わんぱく全盲お姫様 (アサルトゲーマー)
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ディープブルー

思い付きですがエモで殺す気で書きました


 とある世界のとある大陸。

 そこには貧しい、しかし平和な小国がありました。

 

 建国99年の記念すべき日、国王と王妃の間に娘が産まれました。これはめでたいとお城中大盛り上がり。

 100年目の子として「ユズ(yüz)」と名付けられ、それはそれは大事に育てられました。

 

 しかしひとつ問題が。なんとその娘は目に光を映すことができなかったのです。

 これには城の全員が驚き、そしてなんとかできないかと色々と手を尽くしました。

 

「ユズ様。これは杖です。こう、床をコンコンと叩いて、足元に何もないのを確認しながら歩くのです」

 

 それはもう色々と。

 

「魔力は音と同じように、壁にぶつかったとき、共鳴や反射が起こります。今日は魔力の共鳴について勉強しましょう」

 

 ありえないほど。

 

「海の底、または洞窟のような闇の中に暮らす獣は山ほど存在します。今日は姫様に、彼奴らが使うソナーという技術をお教えしますぞ」

 

 手を尽くしたのです…。

 

 ひとつ、誤算があったとするならば。

 それはユズ姫が魔法大臣を凌ぐほど才気が豊かで、誰よりも耳が良かった事でしょう。

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「姫様ー!ユズ姫様ー!今日こそはお勉強をしてもらいますぞ!」

 

 しわくちゃの顔にやせぎすの腕。しかし姿勢はピンとしている老人が城の廊下をドカドカと歩きます。

 彼は魔法大臣マジィ・パネエ。マ爺やパネエ爺の愛称で呼ばれる彼はユズ姫の教育係。しかし肝心の姫が忽然と姿を消しました。

 この手の物語にありがちな誘拐でしょうか?いいえ、違います。

 

「あんのワンパク娘!今日という今日は許しませんぞ!」

 

 そう、彼女は脱走のプロになってしまっていたのです。

 目が見えないからと言ってアレコレと教え、甘やかした結果。ユズ姫は手の付けられないほどワンパクに育ってしまいました。

 勉強から抜け出すのは当たり前。パネエ爺の食事からハムを盗む、使用人に混ざって中庭でガーデニングする、下町に遊びに行く、などなど……。余罪数十件のこまったちゃんです。

 

 なぜこんなにもアクティブに動けるのか?それは彼女の才能に他なりません。

 一度杖を打ち鳴らせば周囲の人間の場所を察知し、二度打ち鳴らせば何をしているのかも理解できます。

 もちろん音だけではありません。彼女からは常に魔力の波が発せられていて、その反響と共鳴から障害物の位置や形、強度までを明確にします。

 

 つまりユズ姫は天才でした。このような真似などパネエ爺でも到底できません。

 そして手が付けられなくなるのは当たり前だったのです。

 

「パネエ爺にも困ったものね…」

 

 コソコソと生垣を進む影。滑らかな銀髪に、瞳を閉じた、絵にかいたような美少女。彼女こそがこの小国の姫、ユズなのです。

 その彼女は身分を隠すようにボロのローブで身を(まと)い、時折杖で石畳を叩きながら歩いていきます。

 

 カツーン。カツーン。

 

 音が鳴るたびにメイドや使用人が振り向き『お姫様は相変わらずだなあ』と苦笑いをします。彼ら彼女らはユズ姫に対して甘々なのでした。

 

「ふふ、バレてないバレてない」

 

 杖を打ち鳴らしながら歩く人物などお城どころか、国全体からみてもたった一人。世間知らずなユズ姫はそのあたりに関して全くの無知なのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ペート!遊びに来たわ!」

 

 ユズ姫がやってきたのは『サボり屋』ペートの仕事場。彼の仕事場は城壁の上にあり、ありもしない他国からの攻撃にそなえる監視員でした。

 監視するべきものが無い監視員。だからこそ景色ばかり見ている『サボり屋』なのです。

 ペートはユズ姫を一瞥すると、視線は再び外へ。「何の用で?」彼は静かに問いかけました。

 

「言ったじゃない。遊びに来たわ!」

 

 悪びれもせず彼女はペートに並び立つと、弱い風が髪を薙ぎました。

 銀糸の髪がキラキラと光ります。

 

「ここはいい場所ね。風も気持ちいいし、空気もおいしい」

「景色も良いですよ」

「もう!デリカシーがないんだから!私はこれでも全盲なのよ!」

「自分で『これでも』なんて言いますか」

 

 ペートはくすくすと笑います。それを見たユズ姫はぷうと頬を膨らませ、そっぽを向いてしまいました。

 

「ああ、すみません。姫様を見ているとどうしても信じられなくて」

「目が見えない事?」

「はい。足取りなんてパネエ様よりしっかりしていますからね」

「オジサンなんかには負けてられないからね!」

 

 フンス!と胸を張り鼻高々といった様子の彼女。得意げな表情に神秘的な美貌、風に靡く輝かしい銀髪も相まって、その姿はまるで一枚の絵画から抜け出して来たのかと思うほど。

 

「……ああ、本当に残念です。この景色が見られないなんて」

「はいはい、あなた毎回それ言うわよね……ちょっとくらい見られないかしら」

 

 彼女はそう言うと、うっすらと瞼を開きました。その美しい瞳が太陽の光に照らされます。

 

 ディープ・ブルー。

 

 どこまでも吸い込まれそうな深い青にペートは釘付けになります。そして、ポロリと言葉がこぼれました。

 

「本当に…綺麗です…」

「ペートの景色自慢はもう聞き飽きたわ」

 

 それを何と捉えたか。ユズ姫は適当に手をヒラヒラと振るのみでした。

 

 

 

 

 

 

 しばらくすると飽きたのか、ユズ姫はどこかに行ってしまいました。ペートは相変わらず、外を見ています。

 そのまま雲を眺めることしばらく。今度はやせぎすの老人、魔法大臣パネエが現れました。

 

「ペート!ユズ姫様はこちらに来ませんでしたかな!?」

 

 息も絶え絶えにパネエ。それを一瞥すらせず、ペートは淡々と返します。

 

「来られましたよ。今日はいいものを見られました」

「感想は言わなくてもよろしい!それで、どちらへ!?」

「わかりません。気を抜いていたもので」

「ムギーーッ!どいつもこいつも姫様の味方ばかり!」

 

 そう吐き捨てるとパネエはドカドカと足音を鳴らしながら城壁から降りていきました。

 

「……本当に気が抜けていただけですよ」

 

 その独白は誰にも届かず、とはいきません。

 

「ありがとうペート。あなた、トボけるのが上手ね?」

 

 なんてったって、ユズ姫は耳が良いですからね。

 

 

 




続きは未定です


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メイドベル

2話も読者を殺すつもりで書いています


 

 

 

 とある世界のとある大陸。

 そこには貧しい、しかし平和な小国がありました。

 

 小国に住むお姫様の名はユズ。彼女は目に光を映すことができませんでした。

 そのためお城の人たちはあれやこれやと工夫を凝らします。

 

 その中のひとつが『ベルメイド』というものでした。

 

 ベルメイドとは、その名の示す通りベルを体の何処かに取り付けたメイドの事です。目の不自由な姫様が孤独を感じないよう、またメイドたちの居場所を把握できるようにする心遣いでした。

 そんな心配とは裏腹にユズ姫はわんぱくに育ち、いまやベルなど無用の長物。自然にベルメイドは存在を減らしていきます。

 そして現在、ベルメイドはたった一人。それもおやつの時間限定だけになりました。

 

 人数はともかく、どうして時間限定なのか?それの答えはたった一つ。

 ベルメイドはいつもお菓子を携帯していて、ユズ姫が求めれば必ず与えたから。そのことから「ベルの音=おやつ」と認識されているからなのです。

 

 

 

■■■

 

 

 

 ちりちりちりん。

 小さく、しかし澄んだベルの音が鳴ります。これがユズ姫にとってのおやつの時間の合図。普段であれば数分、遅くとも10分以内には彼女は現れます。

 

 しかし今日に限って、ベルを持っているのはメイドではありません。

 やせぎすの老人、魔法大臣マジィ・パネエです。いくら追いかけても捕まらないのなら、向こうから来てもらおうとの逆転の発想でした。

 魔法大臣からベルジジイにジョブを変えたパネエは「今度こそは」と、声をださないようにニヤニヤと笑います。そのビジュアルはまさに悪者そのものです。

 

 

 何も知らないユズ姫は、この悪のニヤケ面のベルジジイに捕らえられてしまうのでしょうか…?

 

 

 パネエは待ちました。5分、10分……。ついに20分を越える頃になって、何かがおかしいと感づきます。

 いつもならゴキゲンに鼻歌を歌いながら、乱暴に地面をカツンカツン叩いて現れるユズ姫が、その存在を欠片も主張しないからです。

 

 いやまさか。そんな莫迦な。

 

 作戦の失敗を悟ったパネエは本来のおやつがある場所、厨房に向かいます。

 

「ここにユズ姫様は来られなかったかね!?」

 

 到着するなり彼は声を荒げます。それを見越してか、本来の『ベルメイド』ウノがすぐに頭を下げました。

 

「姫様でしたら、先ほどまでここに」

 

 そして掌でテーブルを指し示します。彼女の指す先、そこには今日のおやつであるパイ……の粉と食器だけが残されていました。

 パネエは絶句します。そして驚きのあまり、そのしわくちゃの手からベルを取り落としてしまいました。

 

 ちりちりちりん。

 小さく、しかし澄んだ音が物悲しく響きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パネエ爺もおばかよねぇ。あんな罠にむざむざ引っ掛かるわけ無いじゃないの」

「姫様。もう外は暗いですよ。寝室に戻られた方がよろしいのではないでしょうか」

「私には光も闇もないわ。暗くたって困らないから大丈夫よ」

 

 『サボり屋』ペートはため息を吐きました。夜警をしているところで何者かが現れたと思ったら、ユズ姫だったのですから。

 彼はユズ姫を一瞥しました。暗がりの中でも映える銀髪は月明りの中で一層美しさを増し。思わず手が伸びそうになったところを咳ばらいをしてごまかします。

 

「そもそも音が違うのよ。ウノはもっと優しく鳴らすの。ころんころーん、って」

「はあ」

「ふふふ、なんだか懐かしくなってきちゃった。あの頃のウノったら、ベルを鳴らしすぎるから大変、で……」

「……大変で、どうなさいました?」

 

 突然言葉の止まったユズ姫を訝しむようにペートは問いかけます。しかし彼女は返事を返さず、あたりを見回すようにキョロキョロと頭を動かし始めました。

 

「鳴ってる…」

「何がですか?」

「そうね、私の過去かしら」

「はあ」

 

 詩的な答えにペートは生返事。それを気にした風もなく、ユズ姫は足取り軽くその場を立ち去り始めました。

 

「多分今日は戻ってこないわ。おやすみペート」

「ええ、おやすみなさい」

 

 暗がりに消えていくユズ姫。それを見送ったペートは再び視線を城外に移します。

 静寂。ときおり弾ける松明の音以外何もない世界で、彼は退屈を感じるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 『ベルメイド』ウノは、自室でベルを転がしていました。

 そのベルは錆びて変色し、音らしい音も鳴らしません。それは10年も前に作られた、初期のベルメイドに配られた特注品だったのです。

 良い音を出すために様々な合金を使い、それ故に1年もしないうちに腐ってしまう儚いものでした。

 

 いまとなってはノイズをまき散らすだけのゴミ。しかしウノはこれだけは捨てられません。

 なぜならそれは、彼女とユズ姫だけの、秘密の合言葉だからです。

 

 トントントン。

 彼女の部屋にノックの音が響きました。

 

「……はい、どうぞ」

 

 ウノが返事をすると、扉が開かれます。中に入ってきたのはユズ姫でした。

 

「うふふ、今日はどうしたの?」

 

 ユズ姫が(ベル)のように笑いながら問いかけます。その優しい笑みに恥ずかしそうにしながら、ウノは小さな声で答えました。

 

「今日は…パネエ様がいらしたので、ゆっくりとできませんでしたよね」

「うん、そうね」

「だから、その…」

「……」

 

 彼女はウノの言葉をじっと待ちます。一方でウノは顔が真っ赤になるほどいっぱいいっぱいで、なかなか続きが喋れません。

 そのまま二人は何も言わず、ただ時間だけが流れます。その時、ユズ姫が悪戯でも想い付いたように悪い顔になりました。

 

「そうねえ。私はなんだか眠くなってきちゃった。今から自分の部屋に戻るのは面倒よねえ」

 

 ユズ姫は彼女に顔をグイと近づけます。それに気圧されるようにウノは身をのけぞらしました。

 

「久しぶりに、たっぷりと甘えたいわ。ウノおねえちゃん?」

「はっ、はいいぃ」

 

 のけぞった体に抱き着くユズ姫。抱き着かれたウノは、見える頭頂部を震える手で撫で始めます。

 さらりとした感触。家臣たちが必死になって手入れをしているだけあって、その手触りは極上でした。

 

 ウノは最初期のベルメイドの一人。そして、ユズ姫と姉妹のように育ってきた元おつきのメイドだったのです。

 甘え上手な彼女にメロメロなウノは、定期的に、そして頻繁に彼女と過ごしてしまうのでした。

 

「明日もパネエ爺の件、よろしくね?おねえちゃん」

 

 彼女の甘い囁き。それに一も二もなく頷いてしまいます。

 もちろん割を食うのはパネエですが、この強烈な誘惑に勝つ術をウノは持ち合わせてはいないのでした。

 

 はたしてベルは誰のために鳴っているのか。すっかり因果が逆転してしまった二人はしかし、姉妹のように仲睦まじく夢の中に旅立つのでした。

 

 

 

 

 

「大好きよ、ウノ」

 

 その囁きはきっと、夢の中の彼女が受け取るのでしょう。




続きは未定です


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オフボード・タクティクス

3話は僕の性癖を読者にぶっ刺すために書きました


 

 

 とある世界のとある大陸。

 そこには貧しい、しかし平和な小国がありました。

 

 貧しいと言えども。小さいと言えども国は国。その王族となれば使用人の数も相当な数です。

 ところでこの王族には、一風変わった風習がありました。それは傍使え以外の使用人も、必ず面通しを行うというもの。

 

 今日からこの王城で働くことになる『見習いメイド』トリアは、今からユズ姫の元へ赴き、面通しを行うことになっていました。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「いい?トリア。意識をしっかりと保つのよ」

「はい…?」

 

 ユズ姫の自室の前にある大きな扉。そのすぐ傍でトリアは先輩メイドから警告を受けていました。

 その言葉には寸鉄にも似た力強さがあり、しかしその真意がサッパリ分からない彼女にとっては困惑の種にしかなりません。

 結果、生返事が彼女の口から放たれました。

 

 その返事を聞いた先輩メイドは額を押さえ、どうしたものかな…とつぶやきます。

 

「トリア。あなた、姫様の目が見えていらっしゃらないのは知っているわよね?」

「ええ、はい」

「じゃあ姫様がどうやって相手の顔を知るか、分かる?」

 

 え?と驚いたような顔を浮かべるトリア。まさか何も考えていなかったのかと、そして誰も教えてくれなかったのかと先輩メイドは驚愕します。

 そして一瞬遅れて、ここの連中なら面白がって伝えないなんてこともあるかも、とかぶりを振ります。

 しょうがない。先輩メイドは溜め息を吐きました。

 

「肌のケアはバッチリ?」

「はい」

「髪は?」

「しっかりと」

「化粧は?」

「初日だけはするなとメイド長が」

「よろしい」

 

 最低限の条件は揃っている。ならばあとはぶつけて砕けさせるだけだ。

 やけっぱちになった先輩メイドは様になる綺麗な所作で扉を四度ノック。新人の顔通しですと短く要件を告げ、返事を待ちました。

 

「いいわよ、入って」

 

 すぐに聞こえた返事は優しく、聞き心地のよい声でした。

 この世の者とは思えぬほどの美人と評判の『白金の姫』ユズ姫。トリアはその姿をようやく見られると内心興奮しています。

 

 先輩メイドが断りを入れて扉を開きました。

 

 そこに居たのは評判に違わず。頭のてっぺんから足先まで真っ白の、絵画から抜け出して来たかのような少女。

 トリアは思わず、ほうとため息を吐きました。

 

「どうぞ近くへ」

 

 ユズ姫からの言葉でハッとしたトリアは、少し緊張しながら歩み寄ります。

 きらきらと光る御髪。透き通るような肌。ひょっとしてこの人は妖精か何かなのではないだろうか?そういった疑問が頭を擡げます。

 

「もっと近くへ」

 

 ユズ姫とトリアの距離はおよそ三歩分。王族と新入りメイドとしてはあり得ないほど近いのに、彼女はもっと近くへ来いと手招きします。

 

「もう少し」

 

 既に手が届きそうな距離。トリアはまだ進むべきなのかと先輩メイドに視線を送ります。そして返ってきたのは首肯。

 

「はい、そこで止まって」

 

 もう一歩進み、言われるがままトリアは足を止めました。互いの距離は既に躰二つ分ほどしかありません。

 ユズ姫の美貌は不思議なことに、どれだけ近づいても欠点らしい欠点は見つからず。それがトリアから現実感を奪います。

 

 そんな彼女が呆けていると、ピタリと冷たいものが頬に当たりました。

 ひゃ、と声を上げそうになったのを飲み込みます。なんていったって、その冷たいものはユズ姫の手だったのですから。

 

「少し撫でるわね」

 

 否やの言葉など出るはずもありません。先ほどよりも近くなった互いの距離に、トリアは混乱しました。

 その間もユズ姫の両手が顔を這っていきます。頬、鼻、おでこ、唇…。

 

 こんな風に撫でられたのは初めてです。親にだってありません。次第にトリアの混乱は加速していきます。

 

 うなじ、つむじ、耳の後ろに顎の下…。もはや彼女の頭はパンク寸前。どうにかして意識を逸らそうと視線を巡らせると、当然と言うべきか、ユズ姫の顔を見ることになりました。

 

 薄く、それでいて長い、日の光を反射する睫毛。そしてその奥に、わずかに見える、深い深い青の瞳。

 それは薄明(はくめい)の色。昏く、しかして明し。その不思議な色彩に、トリアは心を奪われました。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく、彼女の記憶はすっぱりと途切れています。

 ハッと気を取り戻すといつの間にか廊下に出ていて、先輩メイドに肩を揺すられていました。

 

「あれ…?私は何を…?」

 

 やっと戻ってきた。そうため息を吐きながら、先輩メイドは彼女の肩から手を離します。

 

「貴女、さっきまで上の空だったのよ。姫様に顔を撫でられてね」

「え!そんなまさか!」

「そのまさか。それで貴女が103人目よ」

 

 何のですか?と口を開く寸前の事でした。トリアは先輩メイドの目が遠くを見つめていることに気が付きます。

 彼女は何かを察しました。そして、浮かび上がる疑問をそのまま先輩メイドへと投げかけたのです。

 

「先輩は何人目だったんですか…?」

「記念すべき10人目」

 

 先輩メイドは顔も見せられないと言わんばかりに俯き、そう言います。

 髪の間から覗くその耳は、湯気が出そうなほど真っ赤でした。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

「うふふ」

 

 一方そのころ。

 妖精かと見まごうほどの風采を持つユズ姫は、勉強部屋の椅子に座ってクスクスと笑っていました。

 

「何ですかな気味の悪い」

 

 それを咎めたのは教師役の魔法大臣マジィ・パネエ。現在教鞭を握っている彼は歯に衣着せぬ物言いです。

 そのあまりな物の言い方にムッと眉を顰めるユズ姫。しかしそれは一瞬のことで、彼女の表情はすぐに崩れます。

 それは、新しい味方を得た確信からくる勝利の笑みでした。

 

「姫様、ちゃんと話を聞いておりますかな?ゴールド・シルバー・ブロンズの中で最も雷の力を通しやすいのは?」

「シルバーよ」

「……正解」

 

 突然出された問題に難なく答えるユズ姫。正解を言われては叱ることも出来ず、パネエ爺はぐぬぬと臍を噛みます。

 それとは逆に、笑みを浮かべるユズ姫。

 盤外戦(オフボードウォー)はもう始まっているのよ。音は漏らさぬように、言葉は口の中で留めます。

 

「何か言いたい事でも?」

「いーえ、なにも」

 

 人の上に立つ人物として、自らの武器(美貌)を使う(さか)しらさを身に着けた事を喜ぶべきか。それとも、悪知恵がついてしまったと悲しむべきか。

 何も知らぬは爺ばかり。

 

 

 




続きは未定です


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ラブ・イズ・ブラインド

4話ですが勿論性癖に妥協はありません


 

 とある世界のとある大陸。

 そこには貧しい、しかし平和な小国がありました。

 

 大国にはおよそ及びませんが、歴史はそこそこ。そして城もそこそこ大きいとなれば、脱出用の抜け道の一つや二つはあるものです。

 しかしそんなものがあると知られては脱出用にはなりません。情報は管理され、場所は隠蔽されています。知っているのは王と王女と近衛だけ。

 

 そのはずですが、何事にも例外があるもので…。

 

 

 

■■■

 

 

 

 ディエスは貴族階級の嫡子として生まれたワンパク坊主です。

 屋敷を抜け出しては庭を駆け回り、いつも泥だらけになって帰ってきました。

 彼の母はいつも叱るのですが、父は子供はそうでなくてはと思っており、今は屋敷に入る前に泥さえ落とせば一応お咎めなしとなっています。

 

 そんなディエスの趣味は庭の冒険。丁寧に手入れされた木のゲートを潜り、草の絨毯を抜け、花畑へと足を延ばします。

 普段であれば誰もいないその場所に、しかし真っ白な影が一つ。

 驚いたディエスはその場で立ち止まり、その影をじっくりと眺めます。

 

 背を向けた人型。装飾の無い、しかし見事なまでに真っ白な外套。そこから伸びる手と髪もこれまた真っ白で、そこだけ色が抜け落ちているかのようでした。

 その真っ白な手が花弁を摘み取ります。そしてその影は匂いを嗅ぐように頭を近づけ…。

 それの中身を吸い始めました。

 

「ええ…」

 

 謎の真っ白の存在は、ただの花蜜泥棒でした。 

 

 

 

 

「おい」

 

 花蜜泥棒はその後も犯行を続け、ついに犠牲が10に届こうとしたところでディエスに声を掛けられます。

 振り返る影。果たしてその(かんばせ)は少女のもので、とても美しいものでした。ディエスは一瞬どきりとしますが、その口に咥えられた花弁を見て気分が急激に落ち着いていくのを感じました。

 

「何やってんだよ。ここは俺んちの庭だぞ」

 

 えっ、そうなの?言葉にはしませんでしたが、彼女の表情はそう物語っています。

 彼女は花弁をもごもごと転がし、味のしなくなったそれを地面にそっと置くと、実に見事な跪礼(カーテシー)を行いました。

 

「初めまして。私の名はユズ。この度はとんだ御無礼を…」

「いや取り繕ってもおせーよ」

 

 ディエスはぴしゃりと言い放ちましたが、名乗った彼女、ユズ姫はにこにこと笑うばかり。

 なんだか調子が狂うなと思ったディエスは、早々に会話を切り上げようとします。

 

「おいユズ。すぐうちから出ていくんなら誰にも言わないから、早く出てけよ」

「出口はどちらでしょう?」

「は?お前が入ってきた場所だよ」

「………」

「お前どっから入ってきたの?」

「少し壁の穴を……」

 

 ウフフ。ユズ姫はその先の言葉を濁します。

 流石にどこかに穴を開けたとは思いたくはないが、あとで使用人に確認させたほうがよさそうかな。彼はそう考えました。

 とにかく、距離こそあるものの、ここからでも立派な本門は見えます。ディエスはそちらを指さしながら言いました。

 

「ならあっちに門が見えるだろ。そっからなら出られるから」

「…申し訳ありません、見えませんわ」

 

 そりゃ、目を瞑ってたら見えねえだろ。彼はそう考えます。

 ヒトは目でものを見るのが当たり前。ディエスの中ではそうです。

 

「私、生まれつき、目が見えなくて」

 

 だからこそ、ユズ姫の告白はひどく衝撃的でした。

 

 嘘だろ。ほんとに?そういえば目を一度も見ていない。マジで。迷ったのはそれのせい?酷い事を言ったかも。

 

 彼の中で様々な言葉が過ります。

 どう言葉を掛けるべきか。悩んでいる彼の手を、ユズ姫はそっと包みました。

 

「もし宜しければ、エスコートをしていただけないかしら」

 

 ディエスは思います。

 ユズは…気にしていなさそうだ。そも、繊細なやつだったら一人で出歩いて花の蜜なんて吸ってるわけないよな…。

 それに、エスコートか。なんとなく大人な響きだ。なんか、イイかも。それにこいつ、可愛いし。

 

「……まかせろ!」

 

 少し逡巡のち、彼は承諾。

 ちょっとだけ背伸びしたように恭しく跪く彼に、ユズ姫は月のような笑顔を浮かべるのでした。

 

 

 

 

 

■■■

 

 

 

 

 

「──ってことがあったんだ」

「へえ、それは。とても不思議な体験をしたね。それからどうなったんだい?」

 

 夕食時、食堂。

 ディエスは今日の昼に起きた出来事を両親に報告していました。

 父親は優しく微笑みながら、話の続きを促します。

 

「それで、あいつったら俺がエスコートしてるってのに、あっち行ったりこっち行ったりでさ。庭から出すだけでも一苦労。結局昼まで歩き回るハメになっちゃったよ」

「あらまあ、その子はよほど楽しかったのね」

「ええ、そうかなあ」

「きっとそうよ」

 

 母親も優しく微笑みながら、彼の話に相槌を打ちます。

 

「それで門の外まで連れてったら、今度は顔を真っ赤にして怒ってるじいさんが来てさ。今度はそいつと追いかけっこが始まったんだ!」

「ほほう、それで?」

「家が城の方にあるって言うから裏路地の抜け穴を通ってそっちに逃げたんだ。……そういえば、あいつ目が見えてねーのになんであんなに詳しかったんだ…?」

「盲人の中には風の声が聞こえる人が居るそうよ。ひょっとしたらその子は風とお友達なのかもしれないわね」

「風と友達かあ。どっちかと言うとあいつ自体が風みたいな奴だったけど」

 

 ディエスは一旦会話を切り上げると、コップに手を伸ばして水を口に含みます。

 その瞬間を見計らって、父親と母親は視線を交わしました。

 

 ユズ姫だな。

 ユズ姫ね。

 どうする?

 放っておいても良いかと。

 なるほど。ユズ姫には友人が出来て息子も顔が繋げる。

 悪くないでしょう?

 ああ、悪くない。

 

 ディエスがコップをテーブルに置いた瞬間、既に両親は視線を外していました。

 

「なるほど。いい経験をしたようだねディエス?」

「いい経験?」

 

 彼は父親の言葉をオウム返しをします。母親はその言葉に深く頷きました。

 

「私たち貴族には、異性の手を引いて街中を掛けるなんて経験はなかなかできませんわ。ディエス、この出会いはきっと良いものになるでしょう」

「それにその子もきっと…いいや、すぐにまた私たちの屋敷に迷い込んでくる」

「どうして?」

 

 ディエスは首をかしげます。答えは簡単、王城からの抜け道の一つがこの屋敷につながっているから。

 しかしそんなことはおくびにも出さず。父親と母親は、声を重ねて答えました。

 

縁は味なもの(縁は異なもの)人と人の出会いなど(男女の出会いなんて)そういうものだ(そういうものよ)ディエス(ディエス)

 

 そして二人は、仲睦まじく笑うのです。

 

 

 




続きは未定です


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