる為ならこばやしを苦しめることだって何でもやる。死にたくないって前に言ってたの、忘れたの?席官で戦うのと隊長として戦うのは別物だよ」

「・・・・・・。」

 

 

考えていなかった盲点を突かれ、思わず言葉を噤んでしまった。

止まらず、桃明呪は甘い考えでいた隼人に彼女なりの願いを伝える。

 

 

「隊長になるなら、いつ命を落とすか分からない。さっきのむぐるまみたいに闘いの途中で殺されるかもしれないし、突然奇襲されて一瞬で殺されるかもしれない。でも私はこばやしに力を与えたい」

「だったら、何も言わずに力だけ渡せばいいだろ。答えになってないよ」

「味方が殺された状況を見て嘔吐するぐらい動揺するこばやしに、安易に私の本当の力は渡せない。無防備に動揺している間に殺されていたらどうするの?こまむらといばが死んじゃった時も、敵地の真ん中にいたらこばやしも死んでいたよ」

「ッ・・・・・・」

 

 

正直、ぐうの音も出なかった。

さっき嘔吐したのが敵地のど真ん中であれば、それこそ滅却師の矢で蜂の巣にされていると隼人でも思う。

戦争では、隙を見せた瞬間がもうおしまいなのだ。

 

 

「空座町の藍染惣右介は、手加減していたと思う。あれでもこばやしには本気じゃなかったんじゃないかな。こばやしは隙だらけだったよ。皆からは褒められていたけど、その場にいなかったから、三席だから凄いって褒められていたと思う。状況に甘えないで。そんなこばやしは、応援できない」

 

 

状況に甘えるな。

そう言われて初めて、副隊長にならなかった自分が三席という状況、立場に甘えていたことを思い知った。

三席から隊長に飛び級昇進するのであれば、それこそ副隊長以上に生半可な気持ちでなってはいけない。

力で皆の上に立つためには、相応以上の覚悟を背負う必要がある。

ただ技を身に着ける、霊力を上げるだけでは、卍解を習得しても、隊長にはなれない。

強靭な精神が無ければ、隊長職など務まらない。部下の死でいちいち強く動揺していては持たないだろう。

 

 

「・・・・・・ごめん、ありがとう。隊長になること、何にも分かってなかったな。覚悟が足りなかったよ」

「大丈夫。・・・覚悟を背負う分だけ、こばやしは可能性を手にできる。私はこばやしに、たくさんの可能性を与えたい。最初は辛いけど、動じないで。修行を続けていくうちに、辛い思いをすることも無くなるから」

「・・・分かった。もう逃げない。向き合うよ」

 

 

隼人の言葉に頷いた桃明呪は、隼人の手を取って再び巨大なガラス窓の前に連れて行く。

窓の先の闘技場は、さっきの血や壊れた壁などが全て処理されており、来た時の状態に戻っていた。

再び二つの自動ドアが開き、拳西とレスラーが入って来た。

 

 

「私の本当の力、教えるね。」

「えっ、」

「私の本当の力は、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()

「!!・・・それって、つまり、」

「うん」

 

 

「本来負ける筈だった人を、勝たせることが出来る能力だよ」

 

 

今まで読んでいた霊圧を媒介に、霊力に干渉できるという代物だ。

霊圧を伝って味方の霊力を底上げすること、敵の霊力を下げることができるのだ。

運命すら捻じ曲げてしまえる程の、とんでもない能力が桃明呪には備わっていたのだ。

彼女は更に自分の力に説明を加える。

 

 

「あの時は、完現術者と滅却師の要素が足りなかったから、完全な卍解が出来なかった。でも今のこばやしは、完現術者と滅却師の霊圧も、十分に読んでる。だから卍解を使える条件は整っている」

「へぇ・・・。卍解がそんな代物か・・・」

 

 

その隼人の言葉に、桃明呪は首を振る。

 

 

「それは始解だよ。思い出して。今までに私の本当の力の片鱗はこばやしにも使えていた」

「えっ」

「この前の戦い。覚えてない?」

 

 

この前戦ったのはピエロのようなキザな滅却師。あれは戦いと言えたものかはわからないが。

本当の力がどんなものか分かってない自分をひどく困惑させると同時に、ある意味何故かヒントを与えてくれた滅却師だった。

その時の言動を思い出していくと、一つ今の説明に合致する点があった。

 

 

『あんたが俺の霊圧探ってんの、バレバレだぜ?』

 

 

つまりこの時、ナックルヴァールは自分の霊圧、霊力が干渉されていることに気付いていたというのか。

さらに桃明呪は別の戦いを思い出させた。

 

 

「空座町での戦い。覚えてる?」

「藍染が・・・本当の力を知ってたのか・・・?」

 

 

無言で彼女は頷く。

空座町での戦いの時の藍染の言動を必死に思い出してみると、やはり重なる言動があった。

 

 

『いいね。優れた干渉力だ。』

 

 

そして、藍染達が離反する時にも。

 

 

『究極の干渉力を持つ君の始解は、・・・』

 

 

あの時、まだ破面の霊圧すら読んでいなかった隼人を見て、藍染は既に隼人の本当の力に気付いていたのだ。

だったら何故その事を伝えなかったのかが気になり桃明呪に問いかけるが、それは本人に聞けと言われてしまった。

霊圧は読めても心までは読めない。それこそエスパーになってしまうだろう。

 

 

「マジかよ・・・藍染が気付いてたのか・・・」

「でも大丈夫。藍染はもう無間にいるから。気にする必要はない。早く修行始めよう」

「そうだね。僕はどうすればいいの?」

「最初は簡単。始解を使ってむぐるまの霊圧に干渉して、相手の攻撃の威力を相対的に下げて」

「防御力バフってことか!拳西さんをあんな目に遭わせるわけにはいかないよっ!!」

 

 

戦いのパターンは基本的に同じだった。

まずは拳西が圧倒し、レスラーは腹を陥没させて意識を失った。

そしてお付きの子どもが何かを叫ぶと共に、拳西は一度吹き飛ばされる。

 

ここからが勝負だ。

 

 

「普通に霊圧を読もうとしたら何も変わらない。祈って。こばやしの力が、むぐるまに届くように」

「祈る・・・?」

「護るんでしょ?呪っちゃだめだよ」

 

 

全くピンとこないが、言われた通りに拳西の霊圧を読みつつ、防御力が上がりますように!的な感じで祈ってみる。

とにかくやってみるしかないのだ。

すると。

 

 

レスラーが当てた筈の膝蹴りは、拳西には全く効いていなかった。

 

 

「えっ・・・マジで!?」

「これが私の本当の始解」

 

 

攻撃が効かなかったことに驚きを見せたレスラーは、その隙を狙われて鐵拳断風を顔にねじ込まれる。

炸裂する力が顔にねじ込まれ、眼球や鼻の骨などが一挙に弾け飛ぶ。

正直、敵がそんな状態になっても何の感慨も無く、気分すら悪くならなかったことに気付くのはかなり後の話だ。

実質脳幹をぶち抜かれたため、心臓は動いていても死んだようなものだった。

 

だが、お付きの子どもがいる以上簡単な話ではない。

 

 

「拳西さん!あっちの子ども殺さんとダメだってば!!」

「聞こえないよ。戦闘中はこっちの声は一切聞こえない」

「だったらもう一度拳西さんの防御力を「無理だよ」

「何でだよ!!」

「今の段階じゃ、こばやしは対象に一回しか干渉出来ない。もっと練習したら出来るようになるから」

「じゃあ、どうすれば、」

「次に移るよ」

 

 

「あの子どもの力、()()()()()()()

「分かった!!」

 

 

この力がどれ程までに危険で恐ろしいものかを理解するのも、次の戦いの最中だった。

 

 

 

*****

 

 

 

滅却師の霊圧に干渉するのは死神に比べると少し勝手が違った。

術式か何かで血管の中に霊子を流しているからか、死神に比べると祈る際に若干バリアがあるように感じたのだ。

これも桃明呪曰く、力に慣れないうちの苦労らしい。

だが、相手が子どもだからか何とか間に合わせることができた。スーパースターと叫んでも一つもレスラーは身動きせず、そのまま死体となった。

 

尚も叫ぶ子どもを拳西が卍解で潰したことで、この試合は終わりを告げた。

ビーッ!!とブザー音が鳴ると同時に闘技場の自動ドアが開き、戦後処理が始まっていた。

ブザー音と同時に隼人はへたり込みそうになるが、これまた察していた研究員が身体を支えてくれて、ふかふかの椅子に座らせられた。

 

 

「お疲れ。私の力は消耗が激しいから、無理しないでね」

「・・・・・・うん・・・。頭が痛い・・・」

 

 

一試合に干渉するだけで、繁忙期の一日を過ごしきった時ぐらいの疲れがどっと押し寄せる。

特に頭、というよりも、脳に疲れが出ているように思える。

成程、これは力に慣れて戦闘のために十分使いこなすには、かなりの労力が必要になるだろう。

 

研究員からバナナシェイクを渡されて飲むと、見違える程に疲れが取れた。

 

 

「何これ!さっきの疲れが嘘のようだ!」

「ここは私の世界だから、こばやしが疲れても簡単に疲れは取れる。でも準備が整うまで休憩して。次は対戦する人変えるけど、勝たせる方だけ私が指示するから、後は全部自分で考えて力を使って」

 

 

さっきはサポートがあったものの、次は最初から自分で考えて力を使うよう求められる。

相手の能力を霊圧解析でしっかり理解する速さなどが求められるだろう。

加えて、適切な強化と弱体化も、自分で考えないといけない。

力を使った自分にかかる負荷も抑えていく必要がある。

 

課題は山積みだが、今はお言葉に甘えて、シェイクを飲みつつ少し休憩することにした。

 

 

 

*****

 

 

 

「いらっしゃーーーーーーーい♡♡♡」

 

 

二枚屋王悦によって鳳凰殿に迎えられた途端、一護と阿散井、麻酔なし超激痛の改造手術を経たコンはたくさんの女性陣に囲まれる。

コンだけが目を輝かせ、二人は困りつつほんのり顔を赤くする。

 

 

「キャーーーー!!!」

「ねえねえ超はだけてるんだけど!エローーーーい♡♡♡」

「顔赤くしてるのカワイーーーーー!!」

「私ちょっと久々に本気だしちゃっていいかな?いいかな!!」

 

 

多種多様な髪型をしつつ、顔面偏差値の高い彼女達が一護達に群がり、キャッキャと騒いでいる。

 

 

「オレンジ髪が一護くんだよね?めっちゃカワイイんだけど♡♡」

「すぐにご案内しまーす!!ほら、あっち連れてって!」

「了解しましたっ!!」

 

 

黒服の男に両腕を掴まれて、一護はあるベンチに無理矢理座らされる。

入れ替わりに、一人の女性がやって来た。

 

他の女性と服装は変わらないものの、かなり巨乳で可愛い顔をした、黒髪で肩までいかない程度のおかっぱの女の子だった。

 

 

「彼女に癒されてねーーーーーっ♡♡♡」

「は!?」

 

 

近くにいた別の女性が、一護に声をかけて颯爽とバックヤードに入っていく。

阿散井も別の女性を宛がわれて無理矢理喋らされているようだ。

フードか何かを被っているように見えるため、頭部は隠れて一護の方からは何も見えない。

 

そして、一護の隣に座る女の子は、簡単に言えば地味だった。印象が薄い。

こっちに体を向けようともせず、ただただ一護の真隣に座って前を向いているだけだ。

一護に照れているわけでもなく、ぼーーっとしているようにも見える。

 

 

「なぁ、ここ何なんだよ。あんた誰だよ」

「・・・・・・北北東から霊圧が来てる」

「は?」

「いちごの霊圧、私は嫌いじゃないよ」

「は?」

「私も今、修行中。いちごも修行?」

「ああ。・・・ってか、」

「大丈夫だよ、修行のために頑張るいちごを、私は応援してる」

「いや、だから「どーーーーですか?癒されました???」

「癒されるもクソもねえよ!!!!!!!」

 

 

また別の女性が一護に話しかけた瞬間、カオスな空間に耐え切れず大声をあげる。

噛み合わなさすぎる、というかマイペースすぎる会話を展開する女性を見ていると、自分が何をしにここに来たのかわからなくなりそうだ。

「いやーーーん♡怒った姿もカワイイ♡♡」と言われて更に顔を赤くするが、もう我慢ならねえ!!ってなってきたところで、王悦がメラちゃんと呼ぶ女性が来て茶番は終わりを告げた。

 

 

「おーやーかーたーサマーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」

 

 

盛大なドロップキックが襲い掛かり、王悦の身体は壁に激突する。

コントみたいな画ヅラだ。

 

「本ッ当に!!!御館サマは!!!いつまでこんなことやってんだゴラァーーーー!!!!!」

「痛い!!痛いYoメラちゃん!!そんなに殴らないDe!!・・・って待ってそこはダメ!!金的はダメSa――――!!!!Ah!!!!OH!!!!!Damn――――――!!!!!!」

「「・・・・・・」」

 

 

王悦がメラちゃんに金玉を何度も蹴られて蹲り悶えたところで、この茶番も終わりを告げたのだった。

 



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後出し

浦原と夜一の“秘密の”遊び場を使って、一人の隊長が卍解修行を重ねていた。

 

 

「ふぅ・・・一旦、休憩を挟もうかな。金沙羅舞踏団の新曲(新技)も素晴らしい仕上がりになってきたし」

 

 

独り言の多いローズは以前ならラブに、瀞霊廷に戻ってからは吉良にツッコまれることが多く、それがちょっと嬉しかったりした時もあったのだが、ラブは現世だし、吉良は先の戦いで命を落としてしまった。

吉良と仲良くしていた(と勝手に思っている)ローズは、亡くなった吉良の分まで自らが強くなることを誓い、京楽に指示された場所で卍解の新技をいくつか作っていたのだ。

 

 

そんな中、キレの鋭いツッコミをする者が入って来た。

 

 

「こんなトコで何しとんねんローズ」

「リサ!!こっちに来てたんだね!久しぶり」

 

 

浦原に頼まれて瀞霊廷の様子見に来たリサは、双殛の地下から霊圧を感じて向かったところ、ローズが一人で修行をしていた、そんな所だ。

このままではYDMも事業どころじゃなくなるのもあり、その道具の回収という目的もリサにはあったが、拳西は刃禅でガッツリ修行しているため会話など不可能、平子も戦後処理の陣頭指揮を行っているため忙しく、白は今現在平子と一緒に戦後処理で動いているので話せる相手が少なく、ローズを探して見つけたのだ。

京楽と七緒が忙しいのは百も承知なので、顔を出すつもりはない。

 

 

「あんたも修行か。・・・色々あったんやろ」

「イヅルが死んだ。彼の死だけで、ボクはひどく傷ついたよ。復讐の炎で数曲書けそうだ」

「あんたがその部下気に入っとったん、あたしに送られてくる心底ウザいメールでも分かっとったわ」

「ウザいって!酷いなリサ!!」

「ウザいわアホ!!ワケわからん言葉ばっか使ってあたしに送んなや!ラブに送れ!ってあいつローズのメール全部スパムにしとったわ!あとラブに送られて来た迷惑メールにローズのアドレスで登録しとったで!!」

「だから最近ボクの伝令神機に架空請求が沢山来てたのか!」

 

 

話が脱線してとんでもない所に行きそうになったが、珍しくローズが先に話を切り上げて修行に戻ろうとする。

ローズの卍解を見たことが無かったリサは、気になって少し様子見することにしたが・・・。

 

 

「へぇ~。変わった卍解やな」

「音楽を操る卍解だよ。音楽のまやかしが作り出す旋律が、心を奪い尽くすのさ」

「・・・・・・何や。アホくさ」

 

 

()()()()()()()()()()

「!!!!!」

 

 

最近たまたま読んだ漫画で、敵集団全員が自分の鼓膜を破ったことで音を扱う技を使ったキャラが八方塞がりになっていたのを思い出し、本人も気付いていると思い決定的な弱点を何の気なしに言い放つ。

リサの言葉に対し、驚きと絶望が綯い交ぜになった顔を浮かべたローズは、恥も外聞もなく泣きついてしまった。

 

 

「どっどどどどどどどうしようリサ!ボクの卍解に致命的な弱点が!!」

「んなモン自分でどうにかせえ!つーか今まで気付いとらんかったんか!このアホ!鬼道使うなり修行して克服するなりあんたなら出来るやろ!!」

 

 

長くなりそうなので、様子見は諦めてそそくさと退散する。

それでもリサは、心の中で「頑張り。」と珍しく応援の言葉を向ける。

新技の開発だけでなく、決定的な欠陥を克服する必要が生まれたローズは、しょんぼりしつつ諦めず修行を再開することにした。

 

 

 

*****

 

 

 

次の試合が始まる前にガラス窓の前に移動したが、いつも表情に乏しい桃明呪が、隣でほんの少し口元に笑みを浮かべていた。

 

 

「何かあった?」

「・・・ううん。何でもない。修行の最後をどうするか決めた所」

「?そっか。珍しく笑ってたからさ。思い出し笑い?」

「・・・そんな所」

 

 

結局いつもの顔に戻ってしまったが、色々聞く間もなく闘技場内の自動ドアが開いた。

同時に、闘技場内が薄暗くなった。

 

 

次に入って来たのは、銀城空吾と、志波海燕。

 

 

「銀城空吾を勝たせて」

「・・・・・・分かった」

 

 

よりによって死神に復讐をしようとした初代死神代行を勝たせるなど、正直な話嫌だし、海燕を勝たせたかったのだが、指示されたのであれば仕方ない。

完現術の解放と始解を各々がした所で、隼人にとっての試合は始まっていた。

 

銀城の霊圧には別のものが紛れ込んでいたが、覚えがあった隼人はすぐに正体に気付く。

今の銀城は、一護の力が取り込まれていた状態だった。

骸骨のような装甲を身に着け、一護の全ての能力を携えている。

 

(こんな状態の銀城なら、大して干渉しなくても勝てるんじゃ・・・?)

 

様子見のために、一度隼人は銀城に力を使うのを止めて戦況を見守ることにした。

銀城の完現術・クロス・オブ・スキャッフォルドと、海燕の始解の捩花の剣戟を眺めているが、実力は互角か、やや銀城が押しているようにも見えた。

時々海燕は水流を生みだして銀城を潰そうとするが、大剣の持つ部分を変幻自在に変えることで海燕を攪乱し、目測判断を誤らせて海燕の攻撃を巧みに躱していた。

 

その後もしばらく殺陣が続いた所で、戦況に変化が訪れる。

じわじわと押された海燕が、手に持っていた捩花を銀城の剣によって払われてしまった。

そろそろ力を使おうと思っていた所で、まだタイミングが来てないことを瞬時に悟る。

 

しかし、突きの構えを銀城がした瞬間、二人の間の地面が突然陥没し、銀城が態勢を崩した。

海燕の鬼道と思しき術で、二人を中心とした円状に地面がクレーターのように陥没する。

そのまま海燕は、バランスを崩した銀城に立て続けに双蓮蒼火墜をぶつけた。

 

霊圧こそ解析していたものの、この瞬間では銀城の防御力を上げることは不可能だ。

これだけで殺されるとは思えないが、傷を負って動きを制限される可能性は十分にある。

 

だが、銀城の口から、思いがけない技名を発せられる。

 

 

「―――月牙天衝」

 

 

実際の声こそ聞こえなかったが、口の動きとその後出てきた技から明らかにこの技名を発動させていた。

海燕の鬼道を相殺するには十分な威力だった。

少し固まった隙に銀城は再び畳みかけようとする。

それに応じて防御をとる海燕。

 

ならば、海燕の防御を失敗させればいいのではないか。

それなら、少ない負担で戦いを終わらせられる。

方針を定めた隼人はすぐに海燕の霊圧解析にかかる。

 

 

だが。

 

 

 

海燕から、何故か()()()()()を感じ取ってしまった。

 

 

「えっ・・・?」

 

 

距離を詰めようとした銀城を一瞥した海燕は、彼が持つ刀剣解放(レスレクシオン)を唱える。

 

 

「喰いつくせ 喰虚(グロトネリア)!!」

 

 

瞬間、海燕の周囲に紫色の気味悪い物体が生まれ海燕の身体が上昇していく。

同時に、海燕の顔が破裂し、正体が明らかとなった。

藍染戦後、十二番隊の調査資料で見た覚えのある十刃(エスパーダ)

 

第9(ヌベーノ)十刃・アーロニーロ・アルルエリ。

 

ルキアの証言によると、赤いカプセルの中に顔が2つ浮いた姿であるらしい。

その証言通りの見た目をしており、体の下半分は紫色の巨大でグロテスクな触手じみた物体を広げていた。

 

死神の姿から急に異形へと変貌を遂げ、対戦相手の銀城も訳が分からないといった表情だ。

固まった銀城に、アーロニーロは持ちうる中で()()()()()を銀城に放った。

33650体の虚のうち一つの技、敵の行動を完全に止める超音波を銀城に放った。

 

霊力の捻出どころか、眼球一つ動かすことすら不可能になった。

 

 

「なっ、何だよあの力!?」

 

 

それからは、ひどく呆気ない結末だった。

 

 

動きを止めた銀城に、アーロニーロがまた別の虚の技を組み合わせて、至極簡単に銀城の身体を爆発させる。

さっきの拳西よりも悲惨な死体だった。

粉々の肉片と化した銀城は、最早血液しか残っていない。

完現術も、銀城の体と共に爆発してしまっただろう。

 

ビーッ!!というブザー音で、闘いが終了したことが端的に告げられた。

同時に薄暗かった電気が再び完全に点き、研究員とロボットによる戦後処理がすぐさま始められた。

 

 

「失敗。やり直し。・・・眺めているだけじゃ、勝利は手にできないよ。動かなきゃ」

「・・・うん」

 

 

あんな隠し玉を持つなど、後出しじゃんけんもいい所だ。ちょっと酷すぎやしないかと批判したくもなる。

だが、戦闘であるなら様々な手を用意し、隠し玉を持っておく必要があるのは十分理解している。卍解だってホイホイ使えるものじゃない。奥の手だ。

今の闘いだって第三者として見ているから酷いと言えるのであって、実際に戦って死んでしまえばもう負けなのだ。批判もクソも無い。

 

色々と不満はあるが、気を改めてもう一度銀城を勝たせるために次はアーロニーロの解析を中心に行うことにする。

 

ビーッ!とブザー音が鳴ると同時に再び銀城と海燕が入場し、()()()()()()()()()()()()()()()

 

完全に見逃してしまっていたが、さっきの拳西がやっていた闘いとの違いに気付いた隼人は、ひょっとしたら暗いことがアーロニーロにとって有利であるのではと推測した。

既に銀城と海燕の戦闘が始まっていたが、二人の戦闘などそっちのけで隼人は電気を点ける手段を探す。

闘技場の壁に状況を打開できそうな機械は見当たらない。

なら幾つか立っている柱には、と探すと、5本の柱のうち一つにレバーのようなものがあり、それが下がっていた。

 

今現在海燕が捩花の力で水流を生み出しているが、この時点で海燕の力に干渉してしまえば後の計画が破綻してしまう。

そのため、銀城が月牙天衝を使うのを待つ状況になっていた。

それでいて、アーロニーロの刀剣解放を許せばもうおしまいだ。

早く、早く、月牙天衝!と思っていれば、それが届いたのかどうかは分からないが、都合よく銀城が月牙天衝の構えを取る。

さっきとは違って二人は遠距離戦になったため、どうやら銀城も月牙を使う頻度が増えていた様だ。

 

拳西に対して力を使った時と同様、銀城の霊圧を媒介に、霊力に干渉する。

今回は、月牙天衝の照準を、海燕から柱のレバーに強引に捻じ曲げた。

 

干渉を受けた銀城は、技を発動させた直後にモロに違和感を抱き、それは顔にも表れていた。

銀城が向けた方向とは違い、一本の柱に月牙が当たる。

 

一気に闘技場の電気が全て点くと同時に、海燕は苦しみの叫びを上げてアーロニーロへと変貌を遂げた。

 

 

「よし!上手くいったぁ!!」

 

 

その姿を見た銀城はやはり驚愕の表情こそ浮かべるものの、さっきに比べて余裕の表情も持っていた。

 

怒り(と思しき)の感情を剝き出しにしたアーロニーロは、即座に刀剣解放し、さっきも見せた真の姿に変身する。

そして銀城も、更なる変化を遂げた。

 

初代死神代行時代に習得していた卍解。

一護の力とも融合した銀城の卍解により、飛躍的に戦闘力を上昇させる。

 

そして隼人は、最後にアーロニーロの霊力に干渉を始めた。

アーロニーロが繰り出そうとした技を制御不能にし、自爆させる。

 

余裕を無くしたアーロニーロは殺すことしか頭になかったため、さっき銀城を爆散させた技を再びぶつけようとする。

それが制御不能になったらどうなるか。

 

アーロニーロの刀剣解放は見るも無残に大爆発を引き起こし、頭部のカプセルを銀城の卍解で斬られたことで、遂にアーロニーロが倒され、銀城を勝たせることができた。

 

 

カメラ映像越しに映る、カプセルから出て空気にさらされたアーロニーロの本体は、片方が忙しなく口を動かしていたが、もう片方は運命を受け入れているかのように見えた。

 

 

例の如く、ブザー音が鳴り響いて闘いは終わりを告げた。

 




この二人は、対戦カードを考えていて何となく当ててみようと思って書き始めちゃったのですが、二人とも志波家にまつわる誰かさんの力を奪い取った前科持ちということに気付いてから意地でも書き上げたくなって書きました。一護も実質志波家だし・・・。
アーロニーロなんか本ssでは全くもって出すつもりも無かったのですが、原作では30000体以上虚喰ってその能力使えるとかほざくクセにまったくそんな描写無かったので、30000はさすがに無理ですが、幾つかの虚の能力を使わせて一応強くしてみました。個々だけでは役立たなくとも、合わされば脅威になりますしね・・・。
って言っても30000体以上虚喰ってもまともに力使える虚は数十体だけだったりして笑。


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幕間

原作同様、瀞霊廷の様子もぼちぼち残しておきます。
また、幕間なので少々短めです。


「あ~~っ、何とか勝たせられた・・・」

「調子はどう?」

「さっきよりはマシかな。でもキツイ・・・」

 

 

また椅子に座ってバナナシェイクを飲み、すぐに体力を回復させる。

脳に負荷がかかっているため、糖分か何かが必要なのかもしれない。このままではデブになってしまうではないか。

斬魄刀の世界ではカロリーの概念は無い筈なので、きちんと卍解を習得してここから出た後が不安になる。

 

周りでは研究員がカタカタピコピコと忙しそうに機械をいじくっている。これなら確かに一人だと大変だ。研究員を作り上げる方が労力もかからずに済む。

今まで特に気にもしてなかったが、同じ原理で闘技場に立つ死神や滅却師なども複数体彼女が創り上げているのだろう。

そろそろ時間だと言われたので、再びガラス窓の前に立つ。

 

 

「今度は複数。二人以上同時に力に干渉して」

「分かった。頑張るよ!」

 

 

席官三名と、十刃落ち三名による乱戦で、今回勝たせるのは席官の方だ。

斑目、綾瀬川と、あれは六番隊の阿散井の腰巾着か。

その相手は、噂によればマユリが回収した破面の死体だった気がする。

 

一気に難易度が上がるが、めげずに隼人は修行を続けた。

 

 

 

*****

 

 

 

隼人が一人修行を続ける中、他の隊でも一般隊士は休まず鍛錬を続けていた。

 

 

「なァ・・・」

「何だよ、話しかけんなよ」

「日番谷隊長、いつ帰ってくると思うか?」

「・・・ンなモン、分かる訳ねえだろ。命は留めたって話は聞いてるが、隊長に戻れるか分かんねえんだろ?俺に聞くなよ・・・」

 

 

素振りを重ねる十番隊一般隊士の二人は、指導官の長木曾にバレない声でコソコソと話をする。

目下の話題は、十番隊の今後についてだ。

身体が弾け飛ぶ重傷を負っても尚も生き残ったのはさすが隊長という感じではあるが、隊長がいつ帰ってくるか分からない以上、隊そのものがどうなるか分からない不安で隊士の頭の中はいっぱいいっぱいだった。

六番隊の一般隊士も皆同じだ。トップ二人が霊王宮に運ばれ、三席が滅却師にやられて治療を終えたばかりなので、隊の土台が脆く不安定な状況に立たされている。

 

 

鍛錬を重ねていた中、修行場に来客が訪れる。

ガラッと音がした開いた襖の先には、重傷を負った筈の日番谷が立っていた。

 

 

「ひっ・・・日番谷隊長!お体の具合は・・・」

「問題無い。花太郎の兄貴の治療のおかげで、昨日付で退院した所だ」

 

 

確かに身体は元通りに戻っており、数日前大怪我したようには思えない。傷跡も一切ない。

だが、滅却師との戦いの前に比べれば、霊圧は3分の1程度に落ちていた。

その現状を認識していた日番谷は、自分が隊長であるという変なプライドなどを考えず、長木曽に頭を下げた。

 

 

「稽古をつけてくれないか。卍解を奪われた俺は、始解と斬術のみで戦わなければならない。基礎から鍛え直して次の戦争に備えたい」

「隊長・・・」

 

 

日番谷が帰って来た喜びと彼の霊力が大幅に低下していること、斬術に頼る必要性のために一般隊士に混ざって稽古をつけないといけない日番谷の現状を知った当惑がその場の全員に降りかかり、場に静寂が訪れる。

「続けてくれ」という日番谷の声で稽古が再開し、日番谷含め十番隊では素振りが始まった。

 

 

「とりあえず、戻ってきてくれて良かったよな」

「あァ、皆一安心だ」

 

 

「七番隊に比べりゃあ俺達なんてまだマシだよ」

 

 

七番隊に比べればまだマシ。

その言葉が、治療中の隊長副隊長、高等席官がいる隊では、自分達を安心させるための流行り言葉になっていた。

 

基本的には自分の戦闘しか考えていない十一番隊でも、その言葉が使われているのだ。

戻ってきた斑目は大幅に霊力が下がっていたため、霊圧回復も兼ねて弓親などが鍛錬に付き添っているのだが、射場と深い関わりを持っていた斑目が心配する程だった。

 

 

「狛村隊長も射場さんも死んで、七番隊は大丈夫なのかよ」

「厳しいだろうね。京楽隊長が手を打ったとは思うけど、どうなるか」

 

 

武道場内のあちこちで打ち合いを見ている二人の慕う隊長は、現在斬術の手ほどきを受けていると京楽から聞いていた。

更木剣八は必ず帰ってくると信じている二人は、隊長のことを心配などするつもりはない。

むしろ心配などしたら殺される。

 

 

「口囃子さんがどうにかするんじゃない?」

「あの人がかよ?出来んのか?」

「さぁ、僕知らないよ。今は余所の隊気にしてる場合じゃないでしょ」

「・・・そうだな」

 

 

今のようにたくさんの部下が生き残り、滅却師の攻撃を耐え切るために団結するといったことも、人がいないと出来ない。

殆ど一人に近い七番隊は、そもそも隊として成り立つのかという点で疑問が残ってしまうのだ。

だが、弓親の言う通りそんな事に気を取られている場合ではないため、再び霊圧を取り戻すため打ち合いを行う。

 

 

「さっきよりも調子戻ってきたようだし、もう少し長くやってみない?」

「へっ、俺は全然問題ねえよ!」

「始めよっか!一角!」

 

 

いつものコンビで、最強の戦闘部隊の凌ぎ合いが始まった。

 

 

 

*****

 

 

 

夜が来た。

数日かかった瓦礫整理もある程度の目処がつき、交代で休みを取る一般隊士の数も戦後すぐに比べるとかなり増えた。

九番隊舎周辺も少なからず戦闘はあったが、奇跡的に建物の大きな崩壊などは無く他隊の手伝いをできる位には隊の状況も回復していた。

指揮をとっていた修兵も今日の分の仕事を終えていた。むしろ瀞霊廷通信をあくせくと編集していた時よりも落ち着いていた。

 

 

「副隊長、お疲れ様っス。今日の分の霊圧解析報告書、十二番隊に届けてきますね」

「ああ。終わったらもう帰っていいぞ。今は休むことも大事だからな」

「いつもの檜佐木副隊長ならそんなこと絶対言わないっスよね」

「・・・編集どころじゃねえだろ?」

 

 

まぁ未来のために記録を取るのは大事であり、写真や言葉で残せば後々役立つかもしれないが、そんな事に労力を費やせば他の隊からの批判は免れ得ない。

鍛錬もせず、かといって戦後処理の手伝いもせず、自分の隊の仕事をしていては十一番隊あたりから暴言が飛んできそうだ。

 

頼れる部下の書類提出兼帰り支度を見送りつつ、一人になった編集室(今は勿論編集してない)で鍛錬のために十一番隊に混ぜてもらおうかと考えていたら、己の上司の霊圧が近づいてくるのを感じ取った。

戦争前と比べると、霊圧の質が完全に別物だった。

もう修行が終わったのかと衝撃を覚えつつ、大慌てで編集室から顔を出す。

 

 

「隊長!!修行終わったんですか?」

「ああ。何か知らねえが今まで嘘の卍解使わされてたみてぇでな。やっと断風(コイツ)の真の力を使えるようになった。今まで認められてなかったんだよ、俺は。情けねえ」

「そっ・・・そうなんすか・・・」

 

 

卍解にもかかわらず、斬魄刀から認められないという事態があることに修兵は少なからずショックを受ける。

これじゃあ自分はたとえ卍解が出来るようになったとしても、多分認められず中途半端な力しか使わせてもらえない。

しかしそんな修兵の心情など拳西にとってはいざ知らず。

 

 

「何オメーが辛気臭ぇ顔してんだよ。隼人みたいだな。他人のコトより自分(テメー)のコト考えろ。明日から俺の卍解慣らすために付き合え。お前の修行だ。お前もついでに卍解しろ」

「えっ。いや、あの、俺卍解まだ、」

「流魂街で特訓な。白も連れてくから覚悟しとけ。じゃあな」

「はっ・・・はいっ・・・」

 

 

俺、持たねえかも。

拳西が完全にいなくなってから、ヤバイヤバイどうしようどうしようと頭の中で思考がグルグル回ってしまい、普段より眠りが浅くなってしまった。

 



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総隊長のお仕事

話数調整をした影響で、今回と次回は少々長めです。


翌日。

総隊長になった京楽は今までとは打って変わってちゃんと余裕をもって出勤するようになり、サッと一番隊に顔を出した後は八番隊舎に向かう。

午前9時半に隊首室の様子を見ると、未だ隼人は斬魄刀の意識の中にいる。

修行をするように要請してからもう数日経っており、元々卍解を持っていてそのチューンアップをしていた拳西、ローズ、砕蜂が一段落つけたのとは違い、案の定苦闘しているようだ。

額と手首に触れて様子を窺ってみる。

 

(・・・・・・、もう少しって所だな・・・)

 

何とか次の侵攻前に少し余裕を持った形で卍解を手に入れ、特殊な鬼道の習得まで完遂してほしい。そうすれば、霊王宮に行った死神達が戻ってくるまでの繋ぎとして十分な役割を果たしてくれる筈だ。

京楽は、目の前で眠る青年を信じて祈るしかなかった。

 

 

様々な仕掛けを瀞霊廷中にばら撒いているものの、それらが効果を発揮する保証はない。

それに、今まで以上に精鋭の滅却師がぞろぞろいる可能性もある。

もっと多くの死神が命を落とす可能性もあるだろう。

でも一人の三席が卍解を手に入れて前線に出ることで、死神側の希望となるかもしれない。

むしろ、この死神が京楽にとっての希望の一つだった。

 

(頑張るんだよ。未来の隊長さん)

 

 

 

八番隊を後にした京楽は、瀞霊廷を出て流魂街に向かう浮竹一行を見つけたので声をかける。

何だか三人とも泥棒みたいな風呂敷包みの持ち方をしていた。唐草模様だったら完全にアウトだ。

 

 

「行くのかい、浮竹」

「あぁ。俺一人いなくたって瀞霊廷は大丈夫さ!任せたぞ京楽!」

「ボク一人じゃ寂しいな~。あ、七緒ちゃんに寂しさ紛らわせてもらえばいっか!」

「その調子なら伊勢副隊長に頼らなくてもお前なら大丈夫だろう。じゃあな!」

「「お疲れ様です!」」

 

 

手をヒラヒラと振って三人を見送り、京楽は今日一番の仕事に向かう。

中央四十六室に計略を認めさせることよりも、数十倍緊張しているのを自分でも感じていた。

 

現世の黒崎一護の友人に、()()()()()()を伝える事だ。

 

再び一番隊に戻り、通魂符(ソウル・チケット)を数枚準備する。

 

 

「行ってくるよ、七緒ちゃん。怪我して戻ってきたら治療よろしくね」

「・・・現世での用件で隊長が怪我するとは・・・」

「ありえるよ。皆友達想いのいい子達だからね。それにその日会ったばかりの隼人クンを助けるために包帯探しに奔走してくれたんでしょ?ボクは殴られる覚悟で会いに行くよ」

「・・・了解しました」

 

 

あの時のことを再び七緒は思い出す。

 

 

『あたし達も何か出来ることありませんか!?』

『俺達、口囃子さんに何度も助けられたんです!何でもしますから!』

『命の恩人に何か恩返しさせてください。お願いします』

 

 

藍染の霊圧にアテられて動くことも辛かった筈なのに、真っ先に彼らは自分達よりも死にかけの死神を優先した。

助けるために、危険を厭わず路地裏から出て包帯を探し求め、余りある程の量を持ってきてくれたのだ。

中でも、茶髪でセンター分けの男子高校生と、ドレッドヘアーにサングラスをかけたおじさんは相当に隼人の身を案じていた記憶がある。

おじさんの方には休暇で現世にいた時会ったと隼人から聞いたが、男子高校生の方はまだ心配しているのかもしれない。

他人思いな彼らを改めて思い出すと、一護に降りかかる最悪の可能性を聞いて激昂する可能性も、七緒には否定できなかった。

 

 

 

*****

 

 

 

京楽が現世に着いて黒崎一心に通魂符を渡した後、伝令神機に一つの着信があった。

浦原喜助だ。

 

 

「もしもし、そっちの様子はどうだい?」

「今修行してるトコっス。茶渡サンがそろそろ戻って来られますね」

「調べてる件、何か糸口は掴めたかい?」

「目処はつきました。間に合えばいいんスけどね・・・」

 

 

電話越しでもあくせく働いている浦原の様子は容易に察することができた。

忙しそうにしている浦原に尸魂界の状況を伝えたいと電子書簡を送ると、後で電話させて下さいと言われたのでそれに応じたのだ。

様々な計略を伝えた中でも、やはり浦原は卍解修行をする隼人の存在に食いつく。

 

 

「口囃子サンはどうですか?」

「今日霊圧を見たけど、もう少しって所だと思うよ。・・・彼の卍解、どんな代物だと見るかい?」

 

 

逆質問に近い形で問いかけられた浦原は、自らの見解を伝える。

 

 

「今までいた多くの隊長サンの卍解が霞んで見える程なのは明らかでしょう。アタシは尸魂界を追われてからも、口囃子サンの力に関する研究を続けてきました。霊術院で助手に選んだのも彼の力を研究するためでした」

「まだ始解すら出来てなかったのにかい?」

「ええ。院生になる前から霊圧知覚に傑出していた点で、類稀な才能を持っていたのはすぐに分かりました。直接会って研究出来なかったのが悔やまれましたねぇ。藍染惣右介が狙う程ですし。危なかったっスよ。藍染に誑かされた口囃子サンが敵として卍解していれば、どうあがいても勝ち目はありませんでした」

「・・・、」

 

 

様々な手段を瞬時に考え、瞬時に応用するあの浦原が、どうあがいても勝てないと結論付けることに思わず言葉が止まる。

浦原は引き続き自身の見解を述べる。

 

 

「彼が黒崎サン達の不在の穴を埋めるには十分足りるでしょう。それまで持てば、活路は見いだせる筈です。アタシも卍解奪略を防ぐ手段が完成すれば至急そちらへ向かいます。それまで頼みます、()()()()()

「よろしく頼むよ、()()()()

 

 

ピッと伝令神機を切った時には、三人の夏服を着た高校生が前を歩いていた。

 

 

 

*****

 

 

 

「ったく、3年なってからあんだけ勉強したのにちょっとしか成績伸びてないじゃない。こんなんじゃ目標の大学なんか行けないわよ」

「~~~っあぁ~~~・・・もうちょいなんだけどな・・・」

「でも、大学進学を決めた1年の冬の絶望的な成績よりは大分改善されたよね。選り好みしなければ大学行ける成績にはなってるよ」

「だよな、だよな!!俺めちゃめちゃ頑張ってるぜ!?」

「調子に乗せちゃだめでしょ小島・・・」

「まぁ行きたい所がダメな時点でダメダメのダメなんだけど」

「おい!ダメが多い!」

 

 

いつも通り、三人は学校が終わった帰路の途中だった。研究会だか何だかで午前授業なので、昼の暑い時間に下校している。ただでさえ暑いのに啓吾のせいで余計暑苦しい。

話題はもっぱら、啓吾の模試の成績だった。

 

1年の冬に突然謎の人物から命を狙われるという危機に瀕したものの、護ってくれたあの死神たちに触発され、自分も嫌な事から逃げずに頑張りたいと思った啓吾は、大の苦手な勉強を選んだ。

たつきや水色からは、一体どこに触発されたんだよ、絶対無理だ、と小馬鹿にされてきたが、そんな周りの評価とは裏腹に、啓吾の成績はめきめき伸びて行った。恐らくそれまで全く勉強していなかったからだろう。

塾も行ってないのに、殆ど自らの努力で大学進学できる成績まで上げたのだ。

 

 

「第一志望、D判定だぜ・・・、あぁ~~~~どうしよう~~!!」

「でも原因数学でしょ?あんたずっと数学対策してるし、そろそろ結果出てもいいんじゃないの?」

「学校の定期試験なら悪くない成績だよね。模試だと半分もいかないのに」

「数学さえできればB判定行けるんだよ・・・。数学さえできれば俺は最強に・・・!!」

 

 

学費のことを考えて関東の国公立文系を目指している啓吾には、数学という関門が立ち塞がっていた。

理科は最悪暗記だけでどうにかなるし、訓練で一時的に暗記が得意になったので、計算が苦手な啓吾は数学の定期試験を解法暗記で乗り切ってしまえちゃうのだ。そのため、模試になると毎回半分も取れずに苦しんでいる。

他の科目は現時点で合格ラインスレスレなので、それは恐らく試験直前の追い込みでどうにかなる。

だからこそ余計に、数学が数学がといつも頭を抱えてしまうのだ。

だが、三人の啓吾に対する進路談義は、突然の来客によって打ち切られた。

 

 

「・・・ちょっとごめんよ」

 

 

 

*****

 

 

 

目当ての三人を見つけ、京楽はあまり不審に思われないよう優しく、しかし若干の緊張を残しながら声をかける。

三人ともあの時顔を見たことはあったので京楽自身覚えていたのだが、何せ2年程前なので、高校生達はやはり頭に?を浮かべていた。

啓吾なんかは、もろに「誰?」と言ってしまい、たつきに「どう見ても一護の関係者でしょ!」と突っ込まれる始末だ。それでも二人は京楽の顔に見覚えは無さそうだ。

唯一しっかり覚えていたのは、水色だった。

 

 

「八番隊隊長さんですよね?たしか、駄菓子屋の浦原さんと、口囃子さんのお父さんって人と一緒にいた記憶があります」

「あの時の事、覚えてたのかい?もう忘れてもいいのに・・・」

「忘れませんよ。()()()()()()()()()()()()()()()

「・・・、隼人クンが聞いたら、きっと飛び跳ねて喜んでくれるよ」

 

 

飛び跳ねて・・・?と、あの時目で見た姿からは微塵も想像つかない隼人の言動に高校生達は些か不信感すら抱くが、後に一護から聞いた話を思い出して不信感は無くなった。

元気になって別人のように変わったらしいので、ほっと安心した記憶がある。

 

しかし、京楽の雰囲気からして、重大な話が待っているのは三人とも悟っていた。

 

 

「今日は、君達に伝えておかなきゃいけない大事な話があって来たんだ」

 

 

「一護君との、別れについて」

 

 

告げられた衝撃的な内容に、三人とも思考が固まってしまう。

特に啓吾は、その発言が信じられず、夢だ、真っ赤な嘘だと信じて疑わなかった。

おどけた顔で「イジワルなんだから~~~!」と、気を紛らすように京楽の腕をペシペシ優しく叩きながら、花柄の着物を褒め称えたが、

 

 

「ゴメンよ。ふざけて話をしに来たわけじゃア無いんだ」

 

 

その言葉と共に、一瞬で表情を失い、現世の一般人として()()尸魂界を糾弾する。

 

 

「ふざけてないのにそんなカンタンに別れがどうとか言うのかよ」

 

 

やはりこうなってしまった。

浦原から事前に一護の友人について聞いていたが、その時点でどのような優しい言葉を使っても、彼らを怒らせるだろうと推測出来たのだ。

特に茶髪の高校生は、隼人に対しても最初は強い怒りを浮かべていたそうだ。

一気に京楽に緊張が走る。

 

 

「あの時と何も変わんねえじゃねえかよ!そっちの都合に勝手に巻き込んで!他人事みたいに突き放してんじゃねえよ!!もし一護が前の口囃子さんみたいに何ヶ月も動けない傷負ったらどう責任取ってくれるんだよ!!」

「・・・その時は、尸魂界の力を結集させて、一護君を治療するよ」

「何だよその言い方・・・!」

「・・・じゃあ一護はやっぱり、今尸魂界にいるんですよね?」

 

 

冷静に質問する水色に、京楽は丁寧に頷き、返答した。

水色の疑問点は、尸魂界にいる事が、何故一護との別れになってしまうのかだった。

今まで何度も一護は尸魂界を行き来しており、それは井上やチャドも同じだ。

なのに、一護だけと別れてしまう理由がわからなかった。

それを質問すると、

 

 

「今一護クンが入ってる所は尸魂界の中でも特別な場所でね、朽木さんも一緒にいるし、無事に戻ってくるとは思うんだ。でも、彼がどんな力をつけて戻ってくるのかが、ボク達は簡単に予想できない」

「・・・それの何が問題なんですか?」

「力の種類によっては現世に影響を及ぼすことも考えられる。そうなった場合――――」

 

 

「彼を現世に帰す訳にはいかなくなる」

 

 

無茶苦茶な言い分に、啓吾は我慢の限界を迎えて京楽に掴みかかる。

さっきとは比べられない程の怒りの表情で、尸魂界に対する怒りをぶつけた。

 

 

「そんなもん全部あんたらの都合じゃねえか!!尸魂界の為にそっちへ行った一護を現世の為って名目で尸魂界(そっち)に閉じ込めるってのかよ!?」

「その場合は、そうなる」

「俺達人間の都合とか全部無視して尸魂界(そっち)で勝手に決めてんじゃねえよ!!」

「・・・申し訳ない、ゴメン」

「この・・・!!」

 

 

水色もたつきも暗い顔をしていたが、二人は京楽の話からまだ希望を捨てていなかった。

()()()()()、そうなる』

そうならない場合の可能性はどうなのか。

 

 

「あの・・・実際に、隊長さんの仮定通りになる可能性は、どのくらいあるんですか・・・?」

 

 

少し不安げな顔をした水色を見て、京楽はさっきまでとは違う落ち着いた表情になって質問に答えた。

皆を安心させるように。

 

 

「・・・万に一つか、それ以下だよ。本当に、『そうなる可能性も考えられなくはない』って程度の話さ。ごく小さな可能性の話もちゃんと君達に通しておかないと、一護クンへの義理を通したとは言えるかい?」

「それは・・・・・・、」

 

 

たつきが返答に困っている最中、京楽はにっこり微笑みながら懐からあるものを取り出す。

 

 

「だからさっ、ハイ!!これ!!」

 

 

今までの張り詰めた雰囲気から急にフランクなおじさんへと変貌を遂げ、三人とも違う意味で固まってしまう。

『通』と書かれた三枚の映画チケットのような紙を渡されて手に取るが、どんな物体か分かる筈もない。

見越した京楽は通魂符に関する説明を加え、三人の理解を得ることができた。

だが、どうしても暗い表情になってしまう三人を見て、京楽は別の切り口から元気づけようとした。

 

 

「そういえば、あの時君達と一緒にいた隼人クン、今どうしてるか気にならない?」

「「えっ?」」

「マジすか!?気になります!!!」

 

 

食い気味に乗っかって来た啓吾の表情から、今まで余程心配していたことを理解するのは容易かった。

伝令神機片手に、京楽は大量の写真フォルダから人間味溢れる隼人の姿の写真を探して三人に見せつけた。

合同演習で、下手糞な斬術について拳西にしこたま怒られている時の様子を隠し撮りした写真。

くしゃみを我慢している時のみっともない顔写真。

そして、大爆笑しながら後輩の男をイジリ倒している写真。

どれもこれも、三人に見せた顔とは別物だった。

 

 

「一護から聞いてたけど、めっちゃ垢抜けてますね。こりゃあたしでもびっくりするわ・・・」

「僕達といた時は、色々抑えていたんですか?」

「うん。100年近くずっと萎んでいたよ」

「いや萎んでいたって・・・」

「でも元気そうで良かったっす!元気な口囃子さん見たら、俺もやる気出てきたぜ!勉強だ勉強だ!!」

「そうかい。実は彼も今、修行中なんだ。もう少しで終わるとおもうんだけどね・・・」

 

 

こうして、京楽の現世での用件は全て済んだので、尸魂界に戻ることにした。

 

 



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(ロッド)

「イイ感じで慣れてきたよ~~!!力使っても苦しくなくなってきたし、出来そうな気がしてきたぜ!」

 

 

同時干渉も最初の頃は失敗ばかりして何度も勝たせる側の死体を作り出してしまったのだが、コツを掴んでからは複数回の味方への強化、敵の弱体化をチーム単位(それも3人ちょっと)でならできるようになった。

心許ないが始解ではそれが限界らしく、その先は卍解になるらしい。

今まで使っていた力プラスαで考えるなら、無理矢理納得できる範囲だ。

曰く、戦況に応じた使い方次第で強くも弱くもなるらしい。

 

 

「ならさ、始解はタイマン向けってこと?」

「うん。でも卍解は使い方次第で一対一でも乱戦でも戦える」

「そっちも使い方次第?じゃあ瞬時に戦略練らないと厳しいな」

 

 

多くの隊長格のように、ただ卍解を出して当てただけで絶大な効果を発揮するようなタイプではなく、かといって卍解自体に自己強化がなされているものでもない。

全て自分で考える必要があり、力を行使するまでの一瞬の隙を突かれてしまえば、防御する間もなくお陀仏になってしまう可能性もあるのだ。

夜一のような俊敏な動きをする相手には一方的な攻撃を許してしまい、かなり分が悪くなるだろう。闇討ちにも対応できない。簡単に暗殺されてしまう。対策が必要だ。

慣れないうちは、最大効果が出てくるタイミングで力を使わないと霊力が切れてしまう。

故に桃明呪は、いつ力を使うべきかを隼人自身に考えさせていたのだ。

 

 

「戦い方、早く慣れてね」

「うん、続けよう。時間がもったいない」

 

 

席官VS破面ゾンビ軍団の戦いでは、阿散井の舎弟の霊力を強化しただけで彼の鬼道が猛威を振るい、勝たせることができた。

月島VS更木剣八は、30秒戦いを持続させるというものだったが、相当苦労した。

更木剣八を弱体化させても、すぐに順応してしまってその力の中で最も効率的かつ攻撃力の高い立ち振る舞いが出来ちゃうので、何度も月島が殺されてしまった。

月島の実力では更木に過去を挟むことは出来ない(というより挟んでも意味ない)ので、月島の力そのものを乗っ取る方向で調整した。

 

無機物にも過去を挟めるという特性を生かし、月島自身が地面に罠を仕掛けるだけでなく、隼人が力に干渉して()()()()()()()()()()

一方的かつ勝手に干渉したので月島本人も驚いた顔をしていたが、闘技場の空気全てを味方につけた月島は無限に生み出した鎌鼬などで更木の足を止め、更に罠を使って時間を稼いだことで、何とか30秒持たせられたのだ。大変だったよ・・・。

 

その後チーム戦などをやったりしたが、月島と更木剣八の戦いに勝る激しく難しい戦いではなかった。

やっぱり規格外だよ更木剣八は。

これで始解の訓練に目処がついたと言われたため、いよいよ卍解の訓練に入ることになった。

 

 

 

*****

 

 

 

卍解の訓練では実際に隼人も闘技場に立って戦いに参加するらしく、さっきの部屋から下の階にエレベーターで移動し、無機質な壁の暗い廊下を歩いていく。

他の死神達は死んでも別の素体が準備されているのだが、隼人の場合死んだらそれで終わりだ。

否が応でも緊張感が高まる。

自動ドアの前で先導する桃明呪が止まり、隅に立てかけてあった物体を隼人に渡す。

 

 

「これが卍解。持って行って」

「これって・・・杖?」

 

 

たった一本の何の装飾も無い杖だった。隼人の足から胸くらいまでの長さだ。

シルバーピンクの煌めきが暗い廊下でも伝わってくる。

他の死神に比べると、随分とシンプルだった。

マユリのように巨大な赤子を生み出すわけでもなく、日番谷のように氷の翼が生えて巨大な龍と戦うものでもない。

斬月が小型化した天鎖斬月を扱う一護ですら、死覇装の変化があった。

 

 

「何か、ちょっと残念・・・」

「残念?」

「だって、始解みたいだよコレ。卍解ならもっとこう、派手な武器が出てきたり、巨大な何かを召喚し「折るよ、こばやしの卍解」

「ダメダメダメダメダメ!!」

 

 

有無を言わさず、つまらない卍解を持たされる羽目になってしまった。

 

 

 

*****

 

 

 

卍解の名は修行を全て完遂すれば教えると言われたため、しばらくの隼人はずっと卍解状態になるらしい。これも修行の一つと言われた。

闘技場は、さっきのものと別物だった。

ドアの数が6つに増えて隼人と同時にぞろぞろと死神、仮面の軍勢が入ってくる。

空座町に藍染の迎撃に向かった隊長格が中心になっていた。

敵は、刀剣解放(レスレクシオン)した十刃のうち上位5名。

桃明呪の指示は単純明快。

 

 

「皆を護って」

 

 

脳内に響いた彼女の声に、声を出さずに頷いた。

 

 

 

*****

 

 

 

戦いが始まると同時に、タイマーが作動してカウントダウンが始まった。

1分以内に戦闘不能者0で持ちこたえたら、次の段階に進めるらしい。

 

まずは自分の防御の為、虚の力へと完全に変貌した破面の霊圧を読み、5人全員の攻撃を弱められる障壁を瞬時に形成する。

始解状態ではそんな離れ業など不可能だったが、卍解を使えば余裕でできた。

卍解には、解析または干渉した霊圧を応用する力も備わっていたのだ。

 

それから障壁を作り出す時に、若干ながら卍解の形状が変化した。

無味乾燥で模様も無い杖だったのが、片方の先端に輪が生まれ、6つの遊環(ゆかん)が輪の中に通された錫杖へと変化した。

 

上手い事隠れながら動き回っているため、未だに刀剣解放した破面に狙いを定められることは無いが、味方の死神達は上手く対処できている者もいれば、破面の初撃を喰らって大きく負傷している者もいた。

僅か10秒足らずだが、この惨状だ。このままでは持たない。

そこで考えたのは、これまた普通の死神なら信じ難い離れ業。

 

()()()()に、障壁の付与をすることだった。

鬼道の優れた七緒や、浦原、ましてや卯ノ花でも出来ると聞いたことは無い。

藍染クラスになれば出来そうだが、そんな情けをかけるような技を使うようには思えない。

未知の領域に足を踏み入れる。

 

(いけるか・・・頼む!)

 

始解の訓練の時はピンと来てなかったが、何度も力を使ううちに祈ることに慣れてきた。

というより、普段斬魄刀に願掛けをするかのように祈っていたことを思い出したかのような感覚が体中に浸透しているようだった。

昔から祈りを捧げていたことが、今卍解の力として発現することが少し嬉しくもあったのだ。

 

その祈りは、無事に死神達に届く。

 

戦場にいる死神、仮面の軍勢全員に、虚の力に対する障壁が形成された。

 

死神全員に攻撃の通りが悪くなったところで、再び隼人は新たな補助を仕掛ける。

次は、さっきと同様のことを回道で行おうとした。

そもそも回道は遠隔で出来るものではないし、複数人同時に効果を与えることは出来ない。

井上織姫の双天帰盾も、結界の中にいれば複数人に効果を発揮できるが、大きさ的に2人が限界だろう。

 

そうした既存の常識を、隼人の卍解は易々と飛び越えてしまう。

頭で祈りを捧げ、杖に回道の力を強く籠めると、錫杖の頭部から出てきた緑の波導が分散して味方全員の傷を癒した。

 

 

「でっ、出来た!!やった!」

 

 

だが、問題もあった。

分散させたせいで一人単位の回復効果が激減し、大きな傷を負った副隊長などには不十分な回復量となってしまった。

間に合わせにすぎない回復では思うように体を動かせず、却って動き全体が鈍くなってしまうだろう。

戦闘不能を回避できただけマシだが、それはこの修行の話であって実戦では危険なので、しっかり調整する必要がある。

 

そして目下の問題は、十刃の一人に自分の存在を気取られてしまったことだった。

障壁の霊圧を読まれてしまったのだろう。そこまでの対策を怠ったことを自責する。

 

碧色の無数の虚弾(バラ)が降り注ぎ、瞬歩を使って躱すが、移動した先を予測でもしていたのかしきりに虚弾を撃ち込んでくる。

第4(クワトロ)十刃・ウルキオラ・シファーが、それまでしていた戦いを放棄してまで隼人に襲撃した。

 

事前に作っていた障壁のおかげでダメージは無かったが、壊れてしまった。

あと30秒。どのようにしてこの破面からの攻撃を防ぎつつ、皆を護れるか。

それを考える隙すら、ウルキオラは与えなかった。

 

無口は破面は、一切の無駄口を叩かずに指先から虚閃を放つ。

その速度は、他の破面に比べると圧倒的に速かった。

 

(!!まずいぞこれは!)

 

虚弾の時点でかなり危険だとは思っていたが、正直4番の地位にいることすら疑問に感じる強さだ。

空座町にいたらもっと早い段階で尸魂界への侵入を許していただろう。

直撃は避けて右側に移動する。

 

 

しかし、避けた先には既にウルキオラの姿があった。

 

 

「はっ、速すぎだぞオイ!!!」

 

 

思わずツッコミを入れる程の俊敏すぎる動きは、砕蜂の速さを彷彿とさせる。ひょっとしたら夜一並みかも。

再びウルキオラは最も射出速度の速い虚弾を使い、次こそはと隼人の体を吹き飛ばしにかかる。

咄嗟の判断で隼人は右腕を前に伸ばし、最初に自分にかけた術を注ぎながら錫杖を右回転させる。

 

無意識の行動だったが、錫杖を回転させている間は壁の耐久力が跳ね上がり、虚弾如きで傷つかない壁が隼人の前に出現した。

壁を作りながら集中力を高めて空間移動を行って距離を取り、ほんの少しの時間を作る。

ウルキオラの霊覚を騙すために霊圧を置いて来たため、ヒビの入った壁の先に未だウルキオラは虚弾を放っていた。

 

一目で戦況を確認し、回復の必要な複数の死神に回道を届ける準備をする。

5人程度で、思ったより少なかった。

残り15秒。この回復さえ間に合えば、あとは自分の防御に専念して目標達成だ。

 

 

ところが、隼人が錫杖に力を注ぎこむと同時に、ウルキオラの虚弾が止まった。

探査能力に優れたウルキオラは、すぐに隼人の居場所を特定する。

 

(気付かれたか・・・!)

 

ウルキオラの行動を察知したが、回道の力から即座に防御に切り替えるのは今の時点で厳しい。

卍解が持ちこたえられない予感がするのだ。

それに、ここで回復させないと最後の最後に戦闘不能者が出てしまう。

 

対するウルキオラは、霊圧で光の槍・フルゴールを作り出す。

1秒も経たずに槍を形成し、虚弾よりも速い速度で隼人に向けて投げ放たれた。

 

着弾と同時に、隼人のいる場所はウルキオラが仕込んだ槍の効果で大爆発を引き起こす。

霊圧は確認出来なかったが、何の感慨も持たずに即座に切り替え、ウルキオラは他の十刃の戦いに乱入、

 

 

しようとしたが。

 

(!!)

 

フルゴールと同じぐらいの速度で襲い掛かる嘴突三閃によって、ウルキオラの身体はそのまま壁に縫い付けられてしまった。

 

 

「九死に一生を得た気分~~・・・・・・」

 

 

ウルキオラがフルゴールを形成し、投げる動作を取った時、丁度隼人も回道を錫杖から放った所だった。

フルゴールの投擲速後が異常な程速かったためにかなり危なかったが、回道の回復も間に合い、ウルキオラのフルゴールも避けることが出来たのだ。

ウルキオラの行動を少しでも止める為、再び隙を突く。

 

縛道の力を錫杖に籠めると再び杖の形状が変化したが、気にせず杖から霊圧を生成し、嘴に杖を軽く当てて飛ばすことでウルキオラを捕らえることに成功した。

この時、今までにない速度で発射されたのにちょっとびっくりしてしまった。

 

ウルキオラが難なく自身を縫い付けた嘴を消し去った所で、長かった1分の終わりのブザーが鳴り響いた。

周りを見ると、倒れた死神はいなかった。何とか戦闘不能者を出さずに済んだ。

 

 

「はぁ・・・終わった~・・・・・・」

 

 

思わず安堵の声が漏れたが、隼人の声など気にせず死神も仮面の軍勢も破面も全員自動ドアに向けて戻っていった。

入れ替わりに白衣を着た研究員が闘技場に入ってきているため、邪魔にならないよう隼人もすぐに戻る。

さっきは存在しなかったベンチに桃明呪は座ってくつろいでいた。

 

 

「お疲れ。怪我してない?」

「あぁ、う~ん・・・、脚怪我してるな。さっきの破面の槍かなぁ。めっちゃ痛え・・・」

「ここに座ってれば治るから、こばやしはしばらく休憩してて」

「マジ?そんなベンチあるんか・・・」

 

 

彼女に杖を渡しつつ座ってみると、ほんの一瞬で脚の傷も霊圧も全部回復した。

まるでゲームみたいだ。これも斬魄刀の中だから出来るのだろう。

 

休憩がてら、卍解の杖について気になったことを桃明呪に訊くことにした。

 

 

「ねえ、力使う時って杖の形変わんの?何か壁作ろうとしたり回復させようとしたら錫杖になったんだけど」

「あと二つあるよ」

「えっ、やっぱ変わるんだ」

「こばやしの力を引き出しやすくする為。使い方で3つの変化がある」

 

 

つまり、防御したり回復したりする時は、錫杖になるという事か。

つまらない卍解だと思っていたが、杖の形状変化などまるで現世のゲームみたいでわくわくしてしまう。

だとすれば、あとは攻撃する時と、もう一つは何だろうか。そしてどんな形状なのか。

訊いてみたが、これから分かるから気にしなくていいと回答拒否されてしまった。

たまにはぐらかす部分があるのが少し気に入らないが、彼女がはぐらかすのは後で分かる事ばかりなのでお楽しみとして取っておくことにする。

 

 

「次は何の戦い?」

「滅却師を護りながら、滅却師の手で虚を倒すように援護して」

「虚を?滅却師じゃなくて?」

 

 

修行後戦うのは滅却師なのに、このタイミングで滅却師と協力する手順を踏む意図が分からない。

そもそも虚と戦う程度なら別に卍解修行の中に入れなくてもいいのではないか。

 

どうせ答えてくれないだろうと半ば諦めつつ訊こうとしたが、逆に彼女から注文をつけられた。

 

 

「こばやしが補助する滅却師には、傷一つ負わせないで。少しでも虚に傷付けられたら失格。やり直しだよ」

「ええっ!・・・難しくない?」

「卍解修行だから当たり前。でも相手は一人だから、こばやしなら大丈夫」

 

 

強引に押し切られた所で、自動ドアが開いて闘技場の準備が整った。

 

 

「大丈夫だよこばやし。必ず達成して帰ってくるこばやしを、私は応援してる」

 

 

桃明呪が預かっていた杖を再び手にし、ベンチから立ち上がって闘技場の中に入る。

隼人の通った自動ドアが閉まると同時に、真正面の自動ドアが開いた。

 

 

「――何だよ、あれ・・・」

 

 

出てきたのは、黒い虚だった。

上級(ヴァストローデ)か?とも思ったが、ただの虚ではないことはすぐに理解出来た。

孔が塞がっているのだ。いや、何かによって無理矢理塞いでいると見た方がいいか。

両腕は、鋭利な刃物となっているが、何となく見覚えがある。

()()()()()()()()に、酷似していた。

頭部の折れ曲がった触覚や、何故か存在する長髪の後ろ髪など、理解出来ない事象だらけの存在だった。

 

初めて相対する異形の霊圧を読むために意識を集中させていると。

 

 

「あれっ!もしかして、口囃子くん!?」

 

 

能天気な女の子の声が隼人の耳に突き刺さった。

この声は、まさか・・・・・・。

恐る恐る振り返ると。

 

 

高校生の黒崎真咲が、斜め後ろの自動ドアから駆け足で入って来た。

 




ウルキオラも原作で虚圏に残っていたため出す気は無かったのですが、このタイミングで出すことにしました。
フルゴールの能力を少し改変しました。爆発面で強化してます。
何だか、死んでしまった破面の出血大サービス感出てますね。

次はホワイト戦です。真咲フォーエバーさんカムバックです。


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ホワイト

「久し振り~~!!!見違えるくらい垢抜けちゃったね!」

「ご・・・ご無沙汰です・・・」

 

 

衝撃すぎる再会で頭の中がぐっちゃぐちゃになりかけるが、何とか気を留めて虚への意識もしっかり向け続ける。

まだ戦闘開始のブザーが鳴っていないからか虚も静止しているが、虚なのに対戦相手(自分)の霊圧を読んでいる感覚を感じ取り、気味が悪い。

身体の中央の白い物体も、ぐにゅぐにゅと生き物のようにうねっており、改造された虚である可能性が濃厚になっていく。

 

しかし、真咲からも空気を読まない話がぶち込まれる。

 

 

「髪短くして前髪あげたらそんなに変わるんだぁ~へぇ~。ひょっとして口囃子くんモテモテじゃないの?」

「全くですよ。あれからまだ一度、も、・・・・・・」

 

 

尻すぼみになる言葉と共に、そっぽを向いて青ざめているのか恥ずかしくて真っ赤になっているのかよく分からない顔になってしまう。

思い出したのだ。彼女が何度も突っかかって来た時に発せられた屈辱の言葉を。

 

 

「なぁーんだ!じゃあずーっと童貞なんだ!あたしの予想通りだわ」

「予想通りかよ!!っていうか貴女は何でソコばっか気にするんですか!」

 

 

せっかく雰囲気変えてそう思われない見た目になれたかなって思ってたのに、と思わず小声で呟いてしまう。修兵から鋭いツッコミが飛んできそうだ。

真咲には聞こえていなかったため、そのまま彼女のペースで会話が続く。

 

 

「死神って何百年も生きてるんでしょ?だったら色々経験しないと人生損しちゃうよ」

「いいんです!既に波瀾万丈な人生過ごしてますから!」

 

 

やっぱり振り回されるのだ。この女の子には。

話の切り口が海燕と若干似ているように感じられるのも、あの当時と変わらない。

ただ、あの時とは違って何かに吹っ切れたような顔つきになっていたのは、少し安心した。

()()()お気楽で能天気。彼女らしくて見ていてホッとする。

こんな状況でそんな話をされるのも困ったもんだが。

 

そして、要領の悪い隼人は虚に対する集中が切れている事に気付いていなかった。

戦闘開始のブザーが鳴っていることにも。

 

 

「というか僕だって一回イイ所までちゃんと行「口囃子くん、」

 

 

「虚閃来るよ」

「!!!」

 

 

既に発射された虚閃は10m先まで迫っていたが、さっき戦ったウルキオラのものに比べると少し遅かったので、瞬歩で躱すことは出来た。

勿論修行をきっちり遂行するために、真咲の身体を同時に運びつつ空中に移動し、彼女の負傷を防ぐ。

 

お姫様抱っこで。

 

 

「意外と度胸あるね。いきなり姫抱きなんて。・・・右手に杖持ってるせいで背中痛いけど」

「普通そうするでしょう・・・。嫌なら俵みたいに担いでやってもいいんですよ。虚にパンツ丸見えですけど」

 

 

夏服かつわざわざスカートを短くしているせいで、角度によってはがっつり見えてもおかしくない。

計算された巧妙な角度でギリギリ見えない、なんて器用な真似が出来そうではあるが、支えている死神が死神なので、そんな計算はすぐに崩壊してしまうだろう。

それを分かっていたのか、やっぱりぶっ飛んだ話を投擲してくる。

 

 

「だったらあたしが口囃子くんお姫様抱っこするからパンツ丸出しにしてよ」

「意味分かんねえ提案すんなコラ!つーかパンツじゃなくて下帯!」

「ほら来るよ!」

 

 

ツッコミどころはそこじゃない。

今度は虚閃ではなく、虚が直接二人の元へ飛びかかって来た。

空中に移動してしまったため、腕の中から彼女を放して落とす訳にはいかない。

そのため、強引に身体の向きを変えて虚を右側に見るようにし、簡単な鬼道の障壁でワンクッション置く。

壁の破壊で怯んだ隙に、察した真咲が身体を右に捻りつつ数十本の矢を同時に放った。

再び瞬歩で距離を取り、一旦小休憩という名の戦略変更を行う。

 

 

「ちょーっとこの態勢無理あるんで変えてもいいですか」

「えーー!せっかくあたしお姫様気分味わえてたのに残念・・・」

「・・・じゃじゃ馬お姫様」

「何か言った?」

「いいえ、何でもございませんお姫様~」

 

 

とは言いつつ、問答無用でお姫様抱っこから、真咲のお腹を左手で抱えるやり方で変えてやる。

そうじゃないと卍解が上手く出来ない。

でも単独行動させるのは心許ない気がしてならない。

なので、とにかく両方の問題点を即時的に解決する方法を取ることにした。

こうすれば真咲も両手が空いて矢を簡単に打てるし、隼人も卍解の力を普通に使えるので戦いやすい。

 

それと、真咲と行動を共にした理由はもう一つあった。

 

 

「来るぞ!」

「あたしの出番っ!」

 

 

真咲が霊子兵装を作り上げて神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)を撃つ動作と同時に、隼人は彼女の霊力に干渉する。

石田雨竜の銀嶺弧雀と同様に同時に数十発の矢を連射することができたが、隼人が干渉することで矢の数は飛躍的に上昇する。

 

隼人の力によって、真咲の矢は3000発放たれることとなった。

 

思いがけない物量に、干渉された真咲はおろか、隼人ですら「うえっ!?」と間抜けな声をあげて驚いてしまった。杖の形状が錫杖とは違う物に変化していることにも気付いていない。

3000発の矢を躱しきることなど虚には不可能であり、蜂の巣のように体中に穴があけられる。

 

だが、その様子を見て隼人は自分の力に一つの特徴を見つけた。

 

 

この卍解は、対象との距離と、霊圧の解析具合によって出来ることが変わってくる。

つまり、対象に触れるか霊圧を完全に解析すれば最大限の力が発揮でき、味方に触れていればずっと強化することも可能になってしまう。

しかし、敵に触れることはほぼ不可能なので、敵の弱体化に関しては時間をかけて霊圧を読まない限り期待できない。

故に、今の状態で虚に出来ることは、虚閃の方向を無理矢理反らす程度の事しかできなかった。

 

それから、干渉された真咲も驚いているようだった。

 

 

「それ、口囃子くんの力?」

「はい。真咲さんが矢を撃つタイミングに力に干渉して、至極単純に強化しました」

「ふーん、なるほどね・・・」

 

 

何か思案する素振りを見せるが、重傷を負った筈の虚が不気味な動きを見せた所で二人の意識はそちらに向かう。

 

 

「体が、再生してる・・・?」

 

 

真咲の恐怖を孕んだ分析に対して、その動きに見覚えのあった隼人が簡単に解説する。

 

 

「・・・超速再生か」

「何それ、聞いたことない。虚ってそんな能力あるの?」

「虚というより、破面の力です」

「・・・破面・・・?」

 

 

聞いたことの無い種族の名に混乱する真咲を尻目に、隼人は目の前の虚の分析を続ける。

戦闘の動き方は死神のものであるのだが、虚の霊圧を強く感じる。刀剣解放した破面か。

だが、破面の超速再生に比べると、かなり速度が遅い。発展途上の力のようにも見える。

また、基本的に破面は意思の疎通ができるが、この虚と会話できるようには思えない。

 

こうした虚の内実から、未完成の破面という形で結論付けた。

 

(海燕さんと同じで、この虚も藍染の実験に使われたってことか・・・?)

 

この実験によって犠牲となった死神に対して哀悼の意を捧げると共に、再び藍染に対する強い怒りがメラメラと湧きたってきそうだ。

また、ひょっとしたら真咲がこの虚と現実の世界で何らかの因縁があった可能性も否定できない。

さっきの戦いも違いこそあれ、空座決戦を模した戦いだった。この修行も現実にあった戦いと関係あるのかも。

20年程前に彼女と会った後に、彼女がこの虚によって負傷してしまったのであれば。これはある意味過去を変える戦いになるのではないか。

 

 

「(・・・尚更、負けられないな)」

「どうしたの?」

「いえ、とにかく勝ちましょうってことです」

「そんなフツーの事わざわざ思わせぶりに小声で言う必要あった?」

 

 

真咲のお気楽かつちょいちょい突っかかってくる言動のせいで最早精神鍛錬と化しつつあったが、気を取り直して今度はこちらから攻める。

はずだったが。

 

 

「ねえちょっと待ってストップストップ!」

「おうぇぇえっ!何ですか急に・・・」

「あたしにいい考えあるんだけど、乗らない?」

「はぁ?」

 

 

真咲からの想定外の提案は、やっぱりぶっ飛んだものだった。

 

 

 

*****

 

 

 

「ほっ・・・ほら~~、こっちこっち~~!!」

 

 

隼人の下手糞な誘導で注意が向いた虚は、超速再生で回復させた身体をフルに使って距離を詰める。

何だか超速再生をきっかけに全体的な能力が底上げされており、並の隊長なら苦戦してもおかしくないぐらいの強さになっている。

だが、さっきと違って真咲とは別行動を取ったため、今の隼人には何の制約も無い。

 

 

「破道の五十八 闐嵐」

 

 

術名を唱えると同時に、卍解の形状が再び変化した。

どうやら攻撃する時は、両端に円環のついた杖に変化するらしい。

そして、卍解状態で放つ闐嵐は、凄まじいものだった。

たった数秒の設置型の竜巻を置いたが、風速80m程の暴風が周囲に吹き荒れる。

 

 

遠くから真咲の文句っぽい声が聞こえてきたが、無視してそのまま追撃する。

 

 

「破道の七十 氷牙征嵐」

 

 

風とくれば、次は渦。

これもまた桁違いのスケールになりそうだったので、渦のサイズを小さくする代わりに威力をグンと高める。

竜巻で吹き飛んだ虚に自ら向かって行き、杖の端を虚に押し当てて氷の渦を生み出した。

渦の中に作られた氷の刃と、対象を急速に冷凍させる冷気で虚の動きを止めようとする。

 

だが、そう簡単に上手くいかないのが戦いだ。

氷に呑まれたにもかかわらず、剣となった腕が氷を突き破って外に出てくる。

 

 

「あぶねっ!!」

 

 

右腕を斬り落とされそうになった。

氷から出てくると、また超速再生で身体は元通りになる。

 

 

「キリが無いな、こりゃ・・・」

 

 

再び獣のように斬りかかってくる虚に対して、次は炎で立ち向かう。

 

 

「破道の七十三 双蓮蒼火墜」

 

 

卍解状態で使うと、火力アップの他に炎を扱う自由度が格段に上昇した。

以前のように直線状に蒼い炎をぶつけるだけでなく、流刃若火のように自在に扱うことが出来るようになった。

山本総隊長に比べれば出力は劣るが、戦術の幅が格段に広がった。

 

今回は足止めのために、炎の壁で虚の周囲を囲う。

 

 

「真咲さん!!まだですか!」

「今出来たところ!」

「了解です!」

 

 

ここでようやく本丸の作戦に入ることが出来た。

虚が壁を無理矢理抜けてきたが、それは予想の範囲内なので何も気にせず真咲の許に空間移動。

真咲の隣に着いた所で、準備は整った。

 

 

「これで、どうかな!」

 

 

何やら隠れてコソコソやっていた真咲は腰に見慣れない刀を装着し、ポケットから取り出した銀筒の蓋をあけて謎の液体を取り出す。

同時に、床に描かれた滅却印(クインシーツァイヒェン)が青白い光と共に浮き出てきた。

丁度真ん中にいた虚は、陣の中に閉じ込められる。

 

その瞬間、真咲の描いた破芒陣(シュプレンガー)は大爆発を引き起こした。

爆発と同時に、隼人は再び真咲をお姫様だっこして距離を取り最後の作戦に取り掛かる。

 

爆発に巻き込まれはしたものの、やはり超速再生で虚の傷は癒えてしまう。

空中に飛んだ二人を見つけた虚は、やはり虚閃ではなく直接飛びかかって来た。

殺傷力の高い虚閃は、相手を追い詰めた段階で高濃度のものを打ってくると読んだ二人は、空中に留まって虚を待ち構える。

 

 

「来るよ、口囃子くん!!」

「大丈夫だ!」

 

 

再び杖の形状が変化し、真咲の霊圧を媒介にして霊力に干渉した。

 

 

静血装(ブルート・ヴェーネ)()()()()

 

桁違いの静血装を扱う真咲の霊力を強化し、彼女自身一度も出来なかった事を隼人の干渉で達成した。

二人を中心に作られた黄色い球状のバリアは、強化された虚の刃を止めるどころか、腕を折る程の堅さだった。

 

 

「這縄!!」

 

 

動きが止まったタイミングで虚を這縄で捕縛し、真咲の眼前に突きつける。

 

 

「よし、つーーーかまーーーえたっ!」

 

 

再び隼人の干渉を受けた真咲の矢は、雀蜂雷公鞭を思わせる程に絶大な威力だった。

矢が虚に突き刺さると同時に勢いで這縄が切れ、二人とも余波のせいで後ろに吹き飛ばされる。

クッション状の障壁を後ろに展開していなければ、大怪我するところだった。

矢を撃たれた虚は、壁まで縫い付けられると同時に身体ごと爆発した。凄まじい爆音だった。

 

 

「終わったか・・・?」

「倒せたみたいだね、良かった・・・。」

 

 

だが、修行は敵をただ倒せばいいだけではない。

 

 

「真咲さん、怪我してない?」

 

 

ここで怪我してたらやり直しだ。流石にちょっとそれは堪えるが・・・。

 

「うん。無傷だよ。ほらっ。」

 

 

座っていた状態から立ち上がって両手を広げ、真咲はいかにも私無傷です!アピールをする。

同時にブザー音が鳴り響き、目標を達成したことが脳内に直接桃明呪から伝えられた。

 



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短気

闘技場から戻り、さっきと同様に杖を桃明呪に渡してベンチに腰掛ける。

今回は無傷なので、霊力だけが回復した。

 

あの虚の対処は卍解さえ使えば正直どうってことなかったが、真咲を無傷の状態で戦い抜けと言われると、結構負担が重たかった。

ただでさえ神経を尖らせないといけない中、真咲の言葉によるちょっかいが厄介すぎて集中力が削がれてしまう。

正直卍解よりも精神力が鍛えられるような気がした。

 

 

「・・・なーーんて思ってるでしょ、口囃子くん!」

「うぉぉおおおおおえあぁっ!!何でここにいるんですか!」

「すぺしゃるあどばいざー」

「す、すぺ?何それ・・・」

 

 

桃明呪の言うカタカナ語が全く理解出来なかったが、どうせ聞いても理解出来なさそうと判断してわざとらしくため息をつき、精一杯の嫌そうな顔で真咲を睨めつける。

負けじと真咲も嫌な顔。

 

 

「何そのカオ」

「いや~、こんな所で油売ってなくてもいいんじゃないかな~って思って」

「あたしのここでの役回りは口囃子くんをイラつかせることだから。頑張って耐えてね」

「うわぁキリっとした目で堂々と言いやがったよ。・・・・・・一護くんとは大違いだな」

「何か言った?」

「いいえぇ~~~~なぁんでも~~~」

 

 

平子顔負けの顔芸で逆に真咲を挑発してやろうかと自分なりに小憎たらしい顔をしてみたのだが、どうやら全く上手く行ってないようで真咲の表情に変化は無かった。

構っていると逆に疲れるので、体を回復させたらすぐに自動ドアの前に移動して真咲から離れる。

 

そしてもちろん、ついてくる。

 

(・・・・・・)

 

ベンチに戻るとその後をしっかり追い、「ねぇあたし暇なんだけど」と突っかかってくる。

こっちの修行だコラと言いたいが、我慢して無視。黙るのが一番。

 

 

「・・・変態童貞」

「よーーーし!!!!こうなりゃ決闘だ!!!血を見るぞこのアマぁぁぁ!!」

「えっ!意外と短気だね!!」

 

 

と血みどろの死闘が始まろうとした所で、「次、始めるよ」と桃明呪から強制的にストップのお達しが来た。

 

 

 

*****

 

 

 

「残り2戦だから、応援してる。大丈夫、後は普通に勝てばいいだけだから」

「うん。・・・あと2戦か」

「頑張ってね~!」

 

 

何か、わざと薄っぺらくしているようにすら感じてしまう。

 

 

「貴女の応援はむしろ皮肉がこもってそうですねぇ」

「やだひっどーい!乙女の声援をちゃんと受け取らないとモテないよ?」

「・・・心が乱れる!」

 

 

もう真咲のちょっかいから逃れたくて仕方が無かったため、開いた自動ドアに向かい走っていき、次の対戦相手を待ち構えることにした。

今回も例に漏れず、こちら側の自動ドアが閉まると向こうのドアが開く形式だ。

出てきたのは。

 

 

「今日は、逃げずに僕と戦ってくれるかな?」

「・・・・・・石田くんか・・・」

 

 

そうは言うものの、石田の身なりは一護と一緒に銀城と戦った時のものと同じであり、2年前から格段に実力を上げていることは容易に予想がつく。

既に霊子兵装も持ち、いかにも準備万端、といった雰囲気を醸し出している。

自信満々。ドヤ顔が何とも現世の人間というか、高校生というか、若さに満ち溢れている。

 

 

「じゃあ今日も逃げよっかな」

「へぇ・・・それはつまり、二度も僕に敗北を喫することを意味するんじゃないかな?」

「違うよ。二回もみすみす取り逃した石田くんの浅慮が明らかになるんだよ」

「・・・随分と口が達者だね。でもその余裕、いつまで持つかな!?」

「!」

 

 

こめかみに若干の青筋を浮かべて、石田が矢を撃った所から戦いは始まった。

 

まず隼人は、自分の霊圧に干渉して他の隊長格に比べると鈍い機動力を飛躍的に上昇させる。

これにより、瞬歩を使わずとも連射してくる矢に障壁を使わず躱しきることが出来るようになる。

滅却師の矢に鬼道の防御は我慢比べになってしまい、そうなるとやはり攻撃する矢の方が強くなってしまう流れになるのは明らかだ。

全部矢を爆発させられていればいいのだが、そんな器用な真似をするにはもう少しちゃんと石田の霊圧を読まねばならない。

 

(ちょっと、考える時間が欲しいな・・・)

 

この石田との戦いは次の戦争で勝ち抜くために最も重要な修行になる予感がするので、一度鬼道で姿を消して身を隠し、しっかりと戦略を練ることにする。

お決まりの伏火と曲光のコンボで姿を消し、柱の陰に移動すると、「何処だ!!何処に隠れた!」と以前逃げた時と殆ど同じ台詞で隼人の姿を探しに入る。

 

(お互い遠距離での戦闘が得意なら、あえて距離を詰めて戦うか・・・?いや、こっちに近接戦闘の隠し玉が無い以上、霊力いじって戦闘乱すしかないか・・・)

 

うーんうーんと必死で焦りながらじっくり考えつつ石田を探ると、まだ見つけた素振りを示してはいない。

もっと考えたいとは思ったが、これからの実戦で隠れられる保証も無いため、いつまでも隠れるわけにはいかない。

 

(そろそろ、ちゃんと戦うか)

 

「破道の四十六 氷鍾(ひょうしょう)

 

 

杖の先端から射出された氷のビームはしっかり石田の位置を狙ったにもかかわらず、掠りもしなかった。

 

 

「君が自分から出てくるとはね・・・。怖気づいてビクビク震えていたかと思ったよ」

「だってかくれんぼしてずっと見つけてもらえなかったら隠れるのに飽きるよ。鬼が無能だと一気に面白さガタ落ちだよね」

「・・・無能だと?この僕を、無能だと!?僕は黒崎()()()よりずっと霊圧探査で優れている!!僕は死神とは違う!!」

「・・・やっぱ、一護くんライバル視してるんだね・・・」

「うるさいっ!!!」

 

 

動揺した石田がすぐに霊子兵装から矢を連射するが、器用に縦横無尽な動きをして全ての矢を躱す。

時折隼人があちこちに光の盾を設置して、移動の最中その陰に隠れながら鬼道で反撃してずっと石田に攻撃させず、石田も防御のために静血装(ブルート・ヴェーネ)を皮膚に張り巡らせて最小限の怪我に留める。

そして移動の最中、隼人は大技のための詠唱を分解しながら続けていた。

 

 

「―――湧きあがり・否定し 痺れ・瞬き 眠りを妨げる、(!!)」

 

 

一箇所に留まった場合すぐに石田から1000本以上の矢で撃たれてしまうため、瞬歩と空間移動を切り替えつつなるべくランダムに移動して石田を疲れさせようと画策する。

そうやって躱し、詠唱をしながらも、更に石田への攻撃も止めずにいた。

 

 

「絶えず自壊する泥の人形、・・・廃炎!!・・・結合せよ 反発せよ―――」

 

 

未だに石田の攻撃は一撃も当たっていないため、本気で狙っているか怪しく感じてしまう。

一方で隼人の攻撃はやはり卍解によって霊力が底上げされてパワーアップしており、廃炎で石田の矢を溶かすこともできた。

これなら変に躱さないで真っ向勝負でもいけるのではと思った所で、詠唱完了。

 

 

「地に満ち己の無力を知れ! 破道の九十 黒ひつ―――――」

 

 

だが、石田も同時に矢を撃つのを止め、不敵な笑みを浮かべる。

石田がポケットから取り出したのは、さっき真咲が持っていた銀筒と全く同じだった。

もちろん隼人の周囲には、五つの特殊な矢が地面に突き刺さっていた。

 

 

「ッ!」

「遅い」

 

 

瞬歩で逃げようとしたが、既に光の壁によって囲まれ、石田の作る破芒陣(シュプレンガー)に閉じ込められてしまった。

 

 

「自分の詠唱に気を取られて油断していたツケが回ってきた所かな?いやはや何とも、ダサい男だ」

「こんなの僕の鬼道で!破道の九十一 千手皎天汰炮!!」

 

 

だが、隼人の撃った霊子の矢は、石田の作った陣壁によっていとも簡単に崩れてしまった。

むしろ、(ほど)けてしまったと言うべきか。

 

 

「何で・・・鬼道が、」

魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)は対象の霊子縫合を弱めてその霊子を奪いやすくするものだ。1秒に300万回振動するから、死神如きが撃つ矮小な矢は僕の作る壁で全部吸収してしまったよ」

「何だと・・・!」

 

 

その場合、瞬歩で強引に結界を破ろうとすれば、最悪自分の体の霊子縫合が解けて吸収されてしまう。そうでなくとも大怪我する可能性は十分にあるだろう。

だからといって攻撃しようにも、隼人の場合全部の攻撃が鬼道になってしまうため、陣を破壊することはできない。

いくら何でも自分を巻き込んだ黒棺など、自爆行為だ。

 

打つ手なしに絶望の顔を見せる隼人を一瞥した石田は、左手で眼鏡をクイッと直し、霊子兵装を解いた右手で銀筒から液体を流し込む。

 

 

「終わりだよ。安らかに眠るがいい」

 

 

よりによって、さっきの修行で真咲が使った技が、まさか自分を倒す決定打になることまで頭が及ばなかった自分が悔しくてならない。

しかし結界越しの石田は既に動作を終え、何にかは分からないがカッコつけて結界に背を向けた。

 

何も出来ない隼人などお構いなしに、破芒陣は青白く眩い強烈な光を放つ。

そして、隼人を囲う巨大な結界は、柱を幾つか破壊する程の大爆発で、陣の中の地面ごと全てを吹き飛ばした。

 

 

「減らず口を叩いといて、油断するなんて僕からしたら考えられないな」

 

 

背後で爆発する風圧をその身に感じ取りながら、石田は自身を無能扱いしてきた男に対して小馬鹿にした態度をとる。

風が止んでから振り返り、爆心地に近付いて注意深く周囲を眺めてみると、床が抉れて融けており、赤くなった部分からは湯気も出ている。

 

(爆発で溶けていなくなったようだな。霊圧も無いし、死んだと見て間違いないようだ)

 

魂を切り裂くもの(ゼーレシュナイダー)を回収し、改めて五角形の形に真っ赤に融けた床を見ると、自分の昔からの成長が感じられ、自信が漲ってくる思いがした。斬魄刀によって作られた存在であっても、昔の記憶はあるためそのように実感するのだろう。

こうして、石田は隼人に勝利し闘技場から退出するために自動ドアに向かって歩いていく。

 

 

「ありがとう、僕のために戦ってくれて。君の死は決して無――――――」

 

 

融けた床から振り返ったその時。

 

 

眼前に、満面の笑みの口囃子隼人が立っていた。

 

 

「・・・!?」

「うぉらぁぁっっ!!!!!!」

 

 

全力の張り手で隼人が石田の体を赤い床に倒そうとするが、ギリギリで飛廉脚を応用した石田は、空中で静止することに成功した。

そこから態勢を持ち直してすぐさま離れ、安全地帯へと真っ先に移動しようとする。

 

 

だが、隼人の行動はそんなことを考えさせない程に俊敏かつ、残忍だった。

空中に跳躍した隼人は、上空から何とか踏みとどまった石田目がけて垂直落下。

1000℃以上の灼熱の床に、石田の身体は押し当てられてしまった。

 

 

「あ゛あ゛あああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

肉が灼ける激痛に苦しみ、石田は熱から逃れるために隼人が直接踏んでいる腹以外の足と頭を少しでも床から離そうと試みる。ところがそれに気付いた隼人が石田の体の上をまるで平均台の上を歩くかのようにバランスを取りつつ移動し、石田の頭を足で床に押し付けた。

右頬を足で踏みつけたため、顔の左側全体を焼き鏝で押されているようなものだ。

肉が焼ける匂いが立ち込めるが、人肉の焼ける匂いは全くもって食欲がそそられない。

 

地獄のような苦しみに石田の目は血走るが、すぐに顔から血の色が消える。

顔の筋肉まで全部熔けてしまうと、終いには声すら上げなくなってしまった。

触れていた石田ごと空間転移して別の場所に移り石田の様子を窺うが、顔半分だけでなく、背中側の身体全体が融解していたため、生命活動は完全に止まっていた。

 

 

「うわっ・・・いくら何でも、ちょっとやりすぎちゃったかな・・・」

 

 

*****

 

 

 

実はあの時石田の破芒陣に囲まれ万事休すかと思われたが、結局空間転移をすればそれは瞬歩のように結界の内と外を通り抜けるのではなく、内側の一点から外側の一点に移動するだけなので、何の問題も無かった。

 

爆発を石田とは真反対の位置から眺め、巻き込まれていたら死んでいたなと悍ましい恐怖に身震いするが、とりあえずそのまま霊圧を消して石田に接近し、油断の隙を突こうと時機を窺う。

そんな時に。

 

 

『減らず口を叩いといて、油断するなんて僕からしたら考えられないな』

 

 

別に大したこと無い台詞なのに、言い方のせいで何だか物凄くムカついてしまった。

これでは真咲に短気だと言われても、ぐうの音も出ないだろう。

だからこそ、あんな残酷なやり方を取ってしまったのだ。

 

ただ、いくら滅却師でも、藍染と戦った時は味方側だった人間に対してあんな所業をするのは、今考えると自分でも恐ろしく感じてくる。

別に裏切っているわけでもないし、特別憎しみを持っているわけでもないのに、こんなえげつない死体にしてしまうのは若干の申し訳なさすら感じていた。

そこが、自分の甘さであることにまだ隼人は気付いていない。

 

 

「・・・・・・治すか。寝覚め悪いし」

 

 

一度殺した相手を治すという、思いがけないまさかの方向に修行がシフトしてしまった。

 



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蘇生回道

安置した石田の死体は既に死後の霊圧を放っていたが、構わず隼人は回道で溶けた肉体の修復を行う。

錫杖の先端から発出された緑色の光は石田の身体を覆いこみ、見る見るうちに無くなった身体を修復していく。

卍解で使う回道は、井上織姫の双天帰盾をも優に上回る速度だった。

 

(とりあえず傷は全部治ったな。あとはどうやって命を取り戻させるかだなぁ・・・)

 

本来戦闘が終わったらブザーが鳴って自動ドアが開くのだが、桃明呪が察したのかブザーが鳴ることはなかった。

これも修行の一つとしてカウントしてくれるようだ。ならばとにかく、石田の命を取り戻さねばならない。

 

(まずは純粋に回道の出力を最大まで上げてみるか・・・)

 

咄嗟に思いついた方法を使ってみるが、結局修復された身体が動き出すことは無かった。むしろ過回復で身体を逆に痛めつける危険があった。

 

 

「え~やっぱ無理かなぁ?じゃあ霊圧からいくしかないか・・・」

 

 

思わずでた独り言に答えてくれる人もいないためにちょっぴり寂しいが、諦めず別方向からアプローチする。

 

死体の霊圧を媒介にして魂魄に干渉し、止まった心臓の拍動を再起動させる。

これがダメならもう方法は無いだろう。

別にやる必要も無い行動なのに、ちょっとした負い目があったからか少しばかり隼人の心は燃えていた。

左手に杖を持ち、右手は石田の胸に触れて心臓の拍動の有無をチェックする。

 

(行けるか・・・?)

 

力を籠めると同時に、死体の霊圧が大きく揺らぐ。

まずは魄睡に霊圧を直接送り、それから送った隼人の霊圧を操作して石田の魄睡と鎖結を再び結合させる。

 

(繋がったぞ!)

 

鎖結は霊力発生のブースターなので、この二つが繋がればとりあえず霊力については少しずつの回復が見込める。

だが心臓の拍動は未だに止まったままなので、こっちをどうにかしなければ生き返ることは無いだろう。

 

(とりあえず、死神の魄動を再生させるのと同じ考え方でやってみるか)

 

とは考えるものの、一度止まった魄動を人為的に再生させることの前例など一つも無いため、我流で攻めるしかなかった。

現世では心肺停止の人間に電気ショックを与えて心臓を動かすとかいう話を拳西から聞いたことがあったが、鬼道の力で扱う電圧では強すぎて感電死してしまう。

 

それ故、隼人は石田の止まった心臓に、自らの魄動と同じタイミングで霊圧を注入し、循環する流れを作り出そうとした。

自分の魄動など知る由もないので勘になってしまうが、大体のタイミングというか間隔は、一般常識として染みついていた。

同じ姿勢のまま、霊圧を注ぎ込む。

 

(・・・頭が、キツイな・・・)

 

綿密な霊圧操作は同時に脳への負荷を強くかけてしまい、修行の最初の頃よりも相当に強い痛みが頭の中で木霊する。

僅かな霊圧量の誤差も許されない中、30回霊圧を注ぎ込んだ所で一度心臓に耳を当てて様子見する。

 

(動いてるけど、段々音が弱くなってる・・・)

 

今度は仰向けに寝る石田の胸に耳を当てた状態で同時に心臓に霊圧を注ぎ込む。

適当なタイミングで心臓に霊圧を注げば拍動がぐちゃぐちゃになり、心臓が破裂する可能性もあるので細心の注意を払う。

 

(ッ・・・!頭痛いな・・・!)

 

激痛の中何とか今度は60回霊圧を注ぎ込んで再び様子見すると、弱いながらも心臓の拍動が安定してきた。

ここまで来れば既存の回道でイケる。

立ち上がった隼人は昔斬魄刀に願掛けした時と同様に、卍解に祈りを捧げる。

以前卯ノ花から教わった回復力として最高の回道を卍解で強化することで、究極の蘇生回道を石田に発動させた。

 

全細胞の完全修復が一瞬で行われ、石田は戦闘前の無傷の状態に遂に戻った。

同時に、失っていた意識もすぐに取り戻す。

 

 

「っ・・・、・・・ん・・・?」

「やっと気が付いたみたいだね」

「!!!」

 

 

目覚めた石田はすぐに隼人から距離をとって霊子兵装を作り出し、あっという間に矢を撃つ準備を整える。

あんな仕打ちをされた以上、敵意を示さない方がおかしいのでこれは順当な動きだと言える。

 

 

「身体、動くでしょ?僕が治したんだ」

「・・・何だ、何の真似だ。君は何がしたいんだ!」

「ちょっとさすがに悪い事したなって思ってさ。ごめんなさい」

「そうやって僕を騙すつもりか!油断した所で再び僕を融けた床に―――」

 

 

と石田は横を見たが、熱で赤かった床はすでに焦げて真っ黒になっており、湯気も出ていない。

 

 

「氷の鬼道で冷やしといた。だからもう石田くんには何もしないから。というか頭痛くて何もできない」

「信用できないな。その武器を置いて両手を上げろ。さもないとすぐに撃つぞ」

「!!・・・いいよ」

 

 

石田の要求をすぐに呑んだ隼人は卍解の杖を床に置き、両手を上にして攻撃をしない意思を示す。

 

(何かこれ、現世の刑事ドラマで見たことある・・・!)

 

鬼道を使える以上両手を上げても全く意味ないことに気付かない程、今の状況に隼人は少しテンションが上がっていた。

確かドラマを観た後、白と刑事ドラマごっこをして平子に怒られた後さらに拳西に怒られた気がする。

 

(何て思い出してる場合じゃねえ!早く石田くんの気をなだめないと!)

 

 

「ほっ、ほらっ!もう攻撃しないから!いいだろ!?(早く戻りてえ・・・)」

「いや、君が武器を置いてもスッキリしないな。軽く一発撃たせてくれ」

「えっ、ちょっ、ちょっとダメ!」

「問答無用!!」

 

 

元々撃つ気満々だったのだろう。たった一本の矢だが、石田の集中力の影響でかなりの速度が出ている。

床に置いた杖を拾いつつ、鬼道で壁を作って何とか防ぐ。

 

だが、壁を作った所で石田の回復に力を使い過ぎた隼人は力尽き、倒れてしまった。

壁に当たった矢は止まったが貫通しており、いかに自分の霊力が弱まっていたのかが如実に伝わってくる。壁は、信じられない程脆かった。

 

(もう、限界だよ~~・・・)

 

倒れた所でブザーが鳴り、石田を相手にした色んな意味での修行はようやく終わった。

 

 

 

*****

 

 

 

「石田雨竜、この世に生き残った最後の滅却師だ。私は、」

 

 

「この者を、()()()()()に指名する」

 

 

ユーハバッハ(陛下)の報せで見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)に激震が走った後、個人主義色の強い星十字騎士団(シュテルンリッター)の多くは強い不満、蟠りを心に抱えざるを得なかった。

 

 

「で?どうすんのリル?あの石田って奴ゾンビにしちゃう?」

「止めとけ。出しゃばった真似したら殺されるぞ」

「私は別に、次の皇帝が誰であろうと構わないの・・・」

「・・・っていうか、誰もこの前の戦いに関してあたしに訊こうとしないのかよ・・・」

 

 

呆れながらいじけるという面倒くさい反応を見せるキャンディに、これまた冷静にリルトットが応じた。

 

 

「キャンディが戦ったのは朽木ルキアだろ?大した事ねえ奴と戦った結果なんか聞いてもムダだ。」

「まぁ確かに大したこと無かったな。あたしが本気の本気出す前に倒しちまったし」

完聖体(フォルシュテンディッヒ)も持ってないキャンディちゃんが倒せちゃうならボクたちの敵じゃないもんねぇ?」

「・・・悪かったよ、弱くてさ」

 

 

いつもの癇癪持ちな性格はナリを潜めてキャンディがしょげていたところで、通り過ぎようとしていた部屋から「かっ!ぱあああ~~~~!!!!」という男の情けない叫び声が響き渡ってきた。

 

全員が「ハーーーーッ」とため息をつきながら、部屋の主の許へ訪ねた。

 

 

「あーあーあーーもーー!またこんなに汚してーーーー!!」

 

 

部屋の中にいたのはもちろん、気に入った男を誘惑して殺すある意味クレオパトラ真っ青のような女、バンビエッタ・バスターバイン。

縦に一刀両断された男はもちろん聖兵(ゾルダート)の中ではかなりのイケメンだ。

確かに部屋は血で汚れたが、今しがた来訪した四人の女性もバンビエッタの部屋に来ては大いに汚すことはあるので、意味分からないといった感じで返答したが。

 

 

「お菓子の食べこぼしと血しぶきは別物だろうが、クソビッチが」

「せめて外でやればいいんじゃないかと思うの・・・」

 

 

リルトットとミニーニャからは案の定辛辣なツッコミが返って来た。外でやるべきなどごもっともとしか思えない。

いや外で性行為するのかよというツッコミは勿論届く筈もない。

一方のキャンディは部下をつまむクセを止めろと苦言を呈し、ジゼルは逆にキャンディをイジる。

二人のどうでもよくどうしようもない論争が始まろうとした所で、かしましい空間に耐えられなくなったバンビエッタが壁に爆弾をぶつけた。

 

 

「・・・ちょっと、静かにしてくれる?あたし今悩み事あるんだから」

「・・・何よ?悩みって」

「決まってんでしょ」

 

 

見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の未来についてよ」

 

 

部屋から出て行ったバンビエッタを見送る四人は、再び盛大にため息をつく。

新参者ともいえる自分達の中でここまでふんぞり返っているのは、恐らく星十字騎士団の中で自分だけが隊長を一人殺したという自負があるからだろう。

他の出軍した星十字騎士団より、私の力は優れている。そう思い込んだバンビエッタは、時々他の騎士団に突っかかってイラつかせたりもしていた。

この四人も、戦争後からは明らかに彼女に下に見られているなと感じる程には心の動きに敏感で、皆直接口には出さないが心の内にモヤモヤは残っていた。

 

結局行くアテもそんなにないので、前と同じように情報室(ダーテン・ツィマー)で更新された敵の情報をチェックすることにした。

 

 

「一、六、七、十、十一は壊滅したのか。思ったより死神は大したこと無えようだな」

「えーーーーッ!!ボクたくさんゾンビ作りたかったのになァ、残念・・・」

「雑魚のゾンビ大量に作るだけでも十分ですよぅ~~><」

 

 

と、ミニーニャがいい加減な励ましをジゼルに投げかけている所を一瞥し、リルトットは先の戦前にキャンディに話したことを思い出す。

あの最も危険な死神について。

 

 

「おい、口囃子隼人には出くわさなかったか?」

「あぁ、遭ってねえよ。バンビが七番隊と戦ってたところに行ったけど、この顔の死神は見てないな」

「でもさでもさ、七番隊ってみーーーんなバンビちゃんが殺しちゃったんでしょーーッ?」

「だったら、その中に紛れてるかもしれませんねぇ」

「そうだといいけどな・・・」

「こんな地味な顔の子、大勢死神がいたら分からないと思うなァ。きっとバンビちゃんの爆弾に紛れて死んじゃったんだよ」

 

 

うんうんとミニーニャとキャンディも頷き、タブレットも自動的に八番隊隊長に移ったため、場の流れは完全に京楽の方に移ってしまった。

リルトットだけが不安視していたものの、結局他の四人に合わせて、卍解不明の京楽の危険性についてあれこれと適当に談義することにした。

 

 

 

*****

 

 

 

「チッ・・・まともに戦ってねえ奴が横槍挟んでくンじゃねえよ」

「戦ったぜ?矢一本撃った」

「それのどこが攻撃なんだよ!!」

「攻撃だぜ?毒入りプールも使ってるし十分俺は戦ったなァ、肩が痛い肩が痛い」

「だったら最初っからそう言えよ・・・!」

 

 

バズビーは、浮竹にみすみすやられ、総隊長相手にも重傷を負い、銀架城(ジルバーン)に帰れば謎の滅却師が後継者に指名され、文句を言いに行こうとすればハッシュヴァルトに止められ、戦おうとしたらナックルヴァールに止められ、全くもって事が思い通りに進まず苛立ちが限界を超えていた。暴走せずに我慢出来ているのがむしろ凄い。

些細な事でも火に油を注ぎかねない状況の中だが、隣にいたナックルヴァールは落ち着いて諭した。

 

 

「余裕持った方がいいぜ?こんな所で暴れりゃまず陛下が黙っちゃいねェ。あんたの暴走をきっかけに星十字騎士団に悪影響が及んで石田雨竜が殺されれば大問題だ。」

「あァ?だったらその方が俺にとっては「見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)にとっては不都合だ」

「―――・・・」

 

 

石田の力はユーハバッハ本人がその力に対して全幅の信頼を寄せているという噂もナックルヴァールの耳にはとっくに入っていた。

それに加えて。

 

 

『異論は認めぬ、懸念も要らぬ。この者の力はこの先の戦いで、ここに居る全員がその身を以て知る事になろう』

 

 

ここまでの言葉を滅却師相手に発するユーハバッハの姿を見たのは、ナックルヴァールにとっても初めてだった。

ただ、自分なんかよりも大昔に陛下に付き従ったリジェ、ジェラルド、ペルニダあたりは言われてもおかしくなさそうだが。少なくとも、自分が言われた記憶は無いと、ナックルヴァールは自身の記憶を辿る。

 

 

「ひょっとしたら、俺やあんたの力なんかちっぽけに見えるかもしれねェ。いいから黙ってカフェオレでも飲んどけ」

「・・・ンなモン要るか!」

 

 

水筒のカップに注いだ甘めのカフェオレを差し出したが、バズビーは突っぱねてその場を後にする。

ナックルヴァールも、とりあえずいざこざが起きなかったことを安心しつつ、次の戦でも傍観を決めこむつもりでいようかなどと、傍から聞けばすっとぼけたことを真面目に考えてカップのカフェオレを口に含んだ。

 



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POWER UP

ぶっ倒れた身体は、一発矢を撃ってスッキリした石田が運んでくれたらしい。

目を覚ました時はベンチに横たわっていて既に完全回復していた。

すぺしゃるあどばいざーの真咲も結局いなくなっていた。

 

 

「次が最後。応援してる」

「了解!」

 

 

杖を貰って闘技場に入り、修行で最後の戦いの敵に備える。

 

(最後は一体誰だ・・・?拳西さんか・・・?いや、山本総隊長?それとも雀部副隊長?)

 

と考えていたら。

 

 

閉じていた自動ドアを突き破って、特濃の霊圧の刃が猛スピードで押し寄せてきた。

 

 

「!!ってこれ、防げねえかも!!!」

 

 

ウルキオラ戦のように眼前に障壁を置いて錫杖を回転させることで、壁の耐久度を上昇させるが間に合うか。

だが、そんな賭けはするまでも無かった。

 

前から向かってきた霊圧は少し斜めに発射されたらしく、隼人の頭上を掠めて直接吞み込まれることは無かった。

だが、壁にはヒビが入っていた。

 

いきなりこんなべらぼうな攻撃をしてくる奴など、一人しかいない。

 

 

「よぉ、口囃子さん!」

「・・・なんで最後が一護くんなの・・・」

 

 

負け試合確定じゃねえかよ!!とめちゃくちゃ文句を言いたい所だが、そりゃあ修行の最後はこれぐらい強い相手と戦えなきゃダメでしょという思いも勿論あるので、不満は心の中に留める。

ここで一護に負ければ、京楽の期待に応えることも出来ないし。

あのツルッパゲのおじさんがくれた鬼道の本も、モノにできなくなってしまう。

 

 

「いやぁー、悪りぃな外しちまって。今度はしっかり狙って当ててやるよ」

「堂々と殺害宣言しないでくれ・・・月牙天衝真に受けて生きてられる自信まだ無い・・・」

「あ?何言ってんだよ?」

 

 

()()()()()()()()()()?」

「・・・へ?」

「ほら」

 

 

と一護が言った時には、既に目の前は真っ白だった。

瞬間、全身が焼けるように斬り刻まれ、危険すぎる剣圧から強引に逃れるために隼人からも攻撃して相殺する。

 

 

「らァッ!!!」

(!)

 

 

杖の先端から霊圧の光線を放ち、とりあえず一護が適当に放った剣圧を相殺する。

 

 

「何だよ、あんたも俺と似たような技使えんのか。だったら手加減する必要無えな」

「いやぁうーん、ちょっと違うと思うよ?だから手加減出来るならしてほしいなぁ、なんて・・・無理か・・・」

 

 

あの真咲の息子だ。どうせ御託を並べて聞く耳を持たない予感しかしない。

それならもう、正々堂々戦ってやろうではないか。

凄まじい潜在能力を持つ一護相手に勝てたなら、それはもう限りない自信になるし、ほとんどの隊長と対等に渡り合えるようになるだろう。

 

 

「・・・ええい!ままよ!!どうにでもなる!やろう!!」

「俺とやり合う覚悟が出来たみてえだな。ッしゃあ!いくぜ!!」

 

 

自分に回道をかけて回復させた後に一護が一瞬で距離を詰めてきたので、即席の鬼道の膜で体を覆って耐久力を増大させる。

一護相手に斬術と拳打では到底張り合えそうもないので、殆どの斬撃を器用に躱しつつ、たまに壁を作って一護の動きを怯ませようとする。

杖なんかで鍔競り合いしてしまえば絶対に杖が折れてしまうので、防御はやはり鬼道の壁という手段しか無い。

 

 

「俺ばっか攻撃してんじゃねえか。避けてばっかじゃつまんねえよ」

「でっかい刀に杖で張り合えるわけないじゃん!」

「知るかよ!やってみなくちゃ分かんねえだろ!」

 

 

そんな挑発に乗るつもりなどない。

完全に向こうのペースになっているので一度距離を取りたいが、隼人の狙いを見透かした一護は絶対に隙を作らせず、逃さない。

鬼道で作った壁があろうと全て勢いのままに一刀両断し、狼狽えるどころか怯みもせずに立て続けに斬撃を当てようとする。

このままじゃ、躱すだけで全ての力を使いかねない。

 

しかし、煮え切らない隼人の態度に業を煮やした一護は、一連の動作と全く同じ動きで高密度の剣圧を至近距離から撃ち放った。

 

 

「ふっ!!」

「ッ!またかよ!」

 

 

だが、これは隼人にとってまたとないチャンスであり、一護が剣圧を放つことを狙っていた。

傷を負うのを覚悟の上で、再び杖を切り替えて迎撃にかかる。

 

 

「黄火閃!」

 

 

一護が軽く放った剣圧よりも圧倒的に出力を上げて全て打ち消し、剣圧を放って油断した一護に霊圧で火傷を起こさせる。

だが、もちろん一護は黄色い霊圧を縦に真っ二つにし、再び瞬歩で距離を詰める。

もちろんそれも、織り込み済みだった。

 

 

「おい、何だよそれ、すげぇな」

「卍解すればこれぐらいの工夫ぐらいどうってことないから。・・・一護くんには効かないかもだけど」

 

 

空中に瞬間移動した隼人は杖に祈りを捧げ、廃炎に手を加える。

まるで土星や木星の輪のように、自分を中心に円盤状に無数の火球を作り上げて巨大な廃炎を作り出し、そのまま一護に向かって自分もろとも特攻する。

これなら剣圧で防ぐことは出来ない。

だが、

 

 

隼人は、剣圧に意識をとられて一護の使う()()()()の存在をすっかり忘れてしまっていた。

 

 

「これでやっとあっちのペースから解放・・・、(!)」

 

 

お馴染みの構えをとった一護の身体から青白い霊圧が炎のように迸り、空間全体が彼の霊圧に塗り替えられていく。

天に向かって伸びていく霊圧が部屋に満たされていき、隼人の周囲に巡らせていた火球は一護の霊圧によって逆に焼き切れていった。

 

(まずい!距離とったら月牙天衝のチャンス与えちまった!)

 

直撃したら、間違いなく死ぬ。

断空で防ぐことは今の実力では不可能。

ならば、これしかなかった。

 

 

「月牙・・・天衝!!!」

「破道の九十 黒棺!!!」

 

 

月牙天衝を黒棺の中に閉じ込め、その中で爆発させる。

咄嗟に思いついた方法はこれしかなく、成功する確証など全くなかった。

そして、案の定悪い方向に事態は進んでしまう。

 

 

一護の月牙天衝は、黒棺の霊子ごと斜めに一刀両断。

詠唱破棄の黒棺では、月牙天衝を棺の中に閉じ込める強度すら持ちえなかった。

 

(――――最悪だ・・・)

 

黒棺を斬った月牙天衝は、そのまま隼人の体に吸い寄せられるように直撃する。

もちろん、土壇場で作った壁など雀の涙の効果も無かった。

 

 

「があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッッッ!!!!!!!!」

 

 

空中でまともに月牙天衝を喰らった隼人は、斜めに斬られた上半身から大量の血を流しつつ落下していく。杖も持てず、カランカランと落ちた杖から金属音が響き渡った。

卍解で力をつけていたからこそ致命傷でとどまった。

以前のままだったら、体を真っ二つにされて息絶えていた。

 

 

「おい、卍解しといてそんなモンかよ。2年前の恋次より弱いんじゃねえの?」

「・・・・・・、」

「俺、卍解してねえんだけど。あんた全然大したこと無えのな。弱すぎだろ」

 

 

床に倒れた隼人の許に歩いて近寄り、無傷の一護が格の違いを見せつける。

本来の一護ならそんな事しないはずだが、きっとこの世界にいるから強い言葉をぶつけるのだろう。

隼人の眠れる力を引き出すために。

 

 

「俺の月牙天衝も防げねえから藍染にも簡単にやられちまうんだよ。んな中途半端な力で他のヤツ護ってやるなんて考えてんじゃねえよ。出しゃばんねえで大人しく引っ込んでろ」

「・・・引っ込んでろ、だと・・・?」

 

 

近くに落ちた杖を必死の思いで手に取り、腹に回道を当てようとする。

そんな中発せられた一護の言葉は、到底承服できかねるものだった。

 

 

「僕が、どれだけの思いで強くなろうとしてるか、知らんクセにそんな戯言言いやがって・・・!」

「復讐のためだろ?」

 

 

 

 

「ガキじゃあるめえし、馬鹿かよ」

 

 

 

冷めた一護のぞんざいな言葉に、プツリと理性の糸が切れる。

嫌な感情が頭の中に流入し、全身を駆け巡っていく。

荒々しく回道を身体に廻して強引に傷を回復し、無理矢理開き直った隼人は暴虐的な思いに駆られてしまった。

 

 

「ああそうだよ、ガキで何が悪いんだよ。お子ちゃまみたいな理由で何が悪いんだよ!」

「そんな適当な理由で次の戦の間中持つのかよ」

「ッ・・・!そうやって、拳西さんと約束したから!」

「答えになってねえよ」

 

 

ぴしゃりと一蹴され、遂に反論の言葉を考えられなくなってしまう。

そもそも他人を持ち出した時点で、一護からしたら呆れたようなものだった。

 

 

「・・・ちゃんと自分で考えてねえのかよ」

「ふざけんじゃねえ!!考えてるよ!!狛村隊長たちを殺した滅却師を僕の手で殺してやる!隊長たちの分まで僕があいつらをぶっ殺してやるんだよ!!」

「だったら皆を護るでいいじゃねえか!もっと仲間のことを考えろよ!今のままのあんたが卍解手にしたら何やらかすかわかんねえんだよ!」

「テメェに僕の何がわかるんだ!!銀城空吾に力奪われてびーびー泣いてた癖に、僕達が力あげた途端イキりやがった中途半端な奴の癖に、上から目線で調子乗ってんじゃねえよ!!!!」

 

 

考えもしなかったどす黒い感情が、溢れ出してくる。

数か月前の出来事を見た時嬉しかった反面、どこか引っ掛かる点があった。

一体何故、他人からの力でこんなに自信を持てるのだろうか。

自分の力でもないのに、どうしてさも当然の如く力を振るうのか。

恐らく誰もが暗黙の了解として黙っていた絶対に言ってはいけないことをぶつけた隼人に対しても、一護は強い怒りこそ感じていたが冷静だった。

 

 

「分かる訳ねえだろ。」

「何だよそれ、だったら他人の心の中にズケズケと割り込んでくんなよ!」

「だったらあんたは俺の何が分かんだよ」

「ッ・・・、それは・・・」

 

 

一護の纏う霊圧が、次第に濃密なものへと変貌を遂げていく。

棘のある霊圧を真に受け、反論のために考えた言葉が舌の上で散らかっていくようだった。

 

 

「俺の地獄はあんたに分かる訳ねえだろ。死神の力を失った後に、モノにした完現術の力を奪われた俺の地獄が、あんたみたいな普通の死神に分かってたまるかよ。つーか簡単に理解されたくもねえよ」

 

 

だが、霊圧とは対照的に、一護の言葉は隼人を諭すものに変わっていった。

 

 

「俺と口囃子さんはただの他人だ、住む世界も違う。あんたにはあんたの辛い記憶があるんだろ?簡単に他人に分かってもらいたくない地獄があるんだろ?」

「――――・・・・・・、」

「でもよ、いつまで過去の地獄に縛られてんだよ。口囃子さんが苦しんでんのを見て狛村さんも射場さんも喜ぶのか?復讐するために力使うのをあの人達が願ってんのか?」

 

 

違う。それは拳西とぶつかった時に絶対に違うと理解はしていたが、結局心の奥底では未だ消化しきれていなかった。

 

そして今の言葉は、度重なる絶望を這い上がって来た一護だからこそ言えたのかもしれない。

乗り越えられないような困難に対して、他人に助けられながらも自力で立ち上がって克服してきた一護の姿が、隼人にとってはひどく眩しく、羨ましかった。

100年前隼人に襲い掛かって来た絶望は、本人が戻ってきたことで解決してしまったため、結局自力で克服できたとは言えなかったから。

100年前皆がいなくなっても、生きていると信じていたから。

 

最も近しい人の本当の意味での喪失が初めてだった隼人は、内心動揺が収まらないあまりに狛村から託された言葉の意味を曲解していたのだ。

 

 

「復讐だけじゃ力も持たねえよ。もっと軽く考えてみたらどうだ?あんたが自由に力を振るうのを、あの人達は望んでるはずだぜ?」

 

 

全く同じ意味の言葉なのに、今では見え方が180°違った。

狛村の手紙はむしろ隼人に独り立ちして自分の思うままに動いてもらうことを願うものだったのだが、滅却師に無残に殺された恨み、怒りが勝ってしまい、復讐が第一になっていたのだ。

戦の後のことを、全くもって何も考えていなかった。

 

不必要な身体の詰まりが、取れていくような気がする。

それと同時に身体の強張りも解けていき、身体からどんどん霊圧が溢れ出てくる。

 

ようやく、狛村の言葉を文字通り受け入れることができた。

他人のためではなく、自分のために。

自分が護りたい仲間のために、力を使う。

霊圧探査に乏しい一護でも、隼人の身体に大きな変化が訪れたのをすぐに感知できた。

 

 

「ほんと、何考えてたんだろ。隊長の言葉をあんな間違った解釈しちゃうなんて、部下として失格じゃん」

 

 

奥底に眠っていた力が、濁流のように体の表面に押し寄せてくる。

その霊圧量は、放っておけば持ち主を自壊させてもおかしくない。

並の隊長格など優に上回る極大の霊圧が、杖の先端に集約していく。

 

 

「破道の六十三 雷吼炮」

 

 

一護に向けて放たれた雷吼炮は、闘技場全体を覆いつくす程の暴力的な砲撃へと大変貌を遂げたのだった。

 




卍解の形状について改めて説明すると、回復、防御の時は錫杖に変化し、攻撃の時は魔導士が使うような西洋杖に変化します。攻撃時の杖のモチーフは、FF7REMAKEのエアリスのミスリルロッドです。
また、味方(自分)の補助や敵の弱体化の時も杖の形が変化していますが、この形状は卍解の名に関わるので修行の段階ではぼかしています。


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完遂

卍解を手にした時から、隼人は一つ違和感を感じていた。

何故か、目に見えた身体の変化を感じられなかったのだ。

もちろん攻守、回復全ての力は上昇しているのだが、他の死神の卍解に比べれば力不足感は持ち主の隼人が一番に感じていた。

 

何故なら、京楽が釣り合いに出した更木剣八に比べれば、屁にも満たない力だったから。

たしかに真咲の力に干渉した時はかなりの効果を発揮していた。一本の矢を雀蜂雷公鞭並の威力まで引き上げたのは、真咲と隼人の高い実力が組み合わさった所産であるだろう。

 

だが、それが更木剣八に匹敵するかと言われた場合、間違いなく意見が分かれてしまうだろう。

それ以前に当の本人に全否定される可能性の方が十分に高い。

 

(ちから)の塊のような、凶悪的な霊力を備えていなかった自分自身が、京楽の推測に適う人物たりえるようには思えなかった。

 

 

そして今、ようやく隼人は京楽の言葉(予言)に違わぬ死神へと変貌を遂げた。

 

 

「破道の六十三 雷吼炮」

 

 

鬼道が放たれると同時に、空間全体が真っ白に包まれる。

片手に握った細い杖から、雷の壁が一護に向かって押し寄せてきた。

 

(!!!)

 

向かってくるのが砲撃ではなく、最早壁なので、躱すことは不可能。

始解の状態で斬ることも、出来るわけがない。

 

 

「卍解!!!」

 

 

一護自身(といっても本人ではないが)、こんな焦りを持った状態で卍解を唱えたことなど初めてだった。

斬魄刀の力を上昇させる段階で一護の周囲には風が吹き乱れるが、その力をも使ったまさに全力の太刀で、一護は迎撃にかかった。

 

 

「月牙天衝!!!!」

 

 

いつもの癖である言葉の溜めもする余裕が無い程に、即時的に最大限の力を押し寄せるてくる雷の壁にぶつけたが。

 

 

()()()()()()()()()()()が、あろうことか一瞬で全て打ち消されてしまった。

そして、隼人の放った雷の壁が猛スピードで押し寄せてきたからか、一護は月牙天衝が打ち消されたことをも気付かぬままに雷に呑まれていった。

 

 

 

*****

 

 

 

もはや鬼道の概念すら変えかねない程の凄まじい砲撃が放たれた現場は、原形を留めていなかった。

円形闘技場の壁は丁度半分を境に完全に無くなっており、隼人のいた場所から向こう側にかけて真っ暗な暗闇のトンネル状態になっていた。周囲には若干の電流がビリビリと走っている。

 

横にあったガラス窓の向こう側にいる研究員は、何やら大慌てで動き回っている。

むしろ壁が大破している以上強化ガラスの向こう側も巻き込まれてもおかしくないが、余程安全なのだろう。

 

雷吼炮が直撃した一護は、卍解の状態で倒れていた。

が。

 

 

「いやーすっげえな!!」

 

 

何やら嬉しそうな顔をして、跳び起きて隼人の許へ駆け寄ってきた。

 

 

「俺の月牙天衝があっという間に消えちまったぜ。剣八と闘った時みてえだったぞ」

「・・・まだ終わってないんだけど」

「止めてくれ。()()()じゃ、卍解してもあんたの攻撃をまともに受け止められねえ」

「は・・・?」

 

 

隼人の困惑の声が漏れると同時に、自動ドアの開く音が聞こえた。

 

 

「合格。これで私の修行は終わり」

「えっ・・・、えっ!?終わり!?一護くん殺すんじゃないの!?」

「闘技場が壊されたら試合は続行できない。十分こばやしの力がついた証明になった」

 

 

少々投げやりに隼人に説明した後、桃明呪は一護に向かって言葉を綴る。

 

 

「・・・ありがとう。こばやしの中にある本当の力を引き出してくれて」

「・・・ああ」

 

 

桃明呪が最後の相手に一護を選んだのは、真に身体の内から発せられる隼人の力を真に受けられるのは、現時点で一護しかいないと判断したからだ。

更木剣八も候補に入っていたが、まともな斬術を知らないという理由で候補から消した。

しかし、一護は浦原喜助に数日間指導されたおかげで、基本的な斬術は既に備わっている。

 

二枚屋王悦の鳳凰殿(キャバクラ)で会った修行途中の一護の姿を実際に見て、心の中にある護りたいという強い思いを感じ取り、彼になら託せると結論付けたのだった。

 

 

「大丈夫だよ、いちご。・・・陰ながら、応援してる」

「・・・そうか、ありがとな」

「・・・色々気付かせてくれてありがとう、一護くん」

「別にあんたが間違ってるって言いてえワケじゃねえからな。あんたの考えも十分わかるぜ。でも過去に囚われすぎんなよ。前見て進め」

「もうそれ、何回も色んな人から言われてるよ。耳が痛いね」

「じゃあな、頑張れよ、口囃子さん!」

 

 

と励ましの言葉をかけた一護は破壊された壁の方へ歩いていき、暗闇へと消えていった。

 

 

 

*****

 

 

 

「・・・壁、もう少し、壊れると思ってた」

「え?」

「さっきのは及第点だよ」

「うそぉーーーん!あれで!!?」

 

 

ベンチに戻って回復すると、まさかの辛口コメントが桃明呪から投げかけられてしまった。

彼女曰く、闘技場全部が大破するのが文句を言わない合格であり、半分ちょいの破壊だけだとギリギリだったらしい。何か堂々と合格って言われたので褒められるかと思っていた。

そもそも、闘技場の壁を貫かなかったら不合格として卍解を与えることも止めていたそうだ。

また、壁を貫いても一護が倒れていなければ、試合を続行させていたらしい。

 

 

「でも、こばやしの卍解はまだ完成していないから、もっと鍛錬すればさらに強くなれる」

「じゃあもっとやろうよ!そうすれば「時間無い。外の世界でやること無かった?」

「あ・・・、そうだったね・・・」

 

 

兵主部一兵衛からもらった鬼道の教本をしっかりモノにすることや、七緒と一緒に対滅却師用の鬼道を作り上げることなど、卍解習得後もやることは山積みだ。

敵の居場所も探りを入れねばならない。

今後の仕事を思い出しつつ身の振り方を考えていると、桃明呪から重要な情報が話された。

 

 

「外に出る前に、卍解の副作用について教える」

「・・・やっぱあるよね・・・」

 

 

頷いた彼女は、端的に卍解のデメリットを伝えた。

 

 

「一回卍解を使って解いたら、こばやしは暫くの時間()()()()()()()()()()()()()から」

「・・・、――――・・・マジかよ」

 

 

ある意味、今まで使っていた力を一切行使出来なくなると言っても過言では無かった。

一定時間の霊圧知覚消失は、正直な話隼人にとって生命線を絶たれるようなものだった。

強大な力にデメリットがあるのは、やはり避けられないようだ。

 

 

「まさかだけど、皆の姿が見えなくなるって訳じゃあないんだよね?」

「大丈夫。死神とかの姿は見える。霊圧を感じられなくなるだけ。だから、滅却師の矢は霊覚では感知できないから気を付けて。視覚で対処できるよう、応援してる」

「ヤバすぎだよ・・・、卍解を解いたら単独行動は危険だな」

「でも、副作用の時間は卍解の時間に応じて伸びるから、短ければ大丈夫」

 

 

つまり、短期決戦か、戦いの最初から最後までずっと卍解し続けるかのどちらかを選べということだ。

勿論前者を選ぶに決まっているが、状況次第ではずっと卍解も考えないといけない。

連戦にならないことを祈るしかない。

 

そして彼女は、最も大事な情報を隼人に伝えた。

 

 

「最後に教えるね。私の卍解の名前」

「うん」

「私の名前は、―――――――。・・・大丈夫、こばやしならきっと、皆を護れるから。」

「分かった。行ってくるよ」

 

 

そして視界は開けていき―――――

 

 

 

*****

 

 

 

目を覚ますと、眼前に大きな握り飯が4つ置いてあった。身体には毛布がかかっており、寝返りを打っていたのか横臥していた。

大きさからして拳西が握ったものだ。きっと京楽が置いといてくれたのだろう。

数日眠ったままでどうしようもなくお腹が空いていたため、流し込むように栄養分を摂取する。

普段の倍近く食べても、まだ胃の中には余裕があるように思えた。

 

食べながら兵主部一兵衛からもらった鬼道の教本を見たが、違う意味で絶句してしまう。

 

 

『序文:この本を使えば、おんしはおニューの鬼道で敵などイチコロじゃ!死神の中でもブイブイ言わせることができるぞ!イマいおんしにも・・・・・・』

 

 

「今風の言葉って・・・、ちょっと古くね?」

 

 

他にもいちいちチョベリグだったりナウい鬼道だったり、死語満載の教本に共感性羞恥に似た感情が生まれてしまう。

そもそも序文がある時点で少し嫌な予感がしていたが。

 

でも、死語に目を瞑り(といっても限界はある)教本の内容を抽出すれば、やはり裏の題がついた鬼道が既存のものとは別次元に属していることは本を読むだけでも理解出来た。

番号の数値が小さいものは八十、九十番台のものと親近さを感じさせるものだが、半分を超えたあたりからは最早死神が扱えるのか疑問に感じるレベルの技まである。

 

 

「・・・これなら、1時間もあればいけるな」

 

 

しかし、卍解習得後に基礎霊力を著しく上昇させた隼人には、到底無理難題な課題ではなく、むしろ得意分野を更に伸ばせるいい機会だった。

ちょっと気になる死語から目を逸らし、今度は現実世界でまた新たな自己鍛錬を始めることとなった。

 

 

 

*****

 

 

 

情報室(ダーテン・ツィマー)からリルトットら4人が出ていった後、ひっそりと一人の滅却師が情報室に入っていく。

 

 

「・・・何よ、あたしに隠れてコソコソ調べちゃって。あたしを出し抜くなんてあんた達にさせるワケないでしょ」

 

 

バンビエッタは、リーダーの自分に隠れて他の女性滅却師が調べものをし、その情報を自分にシャットアウトしていることは既に気付いていた。4人の工作に気付かない程には鈍くない勘を持っていたのだ。

部屋から出て行ったフリをして彼女達の後をつけ、こっそりと聞き耳を立てて先ほど話していた死神をタブレットで探る。

検索履歴を見ると、すぐに目当ての死神を見つけた。

 

 

「へぇー・・・、口囃子隼人、ね・・・」

 

 

地味な顔に冴えない能力。

情報だけ見れば、正直バンビエッタにとって敵では無かった。

相手の位置情報を記憶するだけの奴など、爆撃で吹っ飛ばせば何てことないではないか。

 

 

「ダッサい能力ね。こんな奴を危険視するなんて、リル達もまだまだね。いや、むしろリーダーのあたしがぶっ殺してやれ、ば、・・・」

 

 

と独り言ちながらある部分を見て、バンビエッタの言葉が止まる。

 

【所属:七番隊第三席】

 

すぐに彼女はこの前殺したワンちゃんを探して彼の所属を見てみると、七番隊隊長だった。

画面をスライドして出てきた副隊長も、あの時のグラサン男。

 

そしてあの時、バンビエッタは戦った場所一帯を全て更地にした。

 

 

「何!?もしかしてみんな、もう死んだ奴相手に怖がってたの!?!?バカにも程があるでしょ!!」

 

 

特にキャンディスは近くであれ程の大規模な爆撃を見ていたにもかかわらず、死んでいないと思い込んでいるのか。ジゼルのゾンビかよ。

思わず大声で爆笑してしまい周りの目が無いか慌ててしまったが、部屋には一人しかいなかったので誰も咎めたりする滅却師はいない。

 

(討ち損じなんてありえない。生きてるワケないわ。心配するまでもないじゃない)

 

タブレットを乱雑に置いて部屋を出た所で、ビーーッ!ビーーッ!とブザーが鳴り響いた。

 

 

 

*****

 

 

 

「やーだー!あたしも行く!しゅーへーだけ連れてくなんてズルっこじゃん!ズルズルズルズル~~~~~!!」

 

 

修行から帰った拳西は、次の滅却師との戦いにおける作戦を白に伝え、案の定猛反発を喰らってしまう。

前回の戦いでは四番隊の守護についたものの、結局滅却師が誰も来なかったために一切戦闘行動をおこすことは無かった。

次の戦いでは藍染にやられてからさらに鍛錬で力をつけた、その成果を発揮したかったが、よりによって来るなと言われる始末。

有り余った力が暴れ出しそうだった。

 

 

「ちょっとしゅーへーと(はなし)させて!しゅーへーの代わりにあたしが行くの!」

「あいつなら何か知らねえが流魂街で墓参りに行ってるぞ」

「ぶ~~~!イミわかんない!」

 

 

曰く、院生時代に現世演習で亡くなった仲間の墓に久々に

その後もイヤだイヤだと隊舎の床でのたうち回っていたが、一度ため息をついた後に拳西は膝を折り、白と目線を合わせた。

 

 

「霊術院に行け、白。行って未来の死神を護れ」

 

 

お手製の副官章をつけた左腕を掴み、拳西は駄々をこねる白を立たせる。

【SUPER 9】の刻印を見た拳西は、今まで散々馬鹿にしてきたこの副官章に、死神の未来を託す。

ただの副隊長じゃない、スーパー副隊長である白の目に、強い輝きが生まれていく。

 

 

「頼んだぜ、スーパー副隊長」

 

 

言葉と同時に背中を叩かれた白は、未だ戦いが始まっていない中、すぐに霊術院に移動を始めた。

 

 

 

*****

 

 

 

他隊の様子見を一通り終わらせて一番隊舎に戻ってきた京楽は、中から感じた一つの霊圧に思わず笑みを零す。

 

隊長会議の時にお馴染みのあの場所で、二人の鬼道の使い手がまさに研究を終えた所だった。

 

 

「七緒ちゃんただいまァ~」

「もう少し、緊張感を持って頂けませんか?()()()

「ご免ご免。それと、」

 

 

「お帰り、隼人クン」

「只今戻ってきました!」

 

 

戻ってきた隼人の霊圧は、数日前と比べるのも阿保らしい。

京楽の読み通り、いやそれ以上に強くなって戻ってきたようだった。

 

 

「これで条件は整ったね。今から君を七番隊隊長に任命する。隊長羽織持ってきてるかい?」

「はい、持ってきました」

 

 

八番隊舎の机には京楽からの指示の手紙が残されており、鬼道の教本をきっちり習得した後に羽織を持って一番隊舎に来て欲しいと書かれていた。

正直、もう一連の修行を全部終わらせていることが京楽からしたら異常なのだが、さも平然とした様子で隼人が立っているため特に言及はしない。

 

 

「別にもう羽織着てても良かったんだよ?」

「いや、さすがにちょっと・・・、まだ任命されてませんし」

「今回の任命も特例中の特例だから関係ないよ。もしかして、ちょっと恥ずかしいんでしょ~~?照れ屋さんだねェ~」

「ん゛ッ゛、違いますよ!」

 

 

林檎のように顔を真っ赤にして反論するので、全くもって反論になっていない。分かりやすすぎる。七緒にも苦笑いされてしまい、余計恥ずかしい。

下手に抵抗するとボロが出るので、いそいそと風呂敷包みから新品の羽織を取り出す。

 

まさか自分が副隊長を超えて隊長になるなど、可能性として頭に留めたことすら一度も無かった。

でも、今目の前には【七】の字が書かれた真っ白の羽織があり、手に持っている。

色々な思いが脳内を駆け巡った。

 

 

「本当に、僕が隊長に・・・、」

 

 

ぼそっと呟いた後、遂に羽織に腕を通す。

袖付きの羽織は最初に見た時の予想通り、身体のサイズにピッタリだった。

 

 

「・・・いいね、似合ってるよ。隊長就任、おめでとう」

 

 

平時の隊長就任式は隊長格全員が集まって新隊長を迎えるものだが、今回立ち会ったのは一番隊の二人だけ。

どうせなら、射場や狛村にこの姿を見せたかった。

狛村が隊長を引退するという形での昇進なら、自分が隊長となって先頭に立つ姿を彼にも見せられたのに。

それでいて自分が隊長になり、射場が副隊長になれば、隼人にとって最も安心できる体制となっていただろう。

彼らに見せることは叶わない。

だからこそ。

 

 

「隊長就任の儀式、全部落ち着いたらもう一回ちゃんとやって欲しいです。」

「勿論そのつもりだけど、どうしてだい?」

 

 

少し言葉が詰まりかけたが、三日月形の笑みを零していつもの元気な口調で喋る。

 

 

「拳西さんに、自分の子どもが同僚になってしまうというちょっと複雑な思いをさせてみたいからです!」

「どんな野望ですかそれ・・・」

「まぁ、隊首会議の立ち位置の隣が自分の子どもって、中々キツいかもね・・・」

 

 

しんみりしかけたが、結局いつもの調子に戻り簡易的な就任儀式もつつがなく終わった。

 

 

 

*****

 

 

 

「そういや隼人クン、敵さんの居場所掴めたかい?」

「あ、すみません。今からやります」

 

 

()()()()()()()始解し、以前と変わらないように滅却師の居場所を探索する。

卍解を習得しても、以前の力を使う時はやはり目が桃色になり、瞳孔が限界まで開くことに変化は無い。

10数名の滅却師の霊圧は完全に記憶していたため、何処にいるか分からない、今回も敵を待ち構えるしかないといった受動的な準備にならなくて済む。

数秒後、隼人は記憶していた滅却師の霊圧をほぼ全て捕捉することができた。

 

 

「対象の滅却師は、()()()()()()()()()()()

 

 

一瞬にして、第二次侵攻は幕を開ける。

 




これにて修行篇は終了です。
第一次侵攻より長いってどういうこっちゃねん。
次回より遂に第二次侵攻に入ります。
霊王宮侵攻前までを書くつもりです。鋭意制作中なのでお待ちください。


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千年血戦篇・第二次侵攻
雀蜂雷公鞭


「七緒ちゃん!!すぐに天挺空羅で全隊長格に伝えるんだ!!」

「りょ、了解です!!」

 

 

すぐに鬼道を発動させた七緒の報せが瀞霊廷にいる隊長格全員に届き、さらにその内容が一般隊士にも伝わることで、護廷十三隊全員が一気に臨戦態勢に入る。

だが、相手の位置情報を捕捉した隼人の頭には、未だに理解出来ていないことがあった。

 

今一緒にいる三人のすぐ近くに滅却師が一人いるにもかかわらず、目視でも霊覚でも識別できないのだ。

そしてその答えは、すぐに明らかになる。

 

 

突如、瀞霊廷が全く別の景色に塗り替えられた。

伝令していた七緒も思わず、「瀞霊廷が消えた・・・!?」と困惑してしまう。

景色が変わると同時に、その場にいた一人の滅却師が姿を現した。

 

 

「―――千年前、私達滅却師は、死神との戦いに敗れましたが、その際私達は貴方達が最も警戒を怠った瀞霊廷の中へと逃れました」

「「「!」」」

「瀞霊廷内のあらゆる影の中に霊子による空間を形成し、その由来を以て、我々の国は見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)と名付けられています」

「・・・、成程。つまり君達は、最初から遮魂膜の内側にいたということだね」

「御名答」

「・・・千年間、霊子に溢れた尸魂界にいたが故に、ずっと私達のように力を蓄え続けることが出来たのですね・・・」

 

 

七緒の言葉に、現れた星十字騎士団最高位(シュテルンリッター・グランドマスター)のユーグラム・ハッシュヴァルトは若干の嫌悪を込めて睨めつける。

 

 

()()()()()()とは、見当違いなことをのたまうな。君は一番隊副隊長補佐・伊勢七緒か」

「私のことを御存知ですか。・・・しかし、何故私の見当は外れているのでしょうか。瀞霊廷の影に潜んでいた以上、条件は私達と変わらない筈ですが」

「陛下の存在が、私達を私達たらしめるのです」

「敵さんの首領(うえ)は、余程の力を持っているみたいだ」

 

 

三者のやりとりが繰り広げられる中、一人隼人はこの場からどうすれば上手く立ち去れるか考えていた。

ぐらん・・・なんちゃらと言っていた目の前の滅却師は、霊圧から見て相当の実力者だ。

いざ戦闘になったとしたら加勢する気ではいるが、みだりに卍解を使うのは副作用を考えると得策ではない上、奪われたら元も子もない。

また、最初に倒すのは狛村を殺した滅却師にしようと考えているため、この滅却師相手に変に時間を取られるのは嫌だった。彼の霊圧は、爆心地にあったものとは明らかに違う。

 

しかし、京楽が思いがけない言葉を発したことで、戦いが急速に動き出していく。

 

 

「・・・行きなさい」

「えっ?」

「敵さんはボクと七緒ちゃんで止めるから、隼人クンは時が来るまで身を隠すんだ」

 

 

そして勿論、ハッシュヴァルトも動き出す。

 

 

「一人の()()を容易に逃してしまう程、私の力は浅くない」

 

 

しかし、剣を抜いたハッシュヴァルトは、前に踏み込もうとして即座にその足を止めた。

三人の死神と一人の滅却師の間に、霊子で出来た壁が突然現れた。

 

 

「――――・・・、―――これは・・・、」

「白断結壁。滅却師の力の侵入を一時的にですが完全に断つ防壁です」

「さぁ、行ってらっしゃい。()()()()()()()()()()()

「はい、了解しました」

 

 

そのまま後ろにはけていく隼人を尚も追跡しようとしたが、自らの刀を一切侵入させることができないハッシュヴァルトは、やむを得ず追跡を諦めて二人の隊長格と対峙する。

ただ、この二人が残っているならばハッシュヴァルトにとって何ら問題は無かった。

一番隊の隊長と副隊長を瞬時に殺してしまえば、護廷十三隊という集団としての力を殆どそぎ落とすことができるから。

滅却師の力を使い、まずは壁の霊子を少しずつ奪って薄くすることから始めた。

 

 

 

京楽たちとしっかり距離を取ってから、隼人は建物の中に入って姿をくらませる。

安全地帯で敵の居場所を見つけてから動き出そうと思ったが、新たに塗り替えられた空間には高濃度の霊子が大量にばら撒かれているため、大規模にできる索敵能力が封じられてしまった。

 

(卍解使うのもまだ危険だし、暫くここで隠れるか)

 

以前まで使っていた力を上手く発揮できなくとも、修行で強くなった隼人にとって大きく動揺することではない。

近くの霊圧は探れるし、ありがたいことに近くには誰もいないので、このまま一人待機する。

建物の中にあった椅子に座って窓の外を眺めると、遠くからズドーン!と爆発音が響き渡ってきた。

 

 

 

*****

 

 

 

「父上!希代を頼んます・・・!」

「嫌ですお兄様!希代はずっとずっと、お兄様といっしょにいたいです!!」

 

 

景色が見えざる帝国のものに塗り替えられた時、大前田は妹の希代と一緒にいる中で以前戦った滅却師・蒼都と対峙しかけたが、時を待たずして砕蜂が来たため、彼女の指示で妹をすぐさま父親の許へ預けに行く。こんな指示を出すなど、以前に比べるとかなり丸くなったように思われる。

砕蜂にとって夜一の次に尊敬でき、信頼できる男が大前田の父親・希ノ進であったため、まさにうってつけと言えるだろう。

 

だが、お兄ちゃんっ子(といっても三郎兄様の本はキモい。マジで)の大前田希代(まれよ)は、大前田(にいさま)が戦場に立つことの方が心細く感じてしまう。

大前田の袴の裾をつまんだまま、絶対に離れようとしないのだ。

目をぐずぐずにして、今にも泣きそうになっている。

 

できることなら、大切な妹の希代と一緒にいてやりたい。泣かせたくない。笑顔でいて欲しい。

というかそもそも、戦いに出たくない。

適当に昼寝しているうちに、全部終わっていればいいのだ。

 

しかしそれでも、大前田希千代は護廷十三隊だ。

組織に所属し、きちんとした階級を持っている以上、有事の際にお家を優先するなんて馬鹿げたことをしでかすつもりなど毛頭ない。

 

故に大前田は、裾を掴む妹を抱き上げ、父親の両手の中に強引に預ける。

 

 

「大丈夫だ、希代。兄様といるより父上といる方が安心だ。父上の方が兄様の何倍も強いからな」

「でも希代は、兄様といる方が・・・」

「さっきも言ったろ?」

 

 

「兄様は、護廷十三隊だ。希代だけじゃねえ、瀞霊廷を護ってきてやる」

 

 

その言葉に希代は子どもながらに不満を言おうとしたが、大前田はすぐに瞬歩で姿を消してしまった。

これ以上一緒にいては、悪態をつきつつも妹のことを大事に思う大前田も、我慢できなくなってしまうからだろう。

そんな機微は希代には分からないが、これ以上駄々をこねることは無かった。

 

 

「兄様・・・、無事に、戻ったら、・・・毎日鞠で、遊んで下さいまし・・・」

 

 

父親の胸の中で、希代は声を押し殺しつつ涙を流す。

今まで大前田に突っぱねられた時の希代は大声で涙を流していたが、今の啜り泣く姿は大前田の気持ちを子どもなりに汲み取った結果の、精一杯の強がりだった。

 

 

 

*****

 

 

 

「無窮瞬閧」

 

 

卍解を奪われた砕蜂はもう一つの手段である瞬閧の完成、進化に重点を置き、一度発動させると風の渦のように霊圧を巡らせることで、永続的な瞬閧の使用が出来るようになった。

砕蜂自身はまず夜一に見せたかったが、情勢が情勢なので叶わず、戦いが終われば成果を見せてあわよくば褒められたいなどとさっきまで考えていた。

 

そしてこの一撃は、The Ironの力を持つ蒼都の身体をも容易に吹き飛ばす、凄まじい霊圧のエネルギーを放出する。隼人が身を潜めていた時に聞こえた爆発音はこれだった。

 

十分な手応えを感じた砕蜂は、大前田の霊圧が近づいてくるのを感じたが一切気を緩めることは無い。

こちらが卍解を奪われている以上霊力も格段に落ちているので、今の一撃でも完全に倒したかどうかは危ういから。

 

 

「隊長!やったんスか!!」

「卍解が敵の手にある以上、油断できん。私の力もまだ本調子じゃないからな。油断するな、大前田」

「おっす!!」

 

 

勿論砕蜂の読みは当たっている。

無窮瞬閧で吹き飛ばされたものの、蒼都の身体には傷一つない。

 

 

「凄まじい風圧だった。だが君の作った風でも、僕の皮膚にとってはそよ風に等しいよ」

「テメェ!!姑息な真似して砕蜂隊長の卍解奪いやがって!返せ返せ返せ!!」

「そんな無駄口叩いて卍解が戻ると思っているのか」

「いっ、いいじゃないっすか!上官の卍解が奪われたら俺だってたまったもんじゃないっすよ!」

「五月蠅い黙れ」

「うえぇぇええええーーーーっ!!!」

 

 

余計に五月蠅い反応で砕蜂は更にイラっとした顔になるが、対する蒼都はある言葉に対して関心を寄せる。

情報(ダーテン)をあまり重視していなかった蒼都は、二人が直属の上司と部下であることすら今気付いたようだった。

“共に生きたものとは共に死すべし”

三日月のような細目に、強い殺意が宿っていく。

 

 

「まずは君から、片付けよう」

 

 

「卍解 雀蜂雷公鞭」

「「!!!」」

 

 

いきなりの卍解に、二番隊の二人は思わずたじろぐ。

しかも独自に卍解の訓練を重ねていたからか、名を言葉で発して特大のミサイルが腕にはめられるまでの速度が砕蜂の倍の速さだった。

 

 

「避けろ!!大ま「遅いよ」

 

 

砕蜂が大前田に声をかけた時には、既にミサイルが発射されていた。

たじろいだ一瞬の隙を突かれた大前田は、雀蜂雷公鞭を躱しきれずに右半身を吹き飛ばされてしまった。

さっきまで五月蠅かった大前田は、ほんの一瞬で何も言わぬ死体になってしまう。

 

 

「大前田・・・!!」

「君もすぐ、彼と同じように――――!」

 

 

後ろをとった砕蜂は、再び無窮瞬閧の一撃で蒼都を吹き飛ばす。

速度が上回っていることは以前の戦いで実証されているので、そのまま砕蜂は蒼都が吹き飛ばされる速度以上の速さで回り込み、さらなる打撃を叩き込む。

 

 

しかし蒼都は、何故か()()雀蜂雷公鞭を腕に装着していた。

 

 

「なっ!何だと!!」

 

 

砕蜂でさえこの卍解をこんなに連続で使用したことは一回あるかないか(空座決戦の時)だったが、この滅却師は一発目を撃った後すぐに二発目を撃つ準備が出来ているようだった。

危うくミサイルを直接瞬閧で殴る所だったが踏みとどまって一旦距離を取る。

そして蒼都は砕蜂の位置を見抜いて、二発目の雀蜂雷公鞭を発射する。

 

一撃必殺級の破壊力を持つ卍解をたった数分の間に連射するなど、普通では考えられないだろう。

砕蜂の速度なら問題なく躱しきることができたが、ミサイルを発射した蒼都の身体に何の異常も無いことが分かると、えも知れぬ恐怖感すら覚えてしまいそうだ。

 

そのまま蒼都は、鉤爪から極細の神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)を先の戦いと同様に大量連射する。

空中に避けた砕蜂は華麗な動きで蒼都の矢を全て躱すが、基礎霊力が下がっているため少しずつ動きが鈍くなっていく。

前回は完全に追いきれなかったが、今回蒼都は砕蜂の動きをしっかり目で追っているため、矢で様子見した後は自分の技で本格的な攻撃に入る。

 

 

鋼糸爪(ガンシェツァオ)

 

 

名の通り爪から鋼の糸を射出し、空中にいた砕蜂を縦横の網目状になった糸で拘束する。

矢よりも有効範囲が広く設定されていたため、相手の動きが速かろうと範囲でカバーできた。

 

 

「こんなもので私を止められるとでも?甘いぞ滅却師!!」

 

 

しかし、この技には続きがあった。

 

鋼糸の網は突如、太く鋭い針となって砕蜂の身体の至る所を串刺しにする。

瞬閧を警戒した蒼都が拘束後即座に発動させたため、対処する手段は何も無かった。

 

 

「がァッ゛、あ゛、・・・」

 

 

大前田同様、突如襲い掛かった激痛に叫び声を上げることも出来なかった。

動きを完全にとめた砕蜂に、蒼都は天から鉤爪をドリル状にして突進する。

 

 

輪天爪(ルンティエンツァオ)!」

 

 

ドリルとなった鉤爪は、そのまま砕蜂の腹に突き刺さり、骨を砕き臓物を抉り出す。

天に磔にされた砕蜂は腹を貫かれた勢いで戒めが解かれ、そのまま地面へと何も言わずに墜ちていった。

 

そして蒼都は巧妙に、右半身を吹き飛ばされた大前田の隣に砕蜂を落とす。

 

 

「とどめだ。この技は是非とも君達に見せてあげたかったが、死んでいるなら見ることもできないだろう」

 

 

そう言いながら蒼都は、再び雀蜂雷公鞭を取り出す。

3日に1回使うのが限界であるこの卍解を1日に3回も繰り出そうとする離れ業をやってのける時点で、既に蒼都の方が卍解をモノにしていた。

加えて蒼都は、()()()()()をも行っていた。

 

 

「雀蜂雷公鞭二式・散弾爪(フォウチェンツァオ)

 

 

遠くから二人に照準を定め、蒼都は砕蜂の卍解を使ったオリジナルの技を二人に直撃させ、完膚なきまでに全てを消す。この卍解のデメリットを少しでも改善させようと試行錯誤を重ねた成果がこの技だ。

 

 

 

ところが。

 

突然、卍解の照準が大きくぐらつき始めた。

 




中国語、間違っている可能性大なので正しい読みとか知っている方がいれば教えて下さい・・・。調べはしましたが、授業で選択しなかったので全く分からないです・・・。


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侵影薬

『どォーーーーーーも!護廷十三隊隊長、それから副隊長のみなさんこんにちは!』

 

 

その声は突如、天挺空羅に乗って全隊長格に響き渡る。

瀞霊廷にいる者だけでなく、霊王宮にいる白哉や、今まさに瀞霊廷に向かっているルキアや阿散井にも。

そしてもちろん、隼人のような卍解習得したて、隊長なりたてほやほやの死神にも。

 

 

『コチラは浦原喜助です。』

 

 

声の雰囲気からして浦原であることはすぐに推察できたが、初めましての方もいるかもしれないなどと調子を狂わせる発言に、平子は身を隠しつつ小声でツッコミを入れる。

 

 

『この通信と同時に皆さんの所に黒い丸薬を転送しました。卍解を持つ人にのみ反応する丸薬です。それに、手、足、刀、何でもいいんで触れて下さい。触れた所から吸収され、丸薬は魂魄の内側まで浸透します。』

 

 

建物の中にいた隼人はテーブルに黒い物体があるのを見つけ、恐る恐る右手の人差し指でツンと突くと薬から白い煙が出てきた。

そのままだとすぐに反応が消えたので再び薬に触れると、薬は瞬く間に小さくなり、体の中に吸収されていく感覚を覚える。

浦原から続きの説明が脳内に聞こえてきた。

 

 

『この薬はほんの僅かな虚の力を持っています。それを吸収して卍解を一瞬でも虚化させることで、奪った卍解は滅却師にとって毒となります。細かいことを知りたければ後で技術開発局に来て下さい!お待ちしてま~~す!』

「そんな余裕無いっての・・・」

 

 

表立った変化は何も無かったが、ある意味卍解奪略を防ぐワクチンが打たれたのに等しいため、これでようやく隠れる必要も無くなった。

周りには相変わらず誰もいないが、もちろん相手に自分の存在を誇示するなんてマネをするつもりは無い。

高濃度の霊子があるせいで索敵も上手く出来ないので、狛村を殺した滅却師と同じ霊圧を探し当てるまで、バレないように移動を始めた。

 

 

 

*****

 

 

 

「・・・!何が起きた・・・!?」

 

 

蒼都の雀蜂雷公鞭は、照準が大きくぐらついたと同時に、装着していた筈のミサイルが腕に嵌めた発射台から転落していく。

とてつもない破壊力を持つミサイルは、かなりの高度から落ちたにもかかわらず、爆発せずにカランと空虚な音と共に地面に落ちていった。

地面に落ちたミサイルは、極小の霊子となって瀞霊廷の塵と化す。

 

ミサイルが霊子になった時には既に、蒼都の腕にあった発射台も完全に消えていた。

 

 

「!!!」

 

 

大きく動揺する蒼都に、砕蜂は最後の力を振り絞って腕を向ける。

 

持ち主に帰ってきた、雀蜂雷公鞭を手にして。

 

 

「貴様が考えた雀蜂雷公鞭・・・ダサい名だが、そっくりそのまま返してやろう」

「何故僕から君の手に卍解が戻った!!」

「さあな・・・貴様の許にいては、乱発されて嫌になったのだろう」

「斬魄刀に心など無い!理解不能なことを僕に言うな!」

「だったら、」

 

 

「自分で喰らって、雀蜂を理解しろ」

 

 

その言葉を最後に、砕蜂は雀蜂雷公鞭を発射した余波でいくつもの建物を貫通する程大きく後ろに吹き飛ばされ、蒼都が改良した技を見るまでもなく意識を失った。

改良された雀蜂雷公鞭は、大型ミサイルの中に数十個の小型ミサイルが格納されているもので、小型ミサイルには霊圧追跡機能が備わっていた。

 

完聖体を使えなくなったことで卍解を主軸に戦闘プランを考えた弊害が出てしまい、さらに混乱、動揺も合わさって蒼都は聖文字の力を上手く引き出せなくなってしまう。

大量のミサイルに呑まれた蒼都は爆炎に呑まれて数百度の熱に身を焦がされ、あっという間に骨と化してしまった。

 

 

 

*****

 

 

 

卍解を奪った残る二人の滅却師は、未だ戦闘行動を起こしていなかったからか、メダリオンから持ち主の許へ戻って行っても大きな反応を見せなかった。

BG9は機械人形であり、氷が融けたら水となって部位によっては機能障害を起こしてしまうため、奪いはしたもののハズレだと考え、前回の戦い以降は一切使おうとしなかった。

エス・ノトは、千本桜景巌の美しさに思わず見惚れる程だったが、強い未練こそ見せるもののいつかはそうなるだろうと予測していた。逆にもう一度奪い返せたらどうなるか見物だとすら頭によぎっていた。

 

こうした中、BG9に奪われた卍解が戻ってきた日番谷は、丁度バズビーと戦いを始めた所だった。

 

 

「あの白髪の優男がいねェのは気に喰わんが、まァいいさ。後でブッ殺してやる。」

「浮竹なら、何処にいるんだろうな「それはそうとォ!!」

「「・・・・・・」」

「BG9に卍解を奪われた氷の隊長サンじゃねーか!俺達相性、バッチしじゃねえの!?」

 

 

一体何を根拠に相性バッチリと言っているのかもわからないのでどう返せばいいか困っている中、隣にいた松本が少し痛い所を突く。

自分から話を振っといてぶった切るのは無いだろう。

 

 

「あら、アンタ、浮竹隊長から逃げるの?」

「急に論点すり替えたな。お前如きが浮竹に勝てるとは思えねえが」

「・・・んだとォ・・・!」

 

 

両手に莫大な炎を携えたバズビーは、既存の霊力だけで生み出した炎を使って日番谷の生み出した氷に対抗する。

しかし卍解を取り戻した日番谷に、()()()()()バズビーは全くもって敵ではなかった。

力を取り戻した日番谷の厚い氷はバズビーの炎だけでなく、ボウガンから放たれた神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)全てを完全に止める。

後ろにいた一般隊士を守りつつ、生み出した氷の中から氷塊を発射して反撃もしっかりこなす。

 

加えて、松本の援護が日番谷の攻撃に変化をもたらした。

 

 

「いくわよ!いちご練乳大作戦!!」

「どんな作戦名だ松本!」

 

 

日番谷の放つ氷の塊を松本の作り出した灰でコーティングすることで、より殺傷力の高い氷塊を複数発射する。

氷塊の形状や灰の被り方が、練乳をどっぷりつけたいちごに似ているという松本の突飛な考えからこの作戦名になったが、日番谷は全くもって共感できていない。

 

しかし、バズビーはそんな()()に手間取るような男ではない。

神聖滅矢で全て正確に撃ち落し、炎の出力をさらに上げて厚い氷も一気に溶かしにかかる。

 

 

「おいおい氷融けちまってンぜ?まだ俺本気出してねえんだけどな!」

「生憎俺もまだ本気は出してねえ。だがその前に、お前の敵はもう一人いるぞ」

「あァ?ンなこと分かって・・・、!!」

 

 

顔を斬られた感覚がして左頬に触れると、グローブには僅かばかりの血糊が付いていた。

静血装を全く展開していなかったためにちょっとした傷ができてしまったのだが、たかがこの程度、冬に指を紙で切ってしまったものと変わらない。

こんな弱々しい技を扱う副隊長程度、()()使()()()()()()造作もない。

 

 

「バーニング・ストンプ!」

 

 

近くに灰が漂っていたので、体から発する熱波を使って全て一気に吹き飛ばした。

灰が吹き飛ばされたため、松本はすぐに始解を解いて刀をある程度まで戻した後、再び始解して灰に形を変える。

 

 

「ったく、こんな雑魚が敵かよ。マジやってらんねえな。とっとと本気出せよ」

「・・・・・・」

 

 

バズビーの言葉に何も答えず、日番谷は再びいちご練乳作戦の氷塊を数十個発射する。

相変わらず小技しかぶつけない十番隊の二人に、ますますイライラが募っていく。

右頬や腕の一部に灰による掠り傷がついたが、これも全くもって問題無い。

再びさっきと同じように熱波で吹き飛ばし、同時に日番谷の氷も全て融かした。

むしろ馬鹿にされている気分になってしまう程だった。

 

 

「いい加減にしろ!俺との戦いをナメてんのか!!つまんねえ技じゃなくてとっとと本気の大技を俺にぶつけろよ!!」

「・・・そろそろか。大丈夫か、松本」

「問題無いです。十分な量が()()()()()()()()()

「よし、いけ!」

 

 

日番谷の号令で松本は刀身の無くなった斬魄刀を振るう。

 

 

その瞬間、バズビーの両頬、右腕の皮膚が、ピーラーで剥く人参の皮むきの時のように捲れた。

 

 

「!!!!!」

 

 

二人の狙いはいちご練乳作戦などではなく、松本の作り出す灰を僅かな切り傷の隙間から少しずつ体内に捻じ込んでいき、皮膚の内側から一気に体を斬りつけることだった。

激痛を与えた松本は、追い打ちとして頬骨を灰猫で斬りつける。

同時に莫大な灰を傷口から体内に捻じ込み、バズビーの体の中で血管を千切り、筋肉を直接切り裂く。

 

いくら氷で斬って致命傷を与えられないくらい屈強な身体であっても、体内の筋組織まで直接十分に鍛えることはできない。

骨に直接刺激を与えれば、普通の人間なら絶望的な痛みに悶え苦しむ。

事前にそう読んでいた二人は、隊長である日番谷の卍解を本丸にみせかけて囮にし、松本の始解を決定打にするというリスクのある賭けに出た。

 

松本の技が決まってから、ようやく日番谷は本気を出す。

大量の氷柱を一瞬で発生させてバズビーの周囲を取り囲み、灰猫を氷柱の隙間に捻じ込んで刀身に戻すことで真空多層氷壁の効果を同時に生み出し、融けない大量の緻密な氷柱にバズビーは囲まれてしまう。

 

その光景を見ながらも、間髪入れず次は斬魄刀を地面に突き刺す。

地中の水分を使って数十本の氷の刃を絶えることなくバズビーの足元から発生させ、遠距離からの攻撃なのに手数でバズビーを圧倒した。

 

 

「松本!一旦離れろ!!」

「はい!」

 

 

ここからはさらに大規模な攻撃となるため、一旦松本は退いて日番谷を攻撃に専念させる。

日番谷は、同時にいくつもの攻撃を展開した。

千年氷牢で閉じ込めたバズビーの上空に、逆様の巨大円錐型氷塊を作り出しつつ、氷竜旋尾と群鳥氷柱の原形を多数生み出したまま空中で静止させる。

 

(この辺一帯の水蒸気、全部使ってしまうだろうな・・・)

 

中に閉じ込められたバズビーは、神聖滅矢や身体から生み出す熱波を使っても全く氷を融かせず、さらに炎で融かしても際限なく生まれる氷の刃に複数の箇所を斬られているため、牢の中で既に虫の息であるように見えた。

常に斬られる恐怖と閉じ込められた環境下が作用し、精神的にバズビーを追い詰める。

 

中で必死に抵抗しつつ狼狽えるバズビーに哀れな目を向け、日番谷は仕上げにかかった。

 

 

「せめて苦しませずに、一気に終わらせてやる」

 

 

その言葉と同時に、空中に静止した氷竜旋尾と群鳥氷柱が氷の牢を打ち砕く速度でバズビーの身体を立て続けに貫いた。

 

 

破天氷睡撃(はてんひょうすいげき)!!!!」

 

 

トドメに、上空に生み出した円錐状の氷塊をバズビーの上から一気に落とす。

氷塊は大きさからして数トンの重さが見込める。氷の落下は、バズビーが一切融かせられなかった堅い氷の牢獄を木っ端微塵に打ち砕く程の圧倒的な力だった。

先端は見事に腹に刺さっており、銀色に輝く氷はどんどん血に染まっている。

 

遠くから技を見終えた松本も、バズビーの霊圧が弱まっているのを感知して安心して日番谷の許に戻ってきた。

 

 

「隊長、お疲れ様です」

「ああ、松本の助けが無ければ千年氷牢から奴を取り逃がしていただろうな。感謝する」

「いや~最後の隊長、とってもカッコよかったですよ~!!あたしこっそり写真撮ればよかったなぁ。言い値で売れるわねアレは」

「他人を商売に使うな松本!とにかく他の隊長の援護に向かうぞ」

「そうですねぇ!それじゃ、近くの霊圧は――――――」

 

 

しかしもちろん、バズビーがそのままやられるはずなど無い。

完聖体どころか、()()()()()()()使()()()()()()()()()()

 

 

「「!!」」

 

 

腹を貫く氷がぐらりと揺れる。

巨大な瓦礫が崩れ始める時に似た音を聞き取った十番隊の二人が再びバズビーに意識を向けた時、氷塊が粉々に砕け散り、熱波で周囲の氷が全て融けた。

 

 

「やってくれンじゃねェか・・・俺のイカした顔を削ぎやがってよォ・・・!!!」

「ここまでやって、まだ生きてるの・・・!?」

 

 

背中には二本の棒状の翼を生やし、頭には星形の天盤。

京楽などから聞いた完聖体(フォルシュテンディッヒ)と、見た目は完全に一致している。

起き上がったバズビーの身体にさっきまでつけた傷は全て消えており、完聖体発動と同時に全ての傷が自動的に回復するようになっているようだ。便利なことこの上ない。

 

それなりに自信のあった顔を思いっきり斬られたことに強い憤りを見せたバズビーは、松本の処理から始めた。

 

 

「まずはテメェからだ!!バーナーフィンガー 1!!」

「松本避けろっ!!!」

「!」

 

 

ほんの一瞬で、弾丸状の熱線が松本の首を貫いた。

 

 

「松本ォ!!!!」

「遅ぇんだよバーカ。バーナーフィンガー 2!」

「!!」

 

 

すぐに日番谷は斬魄刀を上に斬り払って氷の壁を作り出した。

 

 

しかし、バズビーのバーナーフィンガーは卍解した日番谷の氷を易々と貫き、体を熱線で斬り払ってしまった。

 




序盤は、原作とあまり変わらない感じで進みます。


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手柄

「がッ・・・!!」

 

 

熱線で身体を斬り裂かれたが、一瞬で首を射抜かれて意識を失った松本の保護のために急繕いで氷の結界を張り、日番谷はバズビーを引き付けて松本との距離を取る。

 

 

「オイオイオイオイ!!逃げんじゃねーよ隊長だろうが!!」

 

 

大量の血が流れ、大いに力も乱れている中で小さな氷塊を飛ばすものの、完聖体のバズビーには適当に手を振り払うだけで全て融けてしまう程のクソみたいな技に見えている。

あえて後ろから追跡する形をとって自然と日番谷を追い詰め、時々熱線を当てることで徐々に日番谷の能力を弱めていく。

 

 

「つまんねえなァ!!結局隊長だろうと俺が完聖体使えばどうってことねえじゃねえか!!まさか、さっきのが必殺技だったのかよ!もう一回やってみろ!!俺が全部砕いてやっからよォ!!!」

 

 

入念な下準備が必要なさっきの技は、簡単に放つことなどできない。

中々の大きさの傷を負っている状況なら尚更。

一度態勢を立て直すために、退くしかなかった。

そして、形勢逆転した瞬間に消極的な戦闘しかしない日番谷に対して、バズビーは早々に見切りをつけた。

 

 

「チッ、挑発にも乗る気力もねえってか。追いかけっこするだけのくだらん遊びなんかもう終わりにしてやるよ」

 

 

走る事をやめたバズビーは立ち止まり、バーナーフィンガー1を二発撃ち込んだ。

熱線は、日番谷の背に浮かぶ氷の華を射抜き、強制的に散らせた。

 

 

「!」

「バーナーフィンガー!!ッ――――!」

 

 

だがそこに、予期せぬ客がやってくる。

 

 

「があッ、ああああ゛あ゛アアア゛ア゛アアあああアア゛ッッッッッ!!!!!!!!!!!!!」

 

 

卍解を奪った当の本人である、BG9が天から日番谷の身体を貫き、高圧電流を数十秒間流した。

そのまま日番谷の身体を蹴り飛ばして地面に叩きつけ、再び掌に仕込んだ刃を日番谷に突き刺して大量の電流を流す。

断末魔の叫びを上げる日番谷に対し、まるで人体実験をするかのような口ぶりでBG9は観察を続ける。

 

 

「やはり隊長ともなれば高圧電流に対してもある程度耐性はあるようだ」

「何だよ、横取りしやがって」

「奪った卍解で殺すことが出来なくとも、一時は我が所有していた故、殺す必要があるだろう」

「関係ねえだろ。死神に卍解戻ったなら」

 

 

その後も何度か高圧電流を日番谷の身体に流したが、いよいよ反応が無くなったところでBG9は掌の刃を日番谷から抜き取った。

 

 

「最後だけいいトコ取りしやがって、クソ野郎が」

「殺したのはお前ではないが、手柄はお前にやるぞ」

「要らねえよバカが。こんな汚ねえ死体手柄にするくらいなら骨まで全部焼き切ってやる方がマシだ」

 

 

許容量を優に超えた電圧を全身に流された日番谷は、身体のあちこちから噴水のように出血し、全身血まみれでぐったりしていた。

ずっと見ていると胸が悪くなるので、バズビーも直視しないよう若干目を逸らしている。これからの晩餐に、肉は少々厳しいかもしれない。

嫌な臭いも漂ってきそうなので、バズビーは手柄うんぬん全て置いてその場から立ち去ってしまった。

 

残ったBG9は日番谷の身体に端子を繋いでくまなくデータを採取し、数十分も経てば死亡する試算を立ててから再び新たな敵を探しに行った。

 

 

 

*****

 

 

 

見えざる帝国の中にある小ぢんまりとした一軒家の中に、五人の女性滅却師は身を潜めていた。

最初はバンビエッタの指示で特攻をかますつもりだったが、卍解が死神の手に戻ったことを聞いたリルトットが止まり、様子見をすることになり、今に至る。

 

 

「ねぇまだなのーー!!!あたし早く死神殺しに行きたいんだけど!!」

「もう少し待てビッチ。蒼都みたいになってもいいのかよ」

「・・・!!嫌よ!!あたし絶対死にたくない!」

 

 

一応参謀的ポジションにいるリルトットが実質5人をまとめているため、苦労が絶えない。何もしないリーダーに嫌気も差す。

適当にお菓子を広げているため今は留まってくれているが、お菓子が無くなってしまえばいよいよバンビエッタは我慢できず飛び出してしまうかもしれない。

それならそれで別にいいのだが、夜まで待ってくれた方が色々と都合がいい(役に立つ)

 

 

「前の戦いで隊長を殺したあたしが、あんた達より先に負けるワケにはいかないもの!」

「バンビちゃんの爆弾、すっごいもんねぇ」

「ジジのゾンビみたいなしょぼい力よりあたしの方が役に立つのは当然でしょ!皆あたしがブッ壊してやるわ!」

「バンビちゃんすごーーーい!」

 

 

見え透いた友情ごっこにキャンディスが辟易した顔を浮かべるものの、ふんぞり返ったバンビエッタの目には入らない。

静かにお菓子を食べていたミニーニャは、隣で思案するリルトットに今後の予定を尋ねた。

 

 

「これから、どうしましょうかねぇ」

「あまり使いたくはねえが、完聖体でブッ飛ばすしか考えられねえな」

「疲れますねぇ・・・」

「本気で言ってんのかよ。オレ達は一応新入りだが、星十字騎士団の中では力はある方だぞ?紳士ぶったジーさんとか出歯亀野郎に比べたらな」

「私は機械人形程度なら殴って壊せますよぅ」

「オレも嚙み千切っちまえば余裕だな。クソ不味そうだが」

 

 

と、最終的にどうでもいい味方の貶し合いに花を咲かせていたところで、通信が5人の許に届いた。

 

“BG9とバズビーによる、十番隊隊長格の撃破”

 

この知らせを聞いたバンビエッタはやはり外に出たがってしまう。

 

 

「何であたしが今ここにヒソヒソ隠れてないといけないのよ!!」

「夜暗くなってから瀞霊廷中を爆撃すれば簡単に敵見つけられるだろ。夜は身を隠しやすい分、バンビの爆撃が灯り代わりになって役に立つんだ。だからもう少し待ってろ。日が暮れたら好き放題爆撃していいぞ」

「納得いかないわよ!明るかろうが暗かろうが全部爆発させちゃえばいいのよ!そうすれば全部あたしの手柄に・・・!」

 

 

ちょっと無理がある理由なのはリルトットも分かっていたが、折角戦力として役立たせるなら、自分の思い通りに動いて欲しい。

夜は死神の服装のせいで暗闇に紛れやすく、奇襲される危険度が高くなることまで頭が及ばないバンビエッタは、尚も駄々をこねる。

だが何よりも、無尽蔵な爆撃に巻き込まれるのが嫌というのが一番の理由で今回集団行動を取ったのだ。

いざとなれば、止められる。

日没までもう少し。何とかバンビエッタを引き留めようと新たにお菓子を広げてバンビエッタの気を引くことにした。

 

 

 

*****

 

 

 

「朽木隊長も、恋次さんもいない中、俺が頑張らないと!」

「良い心構えじゃねえか!さすがアイツの舎弟なだけあるな!」

「でも、無茶だけはしちゃダメだよ。さっきみたいに二人一気に運べる体格じゃないでしょキミ」

「すみません・・・、三席である以上、俺も口囃子三席みたいに強くならないと!」

「あの人参考にするのはよくないよ、格の違いで絶望するだけだから」

 

 

斑目、綾瀬川、行木理吉の三名は、たまたま発見した重体の砕蜂と大前田を伊江村と花太郎が指揮をとっている臨時救護詰所に運んでから、再び敵を探すために行動していた。

重傷者の運び屋みたいな扱いになっているのは少し納得いかないが、そんな不満など言ってられない程に、戦況は不利であるように思われた。

 

 

「戦える俺達が戦況を持たせねえと、一護たちが来る前に瀞霊廷が落とされちまう。」

「修行から、いつ戻ってくるんだろうね」

「恋次さんなら、きっと――――」

 

 

と行木が言葉を発したその時に、天から二つの光が降りてきた。

そこから感じ取った霊圧は、阿散井と朽木ルキアのものだ。

 

 

「恋次さんが戻ってきた!合流しましょう!!」

「いや、もう少し時間置いてからにしよう」

「あの光見た滅却師が寄ってくるかもしれねえしな」

「あぁー・・・、そうですね、じゃ―――――」

 

 

言葉を言い切るまでもなく、行木の首に横から凄まじい殴打がぶち当たる。

 

(!!)

 

それに反応した瞬間には、既に斑目の身体にボディプレスを炸裂させており、意識を失った斑目の頭部に一発殴っただけで首が真横に一気に折れた。

 

 

「ヘイONE!TWO!!THREEEEEEEE!!!」

 

 

最後は、綾瀬川の身体に纏わりついた滅却師が、強引な締め技を使って綾瀬川の全身の骨を一気に打ち砕く。

バキバキバキ!!と骨が一気に折れる音が響き渡った。

 

 

「あああああああああ!!!!!!!!!!」

「ふん!」

 

 

締めた綾瀬川を投げ飛ばし、瓦礫の中にくたくたの身体を埋める。

 

 

「決まった!決まったぞジェイムズ!!」

「ヘエ!素晴らしいですミスター!」

 

 

どこかから取り出したゴングをカンカンと鳴らし、その音に反応してマスク・ド・マスキュリンは筋肉アピールを盛大に見せつけていた。

まさに一瞬で高等席官3名を何もさせず瀕死にさせたその力は、第一次侵攻の頃よりも高まっているようだ。

しかし、力を誇示したくとも誰も味方がいない以上、閑古鳥の鳴くプロレス会場みたいに寂しい状況となってしまう。

 

 

「ム・・・さっきの光があった場所から死神のパワーを感じるぞ・・・!それならワガハイの力で殺してやろう!ジェイムズ、行く・・・」

 

 

ところが、近辺から一つの霊圧がまだ残っているのを感じる。

辿ってみると、最初に殴り飛ばした死神が最後の力を振り絞って斬魄刀に触れ、立ち上がろうとしている所だった。

すぐに死神の所へ向かい、今度こそトドメの一発を当てねばならない。

討ち損じた己をいたく恥じ入る。

 

 

「何と!!まだ生きていたか悪党め!」

「!・・・ッ、・・・、」

 

 

対する行木理吉も、油断してなす術もなくやられた自分を大いに悔やんでいた。

これでは前回の戦いで不覚を取ってしまったのと全く変わらない。

しかもよりによって、恋次が瀞霊廷に戻ってきたのに浮かれてしまったせいでこのザマだ。

席官として失格と言われても、否定する材料は無い。

 

立ち上がろうとすると、口から大量の血がドバドバと流れて再び膝をついてしまう。

 

 

「フム・・・、苦しいのは辛いか?悪党よ」

「ううっ・・・、・・・・・・」

「反応無しか、ならば時間の無駄だ。死ね!!」

 

 

そんな絶望的状況にもかかわらず、再び行木には奇跡が舞い降りる。

行木の頭を吹き飛ばそうとしたマスクの右手拳は、死神の隊長によって左手の甲で弾き飛ばされた。

2年前に戻ってきた、一人の隊長。

見るからに恐そうで、回覧資料を届けに行った時は目も合わせずにそそくさと帰った。

 

 

「あ・・・、あ、な、・・・」

「喋ったらアカンわ、無理せんで寝とけ」

 

 

後ろから聞こえてきた関西弁も、2年前に戻ってきた隊長のものだ。

救援としてやって来たのは、色眼鏡で見て怖がっていた昔の隊長の二人、平子真子と六車拳西だった。

 

 

「真子、コイツとあっちの十一番隊の席官任せていいか?」

「はァ!?オレ一人で三人運べっちゅうんかアホ!!」

「副隊長の雛森がいるだろうが!あとコイツは前にも戦ってるからある程度やり方は分かる。一人でやれるから大丈夫だ」

 

 

隊長二人の瞬歩に少し遅れてやってきた雛森は、行木に駆け寄ってすぐに肩に担ぐ。

雛森の力だけでは太刀打ちできない程の重傷なので、すぐに四番隊へ運ぶ必要があった。

しかめっ面をしていた平子もすぐに納得し、全部任せることにした。

 

 

「何や、前にそいつと戦っとるんか。なら後は任せたで。桃は行木くん運び。オレはあっちの十一番隊二人担いでいくわ」

「了解です!」

 

 

平子に名前を知られていることも気付かぬまま、行木は既に意識を失っていた。

隊長が来てくれたことに安心して体力を使い切ってしまったのだろう。

 

だが、三人も隊長格がいる格好の状況は、マスクにとっては喉から手が出る程求めていたものだった。

 

 

「ムムムム!逃がすと思うか小悪党共!!」

「あァ!?オマエはあそこの土器みたいな奴の相手しとれハゲ!」

「誰が土器だ!!」

 

 

ツッコミを入れつつ、ヘッドバッドで突撃してきたマスクの頭を拳西が横から鷲掴みにし、全くもって明後日の方向に勢いそのまま投げ飛ばす。

しかしマスクは投げ飛ばされた状態のまま空中で態勢を立て直し、高い塔をバネにして再びヘッドバッドで拳西めがけて更に早いスピードで突進してきた。

 

 

「スター・ヘッドバッド!!」

 

 

その速度をしっかり目で追いつつ、拳西は()()()()()ままでいた。

 

 

「ワガハイの頭突きで、打ち砕かれてしまうがいい!!」

 

 

そして拳西の身体に頭が触れた途端、マスクから放たれた霊力全てが一瞬で相殺されてしまった。

 

(・・・?)

 

状況を理解できなかったマスクの身体に、高速で何重にも風の糸が巻きつけられる。

 

 

「効かねえよ、全く」

「なっ!何だこれは!悪党よ一体これは「言う訳ねえだろ」

 

 

「お前が以前殺した筈の死神でも思い出してろバカが」

 

 

マスクが相手の正体を思い出したその時、巻き付いた太刀筋全てが炸裂し、身体ごと大爆発してしまった。

 



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再戦

「ほう・・・もしや貴様、あの時の悪党か。ワガハイが岩で押しつぶしたはずだが、何故生きておる?」

「ンなモン適当に考えとけよ。どうせ関係なしに殺すんだろ?」

「悪党の癖に正義のヒーローであるワガハイのことを分かっておるではないか!」

「どのツラ下げてヒーローぶってんだよ・・・」

 

 

その呆れ混じりの発言に、マスクは強い嫌悪感を示した。

 

 

「悪口確認!!断じて許さぬ!!!ワガハイの強い怒りに打ち払われるがいい!!」

 

 

レスラーマスクに描かれた星の紋章が色を失うと同時に、マスクの右手拳に星の紋章が浮かび上がる。

浮き出た血管を伝って霊圧が増幅されていき、マスクの右腕は巨大なものへと変化を遂げた。

 

 

「この星の紋章はまさしく悪をくじくヒーローが持つべきものである!スターの力を浴びて灰と化せ!!」

 

「スター・殺人パンチ!!」

 

 

十分な手応えを感じたマスクは、拳西の身体に手の甲を当てつつ、莫大な霊圧を流し込む。

星の紋章の力を受け、通常の10倍まで跳ね上がったパンチは、まさしく正義の鉄槌と言うべきか。

だが技を受けた拳西は、衝撃の一言を放った。

 

 

「おいどうした、()()()()()()()()()()()()()()()()

「なっ・・・!何だと!!悪党が正義の鉄槌を受けて無傷とはあってはならないことだ!!」

「おとぎ話かよ。人生そんな単純にいかねえぞ」

「認められぬ!ワガハイのルールに従わない悪党など、即刻排除してやろう!!」

 

 

瞬間、拳西の頭の下に移動したマスクは、肘に星の紋章を浮かびあげて次の攻撃に移る。

 

 

「スター・エルボースマッシュ!!」

 

 

一点に霊圧を集中させたため、油断して躱さなければ下からの肘打ちで首が吹っ飛んでもおかしくない。

しかし運が悪い事に、この一撃に限って拳西はしっかり回避行動をとった。

攻撃全振りにしていたマスクは、思わず態勢を崩してよろけてしまう。

その隙を見逃さなかった拳西は、よろけたマスクに掌底打ち、肩を掴んで腹に膝蹴り、無理矢理な背負い投げの三連発を一瞬で流れるように行い、更にマスクの怒りを買うことになった。

 

 

「貴様ァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!卑怯にも躱しやがって!ヒーローの拳を躱すなどルール違反も甚だしい!」

「ここは子供向けアニメの世界じゃねえぞ。どんな思考回路してんだよ」

「そのすました態度も妙に腹が立つ!!ジェイムズ!ワガハイに力を・・・、???」

 

 

と辺りを見渡すが、さっきまで一緒にいたジェイムズは何処にも見当たらない。

懸命に探していると、血の海が広がっている場所があった。

 

 

「まさか、貴様・・・」

「そこにいた奴ならお前を投げたのと同時に爆発させといたぜ」

「許し難い・・・許し難い男だ・・・・・・、」

 

 

「大切なジェイムズを適当な流れで殺すとは、到底許せん!!ワガハイの怒りは、凄まじいスピードで膨れ上がっているぞ!!!」

 

 

膨れ上がった怒りは、マスクの両腕全体に星の紋章が浮かび上がることで具現化されていく。

もはや人体構造を無視するかのように不気味な程巨大となった両腕は、圧倒的な霊圧を携えて拳西に襲い掛かった。

 

 

「スター・ミラクル・殺人パンチ!!」

「おいマジかよ!」

 

 

巨体にもかかわらず猛烈な速度で襲い掛かる両腕のパンチに、タイミングを合わせて何とか後ろに下がって躱しきる。そのままだったら拳に挟まれてただの肉塊となっていただろう。

腕だけが巨大化して非常に不釣り合いな身体になっているにもかかわらず、マスクは巧妙に操作して拳西を追い詰めていく。

 

 

「スター・ガトリングチョップ!!!殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺こここここここここkkkkkkkk殺殺殺殺殺殺殺殺殺!!!!」

 

 

ドドドドドドド!!!!!とマシンガンのように何度も巨大な腕でチョップを繰り広げるせいで、周囲の建物も余波で見る見るうちに崩壊していく。

最初の一発に手応えを覚えてからもう100発程殴っているため、身体もグチャグチャになっているかもしれないが、マスクにとっては見慣れた光景だ。

自らの力で敵の肉体の原型を留めない程にさせたことは、何度もある。

 

ひとしきりチョップを撃ち終え、満足して死体を眺めようと煙が立ち込める中注意深く目を凝らそうとした。

だが。

 

 

「よそ見は感心しねえなあ?ヒーローだろ?」

「!!」

 

 

マスクの背後から、悪党の声が耳に入ってくる。

そして今まで殴っていた身体を見てみると、滅却師の聖兵であることが分かった。

最後に血を吐き、今まさにぐったりと絶命した所だ。

 

 

「スターを騙すとは何たる悪行!!後悔しても知らんぞ!!」

 

 

とは言うものの、死体とはいえ味方の滅却師の身体をポイッと雑に投げとばし、飛廉脚で距離を詰めながら足を高く前に突き出して拳西の頭を狙う。

 

 

「スター・フロント・ハイキック!!!」

 

 

しっかり狙いを定めたマスクの蹴りは見事に頭部に命中し、二人を中心に生まれた霊圧の衝撃波が周囲の建物を更に崩壊させていく。

マスクの足にもしっかり星の紋章が浮かび上がっており、蹴りの力は10倍にまで跳ね上がっている。

 

それでも、この技をしっかり決めたマスクは焦りの表情を浮かべた。

吹っ飛ぶ筈の拳西の身体が、未だにマスクの足と接触していたからだ。

 

 

「何故だ・・・、何故ワガハイの思う通りに吹っ飛ばないのだ悪党!!!」

 

 

その質問に対して、拳西は自分の左蟀谷に接触している右足を、本気の力で一気に上へと掴み上げた。

左足は地面についていたため強引に股を裂かれたに等しく、マスクの股関節が一瞬にして崩壊する。どうやら身体の柔軟性は低いようだった。

 

 

「のっ、のわぁぁぁぁああああああ!!!!!!!ワガハイの脚が!脚が!!!!!」

 

 

後ろに転んだマスクは痛みで思わず股を押さえようとしたが、すかさず拳西が両脚の大腿を踏みつけ、更なる痛みを与える。

 

 

「ぎぃゃやぁっぁぁあああああああ!!!!!!!!」

「うるせえ奴だな」

 

 

「とっとと死んでろ、自称(エセ)ヒーロー」

 

 

大腿を踏みつけた拳西は、マスクの上に立って虚化をする。

やはりこの仮面を見た滅却師は強い動揺を見せた。以前の戦いで見たのは偶然では無かったのだ。

だが、ここで変に事情を問い質した所で相手に戦略を練る猶予を与えてしまうだけなので、すぐさま虚閃を放って腹に大穴をあけた。

 

一気にここまでやってしまえば、完全回復は厳しいだろう。

お付きの子どももしっかり殺しているので、万が一息があっても手負いのままで戦うことになるはずだ。

 

だが、安心するにはまだ早かった。

 

 

「ふん!!!」

 

 

マスクが力を籠めると、腹にあいた穴は完全に塞がり、かっ開いていた股関節も全て元通り。

慌てて拳西は距離を取ったが、それが失敗だと気付くのはすぐだった。

 

 

「死な~~~~~~~~ぬ・・・死な~~~ぬぅぅ・・・、スターが悪党にィ~~~~、やられて死ぬわけには~~~いかぬぅ~~~~~~~♪そうッ、思わんか!!!ジェイム~~~~~~~~~ズ!!!!!」

「はぁ~~~~~~~~い!!!!」

 

 

想像を絶する光景だった。

爆散した肉片一つ一つから、複製されたジェイムズが大量に発生していく。

ぐじゅぐじゅと肉が再組成されていき、全員がマスクに声援を送るため、多重音声となって耳をつんざく予期せぬ不協和音を奏でていく。

断風で処理するには数が多すぎると判断したのも、失敗だった。

 

 

「エナジイイイイイイイイイ!!!!!!!!みなぎるうううううううううううううううう!!!!!!!!!!!」

 

 

身に着けていた軍服は全て破れ、星の紋章がついたチャンピオンベルトとプロレスパンツ、さらに頭に身に着けていたマスクの模様も変化していた。

 

 

「スター・パワーアップ、完了・・・・・・!悪党よ!見せ場は終わりだ!!」

「今までを俺の見せ場だと思ってたのかよ・・・、もうちょっとちゃんと戦えばよかったかもな・・・」

 

 

拳西の独り言など耳に入れず、マスクは踏み込んですぐに霊圧を籠め始めた。

 

 

「ぬうううううううんっ!」

「!」

「喰らうがいい・・・ワガハイの真の力を、そしてワガハイの必殺技を・・・!!」

 

 

「スター・ラリアット!!!(セイ)ッ!!」

 

 

極大の霊圧は、さっきまでびくともしなかった拳西を一気に遠くまで吹き飛ばす。

ただの断風程度では相殺することなど不可能なので、虚化に頼ろうとしたが、マスクが見逃す筈など無かった。

 

 

「虚の仮面を被ることなど、絶対にさせぬわ!!!1マイル離れてようが、貴様をどこまでも吹き飛ばしてやる!!!!」

 

「星ッ!!星星星星星星星星星星星星星星星星星星☆☆☆☆☆☆!!!!!!」

 

 

大量の拳打になす術もなく、態勢を立て直すこともできない拳西はマスクの言う通りどこまでも吹き飛ばされている。

 

 

「ぶははははははっっ!!スーパースターともなれば全てワガハイの思い通り!!悪党のルールなど全てワガハイが断ち切ってやるのだ!!空中で何も出来なくなった貴様は・・・」

 

 

上空へと飛んだマスクの頭に星の光輪、背中に翼を携え、遂に完聖体を発動させた。

 

 

「我が完聖体(フォルシュテンディッヒ)、『神の威光(ディニタス)』の裁きを受けて、地に戻ることもなく塵となって死ぬのだ!!」

「かっこいいよーーーーーー!!スーパースター!!!!」

 

 

そのままマスクはマントと翼を使って空中に巨大な五芒星を描き、ジェイムズの存在を考えずに渾身の一撃を放った。

 

 

「さあ、喰らうがいい、ワガハイの本物の必殺技を!!!」

 

「スター・フラッシュ・スーパー・ノヴァ!!!」

 

 

拳西を狙った星の光が地面に落ちるや否や、綺麗に星型の大爆発を引き起こし、ジェイムズ含めた有象無象を燃やし尽くした。

 

 

「ぶははははははは!!!二度目の正直だ!!悪党よ、さら――――」

 

 

言葉を言い切る前に、不自然な感触を覚えた。

 

 

「・・・・・・む・・・?」

 

 

爆発で生まれたものではない、奇妙な風を感じ取る。

思わず燃え盛る爆心地に目を向ける。

現在進行形で垂直に生まれている星の光と爆炎が、僅かに歪みを見せた。

 

(!?)

 

だが、マスクの顔は少しの困惑から恐怖へと塗り替えられる。

 

 

歪んだ星の光と爆炎が一挙に線状に捩れていき、マスクに襲い掛かって来た。

速度がそれ程速くなかったので容易に躱せたが、スーパー・ノヴァの力は全て消えてしまった。

 

 

「何だ・・・?今の力は・・・!?」

 

 

形を変えて消えてしまった自身の力に目を向けて動きを止めてしまう中で、再び風を感じ取る。

 

(風・・・?何だこの風は・・・!)

 

後ろ、それも遠くから感じ取った奇妙な風は、マスクがスーパー・ノヴァの五芒星を落とした場所から伝わってきた。

 

 

「何だそれは・・・!ワガハイの力を奪うとは、一体何だそれは!!」

 

 

空中から見下ろした拳西の姿は、僅かながら変化している。

 

 

「お前らが前に奪った卍解だよ」

「成程・・・、ワガハイの力を乗っ取るとは!!危険すぎる卍解だ!!この悪党はいよいよ生かしておけぬ!」

「乗っ取ってねえぞ。丁度いいから()()()()()()()()()。・・・いい機会だ。見せてやるよ、俺の卍解を」

 

 

今まで卍解で纏っていた鋼鉄の羽衣に、握り懐剣、背中の装甲、これら全てを失い、拳西の身体には白い羽衣だけが纏われていた。

僅かに水色の光を放つ羽衣に、以前の面影は見られない。

 

 

 

 

 

 

 

「卍解  天廉断風(てんれんのたちかぜ)

 

 

何百年を経て、本物の力が目覚める時が遂に来た。

 



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天廉断風

「くたばれ悪党!!正義の鉄槌を喰らうがいい!!!」

 

 

まるで獲物に飛びつく野生動物のように距離を詰めるマスクに対して、拳西は再び()()()()()()()()()()

 

 

「油断するのも今のうちだ!ワガハイのワン・マイル・アーツで吹っ飛んでしまえ!セッ―――――」

 

 

だが、直接拳西の身体に触れた途端、バキン!!という音と共にマスクの拳は完全に折れ曲がってしまった。

拳をぶつけた振動で、両腕の骨全てがボロボロに砕けてしまう。

 

 

「ぐっ・・・ぎゃあああああああああ!!!!!!!」

 

 

さっき股関節を裂かれた時とは比にならない激痛が両手に降りかかる。

それでも諦めることなく間髪入れずに右脚で拳西の鳩尾に蹴りを入れたが、同じように右脚の骨が全て砕け散った。

 

断末魔の叫びを上げるマスクの身体を拳西が掴むと、掴んだ箇所の骨がベキベキベキ!!と音を立てて崩壊していく。

更に投げ飛ばして瓦礫にぶつけると、這い上がって来たマスクはキャラを捨てて激昂していた。

 

 

「くそがっ、くそがっ、くそったれがあああああああああ!!!!!!!!意味分からん力使ってスターの身体をへし折りやがって!!!テメェぜったいに許さんぞ三下がァ!!正義とか悪とか関係ねえ!!!!グッチャグチャにして脳髄ぶち抜いて何から何まで全部ぶっ壊してやる!!!!!」

「意味わかんねえってか。じゃあ親切に伝えてやるよ」

 

 

「俺の卍解は大気を自由自在に扱う力だ。だから俺は周りの空気を使って身体を頑丈にもできるし、触れたものを振動させて崩すこともできる。風で爆炎を自由に操作することだって出来るさ。あと、あんまり暴れるとやべえぞ」

 

 

「酸欠で動けなくなっても知らねえぜ?」

 

 

そこまで言われて、ようやくマスクは息を何度吸っても酸素を取り込むことができず、周辺一帯の大気から酸素だけが綺麗に無くなっていることを理解した。

むしろ、理解してしまったと言うべきだろう。

 

 

「あ゛、あぁ゛、―――――――・・・・・・、」

 

 

屋外にいるのに、窒息死してしまう。

根源的な命の危機に陥ったマスクは、最後の手段である乱装天傀の発動に踏み切る。

その動きを見逃さなかった拳西は、遂に命を奪うことにした。

 

 

「ワリーな、大気組成を変えちまったら時間が無えんだ。だから手短に済ますぜ」

 

 

喉に手をかけて酸素を欲するマスクに向かい、拳西は右腕に霊圧を籠める。

風が塊となって右手に集まり、見えないはずの大気が具現化されていく。

集まった大気は熱を帯び、僅かに赤く染まっていた。

 

 

「未だにお前は俺の力を理解してねえようだから、今回は特別に()()()ようにしてやる」

 

 

口から涎を垂らしてまで酸素を欲するマスクに拳西の言葉は届いていたが、酸素が吸えず極端に苦しい状況で、拳西の方に目を向けることもできなかった。

 

 

「どんな生物にも風は見えねえ。感じられるが、見えねえんだ。だが俺は修行を経て、風を見て読むことができるようになった。お前と俺では、見えている世界が既に違えんだよ」

 

 

拳西が右手に携えたのは、大気で作られた一本の巨大な槍だった。

乱装天傀さえ間に合えば、最悪逃げることなら出来る可能性がある。

もうスターとかヒーローとか関係なく、今のマスクはただただ命拾いしたかった。

にもかかわらず、頭が動転してジェイムズの名を呼ぶことも出来なかった。むしろ酸欠で声が出なかったかもしれない。

 

 

しかし無慈悲にも、拳西の手から槍が放たれてしまった。

 

 

風烙(ふうらく)爆槍(ばくそう)!!!」

 

 

持ちうる全ての力を使って投げられた槍はマスクの腹に突き刺さり、腹を中心に全身が一瞬で真っ黒に焼け焦げた。

翼、光輪含め全てが灰燼と化し、塵となって消え去っていく。

 

 

「勧善懲悪のヒーロー物語なんて使い古されていい加減飽きただろ。悪党が主人公でも人気が出ることを学びやがれ、滅却師」

 

 

卍解後、僅か数分足らずにして一人の星十字騎士団をあっさりと倒すことが出来る程に、拳西は修行で力をつけることができた。

他の敵を探してどんどん倒したい所だが、卍解の性能が変わって霊力消費が段違いに激しくなったため、一息つく必要があった。

すぐに戦った場所を後にして、身を隠しつつ移動する。

日が暮れて闇が深くなっていく中、向かう場所はただ一つだった。

 

 

 

*****

 

 

 

遠くからマスク・ド・マスキュリンの霊圧が消えたことを適当に確認しつつ、見えざる帝国の外も完全に日が暮れたため、5人の女性滅却師はようやく行動開始した。

もちろん陣頭指揮はリーダーのあの女の子。

 

 

「全く、やっとあたしの出番ってワケね・・・。ホント、蒼都もマスクも自分の実力と相手の力量見極めないで戦うなんてバカでしかないわ」

 

 

その周囲には幾つもの爆撃の跡があり、大勢の死神が身体の一部を欠損して倒れ込んでいる。

4人には手出しさせず、リーダーのバンビエッタが親切にも進む道を開拓してあげているのだ。

 

 

「いたぞ、滅却師だ!!」

「やられる前にやっちまえ!!」

「・・・あんた達ザコが生意気言ってんじゃないわよ」

 

 

いかにも怠そうな素振りを見せながら、掌で生み出した爆弾を投げつけてすぐに無力化させていく。

 

 

「あーあ、ほんと死神って、どいつもこいつも仲間意識が高くてうじゃうじゃ集まって、ゴキブリみたいだわ。前あたしが殺したワンちゃんたちも真っ黒の集団が集まってウザくてしょうがなかったわよ!っていうか、なんであたしたち5人が集まってるのに誰も隊長来ないのよ!ねえ!聞いてんのあんたたち!」

 

 

と、後ろを振り向けば誰もいなかった。

目の前にあるのは建物に挟まれたただの虚空。

団体行動を取ると言ったのはリルトットなのに省かれてしまった怒りと大声で一人で喋っていた恥ずかしさで、感情が爆発してしまった。

 

 

「リル!ジジ!ミニー!キャンディ!出てきなさいよっ!!」

 

「いい加減、出てこーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!」

 

 

感情の爆発は物理的な爆発へと昇華され、バンビエッタを中心に桃色の衝撃波が広がっていった後、近くにいた死神全員が巻き込まれ、一瞬にしてただの霊子へと姿を変えてしまった。

 

 

「リーダーのあたしに恥かかせたらどうなるか・・・忘れてんなら思い出させてやるわ・・・・・・、このへん一帯更地にして、全員あぶり出してやるからねッ!!!」

「そいつは困るな」

「!」

 

 

背後から男の声が聞こえて振り返るが、一切の人影は無い。霊圧も確認できなかった。

 

 

「今見えてるのは見えざる帝国(お前達)の建物だが、瀞霊廷(俺達)の建物壊されてるようなモンだしな。止めるに決まってんだろ」

 

 

再び背後から声が聞こえたので元の向きに戻ると、黒髪の副隊長が姿を現した。

 

 

「何よ、姿を消す能力?つーかあんた誰?」

「九番隊副隊長・檜佐木修兵だ」

「副隊長?じゃああんたに用はないわ。カオだけ残してとっとと消えなさい」

 

 

ちょっとイイ顔をしていたので、頭ではなく脚に照準を定める。

再び掌から爆弾を生み出し投げようとしたその瞬間、手の上にあった球体に一本の緑色の光線が貫かれた。

霊子バランスが崩れ、掌の中で反応してしまう。

 

 

「何!?」

 

 

急いで適当な方向に爆弾を投げたため腕が吹っ飛ぶことなく済んだものの、星十字騎士団専用のマントはボロボロになってしまった。

せっかく戦勝記念に仕立てた特製のマントが破けて煤だらけになってしまい、短気なバンビエッタは再び強い怒りで顔を歪める。

脱ぎ捨てたマントで修兵の視界を一瞬奪ってあらぬ方向から攻撃をすることを予感させながら、バンビエッタはその場から動かずにマントごと修兵の身体を爆発させようと再び爆弾を生成する。

 

隊長をも殺した自分が、副隊長如きに手古摺るなどあってはならない。

なのに。

 

 

「よそ見は感心しないな」

「ッ!」

 

 

再び背後から耳元に声が囁かれ、条件反射で後ろに爆弾を投げてしまう。

前に存在した霊圧が動きを見せた。

 

 

「ッ!!しまっ・・・」

 

 

鎖で繋がれた漆黒の鎌が、バンビエッタの左頬を掠めた。

あの副隊長が片手に今も一方の鎌を持っている以上、力は直接攻撃系か。

だが緑の光線などを操っているのを見ると、鬼道とかいう霊術も扱えるようだ。

 

ということは、言ってしまえば全体的に中途半端な能力だ。

一芸に秀でたタイプではなく、オールラウンダーなら、その力には限度がある。

それも副隊長程度なら、やはり敵ではない。

 

だがさっきの囁き声には、少なからず違和感を抱いた。

微妙に声が・・・と考えていた所で、バンビエッタの右側から猛スピードで鎌が飛んできた。

 

 

「何でこっちから鎌が!チッ!!」

 

 

幾つか爆弾を即席で作ったが、投げてもただ単に相殺されて余波で自分も吹っ飛んでしまう。

故に、少し爆弾の性質を変更した。

複数の爆弾を一手に集めて拡張し、絶えず霊力を注ぎ込むことで()()()()()()()()()()()霊子の壁を作り出した。

 

能力の性質を応用した最強の壁で、あらゆるものがバンビエッタの身体に当たる前に爆発して消えてしまう。

爆弾で壁を作っているため、自身が吹っ飛ぶことも無い。

自分自身へのファインプレーに思わず笑みが零れる。

 

 

しかし、鎌はバンビエッタの()()()()()()()()()華麗に斬り裂いた。

 

 

「あ゛ッ゛!!」

 

 

深い傷にはならなかったが、手で傷を押さえる程度には痛みを感じていた。

だがここで、バンビエッタは一つ確信する。

 

見えない敵の存在だ。

目の前の副隊長はデコイ。後ろから来た緑の光線は、別の死神が撃ち込んだものだったのだ。

囁き声だから分かりづらかったが、副隊長とは微妙に声が違う。もう少し若い声だった。

左わき腹を斬った鎌は、その見えない死神がキャッチして投げ返したのだろう。

 

副隊長の両手には、二刀の鎌が握られている。

壁に触れる直前で戻されてしまったか。

思い通りにいかず、イライラが溜まっていく。

 

 

「・・・こんな奴らに、あたしが遅れを取る訳がッ・・・!」

「悪かったね、だが、君を殺すのは」

 

 

()()だよ」

 

 

霊子の剣が、後ろからバンビエッタの胸を貫いた。

剣の現出の後やや遅れて姿を現したのは、九番隊第六席・誉望万化だった。

念動力を使って自身の体を霊圧もろとも感知されないようにして攪乱し、様々な攻撃を注意の逸れた後ろから当てることで、少しずつダメージを与えることが出来たのだ。

修兵が直接手を下すことは無かったものの、彼無しではまともに勝負をつけることが出来なかったのは事実だ。

 

能力の適材適所をしっかり吟味した二人の連携は、見事なものだった。

修兵の目の前に移動して次の指示を待ったが、思いがけないお褒めの言葉を頂くこととなった。

 

 

「よくやった、誉望。お前の手柄だぜ」

「・・・何言ってんスか、俺なんて全然・・・、檜佐木副隊長無しだったら俺何もできなかったっスよ」

「自分の力だけで霊圧ごと姿を消すなんて誰にも出来ねえぞ。口囃子さんも霊圧遮断外套付けねえと無理らしいし」

「へぇ~、そうなんスか」

 

 

戦闘スタイルが似ているあの三席をライバル視している誉望は、いつかこの力を使って下剋上でもしてやろうかと半ば本気で考え始める。

七番隊の三席は鬼道全フリのため、斬術、白打ではまともに戦えないとかいう話を拳西から聞いたことがあった。

心の中に対抗心を秘めていた誉望は、修兵に頼み込んで霊子の剣での戦闘や、白打の訓練の相手をしてもらい、十分実戦で使える程の実力を身に着けた。

接近戦は大の苦手らしいので、距離さえ詰めればずっと俺のターン状態で戦えると思われる。

 

 

 

そうやってライバルに現を抜かしているから、背後におきた突然の変化の予兆に一切気付けなかった。

 

 

「!」

 

 

修兵の驚いた顔に誉望も後ろを向くと、先ほど仕留めたはずのバンビエッタを中心に、天へ光の柱が伸びていく。

上端には円環とX型の十字が柱と交わり、少し経つと根元の柱がまるでガラスが割れるかのようにヒビが入り、中が露になっていく。

 

脇腹と胸の傷全てが完治し、桃色の翼と星形の光輪を新たに携え、バンビエッタは再起動した。

 

 

「へぇー・・・、姿を隠してたのはあんたみたいね・・・」

「・・・何だ、その力は・・・」

 

 

時間が取れなかったため、完聖体に関する詳しい情報は隊長副隊長と一部の席官にしか行き渡っておらず、誉望は完聖体について全く事前知識が無かった。

傷が全て治っているため誉望は再び刀を作り出して攻撃に入るが、完聖体の発動に気付いた修兵が一瞬で顔色を変えた。

 

 

「逃げろ誉望!!!」

「副隊―――――」

 

 

既に遅かった。

二人が反応できない速度の爆弾を誉望の胴体にぶつけ、爆弾へと変化した身体の一部は首から下全てを巻き込んで一気に爆発した。

 

 

「あんたもよ!!」

「!!」

 

 

大急ぎで動かなくなった誉望を抱え、修兵は全速力で爆撃から逃げる。

辺り構わず爆撃しているため、爆炎で上空からだと地上の様子を確認できないのが不幸中の幸いだった。

瓦礫の中に身を隠し、どのように撤退すべきか思考を巡らせる。

 

 

「あーあーあーあー!!どこ行ったのよあの死神!これでもまだ隠れる気でいるの!?たとえあんたたちが姿を隠そうと、全方位あたしがまとめてブッ壊してやるっての!」

 

 

「あたしの爆撃(ジ・エクスプロード)からは、誰も逃げられないのよッ!!」

 

 

そのままバンビエッタは、仲間に恥をかかされた時にやったのと同様に、桃色の衝撃波で同心円状に周囲を爆撃していく。

誉望を抱えた修兵は僅かに反応が遅れてしまい、空いた左腕に火傷を負ってしまった。

少し離れた場所に黒服二人を見つけ、バンビエッタは距離を詰めながら翼から数十個の爆弾を投げ放つ。

 

 

「ブッ壊れろ!!」

「ッ!」

 

 

百歩欄干で爆弾を狙い撃ちするために掌を前に構えたが、左腕の痛みで霊力が集まらず、散らばってしまう。

普段の半分以下しか光の棒は生まれなかったが、それでも発射して相殺するしかない。

 

 

「縛道の六十二 百歩ら――――――――」

 

 

だが詠唱の途中で、狙いを定めていた球体が全て何かにぶつかって爆発した。

透明な壁っぽく見えたので、おそらく誰か別の死神が作った断空だろう。

壁ごと爆発してしまったので、強烈な威力であることが推察できる。

 

そして、こうも軽々と八十番台鬼道を乱用するのは、あの死神しかいない。

 

 

「何とか、間に合ったみたいだね」

「こっ、口囃子さ―――――」

 

 

聞きなれた声に振り返ったが、見慣れない姿に困惑せざるを得なかった。

 



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The Explode

修兵が振り返った時の隼人は、隊長羽織を着ていて大いにびっくりさせられたが、それ以上に霊圧が異質だった。

 

新たな霊圧を知ろうとすればする程、気持ち悪くなっていく感覚がした。

解読したが最後、恐ろしい呪いにかかってしまいそうにも思える。

味方なのに。信頼する死神の先輩なのに。太刀打ちできない強敵に狙われているような悍ましい悪寒が背筋を伝う。

 

 

「少し離れた所に、四番隊の高等席官が集まって治療してる場所あるから、やられた子運んで、ついでに腕も治してもらいなよ」

 

 

花太郎と伊江村が二人であくせく治療する様子を霊圧で感じ取っていた隼人は、修兵に彼らの許へ行くよう頼む。

応援要請したからか、荻堂も駆け付けたようだ。治療されているのは二番隊のトップ二人と、六、十一番隊の席官だ。5人の霊圧はかなり弱くなっている。

十一番隊の副隊長が出入りしている様子も霊圧ごしに読み取れた。

 

 

「・・・分かりました。腕治したら加勢します」

「いい。というか来ないで。横取りするようで悪いけど、あの滅却師は僕がやる。僕がやらなきゃダメなんだ」

「・・・?―――!」

 

 

珍しく見せた隼人の強いこだわりに、修兵は七番隊隊長と副隊長がどのようにして殺されたかの報告内容を思い出し、すぐに納得した。

恐らくあの滅却師が、狛村、射場コンビと戦ったのだろう。

あの爆撃が、二人の命を奪ったのだ。

だからこそ、強い殺意を霊圧から感じたのだろう。

 

 

「変に加勢するより、今はしっかり傷を治す方がいいよ。それぐらいなら四番隊に軽く処置してもらうだけですぐにもう一回出陣できるから」

「・・・そうっすね。お願いします、()()()()()

 

 

修兵が誉望を抱えて瞬歩でその場を離れた瞬間、思いがけない言葉の響きに思考がフリーズしてしまう。

 

(こっ・・・口囃子、隊長・・・)

 

イヒヒッと気持ち悪い笑いが零れそうになったが、相手の滅却師によって幸運にも漏れることなく遮られた。

 

 

「誰よあんた。新人さん?ホンッット尸魂界って人手不足なんだね!」

 

 

地上に降りてきたバンビエッタは謎の青年の正体を確かめるために、ずいっと近寄って顔を見たが、心当たりはない。前髪を上げておでこを出した短髪の死神は、九番隊の銀髪の男らしい死神しか記憶に無いため、きっとどっかのちょっと力がある死神が急繕いで隊長となったのだろう。

 

だが、近くで見た顔は意外にもバンビエッタの好みのタイプだった。

見えざる帝国に持ち帰ってから己の奴隷にして、心身共に下僕としてやりたいという衝動に駆られる。今まで憂さ晴らしに部屋に呼びつけていた聖兵とは完全に違う。

従順な奴隷像として、ピッタリの見た目だった。

 

 

「でもいいわ。あんたは見えざる帝国(コッチ)に連れ帰って色々と調教(教育)してあげる」

「何それ。誰って聞いといて結局素性に興味なしかよ」

「はぁ?口答えする気?このあたしが殺さずに生かしてやるって言ってんのよ?でも名前を聞かないのはたしかに良くないわね。あんた誰よ」

「教えるわけねえだろバーカ」

 

 

至近距離から爆弾が飛んでくる気配を事前に感じていたため、侮蔑してすぐに瞬歩で距離を取ったのは大正解だった。

さっき立っていた場所は一瞬で火の海となっている。油断していたら死んでいた。

新品の羽織の裾もギリギリ焼けずに済んでなにより。

 

だが、いいように転がされたバンビエッタが黙っている筈など無かった。

 

 

「・・・そんな口利けるのも今のうちよ。あたしの・・・あたしの爆撃で・・・!」

 

 

「頭残してブッ飛んでなさいッ!!!!」

 

 

再び大量の爆弾が飛来してきたため、しっかり球を見て的確に躱していく。

量こそ凄まじいが、一つ一つの球の速さはそれ程でもないため躱すことは難しくなかった。

上空へと飛び上がったバンビエッタが地上を走る隼人に爆弾の雨を落とすが、手応えを全く感じられず、いたずらに爆弾を増やしたせいで爆炎と土煙で視界を奪われてしまい、次の一手にスムーズに繋げられない。

霊圧を隠されたかと舌打ちしそうになったが、黄色の霊圧の衝撃波で炎と煙全てが吹き飛ばされ、隼人は地上から姿を現した。

 

 

「なに?さっきのボサボサ髪みたいに隠れんじゃないの?」

「――みと―、――みょう――」

(・・・?)

 

 

隼人が何か小声で呟いたものの、バンビエッタの耳にははっきりとは届かない。

はっきり言えよ、という苛立ちを込めて適当に爆弾を投げたが、当たらずに周囲の瓦礫が爆発していく。

狙いが逸れたか。今度はしっかり集中して爆弾を放つ。

昔から視力がいいので、遠くからでもしっかり人物を特定できるのが強みだったのだ。

 

しっかり集中し、しっかり力を籠めた爆弾は、個数こそ少なかったが速度は倍に跳ね上がった。

 

(!)

 

躱せないと判断した隼人が目の前に鬼道の障壁を作った所で、バンビエッタは思わずニヤリを不敵な笑みを零した。

爆弾が壁にしっかり触れたのを確認してから、バンビエッタは隼人の許へ飛んで行ってボロボロになった姿を上から眺めようとする。

 

 

「あーーーあ、防ぐからダメなのよ。直前になっても気付かないとかあんたバカなの?」

 

 

何も返答が無いため、きっと()()()()()()()()の爆発をまともに受けて致命傷を負っているのだろう。

既に意識を失っていると仮定し、バンビエッタは尚も独り言を続けた。

 

 

「あたしの爆撃は防げないの。あたしの霊子を撃ち込んだものが全部爆弾になるのよ?だから前の戦いではワンちゃんの卍解を全部爆発させたの。そしたらワンちゃんもまとめて爆発しちゃってさーー!もぉ傑作よね!!・・・って言っても誰も聞いてないのよね。ホンットさぁ、もっと骨のある隊長いな「聞こえてるよ」

「!」

 

 

霊圧までしっかり見なかった自分を軽く呪いつつ、さっきの爆弾は確かな手応えを感じていたので違和感を抱いていた。

 

 

「やっぱりお前か、狛村隊長と射場ちゃん殺したの」

 

 

煙の中から聞こえた声は、さっきバンビエッタを嘲った声とは比にならない程、暗く、鋭い。

鋭利な刃物を突き付けられる感覚よりかは、得体の知れない術に呑まれている気分だった。

謎の空間に突如閉じ込められたような感覚にも似ている。

姿を現さない敵に、足が竦んでしまう。

 

 

「そしてありがとう、親切に力の中身教えてくれて」

「教えたところで変わらないに決まってんでしょ!聞いてなかったの?あたしの爆撃は防げないの!躱そうと思ってもずっと弾幕張り続けてたらいつかは絶対に当たる!変な術で壁作ってもその壁が爆発するのよ!さっきだってあんたが作った壁が爆発したのよ!!」

「うんそうだね、だから()()()()()()()正解だったよ」

「保険・・・?」

 

 

意味が分からず苛立ちが増幅する中、煙の中から人影が見えた。

迷わず爆弾を翼から放とうとしたが、再び霊圧の衝撃波で凄まじい風が吹き荒れ、態勢を保つために爆弾を撃てなかった。

出てきた死神は、無傷だった。

 

 

「無傷・・・!?ちょっと待って、あんた一体――――」

 

 

何をした、そう言う寸前で、バンビエッタは死神の姿を見て固まってしまった。

他の死神と同じように腰に提げていた斬魄刀が、鞘ごと消えている。かといって、両手には何も持っていない。

羽織の中や死覇装の中に隠されているとも思えない。

そして、死神の眼を見た瞬間、驚きで言葉を失った。

 

 

桃色に染まる、震えた眼球。完全に開き切った瞳孔。

七番隊にいる、自分が殺したはずのあの死神の始解の特徴と完全一致していたのだ。

あの時七番隊の中にはいなかったのか、それとも単純に討ち損じただけか。

どちらにせよ、この男が生きていることは許せなかった。

 

 

「あんた、口囃子隼人ね!!!!!!」

 

 

全力を振り絞って、出せる限りの爆弾を一気に翼から撃ち放った。

 

 

 

*****

 

 

 

距離を取っていた時に始解していたため、バンビエッタの霊圧を完全ではないものの少しは読めているため、ついに隼人は実戦で本当の力を使うことになる。

3分の1程度しか霊圧は読めてないが、祈るように霊圧を伝って力に干渉する。

 

(いけるか・・・?)

 

無事に力は届き、バンビエッタの生み出す爆弾の軌道を逸らすことができた。

上手い具合に自分の身体に当たらないように、精密な操作で力に干渉していく。

 

球が当たらなかったことに再び憤り、バンビエッタは連続で大量の霊子爆弾を放っていく。

底が見えない程の爆撃であったが、一度干渉してしまえばもう隼人にとっては何も難しくない。

一度の干渉を持続させ、全ての球が()()()()()()()()()()()よう軌道修正していく。

その場を動いていないのに一つも爆弾に触れていないことに、ますます怒りを増幅させていく。

 

 

「何で、何で当たんないのよッ!!!意味分かんない!!あたしの球は全部しっかりあんたを狙ってる!なのに一つも当たんない!?ふざけんじゃないわよ!!」

 

 

ちゃんと狙いを定めても、バンビエッタの爆弾は隼人に当たらない。

何度爆弾を撃っても、僅かに軌道が逸れて爆弾が当たらない。

 

 

「あたしの爆撃は防げない?ダセェな。爆撃が防げないなら、当たんなければいいだけでしょ」

「だったら・・・!」

 

 

一気に距離を詰めようとしたが、上空から流星群のように氷塊が飛んでくる。

氷を扱う軌道をアレンジした威力の小さい技だったが、凄まじい弾数に動きを止めてしまう。

その一瞬の隙で、隼人はトドメに入った。

 

 

「破道の九十 黒棺!」

 

 

卍解取得によって威力と棺の完成速度が底上げされたおかげで、ちょっと足止めしたバンビエッタを閉じ込めることは難しくなかった。

棺の中の重力の奔流によって、バンビエッタの身体は押し潰されていく。静血装など軽く破る圧倒的な力だった。

抵抗のために翼から爆弾を生み出す余裕も無く、棺が消え去ると中央にバンビエッタは倒れていた。

身体の中を直接圧砕する鬼道にしたため(血が苦手だから)、流血はしていないが相当なダメージを受けている。

 

 

「・・・卍解使うまでも無かったかな・・・?」

 

 

隼人は卍解習得ホヤホヤのため、始解もしてない状況からいきなり卍解をした場合体に大きな負荷がかかると桃明呪に言われているので、最初は始解を使って戦う必要がある。

ある程度身体を慣らせば卍解の負荷も殆ど無くなるそうだが、始解の状態で倒してしまえば意味が無い。

加えて霊圧干渉はタイマンでも十分有用な武器になるので、よほどの強敵、もしくは実力者との乱戦でない限り卍解の出番は無さそうだ。

 

倒れたバンビエッタの身体は、あちこちが圧縮されてまるで骨を失った毛皮のようだ。

 

(・・・ここまでやれば、動けないだろ)

 

あとは適当に野垂れ死ねばいい。

想像以上に力が無かったことに拍子抜けしたが、むしろ力の消費が抑えられたのでありがたい。

狛村とは相性が悪かったのだろう。あの卍解は霊子なので、格好の的だった。

 

別の滅却師に当たれば狛村が死ぬことなど無かったかもしれない。

自分が行けば狛村が生きていた可能性が高まっていただろう。

やはりあの時隊舎に残るべきではなかったのだろうか。

 

色んな思考が頭を巡り悔やんでも悔やみきれないが、一先ず仇を討ててよかった。

 

 

 

*****

 

 

 

こんなこと、許せるはずなどない。

死神相手にやられること。しかもよりによって、傷一つ与えられなかった。

5人の仲間内の中で、最初に敗北してしまうこと。キャンディスが最初にやられ、その次はミニーニャかジゼル、万が一彼女達がやられても最後の二人には残る計算でいた。それも、敗北といってもこんなボロボロになるのではなく、ちょっと傷を負った程度で戦いが流れるくらいの、安全な立場にいるものだと思っていた。

さっきまで天高く飛び上がって自由に力を振るっていたのに、今となっては体内を圧砕され、動くこともできず地に伏しているのだ。

 

ここまで来てしまった以上、使うしかなかった。

今まで一度も使ったことの無い、バンビエッタが最も忌み嫌ってきた滅却師の超高等技術。

死にたくない。このまま殺されたくない。その一心で、乱装天傀を発動した。

 

パキン、という音と共に、霊子の束が全身を包み込んで繋ぎ合わせ、鉛のように重かった身体が軽くなっていく。

何をしても動かなかったのが嘘のように、むしろさっきよりも俊敏な動きで立ち上がり、バンビエッタは再び生み出した翼から霊子の爆弾を大量に放った。

 



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卍解

パキン、という音が聞こえて後ろを振り返ったときには、既にさっき倒したはずの滅却師は立ち上がって再び背に翼を生やしていた。

 

 

「!?何が起きて―――」

 

 

再び大量の爆弾が飛んできたが、あまりにも瞬間的な出来事だったせいで隼人は緊急時のいつも通りの対処法を取ってしまう。

躱さず、力に干渉せず、目の前に鬼道の障壁を作ってしまった。

 

 

「!!しまっ――!」

 

 

着弾の瞬間に気付いたものの、それでは遅かった。

目の前の壁が一瞬で爆弾へと変化し、大爆発。瞬歩を使って後ろに急いで距離を取ったが、間に合わず巻き込まれてしまった。

身体が吹っ飛ばされ、コンクリートの建造物に凄まじい音を立ててぶつかる。

 

 

「・・・痛ってぇ・・・」

 

 

骨は折れていないが、腕や脚、顔など身体の至る所から血が出ている。一つ一つの傷が小さいために傷の痛みよりぶつかった痛みの方が辛いのは不幸中の幸いか。

しかしそれよりも、全く動けなかったはずの滅却師が動けている方が問題だ。

しかも、さっきより反応速度なども上がっているように見える。

 

 

「一回死にかけた後にこんなに動けるとかズルだろ・・・ってまた来た!!」

 

 

様子見中の独り言を呟いたその間には、さっきいた場所から隼人が吹き飛ばされた場所まで一瞬で移動できる程に速力を上げている。

爆弾の弾速も、さっきまでの数倍だ。

躱すだけでは到底持たないので、無詠唱の大地転踊を使って適当に迎撃するしかなかった。

 

 

「ちょっとなによ!!さっきの威勢はどうしたのッ!!逃げんじゃないわよ隊長のクセに!!ワンちゃんの部下なら正々堂々戦いなさいよ!!あたしの攻撃は当たらないんじゃない、のッ!!!!」

「うっそぉ爆弾速すぎ!」

 

 

焦ったが、近くに巨大な岩石があったので、天から隼人の正面に降り注ぐ爆弾めがけて大地転踊で岩石をぶつけ、何とか相殺することができた。

爆発した岩石も上手いこと小さくなったので、破片が落ちて当たっても痛くなかった。

 

だが、痛む身体で全力疾走したので消耗が激しい。

霊力は有り余っているのに、体力が徒に消費されているのだ。

いっそのこと霊力で身体を動かせるようになればいいのにと思う。

息を切らしてゼーハーしていると、再び自信満々な顔をした滅却師が空から降りてきた。

 

 

「乱装天傀よ。石田雨竜も使ってたから知ってるでしょ?」

「あぁ・・・、霊力使って身体動かせる奴か。羨ましいことこの上ないな。でもそれって効果切れたら滅却師の力全部失うんじゃないの?」

「はァ?それは滅却師最終形態だし!そんな捨て技使わなくても身体動かせるっつの!!」

「うるっせえ女だなほんと!」

 

 

噛みつき方が尋常ではないため、より敵意が強まっていると見る。

そして、滅却師だけ独自の術を多用するのが、隼人にとっては羨ましかった。

バカみたいに鬼道を使う死神が何を言っているんだとツッコまれそうだが。

しかしまあ、千年の間に、滅却師と死神はここまで基本的に使える術に差をつけてしまったのか。

だったらこっちも、本気を出すしかない。

 

 

「そっちが捨て身できてるなら、僕も本気でやらないとダメだな。僕もこんなビッチに殺されたくないし」

 

 

空を飛んでいる間、本人が全く意識してないところで頻繁にスカートの中が見えているのだ。

むしろ見せびらかしているようにすら思われるので痴女にしか思えないが、小さい声だったのでバンビエッタの耳には幸運にも届かなかった。

 

 

「・・・もうそろそろ、身体も慣れてきたかな。頼むから、あんまり身体に負荷かけないでくれよ・・・」

 

 

一度深呼吸してから、右腕を真横に伸ばす。

握っていた拳を広げると同時に身体全体から桃色の霊子がオーラのように放出され、右手を中心に棒状に集束していった。

 

 

 

 

 

 

 

「卍解  桃祈(とうき)宝珠杵(ほうじゅしょ)

 

 

斬魄刀世界にいた時と同様に、シルバーピンクの至って普通の杖が形成された。

身体に重さは感じられず、さっきまでの始解で十分に慣らすことができたようだ。

 

狛村の卍解とは全く違う、小さな卍解に余裕を崩さないバンビエッタは嘲笑する。

 

 

「何それ!魔法のステッキ?・・・ってまさかそんなちっぽけなモノがあんたの卍解ってワケ!?ダッサい魔法少女じゃない気色悪ッ!!!」

 

 

滅却師の完聖体とは違い、卍解には発動時に傷を回復させる効果はない。

負傷した状態で発動すれば、必然的に最初から使える力も弱まってしまう。

しかしこの卍解には、そういった既存の法則など関係ない。

 

 

「それじゃあ早速、いかしてもらおうか」

 

 

杖の形状をまずは錫杖に変える。

両手に持ち直して今までのように杖に祈り、回道が身体を覆って一瞬で己の傷を全て回復させた。

 

 

「!!!」

 

 

バカにして笑っていた卍解の力を目の当たりにして一瞬で顔色を変えたバンビエッタは、一心不乱に爆弾を投げつけていく。

それに対し、隼人は錫杖を右手で振り回して障壁を作り上げた。

 

 

「バカなの!?意味ないって何回も言ってんじゃん!!」

 

 

さっきと同様、バンビエッタの放つ爆弾は障壁に触れ、爆発する。

 

はずだった。

 

 

「なっ・・・何よそれ・・・・・・!」

 

 

霊子でできた壁にバンビエッタの爆弾が触れた途端、爆弾はただの霊子の塵へと分解されてしまった。

 

技が通用しない。

軌道修正された時は、隼人の身体や障壁に卍解を当てた時は十分な効果を発揮した。

当たらなかったが、もしちゃんと隼人の身体に一発でもしっかり当てていれば致命傷になっていた。

だが、今回はそれとは違う。

障壁で、爆弾が打ち消されたのだ。

今まで、一度も防がれなかった難攻不落の爆撃が、防がれた。

 

その瞬間、考えもしなかった忍び寄る死の気配を感じ取ってしまった。

 

 

「イヤ・・・・・・!嫌、嫌嫌、嫌イヤイヤイヤ!!イヤいやいやいやいやイヤイヤ!あたし死にたくない!!!」

 

 

すぐに、バンビエッタは逃亡を始めてしまう。

いつもの隼人なら逃亡した敵を追うことなどしないが、しっかり七番隊の仇を討つため、柄にもない追跡を始めた。

卍解の形状を変え、両端に宝珠の装飾がある杖でバンビエッタの力に強く干渉する。

バンビエッタの身体を覆っていた霊子の糸が、ボロボロになった衣服のように破れていく。

 

 

「ああああああああ!!!!!!!」

 

 

強引に身体を動かす道具となっていた霊子が剥ぎ取られ、全身の皮膚が捲れ上がるような激痛に苛まれる。

ブチブチブチブチ!!と身体が悲鳴を上げているが、死を恐れるバンビエッタは尚も逃げ続ける。

身体が風を切るだけで、全身に針が刺さるかのようだ。

翼から爆弾を撃つごとに、霊子が乱れて圧砕された時の痛みがぶり返す。

 

そして撃った爆弾も、隼人が杖の形状を変えて防御の障壁を立てれば全て霊子の塵へと形を変える。

 

唯一の自慢できる武器が、全く通用しないのだ。

 

 

「何でよ!!何であたしの爆撃が効かないのよッ!!!」

「もう僕の方が優位っぽそうだからネタばらししてあげるよ。白断結壁。これで滅却師の力を完全に断つことができるんだ。だからお前の攻撃は僕には効かない」

「そんなはずない!!!滅却師の力を断つとか、ありえないわよ!!!」

「じゃあ矢でも撃ってみろよ!」

 

 

言われるがままにバックルから霊子兵装を取り出そうとしたが、一度強く力に干渉されたせいで弓矢を作るだけで激痛が襲い掛かった。

 

 

「う、あ゛あ、あああああああ!!!!!!」

 

 

動きを止めた隙に隼人は再び杖の形状を変え、再びバンビエッタの力に強く干渉する。

乱装天傀を使っている時に干渉すると、かなりダメージを与えられるようだった。

 

二度目の干渉で、バンビエッタを包んでいた霊子の糸は3分の2程度が剥がれ落ちた。

それでも、生きたいという執念だけで、彼女は速度を落とさずに逃げ続けていた。

 

建物と建物の間の裏路地みたいな場所にバンビエッタが逃げ込んだ所で、隼人は自己干渉で霊力を一時的に強化してから、卍解を攻撃型のものへと変化させた。

 

 

「せっかくだし、使ってみるか!」

 

 

両端に円環のついた杖をバトンのように片手で回していき、霊力を杖に集中させていく。

杖を回すと、自然と散らばっていた霊力が集束するのだ。

力を集中させ、隼人は新たに手に入れたもう一つの力を行使した。

 

 

「裏破道・一の道 廚魔陣(じゅうまじん)

 

 

術名を唱えると同時に杖から霊力が地面に注がれ、梵字に似た形状の文字で形作られた魔法陣のようなものが隼人を中心に形成された。

何故陣なのに破道の一種となっているのか。それは重ねて放たれたもう一つの鬼道を作り上げた時に明らかとなった。

 

 

「裏破道・三の道 鉄風殺!」

 

 

巨大な鳥に似た動物の頭部が具現化されて暴風を巻き起こす術だが、陣の中で発動したことにより、動物の頭部がもう一体出現する。

 

廚魔陣は、尸魂界を流れる霊脈の力を借り受けて、鬼道の発動する回数を倍に増やす術だった。

陣の発動にしか霊力が割かれないため、コスパのいい鬼道だ。

陣は小さい上に発動時間もまだまだ短いが、一気にケリをつけるのには十分向いていた。

二つの頭は、バンビエッタが隠れた建物を丸々囲むように移動する。

 

 

「いよぉぉらあああああ!!!!」

 

 

横から前に杖を振り払うと同時に二つの鉄風殺が同時に発動し、途轍もない暴風によって建物は一気に崩壊した。

吹きすさぶ風にバンビエッタは地に足をつけることもままならず、なす術もなく吹き飛ばされてしまう。

同じように吹き飛ばされた大量の巨大な瓦礫に何度も身体を打ち付けられ、最初の黒棺では流すことのなかった血が大量に流れ出ていく。

最後は巨大な尖頭が首の左側に突き刺さった状態で風の渦の外へと吹き飛ばされ、乱装天傀の力も使えなくなってしまった。

 

 

「・・・・・・、」

 

 

飛ばされたバンビエッタを見た隼人は彼女の着地点へ瞬歩で向かい、地面に墜落した後に首に刺さった尖頭を強引に引き抜いた。

動脈に刺さっていたからか、引き抜いた瞬間首から血が大量噴射された。

 

 

「うえっ!汚ったねえ!!」

 

 

瞬歩で避けたため返り血は何とか浴びずに済んだが、グロテスクな光景は苦手なので慌てて目を逸らす。

霊圧だけで彼女の姿を見ていたが、流れる血と同じように霊圧も物凄い速さで弱まっているため、今度こそ討ち取れたはずだ。

これ以上の隠し玉はさすがに無いだろう。

 

考えていると、一つの霊圧が近づいてきた。

高濃度の霊子空間に慣れてきたからか、それとも卍解をしているからか、今となっては普段通りの探査ができるようになっていた。

少し変質しているが、この霊圧の持ち主は間違いない。

 

 

「おう、お疲れ」

「拳西さん!」

 

 

瞬歩でやってきた拳西は、羽織を着た隼人の姿に少し微妙そうな顔をする。

眉間にマイルドな皺が寄った。

後ろに倒れた滅却師のグロい瀕死体を見れば尚更だ。

 

 

「・・・やりすぎじゃねえか?」

「何言ってんですか、狛村隊長と射場ちゃんの仇ですよ。これじゃあ足りません」

 

 

そもそも拳西だってマスク・ド・マスキュリンを爆殺しているようなものなので、全くもって他人のことを言えないのだが、自分でも知らないうちに棚に上げて難色を示していた。といっても怪訝な顔をするだけだが。

そして、拳西の目はやはり隼人が両手に持つ杖に向かう。

両端に円環のついた、真ん中の握る部分がえんじ色に輝いたシルバーピンクの杖だ。

 

 

「・・・それがお前の卍解か」

「はい。僕の力は、実は対象の霊力に干渉する能力だったんですよ。敵の力を弱めたり、あと拳西さんを強化したり。自分自身を強化して戦うことも出来るんですよ!」

「便利な力だな」

「・・・えっ?ちょっと、反応薄くないですか!?せっかく頑張ったのに・・・」

「知るかよ!あと卍解は習得したてだと力無駄に消費するから使い終わったらすぐ解け!いいな!」

「分かりましたよ~今解きま・・・・・・」

 

 

やべっ、忘れてた。

 

『一回卍解を使って解いたら、こばやしは暫くの時間一切霊圧を感じられなくなるから』

 

頭の中で卍解使用のリスクを思い出した隼人は、一瞬でパニックに陥った。

 

 

「どっ、どどどどどどどうしましょうどうしましょうやばいやばいやばい!!」

「おいいきなりどうしたんだよ隼人!!」

「卍解解いたら霊圧感じられなくなるんですよ!!やばい僕死んじゃう!」

「死なねえよそんな簡単に!とりあえず適当にどっかで姿くらましとけ!」

「そんな都合よく――――」

 

 

と、言葉を続けようとしたら、急に眩暈と頭痛に襲われ、フラッと前に倒れ込んでしまった。

目の前に拳西がいたため支えてくれたが、誰もいなかったら大変なことになっていた。

意識が混濁し、視界が暗闇に包まれていく。

 

 

「えっ・・・うそ・・・・・・、・・・まじか・・・・・・」

 

 

拳西に支えられたまま隼人は意識を失い、右手に持っていた杖は斬魄刀となって左腰へと戻っていった。

 

 

「・・・お前は初っ端から力使い過ぎなんだよ。新しいゲーム買ってもらった子どもみてえだな・・・」

 

 

倒れ込んだ隼人は意識を失った後すぐに、がっつり寝息をかいて爆睡を始めた。

有り余っていると思っていた霊力は、すっかり尽きてしまったのだ。

最初だったからか、卍解が想像以上に力を消耗していたのだろう。

この戦いが終わったら再び体力増強のトレーニングをしなければならない。

 

(情けねえ奴だな・・・)

 

せっかく強くなったのに体力が持たないのはダメだが、むしろ隼人らしい姿にちょっとだけ安心する。

どこかの建物にあるはずのベッドを探すため、拳西は爆睡中の隼人を抱えて移動を始めた。

 




ようやく卍解の名をお披露目です。

シンプルに五鈷杵にしようかと思いましたが、主人公は基本的に刀と肉弾戦を使わない超魔法キャラなので、神聖な加護を持たせるために宝珠杵にしました。
イメージにおいては始解は呪いなど負の側面が強いですが、卍解は祈りなど、正の側面が強くなっています。斬魄刀への祈りが、ようやく届きました。ヤッタネ

基本は霊圧、霊力への干渉ですが、一番の武器は自己干渉です。そのせいで能力自体がやや分かりづらくなってしまいますが、自己干渉すれば卍解中はリスクなしで無限にバフが出来るため、完全にチート級です。そのため、一部鬼道が勝手にリメイクされています。
仲間の強化、敵の弱体化も、霊圧さえ読んでいれば出来るので、能力だけで言えば向かうところ敵なしです。ただ、使い手が使い手なので、これから何度かピンチに陥ってしまいますが・・・。


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救護

銀架城(ジルバーン)への帰投命令がでたハッシュヴァルトの撤退後、七緒は安心で腰を抜かしそうになっていた。

星十字騎士団のトップを苦戦させる程の結界を数時間持続させたのだ。七緒の成長は京楽にとっても想定外の域に達していた。

 

 

「よく頑張ったね、七緒ちゃん」

「・・・総隊長を護るのが、私の仕事ですから・・・・・・」

 

 

長年共に働く中で、自分の力を使って脂汗をかいて息を切らす七緒の姿も初めて見た。

だが、それにふさわしい力を今までずっと七緒は使っていた。

 

ハッシュヴァルトの力について具体的に理解することは出来なかったが、彼が聖文字の力を引き出しても白断結壁は一度であるが防ぎきったのだ。

そんな中で性質の違う別の壁も生成し、ハッシュヴァルトの動きを止める。

 

京楽を護るためとはいえ、防御に関しては隊長に匹敵する程の活躍を見せた。

 

 

「全く無茶しちゃって、そんなにボクが大事なのかい♡」

「総隊長として、私は大事に思っていますよ。一個人としての貴方は・・・・・・」

 

 

言葉に詰まる七緒にいつもなら「あれれ~~♡」とエロオヤジの顔をしていたが、疲れ切って思考がままならないのかもしれないと判断した京楽は、優しく声をかけるだけだった。

 

 

「少し、休憩しようか」

「・・・ありがとうございます、総隊長・・・」

 

 

ハッシュヴァルトとの攻防戦の中で入った建物の中にある椅子に座って一息ついたところで、窓から風が吹いてきた。

外を見ると、見たことのない巨大な鳥の頭部が、暴風を生み出している。

 

 

「あのような術、一体誰が・・・」

 

 

七緒の言葉に京楽は「誰だろうね?」と適当にはぐらかしたが、これが兵主部一兵衛の隼人に託した『裏破道』であることは勿論分かっていた。

現在地と鬼道の発生地ではかなりの距離があるにもかかわらず、二人のいる場所まで風が届いているなら、威力は台風や竜巻などと比べてはいけないだろう。

 

卍解習得で得た隼人の力に安心しつつ、京楽はこの場所を新たな拠点にするために沖牙を電話で呼んで新たな対策を練ることにする。

 

先鋒として出したのは卍解を奪われた二、十番隊の隊長格だったが、彼らは霊圧が消えているため滅却師にやられてしまったのだろう。

他にも、京楽が確認しただけで数名の席官の霊圧が弱まっている。

 

だが、今のところ持ちこたえているようにも思えた。

さっき強く感じた拳西の霊圧は残っていて移動しているため、滅却師相手に勝利したと読んでいい。

五番隊二人の霊圧も残っている。負傷者の運び屋を彼らに任せているが、上手い事敵に遭遇せずに乗り切っているのだろう。平子の逆撫は、滅却師相手にもしっかり効果があるようだ。

今戦っている隼人も、さっき会った時の霊圧を見たら余程の曲者でない限り負けるとは思えない。

そして、霊王宮から戻ってきた二人の副隊長もいる。白哉も、そして一護もそのうち戻ってくるだろう。

さらに、まだ出陣させていないローズ、マユリ、そして更木剣八もこちらには控えている。

 

この状況で、どうすればさらに優位に立てるか。

地の利を覆されたため、滅却師との戦い方について朝になるまで結論を出したいところだった。

 

 

 

*****

 

 

 

「うーーーーん、まだ息はあるねッ。よかった、細胞も新鮮だしとってもありがたいよ!」

 

 

同じ頃、ジゼル・ジュエルは自らの舌を嚙み千切っていた。

大量の血が口から流れ出るが、自身の力『The Zombie』の力の副次的効果で、ほぼ不死身ともいえる状態なので、舌を切ろうとピンピンしていた。

 

目の前には、十番隊のトップ二人が壁にもたれかかって意識を失っている。

キャンディスが連れてきた松本は、目をカッと開いたまま意識を失っていた。

 

 

「で?死神の隊長もゾンビに出来んのかよ」

「当ッたり前じゃーーーーんッ!皆見てて見てて」

 

 

そのままジゼルは日番谷の顎に手をかけ、動じない唇に、己の唇を重ねる。

噛み千切った自身の舌を日番谷の口内に捻じ込んでいき、唾液と血液を注ぎ込む。

意識の無い日番谷の口から、唾液の混じった血液が溢れ出ていた。

ねっとりとした()()()口づけに、リルトットとキャンディスはうへーという顔をして目を逸らす。

 

 

「んっ・・・・・・、ッんっ」

「どうでもいいから早くしろ」

「おーふほひあおひはへへお(もー少し楽しませてよ)」

「もう十分だと思いますよぅ」

 

 

「ちぇーー」と不満そうな顔をしながら日番谷との一方的な接吻を終えた時には、既に全身の肌が浅黒く変色しており、ジゼルが立ち上がると同時に日番谷は再起動する。

しっかりゾンビになったことを確認したジゼルは同じ要領で松本とも接吻し、新たなゾンビを作り上げていく。

 

 

「かーんせいッ!!」

「コイツらどうすんだよ?すぐに戦力に使うのか?」

「んーーー、死神だし、まだ生きてるまんまでゾンビにできたから、どうしよっかな、考え中」

 

 

キャンディスの疑問にはっきりしない口調で答えたが、ジゼルのプランは既に脳内で完成されている。

ゾンビの中でも生きている死神、それも隊長格となれば、かなり貴重な戦力になるため、ここぞという時のために温存するつもりでいるのだ。

敵の強い動揺も誘えるため、安易に出陣させてはいけない。

故に、ゾンビとして再起動した二人の死神は適当な場所に姿をくらますよう指示を出した。

もちろんジゼルの一声ですぐに参上できるように、常に近い場所にいるよう重ねて指示を出す。

 

そして次は、適当に使える戦力の調達を行う。

かなり遠くで発生した暴風が止んだのを見て、ジゼル達4人はその場所にのんびりと移動を始めた。

 

 

「・・・今助けにいくよ、バンビちゃん」

 

 

大事な仲間を助けに行くようには見えない足取りと表情で、歩みを進めた。

 

 

 

*****

 

 

 

「・・・もう大丈夫ですね。動きますか?」

「ああ、問題無えな。ありがとう」

 

 

四番隊一般隊士に腕の火傷を治してもらった修兵は、野戦病院と化している即席の救護詰所を見て言葉を失う。

花太郎、伊江村の二人が陣頭指揮を執る中、荻堂など高等席官も必死に倒れた死神の治療を行っていた。

身体の一部が欠損した死神や、ミイラのように全身に包帯を巻いた死神。

骨折した死神はギプスやコルセットを装着しているが、それも全身となればあまりの痛々しさに目を向けるのも辛くなる。

身体が爆発した誉望がまだマシに見える程だ。

 

そんな切羽詰まった状況の中、気の抜けた軽い声が詰所内をつんざく。

 

 

「はなーー!!やっちん!!新しくねどこに使えそうなの見つけてきたよー!!!」

「草鹿!声がでか・・・って、青鹿!!」

「お前も声でかいぞ檜佐木」

 

 

と、軽く窘めてから修兵の同期である青鹿は淡々と布団をセットし、これから運ばれてくる死神に対して備えを固める。

どうにも話しかけられる雰囲気では無いため、修兵はそのまま黙って同期の仕事ぶりを眺めていた。

明らかに自分が普段使っている布団よりもいい材質のものがたくさん敷かれており、顔には出さずに少し落ち込む。

セットし終えた青鹿は、再びやちるに先導されて布団の奪取に向かったようだ。

 

 

「檜佐木副隊長!」

「おお、花太郎か。抜けて大丈夫なのか?」

「ずっと働きっぱなしだったので、頼むから休憩してくれって隊士から言われまして・・・」

 

 

えへへ・・・と苦笑する姿はいつもと変わらないが、霊圧を見ればヘトヘトなのはすぐに分かる。

中心となって一般隊士に指示を出しつつ、重傷者の治療をこなす姿は以前に比べると物凄く成長していることは理解できるが、最初から勢いをぶっ放せばどんな奴でもガス切れしてしまう。

目の舌にはしっかりクマがあり、死覇装も汗で濡れているようだ。

 

 

「指揮とってる以上無理しすぎんなよ。虎徹副隊長はいないのかよ?」

「多分、他の場所で僕たちみたいに治療しているんだと思います。連絡しても全然出てくれないので・・・」

「あぁ、なんか他にも四番隊の奴らが出入りしてる建物あったな」

 

 

ここに来る途中で、席官クラスの死神の霊圧が集まった場所に四番隊の出入りがあった場所を見た記憶があったので、おそらく勇音もそこにいるのだろうと考えたが、きっとそっちでもたくさんの死神が運ばれて治療されているのだろう。むやみに足を運ぶわけにもいかないが、

 

 

「あの!時間があったらでいいので、虎徹副隊長がどこにいるか探してもらえませんか!?」

 

 

こんなお願いをされても、修兵にとっては困るだけだった。

 

 

「・・・別んトコで死ぬ気で働いてる中引っ張り出して来いってか?」

「そっ、そんなつもりはありません!三席の指示よりも副隊長の指示があれば、もっと皆動きやすくなると思うんです。ただ、僕の力では掴趾追雀も天挺空羅も出来ないので、・・・お願いします!!」

「霊子ばらまかれてる時点で俺も索敵できねえんだけどなぁ・・・・・・」

 

 

伝令神機に出ない以上、自分の足で探すことになる。

便利屋的役割など御免蒙る。

だが。

 

 

「・・・仕方ねえな。敵探すついでだぞ。あんまり当てにすんなよ」

「ありがとうございます!連絡するよう伝えるだけでいいです!!よろしくお願いします!」

 

 

誰であろうと頼られるのは悪い気がしない性格であるため、結局断れなかった。

あくまでもついでであることを強調して、変に期待されるのも避ける。

そうこうしていると、また新たな死神が運ばれてきた。

五番隊の席官が、脚を吹き飛ばされて倒れていたところを運ばれたらしい。

 

 

「それじゃあ僕は戻りますね」

「おい、まともに休憩してねえだろ!」

「休むのも大事ですが、怪我人は放っておけません。大丈夫です、無理だけはしませんから」

 

 

有無を言わせない圧を感じ取り、修兵は黙ってしまう。

そのまま花太郎はベッドの上に寝た席官の脚を見て、霊圧による施術を始めた。

 

(・・・俺もこんなトコで止まってちゃダメだな)

 

治療してもらった一般隊士に改めてお礼と励ましの言葉を授け、修兵は臨時救護詰所を後にする。

敵を探しつつ花太郎からの頼みをしっかり果たすために。

 

 

 

*****

 

 

 

夜が更けていき、闇が深くなる中、一人の死神が暗闇の中空中を駆けていた。

音もない空間で風を切る音が嫌にさざめき、思わず苛立ちを見せる。

ばら撒かれた霊子のせいで周囲の索敵も上手くいかず、何時でも敵に襲われていいように準備だけは怠らずにいた。

 

空中を走っていると、建物から電灯の光が漏れていた。

足を止めて窓から中を見てみると、四番隊の下位席官が回道で死神を治療しているところだった。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()隊士達を見ても何の感慨も湧かなかった。

 

すぐにその場を後にして、再び暗闇の景色と化すように空中を走り続ける。

 

 

しかし、死神は完全に景色に同化することはできなかった。

囲むように、四方八方からミサイルが飛んできた。

 

 

「破道の十二 伏火」

 

 

僅かな音でミサイルの存在に気付いたため、彼は蜘蛛の巣状にした霊圧を同心円状に広げていき、ミサイル全てを相殺する。

 

 

「暗闇に紛れて移動しているつもりだろうが、お前の存在などマイクロ波を使えば体温で感知できる。浅はかだな」

「勝手に喋る君の口弁なんて、聞きたくもないし興味もないよ」

「興味など持つ必要は無い。だがお前の胸に填められた機械は、私にとって興味深い」

 

 

普通の人間、死神などとは違う体温をマイクロ波で感知したBG9が急襲した死神には、胸に生命維持装置のような棒を装着されていた。

人型にもかかわらず異常値を示したために、BG9は興味を持たずにいられなかった。

 

 

「・・・お前は何者だ」

()()

 

 

錆びて朽ちた機械を見下ろすような目で、死体のまま蘇った吉良イヅルは生身(オリジナル)の左腕をBG9に向ける。

 

 

「破道の六十三 雷吼炮」

「!」

 

 

詠唱せずに放つ鬼道は副隊長の域を優に超えていたため、油断したBG9を吞み込んで凄まじい雷撃を浴びせる。

そして。

 

 

「この霊圧・・・、イヅルのかい?」

 

 

見えざる帝国に変化する前は隊舎だった場所に待機していたローズは、いてもたってもいられず吉良の霊圧を辿る。

 

 

「恋次・・・感じたか?」

「ああ。何が起きてんだよ、吉良・・・!」

 

 

同じように霊圧を感じたルキアと阿散井も、死んだはずの吉良の霊圧に向かって足を向ける。

しかし、招き寄せられたのは死神だけではなかった。

 

 

「アはッ。向カッテヰル。向カッテヰルね。君ナラ、知ッテヰルカナ、僕ノ千本桜ヲ」

 

 

朽木ルキアと阿散井恋次の霊圧を見つけたエス・ノトも、二人の向かう先へと移動する。

美しい卍解を取り戻すため。妹も同じ恐怖に陥れて白哉をさらに絶望させるため。

エス・ノトの足取りは、いつにも増して軽いものだった。

 




エスノトは・・・文字を打つだけで大変・・・。

そしてジジのゾンビ化シーンは、こうであったらいいなという願望がちょっとだけあります。
死体のバンビちゃんにディープキスするジジ・・・。


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死人

数十分移動して漸く丁度いい建物を見つけた拳西は、早速中に入って爆睡した隼人を壁に凭れかけて座らせ、中から人払い用の結界を張る。

前に教えたい教えたいとぎゃんぎゃん喚かれた時に隼人から教えてもらった鬼道が、こんな形で役立つとは思いもしないだろう。

鬼道はマスターしていないが、斬魄刀自体はどちらかというと鬼道系のものなので、それなりの難度の術を習得するのに苦労しなかった。

やけに得意そうな顔をしながら教授された鬼道を、教えの通りにしっかりと発動させる。ちゃんと発動していれば、隊長格程度の死神でもかなり注意しなければ探知できないらしい。

 

再び隼人を担いで中に入っていくと、これまた運がよくベッドがあった。

しかも、自分たちが今まで横になったことの無いような、キングサイズでふかふかのベッドだ。

 

 

「いくらすんだよこれ・・・俺が寝てえな」

 

 

思わず独り言が出てしまうレベルの高級感だが、新品の羽織を脱がせて適当に隼人をベッドに投げてみると、思いの外二人分横になれるスペースがある。

どさっと衝撃を受けた隼人は一瞬目を覚ましたっぽかったが、雲の上にいるかのようなふわふわ加減に逆らえずそのまま眠ってしまった。

 

満足そうな顔でベッドを独占して眠る隼人に、少しイラっとする。

何でこんな奴にキングサイズの高級ベッド(それも現世にいた頃は絶対に手を出せなかった)を譲らねばならないのだ。

 

霊力消費は拳西も激しいので、休めるものなら休みたい。

だが他の死神が戦っている以上・・・・・・、

 

(座るだけ座ってみるか)

 

少し中央寄りに寝返りを打った隼人をかなり強引に押しのけ、空いたスペースに座る。

あまりの心地よさに感覚が麻痺しそうだ。これだけでも疲れが取れてしまう。

さすがに二人とも寝た場合は無防備になるため、このままの状態で外の様子に気を配りつつ時間を潰すことにした。

 

 

 

*****

 

 

 

「・・・成程、バズビーに殺された死神か。一体どのようにして生き返った」

「機械の君が僕に興味を示した所で、何も益は生まれないよ」

「回答拒絶か。ならお前はどのようにしてその力を得た」

「・・・・・・、」

 

 

この質問に対して吉良が黙ることは、BG9にとってお見通しだった。

 

 

「お前の霊圧には、複数の死神の霊圧が混じっている。大方他の滅却師に殺された死神の魂魄でも捻じ込まれたのだろう。人体実験の産物とでも言うべきか」

「それを知ったところで君に何か変化があるのかい?」

「当たり前だ。霊圧だけを増やされようと、お前の戦力は大したことないのだから」

 

 

雷撃を浴びたBG9は体中の接続が若干不安定だったが、吉良の霊圧量を見て問題無いと判断したため、全身に装着したミサイルを全て発射させる。

 

 

「破道の三十二 黄火閃!」

 

 

隊長並みの霊圧で放たれたため広範囲を霊圧で迎撃できたが、BG9のミサイル軌道はそれ以上に広かったため、3分の1程度取り零してしまう。

奥歯を噛みしめて苦い顔をしながら避けようとしたが、ここで思わぬ助太刀が入った。

 

左に取り零したミサイルには鋭い金色のムチの先端が突き刺さり、一つの爆発で左に取り零した全てのミサイルを一気に撃ち消した。

右に取り零したミサイルは氷で全て固められ、「狒骨大砲(ひこつたいほう)!」という声と共に巨大な霊圧の弾丸で全て爆発した。

 

 

「・・・イヅル・・・!生き返ったのかい!?」

「死んでますよ、鳳橋隊長」

「そうかい・・・、わざわざ強調しなくてもいいんだよ?」

 

 

と、なんだかんだ適応しているローズを尻目に、ルキアと恋次は宇宙人を見るような目で吉良を見つめる。

 

 

「本当に・・・吉良副隊長でしょうか・・・?」

「マジで動いてやがる・・・卯ノ花隊長が治したのか?」

「それは・・・・・・」

 

 

説明しようとした所で、BG9の腕で作られたガトリングガンが火を噴いたが、ローズの断空によって全て防がれる。

 

 

「イヅルが何だろうと、ボクは気にしないよ。今のイヅルから深いインスピレーションが得られそうだし・・・!」

「それは関係ないと思いますが」

「相変わらずだねイヅル。でもそれでこそイヅルだよ!」

「いや、意味分かりません」

 

「噛み合ってねえのは、相変わらずだな・・・」

「鳳橋隊長は、新しい隊長の中でもかなり変わっていらっしゃるからな・・・」

 

 

以前、三番隊でオーケストラを作りたいと本気で喋っていた話を聞いてドン引きしたことは記憶に新しいが、何とバンドもやりたいと言っていたようだ。

修兵の耳に入った暁にはまずい事になりそうなので情報統制の必要がある。

恋次の思いとしてはもうバンドに誘われたくない。いくら頼れる先輩でも修兵に色々引っ掻き回されるのは御免だ。

 

 

「今は目の前の敵に集中しましょう?」

「そうだね。霊王宮に行ってたキミ達も合わされば、時間の節約になる。むしろボクの出番無いかな?」

「そうっスね。俺だけでも何とかなるっスよ。コイツ相手に4人でとっかかることが時間の無駄かと」

「恋次!せっかく鳳橋隊長が4人で戦うのがいいとおっしゃったのに失礼ではないか!」

「ボクは気にしないよ。若いキミ達の意見が重要じゃない?」

「おっ畏れ多いです!申し訳ござ――」

 

 

謝罪の言葉を口にする途中で、ぬっ、とルキアの左手と恋次の右手に何かが触れた。

 

((!?))

 

二人とも振り返ったが、その先に人影は見えない。

ただの真っ暗な虚空を見ているのに、心の奥底から怯えが引き出される。

 

 

「何だ、今のは・・・?」

「―――――・・・」

 

 

気味悪い気配に警戒を強めるルキアの隣で、恋次はこの生ぬるい感覚に覚えがあった。

先の戦いで全く歯が立たず、始解の一太刀すら通らなかったあの滅却師。

 

 

「・・・どこにいやがる、エス・ノト」

「!!」

 

 

白哉の卍解を奪った滅却師の名は、もちろんルキアも聞かされている。

兄の仇を取る為に、絶対に探して倒さねばならないと思っていた滅却師が、まさか自分から現れてくるとは。

しかし、以前の白哉を圧倒したその実力は、並の隊長格よりも上手であることは否定できないため、白哉とは未だに実力差に大きな隔たりがある以上厳重注意をしなければならない。

 

そして、恋次の呼びかけにエス・ノトは満を持して現れた。

 

 

「久シイね、阿散井恋次。君ハ朽木ルキアダね。知ッテヰルヨ、朽木白哉の妹」

 

 

まるで水面の上を歩く救世主のように、神聖さと畏怖を湛える足取りで、エス・ノトはじわじわと二人を己の世界に引き込んでいく。

 

 

「デモ淋シイな。朽木白哉ハドこ?」

 

 

「僕ノ、千本桜ハドこ?」

 

 

その言葉に、ルキアは歯を食いしばって静かに憤怒を見せる。

 

 

「・・・貴様に、兄様の居場所を答える義理などない」

「ルキア、今朽木隊長が何処にいるのか知ってんのかよ?」

「・・・・・・・・・、」

 

 

ツッコミに暫し黙った後、斬魄刀から袖白雪の力を恋次目がけて放つ。

 

 

「うぉっ!!危ねえよ!!!」

「そういう貴様は兄様が今何をしているか分かるのか!」

「分かる訳ねえよ!」

 

 

さすがに瀞霊廷から霊王宮にいる白哉が今何をしているかの判断は二人にはつかない。

隼人に伝令神機で電話でもすればすぐに解答は出るが、敵の前で電話など馬鹿な真似はしない。

さっき隼人は戦っていたので向こうも疲れているだろうし。

 

ちょっとした喧嘩になりかけたが、エス・ノトが鏃を放ったのを見逃すことはなかった。

すぐに後退し、三番隊の二人を巻き込まないようエス・ノトの気を引く。

ルキアは右へ、恋次は左へと移動することで一人が対処すべき鏃の数を減らしていき、安全に忍び寄る恐怖から身を引いていく。

 

 

「アはっ、君達二人トモ、朽木白哉ト強イ繋ガリアルね?ダッタラ君達ヲ殺シタラ、朽木白哉ハ此処ニ来ルカな?」

「そうかもな。だが、お前が朽木隊長の顔を見る前に俺達が倒してやるぜ!!」

 

 

エス・ノトが引き入れようとする彼の世界に抗うように、二人とも華麗な体捌きで闇夜を突き抜ける鏃を躱していく。

僅かに空気へと染み出る恐怖の力は、その分気配として感知しやすくなっていた。

 

(いける・・・!)

 

磨きをかけた瞬歩で移動しながら斬魄刀に手をかけ、ルキアに気を取られたエス・ノトの死角から身体を斬ろうとした瞬間、恋次は変化を見逃さなかった。

 

まさに身体を斬る瞬間、エス・ノトの身体から瘴気にも似たオーラが滲み出た。

 

(!)

 

斬魄刀には心があり、持ち主はまさに一心同体と言っても過言ではない。

それも、卍解できる死神であれば、斬魄刀と死神の繋がりはより強固なものになっていると言えるだろう。例外はあるが。

 

故に、斬魄刀がエス・ノトの力に触れてしまえば、持ち主の恋次にも影響が出る筈。

コンマ1秒の差で斬魄刀をエス・ノトの身体から離すことで、何とか恐怖の影響を受けずに済んだ。

 

 

「朽木ルキアニ集中シテ君ヲ忘レテイルト思っタカい?」

「あぁそうだ、そうやって俺を見てたら足元掬われるぜ?」

「何・・・?―――!」

 

 

エス・ノトの左手はすでに地面から生まれた巨大な氷に包まれており、空中で身動きが取れなくなってしまった。

だが、

 

 

「意味ナイよ」

 

 

むしろ、予期せぬ形で相手の油断を誘える攻撃をしてくれた。

エス・ノトの恐怖は、無機物も問答無用で浸潤する。

氷の根元にルキアがいるのを確認し、そのまま左手で鏃を発生させて恐怖を染み込ませ、ルキアの心身を恐怖に陥れる。

同時に恋次に向けて大量の鏃を放ち、最初はルキアの処理にかかった。

 

 

「サあ!!君ガ死ンダラ朽木白哉ハドンナ顔ヲスルカな!?妹ヲ失ッテ失意ノママ呆然トシテ動ケナクナルカな?絶望ニ突キ落トサレテ叫ビ悶エルカな?激シイ怒リニ身ヲ滅ボシテシマウカな?君ノ死体ガ、朽木白哉ノ誇リヲ全・・・テ・・・、―――――・・・?」

 

 

確かにルキアの身体には恐怖の力が付着している。

力を受けたルキアの身体は一瞬のけぞり、斬魄刀を持つ手の力も弱まったように見えた。

だが、明らかにおかしい点がある。

 

何故、恐怖の力はルキアの()()()()()()()()()のだろうか。

何故、斬魄刀を手放さずにそのまま持っているのか。

何故、恐怖に陥った者がする、引き攣った震えを見せないのか。

 

 

「・・・効イテナい・・・?」

 

 

恋次のいた場所に向けて再び鏃を発射する一方で、ルキアには空中から直接恐怖の力そのものを漆黒の液体として直接浴びせる。

精神干渉のオーラに近いためルキアの身体が真っ黒に濡れて穢れることはなかったが、表情からは凛とした生命力を感じさせる。

以前白哉を恐怖させた力が、効果を発揮しなかった。

 

 

「馬鹿ナ・・・!僕ノ恐怖ガ通用シナイナンテアリエナい・・・!!一体ナゼだ・・・!」

「理由など、貴様の頭で考えろ」

 

 

ルキアの声が背後から聞こえた時には、既にエス・ノトの右腕が綺麗に斬られていた。

 

(斬リ口ガ凍ッテイる・・・!?)

 

そのままルキアはエス・ノトの左に回り込み、左手首に触れて霊圧の放出口を瞬間冷凍させる。

 

 

「-18度、人体を軽く凍結させるのであればそれで十分だろう」

「僕ノ腕ヲ凍ラセタ所デ・・・!」

「-89,2度、現世の極寒世界で記録された歴史上最低気温だ」

「!!」

 

 

ルキアが近くにいるだけで、強い温度差の影響かエス・ノトの行動が急激に鈍くなる。

まるで、他人に与えてきた恐怖の力が自分に降りかかってくるかのようだった。

寒さが身体に伝わり、思うように身体が動かない。

そして自身の体をよく見ると、

 

 

「脚ガ・・・!腹ガ・・・!凍ッテイる・・・!!」

 

 

攻撃動作を一切とっていないのに、ルキアが近寄るだけでじわじわと身体が凍っていく。

 

 

「兄様の居場所を教える代わりに、貴様に触れればどうなるか、教えてやろうか」

「――――・・・、・・・・・・」

「だが生憎、私が手を下すまでもないようだ」

 

 

そうしてルキアが見上げた目線の先では、()()()()()を携えた恋次が、オロチ王から()()()()を繰り出した所だった。

 

 

「狒骨大砲!!」

 

 

レーザーのような砲弾が、凍りかけたエス・ノトの身体に複数の孔を開ける。

間髪入れず、左腕の狒狒王(ひひおう)も身体から飛ばし、一部が氷と化したエス・ノトの身体を一気に握り潰し、追いついた恋次が狒狒王を腕に嵌め直してそのまま近くの建物に向けて投げ放った。

 

ぶつかったエス・ノトがそのまま地面に落ちていったのを見て、恋次は卍解を解き、ルキアは体温を元に戻していった。

 

 

「ありがとな、ルキア。お前がアイツを無力化したおかげで俺の卍解が通った」

「ああ、そうだな。わ・た・し・の・おかげだな!恋次一人では勝ち目無しだな!!」

「清々しく言うなよ!!仕方ねえだろォ!!お前みてえに自分の肉体殺すこと出来ねえからよ!」

 

 

純粋な力の強化となった恋次とは違い、ルキアは力の性質そのものが変化したので、自然とルキアの方が手の内が増えるのは仕方ない。

また、癪な話だが恋次一人ではまともな対抗策が編み出せたかと言えば無理だっただろう。

直接斬ろうとした瞬間に身体から恐怖の力を発せられるのであれば、残りは大の苦手な鬼道での攻撃しか手札が無くなる。

ルキアが身体を凍結させて恐怖の力が身体から発せられるのを封じたおかげで、恋次の攻撃は臆することなく通せたのだ。

 

 

「とにかく一度身を隠すぞ。そのまま戦えば消耗して動けなくなる」

「おい無視かよ・・・・・・、まァ、打ち合わせ通りいくとするか」

「恋次と違って私のように肉体の生死をも操れるとなれば、力の消費は激しいからなぁ~」

「聞こえてんじゃねえかよ!!」

 

 

いつも通りの調子に戻った二人には、エス・ノトの身体がピクリと動いたことに気付く由もなかった。

 



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英雄の帰還

エス・ノトとルキア、恋次の交戦が始まったのとほぼ時を同じくして、残っていた三番隊とBG9の戦闘も幕を開ける。

ガトリングガンを機械仕掛けの身体から生成して連射したため、二手に分かれてすぐに無効化させる。

一人に集中すればもう一人ががら空きになるので、BG9はすぐに武器を変えた。

 

身体から作り出されたのは、握りこぶし程度の二つのスピーカーだ。

力の性質上、何が来るか察知したローズはすぐに耳を塞いだ。

 

 

「イヅル!!耳を塞いで!!!」

「!」

 

 

耳の穴に指を突っ込んでいても僅かに音が聞こえてきたが、音の性質から身体を麻痺させるものだと分析する。

さっきと比べて僅かに身体に重さを感じるため、高速のミサイルが来た場合に反応が遅れてしまいそうだ。

だが問題は、若干遅れた吉良だった。

 

 

「うぐぅッ・・・!!」

 

 

耳を塞ぐ寸前に一瞬音を聞いてしまったため、全身麻痺して空中で動きを止めてしまった。

身動きのとれない吉良を確認し次第すぐにスピーカーを引っ込め、鞭のような柔軟性を持った槍で吉良を射抜く。

 

 

「!金沙羅!!」

 

 

寸での所でローズの始解がBG9の槍に絡みつき、僅かに引っ張ることで吉良の身体が貫かれることはなかった。

そしてローズは、藍染戦での反省を活かしてすぐに始解を解き、瞬歩で一気に距離を詰めた。

 

(技を解いたか・・・)

 

絡みついた鞭を掴んで強引にBG9の近くに引き入れようとしたが、始解を解かれたせいで行動を先読みする手間が増える。

瞬時に二刀の近接戦用サーベルを取り出し、ローズと打ち合いになった。

 

(ッ・・・!機械仕掛けの身体には、簡単に刃は通らないかな・・・)

 

サーベルを普段使い慣れていないからか、打ち合いではローズの方が優位に立っている。だが、相手の身体が鋼鉄でできているため、生半可な力では表面に傷をつける程度で留まってしまう。

むしろ、斬られる前提で受け流しているようにも見える。

斬魄刀の一太刀など意に介さないということなら、鬼道を使うしかない。

 

 

「双蓮蒼火墜!」

 

 

態勢を立て直すために一度放ち、間合いをとって周囲を確認する。

ミサイルの残骸や、戦闘の痕跡が少なからず残っているため、それなりに瓦礫もあった。

 

 

「破道の五十八 闐嵐!」

 

 

先に撃ち込んだ双蓮蒼火墜と合わせて炎の竜巻を作り上げ、少しでも敵の足止めに使う。

同時に巻き上げられたたくさんの瓦礫を風で寄せ集め、土星の円環のように瓦礫で竜巻とBG9を囲い込む。

そして再び始解し、鞭の先端の薔薇を瓦礫の塊に突き刺して自慢の技を発動させた。

 

 

「金沙羅奏曲第十一番 『十六夜(いざよい)薔薇(ばら)』!!」

 

 

たった一つの瓦礫の爆発は炎の竜巻とBG9をしっかり巻き込み、一瞬にして暗闇の中に太陽が現れる程の大爆発を引き起こす。

突然の煌々とした閃光に耐えられず、ローズは防衛反応として目を瞑ってしまう。

吉良の様子を確認したい所だが、爆発の光で霊圧でしか所在を確認できなかった。

 

(巻き込んだらゴメンよ、イヅル・・・)

 

モロに喰らってしまえば後でまくし立てられるだろうなと考えつつ、始解を解いたその瞬間。

 

一筋のレーザーが、ローズの右肩を貫いた。

 

 

「ぐッ!!!」

 

 

その追撃として、爆炎の中からローズに向けて火炎放射が飛んでくる。

色が同化してわかりづらく、動きが遅れてしまえば全身を焼かれていただろう。

 

 

「ッ・・・!小癪な真似だね!」

 

 

動きの悪くなった右腕を使う攻撃を真っ先に捨て、再びローズは鬼道を中心に攻撃を組み立てる。

 

 

「破道の四十六 氷鍾(ひょうしょう)!」

 

 

まずは無尽蔵に放射される火炎に氷の光線をぶつけて相殺し、左手に斬魄刀を持ち替えて金沙羅を注意深く操作する。

慣れない左手での操作のため、少々思い通りにいかなくても大丈夫なよう大振りの攻撃を考えていた。

対してBG9は一撃を与えることに成功したため、このまま距離をとって適当にミサイルなりガトリングガンなりをぶっ放すのではなく、ローズを捕縛して手っ取り早く殺す方針へとシフトした。

槍状の鞭を体内から発射し、霊圧探査で正確に捕らえて串刺し。

BG9にとっての常套手段だ。

ところが。

 

 

「―――!?」

 

 

発射されるはずの鞭が、何度体内で起動させても一向に発射されない。

身体のシステム接続は問題をきたしていない。

何故、と思い今一度目視で身体を見てみると、想定外の出来事が起きていた。

 

(身体が・・・熔けてるだと・・・!?)

 

熔けた鉄が変形してミサイルや鞭を発射させるための噴射口を塞いでしまい、自身のシステムでは今まで感知しなかった異常事態が起きているのだ。

しかし、最初の爆発にここまでの火力は無かった。

やろうと思えば簡単に吹き飛ばせるほどの炎だったので、逆に炎を利用して遠距離から攻めようとしていた。

 

いつの間に鉄を熔かすまでの温度まで上昇したのか。答えは至極簡単だった。

麻痺から復活した吉良が、廃炎を生成する力を応用し、ローズに気を取られている間中ずっと炎の温度を上昇させていた。

 

吉良の存在を完全に失念していたのは落ち度であるのだが、それ以上に麻痺からの回復スピードの速さの方がBG9にとっては眉唾だ。

ローズもいるため、隊長を想定した麻痺の持続時間を設定したにもかかわらず、半分以下の時間で回復しているのだ。

 

 

「・・・ならば、使うしかあるまい」

 

 

二対一の上、二人とも隊長クラスの力の持ち主ともあれば、今までの戦い方を変えるしかない。

出し惜しみなどするつもりはなかった。

 

身を熔かす程の温度まで跳ね上がった爆炎は、光柱によって完全に吹き飛ばされる。

 

「!」

「イヅル!」

 

 

危険を感じた吉良はすぐにローズの隣へと瞬歩で移動する。

 

 

「これは・・・?」

「あの光、待機中にボクは何度か見たよ。完聖体(フォルシュテンディッヒ)だと思う」

「完聖体・・・?」

 

 

瞬殺された吉良は何も知らず、頭に?が浮かぶのも無理はない。

卍解みたいなものと言うと、すぐに理解できる頭があるだけローズは苦労しないが。

そして説明しながらローズが虚化したのを見ただけで、吉良は更に警戒心を強める。

 

 

光の中から現れたBG9は、熔けた身体が治り、背にはブロックでできた翼、頭には星形の光輪がある。

 

 

神の兵器(オプログロブス)

 

 

姿を現した時には、身体の中心に緑色のエネルギーが充填されている最中だった。

真っ先に吉良が瞬歩で距離を詰めてエネルギーに刺激を与え、自壊させようと斬魄刀を構えたが、

 

 

「ぐああっ・・・!」

「!」

 

 

死角にスピーカーが備えられており、近づいてきた敵の動きを止める仕様ができるようになっていた。

聖文字の段階では使えなかった複数兵器の同時使用が、完聖体ではできるようだ。

いまにもエネルギー砲が発射するところで、吉良の許に駆け寄ったローズはすぐさま強引に横へと押しのける。

 

 

「虚閃!!」

 

 

ローズの虚閃とBG9のエネルギー砲が同時に発射されてぶつかり合ったが、瞬間的に発動した虚閃としっかり溜めた砲撃では明らかに分が悪かった。

緑色のキャノン砲は赤い虚閃を圧倒し、ローズの身体を呑み込んでいった。

 

 

「隊長!!」

 

 

ローズに叩き押されたことで身体の麻痺をある程度回復させた吉良は、吹き飛ばされたローズを受け止めるために走ったが、間に合いそうもない。

 

(まずい、このままでは・・・!)

 

受け身も取れずに建物にぶつかるのではと危惧してしまったが、その心配は杞憂に終わった。

遠くから見た所、仮面はヒビが入っているようだが破壊されてない。

空中で態勢を立て直したローズは、ぶつかる所だった建物に足をつけ、一度空中へと跳躍した後、難なく地上に着地した。

 

 

「隊長!無事ですか!」

「ギリギリだよ・・・何とか仮面、割れずに済んでよかった・・・」

 

 

仮面が割れた場合は大いに霊力が弱まってしまうが、ヒビ程度なら大したことは無い。一回仮面を戻せば元に戻る。

しかし仮面を取ったローズは、頭からかなりの血を流していた。

思わず吉良は身を竦ませて動揺してしまったが、それに対してローズが嫌な顔などすることはない。

一度は死んだ吉良が死んだままでもこうして動き、共闘してくれるだけで、インスピレーション(元気)が湧いてくるのだ。

 

 

「・・・隊長、しばらくは僕が相手します。」

「気遣ってくれてありがとうイヅル。でもいいんだ。ボクは今をすごい楽しんでいるからね。わざわざ無理して前出なくても大丈夫だよ」

「そういう訳にはいきません。死人の僕は、体が欠けようが何も問題ありません。涅隊長が治してくれるので、僕は臆することなく戦えます」

「涅隊長が・・・、そうか・・・」

 

 

吉良が蘇った背景に納得したローズは、そこまで言うならと吉良の心意気を買う。

わざわざマユリの手を煩わせた以上、活躍せねば何を言われるか分からないだろう。

 

 

「だったら、頼みを聞いてもらおうかな?」

 

 

 

*****

 

 

 

特大のビームキャノン砲はエネルギー消費が激しく、一度発射してしまうとしばらく身体を動かせなくなってしまう。

リスクに見合う程の広範囲を補えるため完聖体後すぐの敵が油断した時に使うよう心掛けているが、この動けない時間にはいつまで経っても慣れずにいた。

おまけに直後は集音機の感度も自動低下しているため、相手の話す内容も理解出来ずにいた。

 

じわじわと集音機の性能も回復し、身体もしっかり動かせるようになったため、次は核弾頭かと準備を始めようとした所で、血で顔を濡らした敵の死神がのこのこと歩いてきた。

 

 

「作戦会議は済んだか」

「済んだよ。イヅルは頭がいいから、ボクの作戦なんかよりずっといいモノを出してくれたさ」

「そうか、だがお前達の作戦など叩き潰してやろう」

 

 

表情の読み取れないBG9に対して不敵にほほ笑んだローズの周りに、金色の鞭が大量に生成されていく。

キュルキュルと一本の鞭が撚れてたくさんの人形がローズの前で列をなし、空中には巨大な両手が生まれた。右手親指と人差し指で指揮棒をつまんでいる。

 

 

 

「卍解 金沙羅舞踏団」

「!!」

 

 

僅かにピクリとBG9が動いたため、卍解が()()()()()

確信したローズは舞踏団の頭部を花開かせ、演目の披露を始める。

 

 

「金沙羅舞踏団は死の舞踏団。お代はキミの命だよ」

 

 

「金沙羅第一交響楽章 本日第一の演目 『海流(シー・ドリフト)』」

 

 

演目を唱えた瞬間、金色の人形はBG9を取り囲み、高速の水流によって閉じ込められる。

始解とは全く違う技の性質に大いに戸惑い、BG9は思わず技の分析をしてしまう。

しかし彼が分析した所で、一体何が起きているのか全く結論付けられなかった。

この卍解は、所詮まやかしだから。

 

 

「第二の演目 『火山の使者(プロメテウス)』」

 

 

次に繰り出した技は、正反対の炎。

吉良が作り上げた数千度の高温には程遠いが、海流に閉じ込められた影響で思い通りに身動きが取れずにいた。さっき身体を熔かされた嫌な記憶がフラッシュバックする。

 

 

「第三の演目 『風花乱舞(エアロワルツ)』」

 

 

三つ目は風の性質を持った技だ。

ピルエットを始めた舞踏団の周囲に大量の鎌鼬が生まれ、水と炎でダメージを受けた身体を斬り刻んでいく。

最初のローズの一太刀ではちょっとした傷しかつかなかったにもかかわらず、卍解の風の刃はしっかり通っていた。腕と脚の比較的強度の低い部位はたくさん斬られている。

やはり、分析しようとしても何も掴めない。

 

 

「第四の演目 『大地の怒り(クェイクストーン)』」

 

 

少し距離をとった舞踏団が地面を足で強く踏みつけると同時に、地中から幾つもの土柱が同時に生まれてBG9目がけて高速で倒れ込んだ。

一つ一つはそこまで重くはないが、打撃の数の多さで体内の接続が大いに乱れてしまう。

 

 

「くっ・・・!何なんだこの卍解は・・・!氷の奴とは全く違う・・・!」

「そうか、キミ、日番谷隊長の卍解奪ったんだね。でもボクの卍解は彼のとは全く違うよ。ボクの操るものは『音楽』。キミの耳に鳴り響くそのまやかしの旋律が、キミの心を奪ってゆく。まやかしに心奪われれば、怪我をしてそのうち、息も絶えるさ。」

 

 

 

「第一楽章最終演目 『英雄の帰還(リムパートリオ・フォルティッシムス)』」

 

 

 

しかし、今の言葉からBG9はこの卍解の弱点を見抜いた。

それも、普通の滅却師や人間、そして死神には痛みが伴うことであっても、自分にはノーリスクで対処することができる。

 

つまり、集音機が一切の音を感知しないように設定を変えるだけでいいのだ。

そして設定を変えた瞬間、ローズの卍解は霧が晴れるかのように一瞬で消え去った。

 

 

「!?卍解が消えた・・・!?」

「簡単な話だ・・・。ここまで苦しめようと・・・、音を、拾いさえしなければ、お前の卍解は効果を発揮しない・・・!」

 

 

卍解を封じた以上、ローズは打つ手なし。

日番谷のようにバズビーから横取りする形ではなく、一から勝利を掴めるのだ。

隊長さえ殺してしまえば、副隊長は何度か麻痺を喰らう程には迂闊なので、多少気を付ければ難なく勝てる。

 

 

「卍解を潰してしまえば、死神など取るに足らん!!この完聖体で創り出す兵器を以てすれば、死神など滅却師の足元にも及ばな―――――」

 

 

しかし、BG9の言葉は最後まで続けることは出来なかった。

 

突如、直径1mにも満たない丸い岩がBG9の上から頭に直撃して落ちていったが、その岩はBG9を()()()()()()()()

圧砕されたBG9は一瞬でスクラップとなり、ただのガラクタへと化していた。

 

 

「・・・音が聴こえなくなると、普段に比べたら周囲を把握するのに苦労する筈だけど、キミはそれを計算できなかった。機械でも、耳・・・とは言わないか。音の情報には結構頼ってしまうようだね。()()()()()()()

 

 

立役者の吉良が、始解した状態のまま上空から地上に戻ってきた。

 

 

「単純ですが、引っ掛かってくれて良かったです」

「侘助で何回斬りつけたんだい?」

「ざっと30回程度です」

「・・・よく空中で持続させられたね・・・」

 

 

30回も斬ってしまえば、恐らくあの岩は下手な重機や宮殿など比べ物にならない重さだ。恐らく一瞬で何度も斬りつけたのだろうが、到底鬼道で支えきれる重さじゃない。

落としながら斬っていったのだろう。感服するしかなかった。

 

 

「ボクの卍解を囮だなんて最初は驚いたけど、やっぱりイヅルに頼って正解だったね。インスピレーションが湧いてくるよ!!」

「知りませんよ」

 

 

相変わらず冷淡というか噛み合わない会話になっていたが、最後にローズは穏やかな口ぶりで吉良に告げた。

 

 

「お帰り、イヅル」

「・・・・・・、朽木さんと阿散井くんの援護に向かいましょう」

「恥ずかしがらなくていいんだよ、イヅル!」

「うるさいなあ!」

 

 

吉良は最初のようなとっぷりと暗い闇に浸かった姿から、肩の力が抜けて段々と普段の性格に戻ってきたのだった。

 




金沙羅舞踏団、原作だけじゃどうも物足りないので、二つ程技を付け足しました。
地水火風、四大元素です。
また、舞踏団と言うからにはオーケストラに限らずもう少し総合芸術だと思うので、バレエの要素も入れました。
ちなみに最後の技は、皆さんのご想像にお任せします笑


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Visionally

ルキアと恋次の霊圧を探っている最中、突如バキバキバキ!!という音が遠くから響き渡ってきた。

一区画の地面がせり上がり、周囲の建物を巧妙に巻き込んで立方体の巨大なブロックが出来上がる。

まるで、舞台のようだった。

 

 

「あそこにいるのは、更木隊長ですか・・・」

「大怪我したって話は聞いていたケド、戻ってきたみたいだね」

 

 

頭に包帯を巻いているためローズの見た目は痛々しいが、吉良の回道のおかげで傷は大方治っている。

 

 

「隊長も無理しないで下さいよ」

「強くなったイヅルが一緒にいるから、何も問題無いさ!」

「あんまり期待かけないで欲しいです」

「謙虚だねホント・・・」

 

 

そうこうしている内に、吉良が二人の霊圧の位置を捕捉する。

 

 

「二人とも見つけました。まだ戦っているようですね。すぐに行きましょう」

「オールライッ!」

 

 

ローズの右手を腰に当てて左腕を真上に上げながら、親指と人差し指を伸ばして腰を横にフリフリする謎の決めポーズを無視して、吉良は一目散に霊圧の方向に向かって行った。

 

 

 

*****

 

 

 

「済まぬ・・・私はもう大丈夫だ。助かった。」

「だっ・・・駄目ですよ砕蜂隊長!確かに傷は塞がりましたが、だからといって万全に動ける状況ではございません!」

「他の死神の方が傷が深い。後は自分でどうにかできる」

 

 

救護詰所では、一足先にある程度回復した砕蜂が気を遣って戦線復帰しようとしていたが、伊江村の目からすれば完全回復しているとはまだ言い難く、もう少し治療を加えたいところだった。

ベッドの強奪をしていたやちるも、心配の目を向ける。

 

 

「ふぉんふぉん、本当にいいの?」

「今は四番隊も分散してしまって人手が足りていない。そんな中回復した私がお前のような高等席官を足止めする訳にもいかないだろう。行かせてくれ」

 

 

どうしても押しに弱い伊江村は、ここで砕蜂を治療するための決定打になりえるような一言を言えない。やちるも砕蜂の顔を見て、無理に止めようとはしなかった。

そして絶えることなく、詰所には負傷した死神が運ばれてくるのだ。

 

 

「寝床も一つ空けられる。私がここに立ち止まる理由も無いだろう」

「・・・分かりました、ご無理はなさらぬよう」

「迷惑をかけたな・・・ありがとう」

「ふぉんふぉん・・・」

 

 

ベッドの上に置いてあった斬魄刀を背中に差し、準備を整えた。

丁度負傷者が運ばれてくるラッシュの時間にかち合ってしまったため、落ち着いてから出ようとしたが、

 

 

「あ゛あ゛ア゛ァ゛ッッッ!!!!!」

「!」

 

 

救護室の入り口に怪我人を抱えた一般隊士が入った瞬間、彼は何者かによって全身を銃撃された。

 

 

「えっ・・・!何!?」

「滅却師か!?」

「侵入されただと!?」

 

 

四番隊士が揃ってパニックに陥り、入口とは反対側に逃げて押し寄せそうになるのを見かねて、砕蜂は喝を入れる。

 

 

「落ち着け!!私が様子を見るからお前達は一旦守備を固めろ」

「あたしも行く!」

 

 

簡単に指示を出した砕蜂は、やちるを連れて瞬歩で撃たれた死神の許へ移動する。

二人とも斬魄刀を構えて侵入者を迎え撃つつもりだったが、銃を撃ち込んだ滅却師がいると思われた場所には、何もない。

霊圧も残っておらず、もぬけの殻だった。

 

 

「にげちゃったかな・・・?」

「いや・・・何処かに隠れていると見るべきだ。わざわざ猟奇的な殺し方をする奴が、一人殺して満足して逃げるとは思えんな」

 

 

「大当たり」

「「「!!」」」

 

 

救護室の中から聞いたことの無い声が聞こえたために中に戻ると、少年の滅却師がある死神の横たわったベッドの脇に座っていた。

花太郎も伊江村も、訳が分からないといった顔をしている。

本当に、虚空から突然姿を現したのだ。

 

 

「貴方は誰ですか・・・!」

「彼らが心配かい?」

「寝床からどいて下さい!!今すぐに!!」

「そんなに心配することないよ。だってこの中に、隊長さんいないでしょ?」

「貴方が近くにいれば危害を加えるつもりでしょう!?すぐに消え去って下さい!!僕たちの仕事は彼らの治療です!!」

 

 

焦りながらも花太郎は謎の滅却師に声を荒げる。

そこまで言われるならと滅却師は立ち上がったが、誰しもが予想だにしなかったことを彼は言葉にした。

 

 

「でも、隊長さんいないならどうでもいいかなって思ってさ」

 

 

「殺しちゃった」

「―――――――、」

 

 

花太郎の思考が、瞬く間に停止する。

唯一この状況で動けた伊江村が大急ぎで治療中の死神全員の生死を確認したが、

 

 

「――・・・全員、死んでいる―――――――・・・!」

「ね」

 

 

六番隊席官の行木、九番隊席官の誉望、十一番隊席官の斑目と弓親を含めた十数名の高等席官だけでなく、滅却師の座ったベッドに横たわっていた大前田までもが、皆一瞬にして絶命していた。

 

 

「貴様!!一体何をした!!!」

「簡単だよ、彼らの命が無いものと想像しただけさ」

「想像だと?そんなちんけな物で死神を殺すなど不可能だ!!」

「じゃあ君も殺してあげようか?」

「!!」

 

 

滅却師の口ぶりは、決して荒唐無稽なことをのたまって時間稼ぎをしようとしているようには見えない。

本気で、想像だけで殺せるのだ。

顔から脂汗が出てくる。言葉を発することもできないくらい、滅却師の存在だけで圧倒されている。

 

 

「今ここにいる君達全員の命は、僕の掌の上にある。僕が想像すれば、君達全員一気に殺すことが出来るよ。治療部隊だからちょっとの想像で十分だ」

 

 

その言葉を皮切りに、一人の死神が意識を失って倒れてしまった。

 

 

「ちょっと・・・!ちょっと、しっかりしてよ!しっかりしてよ麻衣!」

 

 

また別の死神が倒れていく。

 

 

「しっかりしろ!目を覚ませよ!」

 

 

また一人、また一人。

じわじわと迫りくる死の恐怖に、残った一般隊士は気持ちを落ち着けることなどできず、パニックが伝染していく。

怯えて奇声を上げ、叫び狂う者。

立つこともままならず、失禁して意識を失う者。

毒を飲んでしまったかのように、嘔吐が止まらなくなる者。

安全地帯であった救護詰所は、地獄のような場所へと変貌を遂げてしまった。

花太郎も伊江村も、彼らのフォローで手一杯だ。

 

 

唯一しっかり戦える砕蜂が動き出したが、

 

 

「あ゛ッ・・・!!!」

 

 

右脚を踏み込んだ瞬間、足の骨が一気に粉々になった。

激痛で左足を重心にしてしまい、同じように左足の骨も粉々になってしまう。

 

 

「ふぉんふぉん!」

 

 

手近にあった寝床を引っ張り、砕蜂が倒れそうになった場所に上手い事スライドさせることで、何とか他の骨を守ることができた。

そのままやちるも攻勢に出ようとしたが、やはり踏み込むと足の骨がバキバキ!と粉々になる。

 

 

「足が、バキバキ・・・」

「想像してごらん。もし、“君達の腕の骨が、クッキーだったとしたら”」

「「!」」

 

 

だから、踏み込むだけで骨が一気に折れたのか。

それならと思い砕蜂は縛道を使おうとしたが、腕を振るっただけでボキッ!と骨が折れてしまう。

 

 

「クッキーだよ?脆いに決まってる。それとも、落雁って言えば分かるかな?」

 

 

再びやちるが動こうとしても、力を入れたらその部位の骨が折れてしまうため、何も手を出せなくなってしまう。

 

 

「この世界で一番強い力は“想像力”だ。僕の想像したことは、()()()()()()()

 

 

身動きの取れなくなった二人の女性死神を仕留めようとした瞬間、救護室の屋根が一瞬にして吹き飛んだ。

 

 

「なっ・・・!今度は何だ一体―――――!」

 

 

その禍々しく、殺気に満ちた霊圧は、死神なら誰しも覚えがあり、恐れ慄くものだった。

ある意味、招き寄せられた客とも言い表せるだろう。

空間全体の霊子の主導権を握り、搔き乱すかのようだった。

 

 

「何だァ?やちるの霊圧が随分グラついてやがるから捜して来てみりゃ、ガキが一匹騒いでやがるだけじゃねえか」

「更木・・・!!」

 

 

砕蜂の声にはさして気にも留めなかったが、ベッドの上に見覚えのある顔が横たわっているため、縁から降りて二人の許へのっそのっそと歩いて行ったが。

 

 

「もう死んでるよ」

「――――・・・・・・」

「剣ちゃん」

 

 

声に振り返ると、やちるの他には砕蜂と、花太郎やその他大勢の四番隊の死神がいる。

 

 

「おい砕蜂、やちるを頼む」

「・・・分かった。頼むぞ、更木」

 

 

完全回復といかない中で新たに骨折しているため、下手に強情になって粘るような真似はしなかった。

空中に浮かび上がって霊子で足場を作れば、骨折の影響も減って動きやすくなった。

 

 

「ふぅん、これが“更木剣八”かぁ。“更木”から来た“剣八”で、更木剣八。強そうだ、『想像通りに』ね」

 

 

そして、三番隊の二人が目の当たりにしたように、二人の戦闘舞台が形成されていく。

 

 

「地面が、動いて・・・!?」

 

 

それと同時にベッドごと舞台から零れ落ちていき、たくさんの死体が自由落下していく。

 

 

「手の空いた人は皆さんを抱えて下さい!危ない!!」

 

 

気を取り直した花太郎が一般隊士に声をかけ、亡くなった席官や気を失った死神へのフォローを皆に頼んだ。

ここで、砕蜂は()()()()()()()()()()()()ため、無事な左腕でやちるを丁寧に抱えて皆と共に下に降りて行った。

やちるを抱えても、骨が折れたような音は一つも聞こえなかった。

 

 

「ふぉんふぉんはもう、大丈夫?」

「ああ、どうやら私達の骨は元に戻ったようだな・・・」

 

 

そして、意識を失っていた四番隊の一般隊士も、落下しながら皆目を覚ましていく。

彼らはどうやら殺されたのではなく、ただ意識を失っていただけのようだ。

想像したこと全てが現実になるとはいえども、さすがにピンピンした人間を一瞬で殺すまでは出来ないのだろうか。

などと砕蜂が考えていたところで地面に近付いてきたため、霊圧を解放して速度を落とし、空中に足場を作った。

 

 

「砕蜂隊長!草鹿副隊長!すぐに治療致します!」

「草鹿から頼む」

「はっ!了解しました!」

 

 

伊江村にやちるを引き渡した砕蜂は最初に殺された大前田の様子を見に行く。

先程生死の判断をした時は完全に死んでいたが、改めて砕蜂が確認してみると、何と微弱な生命反応が出た。

一度想像した事象であっても、想像する暇が無くなった、もしくは想像すること自体を忘れてしまった場合には、効果が切れてしまうのだろうか。

 

何はともあれ、あんな死に方では浮かばれないので生き返って良かった。

他の者も、大前田と同じであれば皆息を吹き返しているだろう。

 

一通り皆の様子を見て最初に降り立った場所に戻ると、伊江村がやちるの身体の治療を一通り終えた所だった。

 

 

「ここまでやれば、どうにか動かせるでしょう」

「ありがと、やっちん!」

 

 

立ち上がったやちるは滅却師と更木が戦っている舞台を仰ぎ見た。その上で激戦が繰り広げられているのは、真下にいれば音で伝わってくる。

その様子から、砕蜂はやちるが更木の許へ向かいたいと思っていることは容易に読み取れた。

舞台から降りる時も、砕蜂の腕の中で更木を見ながらうずうずしていたのだ。

予想通り、やちるは「あたし行くね!」と言ってその場を後にしようとした。

 

 

「・・・行くのか、草鹿」

「うん・・・、」

 

 

「やっと・・・・・・やっと、剣ちゃんに呼んでもらえる・・・・・・」

 

 

胸に手を当てて発したかすかなつぶやきから、砕蜂は様々な疑問が脳裡に浮かんだが、追及しなかった。

ただ一言。

 

 

「・・・行ってこい」

「うん!ありがと、ふぉんふぉん!じゃあね!!」

 

 

跳躍するやちるを、砕蜂と伊江村は見送るしかできなかった。

そして二人が見上げた空には、突如巨大隕石が出現したところだった。

 




想像力が切れたことに関しては、僕も原作を読み進めていく中で気になっていました。やちるに対する想像力が切れたのであれば、原作で殺された拳西とローズに対する想像力も切れていることになります。
そして、ジジのゾンビとして再登場した時、十番隊の二人と同じように、生前にゾンビ化させた文脈で出てきたように見えました。
二人の能力が落ちた描写や、ジゼルの好きな性格に変化した描写も無いので、想像力は凶悪な一方で、本人次第で簡単に効果が切れちゃうのかもしれないと思いました。

なので、今回は想像力切れで一応生存させています。といっても、普通の人間からすれば心肺停止からの回復みたいなものなので、動けませんが・・・。


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蛇尾丸

完聖体となったエス・ノトの目覚めに気付くのに遅れてしまったせいで、ルキアと恋次は恐怖に惑い、形成逆転されてしまう。

視神経を通じて恐怖を捻じ込まれてしまえば、たとえ肉体を殺しても恐怖を避けることはできない。

単純な戦力強化の恋次だけでなく、エス・ノトの恐怖を封じ切ったルキアも、白哉が苦しんだ“恐怖”を体感してしまった。

 

 

しかし、二人を覆う恐怖の帳は、二人の死神によって跡形もなく破壊されてしまう。

 

 

「「双蓮蒼火墜!!」」

 

 

ローズと吉良の合わせ技でエス・ノトの眼は一気に燃え上がり、中にいた二人は恐怖から解放されていく。

 

 

「―――――・・・君ハタシカ、バズビーニ一瞬デ殺サレタ筈。生キ返ッタノカい?」

「死んでいるよ」

「ソウカ、デモソレダケデハ、僕ノ完聖体ハ防ゲナい!」

 

 

今度は吉良を中心に帳を作り上げ、再びエス・ノトは眼を開く。

ローズには抜けられてしまったが、結局一人でも捕らえられれば問題なかった。

 

 

「サあ、僕ノ“恐怖”ニ心ヲ灼キ殺サレルガ良い!!」

 

 

全方位をエス・ノトの眼に覆われ、何処にも逃げ場はない。

目を瞑っても問答無用で、避けてきた筈の恐怖が吉良に降りかかる。

脳の奥底に恐怖が響き渡り、苦しみ、叫び、のたうち回る、

 

 

はずだった。

 

 

「・・・何・・・?」

 

 

眼に覆われた吉良は、自分の目を閉じもせず、エス・ノトの身体をしっかりと見据えている。

それなのに、吉良の顔つきには何の変化も無かった。

完聖体前のルキアと、全く同じ状態だった。

 

 

「こんなものが恐怖か。・・・残念だけど、つまらないよ」

 

 

死人となって身についてしまった精神力のおかげで、吉良にとってエス・ノトの作り出す“恐怖”は、幻想、紛い物の類にしか見えなかった。

奥底に眠っていた恐怖を呼び覚まされても、何の感慨も浮かばなかった。

つまらなく、どうでもいい。

そんな感想しか、浮かばなかった。

 

吉良の言葉と同時に、再びエス・ノトの眼は何者かに破壊されてしまう。

帳の破壊者を見た時の吉良の方が、表情に変化がある程だった。

流れでエス・ノトも振り返ると。

 

 

「――――――・・・・・・君ハ・・・・・・、朽木白哉・・・!!!」

 

 

ある意味、満を持して現れた白哉の隣には、ローズとルキア、恋次がいた。

待ち望んでいた男が現れ、エス・ノトはじわじわと数的不利に陥っているにもかかわらず、一瞬で切り替えて表情を明るくする。

 

 

「良ク来た。待チカネタよ。ドウダい?僕ノ抉ッタ臓物ノ調子は」

 

 

厳かに地に降りた白哉は何も言わないが、以前やられた敵を見ても、取り乱すようなことはなかった。

 

 

「胃袋、肝臓、腎臓。肺、小腸、大腸、膵臓。胆ノウヤ睾丸モ、心臓以外ホボ全テの臓器ヲ抉リ出サレテ、苦シカッタロう?ツイデニ全身ノ骨モ斬リ刻ンデ粉々ニシテヤッタカラ、動クコトモ出来ナカッタロう?少シ、痩セタンジャナイか?」

 

 

揺さぶる中で、エス・ノトは最後の帳を展開していった。

落ち着いた様子を見せていても、最初の戦いで恐怖に歪められたのなら、今回の力も同じように効く。

だが、その望みは千本桜によって打ち砕かれた。

 

ルキアと恋次、さらにローズの取り計らいで白哉はごく簡単な裏工作を行い、周囲に大量の千本桜を置いたことで、帳の因子そのものを破壊し尽くした。

 

 

完聖体の恐怖の力が通用しない死人の存在に加え、眼を破壊し尽くされたエス・ノトには、最終手段しか残っていなかった。

だが、更なる形態でできる技には、副作用もあることを懸念していると、白哉が口を開いた。

 

 

「兄が私の卍解を奪ったことに、感謝せねばなるまい。私は霊王宮にいる間に、千本桜の真髄を見極めることができた。千本桜と一度離れることで、改めて真の姿を知ることができた。礼を言うぞ、エス・ノト」

「・・・・・・・・・・・・、」

 

 

嘲るどころか、よりによってお礼まで言い放った白哉に、怒りを抑えられず我慢の限界を迎えてしまった。

調子に乗る白哉を、無限の恐怖の海に陥れて、心も身体も破壊し尽くして、白哉の尊厳、誇り、精神を余すところなく殺し尽くし、死んだ方が幸せだと思わせながら永久に生き永らえさせる。

万が一殺してくれと言われようが、絶対に殺さない。

更なる恐怖で絶望の淵に落としつつ、尚も恐怖の追撃を続ける。

 

身体が縦一直線に裂け、流れ出た大量の血液が眼となり肉となり、エス・ノトに肉襦袢のように身体を付け加えていく。

 

 

「殺サナイ殺サナイ殺サナイ殺サナイ殺サナイ!!オ前ハ絶対ニ殺シテヤルモノか!!!」

「・・・そうか・・・。私を殺さずにいてくれるか・・・、感謝するぞ」

「フザケルノモ大概ニシろ!!!オ前ダケジャナい!!ソコノ死人モ金髪モ、朽木ルキアモ阿散井恋次モ、全員ガぁっ―――――――」

 

 

巨大化の最中にいたエス・ノトの言葉は、最後まで続かなかった。

 

 

背中から、蛇腹剣の形をした斬魄刀が突き刺さる。

 

 

「―――――・・・・・・コレは・・・・・・、」

「双王蛇尾丸!!蛇牙(さが)鉄炮!!」

 

 

オロチ王に集約した力が一気に炸裂すると同時に、霊圧で生まれた巨大な蛇がエス・ノトの身体を完全に嚙み潰す。

白哉以外の四人が条件反射で顔に手を翳す程の爆風が舞い、巨大化しかけていたエス・ノトの身体は一気に炭化して塵となってしまった。

 

 

「・・・燃え尽きたか・・・、お前が恐怖を感じることなく死んだのが、残念でならねえよ」

 

 

しっかりエス・ノトの死を確認してから卍解を解いてようやく周囲を見てみると、丁度夜が明けたところだった。

四人の所へ瞬歩で向かうと、ローズから労いの言葉がかけられた。

 

 

「皆、本当に強くなったね。ボクなんか隊長でいていいのか困っちゃうよ」

「あっ、ありがとうございます!!」

 

 

素直に恋次がお礼を言うのとは対照的に、ルキアは少し自信無さげだ。

だが、扱いづらい力であまり活躍できなかったことを考えると、歯痒い思いをするのも仕方ないだろう。

 

 

「・・・私は、敵が復活してから、何も出来ませんでした。霊王宮で修行したにもかかわらず、情けない思いで・・・・・・」

「ルキア」

「・・・はい」

 

 

言葉を詰まらせるルキアに、白哉は最大限の賛辞を贈った。

 

 

「此処へ降りてくる途中、ずっと、お前の霊圧を感じていた」

 

 

「強くなったな、ルキア」

 

 

霊術院にいた時に、白哉に義妹として迎えられたこと。

それにもかかわらず冷遇され、兄弟としての絆を深められず、戸惑い、寂しさを覚えていたこと。

一護との出会いをきっかけとして、白哉の様々な思いに触れ、ようやく白哉のことを少しずつ理解できてとても嬉しかったこと。

 

朽木家に来てからのの様々な記憶が一気に脳内で駆け巡った。

そして、白哉から貰った言葉に、嬉しさのあまり目を閉じて万感の思いを噛みしめていた。

 

 

「兄様・・・!」

「行くぞ、ルキア」

 

 

「尸魂界を護ろう」

「―――――――はい!兄様!!」

 

 

威勢のいい返事に、隣にいた恋次が肩をこづいてニヤニヤ笑う。

一緒に喜んでくれる恋次も、ルキアにとっては十分心の支えになっていた。

 

 

 

*****

 

 

 

しかし、安寧は一瞬にして終焉を迎えた。

 

 

「隊長・・・あれは・・・」

「・・・まさか、隕石かい・・・?」

 

 

ローズの一言で、一気に緊張が走る。

 

 

「わっ、私達でどうにかするぞ恋次!」

「馬鹿言ってんじゃねえ!!いくら何でも無理だ!」

「しかし・・・!このままでは瀞霊廷が・・・!」

 

 

と、押し問答を続けていると、遠くから小さな影が隕石へと臆することなく向かって行く。

霊圧の主は、更木剣八だ。

 

 

「・・・更木か・・・、なら、私達は動く必要無かろう。余波に備えろ」

「ですが朽木隊長、あのような巨大隕石に隊長一人で対処できるのでしょうか?」

「問題無い。兄が蘇って強化されたように、更木も修行を経て強くなっている。霊王宮で修行した私達の他にも皆、独自の術で強くなっているのだ」

 

 

未だに更木一人では大丈夫なのかと訝しむ吉良に対して、白哉は更木を高く評価することで諭していく。

その白哉の読みは、見事に的中した。

一閃。

ゴアッ!!と轟音が木霊すると同時に、空間ごと霊圧で軋むような錯覚を覚える。

太陽並の眩しさで煌めくと同時に隕石は粉々に砕け、流星群のような小さなサイズの小型隕石となって瀞霊廷中に降り注いだ。

 

 

「うおおおおっっ!!落ちてくる落ちてくるぜ!!」

「たわけっ!焦らず避けろ恋次!」

「さっきまであの隕石を自分(テメー)でどうにかしようとしていた奴に言われたくねえー!!!」

 

 

このように、流星群を避けるのに手一杯な中。

唯一、これを利用してやろうというぶっ飛んだ考えの持ち主がいた。

 

 

 

*****

 

 

 

「えーーーー!!防げないんじゃ建物壊れちゃうじゃん!院の子たち皆怪我しちゃうよ!」

「桃が院のセンセイの治療行っとるさかいどうしようもないわ。避難させるしかあれへん」

「じゃあシンジの力でどうにかしてよ~!」

「アホぬかせ!!隕石相手に『ほれ逆様の世界やァ~!』って出来るか!」

「じゃあ白がどうにかするっ!!」

「オイどないするつもりや!」

 

 

霊術院(だった場所)で聖兵相手に雑魚散らしをしていた白は、正直言って退屈だった。

いつまで経っても来るのは一般兵だけで、星十字騎士団と思しき滅却師は気配すら感じない。

それどころか、聖兵だけがワラワラと烏合の衆みたいに沢山押し寄せてくるのだ。

 

はっきり言って、拳西に騙されたと言っても過言ではない。

スーパー副隊長なんだろ?とか言っといてこの仕打ちは、白にとってイライラが募るばかりだ。

それでも白は、与えられた役割は投げ出さない。

未来の死神を護るため、院の先生と共にしっかり院生達を護ってきた。

その証拠に、今まで院生全員が無傷だった。

 

その単調な流れの中、途中で五番隊の二人が様子見に駆け付けてきた。

雛森は怪我をした先生の治療に集中させて、基本的に平子と二人で聖兵に対処する。

先生達は、主に二人のフォローに回っていた。

お互いに背中を預け、華麗に敵をいなしていく姿は、院生達の目に強く焼き付く。

二人に護られていた院生は居てもたってもいられず、雛森の手伝いを始めていた。

 

こうして、今の隕石騒動にまで時は流れる。

更木剣八が斬った巨大隕石は小さな流星となり、瀞霊廷のあちこちに墜ちていく。

その一つが、まさに院生の隠れている建物に直撃しそうになっていたのだ。

 

今までの努力を全て無駄にする訳になどいくものか。

白は虚化を()()()、斬魄刀の力を使って問題を解決することにした。

 

 

杏麗(きょうれい)!」

 

 

始解して斬魄刀を鉄扇に変化させ、さらに分裂させて双扇に姿を変えた。

空中へと跳躍し、流星の落下線とは少し離れたところで足場を固定し、双扇をブーメランのように前方へ腕をクロスさせて投擲する。

一度扇を手放してから再び虚化した白は自分流ではなく、正統な方法で虚閃のエネルギーを溜めていき、自身の前に緑色の光球を発生させた。

手元に二つの扇が返ってくると、風を受けて扇に溜まった力を使い、虚閃の力を増大させた。

 

ブンブンと双扇を振り回す大振りな動きをしていたが、白は心の中で少しばかり祈っていた。

 

 

「上手くいってね。虚閃と始解、組み合わせるの初めてだから」

 

 

限界まで虚閃の力を強めてから、白は院生の隠れる建物に墜落しそうになっている流星目がけて、緑色のエネルギー弾を双扇から発射させた。

 

 

白流(ましろりゅう)!スーパーキャノン虚閃!!」

 

 

何も考えずにふと出た技名は、恐らく忘れられて二度と日の目を浴びることは無い。

だが、一度限りに名前を付けられたこの技は、見事に流星に当たって軌道を逸らすことに成功した。

そして軌道を捻じ曲げられた流星は、何と聖兵の固まっていた場所へと墜落していった。

 

 

「アイツ・・・やりおったな・・・」

 

 

かと思えば、白は猛スピードで平子の許へ戻っていき、どうだと言わんばかりにふんぞり返る。

100年前からずっと我流の自己鍛錬を続けてきたのは平子も知っているので、こればかりは正直に褒めてやった。

 

 

「はァ~~けったいな技何時の間に編み出しとんねんな~」

「今日初めてだよ!久々にちゃんと虚閃使ったから変な感覚~」

 

 

白は少し険しい顔をしているが、わざとだろう。上手い事いった達成感で、キラキラオーラがプンプン漂っている。

隕石を上手く使って大量の聖兵を一気に戦闘不能にも出来たので、十分な成果も挙げられた。

残ってた聖兵も殆ど二人で仕留めたため、院生を狙う敵の攻勢は一時完全に止んだのだった。

 




更木VSグレミィは、あまりの原作展開の素晴らしさ+原作以上のものを生み出せる勇気が無かったため、本作では舞台裏(特に隕石の件の)を書くことにしました。基本的にあそこの戦闘は、完全原作準拠だと思っていて下さい。


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危機

「・・・直撃は免れたようだな・・・」

 

 

突如真上に生じた隕石にどうすることもできない己の不甲斐なさを呪っていた修兵は、更木剣八が隕石を真っ二つにしたのを目の当たりにし、隊長と副隊長との大きな隔たりを痛感する。

しかしそうやって思い悩む暇もなく、今度は流星群が己の真上から沢山降り注いできたため、それらを瞬歩で何とか躱すのが精一杯だった。

 

花太郎に頼まれた勇音達別動隊の捜索。

むしろそっちが本隊である可能性の方が高かったが、合流できれば一大治療拠点としてより盤石な体制を築くことが出来る。

敵に気を付けつつあちこち捜索していたが、手掛かりの一つも掴めずにいた。

だが、ある一画を通り過ぎようとした瞬間、妙な違和感を感知した。

 

(あの建物、何で俺は忘れているんだ・・・?)

 

()()()()()()()()()()()()()

ひょっとしたら敵の居城か?と思い近付いてみると、結界が張られている。

 

(死神が作った結界・・・!虎徹副隊長の結界か!?)

 

漸く見つけることが出来たことに安堵するが、もし本当なら結界を壊してはいけない。

人から存在そのものを消す結界であるため、解除反応などで霊圧の動きがあれば、それだけで敵に見つかってしまうのだ。

周りを目で確認したが、誰もいない。結界の霊圧を調整し、維持したまま中に入っていくと、思ったよりも静かだった。

 

だが、結界の中に入った瞬間、修兵は何とも言えない微妙な気持ちになってしまった。

建物の中には二つの霊圧。

 

覚えがありすぎる、あの親子の霊圧が2階の建物に所在していた。

 

 

「・・・お前、何ここに来てんだよ」

「あ・・・すんません、隊長。虎徹副隊長を探していたら、妙な結界を感知したのでつい・・・」

「・・・・・・やっぱ俺じゃ意味ねえか・・・」

 

 

心底悔しそうな顔でイライラしながらも、拳西はのこのこ人払いの結界に入って来た修兵を睨みつけるだけで特段叱ったりはしなかった。

拳西が腰かけているベッドにもう一人の死神が眠っているのもあるからだろう。

 

 

「コイツ、隕石墜ちそうになっても眠りこけてやがったんだぜ?ったく末恐ろしいな・・・」

「俺、ピンチの時口囃子さんに助けられたんすけど、この人今まで寝てたんすか・・・」

「あ゛?テメェ修行の成果出せなかったのか?」

「すっ・・・すんません・・・」

 

 

言わなきゃよかったと思わず手で口を塞いだが、後の祭り。更に鋭い眼で睨まれる様は、完全に蛇に睨まれた蛙だ。

卍解習得出来なかった時点で仕方ない話なので、反論する余地は無かった。

ちょっと強引だが、話を変える。

 

 

「・・・つーか、隊長はずっとこの中にいたんすか?」

「隕石墜ちそうになる前はな。さすがにあの時は屋根に上ったぞ。」

 

 

流星の一つが今現在身を隠していた建物に当たる危険性を踏まえて、拳西はいつでも迎撃できるように始解していたが、結局近くに墜ちただけで心配は杞憂に終わった。

 

 

「それ以外はずっと中だ。コイツの卍解の副作用もあって迂闊に動けなかったんだよ。・・・結局朝までずっと寝ちまってたがな」

 

 

そうやって悪態を吐くにもかかわらず、眉間に皺が寄っていなかった。

トレードマークと言っても差し支えない(そんなこと本人の前では口が裂けても言えない)眉間の皺を無くし、だらしなく眠る隼人の姿を穏やかともとれる顔で見る拳西に、ああ、この人も親なんだな、と心の中で納得する。

 

そして、眠れる護廷の新隊長はようやく目を覚ました。

 

 

「ん~~~~~・・・・・・、ここ何処・・・」

「隼人、お前いつまで寝てんだよ」

「おはようございます。無事熟睡したおかげで拳西さんの霊圧をちゃんと感じることができます」

「そうか、よかったな」

「そしてしゅうへ・・・・・・修兵!?」

 

 

寝起きの目が3の形になった絶不調な顔でありながら、腹筋をフル活用して瞬間的に身体を起こす。

家族以外の人に寝起きすぐの顔を見られるのが物凄く嫌な隼人にとっては、最悪の状況だ。

別に化粧とかはしていないが、昔から寝起きの顔つきの酷さに自分でびっくりしてきたこともあり、駐在任務の時は人一倍早起きして顔を洗ったりしてきたのだ。院の時は、人相の悪さに同室の友達から別人かと思われる程だった。

 

わぁぁぁぁとバタバタしていると、偶然建物の中にあった洗面台を案内されて水で一通り顔を洗い流す。ご丁寧に高級な洗顔もあった。きっと誰か富裕層の滅却師が暮らしていたのだろう。

ふんだんに洗顔料を使ってしっかり顔を洗い流し、いつも通りの人前で見せる姿に戻っていった。

 

 

「おはよう修兵!!」

「・・・・・・おはようございます」

「今日も修兵はカッコいいね!かわいいね!」

「何を言っても時は戻りませんよ」

「――――――・・・・・・」

 

 

ずーーんと改めて深く落ち込んでいたが、「分かったよ、もういい」とぶつぶつ呟いてからは、平常運転に戻った。

霊力は完全に回復し、副作用も綺麗さっぱり無くなった。

これなら問題なく戦場に出られる。

 

 

「おし、問題無えなら行くぞ」

「はいっ!了解です!修兵も行くしょ?」

「俺は――――」

 

 

と、言葉を続けようとした所で、遠くに巨大な雷が落ちた。

 

 

「・・・あれ、()()()雷ですね。あそこにいるのは・・・更木隊長!?何で!?しかも霊圧が弱まってる!」

「急ぐぞ。どうせ更木が力使って弱ったのを見計らって殺しに行ったんだ」

「うわっ、あくどい手だな・・・修兵も行こ!数多いに越したことは無いからさ!」

「そうっすね!俺も行きます!」

 

 

眠っていた隼人は状況はよく分かっていないものの、更木が瀕死になるなど余程のことなので、上手い事空気を読んで加勢に向かう準備をする。

修兵も本当は花太郎の頼みを聞かねばならない所だが、更木剣八の身の安全を確保することが火急だと判断し、先に加勢することに決めた。

 

 

 

*****

 

 

 

「くっ・・・!お前達!皆無事か!」

「大丈夫です!最初の数から減ってません!」

 

 

砕蜂を中心にした四番隊中心の席官部隊は、やちるを見送った後治療活動をしていると、突然滅却師からの襲撃を受けた。

立て続けに矢が遠くから放たれたため敵の正体は掴めなかったが、それに加えて流星が自分達の所へ墜ちてきそうになったため、全く起き上がれない重傷患者を置いて逃げるしかなかった。

 

だが、多くの死神が固まっていたせいで、逃げ延びた後も霊圧を察知した聖兵(ゾルダート)によって囲まれてしまう。

勿論一人なら砕蜂にとって雑魚でしかないが、四番隊を守りながらとなると話は違う。

自身の怪我を完治していない中敵の数も多く、ジリ貧になってしまえば数の暴力でいつか全滅しかねない。

 

一体どうしたものかと次の行動に迷っていると、上から砕蜂にとってはこの上なく憎い声がシャワーとして降ってきた。

 

 

「なんや、余所の隊士引き連れてよう持ちこたえとんな」

「!お前は・・・!」

 

 

上を向こうとした瞬間、目の前にいた聖兵が全員爆撃によって跡形もなく姿を消す。

砕蜂にとって浦原並みに毛嫌いしている、平子率いる五番隊が救援に駆け付けてきた。

 

 

「オレんこと嫌っとるみたいやけどな、しょーがないから助けたるわ」

「大丈夫です!隊長が見て見ぬフリしてもあたしが引っ張り出します!」

「えっ!やめてえな桃!さっきまで白と雑魚相手に戦うてオレへとへとやねんで!」

「知りません!」

 

 

飛梅で雑魚の群れを一気に倒してから、二人は改めて砕蜂たちの抱える事情を確認する。

 

 

「はァ!?瀕死の奴ら置いて来たんかいな!?」

「奴らを守ろうとして四番隊の一般隊士を失ってしまう方が痛手だ。あの時動けた隊士は全員無事だ」

「一応重傷者は雨とかに当たらないよう、瓦礫の影に移動しておいたので、大丈夫かと・・・・・・、あまり意味ないでしょうけど・・・」

 

 

花太郎の弱気な発言のせいで、益々不安が募っていく。

更木剣八の許へ加勢に行きたかったが、四番隊士を連れてきても大して戦力にはならない。

こうなれば、重傷者を探し出して彼らに治療させることが得策かもしれない。

 

 

「しゃあない!そいつらんトコ戻るで!どんぐらい移動してきたんや」

「ここからそう遠くないはずだ。大所帯だったから、人員を確認しながら確実に移動してきた」

「分かったで。桃もまた治療に回ってもらってええか?」

「大丈夫です!」

 

 

周囲を軽く確認し、一行は別の意味で更木剣八のいた場所の方向へと向かって行く。

せっかく息を吹き返した大前田を、死なせるわけにはいかない。

嫌な部分の方が圧倒的に目立つが、己の副官にふさわしい人物が大前田しかいないことを分かっていた砕蜂は、必死に彼の存命を祈っていた。

 

 

 

*****

 

 

 

更木剣八の救援、加勢に向かう部隊はもう一つあった。

三番隊、六番隊+ルキアは、雷の位置からかなり離れた場所にいたが、全速力で走ることで距離をものともしない速度で到着すると思われた。

 

 

「急ぎましょう。滅却師の目的は消耗して弱った隙に更木隊長を殺すことです」

「更木隊長が死んだら、形勢不利って所じゃ無くなるね・・・」

「まずいじゃねえか!つっても・・・」

 

 

恋次が言葉を続けようとした所で、再び当の場所に雷が落ちる。

さらに上空から矢の雨が降り注ぎ、何故か建造物自体が空中に浮遊してそのまま投げられもしている。

 

 

「何だよあれ!すげぇ怪力だな・・・」

「凄まじい攻撃だ・・・!急がねば!」

 

 

逸る気持ちで瞬歩の速度を徒に上げようとした恋次とルキアに、今一度冷静になるよう白哉が釘を刺す。

 

 

「恐らく向こうに着けば、指折りの力を持つ滅却師が沢山居るだろう。油断大敵、己が力量の中で行動しろ。兄らは先の戦いの消耗が癒えておらぬ故、無茶は禁物だ」

「あっ、ありがとうございます朽木隊長・・・」

 

 

加えて白哉は、二人と同様程度に消耗していた三番隊の二人にも声を掛けた。

 

 

「鳳橋、吉良、兄らも逸ってはならぬ」

「そうかい?ボクはまだまだイケるけどね!」

「すみません朽木隊長、お気遣いをこんなテキトーな形で返してしまって」

「・・・・・・構わぬ・・・」

 

 

むしろ吉良の返しの方が色々とまずいのではないかと白哉は心配したのだが、どこ吹く風のローズは鼻歌を歌いながら足並みを揃えている。

遅れたりしていない以上、皆と同じくらい力は余っているのだろう。

 

目的地は近付いていき、あと数分走れば着くだろうと考えていると、先頭にいた吉良とルキアが二人して足を止める。

 

 

「「どうした(んだい)、ルキア(イヅル)」」

 

 

声を揃えて二人の上司が尋ねると同時に、彼らも瞬時に立ち止まった意味を察した。

(?、?、?)と意味が分からず後ろで僅かにきょろきょろしていた恋次も、数秒後に身体で感じ取る。

 

同じ霊圧をたくさんの死神が感じ取り、皆して一旦立ち止まり天を仰ぐ。

一番隊の二人も、同じ霊圧を感じていた。

 

 

「真打は最後にやって来るってよく言うものだけど、本当にそうなっちゃったね」

「そうですね。ですが、彼の帰還で、私達には希望の光が差してくるように思えます」

「あれ七緒ちゃん、一護クンのことそんな目で見てたの?」

「別にいいじゃないですか!変な言い方しないで下さい!!」

 

 

 

「ほう・・・あの霊圧は、一護くんか・・・!」

 

 

瀞霊廷の中へと戻る途上で、後ろを歩く小椿と清音は互いに顔を見合わせて頭にクエスチョンマークを浮かべている。

瀞霊廷の外から上空にいる一個体の霊圧判別など、隊長でも相当力のある死神でないと出来ない。

 

 

「朽木も阿散井くんも、隼人くんも、みんなの霊圧を感じる・・・強くなっただろうなあ・・・!!」

 

 

子の成長を喜ぶように、浮竹は破顔して満面の笑みを浮かべる。

一体どんな卍解を手に入れたのか。一体どんな技を使うのか。

小さな頃から見てきた死神達が修業を経て成長し、どう活躍するのかが、浮竹にとっては楽しみでならない。

 

 

「のんびりしてはいられないな!少し急いでもいいかい?」

「浮竹隊長の望む通りで!」

「あっ!あたしが言おうとしてたのに!空気読め小椿!」

「なぁにぃうをぉ!!!!」

 

 

ひと悶着を微笑ましく見守り、浮竹はその光景をしっかりと目に焼き付けていた。

 

 

 

「一護くんだ!!」

「危ねえよ!!前走るなら急に立ち止まんなバカ!」

 

 

すみませーんと言いながらも決して悪びれない姿は、白そっくりだ。

修兵の予想通り拳西は蟀谷に青筋を浮かべるが、同様に九番隊の二人も一護の霊圧を感じ取り、隼人のように天を仰ぎ見る。

 

 

「・・・感謝しなきゃな」

「は?何でお前が一護に感謝すんだよ?あれじゃあ物足りねえってか、いよいよ引かれるぞ」

「違いますよ!・・・でも、あれは斬魄刀の中でのことだから、言われても困るか」

 

 

最後の呟きは二人にも聞こえなかったが、こんな所で色々考えて無駄に立ち止まっても意味は無い。

行くぞと拳西に言われてなすがままに足並みを揃えていく。

更に歩を進めていくと、隼人は別の霊圧を感じ取った。

 

 

「朽木隊長とか、鳳橋隊長とかが一つの集団になって同じところに向かっていますよ」

「合流、しますか?」

「そうだな。出来るなら合流してアイツらと作戦立ててえ。間に合うか?」

「余裕です。修兵ちょっと吉良くんに電話して」

「分かりました!」

 

 

更木剣八の激闘と、黒崎一護の帰還をきっかけに、新たなる乱戦の火蓋が切られようとしていた。

 



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加勢

一護到着から本話開始までの流れも完全に同じなので、分量が多くなってしまったため省略しました。最初ちょっと変な感じがするかもしれませんが、ご了承下さい。


「あたしの小ワザをそんな小ワザでハジき返しやがって!!マジで許さねえ!!覚悟しろ一護ォ!!ブッ殺してやら・・・!」

 

 

ガルヴァノ・ブラストをちょっとした月牙天衝で相殺されたキャンディスは、血気盛んに雷撃をまとったまま一護へ特攻をかまそうとした。

だが、バーナーフィンガーによって腹を射抜かれ、他の女性滅却師も同じ目に遭う。

 

 

「・・・悪りーな、ちょっと死んでてくれ」

「バズビー・・・てめえ・・・!」

「恨み事言われるスジぁ無えぞ。手柄ってのは奪い合いで、奪うってのは、後から来た奴の特権だぜ。なァ、そう思うだろ?黒崎一護」

 

 

だが、同じようにして客は更に招かれる。

 

 

「何だよォ!言われてみりゃ確かにそうだ!もうちょい後に来りゃよかったぜ」

「ああ、()()()()()()()()()()()()()()時の反応をじっくりと見るのが、楽しみだったんだがな」

「だが、到着してしまったものは仕方あるまい。6()()同時に来たからには、6人で山分けといこうじゃないか」

 

 

バズビーの少し後に一護の霊圧に吸い寄せられたのは、5名の滅却師。

ナナナ・ナジャークープ。

シャズ・ドミノ。

ロバート・アキュトロン。

グエナエル・リー。

ペペ・ワキャブラーダ。

 

 

だが、バーナーフィンガーを喰らっただけで、指折りの実力を持つ滅却師が倒れる筈などない。

 

 

「6人じゃねーよ、10人だ」

 

 

女性滅却師4人も加わり、10対1となった。

数的には圧倒的に不利だが、それでも滅却師は警戒をより強める。

 

特記戦力筆頭(黒崎一護)相手に、これだけ滅却師が揃っても勝てる保証など無いのだから。

 

 

「手柄は山分け?ヌリいこと言うんじゃねえよ。殺した奴が、総取りといこうぜ」

 

 

各自が霊子兵装を取り出し、一護目がけて神聖滅矢を撃ち放とうとしたが、とある建物から光柱が立ったのを見た途端、全員が一度矢を下ろす。

命令に忠実に準じる者もいれば、舌打ちして奥歯を噛む者もいた。

 

 

「――黒崎一護、私の声が届いているだろう。我等を光の下へと導きし者よ、感謝しよう」

「・・・どういう意味だ」

 

 

ユーハバッハが一護に直接繋いだ回線で、彼は衝撃の一言を言い放つ。

 

 

「お前のお陰で、私は霊王宮に攻め入る事ができる」

「!?」

 

 

一護が現在身に纏っている死覇装は、他の普通の死神や、霊王宮に行かなかった隊長とは違い、「王鍵」を使って作られた特注品だ。並の死覇装には無い強靭な防御力が備わっており、着ているだけで生半可な攻撃を防ぐことが出来る。

霊王宮から瀞霊廷を生身で突破するためには、衣装そのものに防御力を備えなければ、鬼道を使えない一護だと焼け死ぬ可能性がある。

だが、霊王宮と瀞霊廷の間にある七十二層の障壁は、あまりにも強すぎる防御力の代償として、一度突破されると6000秒間、つまり1時間半近く閉ざすことは出来ない。

 

その穴を、ユーハバッハに突かれてしまった。

一連のユーハバッハからの説明に、一護は目の前の滅却師を忘れて一気に瞬歩でユーハバッハの侵略を阻止しようとしたが、星十字騎士団が指を咥えて黙っているなんて都合のいいことはあり得ない。

 

最初は、ミニーニャから。

右手で一護の頭を鷲掴みにしたまま身体を押し摺って、いくつもの建物を巻き込んでいき、勢いに任せて左手に力を籠めて一護のお腹へと強烈なパンチを当てていく。

次は、シャズが吹っ飛んだ一護に向かってクナイを投げながら、かかと落としを決めようとする。

 

 

「地に堕ちてしまえ!!」

 

 

だが、クナイが飛んできたのを察した一護は全て躱し、シャズの攻撃も寸前でしっかりと見切る。

しかし躱した先から、ペペの放つハートの光弾が立て続けに飛んできた。

 

 

「簡単には、通さないわよ~~~~ん♡♡」

 

 

横に移動していると、今度は無防備なジゼルが立ちはだかる。

 

 

「わ~~~~~ッ!!どうしようどうしようボク斬られちゃうよ――――ッ!」

 

 

しかし一護は単純にジゼルを右手で押しのけただけで、刀は一切彼女の身体に触れなかった。

つまらなそうに瞼を閉じて、ジゼルは神聖滅矢を適当に一護に向けて撃っていく。

その矢も全て難なく躱すと、

 

 

「ここまで全ての攻撃を掻い潜るとは・・・、特記戦力にふさわしい、屈強な人だ」

 

 

移動する一護の速度にしっかりペースを揃えたロバートが、一護の左蟀谷に銃口をつける。

身体を右に捻って躱しつつ右手に持った大きい方の刀を振り上げたが、態勢を崩した瞬間に、死覇装の後ろ襟を掴まれてしまった。

僅かに生まれた綻びを、バズビーは見逃さなかった。

 

 

「バーナーフィンガー 1!!」

 

 

手で身体を掴まれているようなものなので、必中。

指先がどこを狙っているのかもはっきりしないため、下手に動いて頭など当たり所が悪ければ、致命傷となってしまう。

 

(逃げられねえ・・・くそッ――――!)

 

 

指先から一筋の熱線が火を噴いた瞬間。

 

阿散井恋次の蛇尾丸が間隙を見事に突き、熱線が一護の身体を射抜く前に完全に四散した。

だが、一護の首もかなり危なかった。大雑把というか、大味な操作を何とかしてほしいものだ。

 

 

「おう!危ねえ危ねえ!ギリギリ助かったなァ一護!」

「俺の首がな!何だってオメーはいっつもいい加減なんだよ!」

「知るかよ、当たらなかっただけ良しとしろよゴチャゴチャ言うな女々しいぞ」

「人の生死を女々しいで済ましてんじゃねえよ!」

 

 

助けたにもかかわらずそんな口ぶりをされてしまえば、恋次も不機嫌な顔をする他ないが、伸ばした刀を一度戻しつつ気を取り直して真剣な顔つきに戻る。

 

 

「行けよ。こいつらは通さねえ。詳しい事ァ知らねえが、滅却師の親玉とは因縁があんだろ?ゆずってやるよ、お()えの仕事だ」

 

 

小さく頷き一護はすぐにユーハバッハの許へ走り出したが、星十字騎士団は相変わらず置いていくつもりはない。

先陣を切ってバズビーとナジャークープが追いかけたが、突如二人の目線の先に氷壁が生まれたと思えば爆発が起こり、水蒸気の混じった煙が渦を巻いて吹き荒れ、視界を完全に塞ぐ。

更に後ろから二人を包み込むように桜吹雪が襲い掛かり、止まらざるをえなかった。

 

 

「おぉ、即席にしては意外と上手くいくモンだな」

「お役に立てて何よりです!」

「ボクと拳西と朽木兄妹の素晴らしいコンビネーション!これだけで楽章1つ仕上がっちゃいそうだよ!!」

「・・・・・・ゴメン、阿散井くん」

 

 

フリーダムな死神を代表し、阿散井は滅却師に向けてもう一度力強く言い放つ。

 

 

「・・・何度も言わせんじゃねえよ。通さねえって言ったろ」

 

 

一護を止めるため、更木剣八を助けるために、隊長格7名が一挙に馳せ参じた。

情報通のリルトット、ロバートはすぐに面子の分析を始めた。

 

(三番隊の副隊長は命を落とした筈では・・・?だがあの身体を見た所、機械か何かで生き永らえていると読むべきか)

(エス・ノトにフッ飛ばされた奴かよ、だったら大したこと無えな。アイツに至ってはマスク如きに殺されたんじゃねえのか?隊長っつっても雑魚の寄せ集めかよ・・・)

 

そして、以前にローズと戦ったナジャークープはあからさまに嫌な顔を見せ、ルキアと戦ったキャンディスは「アイツだよアイツ!あたしが完聖体習得前に簡単に倒した奴!」と大声で言う始末。

 

おまけに7名ともあれば、1対1にもならない。

通さないとかほざいて、戦力不足も甚だしい。

 

特記戦力が0だと聞いたバズビーも、一気に興味を失った。

 

 

「じゃあ用が無えな!どけよ!!」

 

 

ボウガンを構えて死神達に撃とうとしたが、それよりも先に鬼道の刃が飛んできたため、適当に身体を左に捻って躱し、ターンしながら再び撃ち込む。

しかしその矢は突如横から飛来してきた鎌によって真っ二つに折られ、飛んできた鎌の動きが読めなかったこともあって防御に徹することになってしまった。

 

 

「聞こえなかったのか?俺達はお前達を通さねえっつったんだ。お前達全員を倒して、尸魂界を護るんだよ」

 

 

副隊長の修兵が放つ言葉に、実力的に見て上だと感じていたバズビーは強い苛立ちを見せる。

リルトットがバズビーの隣に移動して、短期決戦で終わらせるよう作戦を耳打ちした。

 

 

「ここでモタついて黒崎一護を取り逃がすのはゴメンだ。完聖体でコイツら全員フッ飛ばすぞ」

「はっ、当たり()えだ!!」

 

 

バズビーが完聖体を発動させると同時に、他の滅却師も揃って背に翼を生やしていく。

対する死神も、鬼道の準備をする、卍解を発動させるなど、各自が戦闘準備を一瞬で固めていった。

 

 

だが、多種多様の技が入り乱れる乱戦が繰り広げられることはなかった。

 

開戦すると同時にユーハバッハは霊王宮へと侵攻していく。

爆撃にも似た光が一度目を傷める程の強い輝きを見せたと同時に、凄まじい衝撃波で死神、星十字騎士団を吹き飛ばし、ある程度散り散りとなってしまった。

 

 

 

*****

 

 

 

とは言うものの、瓦礫に隠れて上手い事吹き飛ばされなかった者もいた。

 

 

「・・・ボクだけ一人、残っちゃった。ちょっと寂しいな・・・」

 

 

その場には滅却師もおらず、遠くからぼやぼやと霊圧を感じる程度だ。

むしろ、倒れていた更木剣八の霊圧の方が強く感じられる。

 

(こうなったら、手っ取り早く彼を四番隊に引き渡した方がいいかもね・・・)

 

戦う気満々だったが、ローズは斬魄刀を鞘の中に戻し、近くで倒れていた更木剣八を担いで四番隊を探す旅に出ることにした。

 

 

 

*****

 

 

 

(敵は3人か・・・・・・、ルキアに多くの敵が割り当てられなかっただけ、不幸中の幸いか・・・)

 

 

白哉の周りには、妙ちきりんな歯の滅却師と、壮年の滅却師と、クナイ使いの滅却師が立ち塞がっている。

だが、相手の霊圧を探ってみると個々の力はそこまで達者な滅却師はいないようだった。

卍解をしないでも一気に倒せそうだと思い斬魄刀に手を掛けたが、気配を感じて後ろに飛び退く。

 

白哉がさっきまでいた場所に、雷が落ちてきた。

 

 

「あァ!?勝手に躱してんじゃねえよバーカ!」

 

 

緑髪の女性滅却師。ルキアは、先の戦であの滅却師相手に全く歯が立たなかったと聞いていた。

その隣には、金髪おかっぱの小柄な女性滅却師。平子みたいな髪型だ。

 

 

「落ち着けビッチ、ミニーがカンタンにゃ避けらんねえ事やっから問題無え」

「げっ、逃げよッ!!」

 

 

二人が姿を消した瞬間に僅かに上を向くと、巨大な建物が白哉に向かって豪速のスピードで落ちてくるではないか。まるで野球ボールを投げるかのように、小さな洗礼堂と思しき建物が空から落ちてくる。

ここに来る途中で見た建物が空から落ちてくる現象を再び見た白哉は、氷の表情を僅かに崩して少しだけ目を見開く。

 

それでも、白哉が潰されることは無かった。

空中で、巨大な建物はまるで見えない壁にくっついたかのように一瞬動きをピタリと止めた後、中心から風が吹き荒れて爆発四散し、石ころのような細々とした小さな瓦礫となって一帯に降り注いだ。

石の雨も、風に運ばれて白哉に当たることはなかった。

 

新たな卍解の白い羽衣を身に纏った拳西が、少し離れた場所から大気を操作して白哉の危機を救ったのだ。

 

 

「凄えな、あんな建物投げるとかどんなトレーニングすれば出来るようになんだよ」

「兄の筋肉では、出来ぬのか」

「出来ねえよ流石に、筋肉切れるぞ」

 

 

十三隊の中でも筋肉量ではトップと言ってもいい拳西でも、腕力だけで家を鷲掴みにして投げるとかそんな化け物じみた力は持っていない。

というかあれはきっと霊子で力を強化している。

といっても、卍解の力を応用すれば全く同じことを出来るのだが。

 

そして、何だかんだ言って尸魂界に戻ってから白哉とサシで話したことは無かったため、拳西は数的劣勢の状況下に居ながら昔のことを思い出してしまう。

 

 

「俺が現世に逃げても、隼人の遊び相手してやったのか?」

「・・・兄が消えてから、口囃子は私の屋敷を一度も訪れていないはずだ。色々と思い出すのを避けていたのだろう。そもそも口囃子が死神になってから、一時期会うことも無かった」

「夜一も居なくなったから暇じゃなかったのか?」

「四楓院夜一は要らぬ。・・・だが、口囃子が来ないのは、退屈だったな」

 

 

流魂街から来た田舎臭さ満載の少年相手にも分け隔てなく接するどころか、かなり仲良くしていた時代を思い出し、白哉はほんのちょっとだけ思い出に浸る。

100年以上前に二人でした約束が、今日遂に実現するのだ。

 

『僕も、いつかは白哉さんと一緒に戦いたいです!』

 

子どもなりに希望に満ち溢れた顔つきで将来の夢を楽しそうに語っていた姿を思い出し、白哉も思わず口を緩めた。

 

 

「ああ、言い忘れてたが電話来た。()()()()()()()()()

「・・・分かった」

 

 

3名の女性滅却師も戻り、2対6という圧倒的不利な状況に立っているのに、隊長2人に絶望の色は見られない。

そして、この形勢不利を完全に覆す強烈な力が、滅却師に襲い掛かる所だった。

 



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PSYCHIC STALKER

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼくの役目は あなたの影

ぼくの居場所は あなたの隣

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ参りましたよこれはほんと・・・」

 

 

お気づきの通りだが、隼人は一護を逃がして滅却師を足止めする時に、皆とは別行動を取り少し離れた位置に身を潜めていた。

 

ここから始まる乱戦では、基本的にサポート役に徹することにしたのだ。

白哉、ローズたちと合流し、更木の許へ向かいながらの作戦会議で、どのような戦いを展開していくのかを主に白哉と吉良の頭脳派が中心となって決めていた。

副隊長の動きを議論する中、突如隼人が思い立ったように志願する。

 

 

『はいっ!僕は今回、皆さんの補助に回りたいと思います!いいでしょうかああっ!!』

『・・・別に、口囃子さ、隊長は、前から補助中心に立ち回ってたんでいいんじゃないっスか?』

『あ゛?何言ってんだ、頭数的に『ありがとう阿散井くん!ということで決定です!』

『・・・・・・そうかよ・・・』

 

 

ビキビキと顔中に青筋を立てる拳西などお構いなしに、隼人は強引に後衛として立ち回ることを決めてしまった。

ニコニコしながらどんな術を使うか考えていた隼人に、白哉がちょっとした悪巧みを考えていることは知る由もない。

 

(・・・でも、お陰で一人でいても変に思われないし、これはこれで良かったかもな)

 

準備を終えた隼人は拳西に電話する。

淡白な反応に「もうちょっと、期待してるぜ、とか、僕を奮起させてくれるような言葉かけられないんですか!?」とツッコむと、ブチッと電話が切れてしまった。

拳西にだけ術適用させないでやろうかと思ったが、後で半殺しにされるのでしっかり仕事をこなす。

 

 

「よし・・・やろう!」

 

 

一人になってから始解していたため、身体も十分慣れている。

 

 

「卍解 桃祈(とうき)宝珠杵(ほうじゅしょ)

 

 

再びシルバーピンクの杖を作り上げ、身体を使ってバトントワリングの要領で杖を回していき霊力を溜めていく。

杖を宝珠杵の形に切り替えてから、両手でしっかり握りしめ、眼を閉じて霊力を籠めていく。

 

今までずっと願っていたことが、ようやく叶う時が来た。

一緒に戦いたかった人達と、やっと共闘出来るのだ。

藍染の計略のせいで一時は諦め、絶望した夢が、遂に実現する。

空座決戦の孤独な戦いではない。皆と足並みを揃え、皆を補助して貢献する。

だが、この力を今まで一緒に働いてきた二人に直接見てもらえないのが唯一の悔やまれる点だった。

それでも、死神として一番にやりたかった事を、最大限の実力を以て実行できるのが、嬉しくて嬉しくて体が疼いている。

 

 

「・・・見ていて下さい、狛村隊長。見てて、射場ちゃん」

 

 

 

 

「僕が皆を、護ってみせる」

 

 

杖の形を錫杖に変化させてから、曇りのない、強い意思の籠った目で、隼人は術名を唱えた。

 

 

「白断結壁・聖輪(せいりん)(いやし)

 

 

蒼玉色の煌めきを孕んだ霊圧が、隼人を中心に直径70m程のドームの形となって地面から天に向かって形作られ、完成すると同時に天頂部から7つの小さな流れ星に似た光が様々な方向へ飛んでいく。

 

(霊圧探査した場所に、ちゃんと向かっているな)

 

確認次第、すぐに天挺空羅を発動させた。

 

 

 

*****

 

 

 

既に皆戦いを始めていた最中に、視界の隅にふいに見えた蒼玉色の結界は、嫌でもその場にいた全員の関心を引いてしまう。

三、六、九番隊と、ルキアに報せが届いたのは、流れ星が皆の身体に届いて効果を発揮してからだった。

死神の脳内に、天挺空羅の声が響き渡った。

 

 

【皆さん、これでもう大丈夫です!傷回復させましたし、これから短い間ですが()()()()()()()()()()()()()()()()!無敵ですよ!その間に思う存分力振るって下さい!】

 

 

死神の傷と霊力の完全回復と、白断結壁の付与を同時にやるという荒業に、報せを聞いた死神だけでなく、術を理解した滅却師を震撼させる。

特に修兵以外の力を消耗していた副隊長達は、目に見えて動きが良くなった。

左手の甲についた蒼玉色の鬼道衆の紋様が、効果の付与を示しているのだろう。

神聖滅矢が身体に当たる直前で、全て四散して霊子の塵となってしまう。

 

 

「成程、防御に余計な力を割く必要が無くなり、我等は攻撃に専念できるということか」

「・・・最初っからとんでもねえ事しやがって。目つけられちまったらどうすんだよ」

 

 

二人にしか聞こえない声量で話していたが、拳西の目論見は見事に的中してしまった。

 

 

 

*****

 

 

 

一瞬での完全回復に、対滅却師に特化した霊圧の障壁の付与。

特に、死神の身に付けられた障壁は、完全防御といってもおかしくない。

ナジャークープの矢と、ロバートの銃が当たる直前に消失したのだ。

 

こんな壊れ技を出来る死神は、リルトットの頭の中で一人しか思いつかなかった。

 

 

「口囃子隼人だ!!!!コイツらより先にアレをツブすぞ!!」

 

 

戦闘前、リルトットが不確定要素の多さで強い警戒心を抱いていた死神。

その名を聞いたミニーニャ、キャンディスは、すぐさま宝石のように輝くドームへと飛廉脚で向かって行く。

リルトットの声を聞いた3人の男性滅却師も、件の死神に厄介な術をこれ以上使われては困るので、同じように3人の後を追う。

 

更に、リルトットが星十字騎士団独自の通信回線を使ってジゼルとバズビーにも連絡を入れて、危険性を判断した2人も戦っていた敵を放置してまで走っていく。そもそも技が効かないなら、このまま戦っても意味が無いのもあるだろうが。

ペペは、連絡したが応答は無かった。

 

 

走り出す滅却師を見て拳西は追うつもりでいたが、白哉が右手で制した。

 

 

「追うな」

「はぁ!?一体何のつもりだ!」

「力を見極める」

「奴らの力なんざ見極めねえでもそのままブッ潰せばいいじゃねえか!」

「口囃子の力を、だ」

「・・・?」

 

 

予想と違う答えが返ってきたため、何と返答すればいいか頭の中で纏まらずに言葉を出しあぐねていると、まるで悪巧みをするかのように細い笑みを零す。

恋次が見ていれば、きっとルキア不在時の女性死神協会に行ってないかどうか聞いた時の反応を思い出していただろう。

 

 

「非公式だが、口囃子の隊長就任試験を行う。3名以上の滅却師を倒せば、私達が救援に向かう」

「アイツが何か朽木の癪に障るような事でもしたのかよ?」

「・・・他人の話を遮って自己主張しては、危険な目に遭うことを体感させるまでだ」

「・・・・・・そうだな、いいかもな」

 

 

キレそうになっていた拳西を見かねて、白哉が気を遣ってくれたようだ。

滅却師を追ってきたルキア、恋次、吉良が通りかかると、彼らにも一度立ち止まるように命令する。

 

 

「六車、口囃子に伝令神機で伝えろ」

「・・・どんな反応するんスかね・・・」

「ブチギレそうだな・・・」

 

 

やっぱりその考えも、しっかり的中してしまった。

 

 

 

*****

 

 

 

次に発動する術は、死神側の霊力を一気に底上げするものにしようと考え、滞りなく準備を進めていた中、大事件は起こる。

懐にしまった伝令神機が振動したので開いてみると、『六車拳西』の文字。

おかしすぎるタイミングでかけられた電話に、自然と不信感が募って細目になってしまうが、ひょっとしたら別の死神がやられたため治療が必要になったのか。

それとも術が上手く発動していないとか?現に自分は結界の中にいるのでそれは無い筈だ。

 

9回のコールまでしっかり待たせてから電話に出ると、開口一番怒鳴られる。

 

 

【遅えよ!!!】

「いやだって、今頃拳西さんは力使ってバンバン敵倒しちゃったりしてる頃じゃないですか。にしては静かだし、電話かかってくるし、不気味でちょっと出るの躊躇っちゃいましたよ」

 

 

思った通りの言葉をつらつら~っと伝えていったが、何やら電話の向こうでは色んな死神の声がコソコソと聞こえてくる。

皆集まっているなんて一体何を企んでいるんだと、改めて皆の所在を探そうとしたら、一呼吸置いた拳西が再び喋り出した。

 

 

【・・・いいか隼人、よく聞け】

「何ですか、改まって。もしかして術ちゃん【お前んトコに10人位の滅却師が向かって行った。一人でどうにかしろ。じゃあな】

 

 

簡潔すぎる説明の後、ブツッ、と電話が切られてしまう。

まるでさっき自らの役割を志願した時のように、綺麗にスパッと話を遮られた。

 

拳西からの宣告を、脳内で反芻する。

 

 

【お前んトコに10人位の滅却師が向かって行った。一人でどうにかし「出来ねえよ!!!!!」

 

 

まさに開いた口が塞がらない。モチベーションなどで考えれば、人生で最も厄介な仕事を押し付けられた。

昨日は、一人の滅却師相手に卍解後は終始優勢状態を保てていたが、一気に10倍の人数を相手取れる自信は毛程も無い。というか多分どっかで破綻する。ふざけんじゃねえ。

 

などと考えているうちに、意識しなくても霊圧を感じられる程の距離に滅却師がいることを確認してしまう。

そして、10秒も経たずに、結界の周囲を星十字騎士団に見事に取り囲まれてしまった。

 

 

 

*****

 

 

 

「ペペ、様ァッ・・・・・・」

「うーーーーん、何か、苦しんでるネッ・・・」

 

 

ペペがリルトットの報せを留守電メモ的な機能で聞いても、かの死神の所へ向かわなかった理由はただ一つ。

チート級の術が使われる前に、既に自身と戦っていた死神を人心掌握していたからだ。

勿論先に術を使われていたら、真っ先にその死神を身も心も自身を愛するようにしてしまうつもりだったが、()()()()()がいるのであれば、ちょっと時間を置いて油断した隙を突くのが常套手段だ。

とりあえず、目の前でペペの愛に何故か思い悩むかのように苦しむ檜佐木修兵に更に愛を撃ち込むと、邪念は振り払われたようだ。謎の術の効果時間も、然程長くないようだ。

 

 

「一体、何に苦しんでたんだろうネッ・・・」

 

 

いつもペペが自分の術を的中させた時に、苦しむ素振りを見せる人間はいなかった。

ジゼルのゾンビを横取りした時も、変な様子を見せずペペの為に従順な奴隷と化していた。

 

ところが、この死神は恍惚とした表情を浮かべることはなく、思い悩み、苦しんでいた。まるで二人のタイプの女性に同時に告白されて、天秤で揺れ動く男のようだ。

想い人に対する気持ちが、相当強いのだろうか。

 

考えつつのんびり移動している矢先、危うく隊長格の一団に遭遇しそうになった。

瞬時に身を引いて姿を隠す。

 

(この中に混ぜ込むか・・・?いや、一人を始末した所で、他の死神に無力化されるのがオチだネッ)

 

せっかく隊長格一人を味方に取った以上、使い方を誤るヘマは許されない。

 

(むしろ、さっきのミョーな術はミーたちの力を無効化・・・、それなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()、攻撃は通るはずだヨネッ♡)

 

まさか、滅却師に操られた死神の力をも無効化するなんて離れ業は出来るとは思えない。

最強のカードを手に入れたことでゲッ、ゲッ、ゲッ、といつもの笑いをやりそうになったが、気配を悟られないように隊長格の死神達をかなり遠回りする形で件の死神の場所へ向かうことにした。

 

 

 

*****

 

 

 

更木を抱えたローズがとある場所に複数の死神と人間の霊圧を感じて入っていくと、そこは何と技術開発局だった。

 

 

「あ!!あの人は、確か・・・ローズさんだ!」

「あれッ、織姫ちゃんかい!?久し振りだね!」

「井上、何でローズと・・・って、そういや会ってたな・・・」

 

 

やけに拳西が嫌っていたせいで忘れがちだが、井上織姫は仮面の軍勢全員とちゃんとした面識を持っている。

ローズとは電波の波長が合っていたからか、空座決戦の後も会えばそれなりに話す程度の知り合いになっており、数ヶ月ぶりの再会であるからか互いにテンションが高くなる。

 

だが、本題は違う。更木剣八の治療だ。

 

 

「ありゃりゃ、こりゃあまた随分な怪我っスねぇ」

「十二番隊に任せちゃっていいかい?」

「承ります。でも、実は四番隊の人いるんで彼女に任せちゃいますね」

 

 

ちょくちょく出入りしていた阿近に身柄を引き渡し、ローズはすぐに戦いへと戻っていく。

技術開発局を出た所で、今度は夜一とすれ違った。

 

 

「おお、鳳橋か。おぬしはあの目が痛くなる眩しい結界を誰が作ったか分かるか?」

「ハヤトが作ったらしいよ」

「やはり隼坊か!あ奴め、わしの目を潰す気じゃな!後で覚えておれ!」

「大袈裟だね・・・」

 

 

清々しいワガママを吐き出した夜一も、厚手の外套を着て何やら大荷物を抱えているようだった。

死神だけでなく、人間も含め、皆が尸魂界を護るために奔走しているのだ。

勇壮な旋律を思いついて一筆楽譜にしたためたかったが、首を大きく振って、ローズは再び走り出した。

 




ある意味、この話は単行本でいう表紙回みたいなものです。
誰かの補助として活躍してきた隼人の、集大成の力が発揮されました。
ずっと抱えていた願いも、ようやく叶えることができました。

まぁ、ピンチなんですが・・・。


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大ピンチ

苦節二百〇〇(ピー)年。大ピンチだ。

口囃子隼人、人生における崖っぷちは、星十字騎士団約10名に囲まれたことです。と、堂々と言える。

こんな経験二度とないだろう。というか、したくない。ピンチはチャンスどころじゃない。

 

 

「で、コイツ誰だよ?こんな隊長いたか?」

「口囃子隼人だ。あの犬隊長の後釜らしいが、藍染惣右介相手に独りで粘るような奴だぞ。黒崎一護と同じくらい警戒すべきだ」

「へェー・・・」

 

 

何だか滅却師の男女が耳打ちで喋っている。付き合っちゃえよ。

じゃなくて。

男の方は、何だか変な髪型だ。変色したパインみたいだ。それも、果物嫌いな子どもがパインの側だけを軽く齧ってペッて捨ててしまったような感じで、前髪が垂れ下がっている。

じゃなくて!

 

その男と目が合った瞬間、腕に生成されたボウガンから大量の矢を連射された。

 

 

「!」

 

 

勿論壁に全部阻まれるが、それが合図となったのか、他の滅却師も小手調べのような攻撃を始めた。

拳銃を構えるロマンスグレーの滅却師は、数発撃つと、「素晴らしい術だ・・・」と感服しているようだった。

別の滅却師はU型の霊圧を放出したが、結界の前で四散したため何やら考え込んでいるようだった。

 

ありきたりな反応に、正直飽き飽きする。

他の死神の霊力底上げに使おうとした力を全て自らに回し、再び自己強化をしてこちらからも攻勢に出た。

 

杖の形状を変化させるだけで、滅却師の間に一瞬で緊張が走る。見ていると少し面白い。

 

 

「裏破道・一の道 廚魔陣」

「縛道の六十二 百歩欄干」

 

 

二倍の数となった百歩欄干を一気に同心円状に放出し、結界をするっと通り抜けて滅却師の身体へと直撃する。

力のある滅却師はスレスレで避けたようだが、半分程はふるい落とせた。

 

百歩欄干が当たった後に態勢を立て直して上手く逃げ切った者もいたが、最終的に光の棒に当たってそのまま壁に縫い付けられたのは、3名の滅却師だった。

見事に三方向に分かれているため面倒だが、新技の実験としては丁度いい。

宝珠杵に卍解を変えて祈りを籠め、白断結壁と性質の同じ力を再び生成していく。

 

その様子を見た滅却師は、隼人が何をしでかすか分からない危険のせいで、動けなくなった滅却師の救助に行けなくなっている。

他の滅却師などどうでもいいという思いがあるのは事実だが、それ以上に、自分が動くことで場を作り出す糸がプツリと切れ、自分の身を滅ぼす可能性を考えてしまう。

 

未確定要素の多い死神は、卍解を得ることで更に謎に包まれてしまったのだ。

 

(何だよコイツ・・・()()()()使()()()()()()()()()()()・・・!)

 

対象の霊圧に干渉する力は、自己干渉による自己強化だけを使っていると、相手にとって見抜くことは困難を極めた。

自分が干渉されればすぐに理解されてしまうため、力の詳細を伏せたまま戦うのは都合がいい。

尤も、その事を意識せずに戦っていたのが玉に瑕だが。

 

 

「まずは3人か」

 

 

小声で口走ってから、隼人は宝珠杵を攻撃用の杖に変え、同時に正確な霊圧探査を行う。

更に力を溜めていくと、身体の周囲から白いオーラが発せられ、そよ風に流されるように周囲を漂っていく。

この技は、七緒から教えてもらった白断結壁を応用し、対滅却師用に完全特化した攻撃用の鬼道だ。

作戦会議の後、皆と別れた後に練り出したものだが、上手くいくか完全に賭けだった。

 

(暴発しても最悪撒き散らされるだけだし、一応滅却師には効くはずだし、大丈夫でしょ!)

 

と、まあ突貫工事感は否めないものの、自身のスキルアップも兼ねてだ!と重く考えすぎないようにした。

そして、周囲のオーラを巻き込むように左回りのターンをしながら、杖を持った両手を頭の上に掲げて薪割りのように振り下ろして技を発動させる。

 

 

白滅(はくめつ)光弾(こうだん)!!」

 

 

シンプルな技名を唱えた瞬間、百歩欄干から逃れられなかった3名の滅却師の周囲に、12個の真っ白な光の弾が突然発生する。

真珠のような輝きを持った弾が、空へと向かって一度地面にいる者の視界から外れた後、音速で落下し、全ての弾が滅却師に激突した。

 

奔流のように空から落ちていく弾を喰らった滅却師の身体には、新たな傷は一つも無い。

だが、技を受けたキャンディス、ロバート、シャズの霊圧パターンを見たナジャークープが、冷や汗を垂らして怒りを浮かべた。

 

 

「おいあんた・・・何しやがってんだ・・・!()()()()()()()()()()()()()()()なんて死神の領分越えてるぞ!!」

「「!!」」

 

 

その一言が滅却師全員の敵意をより一層強める契機となり、黒崎一護や他の死神の存在が頭から抜ける。

他人の力を消す能力を、自らに発動されてしまえば一巻の終わりだ。

それは技を喰らった3名の滅却師が、一切身動きが取れず霊圧も完全に消えていることから容易に推察できる。特に男2人は、無傷の状態から一瞬で戦闘不能になっている。

かといって攻撃特化という訳ではなく、防御も完璧でこちらからまともに手出しすることは、見かけ上無理だ。

解決の糸口は、未だ見当たらない。

 

 

「さて、次は誰にする?」

 

 

無邪気にも見える青年のニッコリした笑顔が、却って不気味で足が竦む。

力の根本に共通項のあるナジャークープだけは隼人の危険性を誰よりも強く感じているため、持ちうる限り様々な攻撃をしているが、全て結界に阻まれて技が通らない。

バズビーのバーナーフィンガーも、4まで使ったが全て完璧に阻まれた。

 

 

「チッ・・・食おうにも食えねえな」

「参っちゃうよねーーーーッ」

「私の力で割ろうとして、私の腕が折れたら無駄になってしまいますよぅ><」

「お前ら、やる気あんのかよ・・・」

 

 

キャンディスが戦闘不能になった時こそ顔色を変えたが、それも瞬間的だった。

何をやっても技が効かない相手に、モチベーションを維持するのも大変だ。

ジゼルの血液も弾かれてしまったので、僅かに滅却師の力が混じっていれば全て受け付けないのだ。

ミニーニャも聖文字の力を使わなければ、ただのか弱い少女だ。聖文字を使わず純粋な膂力だけでは、結界を正拳突きしても壊れる筈はない。

そして3人が喋っていると、またもや結界の中から攻撃が飛んできた。

 

 

「破道の三十一 赤火砲!」

 

 

三十番台の鬼道だが、自己強化で霊力をブーストさせた隼人の腕を以てすれば、杖の先端から無限に火球を放つことだって出来る。

マシンガンで連射するように放たれるため、赤火砲が岩石に当たって爆発すると同時に燃焼されて火が広がり、炎で身動きが制限される。

 

(まずいな・・・ここで動き止めちまったら・・・)

 

リルトットの予想通り、結界の中から隼人は再び白滅光弾を出す準備を始めた。

敵が、リルトットにとって予想通りの動きをする簡単な頭しかないのが救いであるが、攻撃一つが必中必殺であるため、予備動作をしている内に攻撃で中断させたいが、相変わらず技は届かない。

静血装全開で備えてダメージを減らすしか無いのかと半ば諦めモードに入りかけたその時。

 

 

結界内で、隼人の身体が何者かによって殴り飛ばされた。

 

 

 

*****

 

 

 

あまりにも突然すぎて、状況を掴めずにいた。

二度目の白滅光弾で一気に5人の滅却師を仕留めようとしたのだが、一瞬視界がぐりん、と乱れた後、気付いた時には空が見えていたのだ。

正確には結界の影響でかなり青みがかった半球状の空だが、それ以上におかしな点があった。

 

何故、自分は地面に仰向けで寝転がっているのか。

何故、顔がじんじんと痛むのか。

何故、手で顔に触れると、大量の血が付着したのか。

 

 

「一体何故、()()()()()()()()()()()()()()()()、と思ったじゃろう?」

「・・・・・・、」

 

 

白断結壁のせいで緩み切っていた警戒心を最大まで強め、隼人は起き上がって声の聞こえた後ろへと首をひねる。

しかし、人影は一切見られず、前を向き直して目だけで周囲を見渡したが、相変わらず誰もいない。

 

 

「どこを見ておる、ここじゃよ、ここ」

 

 

ここ、と言った瞬間に、隼人の顔が再び殴り飛ばされた。

霊圧か何かで威力を高めているからか、素手の拳西の殴打よりも痛みを感じる。

立て続けに肩や脚の一部を刃物で斬りつけられ、瞬間的な痛みで動きが止まってしまう。

 

外の壁だけで十分と思ってしまい、自分の身体に白断結壁を付与するのを怠ったせいで、不得手な近接戦に持ち込まれてしまった。

だが、一応近接戦用の特別な技もあるにはあるので、一方的に斬られながらも牽制として発動させる。

 

 

「氷牙征嵐・周氷破(しゅうひょうは)!」

 

 

杖を地面に突き刺すと同時に隼人の周囲から氷の刃を波状に生成し、刃物っぽい攻撃を通せないように物理的バリアを形成する。

見えない敵だが、霊圧の攻撃なら当たると読んで次の鬼道を出そうとしたが、

 

 

「・・・あれ、何でこんな技出したんだ・・・?つーか、何で結界の中に攻撃しようとしてんだ・・・?」

 

 

敵の存在が、隼人の記憶の中から完全にいなくなってしまった。

動きを止めて思考回路の違和感にもやもやしていると、再びしわがれた声が聞こえた。

 

 

「そうじゃろうそうじゃろう。意味が分からんじゃろう。」

 

 

にゅにゅにゅ、と氷の波の外から出現した滅却師は、やちる程の背丈の老いた滅却師だった。

不気味なギョロ目が気持ち悪く、剥き出しの歯も真っ黄色でくすんでいる。

 

 

「これから何度言うことになるか分からんが、『初めまして』と言っておこうかの」

「『初めまして』を何度も言うの?」

 

 

「そうじゃ。わしは星十字騎士団『V』。『消尽点(バニシング・ポイント)』の、グエナエル・リー。お前はこのわしの存在を、見ることも、感じることも、そして、記憶することもできん」

 

 

他の滅却師が一切手出し出来ない中、一方的な無敵ゲームが始まった。

 

 

 

*****

 

 

 

グエナエルが現在隼人とタイマンを張っているのは、奇跡だった。

 

ユーハバッハの力で滅却師も吹き飛ばされて散り散りになってから、グエナエルが最初に見つけた敵は遠くで潜んでいた隼人だったのだ。

 

余程遠くまで吹き飛ばされたのは小柄で体重も少なかったからだが、さっき目の前にいなかった隊長を、存在を消したまま攻撃して仕留めれば、己の星十字騎士団としての地位が確約されるだろう。

グレミィ(創造主)が何故自らをこの世界に残したのかは分からないし、きっと彼の気まぐれでしかないと推測できるが、置き土産として残された以上、十分な活躍をせねば。

 

ゆっくりと距離を詰めて刃を死神の身に突き立てようとした時、周囲に変化が訪れた。

蒼玉色の結界に突然包囲され、外界との接続を完全に断たれてしまう。

それから死神が一人で発した言葉に、彼は強い衝撃を受けた。

 

『滅却師の攻撃を一切受け付けません!無敵ですよ!』

 

こんなとんでもない術を使う死神を、野放しにできるはずがない。

更に中で敵の能力を見ていれば、3名の滅却師の力を奪い尽くして、無血で戦闘不能にしたではないか。

ますます許し難い。よく分からない真珠みたいな弾で、同胞を事実上殺害するとは。

今度は火の玉を杖から連射して周囲に炎の塊をいくつか作り、滅却師の動きを阻害している。

そして、再び白いオーラが身体の周囲から生じ、あの技の予備動作をしていることは近くで見ていたのですぐに理解できた。

 

(こんな小童に、わしらがやられてたまるか!)

 

力を溜めている間は一切身動きが取れていなかったので、その隙を狙って隼人を殴り飛ばしたのだ。

 

そして自己紹介を終えてから、グエナエルは再び楽しい楽しい無敵ゲームを始めた。

対滅却師相手に最強の防壁を作り、優位に立って自信を持っていた死神が、自分相手に手も足も出せない。

愉快、痛快。最高に胸がスカッとする。

たとえ隼人から攻撃されようと、絶対に当たらない。

自分が作った最強の壁の中で、敵に殺されるザマを想像するだけで、ウキウキしてくる。

だが、次第に反応が速くなってきた。刃物で斬った瞬間に雷撃が飛んできたため、一旦潮時か。

 

ここでグエナエルは、バージョン3を発動させた。

グエナエルの存在が意識の中から消え、グエナエルという存在そのものを忘れる。

口囃子隼人の記憶には、グエナエルの記憶が綺麗さっぱり無くなった。

 

そして再び、グエナエルは姿を現す。

 

 

「さてもう一度、『初めまして』かの」

 



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Vanishing Point

「わしの名はグエナエル・リー。シュ――――――」

 

 

二度目の自己紹介を言い切る前に、隼人は再び赤火砲を()()()()グエナエル目がけて放つ。

まさかの行動に、寸での所で姿を消したグエナエルも、開いた口が塞がらない。

敵か味方かも分からない相手に、問答無用で技をぶち込むなど、粗野で野蛮だ。

魔法使いみたいな杖を持っているが、暴力的でぶっきらぼうな行動という死神のギャップに、グエナエルは思わず脳内で戦略を練り直す。

しかし、いくら考えても無駄である意味を、隼人の口から告げられた。

 

 

「何処にいるか分かんないけどさ、あんた滅却師だろ。あんたとは初めて会ったけど、僕は()()()()()()()()()()()。壁の中から突然現れるとか、近くに死神の霊圧が今まで無かった以上滅却師しか考えられないよ」

 

 

加えて、決定的な一言を見えない敵に言い放った。

 

 

「あと、誰かは忘れたけどさっき壁の中で『初めまして』を何度も言うつもりの敵に会ったから、壁の中で『初めまして』を言ったあんたはもう僕の敵だよ!」

「ッ・・・!!」

 

 

存在そのものを完全に消した自分の能力を、霊圧を記憶する相手の能力で上書きされてしまい、実質的に力負けした。

おまけに、攻撃しようとすると何かの反応を察知しているのか、最初の時よりもより正確に、そして俊敏に反応し、手に持った刃物が身体に届かなくなる。

バージョン3を今まで数回使い、存在を気取られぬまま攻撃しようとしても、初対面どころか会ってもいない相手に隼人はしっかり鬼道を飛ばしている。

 

しかし、どっちにしろグエナエルが姿を消している以上、こっちの方が有利なのは変わりない。

一度反応が鈍ってボロが出た隙に、飛廉脚で距離を詰めて一気に刃物で胸を貫こうとした。

 

(これで・・・終わりじゃ!!)

 

となる筈だったが。

 

武器が隼人の身体に触れた瞬間、グエナエルは両腕を綺麗に吹き飛ばされた。

 

 

「あ・・・・・・、」

 

「あああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

「見つけたァァァァ!!!!破道の二十三 妖毒(ようどく)!!!」

「!」

 

 

杖から深紫色の毒を生成し、痛みで姿を現したグエナエルの両腕から体内へと浸潤していき、体全体に鬼道の毒が作用していく。

手足などの末端器官はすぐに黒く壊死し、身体の中心にある臓器、骨は溶けてドロドロになり、身体がみるみるうちに崩壊していった。

 

 

「ふぃ~~・・・ちょっと危なかったな、油断禁物・・・」

 

 

グエナエルの身体が全部液体となったのを確認してから、隼人は傷ついた身体を一気に回復させる。

白断結壁の様子は変化が無いので、このまま安全地帯で攻撃することも可能だ。

さて、さっき中断させられた技で再びまとめて全員無力化してしまおうかと考えていた所で、

 

 

隼人のいた場所は、豪奢な大聖堂によって壁ごと全部潰されてしまった。

 

 

 

*****

 

 

 

「・・・呆気ねえな」

「4人やられちゃったけどねーーーーーッ」

「4人ならまだマシに決まってんだろ。あと少し遅けりゃオレ達全員ああなってたぞ」

 

 

リルトットが指さしたロバートは、未だに倒れて気を失っている。

一切流血していないが、霊圧を感じられないのが不気味だ。

 

 

「でもそうなる前に、ミニーが間に合って良かったなッ」

「滅却師の力は防がれても、滅却師の力で投げられた物体まで消しちまうなんざありえねえ。グレミィの遺物と口囃子隼人が戦ってた間に風圧で中から瓦礫が飛んできてたからな。丸ごとツブしちまうしかねえだろ」

「あの壁も、壊れてますかねぇ」

 

 

三名の女性滅却師が喋っている中、バズビーとナジャークープは大聖堂が落ちてきたことに戸惑いつつ、弱くなった炎を掻い潜って落下点に向かう。

建物と地面の隙間からじわじわと血液が広がっていき、現場にいた者が圧死していることが確認できた。

中の霊圧は確認出来なかったが、恐らく強すぎる衝撃で霊圧もろとも一瞬で崩壊したのだろう。

苦しまずに死ねただけ幸運にすら感じる。

 

 

「あの小せえ奴だけ・・・にしては血の量が多いな」

「こんなモンに潰されて生きてる奴がいるかよ」

 

 

男2人も、血を見て死んだと確信する。

 

 

「あ~~あ、ゾンビにしたかったな~・・・」

「下手にゾンビにしてペペに奪われたら面倒だぞ」

「あの人、気持ち悪い事しそう――――」

 

 

「卍解 白霞罸(はっかのとがめ)

「「「「!!」」」」

「バーナーフィンガー 4!」

 

 

バズビー以外の滅却師は後ろに突然現れた朽木ルキアの存在に気付けず、とっさの防御として大聖堂の反対側に隠れて盾にする。

唯一ルキアの存在に気付き、さっき軽く交戦していたバズビーは、ルキアの力が氷に関係するものだと知っていたため、炎を使って精一杯の相殺を試みた。

地面を叩きつけて大規模な爆炎を生み出したものの、ルキアが放った冷気は爆炎ごと包み込むように凍てつかせ、周囲の物体を完全に凍り尽くした。

 

しかし、指を4本も使った以上、自分と他の滅却師の身はしっかりと守り切った。

少し身体の一部分は凍ったが、体温を上手く調整して難なく氷は融けていく。

 

 

「チッ、炎ごと凍らせちまいやがって・・・」

「だがこんだけ強力なら、しばらくは身動き取れねーはずだ。ブッ潰してやるぜ」

 

 

大口を開けたリルトットが、ルキアの身体へと襲い掛かる。

彼女の読み通り、ルキアの卍解は体への負担が甚大なため、まともに身動きを取ることが出来ない。

そしてルキア自身も、自身の卍解で全員殺せるなどと、甘い考えは持っていなかった。

 

ルキアの身体を捕食しようとして噛んだ瞬間、リルトットの歯がベキベキ!と一気に粉砕された。

 

(何だこの力・・・朽木ルキアのモノじゃねえ・・・?)

 

駆け出したミニーニャがルキアの身体に掌底打ちをかましたが、同じように今度はミニーニャの手の骨がバキバキ!と折れて粉々になった。

それから、ミニーニャの動きが止まった場所に、千本桜が押し寄せる。

 

 

「!」

 

 

伸縮自在な口をその場に残していたリルトットはすぐに元に戻し、ミニーニャも飛廉脚を使って後退する。

若干間に合わず、脚をかなり斬られてしまった。

 

 

「ッ・・・やってしまいましたねぇ・・・」

「大丈夫大丈夫。これぐらいならミニーの傷はちょちょいのちょいだよ?」

「ッ、痛てーな、チクショー・・・歯折れちまったぜ」

「ボクにまっかせなさーい!」

 

 

高らかに宣言してその場から離れようとしたジゼルに、高濃度の蒼い炎が飛んできた。

咄嗟の瞬発力が働き、ふわりとゆったりしつつ確実に後ろにのけぞる。

 

 

「・・・またアンタ?いい加減ウザいんだけど」

「君が敵である以上、僕は逃がすつもりは無い」

「キショッ、ストーカーするの止めてくれない?」

 

 

と、吉良に向かって喋っている途中でジゼルの所にも千本桜が襲い掛かってきたが、気配に気付いていたため難なく右に避ける。

しかし、避けた先にはまた別の死神がいた。

 

 

「卍解 天廉断風!!」

「!ぶッ!!!」

 

 

大気を圧縮した力を拳に籠め、拳西はジゼルの腹を容赦なく一発殴りつけて内臓を潰し、さっきまで一緒にいた女性滅却師の方向へとブッ飛ばす。

ミニーニャの力で受け止められたため新たな怪我を負う事はなかったが、しばらくジゼルは口から血が流れたまま止まらずにいた。

 

 

「悪りいな、今度は俺達の番だ」

 

 

吉良、白哉、拳西が一堂に集まって滅却師の前に立ちはだかり、恋次は今まさに卍解を解いているルキアを保護する。

身動きの取れる滅却師は見た限り5人しかいないようなので、隊長側で勝手に設定した目標を隼人は達成したようだった。

だが、当の本人は潰されてしまった。

 

 

「口囃子さんは・・・」

「恐らく口囃子は、あの下でただの肉と化してしまっただろう。遠くから見ていたが、素晴らしい戦いだったぞ、口囃子」

「ああ。だから後は俺達がやってやる。お前の分の仇を」

 

 

「取るとか言って勝手に殺してんじゃねえよコノヤロー!!!!」

 

 

こんな所で潰されて死ぬようなタマなはずなかった。

 

剛速球で上空から投げられた大聖堂が隼人の身体に触れる寸前で、藍染戦の時のお家芸だった違法行為の空間移動を瞬時に行った。

その時に、隼人は移動先にいた滅却師のシャズ・ドミノと場所を入れ替わったため、圧死して血肉と化したのは別の滅却師だった。

潰されてしまえば肉体の再生は不可能なので、ある意味正しい殺し方だ。

 

瞬間移動後さっきいた場所に戻ると、絶望的な文言を言い放った仲間たちが我が物顔で堂々と立っていたため、我慢ならず怒りの声を上げたのだ。

カンカンの状態で放った大出力の鬼道は、先ほど降ってきた大聖堂を粉々に吹っ飛ばした。

拳西の真後ろから狙って撃ったが、間一髪躱されてしまったようだ。

 

 

「何だよ生きてたのか。つーか危ねえだろ後ろからやりやがって」

「拳西さん達が僕を見捨てた事の方が危ないでしょ!!言っときますけどね、僕マジギレですよ!!もうぷんっぷんですよ!」

「そう言う奴は実際大してキレて無えのが相場だな」

「ええそうですよ!最初に一気に3人ボコったのでそこまででも無いですよ!」

「じゃあどっちなんだよ!!!」

 

 

それに答えようとした瞬間、隼人の身体に襷のような霊圧がかけられた。

後ろから飛んできたため、前につんのめって勢いで拳西の身体にダイブしてしまう。

バランス感覚というか、体幹の無さが非常に情けない。

 

 

「悪りいな、あんたの霊圧、十分観察させて貰ったぜ。俺達の攻撃を受け付けなくとも、霊圧を読むにゃああの壁は一切関係無え。あんたの弱点、この俺にとっちゃあお見通しよ!」

 

 

ナナナ・ナジャークープの聖文字・The Underbellyを使い、モーフィン・パターンを打ち込む。

さっき取り囲んでいた時に霊圧は完全に計測していたため、隼人の力を封じることは極めて簡単だった。

霊圧量から見て、30分程度なら止められる。

その間に殺すことなど、猿でも出来る。

 

 

「じゃあな!チチンプイプイマジカル野郎!!」

 

 

パンッ!と手を叩いた瞬間に、計測した霊圧の弱点へとモーフィン・パターンがしっかり打ち込まれ、霊圧そのものが重度の麻痺に陥り一切身体を動かせなくなった。

 

()()()()()()()()()()()

 

 

「がッ・・・、・・・ぁ、」

「やっちゃって下さい」

「わーったよ」

 

 

霊圧に関する似たような力を持っていたことは、壁の中でナジャークープの霊圧を読んでいた時から既に分かっていたのだ。

だからこそ隼人もいち早くナジャークープの霊圧を完全解析し、いつでも干渉出来るように備えていた。今回霊圧に干渉して相手の霊圧を麻痺させる技から、自分の霊圧を麻痺させる技へと一時的に変えてしまった。

 

自爆して動けなくなったナジャークープを、拳西が卍解の力を使って盛大にふっ飛ばす。

ちょっとしたパンチがいくつもの建物をなぎ倒す猛打になる様は、思わず顔をしかめる程だった。

 

あと4人いたはずだが、パイン頭の滅却師はルキアを追ってしまったため既に消えている。

白哉と吉良は、金髪と桃髪の女性滅却師相手に連携して戦っていた。

捨て身にも見える吉良の豪快な攻撃が少々不安に思うが、経過はともあれ強化された身体なら問題ないだろう。

 

残っていたのは女性滅却師だけ。

拳西が瞬歩で距離を詰めると彼女はすぐに逃亡し、あっという間に追い詰めることができた。

 

 

「わァ―――――――――――ッ、まってまってまってストぉ――――――――プ。さっきも思ったんだけどさ、こんな丸腰の女の子殴るとか斬るとか、ダサいよね!なに、そういう趣味なの!?ムキムキだから何でも殴ればいいって思ってんでしょ―――――――ッ!刀使えるから何でも斬っていいって思ってんでしょ!!っていうかそういうのってできないもんじゃないの!?男がすたる、みたいな?いや、だっさ!」

 

 

遅れてやって来た隼人も、思わず精気を失った顔をする。

ここまで攻撃されることを望んでいるなら、裏があるとしか思えない。

怪しいというか、最早答えを言っているようなものなので、血を流さずに痛めつけるしかない。

 

 

「・・・もうちょっと上手い事誘導できないの?」

「え??ボク嘘なんてな―――――んにも言ってないよ?唆すつもりも無いよ??」

「じゃあこれからする僕達の攻撃は、一切外に血を流さないものにするね。拳西さん、大丈夫ですよね?」

「血出さずに内臓潰したり骨折りゃいいんだろ?」

 

 

はい!とニッコリ笑う隼人に、ジゼルの表情は思いっきり固まる。

さっきの真珠みたいな弾を当てられれば、自分の力の性質上さすがにひとたまりもない。

血を出さなければ死神をゾンビ化させられないため、あまりやりたくないが自分で身体を痛めつけるしかないか、と嫌な考えが浮かんでしまう。

いくら不死身に近くとも、ゾンビに出来る確証も無い中自分を痛めつけることは好きではない。

 

 

「あとよ、一つ気になることがあるんだが」

「ボクに質問?するだけなら自由だよ?答えるかは別だけどねッ」

 

 

「お前男だろ」

 

 

「は?」

 

 

「へ!?」

 

 

猛烈なドリフトのかかった変化球のような拳西の問いかけに、ジゼルよりも隼人の方が衝撃を顔に滲ませる。

男でしょうか?ではない。男だろ、だ。少しの疑問の余地もない口ぶりだった。

見るからに女の子なのに、何故拳西は男だと断言するのか。

理由はちゃんと話してくれたが、それもそれで中々強烈だった。

 

 

「さっきオメーの身体殴った時の感触がな、女を殴った感触じゃねえんだよ、脂肪の付き方とか。コイツの根本の体つきは男だ。どういう訳か知らねえが、女のフリして何が楽しいんだよ」

「・・・マジすか、えぇ~~~っ・・・・・・ってか、拳西さん女の子に手上げたんですか!?最低ですねオイ!」

「違ぇよ!!!!」

「バンビちゃんッ!!!」

「「!」」

 

 

反射的に後退したのは正解だった。

昨日戦ったはずの見慣れた爆撃が、再び隼人に襲い掛かる。

少し威力が下がっているようだが、あの勝ち気な少女が無尽蔵にぶつけていた霊子に違いない。

二人とも怪我は無かったが、少し動きの鈍い隼人はギリギリだった。

 

 

「またせてゴメンね、バンビちゃん!!さッ!こいつら粉々にブッ殺そっか!」

 

 

突然物陰から現れたのは、見下げ果てた姿に変貌を遂げた、バンビエッタだった。

 



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The Zombie

グロ注意です。ヤバイと思ったら該当部分は飛ばして下さい。


「どういう事だ・・・!何故奴らが消えている・・・!」

 

 

謎の襲撃を受けた場所に戻ってきた砕蜂ご一行だったが、その場に置いて来たはずの死神達は、跡形もなく姿を消していた。

あの時飛んできた矢は明らかに動けない仲間ではなく、途中までは自分達を狙っていたにもかかわらず、真の狙いは動けなくなった死神だったのか。

だが、消えたと言ってもどこかで倒れている可能性はある。

 

 

「さっきの衝撃波でどっかにテキトーにふっ飛んだんとちゃうか?」

「だとしたら、岩に血液が付いていてもおかしくありません・・・。まだ処置を始めていない隊士もいましたし・・・。ですが、確かにさっきいた場所に戻ってきた筈なのに、周りには一切血痕が残ってません。」

「私達の味方が治療してくれたのであればいいが・・・」

「敵サンに利用されたっちゅうことも考えられるわなァ」

「死体の・・・利用・・・?」

 

 

雛森が気味の悪い事を想像して顔を青ざめていたら、平子の嫌な予感は見事に的中した。

 

 

「――――・・・ぁあう、あぁーー―――――・・・」

「うっ・・・・・・、ぼぉッ――――――」

 

 

生気を完全に失い、ゾンビと化した大多数の死神に、あっという間に囲まれてしまった。

 

 

 

*****

 

 

 

時は、昨日の深夜まで遡る。

 

 

 

「うっ・・・ううっ・・・・・・、ッ・・・」

 

 

記憶にあるのは、乱装天傀を発動した中で歯が立たず、路地裏で逃げてきたところまでだった。

そこからの記憶は、曖昧でしかない。何かに吹き飛ばされたような、何かが当たったような、・・・もう分からない。思い出せない。

敵だった男の記憶も、何だか曖昧だった。

 

 

「かわいそうに、バンビちゃん・・・。でも大丈夫、ボクがとびっきりかわいくしておいたからッ・・・!あ!目が覚めた?よかった―――ッ!」

「・・・な、に・・・?あたし・・・」

「バンビちゃん!傷ついてボロボロだったから、キレイにしておいたよッ!ほらほら!」

「・・・?――――――――――」

 

 

ジゼルが仰向けに倒れていたバンビエッタの身体をゆっくりと起こし、身体の状態を見せてあげたが、

 

 

バンビエッタの身体は、腰から下が完全に消えていた。

 

 

「いっ・・・イヤああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 

更に、斬られた腹から自分の臓物がはみ出ているのも見てしまい、反射的に嘔吐してしまう。

斬られているのに痛みが無いのも不気味でしかない。

だが咳き込んで身体を動かしてしまうと、更に絶望的な状況であることが明らかとなった。

 

上半身も無事であると思うのが浅はかだった。

咳き込むと同時に腹の皮膚がペロンと捲れてしまい、胸から下全部、身体の中がスケスケ状態になったのだ。

ドラマの手術シーンなど真っ青のリアルな自分の臓器に、恐怖で声も出なくなった。

 

 

「バンビちゃんの小腸、キレイな色しててカワイイなぁ・・・♡あっ、大丈夫!ちゃんとバンビちゃんの美脚もあっちにあるよ!ほら!」

 

 

強引にジゼルによって頭をぐいっと回された先に、バンビエッタの下半身は一糸まとわぬ姿で吊るされていた。

どこぞの海鮮市場で吊るされた干物のように、ジゼルの神聖滅矢を使って木に吊るされている。臀部を見てしまった瞬間、全身が拒絶反応を起こして痙攣が止まらなくなってしまった。

 

 

「イヤああああああああああ!!!!!!!!イヤッ!!イヤッ!!イヤ!!!イヤああああああ!!!!!!」

「も―――――!バンビちゃんったら、うるさいな――――――ッ!」

 

 

と言って、ジゼルが手元に携えた矢でバンビエッタの左首を貫いた瞬間、彼女は死の間際の記憶を思い出してしまった。

暴風に立つこともままならず吹き飛ばされ、飛んできた時計塔の尖った先端で首を貫かれた瞬間。今まで感じたこともないような激痛で、1秒も意識が持たなかった。

あの時のように、目と口が最大まで開き、苦しんだまま動けなくなってしまった。

 

更にジゼルは、ほんの少しの温情でかけていたバンビエッタに対する痛覚遮断効果を、完全に打ち止めた。

これにより、胴体を真っ二つに斬られた痛み、内臓をグチャグチャにいじられた痛みなど、考えただけで絶望するような猛烈な攻撃が一気に襲い掛かってきた。

 

 

「あ~~あ~~あ~~・・・すごいいい顔だよバンビちゃん・・・見て、ボク濡れちゃった・・・♡」

 

 

スカートをたくし上げて自身のタイツを下ろしてから、ジゼルは己の欲望を満たす。

勝ち気で自信家の少女は、一日にして従順な奴隷へと姿を変えた。

 

自身の欲を満たしたジゼルは最後に胸へ矢を突き刺し、バンビエッタは短い生涯を終えた。

 

 

 

*****

 

 

 

そして現在。

ジゼルのゾンビとなって再起動したバンビエッタは、男とバレて堪忍袋の緒が切れたジゼルを護るため、二人の前に立ち塞がる。

 

 

「嘘だろ・・・!僕昨日あいつ殺しましたよ!しかも何だよあの肌色・・・!」

「あれェ――――――ッ!昨日バンビちゃんを痛めつけたのってキミなんだ!ねぇねぇ、早く殺さなきゃ!」

 

 

しかし、バンビエッタは動こうとせず、ハァハァと荒い息を吐きながら、ジゼルに身体を向ける。

口からボタボタと涎を垂らす様は、さしずめ欲望に飢えた獣か。

 

 

「・・・ほしい・・・、ほしい、ほしいよ、ジジのが・・・ほしい・・・。おねがい・・・もう無理、ガマンできない・・・早く、バンビに・・・。バンビに、ジジの、」

「ああんもう!きたないなあっ!!」

 

 

バンビエッタの涎はジゼルの軍服を滴り、臭い上にシミまで作っている。

一発豪快に殴ると吹っ飛び、生前の姿は見る影もなくなすがままとなっていた。

 

 

「そんなにほしがっちゃって、ホントにガマンできない子だなァ、バンビちゃんはッ」

 

 

「ごほうびは、全部終わってからでしょ―――――――――ッ」

 

 

一連のやりとりを見た二人は、ぐじゅぐじゅとした不気味さと気持ち悪さが体内に蔓延って胸焼けしそうになっていた。

 

 

「(何ですかアレ、性癖ってレベル超えてる・・・)」

「(・・・世の中には、そういうヤツもいるからな。社会勉強だと思え)」

「(いやドン引きしてる人に社会勉強とか言われたくないですよ)」

 

 

と、ヒソヒソ話していたにもかかわらず、聴力がいいのか完全に聞こえていたようだった。

 

 

「ボク達をヒソヒソバカにするなんて許せないよね!!バンビちゃん!やっちゃえーーーーーッ!!!」

 

 

そのままバンビエッタは完聖体の力を使い、大量の霊子爆撃を繰り広げる。

ゾンビ化したことで根本的な霊力こそ下がっているが、いかんせん元の力が厄介なので受け流すことは出来ない。

「下がりましょう!」と隼人が叫んだのに倣い、同じように拳西も後退して距離を取る。

 

 

「で!?どうすんだよ隼人!」

「う~~ん・・・普通にやったらバレちゃうからな・・・」

「あんま考えてる時間無えぞ!次の弾来るぜ!!」

「逃がすと思うッ!?」

「取り敢えず逃げましょう!」

 

 

一度建物に着地してから再び移動することで、二回目の便を上手いこと消化する。

再び空中に飛んでから、隼人は拳西の肩に触れた。

 

 

「風の流れ、操作できますか?」

「あ?何だ急に。卍解してっから出来るがそれがどうかしたのかよ」

「じゃあ大丈夫です!今から拳西さんの力に干渉します!ちょっと変な感じするかもしれませんが我慢して下さい!」

 

 

それから軽い説明を受けていると、爆弾の第3便が二人めがけてやって来た。

何だか最初よりも多い気がするが、きっと大丈夫だろう。

 

まず、拳西が卍解の力を使って、二人の目の前に存在する大気を操作し始めた。

いつでも行けるぞ、と言われた隼人は、右手で拳西の左肩に触れたまま、攻撃用の杖から錫杖へと変化させる。

そのまま力を籠めると、拳西の力に変化が現れた。

 

(!)

 

自分の力に何者かが介入してくる妙な感覚に顔をしかめたが、我慢して下さいと言われたので後ろに飛びながら変わらず力を籠めていく。

数秒後、隼人の手が離れると同時に、錫杖からロッドに戻したようだ。

 

 

「よしっ!今度はこっちから行きます!」

 

 

奔放な振る舞いについていくのが並々ではない程に疲れてしまうが、考えあってのことなのは分かるのでこれも言われるがままについていく。

 

普段より一回りサイズを大きくした赤火砲を放った隼人の隣で、拳西はブーメランのような形をした特大の刃を風で作り上げて投擲する。

 

 

「これでどうなんだよ?」

「まぁまぁ、見てて下さいよ」

 

 

これも言われるがままに見ていると、さっきと状況が違うことはすぐに分かった。

 

拳西が操作した大気のエリアでは、霊子の動きが完全に止まっているのだ。

空中で爆弾の動きが静止し、ジゼルとバンビエッタの動きも一瞬止まってしまう。

空気そのものが、霊子を固定する壮大な空間へと変貌を遂げた。

そして、その空間を破壊するのが、赤火砲と風の刃だった。

 

霊子の止まった空間に二つのエネルギーが触れると、張り詰めていた糸がプツンと切れたかのように空間の霊子の動きが生まれ、二人の女性滅却師を巻き込んで大爆発した。

 

 

「拳西さんが大気を操作して、僕がその操作した大気の中に霊子を止めるエネルギーを混ぜました。力に干渉して捻じ込んだので、相手からすれば見えない空気の変化に気付けないでしょう?だからバレずに済んで良かったです!」

「成程な、それはいいんだけどよ、お前が俺の力に入ってくるときの気味悪い感覚はどうにかなんねえのか?」

「無理ですね!耐えて下さい!時間が解決してくれるはずです!」

「随分投げやりだなオイ」

 

 

だが、爆発のダメージを受けたのはバンビエッタだけだった。

土壇場でジゼルがバンビエッタの身体を盾にしたのだろう。彼女の身体は血色の悪さに加えて至る所傷だらけになってしまい、ジゼルの身を守るための都合のいい道具になっていた。

 

 

「へへっ、そうなんだ。じゃあバンビちゃんじゃ相手にできないね、()()

「・・・、・・・ッ!!」

 

 

ジゼルの声音に怯えたバンビエッタは再び翼から霊子を撃ち出したが、今度は撃った瞬間に全て爆発してしまう。

勿論この爆弾も、バンビエッタが全て身代わりにさせられた。

 

 

「お前らの周りにゃ、見えねえ空気の壁が大量にあるからな。その女が爆弾を撃とうが、俺の力で全部爆発させられるぜ」

 

 

空気を見えない壁に変化させることで、バンビエッタの爆弾は事実上物体に触れることになる。

その壁が滅却師二人の周りに展開してあるのであれば、バンビエッタの爆弾は撃てば撃つだけ自分の身を滅ぼしてしまうのだ。

こうして、ゾンビの滅却師の術は完全に封じた。尤も動ける状況には見えないが。

 

 

「そっかぁ―――――――、バンビちゃんじゃ、隊長さん二人には力負けしちゃうよね・・・。しょ――――がないな――――――――ッ」

「・・・しょうがない・・・?」

 

 

「出てきていいよ―――ッ、死神さ――――んッ!」

「「!!」」

 

 

ジゼルの声に呼ばれて、数名の死神が二人を取り囲む。

日番谷、松本、大前田、斑目、綾瀬川・・・。

その他にも、護廷十三隊の席官が、皆赤黒く濁った肌になって、意思のない人形と化していた。

 

 




バンビちゃんのゾンビ施術シーンは、ひぐらしのあのとんでもグロテスクシーンに影響を受けて書きました。と言っても僕は規制版でもあのシーン見れてません。途中で止めました。グロすぎて・・・。なので若干マイルドに仕上がっているかなと思います。


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横槍

「嘘だろ・・・みんな・・・!!」

 

 

隼人の呼びかけに対して、誰からも返事はない。

確かに霊圧は殆ど消えていたが、今目の前にいる隊長格の面々は、若干霊圧の質が変わっていた。

DNA情報を強引に書き換えられたかのように、霊圧の一部がジゼルと性質を同じくしていた。

 

 

「まずいな・・・取り囲まれちまった」

「どっ・・・どうすれば皆を元に戻せますかね・・・」

「無理だ。こういう手前は術者を倒しゃあどうにかなるが、倒そうとして迂闊に返り血浴びたら俺達がああなるぞ」

 

 

対滅却師用に特化した攻撃はまだ慣れておらず、準備動作が必要となる。そしてその間、隼人は完全無防備となってしまう。

死神の力を完全に断つ壁は予定になかったので、大急ぎでも作るのは不可能。いくら拳西でも、隊長副隊長席官合計10名以上を、隼人を護りながら一人で相手どるのは厳しいだろう。数が多すぎる。

かといってジゼルにそのまま攻撃してしまえば、逆にこっちがゾンビにさせられる可能性だってある。

ひょっとしたら、ゾンビの血を浴びただけでこっちもゾンビにさせられるかもしれないのだ。さっき殴ったのも、実際危なかった。

状況を打開する手は、一つしかなかった。

 

 

「・・・倒すしか、ないんですか・・・?」

「ああ。背中は任せたぞ」

「・・・・・・はい」

 

 

ようやくずっと目標にしていた拳西と同列に立ち、一緒に戦えることはこの上なく嬉しい。

だが。

 

相手の傀儡と化した仲間相手に、本気で戦える程強い心を持っていなかった。

 

最初に飛んできたのは大前田の五月頭。

これ位なら鬼道を使って粉砕することも可能だが、自分でも理解できない深い心の奥底でブレーキがかかってしまい、ただ単に防壁を作って防ぐだけになってしまう。

距離を詰められてしまい白打戦になってしまうと、副隊長相手に完全に防戦一方となってしまった。

 

 

「何やってんだ!!変な情は捨てろ!」

 

 

拳西は、卍解の力を使って大気を爆発させることで、ゾンビ死神達をそもそも寄せ付けようとせず、それを強引に掻い潜って近づいた敵には敢えて身体に触れさせることで、相手の腕や脚などの骨を振動で折ることにより、手あたり次第対処していた。

たまたま拳西のいた方向に席官が多く集まっていたのも、上手く対処出来た理由になる。

 

それに比べると、隼人の戦いぶりは大変情けなく、みっともなかった。

大前田相手に防戦一方になっている隼人に目を付けた松本が、灰猫で遠くから身体を斬りつけていき、じわじわと傷が増えていく。

傷など回復すればいい話であるが、表情を失った仲間が自分に襲い掛かる恐怖のせいで、正常な判断に遅れが出てしまう。

そんな中、遂に日番谷が動き出す。

やはり狙いは、消極的な動きを続けている隼人だった。

 

瞬歩で空高く飛び上がってから、日番谷は二人の真上へと位置を定める。

両手で斬魄刀の柄を強く握ってから刀の先端を下に向け、最高速度で下へと降りていく、。

日番谷の狙いは、真上から斬魄刀で隼人の身体を一突きして貫通させ、そのまま縦に真っ二つに斬り裂くすることだ。

 

(!!)

 

物凄い速度で極大の霊圧が近づいてきたために気付いたが、大前田に手古摺っている中避けることはできない。

日番谷の全ての霊力を防ぎきるには、大前田相手に霊力を割いている余裕も無い。

手詰まりになった中、背後にいた拳西が卍解の防御力を最大まで上昇させ、日番谷の下突きを防ぐためにギリギリで間に入ることに成功した。

 

 

「拳西さん!!」

「いいからお前は目の前の敵を倒せ!」

「ッ・・・!はいっ!」

 

 

仲間の身にまで危険が迫ってきた段階で、ようやく隼人はゾンビ死神にちゃんとした攻撃ができるようになった。

といっても、基本的には殺さず、無力化する方向の攻撃である。

 

 

「五柱鉄貫!九曜縛!!」

 

 

目の前で戦っていた大前田には上空から落ちる柱で五体封印し、遠くから灰猫で攻撃していた松本には、設置型の鬼道で縛り付け、動きを止める。

上を見ると、下突きに失敗した日番谷が、斬魄刀から氷を生み出して肉弾戦の拳西と鍔競り合いをしていた。

脚や腕を凍らせようと、周囲の大気を爆発させて全て砕いているようだ。

氷弾も、見えない空気の壁で爆発させているため、拳西が日番谷に負わされた傷は見られない。

今まで見たこと無かった防御型の卍解は、相手の手の内を強引に捻り潰すにうってつけだった。

 

 

「今からそっち行きます!拳西さ―――――――――」

 

 

と走り出した瞬間。

 

両腕両脚に、蔦のような物体が触手のように絡みつき、動きを止められてしまった。

 

 

「誰!?こんな力見たこと、」

 

 

と後ろを向くと、同じくゾンビとなった弓親が、斬魄刀から孔雀の羽にも似た蔦を自身の斬魄刀から放出していた。

 

 

「はぁっ!?お前何だよその力!・・・って、―――――!!」

 

 

謎の力の本質は、隼人の体質上瞬時に理解できてしまった。

自分の霊圧が、強制的に蔦に吸い取られている。

身体の中で生成されて放出されるはずの霊圧が、強引に絡みつく蔦へと流されているのだ。

蔦を焼き払うために、炎熱系の鬼道で焼き払おうとしたが、

 

 

「赤火砲!!」

 

 

蔦に砲撃が当たった瞬間、それも霊力として吸い取られてしまった。

このままでは、何もできずただただ霊力を搾り取られ、からっからになって干からびた所を殺されてしまう。

蔦は太いので、手で切るなんて不可能だ。

斬魄刀に戻せるなら戻したいが、卍解の副作用を考えればそう易々と決められない。

頭を抱えたくなる展開が再び訪れて、もう限界だ!となっていたら。

 

 

人間大の鋏を持った涅ネムが、隼人に絡みついた蔦を一気に切り落とした。

同じタイミングで、拳西と鍔競り合いをしていた日番谷に何かを刺そうとした涅マユリが上空にいたが、躱されて距離を取られてしまった。

 

 

「・・・何しに来たテメェら」

「横槍を入れてしまったのは謝罪するヨ、六車隊長、口囃子()()。だがこの力は私の知的好奇心を強く揺さぶるのだヨ・・・済まないが代わってもらいたい」

 

 

と言ったマユリは、思わず目を背けたくなる程に眩しい。

眩しいせいで日番谷に避けられたのではと思ってしまう。

なのに、わざわざ代わってもらいたいなどと言われれば、十三隊の中ではまあまあ好戦的な拳西は、黙っちゃいない。

 

 

「お前らの手なんざ要らねえよ。俺と隼人でどうにかする」

「君達では不可能だヨ」

「勝手に決めつけてんじゃねえ!」

「ならば理由を述べよう。私の解析から判断するに、現時点での口囃子隊長の力を以てしても、ゾンビ化を解くことは不可能だ。かといってあのゾンビ娘を殺そうとしても、返り血を浴びれば死神はゾンビと化す。君達二人が果てしない時間を掛けて戦おうが、決着はつかないのだヨ。貴重な戦力を無駄死にさせる前に、一旦下がり給え」

 

 

それは目の前でゾンビとなっている死神たちのことか、はたまた弓親がひた隠しにしてきた始解で霊力を軽く奪われた隼人のことか、どっちを指しているのかは分からない。

だがそれでも、頭に血が上りかけた拳西の心を留めるに値する程には、筋の通った冷静な分析だった。

このままやっても、何にもならない。ただただ無駄に力を消費するだけだ。

 

 

「あれ―――――――ッ?何かまぶしくてあんま見えないんだけど、誰?」

「ほう、これはまた、ものを知らん奴だネ。偉大な相手というのは、輝いて見えるものだヨ」

「まぶしい理由の方は訊いてないんですけど?」

 

 

突然現れた異形の存在に、ジゼルも自然と関心を向ける。

見計らったネムが拳西にその場を離れるよう誘導したせいで完全に蚊帳の外に置かれてしまい、強引にその場から引き剝がされてしまった。

 

 

「・・・行きましょう、拳西さん」

「何だってんだ、ったくよ・・・!」

 

 

あぁ、イライラしてんなあ、といつもの光景に苦笑いを浮かべつつ、二人はさっき一緒にいた白哉と吉良の許へ瞬歩で向かって行く。

距離が近かったので、あっという間に到着した。

見た所優勢であり、更に修兵も加わっており、数的にも、能力的にも、死神側が滅却師に勝っていた。

 

 

「これじゃあ、加勢する意味無さそうですね」

「あぁ!?こっちに来ても力使えねえのかよ!!ふざけてんのかテメェ!!」

「・・・何があったんですか、口囃子さん」

「涅隊長に獲物横取りされて、イライラぷんぷんって感じ・・・」

 

 

思いっきり胸倉を掴まれて、いつ殴られてもおかしくない雰囲気が前面に出ている。

八つ当たりでもしない限り、イライラが収まらない気持ちも十分理解できるが。

吉良と白哉の心配する目が、申し訳ない気持ちにさせられる。

だが、それ以上に眼前の凶悪面をどうにかして抑えないといけない。

 

そして、またまた白哉が気を遣ってくれたようだった。

 

 

「・・・私は、ルキアと恋次の様子を確認する。鳳橋の霊圧も向こうに感じる。吉良、行くぞ」

「あっ、はい、そうですね・・・行きましょう!」

「この二人は兄らに任せるぞ」

「ほっ、ほら、任されちゃいましたよ!力使えますって!」

 

 

と言って隼人が落ち着かせようとすると、さっきの凶悪面は多少ナリを潜め、普段通り(といっても常に怒り顔)の姿に戻ってくれた。

殴られなくて安心。滅茶苦茶痛いし。

イライラした拳西の扱いに、大分慣れてきた。

だが、逆に拳西の意識の矛先は、地味に今まで姿を消していた己の副官に向いた。

 

 

「つーか修兵、お前何してたんだよ」

「えっ?ふっ飛ばされてから一緒じゃなかったんですか?」

「ああ。コイツだけな。どこほっつき歩いてたんだ、あぁ?」

「なっ・・・!俺は滅却師と戦ってたんすよ!」

「それで?負けそうになって逃げてきたの?」

「失礼っすね!1人片付けましたよ!」

「えっ!マジ!?」

 

 

いかにもわざとらしく衝撃!!っという感じの顔で驚嘆する隼人に、修兵はちょっとイラついたが、一人片したのは事実なので、マジです!と言うと、戦場にいるにもかかわらず隼人はすごく嬉しそうな顔になって褒めてくれた。

 

 

「凄いよ修兵!成長したな!!カッコイイよ!かわいいよ!!いやぁー自慢の後輩だな!」

「さっきもですけど、かわいいって何すか・・・?」

「いやー九番隊の将来は安泰ですね!拳西さん!・・・って聞いてないけどまぁいいか。それでそれで!?修兵の戦った奴はどん、なや、つ・・・・・・」

 

 

一瞬、身体がほんの少し後ろに押されたような感覚がしたため、言葉が止まってしまう。

そのまま喋り続けようとしたが、お腹に違和感を抱いて下を見てみると、さっきまでの喜色満面な顔が一気に無へと変化した。

 

 

修兵の風死が、見事に隼人の腹を貫通していた。

 

 

「えっ・・・、あ、あれ、俺・・・」

「・・・・・・」

 

 

 

 

「何してんだテメェ」

 

 

修兵が聞いたことも無いような汚い言葉、低い声で、隼人は風死の刃を掴み、激烈な殺気の籠った目で睨みつける。

泣く子も黙るどころか、余計にビービー泣かせて失禁させるトラウマ顔だった。

ジゼルのゾンビのように傀儡として操られている訳でもないのに突然腹を貫かれてしまい、修兵自らの意思で刺したと誤解した隼人は、猛烈な怒りを顔に浮かべた。

 

ひっ、とたじろいだ修兵に鬼道をぶつけようとした瞬間、瞬歩で修兵の懐をとった拳西が裏拳で脇腹を打ち、そのまま頭部に回し蹴りをして修兵の意識を刈り取った。

卍解は解いていたので、修兵の首が折れていることはないだろう。

飛ばされた時に風死を手放したので、腹を突かれた隼人が二次被害を喰らうことも無かった。

突然目の前にいた修兵が消え、すっとぼけた顔で棒立ち状態になってしまう。

 

 

「えっ、あ、・・・」

「馬鹿野郎!!本気の鬼道使って修兵殺したらどうすんだ!!」

「・・・すみませんでした、ついカッとなって・・・」

「取り調べ中の容疑者みてぇなこと言ってんじゃねえよ!」

 

 

滅却師一人片付けたと聞いた時点で、既に拳西は修兵の言動を訝しんでいた。

現在の己の実力や、相手した滅却師の実力、他の死神の力を勘案しても、余程相性が良くない限り、修兵が星十字騎士団相手に勝ち星を挙げられるとは残念ながら思えなかった。

それは、修行を経て卍解習得まで至らず、爆撃する滅却師相手に逃げるしかなかった修兵を見ても明らかだと分かった。

それなのに、1人片付けたなら、何か裏がある。

黙って修兵の様子を窺っていると、遂に化けの皮が剥がれたのだ。

 

余程高等な術で、修兵は何者かに操られている。

ゾンビの力よりもきっと強いものだろう。

一旦操っていた修兵が無力化されたのであれば、じきに現れるはず。

 

考えているうちに、すぐに術師は遠くから奇妙な笑い声を上げて登場した。

 



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「ゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲッ」

 

 

「ココロは1つ、カラダも1つ。ミーのヒトミにみつめられれば、キミのココロはまっ2つ。2つになったココロとカラダ、1つにまとめてボクのもの♡星十字騎士団”L”の文字、ペペ”(ザ・ラブ)”ここに登場♡愛のロープに苦しみなさいッ♡」

 

 

ペペ・ワキャブラーダの言葉が終わると同時に、回し蹴りで気を失っていたはずの修兵が既に隼人に斬りかかっていた。

 

(!)

 

慌てて腹に刺さっていた風死を引き抜き、鬼道で壁を作ったが、攻撃用のロッドのままで壁を展開してしまったため、一撃で破壊されてしまう。

勢いで後退してしまった隙に、ペペがハート型の霊子を手から射出する。

姿勢を維持したまま躱すのは不可能なので、思い切って後ろに一気に倒れ込む。

身体を強打したが、斬られた痛みに比べればどうってことない。

 

そしてペペの射出した霊子は、その先にいた女性滅却師のうち、桃髪の方に直撃した。

 

 

「ペペ、さまぁ・・・・・・・・・♡」

 

 

とろぉん、とした恍惚の笑みを浮かべると同時に、ミニーニャはペペの操り人形と化してしまう。

頬を赤く染め、まるで快感に身を浸している最中のように、顔を緩めている。

修兵もあんな顔をしたのかと思うと、吹き出しそうになったが寸前でこらえる。

 

 

「くそっ!」

 

 

実質仲間割れしてしまった女性滅却師の二人は死神に構っている余裕など無くなり、リルトットはミニーニャとの戦闘を始めざるをえなかった。

同じ服を纏う仲間同士が戦う異様な光景を見て、一言。

 

 

「やめてぇ!ミーのことが好きだからって、みんなミーのために争わないで!!みんなが死ねばミー1人のお手柄になるなんて、ぜんぜん思ってないからぁ♡」

 

 

何とも浅ましい精神である。

欲に忠実、自己本位。星十字騎士団の良くない点を、一手に凝縮したかのような人物だった。

 

 

 

*****

 

 

 

「修兵は俺がどうにかする!お前はあの滅却師を殺せ!」

「あのグロくてキモい奴ですね!分かりました!」

 

 

 

操られた後輩は直属の上官に任せ、隼人は自己回復を済ませてから、本丸の術者を討ちに走る。

ゾンビ同様、人を操る系統は術者を殺せばどうにかなるのが相場であることに加え、ジゼルのように攻撃方法に工夫する必要は無い。

ペペの放つ技にだけ気を付ければいいのだ。特攻をかましても避けきれば大丈夫だ。

 

 

「ペペ様のために、口囃子さんを・・・!」

 

 

修兵が投擲した風死は届かず、拳西が強引に斬魄刀で受け流すことで隼人は臆することなくペペに向かって行けた。

「とうっ♡とうっ♡」と何度もハート型の霊子を射出していくが、本気を出していないからか一つ一つの速度が遅く、鈍い隼人でも上手い事避けることが出来た。

 

 

「あららららぁ~~~~♡こわいねこわいねッ♡」

「そう言うあんたの人を操る術の方が、すこぶる怖いと思うんだけど?でもあんたを倒せば修兵は解放される。だからとっとと倒されちまえよ!」

「さすが口囃子隼人、霊圧探る力は折り紙つきだねッ♡こわいッ♡」

 

 

連続射出で大量に“愛の弾”を発射してきたが、黄火閃による霊圧の範囲攻撃で、全て一気に打ち消した。

大して力を入れずに放ったものの、ペペの放つ霊子を打ち消してそのまま威力を落とさずに霊圧は進んでいったため、ペペの放つ霊子そのものには耐久性は見られない。

逃げ足が速いのがむしろ難点だった。

 

 

「おんやあ~~~~?ミーの愛を打ち消すなんて、ミーには人の心が無いのかナ~~~~?」

「お生憎様だけど、僕は得体の知れない気持ち悪い人間から愛を受け取るような聖人君子じゃないから。好き嫌いは激しいよ?」

「ムムムう~~~?ってことはミーのことはきらい・・・?ミーの愛を、受け入れられない・・・?」

 

 

頷くと、ペペは心底悲しそうな素振りを見せながらも、両手を顔の前に翳してから、大きなハートを形作っていく。

見るに堪えない程気持ち悪かった。

 

 

「キミの使命はミーのために死ぬことでしょ~~~?許せない~~~♡受け入れないなんて、そんなの絶対に、許せないモ~~~~ン♡」

 

 

神の情愛(グドエロ)!!!」

「!」

「ラヴ・ロォォォォォォォォープ!!!!!」

 

 

隼人にとっては殆ど前触れもなく完聖体を使用したペペは、間髪入れずにさっきまでと毛色の違う技を発動させた。

同じように黄火閃で打ち消そうとしたが、ペペの作り出した愛の縄は逞しく、番号の小さい鬼道で止めることは出来なかった。

逃げる判断が遅れてしまい、3本の縄が隼人の身体を貫通する。

 

 

「あらん♡ミーのラヴに囚われちゃったん♡」

「ッ!!こんなもの!!」

 

 

廃炎で燃やし尽くそうとしたが、寸前で手が止まってしまう。

ペペに対して攻撃しようとした瞬間だけ、身体が石化してしまったかのように動かなくなってしまうのだ。これも愛の力か。憎たらしい。

 

 

「ミーの愛、届いたかどうか、チェックし~~ちゃお~~~~♡」

 

 

それからペペは、徐にマーガレットを取り出した。どこからかは分からない。

フンフンフン♡と鼻歌を小気味よく歌ってから、ペペは花弁の1枚を摘まんで引っ張った。

 

 

「スキ♡キライ、スキ♡キライ、スキ♡・・・・・・」

 

 

まさかの古典的な花占いを始めたペペのビジュアル、風貌は、どうしようもないくらいに気色悪い。

止めてやりたい所だが、こちらから一切攻撃が出来ないため、援助を待つしかない。

そろそろ拳西が戻ってきてもおかしくないが、残念ながら花占いの方が先に終わってしまった。

 

 

「スキ♡キライ、・・・・・・スキ――――――――――――♡♡♡ラァヴ・ポーーーションッ(愛の特効薬)♡♡♡♡」

 

 

結果は勿論好きの方になってしまったし、どうせそうなるだろうなと諦めの気持ちはあったが、そんなものを吹き飛ばす程に、凶悪な技が隼人の身体に降り注いだ。

 

 

「へぁっ・・・・・・、な、んだ、これ・・・!・・・ッぁぁっ!!あっ!あふっ!あっ!やめっ・・・だめっ・・・!」

 

 

ペペの愛による、超高濃度の媚薬が強制的に体内に注入され、男の身ながらまるで女の子のような嬌声が出てしまう。

他人の事を気持ち悪いとか考えたバチが当たったのか、自分自身でも知らないような媚態を振る舞ってしまう。

苦しく、辛いのに、体中を駆け巡る快感に堕とされてしまい、呼吸が荒くなってしまう。

苦しみ、喘ぎ、身体を震わせる淫らな姿に、ペペはニンマリと口を緩める。

 

 

「いいねッ♡カワイイよッ♡女の子だったらもっと良かったんだけどねッ・・・。でももうおしまいッ♡お゛ろ゛っ・・・お゛ろ゛ろ゛え゛え゛ぼぼぼぼぼぼぼぼ・・・・・・、」

「あっ、ああっ、あっ、やっ、やめっ、ダメっ、ダメッ、あああああああ!!!やらっ、ダメダメダメダメ!!」

 

 

ペペが口から霊子兵装を出していくうちに媚薬の効力はさらに増大していき、隼人の身体は完全に毒牙に犯されたようなものだった。

正常な感覚は失われ、完全に性行為中の人間の反応だった。

とにかく解放されたい一心で体を捩るが、全く意味をなさない。

その反応も面白そうに眺めてから、ペペは究極の愛を撃ち込む。

 

 

「喰らえい・・・これが究極の・・・・・・、」

 

 

「あい゛っ、」

 

「らぶぅ~~~~~~!!!!」

 

 

ペペの攻撃は、何者かによる強烈な肘打ちによって中断させられ、隼人の身体を貫通していたロープも流れでズルズルッと引き抜かれる。

全身を巡る性的な感覚から解放されたが、立つこともままならず、そのまま荒く呼吸しながら地面に横たわる。

少し落ち着いてから顔を上げて状況を確認すると、思いがけない死神が立ち尽くしていた。

 

 

「・・・、お、前ら・・・!」

 

 

大前田、斑目、綾瀬川。

3名の死神が、さっきとは違い、頭部から目に沿って黒い肌地となったゾンビの姿で、滅却師に攻撃した。

たとえ隼人の顔が涎でぐちゃぐちゃになっていても、何の関心も寄せず、ただただ白くなった目で敵を見ているだけだ。

ジゼルのゾンビよりも、より強い呪縛で操られ、完全なる傀儡となっていた。

 

 

「その、姿、一体・・・」

「ヤレヤレ、折角卍解を習得して更なる力を得たというのに、こんな所で惨めに悶え苦しみ、喘ぐとは情けないヨ、口囃子隊長。君は下がって、この涅骸部隊に任せるといいネ?」

「涅隊長・・・!」

 

 

ジゼルのゾンビではなく、マユリのゾンビ。

何だかそれだけで、さっきまでの数倍恐ろしく感じてしまう。

彼らがどんな人体実験をされたのか想像するだけで、全身に悪寒が走りそうだ。

隼人が杖を使って立ち上がると同時に、マユリも隼人の近くへと歩み寄る。

 

 

「何で弄ぶような真似を・・・!そんなことしなくても貴方なら回復させられるでしょう!?」

「ホウ、珍しく君とは意見が喰い違うようだネ?・・・君は、死してでも瀞霊廷を護るのが、護廷十三隊の本懐だとは思わんかネ?」

「・・・・・・、」

 

 

いざという時に優柔不断な隼人は、この意見を言われて即座に違うとは言えなかった。

他の隊士よりかは十二番隊に出入りしているため、マユリの意思、信念は少しばかり知っている。

理解できない場面こそ多々あるが、少なからず共感できた所も今までにあった。

だからこそ隼人は、現時点で考えている自分の意思を口にする。

 

 

「それでも僕は、死んでから他人に利用されるのは御免です」

「何とでも。万が一君が死んだ時には、私は君の死体を隅々まで利用させてもらうことに変わりはないヨ。瀞霊廷の為に、ネ」

 

 

マユリが話を終えたと同時に、吹き飛ばされたペペがゾンビとなった弓親にハートの霊子を注入した。

 

 

「へ・・・・・・、へへぇ~~~・・・、ジジのゾンビよりミーの愛の方が強いモンね~~~~♡前にジジのゾンビをミーの虜にしてやったこともあ゛る゛ん゛っ!」

 

 

ペペが喋っていた途中で、愛を受けた弓親は藤孔雀を喉に突き刺した。

自らの愛が完全に通用しない無機物みたいな死神に、ペペは全ての手段を失い、絶望の淵に立たされる。

追い詰められた時の表情も、この上なく気持ち悪かった。

 

 

「ヤレヤレ、五月蠅いヨ。それに話を聞いていなかったのかネ?そいつはもう、私のゾンビだ。私のゾンビに、愛など通じぬ」

「―――――、ゕっ、ぁ―――・・・」

 

 

喉を貫いた藤孔雀は縦に斬り裂かれ、追撃の大前田と斑目の白打によって、ペペは完膚なきまでに打ちのめされてしまった。

 

 

 

*****

 

 

 

「口囃子隊長、体内の毒素を分解する液体です。お飲み下さい」

「ありがとうございます・・・・・・、」

 

 

ペペに注入された媚薬の後遺症のせいで、身体に何かが触れるだけで敏感に感じてしまうみっともない醜態を晒していたが、ネムからもらった薬を飲むことですぐに回復する。

 

変な感覚から完全回復したところで、ダウンした修兵を担いだ拳西がこちらにやって来た。

 

 

「おい、さっきお前の叫び声聞こえたんだが大丈夫か?」

「大丈夫です・・・、」

「あぁ?はっきり言えねえのかよ?」

「追及しないで下さい・・・」

 

 

黒歴史どころのレベルじゃない醜態なので、たとえ回復していても落ち込んだ気持ちまでは元に戻りそうもない。

あまりにも落ち込んでいたので、拳西も問い詰めるようなことはしなかった。

一先ず、周囲を巡る戦況について伝えることにする。

 

 

「女滅却師どもは相打ちだ。敵の力に助けられるとはな・・・」

「ゾンビ娘は私が倒したヨ。瀞霊廷内にいる滅却師の霊圧も少なくなっているようだネ・・・」

「何とか、数減らせたようですかね・・・ちょっと、疲れました・・・」

「一回卍解解いた方がいいんじゃねえか?」

「そうですね、じゃあまた拳西さん近くにいて下さい、頼みます」

「おう」

 

 

再び卍解を解いたことで暫く霊圧を感知できなくなり、拳西を頼って移動を始める。

 

 

「技術開発局に向かうといいヨ。貴様らが迎合する浦原喜助もいる筈だ」

「迎合って・・・、まあ、そうですね。休めますし行きましょうか」

 

 

夜明けから始まった戦いに、遂に一つ目処が立った。

敵の首領は霊王宮にいるようだが、きっと零番隊の面々が倒してくれるはずだ。

もう役目が終わった安心感で、丸一日寝ていられるかもしれないと口に出しそうになる程に、身体を動かすのも億劫になっていた。

 




ここで、第二次侵攻は終わりです。
次は霊王宮篇ですが、実質戦闘回数が少ないので、もう少しサクッと終わらせるつもりです。


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千年血戦篇・霊王宮侵攻・訣別譚
二度あることは三度ある?


霊王宮侵攻は、17話で終わる予定です。新規要素を盛り込んだ結果、第一次侵攻とあまり変わらない長さになりました。
また、最後に関してはちょっと護廷十三隊っぽくない事をしています。というより、京楽が総隊長になってから、原作でも結構昔の慣例とかに比べると変わっているなーという部分はありますが、浦原喜助の影響でかなり瀞霊廷にも変化が訪れたと解釈し、最後はちょっと一風変わった感じになりました。沢山のss作者様が描かれる中で、霊王護神大戦の終わる一つの形として見届けて頂けると幸いです。


「ッ・・・、はっ!!俺は一体何を!!って・・・、すんません隊長!!!」

「やっと起きたか・・・とっとと自分の足で歩け馬鹿野郎!」

「うっうおぉあああああ!!!」

「おぉ・・・・・・」

 

 

右肩に担いでいた修兵の腕を掴み、勢いをつけて拳西は一本背負いの要領で前にぶん投げる。

受け身など取ることもできず、ビターン!!と地面に身体を打ち付けたが、不思議と痛みはあまり感じなかった。

というか、さっきまで負った傷は、既に治療されていた。

 

 

「怪我・・・治ってる・・・、ありがとうございます!」

「へへん。霊圧感知できない中何とか頑張ってやってやったんだぞ!感謝せい修兵!おなーりーって感じで!」

「その割にはちゃちゃっと済ませてたじゃねえか」

「・・・・・・」

 

 

微妙な空気感が生まれてしまった所で再び歩き始めたら、雨の降っている区域に突入した。

何故か雨の降る場所と降らない場所が明確に分かれているのは気になる所だが、恐らく雨の降りが強い場所は瀞霊廷で、降っていない場所が俗にいう見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)なのだろう。

その読みが外れている可能性もあるため、深く考えるのは止めにした。

代わりに、至極どうでもいい事を考えるようにする。

 

 

「あ~~雨降ったら髪型がぺちゃんこになる・・・」

「ハードのワックス使えよ。1日しっかり持つぞ」

「そんなのあるんですか?あぁ、だから拳西さんのカチカチトサカは夜になっても崩れないんですね!」

「ハードタイプいいっすよ、今度貸しましょうか?」

「うーん、考えとくぜ!」

 

 

絶対に借りない奴の返事だった。

 

 

 

*****

 

 

 

トサカなんて言うせいで拳骨を喰らってしまい、たんこぶに痛んでいると、目的地が見えてきた。

三人でやっていた見えざる帝国珍道中も、終わりが見えてくると否応なしにホッとする。

 

 

「あぁ~やっと安住の地に・・・」

「住むのかよ、涅に人体実験されるぞ」

「・・・それはイヤ・・・」

 

 

子どもみたいな否定の仕方をしていたら、空から謎の光が様々な場所に降り注いできた。

攻撃かと思って九番隊の二人は斬魄刀に手をかけるが、どうにも自分達の周囲に光が降りてくる雰囲気は全くもって見られない。

現在霊圧を感じられない隼人は何も見えていない中で、二人が斬魄刀を構えて空を見上げたのをきっかけに同じく警戒心を強めたが、特に何も身に降りかかることは無かった。

 

 

「ねえ、何が見えてんの?」

「光っすね・・・天へ繋がっているのか・・・?」

「ざっと10個以上はあるな・・・」

 

 

恐らく現在隼人が霊圧を感知出来たのであれば、とんでもない現象を目の当たりにして大騒ぎしていただろう。

この聖別(アウスヴェーレン)では、力の移動が行われていた。

霊子による能力の吸収ではなく、完全な力の移動であるため、より色濃い形で霊圧が動いているのだ。

余程聡い死神か、余程霊圧知覚に優れた死神でなければ、幾つもの光柱で力の移動が行われていることを理解できなかった。

 

 

「一体何だったんすかね・・・?」

「さあな。とにかく技術開発局入るぞ」

「・・・?何かハブられてる気分・・・」

 

 

やはり、今まで最も当てにしてきた霊圧知覚を失うだけで、かなり精神的に不安になってしまう。

おまけに二人だけにしか分からない会話を繰り広げられると、仲間外れにされた気分で余計心細い。

別にこの二人が自分を仲間外れにしようとは思いもしないだろうが、今の自分が普通じゃないことを思い知らされ、どうしてもしゅんとする。

技局の入り口に来た時もそうだった。

 

 

「お、浦原と・・・何だ、ひよ里たちもいるのか」

「この霊圧が、猿柿さん達のっすか・・・」

「・・・分からんわ、悲し」

 

 

吐き捨てるように呟いても、霊圧が感じられるようにはならない。

こればかり考えているといよいよ気が滅入りそうになったので、これからの事に意識を集中させる。

厚そうな扉があり、拳西が手紋を使って自動ドアを開けた。

ピピッ、という音がしたので、見えざる帝国のものではない事は普通に分かる。

 

 

「わっ・・・何これ、お立ち台?」

「こんな時にどんな発想したら浮かんでくるんすか・・・」

「あっ!」

 

 

聞きなれない声に三人とも?となるが、声を上げた主は構わずに自己紹介を続けた。

唯一思い出したのは修兵だけだった。

 

 

「皆様ご無沙汰しております!四楓院夕四郎です!ねえさまがいつもお世話になってます!」

「四楓院って・・・夜一の弟か。覚えてねえな」

「そういや、何年か前に新当主になった時に取材しましたね・・・」

「・・・ごめん・・・全っ然覚えてない・・・」

 

 

会った覚えすらない隼人は、完全に初対面と割り切ることにする。

修兵とお喋りしている様子を見ていても、全くもってその姿は記憶に無い。きっと箱入りで大切に育てられたのだろう。うん、そうだ。

そんな見かねた浦原に、ツンツンと肩を突かれた。

 

 

「お疲れ様っス、口囃子サン」

「浦原さん!この何とも言えないやり場のなさと手持無沙汰な雰囲気を察してくれたんですね!!」

「いやぁ~まぁ・・・、ってそれは置いといて。死覇装の替え、良ければ使って下さい。何だか他の方に比べて汗で濡れているようなので・・・」

「あ・・・はい・・・」

 

 

さっきのペペとの戦い(嫌な記憶)が蘇りそうになった所で頭をブンブンと振り、一時的にでも考えないようにする。あの時かいた大量の汗と口から出た涎で、気持ち悪いくらいだったのだ。

隊長羽織は奇跡的に無事なので、中の死覇装だけを着替えることにした。

周りには男しかいないので、更衣室に移動する必要もない。

 

 

「あ~~っ、すっきりする」

 

 

近くにあった椅子に羽織をかけてから、ベルトを取って一気に上下の死覇装を脱いでいく。

汗のせいで、下帯もじっとりしていて気持ち悪かった。

 

 

「浦原さん、下帯もありますか?替えたいです」

「ここで替えるんすか・・・?」

「別にすっぽんぽんになっても男しかいないからいいよ、銭湯と同じ同じ」

「大丈夫っスよ、袴と一緒に添えてあるんで」

 

 

用意のいい浦原は死覇装セットの中に、ちゃんと下帯も含めて渡してくれた。

不特定多数の死神に見られているわけでもないので、臆することなく帯をスルっと解いた。

 

 

「何か逆にスースーするけど、汗で湿って不潔な股間よりマシだよな。湯浴み行きてぇ~!!」

「お気楽なモンだな・・・」

「一日風呂入らなかっただけでもう身体が何かヤバいですよ。変な蛆湧いてきたらどう責任とってくれるんですか!」

「知るかよ・・・・・・って・・・・・・」

「うえっほん!!!・・・あのーーーッ、口囃子サン・・・?」

 

 

普通に喋っていた拳西が急に顔を青くすると、同じように近くにいた修兵も「あ・・・」と口を噤み、何故か緊迫した表情を浮かべている。

浦原の極端な咳払いから、やや大き目な声で名を呼ばれて当人の方へ向くと、彼も中々にヒヤリとした表情を浮かべ、ちょっとだけ汗っぽいものを垂らしていた。

 

 

「伊勢副隊長がお見えっス・・・・・・」

「え・・・・・・、」

 

 

逆ラッキースケベ、カムバックである。

目が合った瞬間(と言っても眼鏡の光のせいで眼の奥までどんな表情かは分からない)、凄みを帯びた謎のオーラが見えたような気がした。

霊圧を読み取れなくとも、何故か紫色のウヨウヨした負の雰囲気を感じ取ってしまった。

 

 

「ち、ちが・・・!これは、これはッ、ぶーーーーーっ!!!!」

 

 

たとえ顔を真っ赤にして弁明しようとしても、既に遅かった。

無言で手持ちの本を垂直に投げつけ、見事に本の角の部分が顔面にクリーンヒットした。

今回の七緒は、ガチギレだったようだ。眉の震え方が、尋常ではない。

 

 

「全く!!貴方は何故公衆の場で裸になるんですか!!女性も立ち入る可能性を考えていないのですか!!皆さんも何故私がいるのに止めなかったのですか!!」

「いやぁ~面白そうだなって思って・・・すみませんでした・・・」

「いい加減にして下さい浦原さん!2回目ですよこれ!!」

「「「2回目?」」」

 

 

こんな事件があったなどと聞いたことのない3名の男達は、まるで男子高校生のようなノリでポイントとなるワードを反芻する。

以前想っていた女性相手にこんな逆ラッキースケベ案件があったなんて、何故相談してくれないのか。

話してくれれば、いいネタとして一生面白おかしくイジり倒すつもりだった。今後は事あるごとにイジってやろう。

だが、茶化すような男性陣の言い方に、七緒は無の表情となり、遂に眼鏡を取る。

 

そこから先は、現場にいた者しか知る由はない。

 

 

 

*****

 

 

 

浦原が技術開発局の機械を使用して全隊長格に一旦集合してもらうよう頼み入れてから、続々と瀞霊廷中にいた隊長格が集まって来る。

最初に来たのは平子や砕蜂を中心にした、四番隊が中心の部隊だった。

その中にいた花太郎は、ずっと探していた上司を思いがけないタイミングで見つけることが出来た。

 

 

「あ!虎徹副隊長!!連絡お気づきにならなかったですか・・・?」

「えっ?・・・!伝令神機の電源切れてた・・・」

「そんなぁ~」

「あ、悪りぃ花太郎、滅却師相手にしなきゃならなくて虎徹副隊長探してるヒマ無かったぜ・・・」

 

 

お前操られてたじゃねえかとツッコミが飛んでくる可能性もあったが、余計な口を挟んだら面倒な死神がもう一体増えてしまう。

そしてツッコまずにいられない平子は、案の定面倒な死神に言及していた。

 

 

「で?アイツ何しとんねん。おーーーーーい、隼人ォ!」

「・・・そっとしておいてやれ」

「はァ?どないしたんや一体・・・」

 

 

すっぽんぽんの姿を再び七緒に見せてしまって強烈な攻撃を顔に喰らった隼人は、顔の痛み以上に心の痛みで半ば再起不能状態になっていた。

隅っこでしゃがんで皆に背を向け、膝を抱えながら凄まじく落ち込んでいる。

「あぁ、やっちゃったやっちゃったやっちゃった・・・」と延々と低い声で繰り返し、ずーーーんと音が響き渡るかのように、強く消沈している。

せっかくの背中の【七】の文字が、情けなく見えてしまう。

 

 

「喜助ェ、何があったんや?」

「まぁまぁ、口囃子サンにも事情がありますし・・・」

「ほんなら、七緒ちゃ「私は何も知りませんが」

「・・・さよか・・・」

 

 

事情を察した平子は、哀れみの目で隼人を見つめてから、そっと隣に寄り添って声をかける。

だがその顔は、完全に丁度いいおもちゃを見つけたような顔だった。

 

 

「(オイ隼人!オマエ七緒ちゃん相手に何したんや!押し倒したんか!)」

「うっ・・・うわぁぁぁぁぁああああああん!!!!!!!!」

「なっ・・・泣くことあれへんやろ!どないしたん!え?え!?」

「あぁもう!せっかく落ち着いたのにまた泣かせちゃだめじゃないっスか~!」

「ガキかコイツは!つーかこの非常事態っちゅうんに何やっとんねんオマエら!」

 

 

フリーダムに泣く隼人の姿に軽く引いている死神もいたが、「他人が見てるぞ」と拳西が言うだけですぐに収まった。

更に白哉やローズらの部隊も来たことで、隊長格が徐々に集まってきた。

 

 

「・・・副隊長が少ないな。連絡来てへんのか?」

「二番隊の副隊長は、斑目サンと綾瀬川サンと一緒に、十二番隊と行動を共にするそうっス。他にも多くの席官が彼らと行動を共にするとか・・・。まァ涅隊長の事だから、いずれ合流するでしょう。尸魂界が無くなって困るのは、あの人も同じ筈っスから。それから、更木隊長は虎徹副隊長のお力によって緊急治療を終えた所です。目覚めるのを待ってる所っスよね?」

「はい。浮竹隊長に様子を見てもらっている所です」

 

 

ローズの運んだ更木は、技術開発局で控えていた勇音が引き受けたことにより、迅速に対応して一名を取り留めることができた。

あの更木剣八がここまで体を傷めるとはと驚きを隠せなかったが、まだ治せない傷ではなかったので、とりあえず処置は済ませられた。

そして治療の最中、卯ノ花の件について告げられたが、

 

 

『斬られたんですね・・・そうですか・・・』

『・・・あァ』

『なら・・・名を、受け継がれたんですね。卯ノ花隊長の名を・・・・・・、』

 

 

『よかった・・・・・・』

 

 

勿論、卯ノ花が死んで嬉しい筈などない。本心なら、何度更木を斬っても足りないぐらいだ。

だが、今目の前でボロボロになった更木は、卯ノ花の持っていた剣八の名をしっかりと継ぎ、巨大隕石が落ちる程の激戦を戦い抜いたのだ。

更木を治さねば、卯ノ花を裏切ることになる。

気付いた時には、自然と更木の身体に回道をかけていた。

 

 

「ありがとうございます、虎徹サン。・・・そして、一番隊隊長は所用で四十六室へ。ただ、十番隊だけは隊長副隊長ともに一切連絡がついていません」

「・・・・・・、」

 

 

十番隊がどうなったのか知っている隼人は言うべきか迷ったが、彼らの事を考えると皆の前で口に出すことではないと思い直し、必要性があればこっそり浦原に伝えることにした。

隼人の隣にいたもう一人の当事者の拳西も、口を開こうとはしなかった。

ゾンビになったなど、皆の前で言うべきではない。

 

 

「ほんで?この障子に穴開いたような連中集めて、何を始める気やねん」

 

 

そして、平子に対する浦原の返答は、皆の度肝を抜くに値するものだった。

 

 

「霊王宮に突入します」

 




あのマユリをも震撼させた眼鏡無し七緒の再来です。


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中心

「突入って・・・隊長格全員でか!?そないなことできんのかい!」

「できます。・・・できる筈です。夕四郎サンの持ってきてくれた天賜兵装と、涅隊長の作ったこの台座。それから・・・隊長格を集結させた膨大な霊力があれば・・・」

 

と言われても、机上の空論にしか思えず、イマイチ実感が湧かないため、皆の頭には出来ると考えれば、やはり無理ではないかとも考えてしまい、結論をまとめきれずにいた。

そもそも皆の霊力を集めて行けるなら、皆霊王宮で修行出来たのではとちょっとした不満が頭をよぎったが、後の祭りなので今更考えても仕方ない。

思考が止まる死神もいる中、探るように隼人は声を出す。

 

 

「・・・あの・・・僕の簡易的な空間転移じゃ無理ですか?」

「いやあの、一応ソレ禁術ですから・・・」

 

 

ガッツリ皆に自分が禁術を使えてしまうことを喋ってしまったため、「はあぇっ、」とお決まりの変な声を上げて一気に一人で追い詰められる。さっきも使ってしまったのだ。

別に詰問されている訳でもないのだが、誰かにチクられたらお縄にかかってもおかしくない。

 

 

「・・・聞かなかったことにして下さい・・・」

「大丈夫っスよ、誰も四十六室にはチクりませんから。それより口囃子サン、霊圧読めるようになりました?」

「いやぁまだ・・・、って!何で知ってるんですか!」

 

 

どうやら浦原は、昨日と今日の隼人の戦闘をカメラ越しに見ていたようで、卍解の副作用で一人でパニックになる様子も完全に知っていたらしい。

浦原が懐を指さしたのでゴソゴソ探ってみると、紫色の宝玉的な持物が入っていた

何でも、これに触れていれば副作用の時間を数十分程度に収めてくれるとか説明されたが、とんでもない代物だ。

七緒に顔面ストライクショットを喰らって気を失っている間に、懐に忍ばせていたのだった。

 

事実、ちょっとずつであるがもう霊圧が感じられるようになってきた。

 

 

「小さい時くらいには・・・読めるかなぁ・・・?」

「なら十分っスね。口囃子サンはあの頃から霊圧知覚は図抜けてましたから。多分、檜佐木サンと同じくらいでしょう」

「・・・今の俺と、子どもの口囃子さんが同じ・・・・・・」

「しょげてんじゃねえよ。何度も言うがコイツは昔から色々とおかしいから比較しても無駄だ」

 

 

色々とおかしいなど、とんでもない暴言を吐かれたために毎度の如く怒り心頭となるが、そんな隼人のまくし立ては右から左へと風のように流れていく。

おまけに納得している修兵もムカつく。お前昔の僕の姿知らないだろと飛び蹴りしてやりたい程だ。落ち込んだままでいとけよ。

 

 

「ほら落ち着け!隼人がおるといっつもオマエ中心になるさかいちょっと黙っとれ!」

「そっ、そうですか?それは・・・良くないですね。・・・自重します・・・」

「・・・自重するのか・・・・・・」

 

 

思考回路のハチャメチャ具合に白哉が静かに困惑した所で、後ろの方で存在感を消していた花太郎が口火を切る。

彼が気になっていたのは、今後の四番隊の動向だった。

霊王宮に行くにしろ、四番隊がいれば防御、治療面は確かにより強固な一団となるだろう。

だが、

 

 

「・・・僕達、足手まといになりませんか・・・?」

 

 

先程ジゼルの作り上げたゾンビ軍団に対しては、ほとんど、というか完全に、五番隊の二人と砕蜂に任せっきりで、四番隊は皆護られていただけだった。

平子の逆撫による同士討ちで大半は勝手に無力化されていったが、護る対象が近くにいるだけでどうにもやり辛く、時間だけが掛かってしまって他の救援などに向かうことも出来なかった。

そして浦原も、カメラ越しにその様子はしっかり見ていた。

 

 

「多くの四番隊は、全てが終わってから霊王宮に突入して下さい。幸いにも隊長が多くいるので、皆サンは後からで大丈夫っスよ。花太郎サンはアタシ達と一緒に来てもらいますけどね」

「はっ、はい!精一杯頑張ります!」

 

 

今までなら「うえぇえぇ~~・・・どうしよう・・・」と弱音を吐いてそうだったが、今回は珍しく威勢よく返事をした。

成長し、逞しくなったのか、それともただ状況に追い付けず話を聞いていないだけなのか。

三席にもなったので、前者を祈るばかりだ。

そして、しばらく霊王宮に行かずに待機となることを告げられた四番隊の一般隊士や席官たちは、皆揃って隊長格の治療に動き出した。

目に見えなくとも、疲弊して身体の中はボロボロな隊長格も少なくないため、彼らの霊圧治療は非常にありがたいものだった。

 

 

「皆サン、ありがとうございます。・・・何だか、催促したみたいになってしまいましたが・・・」

「ありがたいモンは素直に受け取るんがええっちゅうモンやで喜助ェ」

「寛ぎすぎですよ、平子隊長」

「せめてオレの方ちゃんと見て言わんかい桃」

 

 

平子には背を向けた状態でツッコんだ雛森を見て昔を思い出したが、必要のないことなので不躾に口を開くような真似はしない。

といっても、ぐでーんとした平子の姿は寛ぐというよりもだらけるに近い姿勢だ。

悪い子なら真似しそうだ。そんな平子の視線は、更木が眠っていると思しき部屋のドア上に向いていた。

 

 

「・・・何やろな、ここ。普段は何してんねやろか・・・」

「それはですね平子隊長、口囃子のいい加減な推測によると、中にこれまた恐ろしく気味の悪い生き物が吊るされて実験されているらしいですよ!」

「あァ、破面の生首とか?」

「あっ、破面の生首!?!?!?ひぃぃぃぃ!!!!」

「人に話振っといて勝手にデカい反応すんなや!うざいわホンマ!またオマエ中心になるやんけ!!」

 

 

適当な返しをしたはずが、過剰に隼人が反応するせいで、やっぱり話題の中心が隼人の言動になりかける。ボケるにしろ毎回情報量が多いため、ツッコミに疲れるのだ。

当の本人が「つい癖で・・・」なんて返しをするせいで、「ホンマにお前はもう・・・!」とマジで不快そうな顔を向けてしまう。

 

だが、確かに今の言動は言われてみればウザいと思われても仕方ないので、冷静になって隼人は謝った。

拳西なら断じて謝らないが。

そして話題になった治療室は、丁度普段の解剖室へと変わり、完全に処置が終わったようだった。

 

 

「何で通常の状態が解剖室やねん・・・」

「案外当たってましたかね?」

「もう・・・何でもええわ・・・」

 

 

辟易とする平子だが、キレの鋭いツッコミのできる人材は彼しかいないため、まだまだ仕事は続く。

 

 

「更木隊長、もう動けるみたいだ!やったな!」

「浮竹サン!?あんた何してんねんな!他の四番隊に治療されとるんとちゃうんか!」

「何を言うんだ!今の俺はすこぶる体調が良い!俺はそもそもが病弱だから、治療の術にも造詣が深いからな!喜んで手伝ってやるさ!」

「・・・あァ、せやったな・・・」

 

 

小椿と清音の二人はまた何か言い争いをしており、おかしなことに後ろから来た更木の存在感が薄れている。

浮竹が身体を支えようと手を出したが、大丈夫とでも言うように手を軽く払い、他の隊長格を意に介さず前へと進んでいく。

珍しく沈黙したままなのが不思議だったが、周囲を探っている素振りを見せたため、目的はすぐに判別できた。

 

 

「・・・やちるはどこだ?」

「十一番隊の皆サンが捜してくれてます。心配しないでここで待ってて下さい」

「・・・ふん」

 

 

えっ、行っちゃうんですか?と思わず口に出かけたが、珍しく慌てた浦原を見た隼人はそっちに気を取られた。

一瞬ではあるが、浦原の身体から霊圧が強く発せられたのだ。

それを証明するように、更木が出ようとした扉には鬼道によるバリアが張られている。

並大抵の死神には解除不能な、相当に高度の術だった。

 

 

「・・・・・・何の真似だ」

 

 

同時に、更木の霊圧も濃密で、鋭い切っ先を孕んだものへと変化する。

完全に霊圧を読めなくとも、元々の受容体質のせいで隼人はどういった霊圧なのかを理解することはできた。

下手に口を挟めず、黙って様子を見ていると。

 

 

「口囃子、術を解け」

「えっ・・・、いや、それは、」

「解けませんよ?術を解いた死神は反動で命を落としますから」

「うっ・・・嘘・・・・・・」

「てめえ・・・」

 

 

浦原の真面目な一言に加えて更木の鬼気迫る表情が拍車をかけていき、息も詰まる場の緊迫感が生じる。

今でさえ更木とは対等な立場にいるものの、圧倒的な力を持ち、凄みを帯びた霊圧を際限なく放出する更木に、口答えすることなどできた試しがない。

今回はどうにも無理矢理二人の間という土俵に立たされてしまったので仲裁すべきであるが、更木に加え、浦原からの圧も全く負けておらず、両側からの霊圧に圧し潰されてしまいそうだ。

機械人形のように首を横に振ってあわあわしていたが、予想外の人物が仲裁に入った。

 

 

「更木隊長。・・・おやめ下さい」

「なっ・・・七緒さん・・・」

 

 

瞬歩で隼人の近くに移動した七緒は、後ろの隼人を気にすることなくしっかりと更木の目を見据える。

左手で強く本を握り締めてはいるが、しっかりと自らの足で立ち、怯える様子は微塵もない。

情けなくおろおろしていた隼人とは大違いだった。

 

 

「どけ」

「お言葉ですが、今はこんな事してる時じゃありません。更木隊長が捜すよりも大勢の隊士達に任せた方が早いし、ここでの更木隊長の仕事は隊士達には務まりません!今は為すべき務めを果たすべきです!違いますか、更木隊長!」

 

 

七緒の気迫に、全員が固唾を呑んで見守らざるをえなかった。

副隊長だけでなく、元仮面の軍勢の隊長格すら見たことの無い七緒の勢いに口を堅く結んでいる。

ポロっと喋りがちな隼人も、口を開くことが出来なかった。

 

更木の目は確かに一度僅かな苛立ちを見せたものの、旅禍騒動の時に東仙や狛村に見せた目とは性質が異なっていた。

どことなく、溜飲が下がったような目つきだったのだ。

気迫の籠った目で更木の目を見ながらも、本を掴む両手はほんの僅かに震えているのを感じ取り、むしろ七緒の強い意思を改めて認知した。

 

鼻でため息をつきそっぽを向いた更木は、入り口とは別の方向へと歩いて行った。

 

 

「・・・違わねェな。確かにウチの連中に任せた方が早そうだ」

 

 

その瞬間、皆が一様にホッと安堵し、無駄に張り詰めた緊張感はすぐに解れていった。

特に元十一番隊の恋次は止まっていた息を一気に吐き出して「マジで恐かった・・・」と呟き、隣のルキアに生暖かいジト目で見られていた。

後ろにいた浦原もにこやかな顔をし、いつも通りの霊圧に戻った。

 

ただ一人、板挟みになった隼人は、あまりの安堵で腰を抜かしそうになってしまった。

 

 

「あ・・・・・・、はぁ・・・」

「ちょっと、口囃子さん!?大丈夫ですか!」

 

 

べちゃっと思いっきり尻餅をついてしまったが、何しとんねんと近くにいた平子に引っ張り上げられて立たされ、体裁上身なりを整えるふりをして居心地の悪さを緩和しようとする。

おわっと、おおっと、と、よたよたしていたが、重心が安定してからたった一言で、さっきまでの出来事に対する個人的な感想を述べた。

 

 

「僕も、頑張ります!」

「は・・・はぁ・・・、??」

 

 

唐突過ぎて七緒は困惑してしまう。

だが、どのような場であっても逞しく己の意思を他人に伝えることができない隼人の目からすれば、七緒は明らかに自分よりも強い存在だ。

言葉の力の強さを、完全に侮っていた。

精神面でも未熟すぎて、席官如きとは格が違うことを思い知らされた。

ただ力が強いだけで、隊長職は務まらない。

 

こんな時ではあるが、後々の課題が見えた気がして、七緒のおかげで心が奮い立たされたのだった。

 




そういえば、読切読みました!読んですぐに浮かんだ感想は、伊江村さんどこ・・・です。
ゆゆちゃん可愛かったですね。あと、スマホもあるんですね。10年後というか、5年後くらいにはあってもおかしくないのかなーと思いました。LINEがあるならTwitter、YouTubeもあるのでしょうか。修兵はYouTuberやってそうですね。無茶な企画やって炎上してそうです。Instagramは代わりでVanitrictがBTWの世界にあるので、そっちを使っているのかなと思います。フォロワートップは平子、乱菊、弓親の誰かかな・・・?
あとテレビもあるなら、瀞霊廷でもオリジナル番組とか作っていそうですね。グダグダ生放送とかありそうです・・・。


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身代わり

「・・・さてと、それじゃ、更木隊長の気が変わらないうちに始めちゃいましょうか。皆サンこちらへ」

 

 

浦原の案内で、その場にいた隊長格はぞろぞろと中央にそびえていた円形の台へと踏み入っていく。

九南ニコが運んできた台車の上には透明なガラスケースがあり、いくつもの球が入っているのが窺い知れた。

隊長副隊長問わず全く同じものを渡され、浦原の指示に従い円の内側に皆立っていた。

 

だが、何故か隼人だけ球は渡されなかった。

理由は単純明快だ。

 

 

「口囃子サン、貴方だけは違うことをしてもらいます」

「違うって・・・?」

「卍解して、皆サンの霊圧を一定時間底上げして下さい」

 

 

案の定、隼人の卍解の能力を知らなかった隊長格は浦原の言葉に目を丸くする。

平子なんかは最早お決まりの反応だった。

 

 

「お前っ・・・!そないな事出来るんか!えっらい便利やな~!」

「いやぁ、まぁ・・・。でも、斬魄刀解放していない状況からいきなり卍解するのはまだちょっと出来ないというか・・・」

「大丈夫!1回2回でもちゃんと使えれば、アタシの経験上いきなり卍解しても問題ない筈っスよ?」

 

 

普段の言動のせいでどうもうさん臭さが抜けず、信用に足らない。

拳西の方を見たら、「とにかくやってみろ」とぞんざいな返しを受けた。

他の隊長格も皆隼人を見ているので、逃げ場はない。

 

何だか卍解お披露目会みたいで恥ずかしい。

そして極めつけは、浮竹の発言だった。

 

 

「隼人君の卍解か!名前は何だい?どんな形なんだい!百年待ったかいがあったよ!」

「・・・・・・、」

 

 

子どものように目をキラキラ輝かせる浮竹を見てしまえば、いよいよ引き下がれない上、失敗できない。出来なかったら始解して時間を置いてからやればいい話だ。

加えて浮竹には()()()()()()()()()が、それは卍解してもう一度確かめた方が答えが出る。

 

 

「恥ずかしいですけど、浮竹隊長がおっしゃるなら・・・」

 

 

皆と同じように腰に提げた斬魄刀を、鞘ごと取り出して両手で持ち替え、右手に柄を、左手に刀身部分の鞘を持った。

 

 

「卍解 桃祈宝珠杵」

 

 

名を唱えると、浦原の読み通り、ちゃんと卍解が形成された。

斬魄刀が桃色のオーラと共に何の変哲もないシルバーピンクの杖(棒)に変化したが、あまりにも地味だったため、平子は肩透かしをくらっていた。

 

 

「何や、ただの魔法のステッキかいな。面白くなー。オレの方がまだええわ」

「それ、言わないでもらえます?」

「いやー成程、興味深いよ。隼人君は始解で斬魄刀が消えちゃうからな。一護くんの天鎖斬月みたいなものかな・・・?」

「形は変わりますよ?」

 

 

そう言って攻撃用の杖に変化させた途端、何故か平子の顔が豹変した。

 

 

「アカン・・・・・・、負けたわ・・・」

「えっ、何がですか」

「気にせんでええ。コッチの問題や・・・」

 

 

単純に平子の卍解発動時に持つ杖のようなものの円環の数が1つで、隼人の攻撃用の杖は円環が両端についているという至極どうでもいい事なのだが、ちょっとオシャレっぽく見えてしまったため、平子は勝手に負けた気分になっていた。

くだらない事でちょっとブルーになっていたが、追い打ちがやって来る。

天井が開いて雨が入って来ることではない。

あの者達が来るからだった。

 

 

「よォーーーーーーーーし!準備はええか!死神どもォ!」

「ひよ里ちゃん!?久々~!」

「お前はええ加減ウチに敬語使えドアホォ!!」

「何でお前までここにおんねん!!」

「はぁ!?」

 

 

相変わらずのくだらない言い争いが始まって平子とひよ里がギャーギャー騒ぎ出し、近くにいた死神はやかましさに片耳を塞ぐ。

男のオカッパ頭がキモイだのどうのこうのと言っているが、そもそもひよ里自体見た目子どもで金髪は悪目立ちすることに気付いていないのだろうか。

いつラブに拳骨されてもおかしくないが、久々に平子に直接会ったこともあるので、ひよ里には溜りに溜まった鬱憤を晴らさせているようだ。

 

浦原含め皆二人の声に気を引かれていたため、隙を見た隼人はささっと右に移動した。

目的の人物の背中にとんとんと手を当てると、いつも通りのにこやかな顔で振り向く。

 

 

「浮竹隊長・・・、()()()()――――――」

 

 

続けようとしたが、浮竹が自らの口に指を当てたことで、遮られてしまった。

卍解を得た口囃子隼人という死神には、隠そうとしてもほんの僅かな霊圧変化で気付かれてしまうことを分かっていた浮竹は、子ども時代の隼人に見せた優しい眼差しで口止めをした。

だが、秘密を知ってしまった隼人に、悪戯っ子のような顔で浮竹は耳打ちした。

 

 

「君の力、俺にも分けてくれないか?」

「えっ・・・?はい・・・」

「期待してるぞ、隼人君!」

「せっ、精一杯頑張ります!」

 

 

何だか打ち切られてしまった感があるが、どの道ひよ里が謎の物質をドバドバ流し始めたため、皆と同様にそっちに関心を寄せた浮竹と話せる雰囲気は無くなってしまった。

 

 

*****

 

 

 

「おい、そういや白はまだかよ?」

「確かに、っていうか白お姉さん何やってるんですか?」

「霊術院行かしたんだがな、手古摺ってんのか?」

 

 

苛立った拳西に対して、連絡を貰っていた平子が返答する。

どうにも、平子達と別れてから滅却師の一般兵がまた集まってしまい、院生を護るために手が離せないと伝令神機が来たそうだ。

やはり未熟な霊圧が集まっているため、時間を置いて再び格好の的になってしまったようだ。

平子の返事に嫌々ながらも乗っかる形で、砕蜂も口を挟む。

 

 

「霊術院の方には私も敵の霊圧を強く感じていたからな。私の部下も向かわせたぞ」

「砕蜂の愛弟子やったっけ、あの存在感無い女の子」

「そいつに貴様を暗殺させることが不可能とは思えんな」

「おぉ~~怖っ!」

 

 

平子が言う砕蜂の愛弟子は、砕蜂が霊術院視察の際に、たった一人ですれ違ったのに全く存在に気付けなかったため、天然のステルス体性を持った死神として即入隊させ、徹底的に暗殺術を仕込まれたらしい。

本人は皆から気付かれず、院に入っても誰とも会話できずと友達がいない事に相当のコンプレックスを抱き、気の置けない同僚もとい友人を作って早くぼっちから脱却したいようだが、むしろぼっちで存在感の無いことが死神の評価としてプラスに働いているため、非常にもどかしい人材らしい。

 

 

「とにかく、九南はそっちで手一杯だ。置いていくしかあるまい」

「ならしょうがねえな。俺達の話聞いたら今度こそついていくって五月蠅くしそうだ」

「三番隊で生き残ってる隊士たちもそっちに向かわせたよ」

「・・・横取りされたってゴネそうっすね」

「そうだな・・・」

 

 

修兵の想像はおおむねというか、完全に当たっていた。

その三番隊の中には、形式上死んだことになっている吉良も向かわせたからだ。

マユリの行った死鬼術式が霊王宮にいる間に不具合を起こした場合、最悪強敵と戦っている途中で吉良が勝手に死に、余波で身体が再び壊れてしまうといよいよ復活出来なくなってしまう。

それもあるが、一度死んだ吉良を大勢の隊長格の前に今出すのはローズ自身少々気が引けるのもあった。

物珍しさで見られることに対し、拒絶反応を起こしかねない。

吉良の元々の性格を踏まえ、別行動を取らせることにした。

吉良が向かえば、獲物が減る白はぶーぶー文句を垂れるのは必然であるだろう。

 

 

「皆サン、そろそろ始めましょう!」

 

 

何となくこの場に来ない吉良の事情を察していた浦原が声を掛けることで、皆の気を引いて門の作成に集中させた。

死神全員が霊圧をこめたのを確認してから、隼人は全員の霊圧に干渉し、霊圧量を底上げする。

あらかじめ身体に違和感をもたらすことは伝えていたが、それでも皆一度干渉された時は不快そうな顔をしていた。

ごめんなさいと思いつつ、宝珠杵をバトンのように回転させて自身の霊力も強化しようとしたが、

 

 

突如発生した空中からの圧力による地震により、不可抗力で力が止まってしまった。

同時に屋根の一部が砕けてしまい、まあまあの大きさの瓦礫が頭上から降り注いできた。

 

 

「まずい!」

 

 

斬魄刀を抜く動作自体が遅れを生んでしまうため、唯一卍解していた隼人が一人で対処する。

宝珠杵からロッドに切り替え、赤火砲を複数同時発射することで落ちても害のない小さな砂利へと変えていく。

 

 

「何スかこれ!敵襲・・・!?」

「この辺に滅却師の霊圧は無いよ!一体何が・・・!?」

「・・・・・・――――これは・・・・・・」

 

 

「霊王が死んだのか――――・・・!」

「!!」

 

 

浦原の言葉で、皆の顔色が一気に変化する。

零番隊は和尚含めて全員殺され、浦原が送った一護ら現世組は間に合わなかった。

霊王の死。現世、尸魂界、虚圏を安定させるための礎ともいえる存在が死を迎えたことが何を意味するか。

どんな事を想像しても、嫌な方向にしか進まない。

絶望的な結末しか、考えられなかった。

 

 

「まずい・・・!このままでは、尸魂界も、虚圏も、現世までも消滅する――――――――」

「三界全部消えちまうってのか・・・!!どうすればいいんだ・・・!!何かやれる事は無えのかよ!!」

「・・・・・・」

 

 

霊王の死で引き起こされた謎の天変地異に一介の死神が対処できる筈もなく、阿散井の叫びは虚空に響くだけだ。

どんなに力があろうとも、絶えず続く地震を止めることなどできない。

このまま滅却師の手で世界が滅亡し、その後どうなるのか。

何もかもが想像の範疇を超えており、皆歯痒い気持ちで立ち止まるしかなかった。

 

ところが、そうした状況にもかかわらず、前に進み出る者がいた。

静かな足取りだが、草履の擦れる音は全員の耳に入る。

霊圧の変質した浮竹が、背から黒い霊圧を滾らせて重い口を開いた。

 

 

「浮竹隊長・・・!?」

「浮竹サン・・・それは――――・・・!?」

 

 

「俺が、()()()()()()()()()()()

「!」

 

 

既に浮竹の異変に気付いていた隼人は、それが霊王の霊圧を読んで記憶していた事に気付き、身体から汗が滲み出た。

再度霊圧を読むと、既に浮竹の霊圧は以前のものではなく、完全に別の物へと塗り替わっている。

 

 

「・・・これが、霊王の霊圧―――――!!」

「なっ・・・何やとォ!?どないなこっちゃねん!」

「説明は後だ。・・・時間が無い。隼人君、君の力を貸してもらうよ。俺の霊圧を読んで、俺に力をくれないか」

「わっ・・・分かりました!」

 

 

卍解を宝珠杵に切り替え、浮竹の霊圧へと干渉する。

細い網の目の間を縫って進んでいくように、いつも以上に慎重に、丁寧に霊圧を読み、浮竹の力が体全身を速く駆け巡るように力を増幅させていく。

 

 

「浮竹隊長・・・、それは・・・!」

 

 

副官のルキアの一言に振り返って一瞥したものの、何かを託すような微笑みを見せてから、斬魄刀を鞘から抜いて詠唱を始めた。

 

 

「ミミハギ様・・・、ミミハギ様ミミハギ様、御眼の力を開き給へ。・・・・・・」

 

 

更に詠唱を続けていくと、頭上に形成された黒い霊圧が形を成していき、液体のようなオーラを撒き散らして巨大な眼が形作られていった。

だが、

 

 

「ううッッ!!!!!」

 

 

それと同時に、浮竹の力に干渉していた隼人の身体が突如後ろへとのけ反り、受け身も取れずに倒れてしまった。

目立った外傷は一つも無いが、左手で頭を強く抑え込んで目を強く瞑っており、頭に何らかの痛みを起こしているようだ。

 

 

「おい!大丈夫か!!」

「何か、霊圧読んでたら突然脳に拳銃撃ち込まれたみたいな感じで・・・痛ッた・・・」

 

 

所詮一過性のものだが、脳に直接霊王からの拒絶反応を受けたことと同義であり、物理的にも精神的にもダメージはまあまあ大きい。

これ以上浮竹の霊圧に関わることは隼人の身に危険が迫るため、一切の干渉を止めるしかなかった。

 

 

「ありがとう隼人君、もう大丈夫だ。おかげで何時でも力を解放できる。・・・・・・説明は、任せていいか?清音、仙太郎」

「・・・はい」

「承りました」

 

 

だが、まるで血を吐くように浮竹は口から赤黒い液体を吐き出し、咳き込んでしまう。

それが血なのか、それとも霊王の身体の一部なのかは誰も判断できなかった。

 

 

「浮竹隊長!!」

「騒ぐな!」

 

 

ルキアの不安からくる叫びに喝を入れ、斬魄刀を握る力を更に強くする。

手からも赤黒い液体が流れ始め、腕を伝って死覇装へと滴り落ちていく。

 

 

「案ずることはないいずれこうなる日が来る事は分かっていた。・・・一度拾ったこの命、護廷の為に死なば本望」

 

 

そして霊王は、徐々に明確な形へと変貌を遂げていき、眼を囲っていた円環が破られて巨大な右手が天へと伸び始める。

手の甲に漆黒の眼が存在し、ゆらゆらと動く手が、浮竹の叫びと共に霊王宮へと凄まじい速度で伸びていった。

 



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隠された才能

震動が止まってから清音と小椿によって浮竹の神掛に関する説明があった。最中、浮竹は霊王の依り代となり、頭部全体から霊王の右手を動かす根となっていた。

脈が震えるように身体全体をビクッと震わせている様は、目に入れるのも辛かった。

だが、自分の命をまさに削って尸魂界を護っている浮竹の行いは。決して無下にしてはいけない。

今こそ急いで門を作り、霊王宮のユーハバッハを止めないと。

 

 

「オラ喜助ェ!死覇装着てきたったで!ウチらの球早よよこさんかい!」

「皆さん・・・!」

 

 

仮面の軍勢が死覇装を着て戻ってきたところに加え、崩壊した天井からも声が聞こえてきた。

 

 

「フム・・・、招集があったから覗いてみれば、他人の研究室で随分と勝手な真似をしてくれている様だネ」

「涅隊長・・・!」

 

 

そのまま降りてきたマユリは技術開発局のキーボードへと向かい、浦原に対する不満をネチネチ言いながら厳重に閉ざされた壁を開いていく。

中にあったのは、何と霊圧の増幅器だった。

 

 

「口囃子隊長の力を無駄に消耗させるぐらいなら、此方を使う方がはるかに有益だヨ。何故霊圧の増幅器を用意しない?」

「そんなモノがあるなら教えといて下さいよ・・・」

「こんな事態になるとは予想もしてなかったものでネ」

 

 

十二番隊も結集して便利な道具が使えるようになったおかげで、門を創り出す速度も僅かに速くなった。

浮竹がいなくなったことで大きな損失が生まれる所だったが、機械に頼ることで死神側の消耗が減り、より効率的に門が作られていく。

 

 

「外形が出来ました!ここからは球の中央に霊圧を集中させて下さい!」

 

 

そう幸先が良くなったと皆が安心した瞬間。

 

 

再び震動が始まった。

 

 

「震動がまた・・・!」

「何が・・・何が起きているんだ・・・!」

 

 

ローズや浦原の声と同時に、霊圧探査に敏感な隊長格は別の力の流れを感じ取っていた。

上空から、浮竹に向かって更に強い力の流れが押し寄せていた。

 

 

「浮竹隊長!!危な――――」

 

 

隼人が振り向いた時は、丁度浮竹の顔面で霊圧が弾けた瞬間であり、そのまま浮竹は後ろへと倒れてしまう。

清音と小椿が支える浮竹から、霊圧が剥ぎ取られていく。

漆黒の霊王の力は、完全に浮竹の身体から離れてしまった。

 

霊王の右腕が、何かに吸い取られている。

霊圧の移動の仕方が、あまりにも不自然であったため、そう結論するしかなかった。

そして、瀞霊廷はほんの瞬きにも満たない時間で、闇に包まれることになってしまった。

 

 

 

*****

 

 

 

「暗い・・・まるで夜だ・・・何が起こったんだ・・・」

「何がも糞も無い、滅却師の仕業に決まっている」

 

 

浮竹の持っていた霊王の右腕は、一護が迂闊にも(といっても仕方ない)作ってしまった遮魂膜の穴を通っていったため、むしろ滅却師側が真逆の方向へと力を入れるだけで、浮竹への攻撃は容易だった。

そして今も、滅却師側からすれば、格好の標的だ。

だからこそ、砕蜂は動き出した。

突然作られた真っ黒な天蓋を破壊し、予期せぬ攻撃への備えを確実なものにするために。

 

 

「卍解 雀蜂――――――」

 

 

しかしその目論見も、敵方の妨害により止めるしかなかった。

四足歩行の小さな異形が、イナゴの群れのように上空から襲い掛かってきた。

 

 

「何だこいつらは・・・!」

 

 

命を持った煤のような生命体が、数億体もの群れとなって瀞霊廷へと舞い降り、死神に掴みかかって身体を噛み千切ろうとしているようだ。

一つ一つは足で踏みつぶせば簡単に死んでしまう程度のものだが、それが荒れた大海の波のようにうねって襲いかかってくれば、簡単には対処できない。

主に直接戦闘系の斬魄刀を持った死神が前線に出て、霊王の力の奔流を止めるしかなかった。

砕蜂、ローズ、朽木兄妹、阿散井、拳西、修兵が一度研究室から外に出て、機械の破壊を防ぐために一気に片付けようとする。

金沙羅や断風で生み出した爆発や、千本桜の凄まじい刃の流れである程度一掃できても、ちょっと時間を置けばまた黒い目玉の化物は襲い掛かってくる。

 

 

「これじゃあキリが無えぞ!」

 

 

上で聞こえた拳西の声に、居ても立っても居られず隼人は研究室から外に出て着地した、その瞬間。

 

 

 

 

忘れもしない、藍染惣右介の霊圧を感じてしまった。

 

 

 

*****

 

 

 

煤みたいな目玉の化物が霊圧によって圧し潰され、中の白い体液が飛び出していく。

異常事態に全員がそちらへ振り向くと同時に、因縁の声が耳に伝わってきた。

 

 

「滑稽だな。何をちまちまと刀で払っているのだ」

「・・・馬鹿な・・・・・・、お前は・・・!」

 

 

暗闇でうすぼんやりとしか見えなかった姿が、じわじわとこちらに近付いてくることによって明らかとなる。

 

 

「霊圧で一息に、圧し潰せば済むものを」

「貴様は・・・!藍染・・・!!」

 

 

無間で数万年投獄の罪に着せられた藍染が、何故か牢獄から出て瀞霊廷に現れた。

椅子に座り、拘束されているに代わりないものの、何をするか分からない最悪に危険な男が現れ、全員最大級に警戒する。

 

 

「久し振りだ、朽木ルキア。とは言え、護廷隊を離反して後、君と語らった記憶は殆ど無いのだが。ひとまず、副隊長昇格おめでとう。我々との戦いでの功績が認められて――――」

 

 

藍染の言葉は、突如彼の目の前に現れた死神によって打ち止められる。

 

 

「ルキアちゃんよりも先に挨拶すべき奴がいんじゃねえのか?」

「・・・・・・」

 

 

朽木ルキアに対しては興味を示し自ら皮肉るように昇進を褒めた一方、口囃子隼人が藍染の真正面に立ち、視界を塞いだ瞬間、藍染の表情は完全に消える。

それから一切表情を変えず、何も興味を示さない藍染に、隼人は尚も詰めていく。

 

 

「ほら、僕もう隊長だぞ。三席から隊長に飛び級。・・・右手に持った卍解だって、数日かけて会得した・・・」

 

 

「テメェが僕を殺してでも使おうとした卍解をな!!!!!!!」

 

 

ロッドを持った右手は真っ赤に染まり、強い力で握るあまり血がダラダラと零れていたが、そんな事に気付けない程に、今の隼人は身を焦がしてしまう程の怒りで占有されてしまっていた。

他の者が口を挟むことすら許さない程に、凄まじい剣幕で藍染への怒り、恨みを吐き捨てる。

 

 

「一体何しに瀞霊廷に戻ってきたんだよ!!!これから崩壊する世界を見て嗤いにでも来たのか!?今更のこのこ無間から出て護廷十三隊でも潰すつもりか!?」

「・・・・・・」

 

 

相変わらず機械のように口を閉ざし、隼人の方に目もくれない藍染に、少しでも動揺を生ませようと追い打ちをかけていく。

 

 

「知ってんだぞ!!!!あの時もし僕が卍解していれば、テメェは僕を殺して力だけ奪っていた事を!!羨ましいんだろ!?僕の卍解が喉から手が出る程欲しいんだろ!?」

 

 

 

空座町での戦いの時の目的を隼人が知っていた事に対し、藍染はぴくりと表情を動かした。

市丸含め、誰にも話していなかったものだが、きっと勘の鋭い斬魄刀が自身を狙っていることに勘づいたのだろう。

あの浦原ですらはっきりと知らなかったため、研究室の中からわざわざ外に出てきたくらいだ。

そして遂に、藍染は隼人にも言葉を向けたが、

 

 

「死人の卍解になど、私は興味無い」

 

 

まるで自分が既に殺したとでも言いたげな口ぶりに、怒りは更に激しいものとなった。

隊長格の誰もが初めて見る途轍もない怒り方に、止められる者はいなかった。

 

 

「ッ!!もっぺん言ってみろ!!!!あの時卍解について聞いてきたクセに興味無いだと!?ふざけんじゃねえよテメェ!!!!」

「止すんだ!」

 

 

だが、そうなる事を見越していた者も勿論いる。

藍染惣右介を無間から解き放った張本人・総隊長の京楽春水だ。

藍染の後ろから現れた京楽は、隼人の怒りを宥めることはしなかった。

止める京楽が理解できず、思わず眼を震わせて呼吸速度が上昇する。裏切られたというより、見捨てられたような気分だった。

隼人が訊いた事に、ありのままの事実が返ってきた。

 

 

「京楽隊長・・・貴方が藍染を解放したんですか・・・?」

「そうだよ。何故と訊くだろうから先に言うけど、彼の力が必要だと判断したからだ」

「な・・・!しかし!」

 

 

他の副隊長が口を挟もうとしたが、間髪入れず隼人の怒りは吐き散らされる。

 

 

「認められるわけ無いでしょう!?!?こんな奴の力を借りるなんて誰が納得するんだよ!!こいつと足並み揃えて霊王宮に突入ってか!?馬鹿な事言わないで下さい!!ここにいる死神ほぼ全員、藍染に一度は殺されかけてるんですよ!?」

「そうだね。ボクも藍染には歯が立たなかった。でも、霊王すら護り通せなかったキミ達が、今のままで敵さんを倒しきれると思うのかい?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のに、世界を今の力だけで救えるのかい?」

 

 

「無理だよ。今のままじゃ護廷は護れない」

「でも、だからと言って藍染を解放するのは話が別です!!」

「そうだね。でも必要なんだよ。物分かりのいいキミなら分かると思っていたんだけどね・・・」

 

 

一呼吸置いてから、京楽は揺るぎない自身の考えを真正面からぶつけた。

 

 

「君は、いつまでも面子にこだわっているね。でも、面子じゃ世界は護れない。悪を倒すのに悪を利用する事を、ボクは悪だと思わないね」

「――――・・・、・・・・・・・・・」

 

 

心のどこかで、きっと京楽に言われた事を理解してしまっていたからこそ、隼人は反論出来なくなってしまう。

藍染という、絶対的な敵だった死神が解放されたから、どうしても認められない。

他の罪人であれば、力が必要とあらば納得するまで時間はかかるものの、ここまで反駁しないだろう。

そうして言葉に詰まった隼人に、藍染は以前のように、強い敵意を露にして声を発する。

 

 

「君はやはり、肝心な所で一歩核心に及ばないな」

「・・・今更何なんだよ」

「確かに私は君の力を欲していた。その為に破面を改造し、死体から生前と同じ力を生成して行使する術を編み出した。」

 

 

藍染の言葉から、白と戦っていた子どものような破面・ワンダーワイスの存在を拳西は思い出す。

確かに白はワンダーワイスを一度殺していたものの、死体となっても山本前総隊長の流刃若火の炎を全て吸収し、一気に破裂させた事で深手を負わせていたのだ。

既にその時は他の死神諸共藍染に斬られて地に伏していたが、総隊長と藍染の戦いは見ていたため、白の戦いは意味が無かったのかと舌打ちしたのを覚えていた。

 

 

「私は君を殺した後に破面の改造術を応用し、死体から引き出した卍解の力を使うつもりだった。今の君よりも最大限に有効活用して」

「・・・何を言いたいんだ」

「君はまだ、自分の可能性に気付いていないようだ」

 

 

そこから藍染は、今までの研究成果を明らかにするように、長々と話し続ける。

その内容は、その場にいた全ての死神を震撼させるに値する、衝撃的なものだった。

 

 

「他人の霊力に干渉し、自由自在に制御出来るのであれば、まず力の与奪、複製を行うだろう。好きな死神に好きな強さの能力を与え、敵が現れると問答無用でその力を奪い尽くしてから殺す事が出来る。自分の都合で隊長格相当の霊力の持ち主を増産し、不要な能力は一瞬で廃棄する。存在しない新たな能力を生み出す事もいずれ可能になる筈だ。能力を複数与え、一人で複数の斬魄刀を使いこなすことも出来るだろう。一人の死神に虚、滅却師、完現術師の霊圧を基に作った力を与え、混合すれば、()()()()()()()()()()

 

 

「君の力が開花すれば、真央霊術院は存在意義を失うだろう。それどころか、護廷十三隊ですら必要性を失う。君一人が、能力だけで尸魂界を象徴する死神となるのだ」

 

 

言葉を続けようとしたが、「そこまでだよ藍染」と打ち切ったことで藍染による能力考察がこれ以上明らかにはならなかった。

あまりの内容に簡単には理解できず、周囲にいた隊長格は皆黙るしかない。

大体こんな力だろうと想像していた隊長達にとっても、隼人の力は想定外の領域に入っていた。

一人の死神が易々と持つべきではない力。更木剣八とは違う意味で危険すぎる。

 

皆が黙り静寂に包まれていたが、打ち破ったのは隼人だった。

 

 

「・・・残念だけど、僕はそんな傍若無人な力の使い方はしない。この力は、皆を護る為に使う」

「君は、自身の力による瀞霊廷の発展を拒むか・・・・・・、到底、許し難いな」

「それで結構。昔の死神の廃れた講釈に惑わされて従う程にヤワじゃねえから。勝手に一人で怒ってろクソ野郎」

 

 

再び藍染が表情を無くすと同時に、藍染の目の前にいた隼人も瞬歩で後ろに下がり、皆のいた場所へと留まった。

尚も放たれる強い霊圧を感じ取った周囲の隊長格は、しばらく誰も隼人に声をかけられず、そっとしておくしかなかった。

 



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離反

「・・・そろそろ、両手の戒めを外して私をこの椅子から解放してほしいのだが」

「残念だけど、それはできない」

 

 

藍染に使うことの許された封印の鍵は、口・左目、足首だけで、それ以外の封印を外で解くことは許されていない。

中央四十六室の裁定で決まったものの、京楽自身も多くて3つだろうと考えていたし、むしろかなり寛大な処置と思ってもおかしくなかった。

3つを超えた場合、何よりも護廷十三隊の面々が反発してしまうだろう。今でさえ一悶着あったのだ。

せめてもの死神側への配慮として、これ以上封印を解くのは危険すぎた。

 

 

「君なら座ったままでも、この目玉の化物を()()()()でしょ?」

「今の私に、そんな力は無い」

「いや、君はやり遂げるよ。だって、君がただの小さな化物に何もせずにむざむざと自分の身体を齧られるのを、黙って見ているとは思えないって話さ」

 

 

その時には、既に藍染の上に洪水のような大量の目玉の化物が襲い掛かろうとしていた。

今までのようにちまちまと刀で払うなんて、到底不可能だ。

「あんなに大量に・・・!」と呟く声が聞こえたが、一副隊長の危惧など気にも留めず藍染は化け物の洪水を霊圧で撥ねつける。

 

 

「―――全く、やりにくい男だ」

「光栄だね、――――――――!」

 

 

総隊長として余裕を崩さなかった京楽は、異変に気付いた途端にハッシュヴァルトにも見せなかった形相で叫ぶ。

藍染の些細な霊圧の動きから、後に生まれる莫大な力の動きを読み取ったのだ。

それは、瀞霊廷で狛村を打ち倒した時と、本物の空座町にいた時に、一護に向けて放ったあの鬼道だった。

 

 

「逃げろ!研究室へ下がれ!」

「――――――破道の九十 黒棺」

 

 

皆一様に瞬歩の準備をしていたが、同じく藍染の霊圧の動きを察知した隼人により、研究室の外に出た隊長格全員が室内への空間移動(テレポート)で安全に逃れることが出来た。

天に空いた穴から、藍染の黒棺が重力によって時空を圧し潰している様子をまざまざと見せつけられるのは、非常に心臓に悪い。

その力を見て、改めて藍染を無間から解き放ったことに不信を抱くのは当然だった。

 

 

「―――わかっているのか、京楽。藍染を解き放った兄の行いは、我々への侮辱だ。藍染によって、誇りを奪われて尸魂界にいられなくなった者、精神を壊された者、・・・穴を空けられて殺されかけた者が此処にいる。・・・先刻の説明で、皆を納得させることは出来ぬ」

 

 

藍染が現れた直後は何も言わなかった白哉が、ここに来て京楽をきつく詰る。

自身の妹が殺されかけた経験がある以上、少しでも熱くなるのは仕方のないことといえる。

勿論、100年前のようではなく、先ほどの隼人のように怒りで荒れ狂うわけではないが。

 

 

「・・・わかってるさ。後で幾らでもブン殴ってくれ。瀞霊廷を護れたらさ」

「――――、・・・・・・」

 

 

白哉の言葉を聞いていた最中も、ずっと鋭い眼光で睨む隼人に、若干の当惑を見せながらも京楽は歩み寄り、被っていた笠をわざわざ取って声を掛けた。

 

 

「キミには、理解するのに時間が必要かもしれない、いや・・・・・・、わかりたくないのかもしれない。でも、これがボクのやり方さ。()()()()()()()()()()()()()()

「・・・・・・、分かってます。分かってるからこそ、悔しいし苛々するんです。僕の力だけじゃ、崩玉持ちの藍染の足元にすら及ばない・・・!」

 

 

卍解の杖を強く握る拳は痛々しく、霊圧も普段に比べて相当に乱れている。

殆どの者が初めて見る一人の死神の怒り方に近しい者ですら声を掛けづらいままでいたが、唯一その状況に納得する者もいた。

 

 

「――・・・あの時と、同じ・・・」

「・・・?あの時って?」

 

 

隣にいた七緒の疑問に、小声で彼女は答えた。

 

 

「清浄塔居林で、卯ノ花隊長と一緒に藍染と対峙した時です・・・。あの時、平子隊長達がいなくなった事情とか全部藍染の口から告げられて、口囃子さん、かなり堪えてたみたいで・・・」

 

 

100年もの間ずっと自分を押し殺し続けていた同期の死神が突然怒り狂ったのは、あまりにも衝撃的で勇音は簡単に忘れるなど出来る筈はなかった。

だからこそ、勇音は今の隼人があの時そっくりに危険な精神状態に陥っているのを遠くから見ているだけで感じ取った。

昔は卯ノ花の一喝でどうにかなったが、彼女は今いない。かといってそのまま放っておくのはメンタルケア上まずいため、丁度今話をしている京楽が何とかするのを願うしかなかった。

同期の自分が変に出しゃばるより、原因を作った本人がどうにかすべきというやや冷たい考えでもあるが、話しているうちに目つきは落ち着いてきたように見えるため、いつも通りに戻るのに時間は掛からないだろう。

悪い意味で安直で流されやすい隼人の性格は、この時に限って役立った。

 

大理石が割れるような音が上空から聞こえてきたと同時に、藍染の黒棺は周囲の漆黒を全て消し払った。

研究室から出てきた隊長格の面々は、皆一様な反応だった。

瓦礫すら跡形もなく圧し潰して消した藍染の圧倒的な力に、言葉も出ない。

浦原の言葉が、死神達に重くのしかかってきた。

 

 

「詠唱破棄の黒棺でこの威力・・・・・・、黒崎サンと戦った時よりも力が増しているかもしれません・・・」

「!・・・無間に捕われてる間にも強くなってやがんのかよ・・・・・・バケモノが・・・・・・」

 

 

身体から離れることの出来なくなった崩玉の影響か、藍染の力は無間で一切の身動きが取れない状態でも、飛躍的に上昇していた。

そして藍染はすぐさま次の行動に移す。

 

 

「今の黒棺の重力で天蓋に亀裂を入れた。君達が呑気に作る門とやらも、必要無い。霊王宮に用があるのなら・・・・・・、私が撃ち落してやろう」

 

 

藍染の身体を中心に霊圧の渦が巻き起こり、天に向かい鋭い形を作らんとする。

卍解での天蓋の破壊を目論んでいた砕蜂は驚愕し、藍染を見るしかできなかった。

今まで作っていた霊王宮への門は破壊され、完全に散ってしまった。

 

居てもたってもいられず止めに入ろうとしたルキアは、京楽によって止められたが、他の副隊長もそれを見て益々不信感を強める。

藍染の力は指数関数的に増大し、既に先ほどの黒棺に相当する霊圧が銃弾の形となって天を向く。

しかし藍染の霊圧はある点を超えた瞬間、黒棺が割れた時と全く同じ音を立てて四散してしまった。

想定外の事象に一番驚いたのは、言うまでもなく藍染本人だった。

 

 

「無理だよ。自分で言ってたろう?その拘束具は霊圧を消すんじゃなくて、近くに留めておく事しかできない。ただ、その“留めておく力”は、途轍もなく強い。これは尸魂界の技術力の結晶さ。嘗めてもらっちゃあ困る。だよね?涅隊長」

「・・・・・・フン」

 

 

そこからえらく饒舌になったマユリの説明が始まったが、対する藍染は聞いているのかどうなのかよく分からない表情をしていた。さして興味が無いのか、目を向けようともしない。

にもかかわらず、マユリの言葉に区切りがついたと思うや否や、藍染は再び莫大の霊圧を生成し、すぐに巨大なエネルギーを再生産する。

 

 

「ならば、君の技術と私の力、どちらが上か比べるのが筋ではないか?今のままでは拘束具が壊れるぞ。・・・・・・どうした、私に負ける事に怖気づいたか」

「・・・・・・、」

 

 

一切返答しないマユリを一瞥してすぐに、藍染の力は別次元へと達する。

霊圧が生み出す余波に耐え切れず、外にいた副隊長は全員研究室内に避難せざるをえなかった。

隊長であっても、普段通り立てる者は殆どおらず、腕で顔に当たる風を防いだり様々な防衛行動を取っていた。

 

だが、いよいよ霊圧の塊が射出されようとした瞬間、藍染の身体に異変が起きた。

 

 

「!!・・・この感覚・・・!」

 

 

藍染の意に反し、生み出された霊圧はあっという間に力を失って塵と化して全て消えてしまう。

マユリの作った拘束具による反応ではない。藍染の身体に直接、第三者が介入して力の生成を妨害された。

空座町で味わったほんの僅かな感覚が、特大のものとなって襲い掛かってきた。

 

今まで自分から殆ど見向きしなかった相手に、顔を歪めて強い敵意を向ける。

封印される前に、藍染が浦原にぶつけた怒りの眼と全く同じ眼をしていた。

ほんの一瞬の、明らかな動揺に気付いたのは浦原だけだった。

 

 

「生憎だけど、万が一尸魂界の技術力の結晶が壊されようと、君に霊王宮を落とすのは無理だ。分かるだろう?君がどれ程の力を使おうが、口囃子隊長にかかれば君の霊力に干渉し、一時的に技を消すことが出来る。それは()()()()()()()()()()()()

「・・・ああ、戒めが無ければ、今すぐにでも殺していたさ」

「・・・これでいいかい?隼人クン」

 

 

かねてからずっと望んでいた藍染への復讐。

崩玉のせいで殺すことは出来ず、ましてや打ち倒すなんてことも力の差が開きすぎていて不可能だ。

だからこそ、藍染のやろうとした目論見を妨げることしかちゃんとした復讐にはならない。

そもそもこれが復讐になるのかは分からない。

 

それでも、一瞬だけ藍染の表情が大いに崩れたのを見ただけで、何だか今まで復讐に執着していた自分が馬鹿らしく感じてしまった。

変えられない過去に囚われて、その存在に心を惑わす事が、どれだけ虚しいことなのか。

どんなに苦しみ、怒ろうが、藍染は無間で生き続ける。嫌だからという理由で、消すことは出来ない。

マユリと藍染が話していた時に、京楽から次に藍染が攻撃の意思を見せた時に復讐ついでに妨害してくれと言われて、内心出来るかどうか不安だったが、いざ成功すると復讐を果たした気分になってしまった。

何より、藍染の表情を崩した姿を一瞬自分の眼で見た瞬間、これ以上の復讐は出来ないと分かってしまったのが大きいだろう。

 

 

「・・・はい。今後一切、藍染惣右介に干渉する気はありません。何だか、つまらなかったです」

「・・・つまらないだと?私を―――――」

 

 

藍染の言葉は、突然飛んできた霊子の銃弾と、U字型の霊子の圧力によって押さえつけられてしまう。

霊圧からして滅却師のものであることは明らかで、全員が飛んできた方向に目を向ける。

 

 

「おっとォ!あんたの霊圧は十分観察させてもらった・・・」

 

 

特徴的な歯の滅却師は、確か拳西にふっ飛ばしてもらった筈だが、仕留め損なったようだった。

体内の霊圧を爆発させたにもかかわらず、生き延びていたのは余程の生命力があるように見える。

ちょっと間の悪い顔をする拳西を心の中で笑いつつ、ナジャークープが大声で喋っているのをお構いなしに、再び彼の体内を流れる霊圧を麻痺させた。

 

 

「その穴を、突いて拡げッ、―――――!」

「!!」

 

 

だが、ナジャークープが動きを止めた瞬間、やや後ろに控えていたロバートが拳銃で数発彼の身体を撃ち抜いてしまった。

突然の仲間割れに、死神全員訳も分からず足を止める。

戦闘態勢を作ろうとした京楽は刀から手を離し、ここにいる者を代表して疑義を向ける。

 

 

「・・・どういう事だい?」

 

 

拳銃をしまったロバートの後ろから、更に3名の星十字騎士団が姿を現すが、全員から少し前までの敵意を感じられなかった。

ロバート、バズビー、リルトット、ジゼル、全員が武器を持たず、丸腰の状態である事からも、今のところ彼らが戦うつもりではないように見える。

ナジャークープを撃ち、一度は京楽とも戦ったロバートが、滅却師側でも最も年長者であったため、代表して口を開いた。

 

 

「手を貸しましょう」

「・・・・・・!」

「理由は簡単です。私達と貴方達の利害が一致したから。“見えざる帝国”は瀞霊廷の影の中に存在する以上、瀞霊廷の崩壊は私達の国の崩壊にも繋がります」

「それの何処が、我々の利害と一致するのかネ?今の滅却師の親玉ならば、一つの国が壊れようと、数分あれば復元する力がある筈だヨ。俄には信じ難いネ」

 

 

マユリの糾弾に対しては、後ろにいたバズビーが前に出てロバートに比べると粗暴な語り口で答えた。

 

 

「俺達は信じろとも一方的に協力するとも言ってねえ。見返りをよこせって言ってんだ。俺達は、霊王宮への門を造るのに協力する。その見返りに、俺達も霊王宮へ連れて行け。俺らを見捨てたユーハバッハを、ブチ殺しに行くんだよ」

「・・・・・・成程ね。・・・みんなァ、いいかい?」

 

 

京楽の呼びかけに対して、何とも言えない張り詰めた空気が流れる。

数刻前まで戦っていた相手との呉越同舟は、嫌な死神にとっては地獄に等しいだろう。

誰かが言うのを探るようにしていたら、

 

 

「何だい、誰も何にも言わないの?じゃあボク達死神に一切危害を加えないという条件付きでもいいかい?」

「オレ達を上に連れてくれんなら何でもいいぜ。ジジはオレが見てるから大丈夫だ。誰もゾンビにはしねえよ」

「えっ、ちょっと、リル聞いてな」

「ならば私も異存は無いヨ。勝手に血液を付着されてゾンビ娘の傀儡となるなんてお断りだヨ。まぁ私のような高潔な精神の持ち主であれば、下らんゾンビになる事など決して無いがネ」

「・・・・・・じゃあ、試してみよっか?」

「止めておけ、時間が惜しい」

 

 

柔軟な京楽の取り計らいによって、死神達の有無を言わせずに滅却師と手を組む事になった。

少々問題がありそうな所もあるが、ここに来て相手の素性は関係ない。勝つために、使える力はとことん使うしか無かった。

 




原作ではロバートは聖別に完全にやられますが、今回は光が身体に直撃せずに生き残りました。


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突入

ユーハバッハに反旗を翻した滅却師の中に、ロバートがいるのを京楽は不思議に思っていた。

まだ総隊長になる前にした“お話”の様子から、彼はユーハバッハに対して並々ならぬ忠誠心を持っていると読めたのだ。

外見からしても昔からユーハバッハに付き従っており、むしろナジャークープよりも長く共にいる筈だ。

少し試すような形でロバートに理由を尋ねたが、返ってきたのはたった一言だけだった。

 

 

「―――・・・目が覚めました」

 

 

存在ごと使い捨てられ、力を毟り取られる自身と仲間を見て、長年の忠誠心も冷めてしまったのか、ロバートの眼は光を失って疲れ切っていた。

ユーハバッハを殺しに行くとは言ったものの、消耗した力で勝利するのは無理だろうが、それでも彼らはこのまま付き従う道を捨て、自分達の足で歩み始める。

ロバートはそれ以降、死神達の前で口を開くことは一度も無かった。

 

 

*****

 

 

 

霊圧の増幅器があるお陰で死神達の負担はかなり軽くなり、再び一から始めた門の制作は見違えるような速さで進んでいく。

卍解して全員の霊圧に干渉するという役回りも必要なくなったため、隼人も他の者と同様に球を持って力を注いでいた。

 

 

「早えな・・・さっきまでと段違いだぞ」

「流石に滅却師もいて頭数増えてますからねぇ~・・・」

 

 

ぼそっと呟いた拳西の独り言に乗っかってきた隼人は、すっかり吹っ切れたようでここに来る前の様子に戻っているようだ。

藍染相手にあんなに怒ったせいで副隊長ほぼ全員が暗黙の了解で腫れ物扱いしており、修兵ですら近寄って来ない。よりによって阿散井と一緒にバズビーとくっちゃべっている程だ。

変に3人の波長が合っているようで、ルキアや雛森から異物のように見られている。

女の子には分からない何かがあるのだろう。他の者にも分からないかもしれないが。

 

 

「あんまり、一人で気にすんなよ」

「・・・さっきの事ですよね」

「変なトコで無理すんな。抱えるモンが大きすぎりゃ、溢れた時にどうしようもなくなる。もっと周りを頼れ」

「ほんとそれ、何回目ですか?“でじゃぶ”?所じゃないですよ」

「俺はうるせえぐらい言うから覚悟しろよ」

 

 

とは言いつつ、今回に限ってはそこまで心配する必要は無いだろうと思っている。

張り詰めた雰囲気は無く、言葉の中に棘も見られない。

思いがけない形であったが、一生モノの恨みを少しでも晴らしたため、これ以上さっきの件について話す事は無かった。

 

 

*****

 

 

時間が経ち、門の完成まであと少し。

そんな時に、瀞霊廷で突然、瓦礫が蠢き始めた。

 

 

「これは、一体・・・!?」

「何故だ・・・何故こんな事が起きている・・・!?滅却師共は一体何をしようとしているんだ・・・!?」

 

 

技術開発局付近だけではなく、中心から離れた真央霊術院でも同様に、見えざる帝国の街並みが剥がれている。

聖兵との戦いに目処がつき、暇をしていた白は過剰なリアクションで救援に駆け付けた吉良に問いかけたが、分かる筈もない。

 

 

「何コレ何コレ!?イヅルん分かる!?」

「僕に訊かれても何も答えられませんよ・・・ただ、敵の滅却師が、途轍もない力を持っているのは確かですね・・・」

「じゃああたし達もあっち行った方がいいんじゃないのーー?」

「ダメですよ。僕は鳳橋隊長から瀞霊廷で待機するよう命令されています。皆さんは霊王宮へ向かうようなので、万が一の為に僕達はここで待つべきかと」

「えーーーー!!!ずるいずるいずるいあたしも行きたいーーーー!!」

「上でなす術も無く殺られるより下で活躍した方が皆さんの印象に残るのでは?」

「じゃあ残る!!」

 

 

何で僕をここに派遣したんだと上司を恨みたくなる程に、これからずっと白の扱いに苦慮することになると、今の吉良は考えもしなかった。

 

 

息の詰まる光景に上空を見る隼人は完全に固まっていた。

平子が怒りの声を上げ、花太郎は焦るあまり球を落としてしまう。

何が起こるのか分からず、敵の目的も掴めない。

滅却師の面々も、困惑してただ空を眺めるだけだった。

 

しかしそれでも霊圧の注入は進み、門は完成の目処が立った。

浦原が大急ぎで機械を操作して霊圧の微調整を行い、僅かに震えていた霊子の門が完全に固定される。

 

 

「・・・よし!完成っス!開門しますよ!準備はいいっスか!」

「「「「おォ!!」」」」

 

 

ほぼ全員から威勢のいい返事が来て、浦原が最後のキーを押す。

そして開けた世界は、考えもしないような世界だった。

 

 

「・・・・・・な・・・、何や・・・・・・これは・・・!?」

 

 

霊王宮へと向かった筈なのに、見えたのは滅却師の街並みだ。

勿論ここにいる多くの死神が霊王宮に足を踏み入れたことが無いため、その正体は分からないのが当然だが、だからと言って滅却師の街並みが正しい姿であるとは考えられない。

平子が浦原に事情を訊いても、いまいちはっきりしない答えしか返って来ない。

多くの死神が辺りをきょろきょろして何か考える中、総隊長は時間の無駄とでも言うかのように最悪の可能性を口にした。

 

 

「・・・・・・つまり、さっき瀞霊廷から持ち上げた街を、霊王宮を潰して組み直したって事なんじゃないの?」

「アホな!さっきの今でそないな事・・・」

「だから、それ程の力を手に入れたって事だよ、敵さんがさ」

 

 

マユリの言っていた嫌な予感が、完全に的中してしまったようだ。

霊王の力をユーハバッハに吸収された事で、向こうは広大な街を数分で作り上げるレベルの途轍もない力を持っている。

更に、今護廷十三隊の面々が立っているのは、零番離殿の縁であり、空を見ても霊王宮は浮かんでいない。

 

要するに、霊王宮は完全に敵の物となってしまったのだ。

 

尸魂界の最重要施設が、敵に回る。それだけで、得体の知れない恐怖が感じられるようだ。

そんな中、夕四郎が姉の霊圧を感じ取った。

 

 

「ねえさまの霊圧です!今そちらへ参ります!!」

 

 

威勢のいい宣誓から空中を飛び立ち、霊子の足場を作って一目散に向かって行く・・・つもりだったが、空中に浮かんだ夕四郎は足場を作れず、そのまま瀞霊廷へ真っ逆様。

・・・とはならず、間一髪で恋次によって助けられた。

 

 

「バっ・・・馬鹿野郎!!!何してんだてめえええッ!!!」

 

 

すいません~~!とか、足場ができなくて・・・とか夕四郎は言っていたが、霊圧知覚に長けた隼人は別の事で呆れていた。

 

 

「一護くんも全く同じことやってた・・・・・・」

 

 

彼の名誉のため小声で呟くに留め、自分だけの弱みを握ったという事にしておく。さして意味無いかもしれないが。

というちょっとした事情は一旦脇に置き、隼人は再び霊王宮全体の霊圧パターンを探る。

足場が作れない以上、霊子の制御権は敵の手にある。滅却師であるため、こうすれば力を最大限に扱えるだろう。

 

 

そしてもう一つ、霊王宮を探って分かった事は、他と比べて極端に霊圧が変質した地点が6つ存在する事だ。

5つの動いている霊圧と1つの中央に留まった霊圧は滅却師の物であり、それとは別に6つの場所で、妙な霊圧地点が見つかった。

そこを潰せば、霊王宮が滅却師の街から元に戻るきっかけになるのではないか。

そうでなくとも、霊子の主導権を奪えるかもしれない。

尸魂界とは別に、霊王宮には特有の霊脈があると霊術院の特別授業で軽く聞いたことがあったが、それと関係する事象なのか。

全てが初めてなので、あらゆる想定外の可能性を考えながら行動する必要がある。

 

そして、今から隼人がやろうとしている事は、他の死神を巻き込むべきではない。

こっそり抜けるのもきっと怒られるだろうが、かといって隊を二つに分ければ全滅するリスクが高まる。

悩むくらいなら、一人で行くべきだ。

 

(どうせ霊圧の集中した地点を狙うはずだし、大丈夫だ、大丈夫)

 

一人黙々と思案していると、突然前からけたたましい音が聞こえてきた。

建物と建物が崩壊、合体していき、より高く聳え立つ。合体メカみたいだ。

 

最上部には2つの大きな霊圧があるものの、霊圧変質地点は変わっておらず、むしろ城の最深部にあるのだろう。

どうやって手をつけるべきか脳内でぐちゃぐちゃしていると、「行くよォ!」という京楽の声が聞こえてきた。

思わず手を震わせ「ハッ!」と口にしたが、後ろの方だったので誰も見向きせず、皆走って城に向かって行く。

京楽を追尾する形で分身となるダミーの霊圧を形成し、彼の少し後ろを等間隔でついていくようにして、形だけでもバレないようにした。

 

 

「・・・さてと、それじゃあちょっとばかり、作業しますか・・・!」

「何処行くつもりだ」

「ひぃうおぉっへ!!!」

 

 

つもりだったが。

 

 

「コソコソ一人で変な動きしやがって。目について仕方がねえ」

「ダメですよ拳西さん!皆と一緒に行かないと!せっかくバレない様にしたのに台無しだぁ・・・」

「そっくりそのままオメーに返すぞ。つーか新米隊長一人にする方がよっぽど問題だ」

 

 

一応一人で考えていたのだが、変な動きをしていたのだろうか。だとしたら気持ち悪い死神ではないか。

よりによって、一番バレたくない死神に隠密行動がバレてしまった。

だが過ぎたことを考えても仕方ないので、とにかく二人で向かうしかない。

と思ったが。

 

 

「・・・私もいます・・・」

「勇音さんにも気付かれてたんか・・・・・・」

 

 

結構なショックだった。

しかも、この3人がここで留まっていたことは、すぐに浦原にバレてしまった。

 

 

「涅隊長だけじゃなく、口囃子隊長まで~~!?困ったな~・・・」

「拳西もおらんで!!何しとんねんホンマにィ!」

「・・・自由な奴だな・・・」

 

 

平子はキレて、白哉は呆れる。全員が隼人の奔放な思考のせいで拳西が振り回されてしまったのだろうと考えているが、合っているようで微妙に違う。

引き返して強引に連れて行くかと野蛮じみたことを七緒が進言したが、意外にも京楽は首を横に振った。

 

 

「きっと、霊王宮に何かあることに気付いたんだよ。じゃないと、彼はきちんと皆と足並みを揃える筈だ。・・・ちょっとボクもびっくりだけどね・・・」

 

 

あぁ~あ~と気の抜けたわざとらしいため息を一回ついてからは、特にこの事に言及する事は無かった。

そしてこの時既に、何者かによって一人の死神が既に狙撃されて一切の身動きを取れなくなっていた。

 

 

*****

 

 

 

3名の別動隊が最初に向かったのは、霊王宮に来た時の地点から数分足らず歩けば着く場所にある、真っ白な建物だ。

周囲の建物に比べるとやや低いが、尖頭の小窓や、上に向かって細くなっていく三角の形をした建物は、まさしく現世の観光パンフレットで見た聖堂と言われているものだった。

中に入ると、木造の尖頭アーチが建物を支えており、正面奥には滅却十字が掲げられている。

太陽の光がステンドグラスに通り、電灯と共に室内を幻想的に照らしていた。

 

 

「ヨーロッパの教会か。にしては日本っぽいな・・・」

「よ、よー?」

「西梢局のある場所だ」

 

 

拳西の現世知識はどうせ分からないので聞き流しているが、確かにさっきまで瀞霊廷を覆っていた見えざる帝国の建物とは少し毛色が違う。

木の温かみが感じられ、現世にある「お寺」という場所に似ていた。

 

 

「何だか不思議ですね・・・」

「それで、ここに来てお前は何すんだよ?」

「うーん・・・、こっちです!」

 

 

とととと、と聖堂の奥まで走り抜け、正面奥の幾何学模様をしたステンドグラスの真下へ向かう。

棺なのか何か東洋文化に生きる死神には全くもって分からない物体に、霊圧を籠めた手で触れてみると。

 

 

「わっ!!・・・・・・、何だ、これ・・・?」

 

 

祭壇の壁に、左から突然文字が浮かんできた。

 




本作の独自設定として、霊子の掌握権奪還を入れました。
場所は5つの枝と、真世界城に1つ存在し、中央はハッシュヴァルト、他は親衛隊と石田の霊圧に対応しています。
詳細は追々説明していきます。


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聖帝頌歌(カイザー・ゲザング)

祭壇壁に浮かび上がった銀色の文字は、滅却師の国なのに日本語で記されていた。

星十字騎士団の面々も何故か日本語を喋っていたので分からなくもないが、石田の扱う技は浦原曰くドイツとかいう西国の言語であるため、そっちの言葉でないことは意外に映った。

だが、彼らの目を引いたのはその内容だった。

 

 

「“封じられし滅却師の王は 900年を経て鼓動を取り戻し 90年を経て理知を取り戻し 9年を経て力を取り戻し 9日間を以て世界を取り戻す”」

 

 

聖帝頌歌(カイザー・ゲザング)と題名が付けられているが、内容のスケールがあまりにも大きいために空想の世界に感じてしまう。

 

 

「滅却師の王って、下でパイン頭が言ってたユーハバッハの事ですよね・・・?」

「・・・、まぁ、そうだろうな」

「この最後の9日間が、丁度今ってことなんでしょうか・・・」

「じゃあ、予言ってこと・・・?」

 

 

一気に謎解きモードに入ったが、頭脳メンは誰もいないため結論は何も浮かばず、ずるずると時間を無駄にしてしまっている。

何が何だかさっぱり分からないため、無鉄砲にも再び壁に霊圧を籠めることにした。

すると。

 

 

「なっ、何でしょう・・・?白い像・・・?」

 

 

壁の一部が横にスライドして穴が生まれ、奥から現世にある観音様の像が出てきた。

右手には滅却十字を持っており、両肩の布地にも同じ物が刻まれているようだ。

西洋の聖堂だったり、観音様が出てきたり、混沌としていて理解が追い付かない。

だが唯一分かったのは、これが奇妙な霊圧を発する物体である事だ。

 

 

「この像の力を無力化すれば、霊王宮は元に戻るかも・・・?」

「だったら一気に壊すか?どうする?」

「目立たないようにやっちゃいます?」

「うん、そうしましょう!どちらがやりま「何をしている?」

「「「!」」」

 

 

反射的に背後に障壁を展開し、力を注いだまま一気に振り返る。

両隣の拳西と勇音も、臨戦態勢を一瞬で整えて振り返る。

 

 

少し距離を取って立っていたのは、現世の高校生達と袂を分かった石田雨竜だった。

だが、それにしては以前のような敵意は感じられない。

霊子兵装も持っておらず、見た限りでは丸腰同然だった。

突然の声にもビックリさせられたが、そこまでとげとげしくないのもあり、作り上げた鬼道の壁を一旦打ち消した。

 

 

「こっから変な霊圧出てるから消しに来たんだけど」

 

 

直球ストレートで目的を伝えたが、石田の顔は特に変化を見せない。

それどころか、丸腰で歩み寄ってくるではないか。

「えっ、ちょ、何!?」と思わず言いながら手を前に出したが、無視して石田は白の大理石像の前で止まった。

跪いてから、石田は鬼道の詠唱のように言葉を唱え始める。

 

 

「なっ、何でしょうか・・・?」

「さぁ・・・僕にはさっぱりわからん・・・」

 

 

日本語なので言葉自体は分かるが、突然現れた男が呪文を唱えるという変な状況は、ついていくのも難しい。

勇音も拳西も、困惑した顔で石田を見ていた。

 

そして詠唱が終わると同時に、大理石像から一切の霊圧が失われた。

 

 

「これでいいんだろう?今すぐこの場から離れてくれないか」

「ちょっと待ってよ。事情説明してくれない?僕達何にも分かってないんだけど。ねえ、滅却師側についてるんじゃないの?」

 

 

物凄く嫌そうな顔を向けてきたが、仕方ないと言って一旦盛大にため息をついてから石田の事情説明が始まった。

 

 

「君の言う通り、この像の力を無くせばいずれ霊王宮は元に戻る」

「!! じゃあ、あと5つの場所に行けば!」

「でもそれだけでは無理だ」

「・・・結局、何がどうなってんだよ」

 

 

いつになく眉間に皺を寄せた拳西を見ても、怯むことなく石田は事情を説明した。

曰く、5つの地点を潰そうとも、大元のユーハバッハを倒さない限りは霊王宮が完全に元に戻る可能性は低い。こればかりは仕方ないだろう。何せ街を丸ごと作り上げたのがユーハバッハだし。

また、今の場所を含めて6つある霊圧地点は、石田雨竜、ハッシュヴァルト、4人の親衛隊(シュッツシュタッフェル)と深く結びついているらしい。

死神達が現在いる場所は2番枝街(ツヴァイ・アスト)の霊圧地点で、たまたま石田の力に対応している場所だった。石田と親衛隊の5名の霊圧地点は街に散らばり、星十字騎士団最高位のハッシュヴァルトの地点は真世界城最深部にあるらしい。

 

 

「死神がこの像に気付いて無力化すれば、像に対応した滅却師は重大なダメージを受ける筈だ。僕は護廷十三隊がこの地点に降り立ったのを知って真っ先にここに来て、自ら霊王宮からの力を捨てる事を選んだんだ」

「霊王宮からの、力・・・?」

「尸魂界とは別に、霊王宮にも独自の霊脈が流れている。ユーハバッハはそれを掌握して霊王宮の霊子を操り、君達は霊子を自由に扱えなくなっているんだ」

 

 

死神からの力の干渉でなく、滅却師が自分で操作をすれば害も無く霊脈との繋がりを断ち切れるが、死神に力を止められた場合、石田の予想では体内の臓器がいくつか潰れる程のダメージを受けると見ているようだ。

重大な霊脈の力をそのまま滅却師に繋ぎ合わせているため、力を強引に断ち切られた時の攻撃力が凄まじいものになるのは隼人にも納得がいった。

現在、石田と無理矢理繋がっていた霊圧は存在を失っているため、2番枝街に限って霊脈の状態は元に戻っているようだ。

他の霊圧地点も無力化していけば、霊王宮の状態は以前のものに戻っていき、最終的に真世界城は崩壊する・・・と石田は考えている。

しかし、それはかなり物事を楽観的にみた希望的観測であるらしい。

霊子を分解・拡散する小さなチップを真世界城だけでなく、霊王宮中に撒き散らすことで、元々空に浮かんでいた零番離殿以外の構成物質を全て崩壊させるつもりだった。

 

 

「霊王宮を崩壊させるっつってるけどな、零番離殿がそのまま残る保証はあるのかよ?」

「それは・・・・・・、元々空中に浮かんでいた物体が、一度霊子分解した所で完全に落ちるとは思えない」

「保証はあんのか?お前一人の策のせいで、霊王宮だけじゃねえ、瀞霊廷も全部崩壊する可能性があるんだぞ?」

「なら君達は、霊王のいた場所が滅却師一人の小道具で簡単に落とされると思うのか?」

 

 

どちらの言い分も間違っている訳では無く、これ以上言い合いを続けていると埒があかなくなる。

石田も意見を簡単に曲げるようには見えないため、言葉に詰まる拳西に止めましょうと言って一先ずこの話を強引に終わらせた。

今の石田の言葉に無理に反論しては、死神の面子が丸潰れになる予感がした。

 

 

「じゃあ、一護くん達に・・・は、自分の口から言った方がいいか」

「くれぐれも、僕がここにいた事は内密に頼むよ。他の滅却師にもね」

「うん。僕達はここで会わなかった、それでいい?」

「ああ。だから今すぐ立ち去って次の場所にでも行ってくれ。ここにはもう二度と足を踏み入れるな」

 

 

結局追い出されるような形で、死神3名は聖堂を後にした。

 

 

*****

 

 

「次は・・・、時計回りに行きましょう。一護くん達と合流できそうです」

「本当ですか!それなら安心できそうですね」

 

 

さっき石田に見つかってしまった以上、このまま3人で行動する事に無駄なリスクを負う事になってしまった。

あのような言葉を喋っていたが、こちらに近付くフリをして実は滅却師に密告しているかもしれない。

それに、高濃度の霊圧の持ち主があまり同じ場所に留まるのはどちらにせよ良くない。

目ざとい滅却師に見つかれば、嫌な展開が待ち受けるだろう。

 

 

「違法行為ですが・・・手っ取り早く空間移動しましょう」

「慣れたモンだな」

「止めて下さい手癖悪いみたいな言い方!」

 

 

そんなこんなで不満を言いつつテレポートした先では、まさに一護達がグリムジョーを完全に見失って途方に暮れていた。ナイスタイミング。

 

 

「うぉっ!!!口囃子さん!?に拳西も!!」

「俺はついでかよ!!」

「あ!勇音さん!お久し振りでーす!」

「織姫ちゃん!久しぶりだね!」

 

 

一護から存在をいい加減にされがちな拳西はまたも怒り、久々の邂逅に勇音と井上は喜色を浮かべる。女子高生同士の会話みたいだ。片方は現役だが。

藍染との戦いの後に四番隊の手伝いを積極的にしていた井上は、治癒能力の高さから花太郎よりも勇音と関わる機会が多く、四番隊では彼女が一番素のままで話せる存在となっていた。

電子書簡越しでの会話が殆どだが、それでもルキアに会いに行った時は毎回顔をだしているようだった。

 

 

「突然勇音さんが現れてビックリしちゃったよ~!でも何で?」

「ム・・・、まるで、テレポートだったな・・・」

「あ、それはえーっと、・・・口囃子さんから説明してもらいましょう!」

「面倒臭がったでしょ勇音さん・・・」

 

 

え~~・・・とは言ったが、拳西からの無言の圧力もありかくかくしかじか説明する。

石田から得た詳しい情報は伝えず、隼人があらかじめ考えていた推測を伝えたため反応はイマイチだったが、「どうかついてきてもらえないでしょうかぁぁっ!」と深く頭を下げたら、夜一の独断で彼らも同行することになった。

 

 

「わしらも護廷十三隊と同じでそのままユーハバッハを倒しに行くつもりじゃからな。準備が必要ならやるに越したことはない」

「ついでにグリムジョーも探すか。ったくあいつ何処行ったんだよ!」

「ごめんね一護、グリムジョーったらほんと野生動物みたいっていうか・・・」

「そうだなぁ、ネルもあいつの面倒見るの大変だな」

「そうなんだよ!いっつも一人で勝手にどっか行っちゃうの!」

「・・・・・・・・・、」

 

 

一護達の前に移動してきた時から気付いていたが、現世組の面々に一人だけ、破面が混じっていた。彼女はどうやら一護の味方であり、藍染戦の後に見た破面のデータからも、死神側に全くもって敵意を抱いていないことは分かっていたため、こちらからも交戦するつもりは毛頭ない。

 

だが、彼女が一護に向ける視線は、女の子が普通に男友達に向けるものではない。

積極的で果敢にアタックする女性破面の目から、一護を深く慕っているのはすぐに分かってしまった。

同じことに気付いた勇音は、「大変だね、織姫ちゃん・・・」と小声で耳打ちしている。井上の目は言うまでもない。普段の性格から考えられない、何してくれてんだテメェというような憎しみの目を向けている。

ちゃっかりネリエルと仲良く話す一護は、天然の女たらしなのだろうか。

 

その様子まで見た隼人は、一護に向かって失望の目を向ける。

たかが18の甘ちゃん男に、人生経験で完敗した。

 

 

「――――――、って、どうした?口囃子さん」

「・・・・・・・・・消えればいいのに」

「ん?何だよ?よく聞こえなかったぜ?」

「いや、何でもないよ!思い違いしていただけ。ほら行こう行こう!夜一さんも行きますよ!」

 

 

快活な調子で場を盛り上げたにもかかわらず、いざ向かっている最中はずっと脇に避けていた拳西の隣で落ち込んでいた。

 




石田の霊圧地点の建物は、長崎のキリスト教会をモチーフにしています。国宝か世界遺産か何かの建物だったはずです。


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迷宮

2つ目の霊圧地点も何だか厳かな建物だったが、さっき石田と出会った建物に比べると途轍もなく大きい。

それどころか、大小2つの建物が繋がっているようだった。

 

 

「何じゃこれは・・・、やはり瀞霊廷や現世とは全く違うのう」

「歴史の授業で似たようなの見たことあるなぁ・・・」

 

 

夜一と井上がざっくばらんに感想を呟いている横で、隼人は霊圧が放出されている正確な地点を見つけ出す。大きい建物の奥の方にあった。

だが、

 

 

「どっから入るんだコレ・・・?」

「ですよね・・・。ドアも何もないただの壁だから、下手に空間移動してコンクリートにめり込んだら一発で死にますよ」

「じゃあ、隣の小さい建物から入る必要があるんでしょうか・・・」

 

 

勇音の指差した建物も、最初の石田と遭遇した聖堂に比べると明らかに大きいが、それすらも凌ぐ目の前の建物の大きさは、圧巻の一言だ。

周囲を歩き回るだけで30分以上かかるだろう。隣の建物まで移動することすら億劫に感じる。

 

 

「あっちこそ入れんだろうな・・・?入口無かったらどうすんだよ・・・」

「でも、こういう時って大体あっちから入れるのがゲームの定番だよね~」

「ゲーム基準で考えてんのかよ!」

 

 

一護の友人にもRPGを数日でクリアした猛者がいるが、いくらゲームが好きでも思考回路までもがゲームに毒されているわけではないため、今の隼人の発言は中々に心配させてしまうものだ。

ゲームで起こる事を現実のように捉えている部分が言葉の断片から窺えてしまうため、うるさいあの友人がマシに思えてくる。

そもそも隼人は現世のゲームを基にして自分の技を作ったりしている時点で、かなりゲームに毒されていた。

一護のツッコミから隼人は一層目を輝かせ、ついつい早口になってしまう。オタクそのものだ。

 

 

「そうそう!今の僕たちってさ、何かゲームのパーティーみたいだよね!主人公は一護くんにして、拳西さんと茶渡くんと、ネル?さんと、・・・・・・誰?」

「志波岩鳶ですゥーーーーーーー!!!」

「あ・・・、ああ、分かる分かる!この4人が、パワー系のダメージ要員で、夜一さんが先手を取れる素早さ担当で、勇音さんと井上さんが回復要員で、僕が魔法アタッカーでバランス取れていいなぁーって思ってたんだよ!今の状態もラスボス前のダンジョンって感じですげぇ興奮するんだけど!」

「「「・・・・・・・・・、」」」

 

 

一護や岩鷲はドン引きし、勇音と井上は苦笑い。寒い空気が一気に流れ込んでくる。

何を言ってるのか分からないネリエルなどはきょとんとしていた。

冷静な小言が毎度の如く飛んでくる。

 

 

「それ以上言うのは止めといた方がいいぞ」

「・・・自重します」

 

 

こういった感じで暴走した時は、毎回顰蹙を買っているのである。

 

 

 

*****

 

 

 

小さな聖堂へと向かって行くと、2人程度しか入れない程の小さな入口を見つけた。

建物の割に入口が小さいのが気になる。肩幅が広いと1人しか入れない。

 

 

「前に入った建物って、どんな感じだったんだ?」

「うーんと、海外の、宗教の施設?みたいな建物だったよー」

「へぇー、まんま歴史の建物だな・・・」

「でもこんな入口狭くなかったんだけど―――――――」

 

 

一護と喋りながら中に入った瞬間、思わず言葉を失った。

建物の中は、壁と天井一面に、見たことも無いような美しい絵画が描かれていたのだ。

敵が創り上げたものであるにもかかわらず、あまりの美麗さに息を呑み、目を離さずにはいられない。

 

 

「すっげぇ・・・」

「何だこれ、ユーハバッハの人生か・・・?」

 

 

連作でユーハバッハの生涯が天井に描かれており、やや端に寄った部分には他の滅却師が描かれている。

星十字騎士団の面々も描かれており、見たことある顔がちらほら描かれていた。

生まれて間もない赤子の時から、最後は全世界の王にでもなるのか、まるで西洋神のような存在となっていた。

天井画を見ていた勇音が、ボソッと呟く。

 

 

「さっきの歌・・・この絵のことを言ってるのかな・・・」

「言われてみりゃあそうだな・・・」

「9日間・・・!」

 

 

ラスト2つの場面は黒装束の死神を滅却師が無残にも蹂躙する様が描かれており、”The Last 9 Days, We shall regain the world.”と英文で記されている。

意味を理解した一護は、怒りで眉間に深い皺を寄せる。

 

 

「世界を取り戻すだと・・・?元々テメェのモンだってつもりかよ・・・!」

「でも、これが滅却師のボスの人の予言だとしたら、本当に実現させちゃうのかな・・・?」

「させねえよ・・・、ユーハバッハの思い通りになんかさせるかよ・・・!」

「黒崎くん・・・」

 

 

ユーハバッハに強い敵意を見せる一護が、隼人にとってはまるで数年前の自分に見えてしまう。

その時の隼人に比べれば今の一護はまだまだ落ち着いてはいるので落ち着かせる必要は無いが、今からずっと張り詰めていては敵との戦いの前に精神面で疲れてしまう。

 

 

「そうだね・・・、でも一護くん、大丈夫だよ。皆がいるから。現世の仲間もいるし、護廷十三隊もいる。背中を任せられる仲間がいるとね、すっごく気持ちが楽になるよ」

 

 

あの時たった独りで藍染とタイマンしたのを今思い出してみると、必要以上に心を締め付けたせいで相手の実力を見誤り、鏡花水月に嵌って殺されかけてしまったように見えた。

こんな破滅の道は、絶対一護が歩んではいけない。

一人で思い詰めるのではなく、仲間と共に立ち向かっていくのであれば、自分みたいな事にはならずに済むのではないかと思ったのだ。

 

 

「だから、今一緒にいる仲間をもーう滅茶苦茶大事にしよう!弱音だって吐きたいときは吐いちまえ!僕なんかもう、ねぇ!うん!」

「いや気になるじゃねえか!」

 

 

とは言ったが、一護もそれ以上詮索するつもりはない。

今現在隊長羽織を着ていることが、狛村や射場の死を遠回しに示すことになっているため、下手に触れて一回目の戦いの後みたいな状態になられると大変だ。箝口令みたいなものだ。

えへへーと笑っているが、心中では苦しい気持ちを無理矢理押し殺している可能性だってある。

 

 

「困ったことがあるんなら、僕だって頼っていいからね?溜まった鬱憤を晴らす壁になら喜んでなってあげるよ!」

 

 

励ます言葉でありながら、まるでSOSを求めているかのようにも見える。

心からの笑顔が、以前拳西の背中で号泣していた姿に何故か投影されてしまい、簡単に撥ねつけてはいけないような気分になった。

 

 

「わかったよ。嫌だっつったらうるさそうだしな」

「・・・・・・君も結構言うようになったね」

「うーーーっ!?何だその顔!」

「さあ、何でしょうねぇ~?じゃ!」

 

 

と言った隼人はそのまま奥へと走っていき、大理石でできた低い柵を不良高校生みたいに越えて奥の祭壇へと向かって行った。

柵から飛び降りる時に着地に失敗して情けない悲鳴を上げていたのはどうかしてほしいが、さっき僅かに映った泣き苦しむ姿は消えており、それだけでこっちが安心した。

 

 

「迷惑かけて悪いな、一護」

「別に構わねえよ、お父さ「ぶん殴るぞ」

「・・・止めてくれ」

 

 

ゴリラみたいな筋肉の持ち主に殴られた場合ひとたまりも無いだろうなぁとぼんやり考えていたら、向こうで動きがあった。忙しない。

 

 

「あぁ~~!!階段が出てきた!地下通路だ!マジでゲームみたいじゃんやっば!!!」

 

 

どうやら祭壇から僅かに霊圧反応があったらしく、波長に合わせて霊圧を注入してみたら、隠し通路に繋がる階段が出てきたようだった。

何となくやってみたら上手くいったらしい。こんないい加減なやり方は後々不安になってしまう。

 

 

「行ってみましょう!」

「大丈夫かよオイ・・・」

「罠の可能性を考えておるのか?隼坊」

 

 

死神の年長組2人からあまりにも怪しさ全開の通路を懸念されるが、この状況で戻るという方が馬鹿だろう。

石田が自分で止めた霊圧地点と同種の霊圧は通路の先から感じられるため、罠があろうと乗り越え、霊脈を取り戻さねばならない。獲物は近くにある上に、最強の死神代行がいる以上、引き下がるのは勿体ない。

 

 

「罠なんて、拳西さんに夜一さん、一護くんがいれば余裕じゃないですか」

「わしらを口で使おうとは・・・お主もなかなか肝が据わっておるのう」

「出来ないんですか?」

「誰に向かって言っておる!一護、行くぞ!」

「ぐえぇっ!!!襟引っ張んなっつってんだろうが!」

 

 

お得意の瞬歩で夜一が先陣をきったおかげで、他の面々は特別前を警戒せずに済んだ。

夜一と引っ張られた一護が先頭にいるため、名指しされた拳西は巻き込まれるのを恐れて下手に動かずにいた。

突き刺さる視線を感じる。

 

 

「・・・何が言いてぇんだ」

「そこは、『俺も行くぜ!』的な感じ出さないんですか?」

「面倒事は御免だ。つーか夜一だけで十分に決まってんだろ」

「まぁ、そうですけど・・・一護くん苦しそう・・・」

 

 

思いっきり襟を引っ張られていたため、首は相当締まっていた。あの細腕で一護の身体を摘まんで引っ張り出せる夜一は流石としか言いようがない。

そして、罠は何も無かったぞ!!と夜一の凛とした大声が聞こえてきたため、残っていた死神達は全員安心して最奥まで進み、地下通路から途轍もなく広い聖堂の内部に出ることができた。

 

 

「うおぉ~~・・・広いなぁ」

 

 

発した些細な声すら広い空間に響き渡り、草履の擦れる小さな音ですら増幅されて耳に入る。

言うまでも無く今まで見てきた中で一番大きい建物に入っており、瀞霊廷の平屋の建物とは全く違う豪華な宮殿みたいな内装だ。

丸天井やガラスの窓から光が差し込み、中にある彫刻や絵画などこれまた美しい美術品が照らされている。

 

 

「大前田が欲しがりそうだな」

「チョチョイのチョイで買いそうですよねぇ。拳西さんはどうですか?筋トレの道具になりそうですよ?」

「買うわけねぇだろ・・・こういうのは夜一が買うモンだ」

「わしの趣味には合わん。誰にでもくれてやるわ」

「太っ腹ですね~」

 

 

三人の世間話も聖堂中に響き渡り、気持ち悪いような気味が悪いような、不思議な感覚だ。

見慣れない建物に、全員がきょろきょろして周囲を見渡すのも滑稽である。

敵がいないのが幸いだ。

 

 

「あ!霊圧出してるやつ見つけましたよ!」

 

 

そして、またまた聖堂の最奥にある祭壇に白い像を見つけ、隼人は一人で走っていく。

像の両側に3つずつ蝋燭が立っており、1本だけ火が消えている。

手で強く風を起こしても全く消えないため、きっと霊圧がエネルギーになっているのだろう。

消えた1本はおそらく石田の聖堂を指しているため、ここの霊圧を止めても蝋燭は一つしか消えない筈だ。

 

 

「さっきと同じですね。でも、口囃子さんはどうやって止めるんですか?」

「・・・霊圧で操作して止まればいいんだけど・・・」

「あぁ?口囃子さん、1つ止めたっつってたから同じやり方でいいんじゃねえのか?」

「さっきはね、い――――・・・、えっと、まあ、時間掛けて何とかした!」

 

 

危うく石田の名前を出してしまい、彼からの言いつけを破る所だった。

そうでなくとも、滅却師側についた石田と会ったと言ってしまえば、現世の面々が気まずい空気になるのは目に見えている。一護あたりは、何処にいるんだと恐ろしい剣幕で詰めてくるだろう。

あぁ、ヤバい。不審な目で見られている。今の石田の居場所なんか知らねえよ。調べれば一発で出てくるけれど。

隠し事が下手な自分がこの上なく憎い。

 

 

「なあ、口囃子さんなんか隠し「時間無えからやるぞ隼人」

「あぁっ、はい、そうですね。時間無いですね!」

 

 

一瞬だけ一護の顔を見たら明らかに睨んでいたが、ごめんよと心の中で詫びを入れて大理石の像へと向き直る。

卍解の宝珠杵を取り出し、さっきの石田のようにまるで祈りを捧げるような姿勢をしつつ、霊圧を調整し始めた。

 

(やっぱ死神がやると難しいのか・・・?)

 

思った通り、滅却師の作り上げた特殊な霊圧は身体に合わず、上手く波長が合わずに苦戦する。

今までに読み取った滅却師の霊圧を思い起こして合わせてみたが、どうやら彼らの霊圧とも若干違うことが分かり、更なる微調整が必要だ。

針の穴に糸を通すような非常に細かい作業が求められ、イライラしながら何度も挑戦する。

 

 

「おい、まだかかんのか?」

「あとちょっと!でもこれが難しいんですよ・・・!」

 

 

うーーとかあーー!とか唸ったり叫んだりしながら何度も再挑戦を続け、10分近く経過。

遂に我慢の限界を迎えた夜一が、暴挙に出てしまった。

 

 

「もう我慢ならん!!こうすればええんじゃ!!!」

「えっ、ちょっと!」

 

 

隼人を横に力強く押しのけた夜一は、そのまま右脚を蹴り上げて大理石像を一瞬で粉々にしてしまった。

せっかちの域を優に超えたとんでもない行動に、その場にいた全員が固まり、冷や汗を流す。

 

 

 

「あ・・・あぁぁ~~~~!!!!!」

「変な儀式など要らぬ。こんな石像はぶち壊してしまえばいいんじゃ。のう、一護――――」

 

 

まるでストレス発散をしてスカッとした調子で夜一が振り向いた瞬間、彼女はすぐさま戦闘態勢を取る。

 

つられて全員が夜一と同じく後ろを見ると、その先には何故か()()()()()()()()()()()()が立っていた。

 




大きな建物はバチカンのサン・ピエトロ大聖堂で、小さな建物は隣接するシスティーナ礼拝堂がモチーフになっています。あの天井画とかのやつです。指のやつです。


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復活

「おい・・・何だこれ・・・!何で殺したはずの奴が此処にいるんだ!」

 

 

数名の滅却師の中には、二回目の侵攻で拳西が殺したマスク・ド・マスキュリンが立っている。

更木剣八が殺した巨大な獣みたいな滅却師もいた。

他には機械仕掛けの滅却師に、中国っぽい顔立ちの滅却師。それどころか、さっきまで共に霊圧の門を創った金髪の滅却師もいた。

 

 

「とにかく倒すしかねえだろ!岩鷲!チャド!行くぞ!」

「黒崎くん!援護するよ!」

「頼む!」

 

 

現世組に加え、夜一にネリエルや拳西も前線に出たため、隼人は勇音と共に後方支援をする。

勇音は鬼道で敵の攻撃を阻害し、隼人は相手の霊圧を読んで敵の力を削ぐつもりだった。

しかし、敵の霊圧を読んだ瞬間、予想だにしなかった事態が分かった。

 

 

「・・・何で、山本総隊長の霊圧が・・・?」

「!? どういうことですか!?」

 

 

前総隊長の霊圧が滅却師から感じたことで強い困惑を浮かべるが、同時に彼らの手で滅却師達は倒されたところだった。

 

 

「コイツら、攻撃力はあるクセにちょっと殴るだけでやられちまったぞ?」

「何だよ、大したことねえなあ?」

「岩鷲一人でもどうにかなったんじゃねえか?」

「確かに・・・一護が出るまでもなかったな」

「オイテメェら2人ともまーだ俺のことナメてんなぁ・・・?」

 

 

「皆避けろ!!!」

「「「!!!」」」

 

 

遠くから隼人の叫び声が聞こえた瞬間に各々避ける動作に入ったため全員無傷で済んだが、一護の後ろにはさっき岩鷲が倒したはずのジェローム・ギズバットが無傷で立ち上がっていた。

『咆哮』により、ジェロームの真正面の壁龕にあった大理石彫刻は粉々になっており、壁にも所々銃創のような穴が開いていた。

猿のような見た目で、声を上げるとその方向にあった物体が風圧で吹き飛ばされるか、声に紛れた霊子の極小の神聖滅矢によって蜂の巣にされている。

折角の美しい聖堂が台無しなのは非常に残念だが、それ以上に倒したはずの滅却師がゾンビのように立ちはだかるのが異様だ。

あのゾンビ男が糸を引いていると考えたが、山本総隊長の霊圧を感じた時点でその可能性は消える。

 

 

「ならばこれでどうじゃ!」

 

 

次に出てきた夜一が懐から謎の球を取り出し、2回に分けてジェロームへと当てる。

ユーハバッハに当てようとした時は思わぬ横槍で失敗したが、今回は邪魔も入らずすんなり通る。

球が当たった瞬間に、敵は完全に溶けて消えてしまった。

 

 

「はっ!これで殺し損ねることなど――――――!」

 

 

気配を感じた夜一が横に飛び退くと、元いた場所は巨大な口によって噛み千切られていた。

ネリエルが倒したリルトットが、蘇って夜一を食い尽くそうとしていたのだ。

 

 

「ちょっと待って!どういうこと!?私がやったはずなのに・・・?」

 

 

そして、夜一が溶かした滅却師も息を吹き返し、再び四足で立ち上がる。

倒しても倒しても、何度も同じ姿で蘇る。

 

 

そして、滅却師が息を吹き返す度に強く感じる、山本総隊長の霊圧。

その霊圧の正体が、第一次侵攻の時に彼が放った卍解の霊圧だと漸く理解した。

 

 

「これ、山本総隊長の卍解!!」

「じゃあ、総隊長の卍解は敵に奪われてしまってたんですか・・・!」

「多分・・・それもユーハバッハに奪われたと思うよ!」

 

 

滅却師の霊圧が混じっているため、今目の前にあるのは卍解にアレンジが加わっている。

基本的に敵の力で卍解を捻じ曲げることができたというデータは無いため、前提知識で考えれば卍解の力よりも敵の力が勝っていると考えるしかない。

それも、総隊長に力が勝るとなれば、敵の大将以外思いつかない。

総隊長が斬った死者を蘇らせる卍解の技は、ユーハバッハが自らの手下を召喚する卍解へと書き換えられたようだ。それも既に死んだ滅却師含めて。

 

(何か、止める術は・・・)

 

滅却師が人間と死神に意識を集中させている隙に、打開策を探して辺りを見渡す。

向こうの建物にヒントがあるかと思ったが、どうやら夜一が大理石像を壊したと同時に塞がれてしまったようだ。入口だった地下の場所は、石塊で強引に塞がれていた。

ここまで来たら、さっき壊れた大理石像をアテにするしかない。藁にも縋る思いで祭壇から落ちた石像を見つけて拾うと、案の定きっかけが見つかった。

 

(霊圧がちょっとだけ取っつきやすくなってる・・・?)

 

割れた石像の裂け目から濃縮された霊圧が滲み出たからか、石像が放出する霊圧から複雑な部分が消え、普通の滅却師の霊圧と大差ないものとなった。

 

 

「勇音さん、僕ちょっとだけ無防備になるから、守護をお願いします!」

「はい!」

 

 

手で石像を包み込み、直接自分の霊圧をチューニングして石像の霊圧に合わせていく。

霊圧が合った瞬間を逃さず、一気に石像から霊圧を吸い出した。

 

(きた!)

 

吸い出した霊圧を宙に浮かべ、行き場を失った霊圧を今度こそ消失させる。

卍解をロッドに変え、先端から白滅光弾を1発だけ出して完全に霊圧を吹き飛ばすことができた。

 

 

「出来た!皆さん今度こそ倒せます!一気に倒しちゃって下さい!!」

「月牙・・・天衝!!」

 

 

一護が豪快に月牙天衝を放ったことで巨体の滅却師は倒れ、茶渡と岩鷲によって機械の滅却師が無力化される。

マスクは再び拳西がボコボコにし、夜一とネリエルが残りの滅却師を一網打尽にした。

 

 

「ふぅ・・・何とかなったのう」

「夜一さん!何てことするんですか!もう!!」

「わしのせいだと言いたいのか?」

「どっからどう見てもそうでしょうが!!」

「おぬしが遅いのが悪いんじゃ!何をちんたらちんたらトロ臭い事を・・・」

「蹴っちゃう方が誰だってビックリですよ!せっかち過ぎますよ~!!」

 

 

一段落ついたと思いきや、すぐに事態を厄介なものにした夜一のもとに瞬歩で詰め寄って怒る隼人に、全くもって夜一は調子を変えない。

ぷりぷり怒る若輩者は、いくら隊長とは言っても全くもって怖さが感じられないのだ。

怒るというよりお願いするような言い方のせいで、怒られるはずの夜一の方が依然として立場が上に感じてしまう。

 

 

「おぬしの力が足りんということじゃ。それをわしのせいにされても困る」

「だから・・・、・・・もう!!いっつも自分の行動棚に上げて!僕みたいな偶々周りにいる人が苦労してるんですよ!!」

「何にせよ今回はおぬしのせいと言っておるじゃろ!」

「あぁぁあぁちーーがーーうーーよーー!!!」

 

 

「おい・・・もうちょっと注意の仕方ちゃんとならねえのか・・・?」

「俺からすれば、隼人は言いくるめやすいからな・・・」

「だからって責める側が泣きそうになってんのは情けねえだろ・・・」

 

 

いい年の男がぐずぐずする光景をこれ以上見たくなかったため、一護が仲裁に入った結果、ちゃんと夜一のせいになった。

どの道多数決を取っても満場一致になるので、不服そうにしているのは夜一だけだった。

 

 

「納得いかんが・・・仕方ない。隼坊に免じて此度は引き下がるとしよう」

 

 

相変わらず涼しい顔をする逞しい精神は、どうせなら見習いたいものだった。

 

 

 

*****

 

 

 

「ッ・・・!!うぶぉっ!!がはッ!!がはッ!!」

「!?」

 

 

リジェとの戦いで劣勢に立たされていた京楽は、突然動きを止めて大量の血を吐き出す相手の隙を見逃さず、一気に影を駆使して距離をとる。

完聖体となり斬術が全く効かない状態の中、何故敵が血を吐いたのか京楽には分からない。

今の状態が最後のチャンスであるため、本隊から離れながらリジェの足を更に止めるため、縛道で畳みかけるつもりだ。

 

 

「縛道の七十九 九曜縛!」

 

 

リジェの身体の周りに9つの黒球が浮かび上がる。

複数の翼を生やした異形になったリジェは神の使いであるため、刀で傷付けることは不可能だ。

鬼道も効く可能性は低く、注意を引く程度のものでしかないと京楽は考えていたが、消極的な予想はこういう時にはよく当たる。

 

縛道も、全くもって効果が無かった。

リジェの身体を縛ろうとしてもすり抜けてしまい、霊圧が消失したのを遠目で見届けた瞬間に、再び霊子の弾丸が飛んできた。

 

 

 

*****

 

 

 

色々あったが一先ず落ち着いた現世組一行は、岩鷲の力のお陰で月牙天衝でも壊れなかった聖堂の壁を砂にすることで、容易に抜け出すことができた。

自分の力の存在を忘れる脳内の回路が、普通の死神にとっては到底信じられない。

一護と茶渡も心から呆れた顔をする。

 

 

「テメェが最初に壁を砂に変えてりゃすぐに終わったんじゃねえかよ!」

「いやぁ~、俺もうっかり忘れててよ。確かにちょっと頭回せば俺も活躍出来たな!悔しいぜ・・・」

「記憶力・・・の次元を超えているな・・・」

「しょうがねえじゃねえか!見たことねえ建物でいつもの考えがフッ飛んぢまったんだよ!むしろあんなキレイな絵見れてよかったじゃねえか、なぁ?」

 

 

皆に投げかけたものの、誰からも言葉で同意を得られなかった岩鷲は頭を落とす。

壁に開いた穴から外にでて歩いている最中、まるで岩鷲一人だけ初対面の人間の間に投げ込まれたかのうようだった。

しかも、ネリエルの提案よってグリムジョー探しを再開することになったため、益々岩鷲の存在が忘れられようとしていた。悉く残念な男だ。

 

 

「じゃあ俺達はグリムジョー探しに戻るか。口囃子さん達はまた別の場所行くのか?」

「うん。本当に助かったよ!ありがとう!」

「迷惑しかかけてねえ気がすんだけどな・・・」

「そんなことな―――――」

 

 

いつもの調子で喋っていた隼人の顔が豹変する。

さっきまでの温和な姿から一変し、一瞬で杖を取り出してから聖堂の屋上へと霊圧で作られた刃を放つ。

縁に当たってしまい爆発したのを見ると、立て続けに黄火閃を放って横に広く攻撃した。

 

(手応え無い・・・、!!)

 

後ろに霊圧を感じたため、振り返って銃口のように杖を突き立てる。

目の前にいたのは、肩に手を当てられた井上織姫。

そして、彼女の左肩に手を当て、頭の横にパチンコ玉のような小さい物体をつまんで背後に立っていたのは、一回目の戦いで唯一会った星十字騎士団のアスキン・ナックルヴァールだった。

 

 

「よォ、また会ったな。隊長昇進オメデトさん」

「・・・・・・」

「何だよ、折角の再会だし会話しようぜ?アンタの戦い色々見させてもらったから感想言いてェんだけど」

 

 

最早他の死神どころか、人質にしている井上に対しても関心を全く見せず、ナックルヴァールは隼人を見ていた。

特記戦力の黒崎一護がいても、相変わらずナックルヴァールが最も警戒するのは現在目線を合わせる男だ。

 

 

「井上!!」

「黒崎くん!あたしは大丈夫!皆でグリムジョーを探しに・・・」

 

 

井上が声を出しても、全くもって意に介さない。身体を掴む力を強めるわけでもなく、彼女が動こうとすれば簡単に逃げられるだろう。

だが、井上が口に出した名を聞いて、ナックルヴァールは眉をピクりと動かした。

 

 

「グリムジョーって、あのワイルドリーゼントか」

「お前、何で知って「あいつなら遠くで寝てるぜ」

「!!!」

 

 

即座に一護は両手に斬魄刀を構え、無駄のない動きで跳躍した。

僅かな微笑みを見せてからナックルヴァールは井上の身体から紳士に手を離し、後ろへと跳躍しながら右手に持っていた小さな玉を一護に向けて投げつける。

 

 

「こんな小せえ攻撃、俺が喰らう訳ねえだろ!」

 

 

右手に持った大きい方の黒い斬魄刀を斜めに振り上げ、剣圧だけで消し飛ばそうとするが。

 

右から何者かによって体当たりされてしまい、半分空中にいたせいで変にバランスを崩して盛大に左方向に倒れ込んでしまった。

一護に体当たりした隼人は、仕込んでいた簡易的な白断結壁を身体の前に張って毒入りボール(ギフト・バル)を防ぎきる。

 

 

「あ~らら、せっかく黒崎一護を先に殺せそうだったのに残念。我ながら致命的なミス・・・だな」

「一護くんをこんな所で潰されたらこっちが困るし。つーか、僕がこうする事も分かっててやってんでしょ?どこが致命的だよ」

「そう見える・・・か・・・?・・・あぁ~・・・」

「?」

 

 

じわじわと心配そうな顔になっていくナックルヴァールに、意味が分からず表情で不信感を見せると、後ろを指さして振り返るよう促される。

 

 

「あれ・・・大丈夫?」

 

 

敢えて両手を上げて攻撃の意思を見せずに本気で心配する顔をしていたため、警戒しながらも隼人も後ろを振り向くと。

 

鬼の形相を浮かべた一護がじわじわと此方に歩いて向かってきていた。

 




この聖堂に対応していたのはリジェです。もう少し近代のものにしようかとも思いましたが、能力の強さ的に見てこれぐらい壮大でもいいだろうと思い、モチーフを決めました。
ちなみに、時系列的には既にマユリが倒しているであろうペルニダの聖堂は、パルテノン神殿のような建物にしています。


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白打

「えっ・・・ちょっと、そんなに、怒らなく、ても」

「もうちょっとやり方考えろよ!!!」

「あはは・・・ごもっともです・・・」

 

 

血気盛んな一護相手に口で止めることは出来ないだろうという先入観があったため、強行突破で体当たりしてナックルヴァールの攻撃から一護を護ったのだが、全体重が横からのしかかってくるのは途轍もない衝撃で、最悪どこか骨が折れてもおかしくない。

むしろ、一護だから無事で済んでいる。

 

 

「敵の攻撃受ける前に味方にやられる所だったぞ!雑すぎんだろ!!」

「返す言葉もございません・・・」

「せめて口で指示出してくれよ!俺だって避けろって言われたら避けられたぞ!」

 

 

という一護の言葉に対しては、間をあけた後にしっかり疑義を示した。

 

 

「・・・え~?それは本当かな~?僕が指示して止まらなくて、あの攻撃喰らって毒にやられて地べたにビターッて倒れたりしない?」

「絶対ねえよ!!普通ありえねえだろ!」

「絶対?普通?そんなのアテになんないよ」

「なっ・・・」

「そういう決めつけ本気にしたら、いつかすごい後悔するよ」

 

 

冷めた目をした隼人の姿を見て、一護は何も言い返せなくなる。

昔一度喋った時、尸魂界でお礼を言われた時や、今日会ってからしばらくの会話の中でも、全く見せなかった表情だ。

失ったことを不必要に受け入れすぎたが故に作られた、怖さも怒りも全く見られない澄み切った諦めの目に見えた。

投げ捨てるような言い方からは、温かみなど微塵も無い。

 

固まってしまった一護に、今度は隼人が慌てた。

 

 

「って、変なこと言ってごめんね!力確かに強すぎたよな、もうちょっと僕も考えればよかったよ!」

「あぁ、いや・・・」

「でも」

 

 

耳の穴をほじってぼーっと空を見るナックルヴァールを一瞥してから、振り返って一護に事情を説明した上で頼みを入れた。

 

 

「あいつとは一回戦って見事に負けてるから、どんな力使うかは分かるんだ。むやみやたらに近づいたら確実に死ぬ。経験的に一護くんより僕の方が相手を知ってる。だから、ここは一旦預けてくれよ。・・・井上さん人質に取られてコノヤローって怒る気持ちも受け取ってあげてもいいんだよ?」

「ッ・・・うるせえよ」

 

 

ちょっと顔を赤くした一護の姿は他の面々には見られていないが、ビクッ!とはしたため夜一あたりにツッコまれるだろう。

思わず吹き出しそうになったが、ニッと笑うに留めて一護の肩を叩き、「あとは全部任せてよ」と言ってナックルヴァールと改めて向き合う。

 

 

「お?一人で背負って立ち向かうってか?カッコイイねェ」

「本気で思ってんの?顔からしてそう見えないんだけど」

 

 

一護からの説明を受けた現世組(と数名の死神)は、そのまま隼人を置いてグリムジョー探しと真世界城へ走っていく。

頑なに残りそうな拳西がそのまま置いていったのはちょっと意外だったが、残られるとナックルヴァールとは相性的に最悪なので、むしろこの場にいない方がいい。

だが、相対するナックルヴァールは、以前使った毒入りプール(ギフト・バート)を使えば全員一網打尽にできた筈なのにそれを使わず、現在の状況を楽しんでいるように見えた。

蜘蛛の巣に捕らわれた虫をゆっくりと食す蜘蛛のように、獲物を捕らえた顔だ。

 

 

「まァ、誰にも見られねェ所で一人静かに死ねるだけ、有難いと思えよ?」

「えぇ~・・・出来れば誰かに看取られたいな・・・」

 

 

と、若干気の抜けた事を口走る余裕は、突然襲い掛かった()()によって無くなってしまう。

空が暗くなり、両者共に動きが止まってしまった。

 

(これって・・・京楽隊長・・・)

 

悪寒のように体に纏わりついて離れない寒気と同様に身体に伝わってくるのは、総隊長の霊圧だ。

感じたことの無い、不気味な霊圧。きっと昔だったら別人の霊圧と勘違いしていただろう。

急に暗くなってしまったため、却って安易に手を出せず膠着してしまう。

こちらから鬼道で攻撃してしまえば、霊圧のジャミングをしていても相手に正確な居場所を知られてしまうからだ。

むしろ、空が開けた瞬間が攻撃の合図と思い身構えていた。

しかし。

 

 

「何をお主はボーっと突っ立っておるんじゃ。今が一番の好機じゃろうに」

「えっ」

 

 

真後ろから夜一の声が聞こえたと思い振り返れば、そこには真っ暗な空間しかない。

そしてナックルヴァールがいた場所では、既に暗所の中で白打による格闘戦が始まっていた。

突如襲い掛かる攻撃にナックルヴァールは圧倒され、見えない白打によっていたぶられる音が向こうから聞こえてくる。

 

(何か・・・出番無くね・・・?)

 

真っ暗なため、変に身構えたポーズで静止する姿を誰にも見られずに済むのは安心だが、暗所での戦闘が苦手であるせいで迂闊に手を出せない。

かといって止まっているのは非常にモヤモヤさせられるが、残念ながら更に身動きが取れなくなってしまうことになった。

 

猛スピードで後ろから二つの霊圧が過ぎ去り、夜一とナックルヴァールの戦闘に乱入する。

3対1で戦うことになり、遠くからの鬼道がむしろ邪魔でしかなくなった。

あらゆる方向から殴る、蹴るをされているのは最早リンチに近く、時間が掛からずとも敵が戦闘不能になるのは目に見えていた。

 

 

「離れろ!!」

「「はい!」」

 

 

夜一の号令で共闘していた二人の死神はすぐさま後ろに下がり、棒立ち状態の隼人を引っ張って安全な場所へと置く。

「ぐえぇっ」と貧相な呻き声を上げてから前を向くと、夜一の肩に強烈な雷の力が迸っていた。

雷鼓から生み出される雷が夜一の髪をも跳ねさせ、強い霊圧となって身体から放出されていた。

 

莫大な霊圧が夜一の眼前へと降り注ぎ、周辺にあった建物全てを完膚なきまでに打ち壊す。

リンチみたいな攻撃の後にこんな強烈な技を喰らってしまえば、命を保っている方がおかしいくらいだった。

彼女の技と偶然にも同じタイミングで闇が晴れたため、誰が自分を引っ張り上げたのかをすぐに確認する。

 

 

「ごめんなさい!こうするしか無かったんです・・・」

「・・・他人の扱いの雑っぷりはお姉さん譲りなんだね・・・」

「姉さまに・・・似ているんですか・・・!?恐縮です!!」

「褒めてないよ・・・」

 

 

身体を掴まれる時の感覚が夜一そっくりな上に、離れろと言ったのが夜一であるため、そうなった以上弟の夕四郎以外選択肢は無い。

そしてもう一人は、夜一の攻撃に難なくついていける死神であり、彼女に最も近いタイプの戦闘をする砕蜂だった。

 

 

「貴様・・・!夜一様の弟君に何て口を!!隊長になったからと言って認めるわけにはいかん!!」

「無茶苦茶だ・・・人権が欲しいよ・・・」

「あっ、あの、どうやって運べばよろしいでしょうか」

「安全に運んで下さい・・・」

 

 

更に夕四郎が割り込んできてしっちゃかめっちゃかになりかけるが、とにかく夜一の所に行きたいと夕四郎が強く主張するため、彼の案に素直に従って三人は一瞬で夜一と合流した。

相変わらず運ばれ方には不満しかなかった。

 

 

「巻き込まれんで何よりじゃ。して・・・何じゃお主は、情けないのう」

「安全にとは言ったけどさ・・・お姫様抱っこはちょっと・・・」

「えっ、まずかったですか!?申し訳御座いません!!やり易くて・・・」

「古傷が・・・いや、何でもない・・・下ろして・・・」

 

 

そんなに身長低いかと言いたくなるし、むしろ自分より低い死神はたくさんいるというのに、何故男の中で自分だけこんな事をさせられるのだろうか。ムカつくが、ここで色々言うと墓穴を掘りそうだ。

 

 

「それはそうと・・・砕蜂、夕四郎、何故お主らは此処に来た?」

「はいっ!ねえさまをお助けするために、遠路はるばるやって参りました!」

「私は、夜一様と共闘させて頂きたく、参りました!」

「ほう・・・」

 

 

夕四郎は満面の笑みで夜一に向き合い、砕蜂は敬愛する元上官に向かって深く頭を下げる。

ところが。

 

 

「わしを・・・助けるじゃと・・・?少し見ぬ間に随分と強くなった様じゃのう・・・!」

 

 

明らかにナメられ発言をされた夜一は怒り心頭で、それを分かっているからか砕蜂はお辞儀をしてから一切顔を上げようとしない。

あわわわわと、わたわた焦る隼人だったが、夕四郎は強心臓なのか世間知らずなのか、臆することなく夜一の言葉を文字通り受け取ってしまった。

 

 

「はい!わかって頂けてうれしいです!!夕四郎は・・・夕四郎は強くな゛りばしたっ・・・!!!」

「・・・・・・」

「うわ~~~」

 

 

無言の後盛大にため息をついた夜一を見て、彼女の気苦労を自分事のように感じてしまう。

こういう時に何も言わない砕蜂からも、彼の取り扱いの大変さが伝わってくるのだ。

四楓院家の当主は、色々な意味で貴族連中にとって取り扱い辛い死神だと言えるだろう。

 

 

「敵の霊圧を見る限りお主一人では厳しいと思っておったが、大した事も無かったわ。これならお主にやらせても良かったな」

「ほ・・・本当ですか・・・。格が違う・・・」

「行くぞ、ユーハバッハを倒「オイオイオイオイ」

「「「「!!」」」」

 

 

「お取込み中悪いんだが、良かったら俺も話の輪に入れてくれねェか?」

 

 

条件反射のように俊敏な速さで夕四郎はナックルヴァールへと向かい、瞬閧の力を開放して腹を一突きする。

しかし、殴られた筈のナックルヴァールは、びくともしなかった。

 

 

「悪りィな、あんたの免疫は、もう獲得済みだ」

 

 

夕四郎の背中の中心に3つの神聖滅矢が刺さり、そのまま支えを失ったかのように一気に倒れ込む。

 

 

「夕四郎!!」

 

 

砕蜂と共に彼の許へ駆け寄り、彼の身体を介抱する。

 

 

「残念だが、その矢は嬢ちゃんの脊髄に撃ったから、ちゃんとした治療するまで動けねェぞ」

「ッ・・・!姑息な手を使いおる・・・!」

「あと、あんたら2人もたくさん俺を殴ってくれたから免疫獲得済みだ。残念だが、もう傷は付けられねェよ」

「貴様・・・!」

「砕蜂!!」

 

 

ナックルヴァールが夕四郎を女性と間違えているのは置いといて、夜一が引き止めたことで、砕蜂は何とか気持ちを留められた。

だが、ここからどうすればいいのか、彼女達には見当もつかなくなってしまう。

“もう傷は付けられない”という言葉は俄に信じ難いが、夕四郎の技が全く通用しないのを見ると簡単には否定できない。

 

 

「何を企もうが、もう手遅れだ。敵の能力のことを考えねェで、後先考えず徒に攻撃したツケが回ってきちまったか。致命的だぜ、四楓院夜一」

 

 

そして、ナックルヴァールの言葉が終わると同時に、突然遠くから何かが巨大化する気配を感じ取る。

まるで巨大怪獣のような大きさになったのは、剣と盾を持った滅却師だ。

 

 

「お・・・・・・おおお~~~・・・ついにジェラルドさんも聖文字(シュリフト)を使ったかァ・・・」

「・・・ならばお主も使えばよかろう?」

「使うまでも無いね」

 

 

と言った瞬間に神聖弓を取り出し、6本の神聖滅矢を同時に射出する。

 

 

「「!!」」

「縛道の八十一 断空!」

 

 

夕四郎を介抱する2人を護るように鬼道の障壁が一瞬で形成され、ナックルヴァールの矢は壁にぶつかると同時に折れて消失する。

 

はずだった。

 

(!?)

 

神聖滅矢は鬼道の障壁を()()()()、そのまま夜一と砕蜂に向かって飛び続ける。

障壁に触れる寸前から違和感に気付いていた2人は瞬歩で避けようとしたが、夕四郎を介抱していた夜一がこのタイミングで足をもつれてしまった。

 

(! まずい!)

 

弟を守るように身体を一回転させ、尚且つ急所を突かれないように矢を受ける覚悟を一瞬で決める。

夕四郎の苦しみから、途轍もない毒が体中を回っているのは既に分かっていた。

 

(情けないが、後は―――)

 

と考えていると、突然軽い衝撃が身体に伝わり、夜一はそのまま床に転げ回る。

さっき石田と戦ったときのような、身体を矢で射抜かれた感覚は無い。

 

(まさか!)

 

と思い起き上がってさっきまでいた方向に振り返ると、夜一の思った通り、砕蜂が身代わりになっていた。



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ダミー

「砕「砕蜂隊長!!」

 

 

夜一よりも先に隼人が駆け寄り、矢の霊子を消すと同時に身体に開いた穴へと回道をかける。

しかし、動揺してしまうせいで霊圧がまとまらず、今の砕蜂に最適効果の生み出せる回道を練り上げるのに失敗してしまう。

その動揺は、本人にも伝わっていた。

 

 

「案ずるな・・・貴様の治療など、必要無い」

「そんな!でも・・・、!!」

 

 

改めて砕蜂の体内にある毒の霊圧を調べてみると、ほんの一瞬読み取るだけで、簡単に解毒するのが不可能な程複雑性を持ったものだと分かった。

身体に循環する速度も常軌を逸しており、すぐに砕蜂は立ち上がる事も出来なくなってしまう。

このままでは、毒にやられて夕四郎も砕蜂もあっという間に死んでしまう。

それを避けるには、禁術を使うしか無かった。

 

(あのおじさんから裏破道使っていいって言われてるし、禁術もいいよね・・・)

 

不安はあるが、命を救うためにはやるしかない。

 

 

「夜一さん、今から砕蜂隊長と夕四郎くんに時間停止をかけます。それが終わったら、皆さんを空間移動で安全な場所に飛ばします。万が一があったら困るので、どこかの建物の中に隊長達を匿ってもらえますか?」

「・・・分かった。奴の理論ではもうわしの攻撃は通用せん。勝てるか?」

「・・・どうでしょうね。でも、努力はします」

「後で援護する。それまでお主に任せるぞ」

 

 

夜一の言葉に頷いてから、隼人は怪我人に手際よく時間停止をかけてこれ以上の毒の浸蝕を一旦停止させ、夜一ごと遠くに空間移動させる。

別の場所では巨人と死神の戦いが繰り広げられており、途轍もない地響きがたまに伝わってくる。

だが、喫緊の課題が目の前の滅却師であるのは、言うまでもなかった。

 

 

「やっとあんたとサシで戦えるな」

「・・・その前に一つ聞かせてよ」

「ん?いいぜ。何でも答えてやるよ」

 

 

心待ちにしていた時が訪れたかのように上機嫌なナックルヴァールは、両手を広げて再び交戦の意思を消す。

その言葉に甘えて少しだけ警戒心を解き、敵との短い対話を始める。

長くすれば必ず足元を掬われるからだ。

 

 

「何で貴方の矢は僕の鬼道の壁をすり抜けたの?」

「あァ?ってオイ、そんなんでいいのかよ?」

「確認みたいなものだからね」

「ふ~ん、なるほど、確認ねェ」

 

 

考える素振りも見せず、ナックルヴァールは言葉を続ける。

 

 

「あんたの免疫も獲得済みって事をかァ?」

「うん」

「白旗でも上げるってか?」

 

 

という問いには返事をせずに、隼人は卍解を宝珠杵に変える。

自身の霊圧にいつもより強く干渉しながら、少しばかりキツイ表情も見せた。

 

 

「白旗なんか・・・上げねえよ。そんなモン、見せてたまるかってんだ」

 

 

漸く答えた返事に対して、ナックルヴァールは失望する。

結局こうなるか、と思い、気怠そうに戦闘準備を再び整える。

 

 

「悪りィ、やっぱあんたつまんねェわ。期待してたけど無駄だった「代わりにいいモン見せてあげようか?卍解使った僕の本気」

「あぁ~そういうのもういいって」

「裏破道・四の道 (りん)鏡線(きょうせん)

「だから効かねェって・・・、!!」

 

 

変化を察知した瞬間に横へと移動したが、隼人の発射した光線の方が速かったせいで右脚だけ喰らってしまい、俊敏な動きに支障をきたす。

脚は瞬間的に焼かれ、重度の火傷みたいな状態だった。

 

琳鏡線は、空中に形成された地面に垂直の巨大霊圧陣から、極太のレーザー砲のような霊圧を放つ技だった。直線上にあった物体全てが有象無象問わず完全に吹き飛ばされており、一部形を失った建物が直線上にある奇妙な光景が生まれていた。その並外れた強力さの代償として、術名を唱えてから技が発動されるまで時間差が生まれるため、闇討ちだったり気を抜いた敵にしか当てられないのが悩みだが、今のナックルヴァールは完全に後者だったため、身体の一部が当たってしまった。

 

しかし、本来なら隼人の攻撃は効かない筈だ。にもかかわらずナックルヴァールは一瞬で躱す動作を行い、部分的なダメージに留めている。

 

(何でだ・・・!?何であいつ、霊圧が完全に変わったんだ・・・!?)

 

技を発動させるほんの0.3秒前くらいに、隼人の霊圧は完全に別のものへと変化する。

持ち主はきっと、どこかの死神の霊圧だろう。急いで解析し、自分でも驚く程のスピードで免疫を作り上げる。

空中を移動していると、再び攻撃が飛んできた。

最初にわざと軽く喰らって免疫を作った時と同じ技であり、巨大な霊圧の刃が立て続けに向かってくる。

 

(あんな技ブッ放した後すぐに別の技かよ!化物が!)

 

脳内で不満を独り言ちりながら躱していき、まだ痛む足をおして立て直しに入る。

タイミングよく、攻撃が止んだ。

罠の可能性もしっかり考慮に入れつつ、変化した霊圧のある場所へと飛廉脚で一気に向かう。

姿を見つけ次第一定距離まで踏み込み、毒入りプール(ギフト・バート)で問答無用に動きを止める。

完聖体をしない状態で最大威力のものを当てるつもりだ。霊子、窒素、酸素、保険として二酸化炭素を入れるのがいいだろう。敢えて自分の血を飲み、血液の致死量を下げることも必要だ。

そうまでしないと、危険すぎる。

 

(結局、力対力の戦いになっちまうのか・・・?イヤだなァ・・・)

 

気乗りしない中で隼人のいる場所へと一気に辿り着いたが、すぐに異変に気付いた。

 

(あいつ・・・!霊圧だけ置いて行きやがった!)

 

既に姿は無く、ナックルヴァールが今現在感じているのは、隼人の置いて行ったダミーの霊圧だ。

そして同じ霊圧をサーチすれば、遠近問わず大量の場所に同じものが設置されている。

この一瞬で、ここまでやるか。思わず呟き、頭を抱えて天を仰ぐ。

 

(何でこんな、メンドクセェ男になっちまったんだ・・・)

 

全部が振りだしに戻ったような感覚で再び霊圧を探す。すると。

 

(ん・・・?)

 

一つだけ、妙に動いている霊圧がある。

こちらから距離を取り、逃げているかのようだ。

さっきまでの隼人の霊圧とは完全に別物だが、また新たに変化した可能性もある。

 

(とにかく何でも追うしかねェ、か・・・。致命的なミスだな・・・)

 

さっき戦った夜一の可能性もあるが、彼女ならむしろ戦いやすいため、何にせよここで立ち止まるのは良くない。

迷わず決断し、ナックルヴァールはその場を後にした。

 

 

 

*****

 

 

 

灯台下暗しとはまさにこのことだ。

ダミーの霊圧を花粉のようにばら撒いた後、隼人はすぐに近くの建物に同じ霊圧のまま身を潜めた。

音を立てず、更に身体から発する霊圧の放出量をずっと均一に保つのは中々しんどかったが、思ったよりナックルヴァールがすぐに動いてくれて非常に助かったのである。

ちゃんと一定距離離れてから建物を出て、ダミー霊圧を追跡するナックルヴァールに()()()鬼道の追撃を抜かりなく放っていく。

氷の刃や雷撃、更には読み取ったナックルヴァールの霊圧を応用した毒爆弾などを、あたかも向こうにいる死神が迎撃するかのように詐術する。

 

しかし、現在の状況でも隼人は自身がじわじわと窮地に陥っていることをちゃんと理解していた。

その理由としては、自身の霊圧のストックだ。

万が一自分が殺された時に備えて現在霊王宮にいる死神の霊圧は使えないため、対象の霊圧になれる程に深く記憶している霊圧の数はかなり少ない。

浅く記憶した程度の霊圧では、そもそもその霊圧になろうとしても上手くいかない。

 

そして、自分の霊圧を完全に第三者のものに変化させることは、当然の如く身体に相当な負荷がかかる。

今まで身近にいた席官の記憶した霊圧に変化するのであれば負荷も少なくて済むが、隊長格の緻密な霊圧へと変化させるには、そりゃあ勿論大変な訳で。

脳内から記憶を引き摺り出そうとしただけで、強い頭痛が走るのだ。

 

(あと、できて3回かな・・・きついよ・・・)

 

亡くなった席官の霊圧に変化させるのは、精神的にも来るものがある。

そして、悪い出来事は立て続けに起こってしまう。

 

(・・・! 気付かれた!)

 

さっきまでダミーの霊圧を追っていた時の2倍の速さで、今度は見事に此方へ向かっているのだ。

10秒もすれば着いてしまうだろう。

白断結壁は、10秒では間に合わない。かといってただの鬼道の障壁では壁にもならない。

 

そう考えて行動が止まっている隙を、ナックルヴァールは見逃さない。

大量の神聖(ハイリッヒ)滅矢(プファイル)が空から降り注ぎ、急いで物陰に隠れたが、1本の矢が地面に突き刺さった瞬間、毒入りプール(ギフト・バート)が発動された。

じわじわとプールが地面を浸蝕し、毒の範囲が広まっていく。

正確な居場所を炙り出すためであることはすぐに分かり、案の定逃げた先でも毒入りプールの浸蝕が始まっていた。

細い路地裏を出た先では地面だけでなく建物、そして空中にもプールが施され、いよいよ逃げ場が無い。

突き刺さった矢を攻撃しても、毒の浸蝕は止まらないのだ。

空間ごと毒で包まれ、逃げることも出来ずに死んでしまうのか。

ダミーを使って騙した意趣返しなのか、ナックルヴァールの姿は見えなかった。

 

 

「あああぁぁぁもう!!やっぱ一人じゃ無理だったよ情けねえ!もう誰でもいいから助け――――」

 

 

と一人で叫んでいたら、中距離で突然雷の霊圧が炸裂し、滅却師の霊圧を凄まじく吹っ飛ばした。

 

 

「!? うぉっ!」

 

 

立ち止まった隼人の身体に糸のような細い物体が巻きつけられ、自分の意思関係無しに一気に空中へと飛ばされる。

プール浸蝕の間隙を上手く縫って毒の空間から抜け出し、まるで釣られた魚のように宙ぶらりんになっていた。

 

 

「おっ、口囃子サン、一丁上がりっスね!!」

「・・・釣られちゃいました・・・いや釣ってくれて良かったです・・・」

 

 

何だか高そうな釣り竿を持っている浦原が何をしたかったのか全く意味は理解できていないが、隼人を釣ったついでにプールの浸蝕も術で止めてくれたようだ。

そのまま釣った隼人を下ろして糸を解くと、単刀直入に告げられた。

 

 

「アナタはこの戦いを降りて、あちらの巨大化した滅却師と戦って下さい」

「・・・僕も一緒に、」

「霊圧のストック、あと1つくらいっスよね?このままじゃ足手まといになります。死にますよ?とにかく、夜一サンが時間を稼いでくれている今のうちに、すぐに行って下さい。いいっスね?」

「・・・分かりました。任せるからには倒されないで下さいよ?」

「勿論っス!後で手伝いに行きます」

 

 

言い終わって少しの間が開いてから、お互いに頷いてそれぞれ託されたことを成し遂げるため、準備に入った。

隼人が瞬歩で消えてから、同じように浦原も夜一の許へ走り出す。

瞬霳黒猫戦姫の夜一は気まぐれなため、勝手に戦闘を止めて敵に倒されるのは困ることだ。

 

(さて・・・どんな敵が、待ち構えているんでしょうね・・・)

 



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神の毒見(ハスハイン)

「はいっ!夜一サ――――ン!ヨルマタですよぉーー!こっちこっち!!」

「にゃーーーーー!!!!!」

「痛い!!」

 

 

瞬霳黒猫戦姫となった夜一は1秒間に48回変化する霊圧で相手に隙を与えずに圧倒し、雷の力で見事に敵を殺した。

しかしその圧倒的な力のせいで彼女と意思疎通を図ることは不可能であり、この姿から戻るのも彼女の「気分」でしか元に戻れないのがネックだ。

浦原だけは制御できるが、思いっきり殴られているのもあって本当に制御しきれているかは甚だ疑問だが。

 

 

「はっはっはっはっ、よーしよしよしよし」

 

 

夜一が浦原の顔をペロペロ舐める様相を万が一にでも砕蜂が見たら、憤死してしまいそうだ。

というか他の死神が見てもドン引き確定だ。良からぬ噂が立ってしまう。

とりあえず普通の猫のように太腿を枕にして横にならせていると、上手いタイミングで彼女が戻る「気分」になった。

 

しゅしゅしゅしゅしゅ・・・と彼女の尻尾は消え、頭部のツノや雷の衣も消えていく。

こうなる事は分かっていたので、慌てて浦原は最初に着ていた衣服と全く同じものを着せた。

元に戻って全裸ならば、問答無用で殺される。

 

 

「にゃー・・・、・・・ん?」

「お帰りなさい、夜一サぶっ!!!」

「喜助・・・やりおったな・・・!!!」

 

 

鼻を押さえて距離を取ろうが、瞬神夜一にそんなものは意味をなさない。

すぐに胸倉を掴まれ、容赦のない殴打が浦原に襲い掛かる。

 

 

「痛い!痛い!ゴメンなさい!」

「わしをあんな中途半端な姿にしおって!!おぬしにもわしの心の痛みを分からせてやるわ!」

「と・・とりあえず敵サンを倒せたからいいじゃないっスか!それで終わらせましょう?ねえ?」

 

 

と言うと夜一は一瞬止まったが、煮え切らない思いは簡単には消せないため、一回浦原の身体を思いっきり蹴り飛ばして近くの建物にぶつけることで何とか溜飲を下げる。

最強の白打を喰らった浦原の身体は危険な音を立ててブッ飛ばされたが、元の霊圧などの高さも相まって大した傷は無い。

ケロっとした状態で戻ってくるのも夜一にとっては織り込み済みだ。

 

 

「いやぁ~キツイっスね・・・骨折れますよ・・・」

「どの口が言うんじゃ馬鹿者」

「まぁまぁ・・・でも、アタシの出番無かったみたいっスね。一応死体確認してきます」

「わしも行くぞ。今の姿できっちりトドメを・・・、ッ!!」

「!」

 

 

さっきまで元気だった夜一は突如苦しむように倒れ込み、二人の周囲には紫色の霊圧の壁で外界と空間を隔てられてしまう。

 

 

「夜一サン!・・・何だ、これは・・・!」

 

 

身体には一気に毒が回り、強い負荷のかかる瞬霳黒猫戦姫が出来ない程霊圧が蝕まれている。

事前情報では毒の遠隔操作が出来るということまで書かれておらず、相手の手数が情報以上である可能性が浮かんでくる。

とにかく身体に廻る毒を止める術を使い、時間のかかる毒抜きは後回しにする。

 

 

「四楓院夜一の姿が変化して襲い掛かってきたからまさかと思ったが・・・やっぱりあんたか、浦原喜助」

「こりゃまた・・・アタシの名前を御存知で」

「当たり前だろ?あんたは陛下が選んだ特記戦力だからな。警戒して畳み掛けるのがスジってもんじゃねェのか?」

 

 

完聖体・神の毒見(ハスハイン)を解放したナックルヴァールは言葉通り極上毒入りボール(ギフト・バル・デラックス)の濃度を更に上昇させる。

そして、手首から大きな指輪の形をした霊圧を生み出し、浦原目がけて投擲する。

 

(消えた・・・!?)

 

浦原に当たる寸前で霊圧は消えたが、大きな指輪は2つに分裂し、眼球に埋め込まれるように指輪が“装着”された。

その瞬間に眼が弾け飛び、強烈な痛みに見舞われる。

 

 

「ぐ・・・ッ!」

 

 

ピアッシングされた眼球は即死し、視覚を完全に失われる。

 

 

「どうせ致死量下げたって、あんたはピンピンしてんだろ?」

「・・・買い被りすぎっスよホント・・・」

「足りねェぐらいだと俺は思うな」

 

 

用意周到に、更に綿密な対策で浦原の出口を塞いでいく。

区域(ベライヒ)を区切ることで、絶対脱出不可能な毒の要塞が3人を閉じ込めた。

毒を止めた夜一は暫く死なないだろうが、このまま徒に時間が経過してしまえば、いずれどちらも倒れてしまう。

 

 

「破道の八十八 飛竜撃賊震天・・・、!」

 

 

一旦攻勢に出たが、まるでその機を窺っていたかのように、突然体内の毒が強くなった。

 

 

「うッ・・・!!」

毒の時限爆弾(ギフト・ラプス)だ。警戒して時間差で埋め込んどいて良かったぜ。さあどうする?術も使えねェ、味方の助けも望めねェ。この状況で、あんたはどんな”手段”を見せてくれるんだ?」

 

 

長期戦になっても負け、それでいて敵はすぐに決着をつけようとする。

孤立無援の状況で、どう立ち回るか。

浦原の頭の中では、莫大な策が練っては却下され、まるでスーパーコンピューターのように膨大な処理が行われていた。

 

 

 

*****

 

 

 

(あっちにいるのは・・・拳西さんと、朽木隊長、鳳橋隊長に平子隊長か。日番谷隊長と更木隊長もいるし、現世の人達もいる!)

 

こんなに死神がいて自分は必要ないんじゃないかと思ったが、むしろここまで隊長格がいて敵が凄まじい力を発揮しているのであれば、かなりの強敵だと言うべきなのだろうか。

副隊長もいるようだが、力の差がありすぎるからか前線には出ておらず、倒れた死神の救護などをやっているようだ。

雛森が修兵、ルキア、恋次の手当てを少し離れた場所でしており、先にそっちへ向かって状況確認をすることにした。

 

だがその道中に、意外な人物と出くわす。

 

 

「あれ・・・まつもっちゃん?」

「あぁ!口囃子さん!隊長になられたんですね!」

「うん、まぁ・・・。で、何してんの?」

 

 

聞くところによると、日番谷からの命を受けた松本は、戦いで生まれた瓦礫などを灰猫で小さくし、万が一霊王宮が落ちた場合に瀞霊廷の損害を最小限に留めようとしているようだった。

能力的に最適なのは言うまでも無く、まさしく影の功労者とでも言うべきだろう。本人は前線に出たいだろうが。

ただ、彼女の前にある瓦礫は、まさしく山のようだ。

途方もない作業を一人で続けるのは、じわじわと精神を疲弊させていく。

 

(手伝ってあげたいけど・・・僕がやったらそれこそでっかい瓦礫作っちゃうよな・・・)

 

申し訳ない気持ちだけは残しつつ、「頑張れよー」と励ましの言葉を送ってその場を後にする。

 

そうこうしてから現場に向かうと、まさに治療中、という様相だ。

ルキアと恋次は、風で思いっきり吹き飛ばされたらしく身体に打撲痕が見えた。

 

 

「口囃子さん!来てくださったんですね!」

「状況は?」

「ええっと・・・すみません、あたしもしっかりと把握出来てなくて・・・」

「それだけ訳わかんないって事か・・・。まあそうだよな・・・」

 

 

巨人と戦う複数の死神という光景は、まるでゲームのボス戦だ。

生半可な攻撃など通じず、それでいて敵の力は人智を超えている状況で、むしろよく耐えきっていた。

 

 

「何名か既に倒れていらっしゃるんですけれど、この状況だとどうにも助けにいけなくて・・・早くしないと・・・」

「えっ、マジ!?」

 

 

と、ここで改めて霊圧を探ってみると、何とびっくり更木剣八が既に倒されていた。

現世から来た仮面の軍勢も、ひよ里とリサの怪我をハッチが治している状況で、ラブ以外は戦闘不能状態だ。

とりあえず更木剣八をここに転移させ、簡単な回道の処置をかける。

切断された身体は、井上織姫の力が必要だろう。

こうして術をかけている途中にも上空から轟音が響き渡り、耳が壊れてしまいそうだ。

 

 

「きっつ・・・でも、行くしかないか・・・!」

 

 

暫定的な回道をかけ終えて、隼人は戦場のど真ん中へと足を突っ込んでいった。

 

 

 

*****

 

 

 

「仕方ないっスね」

 

 

「卍解 観音開紅姫改メ」

 

 

窮地に陥った浦原の()()()()()として、彼は滅却師側に情報の無い卍解を使用する。

元護廷十三隊の隊長であった以上卍解を使える可能性に関してはしっかり考慮に入れていたが、実際に見たものはナックルヴァールにとって予想を裏切るものだった。

 

 

「何だその卍解・・・?見たことねェタイプだ。()()()()()()()()?」

「ここで嘘つく必要性は無いっスよ。正真正銘、アタシの卍解っス。今いるヒト達の前で使うのは初めてなんで、皆サンもきっと同じことを言うでしょうね・・・」

「・・・ナルホド、そういう事ね。で、一応訊くけどどういう能力なんだ?」

 

 

言うわけ無い、と浦原が答えた瞬間、ナックルヴァールの左腕がひとりでに裂け始めた。

 

(!?)

 

いや、開き始めたと言うべきか。というより、最早何が起きているのか分からないのだ。

急いで距離を取って態勢を立て直そうとすると、腕の異常は収まり身体に伝わる気味の悪い感覚も消えた。

 

 

「・・・冷静っスねェ。大抵の人はビックリして腕を切っちゃうんスけど・・・。読み通り、アタシの卍解の効果は”範囲”っスよ」

「ハハ・・・腕を切る度胸がねェだけさ・・・」

「折角なのでやっぱり説明しましょうか・・・。アタシの卍解 観音開き紅姫改メの能力は、触れたものを、造り変える能力っス」

「!!」

 

 

卍解の触れた顔には即死させたはずの目が再生しており、顔や身体には不自然な縫い目が施されていた。

だが、彼が驚いたのはそれにではない。

浦原の言葉と同時に、地面から霊圧の動きを感じたのだ。

しかもその霊圧は死神でも滅却師でもなく、虚の霊圧だ。

走るだけでは間に合わず、地面からくる攻撃を避けるには横に倒れて転がるしか無かったが。

 

 

「ごォッ・・・!!」

 

 

突如地面から区域(ベライヒ)の中に侵入してきたグリムジョーによって、左わき腹の肉を抉り取られてしまった。

さっき倒したはずの破面が今動けるのは、きっと誰かが治療したからだろう。

だがナックルヴァールにとって最悪なのは、グリムジョーが帰刃(レスレクシオン)していることだ。

虚の霊圧は問答無用で滅却師にとっては毒だ。

抉られた腹は、夜一や隼人の攻撃を喰らった時よりも激しい痛みで疼いている。

 

 

「チッ・・・!外しちまったか!」

「グリムジョーさん!」

「分かってらァ!!」

 

 

外した時のプランも練ってある。

とにかく体内に十分量の毒が回って動けなくなる前に、()()()()()

帰刃の響転(ソニード)は並の隊長では視認も出来ない程の速度を誇っていたが、ナックルヴァールの鋭敏な霊圧知覚がギリギリの所で勝ったせいでグリムジョーの突きは霊子兵装によって防がれる。

 

 

「とっとと死ねクソ野郎が!!」

「あんた、何でこっちに入って・・・、!!」

 

 

左に躱す動きが遅れてしまい、今度は右腋の下を抉られてしまった。

 

 

「がァッ・・・!」

 

 

決死の思いでグリムジョーの身体を蹴り飛ばし、その力を利用して後ろへと跳ぶ。

 

しかしその先には、身体の一部を造り変えられた浦原が立っていた。

 

 

「まず・・・ッ!」

 

 

態勢を変えるのに精一杯になってしまったため攻撃に余力を回せず、申し訳程度の神聖滅矢は弾き飛ばされた。

前に跳躍した浦原の斬魄刀で左肩をざっくりと斬られるだけでなく、更なる追撃が襲い掛かってくる。

 

 

「破道の九十一 千手皎天汰炮!!」

豹鉤(ガラ・デ・ラ・パンテラ)!!」

 

 

無数にある中程度の光の矢と、虚夜宮(ラス・ノーチェス)内の巨大な柱を破壊する程の強大な威力の弾がナックルヴァール目がけて一気に飛んでくる。

余波を受けるだけでも相当なダメージを負うことは避けられず、ここまですればナックルヴァールの最低でも動きだけは止められるだろうと浦原は踏んでいた。

動けなくなった所を虚の力でグリムジョーが潰せば、漸く殺したことになるはずだ。

 

 

「あ~~~、イヤだイヤだイヤだイヤだ!」

「「!」」

 

 

だが、ここまでやってナックルヴァールを止めることは出来なかった。

身体から紫色の波導が発せられると同時に、浦原とグリムジョーが放った技は完璧に打ち消されてしまう。

そして波導が2人の許に伝わった瞬間、あっという間に猛毒で身動きすら取れなくなってしまった。

 

 

「うッ・・・」

「何だ・・・コレ・・・!!」

 

 

毒に耐性のある身体へと自身を造り変えた浦原は膝をつく程度で済んだが、グリムジョーは地に臥して立ち上がることも不可能となってしまった。

 

 

毒の波導(ギフト・ウェレンライター)なんて、使いたく無かったんだけどな・・・!あんたらが強すぎるから悪いんだ!霊圧消す程の猛毒ばら撒いたのなんて初めてだぜ!!」

 

 

その状態になろうとも浦原は卍解を使って身体を造り変えようとしたが、ナックルヴァールにとっては最早意味が無かった。

 

 

「無駄だぜ!神の毒見(ハスハイン)は毒の変質に適応する。あんたがどんだけ身体を造り変えようが、ベースが同じなら免疫の方を変化させて瞬時に無効化させてやる!あんたら2人とも一度俺にケガさせた以上、もうあんたらは俺に傷一つ付けられねェ!」

「・・・そう・・・っスね・・・じゃあ・・・・・・」

 

 

 

 

 

「もう一方、来てもらいましょうか」

「・・・?」

 

 

「卍解 八帖(はちじょう)花伝(かでん)神楽(かぐらの)凍雲(いてぐも)

 

 

後ろから微かに聞こえた声の主を確かめるために振り返ったナックルヴァールは、目の前を現実として受け止めきれない表情をしていた。

 

卍解を唱えた死神は、情報(ダーテン)によれば副隊長。

 

 

四番隊の腕章を身に着けた虎徹勇音が、大量の花を携えて立っていた。

 



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虎徹勇音

京楽が卍解を習得させようとした死神は、隼人の他に勇音もいた。

修兵や吉良など、より戦闘に特化した形で実力を持っている死神を差し置いて彼女を選んだ理由は、純粋に死神として務めた期間が七緒の次に長かったからだ。

そもそも七緒は八鏡剣のこともあってそもそも卍解を習得出来るかどうかが分からないことや、京楽の心もあって選択肢から外れていた。

そこに来て、卯ノ花烈が更木剣八に斬術を教えることになり、京楽の脳内では彼女が命を落とすことまで読んでいたのだ。

 

四番隊の新隊長は、勇音以外には務まらない。

彼女はどうも優しさのあまり引っ込み思案な所があるものの、京楽の目で見れば、資質は十分に備わっていた。

 

しかし、隼人とは違い、勇音は卍解習得に難航した。

隼人が使うことの無かった八番隊の施設を使って鍛錬を行っていたものの、苦戦した結果習得前に滅却師によって世界が塗り替えられてしまう。

中途半端な段階で終わらせてしまうと、体内の霊力が不調を起こす可能性もあったのだ。

最悪、二度と卍解を習得出来なくなるかもしれない。

そんな困った状況に手を差し伸べたのは、山田清之介だった。

 

貴族の避難場所としていた清浄塔居林に彼女を招き入れ、何者からの干渉を受けないだだっ広い空間でただ一人斬魄刀と向き合う姿を清之介は横目で見ていた。

自分の後任となった死神には特別興味など湧かなかったが、長い時間を掛けて卍解を習得した後の勇音の顔を見て、卯ノ花の後任には勇音以外考えられなくなったのだ。

四番隊の未来を創り上げていく中でトップに立つのにふさわしい存在となった勇音を見て、危機的状況にもかかわらず安心したのだ。

 

お礼を告げてから行ってきますと言う勇音を見送る。

 

(彼女がどう隊を創り上げるのか・・・楽しみだね)

 

そして行く当てもなく走る中でたまたま見つけた施設が、技術開発局だった。

卍解習得直後だったこともあり、そこにいた浦原はすぐに勇音の力に気付いた。

 

 

『虎徹サンも卍解を・・・』

『はい・・・一応・・・』

『いやいやいや!すんごい事っスよ!!敵に情報の無い卍解はこちらにとってかなり有利に進められますからね!』

 

 

侵影薬を渡して略奪防止をしっかり行い、浦原が話を聞こうとした所で、ローズが負傷した更木剣八を運んできた。

 

 

『あっ、じゃあ、私は更木隊長の治療に行って参ります!』

 

 

それから次に勇音が浦原と出会ったのは、現世組の面々と真世界城へと向かっている時だった。

丁度巨人の滅却師が圧倒的な力を振るっていた時だ。

 

 

『黒崎サン!皆サン!』

『浦原さん!グリムジョー見なかったか!?捜してんだがどこにもいなくてよ・・・』

『いや・・・見てないっスねぇ・・・』

 

 

と考えながら告げた浦原は、すぐさま頭の中で策を考える。

 

 

『なら、アタシが捜します。黒崎サン達はユーハバッハの所へ向かって下さい。それと、六車サンはあの大きい滅却師相手に護廷十三隊の皆サンと戦って頂けますか?』

『おう・・・って、マジか』

『あと、虎徹サンはアタシについてきて下さい。恐らくグリムジョーさんは倒れているので治療して頂けないかと』

『えっ、わ、分かりました』

 

 

そうして勇音が浦原の後ろにつく形で移動を進めると、ある地点で一体の男性破面が地に伏していた。

虚圏で見たことがあるようなないような気がしたが、そこまで深く考えずに治療に専念する。相手が覚えている訳ないので、こちらが変に何か言う必要もない。

回道でちょっと毒を取り除いただけで、すぐに動けるようになった。

 

 

『もう大丈夫そうっスね』

『当たり(メー)だ。クソッ・・・ムカつく野郎だ』

 

 

そこから浦原は、現在隼人が戦っている敵との戦い方について自身が考えていることを伝える。

録霊蟲などの映像から、体内を流れる血液や体外から接種する物質を致死性のある毒物に変化させるようなものだと推測した浦原は、更に敵には免疫力もあると考え、短期決着を目論んでいた。

夜一をかなり強化しても上手くいかなかった場合は自分が出て、油断した隙を縫ってグリムジョーが仕留めるという手筈だ。

 

 

『虎徹サン、アナタはグリムジョーさんが戦って、1分経っても決着がつかなかった場合に卍解して下さい』

『1分ですか・・・』

『お2人の力が頼りっス。よろしく頼むっスよ!じゃあアタシは先に行ってきます!』

『えっ、ちょっと!』

 

 

浦原は瞬歩で消えてしまい、グリムジョーと一緒に取り残される。

今は一時的に味方となっているが、藍染と戦う時には敵となった男と、会話のネタがある筈もない。

気まずさから思わず俯いてしまったが、意外にもグリムジョーから口を開く。

 

 

『・・・悪りィな、助けてもらってよ』

『いっいえ!それが仕事なんで・・・必要、無かったですか?』

『ンなわけねーだろ。爪みてぇな小さい球の毒だけで動けなくなってんだぞ?自分(テメー)で治せるワケねえよ』

『そうですか・・・』

 

 

そこまで会話が発展する訳でもなく、かといってずっと沈黙する訳でもなく、何だか不思議な会話が続いた。

好戦的で気性が荒く見えたが、話していると護廷十三隊の副隊長とそこまで変わらないように思えた。恩を忘れない性格であることも窺え、一方的に敵と見なそうとするのは良くないと悟る。

 

そしてナックルヴァールによる極上毒入りプールの発生で浦原が閉じ込められたことを知り、霊圧の壁の前に移動して浦原からの指示を素直に待つ。

 

 

『女、オメーが出る必要は無えよ。俺がカタつけてやるつもりだ』

『そう、ですか』

『だが、ヤベェと思ったら構わず来い。俺の言うことなんか気にすんな。迷ったら負けだ。いいな』

『勿論です。おこがましいかと思いますが、助けに行きます』

『・・・そうか』

 

 

敵だった死神に助けに行くと言われ、グリムジョーは当然面食らう。

しかし感情を整理する時間は無かった。

2人の前に、明らかに人一人入れない入口が新たに作られた。

何も言わずにグリムジョーが入っていき、敵を追い詰める。

しかし決着はすぐにつかず、中の霊圧は次第に弱まっていく。

 

迷わず勇音は中に入り、卍解を発動した。

 

 

 

*****

 

 

 

「卍解 八帖(はちじょう)花伝(かでん)神楽(かぐらの)凍雲(いてぐも)

 

 

ナックルヴァールが振り返る前に一瞬、凍雲が彼女の前へと現れる。

白いガウンを被った彼女は季節を問わずに寒さを耐え忍ぶような振る舞いをしていた。

しかし、卍解の名を唱えると同時に、彼女は引き被っていたガウンを取り払い、勇音の手に持っていた斬魄刀に手をかけて共に姿を変える。

 

凍雲と勇音の刀は様々な花へと変貌を遂げ、死覇装が花に包まれていく。

 

 

「何だ・・・?あんた、一体・・・」

 

 

寒さ厳しい冬が明けると、植物は成長し、美しい花が咲き誇る。

花の化身となった勇音の手には、鈴蘭の花が握られていた。

 

 

「八帖花伝・序 息吹之謡(いぶきのうた)

 

 

習得した技の名を唱えると同時に勇音はゆっくりと前へ歩を進める。

彼女が一歩ずつ足を動かすにつれて、踏んだ大地を中心に無数の花が一気に咲き乱れた。

花は、大地を流れる霊圧と、()()()()()()()()()()()生長を進める。

 

ナックルヴァールが完聖体となって作り上げた毒の空間は、勇音の卍解によって浄化されつつあった。

 

 

「何だ・・・あんた、一体何をするつもりだ!!」

「”住する所なきを、まず花と知るべし”。物事は諸行無常、終わりが訪れるのは必然の理です」

 

 

 

「貴方の全てを、私が終わらせて見せましょう」

「!!」

「八帖花伝・破 馬盥演武(ばだらいえんぶ)

 

 

破の段の開始が告げられると、ナックルヴァールの周囲から鳥の巣のような木の枝の囲いが生成され、そこから伸びる蔦がナックルヴァールの身体を柔らかく捕えていく。

痛みや締め付けられる感覚は全くないのに、巻き付く植物の蔦と勇音から発せられる霊圧にいつの間にかアテられてしまい、身体が動かなくなる。

歩みを進める勇音の周囲からは同じように花が成長し、ナックルヴァールの放った毒を養分にする。

 

(霊子兵装も作れねェ・・・!どうすりゃいいんだよォ!)

 

 

思考能力だけ生かされた状態のナックルヴァールは必死に状況把握に努めたが、解答は何時まで考えても見つからない。

 

 

「美しい花を咲かせたいのであれば、変化をし続けないといけません。止まっていたら、つまらないですよね。だからこの技も、今回限りです」

 

 

「八帖花伝・急 剣之御神楽(つるぎのみかぐら)

 

 

技を口にした瞬間に極上毒入りプールの要塞は完全に消え去り、一面見渡す限り花の世界へと変貌を遂げた。

銀色の花弁が勇音を中心に舞い散り、無機質な建築物がひしめき合う世界が、一瞬にしてファンタジーに出てくるような花畑へと姿を変える。

 

さらに、花の精霊がナックルヴァールの顔を囲って輪を作り、音楽も無い中で踊り始める。

それからすぐに、美しく咲き誇っていた一面の花が、恐ろしいスピードで枯れ始めた。

 

(!?)

 

一つ一つの花が吸い取った霊子の養分は、勇音の手に持つ鈴蘭へと蓄積されていく。

大地に芽生えた花は全て消失し、ナックルヴァールを捕らえる蔦と、勇音の身体にまとわりつく花弁以外、彼女の残したものは何も無い。

 

目前まで迫った勇音は、鈴蘭の花をナックルヴァールの眼前へと掲げる。

 

 

「大地の祝福を、貴方に授けましょう」

 

 

ナックルヴァールの頭が上を向き、意思に反して口が開かれる。

 

(やめろ・・・やめろやめろやめろやめろやめろ!!!)

 

勇音は鈴蘭の花をナックルヴァールの口の上に留め、濃縮された蜜を一滴、口の中へ落とし込む。

 

蜜が彼の喉に触れたその瞬間。

 

 

地面から剣山のように生えた無数の剣が、ナックルヴァールの全身を串刺しにした。

 

 

 

*****

 

 

 

頭の先から手足まで全身を貫かれたのに加え、勇音がナックルヴァールの作り上げた毒と自身の卍解の力で作り上げた毒を混合し、極限まで濃縮した一滴の液体を体内に含ませたことで、10秒も経たずに身体は腐敗し尽くし、跡形も無く消え失せた。

 

 

「破道の三十一 赤火砲」

 

 

念には念を入れて腐り果てた肉体を燃やし、全てが灰になって霊子の塵となったのを見届けてから勇音は卍解を解いた。

 

 

「あっ・・・あれ?私・・・?」

「お疲れ様っス、虎徹サン」

「私、卍解して・・・、あれ、何か、上手く思い出せないですね・・・」

 

 

一種のトランス状態にでもなっていたのか、勇音の頭にはさっき卍解した時の記憶が曖昧にしか残っていないようだった。

まるで夢から覚めた後のように、記憶の断片しか残っていない。

 

 

「覚えていらっしゃらないんスか?」

「はっきりとは・・・うーん・・・」

「・・・神がかり、っスか」

「?」

「いえいえ!お気になさらず・・・」

 

 

膝をついてた浦原は立ち上がろうとするものの、身体の中の毒は抜けきれておらず、そのままへたり込んでしまう。しなびた野菜みたいだ。

 

 

「浦原さん!治療します!」

「すいませんねェ・・・夜一サンとか砕蜂サンとかの治療も、任せていいっスか?」

「はい!」

 

 

浦原のした備えの1つで無事に不死性の強い敵を倒すことができたが、今の彼にとっては別の興味が巻き起こっていた。

 

勇音の卍解。始解の能力と明らかに別物である点が、自分と似通っていたのだ。

どういった過程を経て卍解に辿り着いたのかが気になったが、卍解時の記憶が殆ど残っていないので、きっと卍解習得時の記憶も消えているかもしれない。

霊子吸収に長けた卍解なのか、それとも対象の時間を操る卍解なのか。

考えれば考える程謎に包まれ、俄然興味が湧いてくる。

 

 

苦しむ身体で考えていると、再び遠くから雄叫びのような轟音が響き渡ってきた。

 




凍雲の能力が全く分かっておらず、どうしたものかと最初は思いましたが、解号の”奔れ”と斬魄刀の凍と雲、そして趣味として挙げられる生け花という要素から、物体、時間などの移動変化→季節の移ろいを表す時間操作系の卍解にしました。
そもそも氷雪系で2人揃っている以上、勇音の卍解も完全に氷の物にするのは焼き増し感が強くなることに加え、新護廷十三隊の隊長で3人が氷雪系はちょっとな・・・と思ったので、苦心しながら作り上げました。
八帖(はちじょう)花伝(かでん)神楽(かぐらの)凍雲(いてぐも)という名は、時間という概念を設定するために能楽を用いたことに由来を持ちます。風姿花伝とも関連を持ち、生け花のルールを著した花伝書もある・・・とかいう話を聞いたこともあります。序破急も能から取っています。急の方が一気に時間が進むそうで、技の進行も急が一番効果の強いものになっています。
そして、花を纏う勇音の姿は、ミュシャの作品をイメージして描写しています。
今回勇音は、基本的にナックルヴァールの技の時間を操作して、強制的に終わらせるという事をしました。ですが、同時に大気に広まる毒の時間を操作して花に吸収させるなど、時間操作とは名ばかりの何でもかんでも強制終了させられる凄まじい応用力を持ったチート卍解です。
卯ノ花隊長の後任である以上、これ位出来てもいいのではないか・・・と考えた結果こうなりました。インフレが凄い・・・


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金沙羅舞踏団

「拳西さん!朽木隊長!これは一体どういう状況で・・・」

 

 

近くにいた二人の許へ向かい話を聞いてみると、今は日番谷が一人で何とか対処しているらしい。

大紅蓮氷輪丸の完成で少し老けた日番谷は、今までと比べても段違いの霊圧量を持っていた。

隼人が来たのを察した日番谷は皆とは逆方向へと滅却師を引きつけ、他に戦っていた死神達も一度日番谷に任せてほんの少しの休息のために此方にやって来た。

 

 

「おォ、隼人か・・・遅いやんけアホ」

「こっちに行けって浦原さんに言われて・・・こりゃあ大変ですね・・・」

 

 

全員疲弊し、身体にはそれなりに傷もある。

後方支援中心で動いていたローズと平子は体力の消耗が激しく、前線に立っていた拳西や白哉、ラブは服も破け、傷が目立っていた。

 

 

「兄が来たのであれば・・・、卍解を使って一気に仕留める他はあるまい」

「皆でやるっちゅうんか?そんなんで倒せれば困る事あらへんでホンマ・・・」

「久々に俺も卍解するのか・・・」

「・・・アレ、使うしかないかな・・・」

 

 

ラブとローズが何やらぶつぶつと考え込んでいるが、平子に関しては打開策も見つからず半信半疑のまま立ち止まっている。

一方、既に卍解していた拳西は手詰まりになってしまっていたため、霊圧干渉の力を使う隼人の助けを求めることにした。

同時並行での作業が増えるが、昔一緒に生活していたこともあり、拳西の霊圧は相性がいいのでどうにかできるだろうと踏む。

各々が心の準備を進める中、霊圧を消した日番谷がこちらに合流する。

 

 

「作戦は決まったか」

「あ、えーと、ぼちぼち――――――」

 

 

と後ろを振り返った瞬間に、言葉を失った。

 

上空で滅却師と戦っていた日番谷は、今までの子どもの姿では無くなり、大人シロちゃんになっている。よりによって、現在の隼人よりも身長が高いのだ。

開いた口が塞がらず、恐らくこの場にいる誰よりも驚いた反応をしていた。

いっつもしゃがんで目線を合わせる存在だったのに、突然見上げる形になってしまい完全に困惑している。

 

 

「そうか、お前にはまだこの姿見せてなかったな」

「・・・・・・嘘だ・・・」

 

 

182cmの日番谷に見下ろされる事が、こんなにもショックだとは。子に身長を抜かれる親の気分だ。

 

 

「信じないぞ・・・これだけは、信じられん・・・」

「これが現実だ。いい加減理解しろ口囃子」

「期間限定やけどなァ」

「どうせ縮むだろ。気にするだけムダだ」

「卍解を終えた後の兄の服は、一体どうなるのだ・・・?」

「よせよ、お前らの負け犬の遠吠えは聞いても心地よくねえ」

 

 

何だか魔法が切れた後のシンデレラみたいな扱いを受けてしまいそうな気がする。

また、白哉の疑問も尤もなものであり、サイズが合わなかったら戦闘どころの話じゃなくなるだろう。

 

 

「確かに、後々恥ずかしいことになったら大変・・・、!!」

 

 

ズドォォン!!と建物が崩壊する音が響いてきたと思えば、『神の権能(アシュトニグ)』を発動させたジェラルド・ヴァルキリーが、ミニチュア人形を見るかのように死神達を見据えていた。

 

 

「見つけたぞ!!死神共よ!!!」

「う、うるさっ!」

 

 

声を上げるだけで尋常ではない音圧が来る。ライブ会場みたいだ。

作戦会議も中途半端な状況だったが、一度見つかったらその瞬間に全員瞬歩で一度は逃げ、ルールを知らない隼人は拳西に引っ張られて一命を取り留める。

ジェラルドの巨大な剣が振り下ろされ、少しでも遅れていたら真っ二つだった。

 

 

「ひぃ~~!何て奴だ・・・」

「とにかく一気に仕掛けるぞ。気抜くなよ!」

「はい!精一杯頑張ります!」

 

 

分散した死神たちは各々が準備を始めたが、最初に攻撃を始めたのはローズからだった。

 

 

「金沙羅舞踏団・()()()()9()()

「・・・現世の曲、使うんか」

「・・・ボクの集大成に、酔いしれるといいさ」

 

 

現世にいる時に深く感動したベートーヴェンの曲を使い、ローズは初披露の演目に挑戦する。

 

 

「第一の演目・“幸福への憧れ”」

 

 

ジェラルドの大きさに合わせて形成された舞踏団は、彼に詳らかな幻覚を見せる。

BG9に見せたものとは違い、幻覚を見る者には舞踏団の姿が本物の人間のように映っていた。

 

 

「こんな物、我にとっては蚊に刺されるようなものだ!!」

 

 

ローズが作り上げたのは幻の黄金の騎士であり、ジェラルドが刀を振り下ろそうが、所謂幻覚なので全く効果を為さない。

 

 

希望の剣(ホーフヌング)を・・・すり抜けただと!?愚かな!!民衆の希望を受け入れぬとは何とも忌々しい!!!ならば再び力の奔流で―――」

 

 

言葉を続けようとしたが、黄金の騎士はジェラルドの喉をサーベルで貫き、声帯を潰して黙らせる。

ジェラルドから触れることは出来ないが、サーベルはしっかり喉を貫いており、痛みもしっかり伝わっている。

そして、喉を貫くサーベルは、幻であるため彼の手でどうすることも出来なかった。

 

 

「上演中はお静かに。コンサートのマナーだよ、滅却師」

 

 

「第二の演目・“敵の力”」

 

 

巨大な黄金の騎士は解体され、黒蛇を髪の毛にした3人の裸の女性へと変化する。

その後ろには、歯の欠けた巨大虚(ヒュージ・ホロウ)が佇んでいる。

翼を生やし、とぐろを巻いた蛇が体中を這っていた。

彼女達がジェラルドの前に立った瞬間に、時間は突然夜に変わり、星空といつもよりもかなり大きい月が空に浮かんだ。

 

(!? 動けない・・・!?)

 

石化してしまったかのようにジェラルドの身体は身動きが取れなくなる。

それに対応するように、耳に聴こえる音楽は次第にボリュームを上げていく。

 

 

「これは小夜曲(セレナーデ)さ。でも、君は音楽に興味無さそうだから、ボクの恋人には値しないケドね」

 

 

ローズの指揮が激しさを増していくのと同時に、2人の裸の女性が動き出す。

一人の女性は背中に生えた黄金の翼から、炎や風、黄金の矢や霊圧状の爆弾などの多種多様な攻撃を間髪入れずに行い、もう一人の女性は直接ジェラルドに白打でダメージを与える。

普通の死神と大きさは変わらないが、攻撃力は隊長格レベルを優に超えており、夜一と同等かそれ以上の力を有している。

巨体に打撲痕が多数生まれ、回復が為されないギリギリの傷ができていた。

 

そして、巨大虚が動き出す。

 

野獣のようにジェラルドに掴みかかり、背中の翼を捥ぎ取る。

ジェラルドの身体を押し倒し、そのまま骨付きチキンを食べるかのように皮膚を噛み千切り、恐ろしい速度で喰い散らかして中の肉や骨を抉り出す。

抉り出した骨は虚の身体によって粉々に圧し潰された。

虚の歯からジェラルドの身体に毒が染みわたり、更に強い麻痺を起こして少しの行動をもさせないようにしていた。

 

 

「最終演目・“歓喜の歌”」

 

 

ここまでやっても、まだ終わりでは無かった。

激しい音楽に身を委ねるローズは狂気に満ちていたが、最終演目の題目を口にすると、一度だけ落ち着きを見せる。

音楽のボリュームも下がり、緩やかな曲が流れていく。

 

巨大虚や3人の黒蛇の女性は姿を変え、茶髪に黄金のガウンを着た大勢の女性となる。

ローズの上に金沙羅でできていた巨大な手と指揮棒もシュルシュル・・・と解けていき、黒髪の裸の女性となった。

 

 

「さあ・・・ボクの楽園を見せてあげよう!!幸せなクライマックスだ!!!!」

 

 

ローズの叫びと同時に流れる曲は一気に激しくなり、大勢の女性達が歓喜の歌を歌う。

ジェラルドの大声に匹敵する音圧は、周囲の建物を軋ませ、小さいものであれば声だけで吹き飛ばしていた。

黒髪の巨大な女性は倒れたジェラルドの許へゆっくりと歩いて行き、倒れる彼の隣で介抱するかのように座り込む。

女性はジェラルドを抱きとめ、意識はあれども動かない顔を覗き込む。

2人の周囲に黄金色の花畑が生まれ、薔薇の花が華やかに咲いている。

そして、紺青色の糸が抱擁する男女を包み込んでいく。

 

慈愛に満ちた女性がジェラルドの青ざめた唇に接吻をしたその瞬間に、彼の頭が弾け飛び、交響曲第9番は終演した。

 

 

「おォ・・・久々に本気見たわ・・・」

「まだだよ!!誰か早く次の攻撃を!!」

 

 

ローズの叫び声を聞いて次に飛び出したのはラブと日番谷だ。

 

 

「卍解 鬼一僧正丸(きいちしょうじょうまる)!!」

 

 

卍解の名を唱えた瞬間に、炎を纏った巨大な龍が空から召喚され、ジェラルドの周囲をも纏めて一気に炎で焼き尽す。いくつもの巨大な火柱がせり集まって作られた巨大な炎の渦でジェラルドの身体は跡形も無くなる程に真っ黒な焦げ物になっていた。

その瞬間的熱量は、何と山本前総隊長の扱う流刃若火を超えていた。

しかし、その力強さ故に、ラブの卍解は他の隊長に比べて極端な程持続時間が短かった。

 

 

「いよっ、出オチ卍解!!」

「うるせえシンジ!!こんなんでも、出すの滅茶苦茶大変なんだぞ!」

 

 

卍解を終えたラブはさっきまでのジェラルドの戦いの消耗で疲れ切っており、立っているだけでやっとのようだ。

同じくローズも力を使い切った顔をしており、これ以上ジェラルドと戦うのは何としても避けたい所だ。

 

そんな中、次に動き出したのは日番谷だ。

といっても、数歩歩いたその先で、軽く霊圧を開放しただけだ。

 

 

「四界氷結」

 

 

大紅蓮氷輪丸を解放して、四歩のうちに踏みしめた空間の地水火風の全てを凍結する技を使い、焦げたジェラルドの身体を今度は瞬間冷却で隅々まで氷結させる。

 

 

「これでお前の身体が再生する機能は全部停止する。二度と復活出来ねえよ」

 

 

そして日番谷は白哉の方を見て準備が整ったのを確認し、すぐにその場から距離を取った。

白哉の足元には、隼人が裏破道で作り上げた梵字のような陣がある。

本来は自分の鬼道を2倍にする技だが、白哉の霊圧に干渉して繋げたことで、彼が生み出す技をも倍増させたのだ。

 

 

「殲景・千本桜景厳 奥義 “一咬千刃花”」

 

 

数億枚の刃が千本の刀へと圧し固められ、全ての刀が氷結したジェラルドの身体へと突き刺さる。

単純でありながら爆発的な破壊力を生み出し、ジェラルドの身体は瓦解する。

黒ずんだ瓦礫となった身体であっても、念には念を入れて最後の技に取り掛かった。

 

5名の隊長格に、天挺空羅が突如繋げられる。

 

 

【皆さん本当にお疲れ様です!ですが一旦そこから逃げて下さい!この辺一帯、完全に吹き飛ばします!!】

「はァ!?」

 

 

切羽詰まった雰囲気でそれだけ言い残して隼人は天挺空羅を切ってしまったので、詳しい事情は分からないが全員言われるがままに距離を取る。

合わせていた訳では無いものの、雛森、阿散井、ルキアのいた場所に何となく集合した。

 

 

「平子隊長!?それに皆さんも・・・」

「何かあったんスか?」

「“逃げろ、この辺一帯吹き飛ばすぜ!”って聞いたからここに来たぜ」

「いや物騒っスね!」

 

 

という回復した阿散井のツッコミと同時に、隣にいたルキアは場の些細な変化を感じ取った。

 

 

「風向きが・・・変わった・・・?」

 

 

更に平子は、さっきまでいた場所に光る小さな物体が落ちていくのを見た。

建物がある影響で地面に落ちた瞬間まで見る事は出来なかったが、落下点らしき場所から光がピカッと出たとほぼ同時に、ズガァァァン!!!と物凄い爆音が響き渡ってきた。

その瞬間に、平子は昔現世で見たとんでもない破壊力を持った爆弾が爆発する映像を思い出す。

 

 

「隠れろ!!お前らも吹っ飛ばされるで!!」

「「!」」

 

 

言われるがままに全員建物の陰に隠れたと同時に、空座町での藍染の攻撃の余波とそっくりな爆風が襲い掛かる。

たまたま盾にしたのが欠損箇所の無い大きな家だったのでよかったが、向かいにあった建物は部分的に壊れていたせいで亀裂が深く入り、最後には吹き飛ばされていた。

 

風が止んで外に出ると、爆心地を中心にクレーターが出来ていた。

 

 

「ホンマにけったいな事しやがったなァ・・・」

 

 

急いで爆心地に向かうと、ジェラルドの瓦解した身体は存在せず、霊圧すら感じられない更地になっていた。

まさに言葉通り全部吹っ飛ばしたのだ。

原子爆弾のような破壊力に圧倒されていると、これをやってのけた本人達が遅れてやって来た。

 




ローズの新技は、グスタフ・クリムトのベートーヴェンフリーズをモデルにして作りました。これ以上ないうってつけの題材だと思います。


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合流

今回は少し短めです。


「やっぱお前か拳西」

()()()()()()。いくら卍解しても俺だけでこんな事は出来ねえよ」

 

 

そう言うと、左肩に担いでいた隼人の身体を下ろし、一人で立てるように取り計らう。

 

 

「力のベースは俺の卍解だが、それをここまで伸ばしたのはコイツの卍解だ。無茶しすぎて一人で立てなくなっちまいやがって情けねえ。二度目だぞ!」

「いやもう本当、すみません・・・」

 

 

マスクとの戦いでは風を圧し固めて大気の槍を作り出し、腹に突き刺して爆発させることで二度と復活出来なくなるまでにダメージを与えられたが、その能力を聞いた隼人はとにかく風を吸収、圧縮して、猛烈な威力の爆弾を創り上げることにした。

拳西の身体が壊れるギリギリまで霊力を強めて力に干渉することで、霊王宮に広がる大気のほぼ全てを掌握し、大気エネルギー全てをジェラルドの身体にぶつけた。

また、敵側の手に渡っていた霊子も一部はこちらの手に戻ったお陰で混入させることもできたため、空気と霊子の混じった凶悪な性能を持つことが出来た。

 

形ばかり謝って支えなしに立ち上がった隼人は、相変わらずの親からの小言を受け入れて聞き流す。

 

 

「で、次!どうします?」

「切り替え早ッ!無茶した後なら休んだ方がええんやないか?」

「そりゃあ休みたいですけど・・・一応僕はやる事あるんで。他の皆さんはどうなさるつもりですか?一護くんに加勢・・・」

 

 

言葉を続けようとしたが、白哉の手によって遮られ、恋次とルキアに向かって指示をする。

 

 

「黒崎一護の許へは、お前達2人が行け」

「え・・・・・・?俺達が行っていいんスか・・・?」

「しかし・・・」

「何を迷う。自惚れるな。黒崎にお前達の力が必要だと言っているのでは無い。此処にお前達の力は必要ないと言っているのだ。―――解ったら行け」

 

 

2人の力をしっかり認めているからこそ、隊長達の後ろで戦うのではなく、友の隣で戦わせる。

部下と妹を送り出す白哉の目には、冷徹な中に昔持っていた熱さが垣間見えた。

 

 

「はい!」

「ありがとうございます!」

 

 

バレバレの気遣いを真正面でガッツリ受け取り、恋次とルキアは一護の霊圧の許へと走っていった。

平子ら他の隊長達に、誰も止める者はいない。

話を遮ってしまった本人の方へ振り返ると、ニヨニヨと気持ち悪い笑みを浮かべていた。

 

 

「色々バレバレですよぉ~最上級のツンデレですね!」

 

 

相当に珍しく、白哉からの平手打ちが飛んだ。

パァァァン!!と中々に痛々しい音が皆の耳をつんざく。

 

 

「・・・そんなに痛くないけど、音が凄い・・・」

「元より私の気遣いを見透かさせるつもりでいたのだ。何も問題無い」

「昔夜一と喧嘩しとった時みたいな事・・・って、怖ッ!オレにはビンタせえへんでくれよホンマ?」

 

 

蛙を睨む蛇のような目の白哉に平子がたじろぐ中、この中で最年少の日番谷が真央霊術院で学んだことを思い出しながら、2人の行く末を(おもんばか)る。

 

 

「俺は黒崎の許へあいつらを行かせるべきだと思うぜ。俺は霊術院で、上官や家族の為に戦えとは教わらなかった」

 

 

死神 皆須らく、友と人間とを守り死すべし。

日番谷の言葉を聞いた面々は、忘れていた教えを思い出してはっとした顔をする者もいれば、自分の友の事を考え、複雑な心境を抱く者もいた。

果たして射場鉄左衛門は、この教えを覚えていたのか。

教えの通りに死ぬなら、今後は誰を守って死ぬことになるのか。

直近で友達を喪った隼人にとって、この問題は簡単に纏められないものだった。

 

 

「俺達と黒崎は仲間だが、あいつらは黒崎一護の友だろう。死神として戦うなら、黒崎の所へ向かうのが正しいって事だ」

 

 

日番谷の言葉から、ローズとラブの2人が過去を懐かしむ。

 

 

「正誤の秤・・・だね。霊術院で皆と一緒に学んだの、もう何百年前だったっけ?」

「皆って、お前いた記憶無えんだけど」

「ボクいたよ!!!」

 

 

泣きそうな顔をするローズは置いといて、今後の動きをどうするか決めていく。

ここでも白哉が中心になって話は進んでいた。

 

 

「先ずは、総隊長や浦原喜助と合流する。分散した仲間を集めてから次の動きを決めるのがいい筈だ」

「オレもそうした方がええと思いまァーす」

「口囃子がやろうとしている事も、一度皆を集めてから戦力を分けた方がいいだろう」

「力結構使っちゃったので、僕もその方がいいと思います。霊圧は探せるので僕が案内します」

「頼んだぞ」

「承知しました!」

 

 

まずは霊圧の近い京楽と合流するために移動を始め、その間に平子が伝令神機を使って浦原とも連絡を取り、戦力を今一度整える。

 

(・・・?)

 

さっきまで戦っていたジェラルドの霊圧を隼人だけは一瞬感じたが、能力で検索しても見つからず、頭の隅に一旦留める。

程なくして身体の各部に痛々しく包帯を巻かれた京楽と、何故か斬魄刀のようなものを腰に提げた七緒の2人と合流した。

 

 

「何とか、損害はここまでで持ちこたえられたか・・・いやいや良かったよホント・・・」

 

 

京楽の言葉とは対照的に、七緒はここにいない死神のことを考えて不安を表情に出してしまったが、察した平子と日番谷が全部説明し、それに京楽が新たな情報を重ねた。

 

 

「リサとひよ里はハッチに任せてる」

「松本と檜佐木にも連絡を入れた。もうすぐで来ると思うぜ」

「そうですか・・・」

「滅却師に撃たれた隊長格は、伊江村三席を筆頭にした後詰の四番隊が治療し始めたから心配しなくていいよ。花太郎クンも合流したって」

 

 

情報交換をしていた所で、修兵と松本、そして浦原一派も全員治療を終えた状態でこちらに合流する。

完全に夜一と砕蜂の尻に敷かれた浦原を勇音は苦笑いで遠巻きに眺めており、2名の破面は何故か夕四郎に興味を持たれていて困惑していた。

グリムジョーに関しては平子の顔を見た瞬間に戦闘モードに入りかけたが、案の定ネリエルに止められる。

 

 

「いや~、皆サン本当にこうして集まられると壮観っスね。色んな策が思いつきそうっスよ」

「ほう、ならおぬしは今すぐにでもユーハバッハを倒す策でも考えんか!!」

「夜一様の言う通りだ!!貴様がそうやって含みを持たせて私達の注意を引きつけようとしても無駄だ!」

「まぁまぁ、夜一さん、砕蜂隊長、落ち着いて下さい・・・、ねっ?・・・もォ~~~・・・これ以上私には無理・・・」

 

 

せっかく治療をした結果、このような混沌を生み出してしまった事にがっくりと項垂れる勇音に雛森と七緒が労いの言葉を小声でかける。

強烈キャラの中に巻き込まれた優等生は、治療よりも仲裁に体力を使ってしまい、変な所で疲れていた。

グリムジョーとネリエルの小競り合いにも気を払っていたようで、彼らの場合は勇音が仲裁するとすぐにグリムジョーが落ち着いてくれて苦労しなかったが、夜一、砕蜂と浦原の場合は長年のアレコレがあるため、勇音の存在は悲しいことに無視同然だった。

 

 

「僕でも無理だ・・・」

「アレには俺も巻き込まれたくねえな」

 

 

どの口が言う、という目で修兵に見られたが、気付いた隼人はすぐさま修兵に駆け寄り、早速弱みを握ろうと探りを入れた。

 

 

「で?折角まつもっちゃんの所に行かせたんだから、カッコいいトコ見せられたん?」

「なっ、急に何すか!別に・・・いや、そうっすね・・・」

 

 

そして見事に、カウンターを喰らってしまう。

 

 

「『さすが修兵ね!あんたのそういうトコ好きよ!』って言われました!」

 

 

とんでもない大嘘なのだが、真に受けた隼人は慰める気満々という大変意地の悪い顔から、虚無な表情へと一瞬で変化する。

一護といい恋次といい修兵といい、自分よりも若い死神(代行)が着々と大人の階段を上っていこうとしている中、何とも情けないというか、ダサい自分の姿を実感してしまい、もうこのままおじさんになっていくのかなと一人で諦めムードになってしまう。

卍解の影響で身長を伸ばした日番谷を見た修兵が、「あの方は、日番谷隊長のお兄さんか誰かっすか・・・?」と言ったことに、「あぁ、うん、そう」と低い声で適当に返事している姿から、落ち込んでいることは明白だ。

ちょっとの嘘でまさかここまで落ち込むとは・・・と修兵も少し申し訳なくなってきたが、声をかけようとした瞬間、頭を下げた隼人が急にビックリしたかのように頭を上げる。

血相を変えて大声を上げたのだ。

 

 

「朽木隊長!!さっきの滅却師の霊圧が()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

「何・・・、!!」

 

 

皆が反応する前に、黄色い霊圧の柱が各地で突然立ち上がり、死神達の前で集められて巨大化していく。

さっきまでジェラルドと戦っていた死神は既にその霊圧が同じものである事に気付き、他の面々も警戒心を最大限までに強める。

 

 

「霊子なら・・・引き剥がせるか・・・?」

「馬鹿野郎!今無理したら動けなくなるぞ!」

「ッ・・・」

 

 

せめて鬼道で攻撃を・・・と思ったが、ジェラルドの霊圧は予想だにしない変化を遂げる。

一度霊子体として完成したジェラルドは、何とこちらに一切の攻撃をせずに、真世界城の頂上にある黒い霊子の物体へと分解、吸収されていった。

他にも、複数の場所から紫など、様々な色の霊子、霊圧が一点へと集まり、吸い寄せられていく。

 

 

「何だ・・・これは・・・?」

「不味いね・・・一護クン達が危ない」

 

 

その光景を見た浦原が隼人の許に向かい、切羽詰まった様子で指示を出す。

 

 

「黒崎サン達の所に行って彼らの治療を行って下さい。」

「治療だけで大丈夫ですか・・・?」

「ええ。くれぐれも無理しないで下さい」

「はい!」

 

 

不安定な走る姿から、他の死神の例に漏れず隼人もかなり消耗しきっていることは簡単に読めてしまう。

前線に立って戦うことは不可能であるため、何とか戦闘は避けて欲しいと願うばかりだった。

そして浦原も、霊王宮を元に戻すために動き出す。

夜一や勇音の話を聞いたことを利用して、もし浦原も隼人と同じことが出来れば負担を軽減できるだろう。

兎にも角にも、まずは初歩の初歩、霊圧地点を探すことから始めるつもりだったが。

 

浦原の伝令神機に、ある人物から電話が掛かってきた。

 



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未来は白紙

「おや・・・一心サン?はい、もしもし?」

【――――、だか、―――――】

「?もしもーし」

 

 

黒崎一心から電話が掛かってきたものの、声がはっきりと聞こえない。

霊王宮にいるため霊子の波長が悪いのかと思ったが、何故か部分的にははっきりと聞こえる。

 

(これは・・・、あぁ・・・)

 

電話を掛けたものの、向こうで何か問題があったのか、石田竜弦と黒崎一心が一悶着を起こしているようだった。

 

 

【オメーはいいって!俺が伝えるからさ!!】

【貴様に任せると何かと私を扱き下ろすに決まっている!死神の前で私を悪く言うなど断じて認められん!!】

【息子に散々悪く言われるからって気にしすぎだコラ!】

【黙れ!!】

【あっ、オイ!!】

 

 

どうやら伝令神機を石田が取り上げたようで、浦原の言葉に返答した声は電話の主では無かった。

 

 

【私だ。手短に用件を伝える】

「竜弦サン!息子サンには会え【霊子地点は既に私が見つけた。今からその場所を伝えるから二手に分かれて向かえ。あとの二つは私達で処理する】

「本当っスか!」

 

 

後ろでギャーギャー騒ぐ一心の声も聞こえるが、早口な石田の言葉を一言一句聞き漏らさず、情報を整理する。

枝の二つには石田と一心が向かい、死神達はもう一つの枝と、真世界城最深部に向かうこととなった。

 

 

【全く以て不本意だが・・・頼んだぞ、死神共】

 

 

一心に取り上げられそうになったのか、それだけ言うと石田からの電話は切れてしまう。

黒崎真咲を助けられず、何も出来なかった時の石田竜弦の姿が一瞬脳裡に蘇った。

あの出来事があったからこそ、石田は自責とやり場のない怒りで死神を強く敵視するようになったようにも思えるが、ユーハバッハへの復讐を決めた滅却師のように、利害が一致して手を組むのは、昔の石田では考えられなかっただろう。

これも一護が世界を変えた影響か。

 

生粋の死神嫌いから託された策を、浦原は死神と共に遂行する。

 

 

「では皆サン、一発逆転といきましょうか・・・!」

 

 

 

*****

 

 

 

「ちょ、ちょっと・・・待って・・・速すぎ・・・」

「君が遅すぎるんだ!速力を上げる訓練をしていないのか!」

「筋肉つけようとしたら動き鈍っちゃったんだよ~」

 

 

一護達の許に向かい治療しようとしていた隼人だったが、真世界城の内部は想像通りどころか、それ以上に複雑で緻密な構造をしており、入ってすぐに道に迷い、出ることも出来なくなっていた。

この空間の霊子は未だ敵の手の内なので外を跳んでいくことも出来ず、ちんたら中を走って上に行くしかない。

右往左往していた時にたまたま道を知っている石田雨竜に出会いついて行ったのだが、完全反立の力で傷一つない石田と、消耗の激しい隼人では軽く走るだけで速度差が異常に出てしまい、情けない運動不足のおじさんみたいになっていた。

 

 

「一回、休まん?・・・つーか何で跳んで行けないんだよ~~!!」

「文句を言う暇も無いぞ!あと少しだから我慢するんだ!」

「うへぇ~辛い・・・」

 

 

息も切れ切れで辛かったが、完全に置いて行かれて石田を見失うという事は無く、必死の形相で最上部へと上っていく。

石田の“あと少し”は果てしない長さだったが、茶渡と岩鷲が頑張っている所を横目にすり抜け、何とか辿り着くことが出来た。

 

 

「なっ・・・何だアレ・・・」

 

 

階段を上った先には、黒紫色の霊圧で出来た円形の物体が浮かんでいる。

不気味すぎるため少し距離を取ってから霊圧を探ろうとしたが、隣にいる石田はそのまま前に歩き出す。

 

 

「ちょっと、大丈夫かよ!?」

「これは・・・門だ。瀞霊廷へと繋がっている」

「門・・・?」

 

 

イマイチ状況を掴めずにいると、後ろからルキアの声が聞こえてきた。

 

 

「ユーハバッハは中へ入って行きました。一護と恋次もその後を追って・・・」

「そうか」

 

 

ルキアの言葉を聞いた石田は、それだけで臆することなく門を通り抜けていく。

 

 

「行っちゃった・・・」

「・・・石田、くん・・・?」

「井上!!」

「ッ・・・!」

 

 

門から少し離れた位置で横臥していた井上が起き上がろうとしたが、腕で身体を支えることも出来ずに倒れてしまう。

ルキアと共に彼女の許へ隼人も向かい、回道をかけて傷を癒していく。

彼女自身の霊圧も弱まっていたため、いつものように自力回復も出来なかったのだろう。

 

 

「ねえ、もし井上さんの傷が少なかったら、2人も一護くんについて行った?」

「え?」

「どっち?」

 

 

考える素振りを見せたものの、ルキアはすぐに首を振った。

 

 

「敵の力に・・・私では手の打ちようが御座いません」

「打つ手無し?どういう事だよ?」

「未来を書き換える・・・って、言ってました。あたしの拒絶でも消せなくて・・・」

「・・・成程。それでも、一護くん達は向かって行った訳か・・・」

 

 

「僕が君達を治す。すぐに一護くんと阿散井くんを助けに行って」

「!! ですが、策も浮かばない状況で、私達は何も・・・!」

「折角白哉さんに気遣ってもらったのに、ここで呑気に座ってていいの?」

「そ・・・それは・・・・・・」

「駄目だよ。何もしないでこんな安全地に居座って、その結果大切な友達が負けて絶望するなんて、白哉さんが許しても僕が許さねえよ」

 

 

押し黙ったルキアの隣で、大方回復した井上が隼人に尋ねる。

 

 

「じゃあ、口囃子さんは何か策があるんですか・・・?」

「そう言われると・・・ゴメン。難しいかな」

 

 

という返答に井上は案の定ムッとしたが、自分自身が策を何も考えられない現状もあり、最後には意気消沈してしまう。

 

 

「でも」

 

 

どんなに辛い現実があっても、じたばた見苦しくもがきながら克服してきた隼人の言葉が2人を導く。

 

 

「絶対策が見つからないなんて、あり得ない。どこかに必ず穴がある。その小さい穴が見つかれば、書き換えられた未来は変わるんだよ!君達が一護くん達を助けることが、君達が敵を攻撃することが、その小さな穴かもしれない!ここで座っているより、下に行く方が、可能性は広がる!未来は白紙だから、君達が新たに書き込めばいいんだよ!」

 

 

と言って、ちょっと恥ずかしくなった隼人は少したじろぐ。

ポカーンとしているように見えるルキアと井上をほっといて、一人で盛り上がってしまった感が否めない。

他の死神がいなくて本当に良かったと思う。一体何を言っているんだ。

 

 

「あぁ~・・・ゴメン・・・」

 

 

だが、効いてくれたようだった。

 

 

「私、行きます」

「井上!!」

「こんな事言うの、おこがましいかもしれないけど・・・。もっと、黒崎くんと一緒に戦いたい。黒崎くんを護りたい。それで未来が変わったら、あたしは凄く嬉しい」

「井上さん・・・」

 

 

その言葉を聞いたルキアも、迷っていたようだが遂に心を決めたようだ。

 

 

「ならば私も行こう。一護と恋次と石田だけでは、猪突猛進しかねん」

「そうだね!皆考え無しに一気に突っ込んじゃってそうだよね・・・」

「石田も意外と熱い奴だからな・・・」

 

 

2人の雰囲気も、ここに隼人が来た時とは違い、段々と希望の色が見えてきた。

その様子に、心底安堵し、俄然隼人も力が出る。

 

 

「よしっ!じゃあ、極小の穴を突き通す策、考えようか!」

「「はい!」」

 

 

 

*****

 

 

 

「ルキアちゃん!井上さん!・・・生き残るんだぜ!行ってこい!」

 

 

2人を鼓舞して瀞霊廷へと見送ってから、隼人は伝令神機を手に取り、浦原の指示を仰ごうとするが。

 

 

「おーーう、いたいた。早く行くぞ」

「拳西さん!よく迷わずにここまで来れましたね!」

「階段適当に登ってたらここまで来た。地下に行くぞ。他の連中待たせてるぜ」

「承知しましたー!」

 

 

力を消耗している割にえらく元気だなと思ったが、深入りせずに真世界城の最深部へと向かって行く。

時間が無いため、そのままだと鈍足の隼人は拳西に担がれて運送された。

 

 

「場所分かってるんですか?」

「その辺は問題無えよ。お前は力温存しとけ」

 

 

言葉通り、隼人の案内無しにしっかりと目的地まで辿り着く。

京楽、七緒、ラブ、修兵に加え、零番隊の和尚も同席していた。

 

 

「おじさん!僕ちゃんと裏破道使えるようになりましたよ!」

「おうおう、わしの見込み通りじゃ!おんしにあの本を渡して正解じゃったわ!」

 

 

何故零番隊の頭目とこんな砕けた会話をしているのかと副隊長の二人はドン引きしているが、事情を知っている隊長二人も呆れ顔をしているため、隼人の性格からして大方の察しはついた。

 

 

「口囃子隊長、浦原さんから伝令神機っす」

「え?」

 

 

修兵から渡されて耳に近付けると、何だか賑やかな声が聞こえてきた。

【ちょっと皆サン静かに・・・って、痛い!どさくさに紛れてアタシの身体を蹴らないで!】と情けない浦原の声が聞こえたが、もしもし?浦原さん?と言うと普通に返答が来た。

 

 

【口囃子サンっスね!あっち行けこっち来いって色々言ってすみません・・・】

「いや、それは別に・・・。それより、わざわざ改まってどうなさったんですか?」

【実は・・・】

 

 

浦原の口から告げられた最後の計略は、霊王宮を使った壮大かつ、荒唐無稽ともいえるものだった。

まず、残り3つある霊脈の楔ともいえる地点の霊圧を解き、滅却師側の手に未だ落ちている霊子を全て、死神側の手に戻す。

その瞬間に、一度は行き場を失った特大の霊子を霊王宮の中心に集め、形成された霊圧の砲撃をユーハバッハに撃ち込むというものだ。

既に残りの2つは浦原と石田竜弦の手によって解かれており、残るは霊王宮の中心である、真世界城最深部の霊圧地点だけだ。

つまり、ここの霊圧を解放すれば、霊王宮は元通りになる公算がつく。

そしてその瞬間から、ユーハバッハが作り上げた街は霊子の塵となって崩壊すると浦原は推測したのだ。

霊脈の力に加えて塵となった霊子を集めれば、恐らく藍染の力を優に超えた霊圧が地上へと向けられるだろう。

 

 

「それで・・・地上にいる死神は大丈夫なんですか?」

【吉良副隊長と九南サンが中心になって、死神と滅却師の一般兵の避難活動を進めてもらってます。下では、藍染とユーハバッハが戦っているみたいっス】

「藍染と・・・」

 

 

気を逸らすためか、京楽が別の説明を加えた。

 

 

「大理石の像の霊圧は、七緒ちゃんが解く。君は、七緒ちゃんが霊圧を解いた後に、和尚の霊圧に干渉して欲しい」

「おじさんの・・・?」

 

 

太眉をピクリと上げた和尚が、明朗な声で豪快に話す。

 

 

「霊王宮の主はわしじゃからな。儂がその、“びーむ”の発射役となる。おんしの力で儂の霊圧をギリギリまで上げられれば、ユーハバッハに掠り傷程度は付けられるやもしれん!」

「それで、掠り傷・・・」

「そもそもこれが成功する確率なぞほぼ0じゃ。やらぬよりやる方がマシと言えよう。あまり死神らしくない技じゃが、浦原喜助が提案するなら仕方なかろう。奴の操縦する舟に儂も流されてみるわ!」

 

 

きっとこの場にマユリがいたら、「そんな風情の欠片も無い技など言語道断だヨ!」と早口でまくし立て、説得に余計時間が喰っていたかもしれないが、後で知ったとしても激怒するのは目に見えている。

 

 

【タイミングは、石田サンがお父上から授かった矢を撃った直後です。あの矢にはどうやら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「! じゃあ、未来を書き換える力は消える可能性があるんですね!」

【! おぉ・・・そうっスか、未来を書き換えてしまうとは・・・石田サンの矢で射抜かれる未来すら変えられなければいいですが・・・・・・】

「あっ・・・」

 

 

ちょっとだけ間の悪い雰囲気が流れたが、すぐに浦原が気を取り直す。

 

 

【いや、ここまで来たら不安要素は考えないようにしましょう。時間の無駄っス。伊勢副隊長と代わって下さい。そろそろ始めてもらいます】

「あっ、はい!代わります!」

 

 

伝令神機を七緒に渡すと、10秒も経たないうちに浦原にやり方を教えてもらいながらてきぱきと霊圧処理を施していく。

突っ立って見ていると、一兵衛に名を呼ばれて手招きされ、彼の隣に立たされる。

 

 

「一の道を頼む」

「はっ、はいっ!」

 

 

そこまでの余力が残っていないような気もしたが、一兵衛の気迫に背中か何かを押されたからか、そんなに力を使っていない時と変わらずに難なく発動することができた。

 

 

「次は・・・」

「そう気を急くな。伊勢七緒が霊脈の封印を解いてから、おんしは儂の力を伸ばしてくれれば良い」

「そうですか・・・」

 

 

それから1分も経たないうちに、七緒は霊脈と霊子の掌握権を滅却師側から取り戻した。

 

 

「出来ました!霊王宮はこれで尸魂界に戻ります!!」

「よくやった!」

 

 

その瞬間から、地震のような振動が霊王宮中で発生する。

きょろきょろした修兵が、霊王が崩御した時の揺れを思い出して独り言ちる。

 

 

「地震・・・?」

「いや・・・、滅却師の街並みが崩れる音じゃ。これより、零番離殿と霊王様のおわした霊王大内裏を残して、元の姿に戻る為に崩壊する」

 

 

「なればこそ・・・一度は敗けた儂の力、ユーハバッハにもう一度(ひとたび)思い知らせてやるわ」

 

 

「裏縛道・八の道 (しゅう)

 



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兵主部一兵衛

「裏縛道・八の道 (しゅう)

 

 

一兵衛が術名を唱えた瞬間から、隼人は最後の力を振り絞って彼の力を増幅させる。

外の様子が分からないため実感は湧かないが、一兵衛と浦原からの伝令神機で詳細は伝わってきた。

 

 

「今にも霊子は此処の真下に集まり、霊脈の力も寄せ集められておる筈じゃ」

【危うく落とされるトコだったっスよ・・・】

 

 

外にいた死神は全員中央の城近辺に避難したため、霊王宮から落ちてしまった死神はいない。

肉体保護瓶の中にいるマユリも眠ってはいるが無事だ。

 

だが肝心なのは、瀞霊廷の様子だった。

 

 

「下はどうなっておるか聞いとくれ!」

 

 

七緒が浦原に伝言すると、花太郎が繋いでいた伝令神機に持ち替えて彼の兄と繋ぐ。

 

 

【やあ、浦原君。遠くから見ているけれど、今は藍染惣右介と黒崎一護、阿散井恋次がユーハバッハと戦っているよ】

「石田サンの霊圧は感じますか?」

【まだ感じない・・・かな】

「そうっスか。ありがとうございます。引き続き偵察お願いします!」

 

 

花太郎に伝令神機を渡してから、暫しの間浦原は策をブラッシュアップさせていく。

成功する確率はより低くなるだろうが、効果を強く引き出すには時間も正確に合わせる必要があった。

次に浦原が通話したのは、門の中を移動中の石田雨竜だった。

 

 

 

*****

 

 

 

「浦原さんから返事来ないっすね・・・」

「アイツの事だからどうせまた何か考えてんだ。俺達は待つしかねえよ」

「左様。今出来る事は、儂がありとあらゆる霊王宮の材料をかき集めるに過ぎん。下では・・・一護と恋次が戦っておるのは分かるが、まだ儂の目もはっきりせん。どうなる事やら・・・」

 

 

手を合わせて祈りを捧げる一兵衛の身体から溢れ出る霊圧は、恐ろしい程に静謐なものだ。

真世界城にあった祭壇は地下に眠る墓室のように小さいものだったため、一兵衛を中心に作られた陣は室内の壁を覆い尽くしている。

近代的な壁に漢字、梵字で施された意匠が張り巡らされるのは何ともアンバランスだった。

 

そして、待ち望んでいた浦原からの伝令神機が掛かってくる。

受け取り役の修兵が、伝令神機をスピーカーモードにして全員が聞き取れるようにした。

 

 

【石田サンに電話した所、あと少しで瀞霊廷に辿り着くそうです。準備は大丈夫っスか?】

「え、もう!?」

「まだ待てぬか?材料が足りん」

【あぁ、すみません!少しだけなら時間はあります】

「少しか・・・・・・」

 

 

切羽詰まった様子を見せる浦原に、京楽が事情を問い質す。

 

 

「君の頭の中のパズルを、ボク達にも聞かせてくれ」

【・・・石田サンが矢を撃つ瞬間とタイミングを、合わせようと思います】

 

 

その場にいる一兵衛と京楽以外の面々が、無理だと思わず表情に浮かべてしまう。

そもそも霊王宮からぶつける霊圧の砲撃の弾速も分からない中、速度と時間の計算をやったとしても、無茶苦茶で現実にそぐわない結果が出てしまうだろう。

タイミングがズレてしまったら元も子もない。

 

 

【ですが、正確にユーハバッハに霊王宮からの攻撃を当てるのであれば、石田サンの矢が当たった直後にこの攻撃が届くようにすべきっス】

「ふむ・・・・・・、」

 

 

「分かった、おんしの考えに乗ってやろう」

「「「!!」」」

 

 

あっさり承諾した一兵衛に、隣で支えていた隼人が問い詰める。

 

 

「おじさん、本当にいいんですか・・・!?」

「何、構わん。霊脈なんて絶えず滔々と流れておるし、他の材料も元は滅却師の持ち分、“こすぱ”が抜群じゃ!儂らが失うものは最悪瀞霊廷の一部じゃが、そんな物は涅マユリがおれば数年で何とかなるじゃろう」

「それは、そうですけど、」

「案ずるな、おんしはただ儂の力を手助けしとるだけじゃ。責任は儂と京楽と浦原喜助が持つ。余計な事を考えず、おんしは儂に力をくれ」

 

 

それでもモヤモヤしていたが、時間は刻一刻と迫っていく。

 

 

【石田サンが瀞霊廷に到着したようです!】

「よし!悩んどるヒマなど無い!倍速じゃあ~~~!!」

 

 

一兵衛の静謐な霊圧は情熱を増していき、霊子が砕かれ、結合する影響で僅かながら地震が発生する。

言葉通りに倍速で材料が集められ、力を振り絞って霊王宮そのものを攻撃要塞へと変化させていく。

隼人の力も、とうに限界を超えていた。

 

 

「ッ・・・!まだ、まだなのおじさん!!」

「もう少しじゃ、気ィ張って踏ん張れ隼人ォ!!」

 

 

それでも言われるがままに、一兵衛の漲る活力に押されて力のその先へと超えていく。

地震の揺れが強くなっていくと同時に、浦原からの伝令神機による情報も伝わってきた。

 

 

【あと1分で矢を撃つそうっス!】

「なら儂らは30秒後に撃つぞ!!」

「はい!!!」

 

 

一兵衛の脳内で正確な秒数が刻まれる中で、集められた素材が霊圧の膜で覆われていく。

立つこともままならない程に地震が強くなり、一兵衛の肩にしがみつくようにして隼人は隣で立っている。

真世界城の構造がしっかりしているからか、これぐらいの地震で倒壊しないでいてくれたのが敵ながら有難かった。

 

 

「あと10秒じゃ!!行くぞ!」

 

 

一兵衛の声で、遂に霊圧を発射する態勢を整える。

カラカラの隼人の霊圧も、最後の一滴まで絞り込む思いで一兵衛の身体に供給する。

同じ空間にいた死神達は、固唾を呑んで見守るしか無かった。

 

 

「・・・・・・4,3,2,1」

「発射じゃ!!!」

 

 

一兵衛が床に両手を叩き込むと同時に、2人の霊圧も一気に地面から霊王宮の真下に溜まっていた霊圧が瀞霊廷に向かって放出された。

一兵衛の思っていたビームとは違い、巨大な霊子の弾が地上へと豪速で向かって行った。

 

また、一兵衛が霊圧を発射した瞬間に、巨大な霊子体を撃った反射で身体が吹っ飛び、盛大に壁に激突する。

 

 

「ぬうっ!」

「あ゛ッ!!!!」

 

 

瞬時に受け身を取った一兵衛とは逆に、何も出来なかった隼人は壁に背中を強打する。

当たった感触として骨までは折れてないと思うが、しばらく立てそうにない。

 

 

「痛ッてぇ~~!」

「口囃子隊長!」

「きつい~・・・」

 

 

すぐに七緒が背中を治療してくれたお陰で座っている時の痛みは治まったが、それでも立とうとすると盛大に打ち付けた背中に激痛が走る。

瀞霊廷を吹き飛ばしかねない砲撃を発射した代償としては軽いものだが。

 

 

「オイ!一護たちはどうなった!」

 

 

拳西の声と時を同じくして、発射された霊圧が地面に衝突する音が聞こえてきた。

 

 

 

*****

 

 

 

「―――――何だ、これは・・・、!!!!」

「石田・・・・・・!?」

 

 

石田竜弦が託したのは、聖別(アウスヴェーレン)によって心臓に現れる銀を集めた鏃だ。

“静止の銀”と呼ばれるこの物体が、一度でも聖別(アウスヴェーレン)をした者の血液と混ざったその時。

 

 

 

その者の聖文字(シュリフト)が、完全に失われる効果を持っていた。

 

 

「黒崎!!斬魄刀を持って逃げろ!!!」

「!!」

 

 

石田の指示通りに剣を持って離れたその瞬間に、上空から霊圧の砲撃がユーハバッハに激突した。

浦原の策は成功し、ユーハバッハは霊王宮の持つ極大な霊子のエネルギーをその身に受ける。

一点集約型の砲撃になったため、瀞霊廷の被害は思ったより少なく済んでいたが、聖文字を失って静血装(ブルート・ヴェーネ)だけで全て防ぎきるのはユーハバッハでも不可能だろう。

凄まじい力だと感じざるを得なかった。

 

石田が携帯を取り出して浦原に電話する。

 

 

「浦原さん、成功はした」

【本当っスか!】

「だが、これだけであのユーハバッハが消えるとは思えない」

【アタシもすぐにそちらへ向かいます】

「お願いしま―――――」

 

 

言葉を言い終わる前に、石田の腹は背中から霊子の剣によって貫かれた。

それに反応して振り向こうとする前に、腹に刺さった剣は左方向に斬り払われ、身体を蹴り飛ばされて受け身も取れずに吹っ飛ばされて倒れ込む。

 

 

「あ゛ッ・・・!!」

「石田!!」

「私の聖文字を消したから何だ!!!霊王宮の力を使おうが、私を止めることなど不可能だ!!」

「ッ!!」

「死神の力を結集した所で、今のお前達には聖文字の力など無くとも関係ない!!私には、霊王の力があるのだ!!!この力で、全てを一つに!!」

 

 

斬りかかった一護は吹き飛ばされ、漆黒の霊圧が再び各地から湧き出てくる。

 

 

「ッ・・・黒崎・・・駄目だ・・・もう・・・!」

 

 

再び正面から斬りかかろうとする一護に石田は止めるよう声を上げようとするが、腹の深い傷のせいで何もせずとも激痛に苛まれる。

 

(止められない・・・!逃げろ黒崎!)

 

だが諦めかけたその瞬間、二つの影が石田の横を通り過ぎた。

黒い死覇装と白いブーツ。真世界城の頂上で見たルキアと井上だった。

 

 

「井上さ・・・」

 

 

止められるものなら止めたかったが、今の石田にそんな力は残っていない。

一体何を・・・と思いつつ必死に頭を上げて目の前の光景をその目に入れた石田は、腹の痛みを忘れる程の驚きの顔を浮かべることとなった。

 

 

 

*****

 

 

石田の隣を走って通り過ぎると、ルキアは懐からある物を取り出した。

何の変哲もない、小さい手で簡単に握ることのできる瓦礫の欠片だ。真世界城の頂上のものだった。

それにルキアは霊圧を籠め、ユーハバッハに向けて投擲する。

 

“これは、ルキアちゃんが使うべき。敵に向かって投げれば、何かの役に立つ筈だ!”

 

瀞霊廷へと繋がる門に入る前に隼人から託された石ころみたいな瓦礫が、何故自分が使うべきなのか、何故役に立つのかは、その時のお楽しみと言われて説明されなかったが、この瓦礫を投げた瞬間に気付いてしまった。

霊圧を籠めて瓦礫が手から離れた直後、小さな瓦礫は弾けて中から黒い霊圧が飛び出る。

 

 

そこから出てきたのは、()()()()()()()()()()()()だった。

 

 

「これは・・・!!」

 

 

霊圧は右腕の形へと変貌を遂げ、ユーハバッハの剣を親指と人差し指でへし折り、身体を握り潰そうとする。

 

 

「黒崎くん!!!!」

「一護!!!」

 

 

井上とルキアの声を聞いてから、斬魄刀を両手で持ち、ユーハバッハへと全速力で距離を詰める。

その風圧に耐え切れず、一護の斬魄刀に入ったヒビは深い亀裂となって自然に砕けていった。

 

 

最後に残ったのは、一護のルーツである斬月だった。

 

両手に斬月を持った一護は、浮竹の霊圧ごとユーハバッハを横に一閃する。

眼を開いていた浮竹の霊圧は、一護に斬られる寸前に、眠りにつくように眼を閉じた。

 



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神掛

この話を最終話にしようか迷いましたが、原作に合わせる形でここからは次の篇に移ります。


【石田サン!?もしもし、石田サン!!】

 

 

浦原が瀞霊廷の石田と連絡が付かなくなった事は伝令神機越しに隼人達の場所にも伝わっており、ノイズみたいな音声が流れてから、ブチっと切れてしまった。

 

 

「成程、ユーハバッハの方が一枚上手じゃったという事か」

 

 

一兵衛の一言で、重苦しい空気が流れる。

ここまでやって無駄骨であれば、いよいよ死神全員で何も考えず特攻をかけるしかないのか。

しかしそうするとなれば、藍染の時の苦い記憶が蘇る。

時間は稼げるが、一護達を殺した敵に死神側の勝算など全く以て無い。

 

ここまで必死に戦い抜いて、最後は結局負けて何も残らないのだろうか。

 

 

しかし、隼人だけは、まだ完全に希望を捨てていなかった。

 

 

「・・・まだですよ。まだ、僕が治した井上さんとルキアちゃんがいます」

「・・・どういう事だい?」

「井上さんから聞いたんですが・・・」

 

 

京楽に促された結果、彼女達を送り出した時を思い出しながら経緯を話し始めた。

 

 

*****

 

 

 

『何か、こう、ぶっ飛んだ策とか無いかな!?』

『うーん・・・』

 

 

瀞霊廷に向かってもらう前に井上と一緒にうーんうーんと考えを捻りだしながら唸っていると、思い出したようにルキアが言葉を発する。

 

 

『未来を書き換える力に今の所対抗出来たのは、過去を改変する力です。月島の力のおかげで一護の刀は未来を書き換える力で折られても元に戻りました』

『それだっ!!!』

 

 

と威勢よく叫んだが、月島の戦闘力に関してはそこまででは無い事をデータで知っていたため、彼を使った策は現実にそぐわない。

というか、それ以前に協力するとは思えない。挟まれそうだ。

 

 

『いや、やっぱ嘘・・・』

『私も、月島が協力するとは思えません。別の方法がいいかと』

『あんな事言った手前何か考えないといけないけど、厳しいなぁ~~・・・』

 

 

今度はルキアと二人でうーんうーんと全く同じように唸っていたら、井上がはっ!と分かりやすい表情を浮かべた。

 

 

『どうした井上!!』

『あ、えっとね、大した事じゃないんだけど・・・』

 

 

と言ったが、めちゃめちゃ大した事だった。

 

 

『霊王って人の所に皆で行った時に、黒崎くんが敵の大将さんに操られて、霊王さんを斬っちゃったことがあって・・・』

『一護が霊王を斬ったのか!?』

『うん・・・敵の滅却師が霊王さんに突き刺さった剣を抜いた時に黒崎くんの身体に模様が出て、黒崎くんを操った敵の人が霊王さんを斬ったって言えばいいのかな・・・?』

『何てこった・・・これはあんまり口外しない方がいいかもな・・・』

 

 

隼人の言葉に『すみません!気を付けます・・・』と井上がかなり慌てた様子で返したが、とりあえずこれ以上言いふらさなければいいから続きを・・・と落ち着かせることで、もっと重要な話を聞くことが出来た。

 

 

『それで、黒い手のお化け?みたいなものが霊王さんに絡みついた時、敵の大将さんがすごく動揺していました。“どういう事だ”とか、“私の眼に映らない”って』

『今度こそそれだぁっ!!!!!!』

『ふいいいっ!!びっくりしたぁ~・・・』

 

 

叫び声を上げてから隼人は周囲を見渡し、手頃なサイズの瓦礫を見つけて手に取る。

霊力を使って隠していた卍解を取り出し、杖を宝珠杵に変えて自分の身体の霊圧を変質させた。

 

 

自分の霊圧を神掛後の浮竹の物に完全に変えて、それを手に持っている瓦礫に全て注入する。

この霊圧が外に放たれた後に消えてしまえば、隼人の記憶にも残らなくなるが、むしろそれは浮竹の望むことのような気がする。

二度と全く同じ霊圧を思い出せなくなるが、これで敵に一矢報いることが出来たらもう大金星だ。

霊圧を全て注入し終え、2人の許へ戻る。

 

浮竹の霊圧を籠めた瓦礫は、ルキアに渡した。

 

 

『これ、上手くいくか分からないけど、はい!』

『? 何でしょうか、これ・・・』

『それは・・・使ってみてのお楽しみだな。霊圧籠めて、うぉりゃあっ!!って!』

 

 

これでもかと乱れた投球フォームで投げるフリをする隼人の姿に、ルキアは冷え冷えとした目を向ける。

 

 

『これは・・・六車隊長に告げ口をすれば面白い事になりそうですね・・・』

『えっ!何、そんなに変!?』

『あぁ、いえ・・・しかし、井上でなくていいのですか?』

『うーんとね、これは、ルキアちゃんが使うべき。敵に向かって投げれば、何かの役に立つ筈だ!』

『はぁ』

 

 

実感が湧かないのも仕方無いが、どうせなら何も知らない状態で渡す方がいい。

敵を騙すならまずは味方から、というのとはちょっと違うが、敵が自信満々で投げてくるものを受ける人間が、それに警戒しない筈は無い。

それなら、力が分かっていない状態で投げてもらう方が、敵を少しでも油断させる事が出来るかもしれない。

 

結局それも、書き換えられれば意味ないが。

 

 

『これなら、敵のもつほんの僅かな弱点を突けるかもしれない。ダメだったら逃げればいいんだ。戦う前から逃げるのは論外だけど、あんな強大な敵に一度立ち向かってから逃げた所で誰も文句なんて言わないよ。だから・・・お願いします』

 

 

『一護くん達と、一緒に戦って下さい』

 

 

狛村にしていたのと全く同じように、深く頭を下げて2人に頼み込む。

突然頭を下げてきたのを見て二人とも面食らってたじろぐが、頑なに頭を上げずにいる隼人を見た2人は、今一度決意を固める。

 

 

『承知しました。これで少しでも敵の動きを止められるなら、私はもう十分です』

『最後まで一緒に、あたしも皆と戦います』

『ありがとう・・・本当に、一護くんはいい友達に恵まれているね・・・』

 

 

隼人からもらった瓦礫をルキアは懐にしまい、2人は門へと足を進めていく。

 

 

『ルキアちゃん!井上さん!・・・生き残るんだぜ!行ってこい!』

『『はい!!』』

 

 

 

*****

 

 

 

「という事がありまして・・・」

「何ィ!!!!」

 

 

話を聞いて最も強く反応したのは一兵衛だった。

 

 

「おんしの霊圧を・・・浮竹十四郎の霊圧に変えたじゃと!?」

「少しの間です!全部石に注入しちゃって、僕の身体にはその霊圧の記憶も全部残っていません。今も・・・思い出せないです」

「まさかここまでやってのけるとは・・・いや、所詮模倣に過ぎぬのであれば・・・」

 

 

ブツブツと小声で呟きながら皆とは反対方向を向いて考えていると。

 

 

ユーハバッハの霊圧が、遂に極限まで弱まった。

 

 

「あ・・・・・・」

 

 

その瞬間に、全員無意識に感じていた圧迫感が消え失せる。

 

 

「これで・・・終わったんすか・・・?」

「何だか、本当か分かんねえな・・・」

 

 

確かにユーハバッハの霊圧は恐るべき速度で弱くなっているのだが、ラブの言う事は尤もであり、あれだけ強大な敵が沈んでいく様というのは、実際に起きると本当かどうか疑わしくなってしまう。

藍染が封印された時と違い、“戦いが終わった”という感覚が全く感じられない。

だが、清之介から伝令神機を受けた浦原が、吉報を全死神に伝達した。

 

 

【皆サン!黒崎サンが、ユーハバッハを倒しました!!滅却師との戦いはアタシ達が勝ちましたよ!】

 

 

多くの犠牲を生んだ戦争が、漸く終わりを告げた。

それを聞いた仲間達は、ほぼ全員が安堵のため息をつく。

単純に勝利を喜ぶ十一番隊士もいれば、今後の治療の為に決意を固める四番隊士もいる。

実に3000名もの隊士が亡くなっている壮絶な戦いだったが、それを知るのは後の話である。

 

 

「瀞霊廷に繋がる門は、何処に在る?」

「えっ、あぁ、ここの頂上です・・・」

「成程」

 

 

休む間も無く、一兵衛はその場を後にする。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、想定外の仕事が増えて一気に忙しくなるのだ。

 

 

「え?おじさん、もう行っちゃうんですか!?身体とか色々・・・」

「当たり前じゃ。事後処理を怠けていれば面倒な事になるのは仕事の鉄則じゃぞ」

「いや、そういう問題?」

「そういう問題じゃ」

 

 

と言って地下室から一度出たのだが、何を思ったのかすぐに戻ってきた。

ビシィィィッ!!と人差し指だけ出したポーズをバッチリ決めて、地下室の出口前で声を轟かせる。

 

 

「励めよ!!」

「!?!?」

 

 

それだけ言い残すと、一兵衛は霊圧を使って跳躍し、あっという間に霊王宮の中から霊圧を消した。

 

 

 

*****

 

 

 

地下室にいた一行が階段をつかって地上に戻ると、他の霊圧地点の対処をしていた浦原一行と合流する。さっきはいなかったハッチ達も含まれていた。

石田竜弦と黒崎一心は独自のルートで既に現世に帰っており、破面は囚われたハリベルを探しに行ったらしい。

 

 

「さて・・・ここにいても慣れませんし、瀞霊廷に帰りましょうか」

 

 

下に帰る手段は、霊王宮侵入時と同じ門を使う。

技術開発局は奇跡的に無事であり、隊長格の良質かつ高密度の霊圧を集結したお陰で門の力もまだ残っているため、あと数回は霊王宮と行き来できるらしい。

下にいる阿近と連絡を取り、座標を丁度いい位置に合わせていく。

向こうで発動スイッチが押された瞬間に、あの時と全く同じ霊子の門が下から生成された。

 

 

「お~~~い!!」

「・・・?何やアレ、面倒なやっちゃな」

 

 

上の方から、豆粒程度の人間がこちらに向かって手を振っている。

気怠そうに平子が適当に手を振り返すと、白黒2色で構成された3つの影が段々と此方へ近付いてくる。

というより、落ちてきた。

茶渡と岩鷲は霊圧を巧みに操作して安全に降りてきたが、一護は失敗して床に激突し、強く尻を打ち付けた。

 

 

「ムゥ・・・済まない、一護は相変わらず霊圧操作が下手なようだ」

「なっさけねえなァ一護!折角ユーハバッハ倒したクセにダッセェ!」

「オイテメェ勝手に言ってんじゃねえよ!!!俺が言いたかったのに!!!」

「はーん!!知るかボケ!呼んでもいねえのにわざわざ上に来て“もう全部終わったぜ”って誇らしげに言いやがったオメーにムカついてんだよ!!カッコつけてるけどドン滑りだ!!!恥ずかしーー!」

「う、うるせえよ!!そういやテメェ途中で別れてから何もしてねえだろ!呑気にサボってたんじゃねえの!?」

 

 

「やかましいわアホんだらァ!!!!」

「「すっ、すびばせ~ん!」」

 

 

ひよ里の怒声を受ける前から空気を読んでいた茶渡は黙っており、一護と岩鷲の首根っこを掴んで頭を強引に下げさせる。

元気なのはいいが、もうちょっと時を選んで欲しかった。

勿論この三人も、一緒に瀞霊廷に帰ることになった。

 

扉が開いた瞬間、皆何も言葉を発することなく淡々と足を進める。

最早誰も喋る気も起きず、瀞霊廷に着いてからもまるで隊首会の帰り道のように各々の持ち場があった場所へと戻っていく。

 

 

ユーハバッハの力と、霊王宮から発射した霊子砲弾の影響で悲惨なことになっているかと思ったが、隊舎に関しては頑強な造りのものも幾つかあったため、無事なものが多かった。

重要な施設を兼ねている一、四、十二番隊舎は言うまでもないが、訳アリで壊れやすい十一番隊舎に、隊長の意向で増改築された五、六、十番隊舎も傷は殆ど無い。

中央から離れた二番隊舎と十三番隊舎も損傷は少なかった。

 

一方で、当たり所が悪く被害の多い隊舎もあった。

九番隊は、何と不幸なことに、編集室の区画だけがピンポイントで破壊されていた。

元々の隊舎の被害は大した事無いレベルだが、破壊された編集室を目の当たりにした修兵は強いショックこそ受けたものの、この逆境を乗り越えてこそ真の編集長になれるのだと闘志を燃やす。

 

残る三、七、八番隊舎は、立地や当たり所の悪さなどもあり、全壊してしまっていた。

 

瓦礫の山となった隊舎を見たローズも修兵と同じく強いショックを受けたものの、「いいじゃないですか、これ以上失う物は何も無いんですから」という、吉良からのネガティブな方向の励ましを受けた結果、謎のインスピレーションに手繰り寄せられて再起を誓うこととなった。

八番隊には隊長副隊長両方が不在となったため、隊舎含めて改めて全部再建、という事になるだろう。

 

 

そして、七番隊跡地に歩いて辿り着いてから、更地になったいつもの場所に座り込み、縛り付けられたように動かなくなった。

 



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女たらし

慌ただしく一般隊士達が左へ、右へと移動するのをぼんやりと眺める。

その様子を見ても、何の感慨も無いため息しか出ない。

気が向かないのか、無意識に痛みを庇っているのか、座ったまま立ち上がる気力も湧かずにいた。

 

 

「口囃子隊長。治療の為に四番隊へと向かって頂けますでしょうか」

「・・・・・・」

「口囃子殿・・・?」

「・・・! あ、」

 

 

声を掛けられても気付くことも出来ず、しかもどうして急に生気を失ったのかが分からない。

歩けますか?と言われてもぼや~んとした顔のままで、傍からは耳に届いていないように思える。

 

 

「極度に反応が薄いわりに怪我が少ない。力を使い切って動けないようだな。車椅子で運ぼう」

「承知しました」

「少しだけお待ち下さい。その間に傷の手当を致します」

 

 

程なくして手伝いに駆り出された霊術院生が車椅子を運んできて、なすがままに乗せられて運ばれていく。

手当てをした四番隊の死神は別の隊長格に声かけしに行ったようだ。

移動の最中もボロボロになった瀞霊廷の現状が目に映し出されていたものの、その時の記憶は曖昧だった。

そういった事情を分かっていたのか、はたまた緊張していたのか、院生の男の子は何も話しかけることは無かった。

 

 

だが、気の抜けた炭酸状態になっていた隼人の意識は、綜合救護詰所に入った瞬間に元に戻ることとなる。

 

 

「あ・・・あぁぁ~~~~!!!!!!」

 

 

卍解は瀞霊廷に来る前に解いてしまったため、今の隼人に霊圧を感知する能力こそ無いものの、女性の声が聞こえた瞬間、その声の主がこちらに近付いてくるような気配を感じ取る。

そちらに目を向けた瞬間、思わず隼人も「あ・・・!」と声を漏らす。

 

 

「あんた、何でこんな所に・・・!って、隊長だったの!?信じられない・・・!」

 

 

びっくりして場所を考えず大声を上げたのは、現世の焼きそば事件で助けてくれたツインテールの女性だった。

あの時隣にいた金髪の小学生は今回はいないようだ。

 

 

「でも納得したわ・・・そりゃあ死神なら、現世の小銭の使い方が分からなくても仕方ないわよね・・・!」

「何だよリルカ、知り合いいたのか?・・・って、何だ口囃子さんかよ・・・」

 

 

遅れてやってきた一護が声をかけ、がっかりしたような目をこちらに向けてくる。

いやお前めっちゃ失礼だぞと言いたいが、そうツッコむ前に毒ヶ峰リルカは何だか数年越しの恨みがあったようで、彼女の声が物理的に通ってしまった。

 

 

「あんたがあそこでもたついたせいでね・・・!!限定発売のドーナツに間に合わなかったのよ!!私の直前の人で売り切れて、雪緒にまで来てもらったのに結局買えなかったのよ!!!」

「「え~~・・・」」

「どうしてくれるワケ!!!」

「いや・・・その節はどうも・・・あとごめんなさい・・・」

「バッカじゃないの!?謝られたいワケじゃないの!!」

 

 

リルカがその時欲しかった限定販売のドーナツは、普段期間を置いて再販されることがあるものの、食べたかった味だけが対象外になってしまったらしく、余計にその怒りをぶつけている。

じゃあ作ればいいんじゃ・・・?とか、同じ味を他の店で探せばいいんじゃ・・・?とか色々考えて怒りを落ち着かせようとしたが、予期せぬ形でリルカの怒りは収まった。

 

 

「あんた本当に・・・!」

「分かったから一旦落ち着けって、そんなんアンケートでも書いて出しゃいいだろ?」

 

 

と、一護がリルカの肩をポンと触れた瞬間に、百面相のようにリルカの顔が赤くなったり青くなったりした。

 

 

「はっ!!ちょと、ちょ、ちょっと!!バッカじゃないの!?!?気安く私に触らないでよっ!!」

「おぉ、そうか、悪い」

「えっ、あ、違、べっ、別にそういう、訳じゃ・・・!~~~~~~~!!」

「??」

 

 

天然の女たらしとは、こうまで恐ろしい存在なのか。いくら何でもオトしすぎではないか。

リルカはそのままどこかへと走って行ってしまったが、状況を分かっていない一護はそれを見送るだけだった。

 

 

「本当に君はさ・・・ここまできたら凄いよね・・・」

「口囃子さんよりはなー」

「オイテメェ意味わかって言ってんだろうな?」

「何だよ急に怖いな!」

 

 

ぐぬぬぬぬ・・・と犬歯剥き出しの獰猛な犬みたいな顔をしていると、伊江村から治療(といっても点滴だけだが)の準備が整ったとの報告を受けたため、車椅子に乗ったまま病室へと移動する。

何の当てつけかは知らないが、一護が院生に代わって車椅子を押してくれた。

 

 

「恋次とか剣八は皆治療中で、平子はひよ里とかと大騒ぎしてるから暇なんだよ。井上は治療手伝いで忙しそうだしな」

「聞いてないのに説明ありがとな!」

「聞きたそうな顔してたから教えてやったんだよ感謝しろ!」

「えへへへ」

 

 

暇つぶしに使われるのは釈然としないが、一護にはちゃんと別に友達や、より強い繋がりを持った仲間がいるのだ。その辺の奴みたいな扱いをされようが、文句を言う筋合いは無いし、言うつもりもない。いい友達が沢山いて、慕ってくる女の子も結構いるのは羨ましいことこの上ない。漫画の主人公みたいだ。

 

 

「そういや、ルキアから聞いたぜ。あの黒い手のやつ、口囃子さんが作ったんだろ?」

「え、ああ~・・・助けになった?」

「あれでユーハバッハの動きが抑えられたから、すげぇ助かったぜ」

「そっか。でも、アレは浮竹隊長の霊圧を・・・コピー?したやつだから、浮竹隊長にお礼言わないと」

 

 

ありがとうございます、と虚空にお辞儀する隼人を不思議そうに眺めていた一護は、意外な事を呟いた。

 

 

「・・・ひょっとしたら、こうなる事を分かって、口囃子さんに託したんじゃねえか?」

「え・・・何で?」

「浮竹さんは口囃子さんに霊圧読むよう頼んだんだろ?そうすれば、浮竹さんが上手くいかなくても、口囃子さんが霊圧を真似て使ってくれる。あの人なら全部分かっててもおかしくねえよ」

「まさかぁ!・・・卍解は見せたし能力も知っていたと思うけど・・・えっ、本当に?」

「さあな。これ以上は俺に聞かれても困る」

 

 

そりゃあ此処にいない人物の事を外から勝手にとやかく言ったところで、正解には辿り着かない。

自己都合でどうにも解釈を捻じ曲げることが出来てしまうので、浮竹について深く考えるのは得策ではない。

一護もそれを分かっていたようで、別の話題を持ちかけた。

 

 

「あんた、隊長になったんだろ?副隊長とかどうすんだ?」

「あ・・・・・・そうだった・・・」

 

 

今まで隊長になる事に関して、とにかく滅却師との戦いに足る実力をつけるため、という意味合いが置かれていたことにかまけてしまい、今後の隊の運営とか、もっと長期的な目線で隊長になる事については完全に隅に置かれていた。

咄嗟に思いついたのは、突拍子もクソも無い案だ。

 

 

「一護くん、やってみる?」

「やらねえよ!俺は高校生ってか、今年受験生だぞ!!」

「えー大学行くんだ~!いいなぁ憧れ・・・」

 

 

現世にある大学というのは、勉強をしながらも自分の時間が沢山あり、バイトやサークル、旅行、更には恋愛など、色々なことが出来る夢のような場所であり、時間だという印象を隼人は持っている。

幻想も多分に混じっているが、それならと別の提案を一護に与える。

 

 

「じゃあ、大学で暇になったら護廷十三隊にバイトしに来てよ。一護くんなら大歓迎だし、環を現世のお金に替えれば結構いいお金貰えるんじゃないかな?給料弾んでくれるよきっと~」

「・・・・・・まぁ、大学入ってから考えるぜ」

 

 

もしそうなったら、きっと京楽あたりの給料が減額されて一護の給料になるのだろう。

現実に七緒がそうしてしまうのは、これまた後の話である。

 

 

「そうじゃなくて!あんたの副隊長はどうすんだよ」

「そーだねー、うーん・・・・・・」

 

 

少し荒い鼻息で脱力しながら何も考えずにいると、引き戸の開く音がした。

 

 

「失礼致します。点滴を霊圧回復用の物に変えに来ました」

「「あ・・・・・・、」」

 

 

入ってきた死神を見た瞬間に、思わず一護と顔を見合わせて頷き合う。

一護も名前と席次に関しては知っており、実際に第一次侵攻の時には軽く治療でお世話にもなった人物だ。

自分の班だけでなく、時によっては隊の動きそのものを取り仕切ることもあり、中間管理職としての力はこれ以上ない程に優れた人材だった。

少し細かいのが

 

 

「ねえ伊江村~」

「・・・何でしょうか?」

 

 

まるで子供みたいな呼びかけ方で名前を呼び、案の定警戒されるが、お構いなしに言葉を続ける。

 

 

「副隊長なって」

「・・・・・・は?」

 

 

このやりとりが、新生七番隊のスタートとなった。

 

 

 

*****

 

 

 

いや・・・ちょっと・・・とは言いながら、副隊長に昇進という状況は伊江村にとっては甘い餌でしかなく。

押されつつ、満更でもない様子で、隊士の救護に目処がついてからであれば、七番隊への異動は構わないと一先ず口約束をした。

その場には一護もいたので、証人が必要であればなってくれるだろう。

退院出来るのであれば、すぐにでも京楽に伝えるつもりだ。

 

 

「良かったじゃねえか、目処ついて」

「うん、まあ・・・独りぼっちは辛いからね」

 

 

窓に映る夕日が眩しく、そろそろ日が沈んで夜になるのだろう。

戦争が終わった直後の慌ただしさは若干落ち着き、家のある者は帰路につき、そうでないものは友人の家にお世話になったり、家が壊れた者同士、キャンプみたいに外で過ごす計画を立てている。

夏なので、夜でも平気で外に出られるのは不幸中の幸いと言うべきか。

 

点滴を打ち終わった隼人は、病床確保のために追い出される(退院)する事になったが、酷い怪我を負った者が詰所のベッドを使うべきなのは分かっているため、名残惜しいが出るしかなかった。

一護は処置を終えた茶渡や石田と共に井上を待ち、志波空鶴の所に暫くの間身を寄せるそうだ。

 

隊舎も無い。家も無い。これではホームレス口囃子だ。

かといって、今自分から誰かの所に押し掛ける事は憚られてしまうのだ。

こうなったら、跡地で野宿でもするか。

地べたに寝転がるのは身体が痛くなりそうだが、星空を眺めながら眠るのはいいかもしれない。

点滴のお陰でお腹も空いていないし、お風呂も四番隊のを借りればいい。

 

 

と思っていたが。

 

 

「おーーーう、何してんだ?」

 

 

後ろからお馴染み(六車拳西)の声が聞こえてきた。

 

 

「・・・家が無いので、瓦礫を使って家を作りに行こうかと」

「なら丁度いい。俺の家は壊れてねえから来い」

「えっ!いいんですか!?やった!見捨てられるつもりでいました!!」

「そこまで自分のガキに薄情者じゃねえよ」

 

 

とは言うものの、拳西が再び隼人を自分の家に引き戻した理由は、いつの間にか出来ていた腕の怪我だった。

地味に日常生活に支障をきたすレベルの両腕の怪我では、何よりも料理が出来ないのが辛かった。

普通なら既製品や即席の料理などで代用すればいい話だが、そんな物を食えば筋肉が落ちる、体調を崩しやすくなると頑固に考えているため、何とかしてちゃんと人の手で作られた料理を摂取し、回復を早めたかった。

こういった事を頼めるのは隼人しかいない。無一文なら尚更利害も一致し好都合だ。食の好みだって合う。

しかも腕の怪我を見た隼人は、何だかノリノリになっていた。

 

 

「じゃあ僕が介護してあげますね!」

「老老介護だな」

「うるせえよジジイ」

「・・・・・・・・・」

 

 

と言っても腕のせいで拳骨が飛んでこないのは、非常に有難かった。

ブチブチブチと蟀谷が音を上げていた気がするが、聞こえない聞こえない。気のせいだ。

ある程度の節度を持ちながら、新生活を楽しむことにした。

 




一護は本当に、罪な男だと思います・・・。


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復興と改革

「それじゃ、何か言い残すことはあるかい?」

 

 

一番隊舎前。

『無間』から出獄させていた藍染惣右介の再収監に、口囃子隼人を含めた隊長全員と、一部の副隊長が万が一に備えて立ち会う。

京楽の発した言葉は場合によっては藍染の計略にもなり得るため、いざという時は何らかの手段で口を塞ぐことも考えている。

それでも、今の藍染なら鬼道は使えるし、下手をすれば浦原喜助が作った封印架を自力で壊す可能性もあった。

それを防ぐ為に、あの時藍染の霊圧に干渉して妨害した隼人はこの場にいなければならない存在であった。

しかし同時に、藍染が何か隼人の心を乱す発言をする危険性もあった。

 

薄らいでいく死の匂いの中、藍染は何を思うのか。

京楽の言葉に、藍染は不敵な笑みを返す。

 

 

「残念だが、言葉を残す価値のある者はここに居ない。京楽春水、君も含めてね」

 

 

その言葉に、警戒心を崩さずにいながらも藍染の上司だった平子は心の内で理解を示す。

同等か、それ以上の立ち位置にいる存在で無い限り、今の藍染は興味を示すことも無いだろう。

それでいて、口囃子隼人に対しては、藍染自身の持つ強い敵意から決して近い立ち位置にいる事は認めない。名前を上げずにいるのは、矜持とも片意地ともとれる言動だ。

 

 

「もう少し黒崎一護と語らいたかったのだがな。浦原喜助が気を回したか」

「一護クンは元々部外者だからねぇ。それに、何か彼に話す事があるとしたら、もう済ませてあるんだろう?」

 

 

スゥ・・・と藍染の目が鋭くなるが、京楽は傷の無い左目で藍染を見下ろすだけで、一切の感情を伝えようとしなかった。

 

 

「じゃあ、行こうか。刑期を終えた後、君が尸魂界の味方である事を祈るよ」

「心にも無いことを」

 

 

無間の鍵を心臓に埋め込んだ京楽が先行する形で、刑軍の面々が滑車のついた封印架を後ろからゆっくりと押していく。

ここまで素直に総隊長の言動に従い、自ら無間へと向かって行く事を意外に感じる者も少なからずいたが、それは今の総隊長に個人的な思いがあるのか、それとも現在の瀞霊廷にいるより、無間で囚われている方が有益なのかは考えた所で誰にも分からない。

 

そもそも藍染の思考を理解出来る者など、いるかどうかも分からないが。

 

色々考えていると、気付いたら藍染が隊舎の中へと入っていく所まで来た。

今は目の前に集中しないとと気を引き締め直した隼人は、明後日の方向から響いた怒声に過剰にびっくりしてしまった。

 

 

「巫山戯るな!」

 

 

思わずその方向に顔を向けてしまう隊長格もいる中、何してくれているんだと苛立ちを見せる隊長格もいる。

よく通る声は、修兵のものだった。分別のつく男が、ここまで気を荒くするのは珍しい。

東仙の事を備えて修兵は藍染移送に関わる別の任務に就かせたにもかかわらず、何故此処に来たのか。

とは言えここで拳西が大声を上げるのは得策ではなく、焦りながらも背中をトントンと優しく叩く隼人の取り計らいによって一旦は怒りを鎮める。

落ち着かせるように何度も無言で頷いているのを見れば、いくら短気でも気持ちは抑えられる。

 

 

「東仙隊長が・・・お前の言葉なんかで信念を曲げたって言いたいのかよ・・・」

「妙な物言いをするな、檜佐木修兵」

 

 

京楽が窘めようと口を開き一度は落ち着きを見せるものの、饒舌に口を開き始めた藍染によって、簡単に修兵の律した心は崩れていく。

 

ダメだ、どうあがいても藍染の方が上手だ。

 

一連の会話を聞いていると、終始藍染のペースに乗せられて玩具のように修兵の心が搔き乱されている。

周りの隊長格も、むやみやたらに藍染の言葉を引き出そうとする修兵に表情で怒りを表している。

雛森や乱菊は、見ていられずに目を背けていた。

 

 

「君達も、いずれ知る時が来るだろう。この尸魂界が・・・死神というものが、如何に危うい幻想で形作られているのかという事を」

「・・・・・・そこまでにしようか。君にしては口数が多い」

 

 

そして藍染を移送させようとしたが、納得のいかない修兵はこの場を取り仕切る京楽にまで我儘じみた事をぶつけた。

 

 

「待って下さい!藍染の奴が一体何を言おうとしているのか聞くべきです!!」

 

 

ここまでして自分の事を押し通そうとする修兵に京楽は目を丸くして驚いたが、怒りの限界を迎えた砕蜂が、修兵の背後に回り込んで片腕を捩り上げる。

同じく舌打ちして怒りの限界を迎えた隼人が修兵の前に立ち、

 

 

「うるせえよ。少し黙ってろ」

 

 

調整を施した白伏を修兵にかけて、喋ることが出来ずに意識だけ残した状態にして身動きを取れなくした。意図せぬ連携だったが上手くいったようだ。

 

 

「ほう、意識を残した白伏か。私との問答を避けつつ、私の言葉を檜佐木修兵が受容できるようにしたか」

 

 

藍染の言葉を無視し、隼人は持ち場に戻る。

そこからは藍染の一人語りが続いたが、死神達への影響を懸念した京楽の取り計らいで、すぐに無間へと運ばれていった。

 

藍染の言葉は基本的に信用など出来ないものばかりだが、それでも引っ掛かるものはあった。

 

“如何に強い決意を身に抱こうと、単なる感傷で強者を屠ることは出来ない”

“血肉と魂を贄にして足掻く事が、真実を見通す上では必要だ”

 

この事を嘘っぱちだと捨ててしまうのは、精神が未熟な隼人には出来ない。

そもそも空座町では、単なる感傷で藍染に挑んていたようなものだ。

京楽が無事に無間から戻ってきて報告を受けてからも、ずっと頭に蟠りのように残り続けていた。

 

 

 

*****

 

 

 

午前中に藍染再収監に立ち会った後は、ご飯を食べて新隊舎へと向かう。

数日で出来た新しい隊舎は、非常に簡易的なプレハブの事務所みたいなものだった。

引き戸を開けようとしたが鍵がかかっていたので、まだ伊江村は来ていないのだろう。

中に入って備品整理をした後にグダグダしていると、少しずつ感じられるようになってきた霊圧が近づいてきて引き戸が開く。

 

 

「おはようございます、口囃子隊長」

「伊江村おはよ~」

「・・・もう少し気の入った挨拶にして頂けないでしょうか」

 

 

一護のいる中で説得した翌日に京楽の許を訪ねて伊江村の副隊長昇進に関する話をすると、とんとん拍子で話が進み、仮契約として伊江村は七番隊副隊長となった。

その前には緊急任命で四番隊の隊長となった勇音が妹の清音を副隊長にしてくれと頼んで承諾したのもあるが、彼自身もここまで新体制の一部が早く決まるとは思ってもいなかったようで、少し嬉しそうな顔だった。

だが、現在は怪我をした隊士の治療も必要であるため、ある程度の目処がついて以降は、午前中は四番隊で治療を行い、午後は新七番隊で副隊長業務をこなすこととなった。

その“ある程度の目処”がついたのが昨日であり、今日が伊江村にとって七番隊初出勤だったのだ。

 

それなのに、新たに上司となる死神は、自堕落にもデスクでだらだらしている。眼鏡も思わず光る。

幸先の悪いスタートが不安でしか無かった。

 

 

「改めまして、副隊長に任命されました、伊江村(いえむら)八十千和《やそちか》と申します。これから長い付き合いとなりますが、何卒よろしくお願い申し上げます」

「仮だけどね。よろしく~!じゃあ早速お仕事をお願いしたいんだけど・・・」

 

 

隼人がどこからともなく取り出したのは、戦争前に作られていた今年の護廷十三隊全席官名簿と、一~四に分けられた、途轍もなく分厚い全隊士の名簿だった。

 

 

「この中から気になった子選んで。そこから席官候補決めるから」

「えっ・・・これを、全員ですか!?」

「今の段階で亡くなっている死神はすでに×書いて除外してあるから・・・4000人かな?でも経験浅い子とかは最初から除外していいから、見るのは200人ちょいだと思うよ?僕も時々手伝うから大丈夫!」

 

 

いきなり無理難題を押し付ける上司に当たってしまい、余計に将来が不安だった。

だが、伊江村に任せたのには勿論理由がある。

 

 

「伊江村なら、中立に見られるでしょ?僕だったらどうしても偏っちゃってバランス悪くなっちゃうと思うんだ。ほら、僕鬼道しか出来ないし」

「あぁ・・・成程。ですが私も回道しか出来ませんし、斬魄刀も鬼道系ですよ?」

「性格だよ性格。伊江村は僕の数億倍きっちりしてるからさ~」

「だったら貴方がもう少しきっちりすれば・・・(怒)」

「何?」

「いいえ、何でも。承知致しました」

「ありがと~!伊江村が見つけた人を基にして直接2人で交渉に行くからよろしく~」

 

 

と言うと、隼人は壁に置いてあるカラーボックスの中から1冊の本を目の前に空間転移させ、挟んでいた栞のページから読み始めた。

全く別の事を始める隊長の姿に、えっ、ちょっと、仕事やらないで読書!?はぁ!?と苛立ちを強めたが、勿論これにも理由がある。

 

 

「あの~・・・その本は・・・?」

 

 

やんわりと棘のある口調であることを意識しながら問いかけたが、意に介さず、というより全く伊江村の意図に気付くことなく気楽な様子で答えた。

 

 

「んーと・・・これは、経営学?とかいう現世の本なんだけど」

 

 

 

本を読むように頼んだのは、総隊長だった。

 

 

『山じいも卯ノ花さんもいなくなった護廷十三隊をどう強くしていくか・・・当然、みんなが今まで以上に鍛錬して力をつける事が大事だとは思うけど、ボクは組織として強くなることが必要だと考えている』

『はぁ・・・』

『色々、変えていこうと思うんだ。時代に合わない昔のしがらみを無くしたり、現世にある新しい知識を積極的に取り入れるつもりさ。新しい隊長になった君には、四十六室の阿万門筆頭司書と共に、復興と改革を推し進める中心の存在になって欲しい』

 

 

勇音は四番隊の隊長であり、現在のような有事の際には他の仕事を投げうってでも治療に専念してもらう必要がある。

自分に白羽の矢が立てられた理由は簡単に理解できた。

 

 

『だから君は、取り敢えず半年間は知識を吸収することに集中して欲しい。新たな護廷十三隊・・・いや、尸魂界を作る為に必要な知識だ。本当は現世の大学にでも行かせたい所だけど、今の状況で隊長を三人も空席にはしたくないからねぇ』

『人別録管理局の仕事は・・・?』

『暫くは休止してもらう。もっと復興が進んで、色々とはっきりしてから一気にやる方が効率いいと思うからさ』

『なるほど・・・』

 

 

そして、何処から取り寄せたのか分からない、紙袋2つ分にぎっちり詰まった大量の本が渡された。

浦原かリサに頼んだのかもしれないが、何十冊もある本は持ち帰るだけでも苦労するだろう。

病み上がりの中、恐るべき仕事の速さは驚嘆する程だ。

 

 

『先ずはこれを全部読んで欲しいんだけど、これからどんどん護廷のお金で本を買うから、全てくまなく目を通して沢山知識を蓄えるんだ。君が思い描く未来の尸魂界がどう在るべきか、現世の新しい知識の観点から考えて欲しい。ボクみたいなおじさんより、若いキミの目線が必要だ。任せてもいいかい?』

 

 

こんな立派な役割を、隊長になりたての頃から任されるとは。自分が思っていた以上に期待されていることに身が引き締まる。

おとぼけミスこそたまにしてしまうが、基本的に仕事は人並みに出来るのでその力を買っているのだろう。

 

 

『何と・・・こんな大仰な役目を僕がやっていいのでしょうか・・・』

『キミにやって欲しいんだ。彼女はもう動き出しているから、途中から加わって欲しい』

『おぉ・・・』

 

 

伊江村の事を全くもってバカに出来ない程には乗せられている。

京楽の期待にしっかり応えたいという思いは勿論あるが、新しい尸魂界を作るために自分が中心となるのは、これからの護廷十三隊の礎を築くことであり、俄然やる気が漲ってくる。

 

 

『是非・・・やらせて下さい。完遂してみせます!』

『良かった~・・・キミに断られたらどう説得しようかと・・・』

 

 

どのみちやらせる気だったんかい!と思ったが、尸魂界のその先を考えることは純粋に楽しくもあり、困難でもある。

かなり重たく、やり応えしかない仕事に向き合うのは初めてで、不安と楽しみが綯い交ぜになりながら、素晴らしい結果を残せるように決心したのだった。

 

 

 

「伊江村がこっちに来るように京楽隊長に進言した時に僕だけ残ってって言われたじゃん。その時に任されちゃったんだー。だから頑張らないと!」

そういう仕事こそ、私がうってつけでは無いのですか・・・・・・、いえ、素晴らしいですね。私も是非お力添えさせて頂ければ幸いです」

「手が必要になったらね~」

 

 

お互い分厚い本ににらめっこする日々から、新七番隊の仕事は始まったのだった。

 



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