ハルコイ (鱸のポワレ)
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サヨナラ

私にとって一条先輩は頼りになる人で、憧れの人で、そして何より初恋の人だった。

この2年間ずっと一条先輩のことだけを考えていた。

だからこそ、お姉ちゃんから天駒高原の話を聞いたときは少しがっかりしてしまった。

もう天駒高原の出来事は数ヶ月も前の話で、今更誰も話題にしないし私も掘り返すつもりはない。

でも、納得はいっていない。一条先輩がお姉ちゃんからの告白も桐崎先輩からの告白も断ったなんて。

一条先輩に対して怒りもあった。絶対にお姉ちゃんのことが好きだったはずなのに、桐崎先輩を大切に思っていたはずなのに、2人の想いと勇気を無駄にしたんだ、と。

それ以上に自分への怒りがあった。少しだけ喜んでしまったからだ。まだ私にもチャンスがあるかもしれないと。

そんなはずはないのに、醜い考えなのに。

でもそれも今日で終わりだ。

先輩たちはいなくなる。凡矢理高校を卒業するのだ。

卒業式でさえ、未練たらたらでこんなことを考えてる自分に更に怒りが湧いてくる。考えても答えは変わらないし、本当なら先輩たちを祝わなくてはいけない。それなのに自分は……。

先輩たちが1人1人卒業証書をもらっていく。そんな姿を見ても私は一条先輩を探してしまう。

私は一人で苦笑いをした。

これはもう病気だ。恋は盲目と言うがまさにその状態。自分が考えている以上に私は一条先輩のことが好きなんだろう。

一条先輩と付き合いたい。

その願いは遠く、そして暗い道の先にある。いや、道なんてないのかもしれない。叶わない願いなのかもしれない。

それからどれくらいの時間が経ったのだろうか。気がついたときにはもう放課後で、卒業式はとっくに終わっていた。

もう先輩たちは家に帰っていたり、打ち上げをしに行ったりしているだろう。

結局、一条先輩にはさようならもありがとうも言えなかった。

寂しくあっけない。

でもこれでよかったのかもしれない。だって一条先輩にとって私は好きな人の妹で、めんどくさい後輩でしかなかったのだから。

私はずっといじけていた。欲しいものが手に入らなかったから。

欲しいものは一条先輩の心。

一条先輩が好きだ、一条先輩が好きだ、一条先輩が好きだ。

 

「……一条先輩が好きだ」

「お!春ちゃん。こんなとこにいたのか?」

「ひゃう!?せ、先輩?」

 

私が1番好きな人は今、私にだけ話しかけてくれいる。私にだけ笑いかけてくれている。そう思うだけですごく嬉しくて、楽しくて、バカだなと思って、寂しいなと思って。感情がぐちゃぐちゃでうまく話せていないのに、先輩はそれでも優しくて笑顔で聞いてくれて。

 

「どうしたんですか先輩?」

「ああ、俺ら今日で卒業だろ?だから打ち上げしようと思って。春ちゃんもどうだ?」

「私もですか?」

「べ、別に嫌だったらいいんだ。先輩しかいなくて気も使うだろうし」

 

先輩たちの打ち上げに私なんかも誘ってくれている。

嬉しすぎて涙が出そうになる。でも、私が先輩たちの卒業の打ち上げに行くのは野暮な気がするし、何より楽しめる自信がない。

感情が爆発しないよう、ゆっくり私は答える。

 

「わ、私はいいですから先輩たちで楽しんでください」

「そうか。悪いな邪魔しちゃって」

「いえいえ」

 

先輩がどこかへ行ってしまう。もうこれで関係が終わってしまうかもしれない。そう思うと寂しくて、虚しい。でも私には、先輩を、先輩の心をここに止める言葉なんてない。だから最後に、ひとつだけ、

 

「先輩」

「ん?」

「さようなら」

 

涙が流れて、一条先輩は心配そうな顔をした。

でも、これでよかった。笑顔でお別れできたから。

 

 

3年後

あれから、私の青春は風ちゃんとお菓子づくりに費やした。高校生活は楽しかったし、今の大学にも満足はしている。

でも、心には穴が空いたままだった。きっとこの穴は簡単には埋まらない。

 

「一条先輩が会えれば埋まるのにな……」

「ん?誰か呼んだか?って春ちゃん!?」

「一条先輩!?ど、どうしてここに?」

「いやここの大学に通ってるからさ」

「そうだったんですか」

「え?春ちゃんもこの大学?」

「はい。2年間も通ってたのに気づきませんでした」

「まあ、大学って広いからな」

「そうですね」

 

私は普通を装った。もし、再開をすごく喜んでも先輩が困ってしまうから。

もう、先輩を困らせたくなかった。高校では迷惑をかけてばかりだったから。

 

「よかったらお茶でもしないか?近くに美味しいどら焼き屋ができたんだよ」

「はい!」

 

それから私たちはどら焼き屋でいろいろな話をした。時間なんて忘れてしまうぐらい。

 

「おっと、もう8時半だ。そろそろ帰るか」

「はい」

「あとよかったら、連絡先。携帯変えたからさ」

 

3年ぶりなのに先輩は変わらない。

頼りになって憧れで、私の初恋の人。

 

「さようなら。また今度」

 

今度は泣かないで言えたはず。

 




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シアワセ

私にとっての1番の幸せとは何か。

最近のちょっとした幸せ。和菓子を作るのが少しだけ上手くなったこと、小テストでいい点がとれたこと、バス停に着いたら丁度バスが止まっていたこと。

そして、一条先輩にまた会えたこと。

いや、これはちょっとした幸せなんかじゃない。大きな大きな幸せだ。

久しぶりに楽しく話せたことも、連絡先を教えてもらったことも、泣かないで挨拶できたことも、また今度って言えたことも全部大きな幸せ。

一条先輩が私の3年間の心の穴を埋めていった。

もっと私の心を埋めてほしい。今すぐに一条先輩に会いたい。

その気持ちが大きくなればなるほど、また会っていいのかと考えてしまう自分もいる。

何度も先輩と会うと、先輩への気持ちが収まらなくなってしまうだろう。

そんな気持ちは先輩にとってはただの迷惑でしかない。そんなことは自分で分かっている。

先輩の高校の記憶の中心に私はいない。

いるのはお姉ちゃんや桐崎先輩。その2人の告白すら断っている先輩が私のことを想っているはずがない。

私は一条先輩が今でも好きだ。でも先輩は私のことはなんとも思っていない。けど先輩と友達でいられる自信なんてない。恋人じゃなきゃ嫌だ。

負け戦。恋人にも友達にもなれない。それなら再会なんて無かったことにしてしまう方が楽かもしれない。もう連絡は取らないほうが楽かもしれない。でも、それでも……

 

無かったことになんかできるか。

 

私は強く思う。それだけはダメだ。こんなことで逃げてしまったら、あの日正面からぶつかっていったお姉ちゃんと桐崎先輩の想いはなんだったのか。

そして何より、私の一条先輩への愛はこんなことじゃ収まらない。止まらない。

一条先輩は連絡先を教えてくれた。また会いたいと思ってくれた。

それだけでいい。どんなに小さくても希望がある。

それだけで前を向ける。行動できる。

私は一条先輩の連絡先を見つめる。これが先輩との唯一の繋がり。これが無くなったら、切れてしまったらそれで終わり。それでも私は進みたい。

だから一条先輩に連絡をした。ワンコールごとに心臓が飛び跳ねる。

何を話すかも決めていない衝動的な電話。心の中では出ないでほしいと思う自分もいる。そんな臆病な自分との戦いでもあった。そんなんじゃ幸せは掴めない。

5コール目で電話が繋がり、一条先輩の声が聞こえてきた。

 

『もしもし春ちゃん?どうしたこんな時間に』

 

こんな時間と言われ時計を見ると、もう夜中の2時を過ぎていた。一条先輩からしたら完全に迷惑な後輩からのうざい電話だった。

 

『すいません!もう2時だって知らなくて』

『嫌別にいいよ。そんなことよりなんかあったか?』

 

やっぱり一条先輩は笑って許してくれる。この笑顔だけで私は幸せになれる。でも、もっともっと幸せが欲しい。もっと一条先輩と話したい。

だから誘う。間違った道だとしても後悔だけはしたくない。

 

『よかったら明日一緒にどこか行きませんか?』

『おお!だったら和菓子のイベントに行かないか?ちょうど明日なんだよ』

『ぜひ』

『じゃあ詳細はメールで。また明日な』

『はい、また明日』

 

私にとっての幸せ。それは、一条先輩に左右されるもの。一条先輩が笑いかけてくれたら、それだけで幸せ。次の日も楽しく生きられる。これまでの嫌なことだって忘れられる。それほどまでに単純で難しい。でも、例えその幸せが一条先輩にとって迷惑なもので、私自身が傷いてしまうかもしれなくても、止まらないし止められない。例えどんな結果になっても私は私の幸せを追う。幸せな未来を掴むために。

 




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ケッシン

デート当日。

まだ先輩の姿はない。当然だ。まだ待ち合わせの1時間前だから。

私はすごく緊張している。洋服も昨日2時間かけて選んだし、今日の朝は8回も鏡を見た。

馬鹿みたいだと思われるかもしれないけど、私にとっては当然の行動。

だって、高校生の時から思い続けていた人との初デートだから。

一条先輩の方は、デートなんて思ってないかもしれない。ただの後輩との遊び。その程度かもしれない。

それでもいい。それだったら私が頑張ればいい。

私がデートにする。

私は私の幸せを追うって決めたから。

だから、先輩に今日告白する。

中途半端な関係が長引いたって意味なんてないから。それは、私も一条先輩もよく知ってること。

そんな関係を続けたって結局は……

 

「お待たせ春ちゃん。待ったか?」

「い、いえ。今きたところです!」

「それにしても早いな春ちゃん」

 

まだ待ち合わせ時間は1時間も先なのに、先輩が早く来てくれた。

嬉しい。すごく嬉しい。

先輩に早く会いたかったからですよ。

そう言って抱きしめたい。想いを今すぐ伝えたい。受け取って欲しい。

でもまだ我慢だ。

デートは始まったばかりだから。

だからまだ今じゃない。

 

「じゃあ行こうぜ春ちゃん」

「はい」

「おっとその前にほら」

 

先輩が私の手を握った。

先輩の手は温かくてゴツゴツしてて、それで意外と大きくて。

その手を繋ぐという先輩の行動が、そのまま私にとっては期待に変わる。先輩は私のことが好きなんじゃないかと考えてしまう。

 

「ちょっ!?先輩何するんですか!」

 

そう思うとダメな私は照れて、大きな声を出してしまった。

それでもやっぱり先輩は優しく笑ってくれる。

でもこの笑顔は私を虚しくもさせる。

私は知っているから。この笑顔は恋愛対象として見てる相手に向ける笑顔じゃなくて、ただ先輩という立場で私という後輩を想っての笑顔だということを。

 

「何って春ちゃんは昔から迷子になりやすいだろ?だから今日は手繋いで回るぞ」

 

やっぱり私は最初から同じステージに立てていなかったし今も立っていない。お姉ちゃんや桐崎先輩と同じステージに。

不安になる。私が今日告白しても誰も幸せにならないんじゃないかと。昨日の決心が簡単に揺らぐ。

でもそれと同時に喜んでしまっている自分も当然いる。

先輩と手を繋げている。先輩に触れている。

それだけで嬉しくて幸せで。

だからこそやっぱり、この幸せがもっと欲しいと思うから、だからもう一度私は強く決心する。

 

今日一条先輩に告白するんだ。

 



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トツゼン

「それにしても大麻呂デパートっていつ来ても賑わってるよな」

「そうですね」

 

……大麻呂デパート。

前にも1度だけ一条先輩と来たことがある。確かお姉ちゃんの誕生日プレゼントを買いに来た気がする。

あの時はすごく楽しかった。

一条先輩は覚えているんだろうか。私との大切な思い出を。

 

「前にも来たよなここ。確かその時も駄菓子フェスタやっててさ、春ちゃんに奢らされたんだよ。まあ、春ちゃんはそんなこと覚えてないか」

「お、覚えてますよしっかりと」

「そうだよな。大事な思い出だもんな」

「……大事な思い出」

 

そっか。私とのお出かけが先輩にとっても大事な思い出だったんだ。

だったら今日も、楽しみなのは私だけじゃないのかもしれない。

先輩が楽しんでくれるなら、それはすごく嬉しいことだ。その横に私がいるなら特に。

 

「とりあえず片っ端から食べていくか」

 

先輩が私の手を引っ張った。

これが日常……だったらどれだけ幸せなんだろう。

いつも先輩が私を引っ張ってくれたらと勝手に思ってしまう。

でも、違うってことはわかってる。これは日常じゃなくて特別な今日だけのこと。

 

「春ちゃん。このういろうすごい美味いぞ!」

「本当だ!美味しい。ですが先輩。こっちのどら焼きも甘くてなかなか」

「ぬおっ!やるな!」

「あっちに美味しそうなようかんがありますよ」

「よっしゃ!行ってみようぜ」

「はい!」

 

やっぱり先輩と話してると楽しい。

そういえば前もこんな───

 

「そういや前もこんな感じだったよな。あの時もようかんとか食べてさ」

「え!?そ、そうでしたね。ていうかそんなことまで覚えてるんですね」

「ま、まあな」

 

先輩の曖昧な表情を見て一瞬だけ疑問、というよりも願望のようなものが頭をよぎる。

こんなに細かく覚えてくれてるってことは、先輩も私のことが好きなんじゃないのか。

知ってる。ただの願望だってことは。

わかってる。叶わないってことも。

それでも一瞬だけ光を見たから。先輩と私が一緒に過ごせる道があった気がしたから。

 

「一条先輩って私のことどう思ってるんですか」

 

突然、口走ってしまった。

先輩への気持ちが、愛情が止まらなくて暴走しているのが自分でもわかる。

先輩は困っているような迷っているような表情をしたままで何も言わない。

たぶんこの続きを聞いてしまったら、今の関係ではいられなくなるだろう。

だから心の中で『これ以上言わないで』と叫ぶ自分がいる。

でもそれと同時に、それ以上に先輩への気持ちを抑えられない自分もいた。

 

「1人の女性として、私のことをどう思いますか」

「春ちゃ───」

「私は一条先輩がずっと、高校生の時からずーっと好きでした」

 

ああ、やってしまった。心の中に後悔という感情が押し寄せる。それでももう私は止まらない。

 

「先輩はどう、ですか」

「俺は……」

 

先輩は好きな人に告白をされて喜んでいる顔でも、嫌いな人に告白をされて嫌がっている顔でもなく、ただただ困った顔をして言葉を詰まらせていた。

この顔が全てを物語っている。

もともと覚悟もしていた。でもやっぱりつらいなぁ。

これからは、一緒にいても気まずいだけで一緒にどこかに行っても楽しくないだろう。

そんなのつらいなぁ。

 

「俺は、いや、俺も春ちゃんのことが特別だし、異性として好きだ。……でも、ごめん」

「一条先輩……」

「春ちゃんとは付き合ったりとかそういうのはできない」

 

先輩はそう言うと申し訳なさそうに下を向いた。



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